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ランチョン・スピーチ
少子高齢化時代の経済成長戦略
「改革の配当」を活用して持続可能な経済システムの構築を
竹中 平蔵   (慶應義塾大学教授 グローバルセキュリティ研究所所長)
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神保 謙   (慶應義塾大学総合政策学部専任講師)
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竹中平蔵教授

 2005年には世界最低の出生率1.25を記録し、国勢調査で総人口の減少が判明するなど、少子高齢化の勢いが止まらない日本社会。しかし、「小さな政府」の構築を目指し、郵政民営化をはじめ一連の改革を押し進めていくなら、本格的な人口減少社会を迎えても日本は十分に経済成長を維持できる。先の小泉政権で、財政・金融分野の要職を担った経験に基づき、竹中平蔵教授が語った。

必要なのは、持続可能な「小さな政府」

2001年4月に小泉政権が発足し、経済財政政策担当大臣に就任した際、少子高齢化の進展によって人口減少社会に直面する日本が早急に取り組まなければならない課題は二つあると考えた。まず始めに、失われた10年の「負の遺産」である不良債権を一刻も早く清算すること。そして、不良債権の整理にめどが立ち次第、現在の肥大化した官僚機構を「小さな政府」へとつくり替えていくことだ。
なぜ、「小さな政府」なのか。人口減少社会を迎えた現在、年金制度に端的に示されているように、支えられる側の人口は増える一方で、支える側の人口は減り続けている。しかし、この人口構成上の大変化に対して、「支える側の若い世代の負担を大きくすればよい」という安直な考え方によって対処することは許されない。なぜなら、若年層に大きな負担を課してしまえば、明らかに経済の活力を削ぎ、結果として経済発展に支障をきたすことにつながるからだ。
若い世代に負担を強いずに、経済的に持続可能な社会を実現するためには、自助自立のシステム、すなわち効率的でムダのない小さな政府をつくり上げるしか道は残されていない。そして、その小さな政府の象徴が、常勤26万人、非常勤を含めると38万人もの国家公務員が従事する巨大な国営事業の解体、すなわち郵政民営化であった。
その意味で、小泉政権があれほど郵政民営化にこだわり、改革の手を緩めようとしなかったのは、大きな流れとして見れば、「どんな難局に直面しても、人口減少に対処できる国へと日本を変貌させるためには、一切の妥協はしない」という強い意志の表れだったと言えるだろう。

改革を実現する二つの力

なぜ小泉政権は、不良債権処理と小さな政府の構築という二つの改革について、成果を挙げることができたのか。その要因として、次の2点を強調したい。
一つは、「リーダーのパッション」。このパッションという言葉は、諸外国の政策担当者がことに重要視するものだが、2005年夏の郵政国会の運営に際しても、小泉総理のパッションの強さが遺憾なく発揮された。党内の郵政民営化反対派の大物議員らがスクラムを組んで仕掛けてきた「法案修正」という名の改革骨抜き圧力に対し、小泉総理は一歩も譲らず拒否。そして「内閣総理大臣である私がすべて責任を取る」と、解散総選挙も辞さない断固たる姿勢を一切崩さなかった。この小泉総理の改革へのパッションが、改革の軸をぶらさず、結果として郵政民営化を実現させたのだ。
もう一つは、「戦略は細部に宿る」という事実。例えば、私が2001年の大臣就任後に最初に取りかかった「金融再生プログラム」では、銀行の資産評価方式をディスカウントキャッシュフロー法に統一してガイドラインを作成し、それを金融検査マニュアルへと反映させた。その内容自体は、実は大学1年生向けの金融論の教科書の内容と大差ないものだ。ただし、このプログラムによって、金融機関が時と場合によって都合よく抜け穴を使い分けることを許さず、国際金融システムのルールに則って資産評価を行うこと、言い換えれば「当たり前のことを当たり前にする」ことを厳格に求め続けたつもりである。
その結果、小泉政権発足時には8.4%まで悪化していた主要行の不良債権比率は、2006年には1.5%にまで低下し、金融システムは完全に正常化された。このように、改革の実現には、一見小さなことに思えるが実は全体の基盤となる個々の案件について地道に詰めていく作業が欠かせない。それが、「戦略は細部に宿る」の意味するところだ。
現在、安倍政権で「社会保険庁改革」が議論されている。社会保険料の強制徴収権を国税庁へと「移管」するはずだった当初の改革案が、現在では「委託委任」となっている。「移管」の場合は徴収権が国税庁へと移り、社会保険庁は解体となるが、「委託委任」の場合は徴収権そのものは社会保険庁に残る。すなわち組織の延命を意味する。これなど、「戦略は細部に宿る」ことをよく心得ている族議員と官僚が、ひそかに文言を入れ替えたに違いない。こうしたことが重なると、一見改革は実現したように見えてもほころびが出てくる。そして、ほころびが重なると、再び「失われた10年」という陥穽に落ちかねないことを、この場で強調したい。

