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[21643] ヨコ魔(GS→ネギま)(15禁)
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2011/03/02 15:52
ども、初めまして、かいとと言います。
昔に書いた小説を上げたくなったので、なんとなく投稿することにしました。
作者は初投稿になります。
本作は、ネギまとGSのクロス作品になります。
一応、下書きは修学旅行編終了まで書いてあるので、ペースはどうなるか分かりませんが、そこまでつづけるつもりです。


以下は注意事項になります。



・舞台はネギまですが、GSの横島とネギまのネギが交代しています。

・つまり横島がネギまの世界で、とある事情から、ネギに成り代わって主人公をしなければいけなくなり、ネギは美神の世界で横島の役になります。

・ですが、ネギ側の描写はなく、横島側が中心です。

・ネギ側の描写を書くかは未定です。

・ネギが好きだという方には、ほとんど彼が直接出てくる描写がないので、全力で回避して下さい。

・ネギは麻帆良に行かないままGS世界に旅立ってます。

・ネギを非難する描写はありませんが、横島×アスナなど耐えられない方も回避して下さい。

・時間軸や本編キャラの性格は、異なることがあります。

・この作品は15禁です。直接的な描写はできるだけ避けてますが、ギリギリなエロ表現は大目です。嫌いな方は回避してください。

・この作品の横島はヨコ魔の横島であって、原作とはかなり異なります。横島が倫理感を保ちきれずに、複数の女性キャラと関係を持つ描写もあります。あとでその辺もきちんとなるように回収していくつもりでいますが、それを酷い描写として受けつけられない方もいるかと思います。受けつけない方は回避して下さるようお願いします。





以上、ご了承の上でお読みいただけると嬉しいです。






更新履歴
[1] プロローグ                     (2010/09/02) 誤字修正(2010/09/05)
[2] 出会いと始まり。                 (2010/09/03) 誤字修正 (2010/09/05)
[3] 麻帆良女子中等部3-A             (2010/09/04)
[4] 住まいの文句は学園長宛です。        (2010/09/05)
[5] 桜咲刹那の想い                 (2010/09/06) 誤字修正(2010/09/11)
[6] 中学生はロリコンじゃない。と決まりました。 (2010/09/07)
[7] 桜通りの吸血鬼                 (2010/09/08) 誤字修正(2010/09/11)
[8] 想い、思い、重い                 (2010/09/11)
[9] アスナの悩み。                  (2010/09/15)誤字修正(2010/9/16)
[10] カモです。                     (2010/09/19)
[11] アキラの隠れていた衝動。           (2010/09/21)誤字修正(2010/9/22) (2010/11/01)
[12] 想いは交錯して、紡がれて。         (2010/09/25) 微修正(2010/09/28)
[13] エヴァと明日菜と夜の邂逅          (2010/09/28)修正 (2010/09/29)
[14] 明日菜の仮契約                (2010/09/30)微修正(2010/10/04)
[15] 煩悩退散。                    (2010/10/04)微修正 (2010/10/08)
[16] 山中にて。                    (2010/10/08) 誤字修正(2010/10/09)
[17] 麻帆良の停電の夜               (2010/10/14)
[18] 大浴場にて。                   (2010/10/16) 微修正(2010/10/20)
[19] 刹那と木乃香の涙。              (2010/10/20)誤字修正(2010/10/24)
[20] 夜の決戦。決着と逃避。           (2010/10/24)誤字修正 (2010/11/01)
[21] あやかは意外とあるんです。          (2010/11/01)
[22] 甘え。                       (2010/11/04)
[23] 夜の帳の中の少女たち。            (2010/11/11) 誤字修正(2010/11/12)(2010/11/17)
[24] Like&Love                    (2010/11/18)
[25] 惑い。迷い。修学旅行スタート。       (2010/11/23)
[26] 錯綜する想い。                 (2010/11/29)誤字修正(2010/11/30)
[27] 禁欲の誓い                    (2010/12/07) 誤字修正(2010/12/08)
[28] 不法侵入と足手まとい。            (2010/12/11) 修正(2010/12/12)誤字修正(2010/12/19)
[29] 夜の住人。                   (2010/12/18) 誤字修正(2010/12/19)
[30] 京都駅。大人組の戦い。            (2010/12/24) 誤字修正(2010/12/29)
[31] 横島の真実と刹那の幸せ。          (2010/12/30) 誤字修正(2010/12/31)
[32] 胎動                        (2011/01/09) 誤字修正(2011/01/17)
[33] 噂は蠢く。                     (2011/01/16) 誤字修正(2011/01/17) (2011/01/19)
[34] 二人の告白。                   (2011/01/22)誤字修正 (2011/01/23)
[35] 悪夢のような桃源郷・前編           (2011/01/29)
[36] 悪夢のような桃源郷・後編           (2011/02/08)微修正(2011/02/09)
[37] カモの功罪。                   (2011/02/15)誤字修正 (2011/02/16)
[38] 光と影の少女たち。              (2011/02/22)修正(2011/02/23)







[21643] プロローグ
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/05 14:22
「は?」

横島はマヌケな顔で首を傾げた。

「『異世界』との交流?」

目の前には魔族のジークが座り、場所は妙神山の一室にある日本間で、ちゃぶ台を挟んでのことだった。
小竜姫は見あたらず、老師(ハヌマン)も見あたらず、ジークとだけ話していた。

「はい。少し前置きになりますが、現在魔界では美神さんや横島さん達の活躍もあってアシュタロスが滅ぼされ、武
闘派の魔族も当分大人しくしていようという空気なんです。それでまあ平和にはなってそれは良いんですが、このま
ま行くと、ちょっと平和になりすぎると未来予知されているのが、今、問題になってるんです」

「はあ……。ところで小竜姫様はどこだ?」

興味なさげにつぶやく横島は周りを見渡した。ジークはお茶を一口すすり、神妙な面持ちで口を開いた。

「それでですね。最近、『異世界』の中で僕たちが行き来可能な世界が、いくつかあることが分かったんです」

「あれか?その話は長くなるのか?」

横島はジークがなにを言いたいのか、まったくつかめずにもう一度首を傾げた。横島にしてみれば異世界?なにそ
れ?美味しいの?という心境である。

「す、すみません。分かりにくいですね。えっと、少し長くなるんですが、説明させてもらうと」

「いや、面倒なら話さんでもいいぞ」

横島はジークの言葉に額を引きつらせて止めた。
それにどうも小竜姫がいないようである。なら、こんな場所にいる意味は絶無である。

「い、いえ、そんなに面倒なんかじゃありませんから」

「それより、小竜姫様はどこだ。なんでこんなところまで来てお前みたいなむさい男と話さねばならんのだ」

「いやそれは……」

「まさか居ないとか言わんだろうな?」

横島はほとんど確信していたが、ジト目でジークを睨んだ。最近はまた美神たちとGS稼業に精を出しているところ
だ。そこへ来て小竜姫名義での呼出しで、横島は、美神に気取られないよう、親が危篤だと嘘を言い、そんな嘘に
騙されてくれるはずのない美神に銀一から呼ばれただのさんざん言い訳してやっと出てきたのだ。できるだけ即行
で小竜姫に用件を聞き、トンボ返りしないと、どんな折檻が待ってるかと戦々恐々としていたのだ。

「はははは、小竜姫様は、い、いますよ。もちろん。僕との話が終われば呼びます」

ジークは笑ってごまかし、言葉を続けた。

(いないな、絶対にいないな)

今のジークの挙動に確信するが、しかし、横島は即行で帰ろうとはしなかった。なにか、何かが自分の勘に激しく
訴えかけるのだ。ここで帰れば自分は損をすると、それは自分のアイデンティティーにも関わるほどの重要事項だ
と。なのにそれはとても危険なのだと。

「あの、それでですね。話を戻しますが、現在、横島さんや美神さんたちの活躍もあって、神族と魔族のデタントの
流れはほぼ決定的なんです。それで両界も今は幾分か余裕があるんです」

「それなら、なんにも考えんとダラダラしてればいいだろ」

「で」

ジークは横島のペースに乗らないように強引に話を進めた。

「こことよく似た『異世界』、まあ横島さんに分かりやすく言うとアシュタロスの時に見たような『平行世界』と親交を深
め、有事の際に備えておこうという話が持ち上がってるんです。――ええ、そうなんです。僕も大変なんです。なぜ
か、最高神に呼び出されたとき受け答えするのは僕の役目みたいになってるんです。っと、話が脱線しました」

「別に聞いてないけどな」

「そ、その先駆けとして僕のようなケースの神族と魔族のような人材交流から始めようという話になってて……」

横島の反応を伺うようにジークは言葉を句切った。
予想通り横島の表情はみるみる曇って、いかにも面倒くさそうである。

「ジーク、なんで、そんなどこともしれん平行世界と親交を深める必要があるんだ?ひょっとしてと思うが、なにか物
騒な話か?」

横島は危険にはかなり敏感である。女がいればそんなものは無視するが、今の話にはただただ危険な匂いがあっ
た。だが、それでも横島を踏みとどまらせる何かがある気がするのだ。

(帰れ、帰らなければダメだ。絶対にここで帰らないと何かが手遅れになる。しかし、何だ。ここで帰ると絶対に損だ
という気がする。ああ、しかし、ジークが危ないこと以外で今までなにか話したことがあるだろうか。いや、ない)

反語である。

「ええまあ最終的にはちょっと物騒ですね」

「ほお、それに俺が関われとでも?」

「あ、いえ、ですからその『平行世界』と親交をあくまで深めたいだけですよ。上の方々は最終的にその平行世界と
軽い戦争ぐらいはするつもりのようですけど、それは横島さんが死んで、まだまだ先の話です。神族も魔族も寿命
が長いですから、その辺の感覚はかなり長いスパンで考えてるんで、心配要りません。今回はあくまで平和的な話
ですから」

「本当か?」

「え、ええ、本当ですよ」

ジークはなぜか冷や汗を垂らして頷いた。
疑わしげに横島は言葉を続けた。

「しかし、わざわざなんでそんな世界に親交を深めるなんていうんだ?今平和ならそれでいいだろ?やることないか
らってそんなことする必要があるか?」

「仕方ありませんよ。平和が続くとしばらくは進歩しても、いずれは堕落を生み、それは『無』に繋がってしまいます
から。神族も魔族もなにが一番怖いかといえば、まったく意味のない『無』の世界が一番怖いんですよ」

「そんなもんか?俺は美人の姉ちゃんと退廃的な生活を送るのが夢だがな」

「でも、それが永遠に続いたら、楽しいことすら人間は分からなくなるし、それは神族も魔族も例外ではないんです
。生きるということは生きる価値がないと思うとできません。信仰をなくした神や忘れられた魔族が力をなくして消え
ていくのも、ひとえに自分の存在を他者と比べて見いだす存在だからという意味で人間と同じだからなんです。だか
らこそ無価値や無を恐れ、世界はそうなったとき、何度も消され繰り返してきました」

「えらく大きい話だな……」

「まあだからといって、あまりに大きすぎる争いは滅びを呼ぶ。そういう意味で話の通じる、同じぐらいの価値観を
持つ世界との交流を持ち、計算できる範囲で適度に交流し、ときには争いをすることも大事なことなんです。まあ計
算できないほどの争いになっても向こうもこっちも価値観が似てますから、滅ぶようなことはないでしょうしね」

「難しい話でよく分からんが、お前」

横島はすっと真剣な目になる。ジークはアシュタロス事件のルシオラのこともあるし、軽率に争いなどといって横島
が怒ったのかと思い、緊張した。それでも隠して喋るよりはと目的を明らかにしておきたかったのだ。それはジーク
なりの横島への誠意だった。
だが、

「お・れ・に・は・関係ないけど頑張れよ!」

横島はことさらに『俺には』の部分を強調した。

「は、はは」

(やっぱり嫌がると思ったけど、思いっきり予防線張られてるな……)

「えっと、それで上で話し合って結果。まずいくつかある候補の中から一番いいと思われる平行世界との交流が本
格的に決まったんです。でも最初から喧嘩腰で行くのもなんなんで、できるだけ他者との親和性の高い人間をお互
い一人ずつ出し合って交流しようということになったんです。向こうからは10歳の男の子で、なんでも英雄の息子
が派遣されるのが決まってるんですよ。で、こっちからは誰がいいかという話になって……」

「大変だなあ。俺は関係ないけど」

「まあ現状神族も魔族も同一意見なんですが、その親和性が一番高いのは吸血鬼ハーフや超タカビー上司(ここ
だけ妙に声が震える)や幽霊や人狼に九尾狐、果ては神族や魔族とも交流のある横島さん――」

「じゃ、そういうことで」

ばっと横島は立ち上がると扉へと向かって歩き出した。そこにすがるようにジークが食らいついた。

「放せボケ、男にくっつかれる趣味はないんじゃ!交流だけならピートや雪乃丞とか他にもいるだろ!」

「お願いします!上から無理やり押しつけられて、断られたら首が飛ぶんです!比喩的な意味じゃなくて本当に飛
ぶんです!雪乃丞さんはとても親和性が高いとは言えませんし、ピートさんも女性はともかく男には嫌われるんで
す!」

「知るか!大体、小竜姫様に頼まれるんならともかく、なんで男と二人でこんな話を聞かされねばいかんのだ!」

「最近の小竜姫様の様子からいって、話が余計に面倒なことになりかねんって猿神(ハヌマン)様が言われるんで
す!報酬は払います!金銭なら望む分だけ与えるって、上は言われてます!期間だってたったの一年ですから!


「アホか!たかが金のために美神さんへのセクハラを一年も我慢できるか!」

さすがと言うべきか金への執着を微塵も見せずに横島は断った。
ちなみに現在の横島の給料は時給五〇〇円まで上がっている。
それにくわえて自分で除霊した分は全額もらえるように美神がしてくれているので(実際は九割以上ピンハネされて
るが)生活にも困っておらず、横に小鳩が住んでなければ、そこそこのマンションに引っ越せるほどである。

くわえて美神が、あの美神がセクハラに寛容になってきていた。
おキヌがいるときはいつも通りなのだが、いないときは10秒ほど触らせてくれるときがある。
以前など寝込みを襲って揉んでたら最後にはあの美神のパンティを脱がせてしまうところまでいった。
途中でおキヌが帰ってきて、なぜか美神の方が慌てて起き上がり、おキヌに取り繕っていたが、かなり惜しかった
のだ。

おキヌも最近二人きりになると目を閉じて唇を突き出したり(横島はその行動の意味を理解していない)、シロはお
風呂にやたらと一緒に入りたがり(シロはあれからまた胸が成長した)。
タマモは横島が寝てると狐の姿で一緒に寝たがり(起きたときはなぜかいつも人間の姿である)、小鳩は何かにつ
けて横島の世話を焼いてくれる。
小竜姫様も妙神山にパピリオの様子見がてら遊びにくると嫌な顔もせずに炊事洗濯をしてくれるし、やたら泊まれ
と薦めてくる(横島はよほど退屈なんだと、だけ、思っている)。

実際、最後までは、みんななかなかさせてくれないのだが、かなり美味しいところまで来ているのは事実であった。
特に美神は、最近では除霊のつまらないミスもしなくなった横島に、もう陥落寸前にまで迫っていた(横島はそのこ
とに気付いていない)。何より周りの攻勢も激しくなり、美神も自分の好意に正直にならないと横島をとられると思い
出していたのだ。

周囲の好意には気付かなくても、この状況を捨てて横島が異界へ行くメリットなど皆無だった。
正直言うと最近、おキヌちゃんや小竜姫様に包丁で刺される夢を見て、なぜか怖いのだが、そんなものは煩悩が
おしのけていた。

(くっ、やっぱり今の状況からして嫌がるか……。こうなればあの奥の手しかない。すみません横島さん騙すようで
心苦しいんですが、僕も自分の命は惜しいんです)

ちなみにジークはその後、美神たちの手によって死よりもすごい恐怖を味わうことになるのだが、それは今はいい
だろう。

「横島さん。分かりました。じゃあこういうのはどうです」

「どんな条件を出しても無駄だ!俺はあのパイオツを一年も我慢できるか!」

「向こうの平行世界での交流先は女子校の3-Aの教師です!」

「さあなにをしてるんだいジーク君! いや、心の友と呼ばせてくれたまえ!」

しがみついていたジークの手を横島が取った。これ以上ないほど純粋に目が輝いていた。

「さあ行こう。今行こう。すぐ行こう。美神さんたちにばれるとやばい!なぜか分からんがばれたら最後、俺の命が
危ない気がする!さあ一度は行ってみたかった、じょーしーこおおおおおおおおおおおおと言う名の桃源郷へ!」

横島は気付いていない。このときジークがどれほど冷や汗を垂らし、横島の顔をまともに見ていなかったかに。

「は、はい。そうですね。じゃあ隣の部屋に直通のゲートを既に用意してあるんで、急ぎましょう。ヒャクメだけが協
力してくれて、もしか美神さんたちが、勘付いたら誤魔化すように言ってるんですが」

「それは、あれじゃないのか。ヒャクメに言わない方がよかったんじゃ」

「うっ、そ、そうか。しまった!」

ジークが小手先を労して語るに落ちる小悪党のように頭を抱える。そうである。ヒャクメほど役に立たない、機密と
縁遠い存在も珍しい。情報官のくせに、これに教えると美神に教えることとはプランク定数並みに近い。

「とにかく急ぐぞジーク! ヒャクメが口を滑らせないわけがない!」

「はい。分かりました!」

隣の部屋を開けるジーク。一番最初にここに来たとき、修行をした覚えのある異空間だ。地面には七色に光る一メ
ートルほどの円がある。どうやらそれが『異世界』への直通ゲートのようだった。


どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!!!!!


「な、なんだ!?」「や、やばい!!!」

そのとき門の方から凄まじい轟音が響き、ジークが戸惑い、横島が激しく動揺した。
同時にジークの携帯が鳴り響いた。
おそるおそるジークがそれを手に取った。

『ご、ごめんなのね。つい言っちゃたのね。キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!美神さんお尻はダメ!神通棍でお尻ダメなのね!ごめ
んなのね!ごめんなのね!私も最高指導者の命令で!!別に面白がってたわけじゃないのね!!』

『ジーク……。まだ横島はいるわね』

怒気を孕んだ美神の声が携帯に響いた。

『急に老師からお使いに出されるんで妙だと思ったんですが、どういうことかたっぷり聞かせてもらいますよ』

次に小竜姫の声が響いた。

『おいたはいけませんねジークさん。でも横島さんがそこにまだいたら許してあげますよ』

『そうね。いたら生焼けぐらいかな』

『先生、拙者も一緒に行くでござる!』

なにげに一番怖い声の元幽霊のおキヌの声が響き、次にタマモにシロと続いた。

「まずい。いいですか横島さん。向こうでは霊能の代わりに魔力を使う『魔法』が超常現象の主流で、霊能や霊力
は珍しいものです。また、魔法や霊能に関することが一般人に知られることはタブーになっています。ばれたら向こ
うとの取り決めで横島さんはオコジョになります。くれぐれも軽率に魔法や霊能のことは口にしないでください。分か
りましたね?」

「あ、あ、ああ、ああっ、じゃあもう行くぞ。ここに飛び込めばいいんだな?その先に女子『高』があるんだな?」

横島の声が激しく震えた。
美神が怖い、おキヌが怖い、他の女性達全部が怖い。たとえここで無事にいけても、一年後に自分は死ぬかもし
れない。でも、それでも、横島は行かねばならないのだ。
そこに女子『高』教師というものがある限り横島を止めることは、たとえ神魔の最高指導者でもできないのだ。

「はい、あります。女子『校』が、それと報酬なんですが、横島さんは金銭は喜ばないと思ってたんで金銭の他にもう
一つ候補がある――」

そのとき近くでまたもや爆音が響いた。

「い、いい、行ってください。このゲートは横島さんがくぐると向こうの交流相手、魔法使いのネギ・スプリングフィー
ルドという子と交代して閉じます。僕はその子を連れて全力で逃げますから」

「分かった。死ぬなよジーク」

「横島さんも、お元気で。いいですか関東魔法協会、麻帆良学園、学園長、近衛近右衛門(このえこのうえもん)だ
けがあなたの唯一の協力者です。麻帆良学園の近くにゲートを開くので、まずその人を尋ねてください」

「ああ、じゃあ一年後にまた会おう。そして、待っててね女子『高』生のお姉さん! これからこの横島忠夫が手取り
足取り教えて上げるからね!」

横島がゲートを潜る。

「ここは……」

同時に向こう側から外国人の男の子が現れゲートが閉じる。

「逃げるぞ!!」

ほぼ同時に美神たちが現れ、ジークは男の子を抱えて空へと飛び立った。

「「「「「ジーク(さん)(殿)!!!!!!!逃げられると思うか(いますか)(でござるか)!!!!!!!!!」」」」」

「きききききキミの名前は?」

「え、ええ? はい、ネギ・スプリングフィールドと言います」

「そうか僕はジークだ。安心してくれ、キミの安全だけは僕が命に代えても保証するから」

そう言ったジークの顔は漢であった。









あとがき
これで、本当にネギの出番終了です。
本当に苦手な方は全力で回避して下さい。
よろしくお願いします。






[21643] 出会いと始まり。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/05 14:53



「ぐふふふふ。そうか、神様は俺のことが好きだったのか。まさかそんな夢のような場所に行けるとは!何度も女
子校の教師なんぞをしてる鬼道を呪ってやろうと思ったが(実際呪ったが)、これからの俺は違う!あいつと同じ夢
の職場が待ってるんだ!」

とりあえず今の横島は『高校三年生』の担当教師になれると信じ、ジークが言ったときの様子がおかしかったことと
か、そもそも落ちこぼれの彼に高校生の授業が分かるのかとか、ネギという少年がどれほど大事にされていた存
在なのか、現在、ゲートをくぐり抜け眼前に青空、下には急速に近付く地面があり、自分が落下中とか細かいこと
は気にならなかった。

「ははは、俺はやる! 一年のアバンチュールを満喫して、再び美神さんたちと出会うときには真の漢になって帰る
ぞ!待っててね初体験!待っててね大人への扉!」

しつこいようだが現在横島は空から落ちている。

「まだ見ぬ美人の姉ちゃんたちよ!この横島忠夫全身全霊の誠意を持ってその体を預からせてもらいます!」

しつこいようだが現在の横島は空から落下中である。
そして残り100メートルというところで声が聞こえた。
きゃいきゃいという女子たちのかしましい声である。

横島が下を見てその女子生徒を見て奇声を上げる。

「お・じょう・さーーーん!!僕とお茶でもしませんか!」

嬉しすぎて横島は前後不覚に陥っていた。
しつこいようだが現在の横島は落下中であり、地面が10メートルまで近づき、女子生徒の群れから少し遅れたツ
インテールの少女とローラースケートをはいた少女が、あまりに肌に寒気を催す声に上を向いた。

「な、なに!?」

「おお、明日菜。空から人が落ちてくるえ」

「って、ちょ、木乃香! のんきに言ってる場合じゃないでしょ。よけて!」

丁度、横島が長髪で大和撫子といった風情の木乃香の上に落ちてきて、明日菜と呼ばれたツインテールの少女は
助けようと回避に出る。運動神経の良さそうな明日菜が木乃香に覆い被さり、ぎりぎりでかわした。

一方横島は落ちる。

「ひいっ」

ぐしゃという嫌な音が響く。普通なら100パーセント死ぬ。しかし横島は違う。そのことをよく分かっていない明日菜
が青ざめ血みどろの横島をつついた。

「あ、あわわわわ。あ、あの大丈夫ですか!?」

大丈夫なわけがない。絶対死んだと思う明日菜だが、横島がばっと起き上がると明日菜の胸に飛び込んでいた。
ちなみにこの時点で血みどろだった横島の傷は鼻血程度に回復している。そう。ギャグ使用時の横島に死という概
念も怪我という概念も存在しないのだ。

「ああ、もうダメ、せめてこの胸で死なせてつかあさい!」

「え、ちょ。そんな!」

しかし明日菜は死にかけてると思っているので無理に振り払おうとしない。胸の間で横島に顔をハフハフされて動
揺しているだけだった。

「ああ、気持ちいい。ここは極楽なんだ。もうこのまま死んでも思い残すことはない!」

「え、ええ?ちょ、ちょっと死んだらダメです!大丈夫ですか!?」

スカートからのぞく健康的な足、そして、そのスカートはめくれ上がり、

「おお、クマのパンツ」

しっかりと目に焼き付ける横島。エロのためならたとえ成層圏から落ちても燃え尽きずに彼なら同じことをするだろ
う。

「え?って、ちょ!な、なに、元気なの!?」

虫の息だと思うから我慢もする優しい明日菜だが、相手が元気となれば話は別だ。慌てて横島から離れる明日菜
。スカートでパンティを隠すが不意に右足に痛みが走った。それでも横島を殴り飛ばさなかったのは、まだ、重傷だ
という思いが拭いきれなかったからだ。

「いたっ」

「え?」

と、今度は横島が目を瞬いた。

「ああ、すまん。怪我させたか?大丈夫か?」

少女の顔を見てシロぐらいの年齢だと認識し、頭を振る。怪我をさせたようで横島はのぞき込んだ。
そのとき、奥に見える麻帆良学園の校舎からチャイムの音が響いた。

「ああ、初日から遅刻なんて……」

がくっと明日菜は肩を落とした。横目で木乃香を見ると、今のショックで気絶して目を回していた。

「う……。なんかすまん。いきなり空中に放り出されたんで、対応が遅れたんだ。えっとほんまに大丈夫か?」

変な妄想に浸ってるのが悪いのだが、さすがに今はそれはいえない。
横島はアスナの顔をよく見ると胸はそこそこあり、将来が楽しみそうな美少女だ。しかし、よく見ると、相手が守備
範囲外と気づき、横島は動揺した。

(こ、子供の胸に飛び込んでしまうとは、こ、これは犯罪か!?)

「あ、あなたは?っていうか怪我は?」

木乃香も気絶してるようだし、ここまでくると遅れる覚悟をしたのか明日菜は目の前の男に尋ねた。

「ああ、俺は横島忠夫というものだ。傷の方は慣れてるから、これぐらい平気なんだが。えっとキミはここの生徒?」

「へ、平気って……はい」

答えた明日菜は木乃香を庇って、身構えた。パンツを見られたせいか、横島に気を許せないようだ。というか、死
にそうだと思ったから胸に顔を埋められても我慢したのに、これほど元気ならなんのために我慢したのだ。

「そう、ちょっと足見せてくれるか?」

「……い、いやですよ!変なことしたら大声上げますよ!」

明日菜は逆に引っ込めた。しかし、かなりくじいたのかまたもや痛くて顔を歪めた。

「さ……最初はかっこよくと思ってたのに、早速いつも通りの目をされてるじゃないか!俺って奴は!俺って奴は!」

横島が急に地面にガンッガンッと頭を打ち付け出す。
その奇行にさらに明日菜が動揺したが、しばらくしてこの世界には美神という突っ込みや、おキヌのような宥め役
がいないことに気づき、横島はむくりと起き上がった。

「は、はは」

横島は明日菜に変人を見る目で見られて、複雑な笑いで誤魔化そうとした。

(な、なんなのよ、この変な人は!?)

明日菜の方はすっかりおびえた顔でずり下がる。

「あ、あのさ、本当になにもしないから、痛いところ見せてくれると嬉しいんだが。こう見えても俺は医療術の心得が
あるから何かできると思うんだけど」

言いながら横島はこっそり手に文珠を握り込み『治』と込めた。

「ほ、本当にいやらしいこと何もしませんか?」

疑わしそうに明日菜が尋ねた。

「し、しないしない。するんならもうとっくにしてるし、それにほら、こんなところでしたら直ぐに人が来るだろ」

「おっぱい触られましたけど」

それでも警戒心はまだ解けなかった。

「うぐっ。いや、あれは条件反射というか、いつもだと成功しないというか」

(や、やばい、誤解じゃないけど、誤解を解かないと、来て早速痴漢で捕まったら、教師の話もおしまいだ。一年間
刑務所の中で、犯罪者どもと交流を深めることになりかねん。いや!それだけはいや!)

「あ、あの、見るだけですからね。何かしたら大声で叫びますよ」

「え?見せてくれんの?」

「へ、変な言い方しないで下さい!治療するんですよね!?」

だが明日菜も、あまり治療の期待はせず、どちらかというとできるだけ刺激せず、木乃香もいることだし、他に誰か
がくるまで時間を稼ぎたい思いが強かった。

「わ、分かってる。俺も着任早々捕まるのだけは勘弁してほしいからな」

「着任?――ま、まあじゃあ」

明日菜は警戒しながらもすっと引っ込めた足を伸ばす。足首がかなり腫れ、痛々しい。どうやらこちらの世界では
ギャグ使用の怪我なんて存在しないようだ。横島はメタなことを思いながら、文珠を明日菜の患部に当てた。すると
みるみる腫れが引いていき一瞬後には明日菜の傷は癒えていた。

「すごい……。どうやったんですか?」

あまりに不思議な現象に明日菜は目を驚かせた。
というより、本当に治してくれるとは微塵も思ってなかった。

「ああ、文珠……。いや」

横島はこの世界で魔法や霊能が秘密だとジークに言われたことを思いだした。

(ま、まずい。俺のアホ。今、思いっきり不自然なことしたよな)

「えっと、気功の一種でね。ほほほほら、よくテレビでしてるだろ?」

大体常識レベルが同じだと言っていたジークの言葉を信じて横島は言った。気功に関しては横島のいた世界では
超常現象ではない普通の事象に限りなく近いように扱われていた。だが気を飛ばして誰かを癒したり倒すといった
ことは眉唾物に扱われてはいたが。

「ああ、へえ、気功ってこんなのできるんだ」

どうやら気についての常識レベルは同じようだ。横島は安堵し、明日菜が頷いた。

「ああ、じゃあ、そこの子も」

横島はそういうと木乃香に目を向けた。彼女はまだ気絶しており明日菜は慌てて駆け寄った。





「ふう、や、やばかった。可愛かったとはいえ、年下の子の胸に顔を埋めてしまうとは、お、俺はロリコンじゃない!」

明日菜に教えられた学園長室へと向かいながら横島は冷や汗を流す。どうにか誤解は解けたが、危うくついて早
々首が飛ぶところであった。これから同年代や年上の姉ちゃんとウハウハな一年が待ってるというのに、こんなと
ころで捕まるのだけは死んでもごめんだ。

「しっかし、ずっと殺しそうな目で見てた女の子ってなんだったんだ?」

ふと出るに出られないような顔でこちらを睨んでいた子を思い出す。横で髪を纏め、明日菜以上に守備範囲外だっ
たから声はかけなかったが、あと三年ほどすれば間違いなく美人になることだろう少女だった。

「ただ者じゃない。かなり強そうな雰囲気だったが……」

考え込みつつも横島は目的地が見えてきた。
表札に学園長室とあり、横島はノックした。

「入りたまえ」

「ういっす!」

勢いよくドアを開け、横島は机に座る後頭部の長い化け物がいるのを見た。他には人が見あたらず、あるいは学
園長も美人の熟女かと思った横島は息をついた。

「横島忠夫君で、キミは間違いないかね?」

「はい。そっちは麻帆良学園の学園長。俺の協力者っすか?」

「うむ、そうじゃ」

近右衛門が重々しくうなずいた。

(女だけかと思ったら、やっぱ男もいるのか……。しかしぬらりひょんが学園長とはな……。超常現象は秘匿されて
ないのか?)

とはいえ、横島も前の世界で大概のものを見てきたので、あえては突っ込まなかった。

「で、約束より一時間ほど遅かったようじゃが何かあったかね?」

「い、いえ、とくに」

ぶるぶると目一杯横島は首を振った。
明日菜の件がばれると本当に首になりかねない。他にも女子更衣室はどこかと探したりしてて、余計遅れたのだ
が、とても言えないことだ。

「まあそれならいいんじゃが、ワシの名は近衛近右衛門じゃ。キミは本当に横島忠夫で間違いなかろうの?」

「あ、はい。間違いありません。横島忠夫高校三年18歳。よろしくお願いします!」

横島はびしっと敬礼して言った。

「ううむ、本当にくるとはの。あれは夢かと思ったんじゃが……」

学園長は何か半信半疑だったように呟いた。

「どうもいまだに信じられんのじゃが、観世音菩薩様より話は聞いておる。ここではワシのことは学園長と呼んでく
れればいい。よくは知らんじゃろうが、一応関東魔法協会の理事でもある」

「はあ偉い人なんっすよね?」

「まあそう思ってもらって差し支えのない程度にはの。しかし、今回のことは急での、正直ワシもまだ戸惑っておるん
じゃ。まあ、菩薩様なんぞというもんに出てこられては従わんわけにもいかんのでな。まったくいきなり天から降りて
こられて冷や汗もんだったわい」

「はあ……」

横島のいた世界では神様なんてものは普通にいたので、そう言われてもいまいちぴんっとこなかった。菅原道真な
ど受験生に追い回されていたぐらいだ。しかし、魔法が秘密なのだとすると、

「ひょっとして、この世界じゃ神様は珍しいんですか?」

「まあ自称神なんぞというものなら見たことはあるが、ワシもずいぶん長く生きとるが、本物の神や菩薩を見たのは
初めてじゃな。そちらでは常識なのかの?」

「え、ええ、結構普通に見ますね」

「どこがよく似た世界なんじゃ……。ああ、まあ、横島君。神様を見たことがあるなんて変なことを言うと、たとえ魔
法関係者相手でも妙な目で見られるので、気をつけるんじゃぞい」

学園長は目頭を押さえた。かなりお疲れのようだ。

「そ、そうなのか。確か一般人の場合、魔法使いのことも秘密ですよね。あと俺が異世界から来たのは魔法関係者
にも秘密で、ここの常識にないことは言わないようにした方がいいっすよね?」

「そのとおりじゃ、まあ霊能に関しては、この世界では廃れておるのだが、霊力というものがないわけではないので
、文珠?じゃったかの?この調子では文珠とやらも本当なんじゃろうが、その万能の力に関して以外は魔法関係
者には秘密にせんでもいい。ただゴーストスイーパーという職業はこの世界には存在しないので気をつけてくれると
ありがたい」

学園長は事前に菩薩様と話す暇がたっぷりあったのか、横島の事情についてはかなり通じているようだった。

「ええ、ここでの協力者は学園長だけって話ですし、困らせることはしませんよ」

「そうか、それを聞いて安心したわい」

学園長は横島の人柄を計っていたのか、ひとまず進んで問題を起こしそうにはないと見て安堵の息をついた。
もっとも彼は進んで問題を起こすタイプなのだが。

「でじゃ、ネギ・スプリングフィールドという子の最終課題の替わりとしてここに来たことは聞いておるな」

「うん?ネギって子供が俺の世界に来たのは交換留学生としてだと聞いてます。でも、最終課題とはなんっすか?」

横島が聞いていたのと学園長の言葉には、微妙なニュアンスの違いを感じた。

「なんじゃ聞いておらんのか?」

「え、ええ」

「実はの、元々ここにネギ君という少年がもう少し早くから来る予定で、その少年はここで教師をする予定じゃった
んじゃ」

「は?俺が教師をする話は知ってるけど、ネギって子も教師?確か10才の子供だったはずじゃ、ここの魔法使い
は10才になると教師になるんっすか?」

かなり驚いた。横島の常識では10才のガキになにができるのだ?としか思えない。

「まあ特殊な事例じゃが、魔法学校の最終課題としてそういうものがあるのは確かじゃ。行き先は様々じゃが、ネギ
君の場合日本の学校で教師になることと決められておった。ゆえに彼はキミの世界で最終課題をこなすことになっ
ての。たしか六道女学院というところで教師をするはずじゃ」

「な、なな、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」

「ど、どうしたんじゃ?確かキミが本来それをするはずだったのを交代してこっちにきたんじゃろ?」

「ジ、ジ、ジ、ジークウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
ウウウ!!!!!己よくも!よくも!よくも!」

(いや、待て、しかし、これは考えようによっては良かったんじゃ。そうだ。向こうじゃ色んな人の目があって教師をし
ても自由にできるはずがない。しかし、こっちではまだ俺のことを知ってる奴はいない)

「ふふふふふ、そうか、ジーク!お前それを知ってて、ジーク!ジークありがとう!!」

「い、いいかの?」

さすがの学園長も引きながら尋ねた。

「あ、はいっす!」

ころころ表情を変える横島を怪しむ学園長。彼のテンポに付いて行くにはいくら学園長でもかなりの慣れが必要だ
った。

「まあそれでの本来であればそれだけで話しはすむことなんじゃ。じゃが、本来、ネギ君がここで教師をすることは
絶対に外してはならんことでの。それを無理にキミと交代させられたせいで、かなりワシも混乱しとる。このままでは
正直困ったことになるかもしれんのじゃ」

「困ったこと?」

「詳しくは言えんのじゃが、『キミもそうなのだ』と菩薩様からは聞いておるが、ネギ君という少年はこちらではとても
重要な人物でな。この世界の魔法使いの才覚は多くの場合、子供に受け継がれる傾向にある。ゆえにネギ君もサ
ウザンド・マスターの息子と言うだけで、かなりの注目を浴びておったのだ。事実彼は向こうの魔法学校では首席で
卒業し、その頭角を10才にして現し始めておった」

「さ、さうざんどますたー?な、何か強そうな名前の人の息子っすね。な、なんかひょっとして、俺が来たのってまず
いんっすか?」

横島がここへ来た理由はひとえに女子『高』の教師をしたかったから、それだけだ。だが、学園長の話を聞く限りど
うもそんなお気楽な目的で来ていいようなものではない雰囲気だ。

「まずいと言うよりも、激まずじゃな」

「は、はは、いや俺はジークって魔族に女子高の教師をしろと言われただけなんっすよ」

「まあ、キミを責めても仕方がないことは分かっておる。ワシもなんとかこの件、断ろうとしたんじゃが、『この件は世
界そのものの命運にも関わる』と言われて断り切れなんだしな。ただ」

学園長はじっと横島の目を見据えた。

「は、はい」

「キミには一つ依頼したい件があるのじゃ。それさえ呑んでもらえれば、ワシとしてもキミを全力でサポートしようと
思っておる」

「それは断ることって……」

「できる。正直キミに言うのも都合のいい話じゃし、キミとの関わりもない。ついでに言えばキミはこれを引き受ける
と、向こうに一年後に無事帰れる保証もない。もしかすると死ぬかもしれん」

一にも二もなく横島は『いやジャー!!』と叫ぼうとした。だが真実を言ってるであろう学園長の目に、覚悟のような
ものが伺えた。迂闊に断ることができないような覚悟が。

「な……内容は?」

横島はゴクリと息を呑んだ。何だろうか。魔神と戦えとでも言うのか。それとも狼王が復活するのか。それとも月に
でも行けというのか。

「教師を続けつつ、この世界における魔法世界というものの中での英雄サウザンド・マスター。ナギ・スプリングフィ
ールド、ネギ君の父親を探してもらいたい」

「ネギ君の、ち、父親を探す?」

「詳しくは言えん。ともかく、こちらから与えられる情報は彼を捜して欲しいということだけじゃ」

「人探しがそんなに危険なんっすか?」

「危険じゃろうな。彼はあらゆる意味で目立ちすぎておる。探せば命の一つや二つでは足るまい」

「う、ううん」

(く、くっそ、ジークのアホが、どおりで顔がさえんと思ったら……。こんな爆弾があったのか。どうする。唯一の協力
者と諍いも起こしたくないし……。しかし、いやだ。絶世の美女とか王女様を探せというなら喜んで探すが、なにが
悲しくて男を命がけで探さねばいかんのだ)

「あ、あの、答えは今すぐ返さなきゃいけませんか?」

あまりの危険な匂いに横島は即答を避けることにした。

「いや、まだしばしの猶予はある。じゃが夏休みまでには返事をもらいたい」

「分かったっす。できるだけ真剣に考えてみます」

「そうか……。まあできるかぎり良い返事を期待しておるよ。――それでキミのことじゃが、うちの3-Aで英語をで
きれば担当してもらいたいんじゃが、英語はできるかの?」

ふっと学園長の雰囲気が急激に和らいだ。
どうやら堅苦しい話は終わりのようだ。

「そ、それはもちろん!不肖横島、美人のためならあらゆる不可能を可能にして見せます!」

ちなみに殆ど学校に通っていない横島の学校の成績は赤点ギリギリである。何度かは文珠を使用したカンニング
で危機を脱しており、少なくとも勉強に関してはバカと言って差し支えない。だが彼は本気だった。女子校の教師に
なれるなら、いかなる博士号であろうととってみせる男であった。

「そうか……なにせキミの年齢が年齢なだけに、18才で教師をさせるというのは少々無理があるのじゃ。表向きの
理由は、15歳でハーバードを卒業した天才と言うことになってるんじゃが、本当にいけるかの? 文珠とかいう霊
能とやらで、なんでもできると聞いておるんじゃが」

「あ、ええ、できます。文珠も万能とはいかないんですけど、知力関係は文珠の文字の込め方でどうにかなるっす。
老師(ハヌマン)さまには使うと堕落するから『暗記』はしない方がいいって言われてるけど、今回は特別ってことで
、教科書丸覚えして、その後『理解』を使えばマジで天才になれます。何せ女子『高』生のためです!!」

「おお、そうか。では問題ないの。うんうん、そうじゃの、なんせ可愛い女子『校』生のためじゃものな」

学園長は可愛い生徒のためという意味で言っており、二人の間で微妙な誤解はあるがこの場で気付くのは無理だ
った。

「それとじゃ、妙な腹の探り合いは少なくともキミとワシの間では避けたいので、お互いに手の内は明かしておきた
いのじゃが、かまわんかね?」

「ええ。でも、俺の方は文珠と異世界から来たこと以外は、そんな大それた秘密はありませんよ。ただ俺が異世界
人であることや、文珠についてだけは学園長だけの胸にとどめておいてほしいですけど」

特に文珠についてはむやみに周りに言いふらさないように美神にも本当にどぎつく言い含められている。精霊石以
上の価値と汎用性を持つ便利すぎる代物だけに、ばれると怖いことも多いのだ。

「それについては心得とる。それでじゃ、この世界にも魔法がある以上、魔法を教えていいものはいる。まあ当然
のことじゃが魔法を使うものには霊能のことがばれても問題はないし、特殊な技能を持ち、こちら側に属するもの
達、まあ忍者などにもばれても問題はない。これがそのリストじゃ」

と言って学園長は引き出しから資料の束を取り出した。

「み、見てもいいんっすか?」

マル秘とそこには大きな判が押されており、横島はゴクリと息を呑んだ。国家機密に関わったことなどもあるが、交
渉はあくまで美神の仕事だ。こういう秘密事項を自分のみ指定で打ち明けられるのは初めての経験だった。

「構わんよ。本来ここに来るはずのネギ君にはこれも秘密だったんじゃが、キミの場合、向こうではもう一人前の霊
能者だったと聞いておる。とすれば修行より、交流に重きを置くべきじゃろう。それにただの名前と顔写真のリスト
で魔法の種類や特殊技能、プライバシーは書いておらんし、その程度のことは知っておいてもらわんと後でかえっ
て問題になるしの(なんせキミは嫌われとるから)」

最後の部分を学園長は自分の心の中でだけ言った。

「はあ、そうですか。じゃあ」

横島は資料を手にとってぱらぱらとめくりだした。
一人だけすでに見たことのある人物がいて、なぜあそこで自分を睨んでいたのかと思うが、その他は全部知らない
大人や子供達だった。
それにしても男はともかく、かなりの美人や美少女揃いである。
思わず食い入るように見つめ、しかし、横島はあることに気づいた。
先程見た明日菜と木乃香という少女の名前がない。
どちらも霊的にかなり特殊に見えたのだが……それともこの世界ではみんな特殊な何かがあるのだろうか。

「これで全部ですよね?」

「うむ。これらのものにはキミが特殊なタイプの魔法使いであると知らせておる。もしよければ交流の意味でもキミ
の霊能の術を教えてやってくれんかの」

「それはいいけど……ここに名前のない人でも特殊な子はいるんっすか?」

「ほお、意外に鋭いことを聞くの」

「あ、いや、ちょっとここに来る途中で、珍しい形態の霊能?みたいなのを持った子と、上位魔族クラスの魔力を持
った子がいたんで気になって。あの二人の名前がないんですけど」

「なんと……それを見ただけで分かるのか?」

「え、ええまあ、GSって、職業上これが欠けてると生き残れませんし」

「ふむ……興味深いの。しかもあの二人にすでに出会っておるのか。神楽坂明日菜に近衛木乃香の二人じゃろ?


「そうです。そうです。たしかそんな名前でした」

「明日菜君についてはちとプライバシーに関わるんで秘させてもらうが、もう一人の木乃香はワシの孫娘じゃ。二人
ともかなり特殊で強力な魔法を使える素質はあるんじゃが、明日菜君は事情があって魔法については何も知らん。
木乃香の方はまあ親の方針での。魔法には関わらせんことにしとるそうだ。ワシは言った方がいいと言うておるん
じゃがな」

「そうっすか(ぬらりひょんの孫か。なるほど、この人もかなり魔力あるし、それであの子も……。半妖かシロみたい
なもんなのか)。じゃあ、ここにある分以外は魔力を感じても黙ってれば、いいんっすね」

横島としても元々おざっぱな性格であり、細かいことまで聞くつもりはない。だいいち、手の内を明かすと言っても全
てが全てオープンではないことぐらいは分かっていた。

「そういうことじゃ。ではあとは、まあ、その、いろいろ辛いことは多いと思うが強く生きるんじゃぞ」

「はあ?」

なんのことかと横島は首を傾げた。




あとがき
ネギの扱いが思っていた以上に難しいです。
麻帆良にいたことにするか否かで、だいぶ悩んだんですが、
居たとすると、いろいろ収集付かなくなる気がしたので、
こんな感じにしました。

あと、GS世界側のネギは書かないつもりでしたが、
思っていた以上にネギの方も見たいという感想があったので、
もしかすると書くかもしれません。




[21643] 麻帆良女子中等部3-A
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/04 12:08


「明日菜。なにしてるんえ?」

一方その頃、3-Aの教室では神楽坂明日菜が、手を目の前に突き出し、難しい顔をしていた。目の前には高畑と
書かれた油揚げがあり、それに対して何か念のようなものを送り込んでいるようだ。
それに声をかけたのは木乃香である。

「いや、確かこうやってたなって」

「ああ、今朝の気功とか言うの?」

木乃香は保健室ですぐに目覚め、横島の文珠のおかげもあり、今は元気そうだ。

「うん、あれだけ効果があるんなら、もしかしたらお祈りにも通じるかもしれないもの」

「そんなに、その気功使う人すごかったん?」

「そりゃもう、凄いのなんのって、私の足がかなり腫れてたのに、すうって魔法みたいに引いていったんだよ。木乃
香もしてもらったでしょ?」

「うちは気い失ってたからあんまり覚えてないけど、確かにぽわっとした気はするな。そんなすごいんならいっぺん
ちゃんとおうてみたいな」

「それはダメ」

明日菜は毛嫌いするように手をクロスさせた。

「もうかなりスケベなんだから、いきなり人の胸に顔を埋めてきたのよ。普通なら警察に突き出すところよ!」

明日菜が顔をしかめる。あの行動はやはりかなり減点のようだ。

「でも、その人、大怪我してたんやろ?ふらついたんちゃうかな」

「いや、あれは絶対わざとだった」

「ふうん。――そういえば担任の先生遅いな。今日は新学年のはじめやのに、もう一時間目始まってるえ」

木乃香は言うが、のほほんとしていた。こういう性格の子のようだ。

「あ、そうだった! 私はこんなこと話してる場合じゃないのよ!」

明日菜は慌ててまた手を前に突き出した。口からは『高畑先生らーぶらーぶ』と正気を疑うような呪詛?を唱えて
いた。

「明日菜はほんま、高畑先生ラブやな。祈ってももう結果は出てると思うえ」

木乃香は必死で願う明日菜に若干呆れつつも、教室の扉に目をやった。もっともこの奇妙なお祈りのようなものを
教えたのは木乃香なのだが、意外と無責任である。そのとき、


がらっ。


教室の扉が開いた。

(ああ、ちょっと可哀想やな)

木乃香は思った。そこには、鳴滝姉妹が仕掛けた黒板消しとバケツというお約束の罠がある。高畑先生だとこんな
ものには引っかからないし、他の教師でも新任の先生でもなければ、この程度の罠は無難にやり過ごす。だが扉
を開けた瞬間見慣れない若い教師の顔を見て、それがちょっと間抜けそうだったので、木乃香は可哀想やなと思
った。

だが、その男はその仕掛けを超越した。

「じょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいこおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおせええええええええええええええええええええええええええ!
!」

奇声を発し、普通の教師ならいったん落ちるまで待つ黒板消しを、落ちる前に高速で通り過ぎ、あっさりバケツを蹴
り飛ばすと、向かってくる矢も追い抜き驚くほど素早く教壇に立った。

「やは、俺の名前は横島忠夫18歳、天才少年なので優しく願いします!」

若干言葉のおかしい横島。さわやかに笑顔を作ってできるだけ、かっこよくポーズする。変である。かなり変である
が、この教室にいる生徒も変わっていた。

「「「「「おおおおおお!!すごおおおおい!!」」」」」

感嘆の声が漏れた。誰もが教室に入り込んだ人間とは思えない速度に驚く。その後ろからは背の高い中年教師高
畑が引きつりながら入ってくる。この横島、職員室でも終始この調子で、神鳴流を極めた女教師には斬り飛ばされ
、胸がふくよかすぎる女教師にはいきなり愛の告白をかますと、やりたい放題だった。

(はあ、これは手を焼きそうだ。というか、ネギ君のことで文句言う気満々だった魔法先生方が、固まってなにも言
えなくなってたからな)

高畑は心でごちて、冷や汗を流した。

(おお、これは夢、女子高生に注目され、あまつさえ、これから手取り足取り色んなことを教えてもらえるなんて。あ
りがとうジーク)「ありがとうジークフリード!キミの犠牲は無駄にはしない!!」

「お、落ち着きたまえ横島先生。声が出てるよ。それにキミは担任教師だ。ちゃんと挨拶をしてくれないと困るよ」

元の世界なら誰かが殴り飛ばして正気に戻してくれるのだが、高畑にそれを求めるのは無理があった。

「分かってる!分かってるけど、この俺が女子高生の教師ー!!ああもう死んでもいい、このまま死んでも本望じ
ゃ!」

「死なれると困るんだけどね」

「あの、高畑先生この方は?」

見かねたのか雪広あやかが質問した。

「ああ、このクラスの担任になった横島先生だ」

「えええええええ!!高畑先生じゃないんですか!?」

明日菜が驚愕の声を上げた。

「明日菜。そこを突っ込むかえ……。っていうか、なんか見覚えある人なんやけど……」

校舎前のことをうろ覚えな木乃香が首を傾げた。
明日菜の方は、横島に気づきもせずに机に突っ伏して、白い灰になった。
そして、高畑は嬉しすぎていっちゃてる横島に変わって口を開いた。
横島が『本当のこと』に気づくまでもうしばらくの時が必要なようだ。

「僕じゃないよ。副担任は葛葉先生だしね。それと、彼はハーバード大を飛び級で卒業した天才児でね。特に言語
に関しては古代文字から、あるゆる少数民族のものまで知らない言語はないらしいよ」

本当は横島の付き添いには葛葉という女性教師が付くはずだったのだ。だが、横島があまりにちょっかいを出す
ので、葛葉が付いて行くことを断固拒否し、高畑が変わっていた。

「それは凄い方なのですね。あの、横島先生?」

「先生、先生、先生、なんていい響き。はい、なんでしょうお姉様!」

瞬時に近づきあやかの手を取る。コンマ0,08秒の早業であった。

「だーかーらーいい加減にしたまえ!」

ついに見かねて高畑の拳による突っ込みが入る。横島の顔があやかの机にめり込んだ。

「ああ、この感じ久しぶりだ。だけど、男はいや!」

「はは、なんか面白そうな先生だね」

「三学期からくる予定だった人かな?」

「女子高生が俺の噂を、女子高生が俺の噂をしてる!!」

横島は涙を流した。
彼はもう少し落ち着いた方が良かった。

「横島先生。ふざけるのもほどほどにお願いしますよ。それと年下相手にお姉様というのもどうかと思うよ」

「う、ういっす」

だが、高畑の怒った声に職員室でも散々どつかれまくった横島は、むくりとゾンビのように起き上がり、生徒の度肝
を抜くと、教壇に立った。そして生徒を鼻をふんふん言わせながら見渡したのだ。

「って……?」

ここへ来てようやく横島が首を傾げた。

(……あれ?)

教壇から生徒を見渡す。
どの顔も見渡し、ふと気づく。
横島の女に対するレーダーは驚くほど正確である。
先程職員室で、もうすぐ三十を迎える刀を持つ美人女教師にして、このクラスの副担任でもある葛葉刀子の年を月
単位で言い当て、殺されそうになったほどだ。
そのレーダーが言うのだ。
ここにいるものは殆どが『14歳』だと。
横島のレーダーですら分からない幽霊少女、その他、妙な雰囲気の数名とマリアのようなロボットをのぞけば、間
違いなく全員年下だと。

ちなみに横島はロリコンではない。高三と中三だとロリコンと言うほどでもないかもしれないが、最近成長著しいシ
ロやタマモと見た目がほどんど変わらない少女達となると話は違う。
龍宮真名や那波千鶴などは大人顔負けのスタイルだが、年下のせいか、手を出したら人生の終着駅に一気にゴ
ールしてしまうおキヌや小鳩とダブって見えた。なんだかその二人、怖いのである。

ぎぎぎ、という音を響かせ高畑を見る横島。涙目である。

「あ、あの、ここはどこでせう?」

「あ、あのね。麻帆良学園女子『中等部』だ。まったくなぜこんな子がネギ君の……」

高畑が額に青筋を浮かべて言った。不満でもあるのかぶつぶつ言っている。

「う、嘘だ……」

横島は一歩二歩と下がって黒板に当たる。

「嘘だと言ってくれ……」

「悪いがキミが何を言ってるのか私には計りかねるんだが、取りあえずホームルームをしてもらえないか」

信じたくない、信じたくない。それでは怒れる美神やおキヌ、小竜姫様を振り切ってなんのためにここに来たのだ。
麗しのハーレムはどこにへ行ったのだ。まさか自分に一年間恐ろしく大人っぽい美少女や、小学生のように見える
美少女達とすごせと言うのか。無理だ。そんなことをしたら自分の中で何か大事なものが壊れてしまう。

「こ、こ、こんなこったろうと思ったよお!!!」

3-Aの教室に血の涙を流す横島の絶叫が響いた。





「はあ、まあいいんだ。いいんだ。どうせ俺なんか」

二時限目になり、どこか達観したように、普通であれば喜び乱舞する状況で横島は呟いた。
目の前の3-Aの生徒達には聞こえないように、

「そうだ。こんなうまい話があるはずなかったんだ。どうもジークの様子がおかしいと思った。ああ、帰りたい。早く帰
って触ってもいいボインのあるところに帰りたい。大体なんだあの乳はありえん。あの二人は絶対20才を超えてる
。年齢詐称だetc」

「横島先生、いい加減に進めないと。キミのために二時間目まで潰してるんだよ」

後ろにいた高畑が促す言葉に横島は気付いた。
なんだかんだで、思い通りに事が運ばず、オチが付くのには耐性がある。それにここまで来て愚痴っても始まるま
い。いい加減ちゃんとしないと生徒の横島にどう反応すべきか掴みあぐねた目や、明らかに何名かの敵意の目も
痛い気がした。

(と、特に三人殺されそうな雰囲気の子がいるんだが、何でだ?)

嫌悪と言うより、憎しみすらある目に横島は目を向けた。特に強烈なのが、金髪で小学生と見間違うような幼い少
女だ。というよりも、明らかに人外の匂いがする子だ。

(う、ううん、よく分からんが来て早々恨みを買うことなんてさすがにしてないと思うが)

「えっと、じゃあまず自己紹介はさっきしたから、なんか俺への質問とかあれば受け付けるぞ」

横島が呟くと、我先にと声を出そうとしていた少女達を制して、ツインテールの少女が立ち上がった。

「ああ!!今朝の痴漢!」

と、突然叫んだのは明日菜だった。
高畑が担任ではないことが、横島以上にかなりショックで、今まで逝っちゃっていたのだが、ようやく現実に帰還し
たようだ。

(な、なに、今更か?見逃してくれてたんじゃないのか?)

一方で横島はぎくっとした。名簿で明日菜がいるのには気づいていたのだ。だが、文珠で怪我は治してあげたし、
なんとか痴漢の汚名は返上できたせいで、騒がずにいるのかと思ったのだが、世の中そうは甘くはないようだ。特
に横島に大して世界は厳しいのだ。

「は、はは、や、いや、今朝のは勘違いというか、すまんかった!」

「明日菜君、どうしたんだい。痴漢とは穏やかじゃないね?」

高畑が尋ねてきた。横島はといえば頼み込むように涙目で、明日菜を見つめた。今朝の段階で、木乃香を運んだ
り、怪我を治したりして、許してくれる話になってたはず。という視線を明日菜に必死に訴えた。

「あ、う、いえ、今朝彼女と校門であって、学園長室まで案内してもらっただけで、痴漢では本当にないんです。な、
な!?」

「何々、明日菜知り合い?」

興味を引かれて明石裕奈(あかしゆうな)が尋ねた。肩まで伸ばした髪と割と豊かな胸。クラスのムードメーカー的
少女だ。

「あっと、は、はは、そうそう、知り合いというか、知り合ったばっかりっていうか。なんでもないんです高畑先生。校
門で遅刻しそうだったから、急いでたらぶつかっちゃって」

どうやら明日菜の方も約束を思い出してくれたらしく誤魔化してくれた。

(ありがとう!いい子だ!ちょっと美神さんみたいと思ったけど、とてもいい子だ!)

「明日菜、それってうちを保健室まで運んだいう人?」

「あ、うん、そう」

「そうなんや、先生、今朝はどうもありがとうやえ」

木乃香が立ち上がると横島に丁寧にお辞儀をして礼をいった。

「い、いや、いいんや。はは、俺が当たったようなもんだしな。え、ええ、えっと、そしたら、質問とかあるか?」

とにかく話題を変えたい横島が強引に話を変えた。後ろにいた高畑もどうも痴漢というわけでは本当になさそうな
ので、それ以上の追求は避けた。

(しかし、この二人と早速知り合ってるとは、これも運命かな)

ふと高畑は思う。そして同時に横島に不安も感じる。あまりに破天荒な発言に、普段はお祭り騒ぎばかりをしてい
る3-Aですら、気まずい雰囲気になりかけていた。まあ、今ので少し持ち直したようだが、どうにもこの3-Aでも癖
が強すぎる少年のようだ。学園長からは詮索は不要と言われているが、昔から世話を見てきた明日菜や、この世
界において重要な役割を持つ木乃香に妙な蟲を付けることにならなければいいのだがと思った。

(横島忠夫か……。ネギ君の件で当然のようにエヴァには嫌われてるだろうし、僕が動かなくても彼女が確かめてく
れるとは思うけど)

やはり不安がぬぐえずに、高畑は横島を見ていた。

「はーい、先生恋人はいるんですか!」

まずお約束な質問が、朝倉和美から浴びせられた。
この子もずいぶん大人っぽいスタイルの少女で、高校生といっても誰も疑うことはなさそうだ。そう横島は思い。な
ぜ、後一年後じゃないのかと嘆いていた。

「はあ、見て分かるだろ。そんなありがたいもんがいるわけないだろが」

横島は何事もないように返した。
高畑はハーバードを首席で卒業という話は虚偽であることは学園長から聞いていたが、今は廃れて久しい霊能力
というものを復活させた『天才』という意味では本当だと聞いていた。だから恋人なしは高畑は少し意外に思った。

「ええー、でも、先生ハーバードですよね。しかも飛び級してでしょ?もてまくるんじゃないんですか?」

「……?はーばーど?あ、ああ、まあそうなんだが……」

若干間が開いた横島に、裏設定を忘れていたなと思った高畑ははらはらして、見守っていた。

「ま、まあ、いないこともなかったんだけどな、どうもふられてな。今はおらん」

ルシオラがいなくなって一年、こういうことも自然と言えるようになっていた。
内容は嘘だが、まさか自分のために死んだと、この場で言うのがいかにバカな行為かぐらいは分かっていた。なに
より、自分の子供として生まれてくれるのならという思いもあった。
そして現段階で既に横島は、絶対にルシオラは嫁にはやらんと決めていた。
事実ルシオラの転成した子供は親ばか率100パーセントで育てられ、重度のファザコン娘として育つのだが、それ
はまた別のもっと未来の話である。

「ふーん」

(ちょっとこれは地雷っぽいか……)

それでも寂しそうな横島の雰囲気に朝倉は敏感に気付いた。

「じゃあ、ハーバードからここに来たのはどうしてですか?」

それはクラスも興味があったのかざわつきだした。ハーバードを飛び級で卒業する天才。大学部の講師ならともか
く中等部の講師というには肩書きが大きすぎるのだ。

「へ?あ、ああ、なんでだろな」

がくっと後ろで高畑がこけそうになる。高畑も横島がこの手の質問に対しての準備ぐらいしてると思っていた。

「いや、私に聞かれても」

聞いた朝倉がまたなんか間違ったことを聞いたかと、額に汗を垂らした。

(女子高生に興味があったというか。すごく興味が……いや、さすがにこの理由はまずい…)

慌てて横島は高畑に助けを求めるように見た。

「あ、あのね……僕が理由を知るわけがないでしょう」

若干の頭痛を覚えて、高畑が口を開いた。

「は、はは、そ、そうっすね。あんと、色々と事情が複雑でな。い、い言えんのだ!」

「怪しいな。まさか向こうで問題でも起こして逃げてきたとか?」

朝倉はネタの匂いを敏感に感じて尋ねた。

「朝倉さん。失礼ですよ。問題を起こすような方が教師になれるはずがないですわ」

そこに金髪の雪広あやかが言った。お嬢様然とした少女で、この子もあと一年も年をとっていればと横島に思わせ
た。横島も18歳なので、そこまで拘らなくても良さそうなものだが、どうもこの男はストライクゾーン以前に、年下に
はガッツかなところがあるのだ。

「まあそうだね。じゃあ」

朝倉も確かに問題を起こすような人物が教師をできるとも思えない。次の質問をしようとして、そこに小さな少女二
人が割り込んだ。

「ずるいよ朝倉ばっかり、先生、じゃあ、好きなものは?」

横島は確か双子の姉、鳴滝風香だと思い出した。

「女」

「嫌いなものものは?」

続いて妹の史伽が尋ねた。

「美形の男ともてる男は敵じゃ!」

「はは、先生、正直すぎだよ」

だが、受けたのか、クラスに笑いが起こる。それを皮切りに次々と質問が飛び交い、横島は質問に答える。趣味は
「ナンパと下着泥……」、渾名は「煩悩魔……」、好みの女性のタイプは「ボインの姉……」、将来の夢は「東京ドー
ムで乳尻太股にもみくちゃに……」全て言い切る前になんとか踏みとどまったが、二時限目終了のチャイムを聞く
頃には、横島が「エロ魔神」だとクラスの共通認識とした。

(本当に大丈夫なんでしょうね学園長)

高畑が後ろで横島以上に焦っていたが、なぜかクラスは盛り上がって騒がしい。そのことが余計に高畑を焦らせた
。そのことには気付かずに横島が口を開いた。

「ああ、それと最後に俺も高畑先生に聞いたところだが、春休み中に、『吸血鬼』騒ぎが起きてるのは、みんな俺よ
り知ってると思うが、しばらく夜間は外出禁止だそうだから、くれぐれも守ってくれ」

「「「「「はーい」」」」」

こうして横島の3-Aでの日々が始まりを告げた。




「まったく、ひやひやさせないでくれよ」

高畑が肩をすくめた。
ひやひやどころではなかったが、それを新任早々の横島に問い詰める気にもなれない。なにより高畑も横島という
人物を掴みあぐねていた。安全な人物なら霊能も見せてみてもらいたいのだが、そう判断するのも早計に思えた。

「はは、すんません」

「まあ下手に説明するより、秘密のことに関しては言えないにしたのは正解だけどね」

「ああ、ええ、以前の上司にも『あんたは嘘が下手だから、どうしても本当のことが言えないときはそうしろ』って言
われてたんっす。ところで高畑先生、吸血鬼って、マジッすか?」

横島は高畑が魔法関係者だと思い尋ねた。職員会議で議題にされていたのだが、ここ最近吸血鬼と名乗るものに
生徒が襲われているらしく、被害者が既に三人も出てるというのだ。
横島がマジかと聞いたのはもちろん本物かどうかという意味だ。ただの騙りで吸血鬼などというのは、横島が元い
た世界でもかなりいた。

「ああ、本当だ。自称ではなく本物だね」

「はあ、ここではそういうのはどうしてるんっすか?」

「まあ、大抵僕とかの魔法先生が解決するね。でも横島君は、学園長になにも依頼されてないなら気にしなくていい
よ。この件は僕が任されてるからね」

「はあ、そうっすか」

「それに確かキミは……」

言いかけて高畑は口をつぐんだ。

「うん?」

「いや、別に」

基本的に横島も面倒ごとは嫌いである。だから関わらなくていいというなら、関わらないのが、横島の主義だ。

「そうっすか。と、それより!」

職員室へと入り、席に着くと、しずな先生がお茶を置いてくれた。早速嫌われそうなことをしたのだが、18歳の横島
の行動にさすがに目くじらを立てて怒っているわけではないようだった。

「どうでしたか授業は?初日だとA組は大変ではありませんでした?」

「あ、ありがとうございます。いやあ、意外といい子達でしたよ。俺なんかの言うことも結構聞いてくれてましたし」

「まあ年が近いしね。本当にうまくいってたんじゃないかな」

高畑が口添えして、トイレにでも行くのか出ていった。

「それはよかったですね」

「はい。ああ、しずな先生が入れたお茶は格別に美味いっす」

「ふふ、ありがとうございます」

若い横島に褒められて、満更でもないのかしずなが微笑んだ。

「横島先生。机の上に教員用の教科書置いといたんで、目を通しておいてくださいよ」

といったのは横の席の瀬流彦先生だった。
なかなかの男前で、横島とは教員の中でも年が近い部類に入る。

「はい。ありがとうございまっす」

さすがの横島も男前と言うだけでは反応しなかった。
まあ最初見たときは取りあえず藁人形を討つぐらいはしたが。
ともかく、横島は教科書を手に取りぱらぱらとページをめくった。元の世界と英語のレベルも単語も同じようだ。だ
が、さっぱりとは行かないまでも、要所要所で知らない単語や文法があり、読めない英文があった。

(ああ、こりゃダメだ。美神さんとこで働き出してから勉強なんてほとんどしてないしな。先生やる以上教科書が分か
らんのは困るな。しかもなんか凄まじい天才にされてるんだよな。他の教科も中3レベルは完璧にした方がいいん
だろなあ。後は、めぼしい国の言語と、古代文字を丸暗記して……できるだけ文珠は無駄遣いしたくないから、教
科書揃えて一気に覚えた方がいいか……なんか考えるだけで頭が痛くなってくるな。ジークのやろう、帰ったら覚え
とけよ)

これで教師陣に美人が少なければ、この場でジークを呪い殺すところだが、しずなやシャクーティや、特に副担任
の葛葉が良かった。なんというか、かなり年上になるが、葛葉はかなり横島のツボにはまる女性だった。美神の影
響かあるのか性格のきつそうな年上美人が好きなのだ。

「瀬流彦先生、えっと、他の教科も一応暗記したいんっすけど、教科書他のもありますか?」

「暗記?覚えちゃうのかい?」

「ええ、まあ」

「はは、それはすごいね。まあそういうことは葛葉先生に聞くといいよ」

「え……」

同じクラスを担当することもあり、瀬流彦と反対側の隣に座る葛葉を見る。絶対零度のような目を横島は向けられ
た。

「なにか?」

「さ、さきのことは、か、堪忍や!葛葉先生があんまり美人なんで、つい、テンションあがりすぎて理性が飛んでしま
って、悪気はないんだ!」

「横島先生は美人を見ると年齢を言うんですか。もしそうなら死んだ方がいいと思います」

葛葉はすました顔でしずなが入れたのか、お茶をすする。一方、瀬流彦もしずなも関わってはいけないと席を立ち
、職員室に入ろうとした新田も帰ってきた高畑もUターンする。いつの間にかその周囲に結界でも張られたような空
間が生まれた。

「い、いや、そういうわけじゃなくて、とてもそうは見えないほど美人で若いという意味で……」

「お世辞は結構。自覚はあります。年のこと教えたのは学園長ですか」

「とんでもない。美女の年齢は自然に分かってしまうんです」

いつもなら失敗する横島の口説き文句である。少なくともこの言葉は、以前の世界ではとことんミスしていた。でも
本来横島は言葉だけならそれほどハズレではない。だが横島の行動がそれについて行かないのだ。

「だから、お世辞はいいと言ってる。きゃっ!」

「ああ、しかしあんたものごっつ美人だ!もういっそ、この熱いベーゼでこの罪を償わせてください!」

葛葉もそれ程ベタ褒めされると悪い気はしないと思い始めたところで、見事なルパンダイブをしようとする横島。不
意を突かれて胸に手が触れ、その瞬間、刀がひらめいた。
吹き上がる血しぶきを見て、まあ彼なら大丈夫だろうと早くも思われてるのはさすがであった。

「二度とこういう真似ができないようにして差し上げましょうか?」

葛葉はガッと横島の頭を踏みつけた。

「や、やってから言わんでください。あの、教員教科書はどこにあるんでしょう。美人のお姉様」

「三階の資料室です。教員用ですから鍵は忘れないでください」

「あ、案内を」

「お断りします」

カチンッと刀を収めて、葛葉は席に座り直した。

「いやあ、勇者だな横島君」

感心する瀬流彦の横にはガンドルフィーニがいた。

「しかし、下手に手を出すと葛葉先生は逆の意味で危ないぞ。大体なんなんだあの下品な行動は。あれがネギ君
のかわり、冗談も大概にしてほしいな」

「はは、まあまあ。学園長の決定だし、仕方ありませんよ。それに彼は女性教師全員に声かけてるから、さすがに
葛葉先生も勘違いしないでしょ。18歳と3」

「なにか?」

「「いえ!」」

かなり離れた距離で話していた二人に目を向ける葛葉。二人が慌てて目をそらした。
床には血みどろの横島がいたが、助けるものはいなかった。






あとがき
横島が年下の少女に対したとき、ルパンダイブをするかと考えたんですが、
されると収集着きません(汗
魔法先生方の対応はもっと厳しくするかどうかも考えたんですが、
やると長くなるし、学園長がかなり自制を促しということでひとまずこの程度に。
まあエヴァとかはそれですまないでしょう。

あとルシオラの扱いも苦慮したんですが、本編終了から一年経つので、
気になるけど、それなりに整理していることにしました。
本編でもルシオラのことを引き摺ってるのはアシュタロス編まででしたしね。

最後に感想で、関西弁が気になるという意見があったので、
GSを確認したところ、たしかに標準語を横島はほとんど使っているので、
今回は気をつけてみました。まだ気になるようならご指摘下さい。
いけるようなら1話と2話も修正しようかと思います。











[21643] 住まいの文句は学園長宛です。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/05 10:58

そのころ3-Aの教室では机の上で白い灰になった明日菜がいた。その口からは「高畑先生、高畑先生……」と呪
詛のように声が漏れてくる。願いを込めた高畑先生と書かれた油揚げは、机に放置され、どこか哀愁が漂ってい
た。

「ああ、明日菜が燃え尽きてしもたえ」

理由を知る木乃香はそんな明日菜の様子におろおろしながら声をかけた。

「って、木乃香、このおまじない全然効かないじゃない!おまけに高畑先生どころか、あんな変態を呼び寄せるとは
どういうことよー!」

明日菜が胸ぐらをもって木乃香を激しく揺さぶった。

「い、いや、そう言われても。そ、それに、これから担任になる先生に変態はまずいと思うえ」

「変態で充分よ!大体いきなり女の子の胸に飛び込むなんて、非常識過ぎよ!」

「お、落ち着いて明日菜。で、でも不思議やな、空から落ちてきて大怪我おっててんやろ?せやのに直ぐに治って、
胸に飛び込むわ、怪我は簡単に治すわって……あ、CGやろか?」

「CGじゃないと思うけど、気功の話はしたでしょ。本当に手元がぽおって光ってたよ」

「おお、ヨーダや」

「それはフォースでしょ」

「どっちも似てへんの?」

「違うでしょ。フォースは本当にCGだけど、あの変態先生の気功は本当に私の怪我を治してたよ」

「おお、CGちゃうんや。凄いえ。うちもいっぺん見たいな」

木乃香が呟きながら目がキラキラと輝いた。明日菜はこの友人が占いやオカルト系統のことになると見境なくなる
ことを思い出して、表情を歪めた。

「変に興味示さない方がいいって木乃香。いきなり中学生の胸に飛び込む変態教師よ。きっと小さいころから勉強
しすぎて頭がおかしくなってるのよ」

アスナはハーバードの話しを信じているようだ。
のちに明日菜は思う。あの時自分が横島とぶつかってなければ、木乃香に気功のことなんて話さなければ、自分
はこれから起こる不思議に巻き込まれずにすんだのだろうか。
いや、多分無理だろう。横島がこの世界に来たとき自分は、そして、木乃香ももう不思議な非常識に飲み込まれて
いく運命だったのだ。






「ああ、死ぬかと思った。葛葉先生の斬撃は美神さんを彷彿させるな。ちょ、ちょっと、目覚めそうだ。それに、葛葉
先生以外にも美人な先生ばっかりじゃないか。中学生の教師は不満だが、上手くすれば、美神さんがいない間に、
結構良い思いができるかもしれんな……。それに死にかけたけど一瞬乳にも触れたし、後悔はない。ああ、美神さ
んの巨乳もいいが、葛葉先生の大人になっても育たんかった微乳も触る瞬間の恥じらいを感じていいな」

横島が浮かれてにまにましていると後ろから声がかかった。

「横島先生!」

「ちょっと木乃香。私はいいって」

「あかんって、それに私も気功とか興味あるし」

呼ばれて横島が振り向くと、そこには明日菜と木乃香がいた。

「えっと明日菜……いや、神楽坂と近衛だっけか?」

さすがにいきなり名前で呼ぶのも変に感じて、横島が言い直した。

「正解や、もうクラスの子の名前覚えたん?」

「いや、これからひっくるめて覚えるところやが、二人は美人だからな」

横島は頭をかいた。

「嬉しいこと言うてくれるえ」

木乃香は喜ぶが、明日菜の目がジト目になる。
絶対に下心があるという目だ。

(お、思いっきり嫌われてるな。――しっかし、他のクラスはもうちょっとレベルの落ちる子もいるってのに、なんで俺
のクラスはこんな美人揃いなんだ。嬉しいんだが理性が、理性がやばい。それにしても、83…か)

「胸、また見てません?」

明日菜が疑わしそうに眼を細めた。横島は慌てて目を逸らした。

「み、見てない。見てないぞ!――あ、二人とももうすぐ授業だろ。俺は資料室に用があるから。では!」

しゅたっと手を挙げると横島はさっさと去ろうとした。

「資料室?何しに行くん?」

明日菜とは対照的に興味津々に木乃香が聞いてきた。

「ほ、ほっとこうよ。木乃香!」

「あ、ああ、別にやましいことじゃないぞ。ちょっと明日からの授業前に中学英語の予習をしてしまおうと思ってな。
お、そうだ。木乃香ちゃん言語関係の資料や古代文字とかの資料がある場所も知らんか」

「それやったら図書館島や、あそこやったら、資料室に行かんでも本という本全部あるえ」

「島?そこに教員用の教科書も?」

「多分あると思うえ。うちは図書館探検部やし、なんやったら放課後案内しよか?」

「ちょ、ちょっと、木乃香!」

「……探検部?」

横島が首を傾げた。図書館が島だの探検部だのとはなんのことだろうか。どうやらかなり大きな学園のようだし、
図書館も大きいという意味だろうか。横島は勝手に解釈し、今日は三年の初日で学級委員長などの当番を決めれ
ば、あとの授業がない。教科書は放課後でも十分間に合うかと思った。それに文珠が四つもいるのだ。資料室に
は古代文献などはなさそうだし、木乃香の言う図書館島に行く方がいいかと思われた。

「分かった。じゃあ、頼めるか」

「ええよ。明日菜も行くえ?」

「も、もう勝手に決めるんだから、付いて行かないわよ」

「そう?ほなら、うちが一人で案内するえ」

「だ、ダメ!それはダメでしょ!」

「じゃあ明日菜も一緒にいこ」

木乃香がまったく悪気のない目を明日菜にむけた。

「ううう。ああもう、分かった。付いて行けばいいんでしょ。付いて行けば!」

明日菜は友達思いで、いきなり胸に飛び込むような変態と木乃香を二人きりにはできないと思った。

「そ、そうか、すまんな神楽坂」

「いえ、先生は関係ないけど、木乃香のためですから!」

横島が遠慮して言うと明日菜は頬を膨らませた。

(な、なにも、全力で言わなくても)

「あ、それと先生。気功ってすごいんや」

「へ?あ、ああ、気功ね。そ、そうだな」

横島は学園長やジークの言葉を思い出した。

(信じやすい子で助かった。なんというか、ここの魔法使いや神様はもっと神聖な感じのようやしな。って、なんか二
人の視線が死ぬほど痛いんだが)

思いながら明日菜と、そして影に隠れたサイドポニーに生徒、たしか桜咲刹那(さくらざきせつな)という少女の視線
に横島は泣きそうになるのだった。





「凄いです。もう覚えたですか」

次々において行かれる本に目を丸くする綾瀬夕映(あやせゆえ)。その横には図書館メンバーの早乙女ハルナと、
宮崎のどかがいた。目の前には膨大な資料が積まれ、それを見ただけで目を回した明日菜と、なぜか面白そうな
木乃香がいた。そして、座席に座った横島は驚くほどの速度で本をめくっていた。

明日菜と木乃香に案内されて図書館島にやってきた横島は、ひとしきりその規模の大きさと非常識な構造に驚くと
、見学もそこそこに図書館島で資料を集めていた。そこに夕映、ハルナ、のどかの三人がいて、資料集めに協力し
てもらい。めぼしいものを取り揃えていたのだ。
三人に協力が得られたのは横島にとり幸運だった。明日菜は資料集めに一切役立たず、木乃香も横島の必要と
する本が多くて困っており、三人が加わり横島の注文通りの本をピンポイントで揃えてくれていた。

「ねえねえ、覚えてるか質問してもいいですか。先生!」

期待に満ちた目でハルナが尋ねてきた。

「ダメ」

なにせ今は文珠を四つ同時制御していた。『暗記』『理解』異なる特性を同時に制御するのは至難の業である。今
の横島のおそらく最大級の力である。もっとも使う力の特性からいって、大きな霊力はいらない代わりに持続時間
が長い。しかし精神力はかなりいる。こういったことが嫌いな横島は気を散らした瞬間、制御を誤りかねない。持続
時間はおそらく一時間ほど。その間に本のページをとにかくめくって見てしまう必要があった。

「ええ、いいじゃないですか!」

「ハルナ。先生の邪魔しちゃダメだよ」

「そうです」

遠慮がちにのどかが言って夕映が続く。

「ええ、いいじゃん。見てるだけじゃつまんないし。あ、そうだ。先生この本どうかな」

「うん?」

何気なくハルナに渡された本を読む横島。そこには、

「ぶはっ!な、なんじゃこれ!」

男と男が絡み合う、いわゆる同人誌があった。

「って、しまっ」

その瞬間集中が途切れる。
ポケットに忍ばせた文珠が消滅していく。

「ああ、くっ、早乙女……」

ジト目で横島はハルナを見た。

「はは、お嫌い?」

「当たり前だ!女と女ならともかく男同士なんぞ見ても気色が悪いだけだろうが!」

「ううん、残念。面白いと思うんだけどな」

残念そうにハルナは肩をすくめた。なにげに横島のストライクゾーンの体型を持つハルナが隣に座ってのぞき込む
。非常に危険な行為だが、まだ3-Aで横島に警戒心があるのは明日菜だけだった。

(触りたい。触りたい。すごく触りたい。いや、落ち着け横島忠夫!一年間犯罪者と交流を深める気か!)

「冗談が過ぎるですよハルナ」

「はいはい」

「しかし、先生さすがハーバードやな。明日菜やないけど私も見てるだけで目が回りそうやわ」

生返事をするハルナに木乃香が苦笑していった。

「あ、ああ、まあな」

(文珠のストックあといくつだ。重要な奴から先に覚えとけばよかったな)

肝心の教員用の教科書を後回しにして、覚えるのがいつでもいい古代文字を優先してしまった。なぜか夕映が強く
薦めるのでそうしたが、普通にしても文珠が十二個はいるほど本の量がある。とはいえ、この程度でハルナに本気
で怒るわけにもいかない。

「早乙女、次は邪魔しちゃダメだからな」

先に念を押しておく横島。文珠のストックはまだあるが、同時に四つも消費するのは痛い。この世界にまだどのよう
な危険があるのかも知らない横島としては、切り札となる文珠はできるだけ置いておきたかった。ともかく明日から
は英語の授業があるのだ。教科書すら理解していないなど話にもならない。

「分かってまーす」

ハルナはにこにこして頷く。他の面々も横島の反応が面白いし、ハルナのする悪戯など罪のない程度のものでし
かないので、言葉では呆れていても、見許す気満々である。
そのことに気づいていない横島だけが今度はまず英語の教科書から手に取る。この他にも辞書の丸覚えと、代表
的な英字の小説などを10冊覚えてしまうつもりだった。言語のスペシャリストにされてるのだから専門書を100冊
は覚えたいところだ。それでも足りないくらいだが、今は広く浅く覚えるしかあるまいと思っていた。

「ねえ先生」

つんつんとハルナが横島の腕をつついた。さすがにそれぐらいでは横島ももう集中を解いたりしない。だが美少女
達に囲まれた状況で元々理性の危ない横島としてはこれ以上されるのはまずかった。

「触るな早乙女、邪魔するんじゃない」

言いながらも横島はなんとか冷静でいようと、

(シロだと思え、シロだと思え。この子はシロだ!)

つぶやき、速読のペースでまず英語の教科書を丸暗記してしまう。だが先生として教科書を覚えたぐらいでは不足
だ。せめて応用問題ぐらいは出せるようにと次は英語の和訳辞書をとる。これと代表的な問題集10冊ほど読めば
、一応は安心レベルだ。我が能力ながら、文珠ってなんでもありだなと思う横島。

(それにしても横で美少女が俺の腕をつんつんするとは、幸せだな!決してロリコンではないが無茶苦茶嬉しい。
ああ、だが、シロ以上に手を出してはいけない相手、自制しろ自制するんだ!でも、事故を装って少しぐらい!)

「でも、なんで今頃こんな教科書急いで読んでるんですか?」

尋ねながら早乙女はだんだん近付いてくる。息がかかりそうな距離で辞書をのぞき込んだ。

「げ、げ、現代語は正直専行してなくてななな。ここ代文字が俺の専門で、はうっ」

ピトっと早乙女の胸が腕に触れた。
マシュマロのような感覚の中にも若さ特有の張りがある。シロでさんざん慣らされてなければ鼻血を吹き出すほど、
強烈な感覚だ。

「ハ、ハルナ、襲われるわよ!」

「ええ、大丈夫だよ。ねえ先生。これぐらい平気でしょ」

悪のりしてハルナがさらに押しつけてきた。横島のデッドゾーンギリギリの行為だ。

(理性が! 理性が! 耐えろ俺! この幸せに耐えろ!)

「はは、ま、まあな。ガキ相手に本気になる俺じゃないぜ」

「あ、ひどーい」

「うん、今のは酷いな」

ハルナが目を潤ませる。木乃香が続き、どないせいとゆうのだと横島は血の涙を流しつつ、手を激しく震わせてペ
ージをめくった。

「……はあはあはあ」

しかし、だんだん呼吸が妖しい人になってきていた。本当なら10冊は読めるのに、まだ一冊目が終わらない。

(も、文珠が!文珠がこの子の乳を『暗』『記』させ『理』『解』させる!87のDカップだと!?妊娠したらお乳が良く
出る!?いらん!そんな情報はいらん!ピーが埋没してるけど興奮するとすごいことになる!?ななななんだと、
それは是非確認せねば!?)

横島の精神もギリギリだった。ハルナのように胸こそ押しつけないが、面白がった木乃香も参加したので、かなり
危うかった。葛葉やしずなが同じことをしていたら一秒と持たなかっただろう。

「ブッハアアアアアアアアアアア!!」

しかし、スタイルで言えば14歳の少女とはいえ大人な子に押しつけられて長く持つわけがなかった。耳に息を吹き
かけられて、ついに鼻血をぶちまける横島は、そのまま机に突っ伏した。

「キャー血が!血が!」

驚くハルナ。まさか本当に漫画のように血を噴きだす男がいるとは思いもしなかった。

そして、一瞬後に回復するとは夢にも思わなかった。

「ああ、死ぬかと思った」

(((((な、なぜ、平気!?)))))

全員が共通して驚いた。

(や、やばかった。マジでやばかった。一度でも襲えば首になりかねんからな。早く帰ってこのことを思い出して、ピ
ーしないと、って違う。思い出すのは今朝の葛葉先生の胸だ!こいつらは全員危険人物と思え!)

「ハルナはもうそこからどくです。次は私の番です」

今度は夕映が言った。

「ええ、夕映の胸じゃ無理だと思うよ」

「ち、違うです。この淫魔。古代文字で読めないのを聞きたいだけです」

真っ赤になった夕映が反論する。手には先程横島に薦めていた古代文献があった。

「先生いいですか?」

夕映は疲れた様子の横島に遠慮がちに聞いた。
横島はホッとした。この子ならたとえ当たっても無我の境地を保てそうだ。

「ああ、いいよ。本選びのお礼もあるしな。あと、残りは借りていいか?」

(ここでもっと読みたい!乳をもっと味わいたい!しかし、しかし、襲ったら、襲ったら刑務所で一年etc)

「あ、はいです。じゃあ先に貸し出しカード作るですから、ちょっと待っててほしいです」

夕映は慌ててカウンターに走っていく。

「あ、夕映、私も手伝うよ」

それにのどかが続いた。

「ええ子やなあ。それに比べて」横島はハルナに目を向けた。「なんちゅうけしからんおっぱいや」

「はは、でも先生デレデレでしたよ」

「ほんまや」

ハルナと木乃香が言った。明日菜は横島の暗記速度を見て目を回した上に、自分に対しても自信をなくしたのか
いまだに燃え尽きていた。

「違う!あれは違うんだ!年上のお姉さんならともかく14歳に反応するわけないだろ!」

血を吐くように横島は言った。シロで耐性を着けてなければ、もういっそ襲っていたと思うがそれは内緒である。

「でも、気持ちはよかったでしょ?」

「それはもちろんだ!あの大人の女とは違うふくよかな中にも感じさせる張りが!」

「ロリコン」

ハルナが言った。

「うん、ロリコンや」

木乃香が続く。

「ち、違う!少年の純な欲望というものをだ!」

横島が必死で否定する。図書館内で非常に迷惑な奴らである。
白い目をむけられるが黙る様子もなく、そうして、ハルナと木乃香が横島で遊んでいると夕映とのどかが帰ってき
た。

「これが貸し出しカードです。えっと、貸し出す本はもう書いといたです。本当は五冊以上は貸し出し禁止ですけど、
貸出日ずらして誤魔化しておいたですよ」

「ああ、ありがと、夕映ちゃんはほんまいい子だな。それで読めん古代文字って?」

「あ、はい、これです。論文とかも当たったですけど有力なのが見つからなかったです」

そういって夕映は一冊の古書をひろげた。

「ああ、これはやな。母音が十二個もあって子音が少ないんや。それでここにあるラクダの絵文字と砂漠の下にあ
る文字がオアシスで、だからそこから読み解くといいんや、そんでな」

文珠の力で全て分かる横島がなめらかに答えた。こういう古代文献は一冊一冊が手書きで、そこに残された筆記
者の思念が伝わるため、最近の活版印刷よりも文珠を使う横島には分かりやすかったのだ。

「はあ、でも論文は十三個と書いてたです。あ、でも、だから読めなかったですか?」

「そうだな。多分この文字が同じなのに別と考えてしまったんだ」

「じゃあこの綴りはどうなるですか?」

「ここは、このシルヴァという言葉がヒントになってる」

「うわ、発音まで分かるですか?」

「いいかい夕映ちゃん。論文も大事だが、それを読むとき筆跡者の心を感じとるんだ。どんな時に何をしながらどん
な気持ちで書いたのか。涙の滲みや血の痕、草の香り、流れ出る気。筆跡者の癖。総合的に判断すれば、それが
たとえ暗号文でも一読すれば読むことは可能だ」

「なるほど……難しいです。どうやったら先生みたいになれるです?」

すっかり夕映は横島に感じ入り、尊敬の眼差しを向けた。

「ま、まあ、俺の読み方は特殊だから、あんまり参考にはならんと思うけどな」

「うぅ、そうですね。ちょっとレベルが高すぎるかもです」

「あ、あんまり気にしなくてもいいって。また分からなきゃいつでも聞いてくれれば答えるからさ」

「本当ですか?」

夕映は期待に満ちた目を向けた。

「ああ、でも、ちと忙しいから頼むときはできるだけ纏めてな。あと、できるだけ自分でも考えんとな」

こう言っておかないと聞かれる度に文珠を使わなければならなくなる。だが夕映は激しく好意的な意味で受け止め
た。

「はい。自分でもしっかり考えるです!」

「む、難しすぎるよ木乃香。私ってバカなのかな。バカなのかな」

灰になりかけていた明日菜が起き上がって、木乃香に縋り付いた。

「ははは、安心して明日菜。私もさっぱりや。さすがハーバードや」

「本当に凄いですね先生は」

「きっと、こういう人って頭の作りからして違うんだよ。もう超や葉加瀬と同系統なんだよ」

明日菜はともかく、木乃香やのどか、先程までからかっていたハルナにまで褒められ、居心地が悪くなる。横島な
ら文珠の力でどこまででも賢くなれるし、この文珠を元々使う神である文殊菩薩は『智慧』の菩薩である。文珠は知
恵を遙かにしのぐ概念である智慧から来るものだけに横島がその気になれば、にわか仕込みの天才以上になれ
るのだが、本人にその意志は欠片もなかったから居心地の悪さも余計だ。

「さ、さて、んじゃ帰るか。明日菜ちゃんと木乃香ちゃん、遅なって悪かったけどお礼代わりによかったらお昼ごちそ
うするぞ」

「え、本当に!?やった。もうお腹ペコペコだよ」

明日菜が勢いよく立ち上がり木乃香が続いた。

「ええ、いいなあ。私たちも手伝いましたよ」

「そうですそうです。差別はよくないです」

のどかは遠慮して言えないようだが、ハルナと夕映が抗議した。これからまだ本を指定の場所に戻したり、横島の
持ち帰る本を纏めたりもせねばいけないのだ。そんな横島が断れるはずもなかった。

「きゅ、給料日前できついんだが……。まあしゃないな」

「大丈夫。三人ともあんまり食べませんから、ね」

「はい。むしろ明日菜さんが問題です」

「よーし、食べるぞー!」

何もしてなかったのに一番気合いの入っている明日菜。横島はそれを見て、今月はやばそうだと思うのだった。





食事が済み横島の財布から綺麗さっぱりお札が消え、給料日まで袋ラーメンでしのごうと画策していた。横には帰
り道が同じなのか、先程と同じ少女達が居て、夕映にしきりに質問され、木乃香にも気に入られたのかにこにこ横
を歩いていた。それにしてもどこまで一緒なのか、横島と五人はいっこうに別れることなく歩いていた。

「へえ、麻帆良女子中は全寮制なんか」

「うん、せやで。うちと明日菜は同じ部屋や」

「私はのどかとユエと同じで……って、先生、この先もう女子寮しかないよ?」

分かれ道を通り過ぎたところで、ハルナが突っ込んだ。目の前にはなかなか立派な作りの建物が見えた。横島は
それを見て近右衛門に用意してもらったはずの部屋の地図を見る。大浴場付きの建物とある。共同浴場ならあま
り立派なものではなく、依然すんでたアパートと同クラスかと思ったが、どうもおかしい。地図がその女子寮を指して
いた。

「お、おい、あのじじい……」

たらりと横島の額に冷や汗が流れる。これが高等部の女子寮なら泣いて喜ぶところだが、かなりいやな汗が次か
ら次へと流れ出る。

「あ、これ、うちらの部屋や」

横島の地図をのぞき込み木乃香がこともなげに言った。

「「「「え、ええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」

他四人の声が見事にハモった。










あとがき
横島の住む場所って、テントか女子寮の管理人室とかがセオリーですよね(汗












[21643] 桜咲刹那の想い
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/11 07:05

「が、学園長!木乃香ちゃん達と同じ部屋ってどういうことだ!」

嬉しい、嬉しい、凄く嬉しい。だがここで喜んだら男横島のアイデンティティーが崩壊してしまう。木乃香の学園長の
直通番号を教えてもらい、横島は猛烈に叫んだ。

『そんな怒鳴らんでもええじゃろ。元々ネギ君に住んでもらうつもりだったんじゃが、急に変更になって部屋も用意で
きんかったんじゃ。それに上からのお達しでの。変更せんように言われとるんじゃ。菩薩様がみてれぅという奴じゃ』

「訳わかんないこと言うな!14歳と同室って児ポ法舐めてんのか!自分の孫を大事にしろ!」

『ギ、ギリギリの発言はいかんぞ横島先生。それにワシも考えてのことじゃ。まあ二人のボディガードも含めとる。あ
の二人が特殊であるのは言ったはずじゃ』

「アホか!それにしてももうちょっと別の方法が!せめて管理人とか!」

『それができればワシも苦労せんのじゃよ。ネギ君と同じに扱わねば親和性が計れないとか、まったく、ブチブチブ
チブチと説教を垂れられて、この年でさらに目上に諭されるとは思わんかったわい』

学園長がぼそりと電話越しに言った。

「え?」

『とにかくワシはもう疲れてるんじゃよ。その件を今日だけで何人の先生方に説明したと思うんじゃ。ワシが悪いわ
けではないと言うに。キミとて男なら木乃香ほどの美少女と一緒に住めて喜ばんかい。さてはホモかの』

「い、い、いや、違う!断じて違うが理性が全然自信ないぞ!」

『ああ、それと女生徒に手を出したら首じゃから。さらに、しかるべきところに突き出されるぞ。それと勝手に別の場
所に住むのも禁止じゃぞ。まあ木乃香の場合のみ、手をだしたらこちらで骨を埋めてもらうがの』

「なっ、が、学園長!それは、こんな状況でいくらなんでも殺生だ!!」

『学園長!どういうことです!』

『が、ガンドルフィーニ先生!?』

本気とも嘘ともつかない言葉を残して学園長との通話が強引に途切れた。

「き、切りやがった」

「どうやった?」

木乃香に心配そうに言われ、横島は乾いた笑いを浮かべる。

「いや、なんだかよく分からんけど……。二人のボディーガードの意味もあるらしくてだな。別の場所に住むのも禁
止だとか」

「そうなん?」

「反対反対反対!私の貞操はどうなるのよ!いくら学園長先生の言葉でもこれは聞けないわ!」

「そ、そら、そうだな……」

(あのジジイ。俺の煩悩を舐めてるのか!くっそ、この状況で襲うなって。襲う自信の方があるぞ!)

「ですが学園長先生が決めたこととなると、うちのお父様でも覆せませんわ」

騒ぎを聞きつけてあやかまでが出てくる。こうなると横島としてもいたたまれない。この相手が女子高生ならどんな
視線を向けられようと、強攻して同室になろうとするところだが、いくらなんでも中学生はまずい。おキヌや小鳩の
例からいっても、年下には困らせるようなことや年上や同年代に見せる強引なことができない性格なのだ。

「でも、私は絶対いやよ!」

「困りましたね。ああ、では、私の部屋なら別室がありますし、とりあえず横島先生にはそこで休んでもらえばどうで
しょう。千鶴さんと夏美さんには私から事情を話しますわ」

自分の部屋を私費で大幅改装しているあやかが言った。お嬢様で我が儘そうに見えるがポツンッと女の中に放り
込まれたまだ高校生の男を見ると、同情心がわいたようだ。

「それがうちのお祖父ちゃん勝手に別の場所に住むのも禁止やて」

「そうなのですか。本当にそれは困りましたね」

「あ、いい、いい、こういうのは慣れてるから。他の先生にでも明日頼んで今日は適当に学校ででも寝るから」

「それは無理や思うえ。うちのおじいちゃん言い出したら聞かんとこあるから。それに無茶に見えてもいつもなんか
考えあってゆうてるし、他の先生も住ませてくれん思うえ」

木乃香が言った。確かに神様なんて、この世界にとってはレアな存在に言われたのでは、学園長も簡単に覆さな
いだろう。だからといってここに住むわけにも行かない。

(いや、住みたい。住みたい思いはあるのだが!)

横島は明日菜の顔を見る。半泣きで必死である。14歳の少女と思うと、とても強引に住む気にはなれなかった。

「いや、大丈夫。向こうではもっと凄いことたくさん経験してるしな。もしダメならその辺でテントでも張るから」

そう言って横島は外へと出ようとする。

「うんうん、ご飯は差し入れるから先生ガンバ」

明日菜が激しく頷いた。

「あ、明日菜。先生風邪ひいてまうよ。足治してもろてんやろ」

「で、でも、木乃香。横島先生18だよ」

普通なら付き合ってもおかしくない年齢同士だ。同室なのは明日菜も本当に困る。まだ二部屋に別れた部屋ならと
もかく、一部屋では余計である。だが、横島がいた世界はともかく横島に厳しい仕様だったが、この世界では他の
女子は横島を普通の人間と見ている。いくらなんでもこれから一年もの間野宿させるのは非情に思われた。

「明日菜さん。わたくしあなたがそれほど薄情だとは思いませんでしたわ。可哀想とは思わないのですか。いくらご
自分がいやでも18歳の殿方に外で一年も野宿などできるわけがないでしょう!」

「な、なんで、私が悪者なのよ!」

「明日菜さん。私からもお願いするです。明日菜さんの部屋じゃないと先生、首になるかもしれないです」

「うんうん。うちのおじいちゃんならやりかねんな」

夕映の言葉に、木乃香が頷く。何より、なんだかんだで祖父である学園長のことを木乃香は信用していたし、それ
が一緒に住ませようというなら疑う気はないようだ。

「ちょっと木乃香……」

今度は明日菜が情けない顔になる。

「鬼ですわね明日菜さん」

「な、どこが鬼よ!」

言いながらも、明日菜もとぼとぼと来た道を戻り、重そうに本を運ぶ横島を見ると可哀想にはなってきた。

「はあ、もう、横島先生!」

横島が振り向く。思ったより、落ち込んだ様子はなく平気そうだ。この男は女に邪険にされるなど慣れてるし、その
辺で野宿など朝飯前の生活能力を有しているのだから当たり前だ。

「そ、その、本当は凄くいやだけど、うちの部屋に来てください」

「あ、愛の告白か?いや、さすがに教師と生徒はまず――」

「ち、違います。ここままじゃ私が悪者なんです!とりあえず、とりあえずだけど今日のところはいいですから!」

明日菜が叫んだ、だが、

「お、お待ちください!」

そこに言葉を発したのはどこから出てきたのか桜咲刹那だった。

刹那は思い出していた。学園長に呼び出されて行われた会話を。
それによれば横島は相当な実力者らしく明日菜や木乃香の護衛の意味もあるということだった。それを聞いて、当
初は御嬢様の安全のためならと割り切ろうとしていたが、横島の教室での態度や図書館島での行動など、いい加
減、堪忍袋の緒が切れかけていた。

「桜咲さん?」

「せっちゃん……どうしたん?」

「あ、い、いえ……」

つい勢いで声をだしてしまい刹那は狼狽した。

「その、よ、横島先生!」

刹那はきっと殺意のある目で横島を見た。

「な、なんだ?」

横島もその目にたじろいだ。

「学園長に聞いたのですが、あなたは相当な実力者らしいですね!」

「あ、え?いや、それほどでもないぞ」

横島は、自信なさげに答えた。

いつの間にか騒ぎを聞きつけて3-Aの面々がわらわらと出てきていた。

「どうしたの?どうしたの?」

「いや、何か横島先生ここに下宿するらしいよ」

「ええ、マジ?それってまずくないの?」

「なんか明日菜と木乃香のおもり役なんだって」

「ほえー、何か二人って狙われてるの?あ、ひょっとして桜通りの吸血鬼?」

「せ、先生、ところで今日は古文書について是非私の部屋で語り明かすです!」

「ちょっと夕映。私が居るんだから迂闊に部屋に呼ぶな!」

「ハルナはエロエロなので今更です。私とのどかは私の見たところ横島先生にとって守備範囲外のようなので問題
ないです。それより大事なのは古文書です!」

「え、ええ、困るよ。落ち着いて夕映」

(いや、もっと他に言うことあるだろ!)

3-Aの数少ない常識人である長谷川千雨(はせがわちさめ)が唯一心中で突っ込み、他の面々は住むこと自体に
は納得しているようだ。というか自分たちの部屋ではないので所詮は他人事ではあるし、横島の本当の危険性を
完全に認識しているものがまだいないのだ。しかし、刹那は違った。

「その実力の程を見たいのです。確かにあなたはハーバードを飛び級で卒業した天才かもしれませんが、お、お嬢
さまのお守りをするのに武術なりを習得しているのですか?」

(おいおい)

龍宮真名(たつみやまな)はそれを後ろに下がって見ていて、冷や汗を流した。
刹那と同じく魔法生徒である彼女は、学園長の今回の決定を事前に聞いていた。それを聞いて倫理的におかしい
とは思うが、よほどの理由があると見えたので、追求する気はなかった。
しかし刹那はそうはいかないだろうと思っていたが、このやり方は穏やかじゃない。
自分はてっきり、人気のない場所で横島の実力を試す程度だと思ったが、衆人観衆の前でこんなことを本気です
れば下手をすれば魔法がばれる可能性がある。
もしそんなことになれば刹那の学園長に対する評価も著しく下げかねない。
彼女は分かってしているのだろうか。

(あんなに血が頭に上ってそうなのに、手加減できるのか。神鳴流の技を使うなよ)

「えっと、武術なんて真面目に学んだことはないんだが」

横島は死線を幾度も超えてきたが、間違っても真面目に修行する男ではなかった。

「話しになりません。たとえば暴漢にお嬢さまが襲われたら、蹴散らせるんですか?」

「え、え、ううん、どうだろ。まあ一緒に逃げるぐらいは出来ると思うぞ」

なにせ逃げ足だけはゴキブリ並である。逃げるだけなら魔族のメドーサどころか魔神のアシュタロスからも逃げた
男である。それだけは自信があった。しかし、それは刹那を余計に怒らせた。

「それでどうして木乃香お嬢さまのお守りとして一緒に住む必要があるんですか!」

「さ、さあ、いや、俺に聞かれてもだな」

横島とて一緒に住むこと自体初耳なのだ。
刹那は怒ったように詰め寄ってくるが、困っているのは自分も同じだ。
横島から見れば、子供に、しかもその境界が一番曖昧な頃の少女たちと同棲など、拷問に近い。
成長の早い女子なら中学三年ともなれば体だけは大人な子が多く、特にこの3-Aはその傾向が顕著だ。
特に問題は明日菜だ。
同室になる彼女のボディは大人とも子供とも言える境目だ。
いや、横島の女性に関してよく効く目で判断すると彼女の胸はCカップである。
もう大人と言ってもいいかもしれない。明日菜と同室で手をだすな、だしてはいけないなどと洒落になっていない。

「なるほど。では横島先生も乗り気ではないということですか」

「いや、まあ、しかし、まあ二人がいいって言ってくれるなら一年も野宿もな」

まだ4月である。野宿をするには厳しい季節だ。

「あ、私は別にそれでもいいと思うな」

明日菜が必死に横やりを入れた。

「ではこういうのはどうでしょう」

なのに無視して刹那は木刀を持ち出し、横島は反射的に後ずさった。この男、さまざまな苦難を越えてはいるが、
いまだに荒事には苦手意識があった。

「なんだ?」

「私と木刀で立ち合ってください。あなたが負ければ、お守りの価値なしとしてあなたが引き下がって野宿する。でも
勝てばその価値はあるとして、ここに住むことに私も異論はありません。御嬢様それなら良いですか?」

「う、うん、まあ野宿は可哀想やし……ええよ」

「横島先生も構いませんね」

「お、おう、いや、まあそれぐらいはいいが、そんな条件でいいのか?」

刹那は横島から見れば、一四歳の女の子だ。それなりに強うそうではあるが、この子に勝ててお守りの価値など
認められるとは思えなかった。とはいえこれから一年テント生活か、女子生徒と同棲生活のどちらかと言われて、
テント生活を選ぶ横島でもない。禁欲は苦しいが、やはりそこは煩悩に従いたいのが、横島の二律背反した悲しい
ところだ。

(あ、あれ?なんか私、当事者なのにスルーされてない?)

(おいおい、誰か神楽坂の言い分も聞いてやれよ)

明日菜が首を傾げ、千雨は思うが、刹那は木乃香以外をアウト・オブ・眼中過ぎた。

「ふん、まあそうですね。私はか弱い女の子ですし、では先生は素手と言うことでどうです」

「ああ、まあ、素手は正直苦手だが、それぐらいのハンディは必要だろうな」

「ほう、これは面白そうでござるな」

長瀬楓(ながせかえで)が口を開き、横には龍宮真名(たつみやまな)もいた。

「真名、あの先生。強いでござるか?」

「多分ね。あの学園長が仮にも近衛の護衛につけてきたんだから」

だが、そのことも考慮して刹那は万が一も起こりえないようにとしたハンデだろうと真名は思った。
横島の動きはどうも素人に見えると真名も思っていたが、学園長もまさか本当の素人を護衛にはしないだろう。
だが素手で木刀を持つ刹那に勝つのは真名や楓でも無理だ。
無手が主な高畑級の強さがいる。

(しかし素手は苦手か……。本来のスタイルをできれば見たかったな)

学園長は横島が違和感なく溶け込めるように、昨今のこの世界では希少な霊能力の使い手というのを魔法生徒に
も教えていた。真名は基本的に金銭は関わらないことに興味はないが、霊能というのを一度は見てみたいと思って
いた。ちなみに3-Aの魔法生徒に楓は入っていない。それ相応の実力はあるが、魔法が使えるわけではないた
めだ。

「しかし、女の子を殴るのはどうもな」

知らない横島は安易に考えてしまう。
仮にも武神であるハヌマンに文珠を教わるとき手合わせをしたことがある彼だ。
正直、刹那を軽く見ていた。
刹那の方も横島を過小評価しているが、彼女の場合、意地でもこの場は勝つという思いがあるので横島とは覚悟
が違う。加えて、横島の頑丈さは一番最初、急に明日菜と木乃香の頭上に猛スピードで落下してきたときに見てい
た。

(少々、本気を出しても死にはしないはず)

「では先生」

「おう」

横島と刹那が広間で睨み合う。クラスメートにしても刹那はせいぜい剣道の強い女子程度の認識だ。この場にいな
い古菲(クーフェイ)ならば派手に学園内でも男子生徒の喧嘩を買ったりしているので、充分その強さが認識されて
いるが、刹那ならば護衛という任務に就く男性教師の実力を見るのには丁度いいぐらいの思いだ。

そこにあやかが言った

「言っておきますが先生、ここで頑張らないと、女性に負けるようでは、さすがにここに住む許可を出せませんわよ」

「刹那さん。私の貞操のためにも勝ってー!というか私今日だけって言ったよね!?ね!?」

「う、うち、どっち応援したらええんや」

面倒見の良いあやかは本当に横島を心配してもいて、鼓舞する。明日菜は横島と住むのがいやで刹那の応援を
。木乃香はテント生活は忍びないが、刹那が相手となると横島の応援もできない。他のクラスメートが好き勝手に
応援する中試合は始まりの合図もなく始まった。

「行けー桜咲さん!」
「でも、古ならともかく珍しいよね。桜咲さんがこういうことの矢面に立つなんて」
「先生、外でテントになったら慰めてあげるよー」

「マジか!?」

最後のハルナが言った言葉に思わず横島はそっちを見てしまう。
同時に文珠で『暗記』し『理解』した胸が脳内で完全再現され横島は鼻血を噴きだした。

「では行きます!」

ドンッと刹那が床を蹴り、瞬時に横島の懐に潜り込んだ。刹那は横島が油断している一瞬で完璧に勝負を決める
つもりだ。それなりに本気で、肋骨程度は折れるかもしれないが、木乃香の安全のためならそれぐらいは我慢して
もらうつもりだ。後で詫びるぐらいはしようと思い、ほとんど全力で木刀を振り抜いた。

「『斬岩剣(ざんがんけん)!』」

それを見て真名が目を瞬いた。あの剣の速度はまずい。

「バカ、殺す気か刹那!」

普通の人間なら胴が輪切りになりかねない振り抜きに、焦って真名が叫ぶ。

(な、何!?この子、いつの間に懐に、美神さん並に速いぞ!)

どう考えても刹那は加減を間違えている。全力で振り抜いた木刀は横島の腹を捉えて、横島が吹き飛んだ。遅れ
て広間にドゴンッと衝撃音が響く。油断していた横島はまともに受けてしまい生徒の休憩用のテーブルやソファーを
はね飛ばし、壁に叩きつけられ、壁が崩れた。

「え、ええ、ちょ、ちょっと桜咲さんやり過ぎでしょ!」

「そ、そうやえ、せっちゃん!」

そのあまりの威力に明日菜と木乃香が声を上げ、クラスメートも呆然とした。

「これは勝負です。油断して喰らう方が悪い。横島先生、勝負ありましたね。私の一本勝ちです」

刹那は手応えもばっちりだった。完全に横島の腹を捉えて斬り裂いた。
しかし、刹那も多少動揺していた。まさかここまでまともに食らうとは思ってなかったのだ。肋骨ぐらいですんでいれ
ばいいのだが、とクラスメートが呆然とするなか刹那は歩み寄った。

「大丈夫ですか?」

「(くっ、さ、早乙女の乳がまだ当たってる感じがする)って、いや、いっつつ、な、何でこんなに桜咲が強いんだ。美
神さんにしばかれるぐらい威力あったぞ。って、あ!何!ひょっとして今ので負けか?」

と意外にも平気そうに横島が立ち上がった。

「うわ、生きてる。生きてるよ先生!」

「すごーい、今のなに?人が吹き飛んだよ」

(バ、バカな、かなり本気で斬りつけたはずなのに)

刹那は横島が頑丈であろうとは思ったが、あまりにも平気そうに立ち上がることに戦慄した。それと同時に一気に
勝負を決めにかかった自分の行動は正しかったと思った。本気になればこの男は本当に強いことがこのことから
理解できた。

「と、とにかく負けは負けです。横島先生、悪いですがあなたのように弱い人間は御嬢様の」

「お待ちになってください。それはおかしいです」

しかし、そこにあやかが割り込んだ。

「委員長、なんですか。今見たとおり私の一本勝ちです」

「いいえ、それはおかしいと言っているのです」

「あらあら、あやか。先生が気に入ったの?」

「千鶴さん。茶々を入れないでくださいまし」

刹那があやかを見つめ、那波千鶴(なはちづる)が面白そうにし、あやかは冷静に返した。

「桜咲さん。あなたの勝ちということですが、私の見たところそれは違うでしょう?」

「どうしてです。剣道のルールなら今のは確実に一本です」

「いいえ、そんなルールを一体いつどこで誰が決めたのです。誰も決めてませんわ。第一剣道は確か三本勝負の
はず。それに、桜咲さんはどちらかが勝てばいいと言っただけですわ。なら、勝負はどちらかが再起不能になるか
、ある種の勝利条件を先に決めなければフェアーとは言えません。第一、横島先生の方もまだまだ余裕な様子。
今のを受けて平気な人が弱いと決めるのも早計でしょう」

「うんうん、まあ確かにそうだよね。正直、死んだかと思ったよ」

あやかの言葉に明日菜が思わず頷いた。クラスもどうもその意見に肯定的な雰囲気だ。

「って、は、でも、桜咲さんの言う通り一本は一本だと私も思う!」

「お、俺の負けじゃないのか?」

「ええ、そうです」

「ごめん、さっきのなし、ちょっと、いいんちょ!聞いてー!」

(おいおい、バカレッドが言ってるんだから聞いてやれよ)

千雨だけが呆れつつも突っ込む。でも反対したいならあそこで感心してはいけないのに、やはり明日菜はバカレッ
ドだと思った。

「で、ですが、これが実戦なら」

「諦めろ刹那。焦ってルールも決めずに始めたお前が悪い。第一、実戦なら、今ので決まったと確信していたお前
も反撃を受けていたところだ。もう一度、立ち会って一本取った方が勝ちとするか、横島先生の打撃を喰らったら
負けと今度はルールを決めればいいだろう」

真名にも言われ、刹那は立場が悪くなる。
ちなみに明日菜はみんなが無視するので、隅の方で、いじけていた。

(く、迂闊)

刹那は唇を噛んだ。木乃香を見ると心配そうにどちらにも目を向けていた。刹那もこれでは勝利だと言えない状況
だ。それに横島の実力を見るために試合をしているのだ。誰も認めていない勝利ではそもそも意味がないことだ。

「で、では、不本意ですが仕方ありませんね。もう一本手合わせしましょう」

刹那はもう一度木刀を構えた。次は変な物言いが付かないように横島も構えるのを待った。

「では私が審判を務めましょう」

あやかが物言いをつけた手前、前に出てきた。

「いいですか。桜咲さん。あなたは剣道で言うところの一本を取れば勝利です。横島先生は桜咲さんに有効打を一
撃でも浴びせれば勝利とします。良いですね」

「分かった」
「分かりました」

「では、始め!」

あやかの声とともに二人の気が膨れた。横島も本気で霊気を纏い、通常の人には不可視のその未知の力で、刹
那を威圧する。それを感じたこともない威圧感。それを感じて刹那はたじろいだ。








あとがき
刹那ってGS世界だとどれぐらい強いんでしょうね。
さすがに美神に勝てるとは思えないし、ピートや雪乃丞にも圧倒される気がします。
それで禍刀羅守(カトラス)は日本最高の修行上に出てくる二番目の強敵。
刹那は神鳴流の剣士でも、飛び抜けて今のところ強いわけではないと考えると、
これでも強すぎかとちょっと思ったんですが(魔法世界に入ってからは別です)、
GS世界は美神が最強と言うより、神様や魔族連中の方が強そうだなと思ったので、
そう考えると悪魔をダース単位で倒せるナギが居るネギまの世界は人間で言うと
強さの分があると判断して刹那は禍刀羅守級と言うことにしました。





[21643] 中学生はロリコンじゃない。と決まりました。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/07 17:24

(やはりかなりの実力者か。慌てずにルールさえ決めておけば確実に先程ので勝てたのに)

刹那は経験したことのない霊圧を当てられ、ひるみ、悔いたがこうなっては油断していない横島にも勝つしかない。
不意打ちではない一撃を浴びせるために刹那は横島の隙をうかがった。

(こ、困った。まさか魔法生徒とは聞いたが、ここまでとは)

横島も実のところ攻めあぐねていた。
おそらく刹那の今の実力は禍刀羅守(カトラス)ほどだと思う。
文珠を使えれば、いや栄光の手(ハンズオブグローリー)でも使えれば勝てるだろう。
しかし、衆人観衆の前で、それは無理だ。
となると横島も攻撃方法が乏しい。奇策を使えればいいが、これは自分の実力を図っているのであって、勝つこと
だけが全てではない。
刹那の行為が勝利と認めてもらえなかったことがいい証拠だ。しかし、実践で実力を付けてきて、正規の訓練など
ちゃんと受けたことがなく、奇策や卑怯なんでもありの世界で生きてきたのだ。
普通に真正面からやり合うなんてしたことがない。それで自分が勝てるのかには、自分でも疑問である。

(ともかく勝つしかない)

でなければ一年もテント生活だ。
ちらっと明日菜を見る。もうこうなっては仕方ないと開き直って、声よ嗄れよとばかりに刹那の応援をしている。

(すまんな明日菜ちゃん。嫌がる気持ちは分かるが、ここまで来たら正直に言う。テントなんかいやじゃ!美少女と
一緒の方がいいに決まってるだろうが!乳尻太股がある生活とテントなんぞ比べられるか!)

横島は思い、そうすると明日菜の裸や木乃香の裸、他の発育の良い生徒の裸が次々に浮かび上がってくる。煩悩
を霊力の源とする横島は飛躍的に強さを増していった。

(な、なんだ!急に、また圧迫感が増した!それに体が発光してる!?)

刹那が横島から邪悪な波動のようなものを感じて一歩下がった。

「行くぞ!」

今度は横島から動いた。緒戦で見せた刹那のように一気に距離を詰める。ここで激しく、サイキック猫騙しをしたい
衝動に駆られたが、すれば、先程の刹那のように勝ちとは認めてくれないだろうと踏みとどまり、多少は覚えのあ
る拳を放つ。それを刹那はかろうじてかわすが戦慄した。

(なんだ。速い上に重い。オマケに型に則った動きじゃない。それになにか、圧迫感に妙な肌寒さがある。学園長
の言われていた霊力というものか?)

刹那は戦いの最中だというのに、横島の煩悩をぶつけられ落ち着かない気分に襲われ戸惑う。
オマケに横島の動きはおかしかった。そこから拳をだすと綺麗に決まらない。武道経験があれば絶対やらない大
きなモーションで、それでいて異様に鋭く攻撃をしてくる。このタイミングなら蹴りかと思えば体勢も整ってないのに
頭突き、頭突きと思えば、しゃがんで自分でこけそうになりながら足払い。刹那は戸惑い。それを飛んでかわした。

(お、おかしい!こんな動きで私が振り回されるなんて!)

しかも、飛んでかわしたことで、体が宙に浮いた。

(この体勢、まずい!)

「桜咲!俺の幸せのために許せ!」

避けた刹那に裏拳が飛ぶ。刹那は木刀で受けるが、衝撃波が響き、受けた手が痺れた。

「ほお、あの御仁、どうやら素手でも刹那より強いでござるな。それになんというか感じたこともない肌寒い気?を感
じるでござる」

楓が言った。数手見ただけだが、明らかに刹那が守勢だ。

「ああ、刹那も本気を出してはいないようだが、それ以上にあっちも本気を出していない様子だな。表情も弛んでい
て余裕が見える。しかし、惜しいな。どうせならその能力も見たかったのだが」

「能力?」

真名が言い。楓が聞き返した。

「いや、なんでもない。それにしてもトリッキーだな。本能で動くタイプか?あんなでたらめさで、よくあそこまでのレベ
ルになったものだ。ああいうのは刹那は苦手だぞ。どうする?」

「く、負けられないんです!」

刹那は回り込んで、木刀を打ち下ろす。しかし、そこに横島のよく腰の乗った突きが木刀の上から入る。刹那は後
方に飛ばされ、かろうじて壁際で踏みとどまった。しかし、こすった足下から煙がくすぶった。しかし、刹那もそこか
らは負けてなかった。木刀を中段に構え5連撃。横島は冷や汗を垂らしながら必死で避けた。

(くっ、やっぱり結構強いぞ。栄光の手があれば。というか、この子は俺に一年テントで生活しろと言うのか)

「死ね!」

「さ、桜咲!怪我はさせんようにするが、俺のために負けてくれ!一年テント生活と美少女の明日菜ちゃんと可愛
い木乃香ちゃんと同室を!じゃない、たとえ俺が教師でもテントは可哀想と思うだろ!」

「断ります!というか明日菜さんだけならともかく、絶対に負けられません!」

だが、刹那はそれでも斬りかかってくる。霊の変則攻撃や神出鬼没さ、それに加えて美神の鞭攻撃になれてる横
島としては刹那の攻撃をそれでもギリギリでかわしていく。

「なぜです!なぜこんな変な動きで避けられるんですか!」

「わ、た、た!桜咲、ここは年上に譲れ!」

「なら、避けないで下さい!」

「アホか、負けるだろうが!」

霊能や戦いに携わって2年ほどの横島だが、本人は気付いてないが、天才なのである。自分に自覚がないのが悲
しいが、小竜姫には才能だけなら、日本最高のGS美神を超えると言われたのは伊達ではなかった。

「ならば、神鳴流奥義・『斬空閃(ざんくうせん)』!」

それは曲線状に『気』を放ついわゆる飛び道具だ。しかし、横島はあろう事か、それを素手で、いなした。実際は霊
気の盾を手に纏ったのだが、それを理解できるものがいなかった。

「お、おいおい?お、落ち着け桜咲、今のはいかんぞ!?」

「なにがですか!」

(な、なんだ。魔法はオコジョだろ?)

横島は刹那の気による技を魔法と勘違いして慌てて、小声で尋ねた。まあ気による技も本来秘密なので横島の危
惧は正しかった。

「あとでなんとでも誤魔化します!」

「お、おい、桜咲!落ち着け!」

「なら、当たればいいでしょう!『百花繚乱(ひゃっかりょうらん)』!」

刹那が無茶を言い、直線上に気が飛び、目をくらますように花びらのように気が飛び散って迫る。さすがに防ぎき
れずに横島の服が破けた。それでも木刀から放たれるのでは威力が低い。それに刹那は一本だろうとあやかを見
るが、あやかが首を振った。どうも飛び道具のように受け止められて、一本と見なせないというようだ。

「うぐ、そ、そんな必死に斬りかかるな!そんなに俺が嫌いか!」

「大嫌いです!」

「くっ、や、やっぱり女はみんないけ面がいいのか!べ、別に悔しくなんてないからな!」

刹那に迷わず言われて半泣きになりながら横島が言った。

「死ぬほど悔しそうだな」

「で、ござるな。しかし、そろそろ決まりそうでござる」

「もらった!」

刹那が油断したと見た横島相手に懐に飛び込む。
しかし、その木刀の手元が素手でつかまれ引き寄せられた。
バランスを崩し、刹那が床に倒れる。

(なに!?)

そのすぐあと、横島の手刀が刹那の頭を捉えた。
その威力に刹那が目を閉じる。裏の世界などに関わってきただけに横島のその手刀に未知の力、霊力がたっぷり
纏っているのが分かったのだ。痛烈な衝撃が来るかと思われた。だが、意外にもそれは軽かった。ぽんっと刹那
の頭に手が乗せられた。横島が寸前で手刀を止めたのだ。

「そこまで、桜咲さんの負けですわ」

「くっ」

刹那はうなだれた。有効打を喰らったわけではなくても文句のつけようのない負け方だ。自分の秘密も関わらずに
やれば、もう少しいい勝負になるはずだが、それは横島とて同じだった。

「え、えっと大丈夫か?」

横島は心配そうに覗き込んだ。

「うぐっ」

悔しさに涙目で刹那が横島を見てきた。

「え、え、いや、て、手加減はちゃんとしたぞ!?け、決して明日菜ちゃん達と住みたいからって本気で殴ったわけ
じゃないからな!」

「わ、私は認めません!あなたを認めませんから!」

「すすーごーい、二人とも!」

一気にギャラリーがわいた。横島も凄いが刃先から衝撃波を飛ばした刹那にもクラスメートは驚いていた。

「はいはいみなさん。驚くのは後です。ともかくみなさんもこれで、横島先生がここに住むのに異論はありませんね」

「「「「はーい」」」」

あやかの言葉に全員が一斉に答えた。それを聞くと刹那は余計に落ち込んだ。これでは自分が横島のここにいる
理由を強化したようなものだ。

「まあ順当なところか」

「そうでござるな。刹那はちと焦りすぎでござる。もう少し冷静になれば、あの先生、かなり女相手で遠慮しているの
が分かったはず。そこをつけば勝機もあったでござるのに」

「さてね」

楓の言葉に真名は目を細めた。

「ではこれから横島先生の歓迎会を開きたいと思いますが、どうでしょう」

「「「「賛成!!」」」」

「ちょ、ちょっといいんちょ、私はまだ納得が!」

「明日菜さん。横島先生はあなたの護衛も兼ねるんでしょう?」

「そ、そんなの私知らないわよ!」

「どうせ明日菜さんはヤクザを殴って狙われてるんですから自業自得ですわ」

「誰がそんなことするか!」

明日菜があやかと言い合いになり、クラスメートは横島や刹那に駆け寄った。

「せっちゃん大丈夫?」
「先生ひどーい」
「泣かした!」

いまだうなだれる刹那に木乃香が声をかけた。

「お、御嬢様、だ、大丈夫です。あの、私はこれで」

だが刹那は慌てて逃げ出すように走り出す。

「はは桜咲さん。相変わらずにゃー」

「せっちゃん」

そんな刹那を木乃香は悲しげに見つめていた。






(な、なんだ、この美味しすぎる状況は?ちょっと待て。木乃香ちゃんは責任さえとれば襲っていいのか……。って、
違う!違うんだ!そんなことちょっとも思ってないんだ!というより、あのジジイ、ほんまに何を考えてるんだ!?俺
という人間を舐めてるのか!理性が、俺の理性が!)

「ちょ、ちょっと木乃香!先生の前で下着出さないでよ。横島先生向こう向く!」

「は、はい!」

ぱっと視線をそらす横島。あの後お祭り好きの3-Aはさんざんどんちゃん騒ぎをして、結局なし崩しで、明日菜と
木乃香の部屋に横島はいた(夕映も着いてこようとしたがハルナとのどかに連行された)。

横島は14歳の少女の匂いをかぐだけで頭がくらくらした。これから一年自分はここで過ごすのだ。しかも予想外に
も明日菜以上に木乃香が危険だ。どうもこの美少女、自分の魅力に気付いてないのかやたらと無防備なのだ。無
い乳ではあるが、警戒心の強い明日菜より、これは手強いことだ。

「先生もお風呂一緒にはいるん?」

「ぜひっ、いや、それはまずい!」

「木乃香、冗談は止めて。先生は全員入り終わってからですよ!」

「はい!」

(び、美少女の残り湯。落ち着け横島忠夫、ここで暴走すれば全てが水泡ときすぞ!この美味しい状況を最大限に
活用する方法が!)

「あと、委員長があの場にいなかった他の子にも横島先生が住む件を申し渡してくれるそうですから。えっと、心配
は要りませんよ」

明日菜が若干照れて言う。明日菜も横島と刹那の試合で少しは横島を見直したようだ。しかもこれで勉強も超天
才となれば、ちょっと黒い少女なら襲われて既成事実を作れるなら、その方がいいと思えるほどの優良物件である
。まあ明日菜もそこまでは気を許していないが、ともかく横島はそこらの男というわけではなさそうだ。

(でも頭が良くて、強くて、なんで護衛で、しかも中学の教師なんてしてるんだろ?)

明日菜はいまだに、蟠りも残しつつ、下着や着替えを手に持った。女同士なら大浴場まで下着で行くこともあるぐら
いだが、横島がいてはそれも無理だ。

「そ、そそそうか。すまんな二人とも、もう一回学園長には言ってみるからな!」

(ああ、美味しい!凄く美味しい!何この部屋に満ちてる美少女のミルキイな匂いは!って、ああ、理性が!理性
が!『覗』の一文字で全部の美少女は俺のもの!いや、『気』『配』『消』『滅』で一緒に入るのか!?いかん!いか
んぞ横島忠夫、こんな良い子達の期待を裏切っては!)

でも横島はそんな明日菜の期待を裏切るように自分の煩悩と激しく戦っていた。

「もういいですよ」

「は?あ、ああ、そうか」

言いながら横島が振り向く。すると木乃香は下着姿で、明日菜がクマさんプリントの下着を持っていた。

「こっちを向けって意味じゃありませんから!」

ぼくっと明日菜の拳が顔面にめり込んだ。

「す、すんません」

「学園長のことです!着任早々じゃ、ここのトップに文句言いにくいでしょ」

「は、はい、ナイス拳だ」

横島は床に倒れ伏した。






「うっ、うっ」

「な、なに、泣いてるんですか、もう!」

風呂上がり、横島は部屋の隅で悲嘆に暮れていた。

「なんでも、うっかり途中で誰か入ってくるお約束イベントもなく、お風呂描写さえカットされて悲しいらしいで。10才
と18才やとみんなの警戒心が全然違うんやそうや」

「木乃香ギリギリの発言しない。というか女の子と同じ部屋になれて、まだ足りないんですか!」

「それはそれ、これはこれやえ。やっぱりイベントはちゃんとこなさんと」

なぜか横島の心を木乃香が代弁した。

「そんなイベント知りません!もう、私寝ますからね!」

「え?ま、まだ8時だけど、もう寝るのか?明日菜ちゃんが良い子?」

まだこれからきゃいきゃい言い合う美少女との楽しいイベントが残されているはずだった横島が、残念そうに明日
菜を見た。だんだん境界線が分からなくなってきているのだが、深くは誰も突っ込まなかった。

「な、なんか引っかかる言い方ですね」

「明日菜は新聞配達のバイトしてんねん。それで早寝早起きの健康少女なんやえ」

「へえ、それはまた偉いんだな。俺なんか中3の頃はかなり適当に生きてたぞ」

「そう思うんなら、寝るからあんまり騒がないでくださいね」

「うーす。電気はいいのか?」

照明をつけたままで寝られるのかという意味で横島は尋ねた。

「ああ、それは平気です。バカみたいに騒がないんならちょっとぐらいは会話もいいです。じゃあ、木乃香寝るわね」

「はーい。お休み明日菜」

「お休み。先生も」

「あ、ああ、お休み」

そう言ってからすぐに明日菜の寝息が聞こえてきた。本当に寝付きがいいようで、多少騒いでも大丈夫なようだっ
た。木乃香はテーブルを挟んで正面に座り、ラフな姿をしており、横島は胸に目がいかないように気をつけるつもり
で、どうしてもその辺を見てしまった。

(ブ、ブラを着けてないせいで、ポッチが、無い乳でもポッチが見えてる!)

「先生はどうしはる?お話やったら付き合うえ」

「こ、ここ木乃香ちゃんは何時頃寝るんだ?」

「10時ぐらいやな。明日菜が早いから、なんやうちも寝るのは早くなってるんよ。テレビはあんまり見いひんし」

「じゃあ俺も昼間の本さっさと読んで、今日は寝るかな」

居候の身としては肩身が狭く、横島は少女二人と合わせようと伸びをした。
この状況なら昼間の図書館よりは集中して読書ができるだろう。美少女と同室とはいえ、木乃香は良い子なので
ハルナのようなこともあるまい。今なら一気に読めそうだと思い、横島は昼間少女達が纏めてくれた本を開くと文珠
を発動させた。

(しかし俺がこんな恵まれた状況でいいんだろうか。木乃香ちゃんは良い子だし、明日菜ちゃんもなんだかんだで
悪い子じゃなさそうだし)

思いながら横島は本に意識を集中させていく。
凄まじい速度で本をめくっていき、本当に中身が分かるのかというほどだった。もちろん普段の横島にこんな速読
能力はないが、文珠のせいで、自分でも信じられないほど本から来る情報は脳に上手く整理され暗記されていく。
本来は読書など横島の嫌いな行為ではあるが、ここまで理解できると、彼としても楽しいものがあった。

(なるほど、うかつに使うと確かにこれはやばそうな能力だな)

しかし、その先にある知識にまで到達しようという気のない横島としては、ここまで簡単に知識が手に入るのは怖く
もあった。ハヌマンがやめておけと言ったのも当然に思えることだった。

(まあ今は頼るしかないがな)

多少の雑念とともに横島は最後の本を手に取る。これを読めば、おそらく。中学教師レベルで困ることはもうない
だろう。夕映などが古文書関係の質問をしてきたときの対応が、悩みどころだが、文珠のストックから言っても、こ
れ以上は無茶な使い方をしたくない。無駄遣いしなくてよかったことに安堵し、いい加減本をめくるのにも慣れ、ぱ
らぱらと鮮やかにめくり終わる。

時計を横島は確認した。
思いの外、文珠の効果が長く持続したようで、10時を指していた。

(木乃香ちゃんの就寝時間か。丁度いいな)

「木乃香ちゃん、もう寝るか……って」

前を見ると木乃香が本に顔を埋めて、すでに寝ていた。読めはしないはずだが、横島が持ってきた北京語の本を
開いている。質問もしなかったところを見ると、横島のためにずっと黙っていてくれたようだ。

(気を遣ってるのは俺だけじゃないんだな)

横島は立ち上がるとぐっと煩悩もこらえ木乃香を抱え上げ、美少女の柔らかい感触にたじろぎながら手を少し這わ
せてしまい、軽くお尻に触る。

(うう、ああやっぱ女の子の体は柔らかいな。って、いかんいかん、我慢我慢)

お尻を撫でながら我慢もあったものじゃないが、美神が相手なら胸に飛び込むべきシチュエーションで、横島として
は我慢している方であった。
ともかく、死にものぐるいで手を離し、ベッドへと寝かせるべく体を屈めてゆっくりと起こさないように降ろした。
横島という煩悩魔神を疑うことも知らずに木乃香は寝ている。明日菜の方からも寝息が聞こえる。ちょっとエッチな
ことをしたけど、ここまで信用されては妙なことなどできるはずもない。横島は木乃香が風邪を引かないように丁寧
に布団を掛けようとした。

「う、うーん。横島先生……下着は盗んだらあかんえ……」

と、木乃香が寝言で自分の名を呼ぶ。
内容はともかく、先生とは本当に妙にくすぐったい呼ばれ方だ。シロには呼ばれたが、会う人会う人全員にそう呼
ばれることは初めてだ。横島もこの子達の期待だけは裏切ってはいけない気がした。そして、学園長の言う警護も
兼ねてということなら、二人をできるかぎり守ってあげようとも思う。

そんな横島らしくないことを考えてると、ちょっと邪なこともしたい衝動に駆られる。胸をちょっと触るぐらい許される
だろうか。起きなければいいじゃないか。いやダメだ。そんな葛藤をしていると、不意に、妙な気配がした。

「なんだっ!?」

これは魔力の気配だと感じた。遠くの方から自分に当てつけるように放っている。

(なんで俺に……この気配は……なんか覚えがあるような……)

戸惑う横島は窓辺による。やはりこちらを誘うように魔力が放たれている。そんなに強力な魔力ではなく、横島が
かつて対決した魔族と比べれば微々たるものだ。だが、不意に声が聞こえた。横島の女性限定にのみよく利く聴
覚に、絹を裂くような女性の悲鳴だった。

(この魔力?誰かを襲ってるのか?放っておく訳にはいかんか……それに、この気配は、間違いなく)

放たれてくる魔力にやはり覚えがあると思うと横島は二人が起きないように、そっと扉を開けて駆けだした。






「ほら、明日菜。横島先生、手はださんだえ」

と、横島がいなくなった部屋で、木乃香が口を開いた。二段ベッドの上では明日菜の動く音がして、どうやら二人と
も寝てはいなかったようだ。木乃香はお尻を触られたが、どうも横島を悪人とも思えず、そのことは黙っていた。

(なんや、男の人に触られるんは不思議な感じやな……)

「まだ分かんないって木乃香。下着泥棒にでも出て行ったのかもよ。なんか出ていく前に、こそこそしてたし。大体、
木乃香、下着に触るなとか注意するのは反則よ」

実はお風呂場で明日菜が横島を信用できないと、あまりに言うので、木乃香の提案で、二人で寝たふりをしてわざ
と隙を見せ、横島が何か妙なことをしないか見張っていたのだ。直接は手を出さないまでも下着に少しでも触った
りすれば、学園長に言って追い出す手はずだった。そのためにわざと下着を脱ぎ散らしていたのだが、本に夢中
だったせいで、横島は下着に気づきもしなかったようだ。

「なんか騙してるみたいで気が引けたんよ。それにあんまり疑り深いのはよくないえ」

(でもほんまにエッチな人みたいやな。でも、なんや、怒るきせんのよな。ああでも、明日菜にそんなことしたら一発
で追い出されるやろし、ちょっと注意してあげた方がええやろうか)

呑気に木乃香は考える。どうも貞操観念というか、男に対する危機感が薄いようだ。

「うう、だって、なんか先生ってやらしい気がするんだもん」

実際は明日菜の勘の方が正しいが、横島も最初のおっぱい以来は生徒に表だって手を出してないので、これ以上
は理由もなく責めもできなかった。

「そんなに気になるんなら後でも付けてみる?」

(まあさすがに下着泥棒はしてないやろし、薄目で見てたけど、なんや急に真面目な顔したのが気になるしな)

「さ、さすがにそこまでは……」

「でも、これから一緒に住むのに疑ったままやと困るやろ」

言いながらすでに木乃香は外套を着て、横島を付ける気のようだった。

「まあそうだけど」

普段は木乃香の方が引っ込む方だが、いざとなると明日菜の方がハッキリしないところがあるようだ。しかし、明日
菜も基本的にはハッキリした性格だ。立ち上がると木乃香に続いて外套を羽織り外へと出た。







あとがき
強さに対するたくさんのアドバイス。ありがとうございます。
たしかにネギまとGSの強さを正確に計るのは不可能ですね(汗
それで、大半は作者の裁量でいいんじゃない。ということで、こんな感じになりました。
横島は、あんまり極端なチートより、ある程度は徐々に強くした方が、
いい気がしたので、若干抑えました。まあまだ文珠も栄光の手も未使用ですしね。

それにしても木乃香達と同室になったけど、正直、相当叩かれると思ってたのに、
それに対しては突っ込みがなくて意外でした。みなさん肯定的なんですね。
ではXXXにまで行かなくていいように頑張ります(汗









[21643] 桜通りの吸血鬼
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/11 18:42

「感じる!感じるぞ!この感覚は間違いなく美女が、明日菜ちゃんや木乃香ちゃんみたいな微妙なのじゃなく、間
違いなく美女が襲われてると俺の勘が告げている!待っててくださいお嬢さ――――ん!今、この横島忠夫がお
助けします!」

(なんや先生気合いはいってるなあ)

(誰が微妙よ!誰が!胸触ったくせに!)

((まったくや、お尻触った癖に)まあそう思われてる分には襲われる心配ないんやし、いいんちゃう)

(それとこれとは別、って、な、なんでこんなに速いのよ!引き離される!)

猛烈な速度で駆けていく横島に少女二人が後ろから追いすがる。かなり遅れて出たせいで、元から引き離されて
いたのに加えて、速度で向こうが上回る。でも、横島が叫ぶので二人はなんとか位置が補足できた。それは桜通り
の方角であった。





「ああ、やっぱり遅くなりすぎたかな」

夜道を一人で歩きながら大河内(おおこうち)アキラは怯えた声が出た。ポニーテールで髪を纏め170を超えた身
長に豊かな胸の持ち主で、水泳部ということで鍛えられ無駄がそぎ落とされた肢体は非常に男好きするものがあ
る。それでいて寡黙で小動物が好きで、優しい雰囲気があり、騒がしい3-Aでも大人な少女である。

そんなアキラがこんな暗い夜道を歩いているのは、部活で、一人で居残りで特訓に励んでいたせいだった。全国ク
ラスの水泳部のエースであるアキラは泳ぐのが好きだった。泳ぎだすと時間が経つのもわすれて、いつまででも泳
いでいるため、たまにこういうふうに寮に帰るのが遅くなるのだ。

アキラは外灯に照らされた夜道を見た。桜通りと呼ばれる通りで、ちょうど夜桜が綺麗に咲いていた。

『ああ、それと最後に俺も高畑先生に聞いたところだが、春休み中に、『吸血鬼』騒ぎが起きてるのは、みんな俺よ
り知ってると思うが、しばらく夜間は外出禁止だそうだから、くれぐれも守ってくれ』

今日着任してきた横島という担任の言葉が思い出された。何人かは本当に血を吸われたというし、先日などクラス
メートで運動部四人組と言われる仲の良い佐々木まき絵も襲われたという話しだ。だが困ったことに、ここを通らな
いと女子寮には行けないのだ。アキラは特に幽霊とかが恐いというわけではないが、いくら運動神経がよくても武
道経験があるわけでもないため暴漢とかなら恐いに決まっていた。

がさっと音がした。

「誰?」

不安に思ってアキラが目を向けた。

「ふふ」

すると電灯の上に黒いマントを羽織る人影が見えた。

「まだ愚かにも夜に出歩くものがいたのだな」

マントを羽織り、電灯の逆光で顔までは見えないが、行動がおかしい。そのマントの怪人は宙に浮いて迫ってきた
のだ。夜空にアキラの叫びがこだました。






横島は目の前で血を吸われる少女を目にとめた。

「ああ、あれは、うちのクラスの大河内じゃないか!スタイル抜群とはいえ、俺のクラスの生徒ってどういうことだ!
このアホ吸血鬼!どうせならしずな先生とか葛葉先生とかなんの憂いもなくいける人を襲わんか!じゃない、俺の
生徒になにをする!」

横島が助けるのも忘れて叫んだ。目の前にいるのは横島のクラスの出席番号6番の大河内アキラだ。こんな時間
にこんな場所で何をしてたかは知らないが、あまりにも大人顔負けのスタイル抜群の少女で、横島は襲いかかって
しまわないようにクラスでは密かに見ないようにしていた要注意少女の一人だ。

「思いの外、早く来たな先生」

そう言ってアキラの血を吸っていたらしい少女がアキラから離れた。少女はアキラを傷つける気はないのか丁寧に
寝かしつける。

(ハアハア、やっと追いついたえ)

(木乃香、隠れて。なんか様子がおかしいわ)

「お、お前は確か……エヴァンジェリンか?まさか大河内の血を吸ったのか?」

横島がその顔に見覚えがあった。クラスで一、二を争う幼い見た目の美少女だ。ピートを知っていたので、横島も
放つ雰囲気からもしかすると吸血鬼じゃないかと見当を付けていたが、学園長が黙認しているし、魔法生徒の名簿
にも載っていたので吸血鬼騒ぎはエヴァじゃないと思っていた。しかし、今、どう見てもアキラを襲っている。意外な
行動に横島は対応に悩んだ。とにかくアキラのことは見過ごせないことだ。

「そうだと答えたらどうするね?」

「学園長に許可はもらってるんだろうな」

「ないと答えたら。というか生徒の血を吸う許可などジジイがくれると思うか?」

エヴァは嘲るように笑った。

「じゃあ見過ごせないな。ストライクゾーンに入る美……じゃない将来有望な美少女となればなおさらだ!」

横島の手に青い燐光を放つ霊剣が生まれる。そして、油断なく構えた。アシュタロス戦以後横島もそれなりにレベ
ルが上がり、化け物相手にびびりまくるということも少なくなった。荒事は嫌いだが、元々才能だけは人並み外れた
横島は様になった構えをとった。

(なあ明日菜)

(な、なに?)

(これって夢やろか?横島先生の腕が光ってるえ?ヨーダや)

(う、うん、木乃香。私もそう見えるけど……)

「ほお、それがお前の武器か。では貴様は戦士タイプか?」

「戦士?どうだろうな」とっと横島は地面を蹴る。「大人しくその子を渡せばよし、渡さんならちょっとぐらい痛い目に
遭わすぞ!」

「やれるかな!茶々丸!」

エヴァの言葉と同時に横島の後ろに人が現れた。
横島は雰囲気からそれが人ではないと感じ取る。
なにせ霊気がない。だが妙な魔力がある。かつてあのヨーロッパの錬金術師カオスに造られたマリアに似た感触
だ。その絡繰茶々丸(からくりちゃちゃまる)の腕が伸びた。というよりマリアのように飛んできた。だが、横島がそ
れを相変わらず不器用にかわす。
すぐあとに茶々丸の蹴りが腹を目掛けてくるが、サイキックソーサーで防ぎ、と、茶々丸の伸びた腕にはロープが
付いていて、それで本体と結ばれていて戻っていった。

(こ、この子も強い。なんだ。どうなってんだ。うちのクラスは。六道女学院じゃあるまいし。いや、六道でもこれほど
珍しい子ばっかりじゃないぞ)

「ほお、良い動きだな」

「よく見たら絡繰か?なんでこの子まで……」

横島はこの子も魔法生徒の名簿に載っていたことを覚えていた。刹那といい、ここの魔法生徒というのは新任教師
に襲いかかる習性でもあるのだろうか。非常に不可解だ。

「か、絡繰、なんで俺に襲いかかるんだ?」

「すみません。横島先生、マスターのご命令です」

「マ、マスター?な、なんだ、ひょっとして二人は危ない関係なのか!?」

「危ない?」

横島の言葉にまともに首を傾げつつ、茶々丸が迫る。やはり刹那並みに速い。

「ちょ、ちょっと、待て、訳が分からんぞ!桜咲といい、なんで着任早々生徒に襲われまくらねばいかんのだ!」

横島は生徒と言うこともある茶々丸の拳を傷つけないように剣の腹で受ける。
だが、

(ぐ、マリア並みに重い!)

さすが機械と言うべきか凄い力で、あまりの衝撃に横島は後方に吹き飛んだ。後ろ桜の木に叩きつけられる。花
びらがはらはらと舞い落ちた。

「なんだ先生。霊能とやらはその程度か、それでは私の相手がどこまでつとまるかな」

「ちょ、ちょっと待て、俺は大河内が無事なら別に戦う気はないぞ!」

「こちらはあるのさ!いくぞ!『氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 17頭(グラキアーレス) 集い来りて(コエウ
ンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキ
アーリス)!』」

喋りつつも詠唱を唱え、試験管を投げつけて、エヴァは魔法を完成させ横島に氷の矢が迫った。

「な、ちょ、魔法!?」

だが横島は霊剣で慌てて応戦する。しかし、同時に茶々丸まで飛び込んできて、その波状攻撃に氷の矢の一本が
足を捉えて凍りつかせた。

「茶々丸!捉えろ!」

「了解ですマスター」

「くそっ、なんでだ!気にいらんにしてもこういうやり方はないだろうが!」

横島は慌てて霊剣で氷を砕いて茶々丸の腕をかろうじてかわした。

「ち、意外に逃げ足が速いな!」

エヴァが次のフラスコを投げつけてきた。

「うわっ、ちょ、ちょっと待て気にいらんなら理由を言え!」

「貴様のせいで!私は!私の最後の希望がここに来なくなったのだぞ!気にいらんどころではないわ!」

「はあ?んな、なんのことだ!?」

しかし、横島の言葉を無視して、同時にエヴァが試験管に満たされた溶液のようなものを投げつけてくる。危険を
感じ当たる前に霊剣ではじき飛ばす。すると煙のように冷気が立ちこめた。一瞬視界を奪われ、さらに試験管が飛
んでくる。横島は今度は斬り飛ばさずに避け、回り込んできたエヴァに剣の平で斬りつける。

(ち、こいつ、でたらめだが異常に鋭い!)

心中舌打ちしてエヴァは叫んだ。

「茶々丸!」

右から茶々丸の拳が横島の腹を捉える。機械の攻撃に横島はうめくが、苦しくてもここで膝を折れば、なにをされ
るかわらない。

「(もらった!)。『氷の17矢(グラキアーリス)!』」

詠唱中のため心で思ったエヴァの魔法を、放った。

「くそ!こなくそ!」

横島はその17本の矢を全て斬り伏せようとするが、そちらに集中すると、容赦なく、茶々丸の蹴りが飛び込んでき
て、思いっきり後ろに弾き飛ばされる。受けた腕が痺れた。さらに上からエヴァが氷の刃の雨を降らせた。

「こ、殺す気か!」

横島はその雨に飲み込まれた。

「先生!」

「ちょっと木乃香。まずいって!」

思わず木乃香が茂みから出てしまい、それに明日菜もつづいた。

「ふん、なんだ小娘ども、見てたのか?茶々丸。見られた以上は二人も逃がすなよ」

エヴァがにやりと笑って茶々丸に指示した。

「了解です。マスター!」

茶々丸が明日菜と木乃香を確保しに迫った。

「さて、私はお前に聞きたいことがあるのだ霊能者。ネギ・スプリングフィールドはどこ――」

悠然と歩いてくるエヴァが、しかし、言葉を止めた。たしかに捉えたはずの横島の姿が、そこになかったのだ。

「なに!?」

「なにこれ!?」

その声は明日菜のものだった。
明日菜達に近付こうとした茶々丸がなんらかの防御フィールドに防がれ、はじき飛ばされたのだ。
そうして横島が茶々丸の目の前になぜかいた。

「明日菜ちゃん達はそこから動くなよ!」

「い、いつのまに!?バカなたしかに捉えたぞ!」

「ふう、後で腕は治すから許してくれ!」

二人を捉えようとした茶々丸の、その腕を横島が霊剣で切り飛ばした。

「ち、戻れ茶々丸!小娘を使え!その男はスケベだ!」

「なっ!」

横島はアキラを放置していたことを思い出して、振り向く。そこにはエヴァによってアキラが宙に投げ飛ばされ、茶
々丸がそれを空中で掴んで、そのまま盾にして向かってきていた。

「ひ、ひ、人質は汚いぞ!」

「横島先生。すみません。命令です」

茶々丸がアキラから手を放すと、アキラの胸が横島の顔にぶつかる。

「な、なんとー!ちょ、中学生の癖になんちゅうけしからん胸を!!」

鼻血を吹き出し、思わずそこに顔を埋めて、スリスリしてしまう横島。明日菜以上の破壊力のある胸に横島の理性
が持つわけがない。そこに茶々丸のボディブローが決まる。思わず膝を折る横島はアホすぎた。

「ほ、ほんま、エッチなのは明日菜の言う通りみたいやえ」

「でしょ。って、いや、そんな場合じゃないわよ!なんで?なんで、エヴァンジェリンさんがこんなことをしてるの!」

「ふん、貴様等に教える必要があるか!さあ、これで仕上げだ!」

さらにエヴァから試験管が飛んできて横島をアキラごと魔力の呪縛で縛って二人が密着した。

「し、しまった!でも、嬉しい!ああ、乳尻太股が!」

思わず意識が朦朧とする横島に、見かねて思わず明日菜が飛び出した。

「ばか、なに喜んでるんですか先生!」

「って、へ、明日菜ちゃん……い、いや、これは違うんだ!」

アキラの胸で気を失いかけていた横島が、明日菜の声がかかったのが効いた。誤解ではない気もするが、せっか
く解けてきた誤解が、このままでは余計に深まることになりかねない。

「なにしてるんです先生!上からエヴァンジェリンさんが来てます!」

「なっ」

横島の体はアキラと限りなくあらゆる場所が密着して身動きがとれない。もがけばもがくほど引っ付いていろいろと
おかしなことになる。見かねてほどこうと明日菜が駆け寄り、木乃香もつづいた。

「来るな!明日菜ちゃんも木乃香ちゃんも危ない!」

「先生の方が危ないでしょうが!」

「はははは!安心しろ先生。誰も殺しまではせんさ!」

エヴァは言いながら仕上げの試験管を投げた。
だが、明日菜の手が魔力の呪縛に触れる。するとなぜか呪縛が消えてしまう。

(な、なんだ。『解』の文珠はまだ手にあるぞ!?)

