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[24490] 【習作】とある境界の幻想導使(フェアリーテイル)(禁書目録、超電磁砲if)
Name: 金木犀◆82d5e843 ID:c63fc896
Date: 2011/03/02 16:00
はじめまして、金木犀(きんもくせい)と申します。

本文をお読み頂く前に、以下の点をご確認下さい。
・本作は、「とある魔術の禁書目録」及び、「とある科学の超電磁砲」の二次創作です。
・主人公は、佐天涙子です。
・佐天涙子と初春飾利の大冒険を描こうと思っております。
・(筆者の主観ですが、)原作の世界観を壊さない範囲で、オリジナル設定を追加しております。
・オリジナルキャラは出さないで頑張りたいです。
・筆者は、かなりの遅筆です。忘れたころに舞い戻ってきます。
・シスコン・ブラコン設定があります。キャラ崩壊と思う方もいらっしゃるので、ご注意ください。
・2011/02/06 改訂版順次投稿
・本作は、同時に『小説家になろう』様にて投稿しております。

なお、誤字脱字はもちろん、御指摘がありましたらどうぞ御遠慮なく教えて下さると幸いです。



以上、よろしければ時間つぶしにお楽しみください。


◇◆◇◆◇◆◇

更新履歴

2010/11/22 投稿(プロローグ&第一話&第二話)
2010/11/23 投稿(第三話、第四話) 加筆修正(プロローグ&第二話)
2010/11/25 タイトル変更及び大幅修正
2010/12/12 投稿(第二部プロローグ)
2010/12/14 投稿(第五話)
2010/12/15 加筆修正(第五話)
2010/12/18 投稿(第六話)
2011/02/06改訂版投稿(プロローグ&第一話)
2011/02/11改訂版投稿(第二話)
2011/03/02改訂版投稿(第三話)


◇◆◇◆◇◆◇



プロローグ

『――――園都市に見つかっ――――作戦―――敗し――予定を――――撤退する――』



近くで、争う音がした。
何かが爆発したり、誰かが叫んだり、怒声を浴びせたり。

でも、聞こえなかった。
何も、聞こえなかった。

だって。
だって、これは『幻想』だから。

大好きな香水とシャンプーの香りに、鉄の嫌な臭いが混じるなんてこと、ありえない。
でも、これは『幻想』だから。


『幻想』だから、目の前で、自分のよく知る女性が倒れていて。
おびただしいほどの、生温かい赤い液体を撒き散らしていて。

それなのに、『幻想』だから。
幸せそうな顔をして、このヒトは、眠っているんだ。
こんな街の往来で。
雨の中。


だから。
だからさ。
こんな世界、こんな『現実』―――――あたしは、認めない。
絶対に。


絶対に。



[24490] 第01話 とある無能力者(レベル0)の苦悩 その1
Name: 金木犀◆82d5e843 ID:c63fc896
Date: 2011/03/02 15:48
きっかけは、たいしたことじゃなかった。覚えているのは、狭いながらも居心地の良かった部屋。机の上にある、一通の手紙。


『貴女には、能力者としての才能がある』


学園都市から届いた一通の手紙は、何の取り柄もないあたしにとって、とても嬉しいものだった。舞い上がっていたのだろう。『君は特別だ』と。そう言われているようで、胸がドキドキして、嬉しさのあまり、部屋中をはしゃぎまわった。あたしにも才能があるんだ、あたしにもできることがあるんだ、って。


もちろん、胸のどこかにチクリと痛みを感じていた。学園都市は、異常なほど閉鎖的な街だ。産業スパイや研究の漏えいを恐れ、基本的に人の出入りは許さない。また、関係者以外の街の出入りもできない。それゆえ、もしあたしが学園都市の学校に通うならば、この家から出て、一人暮らしをしなければならないのだ。まだまだ幼い弟を残して学園都市に住むことに、不安や心配、申し訳なさが募る。


けれど。あたしがこの誘いを断るには、その誘惑はあまりにも強すぎた。『学園都市での学費・生活費は、学園都市から支給される奨学金や補助金で十分、賄える』。しかも、『能力が高くなれば、月にさらに数十万円以上の特別手当がある』とのこと。頼るべき大人のいないあたしたち姉弟にとって、この誘いは天啓以外の何物でもなかったのだ。


泣きながら笑顔で手を振っている姿は、今でもよく覚えている。履いているのは、お気に入りのジーンズ。両膝に、戦隊もののアップリケがついている。「新しいの、欲しくない?」と聞いても、「ううん、これが好きだから!」と答える、控えめで、欲のない子だった。


―――ううん、違う。あの子は、分かっていたのだ。生活費がないあたしたち姉弟に、そんな余裕などないということを。良くできた子だった。我儘の一つすら言わなかった。継ぎはぎだらけの衣服に、周囲の子たちから後ろ指さされているのを、あたしは知っていた。それでも、あの子は何も言わなかった。「お姉ちゃんの手作りだから」と言って。


だから。だからあたしは、決意した。こんなあたしを『特別』だと認めてくれる学園都市に行くことを。幼い弟を一人残し、それでも、たった一人の家族の幸せを願って。






○とある無能力者(レベル0)の苦悩 その1

歳の若い教師が教卓の前に立ち、生徒に帰りの挨拶を済ませる。これで一日が終わりだと思い、腰を上げかけた少女は、あれ、と思い慌てて座り直す。

「――――すみません、言い忘れていたことがありました。大事なことです」

少女を含め、幾人かの気の早い生徒を目で押しとどめた担任―――大圄(だいご)は、知っている人も多いかもしれませんが、と前置きをして続ける。

「最近、近くの大型スーパーの裏の路地で、能力者による暴走事件が後を絶ちません。警備員(アンチスキル)も十分警戒しており、犯人を取り押さえているのですが、次から次へと。ただ、近づかなければよいので。皆さん、いいですか?」

良くある話だ、と少女は思う。おそらく、周囲のクラスメイトも同様の考えだろう。ここ学園都市では、『能力』という特別なチカラに酔った人間が、あまりにも多い。そしていつも被害にあうのは、自分のような弱者だ、と思わず苦い笑みが零れる。

「それから、今日、奨学金額が上がった子もそうでない子も、無駄遣いしないようにね?最後に、天気予報では今日は夕方から雨だそうです。遅くまで出歩かないように。それでは、さようなら!」

日直の元気のよい掛け声とともに、教室中に「さよーなら」と声が響く。こういうのは、小学校と変わらないんだよなぁ、と少女―――佐天涙子は何ともなしに考える。ここは第7学区、区立柵川中学校のとあるクラス。学区を代表する常盤台と比べると、どの学区にも存在する凡庸な学校。要するに、あまりレベルの高くない、むしろ低い学校である。そんなところに、彼女、佐天涙子が入学したのは、ほんの2か月前のことだ。

