政党政治の崩壊を嘆く者へ - 「政治改革」は政党をどう変えたのか
「二大政党による政権交代」の命題なり範疇が崩壊しつつある。現在の日本の政治について、そう洞察を与えることができるはずだ。「二大政党による政権交代」を理想として描き、その体制の建設に参加し下から支えてきた人々が、その欺瞞に気づき、あるいはその不可能性を直観し、コミットする立場から次第に離れつつある。批判的な観点から言えば、「二大政党による政権交代」の言葉のイデオロギー性が明らかになり、真理価値が剥落して、一般の支持や信仰をよく繋ぎ止められない状況になりつつある。日本の現代政治史において、1990年代から20年間続いてきた「二大政党の時代」が終焉を迎えつつある。今朝（3/1）のワイドショーで落合恵子が吐露した寸言が典型的だと感じたが、人々が「二大政党による政権交代」の範疇に挫折を感じ、裏切られたと思い、積極的な期待と信頼を寄せて接することができない対象になっている。この20年間、日本人は政治において、このイデアにコミットし続けてきたのであり、このイデアをモデルとして現実に体制構築し、円滑十全に運営することで、この国のデモクラシーを発展させられるという信念の下に生きてきたのだ。そのイデアがイデオロギーに転化しつつある。うそ臭さが露わになり、愚神礼讃だったのではないかという懐疑が芽生えつつある。それは、「政治改革」に騙されてきたという反省に繋がるだろう。「政治改革」の言説の支配が終幕に近づいているのである。
「政治改革」とは、小選挙区制の導入によって二大政党制の確立をめざす運動であり、その言説と議論の潮流だった。政治の現場の中心にいたのは、小沢一郎である。そして、「政治改革」を牽引した論者は誰ですかと聴かれたとき、誰もが迷わず挙げる名前は、山口二郎である。山口二郎が「政治改革」のイデオローグの筆頭だ。一郎と二郎の「政治改革」、この観念は世間一般において共通のものだろう。当時、論壇では右も左も「政治改革」を喧しく唱導し、左右が競って「政治改革」に狂奔する動きがあった。右側の学者たちも「政治改革」を扇動していたし、テレビで宣伝扇動していた頻度としては、山口二郎よりも舛添要一や大嶽秀夫の方が露出が多かったに違いない。しかし、一般に、「政治改革」の言説については、左側の論者や言論機関がそれを代表する表象が定着していて、われわれの記憶と認識はそのようになっている。指を屈するべきは山口二郎と後房雄の二人であり、岩波書店と朝日新聞が「政治改革」をエバンジェリズムしたのである。だからこそ、「政治改革」は見事にプロジェクトとして成功した。日本のアカデミーとジャーナリズムの権威であり、影響力を誇った言論二社が先頭で旗を振ったため、ヘジテイトする左側の国民をよく洗脳し説得し、左側は雪崩を打って「政治改革」に靡いたのだ。岩波書店に説教されたら、ブランドに弱い左族の市民は簡単に首を振ってしまう。
それは、それに先行する労働運動の解体と再編（総評→連合）に続く流れであり、また世界史の普遍的動向とパラレルなセットのものであり、誰もが肯定と納得の背中を押される類の選択や断念だったとは言える。「政治改革」が、左側の転向の表象として覚知されるのは、右側の方は、ずっと前から小選挙区制の導入を言い続けてきたからであり、ハトマンダーからカクマンダーの歴史を枚挙するまでもなく、右側が憲法改正の道具としてそれを必要としてきたことは常識だった。したがって、「政治改革」は、やはり左側の思想的事件として捉えられるべきで、それが問題の本質である。面白いことに、小沢一郎は今でも現役で日本の政治の中心にいる。日本の政治の中で、知的関心を持って考察する対象となり得るのは、唯一、小沢一郎だけであり、その点、私はウォルフレンと全く同感だ。ところが、この20年間に偉くなった山口二郎と後房雄は、今では菅直人の陣営の用心棒となり果て、小沢一郎の政敵となっている。山口二郎はマニフェストを修正して消費税増税せよと言い、後房雄は「新しい公共」をエンドースする顧問で活躍している。小沢一郎が左に寄り、山口二郎と後房雄が右に陣取るアイロニー。20年前は想像できなかった景観だが、現実はそう変わった。あの当時、小沢一郎の「普通の国」の目標は、まさに憲法改正だったが、今や、「国民の生活が第一」が官僚支配に抵抗する市民のシンボルとなった。
「政治改革」というのは、従来は別の信仰を持っていた人々に、それを捨てさせ、英米型のイデーを持つように布教したムーブメントであり、改宗と統合の巨大な思想運動である。その別のイデーが「二大政党による政権交代」であった。改宗した人々は、古い神を捨て、新しい偶像崇拝を始めた。二つの保守政党がマニフェストで政策を競い合えば、政権交代のパターン反復によってオートマチックに政策がチューンされ、国民が幸福になるという素朴な制度信仰である。その政治体制を理念としてコンビンスすることである。新信徒はイデーを担いで理想の王国の建設のために尽力し、マスコミと北川正恭が垂れるレクチャーを信じ、真面目にマニフェストのパンフレットを読み比べてチェックしたりをしていたのだ。私は問いたい。果たして20年来の信徒たちは、「二大政党による政権交代」の信仰に戻り、その政治を担ぐ主体に再びなることができるだろうかと。おそらく、それは困難だろう。信徒たちは夢破れたのであり、右の大宅映子と左の落合恵子が捨てられた気分で言うところの、「それじゃどこに投票すればいのよ」が本音の心境なのだ。偶像は崩れ落ちた。山口二郎にはこれを再建する能力はない。野合で権力を繋ぐ政治は現出できても、パーマネントな二大政党を作り、政権交代を反復させるという未来はないし、そういうエネルギーを持つことは無理だろう。同じ言葉で二度と国民は乗せられない。騙されない。イデオロギーを奉じて片棒を担ぐことはない。