「なに、魔力も溜めずに、一瞬だと!?どうやったのだ霊能者!」

今のをしたのは明日菜だが、本人もそうとは気づかず、今度はエヴァが驚き行動が遅れた。一瞬での呪縛解除を
横島がしたのだと勘違いして、動揺してしまう。
そこに横島は一気に距離を詰め、腰を落とし、手のひらを広げてエヴァの腹に当てた。

「悪いなエヴァンジェリン。痛くせんから許してくれよ!『栄光の手(ハンズオブグローリー)・伸びろ!』」

ぶわっと横島の霊剣が手の形になり、エヴァを吹き飛ばした。

「なんだ。この凄まじい力は!?」

煩悩によって横島の霊力も高まる。皮肉にもアキラを人質にしたのが裏目に出ていた。アキラを抱えたままの横島
の霊力が一時的に跳ね上がっているのだ。もっともそれが分かっているのは横島だけだが。

今度はエヴァが膝を折る。煩悩で高まった横島の霊力をもろにぶつけられたのだ。いくら吸血鬼とはいえ、人間と
同じ血が通い、霊基構造もあるため、無事ではすまない。外傷こそないが回復に時間が要りそうだ。

「うぐっ」

「す、すまん。痛いか?」

「き、貴様!」

しかし、エヴァにとっては忌々しいことに横島は、致命的な内臓器官にダメージを残さないように相当加減している
ようだった。

「マスター!」

慌てて茶々丸がエヴァとの間に割り込んだ。

「お、おい、そんな顔しなくても、えっと、大丈夫だ。この子さえ返してくれたらなんもしない!」

茶々丸の非難を含んだ必死な様子に、横島はアキラを肩に担いだ体勢でこれ以上攻撃の意志はないと手を挙げ
た。

「キ、キサマ!手加減したな!たかが人間が!この『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』に!」

エヴァは忌々しそうに膝をついて横島を睨んだ。

「と、当然だろ。俺が女の子を本気で殴る訳ないだろうが。大体エヴァンジェリンは俺のクラスの生徒だろ。あ、あ
のだな。これは正当防衛だぞ。学園長に言いつけせんといてくれよ!」

「私が女の子?言いつける?くだらん。吸血鬼と気づかんわけでもあるまい!」

「それでも女の子は女の子だろ。大体、見た目と精神年齢は一致するものなのはピートや小竜姫様のせいで知っ
てるしな。本当に大丈夫か?」

「ピート?」

「ああ、知り合いのバンパイアハーフだ。700歳らしいが、なんか神経質なとこがあって俺の方が年上みたいだっ
たしな。それより大丈夫か?動けないなら」

横島は無造作にエヴァに近寄った。エヴァは動けず、茶々丸はどうしてか横島を止めようとしなかった。
そしてエヴァの腹に文珠に『治』を浮かべて当てる。不思議な優しい輝きを帯びてエヴァの腹から全体に伝わった
ダメージが引いていった。

「こ、これはなんだ?」

「気や気!凄いで先生」

と、声を発したのは木乃香だった。

「うっ……。ふ、二人とも見てたよな?」

たらりと横島が汗を流した。

「何を言ってるのよ木乃香。こんなの気でできるわけないじゃない。魔法かなんかよ!」

「ほなら、先生は魔法使いやのん?」

「ええ、そうなの!?すご!」

明日菜が驚きに目を瞬いた。他の子に見られるよりマシだったが、どのみちまずい。なんでも信じやすい木乃香は
ともかく明日菜が今のを見てまだ『気』だなどと信じるわけがない。霊能力がばれた場合の罰則はこちらの世界に
任せるとジークは言っていた。オコジョはいやだ。

「ふん、まあさすがと言っておいてやる。ジジイが近衛木乃香と神楽坂明日菜の護衛に付けただけはあるな。ええ、
この世界で唯一の真正の霊能力者・横島忠夫」

「え、エヴァジェリン!」

横島が叫ぶがエヴァが浮かび上がった。エヴァの方は負けた腹いせか意地の悪そうな顔になった。

「霊能力者?」

明日菜が首を傾げ横島が慌てた。

「ち、ちが。違うぞ!明日菜ちゃん!俺はただの変態教師だ!」

「どういう意味やの?」

さすがの木乃香も不思議そうに聞いてきた。

(いや、いやだ!オコジョで一年過ごすのはいやだ!帰ったら美神さん達は絶対に無茶苦茶怒ってるだろうし、どう
考えても、一年でオコジョから人間に戻れる保証もないじゃないか!誤魔化せ!死ぬ気で誤魔化せ!)

「はははは、その男はこの世でも珍しい霊能力者というやつだ!」

「言うな!」

「ふん、知るか。まあ今日は私も本調子ではないのでな。引いてやろう。だが、この私を舐めきった忌々しい霊能者
。一つだけ教えろ!」

エヴァは茶々丸に抱えられ、空に浮かんだ。

「な、なんだ?」

(と、飛んでるで明日菜。あれも気?)

(だから違うって木乃香)

「ネギはどうした?」

「ねぎ?鍋でもするのか?」

「そのネギではない!先程も言ったネギ・スプリングフィールド!本当なら2年の三学期からここの教師になるはず
だった10才の少年だ!私はそいつに会わなければならん!」

「ああ、ネギ君か。悪いがそれは秘密だ。でも俺と同じく悪い扱いを受けてはいないはずだ。美神さん達もさすがに
10才の子に逆ギレはせんだろうしな(逆に俺が帰ってからが恐い。いや、でも、きっと、ネギ君も苦労してる気がす
るが、言うと話しこじれるだけだしな)」

頭をかきながら横島は言った。明日菜達はなんの話か分からず黙っていた。

「ミカミ……。では、そもそもお前が誰だ?茶々丸に調べさせたが、横島忠夫などという人物はこの日本にはいな
いはずだ。なにより、本調子ではないとはいえ、私と茶々丸がくんでも勝てるほどの実力者なら自ずと名は知れる
はず。たとえどれほど裏に生きるものだとしてもだ」

「それも秘密。そもそも負けたエヴァちゃんに俺が教える必要もないだろ」

「ちゃ、エヴァちゃんだと!くっ、では勝てば教えるのか!」

悔しそうにエヴァは歯がみした。

「エヴァちゃんじゃ俺には勝てんだろ。なんか知らんが雁字搦めの呪いで魔力も押さえ込まれてるみたいだし」

「な、なぜ、それは……」

「それと他の子の血を吸うのはもうなしだ。どうしても血がほしいなら俺が吸わせてやるから言えばいいから」

「な、なに?」

「あ、俺の血はいらんか?」

「い、いるとかいらんより、お前、吸血鬼に血を吸われる意味を知ってるのか!?」

「知ってるぞ。でも浄化法があるから俺を操り人形にはできんし、問題ないぞ」

「な、なに!?いや、と、とにかく、情けなどいらん!」

「まあ良い子にしてたら、その呪い。卒業する頃には俺が解いてやるから、意地をはるな」

「なっ!?」

エヴァの脳裏にあの日の光景が蘇る。横島と同じ言葉を残して、結局帰らずに死んでしまった男の姿が。横島はア
キラをお姫様だっこにし、明日菜と木乃香がエヴァを気にしながらも歩き去っていく。その後ろ姿を見送り、エヴァ
は悔しそうに唇をかみしめすぎて血を流し、何も言えずにいた。






「じゃあ先生ってほんまの魔法使いみたいなもんなん?」

アキラを部屋に届け、どこまで説明するか悩んだあげく、横島は結局この世界の常識にあわせて二人に話してい
た。最初はオコジョがいやで全部『気』のせいにしてとか色々考えていたのだが、そもそも横島は嘘は苦手である。
何よりここに住ませてくれることにしてくれた二人には、横島としても感謝していたし、それに対しての誠意は示した
かった。

「そうだ。正確にはゴーストスイーパーという職業だ。まあまだ見習いだったけどな」

「本当に?」

不思議に対する耐性が先程のでついたものの、胡散臭そうに明日菜は目をぱちくりさせた。

「ああ、まあどこまで信じるかは二人に任せるけど嘘はついてない」

「ううん、じゃあ質問。あのとき私達が茶々丸さんに襲われかけたとき、覆ってた光みたいなのってなんですか?」

「あ、ああ……」

横島は困った。明日菜は全部ちゃんと聞かないと信用しないと顔に出ている。木乃香は話したくないならいいという
様子だ。まあ親に庇護されて育った木乃香と違い、身寄りのない明日菜の人に対する警戒心が強くなるのは当然
と言えた。とはいえ、文珠のことだけは秘中の秘だ。また誤魔化そうと思えば誤魔化せることだ。

(でも、学園長が言っていた護衛の件もあるしな。二人がどれぐらい誰に狙われてるのか分からないが、もし、美神
さんところで働くのと同じぐらい危険に付きまとわれてるんなら、文珠を隠して、守りつづける自信なんて全くないな
。だいいち、まだ14歳の桜咲とか見た目幼女があれだけ強いなら、こっちのやつらもあなどれんしな。ううん)

美神が居れば面倒なことは全部考えてくれるのだが、今は一番自分がしっかりせねばいけない。黙っていることで
、この少女達が危険か、それとも安全かと考えねばいけないのだ。

(ううん、この二人はあっちこっちに言いふらさない気がするしな)

「分かった。でも、それは俺の秘中の秘だから、絶対に誰にも言いふらしたらダメだぞ。いや、まあ、さっきの魔法と
霊能のこともだけどな」

「え、うん」

横島が急に真面目に言うので、明日菜はちょっと息を呑んでうなずいた。

「私も言わんけど。いいの?話して?」

「ああ、まあ、他の人に喋らないならいいんだ。木乃香ちゃんも知りたいんだろ?」

「うん、実はかなり聞きたい」

木乃香は素直にうなずいた。

「それで俺が持つ霊能力で最強の奥の手がこの文珠だ」

そう言うと横島は文珠を二つテーブルにおいた。文珠の使用法も二人に話し、最初、明日菜も木乃香もとても信じ
られないようだったが、エヴァとの戦いや、自分たちを治したのもこれだと知ると満更疑ってもいられないようだった


「はあ、もうなんだか本当にこの世界って何でもありだったんですね」

話を聞いて、明日菜はさすがに感心したようだ。

「おう、魔神が世界を滅ぼそうとしたのを美神さんって人たちと救ったこともあるぞ」

「うわ、ファンタジーの世界や。横島先生はきっとゲームから飛び出してきたんやえ」

「あ、もしかして先生が頭良いのって」

明日菜が勘付いて横島を見た。悪戯がばれた子供のように横島は気まずそうにした。

「は、はは、まあこれも俺の能力の一部だしな」

「確かにそうですけど、なんか反則っぽいな。あ、じゃあ私もこれで頭をよくしてくれたら許してあげます」

バカレンジャーの中でもレッドをつとめる明日菜が無茶な論理を展開する。許すも何も許してもらうことなどないは
ずだが、横島は黙っていてほしいこともあり、苦しい顔になった。

「あ、あのな、神楽坂。文珠で知能を付けるのは、本来、斉天大聖っていう神様にも止められてる危険なことだぞ。
徹底的に知を追求する気ならともかく 、そうでない場合は絶対に麻薬のように文珠がないと生きていけないことに
なりかねんってな。自慢する訳じゃないけど、能力が授かるものは、それに見合う資格を有しているもの。だから俺
の場合、使用は謝らんと天が考えたということらしいんだ。ま、まあ、ちょっと悪く使ったこともあるし、力のある悪も
いるけどな」

「先生は正義に見えないけど」

明日菜はジト目になる。

「うんうん。正義は大河内さんのおっぱいに頬ずりはせんよ」

木乃香にまで続かれる横島は焦った。

「と、とにかくだ。俺がここにいられるのはたったの一年。一年の間に明日菜ちゃんも文珠がないと生きていけない
なんてことになりたくないだろ?」

「ま、まあ、それはそうですね。はあ便利良さそうなのにな」

横島がほっと胸をなで下ろした。どうにか理解してくれたようだ。
もう12時を過ぎていた明日菜は寝なくて良いんだろうか。

「じゃあ、私と木乃香の護衛って魔法関係なんですか?」

ふと思い出し、明日菜が言った。

「そうや、私も護衛がいるほど危ない目におうたことはないえ」

「あんと……護衛は……」

木乃香が危ない目にあったことがないのは、おそらく影の護衛がいるからだ。横島は何度かその護衛の存在に気
づいている。刹那も自分の存在を示すことで木乃香に余計なことをするなと脅しているのだろう。先程も実は隠れ
て見ていたのではないだろうかと横島は思っている。残念ながら気配は探るどころでなかったが、アキラの胸の件
といい刹那にもずいぶんいらないものを見られている気がした。

「まあそうなんだけど、詳しくは俺も知らん。ただこの麻帆良学園自体が巨大な結界で魔の物から守られてるから、
危険な目に遭わないという理由もあるんだと思うぞ。それと俺も二人と常に一緒ではないから安心してくれ。ただこ
のことを学園長に確認しにいくのは勘弁してほしい」

「ああ、秘密がばれたら先生罰を受けるんやったな。分かった。聞かんとくえ」

「すまん」

「私も聞きません。人の秘密を喋るのは悪趣味だし」

それに明日菜は学園長が保護者代わりをしてくれている。もしそれで明日菜の存在が学園長の弱点だと思われて
るとしたら、襲われる可能性も合点が行く。まだ明日菜も14歳ながら学園長がこの麻帆良学園のトップという以上
の影響力を持ち、そういう人間が恨みを買いやすいことも分かっているつもりだった。

そして行く当てのない自分を引き取った学園長をそのことで恨むつもりもなかった。むしろ学園長に余計なことを言
って、心労を増やすことだけはしたくなかった。今の自分は小公女セイラのようなものだ。学園長がいなければ直ぐ
にでもここを追い出されるかもしれないのだ。むしろ、自分などにまで護衛を付けてくれることに感謝すべきかもし
れない。そう考えるとあの時、横島を追い出さなかったのは本当に正解だったと思う。

「二人とも良い子だな」本当に横島は感動した。向こうの世界とはえらい違いだ。「よし、ほんじゃもう寝るか明日菜
ちゃんは朝早いんだろ」

「あ、うわ、もう12時すぎてるじゃない!」

三人が立ち上がり、横島はソファーに寝ようと横になった。

「先生、大事な文珠、しまうの忘れてるえ」

机におかれた二つの文珠を木乃香が手に取り横島に渡そうとした。

「ああ、いいんだ。一個ずつ二人に上げるから持っておいてくれ。一応『護』と入れてるから緊急時に守ってくれるは
ずだ。文字を変えたいときは、よくイメージするんだぞ。敵を倒すときに『倒』っていれると、こけるだけだったりする
し『爆』って入れたときは近くに人がいないか、自分も含めてよく見るんだぞ。半径5メートルぐらいの殺傷力がある
からな」

「上げるって、先生、大事なもんやのにええの?」

「そうですよ。第一麻薬みたいなものだって言ってましたよ」

「大丈夫。二人なら使用を間違えたりはしないだろうから。それに明日菜ちゃんに言っておくけど『賢』って入れても
賢くはならずに畏まって人に頭を下げたくなるだけだから気をつけろよ」

「し、しません!って、知ってるってことは横島先生も」

「やった。授業中思いっきり教師に頭を下げて、死ぬほど恥かいた」

聞いた二人が吹き出し、横島に礼を言うと大事そうに手に取りそれぞれにしまった。







あとがき
さて、ようやく一日目が終了です。
次から二日目に入るので、ぼちぼち方向性も明らかになってくるかと。
エヴァがようやく出て、桜通りは順当にのどかの登場も考えたけど、あえて趣味に走りました(マテ






[21643] 想い、思い、重い
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/11 17:08

朝、横島はまな板を叩く包丁の音に目が覚めた。麻帆良学園の女子寮にはキッチンとトイレがついている。ないの
はお風呂ぐらいのもので、中等部の寮としては破格の豪華さだった。広さもそれ相応にあり、横島が住んでいたぼ
ろアパートよりはずいぶんよい環境だ。

だが男と少女二人が住むとすれば、かなり危険な環境には違いなく、実を言うと今朝新聞配達に出ようとする明日
菜の着替えを見てしまい殴り飛ばされたりしていた。そんな横島はまだ寝ぼけており、まな板を叩く包丁の音を聞
き、おキヌか小鳩かと思い薄目を開け、見たこともない美少女が機嫌良さそうに料理を作るのに目をとめた。

「横島先生もう起きたほうがええよ」

「ああ、おキヌちゃんか。いつも悪いな」

と、言いながら横島は起きて伸びをする。すると木乃香が料理の手を止めて自分をじーっと見ていた。

「おキヌちゃんって誰やのん?先生の恋人?」

「へ、ああ、木乃香ちゃん……ああ、そうか夢じゃないんだったな。おキヌちゃんは、い、いや、恋人ではないぞ!」

「ふうん、まあええけど」

横島が起き上がると木乃香は、ちょっととげのある様子で料理に手を戻した。

「まあでも、実はうちも朝起きたとき先生も文珠もなくて夢やってん。っておもたんえ。ちょっと寂しい気持ちになって
先生の顔見てなんや安心したんよ」

「おお、木乃香ちゃんは良い子だなー。明日菜ちゃんなんて、夢ならよかたって朝一番に殴り飛ばされたぞ」

「どうせ着替えでも見たんやろ。先生スケベやから」

「う……お、起きてたのか?」

図星だった横島が驚く。目が覚めて下着姿の明日菜を見て飛びついてしまったのだ。寝ぼけていたとはいえかなり
の不覚だ。

「大体分かるえ。明日菜はああ見えても、うちよりもっと優しいから理由もなしに殴らんよ」

喋りながらも木乃香は朝食を小さなテーブルの上に並べていく。居候の自覚があるのか横島は手伝いもせずにケ
ツをボリボリ掻いて席に着いていた。そうすると扉が開いて、明日菜が帰ってきた。うっすら額に汗が滲んでおり、
健康的な美しさがある少女だ。

「ただいまー木乃香。横島さんに変なことされなかった。着替えを見られたりとか」

「し、してるか!明日菜ちゃん、今朝のは事故だ!」

横島が情けない顔で叫んだ。

「されてへんよ。それより明日菜も帰ってきたし、朝ご飯にしよか」

「おお、今日は豪華ね」

小さなテーブルに明日菜の目がいく。鮭にハムエッグとお味噌汁。定番のものからさらにいつもはない料理も並ん
でいて明日菜は目を輝かせた。横島も目を輝かせて料理に手を伸ばした。

「先生の歓迎もかねてや。こら、ちゃんといただきますゆうてからやで」

横島は木乃香にパチンッと手をはたかれた。

「うっ」

教師が生徒に基本的なことで注意されて手を止めた。この辺は美神もおキヌも小鳩もおおらかだったのだが、木
乃香はお嬢様らしく、丁寧だ。明日菜にはやれやれと肩をすくめられ、横島は気まずげに両手を合わせた。

「ところで先生、今朝言ってたおキヌって誰やのん?」

「へ?あ、ああ」

横島は先程上手く誤魔化したつもりだった言動を蒸し返され、がつがつ食べていたご飯をのどに詰まらせた。

「へえ、なになに、ひょっとして先生って、恋人持ちなの?」

明日菜が興味を示して尋ねてきた。この年頃は恋バナには興味津々のようだ。

「違う違う。本当におキヌちゃんはよくご飯を作りに来てくれる二個下の女の子なだけだ。良い子だけど恋人とは違
うぞ」

「「そういうのを恋人言うんじゃないの?(ちゃうの?)」」

意外と横島が大人な経験もあることに二人が目を見合わせた。

「違うだろ。それを言うなら隣の子も作りに来てくれてたし、職場の上司もいるときは作ってくれてたぞ。第一、俺な
んかに恋人なんているわけないからな。恋人いうのは一部のイケメンだけに許された特権みたいなもんなんだ。い
け面は死ね!」

一番最後は言いたいだけのようだ。

(うわあ、なんか横島さんって)

(凄いニブチンや)

昨日の文珠による即席で天才になった才能を見てなければ、刹那やエヴァの戦闘で見せた見た目に似合わぬ強
さを見てなければ、明日菜も木乃香も横島がもてるわけなどないと思うが、あれを見たあとではそうは思わなかっ
た。それにエヴァへの対応一つとってみても横島はかなり優しいように思う。欲望に正直すぎる気はするが、ちょっ
と深く横島という人間を知るとかえって、その行動にどぎまぎさせられてしまう気もした。

(黙っておこうな明日菜)

(うん、その方が私たちの安全ためね)

木乃香はもうちょっと違う感覚もあったが、明日菜は変に横島を自覚させる危険性を感じていた。実際、横島の父
、大樹の例からして、それを自覚した瞬間、横島家の男はもてない君から究極のもて男に変貌してしまうので、明
日菜の勘は正しかった。

「こら美味い!」

そうとは知らずに横島が木乃香の料理に感動の声を上げた。

「おおきに。喜んでもらえるのが一番やえ」

そうすると、木乃香の顔がほころんだ。

そうして、三人が食事を終えて横島は二人が着替えるというので廊下へと出た。
あと一年して卒業すれば間違いなく覗くところだが、悶々とはするもののここに住ませてくれる二人への義理立て
や、もしばれてこのあと一年のテント生活を思うと横島は文珠へ移動しかける手を必死に自制した。だが、ここは
女子寮である。完全な乙女の園というのはその辺の防備が薄い。普段女子寮に男などいることなど無い生徒達が
、廊下ですれ違う。

「あ、横島先生、おっはようにゃ!」

とは明石裕奈が下着姿で通りすぎる。横島は意外にある胸を見てぶっと吹き出す。普段なら年下というだけで抑制
の利く煩悩もこの姿での破壊力が大きすぎた。

「ちょっと明石さん。横島先生がいらっしゃるから、下着姿は止めなさいと言ったでしょ!」

すると雪広あやかが後ろから注意の声をかけてくる。そういうあやかも短パンにTシャツという姿で、おまけに下着
を着けていないのか。乳首が透けて見えていた。ぶほっと横島は鼻血が流れだす。

ゴン!ゴン!と床に頭を打ち付ける。「落ち着け!落ち着くのだ!」と横島は叫んだ。あやかは普通にしてても横島
のストライクゾーンに入るスタイルと、美貌を持っている。これで年上なら間違いなく飛びつくところだ。

「ど、どうしました先生。大丈夫ですか?」

善意だろうが、あやかが近付き手をかける。横島の理性ががたがたと音を立て出す。すると騒ぎに気づいて他の
子達も集まってきて、中にはブラを着けていない子までいる。長瀬楓だ。なにを考えているのか彼女はしたがふん
どしである。ふんどしを着たブラさえしていない美少女。これは破壊力が違いすぎた。

(お、おおおおおおおお落ち着け、ここで長瀬に飛びついたら100パーセント追いだされる!テントいや!この乙女
の園で一年を満喫するのだ!しかし、こいつら、俺という人間を好意的に受け止めすぎだ!いくら年下でも、もう、
もう、理性が!)

横島はやばいと思った。股間に石でも叩きつけたいが、周りを囲まれそれも適わず、息が荒くなってくる。ここで襲
えば下手をすれば警察沙汰である。年上のお姉様方なら逆セクハラで通るだろうが、いくら人数が多くても相手は
14才だ。

「横島先生、本当にいたんだ」

「ねえねえ木乃香の許嫁って本当なの?」

「長瀬さんブラぐらいしなさい!横島先生が目のやり場に困っておられるでしょう!」

「そういうイインチョも、乳首透けてるあるよ」

「え?きゃ!」

あやかが慌てて胸を隠し、横島はもう辛抱たまらんと体が痙攣を起こしだし、それでも理性をフル稼働させて、部
屋へと戻る。だがそこには下着姿の明日菜と木乃香がいた。横島の中で理性がぷつんと切れた。

「もうそれは襲えと言うことか!」

思わず横島は服を脱ぎ捨てルパンダイブをかました。

「声をかけてるまで入るなって言ったでしょうが!」

ごすっと横島の顔に明日菜の拳がめり込んだ。






「そういえば、結局エヴァンジェリンさんって、どうなるんです?アキラを襲ったりして大丈夫なんですか?」

明日菜はエヴァが何らかの処分を受けないか危惧して尋ねた。
横島は今朝のことがショックなのか『俺が悪いんじゃない、俺が悪いんじゃない』と呟いていた。襲った相手が明日
菜であり、即座に迎撃されたのは大事にはならずにすんだ横島だが、電車の中からずっとこの調子である。明日
菜は横島はセクハラをするが、迎撃する相手以外は襲わないし、寝込みを襲ったりもしないようので、さして問題
視していないのだが、当の横島は14才の女の子を襲ったのがよほどショックなようだ。

「なんか、これはこれで傷つくわね」

電車から降り、明日菜が肩をすくめて横を歩く。木乃香と明日菜で横島を挟んで三人で歩いていた。改札口で定期
を提示するぐらいには正気があるようだが、どうも完全に戻るにはもう少しかかりそうだ。

「複雑な乙女心やえ。――でも、エヴァちゃんはできたらお咎めなしにしてあげてほしいな。ずっと一緒のクラスやっ
たけど、そんな悪い子に見えやんだし」

「まあアキラも無事だったわけだしね。退学とかはさすがに後味悪いわね」

「あの、先生」

するとそのアキラが丁度改札の前で待っていたのか声をかけてきた。
水泳部所属の少女で抜群のスタイルだ。もうすっかり元気で、朝練にも出たのか明日菜達より早い登校のようだっ
た。そのせいか今朝の騒ぎもよく知らないようだ。
そんなアキラは上の空でぶつぶつ言う横島に首を傾げて、もう一度声をかけてきた。

「あの、先生、昨晩は助けてもらったみたいで……先生!」

「へ?……お、あ、あんたは……」

「あの先生、昨晩は助けてもらってありがとうございます。噂で吸血鬼のことは聞いてたんですけど、大会も近くて、
泳ぐのに夢中になってて、いつの間にか遅くまで練習してしまい……そ、その、軽率でした」

アキラが勢いよく顔を真っ赤にして頭を下げる。年上の男と話すのが恥ずかしいようだ。

「お、おう。練習か(おっぱい気持ちよかった。かなりいいおっぱいだった)。き、ききき気にすんな!」

「あの、何となくですが、覚えてます。先生、私を庇いながら吸血鬼と戦ってましたよね」

「へ?(お、おっぱいの件は覚えてないだろな!?)ま、まあ、忘れろ!俺が助けたなんて思わなくていいぞ!という
かその方がいい!」

「あ、はい。でもお礼ぐらい」

「いらん!断固としていらん!本当に気にするな!」

「でも」

この件に関して本当にこれ以上突っ込まれたくない横島はなんとか話をそらす。どうやら横島にとり、都合の良い
ようにアキラは認識してくれたようだが、横島としては深く聞くと胸の件がばれそうで怖かった。

「とにかくじゃあな!」

横島は慌てて走り去り、その視界に葛葉刀子を入れた。今の横島に葛葉は桃源郷のように見えた。自分のアイデ
ンティティーを確認できる最高に人物である。まあそんなことで標的とされた葛葉としてはたっまったものではない
だろうが。

「葛葉先生、今日もお美しい。ずっと前から好きでした!一度で良いからデートしてくれええええ!」

朝一番で葛葉に飛びつく横島。会う美女、会う美女全てにするのだが、葛葉に対してが一番激しい。抵抗の仕方が
美神並みに激しいので横島としては丁度いいようだ。

と、飛びつく瞬間、刀が閃き、横島が地に倒れ伏す。

「寄るな変態!」

さらにハイヒールで踏みつけた。

「ああ、お姉様。激しくて今日も燃えます!もう女子寮は誰にも手をだしたらダメだし、そのくせ朝から平気で下着で
歩き回るしで、ぼかあもう、とっても辛かったんだ!そのおみ足で癒してください!って、ぶっ、白と水色の縞パン!
僕はできれば純白が良いです!」

「黙れ!死ね!いっぺん死ね!」

さらに葛葉が踏みつけた。

「葛葉先生も可愛いの履いてるんだね。僕は赤が好みかな」

「うぬぬぬぬぬ。あ、あの男が女子寮に。まったく学園長はなにを考えているのだ!」

勝手に外野で批評する瀬流彦にガンドルフィーニが毒づいた。この二人は魔法先生であり、瀬流彦は目元の優し
げなイケメンであり、ガンドルフィーニは黒人のようで、肌が黒く。今回の学園長の決定に先頭に立って反対する一
人だった。しかし、いくら反対しようとも学園長は聞く耳を持たず、いい加減にしびれも切れてきていた。

「まあまあ、昨日の夜は生徒を助けたようですし」

一方で、瀬流彦はというと、今回の学園長の決定にどちらかといえば賛成していた。なぜかといえばネギの年齢で
あった。正直な話し10歳の少年に教師だけならともかく、いろいろな厄介ごとまでおしつけ、それによって無理矢
理鍛えるということに賛同しかねるものが魔法先生の中にも少なくなかった。瀬流彦もその一人である。

とはいえ、ネギがどこにも逃げ場のないほど注目された存在であり、いやが上にも厄介ごとに巻き込まれる状況な
らそれもやむを得ないと思っていたが、現在のネギはたとえどんな人物であれ手出し不可能な場所で、修行をして
いる。と学園長からは聞かされており、それならばと思っていたのだ。

もっとも瀬流彦はネギの行った世界がここと変わらないほど、あるいはもっと過激で危険な場所だとは知らなかっ
たのである。このことが知られれば魔法先生方は暴走しかねないので学園長は黙っていた。なにせそれを秘密に
しても納得できない先生方が居るのだ。最近の学園長は胃薬を常用しているそうだ。

(この様子じゃ、そのうち、横島先生に喧嘩を売りそうだな。タカミチさんもなんだかんだで不満大きそうだし……)

それはそれで面白そうだ。もし二人が結託して横島にネギの居場所を問い詰めに行ったら、そのときは絶対に見
逃すまい。と、考えてしまう瀬流彦は少し不謹慎な性格をしていた。



「はあ、あれさえなければ結構いい先生だと思うんだけどね。アキラ、ほうっておいて良いよ。本人が気にしなくてい
いって言ってるんだし」

そんな二人のつぶやきなど知らず、明日菜は横島に呆れ気味だ。

「うん、でも、もう一度ちゃんと言おうと思う」

アキラは今の横島の様子を見ても深く思わず、助けてもらったことだけを認識しているようだ。

「まあ本当に気にしなくて良いと思うけどな」

そう明日菜は言うがアキラは校舎に消えるまで横島を見ていた。






(しかし、あれだな。絡繰の腕をどうやって治すかだな)

昨日の夜、横島は茶々丸の腕を切り飛ばした。相手がロボットであり、状況的に余裕がないとは言え、それは、女
性に優しくを本分とする彼にはかなり後味が悪いことだった。気にしていたが、目の前で使うと文珠がばれてしまう
。明日菜やエヴァの怪我程度なら霊力と言えば誤魔化せてもさすがに、腕が元通り復元すれば、その異常性に気
付くだろう。特に魔法を知るものならば厄介だ。

(ううん、目の前で使っても文珠をばらさずにすむ方法ってないか?)

そうすれば茶々丸の傷も問題なく治せる。しかし、時間を巻き戻したように復元する文珠は、やはり注目をどうして
もされるだろう。

(いっそばらせればな)

でも、茶々丸は大丈夫そうだったが、エヴァはかなり怪しそうだ。下手にばらすといらぬ注目を浴びかねない。この
辺、カオスは呆けててくれたのでよかったが、エヴァでは非常に厄介だ。

(なんかエヴァちゃんの目って知的好奇心の強いタイプな気がするしな。それにエヴァちゃんがあれで納得してると
も思えんし)

3-Aの教室に向かう道すがら、非常に気が重かった。
それでも教室は迫り扉の前に着いた。

(それになあ。だんだんだんだん生徒を襲わない自信がなくなってきた。俺というやつが、あんな無防備なやつら相
手にいつまでも持ちこたえられるとは思えん。女子風呂は結構警戒されてたのに、それも、桜咲が木乃香ちゃんが
出てくるまでずっと見張ってたからだし、生徒全員が警戒心強いわけじゃないんだよな。いやいや、余計なことを考
えるな。落ち着け俺。大丈夫だ。葛葉先生の縞パンにちゃんと俺のなには反応した。しずな先生の胸にも反応した
。大丈夫だ。俺は正常だ。いくらボン、キュ、ボンでも、生徒は襲わないからな)

思考を錯綜させながら、深呼吸をして横島は教室の扉を開ける。

「「「「「「おはようございます横島先生!」」」」」」

全員の声がハモった。

「お、おう、おはよう……」

相変わらず元気な生徒達であると思いながら、気後れして返事をする。がやがやと声がする。あまり気にせずにい
ると和泉亜子(いずみあこ)が声をかけてきた。大人っぽすぎる生徒や子供過ぎる生徒がいる中で、一番中学生ら
しい体型の少女だ。色素の薄い目と髪をしており、これまた美少女だ。

(ああ、癒される。こういう子ばっかりだと楽なんだがな。あの育ちの悪い乳がいい。うん。まったく襲おうという気が
起きん。いや、しかし、木乃香ちゃんもあれぐらいだったのに、昨日の夜はちょっと触りたいと思った。いや、落ち着
け、大丈夫だ俺。無い乳には反応せんのだ)

思考が若干失礼な横島だった。

「ねえねえ、先生、昨日吸血鬼が出たって本当なん?」

その亜子が言う。声は少しおびえた様子だった。木乃香は京都弁だが、この子は大阪弁のようだ。

「え?誰から聞いたんだ?」

「そりゃもう、アキラに決まってるやん」

「アキラを守りながら戦ったんですよね。すごい。あんまり喋んないアキラが今朝からその話ばかりしてたよ」

と明石裕奈が続いた。言われた横島はアキラに目をやる。彼女は赤面していた。

(か、可愛い。こ、これであと一年。いや、もう年はいいからせめて自分のクラスの生徒でなければ!)

横島は心から慟哭した。

「でもでも、吸血鬼なんて本当にいるの?」

佐々木まき絵が疑問を呈し、なんちゃってシスターの春日美空(かすがみそら)がいった。

「いるよー。吸血鬼。シスターが言ってた」

普段は大人しい子なのだが、その言葉にクラスが騒ぎだした。

「ええ、じゃあ血を吸われたアキラって大丈夫!?」

「マジで操られたりするの!?」

「皆さん静かに。先生が困るでしょ」

あやかが机を叩いた。

「いいじゃん、いいんちょ。ねえ先生、本当に吸血鬼だった!?」

裕奈が聞くと、みんなが横島の言葉を待つように見てきた。だが、その横島はエヴァを見ると今日はサボりでもして
いるのか姿がなく、茶々丸のほうはいつも通りいた。

(ほ、よかった。なんか顔合わせづらいしな。しかし、茶々丸ちゃんの腕を……あれ?)

横島が茶々丸を見ると、なぜか元通り腕のついた茶々丸が居た。

(誰かに治してもらったのか?)

ともかくよかった。これで一つ悩みが減る。

(しかし、なんか、生徒からの殺気の視線が一つ増えた気がするのだが……)

横島は殺気を感じた。そちらに目を向ける。たしか、葉加瀬という子だ。もう一つは昨日から怒ったように見てくる
のだが、それも以前より恐い気がした。たしか超という子だ

(な、なんだ?恨まれることしたか?)

「おおい、先生、無視しないでよ」

裕奈が膨れて言った。

「あ、ああんと、吸血鬼かどうかは知らないが、大河内を襲った奴がいたのは確かだ。でも昨日ちとしくじって取り逃
がしてしまってな。夜の外出には気をつけて一人では出歩かないようにしろよ」

「はい分かりました。大河内さんを守りながら戦ったと聞いてますし、ご立派です先生」

あやかが言う。横島にクラスの眼差しが集まる。色々と深く聞かれたくない横島は顔を引きつらせ、真相を知る明
日菜や木乃香だけが曖昧な笑顔を向けてきた。

「茶々丸ちゃん。じゃあこのことをエヴァちゃんに伝えといてくれるか。というか、今日はエヴァンジェリンは風邪かな
んかか?」

横島は暗に釘を刺す意味で茶々丸を見る。

「了解しました。マスターにお伝えします。マスターはサボタージュです」

茶々丸は冷淡にも聞こえる声で言った。

「そ、そっか。まあ俺もよくやるから偉そうには言えないが、ほどほどにな。他の子もそういうことだ。くれぐれも軽率
には動かないように」

「「「「「はーい」」」」」

声を揃えて返ってくる。なんだか本当に教師をやってる気分だ。なのに、ある特定部位に目が行ってしまう横島は
邪念を払うように首を振った。

(それにしても殺気をむける子もいれば、無関心な子もいるし、言うことをよく聞いてくれる雪広や明石みたいなの
も居るし、せ、生徒によって温度差が激しいな。特に絡繰とエヴァンジェリンには完全に嫌われたか)

そう思うと横島はため息が出かけた。教師というのは生徒による温度差も上手くやり過ごさねばつとまらない大変
な職業だ。これに実際、実力行使までしてくる生徒が居るのだから困りものだ。






「なんか、ええな横島先生」

亜子が呟いた。ランチタイムにオープンテラスの食堂でのことだ。他には裕奈とアキラ、まき絵がおり、運動部つな
がりの四人組で仲がよかった。それにくわえて今日は柿崎美砂(かきざきみさ)、釘宮円(くぎみやまどか)、椎名桜
子(しいなさくらこ)の噂話が好きなチアリーディング部の面々も加わっていた。

「ダメだよ亜子。亜子は惚れっぽいだけにゃ。それに横島先生はアキラの先約があるんだから」

時たま語尾がにゃになる裕奈が釘を刺す。

「ぶー、だって」

「第一、亜子は横島先生エッチそうで、いやだって言ってたでしょー」

「よく知らなかったんやもん。図書館島で千冊の本一気に暗記したとか言うしさ。ちょっとぐらいエッチでも賢くて、い
ざっていうとき強い男ってええよなって」

「まあそれは言えてるな。葛葉先生に軟派する勇気がある男も初めて見るし。ああいうのはありかな。でも横島先
生って生徒とは線引きしてるっぽいからハードル高そうよね」

釘宮が呟いた。千冊は異常だと思うのだが、その部分に突っ込もうという気は誰もないようだ。噂とは尾ひれがつく
ものである。

「でも、どうして木乃香や明日菜と住んでるんだろ。線引きしてるっていっても18才と14才は危ないでしょ」

彼氏持ちの美砂が冷静に言った。

「朝倉の話だと、木乃香と明日菜が誰かに狙われてるっぽい話を聞いたよ。ほら学園長つながりでさ。今回の吸血
鬼騒ぎもそれと関係あるんじゃない?」

横島の活躍もあってか全てが好意的に受け止められてるのか桜子が続いた。

「じゃあ先生ってお姫様を守るナイトってわけ?」

円は言う。さすがに横島がナイトなどに見えるわけがないはずなのだが、生徒間では表面的に、よい噂しか飛び交
ってないだけに疑うものがいなかった。なにより、少女達はまだまだ若く、大人ぶってもミーハーになりやすく、夢見
がちなのだ。

「なるほど、そのナイトに抱きしめられながら守られたアキラはどうだった」

とは桜子がアキラに突っ込んだ。

「よく覚えてないけど……少し、胸がもぞもぞしたというか」

それは胸に頬ずりされたからだがアキラが知るよしもない。

「胸きゅんって言うこと?うわ、これはまじ……いや、そのシチュエーションは私でもやばいか」

「よく分からない。でも『人質とは卑怯だぞ』って先生が叫ぶ声はおぼろに覚えてて、格好いいとは思った」

アキラの頬がわずかに染まる。

「ええな、ええな、お姫様ええな。アキラずるい」

「落ち着け亜子、あんたにもいつか日の目が当たるときがくるって」

興奮した脇役になることが多い亜子に裕奈が制動をかける。

「それに羨ましくはないと思う。横島先生は私を嫌いなのかも。お礼を言おうとしたら逃げられたから」

「どうだろ。アキラが嫌われてると言うより、生徒全部が眼中にないのかもよ。私たちも昨晩のこと聞きたくてランチ
に誘ったけど、即行で逃げられたもん」

円が言う。美砂と桜子もくわえて三人がかりで腕を組んだりして、かなり強引に誘ったのだが、横島は何か呪縛か
ら逃れるように必死に逃げ出した。

「ち、ち、ち、分かってないな。あれはきっと逆だよ」とは3-Aではかなり希少な彼氏持ちの美砂が指をふりふりし
て言った。「あの先生は間違いなく女好きよ。特に大人の色気がある子が好きね。その証拠に私が腕を組んだとき
一番動揺して逃げ出したもん」

暗に色気がないと言われたようなものである円と桜子がショックを受けた。さらに胸がないまき絵とその次に胸のな
い亜子に深刻なダメージを与えた。

「ど、どうして、分かるんや!」

亜子が叫んだ。

「見れば分かるってアキラを避けたのだって。嫌いなんじゃなくてきっと魅力的すぎたからよ。だいたいさ、教師が生
徒に手を出したら首だもの。それに千鶴には水をあけられるとはいえ、アキラの胸とスタイルは超高校級よ。あれ
を見てどうとも思わない男はいないわ」

「うっ」

妙に説得力のある言葉に亜子が自分の残念な胸を残念そうに見つめた。
それを聞くアキラのほうは若干複雑そうだった。






「そうか……」

一方、茶々丸から横島の伝言を聞いたエヴァはぼうっと空を見つめた。昼間は吸血鬼であり魔力を封じられている
エヴァは眠いようだ。サボることは元から多いのだが、今日はそれ以上に行きにくい理由があった。

(あんなに簡単そうに呪いを解いてやるなどと……どういうつもりなのだ)

帰ってこなかったナギと同じ言葉を言った横島。
だがすぐに信じるほどエヴァは単純ではなかった。
裏切られ信じることが禁じられた人生でナギだけは違うと思ったのに、また裏切られた。
その代わりをつとめるはずのネギも結局この学園にきすらしなかった。
十年以上前にもう死んだというあの男の代わりをすると思いネギにはかなり期待していたのにだ。どんな理由があ
るにせよ。エヴァにとり許せない背信行為が二回連続で起こった。

(また信じて、また裏切られ、何度信じればいい。一体いつになったら願いは叶う。いや、600年の命の全てが裏
切りに血塗られているだけだ。今に始まったことではないか)

エヴァは横島を信じる気などなかった。ああして優しい言葉をかければ自分が悪さをしないと思っただけかもしれな
い。何よりここには一年いるだけだと聞いていた。一年経てば帰るのなら、その間に問題さえなければ自分に実害
はないと考えてるのが関の山だろう。

(だが強い。茶々丸の拳が何度かまともに決まっていたが、あまりダメージになっていなかったようだ。まさかタカミ
チ級か?少なくとも今の状態ではまったく勝てる気がしなかったぞ)

強さに関しては疑う余地はない。茶々丸がいて、それでもあの男はかなり手加減してこちらの傷が最小限にとどめ
て見せた。横島の底が計れなかったので正確には分からないが、もしかすると全盛期の自分でもあの男と戦えば
手こずるかもしれない。というか600年も生きてきたエヴァにも霊力というものは理解できなかった。たまに使うも
のはいたが、あそこまでハッキリ形にしているのは初めて見るし、それを武器にまでできるとは信じられなかった。

(だが、あれは絶対に、魔力の波動ではない。なのに魔力がないわけではない。魔法の才能がないタカミチとは違
うのにわざわざ霊力を鍛え、それがやたら大きい。途中から爆発的に増した気もする。なんなのだやつは?まるで
違う進化の過程を歩んだガラパゴスの生物のようだ。しかし、一人であそこまで進化するものか?ガラパゴスの生
物は外界では生存競争に簡単に負けるはずだ。所詮は井の中の蛙。変わっている意外に取り柄などないのが常
識というものだ。なのに、あの結界、外見でも異常な程強力だった。それに『氷の17矢』で捉えたはずが、消えたと
しか思えぬほど速く茶々丸の前にいた)

だとすれば自分の知らない存在だった。あらゆる意味で異質さが感じられた。

(ともかくジジイが吐くとも思えんし、ネギの居場所だけはやつに吐かせねばいけない。もしあの男が本当に呪いを
解くすべがあるとすれば、そのすべも聞き出したいところだ。可能性は薄いとは思うが、ゼロではない以上はな。ど
うやって霊力など身につけたのかも気になる)

そのとき、

(うん?)

麻帆良学園の結界を破り一匹の獣が入ってきたことにエヴァは気づいた。麻帆良の結界は強大な力を持つエヴァ
を呪縛することにもリンクしており、このため、麻帆良の結界に穴が開くと自動でエヴァにも知れるようになっていた


「茶々丸面倒だがお仕事だ。行くぞ。まったく忌々しい」

「はい。マスター」

茶々丸はその表情の変わらない仮面に感情が浮かぶことはなく、ただ主の言葉にうなずくだけだった。






あとがき
更新間隔あいて申し訳ありません。
下書きのあるうちは毎日更新で楽勝だと思ってたんですが、
ちと本業も重なって、簡単には行きそうにないです。
書く気力はまったく萎えてませんので、これからもよろしくお願いしますー。









[21643] アスナの悩み。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/16 13:53

「ううん、魔法のこととかって知ったと言ってもね。結局私たちが何かできる訳じゃないのよね」

授業も終わり明日菜と木乃香が帰路を歩いていた。エヴァのこととかでもう少し横島と話したいのだが、今朝の女
子寮ではざわざわしていて聞ける様子じゃなかったし、学校でも新任二日目の横島は、今はどこにいるのかも分か
らないほど忙しいようだ。そんなわけで、相談する機会もないままだった。

「仕方ないえ。うちら魔法なんて使われへんし」

木乃香はいまいちファンタジーにしても霊能力というのがぴんっとこないらしく、横島の能力を魔法のようなものと思
っていた。

「良いなあ光る剣とか。私も使えるようにならないかな」

明日菜は横島のエロはともかく、光る剣が格好いいとか思っていた。

「無理とちゃうかな。そんな簡単に使えたら、もっとみんな知ってるえ。私らでも使える文珠もまあ魔法みたいやけど
、もろた文珠一個でどうにかなるわけでもないんやし」

「木乃香ひょっとして、あれ持ち歩いてる?」

「うん、だってせっかく先生がくれたんやし。いざっていうときは、なんか先生の助けになれるかもって思うねん」

「そうか、そう考えると持ち歩くべきか。でも、一年で横島さん帰っちゃうんじゃ、あんまり頼る癖付けたくないのよね
。文珠がなければ、そもそも危ないことするのは自重するけど、あるとやっちゃいそうな気がするしさ」

「明日菜はなくてもやると思うえ」

「ど、どういう意味よ」

明日菜が額が引きつり、、木乃香も苦笑した。

「せやな。エヴァンジェリンさんとかハリセンで叩きそう」

「叩かないわよ!血とか吸われるの恐いでしょ!」

「ほお、神楽坂明日菜は私に何かするのか」

そこに後ろから声がかかった。二人は聞き覚えを感じながら、慌ててふりむくと、予想通り声をかけてきたのはエヴ
ァだった。その後ろには茶々丸もいた。
二人が驚いて、明日菜は庇うように木乃香の前に立った。

「な、何か用」

明日菜は若干声が震えた。木乃香は恐いけど、後ろに下がって明日菜に隠れるわけにも行かず、明日菜の服の
裾をもって、前に出た。
二人ともこの吸血鬼の少女に目を着けられたのが、10歳の子供であれば、自分より年下を守ろうとする保護欲が
わいて強気になるが、年上のおまけに光る剣まで出す横島では、どうしても自分が頑張らねばという気がわかない
。それは木乃香も同じで、心に弱さが出てしまう。
だから、二人とも昨日アキラを襲い、刹那すら簡単に退けた横島にダメージを与えていたエヴァと茶々丸に、怯え
が先に立った。
そんな明日菜や木乃香をあざけるようにエヴァは笑いを浮かべた。

「横島はどこだ?」

二人の様子に満足してエヴァがにやりとする。やはり自分を見たときはこういう反応でなくてはいけない。ちゃん付
けとかするあの男が変なのだ。

「しょ、職員室だと思うけど」

「ふん、護衛がいないのでは心許ないな。ところで『モンジュ』とはなんだ?」

「ぬ、盗み聞きしてたの?」

「失礼な。聞こえてきただけだ。そもそも、お前達は魔法関係のことを大声で話しすぎだな。魔法についてはばれる
とかなり厳しい罰が待っているのは知っているだろ。横島はそう言ってなかったか。まあ罰を受けるのはあの男だ
けだがな。そうだ。お前たち二人に魔法がばれたと、このことを私が学園長に報告すればどうなるのだろうな」

エヴァは明日菜たちをからかう意味で言う。そんなことを学園長に言えば自分も罰を受けるし、なによりエヴァの性
格からしてちくりなどするはずもないが、見た目のせいで舐められてばかりのエヴァとしては、久しぶりに、怯える相
手が快い。少しは虐めたくもなるというものだ。

「な、なによ。お、脅す気?」

「い、言うたらあかんえ」

「どうだろうな。うっかり口を滑らせるかもしれん」

「エ、エヴァンジェリンさんお願いや。黙っておいて。横島先生はそんなに悪い人ちゃうえ。良い子にしてたら、エヴ
ァンジェリンさんもかかってるいう呪い本当に解いてくれるはずや」

木乃香が必死に言った。

「私はあの男を信用していない。慈悲を請う気もない。本当に呪いが解けるなら力ずくで解かせるだけだ。それとな
、お前達もあの男に気をつけることだ。信じてると裏切られるぞ」

「裏切る?」

明日菜が訝しんだ。

「そうだ。裏切るだ。一緒に住んでるらしいが、せいぜい寝込みを襲われんようにな。それと、あの男に言っておけ
、ネギの居所は貴様を殺してでもいずれ聞きにいくとな」

エヴァは幼い顔に邪悪な笑みを浮かべて歩き去る。茶々丸がぺこりと頭を下げた。
それが見えなくなるまで見ていた明日菜が口を開いた。

「な、なによあの態度。せっかくこっちはあの夜のこと黙ってあげてるのに!」

「明日菜、どうしょう。二人とも本気で喧嘩するんやろか?」

「だ、大丈夫よ。木乃香。横島さんの方が強いんだし」

「でも、うち、いやや。そうなったら横島先生も責任とかとらされるやろし、エヴァンジェリンさんも無事にいかへんし」

「わ、私もそれは嫌だけど……」

明日菜もどうすればいいのか途方に暮れた。昨日今日で、そこまで横島に感情移入したわけではないが、わずか
なつきあいで自分たちを信用して、大事なことを全部話してしまう甘ちゃんに、実際横島に見せる態度ほどの悪印
象はなかった。スケベは直してほしいけど……。それにエヴァのことを横島は学園長に黙っていた。そのことでエヴ
ァが感謝してくれればともかく、今の様子では、さらに問題を起こしそうだ。

(そうなったら黙ってる横島先生もたしかに立場が危ういわよね。じゃあエヴァちゃんのことを私達で学園長に知ら
せたら……)

それはそれでなんだかいやな感じだ。できればクラスメートを売るようなことはしたくなかった。

「とにかく木乃香。横島さんにエヴァちゃんが学園長先生にエヴァちゃんが知らせるかもしれないって知らせよっか
。あと反省とかもしてないし、問題起こすかもって」

「せ……せやな。じゃあ明日菜は職員室行って、私は教室とか見てくるえ」

「分かった」

と、明日菜が走り出し、木乃香が校舎へと向かう。
だが、明日菜はそのとき視界の端に草むらが、かさこそと動くのが見えた。横島がそんなところにいるわけがない
。猫か何かだと思い再び急ごうとするが、見たことのあるジーパンの裾が見えた。

「あ、横島――」

声をかけようとして明日菜は踏みとどまった。あまりに横島の姿が怪しかったからだ。頭を頭巾で覆い、周囲をしき
りに気にしながらゴキブリのように進んでいた。何か警戒するような事態でも起こったのか。しかし、横島の様子は
そういう感じじゃない。どこかで感じたことのある、とてもいけないことをしよとしているときの雰囲気。

横島が壁に張り付き、人間業とは思えないスピードで上っていく。何をする気なのだろうと思っていると、とある窓を
そっと覗こうとしていた。

「まさか!」

明日菜がそこまで来て、横島の行動の正体に気づいた。
と、横島が開けたわけでもないのに窓のほうが勝手に開いた。
現れたのは白い下着姿のしずな先生だった。

「なにをしてるんです?」

穏やかに聞くもののしずなの額の青筋が浮かんだ。

「い、いや、散歩というか。決してしずな先生の素晴らしい裸体を拝みたかったわけじゃないんです!」

「そんな散歩があってたまりますか!」

しずなの拳がめり込んで、横島が三階の窓から明日菜の前に落ちてくる。横島だから三階から落ちても大丈夫だ
とは思うが、この男は本当に何をしているのだ。自分と木乃香のあの心配した気持ちを返せと言いたい。そもそも
横島などのことを心配した自分たちがバカなのかもしれない。

「はあ、いいもんが見られた。後悔はない」

やはり、平気そうに横島が起き上がった。

「後悔しろ!」

明日菜の足が、顔面にめり込んだ。

「く、クマさんパンツ。これは、あ、明日菜ちゃん」

パンツを見て横島が呟いた。

「変なところで見分けるな!大体、『あ、明日菜ちゃん』じゃありません!人が心配して探してあげてたのに、一体何
をしてるんですか!」

「ちょ、ちょっと、ライフワークをな」

「覗きをライフワークにするな!」

「み、見てたか?」

「見てましたよ!もう!そのうち自業自得で首にされますよ!」

「安心しろ明日菜ちゃん、ちゃんと罪にならん相手を選んでる。というかここで十分に煩悩を補給すれば、その分明
日菜ちゃん達のは見ないから」

「安心できるか!」

明日菜が心の底から叫んでもう一度横島を殴り飛ばした。

「明日菜さん危ない!」

と、そのとき、あやかの声が聞こえた。明日菜が気づいて振り向くと、あやかを初め3-Aの生徒が十人ほどかた
まってなにかを追いかけてきていた。すると明日菜の目の前に黒い影が襲ってきていた。普段ならよけられる程度
の速度だが、なにせ不意を突かれてタイミングが完全に遅れた。

「ほい」

だが横島がいかにも軽そうに明日菜を抱き寄せ、黒い影をはじき飛ばす。

「なんだ今のは?」

横島が明日菜を抱き寄せたまま首を傾げた。明日菜は目の前の顔を見て、赤面してしまう。不覚にもちょっと格好
いいと感じてしまった。しかし、二人のムードが盛り上がる前に、あやか達が追いついてきていた。

「せ、先生、離してくれません?」

先程まで怒っていた手前、精一杯ジト目で見つめる。そんな明日菜の言葉にあやか達が続いた。

「先生、下着泥棒です!追いかけて!」

「急いで先生!私たちの下着とられたの!」

「なに、じゃあ今はノーパンか!?」

言われた生徒達が赤面してスカートを押さえた。

「横島さん、中学生にも興味あるんじゃないの?」

まだ抱きしめられて赤面する明日菜がジト目をまたもや向けて、他の生徒も赤くなって見てきた。

「……し、下着泥棒は任しとけ!なんていけないことをするやつだ!」

誤魔化すために横島が走り出した。

(きっと下着泥棒も、この人にだけは言われたくないでしょうね)

明日菜は思いながらも横島につづき、他のあやかに裕奈に亜子、円もいて、同じく下着泥棒を逃がす気はないの
か後に続く。横島の方はと言うと、自分は下着を盗んでも良いが、人が盗むのは許せない。先程の下着泥棒の影
を思い浮かべてイメージすると、密かにポケットの中で『探』の文字を発動させる。すると脳裏に先程の影が見えて
きた。

「こっちか?てか、こいつイタチ……いや、白?オコジョか?」

走り出しつつも見えたビジョンに驚いた。
白いオコジョが下着を持って走っていたのだ。なぜオコジョが人間の下着を盗むのかと戸惑いながら、『探』の文字
が導くままに横島がかけだし、それに生徒達も続いた。いくら四足歩行とはいえ、オコジョと横島では歩幅が違う。
居場所さえ明らかなら、徐々に追いつきだし白いオコジョを横島は視界に捕らえた。

「この、オコジョ!小動物の分際で下着泥棒とはいい根性だ!」

「ゆ、許してくれ、俺っちに悪気はないんだ。ただネギの兄貴を探しに来ただけなんだ!」

「喋るオコジョ?」
「オコジョが喋った!?う、嘘でしょ!?」

後ろの生徒は気づいてないようだが、明日菜は横島の傍にいて気づいた。横島はこの世界にもこんな存在がいた
ことに驚き、またもや聞くネギの名にも驚いた。魔法が秘密である以上、喋るオコジョが秘密でないわけがない。何
より明日菜の驚きがそれを示していた。

「おい、喋るなオコジョ!俺が迷惑するだろうが!」

「なら、追いかけないでくれ!」

「うっさい、お前なんなんだ!?」

「あんたこそなんなんだ。俺っちはカモ――」

そこでカモが言葉を切った。急に目の前に視線を向けた。

「大河内さん危ない!」

「おお美人発見!」

信号待ちをしているアキラにカモが目を付けた。

「な、バカ、あんなとこで襲ったら危ない!」

カモのほうは状況がよく見えてなかったのか、アキラのパンツにめがけて飛び出した。急にパンツに異物感が発生
し、アキラのほうは驚いて横断歩道に踏み出してしまう。乗用車がアキラとカモをめがけて高速で向かってくる。ドライ
バーも気づいたようだが、ブレーキがかかっても慣性の法則ですぐに止まるわけではなかった。

「アキラ!」

「明日菜ちゃんは動くな、俺が行く!」

明日菜が助けようとするが横島のほうが動くのが速かった。

「横島先生?」

アキラと横島の目が合う。とっさに文珠の『護』の文字を使いそうになるが、あれは半径5メートルほどの防御フィー
ルドを形成するので、かなり目立つ。人目がある場所では使えず、やむを得ずサイキックソーサーをみんなから見
えないように車と自分との間に出現させた。そして体内に霊力も巡らせる。昔はサイキックソーサー以上のことはで
きなかったが今ならできる。霊力により身体を強化するのだ。車のダメージぐらいは平気なはずだがアキラがいる
。彼女に自分の霊力を巡らせるようにして、ついでにカモもその中に入れてやる。

(なにこれ、熱い?)

アキラの方は急に霊力が体を巡り戸惑った。

「大河内、俺からできるだけ離れるな!」

「は、はい!」

訳が分からないながらもアキラは横島を抱きしめた。横島らしくもないが、このとき傍目にも格好良く、アキラから庇
うように車の衝撃を自分で受け、そうしながらも体を浮かせて、衝撃を最小限にとどめる。結果派手に飛ばされる
が、ダメージは残さず道路をアキラとカモを庇いながら転がった。

「いっつー」

道路の真ん中で横島はふらつきながら立ち上がった。
足ぐらいはすりむいたようだが、アキラの方は傷一つないようだ。

「大河内、大丈夫か?」

「は、はい」

それでもアキラはふらつき、後ろから車のクラクションが響く。轢いた車は見あたらず、逃げたようだ。横島がとも

かく歩道までアキラを運んで降ろした。

「先生……が……また助けてくれたんですか?」

運動神経のいいアキラでも、まだどこか上の空だった。

「お、おう」

言いながら、横島はアキラの胸に目が行く。

(しかし、この子の乳は相変わらず気持ちいいな。助けるとき当たってたが、美神さんぐらいあるんじゃないのか?
いや、Eカップにちょっと届かないぐらいか。美神さんがFカップのちょっと小さい目だから、ワンサイズ、やはりあち
らに軍配が上がるか。いや、しかし年齢を考えると、20歳の頃にはあるいは美神さんを越える。お、おそろしい。
身長は完全に美神さんより高いし、な、なんという逸材だ!)

思わず横島はアキラの胸をもみもみしてしまう。

(こ、この年で、手におさまらない乳とは!)

「あ、あの」

アキラが赤面してしまう。

「ぬわ!こ、これは勝手に手が!あんまり気持ちいいもんを触りたがってな!」

「い、いえ、その別に良いです。それよりまた助けてくれました」

全然よくないはずだが、アキラは横島を責める気はないようだ。

「ま、まあ目の前で将来有望というか、今でも十分有望な大河内が危険な目にあってるんだ。何度でも助けるぞ!」

「その、何かお礼が――」

「ひゅーひゅー」
「うぅ、アキラばっかりずるいよお」
「妬くな亜子。いつかあんたにも日の目を見るときが来るって」
「さすがですわ先生。お怪我はされてませんの?」
「車に轢かれて平気って、なんていうか、横島さんもう人間辞めてますね」
「今のなに?完全に轢かれてなかった?」

信号が青になり明日菜達が走り寄ってきた。

「へ、平気平気、今のはちょっと武術をかじっててまあその応用だ」

「すごーい。今度教えてくださいよ」

円が言う。

「お、おう、いいぞ。しかし、結構厳しいぞ」

終始横島は狼狽する。余計なことをしなければ、普通に格好いいのだが、それをできない男だった。

「う、それはやだな」

「あ、それと、あの妙な小動物は逃がした。すまん。どうも俺は詰めが甘いな」

エヴァのことも含めて言う。カモを庇う気はあまりないが、なにより、同類相哀れむというある種の思いもあった。

「アキラを助けただけでも凄いって先生」

「大河内さん、ケガはない?」

「大丈夫みたい。先生が守ってくれていたから」

(なんだったんだろう。抱きしめられた瞬間、体がぽかぽかした気がする。それに白い動物が喋ったような)

物静かにあまり喋らずアキラが考え込む。魔法に触れたのだが、常識の範囲から出られるほどそれは確たるもの
ではなかった。

「ところで横島さん。さっき大河内さんの胸――」

明日菜がしっかり見ていたのか言おうとして横島がその口を押さえた。

「はははは、やだなあ明日菜ちゃん。あ、そうだった。このあと学園を案内してくれるって言ってたな。じゃあ行こう
か」

ジタバタする明日菜を抱え上げて、脱兎の如く逃げ出す横島。他の面々は気づいたものがいないようで、呆然と見
つめた。

「ええなあ明日菜。明日菜が同室嫌がってるとき立候補して、私の部屋にきてもらえばよかった」

「うわあ亜子完璧に入れ込んじゃったの?」

「だってー。ああいうふうに一度は助けられてみたいやん。はあ私も轢かれそうになろうかな」

「こらこら不謹慎だぞ」

みんなが興奮冷めやらぬように喋り会う中、アキラは自分の胸を見つめた。昼間の美砂の言葉を思い出す。確か
に横島先生は自分になんの魅力も感じていないわけではないようだ。さらにどさくさ紛れに女の胸を揉んでしまうほ
ど女好きでもあるようだ。

(スケベな人なんだ。でも悪い気はしない。もう一度揉まれたらこの気持ちが何か分かる気がする)

慎重で寡黙なアキラは本来嫌いなタイプの横島を思い出し、真面目にそう思った。






「申し訳ございません」

「俺っちもこの通りだ。姐さん」

「まあ大河内さんが怒っていないのに私が怒るのもなんだけど、横島さんもスケベもほどほどにしてください。それ
とエロオコジョ!分かってるわね!」

女子寮に戻り横島に土下座をされた明日菜が言った。よく知らないが喋るオコジョ、カモもそれに続いて土下座し
ていた。明日菜は横島はまあアキラを助けたことで大目にみるが、オコジョは同情の余地などない気がするのだ。

「な、なんか扱いが違うぜ姐さん」

「エロオコジョに姐さん呼ばわりされるいわれはないの」

明日菜はピッとカモの額にデコピンをした。

「そうだな。大体、全部お前が悪い」

「横島さんはもう少し反省する」

「は、はい」

言われた横島が小さくなる。なんだか二日目にして年上の威厳がなくなっていそうな気がしたが、きっと気のせいだ
と思うことにした。ともかく、このオコジョがなんなのかが二人とも気になっていた。

「で、お前はなんなんだ?またネギ君の関係者か?」

こっちに来てからと言うものネギやナギなどとしょっちゅう聞く横島は当たりを付けて尋ねた。この二名は食べ物で
ないことだけはたしかだ。

「旦那、ネギの兄貴のことを知ってるんですか!?」

やはりどんぴしゃだったのかカモが叫ぶ。

「やっぱりか……まあ本来俺が異質なんだが、この様子じゃネギ君も向こうじゃ苦労してるだろな。あっちじゃ、多
分美神さん達に黙る必要がない分、条件は俺よりよくても10才だもんな。美神さん達無茶苦茶してねえだろうな」

エヴァンジェリンの手前、ネギはいい扱いを受けてるはずだと言ったが、自分の代わりであっちに行かされたのな
ら就職先はあの美神だ。10才の少年にまさか除霊を手伝わせたり、自分のような薄給ではないと信じたいが、な
にせ美神である。やらないとは限らない。特に美神は子供嫌いだ。

(まあジークも着いてるし命までは取るまい。それに六女の方の給料はあるだろうしな)

考えながらカモにどう話したものかと思う。秘密を守れるかどうかは心配だが、ネギを知っているのならある程度は
話さねば仕方ない。

「美神ってのは誰ですか。旦那?」

これは明日菜も興味があったのか聞き耳を立てていた。

「ああまあ、俺の上司でな。無茶苦茶腕が立って、おっそろしく美人なんだが、お金に死ぬほどがめつくて超タカビ
ーなんだ。俺はその人の元で時給500円で働いてた。まあ出来高払いが別にあったから、最近は食うに困ること
はなかったが、最初は金銭的にも肉体的にも死ぬかと思ったな。まあでもあの超無理目の女にセクハラしまくれた
から後悔はないがな」

「はあ、俺っち、ちょっと見ただけだが、あんな突拍子もない瞬間に、誰にもばれずに魔法を使う旦那をこき使って
た女ですか」

カモの中に恐ろしく美人で鞭と札束を持つイメージが浮かぶ。殆ど間違っていないイメージなのが美神の凄いとこ
ろだ。明日菜の方は毎日横島にセクハラされて首にしないって、どんな人なのか、横島は葛葉にですらセクハラす
るのだ。ちょっと想像できないほどの女性である気がした。

「魔法ってことは、お前やっぱり魔法のことは知ってるのか?」

「おうよ。俺っちはアルベール・カモミール。オコジョ妖精でさ。魔法のことはもちろん旦那の好きそうなことも知って
るぜ」

「俺の?」

「ああ、俺っちには分かる。旦那は相当なエロのはず。なんなら助けてくれたよしみだ。俺っちの2000枚の下着コ
レクションを旦那にだけはお見せしても良いぜ」

「2000枚……だと?ふ、甘いなお前」

「な、なにがでい。は!?あんたまさか2000枚以上の下着を!?」

カモが驚愕し、明日菜は横島ならやりかねないと額にたらりと汗を流した。

「ふ、違うぞカモ。下着を数で競うなどゲスのすることだと俺は言っているのだ。いいか、真の漢(おとこ)とはこれと
決めた女に狙いを付け、たとえそれがどんなに困難を極めようと一枚の下着に命をかけるものなのだ。ちなみに
俺はこの地に着いたその日にすでにこの学園で最高の乳を持つしずな先生の下着と、最強の戦闘力を持つ葛葉
先生の下着、そしてもっとも清楚なシスター・シャークティさんの下着をゲットしている。お前はどうだ。当たるに構わ
ず14才の少女の下着をとりまくり、そこに信念はあったのか!」

「ガーン!だ、旦那……俺っちは俺っちは、そんな信念なんてなかった。すまねえ旦那一体俺っちはこれからどうす
れば良いんだ!」

「慌てるな。お前はまだ若い、十分にやり直せ――」

ごすっと明日菜の拳が横島の顔面にめり込んだ。

「下着、返しましょうね?」

明日菜は額に青筋を浮かべて言った。

「は、はい」

横島は床に突っ伏した。

「それでエロガモ。あんたはなんなの、もうなんでも良いからさっさと白状しなさい」

明日菜のカモに対する扱いが、さらにぞんざいになった。

「あ、姐さん。俺っちはネギの兄貴を捜してここまで着たんだ」

カモがネギについて語り出した。本来は横島の代わりにここに来るはずだった少年は、なんでも5年前このカモを
罠から救い出した命の恩人だそうだ。それに恩義を感じ、カモはそのネギを助けようとここへとやってきたらしい。

それを聞いて、横島はネギという少年はここではなく、美神のところで修行をしていること、それはたとえ横島でも
一年後にしか帰れない場所であることを教えてやった。カモのネギに対する語るも涙の事情を聞けば多少の便宜
も図れる気がしたので、明日菜も責めずに聞いていた。

「しかし、お前ここにネギはいないぞ。どうする気だ?」

横島もネギの話を聞くと事情を言わないわけにも行かず、カモには異世界であることだけは伏せて聞かせた。

「まさかはるばる日本まで来て、もっと遠いところにいるとは想像もしてなかったぜ。こんなところまで来て俺っちは
どうすれば良いんだ」

絶望にうちひしがれたように手をつくカモ。さすがにまたイギリスに帰れとも言えずに、二人は顔を見合わせた。カ
モの背中はどう見ても横島達からある言葉が出るのを期待しているようだ。だが横島とてここには居候の身だ。明
日菜や木乃香がいいと言わねば、勝手なことは言えないのだ。

「明日菜ちゃん、良いか?」

なんというか横島はカモを他人とは思えず尋ねた。

「ううん、つまり、このエロオコジョをここで飼えってことですよね。そういうのは横島さんだけで十分なのに」

明日菜は昨日まで横島のことも嫌がっていたのだが、今日は学校へ行って横島の評判がよくて、周りにうらやまし
がられると、まあ横島はいいかなっと思ってしまう現金な明日菜だった。なにより横島はそれほど悪人には見えな
かった。でもこのオコジョを受け入れる理由はなにもないのだ。

「だそうだ。諦めろ」

「ハヤッ。旦那諦めるのはやっ!」

「いや、俺、居候だし」

「あ、姐さん!この通りだ姐さん!俺っちここを追いだされたらもう行くところがねえんだ!」

カモは精一杯土下座を繰り返した。

「ああ、もうー。なんでうちにばっかり変なのが来るのよー」

「はは、明日菜ちゃんも災難だな」

「旦那。あんたのことだ。――てか姐さん。本当に頼む!」

「はあ。追いだして外でのたれ死なれたら困るし……、本当はすごくいやだけどな。仕方ないのかな」

(あ、姐さん結構本気でひでえ)
(そうか?結構良い子だぞ)

美神基準の横島は明日菜がとても優しい子に見えた。

「まあじゃあ私は良いけど、木乃香にも聞いてみないと」

「そりゃそうだな、じゃあ木乃香ちゃんに聞いてからだな」

「はい、まあ木乃香は小動物とかオカルト関係とか、好きだから嫌だとは言わないと思うから多分OKです」

明日菜は諦めたように言った。
でも横島に対したときは少し雰囲気が柔らかくなっていた。

「ここはペット飼っていいのか?」

「良いですよ。あんまりうちのクラスは飼ってる子いないけど、他のクラスは多いし」

「そうか……だとよ。よかったなカモ」

「うぅ、旦那、姐さん。この恩は一生忘れねえぜ。代わりに俺っちに分かることなら魔法のことでもなんでも聞いてく
れ!旦那が無事に一年過ごせるように全力でサポートするぜ!」

振り向き涙を流すカモ。このあと返ってきた木乃香はカモの可愛さの余り、あっさり同居を許してしまうのだった。そ
れが横島を中心とした受難の幕開けになるとも知らずに。






あとがき
カモの扱いはむずいですが、まあ出てくれないと仮契約できませんしね。
とくに明日菜は仮契約ないと立場があやふやになるし。
それにしても横島はどう書いてもエロに走るな。









[21643] カモです。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/19 10:33


「エヴァンジェリンが俺のことを学園長に言う?」

お風呂にも入り一息ついた三人とオコジョがテーブルを囲んでいた。カモは木乃香に気に入られてその膝の上で
丸くなり、横島は『羨ましくない。羨ましくない』と呪詛のように呟いていた。二人とも横島が生徒に手をださないよう
に我慢しているのを理解してきたせいか、下着も着けずにTしゃつと短パンというあられもない姿であった。

(う、嬉しい。気を許してくれるのは嬉しいのだが、理性が!ああ、絶対あの胸に飛び込んだら気持ち良いのに、く
っそ、夜にコッソリ触るか!いや、しかし、二人が俺を信用してこんな無防備に……)

悶々とする横島は無駄に霊力を高めるのだった。

「うん、本気かどうかは分かんないけど、昨日の横島さんの言葉にエヴァンジェリンはあんまり納得してないみたい
だったな」

とは明日菜が言う。

「そ、そうか……まあ俺の言葉だしな。信用できないのも無理ないか。それで俺より二人に危険はありそうだったか
?」

「ようわからへんけど、せやな、うちちょっと怖かったけど、危ないとは思わへんだよ」

「どうだろ。横島さんのこと殺してでもとか言ってたし、危なく見えたよ木乃香」

木乃香が弱気も見せたが庇い。明日菜は態度は弱気に見えないが、怯えはあるように見えた。一般人である二人
は横島がいたからこそ強がりもできるが、いないとなるとやはりエヴァが怖くないとも言い切れないのだ。

「旦那。吸血鬼と事を構えてるんですかい?吸血鬼といやあ最大級に恐れられた化け物ですぜ」

サポートするというだけあり、カモは吸血鬼について知っているのか口を開いた。

「ここではそうなのか?まあ俺のいた場所でも吸血鬼は結構強かったけど……あれが恐れられるほどのものか?


横島にとって吸血鬼と言えば、ピートとピートの親父である。あの二人を怖がるというのはかなり微妙だった。特に
ピートは横島と比べると、いや、比べるべきではないほどの常識人だし、真正の吸血鬼であるピートの父はかなり
間抜けな印象しか横島にはないのだ。そして真面目に考えながら、とりあえず透けて見える乳に目が行った。

(明日菜ちゃんは色つきTシャツで突起が分かる程度だが、木乃香ちゃんは白とは本当にけしからん子だ。大きさ
はAぐらいか。無い乳の触り心地ってどんな感じだろうな。ごつごつしてるのか?いやあ違うな。きっと違う。あのお
尻のように無い乳でも触り心地はいいはずだ。しかし、こればかりは揉んでみないことにはな。これほどの無い乳
を揉んだ経験は俺にもない。しかし、セクハラをしすぎて、ここから追いだされたらテントだからな。なにより明日菜
ちゃんはともかく、木乃香ちゃんを触るのはすごくロリコン臭いぞ)

「途中から声に出てます」

横島はボクッと明日菜に顔面を殴られた。

「す、すんません……」

「さすが旦那だ。吸血鬼に狙われてもエロは忘れねえんだな!」

(うちって幼く見えるんやろか?)

机に突っ伏した横島は、カモに賞賛をおくられ、後半しか聞こえなかった木乃香はちょっと傷付いた。

「まったく、で、エロオコジョ。あんた吸血鬼ってどうなの」

「え、エロ」カモは訂正しようとしたが、明日菜が睨むので、やめておいた。「(お、俺っち、悪いことしてねえと思うん
だが)ま、まあ、そりゃあ姐さん、吸血鬼といやあ物凄いですぜ。旦那はよく知らないみたいだが、闇の世界でも恐
れられ永久の時を生き、その長い命の中で様々な上級魔法を身につけて、凶暴で狡猾で、ちょっとやそっとじゃ封
印もできねえ。誰かが呪縛で弱らしてる状態なら今のうちに倒しちまうのが一番いいと思うぜ」

「倒すのか?い、いや、それはないだろ」

横島の方が慌てて手を振った。いくらなんでもあの幼女な見た目の少女を倒すことなどできるわけがない。大人な
見た目の化け猫や自分を食いに来たグーラーですら殺せなかった横島である。ダメージを与えるのも、最小限でな
いと、可哀想なのが彼の本音だ。できれば助けてやりたいとも思った。

「なに言ってるんだ旦那。甘いこと言ってて、可愛い姉さん方に危害が及んだらどうするんでえ」

「いや、木乃香ちゃん達には文珠を渡してるしな。だいいち吸血鬼は夜型だろ」

「もんじゅ?」

カモは聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「ああ、えっと……」

横島は自分の失言に冷や汗が出た。明日菜と木乃香は信用できると思ったが、正直、カモを信用できるかは分か
らない。というか、カモはかなり口が軽そうに見えた。

「結界用の護符よ」

ここに明日菜が口を挟んだ。どうも横島に任せておくと、自分で大事なことを全部喋ってしまいそうに思えたのだ。
先程自分たちの失言で、エヴァに聞かれたせいで明日菜はこの辺の警戒心が増していた。カモのことをよく知らな
いうちは黙っておいた方が、自分や木乃香や横島のためにもいいと思ったのだ。

「あ、ああ、なるほどな。旦那はそんな強力な結界符が作れるのか?言っておくが旦那。そんじょそこらの結界じゃ
吸血鬼には無意味だぜ。特に素人に持ち運ばせることができる結界なんざ、気休めもいいところのはずだ」

「いや、俺の結界は――」

「よ、横島さん!」

横島が口を開き書けて、明日菜が慌てて止めた。

(どうした明日菜ちゃん。文珠のことは言わんぞ)

横島はコッソリ明日菜に耳打ちした。さすがにそれぐらいは弁えるつもりだった。

(いいんですか。ただの結界にしてもエロオコジョの話し聞いてるかぎり、文珠って特別っぽいですよ)

なぜ自分がと思うが、横島の自分への危機感の低さが明日菜は心配になった。

(ああ、まあ、そういえばそうか。文珠は、敵意が相手にあったり所持者に危険が及べば自動で発動するしな)
(って、それって、なに、じゃあ、銃とかで狙撃とかされたら)
(多分、勝手に守ってくれるぞ)
(うわあ、なんや売ったら高そうやえ)

木乃香も参加してきた。

(無理無理、美神さんも売れば10億だす金持ちもいるとか言ってたけど、便利すぎるそうだ。世間に公表したら逆
に命狙われるから死んでも言うなって言われてたしな。あのがめつい美神さんが言うんだから間違いないだろ)

「じゅ、10億ぶー」

明日菜が横島の言葉に思わず噴きだし、金銭感覚がゆるめの木乃香でもおろおろした。

「よ、横島さん!本当にこれ、私が持ってていいんですか!?」

明日菜が慌てて聞いた。

「いいぞ。売れなきゃ意味ないし。なにより、この部屋にいるおかげで製造も順――」

横島の霊力の源は煩悩だ。明日菜達と住むせいで、文珠の製造ペースは飛躍的に上がるのだが、言う訳にはい
かなかった。なにより、横島は金銭欲より、女の子の安全の方がはるかに重かった。

「おいおい、旦那たち、こそこそなに話してるんでえ」

「は、はは、なんでもないのよ!なんでも!」

(だめ!横島さん!とりあえず、このエロオコジョが信用できるって分かるまで文珠は秘密にしましょう)
(お、おう)

明日菜のあまりの剣幕に横島はうなずいた。10億ということは文珠を一つ売れば、一生遊んで暮らせるお金が手
に入るのだ。カモがそれをもってどこかに逃げるというのは十分に想像がつく。というか、そんなものを出会ったそ
の日に喋って14歳の少女に上げてしまうとはこの人バカじゃないのかと思った。

(木乃香も分かった)
(う、うん、まあ、確かにな。不慮の事故では絶対に死なへんってことやもん)

木乃香も明日菜ほどではないが文珠の危うさを改めて認識したようだ。

「は、はは、まあオコジョ。たしかに横島さんの護符程度じゃちょっと心配ね」

明日菜はフォローするように言った。

「だろ。まあ、旦那。相手は吸血鬼、油断はならねえぞ」

カモの方は訝しみながらも話を続けた。

「そうだな。(『護』の文字の文珠は有効時間短いしな)吸血鬼騒ぎの担当は高畑先生らしいんだが、エヴァちゃん
が犯人と知らないのかもな。教えた方がいいか」

「そうだな。そして駆逐してもらうべきだ」

「ちょっとまち、それはいくらなんでも可哀想やえ」

木乃香が同情の声を上げたが、カモが遮るように言った。

「でも、危ないのが旦那だけならともかく、血を吸う現場を見たんなら、姉さん達にだっていつ手を出すか分かった
もんじゃねえぞ」

「でもやな。倒すいうんは封印とか殺すとかいう意味やろ。エヴァンジェリンさんはそこまで極悪人ちゃうえ。なあ先
生もそう思うやろ」

木乃香が潤んだ目だ横島を見た。エヴァの見た目と今までクラスメイトだったこともあり、カモの言葉はとても許容
できなかった。だが横島もこの世界のルールがいまいち分からない。それにエヴァンジェリンの考えも何も知らない
状態ではどう判断すべきか難しい。むやみやたらと呪縛を解くといったのも、もしかすると軽率だったかもしれない
のだ。

(そもそもエヴァちゃんって相当長生きみたいだが、今までなにをしてきたんだ?呪縛でここに封印されてるってこ
とはそれなりの悪さはしたのか?その上で、今回また問題を起こしたとなると、高畑先生に言うと、下手すると本当
に退治されかねんな。う、ううん。大河内の血は吸っても操る魔力もないみたいだし、さすがにそれはな……)

「ち、ち、ち、甘いこと言っててこっちが殺られたらどうするんだよ。やられる前にやるのが魔法界の掟だぜ」

カモが分かったように言う。横島も美神ならまず間違いなくこういう判断をすると思った。でも、あの上司はそれでい
て甘いところもあるから本当に悪かどうかは見極めようとすると思う。ただ彼の場合美神よりもっとお人好しである
。悪であってもあの見た目のエヴァを殺せるかは疑わしかった。

「あんたはエヴァンジェリンさんを見たこともないんだから黙ってなさいよ」

言って明日菜がカモの額にデコピンをした。

「し、しかしな、姐さん。吸血鬼ってのは油断してるとマジで怖いんだぜ。血を吸われた子を操ることだってできるん
だ」

「それでもいきなり倒すとかはダメ。大体、今まで生徒に手を出さなかったのに、そこまで急に凶暴化なんてしない
でしょ」

「そ、そうやえ」

木乃香もうなずく。こういうところの理論展開はバカレンジャーでも明日菜の方が早いようだ。

「甘いぜ。吸血鬼が捜してるサウザンド・マスターってのはもう死んだって噂だ。ネギの兄貴も来ないとなると、吸血
鬼はなにするか分からん状態かもしれねえ。狙いが何かはしらねえが、今回生徒の血を吸ったのがいい証拠だ」

「でも、ダメよ。そんなの」

「まあ明日菜ちゃん、カモの言うことも一理はあるぞ」

感情的になる二人に横島が落ち着いて言った。

「そんな……」

「うち嫌や、クラスメイトを疑うんも、先生がそんなことするんも!」

木乃香も口を挟んできた。それを見るとああやっぱりこの子達はいい子だと横島は思った。ある程度対抗策のあ
る横島と違い二人はそれがない。エヴァが凶暴化していれば危ないのは自分たちだろうに、それでも必死に庇おう
としている。文珠は渡していても本当に優しくないとできないことだ。

「まあ聞いてくれ。まず、エヴァちゃんの凶暴化してるというカモの意見だが、今までにもそんなことがあったんなら
学園長が何らかの手は打ってるだろうし、だとすると今までしなかったことをしてると考えた方がいいだろうな。エヴ
ァちゃんが待っていたネギ君がこないことも考えると、この辺は俺もカモの意見に賛成せざるえん。俺が来たせい
でエヴァちゃんが怒ってるのは事実みたいだしな」

カモの考えを横島が肯定するようなことを言ったので、二人の責める目が集まった。
だが、文珠の件より、生徒を預かる教師としてこの件は希望的観測だけで、考える範疇を超えていた。以前ならこ
ういう思考はせずに誰か任せにするが、今は自分がしなければ、この二人に危害が及んでしまうかもしれない。横
島自身似合わないと思うが教師になった以上、及んでからごめんなさいというわけにはいかないのだ。

「じゃあ横島さんはエヴァンジェリンさんを念のために退治したりする気ですか」

「あんまりや!」

「やられる前にやる。旦那の考えは当然だぜ。戦場を知らない姉さん達にはわかんねえかな」

じゃあカモが戦場を知ってるかといえばそうでもないのだが、偉そうに言っていた。
それを二人が口を尖らせた。戦場をそれなりに経験し、悲しい思いも経験した横島としてはカモの意見はもっとも
だと知っていた。甘い言葉ばかりで助けられないこともある。それにこちらが正義のつもりでも相手にはそうではな
いかもしれない。もしそうならエヴァは明日菜や木乃香に手を出すことに迷わない可能性もあった。

「横島さんはどうなんです」

「そや。どうする気なん」

二人が詰め寄ってくる。横島は困り顔を作った。

「ううん」

横島らしくもないが、考えていた。基本的に甘い男である。念のためにエヴァを退治するなど論外だとは思った。か
といえ、もしもに備えないのはあまりに無責任だとも感じた。

「俺はエヴァちゃんを退治してしまう気はない。ってのが本音だな。どうも妙な封印をかけられて本意ではない状態
に追いやられてるみたいだしな」

「しかし、旦那!」

カモが叫んだ。

「まあ待て」

横島は制した。

「その上で生徒や二人の安全も確保したい。ここが問題だ。俺は襲われてもいいんだが、生徒は襲われたらどうし
ようもない。殺しもせんと思うが、血ぐらいは吸われる可能性があるしな」

(文珠があるえ)

木乃香が横島に耳打ちした。明日菜も引き出しにしまったのをあとで出しておこうと思った。

(ダメなんだ。文珠は『護』の文字の場合せいぜい発動時間が五分だ。それも俺が使っての状態だから、二人だと
もって2、3分ぐらいだろう。もし襲われても俺が駆けつけるまでとても結界が持たない。エヴァちゃんが二人に目を
付ける理由もないけど、ないとも言えんしな。だいいち、他の生徒全部に持たせるほど文珠はない(というか、特に
危ないのはこの二人だと思うんだが、言う訳にいかんしな)

横島は最後は自分の心でだけ思った。
学園長に口止めされていたが、木乃香はとんでもない魔力のポテンシャルを感じる。これを使えばあのエヴァの呪
縛を解けるかもしれない。明日菜の方も、妙なポテンシャルを感じる。あの夜、明日菜の手が触れただけでエヴァ
の呪縛が解けたのが気に掛かっていた。
くわえて明日菜には影の護衛はいないようだった。
学園長に木乃香だけひいきされてるわけでもないだろうが、今のところ、この事実も伝えるわけにはいかなかった
。また二人だけを横島は優先して他の生徒をないがしろにするつもりもないが、他の特異性の大きな生徒は自分
の特異性にこの二人ほど無防備ではない様子だったし、それ以外の子なら血を吸われる以上の危険はないという
思いもあった。

「なら今から出て行って今日中に決着を付けるかだけど、今の弱ってるエヴァちゃんじゃ一方的になるし、できれば
むこうから仕掛けるまで待ってやりたい。吸血鬼なら満月まで動かん気もするしな、ということで」

横島は二人に目を向けた。すると逆に二人とカモの視線を感じた。

「ど、どうした?」

「いや、さすがネギの兄貴の代わりに来た旦那だけのことはある。深く考えてるぜ。あんた大人だ」

「ほんまや、ちゃんとエヴァちゃんのことまで考えてたんやな。さすが先生やえ」

「ううん、意外にまともなのよね」

「お、おいおい、俺だって生徒のためとなれば、ちょっとぐらい真面目に悩むぞ。ど、どんな目で見てたんだ」

「「「超スケベな人(や)(旦那だ)」」」

横島は当たってるだけに言葉に窮した。

(ど、どうせ、どうせ、俺なんか、俺なんか)

いじけそうになる横島だが、明日菜が尋ねてきた。

「でも、どうするんです?エヴァンジェリンが動くまで生徒全員が部屋でじっとしてるわけにも行かないし」

明日菜もエヴァが可哀想とは言ったが、有効な対抗策があるわけでもなかった。

「お、なら、この俺っちに良い考えがあるぜ!」

勢い込んでカモが口を挟んだ。
だが、カモの声に三人が疑わしそうな目を向けた。

「なんだなんだその目は。疑うなら教えねえぞ!」

「じゃあ明日菜ちゃんと木乃香ちゃんは、できるだけ俺がいないときは人目につく場所にいること。登下校は俺と一
緒にして夜に出歩かない。これでまあ大丈夫だろ。俺も早く帰るようにするからさ。吸血鬼は夜型なのは本当に噂
通りだしな。昼間は殆ど力は使えんだろ。他の生徒は、まあ、夜に出歩かないよう大河内の件で、改めて厳重に言
ってもらうように学園長に言っておく。今はそれに期待しよう」

「まあそうですね」「せやな。じゃあちゃんと私も明日菜も守ってや」

「おう。任しとけ」

横島は二人に頼るように見られて手を握り込んだ。手をだすには相当の覚悟が居る少女達とはいえ、女に頼られ
るのは悪い気はしかった。

「ちょっと!ちょっ!聞いてくださいよ旦那!」

あまりに華麗にスルーされてカモは横島の顔に飛びついた。

「えーい、うるさい!お前は怪しすぎるんだよ!」

「耳寄りな情報なんだって」

「聞かん、黙れ!」

横島は霊感に激しい危険を感じて耳を押さえた。もちろんそんなことをしても声は聞こえるのだが。

「姉さん達を横島の旦那のパートナーにしてしまえば全部解決しますぜ!」

「「「は?って、はあ!?」」」

「こ、このボケ!お前それはいくらなんでも無茶苦茶だろ!」
「せや、そら、先生のこと嫌いやないけど、いきなりそんなんしたらあかんえ」
「というか、なんで結婚して問題が解決するのよ!」

三人が一気にまくし立てるのをカモが制した。

「まあまあ落ち着きなって三人とも。パートナーってのは魔法使いと戦士が結ぶ契約のことでさあ。キス一つでどん
な子でも魔法使いのようになれるという、それはそれは不思議な能力を使えるんです。簡単なものでしょ」

「あ、あ、アホか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!いくら俺でも生徒に
そんな理由でキスなんぞできるか!!!」

横島が心の底から叫ぶ。横島という男、意外に愛に拘るたちであった。だがこのとき、なぜか木乃香が自問自答を
し始める。

「キスで魔法使い?でもうちキスなんてしたことないんよ。でもキスで魔法使い……。うち、どうしよう。横島先生に食
べられるん?ああん、まだそれは早いえ」

「もしもーし、木乃香ちゃん」

「お、落ち着きなさい木乃香!」

横島と明日菜の顔が引きつった。木乃香は横島とエヴァの戦いを見て、かなり魔法への憧れがあるようだ。それ
がキス一つで手に入るのは魅力的だ。何より悪い人間とは思っていない横島とのキスで、それが手に入るなら、か
なり心の揺れる言葉だ。キスへの憧れもある年頃だ。木乃香はひとしきりぶつぶつ言い出した。

「こ、このエロオコジョ!冗談はほどほどにしとけ!木乃香ちゃんが本気にしてるだろが!」

「そうよ、このエロオコジョ!」

明日菜はカモを掴んで締め上げた。

「あ、姐さんギブギブ!こ、これはマジなんだって。魔法使いのパートナーは魔法世界じゃあ普通にある関係でさ。
まあキスでできるのは仮契約までだが、それをすれば本当に魔法のような能力が身につくんだ。オマケに自分の
魔力を仮契約者に与えて強化だってできる。ここは一つブチューっとしてやれば、いざってとき二人の安全も確保
できるし、そうすればエヴァンジェリンにも時間が与えられるってもんだ」

「いや、しかし、俺は霊力はあるが、魔力なんてあるかどうかも知らんぞ」

「魔力は旦那。俺っちの見たところちゃんとあるように見えるぜ。だが、霊力?……へえ、また旦那は珍しいもんが
使えるんだな」

カモは霊力に関して多少知識があるようだ。

「ま、まあな」

「かなり希少らしくて使うやつは俺っちも見たことねえけど。使えると結構便利らしくて大昔は、結構使えるやつがい
たとか聞くぜ。でも魔力を持って生まれるやつの方が多いんで、今ではすっかりなくなったとか。そうか、どおりで旦
那はなんか違うと思ったんだ。まあ安心してくれ、霊力でも術式をちょいといじくれば仮契約者に魔力と一緒に与え
られるはずだ」

「そ、そうなのか?」

「ちょ、ちょっとまちなさい!たとえいけてもなんで横島さんとキスしてまで、そんなことしなくちゃ!って、横島さん期
待の目でこっちを見るな!」

明日菜が敏感に横島の視線に気付いた。

「い、いや、見てない!見てないぞ!――こ、このエロオコジョ!お前はなんていけないやつなんだ!仮にそれが
本当としてもダメだ!!」

横島は軟派はするし下着も盗むが、もてたことがないので本当の行為に及ぶとなると急に倫理観が強くなる。要は
へたれなのだが、そういう行為は好き同士でするものという理想も持っていた。

「明日菜、本当にどうする?」

一方で木乃香の方も真剣に悩んでいた。18才の男とのキスは14才の少女にとり大問題である。こんな密室でそ
んなことをしたらそのまま襲われるかもしれない。それぐらいリスキーなことだし、それは好意がないととてもできな
いことだった。

「どうするって、するわけないでしょ!横島さんこっち見るな!」

「見てない!見てないぞ!」

「ううん、なら、うちはどうしょうか……先生を嫌いやないけど、うちもそんなん困るわ。でもキスして先生に迷惑かか
らんようになるんやったら別にしてもええとも思うんやえ。それに魔法魔法魔法」

「こ、こら木乃香!冷静になりなさい!」

(そ、そういえば木乃香って、占いとかオカルトになると目の色変わるのよね)

友人の悪癖を思い出し焦る明日菜。横島が木乃香にとっては年齢的にも十分射程内の男であることもあり、かな
りたががゆるんでいるようだった。

(こ、木乃香ちゃんとキス。オマケに相手もあんま嫌がってない。むしろ良い感じ。いや、しかし、これからこの二人
とずっと一年同じ部屋だぞ。キスなんてして、ずっと居られるのか。学園長にばれたら確実に責任とれと言われる
だろうし、そうなればむこうにも帰れない。というか生徒に手をだす教師がいるか!そもそも木乃香ちゃんはロリコ
ン臭がすごくするぞ!)

いくらなんでもそこまでの覚悟は、まだ横島にはなかった。

「こ、こここらこら木乃香ちゃん」

木乃香の考え込む肩に横島は手を置き、少女二人がこちらを見た。

「横島さんはどうなん?う、うちはちょっとしても良いと思うんやえ」

言ったものの木乃香は赤面していた。明日菜の方はどうしたらいいのか分からずカモを握りしめながらこちらも赤
面していた。

(あ、姐さん!死ぬ!死ぬから!)

(か、可愛い!なんと恐ろしい破壊力だ!落ち着け俺!お……美味しい美味しいけど、いくら美味しくてもこれはあ
かん。人間としてダメだなんだ!生徒相手に弱みにつけ込むようなことをしてはいかんのだ!)

横島は心の中で泣きながら言った。

「お、おお俺の迷惑なんて気にするな。元々護衛もかねてここにいるって説明しただろ。大体、木乃香ちゃんはかな
りの美人なんだ。美人のキスはこんなところで簡単に散らすもんじゃないぜ」

横島は死ぬほど無理をしていた。
目からは血の涙が流れた。

「横島先生でも……無理してへん?」

「い、いいいいいいいいいって言ったら良いんだ。もうこの話は終わりしよう。明日の手はずも決めただろ。ほらさっ
さと寝よう。かか、カモももう余計なこと二人に吹き込むなよ。今度言ったら許さんぞ」

「まあ旦那がそういうなら俺っちは良いぜ」

(ふふ、旦那甘いぜ。たとえこの二人がダメでも、もう一人俺っちは旦那にめろめろの子を知ってるんだぜ。おまけ
にあの子なら旦那だって迫られたら断れないはずだ。そう、旦那が俺っちの見込んだとおりのエロなら……)

言いながらカモは心中を隠してどこから出したのかタバコを吹かす。

「ここは禁煙」

明日菜がカモのタバコを消した。

「まあでもそうかな。さすがにキスはないよね」

明日菜も横島の言葉に納得し、ベッドに潜ろうとした。だが木乃香が横島を見てふいにいった。

「横島先生ひょっとして照れてへん?」

「な、な、何を!何を言うんだ木乃香ちゃん!」

「でも、顔赤いえ?」

「こう見えても俺は18才、キスの一つや二つ経験もちゃんとしてるんだぞ」これは本当である。横島はキスまでなら
経験はあった。お互い同意の上のキスももちろんあった。しかし、この女子寮というミルキーな空間での木乃香の
破壊力は凄まじかった。「じゅ、14才の子相手にキスするぐらい動揺するわけないじゃないか!ははははは」

(思いっきりしてるわね)
(思いっきりしてるぜ旦那)

「と、とにかく、ふふふふ二人とももう寝るんだ!さ、さあ寝るぞ。もう寝るぞ。はははは」

精一杯の虚勢を張ってふらふらと歩き出す横島は、玄関へと向かい扉に頭をぶつけて仰向けに倒れた。そのとき
丁度後頭部に本棚の角が当たった。いつもの彼ならこれぐらい平気のはずが、よほど動揺していたのかそのまま
気絶してしまった。

「あーあ、もう木乃香。動揺させすぎ。横島さん妙なところでだいぶ純粋みたいなんだから」

「木乃香姉さんやるな。旦那を一発ノックアウトとは恐ろしいお人だ」

「なあ明日菜」木乃香は横島の顔をジーと見つめた。「寝てるとこにキスしたらあかん?」

気絶した横島の顔をつついて木乃香は本気とも嘘ともつかないことを言う。

「だ、ダメに決まってるでしょ!さ、ソファーまで横島さん運んで、私たちももう寝るよ」

「うーん、残念。ちょっとぐらいのキス。寝てたらいいんとちゃうかな。これやとそれ以上になる心配はないんやし」

「木乃香!もういい加減にしなさい!」

明日菜は怒気を孕んで言った。横島ほどではないが明日菜も考え方が真面目な方である。寝込みの男性にキス
などとんでもないと思った。

「じょ、冗談や明日菜」明日菜の本気で怒ってると見て木乃香が引いた。しかし、木乃香は本当に占いやオカルト
が関わると理性をすっ飛ばすところのある少女だった。「いくら横島さん相手でもそんなことせえへんよ。今度ちゃ
んとしたときにしやんとな。もちろん明日菜の次で私はええんよ。三人で仲良くでもええんやえ」

これは冗談であってほしいと思いながら明日菜は横島の上半身を持ち、木乃香が両足を持ってソファーに寝かせ
てあげた。なんだかこうしてるともう本当にどちらが年上か分からない気がした。






「うーん…」

朝まだ3:30だというのに明日菜の目が覚めた。
いつも通りの3:30起床で、新聞配達にこれから出ねばならなかった。明日菜は両親がすでにいないため学園長
の世話になって生きている。その恩を少しでも早く返すためにと新聞配達のバイトをして学費の足しとしているのだ

横島も新聞配達のことは知っているが、両親が他界してることは知らないはずだ。
明日菜は聞かれないのに自分の不幸話をする気もなかったし、横島は新聞配達をしてると言っても『賢い子だな』
ぐらいしか言わない人だった。深く詮索しないのは気を遣ってくれてるのだろうか。

(そんなわけないか。横島さんだし)

そういえば、まだ二日しか経ってないのにいつの間にか先生と呼ぶことが少なくなっている。いけないこととは思う
が、どうも横島を見てると先生という気がしないのだ。本人にいたっては気にもしていないようだが。

(起き抜けいきなりに横島さんのこと考えてる場合じゃないわね。さて、今日も頑張って行こー)

自分で決めたことだから仕方ないとはいえ、外がまだ暗くてひんやりしているのを見るとやはりもう少し寝たいと思
う。だから他の人起こさないように、心中で気合いを入れて、伸びをするといつもはかからない声がした。

「明日菜ちゃんおはよ」

と、横島の声であった。明日菜はどうして起きてるのかと二段ベッドの上から横島を見た。

「……目覚ましで起こしちゃいました?」

明日菜はまだ木乃香は寝ているので声を抑えて言った。木乃香も最初の頃は自分の目覚ましで起きてしまうこと
があった。迷惑だろうなとは思ったがそのうち慣れて、この時間には少々騒いでも熟睡するようになっていた。

「ごめんね横島さん。そのうち慣れると思うから」

「違う違う。ほら『護衛』の話しただろ。昨日の約束だからな」

横島の言葉に明日菜が一瞬目を瞬いた。

「え、って、い、いいですよ。朝からなんて必要ありませんから!」

「明日菜ちゃん。声」横島は口をシーとして静かにするようにいう。「木乃香ちゃんが起きるだろ」

「あ、って、だから横島さんも寝ててくれればいいですって」

「明日菜ちゃんがよくても俺がダメだ。もし明日菜ちゃんをエヴァちゃんが狙うとしたら、まだまだ夜のこれが一番の
好機だからな。昨日キスもしなかった手前、見過ごすわけにはいかんだろ」

「なっ」

明日菜が赤面した。そういえば昨日、木乃香のことをグズグズ言っていたが、最後の方は横島が強く否定してなけ
れば自分もちょっと流されかけていたのだ。今から冷静に考えるとかなり恥ずかしかった。

「それに丁度いいんだ。最近、運動不足で鈍ってるしな。体動かすついでみたいなもんだから、気は使わんで良い
ぞ」

「で、でも、3:30ですよ。運動不足のトレーニングなんてもっと後で十分でしょ」

「甘いな明日菜ちゃん。こう見えても夜中の仕事に俺は慣れてるからな。こんな生ぬるいペースで生活してると退屈
してた所なんだぞ。だから気を遣うな。先に外に出てるから着替えたら来てくれ」

「あ、横島さん!」

言うと横島は明日菜の言葉も聞かずに、玄関を開けて出て行ってしまう。
どうも止めても聞く雰囲気じゃなさそうだった。

「もう、スケベのくせに」

なんだかんだできちんとするところはしてるのだろうか。もの凄く信じがたいけど、そういう横島を明日菜は嫌いで
はなかった。そんな横島のいい部分を見ると普段とのギャップのせいか、わずかに胸がちくりとしたが気づかない
ふりをすることにした。







あとがき
結局カモはどこまで行ってもカモでした……。
彼がKYじゃなかったらそれはもうただのオコジョなんだよ。
と言ってみる(汗
まあ横島は生徒に対してはちゃんと考えているので、
そこまで流されずに、カモに接するはずです。










[21643] アキラの隠れていた衝動。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/01 11:17

「ちょ、ちょっと横島さん。待ってください!」

横で走る横島に、新聞配達をする明日菜は声をかけた。明日菜も体力にはかなり自信があったので、横島が途中
でついてこれなくなるのではと思ったが、それどころか、こちらの方が先にばてていた。横島はといえば、まったく息
を切らせず前方にいる。横島があまりに平気そうについてくるので、途中から意地になって飛ばしたが、なんの効
果もなくかえって自分が無駄に疲れただけだった。

「よ、横島さん早すぎ!」

「お、おうすまん」

明日菜が遅れているのに気付いて横島が速度を落として横に並んだ。

「す、すごい体力ですね。私も結構ある方なのに」

「はは、向こうじゃ毎朝人狼の散歩を五〇キロぐらいしてたからついな」

「ご、五〇キロ……はは」

(こ、この人、本当に、スケベ以外のスキルは異常に高いわ。いや、むしろスケベのスキルが一番高いのか)

やめよう。と明日菜は思う。体力で競っても無駄そうだ。そういえば以前見た横島の動きも人間業じゃなかった。あ
のときはあまりに人間離れしていたので、魔法でも使ってるのかと思ったが、どうも地からして自分とは段違いの体
力を持ってる人のようだ。

(長瀬さんぐらいひょっとするとあるのかな?)

「横島さんって何か苦手なものあるんですか?」

目上ということもあり敬語で明日菜が尋ねた。この辺は木乃香よりしっかり線引きしている明日菜だった。

「あるぞ。自慢じゃないが俺は女に弱い!特に美とつく女には弱い!明日菜ちゃんも美少女だから弱いな!」

言いながら横島は誇らしげに言う。こういうのをオープンスケベというのだろう。まあ少々オープンすぎて突っ切って
いるようにも見えるが。

「はいはい」明日菜はぞんざいに返事をしたが足下がふらついた。「はあはあ、横島さんちょっと休憩」

いつもより倍ほど速く新聞を配っているのに気づいて明日菜は足を止め、一息つこうとした。立っているのも億劫で
行儀は悪いが、地べたに座って天を仰いだ。

「は、はは、悪い。調子に乗って飛ばしすぎたな」

横島も足を止めた。
するといつも会う見回りの警察官にいつもと違う場所で出会い、挨拶をする。警官は「頑張って」と言葉を残して通
り過ぎ、横島の方を見るが、軽く挨拶をして横島を怪しむように見た。明日菜が「スケベだけど大丈夫です」というと
「彼氏かい」と言われ激しく照れて全力で否定した。だがにやにやしたままむこうに行ってしまい完璧にそう思われ
たようだ。今度きちっと説明しようと思った。自分は高畑先生一筋なのだから勘違いされるのは困るのだ。

「あんまり疲れてるなら新聞持つぞ」

横島は何度か言ってる言葉をもう一度言う。

「いいです。これは私の仕事ですから」

だが明日菜はにべもなく断る。自分がしていることには誇りを持っていたし、なんだかここまで差がある上に頼るの
も癪に障る。先程警官の余計な言葉のせいか、明日菜の対応は冷たくなった。

「そうか、遠慮せんでいいんだが」と横島は何か思いつき手をうった。「お、そうだ。ほら、明日菜ちゃん」横島が言
って膝をついた。「道を言ってくれればおぶってやるよ」

しかし、明日菜がジーと見つめた。

「お尻とか触りません?」

「……」

横島の背中から滝のような汗が流れた。ちょっとそれを期待しての行動だったようだ。

「スケベ」

明日菜は言うと横島を無視して歩きだした。こんなスケベな人に気持ちが弛んでいた自分が少し腹立たしく思え
た。木乃香もたががゆるんでるし、自分がしっかりしないと、と思い直した。

「ち、違うんだ明日菜ちゃん!いや、本当に疲れてると思っただけなんだぞ!」

横島は叫ぶが、明日菜はふりむくと、べーと舌をだした。






時間は過ぎ、登校時刻になり、麻帆良学園にたくさんの生徒が集まってくる。昇降口にいた裕奈達の後ろの方で、
また横島が葛葉先生に突進して撃墜される音と生徒が笑う姿が見えた。

「元気だねー。まあ葛葉先生にセクハラする分は罪にはなんないだろうけど」

佐々木まき絵が呟いて下駄箱を閉じた。

「いや、なるんじゃないの?」

裕奈が何気なくつぶやいた。

「あれ?そうだっけ?」

「うん、多分。あ、でも、葛葉先生刀抜いてるから過剰防衛気味だしいいのかな」

裕奈はそれでも本気で罪うんぬんを考えてるわけではないらしく、まあ横島先生だしなあと言って曖昧にすませた。
裕奈はバスケ部の朝練を終え、いつもここまで来ると今日も一つこなしたなという気がする。もっともこれからまた
退屈な授業を受けねばいけないのは嫌だが。まあ最近授業も面白くなる人がいるがあれも3時間目だ。それに当
てられると答えが分からないのは問題だった。

「あ、アキラも終わりにゃ~?」

そこに丁度アキラが横に並んだ。
寡黙な彼女がこくりと頷いた。物静かだが、割とノリはよくてクラスで騒いでいると意外にちゃっかり参加していたり
する。それにスポーツ系の部活ではダントツに注目を浴びている水泳部のエースだった。弱小バスケ部のエースで
ある裕奈としては憧れる気持ちもある。まあ、普段は仲の良い友達として接していた。

そんなアキラが自分の下駄箱を見つめていた。それはもうジーと見つめ凝視していた。

「どうかした?」

「いえ……」

「あ、まさかラブレターでも入ってた?」

「え?本当に!?」

裕奈が女子中でそれはないと思いながらも、はやすように言った。激しく反応してまき絵も後ろからのぞき込んでき
た。だが、そうするとアキラは何事もないように下駄箱を閉じた。裕奈とまき絵には分からないようにポケットに手紙
を入れて。

「ほ?」

多少妙に思うが裕奈はなにも気づかないのか首を傾げる。

「少し上履きが汚れてから、今日は持って帰って洗おうと思っただけ」

アキラが物静かに言って歩き出し裕奈が続いた。

「なんだ。まあそれもそっか。ラブレターなんてここに届くわけないよねー。男子校の子はここまでこれないし、もしそ
うなら同じ女か先生からになっちゃうにゃ」

「え、ええ。届くわけない」

「あ、ちょっとまってよー。ねえラブレターは!?」

まき絵が慌てて続く。その話はもう終わりかけていたが、この中では彼女が一番幼いようだった。

「勘違い勘違い」

「ええ、でも手紙っぽいのが――」

「あの、私、お手洗いに行きたいから」

よく見るとアキラの頬が赤面していた。

「そう?」

裕奈もまき絵もアキラの様子を訝しむが、お手洗いを深く詮索することもない。付き合おうかとも一瞬思うが、先程
裕奈は行ったばかりだったし、まき絵も行きたくなかった。それにアキラの方がいつも以上に言葉少なく先に歩い
て、その先にあるお手洗いに入ってしまった。

「なんだろね?ちょっと様子が変だよね」

「さあ?急いでたんじゃない?」

「そっか、まあアキラも乙女だし、深く追求はすまいだね」

トイレによほど行きたかったのだと思い、二人は歩き出した。ハルナか朝倉が居れば間違いなく、反応しそうななに
か桃色の気配がアキラにはあったが、裕奈とまき絵はそこまで鋭くないのだ。


一方でアキラは、心臓が爆発しそうなほど高鳴っていた。つい先程まで二人に自分の心臓の音が聞こえないかと
危惧したほどで、自分の耳にはしっかりと心臓の音が聞こえ、今もそれは続いていた。他の女子の姿があり、アキ
ラはともかく個室の扉を開いて入る。まずしっかりと鍵をした。

「すう」

自分を落ち着けようとアキラはゆっくり息を吐いた。とにかく膝が笑うほど動揺していた。先程忍ばせた手紙を早く
見たいが誰かに見られることだけはあってはいけないことのような気がする。誰も来ないかと普段なら気にしない
のに気を配り、もし来たとき外から見て足の位置がおかしくならないように、便座を開ける。

したくもないのにパンティを下げて、スカートをまくり上げると腰を下ろした。

「ほう」

まるで本当にトイレがしたかったようにアキラは息をついた。

これで何があっても自分の邪魔をするものはいないだろう。
そう思ってアキラはようやくポケットにしまった手紙……いや『ラブレター』とおぼしきものを出した。そこには『横島
より』とある。横島の字よりもはるかに汚い字だが、今のアキラは冷静な判断力を欠いていた。横島も動揺しながら
書いたぐらいにしか思わなかった。なにせ生徒であるはずの自分にこんなものを出したのだ。

『大河内アキラ様。放課後りょーの裏でまてます。僕のパートナーになてください。横島』

とある。

(パ……パートナー……け、結婚?い、いや、恋人という意味で書いてるのかも。アメリカだとこう言うのかな)

冷静にアキラはなんとか考えようと思う。
だが浮かぶのは横島の顔ばかりである。どうにもここ最近の自分は冷静を装いつつ、心の内が知られれば笑われ
るほど横島を意識している。
人に対して二日や三日でここまで好意を抱くものだろうか。普段寡黙なだけに火がつくと自分はこんなにも凄い衝
動を持っていたのだろうか。
なにせ心臓が潰れそうなほど苦しい。とにかく手紙をもらえたことが嬉しくて仕方がないのだ。

(でも、いきなりこんなのいいのかな。先生も学校にばれたら困るだろうし……。それに、そんな人気のない場所に
行って、いろいろ迫られたらどうしよう。先生ってかなりスケベだし。昨日みたいに胸を触られたら、さすがに抵抗し
た方がいい?でもアメリカに留学してハーバードなんて行ってた先生ならものすごく進んでるのかも。胸で抵抗した
ら、つまらない子だと思われるかもしれない。いや、向こうの反応より自分を持たないと)

そう言い聞かせ、それでも、アキラはそれ以上迫られると抵抗できる自信もないと思いつつも立ち上がった。とにか
く授業を受けてそれからだ。気持ちは切り替えないと誰かに気付かれるかもしれない。面倒な騒ぎでも起きたら、
横島に迷惑がかかる。しかし、いくら見た目が大人びても、アキラの中身は14歳の少女にすぎず、憎からず思って
いる相手からの手紙に平静に戻れるはずもなかった。

その日、一日アキラは終始心ここにあらずといった様子でいた。






「はあ、なんか日に日に生徒を見る自分の目に自信がなくなっていく。いや、生徒に手をだしたらダメなのは承知し
てるんだが、那波のあの乳はなんなんだ。F・94はもう中学生と違うだろ。戦闘機か。戦闘機なのか。長瀬に龍宮
も信じられん。全員エミさんや美神さん級じゃないか。早乙女に大河内に雪広……なぜ俺のクラスだけこんな規格
外の14才なんだ、他のクラスの子はもっと普通だろが!俺に襲えと言うのか!」

と、横島は天に向かって吠えた。

「あかん、かなりたまってる……。今朝の早起きも悶々として眠れんだだけだし、たった一日で文珠を一個作れてし
まうとは……ああ、俺のアイデンティティーが!!!変に誤解されてるのか和泉や雪広は妙に好意的だし。なつか
れるのは良いが理性がっ。なんであいつ等は俺なんぞに無造作に引っ付いてくるんだ。距離が近すぎる!特に女
子寮はやばい。やばすぎる。……よし、今日も葛葉先生に癒してもらうぞ!」

標的にされる葛葉としてはたまったものじゃないことを思いながら、横島は走り出そうとして止まる。

「って、違う!」壁にゴンゴン頭をぶつけた。「ああ、こんなことばっかりで悩んでる場合じゃないんだ。エヴァちゃん
また来てなかっただろうが。放っておいて上げたいが、先生としてはサボりを認めとくわけにはいかんだろ!」

横島は考え込んだ。教師としてあの年代の子を預かった以上、さすがに生徒を性の対象として悶々とばかりしてる
わけにも行かなかった。締めるところは締めないと、ブレーキ役になってくれる子もいないのだ。そうなってくれるべ
き明日菜も、ある程度以上になると流されるところがあるし、そもそも突っ込みに美神ほどのパワーがない。美神
級のうっかりすると死にかねない突っ込みをする葛葉も、常に一緒に居るわけではないのだ。

(だいいち、ここってギャグですましてくれるキャパシティーが向こうより低い。この状況で、向こうの世界ほど強引な
ことしてると、取り返しがつかなくなる)

取り返しがつかないというのが、誰かと関係を持てるとかならまだしも、警察のご厄介では嫌すぎる。
ともかく今の課題はエヴァのことだ。あの夜以来、彼女は横島の前に現れていない。茶々丸はサボりだと言うがそ
れだけが理由とも思えなかった。

「あの軽々しく言ったこと気にしてるのか。なんかあの呪縛のこと自体をかなり気にしてるようだし、ナギってのはア
レをかけた相手なんだろうか?」

それに文珠のことはエヴァに秘密のままにしておきたくもあり、悩みどころだ。エヴァに呪縛を解けと言われた場合
は目の前で文珠を見せる必要があるし、それで気付かれずにすむ保証はない。なにより学園長に相談もなしに呪
縛の解除はできることでもなく、もし、ダメと言われれば自分に解く権限はない気がした。

「旦那旦那!」

横島が考え込んでいるとカモの声がした。前を見るとなにか慌てて駆け寄ってきていた。

「なんだ、また悪戯でもして追われてるのか?」

「し、してねえよ。旦那俺をもう少し信用してくれよ!」

「いや、お前の行動ってなんか信用できんだろ。パンツ盗んだりとか。言っておくが木乃香ちゃんと明日菜ちゃんの
下着はダメだからな」

自分はしてもいいが、人のは許さない横島だった。

「それを旦那にだけは言われたくねえよ!てか、それよりも大変なんだ!昨日、旦那が俺と一緒に助けてくれた大
河内アキラって嬢ちゃんが寮の裏手で不良にカツアゲされてるぜ!」

「なっ、カツアゲ?マジか!?」

横島の顔が瞬時に真面目に変わった。美少女の危機ほど看過しかねるものはないのだ。

「本当だ!こんな冗談言うわけねえだろ!」

「バカ!お前、俺のところに来る前にもっと近くに誰かいただろ!」

寮からここまではかなり距離がある。カモのスピードで走ってきたんならすでに手遅れかもしれない。カツアゲだけ
なら財布ぐらいあとで見つけることはできるが、アキラの体にもしも、不埒な輩が一ミリでも触れるなぞ許せるはず
もない。自分が手をだせないというのに、他の男が出すなど、その行為は万死に値した。

「俺っちは旦那と同じで正体ばれちゃいけねえんだよ!」

「な、そ、そうだったか!くそ、カモ急ぐぞ!寮の裏まで転移する!」

横島は急いで文珠を取り出した。

「な、まってくれ、旦那!転移って!?」

慌ててカモが横島の肩に乗り、その瞬間二人が姿を消した。

一瞬後、二人は寮の表に現れた。

「って、うお!旦那、影もなにも媒介なしで転移魔法まで使えるのかよ!?」

「この裏だな!?」

カモは驚くが相手をしてる暇が惜しい。転移の文珠でいけるのは一度行った場所だけであり、横島は寮の裏手に
入ったことがないため一番近い表に出たのだ。幸いこの時間帯はまだ寮にいる子は少ないようで人気はなく、突然
現れたことで怪しまれずにすんだ。だが、それを思うよりも急いで横島は寮の裏手に回った。少しの距離ももどかし
く感じつつ、横島は角を曲がり、そこにいる少女に目をとめた。

背のスラリと高い少女がびっくりしたようにこちらを見てきた。アキラに間違いなかった。

「大河内!大丈夫か!」

横島が慌てて駆け寄る。

「先生……大丈夫?」

アキラが首を傾げた。顔が緊張し、何かを大事そうに胸に抱いていた。

「大丈夫って、どういう意味ですか?」

アキラは素で首を傾げた。

「いや、お前が不良にかつあげされてるって……不良はどこだ?安心しろ!そんなやつは俺が成敗してくれる!」

「不良に?あの、そんなことはされてません。私はこれをもらって、ここにきただけです」

アキラは普段どおり冷静に横島に渡された手紙を見せた。横島はその手紙を見て、さらに異様に汚い字を見てふ
と思い当たり、肩に乗るオコジョを見た。

(カモ!お前、これはどういうことだ!)

横島はぴきっと額に青筋を浮かべた。アキラのことを本気で心配したのだ。冗談で許せるようなことじゃなかった。
しかし悪びれなくカモは小声で口を開いた。

(まあまあ旦那。俺っちのレーダーが彼女が旦那に相当好意を抱いてるって言ってるんでさあ。ここは一つ、成り行
きに任せましょうぜ。旦那の実力は相当なもんだとは思うが、この世界で魔法使いを名乗るにはパートナーぐらい
は必要なもんだ。両想いならなんにも問題ないはずだ)

「パ、パートナー、お前まさか!?」

(ええ、この姉さんなら従者になってくれますぜ)

「あのなカモ!お前、無関係な子をわざわざ巻き込む気か!」

「あの」

アキラは横島が何か一人でぶつぶつ言ってるように見えて尋ねた。

「あっと、悪い」

「この手紙、先生が出したんですよね?」

「いや、その、俺ではないんだが、どうも知り合いが変な気を回したみたいでな。俺にパートナーが必要だとかやた
らうるさくて困ってるんだ。すまん大河内、要らんことに巻き込んで」

「いえ、あの先生」

「ほんますまん。そいつにはよく言っとくから許してくれ」

横島はがばっと頭を下げた。

「いえ、そうではなくて……パートナーってなんのことですか?その、こ、恋人とか、そういう意味ですか?」

「い、いやいや、違う、違うぞ!パートナーって言うのは……」

横島は言葉に詰まる。いまいちどういうものか横島にもよく分からないのだ。仮に分かっていたとしても言える内容
ではないのだが。

「パートナーは姉さん。旦那と一緒に戦う戦士のことでさ。旦那は結構危険な立場にいるお人で一人でも仲間が欲
しいんだ」

(だから、てめえは喋るな!)

「戦う?それは私にできるんですか?」

「もちろん!姉さんぐらい運動神経が避ければ十分だ!」

横島はカモの口を押さえようとしたがするりと潜り抜けてアキラの肩の上に飛び乗った。

「オ、オコジョ?」

(カモ!あんまり調子に乗るな!本気でしばくぞ!)

「おうよ。姉さんよろしくな」

「しゃ、喋ってる?い、いや、横島先生ですか?」

「お、おう腹話術というやつだ!」

「あの、じゃあ私じゃダメですか?そのパートナー私でよければなりますけど」

「おお!さすが俺が見込んだ嬢ちゃんだ!よっしゃあ!」

思わずカモが上げた声が確かに聞こえる。でもアキラは横島の声だと思った。オコジョが喋ると認識するのには常
識的な考えの強いアキラにはできなかった。

(バカ、お前、ばれたらオコジョにされるだろうが!)

(俺っちもうオコジョだし)

「嬉しい……喜んでくれるんですね」

ほっとしたのかアキラがわずかに瞳を滲ませた。彼女にはオコジョが喋るなんて思考はなく横島が喜んでるように
しか見えないようだ。何よりこの手紙が悪戯か何かのたぐいだと知り不安にもなっていたのだ。

「よし、じゃあ早速キスで仮契約だ!」

「キス……あの、今するんですか?」

アキラの顔が途端に赤面してきた。

「いや、今のは違う!」

「なにもちがわねえよ旦那!旦那だって本当はこんな美人とキスしたいはずだろ!」

「あの、キスまでは覚悟してきましたけど、まだそれ以上は覚悟がなくて、それでもいいですか?」

「もちろんだ!」

つい横島が言ってしまう。

「って、は!?」

「じゃ、じゃあ……」

アキラは言いながらも一歩距離を詰め横島に向かって、目を閉じた。

(こ、これはなんだ、やばい。いくらなんでもこらダメだ。というかカモ!てめえ、丸焼きにするぞ!)

(旦那、女がここまで言ってるんだ。覚悟決めちまいな。大河内アキラ身長175センチ、バスト86、ウエスト57、ヒ
ップ83だぜ。こんな中学生いないぜ。もうこれは高校生なんだよ)

(あ、あのな!そんなわけあるか!)

だんだん横島の胸に苛立ちが募った。カモはやり過ぎていた。さすがの横島もキレる寸前まできていた。

(とにかく行くぜ!)

「『仮契約(パクティオ)』!」

しかし、そんな空気まったく読めないカモが叫んだ。横島は怒って止めようとしたが、周囲に不思議な青白い光を帯
びた魔法陣が浮かび、それに包まれた瞬間体に異変が起きてしまう。

「な、なんだ!?」

「この光…なんだかどきどきします」

「仮契約を結ぶ魔法陣っすよ。旦那なら本契約でも良いが、さすがにそれはかなり覚悟がいるだろ。この仮契約な
ら何人とでも結べるし、ここは軽い気持ちでブチューと」

「な、なっ、マジでこの光なんだ!?な、なんか、ナニが反応して!?」

「契約を結びやすいようにちょっとした催淫効果もあるんっすよ。おおさすが旦那だ!30センチオーバーのマグナ
ムなんざ始めてみたぜ!」

「アホか!大河内落ち着け!って、俺のナニが落ち着け!」

「アキラで良いです」

ぼうっとしながらアキラは言った。

「あ、あのな、これはエロオコジョの陰謀だ!俺は悪くないが、このまましたらすごくいかん気がするぞ!」

横島はそう言うがアキラの顔は火照りを帯びた。もう止まらなそうに見つめてくる。横島もだった。この魔法陣の催
淫効果がすごすぎる。訳が分からなくなるほどの情動が突き上げてくるのだ。ただでさえ煩悩の強い横島とエロス
の大きい肢体の持ち主であるアキラが、それ以上に魅力的に見え、その衝動が加速してくる。

「なんだか私おかしいです。胸が疼いて……だ、抱き締めて下さい」

「さ、さすが旦那だ。普通ならここまで相手はエロい状態にならないんだぜ。旦那の煩悩がこの魔法陣でこの子に
も伝わってるだ!いや、もしかすると霊力ってのがそういう効果を生むのかもしれねえ!」

「アホな解説してる場合か!」

だがアキラの方はすっかりできあがってしまい横島の体に手を回した。
横島の胸板で、形の良い乳房がつぶれる。下着を着けてるはずなのに尖っているのが分かった。横島とアキラの
身長は殆ど同じだ。お互い正面から見つめ合う形になる。横島は止めようと思うのに手が勝手に動き、アキラのお
尻の肉に触れた。思わず鷲づかみにしてしまう。

「うんっ」

よほど凄い催淫効果なのか、それだけでアキラは軽く達してしまう。アキラの指が横島の背中に食い込んでくる。

(あ、あかん。いくらなんでもこれは理性が持たん!)

「いいいいいいい良いんだな大河内!」

(って、なにを言ってるんだ俺は!)

普段なら無理矢理にでも離れて壁に頭をぶつけて正気に戻るはずが、アキラの抱き締める力が強すぎたし、催淫
効果が思考をショートさせた。

「はい、アキラって呼んでください」

「アキラちゃん」

「アキラです」

「あ、アキラ」

(やばいやばいやばい、生徒に手を出したら首になる!いや、それ以前に俺はこういう愛がないのは許せんはず!
ああでもアキラちゃんは身長175センチでバストは86もあって、とてもこれでロリとは言えんほど!ああ、何より水
泳で鍛えられたエロすぎる体が俺の理性を!)

二人の唇が重なり合う瞬間。

「おーい、横島先生!」

寮の表から声がした。木乃香の声だ。

「は!?そ、そうだ。ダメだ!こんな勢いで生徒に手をだせるか!」

それで一気に正気に戻った横島がアキラを突き放した。
同時に魔法陣が解け、するとアキラはよほど今ので消耗したのか、地面に崩れ落ちる。
横島は何度も地面に顔面をぶつけた。

「はあはあ、あ、危なかった。もう少しで踏み出しては行けない境界を越えるとこだった!おい、テメエ、オコジョ!
やって良いことと悪いことがあるぞ!って、いや、アキラちゃん大丈夫か?」

とりあえずカモは後回しで、倒れてるアキラを助け起こした。
だが声をかけてもアキラは意識がないのか答えなかった。
心配になって胸に手を当てたら思わず揉んでしまうが、鼓動がして、息もしていた。アキラにとっては刺激が強すぎ
たのだろう意識を失っただけのようだ。それでも心配になって文珠の『治』を一応使用して、回復させ、横島はとり
あえずアキラを持ち上げた。カモの方はあまりのエロさに鼻血を出して呆然としていた。

(ったく、このオコジョは……。このまま埋めるぞ。しかし、大河内は本当にエロイよな。って、は!違う違うぞ!あく
までエロオコジョがしただけで、俺は生徒にこんなことはしたくなかったのだ!)

「す、すまんアキラちゃん。このことは夢だったと思ってくれ」

ともかくカモを肩に乗せた。こいつはあとで屋上から簀巻きにして吊しておこう。そのまま死んでもきっと誰も悲しむ
まい。そしてカモの書いた手紙を回収しておく。寮の裏手からこっそり入るとアキラを玄関付近のソファに寝かせる。
目覚めたとき自分がいなければアキラも夢だと思うだろう。

(大体、こんな可愛い子が俺のパートナーになりたがるわけないだろが)

そして横島の方は先程のことを全部カモとあの魔法陣の不思議な効果のせいだと思った。

「横島さーん。もうどこいったのよ。見直したと思えばこれなんだから」

(そういや二人と一緒に帰る約束だったな)

外から明日菜の声が聞こえて、明日菜と木乃香への言い訳を考えながら横島は表へと歩き出した。


「うん……」

しばらくしてアキラはソファーで目覚めた。

「私……何を……夢?」

アキラは胸に違和感を感じる。夢だったはずがまだ胸の動悸が収まらなかった。

「キスもう少しだったな」アキラは自分の唇に触れた。「……って」

夢とはいえ横島とのキスをできなかったのを心残りに感じ、しかし、その思考に赤面するアキラだった。やはり自分
の胸の内には結構大きな衝動が隠れている気がした。






あとがき
ギリギリセーフ。でも少しやり過ぎたか。まあ良いか。
しかし、もっと早くカモに制裁をと思ったのに、なんかそうならなかった。
カモは、横島と居ると本当に悪いのか不明になる気がする。






[21643] 想いは交錯して、紡がれて。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/28 15:36
「むにゃ」

携帯の目覚ましベルを聞き、明日菜は目が覚めた。ふと横島が寝ている場所を見ると横島はすでに起きているの
か、もういなかった。もしかすると着替えがかち合わないように気を使ってくれてるのだろうか。横島は全然気が利
かないようでいて利くところもある。14才の少女と同居ということで色々考えてはくれてるのかもしれない。

(まあ横島さんだからな。あんまり期待すると絶対外すのよね)

昨日も帰りは木乃香と自分を送ると言いながらすっぽかされたのだ。過剰な期待は慎もうと思いつつ、ベッドから
おり、着替えようとタンスを開けた。

「って……あ、あれ?私の下着が一枚もないよ!?」

明日菜は引き出しの中を見ると、信じられないことに本当に下着がなかった。お気に入りのクマさんパンツもちょっ
と冒険して購入した赤い下着も一枚もないのだ。驚く明日菜の声に目覚めたのか木乃香も起きてきた。

「うーん、うちのも?」

寝ぼけながら木乃香が言う中で、明日菜は考える。まさか誰かが気を利かして下着を全部洗ってくれたとかそんな
落ちでもなければ、盗まれたと見るべき事態だ。初日こそ横島を試すために下着を放置したこともあるが、最近は
下着の扱いには気をつけていたつもりだったのだが……。

「まさか、横島さん?」

「そうなん?なんや、ゆうたら上げるのに」

木乃香が本気とも嘘ともつかないことをまたもや言う。木乃香の大ボケはともかくいくらなんでも横島がこんなこと
するかとも思う。どう考えても犯人はバレバレだし、自分たちに手を出すことには極端に自重していたはずだ。

(ハッ)

そこまで考えて明日菜はある可能性に気づいた。二日前に戸棚の一つを開けて、すませてやることにしたオコジョ
がいるではないか。明日菜は慌ててその戸棚を開ける。

「オコジョ、あんたまさか!」

「姐さん、おはようございます。イヤー、これ、ぬくぬくすよー」

悪びれることもなく自分たちの下着の上で寝るカモに絶句する。このエロオコジョは何をしているのだ。怒りが頂点
に達して朝の3:30から枕を持ってオコジョを追いかけ回し騒ぎ出す明日菜だった。

「明日菜ー、動物相手にそんなにムキにならんと」

穏やかに言う木乃香とは対照的にカモをとっちめようとするがすばしっこく、一撃も浴びさせられなかった。


「ったくもう!下着ドロのオコジョなんて、とんでもないペットがきたもんだわ!」

朝の新聞配達をしながら明日菜が横島に愚痴った。

「まあまあ、あんまり怒ってるとまた途中でばてるぞ。それに下着の布の感触が丁度気持ちよかったんだろ」

「へえ、横島さん。分かるんですか?」

横島に冷たい目を向ける明日菜。そういえば、どこにあるのかは知らないが、めぼしい女性教師の下着をこの男
も盗んでいるのだと気づいた。アレはちゃんと返したのだろうか。

「そっか、横島さんってよく考えたら人間的にダメな人でしたよね」

「いや、全然分からんぞ!や、やだなあ明日菜さん。はははははは!」

かなり無理して笑う横島。普段はちゃん付けなのにわざわざさん付けなどにして、横島は言うまでもなく無理をして
いたが、ここで横島がそれを言うわけには行かなかった。横島も男だ。たとえ明日菜に心中は見透かされてるとし
ても、少女には最後まで本音を隠すのが男というものだ。実際隠せてるかは微妙だが。

「それになあ明日菜ちゃん」

「下着ドロが男のロマンとか言ったら怒りますよ?」

明日菜が先手を取って言う。横島の思考パターンが次第に理解できてきたようだ。

「違うなあ。まあ明日菜ちゃんには分からんだろうが、ネカネさんは男の夢が詰まってるんや」

「ネカネ?」

明日菜は聞き覚えのない名前に首を傾げた。また自分の知らない向こうの世界の人の名前だろうか。

「ふふ、まあいいじゃないか。あのカモには俺がよく言って聞かせておこう!」

(ぐくくくく、あのエロオコジョめ下着ドロ2000枚がマジで追われてるとはな。悪いことはできんもんだ!いや、それ
以前に、あのお姉さんは美味しい!絶対に美味しい!)

昨日の夜。実は横島宛にネギの姉と名乗るものから手紙が来て、そちらにカモというオコジョが、ネギがいると思っ
て逃げたかもしれない。という旨の手紙が来ていたのだ。なんでも下着を2000枚も盗んで本当に追われていると
いうことだった。ネカネというネギの姉はこちらにカモが帰ってくると、また騒ぎが大きくなるので、できれば横島にカ
モを預かってほしいということだった。きっとネカネは横島が女子寮にいるのだと知らずに言ったのだろう。

(任せて下さいネカネお姉さん!この横島忠夫あなたのためならエロオコジョの10匹や100匹いくらでも預かりま
しょう!そしてしっかりこの横島が真人間、いや、真オコジョに更生させてみせます!そしてネギ君!同じ立場にい
るもの同士、帰ってきたら仲良くしようじゃないか!)

手紙に付されていたネカネのホログラフに一発で惚れ込んだ横島は、そのとき、たとえ何があろうとカモを正しい道
へと導き、ネギと会うことがあれば絶対に仲良くなろうと決めたのだ。もっとも横島なんかに導かれて真オコジョに
なれるのかは果てしなく謎だし、そもそも真オコジョがなんなのかもよく分からないが。

「あ、またエッチなこと考えてる」

「ち、違うんだ明日菜ちゃん!やだな、はははは」

「横島さんは分かりやすすぎるんです!」

横島のにやけた顔に明日菜が怒鳴った。結局このあとカモは、横島によって捉えられ、明日菜によって屋上から
簀巻きにして吊されるのだった。






(ううん、どうせえというのだ)

横島は授業中に明日菜を見る。明日菜は今朝のことが原因で機嫌が悪いのか、こちらを見ようともしていなかっ
た。下着を盗んだのはカモだし、横島が悪いわけではないはずなのだが、14才の子を相手に言動は細心の注意
を払うべきだったのかもしれない。まあだが、こちらは深刻というほどのものでもないと思った。

(エヴァちゃんまたサボリか。さすがにこれは弱るもんだな)

生徒の英語の朗読を聞きながら教室をぼんやり歩いていた横島は、こちらは深刻と言える方に目を向けた。
エヴァンジェリンの席はまたもや空席だ。茶々丸にはまだ聞いていないが、おそらくサボリで間違いあるまい。こう
なるとGSの仕事でしょっちゅう休んでいた自分に怒っていた教師の気持ちが分かるというものだ。もっとも最近は
あきらめられて登校するとかえって文句を言われるぐらいだった。まあ横島はそうされてもいっこうに気にせず、か
えって気楽だと考えていたぐらいだが。

(エヴァちゃんはどっちだろうな……放置されて気楽で良いと思うか、それとも寂しいと思うか)

おそらく後者だろうか。人は誰しもが構われることでしか自分の位置を確認できないものだ。一人で生きたいと思う
ものなどいないだろう。たとえそういうものがいたとしても、寂しさの裏返し、もしくは人と上手く接することのできない
苛立ちが出てるに過ぎない。横島はそこまで深く考えたわけではないが、直感的にこのままエヴァを放置しない方
がいいと思っていた。

(とりあえず、直接家を尋ねるのがベストだろうな)

早速昼間でも茶々丸に聞いて直接家を尋ねてみようかと思う。もし聞けなかったら文珠で探すことも考慮した。

「先生。読み終わったよー」

「あ、ああ。すまん」

和泉亜子に英語の朗読をさせていた横島は意識を授業に戻した。

「前に当てたときと比べて、なかなか上手く読めてたぞ。100点だな」

横島は生徒が朗読などをしたり、問題を解かせたあと必ず一声かける。大抵は褒めるし、明日菜やまき絵など褒
めようがない相手でも、「もうちょっと頑張ればかなりよくなるぞ」などと言って励ます。美女には欲望が前面に出て
もてない横島だが、少女達には気さくさと意外な気配りからとても受けがよかった。

もっとも千鶴などの規格外メンバーは別だ。これらに当てるときは乳を見てしまわないように目を逸らすことに全神
経を集中させるため、なにを読んでるのかすらよく覚えてなかった。特に今日はアキラの方を見るのが恐くて、まだ
一度も目をむけていなかった。アレをアキラがもし夢じゃないと気付いたらと思うととても見ることはできなかった。

「へへ、ウチも頑張りました。ちょーっと詰まっちゃいましたけど」

横島もよく使う関西弁の子である。そのせいか横島も当てることが多く、亜子の方も期待に応えるように勉強に最
近励んでいるようだった。

「いやあ、それでも、なかなかのもんだったぞ。和泉は頑張り屋だな」

横島は見た目的に射程外となるとまったく意識せずに好かれる行為を自然ととる。少女の方も横島に邪気がなく
18才と年が近く、かなりのレベルの文武両道で、その割に威張りも気取りもない教師に、悪い気がせず自然と頭
を撫でられると、なぜか亜子が赤くなり着席した。

(やったー、撫でられたー!裕奈裕奈!)
(はいはい、おめでとう(というかなんかアキラの横島さんを見る目が昨日と違う気が……。ううん、なんかよく分か
んないけど亜子、頑張れ))

喜ぶ亜子に、なぜか直感的に同情してしまう裕奈だった。

「じゃあ次を」

「はい!はいです!バビロニアではいです!」

夕映が力の限り手を上げた。

「綾瀬はさっき当てただろ。というか、授業中に堂々と古文書の質問をするな」

明日菜はこのとき分かりやすすぎるほどさらに目を逸らす。まき絵や長瀬といった勉強が苦手組の反応は分かり
やすい。横島もあまり当てたいとは思わないが、ずっと当てないのも逆にまずいと葛葉先生に言われたので、明日
菜に当てた。その場は当てられなくて喜ぶ生徒もそれが続くと疎外感で、ぐれる原因にもなりうるそうだ。

(しかし、まあ、教師というのも生徒の知らんところでいろいろ気配りするもんなんだな)

元の世界に帰ればまだ学生の横島はそんな感慨を抱いた。

「ええ!」

明日菜は嫌がるが、横島がすまなそうにすると、渋りながらも無茶苦茶な文法で読み始めた。機嫌を直してくれた
訳でもないだろうが必要以上に困らせるほども怒ってないようだ。明日菜の美点だと思いつつ、英文をほとんど無
理矢理ローマ字読みするあまりに酷い読解力に、人のことは言えない横島も帰ったら勉強を見てあげた方がいい
かもしれないと思った。

(エヴァンジェリンか……)

横島はまたもや悩み始める。エヴァが授業に出ないのも一日だけならともかく、つづけられるとボディブローのよう
にきいてくる。学園広域生活指導員である新田からも、授業中に屋上で寝ているエヴァが目撃されたらしく、小言を
もらっていた。新田は他のことはあまり言わないが生徒のこととなると、かなり口うるさい人だ。横島としてもそれは
教師になった以上当然と思えたので、あまり悪印象は抱いてないが、やはり注意を受ければ堪えるものだった。

(GSよりは楽と思ってたんだが、仕事仕事でまた違うことで神経使うもんだ。十五年か……)

エヴァの名は伏せて学園長にアキラの件を報告した横島だが、どうもむこうも分かっていたようで、少しだけエヴァ
がここでナギを十五年も待っている話しをしてくれた。そのことに対する同情も横島には出ていた。これはかなりデ
リケートな件のようで、思わずうんうん唸ってしまう。そうしてると今度はあやかが口を開いた。

「先生、何か気になることでもあるのですの?先程からぼーっとしておられるようですが?」

「うん?いや、葛葉先生のバストはいくつぐらいだろうかと考えてっ、ぶ!!」

ゴスッと明日菜の教科書が横島の顔面にめり込んだ。あやかが赤面して、周りからは笑いが漏れた。だが教科書
を投げた明日菜だけは笑わずに横島の顔を見ていた。






「チョップッ」

ぼけっと一人で昼食をとっていた横島の額に明日菜の手刀が入った。横島の手には店で購入したパンが握られて
いた。麻帆良学園は本当に広い学園都市とでもいうべき場所で、普通の学校にある売店ではなく洒落た店で専門
のパン屋があるのだ。味もなかなかいけるものだ。

横島はそこで購入したパンを人気のない池の畔で食べようとしているときだった。何人かの生徒に食事に誘われ
ていたのだが、全て断っていた。

「お、明日菜ちゃん、どうした?まさか俺がいんと寂しいとかか?」

横島は冗談っぽく言う。目の前にはジト目でこちらを見る明日菜がいた。これが美神だと飛びかかるまでいくが明
日菜にはそこまではできないのだ。

「先生っていつもそうなんですか。普段はバカみたいに騒ぐのに、本当に悩むと誰にも相談せずに一人で抱え込ん
で、バカみたいですよ」

明日菜は冷たく言って横島の横に腰を下ろした。

「はは、見抜かれたか。やっぱ俺は悩むとバカみたいか」

「エヴァンジェリンさんですか?」

「いや、どうやったら那波の乳は14才であそこまで育つんかと」

「誤魔化すのも下手なんですね」

「うっ」

明日菜にさらなるジト目で見られて横島は言葉に詰まった。乱暴な少女のくせに本当に見るところはやたらとよく見
ている。なるほど木乃香が自分以上に明日菜は優しいというわけだ。

「相談に乗ってあげますよ」

「あ、アホな、生徒に悩み相談する教師はおらんだろ」

「良いじゃないですか、先生だってまだ18才でしょ。14才の子に相談するぐらいそんなにおかしくはありませんよ」

明日菜の指摘に横島は言葉に困った。
横島が誤魔化しても明日菜は誤魔化されてあげる気はないようだ。

「はは、明日菜ちゃんには敵んな。でも、一応これでも教師やらされてるしな。生徒のことは俺が解決せんといかん
問題だから、どうにかするつもりだ」

似合わないとは思ったが横島は真面目に言った。普段はおちゃらけてはいるが、エヴァのことは誰彼構わず相談
していいことではない気がした。それほどエヴァとは敏感な少女の気がした。こういうのは年齢を重ねても与えられ
る経験に充足がなければ変化できないのかもしれないと思うのだ。少なくともピートはそうだった。七〇〇年も生き
てるわりに恋愛関係が苦手で、GS試験でもかなり感情の起伏が激しかった。

「茶々丸さんに『横島先生とは口を利くなと言われています。マスターはこの教室に横島先生がいる限り、授業には
出ないそうです』って、言われてたのに?」

「み、見てたのか?」

横島は授業後に茶々丸にエヴァンジェリンのことを聞こうとしたのだが、にべもなく断られてしまったのだ。茶々丸
にエヴァのことを聞けなければ、文珠で探そうかと思っていたのが、それすら拒絶するような言葉に、できなくなって
しまった。エヴァは完全にこれから横島を避ける気のようだ。

ナギのことを学園長から多少聞いてしまうと、何か自分は決定的に彼女を傷つける行為をしたのかもしれなかっ
た。やはり呪縛うんぬんは癇に障らせたのか。そう思うと横島は柄にもなく本気でへこんでいた。

「というか、茶々丸さんに教室で聞いてたから結構目立ってましたよ。木乃香やいいんちょもびっくりしてたけど、い
くら声をかけても横島さん返事もせずに出て行っちゃったの、自覚ないでしょ?」

「うっ。そ、そうだったのか……」

ここからいつもの横島なら、もっと騒いでいそうだが、本当に茶々丸の、ひいてはエヴァンジェリンの言葉が効いた
のか、かなり深く落ち込んでいるようで地面に向かってぶつぶつ言いだし心ここにあらずである。

「腹を殴ったのはまずかったか。そもそもそれって体罰では……大体俺があんな偉そうなこというから」

明日菜としても元気だけが取り柄のような男がこれでは拍子抜けであった。今朝のことでまだ怒っていたいのに相
手が、それ以上に落ち込んでてそれも言えなかった。

「まったく横島さんって、意外と不器用なところがあるんですね」

「ということはPTAが出てきて俺は首?それとも幼女趣味と思われて近付いては危険だと!?」

「こらこら思考が暴走してますよ!」

明日菜が見かねて突っ込むが、横島は頭を抱えて立ち上がった。

「ああ、もう俺は終わりだ!ついに警察のお世話に!手は出してないんだ!腹は殴ったけど傷跡も残らんように
ちゃんとしたつもりだったんだ!そもそもあそこまでロリコンな体に俺は興味などないのだ!!」

「い、いい加減にしろ!」

横島の暴走が止まりそうもないと見て明日菜が顔面を殴り飛ばして黙らせた。

「だ、だんだん明日菜ちゃんの突っ込みが厳しくなっていく……」

「もう、落ち着いて下さい。とにかくエヴァンジェリンさんのこととどうするか決めましょうよ。私も手伝うって言ってる
でしょ!」

有無も言わせぬと言うように明日菜がきつく言う。

「いや、ダメだ。明日菜ちゃんを下手には巻き込めん。吸血鬼や魔物とかは倫理観がこちらと違う場合もあるん
だ。女の子だから殺さないとは限らんぞ」

だが明日菜以上に有無も言わせぬと横島が言った。エヴァンジェリンが登校しないから、明日菜を巻き込むので
は明日菜達の護衛も兼ねると言われてる横島にとっては本末転倒もいいところだ。

「じゃあもうキスでもします?」

「……は?」

明日菜が若干顔を赤らめて横島の顔をのぞき込んだ。

「だってキスしたら横島さんみたいな力が使えるようになるんでしょ。それなら少しぐらい危険でも、大丈夫でしょ?」

明日菜の方はかなり緊張して言ったのか、語尾が震えた。

「あ、あのな、ああああ明日菜ちゃん。そ、そそ、そういう問題じゃないぞ!すすすす好きでもない男とキスはしたら
ダメだ!」

横島は激しく動揺した。明日菜はアキラ同様に美少女には違いない。それが可愛げに頬を赤らめて、なにやら健
気ささえ感じる言葉を吐いているのだ。心臓ど真ん中に直球が入り込んだ衝撃が走った。急激に少女相手とは思
えぬほど心臓がばくつきだす。

「じゃ、じゃあキスはいいからシャキッとして下さい」

しかし、明日菜は本気じゃなかったのかすぐに言い直した。

「あ、ああ、分かった」

(違う!違うぞ!断じてキスしたかったなんて思ってないからな!)

横島が激しくこくこくうなずいた。






「とはいえ、なんだかなあ」

明日菜は頭を掻いた。自分の言葉ぐらいで横島がすぐに立ち直るようにも見えなかった。なにせ明日菜がなにを
言ったところでエヴァが改心するわけでもなく、実際にも、問題の解決には繋がらないだろう。でも、普段元気な横
島が落ち込んでるのを見るのはどうも放っておけない。唯一、木乃香にはこのことを言えるが、あの友人は下手に
つつくと横島と仮契約しかねないと思うのだ。

(まあ本当に好きならそれでもいいけど、木乃香はもうちょっと考えるべきよ)

そう思うと明日菜は自分まで悩み出す。

(朝に新聞配達手伝ってくれるの意外と嬉しいんだよね。まだ暗い中で一人だと本当はちょっと寂しかったからな…
…。だ、だからって別に好きって訳じゃないけど、どうしたもんだろ)


「それで俺っちのところにきたと」

屋上から吊されたカモが、明日菜を見た。今朝からずっと吊されているようだ。

「そ、なんか、横島さんを元気づける方法、思いつかないの?」

「そう聞かれたらもちろん仮契約して姐さんがチューしてやれば、旦那も元気が出っててもんだ――。ところで姐さ
ん。とりあえずほどいてほしいんだが……」

「それ以外よ。それ以外。キスは横島さんも乗り気じゃないし、私も初めては高畑先生って決めてるの」

「仮契約のキスとマジのキスは別に考えればいいと思うんだが……。ところで姐さん。マジ、反省したからもうほど
いてくれねえか。吊されて喋るのって意外としんどいんだよ!」

「それでもキスはキスでしょ。あんたそれで最後まで行っちゃったりしたらどうする気よ」

明日菜は唇を尖らせた。乙女として譲れない点はある。相手が射程内に入ってしまう18の男であるだけに、キス
は余程の思い切りが必要だった。

「まったく姐さんも旦那も妙に純情だな。じゃあエヴァンジェリンのことまほネットで調べてみるか?」

「なにそれ?」

「魔法関係のことが出てるネットだ。そこでエヴァンジェリンが本当に極悪人なら、懸賞金ぐらいはかけられてるは
ずだぜ。てか、いい加減ほどいてくれよ!聞こえてるだろ!無視すんなよ!」

「うるさい!ほどいたらまた下着取るでしょ!」

「とらねえよ!もう二度と取らないどころか一ミリだって触らないって誓うからよ!」

「な、なに!?一ミリも触りたくない!?私の下着は触る価値もないって言うのか!」

「誰もそこまで言ってねえ!」

明日菜が逆ギレしてカモを握りしめ、危うくカモが死にかけるのだった。
そしてこのあと明日菜はエヴァのことを知るのだった。






「マスター食事を残されるのは体に触ります」

それは夜も更けた頃、麻帆良学園にエヴァンジェリンのためだけに用意されたログハウスにある一室でのこと。
エヴァの居丈高な物言いからは、想像もつかない人形などのおかれたファンシーな部屋で、食事を摂る必要のな
い茶々丸と、とりたくないエヴァがいた。

「ふん、吸血鬼に要らぬ心配だ」

少しぐらいならエヴァは食べなくてもいけるのは本当だった。
吸血鬼としての不死性が、食事の有無など必要としないと言っている。
しかし、退屈な不死という人生のうちで、食事は楽しみの一つで、人間と同じリズムで食べるのを習慣化させてい
た。
それを最近していないので、体に触らなくても茶々丸は危惧しているようだ。
だがどうにも食欲がわかなかった。
こんなことはナギが死んだという噂を聞いて以来だった。あのときは近右衛門にまだネギという息子がいると聞き、
その子なら呪縛を解ける可能性があると言われてなんとか持ち直したのだ。何よりナギの死体は発見されておら
ず死んだというより、行方不明だと聞いていたから生きてる可能性にかけたのだ。

「横島……」

エヴァは言いかけてギリッと歯がみした。
一瞬でもあの男に気を向けたのが腹立たしい。
それほど考えることも毛嫌いしていた。
ネギのことを聞きに行くどころか顔を見るのも嫌なのだ。

「横島先生には、マスターの指示通り伝えておきました」

エヴァの呟きに反応したのか茶々丸が言った。

「そうか」

茶々丸はまだ生まれたばかりのガイノイドと呼ばれる女性型アンドロイドで、それほど感情の起伏が激しくなく、必
要なことしか喋らない。茶々丸の制作者の一人である葉加瀬にできるだけ話しかけてくれと頼まれていたが、15年
も同じ学園生活をしていては話すこともない。目新しいことなど何一つないのだから。あるとすれば横島だが、今は
そのことを話すのが腹立たしい状態だ。

「マスター」

「なんだ」

「横島先生は、落ち込まれたようです」

茶々丸がごく無表情に言った。

「落ち込む?そう、お前でも分かるほどにか?」

「いえ、周りの方が言っていました。委員長からも、アレは言い過ぎだと叱られましたし」

「そ、そうか……。嫌な役をさせたな」

「構いません。マスターの指示に従うのが私のつとめですから。でも、一度、横島先生と直接話されてはどうでしょう。
このまま食事を摂らない場合、あと二日ほどで活動に支障が出ます」

「分かっている。だが、あの男のせいで食欲がないのではない!」

エヴァがだだっ子のように言った。いくら吸血鬼でもこれ以上のエネルギー無補給は良くない。死ぬほどではない
にしても動きは鈍るし、ベースが人間である以上痩せもする。一年ほど食事をしなければ生きたままミイラのように
もなる。茶々丸はマスターの体を気遣う意味で言ったのだろう。だが茶々丸がこういう見当の付け方をして喋るの
は非常に難しく、高度な処理になる。人間らしい判断基準を持ち、感情によって言ったのなら葉加瀬はきっと泣い
て喜ぶだろう。

「ならいいのですが……。マスターの食欲がないなら食事は下げますが、どうしますか?」

それ以上の追求は来なかった。主の命令に逆らえない茶々丸のこの辺が限界なのだろう。

「ま、まあ少し食べる」

だが茶々丸の心配を無碍にするのも悪く思えた。

「良かった」

「な、す、少しだ。まだ食欲はあまりない」

「了解しました。では温め直してきます」

気のせいか茶々丸がほっとしたような顔になる。目の前のシチューをいったん引っ込めると台所へと歩き出した。


「――出てくる。着いてくる必要はない」

食事が終わりエヴァはマントを羽織った。

「夜間の外出は当分自粛するようにと、学園長先生が言われてましたが」

血でも吸いに行くと思ったのか、茶々丸は機械的に事実を言った。でも、そこには主への気遣いもあるのだろう。
茶々丸はまったく無感情に見えて純粋な優しさを持ってるのはエヴァも理解していた。プログラムにない利他的行
為をよくするのも知っていた。

「血を吸いに行くわけではない。少し外の風に一人で当たりたいだけだ。余計な気遣いはするな」

「失礼しました。ではお帰りをお待ちしています。横島先生には言いすぎましたとお詫びしておいて下さい」

「だ、誰があいつに会いに行くと言ったのだ!このバカが!しっかり留守をしておけ!」

「はい」

茶々丸が頷くのを見て、エヴァは不満そうに夜空へと飛び上がった。






あとがき
10万PV越えありがとうございます。
これも皆様のおかげです。
今回はちょっと真面目な感じだったので、ギャグとエロも抑え気味。
ちょっとずつエヴァも動きだし、明日菜も動きだしって感じの回かな。






[21643] エヴァと明日菜と夜の邂逅
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/29 17:53

夜、横島たち三人とオコジョが寮の近くを見て回っていた。明日菜たちの入浴が終わり、横島が入ろうとしたとき、
その横島が外で妙な気配がすることに気づき出てきたのだ。だが外には人の気配もなく誰もいない。明日菜たちも
横島のそういう感覚の鋭さは承知していたので、くまなく探したのだがどうも本当に誰もいなかった。

「誰もいないよ横島さん」

「そうか。ううむ」

「こっちも、おらんよー」

「旦那、こっちもいませんぜ」

「本当にいたの?」

明日菜が横島に尋ねた。

「いや、ちょっと自信がないんだが、俺らが気づいたことに向こうも気づいて、すぐに気配が消えたみたいなんだよ
な。逃げられたか?」

「頼りないな。もう」

明日菜に言われ横島は罰が悪そうに頭を掻いた。他の面々は気配なんてものは分からないので、横島が言う霊
感に頼るしかないのだ。だが、カモが口を開いた。

「いや、姐さん。俺っちもちょっと妙な魔力を感じたぜ。すぐに消えたのは旦那の言うとおりだ」

「エロオコジョに言われてもね。朝の件もあるし」

明日菜はカモを睨んだ。

「これでも、俺っちは海より深く反省してるぜ姐さん!それに言ってたことはちゃんと調べたじゃねえか」

「なっ」

明日菜が慌てて、急に落ち着かなくなりカモに耳打ちした。

(ちょっと、まだ横島さんにも教えてないのよ!)
(なんで、ここで言ったらダメなのか?)
(ダメよ!木乃香を巻き込むでしょ!)