しかし子どもにとって2カ月とは、決して短い時間ではない。それは佐天にしても同じことだった。初めて見たときにはそれなりに気にいっていた制服も、今では少し地味な印象しかもてない。新しい学校、校舎、クラスメイト。そのどれもが、既に『当たり前のもの』となって久しい。

「とはいえ・・・『当たり前』を受け入れられるほど、できちゃいない、か」

セミロングの黒髪を大きく揺らして席に座りなおした佐天は、顎を机の上に乗せた。蒸し暑い季節だからか、学校の机の独特の木の香りが鼻につき、顔を顰める。ふぅ、と溜め息をつく。

こうして、あの時―――学園都市に転校する決意をした時のことを思い出すのは、何度目だろうか。何十回?何百回?―――いや、そんなことはどうでもいい。両手に握っているものに目を向ける。先ほど担任から学生に配布されたプリントだ。そこには、前年度――小学校卒業時のテスト結果と、今年度の奨学金予定額が書かれていた。

――――――――――――
佐天涙子
予知能力(プレコグニッション) B
透視能力(クレアボヤンス) A
読心能力(サイコメトリー) C
精神感応(テレパシー) C
念動力(サイコキネシス) B
レベル:0(無能力者)
奨学金:レベル0+(別紙参照)※前年度から変更なし
――――――――――――

能力のテスト結果は既に知っている。あれはテスト当日に分かるものだ。けれど、奨学金の額は、他の要素も加味される。だから、今日初めて知ることになる。それが・・・

「変更なし、かぁ」

「どうしたんですか?佐天さん」

「わ、わぁっ!?」

「「きゃっ!」」

ゴチン、と鈍い音がした。突然、後ろから声を掛けられたことに驚いた少女―――佐天が、勢いをつけて頭を上げたところ、声をかけてきた少女とぶつかったのだった。佐天は痛む後頭部を擦りながら、プリントを胸に隠しつつ振り返った。

「あいたたた・・。ゴメンゴメン。」

「いたたた・・・っ。ど、どうしたんですか?そんな慌てて」

そこには、おでこを赤くした、頭に花の髪飾りをつけたクラスメイトがいた。涙目になりながらこちらを見つめ、飴玉を転がすような甘ったるい声で喋るこの少女は、佐天のクラスメイトであり、親友の―――

「って、なんだぁ、初春か。」

初春飾利。佐天と同じクラスメイトで、小学校のときからの友人。この凡庸な中学校に進学しているだけあって、特別秀でた才はない―――はずなのだが、この少女。可愛らしく首を傾げているが、これでも、風紀委員(ジャッジメント)と呼ばれる学園都市の警察的組織の一員である。そして。そして、自分とは違い、能力者である。能力者。不意に胸の奥が鷲掴みにされたような気になり、顔を顰める。

「なんだぁ、とはなんですか佐天さんっ!痛かったんですよ?もうほんと、佐天さん石頭なんですから・・・」

「だからゴメンって。突然声かけられてびっくりしちゃってさ。ほら、ちょっと見せてみ?」

苦い顔を苦笑に変えて、佐天は初春の前髪を持ち上げる。初春のおでこは、少し赤くなってはいるが、タンコブになっているわけではないようだった。それよりも。

「うん、大丈夫、大丈夫!良かった。てゆーかさ、初春、顔赤くない?むしろそっちのが大丈夫?」

「・・・へ?だだだだっ、だ、だいじょうぶです!こ、これはそういうのじゃなくて・・って!何を言わすんですかっ!?」

「へ?わ、なにっ!?よくわかんないけどゴメンっ??」

よくわからないままに咎められることに釈然としない気持ちになりながら、佐天は話題の転換(逃げ場)を探す。

「そ、それで初春?なんかあたしに用だったんじゃない?どうしたの?」

「えー!!!佐天さん、ヒドイですっ!今日一緒に買い物に行くって約束、忘れたんですか?」

肩を掴まれ、ぶんぶんと音が聞こえそうなくらい身体を揺らされた佐天は、逃げ道を誤ったことに気づいた。必死になって『約束』を思いだそうとする。

「・・・・・」

「・・・・・」

佐天の目は、泳いだままだ。

「えぇっとぉ・・・・あぁっ!そーだった、そーだった!も、もちろん覚えてるよ?ささっ、ほらっ!行こうっ!」

佐天は初春の手を払い、帰る支度を整えると、早足で廊下へ向かう。

「あ、ちょっと佐天さん!今の反応、もしかして忘れてました?」

後ろから友人の声が聞こえてくるが、こういう場合は無視に限る。戦略的撤退、というやつだ。

「ねぇ、聞いてます?さーてーんーさーん!」


◇◆◇◆◇◆◇


街を、二人の少女が歩く。もうすぐ完全下校時刻が近いせいか、人もまばらだ。夕焼けは遠くの空に見え、辺りは暗くなってきている。それでもまだ涼しさとは程遠いのは、今が6月と言う季節だからだろうか。

「久々に、高い買い物しちゃいましたね、佐天さん!」

「うん、ずぅっと新しいの欲しかったからねー!今夏モデル、なかなかいい性能だよ」

やっほーい、なんて言いながら嬉しそうに有名音楽プレイヤーメーカーの紙袋を掲げる佐天は、歳相応に幼く見える。それをみた初春も、自然と口元が緩む。もちろん、紙袋は雨避けのビニールカバーをつけてもらっている。

「ご褒美も買いましたし、美味しいデザートも軽くいただきましたし。華の女子中学生生活、楽しいですね、佐天さん!!」

ついつい嬉しくなって、街の往来のど真ん中で腕を突き上げる初春。周囲にあまり人がいないのが幸いだろう。

「え゛・・・『軽く』・・・・?」

はい?何ですか?という顔をしている初春を横目に、佐天は、先ほど入ったカフェでのことを思い出す。ケーキ3つはあっただろうか。いや、4つか?いや、いくつでもいいか。それに加え、あの巨大パフェだ。それらを完食しての『軽く』とは・・・。つい、初春の細い腕と脚、それから腰に目が行く。乙女としては、羨ましい限りだった。

「・・・・いや、なんでもないや」

どこか疲れ切った表情で応え、佐天は、華の女子中学生生活、否、学園都市生活のことを考える。ホームルームのときに考えていたことは、佐天のここ数年来―――正確には、学園都市に来た当初から抱いていた悩みだった。こればかりは、たとえ新中学生生活にはすぐに慣れた佐天であっても、中々順応することはできなかった。

超能力。この単語を聞いてまず頭に思い浮かぶのは、テレビに映る、怪しげな男だろうか。言葉巧みに出演者を惑わし、スプーンを曲げたり、裏になったままのトランプの数字や柄を言い当てる。果ては、「手を触れずに物を動かす」、「人の心を読み取る」といったことまでしでかす彼らは、あくまでテレビやショーの中だけの存在である。普通は。

