チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[26217] 【習作】とある幻想殺しの地獄巡礼(円環少女×禁書)
Name: 棚尾◆5255b91b ID:ce3a0058
Date: 2011/02/25 11:50

 円環少女の世界《地獄》に禁書の主人公、上条さんがトリップするお話です。
 以前から妄想していたネタを円環の最終巻が3月1日発売とのことで、この機会に勢いにまかせてやっちまいました。
 内容としては、円環少女第一巻『バベル再臨』の再構成をやります。
 ちなみにクロスものは初めて書くので、細かいところは温かい目で見てもらえると作者は大変助かります。
 では、本編へどうぞ。



[26217] -1-
Name: 棚尾◆5255b91b ID:ce3a0058
Date: 2011/02/25 16:52
「ねぇあんた。超電磁砲って言葉知ってる?」

 そう言って、少女はコインを真上に弾く。回転するコインは少女の親指に乗り、次の瞬間には上条の頭の横をオレンジ色に光る槍が突き抜けた。遅れて雷のような轟音が鳴る。指から放たれたコインが音速を突破したことによって発生したソニックブームだ。
 
 上条は内心で『不幸だー』と叫びながら7月19日に起こったここ数時間の出来事を思い出す。明日から夏休みを迎えるという学生としてはハイにならざるおえない状況で、ファミレスで無駄食いでもしようかと思ったが運の尽き。もともと尽きるほどの運すら持っていない上条だが、今日も絶賛不幸街道まっしぐらである。ファミレスで不良に絡まれていた女子中学生を見かけ、助けようとしたら、トイレから不良のお仲間さん達がゾロゾロと出てきて始まってしまった追いかけっこ。
 そもそも、上条はこの目の前の女子中学生を助けようとした訳ではない。無謀にもこの少女に絡んで行った不良たちを助けようと思っただけだ。
 
 ここ『学園都市』ではそこらの街のように見た目や性別で強さが決まる訳ではなく、『能力』によって真の強さが決まる。
 この少女は学園都市でも7人しかいないレベル5の一人『超電磁砲』の御坂美琴なのだが、上条はこの一カ月程こんな風に顔を突き合わせているにも関わらず、適当にあしらい全戦全勝という結果を誇っている。
 
 例外はただの一つもない。

「こんなコインでも音速の3倍で飛ばせばそこそこの威力が出るのよね。もっとも、空気摩擦のせいで50メートルも飛んだら溶けちゃうんだけど」

 『そこそこの威力』とは冗談にしては笑えない。先ほどの一撃のせいで上条達のいる鉄橋は大きく揺らぎ、橋脚を固定していた巨大な金属ボルトが何本も弾け飛んでいる。
 平静を装いつつも上条の心臓は激しく動悸していた。あんなのが身体のどこかに掠ったりしたら、紙きれのように飛ばされボロ雑巾のようにぐちゃぐちゃになってしまう。

「なんでお前、そんなに俺に突っかかってくるんだよ」
「私は自分より強い『人間』が存在するのが許せないの。それだけあれば理由は十分」

 彼女のレベル5という強さは、持って生まれた才能のみで得たようなものではない。『頭の開発』を平然と行う学園都市のカリキュラムのもと、絶え間ない努力と『人間』を捨ててることによって辿り着いたものだ。
 それを、上条は否定した。ただの一度も負けなかったことで、どこの馬の骨ともつかない上条が、学園都市にも7人しかいないレベル5の『超電磁砲』を負かすことによってだ。

「おいおいおいおい!俺の能力はゼロでお前は最高位のレベル5だろ。どちらが上かなんて一発で分かんだろ」
「ゼロ、ねえ」

 少女は口の中で転がすように、その部分だけを繰り返す。ピシっと何やら空気が変わったような気がした。

「あん?」

 上条が空気の変化に身構える前に、少女の前髪から青白い火花が散る。火花の正体は膨大な電子が収束して加速したもの、レベル5の電撃使いはそれをいとも簡単に稲妻に編み上げる。
 槍のような稲妻が一直線に襲いかかる。黒雲から光の速さで落ちる雷を目で見て避けることが不可能なように、上条にはあれを避ける手段は無い。上条はとっさに右手を顔面を庇うように差し出した。
 稲妻の激突音は、本来の着弾から一拍遅れて轟いた。
 その膨大な高圧電流をまとった雷は、上条の身体を黒こげに焼いてしまうはずだった。
 だが、少女は犬歯をむき出しにして、雷の着弾点を睨みつけている。