「なんやなんや、何かあったん?」

木乃香が無邪気に聞いてきた。

「ないないない。さあ、誰もいないんなら中に入ろう!さあさあさあ!」

明日菜が無理やり木乃香の体を押していく。

「さ、横島さんも早く。エロオコジョはそこでいなさい!」

「なっ、ちょっと、あんまりだ姐さん!昼間は旦那との「わーわーわーそれ以上喋ったら殺すわよ!」」

「先生も早く入ろう。夜はまだ冷えるえ」

木乃香が言うが横島は手を振った。

「いや、もうちょっと探してから入るから、木乃香ちゃんは先に入っててくれ」

「そう?」

明日菜の方は横島どころではないのか何とかカモにこれ以上喋らせないようにしていた。木乃香は少しためらう
が、横島が強いことは知っていたので「気いつけてや」とだけ残して中へと入った。そうして横島は木乃香も明日菜
もちゃんと寮に入ったのを見届けて、口を開いた。

「桜咲ももういいぞ。『あっち』は俺に用があるだけだろ。満月でもないしな。話をするだけだ」

横島が茂みの方に目を向けて言う。
そうすると髪を横に結んだ少女が現れた。この子も美少女ではあるが表情は乏しい、というより押し殺したような少
女だ。

「授業以外で話するのは最初に立ち合って以来だな」

「そうですね」

横島に気が許せないような表情で、桜咲刹那は刀に手をかけていた。

「いっつも木乃香ちゃんのこと悪いな。お前がいてくれるから木乃香ちゃんに関しては気楽でいられるぞ」

だが横島の方は気楽に言った。

「あなたにお礼を言われることではありません」

表情を険しくして刹那は返した。

「まあ、それもそうだな」

なのに横島は敵意を受け流すように頭を掻く。魔族だの幽霊だの妖怪だのとさんざん対面してきたのだ。14歳の
女の子にいくらすごまれても、びびる気にはなれず、相手が美少女となればなおさら怖さは半減した。

(まあ桜咲も十分、将来は楽しみそうだが、こうも、出るところが出てないと、一切煩悩も起きんな。クラス全員これ
ぐらいだと非常に楽だが。いや、しかし、大草原ばかりが並ぶのも悲しいか。やはりたまにはアキラちゃんや朝倉
あたりの双丘を見て心に潤いもいるな。うんうん)

だからこういうアホな思考をする余裕もあった。

「それに私はあなたを欠片も信用していません」

「はは、それは正しいぞ。俺はあんま先生いう柄じゃないしな」

心底自分でも思いながらも横島は無造作に刹那の横を通り過ぎようとし、

「早く中に入れ。風邪引くぞ」

瞬間何気なく言うが、どういうわけか刹那の刀がひらめく。その抜刀を「ぬわっ!」と言いながら横島はよけた。

「な、なにをすんのじゃ!」

「よけられるんですね」

「あほか」横島はさすがに冷や汗をダラダラ流した。「よけんと死ぬだろが!今の刃が向いてただろ!葛葉先生で
も峰打ちだぞ!女に信用されんのはなれてるが!もてん男には生きる権利はあるんじゃ!」

「やはりあなたが、お嬢様の傍にいるのは危険だ。先生方ですら誰一人あなたの素性は知らないそうですね」

刹那はさらに目を鋭くした。

「は、はははは、なんのことかな。まあ、色々あって素性は言われんとしか言えんが、怪しいものではないぞ」

「女の人の下着を盗んだり、女の胸を揉んだりしても?」

「あはははは、なんのことかな桜咲さん!」

横島は滝のような汗を流した。おかしい。なぜ知られているのだ。どこからか監視でもされているのか。自分の普
段の行動にあまり自覚のない横島であった。

「バカなふりをしても油断はしません」

刹那がきっと横島を睨んだ。

「ゆ、油断してほしいんだが」

「失礼します」

刹那はさっさと寮へと戻った。
横島相手とはいえ、いきなり斬りつけるとは、かなり危ない子だ。
木乃香の普通の護衛というだけでもないようだが、見た目より冷静でいられるタイプではないのか。
今のところ横島を困らせる生徒ベスト10位である。ちなみに1位は那波千鶴で2位はエヴァで3位は長瀬楓で4位
は龍宮真名で5位はアキラで6位が朝倉で7位がハルナでそのあとストライクゾーンに入る体型の持ち主がつづい
て、10位が刹那である。まあ刹那の体型は横島のストライクゾーンから外れているので、1位のような心配がない
のが救いであり、これは横島にとり一番重要なことだった。

「しかし、それにしても、嫌われてるな……桜咲は授業中でも見る度に睨むしな。木乃香ちゃんのことがあるにして
も、やはり顔か。顔がよくないと女子校生の受けは悪いのか。くっそ、明日は授業で当てまくってやる」

思いっきり公私混同な横島だった。今から授業中に答えが分からずにてんぱりまくる刹那が目に浮かんだ。刹那
はバカレンジャーほどではないが頭はけしてよい方ではないのだ。

「大体、俺が一体どれほど悪いことをしたというのだ。乳を揉むのも下着をちょっと借りたのも生徒にした訳じゃな
いのに……」

アキラの胸を揉んだが、アレは事故に近いと思う。女性教師陣に聞かれたらしばかれそうな横島は、刹那より、さ
らにストライクゾーンから外れて、多分、もっと嫌われている少女の気配に気づき足を向けた。






「よ。エヴァちゃん。そっちから来てくれるとは待った甲斐があるな」

横島はできるだけ自然に見えるように言った。桜通りの外灯の下には黒一色のワンピースにマントを羽織った姿で
たたずむエヴァがいた。茶々丸の姿は見えず、エヴァは一人のようで横島が来たことに気づいて、顔を上げた。

「ふん、ずいぶん気づいてから遅かったな」

エヴァは面白くなさそうに言った。
桜の花びらの中、人形のように美しく絵になる少女だった。

「すまん。魔力を微量に飛ばして、妙な呼び出し方するから、明日菜ちゃん達も引き連れてしまったんだ。おまけに
危ない子にも捕まったしな」

「桜咲か」

「知ってるのか?」

「まあな。近衛木乃香に手を出すときは、あれに殺される覚悟がいるということ程度にな」

「そうか……」やはり自分のエロはあんまり関係ないのだなと思い、横島は少しホッとした。まあ木乃香と刹那のこ
とは気になるが今はそれどころではなかった。「それで出てきてくれたんなら、少しは話してくれるってことか?」

「そのつもりできた。こっちに来い」

エヴァがそういって歩道の脇にある桜の奥に入り込んでいく。エヴァが生徒を襲った影響で、夜のこの通りに人気
はないがさらに人目につかないところまで行く気のようだ。横島もここまで着て逃げるわけもなくついて行った。

「――機嫌は直してもらえたということか?」

林の中、外灯すら届かない場所で、暗がりに目をこらしてエヴァに聞いた。

「別に機嫌など悪かった覚えはない」

「でも授業も出てこんかったし、俺がいる限り出てこんって絡繰に言ってただろ」

「サボりたいからサボっただけだ」

エヴァはツンッと澄ましてにべもなく言う。

「ならいいんだが……。というか、それなら、できれば登校してきてほしいんだが」

「無理だな」

エヴァは桜の幹によりかかり、口の端を上げる。でも、機嫌は本当に全然良くないようだ。話しはするが、言うこと
を利く気はない声に頑なさを感じた。だからといって放置もできない。横島が原因なのもおそらく確実なのだからな
おさらである。でも登校しない生徒を登校させる方法も横島は持ち合わせてはいなかった。一方で、エヴァのあまり
の小ささを見てると少しいらない思考も浮かび上がった。

(しかし、あれだな。どうせ吸血鬼になるなら20歳ぐらいでなればよかったのに。年齢的にはまったく問題ないとい
うのに惜しい。なぜこんなに惜しいのだ。あと、せめて、5年、なぜ待てなかったんだ。今で10歳児ぐらいだからな。
15歳ならエヴァちゃんなら相当な美少女だと思うのだが。美幼女ではさすがにいくら600歳でもな)

ゴスッとエヴァの金的が決まった。

「声が出てるぞ。好きでこのサイズで吸血鬼なぞしてるわけではないわ!」

「す、すんません」ぴょんぴょん跳びはねて横島は口を開いた。「じゃあ、エヴァちゃんの用事はなんだ?というか、
そもそも麻帆良に吸血鬼がいる理由を良かったら教えてくれんか?」

「ジジイから聞いてないのか?」

「そらまあ多少はな。でも詳しくは聞けてない。聞くとエヴァちゃんのこと洗いざらい報告しなきゃいかんしな」

同じ理由で横島は他の教師にも何もエヴァのことを聞いていなかった。

「ふん、その程度で恩を感じると思うなよ」

エヴァは言う。やはりかなり横島は不信感をもたれているようだった。なにが悪いというのだろう。

「思ってないけどな。できれば信じてほしいんだが。桜咲もそうだが、俺は一応、生徒にはちゃんと接しようと思って
るんだぞ。まあ、ちょっと妙なこともした気はするが」

「信用することをされた覚えはない。だが、貴様に言いたいことがある。勘違いされないために先に言っておくが、
これを言うのはお前が呪縛を解けると言ったからだ。一応呪縛についての過程ぐらいは知り、それによってお前が
なんと反応するか、興味があるという以上ではないぞ」

「あ、ああ」

エヴァは少し考えたように黙ってから口を開いた。

「私はな15年前、ある男にお前も言っていた呪縛をかけられた。その男、ナギは私がここで良い子にしていたら、
この呪縛を解いてくれると約束して卒業する頃にはまた来ると残し私の前から消えた。この呪縛は登校地獄と言っ
てな。お前もそこまで気づいてないだろうが、強制的に学校に通わされ、麻帆良学園の敷地から出ることも許され
ない。魔力もギリギリまで封じられていてろくな魔法も使えんのだ」

「それで、吸血鬼なのに魔法のとき妙なもん使ってたのか?」

少なくともピートはなんの媒介もなしに能力を使っていたと横島は覚えていた。

「そうだ。今の私は触媒がないとろくな魔法一つ唱えられん。ふん、今殺したければ殺せるぞ。どうする?」

エヴァは挑発するように横島を見た。

「そんなことするか。今、誰かに危害を加えてるわけでもないだろうが」

「分からんぞ。私は少なくとも貴様を殺したい。そうすればネギはこの地にくるのではないか?」

「そ、それは」エヴァの予測は可能性があった。人材交流である以上、片方が死ねば、交流自体が中止になる可
能性はあった。「かもしれんが」

「ほお、これはいいことを聞いた」

「なっ」かなりまずいことを喋ったと横島は思った。「とにかく、呪縛をかけたそいつはどうしたんだ?」

とにかく誤魔化して先に進めた。

「死んだという噂だ。行方不明だとも言うが、ここ十年ほどの間目撃者が誰一人いないことを考えると、噂通り死ん
だと見るのが妥当だろうな」

エヴァは言うと表情に陰りを見せた。寂しさが滲んでいるようにも見えたし、そう思い込もうとしているようにも見え
た。

「ひょっとしてエヴァちゃんはそいつを待ってるのか?」

「まあな……純粋に呪縛を解けるものは奴しかいなかったしな。まあ、いい加減待たされすぎだがな。それに死ん
だのでは無意味だ。だが、息子の血を吸えば呪縛を解ける可能性があった」

エヴァは苛立ちを感じた。
なぜ顔を見るのも嫌だと思える相手にぺらぺらと身の上話をしているのだ。

(闇の福音ともあろうものが……苛立たしい)

今は麻帆良学園の魔法先生達と学園長の影響で自分に手を出そうというやからはいない。緩くて退屈だが、危険
のない毎日。ナギがなぜ自分をここに縛ったのか。それはエヴァが危険なのもあるが、エヴァが狙われているから
危険なのでもあるから。懸賞金600万ドルのためなら見た目が少女一人殺すのを迷わないものなど山ほどいる。

(ちっ、このままこんな場所で、ぬくぬくとすごせというのか。私を舐めるなよナギ。お前が来ないなら私はこの男を
殺し、貴様の息子も殺し、意地でも出てくれるぞ)

「ああ……ナギってネギの親父……それで俺に怒ってたんか」

横島も合点がいった。呪縛を解く本人が死に、その息子に望みを繋ごうとしていたら、来たのは横島だったのだ。
15年も待たされてこれではエヴァとしては許せなかったのだろう。横島相手ではそれは八つ当たりのようなものだ
が、だからといって他のものにはもっと当たれないはずだ。そんなことをすれば学園長はエヴァを本気で封印する
かもしれない。だからこそエヴァとしても生徒を襲ったのは相当に覚悟がいることだったはずだ。

「別に怒ってなどいない。目障りだっただけだ」

エヴァは声が荒くなった。

「ま、まあ分かった」

「では、お前の呪縛解除について教えろ。私は言ったぞ」

すっとエヴァは横島を見た。態度と反して横島への興味はあるようだ。

「そうだな……」

(事情が想像していたより根深い。かといえ文珠も異世界も秘密だ。でもネギ君のことぐらいは教えんといかんし)

「ううん、すんまが呪縛解除の詳しいことは言えん。ただ、ネギ君は一年したらここに戻ってくるはずだ」

「ふざけてるのか?」

エヴァは怒って横島を睨んだ。

「俺の正体を調べても分からんかっただろ。俺はちょっと特殊な立場の人間なんだ。すまんが事情を話すのは許し
てくれ」

「なぜだ!私が話したのにお前がどうして言えない!こんな下らん話を聞くために来たのではないぞ!」

エヴァはジリッと一歩詰め寄る。茶々丸も連れてこなかった以上は、この状況下での優位は横島にある。まさか攻
撃するほど愚かではないが、封印に関してはエヴァもかなり神経質になった。

「そう言われてもだな。残念だが、俺が霊能者であるぐらいしか教えられない決まりだ」

横島は手に霊剣を出して見せた。斬るつもりではなく、霊能を見せたのだ。

「舐めてるのか?」

「そういうわけではないんだが、ただエヴァちゃんには言いたくないだけだ」

「なっ、小娘どもには『もんじゅ』がどうのと言ったのでないのか!私をあれ以下に信用できんというのか!」

エヴァのイライラが募る。ナギもそうだ。エヴァのことを知っているくせに、こっちが多少下手に出ても自分のことは
語ろうとしない。これでは15年前と同じだ。

「エヴァちゃんには悪いが俺は明日菜ちゃん達は信用している。なんとなくだが彼女たちには喋っていいと思えた
から言ったんだ」

本心を言えば、なにより明日菜たちに信用されないと一年もテント生活だったというのも大きかった。自分の安全
以上にテントと美少女との同棲なんて比べるまでもない横島だった。もう一ついえば護衛を頼まれた以上は、危険
な兆候が見えた以上文珠を持たしておきたい気持ちもあった。

「でも、誰彼構わず話すことではないだろ。ただ、呪縛を解けるといったのは本当だ。かなり強力な魔力で雁字搦
めにされてるみたいだが、俺の能力はそういう意味の分からないものにこそ有効だ」

横島は真剣に言う。

「どこをどう信用しろというのだ?」

エヴァは身構えた。攻撃しても不利だが、あんな小娘と比べられて信用されないと言われれば腹も立つ。

「それは信じてもらうしかない。だが今すぐ呪縛を解くわけじゃない。ナギのことをまだ待ちたいなら一年とは言わ
ん。待ちたいだけ待って飽きたらジークに無理にでも俺をここに連れてこさせて解いてやってもいい。まあ死ぬ前に
してほしいけどな。あと、一応学園長にも聞いてからだ」

横島は笑った。エヴァは不覚にも動揺した。

「そんな都合のいい話信じられるか!」

「でも、一つ約束は今でも守れるぞ。ほら」

横島はエヴァンジェリンに腕を差し出した。

「なんだこれは?」

「他の子の血は吸わんといてくれただろ。俺の血はあんま美味しくないと思うが、吸ってもいいぞ」

「バカかお前。血を吸わなかったのはあれ以上すれば、私がジジイに封印されかねんからだ。お前との約束を守っ
たわけではない!」

「そ、そうなんか。まあでも言った手前、引っ込めはせんぞ」

「く……バカが……」しかし、エヴァはなにか思いついたのかにやりと笑う。「横島先生、ならば全部の血を吸い尽く
して後悔させてやる」

エヴァは横島の腕をとって口を開いた。






『アレだけ血を吸って貧血もおこさんとは貴様、人間か?』

『人間だぞ』

血を吸われ終わったあと、横島は『輸』『血』の文珠でこっそり血を戻して答えた。

『くっ。まあいい、だが、お前の事情をどうしても喋られんのなら、満月の日、私ともう一度戦い。お前のその真価を
見せろ。私以下の実力なら信じるに値すまい』

『な、なら、負けても泣くなよ』

誰が泣くかとエヴァは怒っていた。
だが、それ以上は話す気もないのかその場は帰って行った。

湯船に浸かりながらそのことを思い出した横島は、麻帆良学園女子寮自慢の大浴場に浸かっていた。入る時間は
女子生徒全員が入り終わってからの九時から十時と決められていた。でも、風呂に文句はないし、美少女の残り
湯というのはなかなかいい。むしろ一番風呂といわれる方がげんなりである。この桃色空間で煩悩を押さえ込むの
は大変な難行だが、それでも、幸せなことは多かった。

「ふう、まあ吸血鬼っていってもあのなりだし、あまり強くはないだろ。ああ、しかし、この湯にうちの女生徒が全員
浸かっていたと思うと幸せだ。まあエヴァちゃんはちょいともんで上げて、問題解決じゃ」

どうにかエヴァのことにもめどがつきそうだと思い、横島は鼻歌交じりに浸かっていた。以前が以前だけにいくら満
月でも、横島以外の血を吸いまくれるわけでもないエヴァがそれほど強いとは思っていないのだった。

「うん?」

(って、やばっ)

そのとき、横島は脱衣場に誰かが来ている気配を感じた。
ここに入ってくる男は自分だけで、あとは全部15才以下の少女である。鉢合わせるのは横島の本意ではなく、そし
て、アキラの件で自分の生徒には自重しようと思っていた性欲に自信がなくなってもいた。制服を見てる程度は平
気だが、密着されたりするとかなりやばいのだ。裸を見るなどかなり危険な行為だ。

(ああ、でも見たい!凄く見たい!ロリじゃないけど、生徒だけど、那波や龍宮や長瀬だったらここで声をかけて止
めるのは凄く惜しい!ああ、俺は一体どうすれば!)

こういう事態がきっと一度は起こるだろうと横島は期待していた。そのときどうするかについても何度も考え、声を
かけて入浴を止めることも考えた。横島の真摯な態度に那波がゾッコンになるシミュレーションもした。だが、いざと
なるとそんな回りくどいことをするより、現物を拝みたい衝動が猛烈にわき上がった。

(な、那波の、乳尻太股、見たい、スタイルだけなら美神さんに軍配が上がるが乳なら間違いなく……正直になろう。
うん)

悩んだ結果、横島は教師にあるまじき行為として、さっと物陰に隠れた。

(誰だ?ビッグスリーか?それとも朝倉とか早乙女とか、せめて柿崎ならかなり俺も満足。アキラちゃんならもしか
したら。いや違う。俺はこんなことしたくない。ないんだけど、教育者として生徒の成長を見守る義務があるのだ!)

だからって裸を見守る必要はないが、扉の開く音が聞こえる。警戒はしてないように入ってくる。横島の心臓は期
待で激しく高鳴った。

横島の方に足音が近付き、

「はあ」となぜかため息が聞こえた。

(なんだ?なんか悩んでる子か?隠れて見るのはまずいか!?悩みを聞いてあげてお風呂場でとかそういうこと
か!?そういうことなんか!?)

「何を隠れてるんです」

そのままその少女は横島に声をかけた。
横島は驚きズザザザザっと物陰から後退して湯船に落ちた。

「ち、違うんだ!!別に覗こうとか、そんな気はなかったんだ!ちょっと魔が差して、先に入ってて入ってくるから、
って」横島は前を見て少女が誰かを確認した。「……なんだ、明日菜ちゃんか」

がくっと横島は肩を落とした。そこにいたのはツインテールの髪を下ろした明日菜であった。明日菜の裸に興奮し
ないわけではないのだが、彼女はちゃんとバスタオルをきつく巻いていたのだ。これでは興奮のしようもない。まあ
さすがにこの状況下でなかなかの肢体を持つ明日菜だけに全然興奮しないのではないが理性はギリギリ保てた。

「なんだってね、この時間誰も来ないとはいえ、隠れて14才の裸を見ようなんて犯罪ですよ」

「はは、いや、だから、これは違うんだ。生徒の健全な――」

ゴスッと明日菜の拳が顔面にめり込んだ。

「まったく」

でも、彼女はあまり怒ってはないようだ。横島がそのことにほっとした。

「おい、明日菜ちゃん」

しかし、横島は戸惑う。明日菜は湯船に入る。と横島の横にタオルを巻いたままで浸かったのだ。タオルを付けて
湯船に浸かるのは本来マナー違反だが、さすがにそのことを突っ込むつもりはなかった。突っ込んで脱がれたら嬉
しいけど困る。とはいえ横島の方はタオルなどつけていない。女子高生の前でも平気でヌードモデルをできる横島
の性格からして、強いて隠しもしないが、明日菜も少し興味があるのかちらっと目がいっていた。

「どうしたんだ?まさか男の体に興味があるのか?いや、見せるのはやぶさかではないがいいのか?」

「ち、違います!」

明日菜も自分の視線に気づいて赤面して横を向いた。

(ちょ、ちょっとは隠してよー)

思ったけどなぜか口にはしなかった。

「あの、変な意味でこんなことしてるんじゃないんですよ。学校では横島さん忙しそうだし、部屋だと木乃香が居るし、
木乃香に黙っておくつもりだったし、でも朝の新聞配達まで待つともやもやして眠れない気がしただけというか」

明日菜が口ごもっていった。

「ひょっとしてエヴァちゃんのことか?」

横島はハッキリしない明日菜の言葉に察しがついて尋ねた。
こうしている間にも激しく照れる明日菜が可愛くて、理性ががりがり削られていく気がしたが、理性を総動員させた。

(落ち着け横島忠夫、この状況、さすがに誘ってんのかとすら思えるが、ここで襲うのはダメだ。そんなことをしたら
歯止めがきかんようになる自信がある!)

「はい。さっき会ってたんですよね?」

「よく気づいたな……」

明日菜は魔力などを感じる力はそれほど強い気はしなかった。まさかあとを付けていたのだろうか。だがそれだと
木乃香も着いてきてしまいそうに思う。そう横島が考えてると、明日菜の胸元でもぞもぞ動くものがいた。

「教えたのは俺っちだ。旦那」

明日菜の胸からカモが頭を出した。

「お、お前、どこに隠れてるんだ!(羨ましくない、羨ましくなんかないぞ)!」

思わず明日菜の胸を凝視してしまい、ナニが反応しかけたのを横島は慌てて拳をたたき込んで制御した。

「あ、ちょっとまだ出ないでよ!」

明日菜は段取りでもあったのか叫んだ。

(こら、このエロオコジョ!美少女の胸元で暴れるんじゃない!なんていけないやつだ!)

「別に忍び込んだ訳じゃねえぜ旦那。姐さんに無理に入れられてきたんだ。まあエヴァンジェリンの魔力を感じて、
姐さんだけに知らせた俺っちへのご褒美ってところだ」

「ご褒美って……なんちゅう羨ましい」

(って、いや、こいつを連れてくるってまさか……)

ご褒美なんかで明日菜がカモを胸に忍ばせるとは横島には思えなかった。横島はある思いに、明日菜の顔を見る
と先程より赤くなっている。それでも横島の顔見て口を開いた。

「横島さん」

「お、おう」

「エヴァンジェリンさんとなにを話したんですか?」

「いや、あれだ。別になにというわけでもないぞ」

「話した内容は教えてくれませんか?」

明日菜は覚悟を決めた顔をしていた。
エヴァとの会話などあまり平和なものではないのは分かっているはずだ。どうして危ないことに明日菜が関わるの
だろう。横島が好きとかでもないはずだ。何が明日菜の行動原理なのかが理解できなかった。事実、木乃香は「危
ない」という横島の言葉に従い、必要以上に表に立とうとはしない。明日菜と木乃香で何が違うのだろう。

「私調べたんです。エヴァンジェリンって、かつて600万ドルもかけられた賞金首だったって」

「ろ、600万?」

(600万ドルって6億円ぐらいか?なんでそんなとんでもないのが……)

さすがに横島の世界でも600万ドルも賞金のかかったのは魔族ぐらいだ。
ここでの賞金の査定基準は知らないが、思っていた以上にエヴァの賞金額が大きかった。
というより、賞金首だとすら横島は思ってなかった。正直言って横島はエヴァをそれほど大した相手と考えてなくて、
問題児の一人程度の感覚だったのだ。悩んだのも教師としてであり、GSとして本気で悩んでたわけではない。

「はい。それを見て、なんだか、その、昼間に落ち込んでたし、大丈夫かなって思えて」

「600万……。あ、あのな明日菜ちゃん。エヴァちゃんは二人にも生徒にももう手をださんって約束してる。だから、
明日菜ちゃんはもう関係ないんだ。これ以上付き合う必要もないし、危ない思いするだけ損だ。こう見えても俺はこっ
ち関係の専門家だしあとは任してくれたらいい。ま、まあ、ちょっと賞金にはびびったけどな」

声が震えた。ここの世界における600万ドルの賞金をかけられる意味をよく理解できないのだ。あのパイパーの
賞金でも2億円ほどだった。まさかあの魔族の3倍も強いというのか。いや、封印されてるから、大丈夫なのか。し
かし、それなら、以前の戦闘の結果からして、また横島に挑む理由が見えない。

「分かってます。でも放っておけないとか、ここまで来たら最後まで見たいとかじゃダメですか?」

言葉ほど軽薄ではなさそうに真剣な顔で明日菜が言う。母性本能が強いのか、どうも頼りなさを見せる横島が不安
なようだ。

「その理由じゃダメだって言うしかないな。エヴァちゃんのプライベートは話しはできんが、どうあっても一度は戦う
必要もある。珍しいもんが見たいだけの遊び半分じゃ失礼だろ。それに正直邪魔になる」

「邪魔って……」

明日菜がうつむく。明日菜も遊び半分のつもりはないが、主張とは裏腹にそういうふうにしか見えない。ただ、この
ままじゃもやもやする。子供だからとか、役に立たないとか、分かるけど、だからってそれで部屋に閉じこもってい
ろと言われたくない。理屈じゃない。感情がスッキリしないと言っている。

「どうしてもこの件に関わるのって無理ですか?」

「逆にこっちが聞きたいぞ明日菜ちゃん。それがいやなのか?」

変わった子だ。横島など危険からはできるだけ遠ざかりたいと思うが。

「……はい。我が儘とは思うけど、最後まで見てみたいです。私はその実は孤児で両親の記憶とかがないんだけ
ど、そういうのから逃げてるとダメになるって、その記憶は言ってる気がするんです」

「記憶……」

「でも、バ、バカみたいですね。ごめんなさい。エロオコジョまで連れてきたりして迷惑ですね。なんだか横島さんと
いるとなくしたものに近づけるような、そんな気がして、魔法とか見てそう幻想しただけなのかも」

明日菜が下を向く。カモもしんみりして黙り、明日菜はふるえていた。これが木乃香と明日菜の違いだろうか。明日
菜なりにいろいろと鬱屈したものも抱えて生きているようだ。それが横島やエヴァという不思議な存在に、実は木乃
香以上に興味を抱いて引き寄せられている理由なのかもしれない。

「でもまあ」横島はぽんっと明日菜の頭に手を置いた。「いやだよな。こういうの。俺は明日菜ちゃんみたいに両親
がおらんわけじゃないけど、大事な人が危険なとき、『弱いからついてくんな』って昔言われてな。家で閉じこもって
たら、それで安全だったんだが、結局そんなこと聞かれんかった。マヌケな俺でも出来ることはあると思いたかった。
そうやって強くなろうとして気がついたらこんな世界にまで来てた」

「横島さん?」

明日菜が横島を見た。

「まあ明日菜ちゃんのしたいようにしたら、あとは俺がフォローする」

「いいんですか?」

「ああ、決めた。いくら600万ドルでも、エヴァちゃんはそこまで危険でもなさそうな予感がするしな」

「霊感ですか?」

「まあな。でも、言うことは聞いてくれよ」

「は、はい。もちろんです」

「しかし、なくしたものか……」

もしかするとそれは明日菜が特殊で、それでいてなにも知らないことと関係してるのか。横島は横で美少女が浸か
り、もしかすると明日菜は優しい子だし、このあと背中ぐらいは流してくれる気だろうか、さすがにもうそろそろ隠さ
ないと明日菜がどこを見ていいのか困っているとか、いろいろ理由は言ってるが、結局は自分を心配してくれてる
のだろうなとか、なんだかもの凄くいい雰囲気だとか、ごちゃごちゃ考えていると、明日菜が声をかけてきた。

「あのじゃあ……今度こそ本当にキスしておきます?」

言いながら明日菜が完全に耳まで真っ赤になり、横島は鼻と耳から血を噴きだした。






あとがき
さて、ようやく、次は明日菜と――です。
まあ伏せなくても想像はつきますね(汗
しかし、ネギま!なのに風呂場シーンが一切なかったので、こうしたけど、
なんか横島だと生々しくなりますね。



追記
とりあえず、どもりと他もちょい急いで修正。














[21643] 明日菜の仮契約
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/04 14:54
「いいのか?明日菜ちゃん初めてなんだろ?」

「か、覚悟してます。それぐらいしないと横島さんも本当に邪魔だろうし、どうせいるなら迷惑はいやだし、茶々丸さ
んぐらいは止められるってオコジョが言うし」

「茶々丸ちゃんを……マジか?」

正直、明日菜を戦力に入れる気は全くなかった横島が目を瞬いた。

「これはマジだ旦那。俺っちもこんな嘘はつかねえ!」

カモが勢いよく答えた。

「そっ、そうか、まあそういうことならした方がいいのか」

(って、いいのか?本当にいいのか?明日菜ちゃんは生徒だぞ?)

横島も悩むが、正直、14歳の女の子はギリギリ射程内に入ると最近考え出していた。
横島も高三なので三つ違う程度では世間的にもあまり問題はないと思うのだ。あるとすれば明日菜が自分の生徒
であることで、生徒に手をだすのは学園長からも止められているのだ。でもこの場合、同意の上だ。学園長は同意
の上にまで口出ししないのではないか。そうなると足かせはなにもない気がした。あとは見た目だが、明日菜の身
長は163、バスト83、ウエスト57、ヒップ84というなかなかの発育ぶりだ。
加えて、キスするに足る十分な理由もある。

(これで断る理由はないような……)

横島がゴクッと息を呑んだ。
激しく期待している自分を感じた。

「いいんです。覚悟も決めてるんですから。じゃあエロオコジョ!」

勢いを付けるように明日菜が叫んだ。

「へい、姐さん!」

そしてカモは横島にだけ聞こえるようにそばに寄った。

(旦那、次はアキラの姉さんのときみたくへたれたこと言ってないで最後までブチューといくんだ。姐さんはかなり覚
悟を決めてるんだ。恥掻かせたらいけねえよ!)

(なっ……まさか、お前、明日菜ちゃんに、何か余計なことまで吹き込んだのか!?)

(人聞き悪いな旦那。俺っちはただ姐さんに言われてあの女のこと調べただけだ。まあエヴァンジェリンが実は60
0年生きた真祖の吸血鬼で、15年前まで600万ドルの懸賞首だってのには俺っちも驚いたけどよ)

(というか、よく考えたら、なんでそんな奴平気で学校に通わせてるんだ!あのジジイ!)

(それは知らねえがな、旦那。ここはブチューとして、姐さんには強くなってもらって、ある程度自分の身を守れるよ
うにしといてもらうのが得策だ)

(それは……)

確かにそうかもしれないと納得しそうになる横島。
その心情の機微を読み取ってカモがキーワードとなる言葉を叫んだ。

「『仮契約(パクティオ)!』」

その瞬間、

「あっ」

明日菜の体がびくんと震え、魔法陣の光に二人が包まれる。
霊力と魔力の波で明日菜のバスタオルがほつれた。落ちそうになったのを明日菜は慌てて持ち、横島はそのバス
タオルの落ちかけた恥ずかしげな裸体を目に鼻血を吹き出し、その体を思わず抱き留めた。

「な……なに、これ、急にどきどきして……」

一方で、明日菜は急激に子宮の奥から体がうずき出して戸惑った。この仮契約時の効果をよく分かっていなかっ
たのか、横島の煩悩の強さに比例したようなあまりに凄い刺激に震えた。

「よ、横島さん……ご……ごめんなさい。なにこれ、私の体、おかしいです」

「明日菜ちゃん。落ち着け。この妙な気分はこの魔法陣のせいだ」

「そう、なんですか」

だがそれを聞いても効果が切れるわけではなく、そのまま明日菜からも横島にすがるように抱きしめた。明日菜は
横島をこれ以上ないほど強く抱きしめずにはいられなかった。決して小さくない明日菜の乳房を押しつけられ横島
のある部分が反応してくる。明日菜はだが、不快さなど浮かべずに恍惚としていた。

「横島さん。じゃ、じゃあ、し、して下さい。だ、大丈夫です。キスはこの魔法陣が現れる前から決めてたんだし」

「本当に……いいんだな?明日菜ちゃんは俺のこと好きなんかと違うだろ」

言いながらも横島も情欲が押さえきれず明日菜のすべすべの太股に手を這わしてしまう。
ここまで来ると横島も本当に止まらないのだ。

「うっ、ああっ、朝に新聞配達手伝ってくれるの意外と嬉しいんですよ。まだ暗い中で一人だと本当はちょっと寂し
かったから……だ、だからって別に好きって訳じゃないけど、キ、キスぐらいは許してもいいと、い、今時、誰でもし
てるって言うし、も、もう、は、早く、横島さん。なんだかこのままいてるとおかしくなりそうでっ!」

「あ、ああ、おうっ。わかった」

明日菜の思いは分かる。
余計な寂しさなど考えないように頑張っていた子に、自分が不用意に優しくしてしまった。

(いいのか。マジでするのか。美神さんとすらまともにしたことないんだぞ。それをこんな俺なんかのこと健気に考え
てる女の子相手に、大事なもんを奪っていいのか。落ち着け。全然よくないぞ!)

やはりこれはまずいと思った。この場でキスをするのは簡単だが、自分という人間がそれで全て我慢できるとも思
えない。そのままズルズルいけば悪くするともう後戻りのきかないことになりかねない。生徒相手にそれはまずい。
明日菜という子が良い子であるだけにダメなのだ。

(踏みとどまれ俺!明日菜ちゃんがいくら可愛くてもこんな良い子の弱みにつけ込むような真似だけはいかん!い
かんのだよ!愛がなければダメなんだ!!!!!!)

魔法陣は横島自体にはそこまで影響を与えていないのか。横島自身の煩悩が渦巻く中、冷静な判断力をフル稼
働させようとする。だが明日菜の方はこの魔法陣に対する耐性がなく、体をすり寄せてくる。

「横島さん、これ以上、もう我慢がっ!は、早くしてくれないとおかしくなっちゃいます!」

明日菜はその感じる大きい快感に自分が全て奪われそうな気すらした。

(こ、これは!無理だ!これで我慢など不可能だ!)

「いいんだな」

「横島さん……はい」

二人が見つめ合い、唇が重なった。契約が成立して魔法陣が輝く。なのに、二人がおさまらずに、明日菜の方から
キスだけでなくもっときつく抱きしめて、横島も少女のか細い体を力の限り抱きしめた。

(だ、旦那、霊力の質が完全に性的に特化してるのか。これはマジでこのまま本契約しちまうんじゃ)

カモがあまりの二人から放たれるすごい性的な衝動に飲まれた。
横島も明日菜も、どう見てもこのまま本番にまでいきそうな衝動に駆られている気がした。

「い、いや、横島さんっ、怖いっ」

だが明日菜の方が性欲より、まだ14才と言うこともあり、急激に進もうとする事態に怯えた。それによって二人の
絆が消え、魔法陣が消え去る。淫靡だった空気が途端に清浄化されたようにパシンッと消えた。
二人の唇はゆっくり離れて唾液の糸が引いた。

「す、すまん、明日菜ちゃん。あんまりにも気持ちよくてつい。その、これ以上は、また明日菜ちゃんが大人になった
らしよう!」

「そ、そうですね。って」明日菜は自分の肯定の意味に気づいてまた赤くなった。「まあ大人になったら高畑先生にし
てもらいます!」

「な、それはいかんぞ明日菜ちゃん!明日菜ちゃんのような美人をあんなオッサンに渡すぐらいならいっそ俺がこ
こで!」

「もういい!」

ぼくっと殴られる横島。

「はあもう、雰囲気考えて下さいよ」

「す……すまん」

「姐さんに旦那!そこまでして最後までしないとは中途半端な!」

和む二人にカモがたまらずと言ったように口を挟んだ。

「う、うるさいわね。怖いもんは怖かったの!というか、最後までなんて横島さんとできるか!」

横島とのキスはおまけで、あくまで仮契約がメインだとばかりに明日菜が言った。

「ええ、言っておくけど姐さん。あの魔法陣はお互い思い合ってないと、いくら旦那の霊力でもあそこまで気持ちよく
なる効果なんてないんだぜ。それに姐さん怖がるのは「わーわーわーもううるさい!」」

「というか、このエロオコジョ!あんた軽くキスしてそれで終わりとか言ってたわね!こんな状態になるなんて一言も
言わなかったでしょ!?」

明日菜は握り拳を作り額に青筋を浮かべた。

「あ、姐さん。小動物相手にグーはいけねえ!」

「黙れ、このエロオコジョ!」

明日菜のげんこつが狙い違わずカモにめり込んだ。

「――まったく」

ぷんぷん怒って明日菜はまだ体に力が入らないのか横島にすがっていた。そしてそのまま甘えるように横島の胸
に納まった。お尻と背中に横島のいろいろな期待を感じたが、そのままにして、明日菜は身を預けた。横島は後ろ
から軽く明日菜を抱きしめた。今はこうするのが正しい気がした。明日菜相手では魔法陣さえ消えればそこまで急
激な性衝動も起きなかった。まあマグナムは全然小さくならなかったが。

「はは、ま、まあほんまにこの仮契約ってのは困るな。いちいちここまでエロくされるとは」

「本当に、なんだかそのうち横島さんに襲われそうで、それに抵抗する自信がなくなってきました」

「いや、まあ、もうこれ以上契約する必要はないしな。そうすれば明日菜ちゃんとキスする機会なんてもう無いし大
丈夫だろ」

「あ、そ……そうですね」

明日菜は多少胸がチクリとしたが、気づかないふりでいた。
どちらもまだ恥ずかしくて目は合わせない。目の前では明日菜にとっちめられて頭から煙を出して伸びている小動
物がいたが、まあこのオコジョは少しは反省すべきなのだろう。

「そうだ。明日菜ちゃんにも励まされたし、とりあえずエヴァちゃんのこと教えとくが、今度の満月の日に決闘するぞ」

「決闘……満月に……今すぐじゃないんですか?」

「ああまあ、エヴァちゃんが今の状態だと不利すぎると思って吸血鬼の一番力の出る日になったんだが、600万ドル
となると、軽率だったか。まあ明日菜ちゃんにまで本気で手はださない気がそれでもするんだが」

「ふーん、いわゆる虫の知らせとか第六勘とか霊感とかいうのですか?」

「まあそうだな」

それ以前の戦闘で明日菜にエヴァの魔法がきいていなかった気がするのだ。本当はそれは黙っておくつもりでい
たが、横島もこうなった以上はそのことを明日にでも確かめようと思った。

「そうか……あ、あの、横島さん。本当にその決闘にも付いて行っていいんですよね」

明日菜は自分でも意外なほどハッキリしない声を出した。足手まといとは思っているようだ。

「さすがに、ここで明日菜ちゃんにダメとは言いにくいな。キスまでしてくれたし」

「と、当然です。乙女の唇は高いんですから」

それ以外も色々された気がするが、自分もすり寄ったり抱きしめたり、魔法陣の効果とはいえしてしまったので、言
わなかった。ただ、キスだけはお互いの意志だった気がするのだ。

「そうだな、あの唇は高いな……。じゃあ明日菜ちゃん、もう一度言うが危ないことはしない、俺の指示通りに動くっ
て守れるか?」

「守ります」

明日菜は強く頷いた。

「あと、このことは木乃香ちゃんには秘密だ。さすがに二人いられるのは困る」

「う、うん……それも分かりました」

木乃香に秘密を作るのは心苦しいが明日菜は頷いた。

「じゃあ横島さん。もう出ましょうか?私もあんまり遅いと木乃香に変に思われるし」

「いや、先に出ててくれるか。俺は体洗って後で行くから。明日菜ちゃんの裸は眼福だけどな」

「なっ、い、言われなくてもそうします」

カモを引き連れ、明日菜が今更恥ずかしくなってきたのか慌てて出て行った。

それを見送り、横島は、

「ブホッ!」

全身の穴という穴から血を噴きだして倒れた。

「や、やばかった。マジで今のは超えかけたぞ。明日菜ちゃん恐るべし……手えだしたら最期だ。向こうにだって帰
れんことになりかねん。しかし、なんちゅうすべすべの肌、それにあの張り。タオル越しとはいえ乳もえがった。ま…
…まだ十日も経ってないってのに、あの部屋で居続けるんだぞ。無茶苦茶嬉しいが死んでしまうかもしれん」

横島は自身の前途を幸福の中で思い不安に駆られるのだった。







あとがき
今回はキリのいいところで切りたかったのでちょい短い目です。
というかあまり長くなりすぎると、粗も出るようなので、
次からはこれぐらいの長さで2日ペースにして更新しようかなと思います。

それと、エロ表現ですが、これぐらいでどうでしょう。
個人的には最近のアニメだと直に乳揉むのもあるぐらいだし、
ネギまは女の子の裸がばんばん出てたし、
まあ横島の年齢と状況を考慮して、女性の裸はなしで、
下半身系は極力抑えてギリギリセーフだと思うんですが……。
普通板だとまだ抑え気味にしないとダメか?










[21643] 煩悩退散。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/08 14:41

「すうう」

横島は翌日。
土曜日ということもあり、一人で山にこもり、この世界にきて、毎日のGS稼業から解放されて鈍りかけていた体を
元に戻そうとしていた。

元々魔神アシュタロスとの戦いからあと、以前よりは真面目にGS稼業にも取り組み始めていたところであった。横
島もなんとなくだが、美神が高校卒業と同時に一人前と認める腹でいるのは感じていた。だからアシュタロス戦より
も横島の実力は向上していたし、文珠も同時制御も覚えていた。

ただエヴァンジェリンがどれほど強いのか、こちらの世界での本気を出したときの吸血鬼の強さは分かりかねた。
もしかしたら満月だと呪縛が解ける可能性もあるし、油断できるものでもない。もしかしたらエヴァに信じてもらうど
ころか瞬殺されかねないのだ。

なにより、明日菜の面倒も見ると約束したし、いつもの行き当たりばったりは自重しないと仕方がない。自分がこれ
ほどいろいろ真面目に考えて行動させられることになるとは、責任の全てかけられる立場と、そうでない向こうでの
状況の違いを思った。

(それにしても昨日の明日菜ちゃんはよかったな。なんかこれからもいろいろ期待していいような感じだったし、今
晩あたり、木乃香ちゃんが寝てから……。って、は!いかん!いかんぞ!相手は生徒ということを忘れるな!たと
え許してくれそうな気がしても、ついに大人の階段を上れると思っても、このまま一気に最後までできるとか期待し
ちゃいかんのだよ!)

「煩悩退散!煩悩退散!」

昨日の明日菜との煩悩を振り払うように、近場にある木に頭を打ち付ける。
修行をするはずがずっとこんな調子で、それでも次から次へとわき上がってくる煩悩。明日菜の唇。明日菜のおっ
ぱい。明日菜のお尻。全てがどれほど甘美な触り心地であることか。横島は18でも女性関係はルシオラを入れて
も完全な大人の関係は皆無だったのだ。明日菜のような美少女とキスしてなんの期待もしないわけがない。

(落ち着け、落ち着くのだ。それより考えることが一杯あるだろ!エヴァちゃんのこととか桜咲のこととか木乃香ちゃ
んのこととか、明日菜ちゃんの特殊能力も説明してやらんといかんし!そうだ!俺は今や教師であることを忘れる
な!一日中生徒に煩悩爆発させててどうするのだ!)

ゴンと最後に頭を打ち付けて横島は頭から血をだらだら流してなんとか立ち直る。
他に文珠は今10個あった。横島自身は認めたくないことだが、煩悩を普段以上に封じ込めなければいけない状
況下が功を奏しているようで、昨日など明日菜効果だけで2つ作れたのが功を奏していた。少女とは偉大だ。

横島もこれを踏まえて、サイキックソーサーを併用すれば、エヴァがいくら強くても大丈夫だとは思うのだ。

(ううむ、たぶん、そこまで強くないと思いたいが、負けると絶対呪縛解除ができても、因縁着けそうだ。あの顔はそ
ういう顔だ)

つけいる隙があればつけいられてしまう。GS世界でさんざん揉まれてきた横島はそのことを十分に理解し、負けだ
けは許されないと、内心焦りも感じていた。

「というか、ここの生徒はなぜに教師を襲うんじゃ!」

「こら、なにを思いっきり叫んでるんですか」

と、後ろから明日菜が声をかけてきた。
呆れたような声で、どうやらまた声に出ていたようだ。

「お、おう、明日菜ちゃんどうしたんだ?」

山に入って修行する話は木乃香にだけした。明日菜は普段早いだけに土日は朝寝をするようで、完全に寝ていた
のだ。木乃香には決闘のことこそ言わないが、エヴァから守る必要もなくなったので自由にしていいと伝えてある。
だから二人で街にでも遊びに行くかと思ったが、こちらに明日菜は来たようだ。

「なに言ってるんです。仮契約しただけで、他になにも知らないんですよ」

「そ、そういや、そうだったな。木乃香ちゃんは遊びか?」

「俺っちも要るぜ」と、ひょっこりカモが明日菜の肩に現れた。「木乃香姉さんは今日は先約らしいぜ。まあそれをキャ
ンセルしてこっちに来るとか言いだしたんで、誤魔化すのに苦労したけどな」

「そうそう。木乃香、かなりきたがってて、それでもダメって言ったから、かなり変な空気になったんですよね。なん
かこれからもってなると木乃香に隠すの心苦しいな」

明日菜ははあとため息が出た。
木乃香は顔にこそ出さないが、少し拗ねていたように見えた。

「仕方ねえべ。さすがに吸血鬼相手にお荷物が二人もいたんじゃ旦那だって、自由に戦えないってもんだ」

「ど、どうせお荷物よ」

暗にカモに自分もお荷物と言われて明日菜の額に青筋が浮かんだ。

「あと木乃香特性のお弁当です!」

なぜか明日菜が自慢そうに手にしたバケットを掲げた。

(ううむ。なんか明日菜ちゃんが、可愛い。あんなことをしたせいか、いつもよりも可愛く見える)

だが無邪気な明日菜の様子に横島はどうも落ち着かない気分にさせられた。

「どうかしました?」

「くく、そりゃ姐さん。どうせ旦那は、昨日のこと思い出してるんだろ」

突っ込むカモが親父臭い笑みを浮かべた。

「い、いや、そんなことはないぞ!なにを言うんだカモ君!そ、それより、なんか木乃香ちゃんに気を使わせたな。
適当にその辺で魚でも捕るつもりだったんだけどな」

横島は頭を掻いた。

「って、あれ、横島さん。テント?」

開けた木々の少し奥に見慣れないテントが見えたのだ。身一つでこの世界に来たという横島がいつの間にこんな
ものまで用意したのだろうと思えた。

「泊まり込んで修行するんですか?」

「ああ、違う違う。あれは俺のじゃないぞ、長瀬だ」

「ほ?長瀬さん」

聞くとは思わなかった名前に明日菜が目を瞬いた。

「ああ、今朝知ったんだが、彼女『忍者』らしくてな。ここで土日は修行してるらしい。まあそれならちょうどいいんで、
一緒に修行することにしたんだ。今、魚を捕りに行っておらんけどな」

「はあ……修行?」

明日菜が呆れた。長瀬は普通じゃない雰囲気のある少女だとは思ったが、土日にこんなところで修行とは意外ど
ころではない。3-Aは男っ気がない子が多いけど、それでも土日は街に出てパーと遊んでるとかが普通である。
明日菜も人のことは言えずに、ちゃっかりこんなところにいるわけだが、まあ事情が事情である。

「って、じゃあ、長瀬さんって魔法生徒とか言うのですか?」

明日菜が言う。

「ああ、多分な」

「多分ってアバウトだな。怒られますよ」

「大丈夫だろ。学園長も特殊技能を持つものには魔法と霊能は教えていいとか言ってたしな。忍者もOKだって話し
だ」

文珠と異世界以外に関する横島の危機意識は、きた世界が世界だけに相当低かった。明日菜もこのことに関して
はよく分からないので、深くは突っ込まなかった。

「しかし、残念だな旦那。姐さんと二人きりじゃないのか」

これはカモが言って、明日菜が怒ったようにつづけた。

「あ・の・ね。エロオコジョ。言っておくけど、昨日の夜のキスはあくまで仮契約のためにしたのよ。たとえ横島さんと
二人きりでもまたキスするわけじゃないんだから。そうですよね横島さん」

「え……お、おう、それはもちろんだ。アハハハハ!」

(なんだ好きとか違うのか!?急にもてだしたんじゃないのか!?明日菜ちゃんは昨日のことを思い出して夜も眠
れなかったんじゃないのか!?これから毎日煩悩発散に率先して協力してくれて!そのうち最後までとか、思いっ
きり期待してたのに!おのれ!なぜだ!なぜ女とは男の焦る気持ちを理解してくれんのだ!)

「ええい、声にいちいち出すな!理解以前の問題です!」

声が出ていて横島の顔面に明日菜の拳が迷わずめり込んだ。明日菜の方は仮契約時の異常なまでの気持ちよさ
から一日経って、横島とは逆にかなり冷静さも取り戻したようだ。

「す、すんません」

「いいですか。仮契約と好きは別です。大体あれ、気持ちよすぎて私もちょっといろいろ許しすぎちゃっただけなん
ですから、仮契約は付いて行く以上邪魔にはならないようにしただけですよ」

「姐さん。意外にガードかたいなー。いいじゃねえか。毎日チューぐらい」

「だ・ま・り・な・さ・い。エロオコジョ」

カモがギュウッと握られた。

「あ、はははは、まあそうだな。何か明日菜ちゃんを見てると可愛くてついな。へ、変な意味ではないぞ!」

「それ以外受け取りようがないですけどね。横島さん。私が好きなのは高畑先生ですから」

べーと明日菜が舌をだした。

「趣味悪いな姐さん」

「うむ、なんであんなオヤジが好きなんだ?」

横島もカモの言葉に同意した。大浴場での仮契約時や、美神の時の西条ほどの反応は示さないようで、横島も明
日菜が冷静となれば、多少、年上や教師や護衛としての理性も残しているようだ。

「横島さんには高畑先生の良さが分からないだけです。そもそも生徒には手をださないんでしょ」

「それはそうだが……」

それはそれとしてあの可愛い明日菜が高畑のものになるのはどうにも許せない。
しかしすっかり気を許してくれるかに見えた明日菜は、どうやら一夜の幻だったようだ。

(はあ、まあしゃないな。どうせ一年の付き合いだし、あんまり仲良くなりすぎるわけにもいかんしな。美神さん達も
きっと多分待っててくれると思うし、明日菜ちゃんが仮契約は仮契約として分けるって言うんならその方がいいのは
いいんだよな。ううむ、しかし、高畑先生。明日菜ちゃん。倍以上年が違うぞ。ううむ、いや、だが、ここは応援して
やるのが年上の、いやいや、しかし、明日菜ちゃんがあんなオヤジのものに!)

しかし、まだ楓は帰ってこないわけで、横島はうんうんうなりだし気まずい沈黙が流れるかに見えた。
その直後、

「お、長瀬……か?」

「え?長瀬さん?」

明日菜が首を傾げた。横島が何もない空間を見て言ったからだ。

「違うでござるよ」

「へ?」

すると何もないはずの場所から声が聞こえ、楓の姿がおぼろに見えた。

「アホか。桜咲といい隠れるのは魔法生徒の趣味か?」

すると本当にぶわんっとそれまで誰もいなかった空間に、まるで瞬間移動したように長身で3-Aのビッグスリーで
ある長瀬楓が現れた。普段着が忍びのような装束を着た少女で、忍者なんだろうということは一目で分かった。明
日菜の方は言葉もなく口をぱくぱくさせていた。一方でカモは明日菜の肩でガクッと肩を落とした。

(はあ、今日はついてねえな。この姐さんなら戦闘力とかも申し分なさそうだが、どうも俺っちの勘が旦那と脈がね
えと言っている気がするんだよな)

人には好き嫌いがある。横島はかなり見た目に反して、もてる気のするカモだが、この楓やクラスの中でものどか
やまき絵、他にも何名か、これは絶対横島に恋愛的な好意は抱かないだろうという雰囲気の子がいた。そういう健
全な空気に触れるとげんなりするカモはやはり邪道だった。

「こんな簡単にばれるとは、上手く気配を消してたつもりでござるのに」

楓は頭を掻いて、それでもどこかひょうひょうとしていた。
肩には鮎が十匹提げてあった。

「まあ、気配は完全に消えてたぞ。でも霊感に引っかからないのは、それだけじゃ無理だからな。ここの連中はどう
も霊力隠すのは苦手のようだしな」

言った横島と楓に明日菜は口を挟めなかった。

(うわあ、なんかもう本当に違う世界の人だ)

「霊感?やはり妙な先生でござるな。それに他の誰にも見られない異質さを感じるでござるよ。その割に学園長先
生には信をおかれている。真名や刹那が気にするわけでござるな」

「桜咲は分かるが龍宮が?」

横島が意外な名前に聞き返した。自分はまた知らないところで少女に嫌われることでもしたんだろうか。

「あいあい、二人は同部屋でござる」

「ああ、なるほど。なんか桜咲に無茶苦茶言われてそうだな」

美少女二人に一体何を言われてるのか想像し、横島は頭が痛くなる思いがした。スケベに関してはここではまだマ
シに思われてるようだが、刹那はどうもその部分をかなり正面から受け止めてるようだ。まあそれが向こうの世界
では当たり前だったわけで、こっちではなにをどう間違ってかクラスでの評判はいいようでその方が驚きだった。
きっと六道の教師をしていれば、自分は警戒されまくっていたと思うのだ。

「横島さん。桜咲さんって、横島さんと関係ありました?」

明日菜が口を挟んだ。明日菜にしてみれば桜咲は口数も少なく、クラスでも横島に話しかけるそぶりもなく、3-Aで
横島にまったく興味のない、筆頭格のように思えていた。

「はっ!?」

これも秘密だったのだと横島は思う。

「旦那って、どっか抜けてるな」

カモは雰囲気を察して突っ込んだ。

「う、うるさい」とはいえ明日菜に秘密にする必要性も感じずに口を開いた。「ああ、まあ木乃香ちゃんには内緒なん
だが、桜咲も木乃香ちゃんの護衛なんだ。俺とは別口だからほとんど話したこともないけど、完全に木乃香ちゃん
専門でいっつも木乃香ちゃんの傍に隠れているぞ。そうだろ長瀬」

「あいあい、そうでござる」

楓も横島が言ったのでうなずいた。

「はあ……でもなんで隠れてなんているの?」

「まあ刹那は照れ屋でござるから影で守ってるんでござるが、照れる理由は拙者もよく知らんでござる」

楓の方はあまり深く考えてないのか、首を振った。

「い、いつから?横島さん最初から知ってたんですか?」

明日菜は中学一年から木乃香の寮のルームメイトで一番の親友と自負してきたが、そんなこと今まで気づいたこと
もなかった。と言うか、どちらかというと木乃香と刹那は仲が悪いように見えた。木乃香は刹那と仲良くしたそうに見
えたが、刹那はとにかく素っ気ないのだ。

「いや、なんか最初から桜咲、俺の方を殺しそうに見てて分かりやすくてな」

横島はこちらにきてすぐ、明日菜たちの他に刹那にも影から見られていた。そのとき明日菜の胸にまず飛び込ん
でおり、第一印象からして最悪であった。

「まあ拙者の穏業が分かるのでは、刹那では横島殿から隠れ切れんでござろう」

それ以前の問題だった。

「まあ明日菜ちゃん、それより、長瀬も食うか?」

横島は話題を変えた。美神はセクハラに対する折檻以上に八つ当たりで怒ることもしばしばだったし、美智恵に敵
陣に放り込まれて敵ごと殺されかけたこともある横島としては、14歳の女の子が、なにやら悩んでる様子を見ると
本気で怒る気にもなれなかった。男の我が儘は許せないが、女性の我が儘にはかなり寛容な男だった。

「あいあい、その言葉を待っていたでござるよ」

楓が朗らかに笑う。明日菜の持ってきた木乃香特性のお弁当は二人分しかないのだが、楓の魚があれば十分で
あった。明日菜もお弁当を楓には上げないなどと、ケチるつもりもないので快くバケットを開けた。横島の方は楓が
魚を焼く火をおこそうとしたのを止め、自分がやるからと手慣れた様子で火をおこし始めた。

「旦那って本当になんでもできるな」

「そうか?二人とも先に食べていいぞ」

「ではお言葉に甘えるでござるか」

「そうだね」

意外な人物との会話に明日菜は若干緊張して頷いた。

「――まあ俺はお前達の味方なのだけは信じてもらえると嬉しいんだが」

「そうそう長瀬さん。まあスケベだけど、一緒に暮らしてると悪い人じゃないのは分かるよ。スケベだけどね。うん、
本当にスケベだけどね」

そこに明日菜も妙な強調を入れながらフォローを入れた。食事をしながらの団欒で、結局刹那の話しになり、刹那
はやはり横島を快く思っていないという楓の話から、せめて楓には疑いを持たずに接してもらえればと思い話して
いた。

「あ、焼けてる」

一方、明日菜もどうせ横島のエロが原因だろうぐらいに思って、魚に舌鼓を打つ。明日菜は焼き魚をかぶりつくな
ど初めてだったが、なかなか美味である。新鮮な取り立てで凄く美味しい。横島と楓もかなり食べるし、明日菜も女
子の割に食べるので魚と合わせて木乃香の弁当も瞬く間にからになっていく。

「あいあい、別に拙者は疑ってござらんよ。刹那も悪いものではござらんし、近衛殿の扱いさえ間違えねば、護衛と
いう同じ目的の上に立つもの同士そのうち打ち解けるでござろう」

「そう言ってもらえると嬉しいな。桜咲もそれぐらいだと協力して護衛とかもできるんだが」

「まあ刹那にしてみれば、横島殿は存在自体が相当異質で怪しいでござるからな。まずは、それを信用させないこ
とには、協調は無理でござろう」

「うんうん、それは分かる。横島さんの普段の行動見てると、自分の護衛してる木乃香が、変態男と暮らしてるとし
か見えないもんね。オマケに木乃香ってちょっと緩いし。うんうん。長瀬さんももっと警戒した方がいいよ。油断して
ると襲われるから」

明日菜は自分のことは棚に上げた。まあ最初から木乃香はたしかに横島に気を許しすぎではあった。
ささっと楓が横島から距離を取った。

(やっぱ脈ねえな。この姉さん)

カモは思いながら魚にかぶりついた。

「こ、こら明日菜ちゃん。誤解を招くようなことを言うな!というか、昨日の風呂でのアレはしてくれと言ったのはむし
ろ明日「わーわーわーなにを言おうとしてるんです!!」」

明日菜は真っ赤になって慌てて横島の口を押さえた。

「む、むぐ!は!」横島は楓が非常に怪しい目をむけてるのに気付いた。「いや、違うぞ、長瀬!頼むから桜咲に
余計なこと言うな!ただでさえあの子は真剣で斬ってくるからな!」

「信用されたいなら、試しに女性のセクハラをやめてみてはどうでござる」

「ははは、それは絶対無理だ」

横島は即答した。というか、今でもせめて生徒にだけは手をだすまいと理性をフル稼働して堪える毎日なのだ。こ
れ以上我慢すると自分は死んでしまうと思った。だから明日菜にも木乃香にもできるだけ無防備なことをして欲しく
ないのだ。でも、一方ではして欲しくもあり頭の痛いところだ。

「では氏素性をせめて刹那には話すのは?」

「はは。喋れんこともないが今の状態じゃ、信じてくれん自信がある」

「やはり言葉だけ聞いてるとどう見ても怪しいでござるな。まあ拙者が口を挟むべきではないでござるが、実際先生
は悪い人物とは思えんでござるが、信用させるのは道のりが遠そうでござるな。それにむしろネックは木乃香殿で
ござろうか。刹那は本当に木乃香殿が大事なようでござるからな」

「そうか、木乃香ちゃんか……」

まあ本人のいないところでいろいろ噂するのも趣味が悪い。
横島は話しを切り上げた。

「まあサンキューだ長瀬。お前いいやつだな。でも、くれぐれも明日菜ちゃんの言葉は本気で受け取るなよ」

明日菜はジト目をむけたが横島は見ないふりをした。

「あいあい」

「しっかし、楽しい学園生活、こんなところでキャンプとは、長瀬はデートの一つもせんのか」

されたらされたで騒ぎそうだが、横島は呆れ気味だ。

「それを言われると辛いでござるな。拙者デートの経験はござらんからな。でも、先生も土日に山ごもりしてるでござ
ろう」

「そ、そういや、そうだな。考えてみれば俺も土日のデートなんて夢だな」うるうると涙を流す横島。自覚のない男で
あった。「よし長瀬。お前が高校生になったら是非俺とデートしよう!」

「あい」

楓が簡単に頷いて、なぜか健全そうに固い握手を交わす。

「高校生になったらもういない癖に」

明日菜がつまらなそうに言う。

「けけ、分かるぜ姐さん。本当は一番それに引っかかってるんだよな」

明日菜によってカモがギュウッと握られる。
まだ太陽が空高くにあった。







あとがき
ちょっと明日菜の行きすぎた分の引き戻しと、刹那のフォロー回(汗

これぐらいの長さで、これぐらいのペースがすごく楽です。
細かいところも直せるし、他のことに対応する時間もとれます。
なので当初より伸ばして4日ペースでいこうかと(汗
これ以上は伸びないように頑張りますー。











[21643] 山中にて。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/09 15:25

ガッ

と二人の箸がかち合った。
二人の箸が狙うのは木乃香の美味しい弁当における最後のタコさんウインナーであった。

「ここは年上に譲ろうや、長瀬」

横島が額にぴきっと青筋を浮かべた。

「先生こそ、大人げないでござるよ」

楓は飄々としながらも断固とした意志が表情に見えた。

「ほお、食い物に大人げないもクソもあるか。食えるときに食わん奴は死ぬんだぞ!」

「同意見でござるな」

楓と横島の瞳がかち合った。本気の火花がバチバチと散る。

「ちょ、ちょっとー。二人とも大人げないな。ほら、私の上げるから」

明日菜は自分が箸につまんだミートボールをあーんと言って横島に食べさせようとしたが、二人は聞こえていない
ようだった。

「横島先生どうでござろう。ここは一つ双方の得意な戦闘で勝負して、勝った方がもらうというのは?」

「こ、ここの生徒はとことん教師を襲う趣味があるようだな」

横島は多少焦るが獲物を見るように楓を見た。
しかし、本音では戦うより、楓の胸に目が行った。

(長瀬の乳は間近で見ると、想像以上にでかい。戦うのはいやだが、戦う最中にちょっと触れたり、揉んだりは事故
に入るよな!?そうだよな!?って、いや、ダメだ。大事な生徒相手にそんなことを思っては!)

(おお、なんかよく分からねえけど旦那から、あのすげえエロパワーが上がっていくのを感じるぜ!そうだ!旦那!
あんたに健全さは似合わねえよ!)

カモが感じてるのは横島の霊力なのだが、こちらの世界では使えるものが希少であり、横島の煩悩も一緒になって
伝わるのか、すっかりカモは霊力をエロパワーと認識していた。

「襲うわけではござらんが、実を言えば刹那との勝負を見てから、いつか手合わせしたいと思っていたでござるよ」

楓はひょうひょうと返した。だが、その実体に流れる気が桁外れに急に上がった。

「負けても文句はないな?」

(巨乳が間近に。触りたい。触りたい。触りたい。なのにダメなんだ。俺はどうして教師なんだ!)

(感じる感じるぞ旦那!たとえ脈無しのこの健全な空気の中でもなにか!なにか成し遂げてみせようという旦那の
心意気を!そうだ!旦那はやってくれる!俺っちはそう信じてるぜ!)

カモは横島の霊力のほとばしりに歓喜した。

「ないでござる」

楓がキッパリ言い、さっと二人が立ち上がった。
構えをとった。横島は中段に構え右手を前に出す。

「え?え?ちょっと二人とも!」

明日菜が戸惑って声を上げた。
この二人、まさかタコさんウインナーのため仕合をする気だろうか。と明日菜は額面どおりに受け止めていたが楓
はもともと横島と仕合たかったのだし、横島は楓の動く度に揺れる乳にかなり魅せられていた。

「まあまあ姐さん。旦那が、生徒相手に後れを取るわけねえし、怪我だってさせないように気をつけるはずだ。ここ
は黙って見物しようぜ」

カモの方は面白そうになぜかエロく笑いながら、明日菜の肩に飛び乗った。

「いい構えでござるな。流派は」

一方、二人はお互いの隙をうかがうように見合っていた。

「俺は我流だ」

「我流で刹那を負かしたでござるか。これは気合いが入るでござる」

にこにこといかにも楓は楽しそうに笑った。そして無造作に前に出てくる。それでいて隙が無く、圧迫するような迫
力があり、明日菜など自分が相手でもないのに、思わず一歩下がってゴクリと息を呑んだ。

(ダメだ。ダメだ。これぐらいで怖じ気づいてたら横島さんになんてついていけない)

(揺れてる。揺れてる。Eカップとは素晴らしい。本当に素晴らしい。ああ、思っちゃダメだと思うけど思ってしまう)

明日菜と横島の思考の落差がすごかった。

「では、拙者は甲賀中忍・長瀬楓!参る!」

「おう!どんと来い!」

横島の言葉どおり、どんっといきなり楓の姿が分身する。一、二、三……十以上に別れていた。

「うわうわ、長瀬さんスゴッ!」

明日菜が驚くが横島は素早く反応しカモも驚いた。

(たしかにこりゃすげえ!この姉さんマジで惜しい逸材だ!旦那、ここはいっちょそのエロ魂をみせてくれ!!)

「分身術か。悪いが対処のしかたは分かってるぞ!」

横島は足下の石を拾うと楓の分身目掛けて投げつけた。拾えるだけ拾って次々とそれぞれの石が楓へと向かう。
結構な速度で投げたので、当たれば多少は痛い。だが楓はそれを全ての分身が受け止め、同じ動きで同時に投
げ返してきた。明日菜は思わず目を見張るが、かろうじて横島がかわす。
そしてまた横島が今度は別の分身に向けて石を投げる。

「無駄でござる!この程度で拙者の分身はとけんでござるよ!」

石を難なく受け止めた楓は、全ての分身の手にクナイを持って特攻をかけてくる。だが、横島は手に霊剣を現し、
楓の猛攻を受け止めた。右に左にさらに同時に斬りつけられ、横島はそれでもトリッキーな動きでよけ、あるいは
かろうじて受けていた。

(し、しかし、な、なんてよく揺れる乳だ。桜咲もエヴァちゃんもいくら動いても動かんかったしな!やっぱり女性は巨
乳に限るな!)

横島が考えながら、楓の胸元を、つい霊剣で破る。

(ああ、ダメだ。こんな場所。切っちゃいけないと分かっているがやってしまう。ぶっ、下乳が!)

(旦那、あんたこの状況でもエロを忘れねえのか!?)

カモが驚愕し、だが明日菜には、横島が楓に手数で圧倒的に負け不利に見えた。

「ちょっと、横島さん。うわ!危ない!というか長瀬さんクナイは危なすぎ!」

だが横島は隙を見て石のつぶてを、攻撃に加わらない後ろに分身に投げつけた。

「無駄!」

石程度、楓は簡単に受け止め、さらに攻撃を四体同時にかけてきた。

「な、なに、長瀬さん無茶苦茶強いじゃない。横島さん負けるの?」

「いや、違うな姐さん。よく見るんだ。忍者の姉さんは言葉ほど余裕がねえぜ。それなのに旦那は忍者の姉さんを
傷つけねえように分身と本体を見極めようと時間をかけてるだけだ(いや、違うな。それも正確じゃねえ。俺っちに
は分かる。旦那、あんた。揺れる乳をしっかり見たいだけだな!)」

あっさり楓が石を受け止めたことに明日菜が驚くが、カモがよく見ており今度は横島の反応が違った。

「長瀬、そこか!」

ガンッと一体の分身を横島が切り裂くと分身が消えた。
そのできた隙間から横島は手にサイキック・ソーサーを威力を抑えて出して投げつけた。楓に命中するが、今度は
分身が消えない。本体なのだ。分身の全てが驚く。そこに突き進んで横島がさらなる一撃を楓に加えた。楓はかろ
うじて受けるが、勢いがついた横島の一撃に吹き飛ばされる。すると分身が全て消えた。

「スゴッ。長瀬さんも凄いけど、横島さんの方が上だ。でも、どうして本体が分かるんだろ?」

明日菜が瞠目する間にも戦いが続き、楓は素早く体勢を整え直して、横島がさらなる追撃をくわえるのを今度は忍
者刀で受け止めた。数合撃ち合い、楓は男との力の差で押された。いったん引こうと後ろに飛び、右手のくないを
横島めがけて投げつけた。なのに横島は左手でサイキック・ソーサーを出してはじき飛ばす。

(しかし、この旦那、本気で強いな。これだけ動けるのはそんじょそこらの魔法使いじゃいないぞ)

カモの方は横島が戦うのは初めて見て、その動きに驚いていた。
楓も相当なレベルに見えるが、横島の方は一見でたらめな動きなのにその上を行っている。

(ちっ、長瀬のやつ思ったより動けるな。あの乳を触るのまでは無理か。って、は、いかん、思考がやばい。落ち着
け俺!)

横島はだれよりも楓のタユンッと揺れた乳が気になった。
と言うか気にしてるのは横島だけである。

「どうする長瀬。分身は解けたぞ?」

横島が楓との距離を詰めた。

「ふん、どこを見てるでござる。横島殿!」

「なに?」

『忍法・影縫い!』

と、横島の動きが急に止まる。

「な、なんだ。こりゃ?」

見ると横島の影に弾き飛ばしたクナイが刺さっていた。それによって横島の動きが縛られたのだ。

「影と実体は繋がってるでござる。影が動かなければ実体も動かない。悪いがタコさんウインナーはもらうでござ
る!」

「そこにまだ拘ってたの!?」

明日菜が突っ込むが、構わず楓がクナイを十本一気に構えて横島に投げつけた。

「ちょ、ちょっと、それは横島さん、ケガじゃすまないでしょ!」

明日菜が叫んだ。

「あいあい、大丈夫急所は外したでござるよ」

勝ったと思い楓が余裕を見せた。しかしそれは油断だった。楓が横島に甘いと言ったが、逆に楓が横島を甘く見て
いた。横島は体の霊気を一気に練り上げた。

(ここだ!ここしかチャンスはない!)

『発!サイキック猫だまし!』

横島が霊気を放って影縫いを無理やり解いてしまう。
さらに連続して両手を合わせ一瞬強烈に光る。
明日菜と楓とカモの視界が奪われた。

(ダメだ。ダメだと思うのだが、この乳は触っておかんといかんと思うのだ!)

その隙に横島は衝動的に楓の胸に手をおこうとした。少し触れ、

(って、やっぱり、いかん!)

しかし、明日菜の視界が開けたとき、木に頭を打ち付ける横島がいた。

「すんません。すんません。俺は最低だ!」

「こ、この御仁は……。まったく、困った方でござるな。でも参ったでござる。どうやって影縫いを解いたでござる?」

楓は当然本人なので、胸の件には気付いたが、それよりもそちらが気になるようだ。

「は、ははは。か、影に流れる気を縫い止めることで影縫いは成立するんだろ。な、な、なら気を爆発させて乱せば
解ける。ま、まあこういう変わった金縛りとかは霊とかに関わると多くてな。解き方もこっちはかなり知ってたんで、
俺の技を知らんお前には条件が悪かったな。いや、キミはけして弱くないぞ!」

なぜかひどく横島は焦りながら言った。
衝動的とはいえ楓の胸に少し触れてしまい非常に申し訳ない気がした。

「アレだけふざけられてそう言われても微妙でござるが、知は強さの一部でござる。どうやら横島殿の方が一枚上
手でござるか」

「いんや、ちょっとやられたぞ」

そういって横島は楓に腕に刺さったクナイを抜いてみせた。

「おお、やったでござる」

「だが、タコさんウインナーはもらうぞ」

「お、大人げないでござるよ」

横島はウインナーを口に運んだ。
勝利に味はなかなか美味そうだ。明日菜はあっけにとられていた意識を戻して、二人を見た。

「横島さん。長瀬さんの分身はどうやって分かったんですか?」

「拙者も聞きたいでござるな。分身は拙者の得意技。弱点があるなら知っておきたいでござるからな」

「ああ、まあ受け売りなんだけどな。分身は気や霊力、魔力によって作り上げるもんだろ。長瀬の場合は気と霊力
を等分に分けてるな」

「霊力?そうでござるか?」

「ああ、アレだけ均等に分けられると、外からは分かりにくい。でも、石に俺の霊力を少量くわえて投げて当てるとそ
れが揺らぐ。特に大量に作るとちょっとしたことで揺らぎやすいそうだ。それを見て揺らがないのが実体になるわけ
だな」

「なるほど……」

楓が頷いた。

「長瀬の気のレベルだと実践での分身は、三体にとどめて、本体を入れて4体にした方がいいかもな。できれば、
本体を攻撃されても分身は解かんのがベストだし、そうするには三体以上だと多分無理だ」

「あいあい、それは承知してたでござるが、ちと調子に乗ってしまったでござる」

「まあ、これを言ってたジイさんは百体出して平気な顔をしてたけど、あれは特殊だし」

横島は斉天大聖のことを思い出していた。妙神山に小竜姫目当てで行ったとき、小竜姫が稽古を付けられるのを
見ていたのだ。横島も一度だけこの稽古に無理矢理付き合わされたことがあるが、その分身一つすらまともに相
手できなかったので、以来、稽古が始まると全力で逃げだすようにしていた。斉天大聖も手加減はしてくれるようだ
が、その手加減でうっかり死にかけるのだから付き合いきれるものではない。

「なるほど、タコさんウインナーは残念でござったが、その分勉強になったでござる」

「まあ相手を見て考えてもいいけどな。一対一なら三体まで多対一なら分身がたくさんの方が有利な状況もあるだ
ろうから、その辺は臨機応変だ」

「了解でござる。まあ次は勝つでござるよ」

「も、もうしないぞ」

少し違う意味で横島は言った。

「あいあい、アレは隙のある拙者が未熟ゆえでござる」

楓は正確に理解して返した。

「はは、う、うん、そうだな。長瀬もっと精進しろよ」

横島より、余程人間的にできた楓であった。

「ふむ、よければ横島殿。今晩泊まっていかんでござるか。拙者、修行ももちろん横島殿と少し話したいでござる」

「べ、別にいいぞ。明日菜ちゃん構わんよな?」

横島は保護者はどっちかハッキリしており、明日菜にお伺いを立てた。

「私はいいけど……長瀬さんにスケベなことしません?」

明日菜はジト目で横島を見た。

「するか!いっつも明日菜ちゃん達にもせんだろ!」

「じゃあ、明日の夜には帰宅するんですよ」

「分かってる!」

子供のように言われて横島は若干照れた。

「私は夜は帰ろっかな。二人もいないと木乃香が心配するし、横島さんと変な噂立つと困るし。長瀬さんも気をつけ
てね。襲われたらあらゆる暴力を許可するわ」

「あいあい、もしもの時は責任とってもらうでござるよ」

「いや、なにもせん!危ない発言をするな!」

「あ、でも帰る前に、組み手私も教えてもらえます?契約執行も試したことないし、一度丸太折りってやってみたい
な。大体、なんでこの『神通鞭』ってカードは鞭なのに棍棒が出てくるんですか?」

明日菜もせっかく恥ずかしい思いをして横島とキスをしたのだ。是非契約の効果を試してみたかった。

「ほお、ジンツウベン?それはどんな技でござる??」

聞いて楓は興味を示した。






ぱちっぱちっ、とたき火がはぜた。

「悪いな長瀬」

「湯加減はどうでござる?」

明日菜が帰り、横島は楓が用意してくれた五右衛門風呂に浸かっていた。楓の方は、ドラム缶の下で火をおこして
湯の温度を調整してくれている。横島が裸なのを楓は気にしておらず、横島も女の前で裸になるのをためらう性格
ではなく、むしろ見せたい方なので気にとめていなかった。

「ちょうどいいぞ」

「そうでござるか」

「しかし、お前普段はここで一人で寝泊まりするのか?」

「そうでござるよ」

「寂しかったり恐かったりせんのか。一応女の子なんだし」

「とくには恐くも寂しくもないでござるよ。それに趣味のようなものでござるし」

「変わってるな。こんな面倒なことを望んでするとは」

こういうのは追い込まれてやむを得ずするものだという認識が横島にはある。キャンプの本義的には横島の方が
正しいのだろうが、一般的には彼は間違っていた。

「そうでござろうか」

「ううむ、やはり変なやつだ」

横島にそんなふうに言われては楓も可哀想だが、とくに気に止める様子もなく、精神的に、14歳とは思えないほど
成熟した少女のようだ。その精神的にも成熟というか育ちすぎな楓が立ち上がる。

「さて、では拙者も」

と、楓が服のひもに手をかけた。

「おう、入れ、って!?」

横島が驚いた。

「どうしたでござる?」

「いや、またんか!」

楓が忍者装束のズボンをあっさり降ろしたのだ。下になにも履いていないのか女性の大事な部分が諸見えになり、
横島が鼻血を吹き出した。

「バ、バカ!ぬがんでいいだろ!」

(ご、ご、極薄の若草が!いかん見るな!ああ、でも長瀬は子供とは思えんスタイルでビッグスリーだぞ!お、落ち
着け、体が大人でも14!ああ、昨日の明日菜ちゃんといい、ここの子は俺に襲えと言っているのか!そして手を
出したら最期。残りの人生を暗い監獄ですごすことになるのか!俺の人生はそういう落ちに決まってるんだ!)

「脱がんと入れんでござるよ」

「入らんで良い!」

(よく言った俺!よく言った俺!でもここで断るのはもったいないぞ!!倫理的にダメでもでかい乳の姉ちゃんと一
緒に風呂に入りたい!)

「聞こえてるでござるよ」

「ああ、つい本音が!」

横島は口を押さえるが、楓は相変わらずひょうひょうとして上も脱いでしまうと、見事に均整のとれた裸体が現れた。
思わず見とれる横島の視線を、とくに気にかけず楓が横島の後ろに体を滑り込ませてくる。

「バ、バカ、狭いだろ!」

「詰めれば入れるでござる」

「あ、あ、なんか当たってる!き、気持ちいい、じゃない!お前本気でそれはあかんって!理性が!理性が!嬉し
いけど理性が!」

「まあまあよいではないか」

「それは男の台詞じゃ!」

横島が往生際悪く突っ込むが楓はついにおさまるべき位置におさまってしまう。
狭いドラム缶の中なので、横島と女性とはいえ横島より長身の楓がはいれば、背中に乳房と、体のあちこちに少
女のすべすべの肌を感じ急激にマグナムが膨張した。

「ほお、大きいでござるな。横島殿これは標準でござるか?」

楓が方から顔を覗かせて横島のマグナムを興味深そうに見ていた。
どうやら男性のマグナムを見るのは初めてのようだ。
なのに楓は純粋に淫靡なものも含まず尋ねた。

「はははははっ俺は人の倍ぐらいはあるぞ。って、いや、長瀬。お前これはマジで俺の理性が、ああ、やめて、乳が、
乳が!俺を誘惑する!」

「倍でござるか……それは貴重でござるな。触ってみていいでござるか?」

「ダダメ!」女の子のように横島は叫んだ。「惜しいけど、凄く惜しいけどそれは絶対ダメなんだ!」横島は血の涙を
流した。「俺はそれをされると自分を止める自信がないんだ。生徒を押し倒したら首なんだ。ああ、でも、もう首になっ
てもいいかもしれん!」

「それほどダメでは無理でござるな」

「そ、そういうのは好きな奴のためにとっておけ!くそっ、くそっ、俺はなんで教師なんだ、長瀬はなぜ俺の生徒なん
だ!!!こんだけの乳があればもう大人ってことでいいだろう!!!」

横島は夜空に向かって吠えた。
それでも横島は気持ちいい感触であるのも事実で、楓が後ろから抱きしめたのは止めなかった。こうして抱き締め
ないとちゃんと入れないのだが、成熟した肢体を持つ二人がこんなことをすればなにが起きてもおかしくはない。で
も、愛がないと手を出さず、いざとなると奥手になる横島は、それ以上、身動きができなくなる。影縫い以上に横島
には有効な技だった。

「しかし、先生はやはり刹那が言う程悪い人間ではなさそうでござるな。この状況なら普通の男でも襲うと思うでござ
るよ。話を聞いてても本当に生徒のことは思ってくれているようでござるし。この調子なら刹那が心配する程、近衛
殿も危なくはないでござろうな」

どうやら楓は少し横島を試した意味もあるようだ。だとしてもかなり大胆で構わない少女のようだ。

「うっ、うっ、嬉しくない嬉しくない」

「まあまあ、先程のおっぱいを揉んだ件は大目にみるでござるから。それより、ほら、横島殿星が綺麗でござるよ」

楓は満点に広がる星空を見上げ、横島もそれにあわせて見上げた。麻帆良学園の明かりも届かず、闇の中で星
々はこれでもかというほど輝いている。たき火の音がぱちぱち聞こえるだけでロマンチックである。恋人同士ならキ
スの一つもかわすところだが、横島と楓はそんなそぶりは見せなかった。

「まあ信じてもらえたんなら我慢する甲斐はあるがな」

横島はぷるぷると楓の大事な部分に伸びようとする手を押さえた。

「横島殿」

楓はひょうひょうとした声を出した。

「うん?」

「またここにきたらいいでござるよ。霊力というのは興味深いでござるしな」

「お、お風呂も一緒でいいぞ」

「お風呂は今回限定でござる」

「べ、べべ別に構わないが毎週来るのは無理だぞ」

本来休みの日の横島は外に出てひたすらナンパにいそしんでいる。全部失敗するのだが、その日課は横島にとり
貴重なものであった。

「あいてる日でいいでござるよ」

「ならまあ、いいが……ところで長瀬」

「あいあい」

「ちょ、ちょっとだけ乳に触ってもいいか。というか、もう我慢できん!」

横島は振り返り楓に抱きつこうとした。

「そろそろ危なそうなので、出るでござる」

だが、寸前で楓はすり抜けた。楓は横島という人間のことは大体把握したようである。この世界に来て美味しい展
開は多いが、寸前で中止になることの多い横島は泣いた。

「しくしく、こんなこったろうと思ったよ!!!!!!!!!!!!!!!」

夜空に絶叫する横島を楓は苦笑して見つめた。

(まあこれぐらい誘うまで我慢するなら、安心はして良さそうでござるな。刹那もいずれそうなってくれればよいでご
ざるが)

ふと楓は友人のことを思うのだった。






あとがき
うん、脈はないんだ。脈は。でもエロはある(マテ
まあ横島だし、この程度のエロは脈のない相手にもよくあるはず。
あと、楓に水着を着せるかどうか悩んだところ、きそうにない気がしたので、こうしたました。
まあ本編にもあるシーンだし、明日菜の時ほど雰囲気もやばくないので大丈夫。多分。











[21643] 麻帆良の停電の夜
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/14 15:35

月曜の朝、今日も横島の通勤は、明日菜達と同じく電車で始まる。狭い車内に横島以外は女生徒ばかりが乗り、
肘や背中がたまに女生徒と接触するが、それには反応せず横島は泣いていた。

「うっ、うっ、やっとだ、やっと、しずな先生と葛葉先生とシスター・シャークティに会える。それと待ってて下さい二ノ
宮先生、あと養護教諭の先生も!そうだ彼女たちもこの日を一日千秋の思いで待っていてくれてるはずだ!」

たった二日の連休で大袈裟だが、横島はかなり我慢の限界が来ていた。楓のお風呂もこたえたが、そのあとテン
トで一緒に寝たのもこたえた。さらに帰れば帰ったで、横島が生徒に手を出さないと思ってる女生徒たちの無防備
攻撃。幸せなのだが、精神の損耗率がすごかった。いまだに誰も襲っていない自分を褒めてあげたかった。

「さすが旦那だ。さりげなく出す名前もどれも粒ぞろいだ!」

カモが明日菜の肩で感心した。

「さりげなくないし、待ってるのは横島さんだけだと思うけど。というかエロオコジョ!」

「なんだ、姐さん。あと忘れてるかもしねえが、俺っち名前はカモだ」

カモと呼ばれることがほとんどないカモだった。

「なんで私の肩の上に乗るのよ!私とコンビみたいでしょ!」

明日菜が小声でカモに怒った。

「いいじゃねえか。俺っちに気にいられるってことは女として魅力があるってことだぜ」

「全然嬉しくないの」

「でも先生って、女性教師の誰にも好かれませんよね」

周りにいた明石裕奈が面白そうに言った。カモのことには気付いてないようだ。

「そりゃまああれだけあからさまじゃね。一人に絞るんならまだしも全員に飛びかかっちゃだめでしょ」

釘宮円が続いた。

「でも不思議や。あんなんせん方がもてるやろ。ハーバード飛び級で卒業で、運動神経抜群やったら普通よりどり
みどりやで。まあそうじゃなくていいんやけど」

和泉亜子がさらにつづいて呟く。横島の方は聞いておらず、妄想に浸って気持ちの悪い顔をしていたが、あばたも
えくぼか、亜子はどこか浮かれたように見ていた。

「それをせんのが横島先生やえ。きっと相手が殴りやすうしてるんよ」

木乃香が分かったように言う。実は横島が山から帰ってから少し拗ねていたのだが、いつまでも引き摺ることはし
ないようだ。

「うんうん、実はウチもそうじゃないかと思うねん。セクハラをする中にも女性への気遣いがきっとあるんやな」

頷く亜子。亜子は横島にご執心のようだ。

「いや、ただのスケベだって」

(はあ、でもなあ。昨日の長瀬さんと別れたあとキスぐらいいいかなって雰囲気だったな。けど、高畑先生のことが
好きだし、横島さんだって向こうにいい人いるっぽいし、いろいろ許しちゃっても一年後にお別れだし、距離を置くの
がいいよね。はあ、もう、なんでこんなスケベのために私が悩むのよ)

やはり明日菜は呆れるしかなく。
その一方で思考の方は亜子たちの会話以上にリアルで悩ましかった。

プッシューと電車の扉が開くと同時にダッシュをかける横島。だが、周囲を見渡し校門まで女性教員が見あたらな
いことに気づいた。

「なぜ!?あ、そうか!今日は朝から職員会議だった!葛葉先生、遅れた僕をしかってつかあさい!!!」

呆れる程の速度で横島が校庭を走り抜けていく。だが、途中で女生徒が声をかけて挨拶するとそれには足を止め
てちゃんと挨拶を返した。横島忠夫、たとえ未熟な少女達が相手といえど、女に手を抜く真似はしなかった。

「それにしても今日は起きたときから元気やなあ。なんかええことでもあったんやろか」

「そういやそうだな。今日の旦那は一段とエロだぜ。俺っちも負けてらんねえな!」

「負けていいわよ。まあ横島さん、スケベなだけなのもあるけど、エヴァンジェリンさんのことが一段落つきそうなの
もあるんじゃないかな」

「明日菜は朝晩の送り迎えと新聞配達がなくなって残念やけどな」

木乃香がスケボーで走り、明日菜がその横を走る。横島以外の3-Aの生徒も走る必要もないのに朝から走って
元気であった。

「そ、そんなこと全然無い!って、いうか送り迎えは木乃香が残念がってたんでしょ!」

「今日はエヴァンジェリンさん来るやろか?」

木乃香は明日菜の言葉を華麗にスルーして呟いた。






「ああ、やっぱり、しずな先生の大人の双丘は偉大だ!エヴァちゃんいるかー!」

いきなり爆弾発言をしながら教室の扉を開ける横島。頭にでかいたんこぶや、顔に血が垂れていたが、横島のこと
だから次のコマには治ってるんだろう。

「あ、先生おっはよう。そのうちセクハラで捕まるよ」

「丁度いいです。先生今日はアステカ文明で、ドンです。あと刑務所まで聞きに行くのは面倒なので、もう少し控え
た方がいいと思うです」

「先生、おはようございます」

朝のホームルームに早めに顔を出した横島に、図書館組の早乙女ハルナに綾瀬夕映に宮崎のどかが挨拶をす
る。だが夕映が古代文献片手に近付いてくるのを見て、横島は制した。

「綾瀬。お前はもうちょっと英語の成績を上げてから、そういう難しい本を読め」

「うっ、余計なお世話です」

夕映は教師陣でも読めそうにない、古代文献を持ってくる。図書館島の一件以来夕映はよくよく横島にこの手のこ
とを質問してくるが、こんな本を読む割に成績はかなり悪かった。本人曰く学校の勉強などあほらしくてしてられな
いそうだが、横島としても教師としてそれは見過ごせなかった。スケベではあるが、横島はこう見えて教師としての
やるべきことはきちんとこなしているのだ。

「余計じゃない。次の小テストで五点以上とれば教えてやるから」

「100点満点です?」

「甘過ぎだ。10点に決まってるだろ」

横島は夕映の頭をぽんぽんと叩いて、教壇につく。夕映は赤面しながら2人の元に戻っていった。

「古文書は口実なのにねー」

ハルナがからかうように言った。

「う、うるさいです」

「夕映、頑張って、私英語教えるから」

のどかがぐっと脇を締めどこか照れたように言う。

「――エヴァちゃん風邪?あ、そうなんか……」

一方で教壇ではアキラが横島にメモのようなものを渡していた。以前のことを思い出し、お互い赤面するが、アキラ
は夢だと思っていたし、すぐに内容が別のことであると知って横島が真面目な顔になった。

「はい。症状が酷いようで、今日は休むそうです」

伝言だけ伝えると、もう少し何か話そうかとアキラは悩むが、なにも思いつかずに結局、裕奈や亜子、まき絵の元
に帰っていった。亜子が気持ちは分かるというように頷き、裕奈とまき絵が「ダメじゃん」とからかっていた。

(吸血鬼(エヴァちゃん)が風邪か……ピートはそんなんなかったが、嘘をつくならサボればいいだけだしな)

メモには茶々丸の字で今日休む旨が記されていた。
看病のため茶々丸も休むようだ。こんなものをわざわざ届けるとはエヴァにしては律儀である。横島など高校で無
断欠席しまくっていたので、意外だった。登校地獄の呪いはサボリはいいようだが、ずる休みはダメなのかとも思う。
もしそうなら、正式に学校の担任である自分に届けないと休めないのかもしれない。

(ということは本当に風邪か。体力まで人間並みになるんだな)

いくらこの世界と横島の世界が違うといっても、不死である吸血鬼なら通常は風邪など引かないだろう。ピートも風
邪は引かないようだったし、死にかけの傷でも意外に平気そうだったのを覚えていた。

(まあ明日も休むようなら、様子を見に行くか)

その程度に横島は考え、



「ここがエヴァちゃんちか」

エヴァが特別に学園長に用意してもらったログハウスを横島は見上げた。
結局気になって授業の合間を縫って、見に来たのである。玄関の階段を上り、横島が呼び鈴を確認するが見あた
らず、そっと扉を開けると、ファンシーなグッズがたくさんある部屋が見えた。その人形などを見ると、エヴァの精神
年齢が実際の年齢よりも見た目通りに若いことをうかがわせた。

「絡繰いるかー?エヴァちゃんの見舞いに来たぞー」

横島が声を上げた。

「はい」

すると奥から扉の開く音がして、茶々丸が出てきた。

「うっす」

「横島先生……授業はいいのですか?」

茶々丸は横島の顔を見て驚いたように言った。
まだ9時であり、生徒以上に登校日の教師がうろついていていい時間じゃなかった。

「はは、様子だけ見たらすぐに引き返すぞ。まあ気になってな。エヴァちゃん風邪は大丈夫か?」

「はい。この季節マスターは花粉症も併発されるので、一時的に弱られるだけです。風邪薬を飲めば、それほど回
復に時間はかからないでしょう」

「そりゃまた。ほとんど人間と変わらんな」

「マスターの様子を見て行かれますか?」

「いや、心配だから様子見に来ただけだし、大丈夫ならそれでいいんだ。まあ顔ぐらい見ていく時間はギリギリある
んだが、ああいうタイプは弱ってんの見られるの嫌がるしな」

横島はタマモのことを思い出した。どんなに熱を出して弱っていても彼女はそれをいつも隠そうとした。まあ実際は
タマモといえど、弱ってるとき優しくされるのはいいものなのだが、その辺横島はよく分かっていなかった。なにより
相手がもう少しストライクゾーンに入る相手なら意見も変わるがエヴァは外れすぎていた。

「嫌がりはしないと思いますが。今日は風邪を引かれてますが、マスターは横島先生と夜に話されてからとても機
嫌がいいです」

表情には出さないが、引き返そうとする横島を、茶々丸は引き留めたがっているようだった。

「なら、満月まで風邪を引いててくれていいぞ。体調不良も負けは負けだしな」

横島は純粋にお見舞いに来ただけのようで、あっさりきびすを返した。

「はい。あの……」

「うん?」

「お見舞いありがとうございました」

「いや、こっちこそ、わざわざ来たりしてすまん。エヴァちゃんとこにさっさと戻ってやってくれ」

「はい。それと、横島先生。後で子細を確認後お伝えするつもりだったのですが、決闘は今日の停電の夜になると
思われます」

茶々丸はぺこりと頭を下げ、横島がこのまま引き返す気だと分かると、必要なことだけを述べた。

「きょ、今日か?えらく突然だな。というか風邪はいいのか?」

停電自体は横島も遅れていった職員会議で聞いていた。なんでも今日の夜の8時から12時まで学園都市全体の
メンテナンスを行うのだそうだ。そのため麻帆良学園全てが停電になるらしい。普通そういうのは深夜のうちに行う
ものだが、お祭り半分の趣もあるのだとチアリーディング組の釘宮円が教えてくれていた。

「はい。今日の方が都合がよくなりました。風邪は停電と同時に治ると思われますし」

「て、停電と同時に?」

(って、ことはなんだ。その瞬間エヴァちゃんの身体に力が戻るのか?まさか呪縛を解く方法があるのか?いや、
でもそれならとっくに呪縛は破れてるはずだよな。だいいち完璧に呪縛が解ければ俺と決闘の必要もないんでは?
それか美神さんも雷の電力で時間移動とかして霊力に変換してたし、やっぱり、これもそういう類か。だとするとす
ごく断りたい。だが、エヴァちゃんって絶対に自分の都合を優先するタイプだ。間違いない)

横島は頷いたが、内心いやな予感もする。賞金額も普通じゃないエヴァを怖がってないわけではないのだ。だが、
いい年して幼女にしか見えないエヴァに目に見えて怯えるわけにも行かなかった。

「わ、分かった」

「理由を聞かれないのですか?」

「聞いてもエヴァちゃんは教えてくれんだろう。絡繰もだろ?」

「はい。お答えはできません」

「でも手加減はしてくれても全然良いぞ。むしろ満月の日の方がいいような気がすごくするぞ」

「そうですか……。あの、横島先生はマスターが恐いですか?」

「は、ははは、いやだな。絡繰。エヴァちゃんみたいな幼女が恐いわけ無いだろ。でも、決闘はできればやめたいな。
いや、恐いわけじゃないぞ。ただ教師としてエヴァちゃんみたいな可愛い子を殴るのは気が引けるのだ。まあそう
いうことだ。では」

「あの」

茶々丸にしては珍しく横島を何度も呼び止めた。

「なんだ?」

「できれば、これが終わってもマスターを嫌わないであげてほしいのですが」

「それはまあ構わんが。嫌うためじゃなく信じるためにってエヴァちゃんとの約束だしな。逆にエヴァちゃんを多少殴っ
たりする必要が出ると思うが、俺を嫌わないでくれと伝えてくれ。とくに学園長には決闘は内緒だぞ。頼むぞ」

横島のエヴァに対する認識はまだ完全には敵になっていなかった。なにより人外に対する耐性も向こうの世界で相
当ついていたので、この世界で吸血鬼に対するものとしてはフレンドリーさを帯びていた。そんなエヴァを殴る必要
が出るような自体になるのを、ここに来て逆に悪いことをしているような気さえしたのも本当だ。
一方、茶々丸はもう何も言わずまた頭を下げ、横島はエヴァの家をあとにした。


「不思議な人ですねマスター」

横島が消えた扉から、部屋の通路の曲がり角に目線を移して茶々丸が言った。

「ふん、見舞いに来て顔も見せんとは、気の利かん奴だ。それと茶々丸。やつに余計な情報を与えるな。アレはもう
停電での起こる事態に気付いたぞ」

曲がり角でコホンッという咳がした。

「……申し訳ありません」

「まあいい。呪縛さえ解ければどうということもない。茶々丸。私は寝る。信じるためというならば、あいつに見せて
やろうではないか。吸血鬼の本気を」

「はい」

茶々丸はうなずき、エヴァは奥へと向かった。
そして時刻は過ぎてゆき、日は落ちていった。






(明日菜に先生……なんでいるんやろ?)

それは停電を前に部屋を出て、同じ図書館探検部である図書館組とカードゲームをしてすごそうという話になって
いたとき、木乃香は肝心のカードを持ってくるのを忘れてしまい取りに戻ってきたのだった。部屋に入ろうとして、少
し離れた場所を明日菜と横島、そして明日菜の肩に乗るカモが歩いているのが見えた。

たしか明日菜は停電と同時に明日の新聞配達のために寝ると言っていたはずだ。それがどうしてこんな場所にい
るのか。横島も今日は停電時に生徒が羽目を外しすぎないかの寮内の見回りをせずに、出かけると言っていた。
それがなぜ二人そろって歩いているのだ。

(二人ってできてるん?)

でも、そういう感じにも見えなかった。
横島と明日菜は別にくっついて歩いてるわけでもなく、一定の距離を置いていた。暗がりで視界は悪いが横島は前
に立ち、明日菜は少し怯えているようにも見えた。それに付き合うとかなら、部屋から出ない方がいいはずだ。木
乃香が帰ってきても部屋でなら誤魔化しも利くし、二人きりにもなれる。

(いややわ。何をうち詮索してるんやろ。でも、先生の魔法とかの秘密はウチも知ってるはずやし……)

何となく以前エヴァとの遭遇にも似た雰囲気を木乃香はそこに感じた。

(それかエヴァンジェリンさんのこと、ほんまは解決してへんとかやろか。それで明日菜と横島先生で……)

何となく一番しっくり来る考えの気がした。これと違い明日菜と横島がそういう仲なら別にいい。横島のことは少し気
になっていたけど、明日菜が好きなら自分はいい。まだそう思えるほどの好意だった。でも、できればその他のこと
は秘密にしてほしくなかった。

(ま、まあウチには言いにくいんやえ)

そう思い、木乃香は見なかったことにして、早く夕映やのどかの待つ部屋に行こうと思った。木乃香はこのまま考え
てると自分がいやな思考に流されてしまう気がした。このまま放っておいて、明日になればまたいつも通りに接した
らいい。横島がエヴァに後れを取るとは思えないし、それでいいはずなのだ。

(そや……明日菜とは友達やもの、横島先生もいい人そうやし、きっとうちのこと考えてのことやえ)

思いながら木乃香は自分の足が、二人を追うのを止められなかった。
そうする自分の行動がふいに昔と、いや、むしろ今の、別の自分とダブル気がした。

『せっちゃん、久しぶりやえ。中学はこっちやったんや、ウチ嬉しい。また仲良くしよな!』

中学一年の時、箱入り娘で友達がずっといなかった自分に昔仲良くしてくれていた桜咲刹那と再会した。自分は飛
び上がる程嬉しかったから、本当に嬉しくて相手の迷惑も考えずに声をかけた。

『失礼します』

だが、刹那は一礼しただけで自分の前から消えた。

何か嫌われることをしたのだと思った。なら謝ろうと思った。なのに自分の言うことを刹那は聞いてくれなかった。で
も、落ち込んでた自分を明日菜が助けてくれた。強引にでも声をかけ、クラスに馴染ませてくれた。横島が部屋に
来たときもいやじゃなかった。少しでも自分と仲良くしてくれる人がいるのが嬉しかった。

『あのな、せっちゃん。もし謝らんなんことが――』

鏡を見て何度も刹那に謝る練習をしたのに、明日菜みたいに少しは強引になろうとしたのに、結局自分にはできな
かった。そういう自分が悲しくて、いやで、二人の後を付けるのが木乃香は止められなかった。






『――こちらは放送部です。これより学園内は停電となります。
学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてくださ……』

時間は少しさかのぼり、カチッと時計台が8時を指す。同時にフッと麻帆良学園全体の明かりが消えた。深閑とし
た夜の闇が麻帆良学園全体を包み、何が出てもおかしくない雰囲気を醸し出した。

横島は寮の見回りを任されていたが、それを行わずに寮から離れた広場で明日菜が来るのを待っていた。ばれる
とまた葛葉先生に怒られそうだが、今日ばかりはしかたがない。それに全寮制でエスカレーター式の麻帆良学園
は誰もが停電には横島以上に手慣れたもので、停電グッズや停電の間過ごす方法も心得ているようだった。

(木乃香ちゃんは確か綾瀬や早乙女とすごすんだったよな。しかし、いいな。半年後の停電は葛葉先生とこの暗が
りに中過ごしたら……。「横島先生、実は私暗いのが苦手で」「大丈夫です。あなたのことは僕が守ります」)

横島がにへらにへらっとなりながら考えていると、足音が聞こえてきた。
時計が5分を指して遅れ気味に明日菜が現れた。

「ごめんなさい。木乃香が出て行くの待ってたら遅れて」

「木乃香姉さん。俺っちも連れて行こうとするんで、なかなか抜け出すのに苦労したぜ。もてる男は辛いな!」

と、明日菜の肩にいたカモが言った。

「木乃香ちゃんか……黙ってるのは心苦しいが、仕方ないしな。あと一年したら俺がこういう日はベッドで癒してあ
げるんだが」

「それは親友として木乃香のために遠慮します」

明日菜が真面目に言った。

「別に明日菜ちゃんと一緒でもいいぞ。暗い間は俺がずっと傍にっ!」

ぼくっと明日菜の拳が横島の顔面にめり込んだ。それでも明日菜の顔はそれほど怒ってなかった。正直、エヴァン
ジェリンとの決闘に怖じけずいているのが、少しほぐれる気がした。

「怒りますよ?」

「な、殴ってから言わんでくれ。ま、まあ、それよりほい」

と言って横島は自分の肩にきたカモを、明日菜の肩に乗せなおした。

「え?なに、ほい?」

明日菜が目を瞬く。

「カモは動物だけに感覚器官は人間より優れてるからな。魔力の感知能力も敏感みたいだし、なんかのとき助けて
くれるだろ」

「俺っちが姐さんの補佐か。姐さんよろしくな」

「えー、なんか、私とエロオコジョって本当にコンビみたいじゃないですか」

明日菜の頬がふくらんだ。

「俺の言うことに従うのがついてくる条件だ。一人になったとき、もしエヴァちゃんに襲われたらどうするんだ。怖くて
縮こまったりしてたら、何をしに来てるか分からんぞ。自分なりに記憶のこととか思うところがあるから明日菜ちゃ
んもついてきたかったんだろ」

「まあそうですけど」

それでも若干ふてくされて明日菜が頷いた。



その頃、寮の大浴場では、アキラ、まき絵、亜子、裕奈が悲鳴を上げていた。お風呂に入っていたら急に電気が消
えたのだ。

「もう、まき絵が無理に入ろうって言うから」

「へへ、暗い浴場って入ってみたかったんだ」

「ああ、こいつ、確信犯や。横島先生寮の見回りやのに、覗きに来たらどうすんの」

「そのときはアキラの悩殺ボディで一発KO。なんて、って、アキラ?」

まき絵が冗談を飛ばしてるとアキラが騒ぎに参加せず、ボーと虚空を見つめてるのに気づいた。

「どうしたんアキラ?」

振り返るアキラが、急に亜子を抱きしめ、歯を光らせた。








あとがき
今回はちとほのぼの(エロ的に)めです。
さて、ようやくエヴァ戦前の準備も終了したので、
次はようやくエヴァ戦に突入です。










[21643] 大浴場にて。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/20 14:01

「なんだ結局、寮に戻るんですか?」

「ああ、なんでか、こっちから魔力の気配がするんだ」

とりあえず決闘場所の指定もなかったので、エヴァを見つけようと麻帆良の敷地を歩き出した横島と明日菜。辺り
は暗く、外灯と月明かりが頼りで、静まりかえっていた。麻帆良の敷地は信じられないほど広いので、普通ならエヴ
ァを探すのは文珠を使う方が早いかと思うが、わずかな魔力の乱れが先程出てきた女子寮の方からしたのだ。

「ちょ、ちょっと横島さん歩くの速い」

横島の歩くペースの速さに小走りになる明日菜。おいて行かれるのが怖いのか、服の裾を摑んできた。横島は苦
笑した。普段強がってはいてもやはり明日菜も女の子だと思う。まあこの調子なら無茶な行動まではすまいと思い
ながら横島は歩くスピードを緩めた。

カサッ。

そのとき草むらが揺れる。明日菜がさらにびくっとなる。頼れる相手がいるせいで無理に強がる必要もないせいか、
こうしてみると明日菜も可愛かった。

「手でも繋ぐか?」

「い、いいです」

「ならいいが、あんま無理しなくていいぞ」

アスナはきっとあと二年したら絶対相当いい女になるだろうに、そのときにはもういないとはと思う横島は、ともかく
前を見た。

と、ふいに横島は目の前に妙な気配を感じた。

(うん?)

そして、同時に暗闇からしみ出すように人影が現れた。

「へ?……あれアキラ?って!服を着てない!?」

「ぶはー!!」

明日菜が驚く。目の前には裸の大河内アキラが靴も履かずにたたずんでいた。中学生とは思えない腰のくびれと
乳房とお尻の吸い付きたくなるような出っ張りは、なにも着けてないのに少しも垂れずにツンッとして、横島が盛大
に鼻血を吹き出し、明日菜が止める暇もなくかけだした。

「裸の姉ちゃん!!!」

思わず横島が飛びかかり、アキラの見事な裸体を抱きすくめ、それでも相手が無反応だった。

「こ、この、変態、横島さんそれアキラですよ!!」

「お、おお、どうしたアキラちゃん!?」横島は思わずアキラの乳を揉みながら尋ねた。無茶苦茶柔らかくて張りの
あるアキラの乳が横島の手のひらで形を変え、それでもアキラの表情は変わらないものの頬が赤らんだ。「ああ、
ダメだと分かってるけど、ダメだと分かってるけど手が勝手に!」

「さ、さすが旦那だ!どんな状況でも欲望になんて素直なんだ!」

カモが驚愕するが、明日菜の跳び蹴りがすかさず横島のこめかみにめり込んだ。

「この変態!生徒に手を出さないっていつも自分で言ってるんでしょうが!」

「う、う、少年の純な欲望を誰も理解してくれない。というか男は誰でもあんな見事な乳が目の前に急に現れたら揉
んでしまうもんなんじゃ!長瀬といい、俺のクラスは俺を挑発しすぎだ!ああ、乳尻太股が四六時中俺を誘惑する!
これで襲ったら刑務所とかあんまりじゃないか!」

絶対にそんなことを考えるのは横島だけだと明日菜は思う。

「は!てか、あ、アキラちゃん。なんで裸なんだ!?」

「やっとそれか!でも、そうよ。アキラ。横島さんの前でそれは危なすぎよ!」

危ないどころか、もうすでに被害を受けたが明日菜が突っ込む。それでもアキラは無表情に言った。

「横島忠夫。約束通りエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様がお待ちだ。十分後に、大浴場に来い」

「な」

横島が驚く。
アキラから、そういわれたこと以上に横島は驚いていた。

「旦那分かったぜ、あいつエヴァンジェリンに噛まれたことあるだろ。真祖に噛まれたら操り人形だ」

「アキラちゃん。マジか!?」

そのことを失念していた横島が驚く。自分もそういえば妙に自分以外の魔力の干渉を感じる気がした。横島の中に
ある『守』の文珠がエヴァの繰術を拒んでいるようだが、それがなければ戦う前から勝敗が決まっていたかもしれな
い。エヴァの解放の可能性が出た時点で浄化すべきだったのだが、この辺が抜けている。というより甘かった。

一方でアキラの方は横島の言葉に応えず、軽く飛び上がったと思えば驚く程の跳躍で寮の方へと消えていく。

「これって……どういうこと?」

明日菜が驚きながら聞いた。

「あ、ああ……くそ、生徒まで使うとはな。ちと、エヴァちゃんを甘く見すぎていたな」

心のどこかでエヴァはそこまで酷いことはしないと思って安心していた。だが、エヴァが生徒を使うのは許せる一線
を越えていた。エヴァと自分が戦い、茶々丸は明日菜を傷つけないようにしてくれる。この決闘はそれでおさまる。
そう考えていた。エヴァもまさかアキラを殺しはしないと思うが認識を改めないとケガではすまなくなる。

「旦那。そりゃそうだぜ。吸血鬼っていや最大級に恐れられた存在だって前にも言ったじゃねえか。特にエヴァンジェ
リンはその中でも特別に強力なやつなんだ。油断はなしで頼むぜ」

「わ、分かってる」

カモに言われ、反省し、横島は身のうちに霊的に沈み込ませている文珠を確認する。17個ある。どうやって作った
かは聞いてはいけない横島だけの秘密だ。ひとつ言えることがあるとすれば楓は偉大だということだ。そのひとつ
を『浄』にして自分に当てる。これでもまだ16個だ。これだけあれば一瞬で戦闘が終わる使い方もかなりある。

エヴァが一線を越えない限りそういう使い方をしない気だったが、生徒の安全だけは早期に確保する必要があった。
そう思うと横島はらしくもなく厳しい顔になる。

(こういう顔どこかで……)

明日菜はわずかに何かのデジャブを感じた。昔の記憶の何かに横島の影の差す表情が似ている気がした。なん
だろうか。自分はこういう顔をどこかで見ているはずなのだ。

(アスナ……)

「あの、横島さん」

明日菜の声が震えた。
思い出しかけた記憶が恐いものの気がして慌てて振り払った。

「うん?ああ、すまん。なんだ明日菜ちゃん?ちょっと漏れたか?」

すぐに横島がいつものおちゃらけた調子に戻った。

「も、漏れてません!もう、早くアキラを追いましょう!」

「おう、そうだな」

横島と明日菜が寮へと走った。



「なんだ?また殺気か?」

「なんです?」

横島がふいに振り返り明日菜が尋ねた。自分たちの部屋を超えたところだった。

「いや、また誰かいた気がしたんだが……」

「そんなのばっかり言うの禁止です。脅かしても腕にしがみついたりしませんよ」

「いや、そういうつもりではないんだが」

「停電でも寝てない子がほとんどだし、それじゃないんですか」

「そうだな。殺気の気がしたんだが……。まあ、他の生徒なら見つからんように静かに行こう。しかし、こんなことな
ら寮の見回りするって言ってりゃよかったな」

結局、寮でうろつくならその方が都合がよかったのに、何人かの生徒には留守にすることを告げていた。ともかく後
悔しても始まらない。横島が歩き出すと、すぐに大浴場の入り口が見えた。100人単位の入浴にも耐えられるよう
に造られた脱衣場を超えて風呂場の扉を開ける。その瞬間、濃密な魔力があふれるのを横島は感じた。

(なるほど、こっちの世界の吸血鬼は強そうだな。やっぱり停電によって封印を解けたのか……。じゃあ、本当にエ
ヴァちゃんの呪縛にはこの学園の電力が使われてたのか。となると、その気になれば学園長にはエヴァちゃんの
封印はいつでも解けたんじゃないのか?)

ふと疑問を持ち、横島は吸血鬼中の吸血鬼、ピートの親を思い出しながら顔を上げた。魔力だけならあちらが上
かも知れないが、少なくとも、あの時代錯誤の大ボケ親父よりは解放したエヴァは強そうだ。

だが、そこには、

「「「……」」」

「よくきたな横島。まずは逃げなかったことを褒めてやろう」

そこにいる妙齢の美しい女性とそれを取り囲む、裕奈、まき絵、亜子、そしてアキラが裸ではなくメイド服を着ており、
横島と明日菜、カモまでが言葉を失う。茶々丸だけがそこにいて当然のメンツで他は全ていてはいけないものたち
だった。

「「誰(でい)??」」

明日菜とカモが妙齢の女性に首を傾げる。
だが横島が首も傾げずにかけだした。学ばない男である。

「美人の姉ちゃん!!!ずっと前から好きでした!!!!」

横島にとってはその妙齢の女性が誰であれ、そんなことはどうでもいいことだ。ただ美人とひとくくりにして思わずあ
まりに美しいその妙齢の女性に飛びかかって抱きついた。

「きゃ、きゃー!!」

その女性はだが、横島に胸に顔を埋められ少女のように悲鳴を上げた。言うまでもなく、エヴァなのだが600年も
生きてるわりに反応はしずなや葛葉以上に生娘のようだった。おそらくずっと幼女の姿をしていたので男を知らな
いのだろう。また吸血鬼と言うこともあり、男に飛びかかられた経験もないのかもしれない。

「よ、横島さん、こんな時にやってる場合ですか!」

だが明日菜もさすがに敵陣深くにまではついて行けずに叫んだだけだった。

「ああ、こんなことしてる場合じゃないと分かっているのに体が勝手に!こんな罠まで用意するとは、なんて卑怯な
んだエヴァちゃん!ああ、でもすごく嬉しい!!美人のお姉さん!悪辣吸血鬼から僕が必ず助けてあげるから、もっ
と揉ましてくれ!!!」

「お、落ち着け、横島。私だ!」

胸に縋り付かれた妙齢の美女がぼんっと言って姿を戻した。そこにはエヴァがいて横島は目をぱちくりさせて、自
分の手を見る。その手がエヴァの無い乳を揉んでいる。ペタペタペタと音がしそうなほどの乳で、なんだか揉むと言
うより撫でていた。エヴァの顔を見ると真っ赤だ。横島は急いで離れる。と、猛烈に壁に頭を打ち付けた。

「ああ、俺は幼女を相手に何を!ロリじゃない!ロリじゃないんだ!」

「ええい、幼女幼女うるさい!」

エヴァが思いっきり叫んだ。

「マスターは今朝。横島先生が言われた発言を気にされています。でも、マスターは楽しそう」

茶々丸が言うのはどうやら今朝、横島がエヴァの家で『エヴァちゃんみたいな幼女が恐いわけ無いだろ』と言ったこ
とらしい。

「だ、誰も、気にしてない!」

エヴァがさらに真っ赤になって叫んだ。

「おい、横島、貴様もいい加減にしろ!」

エヴァに飛びついたのが自分でもショックで、まだ壁に頭を打ち付ける横島。エヴァが注意してもこちらに意識を戻
さないので、さすがに明日菜が見かねて引き戻した。

「横島さん!こら!」

「明日菜ちゃんこれは違うんだ!俺は!」

「もう、いい加減にして下さい!今はシリアスするときです!」

(はあ、格好良く決闘するの少しは楽しみにしてたのに)

明日菜は心中で本気のため息をついた。

「はっ、そ、そうだった」

ようやく頭を振る横島はエヴァを見た。
全員の間で微妙な空気が流れるが、横島は慌ててアキラ達を指して取り繕った。

「エヴァちゃん。生徒を操るとはやり過ぎだろ!」

「さっきアキラに思わず飛びついて、おっぱい揉んじゃいましたもんね」

明日菜が冷たく突っ込む。視線は真冬のように冷たかった。

「え、えっと、とにかくダメじゃないかエヴァジェリン!」

横島はドバーと冷や汗を流した。

「ふふん、阿呆が。世の中にはいい魔法使いと悪い魔法使いがいるのだ」

エヴァも強引に戻した。暗黙のウチに全員が今のことをなかったことにしたようだ。

「俺はエヴァちゃんをそんな奴だとは思ってないぞ!」

「バカが。見た目に惑わされてるのかも知れんが、甘い奴だ。お前の思い込みなど私が知るか。しかし意外だぞ横
島。私との決闘に一人ぐらいのパートナーは予想していたが、三人も連れてくるとはな。思ったより臆病なのか?」

「三人……って、なんのことだ?」

「気づかないのか?あと二人も脱衣場にいるだろう」

横島は言われて脱衣場を見た。
そこには誰もいないはずなのが、人影が現れた。

「こ、木乃香ちゃん……」

そこにはエヴァの言うようにこの場にいるべきではないはずの木乃香がいた。扉の影から見ていたのを罰が悪そう
に出てくる。

「ご、ごめんな。なんかウチお邪魔やな」

木乃香はひどく罰が悪そうに頭を掻いた。

「ていうか、木乃香どうしてここに!?」

明日菜も驚いた。

「じゃあ、さっきの気配は木乃香ちゃんか?」

自室の前で感じた敵意のことを横島は思いだして言うが、実際はそれは木乃香とは違った。横島の気配を感じる
感覚は危険を察知する霊感に頼っている部分が大きく、敵意のない人間の気配にはかなり鈍い。ゆえに木乃香の
ことはほとんど気付いておらず、感じたのは別の気配なのだが、この場でそれを気づくものはいなかった。

「なんだ。お嬢さまが招かれざる客だとすれば、お前のミスだな横島。それと桜咲刹那。隠れてないで出てこい。こ
そこそされるのは気に食わん」

エヴァが若干怒りを含んだ声で続けた。
すると脱衣場の奥から今度は刹那が現れた。

「せっちゃん……なんでいるんえ?」

木乃香が今度は驚く。

「下着を忘れたので取りに来ただけです」

あいかわらず刹那が冷たく淡々と木乃香に言った。

「あ、うん、せや、ウチもせやねん」

木乃香は若干気まずげに返した。

「ほお、二人共がこんな時間に同じ理由か、なかなか出来た言い訳だな。ずっと横島と神楽坂の後を付けていたお
嬢さまに、下着を取りに来ただけでわざわざ刀を持った臆病娘」

エヴァはこの事態にどうしてか相当頭に来ているのか、声にかなりの険が混じった。

「なに」

刹那が今の言葉にきっとエヴァを睨んだ。

「まあいい、見許してやるから立ち去れお嬢さま。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

「あ、あー、せやな。いいとこで邪魔してごめんやえ」

木乃香は急いできびすを返して走り出した。

「ちょっと木乃香!」

明日菜は慌てるが、だが、この場を立ち去っていいのかの判断に悩み、足が止まった。

「いい、明日菜ちゃん行ってやってくれ。多分、俺が本当にドジを踏んだんだ。エヴァちゃんの言うように偶然じゃな
いんなら、明日菜ちゃんと木乃香ちゃんの扱いに違いを付けてしまったのはミスだったかもしれん」

何かの察しがついて横島が言うと、明日菜が首を振った。

「ううん、これは私も悪いんだと思う。とにかく行きます」

明日菜もなにかのことかに思い当たって木乃香の後を追いだした。きっともし横島の隣に木乃香がいて、自分が
脱衣所にいたら、なんだかすごく寂しいと自分は思う気がしたのだ。
だが刹那はしばらくしてから行こうとして、ピシッと脱衣場の出入り口が巨大な氷でふさがれた。

「なにをするんです?」

刹那はエヴァを見る。こんなことをするのはエヴァしかいない。だが、エヴァは刹那を冷たく睨んでその巨大な魔力
を放って刹那を脅した。

「お前には立ち去る許可を出していないぞ」

「そんなものがいるのですか?横島先生と戦いたいなら勝手にすればいいでしょう。安心してください。学園長に報
告などするつもりはありません」

「そんなことは気にしていない。仲良しごっこに付き合ってやっていた程度で、あまり見くびるな。だいたい、刹那よ。
お前が行ってなにができるというのだ?」

「おい、エヴァちゃん、桜咲は木乃香ちゃんの護衛なんだ。行かせてやってくれ」

横島が言う。

「ふん、そんなことは百も承知だ。だが、お前は知らんだろうがな横島。こいつがこの場の責任を一番負うべきなの
だ。私の15年ぶりの解放に水を差した責任をな。そうだろう刹那よ。たとえこれが一時的なものでも、お前に私が
このときをどれほど望んで楽しみにしていたか分かるか?私より強い可能性のある男が、私とまともにやり合うと
誓って、その期待につまらん戯れ言を挟まれたのだ。私はな、刹那よ。怒っているのだ」

「私とそれは関係あるように思えませんが、お嬢さまがここに来たのは私も予想できないことです」

「鈍いな。あるから言っているのだ。貴様がつまらん杞憂に捕らわれたがため、あのお嬢さまは自分でも気づかな
い部分で追い詰められていたのではないのか。違うのか」

「知ってるのですか?」

刹那は冷静に刀に手をかけて尋ねた。

「ふん、なんだ小娘風情が私とやる気か?ほどほどにしないと氷漬けにするぞ」

エヴァはさらに魔力を膨らませ、ピリピリしだした。

「ぐっ、脅す気ですか?」

刹那の額に汗が浮かんだ。

「勘違いなするな。小娘相手に脅しなど誰がするか。ただ、高畑とジジイから多少目にかけてやってくれと言われて
ただけだ。あまりに不抜けてるので、目のかけようもなかったがな。何をそんなにお嬢様に近付くのを恐れてる?
見てて歯がゆくて虫ずが走るのだ。それをこの場で思い起こさせられたことにも、横島のパートナーが消えたことも
気にくわん」

「明日菜さんについては謝ります。でも私はお嬢さまを怖がってなどいません」

「バカが……幻滅するぞ。やはり、お前が追ってなんになる。せめて神楽坂の代わりをして、この場の責任をお前
がとれ。お嬢様はお前がいなくても神楽坂明日菜が助けてくれるだろう。違うか?」

エヴァの言葉に刹那の表情が少し歪んだ。

「しかし、私はお嬢さまを――」

「断るな。私は強制しているのだ」

エヴァは有無も言わせぬように刹那を睨んだ。

「……分かりました。いいでしょう。この場で私が代わりを――」

「エヴァちゃん。やめろと言っている」

だが、また横島が口を挟んだ。

「横島、理由を知らんのなら黙っててもらおう。私とお前のこの場を、その女が汚す原因を作った」

「そのようですね」

汚すの言葉に反応して刹那はやはり震えた。
その様子を見ると、横島はなんだか、誰かとダブル気がした。

「でも女の子が震えてるんなら放っておけんだろ。俺も木乃香ちゃんが逃げた理由は知らんが、知ってるんなら意
地悪が過ぎるぞ。600才のババアのくせに14才の子を虐めるな」

「そ、そんなつもりでは私はない!ババア言うな!」

「横島先生構いません。あなたに庇われる義理はないし、茶々丸さん達をこの場は私が引き受けます。あなたはエ
ヴァンジェリンとすべきことがあるならそうして下さい」

「いい、いい、エヴァちゃんぐらい俺一人でどうとでもなる。桜咲は木乃香ちゃんの護衛だろ。さっさと追え」

だが横島は刹那の頭をくしゃっと撫でる。

「しかし、私とてあそこまで言われたら」

刹那は言いながらも今の自分が木乃香を追うことを拒んでいると感じた。
戦うのはその理由にしたいだけだとも思う。

「こんなに震えて可哀想に。まったくひどい吸血鬼だ。俺がお仕置きしてやるからな桜咲。それに、震える刀でミス
をしたらどうする。みんなクラスメートだろ」

「ですが、む、向こうには神楽坂さんがいます」

「まあ追いたくないならそこで見ててもいいが、よく分からんが、桜咲、お前はもう少し肩の力を抜いた方がいいぞ。
気にしてるのはちょっと違う血が混じってることか?だとしたらエヴァちゃんなんて吸血鬼だし、俺も昔は魔族の恋
人がいたぞ。ここのやつらはどうもそういうことに厳しいようだが、そんなこと気にしなきゃ、どうでもないことだ」

「なっ!!!????ほ、ほうっておいてください!」

横島に急に言われた何気なさそうな言葉に、刹那はひどく狼狽した。

(どこで知られた!?いや、翼は見られてないはず。まさか、これが霊能力か!?)

「ほ、ほお、格好を付けるものではないぞ横島。私ぐらいとほざかれては6対1でも手加減はせんぞ」

ぴきっとエヴァの額に青筋が浮かんだ。

(誰がババアだ!誰がひどい吸血鬼だ!悪いのは桜咲刹那だろうが!)

「それはこっちの台詞だ。アキラちゃん達を使う時点でアウトだ。卑怯すぎる。ウチの上司でもそこまでしないぞ。攻
撃できんの分かっててしただろ」

「当たり前だ。私は悪い魔法使いだ。勝つためならなんでもするさ」

「そうか……」横島は少し寂しそうな表情をして、「なら、こっちも悪いが先に黙ってもらうぞ」

そういった瞬間。パシンッと横島から閃光が走った 。
そして、その瞬間、横島の姿が誰の目からもかき消えた。

「なに!?」

「速い!?瞬道術?いや、違う、消えた!?」

エヴァと刹那が驚いてあたりを見渡した。

「ノー、消えたわけではありません。認識ロスト。横島――」

エヴァと刹那が横島の姿を見失い。その瞬間茶々丸の体が、バシンッと何かに拘束され、亜子、アキラ、裕奈、ま
き絵の全員が意識を失い崩れ落ちた。

「なんだ?」エヴァが瞠目した「どういうことだ?一瞬で5人始末したのか?」

パシャッと水音がして、エヴァが振り向く。大浴槽の反対の縁にいつの間にか横島が立っていた。

「いつのまに……転移術でもない……今のは?」

刹那が呆然とした。横島が一体何をしたのか理解も追いつかなかった。なのに茶々丸はなんらかの力で拘束され、
エヴァに操られていた四人ともどうやらすやすやと寝ているようだ。

「結界解除プログラム始動」茶々丸の耳の部分が機械のように飛び出し光った。「解除不能。マスターすみません。
横島先生の力のタイプにプログラムが適応していないようです」

「茶々丸を一瞬?茶々丸も私の魔力解放で以前より遥かに強いはず。バカな、以前の夜の貴様はこんな動きはし
なかったであろう」

エヴァはいやな汗を流した。霊力と魔力の違いはあれど、その総量は自分の方が上に思えた。だが霊力について
の詳しい知識は自分にはない。正体が分からないことほど薄気味悪いものはなかった。

「マスター。今の技は予想ですが、瞬道術の高位術と思われます」

「瞬道術の高位?ちっ、超と葉加瀬の科学も未知の力には対応してないか。横島。何をした?」

茶々丸が動けないのはエヴァにとっても痛い。魔法の詠唱中の守り手となるパートナーがいなければ、これだけで、
自分は大きな魔法を使うことをかなり制限されてしまう。

「超加速ってやつだ。物理法則を無視した加速が可能となる能力。まあ、やたらと霊力がいる上に、人間の体で連
続使用はできんがな。でも、なかなか便利だろ」

横島は今の一瞬で『超』『加』『速』、の上に、まずアキラ達4人を眠らせるために使用した『眠』『眠』『眠』『眠』、そし
て茶々丸の動きを封じるために使用した『縛』の八つもの文珠を使用した。余裕を浮かべるつもりで内心舌打ちし
ていた。これで文珠はあと8個である。そしてそれが文珠の弱点でもあった。たった一つでものすごい効果を現す
かと思えば、普通の人間でも道具さえあればできるようなことにも一文字は必ずいるのだ。

「物理法則を無視した加速?」

「ああ、周りの時間を遅くするから、ほとんど相手が停止状態の中で動けるな」

心中の焦りは見せずに横島は自慢げに言った。

「そうか……まさかそんなことが可能とはな。なら、なぜ今私を眠らせなかった。超加速とやらの連続使用が不可能
なら、私を眠らせなかったのはお前にとっては致命的だぞ」

「いきなり眠らされて終わりじゃエヴァちゃんも納得できんだろ」

実際は超加速という技は時間制限が大きいせいでもあるし、横島が文珠を連結して使える限界は四文字であり、
残りの一文字の霊力ではエヴァの強大な魔力には効かないと思ったのもあるのだが、ここは余裕を見せた。相手
に弱いと思わせるのも戦いの基本だが、エヴァは横島が実力者だと信じている。そして自身にそれほどの自覚は
ないが横島は強い。弱くみせようとしても無駄なら、この場合は自分の底を見せないのが戦いの基本だ。

「ふん、やはり、とことんバカな男だ」

だがエヴァの顔がほころぶ。手加減されたというのにそれほどいやじゃない。横島という男は非常に自分と相性が
いい気がした。ますます横島という人間を確かめたい衝動がわく。エヴァがその衝動とともに宙に浮き上がる。横
島もあわせて『飛』『翔』の文珠で宙に浮いた。これで文珠は6個だ。やはり燃費の悪さこそ、文珠の最大の弱点だっ
た。

「エヴァンジェリンはともかく、あなたも杖もなく空を。横島先生あなたは一体何者なんです?」

刹那はあっけにとられて尋ねた。

「さあな。でも敵ではないから、待っててくれんか桜咲。終わったら話ぐらい聞くぞ」

宙に浮いたまま横島は刹那に言った。

「ひ……必要ありません」

「我が儘な生徒の相手までして、大変だな横島先生。だが、こちらとは別問題だ。さあ戦おうではないか。貴様が手
加減しようとこちらは手加減などしてやらんぞ!」

大気が震えそうなほど魔力を溢れさせエヴァは魔法を唱えだした。

「『氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 17頭(グラキアーレス) 集い来りて(コエウンテース) 敵を切り裂け(イ
ニミクム・コンキダント)魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!!』」

遠慮なく魔法が発動し、横島めがけて追尾型の氷柱が向かってくる。横島は『飛』『翔』で飛びつつ、かわせるもの
はかわすがかわせないものは手のひらに表したサイキック・ソーサーで受け止め、それが無理なものは霊剣で切り
裂いた。

「エヴァちゃんも一応生徒だぞ!生徒が教師に殴りかかるのはどうかと思うぞ!」

「私をその他大勢に入れるな!『来れ(ケノテートス) 虚空の雷(アストラプサトー) 薙ぎ払え(デ・テメトー)! 雷の
斧(ディオス・テュコス)!!』」

「な、雷まで使えんのか!?」

横島が目を瞬き、強力な電撃が鞭のようにしなってやってくる。横島はさすがにこれはサイキック・ソーサーでも受
けてはまずいと、窓ガラスを破壊して外へと飛び出した。



「敵でない……私が臆病……」

刹那は二人が出ていった後、何もせずにいる自分を見つめていた。エヴァの言葉が頭をよぎる。自分がお嬢様を
追い詰めている。刹那は木乃香の祖父である学園長と木乃香の父に言われて木乃香を守っている。それだけなら
木乃香を追い詰めることはないはずだ。自分がずっと影から守り、そうすれば、木乃香は幸せなはずだ。

(ではなぜエヴァンジェリンは私がお嬢様を追い詰めていると言ったのだ)

そして、不思議と刹那自身エヴァの言葉にうまく反論することができなかった。でも、心のどこかで気付いていても
自分の臆病さを認めたくはなかった。

(本当に傍で友達としてでも、守れと言うのか。バカな異形を持つ自分になど、お嬢様の傍にいる資格などない。い
や、でもエヴァンジェリンも吸血鬼で、人間ではないのに横島先生に近付こうとしているように見えた)

エヴァもまた吸血鬼である。逆に言えばエヴァ自身もそのことを気にしてるから刹那に苛ついていたのだが、その
ことは気づけなかった。考えながら刹那は言った。

「いや、相手はあの横島先生だ。お嬢様ではない。あの二人のことは私に関係ない」

「近衛さんを追わないのですか。それともそこでいるのですか」

刹那が動かずにいると茶々丸が束縛された身で言った。茶々丸は先程から何度も結界解除プログラムを始動さ
せているが、横島の呪縛はよほど強力なのか解ける様子がなかった。

「私は……」

「何度かあなたの名をマスターから聞いています。マスターはあなたが三年の三学期になってもハッキリしないよう
なら、手を貸すつもりだったようです。ですが、これは丁度いい機会だと思われますが」

「私のことを知ってるんですね。学園長からですか。それとも高畑先生。まさか横島先生ですか?」

最後の横島の言葉にだけ、刹那は険がこもった。

「申し訳ございません。お答えできません。しかし横島先生から聞いたわけではありません」

「そうですか。でも、私は、ずっとお嬢様を影でお守りするともう決めています。横島先生がお嬢さまの傍にいれば
その任務も必要ないのかもしれませんが……」刹那は一瞬表情を悲しげに歪めた。「ともかく、たとえ三学期になっ
てもエヴァンジェリンさんに要らない気遣いは無用とお伝え下さい」

刹那の表情が元の冷たいものに戻った。

それから数十回と結界解除を試みる茶々丸は、きゅいーん、と言う始動音が聞こえる。

「結界解除プログラムコード変更813始動」

ぴしっと茶々丸を封じていた文珠の結界に亀裂が生じた。

パキンッと文珠が割れた。

「解除成功……というより効果時間が切れたようです」

誰に言うでもなく呟き、茶々丸はまだ残っていた刹那を見た。
刹那も茶々丸を見た。

「私はこれからマスターの元に行きます。超加速というものがもう使えないなら、私が行けば横島先生はマスターに
98パーセントの確率で負けるでしょう。あなたはどうなさいますか?」

「あなたは……私を臆病だと思いますか?」

「私には分かりません」

「そうですね。つまらないことを聞きました。絡繰さん。手加減が上手くできないかも知れません。でも、残った以上、
あなたを行かせる気はありません。あの人に借りができるのはいやですから」

刹那が腰に差した野太刀、夕凪を構えた。
その横では巨大なエヴァの魔力の影響で文珠が保ちきれず、アキラ達の目が醒めようとしていた。






あとがき
この辺から徐々にネギまの本編と変わってきます。
まだ大幅には変えないつもりですが、横島は横島なりの結果が出ます。
そして、もうそろそろ横島に完オチするキャラを一人だそうかなと思ってます。
では、忙しさにかまけて、感想レスもままなりませんが、これからもよろしくお願いしますー。











[21643] 刹那と木乃香の涙。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/24 15:42

茶々丸がアキラ達四人が横島の文珠の効果が切れて起きだしたのを見て、刹那に目を戻した。エヴァの解放時の
茶々丸の強さはマスターであるエヴァの魔力が桁違いに上がるため、今までとはレベルが違う。加えて、後ろの四
人組は3-Aの武道四天王ほどではないにしろ運動部組だ。この4人にもエヴァの魔力が流れ込んで仮契約での
身体強化と同じような効果を現すのだ。

「桜咲さん。あなたは圧倒的に不利ですよ」

茶々丸は淡々と事実を告げた。

「それはやってみなければ分かりません」

だが刹那は強気に返した。

「そうですか」

茶々丸は刹那の言葉が残念そうに見えた。ガイノイドではあるが、優しい性格をしており、刹那を傷つけることには
ためらいがある。加えて横島ならアキラ達をたとえ自分が負けても怪我させないようにするだろうが、迷いの見える
刹那がその点にどこまで留意してくれるかは分からなかった。

(でも、私がこんなことを思うのは、我が儘ですね)

茶々丸は思う。結局、この場の結果を他者の優しさにゆだねている。自分はエヴァに逆らえないとはいえひどいこ
とをしている。心というものがあればきっと痛んでいるはずだ。
そして、こんなことをしたエヴァもまた迷いがある。悪と言いながら悪に徹しきれず、10歳で吸血鬼化してしまった
少女。大人にもなりきれず、子供にもなりきれず、ただ年ばかりを取ってしまった。

だから、エヴァは我が儘を受け止めてくれそうな人間を見ると自分でも気付かずに甘えてしまう。ナギの時も横島
の時も同じだ。なのに、どうすれば本当に甘えられるのかは、本当の10歳児以上に分かっていない。刹那のこと
を責めていたが自分も600年生きて成長しきれずにいる吸血鬼。

(私もマスターもいっそ本当の悪ならば楽だったのに)

茶々丸らしくもなく思考にふける。
だが、その茶々丸の思考を中断するように刹那が鋭く構えた。そして床のタイルに滑らないように慎重にすばやく
飛び出す。一瞬で、茶々丸との距離が縮まると、

「あなたさえなんとかすれば、あとはどうとでもなる!」

刹那はこの一瞬を迷わなかった。戦いにおける初動は一番重要だ。どんな強敵でも有無も言わさず終わらせられ
る可能性が一番高い一瞬だ。一気に全力で、茶々丸を再起不能にする。茶々丸がはったりを使うタイプとは思え
ず、それならば、行動が遅れれば負けるのは自分になる。あの人にだけは借りを作りたくない。負ければ借りにな
る。自分に不備はなかったはずと思うが、心ではここで負ければ横島への借りになると思う自分がいる。

(不合理な心理だ。だからこそ迷わねばいけなくなる)

一瞬刹那は思い、思いながら夕凪の鯉口を切った。

「『斬岩――』」しかし、刹那の思い通りには行かなかった。「なっ!!?」

横に刹那と同じ速度で走る人影が現れる。その瞬間、刹那の腹に衝撃が走る。茶々丸はまだ前にいる。見るとア
キラの右の拳が自分の腹にめり込んでいた。刹那はその衝撃で水飛沫を上げて浴槽を大きくはね、窓ガラスを破
り、外の道にまで吹き飛ばされて追いついてきたアキラの蹴りで地面に叩きつけられた。

「ガ、ガハッ!?」

刹那が慌ててバランスを立て直して、道路で立ち上がる。敵の方を見ると、自分に拳を決めたアキラ以外の三人
は、自分に反応できず、まだ動いてもいないようだ。

「なぜ大河内さんだけ、こんなに動けるのだ?」刹那は戸惑うが、すぐに思い至った。「いや、そうか……エヴァジェ
リンの魔力で身体強化されるといっても、元の基礎によって強さはかわる。そういえば、大河内さんは身体能力が
元から飛び抜けて高かった。そこにエヴァンジェリンの魔力が加われば私にも追いつけるのか?」

刹那が焦る。正直4人は戦力外と思ったのに、アキラが飛び抜けすぎている。他の三人もこの調子では簡単に行
かないかもしれない。そう考え、どうしていいか戸惑っていると、茶々丸が、刹那が破いた窓から出てきた。そのあ
とにエヴァの趣味で着せられたメイド服姿の裕奈達三人も出てくる。

「降参してください。あなたは本来この戦いに参加する意志も意義もないはず」

優位を悟って茶々丸がもう一度刹那に降伏を促した。

「やるといった以上、引き下がる気はありません」

刹那も強く言い返した。

「なら、もっと痛い目をみますよ」

茶々丸の口調は淡々としていたが、刹那を心配しているようだ。

「それでも足止めぐらいはします。そうすれば向こうの結果がどうあれ私の役目は果たせますから」

「引く気はないのですね?」

「ええ、エヴァンジェリンさんにあそこまで言われて、私にも神鳴流の剣士として意地がありますから」

「了解しました。ではもう言いません。佐々木さん和泉さん明石さんはマスターの元に行ってください。ここは私と大
河内さんで十分です」

茶々丸が言うと、命令権が彼女にもあるのか三人がうなずいて、エヴァのいる方へと駆け出す。

「行かせません!」

急いで回り込んで刹那は止めようとするが、その前にアキラが立った。

「どきなさい!」

刹那がアキラにすごむが、操られているアキラには効果がなかった。

「くっ、やりにくい。卑怯ですよ!」

刹那が茶々丸に鋭い目をむける。

「申し訳ありません。ですがマスターの命令です。この戦いから邪魔者は排除させてもらいます」

茶々丸も動き出す。刹那と距離を密にしてきて、拳を放つ。刹那は腕でガードするがその腕が無理矢理外に弾か
れる。すかさず茶々丸があいた腹に蹴りを入れようとし、刹那は太刀でガードするがその太刀ごと蹴り飛ばされて、
うしろの木の幹に身体がめり込んだ。つづけて、アキラが向かってくる。刹那はダメージに喘ぐ中を転がるように避
け、そこに茶々丸がいて、またもや蹴り。

次も木に叩きつけられた。木が折れて、さらに後ろの木にまで身体が飛ばされる。

「なっ、なんという力っ。ダ、ダメだ。ついていけない……。技をだす暇がない」

刹那をしても速度も力もついていかない。茶々丸と普段戦った経験はないが、流石にここまで化け物じみた力はな
いはずだ。噂には聞いていた『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』だが、普段が普段だけに解放時にここまで魔力
が上がるとは思わなかった。この上にアキラがいるとなると、悪くすると一方的に殴られることになる。

(いや、事実、今そうなっている)

ドゴンッ。

思っていたら反対からアキラの拳が飛んでくる。一瞬夕凪で応戦しかけるが、横島の言葉が脳裏をよぎる。アキラ
は大怪我を負わせれば回復の方法がない。
なにより同じクラスメートであり彼女に非はなく操られているのだ。少しでも傷を負わせるのも躊躇われた。
相手は強くてもアキラだ。茶々丸や自分の剣を簡単に避ける横島とは違うのだ。当たれば取り返しがつかないこと
になりかねない。結果、刹那はまたもやアキラの拳をまともに受け、吹き飛ばされた。

「うぐっ」

刹那は思わず地面に這いつくばってうめく。しかし茶々丸とアキラは一気に勝負を決めに来た。二人が同時に息の
あった動きで拳と蹴りを縦横無尽にはなってくる。刹那はなんとか避けようとするが、茶々丸にいたっては自分より
速い、アキラの拳をなんとかしゃがんでかわすと茶々丸に下から蹴り上げられた。

凄まじい力のこもった蹴りで、刹那の身体が身体が宙に高く舞い。そこをアキラが飛び上がってくる。とんでもない
脚力だ。優に10メートルは飛び上がり、空気を蹴って落ちていく自分をさらに両手を合わせて地面に叩きつけた。
刹那は何度も地面をはね飛ばされて転がされる。

「う、カハッ。し、信じられない……なんという戦闘センス。大河内さんの基礎があるとはいえ、エヴァンジェリンの魔
力とはこれほど大きいのか。これではいくらあの人でもエヴァンジェリンに勝つことなど不可能ではないのか……」

そう考え、ふいに刹那に黒い染みのような思考がわき起こる。

(でも……もし……もしも、あの人が負けたら、どうなるんだろう。エヴァンジェリンの奴隷にでもなるんだろうか。も
し、そうなら、私にとっては、その方が)

刹那はそこまで考え、自分の考えを唾棄するように吐き捨てた。

(いや、それはダメだ。あの人は気にくわない。ここまでしてあげる義理もない。でも、お嬢さまを影から守る資格す
らなくすようなずるいことはしたくない。それにあの人に返せないぐらい大きな借りを作るのは気にくわない)

なによりも戦いにおいて負けることは好きな方ではない。刹那はそうしてここまで強くなったのだ。理由を付けて負
けるような中途半端をして、強くなれたわけではない。

「と……とにかくっ。立たないと……」

刹那は震える足で立った。
それでもかなりダメージは受けておりふらついた。

「まだ立てるとは、お見事です」

ドゴン!