超能力と聞いて、それを一笑に付す人間はこの街にはいない。超能力は、インチキでも詐欺でもないし、ショーという世界の中だけの存在でもない。れっきとした科学的現象であり、身近に接することのできる日常である。それが、彼女たちの生きる世界。彼女たちの住む町―――『学園都市』。

「そういえば佐天さん。今日、雨降るって予報言ってましたけど、佐天さん、ちゃんと傘持ってきましたか?」

「・・・・あー、ほんとだ。空、曇ってきてるね。忘れてたよ、ここでは天気予報が『予報』じゃないこと」

夕焼けが厚く重い雲に覆われていく様は、街の雰囲気を一層、重苦しいものにした。思わず佐天は息苦しさを感じた。それから、周囲を見やる。ちらほらと学生の姿を見かける。そのほとんどが、能力者だ。物理法則を捻じ曲げ、超常現象を起こす力。 それが超能力。自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と呼ばれるミクロな世界を操る能力を土台としており、「起こりえない」ことを「起こる」と思い込むことで超常現象の実現に結びつける。これを行使する者は超能力者と呼ばれそうだが、正しい呼称は『能力者』。 真に超能力者と呼ばれるのは7人のレベル5のみである。

「――――!」

そして佐天涙子は、無能力者(レベル0)。例外を除いて全く能力が『無い』という訳ではないけれど、能力的には所謂おちこぼれ。だいたい六割くらいは当てはまるらしい。しかし、能力者と無能力者とでは、大きな違いがある。彼らは、『使える』のだ。能力が『使える』。研究対象として『使える』。学園都市では、能力がすべてだ。『使える』者の利用価値は高く、重宝される。いや、この言い方は正確ではない。学園都市のスローガンを思い出せば、わかることだ。

『人間を越えた身体を手にして、神様の答えにたどりつく』こと。

それはつまり、『使える』者のための街こそが、学園都市だということだ。だから、『使えない』者の利用価値は無く、不要な存在でしかない。それどころか、むしろマイナスだろう。能力開発―――学園都市で日々行われている、人に超能力を発現させるためのカリキュラム―――を受けて尚、能力を得ることができない。薬品漬けにしても、直接電極によって脳を刺激しても、何も生じない。

「―――!」

(だから、あたしは。あたし―――佐天涙子は、欠陥品。それが、あたしにとっての、変わりようのない、現実。)

どれだけのコストをかけようと、全くリターンがないのだ。これをマイナスと言わずして、何を損失と言うのか。それに、スキルアウトという無能力者(レベル0)たちの不良グループの名を思い出せばわかることだ。社会的にも、無能力者(レベル0)なんて、迷惑な存在だ。

「ねぇ、佐天さん。聞いてま―――っ!」

(こんなつもりで、ここに来たんじゃないんだけどな・・・。あーあ。まったく、やんなっちゃうなぁ、ホント。誰が、『能力者としての才能がある』って?スミマセーン、あたしレベル0なんですけどー?どなたかと間違えちゃったりしてませんかぁ!?」

佐天は気づかぬうちに、つい愚痴を口を零す。脳裏に浮かぶのは、狭くて、けれど居心地のよかった部屋と、ひと切れの手紙。それから、たった一人の家族の顔。

「あたし、全然、特別でもなんでもないしさ!それでも、頑張って、頑張って!なのに、ただの無能で役立たずで、平凡以下でっ!」

佐天は思わず、歯を食いしばる。知らず、目頭が熱くなる。

「所詮あたしは―――あっ!!」

が、不意に言葉を止めた佐天は、気まずそうに口に両手を当て、明後日の方を向いた。佐天は今になって、初春が自分の制服の裾を引っ張っているのに気がついた。しかも突然の展開についていけてないのか、初春は目を白黒させていた。

「ご、ごめんっ!い、いまのなし、なし!あは、あはは、あはははっ!」

佐天は自分でも苦しいとは思いながらも、隣にいる友人に誤魔化した。ゴシゴシ、と豪快に涙を拭きとった佐天は、そ、そういえば!と手を叩いた。

「ちょっと食材、切れてたんだった。ス、スーパー行ってくるね?今日、楽しかった!ありがと。それから、もうしばらくしたら雨だから、早く帰りなよ?」

早口でまくしたてた佐天は、初春の返事も聞かずに走り去っていった。

「あ・・・・」

初春は振り返り、佐天が足早に立ち去った狭い路地を見た。だが、暗くてもう彼女の姿は見えなかった。先ほどの、佐天の泣き笑いの儚い表情が脳裏に焼きついた初春は、まるで彼女がもう戻ってこないような、そんな不安を感じて、思わず自身の肩を抱いた。

「佐天・・さん・・・」

5分、否、10分ほどだろうか。しばらく呆然と立ち尽くしていた初春だったが、不意に、今日の担任の言葉を思い出した。

『―――最近、近くの大型スーパーの裏の路地で、能力者による暴走事件が後を絶ちません―――』

佐天が足早に去っていった路地は、どこに繋がる道だったか?

「―――っ!」

その瞬間、圧倒的な光と音の暴力が初春を襲った。一瞬のことではあったが、気づくと地面に倒れこんでいた。目を閉じ耳を抑えているが、瞼の裏はチカチカし、耳鳴りがうるさい。

しかし彼女は、一瞬たりとも気を緩めることはなかった。すぐさま厳しい表情をした初春は、風紀委員(ジャッジメント)の腕章を取り出し腕につけると、スカートの埃を落とすことも忘れて、佐天が消えていった路地へと駆けていった。

「佐天・・・さんっ!」



[24490] 第02話 とある無能力者(レベル0)の苦悩 その2
Name: 金木犀◆82d5e843 ID:c63fc896
Date: 2011/03/02 15:46
『己の信念に従い正しいと思う行動をとるべし』


いつも、頭にあるわけではない。当然だ。風紀委員(ジャッジメント)には、咄嗟の判断が迫られる時もあるのだ。だから、この精神は―――恥ずかしい言葉遣いだが―――まさに、魂に刻みつけるようなものなのだ。

だからわたしは、この精神を思って行動したわけではない。気づいたら、そう動いていた。ただそれだけ。でも、ただそれだけが、少しばかり、誇らしかった。

だからこそ、躊躇わない。
風紀委員(ジャッジメント)にすら立ち入りが禁じられているエリアに入ってまで、友人を探しまわったことを。

だからこそ、後悔しない。
震える友人が近くにいながらも、倒れ苦しむ見知らぬ他人にも手を差し出したことを。

だからこそ、成し遂げる。
友人を、無事に逃がすことを。苦しむ他人を、救い出すことを。

それが、わたし、初春飾利の決意。風紀委員(ジャッジメント)としての、誇り。
いまにも泣き出しそうな夜の空の下で、初春は、宣言する。



○第02話 とある無能力者(レベル0)の苦悩 その2



逃げだした、という言葉が佐天の頭に思い浮かんだのは、初春の前から走り去ってしばらく経ってからのことだった。狭いビルとビルとの間の汚い路地は、なぜだか表通りよりもよほど居心地の良さを感じた。立ち止まり、呼吸を整える。ジメジメした季節の、空気のこもった独特の匂いに、思わずむせかえしそうになる。しかしそれすらも、すぐに慣れてしまいそうな気がした。それが、清掃ロボットや空気清浄機によって管理された学園都市に対する嫌悪感だと気づき、口角がつり上がる。

