余録

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余録:ウナギの来た道

 掘割の橋のたもとに寄せたカキ船は江戸時代の大阪で秋から早春にかけての風物詩だった。広島から瀬戸内海経由でカキを運んだ船はそのまま川面に係留され料理店になる。そのカキ船と競うように島根の出雲ブランドのウナギ屋が繁盛した▲出雲の中海で突然、ウナギが大漁になったのがきっかけだ。生きたまま大阪に運ぶ算段に知恵を絞った。ウナギを入れた竹籠をてんびん棒で担ぎ中国山地を陸路で越えて岡山に入り、川伝いに瀬戸内海に出る。そこから航路で大阪へ上る。1週間余りの道中だ。ウナギを清流に浸して精気を保つ工夫もした▲万葉の歌人、大伴家持も「石麻呂に我もの申す夏痩せに良しといふものそ鰻(むなぎ)捕り喫(め)せ」と詠んだウナギだ。やせた知人をからかいつつも、ウナギを勧めている。かば焼きの美味は知らずとも、古くから夏バテに効くスタミナ食だった▲謎の多いウナギの生態だが、東大などの研究チームが天然ニホンウナギの卵を日本の南2200キロのグアム島沖で世界で初めて見つけた。虹色に光って見えたという卵の直径はわずか1.6ミリ。ふ化まで1日半と聞くと、大海原での奇跡の発見といえよう▲その誕生の神秘に40年近く心魂を傾けてきた日本の研究チームだ。まさに無類のウナギ好きの面目躍如である。近年、養殖に必要な天然の稚魚が乱獲で激減しており、卵から育てる「完全養殖」の実用化に弾みがつきそうだ▲かば焼き同様に待つ楽しみが加わったとはいえ、ウナギの来た道をたどり国際的な枠組みで資源管理にも取り組みたい。それを先導するのは、世界最大の消費国・日本の務めにほかならない。

毎日新聞 2011年2月27日 0時03分

 

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