しかし、無駄話もせず、容赦なく刹那の腹に茶々丸の拳がめり込んで、さらに蹴りがスパッツをはいていた膝に決
まる。後ろからはアキラがかかと落としをした。まともに受けて地面を舐めさせられる。

「ぐっ、あっ。ガッ、はあはあ」

それでも刹那は体勢を立て直した。

「まだ立つのですね。ですがもう勝負は決まっていますよ」

茶々丸は淡々と事実を言う。でも攻撃の手が止まり、心のどこかは揺れ動いていた。アキラの方もだ。いくらエヴァ
の命令でも、クラスメートをここまで傷つけるのは彼女たちの優しい性格と激しく対立していた。

「たしかに、まったく歯が立ちそうにありませんね」

刹那は自嘲気味に言った。
このままではどうあがいても勝てそうにない。

「意地を張らずに降参してください。これ以上あなたを殴りたくありません」

「勝手ですね」

「かもしれません。ですがこれ以上はあなたにも後遺症が残ります。あなたもそうなっても戦うほど横島先生への義
理など無いでしょう」

「それは……そうです」

刹那の本心は少し違った。
でも言えなかった。

刹那は詠春に拾われてからずっと木乃香を守るためだけの使命を帯びて生きてきた。そのことを不満に思ったこ
とはなかった。木乃香のことが純粋に好きだったし、誰よりも守りたかったから。ある事情で友達がいなかったのは
自分も木乃香と同じだったし、木乃香と仲良くできた昔が、本当にいい思い出だった。それ以外のいい思いではな
かった。いつも魔物と戦うか、修行をしていただけのような生き方だった。

(それなのに、当時の私には川で溺れるお嬢様を助ける力すらなかった)

あの日のことが刹那はいまだに忘れられない。川に溺れた木乃香を助けようとして昔の自分は自分も一緒になっ
て溺れ二人して大人に助けられた。大人に頼る非力な自分。守ると決めた木乃香すら守れなかった自分。それが
いやで、木乃香の元から離れ、神鳴流にだけのめり込んだ。

少女らしい楽しみなど異端の自分には必要なく、ただ、居場所だけを見つけたかった。だから、ようやく木乃香を守
れるぐらいの力ができたと思い、中学生になった頃、木乃香の護衛に再び志願した。だが、自分は自分のとある欠
点が気になり、自分が何物なのか理解すると、子供の時のように木乃香と仲良くできなくなった。

(ばれて、他の人達と同じ目でお嬢さまに見られるのだけがいやだった。あの頃、自分がお嬢様を避けるせいで、
お嬢様が傷付いてるのを私は知っていた。でも私はどうしても踏みだせなかった)

そうするうちに木乃香には自分以外の友達がどんどんできていき、自分は友達としてはもう木乃香に必要なくなっ
てしまっていた。木乃香には自分など必要のないのだ。

たまに思う。
あの頃の自分がそんなことに拘らずに木乃香と仲良くしていれば、彼女は自分の方だけ向いてくれたんじゃないか
と。でも、そう思うほどばれたときが恐くなった。
木乃香にだけは『気持ち悪い』とか『化け物』とか言われたくない。
それでも、木乃香の護衛の任務は刹那だけのものだった。だからそれでよかった。たとえ木乃香が知らなくても自
分は影で守れれば満足だった。

(なのにあの人は私より強くて、自分の知られてはいけない秘密も簡単に打ち明けたようだった)

自分がずっとそうしたいと願いながら、できなかったことが、横島には簡単にできた。気付けば横島は刹那が一番
大事にしていた木乃香の護衛という任務まで奪いそうになっていた。

(見苦しいのは分かってる。自分の正体以上にこの心こそが見苦しいのだと分かっている。真名が間違ってたのな
ら非礼は詫びるべきという理由も分かってる。そしてあの男が、悔しいほど、自分の非礼など気に止めていないこ
とも分かってる。あの男は強い。自分よりもお嬢様をきっと上手く守れる。全部分かってる。でも……だから……私
は……あの男が嫌いなのだ)

ギュッと刹那は自分の拳を握った。

「桜咲さん?」

思い詰めたような顔をしていた刹那を気にして茶々丸が声をかけた。

「絡繰さん。大河内さんは、エヴァンジェリンに操られている間の記憶は元に戻ってもあるんですか?」

刹那はふと思いついたように今のこの場に関係がないようなことを言った。

「いいえ、あればマスターもここまではしません」

茶々丸は言い訳にしかならないと知りながらもエヴァを擁護した。

「そうですか」

刹那の表情がまた一瞬翳った。そしてつづける。

「それを聞いて安心しました。あなただけならまだいい。うすうすは気付かれてるようですしね」

「気付く……?なんのことですか?」

「それより絡繰さん。今夜のことは超や葉加瀬にも伝わらないようにしてください。本来なら私には報告義務があり
ますが、それがあなた方がしたことを全て学園長に報告しない条件です。もしかすると学園長は気付いてるかもし
れませんが、魔法先生方に今夜のことを知られればあなたたちは最悪封印されますよ」

「それは困ります」

「なら頷いてください」

刹那はどこか穏やかに、それでも有無も言わせぬように言った。

「分かりました。今日のことは彼女たち二人に知られないように私の記憶から消します。でもあなたの部分だけです。
全て消せば二人に返って怪しまれるので、それでもいいですね?」

「ふふ、絡繰さん。そう言うということは、やはり気付いてる」

刹那は醒めたように笑い、茶々丸は目を伏せた。

「申し訳ありません。私ではなくマスターがあなたを見た瞬間分かったようです。ですからマスターはあなたを気にか
けていた」

茶々丸はなにかを察したように言う。

「これは、あの人のためなどでは欠片もありません。きっと、あの人にだけは負けたくないんだと思います。たとえ、
こんなこと一つでも……。その理由がなんなのかは自分でもよく分からないんです」

刹那は少し涙がにじんだ。

「きっと、ネギという子供であれば、自分もこうも思わなかったと思います。でもどうもあの人は私を苛立たせる。そ
れとも、もしかしたら私も精一杯お嬢さまのためにしてると擬似的にでも思いたいのかもしれない。近付くこともでき
ないのに、まったく、いやになる」

そして、

バサッ

背中に純白の翼が現れた。

「とても綺麗です」

「無理に褒めなくてもいいです。醜いとは自覚していますから」

「そうですか……」

茶々丸には気の利いた言葉など言えなかった。
そして、アキラが動き出す。だが今度の刹那の速度はアキラを簡単に圧倒し、今度は逆に蹴り飛ばす。それでアキ
ラがあっさり昏倒する。茶々丸も動きだし、2人がぶつかり空中で刹那の太刀と茶々丸の拳で火花が散った。

「すごい、ここまで力が上がるとは」

「あなたこそ、まだついてこれるんですね」

刹那が斬岩剣を放った。






「はあはあ、も、もう、木乃香意外と足速いんだから、全力で逃げないでよ」

息を切らせた明日菜は同じく息を切らせた木乃香の手を逃げられないようにしっかり掴んでいた。二人とも寮から
は出ていなかった。木乃香が靴を履く間に明日菜に追いつかれ、外に出なかったせいだ。

「に、逃げる気はないのに、明日菜が追いかけてくるんやもん」

下駄箱の前で木乃香は明日菜を見ずに言った。

「もんって、もうこの子は……。でも私が悪かった。ごめん」

明日菜はとりあえず素直に頭を下げた。カモは明日菜の肩にいたが、今は黙っていた。

「こんなぐらいで、謝らんでもええけど……」

「そうじゃなくてさ、ほら、横島さんのこと。木乃香に内緒にしてたからごめん」

もし木乃香が横島と同じことをしていたら、自分は木乃香以上に動揺し、もしかしたら怒ったかもしれない。頭を下
げるだけでは足りないかもしれないが、明日菜はまず自分のすべきことを示したかった。

「謝られても困るえ、別になんも怒ることでもないんやし」

だが、木乃香は言葉と裏腹に拗ねた様子が見え、明日菜を見ようとしない。
明日菜は一方で、こういう面を木乃香も持っているのかと思うと意外だった。どんなことがあっても木乃香はいつも
朗らかで、なんでも笑っているような子だった。こんなふうに少しでも怒るとは意外であった。ここに刹那に冷たくさ
れた悲しさも加わってるのは明日菜の知れることではなかった。

「木乃香が怒ることはあるよ。だって私だけ横島さんに連れられてエヴァンジェリンさんのところに行ったんだから。
横島さんのこと知ってるのは木乃香も同じなのに、フライングして……えっと、その」明日菜はここで赤くなってしま
う。「契約もしちゃったし……」

「へ?……もうそこまでしたん?」

「う、うん……」

明日菜はこれ以上隠し事をして、木乃香と関係をこじらせたくなくて言った。そうなれば木乃香も仮契約しかねない
が、どのみち、いずれ木乃香は横島とキスぐらいはしそうな気がした。

「じゃあ明日菜、横島さんとキスしたんえ?」

思わず木乃香は明日菜の顔を見てしまう。木乃香の瞳が潤んでるのを見ると明日菜は心が痛んだ。といっても今
の言葉で泣いたとも思えない。やはり結果的に仲間はずれにしてしまったせいで、悲しくさせてしまったのだろうか。
何しろこれにはエロオコジョですら参加していたのだ。

(なんか今、姐さんに凄く酷いことを思われてる気がするぜ)

カモはせっかく空気を読んで黙っているのに、すごく自分の尊厳を傷つけられた気がした。

「う、うん……」あのときのことを思い出すと明日菜は必要以上に赤くなった。「って、でも、エヴァンジェリンさんとの
決闘について行くのに邪魔にならないために、横島さんと仮契約するしかなくてしただけで、個人的感情はないの
よ。あ、うん、でも、フライングはフライングだし、横島さんに無理言って今回連れて行ってもらったのも私なの。だ
から、木乃香、本当にごめん」

明日菜は深々と頭を下げた。

「そんなに謝られてもな……。ああ、なんでうち泣いてしもてるんやろ」

木乃香は泣き笑いのような表情になる。

「あ、そうだよね。じゃあ私を怒って。うん、張り手ぐらいならいいから」

と、明日菜は顔を上げると、まっすぐ木乃香を見つめた。

「怒ってって、言われても……」木乃香は苦笑気味に言った。「明日菜はなんも変わってないなあ」

木乃香がそう言ったのは嫌味ではなく感心したのだ。

「そう?」

自分では横島とキスして少し大人になった気がしたのだが。

「覚えてる?おうたばかりのころも、大人しいうちを明日菜は無理やり引っ張り回したんえ」

「そ、そうだっけ、ごめん」

「ううん、うちは嬉しかったんよ。おかげで小学校の時より明日菜以外にもたくさん友達もできた。でも、横島先生の
こと黙ってられたのを怒ったわけではほんまにないんやえ」

木乃香はいつものように朗らかに言った。明日菜は木乃香にはこの顔が一番似合うと思った。

「本当はちょっと怖かったんえ。なんや、急に明日菜が私を置いてくような気がして、また一人になるような気がして」
そういうと木乃香はぽろぽろと泣き出した。「ごめんな明日菜。うち、いっつもこうやねん。人付き合いとかほんまは
苦手やねん。嫌われるとどうしていいんかわからへんねん」

「ご、ごめん……。わー、ちょ、木乃香泣かないで」

明日菜は慌てて木乃香を慰めた。
機嫌が直ってほっとしたかと思えば、まだ不安定だったようだ。

「ごめんな明日菜。ごめんやで」

「ちょ、ちょい待ち、木乃香が悪いんじゃなくて私が悪いの。な、なんで謝っちゃうかな」

「はは、なんかうち変やね」

すると余計に木乃香がぽろぽろと泣き出した。

「変じゃない。変じゃないよ。え、えーと、まあとにかく仲直りよ」

「う、うん、ありがとう。明日菜ありがとう」

「いや!私の方こそ、そういってくれてありがとうだから!泣かないで木乃香!えーと、じゃ、じゃあ木乃香どうする?
仮契約して今からでも二人を追いかける?」

明日菜はとにかく話題を変えた。

「へ?でも、うち、横島先生とキスして、明日菜怒らんの?」

「な、なんで、怒るのよ!」

「はは、でも、よかった。明日菜が追いかけてきてくれて、せっちゃんみたいに追いかけてきてくれんだらどうしよう
か思ってたんよ。自分で逃げといて、うち、我が儘やな」

「当然でしょ。って、せっちゃん?」

明日菜が首を傾げた。
誰のことか確かめようとして、だが、そこに別の声がかかった。
木乃香は一瞬、刹那かと思い、びくっとするが、その声は違う声だった。

「あなたたち何をしてますの?」

同時にライトが明日菜と木乃香の目を直撃した。

「……いいんちょ?」

明日菜が眩しそうに目を瞬いた。そこには懐中電灯を片手に持ったあやかが立っていた。Tシャツにジーパンと木
乃香以上にお嬢さま然としているわりに動きやすそうな姿だった。

「木乃香さん……あなたまさか泣いてますの?」

あやかは懐中電灯を手にして、木乃香の姿がよく見えたのか、暗闇でも涙に気付く。

「え、なに。大丈夫なの?」

「明日菜さんに泣かされた?」

と、そこには、村上夏美と那波千鶴までがいた。

「三人とも何してるの?」

明日菜が目を瞬いて聞いた。あやかだけならまだしも、千鶴も夏美もいる。誰かがトイレとでも言って三人で出てき
たのだろうか。だが明日菜や木乃香がいるのは玄関で、トイレがあるのはもっと手前だ。そもそもあやか達の部屋
にもトイレはあるはずだ

「それが聞いてよ。いいんちょがさ、横島先生がちょうど寮から出て行くのを見つけて、用事で見回りできないって
話を聞いてさ」明日菜は何となくこの時点で、横島が出ていくのを言ったのがこの三人で、あやかが何を言い出し
たのか見当がついた。「それなら代わりに見回りするって言い出してね」

「また余計ないことを……」

夏美の言葉にやはり予想通りだと、明日菜が呆れた目であやかを見た。

「言っておきますが、横島先生にも依頼されてしてることですわよ」

あやかが自慢げに言うと、千鶴が言った。

「なら私たちまで巻き込まないでほしいんだけど」

「横島先生の依頼もほとんど生返事だったし、先生ちづ姉のおっぱい見ないのに必死だったもんね」

夏美が面白そうに言って、明日菜はそのときの状況が、目に浮かぶような気がした。きっとそこには『那波は生徒
だ。那波は生徒だ。ああ、でも、少し触るぐらいなら許されるかもしれん!』と血の涙を流す横島がいたはずだ。

「ま、まあ、それはいいとして木乃香さん。大丈夫ですか?明日菜さんに暴力でもふるわれましたの?」

あやかは本当に気遣わしげに聞いたが、明日菜がカチンッと来て立ち上がった。

「どういう意味よ!」

「そのままですわ」

「私が木乃香に暴力ふるうわけないでしょ!」

「もういいんちょは、仲いいのに喧嘩するんだから」

夏美が呆れて、千鶴は木乃香に跪いて尋ねた。

「本当に大丈夫?」

「う、うん、はは、目にゴミが入って明日菜に見てもうてただけやねん」

木乃香が千鶴に言い訳している。この暗闇の中で玄関などにいて泣いていて、そのいい訳はかなり苦しいが、千
鶴も察したのかそれ以上聞こうとはせずに、木乃香に手を貸して立ち上がらせようとした。

「おいおい……」

しかし、そのころ、カモだけが空を見上げ、東北東一〇〇メートルの位置にいる横島を見つけた。その背中にはど
ういうわけか翼が見えた。いや、正確に言うと翼が生えた人に横島が持ち上げられているように見えた。そしてカモ
はあやか達がいることも忘れ声をさらに発した。

「旦那。いくらなんでもそれはまずいぜ……」

「え?どこから?」

「どうしたの夏美?」

「いや、今男の子みたいな声っ!」

夏美が気づいて周囲を見渡し、そこにカモを見つける。だがカモが声を発したとも思えず、ただその小動物が空の
一点を見つめるのが気になり、その方向を見た。

「うわー、なにあれ。大きなカブトムシ?」

「夏美さん、こんな季節にカブトムシがいるわけないでしょう」

あやかは言うが、彼女も空を見る。
確かに空には巨大な、あまりに巨大なカブトムシが見えた。

「え?」

「あれ?横島先生と桜咲さんじゃない?」

千鶴が呟き全員の視線が集まる。すると、次の瞬間、辺り一帯に、誰のものとも思えない余りに大きな、大きすぎ
る『断末魔』がとどろき渡り、世界は真昼のごとき光に包まれた。






あとがき
ちょっと書いてて刹那と木乃香が可哀想でした(汗
完オチキャラはこの時点で誰か分かる人はいないでしょうか。
構想では修学旅行までにおちる予定です。
まあでも、仕上げの行程で無理があれば諦めるかも(マテ。
刹那については、ちと急な気もしたんですが、
まあいろいろこのあとの展開を考え合わせてこうしました。
次で多分、エヴァ編は終わると思いますー。


それと感想と修正点の指摘サンキューです。
またあればいただけると助かりますし嬉しいですー。











[21643] 夜の決戦。決着と逃避。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/01 11:33


「よく今のをかわしたな!」

悪い魔法使いと自称するだけあり、自分の放った稲妻をギリギリでかわす横島にエヴァが高笑いした。

月の欠ける夜。横島とエヴァの二人が麻帆良の上空でぶつかり合っていた。といってもエヴァが一方的に攻撃して
るという方が正しい。横島は『飛』『翔』で飛んでいるとはいえ、文珠は魔法のように使いまくればすぐにネタ切れに
なる。ここぞという機会を狙って、使わねば、負けるのは自分。
そしてそうなると横島の攻撃方法は霊剣と栄光の手とサイキックソーサになる。中短距離が横島の得意な範囲で、
今はエヴァと10メートルも距離があった。

「あ、あっぶな!殺す気か!こっちはエヴァちゃんみたいな全体へのシールドはないんだぞ!」

空に舞い上がって横島が怒鳴った。右手に霊剣、左手にサイキックソーサーを持ち、体中の霊力をこの二つに集
中させており、かなり無防備な状態だ。横島は避けるだけなら得意中の得意だが、稲妻などになると流石に厳しく
なる。体中から汗が流れ、やばい、死ぬ、と本気で思えてくる。

(くっそ、この姿でこの強さは反則じゃ!)

「何を言う。お互い本気をぶつけ合う約束だろう!」

「ちょっと手加減してやっただろうが!」

超加速の時、たしかに文珠一つではエヴァには効かないと思ったが、他にも霊剣で刺すことや、完全ではないにし
ろ、『縛』で拘束して、一瞬でも動きを封じればそれで勝つ方法はあった。『爆』にいたっては一文字でも殺せるかも
しれない。そうしなかったのは、横島の甘さだった。自分の生徒という思いを捨てきれず、なにより10歳ほどにしか
見えないエヴァを殺せるわけもなく、この我が儘少女の相手をしてやらないと可哀想と思ってしまったのだ。

「そんなものは当然だ!か弱い少女と大の男が同じなわけあるまい!」

さらにエヴァは手元に氷の矢を出現させた。

「『魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!!』」

「か、勝手なこと言うな!」

横島は氷の矢を弾きながら、しかし、今度は下がらずに突き進んでくる。一本の矢が頬をかするが、ここで下がっ
てはいけないと、そうすれば余計に形勢が不利になると、横島の今までの実戦経験が告げていた。魔法を使う相
手に距離をとれば、それは相手を有利にするようなものだと直感的に認識された。

「まあお前なら死なないと思ってやってるのだ。光栄に思え!」

「嘘付け!」

「嘘じゃないさ横島。私は今本当にそう思っているし、嬉しいのだ。お前が本当に強くいてくれて、口だけだったら殺
してやるところだ!さあまだまだ続きはある!次はこれを受けきれるか?」

エヴァは楽しそうに高笑いして魔法を唱えてくる。かなり強大な魔力を有しているようで、魔力だけでも横島の肌が
びりびりする。どれほど魔法を唱えても、力が尽きる心配というのをしていないようだ。文珠にしろサイキック・ソー
サーにしろ使用制限の多い横島とはその辺がかなり違う。

「『闇の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・オグスクーリー)――ちっ!』」

完全にエヴァは高ぶっていた。詠唱を省略して、本気で行こうとして、しかし、唱えきれなかった。

「悪いが、早々最後まで唱えさせてばかりはやらんぞ!」

横島も伊達に今まで死線を越えてきたわけではない。エヴァの弱点に見当がついた。この世界ではむこうでは滅
びかけていた魔法が主流で、呪文を唱える間攻撃できない。ならば魔法を唱え終わる前に仕留めてしまえばいい。
茶々丸が居てはそれも難しいが今はいないのだ。

「ち、気づいたか、だが!」

エヴァが紙一重で横島の霊剣をかわす。しかもその手を持ってエヴァが横島の腕をひねる。魔力を自分の力にも
変換できるエヴァは横島より力が強い。だが、この辺は横島も負けない。ひねった方向に一見、デタラメそうに身
体をひねり、回転。下からエヴァを斬り上げる。エヴァの服を切り裂いてひらりと前が開けた。

「ふん、スケベが」

エヴァは服がはだけたのも押さえずに叫んだ。

「ひ、人聞き悪いこと言うな!偶然じゃ!」

横島が叫ぶがエヴァの拳が飛ぶ。凄まじい威力に空中をガードごと吹き飛ばされた。

「どうだ?解放時の私の力は。封印時と比べものになるまい」

ふふん、とすごく自慢そうである。
実際、自慢したいようだ。

「あ、ああ」

(どうする、文珠もあんまりないんだ。エヴァちゃんのやつ解放時はどう見ても俺より各上だ。くっそ、ここまで強くな
るとは。ほとんどの魔力を完全に封じられてたのか。隙をみて決めんと本気でやばくなるぞ)

美神がいれば『もう嫌だ』と叫びだしたい気分だ。

「どうした横島!止まっているぞ!もっともっともっと私の期待にこたえてみせろ!『氷神の戦鎚(マレウス・アクイロ
ーニス),』!」

「なっ!?」

横島が目をむく。上空には10メートルはあろうかという氷の塊が現れ、横島に向かっておちてくる。

「の、『伸びろ!』」

横島が焦って霊剣を伸ばしてその氷塊を縦に斬り裂く。
なのに、その斬り裂いた先にエヴァがすでに魔法を完成させていた。

(とった!)

「『来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆 ( ニウィス・カースス ) !』」

「くそ!」

エヴァの手から凍気が爆発するように向かってくる。
その爆発する凍気を横島はサイキックソーサーを身体に半分ほどにまで巨大化して受け止める。それでも身体の
端々に氷がまとわりついた。一瞬で凍えそうなほどからだが冷える。だが、泣き言を言う暇はない。このまま止まっ
ていればエヴァに次々に魔も方を唱えられるだけだ。死ぬ気で横島は空を飛んで、エヴァに斬り込んだ。

美神の『いちいち化け物を見る度にさがるんじゃない!あんたそんなことしてたらしまいに死ぬわよ!』という叱咤
が聞こえてきそうだ。さがると美神に鞭でしばかれるのでようやく身に染みついていた逃げ癖が矯正されてきたとこ
ろだった。『そして突き進んだら攻撃あるのみ!』だ。横島は、持っていた盾をエヴァめがけて投げた。

(どうだエヴァちゃん!まだ。この技は見てないだろ!?)

「な、その盾、武器に使えるのか!?」

不意を突かれたエヴァはまともに腕にくらって爆発が起き、服が吹き飛んだ。腕から血が流れ真っ裸になり薄桃色
の乳房と呼ぶのかも謎な胸や、その下もあらわになる。だが、横島もエヴァの幼女体型にはさすがに反応しない。
さらにそこに斬り込み、可哀想だが、多少斬ってでも動けなくする腹を決める。
しかし、エヴァが身体を隠す暇もなく回避する。だが魔法を唱える間を横島は与えることはない。
さらに、

「『サイキック猫騙し』!」

あたりが眩い光に包まれた。エヴァの目を強烈な光がくらませてしまう。

「ちい、姑息な!」

今攻撃されてはまずいと、エヴァが大きく後退する。
横島が裸の幼女を追いすがった。

「いける。地力で上でも、俺の変則的な技になれてないようだな!でも、惜しい!無茶苦茶惜しいぞ!あと一〇年
……いや、五年してから吸血鬼になったら裸の時点で俺に勝てたぞ!」

(気にならない!気にならない!絶対、俺はあんな小さい尻に反応せんぞ!)

視界が戻るまで、なんとか逃げようとエヴァがさらに上空に飛んだ。追いすがる横島は後ろからエヴァの小さなお
尻がもろ見えになり、ついでにパイマンまで見えて、実際反応しかけるが、理性でそれをねじ伏せた。

(ああ、でも、エヴァちゃんは600歳!年齢的には一番問題ない子!学園長もエヴァちゃんとならなにがあっても
怒らんはずなのに!ああ、なのになぜ!なぜあんなに全部小さいのだ!!!!)

「く、う、うるさい!人が一番気にしていることを言うな!」

声にでている横島にエヴァは怒るが、二文字の『飛』『翔』の文珠の威力は大きく、エヴァに追いつこうとする。しか
し、『飛』『翔』の文珠の効力が、そのとき、

「へ?」

ふっと『飛』『翔』の文珠が消える。

「って、ちょっと待てえ!」

文珠の悪い点がここに来て出た。持続時間は力が大きくなればなるほど短く、エヴァに追いつこうとして速度を速
めたために、急激に効果が切れてしまう。
そうすると横島はもともと飛べるわけではなく、当然エヴァにあと一歩及ばずに落下していく。

「はあはあ、な、なんだ?トドメがこない?」

エヴァが危うく負けかけたことに焦りつつ戸惑い、ようやく視界が戻って地面の方を見た。どういうわけか横島が飛
んでいたのに落下していく。

「いやああああああああああああ!この高さは死ぬ!!!」

「なにをしてるのだあの男は?」

横島があまりに高くから落ちている。いくらなんでも無防備に落ちていい高さではない。しかし、辛うじて栄光の手を
伸ばして衝撃をゆるめ、それでも顔面から落ちていた。

エヴァは横島に負けずにすんでホッとする反面、額に青筋が浮かんだ。

「あ、あのアホは。戦いもせずに死にかけるとは、どういうことだ?また手加減でもしたのか?いや、そういう感じで
もない……。ち、なにか本当にマヌケなことでもあったか?少し負けてやるのもありかと思ったが、やめだ。完膚無
きまでに負かして私の奴隷にしてくれる!」

肝心な部分を外されて怒るエヴァが、地面に降りていく。そのエヴァも地面に広がるもう一つの光景には軽く戦慄を
覚えた。



ズンッ

「動力炉停止。予備動力により、自己保全モードに切り替え」

「はあはあ、絡繰さん。メモリーは大丈夫ですか?」

背中に翼の生えた刹那の夕凪が茶々丸の動力部に当たる胸部を貫いていた。刹那もかなり深手でふらついてい
たが、二人の勝負は決したようだ。

「はい。メモリーは頭部です。問題ありません。ですが、あなたに負けるとは思いませんでした」

エヴァ解放時の自分の強さに自信があったのか、茶々丸は刀を抜き取られて、地面に崩れ落ちても、無表情の中
に驚きの声が含まれた。それほど烏族の力を解放した刹那は強かった。

「いいえ、地力ではあなたの方が上だったかもしれません。でも超や葉加瀬につくられた飛行システムやボディがエ
ヴァンジェリンの魔力についていってなかった。敗因はそこでしょうね」

あまりこの姿を褒められるのが喜べない刹那が補足した。

「なるほど……、以後の課題とします」

「絡繰さん。その、ここまでしておいて失礼ですが――」

刹那はわずかに心配げに茶々丸を見た。

「了解しています。約束どおり、機能停止の前にあなたの記憶を抹消します」

茶々丸は少しの間静かになり、

「スリープモード切替。では横島先生、マスターをよろしくお願いします」

眠りにつくように目を閉じた。
最後に横島と言ったのはなんだろうか。まさかボディの欠損理由のため、刹那の記憶を横島の記憶に差し替えた
のか。それだと横島には悪い気がするが、人質まで取って攻撃してきたのは茶々丸である。二人も正当防衛では
横島に怒ることもあるまい。

「すみません」

余程背中の翼を誰かに見られるのがいやだったのか、刹那は安堵する。そして自分の翼を嫌うように見た。力は
上がる。烏族の力は大きい。だから追い詰められると使ってしまう。なければないように対応するだろうに、忌々し
い翼だった。いっそ誰かが引きちぎってくれたらいいとさえ思う。

でも、この状態になった自分は相当強いらしく、そういう状況になったことはなかった。バカなことを考えている。刹
那はもう一度吐息が漏れ、ともかく自分の役目は果たした。もういいだろうと翼をおさめようとし、

ゴガンッ!

と、そのとき、後ろでなにかが叩きつけられる音がした。

「ご、ごほ!くっそ、もうちょっとだったのに!神様のアホ!空気読め!」

本人が一番、空気が読めない横島が地面に這いつくばっていた。

「なにをしてるんです?」

刹那が冷たく横島を見た。

「お、おう、桜咲。どうしたその羽?」

翼を隠そうとする気が逸れて、横島が刹那の翼を見てしまう。

「う、薄々気付いていたでしょう。これが私の正体。烏族とのハーフです」

(く、見られた)

動揺していたが、横島にそれを知られるのがいやで、刹那は淡々と言った。

「はあ、やっぱりシロみたいなもんか。ひょっとして飛べるのか?」

「ええ、まあ」

「便利だな。俺もそれなら落ちないのにな」

「便利……。嫌味ですか?」

刹那は烏族の掟では他人に正体がばれれば、そのものの前から去ると決められていたが、茶々丸も横島も最初
から勘付いていた相手だ。という言い訳もある。それに、まだ木乃香のそばから離れるわけにはいかない。この人
がいるならとくにだ。

「な、なんでそんなことに嫌味を言うんだ?」

「なんでって、それは、みんな気味悪がります。死ね、という人もいたし、これを見せて生きていける場所もありませ
ん。あなたにもその程度わかるでしょう」

やはり刹那は苛立った。なんでこんなことをわざわざ説明せねばいけないのだ。この翼を見ればそれだけで事情
はわかったはずだ。魔法に関わる人のようなのに、なぜこんな常識をわざわざ説明させるのだ。

「そうか、桜咲はシロっていうより、こっちの世界でいうと魔族とか妖怪に近いのか?」

横島も刹那の立場に理解が及んだ。横島の世界はオープンで、なんでも受け入れるように見えても魔族や妖怪に
は厳しい目があった。ピートも唐巣神父の保護があって、あの容姿だから受け入れられたが、厳しい目をむけるも
のが皆無だったわけではない。とくにパピリオやルシオラなどは、一般に正体を明かせば誰の保護があっても人界
には住めない存在だ。まあそれでもここよりはずいぶん人外への理解は大きかったが。

「なっ、ま、魔族?」多少そんなものと同義にされて驚くが、怒るのもなにか違う気がした。「ま、まあそういうことです。
このことは、他の方には秘密に願います」

こっちの世界という言葉はよくわからないが、妖怪と言われれば烏族はそっちよりだ。魔族もこちらでは通常悪魔と
呼ぶが、悪魔の別称として通じない言葉ではなかった。

「わかった」

(なるほど、それで桜咲は木乃香ちゃんに近づけないのか)

大体の事情がようやく横島にも飲み込めた。でも同時に木乃香という人物も思う。

「でも、桜咲、理解してくれるやつはしてくれると思うぞ。俺なんか、魔族の女に惚れて恋人だったしな」

「魔族と……」

刹那は胸に不快感がわいた。なぜこの人はこんな無責任で、めちゃくちゃなことを言いだすんだ。人間に害をなす
妖怪や悪魔を打つのが神鳴流の仕事である。自分も烏族とのハーフとはいえ悪魔にまで堕ちたつもりもない。だ
から、そんなものと恋人だったという横島に不快感がわいた。

「そんなものを好きになるなど、あなたは恥ずかしくないのですか!」

だから言ってしまう。自分がもっとも言われたくないことを。人になら言えてしまう。

「はは、まあ好きになったんだから仕方ないな」

なのに、横島は平気そうに笑う。

「好き?魔族が?」

そうだ。
自分はこれに苛立つのだ
この人は気にしない。
どうしようもないようなことで責められても自分のような弱い反応をしない。
だから苛立つのだ。

「あなたバカですね」

「……そうかもな。でも――」

なにか言おうとして横島は、いつもおちゃらけた顔に少し真剣さが見えた気がした。

「それより、私は勝ちましたよ。威張ってたわりにあなたは負けたんですか?」

横島がまたなにか言いかけるが、刹那は打ち消した。
どうせ自分にはできないようなことを言われる気がして、聞きたくなかった。

「うっ、わ、わはは、いや、そういうわけではないんだがな!ちょっとドジ踏んだ!って、絡繰!?」

刹那の後ろにうずくまる茶々丸に横島が驚く。慌てて駆け寄ろうとするが、それを制して、エヴァの声がした。

「ほう、やるではないか。茶々丸に勝ったか。桜咲刹那」

破けた服に代わり、マントを羽織ってエヴァが悠然と降りてきた。隠せてる部分は少ないが、局部などを見せるの
は流石に抵抗があるのかコウモリのようなものが小さな胸と下の局部を覆っていた。

「どこかの阿呆とは大違いだ」

エヴァは横島を睨んだ。

「横島!なぜ、飛ばない?霊力がもう切れたか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけどな」

(まずいな。一通り、文珠以外の技はみせて、サイキック猫騙しはもう使えんし、となると文珠頼りだ。エヴァちゃん
に確実に勝てそうな文珠の技はあれ……か。でも、あれはこんな所で撃てんし、危ないし)

「なら早くしろ」

「ううん。いや、やっぱ飛べんな」

横島は文珠の残りを確認した。5個である。先程のエヴァとの交戦で一つはなくなった。これで『飛』『翔』の無駄遣
いはできない。すればエヴァを倒せる技を使えなくなる。

「ふざけるな!どうして飛べていたものが飛べなくなるのだ!お前から霊力をまだ感じられるぞ!」

「ふざけてない。悪いが俺はもう飛ばずに戦う」

横島は宣言して霊剣を構える。飛ばないとなると場所の選定など難しいが、やるしかない。

「なぜだ横島。お前の戦い方はどうも妙だ。なにを隠している。それとも霊能者というのはお前のようにトドメのタイ
ミングを逃したり、飛ぶべき時に飛ばないものなのか?」

「事情があるんだ。話す必要はないな」

「ぐっ」

エヴァは面白くなかった。この秘密を明日菜や木乃香には話してると知っている。それだけに余計に面白くない。
横島が自分を信用する理由は欠片もないだろうが理性じゃなく感情が面白くない。ナギも横島も600歳の自分を
まるでなにも知らずに我が儘を言う子供のように扱う。自分は600歳なのだ。お前たちより遥かに年上なのだ。そ
の辺をわからないのか。エヴァは甘えたがり、そうされたいようで、実際そうされると腹立たしい。

「横島、飛ばないことを負けた言い訳にするなよ」

「エヴァちゃんこそ、泣くなよ」

「ちっ」

本当に面白くなさそうにエヴァが浮き上がる。高揚していた気分が醒めて、腹立ちが先行していく。この男も美辞麗
句を並べて、結局、自分と本当に向き合ってなどいないのだ。こういうのはきっと自分の都合で、また自分の前か
ら消えていくのだと思えた。

「そんなことはさせん……」

「うん?」

エヴァの様子が少し変わる。
変わったことに横島が訝しむ。

「お前はたとえ操り人形にしてでも私の傍にいてもらうぞ」言いながらもエヴァは刹那を見る。「桜咲刹那。貴様はど
うする。我が従者を倒したのだ。横島に手を貸しても文句は言わんぞ。だいいち地上の蟻を撃ち落とすなど趣味に
合わん」

徹底的に、横島があとで文句の言いようもないほど負かす。先程の超加速での借りはこれでチャラにするつもりだっ
た。

「バカ言うな。エヴァちゃん」

だが横島は刹那の参戦は拒んだ。

「桜咲。絡繰を抑えてくれただけでもだいぶ助かった。もういいぞ。大丈夫、勝算はある」

「横島先生、絡繰さんの件で借りは一つです」

「うっ」横島はたらりと汗が流れた。「そ、そうだな。できるだけ、返すように努力するぞ」

「いいえ、あなたへの要求は決めてます。それにこれで借り二つです」

つぶやいて刹那が、後ろから横島を持ち上げた。

「さ、桜咲?」

「私もやはりあなたの行動が妙に思えます。飛べるのに飛ばないなど不合理だ。私のような理由でもないでしょう」

刹那の頭はこれ以上横島に構うなと警告してくる。構えばなにか自分の大切にしていたものを奪うと言ってくる。で
も気になるのだ。その理由が自分でもわからなかった。でも茶々丸がエヴァが自分を気にしているという気はわか
る気がした。きっと存在的にどこか自分とエヴァは似ているからだろう。そしてエヴァも同じように横島を敵視する。
自分の守ろうとする大事な部分にこの男は触れようとするからだ。きっとエヴァも同じ苛立ちを感じている気がした。

(だから最後まで付き合ってみよう。私は変わりたくない。でもこの男からは逃げたくない)

「なんだ桜咲。なんで手伝うんだ?」

横島が戸惑う。

「さあ、よく分かりません。でも、あとであなたの素性を教えなさい」

刹那は喋りながら、聞きたくないとも思う。

(嫌な人だ)

本当にそう思えた。

「それで借りは一つ無しでいいです。その上で、信用できないと思えば私はあなたをあらゆる方法でお嬢さまの傍
から排除します」

背中から抱える刹那の目は真剣だった。
横島も圧されるようにうなずいた。

「わ、わかった。じゃあ頼む」

「ふんっ」

エヴァの目がますます面白くなさそうに歪む。全力で戦えて、久々にスッキリするつもりだったのに、これでは余計
にストレスがたまりそうだ。こうなったら横島を殺す気になろう。少々死にかけても吸血鬼にでもすれば本当に死に
はしない。なによりエヴァは横島を自分に無条件でYESと言わせたかった。

「いくぞ?」

言ったエヴァが地上に降り、樹の影のその中に消えていく。樹に隠れたのではない。本当に影に沈んでいくのだ。

「なに……なんだそれ?」

「魔法には転移術もある。魔力は少々いるが、惜しくはない。どうせこの魔力もそう長くは使い続けられん。今日限
りのものでしかないのだ」

「転移?まずい!」

消える前に叩こうと横島が飛び出し、刹那が思わず引っ張られる。だが届く前にエヴァが消えた。

辺りが静かになる。

虫の音や木々のこすれ合う音がする。

刹那もどう行動していいのかわからず、しばらく様子をうかがう。

(なんだか男の濃い匂いがする。嫌だな)

これだけ近付くと横島から男の汗の匂いがした。刹那は横島を抱き締める形になるのが、どうも落ち着かない気分
で、横島もどうも刹那に後ろから抱き締められるのは無い乳でも少しはあり、落ち着かない気がする。

「す、すまんな桜咲」

「あなたに謝られる謂われはありません。黙っていてください」

刹那は冷たく言う。
星が空から落ちてきそうな夜。
横島は静かにエヴァの現れる時を待つ。
やがて少し離れた場所。女子寮側からエヴァの声がした。

「『闇の29矢(オブスクーリー)!!』」

真後ろにエヴァがいて一番即行で唱えられる闇色の29本の矢が飛んでくる。

「甘い!」

だが刹那の反応が早い。横島ごと凄まじい速度で舞い上がる。それをエヴァはすかさず追い。その間にも次々に
追いかけてくる矢を刹那がかわし、かわせないものは横島がサイキックソーサーを遠隔操作して防ぐ。

「素早いな小娘!だが、誰が甘いのだ!舐めるな!『来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 闇の精(グラキア
ーレス・オブスクーランテース)!! 闇を従え(クム・オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット・テンペスタース) 常夜の
氷雪(ニウァーリス)闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!』」

今度は避けようもないほど広範囲に凍てつくような吹雪が巻き起こった。当たれば確実に動けなくなる。それほど
の威力と魔力が込められていた。

「まずい!これはよけれない!」

刹那が焦った。

「桜咲!羽をたたんで、できるだけエヴァちゃんから体表面積を少なくしろ!」

刹那が言われて考える暇もなくそうするとサイキックソーサが吹雪の衝突する足下で大きくなり、なんとか吹雪の直
撃を防ぐ。だが、エヴァはさらに追いつき上空で魔法を完成させた。

「終わりだ!『来れ(ケノテートス) 虚空の雷(アストラプサトー) 薙ぎ払え(デ・テメトー)!雷の斧(ディオス・テュコ
ス)!!』」

エヴァは本気の目だ。攻撃に躊躇がなく、その場で最大の効果の現れるもので即行を決めにくる。こうなると戦い
は長くつづかない。どちらが勝つにしろ決着の時がきていた。

「ち!離れろ!桜咲!」

横島が刹那を無理矢理引きはがし、落ちながら自分は霊波の盾で攻撃を無理矢理ふさぐ。だが相手は雷撃だ。
ふさぎきれずに体中に電流が流れた。身体が痺れる。そしてエヴァは待たなかった。

「仕上げだ!『氷の17矢(セリエス・グラキアリース)』!」

氷の矢が飛んでくる。今度は流石に避けきれず、5本の矢が身体に突き刺さった。2本は横島の身体を突き抜け
た。

「な、なにをエヴァンジェリン!殺す気ですか!」

刹那が驚いた。
やりすぎだ。
そこまでしては横島が死んでしまう。

(というか、なんだ?この程度の魔法でこんなダメージを受けるのか?)

刹那が戸惑う。エヴァの魔法を無防備に受けたのはわかるが、それにしてもダメージが大きすぎる。横島レベルの
魔法使いを貫けるような魔法じゃ今のはない。連撃を噛まそうとしていたエヴァの手が思わず止まった。エヴァも横
島のダメージが予想外だったようだ。

「ガハッ」

(ち、ちょっと洒落にならんな……)

腹から血が流れる。

「痛そうだな。常に身を守る魔法の盾程度も身につけてないとはアンバランスな……。これが霊能力者の正体か?
致命傷だな。降参するか?」

わずかに気遣わしげにエヴァが言った。完全に死ねばさすがに吸血鬼にもできないのだ。
刹那が地上に落ちそうになる横島を慌てて拾うが、自分の服にまで血がついてきた。

「だ、大丈夫ですか?すぐに治療を――」

「お……俺が負けてエヴァちゃんは俺を信じられるのか?」

横島の口から血がこぼれた。内臓にまでダメージが及んでるのだ。

「無理だろうな。弱い男に興味はない。せいぜい奴隷にしてやるぐらいか」

「きついな。それにこの傷はちょっと効いた。それほど長く自由に動きまわれそうもないし、お互い小技で、ちくちく
やり合うのもこの辺にしとかないか」

強がる横島だが、血が腹から相当量出ている。決着を急がないと意識を失いそうだった。そして文珠はもう自分に
使ってやれる個数はなかった。

「なにを、横島先生。この傷、本当に死にますよ?」

刹那が顔色をなくしていた。嫌っているとはいえ、その相手が死んでいいと思えるほど人間性を失ってない。だいい
ちそれでは木乃香も悲しむ。

(俺だって死にたくはないんだ。でも15年も待ってた子をまた失望はさせられんだろ。俺が女子校の言葉に反応せ
んかったら期待通りに人物に会えたかもしれんしな)

何より、横島なりにエヴァのことに対する責任を感じ、中途半端なことだけはしてやりたくないと思っていた。

「ほお大技で決着とでもいうわけか?」

「ああ、俺はすぐ出せるからエヴァちゃんが呪文を唱え終わるまで待ってやるよ」

「いいのか、そんな格好を付けて。貴様に似合わんし、お前が負ければ次は冗談抜きで死ぬぞ。私の最大の魔法
ともなれば即死はまぬがれまい」

「負けんさ。絶対に」

それだけは横島も自信がある。
あの技がたとえこの世界でどれほど大きな魔法があろうと負けるはずがなかった。

「大した自信だが、信じていいのか?さすがに殺すのは寝覚めが悪い」

「大丈夫だ。100パーセント俺が勝つ」

「ふん、そうか……」エヴァは微笑んだ。「よかろう。乗ってやる。ならば、その自信ごと私がお前の体を砕いてやる」

と、エヴァの言葉とともに、魔力の密度が上がる。殺してしまっては意味もないと思う。だが自分相手に負けるよう
な男を信じる気にもなれないのも事実。また自分の言った言葉も守れないのなら、ナギのときとなんら変わらないこ
とになる。できれば期待に応えろと思い、エヴァは逡巡の中、魔法を唱え出す。

「『契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)』」

一方で横島も一つ一つ、空中に文珠を浮かべていく。同時に横島が使える最大級の個数を使った神や魔さえも簡
単になぎ払う力。

(なんだ?)
(この玉は?)

エヴァと刹那が同時に戸惑う。
奇妙な玉が空中に浮かんでいた。

『断』

「『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー』」

横島にとっては懐かしくも悲しい思い出のある力。

『末』

「『とこしえの(タイオーニオン)やみ(エレボス)!』」

一度見せてみたら美神どころか、わざわざ妙神山に呼び出され、トラウマなのかどんな状況でも二度と使うなと小
竜姫やヒャクメにまで言われた力。

『魔』

「『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!!』」

横島の横にかつて逆天号と呼ばれた巨大なカブトムシが、燐光を帯びて浮かび上がった。

『砲』

そして放たれる圧倒的な破壊の力。
それは夜空に光と大音声を巻き起こした。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

同時にエヴァの魔法が辺り一帯を全て絶対零度に近い氷で覆い尽くす。
だが全てを溶かし、なぎ払い、その霊力の塊は化け物の最後の断末魔のような音を響かせ突き進んでくる。それ
は妙神山という霊的な結界に守られた地を一瞬で灰にした力。

「なんという……」エヴァがその光が自分の氷など全て無視して突き進むのを見て、感動と衝撃を覚えた。「これが
お前の全力か横島。まさかここまで規格外とは、まるでナギだ。そうか、ナギ……」

エヴァの脳裏にナギとの思い出が走馬燈のように流れていく。追いかけても、追いかけても、いつも袖にされた。ろ
くな思い出じゃない。でもナギだけは自分が吸血鬼と知っても恐がりだけはしなかった。

「ナギ、私はお前に殺られるのだな。ならば本望だ」

混乱の中、エヴァはナギを幻視する。

「マスター!」

だが茶々丸がどこからともなく飛び出してきた。
エヴァの体を覆う。

「すまない茶々丸。さすがにどうしようもない。影に逃げようにも明るくなりすぎて影もない」

「申し訳ありませんマスター。私も回避不可能です」

断末魔砲が二人を覆う。
もはやこれまでとエヴァは目を閉じた。
その断末魔の後、フッと静寂が起きた。

(死ぬとは意外と静かなものだな。しかし、これでナギに会えるか。お前のことだ。どうせ居るのは私と同じ地獄だろ
う)

虚空の中、エヴァが考えている。
と、横島の声がした。

「ほい、俺の勝ち」

ポフッとエヴァの頭に横島の手が乗せられた。

「え?」

間抜けな顔でエヴァが横島を見た。
見ると自分の周りを奇妙な結界が覆っていた。
それが光っており、半径5メートルほどにわたって広がっているのだ。

「これは?あの夜に見た結界?『護』?」

エヴァの金髪から妙な玉が落ち、砕けた。

「気付かれないように持たせんの苦労したぞ。まあエヴァちゃんも最初の方は手を抜いてたから、髪に潜り込ませ
るぐらいはできた。しかし、エヴァちゃん本気出すとマジで強いな。まさかこの技を本当に使うとは」

「な、なにをした横島!?これはなんだ!?」

「もう教えてもいいか。文珠だ。使用者の込めた念のとおりに力を発動する俺の奥の手だ。文字は念じれば好きに
変わる。まあ勝ったのは俺だからやらんし、詮索は無しだけどな。さすがに茶々丸ちゃんが割り込むと思わんかっ
たからびびったけどギリギリ守れてよかった。ちょっと外し気味に撃ったのもよかったみたいだな」

なにより、断末魔砲はアシュタロスの魔力があって初めて妙神山を破壊するほどの威力が生まれる。そして、基本
的に断末魔砲は霊力や魔力の増幅機関である。宇宙すら創ったアシュタロスが開発しただけあり、その増幅率は
凄まじいが、『断』『末』『魔』『砲』で文珠4個の霊力を基本にして増幅しても、アシュタロスの魔力を増幅した本家ほ
どのえげつない威力はなかった。
まあそれでもこの世界でまともにくらって生きてられるものはいないほどの威力があるし、エヴァですら『護』の文珠
で守られ、掠っただけでも死んだと思うほどなのだが。

「お前……」

しかし、それよりも、横島の顔を見てエヴァが驚く。真っ青なのだ。見ると腹から血がドクドク流れていた。

「申し訳ありません横島先生。意図を読み切れずに邪魔をしてしまいました」

「ああ、それはいいんだが……すまんな茶々丸ちゃん。ちょっと無理させてしまったな」

横島はそう言って残った一つの文珠を稼働が臨界点を超えたために、あちこちから煙を上げている茶々丸に当て
た。もしかのためにエヴァ用に残した文珠だった。

「やめろ横島!茶々丸はまだ持つ!」

だがエヴァが慌てた。

『復』

が発動し、茶々丸の破損箇所が復元されていく。

「こ、このアホ!もう一個その文珠とかいうのはないのか!お前が死にそうだろうが!」

エヴァは横島の傷に本当に慌てていた。
ここまでしといて本当に死なれるのは困ると思うエヴァは矛盾している。でも勝った横島を吸血鬼化させるのも躊躇
われた。

「あーと、明日菜ちゃんと木乃香ちゃんが予備は持ってる。悪いけど運んでくれるか……」

そこで横島の意識が混濁していく。まあ明日菜と木乃香が持っていると考えての無茶であるのだ。この戦いは横島
が最後まで読み勝ったと言えるだろう。

「ええい、どこまでもバカが!!小娘、茶々丸!あの二人のどちらかを探せ!」

「現在すでに探索中。2名を発見、至近です。他無関係な人間が3名が傍にいます。この3人は魔法を知りません。
正体を知られる可能性あり、マスターは広場で待ち、私が2名を運ぶことを推奨します」

エヴァが聞き終わる前に行動に出て、茶々丸もそれに続く。
しかし、刹那だけが地上を見て顔色を失っていた。

「お嬢さま……見られた」

急に横島を離してまったく関係のない方向に飛び出す。

「な、小娘!逃げるな!この期に及んで逃げるな!」

エヴァは刹那が木乃香を見て逃げだしたと気付くが、横島が地上に落ちていくのを拾わないわけにはいかなかっ
た。急いで横島を空中で受け止め、いったん地上に降りると、茶々丸が玄関前に行き、明日菜と木乃香二人共を
強制連行してくる。

「な、なに、きゃー!って、横島さん!」
「エヴァンジェリンさん!?」

二人が口々に叫んだ。

「ええい、やかましい!私がしたが、もう終わった。治せるのだろう。文珠とやらはどこだ。早く出せ。このままでは
死んでしまう!」

「え、え?」

「とろい女だ。文珠をとにかく出せと言っているのだ!委員長達も来てるぞ!」

「え、あ、うち、部屋に置いてあるえ!とってくる!」

「待って、木乃香、私持ってる!「早くしろ!」へ、は、はい!」

明日菜が慌てて出す。

「って、これは『護』だ。『治』の文珠はどうした!」

「落ち着いて下さいマスター、念じれば文字が変わるという横島先生の話のはず。それに生命に支障が出るのは
あと15分の猶予があります」

「そ、そうだったか」

言われてエヴァが落ち着き横島に『治』の文珠を当てた。
みるみる傷が閉じ、横島の呼吸が整う。エヴァも明日菜も木乃香もほっと息をついた。
後ろからあやか達が血相を変えて追いついた。
この言い訳は大変そうだと誰もが思った。






あとがき
ようやくエヴァ戦が終わりました。
いろいろごちゃごちゃで蟠りは残してるけど、とりあえず終わりです。
次話から修学旅行編で、行く前に解決しないといけないことがたくさんです(汗
ところで、基本的にネギは助けたくなるけど、横島は我が儘をぶつけたくなるん
じゃないかなと思ったりしてます。なので、結構みんな横島に無茶言います(マテ


月並みですが感想いつも感謝します。修正点も直せるものは直させてもらいました。
またいただけると嬉しいですー。











[21643] あやかは意外とあるんです。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/01 14:38

あれほどのことがあっても日常はつづく。
昨日のことは夢のようにいつものように、新聞配達を終えて部屋に帰ってきた明日菜がいた。
いつもならこの後、木乃香が作ってくれた朝食を横島やカモととるのが最近の通例だ。だが、今日はその横島の姿
が部屋になかった。おまけに木乃香が食事の準備を横島の分を抜きでしている。

「あれエロオコジョ。横島さんは?」

「旦那は学園長に呼ばれて、今朝早くに出て行っちまったぜ。あと俺っちはカモだ」

「学園長に?呼ばれたって、ちょ、それってやっぱり」

昨日のことだと思い、明日菜は顔が青くなる。
だが、これに木乃香が答えた。

「それが、よう分からんねん。昨日のこととか言うわりに、おじいちゃんは横島さんにお客さんやとか言うてて、横島
先生呼び出しの電話の前で震えだして、走って出て行ってしもたんえ」

「走って?震えて?ま、まさか学園長に魔法のことが生徒にばれたのがばれたとか?」

「確か本当は私たちにばれたらまずいんやったなあ」

だが明日菜も木乃香も実際はよく分からずに首を傾げるばかりだった。

「それは心配ないんじゃねえか姐さん。クラスのあやか姉さん達には、ヨコシマンとかなんとかいってかなり苦しい
理由の気もするがなんとか誤魔化せたし、第一、旦那が青くなったのは客の名前を聞いたからだ。確か美佳とか
なんとか」

「美佳?うわ、それって、横島さんがよく言ってる美神さんじゃないの?」

「それやったら、なんで震えてたん?」

「さあ私に聞かれても分かんないけど、久々にあえて嬉しいんじゃない?」

「ああ、なるほど、それはそうやな」

これで解決と思い、二人と一匹は食事を仲良く食べた。
だが木乃香と明日菜は、昨日のエヴァとの決闘は結局蚊帳の外で何がなんだかわからないうちに終わったし、あ
のあと横島は朝まで目を覚まさなかったので、詳しいことも聞けてなくて、なにより美神と聞いて慌てる横島が心中
少し面白くない気がした。



「こんのージーク!アホが!!びびらせんな!」

横島が学園長室で、ジーク相手に胸ぐらをつかんで叫んだ。しかしそこに美神の姿はどこにもなく、いたのはジーク
と学園長だけだった。

「いや、急いでたんで、こうすればすぐに来るかと思って」

ジークは胸座をつかまれながら苦笑いした。

「ほっ、ほっ、見事に10秒で来たの」

学園長が朗らかに笑う。どうやら美神など最初からおらず、横島を呼び出すのに嘘をつかれたらしかった。

「じゃあ美神さんは本当にいないのか?」

「ええ、いませんよ。というか、美神さんなら待たずに今頃寮に乗り込んでますよ」

「そ、そういえばそうだな……。お、恐ろしい。ま、マジでこんなところにまで俺を殺しにきたのかと思った。ジーク、
一応聞くが美神さんやっぱり無茶苦茶怒ってるか?」

がたがたと震え出す横島。ここに来た経緯が経緯だけに美神の怒りは容易に想像がつく。いやそれどころか、今
になって考えるとあっちに帰っても、自分の席があの事務所にあるのかも非常に不安だった。

「最初のころはもう語るのも恐ろしいほど怒ってましたけど、今は斉天大聖様の仲裁もあって一年後にちゃんと帰
れば半殺しですませるって言ってましたよ。ここに僕がくるときも本当は美神さんも……というか何人か来たいと言っ
たんですが、両界のバランスもあってこられるのは一人だけでしたし、おまけに短時間しか無理だったので、激しい
取り合いの末、結局誰にも得のない僕になりました。来るとき、どれだけ大変だったか」

ジークは珍しい背広姿の好青年といった出で立ちで、横島の肩を持った。

「横島さん」

そしてなぜかジークは男泣きに泣いた。

「ど、どうした?」

「横島さん。横島さん。横島さん。本当に本当に横島さんがいなくなったあと大変だったんです」

「そ、そうか……しかし、よく、お前もまだ生きてたな」

横島は本気でそう思う。なにせこちらへ来るときの美神たちのあの電話越しに聞いた声は、ジークが100回死ん
だと聞いても驚くに値しないほど恐かった。

「ええ、あの後ネギ君とともに凄まじい逃亡劇の末、死にかけたんですが、途中で斉天大聖様が仲裁に入って下さっ
て、なんとか無事にネギ君も美神さんのところで働きつつ六道にも送り届けることが出来ました。死線をともに越え
た彼とは真の戦友です!」

ジークはさらに男泣きに泣いた。ネギは向こうで100皮ぐらい剥ける経験をもうすでにしたようだ。

「そ、そうか、それはそれで恐いな。よく頑張ったなジーク。誰も褒めなくても俺が褒めてやるぞ!」

「横島さん!そう言ってくれるのは横島さんだけです!もうむこうでは全部僕が悪いみたいに責められてとっても辛
いんです!」

「頑張れジーク!お前はよく頑張ってるじゃないか!」

「横島さん!」

「ジーク!」

横島とジークがお互い涙の握手を交わした。

「ところで美神さん。もしかして寂しがってたりするか?」

所詮は他人事、ころっと話題を変え、すごくそれが気になって横島は聞いた。

「そ、それは僕にはよく分かりませんが、仕事の量は減らしてるみたいで、ちょっといつもほどがめつくなくなってる
気が……横島さんのレンタル料に美神さんに金貨や小判も用意したんですが、それよりも帰ってくるかどうかの方
を気にしてましたし、ま、まあ、もちろん金貨と小判は渡しましたけどね」

「そ、そうか……」

(ぐふ、ぐふふふふ、これはひょっとして今までしつこく迫っていた男が、急に迫らなくなり寂しくなった女が、男の価
値を再認識するというあれが起こっているのか!そうか!帰ったら半殺しどころか、「会いたかったわ横島君。いな
くなってあなたの価値にやっと気付いたの。さあ今すぐ抱いて!」「抱いてっいいんっすかー!」)

「ある!この展開はあり得るぞ!」

気色悪い笑いとともに悦に浸る横島であった。

「おっほん、感動の再会のところ悪いがジーク君。時間はよいのか」

途中から声が出ていた横島に学園長が口を挟んだ。

「時間?なんだ一週間ぐらいはいるんと違うのか?」

「残念ですがそんなに時間はないんですよ。僕がこの世界で許された滞在期間は一時間。だから、このかという方
に頼んで横島さんを急がせたんですが、横島さんがなかなか起きてくれなくて、もう残りが10分切ってるんです。ま
あその間に学園長から横島さんのことはいくつか聞かせてもらいましたけどね。横島さんも結構こっちでも苦労して
るみたいですね。女子寮で居候は相手が14才の生徒たちだとかえってきついでしょ」

ジークは同情を浮かべた。
いくら横島でも中3の女生徒には手をだすまいと思ったのだ。

「ふ、ふふふ、わかってくれるかジークよ!あいつら俺が手をださんと思って下着姿で廊下うろついたりして、煩悩
を押さえるのにどれほどの忍耐力がいるか!那波の乳が、あの乳が俺を責めるんだ!ねえいいの!触らないで
いいのと問いかけてくるんだ!」

横島はしくしく泣いた。体だけは一人前が多い3-Aの生徒を相手に煩悩を出さないというのは、横島としては、も
はや男として不能になれと言われるほど厳しいことだった。

「でしょうね。せめて女子寮に住んでることは僕の身の安全のためにも、死んでも美神さん達には黙っておきますよ」

「そ、そうしてくれ」

大量の冷や汗を流す横島。それが知られたとき、自分の向こうでの居場所は本当になくなり死ぬ気がした。だがな
ぜにそれでびびらなければいけないのか、本当の理由には気づかない男だった。

「横島先生。一応言っておくが、たとえ同意の上でも生徒に手を出したら罰は受けてもらぞい」

「それは殺生……というか、そもそも女子寮に住ます方が悪いんだろうが!」

「ほっ、ほっ、それはそれ、これはこれじゃよ。ほれほれ、早く話しを進めんとジークくんが帰ってしまうぞ」

学園長は相変わらず朗らかに笑い横島を軽くいなした。

「うぐっ、そ、それでジーク、なんの用で来たんだ?」

横島は話を戻した。

「それが以前、横島さんをここに送り出すとき、大事なことをいくつか伝えてなかったでしょ。それでこちらには無理
を言って時間を与えてもらったんです。明確な目的なくここにいても、横島さんも困るでしょ」

ジークが真剣な顔で言う。

「別に困らんが……なんだ。面倒なことか?」

横島は嫌そうな顔になった。

「横島先生。ここでのキミの役割についてじゃ」

学園長が事前に聞いているのか言った。

「役割?ネギ君の代わりをすればいいだけだろ?まあ予想以上にハードだが、それはもうしてるぞ」

「ええ、それはそうなんですが、横島さんとネギ君の交換は、あくまでこちらの世界と、横島さんや僕の世界が相容
れる仲かどうかという意味においての交換なんです。いわゆる親和性を試してるんです。このことは前にも言いまし
たよね?」

「ああ、それがどうしたんだ?」

「補足して言うと、片方が最終的にもう片方がいたケースとほぼ同じ結果になるかが両界の親和性判断基準になる
んです。つまり、横島さんとネギ君は性格は違うし、能力も違うけど、特性的には非常に似ており、そして二人ともと
ても似た経験をすると判断されて選ばれてます」

「はあ10歳の子供と俺が?」

「ええ、でも、これはある目的を持てばの話です」

「ある目的って……なんか、いろいろ面倒だな」

「はい、なにせ向こうのその目的はネギ君が美神さんの傍に一年間いつつ、六道での教師もすることからね」

「み、美神さんの……よく考えたら無茶苦茶厳しいな」

横島の代わりならばそういうことになる。でもさすがにそれは可哀想だと思った。きっと帰ってくるころにはネギの考
えは180度変わってるのではないか。いや、むしろ生きてこの世界に帰還できるのか。

「まあそうですけど、彼なら可能であると思われたからこそです。まあ美神さんも子供が相手なので横島さんのよう
にしばけなくてストレス過多のようですが、それでも、ちょっとずつ折り合いは付けてるようですよ」

「でも美神さん、うっかり死にかねんことするときあるからな」

「だ、大丈夫かの」

ちょっと学園長は危惧した。

「ええ、心配はないと思います。多分。美神さんはああ見えて、最後の一線は越えない人ですから、多分。と、とに
かく向こうのことはここで危惧しても始まりません。それで、横島さんのここでいることの目的ですが、すでにもう聞
いてるそうですが、この世界でのネギ君の第一目標、ナギという死んだはずの父親を捜すことなんです。つまり、こ
の目標とこの学校の教師を横島さんは両立させてほしいんです」

「またそれか」この世界に来て何度も聞くナギという言葉。横島はどういう顔か見てみたい気もしたが、学園長から
捜せば命がけとも聞いていたので正直いいイメージはなかった。「ジーク。なんで男なんだ。美人の姉ちゃんなら喜
んで捜すのに……第一、ナギって死んだんじゃないのか?何人かからそう聞いたぞ」

大体、横島の父親は大樹である。
あの父親を持つだけに、父親を探したいネギの気持ちなど微塵も理解できなかった。

「はい。でも、ネギ君の話しではこっちの世界でナギが死んだとされたあと、彼はナギを見ているそうです。というの
も村が悪魔に襲われたとき、どうもネギ君を助けにナギが現れたそうです。これはヒャクメに頼んで、彼の記憶を調
べましたが確実なことのようです」

「なんだ生きてるのか。じゃあなんで死んだことになってるんだ?」

「それをここで横島さんが調べて彼を見つけるんです。僕に聞かないでください」

「そりゃそうだが、しかし、男を命がけで捜せといわれてもな。なんか英雄らしいし、そういうやつはいけすかんし」

「まあでも、これでは横島さんの方にやる気がわかないでしょうから付け加えますが、我々の情報では、ナギを探す
過程で、綺麗な王女2人と知り合いになる機会があって、特に片方の王女様とはキスが出来る程の仲」

「それはどこにいるんだジーク君!?今すぐ会いに行こうじゃないか!」

懲りない横島が即行でジークの言葉に反応する。
美女と聞いては頭や理性より、体と本能で動いてしまうのだ。

「いや、ですから、それを探すのが横島さんのここでの任務ですから」

「そうだった!よし、全ては俺に任せておけ!まっててね王女様!名前は!?」

「アス、い、いえ、秘匿事項です。横島さん自身が見つけなければいけません」

ジークが思わずこぼしかけたが、口が堅そうに言い直し、横島はまだ見ぬ2人の王女と向かって吠えた。

「燃える。それは燃える!待ってて下さい王女様!この横島忠夫まだ見ぬあなたたち二人のためにこの身を捧げ
ましょう!わははは!これを聞いた王女様は俺の魅力にうっとりじゃあ!!」

横島は喜ぶが、すでにその王女様とのキスをすませており、もう一人の王女様にいたっては、他の男が売約済み
だったりするとは夢にも思わなかった。

(許してください横島さん。これも両界の恒久平和のためです)

ジークはただ心の中で涙するのだった。

「ふむ、まあ大体の事情はワシも理解したよ」ここで学園長が口を挟んだ。「それでじゃな。横島先生。ここの状況
にもそろそろなれてきたと思うので、そろそろナギの件、ハッキリした返事をもらいたいのじゃ」

「僕からもお願いします。もしどうしても嫌ならこの時点で両界の親交はご破算になります」

ジークと学園長が真面目な顔で横島を見た。

「お、おう」

言われた横島は面食らう。この決断をいきなり迫られるとは思ってもいなかった。だが二人の顔を見る限り、おちゃ
らけた答えは許してくれそうにない。学園長にすればいつ起こるかもわからない世界の破滅よりネギに戻ってもら
いたい思いも強いだろうし、ジークにしてみれば横島にはなんとかここに残ってもらいたいだろう。

(どうする。ここで戻ったら美神さん達とまた気楽にやれる。ジークの言ってた世界の滅亡は俺が生きてる間に起こ
るようなことじゃなさそうだしな。それに俺が戻ればエヴァちゃんもネギ君には会える。かといえ桜咲と木乃香ちゃん
のことも気になるし、なにより明日菜ちゃんの面倒を見る約束したし、断ればジークは二度とここに連れてきてくれ
んだろうし、そうなるとエヴァちゃんは俺が裏切ることになるのか。お、おのれジーク)

しばらく考え、横島はジークを見た。

「お前、ひょっとして、俺がここに縁ができるの見てから言いにきたんじゃないだろうな?」

「な、なんのことでしょう」

ドーとジークが滝のような汗を流す。命がけの男の捜索など、最初に聞かされたら横島は100パーセント断った。
でもいろいろ短い間なのに繋がりができてしまい、今となってはかなり断りづらい。しかもいずれの少女たちも今日
明日では解決の見込めないことばかりだった。

「まあいい。これはこっちのことだしな。でも、ジーク。もう一度聞くが、本当の本当の本当に王女様とお近づきにな
れるんだな?今度は嘘はなしだぞ?」

さすがに一度は騙されただけに横島はもう一度確認した。

「は、はい。それはもう、とくに片方の王女とは確実です」

なにせもうその王女とは知り合っているのだ。とはジークは心で付け加えた。

「よし、ふふふふ、わかったぞジーク。ここにも縁がいろいろできてるしな!明日菜ちゃんも木乃香ちゃんもエヴァ
ちゃんも桜咲も見捨てるわけにはいかんし、そういうことならこの横島忠夫全身全霊をかけて王女様2人とお付き
合いしようじゃないか!」

すでに目的は変わっているがジークも突っ込まなかった。ともかく横島はOKした。ジークもその過程でナギが見つ
かるなら細かいことはいいと思えた。

「ふむ。では横島先生の覚悟が決まったようじゃな」

学園長もそれでいいと思ってうなずいた。
というのも、学園長は昨日のエヴァの件は知っているのだ。その上で学園長は横島でもよいと思ってうなずいた。
なにより昨日のエヴァとの戦いを見て横島という人物をかなり改めてもいた。生徒のことをあくまで考える行為。そ
してエヴァに勝てたという事実。なによりもなかなか死にそうにないしぶとさも気に入った。

まあ教師陣からの苦情は気にはなるが、ネギが向こうでうまく行ってるなら今更横島と変えるほどのこともないと思っ
た。もう現時点でもいろいろ少女たちに蟠りも残る。ネギではさすがにエヴァとがち勝負をして勝つのは無理だと思
うと、意外に当たりを引いた気もした。

「うっす。では、この依頼GSとして引き受けさせてもらいます」

そしてこの言葉は横島なりのケジメであった。

「ではこちらもよろしく頼むぞい」

学園長も深くうなずいた。

「それでじゃ。話は変わるが横島先生。もうすぐ修学旅行があるのは知っておるな」

「あ、ああ、はい。ハワイッすよね!」

ワイキキビーチ、金髪姉ちゃん。アロハダンス。などと卑猥に聞こえないはずの言葉が横島の口の端から卑猥に
漏れる。かなり期待しているようで、目がらんらんと輝き、口に出す以上の卑猥な妄想しているのが見て取れた。

「そうじゃ、じゃが、そういうことなら本来の修学旅行先である京都に戻そうと思うんじゃ」

「え、なに!?ハワイは中止っすか!?」

横島が目を瞬いた。

「うむ。残念じゃろうがそうなるの。まあ京都には綺麗な芸者や舞妓さんがおるぞ」

「そ、そうか!日本の美人の姉ちゃんも捨てがたいっすよね!」

感動する横島に、ジークは相変わらずだなあと苦笑して学園長に言った。

「でも、どうして京都なんですか?ネギ君なら京都に行かせるつもりだったとかですか?」

「うむ。まあネギ君でない場合は、高畑先生にでも別口で依頼して京都に行ってもらい、3-Aの京都行きはあきら
めようと思っていたのじゃ。じゃが、横島先生のここにいる理由を聞くと、そうせんほうがよさそうじゃしな。だが問題
があってな。この件については先方がかなり嫌がっておるのだ」

「先方?受け入れホテルがっすか?」

横島が不思議がって聞いた。京都と言えば修学旅行先ベストスリーに必ず入る観光名所だ。そんな場所に断られ
るのは意外な気がした。

「なんと説明したものか。横島先生は魔法のことは知っておると思うが、この世界の日本の西には関西呪術協会と
いうのがあるんじゃ」

「関西呪術協会?俺の世界のゴーストスイーパー協会みたいなもんっすか?」

「まあ似たようなものと考えてくれてよいじゃろう。それが関東の場合は関東魔法協会と言ってな。つまり日本には
東西に別れて二つの魔法勢力があるんじゃ。実はワシ、この東の理事なんじゃが、昔から関西呪術協会とは仲が
悪くての。今年は一人、魔法先生がいると言ったら修学旅行での京都入りに難色を示してきおった」

「一人?瀬流彦先生や葛葉先生は?」

横島は事前に瀬流彦から、彼が魔法先生の一人で、担当クラスがないので、横島たちの方と修学旅行に同行する
と聞いていた。葛葉は3-Aの副担任なので、同行して当然である。

「瀬流彦先生は無名じゃし、攻撃性のある魔法は不得手じゃ。葛葉先生は剣士であって魔法使いではない。それ
に葛葉先生はもし何かあっても直接介入は絶対にせん。彼女は色々あって西を追放されておってな。目立つのは
極端に嫌うじゃろう。そういう意味で横島先生以外の魔法先生のことは先方には伝えとらん。また、あまりに攻撃性
の高い魔法先生は、同行させるとむこうに今以上の反感を呼ぶしの」

「はあ葛葉先生は、なにかすれば火に油ってやつっすか」

「まあ彼女はそれ以前の問題なんじゃが、そういうことじゃ。なによりこちらから出向く以上は、あまり過剰なこともで
きん。ゆえに派遣する魔法先生はキミ一人程度の戦力にすべきかと思う」

「ちょっとすみません。横島さん。じゃあ僕はこれで」

とジークが言った。その傍には以前横島が潜ってきたのと同じゲートがいつのまにか開いていた。話し中だが、どう
やら先にジークの帰還時間が来たようだ。

「あ、ああ、なんか悪かったな。俺のために」

「いいですよ。こちらこそ、無理なお願いしてますしね。それと横島さん。この件の報酬ですが、まだ上が決定してく
れてなくて、一年後、必ず横島さんの喜ぶものを用意するように言っておくので、それでもいいですか?もしリクエス
トがあれば伝えますが?」

「美人のねちゃん100人集めてハーレム!」

即座に迷わず横島は答えた。

「べ、別に僕はいいですが、美神さん達に殺されますよ」

「そ、そうだな。じゃ、じゃあ今のはなしな!」美神の般若のような顔が浮かんで、横島は慌てて首を振った。「ああ、
まあこっちでも結構楽しいこともあるし、女が無理なら報酬は別にいいんだが……」

「はは、横島さんはなんだか欲があるのかないのか、よく分かりませんね。では他に聞いておきたいことはあります
か?」

「特にない」

「では、ご武運を」

さっと魔族の姿に戻り、敬礼をすると、言葉を残してジークが消えた。

「そうか……しかし美人の王女が2人か。ぐふふふふ、もてる男は辛いのー!!!」

ジークはもういない。後に残された横島が顔を引きつらせて学園長に向き直った。
しかし、学園長はなにか考え込んでいる様子だった。

「どうしました?」

「いや、なんでもないんじゃ。話を戻すが、関西呪術協会とは、ワシはもうそろそろいがみ合いをやめて仲直りをし
たいと考えておるのだ。西の長は幸いワシに同意してくれておってな。キミにはその親書を届けてほしいのじゃ」

「それをネギ君がやるはずだったと」

「そういうことじゃ。道中、この件を反対する勢力からの妨害も予想されるのじゃが生徒を任せてもよいかの?」

「分かったっす。まあ10才の子供でも出来ることを断るわけにも行かないですし」

横島はうなずいた。
しかし、それがどれほどの大変なことかは知るよしもなかった。






「「「「「「「京都になった!?」」」」」」」

朝のホームルームでそのことを話したとき、クラスのほとんどが大声を上げた。横島の肩には久しぶりにカモも乗っ
ていた。

「分かる。分かるぞ。みんなの気持ち。ワイキキビーチ、金髪姉ちゃん。確かに芸者も捨てがたいが露出度が」

(俺っちもだ旦那。ハワイで旦那と姉さん方の水着に埋もれるはずだったのに)

「素晴らしいです横島先生」
「やったー京都だー!」
「京都!京都!」

横島とカモが死ぬ程残念がろうとしたのに、周りが喜び、あやかが立ち上がった。見た目が小学生の鳴滝双子も
横島の周りを回って喜ぶ。男ならずとも国内旅行よりはハワイとかの海外の方がはるかに嬉しいと思っていたのに、
反応はまったく違った。

「わたくしが、かなり強く要望を出しても変更されなかったのに、これはどうしてですの?」

「あ、ああ、ちょっと俺の方の野暮用も重なってな、学園長もそれなら京都にって」

「野暮用で修学旅行先を……さ、さすがは正義の味方……」

「は?」

横島の目が点になる。なぜかあやかが横島に羨望の眼差しを向けている。以前からクラスのまとめ役を買って出
てくれて、批判的な態度のない少女だったが、こんな目をむけることはなかったはずだ。

「は、そうでした。これは秘密でしたわ」

慌ててあやかが口を押さえた。

(お、おい、カモ。なんか俺変なこと言われた気がするぞ?)

横島は肩に乗るカモに尋ねた。

(それがよ旦那。昨日の夜旦那はエヴァンジェリンに勝ってそのまま気絶してたが、いいんちょ姉さんと巨乳の姉御
と平凡そうな姉さんが、旦那が空を飛んで『断末魔砲』とかいうすげえの撃つとこ見ちまったんだよ)

(なに!またばれたのか!?)

(ばれたって言うか、明日菜の姐さんと木乃香姉さんが苦しい言い訳で、旦那が正義の味方で、今は秘密の任務
に就いてるヨコシマ星のヨコシマンってことにしちまったんだよ)

言いながらカモは面白くて笑っていた。

(そ、それで、那波と村上は微妙な顔なのか)

千鶴と夏美を見ると、いい年扱いて夜中にバカな遊びをしているとでも思われてるのか、すごく残念そうな顔をして
いた。

(まあ信じたのはいいんちょ姉さんだけで、後の二人は手品か学園祭に向けての大掛かりなアトラクションとかだと
思い込んでるって訳だ。常識的に旦那がしたことが凄すぎて後の二人には理解を超えたんだな。クラス中で噂になっ
てないところを見ると、三人も秘密は守ってくれてるようだぜ。よかったな)

(いや、よくない。なんだその恥ずかしい某韋駄天みたいなネーミングは!もう、それならいっそ、魔法使いの方が
いいだろうが!)

横島は叫んだが後の祭りだった。

「先生ではもうパスポートの用意とかは要らないのですね?」

「へ?あ、ああ、そうなるな。しかし、よかったのか?海外に行きたい奴おらんのか?」

(しかし、旦那、やったなあ)

(なにがだよ)

(いいんちょ姉さんだよ。以前からいいんちょ姉さんはこのクラスでも飛びに抜けて美人だし、なにかきっかけがあ
ればと思ってたんだ。なによりあの痩せ形の体型でアレだけ胸があるのがすごいぜ。カップでいえば忍者の姉さん
やアキラ姉さんよりでかいんだ。まあ巨乳の姉御が思いの外旦那への反応が薄いのが残念だがな)

あやかというモデル顔負けの痩せた体と出るところの出たナイスバディ。
胸囲はそれより大きいものはいても実はあやかの胸のサイズはアキラも真名も朝倉も超えていた。あの痩せた体
でアレだけバストがあるのは脅威である。村上夏美もいるが、可哀想だがこれは横島に対して戦力外だと言わざ
るをえないだろう。

(お、お前は俺をなんだと思ってるんだ!ちょっと黙ってろ!)

「それなら心配要りませんわ。この学校は人数が多いので修学旅行はハワイなどの選択式なんです。ですが、この
クラスは留学生も多いし、横島先生もほとんどを海外で過ごされていたということで、日本文化を学ぶ意味でも、ク
ラスの総意でもとは京都・奈良を選択したんですのよ」

「は!?ま、まあ、とにかくみんなが喜んでるようならよかったが……無理してる奴はいないか?ちなみに俺は死ぬ
程ワイキキビーチに行きたかったぞ!金髪姉ちゃん!それに見たかった!那波に雪広、アキラちゃんに朝倉とか
の水着姿が見たかった!」

(本音が出たな旦那)

「は!違う。違うぞ。俺は生徒をそんな目で見てなんていない!」

横島が涙を流すのをあやかが優しく首を振って制した。

「素晴らしいです先生。少数意見をくみ上げようと、ご自分からスケベなふりをなさるなんて、皆さん構いませわね」

横島の全てを完全に好意的にあやかが受け止め、カモが感心してうなずく。
そういえば、正義のヒーロー以外にもほとんどを海外で過ごした天才児と言うことになっているのだと横島は思いだ
した。前ならアホなことやスケベなことをすると本当にアホでスケベだと思われただけなのに、ところ変わればしなも
変わるものだ。ただそれが大人の美女には通用していないのが悲しいが。

「「「「「「「はーい」」」」」」」」

相変わらず元気な声がかえってくる。

「そ、そうか……」

横島はうなだれて教室を見回した。
超と葉加瀬はいつもどおり横島に敵意満々の目だ。
いや、以前よりひどい。

横島も最近、この二人が茶々丸の制作者だという情報を得ていたのでこの視線の意味は理解できなくもない。でも
葉加瀬は『打倒・横島忠夫』とかいうハチマキをして、超など目線があった瞬間『ヘボで、わるかたあるな』と唇が動
いて、自分はそんなこと言ってないと思う横島。一度この二人とはよく話し合った方がいい気がした。

そして、エヴァの方を見ると、少しつまらなそうな顔だ。
横島は自分が気絶したあとのことを知らず、なにかあったかと思った。

「エヴァンジェリン。今日から出てくれるのか」

「まあな。負けた以上はやむを得まい。授業ぐらいは出てやるさ」

「そうか……」

さらに目線を動かすと明日菜に木乃香がいて、この二人もちょっとさえない表情だ。そしてさらに刹那の席を見た。

(って、いない?)

刹那の席は空席だった。

「おい、誰か、桜咲が休むとか聞いてる奴はおらんか?龍宮」

「ああ、先に言うのを忘れていたよ。刹那は休むそうだ」

横島の言葉に、横島よりかなり身長の高い真名が答えた。

「そうか……」

横島は少し気になるが、みんないる前でこれ以上聞きもできなくて、話題を変えた。

「――じゃあ、京都の細かいことは明日決めるから今日も授業頑張れよ」

と、横島は朝のHRが終わり教室を出ようとして、帰り際にふと思い出したように言った。

「そうだ。龍宮とエヴァちゃんと絡繰」

横島はできるだけ目をむけないようにしている。体型が完全に守備範囲以上の真名を見た。そして龍宮と同じクラ
スにいるのが間違いとしか思えない幼女も見た。茶々丸は無表情にエヴァの後ろにいた。

「なんだ?」

エヴァの方はなんだと言いながらも察しがついているような顔だ。

「ちょっといいか?」

「ふん」

エヴァは面白くなさそうにだがうなずく。

「ちょうどいい。私も聞きたいことがあるんです」

真名の方も横島に用事があったのかこくりとうなずいた。

横島は刹那の席を見た。
刹那の席は空席のままだった。
それでも、クラスは通常どおり賑やかだった。

木乃香は多少気にしてはいるようだが、刹那が魔法関係の仕事で休むことも多く、加えて昨日の件も曖昧なままで、
それほど刹那の席を見ていたわけではない。なにより、刹那に対して、より臆病になっていた。明日菜も刹那のこと
は気になるが口出ししていいのかも迷うところだった。だから余計にクラスはいつもどおりだった。

そんな二人をエヴァは見て、横島の方へと歩み寄った。

(桜咲刹那。龍宮の様子ではどうやら逃げだしたまま戻らずか。私は横島にすべて伝えるぞ。お前が逃げたことを。
そして死にかけた横島を放り出したことを。私との決闘に水を差した罪深き小娘。人は罰を受けるべきなのだ)

そう思いながらもなんとなく、そう言ったときの横島の対応が分かり、エヴァは歯がみした。

(あのアホ。許すとか探すとか言ったら咬みついてやる)

思うのに、そう言わない横島もまた嫌だと思うエヴァだった。






あとがき
ハワイに行くこともちょっと考えたけど、自分が行ったことないので断念。
美神を本気でだそうかと思ったけどGSのようになるので断念。
今回、二つ諦めました。

そして横島の立場をここでもう一度明確にしました。
しかし、よく考えたら完オチってなにをもって完オチなんだろうと思ったり(マテ
ともかく3話連続でエヴァ、刹那と明日菜か木乃香を取り上げて(順番は未定)、
修学旅行突入ですー。多分。

あと、3-A女子のバストについてですが、通常ウエストとの差で胸のカップは決めるため
(アンダーバストが分からないので)、この方式で行くとあやかの胸は相当大きくなります。
まあ逆に巨乳キャラがこの方式だと全然巨乳じゃなかったりするんですが、
本編の絵も鑑みて、ヨコ魔では千鶴、あやか、楓、真名で、
胸のカップの大きいビッグフォーです。
このあとにアキラ、朝倉とつづきます。

前回はたくさんの感想に感謝です。修正点は直せるものは直させてもらいました。
また感想への感想返しは平和的なもの以外はできるかぎりご遠慮願えると嬉しいです。
どうしても荒れる元になるので、よろしくお願いします。
それでは引き続きつづくのでまたよろしくお願いしますー。











[21643] 甘え。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/04 14:28

横島は刹那のことを他の教師や生徒に聞かれない方がよいと思い、生徒指導室に真名にエヴァに茶々丸の三人
を入れ尋ねていた。なにせ刹那には人に聞かれたくないことがある。それに刹那はそのことが引っかかってあのと
きですら不安定な様子だった。それが怪我とかなら治せばいいが、内面的なものとなると文珠でも治すことはでき
ない。そんな状態の刹那が登校していないのをあまり大っぴらにしたくなかった。

「あの女は逃げた」

エヴァは口に出すのも嫌うように、怒りをあらわに言う。

「逃げた?エヴァちゃんからか?」

横島はエヴァが逃げたとだけ言うので、刹那を脅しでもしたのかと思った。

「なぜ私が小娘相手に本気になって脅したりせねばならんのだ。あの小娘は近衛木乃香に背中の翼を見られて逃
げたと言ったのだ」

「背中って、あの翼の?」

「そうだ」

イライラしながらエヴァが言う。

「そうか……そういや、気にしてたもんな」そこで横島は真名を見た。「ああ、龍宮悪いが、もし知らなかったことなら
今の話し聞かんかったことにしてくれ」

「分かってます。でも話してはくれませんでしたが、刹那がハーフなのは気付いてはいましたよ」

真名は状況を察してうなずいた。

「そうか、ならいいんだが」

それにしても横島の予想以上に刹那は背中の翼のことを気にしているようだ。いろいろとあのとき言ってはいたが、
横島も木乃香に見られただけで登校すらしないとは思わなかった。

「貴様、腹がたたんのか?」

そして横島を見て、エヴァは不快げに言った。

「な、なにを?」

「あの小娘、お前があのとき死にかけていたのに、私の前に放り出して逃げたのだぞ。私はあのときお前の敵で、
殺そうとしていたのだ。もしまだ敵意を持っていたらどうする。それを翼が見られた程度で放り出して逃げだすとは
最低だと思わんのか。共闘した相手を敵の前に置き去りにした。見殺しにしたも同罪だ」

エヴァは横島が何も理解していないことにかなりカリカリしているようで、あれがどういう状況だったかを分からせよ
うとした。いま、刹那を見たら攻撃魔法の一つでも唱えそうな様子だった。

「いや、でも、まあ、それを言うならエヴァちゃんも大概だぞ」

「なぜだ。私と小娘は違う。私はお前に重傷を負わせはしたが、あれは決闘だ。貴様は私と約束した上で戦ったま
でのことだ」

「でも、アキラちゃん達を使った。あれは約束と違うはずだ」

「それは……。お、お前は、小娘たちに怪我をさせるような真似はしないだろうが」

少しエヴァは言葉をにごした。

「それなら、桜咲もエヴァちゃんにもう敵意がないのは分かってたと言い訳できるだろ。俺もあのときエヴァちゃんに
殺されるとは思ってなかったから、絡繰に文珠を使ったんだ。そうじゃなきゃ桜咲は俺を放り出したりせんだろ」

「わ、わかるものか!大体、どうして私が責められるのだ!お前は小娘を責めるべきだろうが!」

「いや、まあ俺も美神さんとかにされたら怒るけど、相手はエヴァちゃんより600歳近く年下で、しかも思い詰めて
たんだろ。怒るより、可哀想だとか思うだろ」

「思うか!敵陣に放り捨てられて怒らんのはお前ぐらいだ!」

「それに俺は昔、敵ごとエヴァちゃんに撃ったあの断末魔砲を仲間に撃ち込まれたこともあるしな」

「ぬわっ」

「それより、龍宮、桜咲は部屋にいるのか?」

横島は真名を見上げた。とても身長が高く、男として低くはない横島ですら目の前に立つと胸が目の前にくるほど
の少女でしかも大きい。その胸は気になるが、さすがに頭を切り換えていた。

「いや、クラスではああ言ったが、実を言うと部屋にはいない。というか昨日の夜から帰ってこないので、先生に聞
こうと思っていたところだ」

「? うん?なんだ龍宮、桜咲がいないのは、よくあるのか?」

「……どうしてそう思うんだ?」

とつぜん言われて、真名はふしぎそうに聞き返した。

「だってお前、それなら普通今頃になって騒がんだろ」

普通なら夜の12時ぐらいで14歳の少女が帰ってこなければ騒ぎだす。それが朝になってようやく言いにきたとい
うことだし、真名の落ち着いた様子からして、珍しくはないのかと思えた。

「なるほど……たしかに私と刹那は魔法関係の仕事をよく請け負うので、刹那がいないこと自体はそれほど珍しく
ない。今回も……」

真名はエヴァを見た。

「まあ本人を目の前に言うのもアレだが、エヴァンジェリンが騒ぎを起こすかも知れないと学園長に聞かされていた
らしく、近衛をくだんの件が終わるまで護衛すると聞いていた。だが、刹那は朝になっても帰ってこない。決闘はもう
終わってるのに。しかも当事者は全員いつもどおり学校にいた」

「なるほど」

「ちっ」

横島が頷き、エヴァが学園長にやはり知られていたこと、そして横島の反応に苦虫をかみつぶしたように眉間に皺
を寄せた。そこに横島がエヴァに言う。

「しかし、なんで、桜咲が逃げたのに、エヴァちゃん今まで言いにこなかったんだ」

横島はエヴァが刹那を放置したことが悪いとでも事を言いたそうにすら見えた。

「ふん、あんな小娘のことなど私が知るか!」

「俺はエヴァちゃん――」

横島が喋ろうとするが、そこに茶々丸が言葉を重ねた。

「マスターは大河内さん達の保護を私に命令されたあと、朝まで、横島先生が目覚められるのを窓の外から見てお
られました」

茶々丸は刹那の件以外にもアキラ達のことで、横島がエヴァへの心証が悪くなるのを危惧するように言った。

「茶々丸!余計なことを言うな!」

エヴァの顔がみるみる赤くなった。
あの夜、文珠を当てたあとも横島が目を覚まさないので、心配で、明日菜たちから気取られないよう、遠くの樹の
上で、横島が目覚める朝まで部屋を見守っていたのだ。
だからエヴァは刹那どころではなかったし、朝起きて元気に寮から走り出てくるのを見て、かなりホッとした。
その横島に、朝まで心配で見ていたとは言わずに声をかけようとしたが、横島はなにか急いでいると見えて、全速
力で走り、もう呪縛が戻っていたエヴァは追いつけなかった。エヴァのイライラはそのことで、また窮屈な日に戻っ
たことが自覚させられたことも加味されていた。

「そ、そうか。それは心配かけたな」

横島は思わず、エヴァの頭を撫でた。

「撫でるな!」

エヴァは勢いよく横島の手を払った。

「しかし、じゃあ部屋にいないんなら桜咲は麻帆良の外に行ってるのか?」

「分からない」真名が言った。「正直言うと、横島先生や近衛と仲直りして一緒に居るのかと思っていた。それなら
変な連絡を入れて水を差すのも野暮だと思ってたんだ。だが裏目に出たようだ。刹那は魔法関係の仕事のせいで
お金はかなり持ってる。逃げたとなると、そうとう遠くまで行くことも可能だと思う」

「そうか……。龍宮、お前、桜咲が行く場所に心当たりないか?」

「いくつかあるが、本気で逃げたのなら、私が知る場所にいない可能性が高い」

「なら、聞き込みでもして探すしかないか」

「探すなら手伝えることがあれば、手伝うつもりだ」

真名が刹那を危惧して言う。ポーカーフェイスだが、情が薄いわけではないようだ。

「じゃあ、龍宮はその知ってる場所を当たってくれるか。俺は学校の授業をほっぽりだしもできんしな。学園長にだ
け伝えて、なんとか今日は休ませてもらう」

横島の英語担当のクラスは3-A以外にも4クラスある。そのすべてのクラスで、ほぼ毎日英語の授業があるので、
これを放り出して、刹那の捜索に急に飛び出すということはできないことだった。

「なら、学園長にはあまり事を大きくしないように言ってもらえるかな。刹那は人に騒がれるのを嫌う」

「そうだな。桜咲が帰りにくくなるのも問題だしな。それに俺の能力で見つけることは出来なくもないと思うしな」

横島は少し自信なさげだった。なにせ、もう文珠はないのだ。

「霊能力というものか?」

こんな時だが、真名は興味が沸いたようだ。

「ああ、まあそんなとこなんだが……」横島はちらっと真名の胸を見て、「生徒はダメだ。生徒はダメだ」とつぶやき、
「じゃ、じゃあ喋ってても仕方ない。桜咲を探しに行くか」

横島は言うと、がらっと生徒指導室の扉を開けた。

「「うわっ」」

すると扉の前で誰かいたのか倒れるように、人が中に入ってくる。
木乃香に明日菜の2人だった。

「な、なにをしてるんだ2人とも。盗み聞きはいかんぞ」

横島は驚いたが、他の3人は驚いた様子はなく気付いていたようだ。

「だ、だって、横島さん。なんかすごく変わった組み合わせで呼び出すからなにかと思って」

明日菜が言った。

「先生、せっちゃんになにかあったんえ?」

つづいて木乃香が言う。

「私達もいないんなら探すよ?」

明日菜も心配げに言った。全部は聞こえてないようだが、刹那がいないことぐらいは聞こえたようだ。

「なんもない。桜咲は……えっと」

「刹那は昨日の件の事後処理を頼まれたのだ。私も頼まれていて今はその相談を当事者含めて話しただけだ」

横島が、言葉に詰まったので、真名が口添えした。

「そ、そういうことだ。2人とも、もう教室に戻るんだ。エヴァちゃんと絡繰もだ」

横島は言うとさっさと生徒指導室をあとにし、つづいて、それとは違う方向に真名も出ていった。なにせ明日菜や木
乃香にはこの件は迂闊には話せないのだ。刹那が逃げだしたのは木乃香が原因だし、そうなると明日菜にも言え
なかった。

「ちっ」

エヴァは面白くなさそうに舌を打つ。

「茶々丸さん。今の本当?」

明日菜が尋ねた。

「いえ、少し違います。ですが、横島先生は騒ぎを大きくして、桜咲さんが帰ってきにくくなるのはまずいと思ったの
でしょう」

茶々丸が明日菜たちに口添えした。

「だろうな。だが気に食わん」

エヴァはやはり、眉間にしわが寄る。横島と戦えばそれで結果はどうあれスッキリすると思っていた。なのに、かえっ
て胸のもやもやが大きくなった気さえした。

「小娘ども。どけ」

エヴァは明日菜と木乃香に不機嫌に言う。2人は昨日の経緯も知らず、戦いにも参加できなかったので、エヴァは
恐い存在という認識が先に立ってしまっていた。それでも2人はいろいろと消化不良で、どけなかった。

「あのエヴァンジェリンさん。せっちゃんはどうしたん」

「あの女は逃げた。もう二度と帰ってはこんかもな」

「ちょ、ちょっと、なによその言い方。木乃香は心配してるのよ」

明日菜は怒りたかったが、少し引いてしまう。

「ふん、どけ。そんなに聞きたければ、お優しい横島にでも聞け」

エヴァは薄く笑い、茶々丸を従えて部屋を後にした。
エヴァと茶々丸も出て行き、最後に明日菜たちだけが残った。

「ああ、もう、まったくなんなのよ。訳分かんない」

明日菜は頭をがりがり掻いた。
むしゃくしゃして仕方がなくて、事情を聞きたいのに誰も教えてくれなかった。

「ああ、もういい。木乃香。後は横島さんに任しておこう」

明日菜は少し拗ねて、投げやり気味に言った。刹那は心配でも、なにがどうなってるかも分からない。木乃香も刹
那のことはあまり語りたくないようだし、正直、木乃香が刹那をどう思ってるのかも分かりかねた。

「うん。その方がいいんやろな。はあ、ああ、なんかいややな。こういうとき、うちもぱあって横島先生みたいにでけ
たらええのにな。そうしたらせっちゃんとも、こじれんですんだのに」

「木乃香……」

(やっぱり桜咲さんとなにかあるのは間違いないのか。仲良くしたいのか……でも、それが、どうしてか分かんない
し。それになにもできないのは私もなのよね)

明日菜も木乃香と心情は同じだった。横島に着いていくと決めたのに、結局、着いていこうとすればするほどできな
いことが多いのに気付かされる。自分は思いの外無力だ。これでは横島とキスした意味なんてあるのかと思えた。
ポケットに入っている仮契約のカードに触れてみた。

(キスしたのよね)

唇に触れてみる。あの日たしかにキスをした。ほとんど裸で抱き合いもした。でも、自分が少し気後れし、なにより
高畑先生のことを気にしてる間に、横島はどんどん他の少女たちと付き合いを深くしていく。仮契約のカード。これ
を自分がちゃんと使う日は来るのかと思えた。

(横島さんのバカ……)

明日菜は悪いのは横島ではないのだろうがそう思う自分がいた。






『まもなく盛岡駅、秋田方面は一番線……』

新幹線の車内で、刹那はその次に聞こえてきた英語の案内を耳にしていた。
刹那は今、はやく麻帆良から離れようと新幹線を選んで乗っていた。
そうすると、あきれるほど簡単に、東北地方にまで来てしまい、もう二度と麻帆良には戻れないような気が改めてし
た。

もうここまできたら誰も自分のことを知ってるものもいないと安心し、寂しくもなる。
刹那は新幹線を降り、駅からも出ると辺りは街のネオンがわずかにともるだけで、暗闇に沈んでいた。
時刻は11時だ。暗くて当然の時刻だし、自分は一人だった。
どうしてこうなったのか、自分が弱いからか、いろいろ思うことはあるが、総じて今更だった。さまようようにしばらく
歩いたが、疲れてきて夕凪を立てかけ公園のベンチで腰を下ろすとひんやりした。
春でもこちらは夜になればまだかなり寒くて、手をこすった。

(これから、どうしよう)

昨日の夜は朝まで麻帆良の森で眠り、しばらくどうしていいかわからずにいたが、一度寮に戻って横島の血のつい
た服を着替えて処分すると、銀行でお金をおろした。それからここまで新幹線で逃げた。本当に逃げたという言葉
がふさわしい気がした。木乃香からも、大事なところで横島を見捨てたことからも、全部逃げた。

(……あの傷、大丈夫だろうか)

横島の傷は心配だった。でも自分には、あのときああすることしかできなかった。木乃香に見られたことが、ただた
だショックだった。あのタイミングで木乃香に見られたのはあまりに心の準備が悪かった。加えてエヴァが横島を心
配し、敵意はなさそうだとなると回復魔法が使えるわけでもない自分がいてもと思ってしまった。

(さすがにあの人でも怒っているだろうな……。でも、お嬢様のこと頼みます)

横島のことを思い出すと悔しさと情けなさが漏れ、木乃香を思い出すと涙がこぼれた。泣くまい、泣くまいと思うの
に、一度こぼれ出すと涙が止まらなかった。自分は我が儘だ。さんざん疑って、放り出して、逃げて、それでも無理
なことを全部押しつけた。

(誰も許してはくれないのだろうな。当然か。私はなにをしてるんだ。そもそもあの人さえ、あの人さえいなければずっ
とあのままでいられたのに)

恨んではいけない。自分の方が悪い。でも木乃香を影から守ることさえできなくして、自分を麻帆良から逃げさせた
横島が嫌いだった。

(でも、自分は最低だ)

刹那はなにを自分が考えてるのかよく分からなくなる。
ただ公園のベンチで足を抱えて蹲った。

(このまま死んでしまいたい。そうしたら誰か少しは私を許してくれるだろうか)

夜ということもあり、公園は静かだ。自分以外誰もいない。学園長にも何も言わずに出てきたし、行く当ても特にな
く、里も捨てた身のため、麻帆良から逃げたらもうどこに寄る辺もなかった。

(いや、正直、死ぬのはいやだな……)

でも幸い今までしてきた魔法関係の仕事のおかげで預金通帳にはかなりのお金があった。一年ぐらいなら贅沢さ
えしなければどうにかできる金額だ。暫くして考えが落ち着いたら、知り合いをたどって魔法世界にでも行こうか。
自分の腕ならそこそこの仕事にありつける自信があった。

(でも、もうお嬢さまには会えない。途中で放り出したのだ。もう私はお嬢さまの顔すら見る資格はない)

考え事をしていると、考えないようにと思うのに、どうしても木乃香のことが思い出された。結局仲良くできないまま
だった。なんの一歩も踏みだせず、見られたことだけが恐くて逃げだした。

「キミ」

そのとき声をかけられ刹那はどきりとした。

「キミ、それは刀じゃないのか?刀剣類の持ち歩きには許可がいるよ」

「え、あ、いえ、これは竹刀でっ」

立てかけた夕凪を誰かが手にかけ、青い服が見え警察だと思い刹那は慌てた。

(そうか、今まではばれても学園長や長の名前でどうにかなった。でもこれからは全部自分で)

刹那は思い、相手に簡単な術をかけようとして顔を見た。

「取りあえず、隣に座らせてもらいます」

暗くて一瞬、誰かと思う。
でも相手は携帯に手をかけて誰かに電話をしだした。

「龍宮か。ああ、見つけた。学園長にも無事だって――」

しばらく刹那はその横顔を見て、まさかいるわけがないと思う。あの大怪我だ。回復にはいくらなんでももう少し時
間が掛かる。なによりこんな遠くにまで、自分を探す理由がこの人にはない。そのはずだ。

「よ、横島先生……」

刹那は目を瞬いた。
目の前には間違いなく横島がいた。

「桜咲、無茶苦茶探し回ったぞ」

横島はいつもどおりのような調子で言った。

「ど、どうしてここに?」

刹那が見る。いつものジーパンにジージャン。バンダナを巻き、横島も刹那を見てきた。

「どうしてもこうしても、そんなもの決まってるだろ。桜咲を連れ戻しにきたんだ。まったく俺が気絶してる間に逃げだ
すとは、見つけるのに苦労したんだぞ。文珠はあんまり離れると効果ないし、駅員とかに、妙な長い袋持った女の
子を見てないか聞き込んで、盛岡についてからは細かく探せるように、文珠一個だけつくるのにどれだけ苦労して
覗きを、ゴホッゴホッ、いや、なんでもない。とにかくこんな時間にうろつくと危ないぞ!」

「どういうつもりですか?」

刹那が不思議そうに横島を見た。
なのに横島はなんの気兼ねもなしに言ってくる。

「勝手に学校を抜け出した生徒を、放ってはおけん。文珠がギリギリ一個あったし、うん、あったんだ。俺はなんも
悪いことしてない。可及的事態だし、しずな先生たちも、帰ったらむしろ俺を誉めるはずだ。と、ともかく、駅からは
『探』の文字でやっとお前を探し出したんだ。戻るぞ桜咲。勝手な行動は教師として見過ごせん」

横島が刹那の手を取った。
だがすぐに刹那が振り払った。

「なにをっ、ふざけないでください!私は戻れません。烏族には翼を見られたら、その場所から去らねばいけない掟
があります」

刹那は厳しく唇を引き結んだ。

「なんだそれ?その掟を誰か取り締まってるのか?」

「と、取り締まってはいませんが、掟は掟です」

刹那は少し引く。たしかに里から追放された身である。そんなものを見張るものなどいるはずもなかった。

「そんなこと言ったら俺も文珠のことは秘密だし、実はハーバードなんて飛び級どころか、どんな大学かも知らん。
というか俺はそもそも高校3年で、大学にすら行ってないし、進学するつもりなんか欠片もない。古代語どころか中
3の英語もいまいちよく分からんから、文珠で無理矢理知識をたたき込んだだけなのは秘密だぞ。でも、全部桜咲
とか明日菜ちゃん達に知られてるから、この場合はどうなるんだ?一応、罰はあると聞いてるんだが」

「あなたと私のことは関係ありません!」

刹那は自分が真面目なのに、ふざけたように言われて怒った。

「でも、桜咲が気にしてるのは、木乃香ちゃんだろ?木乃香ちゃんはお前の羽のことなんて一言も言ってなかった
ぞ。いないから心配していただけだ。向こうはなんとも思ってないのに、確かめもせずに逃げてどうする」

「に、逃げたわけではありません。それにお嬢さまのことなど言ってなくて、ただ私は掟だから」

「嘘をいうな桜咲」

「どうしてそう言えるんです」

「お前が木乃香ちゃんのことを気にしてるのは学園長からも聞いてる。烏族の里からハーフという理由で追放され
たのもな。大体、そんな守らんでもいい掟を持ち出すな。ただ羽を見られて、木乃香ちゃんに恐がられるのが恐かっ
ただけなんだろ」

横島は出てくるとき、学園長には事情を話した。もともと大体のことは知っていた学園長は横島に、烏族と人間の
ハーフに生まれたために受けた刹那に対する世間の目と、木乃香との関係について聞かせてくれた。その上で必
ず連れ戻してもらいたいと頼まれていた。また連れ戻すまでは戻らなくても、良いと言われていた。学園長も自分の
孫のために刹那にかけた負担を申し訳なく思っているようだった。

「違います!」

「違うならどうでもいい掟なんぞ忘れて戻ればいい」

「どうして、どうして私に構うんです。私は死にかけたあなたを見捨てた。あなたを敵の前に放り投げて逃げた。あな
たが私を心配する理由はありません。怒ればいいじゃないですか」

「いろいろ事情も聞いて無理もないと思うのに、怒れるわけないだろうが」

「同情はいりません!」

刹那が立ち上がって逃げようとするので横島は慌てて抑えた。だが、刹那が暴れるので、襲っているような形にな
る。この時間でなければ警察の一つでも呼ばれそうだった。

「こ、こら、桜咲、落ち着け」

横島はため息が出た。どうしてこう自分の周りには妙に意地を張る人間が多いんだろう。そして自分はどうしてこう
いう女を放っておけないのかと。

「桜咲!」

横島が声を少しきつくすると刹那は暴れるのをやめた。

「放っておいてください。私は自分で生きていけますから」

「まあ聞け」

少し横島は真面目な顔をした。
ここに来てから、本当に自分には似合わないことをたくさんせねばいけない。どうも自分は空回りしている。こんな
ことは自分の役目じゃない。ピートとか唐巣神父のすることだ。でも自分はなってしまったのだ。教師に。面倒はい
やでも、放りだしはできない。学園長ともちゃんと約束したのだ。刹那は連れ戻すと。
それに刹那を見捨てたら木乃香に一生恨まれそうだ。

「聞きたくありません」

「じゃあ勝手に話す。俺が魔族の女が好きだった話しはしたな」

「……」

刹那は答えなかった。

「魔族との恋なんて、お前はあまりよく思わんかもしれんが、そいつはルシオラっていう女だった。俺はそいつが好
きでそいつも俺が好きだったと思う。多分な。でも色々あってな。そいつも自分が人間から非難される魔族なのを
気にしてた。だからかもな。お前みたいに悩んでる子を見ると腹が立つより、助けてやりたくなる」

(でも)

刹那の中には蟠りがあった。

「だからなんなんです。魔族は魔族でしょう。非難されて当然です。私だってそうです。他と違うということはそれだけ
で罪です。少なくとも私はそうでした」

「そんなことはないと思うぞ」

「曖昧なことを言わないでください。でなければどうして里を私は追いだされたのですか」

「それは俺にもよく分からんが、でも、木乃香ちゃんはお前のこと知っても怖がらないと思うぞ」

「思う思うって、誤魔化さないでください」

「いや、しかし、お前にとっては一番重要なんだろ。木乃香ちゃんはお前を怖がるとは限らんし、少なくとも俺は桜
咲もエヴァちゃんも恐くは微塵もない」

「でも、お嬢さまはエヴァンジェリンを怖がっていました」

木乃香は異種族のエヴァを怖がっていた。蟠りを残したまま刹那も少し本音が漏れた。エヴァが目の前にきて怯え
る木乃香。自分はそれを見て、自分もそうされるのではと不安になった。

「あれはエヴァちゃんが木乃香ちゃんを脅すから悪い。大体エヴァちゃんはアキラちゃんも襲うし、エヴァちゃんに
はちょっと反省してもらいたいもんだ。でも、桜咲は誰を襲ってもないだろ」

「襲ってはいません。いないけど、恐いんです。お嬢さまにだけはこの羽を見られたくない。それに私にはあなたの
ような力はありませんし、お嬢様をあなたの方が上手く守れる」

「でも俺は一年経てば帰る。その後は木乃香ちゃんをどうするんだ」

「そ、それは」

そうだ。そのことを忘れていた。確か横島の赴任期間は一年だけだと刹那も聞いていた。

「でも、い、一年と言わず。ずっとお嬢様の傍に居られればいいじゃないですか」

「無理だ」

「どうしてです」

「俺にも俺の世界がある。帰らん訳にはいかないんのだ。だから桜咲が木乃香ちゃんを守りたいなら桜咲が守るし
かない。俺より上手く木乃香ちゃんを守りたいなら強くなればいいだけだ」

横島は自分に寒気がした。こういう言葉こそ自分にもっとも似合わないのだと思った。元の世界で自分がこんなこ
とを言ってるのを誰かが聞けば大爆笑が起こる気がした。

「わ、分かったようなこと言わないでください。あなたに私の何が分かるんです」

なのに刹那はまともに返し、少し頬が膨らんだ。やはり周りの反応が前の世界となにか違う気がした。

「まあ確かに俺みたいなもんはまだまだだけどな。でも、俺は恋人が死んだときそう思った」

「恋人が……」

刹那が横島を見上げるとうっすら泣いている気がした。胸が痛む気がした。自分はこの人が言いたくないことを言
わせた気がした。

「桜咲、今、逃げ出せば、きっと一生後悔するぞ。これは教師としてじゃなく、俺からの忠告だ」

「でも……私は……もう逃げた。許されない」

刹那の勢いが少し弱まった。

「ちょっと気が動転してやってしまったことぐらいで、全部の人生ふいにすることもないだろ。そんなこと言ったら俺な
んて、もう100回ぐらい人生諦めてるぞ」

「私は……勇気がありません。ないんです」

さらに勢いが弱まる。もともと人に強く言うほどの元気がなかった。

「あるだろ。木乃香ちゃんのためにずっと頑張って神鳴流を学んだんだろ」

「それも自分の境遇から逃げてただけです」

「桜咲……」

横島は少しなんと言っていいか分からなくなる。

「それに、悔しかったんです」

刹那はぽつりと言うと、手に涙が落ちた。

「木乃香お嬢様を一番上手く守れるあなたを見るのが……。だからこの機会に逃げだそうとした。私は卑怯なんで
す。最初はあなたを疑うことで、あなたとお嬢様から逃げようとした。それもできないと分かれば、今度は本当に逃
げだそうとした。自分がこんな程度なんだって知るのが怖かった。結果を見なければ知らずにすむと思った。だか
ら!だから!」

「そうか……でも、もういいから。な」

横島はそっと刹那を抱きしめた。小さい少女とはいえもう14歳だ。ミルクくさい感じじゃなく、いい匂いがした。

(煩悩退散。煩悩退散)

「よくありません!」

でも刹那は今度は振りほどこうとしなかった。

「桜咲は何一つ悪いことした訳じゃない。昨日も必死で絡繰を止めてくれた。そんなに自分の悪い面ばかり見るな。
桜咲には悪い面以上にいい面の方が一杯あるぞ。俺は知ってる。まず桜咲は美人だ。美人はそれだけで全て許さ
れる」

「……なら、そうじゃなければどうするんです」

少なくとも刹那は自分を美人だと思ったことはなかった。

「そ、それは俺のことか?その場合、不細工というだけで、この世の罪を全て請け負ってるから、とても賢いことに
なる」

「なっ」思わず刹那は笑いかけ、なんとかかみ殺した。「へ、変な理論です」

「ダメか?」

「そういうわけではありませんが……」

刹那は横島に抱きしめられながら呟いた。

「分かりません」

「なにが?」

「あなたという人が」

「ど、どの辺が?」

「どうして私になんてそんなふうに言って、こんなによくしてくれるんです。私にはよく分かりません。私はあなたにひ
どいことばかりしているはずです」

「はは、別にいいぞ。パピリオって、もっと過激なのもいたしな」

刹那は少し横島を優しい人だと思ってしまった。そうすると自然と自分も横島を抱き締めてしまう。女性として魅力
に欠ける身体だから相手はあまり嬉しくないだろうと思う。なのに横島の腕の力が強まり、自分はもう少し横島との
距離を密にした。男の人特有の匂いがした。あまり不快ではなく、息を吸い込んだ。

(なにをしてるんだろう。さっきまで大嫌いだったのに。やはりこの人は私を乱す人だ)

「横島先生」

「うん?」

「私はどうしたらいいんでしょう」

それでも刹那は覚悟が決まらずに言った。

「今日は、もう遅い。とりあえず、一泊して朝一で、麻帆良に引き返すか」

「そうではなくて、その……木乃香お嬢さまのこと、羽の件です」

「それはまあ帰ってゆっくり考えたらどうだ。俺もよく分からん。桜咲がそんなに気にするなら俺も木乃香ちゃんには
黙ってるぞ」

「それはそうでしょうけど、もっといい知恵はありませんか?」

刹那は上を向く。横島と唇が着きそうな距離で尋ねた。横島はいけないと思いつつも刹那の小振りなお尻に手を回
して、その小柄な身体を自分の膝の上にのせてしまう。

(い、いかん。なんか最近境界がよく分からなくなってる。桜咲は完全にストライクゾーンから外れてるはずなんだが)

暗闇で二人、誰も来ない状況で、震えるほどの寒さ。なにより精神的に弱っているせいか、刹那は横島の手を振り
ほどこうとはしておらず、口を開いた。

「……頼りないんですね」

「はは、すまん」

「あなたを手伝ってお嬢さまにばれたんです。だからこの件に関してあなたは私を助けてください」

謝るよりもこんな言葉が出た。そういうことを言わせてしまう人だと思った。

「わ、分かった。任しとけ」

「スケベですね」

刹那がお尻の手の感触に気付かないわけもない。大事なところでこういうことをするから、自分の方が優位に立て
ていたのにつけ込まれてしまうのだ。

「す、すまん。どうもこの手が、手が勝手に動くのだ」

横島は男泣きに泣いたがスパッツ越しの刹那のお尻の感触はとてもよかった。

「お嬢さまにはしないで下さい」

「なに、じゃあ桜咲はいいのか?」

「よ、よくはありませんが、私のような性的魅力に欠けた人間でもこんなに簡単に誘惑されるなんて、女子寮でいて
余程たまってるんでしょう。あまりたまりすぎて、お嬢さまに手をだされても困るので、これぐらいは別に構いません」

言いながらも刹那は少し頬が上気していた。
きつい顔立ちで、こんなことに興味はなさそうなのに、そんな顔をされるといやが上にも性欲が刺激された。

「そうか……その、桜咲、もうちょっとしていいか?」

刹那は答えなかった。
それでも少し自分の心理は分かる気がした。

(そうか、自分はこの人に甘えていたのだな……)

少しだけそう思うと楽になる気がした。
刹那は目を閉じた。
横島は刹那と唇を合わせてきた。
でも刹那も横島も分かっていた。
これは愛ではないと。
横島は毎日のように中学生が周りにいる状況に我慢の限界が来ていたし、刹那はただ木乃香への不安を埋めた
いだけだった。だからこれはただの性欲のキスだ。二人は口を開けて少し舌を絡ませる。刹那の華奢な身体が、
びくんと震える。欲求のはけ口を求めただけのキスが気持ちよかった。唇がはなれる。横島は下半身が反応してし
まっていたし、そのことは刹那も気付いているはずだった。

「す、すまん。桜咲。許してくれ。こんな状況でダメだと分かってるんだが、その、いろいろたまることが多すぎてだな。
どうしても近付かれたり、抱き締めたりすると、抑えが効かなくてだな」

(ああ、でも、さっきまでなんだかとっても教師してる感じだったのに!)

「私もです。少しいろいろ我慢しすぎてたのかもしれません」

刹那は横島を抱き締めていた。そうすればどうなるか自分でも分かっていた。男女の関係などこんなものなのかと
思う。お互いそれほど愛があるわけでもないのに、ふとしたきっかけで、とんでもなく進んでしまう。

「その、もうはなれるか」

「は……はい」

刹那がそう言わなければきっと横島は最後までしてしまうだろう。そしてお互い後悔する気がした。だからもうやめ
ておくのがいい気がした。愛はないのだから。

「ホント私はにこんなところまで来てなにをしてるんでしょうね」

自嘲気味に言い、横島からはなれて初めて気付いたように刹那が寒さに震えた。
そうするとふわっと服が背中から掛かった。

「桜咲、風邪引くなよ」

横島のジージャンだった。

「はい」

刹那はジージャンの袖に腕を通した。ぶかぶかだが、あたたかかった。

「さて、宿でも探すか」

「今からあるでしょうか?」

公園の時計は1時を指していた。

「なければラブホテルという手もある。って、い、言っておくがもう手をだしたりせんぞ!」

すごく自信はなさそうにだが、横島は言った。

「はい。信用できないけど、します」

少しは元気が出たようで刹那は微笑んだ。






あとがき
先に言いますが、このあとお泊まりシーンはありません。
そして完オチキャラは刹那ではありません。
彼女は落ちるにしても木乃香の問題が先に立ってしまうので、
なかなか愛に発展しません。あと斬りつけたり、敵愾心は出なくなるけど、
甘える状態はこのまま改善されないかもです(マテ










[21643] 夜の帳の中の少女たち。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/17 17:54

「契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー) 氷の女王(クリュスタリネー・バシレ
イア)来れ(エピゲネーテートー) とこしえの(タイオーニオン) やみ(エレボス)!えいえんのひょうが(ハイオーニエ・
クリュスタレ)!!」

エヴァが自分の持つ中で最強の魔法を唱えた。
地下のボトルシップの中にある自身の別荘でのことであった。
ここは特殊な空間魔法を付与することで、実際の建造物をそのままボトルの中におさめることができる、いわゆる
異空間である。ボトルの中とはいえ南国リゾートのような造りで、エヴァはその中にある広大な海に向けて鬱憤を晴
らすように魔法をはなった。
横島との決闘で最後に打ち合った魔法であり、150フィート四方が絶対零度に近い氷に包まれた。
さらに詠唱がつづき、

「全ての(パーサイス) 命ある者に(ゾーサイス) 等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は(ホス) 安らぎ也(アタラクシ
ア)“おわるせかい”(コズミケー・カタストロフェー)」

最後の言葉で、150フィートある氷が粉々に砕ける。
もし中に生物がいれば、どんな強靱なものでも生きること適わず、氷とともに砕く魔法。
いや、絶対零度近い温度で凍らせれば、その時点で大抵のものは死ぬ。
効果範囲がエヴァの魔力の大きさで化け物のごとく広く、呪文は長いが、最後まで唱えて生きていられたものは数
えるほどもいない。
ましてや正面から破れるものなどナギか、エヴァの知る中では、あと、もう1人ぐらいのものだ。

「くっ」

その顔を思い出して、苛立ちがこみ上げてくる。
あの夜の横島は強かった。とくに最後のあの砲撃は感動すら覚えた。
それに負けたことに自分は満足していた。もっとも横島にはまだまだ粗は目立つし、もう一度戦えば勝てるかもし
れない。だが、それでも負ける可能性も十分にあった。そういう対等な人間が自分の方を見て、真剣に決闘をし、
相手をしてくれたことが喜びだった。
だから刹那が逃げたことなど、本来は些細なことだった。

(それがなんだ)

エヴァは満たされない。
分かってくれる相手がいない吸血鬼などになったせいで、分かってくれる相手を見ると期待はどうしても大きくなっ
た。だが、肝心の相手は、いつも、うまくこちらになびかない。ナギの時となにも変わらない。なのにあの男はそれ
をエヴァ自身が悪いというような物言いだ。

(なぜ小娘を追わなかったかだと?私は悪の魔法使いだぞ。なぜそんな世話など焼かねばいかん)

エヴァは今度は怒りのまま魔法力だけで氷塊を出現させ、海に叩きつけた。大きな波が浜辺にかえってくる。ナギ
の呪縛も届かないこの箱庭の中でだけ、エヴァは好きに魔法が使えた。だがここから出れば、また、元の小娘の
戻る。明日菜や木乃香には勝てるが、もう刹那にすら勝てない。その刹那が今日の朝横島と帰ってきた。

エヴァは刹那を思い歯がみした。

(たった一日で帰ってくるなら!)

「最初から出て行くな!!!!!!」

またもや氷塊が出現して海に叩きつける。
正直言うと帰ってきた刹那が横島に対して少し気を許してる様子が気にくわなかった。あの位置は本来決闘の終
わった自分の位置だ。オマケに横島が自分の方になんのフォローもしてこなかったので、かなりエヴァは面白くな
かった。

「オウオウ、御主人荒レテルナ」

「うるさい!」

答えるエヴァの声が本気で苛立っていた。
声をかけたのは小さな茶々丸とどこか似ている人形で、チャチャゼロというエヴァがもっとも昔に、寂しさを紛らわ
そうと作った人形の従者だ。
付き合いが長いせいか、言葉遣いの悪い人形で、ふだんはエヴァの呪縛のせいで魔力供給が足りず、動くことは
できないが、このボトルシップに入ると、事情も変わる。その人形がてくてくと歩いてエヴァの後ろにきた。

「客ダゼ」

「誰だ?高畑か?」

カリカリと言う。

「違ウ違ウ」

「なら誰でもいい。追い返せ」

「イイノカヨ御主人。俺ハ初メテ見タガ、我ガ妹ハヨコシマトカ言ッテタゼ」

「なに?」

エヴァはふりむく。

「ケケ、ホラ、帰シタラダメダロ御主人。機嫌モ悪イミタイナンデ、外ノログハウスデマタシテルゼ」

「そ……そうか」

チャチャゼロに気取られないようにだがエヴァの頬が少し弛んだ。刹那の件の顛末を自分の方にはわざわざ訪ね
てきて説明しにきたのだと思う。そういう礼儀が分かっているなら自分とてそんなに怒るわけではない。エヴァはもう
横島を怒る理由よりも許す理由を考えだしていた。

「ついてこいチャチャゼロ。外へ出るぞ」

「オイオイ、ボケテルノカ御主人。コッチハ出ラレルノ24時間後ダゼ」

この別荘は外の時間で1時間を24時間として経験することができる特殊な空間だった。しかし、その代わりに、こ
こで24時間過ごさないと外に出られないという制約があるのだ。

「ダカラワザワザ我ガ妹ニ使イッ走リサセラレタンダ。我ガ妹ハ、自分ガ同席シナイト御主人ノフォローガデキナ
インダト。ヒョットシテ、アレガヨク嬉シソウニ話ス『アノ男』カ?」

「黙れ」

エヴァはチャチャゼロをきっと睨んだ。

「ケケ、刹那ッテノト仲ガイイミタイナノハドウナッタンダロウナ」

チャチャゼロは茶化すように言う。

「う・る・さ・い。それ以上一言でも余計なことを言うと壊すぞ」

本気で反応してエヴァはチャチャゼロを睨んだ。
そして、そのままこの別荘から出ることのできる魔法陣の上に立った。

「ふん」

すぐに、エヴァは鼻を一つならして消えた。

「ケケ、ナンカ、コウ、ドロドロッテナルト面白ソウダナ」

チャチャゼロが邪悪な笑みを浮かべるが、ふと思いだした。

「ア、チッ、『愛ノ偶像』見逃スジャネエカ。我ガ妹ヨ。チャント録ッテテクレヨ」

チャチャゼロは最近はまっている夜の10時からあるドロドロの恋愛ドラマを見逃したことに気付いた。我が妹はよ
く気が利くが、表情にこそ出ないが、なんだかテンパっていたので、完全に見逃した気がすごくした。



「ふう」

息をつくと地下からエヴァは上がった。刹那のことにカリカリするのはたしかに600年も生きているものとして少々
度量が小さすぎたかもしれない。今日の刹那の登校した様子を見るかぎり、木乃香とはどうやらなんの進展もなか
ったようだ。決闘の邪魔さえしなければ元から気にかけてはいたし、経過は知りたいところだ。

(烏族の小娘……見られるのが、知られるのが恐いか)

刹那の気持ちを正直いえば自分はよく分かってしまう。
だが面白くない。
自分が吸血鬼になりたてのころ、わけも分からず追い回され、追っ手を何人も殺めた。生きるためとはいえ、気分
のいいものではなく、こんなにしても自分が生きる意味があるのかと思ったこともある。それでも、あのときは自分
を悪だとすることで、精神だけは壊れずにいた。刹那も放っておけばそちらに染まったかもしれない。

(少なくとも私の一番苦しいときに横島はいなかったぞ。小娘)

刹那は自分が一番追い詰められたときに引き戻してくれる人間がいた。
なのにまだグズグズしている。エヴァから見ればそれは甘えているようにしか見えなかった。
人は自分が経験した物差しでしか人を測れない。エヴァもまた自分の経験から刹那を判断する。でも、横島にはそ
れを言えば、きっと厳しすぎるように見えるだろう。

(まあどうでもいいか。小娘に拘って、横島との関係を悪化させるのも割に合わん)

エヴァとて600年生きてきた経験がある。
多少は寛大な面を見せようかと思う。
呪縛から解放されれば反則気味に強くなり、吸血鬼ということで、孤立しやすいエヴァにとり隔意無く話せる人間は
貴重だ。そして文珠を見るかぎり呪縛の解放もどうやら真実であると見える横島と、刹那のせいで関係を悪化させ
るメリットはエヴァにはない。

(今回は私が大人になるか。刹那の件も『まあよかったな』ぐらいは言うか。そのあと、別荘もだが、倉庫に眠らせ
てあるレーベンスシュルトの方も見せてやれば、喜ぶか。いや、私は怒っていたのだ。あまり許せば、舐められるな。
まず一発なにかお見舞いして)

エヴァはいろいろ考えながら上がると、居間にはすでに横島がいた。

「なんの用だ」

横島は茶々丸と話していたようだが、こちらを見てきた。
エヴァは一応横柄に言い、まず不機嫌を装うことにした。

「おっ、エヴァちゃん」

「ちゃん付けをするな。茶々丸。あまりその男に近付くな。アホがうつる」

「マスター」

茶々丸はまた思ってもないことを言う。
という感じで見てくるが、表情には出なかった。

「はは、エヴァちゃん。いい知らせを持ってきてやったぞ」

横島はエヴァの悪態を挨拶程度に受け止めて聞き流すと、なにか自慢げに言った。

「ふん、どうせハーフの小娘の件だろう。別に経緯など興味はないぞ」

多少興味はあったが、本当にあまり聞きたくもない気がした。
エヴァはとりあえずソファーに座り、ふんぞり返って足を組んだ。

「え、桜咲?」

「どうした?それできたのだろう?」

「は、はは、桜咲の件な!ま、ままあそれはいいんだけどな!」

横島は結局あのあと深夜の一時から見つかる宿など無く、ラブホテルというものを人生で初めて利用することにな
り、刹那の裸がもろ見えになる透けガラス仕様のお風呂になってたり、当然のようにベッドが一つしかなくて、刹那
は寝たのに自分は意識して一睡もできなかったことを思い出す。

(って、いかん、いかんぞ。生徒にこれ以上はいかん!というか弱みにつけ込むようなやり方はダメだ!)

(どうせ、アホなことでも考えてるのだろうな)

急に1人身もだえだした横島に、エヴァも少しは見慣れたのか、茶々丸を見た。

「おい、このアホに、ミルクでもだしてやれ」

ワインでもと思ったが、女子寮に住んでることを思いだし、エヴァは気遣ってやった。

「了解しましたマスター」

茶々丸はそれほどエヴァが怒ってないと見て、少し安心してキッチンへと引っ込んだ。

「で、横島。ハーフの小娘でないならなんの用だ」

「そもそも俺は無い乳は守備範囲外だったはずだ!そうだ!最近なにかがおかしっ!?」

ゴスッとエヴァは横島の頭を踏みつけた。

「いい加減にしろ。な?」

「お、おう。そうだった」

ようやく回帰して横島はエヴァを見た。

「で、なんの用だアホ。用がないなら帰れ」

エヴァはなんとなくこんなやつがきただけで、少しでも喜んだ自分を恥じた。

「エヴァちゃん。俺の言葉を聞けば、そんなぞんざいな言動はできんぞ」

なにか余程いい知らせなのか横島はほくそ笑んだ。
ぐふふと笑いエヴァは、こいつもうちょっと格好良く笑えないのかと、その気持ちの悪い笑みを見て思う。

「おい、アホ。もったいぶるな。どうせ女性教師のパンツの色とか抜かすのだろう」

「そう、今日のしずな先生はなんと赤を履いていたのだ!あの乳であんな物つけるのがあれほど恐ろしい破壊力と
は誰が想像したであろうか!?」

「本当にそれが用事か。な?」

エヴァが横島の頭を二度踏んだ。

「い、いえ、違いまぶっ。」横島は体勢を立て直した。「な、ナギの件だ」

「……ナギ?」

エヴァは思っても見なかった言葉に目を瞬いた。

「ナギがどうしたのだ?」

「よかったなエヴァちゃん。どうやらナギは生きてるらしいぞ」

「は?」

エヴァはさらに思ってもない言葉に口をぽかんと開けた。

「じょ……じょ……冗談はよせ。やつは死んだと」

かなりエヴァは動揺した。
急にナギとの思い出が走馬燈のように蘇ってきた。
横島と同じぐらい、あるいはそれ以上にバカな行動をよくする男。人が危ない目に遭っていると自分よりもそちらを
優先させる。そんなやつだった。それが吸血鬼でも関係なかった。ナギと出会った当時の自分は、いい加減吸血
鬼というだけで追われることにも疲れていた。もう死んでもいいとすら思っていた。なのに、そんなところを助けて、
こんなところに閉じ込め、保護したお人好し。その顔が浮かんだ。

(ナギ……)

「こんな冗談言ったらエヴァちゃんに殺されるだろ。本当だ。情報源はネギ君だしな」

「ネギ、貴様、ネギと連絡が取れるのか?」

「いや、それは無理だ。でも、ネギ君の保護をしてるジークって男から聞いたんだ。ジークはネギ君から直接その話
を聞いたということだ。そのジークがネギ君の記憶も調べたが思い違いってわけではないらしい」

「しかし、死んだと誰もが言っていることだぞ?」

「それなんだが、よくは分からんが、多分、死を偽装してるんじゃないか?なんせナギは有名なやつらしいし、そうい
うのもあり得ると思うぞ。俺も昔、魔族に狙われてて、身を隠してた人を知ってる」

「な、なら、なぜ私の呪縛を解きにこない?」

エヴァは立ち上がり、辛うじて声を荒げることはとどめた。
茶々丸はちょうどホットミルクを持ってきて、横島の前に置いた。

「おう、サンキュー」

茶々丸も声が聞こえていたのか、迂闊に口は挟まず黙っていた。

「横島、答えろ。なぜやつはここにこない!やつは約束した。ここでちゃんと学生生活をおくれば卒業後に呪縛を解
くと。私はそれを信じていたのだ。なのにやつは来なかった」

「まあ、もしナギが俺の知ってる人と同じく、魔族にでも狙われてるなら、そんな状態では迎えにこれんだろ。俺の知
ってる人なんて娘にも死んだってことにしてたぞ」

「しかし……約束は約束だ。だいいち貴様の言葉は全て憶測ではないか」

「まあそうだな。でも俺はジークから、そのナギを探すように依頼を受けた。これは学園長からも言われたことだ。
どうも2人ともナギは生きてると思ってるようだ」

「じじいまでが?あの、じじい、私には死んだと言っていたぞ。いや、違うのか。じじいはたしか行方不明と言ってて、
そのときは下手な言い逃れと思って、と、とにかく、ではアレは本当に死んだわけではないのか?」

「多分」

横島は若干自信をなくして言う。
さすがに今現在生きてる確証があるわけではなかった。

「たしかな情報か?」

「少なくともネギ君は世間でナギが死んだって言われたあとにも、ナギを見たらしいし、その記憶はたしかなものみ
たいだ」

「そうか……」

エヴァのナギが死んだものと思ったから諦めていた想いが、急速に引き戻されていく。
そうするとエヴァの表情がどうしてもほころぶ。

「くく、はははは!そうかやつが生きてるか!そうか、ナギが!」

思わず高笑いが出た。エヴァが15年も思い続けてきた相手であり、それとの繋がりを求めて、ネギとも会いたいと
切望してきたのだ。簡単に消せるほど軽い思いではなかった。あのとき、崖から落ちかけたとき、ナギが助けてくれ
たのだ。人間にあんなに優しくされたのは初めてで、普通に喋ってくれたのも初めてだった。

(そうかナギ。私はまたお前と会えるのか)

「なんだエヴァちゃん。えらく嬉しそうだな。ナギが好きなのか?」

「なっ、バカが!そういうのではない!」

「そうか。まあ、よかったなエヴァちゃん。そんなに喜ぶとは知らせにきた甲斐があったぞ。これで俺はもう用済みだ
な」

横島は茶々丸がだしてくれたミルクを飲んで立ち上がった。

「え?」

エヴァは虚を突かれたような顔をした。

「どうした?」

「い、いや、そうだな。ナギが生きてるなら、お前はもういらんな」

「そうそう。いやあ、これで面倒が一つ減って助かる」

「なっ。いや、でも、ナギがたとえ生きててもここに来るとは限らんぞ」

「そのときは好きなだけ待って、飽きたら学園長に言えば、俺が元の場所に帰っても呪縛を解くぐらいは解きにくる
ぞ」

「し、しかし、貴様が来るという保証はまたないではないか」

「じゃあ1年後俺が帰るときについでに解くぐらいはする。そういう約束だしな」

「そ……そうだ。それで当然だ」

(なんだ?なにか違う気がするのだが?)

エヴァはうまく言えず、困った。ナギが生きている。それは嬉しい。でも、横島のこの言葉は面白くない。漠然と言え
ば、ナギにしろ横島にしろ、こっちをちゃんと見ていない。そんな気がする。

(なんだ?私はどうしてほしいのだ?)

横島が言うとおりで、なにもおかしい点はない。なのになにかが違う。呪縛を解く。それでいいのに。

(呪縛を解いて……、そうだ。そのあと、どうするのだ?またアホな人間どもに追い回されるのか?)

「おいおい、エヴァちゃん。そんな顔するな」

ぽんっと横島がエヴァの頭に手を置いた。

「な、なんだ。頭にいちいち手を置くな!」

「こっちでの吸血鬼の扱いは刹那ちゃんを見ればなんとなく分かる。呪縛が解けてもナギがいなくて行くところがな
いんなら、俺について来ていいから」

「へっ……?べ、別にそんなことは言ってないだろう」

なのにエヴァの胸は妙にその一言で落ち着いた。
そうだ。自分はずっとナギにも、こう言ってほしかったのだと思う。

「なんだ。いやなのか?」

「い、いや、いやではないが……お前が迷惑だろう」

「全然良いぞ。なんなら茶々丸ちゃんも一緒に来ていいぞ」

横島がにかっと笑う。

(くっ、さっきは気色の悪い笑い方をしたくせに、こんなふうに笑うとは)

「そうか……まあ、そ、それなら、貴様はナギが見つからなかったときの保険に考えといてやらんでもない」

言いながらエヴァは自分の顔がバカみたいに赤面していくのが分かる。嬉しい。手の先まで赤くなり、心臓が信じら
れないほど早鐘を打ちだす。

「そのわりに、なんか捨てられたネコみたいな顔してたぞ」

「ふ、な、なにを言ってるのだ貴様。私は……私は『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』とまで呼ばれた吸血鬼だぞ。
そんな子供のような顔をするものか」

「じゃあまあ別にいいんだが。そんじゃあ俺は知らせること知らせたし、帰るぞ」

横島は玄関に歩きだした。

「い、いや、まて、横島。その、夕飯でも食べていってもいいぞ」

エヴァは慌てて止めた。

「は?もう10時すぎてるぞ?」

「そ、そうか。では、そうだ。み、見せたいと思ってたものがあるのだ」

「悪いな。なぜか明日菜ちゃんの機嫌が最高に悪いんだ。今日は早く帰らんと。また見に来るから」

「そ……そうか。いや、別に急ぐ用事ではないのだ」

エヴァはひどくドギマギした。

「そうか。じゃあ、もう遅いしエヴァちゃん早く寝ろよ」

「わ、わかってる。貴様も早く帰れ」

「じゃあ茶々丸ちゃんも。お休み」

「はい。横島先生、有益な情報ありがとうございます」

茶々丸が頭を下げ、横島は玄関を出た。



「……茶々丸」

「はい」

「私はそんなに子供か?」

「?」

茶々丸にしては珍しくエヴァの意図を掴みあぐねた。

「私は……どうしてあと10年してから吸血鬼にならなかったのだろうな」

エヴァは少し寂しげに言う。小さすぎる身長、小さすぎる胸、小さすぎる全て。自分が幼いから、こんな身体だから、
ナギは見向きもしてくれなかった。横島もきっとそうだろう。あれほどのスケベな男なら、こんな情報を持ってくれば、
多少の見返りは要求するはずが、それがない。まるで大人が小さい子供に接するようだ。

「ナギの時も思ったが、またこんなことを思わねばならんとは思わなかった」

「マスター」

茶々丸はその言葉に答える言葉を持たなかった。

「横島……」

(胸が痛む……。ああ、そうだ。この感覚を私は知っている)

でもその感覚が不幸の始まりだともエヴァは知っていた。

(気に食わん)

エヴァは、そう、知っていた。






「お帰り、横島先生」

横島が寮に帰ると、部屋では木乃香が起きていた。明日菜の方は、まだそれほど遅いわけではないのだが、テー
ブルに突っ伏して寝てしまっていた。エヴァとの経緯は2人に話し、そのあとでエヴァの家には行ったし、自分がこ
れからナギという人物を探すことも話した。明日菜にはそれについて来る意志があるようにも見られた。

「ただいま。なんだ。明日菜ちゃん変な場所で寝てるな」

だが、あらかたの事情は話しても刹那の件は黙っていたし、明日菜はかなりご立腹だった。そもそもエヴァとの決
闘の途中で蚊帳の外になってしまったのが、一番の不満なようだ。でも、これを責めると木乃香を責めることになる
ので、必然的に横島へは理に合わない怒りが倍増していた。

「はは、横島さんが帰ってくるまで起きてるつもりやったみたいやけど、明日菜にこの時間はきついみたいやえ」

木乃香がポリポリ頬を掻いた。

「なんか木乃香ちゃんも今回は、悪かったな」

この寮で先程も謝ったが、横島はもう一度頭を下げた。そもそも木乃香に今回のエヴァの件を黙っていたのが、一
番悪かった。木乃香に事情さえ言っていれば刹那が麻帆良から逃げだすこともなかったはずである。まあそれでも、
刹那の件は、いずれ表面に出ていたのだろうが。

「いいんよ。うちの方こそ引っかき回したみたいでごめんやえ」

木乃香が頭を下げた。いつでも人より一歩引く慎みのある少女であった。自分がそれで損をしても他の人が笑って
いられる方が木乃香にはよかった。

「いや、そんなことはないんだが」

横島はあまりに素直すぎる木乃香に動揺した。

「それでな、横島先生」

と、木乃香が少し真面目な顔をした。

「うん?」

「うちな。いろいろ考えてみたんやけど、仮契約やめとくことにしたんよ」

明日菜から聞いてから、本当にだいぶ考えたのか木乃香は真っ直ぐ横島を見ていた。

「そ、そうか……」

横島は急に言われた気がして、少々驚くが、元からカモ以外はそこまで仮契約に拘るものはいない。木乃香がしな
いというなら横島が無理強いすることではなかった。

「うちな。明日菜がしたって聞いて最初はそれならうちもしたいなって思うてん。でも横島さんのナギっていう人を探
すのは大変な事みたいやし、うちやと足手まといやろうし。それに……ついていく覚悟もうちにはないし」

明日菜と違い、過去の記憶の引っかかりなどない、木乃香には、横島と一緒に居たいと思う気持ちが薄いようだ。

「覚悟って、まあ木乃香ちゃんが決めたならそれでいいんだが、俺に着いてこなくても仮契約はしてもいいぞ」

横島は木乃香の真面目すぎる雰囲気に水を差すように言う。
少し木乃香が勘違いしている気がしていた。カモの話しでは仮契約とはそこまで重いものではないはずだ。だから
横島も少し魔法気分を味わってみたいぐらいの気でしても、別にいいのだと考えていた。

「そうなん?」

木乃香は以外だったようで目を瞬いた。

「い、いや、俺は別に木乃香ちゃんとキスしたいわけじゃないぞ!でも、木乃香ちゃんが魔法とか使ってみたいんな
ら、構わんというだけだからな!」

横島は慌てて補足しておいた。

「ふうん、そうなんや……。でも、うちはやっぱりええよ」

木乃香はそれでもやはり仮契約は横島とキスはすることになり、2人の仲が進展してしまうことに怖さがあった。明
日菜は横島と木乃香が仮契約をしても良いと言ったが、本当に明日菜はいいのか。それもよく分からなかった。正
直、明日菜らしくもなく横島に対して拗ねてるようにも見えるから余計だ。

(うちの方が拗ねてたはずやのに、なんや、いつの間にか明日菜と交代してるしな。でも明日菜。うちはよくても、あ
んまりグズグズしてると、他の人に取られてしまうえ)

できれば明日菜には誰かが本気で横島にアタックしだす前に、覚悟が決まってほしいと思った。そうすれば同じ部
屋同士、いくらでもチャンスはあるのにと思う。

「そ、そうか、まあそりゃそうだな」

(ざ、残念とか思ってない!思ってないったら思ってない!ああ、絶対に木乃香ちゃんに『お前となんかキスできる
か!』とか思われた!いや、それでいいんだが!悲しいじゃないか!)

木乃香の考え事など知らず、仮契約を断られて地味に傷付く横島だった。

「ところで横島さん。やっぱりせっちゃんの事秘密?」

木乃香がこちらの方が気遣わしげに尋ねた。

「あ、ああ、悪いな木乃香ちゃん。その……、しばらく桜咲はそっとしてやってくれないか。いろいろと思うことがある
みたいでな。今は触れられたくないみたいだ」

「じゃあせめて、昨日おれへんようになった理由は言われへん?」

木乃香はこれには感情が表に出ていた。以前、生徒指導室で真名の言った『エヴァの件の事後処理』という理由
は欠片も信じてないようだ。

「それを言うとほとんど全部言うことになるしな」

「そう……。せっちゃんが悩んでるなら、うちも相談に乗りたいな」

その木乃香のことで悩んでるとは横島も言えなかった。

「ま、まあでも、落ち着いたら桜咲から木乃香ちゃんにも相談すると思うぞ」

「うちはあかんよ。横島先生とちごて、せっちゃんに嫌われてるし。横島先生やとせっちゃん普通に話すから。でも
横島先生やと女の子の相談事とか細かいことわからんかもしれんし、だから、そういうので分からんだらうちに聞い
てくれてええんよ。横島先生からうちって言わんと伝えてくれたらええし」

「ああ、いや……」

刹那が木乃香を嫌うなどとんでもないことだ。

「うちはあかんな。それぐらいしか思いつかへんねん」

木乃香が横島に笑う。笑う心境ではないのだろうに笑う。本当に良い子だ。できれば木乃香と刹那が傷付かないよ
うにちゃんとしてやりたいと横島は思った。






「真名」

そのころ、刹那は部屋の電気を落として、しばらく黙っていたが二段ベッドの下で寝る真名に声をかけた。

「なんだ?」

「その……。昨日は迷惑をかけたようで、すまない」

「別にいい。一日無駄に走り回された分は、明日の昼食を奢れば許すことにするよ」

真名はどこか淡々としていた。そのわりにあの朝から横島が電話する深夜まで、自分を探し回っていてくれたとい
うのだから、刹那が思っていた以上に、情のある少女であった。

「ああ、それぐらいは奢る。あとでちゃんと1日分の労働分を請求してもいいぞ」

刹那は律儀に言った。
あまり友達付き合いがよく分かっていないようだ。

「契約したわけではないし、私が勝手にしたことだ。そのつもりはない」

お金には細かい少女のはずだが、やはり、心配してくれていたのだろうかと思う。

「そうか……」

しばらく会話がやんで、また刹那から口を開いた。

「なあ真名」

「うん?」

「お前は……なぜ私が逃げたのか、聞かないんだな」

刹那は気遣わしげに聞いた。
真名は刹那が今朝帰ってきてから、理由を聞くでもなく、まったくいつもと同じであった。

「他人の事情には興味がないからね。戻ったのならそれでいい」

「そうか……。そうだな」

そのあとまた少し会話がやんだ。



(寝たか……)

真名は刹那が寝たと思い自分も寝ようと思う。そして、このときまで、真名はとくに横島に興味があったわけではな
かった。そもそもとある事情から、他人と親しくならないように気をつけていた。
でもまた刹那が口を開いた。
刹那にしては珍しく、どうやらかなり色々あって聞いてほしい気分のようだ。

「真名、もう少し話してもいいか?」

「ああ、別に構わん」

(仕方ないか)

人と深く関わることを避けたい真名だったが、事情をある程度は聞いていたし、今日ばかりは仕方がないかと思っ
た。

「その……。横島先生に聞いたことで、私は誰のことか、よく知らないんだが……ある人が」

刹那は言葉を句切った。
どうも言いにくい類のことのようで、真名は黙って次の言葉を待った。でも、言えないなら、このまま寝ても問題はな
い。その辺は割り切っていた。でも刹那はやはり口を開いた。

「ある人が魔族の女と恋をしたそうだ」

刹那はある物語を語るように、口からこぼれたように言った。

「魔族と?」

ぴくりと真名が反応した。

「ああ、といっても、もうその魔族は死んだそうだが……」

「死んだのか?」

「ああ。あ、いや、すまない。妙な話だな。お前でも魔族と人の恋なんて聞くと、よく思わないのだろうけど、その人
はそのことを話すとき、悲しそうだけど、幸せそうでもあったそうだ。その、よければだが、真名はこの話しどう思う
か聞かせてくれないか?」

それは刹那なりに自分の痛みを他人に聞いた言葉だった。
だからかなり省略したし、間違っても誰のことかは分からないようにしていた。
そう、横島自身の話を刹那は横島であることは隠して言う。
きっと不思議なことの多い麻帆良学園でも、この話を聞いて、それが誰のことであるか気付くものはいないだろう。
たとえエヴァや学園長でも気付かずにどこかの誰かの物語と思ったはずだし、少なくとも完全に誰であるか確信は
しないだろう。
だから刹那も口からこぼれた。
この麻帆良中で唯一この話をしてはいけない人に。

「そうだな……」

真名にしては間が開いてしまう。

「そう……たとえ魔族と恋をしても、相手が死んでも、残されたものが幸せだったと思うならそれでいいことだ」

「そうか……。意外とそんなものなのかもな」

刹那は真名から予想していたよりもいい答えが聞けて、安心したように答えた。
そうして一言今の話しは聞かなかったことにしてくれと言い、お休みの言葉とともに静かになる。
だが、真名は刹那の寝息が聞こえてから息をついた。

(横島先生か……いやなことを思いださせてくれるな)

あの人は死んだ。魔族の女は自分ではない。それは分かり切っている。なのに動揺していた。

(これほど似ていると、否が応でも気付いてしまうな)

夜は更けていく。
さまざまな少女たちが、想いを交錯させながら……。






あとがき
今回はちょっといろいろな人物を書いた回でした。
横島とのフラグが立ちまくりですが、どの子がどこまで行くかはまだよく考えてません。
でも、フラグが立ってもすんなり行く子はあまりいません(いないわけではないんですけどね)。
そして横島の場合みんなで愛し合おうという感じにはなりません。
でも女性は一人ではなく、ハーレムになる予定です(マテ
でもドロドロするのはなあとも思うので、この辺の兼ね合いがむずいです。

あと一話を挟んで修学旅行です。
なので次話で完オチキャラをハッキリさせますー。












[21643] Like&Love
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/18 11:03
「もう知りません!出てけ!」

「いや、明日菜ちゃん。ちょっとは話しを!」

「あ、明日菜。もうその辺にしといたら」

「そうだぜ姐さん。旦那が学校で女に抱きつくのはいつもの事じゃねえか」

「2人ともうるさい!」

明日菜が一括して、横島が明日菜たちの部屋を追いだされた。

(ああ、またやっちゃった)

横島が刹那を連れ戻してから数日が経ち、もうすぐ修学旅行である。
なのに、明日菜と横島はギクシャクして仲直りできていなかった。横島としては女が不機嫌だと自分が悪くなくても謝るのだが、最近の明日菜はそれを聞いてくれない。とうの明日菜も自分も理不尽に責めすぎだと思っていたので、いい加減仲直りしたいのだが、横島に肝心なところでタイミングを外されたりして、なかなか素直になれないうちに時間だけが経過していた。

(そりゃまあ、いつまでも言い過ぎだとは思うけど、長瀬さんとの修行にはなんでか桜咲さんも加わるし、2人で話せる時間もないし、最近、横島さんに着いていきたくても着いていけなくなってるし。桜咲さんも木乃香のことどう思ってるのか分からないし)

明日菜はかなりここのところ怒ることが多かった。
こんなことをいつまでもつづけていたら横島との縁も切りかねないとは危惧していた。でも楓の修行に横島が付き合うのはいいとしても、刹那が加わると自分の入る余地がないのだ。大体、横島は楓の修行に付き合うのも乗り気じゃなかった。横島はそもそも修行が嫌いなのだ。それをどうも誘っているのが刹那のようなのだ。

(横島さんが、なにを桜咲さんに言ったのか知らないけど、『強くなればいい』と言ったのはあなたです。とか、言って横島さん困ってるのに、ちょっと強引なのよね。だからって、木乃香は桜咲さんと仲良くしたいようだし、そうなると桜咲さんに私は強く言いにくいし。というか、桜咲さんってちょっと言うだけで、すごく気にしそうな雰囲気あるしな。楓さんもしばらく大目に見てあげてほしいとか言うし)

そのせいで、明日菜は負担というか割が全て自分に寄っかかっている気がした。

(とにかく横島さんが全部悪い。うん。そうよ。そうなのよ。だいたい、桜咲さんとなんでそんなに急に仲がいいのか、事情もなにも言わずにいるのが悪いのよ。決めた。一度思いっきり文句を言ってスッキリしよう。追いだしてもどうせその辺で時間潰してまた帰ってくるでしょうし)

この辺、相手が刹那と違い、横島は気楽である。少々明日菜が八つ当たり気味に怒ってもしばらくしたら向こうから謝ってきて、それでうやむやになる。

(あ、でも、今ならお風呂か)

明日菜が時計を見ると時間的に生徒の時間が終わり、横島が入っているころだった。横島なら、自分が怒ってもあまり気にせず、今頃お風呂に入っている気がした。そうすると、明日菜はふいに仮契約の日のことを思い出した。

(う、ううん。ダメダメ私は高畑先生一筋だし、横島さんとは仮契約でキスしただけだし)

そう思う明日菜だが、考えるとあの日のキスの感触や気持ちよさが脳裏にまざまざと浮かんでくる。横島に対して、訳のわからない怒りを爆発させるせいで、こんなことまで考えてしまう気がした。

(でも、最近、横島さんはあっちの方たまってるみたいだしな。なんだか、このまま繋がりが薄れてくのもいやだし)

明日菜が一番危惧していることは突き詰めればそれだった。横島が他の子に関わるために、自分と横島との関係が希薄になりかけている。同じ部屋には住んでいるが、それが当たり前のようになっているし、同じ部屋でいることより、重要なことがある気がした。それがどうも欠けているようで、その点でなにか刹那に負けている気がして、それも苛立ちが溜まる元になってる。

(横島さんと縁は切れたくない)

横島といると自分の記憶のなにかに触れそうな気がする。
それはなにか重要な気がする。それを失いたくない。

(うん。好きとかじゃない。でも、横島さんとは繋がっていたい。それにあそこでなら誰にも邪魔されずに横島さんと話せるし)

明日菜は思うと、立ち上がった。

「どうしたん?」

「う、うん。木乃香。ちょっと、出てくる」

言うと明日菜が慌てたように言い置いて、部屋を出て行った。

「姐さんバレバレだな」

カモは面白そうにして、木乃香も苦笑した。






(ううむ。女の子と同居も煩悩的には嬉しいが、なかなか難しいな)

そうは言いながらも本気で出て行く気のない横島は頭にタオルを乗せ、女子風呂に浸かっていた。明日菜のことだから、お風呂から出るころには多少頭が冷えて、謝れば許してくれるだろう。

(しかしな。最近明日菜ちゃんに怒られるせいで、葛葉先生とかにセクハラもしにくいんだよな。まあそれ以前にむこうでいたときほど、やっぱりセクハラに寛容じゃないんだよな)

最近の横島は明日菜の思うように溜まり気味だった。好意的な生徒のスキンシップも横島には頭痛の種である。夕映や亜子といった生徒は好意的でもストライクゾーンから外れているから我慢が利くが、レッドラインを完全に越えているあやかやハルナに近付かれるとどうしても飛びかかりたくなるのだ。

(雪広と早乙女はどっちももうほとんど大人の身体。あの身体でそばに来られると、いろいろとまずいのだ。ナニが反応せんようにどれほどの忍耐力がいるか、あの二人は分かっているのか!)

きっとハルナは分かってる。でも、あやかは完全に横島を正義のヒーローと認識しており、これが余計にタチが悪い。ああいう純粋な目で見られると自分の邪な部分が激しく倫理感とぶつかり、最近はぶっ倒れることもあった。

(ああ、夢の園に来たというのに!毎日毎日、悶々とばかりやってられるか!美神さんのように触っても警察にだけは言わんでくれる安全な乳はここにはないのか!!!)

むこうでは美神や小竜姫、エミや冥子など、触ったあとの逆襲は恐いが、警察にだけは知らせない人達がいた。でもここではダメだ。こないだもしずな先生ににっこり笑顔で『これ以上、指一本でも触れたら、それなりの対応をしますよ』と脅された。あれは多分本気だった。
唯一、葛葉は刀所持で対応してくるので大丈夫だが、それ以外はあまり強引なのは横島ですら封じざる得ないのだ。そしてそれも明日菜が怒るので、自重気味だ。まあ結局自重しきれなくて明日菜が怒るのだが。

(だからって好意的にしてくれてる生徒に襲いかかるわけにはにもいかんし。ああ、辛い。というか、やばい。俺という人間がいつまでもこんな状況で耐えられるとは思えん。そのうち明日菜ちゃんにでも襲いかかったら洒落にもならん。マジで一年間監獄で犯罪者と交流を深めることになったらどうする。そうだ!こうなったらもう封じてきた『恋』の文珠を使うか!?いや、ダメだ!それだけは人間としてしちゃいけないんだ!)

「こらっ」

そこに声が掛かり横島はハッとして振り向いた。

「あ、明日菜ちゃん!?」

横島は驚く。いつの間に入ってきたのか、考えに浸って気付かなかったのか、ツインテールの髪を下ろし、タオルをしっかり巻いた明日菜が横島の後ろで屈んでこっちを見ていた。

「大声で危ない発言しないでください。誰が誰を襲うんです?」

明日菜が横島を見た。タオルの下から太股の間がのぞけそうになり、横島は必死に自重した。

(見ちゃいけない!見ちゃけない!見たいけど見ちゃいかんのだ!!!!)

「い、いや、今のは言葉のあやだ!死んでもそんな強引なことはせん!というかそもそも生徒にはなにもせん!」

「それはまあ信用してますけど。でも、相変わらず本当にスケベな人ですね」

明日菜は表情は変えずにいた。
でも少し頬が赤い。

「は、はは、というか、なぜここに!?」

「外だと寒いんで、横、いいですか?」

「え、お、おお」

そして横島の横に明日菜はタオルを巻いたまま浸かった。

「す、すまん。すぐ出る!」

なぜか、妙に慌ててしまい横島が慌てて立ち上がろうとして明日菜に止められた。

「いいですよ。私、この時間に先生が入ってるのは知ってましたし」

明日菜はなにを考えているのかいつもの調子で、それほど恥ずかしそうでもなかった。

「ほ、本当に?」

「ええ」

「じゃあなんでだ。ま、まさか、明日菜ちゃん襲ってもいいのか!?いや、いかん!明日菜ちゃん。それはいかん!ああ、でも、すごくそれなら嬉しいと思う自分がいる!!」

横島は血の涙を流した。

「そんなわけないでしょ」

明日菜は余裕で返した。横島がこういうことを言ってるうちは意外とまだ安全なのだ。この男はアホなことをいわなくなってからの方が恐い。それでもここにいる。横島は男だ。ここにくる意味を知らないほど子供でもない。それなりに分かってきている。高畑が好きなことに代わりはないはずなのに、矛盾した心理として横島といたい思いがある。明日菜はそれを記憶を呼び覚ますことに必要だからと思っていた。

「うっ、やっぱり。ではなぜ?」

「本当は思いっきり怒るつもりだったんですけどね。なんか横島さんのアホな叫びを聞いてるとバカらしくなっちゃいました」

怒るといっても八つ当たりである。エヴァのことで外されたこと、刹那のことでなにも横島が言わないこと、そして木乃香への接し方。でも、2人になるとそんなことをするのも躊躇われた。

「は、はは、冗談だ。冗談」

「冗談ね。気付いてないんですね。横島さんって、授業中でも変なことを口走ってますよ。那波さん見て、全身から血を噴きだすこともあるし、他にもあれこれたくさん際どいことがあります。あれは相当たまってるでしょ」

明日菜は横島を若干蔑むように見た。

「い、いや、あれはだな。男として仕方ないというかなんというか。そもそも那波は中学生という言葉の意味を履き違えてると思うぞ。もう20歳ぐらいってことにしてもいいんじゃないか?」

「そんなこと言うから那波さんに嫌われるんです。それに今はまだ他の人達は冗談ぐらいに受け止めてます。でも、もうそろそろ、面白い教師から変態教師に代わりそうですよ」

「うっ」

横島は言われてたらりと汗をかく。
でも、それこそが横島の本来の姿である。
というか今の3-Aでの評価が異常なのだ。それもハーバード卒や生徒が轢かれそうなのを命がけで守ったなどの噂による部分が大きい。しかし、これもあまりバカをつづければどこまで効力を発揮できるか分からない。それにしずなの対応一つにしても、その場合の見返りが向こうのように冗談ですまない場合もあった。

「しかし、那波や長瀬や龍宮、それに雪広とか、もうほんとにあいつら洒落にならんのだ。あれらにセクハラを一切してないだけでも俺は死ぬほど頑張ってるんだ」

これは元の横島を知るものなら誰もが納得する言葉だ。
でもこの世界では通用しない。それは横島も分かっている。
だから自重するのだが、それも限界があって果てには倒れるまで行ってしまうのだ。

「まあ、私は横島さんの良いところも知ってます。それと比べものにならないぐらいスケベなのも」

「は、はは。明日菜ちゃんは優しいな」

「そうでもないですよ。怒ってばかりだし」

明日菜は自分の心が分からない。だから自分がどうしてこんな場所にきて、こういうことを言うのか、自分でもよく分からない。

「うむ。まあたしかにここ最近の明日菜ちゃんは恐かった」

「あの、それで、もうそろそろ、私、横島さんと仲直りしたいんです」

「もう怒ってないのか?」

「ええ、だから、まあ、その、仲直りっていうより、あの、横島さんはあっちが溜まってるみたいだし、えっと、まあ、あの、横島さんがスケベだからってだけで、クラスで批難されるのも忍びなく思うんですよね」

明日菜はこちらを見た。少し頬が染まっていた。

「あ、明日菜ちゃん?」

なにかそこに桃色めいた雰囲気を感じて横島はびくついた。

「横島さん。その、そんなに溜まってるんなら、久しぶりに私とキスしてみます?」

明日菜の顔が今度こそ赤くなり、横島はゴクリと息を呑んだ。

「い、いや、しかし」

(お、美味しい。どうしたんだ最近の俺!?刹那ちゃんといい、なにかが違うぞ!)

なにが違うといって、一番の違いは、むこうと違い、突っ込み役がいないのだ。こういうことが洒落にならなくなってくると以前は絶対に邪魔が入った。でもここではそれが以前ほどひどくない。それが悪く出る場合もあれば、逆に突き抜ける場合もあった。

「い、いやですか?」

「全然、全然。というかいいのか?たしか高畑先生が好きなんじゃ……。いや、どこがいいのか理解はできんが」

ここでキスしたいなら他の男の名前など出すべきではない。案の定明日菜は言われて、少し悩む。でも明日菜もここまできて気分が高まっていた。今更、なにもせずに出て行くのはいやだった。

「そ、そうですね。でも、横島さん見てるとなんだか心配で。その、あまりバカなことをしないで下さい。横島さんが妙なことで麻帆良から出ていくことになったら、私の記憶の手がかりもないんですから」

「す、すまん」

「どうします?そんなふうに言うんなら、私は生徒だし我慢しますか?」

「いや、それは……」

明日菜は横島に寄り添う。

「明日菜ちゃん。す、すまんもう我慢できん」

久しぶりにお互いの肌を感じた。

「そうでしょうね。でも横島さんって私が誘ってるの気付いてます?」

「き、気付いてる」

自然と唇が重なる。よく見ると明日菜は緊張しているのか軽く震えていた。横島は明日菜を抱き締めないと壊れそうな気がした。唇が開き舌を差し込む。

(横島さん。やっぱり、仮契約じゃなくても気持ち良い)

明日菜が積極的で、まだつたないくせに舌を動かし、横島が受け身になる。しばらく淫靡な音がお風呂場で響き、息が苦しくなって少しはなれた。横島の方が明日菜の強引さに戸惑うような顔になった。

(わ、分からん。中学生というものが俺にはよく分からん。なんだ?明日菜ちゃんは俺が好きではないんだよな?)

横島には理解しかねた。明日菜自身わからないのだから鈍感な横島が気付くべくもなかった。

「その、横島さん。キスまでにしましょう。それなら、またしてもいいですから」

「明日菜ちゃん。どうしたんだ?本当にこんなことまたしてもいいのか?高畑先生はどうするのだ?」

「はい……。ひゃんっ」横島の手がタオルの影に潜った。言動と行動が一致しない横島だった。「その、高畑先生は好きです。でも横島さんとのことも大事にしたいと思うんです」

(ようはエッチなことがしたいのか?)

なぜかそういう結論になってしまう横島だった。

(しかし、それはいいのか?俺と明日菜ちゃんは教師と生徒。いや、しかし、一人の男と女に立ち返れば、お互いそれほど釣り合いの悪い年でもない。正直になれ俺。明日菜ちゃんはいいって言ってるじゃないか!)