「らしくないなぁ」

溜め息をつき、佐天は歩き始めた。ビルの隙間から覗く空を見上げると、陽も暮れかかり、空には雲が広がっていた。傘忘れちゃったよ、と思いつつ、それでも、予報では後1時間はもつと知っていたので、佐天はそれほど心配していなかった。ただ、彼女は雨が嫌いだった。しかも、この夏の暑い時期の、スコールのような大雨が。なぜかわからないけれど、胸の奥がぽっかり空いた、そんな気分になる。だから、早いところ買い物を済ませて、部屋でじっとしていよう、と考えていた。

幾度か角を曲がり、歩き続ける。不良たちがこういう場に溜まると聞いてはいたが、今の自分になら、その気持ちが分かる気がした。確かにここは、逃げ場としてふさわしい。自分みたいな、『欠陥』がいるのにふさわしい。

・・・今、きっと自分は恐ろしくブサイクな顔してるんだろうなと思った佐天は、無理に笑顔をつくろうとした。しかし、それは明らかに失敗だとわかった。昔、プリクラのために笑顔の練習をしたときのことを思い出す。初めてプリクラを撮る、といってはしゃいでいた友人の顔。その直後、力み過ぎて失敗したプリクラを見たときの表情。チクリと胸に刺す痛みを感じた。

「初春・・・・」

次の瞬間、不意に『横』から雷鳴が鳴り響いた。近い。立ち止まった佐天は、思わず顔を顰め、耳を塞ぐ。改めて空へと目を向けるが、考え直し、能力者の喧嘩でもやっているのだろうと思い至った。雷鳴が『上』ではなく『横』から聞こえたことと、今朝、雷の予報は出ていなかったことを思い出したのだ。

「―――っうぷっ・・・」

突然、佐天は胃の中のものが逆流するのを堪えるのに必死になった。この場に居心地の悪さを感じ、この場の空気が気持ち悪くなったのだ。ここは、ここすらも、自分の居ていい場所ではない。そんな言葉を投げかけられたようで。そう、どこへいっても、ここは学園都市だった。そもそも逃げる場所など、どこにもなかったのだ。壁についていた手を離し、ふらふらと、おぼろげな足取りで、佐天はさらに奥へ奥へと進んでいった。携帯は、先ほどの落雷のせいで圏外だった。もう、どこに向かっているかすらも、彼女にもわからなかった。


◇◆◇◆◇◆◇


佐天はあれから30分ほど歩き回ったが、足が疲れるだけで、気持ちの悪さが晴れることはなかった。辺りの暗さは一層増して、夕空―――いや、夜空を見上げると、一段と雲が厚くなっていた。このままでは、時期に雨に降られてしまうと思い、顔を顰める。雨は、嫌なのに。ふと、少し離れた先から、声が聞こえてきた。どうやら、人がいるらしい。


「――-ッ!」

「――っ!」

「―――!!!」

ほとんど考えもせず、佐天はそちらへと足を向けた。
この角を曲がって―――

「―――んがっ!?」

佐天は突然、背後から口元を覆われ、そのまま後ろの地面に倒れこんだ。時間差で、手に持っていた紙袋が土の地面に落ち、トン、という軽い音を佐天は耳にした。襲撃者も一緒に倒れたため、佐天は後頭部で襲撃者のおでこに偶然の一撃を加えてやれたが、それ以外にはそれほど痛みを感じなかった。どうやら今日は後頭部が厄日なようだ。現実逃避したい気になるが、すぐさま状況を思い出し、じたばたと慌てだす。

「ぼっ、ばべっ!?(ちょ、だれっ)」

佐天は密着してくる不審者を振り払おうとしたが、手と足を背後から綺麗に抑えられ、身動きがとれなかった。助けを呼ぼうにも、口はふさがられているし、何よりここは路地裏。途端、自分の軽はずみな行動に、今更になって後悔した。目には涙が浮かび、背に何か冷たいものが入れられたような気になった。恐怖で身体に力が入らなくなる。と、ようやく佐天は、この角の奥に人がいることに気づき叫ぼうと息を吸い―――

「静かにっ」

耳元で、押し殺したような、それでも佐天の耳にははっきりと聞こえる声で、襲撃者は囁いた。その声に、その甘ったるい声に、佐天は覚えがあった。

「ぶ、ぶびばぶっ!?(う、ういはるっ)」

「し、静かにしてくださいっ!」

埃っぽい地面から立ち上る臭いに混じって、仄かな花の香りと甘い匂いが佐天の鼻に届く。気味の悪かった背中の感触にも、口元に当てられた手にも、佐天はすっかり嫌悪感をもたなくなった。いやむしろ、意外にも年頃の少女らしく柔らかい初春の身体の感触や、走ってきたせいだろうか、同性でもドキッとしてしまうほどの、耳元に感じるこそばゆい不規則な荒い、けれど押し留められた息遣い。そして突然のことにバクバクと鳴り響くお互いの心臓の音が、佐天を平常心にさせるのを難しくしていた。不意過ぎるイベントに顔に佐天は真っ赤に染め、棒のようにカチコチに固まってしまった。

「佐天さん・・・無事でよかった・・・」

「ああああああの・・・う、初春さんっ!?」

ギギギギ・・・と軋む音を立てながら首を回し、小声で背後から抱きしめてくる『同性』の友人に声をかける。そう、『同性』だ。断じて、佐天にそっちのケはない。と思う。しかし自身の高鳴る胸の音が、間近で見る友人の潤んだ大きな瞳が、瑞々しい唇が、佐天の自信を簡単に打ち砕く。

(でもでもでもっ!あたしさっき、あんなにみっともない姿を見せつけた直後じゃないっ!?なのになにこれっ!しかも初春、意外に積極的過ぎるでしょ!ギャップがっ!激しすぎだから!路地裏で後ろからとかっ。何ならもっと・・・て、そうじゃなくてっ!!)