「そのレベル0のはずのアンタは、今のを喰らって何で傷一つないのかしら?」
 
 雷撃の槍は、上条の右手に激突した瞬間四方八方に飛び散り鉄橋を形作る鉄骨を焼いた。
 だが、直撃を受けた上条は右手が吹っ飛んでもいなければ火傷の一つもしていない。

「まったく何なのよ。そんな能力、学園都市のバンクにも載って無いんだけど。私が三二万八五七一分の一の天才なら、アンタは学園都市でも一人きりの天災ね。何そのオカルト?それともファンタジーって奴?おとぎ話の英雄か魔法使い気どりですか」

 忌々しげに吐き捨てる少女に上条は一言も答えない。
 上条の能力は学園都市の超能力者に言わせれば魔法のようなものだ。自ら積み上げ、研鑽し作り上げてきた能力を問答無用に打ち消す悪夢のような能力。
 
 幻想殺し。
 
 その力の前では神様の奇跡だろうと逃がれられない。

「そんな例外を相手にケンカ売るんじゃ、こっちもレベルを吊り上げるしかないわよね」
「……それでいつも負けてるくせに」

 返事の代わりに、少女の放つ威圧感が増した。放出される火花の量は先ほどと比べものにならない程多く、また濃く密集している。少女の怒りに呼応して膨れ上がってくるそれは、極大の雷を作り始める。
 上条はオトナな笑みを取り繕いながらも、顔の筋肉はガチガチに引きつっていた。上条が異能の力を消せるのは、あくまでも右手首より先だけなのだ。光速で放たれる雷撃の槍を、都合よく右手で受け止めるという偶然はそう何度も起こらない。

「なんていうか、不幸っつーか、ついてねーよな」

 上条は今日一日、七月十九日と言う日をそう締めくくろうとした。
 たった一言で、本当に世界の全てを嘆くように。

 だが、上条の不幸は底を知らず、まだまだ終わらない。嘆きすらゆるさない地獄へと、深く深く、どこまでも堕ちてゆく。
 
 巨大な衝撃と共に白色の閃光が橋を包んだ。
 そのあまりの規模の大きさは、周囲一帯が一時停電してしまったほど凄まじいものだった。
 
「ちょっとなにこれ、一体どうなってんのよ」
 
 少女が光が去った橋の様子を見て、呆けたような声をだす。まったく誰が予想できただろう。美琴だけなく、学園都市を常時監視しているはずの衛星さえも何が起こったのか正確に捉えることは出来なかった。

 それは不幸な上条をさらに不幸にしたい神様の悪戯が、陰謀好きな魔法使いの思惑か。
 
 全ての異能をことごとく消すことのできるはずの人物、上条当麻の姿が綺麗さっぱり消えていた。

 物語の始まりはいつも突然に訪れ、気がついた時には変態がすぐそこにいる。不幸体質な、普通の高校生上条当麻の、比喩でも無い本当の地獄での生活が幕を開ける。

 不幸な幻想殺しと真の魔法使いが交錯するとき、地獄の物語が始まる。



 魔法使いというものを知っているだろうか。彼らの正体は、神に愛され奇跡の力を行使する神話や伝承、おとぎ話や古い文献などに痕跡を残してきた異世界人である。
 
 そしてここは《地獄》、全ての魔法が燃え尽きる神のいない世界。
 
 この世界の住人である《悪鬼(デーモン)》たちは、魔法を観測することで意図せずして彼らの奇跡を燃やしつくしてしまう。加えて、魔法使いたちは不安定な自然秩序に介入しそれを《神》が安定させることによって奇跡を行使するが、この地獄では自然秩序が完璧であり神が存在しない。
 
 それでもこの地獄には古くからたくさんの魔法使い達が到来し続けている。そして、《地獄》の《悪鬼》たちにも彼らと接触し交渉を行う機関が複数ある。
 
 その一つが関係者には《公館(ロッジ)》と略される、文部科学省文化庁に属する非公式機関、魔導師公館だ。
 
 公館の本拠である多摩川流域の古びた洋館の地下室に、聖痕大系高位魔導師にて魔導師公館の専任係官《茨姫》オルガ・ゼーマンはいた。
 普段は濃紺のエプロンドレスを身にまとい、公館の中庭で紅茶を楽しむなど深窓の令嬢の雰囲気を醸し出す淑女だが、今纏っている服装はその印象と正反対のものだ。
 オルガが纏っているものは正確には衣服ではない。丈夫ななめし革とワイヤーが一体となった拘束衣だ。露出している肌には羞恥の汗が伝い、うっすらと浮き上がる白い太ももや、肉感的に強調されただらしない腰回りが淫靡さを際立てる。だがその姿は見るものに劣情を覚えることを拒絶する。この拘束衣が、ただ効率よく苦痛を与えるために作られた拷問具だからだ。