「そ、そうか。その、俺も大事だと思うぞ」

「そ、そうなんだ」

そういうふうに言ってくれる横島が明日菜は嬉しかった。
もっとも二人の間で微妙にニュアンスは違ったが。

「ありがと横島さん」

明日菜は少し横島の胸に甘えた。

「ああ、そ、その、明日菜ちゃん。タオル降ろしてもいいか?」

「ダーメです。それして歯止めきくんですか?」

「うぐ。やはり最後までは無理?」

「当然です」

横島はがっくりする。
でも明日菜は触る分には抵抗せず、キスは自分からしてきた。それでも最後の一線は越えず、バスタオルも律儀に身体を覆っていた。横島がここで強引に行けば、明日菜は蟠りを残しつつも、許したと思う。明日菜がここで一言でも許せばそれで横島の我慢は限界を超えたと思う。でもその一線が2人には思いの外、大きかった。






「ああ、楽しみー」

「ほんまやな」

修学旅行を翌日に控え、二人で騒ぐ木乃香と明日菜。横島がその横で布団を敷いていた。なんだか美少女の部屋でこういうことをするのは怪しい雰囲気があるが、努めて考えないように努力していた。カモもそれを手伝ったりしている。それに横島も修学旅行を楽しみにしていた。ハワイには行きたかったが芸者や舞子のいるあれほどの街は日本にはもう他にないのだ。密かに学園長には一見さんお断りの店も聞いてきたし、準備は万端だった。

(刹那ちゃんや明日菜ちゃんはたしかにいいのだが、このままいくとなにかが間違う方向に行く気がする。そうだ。ここで大人の芸者遊びをすることで原点回帰をするのだ!ぐふふふふふふ)

「横島さん。向こうでは用事あるみたいだけど、どこ行くんですか?自由行動よければ一緒しません?」

妖しい笑みをいつもどおり浮かべる横島に明日菜が尋ねた。
明日菜は一時期怒ってばかりいたが、最近はその怒りも静まったのか、普段どおりに接してくれるようになっていた。いや、若干、なにをするのも距離が近くなったようにも見えたし、気持ちも以前以上に落ち着いてるように見えた。久しぶりにキスをしてみて、明日菜なりに思うものがあったようだ。

「木乃香ちゃんの実家だ。自由行動のときにいくから明日菜ちゃんも一緒にくるか?」

「あ、はい……って、木乃香の実家?」

「うちの?」

明日菜も木乃香もナギのことは聞いたが、それを聞くのは初耳で首を傾げた。

「ああ、言ってなかったか?ちょっと学園長に東の親書を西に届けてくれって頼まれてな。それで、木乃香ちゃんのお父さんが西の偉いさんで、その相手らしいんだ。だから、木乃香ちゃん、ちょっとお父さんに俺のこと紹介してほしいんだが、いいか?」

「へ?かまへんけど」木乃香が戸惑うように返事をした。「うちのお父さんになんて言えばええん?」

「まあここでは一応俺は魔法界ってところの奥地から出てきた、魔法使いってことらしい。他の先生方で魔法を知っている先生にはそれで通してるんだ。でもだな、木乃香ちゃんは魔法のことは知らないことになってるから普通に学校の先生でいいんじゃないか」

「分かった。ええ先生やってちゃんと言うえ」

木乃香は委細も聞かずに朗らかに言った。

「なんか旦那。それだと結婚相手の紹介みたいだな」

ふと、カモが茶々を入れた。

「ち、違うわ!そんな意味なんぞあるか!」

横島が慌てて叫んだ。最近の自分はなんだかいろいろおかしいのだ。冗談でもそういうことは言ってほしくないのだ。だが明日菜が上目遣いに見つめてきた。

「怪しい……木乃香と横島さん、なんか親しくありません?」

「いややわ明日菜。うちと先生はそんな仲ちゃうえ。それに明日菜が横島さんと進んでるんよ」

照れて木乃香が明日菜の肩を叩いた。

「うっ」

明日菜も思い当たる節がありすぎてぎくりとした。

(ま、まさか、木乃香なにか知ってる?それとも仮契約のこと?)

「と、とにかく、前回連れて行けなかった分、明日菜ちゃんもついてきていいぞ」

横島が話を変えた。

「あ、はい」

慌てていた明日菜の胸が弾んだ。横島との縁が薄れるのを危惧していたが、どうやらそんなことはなさそうだった。横島と二度目のキスをしてから、少し関係が変化している気がした。仮契約ではなく、本当にキスした。それが妙にしっくりきていた。高畑を忘れてなどいないが、この関係も大事な気がする。

(お風呂でキスか)

思いだすと妙に頬が弛む。
なんだかまた一つ大人になった気がした。

(今日もしに行こうかな。べ、別に横島さん好きじゃないけど、放っておくと溜まりすぎて変なことするし)

そう考えると妙に胸が疼いた。横島とまたキスをする。いつ襲われてもおかしくないあんな場所で。でもあそこは自分と横島が2人きりになれる聖域のような気が明日菜はした。

(でもあんまり許しすぎて襲われても、あの状況じゃ文句言えないのよね。やっぱりあれからまだそんなにも経ってるわけじゃなし、やめた方がいいか。第一、私の方が溜まってるように思われたらいやだしな)

と、そんなことを考えてると、扉を叩く音がして、明日菜がそっちを見た。

「誰やろ?夕映かな?」

最近、横島目当てでよく来る友達の顔が頭に浮かんだ木乃香が、立ち上がって扉を開けた。

「うわっ」

と、木乃香は思わず、一歩下がった。

「横島はいるか?」

そこにいたのは夕映ではなかった。早乙女ハルナでも宮崎のどかでもない。予想した中にはいない人物に木乃香が目を瞬いた。

「え、エヴァンジェリンさんに茶々丸さん……」

木乃香がちょっとびくついた。

「え、エヴァンジェリン?」

明日菜も戸惑う。
小学生程度で成長の止めたエヴァに、お姉さん的なメイド兼戦闘型ガイノイド茶々丸。
その姿にカモが警戒して横島の肩に乗った。

「やいやい、旦那に負けたってのになんの用でい!」

「やめとけカモ。なんの用だ。エヴァちゃん?」

横島の方は警戒心なく尋ねた。他の二人もすでにエヴァとは授業で何度もあっているし、横島と時々会話もしていたので警戒心は以前ほどではない。まあそれでも2人はエヴァと会話したりしたことはない関係で、仲がいいとは言えなかった。

「う、うむ」

だが、そのエヴァは何か言いにくそうに口を濁した。

「どうした?もう修学旅行の準備はすんだか?明日は寝坊したらあかんぞ」

まるで子供を相手にするように横島は言った。立ち上がると木乃香に変わってエヴァの傍により、しゃがんでエヴァの高さに合わせた。

「う、うむ……そのことでだな。少しお前に話があるのだが」

エヴァはやはり言いにくそうに入り口で固まっていた。

「なんだ?ここじゃ言いにくいのか?」

横島は本当に子供のようにエヴァの頭を撫でてやる。

「はい。横島先生、少しマスターの家にまで来てもらえないでしょうか」

と、茶々丸がエヴァが言いにくそうなのを見て口を挟んだ。

「そりゃ別にいいぞ。俺はもう明日の準備もすんでるしな……。って、そういや、エヴァちゃん。登校地獄の呪縛は修学旅行だとどうなるんだ?」

「そ、その件だ!いいからこい!」

何の気なしに聞いた横島にエヴァが真っ赤になって怒鳴った。
エヴァは言えなかったのだ。
600才にもなる自分がいくら15年間の間に5度も行きたかったのに、結局いまだに一度も行ってなかった修学旅行に参加したいなどとは。そのためには、どうしても横島の協力が必要で、それを前日の今になるまで言い出せずにいたとは。

(こ、これでは、ますます子供と思われるではないか)



その説明をエヴァの家に連れて行かれ、居間を通って、エヴァの私室にいれられた横島は唸った。
要はエヴァは修学旅行に行きたくて行きたくてしかたがないのだ。だが登校地獄の呪縛はかなり強力で、たとえ学校の行事でもエヴァには一切の外出を許してくれないのだ。またエヴァも今まではそれでよかったし、行きたくてもいけないから感情を押し殺して、『行きたくない』とクールに決めてもいた。だが、いざ行ける可能性を見つけるとどうにも我慢できなくなったのだ。

「それが横島の文珠という可能性だ」

と言っても横島が一緒に行くからという理由もエヴァには大きかった。子供扱いで、いまいちまともに相手にはされていないが、頭を撫でられたりするのも意外といやではない複雑なエヴァの心境だった。そのオプションがなければ、たとえ行けても恥を忍んでまでこんな頼み事はしない。

「なるほど……。まあ結論から言うとな」

横島が口を開いてエヴァはベッドに腰を下ろして神妙に聞いた。

「う、うむ、なんだ。少しぐらい、お前に報酬は払うぞ」

でも精一杯横柄には言った。

「いや、そうじゃなくてな。無理だ」

「なっ」

エヴァが目を点にした。

「な、なななっ、なぜだ!?貴様は私の呪縛を永遠にでも解けると言っただろうが!それがなぜたったの五日間がとけんのだ!?さては貴様、私を大人しくするために、実は解けもせんものを解けると言って私を謀ったのではあるまいな!」

エヴァが横島の胸ぐらを掴んで迫った。
期待しただけに失望も大きい。最初から行けないものと決め込んでいればあきらめも付くが、横島の文珠の力ならかなり高確率でいけると踏んでいたのだ。だから横島に確認もせず、ガイドブックや替えの下着、外出用の衣服の新調。葉加瀬には外出中の茶々丸のメンテナンスまでちゃんと依頼したのだ。これで行けなきゃただのバカである。

「お、お落ち着け、エヴァちゃん」

横島はエヴァの襟首を思いっきり搾られた。

「これが落ち着いてられるか!てっきり行けると思って、どれだけ私が出費したと思うのだ!」

「しめて、126万3077円です。マスター」

一体何をそんなに買ったのか、エヴァはこの修学旅行を無茶苦茶楽しみにして相当な散在をしたようだ。実を言えば、最初はハワイだと思いパスポートも用意したし、次は京都と聞いて、京都のガイドブックも100冊も買って、行く場所のチェックもしていた。後は横島に頼むだけという段取りのはずだった。

「い、いや正確にはできんこともないのだが!」

横島はとりあえずエヴァに首を絞められて苦しかった。

「じゃあしろ!今すぐしろ!」

「だから落ち着け。それは無理なんだ!く、首が絞まる!」

「マスター。横島先生は理由があるようです。聞かれた方が」

茶々丸が見かねて口を挟んだ。

「うぐ……なんだ言ってみろ!下らん理由なら、その血を全て吸いつくすぞ!」

エヴァは横島の首を離して、ソファーに乱暴に腰を下ろした。

「はあはあ、そ、それが人にものを頼む態度か!」

「うるさい!人が楽しみにしていたというのに……」

エヴァが下を向いた。
横島はそれを見て頭を掻いた。
麻帆良は広いとはいえ外に出られないのは相当きついだろ。3年後には好きな男が迎えに来てくれると期待もしていたのにそれも適わず、かなりストレスも溜めていたのだろう。ようやく解放のめどが見えて少し我が儘になるのを責められるものではなかった。

「う、うーんむ、しかしな、悪いなエヴァちゃん。俺も本心から言えば多少の無理をしてでも行かしてやりたいのは山々だが、今は文珠の個数が6個しかないんだ」

エヴァとの決闘が終わってまだそれほどときは経過していない。あのとき全てを使い果たしたので、計算で言うと2個、いいとこ3個しかできていないはずなのだが、刹那や明日菜とのキスや、日常的にも煩悩を無理やり抑制させられることが多く、精製速度が飛躍的に伸びていた。

「なっ、6個もあれば無理なのか?」

「無理じゃないが、今回の京都行きは学園長に西に仲直りの親書を届けるように言われてるんだ。その際に西の過激派の妨害があると学園長には言われてる。文珠は出来るだけ残しておきたいんだ」

「し、しかし、お前は文珠なしでも相当強いではないか。親書を届ける程度文珠に頼らずとも行けるだろ!」

エヴァもこれが自分の我が儘だとは思ったが、どうしても行きたいし、この程度は言わせてくれる男だと横島を信じていた。

「まあ自分だけなら文珠はなしで、それでもいいが、仲介人の木乃香ちゃんの護衛に、明日菜ちゃんも同行させたいと思っているからな。エヴァちゃんの言ってることをするには『五』『日』『解』『呪』で四文字いることになる。木乃香ちゃんは以前に渡した分をまだ持ってると言ってたから、それでいいとして、明日菜ちゃんにも一文字もたせる気だから、これだとエヴァちゃんを解呪したら手元に1個しかなくなる。ダメな理由は理解できるだろ」

「い、1個……」

「文珠はああ見えてかなり効率が悪い。1個ぐらい。なんかあればすぐになくなるんだ」

といっても横島は元の世界ではそれほど文珠を頼りに除霊してはいなかった。また燃費の悪い文珠頼みでは美神も認めてはくれなかっただろう。でも今回はやはり明日菜や木乃香の護衛がほとんどメインになる。自分さえ無事でいいならどうにかするが、そうも行かないのだ。

「ちゅ、仲介人はともかく、どうして神楽坂明日菜を連れる必要がある?それに近衛だけならハーフの小娘がいるだろう」

それでもエヴァは食い下がった。だが声はトーンダウンしてきていた。二人も護衛をするとなれば話はまったく変わる。1個程度では心許ないことこの上ない。相手が強ければ6個ですら足りないほどだろう。

「二人の扱いに差を付けたくないってのもあるんだが、霊感かな。どうも明日菜ちゃんは出来るだけ手元に置いておいた方がいい気がするんだ」

「霊感だと?そういえば横島は霊能力者というものだったか。それに……」

何か横島の超常めいた発言以上に思い当たることでもあるのか、エヴァが苦い顔をした。

「あの女はそういえば……それが横島の勘に引っかかるとしたら」エヴァは小声で呟き横島を見た。「で、では本当に無理なのか?」

エヴァが目に見えて落ち込んだ顔になる。

「すまん」

「横島先生。どうにかならないでしょうか?」と、茶々丸が口を挟んだ。「マスターは横島先生なら最後の修学旅行に必ず連れて行ってくれると、とても楽しみにしていました」

「よ、余計なことを言うな茶々丸!」

「最後?そ、そうか……」

このあと一年経ち、エヴァが横島に着いてくるにしろ、ナギが生きているにしろ、麻帆良の学園生活を送ることはもうないだろう。またそのどちらであってももうエヴァは学校に行くことはないだろう。その意味でもエヴァが行きたがる気持ちはよく分かる気がした。

「エヴァちゃん、その体で吸血鬼化したんなら、あんま普通の楽しみもなかっただろうしな」

横島はそのことに容易に想像が付いて悩んだ。だが文珠を使うのは論外だった。ただ、横島には文珠精製の方法がまだあるのだ。エヴァは悩むと言うことは望みがあるということと、知っていてその様子に言葉を待った。

「そ……そのだな、エヴァちゃん。その……エヴァちゃん。ああ、エヴァちゃん。ああ、エヴァちゃんし、しし次第で行けんことはない方法があるにはあるんだが」

横島は額にたらりと汗が流れた。
その言葉は凄まじくためらわれる言葉だった。
だが、エヴァがそこまで行きたいのであれば、教えるぐらいはしないと悪い気がした。

(お、俺はロリじゃないし、し、下心もないぞ。断じてないんだ。ただ、エヴァちゃんがどうしても行きたいと言うからだな。ろ、600才の子になら言ってもいい気がするだけなんだ。本当に本当だ!)

自分自身に何度も言い訳をして、横島は懊悩した。
それでも言っていいのかどうかかなり悩んで、頭の血管が切れて血が噴き出す。

「な、なんだそれは?そんなに悩むほどリスキーなのか?」

エヴァの目が驚いた。
さすがに命の危険があるほどのこととかになれば、諦めざる得ないだろう。

(こいつがこんなに悩むとは……。やはり無理なのか。大体、無理をしすぎて、1年後の件にまで支障が出ては元も子もないし……。しかし、ナギが生きてればともかく、一年も大人しくしてるのか)

600年も生きてれば一年などあっという間であることが多かった。でも、ダラダラしている一年と、待つ一年というのは意味が違う。それは途方もなく先に思えた。

「あ、うん、そのだな、べ、べべべ、別に危なくはないんだが、俺の霊力には源があってな」

「源?霊力とはそんなものがあるのか?」

エヴァでも霊力についてはよく知らなかった。

「あ、ああ、まあこれは俺だけに適用される話なんだが、そ、それって言うのが煩悩なんだ!」

「ぼんのう?ぼんのうとはあの煩悩か?」

エヴァがよく理解できずに目を瞬いた。

「あ、ああ、その煩悩で間違いないと思う。それでだ。急激に煩悩が満たされることがあると、意外に簡単に文珠ができたりするんだな。これが。あはははは、いや、すまん、じゃあそういうことで、学校で留守番頼むぞ!」

言ったものの自分のあまりの非常識に焦り、横島は急いで出口へと向かおうとした。

「待て」

だがその手をエヴァが握る。

「いや、待たん。離せエヴァちゃん。これはやっぱりまずすぎる!」

「茶々丸。お前は部屋を出て、私が許可するまで音声を切っておけ、いいな」

「はい、マスター」

茶々丸が頷いて部屋を出て行く。

「お、おい、まて、茶々丸ちゃん。待ってくれ!」

横島は本当に助けを求めるように叫んだ。

「横島。つまり私にお前の煩悩を満たせと言うのだな。そうだな?」

その一方でエヴァは思う。

(こういうことを言うということは少しは私の身体に興味があるのか?まさか、こいつ、特殊な性癖の持ち主か?危ないやつか?いや、でも、横島がもしそうなら、ひょっとして、私を少しは女として見ているのか?それとも、まさか、あのとき、決闘の夜のように大人になれというのか?)

もしそう言われたら自分はどうするだろう。少し残念だが多分やってしまうかもしれない。エヴァは横島に心の一部を握られている。子供の身体というだけで、まったく見向きもされないのは我慢ならなかった。大人になって、それでいいなら、相手にもされないことほどには苦痛ではなかった。

「そ、そうだけど、これはまずい!」

「いいか、私がこういうことをしたと公言しないと誓え」

エヴァは全て横島が何を言いたいのか理解して言った。要はその体を駆使してエヴァが煩悩を満たせば、それで横島は満たされるというのだ。エヴァがいくら幼くてロリコン嫌いの横島とて方法次第で煩悩を満たす方法があるのだ。だがそれがどれほど危険なことかを知る横島は激しく狼狽した。

「いや、待てエヴァちゃん俺が悪かった。すまんがエヴァちゃんの体では俺は欲情せんし、倫理的にもおおいに問題があるぞ!」

「安心しろ。私は600才だ。倫理的に問題はない。それに欲情するかどうかは試せば分かることだ」

するっとエヴァはワンピースを降ろした。それだけで下着以外の着衣がなくなる。

(大人になるとして、さて方法をどうする。魔力はほとんどないし、触媒でするか?いや、あまり時間をかけて興醒めするのもまずい。しかし、そういえば、600年も生きてきたがこういうのは初めてだな)

「こ、この件の先払いの報酬だと思えばいい」

あっさり脱いだ割に恥ずかしいのかエヴァは赤面した。

「し、しかし、い、いいやこれはさすがにだな!それに俺は愛がないこういう行為はせん主義で!」

(ロリじゃない。ロリじゃないが、ああ全てが小さい……。しかし、エヴァちゃんが600才と考えると子供扱いは変だし、落ち着け、これに手を出して俺は大丈夫なんか。何か大事なものを捨てることにならんのか!)

横島は自分の思考が激しく乱れるのを感じた。

「あ、愛と言われると困るが、お前のことは嫌いではない。底抜けのバカで、自分より軽傷の茶々丸を先に助けたのも悪い気はしていない。だ、だから、愛が全くないわけではない。そ、その、少し触らせる程度なら許す。それにいくら修学旅行に行きたくともまったくいやならこんなことはせん!」

(違うな。胸が苦しい。張り裂けそうだ。この感情を自分は知っている)

カーとエヴァはますます赤くなる。

「な、なにを、い、言っておくがエヴァちゃん。これは、相当やばいんだぞ?」

横島も何より600才にもなるエヴァが少女のような反応を見せるのだ。欲情を覚えないと言えば嘘になる。そして横島という男は欲望にはどんな状況でも素直になってしまう男だった。

「分かってる……」

エヴァが恥じらい横島が息を呑む。

(エヴァちゃんは600才だ。ロリじゃない。そうだ。俺は大事なものを何一つ捨ててない!)

心の中で叫んで横島はエヴァの腕をとった。エヴァがびくっと震えた。

「ど、どうするのだ?」

(なんだ?どうして大人になれと言わない?)

「さ、さすがにベッドに潜り込むと自分を抑える自信がない。俺は服を脱がんでおくから、え、ええええ、エヴァちゃんが膝に乗ってくれるか」

言った横島の頭の血管が切れて血が飛び出す。もうここまで来て後戻りは不可能なのだ。

「あ、ああ、わ、わかった」

横島がベッドに腰を下ろし、入れ替わるようにその膝にエヴァが乗った。美しい真っ白な肌。その尻の下で横島のマグナムが大きくなった。それにエヴァは気付いた。男が自分にこういう反応を示したのは初めてでエヴァは戸惑った。そこに気をとられていると横島が小さな身体を抱き締める。

「よ、横島……も、文珠はできそうか?」

(気持ち良い。でも、どうしてこいつ大人になれと言わんのだ?こいつが、特殊な性癖でないことぐらいは知ってる。期待させるな横島。私は自分のことはよく知ってる。でも……そうだ。この感情だ)

エヴァが横島の顔を見た。

(そうだ。この感情を突き詰めようとしても、誰も相手にしてくれなかった)

「あ、ああ、なんかもう自分に自信がなくなるな。なんで反応するんだ。俺のアホ」

横島が失礼にも泣き出す。まだ反応しなければ、やっぱり無理で終わらせられるのに自分の息子はエヴァのような幼女体型にもきっちり反応していた。だが、やはりエヴァが大人でないことがネックになり、そこまで凄まじい反応を横島は見せなかった。

「大人になってほしいか?幻影で良ければなれるぞ?」

思わずエヴァが聞いた。

「は、はは、さすがに幻相手じゃもっと虚しいだろ。エヴァちゃんはガキだが本物の方がいいだろ」

「し、失礼なバカめ」

エヴァの頬に一筋の涙がこぼれた。

「どうした?」

「埃が入ったのだ。気にするな」

エヴァは呟いて横島の顔を引き寄せ、頬にキスをした。

「え、エヴァちゃん?」

「まだそれほど興奮していないな。しずなや刀子ならとうに野獣になってるだろう?」

エヴァは悔しげに今度は軽く横島と唇を触れあわせた。
エヴァの目は愛しげで、まるで恋人同士の愛撫のようだった。

「そ、それはもう。これがしずな先生なら、っていうか、エヴァちゃん。息子は反応しても、やっぱりそこまでエヴァちゃんの体格だと俺は興奮できんというか。それにこれ以上はいくらなんでもまずいだろ」

「それはたしかに」これ以上となると、もう一線を越えるしかない。エヴァもいくらなんでも修学旅行だけの理由でそれはいやだ。するにしてもそういう理由なしの状況がいい。「横島。だが私とてここまでしてアホな理由だけではやめられん。今日はここで寝ていけ、私が添い寝してやるから朝までになんとか四個だ」

かぷっとエヴァは横島の耳を噛んだ。血を吸うためではなく、ほんの甘噛みのつもりだ。
初めてエヴァは血を吸う以外の理由で人を噛んだ。

「なっ……。だ、だが、できんかったら諦めるんだぞ」

横島もいやだとは言わなかった。というより今もエヴァのすべすべの肌に手が這い、横島も興奮していないわけではないのだ。ただエヴァが相手というわけでかなり躊躇があるのだ。

「3個ならサービスしろ。1個は旅行中にもう一度添い寝してやるから」

「ひ、人に見られたらまずいだろ」

「ふん、修学旅行の全てを私は把握している。お前の部屋が一人部屋なのは知ってるぞ」

エヴァが向かい合って抱き締めなおした。出来るだけ横島に体が密着するようにして、彼女も必死だ。修学旅行以前に、女性としての魅力が関わりだしているのだ。それも当然だ。

「わ、分かったからエヴァちゃん」

横島は「まったく我が儘な」と呟きながら、何となくエヴァをぎゅっと抱きしめた。
エヴァは赤面するが、横島をさらに抱きしめ返して、二人はそのままベッドに潜った。そしてエヴァが横島の胸の中で甘えるように顔を埋める。寝そうになるほどしばらくそうしていたが、さすがにそれだと本当に、朝まで一つも出来ないことになりかねないと思い、横島に言った。

「横島、今夜は私とお前は愛し合った恋人同士だと思え」

エヴァが横島に触れた。

「わ、分かってる。お、おおお俺もここまで来たらロリとかはもう言わん!」

(相手は600歳!そうだ俺は大事なものを何一つ捨ててはないんだ!!)

横島は心の中で絶叫したが、もうこの時点で大事なものを2、3個捨てていた。

「本当に大人でなくていいのだな?」

「い、いいぞ」

「そうか……ありがとう」

小声で言うと、横島がぽんぽんとエヴァの頭を撫でた。
やはり少し子供扱いはされてる気がした。

「横島」

「うん?」

「今夜のことは本当に内緒だ。少しサービスしてやるから誰にも言うなよ」

「い、いいのか?」

「お前だから、いい」

本当に本心からエヴァはそう言い、

(そうか私はこの男が好きなのだな)

そう思った。






あとがき
いや、もう、書いてしまって後戻りできませんでした(マテ
ということで、完オチキャラはエヴァでした。
ちなみに完オチの定義は横島を好きと自覚することです。
明日菜もアキラも亜子も夕映もちゃんとこれを自覚してません。
なので完オチはエヴァのみです。
修学旅行でまた1人だすので、よろしくー。

あと、評判悪いので改行やめました。
いや、まあそっちの方が自分も楽なんだけど、
自分のPCだと思いっきり横にダラダラ長いんです……。












[21643] 惑い。迷い。修学旅行スタート。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/23 17:34

「遅い、横島先生は何をしてるんですか!」

葛葉が相当イライラしながらいまだ訪れない人物に叫びを上げた。
JR大宮駅のホームで、今日がいよいよ修学旅行である。大宮駅集合であり、参加予定で来ていないのはもう横島だけだったのだ。葛葉はそのことにさらに苛立たしげに靴を鳴らしている。横にいる瀬流彦も気が気でないようだ。引率の先生が修学旅行の集合時間に遅れるなど前代未聞だ。
それに今回の3-Aの修学旅行にはどうしても横島が必要なのだ。来なければ最悪3-Aだけ修学旅行の取りやめも考えられる事態だった。

「葛葉先生どうします?親書の関係上、勘違いして西が襲撃してくるかもしれませんし、横島先生がいないと3-Aは本当に修学旅行に行かせられませんよ。未確認ですが近衛木乃香を組織的に狙う勢力もあるようですし、危険が大きすぎます」

瀬流彦が生徒たちには聞かれないように少し離れた場所で葛葉と相談していた。なかなかの男前で、まだ若いが魔法先生の1人であり、横島への反感が少ないということもあり、今回の修学旅行で京都行きの補佐の役割で引率に選ばれていた。

「何をあの人は……セクハラはしても、時間にはそれほどルーズじゃないはずなのに」

「横島先生ああ見えて仕事はきっちりしてますからね。本当にどうしたのかな」

他のクラスはもう新幹線に乗り込んでいた。
残るは横島と3-Aの生徒だけなのだ。

「せめて京都でなければ私が護衛をかわれるのに、やはり行き先の変更なんてしなければ」

「それは今更言っても仕方ありませんよ。葛葉先生も刀を置いてきてるし、僕は戦闘向きじゃない。時間になっても来なければ残念ですが3-Aの修学旅行は中止にせざるをえませんね」

瀬流彦も淡々と言うが、それだけは出来ればしたくなかった。
修学旅行は生徒にとって学生生活で一番楽しみと言っても過言ではない行事だ。それを取りやめるなどあってはならない事態だ。それに他のクラスの先生は全員来ており、引率の先生の数自体には問題がないのに、担任が遅れただけで修学旅行が中止など3-Aの生徒も納得がいかないだろう。

「あの、横島先生はまだでしょうか?」

学級委員長である雪広あやかが代表で聞いてくる。その後ろに明日菜と木乃香が続き、3-Aの生徒も全員心配顔だ。横島はよほど生徒に好かれているのか葛葉達には文句を誰一人言ってこなかった。なにより、横島が来ないなら先に乗るとあやかが言い出すこともなかった。

「ええ」

「明日菜さんの話では、昨夜遅くにエヴァンジェリンさんのところに行かれたそうですが」

葛葉が頷いたのを見てあやかが言った。

「それは私も聞いてるわ。神楽坂さん。昨日、エヴァジェリンのところに行ったあとは知らないのよね?」

「はい。でも、そんなに横島さんも深刻そうじゃなかったし、どうしたんだろ。エヴァジェリンとはもう仲直りしたはずなんだけどな。携帯も全然つながらないし」

(だから俺っちはあの女に警戒してたんだ。旦那のやつ、殺られたんじゃねえのか)

明日菜の肩に乗るカモが小声で言った。

(ちょっと、縁起でもないな)

明日菜もそう返すが、実のところそれを一番心配していた。横島はかなりエヴァに気を許してる様子だったし、寝首でもかかれてたら洒落にもならず、気が気ではなかった。

「近衛さんは何か横島先生から聞いてない?」

「聞いてへんけど……。そういえば横島先生、エヴァジェリンさんの修学旅行の登校地獄とか何とか言うてたえ」

葛葉に聞かれて木乃香が答えた。
一方で、ぷるるるる、と新幹線発車の音が聞こえた。

「ちょ、え、なに、新幹線出ちゃうよー」

「横島先生!」

さすがに呑気な3-Aの生徒も慌てだした。これほど大人数となると乗るのに遅れたら、あと一本遅らせて乗るというわけにも行かない。遅れればそれでもう修学旅行がアウトである。

「く、本当に何をしてるの!急がないともう出るじゃない!」

『JR新幹線あさま506号――まもなく発車いたします』

「どうします。生徒を先に乗せますか?横島先生には後で追いかけてもらえば」

瀬流彦が焦って言った。
横島がいなければダメだとは言ったが、本当にダメは可哀想だと仏心が出たようだ。

「ダメです。刀のない私と、攻撃系の苦手な瀬流彦先生じゃ緊急事態には対応できません」

「しかし3-Aの生徒は魔法生徒も多いですし」

「あのね瀬流彦先生。修学旅行中の安全確保を生徒自身にやらせる気ですか?」

葛葉の方が瀬流彦より立場が上なのか、たしなめるように彼女は言った。

「そうですね。すみません。でも、これはちょっと洒落になりませんよ」

瀬流彦も心配していた。
瀬流彦は横島のことを嫌いではないから余計だ。
それにエヴァンジェリンを倒したということで、魔法先生の中でも、徐々に横島の評価は変わってきている。その力自体を疑問視する声は少なくとももう聞かれなくなっていた。それでも英雄の息子、ネギの代わりということで横島に対する先生方の見る目は依然厳しい。

とくにネギが来なかったことで、英雄の息子という言葉が一人歩きして、美化すらされていた。なにより、横島はその素性が知れず、それが証せず、魔法の形態もあまりに周りと違うのもマイナス面が大きい。
もっとも瀬流彦は知らないが、この件は魔法先生にまで秘密にしなければいけないわけではないのだ。ただ、話しても信じるものがいないし、異世界交流などといえば好意的な瀬流彦ですら不審がるのは容易に想像された。

だから学園長も黙っているわけであり、それが余計に横島を秘密主義の妖しげな、それでいて凄腕魔法使いという評価にして、周りを不審がらせていた。だからこそ横島は自分自身の行いに責任を持ち周りに信用されるしかない。セクハラ以外で問題行動が見られないなら、それもまだ許容範囲なのだ。でも重要な親書も関わったこの件をすっぽかしたとなれば、もはや学園長の押さえも効かなくなる。

(横島先生、最悪、首にされるよ)

なぜか横島と気が合う瀬流彦はそれも不憫に思えた。

「え、え、ちょっとこれ洒落になってなくない?」

「何、私たち電車に乗らないの?乗らないの?」

と、美砂に桜子が叫んだ。

「あの男……もし来なかったそのときは」

と、葛葉の髪が怒髪天をつき、目の色が神鳴流の剣士に多く見られる黒く染まりだし、
そのとき、

「は、ははははは。勝った。私が勝ったぞ!」

JRの大宮駅にてエヴァンジェリンが悠々と階段を上り、新幹線を前に勝利の雄叫びを上げていた。
その後ろにはなにをそんなに荷物があるのかと言うほどの大荷物を抱えた茶々丸も続いている。ここから東京で乗り換え京都まで一直線である。そして、エヴァがここにいるということは、横島は文珠を三個以上一夜にして作ってしまったということであり、横島はその横で男泣きに泣いていた。

「が、ガキ相手に俺は一体なんということを!悔しくない。悔しくなんかないぞ!泣いたらお日様に笑われるんだ!それにまだ俺は正常なはずだ!この俺が女に最後まではいたさずに一夜をくぐり抜けたじゃないか!」

「まあ確かにな。だが、出たがな……」

ぼそっと横島の横でエヴァが呟く。それ以上にエヴァは何度も感じてしまい、最後までいたさなかったとはいえ、相当に濃密な夜だったのだが、ともかくエヴァの勝利には違いないのだそうだ。

「お、俺って奴は!俺って奴は!」

ホームの壁にがんがん額をぶつける横島。
それほどに横島の完全な敗北のようだった。

「あはははは。あれほど自分で言っておきながら結局6個も作るとはなんと愚かな!まあそんなによければ今夜も付き合ってやるぞ」

さりげなく爆弾発言をするエヴァに横島が返せる言葉などなかった。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「キター――!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

とは生徒全員の声が重なった。

「な、なぜエヴァンジェリンが?」

葛葉は目を瞬くが今はそれどころではなかった。

「まさか横島先生エヴァンジェリンの呪縛を解いたのか?一体どうやって!?」

瀬流彦も驚愕する。

「って、雪広さん!」だがすぐに葛葉は正気に戻った。「生徒の誘導を私として、瀬流彦先生急いで駅員に言って出発を遅らせて!神楽坂さんと近衛さんはあのバカを引っ張ってきてください!」

「「「「「は、はい!」」」」」

全員が走り出した。

「横っち、遅いよー!」

「すんません、すんません、俺は俺はー!!」

「行ける行けるよ。修学旅行に行けるよ!」

「横島さん急いで、もう新幹線出ちゃう!壁に頭ぶつけてる場合じゃないってば!」

トリップしている横島の腕を慌てて明日菜と木乃香が引っ張った。

「先生。急がんとあかんえ!」

「木乃香ちゃん違うんだ、俺はロリじゃないんだ!あんなことされたら、もう、もう!!仕方なかったんだ!!!」

「え、え、なんのこと?」

「いいから急いで!エヴァジェリンに茶々丸さんも急がないと新幹線が出るわよ!」

明日菜の叫び声がホームに響いた。



「すんません。すんません。時間には間に合うように起きたんっすけど、学園長がつかまんなくて許可とるのに手間取った上に、エヴァンジェリンと絡繰の新幹線のチケットとか面倒な手続きがあって」

新幹線になんとか無事に乗った横島は、車内で葛葉と瀬流彦に平謝りに謝っていた。

「間に合ったからいいようなものの、そういうことなら事前に言っておいてください。それと親書は忘れてませんね」

(しかし、エヴァンジェリンを連れてくるとは、この人、意味がわかってるのかしら?)

葛葉もエヴァを連れてきたことに驚き、怒りよりもその事態への動揺があった。何年も前から麻帆良学園に在籍し、教師経験も新米からは抜け出てきたが、エヴァが外にいる姿など初めて見たのだ。彼女の存在は魔法界でも有名で、サウザンドマスターのかけた呪縛があるのは葛葉も知ってる。なのに一体どうやったというのか。

「はい、それはもうもちろん」

「しかし驚いたよ横島先生。あのエヴァンジェリンを連れてくるなんて」

瀬流彦も驚きの声を上げた。明日菜達からエヴァのところに行ったとは聞いていたが、まさか本人を連れてくるとは微塵も思ってなかったのだ。それほどにサウザンドマスターのかけた呪縛は強力であり、サウザンドマスターとは規格外な存在であった。なによりエヴァンジェリンという存在は魔法を知るものの間で特別だった。

(学園長、エヴァがいるなんてばれたら、下手すると西を余計に怒らせますよ。いや、でも、かえってびびって萎縮するか。それが狙いか?)

学園長の真意を瀬流彦も読みかねた。
事情のわかってない横島が、すでに呪縛を解いてから学園長に許可を取りに来たとは思ってなかった。

「は、ははは、い、いや、き、きききき昨日の夜頼み込まれて、一日がかりでなんとか解いたんっすよ。まあ修学旅行が終われば元に戻るようにはしてあるんっすけどね。あはははは」

言われた横島はそれを自慢げに誇ることもなく、逆に滝のような冷や汗を流した。

「でも本当に外に出して大丈夫なんですね」

葛葉が気遣わしげに聞いた。正直な話、エヴァンジェリンが暴れれば止める手立てがないのだ。学園では結界のせいで大人しくても横島の話では、この数日間はその束縛からも解放されるという話だった。

「はい。それは大丈夫っす。学園長も聞きに行ったらエヴァちゃんと茶々丸ちゃんに関しては俺に任せてるって言ってくれましたし」

「学園長が……(くっ。あのじじい、丸投げしたわね)」葛葉だけはなんとなく学園長の真意に気付いた。「まあそれならいいですが。どうやらエヴァも横島先生には従うと言ってますし。でも、本当に横島先生は秘密が多いですね。学園長から言われてなければ、これぐらいですませないところですよ」

というよりも、もうエヴァは来てしまっているのだ。解放前に言われてれば全力で反対するところだが、葛葉としても他に言いようがなかった。下手に言ってエヴァが怒れば刀をおいてきた、いや、おいてこなくても、自分にはどうしようもない。西を刺激しないように自分は刀までおいてくるほど気を遣ったのに、これでは完全に裏目に出ている。こんなことなら自分も刀を持ってくればよかったのだ。

「本当にすんませんでした」

横島は葛葉と瀬流彦にもう一度頭を下げた。

(まったく、この人は、頭は下げてても実際の行動が全然低姿勢じゃないのよね)

葛葉は苛立たしげに思った。
むしろエヴァを連れてくることで自分の存在と優秀さを誇示してるのかと穿った見方すらしたくなる。どうも今回の修学旅行、自分にとってはストレスの溜まることになりそうだった。

「――ずいぶん怒られていたようだが、大丈夫か?」

横島が生徒の方の見回り、エヴァの席に来て、彼女が聞いた。横では茶々丸がいた。あの大荷物は茶々丸の膝の上にあり、若干彼女が可哀想だが、不思議と機嫌が良さそうな気がした。

「ああ、大丈夫だ。学園長も口添えしてくれたしな」

「その、悪かったな。今朝は少々からかいすぎた。本当なら間に合っていたというのに」

「はは、ま、まあ、ちょっと、色々あったしな」

横島は言って冷や汗を流した。

「う、うむ、そうだな。ま、まあ、修学旅行中に文珠が足りなければまた言え」

改めて思い出すと恥ずかしいのかエヴァが赤くなっていた。だが発言はかなり際どい。エヴァとしては昨日の夜はそれなりによかったようであった。

「は、はははは、エ、エヴァちゃん。富士山見えてるぞ!」

「なに!?」

話を変えるように言った横島の言葉にエヴァがついつられて窓を見た。よく晴れた空に富士の稜線が美しく見えた。その姿に魅入られてエヴァが窓に張り付いた。うまく話を変えられた横島はその頭に手を乗せた。

「まあ15年ぶりの外だろ。俺には気を遣わんでいいから楽しめエヴァちゃん。文珠も足りるように使うからな」

「あ、ああ……その、だが、何かあれば私に言え。協力はする。いや、お前を手伝いたいのだ」

歯切れ悪くエヴァは言い、こちらは向かなかった。

「わかった。茶々丸ちゃんもこれだけ遠出は初めてだろ」

「ありがとうございます横島先生。私はマスターが楽しければそれでいいです」

気のせいか茶々丸がわずかに笑い横島は次の見回りに歩き出した。

エヴァはその後ろ姿をずっと見ていて吐息をついた。
横島が昨日の夜のことをどう考えてるのか気になった。今の反応だと文珠を作るために自分がしただけと思っているようにも見えた。自分はそんなに軽くも安くもない。横島だからしたのだ。小さくても幻よりも良いと言ってくれた横島だから。そのことをもっとちゃんとわかってほしい。

(胸が痛い……)

繋がりが強くなればなるほど胸が痛くなる回数が増えていく。どうしようもなく痛くて胸を押さえた。他の生徒のところになど行くなと言いたかった。

(私はあいつが好きだ。でも……)

この思いを口にしたら、きっと横島は困惑すると思った。

(小さくても良いと言ってくれた。だが、小さい私があいつに本当に好かれるとも思えん。昨夜だって私がもう10年、いや、3年でもいいから大人の身体なら、きっと……)

受け入れられたらまたその次を求めたくなる。
この感情だけは600年生きてもどうしようもない。いや、長く生き、ここまで踏み込んできた相手がナギを入れてもいなかったエヴァは余計想いを募らせた。

「お、なんだそれ?」

カードゲームをする六人組を見る横島。円や裕奈に亜子もいて、真剣にカードを睨んでいた。

「カードゲームだよ、はやってんの。っていうか横っち遅いよ」

「修学旅行、もう一瞬、中止かと思ったよ」

「ぶーぶー」

鳴滝双子もいて、怒られる横島。

「いやあ、もう本当にすまんかった。許してくれ!」

「ダメダメ。京都についたら全員に御茶屋であんみつ奢るぐらいしてもらわないとにゃー」

「そうだそうだ」

「わかった。それぐらいならなんとかする。本当に悪かった。許してくれ」

横島は本当にぺこぺこぺこぺこ謝った。なにせ昨日の夜にいたしていたことを思うと、生徒達に言いしれぬ罪悪感を感じた。幼い体には興味がないと言いながら、クラスでも鳴滝双子や夕映に次ぐ幼い体のエヴァ相手に文珠を6個も作るほど煩悩を爆発させたのだ。もう穴があったら入りたい心境だった。

「でもどうしてエヴァジェリンさん達と遅れてきたんや」

と、亜子が聞く。

「ど、どどどどどど、どうしてだろうな。ははははは」

もう笑って誤魔化すしかない横島に、生徒達が一様に疑わしそうに見てきた。

「みなさん。横島先生を責めてはいけませんわ」とは、あやかが言ってくれた。「横島先生はいつも外での行事に参加しないエヴァンジェリンさんをギリギリまでそれは熱心に説得し、こうして無事に連れてこられたのですよ」

「え……?」

その言葉に横島の目が点になる。
そんな理由だっただろうかと自身が一番驚いていた。

「それなのに葛葉先生や瀬流彦先生にも一切言い訳をなさらず、生徒にもただ遅れたことを必死で謝るのみ。この雪広あやか、これほど立派な先生を始めて見ましたわ」

あやかは本当に横島の全てを肯定的に受け止めるようになっており、さりげなく「さすがは正義の味方ヨコシマン」と付け加える。感動のあまりハンカチを瞳に当てウルッとしていた。

「そ、そうやったん先生」

亜子の方も感動して呟いた。

「ごめん先生。それなのにあんみつ奢れだなんて」

裕奈も反省してほろっときたようだ。

「い、いや、そうだったのか、そ、そういえばエヴァちゃんを連れてきたのは、そういう理由だった気がするぞ!」

横島自身、あやかの言葉に感動する。これではまるで他人事である。そして横島は所詮そういう男だった。生徒の何人かはシラーとしてるが、ともかく信じやすい生徒は横島と同じく感動していた。

「そうに決まってますわ。考えてもみてください。生徒のためなら車に轢かれることもいとわない先生が寝坊とか、生徒といちゃついていたとか、街中でナンパに夢中になりすぎていたとか」横島は自分が来ない間に生徒が言っていたことを大体理解する。「そんなくだらない理由で遅れるわけがありませんわ!エヴァンジェリンさんと茶々丸さんを連れてきたのがその証拠です!」

「先生ごめんにゃー。私そんなこと知らなくて」

「い、いや、いいぞ明石。お、遅れた俺が悪いんだ!」

裕奈が本気で謝り、あまりの空気にいたたまれなくなり横島は明日菜に方に目を向けた。すると明日菜はどうせ下らない理由で遅れたんでしょ。という目を向け、木乃香が横で苦笑していた。何となく横島はこういう反応の方がほっとした。すると明日菜の肩にいたカモが横島の肩に乗ってきた。

(旦那、この調子で全員の好感度どんどん上げていくぜ!一年後には全員と仮契約も夢じゃねえぜ!)

(だから、お前は人聞き悪いこと言うな!俺はロリじゃない!)

(またまた俺っちは匂いで分かるんだぜ。昨日の夜はエヴァの姉御と何をしてたんでい)

(な、な、ははは、なんのことかなカモ君)

(しかし、いやあ、そうかエヴァの姉御とはそういうことだったのか。そういうことなら俺ももう姉御を疑わねえ!姉御に関しちゃもう仮契約なんてまどろっこしいことはなしだ!ぜひ本契約のときは俺っちにサポートさせてくれ!いや、しかし、姉御の身体じゃ旦那のビッグマグナムとの本契約は無理か!?そのへんどうなんだ旦那!?)

親父モード全開のカモが鼻息を荒くした。

(あはははははは、聞こえん!なんも聞こえんぞ!)

「あ、先生、お詫びにポッキー食べないかニャーって、きゃー!」

裕奈が急に叫び声を上げた。

「な、なんだ、俺はなんもしてないぞ!」

(違う。旦那、西が仕掛けてきたんだ!)

ついいつものくせで横島が焦るが、カモが耳元で忠告して戦闘態勢になりかけた。

「へ?な、なんだ?」

しかし、裕奈が渡そうとしたポッキーの箱からなんとカエルが跳びだしてきたのだ。横島が驚いていると、次に亜子の頭の上にカエルが乗り、あちこちでカエルが跳びだし大量発生する。車内がたちまち混乱し、横島も困惑を浮かべた。

(旦那、これは式神だ。やべえぜ親書を狙ってきたんだ!)

「な、なに?早速とられたのか!?」

慌てて横島は胸ポケットに入れておいた親書を取り出す。だが親書はちゃんとあり、ほっと胸をなで下ろした。だが、それもつかの間、後ろから急にやってきたツバメが横島の親書をかすめ取った。

「嘘だろ!?なんでこんなところにツバメがいるんだ!?」

(旦那。しまった。あれも式神だ!)

「式神……って影から呼び出すあれのことか!?」

「違う。そこまで高等な術じゃねえ、あれは紙や無生物に命を吹き込むペーパー・マジックってところだ!クソ、さては旦那が慌てて出すとこ狙ってたんだ!」

その狙いに気付いたカモの忠告に横島は慌ててツバメを追って駆け出す。

「まずったな旦那。出さなきゃ取られなかったのによ」

「いや、しかし、チャンスでもあるぞ。術者が近くにいるんなら。この狭い空間から逃がす心配はないだろ。捕まえればこの先かなり楽になるじゃないか」

横島もそれなりに場数を踏んでいる。親書をとられてそれだけでは慌てるまではいかなかった。

「なるほど、さすが旦那だ。じゃあ泳がすか」

「そうだな。しかし、なんでこんな逃げ場のない場所で狙ってきたんだ?」

もしかしたら、このあとの逃げ道もなにかあるのかもしれない。もしそうならまずいと横島はなんとかつかず離れずで追う。車内販売のトレーが扉を開けて、さらにツバメが飛んでいく。横島は文珠に密かに『印』と込め、放った。その意志を受けて文珠が親書に取り憑く。

「よし、これでもし向こうが新幹線から逃げられたとしても、俺の方で文珠の霊波を探知できる」

横島とカモがその後に続いて扉を潜った。

「って、え、なんだ!?」

だがそこには下に落ちたツバメがあった。横島はそのときふいに殺気を感じて飛び退いた。そこを刀の刃が通り過ぎる。さらに詰め寄る人影があり、横島は慌てて霊剣を構えた。ガキンッと二つの剣がかち合い火花が散る。すかさず横島は体内の霊力を練り上げもう片方の手に盾を現した。

「『サイキック――』」

「旦那!そいつはあのいきなり斬りつけたりする姉さんだ!」

横島が反射的に反撃しようとした。そこにカモの声が届く。その言葉に横島がギリギリで踏みとどまった。
横島も顔をよく見ると、相手は刹那だった。どうやら刹那がトイレにでも行っていたのかすでに先におり、ツバメを一刀両断にしてしまったようだ。その刹那の方も相手が横島と気付いてとまっていた。

「横島先生……」

「やいやい、テメエいきなり斬りつけるとはどういうつもりだ!」

カモが叫んだ。

「やめとけカモ、犯人だと思ったんだろ。それに峰だったしな。桜咲、親書は?」

「ここにあります。簡単に奪われたりしないように気をつけてください」

「はは、すまんな。おかげで助かった」

「旦那、謝ることないだろ。おかげで大事な文珠が一つ無駄になったしよ」

「どういう意味ですか?」

刹那が横島に言いながら親書を渡した。

「ああ、泳がして術者を特定するつもりだったんだが、まあしゃないな」

「泳がすとは、親書を使ってですか?偽物を使うならともかく、その方法は危険です」

「それもそうだな。すまんかった」

横島が素直に謝ると、刹那は目を逸らした。

「知りません」

刹那がそのまま去ろうとするその手を横島が掴んだ。

「な、なんですか?」

「まだ車内に犯人がいる可能性が高い。探すの一緒にこんか?」

「……はい。わかりました」

と、横島は刹那の手を離し先程潜った扉の反対側を潜った。

(少し怒らせただろうか)

刹那は一言ぐらい謝ればよかったと思う。本当に敵かと思って先手をとるためにしたことだ。だから横島にならあの程度と思う。結局自分はあれから横島に今までの件などでも謝らずじまいだ。横島は優しい。自分をあんな場所にまで迎えに来てくれた。だから甘えてるんだろうか。それだけでもない気がする。元からあった横島に対する敵意。今はそんなものもないと思うのに、まだ、強情な自分がいる。

(この人はなにかが他とは違う)

刹那はそれをずいぶん前からずっと感じていた。
強いていうなら異物感だ。
横島を見てると異物感が強すぎて他の全ての関係を壊しそうに思えるときがある。なのにその反面で、甘えさせてくれる横島に惹かれる自分もいる。横島の異物感はその甘えのエッセンスにもなっている気がした。

(でも、お嬢さまのことを考えるなら、余計なことは思わずに共闘すべきだ)

刹那はそう自分に言い聞かせた。
横島がいつの間にか離れていたので慌てて追いかけた。

隣の車両では、一般の客がまばらに座っていた。
平日と言うこともあり、ほとんどが大人で、たまに子供がいるぐらいだ。それも全て親子連れのようだ。
横島はすぐにその中で一人で座る奇妙な子供に目を付けた。この世界の人間は多かれ少なかれ魔力を持っているものが多いようだが、この子は特に大きな魔力を感じる。それに刹那と同じく異種族との混じりものがあるような雰囲気がある。なんというか、シロと似た雰囲気だ。それに他の子供達が全員親子連れなのに、1人だけで子供が座っているといやが上にも目立った。

刹那もカモもまだ気付いていないようだ。それは横島の世界との相違点でもあった。魔法という横島の世界でもかなり強力な力を使えるものが相当数いるかと思えば、霊感というものはかなり低いものが多く、探知能力に関して言えば横島のいる世界の方が鋭いものが多かった。

「桜咲、左を見ずに話を聞け。カモもだ」

「はい」

横島に蟠りはあるものの場慣れはしているらしく刹那はそちらを見なかった。
カモも獣としての鋭さから何かを感じたらしく迂闊には動かなかった。

「旦那、左からちょっと妙な気配がするぜ」

「ああ、おそらく桜咲と同じく何かと混じった、多分人狼かな」

「私と同じ……」

「ああ、まあそれはいい。それより証拠がないから捕まえはできんし、二人とも引き返すときに何気なく顔だけ見て覚えておけ、いいな」

言いながら横島はもったいないがもう一つ文珠をだして、ぴんっと男の子に向かって後ろから投げた。文字は『印』である。複雑なものではないため、かなり長時間有効な横島の霊波による印である。横島はこれを付けたものをどんなに離れようと感じ取ることができる。ようは発信器の代わりであり、なんとか単純なことは一文字で出来るようにと考え編み出したものだった。

「わ、分かりました」

刹那が酷く動揺した声で頷いた。
相手がハーフと聞いてのことだろうが、まだコンプレックスは大きいようだ。

男の子はとんがり頭で、目つきが鋭い。背はまだ低く10才頃というところか。こちらは軽く流し目をしたのに、向こうの方が動揺して身じろぎした。反応から言うと裏仕事にまだ慣れていないのが伺える。さしずめ見張りや偵察だけしろと言われていたのに、我慢できずに独断専行したというところだろう。でなければ逃げ場のないこんな場所で親書を奪うなどしないだろうし、うまく行かなかった時点で逃げ道を確保していたはずだ。

(しかし、どうもこの世界、年が若くても裏のことをする子が多いな)

そんなことを考えながら横島は出入り口のある人気のない場所に戻って、自分の考えを言った。

「――とりあえず、あの小僧が主犯とも思えん。アジトになり行くまで泳がせようと思うが、どう思う?」

「いいと思うぜ。それでアジトが分かれば、旦那の『断末魔砲』ってやつで一網打尽にしたらあとは安心だしよ」

「バカ言うな。あんなもんで全部吹き飛ばしたら俺の方がお尋ね者になるだろうが」

あの砲撃は正直横島も威力の加減がまったく出来ないのだ。もし近くに他の民家があればそれごと破壊してしまいかねないし、もう一つ問題として、それでは犯人の痕跡が全てなくなってしまう。それでは、悪いのは完全に横島になるし、まず、間違いなく東西友好もおじゃんだ。

「そ、それもそうか。じゃあアジトを見つけたら旦那があのガキに化けて敵の内情探るってのでどうだ」

「まあそんなとこだな。って、どうした桜咲、ぼうっとして?」

話に参加せず、下を見たままの刹那に横島が問いかけた。

「あの、横島先生……私の件、あまり軽はずみに言わないでほしいのですが」

刹那は先程までの調子と打って変わって遠慮気味に言った。

(そんなことかよ。この姉さん、ちょっとややこしい姉さんだよな)

カモはなんというか刹那は面倒な少女だと思った。
楓との修行で一度一緒したことはあるが、横島と仲良くしたいのか敵視したいのかよく分からなかったし、木乃香の護衛も、護衛というには妙な距離感だ。木乃香が話しかけても必要以上に素っ気なくしたり、そのせいで明日菜も一時期不機嫌になったので、横島はよくこんなのに辛抱して話せるなと思った。

(俺っちもまだまだ修行がたりねえのかな)

「ああ、そのことな。つい、忘れてた。大体うちのクラスはお前以外にも変なのが多いだろ」

「そ、それでもです。みんながあなたのような反応とは限りません」

刹那は多少、我が儘に言った。

「そうみたいだな。次から気をつける」

「そうしてください」

刹那が下を向いた。まだなにか言いたそうでカモはげんなりしていた。

(せっかく過激派をとらえられるかもしれねえってのに。やっぱ旦那は生徒に甘すぎるぜ)

「横島先生には私は滑稽でしょうね」

「気にするな。お前はよく頑張ってる」

横島は刹那の頭を撫でてやった。
そうされると刹那も甘えが出る。

(優しくされると甘えたくなる。きっとこの人にまで冷たくされたら、不安でたまらないくせに、私は強情を張るのだな。近付けばこんなに近いのに)

刹那は少し横島の傍によりその胴に手を回した。

「お、おい、桜咲」

「……どうしていいのかわからなくなるんです」

嫌う気持ちや敵視しなければという根源的な横島への異物感。そしてこうして甘える自分。どちらが本当だろうか。そしてこういうことをすると、横島という男は断らずに抱き締め返してしまう。見た目以上にたくましい腕に自分の華奢な身体が包まれた。

(お、おいおい、旦那に剣士の姉さん。なんだ。仲が良いのか?てか、ここやばくね?)

新幹線の中のトイレとかがある部分で、今は人気はないが、カモもここでいちゃつくのは危険な気がした。その一方で、刹那から甘えるように2人の唇が重なっている。カモは一瞬仮契約のチャンスだと思うが、こんな場所であの刺激の強い魔法陣を敷けば下手をすると横島が教師的にやばいと思ってしまう。なのに、横島の手が刹那のお尻に触れていた。

(あれ?なにこの急展開?この剣士の姉さん旦那に対しての態度、おかしくね?敵意があるのかないのか。って、実際、この姉さん、敵意と好意が混在してていまいちわかんにくいぞ)カモは人の好意や敵意に敏感だが、そのカモにしても刹那の心理状態を掴みあぐねた。(というか、なにを俺は空気読んで大人しくしてるんだ?ダメじゃねえか。仮契約のチャンスじゃねえか。言え!言うんだ俺っち!『仮契約(パクティオ)』と一言叫ぶんだ!)

でも、カモが悩んでるうちに、2人の唇がはなれた。

「どうしたんだ桜咲。急に」

「……私は、やはり、少し、いろいろ考えすぎなのかもしれません。だから言動が不一致になったりする。そんなわけはないと思うのに疑いたくなったり。あなたは優しいのに……。あの、横島先生」

「うん?」

「あなたは何者ですか?」

刹那は突発的に違うことを言った。横島は面をくらった顔になる。

「ああ、前に言うって言ってたのに言わんままだったな」

「あなたは、なにか周りと違いすぎて全て壊してしまいそうな気がして、お嬢さまとのことも」

「そ、そんなことはせんぞ」

「じゃあ私にちゃんと話してもらえますか?」

「そうだな。でもここじゃな。今夜俺の部屋に来い。ちゃんと説明するから。い、言っておくが変なことは絶対にせんからな!」

「そんな心配はしてません。あの、あと、木乃香お嬢さまのことが、心で整理がつけば、もう甘えるようなことはしませんから、私が落ち着くまで、もう少し、このままの関係でも良いでしょうか」

刹那はいろんな意味で、純粋だった。
そして横島への警戒感と信頼感が妙な形で混在していた。

「あ、ああ、別にいいが……。俺で良いのか?」

「ええ、しばらくだけです。修学旅行中には自分なりに折り合いをつけるようにします。その、あなたにキスをされたり触られたりするとなんだか落ち着く気がするんです」

刹那はカーと赤くなる。自分でも自分の行動がよくわからなかった。
あの夜以降、自分の行動はどうにもちぐはぐだ。
横島という人間が木乃香との関係を壊しそうで、そこからの恐怖だろうか。それとも横島の異物感からくる不安だろうか。横島はおかしい。でも、どうしようもなく、優しくされることにも惹かれていた。

「い、いや、そ、そうか、まあ俺も協力するから無理するな」

(って、まて、なんか最近の俺は線引きがおかしくないか。い、いかん、早く学園長に紹介してもらった芸者さんのところで遊ぶのだ。なにか違う方向に行きかけてる!)

と思うが刹那の言葉にうなずいてしまう時点で相当手遅れだった。

「はい」

刹那はもう一度だけキスをして横島と別れた。
そして思う。

(やはりこの人はよくわからないな)

見てると周りとあまりに異質な空気を感じる。怖く危険に思えることもあれば、惹かれもする。少し下腹部が疼いて股をすりあわせる。なにか危険な衝動に駆られる気がして頭を振った。それとももう自分は衝動で動いてしまっているのだろうか。






あとがき
エヴァと刹那はちょっと病み気味ですかね(マテ
二人ともいきなりアマアマになるのも考えたんですが、
いまいちうまくおさまらないので、
うまく行くまでもうちょっとの間、丁寧に行くつもりです。
キスは許せても心で蟠る2人はちと横島とのスタンスが他と違うかも。

さて、これから原作に沿いつつも徐々に変わっていきます。
最終的には幸せになる予定ですが、まだまだ先は長いですー。

あといくつか感想で質問がありましたが、
いずれ本編の内容で質問には答えるようにするので、ご容赦を。
ちなみに明日菜の誕生日は下書きにはあったけど、
例の違うのに差し替えたら、そのまま完璧に忘れてました(マテ










[21643] 錯綜する想い。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/30 11:13


『まもなく京都駅――お忘れ物のないように――』

車内アナウンスが流れて、3-Aの生徒もざわざわと荷物を降ろし出す。横島はこれでも担任の教師なので先頭に立ってホームに降りた。

「誰もいないことないか、班長は点呼を取って知らせてくれ」

「「「「「「はーい」」」」」」

横島の言葉で各班が点呼を取って知らせてくる。横島がちゃんと教師をやっているなど、元の世界の人間が見ればさぞ驚くだろうが、教師としての仕事はちゃんとしていた。

班は六班からなり、エヴァンジェリンと茶々丸が参加した班は相坂さよのみが居らず四名と少なく、他の班は5名から一つだけ6名の班からなる。明日菜の班はその6名の班で、明日菜の他に木乃香とまき絵と裕奈、亜子とアキラがいた。明日菜と木乃香をのぞいてしまえば、いわゆる運動部組である。
夕映のいる図書館組も一緒の班になろうとしたのだが、行動力のある裕奈が、亜子とアキラに気を利かせて、横島と行動できる確率の高い明日菜たちと早々に同じ班になるように仕組んだのだ。

「――じゃあそのガキんちょには近付くなってことですか?」

班の点呼も終わり、先程の新幹線内で起きたことを横島は一緒に行動させるつもりの明日菜に教える。木乃香もおり、そのガキんちょの方もかなり離れてこちらを見張っている。だが、その子供はしばらくすると横島達から離れて、遠くに逃げていくのを横島は仕掛けた文珠によって感じた。アジトに向かうのかと思い、横島は一応常に位置をトレースしていたがしばらくするとそうではないと気付いた。

「横島さん?」

木乃香が自分たちの方に話しかけていたのに、急に静かになった横島に問いかけた。

「いや、どうもそいつ清水寺に先回りする気みたいだな。詳しくはわからんが、何か仕掛ける気かもしれん」

ガキんちょの進行方向を感じ取って横島が言った。何を利用しているのかは知らないが、かなりの速度でガキんちょは横島達が向かう場所へと先回りして向かっていた。この辺は団体行動を余儀なくされる横島たちの方が動きが遅くなるのは仕方がなかった。

「それって危なくないん?」

木乃香が心配げに尋ねた。

「いや、まあ、危ないようなら泳がせるのをやめて確保するつもりだから大丈夫だ。でも、そうじゃなきゃ、出来れば放置してそれとなく罠とかには引っかからんようにしようか」

「あの横島さん」

と、明日菜が何か気になるように横島をのぞき込んだ。

「木乃香は親書のことがあるから分かるけど、私も本当にいいんですか?」

「なんだ今更?」

横島がちょっと驚いたように聞き返した。

「だって邪魔になるのもなって」

「い、いや、そんなことないぞ。霊感でいうのもなんだが、前も言っただろ。明日菜ちゃんは俺の傍にいた方がいい気がしてる。無理強いはしないが、出来れば俺の傍で行動して、あの力で戦いになったときも協力してもらいたい。明日菜ちゃんはよくわかってないみたいだが、あの力は、多分、こっちじゃ相当有効な力だと思うぞ」

「うん……そうなんでしょうけど」

「やっぱり普通に修学旅行したいのか?」

「そういうわけじゃないけど、横島さんはそんなに私が必要ですか?」

なぜか明日菜が若干怒ったように聞いた。

「俺はまあ俺なりに明日菜ちゃんのことは心配して、その方がいいと思ってるぞ」

「でもなんかよく考えたら霊感とか曖昧な理由ですよね」

「な、なんだ急に。怒ってるのか明日菜ちゃん?」

「そういうわけじゃないけど……横島さん」

「どうした?」

「その……桜ざ」

明日菜は『桜咲さん』と言いかけて言葉を止めた。

(キスしてた)

明日菜は唇を噛んだ。
電車の中でカエル騒ぎがあったとき、明日菜は横島が走っていったので気になって後を追いかけたのだ。
他にそのことに気付いたものはいなかったが、明日菜は見てしまっていた。刹那と横島がまるで恋人同士のようにキスをしたのを。それを見てからどうも胸がもやもやしている。高畑のこともあるから、横島には好意があるわけじゃない。でもお風呂場でのことも遊びとか大人の体験がしたかったとかだけではない気がする。

(別に横島さんが誰と仲良くなっても、私とは関係ないけど)

なのに高畑との思いがせめぎ合っている。なにより刹那のことは木乃香まで関わってくる。そして楓との修行で感じた足手まといという感情。いろいろごちゃごちゃして、刹那の件などはこないだの二度目のお風呂のキスで忘れたつもりでいたのに、完全にぶり返させられていた。

(ああもう、こういうのもやもやしていやだな。また横島さんに怒ってばかりしだすのもやだし……。横島さん旅館は一人部屋よね。夜に桜咲さんのこと聞きにいって速くスッキリさせた方がいいか。ああ、でも、これじゃあ、なんだか、思いっきり嫉妬してるみたいじゃない。なんで私が)

「明日菜ちゃんどうした?」

横島は明日菜らしくもなく黙り込んだので、尋ねた。

「い、いえ、でも分かりました。私も横島さんと仮契約したのは傍にいるとなくした記憶が戻りそうな気がしたからだし、その言葉を信じて傍にいます」

(というより、誰にも取られたくない。横島さんは私とキスしたのに、なんで桜咲さんが関わってばかりくるの。あの電車のキスもなんだか横島さんは引いてる気がしたし、なんか納得いかない)

おいて行かれた感のある木乃香とカモは二人の間に流れる微妙な空気ににやにやと見つめていた。






そうこうしているうちに清水寺に着いた。まず横島は担任が引率を抜けるわけにも行かず、刹那にこっそり知らせて、罠を探りに行ってもらっていた。危険度の高い罠なら強制撤去、低いなら相談して決めるという手はずだ。葛葉と瀬流彦にも相談したのだが、ここで存在を知られている魔法先生は横島だけであり、それも親睦のために来たのだから関係をこじらせないためにも自分たちは表だっては動けない。と、にべもなく言われてしまっていた。

「すまんな桜咲」

敵の罠の報告を聞いて横島はまず刹那に謝った。

「なにがですか?」

謝る理由がよく分からないというように刹那が聞き返した。

「いや、お前も、修学旅行楽しみたいだろうに結局便利使いしちまって」

「お嬢様の安全確保の方が重要ですからそんなことはいいです。それより、どうしますか、罠は私が見たところどれも陳腐です。わざわざ撤去して、敵に余計な警戒感を持たせることもないと思いますが」

「まあな。だが、多分こっちはフェイクだろ。まずしょうもない罠で油断させて、夜にでも本気で向かってくるのが、戦略においての常套手段だ。俺の上司もよく使ってた戦法だ。真っ正直な奴にはかなり有効だし、油断はできん相手と思った方がいいかもな。大体、守勢の場合は警戒はしすぎるぐらいがちょうどいいしな」

(にしても、ここに来てから俺に似合わん言葉を連発してるな)

横島はそれなりに感じるプレッシャーとなれない言葉に内心ため息が漏れた。こちらの世界に来てから美神がしてくれていた命令や作戦の立案とやりたくもないことをよくする。とはいえ、この辺だけは横島もいい加減にもできなかった。刹那や明日菜や木乃香、自分などを信じる少女たちをいらぬ危険にさらしたくはなかった。

「分かってます」

刹那は厳しい顔で頷いた。

「罠の数は二つで他にはないんだな?」

「はい、恋占いの石の間に落とし穴と、音羽の滝にはお酒をセットして、3-Aの生徒が来たらどちらも仕掛けが開く簡単な魔法が施されています」

「まあどっちもそれとなく生徒がケガをしないようにするか。落とし穴は俺がなんとかするから、滝は頼めるか。滝の水を呑みに来た生徒に酒の匂いがするとでも言えば十分だろ」

「分かりました」

「あと」

「はい」

「桜咲も楽しめ」横島は緊張した顔の刹那の頭を撫でた。「こんなこと頼んどいて言うのもなんだが、対処さえ手伝ってくれたら警戒は俺がするから、あんまり気ははらんでいいぞ」

「そういうわけにも行きません」

刹那はわずかに寂しげに撫でる手を振り払うように言って歩き出した。横島はその後ろ姿を見て、木乃香のことだけでなく、友達関係全てを放棄したような刹那にどうしたものかと思えた。

「しかし、旦那。キスまでしたのにまだあの姉さんには警戒もされてるのか?」

肩の上にいたカモが言った。
なんとなく2人の雰囲気がまだ堅い気がしたのだ。

「言わんでくれ悲しくなってくる」

横島が涙を流した。

「横島先生。せっちゃんとやっぱり仲ええん?」

と、木乃香が声をかけてきた。遠慮気味に近よって、横には明日菜もいた。
こちらはこちらで気のせいかムスッとしている。

「ああ、ちょっとな。雑用を頼んだだけだぞ」

「……そうなん」

木乃香は気になるようだが、なにをどう言えばいいのかよくわからないように黙った。

「木乃香ちゃんは桜咲と話してみたいか?」

「そ、そら話したいんやけど……。せっちゃんはうちと話したくなんみたいやねんもん」

「なら話せるいい方法を教えてやろうか?」

少し閃いて横島は言った。

「な、なに、そんなんあるの?」

「ああ、ちょっと明日菜ちゃんも耳を貸してくれ」

そうして横島は明日菜も含めて耳打ちをした。

「そんなんでほんまにいけるん?」

「そうですよ。桜咲さんクールだし、他の人とは簡単に関わろうとしないんですよ。そんな方法でうまくいくなんて思えないけどな」

木乃香と明日菜が疑問の声を投げかけると、カモが言った。

「まあまあ姉さん達。旦那に考えがあるみたいだし、やってみたらどうだ。もしかしたらってこともあるんだ」

(ああ、俺っち、なんか最近いいやつになってきてるな)

思いながらもカモは自分のアイデンティティーとはなにかと考えたくなった。
というのも横島と刹那のあんな場にいて、仮契約と叫ばなかったのである。自分というオコジョはどうしてしまったのかと思った。このまま良いオコジョになんておさまってしまうのか。そうじゃない。そうじゃないのだ。自分はこうじゃない。もっと自由な自分を誇示せねば行けない。

(そうだ!俺っちも旦那みたいに己の欲望に忠実になるんだ!やってやる!俺っちもこの修学旅行でなにか一つぐらい成し遂げてみせるぜ!)

カモは横島のエロさに刺激され、いらぬ闘志を燃やすのであった。

「でもなあ」

明日菜はいまいち気乗りしないようだった。

「横島先生!担任が隅っこで何こそこそしてるー」

清水寺の舞台の隅でずっと話し込んでいた横島に、まき絵が手を引いた。新体操部に所属する3-A『未成熟6人組』の一人で、腕を引く程度では横島もまったく反応しない安全圏の生徒であった。

「そうや。明日菜達とは部屋で十分仲良く出来るやろ」

と、亜子がさらに横島の反対の手を引いた。
そうして横島を引っ張っていくのだ。

「ちょ、ちょっと待て、なんかその言い方は語弊があるぞ!」

「先生」と今度は夕映が声をかけてきた。「ここから先に進むと恋占いで女性に大人気の地主神社があるです」

「恋占い!」

だが亜子がこれに敏感に反応した。

「せや、先生よかったらうちと恋占いにいかへん?」

亜子がカーと赤くなる。

「お、おう、そうか?和泉は意外と信心深いんだな。誰か好きなやつでもいるのか?」

横島は流されるままに手を引かれていく。『縁結びの神』や『良縁祈願』と書かれた立て札のある鳥居を抜けて石段を登っていくと『恋占いの石』と書かれた石があるのだ。

「あの私と横島先生」

とはだいぶ遅れてアキラが言った。

「アキラ、もう先生行っちゃってるって、早く早く」

そんな一歩も二歩も遅れたアキラの手を裕奈が引いた。

「う、うん……そうだね」

うなずいてアキラも気合いを入れ直した。
なにせ、最初は横島に興味を示している生徒は少なく、競争率も高くないとアキラは思っていた。しかし、ここのところ、どうも横島に本気の子が出てきたのをアキラも感じていた。でも自分はキスしかけた夢以来、横島とほとんど話せていない。親友の協力もあって班行動はともに出来そうだが、寡黙な性格のせいかかなり奥手であり、くわえて友達の亜子も横島を好いているようで、その遠慮もあり、かなり険しい道のりのようだった。

「これが恋占いの石やの。んじゃ私がまず」

一方でこちらも横島となかなか接点をもてないでいた亜子がこの機会にと意気込む。惚れっぽいところがあるのか、横島がくる以前には、サッカー部の先輩に一度は告白までしたことがあるが、見事にふられていた。その経験から亜子は思うのだ。やはりいきなり告白してもなかなかうまくは行かないのだ。なら事前にもう少し距離を縮めるべきだ。片や一緒に来ていた夕映は、

(うう、なんか最近横島先生の周りが妖しいです)

夕映は夕映で古文書のことを聞きに行く以外に横島との進展がなかった。
それでもまだ日も浅いし焦らずとも大丈夫と思っていたら、どうも横島の周りにラブ臭が増大してるとハルナに言われて焦っていた。しかも相手が、まず予想通りというべき同室の明日菜と夕映の予想もしていなかったエヴァと刹那だというのだ。まだみんな成就した気配はないということだが、ハルナのこういう勘はよく当たるのだ。なにより性的魅力に欠ける刹那とエヴァがもうかなり進んでるような気配があるとハルナはいうのだ。

(あの2人でいけるなら私でもいけるはずです。というか横島先生は3人も手をだしてるですか。いや、ハルナの話しではそういう感じでもないということですが、キスぐらいしてるなら3股です。それともハルナの言葉から推理するに、横島先生は誰にも手は出す気はなくて、3人がどちらかといえば言い寄ってるのでしょうか。でも横島先生はスケベですから、ぴちぴちの14歳に言い寄られて断れないと)

ともかく夕映も横島に気があるなら、この修学旅行では絶対に動かないと手遅れになる気はしていた。

しかし、大人な女性が好きなはずの横島が未成熟6人組の半数までに興味を抱かれるとは何の因果だろうか。ともかく『恋占いの石』から石にたどり着けたら、恋が叶うという話しで、かなり眉唾くさい話だが、何事も信じるものは救われるだ。恋する乙女は盲目で亜子と夕映がまず挑戦しようとする。だがそれを横島が止めた。

「待て、2人とも、まず俺が世の中の美人の姉ちゃん全員と結ばれるためにやらしてくれ!」

無茶苦茶なことを言う横島。2人の目がシラーと向く。

「横島先生、教師として正義の味方として、そういう意見はどうかと思いますわ」

とは恋というよりも正義の味方ヨコシマンへの憧れの強いあやかが、横島の方についてきていて突っ込んだ。

「そうです。って、正義の味方?と、とにかく、軟派なところを直してくれたら、もっと格好いいのにです」

「大体割り込みは禁止や」

つづいて夕映、亜子の順で突っ込んだ。

「いいや、違う!男にはやらねばならんときもあるのだ!お前達が結ばれたい男がいるのも分かるが、ここは俺にまず譲ってくれ!どうか分かってくれ!」

(しかし、旦那も損な役回りだな。途中で落とし穴があるぐらい、いいだろうに。せいぜい捻挫ぐらいだぜ)

この恋占いの石の途中に新幹線にいたガキんちょの仕掛けた落とし穴があると横島から聞いたカモが言った。カモとしては仮契約の5万オコジョのためにも横島の好感度が下がることはやめてほしかった。どちらかというと生徒が落ちるのをあとで助ける役をしてほしいのだが。

(落ちるの分かっててケガはさせられんだろ。それより頼むぞ。ちょうど中間にあるはずだからな)

(へいへい、まあ旦那のそういうところは嫌いじゃねえしな。協力はするさ。きっちり姉さん達の代わりに落ちてくれ)

と、横島がふらふらと歩いていく。するとカモが横で進行方向を耳打ちしたこともあり、予定通り中間で落とし穴に落ちて顔面から激突した。横島が盛大に顔から血を腫らした。

「天罰です横島先生。以後反省してください」

あやかが言う。でも少し横島らしい気がして顔は苦笑していた。

「はは、すまん」

(乳は見るな!乳は見てはいかんぞ!)

実はビッグフォーの巨乳であるあやかには、横島は手を触るだけでも結構な緊張を強いられて、それでもつい乳を見ながら手を引かれて穴から出た。

「でも誰がこんなもの仕掛けたです?」

(なんか委員長と私たちとで反応が全然違うような気がするですが、気のせいでしょうか)

「ほんまや。人目もあるのにどうしたんやろ?」

(ほ、ほんまやな。うう、やっぱり女は見た目やいうんか)

それぞれの思いが錯綜しながら不思議がっているころ、
明日菜と木乃香が『音羽の滝』にきていた。

「ここの一番右の水を飲んだら、せっちゃんと話が出来るって横島さん言ってるんやえ?」

「夕映ちゃんの話だと縁結びの効能があるんだって、って、なにかと思えば、神頼み……さすがにこれはなあ」

明日菜が眉間にしわを寄せた。
横島のことは信じるようにはなってきていたが、神頼みをしろと言われて、はいそうですかと従えるかと言えば、正直、難しい。特に明日菜は高畑さえ関わらなければあまり神頼みが好きではない。横島がいなければ魔法や悪魔なんて話も端から信じないタイプだった。

「まあ明日菜。飲むぐらいやったらええやん」

と言いながら木乃香は楽しそうだ。

「木乃香はこういうの好きよね。まあ良いけど、じゃあ縁結びは私は高畑先生ね」

刹那とキスしてた横島の反感もあって明日菜は強調した。
そうして二人があまり横島の言葉を真に受けずにいたときだった。
本当に刹那が声をかけたのは。

「あ、あの、ま、まってください!」

二人が縁結びの水をひしゃくですくい、飲もうとしてそこで止まった。かけられた声に二人は聞き覚えを感じて眼を瞬いて振り向いた。

「せっちゃん!」

「うわ、横島さん、嘘でしょ?」

「横島?……あ、くっ」

明日菜の言葉に一瞬で、横島の意図に気付いた刹那が苦い顔をする。出来るだけ木乃香と関わらないようにと気をつけていたのに、余計なことをと思う。自分が喋らない理由は十分知ってるのになぜこんなことをするのか。刹那は横島が木乃香と関わらせようとしたのを、好意的に受け止める気になれなかった。

「あの、私も先程その水を飲もうとしたのですが、少し日本酒のような酒気を感じてやめたんです。毒ではないようですが、神楽坂さんにお嬢様もやめておいた方がいいと思いますよ」

「え?お酒?そ、そんなこと……」

それを聞いて明日菜が少しだけ水を舐めてみた。

「うわ、本当だ。これお酒じゃない!」

「ほんまに?」木乃香も興味を引かれて確かめてみる。すると日本酒の味がした。「うわー、危ないとこや。ありがとなせっちゃん」

「い、いえ、その」

「あ、せや、あのな、せっちゃん、よかったら自由行動のとき一緒に――」

木乃香は今度またいつ話せるともしれないと思い早口で言おうとする。縁結びの神が縁をつなげてくれるのも早々多い機会じゃない。逃せば後悔するはずだ。

「私はそれだけ言いたかっただけなので、他の方にも教えてあげてください。それでは失礼します」

だが刹那は木乃香の言葉を制するように言うと、足早にその場を去った。

「は、はは、なんかうち、やっぱりせっちゃんに嫌われてるみたいや。もう声かけん方がええんやろか」

泣き出しそうな顔で木乃香が呟いた。

「木乃香……」

心配げに明日菜が声をかけた。

(木乃香は桜咲さんと仲良くしたいのよね)

そう思うと明日菜の心中はどうにも整理できずもやもやするのだった。






「む、無茶苦茶裏目に出たな……」

宿について夕食をすませ、明日菜と木乃香に経緯を聞いた横島は風呂に浸かりながら、冷や汗が垂れた。横島の肩の上で湯に浸かっているカモもいた。露天風呂で周囲にパノラマが開け、なかなかよい温泉宿だ。これで混浴というところも素晴らしいのだが、残念なことに、葛葉は先に入ってしまい。残るは生徒だけである。さすがの横島も14才の少女達を覗く気はないので今日のところは大人しくするしかなさそうだった。

(ああ、でもちょっと、いや、那波の乳はかなり見たい。生徒の成長を確認するという意味でも。いや、女子寮では我慢してるんだ。ここは我慢しないと。そうだ。この修学旅行では芸者遊びというオプションもあるじゃないか。しかし、相変わらずアキラちゃんもいい身体してるし早乙女のも興味がっ)

「まあ旦那はよかれと思ってしたんだ。気にすることないぜ。てか、旦那思考がだだ漏れだぜ」

カモは気楽に言う。

「あはははは。って、お前は気楽でいいな。まったく葛葉先生と入れるチャンスも逃すとは。ついてないな」

「さすが旦那だ。木乃香姉さんよりそこが一番悔しいんだな」

「い、いや、もちろん木乃香ちゃん達のことの方が大事だぞ。でも、なんのための混浴なのだ。誰も女が入ってこん混浴に存在価値はあるのか。ああ、葛葉先生と一緒に風呂に入りたかった」

横島がしくしく泣いていた。カモが「気持ちは分かるぜ」とうなずく。

(まあでも旦那にゃ悪いが、あのメガネ女教師だとアダルトすぎて俺っちの介入の余地なさそうだもんな。やっぱ仮契約を俺っちに頼まざるえない姉さん達じゃねえとな。くくく、今夜は旦那がガキんちょの方に行っていないらしいが、明日の夜辺りに仕掛けさせてもらうぜ。そうだ!旦那が姉さん達のために頑張ってるんだ!その旦那に新しい扉を開いてもらうためにも俺っちは頑張るぜ!)

カモの横島にとって良いのか悪いのかわからない企みを練る。それを知らず、横島が泣いていると、お風呂場の扉が開く音がした。すると横島は混浴と知っていた。というかそれだけを無茶苦茶楽しみにしていたはずなのに、反射的に岩陰に隠れてしまう。

「だ、旦那、ちょ、なんで隠れるんだ?」

「はっ、つ、つい、いつもの癖で!」

そうである。混浴だから隠れる必要はないのだ。横島はこのまま隠れてると帰って怪しまれると思い、慌てて出て行こうとした。
だが、

(げ!)

思わずまたもや隠れてしまう。

「なるほど、それでご立腹という訳か」

(た、龍宮)

だらだらと横島は汗が流れた。よりにもよってクラスの中でも特に怖そうな真名である。これが古菲とか楓なら隠れてても笑って許してくれそうだが、

「そうだ」

刹那もいてこの二人はまずい。見つかったら迷わず殺されそうだ。特に刹那はいろいろ関係は深めててもこういう冗談が通じそうにない。覗きなどと思われたらどんな目に遭わされるか。

「まったく余計なことをする。私の理由を知っているのに、バカとしか言いようがない」

(旦那、これってまずいぜ。完璧ただの覗きだ)
(う、うっさい、隠れてても俺は見てないだろ!ロリと違うのだ!)

確かに横島は声で人物を特定しただけで、二人には目を向けてなかった。

(しかし見たい。桜咲はともかく龍宮のダイナマイトボディは見たい!)

「よかれと思ってしてくれたのだ。まあそう悪く受け取る必要もないと思うぞ。しかし、どうだった。やはり楓の言うように横島先生は有能か?」

(旦那の噂みたいだな)
(ちょっとだけ。ちょっとだけだ。龍宮がなぜ14ですでに大人の貫禄を供えるのかぜひ教師として確認の責任がある。いや、そんな責任ない気もするけど、あるという気がする。ああ、自分でもなに言ってるかよくわからん)

心で思いつつ横島はそろそろと覗こうとした。

「そうだな。敵ならやっかいなのは違いない。一度、軽く斬りつけてみたが余裕でかわしていた。二度目にいたってはふいを狙ったはずなのに、それでもかわしてみせた。正直なぜよけられたのかよく分からなかった。い、言っておくが二度目はわざとしたわけではないぞ」

「あの日以降のお前を見てればそれぐらいはわかるよ。ずいぶん優しくされて嬉しそうだったじゃないか」

「そ、そんなことはない。それにまだ麻帆良を仇なす敵に内通してる可能性もある」

「なんだ。まだ蟠ってるのか?」

真名の声にはいい加減にしたらというニュアンスが含まれており、横島はまったくだと深く頷いた。頷きながらも横島は激しい誘惑に勝てず、そっと見ると龍宮の身体があった。刹那もいたけど、横島の視界からは綺麗に外された。

(おお、や、やはり全ては本物だったのか)
(旦那。もう言い訳のしようもないほどただの覗きだな)

「うん……そういうわけではないが」

少し刹那は表情がかげった。
刹那は思う。

(今夜、麻帆良にきた事情を教えてくれると言っていたな。それを聞きに行ったら、もう蟠る必要もなくなるんだろうか。いや、そういえば、例の子供のところに偵察に行かねばいけないか。じゃあそこから帰ってきてから、最悪、事情を聞くのは明日になるか)

刹那は少しそのことを思うと、胸が疼いた。いつもあの人は自分の未熟な身体を気持ちよさそうに触ってくる。それほど肉付きはよくないと思うのだが、どうしてだろう。でも自分もそうされるのが気持ちよかった。今夜また触られると思うと期待する自分がいる。一度そう思うと明日まで待つのが妙にもどかしく思えた。

(おかしなものだな。あれほど敵視してたのに、いや、いまだにしこりはあるのに、それでもあの人にキスして触られたいと思うのだから。やはり少々遅くても、少しぐらい迷惑がられても今夜聞きに行くか。新幹線の時のように人目はないのだし、もしいけたらあの公園の時のようにゆっくりしてもらおう)

刹那はいつの間にかメインが事情を聞くことから横島に甘えることにすり替わって火照った。それでも明日菜のように、あまりやり過ぎると横島に襲われるかもしれないという思考はわかないようだった。

(す、すごい。すごいぞカモ。龍宮は!龍宮は!中学生なのになんちゅうけしからんものをお持ちなのだ!)
(ま、まあたしかに。あの姉さんすげえよな。しかし、旦那。チューまでしてんだから桜咲の姉さんも見たらどうだ)

「そういえば真名。最近、よく横島先生のことを聞くな」

「そうか?そうでもないと思うが……」

一方で、真名も吐息が漏れた。
真名も真名で横島には思うところがあった。

(あの人ではないとわかっているのだがな。それでも一度、自分と同じような人間と話してみたい。聞いたところで仕方がない。死んだものは生き返らないと知ってるのにな)

一方で横島は真名が自分のことをよく聞くと聞いて激しく反応していた。

(嬉しくなんてない。嬉しくなんてない。龍宮みたいな大人な少女が興味を抱かれてるって、わかっても決して喜んでなんていないぞ!生徒に手は出してはいかんのだよ!ああ、でも、ちゃんと乳のある人間と関わりたい!!なぜ、龍宮は俺の生徒なのだ!そうだ!龍宮含め、ビッグフォーはきっと大人で20歳越えてるに違いない!)

かなり失礼だが、幼い約2名との関係が最近深まり、自分の常識が揺れている横島は、いいことを思いついたって感じでこれを声を大にして叫んだ。

(って、ちょ、旦那。声、でけえ!)

「「!!」」

横島がいつもの癖で叫んでしまう。それまで完璧に隠れていたというのに、二人が気付いて、刹那が風呂場にまで持ってきていた刀を構え、真名が小銃を岩場に向けた。

「誰だ!」

勢いのまま刹那が詰め寄る。真名の方は後方支援か銃を構えて控えた。

「出てこんと斬るぞ!」

言いながら鯉口を斬って巨大な野太刀・夕凪を横島が隠れている岩ごと一閃させた。

「『斬岩剣!』」

「だからテメエはマジ斬りすんな!」

いきなり問答無用で斬りつける刹那。岩がバターのように斬り裂かれて、その向こう側には一糸まとわぬ横島の姿であった。だが、それ以上に横島の目が真名に肢体を見つめてしまう。小麦色の肌が綺麗で、鍛え抜かれた無駄なところのない身体で、胸やお尻だけはしっかりあり目を奪われつつも、横島は夕凪を真剣白刃取りする。

「ほお、あの斬撃を捉えた……」

後ろで真名が感嘆の声を上げた。

「くっ」一瞬刹那の顔が悔しげに歪んだ。「(こ、この人、私を見もせずに、まるで邪魔だといわんばかりに片手間で掴んだ!)」横島の煩悩が高まっているときのスキルは常軌を逸していた。「(だ、大体、これだけ近くにいる私を一切見ないとはどういうことです!)横島先生、覗きとは、ついに馬脚を現しましたね!」

「ちが、これは!落ち着け、大体お前ここは――」

「問答無用!」

刹那は横島に捕まれた夕凪から手を離して、横島の首を押さえて、その下のマグナムをガッと掴んだ。
刹那としては夕凪が使えない以上、横島に唯一有効かつ痛恨の一撃のつもりで、急所を狙っただけなのだが相手が悪かった。煩悩魔神横島のマグナムを蹴り飛ばすならともかく掴んではいけない。横島はこれに縮み上がらずに、マグナムが巨大化してしまう。

刹那の手のひらでむくむくと成長し、ビッグマグナムに成長する。刹那の未発達の体と手触りだけならともかく、その後ろでは美神ですら適わないほど成熟したボディーを持つビッグフォーの裸身が銃を構えることで隠されることもなく丸見えなのだ。これで反応しなければ横島の矜恃も絶えるというものだ。

「さ、さすが旦那だ。この状況でもやっぱ立派だぜ!日本人は小さくて堅いって言うが、旦那はそこらの洋物ビッグマグナムよりでかくて堅いんだな!桜咲の姉さん、旦那のマグナムは女の握力じゃつぶせねえぜ!」

「せ、刹那、よくそんな凄いものに躊躇もなく触れるな」

後ろで真名がさすがにたじろいだ。

「こ、この変態!この状況で興奮するとはなんて不埒な!」

「せ、せせ刹那ちゃん、それ以上はマジで次の段階に移行するぞ!」

「つ、次の段階?」剣の修行に明け暮れていた刹那は意味が分からず首を傾げた。「と、ともかく、このことは学園長に報告させてもらいます。木乃香お嬢様との同衾はこれでもう無理と考えた方がいいですよ。というか!」横島はいまだに刹那を見ようともせず、刹那の額にぴきっと青筋が浮かんだ。「こ、このまま警察に通報です。真名、なにをしている。私が押さえてるからお前は知らせてくれ!」

「いや、だから、刹那ちゃん。もうちょっと話を聞いてくれてもいいだろ。ここは混浴だ!」

「見苦し言い訳をしないで下さい!というか真名ばかり見るとはどういうことです!私だって裸なんですよ!この覗き教師!」

さすがに刹那の本音が漏れ、その真名が言った。

「とりあえず刹那。それからは手を離したらどうだ」後ろからタオルを引き寄せて身に巻いた真名が冷静に言った。「あと、何か纏わないと、横島先生も困ると思うぞ。つけくわえるとここは本当に混浴だ」

「え?」

「な、なんだ?桜咲は見られたいのか?」

「ち、違うっ」

ようやく少女らしい反応を示し、刹那は前を両手で隠した。

「わ、私はただあまりにあなたが真名しか見ないから……。ま、真名。ここは本当に混浴なのか?」

「混浴だ」

「あははは、ま、まったく、言いがかりにもほどがあるぞ桜咲」

全然言いがかりじゃないけどなとカモは思った。

「う……。す、すみません」

ようやく自分のミスに気付いて刹那は真っ赤になった。
そして横島はこういうときに隠すということを知らない男だった。

「横島先生も少しは隠したらどうだ。生徒の前だぞ」

真名はそう言いながらも横島のマグナムは見てしまっていた。

「なぜ?」

横島はそれでも隠さずにおこうとしたが、真名に銃で狙われて仕方なく隠した。

(やはりあの人とは違うな)

真名は軽い失望を覚える。共通点と言えば魔族の女と恋をしたということだけなのだからそれも当然だが、同じことをした人間がここまで違うものかと思えた。

(でも、この人は魔族の女が死んだとき、どう思ったのかは聞きたい)

その欲求だけは真名の中に強くあった。
それでもどこかしら見た目には冷静であった。
一方で外では二人の少女が今の音を聞きつけていた。






あとがき
なんかいろんなのが出てきましたが、現在の進行状況って感じの話しですー。
この修学旅行で誰がどこまで発展するかは未定です。
てか下書きからかえすぎて現在自分でもどうなるのかよくわかりません(マテ
そして次ぐらいから原作との変更が多くなります。

ちなみに修学旅行では、本契約者をだそうかなと思ってたんですが、
ネタバレしすぎるのはやめてほしいということで、
自分の中でもまだ未定なので本契約者が出るかどうかは未定ということにしておきますー。
期待させておいて本当に申し訳ないです。
でもまあいろいろはかなりあると思う(マテ










[21643] 禁欲の誓い
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/12/08 13:18


「なあ、明日菜、今、中からものすごい音せえへんかった?」

「え、そう?」

脱衣場の入り口で明日菜が木乃香の言葉に首を傾げた。だがそののほほんとしているときに急に明日菜に触れてくるものがいた。



「きゃあああああ!」

「「「なに!?」」」

風呂場にいた3人が同時に反応した。そして、動いたのが一番早いのは刹那だった。なにせ聞こえた悲鳴に木乃香の声があったのだ。

「お嬢さま!」

刹那は飛び出し扉を開ける。だがそこに展開された光景に一瞬動きを止めた。人形のような猿が、数十匹明日菜と木乃香の服を剥いで、残すは下着だけになり、その下着もほとんどはぎ取られようとしていたのだ。

「大丈夫か二人ともって、ブー!」

鼻血を吹き出す横島。急いだせいで刹那のタオルもとれて、美少女たちの裸が惜しげもなく展開された。横島の理性もいい加減切れそうになる。なにより明日菜が猿に両足を引かれて非常にとんでもない姿である。横島の視線が釘付けになった。

(ああ、見ちゃいけない。見ちゃいけないとはわかっているけど、俺の人生でこんなにエロいことが連続して起こったことがあっただろうか!)

「というか明日菜ちゃん!まだ生えてないのか!?」

「う、うるさい!ああん、ちょっとこの態勢は恥ずかしすぎるよー!!」

「いや、横島先生見んといてー!」

「も、もう横島さん。なんですかこの猿!冗談はやめてください!ていうか、なんでお風呂に刹那さんと入ってたんですか!」

明日菜がこういうことをするのは横島しかいないと疑い、刹那など問答無用で夕凪を引き抜いた。

「横島先生……こんなことしてまで生徒の裸を見たいんですか?というかお嬢さまには手をださないよう言ったはずです!」

「い、いや、ちょっと待て!俺はこんなことせんぞ!」

「では他に誰がするのです!大体、人のあちこちをあれだけいろいろ触っておいて、まだ見たいのですか!!」

刹那が激高し、この言動に横島と明日菜が反応した。

「い、いろいろ触ってって……桜咲、それは人聞き悪すぎるぞ」

「よ、横島さん。お風呂まで一緒に2人で入るなんて、キ、キスまでしておいてよくも乙女の純情踏みにじりましたね!『来たれ(アデアット)』!」

そして明日菜がなにを怒っているのか裸になるのもいとわず、押さえる手を離して、仮契約のカードから神通根をだしてくる。

「『神鳴流奥義!』」

「この、エロ教師!」

「まて、2人とも。こんなときに本気になるな!」

横島が慌てる。後ろの方では木乃香と明日菜の着衣を全て剥がした猿の人形が、よってたかって木乃香を連れ去ろうとしていた。だが刹那と明日菜が止まらない。

「『極大・雷鳴――』」

「これが最初で最後です!もう三行半です!」

「それどころじゃない後ろ!って!!」

ずんっと横島がそれよりも早く刹那の懐に潜り込んで掌による霊力の爆発を体内に送り込む。一瞬で刹那の気が飛ばされ、つづいて明日菜にも掌で大量の霊力を一気に送り込んで意識を飛ばした。横島は苦い表情で2人の崩れる体を受け止めて、床に寝かせた。

「せ、先生!2人に痛いことしたらあかんえ!」

木乃香が自分が攫われそうなのに刹那と明日菜が倒れたことに驚いて声を上げた。

「すまん。だが」横島はいつも出す霊波の盾をブーメラン状にして木乃香の下に投げつけた。いつものような爆発ではなく、猿どもを次々とブーメランが切り刻み、木乃香が地面に落ちる。それより早く追いつく横島は木乃香を受け止めた。「ちゃんと治る程度には加減したからな、許してくれ」

横島は本当にすまなそうにして、今の動きで横島の腰のタオルも落ちて、お互い裸で、木乃香の体を片手で抱き上げた。
木乃香のお尻にちょうど横島の手が食い込んでいるが、状況が状況だけに横島も気付かなかった。

「あ、うん、うちこそごめん。なんや急で驚いてしもて」

(よ、横島先生、お尻触ってるんやけど)

「いや、文珠を使えばいいのに、緊急の時は念を込める時間が惜しくてな。それに個数がなくて無駄にもできないんだ。手荒なことして本当にすまん。あとで2人にはちゃんと謝るからな」

「ううん、うちこそ、なんやようわからんけど攫われそうになるから悪いんやえ。せっちゃんはうちを助けようとしてただけみたいやし、謝るんやったらうちも一緒に謝るえ。それとありがとう横島先生」

お互い裸なのに、木乃香はむしろ横島の格好良さに頬を染めた。

「あの、俺っちもいるんだが」

(こ、この状況は目に毒だぜ……)

カモは横島の肩にいるのに、空気と化して思う。裸の男女が抱き合う構図というのはなかなか凄いものがある。

「気にしなくていいさ。2人からいまだにちゃんと信用されてない俺が悪いんだ」

「ううん、うちや」

「いや俺が」

「2人とも、とりあえず裸で抱き合わないで服着たらどうだ」

見かねて、というか、いい雰囲気になってそのままキスでもしそうな二人に真名が浴衣を渡した。

「それで2人は本当に大丈夫なのか?」

真名がテキパキした口調で聞いた。

「ああ、それは大丈夫なんだが……」横島は情けなさそうに頬を書いた。ちなみにまだ服を着ていない横島。下に立派すぎるものを持つだけに隠そうという意志があまりないようだ。「2人の動きが速くて、正直かなり思いっきり霊力を打ち込んでしまったんだ。5、6時間は起きられんと思う。まったく女の子相手に情けない。すまんな」

「私に謝られても困るよ。まあ仕方がないかな。2人とも冷静さを欠いていたし、近衛が攫われては大変だ。あと早く服を着ろ」

真名がさすがに怒り調子で銃を突きつけるので、横島が渋々浴衣を着た。木乃香は自分も着て明日菜と刹那にも着せてあげた。

「俺は別に裸でもいいじゃないか」

「よくないよ」

(まったく本当になにもかもが違うな)

多少の期待があるだけに真名がきっと睨んだ。

「うんうん、先生の立派過ぎるんは、目のやり場に困るえ」

これには木乃香も賛同した。

「それ以前にいい加減にしろということだ。まったく」

(刹那のドジが。一番大事な近衛を助けずになにをしてるのだ)

頭痛を覚えて真名は眉間を抑えた。

「どうした龍宮?」

「いや、ともかく、場所を変えよう。もうすぐ他の生徒も入ってくるころだ」

真名が言い、それはまずいと横島は混浴なのも忘れて、慌ててまだ眠る明日菜を抱えて逃げだした。刹那の方は仕方なく真名が抱えた。






5人とオコジョは場所を横島の部屋に移していた。
今回の修学旅行では瀬流彦と新田が相部屋で、葛葉と横島は男女ということで別々の部屋が借りられていた。
これを天から授かった好機と受け止めた横島は、葛葉への夜這いを計画しているのだが、それはまた別の話である。

「うち、なんやせっちゃんに悪いことしてしもたみたいで、心当たりはないんやけど、謝りたくて、でもなにを謝ってええのか分からんねん。そんなこと明日菜にも先生にも言いにくくて」

そして横島はまず木乃香に、もう一度刹那との関係を聞いてみた。
刹那が見せる木乃香への思いは端から見てると異様なほど強力だ。
それがなぜなのかは横島も知ってはいたが木乃香からもちゃんと聞いておきたかった。

(桜咲のやつ、本当に2年以上も好きな相手を完璧に避けてたんだな)

と、真名が口を開いた。

「刹那は不器用でね。その割に激情型で今回のようなドジも踏む。まあそう悪く思わないでやってほしい。本人はいつも近衛以外は気にしていないほど近衛のことは気にかけてるよ。時が来ればまた話すようにもなるだろう。間違っても近衛が悪いことをしたわけではないはずだ」

「ほ、ほんまに?」

木乃香が信じられないというように目を瞬く。

「ああ、保証する。刹那は無口だが、たまに話すといえばいつも近衛のことだからね」

最近はまあ横島のことも多いがそれを言う必要はないと思えた。
というか刹那の話は横島に関してどうも美化されてて現実像とは違う気がした。
『その、あの人は誤解されやすいが、本当の部分がとても優しいんだ』
そう言う刹那を思いだして、真名は頭痛がした。

「そ、そうなんや」ともかく木乃香は同じ部屋で暮らす真名にその言葉を聞けて少し心が軽くなる気がした。「でも、それやったらなんでうちのこと避けるんやろ」

「それは私も知らないことだ。本人に聞くしかないな」

「そうか、せやな。龍宮さんありがとう。ちょっとせっちゃんに対して勇気がもてる気がするえ」

「まあ本人はシャイだからほどほどにしてやってくれ」

真名が言って、次に横島が口を開いた。

「しかし、自分でしといてなんだが、2人が倒れたのは痛いな」

「旦那。こりゃ今夜は敵のところに行くのは無理だぜ。2人が起きる明日にするしかねえよ」

カモが言った。

「いや、そういうわけにもいかん」

横島は首を振った。
文珠は出力が弱いことに使われているとはいえ、かなり効率が悪いことは相変わらずだ。
『印』の文珠が霊波を飛ばし続けられるのも、せいぜい一日持てばいいところであり、普通の発信器の性能に比べると不安定である。敵を調べるとしたら今夜が最後のチャンスだ。明日は朝から引率でとてもそんなことをする暇はないはずだし、出かけられる夜にはもう『印』の字は消えているはずだ。

(それに出来たら今夜中に、主犯を捕まえて終わりにしたいしな)

さっきに猿の式紙の紙はぬかりなく回収している。このうえ、あのガキんちょとこの式神の使い手が一緒にいるなら、証拠としては十分だ。捕まえさえすれば言い逃れは出来ないと見ていた。

「桜咲と明日菜ちゃんがいればこっちは任せる気でいたんだが……」

と、横島は真名を見た。ただ者ではないと見ていたが、やはりお風呂場で見せた動きは素人ではなかった。横島がもし猿を逃しても真名が逃がさなかったと思えるほど、あのとき彼女は動きにそつがなかった。

「龍宮、お前、もしできるなら俺が出かけてる間、カモと木乃香ちゃんの傍にいてやってくれんか」

「ふむ……」少し真名は考えて口を開いた。「まあ構わないが」

なんとなく事情は察したが詳しく聞く気はなかった。

「え、ええよ。うちのためにそんなんしてもらわんでも」

「ダメだ木乃香ちゃん。さっき狙われたばかりだぞ」

横島は真剣に言った。

「そうだな。私も護衛自体は構わないよ。あとで報酬はもらうけどね」

真名もうなずいた。
横島には思うところがあっても木乃香が悪いわけではなかった。

「うっ。報酬?」横島はたらりと汗を流した。「お、俺は、お金をあんまり持ってないから学園長に請求してくれると嬉しいんだが」

「なら学園長は承知のことなんだね?」

「あ、ああ」

「なら交渉してみよう。無理なら払ってもらうよ」

この辺を妥協する必要を真名は感じなかった。

「あ、ああ、わかった」

少し美神を思いだす横島だった。

「あ、あの、龍宮。は、払えんだ場合。利子とかつくのか?」

「いや、そこまではしないが」

「そ、そうか……」

よかった。龍宮はそこまでがめつくないようだ。でもどうしても美神を思いだす横島は激しく冷や汗が流れた。

「みんな……」

木乃香は困ったような顔になる。

「近衛。迷惑を思うなら大人しく守られた方がいいと思うぞ」

真名が若干きつめに言った。

「う、うん。じゃ、じゃあ、龍宮さん。ごめんやけどうちを守ってくれる?」

「ああ、了解した」

真名はどことなく怖いけど頼りがいがあり、うなずいてくれると木乃香も安心した。

「でも、なんやな。なんの力もない言うんは、こういうとき困るんやな。明日菜も先生と修行してるみたいやし、うちもなんかした方がええんやろか」

「気にするな木乃香ちゃん。もともと俺が同じ部屋でいるのも護衛のためなんだし、護衛対象が鍛える必要なんてないぞ。明日菜ちゃんは特殊なんだ」

なにより明日菜と違い木乃香はあまり戦闘向きには見えなかった。

「せやけど……」木乃香はなにか思うところがあるようだった。「あんな横島さん」

「うん?」

「うち、横島さんとやっぱり仮契約しておいた方がええんかな」

「か、仮契約か?」

「うん。横島さんは1年もうちの傍で護衛してくれるんやえ?それがなんでかはうちはしらへんけど、仮契約ぐらいはしておかんと迷惑とちゃうの?明日菜もそう思ったからしたんやえ?」

たしかに明日菜も似たような理由だった。そしてこれにカモが反応した。

「おお、姉さんついにその気に!旦那、もういい加減、木乃香姉さんも事情は把握してるんだし、ブチューとこの機会にしちまえよ!」

「お、お前こんなときに何を言ってるんだ!」

横島は驚いて言った。

「こんな時だからこそじゃねえか。木乃香姉さんの方がよくわかってるぜ。キスさえしておけば、旦那の霊力や多少の魔力の供給で木乃香姉さん自身である程度自分を守れるんだ。悪い話じゃないはずだ。それに仮契約のカードには簡単に契約者を呼び寄せる機能があるんだ。もし誘拐されても旦那が呼べばすぐに木乃香姉さんを取り戻せるぜ」

(まあ召還の能力は結構簡単に封じられるけどな)

少しでも魔法に通じるものなら仮契約のカードの効果は知っている。木乃香を本気で誘拐したい相手ならその手の対策は講じて当然だが、それでも仮契約をして損なことは何一つなかった。

「し、しかし、俺はロリではないわけだし、なにより木乃香ちゃんの気持ちというものが!」

横島は激しく狼狽する。

「その木乃香姉さんがいいと言ってるじゃねえか」

「いや、しかし、木乃香ちゃん。龍宮も護衛してくれるんだぞ!?」

「でも、うち、した方がいいような気がするし」

「こ、木乃香ちゃん。ほ、本当のことを言うのだ。この状況だからしなきゃいけないことなんて欠片もないぞ」

「そ……そう言われてもな……うち」

(どうしょう……)

木乃香は悩んだ。一度は真剣に考え、横島との仮契約は断ったのだ。今更キスするのはどうかと思えた。なにより最近明日菜はかなり横島に傾倒している。刹那とお風呂に入っていたのを見た瞬間に神通根までだして怒ったのを見てもわかる。そしてなにより刹那もちょっと横島との関係が深そうに見えた。これで自分が入る余地などない。

(でも、迷惑はかけられんし、キスだけやったら明日菜はいいって言うてたし)

なにより本心では魔法への憧れがあった。
そして横島のことは木乃香も憎からず思っていた。
ただ明日菜への遠慮が大きく出て、そんなことはおくびにも出さないように気をつけていた。
でもこの状況では仕方がないと思った。

「まあまあ旦那。今は緊急時だ。なに、明日菜の姐さんも怒らねえよ。いや、逆にしなくて木乃香姉さんが危険な状態になればそれこそ怒られるぜ」

一方、カモはカモで、新幹線でキスを目の前に仮契約と叫べずちょっと強引でもねじ込みたい心境だ。

「こら、カモ、お前は明日菜ちゃんのときといい余計なことを言うな!こういうのは愛が大事なのだ!」

「いいじゃねえかちゅーぐらい。旦那だってもう大人なんだし」

「ああああ!ほおおおおおおおおおおおお!かあああああああああああ!ちゅーですまんのはお前が一番知ってるだろうが!!!!!!!!!!」

横島の仮契約時のすさまじさはカモも承知のはずだ。

「横島さん待って」

(そうやな。仮契約だけしても、そのあと先生となんかあるわけでもないし、前にも先生そんなこと言うてたし)

木乃香は十分に自分に言い訳した。
でも肝心なことを忘れていた。
あのとき自分が横島との仮契約を拒んだのは、たとえ仮のキスでも横島とは少しでもそういう仲になると危うい気がしたのだ。木乃香はこれが危険な踏切に踏みだす行為と心の奥底では気付きながら、気付かぬと自分でも信じた。木乃香は初めてのキスが憎からず想う人とできることに期待してしまっていた。

(明日菜の様子からして、横島さんはうまくしてくれそうやし)

「あの、うち、恥ずかしいけど、カモ君が言うことも分かるし、キスぐらいなら横島先生とならほんまにかまへんよ」

「こ、木乃香ちゃん!?」

(な、なんだ、どういうことだ、昨日のエヴァちゃんといい、新幹線の桜咲といい、俺の人生どんどんロリな方に傾いていくぞ!いいのか、このままいくとやばいだろ!いや、しかし、これは木乃香ちゃんの安全のためでもあるのか!?)

「うちは誰かの迷惑にだけなるのはいやや。先生はうちとはそんなにいや?」

木乃香が遠慮がちに聞いた。相手は自分より年上だ。しかも年齢的にも釣り合いがとれる上に魔法みたいな能力が使えることに憧れも抱いてしまう。明日菜が気があると気付かなければ自分は多分、1年の間に横島になら許していたとも想えるほど憎からず思う相手だ。早々積極的に無邪気に迫れるものではなかった。

「い、いやではないんだが……」

「じゃあ決定だな!ここは一つ軽い気持ちでブチューと行こうぜ!パ!」

とカモが声を上げた。
横島がうんうん唸っているうちに強引に行ってしまえば、あとは魔法陣の効果でどうとでも進むと考えたのだ。

「ちょっと待って」

だが木乃香が割り込んだ。

「ど、どうした姉さん?やっぱやめるのか?」

「ううん。あ、あのっ。龍宮さん」

木乃香は黙っていた真名の方を見た。
気のせいかもじもじして言いにくそうだ。

「うん?」

「あ、あのな、うち、その、男の人とキスするんは初めてやねん。その、できたら……」

「は?あ、ああ、すまない。気が利かなかったな」

真名はすぐに気がついて立ち上がった。ようは木乃香はファーストキスなのである。カモは仕方がないにしてもできるだけ人の見ているところでするのはさけたいということだろう。

「ではロビーにいるから、すんだら呼んでくれ」

真名が出て行くと部屋には気絶した刹那と明日菜、そして横島と木乃香とカモが残った。途端に誰もがなぜか急に雰囲気が背徳的になった気がした。横島を憎からず想っている2人が眠っている横で、木乃香もうすうすそれに気付いているのにキスをする。ブレーキとなるべき人もどこにもいなかった。

「あ、あんな先生。キスするいうても、仮契約のためにするだけやし、好きとかでは全然ないんやえ」

木乃香は一応言った。自分でもそう信じていた。実際、横島が同じ部屋でさえなければそこまで積極的にはなれない木乃香はこんなことをした程度ではなにも問題なかったかもしれない。でも横島はずっと同じ部屋にいるのだ。これから先、2人きりになることが多いのに、押さえをなくすのは危ういと心のどこかでは気付いていた。

「そ、それはそうだ。だが、いいのか。いや、全然いやではないが、木乃香ちゃん初めてだろ?」

「うん。うち、先生のこと生徒として好きやよ。だから、かまへんえ」

木乃香は間違っても後々に引き摺ることはないように念は押した。
でも好きといった瞬間、なぜか胸がすごく跳ねた。

「だ、だが、その、いいか木乃香ちゃん」それでも横島の方がグズグズ引き伸ばそうとした。こうしてる間にも明日菜か刹那が起きてくれないかと思った。「ど、ど、どうも俺の場合霊力があるせいか仮契約は普通と違うみたいなんだ。お互いの心が通じ合うほど気持ちもよくなるし、その……だな。せ、せせせ性感が高まるのだ。明日菜ちゃんとしたときはそれで結構際どいことになりかけたんだ」

「でも明日菜とはキスしただけやえ?」

「も、もちろんだ」

「ほんなら大丈夫や。うちは明日菜ほど先生を好きちゃうし、恋愛感情はないんやし」

「そ、そうだな。それはそうだ」

そう言われると横島もこれ以上言いにくい。
第一年下の少女がいいと言うのに男の方がキスするだけで全力で拒むのも妙だ。
ただ、なにか、自分の中で警笛が鳴っていた。
ここでキスをしない方がいいのではないかと。
なによりこれ以上幼い身体の持ち主ばかりと関係を持って自分は大丈夫かと思う気持ちもあった。
なのに14歳の美少女が自分とキスしてもいいと言っているのを、拒む心とともにゴクリと息を呑んだ。

「わ、わかった」

(仕方ない。仕方ないことだ。それに見た目だけでロリコンとか決めるのも木乃香ちゃんに悪いし、今日中に相手を倒してしまう方が、結果的には生徒の安全に繋がる。『印』の効果が切れたら、いつくるかわからん相手をずっと警戒しなきゃいけなくなる。そうだ。俺は正しい。そのはずだ)

なのに横島は自分が何人もの少女たちを次々と理由をつけては襲っている。
非常に悪い教師の気がすごくした。

(ど、どこかで、ブレーキをかけないとこのままではやばい。そうだ。これが最後だ。もう桜咲とのキスとかも無しにしよう。桜咲やエヴァちゃんや明日菜ちゃんだっていずれ好きなやつができるはずだ)

そのときのためにも、自分などがあの少女たちを傷つけることをしてはいけないと思った。

「こ、木乃香ちゃん。じゃあこっちに来てくれ」

と、横島に言われて木乃香が横島と向かい合った。

「じゃ、じゃあ、カモ。頼む」

「あ、ああ」

なんだか間をおかれるとカモまで緊張した。

(う、ううむ。いいんだよな。これやっちゃって。最近の旦那の周りはなんかやばい雰囲気が徐々にましてる気がするんだが。ネギの兄貴ならこんなふうにならねえと思うんだが。ううむ、どうも旦那って、ドロドロになりそうな気が……。い、いや、俺っちはこんなこと言って良いオコジョにおさまるようなたまじゃない!第一、旦那ならどんな状況でも大丈夫なはずだ!)

「じゃ、じゃあ。行くぜ!『仮契約(パクティオー)!』」

カモの叫びとともに魔法陣が現れた。
その光が横島と木乃香を包んだ。

「な、なんやの、こっ、これ?」

途端に木乃香は信じられないほどの横島への感情が突き上げてきた。それは異常だった。今まで抑えてきたものが全て表にさらけ出されていくような感覚。抗いようもないほどの恋しさ。

「だ、大丈夫か。木乃香ちゃん?」

「横島先生。う、うち変や……。なんや胸がどきどきして、へ?なに?お、おといれ行きたいんやろか?なんか、その、すごくむずむずしてっ」

「こ、こここ木乃香ちゃん落ち着け!」

そう言いながら木乃香が横島にぽおっとしながらしなだれてくる。横島は木乃香の細い体を抱き寄せる。すると木乃香は最初遠慮気味に、しかし徐々にぎゅっと抱きしめ返し、自分の体をすり寄せた。潤む瞳で横島を見上げる。頬がほんのり赤らむ。初めての感覚に戸惑うように求めるように、二人は唇を重ねた。

(なんやろう。おかしい。明日菜のためにも我慢しよ思うてたのに)

横で明日菜と刹那が寝ていた。
まるで二人が自分を見ているようだった。
それでもどこか箍が外れかけていた。
感情が無理矢理引き上げられていく。

(こ、これは、なんだ?)

横島も困っていた。木乃香とのキスが予想外に気持ち良い。浴衣姿の彼女をさらに抱き締めると木乃香は横島と隙間も作るのがいやだというようにもっとすり寄ってくる。そのまま勢いに任せて木乃香が床に倒れる。二人の唇がはなれて、仮契約が終了するはずが、木乃香を離すことができなかった。

(ま、まずい、これ以上は!いかん!いかんぞ!)

思うが横島の手が木乃香のお尻に食い込むと、それだけで木乃香の体が震える。もう一度重ねた唇から吐息が漏れ、突き動かされるように横島の舌が木乃香の口にもぐりこむ。木乃香もいやがらずに受け入れ、なんども唾液が木乃香の口内に流れて、それを木乃香は呑み込んだ。木乃香は横島の唾液ならいやじゃなかった。

「うん……うん……」

淫らな、とても木乃香とは思えないような音が部屋に満ちた。

(よ、横島先生。うん、も、もっとっ)

知ってか知らずか木乃香は下半身を横島へとすりつけてくる。横島も辛抱たまらずにマグナムに血がたまり、浴衣が乱れて突き破りそうな勢いだった。

「はあっ、あんっ、先生、先生っ。うち、おかしいっ」

「こ、木乃香ちゃん。このままっ」

「ひゃんっ。う、うん、横島先生。そこはっ」

「す、すまん、手、手が手が勝手に!」

「う、ううん。ええよ。もっと、直接でもええから」

二人はみだらだった。
横島の手が無遠慮に木乃香の未成熟な身体を這う。離れかけるたびにどちらかが強く抱き締めてそれができなかった。どれぐらいそうしていただろう。あまりに気持ちよすぎて時間を忘れる中、横島から離れた。

「はあ……はあ……先生」

「木乃香ちゃん」

魔法陣の効果が途切れている。
いや、とうの昔にカモがあまりの光景に気絶してしまい魔法陣の効果など切れていた。

「うち、その、ごめんやえ。でも、もう少ししてほしい」

(あかん。やめやんとこれ以上はしたらほんまにあかん。でもなんやろう。こんなにまで想てへんだはずやのに、おかしい。魔法陣もう消えてるのにとまらへん。いやや。こんなん怖い)

木乃香なりに我慢していることが多かった。育ちはよくても、その立場、立場で悩みはある。お嬢さま過ぎて誰も昔は遊んでくれなかったし、それでも遊んでくれた刹那はここに来てから急に自分が嫌いだとでもいうように自分を避けた。横島という頼れそうな人が来たけど、ようやくできた自分の一番大事な親友のことを思うと、頼りすぎることもできなかった。どのみち木乃香は自分で見えてないだけで限界だった。

「木乃香ちゃん……」

(これはダメだ。これはダメだ。これはダメなんだよ)

しかし、横島という男はスケベだが、良心的な部分の多い男だった。これが木乃香の全ての本心じゃない。木乃香がこの魔法陣の影響で弱ってることがわかる。そこにつけ込む余地がいくらでもあるのもわかる。でもちゃんと責任を持って預かった生徒たちを傷つけたり、あとで後悔させるようなことはしてやりたくなかった。

「うち、ええよ。横島さんやったら」

(あかん。こんなんあかん。うちとちゃう)

「こ、木乃香ちゃん。仮契約は終わったぞ。こ、ここまでだ」

(もったいない。もったいないが、自分の魔法陣のせいで気持ちよくなりすぎてるだけの子は襲えんだろ)

横島は木乃香の頬を優しげに撫でた。

「でも」

「木乃香ちゃんがまた好きなやつがちゃんとできたらそのときにしたらいい」

下手なことをして木乃香があとで後悔するような顔も見たくはなかった。誰も自分なんかがここに来たせいで泣くようなことはしてやりたくなかった。

「せ、先生もうちから逃げるん?」

ホッとする反面そう言う不安が木乃香にわいた。

「それは違うぞ。そんなことはない。俺は木乃香ちゃんと桜咲がうまく行ってくれたらいいと思ってるぞ。それまでちゃんと見守るつもりだ」

「ほんまに?」

「ああ、本当だ。それにな。これ以上すると、正直最後までしないと我慢できんのだ。木乃香ちゃんは魅力的すぎるからな」

「あ、うっ、うち……」

木乃香は全身がカーと赤くなった。

「ご、ごめん。迷惑やえ」

「は、はは、違うぞ木乃香ちゃん。魅力的すぎるだけだ」

横島はこれ以上は限界がくると木乃香から完全に離れた。

「うん……」木乃香は浴衣の乱れを直した。「あの、先生」

「どうした?」

「うち不安やねん」

木乃香はなにがどう不安かうまく言葉にできずただ漠然と口にした。

「大丈夫だ。ただ単に仮契約でキスしただけだ。一時的に気持ちよくなりすぎるって教えただろ。そのせいだ。俺がエロいせいで本当にすまん。気にすることはないぞ」

「うん」

木乃香は立ち上がると横島を抱き締めた。

「ありがとうやえ先生」

「お、おう」

「それとごめんな」

なぜか謝ってしまい木乃香は龍宮を呼んでくると歩きだした。
木乃香が部屋から出て行く。

「も、もったいない。に、似合わんことはするべきじゃない。し、しかし、最近の中学生というのは未成熟に見える子までここまで進んでいるものか。か、帰らねば。美神さん俺はちゃんと帰るから。帰るからな!ああ、しっ、しかし、学園長は木乃香ちゃんに関してだけは責任さえとればいいって言っていたような!」

これから1年、今の木乃香と最近大胆さがエスカレート気味の明日菜と同室で、それだけでもだんだんと自分の自我に自信をなくしていく。でも一線を越えてはいけない。越えたら1年後に元の世界に帰ることすらできなくなりかねない。でも少女たちの柔肌に触る気持ちよさが今も手にしっかりとある。

(ああ、木乃香ちゃんの唇も身体も柔らかかったな。あのなさそうでうっすらとある胸もいい。その上、感度のいいところがなんともっ、って、いかん!さっき生徒に手をだすのは、もう最後だと誓ったはずだ!もうせん!もう2度と生徒とキスとかはせん!木乃香ちゃんにしろ明日菜ちゃんにしろ俺はいずれ帰るんだ!もったいないがそのあとちゃんと好きなやつができたときにこういうことはするべきなのだ!それまでは俺のようなちょっといるだけの男が傷つけてはいかん!俺の方が大人なのだ!教師なのだ!ちゃんと幸せへと導いてあげるのだ!)

なのに横島は結局、真名に眉間へと銃弾を撃ち込まれるまで悶えているのだった。






あとがき
当初からここら辺で木乃香と仮契約と思ってたんですが、
エロがつづきすぎるし、横島の精神力も限界になってくるしで、
悩んだんですが、結局そのまま行きました(マテ
まあ木乃香はもともと引っ込める気がなかったし、
この辺でしとかないと、するときなくなるんで仕方ありません。

さて横島は禁欲の誓いを立てましたが守れるでしょうか。
まあ横島はそれぐらいはきっと守れる男なんです。
絶対押してはいけないボタンみたいに必ず押さないはずです。











[21643] 不法侵入と足手まとい。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/12/19 10:10

「瀬流彦先生。すんません」

横島がぺこぺこと瀬流彦に頭を下げた。

「はは、まあ良いよ。仕方ないしね」

瀬流彦の方は旅館の玄関の上に魔法陣を描きながら答えた。
というのも旅館に侵入者防止の結界を張る予定だった刹那が横島の霊撃で当分目覚めなくなってしまい、まだ結界が張られていないことに気付いた瀬流彦が横島に刹那のことを尋ねたのだ。そして事情を横島から聞いた瀬流彦は警護用の魔法が得意ということもあり、それなら自分が張ると言ってくれたのだ。

「でも、僕はあんまり表に出ちゃいけないことになってるから、葛葉先生には内緒にね。あの人怒ると怖いから」

「もちろんです。お、そうだ瀬流彦先生」

横島はふいに閃いて口を開いた。
というのもここに来て、自分によくしてくれる大人はこの瀬流彦と学園長ぐらいのものだったので、その心やすさもあったので思いついたのだ。

「なに?」

「このお詫びに明日の夜。どうです一緒に」

横島は瀬流彦の耳元でコッソリと周囲に聞こえないように言った。
その顔は凄く悪いことをしてるような顔だった。

「え?なんの話し?」

瀬流彦もそこに少し妙な気配を感じて聞き耳を立てた。

「いや、ここにくる前に学園長に一見さんお断りの芸子遊びができる場所教えてもらったんっすよ。ぐふふふ」

「い、引率中だよ横島先生。それに護衛はどうするんだい」

「ぐふふふふ、そのためにも意地でも今日中に決着つけてきます!もし無理でもその頃には桜咲も明日菜ちゃんも起きてるし、なんなら引き続き龍宮にもそれでも足りなきゃエヴァジェリンに土下座してでも俺の代わりに護衛頼みます!」

気色の悪い笑みを浮かべる横島はなぜか目が血走っていた。

「いや、エヴァンジェリンは僕以上に表に簡単に出しちゃいけないし、それはダメだよ」

その横島の切羽詰まったようにすら見えるただならぬ様子に瀬流彦がたらりと冷や汗を流した。

「なら茶々丸ちゃんに頼みましょう!長瀬でもいい!」

「あ、あのね。横島先生。なんでそんなに行きたいの?」

瀬流彦にはよくわからなかった。芸者遊びなんて正直遊び慣れた人間が何度も行って徐々に楽しさを理解していく、言ってみればかなり大人の遊びである。いくら横島がスケベでもあんなところにいきなり行って楽しいとも思えなかった。それは瀬流彦も同じである。そんな場所行ったこともないので、緊張の方が先に立つ気がした。

「瀬流彦先生」

「な、なんだい?」

ぐわっと寄られて瀬流彦は驚いた。

「俺は、俺は、とっても辛いんじゃあああああああああああああああああああああああああ!」

それは血を吐くような声で横島の心からの慟哭だった。

「え?え?いや、横島先生声大きいよ」

何しろ今の瀬流彦がしてることはあまり目立っていいようなものじゃない。時間も遅いので玄関に人影はないが、玄関の上に魔法陣を描くなどかなり怪しいことには違いがないのだ。

「もう毎日毎日毎日毎日、年頃の少女たちがいる女子寮で暮らしてるのがどれほど大変か!瀬流彦先生にわからんでしょう!ダメだ!ダメなのだ!このままでは俺は我慢しすぎて死んでしまう!というのに、あの未成熟な身体たちが次々と俺を誘惑してくるんです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

横島は血の涙を流した。

「え?い、いや、よわからないけどわかった。芸者遊びに付き合う。付き合うから。横島くん落ち着いて」

「うっ、うっ、なんか女の先生方も最近おっぱい揉んだら本気で怒るし」

「それは普通怒ると思うよ」

「とにかく辛いんっす!こんなに辛いのに、芸者遊びぐらいなんでしたらあかんのじゃああああああああああああああああああ!!!」

「わ、わかった。まあたしかに年頃の女の子たちだしね。横島先生の年頃からすると無邪気によってこられたりするのは我慢するの大変だろうね。わかった。じゃあ本当に付き合うよ。でもちゃんと明日の引率仕事が終わってからだ」

「もちろんっす。あんた普段から親切にしてくれるしほんまにいい人だ!」

「はは、喜んでもらえて嬉しいよ」

(こういう姿見てると本当にエヴァンジェリンを倒したほどの魔法使いには見えないんだけどな)

瀬流彦はこの横島にいまだに警戒する魔法教師が多いのはちょっと不思議に思えた。
瀬流彦など最初からあまり警戒心のわかない相手だと思っていた。まあ年が近いのもあったし、経歴を見ると横島を警戒したくなる気持ちもわからなくはないのだが。でも、話してみると横島という人間ほど常に自分に正直で裏表がないのも珍しく思え、瀬流彦はどうしても横島に厳しく当たる気にはなれなかった。

「では!明日の夜のためにも頑張ってきます!」

横島は鼻息を荒くした。

「ああ、気をつけてね。まあ心配ないとは思うけど敵も複数いるかもしれないし」

「うっす。不肖横島!芸者さんのために頑張ってきます!」

(生徒のためじゃないんだね)

瀬流彦は少し突っ込みたい気分に駆られたが、横島は玄関の自動ドアを潜った。
このとき横島は横を通り過ぎる女性に一瞬目を向けた。
眼鏡をしていてよく見えないが、そこそこ美人だ。それに少し魔力が強い。だがそれ自体はこの世界にいてよく見ていたし、怪しむべき条件をそれだけでは満たしていなかった。
だから横島はこれから真剣なことをしに行くという思いもあり、美人を前に声をかけないという、非常にらしくないことをした。瀬流彦の方もあまり気にかけず、魔法陣をコッソリ発動させ、今度は休憩所の裏の方にある入り口にも結界を張ろうと移動することにした。

どんっとその眼鏡美人が、とある少女に今度は当たった。

「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ」

美人は頭を下げるとほほえんでホテルに入った。
少女の方はその仕草に少し寒気を感じた。なんと言うかえも言われぬ敵意のような暗いものが顔に浮かんでいたのだ。報道部に所属する記者としてそういうことに少女は敏感だった。だがこの少女もまた今はそれ以上に気になることがあり、その美女を気にとめず、そして横島が出て行く後ろ姿を見た。

「あれって横島先生だよね。こんな時間にどうしたんだろ?」

少女は横島がホテルの門の前でタクシーを止めていることに目を細めた。

「朝倉。どうかしたの?」

大河内アキラがそれを見とがめ声をかけた。アキラは3-Aの入浴が終わり、同じ部屋でまだ戻っていない明日菜と木乃香が気になって探していた。消灯時間ももう近いのに見つからず、どうも心配になってそのことを横島に知らせに行くところであった。このロビーを抜けると横島の部屋があるはずなのだ。

「あ、アキラ。ううん、別になんでもないない」

それでも朝倉が玄関を潜って外に出て行くのを見てアキラは首を傾げた。
アキラと同じく大人びた朝倉は、ごく自然にタクシーを止めてそれに乗り込んだ。

(先生に用事でも頼まれた?)

朝倉があまりに堂々としていたのでアキラはそう思った。

「あ?瀬流彦先生、なにしてるんです?」

そうしてアキラは次に休憩所の端でごそごそしてる瀬流彦に目を止めた。

「あ、ああ、えっと、ま、まあちょっとね」

瀬流彦は本当のことも言えず焦った。

「はあ?」

「えっと大河内さんだね。キミこそどうしたの?」

瀬流彦は3-Aに担当教科はないがアキラのことは知っていた。
なにせ全国に出場するほどの水泳部のエースである。今年は全国優勝も夢じゃないとまで言われていたので、麻帆良でアキラのことを知らない人の方が珍しかった。

「えっと、私は横島……」

言いかけてアキラは言葉を止めた。
ここで横島の部屋に行くことを瀬流彦に言うと、自分は横島の部屋に行く理由がなくなってしまう。
少なくとも瀬流彦も明日菜と木乃香が見あたらないと聞けば、アキラとともに横島の部屋に行くだろう。でも、2人はいないと言ってもそこまで心配することじゃなかった。騒ぎを大きくするほどではないのだ。多分、仲のいい図書館組の方に行ってるのかもしれない。

だからアキラも本当を言えば、二人のことよりただの1度もまとまに話したことがない横島と話したい思いの方が強かった。でも理由がないとそれも難しい。まあ話したところでなにが変わるとも思えなかったが、1度でいいからそうしてみたい。亜子を出し抜くようで悪いが、この修学旅行の機会をアキラは逃したくなかった。

(学校に帰ったら、あのキスしかけた夢みたいに呼出でもしないとそんな機会作れないし)

それはいくらなんでもハードルが高い。第一、それでは、告白でもしないと理由がたたない。いっそクラスの委員長でもなにかしてれば横島と関われたが、水泳部が忙しすぎるし、うちのクラスはクラス委員長はあやかというこれ以上の委員長はいないというぐらいの委員長がいた。

「横島先生がどうかした?」

「い、いえ、なんでもないです」

アキラは誤魔化した。
嘘をついたのが少し心苦しかった。

「そう?じゃあもう部屋に帰らないと消灯だよ。僕はともかく新田先生に見つかると怒られるよ」

「え、はい。あの、えっと、でも、みんなのジュースを買いに来たんです」

「そうなんだ」

休憩所の横に売店と自動販売機があった。
アキラはジュースなど買う気がなくて自動販売機の前で固まってしまう。そもそもお金を持ってきてないから買えない。でも瀬流彦は瀬流彦で生徒の見ている前で結界魔法を使うわけにも行かず、固まってしまう。

「「は、はは」」

お互い顔を見合わせて微妙に笑った。

((早くむこうに行ってくれないかな……))






横島を追って朝倉はタクシーから降り、離れた竹藪に身を寄せて隠れていた。
数十メートル離れた場所に横島がいた。目の前に京都の中心地から離れた古めかしい日本家屋がある。
なぜ京都に来て、こんなところに横島は顔を出しているのか、修学旅行の引率のはずなのに、怪しいことこの上ない事実だった。

「ふふー。夜遊びって訳でもなさそうだし、これはスクープの予感がするね」

朝倉は着替える暇がなくて浴衣であり、タクシーの運転手にはかなり奇妙な目で見られていた。
それでも3-Aのビッグフォーには適わないまでも、普通の大人としても通るほど大人びた体型をしていたので、乗車拒否までされることはなかった。でも、タクシー代の方はさすがに財布がなければどうしようもなく、どのみち帰りもいるため待たせていた。代金を払うのはもちろん横島だ。

「さて……正義の味方だの、ハーバード卒業の詐称疑惑だの怪しいところてんこ盛りの先生だけど、ちょっとは正体を見せてもらうよ」

朝倉は何人かの生徒に何か知らないかと尋ねられたこともあり、調査をしていた人物がいる。
それが横島だ。
調べてみると嘘の経歴だらけで、かなり妖しいことこの上なかった。もっとも調べてもあまりにも本当の経歴がまったく掴めず、それはなんだか怖くもあり、ひょっとすると本気で危ない人物かと思い、それだと下手につつくのはいかに朝倉でも躊躇われた。だから横島の経歴に関してはまだ誰にも明かさずコッソリ調べてだけなのだ。

「でもなんだろ。こんなところに来るのって、恋人か何かかな。それだとあんまりスクープにならないんだけどな」

なにせ横島は未婚だ。京都に恋人がいて会いに来たとかでは事件とは言えない。生徒を放っておいて行くのはどうかと思うが、多少教師としての横島に幻滅するだけで、普通の健全な男の範疇だ。

「先生の実家とかじゃないよね」

恋人以上にそれだと幻滅だ。というかここに来た意味すらない。タクシー代はどうするのだ。

「あ、でも表札は『天ヶ崎』だからその線はないっぽいな」

カメラの倍率を最大にして表札を確認する。
外灯に照らされた表札には天ヶ崎と確かに書いてある。
ぺろっとなにが出るか楽しみにするように朝倉が唇を舐めた。

(しっかし、普通ならそれほど好かれるわけない先生なのに、なんか桜咲さんとかエヴァンジェリンさんとか、教師なんかと仲良くなんか絶対しそうにない子と仲いいとかいうのも不思議よね。第一、女子寮に住んでるところがなんでなのかが一番妖しいのよ。おかげで明日菜とか、ちょっと妖しいもんね)

その辺は記者の嗅覚というか、朝倉はするどい。
というより普通に考えて妖しくなって当然のような状況だ。そのせいかどうかは知らないがクラスで横島を嫌う子も多いようだ。朝倉はといえば、なぜ女子寮にいい年の男が住むなんて状況を、女生徒はともかく他の先生方が放置してるのか、そのことへの好奇心の方が強かった。

(明日菜か木乃香の許嫁とか?いやでもそれでも女子寮で同室にはしないでしょう。護衛とは聞いてるし、その強さはいくつかの情報でたしかだと思うけど、それにしても隣の部屋にするとかの方法はあるでしょうし、なにより護衛の割には横島先生が明日菜たちから目を離してることも多いよね。大体、あの2人って護衛がいるほど危険があるようにも見えない。ううん、匂う。これは絶対になにかある)

記者の嗅覚が確実にそう告げるのだ。
いや普通の感覚を持つものなら横島など妖しくて仕方ないはずだ。

そんな横島から目を離さないようにしっかりカメラ越しにとらえてると、ふいに横島の姿が霞んだ気がした。

「あれ?」

そのとき朝倉は目を瞬いた。
液晶に映る横島の手が輝いた気がしたのだ。

「気のせいじゃない……って、ほへ?」

だが、もう一度、朝倉は目を瞬いた。ごしごし目をこする。もう一度カメラの液晶を見る。今度は自分の目で直接天ヶ崎の表札のある玄関を見た。しかし、そこには横島の姿はなかったのだ。

「き、ききき、消えた!?」

朝倉が叫んだ。今目の前で、横島の手が光ったかと思えば消えたのだ。

「え……えっと先生って幽霊?」

自分でもなにを言ってるんだと思いながら朝倉は言った。

「そ、そそ、そんなわけないでしょう!」

自分で言いながら激しく狼狽する。

「だ、どどどうしよ!」

追ってきたのはいいが、とんでもないものに出くわしてしまった。鬼がでるか蛇がでるかぐらいは覚悟していたつもりだが、幽霊が出るのは予想外すぎた。いくら大人びてもいても朝倉も14才の乙女である。幽霊は怖いに決まっていた。だからって逃げ出すのも記者としてのプライドが許さない。それに見間違いの可能性も否定できなかった。

とりあえず朝倉は暗い竹藪でいるのも怖くなってきて出ると、カメラを玄関に向けて撮影した。
玄関前に起つ横島の写真も確認してみる。確かに横島がいたということは間違いない。カメラのデーターに横島の姿がある。横島が幽霊ならそれなりのスクープだが、さすがになにもない玄関と、横島の立つ玄関を撮影して先生は幽霊だとも言えないことだ。
だんだんと朝倉は胸がドキドキしてくる。怖い。でもひょっとするとこれは自分の想像なんかよりも遥かに凄い。自分の常識を覆してくれるような、ものすごいものに出くわしたんじゃないか。期待が沸いた。

(ひょっとして、まさか、本気で正義の味方)

一週間ほど前の夜のこと、朝倉はあまりに凄まじい大音声が麻帆良中に響いたので、誰か目撃者はいないかと探し回ったのだ。でも夢中で探した結果は麻帆良祭にむけての催しが誤発したという、なんの面白味もないものだった。でも委員長のあやかや千鶴たちが現場を見たようだったので、うまく乗せて聞き出したら『正義の味方』という話が出てきた。もちろん朝倉も信じてはいなかった。というかあやか以外は信じてなかった。

(せ、正義の味方はさすがにどうかと思うけど、でも、なにかあるのは間違いないのかも)

「よし、頑張れ私」

とりあえず自分を鼓舞して、天ヶ崎の家の玄関へと朝倉は歩き出した。
その後ろから忍び寄る影があることに朝倉が気付くことはなかった。



時間は少し戻り、横島は天ヶ崎と書かれた表札のある日本建築の前にいた。
敷地は100坪ほどだろうか。なかなか立派な建物だ。古い中にも重厚さがある。
それを横島は見上げて一人呟く。

「ここで間違いはないな」

タクシーで20分ほどの街の外れだった。
ガキんちょに付けた『印』の文珠の反応が確かにここでとどまっていた。
これからどうすべきかと横島は思う。出来れば早い段階で全てを終わらせてあとの修学旅行は明日菜達にも楽しんでもらいたい。自分は自分で後顧の憂いなく楽しみたい。それにはここで全て終わらせるのがベストだ。

(よし、俺がこのまま桜咲達相手に悶死せんためにも、悪いがここで全員捕まえさせてもらうぞ)

横島は掌に文珠を出現させた。
ここで決着をつけるためにも奮発して、そこには『透』『明』の2字を込めた。
すると横島の姿が視覚やあらゆる探知器官から姿を消した。横島は自分の手を見てみるが、自分がそこにいるはずなのに、いることがまるで分からないほど完璧に姿が消えていた。

(うっし、いけそうだな。しかし、これを覗き以外に使う日が来るとはな)

もう面倒なことはとっとと終わらせて帰りたい横島は若干ハイに笑う。でも声まではださないように気をつけた。本当にダメなときは声をださないぐらいの分別が横島もつけられるのだ。

(うんうん。俺も成長したな。この勇姿をぜひしずな先生に見せてあげたい。そうしたら最近ちょっと蔑むように見られる目もマシになるかもしれん。いや、しかし、葛葉先生も捨てがたい。はっ。いかんいかん。ちょっと声に出てたな)

成長してるかどうか微妙な横島はとりあえず玄関付近に人がいないことを確認して、ゆっくりと玄関戸を開けた。

(特に仕掛けはないか?)

さすがに直接乗り込まれるとは敵も思わなかったのだろう。
目立った罠もなく、横島はすんなり家の中に入り込んだ。バレやしないかと多少のドキドキ感が伴う。なにせ不法侵入など、覗き以外でしたのは初めてだ。

(覗きとは違うドキドキ感があるな。見つかったらやばいな)

広い廊下を歩いて行くと、ぎしぎしという床板のこすれる音が響き、どきっとする。
自分が周りに与える音までは消えてくれない。そのことに慎重になりつつも、まず右に折れて昔ながらの模様の付いたガラス戸の部屋を右から確認する。

ガラス越しだが誰もいないことを確認して、向かいの部屋を見る。こちらからは子供の笑い声とテレビの音がする。そこから『印』の字の気配を感じ、どうやらガキんちょはバラエティ番組でも見ているようだ。

(まあガキの方は逃がせるなら逃がしてもいいか)

さすがに子供を捕まえるのも気が引けた。
とりあえず、その部屋は保留して、横島は他の敵の数をまず把握しようと思い他の部屋を確認していく。
炊事にも二階にも上ったが、人がいるのは先程の部屋だけのようだった。どうもいるのはガキんちょだけのようだ。それならそれで家捜しにはちょうどいい。なにか式神関係の道具でもあれば証拠にできる。家主が無精なのかそれとも長く使われていないのか埃が目立った。どうもなにも見つからず、あともう一部屋も一応と思い、中を確認した。

10畳ほどある広い部屋で、隣と二間続きだ。横島はそこに仏壇と家族が三人で写る写真を見つけた。少女が笑い父親に抱かれる写真だ。母親もそれを見てほほえんでいる。最近、誰かに拝まれたのか線香が立ち、位牌からして、二つあり、どうやら誰かが一人生きているらしかった。

横島はどう見てもこの写真の中に生き残りがいるように思えた。
それが犯人ではないかとなんとなく思った。

(ひょっとすると怨恨関係か。美神さんとこでもよくあったな)

悪霊を退治することが生業だったので、そもそも怨恨が殆どだった。
だから余計にそういう連想が起こった。

(いや、しかし、あの写真からして古いし、もし女の子が生き残りとするとかなりの美人の姉ちゃんが犯人ということに。これは、俺は悲しめばいいのか喜べばいいのか?)

まだ美人の姉ちゃんと決まってもいないが、横島が考える。
しかし、そのとき、横島の耳に玄関の開く音が聞こえて緊張した。

「ちょ、ちょっと、離して、離してってば!」

(なんだ!?)

そこに女の悲鳴が聞こえた。横島が慌てて廊下に出ると、そこには、

「な、なんなのよあんた!私は別に妖しいものじゃないってば!」

(あ、朝倉!?な、なんでお前がいるんだ!?)

横島は思わず叫びそうになるのを堪えた。
しかし、よく軋む床の音が響いてしまう。
玄関で小柄なくせに朝倉の体を小脇に抱えた少年がいた。
その少年は特に動じずにまっすぐ横島のいる方向を見た。

「どうやらネズミがもう一匹いるようだね」

さめた目線。横島はこの相手は相当強いと感じる。文珠の数が十分にある横島ですら、勝てるかどうかはわからなほどに。それに妙な気配だ。この気配はおそらく人間でも悪魔でもない。闇の眷属ですらない。

(こいつ生きてない?いや、多分本体じゃないのか。絡繰は別にしても霊力が全くない人間や幽霊なんていくらこの世界でもいないしな。ただの人形?どうする本体の気配は近くにないぞ)

横島は一応周囲に気を配るが、気配は感じられなかった。

(この人形だけなら今の文珠の数ならなんとかなるか?でも、主犯はこいつの本体っぽいし、あの写真の奴らしい人間もいないとなると、そこまで文珠の無駄遣いはできんな。しかし、こいつ、味方の家なのに本体じゃないってどういうことだ?)

「出てきてくれるかな。共犯なのでしょう」

淡々と少年が、ただ単に手の先を朝倉の首筋に当てた。
横島にはそれだけで相手を殺せる威力があるのだと伝わった。
それほどに異様な雰囲気を持つ少年だった。

「ちょ、ちょっと、このガキ!人をものみたいに扱うな!大体、誰と話してるのよ!?」

朝倉が暴れて叫んだ。
朝倉にはただ手の先を当てられただけで恐怖心はわかなかったようだ。

「あなたの仲間でしょう。ねえそこの人」

少年が言う。横島は正確に言うともう少し右にいた。さすがに『透明』の文珠で隠れてるだけあり、相手も横島の気配は捉えきれないようだ。だが、この敵は、どのみち近付けば横島の位置に気付きそうだ。

「え、仲間って……あ、よ、横島先生いるの!?」

(バカ、名前を言うな!アホ!)

なにせ横島の今してる行為は、現時点では家宅侵入罪以外の何者でもない。
名前を知られるのはいろいろな意味でまずかった。

「横島?なるほど今回の件の要注意人物か。ここにいるということは、そうか……彼に何か仕掛けたんだね」

「うっ」

(このガキ……やばい)

横島は思わず声が漏れて戦慄した。
どうやら相手はこちらがなにも言わないうちから、もうガキんちょに仕掛けた文珠にまで辿り着いたようだ。

「感覚器官の優れた彼に気付かれないとは、あなたが妖しげな魔法使いという噂はたしかなようだ。彼は誰にも気付かれてないと言ってたけど、どうやったんだい?この僕が床の音でも聞こえない限り位置すらつかめないほど穏形の術を心得てるとは、あるいはジャパニーズ忍者とかいうのかな」

「ね、ねえ、先生いるなら助けてよ!一人で逃げたら恨むよ!」

朝倉はさすがに怖いのか泣きそうになりながら叫んだ。

(こ、このアホは勝手に付いてきたな。しかし、するどいガキだ。人形のくせにほとんど本体と同じ思考能力があるのか?おまけに強そうか。う、ううん、どうする。ここでこいつを倒しても、本体じゃないんじゃな)

「だそうだよ。出てきてくれるかな。手荒なまねはしたくない」

「もう十分手荒よ。離せ!私は家を覗いてただけで忍び込んでもないのよ!これってあんたの方が犯罪でしょ!」

朝倉はなんとか逃れようともがくが少年はぴくりともしない。
しばらく膠着するが、そのとき横島が先程確認したガキんちょのいる部屋の扉が開いた。

「なんや五月蠅いな。今テレビがいいところなんや。千草の姉ちゃんもう終わったんか。って、フェイト、なにしてるんや?」

物音に気付いて、それでも敵の襲撃とは思わず、ガキんちょが出てくる。

「気をつけるんだ小太郎くん。見えない侵入者がいるようだ」

フェイトは相変わらず隙を見せず、横島も手をだしあぐねた。

(ちっ、あんまり気は進まんが悪く思うな。小太郎いうガキ)

「み、見えん?なんのことや?」

感覚器官に優れた小太郎だからこそ、その意味を理解しかねた。なにせ横島は姿を完全に隠していたのだ。床の音は少し鳴るが、それだけでは人がいる気配とは言えないのだ。小太郎が首を傾げ、その瞬間、横島がその体の後ろに回って首を絞めた。その姿はまだ隠れたままであり、小太郎は見えない力によって宙に浮き上がった。

「な、なんや!?体が動かへんぞ!?」

そして存在を示すように横島が床を踏み鳴らした。

ドン!と響き「きゃっ」と朝倉が少女らしい悲鳴を上げた。

「お、おい、なんやこれ、離れんぞ!」

「な、なに、横島先生、そこにいるの?え、なに、本当に魔法使いなの?お化けじゃなくて?」

朝倉は拘束されたその状況で、顔に喜色が浮かんだ。お化けといえば怖いが魔法といえば別だ。未知との遭遇は誰もが望み、そして出会えばそれに驚喜してしまうものだ。

「うわうわ、なに、凄い、先生って本当に魔法使いなの!?」

「面倒な能力をもってるね」

返事をするようにドンッドンッと、また床がなった。

「人質の交換と言いたいわけかな?」するとドンッとまた床が鳴った。「声も出さないとは用心深い。こちらとしては小太郎くんを犠牲にしてでも姿ぐらいは確認しておきたいんだけど」

あとで出会うことがあれば、横島だという証拠はできれば残したくなかった。
自分たちも木乃香を攫おうとしたりして、やましい部分があるだけによほどのことがないかぎり警察に知らせたりはしないだろうが、横島がしてることは家宅侵入は家宅侵入である。

「お、おい、なんやねんフェイト。クソ、離れんか!」

小太郎はなんとか手の位置を探り当てて横島を無理矢理に引きはがそうとした。

(こ、このガキ、凄い力。獣人かなにかか?まずい。『透明』の文珠もそういつまでも持たんぞ)

横島は小太郎に力負けしそうになり、やむを得ず霊剣を出して、先を小太郎の首筋に当てた。ドンッと床を踏み鳴らして小太郎を脅し、ツーと血が小太郎の首から垂れ、徐々に傷口が大きくなる。

「イ、イテッ、なんや!?おい、嘘やろ!!」

「ふむ、結構残酷だね。小太郎くんを殺すのも辞さないと。ああ死んでも僕は困らないけど」

「お、おい、フェイト薄情なこと言うな!」

「まああとであの人も五月蠅いし、いいだろう。この家に入ったってことは近いうちにまた出会うのだろうし」

そう言うとフェイトは冷静そのもので朝倉を解放する。

(素直すぎるな。絶対なんか狙ってるな)

経験上素直な敵というのを横島は信用していなかった。

「えっと、これは」

朝倉は戸惑う。なにせ横島が見えず、解放されてもどうしていいか分からなかった。

「その少年がいる方、小太郎くんがいる方向に歩いて行けばいい」

「はは、なんかよく分かんないけど助かった?」

(早く来い、朝倉!お前さえ来たらこの場は逃げる!ああ、もう、朝倉のせいで芸者さんが逃げていく!どうしてこう情報屋という奴らはいらんことするバカが多いのだ!)

一網打尽にしてそのあと修学旅行を十分に満喫する気でいたが、本体とも思えない相手であるフェイトをこれ以上どうしようもない。朝倉さえいなければもうちょっとここで敵の様子をうかがうこともできたというのに、なんという足手まといだ。だが、玄関の電気は付いていたが、目標とする人物が見えず戸惑いながらゆっくり朝倉が歩く。年相応に怯えているのを見ると放っておきもできない。
だが、そうすると横島の危惧通りその後ろで呪文の声が聞こえた。

「『小さき王(バーシリスケ・ガリオーテ) 八つ足の蜥蜴(メタ・コークトー・ポドーン・カイ) 邪眼の主よ(カコイン・オンマトイン)その光(ト・フォース)我が手に宿し(エメーイ・ケイリ・カティアース)』」

(こ、このガキ、人質がいるのに!)

横島はまだ小太郎を解放してない。
だが、小太郎の方はその魔法を聞いて仕方なさそうに言った。

「まあ捕まった俺が悪いから我慢するけど、ちゃんとあとで戻してくれや」

(なんだ?こいつは当たってもいいと言うのか?くそ、まずい!)

横島は怖気を感じて、小太郎の拘束を解き、朝倉の方に走ろうとした。

「ふん、バカが、逃がすかい!お返しや!!」

だがその瞬間小太郎の当てずっぽうではなった後ろ回し蹴りが横島の腹にめり込んだ。ガハッと横島が息を吹き出し、完全に不意を突かれて、吹っ飛んだ。

「え、なに!?」

ガラス戸が独りでに割れ朝倉が驚いた。

「へえ、そんな顔やったんか」

「よ、横島先生!」

『透明』はもう効果が切れ、姿があらわになり、その部屋の奥で横島が跪いていた。

「『災いなる(トーイ・カコーイ・デルグマティ) 眼差しで射よ(トクセウサトー)石化の邪眼(カコン・オンマ・ペトローセオース)!』」

「こっちへ走れ朝倉!」

「無駄無駄、このタイミングはもうなにしても手遅れやで」

「ちい、このクソガキが!!」

横島はやむを得ずもう一つ文珠を発動する。飛んできた光線を横島は『護』の文珠でふさぐ、跳ね返って小太郎が石になった。

「な、石に?メドーサかこいつ!」

「横島先生!?やっぱりいた。うわすご!本当に魔法使いなの!?」

驚きながらも朝倉がカメラを横島に向けた。

「バカ、撮ってる場合か朝倉!逃げるぞ!」

横島が立ち上がって朝倉を抱き寄せた。
そしてここまでしたのだ。なんの収穫も無しには帰れないと石になった小太郎を持ち上げた。だが、フェイトも飛び出す。子供とは思えない、先程の小太郎より遥かに速い動きだ。一瞬で間合いを詰め横島の腹に掌底をくらわせようとした。だが『護』の文珠がそれを許さない。フェイトが激しく弾かれた。そうして二文字の文珠を発動させた。

『転』『移』

フッと朝倉と横島と小太郎の姿がかき消えた。

「転移魔法まで使うのか……。おまけにどの魔法にも魔法陣すらない。ネギ・スプリングフィールドの代わりと聞いていたが、面倒そうだね」

それでも淡々と表情を変えずにフェイトは呟いた。



「いつつ」

朝倉は尻餅をついて周囲を見回した。電気の付いた部屋に布団が一つ。隅に寄せられた机。テレビやハンガーがあり、どうやら旅館に戻ってきたように思えた。どういうわけか、その部屋には布団で眠る刹那と明日菜もいた。

「うわー、なに、これも魔法なの?」

朝倉はその事実に驚く。
確かに自分は先程までここから10キロほど離れた街の郊外にある一軒家にいたはずだった。

「朝倉、お、驚く前にどけ」

(ああ、むわっとなんか香る。なんか香るぞ!これがあの香りというものか!?)