「―――あぁああ、え、えとっ!こ、これはっ!その、違います!」

初春はトリップしかけていた佐天を引きとめようと声をかけた。上目遣いで、紅い頬をしながら伺うようにそう囁く初春の姿に、何が違うのかと佐天は問いたかったものの、続きの言葉を待った。だがその言葉を聞いた直後、さぁっと昇っていた血液と体温が一気に下がるのを身体全体で感じた。手短に言います、と前置きをした上で、初春はこう言った。

「その角の先にいる人たち。それから、大圄(だいご)先生の話していた路地裏事件」

「―――ッ!!!」


能天気なことを考えていた先ほどまでの自分を罵りたくなるより前に、初春がなぜここまで来てくれたかに考えが及ぶよりも前に、佐天は、先ほど初春に襲われた時の恐怖とパニックを再び感じ、ぐっと自身の身体を抱きしめようとして、初春に手足を抑えられているのに気づいた。ようやく先ほどの落雷もどきを思い出し、高位の電撃使い(エレクトロマスター)の存在する可能性に思い至った佐天は、さらに身を縮ませようとした。そんな佐天の様子を肌で、というか身体で感じた初春は、そっと拘束を緩め、優しく、佐天を抱きしめた。

「大丈夫です。わたしを、誰だと思っているんですか」

右上腕につけた腕章の方へと目をやった初春は、佐天の身体を起こし、佐天の落とした紙袋を手にとり立ち上がった。紙袋に被せられたビニールについた埃を叩くと、

「さぁ。こっそり、帰っちゃいましょう?」

と言って手を差し伸べ、いたずらっぽい(と初春本人は思っている)笑みを浮かべる初春の姿は、薄暗く汚い路地裏でひと際無垢に映り、佐天は思わず目を細めた。自身の誤魔化しきれない顔の紅潮に、佐天はつり橋効果、つり橋効果と念じながら手を伸ばし、立ち上がった。

「ん?」

紙袋を受け取った佐天は、自身のスカートの裾を叩きながら、初春の赤くなっているおでこを確かめた。前髪を持ち上げる。少しタンコブになっているかもしれない。不意に佐天は、初春との顔が近いことに気づく。

「わっ!うううう、初春は、おでこが、や、厄日なんだっ・・・」

「も、もうっ!佐天さんたらっ!痛かったんですよ?」

「ゴ、ゴメンゴメン。アハハ・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

突如訪れた無言の時間。向かい合い、顔を間近に接近して、両者とも、顔を赤らめていた。明らかに周囲一帯に変な空気が充満していった。きっと今日の自分は変に違いない、気のせい気のせいと佐天は首を振った。佐天は、頬を染めながらおでこを擦る初春を見る。こんな小動物みたいな、大人しい子なのに、あっという間に倒されて、身動き一つとれなかったことに、佐天は驚きを隠せなかった。ちゃんと風紀委員(ジャッジメント)、頑張ってるんだ、と。チリリとどこかが痛むのをあえて無視して、佐天は初春に告げる。

「ともかく、わざわざありが―――」


「――――おいっ!そこにいるやつ、誰だっ!」

「「――――ッ!」」


突然、野太い声をかけられ、びくっと身体を硬直させる2人。どうしよう?と目を合わして沈黙すること数十秒。しかし、「おい、お前見てこいよ!」という声が聞こえ、初春がいち早く決断する。先ほどの落雷を行使するほどの電撃使い(エレクトロマスター)―――最低でも、大能力者(レベル4)だ。下手に刺激するのは良くない。初春は、風紀委員(ジャッジメント)の腕章は制服のポケットにしまった。

(佐天さんは、このまま逃げてください。わたしもすぐ、追いかけますから)

初春はそう佐天に呟くと、佐天の返事を待たずに路地を曲がる。角を右に折れると、案の定、ガラの悪い連中がたまっていた。

「やっぱり・・・」

初春は、苦虫を噛み潰したような顔で零した。実はこのエリアは、最近になって、学生だけでなく風紀委員(ジャッジメント)ですら、危険だからと警備員(アンチスキル)たちに言われ、立ち入ることを止められていた区域なのだ。二十メートルほど先に5人ほどの人影がある。ジーンズをずり下げ胸元まで開いたシャツを着ている者や、タンクトップにハーフパンツを来ている者。そして誰もが、個性を主張しようと髪を赤に金に緑にと染めていて、その幾人が、初春の知る顔だった。といっても、友人や知人といった類ではない。

「武装無能力集団(スキルアウト)―――っ!」

無能力者(レベル0)の、武装集団。つい舌打ちしてしまわないよう自身を律しながら、初春は口の中で呟いた。それから数歩進んだところで、立ち止まる。何が楽しいのか、男たちの笑い声や言葉が聞こえるが、あまり耳にして気分の良いものではないだろう。初春は無理に聞こうとはしなかった。

念のため言っておくと、初春にとって、スキルアウト自体は、それほど脅威ではない。銃器を隠し持っていない限り、そして二、三人程度、という条件はつくが。ただ、その限りにおいては、初春一人でも十分対処可能だと初春は考えていた。そしてこれは、自惚れでもなんでもなかった。

しかし今回は、5人。加えて、銃器をもっているのかもしれない。さらに、背後には、隠れているが、なぜかまだ逃げだそうとしない、自分にとってとても大切な友人。その上、大能力者(レベル4)以上の電撃使い(エレクトロマスター)。そして一番の問題は、ごまんといるスキルアウトにも拘らず、初春がこの場にいる彼らの顔を知っていた、ということであった。そう、暗がりにでもよくわかる彼らの顔は、最近、風紀委員(ジャッジメント)に対して写真付きで警告通知がなされていたものとそっくりだったのだ。

「まずいかもしれません・・・」

思わず、口に出してしまう。この通達がされるということは、二つのうちどちらかを意味している。一つは、警備員(アンチスキル)を用いて検挙するまでもないが、だからといって野放しにしておけない「程度」の者たちという意味。つまり、風紀委員(ジャッジメント)が見かけた場合、拘束するための通達である。問題なのは、二つ目の方だ。ある程度の―――そう、例えば彼女の同僚の白井黒子ような――実力をもったものでない限り、風紀委員(ジャッジメント)は迅速に警備員(スキルアウト)に連絡しなければならないほどの、危険人物という意味である。

「――っ!」

初春は、ギリリと自身の歯の軋む音を聞いた。スカートのポケットにしまってあるモノを、思わず握り締める。ホームルームでの担任の大圄(だいご)の言葉や、最近になって風紀委員(ジャッジメント)ですら立ち入り禁止区域にされたこのエリア。その二つが示すことは、明らかだった。しかも大圄(だいご)の言葉を信じれば、無能力者(レベル0)の集団と言いながら、彼らの中に、危険視されるほどの能力者がいるということだ。

「―――おいっ!聞いてんのかよ!?」

「――は、はいっ!」

どんな下品な言葉も汚い単語にも反応せず、ただ無言で立ち尽くしている少女に、不良たちはいらついていた。それにようやく気付いた初春は、思考を中断した。そして、スカートのポケットに入っている『モノ』をさらにきつく握り締めながら、脅えた口調で告げた。

「・・・・すみません、道に迷ってしまって・・・」

表情は苦く、悔しさに満ち溢れていた。だがそれは、危険人物たちと相対してしまった自分の運の無さによるものではない。ここから安全に逃げだせるかわからない不安によるものでもない。ポケットの中にあるモノ―――風紀委員(ジャッジメント)の腕章―――を強く握りしめる初春の手は、白くなっていた。

