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系譜
軌跡
書簡
<告白>の行方(抄)
「フェミニズムと精神分析事典」訳稿
2004.11.21Ben's CafePoetry Readingtext
2002.7個の可能性研究会workshop
BASIC(主宰者 齋藤孝)レジュメ
「全国犯罪非行協議会」NCCD原稿
1998「宗教と社会」学会発言
最初期哲学論文1977.12.21
世田谷市民大学人間ゼミ修了レポート
「<告白>の行方」林正憲氏による書評
<広場:コーラ>,1
<広場:コーラ>,2
世田谷市民大学人間ゼミ 1998-1999
個の可能性研究会分科会B2005.116
主要作品の概要
<告白>の行方概要
論文:<教育>の場の造型(概要)
Lifework
<我々自身の無意識>としてのPan-Eugenics
汎優生主義のリミット決定版part1
汎優生主義のリミット決定版part2
汎優生主義のリミット決定版part3
汎優生主義のリミット決定版part4
<我々自身の無意識>,Abstract
<Meta-bioethics>の試み,part1
<Meta-bioethics>の試み,part2
<Meta-bioethics>の試み,part3
<Meta-bioethics>の試み,part4
2007.1Workshop「近代化と寛容」.resume
Workshop.2007,resume abstracted
<我々自身の無意識>の言表分析.no.1
<我々自身の無意識>の言表分析.no.2
<生体政治工学>から意識の記述理論へ
生体政治工学的介入の意識化過程の分析論
<生体工学的介入>の分析論
WS,resume
WS.resume,version2
NBIC融合と《我々=人間》の欲望との出会い
偶然の椿事=出来事の <出来事性>
母のエッセイ.1
《我々=人間》の消滅とその彼方.2009
《我々=人間》の消滅とその彼方.Version2
Kant avec Foucault,AJJ Version
母のエッセイ.2
母のエッセイ.3
母のエッセイ.4
「メルロ=ポンティの身体論」紹介発表.[1]
「メルロ=ポンティの身体論」紹介発表.[2]
「メルロ=ポンティの身体論」.紹介発表[3]
患者に対する介入実践の倫理学序論[1]
患者に対する介入実践の倫理学序論[2]-1,2
患者に対する介入実践の倫理学序論[2]-3
詩作品1
詩作品2
詩作品3
詩作品4
散文詩1
散文詩2
詩作品5
出来事のために
詩作品6
ドキュマン ou dialogue
詩作品7
ネグリ/ハート、ラカン、カントの狭間で
個の可能性研究会ワークショップ2003.1
個の可能性研究会ワークショップ2003.2
個の可能性研究会ワークショップ2003.3
個の可能性研究会ワークショップ2004
個の可能性研究会ワークショップ2005.2.20.
個の可能性研究会Workshop2004質疑応答.1
個の可能性研究会Workshop2004質疑応答.2
個の可能性研究会Workshop2003分科会A.1
個の可能性研究会Workshop2003分科会A.2
個の可能性研究会Workshop2003.分科会A.3
個の可能性研究会Workshop2003.分科会A.4
個の可能性研究会WS2003分科会C.1
個の可能性研究会Workshop2003.分科会.C2
個の可能性研究会Workshop2003.分科会.C3
グローバル資本主義下における協働の構成
The limit of <Pan-eugenics>.2005.10
Workshop 2005/12/04レジュメ
WS2005.1204「グローバル社会と科学」発言
査読論文:<概念システム>への問いの試み
2006.7.2個の可能性研究会読書会発言part1
2006.7.2個の可能性研究会読書会発言part2
2006.7.2個の可能性研究会読書会発言part3
「汎優生主義」のリミット Workshop
「汎優生主義」のリミット(初稿,はじめに)
Meta-bioethics主要参考文献(進行中)
普遍化された優生主義仮説レジュメ
普遍化された優生主義仮説
「普遍化された優生主義仮説」質問票
【生存とテクノロジーを巡る覚書-part.1】
【生存とテクノロジーを巡る覚書-part.2】
【生存とテクノロジーを巡る覚書-part.3】
【生存とテクノロジーを巡る覚書-part.4】
普遍化された優生主義仮説・言表分析.1
普遍化された優生主義仮説・言表分析.2
普遍化された優生主義仮説・言表分析.3
普遍化された優生主義仮説・言表分析.4
普遍化された優生主義仮説・言表分析.5
普遍化された優生主義仮説(主要改訂部分)
普遍化された優生主義仮説改訂版レジュメ
汎優生主義のリミット:事例としてのヒミズ
汎優生主義のリミット.part.2
汎優生主義のリミット.note
Meta-bioethics主要参考文献part.2
主要参考文献part3
主要参考文献.part.4
「死刑制度」試論
デカルト<第三省察>を巡る試論
ゼロ-アルファ1:最も幼い者たちのために
ゼロ-アルファ2:訴訟=過程
ゼロ-アルファ3:触発/切断
ゼロ-アルファ4:運命=意志
ゼロ-アルファ4:運命=意志2
ゼロ-アルファ5:超-訓練都市
ゼロ-アルファ:Part2
ゼロ-アルファ:Part2-2
ゼロ-アルファ:Part2-3
Negri/Hardt,Lacan,Kant:Abstract
クノッソスの影:名前と噂を巡る試論1
クノッソスの影:名前と噂を巡る試論2
クノッソスの影:名前と噂を巡る試論3
The Shadow of Cnossos(New Version)1
The Shadow of Cnossos(New Version)2
The Shadow of Cnossos(New Version)3
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賭・広場・貨幣
クリティカル・ラビリンス1
クリティカル・ラビリンス2
クリティカル・ラビリンス3
クリティカル・ラビリンス4
国家論
クリティカル・ラビリンス5
経験の形而上学と歴史の造型
注(Gif画像)
ケースワークとグループワークの歴史的過程
ワーカー・クライエント・システム
「仮説検証実験」としてのアセスメント
コミュニティ創造の実験
次世代のケアマネジメントシステム
ネオリベラリズムと福祉ミックス論の射程
ケースワークとグループワーク2
Psychosocial Modelによるアセスメント
介護保険の評価[統計分析]
エコロジカル・システム・アプローチ2
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ベヴァリッジ社会哲学の系譜
いじめによるPTSD事例に対するEMDR治療
子どもの嗜癖行動への行動変容アプローチ
新たなコミュニティー構成=協働の実験
事例分析:夫婦サブシステム
グループワークの介入事例としての授業
組織の葛藤解決・処理のシステム論モデル
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オートポイエーシスとしての顔=文字機能
自己測定・標準スケールによるPTSD治療
認知療法アプローチによる事例分析
グループワークの介入事例としての授業2
認知療法自習帳によるアプローチの効果測定
共同通信社文化部加盟社配信取材記事
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ドキュマン ou dialogue