「このしゃべるウンコたちのウンコ溜めで、こんな恰好をさせられて、わたくし、わたくし」

 彼女は羞恥に顔を紅潮させつつも、どこか興奮したような口調で「ウンコ」という言葉を連発する。彼女の言うウンコとはもちろんこの世界に暮らす住人達のことで、それは魔法使いの共通認識としてはそんなに間違っていない。

〈新しい《茨》の調子はどうかね〉

 地下室のスピーカーから響く声の主は、オルガの纏う破廉恥な拘束衣《茨》の開発者である魔導師公館嘱託の変態魔法学者、溝呂木京也のものだ。
 
 この《茨》のワイヤーには大小いくつかの針や長いネジが括りつけられており、背中に取り付けられたエンジンの駆動によってオルガの身に四十五本の杭を打ち込み全身三十二か所の骨を折る。つまり《茨》とは効率よく人体を折りたたむ目的で作られた全自動磔刑拷問機なのだ。

「博士、わたくしはいったいこれからどうなりますの」

 彼女はただの一線を越えたマゾヒストであるだけではない。彼女の使う魔法は聖痕大系。彼女は自身の痛みや触覚を索引として、そのまま魔法につなげる索引型の魔法使い。
 適切な痛みの観測が、より強力な魔法を引き出す。彼女の羞恥による血圧の微細な変化さえ計算された《茨》がそれを効率よく導くことができる。

〈今回の実験の目的は、主に出力と強度の検証だ。ギアを四速まで上げて、魔法の発動を誘発し《茨》がそれに耐えられるかを検証する。準備はいいかねオルガ君〉
「はい、博士。」
〈念を押すが決して四速以上を使ってはダメだ。それが引き起こす苦痛はまだ完全にシミュレートが終わっていない。オプションの過給器のダイヤルについても触れてはいけない〉
「どうして、『使ってはいけない』ものがたくさんこの茨にはおありですの」
〈見てみたくはないかね、苦痛の……限界を〉

 オルガがこれから始まる苦痛の様を想像して、思わず口から吐息が漏れる。溝呂木からはそれ以上何も言わずスピーカーの電源が一方的に切られた。
 溝呂木は観測することで魔法を消去してしまう《悪鬼》だ。それが彼女とのつながりを切ったということは、それはそのまま実験開始の合図となる。

「さあ参りましょう。苦痛の果てまで!」

 彼女が《茨》のエンジンを稼働させた。回転数が上がるまでの数十秒間、その不吉な振動が彼女の血を引かせる。だが、オルガの顔は淡い期待に紅潮し、愛おしそうに《茨》のなめし革を指でなぞっていく。

 ギア一速。

 エンジンに接続されたチェーンが引かれ、そこから伝達された凄まじい力がオルガの身体をねじり上げる。腕があり得ない方向に曲がり、肋骨がへし折られ全身に極度の苦痛が走る。同時に地下室全体に大きな衝撃が走った。それを発したのはオルガの魔法によって作り出された魔法生物達だ。オルガの痛みによって現れては互いに喰いあい、死んでは生み出されていく不毛な無限連鎖。その悪夢のような光景は、ここが《地獄》と呼ばれるにふさわしい混沌の様相を呈していた。

「足りませんわ。まだ、全然足りませんわ」

 それでもオルガは《茨》のポテンシャルの十分の一も引き出せていないことを直感していた。このまま徐々にギアを上げていくのもまどろっこしい。溝呂木の決めた四速でもオルガの望む苦痛と奇跡には届かないのではないかとも思える。

 ――――見たい、苦痛の限界を。

 魔法使いとしての極限を求める本能か、理性を無視した何かに導かれるまま、オルガはエンジンのシフトレバーを操作していた。

 ギア六速

 エンジンの回転数が跳ね上がる。身体に喰い込むワイヤーが肉を裂き、鉄杭が骨を粉砕し内臓をかき混ぜる。意識を落とすことさえ許さない、極限の苦痛。理性を保っていることが不思議だった。丈夫な地下実験室の壁に亀裂が走り、茨のエンジンが過度の回転に高熱をもち始める。