『己の信念に従い正しいと思う行動をとるべし』

そう、簡単なことだった。初春は、ここで自らが引くという行為を選ぶこと自体が、自分自身だけでは何もできないということを自ら認めてしまっているようで、悔しかったのだ。いかに普段は大人しくても、されど風紀委員(ジャッジメント)。目の前に、学園都市の治安を脅かす存在がいるにも拘わらず、何もできず、ただ逃げる選択しかとれない自分が、あまりに情けなく、あまりに理想とかけ離れていて。

「――――ろと教えてやっからよぉ?」

「ま、帰りはいつになるかわからねぇけどな?」

下衆な言葉にいちいち反応しなくなったのはいつの頃だったか。そんなことを考えて、初春は、自分の不甲斐無さからくる悔しさを必死に抑えていた。それでも、できる限り冷静に、事態の推移を伺っていた。風紀委員(ジャッジメント)をやっていれば、しかも、あんな人とコンビを組めば、たとえバックアップの立場であれ、危険な場面に遭遇するのは一度や二度ではない。それくらいの度胸と実力は身についていたつもりだ。

だが決して、彼らを侮っているというわけではない。ちらちらと伏し目がちで脅えた少女を演じながらも、不良たちの身体全体を視界におさめ、また咄嗟の状況にもすぐに身体が反応できるよう、怪しくない程度に自然体で身構えていた。そして、ふとその視線をさらに奥へと向けた。

「――――っ!!!」

そこに見えた凄惨な光景に、初春は思わず走りだしそうになる。だが、常に冷静にあれ、というのも、初春が経験から得た賜物だった。思わず一歩踏み出したところで、何とかとどまることに成功した。

必要なのは、現状を適切に把握することだ。勇敢と無謀は紙一重だが、決定的に違う。落ち着け、初春飾利。背後にいるのは、守るベき、大切な大切な友人。目の前には、おそらく自分一人では太刀打ちできない不良集団。そしてその奥には―――。流れるような一瞬の思考のうちに、初春は判断を下し、告げた。

「―――風紀委員(ジャッジメント)ですっ!」

慣れた自然な動作で、きつく握りしめていたせいでしわのついた腕章を取り出して腕につける。不良たちの顔を見据える初春の表情は、焦りや不安に満ちていた。それは、自分自身の無謀な決断故に。けれどその瞳は、誇りに溢れていた。それは、自分自身の在り方故に。だからこそ初春は、この場を支配する者のように、彼らに宣言する。

「大人しく、お縄についていただいます!」

己の信念のために―――。


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なかなか話が進まない&会話が少ないですね。。。
テンポの良いストーリーが作れません。



[24490] 第03話 とある無能力者(レベル0)の苦悩 その3
Name: 金木犀◆82d5e843 ID:c63fc896
Date: 2011/03/02 15:58
能力者になれる。そう思って、学園都市にやってきた。
でも、なれなかった。

能力者が、羨ましかった。
でも、なれなかった。


それなりに、努力もした。必死にあがいた。
でも、なれなかった。


悩んで、夜も眠れない日もあった。一晩中、泣いた日もあった。
でも、なれなかった。


能力者には、なれなかった。


だから、嫌い。
学園都市も、能力者も―――そして何よりも、それでも能力者に憧れ、羨み、妬む、あたし自身が。



○第03話 とある無能力者(レベル0)の苦悩 その3



「佐天さんは、このまま逃げてください。わたしもすぐ、追いかけますから」

そう言って佐天の前から初春が姿を消したのは、ついさきほどのことだった。はっきり言って、佐天は、たび重なる突然の状況の変化についていけていなかった。初春が傍にいることで、なんとか気を持たせていたのだ。角の曲がった先を思いやった佐天は、初春への心配と同時に、それ以上の自身の心細さを感じた。知らず、両腕で自身を抱く。ビニールに包まれた紙袋が、カサリという音を立てた。無駄に説明書ばかり入った箱と、こじゃれた包装紙に包まれた小箱の入っただけの紙袋が、なぜか佐天には重く感じられた。

(ああ。そういえば、『アレ』も買ったんだよね)

知らず、現実から目を背ける。埃っぽい足元の地面に視線を固定したまま、佐天は今日の買い物のもう一つの成果の、小箱のことを思い出した。心に暖かさが広がっていくのと同時に、わずかに後ろめたさが佐天の心臓を鷲掴みにした。

(ビニールカバー、お願いしててよかったな。汚れずに済んだし)

わずかに聞こえる友人の声と、耳をそばだてなくとも聞こえる、野卑な男たちの奇声が、佐天を現実に引き戻す。

―――逃げるの?
まさか。自分を心配して追いかけてくれた友人を置いて、逃げるなんて。そんなの、できっこない。


―――じゃあ、逃げないで、どうするの?初春を助けるの?
まさか。格闘経験もない、無能力者(レベル0)の自分が、一体何をできるっていうのか。


―――だったら、やっぱり逃げるの?
大切な友人を置いて?


―――その友人の言いつけを破って、逃げもせずにただただ足手まといになっているのは誰?
わかってる!わかってる、けど!

佐天はビルとビルとの隙間から覗く夜空を見上げた。空は、今にも雨が降り出しそうなほど、重い雲に覆われていた。

「・・・・どうしたらいいの・・・ういは―――っ!?」


「――――風紀委員(ジャッジメント)ですっ!!」

突然、薄汚い路地裏にふさわしくないほど澄み切った、甘ったるいながらも凛とした声が辺りに響いた。

「えっ・・・う、初春っ!?」

佐天は、さらに混乱を極めた。穏便に事態を納めて逃げる算段のはずが、どうして、と。

「あん?風紀委員(ジャッジメント)だぁ?」

裏通りのうす暗く小汚ない一角に、品のない笑い声がこだました。

「そんな可愛いナリして、どうするつもりだぁ?」

「もしかして、大人しくしてたら、イイコトでもしてくれたりすんの?」

「ほら、一人じゃねえんだろ?でてこいよ、一緒に遊ぼうぜ?」

初春の言葉に、しかしそれもまた仕方のないことだろう。男女差から生まれる体格や筋力の違いは明らかである。加えて、暴力沙汰とはまるで無縁な、無垢でスラリと伸びた白い手足が否が応にも彼らの目につく。

一方で、佐天は身体をびくりと震わした。気づかれている。だがそれよりも、初春の、まるで人が変わったかのような凛とした態度が、佐天には理解できなかった。なぜ自分から揉め事に関わるのかと。なぜ、そんな不利な状況にも拘わらず、踏み込むのかと。辺りを見渡しても、他に人の姿はなかった。当然だ。ここは路地裏。しかも、危険な。下品な男たちの笑い声だけが路地に反響し、佐天には不気味にすら感じられた。先ほどの、圧倒的なまでの雷が、フラッシュバックする。