誰かが、「日本の政党政治の崩壊だ」と嘆いているが、私からすれば、この指摘は、何を今さら時代錯誤なという感覚で聞いてしまう。今ごろ何を言っているのか。日本の政党政治の崩壊は、あの「政治改革」で始まって、その経過と結果において決定的な事実になったのである。それまで、健気に米国に与えられた憲法の教科書に則り、試行錯誤しながら戦後のデモクラシーを模索していた日本人の努力に、一撃を与えて止めを刺したのが「政治改革」ではなかったのか。現在の日本政治の堕落は、間違いなく「政治改革」から始まっている。それは、政治の意味と目的を変え、政党の定義と概念を変えた。政治から理念の契機が消え、単なる利益配分と権力闘争の問題になったため、政治から責任倫理が消えたのではないのか。無責任のネイティブに本卦還りしたのではないのか。理念や責任や倫理など要らぬと説いたのは、まさしく「政治改革」のイデオローグたちであり、その周辺にいた脱構築の職業研究者たちではなかったのか。脱近代、脱丸山、脱マルクス。その安っぽい常套句の洪水こそが、「政治改革」の奔流の水脈であり、「政治改革」を正当化した思想潮流ではなかったのか。脱構築のサーフィンボードに乗って浮薄に出世した者たちこそが、今、自己批判しなくてはならないのではないのか。山口二郎の岩波新書「政治改革」には、政治家に倫理など不要で、政治腐敗の問題は制度で解決するしかないと言い、政治家は泥棒と同じでいいと書いている。
「日本の政党政治の崩壊」を嘆いている者に教えよう。「政党」という日本語は、この20年間で言葉の意味が根本的に変わっている。ご存知だろうか。現在の語義は、そのままネットの辞書で引くことができる。「共通の政治的主義・主張をもつ者によって組織され、一定の政治的利益や政策の実現のために活動し、政権獲得をめざす集団」とある。この定義の一字一句に注意をされたい。この定義は、私からすれば間違っているし、これを「政党」の正確な意味として若い者たちには説明したくない。手元に広辞苑の第二版がある。1977年に発行されたものだ。そこの「政党」の語の意味はどうなっているか。「共通の原理・政策を持ち、一定の政治理念実現のために、政治権力への参与を目的に結ばれた団体」である。全く違う。どこが違うか。後者には「政治理念」の要素があるのに、前者にはそれがないことだ。政党の概念から理念の要件がなくなったのである。ネットの辞書は最新の大辞林。広辞苑第二版とは30年の時空を隔てている。大辞林で政治関係の語を担当した者は、おそらく過去の広辞苑の説明を参照しているだろう。参照した上で、敢えて意味を変えているのである。時代に合わせて書き変えたのだ。まさにオーウェル的に、辞書の日本語の意味を変えたのである。「政党」の日本語は生まれ変わったのだ。脱理念の概念として。現在、若い世代の「政党」の言葉は、この意味こそが常識である。このことの恐ろしさを理解できるだろうか。私は、政党とは広辞苑第二版の意味だと思っているし、そうでなければならないと主張し、最新版大辞林の意味を拒否する立場にある。
「政治改革」とは何だったのか。「政治改革」によって政党はどう変わったのか。その帰結は典型的にここに示されている。「政治改革」が政党を変えたのであり、政党から理念を奪い去ったのである。理念のない政治集団を政党と呼ぶことを認め、理念不在の政治を許容したのだ。政治の責任倫理というものは、理念へのコミットメントから媒介されるものである。政策は理念を実現するための手段であり、理念と現実のギャップを埋めて行くのが政策である。理念の前提がなければ、そもそもギャップ（欠如）という意識や感覚がなく、政策を用意する必要すらあるまい。だから、民主党も自民党も政党としての政策がないのだ。アジェンダとして俎上する政策は、消費税やTPPのように、官僚が要請するものか、米国と財界が要請するものである。官僚と米国と財界にとっての欠如であり必要である。それの代理人となっているだけで、官僚・米国・財界の要求を国民に受け容れさせるエージェントが政党でしかない。そうした政党の堕落と変容は「政治改革」を起点としている。理念の要件が剥奪され、政党は政権獲得だけが目的の集団になった。そして政策も差異がなくなり、与党と野党の区別もなくなった。二党は官党としてコンパチブルだ。政党と政治家の関係は、芸能界のプロダクションとタレントの関係になり、松下政経塾が昔のナベプロのような存在になっている。結論として、この国の政党政治を再生するためには、政党が理念を持った政治集団だった原状に戻す必要があり、政党の概念を正しく原点に定義し直す必要がある。そのためには、思想的手続として、「政治改革」を根本から否定しなくてはならない。それが必須の課題だ。「政治改革」の誤りを一掃し、中選挙区制に戻すところから再出発しなくてはならない。
