余録

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余録:携帯カンニング

 昔の中国の官吏登用試験である科挙は「貢院」という広大な会場で行われた。貢院は「棘囲(きょくい)」「棘院」とも呼ばれる。「棘」はいばらのことで、いわば人の不正な出入りを阻む今の有刺鉄線だ▲「厳しく番兵に警備させ、いばらの垣根で囲み、出入りする者の衣服を探索し、問いただす」。試験当日の貢院では厳重なチェックが行われた。つまりは不正な物を持ち込んだり、外と連絡する者がいたための厳戒であろう▲試験を行う側が不正防止策を強めれば、受験生の側も悪知恵をはたらかせる。巨費を投じて職人に豆本のカンニングペーパーを作らせたり、それらを持ち込み屋を雇って会場に運び込ませたり。珍案・奇策の方も尽きない(村上哲見著「科挙の話」講談社学術文庫)▲だから、これだけ携帯端末が普及していれば、いつかは起こると思っていたとの声も出る。京大などの入試問題が試験時間中にインターネットに投稿された事件で、大学側は警察に被害届を提出した。まじめな受験生にはまるで自分が侮辱されたような怒りもわこう▲いきおい携帯端末を利用した不正は以前からひそかに行われていたのではないかとの疑心暗鬼もつのる。当然ながら今後は携帯端末の持ち込みを厳しくチェックする身体検査や、携帯電波の遮断などを求める声が強まろう。まさに試験会場の現代版「棘囲」化である▲科挙の身体検査は「取士の体を失す」、つまり有能の士を迎える作法に反すると廃止の指示が出たこともある。だが不正の深刻化で、そんな理想論はほどなく覆ったという。進歩する技術と変わらぬ人間性との間で鋭さが増すいばらのトゲだ。

毎日新聞 2011年3月1日 0時01分

 

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