明野村B



*nの詩の余白に ndg-hayashi(林正憲;Hayashi Masanori)

確かに、日常と呼べる何かがある。そこから苛立ちと怒りと憎悪が生まれる。日常の合理性、効率性。あるいは批判なき反復。単なる習慣。『砂の女』で描かれたような、日常を形成する小さな反復たち。
そこに、詩のことばが吹いてくる。それは光か、沈黙か。
あるいは窓辺または水辺に、ひとりの女がいる。確かに幼いが、もう少女とは言えない。だが大人のと言うよりは、いくつもの年齢をそれぞれ育てあげつつあるといった・・・
突然、彼女が歌い出し、私は驚く。イタリア語の歌曲を口実に、自らの身体の中で声を響かせ、たちまちその音は外へと流れ出す。内部が外部へ出て行く。秘密が明らかになるみたいに。今そこに感じられる秘密。答えであるのに問いであるもの。よくあることだが、日常の単純な二分法が通じなくなる。明るいが暗く、暗いが明るい・・・と、そんな思考のゲ-ムは引き裂かれる。声の持続が臨界点からあふれ出し、いくつもの異なる物体を一つに結びつける。境界線がわからない。同一的な癒しの空間ではなく、目眩むような差異化の動きそのもののなかに置かれている。
と、歌は終わった。世界は変わった。だが日常の顔がそこに見える。私は忘れることのない声の響きとともに、少し落ち着いて、nの詩を読むだろう。(2005年02月14日 00時47分)


*Re:nの詩の余白に(02/06) zero-alpha(永澤 護)
久しぶりに、あの懐かしい頃みたいに、ちょっと恥ずかしいのだが、アッシュと呼んでみたい。
そこで、アッシュ
素晴らしい書き込みありがとう。

『砂の女』は恐ろしすぎる---小さなものほど恐ろしく執拗な---ミクロの同一者の反復を---果てもなく繰り返すこと---あの男が砂の底なし沼に嵌ってしまったように---詩の言葉がこれほどまでに無力なのは---なんと素晴らしい奇跡/軌跡だろうか---窓辺または水辺に言葉もなく佇みながら---語りかけることしかできないとは---勘違いしてはいけない---詩によって仮に---日常の単純な二分法が---通じなくなるのだとしても---それこそ無力さの極みであり---だがそれは---もし幸運に恵まれるなら---思考のゲームの無力さを剥き出しにするはずの無力さを---このゲームと共有している---何一つなすすべもなく---日常の顔をただそのままに---今ここに---そして同時に---いつかどこかの時空に保存しながら---私はもうすぐそこにある---アッシュの文書に出遭うだろう---

(2005年02月14日 20時37分)


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