くくり罠は手負い熊を増産する
昨年、ツキノワグマが2日続けて「くくり罠」にかかった現場を見てきた。
猟師は、イノシシを捕まえるためにくくり罠を仕掛けたのだ。
もちろん、イノシシ道に仕掛けたのだった。
しかし、そこには、ツキノワグマがかかってしまった。
猟師はびっくりして、さっそく地方事務所に連絡して、熊に麻酔を打って罠を外して放獣をした。
これでやれやれと思って罠を掛けなおすのだが、翌日にはまたもや熊がかかってしまった。
さらに再び猟師はびっくりして地方事務所に連絡して、放獣をした。
はじめの熊は、ものすごく凶暴で、罠にかかったままあたりいちめんの樹木をなぎ倒し、直径10cmほどのヒノキの幹を食いちぎって、とても危険だったという。
2頭めは、罠にかかったままじっと伏せていて、まったく抵抗する様子がなかったそうな。
ツキノワグマにも、いろんな性格をもったものがいて、個体差のあることをこのとき猟師は初めて知ったという。
そして、イノシシの「けもの道」を熊がどうしてこんなにも歩くものなのかと、多いにたまげたそうな。
さらには、熊がこんなにもたくさんいるのかと、改めて感心してしまったともいう。
その猟師と話をしながら、
「放獣というけれど、それは手負い熊にして放したようなものだな」、とボクは言った。
猟師が一瞬真顔になって、なるほどと頷いた。
一般に「手負い熊」とは鉄砲で撃ち損じたものを指して言うが、鉄砲でなくとも人間に傷をつけられて痛いめに遭った熊にとっては、道具なんてどうでもよいことだからである。
罠にかかったまま、人間に見つかることなく、自分で壊死した足首を食いちぎって逃れることができれば、その熊にとっては単なる自分の不注意の事故にしか思わないハズだ。
しかし、罠にかかって身動きできない状態でいるときに、人間がドヤドヤとやってきて、あれこれ騒ぎながら麻酔を打たれ放されれば、その痛みをもった傷の原因はあきらかに人間がつくったものだから、熊は以来人間を憎しみの対象と考える。
それは、すなわち鉄砲で撃ち損じたのと同じ状態になるから、立派な「手負い熊」ということになるのである。
これは、きわめて危険な放獣と考えなくてはならないだろう。
行政の関係者が立会いながら放獣をしたのだが、このくらいの熊の心理に配慮できないような行政マンでも困る。
この熊に人間が襲われたときに、行政は、どのような責任がとれるのだろうか?
最近は、シカとイノシシの激増によって農作物や林業への被害もあって、くくり罠がかなり多くしかけられるようになってきた。
設置が簡単なことから、動物の生態心理も知らないような素人が試験を受けて「罠免許」を取り、罠を安易に設置することも増えてきている。
このことに対しては何も申し上げるつもりはないが、設置者も十人十色で複眼発想ができ配慮の利く人とまったくの単眼発想者で無造作な人もいることが気がかりである。
罠に熊がかかったまま放置されていて、その熊が人間が近づいてきたことで全身の力を振り絞って襲い掛かってくる事故がすでに全国的に発生している。
これは、罠設置者の無配慮な行為から事故につながっているのであって、無許可の罠も少なくないから今後の社会にとって問題もおきてこよう。
実際にボクが現場を歩いていても、罠がどこに設置されているかもわからないことがよくある。
そんな罠に熊がかかったまま、雌伏されてでもいたらと思うとゾッとする。
少なくも、罠が設置されていることを周囲に知らせるように、いろんな方法で注意喚起をするのも設置者の義務だからである。
一応は、許可証を罠の側に設置するのが義務付けられてはいるが、この許可証があまりにも小さくてわかりにくいからである。
ツキノワグマがこれほど激増してきているのだから、たぶん近い将来こうした罠による犠牲者がでてくるであろう。
それも、山菜取りとかトレッキング中の無関係の人間が不幸な事故に巻き込まれないともかぎらない。
そのためにも、行政をはじめとして、自然科学者や専門家と呼ばれる人たちは、一体全体ツキノワグマがどのくらい生息しているのかを早く見極めなければならないだろう。
ツキノワグマが何頭いて、何頭にまで減じれば厳重な保護をして、何頭以上に増えれば増加分を適正に捕獲駆除するか。
こうした基本的な調査こそ現代社会の基本中の基本であって、希少動物だから手負い熊にして放してもいいという問題でもない。
これは、実践に基づいたボクの私見だが、ツキノワグマは確実に増えている。
何回もいうが、ツキノワグマは確実に増えているのであって、減っていると唱えている人たちには自然をはかる技術がないのだとボクは断言する。
猟師がぽつりと言った。
「俺たちは罠で捕まえることはできるが、近所に何頭の熊がいるのかはわからない。どうも、相当数いて、順繰りに近所を徘徊しているから2日続けてかかったのだろう、な」。
ボクは答えた。
「ボクのカメラには、一晩に4頭の熊が同じ場所を30分おきに通過していきましたよ。いくら猟師でもそのような動きまで知る術はもってないでしょう」。
写真1 このくらい大きく罠のあることを現場で説明されれば、だれも近所には近づかないだろう。
写真2 罠設置の許可証が幹に貼り付けられているが、文庫本の見開きくらいの大きさなので、角度によってはまったく見えないこともある。
写真3 直径10cmの山桜の生木をこれほどまでに破壊できる熊の力はすざまじいといえる。
写真4 放置されたままのワイヤー罠。この近くで3つも発見できたから、誤捕獲も充分考えられるしモラルの問題でもある。
写真5 くくり罠にかかった足首を自分で食いちぎって生き延びてきた熊の足。
写真6 くくり罠が地面に設置されているが、アンカーは腐った倒木なので熊の力ならアンカーごと引きちぎって襲ってくることもあろうと感じた現場。
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罠から放獣されたクマも怖いですが、罠にかかっている熊に、知らずに近づいてしまうのは、もっと怖いですね。
憤怒の塊が、蹲っているようなものですから。
罠のありかは、大きく、明示して欲しいと思います。
コメント by 小坊主 — 2009/3/28 土曜日 @ 11:06:17
くくり罠についてですが、猪や鹿用では普通熊の誤捕獲をしないためくくり罠部分の直径が確か12cmと決められていて、さすがにこの大きさでは、誤捕獲される確率は低く、こちらでは、誤捕獲されるケースはほとんどありません
有害駆除であれば、熊を大きめのくくり罠で捕ることはできたと思うのですが、2日間続けて熊が掛かったとなると、ひょっとしたら、この猟師さんは少しでも猪を捕りたいために、大きめの物を設置したのかもしれませんね
もしそうであれば、人間にも熊にも良いことではありませんし、危険ですから注意したいところだと思います
コメント by 風 — 2009/4/14 火曜日 @ 0:10:28
■風 さん
12cmでは、実際にはタヌキくらいしか捕獲できません。
現場では、12cmは守られていない、でしょう。
■小坊主 さん
ほんと、憤怒の塊が跳んできたら、怖いですし、生命もありません。
コメント by gaku — 2009/5/2 土曜日 @ 21:58:45