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【社会】

「否認なら刑務所一直線だ」 名古屋市清掃談合の取り調べをノートに克明記録

2011年3月1日 朝刊

元道路部長の長崎さんが取り調べの内容を記したノート

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 名古屋市発注の道路清掃事業談合をめぐり2003年、名古屋地検特捜部に逮捕された市緑政土木局の長崎弘元道路部長(59)が、08年の無罪確定後、初めて取材に応じた。部下や上司が容疑を認める中、ただ一人無罪主張を貫いた長崎さんは、取り調べの様子を克明にノートに残していた。「(認めなければ)2年半は接見なしで拘置所だ」。ノートからは、自白を執拗(しつよう)に迫る検事の姿が浮かぶ。

 最高検は3月18日から特捜部の取り調べ過程の一部の録音・録画(可視化)を試行する方針だが、「当時の取り調べを知ってほしい」と長崎さんが明らかにしたノートの内容は、今後の可視化のあり方に一石を投じる可能性もある。

 長崎さんは03年11月4日、当時緑政土木局長だった村瀬勝美さん(64)=無罪確定=とともに競売入札妨害容疑で逮捕され、当初から容疑を否認。同年12月26日の保釈まで、自白調書は一通も作成されず、長崎さんは41日間に及んだ調べの内容を大学ノート約130ページに記録していた。

 逮捕から約1週間後の名古屋拘置所内の取調室。「部下は皆認めた。全部否認では刑務所へ一直線だ」と検事が迫った。その後も「(否認していた上司の)村瀬が認めた。一人でいろ」などと、孤立感をあおるようにたたみかけた。

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 きつい調べを受けたのは、弁護士の接見が認められない平日の夜や土日が多かった。

 さらに「夜、もう調べはないかなと思っていたころに単独房のカギが開き、看守に『調べだ』と言われた。取調室に行くと単なる雑談で終わった」。こうして長崎さんは精神的に追い込まれていったという。

 気持ちが大きく揺れ動いたのは、検事が退室し、立ち会い事務官と2人になった時だ。一度も話したことがなかった事務官が「おつらいでしょう。認めて公判でおっしゃったらいかがですか」と切り出した。

 「家族や仕事など、いろいろなことが去来した。胸に染みた」と長崎さん。だが「信念を曲げて仕事をしてきたことは一切ない。心当たりのないことは言えない」と事務官に答えた。その後戻ってきた検事は「あなたは人生の選択を間違えた」と吐き捨てた。

 公判では「長崎さんに予定価格のことなどを報告し、了承を受けた」とした部下の供述調書の信用性が否定され、長崎さんは一、二審とも無罪を言い渡された。検察側が上告を断念した08年12月に無罪が確定した。逮捕から既に5年が経過していた。

 復職した今も長崎さんは納得できない思いを抱える。「当時の捜査、公判は一体何だったのか」

【名古屋市の道路清掃談合】2002年11月と03年4月に入札が行われた、名古屋市発注の道路清掃事業入札をめぐる談合事件。名古屋地検特捜部は03年、当時の市緑政土木局長村瀬勝美さん、部下で同局道路部長の長崎弘さんら市側の4人と業者11人を競売入札妨害罪などで、市議1人をあっせん収賄罪で起訴。長崎さんと公判で無罪を主張した村瀬さんは無罪、残る14人は有罪が確定した。長崎さんは08年12月に復職した。村瀬さんは定年退職後、昨年10月に取材に応じていた。

 

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