「改革の配当」で経済成長は実現できる

小泉政権下に、不良債権処理という「リ・アクティブ(受け身)」の改革が一定の効果を上げた結果、日本経済はここ3年ほど年間2%台の経済成長を維持するまでに回復した。それ自体は結構なことだが、日本経済が「失われた10年」で疲弊している間に、世界経済の様相は一変した。なかでも中国の経済的追い上げは凄まじく、2010年代半ばにはGDPで日本を追い抜くとも言われている。そのような状況下で、日本が成長率をさらに高めていくことはできるだろうか。私は、それは「可能」だと考える。そこで、現在の日本をめぐる状況を、1990年代後半にアメリカで提唱された「ニューエコノミー論」を踏まえて述べたい。
1990年代当時、ポール・クルーグマンらニューエコノミーの論客は、伝統的な経済学者がアメリカの潜在成長力を2%から2.5%としていたときに、実際は3%を超えていると主張した。その根拠は、東西冷戦構造の終焉によって、非生産的な軍事支出が生産的な支出へと振り向けられ生産性が向上する「平和の配当」と、アラン・グリーンスパンによって100年に一度の技術革新と評された「IT革命」の二つだ。事実、彼らの唱えたとおりに事態は進展したわけだが、実は現在の日本にも、ニューエコノミーが実現する条件は整っているのである。
日本は、歴史的経緯から「平和の配当」は望めない。しかし、「改革の配当」が期待できる。つまり、「改革をやれば成長率が高まる」ということである。最もわかりやすい例として、東京駅丸の内口の東京中央郵便局を挙げたい。鉄道で郵便を運んでいた時代の「過去の遺物」が、周りをすべて超高層のハイテクビルに囲まれながら、丸の内の一等地に今も鎮座している。不動産資産の有効活用という観点から見れば、驚くべき非効率としか言いようがない。しかし、今年10月の郵政民営化によって、郵政公社が都市開発事業にも、不動産事業にも、小売業にも参入できるようになれば、これも有効活用されるようになる。そこに大きなビジネスチャンスが生まれることは間違いない。
金融も同じである。現在、日本国民が持つ総金融資産計1,500兆円の2割に相当する300兆円が郵政公社に預けられているが、政府保証がついているため、国債でしか運用できないよう法律で縛られている。言い換えれば、日本国民の総金融資産の約2割を「国が集めて国が使っている」。民間企業への融資にも、個人の住宅ローンにも回ってこないのが現状だ。しかし、民営化されれば膨大な郵貯の預金が民間分野で活用される道が徐々に開かれ、資産の効率的な配分が実現する。改革が進めば進むほど、「改革の配当」にあずかることができるのだ。
こうした、小さな政府を指向する「プロ・アクティブ(積極的)」な改革を進め、「改革の配当」を積極的に追求していくことにより、日本が今後も経済成長率を高めていくことは十分に可能であると言えるだろう。