「ひぃあああああああああああああ!ひぃぎぎぎぎいぎぃ」

 絶頂を突き破った痛覚に、理性が踏みつぶされていく。訪れるのは悲鳴さえも呑み込んだ静かな世界。それは人間の尊厳を突破した純粋な苦痛の世界の入り口だった。
 舌を千切れんばかりに限界を超えて突き出し、肺を痙攣させ呼吸すら止まっていた。

 それなのに、オルガの身体は操作盤にある過給器の禁断のダイヤルを回させていた。

『ブースト、上昇。エンジン過加熱。心肺停止危険域まで残り30秒――――』
 
 電子音声の無機質なアナウンスが危険をつげる。直ぐに治癒魔術が発動し、溝呂木にも連絡がいくだろう。そうなれば実験は強制終了になってしまう。
 
 そのわずかに生まれた瞬間に奇跡は起こった。オルガは誰も体験することのない全てを越えた“何か”を観測した。

「はぁ、これが産みの苦しみというものですのね……」

 かくして、オルガは聖痕大系、いや全ての魔法大系にはありえない誰も到達することのなかった奇跡を達成した。


 
「クソっ一体何が起こったてんだよ」

 上条は自分に起こったあまりの出来事と、眼前の光景に思わず吐き捨てた。
 自分は学園都市の橋の上にいたはずだ。それがいつも絡んでくるビリビリ中学生のド派手な雷を右手で受け止めようとした瞬間、明らかに相手の能力以外の何かが上条の身体を捉えた。白色の閃光が視界を奪い、一瞬意識を持ってかれ、気がついた時にはこの場所にいた。

「《地獄》にようこそ。あなたもこの地でしゃべるウンコに弄ばれる贖罪の巡礼に参ったのですのね」

 もはや、不幸の一言で片づけられない状況だが、それでも上条は叫ばずにはいられなかった。

「うう、不幸だーっ!!」 

 幾万の魔法世界で、ただひとつ魔法に見捨てられた世界。ここは地獄、この世界に未だ神は降臨せず、堕ちてきたのは神をも殺す幻想殺し、神なき世界で少年が殺す幻想とは果たして、どんな幻想なのだろうか。




[26217] ‐2‐
Name: 棚尾◆5255b91b ID:ce3a0058
Date: 2011/02/26 15:15

「《地獄》にようこそ。あなたもこの地でしゃべるウンコに弄ばれる贖罪の巡礼に参ったのですのね」

 気がつけば、上条は《地獄》にいた。比喩でも無ければ冗談でも無い。少なくとも上条は、ここが明らかに今までいた世界と何かが違うと思わずにはいられなかった。

「……あの、あなたさまはいったいどこの誰で、ここはぜんたいどこなんでせうか」

 まず一番におかしいのが、この人物だ。
 年のころは20代も半ばを過ぎた辺りと思しき女性が、露出の多い拘束衣を着ている。しかも全身血まみれで。
 状況を無理やりまとめるとだいたいこんな感になる。
 突如として不可思議な光に意識を飛ばされ、どこかもわからない何故かぼろぼろの部屋で目覚めて、傷を負った様子もない薄幸そうな美女が血まみれでうんこと口走り、なにやら変な期待を持った眼差しを向けられている。
 いったいどこのホラーだろう。奇奇怪怪どころか、今どき都市伝説やフィクションでさえもあり得ない超展開だ。

「なにをおっしゃていますの。あなたもわたくしと同じ、魔法使いなのでしょう」
「は?」
「ここは《地獄》です。偶然とはいえあなたは私が招待したようなものですから、歓迎して差し上げますわ」

 おもむろにオルガが右手を掲げた。手首に嵌まった銀の腕輪が木材に鉋をかけたようなガシリと鈍い音とともに、肘まで移動した。
 途端に血の雨と、むかれた生皮が地面に落下する。腕輪の中に仕込まれた鋭利な刃が、彼女の右腕の皮膚を削ぎ落としたのだ。

「あ、あんた、なにしてんだよ」

 自分で自分を傷つけて、しかも何やら蕩けた笑みを浮かべるこの女性を表す言葉があるとすればマゾヒスト。
 健全な男子高校生であるならばそういう属性に多少なりとも興味を惹かれるはずだが、流石に引いた。