「―っ!」

不安に駆られるまま、佐天は小走りで角を曲がり、土で汚れた初春の背中を掴む。ただ、一人で逃げるよりも、初春と一緒に逃げた方がいい気がして。

「ね、初春っ!逃げよ?ほら―――ッ!」

「佐天さんっ!どうし・・・」

初春は最後まで言葉にしなかったが、一瞬だけ振り返った初春の表情は、佐天は手に取るように分かった。それは、なぜ顔をだしたのかと佐天を責め立て、そして、無謀にも戦場に顔を出す素人に対する呆れを多分に含んだものだったように佐天には映った。ポツ、ポツ、と、6月らしい、生温い雨が、降り出した。

「ゴメン・・・」

思いつきでの行動が、初春に迷惑をかけた。足手まといと思われることは、仕方がない。自分はただの一般人だし、無能力者だ。けれど。けれど、親友の身を呈した行動を棒に振った自分と、何より、初春に呆れられた自分が嫌でたまらなかった。雨に降られる不快感すら、今は全く感じなかった。

「・・・ゴメン・・・・・」

紙袋につけてもらっていた雨避けのカバーに、雨粒が当たりトントンと音が鳴る。ただただ佐天は、縋りついていた藁(わら)が自分の手から離れていく気がして、自身の身体が震えることを止めることができなかった。震える佐天を見た男たちは、さらに嗜虐心を焚きつかせることになるのだが、佐天はそんなことに気づく余裕などまるでなかった。頬を伝う温かい滴が、雨なのか何なのか、分からなかった。

「ほらほら、そっちの子、震えちゃってるじゃねーかぁ!」

「安心しな、今から存分に可愛がってあげるからよ!」

初春は後ろから聞こえる佐天の歯のカチカチ鳴る音を気遣い、不良たちの視線から彼女を隠すようにさらに一歩踏み出す。肩越しに、佐天の息を飲む音がした。

「大丈夫ですから。佐天さん」

初春の目は、不良たちに向いてはいなかった。そしてその瞳には、強い意志が込められていた。

「念のためお聞きします。救急車は、呼んでいますか?」

「ちょ、ちょっ―――!」

恐慌状態の佐天すら、思わず小声で叫び、初春の服を強く引っ張る。佐天からしてみれば、初春の言葉は彼らへの最上級の罵りに聞こえただろう。初春はそれに気づかないのか、目をある一点に向けたままだ。

「あ?コイツのために?誰が呼ぶかよ」

「コイツ、言うこと聞かなかったんだぜ?自業自得じゃね?」

口々に、男たちは否と告げ、初春は視線を鋭くした。そう、佐天は気が付いていないが、初春の目には、彼ら不良たちの後ろに、ぼろぼろになった高校生くらいの少年が倒れる姿を捕えていた。明らかに中度以上の火傷を負っている彼の、その姿が意味することは、二つ。一つは、迅速な手当てが必要だということ。もう一つは、この中に、それを為せるものがいる、ということ。それが、彼女が行動を変えた理由。

「おっと、大丈夫だ。アンタらにはこんなことしねぇよな、お前ら?」

「ったりめぇだ。せっかくの上玉だ、顔に傷がついちゃあな。」

「ああ。楽しみが減るってもんだよな?」

佐天という一般人がいるという危険はあっても、一刻も早い救助が必要。それが、風紀委員(ジャッジメント)、初春飾利の判断。唯一の救いは、不良たちや怪我人がいる場所は、ちょうど屋根があるところらしく、雨には降られていないことくらいだろうか。ただ、雀の涙程度だが。なぜなら、電撃使い(エレクトロマスター)がいるとしたら、この天候はアウェイ(敵地)もいいところなのだから。

「―――で、お前はいつまでそこにいるんだ、よっ!」

「―――-っ!!」

ボフッと、中身の詰まった麻袋を蹴り飛ばした音がした。重傷のはずの少年の身体が、壁に叩きつけられる。呻き声が、佐天の耳にまで届く。ギリ、と近くで歯ぎしりする音が前の少女から聞こえた。

「え・・・え!?なに、なにっ!?」

覗きたいが、覗きたくない。好奇心が首をもたげてくるが、理性は見るなと訴える。けれど聴覚からのみの情報は、想像力を掻き立て、ただただ佐天の興味を煽るだけだった。だから初春の背の影から顔を―――

「駄目です。とにかく佐天さんは、助けを呼んできてください」

一人で逃げろ、とは言わない。小柄な少女は、袖を掴む友人に、後ろ手に携帯電話をこっそりと渡した。この付近一帯が、おそらく停電により圏外――携帯電話が使えない状況にあることを、告げる。

「だから圏外から抜け出して、ひとまず、助けを。白井さんへ伝えたら、大丈夫ですから。隙はわたしがつくります」

「ちょ…いくらなんでもそんなことっ―――」

初春は、厳しい表情で不良集団を見据えたまま、そう呟いた。きっと男性に言われたらコロりと落ちてしまうだろう台詞は、しかし、一見すると内気な少女の口から紡がれたものだった。雨に濡れ透ける背中は小さく、薄いはずなのに、とても大きく見えた。

「い、一緒に逃げよ?ね、初春っ?」

だからと言って、佐天が弱気になるのも、無理はない。佐天はこの少女がどれほどの格闘能力をもっているのか、知らなかった。これほど堂々と、自身に満ち溢れている姿も、知らなかった。先ほど組み伏せられたときには、トレーニング積んでるんだ、とは思ったけれど。けれど、いくらなんでも、これは。ムリだ。

「いえ。こんなビルの隙間では、信号弾も効果は薄いでしょうし。そこの男性は、一刻も早い治療が必要です」

しかし初春はそれには取り合わず、いたって冷静に、状況と対処法を告げる。

「で、でもっ!」

佐天は自分でも、一人で逃げるのが怖いからか、それとも、この後、初春が暴行されてしまうことが怖いのか、わからなかった。でも、この場に初春一人残していくことは、何か、良くない気がした。ただ、それだけだった。

「おら見ろよ、仲間割れしてるぜ?」

「安心しろよ、二人一緒に可愛がってやるからよ?」

「仲間はずれにはしねぇーよ!!」

男たちは、相変わらず動く気配がなかった。ただ彼女たちの行動を眺め、楽しんでいた。だからこそ、今のうちに佐天を逃がさねばならない。

「・・・お願いします、佐天さん」

故に、初春の意見は、変わらない。だがそれは、聞いている佐天の心を落ち着かせる響きを含んでいた。

「佐天さんは、一般人です。だからホントは、巻き込むわけにはいきません。でも、申し訳ありませんが、助けを呼んで下さると、助かります。そこの男性のためにも」

一瞬だけ佐天の方を見た初春は、友人を安心させるためだろうか。努めて優しい口調で、そう告げた。佐天は、自分の目には見えないが、おそらく初春の視線の先には、男性が倒れているのだろうと思った。それも、佐天のような一般人にはとても見せられないような深い傷を負って。一瞬だけ見えた初春の瞳は、雨に濡れても尚、強い輝きを持っていた。