「へ?」

朝倉が首を傾げた。声のする方を見ると、自分の浴衣がめくれ、横島の顔に尻餅をつき、下着はしていたけど下半身が横島の鼻の上で見ようによっては相当怪しい姿になり、横島は「生徒には手をださん。生徒には手をださん」と呪詛のように呟きながらも、鼻血をだらだら流していた。

「きゃあ!」

ばっと朝倉がどけた。

(はあはあ、耐えた耐えたぞ!そうだ!俺はこれから真っ当な大人の女の人達とお付き合いが待ってるじゃないか!それを思えばどんなことだって絶えられるのだ!ああ、しかし未熟な体もいいかという誘惑に負けかけていたが、さすが朝倉だ!大人ボディとはこれほどの威力があるのか!芸者さん待っててね!!いってやる!絶対いってやるぞ!頼りになりそうな生徒全員と木乃香ちゃんを固めておいてでも芸者遊びにいってやるのだ!)

ともすればあそこにむしゃぶりつきそうな幸せ空間にいた横島は、自分の生徒に対する自制心に感涙した。

(俺はできる!俺はできるやつだ!これで元の世界に帰る希望が見えてきた!)

思う横島。
朝倉の大人ボディに触れただけで鼻血まで流す相当危険な希望だった。

「せ、先生大丈夫?鼻血出てるよ?」

「大丈夫だ。って、朝倉!」

「ひょっ」

「お前はなにをしてたんだ!!まさかちょっとうろついてただけとは言わせんぞ!」

さすがに怒り口調で横島は朝倉を睨んだ。

「は、はは、横島先生がホテルから挙動不審で出かけるところ見てつい。ほら、横島先生正義のヒーローとか色々よくない噂があるし、それを払拭してあげようと思ったのよ。でも、凄い。先生、噂は本当だったの!?ね、あの魔法もう一度見せられる?」

「朝倉!」

横島はらしくもなく怒鳴った。

「うっ」

「お前自分がどれだけ危ないことをしたか自覚してるか!?下手したら、このガキみたいに石になってたかもしれんぞ!あのフェイトってやつに捕まって、もし俺が助けなかったらどうするつもりだ!お前はジャーナリスト志望かもしれんが、戦地にでも行って危ないことして、それで死んだら終わりなんだぞ!分かってるのか!」

「あ、うん……ごめんなさい。こんなに危ないことって知らなくて」

横島は過去のいやなことも思い出して、かなり激高し、さすがにその剣幕に朝倉はうつむいて反省の色を見せた。

「ごめん」

ちょっと涙を浮かべた。
たしかに石になった小太郎が傍にあり、それはリアルすぎた。

「ま、まあ反省してるならいいがな……」そうすると甘い横島はそれ以上責められず、朝倉の頭を撫でた。「まあ、お互い無事でよかった。危なくないかどうか、お前ももうちょっと考えろよ。いいな」

「そうする」

「じゃあ、ちょっと俺は用事あるからもう行くが、このことは内緒にしておいてくれよ」

横島は立ち上がった。
戻って来たのは横島の部屋のはずなのだが、木乃香や龍宮が見あたらないのが気になったのだ。

「ちょ、ちょっと、あのさ、先生って本当に魔法使いなの?」

だが朝倉は反省していたかと思えば、けろっとそのことを忘れたように尋ねてきた。

「あ、あのな、お前……」

「わ、分かってる。危ないことはしないって。それに、みんなには公表したりしないから、ね」頼み込むように朝倉が横島の前に回った。「ちょっとだけ教えてよ。こんな大スクープ逃す手は……あ、いや」

「あのな朝倉、これ以上関わるな。一般人のお前じゃ、これ以上は危険すぎる」

「そんなこと言ったってこんなことちょっとでも知ったら気になって仕方ないじゃない。ね、先生。迷惑にはならないようにするから」

朝倉は手を合わせて拝むようにした。危ないと言ってももうその場所からは逃れたし、それ以上にこんな世界が、夢でしか見られないと思っていた世界が、本当にあったなど衝撃的だった。

「ダメだ。お前は絶対に迷惑になる気がする。それが何となく俺には分かる」

このとき横島は情報神と言いながら完全に役立たずだったとある神様を思い出した。


「へくちっ」

「どうしたんですかヒャクメさん?」

「い、いや、ネギ君。なんだか、今、ものすごく私の尊厳が傷つけられて気がするのね!」


「それに俺は今急いでる」

横島は朝倉を押しのけた。

「そんな~ケチ!」

「助けただろうが、ケチじゃない。お前のためだ。それより就寝時間を過ぎてるぞ、部屋に戻れ!」

横島はまた先程の剣幕に戻って怒鳴った。普段なら見せない顔だが、木乃香が見あたらないのが酷く気がかりだった。それにあの写真の中の人物があの家にはいなかったのだ。もしかするとここにまた手を出してきた可能性がある気がした。

「はあ、まあ分かりましたよ。でも落ち着いたときに先生が何者かぐらい教えてよ」

朝倉は口を尖らせたが、その場では頷いた。
横島の様子からして、この場でこれ以上聞いても絶対に教えそうになかった。

「ダメだ。ダメだ。し、し」

とある神様のイメージが相当に悪いのか、横島は邪険に手を振り、外に出ると気遣わしげに走り出した。

「むう、なんで邪険にするかな」

そう言いながら朝倉はデジカメを確認した。さすがと言うべきか先程の小太郎とフェイトと横島が写り、フェイトの方は魔法を使う瞬間もばっちりとれていた。

「でも、これをネットに流しても、いいとこCGと思われるだけよね。第一私が狙われかねないしな。まだ石になりたくはないし、それに……多分、本気で心配してるっぽいのよね」

横島のあの顔は真剣だった。
横島という教師はおちゃらけているが、生徒の心配をしないほど度が過ぎるわけではないらしい。それにまさかあんな裏の顔があるとは予想以上だ。朝倉とて危ないのはわかる。おかれたままの小太郎の石像を見ればなおさらだ。でも魔法である。あんな遠くから一瞬でここまで戻ってきたのである。その幻想的な魅力は抗いがたいものがあった。

(ごめんね先生。こんなの見せられて我慢なんて無理だよ)

「はあ。とはいえ横島先生は絶対にこれ以上関わらせてくれそうにないしな。世紀のスクープなのに、惜しいな。誰かから情報を聞き出せれば」

朝倉は呟くとにやりと笑った。
目の前にいかにもなにか知っていそうな二人が寝ていた。



横島はいらだっていた。
朝倉に言うのも酷な気がして言えなかったが、朝倉さえいなければもうちょっとあそこにとどまって調べられた。
そうすればかなり有利に事を運べた。次にあの家に行ってももうもぬけの殻がいいところだ。悪くすれば罠すら仕掛けられてるだろう。朝倉も本当に少しは反省してればいいのだが、どうもあの顔はあまり反省してなさそうだ。頭の痛いことである。それに敵を1人は捕獲したのは嬉しいが、文珠の無駄遣いも気になった。あのフェイトという少年が正体すら見せていないことを考えると残りが5個は非情に心許ない数だ。

くわえて木乃香だ。出てきたとき見たのだが横島の部屋の入り口に蹴破られたような痕があった。どうも襲撃があったのは確実なようだ。だが外に行ったのか中にいるのかが分からず横島は頭を掻いた。

「まさか、龍宮はやられたとか……」

いや、それならもっと争った形跡が残るはずだった。真名はそう簡単にやられるようには見えない。修羅場経験が豊富なのか、風呂場で猿が襲撃してきたときも、いたって冷静であった。

だとしても、旅館内に中にいれば霊感に引っかかるはず。やはり外だろうか。文珠を使ってでも探したいところだが、あの少年を見た今、かなり躊躇があった。出来れば大技用に残りはもう置いておきたかった。でないと、あとで泣くに泣けなくなるようなことになりかねない。横島はなんとか文珠を使わずに、木乃香を探す方法はないかと思い。

「そうか、龍宮には携帯の番号教えてたな」

思い出して携帯を確認してみると、やはり着信が入っていた。真名から2度だ。
敵のアジトにいる間は電源を切っていたのが、裏目に出たようだ。だが留守電が入っていた。それに時刻は一番最近のもので5分前で、それならまだなんとかなると思い、少しほっとして、横島はまず最初のものを聞いてみた。

『そっちの方は大丈夫か?こっちは近衛の仮契約の能力で刹那を回復させられるか試しているところだ。まあそっちがうまく行けばこれも徒労に終わるがね。それにしてもこの仮契約のカードは面白いね。非常に便利だ。『横島先生!帰ってきたら見せるえ!』。近衛、顔が近い。『はは、ごめんやえ』。まあ今のところはこっちは問題ない。またあれば連絡する。『あの、横島先生』。はい。って、ああ、私が返事をするとまずいかな』

真名がつぶやきながら通話を切った。
最初はなにか新しいオモチャでも与えられたようにはしゃいだ木乃香の声で、今の声は、多分、アキラだと思った。
気になりながらも横島はもう一つの着信を聞くことにした。





おまけ

「へくちっ。へくちっ」

「ヒャクメさんそんなにくしゃみばかりして、風邪ですか?」

「う、うん。そうかも。ああんネギ君お姉さんしんどいのねー」

「へえ、バカなのに?」

「ネ、ネギ君!そういうことを言うようになっちゃダメなのね!誰に影響を受けたのね!」

「ふふ、でもヒャクメさんって、僕がこの世界について早々、死にものぐるいの逃亡劇をしなきゃいけなくなった原因なんですよね」

「うっ」






追加あとがき
今度からキャラの口調にはもうちょっと留意するようにしますね(アセ
これでフェイトと小太郎の口調はOK?

あとがき
久しぶりにエロのない回でした。
なんか物足りないけど、エロはエロとして話もちゃんと進めていきたいので、
流れ上、まあやむを得ないですね。
いや、まあ、これで普通か(アセ

さて完全にキャストが入れ替わってついに大人組の登場です。
朝倉、アキラ、それにフェイトもまあ言ってみれば大人ですし、
この三人もようやく登場させられました。
でも、いきなり石になった小太郎には哀愁が漂ってます(マテ

ところでこないだの木乃香はエロすぎるということで全体に15禁指定入れておきました。
方針に変更はないけど、大抵の感想でエロいと言われてるので、まあ一応。
でもXXXに行かなくていいようにこれでもエロ表現抑えまくってるんです。
いや本当に(アセ










[21643] 夜の住人。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/12/19 10:18
「あの、横島先生じゃないんですか?」

ピッと真名は横島の留守電に繋がった携帯を切った。アキラが入り口の前にいるのだ。思わず声を返してしまったが、中では明日菜と刹那がまだ寝ていたし、木乃香もいる。なにより木乃香のアーティファクトで現在刹那を治療中である。これを一般人のアキラに見られるのはまずかった。とはいえ、横島の部屋なのに真名が出てアキラに帰れというのはなんだか妙だ。まるで部屋であまり想像されたくないことでもしてたようにとられかねない。

それに木乃香の仮契約によるアーティファクトは目立つのだ。
あらわれた仮契約のカードには十二神将とある。どうやら十二体もの式神を使えるカードのようだが、真名は仕様説明のような物まで裏に書いてあり、それを読んだとき、あまりに便利すぎてもう木乃香は護衛がいらないんじゃないかと思ったほどのアーティファクトだった。でも世の中そんなに甘くはない。

よく読んでみると、どうやらこのアーティファクトは使いこなすのがそうとう難しいらしく、十二神将それぞれの式神に主として認められる必要があり、その後、改めて式神とも契約をしなければいけないらしい。オマケに仮契約の状態で使える式神は一日一体までで、だした式神が1度カードに戻るとその日の再召還はもうできないとある。

(それにしても、ずいぶん詳しく書いてるな)

仮契約のカードにしては仕様説明が詳しくて不思議だった。
やはり霊能者との仮契約ということで多少特殊なのかもしれない。なにせ道具ではなく式神が、しかも十二体もとは、ちょっと聞いたことがないほど特殊なアーティファクトだ。

(神楽坂のアーティファクトも珍しかったが、近衛は輪をかけてるな)

ともかく十二神将の中でも大人しそうに見えたショウトラというイヌの式神を召還したところ、これは意外にも素直にいうことを聞いてくれて、ここでもキスをして無事木乃香は式神と最初の契約をしていた。

「しかし、大河内か。困ったね」

真名はどうしたものかと思い、肩にいたカモがこれに答えた。

「姉御。やっぱ式神が見られるのはまずいぜ。姉御や木乃香の姉さん達がこの部屋にいるのは遊びにきたですむが、ショウトラは犬っぽいけど、外見からしてちょっと普通のじゃねえしな。遊んでるとか言って誤魔化してもアキラの姉さんが、じゃあ自分もとか言って入ってこられたら、かなり妙に見えると思うぜ」

「近衛、ショウトラを一時的に引っ込めるのは無理か?」

「引っ込めてもええけど、多分、もう今日は出てきてくれへんよ。一日一度の決まりは絶対やし、結構不便な部分も多いえ。なんなら押し入れにでもショウトラ隠そうか?」

「そうだな。まだだいぶかかるのか?」

「今治療し始めたとこやし……。ショウトラ、どんぐらい?」

木乃香は刹那の顔をぺろぺろなめるショウトラに尋ねた。「バウ」ッとショウトラが答え、木乃香の言葉が、ショウトラはわかるようだった。

「えっと、5分ほどやって」

「そうか(鳴き声でわかるのか?)」少し不思議だったが真名は突っ込まないことにした。「まあ隠すまでもないだろう」真名は瀬流彦が先程きてくれて横島の部屋の窓の方に、侵入者防止の結界があるのを見た。この部屋の態勢は万全だ。「大河内とは私が外で適当に話してるから、近衛は神楽坂もついでに治しておいてくれ」

「わかったえ」

木乃香はアーティファクトを使える嬉しさもあって微笑んでうなずいた。

「オコジョ君は治療が終われば知らせてくれ」

「あいよ」

カモは軽くうなずくと真名の肩から降りた。
そうして真名が部屋から出て行ってしまった。
カモは木乃香の肩に乗った。

「カモ君」

ふとそんなカモに木乃香は口を開いた。

「うん?」

「ほんまにうち、横島先生とキスしてよかった。これがあったらうちも守られるだけとちゃうし。明日菜もええ言うてたんやし、こんなことなら意地はらんともっと早うしてたらよかったえ」

なにせ十二体もの式神だ。個々の能力は契約してみないとわからないが、相当強そうな式神も見受けられており、どう見ても全員が回復役とも思えず攻撃能力もかなりありそうだ。事実、十二神将は回復よりも、かなりの攻撃的な能力を持ち、その全てを使えた少女はビルを丸ごと一瞬で破壊して更地にしたほどであった。

「でも気をつけろよ姉さん。契約をなにも言わずにしてくれるのはショウトラだけかもしれねえぞ。あとのはカードで見るかぎり、どうもやばそうなのが多いぜ」

「そんなことないえ。うちはみんなええ子や思う」

「そうか……?」

カモには少なくともカードにうつる十二神将がいい子にはとても見えなかった。

「うん」木乃香はよほどこのカードが気に入ったのか胸に抱いた。「ああ、はよう、他の子たちとも契約したいな。どの子が一番強いんやろか」

「まあバサラが見た目で言えば一番強そうだが、ちょっとやそっとじゃ言うこと聞いてくれなさそうだしな。このアンチラってウサギみたいなのは弱そうだよな。次はこれにしたらどうだ?」

「カモ君心配性やな。みんなそんなに悪させえへんよ」

「し、心配性?」

(あれ?俺っちいいやつ?)

どうも最近のカモはそういう役割分担が多かった。というのも横島が生徒を甘やかすせいで、みんな結構無鉄砲に動くところがある。そうするとカモも悪戯をするより、心配が先に立つ。でもカモとしては横島のそういう部分ではなく、エロい部分を見習いたかった。

(ああ、でもな。このカードはいろいろ問題多そうなんだよな。明日菜の姐さんだってこれ見ていい顔するかな)

明日菜は横島のことを気にしてる。端から見て明らかである。その明日菜がいろいろと嫉妬深かったり、怒りっぽいのは全部横島のことだ。そして今回の失敗だ。かねてから明日菜は横島の傍にいてもあまりできることがないことに苛立っていた。木乃香のアーティファクトはその明日菜の心情を逆なでしそうだ。

(なんせ木乃香姉さんよりは明日菜の姐さんの方が役に立つって感じだったもんな)

第一、まだ強さに努力して得ている刹那や楓と違い、木乃香はいわばアーティファクトで一気に強くなるようなものだ。十二神将との契約に木乃香が熱中すればするほど明日菜は多分、辛いだろう。

(明日菜姉さんの神通棍だって、完全退魔能力が付与されてるし十分すごいんだけどな)

いかんせんそれを実践で使うときがない。明日菜は使えるときにはことごとく外すことが起きてる。

(ああ、姐さん。起きたときがこえーな)

それはカモにとり、結構切実な問題だった。
誰か一人でもカリカリしてるとあの女子寮の部屋はかなり居心地が悪くなるのだ。
と、木乃香が立ち上がった。

「姉さん。どこ行くんだ?あんまりうろつかねえほうがいいぞ」

「はは、ちょっとお手洗い。カモ君降りてや。ついてきたらあかんえ」

そう言って木乃香は少し恥じらいながらトイレへと歩いて行った。
この2分後、ショウトラが急に消えるまでカモが異変に気付くことはなかった。



「聞いてるか。大河内」

真名はアキラと休憩所で向かい合わせで座っていた。

「へ?あ、うん?」

アキラはそのとき、とても反応に困っていた。
とつぜん横島の部屋から出てきた真名に話しがあると言われ休憩所まで連れられてきたのだ。まだそれは良いが、真名はひたすらどうでもいいような話しをする。清水寺での景色や。水泳部での練習の仕方などなど。別にいいのだけど、こんなことを話すほど、自分は真名と親しかっただろうかと思った。

「そうかい。じゃあ大会に向けて順調なんだね」

「まあ……うん。あの龍宮さん。私、横島先生に用事があるんだけど」

「なんの?」

アキラはどうも真名とは話しにくくて、いい加減、相当気まずい空気が流れてる気がする。アキラですら気後れするような大人びた雰囲気を持つ真名という少女。クラスでは一番千鶴が大人びてるけど、真名はなんというかタイプが違う。アキラは外国の美女にでも急に街中で声をかけられたようなぐらい弱っていた。

「それは……」

横島への用事の内容。
聞かれるとアキラも困る。真名からして消灯が近いのに横島の部屋でうろついているぐらいだ。自分が消灯だからといって明日菜や木乃香を探す理由はちょっと無理がある気がした。もっともそれなら横島をカードゲームにでも誘いに来たと言えばいいが、横島の部屋に行こうとしていた緊張や真名と話す気遣いに頭がうまく回らなかった。片や真名はあの話し、この話で適当に時間が過ぎていく。

(あ、もう消灯過ぎてる。こんな場所にいたら本当に新田先生がきてしまう)

結局瀬流彦にはお金を忘れたと言って、1度部屋に帰り、またきたときには彼は消えていた。ようやく横島の部屋に行けると思えばこれだ。またこんな用もない休憩所でグズグズしてる。これは明日菜たちがいないなんて理由をだしにして横島の部屋に行こうとした自分への罰だろうか。

(さて、もうそろそろ5分か。刹那が起きれば私もお役ご免だな。まあ一応、神楽坂も待つか)

真名は思いながら休憩所の時計を確認した。真名は真名で早く横島が帰ってくるまでにあの部屋を出たい気分だった。どうも横島は真名の描く人物像と違った。魔族の女と恋をしたと聞いたときはきっと自分のかつての契約者に似てるに違いない。そう思った。でも今はあまりに違いすぎて、横島に関わることを避けたい気持ちが働いていた。刹那さえ起きればまたいったん距離を置ける。そしてもう少し遠くから確認したいのだ。

(いろいろと考えすぎているな……。もう心の整理をつけた気でいたんだが、いやになってくるな。ああ、どうしてあんな男が今更現れるのだ。私自身が未練たらしくていやになる。それに……)

真名は横島に魔族の女のことを聞いたときに横島が言う言葉が怖い気もした。もし魔族なんかと恋をしたことを恥じていたら、もし、もう2度と魔族と関わりたくないと言ったら、自分はどう受け止めるだろう。刹那はああ言っていたが、魔族の評判は悪く、魔族をあしざまに罵る言葉は今まで山ほど聞いてきた。でもそれ以上に横島がもし魔族の女のことを良く話したら自分があの男に対して、なにを思うかと考えるといやだった。

(どうもあれは私のタイプじゃない。もうこれ以上は無理だ。近付きたくない。もし、少しでも、あの男をいいとでも思うことになったらこれほど苛立たしいことはない)

「あの、龍宮さん?」

物思いに耽った真名にアキラが声をかけた。

「ああ、すまない。えっと、なんの話しをしてたのだっけ」

「なんの話しって……」

さすがのアキラもなんだか真名にからかわれてるような気がした。
だが、そのとき、

「姉御おおお!!!やべえ!!」

カモの大声が響いた。

(これは……!?)「ち、しまった!」

それは横島の部屋から聞こえて真名はすぐに悪寒がして立ち上がった。苛立ちでつい横島の部屋の扉が見えない位置にまで来ていた。油断してしまった気が強烈にして慌てて駆けだした。

「ど、どうしたの龍宮さん!?」

すでに真名が10メートルほど瞬時に離れてアキラは驚いて叫んだ。

「大河内!お前はついてくるな!危険だ!」

「え?で、でもっ」

そう言われても真名とて同じ年だ。同じ危ないには変わりなく、加えてカモのただならぬ声に1人より2人、もしも暴漢でもあらわれたのなら、とアキラも駆けだす。真名の方は扉を開けるのももどかしく蹴破って踏み込んだ。

「姉御、すまねえ。急にショウトラが消えて、木乃香姉さんがトイレから出てこねえんだ!」

すぐにカモが真名に説明した。
トイレの中からは何度も繰り返し「はいっとりますえ」となんだか木乃香じゃない妙な声が聞こえてくる。

「くそっ……どうしてこうなる」

真名の顔が青ざめた。

「お、オコジョが喋った?」

つづいてやってきたアキラがカモが喋ったことに驚く。
それと同時に真名はトイレの扉も蹴り破った。
だが誰もいなかった。その代わりに呪符のようなものが便器に張られていて、それがひたすら声を返していたのだ。

「木乃香姉さんが攫われたのか?嘘だろ。木乃香姉さんは文珠を持ってたはずだ。『護』が発動したら簡単に攫えるわけが……。そうか、あの猿に脱衣所で裸にひんむかれたときに落ちたのか?あのときは木乃香姉さんも旦那がいると思って文珠が発動しなかったし、まさか文珠は脱衣所に転がってるのか?」

「やってくれたな」

真名は文珠のことは知らず歯がみした。

「どうする。こりゃ多分、マジで攫われたんだ。旦那なら探せるが俺っちもどこに行ったかわからねえぞ」

「安心しろオコジョ君。誰だか知らないが逃がさんよ」真名の顔にすごみがました。「『魔眼』」

そしてアキラに構うどころではなく、真名の左目が赤く光った。
すると四方に視線を巡らせる。すぐに木乃香が見えでもしたのか、行方に見当がついたようで真名が外へとかけだした。さすがに反応できずにいるアキラにカモが真名の肩の上から叫んだ。

「アキラ姉さん!木乃香姉さんが敵に攫われたんだ!横島の旦那が帰ってきたらそう知らせてくれ!」

カモも緊急時のあまり叫んだ。あとで真名ならオコジョが喋ったぐらい、なんとでも言い訳すると思えた。

「バカ、やめろ、オコジョ君」

「な……こ、木乃香が!?」

アキラが事態に気付いて駆け出した。

「私も行く。木乃香が心配」

「え?い、いえねえよ姉さん。危ないぜ!」

カモが戸惑う。

「バカだなオコジョ君。意外に大河内は大人しくないんだよ」

その真名の言葉どおり、アキラはすぐに真名に追いついてきた。

「まあいい。どうせついてこれん」

真名がアキラを引き離しにかかろうとさらに駆ける速度を増す。新田と瀬流彦が一瞬視界に入るが無視して、一瞬で旅館から飛び出すと、それでも人並み外れた運動神経を持つアキラはしばらくついて行けた。だが、徐々に気や魔力まで併用して駆けている真名に追いつけなくなってくる。

「大河内、お前は宿に戻れ!!」

「な、なに?どうしてこんなに差があるの?」

アキラが息切れする。だが、真名はどんどん離れていく。アキラは戸惑った。これでも人には負けないほど身体を鍛えてる。毎日人に呆れられるほど泳ぐのだ。その辺の人間に負けるわけがない。なのにここまで差がつくのはショックであった。ぜえぜえ言う息をなんとか静めようとする。だが駆けつづけていてはそれも無理だった。

「く、どうしてっ」

アキラはあまりに一気にかけすぎて息が乱れるが走った。
真名の姿がすぐに見えなくなる。アキラはもうどこへ行っていいのかもわからなかった。
タチの悪いことに周りは慣れない町だ。暗いこともあり自分がどこにいるかわからなかった。

「ここ、どこ?」

道に迷った。初めての町で夜に中学生がうろつくものじゃない。でも木乃香が攫われたなどと考えると気が気じゃない。アキラは木乃香とは結構話す。そんな子が攫われたとは少し現実感に欠ける。でも真名の様子はとても冗談ごとではなかった。それでも周りを見渡せど、人影すらもない。通り魔でも出そうな雰囲気だ。

(どうしよう。戻る道がわからない。先生にやっぱり知らせないと)

暗闇に沈んでいて知らない町がひろがっている。ふいにこんな場所に1人でいる不安が起こる。

(どうしたんだろう。身体が震える。私はこんなに怖がりだった?いや、そうじゃない。そうじゃなくて、これは、なにか……そういえば、こういう暗い場所って……)

不意にアキラは桜通りで襲われたことを思いだした。
あのときは横島が助けてくれた。でも今でも思いだすと怖いときがある。
あれ以来、無意識的に暗い場所は避けていたように思う。自分はあのとき、あのまま襲われてたらどうなったんだろうと思うのだ。アキラは急に怖くなる。早々都合よくいつも横島もあらわれはしないはずだ。思うとどんどん震えてきた。考えないようにと思うが、あのときのことを思いだすのだ。

そこに、足音がした。
カツン、カツンと音を鳴らし、同時になぜか低い笑い声もした。
その声は不思議と聞き覚えがある気がした。

「誰?」

アキラは声が震えた。

「ふふ、誰だろうな大河内アキラ。話すのはあの夜以来か」

暗闇からしみだすように人が現れる。
それは小さな少女と、後ろにお付きのように従うガイノイド。
そしてその肩には気味の悪いカタカタ笑う人形だった。

「え、エヴァンジェリンさんに茶々丸さん?」

クラスメートのエヴァンジェリンと茶々丸だ。なのに全然心が落ち着かない。なんだろう。自分はこれに覚えがある。アキラはすごくそんな気がした。自分よりも遥かに小さい少女は黒のマントを羽織っている。自分はひどく気後れを感じる。なぜか真名など以上に近付きがたくて怖く感じた。

「こんな夜にどこへ行く?」

エヴァが静かに尋ねた。

「そ、そうだ」エヴァに尋ねられてアキラはハッとした。自分はこんなところで怯えている場合じゃないのだ。「エヴァンジェリンさん。横島先生か誰でもいいから『木乃香が誰かに攫われた』と知らせてくれる。私はもう少し探してみる」

アキラはもう一度勇気を奮い起こした。夜の街は怖いが木乃香はもっと怖い思いをしてるかもしれない。

「あのお嬢さまが?それはずいぶん楽しそうだな」

「ケケ、横島ハ全然構ッテクレナイシナ」

肩にいる人形が喋った。アキラは今日はなにかとても不思議な夜の気がした。自分は悪魔にでも夢を見せられてるんだろうか。オコジョが喋り、今度は人形まで喋るのだ。木乃香が攫われたのもひょっとして夢なのだろうか。

「黙れチャチャゼロ」

「楽しそうって。それはどういう意味?」

アキラは少し怒って聞いた。

「しかし残念だ。私は宴に参加できないのだ」

気のせいかエヴァの身体が宙に浮く。

「浮いた……」

アキラが瞠目する。エヴァは空中をそのまま歩いてきた。やはりこれは夢かと思った。

「よ、用がないならどいて」

たとえ夢でもアキラは木乃香を探さねばと思った。
もしかしたら攫われた木乃香は泣いてるかもしれない。
なのに自分は目の前の少女がどんどん怖くなってきた。

「お前が行っても無駄だ。お前はただの一般人ではないか」

「それでも行くの」

アキラは真っ直ぐ見返した。とても心の強そうな答えだった。

「ふふ」エヴァはとても楽しそうだった。「ああ、そういえば、思いだしたよ」

「なにを?木乃香を見た?」

「そんなことは知らない。ただね。以前、あの夜、私はお前の身体を勝手に操ったことがあった。覚えてるか?」

「知らない……い、いや、知ってる?」

なぜだろう。アキラはそう答えていた。自分はたしかにこのエヴァに勝手に身体を操られたことがある気がする。それでずいぶん痛い目を見たような気もするのだ。アキラは少し頭が痛む気がした。

「そう知ってる。そのはずだ。そして、そのことはお前への私の借りだな」

「なにを言ってるの?」

アキラは戸惑っていた。自分の記憶と近付いてくるエヴァが怖くて一歩後退した。
でも、エヴァはふっと消えるといつの間にかアキラを後ろから抱き締めていた。

「動くな」

「あ……あなたはなに?」

不思議な幻想的にすら見える少女にアキラは聞いた。

「桜通りの吸血鬼と言えばわかるだろう?」

「え……じゃ、じゃあ、あなたがあの夜私を襲ったの?」

「そうだ……」

ふっとエヴァは今度はアキラの前に現れた。
エヴァの顔がアキラととても近かった。
アキラは見た目にもわかるほど身体が怖さに震えていた。

「そして私はお前の身体を勝手に操ったこともある」

アキラは怖くなってもう一歩下がった。

「逃げるな。借りだと言った私の言葉を理解してるか?」

「こないで!」

「怯えるな」

アキラはエヴァの目に睨まれ急に身体が動かなくなった。

「ま、また襲う気?」

「いいや。ただ私はお嬢さまのところに行けないのでね。代わりに行きたがってるお前が行けというだけだ。サービスで力を少しやる。おそらく龍宮でも一人ではきついだろうしな。ついでにこれはこないだの詫びも兼ねてるんだよ」

「よくわからない。なにか私にくれるの?」

「ああ恩に感じなくてもいいぞ。私も打算づくなのでね」

「……わ、わかった」

アキラはうなずく。
このまま行ってもたしかになにもできない気がした。ならこの不思議な少女にゆだねる気が起きた。アキラはなぜかこの少女が自分を強くできると理解していた。

「利口だ。賢い娘は嫌いじゃない。でも震えてるな。私が怖いか?」

「少し」

「ふふ、直に済む。じっとしてろ」

するとアキラとエヴァの足下が魔法陣におおわれた。
アキラはいつか横島とのキスをしかけた夢で感じたような、それでいてあのときより微量の浮遊感を感じる。なんとなく理解した。ああ、全ては夢じゃなかったのだと。アキラの豊かな胸がエヴァの胸板と表現するしかないような微妙な胸に当たる。エヴァは一瞬顔をしかめて、そのままアキラと唇を重ねた。

『仮契約(パクティオ)』

そうしてエヴァとアキラの仮契約が成立する。
どうしてか女同士なのにもう少しキスをしていたい気持ちがしたが、2人の唇は離れた。

「……これは?」

アキラは少しぼおっとしていた。

「あまり重く受け止めるな。仮契約程度商売にしてるたわけもいるほどだ。まあ以前のようにお前を操るとやつに嫌われるのでな。今度はお前が私の魔力を使え。そうすれば以前の分の貸し借りもなくなる。それとな」エヴァは仮契約のカードを手に現した。「これを持って行け」

カードをアキラの浴衣からのぞく胸に挟んだ。

「『アーティファクト』というものだ。どうしてももっと力がいるなら『来たれ(アデアット)』と叫べ」

「あであっと?」

「力の召還のキーの言葉だと思え。あと、『契約執行45分間・エヴァの従者・大河内アキラ』だ」

エヴァがつぶやき、アキラの周りにエヴァの魔力が纏われた。
信じられないような力がわき上げるのをアキラは感じる。

「これは私の魔力でお前の身体能力を強化したのだ。それに従者と言ってもこの仮契約には私の意志が入り込まん。私の力はお前の自由だ」

「すごい」

アキラはこれならいけると思った。

「あ、それどころじゃない。急がないと……。って、どこ?」

アキラはもう真名の姿など見えず、どこへ行けばいいのかと思った。

「やれやれ、見てやるから少し待て」エヴァは目を彼方へと向けた。すぐにエヴァは真名たちの居所を掴んだようだ。解放時のエヴァの能力はかなり万能なようだ。「この道をまっすぐ行け。そして線路に沿って京都駅まで走れ」

「走るの?」

「ああ、我が魔力なら電車などより速い」

エヴァがそう言うとアキラがうなずいた。

「ありがとうエヴァンジェリンさん」

同時にアキラはその姿が空気を切るような音とともに消えた。

「――ふん、お前のためでも近衛のためでもないのだが」

「マッタク、コンナニ楽シソウナノニ、ウルセエヨナ葛葉ノババア。俺ヤ我ガ妹グライ遊ンデイイダロウニ」

「仕方ありません。マスターが出れば横島先生が返って困ることになります。万が一でもマスターの存在によって東西親睦に支障が出れば横島先生の麻帆良での評価は著しく下がります。それに長瀬さんと違い、大河内さんは横島先生と接点がないので、このあとも安心です」

「我ガ妹ヨ。ヨクソノ忍者女ノコトヲ知ッテタナ。モウチョットデアッチニ言ウトコロダッタジャネエカ」

「はい。森で偶然横島先生と修行するのを見ました。彼女は危険です」

「ドロドロシネエノハツマラネエガ御苦労ダネ、我ガ妹。ニシテモ御主人モ恋スルトハ丸クナッタナ」

「お前たちうるさいぞ。子供の相手など横島1人で十分だから余興代わりにこうしただけだ。帰るぞ」

(それに以前のことはあいつが怒っていたからな)

あの日のこと、今は横島はもう忘れてるように見えた。でも、いろいろと自分は横島の好みと違うところが多い。その点が気になって好かれることもしたい気がした。素人を行かせるのは危険な気もするが、以前のアキラを操った感触で言えば、相当な潜在能力があるようだ。それに魔力の付与は少しいじって防御中心にアキラには与えたし、もう刹那でも通常の状態では傷を負わせられないほど今のアキラは堅固だ。

(攫ったやつを一応確認はしたが、あの術者程度では大河内には傷一つ入れられまい。ふふ、さあ、これをだしにして、今夜は文珠無しで強請ってみようか。いや、ま、まて、それだと好意があるのがばれてしまう。あいつは私が好みではないという前提は忘れてはいけない。とにかく性に合わんが、あいつはジジイには気を遣ってるようだし、ジジイに1年後の解放もダメだとか言われんようにしたいしな)

エヴァはもうナギのときのようなミスはしたくなかった。あのときの自分はナギに封じられるしかなかった。

(少しは正直に行こう。あいつは小さくてもいいと言ったのだし)

そう想うと胸が痛かった。
横島が自分を誉めて頭を撫でてくれたらと想像すると嬉しかった。
でも、エヴァも茶々丸もよくわかってなかった。自分が誰とキスしたのか。それは一番後々に禍根を残す相手なのだと。そのことをあとで知ったエヴァは、クラス事情に疎かった茶々丸に八つ当たりでゼンマイを巻きまくり、あれは生涯において最大の失敗だったと語ることになるのだ。

(それにしても大河内のは大きかったな)

つくづくエヴァは思った。






あとがき
15禁の方は大旨ご理解してもらえたようでホッとしました。
方針に変更がないのは前も書きましたが、基本はギリギリなエロです。
でも、そういや最初はライトエロとか言われてたな……。
もうそれも言われなくなって久しい(マテ










[21643] 京都駅。大人組の戦い。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/12/29 12:09
「あう」

朝倉はグーの根も出ない心境だった。
それは玄関口で教師に見つからないかと、そわそわしながらタクシーを待っていたときだった。

というのも横島に助けてもらったのはいいが、タクシー代の件をすっかり忘れていたのを思いだし、慌ててタクシー会社に電話をし、事情を誤魔化しながら説明したところ往復分を払ってくれるなら別にいいと言ってくれたのだ。でも、それによってそのタクシーを玄関口で待たねばならず、消灯も過ぎていたので教師に見つからないかと思うと生きた心地がしなかった。なによりタクシーの往復分で全財産を使い果たしてしまうことになったのだ。

(中学生に15000円も請求しなくても)

とはいえ向こうはこっちが中学生とは知らない。
もし、修学旅行生だと知られて無賃乗車で教師にでも知らせられたらそれこそ目も当てられない。悪くすれば修学旅行中、ずっと教師の監視下で行動することになりかねない。それが横島とならともかく、横島はなにか大事なことをしてるようだし、厳しいことで有名な葛葉か新田になる気がした。どっちも死んでもいやだった。

(はあついてないな。よく考えたら明日菜や桜咲さんがなにか教えてくれるとも思えないし、大体、これ以上妙なことすると、それこそ横島先生を怒らせそうだし。まあ石にされなかっただけでもマシだけど……あれって元に戻るのよね?)

朝倉は小太郎を思いだすとやはり気後れを感じる。
小太郎が石からもう二度と戻らないなどということにでもなれば、やはり魔法に関わる怖さがあった。

(どうしたものかな)

朝倉にはこのまま関わらない道がある。今回の件も黙ってれば、おそらく横島は自分に関知しないだろう。だから朝倉はこのままなにもしないだけで、また退屈な日常に帰れる。

(石はいやだよね。さすがに……でもな)

でも、そうするとどうしても胸に空洞が起きる。あの夢のような世界をどうしてもまた見たい。それを世間に知らせられたら一番だが、それは無理にしても、あの不思議に関わりたい。でも、それには最悪石にされたりする覚悟がいるのだろうか。そんなふうに朝倉が考え込んでいると、遠くから玄関に向かって走ってくるような音がした。朝倉は教師ではないかと思いびくりとするが、それは同じ生徒だった。

「お嬢さま!」

「ひょっ」

朝倉はあまりに大声で驚いた。

「さ、桜咲さん?」

先程、横島の部屋にいた刹那だった。

「あ、朝倉さん。あのお嬢さまを見ませんでしたか!!?」

「お嬢さま?あ、あの、桜咲さんもう消灯過ぎてるし、もうちょっと小さな声でもわかるから」

朝倉は教師が来ないかびくびくしているのに、刹那がよほど気が立ってるのか声を荒げるので内心かなり焦った。

「あ、すいません」

「いいけど、それでお嬢さまって誰?」

「あ、ああ、木乃香お嬢さまのことです」

「それなら京都駅だ」

と、朝倉じゃない声が返ってきた。
見るとエヴァンジェリンと茶々丸がゆっくり旅館の門からあらわれてきていた。

「エヴァンジェリン!」

思わず刹那が夕凪を構えた。

「私に構えてどうする。お嬢さまを探してるんだろう?」

呆れたようにエヴァが言った。

「なぜ、居所を知ってる!?」

「バカが。お前はなにを遊んでるのだ。近衛は攫われたぞ。京都駅だ。行くなら行け。目障りだ」

エヴァが刹那を睨んで手を「し、し」っと払った。エヴァは刹那のせいで横島に悪印象を与えた件もあり、刹那があまり好きではなかった。なによりあの件以降図々しくも横島とよく話してるのを見るのも不愉快だった。茶々丸の報告ではそれでは飽きたらず、楓とともに修行にまで付き合わせてるという話しだ。

「な、誰が攫ったんですか!?まさか!」

「そこまでは知らん。それとまさかとはなんだ。まさかとは。あいつを疑ってるのではないだろうな?」

「だって横島先生が攫……」

違う。と刹那は思った。あのときのことを今から思いだせばわかる。冗談やスケベ心で服を脱がすまでは考えられても、横島が木乃香を攫うわけがない。だとすると刹那はかなりの大きなミスをしてしまったことになる。それでも、どういうことかの判断がつきかねた。寝起きの状態ではとても混乱していた。攫われたとはどういうことだ。

「あのさ、桜咲さん。横島先生はさっき私が妙な家で捕まったの助けてくれたよ?」

刹那が黙り込み、木乃香が攫われたなどと聞いて、朝倉が言った。横島の不思議な面を見ただけに、横島がなにか関係があるのかと思った。もしかするとあのときの横島は木乃香を攫ったとかいうのと関係するところに乗り込んでたのかもしれない。あっちでは魔法の戦闘があり、こっちでは木乃香が攫われたなど、いくらなんでも偶然二つ同時にこんなことが起きたとは思えない。だとすると相当自分はまずいことをしたんじゃないだろうか。

「そう……ですか」やはり刹那はかなり大きなミスをしたのだと思って強く手を握り込んだ。「朝倉さん。横島先生はその後どうしました?」

「よくわからないけど、なんか慌てて出て行ったよ。エヴァンジェリンさんのいうように京都駅じゃないの?ね、なにかあった?魔法とか?」

「すみません朝倉さん。お答えしかねます。でも情報をありがとうございます」

刹那は少し焦ったようにに外へと駆けだした。
それを見る朝倉もため息が出た。

(はあ、なんか結構マジみたいよね。木乃香大丈夫かな。攫われたって……)

「朝倉和美」

エヴァが声をかけた。

「あ、なに?」

「お前が横島となにをしたか知らんが、これ以上は関わるなよ」

(というか、こいつもでかいな)

朝倉の胸をエヴァは見る。ないと表現した方がいいほどの自分の胸と違い、朝倉の胸も大人の女でもそういないほど大きかった。そのせいかエヴァは必要以上に朝倉を脅すことにした。

「魔法はとても怖い世界だ。下手をすれば死ぬぞ」

「し、死ぬってやっぱ石になったりするの?」

「ふ、それですめばいいがな。最悪化け物に食われたりとか。ああ、そういえば昔、呪われて見るも無惨な醜女になったものもいたな。豚になったのもいたぞ。くく」

エヴァは600年生きてきた経験のうちで本当に見たことを言った。でも魔法とはいっても大抵は危なくない。多少関わってもいきなり死んだりするわけじゃない。朝倉はなにか魔法を面白くとらえてるようにも見えたが、たしかに魔法にはそういう楽しい部分もおおいにある。まあ状況的に興味を示してくるのは不謹慎にも見えるが、現代っ子ではなにもかもがリアルには受け取りにくいのもエヴァは知っていた。伊達に長くは生きてないのだ。

(ふっ。大河内は行かせる人間が他にいないからやむを得んとしても、でかいのはできるだけやつから遠ざけんとな。なにせあれは私なら裸でも、なにかしてやらんかぎり無反応なのに、でかいとなるとまったく違うからな)

「そ、そんなに危ないの?」

「そうだな。お前みたいなふざけたやつはまず一番に死ぬ世界だ。まあ私はお前が死んでもどちらでもいいがな」

「朝倉さん悪いことは言いません。マスターもあなたを気遣っての言葉です」

「ケケ、ヨク言ウゼ」

エヴァはチャチャゼロを肩に乗せ、朝倉に嘲るように横柄に言って茶々丸もつづいて旅館の中へと入っていった。
これだけ脅せば十分だろう。明日から怖がって横島と話すのもいやがることだろう。
そうエヴァは確信した。

「そ、そうなんだ……」

エヴァの言葉は小太郎が石になったのを見た朝倉にはとんでもなく重く響いた。なにかまだ夢物語を見ているような気でいたのが、次第に現実味を帯びていくのを感じたのだ。

(夢みたいなことばかりじゃすまされないんだ。木乃香、無事でいなさいよ)

急に木乃香が余計に心配になる。
そこにタクシーが門に到着して、朝倉にクラクションを鳴らす。タクシーの運転手も勝手に帰られて苛立ってるようだ。朝倉の今回の冒険の料金は15000円。でも、魔法に関われば次はお金で精算できるとは限らないと思った。

(横島先生が怒るのも当然なんだ。それでも関わりたいなら私も相当覚悟決めていかないとダメなんだね。少なくともそのために死んでもいいぐらいの覚悟を。横島先生、そんなところから私を優先して助けてくれたのか。もっと怒ってくれたら私だって……)

そう思うと、朝倉は少し胸が疼いた。
自分が軽薄にあのとき横島に聞いた言葉が泣きたいぐらい恥じられた。



「大人しく近衛を解放しろ!!」

真名が夜の街を疾駆し、声を上げる。
駅の近くでようやく妙な猿の着ぐるみを着た女が木乃香を背負ってるのを見つけたのだ。

「ああ、見つかってしもた。簡単に誘拐できると思うたのに、うまくいかんもんどすな!」

猿の着ぐるみを着た女はそのまま改札を飛び越えた。
発砲しようとした真名だが、木乃香がいるのとすぐに建物で隠れてしまい、撃ち損じてしまう。

「姉御。この辺は旅館に行くとき1度きてるし、旦那なら転移魔法ですぐこれるんだ。電話を先にすべきだ!」

「分かってる!」

真名は横島に自分の失態を報告するのはいやだったが仕方なかった。

『おかけになった電話は現在電波の届かない――』

「ちっ、繋がらん。ああ、それは分かってる!」悠長なアナウンスに苛立ち、ピーという発信音が鳴り、横島の携帯が留守電モードになる。「横島先生、急げ!近衛を攫われた!」

「姉御、転移魔法は知ってる場所にしかできねえ。駅名を入れるんだ!」

「ええい、旅館から一番近い駅だ!」

そう言って真名が携帯を切る。らしくない失態をしたせいか、冷静さを欠き、真名が苛立つのをよそに、猿の着ぐるみを着た女がちょうどホームに入った電車に逃げ込んだ。すぐに電車が発車しようとしたために、真名が急いで飛び出し、扉の閉まるギリギリで駆け込んだ。

「しめたぜ姉御。ここじゃ逃げ場はない」

カモは新幹線での小太郎の失態を思いだした。二度もやるとは相当バカな奴らである。

「違うな。罠か仕掛けがあるということだ」

逃げ場所のない場所に敵は逃げたのだ。当然そういう連想が起きた。というかなんの考えもなしにあんな場所で仕掛けた以前の小太郎が迂闊すぎたのだ。事実、猿の着ぐるみを着た妙な女は余裕の笑みで振り向いた。

「しつこいどすな。ふふ、ほな二枚目のお札行きますえ」

女の猿の着ぐるみから小さい猿のぬいぐるみが現れて、お札を出した。
その猿がお札を真名に投げつけてくる。

「『お札さん。お札さん。うちを逃がしておくれやす』」

それがどうやら呪文のようで、お札から大量の水があふれ出し、恐ろしいほどの量でたちまちに車内を満たしていき真名の胸元にまであふれかえって浴衣がびしょ濡れになった。

「させるか」

だが真名がそのお札をあっさり銃で撃ち抜いた。そのことにより、お札の効力がなくなり水が止まった。

「また銃とは無粋どすなあ」

言いながらも猿の着ぐるみが電車の扉を破壊した。そこから女は外へと逃げ出す。それに続いて、真名も電車の扉を蹴破って外にとび出した。

「なかなかやりますな。しかし、お嬢様の強大な魔力、そっちで眠らせて一生を終わらせるにはあまりにも惜しいやろ。うちらが有効利用するさかい。譲っておくれやす」

そこは京都駅のすぐ近くで女がそちらへと走った。

「譲ると思うか?」

「まあ無理やろうな。だから攫うんどすえ」

「怪我ではすませんがいいんだな」

同時に真名はもう木乃香が捕らえられてるのも構わず猿の着ぐるみを撃ち抜く。手足を撃ち抜かれて京都駅のホームで女は転んで木乃香が投げだされ、意識のないまま床を転がった。

「あ、あんさん。こっちにはお嬢さまがいるんどすえ」

「近衛を奪い返しさえすれば少々は傷を負っても自分で治せる。それよりも攫われるのだけは避ける必要がある」

「よ、容赦おまへんな。あんさんほんまのプロみたいどすな。でも、舐めてもらっては困りますえ。ちょっとここで使うのはうちも危ないけど、こっちも切り札はあるんやから」

言って女が着ぐるみを脱ぎ捨てあらわれる。丸い眼鏡をかけており、なかなかの美人だ。その眼鏡女は懐から三枚の呪符を出してきた。

「さあ喰らいなはれ!『三枚符術京都大文字焼き』!!!」

「無駄だ」

真名が呟くと銃口が火を噴く。真名の放ったその銃弾は正確に三枚の呪符を射貫いた。すると何も起こらないまま札が床に落ちた。

「な……」女が目を瞬いた。「う、嘘やろ」

「相性が悪かったな。というより、呪符使いなら銃使いを見た時点で召還が完了するまで身を守らせる式神を先に召還すべきだったんだ。さて、もう逃げられると思うな」

真名はまたもや銃弾を放つ。
容赦なく女の右足を撃ち抜いた。

「うぐっ、ちょ、ちょっと待っておくれやす!うちはなんも抵抗してませんやろ!」

「近衛から離れろ!手を頭の後ろに回して跪け!でなければ、反対の足も撃ち抜くぞ!」

真名が厳しく言う。銃口がハッキリと眼鏡女の左足を据えた。

「ほ、ほんのちょっとした冗談や。そんな本気にならんでもええやろ」

ズキュンッの銃口が響く。女の左足に銃弾が掠った。

「わ、わかった。わかったからもう堪忍や」

女は真名が左の瞳を赤く光らせたまま迫ってくるので、声を震わせて、すぐに従って木乃香から撃たれた足を引きずって距離を置いた。無駄口を叩けば本当に左足まで撃ち抜かれると思わせられるほど、気迫が感じられた。

「よし、利口だ。オコジョ君。横島先生に犯人を捉えたと知らせてくれるかな」

「お、おう」

(お、おっかねえ。旦那みたいに甘くねえ分。こっちの方が怖いな)

カモが真名のおっかなさに引きながらも、自分まで撃たれちゃかなわないと急いで真名の携帯の番号を押す。
そうするとすぐに横島が出た。

『龍宮!木乃香ちゃんが攫われたってどういうことだ!』

「お、旦那」

『カモか!?どうなってるんだ!?すぐに行った方がいいのか。こっちもむこうでドジって文珠使いすぎてるから、できれば『転』『移』は避けたいんだ』

「ああ、それならもう大丈夫だ。今は京都駅の構内にいるからゆっくり来ればいいぜ。真名の姉御が攫った敵を捕まえて、ちょうど、今、木乃香姉さんを取り戻したところだ」

『なんだ。そうか、さすがだな』

「おう。旦那。姉御はただ者じゃねえよ(てか、コエーよ)」

『そうか。護衛を頼んどいてよかった。じゃあ龍宮に代わってくれるか』

横島の声が電話越しでもわかるほどホッとしたものになった。

「姉御に代わって――」

と、カモが振り向いたとき、

ガギンッ!

金属音が響いた。

「な、なんだ?」

「ざーんーがーんーけーん!」

間延びした声で真名が人影と打ち合う。空中で二つの剣が真名の両手の銃と衝突してはじかれるように離れた。そこに二刀流の女剣士があらわれて、真名と対峙していた。

『どうした?』

「だ、旦那、こりゃ状況が変わった。まずいぜ、どうやら敵の増援だ」

「遅れてすんません。神鳴流ですー」

とんでもなくのんびりした調子の眼鏡をかけた少女が目の前にいた。同じ神鳴流でも、姿が刹那とはこれでもかと言うほど正反対で、ピンク基調のゴスロリで、性格すらも正反対そうな少女だ。ただ剣気だけは刹那に負けないほど恐ろしくあり、見た目以上に強力に感じられた。

「お前は……」

「月詠言いますー。よろしゅー。見たとこあなたは傭兵さんですかー?」

「まあね」

真名の表情に焦りが浮かんだ。

「こっちも似たようなもんですわー。まあ護衛に雇われた以上、お互い本気で行かしてもらいましょかー」

「面倒な。オコジョ君。横島先生を急がせろ。相手が神鳴流では私でも呪符使いと同時には無理だ」

「了解。旦那。急げ!状況が変わった!」

『な。し、しかしお前、そっちに妙なガキはいるか?』

横島が戸惑うように言った。

「ガキ?なんの話しだ?女ならいるぜ」

『男だ』

「旦那……。ま、まさか、男に趣味かえたのか?」

カモは恐ろしいことでも言われたように声が震えた。

『あ、あのな、死んでも変えるか!』

「じゃあなんで男がいるかどうかなんて気にするんだ!そんなの旦那らしくねえよ!たとえどこにいても男なんてアウトオブ眼中!それが旦那のいいところじゃねえか!」

『う、うっさいアホ!こっちで文珠がないと勝てそうにない気味の悪いやつがいたんだ。なのに、文珠がもう本当に残り少ない。龍宮に俺が行くまで自分でどうにかできんか聞け!』

「だそうだが姉御、聞こえたか?」

「やってはみるが……」

真名は冷静に考えて無理だと思えた。でも横島に泣き言を言うのもいやだ。なにより自分の迂闊なミスから招いた事態だ。できればなんとかしたい。クールに考えることを常としているのに、苛立った思考がわいた。

「旦那、早く来た方が俺っちはいいと思うぞ。第一、旦那が警戒するほどの敵がいるのか?」

カモが訝しむ。なにせ横島はエヴァにすら勝てたのだ。強さだけはエロ以上に信用していた。その横島が生徒の危機にも力の出し惜しみをするほどの相手というのは想像がつかなかった。

『仕方がないだろ。あれはなにか本当にメドーサみたいに危険な感じがした。できればもう二度と見たくないほどだ。しかもメドーサは女だったからまだいいが、男だしな』

「でもよ。こっちも――」

「オコジョ君。もういい。頼りにしてないからゆっくりこいと伝えてくれ」

「お仲間はきてくれませんのか?薄情どすなあ。まあこっちは好都合や。じゃあ」眼鏡女は印を組んで式神らしき熊と猿のぬいぐるみを召還した。「オマケにこの熊鬼もおいていきますえ。ほなら今度こそさようなら」

眼鏡女が今度こそと木乃香を抱える。
召還したもう一体は、自分も足を撃ち抜かれて怪我したために、身体を持ち上げさせて立ち去ろうとする。

「うぐっ」

(撃ち抜かれた場所から思ったより血が出てますな。はよう、治療せんと)

ホームの床に眼鏡女の血がダラダラ流れていた。その量がちょっと見たくないほど多い。
しかし、眼鏡女の受難はつづいた。そこに近付いてくる人影があった。それは魔法を知るものたちですら誰も気付かなかったほど速く、そして力強く、ポニーテールを揺らせた少女が暴風のように現れる。

ドンッ!

暴風が地面を響かせて止まった。その瞬間、女は腹部に衝撃が走った。

「ガッ!」

女は息が詰まる。急な衝撃で木乃香が手から離れて壁まで一気に吹き飛ばされ、その壁が崩れた。

「ガ、ガハッ!なっ、なんや!?」

眼鏡女が前を見た。
そこには長い髪を一つに纏めた少女がいて、投げだされた木乃香を空中で受け止めていた。

(どうやら刹那がきたか)

揺れた髪を目の端で捉え、月詠と対峙しながら真名は安堵した。

「木乃香は返してもらったよ」

しかし刹那ではない。全てのパーツが刹那ではなかった。
そう、大河内アキラは決然と女に言った。

「アキラ姉さん……」

「大河内?バカいえあれは刹那、いや、大河内だと?」

その姿に一番驚いたのは敵ではなく真名とカモだった。

「なんや面白そうな女の子ですねー」

だがその間にもアキラが動いて今度は真名と対峙していた月詠の後ろに回り込んで、木乃香を抱えたまま回し蹴りの態勢に入っていた。

ドゴンッ!

「ガッ!」

まるで大砲のような一撃に、月詠は辛うじて剣で受け止める。それでもあまりの衝撃に足下がふらついた。

「うわ、うわ。なんですー?」

「投降してください。あまり人を殴りたくはないから」

そしてアキラが駅構内に反響するほどの大きな声で、真面目に言った。それが言えるほど、アキラは自分の身体に信じられないほどの力を感じた。真祖の吸血鬼が自分自身は戦う必要がなく、従者にほとんどの魔力を貸し与えているのだ。アキラではそれを有効活用はしきれないが、少なくとも一対一で負ける気はしなかった。

「す、すげえ、アキラ姉さん、なんて量の魔力を纏ってるんだ。どうなってんだ?」

「ある人が力を貸してくれました」

アキラはエヴァの名はださなかった。
エヴァはなぜか表だって出られないと言っていたので、名前はださない方がいいのだろうと思った。

「ある人?」

真名は訝しむが魔力の質からして大体の見当はついた。

(エヴァンジェリンか?あの気分屋の吸血鬼がどうして……)

「すごいわー。こんな速くて重い攻撃は初めてやわー」

一方で、その一撃に月詠が恍惚とした表情を浮かべた。

「あんさん、うちの好みやわー。千草はん。こっちは私がやりますから、そっちはよろしく頼みますー。強い女の子って好きなんやけど、なんかそっちの子は好きになれませんわー」

「そ、そうかっ」

(血が流れすぎてる)

一方で千草も困っていた。撃たれた足から血が止まらない。そこにきてアキラの腹部への一撃である。軽く肋骨が二、三本折れてそうだ。このままやりあってれば悪くすれば自分は出血多量で死んでしまう。

「月詠はん。悪いけど、こっちはちょっと危なおす」

「あらら……。ふふ、残念」それでも月詠は冷静な部分は残していて、千草を見て本当に危険だと悟ったようだ。「悪いけど、ここは引かせてもらいますー」

「逃がさない!」「逃がすと思うか!」

しかしアキラと真名が瞬時に反応する。アキラの方は木乃香を降ろして月詠に拳を放つ。月詠は二刀流の刀で対応して拳と真っ向からぶつかる。剣の切っ先と拳がぶつかったのに、月詠の手はまるで鉄でも殴りつけたように痺れた。

「うわー。かたいわー。どうやったらそこまで身体を強化できるんですー?」

「私に聞かれても」つづいてアキラの大砲のような拳が次々に放たれる。「わからない!」

ことごとく月詠も受けきるが、そのたびに下がらされたのは月詠だった。

「ふふ、でも、楽しいわー。一つ残念なんはあんさんは素人さんみたいなことやなー。言わしてもらうけど、これでもうちもプロですー。素人になんか負けませんわー」

月詠はアキラが力任せに殴りつけてると気付いて、次第に拳を受けずに避けてくる。これほどの力と速さを持ってもアキラにはそれを活かす技術がない。すぐにそれは戦闘のプロである月詠に見透かされる。

「でもあなたじゃ私を斬れない!」

しかし、どんなに強大な攻撃も今のアキラは傷を負わない自信があった。

「残念。魔力がどんなに強力でもちゃんと斬る方法はあるんやわー」

月詠の雰囲気が変わる。神鳴流の剣士は血の気が多くなると目が狂気に彩られ、蛇目のようになる。そして、その狂気を浮かべたまま構えた。

「なに?」

アキラは雰囲気に呑まれて動きが止まる。

「ふふ、止まってええんですかー?当たったら死にますえー」

「大河内!全力で避けろ!」

アキラを気にしていた真名が慌てて力の限り叫んだ。

「『ざーんーがーんーけーんーにーのーたーちーー』」

なんとも締まらない声で月詠の剣が放たれる。それでいてハッキリと殺意を感じてアキラは大袈裟なほどその場から飛び退いた。月詠の刀が紙一重でとおりすぎる。その場にはとくに変化が起きない。それなのにアキラは怖気がした。

「あーあ、よけられましたー。さすがに速いわー」

「くっ」

(この子、今、笑顔で殺しにきた)

攻勢に出ていたアキラが途端に緊張する。どんな攻撃でも傷付かない。そんな気がしていたが今のは絶対に危険な気がした。

「大河内!近付くな!弐の太刀はどんな障害もすり抜けて対象だけを斬る!たとえどんなに強力な魔力を纏っていても当たれば死ぬぞ!」

一方で真名も「逃がさない」と言ったものの攻めあぐねた。猿鬼という式神と熊鬼という式神が千草の前に立ちはだかって、これが一体ずつならともかく二体同時だと結構に面倒だった。

(だが、こちらの勝ちだ)

「でも、どうすれば」

「慌てるな!その速さなら避けてればそれでいい!」

それでも真名は勝利を確信していた。アキラはあの速度なら守勢にさえ回れば、早々に神鳴流でも捕らえられないだろう。また素人のアキラがいくらエヴァの魔力を持っていても無理に月詠に突っ込みもしないだろう。そうなればあとは千草だ。先程自分が撃ち込んだ弾がよほど効いてるのか顔色が悪い。放っておけば気を失うだろう。そうすれば、面倒な式神は消える。あとは月詠をアキラと2人がかりで仕留めれば犯人捕獲だ。

「くっ、いやな女どす!」

「いいのか、こんなに悠長に戦っていて。早く治療しないと死ぬぞ」

真名は気にせずに言う。

「くっ」

千草もそれが真実とわかるだけに焦った。まだお札もあるが、この足ではろくに使いもできない。

(あかん。意識が遠のいてきた。このまんま血を流しつづけてたら洒落抜きで死んでまう)

「降参さえすれば安全は保証しよう。その足の治療もしてやる。こちらには治療の専門家もいる」

「治療の専門」千草はその言葉に揺れた。千草側には治療に長けたものがいなかった。「ほ、ほんまやろな」

「殺しをするほど残忍に見えるかい?」

「は、はは。見えますえ」なにせいきなり銃で足を撃ち抜かれたのだ。信用など欠片もできるものではない。でも、千草には他に選択肢がなかった。「月詠はん。逃げなはれ。あんさん一人なら大丈夫やろ」

「千草さんはどうしますー?」

「ふん、悔しいけど、投降やな。死んだら元も子もない。今なら大した罪にもならしませんしな」

「そうですかー。残念やけど仕方ありませんねー」

そう言って月詠が後ろにさがった。これ以上自分がここで戦えば戦うほど千草の命が危険になる。プロとして依頼主を守りきれないのは口惜しいが死なせるのはもっとまずい。

「逃がさない」

「やめておけ大河内!」アキラは前に出ようとするが、真名が止めた。「どれほど力が大きくてもお前は素人だ。深追いしてはいけない。それに主犯はどうやらこの女のようだ」

犯人の口ぶりからして真名はそう理解した。
木乃香は攫われたが、主犯を捕らえたのなら失敗も十分取り戻せた。
これであの男に引け目を感じる必要もなくなる。刹那ももう起きてるころだし、もしかしたらこちらに向かってるかもしれない。このままズルズル横島たちに引き込まれることに抵抗を感じていたが、どうやらそうならずにすみそうだ。そう考えていた。でも、真名がそう思う以上になにかあの男と縁でもあるのか、離れようとするほど、その場にとどめようとする力が働くように、真名は巻き込まれていくことがおこった。

月詠がここはいったん引くしかないかと、踵を返そうとする。
しかし、真名は言いしれぬ悪寒を感じた。

(これは?)

真名は悪寒を感じた駅の改札に向けて素早く撃ち込んだ。
だが、チンッ、と弾がはじかれ、構内に、呪文の声が響いた。

『小さき王(バーシリスケ・ガレオーテ) 八つ足の蜥蜴(メタ・コークトー・ポドーン・カイ) 邪眼の主よ(カコイン・オンマトイン)』

「なんだ?」

真名はその声にさらに警戒を強めて銃弾を次々に放った。だが全てが見えない壁に阻まれて、その音で全員が気付いて改札を見た。

「ああフェイトはん。きたんですねー」

そこには一見少年に見えるフェイトがいた。

(まずい。4対2になる)

千草の式神2体に月詠にこの妖しげな少年。同時に相手をすることだけは避けねばと、真名の方は通常の弾丸では効かない敵とみると魔法陣を空中に現し、そこから新しいライフル銃があらわれた。

(魔法障壁用の特殊徹甲弾だ。普通なら戦車でも射抜ける弾丸だが急所は外す。悪く思うな)

真名の持つ銃が今までよりもはるかに重い発砲音をどごんっと響かせた。真名の肩に一撃でしびれるほどの衝撃が来て、魔法障壁とぶつかって凄まじい衝撃音が起こった。だが、それでも、今度は魔法障壁にわずかにヒビを入れるだけで手前ではじかれてしまった。

「バカな……そんな強力な障壁こんな子供がはれるわけが」

真名がさすがに驚いた。

「は、はは、どうやらあんさんの方が不利なようやな。悪いけど新入り、うちもいったん石化しておくれやす。このまま血が出たら危ないわ」

「石化?」

状況が変わって千草と月詠が余裕を浮かべ真名は戸惑う。
それでも千草は徐々に自分の意識が薄れていくのを感じていた。

『時を奪う(プノエーン・トゥー・イゥー) 毒の吐息を(トン・クロノン・パライルーサン)石の息吹(プノエー・ペトラス)!!』

フェイトが放った霧が辺りに充満する。慌てて真名もアキラも逃げるが、

「なっ」

真名はフェイトにいきなり接近され、逃げ損ねた真名と千草を霧が包んだ。
さらに霧はアキラや木乃香達にも向かってくる。

「アキラ姉さんこっちだ!」

カモが横島から自分にもと預かった文珠を取りだすが、それをカモは取り落としてしまう。

「ああ!俺っちとしたことが!」

「安心して逃げ切れる!」

しかしアキラがすんでの所でカモと木乃香を抱えて霧から逃れた。
その横を文珠が落ちて床を転がった。

「龍宮さん大丈夫……」そういってアキラは真名を心配してみた。「なっえ、石?」

アキラは驚く霧に当たったホーム一帯が石に変わっていて、真名も千草も石化していた。

「安心しろアキラ姉さん。これぐらい木乃香姉さんと旦那なら戻せる」

カモはアキラを落ち着かせようとするが、それをしたフェイトが歩いてくる。そのフェイトはアキラを気にせずに床を見た。

「……あのときの男が使っていた玉?」

フェイトが見当を付け、カモからこぼれ落ちた文珠に目を向け、拾おうとしゃがんだ。

「まずい!」

カモが焦る。あんな便利なものを敵に知られるわけにはいかない。だが、その拾おうとするフェイトの手をすり抜けるように、文珠が独りでに動いた。

「あなたは……?」

「悪いなボーズ。これは俺のだ」

その文珠の移動する先に横島がいた。

「「横島先生(旦那)!!」」

アキラとカモがようやく来たと声を上げた。

「あ、アキラちゃんがなぜ?」

横島は驚くが、

「先程はどうも。その丸い玉はなんだい?」

フェイトは横島の手元を見た。

「うっさいガキ。お前みたいな陰険そうな奴に誰が教えるか!」

横島は男が相手だとなんの遠慮もなく言った。そして敵のアジトにあった仏壇の写真に写っていたとおぼしき、横島の予想通り美人に育った女の石像を見た。年の頃は20代。横島がもっとも反応する年齢層にいる女性だ。

「あと、そこの女の人、あんたごっつ美人や、今度是非お茶でも!」

「石に言っても無駄だと思うよ」

フェイトが冷静に言った。

「そ、そうか……。ああ、最近ああ言う女見慣れてないからつい!」

「ふふ、面白い人がまたでてきたわー」

月詠が微笑みながらも千草の石像を回収した。

「この状況でも冗談を言う余裕があるんだね。あの家で見せた行動も的確だった。霊能者という情報はあったけど、よくわからないね。キミは何者だ?」

「言う必要はないなクソガキ」

「まあそうだね。でも、いずれ見極めさせれもらうよ。月詠さん。ここはいったん引こう。この人はなにか妙だ。無策で戦わない方がいいよ」

フェイトは呟いて移動魔法で千草と月詠を連れて地面の中に消えた。

「……ふう」

横島は息をついた。強がったが、正直今の少年の目にはぞっとするものがある。出来ればもう二度とお目にかかりたくない。だが、横島の霊感がそれはできないと言ってる気がした。きっと横島がこの世界にいるかぎり、まるでメドーサのように何度も何度も出会うことになると。

そうして横島はアキラを見た。

「アキラちゃん。ひょっとしてその感じはエヴァちゃんと仮契約したのか?」

纏う魔力でなんとなく横島は察した。

「あ、はい」横島になら言ってもいい気がしてアキラは言った。「仮契約というのをすれば木乃香が助けられるって聞いて。その、ちょうど木乃香が攫われたとき私もいたんです」

「そうか。まあ仕方ないな。あとでそのことは話すとして」

横島は真名を見た。完全に石化してぴくりとも動かない浴衣姿の少女。こんな石にさせてしまうとは非常に申し訳ない気がした。

「悪かったな龍宮」

横島がすぐに文珠を出した。

『解』

の文珠を当てるとすぐに真名が石からもとの人間に戻った。
そのまま地面に崩れ落ちそうになるのを横島が受け止めた。

「先生か……」

気付いて真名はすぐに横島から離れようとする。だが、石にされていた影響からかすぐには身体の自由がきかなかった。

「ああ、悪かったな。あいつがいたんなら電話のときにすぐに駆けつけるべきだったな。許してくれ」

「いや、私のドジだ」

「歩けるか?」

横島もさすがにまずいと思い冷や汗が流れた。真名の体の成熟したいろんな部分が当たって非常に落ち着かなかったのだ。

「ああ」

だが真名は横島から離れようとして膝をついた。

「姉御ー。無理はよくねえべ。この辺、人払いしてるのかタクシーもないしよ。なんなら旦那におぶってもらったらどうだ」

カモがにやついておりオヤジモードに入っていた。

「なっ……」

真名は動揺する。横島におぶってもらうなどいやすぎる。しかしすぐに歩けそうにない。身体に力が入らなかった。刹那はと思うが体格が違いすぎるし、木乃香と一緒に居るのを怖がっているように姿が見えなかった。ならアキラにと思うが、アキラは木乃香をすでに背負っていた。木乃香もまだ術をかけられた影響があるようだ。

「そ、そうだな龍宮。無理はよくないぞ。タクシーの姿もなんでかしらんがないし、すまんが俺の背中で我慢してくれ」

嬉しそうに横島が言ってさっと跪いた。

「気持ち悪い笑みはやめてもらおうか」

真名は横島の背中を見た。その横顔が弛んでいる。
でも、仕方なかった。今のところ人払いの呪符がきいているようだが、ここでいつまでもいれば京都駅の破壊された箇所の件でどんなとばっちりを食うかもわからない。千草の血も飛び散っていて、下手をすると殺人現場だ。それでも真名は横島におぶられるのがいやだった。

(刹那のやつめ。近くにいる気配はあるのに、なにをしてるんだ)

真名には刹那の気配が感じられた。でもあの女は木乃香がいるかぎり、よほどのことがないと出てきそうにない。いろいろ心配して気を回してやったこともあるというのに、なんて薄情なんだと呪いたくなった。

(まあいても刹那では私は大きすぎて運べないか)

(お、おおおおお、美味しいなんて思ってない、美味しいなんて思ってない。龍宮の乳が背中に当たるのが嬉しいとかじゃないんだ!これはあくまで教師として生徒のためなんだ!アア、ビバ、教師!)

「ああ、喜んでしまった!俺って奴は俺って奴は!」

横島は地面に頭を叩きつける。千鶴ほどではないにしても184センチと横島より高い身長と、88,9もある巨乳を味わえるというのは、あらがいがたい誘惑だ。しかもこれは合法なのだ。

「ほら、姉御。旦那も嬉し、じゃねえ、姉御もそれじゃあとてもすぐには歩けねえんだろ」

「う、うん、しかし」

「龍宮さん歩けないんならそうすべきだと思う。ここはいつまでも人がこない場所じゃないし」

アキラが邪鬼のない様子で言う。

「くっ」

そうなると仕方ない。いつまでもウブな少女のようなこともしてられない。
かなりいやそうに真名は横島の背中に負ぶさる。浴衣なので背中におぶさると裾がめくれて生足が見えてしまう。そこに横島の手が触れて持ち上げられた。そして最初は胸が横島の背中に当たることに躊躇を覚えたが、身体に力が本当に入らずゆっくりと抱きしめるように首に手を回した。

(ああ、興奮してはいけない。興奮してはいけないんだ!禁欲の誓いを忘れたのか!)

「横島先生、重くありませんか?」

「は、はは、ぜ、全然平気だ。軽いぐらいだぞ!」

横島は興奮して言った。
たとえ真名が1トンの重しを付けていたとしても、この乳のためなら背負う覚悟があった。

(ちっ)

なのに真名は心中、舌打ちが漏れた。でも世話になったのも事実だ。なにより自分のドジから招いた事態だ。木乃香を攫われたこと。フェイトの子供の姿にわずかに油断し石にされたこと。横島があの場にあらわれてなければ命さえ危ぶまれたかもしれないし、石化をといてもらってもいた。

(嫌な人だ。本当に……)

横島がついという感じで手が、真名のまだ電車で浴びた水に濡れるお尻に触れた。
真名は銃弾を撃ち込んでやろうかと思ったが、うまく身体が動かなかった。






あとがき
横島が二話連続でほとんど出ませんでした。
まあちゃっかり美味しいとこ持って行ってるけど(マテ
それにしても長くなりました。
キリのいいところまでとか考えてたらつい。

さてだいぶ本編と変えましたが、とりあえず大人組が1日目は一気に出た感じです。
なにげにいろんなフラグが立ちまくってますが修学旅行終了までにはちゃんとそれなりに回収しますー。
そして次がようやく夜ですw
今回も夜だけど違う意味で夜ですw










[21643] 横島の真実と刹那の幸せ。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/12/31 11:00


「ああ、龍宮の尻は気持ち、じゃなくて疲れた」

横島は露天風呂に浸かり息が漏れた。
あの真名を帰る30分の間ずっとおんぶしていたのはかなり役得で、なぜか即行でしばかれるかと思ったお尻の手はずっと揉んでたのに、一言もなかった。

(う、ううむ、ひどことをしてしまっただろうか。でもいやがったらすぐにやめるつもりだったのに、なにも言わんからついずっと揉んでしまった。ううむ。龍宮の考えてることはよくわからない。ああ、でも、久しぶりに成熟した感触がっ。は、いかんいかん。いくら成熟しててもあいつも生徒だ。度が過ぎたことは自重せねば)

そこまでして自重もへったくれもあったものではないが、横島は少女たちがお風呂に入り直している間、葛葉にことの経緯を話し、小太郎の石像を預けてきていた。なにせ横島の部屋は護衛などの関係上、人の出入りが多く。あの石像は目立ちすぎる。
石化を解くことも考えたが、小太郎の力の強さを考えると下手に解くと拘束の方法がない。大体文珠ももったいない。葛葉にも、話したところ瀬流彦もこういう解除魔法は知らないそうで、小太郎は当分、葛葉の部屋のテラスに置いておかれることになった。情報を聞き出したいので、もう少し文珠に余裕があれば解くことも考えたが、今は保留である。

「もしかして龍宮も意外と気持ちよかったのか。いやいや、アホなことを考えるな。ああでも、龍宮はみんなと同じ年なのに、倫理的になんの問題もない気がしてしまう」横島はお風呂の間中アホなことを考えて今日のことはあまり考えなかった。「出るか……」

みんなももう疲れて寝たのか、お風呂でばったりということもなさそうだ。

「き、期待してないぞ。全然期待してないからな」

横島は風呂から上げると、わいた思考をリセットし、もう今日は寝ようと思った。
アキラに詳しい事情を聞くのも明日の班行動で一緒に行動するときにしたし、木乃香もよく寝ていたので、わざわざ怖い思いをしたことを起こしてまで教える必要もないと思い、そのまま班の部屋に寝かせてきた。

(でも、問題は朝倉とアキラちゃんだな。魔法に関わるのは悪いと思わんが、危ないしな……。エヴァちゃんめ。なんで絡繰を行かせずにアキラちゃんを行かせたんだ。こっちはちゃんと話し合わんとダメか。龍宮の方はだいぶこういうこと慣れてるようだし、このままあのフェイトを捕まえるまで協力してもらうか。しかし、文珠がな)

横島は徐々に今日のことを思いだしてくる。
やはり教師としての職業上の責任が、横島にアホな思考だけで終わることを許してくれなかった。

「うん?」

ふとそのとき横島は自分の霊力を感じた。

(なんだ?)

少し念じるとその手に文珠が二つ浮かんで手元におさまった。
それは明日菜と木乃香が保持していた文珠で、脱衣場で猿に襲われたときに2人とも落としてしまっていたようだ。
これさえ持っていたら木乃香は攫われずにすんだろうに間の悪い話しだ。そう考えると文珠の個数は少なくてもやはりこの二つは2人の懐に入れておくことにした。

(ううむ。しかし、本気で文珠が足りん。美神さんと仕事するときは護符とか精霊石で補えたが、ここってそういうのないのか。いや、あるとは思うが、そんなもの買う金ないしな。だからって文珠つくるのにエヴァちゃんに頼むわけにもいかんし、というか、それをしたらもうなんかおかしくなりそうだ)

真名のお尻に触ってもなぜかいい気はするのに、600歳のはずのエヴァに手を出すのはすごく躊躇われた。それをしたら最後、自分はどこか戻れない場所に行く気がした。

(それに、桜咲と明日菜ちゃんが思ってたより役に立ってくれないのがな。痛い)

刹那と明日菜はどうも自分や木乃香に感情的だ。
今回はなんとか乗り切れても、相手が相手だけに、そういうのは命取りになる。横島は相変わらず自分に似合わない思考にため息が漏れながらも、この2人には少し注意すべきかと思った。

(まあなにせ俺だしな。あの2人が怒りたい気持ちは分かるんだが……)

2人に注意するのはいいが『横島先生が普段不真面目だから悪い』とか言われそうだ。美神はとにかく理不尽に怒ったりしたので、少女たちの反応が怖いなと考えながら脱衣場を出た。
そうしてさすがに騒がしい3-Aの生徒たちももう寝静まって静かな廊下を抜け、横島は自室を開けた。

「って、桜咲……?」

そこにいた少女に横島は目を瞬いた。



少し時間の遡ったころ、エヴァは横島の部屋で落ち着きなく立ち上がった。
先程まで横では明日菜が寝ていたが茶々丸に命じて自分たちの部屋に運ばせていた。明日菜の部屋では消灯をかなりすぎても部屋の住人が3人も帰ってこないので、まき絵に裕奈に亜子が心配をしていて、面倒なので眠らせて黙らせておいた。

(しかし、いざとなると緊張するな)

エヴァは木乃香の件が無事に片付いたのを確認し、先程横島たちも帰ってきたのも確認していた。アキラは実際上手くできるか危惧していたが、思いの外役に立ったようでほっともしていた。

(しかし、お風呂にも入ったし、身だしなみも整えたが……そもそも、あいつが私に興味を示すかがな……疑わしい)

昨夜の自分の家ではほとんど自分から誘ったようなものだった。今夜もそうするつもりだった。でも今夜と昨夜の違いは文珠精製が関わらないために、完全に自分がして欲しいからそうするのだと示すことになることだ。でも、エヴァの封印解除もないとなれば、情にほだされやすい横島も、好みが出てくるはずだ。

(どう考えても、私は横島の好みではないしな。となれば、断られるかもしれんな)

自分から誘ってすげなくされたらエヴァには高いプライドがある。横島を二度と誘うほどプライドは下げられないだろう。そうなると横島は一人前の霊能者のようだし、向こうから頼る可能性もほとんどない。これも問題だ。横島にはエヴァの傍にいたがる理由がない。でもエヴァにはある。それがエヴァを臆病にさせる。

エヴァはいつも1人になる。吸血鬼の本性を隠して仲良くなったものもいたが、成長期なのに成長しない身体はすぐに気味悪がられ別れを強要した。悪いときは仲良くなったものに寝てるときに胸を杭で突かれたことすらあった。だから正体を明かして、それでも変わらないままの横島は貴重だった。

決闘してからはできれば横島を自分の従者にできないかとすら考えていた。いやそれ以上でもいい。そうして横島がいつも傍でバカなことを言ってくれたらいい。それなら茶々丸とチャチャゼロでレーベンスシュルト城にでも籠もってもいい。

(生きるのにも飽きていたのだ。やつが死ねば自分も死んでもいい)

横島を吸血鬼にすることも考えたが吸血鬼は一度なると戻せない。それはおそらく文珠でも無理だ。文珠は病気は治せないと言っていたのでおそらく確実だろう。万能には見えても限界はある文珠。となれば横島が自分と同じ苦しみを味わうことになる。それはいやだった。

「いかんいかん」

エヴァはそこまで考えて自分の考えを打ち消した。
どうも横島と知り合ってから考え込みやすい。
もう少し気楽に接しないと、レーベンスシュルトで一生過ごそうなど、これではかなり重い女になってしまう。

(あいつに嫌われるような事態は避けたい。そこまでいかないまでも好意がばれて昨夜のようなことが2度とできなくなるのは避けたい。それにまだ1日だ。翌日に露骨に誘えば引かれるか)

エヴァは弱気が出る。今日はやめておくべきかと思った。

(そうだな。焦って行かねばいかんわけでもない。大河内に仮契約をしてやった件や近衛の件をだしにするよりは、文珠が切れたのを見計らうほうが確実か。どうせそんなこと他のやつには頼めんだろうしな。むこうから頼んでさえきてくれたらもっと簡単だ。できれば私の封印がないうちに……そうすれば……横島がいくら大きくても……)

そう思うと。エヴァはひどく子宮が疼いた。生まれて初めて自分は本当に男に抱かれる。それが可能になる。ナギは完全に子供な自分を相手にしてなかったが、横島はまだそこまで子供扱いは酷くない。子供の体でもいいとは言っている。その言葉だけがエヴァの頼りだった。思うだけでどうしようもないほど疼いてくる気がした。

(初潮もこずに吸血鬼になったというのに、好きな男ができればちゃんと疼いてくるものなのだな。ともかく今日はダメだな。確実な日にするか)

まだエヴァには横島を文珠の理由無しで誘う勇気がわかなかった。600年生きてできた臆病が出た。自分の好いた人間に嫌われるのが極度に怖かった。

(あいつを全て私のものにしてしまいたい)

それがたとえ横島の意志でなくてもいい。いっそ血を吸うか。わずかに起こりかけた思いに頭を振る。それはダメだ。寂しさに負けて、チャチャゼロや茶々丸を造ってもどこか満たされることがなかった。その理由を自分が一番よく知ってる。従者2人になんの不満もないが、やはり自分に無条件で従わない、そして、男が欲しかった。

(私が好きなら、お前も好きになってくれたらいいのに)

切なさで胸が痛んだ。
横島を好きになる思いが加速度的にましている。好きだ。どうしようもなく好きだ。でもどれほど自分が思っても向こうは自分を好きにならない。きっとそれは永遠に無理に思えてきて涙がこぼれそうになる。情緒不安定な自分が情けなかったが、600年生きてようやく得た相手なのだ。止められなかった。あんなふうに夜を過ごすのが、あれほど心地いいとは思わなかった。
そのとき横島の部屋の戸が開いた。



「まだお風呂から出てないのか……」

刹那は横島の部屋に誰もいないのを見てため息が漏れた。もう1時だ。こんな時間にきて明日も予定のある横島に悪い気がしたが、今日も横島を信じ切れないためにとんでもないミスをした。自分のバカさ加減に嫌気が差した。そのことを考えると、横島の事情を教えてくれると言った今夜を外したくはなかった。

(なにをしてるんだろうな)

今夜の件は思いだすだけで自分を呪いたい気分だ。木乃香を第一に考えてきたのに、その危機に自分はなにもできなかった。駆けつけたときには全てが終わっていて、部屋で真名にも謝ろうとしたが、なんだか彼女は上の空で適当にあいづちを打たれて、寝てしまった。

(真名も私に呆れたか。当然だ。敵ではなく、味方を攻撃して、あまつさえお嬢さまの危機には寝ていたのではな。素人の神楽坂さんならともかく自分は仮にもプロだ)

自分が歯がゆい。でもしてしまったミスは、もはやどうしようもないことだった。横島にも怒られる気はしたが、きっとそういうことをしない気もしていた。そういう横島に自分はまた甘えようとしている気もした。

「はあ」

もう一度ため息が漏れ、刹那は敷いてあった明日菜が寝ていた布団に腰を下ろした。

(今夜の事後処理をすると言っていたしな。もう少しかかるか。たしか、敵の1人は捕獲。もう1人は石化の上に重傷。残りは二名。私さえバカなドジを踏んでなければ、初日で全て決着がついていたかもしないな)

そう思うと本当に自分のミスが悔やまれた。

(でも前の二人より残りの方が面倒そうな気配だった。私がいれば真名がいないことになると考えると、どのみち結果は同じ……いや、言い訳か。ともかく今夜のことは謝らないと。話しはそれからだな)

刹那がそう考えていると部屋の扉が開いた。

「桜咲……」

そこに横島がいた。
怒られるかもしれないのに、なぜか少しホッとした。

「どうしたんだ。こんな時間に?」

横島は部屋に入ってきて、思い当たる節がないように言った。
心なしかなぜか動揺しているようにも見えた。

「こんな時間って、約束を忘れたんですか?」

少し刹那は言葉が尖る。第一声は謝るつもりでいたのに、意地を張った言葉が出た。

「へ?」

「あなたの事情を話してくれる。そういう約束でした」

(ダメだな)

どうしても横島相手だと意固地になる自分が消せなかった。

「ああ、そうか。す、すまん。忘れてたぞ」

「しっかりしてください」

どうも横島と話すと憎まれ口が先行する。こんなことを言いたいのではなかった。

「すまんな」

「いえ、いいですけど」

「じゃあ適当に座ってくれ、さっさと話すから」

「はい」

結局刹那が謝る前に横島が言い、刹那はうなずいて明日菜が寝ていた布団にもう一度腰を下ろした。

(ううむ)

それを見た横島は少しうめいた。布団の上に浴衣姿で座られるとなんというか生徒を連れ込んですごく後ろめたいことでもしようとしている気がした。一方で刹那はあまりそういう男の機微には気付かない少女のようだった。

「どうかされましたか?」

「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ」

変に意識するからいけないのだと思い、横島も布団の端に腰を下ろすと刹那と向き合った。

(しかし、こんな時間にいるから、新幹線で言ってた甘えるうんぬんの件かと思った。変なこと言わなくてよかった。期待してない。全然期待してないぞ。明日は芸者遊びをして、俺はここにきて狂いかけていた正常な感覚を取り戻すのだ。大丈夫だ。桜咲はストライクゾーンからは外れてるし、妙なことになるわけない)

横島はしっかり気持ちを切り替えて口を開いた。

「まずは桜咲。お前、俺の出身地を気にしてたな」

「はい。魔法世界とは聞いてますが、あなたのような能力はどの先生方も魔法世界出身者も知らないと言ってました」

刹那は自分のミスの件が気になったが、そのまま話を続けた。ようやく横島の秘密がわかると思うと謝るよりどうしてもその期待の方が上回った。そしてその刹那の期待は、期待していたよりも遥かに違う方向へと向いた。

「まず俺は『この世界の人間じゃない』」

「この世界の?魔法世界(ムンドゥス・マギクス)からきたとは聞いてますよ」

横島の表向きの経歴はハーバードを飛び級で卒業した天才。魔法を知るものたちには魔法世界の田舎から出てきたあまり知られていない霊能者となっていた。

「たしかに魔法先生や生徒には魔法世界出身ということにしてるが、正直これも嘘だ」

「で、ではあなたはどこの出身なんです?」

刹那は予想していた全ての答えと違う言葉に目を瞬いた。横島の霊能力があまりに珍しいので魔法世界でも秘匿された一族かなにかかと思った。もしそうなら自分と似た境遇かもしれないと淡い期待もしていた。

「こことは異なる世界。異界だ」

この件を横島は本来、あまり秘密にする必要のあることと考えてはなかった。おそらくネギは横島のいた世界で、この件を秘密にしてないはずだ。ただこの世界の常識と照らすと、学園長に言われたようにこんな話し誰も信じてくれない気がした。悪くすると、話せば余計に胡散臭いと思われる気がしたので黙っていたに過ぎない。

しかし、刹那との最近の交流の度合いを鑑みると、意外と信じてくれるのではと思っていた。これはエヴァや明日菜にも言えることだ。ただ、交流具合が進んできて話せるものが増えてきた中で、最初に話すのはこれが初めてではあった。また横島は聞かれない限り、話す必要があるほどのこととも思ってなかった。

「い、異界ですか?」

「ああ。平行世界と言った方がいいかもしれんな。こことはまったく異なる世界。魔法があるのは似てるが俺の世界ではそれが一般人にも秘密にはされてない。吸血鬼が公務員を目指してもいるし、刹那ちゃんと似た境遇の人狼や妖弧は霊能者の保護さえあれば普通に正体を隠さずに学校に通うこともできる。働くこともだ。妖怪ですら学校で授業も受けてたりもするぞ。まあ麻帆良にも幽霊生徒はいるけど、相坂は俺以外には数人しか見えてないみたいだしな。まあともかく俺はそういう世界からきた。正確にはGS(ゴースト・スイーパー)という職業のものだ」

「あ、え、よ、よく理解できません。すみませんなんの話しです?魔法世界のことですか?いや、魔法世界でも人狼はともかく吸血鬼はその性質上人との共存は無理に思えるんですが……」

「いや、だから桜咲。魔法世界じゃなくて、平行世界だ」

「平行世界……」

「知らないか?」

「聞いたことがありません」

刹那は戸惑うように首を振った。魔法を知る自分ですらそんなのは初耳だ。いや逆に知ってるだけに刹那には固定観念があった。不思議な世界はたしかにある。でもそれは魔法世界のことで、平行世界なんていうSFではないはずだ。仕方なく横島は自分もあまりよく理解できていない平行世界について詳しく話した。

「はあ?」

刹那はそれでもまだピンッとはきていないようだった。

「すまん。あまり俺もよくわかってないんだ」

「はあ……吸血鬼が公務員を目指す世界ですか。ちょっと信じがたいですが、先生が言うなら本当かもしれませんね。でもそんな場所にいたあなたがなぜここにいるんです?」

刹那は戸惑うように聞いた。許容範囲を超えていた。異界。しかも人狼でも妖怪でも吸血鬼ですら普通に暮らせる異界。夢物語を語られてるのかとすら思った。とくに吸血鬼は魔法世界において存在するだけで排除されるほど嫌われた存在だ。エヴァンジェリンを見てればそこまで酷くないとわかるが、人の血を吸わねば生きていけず、吸われた者は全て自分の意志を奪われ操り人形にされると思われ、吸血鬼に襲われるのは死ぬよりも辛いことと考えられていた。

「吸血鬼は血さえ吸わなきゃ別に実害はないしな。それに血を吸われても解く方法もある」

「たしかにそれはそうですが」

刹那は別にエヴァとは仲良くない。生徒を襲ったり横島に喧嘩をふっかけたり、そういう行動意外の良い面を見てないので、エヴァにいい印象もない。だから吸血鬼に対する偏見はほとんどそのままだった。

「まあだからって別になんでも自由じゃない。悪さをすればこっち以上に容赦なく退治される世界でもある。なにより、ここみたいに魔法使いも霊能者もボランティアで動くなんてよっぽどの人格者だけだ。大半は報酬がないと動いてもくれん。貧乏人は悪霊に悩まされても公共機関の奴らの順番が回ってくるまでは、我慢するしかないしな」

「我慢ですか。でも救われる方法はあるんですよね。その吸血鬼も目指してるとかいう公共機関というのはなんでしょう?」

「公共のGSだな。通称・オカルトGメンだ。多分その吸血鬼は来年卒業してすんなりGメンなれるだろうな。西条の仕事、もう手伝ったりしてたし」

「で、では、横島先生は、その公共のGSなんですか?」

「いや、俺がそんな奇特なことするわけないない。美神除霊事務所ってところに所属する民間のGSだ。所長の美神さんなんて500万以下の仕事は鼻で笑って引き受けもしなかったぞ。『100万の仕事?お札代だけで足が出るわよ。サラ金にでもお金借りて出直してこい』って感じでな」

美神の真似をすると横島は少し郷愁がこみ上げてきた。でもここの魔法使いを見てると本当に申し訳なくなるほどがめつい上司だった。

「そ、そんなひどい。500万なんてよほどの大金持ち以外払えないじゃないですか!」

「い、いや、俺はそこまで守銭奴じゃなかったぞ。あくまで上司の話だ」

「そこで働いてたら同じようなものです」

少し幻滅したように、刹那は横島を見た。

「はは、まあでも、その分ハッキリしてる世界だな。いいことをするやつは吸血鬼でも受け入れるし、悪いことをすれば、たとえ神でも祓いのける。また金さえ積めば、たとえ善でも祓われる。まあこの辺はこの世界も同じかな」

「……そうでしょうか」少し悩むように刹那はつぶやいた。どの世界にも一長一短がある。横島の世界は金が至上な面もありパラダイスというわけでもない。「こちらの方が良心的な気がします」

「そうだな」

横島は素直に認めた。横島もこちらの世界の影をそれほど見たわけでもなかったので、正確に対比はできないが、魔法使いの倫理感というか、使命感はなかなかむこうではお目にかかれないものだと思った。

「でも」

刹那はつぶやいた。向こうの世界の厳しさを聞く反面、刹那にはうらやましい点があった。そしてそれは刹那にとり一番重要なことだった。

「その世界なら私は悩む必要はないんでしょうね」

「まあそうだな」

横島も刹那の悩みは知っていたので、たしかに刹那なら横島のいる世界の方が住みよい気はした。

「ではあなたがここにいる理由はなんですか?」

それでも気持ちを切り替えて刹那は話を続けた。

「ジークに頼まれてって、これじゃあ分かりにくいな。――ああんっと、俺の世界では、滅び、いわゆるハルマゲドンを回避するために神と魔が共存してゆこうという動きが活発に行われてるんだ。ハルマゲドンはわかるか?」

なんとなく教室で英語を教えてる気になって横島は言った。

「はい」

「でもな。それを嫌ったアシュタロスっていう魔神が大反乱を起こしたことがあってな。それはまあ解決したんだが、その結果、世界は平和になりすぎたそうだ」

「なりすぎる。ですか?」

「そうだ。あまりに平和だとやがてはそれが無に繋がり世界がハルマゲドンがなくても滅びへの道を歩み始めてしまったとか……まあそういう理由らしい。それで自分たちの世界と違う世界と交流し、刺激しあうことで滅びを回避しようってことになってな。その第一陣が俺だ。ネギってやつはその代わり俺の世界に行ったんだ」

「で……では、かなり大きな使命を帯びてあなたはここにいるんですね。そんなものに選ばれる以上、むこうでもただ者ではないということですね」

少し刹那の言葉に熱が籠もった。

「いや、俺はむこうじゃ普通の高校生だぞ」

「謙遜はやめて下さい。第一、あなたで普通なら、この世界はあなたの世界と交流した瞬間、パワーバランスで圧倒的に不利になって呑み込まれて終わりです」

「そ、そうか?というか桜咲、この話を信じたのか?」

横島は意外だった。魔法を知るものでもこの話は相当荒唐無稽に聞こえたはずだ。

「正直、少し驚いたし、鵜呑みにしきれない部分もあります。でも異世界人ででもないかぎり、あなたの力がこの世界とまったく異質である説明がつきません。この世界にも霊能者はいますが、あなたほど特異であることは珍しいんです。いや、あり得ないといった方がいい。まるであなただけが違う進化でもしたのかというほどです。それとも文珠というのは誰でも霊能者なら使えるんですか?」

「いや、俺だけだ。といってもワルキューレが知ってたし、多分過去には、あるいは神さまには使えるやつがいるらしいけどな」

「神……」

(つまり神と同じ力を示せるのか。どおりでエヴァンジェリンが負けてしまうわけだな。こちらから先生の世界に派遣されたのも英雄の息子だったというのはネギという方がここに来てないことからも確実なようだ。少なくとも横島先生はむこうでは英雄かなにかだったのだろうか)

刹那の思考はそれほど外れでもないのだが、横島はそこまでいいものではない。でも神だの魔族と恋をしたなどといろいろ規格外のことを聞かされると、それぐらいはどうしても想像してしまった。また刹那自身が横島への依存度が高くなってしまい、美化したいという思いもあった。

「いや、まあ神は言い過ぎか。まあちょっと変わった霊能だが、効率が悪いし、よっぽど個数がないとエヴァちゃんとかがちゃんと対策立ててきたら負けるぞ」

「そんなことはないでしょう。先生がエヴァンジェリンに負けるとは思えません」

「い、いや、まあ、それはいい。それで他に聞きたいことはあるか?」

「いえ、ないです」

刹那は首を振った。大体横島の話しを刹那は信用することにした。嘘にしては理路整然としてるし、やはりこの世界では聞いたことのない能力を横島が持つ以上、疑いにくい。それに刹那自身がそういう世界があるといいと思う部分への期待もあった。

「そうか。じゃあもう遅いし寝るか?」

「はい……。あの横島先生」

迷うように刹那は言った。

「ど、どうした?」

横島はこのとき、刹那のつづきの言葉に期待している自分を感じた。

(生徒はダメだと思うが、こんなふうな態勢でいられるとな。我慢だ。我慢しろ)

浴衣から白い太股が覗き、刹那は非常に無防備だ。

「その、失敗をした私に、誰にもしない話しをしてもらいありがとうございます」

「あ、お、おう。はは、出身地の話しをしただけだぞ。信じてくれるなら生徒の誰に話してもいいしな」

この話しは横島にとり、しょせんその程度だった。正直いえば女子高に目がくらんできただけで、異界交流なんてものもどうでもよかった。

「まあ今はお前らがいるから、ちゃんと成功はさせたいと思ってるけどな」

横島は刹那の頭を撫でた。こんな荒唐無稽な話しでも信じる生徒が自分にもいる。ジークの話しなんてどうでもいいが、この生徒たちだけにはいい加減にはしてやれないと思っていた。

(よし、これで、このまま紳士的に桜咲を送り出そう。それが教師というものだ!)

横島は血の涙を流して教師であろうと思った。

「あの」

「うん?」

「それと、その……異界交流なんですが」

「ああ、どうした?まだわからんところがあるか?」

横島は英語の授業でもこうだった。自分がバカなので、人がわからないという気持ちは非常によく理解できた。だからわかるまで教えてやろうとする。それが生徒の受けをよくしていた。

「いえ、よくわかりました。その、それで、私もお嬢さまの護衛が第一にはなるのですが、もしよければその異界交流というものの手伝いをできませんか?」

頭に手を置かれたまま刹那は少し緊張したように言った。

「桜咲が?なんでだ?」

「だって……。もしその交流がうまく行けば私も隠れる必要がなくなるし、いえ、ああ、その、私情で申し訳ないのですが、お嬢さまにも堂々とこの羽も見せられるようになると思うんです」

刹那はパッと羽を現した。横島と2人なら別に羽を見せるのに問題はないと思った。そんな世界から来てる横島が自分の羽を見て元から一々反応するはずもないのだ。自分がこの羽のことを言っても横島が最初ぴんとこなかったのも当然だ。自分はそれにずいぶん苛立ったが、横島にとって羽があることなど、なんの問題があるのかも分からなかったほどだったのだろう。そう思うとひどく安心した。

「い、いや、まて。言っておくが桜咲。これはかなり長いスパンの話しらしいぞ。俺の交流は1年で終わるが、そのあとそのことが世間で認知されるのは桜咲が生きてる間にはないかもしれん」

なにせこの異界交流は横島の件はほんの触りである。小竜姫が生きてる年限を考えてみても、神族も魔族も気が長い。もしかすると100年以上先かもしれない。それに横島の世界が平和ぼけで滅ぶのも今日明日の話しではないだろう。

「そのときは未来に託します。でもあなたが成功しないと、その未来もないでしょう?」

「まあそうだが……」

刹那の反応が予想と違い横島は戸惑いを浮かべた。よく考えたら刹那の境遇から見て当然なのだろうが、協力したがるとは予想外だった。

「私じゃ足手まといですか?今日のようなドジは二度と踏まないようにするから手伝わして欲しいんです」

刹那は今日のミスを気にしてるのか、身を乗りだして横島の顔を間近に見た。必死な顔で、横島はまだこれに関していい加減に捉えてる部分もあるのに、ずいぶん思い込んでるようだ。

「め、迷惑じゃ全然ないぞ。ただ、この話はまだつづきがあってな、俺は非常に不本意なんだが、ナギって――」

横島はここまでくればとナギを自分が探さねばいけないこと。そのときに命の危険が伴うことも説明した。

「それでも意見は変わりません」

刹那は強くうなずいた。

「そ、そうか……まあじゃあ断る理由はないな。よろしく頼むな」

横島も刹那の意志が固いと見て、それ以上言うことはやめた。刹那はドジさえ踏まなければ強いのは分かっている。危険ではあるが、刹那にとってそれでも協力したいのなら止める気もなかった。ただ、若干横島のナギなんて男を探すのは本当はいやだとか、正直異界交流の第一陣に選ばれたのが面倒だとか思ってるのと、刹那の覚悟のようなものは違う気がした。

(う、ううむ、どうも俺の生徒は一部を除いて俺をよく思いすぎだな)

「じゃ、じゃあまあ本当に話しも終わりだ。寝るか」

「あ、はい」

そう言って刹那はなぜか頬を染めた。
横島は立ち上がって電気を消そうとして、座ったままの刹那を見た。

「さ、桜咲?」

「はい?」

「い、いや、お前は自分の部屋で寝ろよ」

「え……」目に見えて刹那が意外そうにした。「あの、いつものようにしてもらえませんか?」

「いつものように?そ、それはなに?」

「だって、新幹線で修学旅行が終わるまで甘えていいって」

「え……、いや、しかし、桜咲、ここ、俺の部屋だぞ」

(さ、桜咲、お前いくらなんでも大胆すぎる。こんなところでなんかしたら我慢する自信が微塵もない。ああでも、すごくしたい)

「わかってます。その、人目がない方がよくありませんか?私も見られたくないし」

それがなにを意味するのか刹那は分かっているように待っていた。でも、横島はこの辺が刹那はよく分かってるのかと思った。新幹線や公園のような場所ではない。人目もある場所でならブレーキもきくが男の部屋でこんな誘い方をしたら、このまま襲われても文句は言えないと思えた。

「見られたくないって……」

横島はゴクリと息を呑んだ。禁欲の誓いは覚えてるが、それを無視できる大義名分もあった。

(文珠がもう無い)

そんな理由では刹那に悪い気がしたが、切実でもあった。少なくともフェイトとやりあうならあと5個はいると横島は思っていた。なければ最悪木乃香を奪われてしまうかもしれない。そうなれば刹那も困ることだ。

(しかし、それならせめてエヴァちゃんに頼むとか)

思ったがそれもエヴァには失礼に思えた。

「いや、しかし、桜咲?」

横島は激しくどうすべきか弱った。刹那は綺麗で可愛いけど、生徒だ。ロリコン問題を持ち出す気はもう無いが、これはいいのかと思えた。

「どうかしましたか?」

刹那の方は横島が何を警戒してるのかわからないようだ。

「あのな桜咲。本当の本当にいいのか?」

横島自身自分に問いかけるように言った。

「え、あ、はい。なにがでしょうか?」

横島の緊張した様子に刹那もなんだか緊張していた。
でも横島が何をいいというのかはよく理解しかねたようだ。
刹那にとって横島は甘えさせてくれる優しい人だ。年齢的な釣り合いは18と14ならそれほど意識されるものではなく、学年で言えば高3と中3だ。そう考えればわずか三つ違いである。ここと横島の世界は時期がずれていたので横島はすでに18というだけだ。そして、キスや甘える好意は初めてのことじゃない。刹那はあの公園の夜以来横島に甘えるのが心地よくて、2人きりになれば、することと言えば抱き締めてもらうことだった。ただ人目をまったく気にしなくていい状況はこれが初めてなので、刹那はゆっくりできるぐらいに考えていた。

「朝までこの部屋は誰も来ないんだぞ?」

「朝まで……」

刹那はギュッ内股を閉じた。朝まであんなことをするのかと思うとひどく緊張した。

「いや、もちろん、朝までとかそういうのを期待」

横島が自分の失言に言い訳しようとして、しかし、刹那が距離を密にした。

「では朝まで甘えられますね」

「い、いや、あ、ああ。本当にいいのか?前も言ったけど、桜咲は俺が嫌いなぐらいだろ?」

「ふふ、まだそんなこと思ってたんですか。……嫌いな人にこんなに甘えるほど私も矛盾してませんよ。まだよくわからないけど、私はだんだんあなたを知るほど好きになっていってます。だからいいんです」

「桜咲……」

そう言われては横島ももう遠慮する必要も、それでも控えられるほど倫理感にとんだ人間でもなかった。2人は見つめ合う。そのまま恋人同士のように唇を合わせた。

「うんっ。ゆっくりするのは初めてですよね」

キスの合間に刹那が言う。布団に寝て、刹那が下になっていた。

「後悔するなよ」

「大丈夫です。好きにしてみて下さい」

「好き……お、俺にそんなこというと暴走するぞ」

横島の手が刹那のお尻に触れた。横島は心臓がドクドク言い、血管が切れそうだった。

「先生はっ。うんっ。いつもお尻を触るんですね。私のなんて、そんなに気持ち良いですか?」

「あ、ああ」

横島は息を呑む。お尻の感触も少女によって違う。真名はやわらかくてそれでいて手応えがあるし、アキラはなんというか一番手触りがいい、明日菜はこれが中学生のお尻かという感じがしたし、エヴァのは触っていると妖しい気分にさせられた。刹那もそれに似ていて小振りで、男がそういう目的で触れていいのかという未成熟さがある。横島は浴衣越しに何度も撫でると自然と刹那の息が淫靡にあがってくる。こんなに未成熟なのに、刹那ももう女なのだ。性について疎くても、甘えることで男を求めているのだ。

横島が刹那を抱き上げ膝の上にまたがらせた。公園で初めてキスをしたときと似たような態勢になる。向かい合うと唇を合わせて、自然と刹那は腰が前に出て、横島と触れ合った。

「こんなにしてる。スケベなんですね」

横島を下腹部に感じて刹那が少し責めるように見た。

「し、仕方ないだろ。こんなことして反応せんわけない」

「責めてるわけではありませんよ」

刹那はそのまま横島の胸に顔を預けた。このままでも十分満足しているのか、横島の手が時折お尻で動くのを心地よく感じていた。聞こえる心臓の鼓動。他に物音がしない。刹那はこのまま一緒に寝れば気持ちがいいと思った。自分がこんなふうに男性の胸の中に抱かれて甘える日が来るとは意外だった。羽を持つ自分は、1人だけが他と違う純白で、気味悪がられていた。男ならこんな自分を嫌うはずだと信じていた。

(でも横島先生ならそういう考え自体がないのだ。異界の住人か。魔族の恋人は死んでも、この人だとむこうにはいい人がちゃんといるのだろうか)

そう考えると胸が騒いだ。
気になって上を見ると横島が非常になにかに耐えるような顔をしていた。

「どうしたんですか?」

なんとなく察しがついたが刹那は尋ねた。

「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ。桜咲、こうしててやるから寝たければ寝てもいいぞ」

横島は刹那が甘えられるように胸にある頭を撫でてやる。あくまで甘える以上のことにならないように耐えているのだ。ウブな刹那に酷いことをしてしまわないように、ぶつぶつとものを言うのが聞こえた。

(優しい人だな)

「本当に妙な人だ」

少し刹那はおかしくなった。相当スケベで女性教師にならセクハラや覗きまでするのに、生徒には甘い。強引なことをして傷つけるのを恐れてる。自分だっていくら疎くてもちゃんと学校の授業は受けているのだ。保健体育も知ってる。それに男の人がどうしてほしいのかは横島とこうなってから少し調べもした。

(あんなこと私にできるだろうか。いや、しないと、この人にはしてもらってばかりだし……)

「先生」

「どうした?」

「その、いつもお尻じゃもの足りません。小さいけど、胸も触って下さい」

「へ?」

「あと、ここの触り方も教えてください」刹那は腰を横島ともっと近づけた。それだけで驚くほど横島が動くのが少しおかしかった。「本で見たのですがあまりよくわかりませんでした」

刹那が喋りながらも横島とまた唇を合わせた。
夜の帳はとうに落ち2人の拙い愛は朝までつづいた。






あとがき
ううん、ドロドロしてきそうな気配?
とりあえず一日目が終わりですー。
そして、15禁指定をしたことだし、直接描写をしない形で、
無指定よりエロを結構書き込みました(マテ
そしてエヴァは……。

ともかくこれから子供組に大人組も絡んできて、
もうどうなることやら自分でもよくわかりません(マテ
では、よいお年をー。











[21643] 胎動
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/01/17 10:31


「うん……」

刹那の目が醒める。
そして身体が自由に動かないことに気付く。一瞬何者かに拘束されたのかと思いかけるが、自分が誰かに抱き締められてると気付いて、となりを見ると横島がいた。ふと違和感がして自分の口に触れた。昨夜は何度も横島にキスをして、抑えの効かなくなった横島に自分は……。

(よく、最後までしなかったな)

横島のギリギリの自制心には感心する。正直自分の方がもう捧げてもいい気がしていた。なのに、横島はしなかった。本当はしてほしかったのに、しようとしてくれなかった。横島は一年でいなくなる。そんなことをして刹那があとで後悔しないようにとそればかり気にしていた。それでも刹那の口にはまだ違和感がした。

(好きだと思うとあんなものでも飲めるんだな。それに……)

刹那は自分の背中を確かめる。羽を昨夜からずっと出したままだった。できるだけ人に見られたくなくて一族のものにも見せないように気をつけ、麻帆良にきてからは神経質なほど出さないようにしていたのに、その自分が羽を出したまま寝てしまった。横島といると本当に自分の背中に羽が生えてるのが変わったことのない普通のことのように思えてしまう。それが不思議だった。思いながらもやはり他の誰にも見せたくなくて羽をしまう。

「そうだ。時間は?」

生徒の起床時間は7時だが、横島は多分6時ぐらいには起きねばいけないはずだ。寝坊をさせてはいけないと時計を見る。5時50分だった。

「あと10分か」

まだ少し余裕があるなとホッとした。刹那は横島をもう一度抱き締めた。なんだか甘えてるというより恋人同士の触れ合いのようで夢のようだった。自分にはこういうことは一生縁がないと思い、また望んでもなかったのに、この人と朝を迎えるのは存外に心地よかった。寝ぼけたように横島も抱き締め返してくれた。

(このまま全部いやなことも流されていけばいいのに)

なにもかもいやなことなど忘れて、横島に依存してしまえばどれほど楽かと思えた。でもそれはできない。木乃香は自分にとってそんなに軽くできる存在じゃない。なによりも自分の中にはまだ横島に対する蟠りもあった。その正体から目を逸らそうとする自分がいて、自分でもこれほどして横島のなにに蟠ってるのかわからない。

(傍にいればこんなに温かいのに)

刹那は横島の浴衣のはだけている胸に顔をうずめる。横島の男臭い匂いがする。もう心地いいとしか思わなくなった匂い。悪戯心と愛しさで胸に歯を立てた。そのあと強くキスをする。自分のキスの痕が横島に強く残る。すごく卑猥に見えた。こんな女らしい固執を見せる自分が滑稽に思えた。刹那は6時になるまで横島に甘えてから、

「先生」

体を揺すった。

「うん……。あ、お、おお、桜咲」

横島は目が醒める。すると浴衣の乱れた刹那がすぐに目に入った。
すぐに事態を思いだし、横島は昨日の情事が脳裏にぶり返した。

(や、やばい。こ、これは夢ではないのか)

エヴァのときもその幼い寝顔があるのがなにかの間違いであってほしいと思ったが、横島は刹那を見ると余計にそう思った。昨日はエヴァで今日は刹那。それぞれに理由があるとはいえ、生徒にこんなことをしていいのだろうか。それにエヴァはかなり年上だからまだしも、自分はついに年下の生徒にまでかなりのことまでしてしまった。禁欲の誓いは結局守りきれなかった。

(や、やってしまった。気持ちよさに負けて信用してくれてる生徒にっ)

「ぶつぶつまた声に出てる。私としたことで悩んでるのならお門違いです」

刹那は横島を覗き込んだ。

「い、いや、しかしっ」

「私も大人です。自分の行動には自己責任をとります。それより、もう起きないといけません」刹那は横島の頬を撫でた。「もし誰かに見られても、構わな……いえ、もちろん私が悪いことにしますが、先生の方が年上だし、私より強いし、あらぬ誤解を受けるとも限りません」

「そ、そうか、もうそんな時間か」

刹那に言われると自分が改めて悪いことをしていた気がしてしまう。それにやはりエヴァと刹那の2人にしてしまい罪悪感があった。でも2人と恋愛関係がない。エヴァは文珠のため、刹那は今まで甘えさせてくれる人間がいなかったから、ちょっと過剰になってる。そういう前提での関係。でもいくらなんでも文珠や甘えだけでこんな関係あり得るのだろうか。横島が倫理と、でも気持ち良いという感情とその他いろいろで考えてると刹那が目を閉じていた。まだ寝たいのではなく、なにを求められてるか、これが理解できないほど鈍感でもなく、つい唇を重ねた。

「うん」

刹那から横島の口に舌がもぐりこんだ。これでは甘えなどではなく男と女の関係以外の何物でもない。でも横島も刹那も心のどこかで逃げてキスをつづけた。

「少しまた膨らんでますね」

刹那がキスする合間に腰を寄せて横島に目をむけた。

「お、男は朝はこういうものなのだ」

「小さくしてあげましょうか?」

刹那の手があまり迷いもせずに横島の下半身を這う。その仕草は献身的で淫靡でとてもあの厳しい目で自分を見ていた刹那とは思えなかった。

「お、おい、桜咲。もういいっ」

「よくないからこうなるんでしょう。それより横島先生、文珠のことなんですが」

刹那が文珠のことを言う。昨夜のことだ。刹那が今触れてる部分の触り方を教えてほしいと言われ、あまりの衝撃に負け、いけないことを教えてしまったりしてる途中、黙って文珠を作るのはあまりに気が引けて、横島はその話を刹那にしてしまっていた。

「な、なんだ。もう数は十分足りてるぞ。って、桜咲、お前、どこにっ」

女というのは恐ろしい。エヴァもだが、少し先に進むととんでもなく大胆になり、男を圧倒する。こんな調子で刹那と修学旅行後はもう甘えないと割り切れるのかと不安を感じた。それほどに刹那は物覚えがよく、あまり拘らずになんでもしてくれた。性について無知なだけに余計な恥ずかしさを抱かないようだ。

「いえ、そのことではなくて、文珠をどうやって作るのか、他の人には言わない方がいいと思うんです。私はいいんですが、人によってはあまりいい意味に受け取らないと思います」

「あ、ああ、それはそうだな」

「そのかわり、その……あなたの異界交流に協力するとも言ったし、麻帆良にいる一年間は足りなくなれば言ってくだされば私が協力します」

刹那が横島に甘えるのは修学旅行が終わるまで、でも、文珠作りには横島が麻帆良にいる間ずっと協力すると言っていた。事実上、この関係を続けたいと刹那から言っている。

「へっ、いや、しかし、桜咲」

「私じゃダメでしょうか?」

「ぜ、全然そんなことはないがっ」

やはり女というのは恐ろしい。いつの間にか驚くほど大胆になってくる。それを断るすべを横島は持たなかった。でもエヴァもこのことは知ってるし、エヴァも昨日の朝、今の刹那と同じようなことを言ってたように思う。こんなことをしていて収拾がつかなくならないのかと不安を覚えた。でも好き合って持った関係ではないのが、横島のブレーキをおかしくさせていた。本来愛がなければしない主義の横島ではあるが、刹那もエヴァもそれが全くないわけでもないと曖昧なことを言うのだ。

「ならそうしてください。約束ですよ。私以外には文珠のことを言わないと」

それが独占欲だと刹那はまだ気付かずにいた。この気持ちのいい場所を誰にも渡したくないと無意識に思った。

「さ、桜咲っ。お前、急に強くされたら」

「教えたのは自分でしょう」

「お、お前が、教えてくれとか言うから、ちょ、おい、こら」

「わかってます」



「――あなたが好きではないと思います」

終わって、ふと刹那がつぶやいた。

「あ、ああ、わかってる」

刹那が甘えるように抱きつき、軽い放心状態で横島が言った。
刹那は昨夜も時折そう言った。そしてエヴァも自分にもう夢中なのではと横島が勘違いしそうになると、それを否定することを言った。横島はすっかりそれに騙されてしまっていた。2人とも不幸がつづきすぎて、警戒心が強く、どこまで甘えて許されるのかを知らず、完全に素直になるのに時間がかかる。そういう心理を横島は掴みあぐねていた。それでもどちらか1人なら問題なく結ばれたかもしれない。でも彼女たちは2人いた。そしてこの世界にいる限り、縁を切ってはいけない明日菜もいれば、完全に横島の射程に入る身体のものも横島に迫り始めていた。

(な、なにか霊感に激しく危険が迫ってると言われてる気がする)

(それだけでもなくなってきている。本当はもう……でも私は……)

刹那はいい加減にしないと自分はなにかおかしなことを言いそうで横島から離れた。
思うことが次々に矛盾する。やはり自分は木乃香の件がある限り、ダメだとも思った。

「あの、先生」

「な、なんだ?」

「その……もちろん好きだからも少しはあります。その、ですから、もし迷惑でなければ今夜も来ていいですか?」

「え、あ、あんっと、そそそそれはもちろん構わないが……まだ甘えたいのか?」

「はい……。あの、じゃあ今日はもうドジを踏まないようにお嬢さまの護衛をしますので」

刹那が仕切り直すように真面目に言うと、そろそろ起きる人が出てきたようで、廊下から人の声がしだして人目につかないうちにと部屋を出て行った。

「な、なんか知らんが怖い。なんかどうも桜咲に甘えられすぎのような。というより甘えるというよりなんか男と女だと言うだけになってきてるような。さ、桜咲の境界がよくわからん」横島はいきなり斬られたとき以上になぜかドキドキしていた。「ま、まあとりあえず、なんとか、最後まではしなかったんだ。それに桜咲は俺があんまり好きじゃないんだ」

刹那は横島を好きじゃないと言った。それが横島にとり、唯一の救いだった。しかし、この先本当は好きだと言われたらどうすればいいのかとも思えた。刹那だけじゃない。明日菜もエヴァもなんとなく最近自分が好きなんじゃないかという気が横島はしていた。いや、それはうぬぼれが過ぎる。少女たちは自分などよりちゃんとした男がまた見つけられる。自分はここに一年しかいないのだ。そんな男に惚れたところで仕方のないことだ。そうして自分を許し、言い訳するうちに、横島は抜け出せない深みへと足を踏み入れていくのだった。



「あの、亜子。少しいい?」

そのころ、明日菜達の部屋で全員が朝食に出た後、亜子とアキラだけが残っていた。アキラは昨日夜遅くに帰って来ていて、詳しいことは亜子にも他に仲のいい裕奈やまき絵にも伝えてなかった。とうのアキラ自身も魔法についてはかじりはしたが、横島に詳しいことは聞けずじまいで朝を迎えていた。

「うん?」

と、亜子は首を傾げる。

関西出身なのだが、気が弱くて、お人好しな少女で、それでも恋愛ごとには疎い3-Aではまだ進んでいる方だった。というのも、以前先輩に告白して振られた経験があった。成功していれば彼氏持ちという意味で経験豊富と言えなくもない。でもそれ以来、恋愛には臆病で横島が好き、と言われている中でも、一番行動に起こせていない一人である。
なにせ夕映のように横島と考古学という共通の趣味(亜子が勘違いしてるだけで横島の趣味では無い)もないし、刹那やエヴァや明日菜のように好意をありありと示す(亜子視点)勇気もなかった。なにより、アキラのように抜きんでたプロポーションがなかった。
だから、自分でもこれではダメだと思い、裕奈とまき絵の後押しもあって同じ班での行動が出来そうな明日菜、木乃香班に入れた好機になんとか行動の一つでも出来ればと考えていた。ただ、それへの具体的ビジョンはなく、同じ班行動にしても、明日菜か木乃香が横島を誘ってくれるだろうなんていう曖昧な期待に任せていた。

「あの……」

一方、声をかけてきたアキラは言いにくそうに言葉に詰まった。

「どうしたん?早く行かんと、もう明日菜とかまき絵も先に行ったで?」

「その、亜子と二人で話したくて、私が先に行ってもらったの」

「私と?あ、そうか、横島先生まだ班行動に誘ってないとか?って、それやったら、急がんといいんちょも夕映も今朝言うつもりらしいで」

今日の班行動。亜子はアキラの横島への好意には気付いてたし、お互い別に話し合ったわけではないが横島には共同戦線を張っていた。ただ二人とも奥手なために、共同戦線と言っても、せいぜい裕奈とまき絵に背中を押してもらっている状態だ。だからアキラとは横島を巡って、仲違いとかそういうことも今まで無かった。まあ横島のレベルが高すぎて(亜子視点)アキラと争うという感じでもなく、亜子としてはお互い遠くで見て満足してるような気分だった。

「えっと、うん、横島先生のことだし、私が班行動に誘おうと思ってる」

「へ?ほんまに?」

亜子はアキラの真剣な様子に目をぱちくりさせながらも声を上げた。

「うわー、なに、急にどうしたん?すごいやん。ああ、うちどうしょう。やっぱり一緒に誘おうかな。でも、いいんちょに夕映も動きそうやしな。もし断わられたらと思うとあの思い出が……」

昔の告白失敗の思い出が蘇る亜子は泣いた。
それでもどこか冗談めかしていて、亜子はまだアキラがどこまで真剣に言ってるのか気付いてなかった。

(言わないと、うん。亜子にだけはちゃんと言っておかないと)

一方でアキラはギュッと胸を押さえた。
アキラは昨日の夜、横島と旅館へと帰りながらずっと考えていた。元来、何事も考えて行動するタイプで、基本的に夕映ほどではないが、理由を決めて行動したい方だった。だから帰りの間、横島が傍で歩いてることに心臓がドキドキしても、この状況だからなのか、それとも横島だからなのか、見極めようと努めていた。

横島がスケベなところはそれほどアキラは嫌いじゃなかった。
男性の場合それが当然なのは知ってるし、横島の場合それが大きすぎるのも許容範囲だった。なにより、いつも大事なときに助けてくれる。それが三度にもなれば何か運命的にも感じられた。考えれば考えるほど逆に横島を嫌う理由が見つからず、アキラは昨日の夜。もう真名たちがいてもいっそ好きだと告白しようと思った。だが、それを踏みとどまったのは、この親友への筋だけは先に通そうと思ったからだ。

裕奈とまき絵にはそのことを伝えた。二人とも亜子のことがあるので、一瞬複雑な顔をしたが頑張れと励ましてくれた。あとは亜子である。これでもし運動部の仲良し4人組の関係が崩れたら、自分の責任だと思う。それでも昨日、横島が現れたそのとき、自分はこの人しかいないのだと思ってしまった。

(ごめん亜子。私はもう自分の気持ちが抑えられない)

だからアキラは行動を起こす覚悟を決めた。

「明日菜と木乃香の話だともう誘ってるから大丈夫みたいだけど、私はそのとき行動に出ようと思うから、自分で言っておきたいと思うの」

「あ、なんだ。それやったら楽勝やな、ならうちも……って、ほへ?」

親友の言葉に亜子は自分がどんな顔をしたのか、よく分からなかった。

「行動て、アキラ……」

「うん、横島先生にちゃんと『告白』する。亜子が横島先生を好きなのも知ってる。自分の行動が四人にとってどれだけ迷惑なことかも。何より亜子にどれだけ酷いことかも。でも昨日の夜。私、実は変な人たちに襲われかけたの。でも、また横島先生が助けにきてくれて、私は、ああやっぱりこの人が好きだと思った」

「そ、そんな、アキラちょっと待ってや。そんなん急に言われて、うちかて好きやのに」

亜子は少し自己嫌悪した。アキラを助ける横島を見て、あとから好きになったのは自分だ。でも自分はアキラも好意があるのを知っていて横島を好きだと声に出して言ってしまった。あのとき、それでもアキラは別に怒らなかった。なのに自分は今のアキラに少しむかっとしている。

「うん、分かってて私は言ってる。酷いなって自分でも思う。だから成功しても失敗しても私は4人の仲にはもう戻らないでおく。私なんかと仲良くできないだろうし」

「そ、そんなんアキラ勝手すぎる」

おまけにちょっと涙が出てしまった。まだアキラだって告白したわけでもなく、わざわざ自分にだけは筋を通そうとしてくれたのになにを言うのだ。自分はアキラのように横島と接する機会もなく、ただの憧れではないかと思ってたのに。もとから最終的には告白できずに終わる気すらしてたのに。なにをムキになっているんだろう。いいじゃないか。告白する友達を暖かく送りだせば。

「ごめん」

「アキラ本気なん?」

「うん」

「そうか……」自分はここまでの覚悟も勇気もない。横島にたとえ告白しても、みんなと友達関係を崩したくもない。でも告白が成功したら友達関係が崩れてもいいとちょっと考える自分を感じ、アキラに負けた気がした。「はあ、もう、そんなふうに言われるとなあ。なにも言えなくなるやん。アキラは凄いな。うち全然や」亜子は自分はもう横島はやめようと思った。亜子にとって横島はとんでもなく格好いい、以前告白した先輩以上に手の届かない存在のようなものだった。「アキラの覚悟は分かったよ。ならうちはもう先生のことはやめとく――」

「それが出来ないのが女心。分かるぜ。分かるぜ姉さん」

と、そこに現れたのは見たことのあるオコジョ。アキラの肩にひょいとよじ登ってタバコに火を付けた。

「え、これ、横島先生の肩にいっつもいるオコジョ……え?」

昨日の夜、喋るオコジョや魔法を見たアキラはともかく亜子は目を激しく瞬いた。

「俺っちは横島の旦那の恋愛の一切を取り仕切るアルベール・カモミール。オコジョ妖精ってケチなやろうでさ。姉さん方、旦那のことでお悩みかい」

プッハーッとカモは紫煙をはき出した。オコジョとは思えぬオヤジぶりである。

「おおおおおおオコジョが喋った!!!」

と、亜子は慌ててしまい大声をだし、アキラに口を押さえられた。

ちょうど廊下を歩いていた少女がその声に気付くが、そのことを二人は知るよしもない。

(うん、この声は……?)

「落ち着いて亜子、横島先生は魔法使いなの。でもそのことはみんなに秘密にしてる」

「ふぁ、ふぁ、ふぁほうふふぁい!?」

アキラに口を押さえられながら亜子は二度目の衝撃を受けた。

「信じられないのは分かるけど、横島先生はこのことを秘密にしなきゃいけないらしいから叫んじゃダメ。私が車に轢かれかけたときがあるでしょ。車に轢かれてもあの人は大丈夫だった。みんな運がよかったって考えてたけど、ホントは違う。先生はきっとあのとき魔法でガードしたの」

アキラは確信はないが素早く状況を推理して、一番適切なことを言う。

「え、え、え、なに本当なん!?」

亜子は口を解放されて、それでも興奮して若干大きめの声でカモに聞いた。

「まあな、姉さん方、旦那に飼われる俺っちを信用しな」

「し、信用って、言われても」

まだ動揺が抜けないが亜子は、自分の頬をつねって引っ張った。痛かった。

「それにしても姉さん方。ずいぶん面倒なことになってるじゃねえか。かたや思いを抑えきれず、かたや自分も好きで、すんなり送り出せない女心。分かるぜ。亜子姉さんは別に酷くねえよ」

「うん、亜子は酷くない。酷いのは」

アキラが『自分だ』と言いかけたのをカモが制した。

「いいやアキラ姉さんも酷くないぜ。押さえ切れない女心。お互い無理のないことだ」

「「そんな私が悪い」」

アキラと亜子が同時に言った。

「麗しきかな女の友情だ。うんうん。いがみ合うのはやめようぜ。お二人さん」

「あ、うん……」元々アキラの方が正しいと思っていただけに亜子は喋るオコジョを置いておいてうなだれた。「ごめん。急だったからうち、アキラに酷いこと言うてしもた」

「亜子が謝らなくていい。私が我が儘で」

「まあまあお二人さん。お互いを責めるのはそのへんにしときな」

完全にオヤジモード全開のオコジョだった。こういうときのカモはかなりタチが悪かった。

(ふ、偶然、通りかかったが、こいつはついてるぜ。いい話が聞けた。こいつを上手く導けば、今夜の俺っちの計画がますます面白くなるってもんだ)

「どうだ。姉さん方、告白するのしないので揉めてるんなら、いっそ二人同時に告白するってのは」

と、カモはプッハーと紫煙を吹き出し、とんでもないことを宣った。

「「え?ええ!?」」

虚を突かれてアキラも亜子も叫んだ。

「落ち着きなよ、お二人さん」

「で、でも、二人でって!」

「そう悪い話じゃないはずだ。旦那はああ見えて相手が生徒だと、異常な程手が遅いのは知ってるだろ。あれは、よっぽどのことがねえと手を出しちゃいけねえと自分に言い聞かしてるんだ」

(くく、表向きはな。でも俺っちは昨日見てたんだ。剣士の姉さんと旦那がしてることを。そしてその外では切なそうにエヴァの姐さんがしてたことも。それを見て俺っちは悟ったんだ。旦那はとんでもないエロ魔神だと。あのエヴァンジェリンが外で邪魔もせずにあんなことしてるとは。浮気したことを怒るどころか、邪魔をして旦那に嫌われるのを恐れて1人で我慢してるとは。もう、もう、俺っちはもうあんたにどこまでもついてくぜ!)

「おそらくアキラ姉さんが告白しても生徒である以上は答えは期待できねえよ。逆に周りの旦那を好きな奴らに危機感を与えるだけかもしれないぜ」

「それは……」

カモの言うことはなんとなくアキラも感じていた。横島は真名を背負うときも『俺は生徒に手を出さない』と呪詛のように呟いていた(実際は行動と言動が恐ろしく不一致なのだが)。そうしないと真名を襲いそうなのだと勘付くところはあったが、なかなかあの壁は分厚い気がした(本当は極薄なのだが)。まだ一番積極的なあやかや夕映(アキラ視点)もなかなかその壁に苦戦しているようだった。

「だからだ。ここは仲のいいもん同士で共同戦線と行こうじゃねえか。旦那がこの麻帆良学園にいるのは姉さん方が卒業するのを持ってくれやしないんだ。卒業と同時に姉さん方が手の届かないほど遠いところに行っちまうんだ。高校生になってようやく旦那のストライクゾーンと思えば、そのときはもう旦那はいない。期限切れなんだ。これじゃあ悲しすぎるぜ」

「そ、そうなん?」

亜子が思わず食いついてしまう。横島が担任なのはあと一年だと分かっていたが、それが、完全な期限切れに繋がるとは思ってもなかったのだ。同じ麻帆良でまだ教師をしてると思っていた。

「ああ嘘はつかねえ。旦那は一年経てばここにはもういない人間だ。どこに帰るのかは俺っちも詳しくしらねえけど、本人に聞いてもいいぜ。で、だ。時間もねえことだし、ここは二人どちらかなんて言わずに、二人で旦那の心や、魔法の秘密にどっぷり浸かって、卒業するときには、旦那にとって無くてはならねえ存在に二人でなるんだよ。どっちにするかは旦那が遠慮無く向かってくる卒業してそれからでいいじゃねえか。見たとこアキラ姉さんは口べたすぎるし、亜子姉さんはボディがたりねえ」

アキラはそれには言い返せず、亜子はまだまだ少女の自分の胸を見た。

「足りないところをお互い補えば旦那の争奪戦を制するのも不可能じゃねえよ。どうだい。どうだい。お二人さん。お互い一人じゃ口もスタイルもいい、いいんちょ姉さんや、明日菜の姐さん方への勝算は薄いと思うだろ。無茶苦茶積極的な刹那姉さんやエヴァの姐さんに勝てるのかい。でもな、全員に言えることはまだ誰も旦那に自分の想いを伝えてないってことだ。この点じゃみんながまだ同じラインでとどまってるってことだ。どうだお二人さん。旦那を好きになったんだ。一番先に名乗りを上げて、どうせなら旦那をものにしちまえよ」

「それは……」

「おっと、でも告白してそれで満足なんてガキのすることだ。どうせなら成り行き任せや旦那が好きになってくれるのを期待してるだけじゃなく、自分たちの力で強引にでもものにして結ばれねえと」

言葉巧みにカモは二人を誘導した。

「で、でも、私は後から言ったし……ね、アキラ」

亜子はさすがに遠慮が出た。横島も大事だがアキラという親友も捨てがたい。さりとてアキラと付き合う横島をもし見れば、自分はまたあの運動部四人組の枠に戻る自信もなかった。でもやはり後から言いだした引け目がある。

「まあ、あとは二人で考えな。外野の俺っちができるアドバイスはここまでだ」

と、カモはアキラの肩から飛び降りた。
それは二人にとり絶妙のタイミングで、責めれば粗の出るカモの理論も言いたいだけ言って去られれば責めようもなく、効果だけが絶大に残るのだ。

(ふ、ついに俺っちはやっちまったぜ。これで良いオコジョも卒業だ。旦那。俺っちあんたは女1人で満足できるようなたまじゃないと見たんだ。そう、あんたなら、あのエロパワーなら『ハーレム』が造れる気がするんだ。俺っちはその高みを見てみたいんだ。一年後までに3-A仮契約全コンプリート。本契約も考えたが旦那のそのエロパワーを一人で受け止めるなんてとても不可能。これはもう宇宙の真理だ。だからこれは諦めるぜ。本契約でなくってもやれることはやれるんだ。そう、さらには3-Aハーレム化。そのために及ばずながら協力するぜ!)

横島が頼んでもいないことを考えるカモはちょっと黒かった。やはりなれないことはすべきじゃない。ちょっと良いことをしすぎて反動が来てるようだ。

「亜子はどうしたい?」

二人になってアキラが尋ねた。

「わ、私は、正直言うとアキラなら横島先生も十分に振り向いてくれると思うし、大丈夫だと思う。だけど、仲良くする二人を見るのは辛いし、よく分からん。ごめん。でも、アキラのことも好きやし、ああ、うちどうしょう」

亜子が頭を抱えた。

「私は、亜子はそう言ってくれるけど、確かにカモさんの言うように、横島先生は生徒に手を出すのにかなり抵抗があるみたいだし、自分にも自信がない。それに私は口べただし……亜子さえよければ、一緒に頑張ってもいいと思うんだけど」

「ホ、ホンマに?」

「うん、それにやっぱり亜子とは友達でいたいし」

「アキラ……うん、私もだよ。アキラとは友達でいたい」

「じゃあ亜子」

「よし、じゃあひとまず休戦って言うか、今までと同じだけど二人で頑張ろう!」

がちっと二人が握手した。

(へえやるじゃないあのオコジョ。これは行ける。横島先生は魔法のこと教えてくれそうもないし、明日菜か木乃香に当たろうかと思ったけど、あのオコジョには私と同じ匂いがするわ。しかし、先生ってば、なんで私だけ隠すんだろ。ま、まあ良いけどね。その方が燃えるし)

影に隠れていた少女は某情報神の存在など知らず、今朝、自分にしては珍しいほど潮らしく本気で頭を下げて、
『昨日は迷惑かけてごめんなさい。危ない中なのに、助けてくれて本当に感謝してます』
と謝ったのに、
『これに反省したら、もう2度と出しゃばるなよ。お前は絶対に役に立たない気がすごくする』
と言われてしまい。軽く疎外感を感じ、なにより、今朝の段階で横島のことを知ってそうな人物を見つけ、悪いのは自分だけど、自分だけ仲間はずれで面白くなかった。
だから、「これで仮契約二人ゲットだぜ」とにやにや笑いが治まらないカモの後を追った。



『では麻帆良中のみなさん。いただきまーす』

一日目にして過酷なほど色々あった横島は、陰でもいろいろうごめいてるとは知らず、二日目の朝、大宴会場でお膳を並べ朝食となる。全員が「いただきまーす」と元気に答えて礼儀正しくとはいかないまでも、わいわいがやがやと昨日の話題や夜にしたゲームや怪談話で盛り上がっていた。
学園広域生活指導員でもあり規範に厳しく『鬼の新田』とも呼ばれている新田は生徒達とは食べずに見回り、横島は3-Aの食卓で葛葉と並んで座って食事である。

「葛葉先生!今日は是非僕と班行動をしましょう!」

そして横島が、懲りもせずに葛葉に迫った。現在数えきれない連敗記録を更新中で、公然と行われる先生間の職場恋愛に女子生徒達は生暖かい視線を送り、さりとて横島を好きな数名は戦々恐々と見守っていた。

「黙れウジ虫。ご飯がまずくなる」

修学旅行の初日の朝から遅刻した件もあってか、最近ますますけんのんになる葛葉に断られ、横島は滂沱の涙を流した。刹那やエヴァのような未成熟組に手を出してしまうのも、大人成分が足りないからだと奮闘中なのだが、結果はまったくついてきてなかった。

「いいんだ。葛葉先生に振られても明日は来るんだ。明日になったらいいこともあるんだ。泣いたらお日様に笑われるんだ!」

「懲りないなあ先生」出席番号二番で相坂さよが休みのため、横に座る朝倉が呆れた声で言った。「せめて口説くなら他の女性教師に声をかけるのをやめないと無理だよ」

「言うな朝倉。しずな先生のあの乳や、シスター・シャークティの日本人にはない冷たくも優しい瞳、高音さんのあの初々しい反応。できん。俺にはできん。たとえ倫理が正しくても美人の姉ちゃんに声をかけんことなど俺にはできんのだ!」

魂の叫びを上げ横島は本気で涙した。
とにかく大人と恋したかった。

「重傷だねこりゃ。あっちもこっちも粉かけてばっかりして、先生って本命とかいないの?」

さりげなく、でも興味津々に朝倉が聞いた。このつまらないはずの会話に、3-Aの生徒のほとんどが、耳をそばだてる。横島に興味がない生徒にしても、その好意が誰に向いているのかは興味深いところであった。

「今はまあ葛葉先生だな」横でブーッと葛葉が味噌汁を吹き出した。若干顔が赤い。完全に嫌ってるわけでもないようだ。「でも強いて言うなら世の中全ての美人の姉ちゃんは俺のもんだと言いたい!!」

葛葉が横で箸をベキッと折る。他の何人かの少女の箸も折れる。
横島は女心の理解をもう少し深めた方がよかった。

「旦那、分かるぜ、その気持ち。俺っちには痛い程分かるぜ!そうか、俺っち間違ってねえんだな!」

「こ、こら、エロカモ。人前で声だすな!」

カモの口を明日菜が慌てて押さえ、

と、そこに、

「おい、アホ」

後ろからエヴァが声をかけ、横島の頭を踏みつける。
横島は膳に顔を突っ込んだ。

「って、なにすんのじゃ!」

「細かいことは気にするな。それより横島、お前今日は空いてるか?」

エヴァが頭を踏んだことも気にせずいたって平静そうに尋ねた。
これに横島に声をかける機をうかがっていた夕映とあやかが慌てた。

(ゆ、夕映。朝食後なんて悠長なこと言ってるから!)
(いえ、しかし、何事にも段取りというものがあるです。いきなりは反則です)

「今日はダメだ。エヴァちゃんの遊びの相手どころじゃない。明日菜ちゃん達ともう約束してるんだ」

エヴァには親書や木乃香が狙われている可能性のある話をしていたため、横島は遠慮なく言った。

「ち、では明日は」

(よかったわねあやか。あの人誰か他の人の先約があるそうよ。一生先約があればいいのにね)
(ああ、千鶴さん相変わらずとげとげしい。で、ですが、今日は明日菜さん達が先約とってるみたいで、元から割り込む余地が無かったのです。それに、明日の自由行動なら、二人きりとかにもなれると思って)
(いいんちょ、どうすんの?ここで割り込む?そういうのはむこうも思ってると思うよ)

「ぼけたかエヴァちゃん。明日も野暮用だって教えただろ」

「では明後日は」

(ま、まずいですわ。明後日しかもう行動できる日がありません!)
(夕映、これはやばい!)