「ふふっ、次はあなたの番ですわ」

 言葉の意味を理解して今度は血の気が引いた。今度は上条を痛めつける気なのだ。そして、その手段を見て上条は思わず後ろに退いていた。
 オルガの右手から落ちた血と皮が混じった粘液から、異形の怪物が生まれたからだ。
 腐ったような音を立て泡立ち、顎に鋭い歯を並べた猛獣の頭部、それが口の中で同じ猛獣を産み連結する。
 その魔法生物の鎖で出来た一本の鞭を、魔女が容赦なく上条に叩きつける。
 とっさに右手を突き出して、鞭を受け止める。魔法はそこでバラバラに砕け散った。さながら、氷を砕くように、上条の右手に触れた先から綺麗に壊れ吹き飛んでしまった。
 かつて見たことも無い現象に、オルガは言葉を失った。《悪鬼》の魔法を燃やす《魔炎》とは違う魔法を殺す力。魔法の天敵、魔法使いの鍛錬と歴史を殺す力に本能的な恐怖を覚えざるを得ない。
 しかし、オルガはその恐怖をも快楽に変換できる真の魔法使いだ。

「不思議な魔法をお使いになるのですのね。その得体の知れない右手で私をメチャクチャにする気なのですのね」
「いや、そんなことしねぇけど」
「わかりましたわ。あなたもウンコまみれになる方がお好みなのですのね」
「あの……なにをどう受け取ったら、そうなるんでしょうか」

 オルガの中で上条はすっかり同類認定されていた。オルガが今度は両手から鞭を生みだし、左右同時に振り回す。
 上条は一方を右手で四散させ、もう一方を身体を地面に投げして避けるが背中を削られた。服が破けて背中が熱を持ち始める。腰の辺りまで何かつたってきたのはおそらく血だろう。

「痛みから逃げるからもっと痛くなるのです! もっと、もっと痛みを愛せば、痛みは気持ちよくなるのです」
「やばい、この人マジでほんもんだ……」

 痛みの熱で身体が火照るのと反比例して、頭だけがサーと音を立てて凍える。

「さあ、気持ちいいと言いなさい!」
「そんなこと言えるかー!!」
「もっと激しいのを、望んでいますのね。わりましたわ。ともに苦痛の限界へ参りましょう」
「もはや、突っ込みようがねえええええええっ!」

 上条の叫びも、一人で神と相対するとされる魔法使い、超弩級の変態には虚しく響くだけだ。
 オルガが《茨》のエンジンを始動する。聖痕大系は索引型でもトップクラスの出力を持つ魔法大系だ。《茨》によって引き起こされる強力な魔法の数々を右手一本で捌くのは無理がある。
 上条は覚悟を決めた。相手は落ち着いて話が出来るような普通の人間ではない。ならば、なんとかして、話を聞いてもらえる、ないし話を聞ける状態にするしかない。
 上条は右手を強く握り込んで踏み込んだ。オルガは痛みに酔っているのか避けようともしない。
 拳が、オルガを拘束する《茨》の一部に触れた。
 その瞬間だった。
 ビリッと、何かが破れた音がして、オルガを拘束する《茨》がドスンと落ちた。

「は、いやこれは偶然というか事故というか、ともかく不可抗力って奴で……」

 慌てて目を反らすが、程良い肉つきの身体やら白い肌やらがしっかり視界に入ってしまう。
 普通の女性なら、羞恥心で顔を真っ赤にし激怒するだろう。上条もそのような反撃を覚悟していたのだが。
 しつこいようだが忘れてはいけない、オルガは魔法使いであり、異世界人なのだ。

「はあはあ、見ず知らずの殿方にわたくしこんなにされてしまって。さあ、どうなりますの、どうなさいますの」

 上条には想像の範囲外だろう。魔法使いに常識は通用しない。
 《茨》はオルガから魔法を効率よく引き出す道具であり、強力な治癒魔術も手軽に扱えるそれを失うことは致命的だ。未知の能力を使う者が相手なら、なおさら心理的に追い詰められることになる。
 オルガはその状況にひどく興奮している。