戦略的アジェンダ設定の重要性

経済成長率を高めるため、一層のプロ・アクティブな改革が求められるが、特に労働分野に関しては、この国における最大の格差、正規労働者と非正規労働者の間の不平等を解消する「労働ビッグバン」が求められる。具体的には、正規労働者と非正規労働者がそろって、社会保険、医療保険や年金に加入できるシステムを早急に構築しなければならない。そのためには経済界は応分の負担を強いられ、また労働組合も既得権益を捨てる覚悟が必要だ。同一賃金、同一労働に基づく労働の最適配分こそ、経済成長の基礎となるからである。同時に税制改革、特に起業家をインキュベートするエンジェル税制の立ち上げや、資本市場の整備も望まれる。
また、減少する定住人口を補うため、旅行者、出張者、留学生など「交流人口」を増やす施策を今後強化していかなければならないが、その際に大学が担う責任は極めて大きい。そこで私は、一つのアジェンダ設定として「東大の民営化」を提唱したい。日本でトップの東京大学でさえ、世界の大学ランキング40位に入るかどうか。この現実を前にして、日本が人口減少社会を迎えても知的生産性に支えられた強い経済力を保ちたいと本当に願うなら、「世界のトップ10の中に2校ランクインさせる」という明確な目標を設定し、東京大学を目標達成の障害となる文部省の制約からすべて解き放ってやるべきではないか。
改革の達成には、従来の官僚主導による「スローガンと個別の政策」ではなく、こうした「戦略的アジェンダ」の設定が欠かせない。安倍政権は、小泉政権と比較してその点が心許なかったが、ここ2〜3カ月の間に非常に改善されてきた。特に「天下り根絶」を掲げて公務員制度改革を押し進める渡辺喜美内閣府特命担当大臣が、族議員や官僚から叩かれ、それが国民の注目を浴び、最後に安倍総理が改革を決断して実現するという「改革のゴールデンパターン」が生まれてきた。この公務員改革での成功体験を、新たなアジェンダ設定へとどのように結びつけていくのか。それが安倍政権の今後の課題となるだろう。

竹中平蔵 Heizou Takenaka
たけなか・へいぞう 1951年生まれ。慶應義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所所長。73年一橋大学経済学部卒業後、日本開発銀行入行。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授を経て、96年同教授。2001年経済財政政策担当大臣就任。その後05年総務大臣・郵政民営化担当大臣まで、小泉政権で閣僚を歴任。06年より現職。「構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌」など著書多数。

◆ Comment
神保 謙

神保 謙 講師

竹中平蔵先生の近著「構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌」は、小泉政権の5年5カ月の政策決定過程を学ぶ、最良の「政治学」の教科書である。小泉政権における官邸主導・トップダウンの政策決定プロセスは、55年体制以降の政治体制に内なる変革をもたらしたことがよくわかる。その中核を担っていたのが、経済財政諮問会議という経済政策の司令塔だった。諮問会議は「骨太の方針」「改革と展望」などの短期・中期の目標を次々と打ち出し、財務省・経済産業省などの縦割り組織を超えた総合的な政策調整を主導したことが、決定的に重要だった。
小泉政権の改革は「失われた10年」からの脱却に寄与し、新しいイノベーションの基礎をつくったことは間違いない。しかしBRICs、とりわけ中国の台頭のなかで、日本は新しい国際競争に立ち向かわなければならない。こうした国際環境で人口減少時代を迎えた今、持続可能な経済成長を実現するためには、経済連携協定(EPA)の締結とアジアにおける制度構築を積極的に進め、日本社会の生産性向上や所得拡大へとリンクさせる新たな社会システムの構築が求められるだろう。
学が国際的スケールで大競争を展開するようになった現在、大学の国際化を一層進めて優秀な人材を日本という「場」に引き込み、彼らを育成しながら日本社会の成長へと結びつけていくことができるか。そうした戦略が、人口減少社会を迎えた日本に求められているものであり、その実現に向けて、我々大学人が担うべき責務は重い。

神保 謙 Jinbo Ken
じんぼ・けん 1974年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部専任講師。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。政策・メディア博士。日本国際問題研究所研究員、東京大学東洋文化研究所講師、日本国際フォーラム研究主幹などを経て、2005年より現職。専門は国際安全保障論。主な著書に「アメリカと東アジア」「イラク戦争と自衛隊派遣」など。
*本稿は2007年5月15日にパレスホテルで行われた第80回定例昼食会における講演とコメントを、講演者およびコメンテータの許可を得て事務局がまとめたものである。肩書き、略歴は講演当時のもの。(文責・事務局)

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