「「先生!」」

たまらず2人の声が重なった。

「「あ、あの、明後日の自由行動私と一緒にしませんか!」」

ほとんど2人が同じことを言い、あやかに夕映がにらみ合う。

「なんでいいんちょが出てくるです!」「それはこっちの台詞ですわ。別に占有権はあなたにないでしょう」「うう。デカ乳敵です。では、こ、ここは公平にジャンケンです!」「で、デカ乳。の、のぞむところですわ」「元々の位置を追われた恨み、ここではらして、お寺巡りです」

あやかは元々横島をそれほど嫌ってはなかったが正義のヒーローと知ってから、かなり好意を寄せており、母性本能が強いのかだらしなところも気に入っていた。夕映は元々横島の知識の深さに惹かれ、何度も古代文献について聞くうちに、かなり気になる存在になっていた。おまけに夕映は木乃香と仲がいいこともあり、元々は明日菜の班になる予定だったのだ。だから夕映はアキラ達に班行動の座を奪われたことにかなり不満を感じていた。そんなわけで2人の間で火花が散った。しかし、その火花を散らし合う乙女の空気に気付かずに横島が言った。

「いいぞ。じゃあエヴァちゃん四日目は一緒に行くか」

「「そ、そんな!」」

2人の不満の声が重なった。

「雪広と綾瀬も一緒に回るか。ちと人数が増えるが、エヴァちゃん、別にいいだろ」

「「「へ?」」」

こういったことでは空気を読めないことで横島の右に出る者はなかった。
だがエヴァの表情にはありありと不満が浮かんだ。

「ハーフの小娘には優しいくせに……」

エヴァは横島に聞こえないような声で言う。
見てしまった刹那と横島の情事。不快だった。私のものにあんな小娘が触れたなど、わからないように始末することすら考えたが、霊能者の横島にはおそらくばれることを考えるととても行動は起こせなかった。

それにおそらく刹那は木乃香のことがある限り、あの話を聞いても横島に着いていく選択はできないだろうという有利さがエヴァにはあった。自分はあのとき、つい空間転移で逃げて、あとでこっそり気になって戻ったら、刹那と横島がすでに話し込んでいた。横島のを見て恥ずかしくなるような行為にまで及んでしまったが、ある決意したのだ。

ナギの有無はもうどうでも良い、いや、あの話を聞き、横島以外の男にまだ少しでも未練を残していたのがおぞましかった。とくに横島に自分がまだナギに未練を残してると想われるのがいやだった。なにせエヴァは横島が自分をこの窮屈な世界から、横島の世界に連れだすためにここにいるのかとすら思えたのだ。

「どうしたエヴァちゃん難しい顔して」

「なんでもない」横島には嫌われたくない。でも面白くない。自分と行動しない間ずっと刹那と行動するのだ。またあの女の唇が横島と重なるのかと思った。思うと自然に言葉が出た。「だが、修学旅行中お前は私の保護者のようなものだろ。行きたい場所に行くのは4日目だけでいいが、他は全部お前についていって行動する」

エヴァは一見では、見た目相応に子供の我が儘のように言った。

「へ?い、いや、エヴァちゃん。たしか自分の好きな場所に行くはずじゃないのか。班行動も全部予定は立ててるんだろ」

「そんなものはいい」

「いいって」

横島が困った顔になった。あやかも夕映もどうもエヴァが自分たちと違う雰囲気で横島を誘っている気がして、声をかけあぐねた。

「いや、まあ着いてきたいなら別にいいが」

「よくありません」

と言ったのは少し離れた席に座っていた刹那だった。

「小娘、今、なにか言ったか?」

エヴァは瞳に本気の殺意を込めた。
その気に当てられ大宴会場全てで騒いでいた生徒全員が黙り込んでしまう。

「言いました。エヴァンジェリンさん。以前から思ってましたが、あなたは以前から横島先生に無茶を言いすぎです。ただでさえ迷惑なのだから修学旅行ぐらい、みんなと行動すればどうです」

刹那から見てエヴァはただの凶暴な吸血鬼。横島は甘いところがあるし、油断して血でも吸われれば大変なことになる。とくにエヴァを解放してしまったこの5日間は油断はできない。下手をすれば横島を操って無理矢理全解放させる手段もとるかもしれない。それに木乃香の護衛もあるのに、エヴァまでいるなど警戒対象が増えるだけだ。

「き、貴様がそれを言うか……」

エヴァの周りがゆらりと歪む。他の誰に言われてもここまで頭にこないが、刹那に言われたくはなかった。自分の使命から逃げてそのあげくに横島に迎えにきてもらい、いまだになんの一歩も踏みだせずに、横島に甘えているのはそっちじゃないか。肝心の木乃香とまともに喋りもしてない女がなにを言うのだ。

(しかし、そうだ……本当に迷惑かもしれんではないか)

なにより突かれたくない痛いことでもある。ひょっとして心の底ではエヴァは横島に迷惑がられてないかと怯えてもいる。そういうのを関係なく甘える刹那も許せなかった。

2人に間で火花が散り、葛葉がその様子にため息が漏れた。
こうなるのではないかと危惧していたのだ。エヴァの我が儘に刹那が注意し、それをプライドの高いエヴァが怒ってるだけのように見えた。ここでもし問題が起きれば横島は自分の立場を危うくする。エヴァに至っては庇ってくれるものもなく封印となりかねない。いくら今は手に負えなくても封印解除は5日間だけだ。それが終わればいくらでもこっちに対応の方法はある。エヴァもそれは承知のはずだ。なのにエヴァは本気でただ事じゃない魔力を放ち出す。

(エヴァンジェリン。封印されてないあなたはただの賞金首なのよ。それにこの男が協力したら)

葛葉は横島を見る。エヴァと横島が組んだ事態。想像するだに頭が痛い。ともかく葛葉は瀬流彦に目配せをした。瀬流彦も承知しているように生徒の避難に動こうとした。高畑ならもう少し対応も違うが、2人ともエヴァとは親しくなく、少し注意しただけで『闇の福音』が大人しくやめるとは思ってなかった。

「どうしたエヴァちゃん」

だが横島がそんなエヴァの頭を撫でた。

「横島……」

そうするとエヴァから魔力も殺意も瞬時に霧散した。

(こ、こいつはすぐにこういうことを)

人目があるのがエヴァは激しく恥ずかしかった。

「桜咲、少し言いすぎだぞ。俺はエヴァちゃんを迷惑なんて、一言も言ってないだろ」

「あ、うん。すいません」

刹那の方もシュンッとなって大人しくなった。正直に言えば横島への好意がありありと見えるエヴァが気に入らない。でも刹那も横島へのマイナスイメージが多いことは自覚していた。あまりいやな子だとは思われたくなかった。

「エヴァちゃん。着いてきたいなら別にいいが、どうする?久しぶりの外だろ。エヴァちゃんも俺のことなんて気にせずに自由に動き回っていいんだぞ。学園長もいいって言ってたしな」

「あ、うん。そうか。その、そうだな。べ、別に、今のは冗談だ。お前も私と一緒には動かん方がいいんだろ。私は正体がばれるとまずいし……。でもだな。4日目はよければ私と行動しないか。お前のためになる場所に行ってやるぞ」

エヴァは後半を横島にしか聞こえないように小声で言う。

「ああ、そうか忘れてた。でも別に力さえ使わなきゃ全部一緒に居てもいいんじゃないか?親書のときだけ外れてもらう方がいいだろうけどな」

「そ、そうか?迷惑じゃないのか?」

「どうしたエヴァちゃん。遠慮するなんて変だぞ。なんで俺がエヴァちゃんを迷惑がるんだ?」

「そ、そうか。ぜ、全然迷惑じゃないのか」エヴァは嬉しくて仕方なかった。「じゃ、じゃあ、お前と一緒がいい」

つい、格好つけるのも忘れて子供のように言ってしまう。

「そうか。ああ、しかし他のエヴァちゃんの班のやつはいいのか?」

「問題ない」

エヴァの班はザジに刹那に茶々丸に相坂さよだ。刹那は班行動のときも木乃香の護衛につく気でいたし、そうなれば問題があるのはザジだけだ。横島はザジを見ると彼女もいいようでうなずいた。

(よかった)

葛葉の方もホッとした。
エヴァの単独行動はあまり賛成できなかったのである。今の様子ならエヴァは完全に横島になら従うようだ。それなら一緒に行動してくれた方が自分たちの負担も減るというものだ。まあ一応、もう一度親書を渡しに行くときは別行動をするようにと、もし西からの襲撃があってもエヴァに手を出さないようにと、横島からエヴァに注意させればいいだろう。

(それにしても変わった男ね)

横島という男はエヴァに対しての警戒心がほとんどない。葛葉も修羅場経験はいくつも踏んできたのに、エヴァとなれば過剰に神経がすり減る。怖がりもせずに逆に我が儘を聞いてやるなど、これでは本当に教師と生徒のようだ。いや、兄妹というか、まるでエヴァが子供に見えた。

(エヴァンジェリンは横島先生が好きなのか?面倒なのに好かれたものね。それに刹那もどうも妖しいし。他にも教師にしては好意を持たれすぎの子がいるようだし。はあ、どうしてこの男は問題ばかり起こすのかしら)

一応、3-A副担任の葛葉にとって頭の痛いことだけがひたすら増えた。

(やられましたわ)
(く、我が儘言ったもの勝ちなんてずるいです)

あやかと夕映はといえば完全に出遅れてしまっていた。今更、自分たちもとは言えない。第一あやかの方はずっと行動する千鶴が横島との行動に乗り気じゃない。夕映の班も横島と行動するのに自分たちの行動まで変えるのはいやがるものがいる。結果として、引き下がらざるを得なかった。

一方で自分が望む以上の答えが得られたエヴァは上機嫌だ。

「なにせ外に出るなど久しぶりのことなのだ。4日目の全ての予定を完璧に決めているからな。小娘達も文句はあるまい」

エヴァが夕映とあやかを睨んだ。
この上、エヴァは4日目も自分が仕切ると言いたげだ。あやかも夕映もさすがに面白くない。第一、出来ればこのメンバーは避けたかった。全員が牽制しあって、横島との進展など望むべくも無い。だがここで自分とだけ回ってほしいとも言い出せず、断れば修学旅行中の横島との行動は全滅となれば頷かざるえなかった。

「は、はあ……。まあいいでしょう」

(仕方がありません。先生の野暮用と言えば正義のお仕事でしょうし、修学旅行では誰も行動に移せないということでよしとして、今度、雪広財閥所有のリゾート地に横島先生を招待すればいいだけのこと)

あやかも納得することにした。どのみち千鶴と一緒では横島に近寄りにくい。横島には用事があるようだし、エヴァもまさか修学旅行中にそれほど横島に近づけないだろうと無理無理納得させた。

「私もいいです」

(ううむ。う、頷かざるえないですけど、これはまずいです。エヴァンジェリンさんの戦闘力でそこまで行くとは思えませんが、まだあの4人がいるのに。いえ、むしろ怖いのは1人)

夕映が一番気にしていたのは実のところエヴァではなかった。あやかはお人好しでわかってないようだが、明日菜たちの班にはもっとも怖い人がいた。その人はどうも今日、動く気だという情報もキャッチしていた。

「あの、横島先生。今日は班行動よろしくお願いします」

そこにアキラが声をかけた。

「横っちよろしくな」

それに続いて亜子も言った。

「ああ、今日はどこいくんだ?」

横島は明日菜と主に木乃香が班が一緒のため、行動すると決めていたアキラと亜子に返事をする。アキラも亜子もこんな場所でなにも大事な言葉を言う気はないが、緊張してか、いつもより声がうわずっていた。

「奈良公園や」

「おう、鹿か」

「そうや。奈良と言えば鹿か大仏やねん」

奈良公園と言えばまずそれを思いついて横島が言った。
その後ろであやかの方もこの二人がまだいたのだと思いだし、今回の修学旅行で望み薄なのを悟った夕映とが密かに泣いていた。






あとがき
いろいろとタイトルどおり不穏な感じです。
てか、ごちゃごちゃしすぎですね(アセ

今回はカモが珍しく余計なことをしてます。
というか、このまま振り切りそうな勢い(マテ
横島はドロドロしてきてる中で、誰にも刺されず、
はたしてハーレムは本当に可能か。
無理なら横島の骨は誰が拾うのかと(マテ











[21643] 噂は蠢く。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/01/19 12:19


「まあそういうわけだ龍宮」

旅館のロビーで横島は今日の行動が別である真名に告げた。今日はいったん京都から離れて奈良に行くこともあり、危険性が少ないと判断して今日は木乃香の護衛はいいと言うためだった。

「重要なのは親書を届けに行く明日と考えればいいわけか。先生どうする。明日も私を雇うか?それなら本格的に雇うのだし報酬を決めさせてもらうぞ」

しかし、真名はこういうことにはギブアンドテイクで行く気のようで、なし崩しで付き合ってくれるだろうと思っていた横島にハッキリと言う。納得いくだけの報酬がなければ動く気はないようだ。そういう態度を見ているとやはりとある雇用主を横島が思い出し半笑いになる。

「あのな。お前、そんなガキのころから友達を守るのに雇うなんて」

「では明日はなしということで」

真名はプロ意識が相当強いようで、横島が渋るとすぐに同じ班の古菲達がいる方に歩き出した。

「わーわー、待て!分かった。誰も雇わんとは言ってないだろうが!いったい、一日いくらだ?学園長にちゃんと話をつけるから。といっても無茶苦茶な額を言うなよ」

(くっそ、この世界はみんなボランティア精神旺盛な魔法使いばかりと思ってたのに、きっちりしてるやつはしてるんだな。いや、龍宮は傭兵だから違うのか。しかし14歳で傭兵って、違和感ないところがすごいな)

横島は頭が痛かった。
本当にこういう交渉は美神任せにしてたし、美神なら1日雇えばどんなに低く見積もっても500万は確実に言う。フェイトなんて面倒な子供がいれば、億単位じゃないと動かないほどだ。でもここでの魔法使いに対する報酬は横島の世界じゃ信じられないほど安い。そんなことを言われたら学園長もうなずいてくれないはずだ。でもある程度高額でも真名は翌日から一緒に行動してほしかった。
なにせ刹那はどうも木乃香に対して冷静じゃない。虎の子のエヴァは出てもらえば木乃香が100パーセント安全でも東西親睦がご破算である。明日菜は実戦経験が皆無で今のところ数に入れることができない。その点、昨夜の話を聞く限り、もっとも冷静に動いてくれそうな真名は外したくなかった。

「これぐらいかな。もちろん経費は別だ」

真名は5本の指を立てた。

「500か?」

その額はこの世界の常識から言えば法外だ。でも横島の世界でいえば、美神がいろいろ特典付きで受ける最低ランクの仕事だ。これぐらいなら学園長に言えばなんとか用立ててくれるかもしれない。なにせ木乃香が狙われてるのは確実のようだし孫の命がかかってるのだ。

「あのな、500とは500円か?なんの冗談だ。50万だ」

「へ?」

「どうした。ふっかけ過ぎたか?」

「いや、いやいや、なんだ。それでいいのか?」

横島の常識ではこの手の仕事はとくに高い。美神もメドーサが相手のときは億単位で小竜姫に請求していた。あのフェイトはそれクラスに面倒に見えたので横島には50万などというはした金を請求する真名が意外だった。横島の世界で50万の仕事など雑霊処理がせいぜいだ。それでも引き受けるGSはなかなかいないほどだった。

「ああ、なんだその反応は、もっと言っていいのか?言っておくが経費は別だぞ」

真名にしてみれば1日で50万もらえるなら、なんとかこの男といるのも我慢しようとふっかけたつもりだった。どちらかといえば『払えないから』と断ってくれればいいぐらいの金額だ。なにせ魔法使いが無償で仕事をしてばかりするので、この世界では、この系統の仕事は横島の世界と比べれば信じられないほど安かった。通常、1日普通のボディーガードを雇って3交代制で10万ほどいる。真名はその5倍を請求したので、交代しない点を考えると10倍請求してると言っても良いだろう。真名のスキルを混みにしてもこの世界では破格だった。

「いや、それは困る。でも分かった。それなら学園長と交渉して絶対に払わせるようにするぞ」

(龍宮の様子だと、どうやら50万でもこの世界じゃ高いほどなのか。龍宮ほどのやつがいくらなんでもごろごろいるわけでもあるまいし、本当にこの系統の人間の扱いは安いんだな。じゃあ学園長でも払いを渋るかもしれないほどふっかけてるということか。でも、まあ、もし学園長が払いを渋っても学園長になら文珠を売ることもできるしな。どうにでもなる額だ)

現在の横島は文珠を通常2、3日で一つ作るが、明日菜や木乃香が同室ということもあり、とても複雑な事情から大抵、1日で出来る。さらに昨日のように真名をおぶったり、射程外とはいえ刹那とあそこまですれば飛躍的に文珠の精製速度はあがる。現在も個数は自分で持つ分が7個あり、横島にすれば普段になれば文珠はそれほど貴重ではなかった。明日菜達にも上げすぎはしないが、一つは常に持っているようにと渡す余裕があったほどだ。

「そうかい」

真名は横島の安心したような表情に、もっとふっかければよかったかと思う。
この調子では100万ぐらいでもすんなりうなずきそうだ。霊能者とはそんなに儲かるのだろうか。そういえば霊能者が、テレビで信じられないような高額を手にしているのを見たことがある。虚偽のハッキリしない霊能者でアレなのだから、横島ならばそれに上乗せして余りあるほどかもしれない。
そしてこの世界での霊能者の認識とはその程度であり、だからこそ横島ほどハッキリと霊能を示せる人間は特異に見られる。だが真名もプロとしてあまりに法外に請求するのは逆に抵抗があった。

(それにしてもやはりこうなるか……)

昨夜は最終的には石になったとはいえ、経緯を説明するうちに自分が頼りになると横島に思われてしまったようだ。刹那がどうもいつもどおりに動けてないと真名も気付いていたので、護衛をまた頼まれそうな気はしていた。横島とは距離をとりたいと思うのに、石化をとかれた義理や、優秀とは思われても、下らない凡ミスで木乃香を攫われた引け目もあった。頭ごなしに、とにかくいやだとは言いにくかった。

(どうして触るなと言わなかった)

真名はそれにも苛立っていた。石化をとかれたばかりで身体の自由はきかなかった。でも声は出た。お尻に触れたあの男の手。不快なだけだったのに、触るに任せてしまった。最初は銃弾を撃ち込もうと思ったのだ。でもなんとか銃弾を撃ち込もうと身体を動かそうとしてるうちに、なんというか、自分は抵抗することができなくなっていた。

(生娘でもあるまいし、触られただけで流されるとはいやになるな。やはりあの件への興味は捨てきれないか)

とにかくできるだけ早く木乃香を安全にして、真名としては横島と距離を置きたい。冷静になれてから例の話しも聞きたかった。

「でも本当にそんな額でいいのか?多分あのガキのやばさは命がけだぞ」

「構わない。私は報酬はもらうが、自分の腕以上にほしいとは思わない」

「そうか……」

真名の仕事へのスタイルは、美神のように、有るが上にもいくらでも欲しがるのとはずいぶん違うようだ。そういう意味で真名は真のプロフェッショナルと言え、どちらかというとエミの方に似てるのかもしれない。

「分かった。そういうことならこれは今回の仕事で必要な分として渡しておくな」

横島は真名に文珠を一つ渡した。

「使い方は分かるな?」

「分かるが……いいのか?聞いた限り、これぐらい便利な魔法道具はそうはないぞ。私の報酬より、これ一つの方が高くつく。言っておくが使わなかったとしても返さないぞ」

真名は昨日の件で文珠のことは横島から聞いていた。

「いいぞ。それに危ない場合はちゃんと使え。正式に俺からの仕事の依頼の前払いとだと思ってくれ。龍宮なら頼れると思ってるし文珠の秘密も守るだろ。無くなったときは言えば、この仕事中可能な限り渡すから遠慮するな」

横島も伊達にあの両親に子供ではない。真名の意図が分かり、それに見合う言動と約束で文珠を渡した。他の子達とは違い、あくまで仕事仲間として真名を見たのだ。

「まあ分かった。では遠慮無く必要な時は使わせてもらうよ。だが、あまりこれのお世話になるくせは付けないつもりだ」

真名はいまいち不満げに文珠を受け取るとそれをポケットにしまった。

「じゃあ明日は頼むぞ」

「了解」

真名は軽く挨拶して待っていた古菲の方に歩いて行く。

「うむ。思ってたより龍宮は優しい子だな」

(というか、やはりお尻を触った件は余り気にしてないのだろうか?それならたまに触ってもいいのか?いや、落ち着け。龍宮はあんな見た目でも生徒なのだ。お尻を触るなんてしていいわけがない。ああしかし、あのダイナマイトボディを触れたのは非常に役得だった。ぜひまたファイトに石化されてくれんだろうか。って、いかん、いくらお尻を揉み放題でもそんなことは思ってはいかんのだよ!ああでも、龍宮ならちょっとぐらいい気がする)

それにしても真名は頼っても余り心配をしなくていい。刹那は実力はあっても冷静に徹しきることが出来ず、年相応な部分も見受けられるのに、どうしたら14才であんなふうになるのだろう。少し不思議な気分にさせられる子だ。

「真名がどうかしましたか?」

とは横島の後ろにいつの間にかいた刹那が言った。

「は!いや、なんでもない。なんでもないぞ」

なにも悪いことはしてなくても横島はぷるぷると首を振った。

「そうですか……あの、ところで横島先生」

「うん?」

横島が言うと、刹那は少し鋭く横島を見ていた。なにかと思い、横島は緊張した。真名のお尻の件は刹那にばれるわけがないし、他に悪いことはしてない。刹那としたことはお互い了解してたはずだと思う。

「お嬢さまと仮契約をしたと耳にしたんですが……本当にしたんですか?」

「なっ、なぜそのことを!?」

横島は滝のような汗を流した。実を言えばなんとなく言いにくくて刹那にはその件を黙っておこうと思っていたのだ。まあいずればれるとは思ったが、予想より早かった。

「お嬢さまが神楽坂さんに仮契約のカードを嬉しそうに見せてました」

「お、おお、そうか」

(木乃香ちゃん。そういえば黙ってろとは言ってなかったな)

「あの、なぜそんなことをするんですか。そんなことする必要がどこにあるんですか?お嬢さまにはそういうことはしない約束だったはずです」

ギュッと刹那は横島のジージャンの裾を掴んだ。
その目には少し本気が宿っている気がした。下手なことを言えばかなり危うそうだ。

「いや、落ち着け。な?だって、桜咲、昨日の夜は大変だったんだぞ。桜咲も明日菜ちゃんもダウンするし、俺は敵のアジトに行かなきゃいかんし、木乃香ちゃんと仮契約したのだって、ちょっとでも木乃香ちゃんの助けになるならと思ってだな。別に木乃香ちゃんに強要したわけではないんだぞ」

なのに横島は一生懸命言い訳をして、わけのわからない汗をさらに大量にかいた。木乃香の件は本当に仕方なかったのだが、自分がなにか悪いことでもしたような気がすごくした。

「でも仮契約したということは、お嬢さまにキスしたんですよね?」

刹那は刹那で胸がもやもやした。木乃香と横島が仮契約をして得る利点よりも、キスをした事実が面白くなかった。どちらのことを思ってこんなに不満なのかは自分でも分からなかった。

「いや、したぞ。したけど仮契約するには仕方ないだろ」

「不潔です。お嬢さまは純粋な方なのに、そんなことをするなんて」

「いや、だから、それはなんか誤解があるぞ。第一木乃香ちゃんとキスしたのは桜咲が気絶したからでもあるんだ」

「言い訳をしないで下さい!」

「いや、言い訳って桜咲」

横島は刹那の鋭い目で見られて声が返せなくなる。

「私と約束したのに。あなたが我慢しすぎてる分は私がしてあげると今朝だってして最初に私をあの公園に迎えに着てくれた夜にも約束したのに。私は確かにそう言いました。忘れたなんてことありませんよね?」

刹那には限りなく横島が不潔に思えた。まだ少女であるだけに男にも潔癖さを求めてしまうのだ。横島との行為にも遊びや気楽なノリがないだけに、その思いは余計に強かった。

「すまん。そう言われるとそうだな」

「本当に覚えてるんですか。あなたはスケベすぎます!」

「だからだな。あのな。桜咲。ここは人の目もあるんだ。静かにしてくれ。たしかに微塵のエロ心もなかったわけではないが、俺は本当に木乃香ちゃんの安全も考えたんだ」

横島は激しく周りが気になって見回した。案の定視線が集まりだしていた。会話の内容までは分からないだろうが、刹那が横島に何か怒ってるぐらいは思われてるはずだ。

「安全?お嬢さまの?疑わしいです」

「そう言われても困るぞ。とにかく落ち着け桜咲。ちゃんとあとで話すから今は勘弁しろ。というか、してもらえるとありがたいです。本当に困るんだ。分かるだろ」

「……なら私もします」

「え?」

「私もあなたと仮契約します。ダメなんですか」

きっと刹那が横島を睨んだ。

「それは、いや、全然構わんが。今からするのか?」

「いいえ、私は仮契約の魔法陣は描き方を知りません。お嬢さまとはどうやってしたんです?」

「カモがしたぞ」

横島は出来ればカモに全部責任転換したい気分だった。なんだかんだと言いながら生徒と関係を持ったのが未遂も含めればかなりになる。こんな話しをもし他の教師陣に知られて学園長にばれれば首どころじゃない。

「ではカモさんに頼んで、今日の午前中にはします。いいですね」

「おう。いいぞ。って、いや、ごごご午前中にするのか?桜咲、ちょっと落ち着いた方がよくないか。別にそこまで慌てんでもいいと思うのだが。今日の夜でも別にいいと思うぞ」

こういうことを言う時点で横島も気持ちよさに流されていた。夜にゆっくり刹那と仮契約。今の刹那なら、きっとすごいことになる。それは横島が男であり人よりも煩悩が遥かに大きいだけに抗しがたい魅力だった。

「それなら俺だって別に喜んでするぞ」

「いいから、午前中にするんです。だいいち私は落ち着いてます!」

「だから、桜咲声大きい」

「うわー。どうしたの桜咲さん大きな声出して」「桜咲さんがあんなふうに感情だすの初めて見たー」「昨日の夜、横島先生いなかったそうだし、なんかあったのかな」

横島が言うと刹那もさすがに周りを気にしてか静かになる。内容までは聞こえないように声をこれでもまだ抑えていたが、周りが普段見ない刹那の姿に完全に好奇の目をむけてきている。これ以上はさすがにダメだと刹那も横島から離れることにした。






「わー。ほんまに道に鹿がおるえー」

木乃香が奈良公園にて感心しきりの声を上げた。

明日菜と刹那は少し離れて横島の隣にいる。
微妙に悪い空気に耐えきれず、横島は逃げたいのだが逃げられずにいた。誤魔化しに鹿せんべいを購入してみる。横島はそれがなんとなく美味しそうに思えて自分で食べてみる。意外といける。というか横島の味覚的には普通のせんべいとほとんど遜色のない味で、鹿に上げずに自分でばりばり食べ出した。

「あの、横島先生。それは鹿の食べ物でしょう」

刹那が眉間にしわを寄せて言った。昼からは明日菜達と明日香巡りで、本来、神社仏閣巡りの別行動になるはずだったのだが、エヴァの我が儘でそれも中止である。そんな刹那をエヴァが少し離れて見ていた。

(バカが。恋すら初めての小娘が。しつこくしすぎて怖がられてるのに気付かんとは。まあせいぜい、強引にして、横島にさっさと愛想を尽かされろ)

エヴァの方は朝は少々強引に行きすぎたという反省からか、横島とは距離を置いていた。
といっても視界には入る距離は保っていた。それはナギのときからの反省であり、横島から迷惑がられてはいないと聞けた余裕でもあった。だがエヴァは刹那の行動こそが正解だと気付かされることになる。それはエヴァも茶々丸も刹那以上にクラス事情に疎いことに起因していた。

「意外といけるぞ。桜咲も一つ食うか?」

横島が一枚口にくわえさせようとして刹那はさっとよけた。人間が食べるものと見た目では同じだが、心理的にいやだ。ドッグフードでも平気で食べる横島はその辺は気にしないのだが、人に勧めるべきではなかった。

「明日菜ちゃんはどうだ?」

「け、結構です」

「それより、今日は大丈夫と思いますが、お嬢さまの護衛の気は抜かないでください。横島先生自身も親書が狙われてるのですから」

「大丈夫だって。学園長も奈良のぼんさん達は関西呪術教会の中でも友好的って言ってたしな。ここで妙なことは出来んはずだから、狙うなら京都だってよ」

「それはそうですが……」

奈良は魔法ではかなり腕の立つものが多い地域だが、争いごとを好まないことで有名で、争いごとを持ち込まれるのも嫌う。もし何かことを起こせば、奈良のぼんさんがキレると言われており、そうなると京都に黙ってない。普段大人しい人ほど怖いのだ。

「でも油断は禁物です」

「桜咲ももうちょっと楽しめって。明日は気合い入れた方がいいだろうが、龍宮も明日一緒に行動してくれって頼んだらOKしてくれたし。エヴァちゃんやザジや絡繰達とゆっくり奈良観光してくればいいぞ」

「そうよ桜咲さん。いつまでも横島さんの傍にいないで同じ班の人と行動したら」

明日菜は若干いつもの元気がないのだが誰もそれに気付いてなかった。今朝、横島に刹那が木乃香の護衛として動いてるのは聞いた。心中は複雑だった。新幹線で見た刹那と横島の行為。刹那はこうしてどんどん横島と距離を縮めてきている。なのに自分は高畑のところでまだ止まっていた。さらには木乃香の仮契約。キスはともかくカード能力が余りにすごすぎて、それにも面白くないと思う自分がいた。

(木乃香も横島さんに手伝われて朝のうちにアンチラとかいうすごい攻撃力ありそうな式神と契約したし、これで木乃香の方が私より上か。一日一回しかだせないとか言ってたけど、影に入れておけば木乃香の魔力がつづく限り出しておけるみたいだしな。はあ、なんで私のアーティファクトってこんなのなんだろ。横島さんは自分の上司が使ってたとか言うけど、そんな玄人向けの。私じゃ使いこなせないよ)

刹那とのキスを見てからというもの、いいことがなにもなく、落ち込んでいた。おまけに横島に関しては自分が一番だったはずがいつの間にか2番、3番と下がっていってる気がした。このままでは横島において行かれそうだ。唇を噛んだ明日菜は横島と手を繋いだ。置いていかないでという想いを込めて。

「どうした明日菜ちゃん?」

「いや、あの、横島さん昨日はごめんね。変な誤解で殴りかかったりして」

「気にするな。失敗したらフォローする約束だったしな」

ぽんぽんと横島が頭を撫でてくれる。ホッとするのに、横に刹那がいて、刹那も自分と同じように謝って、横島が同じようにするのを見て、複雑な気分は消えなかった。それに刹那は気付いてるのだろうか。木乃香は刹那に無視されるのが怖くて横島のそばに来ていないと。

(はあ……なんだか、桜咲さんって邪魔だな)

いけない感情だとは思ったがそう思わずにはいられなかった。刹那さえいなければお風呂場で横島を殴るドジも踏まずにすんだし、そうすれば木乃香の大事に寝てることもなかったし、木乃香の仮契約はまだ先で、もう少し自分の位置を確定できた気がする。なのに自分の位置がいつの間にか刹那にとられてる気すらした。

一方、横島はエヴァがチャチャゼロを肩に乗せ、ちょうど鹿にせんべいを居丈高に上げており、それに加わっていた茶々丸とザジは相変わらず無言でその傍らにいて、あのメンバーに見張りは必要ないだろうと視線を戻した。すると明日菜は木乃香が一人なのを気にしてか、木乃香といて少し離れて鹿とじゃれていた。

「なんだか昨日あんなことがあったなんて嘘みたいに平和ですね」

刹那視点で言えばなんとなく二人きりになってしまい、仮契約のこともあり緊張した声を出した。カモは朝のうちに声をかけていた。『そういうことなら、ずっと旦那の肩にいるぜ』と言っていて、本当にカモはいた。でも邪魔にはならないように黙っているつもりのようだ。

(ううむ。感じる。感じるぜ。旦那を巡っての凄まじい女のドロドロを。明日菜の姐さんもあの調子じゃ、もうちょっと突けば爆発寸前だな。まったく旦那というお人はこの状況でものほほんとしてるとは本当に大器なお人だ)

「そうだな。明日、この親書を届ければあとは関西呪術協会の人間も動いてくれるらしいから、それまでまあ頑張るか。しかし、あのフェイトってガキだけが気になるな」

(やばい。やばい。なんか知らんが今ちょっと去り際に明日菜ちゃんに抓られた。あれは絶対怒ってるぞ。なぜだ。何一つ悪いことなどしてるつもりはないのに、なぜかどんどん追い詰められていってる気がする)

「あなたがいてもですか?」

刹那は横島をのぞき込んで聞いた。

「そりゃあな。俺なんかがいてもあんま頼りにはならんからな」

「そんなことはないと思います。昨日はあなたのおかげでお嬢さまも無事でしたし」

「はは、嬉しいこと言ってくれるな桜咲。でも一応言っておくが、フェイトってガキにもし一人の時出くわしたら迷わず降参しろよ。ありゃやばすぎる」

「そこまでなんですか」

刹那はそこまで思わなかったから横島の言葉が意外だった。

「ああ、まあ怪我だけはしてくれるな」

そう心配されると嬉しくて、少し横島にもたれた。

「あの、じゃあ横島先生」

「なんだ?」

「仮契約、どこでしますか?」

刹那が尋ねると、横島も肩にいるカモまでダラダラ汗を流した。普通に話すものだから横島は刹那が仮契約のことを忘れてるのかと思ったが、そうでもないようだった。というかできれば忘れていてほしかった。

(旦那。帰ってからの方がよくねえか?旦那の仮契約といえばあの普段以上のエロエロ空間だべ。あのエロエロはこんな場所でするもんじゃないだろ)
(いや、それはわかるんだが、桜咲は木乃香ちゃんとキスしたので怒ってて、なんか聞いてくれんのだ)
(でも人目につかない場所なんてあるか?草むらに隠れるのも危ういし)
(それになんか、エヴァちゃんがな。遊んでるように見えて全然こっちから目を離してない気がするんだが)
(それは俺っちもすごく感じてたぜ。桜咲の姉さんがちょっともたれた瞬間に、殺気が放たれたよな)

エヴァはなにか気になることでもあるのか間をおいては横島を見ている気がした。なにか横島がよからぬことでもしないかと警戒しているように見えた。

「桜咲。その怒らずに聞いてほしいのだが、どうも人目があるし、やっぱ夜にしないか?」

「夜……?」

(エヴァンジェリンか)

刹那もなんとなくエヴァの視線に気付いていた。

(あの人も少なからず先生が好きなのか。吸血鬼のうえに、喧嘩をふっかけて、殺しかけたくせに図々しい。となると、夜も邪魔しかねないな。早い段階で決着をつけた方がいい。だが、茶々丸さんまでがこちらを見張っているようだし、木陰も無理。でもお嬢さまもここでならまず危険もない)

刹那としても横島と自分が木乃香から目を離せるのは奈良にいる間だけだと思っていた。他の場所ではそんなことをすれば、まず間違いなく木乃香を攫われる。それに夜は行動範囲が狭くエヴァが横島を気にしてるようだし、あの目から逃れるのが難しそうに見えた。だから仮契約は今のうちに早くすませたかった。

(それにあの噂が気になる)

刹那が苛立つのはもう一つ理由があった。
というよりそれが木乃香との仮契約やエヴァのこと以上に苛立つのだ。

というのも、どうも今日、横島に告白する人物がいると、クラス中に噂が広まっていた。誰が広めたのかは知らないが、その人物は刹那がどれだけ横島との仲を進展させていても警戒せざる得ない人物だった。かといえ告白を阻止するような方法はない。真正面から来るタイプの人だと承知していたし、木乃香の件でも、自分が動けなかった分を補ってくれた恩がある。そんな人が真面目にやろうとしていることを邪魔するのはさすがに気が引けた。

なら刹那もいっそ横島に告白を先んじてしてしまえばいいが、刹那はまだ横島にそこまでするハッキリした好意がもてずにいた。横島がいなければ困るようにはなっていたが、そこまで触れるのは怖いのだ。でもあの人が横島に告白するのはもっと怖かった。その瞬間、自分になど見向きもしなくなるんじゃないかと思った。

(告白はまだできない。でも関係を終わらせたくない。先生とのもっと深い繋がりがあの人が告白するよりも早くいる。本当は私も夜にゆっくりしたかったけど、下手をすれば夜にはもういやだと言われるかもしれない。この人にまで邪魔者のように扱われたら私は……。やがり場違いは承知だが今しかない。でも、さすがに人前ですれば先生の迷惑になる。なら、雰囲気もなにもあったものではないけど、仮契約できるのはあそこしかない)

「先生、来て下さい!」

一瞬エヴァの視線と茶々丸の目の隙を突き刹那は横島を連れて走りだした。
エヴァと茶々丸はわかっていると言いたげにうなずくが、刹那と横島になにかあるにしても、人気のない場所まで移動しなければ無理だ。観光地のど真ん中にそんな場所はあるわけがない。そうなれば人気のない場所まではまだ余裕がある。

(あった)

しかし刹那はすぐに2人きりになれる場所を見つけた。

「って、おい、桜咲。行くにしてもそっちは!」

横島が目を瞬き、

「剣士の姉さん!まつんだ、おい、いくらなんでもそこは女が入っちゃまずいべ!」

カモが驚愕し、

「なっ」

エヴァが驚く。
パンッと刹那はあろうことか、男子トイレの中に入ってしまったのだ。

(しまった。やられた!)

「マスター。なにか危険を感じます。トイレを破壊しましょう」

どこから出したのか茶々丸が即座に巨大な大砲を男子トイレにむけた。

「まて、茶々丸それは不味い。そんなことをしたら横島が怒る。第一、トイレを破壊したなど、普段はともかく、今の私には不味い。目立ちすぎる。葛葉の小娘に下手をしたら麻帆良に送り返されるぞ!」

「ケケ、ヤラレタナ御主人。コリャアッチガ上手ダ」

チャチャゼロが茶化してくる。たしかにこれではそれとなく邪魔することができない。強引に踏み込むことも考えなくはないが、そうなれば刹那と自分を選ばせるような局面もありうる。実戦の実力では負けないが、人に好かれた経験が600年生きてきて数えるほどしかないエヴァは刹那以上に慎重だった。
エヴァはトイレの前で立ち尽くした。

(なんだ?おかしすぎるぞ?なぜこんな強引なことをするのだ?ハーフの小娘がいくら横島を好きでもおかしい。なにをする気だ?仮契約か?それにしてもどうして急ぐ必要が……。いくらなんでもそうしつこくしたら男が嫌うと思わないのか?)

なにか刹那のこの焦りがエヴァにはよくないことの前兆のように思えて戸惑った。



「桜咲……お前、こんな場所でいいのか?」

「はい。早くしておきたいんです」

「しかし……」

観光地のトイレだけに最新式ではあるが、お世辞にも仮契約するような雰囲気が微塵もない。一瞬で踏み込んだので、他の誰にも気付かれた様子はないが、どうしてこんな場所でしたくなるほど焦るのか横島ですら戸惑った。

「ダメですか?」

刹那が距離を密にしてくる。

「いや、なんというか……。そりゃお前がいいなら構わんが」

「じゃあ」

刹那が目を閉じた。

「ううむ」

(トイレで中学生とキス。あんなことやこんなことも平気でしてくれる桜咲とキス。なんという恐ろしいほどの抗いがたい誘惑だ。しかし、桜咲とこれ以上仲良くなるのは非常にリスクがあるような。しかしここで断れば桜咲はまた自分のカラに閉じこもりそうな気がする。なにせ極端から極端に行くタイプみたいだしな。ここは桜咲のためにもする必要がっ)

横島は自分に言い訳をした。横島もまた快楽というものに呑まれ、冷静でいるようでいられなくなっていた。密室で二人なのが余計の心を惑わせた。

「……カモ、頼む」

「おう。その、了解だ」

(やっぱり旦那はすげえ。つまりこういうことだな。剣士の姉さんはもう完璧に旦那にそういう喜びを教え込まれて、一分一秒も我慢できなくなってるに違いないぜ。触ってほしくて。触ってほしくて仕方ないんだ。おまけに旦那は最後までしてくれねえから欲求不満にもなる。そうか旦那。あんた寸止めすることで調教もしてるんだな。そして分かったぜ姉さん。こうなりゃ俺が気絶せずに頑張って最後までするまで魔法陣を保持させてもらうぜ。安心しな。いくら旦那でも、この魔法陣の中じゃ我慢できないはずだ。それに仮契約の魔法陣で成立するのは、どこまでいっても仮契約までだ。俺っちの計画に支障はねえ。ふふ、俺っち、自分の鬼畜ぶりが怖くなるぜ)

思うとカモは唱えた。

「『仮契約(パクティオー)!』」

すると、横島と刹那の2人をあわい光りが包んだ。

「はうっ!」

その瞬間刹那に衝撃がおとずれた。

「なっ。あっ。どうしてっ。あっ。す、好きです。大好きなんです横島先生。え?なんだこれは?」

「落ち着け桜咲。仮契約の魔法陣は俺の場合、お互い好き合うほどエロクなるらしい。少し我慢するんだ」

そう言いながらも横島は刹那が我慢などできないと心のどこかで気付いていた。その証拠に内股に触れるとスパッツが急激に濡れてきていた。横島はたまらず引き下ろして直接触れる。手がお尻へと廻って揉んでいた。

「そ、そんな。き、聞いてません。さ、触らないで、私、これはダメだ」

「安心しろ桜咲。なにを焦ってこんなところまで来たのか知らんが、キスするだけだ。今更そこまで恥ずかしがることもないだろ」

横島はいくら言っても自分の霊力である。慣れてくるとかなり耐性がついてきたようで優しげに頭を抱えてやった。

「あ、うん。あ、あのっ。ごめんなさい。私ははしたない。こんなこと」

快楽の中で横島に優しくされて刹那には余計に冷静さが損なわれていくようだ。

「やめておくか?」

「い、いえ、して下さい。その仮契約はしたいです。あの、それとなにがあっても見放したりしないでくれますか?その、夜のことももうしないとか言わないと誓ってくれますか?」

「ああ、まあ、その、ほどほどだぞ。それに今朝みたいに困らせるのは勘弁してくれ。甘えさせるのももうできなくなってしまうからな」

「はい。先生が困ることはしません」

「約束できるか?」

「は、はい。します。あの、だから早くキスして私に触って下さい。もう我慢できない。ほ、本当にすごい。私たちはこんなに想い合ってるんですね」

「こんな場所で発情して、桜咲はいけない子だな」

「魔法陣のせいです。それにこういうふうにしたのはあなたです」

「なんだ俺が悪いのか?」

「はい。あなたが悪いんです。全部悪い。ああ好きです。好きすぎておかしくなりそうです」

うなずいた刹那は便座に座る横島と唇を合わせていた。
あわい光りが2人を包み、2人は1時間出てくることがなかった。






(ううむ。しかし、さすが旦那だ。エロの中にも女への気遣いがあるんだな。俺っちもハーレムを目指すだけじゃなく見習わないとな。それにしても旦那は相変わらずエロだ。トイレだからって膝を抱えられて、あの厳しそうな姉さんがあんなことまでしちまうとは、危うく気絶しかけたぜ。常に俺っちの予想の上を行ってくれるお人だ。そうか。本番だけがエロじゃないんだな。まったく旦那の極意には感服だぜ)

「って、大丈夫か、ブンヤの姉さん」

「ううん、お腹空いた」

グーと朝倉のお腹が鳴った。というのも昨夜のタクシー代のせいで今日は昼抜きなのだ。お金を誰かに借りるということも考えたが、修学旅行のお小遣いはみんな結構かつかつをやりくりする。その大事な資金を勝手な理由で使い切った自分がもらうのは気が引けた。それは朝倉なりの自分への反省でもあった。

「それなら食べねえのか?」

同じく奈良公園に班できていた朝倉にカモが尋ねる。今はもう全員がおのおのにファミレスやお食事処に入ってしまってる。お昼時だから当然だ。でも朝倉だけがその輪からはずれて、カモと奈良公園のベンチの片隅で待ち合わせをしていた。というのも今朝、偶然カモとアキラ達の会話を聞いた朝倉がカモに声をかけたためだ。
野望に燃えもともと秘密意識が横島以上に薄いカモは、快く魔法のことを教えることに承知し、もちろんお昼時なのでご飯を食べながらと思っていたのだが、なぜか朝倉はこんな目立たないベンチでと言ったのだ。

「ダイエット中なのよ。はは」

「へえ。なにもこんなときにしなくてもいいと思うぞ」

「それは、私も思うよ。ははは、まあいいじゃない。それで、私は魔法のこと教えてもらう代わりにクラスメイトの情報を渡すわけ?」

「おうよ。どうだ。悪い話しじゃないだろ」

「ううん、まあね。でも一応言っておくけど渡した情報の使用は横島先生とカモっちだけで利用する範囲にしてよ」

朝倉は一応念を押した。カモは情報が欲しい理由を、最近、横島好きの少女たちの関係がこじれそうになってきているのをなんとかしようと思ってるという説明をしていた。最初は面白そうだからと魔法に関わりたかった朝倉も、木乃香が攫われたり、小太郎が石化したのを見て、多少は考えを改めてはいた。その上で最近の横島の周囲が不穏なのも察していたからうなずける話しだった。

(まあエヴァンジェリンさんと桜咲さんの件もあるしね)

今朝のエヴァと刹那の件も鋭いものなら気付いたはずだ。あれは横島を巡るガチバトルだと。そしてそれが少し度を超えだしていることに。それなら朝倉も助けてもらった恩もあるし、手伝うのもやぶさかではない。というより、それで魔法に関われるなら願ったりかなったりである。自分の特異ジャンルだし、なぜか自分を毛嫌いしてくる横島も少しは自分を見直すかもしれないと思った。

「分かってるって姉さん。もちろん利用するのは俺っちと旦那だけだ。というより、旦那もこの件は知らないんで秘密なんだ。なんせ、旦那には使命がある。余計なことには関わってられねえんだよ」

「へ?」

「どした?」

「いや、ちょっとカモっち。これって横島先生に内緒なの?じゃあ言ったらダメなの?」

「絶対ダメだ。俺等は影に徹するんだ」

「ええ、それは話が違うでしょ。第一、先生に秘密じゃ、私結局のけ者じゃない」

朝倉は口を尖らせた。横島に恩を売って見返したいのに秘密では意味がない。せっかく横島のために頑張るのに、他の少女たちが横島と上手く行くようにしてあげるだけなど、面白くも何ともなかった。

「大丈夫大丈夫。その辺はちゃんと考えてるから心配いらねえよ。まあ上手く行けば今夜にでも姉さんは旦那とキスできるぜ。そうしたら旦那ももう姉さんを邪険にしたりしなくなるだろ。あくまで秘密なのは俺っちと姉さんが旦那の恋愛に介入することだけだ」

「いや、カモっち、あのね。私は別に先生が好きとかじゃないのよ。それをキスなんてありえないでしょ。ただ外野で見て楽しみたいだけ。分かる?」

「もちろんだ。まあキスしてもそのスタンスで行けば良いだけだ。問題ないぜ」

「だから、そうじゃなくて、キスはしたくないの」

「ならしなくても問題ないぜ」

「本当に?」

「おうよ。旦那に飼われる俺っちは信じなって」

「ううん。まあそれならいいけどさ」

朝倉は大人ぶってても14歳である。年上の男とのキスにはそれなりに手順を踏みたい。ただのついでのようにするキスには抵抗を感じた。でも、朝倉にとってカモは唯一の魔法への手がかりだ。他はみんな自分には教えない構えのようだし、この伝手を逃したくはない。でも、少し、カモに利用されてるだけのような引っかかりも感じた。

(このオコジョ。本当に信用していいのよね)

「おうよ。それじゃあまず、エヴァンジェリン、桜咲の姉さん、それに明日菜の姐さんの情報を頼むぜ。おもに旦那への恋愛感情を入れてくれるか」

(くく、悪く思うな姉さん。旦那なら目指せる高みを俺っちは見たいんだ。そのためにはあんたみたいな協力者が必須。上手く仲間に入れるようにはしてやるから、ちょっと利用させてもらうぜ)

カモが黒く思う。それでも横島と周りの少女たちの動きが速すぎて目算が外れることは多いが、なんとか横島を痴情のもつれで身動きできなくなるような事態を回避し、ハーレム実現の野望を抱いていた。

「じゃあまあいいけど……」少し釈然としないまま朝倉は口を開いた。「それじゃあまず三人からね」

「おうよ。頼りにしてるぞ姉さん」

「うん……。まあこの三人はね共通して言えるのは明らかに横島先生が好きなのが、端から見てても分かるってことよね。そういう意味で多分、この三人は横島先生好きの中でも先をいってる感じがあるかな。あと、三人ともどうも素性が分かんないってのも共通点といえば共通点よね」

「へえ、エヴァンジェリンは吸血鬼だからともかくあとの二人もか?」

その件に関してはカモはなにも知らず、目を瞬いた。

「え……吸血鬼なの?」

「へ?知らないのか?エヴァンジェリンは吸血鬼。それも真祖だからあんまり刺激しない方がいいぞ」

「いや、まあ普通知らないでしょ?」

「そうか?」

「えっと、まあともかくそうね。ちょっとある子にね。横島先生のこと聞かれて調べたとき、そのほとんどの経歴がデタラメって発覚してね。それで気になって他の子にも手を広げてみたんだけど、うちのクラスってそういう子が異常なほど多いんだよね。なんと10人ぐらい私が調べても身元がよく分からなかったわ。まあみんな孤児だとか理由づけられてるけど、私の勘だと全員魔法関係の子なのかもって今なら思うな」

「へえ、多少は妙なのが多いと感じてたが、10人もいたのか」

「うん。そしてその筆頭が横島先生ね。つまり3-Aはもともとそういう子が集められてるんじゃないかって思うな」

そう思うと朝倉はその性分から興奮で少し饒舌になった。この件は調べたものの、結局自分が調べて分かることが学園長などが気付いてないはずもなく、横島が悪人でないのなら下手に話して、いいものかどうか困っていたのだ。なによりあまりに分からないことだらけで気味が悪く、依頼主にすら話せず、誰かに言いたかったのだ。

「なるほど、それは俺っちも気付かなかったぜ」

「あっと話が脱線したわね。まず明日菜からね。彼女は知ってると思うけど学年屈指のおバカよ。まあ勉強ができないだけで、勘は鋭いけどね。それで、カモっちの知らなそうな恋愛がらみの情報は、高畑先生にもらったリボンがあるらしいんだけどね」

「ふんふん」

「最近それを外して、以前の誕生日に横島先生がくれたのをつけてるらしいんだよね。それに高畑先生のことが好きだってあれほど公言してたのも最近は聞いた人がいないし、もう横島先生が好きで間違いないでしょうね」

「そうかそうか。さすがブンヤの姉さん。俺っちの気付かないところをついてくるぜ」

(まあこれは正直知ってるんだけどな。気分よく動いてもらうには煽てるのも重要だしな)

「はは、そう。えっと、次は桜咲さん。過去に関してはさっき言ったとおり不明。木乃香が気にしてるから関係はあるみたいだけどこれもよく分からないわ。でも一番変わったのがこの人。どこでどう繋がったのか横島先生への好意が最近はかなり見えすぎてるでしょ。本人は隠してるつもりみたいだけど、こういうのって女は鋭いから、逃げる横島先生に桜咲さんが強引に言い寄ってるって印象よね。でも横島先生は優しくて断れないってところかな」

「それはでもブンヤの姉さんの想像じゃねえのか?」

想像で話されるならこの話は無意味だとカモは思った。必要なのは精度の高い情報である。所詮は中学生レベル。そこまで求めては酷かとも思えたが、ちょっと期待外れが過ぎる。

「ふふん、分かってないなカモっち、ここで重要なのは、これは私の想像じゃなくて、クラスの噂よ。そういうの知らないでしょ?」

「なっ」これにはカモも目を瞬いた。「って、てことはなんだ。姉さん。まさかみんなにそのネタって広まってるのか?」

「うん。3-A限定で一番ホットな話題よ。なにせ教師と生徒だもん。みんな横島先生が好き嫌いにかかわらず興味津々ね。明日菜とかアキラがどう動くか、このまま黙ってるのか、なんて話しだしたらみんな止まらないって感じかな。賭けてる子もいるよ。それに明日菜たちの部屋でなにが行われてるかも話題になってるね。夕映がしょっちゅう明日菜たちの部屋に行くのもフライングされるのをすごく警戒してだからだしね。でもみんな明日菜の行動とか見て、もうしちゃってるんじゃないかっていう子もいるね。この手の話題を信じてないのはいいんちょぐらいかな」

「そいつは知らなかったぜ。なんてことだ。俺っちが知らないだけで、もう女のバトルは激化してたのか」

またもやカモは予想の上を行かれてあんぐり口を開けた。考えてみれば誰もが年頃の乙女だ。この手の話題が噂にならず、全て上手く隠せているのだと思う方がどうかしていた。いや、それどころか噂はそれに輪をかけるもののようだ。少なくとも明日菜も横島もまだしていない。それどころかカモの見たところ横島はまだ童貞のはずだ。

(不味いぞ旦那。生徒レベルで噂になるってことは、いずれ、教師にもばれるぞ)

「あ、でも、安心してね。この手の話題って教師の方には廻らないから」

(わかってねえぜ姉さん。大人ってのはそこまで甘いもんじゃねえんだよ。ちょっとでも疑われだしたら、気付いたころにはあっという間に丸裸にされちまうんだ)

そういう意味で大人社会に入り込んで、その洗礼を受けていない朝倉にはいささかご都合主義が垣間見えた。

「でも、まあ、カモっちの方から今日の桜咲さんには控えるように言った方がいいかな。桜咲さんってそういう話題の輪から外れてること多いから、噂されてるの気付いてないと思うし」

「おうよ。肝に銘じておくぜ」

「う、うん?それで、次はエヴァンジェリンさんよね。これも過去は不明。というかちゃんと調べるとどうも妙でね。エヴァンジェリンさんって15年ぐらい前から麻帆良にいるみたい。おまけに姿もあのままで。その理由もカモっちに吸血鬼と聞いて多少合点がいったわ。それでね。エヴァンジェリンさんも桜咲さんと同じね」

「ということは噂のレベルだと旦那に言い寄ってるのはエヴァンジェリンってことなのか?それもだいぶ話題になってるのか?でも桜咲の姉さんもエヴァンジェリンもクラスじゃ普通に接してるぐらいのように思うんだが、まあ修学旅行に来てからはちょっと度が過ぎてるけど、そこまで広まるものなのか?」

「うん。その普通があの2人の場合目立つのよね。基本的に2人とも教師なんて無視するし、エヴァンジェリンさんなんて他の教師だと当てられても返事もしないぐらいだから。それにうちのクラスは相対的に横島先生の評価は抜群に高いのよ。だから注目度が全然違うの。なにせハーバードを飛び級で卒業した天才。夕映に聞いたら、古代語で読めないものはないっていうほどらしいしね。超や葉加瀬はどういうわけか横島先生を目の敵にして、葉加瀬に至っては『打倒横島』なんてハチマキ巻いてたでしょ。あの2人にあれだけ意識されるのはやっぱりそうとう頭がいいと見て間違いないでしょ。明日菜も最近、成績いいし」

「明日菜の姐さんはほとんど毎晩旦那に勉強教えられてるからな。あれでまだ赤点とるのが逆に信じられねえぜ。旦那は人にもの教えるの俺っちが見てても相当上手いんだ。なんか適当に教えてるように見えて上手いんだ」

「でしょ。うんうん。でね、高畑先生は明日菜の勉強にはほとんど普通の教師ぐらいしかタッチしてなかったから、明日菜が横島先生に乗り換えたのは無理ないといえばないかな。エヴァンジェリンさんも同様ね。今まで誰もエヴァンジェリンさんを横島先生ほど構わなかったからね。それにエヴァンジェリンさんの課外授業嫌いも有名なの。それを無理矢理連れだしたのは横島先生だけなんだ。そういうのをみんな見てないようでちゃんと見てる。優しくて優秀。スケベだけど生徒には手を出さない。おまけに年も近いとなるとね。人気がない方が不思議なぐらいね」

「なるほど……」

それはカモが予想もしていない情報の収穫だった。とくに横島の3-Aでの評価と刹那などの話題がすでに広まってるのを知れたのは大きかった。これは横島にリークした方がいいだろうか。でも下手にリークして横島が今度こそ生徒に手を出さないと本気で決められるのも不味い。

(それにもっと問題なのはエヴァンジェリンと桜咲の姉さんだけでも、結構面倒な状況になりかけてることだ。この段階で揉めてるんだから、今日の告白なんてやばいどころじゃないかもな。ううん、旦那を高みへ押し上げると、簡単に考えてたが、これは相当難しいぜ。まず、そうだな。旦那に教えて生徒に手をだすのを自粛されるより、桜咲の姉さんに教えてばれないように警戒させる方がいいか。いや、でも、桜咲の姉さんが旦那を独占しようとしたら、逆にばれて旦那が教師を首になって自分がついてくなんて考えかねないような。ううむ。今なら完全に桜咲の姉さんだけが有利だしな。ううむ。む、難しいぜ。まずはどこをどう手をつけるべきなんだ?)

と、カモが考え込んでいたそこに、声がかかった。

「こら、朝倉、カモ」

「……」

たらっと、カモがその声に汗を垂らした。

「うわ、横島先生!あうっ」

朝倉に至っては思わずうめいた。
気付けば話し込んでて、横島がすぐ傍にいたのだ。話を聞かれたかと思った。

「お前ら2人でなにを悪巧みをしている」

横島が少しきつめの目を2人にむけた。

「なにをいうかな。悪巧みなんてしてねえよ。なあ朝倉の姉さん」

「うん。してないしてない!」

「ならカモ、こっちに来い。言っただろうが朝倉には関わるなと」

「な、ちょっと先生。そんな言い方ないじゃない」

朝倉は横島の言葉に思わず声を荒げた。

「ある。お前は絶対にかき回すことをしそうだ。違うか?」

「うっ」

朝倉も話していた話題が話題だけに上手く言い返せなかった。でもなぜ自分だけ頭ごなしに言うんだと思った。我が儘を言ったエヴァンジェリンさんには優しいくせに、自分にはやたら厳しい。某情報神は原作終了後もたびたび横島を困らせたことは朝倉の知るところではない。まただからといって少し厳しすぎた。

「違うわよ。ね、カモっち」

朝倉が言い返そうとして、だが、

ぐー。

そこに盛大にお腹が鳴った。育ち盛りの昼食抜きは激しく堪えるのだ。

「なんだ朝倉。お前、腹が空いてるのか?というか、班の奴らお前が『一人で食べる。用事がある』とか言いだすから心配してたぞ。まさか貧乏なのか?金ないのか?」

「違う。その、ちょっとダイエットと思って」

「修学旅行でそんなことするアホがどこにいる。やめとけやめとけ。楽しくないぞ。育ち盛りに空きっ腹はきくだろ」

「放っておいてよ。別にいいじゃない。どうせ役に立たないし」

朝倉は少しむくれた。貧乏などと言われて嬉しいはずもない。

「そういう意味じゃない。まったく拗ねるな」

「別に拗ねてないって。なによ。もう14歳なんだから子供扱いしないでよね」

「なにを言う。ガキのくせに。じゃあ金はあるのか?」

「それは、ないけど……」

「はあ。お前本当にヒャクメみたいなやつだな。ほら」

言って横島は財布から一万円を取りだした。貧乏経験は横島も相当あるので、こういう点には奮発してやろうと思ったのだ。

「……なにこれ?」

「やるから受け取れ。学園長が思ったより給料奮発してくれて余裕もあるしな。これぐらいはいいぞ」

「いいぞって、いらない」

先程の反発もあって朝倉は突っぱねた。

「うるさい。どうせ、あの件でタクシー代でもとられたんだろ。みんな大体一万円は持ってきてるのになくなるとは、ばれたくないのを見透かされてぼったくられたな。間違いない」

「なっ、どうして分かるのよー」

「俺はそういう人の弱みにつけ込むことにはとある人を見てきたから鋭いのだ。誤魔化すな。金のない修学旅行なんぞしてたら周りに引かれるぞ。ほら、返さなくていいから受け取れ。そしてさっさと飯を食いに行け。班のやつには俺から言っておいてやるから」

横島はそういって強引に、朝倉を立ち上がらせて、お金を渡すとそのお尻を叩いた。

「ちょっと、お尻叩かないで下さい。大体優しくしたり厳しくしたり。どうせ私は仲間はずれでしょ」

朝倉はまだ動こうとしない。素直に動くのがよほど癪に障るらしい。

「お前のことを心配してるのは本当なんだ。まああんまり引っかき回さないって言うなら、簡単な魔法ぐらいなら帰ったら教えてやるから許せ。な」

横島は朝倉の頭をぐしゃぐしゃと強く撫でた。
なんだかんだで生徒であり年下だ。拗ねるのを見ると可哀想が先に立った。

「くっ。もう、なんなんですか。ああもう。なら、付き合ってくれたら食事に行っても良いけど」

「なんだそれ食事はお前のことだろうが。なぜ、俺が付き合うのだ」

「じゃあ行かない。お金もいりません」

「アホか。どういう理屈だ。まったく。ほら、そこのそば屋がなかなか美味いぞ」

「あ、うん……」

朝倉は手を引かれて横島に着いていった。

(だだだだ旦那。あんた天才だ。タイミングもなにもかも完璧じゃないか。まさか朝倉の姉さんが、ツンデレをしてくれるとはっ、またもや、俺っち予想の上を行かれたぜ。ますます精進が必要だな。それに俺っちますます旦那が目指す高みを見てみたくなってきたぜ)

そう思うカモは横島の肩へと走った。

「アキラ、先生、いたで」

「あ、うん」

「よっしゃ、なんか桜咲さんいて近寄りにくかったけど、昼からは頑張るで」

「うん。一緒に告白ね」

その横島にさらに二人が走り寄った。






あとがき
どんどん自分で自分を追い詰めていく横島。
基本的に嫉妬心のないキャラは存在しない方向で行こうかと。
なのにキャラ数だけがひたすら増えていく(マテ

でも刹那やエヴァぐらいいろいろないと完全にはなかなか堕ちてくれません。
なのでカモの野望は魔法界編が終わるぐらいまでこの小説がつづけば、
その頃まで横島が生きてたら完全成就もあるかもかな。
遠いな……。










[21643] 二人の告白。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/01/23 10:57

「えっ、じゃあ二人で告白するの!?」

それは刹那が横島を連れだす以前、まだ皆が旅館に居た頃。
裕奈は今朝、玄関ロビーで驚きの声を上げた。

「えぇっ!?なんでなんでそうなるの!?」

「ちょっ、大きい!声大きいってば!」

まき絵までがそれに続いたので亜子が慌てた。アキラも赤くなって頷いて、横島に聞こえてないかと目線を送る。横島はなにか刹那と揉めており、こちらには気付いてないようだった。

「そ・れ・よ・りっ!ちょっと、事情を教えてよ!なんでそうなるにゃー。いや、まあ仲良くしてくれる方が嬉しいけど、アキラはともかく亜子は告白するまですすんでた!?」

裕奈の認識では亜子は正直、今回のアキラの告白で横島を諦めると思っていた。
そうなれば多分、アキラと亜子の関係は悪くなるだろうし、表面上でいくら繕っても誰もアキラと横島が付き合うのは喜んで見られないと思っていた。だからもう前の仲良しな運動部4人組には戻れないと覚悟していた。だからこそアキラに告白だけはやめて欲しかったが、横島を取り巻く状況を見てると、そんなことは言えなかった。
刹那やエヴァンジェリンが朝から横島を洒落抜きで取り合ったのも、アキラを余計に刺激したのかもしれない。もう少し行動が遅れればかなり横島に手をだすのが難しくなりそうな雰囲気がただよっていた。でも、どこをどう間違えば2人で告白する選択など浮かぶのだ。なによりも、アキラより、

(亜子は本気なの?)

裕奈は思った。亜子の横島に対しての想いと、もう一つ言うなら、

(亜子、誰の横で告白するか分かってる?)

裕奈は自分ならアキラの横なんかで告白するのはいやだと思った。なにせ175センチの身長に86,57,83のどこの外国人モデルだというような体型。おまけに美少女。性格も裕奈ですら惚れるほど真っ直ぐで純粋で優しい。かたや亜子も可愛いけどどう見ても脇役キャラだ。

(それが並んで告白なんてしたら、亜子が負けるに決まってるでしょ)

こんな子供でも分かるような当然の帰結にさすがの亜子も気付いてるはず。なのになんの勝算があって亜子はそんな無謀な勝負に挑むのだ。

「その、亜子、大丈夫なの?」

思わず裕奈は亜子の正気を疑うように聞いた。

「へ?なにが?」

「なにがって……」

(ひょっとして分かってない。この子全然分かってないにゃー。どうしようまき絵。あれは放置していいの)

裕奈は亜子たちといったん離れて相談した。

(え?いいんじゃないの?よかったよね。2人が仲良くしてくれるんならまた4人で遊べるよ)
(このおバカ。あんたもか!)
(え?え?なんで?)

全然分かってないまき絵に裕奈はため息が漏れた。亜子以上にお子様のまき絵に聞いたのが間違いだった。

「あ、あのさ。アキラはどう思ってるの?その、先生はどっちかを選ぶかもでしょ?」

裕奈はアキラだって亜子には負けないぐらい思ってるのではと思えた。

「裕奈、たぶん横島先生はどっちも選ばないと思う」

「え?そうなの?それってどういうこと?」

「うん。私も亜子も先生に明確な答えを期待してるんじゃないの。ただ、私たちもいるんだって教えておきたいの。でないと分かるでしょ」

裕奈の危惧に気付いたようにアキラが言った。ただ彼女の場合は自分が亜子よりも圧倒的に女の魅力に溢れ、横島から選ばれるとは思ってないようだ。

「あ、うん。なんだそうなの」

(ほっ、アキラがもし気付いて言ってたらちょっと怖いと思ったけど違うんだ。そうよね。ああよかった。でもそうか。やっぱりこの時期に行動を起こしとかないと先生が誰か一人を選んだら、もうそれで手遅れだもんね。それにそうか。横島先生は桜咲さんとかにももう告白ぐらいされてそうだし、それなら誰か一人にちゃんとは返事はしにくいのか。だとすると亜子も選ばれる可能性はある?まあ必ずしも美人が選ばれるわけじゃないもんね)

それでも亜子は不利に思えたが、裕奈は少し勘違いしていた。亜子とアキラを別に考えていたのだ。でも彼女たちは二人がかりで横島を攻め落とそうとしているのである。

「そうや。なに心配してるん裕奈。私ら二人で横島先生のことはアタックするって決めてん。だから今までどおり4人で仲良う行こ」

「あ、うん。そうね。OKそういうことなら私も全力でサポートするよ。よしまき絵、じゃあまず横島先生と二人が行動できるようにするよ」



そうして奈良に明日菜班とエヴァ班、横島たちが降りた。これもまだ刹那が横島と距離をとり、トイレで仮契約をする以前、奈良へと着いたばかりのときだった。明日菜が横島相手になぜか緊張しながら喋っている。木乃香もいてそこに奇襲が来ていた。そうアキラと亜子はなにも午前中全てを刹那に譲っていたわけではなかった。

「明日菜!あっちに高畑先生似のイケメンがいるって!」

裕奈が明日菜の顔に蹴りをかます。
そこにまき絵のリボンが、どこからともなく飛んできて木乃香の体を絡め取った。

「へ、なにっ!?ちょっと!」「な、なんやのん?」

「早く行かないと高畑先生が消えるよ!」

裕奈がさらに明日菜と木乃香の体を押した。

「なに、ちょっと裕奈。別に高畑先生に似てる人がいたってどうでもいいでしょ」

「いやだからね。いいからきてー」

(ああ、許して明日菜ー)

裕奈は明日菜の思いになんとなく気付いてる。だからまさかアキラと亜子が告白するとは言えなくて額に汗を垂らした。ふたりは転げるように連行されて、残された横島がポツンとし、鹿せんべいをパリンッとかじった。

「なんだあれは?」

とりあえず14才女子の元気さに感心しながら、まだまだ若い横島は自分はどうしたものかと思う。

「なんだ旦那。このチャンスにナンパでもしねえのか?」

裕奈もまき絵もこのオコジョが喋れる事実を知らず、置いていってしまった。

「おう、そうか!これは天が俺に与えたもうたチャンスか!!よし、では久々に美人の姉ちゃんに!」

と思うがそう叫ぶ先に少女ふたりがいた。

「「あの、先生!」」

アキラと亜子が赤くなりうつむいた。

「え?おお、アキラちゃんに和泉か」横島は若干の後ろめたさを伴って焦った。「俺は決してこれから引率をほったらかしてガールハントをしようなんて思ってないんだ!ちゃんとこれから引率をしようと、生徒に声をかけようとしただけだ!」

(なんか旦那が言うと、そっちの方が危ういよな)

「あ、うん。いえ、えっと」アキラが言葉に詰まり赤面した。
それでも、亜子が、「うん、じゃじゃあ先生。うちらと回らへん!」

なんとか勇気を振り絞って言った。
横島の肩で見ていたカモはその事態ににんまりと邪悪な笑みを浮かべた。

(くく、感じる。俺っちには感じられるぜ。二人の緊張が。そうだ。いいぞふたりとも。刹那姉さんが仮契約に来る前に決めちまうんだ。そうすりゃ刹那の姉さんの独走も抑えられるぜ。しかし、これだけじゃあまだまだ甘いぜ。旦那はこう見えてかなり鈍いからな。こんなぐらいじゃ好意に微塵も気付かねえぞ)

「おう、そうか……。じゃあ明日菜ちゃんと木乃香ちゃん達も」

「え……」

せっかく裕奈やまき絵が引き離してくれたのに引き戻されては意味がない。でも、この二人は二人ともが生来口べたであり、何より横島を前にうまく言葉が出なかった。

「あうあうそれは。あの」

「旦那。木乃香姉さんも姐さんも友達だけで気楽に遊んでるんだ。邪魔しちゃ悪いぜ。それに二人は旦那とだけでまわりたいって言うんだから野暮はなしだぜ」

カモがさりげなくフォローを入れた。アキラも亜子もカモのことを知っているので、遠慮なく喋れていた。

「こら、カモ。お前、和泉がいるのに」

「あ、あの、横っち。うち、朝に偶然そのオコジョ喋ってるの見てん」

亜子が慌てて言った。

「なっ、カモ!俺も人のことは言えんが魔法は秘密って言っただろうが!」

横島は怖い目でカモを睨んだ。

「はは、すまねえ旦那。聞かれちまったぜ」

「このドジが。って、そうだ和泉。悪いがこのことは他の奴らには秘密に頼むぞ。なんでもばれると俺はオコジョにされるらしい」

「うん、それもカモっちから聞いたし、秘密は守るで」

秘密と言われて亜子はなんとなく嬉しそうにうなずいた。

「そうか……。ならいいんだが」そして結局横島はあっさりそれ以上追求しなかった。もう今更気にしても仕方ないほどいろんな人にばれてる気がしたし、そもそも学園長からして明日菜や木乃香にばれてることにはもう気付いてると思うがスルーしてるのだ。これで横島に秘密意識をもてというのも無理があった。「しかし、なんかうちのクラスのやつにどんどんばれてくな。そのうち、クラスで知らんやつはいないとかにならんだろうな」

横島は本当にそうなりそうな気がして、額から汗を流した。

「まあいいか。じゃあ一緒に行くか?」

「「あ、はい」」

コクコクアキラと亜子が頷く。ふたりともまだオコジョが喋ることには慣れてなかったが、ぺこりと頭を下げた。そうするとカモも横島の肩から降りた。

「じゃあ旦那。俺っちは明日菜姉さんの方に行かしてもらうぜ」

そう言ってカモは横島が止める暇もなく、明日菜の方へと走って行ってしまう。

「なんだあいつ?」

(というか、桜咲と仮契約はどうするんだ?)

「本当に人間並みなんですね。あの子」

アキラは思わず感心してしまう。小動物が好きなアキラはあとで何か食べ物でも買ってあげようかと思った。

「――それで、あの、横島先生」

そうして東大寺について、賽銭箱に一円玉を投げ入れ「世界中の美人のねえちゃんの乳に埋もれて死にたい」などと図々しい願いというか願望を声に出てしまいながらする横島に、アキラと亜子は奮発して五百円玉を投げ入れて((私(うち)に告白する勇気を下さい))と控えめに願ってから言った。

「その、私ずっと、そのずっと、以前から先生が、その、す、すすす好きで」

後ろで亜子が騒ぐ。だが、横島がそこで大ボケをかました。

「おう、そうか。アキラちゃんは教師になりたいのか」

ドテッと亜子が盛大にこけた。

(なんやその勘違い!それはありえんやろ!)

「え、あ、はい」

(あ、頷いちゃったよ。って、そうだ。うちも傍観してる場合じゃなかったんや)

「あの、それで横っち、うちも好きやねん」

「そうか……でも、そういうのは俺なんかに聞かずに、新田先生や葛葉先生に聞いた方がいいぞ」

それはそうだろう。なにせ横島は教員免許も持っていないのである。しかもそれ専門のカリキュラムも一度たりとも受けたこともなく、これで生徒に気にいられて先生をやっているのだから、真面目にやってる教師がもし事実を知ればきっとやりきれないだろう。

「え、あ、そうなん」

「あの先生、そうじゃなくて」

焦るアキラと亜子を無視して横島が次におみくじを引く。アキラも亜子の方もつられて引いてしまい。なかなか言い出すタイミングがつかめなかった。だがあまりに時間をとりすぎると他の誰かが来てしまう。明日菜たちは裕奈たちが抑えてくれているが、エヴァや刹那はそうではないはずだ。

「うーん、凶か……。くじ運悪いな」

「あの!だから私は横島先生のことが!」

「アキラちゃんどうだ?」

「へ?あ、大吉です」

「和泉は」

「えっと、うちは……うっ、だ、大凶やって」

よりによってこれから告白しようと言うときになんてものを引くんだと亜子は思った。

(うぅ、やっぱりこれはアキラは成功して、うちは振られるいうことやろか)

裕奈がしていた危惧は当然亜子もしている。でも、亜子としてもこれ以外の方法がなかった。亜子視点ではヒロインのアキラが共同戦線をしてくれるというならそれに乗るぐらいしか、自分でも自覚してしまっている脇役キャラが、スーパーヒーロー横島など狙えるわけがないのだ。なにせそれは映画でいえば喫茶店のウエイトレスが主役と結婚するような暴挙である。

「はは、気にするな。こんなもん当たるも八卦当たらぬも八卦とかいうレベルだろ」

と横島は慰めてくれるが亜子の表情が冴えない。

(うぅ、アキラが大吉、うちは大凶。なんちゅう罰ゲームや)

一方でアキラは、

(よし、もう一度。次は間違われないようにちゃんと言葉を考えて……。えっと、私は横島先生が好きです。昨日助けられる前からずっと好きで、助けられてからはそのことばかり頭に浮かんで……。うん、大丈夫これなら勘違いのしようがない。亜子、いける?)

(へ?あ、うん、頑張る)

意を決してアキラと気後れ気味の亜子は再び横島に声をかけようとするのだが、

「おう、エヴァちゃん。大仏の鼻と同じ大きさの穴らしいぞ潜ると、健康になったり、願いが叶うらしい」

横島に目を向けるとすでに大仏殿にエヴァや刹那に茶々丸にザジもいて、どうも覚悟を決めるのが遅すぎたようだった。がくっと肩を落とすアキラと亜子に後ろで隠れていた明日菜達までが駆け寄った。

「あのなあ横島。私がこういう下らんのは嫌いなのだ。仏といえど四つん這いになって、なぜ潜らねばいかんのだ」

「つれないな。アキラちゃん。どうだ潜らんか?」

「え?あ、はい。願いが叶うんですか」

裕奈たちに「昼もあるから大丈夫」と励まされ、ともかくアキラは巨木の柱の下に作られた穴を潜ると願いが叶うというのを信じて、潜ってみることにした。四つん這いになって潜ってみると、柱の向こうに横島がいた。人前だけどもういっそ出た瞬間に告白しようかと思う。でも、やはりクラスの子がたくさんいて、その勇気はないと思った。大体それでは亜子を置いてけぼりにすることになる。

「あ、あれ」

しかし、ウエストポーチを付けたままで潜ってしまい、潜るには十分なスペースがあったのにお尻の部分で引っかかってしまう。

「どうした?」

「え、あの、お尻引っかかって」間抜けな事実に赤面する。穴があったら入りたかった。「その、抜けないんです」

お尻が大きいと思われたかと思う。確かに皆よりちょっと大きめで気にしていたが、なにもこんなときにそんな事実がばれなくていいのにと思う。もっともアキラの身長的に言うと抜群の大きさなのだが、この年頃はとかく大きいことが悪いことと感じるのだった。

「ああ、ポーチが引っかかってるんだ。ちょっと取るから動くんじゃないぞ」

(やったとか思ってない。絶対に役得とか思ってはいない)

そう言って横島が無造作に穴に手を突っ込んだ。アキラのお尻に何度も横島の手があたり、14才とは思えない豊満な胸には肩が触れて形がグニュグニュと変化する。横島を見ると「わざとじゃない。これは事故だ」と自分に言い聞かせていた。

(はっ、あれ、なんかちょっとうち置いてけぼり?)

「あの、すみません。あの、私、横島先生の前に出ると緊張して」

「ああ、気にすんな。教師の前で緊張するぐらいの方が生徒は可愛いぞ!お、とれた」

横島にこれで潜れると言われて、アキラはすんなり穴から出てきて出口で横島に手を取られた。教師が相手だから緊張した訳じゃない。横島が相手だから緊張するのだ。そう言いたいが、あまりに人目と亜子のこともあってそれは出来なかった。

「あの、うちも潜ってみる!」

と言って亜子は対抗して潜るのだが、わざわざポーチもつけたのに、体系的にすんなり潜れてしまい。なんのイベントも起きなかった。

(頑張れ。超頑張れ亜子。私が応援するにゃー)(う、う、なんか、亜子は涙をそそるね)

なんというか亜子とアキラには女優と芸人ぐらいの違いがある気が、裕奈とまき絵はした。

「横島先生、鹿の方に行きませんか?」

しかし、ここで刹那が先んじて、横島を引っ張っていく。

「あ、私も行く」

すかさず明日菜もついていく。
それを見た亜子もアキラもどうもこれは告白できる雰囲気ではなくなってると気付いて、ついていかなかった。それは幸いだったのかもしれない。なにせそれからの横島と刹那がしたことは、まだまだ純粋な二人にはあまりに刺激の強すぎることだったのだから。






昼食をすませ、昼から明日菜達は電車に乗り込んで明日香村を目指した。いくら奈良観光でもここまで来てるのは明日菜班とエヴァ班だけらしく、周りに麻帆良学園の生徒は見えなかった。そしてそれが狙い目で、混み合ってないところに横島と行きたいというのが、ここにきた主な理由だった。でもエヴァ班もいてあまりその用はなしていない。まあともかく、駅で降りて、サイクリング用の自転車をレンタルすると一路明日香を目指し、一行は自転車をこぎ出した。

「なんかのどかって言葉がそのまま風景になったようなところね」

明日香村は言ってみれば奈良の田舎である。わらぶき屋根や段々畑、綺麗ですみきった小川。春の花が咲き、自転車をこいでるのにこのまま寝たいと思うほどだった。そうして一行は明日香の甘樫丘(あまかしのおか)という場所で自転車を置くと、それぞれに小高い丘を登りだした。この小高い丘を登るだけで頂上から大和三山を見渡せるなかなかの絶景があるのだそうだ。

「なっ、裕奈。はい!?ちょっと、なによそれ!!?」

その下の休憩所でジュースを購入して、横島のところに戻ろうとする明日菜と木乃香を裕奈とまき絵が止めた。そうしてアキラと亜子の元に連れてきて目的を告げたのだ。

「うん、だからちょっとの間、邪魔せずに見ててあげてほしいのにゃー」

裕奈が手を合わせて明日菜に頼んだ。なにせ横島の周りには午前中から常に明日菜かエヴァか刹那がいて、三人とも牽制してるのがわからないようにしているようでありありと見えていた。あれでは、とても告白できる雰囲気じゃない。だから裕奈が明日菜に、アキラと亜子の目的を告げるのもやむを得なかった。
刹那には先程言いに行ったら、少し表情は曇ったが『邪魔はしない』と言ってくれていた。

「邪魔って……別に邪魔なんてしないけど」

言いながらも明日菜は心中複雑になる。アキラと亜子に告白なんてされたら明日菜は出遅れてるどころじゃない。取り戻せないほどだ。もう修学旅行から帰ったら自分は完全に蚊帳の外である。明日菜の魔法への憧れ、過去の記憶の手がかり、全てが手からこぼれ落ちていくように思えた。

「でも、それやったらアキラと亜子って横島先生とこに行かへんの?」

木乃香が2人に聞いた。
先行してエヴァが横島について頂上に着き、そうして木乃香、明日菜、まき絵、裕奈、アキラ、亜子が追いついて頂上に着き、それほど上ったわけでもないのに予想以上の景色の良さに皆が感動していた。それでもアキラと亜子の心はそれどころではなかった。今朝決めた覚悟がどんどんしぼんでいくようだった。

「それが全然で……」

少し離れてエヴァと横島はいた。茶々丸とザジも頂上に姿を現した。チャチャゼロは茶々丸の肩にいてカモは木乃香の肩にいる。

「好きとは言ったんやけど。横島先生もう相当鈍くてやな。全部勘違いするんや。それにや」

亜子がまき絵を見た。

「私、誘いに声かけたんだけどエヴァンジェリンさんが横島先生から全然離れてくれないんだよ。強引に行こうとしたらリボンがエヴァンジェリンさんに触れた瞬間になんでか消し飛ぶし」

まき絵が震えて言った。エヴァは、『なぜ私が小娘の言うことを聞かねばならん?』と殺しそうな目で睨むし、とりつく島もない。午前中は刹那が離れてくれず、食事時はなぜか朝倉が横島の傍にいて、午後に入ってからはエヴァがずっとそんな感じで、横島も困ってるようだが、どうしようもないのだ。

「はあ、今日はもうやめよか?」

亜子がアキラに諦めたように言う。

「うん、でも……」

アキラは諦めきれないようだった。

「なに言ってんの亜子。明日も明後日も桜咲さんもエヴァンジェリンさんはいるんだよ。あの2人は修学旅行にきてからかなり横島先生取り合ってるし、日が経つほど不利になるだけじゃないの」

裕奈が言った。横島を好きだと知ってる明日菜にまで声をかけて控えてもらい、刹那も了承してくれたのだ。この二人が明日まで控えてくれるとも思えず、今日を逃して欲しくなかった。

「そうやけど……」

亜子はそれでも怖じ気づいて、そこに明日菜が口を挟んだ。

「でも、よく分かんないな。アキラは美人でスタイルだって飛び抜けてるし、亜子だって結構可愛いのに、どうして横島さんなの?しかも二人がかりでなんてやりすぎでしょ。言っておくけど横島さんって凄いスケベよ。二人で相手をしろとか言われたらどうするの?」

明日菜は若干自分の訳の分からない思いもあって横島を酷評した。だが実際には横島からなにかをしろと要求されたことはなかった。そういうことをしていたらもっとあからさまに二人の告白を止めただろう。

「あ、明日菜っ」

木乃香がこれから告白しようとする人間に言いすぎだという意味で、慌てて言った。

「え、あ、ごめん」

「ううん。いい」アキラが首を振った。「横島先生が凄くスケベなのは知ってる。ずっと見てたから」

「でも、二人でなんて……それじゃあなんだか告白なんて冗談で遊んでるみたいに見える。その、そういうのは横島さんでしてほしくない」

「明日菜。私はそんなつもりはないし、もし横島先生から二人でしろって言われたら別に構わないと思ってる。そういうことは言わないと思うけど、でも、私は亜子と二人で一年かけて横島先生を振り向かせようって決めたから」

アキラが亜子を見た。

「あの、うん。うち、まだそこまで考えてへんけど、もしかのときはそれでもええと思うてるよ」

亜子は思わず乗せられたように言ってしまう。

「アキラ、なんでそこまで横島さんが好きなの?」

明日菜は亜子にはまだ躊躇が見えたが、アキラの覚悟にはたじろぐものがあった。

「先生は強くて優しいし……昨日は正直、その、笑われるかもしれないけど、横島先生が白馬の王子様みたいに見えた。きっと、これから先も、こんなに人を好きにはなれないと思うから、この気持ちには素直になりたいの」

「そう、白馬のね……」

横島の正体を知らないから言えるのだと明日菜は思う。アキラは幻想を入れすぎだ。刹那との行為。アキラも他の人と横島の行為を見れば変わるかもしれない。

「それってたとえば横島さんが誰かとキスしてても変わらない?誰かと朝帰りしても変わらない?」

こんなことを言ってはダメと思いながらも明日菜は口をついていた。

「え?」

アキラがさすがに目を瞬いた。

「その、アキラは知らないだろうけど、横島さん他にキスしたりする相手はいるのよ」

「明日菜っ」

木乃香が慌てて止めた。

「とにかく、横島さんの気が多いのは本当にそういうことなの。だから、もうアキラは入ってこないで」

「そう……」だがアキラは落ち着いていた。「明日菜。それでも私を止める権利は明日菜にないと思う。それに横島先生がフリーだとは思ってない。私はそれでも振り向いてもらうつもりでいる」

アキラはまっすぐ明日菜を見た。

「なにも横島さんを選ばなくていいでしょ。ただでさえややこしいのは見たらわかるじゃない」

「ごめん。でも好きになったの」

「えっと、とにかく私がもう一度エヴァンジェリンさん。呼んできてみるにゃー」

裕奈は間に入った。群雄割拠の横島事情にアキラが入り込むというのをもう誰も止められない。そんな覚悟を感じた。だから横島たちのもとに急いだ。というかその場にいたくなかった。少しの間、アキラと明日菜が目を合わせていたが負けたように明日菜から目を逸らした。
しばらくしてようやくエヴァが渋々そうに横島から離れた。なにを裕奈が言ったのかエヴァは激しく赤面していた。

「あ、ほら、アキラに亜子。裕奈が呼んでるえ」

木乃香は遠慮気味に言った。

「うん」

「大丈夫やから頑張るんやえ。横島先生、彼女もおらん言うてたし断られたりせんえ」

木乃香が励ましの言葉をかける。心中は複雑でも誰にでも優しくしてしまう性分だった。

「ありがとう。木乃香」

アキラは頷くと横島の方に走り出した。

「ほら、亜子も」

まき絵が亜子の背中を叩いた。

「え、あの、うん。でででも、うち自信ないし。アキラみたいなこともないし。それに横っち相手おるみたいやし」

亜子がここにきて怖じけずく。ちらりとその相手は明日菜ではないかと思って見ると、なんだか少し自分の言ったことに落ち込んでるようだった。

「じゃあやめる?アキラと横島先生付き合ったりして平気?」

「それは……いややけど」

亜子はガクッと肩を落とした。なんて勝手なのかと思えたが本音だった。アキラは水泳も全国クラスで性格もいい。スタイルもいい。そんなアキラがうらやましかった。そんなアキラが横島に恋をしていくのを見て、自分も好きだと言った。でも、アキラはそんなことでなにも動じなくてかなわないなと思ってどんどん萎縮してきていた。

「じゃあとりあえず、告白だけしてみたら?どうせ亜子は振られるだろうし」

「ひどっ」

まき絵に言われて亜子が涙目になる。
でもまき絵に背中を押されるととりあえず告白しようと思って亜子は走りだした。
一方、木乃香は明日菜の方を見る。

「あーあ、先超されたえ」

「なにも超されてないわよー」

明日菜は木乃香の言葉に口を尖らせた。

「じゃあアキラの告白普通に送り出せばええやない。それにうちがしたキスより明日菜のキスの方が本気やったんちゃう?だってエヴァちゃんの時、明日菜は必ずしも仮契約する必要なかったはずやえ」

木乃香はそのあとの明日菜のキスは知らなかった。

「だとしても、もう知らないわよあんなバカ」

「じゃあもうええん?」

「いいわよ。だいたい、木乃香も横島さんと怪しいでしょ」

「あ、始まる」

うまく話をずらして木乃香は木の幹に隠れ、他のものも反対側に隠れた。

(しかし、びびったぜ。姐さんが全部ばらすのかと思った。やっぱ皆が本気な分、人数が増えると洒落にならなくなってくるぜ。エヴァンジェリンと桜咲の姉さん、それに姐さんと多分木乃香姉さん、そこにアキラ姉さんと亜子姉さん。しばらくはこれ以上増えねえようにしねえとマジで旦那が死んじまう。そうだな。今夜の俺っちの計画はこの6人が仲良く旦那を分け合うように仕向けるんだ)

そうしないと比喩じゃなく本気で横島が死ぬと思い、木乃香の肩にいたカモは大量の汗を流した。



横島は甘樫丘の頂上から景色を眺めていた。美人の姉ちゃんでもいれば他に目がいくが、平日ということもあり、人影もなかった。たまには煩悩を捨てることも必要かとさえ思えるほど静かで、頂上からの景色が綺麗だし、これで夕日でも見えればあの日のことが思い出せそうだ。だが、残念ながら夕日の時間までいると帰りの電車に乗り遅れてしまう。そんなときアキラと亜子が目の前にたった。上るのに疲れたのか軽く息が切れていた。

「アキラちゃん和泉。茶でも飲むか?」

横島は下で購入したペットボトルのお茶をだした。

「いえ、あの、綺麗な景色ですね」

まずアキラが震えるのを押し殺して言う。今度こそ話の運びも間違えないようにと気をつけていた。

「ああ、そうだな。ちょうどいい季候だし、このまま寝てしまいたいぐらいだな」

「それで、あの」「横っち」

アキラと亜子は少し、横島のそばに寄った。

「うん?」

「その……。私、横島先生のこと、出会った日からずっと気になってて、何度も助けられて、そのたびに嬉しくて、胸が痛くて、どうしたんだろうって思ってました」

「う、うちはその、それを横で見てただけやけど、横っちが格好いいって思ってた」

アキラも亜子も赤面していた。

「なんだ。どうした。二人で悪いものでも食べたか?煽ててもなんもやらんぞ」

横島は暢気に言う。この期に及んでまだ気付いてない見事な鈍感ぶりを発揮して、また失敗しないかと周りはそわそわした。

「それで昨日のことで、もう我慢が出来ないと思いました」

「トイレか?」

横島の言葉に全員がこけた。ただアキラだけは真剣さを崩さなかった。

「いえ……」すうっとアキラは息を吸い込んだ。「私は……私は横島先生が好きです」

「好き……」

横島はふいにその呟きが漏れた。自分に唯一真剣に好きと言った女性の名が急に思い出された。

「ルシオラ……」

「え?」

「あ、いや、すまん。って、いや、ちょちょちょちょちょっと待て!おい、アキラちゃん今なんか好きとか聞こえたぞ!」

(ちょっと待て、なんだ好き?あれか、からかわれてるのか?どこかに皆で隠れてて本気にした瞬間笑われまくるのか!?いや、この子はそんなことする子じゃないぞ。そういえば前にキスしかけたときもあんまいやがってなかった!落ち着け!相手は14才だぞ!見た目で言えば十分美人の姉ちゃんだし、身長俺並みにあるし、いや、だが生徒だ。いや、アキラちゃんぐらいボディがあればこれはいいのでは!?)

「ほんで、あんな。それで横っち。その、うち、全然アキラみたいにタッパもないし、胸もないし、あの、あんまり、その、横っちと接点もなかってんけど、うちも好きやねん。横っちのこと好きやねん」

亜子なりに精一杯言った。アキラが好きな横島を横で見てて、ああ、この人いいなと思った。ただそうだけの自分。アキラの想いには100歩も200歩も及ばないけど、自分なりに真剣だった。

「なに?和泉も?えっと俺が好き……?いや、おいおい、お前たちは生徒だろ、俺は教師だぞ」

(というかなんだ!?最近の俺はおかしい!?どういうことだ!?やってることは向こうの世界となんも変わらんはずなのに、これはどういうことだ!?なんでエヴァちゃんといい桜咲といい明日菜ちゃんといい、俺なんかにチューを強請ってきたり、この上告白!?好意をむけられるのは嬉しいのだがっ!)

横島は周りを見る。刹那がエヴァが明日菜が微妙に引きつった笑みをこちらに向けている。三人とも『告白したわけではなくても、わかってるんだろうな。まったく好意に気付いてないとは言わせない。それはもう鈍感ではなく痴呆だ。病院のお世話にでもならせてやるぞ!!!』。という視線を感じた。

(やばい。答えを誤れば俺は死ぬ。比喩じゃなく本当に死ぬ気がすごくする)

横島は緊張した。尻の穴がきゅっとすぼまる気がした。

「教師ってそうは言うても。うちらとそんなに年は離れてないやん」

「そうです。私はまだ14才だけど、先生も18だし、それぐらいなら年の差として普通だと思います」

「いや、だがな。いきなり二人がかりで言われてもだな」

焦る横島。とにかく他の生徒の目もある。ここで妙なことをすれば教師生命にも関わる事態だ。

(というか三人の視線が本当に怖い。別に恋人同士でもないのに)

「あの、分かってます。いくら年齢的に問題はなくても、私は生徒だし、先生の立場もあるだろうし。答えがほしいわけじゃないんです。ただ、先生のことが好きで、だからそれだけは知っててほしくて」

「あの、うちもそうや」

どうしても亜子はアキラより一歩遅れて言ってしまった。

「なっ、そそそれはままた。あははは」

(なんだこれは。どうすればいいんだ。OKしてもいいのか。アキラちゃんの体はどう考えてももろストライクゾーンだ。性格もいいし、かなりの美人。しかし、倫理的に問題が!和泉もいるんだぞ。そうだ。和泉もよく見ると結構可愛いんだな。アキラちゃんの完璧さに影に隠れそうになってるところが微笑ましくてそそられるな。生徒と教師、二人がかり。ああ、美味しい。放課後の教室……誰もいなくなるのを見計らって)

横島は近場の木に思いっきり頭をぶつけた。

「あの、今すぐ答えてほしい訳じゃ別にないんです」

(いや、ダメだ。ダメだ。桜咲とエヴァンジェリンだけでもなんか鬼気迫る気がするのに。それに明日菜ちゃんと木乃香ちゃんは放っておけんし、これ以上わけ分からなくなったら、本当にむこうに帰れなくなりかねんじゃないか!)

「いや、あのな、えっとな、アキラちゃんに和泉。俺は、正直、二人とも美人で可愛いと思うぞ。でもな。教師とか以前に、言いにくいんだが、ここに俺がいられるのは一年だけなんだ。だから」

横島は正直かなり美味しいと思った。いろいろな生涯をぶちこわしても受け入れるには十分すぎるほどに。だが、アキラも亜子も本当に真剣だと気付くと、邪な心は置いておいて、言わなければならない事実があった。

「だからなんですか?」

アキラと亜子が真っ直ぐ横島を見ていた。

「いや、本当に全然違うところに帰るんだ。嘘じゃない。アキラちゃんも和泉も絶対ついてこれんもっと違うお前らにとって魔法みたいな遠い場所だ」

「それでも好きです」「うちも、好きや」

「いや、でも、好きになられても困るのだ!」

その瞬間、

むにゅ。

「むむっ!?」

横島の唇がふさがれた。アキラがキスをしたのだ。するとアキラの豊満な胸が横島の胸板で潰れた。見ていた全員に衝撃が走り、カモが慌てて、仮契約しようとして走る。だがそのしっぽを明日菜が掴んだ。

「ちょっ、離してくれ姐さん!!これはすげえチャンスなんだ!!!」

「バカ、どれぐらいアキラが真剣か分かってるの!絶対邪魔しちゃダメ!」

明日菜は真剣に言った。たとえ自分の心がどうであろうと、この場をぶちこわしてたくだけはない。仮契約の刺激は強すぎる。悪くすれば告白がうやむやになりかねない。それではアキラが可哀想だ。どれだけの勇気を振り絞ってるのか明日菜にも痛い程分かるのだ。それに多分、これはアキラの明日菜、刹那、エヴァに対する宣戦布告だ。アキラはきっと気付いてるのだ。三人がキスぐらいまで進んでると。

「うむっ」

重なったままほんの数秒、あるいは一生とも思える時間が流れた。
二人が離れると目があった。

「一年でもいいです。卒業と同時にいなくなってもいいです。だからそんな理由で断らないでください」

「うん……いや、アキラちゃんそれでいいのか?」

「ダメですか?」

アキラは目に涙を溜めていた。

(うちは……はは、ああ、負けた。やっぱアキラには勝たれへんな)

それを横目で見てるしかなかった亜子は少し肩を落とした。こうなるんじゃないかという気がしてたけどやはり自分は脇役から出られないんだと思った。

「わ……分かった。悪いがアキラちゃん。少し時間をくれんか。いや、正直まだよく意味が分からん。ちゃんと考えるのは約束する」

「はい。あの」アキラは自分と横島の距離に気付いて慌てて離れた。「これは、あの、突然キスなんてしてごめんなさい!」

そしてだっと走って逃げ出した。

「ははは。大河内アキラ」

(ぜ……ぜ……全然、全然破壊力が違う。すごすぎるぞアキラちゃん。トイレで桜咲としたことがキス一つで吹き飛ぶほどの圧倒的な質量差を感じる。これが、これが大人っていうことなのか!?)

「あの」

亜子が弱々しく声をだした。

「和泉、いや、その、お前のことも真剣に考えてみる。すまんな。中途半端な返事で」

「うちはその……正直アキラほどの覚悟はないねん。でも好きやねん。それもほんまや」

「そうか。お前を見てるとなんか幼馴染みを思いだすな。ヒャクメにルシオラに美神さんにエミさんもいるか、はは、本当に似てるようで異なる世界か……」

横島はわずかに郷愁を誘われるような目をした。

「うん?なんの話し?」

「いや、こっちのことだ」

「そっか……」

と、亜子も一歩を踏みだした。そして横島と背伸びをして唇を合わせた。アキラのことに意識を奪われていた一同に二度目の衝撃が走った。亜子はそのまま戸惑うように少しだけ舌を入れた。でも恥ずかしくてすぐに離れた。

「アキラよりボディが足らん分。その、舌はおまけや」

亜子は真っ赤だった。
やっぱり自分もちょっとヒロインを目指してみたかった。

「おう。そうか……」

これはこれでいいと思ってしまう横島だった。

「横っち。答えは一年後ええんや。ちゃんと振り向かしてみせるから、そのときちょうだい。その、ちゃんと可愛がってくれるんやったらアキラと二人で本当に魔法みたいな世界でも着いてくで」

亜子は言うと、やはり、恥ずかしくなって逃げだした。

「14才の生徒に本気のキスを二人連続。しかも二人は二人一緒でもいいのか」

(横島先生なんでもしていいです。もう無茶苦茶にしてください)(うちもや、先生の大きいし、二人でも無茶苦茶にされそうや)

「ガハッ」

横島はあまりの刺激に耳の穴や目や鼻口、あらゆる穴から血を吹き出して倒れた。

「うわ、横島さん!」

「死んだ。なんか死んだにゃー!」

急いで明日菜や木乃香、裕奈が駆けつけ、まき絵が逃げたアキラと亜子を追いかけた。

(ほっ、仮契約をしておいて本当によかった。あの様子ではすぐに答えは出ないまでも、かなりあの二人に心が揺らいだだろうな。少し悔しいが、私もあそこまでしてるのだし、負けることはないはず。私はもうあなたがいないと困るんです。あんなことまでさせたんですから、大丈夫ですよね)

刹那は少し今日の午前中のことを思いだす。

『ほら、桜咲。膝を抱えてこうして広げたら緊張しててもだせるだろ』
『うん。その、少し目を逸らしててほしいのですが、どうしてこんなのを見たいのですか?』
『ダメなのか?』
『いえ、あなたが望むなら、なんでもするけど……赤ん坊みたいで恥ずかしいです』
『大丈夫だ桜咲。ちゃんとするときはスカートで隠れないようにな』
『これで、いいですか?』

見ていた刹那は仮契約をしている最中とはいえ、好きだとは告白したし、あれほど気持ちよくなる以上、横島もかなり自分を想ってくれていると自信が持てていた。あの行為のあと魔法陣が解けて急激な好意が醒めた横島は土下座して謝ってくれてたけど、自分は謝ってなど欲しくなかった。
横島が望んだことだし、恥ずかしくても他の人に見られたわけでもないから構わなかった。きっと魔法陣なしでもまた見たいと言われたらあれぐらいならしてあげられる。だからアキラと亜子を見てもそこまでは慌てる心を持たなかった。でも、今夜は一応、横島の元に行って、絆を深めようと思った。そう想うだけで身体の芯が疼いた。そうすると自分が本当にもう、横島なしでは生きていけなくなっている気がした。


(大河内アキラが横島を好きだと……。なんだそれは?ちゃ、茶々丸これはどういうことだ?)

一方でエヴァは心中穏やかじゃなかった。

(申し訳ありませんマスター。どうやら私の情報にミスがあったようです。どのような罰でも)
(バカか、そんなことをしてなんになる。それよりも不味い。ただでさえ戦力差が明らかな大河内アキラにおまけがついてますます手強いではないか。おまけにあの2人はあっちについてくるのも問題視してないのか?)
(ケケ、テカ、御主人、ソレハアノ神鳴流トカ明日菜トカイウガキドモ全員ジャネエノカ?横島ノ世界ハコッチト交流スルタメニ接触シテルンダロ。ナラ別ニアッチニ行ッテモ帰ッテコレル可能性高インダシヨ)
(うぐ……)
(ボケテルナ御主人。『闇ノ福音』トモアロウモノガ、チョットオ上品スギルンジャネエノカ。コノママジャ全部美味シイ部分、ガキドモニ持ッテ行カレルゼ)

エヴァはギリッと奥歯を噛みしめた。どうやら確かに自分はお上品が過ぎたようだ。遠慮ばかりをして、ことごとくミスばかりして、損ばかりしている。昨夜もあんな光景を黙って見てる必要もなかった。トイレも人払いの魔法でも使えば踏み込んでもよかった。さっきも小娘に『親子みたい』と言われた程度で横島から離れなければそれでよかった。でもいずれも言えることは自分が横島から女として見られてるかに不安があった。だから強引に出られなかった。

(せめて5年後に吸血鬼になっていれば、大河内アキラのような真似もできたというのに忌々しい。いや、それも言い訳か。怯えるな。自信を持て。横島は幼い体でもいいと言ったのだ)

エヴァは自分に気合いを入れた。

(おい、茶々丸)
(はい)
(私も今夜やつに告白することに決めた。なにかお前から見て問題はあるか)
(いえ、ありません。ではマスター、一ついい方法があります)
(うん?)

茶々丸がエヴァに耳打ちをする。それを聞いてエヴァはにやりと微笑んだ。
さまざまな少女たちの思いは巡り夜がこようとしていた。






あとがき
さて、仕込みも全部終わってようやく夜が始まります。
カモに朝倉に明日菜に木乃香と、まだまだ心理描写の足りないキャラもいますが、
あんまり書いてると話し進まないので、みなさんの想像力にゆだねます(マテ

それにしても亜子とアキラコンビは刹那とエヴァのように嫉妬心が書きにくいです。
なのであんまりドロドロしすぎてもアキラと亜子のキャラじゃない気がするので、
こんな感じかな。でも、ドロドロが全然緩和されてないな(マテ
二日目が終わればいよいよフェイトたちも動き出すので、
ドロドロしてる暇がなくて緩和されるといいな。











[21643] 悪夢のような桃源郷・前編
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/01/29 18:23

「ええ、カモっち、それって、どうしてもしなきゃダメなの?」

それは旅館に帰ってきて間もない頃だった。朝倉は夕飯を即行ですませると、カモとともに今夜の件で話し合い、激しく眉根を寄せた。正直、カモの提案は朝倉にとってやるのがすごく気がすすまないものだった。

「ダメというか、そうしないと姉さんは旦那と関わるのはもう無理だと思うぞ」

(まあ嫌がるとは思ったが思ったより反応が強いな)

カモは朝倉ならなんだかんだ言っても乗りと勢いで手伝ってくれるぐらいに思っていたので、その反応が意外だった。

「でもねえ。6人が横島先生と仲良くなって私にメリットあるかな」

朝倉の口が尖った。
カモの提案はこうだった。
カメラの仕掛けは夕飯までにすませたので、これから全員がお風呂に入り終わって部屋に戻ったら消灯とともに大規模に『仮契約(パクティオ)』の魔法陣を旅館全体に敷く。そうすると横島に対して好意があるものはそれが増幅されるらしい。といっても横島の霊力がその好意には起因しているらしく、大規模であるだけに、それに比例して個人用の魔法陣ほど大幅に好意は増さないらしい。

その結果として今横島を好きでたまらないトップの6人に横島をほどよく恋しくて仕方なくする。朝倉はその6人に横島が呼んでいると伝えて、横島の部屋で一同に会させる。好意が増幅された状態だから6人とも横島の言葉には従うはず。そこでカモが上手く話しを導いて、6人で仲良く横島を分け合うように協定を結ばせるというものだった。

「第一そんな方法上手く行くかな」

乗り気じゃない朝倉はカモの方法に疑問を抱いた。なにより、朝倉は正直、昼間に優しくされたり、修学旅行から帰れば魔法について教えてくれるという言葉で納得していた。自分だけ嫌われてるようなこともないのだと思えたのだ。横島が自分を遠ざけようとしたのも、自分の安全を考えてくれてるのだと思うと嬉しくもあった。

なのにカモの提案は自分が横島に再度警戒される種になる。下手をうてば、今度は怒られる程度じゃすまないかもしれない。おまけに自分は今回お預けを喰わされて、6人が修学旅行から帰って落ち着くまで、横島と関わるのも避けてほしいということだ。普通にいけば、修学旅行後には横島に魔法のことが聞けるはずだった朝倉としては、修学旅行が終わっても聞けないのではメリットがなさ過ぎた。

「姉さん。でもだな。話したとおり、旦那の今の恋愛事情は洒落にならねえほど切迫してるんだ。俺っちももう少し別の方法があるならそうしたいが、遅れれば下手すると旦那の教師としての首が飛ぶぜ。なんせ旦那はあっちもこっちも一気に手を広げ……。い、いや、じゃなくてだ!性格的に優しすぎて、周りに好かれすぎてるんだよ!」

カモは本音を言いかけて慌てて訂正した。

「誤魔化さなくていいよカモっち」だがその辺は朝倉も鋭かった。「私も横島先生は節操なさ過ぎとは思うよ」

「はは、いや、姉さん。旦那はちょっと優しすぎるだけなんだ」

実際はそれだけではないし、朝倉の言うように節操がないのだが、カモとしては誤魔化すしかなかった。

「うん、まあ優しいのはたしかね」そう言うとき朝倉は少し綻んだ。「けど、まあそれは置いといて。ちょっとエヴァンジェリンさんたちは強引すぎない?」

「へ?」

このときカモの予想に反して朝倉の目は横島の方に向いてなかった。

「私は別に横島先生の肩持つわけじゃないけど、カモっちから聞く限り、男なら断れないような状況に追い込みすぎだと思うよ。アキラと亜子は別よ。でも3人は横島先生からしたら恋愛感情ないじゃん。あ、木乃香もね。というか木乃香はなんにも行動にも言葉にもだしてないのに、どうしてその枠に入るの?」

「だから好意度順に言ってだな。姉さん」

「それ、好意度が高い順にで言えば違うんでしょ。それも納得いかない。アキラが一番横島先生を好きで、明日菜、夕映、エヴァンジェリンさん、桜咲さん、木乃香、亜子、あやかが好意度順よね。なのに夕映を外して亜子を入れるのは決め方がアバウトすぎない?」

その好感度についてはどうしてその6人なのかと聞かれて、好意の高い順としてカモが説明していた。それはカモのオコジョ魔法というもので、人の好感度を数値化できるのだ。

「そりゃまあそうだけどよ」

(く、さすが旦那だ。あっという間に朝倉の姉さんの心に入り込んでやがる。旦那への好意度が10位以下の朝倉の姉さんでこの反応か。しかし、この場合は困ったぜ。旦那は姉さん方を惚れさせるだけ惚れさせまくってくれるが、俺っちの3-A全員攻略の高みを目指す目標のためにはちと早すぎる。なにより全員思いの外独占欲が強いんだ。とくに桜咲の姉さんとエヴァンジェリンは旦那への好意がいびつだしな。甘く見てるとやばい)

カモとしては少女同士の横島の取り合いは避けたかった。そして横島を諦められないという意味で言えば亜子を抜いた5人がトップなのも事実だ。朝倉には協力してもらう必要上、カモの知ってる範囲で横島を取り巻く状況を話したが、カモの予想とは違い、朝倉はエヴァンジェリンと刹那と明日菜、そして少し木乃香にも不快感がむいたようだ。たしかにこの4人は恋愛と関係のない部分で横島と繋がっている。そのままなし崩しで横島と付き合うのは邪道ではある。でもそんな潔癖さを朝倉が持ち出してくるとは思いもしなかったのだ。

「私はアキラと亜子が上手く行くようになら、まあ多少は手伝うよ。でもあとの4人はいや。それはずるいと思うもの」

「姉さん……」少女らしい潔癖さを朝倉も持っているということだ。これは難しいことになったと思えた。カモだけではハーレムなどとうてい無理である。なんとしても朝倉には協力して欲しかった。「じゃあしかし、なにもしなけりゃどの道その4人の姉さん方が原因で旦那は麻帆良を追われるかもしれねえぞ」

「まあそれは分かってるけどさ」

今の状況はいつどこから決壊が起きてもおかしくない。
そうすれば理由がなんであろうと責任は横島が取らされる。

「そうなれば朝倉の姉さんの魔法を教えるやつはいねえし、悪くすれば姉さんがずるいって言ってるエヴァンジェリンと桜咲の姉さん。それに明日菜の姐さんも、麻帆良に居心地悪くなって旦那と学校を出るかもしれねえ。いや、多分、この3人はどう転んでも旦那を手放したくないと思うぞ。エヴァンジェリンと桜咲の姉さんは依存度と独占欲が高いのは説明しただろ。姐さんも2人ほどじゃないが依存度が愛より高いんだ」

「ううん」

朝倉はさらに頭をひねった。たしかにエヴァンジェリンと刹那と明日菜の生い立ちなどを聞くと、依存度が高くなるのは無理がない気がする。もし状況的に追い詰められたら、この3人はカモの言うとおりの行動に出るかもしれない。そうなれば朝倉としてはもっと面白くない状況になる。魔法について教えてもらえる時間ぐらいはあったとしても、横島がいなければ、ただ知ってるというだけのことになる。

「でもなあ」

横島に対して6人体制なんてできるのはどうにも朝倉には納得しかねた。それではたとえ6人が落ち着いてから魔法のことを聞くにしても、一々彼女たちの顔色をうかがわねばいけなくなる。自分が6人を上手く行くようにしてあげたのにかなり業腹な状態だ。

「なら仕方ねえ。そこに朝倉の姉さんも入るってことで手をうたねえか?」

「あのねえカモっち、私は横島先生とそういうのは望んでないって言ってるでしょ」

「望んでないって」(強引に迫られたらキスぐらい許しちまうほど好意ある癖に)「じゃあどうしたいんだ?」

カモは心の底から聞いた。これはこれで煮え切らない。それにもうすぐ全員が露店風呂から出てくる。そうすれば誰かが横島の部屋に先んじて行くかもしれず、早くして欲しかった。

「ううん。たとえばさ、その6人の関係って、いったん白紙に戻せないの?」

「へ?おいおい、無茶言わねえでくれよ。それはどうやってするっていうんだ?言っておくが記憶消去の魔法は無理だ。俺っち使えねえし、ちょっとパーになるしな」

「そんなのじゃなくてさ。たとえば魔法陣を発動させてから横島先生抜きで6人に話し合わせて、『このまま横島先生を取り合えば先生が麻帆良を去りかねない。そのときは誰も連れて行ってはくれない』と嘘でもいいから脅すわけよ。そうすれば少なくとも全員人目にはつかないように気をつけるでしょ。一番面倒そうな3人は特に横島先生に逃げられたら元も子もないんでしょ。なら、横島先生に捨てられるのがいやで、できるだけ良い子にもすると思わない?」

「良い子に?あの3人が?」

(おお、あれ?それ意外によくね?)

そう聞くとカモは意外とその方がいいかもしれないと思った。他の少女が入り込む余地も残るし、全員が秘密意識を高くしてくれる。あとは少女一人一人増やしていくたびにそのことを了解させればいい。

(そうなれば3-Aの女子寮は旦那の理想的なハーレムとなるのも夢じゃねえ。そうだ。なんならエヴァンジェリンは旦那の言うことなら聞くだろうし、教師陣の目を誤魔化す結界の作成をさせてしまえばもう邪魔者なんていないぜ。一年後には旦那は3-Aの生徒全員を引き連れて、旦那の故郷とやらで暮らす。俺っちはそのハーレムの管理をする。くく、俺っち自分の悪っぷりが怖くなるぜ)

カモは邪悪に思うとうなずいた。

「なるほど……。わかったぜ朝倉の姉さん。じゃああんたの提案どおりの方向で行こう」

「え?いいの?」

朝倉はカモがうなずくとは思わずに目を瞬いた。

「おうよ。というより姉さんの提案の方が俺っちの理想、じゃ、じゃなくてだな!旦那のためになるって思うぜ!さすが姉さんだ。俺っちが姉さんを仲間に選んだ目に間違いはなかったな」

「あ、うん、そう?はは、それほどでもないけどさ」

朝倉は照れて頬を掻いた。パパラッチなんてしてるとあまり人に誉められることがないのだ。

「じゃあ作戦名は『横島の旦那ラブラブ大作戦。でも秘密にね』ってことで」

「おう。じゃあ頑張ろうカモっち」

二人は固い握手を交わした。



「はあ、なんかやってしもたって感じやな」

亜子は湯に浸かりながらため息が漏れた。ついに自分は横島に告白してしまったのだ。以前サッカー部の先輩に告白して振られてからまだそれほど経っていないのだが、我ながらこの惚れっぽさには呆れるばかりだ。

「うん」

横にはアキラが居た。ナイスバディの親友。少し見てると本当に自分の身体がいやになるほど魅力的な身体をしてる。そのアキラもどこか沈んでいるように見えた。実を言えば亜子の方も全然心が晴れていなかった。告白の返事を待つ身としては当然だが、それ以上に頭が冷えてくるといろいろと余計なことに気付いていた。

「横っち、なんて答えると思う?」

亜子の声は本当に沈んでいた。

「うん」

アキラは少し考え込んでいた。
それでも口を開いて出た言葉は亜子の予想通りだった。

「多分だけど……私も亜子も振られると思う」

「はは、やっぱそうか」

亜子はガクッと肩を落とした。明日菜の『キスをする相手がいる』と言っていたのは明日菜自身か刹那かエヴァなのか。横島に『答えは一年後でもいい』と駆け引きもしてさらには、『2人ででもいい』と譲歩もしたが、かなり見苦しい行為の気がした。あんなものはなんの役にも立つとは思えなかった。

横島は今の状態でもかなり手一杯に見えた。それでも横島に魅力を感じてどうしても好きになったのだから亜子自身困ったものだと思った。もちろん付き合う以上はせめてアキラと亜子の2人までにしてほしい。でもそれはむこうの3人も思うわけだ。いろいろ考え合わせると、やはり自分たちが振られる姿しか想像できなかった。

「私たちは遅すぎたんだと思う」

アキラの頬に涙がこぼれた。

「アキラ……」

亜子が慰めるようにアキラを抱いた。

「泣かんといて。うちかて悲しくなるわ。ごめんなアキラ。うちがあとからアホなこと言いださんかったらアキラはきっと先生と上手く行ったんや」

横島は多分明日にでも自分たちを振るだろう。ネガティブにばかり考えてしまう。泣いているということは強がっていてもやはり明日菜の言葉はアキラも堪えていたのだ。思うと亜子も涙がこぼれていた。こんな短期間で2人も好きな人に振られるとは自分はなにをしてるんだろうと思えた。おまけに友達の邪魔までしてしまった。

「ううん。亜子は悪くない」

アキラは人が良いからそう言ってくれるが、亜子は申し訳なさで一杯だった。

「亜子、アキラ。大丈夫?」

裕奈とまき絵が心配して声をかけてくる。クラスメートも露天風呂にいたので目だってしまう。

「うん。大丈夫。ごめんや。ごめんや」

あまりに亜子とアキラの2人が落ち込むので、ちょっと周りに近付きがたい雰囲気を放ち、ともかくこんなところで泣くのは不味いと、裕奈とまき絵が慌てて露店風呂から2人を連れて行く。

「……あの2人。泣いてる?告白したという噂でしたが、まさかあのアキラさんが振られたですか?」

「アキラさんが振られた?」

それを遠目で見ていた夕映とあやかが驚いていた。振られたことに安心する反面。不安になった。なにせアキラである。アキラで振られるなら自分たちにもかなり勝算がなくなる。夕映は体型的に劣ってる。あやかの胸はアキラより大きく、顔も美人だが、多分横島の趣味でいけばアキラの方に軍配が上がるはずだ。

なにせあやかは少々痩せすぎている。多分、アキラはクラスでも一番横島の好みにかなってると思えた。それが振られた。成功されていればそれはそれで目はないのだが、どのみち自分たちも動くのが遅すぎている気がした。どうやら横島を取り巻く恋愛事情は思ったより早く動いていたようだ。

「まあ2人とも落ち込みなさんな」

ハルナがバッと2人の肩に手を回した。

(といっても、まだあの2人は返事待ちらしいけど、あの様子だと相当目のない反応をされたか。それともそう感じざる得ないほど、明日菜にエヴァンジェリンさんに桜咲さんが不動に感じられたかね。なんとなく気付いてたけど、やっぱあの3人コンボは破れないか。残念。夕映ならちょっとおこぼれもらおうかと思ってたのにな)

ハルナもちょっと落ち込んでいた。実を言えば面白がって横島に胸を押しつけたりするうちに気付いたのだが、横島のあれは相当大きいのだ。ボーイズラブものの同人をよく書くハルナとしては少し、いや、かなり、あの現物に興味があった。だから夕映に発破をかけて上手く行けば頼み込んで見せてもらうとか、許してくれたら初体験は横島でしたいとか、いらぬ妄想も腐女子的に膨らませていた。

でも夕映がダメとなるとさすがにあの3人には頼めない。同人誌の手伝いをしてくれてる夕映ならともかく、彼氏のあれを見せてくれるだけでいいのだ。と言っても3人には理解できないだろう。ハルナはどちらかと言えば恋愛感情よりも、自分が胸を押しつけただけで、たまに大きくなるそのものに未練があって落ち込んだ。

(はあ、見るの無理かな。今更変にちょっかいだすと桜咲さんか、エヴァちゃんがかなり怖い気がするのよね。しかし、まだ一月ほどなのに固まっちゃうの早かったな。いやまあでもあと一年ほとんど残ってるよね。あの2人ちょっとしつこいように見えるし、それが元でふられる可能性も結構大きいか。そのとき、別の子を味見したいぐらい横島先生なら考えそうよね。うんうん、なにがあるかは分かんないか)

気楽に考えていたハルナは夕映とあやかを部屋へと慰めるために押して行った。それらの様子を見ていたのはハルナ達だけではなかった。真名も身体を洗いながら少し聞き耳を立てていた。この件に興味があると思うのは癪に障るのだが、耳に入ってきたのだから仕方なかった。

(大河内を振ったか……)

真名はなんとなくもらった文珠を風呂場で見上げ、夜空の月と合わせた。

(綺麗な玉だ)

思いを込めると玉の文字が次々に変わっていく。それが不思議だった。『愛』と込めてみる。すぐに文字を変えて今度は『嫌』、そして、『聞』、それらが幻惑的に見えた。最後の『聞』という文字が頭に引っかかる。

(他に付き合う人がいるようならいろいろ思わなくてすむ。あの件を聞いてみるのも悪くはない……。でも……そんなことを聞いて結局なにがどうなるわけでもないのだな)

「どうしたでござる?」

「うん?」

真名らしくもなく少し緩慢に声をかけられた方を見た。そこに楓がいた。

「いや、なんでもない」

真名はすっと文珠を隠した。

「その文珠、横島殿にもらったでござるか?」

なのに楓が聞いた。

「よく知ってるな」

見られた自分が迂闊に思えたが楓は知ってるようだ。

「稽古をつけてもらってる話しはしたでござろう。以前、手合わせでちと本気を出してみて、文珠を使わざる得ないところに追い詰めたことがあるでござるよ。いやあ、危うくお互い死にかけたでござるけど」

「そうか」

真名は適当に答え、身体を流して立ち上がった。

「もう出るでござるか?」

「ああ」

驚くほど鍛え抜かれた真名の肢体があった。それでも出るところは出ていて、褐色の肌は楓の目から見ても綺麗だった。

「つれないでござるな」

「なれあう趣味はない。じゃあな」

真名はさっさと出ていく。彼女がなにを思うのかは楓でもいまいち読み取りかねた。昨日の夜は木乃香が攫われたりとずいぶん大変だったらしいから、その話を聞こうと思ったのに、どうも話したくはないようだ。

「やれやれ」

楓は肩をすくめて風呂場を見渡す。いつのまにか残ってるのは自分と鳴滝姉妹だけだった。

(ふむ。忍者たるものが長湯をしすぎたようでござるな)

「2人とも出るでござるよ」

楓の声に2人が元気に返事をする。そうして3-Aの生徒の全てが部屋へと帰った。



「はあ」

自分はどうしたらいいのか。明日菜は旅館に帰ってきて夕食も終わると自問していた。アキラと亜子は本気のようだ。とくにアキラはあの分では明日菜と横島が多少進んでても揺るぎそうになかった。でも、自分は新幹線で刹那との行為を見ただけで激しく揺れている。木乃香との仮契約ですら自分からしていいと言ったのに聞いたとき少しショックを受けた。なにより木乃香が自分より役に立つのかと思うとやりきれない気がした。

そんな明日菜の足はお風呂の時間をすっぽかして、いつの間にか横島の部屋に向いて、その前で止まっていた。中からは誰の声もしない。誰かが動くような気配もないし静かだ。それは少し明日菜にとって意外な気がした。刹那かエヴァかアキラ達の誰かが先にきてる可能性を考えていたのだ。でもきていない。

(はは、焦ってるな私)

木乃香には突っ張って否定し、横島のことを嫌いとか言いつつ、その本人が一番焦ってロケーションのよい露天風呂もすっぽかしてここにいるのかと思うと滑稽に思えた。それもこれもとにかく誰かに先を越されるのが、どうにも不安だった。そんなことばかりされてたら自分のことはどうなる。過去の記憶のない自分。そのことはできるだけ考えないようにしていたのに、横島と出会ってからなぜかよくそのことを考えていた。

そして横島に着いて行けばそれが取り戻せる気がしていた。横島自身もそんなことを言っていた。だいいち明日菜も不思議なことを次々と見せてくれる横島に憧れ、惹かれていた。この人の傍にいたらもっと不思議なことも見られるのかと思った。それをこのまま行けば全てなくしてしまう。それはいやだった。

明日菜は、とりあえず彼の部屋の戸を開けた。

(うわあ)

中では白い灰のようになった横島がテーブルに突っ伏していた。

(相当悩んでるな。まあ当然か)

なにせ外国人モデルかというような美少女のアキラと、決して可愛くないわけではない亜子に同時に告白され、おまけに二人一緒に付き合っていいと言われたのだ。明日菜は男の気持ちはよく理解できないし、同時に複数の女性は不潔に思えたが、そういうのは男の場合嬉しいであろうことは知っている。もしアキラ達だけなら横島は即行でOKしたかもしれない。

(横島さんは私の面倒は見るって言ってたものね。すんなり、いけるもんじゃないか)

明日菜はそんな淡い期待を抱き、横島の後ろに立った。

「横島さん」

明日菜はテーブルに突っ伏した横島を突いた。

「おお!?」まったく気付いてなかったのか横島が驚いた。
ふりむいて明日菜を見るとさらに驚いていた。「おう!?あああああ明日菜ちゃん!?どどどどうした!?美味しいなんて思ってない!美味しいなんて思ってないぞ!二人一緒に色々したいとか思ってないぞ!」

思いっきり思ってましたという顔で横島は狼狽した。

「なんの話しですか。それより、これ教えて下さい」

明日菜は横島に2冊のノートを示した。一冊は明日菜の授業ノートだ。もう一冊は数学の教科書である。もともと修学旅行中に横島の部屋に行く理由にでもしようと持ってきたもので、最近はほとんど毎日教えられていたので切り出しやすかった。前は横島と話すのに理由などいらなかった。でも最近理由がないと横島と話しにくい。理由はわかっている。高畑のときと同じだ。相手を意識していくほど次の言葉が思いつかない。

「おお、なんだ。それか。はは、ああっ、いいぞ!しかし、こんなときまで勉強とは明日菜ちゃんにしては偉く真面目だな!」

「ふふん。ええ、そうでしょ。修学旅行中まったくしないとせっかく教えられたことを忘れそうな気がしたんです。せっかく毎日教えてくれてたのに、それじゃあ横島さんに悪いでしょ」

お互い少しわざとらしい会話だと明日菜は思った。

「そっ、そうか。たしか中間の範囲の半ばまで進んでたよな」

「うん?」

「どうした?」

「あっ、いえ、なんでもないです」

(汗の匂い。ちょっと私もするよね)

横島も明日菜も露店風呂はまだだったし、サイクリングに軽い山登りまでしてきたから汗の匂いがした。でも明日菜は自分の匂いは気になったが横島の匂いはずっと嗅いでいたい気がした。

「えっとじゃあまず、この問題からだな。この公式は……」

目的が違うのだから、数学の公式を話されてもあまり頭に入ってこずに横島の声だけを聞いていた。

(横島さん……)

横島が明日菜の体に触れる。教科書のページをめくる動作だけなのに、妙に胸が締め付けられた。アキラと亜子が横島と上手く行けば、こういう関係も、本当に教師と生徒というだけのやりとりになるのかと思った。

「聞いてるか明日菜ちゃん?」

横島が上の空の明日菜を訝しんで覗き込んだ。

「うん……あの、あんまり聞いてません。その、なんだか頭に入ってこなくて」

「はは、さすがに修学旅行中だしな。やめておくか?こんなのまた帰ってからでもいいぞ」

横島が優しげに頭を撫でてくれた。やはり胸が締め付けられた。だから明日菜はこの人を誰かにとられるのはいやだと思った。

「横島さん」

「うん?」

「あの、アキラと亜子のことどうするんですか?」

横島が緊張してるのが伝わった。

「そのっ、明日菜ちゃん。俺もな、アキラちゃんと和泉に告白されていろいろ反省していたのだ。俺は生徒相手にちょっといい顔をしすぎていたと。これからはもうちょっと生徒と距離を置くようにしないとダメだと」

横島は自分に感動した。よくぞ自分がこんなことを言ったと思う。きっと元の世界に帰れば皆が褒め称えてくれるだろう。なのに、悲しいことに、それではもうこの世界の恋愛事情はどうにもならなくなってきていた。

「じゃあそれは桜咲さんにも言えるんですか?」

「はうっ」

横島はそれは刹那には言えない気がした。刹那には昨日の夜から今日のトイレの件も含めてやり過ぎている。あそこまでしておいて、常識ぶったことを言えば、下手をすれば刹那にしばかれる程度ではすまない。

「横島さんが桜咲さんとどこまでしたのか知らない。でも、私にも女子寮のお風呂場であんなことまでしたのに、今更です」

「なっ。ちょっ、それはおかしいぞ明日菜ちゃん。明日菜ちゃんとのあれは仮契約もあっただろ」

「私のことはただの仮契約ですか?仮契約じゃないキスもあったのに?それじゃあ横島さんは私のこと放っておいて、もう桜咲さんと付き合うんですか?」

「いや、決してそういう意味ではないが!」

横島はゴクリと息を呑んだ。明日菜が密着してくる。柔らかい感触が腕に感じられる。それに少女が汗をかいたときに出す独特の甘ったるい匂いもした。なにより明日菜は胸でもいいから触ってこいと言わんばかりだった。

(触りたい。すごく触りたい。しかしこのまま突き進んだら死ぬどころではなくなる気がすごくする。ああ、でも明日菜ちゃんの汗の匂いがっ。桜咲やエヴァちゃんよりも遥かにしっかりした大きめの胸がっ。俺に触れと誘惑する!)

「じゃあ桜咲さんじゃなく、アキラと亜子の告白を受けるんですか?」

「そういうわけでもないが!あの、いや、というか、あれは正直、断ろうと思うぞ」

「断る?」

明日菜が少し虚を突かれたように目を瞬いた。

「これは本当だぞ明日菜ちゃん。そのだな、明日にでもちゃんとアキラちゃんと和泉に伝えるつもりだったんだ」

横島としては亜子はともかく、もろにタイプのアキラを断るのは断腸の思いだった。とくにアキラにルシオラに似たものを感じたから余計だ。でも刹那とエヴァも居る。明日菜も木乃香も居る。誰一人いい加減なことはしてやりたくなかった。アキラと亜子の告白を受ければこの四人を放置することになりかねない。

「本当に本当ですか?断るってアキラと亜子ですよ?亜子も可愛いし、アキラなんてすごいんですよ?」

明日菜が驚いていた。横島はそういうことには本当にいい加減だから、また曖昧にするのかと思った。というかこれは本当に巨乳と見ればとにかく飛びかかるあの横島なのかとすら思った。

「ああ、受けたら明日菜ちゃんの面倒見る約束も守れなくなりかねんしな!」

(もったいない!ああすごくもったいない!でも普通の恋愛求めてるあの2人に手をだすなんてしたら、もう禁欲の誓いもなにもないではないか!ああ、俺は立派だ!神よ誉めてくれ!)

「え、あ、そっか。あの、そうですよね……」

(なんだ。横島さんちゃんと私のことも考えてくれてるんだ)

最近の横島を見てたら自分の面倒を見てくれる約束など完璧に忘れてるんじゃないかと思えていた。だが、杞憂だった。横島はちゃんと自分を見てると思うと急に安堵が広がった。アキラ達には悪いが、あの2人を明日菜のために振ってくれるのだ。今なら振られてもあの二人は少し泣いて、それですむ。悪いとは思ったがそれぐらいですむなら横島からは手を引いてほしいと思った。しかし、そうすると、どうしてもあのことが気になった。

(桜咲さんとエヴァンジェリン。この二人は今更横島さんが振っても無理だ。横島さんも振る気はないみたいだし……。それだと結局、なにも変わらない)

だからって刹那やエヴァを振れとは明日菜も言えない。アキラの告白を止められなかったように、自分にはそんな権利はない。でもチャンスだった。横島は相当心を迷わせている。スケベであると同時に、横島は倫理感も強いようだ。生徒相手に何人も手をだしてしまったことを今回の告白をきっかけに相当悩んでるのだ。

(ごめんね高畑先生。私は……)

謝る必要すらない一方通行の恋だった。明日菜はエヴァのように想い人をあれほど強烈に嫌うことはできなかった。エヴァのように裏切られたわけでもないのだから当然だ。ただ今のこのときは、忘れようと思った。それにこれ以上遅れたら本当に横島を誰かに取られる。悩んでる今が自分を見てもらえる最後のチャンスに思えた。

「あの……キス、しませんか?」

明日菜が横島を見つめる。

「はっ。いや、明日菜ちゃん。だからっ、もうこういうことはやめとくと言ってるんだ!色々しておいてすまんとは思うが!俺は向こうの世界に帰る人間だ!ここまでにしよう!」

(もったいない!もったいないがこれでいいのだ!そうだ!皆にこう言って廻ろう!そうしたら明日菜ちゃん達も自分の恋を見つける!もともとこんないい子たちを俺が穢しちゃダメだったんだ!)

横島は血の涙を流して決意した。追い詰めすぎて悟りが開けたようだ。

「横島さんが向こうの世界に帰るなんていやです。それはどこですか?私、身よりもないし、ついて行きます」

「いや、おい、明日菜ちゃん。高畑先生のことはどうするんだ。好きなんだろ。他の男とこんなことして、好きなんて言えんだろ。俺も上手く行くように応援してやるから、もう俺とはやめるんだ」

他の男と女がくっつくのなど激しくいやだが、なにかと自分のバカに付き合ってくれた明日菜のためならそれぐらいしてあげようと思った。

「そんなこと言うなんて横島さん。私のこと好きでもなんでもないんですか?」

なのに逆にショックを受けたように明日菜が見てきた。

「いや、そんなことないぞ!明日菜ちゃんのことはちゃんと思ってるぞ!」

慌てて横島は否定した。

「ならそんなこと言わないでください。その、まだわからないんですか?私も横島さんが好きなんです」

「も、も?」

なぜ『も』とつくのだろう。自分は明日菜を好きと言っただろうか。いや、思ってるとは言ったけどその『思う』はその『想う』じゃないだろう。飛躍しすぎである。でも明日菜は一気に攻めてきた。自分の思いもまだ完全には定められないまま、それでもここしかないことだけは理解していた。横島と身体が密着するようにする。横島は怖くてすっと距離をとる。すると明日菜がまた隙間をなくそうとする。横島がまた離れようとして明日菜にガッと掴まれた。

「どうして逃げるんですか?」

明日菜の頬が膨れる。無茶苦茶可愛いのに、横島は蟻地獄を思いだした。

(いかん。いかんぞ。なんかわからんがいつの間にか退路がなくなってるじゃないか!ああ、でも、触りたい。なのに触ればそこが終点だと言われてる気がすごくする!)

横島は混乱して、とにかく、落ち着くために柱にでも頭をぶつけようと立ち上がるが、明日菜に掴まれていて足を滑らせる。そのまま明日菜をテーブルに押し倒していた。入れていたお茶がこぼれて畳の上に雫が落ち、教科書が濡れた。でも幸い明日菜にはかからなかった。

「すまん。明日菜ちゃん大丈夫か?」

「はい……でも、私から逃げないでください」

明日菜も勇気を振り絞っていたのか、涙がテーブルの上に落ちた。

「いや、泣かれてもだな。その……、あ、おい、教科書が濡れてるぞ!」

「今日の思い出にするからいいです」

「思い出って……」

なんの思い出だと言いたかったが涙を流す明日菜にそれは言えなかった。ほとんど反則の涙だ。これではなにも言えないではないか。

「すまん。でも俺は生徒を傷つけたくないんだ。もうこういうことは本当にやめにしよう。明日菜ちゃんには明日菜ちゃんの恋が必ずあるはずだ。俺なんかに関わるな。記憶のこととかの面倒は別にこんなことせんでも見るから」

「生徒で一括りにしないで下さい。私は私。神楽坂明日菜。横島さんは違うんですか?」

「いや、そんなことはないんだがっ」

「なら……」

明日菜が目を閉じる。横島はそしていつも少女たちの攻勢に全面降伏を余儀なくされる。明日菜が横島の背に手を回した。そのまま引き寄せられる。

(ここでキスしたらなんも変わらん。ああっ、でもこんな可愛い子が、俺にここまでしてくれるのか)

汗のじとっとした感触。2人きりの部屋。涙を流してる少女。戸惑ううちに明日菜から唇が合わされた。明日菜の方から舌を差し込んでくる。硬質なテーブルの感触と唇の柔らかさがアンバランスだ。でも明日菜はもっと横島が欲しかった。

「横島さん。全部触っていいから」

横島は我慢の限界だった。キスをした時点で手遅れだという思いも手伝う。もともと倫理感も強くないのにあんな言葉を言えただけでも奇跡だった。きっとキーやんもサッちゃんも、『もういいよ。お前はよく頑張った』と言ってくれるはずだ。明日菜の言葉に答えるように横島の手が上着の中に潜り込み、スカートの影に触れる。

「はあっ。もっと強く触って下さい。太ももなんてっ、もういやです。そんな遠慮するなんて横島さんらしくないです」

「明日菜ちゃん!」

「はあっいっ、いい。ああっ。ダメッ。横島さん。破れちゃうから、優しく」

「すごいことになってるぞ。そんなに気持ち良いのか?」

「はい。あの、横島さんだからですよ」

「悪いな明日菜ちゃん。全然教師らしくなくて。こんなことに」

「謝るのは禁止。それと、あの、最後までします?」

さすがに緊張したように明日菜が聞いた。そこまでする気でここにきたわけではないから、心の準備は不十分だが、男と女はこういうものだとも少し大人ぶって思う。大抵はそこまでするつもりがなくて、一気に最後に突き進んでしまう。大人の階段をこんな形で上るんだと思う。緊張した。自分と同じで横島だって止まらないと思った。あの2人より自分の方が身体的に優位だ。最後まで行けば横島だって、自分しか見なくなる。

(あれ?)

だが横島はそのとき、急にダラダラと汗を流しだした。
どういうわけか明日菜から手を離した。明日菜が抱き締めてなければ離れてたほどだ。

(あ、あれ?嘘でしょ。ここまで高まってるのに引かれた?エッチすぎるって思われた?)

その様子に明日菜が不安になった。

「いや。その、わはははは、こういう勢いではやめておかんか。またちゃんとしたときにする方がいいだろう」

「え?」

横島はブレーキをかけた。明日菜はやっぱり大胆に言い過ぎて引かれたのかと思う。どこで間違えたんだろうか。横島の性格なら最後まですると言えば喜んでくれると思える状況だったのに。

「いやか?」

「あの、いえ、そんなことないけど、でも、あ、じゃあ、今日は口でしましょうか?その、おさまらないでしょ?」

明日菜は横島の下半身を見た。すごいことになっていた。よかった。やはり横島も興奮はしてくれてる。なによりもあの2人だけは許すと言っても自分が一番優位に立っておきたかった。なんとなく明日菜はあの2人はキス以上まで行ってる気がした。なら自分もそれぐらいは横島にしてあげるとアピールしておきたかった。とくに戦闘に関してまったく役に立ててないので、それぐらいは必要に思えた。

「いや、それもやめとこう。神楽坂。班の奴らに言ってきたか?」

急に横島が真面目な顔になる。なぜか額に汗の量が増していた。

(思いだしてよかった。桜咲が来るんだった。それに今日は瀬流彦先生とついに『芸者遊び』に行けるんじゃないか!それで今の欲望は発散すればよしだ!よし、桜咲もきたら断って今日は楽しい夜があるのだ!)

思わず横島は笑みがこぼれてしまった。
昼間は死ぬかと思ったし、男女の駆け引きが関係ない場所に逃げたかった。

「え、でも」

明日菜はかなり不満だった。その気になって、最後まで捧げようと思ったのに、いくらなんでも中途半端すぎた。

「明日菜ちゃん。もし班の奴らがきたら困るだろ」

横島は諭すように言った。

「そうですけど」

「明日菜ちゃん」横島は軽くもう一度口づけした。横島もキスだけなら次第に慣れてきていた。「明日は親書を届ける本番だ。頼りにしてるぞ」

「ずるい」

(この顔は絶対に桜咲さんかエヴァンジェリンさんと約束があるんだ。2人とも全然私より幼いのに)

明日菜は面白くなかった。なんとなく明日菜は自分を帰す意図に気付いたが、やはり惚れた弱みだった。これ以上追求してしつこいと思われたくない。でも焦れったかった。引き留める方法がなにかないかと思えた。なによりこのあとエヴァと刹那がきて自分のことを笑いの種にでもされそうな気がした。横島はそんなことしないと思えたが、明日菜のエヴァと刹那に対する認識は嫉妬心も混じって降下の一途をたどっていた。

「横島さん。その、でも、私、おさまらないんです。誰かきたらすぐに隠せるし、ここ、なんとかしてもらえませんか……」

明日菜はスカートをめくる。クマさんパンティが見えた。テーブルに寝てたからやたら妙な部分が強調されて、クマさんパンティには染みができていた。汗と混じって女の匂いがした。

「なっ!」

「横にずらして嗅いだりとかしてもいいですよ。それならすぐに隠せますから」

もちろん明日菜に隠すつもりはない。エヴァか刹那がきたら見せつける気だった。

「あああああ明日菜ちゃんっ」

抗いがたい恐ろしい誘惑だった。でも罠の匂いがぷんぷんする。それに気づいてるのに横島は明日菜のスカートに潜り込んだ。汗といろんな液が染みこんでその中は頭がくらむ匂いに包まれていた。鼻をつけると、明日菜の可愛いく悶える声がした。パンティは脱がさないように隙間からお尻にも直接手が触れた。

「横島さんっ。横島さんっ」

明日菜は横島の名前を呼んだ。横島も次第に明日菜に心を奪われていく。刹那や瀬流彦のことを忘れて目の前の少女に夢中になった。

「好きって、好きって言ってくれませんかっ。桜咲さんやエヴァンジェリンさんより好きってっ」

「ああ、好きだぞ。明日菜ちゃん。本当に好きだ」

「嬉しい。ならキスして下さい」

横島が顔を上げ唇を合わせてくる。壊れるほど2人で抱き締め合った。

「私っ、やっぱりっ、横島さんが欲しいっ」

「明日菜ちゃんっ。いやっ、それはっ!」

(気持ちいいっ。でも最後までしたらもう俺は、しかし、それでもいいようなっ。なんだおかしい。どうしてこんなことを俺は考えてるっ。美神さん達ともう会えなくなってもいいのかっ)

そして、そのとき、横島と明日菜に変化が起きた。
横島はのちにこの日のことを語る。それは悪夢のような桃源郷だったと。






あとがき
今回は下書きがほとんど使えず一から書きました。
これからはそういうのが多くなりそうでです(アセ
それにしてもただでさえカオスなのに、どんどんその度合いが増してます。
本当に収集つくのかは自分でもよくわかりません(マテ
まあとにかく翌日はフェイトの出番だ。フェイトに期待しよう。










[21643] 悪夢のような桃源郷・後編
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/02/09 12:15

「じゃあ時間もねえしとっとと行かせてもらうぜ!『仮契約(パクティオー)!』」

それはこんな時間ではもう使われることのないロビーの近くにあるトイレでのこと。朝倉は洗面台にノートパソコンを置いて、カメラとリンクしていて、その横でカモの声とともに旅館全体に『仮契約』の魔法陣が広がった。
しかし、その瞬間、

「へ?」

朝倉の心臓が高鳴った。

「じゃあ姉さん。俺っちノーパソのモニターで妙な邪魔が入らないか見てるから、6人を6班の部屋に集めてくれ。俺っちも命がけでなんとかあの6人を話し合わすぜ。あ、大丈夫だぞ。あの部屋の問題はザジの姉さんだけだ。あの姉さんなら旦那への興味ゼロだから文句いわねえよ。てかあの姉さん、俺っちのオコジョ魔法防いじまうんでよく分かんないんだけどな」

「うん……」

だがそのカモの声を聞いているのかいないのか、自失したように朝倉がボーとしていた。

「どした姉さん?」

「あ、いや、ううん。なんでもないけど」

言いながら朝倉は内股をこすった。カモの仮契約の魔法陣が発動したと同時のことだった。頭の中に横島の姿が浮かぶ。自分のパンティが急激に湿っていくのがわかった。どくんどくんどくんどくんと心臓が怖くなるほど早鐘を打つ。

(なに?これが魔法陣の効果?そんな、嘘でしょ?私そのことを知ってるのにこんなに強力なんて洒落になってないわよ?カモっち、これはちょっとどころの好意の増幅じゃないよ?)

「じゃあ早く行ってくれよ姉さん。誰かが動きだしてからじゃ遅いんだしな」

「あっ、ああのさ」朝倉は脳裏に横島の顔が浮かぶのを押さえ込むように胸を押さえ、声を震わせていた。「カモっち。この仮契約の魔法陣って、普通に唱えただけよね?」

「うん?いいや、違うぜ。旦那の霊力は大きいっていっても、ネギの兄貴とかと違って常態での保持量は、そこまででかくないからな。この大きさの魔法陣の保持にはちょっときついんだ。まあエロがあると旦那もこれぐらい余裕なんだが、今回は全然ないしな。だから、魔力の絶対量が大きい木乃香姉さんにほんのちょっと魔力を借りるようにしたんだ。霊力は魔力と抜群に相性がいいからよく混ざるしな。どうだ姉さん。旦那への好意が姉さんも少しぐらい増したか?事態を知ってる姉さんが『旦那の困ることはしたくない』って思うぐらいならまあ上々だ」

とりあえずカモはノートパソコンのモニターをONに入れた。

「あ、うん」

朝倉は頭がおかしくなりそうだった。横島が恋しくて仕方ない。心臓が信じられないほど爆つく。

(横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい。ダメ。これは魔法陣のせいだから。冷静に。冷静になりなさい。ああ、でも、横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい。横島先生とキスしたい!なんで?なんで?そうだ……なんであの人を誰かに渡すために私が頑張らなくちゃいけなんだろう?)

一方で、カモはモニターを見て硬直した。



「こらあ!3-Aいい加減にせんか!まったくお前達は昨日からどれほどうるさくすれば気がすむんだ!いくら担任の横島先生が別の用事で忙しいからといって、学園広域生活指導員のこのワシがいるかぎり、好き勝手にはさせんぞ!!これより朝まで自分の班部屋から外出禁止!見つけたらロビーで正座だ!分かったな!」

新田が廊下にまで出て枕投げをする3-Aの生徒に怒鳴った。後ろには瀬流彦もいて、せっかくの修学旅行を楽しんでる生徒に同情してか、すまなそうにしていた。だが、非難の声を上げるかに見えた生徒達が急に黙った。

「どうしたお前達?」

あやかに裕奈に美砂に円もいた。

「あれ?いいんちょ、顔赤いよ?」
「あれ?裕奈もどうしたの?」

鳴滝姉妹とまき絵は急に黙った子達に疑問符を浮かべた。

「あ、いえ、はい。班部屋からの外出禁止ですわね。この委員長の雪広あやかがしかと申し渡しますわ」

その中でも一番あやかの赤面具合がひどかった。一体何事かというほど赤くて息が心なしか弾んでいる。あやかはそれでも毅然としようとする。

「みなさん。いいですわね?」

「あ、うん……横島先生……」

他のものは、誰もが意気消沈したように俯いてしまい黙って自室へと帰っていった。

「へ、あ、ちょっと!」

まき絵が慌てて裕奈を追いかけた。鳴滝姉妹も意味が分からず円や美砂を追いかけた。

「なんだあいつら?少しきつく言い過ぎたか……」

急に意気消沈したようにも見えた面々に、新田も罪悪感がわいた。いつも3-Aの生徒はこれぐらいではこたえず、もっと言わなければまた騒ぎだす。だからまだまだ言う気でいたのに拍子抜けだ。しかし、心配そうに生徒を見る新田に瀬流彦が口を開いた。

「いえ、新田先生はいつも通りでしたよ。まあ3-Aが静かなら、今日はゆっくり出来ますしいいんじゃないですか」

瀬流彦としてはとある事情から今日は早く見回りを終わらせたかったので、その様子も大して気に止めなかった。

「まあそうか。あ、そうだ。どうかね瀬流彦君、このあと一杯」

「ああ、すみません。今日はちょっと横島君と用事があってこのあと外に誘われてるんですよ。なんでも生徒のことで相談したいことがあるらしくて」

「ああ、そうかね……。残念だが彼もまだまだ若いのに学園長に他の用事まで頼まれてるようで大変そうだしね。うん、いい機会だからキミも若い者同士の先輩としてしっかり相談に乗ってあげたまえ。あ、そうだ。外に行くのなら軍資金はあるのかね?私は私で相手は誰か見つけるから遠慮はいらんよ」

修学旅行の夜は先生達にとっても羽目を外すいい機会である。こういうとき、夜中にこっそり先生の部屋を訪れると、先生の方が騒いでいることも多く、3-Aが相手ではそれも出来ないかと思っていた二人だった。だが思いの外大人しくてこれは吉事だ。新田は瀬流彦がいなくてもゆっくり飲む気のようだ。

「いえいえ、そんなことまでして貰うわけには!」

瀬流彦は慌てたが、新田は生徒以外にまで生真面目に言う気はないのか、万札をだして渡してくれた。

「まあ気を遣うな瀬流彦君。旅館の方は私が定期的に見回るから少々遅くなっても構わんよ」

新田は瀬流彦の背中を叩くと、他の班の方へと見回りに歩きだした。

「――はは、なんか悪いことしちゃったな」

瀬流彦は罪悪感に頬を掻いた。なにせ瀬流彦はこれから横島と夜の街に繰り出して芸者遊びをしにいくつもりなのだ。軍資金など渡されて、かなり申し訳ない気がした。それに芸者遊びなんて遊びはそれこそ新田のような年齢のものがするものだ。

(横島君に新田さんも誘ったらダメか聞くか……。ああ、ダメか。新田さん愛妻家だしな。こういう遊び断るもんな)

考えながらも瀬流彦は今日のことで期待から緊張してきていた。芸者遊びとはなにをするんだろう。瀬流彦ももう大人だが、さすがにそんな遊びは初めてである。服は一応背広を着ていたが、この姿でいいんだろうか。悩みながらも瀬流彦は横島の部屋へと足を向けた。



そのころ夕映はハルナからアキラと亜子が振られたかどうかはまだわからない。そう聞いたものの、振られても振られなくても自分にチャンスがもう無い。そんな気がしてやりきれない思いに駆られていた。

それでもどうしても横島の顔が浮かんでしまうから、定期入れに入れた写真をそっと撮りだしてずっと胸に抱いていた。この写真はハルナが気を利かして、図書館で横島に古文書のことを聞いてるとき二人が一緒に写るように取ってくれたものだ。夕映にとっての宝物で、撮ってくれたハルナはかけがえのない親友だった。

『ありがとうですハルナ。一生の宝物にするですよ』
『なに言ってんの夕映。こんなのは序の口よ。まだまだこれから横島先生が陥落するまでがんがん行くわよ』
『それは無理ですよ。大河内さんにいいんちょも狙ってるようですし、私には横島先生は憧れるだけで十分です。それに変に誤解されて古文書の相談も聞いてくれなくなったらいやです』
『なにを言ってるのよ夕映!がんがん応援するからどんどん責めてくの!そして私も――』
『それはダメです』
『ああん、夕映のいけずー』
『大体、ハルナは動機が不純です。横島先生の……ああああああれ、いえっ、大事なものを見てみたいとかっ』

それにしてもあの親友の興味には夕映は眉をひそめた。まあたしかに自分も少し大きいなとか、あれだけ大きいのはちゃんと入るのかとか、きっと直に見たらすごい衝撃だろうとか、思わなくはないけど、というかハルナが言うからよく考えてしまうけど、ちょっと露骨すぎる。乙女のたしなみは持って欲しかった。

ただ、もし横島と上手く行くとしたら奥手な自分をがんがん押してくれるハルナのおかげが大きい。性的魅力が足りない分をハルナに頼ってる部分もちょっとあった。古文書だけだとなにかと理由をつけて逃げられるが、ハルナが抱きつくと、鼻血を吹いて倒れたりするので助かるのだった。だからまあハルナなら仕方がない気がしていた。あの親友になら、ほんのちょっと自分が上手く行ったら、横島を貸してもいいかと思っていた。もちろん自分も同伴だけど。そのことを考えると赤面ばかりしていた。

(でもやっぱりハルナは露骨すぎるです。恋愛は段階を踏むもので、いきなりピーを見せてもらうものではないのです)

実際に夕映はハルナにそう言って何度怒ったかしれない。
と、考えているとふいに横で物音がした。

「どうしたですハルナ」

夕映が布団から覗くとハルナがなにかボーっとしていた。

「うん……」

だがハルナはボーっとしてそのまま部屋を出て行った。どうしたのかと思うが、

(あれ……?おかしいです)

先程までどうにも気分が晴れず、遊びにも参加せずにふて寝していた夕映は自分に起こった変化に戸惑った。なぜか横島のこと以外が頭に浮かんでこなくなってきていた。それまではアキラと亜子が上手く行った姿とか、刹那やエヴァや明日菜が横島を困らせたあげくに、この学校にすらいられなくしてしまわないかとか。そんなことも考えていたのに、自分と横島の顔以外が浮かんでこないのだ。

(どうしたのです?なぜこんなに胸がドキドキするです?)

「はあっ。うんっ」

(こ、これは苦しい。胸が張り裂けるです。先生の顔が、先生の顔が見たいですっ)

夕映の戸惑いを一気に押し流す恋しさが身を駆け抜けた。無性に横島の部屋に行きたくなるが、足が震えて立ち上がることもままならなかった。手元の横島の写真を見る。いつの間にかその横島に強くキスしていた。誰かに見られるとかが考えられず何度もしてしまう。

「どうしたの夕映、大丈夫?」

のどかが心配して声をかけてくる。幸い同じ班の真名や楓の姿は見えず、ハルナは先程出て行ったので部屋はのどかと二人だけのようだった。

「のどか……」

夕映は思わず、のどかにすがった。

「わっ。どうしたの夕映。本当に大丈夫?」

「はあはあ。のどか、少し私を見ないでいて欲しいですっ。我慢がっ、そのっ、きかないのですっ」

言いながら、夕映は自分の下腹部に手が行くのが止められなかった。

(なにをアホなことをっ。やめるです。こんなことしたらダメです。のどかに変な子だと思われてしまうです。ああ、でも、先生。先生。先生。好きです。好きです)

「横島先生、横島先生」

夕映があまりに恋しくて涙を流しだす。のどかは見ないでと言われても目の前で友達が泣きだすのを目を逸らせと言うのは無理があった。

「夕映……どうしたの?大丈夫?」

「好きです。大好きです。横島先生に逢いたいですっ」

逢いたくて逢いたくてあまりの想いの爆発に夕映はうずくまる。手近にある机の角に自分の大事な部分を押しつけたくなり、それが足が震えてできないとなると自分の手で慰めるように触れ、写真の横島にキスをまたしてしまう。

「ゆっ、夕映っ?どっ、どうしたの夕映?そんなに先生が好きなの?」

友人が目の前で急にしだした行為にのどかは驚く。それでも表情は悲しげになる。夕映がほとんど毎日、今日はあの本について聞いたとか、頭を撫でてくれたとか、のどかの目から見てもいじましいほど横島に夢中だった。夕映はなんというか博識な人間への憧れが強いようだった。その夕映の趣味と横島の半端じゃない知識量は完全に合致してるようで、横島とならどれだけ話してても飽きないようだった。

のどかは夕映が『もう亡くなったお祖父さまが生き返ったみたいで嬉しい』と言っていたのも聞いていた。だから夕映がこんなに苦しんでると思うと悲しく思えた。アキラや亜子が振られてほしいとは思わないが、夕映には上手くいってほしかった。

「好きです。大好きです」

夕映が泣いていた。なのに写真を見て淫行に耽る姿は、なんともアンバランスだが、それだけに夕映の強すぎる想いがのどかにダイレクトに伝わってきた。

「夕映、本当にそんなに先生が好きなの?」

「はいっ。ごめんなさいですのどか。手が止まらないです。見ないで欲しいです」

そんな夕映をのどかは後ろから抱いた。

「手伝ってあげるよ夕映。私もハルナと同じぐらい、ううん、夕映がそんなに好きなら、ハルナ以上に手伝ってあげる。だから元気だして。大丈夫だよ。たとえ誰が横島先生と付き合うことになっても私は味方だから」

「のどか。でも私はもう」

「ハルナも言ってたよ。横島先生はあと一年も麻帆良にいるって。まだまだこれからなにが起こるかわからないんだって。だから、ね、元気だして」

「のどか……。そうですね。私としたことが少し焦りすぎてたです。ありがとうのどか」

夕映は少し気分がおさまり、それでも心臓はドキドキさせたままのどかが抱き締めてくれる方に寄りかかった。

「いいよ夕映。落ち込んだらまたいつでも言えば」

「あの、それでのどか。お恥ずかしいのですが、しばらくこうして抱き締めててくれるでしょうか。なんというか私はおかしいのです。先程から横島先生のことばかり頭に浮かんで我慢できないというか」

夕映はまた机の角に妙な部分を押しつけたい衝動に駆られて動こうとする。

(アホですか。やめるです。机相手に夢中になるなんて猿以下です。ああ、誰か私を殺して欲しいです)

「そうなの?いいよ。あの、このまま抱いてればいいの」

「あっ、ありがとうです。のどかは本当に私の親友です」

なのに夕映は内股をせわしくすり合わせた。こんなによくしてくれるのどかに変な姿は絶対これ以上見せたくない。なのに、次から次に、横島に触れてもらいたくて身体が疼く。それは異常だった。ほとんど強制的な衝動だった。

(どうして今日に限ってっ。たっ、確かに先生のことを考えてしてしまったことはあるですが、いつもはもっとこっそり隠れてできていたです。のどかの前で、こんなはしたないことしてるとばれたくないですっ)

「あの夕映。寂しいんなら私触ってあげようか?」

のどかは少し緊張して聞いてくる。夕映は激しく赤面した。

「いけませんっ。のどかっ。女同士です」

普通ならすぐにそっちには繋げない言動だが、夕映はそのことで頭がいっぱいだった。

「大丈夫」そしてのどかもそういうつもりで少しぼかして言っていた。でも夕映はどうやら本当にそういうことを考えていると今のでわかった。「こんな苦しそうな夕映は放っておけないもの。ハルナからも人にされた方が気持ちいいって聞いたことあるし、私を横島先生だと思えばいいから」

「先生、横島先生ですか?」

その声は、今の夕映に、天の調べのように響いた。

「うん、そうだよ」

「横島先生……」

(どどうしたのでしょうか。今日の私は思考がわいてるです。アホです。のどかが横島先生のわけないです。でも、ああ、やっぱり他のことが考えられないですっ)

「あの、のどか。少しだけ。少しだけお願いしてもいいでしょうか?」

「うん」

のどかの手が夕映の下半身を伝う。横島にされてるような錯覚に囚われ、夕映は自分もなにかしなければと思う。ふたりがさらに抱き合う。いつの間にか女の子同士で唇を重ねていた。

(どうしたんだろう夕映。私もこんなことする気はなかったのに、おかしいな。でもこれでいいとなぜか思ってしまう。横島先生のことは正直少し苦手なのに、今は触るぐらいは出来そうに思う。なにかが今日は変わってる)

のどかも夕映が騒ぐので横島にはほんの少しだけ普通の男性よりは親しみがあった。でものどかは本来横島のような触れれば妊娠しそうなぐらい『男』である姿に怖さがあった。辛うじて夕映が好きならと近づけるぐらいで距離は置いていた。それが触れるとぐらいは思えてしまうのはのどかには驚きだった。でもそれは一夜限りの夢だった。目がさめれば忘れてしまう。翌日になればお互い昨夜は夢でも見たのだろうかと思うようなもの。ただこの2人と違い、忘れられない形を残してしまうものもいた。



そしてノートパソコンのモニターを見るカモはというと焦りまくっていた。
5班部屋の木乃香とアキラは我慢しきれず、さりとて木乃香はかなり奥手なのか布団の中で時折ぴくぴく震えており、横島先生と呟いて何度も喘いでいた。アキラも自分から答えを聞きに行くほどの勇気がわかず、というよりアキラも横島への好意が強すぎて足腰が立たず、布団の中でもぞもぞしている。

なのにまだ好意がこの2人よりは希薄だったことで亜子の方が我慢しきれずに部屋から出て、裕奈も数分遅れて廊下に出ていた。部屋の中でまき絵だけが横島に好意がないのか、皆が大人しく寝てると勘違いして、ふて寝をしていた。

一班と二班はまだ大人しく、ゲームに興じ。ほんのり頬の赤いものはいるが行動に出るほどのものはいなかった。ただそれでも普段より横島の話題が多くなりがちである。その結果、3-Aの班部屋ではこの二部屋だけが異常にうるさく、そのため、たびたび新田に注意されるが、ある意味で平和だった。

三班は部屋に残っていた那波も夏美も長谷川も騒ぐキャラじゃないため、10時には早々に寝てしまっていた。ただこの班は朝倉とあやかが問題だった。

四班は夕映とのどかはふたりでトイレにこもって出てこず、ハルナはおらず、楓と真名にいたっては隠しカメラに気付いているのか一度も映像が来なかった。

六班はというとエヴァと茶々丸とザジと刹那なのだが部屋には誰もいなかった。

そして横島の部屋だった。

カモはロビー近くのトイレでがくがく震えて横島の部屋にいる明日菜を見た。

「おっ、おいおい!姐さん!なんでもうそこにいるんだよ!?旦那に迫るにしても風呂にぐらい入って行けよ!乙女のたしなみ忘れちゃいけねえだろ!ああ、でも、旦那なら匂いのある方が好きか!?不味いぜ朝倉の姉さん!ちょっと急いで明日菜の姐さんを一番に呼び戻してくれねえかって……。ぶー!!!」

カモはだがさらに画面をよく見て噴き出した。他にも設置したカメラの映像だ。

「ああああ朝倉の姉さん!なにしてんだ!俺っち計算し誤ったぜ!好意が増幅されすぎて全然予定通り行ってねえぞ!いったん中止だ!」

そこにカモは首筋に手刀が入った。カモは気絶してしまう。どういうわけかそれでも魔法陣の効果が消えなかった。木乃香という強大な魔力を交ぜたことが、より仮契約の魔法陣を強固にし、なにより横島の霊力が現在爆発的に上がっていた。その結果、カモの制御から魔法陣が離れていたのだ。

一方で、朝倉の脳裏には次々と横島のことばかりが浮かんでいた。自分の濡れている手を見る。一夜限り、今夜だけ、明日になれば忘れる。そう思うのにおさまりがつかないのだ。

「私でこれじゃあ、他の子がやばい。ああ、でも、中止って言われてこの想いが醒めるのがいやで思わずカモっち昏倒させちゃった。ああ、どうしよう。先生ごめん。私のせいだよね。責任は取るから」

朝倉はふらふらする足取りでトイレを出た。



「分析終了。横島先生の仮契約の魔法陣である可能性79,92パーセントです。マスター」

旅館の横にある別の旅館のフラットな屋根の上で、エヴァと茶々丸とチャチャゼロと楓と真名と刹那がいた。このメンツは自分の異変にすぐに気付き、これが何らかの魔法によるものと判断して、早々に逃げてきたのだ。

「なんということを。横島先生がこんな大それたことをするなんて。学園長にすぐに報告しないと」

殺気立つ刹那。その怒りは自分が今まさに行こうとして準備をすませ、いろいろとたしなみも整え、もし求められてもいいようにと考えていただけに余計だ。つまりこれは横島が自分以外とも生徒と仲良くなりたいと思ってしたのだと思った。しかも無差別に。それは刹那には許容できなかった。

「桜咲刹那。それはまて。奴は仮契約の魔法陣の作り方など知らんはずだ。大方首謀者はあのオコジョだろう」

だがエヴァが冷静に言う。あの夜以降、エヴァの横島への信頼の高さはかなりのものだった。刹那がまだ横島へのどこかぬぐえない拒否感と恋を混在させてるのに対して、エヴァは横島を疑うよりも、まず他の可能性について検証し、答えを導き出していた。

「あのオコジョが?」

(くっ)

刹那は悔しさがわいた。自分はまたすぐにあの人を疑った。なのにエヴァは微塵も疑ってない。エヴァの横島への好意には薄々気付いてるだけに、今の言葉はひどく負けた気がした。

「しかし、ここまで強烈にエッチな気分になるものかな。仮契約の魔法陣は普通は多少気分がよくなる程度。いや、本契約でもこんなふうにはならないぞ。私や楓ももう少し逃げるのが遅れたら危なかった」

真名が口を挟んだ。

「どうやら横島先生の部屋に神楽坂さんがいるようです。その神楽坂さんが横島先生にパンティを見せる行為を行って以降、横島先生の未知の力が、どんどん上昇しています。その影響で、魔法陣が横島先生への行為を加速させています。未知の力も枯渇するどころか増える一方です。これに近衛木乃香の魔力が加わってます。好意の加速とはこれは関係ありませんが、魔法陣を強固に保持してます。横島先生が気付けば文珠による破壊も可能ですが、近衛木乃香は外部からの破壊を無意識に拒んでいるようです」

「ちっ、あのエロ娘が。エロに遭遇しただけで霊力が上がるとは、横島も本当にふざけた奴だな。それにしてもあの霊力とかいうのは本当に魔力と相性がいいのだな。これでは力任せには私でも時間がいる。茶々丸、術式を解明しろ。早くせんと横島があのエロ娘に襲われる」

「ケケ、御主人、大ピンチダナ。セッカク色々考エテタノニ、実行モセズニ終ワッチマウゼ」

「黙れ!」

エヴァは横島への好意は普段でも相当の行為を許容してしまうほどだ。正直言ってあの魔法陣が発動した瞬間、それだけでもう横島を思い出して切なくて、動けなくなった。もし茶々丸がいなければ身動きもとれずに木乃香やアキラや夕映と同様の行為に及んでしまったはずだ。

「どうするでござる。オコジョの悪戯ですませられんでござろう。キスまでならまだしも、この状況で最後までいたすようなことになれば、クラスのみんなも横島先生も本意ではござらんはず」

普段飄々とした楓もさすがに危惧を浮かべた。

「大丈夫ナンジャネエカ。イクラナンデモ好意ノ増幅デハ、本当ニ心ノ底カラ横島トシタクナイト思ウノニマデハ効カナイハズダゼ。アノガキハムシロ喜ブダロ」

チャチャゼロはエヴァと刹那の反応を注意深く見た。楽しくて仕方ないようだ。

「やむを得ません。あまり気はすすみませんが、あのオコジョを探しに、もう一度私が踏み込みましょう」

刹那が動こうとするのを茶々丸が止めた。

「危険です。たとえ機械の私でもこの未知の力は効力を及ぼします。一定以上の好意を持ってるものが踏み込んではいけません。それに仮契約の魔法陣は横島先生の場合、好意があるものが増えるほど力を増しているようです。入れば最後、横島先生にキスしても気持ちの押さえなど効かなくなります」

「そうだ。やめておけ桜咲刹那。正常な状態でない横島とする価値などない」

「ですが……」

刹那が苦い顔になる。だが踏み込めば横島の部屋に行く前に好意が強くなりすぎて動けなくなりそうな気がした。

(アーア、御主人、マタ オ上品ナコト言イダシテルゼ。マッタク意外ニ状況ニコダワルンダカラヨ。ソンナコトジャア向コウ見ズナボケガキドモニ ドンドン先ニ行カレルゾ)

長く生きてきただけにエヴァは若い少女たち以上にちゃんと結ばれたいという理想が高かった。600年生きてきて最後までこいつとならしてもいいと思え、相手もその気になってくれる可能性があるのは初めてだ。ナギとのときは残念ながら向こうにその気が1ミリもなかった。だから横島には同意のもとちゃんとしてもらう。そして本契約もしてもらう。そのための方策は茶々丸の提案と自分の考えを盛り込んで練れていた。あとは準備が整い次第、実行するだけだった。

(準備ができるまでは桜咲と神楽坂の2人をふさいでおけばいいと思っていたが、まさかこうなるとは。なにもかも予定通りにどうしてこうもいかんのだ)

「やめておけ刹那。私でも入ればあの男のこと以外浮かばないのだ。好意もなにも関係ない。これは強制だ」

真名が呟いた。真名の好意は自分の認識ではわずかだ。実際はそれよりももう少しあるが、それでもこの魔法陣は強力になりすぎていた。

「拙者も横島殿と訓練はしてたでござるが、好意を持ったつもりはなかったでござるからな」

楓も以前の件で、修行を横島にたまに見てもらうようになってしまい。正直、この魔法陣に入れば辛抱する自信がなかった。自分より上の実力がある人間はあまりいない。稽古をつけられる関係上、恋愛感情とまでは行かないまでも、嫌いなわけもなかった。まあそれをエヴァと刹那の前で言うほど迂闊ではないが。

「では新田先生か瀬流彦先生に」

「バカか。発情した14才の女どもの中に横島以外の男まで入れる気か?」

「で、では、残る魔法生徒に」

「落ち着かんか桜咲刹那。ここにいるのが全員だ。残りは当てにならん」

「そうだ刀子さんなら!」

「はあ」エヴァは心底呆れたように息をついた。「貴様、あの小娘にこんなことがばれたらどうなると思う?横島の首が飛ぶぞ。横島のあずかり知らんことでも、オコジョの飼い主が横島であることを忘れるな」

「あ、うん……そうか。では……見てるしかないと」

忸怩たる思いで刹那が歯がみした。ことごとくエヴァの方が横島のことまでよく考えている。自分は甘えるばかりで、なにかあればすぐに疑う癖が抜けない。なによりこの事態で冷静にいられないのは刹那が許せないことがあった。

(あの人は責任感が強いところがある。神楽坂さんと結ばれたりしたら……)

「横島はああ見えて、倫理観は強い。希望的観測だが、最後の一線は越えんはずだ」

(問題はむしろ女の方だな。横島はなんというか凄まじいほど上手いからな)

わずかに以前の夜を思い出して声を震わせた。
エヴァの言葉を聞き、刹那は視線を旅館に向けた。あのときの仮契約の衝動を思いだし、自分も激情に流されておけばよかったという思いを捨てきれずに。



明日菜は自分がどれぐらいキスをしているのかもう分からなかった。誰もこない横島の部屋で、ただ性欲だけが治まらず戸惑う横島を無視して、ただひたすらに唇を重ねていた。

「あ、明日菜ちゃん。ちょ、ちょっ、うむっ!」

(ぐ、ダメだ。なんだ!?なんでこんなに積極的なんだ!?いくらなんでも理性が!これはもうなんだ!?襲えということなのか!?)

