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天声人語

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2011年2月27日(日)付

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 「命というものは、はかないゆえに尊く、厳かで美しい」。ドイツの文豪トーマス・マンの言葉という。はかなく厳かに、いくつもの命が明滅したニュージーランドの震災地で、時間との闘いが大詰めを迎えている▼救出されて病院にいるはずの女性が不明に転じるなど、がれきの街が発する情報は千々に乱れた。日本からの家族は倒壊現場に近づくこともままならず、思いの丈はなかなか伝わらない。遠巻きに見守るしかない心痛を察すれば、言葉もない▼被災者の一覧で胸に残るのは19という年齢だ。高校を出、まずは英語を磨こうという若い志である。渡航は初めての人も多い。内向き志向が言われる中、いずれ日本と世界を結ぶであろう面々。活躍の場を海外に広げようとする看護師もいる▼地震を起こしたのは未知の断層で、これほどの揺れは何千年もなかったとする見方がある。その稀有(けう)な時を、前途有望な若者たちが、ひときわ壊れやすい建物で迎えた不運を何としよう▼ホームステイをすると「親」が増える。学生を案じて声を詰まらせる白人夫妻に、この国の優しさを見た。傷ついた街は国籍を超えた祈りに包まれ、週末の現地紙は大きく「希望を捨てるな」と掲げた。雨水を糧に、遠い重機のうなりを気力に変えて、つないでいる命があるかもしれない▼余震に悩まされながら、日本の国際緊急援助隊が夜を徹して作業を続けている。声が出せるなら、母国語で万感のやりとりが交わされよう。今はただ、不明者のご家族と心で手をつなぎ、奇跡の時を待ちたい。

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