末期がんで「余命3カ月」と宣告された知人がいた。体調のいい時に病院から一時退院して、身の回りを整理したいと考えていたが、容体がかんばしくなく難しくなった。
ある日、一計を案じ、親友を病室に呼んで依頼した。「女房や子どもに見せたくないものがある。オレの代わりにオレの部屋を片付けてくれないか」
後日、親友は彼の家を訪ね、半日がかりで部屋を整理。段ボールひと箱を病室に持ち帰り、2人で中身を確認して処分した。彼が逝ったのは、それから程ない初春の未明だった。
あれから10年。先日、彼の家族と旧友たちが久しぶりに集い、親友が「そろそろ時効」とこの秘話を披露して、ひとしきり盛り上がった。「何かやばい物でも出てきたらどうしようと心配したが、何のことはない。学生時代の彼女からの手紙や、ちょっぴりエッチな写真集だけだった」
亡くなる数日前、彼は病床を見舞った親友に笑みを浮かべて言ったそうだ。「がんも悪くないぞ。旅支度をする時間もあるしな」【萩尾信也】
毎日新聞 2011年2月28日 13時40分