余録

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余録:震災と心のケア

 阪神大震災では被災者の心のケアのために多くの精神科医が現地に入った。そのうちの何人もが被災地から帰った後にも心の緊張が続いたり、悪夢を見たりする異常を体験したという。震災はその救援に駆けつけた専門家の心にも深い傷を残すのだ▲以前、神戸に住んでいた人が、テレビでその地の被災の映像を見ただけで心身症になったケースもあったという。また過去の戦災や、大規模災害の経験者がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を再発させた例も見られた(中井久夫編「昨日のごとく」みすず書房)▲一瞬のうちに巨大な力によって多くの人の生死を理不尽に断ち分け、人間を深い無力感の中に置き去りにする震災だ。それはまるで触れるものをみな傷つける刃物のように、かかわる人すべての心を悲嘆と絶望でさいなむ▲救援の医師やテレビの視聴者すら傷つける震災ならば、所在不明のわが子らの安否情報を被災地で1週間も待つ家族の心の内はいったいどう言い表せるのだろう。ニュージーランド震災のビル崩壊現場を初めて日本人家族が訪れたと聞きながら言葉の無力を痛感する▲多くの安否不明者が出た現場から早期救出された若者も、喜べない幸運に表情が曇る。似たような状況を経験した人のサバイバー(生還者)症候群と呼ばれる罪悪感などの後遺症が気がかりだ。日本赤十字社は家族や被災者の心のケアにあたるチームの活動を始めた▲大地震の前では無力な人間だ。どこの震災であれ、その惨状に心を痛めた人はみな「被災者」なのだろう。深い心の傷もそのいたわり合い、助け合いの中でいつか癒やされるよう祈りたい。

毎日新聞 2011年3月3日 0時07分

 

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