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第四話 新しい家族
<ロレント地方 ブライト家 ダイニングキッチン>

地方都市ロレントから少し離れた場所に周囲を森に囲まれた二階建ての一軒家があった。
森を切り開いて家を建てようとしたのは林業で財産を築いた商人だった。
ロレントの住民も協力して建てられたその家はその商人の別荘になるはずだったのだが、様々な事情があってその商人は家を手放す事になった。
そこで無人となってしまった家の新たな持ち主となったのがカシウス・ブライトだった。
その家のダイニングキッチンで、少女は退屈そうに窓の外を眺め、少年は椅子に座って本を読んでいた。
少女は、赤い髪とルビー色の瞳を持ち、名前をエステル・ブライトと言った。
カシウスの血の繋がった実の娘である。
少年は、黒髪で琥珀色の瞳を持ち、名前をヨシュア・ブライトと言った。
ヨシュアは3年前にとある事件がきっかけでカシウスと出会い、カシウスの息子としてブライト家で暮らす事になった。

「父さん遅いなあ、ギルドのアイナさんは昨日には戻って来るって連絡があったのに……」
「仕方無いよ、また何か急な仕事が入ったかもしれないし」
「遊撃士の仕事なら、アイナさんに報告が入るはずでしょう!? きっとどっかで寄り道しているのよ、あの不良親父」
「でも父さんが帰りを待っているエステルを放って遊びに行くとは思えないけど」
「はっ、もしかして母さんを裏切って浮気を始めたとか?」
「父さんはまだレナさんを思っている気がするんだけど……」

ヨシュアはそう言って写真立てに飾られているレナの写真に視線を向けた。
カシウスの妻でありエステルの母親であるレナは、エステルが小さい頃に命を落としてしまっていたのだ。

「付き合っているならこそこそしないであたし達にも相手を紹介するべきだと思わない?」
「だから、父さんが交際しているって証拠はどこにあるのさ」

すっかり浮気と決めつけているエステルに、ヨシュアはため息をついた。
すると、窓から外を眺めていたエステルが大きな声を上げる。

「あーっ、父さんが帰って来た!」

エステルの声にヨシュアも窓から外を眺めた。
街道から家に向かって帰って来るカシウスは1人では無かった。
赤い髪の少女と黒髪の少年と楽しそうに話しながら歩いていた。

「ロレントでは見覚えの無い子達だけど、どこの子だろう?」
「父さんが旅先で知り合ったのかな」
「きっと、父さんはあたし達に新しい妹と弟を連れて来てくれたのよ!」
「まさか」

自分を強引に家族にしたカシウスの事だ、あり得ない事では無いとヨシュアは思った。
しかし、カシウスは遊撃士の仕事で子供達と知り合う事があっても、身寄りの無い子供達は七耀教会などに預けて来ていた。
家にまで連れてくるとは、もしかして何らかの事件に関わっていて保護が必要な対象なのか?
ヨシュアは冷汗を流しながら2人の姿を見つめた。

「そうと分かればさっそく出迎えてあげなくちゃ!」

エステルは嬉しそうに玄関を開けて飛び出して行った。
ヨシュアはため息をつきながらエステルの後を追いかけて家を出た。



<ロレント地方 ブライト家 正面庭>

ロレント空港に到着したカシウス、シンジ、アスカの3人はロレントの街を横切ってブライト家へと向かっていた。
街の中を歩くだけで、カシウスがロレント住民達の人気者だと言う事がシンジとアスカには分かった。
そして、シンジとアスカも注目の的になっていて、カシウスの新しい家族だと紹介されると、たくさんの人々が笑顔で2人に声を掛けて来る。
シンジとアスカは戸惑いながらも、愛想笑いを浮かべてお辞儀を繰り返した。
カシウス達はロレントの街のどこにも立ち寄らず、街の外へと出た。

