余録

文字サイズ変更

余録:リビアのカダフィ大佐を見ていると…

 リビアのカダフィ大佐を見ていると10~11世紀のエジプトのカリフ、アル・ハーキムを思い出す。この人は奇行で知られ、多くの市民を殺したほか、女性は一日中外へ出るな、猟犬を除いて犬は皆殺しにせよと命じた。自分が夜の街を徘徊(はいかい)する時、ほえてうるさいからだという(前嶋信次著「イスラムの蔭に」)▲アラブの「変人列伝」に名を残すだろうカダフィ大佐も反政府派を犬だネズミだとののしっている。蓬髪(ほうはつ)にマントとターバンが定番だったハーキムと縮れた髪に民族衣装の大佐。2人は外見的にも共通点があるようだ▲そんなリビアから避難民が相次ぎ「旧約聖書の『出エジプト記』みたいだ」の声も出ている。地中海の対岸で見守る欧州諸国も気が気ではあるまい。リビアなど激動する北アフリカから避難民が押し寄せたらどうなるか▲ふと既視感を覚えるのは、ちょうど20年前(91年)、フセイン政権のイラク軍に追われて隣国のトルコやイランに逃げる数十万人のクルド人を取材したからだ。極寒の山中に足止めされたクルド人は飢えと病気で次々に倒れ、一晩に何十人も赤ん坊が死んだ▲境界を越える難民はトルコの兵士に狙撃された。胸がつぶれるような光景だった。非人道的だとなじる欧州諸国にトルコ政府は「では難民の半数を欧州が受け入れるか」と開き直った。そんな対立を繰り返さぬよう避難民支援の国際協調態勢が必要だ▲ところで、一部に信奉者もいたハーキムは夜の街で行方不明になった。結局、殺されたのだろう。カダフィ氏の味方も確かにいる。が、人をネズミのように殺す権力者を誰が命がけで守るだろうか。

毎日新聞 2011年2月28日 東京朝刊

 

おすすめ情報

注目ブランド