「横島さん。好きだってもう一度聞かしてください」

鼻先が触れ合うギリギリの距離で明日菜は瞳を潤ませている。背中に回された手は、不安げに震え、制服はもうお漏らしのように濡れていた。横島も明日菜が何度もすりよるうちに、なにもかが暴発寸前だ。

「俺は、だから、仮契約のときの明日菜ちゃんの覚悟は本気だっただろうし、その責任はとる。でも、傍にいるとは言ったが、別にこういう関係になろうと言ったわけではないぞ。それに」

「俺は皆を大事にしたいでしょ?わっ、分かってます」自分がどうしてこれほどの気持ちになるのか明日菜自身が分からなかった。横島とならと思う気持ちはあるし、先程までしてもらおうとは思っていたが、これは異常だった。「(ちょ、ちょっ、なんでここまで、どうしたのよ私。このままじゃっ、変な子だと思われる。はしたないって、引かれたらどうするのよ!ああ、でもこの機会を逃したら、またあの2人に。それに横島先生に抱かれたいって思ってた。本気で思ってた)それでもいいんです。私は横島さんが私を嫌ってないならそれでいいんです」

「いや、俺は!嫌ってはないぞ!」

横島は健気な明日菜の様子に思わず声を張り上げる。そんな様子に明日菜は何か決心したように一度うなずくと、ゆっくりと顔を横島に寄せだした。

(しかし、最後までしたらもう別の意味で最後になるだろうが!!)

「うん、嫌われて無くてよかった。後はあたしが、愛している、それで十分ですよね?」

「いや、それは!」

もう一度二人の唇が重なると、明日菜の舌が求め合うように絡まりだしていた。卑猥な粘液の啜りあう音が響いた。横島はもはやほとんどの理性が崩壊し始めていた。以前の仮契約時は明日菜が怯えたので、やめられたが、今回は違う。明日菜は横島を強烈に求めている。いろいろな事情以前にこれを断れる横島ではなかった。なにより横島自身、仮契約の魔法陣の存在を知らないために、その影響下にある自覚がなかった。

エヴァたちのようになにもしていないときに急に好意が増幅したのではなく、まさにそのときというときに好意が増幅したので、2人ともその変化を自然なものと受け止めたのだ。

(なんでだ。欲しい。欲しくてたまらん。もう明日菜ちゃん以外考えられない)

明日菜は横島の口を吸っていた。横島も明日菜に舌を差し込んで、一心不乱に自分の生徒の口内を舐め、唾液をすすり必死にむさぼっていた。すでにこの粘液の啜りあいは十数分にもわたって続いていた。

(大丈夫だよね私。後悔ないよね。なんだか急にもっと横島さんを好きになった気がするけど、でも、抱かれたいってちゃんと自分で思ったはずだよね。桜咲さんとかを見て、悔しかったもん)

「うくっ……あんっ。横島さ……んんん。あっ」

仮契約の魔法陣はいつでも女性側に凄まじい効果をもたらしていた。それでも冷静に判断させるほど、異常だからこそ冷静になるほど明日菜にとってもこの行為は大事だった。わずかに高畑が浮かぶ。本当に好きだった。大好きだった。でもやはり横島と結ばれたい。その思いが上だと明日菜は思った。

「む、胸っ。いいです」

横島に愛撫を求めて明日菜が腕を手に取り胸に持って行く。

「…んんん……あああぁ。はぁはぁはぁ…先生、揉んで」

「うく、お、女から揉んで、で、で……」

そんな少女に、横島は無心でブラウスの上から、神聖な領域に手は広げた。弾力のあるものが形を変え、掌にすっぽりと収まる。もはや横島の理性もここまでであった。スカートの影にもう片方の手を這わす。

「うぐ、いいんだなっ、明日菜ちゃんホントにいいんだなっ?」

横島も相当な覚悟がいった。これはついに自分が辿り着こうとして向こうでは得られなかったもの。あの向こう側に行く行為だ。なによりも横島の倫理感からして、もう美神たちのいる世界に帰ることも絶望視させる行為だ。

「う、うん。横島さんになら上げますっ」

(よかった。横島さんもその気にっ。抑えてっ。抑えて。横島さんからして欲しいの)

二人がいよいよとなり見つめ合う。もう一度唇を重ねる。ゆっくりと横島は明日菜に腰を近づけていき触れ合う。

「はあっ、あっ!横島さん、私、私!」

(大人になるんだ……。横島さんからしてくれる。自分から動きたいけどもう少しっ、もう少しだから。ああっ)

それだけなのに明日菜が嬌声を上げる。そして横島はもう止まらなかった。明日菜のような可愛い少女が必死に自分を求めるさまを見て止められるはずがなかった。

「横島くん。用意できてるかい」

瀬流彦だった。空気を読めないことこの上ない登場だった。部屋を思いっきり開けて、とんでもないところに入ってきて、さらにアロハシャツと短パンを履いていた。当初の予定でハワイに行くつもりで用意していた服なのだが、芸者遊びに何を着ていくべきか悩んだ末、よくわからなくなったようだ。
だが2人ともそちらを見ていなかった。

「え?」

瀬流彦はフリーズした。

「え、えーと……。ご、ごめん!」

バンッと慌てて瀬流彦は横島の部屋を閉めた。

「あっ、あああああああああああああああああああああああああっ!」

明日菜の叫びにも似た声が扉越しに響く。



(び、ビックリした。ああああの2人。ガンドルフィーニ先生とかが危惧してたとおりのことしてるじゃないか!)

瀬流彦は心臓がドキドキした。こういうことを危惧をしてガンドルフィーニあたりは学園長に、横島が女子寮に住むことを反対していたのだ。ネギの代わりということにも反対だったが、女子寮住まいの反対はそれ以上だった。最後には学園長が『もしなにかあれば全責任を負う』ということで、全員が渋々納得したのだ。

でも最近はエヴァ戦での横島の霊能力者としての実力。3-A以外のクラスでも評判がいいことから、徐々に反対派の態度も軟化してきていて、学園長もホッとしていた。なのにこんなことがもし表にばれたら学園長は悪くすれば解任要求にまで発展する。

(横島くんに神楽坂さん。わかるけど、わかるけど不味いよ)

瀬流彦はわかるとは思った。
横島の表面上の学歴はかなりのものだし、性格的にも取っつきやすい。実際に瀬流彦ですらその知識量には驚くことがある。この上、明日菜と木乃香が魔法に、いや、3-A全体が魔法に関わっていくことは、瀬流彦も詳しい理由は知らないが、暗黙の了解として黙認もされていた。明日菜や刹那が横島と修行をしているのも勘付いてる先生はいて、それも黙認されている。とすれば明日菜は横島の強さまで知ってることになる。

(でもまずいな。横島くん一人のことですまないんだよ。でも、様子からして、合意の上みたいだし、邪魔したら神楽坂さんにも一生恨まれそうだし。はあ、しかし、凄いもの見ちゃったよ。まさにその瞬間じゃないか。タカミチさんにだけは死んでも秘密だな。あの人、見ちゃった僕ごと殺しかねないし)

「瀬流彦先生」

「はっ!?」

声をかけられて、瀬流彦は慌てて顔を上げた。
そこに葛葉が立っていた。

「くっ、葛葉さん!」

瀬流彦はダラダラ汗を流しながら葛葉を見た。

「どうしたんですか?横島先生の部屋の前で?」

「あはははは、いや、どうしたんでしょうね?」

「は?私が聞いてるんですが?」

葛葉は瀬流彦の挙動不審な様子に首を傾げた。気のせいか彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。

「いいい、いえ!その!それはそうですね。あ、その、葛葉先生こそどうしたんですか?横島君に用事ですか?」

「はあ、まあ、その……私の部屋に置いてある石化した子供の件で少し」

「あっ、ああ、小太郎君でしたね。それだったら、横島先生、明日にでも関西呪術協会から引き取りがくるって言ってましたよ」

嘘である。でもこの程度の嘘はあとで言い逃れができる。

「そうなんですか。うん……その、瀬流彦先生、私が一応本人に確認します。どいてもらえますか?」

「いやあああ。それはどうだろう。横島先生部屋にいないみたいだし」

瀬流彦は自分がどうして横島のためにこんなことを言わねばいけないのかと思った。そういうことは本人がしてくれという心境である。でも横島のことは気に入ってるし、悪い人間ではないと思っていた。それが葛葉などにばれたら最後である。葛葉の生真面目さからして、大問題にしかねない。

「では私が横島先生の部屋で帰ってくるのを待ってます。どうせ3-Aの見回りかなにかでしょうし」と葛葉が強引に瀬流彦をどけて扉の前に立った。「うん?中から声?そういえば、さっきなにか叫ぶような声もしましたね」

(すみません葛葉先生)

「『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』」

瀬流彦の言葉とともに、霧が発生し葛葉が崩れ落ちる。怪我をさせないようにと瀬流彦は受け止めた。

「はあ、魔法がきいてよかった。でもどうしたんだろ。普通なら僕の魔法なんて絶対に発動前に止められるんだけど。ていうか、あとでばれたら殺されるよ。頼むからこの件は夢だと思って下さいね」

瀬流彦はわずかに疑問を持ったが、それ以上は思うことなく葛葉を持ち上げると、部屋へと寝かせておくことにした。

(それにしても横島君。生徒に手を出すとは怖いもの知らずな。あの様子からだと向こうからだろうな。中学生って若いから向こう見ずなとこあるんだよ。でも、神楽坂さん可愛いしな。僕も生徒に好かれたことあるけど、相手がそんなに好みじゃなかったから突っぱねられだけだしな。神楽坂さんぐらい可愛い子にあれほどこられたらどうなってたか。新田先生は卒業後だけど陥落したもんな。男のサガだな。まあ明日注意ぐらいしとくか。というか芸者遊び結構楽しみだったのに)

瀬流彦が残念なため息をついた。

その頃、ちょうど二人の少女が横島の部屋の前に立った。

「え?なんでいるの?」

「う、うん。その、あれ?どうしてうちここに……」

瀬流彦がもう少し遅く、横島の部屋の前にいれば、あるいは最悪の事態は回避できたかもしれない。瀬流彦は魔法陣の影響から外れていたし、冷静でいられたから、その二人の様子がおかしいことに気付いただろう。だが、彼はもういなかった。



「はあはあ。ああ、ついに俺は生徒に……。いやいやここまでしてアホなことを言うな。明日菜ちゃん、ちゃんと責任取るからな」

ここまでしたらもう言い訳のしようもない。刹那やエヴァには謝って許してもらおう。半殺しにされるかもしれないが、明日菜に対する責任は取らねばいけないと思った。そう思うと明日菜が愛しく思えて気絶した唇にキスをする。そうすると気持ちがおさまらなくなってくる。寝ているところを悪いが、とても制御が効かなかった。一体どうしたというのだろう。これでは仮契約時のようだ。

(まさかな)

2人とも愛し合ったからこういうことになったのだ。それだけは確信めいて思う。少なくとも明日菜は魔法陣の発動前から横島を求めていたので、その点は間違いない。自分が明日菜をこんなに好きだったとはと思いもよらず、多少妙ではあったが、性欲の高まりに、その理性は流されていた。

「うっ、うんっ」

と、しばらく気絶しただけで、明日菜が目を覚ました。
2人とも露天風呂に入る前だったので、服は着ていた。

「横島さん。私っ。おかしいっ。横島さんがもっともっと欲しい」

「俺もだ明日菜ちゃん」

「嬉しい。大好きです。もう私だけを見て離さないで下さい」

「こんなに好きなのに離すわけないだろ」

横島はそのとき自分の背中に違和感を感じた。やわらかい感触である。横島がたまらず振り向いて、驚いた。

「うん、うんっ」「横島先生ッ」

そこには亜子とハルナがいた。

「な、ナニをしてるんだ二人とも!?」

横島が驚愕した。

「横島さん。こっち見てくださいっ」

明日菜が強請ってくる。だが横島はそれどころじゃない。亜子とハルナがこちらにいる。明日菜とのことを見られた。いや、それだけならまだしも、二人は横島を愛しそうに抱き締めてくる。

「ま、待て、3人ともなんかおかしい!うむっ、ちょっ」

横島がさすがに事態の異常さに気付いた。
明日菜だけなら麻帆良の大浴場の一件もあるし、自分に本気になるのも頷けるが、亜子やハルナは大胆だった部分はあれど節度は守っていた。こんな真似を突然するとはとても思えなかった。だが、2人は明日菜から強引に横島を奪うようにして亜子とハルナの唇が横島と合わされる。同時に亜子とハルナに淡い仮契約の光がともった。そのことで横島は美少女2人の唇の幸せとともにこの状況がなんなのかに気付いた。

(まさかっ!?あの、オコジョ!!!お前か!お前なのか!てっことは俺は一時の衝動で明日菜ちゃんと!?)

そう思い至った横島だが明日菜が左足にまたがってすりよっていた。横島の右手はハルナに触れ、左手は亜子に無理やり持って行かれて、理性をいくら働かせようとしても、どうにもならないほど美少女達に快感が与えられてくる。

「はあっ、横島先生っうちっ」

「いいよっ。センセっ」

亜子とハルナの体が横島の腕の中で何度も震える。横島とのキスをやめようとしなかった。しかし横島はなんとか冷静さを取り戻す。文珠をだすと『解』を発動した。パンッと床に当てる。しかし、魔法陣が消えた様子がない。

(なんだ?なんでこんな強力に?木乃香ちゃんの魔力を感じる?どうして解除を拒むんだ……)

横島は再び意識を集中する。感触からしてただの仮契約の魔法陣のはずが、木乃香の妙な意志が介在してかなり強固な結界や呪縛のようになってしまっている。エヴァにかけられた呪縛ほどではないが、それに近いほど強力な魔力を感じた。横島はやむを得ずこんな状況ではかなり困難だがなんとか四文字を連結した。

(もったいないがこれ以上してたら本当にやばい!)

『魔』『法』『陣』『解』

すると一瞬輝いて、文珠の効果で直ちに仮契約の魔法陣がとかれる。
それにより全員が行為を中断する。明日菜も亜子もハルナも急激な欲望の減退により、ぼーっとして力をなくしたように横島に寄りかかった。

「はあはあ、な、なんだろっ。急に横島さんとエッチなことしたくなって……」

明日菜は冷静になり、それでも火照りが消えず、横島のシャツ越しに唇を当てた。

「うっ、うちなにをっ」

亜子が横島の腕の中でいた。魔法陣が解けたことで冷静になろうとする思考が働くようになったが、それでも横島から離れたいとは微塵も思わなかった。

「わ、私も、なんだろこの気持ち。急に高ぶって、ああっ、なっ、なんか思い出しただけで、うんっ」

ハルナは横島の胸に顔を埋めて、今のことを思い出していた。夕映も他の子もなにもかもどうでもよくなり、ただ抱かれてみたい。自分がいつも描いてる漫画のようなことを、横島にされたくて辛抱が出来なくなった。

「あ、ああ、きき気にするなっ。まあ思秋期のころにはたまに情緒不安定になるもんだ!」

(すまんっ。許してくれ3人とも、俺が悪いわけ違うのだ。ああ、でも美味しかった。凄く美味しかった。ああ、なにを俺は考えてるんだ!!)

「へえ……そうなんだ。思春期は情緒不安定とか聞いたことあるけど、こんなことってあるんだ」

ハルナが呟いた。

「いや、あの先生、このことアキラに内緒にしてほしいんやけど」

亜子は腕の中で甘えながらも声を詰まらせた。亜子はアキラと2人で頑張ると決めているのだ。夜中に先生の部屋に忍び込むなんてフライングをしたとあっては顔向けができない。

「それはもちろんわかってるぞっ」

「ごめんな先生。うち、なんでこんなこと……。あの、明日菜にハルナも4人だけの秘密にしてほしいんやけど」

亜子も横島からまだ離れられずに言った。明日菜は何かカモのことで気付いているのか横島を見ていたが、少なくとも追求は後にしてくれるようだ。

「うんうん。ほんとーに頼むから秘密ね。でもさ、無茶苦茶気持ちよかったね」

「ダメよハルナ。全員、一時的な衝動に流されただけなんだから」

ハルナは名残惜しそうに言い、原因におおよその見当がつく明日菜が釘を刺した。

「はは、分かってるって」

言いながらハルナが横島に触れようとした。

「ハルナっ」

明日菜が言うが、自分も横島から離れたくなかった。正直に言ってしまえば、全員が、他の子が邪魔だったのである。このまま他の子がいなければ衝動に流されてしまいたいほど気分が高ぶっていたのだ。横島にしても手が自然と明日菜の尻を撫で、もう片方で他の子にも触れかけて、激しく痙攣した。このままではまずいと、横島はばっと立ち上がり、手近のテレビを持ち上げて、思いっきり自分の股間に打ち付けた。

「せ、先生……」

「ちょっ、なにをしてるの!?」

全員がその行為に驚きの声を上げた。横島だからどうせすぐに復活するが、普通なら、大事なものがつぶれて再起不能になりかねない行為だ。

「早乙女、和泉、全員もう部屋に戻れ!これはダメだ!こんなものはお前らも本意じゃないはずだ!!」

血の涙を流して横島は言い放った。

「でもさ」

「ダメだ。これ以上は俺も理性が持たんのだ!」

「横っち……」その様子を亜子は見つめた。「あの、先生」

「どうした?」

「その、そしたら先生。このこと秘密にすらから、うちらの告白の返事は一年、先生は待ってくれる?」

「ちょっと亜子、なにを言ってるの!」

明日菜が言った。
亜子は気まずそうな顔をする。ハルナもこれは修羅場だと察して黙った。亜子にしてみればどうも明日菜と横島は最後までいっているように見えた。でも、どこかまだ2人には恋人同士のような雰囲気がなかった。それはエヴァや刹那もだった。だとすれば振られさえしなければ、なんとかチャンスはあるように思えた。そしてそれは今が最後のチャンスに思えた。亜子自身これ以上振られるのはいやで、アキラのためという思いも後押ししていた。亜子はでもこんなこと言えば、逆に横島に嫌われるかとも思った。

「あ、うん。そうだな。こんなことしてしまったしな」

(そんな、横島さん!)

明日菜は面白くない。でも、口にだせなかった。まともに勝負をしてればアキラ亜子組に勝ててない気がした。今回のこれも普通ならなかった気がした。したかったのは自分で、横島は多分普通ならしてなかった。横島ほどのスケベな男を明日菜ほど可愛い少女が結果的に襲ってしまったような気さえした。

「ごめんな横っち、うち、ずるいな」

「いや、気にするな。でも一年待って振る方が悪い気がするんだが」

それでも横島は亜子にそう言ってくれた。

(横島さん)

そのことで明日菜は少し気分が落ち着く。自分は横島をもうかなり好きになってきていているが、横島は全然そうじゃない気がする。まだ教師と生徒の枠を出ていない。なのに、この行動に責任を感じてくれているようだ。それならそれ以上明日菜に言えることはなかった。ただ明日菜もエヴァたちと同じく、こういうのはお互い想い合ってでありたかった。それでもカモを恨む気にはなれなかった。やはりこのリードはそうとう大きく効きそうに思う。

(私の方が亜子よりずるいか)

「そのときはそのときや」

やっぱり振る気だったのかと亜子は思う。その意志は伝えられて少しショックだったが、とりあえず、首の皮一枚は繋がった。アキラにはこのフライングは、この成果で許してもらおうと思った。

「ハルナ行こか」

「う、うん。そだね」

(やるなあ亜子。最後までしちゃった様子の明日菜の目の前で言うとは意外にタフだな)

ハルナがよほど強い衝撃だったのかまだ名残を惜しむ思いはあるが、今の一瞬の修羅場に気分が醒めた。かなり微妙なところで誰も爆発せずに終わったが、一歩間違えば相当危うい言葉だったはずだ。そうすると自分も夕映のためになにかしたい気もしたが、明日菜の顔をちらりと見ると、これ以上刺激しない方がいい気がして渋々立ち上がった。

「それで、あの、明日菜ちゃんだけ少し待ってくれるか」

「あ、はい……」

やはり横島も分かってくれている。少なくとも仮契約をしてしまっただけの人間と自分を同列に扱う気はないのだ。そう思うと明日菜はやはり嬉しかった。

「その……」2人がいなくなり横島は言いにくそうに明日菜を見る。でも明日菜は全て承知したようにもう一度横島に向き合った。「わかってると思うが、多分、これはカモの仮契約の魔法陣だと思う」

「はい」

「あ、あのな明日菜ちゃん。返事は一年待つけど別にこれからアキラちゃんや和泉と付き合うんじゃないんだぞ。あと、この責任としてカモはイギリスに送り返すし。俺は明日菜ちゃんがしたいようにしてくれ」

本気なのか横島は土下座した。なにせ少女にとり大事な物を散らしてしまったのだ。童貞だった横島にはその重さがいやというほどのしかかった。

「横島さん謝るの禁止。それにあのオコジョも強制送還は可哀想だしいいですよ」

しかし、明日菜の声に怒りはなかった。

「いや、しかし、それでは明日菜ちゃんがあんまりにも可哀想だ!俺なんかと初体験するとは!その、明日菜ちゃんが望むなら、記憶は残るがちゃんと綺麗な身体にはできるから!」

横島は本気のようだが、しゃがんだ明日菜にチョップを入れられた。

「それ以上はなしです」

「いや、だが、ああ、俺はなんということを!」

「そんな後悔の言葉より好きと一言いってくれる方が数倍嬉しいんですよ。それに横島さんに最後までして欲しいって思ってあのとき言ったのは、多分、魔法陣が発動する前でした。それは感覚でなんとなくわかるんです。でも、逆に横島さんは仮契約の魔法陣がなければ、私とする気がなかったのもなんとなくわかります」

そのことも明日菜は理解した。横島は最後まですることにかなり抵抗を持っている。でも理由はエヴァやアキラや刹那ではない気がした。横島はきっとまだこの麻帆良に誰一人として好きな人がいないのだ。自分も含めて横島に惚れさせるに至ったものはいないのである。でも向こうには多分それがいるのだ。

(だから多分、横島さんは向こうに帰りたいんだ)

そう思うとギュッと心臓が締まった。今の亜子や刹那のことよりもそれは大事なことの気がした。

「それはっ、だなっ」

「悔しいな、こっちはこんなに好きなのに……」明日菜は自分の胸を抑えた。「でも少しは横島さんも私のこと好きだって想っていいですか?」

「もちろんだ。俺は明日菜ちゃんが好きだぞ!ここまでした限りはもうこの責任を取って!」

横島が抱きつこうとしたので明日菜は殴り飛ばした。

「でも、それは魔法陣があったからですよね?」

「まあそうだが……」

「仮契約の魔法陣の存在に気付いてたら横島さんはしなかった。私、そこまで横島さんに惚れられてるって思うほど自惚れてませんしね。でも、だから、あんまりエロオコジョには頭にきません。ちょっと感謝です。少し、ううん、だいぶみんなに差がつけられたし」

「……明日菜ちゃんそんなに俺なんかが好きか?」

「少なくとも今日のこと後悔しないぐらいには、私、横島さんが好きです。これはハッキリ言っておきます。あと、よければ横島さん。もう一度好きって言ってください。それで今回のことは忘れないけど許します」

明日菜は少し悪戯っぽく言う。

「わっ、わかった。明日菜ちゃん好きだ」

「心が感じられません。もう一度」

「あんと、ああ、明日菜ちゃん好きだ!」

「むう、なんか、棒読み。じゃあキスしながら好きだ。で、いいです」

「んなっ」じゃあ、というレベルかと思えたが、横島はそれにもしたがった。「わっ、わかった。明日菜ちゃんが好きだ」

「キスは?」

そのまま唇が合わさる。

「うんっ。私も好きです」

しばらく睦言を交わして離れると、明日菜の顔がふやけていた。

「あの私は朝まで一緒していいですよね?」

「え……」

横島は冷や汗が流れた。

「ダメなんですか?」

「というか、いいのか明日菜ちゃん?その、多分、もう朝まで離さんぞ」

横島としては抗いがたい誘惑だった。言ってしまうと横島もたがが再び外れてくる。明日菜から唇を合わせた。明日菜は本当は今日はもうこれ以上はいやだった。それでも横島との距離が縮まるようにと、横島が早く向こうのことなど忘れてしまうようにと願っていた。


(やられた。やはり横島も……私のような未熟なものよりも……)

(いやだ。いやだ。いやだ。あの人にまで見放される。怖い。怖い。怖い)

(やれやれこれは面倒なことになりそうでござるな)

(刹那の様子からして、とてもこの程度で諦められるとも思えんし、敵よりも面倒だな。明日の護衛も目をはなさんようにしないとどんな下手を打つかわからんか)

(横島先生。たとえあなたが神楽坂さんに決めたとしても、マスターにはあなたしかいません)

(ケケ、コリャ 楽シクナリソウジャネエカ。チョット御主人ノタメニモ カモッテノト オ話シシテミルカ)






あとがき
さて、2日目もこれでようやく終了です。
明日菜以外がなにをしてたのか、
全部書くともう1話ぐらいできてしまうので、
簡略化していれました。
まあメインは明日菜だったのでご容赦を。

そして本番エッチ1人に仮契約者2人追加で、
戦闘と関係ない問題山積みして親書を届ける本番が始まりますー。










[21643] カモの功罪。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/02/16 10:38

(ううむ。よくわからねえ)

翌朝目覚めたカモは横島の部屋から出てきて首をひねった。明日菜も横島も誰も横島の部屋にはおらず、トイレで目覚めたときは朝倉すらおらず、ただ仮契約が成立した証拠となるカードが二枚だけあった。でもその仮契約した人物が問題だった。

(今の時点でハルナ姉さんはやばいよな。でもキスしたってことはそういうことだろうし、カードをわたさねえ訳にもいかないしな……。まあともかく今は迂闊なことは命取りだ。なによりもまず事態を把握しねえと。しかし、これはことによったら俺っちが謝ってすむことじゃなくなってかねない気がするな。もしかしたら)

自分は強制送還されるかもな。カモはその可能性も考えた。とにかく予定よりも全員の好意が増しすぎていた。あれでは好意が成熟していないものまで、かなりのことになってしまった可能性がある。3-Aはとにかく横島に好意のあるものが多い。その全てが横島の部屋に集まり、大騒ぎを起こしていたら、教師陣も気付いただろうし、自分はひょっとするとオコジョの刑以上の罰を受けるかもしれない。

(すまねえ旦那。俺っちはなんてことを。せめて旦那は関わってないってちゃんと証明しねえと)

カモはかなりの危機感を抱きながら走っていると、露天風呂から誰かが出てきた。
よく見ると明日菜である。カモが一番気になっていた人物だ。彼女はカモがモニターで見ていたときからかなり危うい状態だった。それと一番に出会えた。そのことは幸運だ。でも、こんな朝早くからお風呂とはどういうことだろうか。明日菜は制服を着て少しなにか辛そうに内股で歩いていた。

「って、まさかっ、あああ姐さん!!」

カモは蒼白になって明日菜を見た。明日菜が内股で歩くその姿にカモはピンッとくるものがあったのだ。

「まさか、姐さん旦那と……」

カモはがくがく震えだす。まさか横島とあの状態でしてしまったのかと思えた。だとすると自分はいたいけな少女になんということをしてしまったのかと思えた。

「エロオコジョ?」

明日菜はそのカモらしからぬ姿に目を瞬いた。

「す、すまねえ!」

カモはそのまま土下座した。

「はい?なに謝ってるのよあんた」

「俺っちなんとなく匂いと雰囲気でわかるんだ。姐さん、旦那と最後までしたのか?そうなんだろ?」

カモは答えを恐れながら聞いた。

「あ、うん」明日菜は激しく赤面した。「あんまり大声で言わないでよ。恥ずかしいな」

「すまねえ!本当にすまねえ!実は昨日の夜俺っち!」

カモはがんがん地下に頭を叩きつけた。

「仮契約の魔法陣でしょ。あれ強烈だから解けたとき気付いたわよ。まったくあんたあんまりバカなことしてると横島さんに強制送還されるよ」

「いいやもう強制送還なんざ生ぬるい!こうなったら死んで詫びさせてもらうぜ!」

どこからだしたのかカモは縄をだして首を吊ろうとする。しかし、明日菜がつまみ上げて止めた。

「あんたねえ横島さんと似たようなことするんじゃないわよ。今回の件で私がエロオコジョを責めるほど怒るかどうかなんてわかるでしょ。私の好意の程度はわかるんだとか、前ににやにやしながら言ってたでしょうが」

「しかしそれは普通の常態の話しだ!」

「まあそりゃね。たしかに私もできれば普通の時がよかったけどね。でも、正直、桜咲さんやアキラと亜子の告白を見て、すごく落ち込んでて、かなり不安でたまらなかったのよ。だから、仮契約の魔法陣で横島さんに抱いてもらえてすごく心が落ち着いた。まあだからあんたを恨んではないの」

「姐さん」

カモはドーと泣きながら明日菜を見た。

「ああもう。そんな顔しないでよ。らしくないわよ。ていうか、なんでエロオコジョにこんな話ししなきゃいけないのよ。まあだからエロオコジョ。むしろ私より、問題はハルナは……まあいいわ。こっちは私が魔法のこと秘密にして聞いておくから、亜子にもちゃんと謝りなさいよ。まあ亜子が横島さんとキスして怒るわけないけど。ハルナも多分、横島さんとキスしただけで深刻がったりしないでしょ」

「そ、そんなんでいいのか?」

「まあ、言っても私はその……してもらえて嬉しかったし、横島さん、昨晩は魔法陣がなくなってもずっと私のこと抱いててくれたし、って言わせるな!」

明日菜はこれ以上ないというほど赤面して茹で蛸のようだ。

「お、おう、すまねえ」

「でも!今後なにがあろうと本人の許可なく仮契約の魔法陣は唱えないこと!あれは危険すぎるわ!本当に理性が吹っ飛ぶもの。私以外だったら後悔する子でもしたと思う。だから、それだけは守りなさいよ!」

「お、おおっ、俺っちそれは死んでも守るぜ!姐さん本当にすまねえ!」

カモはまた土下座した。どうやらこのオコジョにしては珍しく本気で反省しているようだ。

「じゃあまあそういうことだから」

明日菜はそう言うとあっさり歩きだした。でもカモにはその表情に好きな人と最後までできたときの、あの女性特有の満ち足りたものがないのも感じた。

(すまねえ姐さん。この件は許してくれと言えるようなもんでもないな)

ガクッとカモがうなだれる。

「ヨウ、オコジョ」

とそのとき、後ろからカモに声がかかった。
振り返るとそこにはチャチャゼロがいた。

「あんたは……」

カモは再び顔色が悪くなる。今のカモにはチャチャゼロがなぜか死刑執行人のように見えた。

「御主人ガヘコンデテヨ。チョットオ話シネエカ?安心シロッテ。壊スワケジャネエヨ。タダドウモオ前、裏デコソコソ動イテネエカ。ト思ッテナ」

その後カモは地獄を垣間見た。



朝、休憩所で亜子は仮契約カードをもう一度見た。

(やっぱ、夢やないんやな)

亜子は昨日のことを追い出して赤面するのが止まらなかった。でもカモから『大事なものだから自分で持っておいてくれ』と言われてつい先程なぜかボロボロの彼に渡された。なにか悪いことでもして横島に折檻でもされたのだろうか。ともかく、カードの使い方も一応教わったがなんだかすごいことになった気がした。

カードを見るとピカピカした水晶で細工されたような首輪を自分がしていた。『アーティファクト・精霊獣石』というものらしい。使う人間の能力によってレベルの合わせた精霊獣を召還できる石なのだそうだ。使い手のレベルが上がれば上がるほど能力が増すし、精霊獣には苦手属性というものがなく、どんな敵にも一定のダメージは与えられる。さらに敵の精霊を介さない打撃攻撃などは、たとえ魔力や気や霊力を帯びていても素通りさせてしまうという特性がある。カードの裏にはそう記されていた。通常の人間のレベルで使用時間は15分、それ以上長く使いたい場合は、魔力や霊力を強化する修行がいるそうだ。それは横島に聞けばわかるということだ。

(早く召還したいな)

亜子の気持ちははやる。まるで自分が物語のヒロインになれたような気がした。
でも問題はアキラだ。アキラになんとこのことを言えばいいのだろうか。なんなら亜子が横島にアキラも仮契約してもらえるように頼むか。でも、そういうのはアキラはいやがりそうだ。

(どうしょうか。とにかくうちがアキラに言うの遅れて、ハルナとかからこの件を聞くとかそんなんだけは避けんと)

だとするとやはりすぐにでも言うしかない。ハルナは口が軽い。口止めはされてたが、それでも言わない保証はない。まああっちには夕映がいるのでいくらハルナでも、早々軽率には出来ないとは思うけど不安だった。幸い、告白の返事は1年後に延ばしてもらえるという収穫もある。これを合わせたらアキラもそう怒らない気がした。

(うん。やっぱり言おう。隠し事はようない。それにかなり――)

「亜子、それひょっとして『仮契約カード』?」

「うきょっ」

亜子は思わず珍妙な声を上げた。急な声に振り向くとそこにはアキラがいた。悩みの種である当人から声をかけられて亜子は激しく動揺した。ダラダラ汗が流れる。なにをしてるのだ。カードをいきなり見られた。下手なことを言えば絶交である。しかも自分が悪い。

(落ち着け。落ち着けうち。どっちみち言わなしかたないんや。謝れば、謝ればええやん!)

「って、あれ!?なんでアキラ、カードのこと知ってんの!?」

亜子はそのことに驚いた。

「だって私も持ってるから」

そう言ってアキラは亜子に自分の仮契約のカードをあっさり見せた。

「へ?」

亜子は目を瞬いた。カードを見るとなんだか綺麗な水を纏った女の人がいた。よく見るとそれはアキラだ。

「え?え?なにじゃあアキラももうキスして仮契約してんの?」

この時点で亜子は激しく勘違いを起こした。アキラが仮契約したのはエヴァである。でも亜子が仮契約したのは横島である。その違いに魔法についてはほとんど無知な亜子が気付くわけもなかった。

「うん……亜子もしたの?」

アキラは赤面して聞いた。アキラはアキラであの夜にエヴァとキスしたことを思い出す。女同士でキスとはかなり恥ずかしかった。でもアキラもエヴァ以外も仮契約ができるということを知るはずがなかった。

「ええ……したけどって。って!!!!?」

亜子が激しく驚いた。てっきり自分が先に横島と進んでしまったと思ったが、違うのだと思った。アキラはもうとうに横島と仮契約していたのだと。この間違い。あるいは他の人同士なら決定的な仲違いを引き起こしたかもしれない。でも、アキラと亜子の友情は意外に深かった。

「どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、よ、よ、横っち!なんやそれ!一晩ずっとフライングしてしもて悩んでたうちはどうなるんやあ!」

亜子は頭を抱えた。横島とキスできた喜びなどほんの一瞬で、部屋に帰ってきて、アキラの寝顔を見て、あまりの罪悪感に逃げだそうかとすら思い詰めたのだ。この悩んだ責任は誰がとってくれるのだ。というか、自分の方がアキラにフライングされてるじゃないか。

「亜子、横っちって、まさか横島先生とキスして仮契約したの?」

アキラが驚いた。。

「当然やん。他の誰とキスするいうん。ていうか、アキラ。そんなフライングしてるなんて聞いてへんで。まあでも今回はアキラにも情状酌量の余地はあるかな。共同戦線言いだす前にどうせしたんやろ。それなら仕方ない。うん仕方ない。でも、他にうちに隠し事してへんやろな。さあきりきり白状してもらおうか。いつ、どこで、何時何分横っちと仮契約したんや。怒らんから言うてみなさい」

亜子は急に強気になってアキラのカードを手にとって自分と比べた。見比べてやはり素材が違うとこうも違うものかと思う。カードですらアキラの方が綺麗だ。しかも亜子のは日本語なのに、アキラのはなんだか英語でもない古代っぽい格好いい字だ。亜子のような懇切丁寧な説明書きも裏にはない、格好いい図形と格好いい字があるだけだ。亜子のものの方が使い勝手はいいが、アキラのカードの方が美点は遙かに優れてる。

「うわー、なにこれ?綺麗なカード。くっ、これが通行人A(亜子)と女優アキラの違いか。どっちもAやのになんでこんなに差がつくやろ。なんか泣けてくる。ああ、もうなんか腹立ってきた。どうせうちは脇役人生やねん。アキラを引き立てるおつまみやねん。でも、なんで字まで違うんや。もうこれは差別とちゃうんやろか」

アキラのカードの綺麗さに興奮しながらコンプレックスを爆発させる亜子は、しかし、つづくアキラの言葉に凍りついた。

「それは私が仮契約したのが横島先生じゃなくて、エヴァンジェリンさんだからだと思う」

「へ?」

いまいちよく理解出来ずに亜子はカードの裏を見る。自分のは横島忠夫、アキラのはエヴァンジェリンとある。なぜここでエヴァがと思う。エヴァは横島を巡る自分たちの敵の一人だ。

「は!?まさかアキラ、敵と通じてるんか?スパイ?」

亜子は自分で言いながらなんか違う気がした。そういえば自分はたしかアキラに何か事前に聞いていたように思う。

「前の夜。私が妙な人に襲われかけた話は亜子にしたよね。そのときエヴァンジェリンさんが『力が欲しいか』って聞いて、私がうなずいたら仮契約してくれたの。でも亜子は昨日の夜なにをしてたのか、聞く必要がある?」

アキラの顔は笑顔で青筋が浮かんでいた。怖い。すごく怖い。でもまだアキラが笑っていてよかったと思う。笑っていなくて怒ってたら、もう怖いどころじゃない。でも怖いことには変わりはなかった。

「え?え?え?いいいいいいや!!こ、これは!待ってアキラ。これはちゃうねん!そんなつもりちゃうねん!裕奈、助けて裕奈!」

「どうしたにゃ?」

「裕奈は黙ってて」

「はい。ごめんなさい」

「はやっ、裕奈!」

「亜子、骨は拾うよ」

アキラに静かに言われて、即行でうなずく裕奈は危険を感じて後ろに退避した。

「亜子、一緒に頑張るって言ったよね?でも亜子にも情状酌量の余地はある?さあきりきり白状してみる?」

「いやああああ!」

ただ急に横島先生とエッチなことをしたくなって、先生を夜中に襲いました。言えない。言えるわけがない。逃げようとした亜子をアキラがガッと捕まえた。



朝、今の今まで事後処理に追われたカモと朝倉はロビーで疲れ果てた身体を横たえていた。朝の日差しがとても眩しい。特にカモは疲労と傷心で死にそうだった。

「はは、カモっちなんて言うかすごかったね……」

朝倉はテーブルに突っ伏して白くすすけていた。といってもカモと違い朝倉は別に誰かに責められたわけではなく、ただモニターで見た明日菜やクラスメイトの行為のことを言っていた。

「おっ、俺っち命がけ、本気で命がけだぜ」

殺人人形恐るべし、とカモは思う。襲われると同時に、横島とエヴァが本契約できるように協力すると今度は約束させられた気もするが、あまりこれ以上考えたくなかった。

「大変だったねカモッち。でもしたのが明日菜だけで亜子とハルナが仮契約なら、みんながあの状況で、奇跡的に被害は抑えられた方じゃない」

「まったくだ。明日菜の姐さんはまあこれからケアするとして、問題はエヴァンジェリンだ。本契約なんてしたら他の人間の仮契約無効になるじゃねえか」

カモとしてはそれは避けたかった。本契約とは一人にするのが基本で、他の仮契約を無効にしてしまう。でも明日菜も木乃香も刹那も横島との仮契約を大事に思っている。無効になどなれば落ち込むどころじゃないだろう。

「明日菜はでも本番したんでしょ?仮契約がキスなら本契約は本番じゃないの?」

「たしかにそうなんだが、仮契約の魔法陣で本契約は成立しねえんだよ。本契約は本契約の魔法陣の中でしなきゃ成立しねえ。それぐらい神聖なものなんだ。しかも本人同士の心が通じ合う必要もある。仮契約のように本人未承諾でもキスすりゃいいってもんじゃないんだ」

「ふーん、いろいろあるんだ。でもそれじゃあエヴァちゃんと横島さんが好き合う必要もあるし、当分はないんじゃない?」

「と思うんだがな。なんかチャチャゼロは考えがあるみたいなんだよな」

「もしかして魔法で好きにさせるとか?」

朝倉は今回の件を見るとあながち無いことではない気がした。

「無理だ。それだと本契約は成立しねえ。あくまで両人正常な状態でのみ成立するんだ。仮契約の精霊と違って本契約の精霊は無茶苦茶厳格だ。いくらエヴァンジェリンでも虚偽はつうじねえ」

「ならますます当分無いでしょ」

「だといいんだが……ともかく、チャチャゼロまで動いたってことはエヴァンジェリンもいよいよ本気か。しかも被害は最小限に収まったが得るものが得られた姐さん以外は、相当面倒になっただけだ。ああもう時間を巻き戻せたら本当にやり直したいぜ」

カモは遠い目をした。『なぜこうなった』と言いたい気分だ。

「とにかく旦那の仮契約の魔法陣はもう2度と本人の許可なく使わねえことにするぜ」

それでも唱えないとは言わないカモだった。

「はあ、その方が良さそうだね。でもカモッちハーレムはやめておいたら」

朝倉は一応事情はカモに聞いた。カモのやろうとしていることに今のところ賛同はしてない。でも刹那やエヴァの状況を聞く限りある程度は横島について妥協はいる気はしていた。なにより横島に自分だけ魔法を教えてもらうように言うのはほとんど無理だ。となると、全員に妥協線を探らせないといずれ破滅が起きる気がした。

(破滅よりも早くカモッちが成功するかが鍵になるか。ともかく問題は好意ランキング2位の明日菜に4位のエヴァンジェリン、5位の桜咲さんか)

「そうだな……」

カモはさらに遠い目をした。ハーレムと簡単に考えていたが人数が増えれば増えるほどその道のりは遠い。そしてそれ以前の問題があまりに大きいのが判明してきた。カモが思っている以上に全員の仲が悪いのだ。横島を巡って取り合うあまり、行動がエスカレートさえしている。これではハーレムどころじゃない。そのための話し合いも結局この混乱で流れてしまった。

「そういや姉さんは昨夜なにしてたんだ?」

「それがさ、みんなを止めなきゃって思って横島先生の部屋に行こうとしたんだけど、途中の廊下でいいんちょに『横島先生のことが諦められません』って泣きつかれてさ。いいんちょは明日菜が横島先生好いてるからだいぶ遠慮してるみたい」

「それはそれで大変だったな姉さん」

「うん。なんか先生が好きでたまんなくなってくるし、いいんちょは泣くし。なんかもう私まで泣けてきたよ。いいんちょは8位か」

「姉さんさっきからなに見てんだ?」

ふと気になってカモが尋ねる。朝倉は先程から一つの紙に目を落としていた。

「カモっちが作った好意ランキング」

「ああ、まだ持ってたのか?」

「そりゃあね、こういうのは捨てないでしまっておく主義なの。まあもう見つかるとやばいから覚え込んで処理するけど。しっかし、私で12位か。裕奈と円が以外だな。裕奈はファザコンだし、円は最近横島先生苦手がってたから全然興味ないと思ってた。にしても葛葉先生も入れてるんだ」

「まあ副担任だしな。男だと入れねえけど、旦那って年上好きみたいだしよ。ハーレムに一人ぐらい年上もいるだろ」

3-A好意ランキング
1位・大河内アキラ
2位・神楽坂明日菜
3位・綾瀬夕映
4位・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
5位・桜咲刹那
6位・近衛木乃香
7位・和泉亜子
8位・雪広あやか
9位・早乙女ハルナ
10位・明石裕奈
11位・釘宮円
12位・朝倉和美
13位・長瀬楓
14位・相坂さよ
15位・葛葉刀子
16位・龍宮真名
17位・絡繰茶々丸
18位・柿崎美砂
19位・椎名桜子
20位・宮崎のどか
21位・古菲
22位・四葉五月
23位・佐々木まき絵
24位・鳴滝風香
25位・ザジ・レイニーデイ
26位・鳴滝史香
27位・長谷川千雨
28位・春日美空
29位・村上夏美
30位・葉加瀬聡美
31位・那波千鶴
32位・超鈴音

「だからハーレムはやめた方がいいって。まあでも超と那波さんと葉加瀬はやっぱ低いな」

「最低順位の6人は好感度-だな。好感度って言うより嫌悪感だ。その中でも最低順位の3人はたまに殺気むけて旦那をびびらせてるぞ」

「それは知ってる。あの3人なんか一物あるのかな?カモっちだから言うけど私に横島さんのこと調べてって言ったのも実はちづ姉なのよね。あのときのちづ姉は殺人人形よりある意味怖かったわ。それに古は先生強いのに興味ないんだ」

「古姉さんはどういうわけか旦那が苦手みたいだ」

「ふーん、にしても私そんなに好きじゃないけどな。これでも好きの部類に入るの?(ていうか休学してる相坂さんがなんでこんな所に?)」

「じゃあ旦那に好きって告白されたら断るのか?」

「いや、まあ、好きだって言われたら考える」

「キスを迫られたら」

「ううん、そうね。まあ大人の経験としてキスぐらいしておくのも」

朝倉は少し頬を赤らめた。

(そういうの好きって言うんだぜ姉さん)

カモは思ったがあえて突っ込まないことにした。

「でもこう見ると意外だな。口では嫌うこと言ってるの何人かいるよ」

「好きと言っても色々あるからな。その代わり21位ぐらいからの避けたいとか嫌いの数値はかなり高いぞ。それに旦那は自分が本当に好みの年上とか同年代には嫌われやすいという不思議現象も見られるな。教師陣でまだ多少でも好意もたれてるのは葛葉の姐さんだけだ。それも嫌いと両立してるから、まあ、よっぱど刺激しないと10位以下は恋愛感情持たないな。6位の木乃香姉さんでも、5位以上の好意が大きすぎて手はだせねえ状態だ。なんせ5位と6位で差が10ポイントぐらいあるからな。あ、ちなみに100点が満点だぞ。詳細ポイントも見てみるか?」

「ふうん。いや、もういい」

なにか少しつまらなそうな顔を朝倉はした。



「ふざけるな!」

エヴァが朝食も終わり、さあ今日こそは横島と離れないようにと探しているときだった。葛葉がきて、『今日は私と行動してもらいます』と言われたのだ。昨夜は明日菜と横島との情事を見せつけられるわ。その前はアキラと亜子の告白を見せつけられるわ。さらに刹那と横島の件にと面白くないことだらけのエヴァがぶち切れた。

「ふざけてるつもりはありません」

若干言葉を震えさせて葛葉は言う。刀も持たない身で解放されたエヴァの怒りをむけられるのはさすがに堪えた。

「では、もう一度言ってみろ!」

「あなたは今日私と行動してもらいます。約束を忘れたわけではないでしょ。親書関係には関わらないと」

「手をださなければいいのだろうが!ついて行かないとまでは言ってないぞ!」

「ついて行ったら、手伝いたくなるでしょう」

「ばれんようにするから問題あるか!」

「御主人、手伝ウノ思イッキリ認メテルゾ」

「あ・た・り・ま・え・だ!」

エヴァはキッパリ言う。開放状態の今ならいくらでも横島を手伝える。毛筋一本の傷も負わさずに仇なすもの全員を血祭りに上げるつもりだった。そのときちょこっと明日菜か刹那に攻撃が当たったらそれは愛嬌というものだ。

「とにかくエヴァンジェリン。魔力は抑えなさい。それとこれ以上我が儘を言うなら、麻帆良に帰ってもらいますよ。これは学園長の意向でもあります。あなたを外に出しただけでどれほど譲歩してると思うの。ばれたら横島先生も学園長もただではすまないのよ。わかってる?」

「くっ」

「あなたの魔力や戦力は認めます。でもだからこそダメよ。横島先生は東西親睦の使者であって、喧嘩をしにきてるわけではない。理解してもらえるわね」

子供を宥めるように葛葉は言った。本当にここにきてから精神が削られる。それもこれも全部横島が悪い。さっさと西の刺客ぐらい始末しろと思った。

「……行き遅れのヒステリーが」

ピシッと葛葉の額に青筋が浮かんだ。

「な、なにか今、聞こえたのですが?」

「ふん、さあ行くか小娘。そういえばジジイが言ってたぞ『葛葉先生は子供もおらんようじゃし、もうそろそろ見合い相手を紹介して上げた方がいいかのう』とな。可哀想にな。ヒステリーは美人でも嫌われるからな。前の旦那とは離婚もしたそうだな。理由がしれるというものだ。別れた相手も不憫だな。いや、まあ、別れたから幸運なのか」

「が、学園長はずいぶん余計なことを人にいう癖があるようですね」

葛葉はさらに額に青筋が浮かんだ。エヴァに抑えろといった魔力が、自分は溢れ出した。

「バカをいうな。同情から来る親切心だ。いい男を紹介してもらえ。私も横島意外なら応援してやらんでもないぞ。まあ横島はダメだぞ。いや、まあ、3-Aでお前だけは心配いらんか。18歳の横島とピーでは釣り合わんしな。横島もさすがにババアには興味あるまい」

「ケケ、御主人、今日ハイビリ倒ス気ダナ。サリゲナクジジイニモ復讐シテルトコロガサスガダゼ」

チャチャゼロが楽しげに言う。

「当然の報いですね」

茶々丸が言う。

「我ガ妹モ、イイ感ジニ育ッテキテ、マアイイコトダ。姉トシテ嬉シイゼ」

言いながら茶々丸の肩にいたチャチャゼロは笑った。

その裏をこっそり隠れながら横島が通り抜けていく。


「あ、あの年代の女性に年齢の話しをするとは、エヴァちゃん、なんて怖いもの知らずなんだ。しかし、お前のせいで、葛葉先生は今朝からなぜか口聞いてくれんし、生徒達にはなんか話しかけにくいし、反省しろよバカオコジョ」

横島は肩に乗るカモにデコピンをかました。すでにチャチャゼロによって相当な目にあった様子のカモに横島としては、それ以上怒る気にもなれず、この程度なのだ。まあそれ以前に横島もあの行為自体が嬉しくないわけではなく、やったことを思い出すと強く出られない部分もあった。

(ああ、明日菜ちゃんが俺の腕の中であんなに可愛く悶えるとは。よかった。なにもかもがよかった)

綻ぶ横島の顔。問題山積みなのだが、これから先、求めるままに明日菜を抱けそうだと思うと喜ばずにはいられなかった。

「俺っちもまさかあんなことになると思わなかったんだ。本当にすまねえ」

「まったく」

(しかし、よかった。本当によかった。もう帰らんでもどうでもよくなるぐらい良かった!)「ああ、一年後俺がここを去ったら、いずれあの乳も太股も全部他の男のもんに!できん!そんなもったいないことはできん!しかし、帰れば違う乳、尻、太股が!」

「旦那声でけえ!」

思わず叫んだ声に横島は自分でも驚いて慌てて逃げ出した。ここでエヴァ以外にも見つかるわけには行かなかった。親書を届ける行為と木乃香を仲介人として連れて行く行為は、危険を伴う行為だ。一般の生徒を連れて行くわけには絶対に行かない。人員は明日菜と木乃香、それと刹那と、もしかの時のために真名にも同行を求めていた。

「しかし旦那。後は関西呪術協会本部に親書を届けるだけだべ。小太郎ってガキは動けねえし、もう1人もあの怪我じゃあ、よほど腕の良い治癒術の使い手でもいねえ限り動けねえし、龍宮姉さんまで雇わんでもよくないか」

カモが急いで外まで走り出てきた横島に言った。古式ゆかしい日本家屋の並ぶ街道を明日菜達の待ち合わせ場所へと急ぐ。全員で出ると目立つので、待ち合わせ場所まで別れていく段取りになっていた。

「まあ俺だけだったらな。でも、明日菜ちゃんと木乃香ちゃんは経験不足だし、フェイトってガキにまた木乃香ちゃんを人質にでもされたらかなわん。龍宮は桜咲よりも場慣れしてるようだし、もし俺があのガキにかかり切りになったら、あの美人の姉ちゃんが復活してた場合や剣士の相手を何とかしてくれるはずだ」

「そこまでのもんかな。あの無表情のガキだろ。まあ石化はやっかいだけど、俺っちは旦那の方がかなり格上だと思うぜ」

「それならそれで問題ないだろ」

「なるほど……」言われてみればそうである。思いの外横島は用心深いとは思ったが、横島は元々こういう性格である。この世界で臆病な一面を見せていないが、もとはかなりのびびりなので、備えあれば憂い無しという性格だ。「まあ過信しない旦那は、見てて安心だからいいけどな。しかし、一日の護衛だけで50万とはぶんどられたな」

「そんなのは別にいいんだが……」

それほど簡単に行かないと横島は思っていた。それほどにフェイトには不気味なものが感じられたのだ。それに天ヶ崎千草よりもかなり各上に見えるのにその指示に従っているのも、意味が分からなかった。単純に関東と関西が仲良くなるのを阻止したいのか。それだけにも見えないのだ。幸か不幸か昨日の一件で文珠の数は増していた。よほどのことがないかぎり対処に困ることはないと思ってはいた。

(なのに、なんか不安だ)

自分で生徒たちの責任を持つことへの不安か、横島はやたら重荷を感じる気がした。
そんな横島が待ち合わせ場所に着くと、まだ明日菜達は来ていなかった。

「おかしいな、先に出たはずなんだが。もうすぐくるのか?」

出たのは明日菜達の方が先のはずなのだ。考えながら横島は地図を広げた。学園長から渡された地図で関西呪術協会までの道筋が描かれたものだ。今の位置が『大堰橋』で地図で見る限り本部の位置はそう離れてはいないようだ。

「これなら意外と楽勝か」

「横島先生」

まもなくして明日菜の声が聞こえた。

「お」

明日菜達が来たと思い横島は顔を上げた。

「って、へ?」

しかし、やってきた一行を見て、横島が目を瞬く。

「はは……」

明日菜が気まずそうに笑った。そこにいたのはアキラと裕奈と亜子と明日菜と刹那と木乃香と真名、総勢七名の女子だった。全員私服姿でお洒落をしている。アキラはモデル顔負けなほど綺麗だったし、他の裕奈や亜子も可愛く着飾っており、全員のいつもと違った一面に横島は思わず声を漏らした。

「おお、みんな可愛いな」

「へへ、褒められた。やったねアキラ、亜子」

嬉しそうに裕奈が言うとアキラや亜子は頬を染めて頷いた。

(って、なんで、アキラちゃん達がいるんだ!)

明日菜達に詰め寄る横島。『ただでさえ危険が伴うのに、遠足じゃないんだぞ』と語気も強かった。

(はは、ごめんなさい。来る途中で裕奈と鉢合わせしてさ、アキラと亜子が途中で裕奈を連れて外してくれるって言ってるし、どうしても一緒に行動したいって)

明日菜も昨夜の行為が本当に想い合ってではない後ろめたさか、アキラと亜子に引け目を感じて、対応が中途半端になったようだ。

(すみません。どうしても先生といたくて)

アキラが横島を潤む瞳で見つめてくると、横島は「うっ」と一歩下がった。

(や、やっぱりアキラちゃんの威力はすごいな。なんという特盛り感だ)

なんというか横島にとってアキラは本当にそそられる身体の気がした。それに意外と強引なところもある。魔法の関係と知っていても、大人しくだけしていない。アキラの様子はなにかあったらすぐに引き下がるようにはとても見えなかった。木乃香が攫われた夜といい大人しそうに見えるのに全然大人しくないのだ。

「横っち、そんな地図広げてどこか行くんやろ。用事の邪魔せんから私たちも連れてってや」

亜子の言葉に横島は困った顔になった。亜子も横島といたいようで好意を前面に出していたしで、運動部組のまき絵だけが横島の用事に興味がないらしく、他のあやか達の班について行ったそうだ。

「大人の用事で行くだけで、面白いことなんぞなにもないぞ」

「別にいいでー」

「そうそう。明日菜に聞いたら用事はすぐ終わるって言ってたし、その後一緒に見て回ろー」

亜子に裕奈が続いて言う。この様子ではなにを言ってもついてきそうである。たしかに順調にいけば2時間ほどで終わるかもしれない。だがその2時間が無事に行く保証がどこにもない。

(明日菜ちゃん!余計なことをなぜ言うんだ!)

(だからごめんなさい。でも言ったのは木乃香だし)

(はは、まあまあ怒らんと、みんなで仲良う行こうえ)

「よーし、んじゃレッツゴー!」

裕奈がかけ声をかけて、こうなってはどうしようもなくなっていた。横島も強く出られず、渋々承諾してしまう。



「――へえ、宿の近くも意外と色々あるんだな」

「うん、嵐山、嵯峨野は紅葉の名所も多いから秋に来るのもいいんやって」

横島ももう慌てても仕方がないと観光を楽しむことにする。竹林の綺麗な街道を歩き、両横にも後ろにも女生徒に囲まれ悪い気はしない。とにかく関西呪術協会にさえ近付かなければ実害はないはずだ。敵が張ってるのも、その周辺である可能性が高いと思った。

(まあこいつら全員可愛いんだよな。それだけに手が出して……)

少し昨夜の一件を考えてしまう。
刹那を見るとなにか知ってるのか、思い詰めた顔をしていた。だが今はそれを悩んでる暇はなかった。フェイトという少年には油断したらあっという間に劣勢に立たされそうな危険を感じる。そうだ。死んだら終わりである。GSとして油断して本当に死んだものもたくさん見てきた横島としては、その辺は油断できるものではない。とにかく明日菜と木乃香の無事は何とかして確保しないとと思うことにした。後は早々に別行動する方がいいだろう。

「それで先生の目的地はどこにゃー」

「京都は詳しいし、案内するよー」

関西出身の亜子が言う。だが案内されるわけには行かない横島は慌てた。

「え、えっとだな、あっちかこっちか(ああ、こら、どうするんだ。明日菜ちゃん)!」

(はは、ちょっと騒がしいところに入って適当に巻くしかないかな)

ついつい横島が明日菜に相談してると裕奈が言った。

「ねえ明日菜。ちょっと聞いていい?」

「ん?なに?」

と明日菜が振り向いた。

「あんた横島先生と本当に付き合ってないよねー」

突然の裕奈の言葉に明日菜は狸の置物に顔面から突っ込んだ。昨日の一件で明日菜がなによりも悩んでいた。だから横島との距離は置くつもりが、気付くと近付いていた。だがそれ以上に刹那、亜子、アキラの様子が変わる。見た目が変わらないのに、空気がひやりとして、横島は生きた心地がしなかった。

「そ、そそそんなわけないでしょ!よっこしまさん無茶苦茶スケベなのよ!!」

「いや、それ全然否定してないし(まあフツー18の男が部屋にいて、ノータッチはあり得ないか。って、じゃあ木乃香もかなりあやしいよね)」

明日菜の様子からかなり疑念を募らせる裕奈。でも色々義理や人情で裕奈は動きにくい。明日菜や木乃香はそんなものないのが羨ましいところだった。

(というか、今私が言っただけでなんか和やかさが吹っ飛んだにゃー。ううん、無理。この中に私は入りたくない)

と、裕奈はふいに真名から視線を感じてそちらを見た。すると。『やめておけ、刺激するな』とすごく言われてる気がしてこくりとうなずいた。

「しっかし、亜子。そのカード見てにやにやするのちょっと気味悪いよー」

なのについ裕奈がまた言い。言われて亜子が顔を起こした。
もうアキラにもカードのことがばれてしまい、こうなっては隠す必要もなくて、ずっとカードを見つめてにやついたりして。端で見ると、もし、亜子が可愛くなくて横島のようなら非常に気色の悪い行為である。
真名は本当に彼女はわかってるのかと思った。

「し、してないよー。そんなん」

「いいな亜子。横島先生と、キスの証拠のカードか」

この手の話題を黙っておくのが裕奈は非常に苦手だった。アキラと亜子があまりに騒ぐので裕奈はそのキスのことだけは聞きつけていた。しかし見た目に似合わず横島もキザだと思った。キスの証にあんなカードをあげるとは意外だ。なぜかアキラもエヴァとキスをしてカードをもらったようだし、今時の流行りなのだろうか。

ともかくそのことを考えるともう言いたくて言いたくてたまらないのだ。まき絵はなにかそのメンバーに危機を察知したように逃げたが、裕奈はそんなもったいないことしたくなかった。

「うん、誘って欲しかった。というか昨日の夜の記憶って少し曖昧なんだよね」

裕奈にアキラが続いて言った。気のせいか気温がまた少し下がった。

「あ、あの、ごめん。うっ、うううちは別にアキラの邪魔せんから!なんぼでもチューしたらええと思うよ!」

アキラに与えられた精神的苦痛を思い出し亜子は頭を抱えた。

「なに言ってんの亜子。アキラにそこまで遠慮しなくてもキスならもうアキラもしてるじゃん。先生の部屋に夜に忍び込んでまでキスして、亜子も嫌いじゃないんでしょ。アキラとは共同戦線なんだし、気は使わなくていいにゃ。ね、アキラ」

誰か裕奈を止めろと、真名とカモは思った。

「うん、そうだね」

アキラは多少顔が引きつった。

「そういえば私も横島先生とキスはしてるんです」

ふいに刹那が言う。
昨日の夜の一件は面白くないという思いが刹那も強い。特にアキラならまだしも、亜子におまけにハルナにまで仮契約されたのだ。

(どうする。どうするんだ。ああ、俺っちのせい?これも全部俺っちのせい?)

カモは慌てまくるが裕奈がいるので、魔法バレできないために口はだせなかった。

「え?本当に?」

(あれ?なにか空気がおかしいような……)

裕奈も気付くが遅かった。

「はい。夜の公園でしたこともありますし、京都行きの新幹線や奈良ではトイレでしたこともあったかと」

「へ、へえ、そうなんだ。先生、そういう気が多いのはダメにゃにゃっ」

やばい。自分は地雷を踏んだ。裕奈は気付いたが手遅れだった。

「トイレ?トイレでキスするにゃ?」

でも、つい興味が勝ってさらに聞いてしまう。本当にどうにかしろとカモは思った。

「はい。膝を抱えられてかなり妙なこともした気がします。なので、明石さんもキス程度で騒ぐのはやめた方がいいかと思います」

「そ、そだね」

(とととトイレで膝を抱えてって、それはつまりしっしー、しーしー。いや、違う。いくらなんでもそんなのが現実にあるわけないにゃー)

裕奈は焦りまくって赤面し、他のメンバーもかなり衝撃を受けたようだった。
一方で横島は思う。このままではやはりダメなようだ。このときの横島はどこか覚悟を決めてるような顔をしていた。

(それぞれに理由はあるんだが、やっぱりしてしまったことはしてしまったことだな。桜咲と明日菜ちゃんを呼んで3人で1度話し合うしかない。でないと、生徒たちに顔向けできんな。今朝、瀬流彦先生にも『中学生と思って甘く見ない方がいい』って注意されたしな。しかし、話し合うといっても。ううむ。俺は2人一緒でも全然かまわないのだが、明日菜ちゃんも桜咲にそれをいうと殺されそうだ。しかし、もったいない。どちらかと聞かれたら。どちらもとしか答えられない自分がいる)

横島は横島で向こうの世界では好意があるように見えるのに、なにもさせてくれないことに悶々としたが、こちらの世界ではしてくれ過ぎることで、悶々としていた。正直言って嬉しいが、これ以上は教師としての責任も果たせないし、やはり横島としても生徒にひどいことはしたくない。煩悩魔神と呼ばれる横島だが、やはりよほどの状況でない限り、その思いの方が上だった。

(うむ、そうだ。ちゃらんぽらんはいかんのだ!)

「桜咲、明日菜ちゃん」

「「はい」」

ふたりが同時に返事をした。

「少し、後で話したいことがあるんだがいいか?」

ともかく横島はもうこうなっては2人と話すしかないと思った。

「あ、いいです」「わ……わかりました」

明日菜はどこか真面目に頷き、刹那の表情が目に見えて蒼白になった。

「どうした桜咲?」

「あ、あの、今のは、その、冗談です。すみません」

刹那が慌てて怯えたように言う。横島になにを言われるのかと想像して恐怖がわいたようだ。

(ダメだ。やっぱりもう見放されるんだ)

怖かった。本当に怖かった。甘い経験を知らなければこんなこと思わなかった。でももう心地いい感覚を知ってしまった。見放されて、また黙々とお嬢さまを影でこっそり守りつづけ、誰に見返されることもない日々に戻る。その引き金を自分で引いてしまった。横島の顔を見る。すごく怒ってるように見えた。自分のようなものが調子に乗ってあんなことを言ったから怒っているのだ。横島は向こうの世界での英雄。帰れば自分などの変わりなどいくらでもいる。いやこの世界でも自分などいなくてもいい。お荷物にしかなってないのだ。

(なのに自分はなにを勘違いして……。先生の彼女にでもなったつもりか)

「あの、先生。許してください。どうして私こんなこと……。本当に冗談なんです。あの見捨てたり」

しかし、横島が刹那の頭に手を置いた。

「どうした顔が青いぞ。ちょっといろいろ桜咲に謝りたいだけだ」

困ったように横島が笑う。
それだけで刹那は少し落ち着けた。

「え、あ、はい」

(横島先生、私はやっぱりあなたがいるんです。お願いだから一人にしないで下さい)

刹那は心からそう願った。






あとがき
ちょっと今回は色々つなぎの回です。
そんなにドロドロしてない?それに本編と似た部分も大目です。
全員書くと物語が進まないので、今回はハルナ達はほとんど描写せずです。
色々はしょってますが、まあこれぐらいのペースが良いかなと個人的には思ったり。

後、明日菜が本契約をしたと思っている方がいたようなので補足をカモにお願いしました。
ちなみに好感度表は35話時点です。










[21643] 光と影の少女たち。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/02/23 10:10

「横っち、ほら、プリクラ!」

刹那と横島の間で微妙な空気が流れかけたが、そうしてると亜子が空気を変えるように、今の一幕がなかったように横島の腕を引いた。

「あ、えーなーそれ。せっちゃんうちらも撮ろ?」

と、急に木乃香が刹那に声をかけた。

「へ?」

「あの、あかん?」

そしてかなり覚悟したように真面目に聞いた。

「あ、いえ、私は別に」

不意を突かれてつい刹那は曖昧に答えてしまう。刹那にはまだ一欠片も木乃香に直接関わる勇気がなかった。なのにその手を木乃香が強引に引いていく。木乃香は木乃香で刹那のことを色々思っているようだった。

「おーい、明日菜ちゃんも龍宮も撮らんか」

その姿にホッとするようで少し引っかかりを覚えながら横島が叫ぶと、真名が声もださずに手を横に振って断る。

「私もプリクラとかはあんまり」

明日菜は言う。だが、手を振って断る真名も含めて、赤面から立ち直った裕奈に押されていき、全員プリクラのボックスの中に入り、まずみんなで撮ると、木乃香と刹那が必要以上にくっついて撮り、次に強制的に恥ずかしがるアキラを裕奈が横島とくっつけて撮る。その次に亜子が横島と撮り、明日菜も激しく赤面しながら撮って、裕奈も横島とふたりで撮って、最後に真名が残っていた。

「あまりこういう形に残るのは好きではないんだが」

横島と並ぶのを嬉しくなさそうに真名が言う。

「そうか、まあたまにはいいだろ」

言って横島はなぜか真剣に真名を見た。

「なんだ?」

横島が真剣に見るので真名が訝しんだ。

「お前……よく見ると……本当に乳でかいな」

「撃つよ」

バンッと真名は発砲した。仕事用のサバイバル服を真名は着ていて、タイトなインナーではあるものの胸元も隠れていた。それでも隠しきれない量感があった。明日菜とあんなことをしてしまった後のせいか、その中身まで想像してしまう横島は、顔が弛んだ。

「う……撃ってから言うな!って!?」横島はわずかに考え込むと、何気なく口を開いた。「龍宮。今、魔力が動いた感じがしなかったか?」

「言い訳か?もう一発撃つぞ」

真名は容赦なく2発目も撃つ。

「や、やめんか!痛いだろうが!って、それよりどうも気付くのが遅れたようだ。って、こら、銃を構えるな!」

その言葉で真名が横島の額に銃口を当てて冷たい表情になった。

「本当に、冗談抜きでということかな?」

銃を構えるのはやめずに真名が聞いた。

「ああ、というか、とりあえず引き金に指をかけるのをやめんか!」

引きつって言う横島に渋々そうに真名が銃を降ろした。
ホッとして横島はプリクラのボックスから顔をだし、次に反対からもだした。そうして外を確認して少し考え込んだ。

「龍宮も外を見てみろ。でも、間違っても外に出るなよ」

「……後ろからお尻を触ったりしたら今度は実弾を撃つよ」

「しようと思ったけど、しないから安心しろ」

キリッとした顔で横島は言う。
真名はとりあえずもう一発銃弾を撃ってから、外を覗いた。

「これは?」

すると顔をだした先に、先程までの空間がなかったのだ。ただなんなのかもよくわからない絵の具をごちゃ混ぜにしたような景色が広がっていた。どうもプリクラボックスの中と外で空間が歪んでいるようだ。反対側を見ると同じく空間が歪んでいた。真名はプリクラボックスに顔を戻した。

「閉じ込められたのか?」

「いや、そういう感じでもないと思うが……」

横島が迷うようにつぶやくと、真名が魔眼を発動した。

「ふむ……たしかに閉じ込められたわけではなさそうだ。別の空間と繋いで私たちを分断する気なのかもしれん」

真名はその歪んだ空間の先に通常の空間が広がって、そこに明日菜がいるのが見えた。

「木乃香ちゃんを奪われたのかどうか分かるか?」

横島は真面目に言う。こんなときまで冗談は言わないのだ。別の空間に繋がれたのなら木乃香はもう敵に捉えられた可能性がある。でも、言いながらも横島はそれはない、とでも思っているように気楽さがあった。なんというか、この敵は不思議とそういうもっとも効率的な行動を取らないのだという気がしていた。

「いや、近衛はこの先にまだいるようだ。交戦してる様子もない」真名は右側を見つめていた。真名の魔眼はどうやらかなり色々なものまで見通せるようだ。「横島先生、文珠でこの歪みを解除できるか?」

「しない方がいいだろ。それこそ、この歪んだ空間から出た連中とはぐれてしまう。あと、すまんがここは戦力は分散するが、龍宮と俺は別れた方がいいだろ」

「分かった」

真名は返事をするとすぐに出ようとする。だがそれを横島が止めた。

「うん?」

「本格的に動いた気配はまだないんだろ。というかそれならもっと直接的にくるだろう。プリクラぐらい記念に撮っておかんか?お前は見た目はかなり美人の姉ちゃんだしな」

ふん、ふん、と横島は鼻息を鳴らしながら言った。目が乳を見ていた。銃弾を撃ち込まれたばかりだが、相手が妙なことをすると銃をぶっ放すぐらいの方が、横島としては安心してセクハラまがいの接し方が出来るようだ。

「そんなこと言っていて襲われたらどうする」

承伏しかねるというように真名はきつい目をむけた。

「多分、大丈夫。こういうときの霊能者の勘を信じろ。だいいちもう焦っても無駄みたいだしな。ほら、もうちょっと屈め」

なのに、横島は自分より背の高い真名の肩を持って笑う。横島に密着されるのは不快だったし、真名は渋るが、焦るなという意味もあるのかと思い(実際はないが)大人しくした。画面を決めて文字も選ぶ。なんだか自分がこんなことをするのが、凄く不自然に思えたが、従っていた。そのことがかなり気にくわなくて最後に横島の顔にひげを付けてやり、シャッターが降りた。横島はプリクラを半分にして真名の手に渡した。

「じゃあ頼むぞ。あと、右側から出たら大丈夫とは思うが、もし、そっちに桜咲か木乃香ちゃんがいたら気をつけてやってくれ。どうも様子が変だったからな」

「刹那はともかく近衛も?」

「ああ、なんか色々思い詰めてる顔をしてたような気がするんだ」

「そうか、まあ分かった。あの、ところでな」

横島の余裕を見てか真名も慌てる気を無くしたように言葉を継いだ。

「うん?」

「いや……やはりなんでもない」

「そうか……」

(龍宮ですらなんか悩みがあるのか)

真名の様子に悩みがありそうなのを感じる。冷静沈着な少女で、そういうことには縁遠そうに見えるが、それでもこの年頃の少女たちというのは色々抱えて、自分では処理しきれずにいるのかもしれない。

「まあなんかあったら、いつでも相談になるぞ」

真名の見た目のせいか若干熱を込めて言うと横島は右から出る。

「……」

横島が出た後をしばらく見ていた。

「こんなこともうとうに整理をつけたつもりでいたのだがな。まったくそういうのを必要以上に刺激するいやな男だ」

真名も嘆息して左から出た。

そして、

「あ、龍宮さん!これは!?横島さんは!?」

そこには明日菜とアキラがいた。明日菜の肩にはカモもいた。

「慌てるな神楽坂。まず、状況は2人ともわかるな」

すぐに今までの思考を振り払い、言いながら真名は辺りを見渡した。
どういう訳か電車の車内にいる。乗っていているのは明日菜にアキラにカモのみだった。どうやら刹那と木乃香はあちらのようで、ホッとした。正直戦いは得意だが、あちらの抱えてる問題は不得手だ。それにフェイトと当たるかもしれず、あまり余計なことにまで気は使わされたくなかった。車内放送を聞くかぎり、方角は元々乗る予定だった関西呪術協会行きだった。それに親書も横島の方だ。これならこちらは安全である。

(50万はふっかけすぎたかもな)

「これって、魔法によるものね?」

明日菜が言った。
自分なりにこの状況がなんなのか考えたようだ。

「ああ、2人に改めてその説明はいらんな。まあともかくこちらは安心だ。親書と敵に狙われてる近衛が向こうだ」

「それがダメなのよ龍宮さん。親書を持ってるのは私なの!」

明日菜は叫んで学園長の捺印のついた親書を出して見せた。それは今朝のことだった。横島は新幹線で奪われたことから反省して明日菜に親書を渡しておいたのだ。だからもしかの時は明日菜が先に真名か刹那と本部に行き、横島は親書を気にせずに木乃香を守る予定だった。

「まずいぜ龍宮の姉御。この電車に明日菜の姐さんが乗せられたってことは、敵はほぼ意図通りに俺っち達を振り分けたのかもしれねえぞ」

カモが明日菜の肩で言った。電車の中だが周囲に人影はなく、敵は人払いの結界もかけているようだ。

「なるほど料金分の仕事はさせられるわけか」真名は肩をすくめた。「しかし、彼は右から出るか左から出るかでと言っていたが、この調子では敵の自在に分けられた可能性もあるな」

「あの、そんなことより!横島さんに電話してとにかく合流しましょう!」

明日菜が不安になって言った。今まで敵が出れば必ず横島が助けに来てくれており、いない状況というのは何よりも不安をあおられる。それに実戦経験がなく、明日菜も14才の女の子なのだ。

「いや、そうすれば合流するまでに罠が来るかもしれん。それなら進む方を取るべきだ」

だが真名は明日菜の提案を放棄した。ともかく敵の手に乗ってしまったのだ。下手にじたばたしても深みにはまるだけだと思った。それにカモの言葉も気になった。

(意図通りに振り分けたのだとしたら、全員単独にして、各個撃破していけば、まだ向こうにも勝算はあるだろうに。いやそれより近衛と神楽坂だけを転移したらもっと簡単だ。まあその場合、彼が意地でも文珠で追いかけるだろうが)

「でも、私達だけじゃ危ないでしょ。あの石に出来る子もいるし、アキラは文珠ももらってないみたいだし。あ、そうか、それかアキラは次の駅で降りる?」

無関係で魔法に対して対抗策のないアキラが、なにも一緒にいる必要はないと思い明日菜は言った。

「ううん、心配しないで。私にも力はある」

アキラは言ってエヴァとの仮契約カードを出した。

「大河内、仮契約カードがあるといってもお前が仮契約したのは2日前だ。アーティファクトもまだ使ったことがないんじゃないのか?」

真名が厳しい目で言う。

「それは……」

アキラは言葉に窮する。みんなの目もあり、まだアーティファクトは召還したことがなかった。それに横島と仮契約した亜子のカードのように説明書きもないので、これがどういうカードかも知らなかった。

「言っておくがアーティファクトの特性も知らないのなら、話にならんぞ。それともエヴァンジェリンの魔力供給が受けられるのか?」

「それは分からない」

アキラが首を振る。

「なら話してても仕方ない。大河内からエヴァンジェリンに聞いてみたらどうだ。仮契約のカードには念話(テレパティア)能力もある。お前がエヴァンジェリンに魔力供給を受けられるなら十分に役に立つしな」

「あ、うん」

アキラはとりあえずカモに念話の方法を聞いてエヴァに連絡した。

『――なるほど、事情はわかった』

説明を聞いたエヴァがカードの向こうで、アキラにのみ念話によって直接語りかけた。他の人間にはその声は聞こえなかった。

『あの、魔力供給してもらえますか?』

アキラも同じく心の中で念じるようにして声はださずに遠慮がちに聞いた。

『まあしてやらんでもない。せっかく解放されたというのに、ヒステリー女のせいで使いどころもなく鬱屈していたしな』

『本当ですか?』

アキラが驚いたように聞いた。

『だが、なんでもタダでやるのはよくない。ガキを甘やかすとためにならんしな』

エヴァが嘲笑混じりに言う。アキラにはものすごくその声が意地悪に聞こえた。でも同時にそれは当然に思えた。

『対価がいるんですね?』

『そうだ。理解が早くていいぞ。前も言っただろ。利口なやつは嫌いじゃない』

『条件は?』

アキラはエヴァの言葉に付き合わずに先を促した。

『そうだな。大河内アキラ、私の魔力が欲しければ、今回の件がすんだらそれ以降、横島と2度と会話をするな。それが条件だ』

アキラはそれを聞いた瞬間に硬直した。

『ど、どうしてそんなことを言うの?』

『理由を聞かんとわからんのか?私が横島を愛しているから、そしてお前も横島を愛してるから。元々相容れないのに、仮契約したこと自体おかしな話しなのだ。第一お前、あの仮契約の夜、私の横島への好意にまったく気付いてなかったのか?その後お前が私の目の前で横島に告白するのを見て、私は酷く裏切られた気がしたぞ』

『それは……』仮契約のときはそんなことに気を回してなかった。その暇もなかった。でも告白するときはたしかにエヴァのことにはもう気付いていた。その件をエヴァが怒るのは当然にも思えた。『あの、でも、横島先生と口を聞けなくなるなんて条件はのっ、呑めません』

アキラは断った。条件が厳しすぎる。断る言葉がわずかに震えるほどだった。

『まあそうだろうな』

アキラの反応が分かっていたようにエヴァは鼻で笑った。元々魔力を貸す気などない。なにより大事な局面になるとことごとく外されることへの苛立ちもあった。例によってチャチャゼロも茶々丸も動かしてはダメだと葛葉に言われ、仕方がないのでザジたちもつれて観光である。せっかく外に出られたというのにヒス気味の監視役(葛葉)までいて微塵も楽しくなかった。もっともそれは葛葉も言いたいことだろうが。今のエヴァは人生でかつてないほどイライラしていた。その相手が恋敵ともなればいくら小娘でも遠慮する気は微塵もなかった。

『あの、他の条件はダメですか?』

『ダメだ。甘えるな小娘。なぜお前の横島に対する点数稼ぎに私が協力せねばならん。まあでも私は鬼ではないよ。必要になればいつでも言え。条件さえ呑めば魔力はいつでもくれてやるぞ』

エヴァはぞんざいに言うとあっさり念話を切った。
アキラはそのカードを見ていた。

(相容れないか。私は今ここにいたいと思う気持ちとエヴァンジェリンさんの気持ちは同じ。同じだから相容れないのか。ごめんエヴァンジェリンさん。図々しく言った私が無神経だった)

窮屈な思いをしているエヴァにアキラは一言心の中で謝ると、真名と明日菜を見た。

「あの、魔力供給は受けられないそうです」

「なら、悪いが降りてもらう。もうすぐ次の駅に着く」

「その……龍宮さん。それと明日菜。邪魔にならないようにちゃんと隠れてるし、もしなにかあっても自分のせいだと思うから連れて行ってくれませんか?」

「うなずくと思うか?」

「うなずかなくてもついて行く。私はあの人のいる舞台にいたい」

アキラは真剣な様子だ。それを見てカモも口を挟んだ。

「姉御。一昨日には無関係の朝倉の姉さんも人質に取られたと言っていたぜ。もし、別行動をすればまた同じことを敵がしないとも限らねえぞ。それに姉御は相当な使い手だ。フェイトって野郎は旦那の方に間違いなく行くだろうし、向こうに戦力が集中すれば、どうにかなるはずだと思うぞ」

「ふむ」

とすればこちらに来るのは月詠だけだ。それで自分が後れをとるとは真名も思えない。それに別行動で人質を取られるのはたしかに面倒だった。

「そうだな。なら連れて行った方がいいのか」

「……アキラは本当に大丈夫?」

オコジョとはいえこういったときの判断力に優れたカモと真名に言われて、明日菜も勢いをなくした。

「私は大丈夫。その、エヴァさんに操られたりしたときの記憶も多少あるし、なんとなく力は少し使えると思う」

アキラは強く頷いた。よく分からないこともあるのだろうが怯えはないようだ。自分が一番動揺していることに気付いて明日菜は頬を叩いた。

(しっかりしないと。横島さんについて行くって決めたのに、こんな弱気じゃダメだ)

そして、一行は電車を降り、総本山のある鳥居の前までは何事もなく来ていた。

「――ここが関西呪術協会の本山か」

大きな鳥居に大階段が延々と続き、それを覆い尽くすように連なる鳥居を見上げて真名が呟いた。

「うわー、なんか出そう」

「まあここの長に親書を渡せば任務完了って訳だべ」

カモは意外と肝が据わっていて、タバコを吹かした。

「ああ、そうすれば取りあえず全員の安全は確保できる。神楽坂も大河内も私から離れないように気をつけてくれ」

「ここには多分、敵がいるのね」

アキラに言われて全員が緊張した顔になった。
そこにひゅうっと浮遊する人魂のようなものが近付いていた。
真名は気付いてチャキッと素早く拳銃を向けた。

「撃つな真名。明日菜さん。大河内さん。大丈夫ですか」

その声に真名は拳銃を降ろした。ふわふわと人魂のように浮遊していたものが人型を取る。かなり小さなサイズで、見た目は刹那の縮小したデフォルメキャラのようだった。

「な、なによ、これ!?」

明日菜が驚いて叫んだ。

「神楽坂、それは刹那だ」

たまに刹那と組んで仕事をする真名は知っているのか慌てていなかった。

「これが桜咲さん?これも魔法?」

アキラも首を傾げた。

「はい、ちび刹那と言います。こっちが心配なので様子を見に、式紙を使わせたんです」

ぺこりとちび刹那が頭を下げた。小さいだけにかなり可愛い仕草に見えた。

「そうか……来たのか刹那」

(大河内と刹那と神楽坂か)

この3人はあまり一緒にしたくない気が真名はした。

「へえ、便利ねー。そっちはじゃあ大丈夫なの?」

「ええ、今のところはこちらも無事です」

ちび刹那は言うと鳥居の奥を見つめた。なぜかカモはその平和そうな会話にピリピリしたものを感じた。

「この奥には確かに関西呪術協会と長がいますが、気をつけてください。元々東と西は関係が悪く。東の使者が歓迎されるとは限りません。一昨日襲ってきたものの動向もつかめてませんし」

「ちょ、と、刹那姉さん!お、俺っちの仕事を取るなよ!」

キャラがもろかぶりしており、カモが叫んだ。だが刹那はやめてくださいと軽く手で払った。

「言われなくても、承知している」

一方で真名は頷いて、拳銃を構えた。

「そうそう、ちび刹那さん。まあ役に立つかどうか分かんないけど、私の神通棍もだしとくから安心しといてよ」

と明日菜も幾分か落ち着けたのか、手に神通棍をだした。というか刹那が今は横島の傍にいると気付いて、急に負けん気が起こったのだ。役に立てる場面をことごとく逃している明日菜と刹那である。明日菜はアキラにも刹那にも負けるわけにはいかなかった。

「よし、『来れ(アデアット)』!」

「そうですか……あ、それと大河内さんには横島さんから、これを預かってきました」

そういうとちび刹那は懐から文珠をだして、アキラの手に乗せた。

「これはなに?綺麗なビー玉?」

淡い輝きを帯びた文珠にアキラは首を傾げた。横島からのプレゼントだとするとそうとう嬉しいが、この状況でそれもない気がした。アキラが戸惑っているとちび刹那が簡単に文珠について説明した。

「――なに、じゃあこんなもので魔法みたいなものが私にも使えるの?」

アキラは心底不思議そうに文珠を見た。

「はい防御としても強力ですが、攻撃としてもかなり強力なので、近くでは決して発動させないようにとのことです。自分に被害が及ぶ可能性もありますから」

「うん、分かった」

アキラは頷くとチャックのついたポケットに文珠を落ちないように入れた。
そうすると全員が鳥居の前に並んで踏み出した。



「そうか。よかった」

一方、スポーツセンターにいた横島は刹那にちび刹那からの報告を受けてホッとした。
とりあえず、向こうは無事のようだ。木乃香と裕奈と亜子は少し離れたテニスコートでテニスをしていた。転移した先で横島たちはこのスポーツセンターにいたのだ。魔法を知らない裕奈は少し戸惑っていたが、なにか自分がぼけっとしてたのかと思って、今はもうあまり気にしていないようだ。このまま亜子が裕奈を引きつけている間に、木乃香と刹那を連れて関西呪術協会に自分たちも向かう手はずだ。

だが、裕奈は気になるのかよくよくこちらを見ていた。なんとなく置いて行かれそうな気が彼女もしてるのかもしれない。それに亜子もあまり積極的に裕奈を引きつける気がないようだった。言ってしまえば亜子もこんな場所で裕奈と2人で置いて行かれたくなかった。出来れば裕奈が横島たちが別行動をするのに気付いて、追いかけてくれたらいいなあと考えていたほどであった。加えて刹那ですらも亜子たちの別行動に積極的ではなかった。

「大丈夫でしょう。それで横島先生、あの」

と、横島が考え込んでいると刹那が遠慮気味に声をだした。

「うん?」

「あの、裕奈さんと亜子さんもよければ連れて行きませんか?」

刹那はどういうつもりなのか、そう言った。
言いながら少しテニスーコートの方にいる木乃香を見た。横島はその表情で刹那が木乃香と一緒なのを避けたがってる気がした。なにせ明日菜も真名もいないので、横島と刹那と木乃香の三人になると完全に会話をするようになる。木乃香はちょっとそうなることを期待しているようだが、刹那はいやなようだ。

とはいえ、刹那も今更木乃香を影に隠れて護衛をすると、横島には言いにくい。明日菜のことがあってからは、いつ見放されるようなことを言われるかと怯えてもいた。それなのに、この不甲斐ない言動である。呆れられないかと危惧するが言わずにはいられなかった。

「木乃香ちゃんと話すのいやか?」

横島は優しく聞いたつもりだ。だが、刹那は横島の顔に苛立ちが浮かんだ気がした。

「あの、いえ、そういうわけではないんですが……。その……魔法使いは一般人に正体を知られてはいけないという決まりがあります。なら、彼女たちがいれば敵も手はだしにくいんじゃないかと思って」

刹那自身苦しい言い訳の気がしたが、どうにも木乃香との距離が大きかった。明日菜との仲もいいとは言えない。悪いわけではないが、それ以前に会話をまともに交わしたこともない。お互い横島とのことがあるので、これから先も仲良くする兆しはなく、そうなると木乃香との仲を取り持つ架け橋が無く余計に心理的距離が開いていた。

「ああ、まあそうなのか」

一般人に魔法を秘密にせねばいけないという度合いは横島もよくわからない。この世界では魔法はばれてはいけないというが、横島はいまだにばれたことで具体的に注意も受けたことすら無く、その基準が曖昧で掴みあぐねていた。でも、刹那は木乃香を避けてるのだけはわかる。明日菜や刹那にあまりに頼られるせいで、その問題をおざなりになっていたが、この件もなんとかしてあげたいところだった。

「ダメでしょうか?」

横島が怒らないか伺うように刹那は聞いた。横島が刹那に怒るような態度は1度も取ってないはずなのだが、刹那は最初の頃に横島に強気だったのが嘘のように怯えを見せる。刹那は自分自身の行動にダメな点があることを自覚していたし、横島にそれほど好かれてもいないのに、甘えたがるせいで、どうしても遠慮が出る。少なくとも刹那から見ると、横島は完成された大人で、自分が唯一全部隠さずにいられる相手になっていた。なのに横島には自分が必要なそういう存在にまったくなれず、足を引っぱるようなことばかり言っていると思った。

「いや、別に悪くはないんだが、桜咲、木乃香ちゃんと仲良くしてみる気はないのか?」

「それは……」

「俺はお前の白い羽。綺麗だと思うぞ」

「あの、ですが、そんなこと言ってくれるのは先生だけです。みんな気味悪がります。白い羽は不吉の前兆だと。私はまだ幼いころに、里からなにも持たしてももらえずに追放されました。あのころ、行くあてもなく、木乃香お嬢さまのお父上である西の長に拾われてなければ、のたれ死んでいたと思います」

「あ、うん、そうなのか……」

横島は聞いたことのある話しだったが、特にその点は言わなかった。ただ聞いてほしいのだろうと思った。

「そんな私の最初の友達になってくれたのがお嬢さまでした。だから私はお嬢さまのことをこの命に替えても守りたい。でも、お嬢さまに羽を見られたり、人間じゃない血が混じっているのがばれて、怖がられたくないんです」

すっと刹那はまた甘えが出て横島のそばに寄った。裕奈達からは自分は見えないように物陰の位置だった。頭一つ高い横島だけが向こうからは見える。

「大変だったな」横島は刹那のその何度目かになる話を聞いてやり、慰めるように頭を撫でた。「昔、俺も世界を滅ぼそうとしたやつの仲間と思われたことがあるし、そのとき信じてくれたやつが前に話してた昔の恋人でな。だから刹那ちゃんが木乃香ちゃんを大事に思う気持ちは少しは分かるぞ」

「桜咲って呼ばないんですね」

「ああ、すまん。馴れ馴れしいな」

「いえ、あの、今度から名前で呼んでください。他人行儀はいやです」

刹那は横島の背に手を回した。本当に人というのは変わるものだ。あれほど嫌っていたのに、どこでこれほど好かれたのかとさえ思えた。それだけに愛情に飢えてる気もした。人を信用せずに生きてきたから、信用できると思った相手には盲目になる。普通なら木乃香の護衛でも、なぜ自分がそんなことを14歳の遊びたい盛りに、見返りも特にないのに、せねばいけないのかと思うはずが、1度惚れ込むとそんな文句も言わずに一途に守りつづける。

(不器用な子だな)

そう思うと可哀想に思えて抱き締め返してやる。刹那は気持ちよさそうに目を閉じた。

「なあ桜――いや、刹那ちゃん。怖がらずに木乃香ちゃんと向き合ってみんか?木乃香ちゃんは俺が一緒の部屋に住むことになったときも、18の男相手に全然怖がらずに受け入れてくれた優しい子だ。刹那ちゃんの羽を見て怖がったりするとは思えんのだが」

「その話はしないで下さい。お嬢さまと私では立場も違います。私はあの方を、ただ、守ることができればそれでいい。仲良くなろうとは思いません」

「そういうのは寂しいと思うぞ」

「寂しいのは慣れてます。それに今は寂しくても先生がいます」

「俺は1年後には帰るんだぞ」

「それは……」

刹那は横島を見た。

「どうしてそんな意地悪を言うんですか?帰らずに、ずっと傍にいてくれてもいいじゃないですか。神楽坂さんには昨夜そう言ったんじゃないんですか?」

「うん……うっ、あの、刹那ちゃん。ひょっとして見てたのか?」

刹那の言葉で横島は見られていたと気付いて冷や汗が流れた。

「別に覗く気はありませんでしたが……」

刹那は感情的になってすぐに言葉が過ぎたり、そうかと思えば怯えたりする。そのことに自覚が持てず、自分は冷静を保てている気でもいた。

「いや、あれは、カモ……いや、明日菜ちゃんのことが、その、好きで抱いたんだ」

カモを理由にするのは横島も卑怯に思えた。好意はあったし、あそこまでした明日菜にも失礼だ。それにあの柔らかい身体の魅力と、またしたい思いもあった。横島も明日菜なら付き合ううちに本当に恋人同士のようになる気もした。

「神楽坂さんが好き?」

「あ、ああ、そうだ」

「それは嘘です。仮契約の魔法陣のことは知ってます」

刹那は決めつけて言った。

「なっ、それもばれてるのか……。いや、でもな、桜咲」

「刹那です。呼び捨てでもいいです。急に他人行儀になろうとしないで下さい」

刹那は横島になにも言わせないように言った。

「いや、うむ。ともかく、明日菜ちゃんの責任はとりたいと思ってる。それで刹那ちゃん」

「わかりました。では私のことは神楽坂さんには秘密にします」

刹那の胸が痛くなる。痛くて痛くて、ギュッと横島を抱く。やはり『もう面倒を見きれない』と言う気なのだ。『自分のような面倒な子のことはもう知らない』と言う気なのだ。白い羽とか、やはり横島もいやなのだ。でも、横島にそう言われるのだけはいやで、そんなことは言わせないと思った。

「うむ、そのとおり。って、いや、違う。そうじゃなくて、相談には乗るから」

「先生がもう甘えさせてくれないと言うなら、私は全て学園長に報告します」

「なっ」

横島は滝のような汗を流した。

「私は神楽坂さんとのことを怒ったりしません。私を見捨てたりしないなら、関知もしません。でも私は神楽坂さんに隠れてでもいいので、この関係でいたいです。私は昨日の夜、一晩あなたが触れてくれないだけでとても寂しかった。約束覚えてますか?私の方があの人より早く捧げる気でいた。なのにあの人が横から取ったんです。でも、もうそのことは怒りません。責めません。あなたが望むならここで捧げてもいい」

刹那は本気のように横島を見ていた。

「あ、あのな。それはいくらなんでもダメだろ」

横島はたじろいだ。明日菜に隠れてと言いながらもとても刹那の不安定さはそれを守れるようにも見えなかった。それに横島は本当に生徒には優しくしたいのだ。酷いことはしたくない。なのにどんどん妙な方向に進むのが止められない。このまま行けばどうなるのか横島には想像もつかなかった。

「どうしてです?私はいいです」

「俺はお前たちを大事に思ってるんだ。全然そうは見えんかもしれんが」

「いいえ、私もそう思います。だからいやなんです。あなたがいないと思うと怖くて仕方ないんです。どうしてわかってくれないんですか」

「一時的なことだと思うぞ」

「ならそれに流されます」

「刹那ちゃん……こらっ」

刹那が横島の下半身に触れていた。横島は建前と裏腹に美少女に密着されて反応してしまっていた。ゆっくりとチャックを下げていく。

「お、おい、見つかるだろ」

「人払いしておきました」

「なっ」

最初からそのつもりだったのかと横島は思う。そう言えば自分たちの周り10メートルほどに不自然なほど人影がない。亜子は魔法を知ってるので時折こちらを見て手を振るが、裕奈はこちらを認識できないようだ。

「だからってこんなところでせんでもっ」

中学生とはこれほどエロいものなのかと思えた。年齢層が横島より上のものが多い向こうの方が遥かに身持ちは堅い。変に擦れてない分思い込むと激しいのだろうか。刹那はスカートを降ろしてパンティを降ろした。横島の前に小振りで白いお尻があらわになった。いくら人払いしてるとはいえ、相当大胆なことをする子だ。真っ白なお尻に思わず、横島の手が伸びた。吸い付くように撫でてしまう。

「先生が昨日の約束を破るのが悪いんです。うんっ。あんなものを見せられた私の気持ちが分かりますか?それに、私が先生を誘ってるし、脅してるんです。先生は悪くない。だから神楽坂さん以上にしてください。同じことを私も出来ます。嫌いにならないで下さい」

刹那も感じてるのか頬が赤らんだ。それでも怯えるように腕の中で震える。

「いや、俺は刹那ちゃんを嫌ってないし、見捨てる気はないぞ。後で話すと言ってたのも、出来れば、ああ、刹那ちゃんは怒るかもしれんが、三人で仲良くできればと、ちょっと思ってたのだ」

横島は本当に困ったようだった。同時に自分の非常識さも思う。横島は刹那も明日菜も手放したくなかった。明日菜がもし高畑に抱かれでもしたら、刹那がもし西の長にでも抱かれたりしたら、横島はその相手に殺意がわく気がした。2人の少女は横島に自分たちが好かれていないと思い込むが、横島は2人に本気で惹かれだしていた。これほどの美少女に好意を前面に出されて、なにも感じないほど、横島は朴念仁ではなかった。この白く小さいお尻や、あるのか無いのか分からない胸に、魅力を感じ、可愛いと思う自分がいるのだ。

「3人でなんて非常識です。私はあなたといるときが一番安心できます。他の人は入れたくありません。うん」

「そうか……。でもこれでいいのか?」

「はい」

「1年後はどうするんだ?」

「考えてません。でもあなたが帰りたくなくなるように頑張ります」

こんな健気なことを言われるとますます愛しさがわく。刹那の言葉は刹那の予想をはるかに超えて横島を揺さぶった。刹那は手も使って横島を促す。

「桜咲、じゃない、刹那ちゃん。その、抱くのはいいが、ここはやめとかんか?刹那ちゃんは処女だろ?ちゃんとしたところでしないか?というかできればそうしたいんだが」

「うん……本当に後でしてくれますか?」

信じることを怯えるように見てくる。横島は刹那が可愛く仕方なかった。

「ああ、わかった。お前の気持ちも嬉しいし」

横島は目の前で刹那の可愛いお尻が横島を欲しそうに揺れるのを見て、激しく襲いかかりたい気がした。背徳的だ。明日菜にしてしまったことの筋は通すと約束したのに、刹那も見捨てられないと抱く約束をしている。深みから出られなくなり始めている。横島の理性が建前に融かされていこうとする。

「分かりました。でも」

刹那は跪いた。

「おい、刹那ちゃん」

「おさまらないでしょう。ちゃんと私がします。出来るだけ神楽坂さんとはしないで下さい」

刹那がピンク色の唇を開いて舌を伸ばした。

「――で、出るっ。いいかっ」

「は、はいっ」

しばらくして物陰で必死に口を動かしていた刹那に言う。
刹那は嫌がらずに、むしろ喜んでいるように見えた。



「先生の嘘つき」

そのあと、結局刹那の意見を取り入れ、亜子と裕奈も連れて行くことにした。外に出てしばらくしたときだった。急に木乃香が横島に叩きつけるように言ったのだ。横島は驚いたように木乃香を見た。木乃香は目に涙を浮かべていた。なにが起こったのかと横島は理解が遅れた。

「せっちゃんとうちを仲良くしてくれるって約束したのに、仲良くなるのはせっちゃんと先生ばっかりやえ。なんでうちばっかりせっちゃんに避けられるん?うちって悪い子なん?」

なにかずっと思い詰めていたことをぶちまけるように木乃香が言う。
木乃香がついにたまりかねて爆発していた。そもそも刹那の態度が露骨だった。横島のそばにばかり寄って木乃香を避けるようにし、話しかけても口も聞こうとしなかったのだ。

(えっと、ど、どうしよう。裕奈。木乃香どうしたん?)
(私に聞かないでほしいにゃー)

その間に挟まれた亜子と裕奈はただ黙ってることしかできなかった。ただ普段大人しい木乃香の怒りだけに、それは鮮烈に見えた。

「あ、いや」

「先生は不潔や。せっちゃん生徒やのにキスとかして、トイレとか、変なことせっちゃんとしやんといて!」

木乃香は次々に涙が出る。思い詰めすぎてなにもかも裏切られた気がしていた。木乃香の目から見て、横島も口では刹那との仲を取り持つと言いながら、まったくそんな気があるように見えなかった。実際横島も向こうの世界と違いすぎる少女たちに押されるばかりで木乃香に目が回ってなかった。

そして放っておかれた木乃香は横島への好意が急激に覚めていく気がした。思い詰めすぎて横島が刹那となんとかこの機会に仲良くなろうとする自分のことを笑っていたように感じられた。なんて酷い人だと思った。こんな人と仮契約でキスしたり、アーティファクトのことで感謝していたのかと思うと、なにかもが偽りに歪んだように思えた。

「すまん。いや、仮契約のとき、つい、気持ちよくなりすぎて」

「こんなこと先生に言いたくないけどうち、うち、いやや、そういうのは」

「そうだな。すまん」

横島はまだ理解が追いつかなかった。急に爆発しだした木乃香がどうしたのかとすら思えた。でも大人しい人間ほど急に意味の分からないときに爆発する。今の木乃香はその典型例だった。

「横島先生なんかもう嫌いや!部屋からも出て行って!うち、先生となんてもう一緒に住みとうない!」

「あ、うん。そうだな。すまん。全部俺が悪い」

横島は木乃香に頭を下げた。だんだん理解が追いついてくると最近の自分のいい加減さに対する当然の報いのように思えた。

「あ、謝ってもあかんえ」

木乃香も本質的には優しい。でも、許す気にはなれなかった。
刹那が木乃香を大事に思う以上に、友達のいなかったあの頃の木乃香と仲良くしてくれた刹那は大事だった。男女の行為などなにも知らない木乃香には刹那の口から出たあの行為に対する言葉はひどく穢らわしく思えた。それを刹那にしている横島が許せなかった。だからあのとき強引にプリクラに誘った。横島の傍にいさせては刹那がダメになると思った。なのに刹那は横島のそばを離れようとしてくれない。木乃香が仲良くしたいのに、刹那は自分をダメにしていく横島とばかり仲良くしようとする。だからどうしてと思うと、許せなくなっていた。

「あの、でも木乃香ちゃん。出来れば今日の護衛はしたいし、親書だけは渡したいんだが。俺は別に追いだしてくれても当然だと思うんだが、木乃香ちゃんは今フェイトっていうのに狙われててかなり危ないし、東西親睦とか大事なことらしいんだ」

自分らしくない奇妙に真面目な言葉だ。こういうときはいつも笑って誤魔化してきたが、真剣な木乃香にとてもそんなことは出来なかった。

「じゃあ2度とせっちゃんに手をださんといて!」

「それは……」

横島は言葉に窮した。

「それはできません」

そこに声をかけたのが刹那だった。木乃香と話すのは怖いが、刹那には横島もそれだけ大事だった。

「せっちゃん」

「私と横島先生との関係はお嬢さまには関係ありません。それに私は横島先生に襲われたわけでもありませんし、好きだからすることです」

「でもこんなことせんでも、まだうちら中学生やのに」

「あなたは子供なのですね。好き合えば普通のことだと思います」

刹那自身もやり過ぎは感じていた。だから逆に言葉は厳しくなった。

「あ、うん……。でも」

そう言われると本当に子供の木乃香には分からなかった。

「この件にだけは関わらないでください」

刹那は強く木乃香を見た。その目が辛そうだった。

「そんな顔せんでも……せっちゃんうちが嫌い?」

「そうかもしれません」

勢いで言ったものの刹那の表情に後悔が浮かんだ。

「そう……。あの、はは、なんとなく嫌われてるのはわかってたんやえ。ごめんやえ、変な言いがかりつけて……」

木乃香は泣きそうになったがなんとか堪え、慌てて逃げるように走っていった。裕奈は少し迷ったがすぐにその後を追いかけた。刹那はその背中を辛そうに見ていた。横島が気遣うように頭を撫でた。

「あの、先生?」

亜子が心配そうにする。どうすればいいのか迷っているようだ。

「追いかけて上げてくれるか……。その、俺はちょっと刹那ちゃんと話してから行く」

横島が木乃香には12神将のアンチラもいて、文珠もあるため、すぐには追いかけずに言う。

「うん。あの、うちは、先生が悪いとは思ってへんよ」

「そう言ってもらえると助かる。でも俺が全部悪いんだ。すまん」

横島は本当に申し訳なさそうにして、亜子がその後を追いかけた。

「いいんです。これで。おかげでお嬢さまも、もう私とは距離を置くはずです。すみません。私がこんなことをするから、先生に迷惑をかけて。あの、もしもお嬢さまが本当に同室をいやがったら、私の部屋に来て下さればいいです」

寂しそうに刹那がつぶやいた。

「龍宮がいるだろ。そんなことしたらあいつに撃ち殺される。それに俺は野宿でもなんでも平気だからいいんだ。それより、木乃香ちゃんとお前はやっぱり仲良くなるべきだと思うぞ」

「いいんです。もう」

刹那の言葉は投げやりだった。なにをどうしていいのか分からなくなりかけていた。

「そうもいかん。俺もお前たちのことを全然見てなかった責任がある。お前と木乃香ちゃんが仲良く出来るように、これから本当に努力するから許してくれ」

それにそうしないとなにか刹那はずっと寂しいまま生きていかなければならなくなる気がした。

「先生……」

やはり本心では仲良くしたいのか、刹那はそれ以上否定しなかった。

(はあ。ネギって子ならこんな問題起こさなかっただろうに、俺は一体なにをしてるのだ)

生徒に悪影響だけを及ぼしている気がして横島まで頭を抱えたい気分になる。それでもこの2人を本気で仲良くして上げようと、横島は本気で考えることにした。






あとがき
そろそろ木乃香を舞台に上げようかと画策したら、なんかこうなった(マテ
今回笑いはどこにもないです。エヴァの対応も笑えませんね。申し訳ない。
でもきっと最後は大団円の予定。

では次はいよいよバトルパートです。
石にされたのに誰も気にしていないあの子の運命はいかに。
頑張れ小太郎。負けるな小太郎。強く生きるんだ小太郎。


追記
少し刹那のピー表現を抑えました。
あと基本は変えずに後半をちょこっと変更。
もう少し横島が木乃香に言われて反省する感じにしました。










[21643] 真名と三人の少女たちの悩み。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2011/03/02 15:51
「ちょ、ちょっと、木乃香の実家っていくらなんでも大きすぎない。もう三〇分は走ってるよ」

「うん、何かおかしい」

明日菜とアキラがへとへとになって膝をついた。二人ともかなり体力はある方だが、鳥居を潜ってからもう三〇分も階段を上らされたり、道を行ったり来たりとさせられているのだ。それになんというか感覚的に迷路に迷い込んだようで、精神的にも参っていた。かといえ、ここは木乃香の実家であり、関西呪術協会の本部であるわけだから、ただ単に広大なだけなのかとも思う。

「こ、木乃香って、昔住んでたときどうしてたんだろ。他にルートでもあるのかな?」

明日菜が息を切らせながら言った。

「なんだなんだ姐さん。だらしねえぜ。これぐらいでへばったのか」

明日菜の肩に乗るカモが平気そうに言った。

「そりゃ、あんたは私の肩にいるだけだからでしょ!」

「って言っても木乃香姉さんなんてここに住んでたんだぜ」

「うぅっ、だからってあんたが威張ることないでしょ!」

「いや、これはもしや……」

ちび刹那が呟いた。

「ああ、多分やられたな」

真名の方も気付いたように奥を見る。踏んだ覚えのある石畳に、通った覚えのある竹林。注意しないと気付かないほどだが、景色が先程と完全に一致するのだ。方角的には全員ずっと一方向に走っているはずなのに、それはとても奇妙なことであった。

「明日菜さん大河内さん、ちょっと私は先を確かめてきます」

ちび刹那は言ってから真名に付いてこいと言うように目で合図した。

「そうだな。二人は休んでてくれ」

まだ疲れをほとんど見せない真名が言うと、ちび刹那と共に先へと走り出した。

「よろしくー」

「タフだね龍宮さん」

体力があるはずの二人が感心したように言った。ちび刹那は宙に浮いているのでともかくとして、真名の方は先程までより、まだ速い速度で駆け、みるみるとその背中が小さくなっていく。真名は二人がいるので、まだ速度を加減していたぐらいのようだ。

「まああの姉御は魔力の補助もあるみたいだしな」

明日菜とアキラの言葉にカモが呟いた。

「魔力の補助?それがあるとあんなに速くなるの?」

アキラがもう姿の見えなくなった真名のスピードに感心しながら尋ねた。
明日菜の方はこのことは知っていた。横島との訓練で楓から教えられたのだ。そのせいで多少はその使い方も知っている。でも、その自分とアキラは同等に走っていた。いや、回復はアキラの方が速いように見えた。

(すごいなアキラ。多分天然で気を使えるんだ)

そういう人間がいることは楓も言っていた。古がその典型例で、明日菜も多少は使えているそうだ。でもアキラはあるいはその明日菜も超えているように見えた。自分が気絶していた夜は、かなり手練れの剣士と互角だったとかいうし、今はエヴァの魔力供給がないとはいえアキラの潜在能力に驚かされるばかりだ。

(はあ、龍宮さんはともかくアキラにまで負けるわけにはいかないのに)

「ああ、そうだぜ姉さん。まあ横島の旦那の霊力ってのとはちょっと違うが、魔法使いは体に自然の魔力なんかを取り込むことが出来てな。自分自身に備わってる気なんかも体に巡らせることで、少々の攻撃じゃびくともしなくなるし、それを運動能力の強化にも向けられるんだ。アキラ姉さんも魔力じゃねえが、意識はしてねえと思うが、その気を体に自然と巡らせてるんだ。スポーツやる一流どころだとたいてい自然にできてるもんだべ」

そしてカモはこういう情報を自分だけじゃなく、横島に好意を抱く少女全てにまんべんなく教える。こうして見るとカモもけして自分の味方ではない。ただ横島の味方なのだ。このカモがいるかぎり魔法に対する情報は常に横島に好意を抱く少女たち新参、古参、関係なく開かれている。そう言う明日菜もカモの情報源は大事で、あまり無碍にも出来ないほど世話にもなっている。

(はあもうこのバカオコジョ。来るって言ってたネギって子供じゃ横島さんはないのよ。あんまり女の子に粉かけてて収集着かなくなったらどうする気よ)

「そうなの?」

アキラは不思議そうに今度は明日菜を見た。
少なくとも自分は今まで気なんてものを意識したことがなかったのだ。

「う、うん。どうも横島さんや楓さんの話だとそうらしいよ。まあ私はあんまたいしたことないんだけどね」

そういう明日菜は本当にちょっと凹んだ顔になった。



「やはりこれは……」

明日菜とアキラが雑談しているころ、先に走り出した真名は苦い顔になった。

「ああ、完全にやられてるな」

ちび刹那が言って前方を見た。そこには明日菜とアキラの雑談する後ろ姿が見えたのだ。

「二人とも!」

「って、え!?」

明日菜が驚いて振り向いた。そこには先程前に走り出したはずの真名がいた。

「な、なんで?どうして、前に走った龍宮さんが、後ろから来るの!?」

「やはり真名、これは間違いない。横の竹林から脱出を試みるぞ!」

ちび刹那は明日菜の声に応えずに急いで、石畳の道の両脇に永遠と続く、竹林へと進入して、しかし、すぐに明日菜達のいる場所に出てきてしまった。

「え!?」

「な、なによ、どうなってんの!?」

それを見た明日菜もアキラも激しく驚いていた。

「やはり間違いないか……はめられたようだ。すまない二人とも」

「いや、だからなに?」

明日菜がらしくない真名の態度に戸惑いながら尋ねた。

「神楽坂さん。我々は敵の術中に嵌ってしまったんです。おそらく『無間方処の咒法』というものです。今私達は半径五〇メートルほどの空間を行ったり来たりさせられてるだけなんです」

「はい?そんなのあり!?」

「ああ、残念ながらたしかなことのようだ。この分じゃ空も空間的にふさがれてるだろうね」

真名はいやな汗がじっとりと背中に流れた。油断してないつもりでいたが、明日菜やアキラの安全を確保しようと気を配りすぎていたのかもしれない。

「空間をふさぐ?なんだか、魔法って本当になんでも出来るのね」

アキラは違う意味で感心してしまう。横島の文珠といい、この魔法といい、世の中は自分の知らないところで不思議に満ちていた。わずかにその世界に触れられたことに怖さよりもむしろドキドキしてしまう。そしてこの世界の大本には自分の好きな人もいるのだ。こんな状況なのになんだかまるで夢を見ているようだった。

「感心してる場合じゃないよアキラ。ちょ、桜咲さんどうすんの?出られる?」

「私もこの姿では本来の力は出せませんし、難しいですね。こういうのは真名の魔眼なら見抜けるはずなんですが……」

ちび刹那が期待するように真名を見た。

「そうしたいのは山々だが、こういうのは仕掛けてる場所を直接見ないとダメでね。竹林に仕掛けられたりしてると探すのに最悪日が暮れる」

だがその真名もあまり色よい返事が返せなかった。文珠ならあるいはと思うが、いまいち使用法が真名にも分かりかねた。『解』の一文字でこの咒法の全体を解けるのだろうか。ともかく悩んでても仕方ないと思い、真名はちび刹那の術が維持できていることから、魔力や電波までは外と閉じられてないと判断して、携帯に手をかけた。



「――へへ、あっさり罠にかかったな。たいしたことない連中やん」

そしてそれを見つめる二人の人影と巨大な人影、いくつかの異形の影が竹林に隠れていた。

「せやな……。予定通り、フェイトはんは上手く振り分けたようや。あの男もおらんし、こっちには理想的どすな」

(それにしても転移の魔法はかなり高等やのに、こんな大人数に一気に使うとはあのチビ、ほんまキミの悪い。うちのあの傷もすぐに治してしまうし、ほんま何者どす。しかもこの男や)

それは天ヶ崎千草と犬飼小太郎の二人だった。千草の方は薄気味悪そうに大きな人影を見た。

「あーあ、つまんねえな、こっちは女ばっかじゃんか」

そんな千草の考えには気付かずに小太郎がぼやいた。

「ドジ踏んで、わざわざ手間かけさせたあんさんに言えたことやおまへんやろ」

「そ、それは姉ちゃんもやろ!」

小太郎の方もつい先程1度進入して警戒厳重なはずの旅館から、これまたフェイトによって回収されていた。そのことを敵が気付いた様子もなく、やはり改めてフェイトが不気味に思えるのだ。相当な使い手である。そんな人間が自分と同じく関西呪術協会の一部過激派に利用されている。

おまけにこの行動の建前の一つである西洋魔法使いと手を組むのを阻止するという言葉を無視したように、フェイトは完全な西洋魔法使いだ。大したレベルの魔法使いではないと思っていたうちはまだよかったが、こんなレベルの魔法使いとなると、もう建前を壊しかねない。上は一体なにを考えてこんな気味の悪いチビを使うのか。千草にはどうも理解できなかった。

「ふん。うちは捕まるほどドジは踏んでまへん。まあ小娘たちは脱出出来んはずどすから、ここで見張ってればええだけの楽な仕事や。その間にうちはあの男始末するさかい」

(第一、霊能者ってなんどす?そんな眉唾臭いもんが魔法使いと対等なんて聞いたこともあらへん)

千草がもっとも気味の悪いのが、リストに最重要と目される人物だ。これに至っては魔法使いでも気の使い手でもないのだという。特にあのフェイトはその男の方に行くと言って聞かなかった。千草としては手強い相手を分断できたのだから、戦力を分散などせずに自分を危うく殺しかけた女に集中しようと言ったのにだ。おまけにこの計画の要である木乃香もこちらに転移させようと言ったのに、

(なのにあのチビ、そうしようとせえへんだ。なんでそないにあの男を気にするんや。西洋魔術師ですらないのに。まったく、これやとどっちに命令権があるんかわからんどすな。うちは一体なにを手伝わされとるんどす?ちゃんと両親の復讐をしてることになんるんどすか?)

千草にもだんだんときな臭さがわいてきていた。このまま突き進んで自分の目的は達成できるのか。なにかそれすら危うい気がしていた。

「なんだよ。そっちの方が楽しげや。俺だってあの兄ちゃんもう一度ぶっ飛ばしたいのによ」

「あんたは黙ってゆうこと聞いとき。ほんだらあんさんもよろしゅう」

千草は言って、大きな人影を残して、その場から飛び降りて行ってしまう。少し離れた場所にフェイトがいて、転移をしてあちらに行く手はずだった。それを見つめる小太郎の顔は心底つまらなそうだった。



「――どう?龍宮さん」

「これほど広範囲になるとやはり文珠一文字だと無理らしい」

真名は携帯を切って呟いた。横島の話では『解』の文珠一文字で術を解くのはせいぜいが半径5メートルほどにその術の核がある場合だけらしい。その範囲を超えると文珠は無駄に消えてしまうそうだ。

「仕方ない。すぐに追いつける距離ではないしな」

ちび刹那が何かあるのか若干不機嫌に言った。横島たちがフェイトに飛ばされたスポーツセンターはかなりこの場所と離れていた。このため合流までの時間はかなりあった。

「しかし、和泉と明石まで同行させるとは良策とはいえんな」

「あ、うん、まあそうだが……」

「ともかく地道だが、鳥居を一本一本確かめていくか」

(まあ刹那と近衛を連れての空気を気にしたか。どうもあの男は女に弱いというかだらしないというか)

向こうの様子も聞き心中で少しごちる真名だった
そして、一つ一つ鳥居を見上げたりしてくまなく調べる。しばらく真名は続けるのだが、十本目ほどで、目が疲れてきて抑えた。魔眼で見ると言っても普段から特殊なものを見分けられるわけではないのだ。ある程度目に魔力供給が必要で、それには負担も相応にかかった。

「見つかりそう?」

明日菜が気遣わしげに尋ねた。

「ないね。やはり竹林の方かな」

「うう、そうなの」

(やばいよー。お手洗いに行きたくなってきた)

真名の言葉を聞いて、明日菜の顔が青ざめる。尿意はもうそこまで迫っていたのだ。竹林でする選択肢もあるが、ティッシュの持ち合わせもなくて、男と違って、かなり気持ちの悪い思いをすることになってしまう。

「ああもう!うわーん!」

明日菜はかなり切羽詰まって、もう出そうになり、泣きそうになりながら急に走り出した。

「お、おい、姐さん。闇雲に走ってもダメだって!」

カモは明日菜の肩で叫び、それを真名もアキラも呆然と見た。
先程までの走る速度も顔負けなほどの速度で走り、明日菜は急速に小さくなっていく。

「お、お手洗いかな?」

アキラはそれをなんとなく察して言う。

「多分ね。確か途中にそれらしいものがあったはずだ」

ループする途中で見たのか真名は落ち着いて、相変わらず、鳥居を一つ一つ確認していく。

「あの、実は私も」

アキラの方もしたくなってきたのか内股をこすりあわせぷるぷる震えた。

「ああ、どうぞ、気を使わなくていいよ。見ててもらっても仕方ないしね」

真名が素っ気なく言うと、それでもアキラは「役に立てなくてごめん。でも手伝えることは言ってね」と残して走り出した。どうやら彼女も切羽詰まっていたようだ。

「真名、大丈夫か?」

ちび刹那が尋ねた。

「問題ない。漏らすほどの尿意はないよ」

「いや、そうではなくて、あまり魔眼を無理に酷使しなくていいぞ。出来るだけ速くそちらに行くと横島先生も言っている。この手の咒法は外からなら解きやすいからな」

「待つのは嫌いな性分でね。それに奴らもそちらを倒せないと判断すれば、こちらに戦力を集中するかもしれん。そうなれば返って、困るだろう。罠にはまり続けるのはそれだけリスクが高いし、敵の手の内に居続けることにも繋がる。だから出来るかぎりのことはしておくさ」

「それはそうだが……」

「それより、そっちの方が多分敵にとってメインだぞ。こちらは気にしなくても別にいいぞ」

真名は刹那を見た。このちび刹那は本体と意識を二つにわけているようなものだ。注意力も分散されるし、なにより無理に刹那がいる必要性も今はなかった。

「あ、ああ……。だが、こちらに敵がまだ出ていないからな」

「ならいいが、なにかあったか?」

真名が気になって聞いた。ちび刹那は先程から、様子が変だった。喋りながらもなにかに気を取られてるように見えた。

「……そう見えるか?」

「まあね。長い付き合いだ。ここ最近の様子のおかしさにも増して今日のお前は変だ」

真名はハッキリ言う。

「その……」刹那は言いにくそうにして、でも誰かに相談したくて口を開いた。「あの人に、お嬢さまと仲良くなるように言われた」

「そんなことか……。それがなにかいやなのか?」

真名にはこの状況で呑気な内容に思えたが、刹那は深刻なようなので聞いてやることにした。

「いやではないが自信がない。それにそんな必要もないと思う」

「なら、やめておけばいい。近衛に関わらないというのも一つの選択だ」

「でもあの人はそうした方がいいというのだ。あまりいやがれば強情だと思われる」

「なら仲良くすればいい」

少し面倒そうに言う。横島もよくこの面倒な性格の刹那に飽きもせず構っているものだと思えた。刹那は性格的にクールなときはとことんクールだが、一度思い込み出すと激しい。お嬢さまに関わらないのは羽を見られたくない。見られて嫌われたくないと言うことにつきるが、それなのに護衛をつづける矛盾もはらんでいてなかなか難解だ。なまじ思い込むタイプなだけにいかんともしがたい。

「でも、逆にお嬢さまは私とあの人が一緒に居るのもいやなようだ」

「ああ、まあそうか……」

真名はその件には思い当たることがあった。おそらく刹那があのとき、言いすぎてしまった言葉が原因だろう。プリクラのときに横島に言われてから木乃香のことも気になって考えていたが、あの言葉の後に木乃香は避けていたはずの刹那に声をかけた。あれは多分、真名は大して思わなかったが、箱入りで育った純粋な木乃香に危機感を持たせるほど刺激が強過ぎたのだ。

「お嬢さまともし仲直りできたとしても、あの人と距離を置かなければならなくなるのはいやだ」

「難しいな。だが、まあ刹那。お前はあの男の反応を気にしすぎだと思うぞ」

「そんなことはないが……」

思い当たることがあって刹那は言葉を濁した。

「あの男は節操がなくて誉められた人格者などではない。だがそう簡単に人に愛想を尽かすタイプではないだろう。だいいちお前に近衛と仲良くなれと言っておいて、それでお前と距離を起き出すほど節度のある人間でもあるまい。それになさっきプリクラのボックスで私と2人になったとき、銃を結構本気で撃ったのに、上手く怪我をしないように実に見事に避けていた。あれでは当たっても致命傷にはならん。だからまあ私はあんな男は気を遣うより、きつく当たるぐらいで大丈夫だと思うぞ」

「真名は傍観者だから簡単に言うのだ。私にとってあの人が本当に安心できる居場所だ。失いたくない。あの公園で優しく始めてキスされたとき、本当に嬉しかった。私にもこういうことをしてくれる人がいるのだと思った。でも、今はそれを失うのが怖い」

「だが刹那。恋も戦いも同じだ。怖がれば余計に怖くなる。怯える人間はしなくてもいいことまでしてしまう。怯えてそういうことをしてしまえば、逆に失うことにもなりかねん」

「それは……」

まるで見透かしたように真名が言う。自分はテニスコートのあんな場所でまで横島を求めた。横島と一緒に居たいと必要以上に思っている。それが木乃香を怒らせてもいた。

「まああの男はそれでもまだいいだろうが近衛は繊細だ。温室育ちでは人に嫌われることにもなれてはいまい。今、大事にしないと、もう2度と仲良くすることはできんかもしれんぞ」

「あ、うん……」

刹那は泣いている木乃香を思い出す。自分が泣かせたのだと思うと胸が苦しかった。でも横島との関係も続けたい。刹那は悩んでいた。二者択一なら今は仲良くなれる自信のない木乃香より、横島の方が心地よかった。でも木乃香の護衛はどうあっても辞めたくない。木乃香を傷つけたことも気分を重くした。もう修復などできない気がした。それならこのまま流されていた方が楽だった。でも甘えさせてくれたらそれでいいのに、そうしてくれない。

(早く夜がくればいい。先生が抱いてくれたら私ももう少し気持ちが落ち着くのに)

ギュッと抱かれてあの大きすぎる横島のもので不安を埋めて欲しい。
思うだけで刹那は胸が疼く気がした。

「それと」

「うん?」

「ビンゴだ」

真名はある一つの鳥居に目をむけた。



「――あちゃー。ありゃ、咒法を仕掛けた鳥居やな。あの姉ちゃん、妙な目してるみたいやし、見抜かれたか。女の相手なんていややけど、しないと千草の姉ちゃん怒るやろな。てかフェイトに助けられただけいううんは癪に障るしな」

小太郎は呟く。その足下には千草の出した式神である人を凌ぐ大きな蜘蛛がいた。

「しゃない。おっさん。ほんだら行くか」

「ええ、あなたたちも行きますよ」

小太郎に声をかけられて大きな人影が動く。その足下のスライムのようなものも動きだした。



一方、明日菜とアキラは途中にある休憩所をなんとか見つけ、ようやく一息ついて、自動販売機を見つけたのでジュースを購入していた。

「えっと、龍宮さんはやっぱボスよね」

「うん、そうかな……」

勝手な先入観で無糖のホット缶コーヒーを真名の分にと買う明日菜。多分スポーツドリンクとかの方がいいと思うけどと思いながらも、アキラの方も止めずにいた。そのアキラはカモが気に入って胸の谷間に収めていた。そしてゆっくり二人は真名の方へと歩き出した。刹那は五〇メートルと言っていたがかなり広いのか、真名の姿は見えず、ここまで来るのにも全速力で3分ほどかかっていた。

「しっかし、アキラ姉さん本当に体力あるな」

カモがアキラの胸の谷間で、その心臓の鼓動にほとんど乱れがないのを感じて感心して言った。

「そりゃ、アキラは運動部四人組の中でも一番体力も運動神経もあるしね。麻帆良大学からも期待を寄せられる水泳部のエースなんだから」

明日菜は自分のことのように自慢した。

「それに見劣りしない体力のある姐さんも凄いよな」

「う、うっさいわね。なんか微妙に嬉しくないのよ」

明日菜が口を尖らせた。女の子であるのだから体力バカのように言われて嬉しいはずもなかった。まあ実際明日菜は体力バカなのだが。

「なあアキラ姉さん。魔法のことも知ってることだし、ここは一発ブチューと旦那とキスしてみねえか?」

カモが唐突に提案した。

「え、ええ?横島先生と?」

「なっ、ちょっとカモ、あんたこんなときにエロに走るんじゃない!」

「エロじゃねえよ。仮契約のことだ」

「もっとエロでしょうが!」

明日菜が真っ赤になる。あれは14才の少女には刺激が凄すぎた。

「ま、まあ旦那の場合たしかにそうだがよ。いや、俺っちももう許可なく唱えたりはしねえから」さすがに反省はあるのかカモも慌ててそれは付け加えた。「でも旦那はこれからナギを探すために色々ありそうなこと、言ってたじゃねえか。なんか世界の滅亡うんたらとか。そんなでかい話なら、アキラ姉さんみたいに運動神経抜群の子が仲間にいる方がいいだろ。それにアキラ姉さんは、本当なら姐さんより先に旦那も仮契約しようとしてたしな」

「え?うそ!?そうなの?」

カモの言葉に驚いて明日菜がアキラを見た。

「仮契約……もしかして女子寮の裏で?やっぱり夢じゃなかったの?」

「ああ当然。俺っちが仕組んだんだ」

カモは悪びれるどころか胸の谷間で胸を反って言った。

「こーのー!エロオコジョ!あんたは、一体どんなけ迷惑なのよ!!」

明日菜が激怒してカモをアキラから奪い上げて締め上げた。

「あ、姐さん。ギブッ!」

カモがたまらずに手を明日菜の手に叩いた。

「アキラ、こいつの言うこと気にしちゃダメよ!!」

明日菜は俯いたアキラに言った。

「うん……。あの、カモさん。仮契約って横島先生とキスすることなの?」

喧嘩するカモと明日菜をよそにアキラが尋ねた。
エヴァと仮契約はしたが、そのあとのことにはまったく興味がなかった彼女に完全に放置されていたので、いまいち把握し損ねていた。

「そうだぜ。キスすると旦那と仮契約が成立するんだ。効果は人によって違うが、アーティファクトっていう魔法道具が一つ自在に出せるようになるのと、旦那が『契約執行』と言えば、旦那の霊力で体力の強化も出来る」

「ちょ、ちょっとアキラ。この意味分かってる?言っておくけど横島さんと仮契約すると、今回みたいに危険なことにも巻き込まれることになるのよ」

「分かってる。でも、私は横島先生に何かの助けになれるならなりたいと思うから」

「なら俺っちが旦那と二人きりの時に、仮契約の提案してやるぜ!」

「黙れ、このエロオコジョ!」

「うん。お願いね」

アキラが嬉しそうに言うのをみて、明日菜は複雑そうに見た。この修学旅行で、もう仮契約はアキラで6人目だ。一体、あの男は何人の生徒とキスをしてしまうつもりなのだろう。

「あ、アキラもバカね。あんなスケベのどこがいいの」

明日菜は言った。

「全部かな」

少し頬を染めてアキラが照れるように言った。

「そ、そうですか」

(って、こんなことより、アキラはいつ聞く気だろう)

一方、こうして喋る明日菜は別のことが気になっていた。アキラは『あの件』を多分亜子から聞いたはずだ。なのにどうして聞かないのだろうと。アキラがトイレに追いかけてきたのも2人で話すためだったんじゃないかと思っていた。明日菜は妙に緊張していた。アキラ相手に上手く言葉を返せるかと思った。明日菜はやはり出来ればアキラには横島を諦めて欲しかった。

「ところで明日菜」

「あっ、うん」

明日菜は『来た』っと思ってドキリとした。

「その、亜子から聞いたんだけど……」

アキラは言いにくそうにした。

「横島先生に抱かれたの?」

「えっと……」

やはりアキラは変に変化球はつけずにくるなと思った。ならば自分もそういうふうに対応するしかないと思った。

「あ、うん」

「あの……明日菜。私はそれでもあの人を諦めたくない。その……許してほしいとは思わない。でも、これだけは言っておきたくて……ごめん」

アキラは泣きそうな顔で言った。

「別に、その、いいよ。正直、昨日の夜、仮契約の魔法陣をこのバカオコジョが旅館全体に張ったみたいでね。横島さんが抱いてくれたのは、多分そのせいだと思う。だから、うん。正直告白もしてないまましちゃって、どうしたものかと思うのよね。だからアキラがなにかすることに言う権利はないと思う」

明日菜の迷いがそう言わせていた。もうあの人は自分のものだと言いたいのに、言えなかった。

「明日菜。私は権利とかじゃなくて言ってる」

「うん……。はは、かなわないな。でも、やっぱり少しずるかった気がするからいい。アキラはアキラで、亜子は亜子で行ってくれて。私は私で横島さんにアタックはするつもりだし。それに、今日は桜咲さんと話し合うことになるみたいだからさ。私たち、ほら、ちょっと横島さんに迷惑かけすぎてるから怒られるのかも」

明日菜は自分の行きすぎに自覚があるようだ。
でも、多分、横島は怒ることはないだろうとも思った。

「その、明日菜ごめん」

「いいよ。私は譲る気もないし、負けたくもない」

ただこう言えて明日菜は少しスッキリした気がした。ようやくアキラへの引け目が解消できたように思うのだ。

(こっちはなんとか争わずにすみそうか)

カモは余裕を見せていたが、内心、ひやひやで、心底ホッとしていた。
カモの見立てでは横島を現段階で諦められないであろう少女は4人だ。その4人をなんとか争わないようにしたかった。それがアキラと明日菜、刹那とエヴァである。とりあえずまだ穏やかな2人に争う兆候はギリギリのラインだがなかった。問題はエヴァと、そして今一番問題は刹那だ。彼女の動き次第では横島が麻帆良にいることも危ぶまれるようになる気がした。

(刹那姉さんの本体はあっちだ。後は旦那に任すしかねえよな。木乃香姉さんもなんか様子がおかしかったし、大丈夫か旦那。俺っちはあんたを気にいってんだ。頼むから上手く行ってくれよ)

と、そこに、

ズキューン!

「「きゃっ」」

アキラと明日菜が急な銃声に驚いて跳ね上がった。

「これは!?」

「やばい、きっと西の連中が出たんだ。姐さん旦那に電話入れて契約執行だ!」

カモが慌てつつも叫んだ。

「わ、わかった」

明日菜は内心で期待してるのかしてないのか分からなくなりながら、携帯をプッシュした。横島の声が聞けるのが嬉しい。契約執行はあの人との繋がりだ。昨日の感覚がまたよみがえってくる。でもアキラはあの人と仮契約をしていない。エヴァはまともに魔力供給もしてくれない。それなのに自分がしてもらうことに嬉しさと複雑さが入り交じった。なによりも自分はこれから初の実戦を経験するのだ。



「そこまでや姉ちゃん。これ以上鳥居を調べたきゃ俺を倒すんだな」

巨大な蜘蛛の上に乗った小太郎が真名の目の前に現れた。小太郎は身長が真名の半分ほどに見え、黒髪が気の強さを表すように尖り、髪の間からは犬のような耳をはやしていた。ちび刹那の方はその姿に少なからず動揺した。

(新幹線で見たことがある。あのとき横島先生が言っていたハーフの子供)

「ふん、出てきたということは、この行為もあながち的外れではないということかな。あと、隠れてるつもりか?」

真名の方は両手に銃を構え油断はなかった。鋭く小太郎に目を向けたまま、もう片方の銃身を竹林に向けた。

「ふふ」

竹林から笑い声が漏れた。するとその影からしみだすように1人の老紳士が現れた。

「見破られましたか。どうやらよく見える目をお持ちのようで、悪魔のお嬢さん」

老紳士は真名に向けて『悪魔』と言う。足下に三体の小さな女の子の形をしたスライムのようなものまでつけていた。

「悪魔に悪魔と言われる筋合いはない」

「失礼。気に触ったらお許し下さい。思いもよらぬところで同族に出会い、つい口が過ぎました。私はヴォルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。伯爵などと言ってはいますがしがない没落貴族。キミたちが手強いということで急遽、薄給で雇われたのですよ」

「あめ子です」「すらむぃだぜ」「ぷりん」

左から眼鏡をかけた女の子に、いたずら者っぽい鋭い目の女の子に、大人しそうな女の子の形のスライムの魔物が自己紹介をした。真名はそれらを見るとどうやら全員召還された魔物らしいと見当をつけた。そして一番面倒そうな老紳士がどうやらかなり高レベルの悪魔のようだとも勘付く。

「お前たちを全員倒さないと、ここからは出られないということか?」

「ま、そういうこったな。その鳥居に無間処方の仕掛けはあるんや」

大蜘蛛に乗る小太郎は銃で狙われていることを気にもせず、ここまで来て隠す意味はないと思ったのか、あっさり種明かしをした。

「それはどうもご親切に」

真名は言われて今調べていた鳥居に目を向けた。魔眼で見ると、確かに三点、鳥居に梵字によって妙な咒法が施されている。どうやら本当のことを言っているようで、小太郎はどうせ見破られると思ってか、安易に教えたようだ。

「気をつけろ真名。おそらくハーフだ」

「ああ、そのようだな」

相手の体格などから見て小太郎は10才ほどだった。この年では教えなくていいことを教えてしまうのも無理はないのだろう。だが、好感はもてるものの真っ正直で与し易い相手だ。この無間処方の咒法から出られないことに真名も少なからず精神的負担があったのだから、本来は、それをネタに脅すべきだ。もしくは教える必要性のないことを喋る必要はないはずだ。
でも問題は老紳士の方だった。ヘルマン伯爵。

(爵位持ちの貴族を呼べるとは、召還者はフェイトか。面倒そうだ)

「どうする姉ちゃん。その後ろの2人のうち1人は素人やろ。もう1人も、月詠の姉ちゃんの話やと力とスピード以外は大したことないそうやし、そっちがかなり不利ちゃうか」

小太郎が言う。真名が少しだけ、攻撃されることのないように油断なく後ろを向くとアキラと明日菜が息を切らせてちょうど帰ってきていた。真名は迂闊に動くなと言うように2人に手で合図した。

「どうだろうな」

(まず面倒なスライムからだな)

真名は会話しながらも作戦を練り、自分の間合いとして、踏み下がって素早く銃ケースからライフルに換えフェイトに向けても放った特殊徹甲弾に入れ替える。

「なんやなんや姉ちゃんやる気か?」

小太郎がのんびり言うが、ヘルマンが殺気を感じ取った。

「逃げなさい!」

ヘルマンが叫んだ。術で強化され最新式の戦車すら撃ち抜く弾丸が、気によって補強した真名の体ですらふるわせ負荷をかけるが、それでも凄まじい銃声をとどろかせて真っ直ぐに小太郎が乗る大蜘蛛とあめ子を捉えた。一撃で大穴をうがたれボフンと大蜘蛛とあめ子が消えさる。さらに連射してすらむぃとぷりんも仕留めにかかる。だが、これをすんででヘルマンが2人を抱えて回避した。

「ふむ、すごい早撃ちだ」

「へえ、やるやんか」

(ちっ、3体は不意打ちで仕留めたかったんだがな)

もう不意打ちはきかないとみて真名はすぐに銃を拳銃に戻した。最初は油断している小太郎を撃とうとも思ったが、これで撃つと即死してしまう。さすがに少年相手にそれは忍びない。それに不意打ちでないならヘルマンにライフルでは当てられないと判断していた。

(少年の方は私と同じ戦士タイプか。では魔法はほとんど使えないのか?いや、この結論は早いか……、それにあの耳が頭に生えているのは多分本物だな。ということは刹那の言うとおりハーフか。だとすれば獣化をせずに余裕をかましてる今が仕留め時だな)

いくら相手が子供でも獣化をされては面倒だ。そう思うと真名は弾丸も術を施したものに入れ替えた。

「刹那、お前は神楽坂と特訓もしてるし大河内との戦闘経験もあるだろう。2人を頼むぞ。私は先に少年を叩く」

「分かっている。大河内さん。神楽坂さん。私も協力するのでヘルマンを引きつけましょう。大丈夫です。上手く文珠を使えばスライム程度はどうにかできるはずです」

「さて、じゃあ行くで!!」

小太郎が地面を蹴る。目を見張るほどのスピードで真名に迫った。

「速い!」

「神楽坂さんこっちも来ます!」

明日菜は驚くが、ヘルマンが動いた。

「神楽坂!こっちを気にせずに自分の方に集中しろ!」

真名は突っ込んできた分だけ下がって自分に有利な距離を保ち、口の端を上げた。
素早いガン裁きで、ほとんど一つに聞こえるような銃声を轟かせ、小太郎を蜂の巣にする。それでも小太郎はいくつかの弾丸を避けてみせ、一発が腕に命中したのにもかかわらず、そのまま突進して、次の瞬間には真名の懐にいた。

「なるほど、たしかに速い!」

「喋ってるっと舌噛むで!」

小太郎が腹にめがけて拳を放つ。
真名は小太郎の拳を避け、その際中でも素早く、弾丸を入れ替えている。そして右の拳銃で15発ある弾丸全てを放ったかと思えば、そのすぐ後から左の拳銃と、ほぼ時間差もなく弾丸を放ち続けた。小太郎はあるいは避け、また、千草にもらった術を施した札で、防ぎ、そしてついに真名の腹にえぐり込むほど深くヒットさせた。真名は派手に吹き飛ばされて、一気に後退した。

「真名、大丈夫か!?」

「た、龍宮さん!ちょ、平気!?」

「構うな!」

真名は派手に吹っ飛ばされた割に平気そうに言った。

「ちっ、わざと後ろに飛んで力を逃がしただけか!」

そして舌打ちしたのは小太郎だった。小太郎は手応えのなさに気付いてさらに追い打ちをかけた。

「違うね、避けなくても大したダメージにもならない程度の拳だったよ。この距離の方が手加減してやりやすいから下がっただけだ」

「言ってくれるな姉ちゃん。こっちだって女相手に本気はだせんし、今のはだいぶ加減したんだぞ」

「事実だ。力を隠しているようだが少年、出すなら速くしろ」

真名が小太郎をつまらなそうに睨んだ。力の出し惜しみなど素人もいいところの戦い方だ。それで死ねばただのバカだと思った。

「じゃあこういうのはどうや!」

叫んで小太郎は魔法陣を現す。

「『疾空黒狼牙!!』」

魔法も唱えられるようで何匹もの黒い狼が魔法陣から現れ出てくる。まるで影が形を持って盛り上がったように真っ黒な狼たちは、小太郎の意を汲んで真名に一斉に襲いかかった。

「ふん、くだらん」

しかし真名はあっさり全ての狼を片手間で撃ち抜いた。しかし、

「なら、『犬上流・空牙!』」

小太郎は狼を囮にして気を練り上げて迫り、真名の横腹めがけて放った。しかし、

「ぐあっ!?」

真名に気の塊を放とうとする小太郎の手に銃弾が命中していた。
小太郎の練り上げた気が四散してしまい、さらに真名は遠慮せずに次々と弾丸を放った。

「うわ、ちょ、マジか姉ちゃん!いた!こら!女でもあんまり調子に乗ってると殴るぞ!」

驚きながら小太郎が避けるが、そこに真名の声が響いた。

「悪いね。キミが本当に私を相手に怪我をさせないように手加減してるのはわかるよ。それがどういう理由でかは知らんし、興味もないが、キミは優しいのだね」

だがそんな事情を斟酌する気は欠片もなかった。下らなさそうに今度は真名が本気の銃弾を小太郎の脇腹に命中させた。

「ガハッ」

小太郎は吐血して後ろに激しく吹っ飛んだ。鳥居に当たってズルズルと地面に落ちる。致命傷を受けたようでぴくりとも動かなくなった。

「旅館で大人しく石でもしてるべきだったね。戦場に出て殺傷力のある攻撃をする以上女も子供もないと覚えておくことだ。実に下らなかった。まあ文珠が残ってれば戦闘後に治して上げるから、それまで生きてることを祈るよ」

真名は特に小太郎に感情を動かされた気配もなく、銃身を再びヘルマンにむけた。

「ふむ。さすがだ。彼の油断を一切見過ごさない華麗なる銃撃でした」

ヘルマンが真名の方に拍手を送る。彼にはその余裕があった。

「ふふ、ちょうどこちらも手詰まりでね。そちらに手を出すべきかと考えていたところでした」

ヘルマンが言って明日菜たちを見る。明日菜とアキラの周りには文珠の『護』が発動して、2人を守っていた。

「そうか。あなたの相手は面倒そうだ」

真名が眉間を寄せた。ヘルマンにというよりそれは明日菜たちにむけてのものだった。

「真名、すまない。2人ともヘルマンの初撃で文珠を発動させてしまった」

「問題ない。素人が便利な道具を持てば当然の結果だ。道具に頼って自分で頑張ろうとしなくなる」

真名が厳しく2人を見た。

「それで、どうする気だ2人とも、私は役に立つと言うから連れてきたつもりなんだが」

二人は少し萎縮した。先程ヘルマンに殺気をむけられて身体が硬直して死ぬかと思った。すると文珠が勝手に発動して自分たちを守ってくれたのだ。

「でも、戦う気がないならそこでじっとしててくれてそれで文句はない。私もそのように対応するだけだ」

ご丁寧にアキラと明日菜とカモの『護』が3つも発動してしまっていた。カモも二人が硬直したのを見て、つい文珠を発動させてしまったのだ。それは文珠の無駄遣い以外の何物でもなかった。横島も最初にやらかしたミスである。便利なのでどうしても頼りすぎるのだ。

「あ、うん」

明日菜は足が震える。小太郎が石畳で力なく倒れていた。かなり場慣れした雰囲気の少年だったのにそれでもダメなのだ。本当に遠慮しない真名を相手にフェミニストなど戦場で気取ればそれだけで致命傷だ。油断すれば本当に死ぬ。こんな無駄遣いをしては自分たちももう文珠には本当に頼れない。残ってるのは真名の文珠だけだから、自分たちが頼ればあの少年が死んでしまうことになりかねない。アキラも多少目を見張っていた。でも彼女は明日菜が決断するより早く動いた。

「わかった。スライムたちは任せて。『来たれ(アデアット)』

アキラが文珠の結界から出てエヴァとの仮契約で得たアーティファクトを発動した。

「『水精の大鎌(ウンディーナ・フォルクス)』」

柄に装飾があり、刃部分が水で出来た死神が持つよう大鎌が現れた。

「へえ、『水精の大鎌』とはいいもの持ってるじゃねえか」

すらむぃが言った。スライムも水の精霊の一種でありアキラの水精を冠する大鎌に見覚えがあるようだ。

「でも、欠陥品」

「そうだな」

ぷりんが答えてすらむぃもうなずく。

「やってみる?」

アキラは震えたように言う。生まれて初めて殺傷力のありそうな武器を敵にむけていた。魔物とはいえかなり覚悟がいる。そして横島の傍にいたいということはそういうことだった。敵を見れば斬ることは迷えない。横島はなにか大変なことに関わりがあるようだし、その傍観者にはなりたくなければ斬る覚悟がいるのだ。

「慌てるな姉さん」

と、カモがアキラの胸元から言う。

「俺っちもこの鎌は知ってる。別名『殺さずの武器(パクス・テールム)』ていうんだ。いいか姉さん。この大鎌は、自分の意のままに形をどれほど大きくでも、どれほど鎌と違うものにでも変える変幻自在の武器だ。斬りたいと思うものがなんでも斬れ、そして斬りたくないもんはたとえそれがなんであれ斬らなくてもすむんだ。さすがエヴァンジェリンほどの魔法使いと仮契約して得られたアーティファクトだ。たしかにあんま好戦的じゃねえわりに戦闘センスの高いアキラ姉さんにはちょうどの武器だぜ。ただ」

カモが言うと同時にアキラは膝をついた。どういうわけか酷く疲れるのだ。

「これは?」

「その代償にこの大鎌は気であれ魔力であれ、大鎌の水の刃を維持するのに偉く燃費を喰うんだ。エヴァンジェリンの魔力供給があれば普通に使えるが、姉さんの場合、使わねえときは刃を出さないように意識するんだ」

「わ、わかった」

そう思うと同時に大鎌から刃が消えた。

「そんなことしていいのかよ!」

しかしその隙にすらむぃがアキラに一撃を入れようとする。なんとかアキラはこれを避けるが、すぐあとにぷりんも拳を放つ。だがアキラはどうにも可愛い見た目に戸惑った。

「いいか姉さん。こいつらは召還された魔物にすぎねえ。少々傷を負わせても死にはしねえよ。というかその女の子の形もそういう形を取ってるってだけで、本来はただのゲル状の生物だ」

「わかった」

アキラが大鎌を振るう。使ったことがない武器なのに驚くほど手に馴染んで滑らかに動いた。それを素早く、2人とも避けて大きく下がる。シュパンッと竹藪の竹が鮮やかに切断される。どうすれば敵以外は切らずにすむのか大鎌の振るい方は分かっても使い方を掴みあぐねた。それに驚くほど大鎌に力を吸い取られていく。それをどうすれば加減が出来るのかも分からなかった。しかも敵の方はさらに後ろにさがった。

「ち、消耗狙いか。姐さん!」

カモが明日菜を見た。明日菜はまだそこを動けずにいた。

「う、うん」

足が竦むのがどうにも止まらない。でもアキラが頑張っている。友達が見捨てられない。なにより自分だって横島の傍にいたいのだ。

(横島さんの傍にいるって要はさっきのガキんちょみたいになるかもしれないのよね。それに文珠があると思ってたけど、無駄に使えば簡単になくなる。結局は本人が強くないと、文珠なんてとても戦いの役になんて立てられない。ずっとこういう場所に立ちたいと思ってたけど、これほど容赦がないものなんだ。アキラはどうして平気で出ていくの?横島さんは強い。私たちが守らなくてもいける。なのにどうして……)

思いながら、でも、

(でも少なくともアキラにだけは負けたくない)

明日菜も結界から出て神通棍を構えた。
アキラに負けたくない。それに自分はなぜか過去の記憶が言う気がするのだ。自分は結界の中なんかでいてはいけないと。横島も言っていた。自分は強くなった方がいいと。そうしないと後悔する気がすると。

(あの人を信じよう。私もあの人の傍にいたい。また抱かれたい。そしていつか……)






あとがき
小太郎はあっさり負けです。
この時点の小太郎は楓にもあっさり負けていたので、
同等クラスの上に容赦のない真名が苦戦するのは妙なのでこうしました。

しかし、キャラの心理描写に喰われて一話で終わらせる気だったこの戦闘がまだ続きそうです(マテ
向こうが気になる方はもうちょっとお待ちを。
それと色々励ましの言葉などサンキューです。
全然終わらせる気も更新する気力も萎えてないのでご安心下さい。








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