「やれやれ、街に帰る度にこの騒ぎだ。アスカとシンジも疲れただろう? 家までもう少しだからな」
「街の中にあるんじゃないんですか?」

シンジが不安そうにカシウスに尋ねた。

「街から遠く離れて居ないし、近くに魔獣の出る心配も無い。心配はいらないさ」

街道をしばらく歩いて行くと、別れ道に出た。
看板にはブライト家の方向を示す言葉が大きく書かれていた。
アスカとシンジは余裕たっぷりに歩いているカシウスの後ろをついて行った。
すると、森の中から開けた場所に出た。
目の前に2階建ての一軒家が姿を現す。
ブライト家を見たシンジとアスカは感心して声を上げる。

「うわあ」
「おしゃれな家じゃない」
「そうだろう? 商人の別荘だったからな」

カシウス達が家へ近づくと、突然家のドアが開け放たれ、赤い髪をした少女がいきなり飛び出して来た!

「きゃっ!」

エステルに飛び付かれたアスカが悲鳴を上げた。

「やったぁ、あたし妹が欲しかったんだ!」
「は、離してよ!」

驚いたアスカはエステルを振り払おうとしたが、エステルは強い力でアスカを抱きしめていて、引き離す事が出来ない。
エステルはそんなアスカをさらに抱きしめて、ほおずりをする。

「本当、かわいいなぁ~」
「いい加減に、してよっ!」

アスカが渾身の力を振り絞って突き飛ばすと、エステルはやっと体を離した。

「エステル、待望の妹が出来て嬉しいのは解るがやりすぎだぞ」
「ごめん、父さん」

エステルを追いかけて家を出て来たヨシュアも姿を現した。

「アスカ、シンジ。紹介するぞ、俺の娘のエステルだ」
「よろしく♪」

カシウスに紹介されて、エステルは元気一杯にあいさつをした。

「で、俺の息子のヨシュアだ」
「よろしくお願いします」

カシウスに紹介されて、ヨシュアは礼儀正しくあいさつをした。

「僕はシンジです」
「……アスカよ」

固い表情ではあったがシンジとアスカがあいさつを返すと、エステルは輝くような笑顔になる。

「じゃあ、あたしが家の中を案内してあげる、行こっ!」
「ちょっと、いきなり走りださないでよ!」

エステルはアスカの手首をつかむと、引きずりながら家の中へと駆け込んで行った。

「はっはっはっ、エステルはすっかりアスカのお姉さん気取りだな」

カシウスはそんな2人の姿を笑顔で見送った。

「それじゃあ、僕はヨシュア……の弟になるのかな」
「僕は誰かに兄さんなんて呼ばれるほどじゃないよ」

シンジが照れながらヨシュアに話しかけると、ヨシュアは首を振って否定した。

「でも、ヨシュアの方が家に長く住んでいるんだし、それに……僕も兄さんと呼べる人が居て欲しいんだ」
「ほらシンジもこう言っているんだ、異存はあるまい?」
「……分かったよ」

ヨシュアが受け入れると、シンジはほっとしたようにため息をついた。
オドオドとしたシンジの態度は昔の自分を思い出させるとヨシュアは感じた。
兄代わりの姉の婚約者に甘え切っていた過去の自分。
今はそれとは違う冷たい感情が自分を支配している。
姉と兄を失ったあの日から。
また、ヨシュアはカシウスとエステルを守ると心に誓ったものの、出会ったばかりのシンジとアスカにはそのような気分にはなれなかった。
しかし、冷たい態度をとってブライト家に波風を立たせる事もあるまい。
そう考えたヨシュアはシンジとアスカに社交的に接する事に決めた。
ヨシュアは作り笑いを浮かべてシンジと握手を交わした。
シンジは素直に感激していたが、カシウスはヨシュアの瞳が冷たい光を放っている事に気が付いていた。

「さあ、飯にしよう」
「今日はエステルが作るって張り切っていたよ、ふわふわ卵のオムレツが焼けるようになったって」
「そうか期待させてもらおう」

カシウスはヨシュアの言葉を聞いて笑顔になると、シンジとヨシュアと一緒にブライト家の中へと入って行った。
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