「さぁっ、いってくださいっ!」

初春は佐天の逡巡すら待たずに、口ではなく態度で示せとばかりに、綺麗に構える。雨粒がはじける様は、『武』をまるで知らない佐天にとって、幻想的ですらあった。佐天は、どうすればいいかわからなかった。もちろん、このまま二人でいて救援を待つことは愚策だと分かっていた。初春の言うように、先ほど近くに落雷があったせいか、停電なのかなんなのか、先程から携帯電話が通じないのだ。それに、こんな狭い路地では、風紀委員(ジャッジメント)特性の信号弾でも何の役に立たないに違いない。

かと言って、二人で逃げるのが得策ではないことは、佐天にも良く分かっていた。女子中学生風情の体力で、高校生以上の男性たちの体力に敵う筈などないのだ。しかも、佐天は荒事には全くの素人。だから、どちらかが足止めをしなければ、共倒れになることは必至だ。


―――あたしに、あたしに能力があれば―――

いつの間にか、雨が強くなっていた。紙袋のビニールカバーに雨粒が当たる音だけが佐天の耳に大きく聞こえ、初春の言葉も、不良たちの声も、遠くに感じられた。ふと、最近知り合った、ツインテールの少女の姿が佐天の脳裏に思い浮かぶ。彼女は、同い年にもかかわらず、同じ中学生にもかかわらず、風紀委員(ジャッジメント)として活躍しているそうだ。初春によく聞かされる話はどれも、自分と同じ年齢の少女の為したこととは佐天には到底思えなかった。

「いいねぇ。無抵抗ってのは、あんまそそらねぇからな」

「ああ、暴れまわってもらった方が、ヤリがいがあるってもんよ」

きっと、彼女だったら。この場で最良の選択肢を選ぶことができるのだろうと佐天は思う。でも、しょうがないのだ。彼女は彼女。自分は自分。どんな苦い薬も、電極も、身体が拒絶した、落ちこぼれ。それが佐天涙子。がんばっても、どれだけがんばっても、いつまでたっても、ただの無能力者(レベル0)。能力者と無能力者とでは、何もかもが違う。そう。越えられない壁がある。だから、自分はこんな目にあってるんだと思う。だから、仕方のないことなんだ、と思う。


―――しょうが、ないのかな。やっぱり―――


チラリと、佐天は隣にいる荒事にそぐわない少女を伺う。顎を引き、両の拳を握り、適度に開いて構える姿は、実に様になっていた。


―――これが、『使える者』と『使えない者』の違いなのかな―――


佐天と同じ人間なのに、低能力者(レベル1)の友人はこれほど立派で、自分はこれほど情けない。きっと、この少女はチカラでは不良たちには敵わないだろうと佐天は思う。もちろん、能力でも。実は親友と言っておきながら、この少女の能力を、佐天は知らない。でも、低能力(レベル1)程度では喧嘩の役になど立つはずがない。大きな雨粒が、佐天の身体を叩く。まるで一粒一粒が、自分を非難しているようだった。雨粒が重く感じられ、気をつけていないと立っていられなかった。


「おいおい、お前もう『そんな』になってんのかよ」

「仕方ねぇだろ、溜まってんだよ」

「お前、あーゆーのタイプかよ!?ロリコンじゃねぇか!」


不意に、佐天は笑いがこみ上げてきた。だって、これが笑わずにはいられるだろうか、と。初春は、能力者だ。学園都市にとって、大切な人間。そんな貴重なヒトが、ただの無能力者で、学園都市にとって害悪でしかない自分を、身を呈して守ろうとしているのだから。こんな価値のない人間を、価値のある人間が身をもって守る必要などどこにあるのだろうか。それはきっと、まったくもって、完全に、無駄で、非合理的な行為だと、佐天は思う。

―――いや。きっと、優秀な彼らは、救いの手を差し伸べる好意を無駄と思わないのかもしれない、と佐天は思い直す。自分のような心の狭い人間とは、きっと違うのだろう、と。ああ、よくない。思考が、悪い方にばかりめぐってしまう。しかし、この緊張状態だからこそ、良くないと思えば思うほど、佐天の思考は加速してしまう。


「――――佐天さんっ!」

佐天は改めて思う。あぁ、なんて、ダメな人間なのだろう、と。逃げることしか。これほど優しい立派な友人を身代わりに、ただ逃げることしかできないなんて、と。


―――当たり前じゃない?だって、あたしは無能力者(レベル0)。ただの欠陥品―――


佐天はすっかり、雨に身体を押しつぶされそうだった。学園都市に降り注ぐ雨粒の一つ一つが、お前はここ――そして学園都市――にいるべき存在ではないと言っていた。気づいたら、目を閉じていた。おそるおそる開いた瞳が捉えた視界は、相変わらずの、厳しい現実だった。けれど、仕方がない、と佐天は考える。なぜなら、それが、自分―――『佐天涙子』なんだから。救いも何もなく、自分にできることも何もない。ただただ、守られる存在。でも。でも、そう。それが佐天涙子にとっての『現実』なんだ、と。無能力者で、この学園都市にはどこにでもいる、力のない少女。それが、『現実』だと。


―――けど、どうしてだろ―――


―――なんでこんなに、胸が、痛いんだろ―――



「じゃあ、そろそろヤろうぜ?お嬢さんたち」

「さぁ、仲良く楽しい時間を送ろぉぜ?」

「安心しな、すぐに気持ちよくなっちまうぜ」

そこには、前向きな感情は一つもなかった。いやむしろ、自分の意思や決意はもちろん、何の理由も動機も、思考すら何一つとしてなかった。ただ、そう迫られたから。そう言われたから。そう勧められたから。

「佐天さんっ、お願いしますっ!」

「――――っ!」

まるで意思のないロボットのように、空っぽの佐天は、その場から逃げ出した。重い重い雨粒を押しのけて。それが不良集団から逃げ出したのか、初春から逃げだしたのか、それともこの現実全てから逃げ出したのか、佐天にはわからなかった。

そしてこのとき、佐天は、初春のか細く華奢な身体が震えていたことにも、強張った口調と表情を取りつくろっていたことにも、気付くことはなかった。

降り出したばかりの雨は、既に、叩きつけるほどの大粒の雨になっていた。バケツをひっくり返したかのように降る生温かい雨は、佐天の記憶の奥底を揺さぶろうとして彼女の身体を叩く。しかしそれすらも、このときの佐天は気にかける余裕はなかった。


――――――――――――――
相変わらずセリフが少ない・・・。読みにくかったらすみません。そして話が一向に進まない。。



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