「来ませんの。ならわたくしが痛くしてさしあげますわ」

 多少の恥じらいを見せつつも裸身を隠すことなく、鞭を握る。

「あー、もう何なんですかこの不幸は!! いろんな意味でひどすぎるー」 
 
 上条がもう無理だ。誰か、誰でもいいから助けてくれーとヤケクソに思った時だ。

 今まで混乱していて気がつかなかったこの部屋の扉がガチャリと開いた。

「全く、あれほど四速以上は使うなと言ったのに。正しい順序でなければ実験に意味が生まれないではないか」

 どこか弾んだ声でぼやきながら、体格の良い白衣を着た短髪の中年男性が部屋に入ってくる。
 
 その瞬間、世界が炎で包まれた。オルガの魔法で作られた鞭が、無音の悲鳴上げて燃え上がる。魔法だけを焼く《地獄》の業火、《魔炎》。
 
 魔導師公館嘱託の魔法学者、溝呂木京也。彼はこの世界の住人、観測することで魔法を焼きつくす《地獄》の《悪鬼》だ。
 溝呂木は部屋の惨状と、上条のことを冷静に眺めて一言。

「ふむ、どうやら予想外に面白い結果が得られたようだ」

 全裸で血だらけなオルガを見ても眉ひとつ動かさないあたり、こいつも似たような変態なんだなあと、上条はあきらめなんだかよくわからないため息を吐いた。




「確認します。あなたは学園都市という『超能力』を開発する機関のある場所から来たと。自らの意志ではなく、全くの偶然で」

 シンプルなスーツを着こなし眼鏡をかけたこの女性は、魔導師公館の実務上のトップである事務官の十崎京香だ。
 上条は怪我の手当てをしてもらってから、公館にある小さな会議室で事情聴取を受けていた。ようやくまともな人間に出会えたというのに、なんか事件の容疑者のようで居心地が悪い。
 しかし、とりあえずは話を聞いてもらえるので良かったと思う。先ほどまでの、話もできない、通じない、おまけに訳もわからず命の危機という状況はまさに地獄だった。

「ああ、そうそう。なんか橋の上にいたら訳のわからない白い光に包まれて、気がついたらこんなところに」
「君の右手はいったいなんなんだ。《茨姫》の証言だと魔法を破壊したみたいだが」

 この白衣の男は上条の話、とりわけ『超能力』に興味をもっているようでことあるごとに突っ込んでは話を中断させている。
 『学園都市』では『無能力』の烙印を押された上条は、自分の右手の超能力とは言えない能力について説明する機会はほとんどない。
 大人二人、しかも一人は少年のように目を輝かせたオッサンに説明するなんて、どうしたものかと、やはり戸惑ってしまう。

「えっとこの右手は幻想殺しって言って、それが『異能の力』な原爆級の火炎の塊だろうが戦略級の超電磁砲だろうが、神様の奇跡だろうと打ち消せます、はい」
「神様の奇跡ときたか。なるほど実に興味深いことを言う」
「溝呂木さん。よろしいですか、こちらの話を進めたいのですが」

 溝呂木とは対照的に、京香はとことん冷静だ。魔法使いからも嫌煙されている公館のトップを務め『氷の事務官』と一目置かれる彼女はどんな事態であっても取り乱すことがない。

「なあ、こっちからも聞きたいんですけど『魔法』ってあれか、よくゲームとかにあるMP使って攻撃とか、回復とか死者蘇生とかやれる」

 上条が魔法や魔法使いと言われて思いつくのは、ゲームや幼いときに読んだ絵本などのお伽噺くらいだ。もっとも学園都市で『超能力』に触れてからは、そういったものに対する憧れは薄れていった。だってそうだ。そこではどんなことでも『科学』という言葉で説明できてしまう。電撃使い、発火能力者、風力使い、念動能力、念話能力などなどの『超能力』や他にも外より数十年先を行く最先端技術の数々はまるで魔法のごとし。
 適度に発展したテクノロジーは魔法との区別がつかないとは良く言ったものだ。
 だからか、『魔法』という言葉にありえないと思いつつも『科学』ではない不思議な力に少なからず期待してしまう。

「その認識はあながち間違ってはいないな。その手のものは大抵神話やおとぎ話がモチーフになっているし、強力な魔法は正に奇跡というにふさわしい代物だ」
「あなたのいた場所で『超能力』とやらが一般化されているように、ここでは公然にされていませんが《魔法》が存在しています」
「じゃあさっきのあの変態さんは、それに《地獄》がどうのって言ってたけどここは」

 変態という上条の言葉に京香が一瞬苦い顔をした。指先で軽く机を叩いて淡々とした口調で説明する。

「彼女は、我々魔導師公館に所属する魔法使いです。《地獄》とはここが文字通り魔法使いにとっての地獄だからです」
「あの……ここって日本ですよね」
「ええ、ここは都内にある古い洋館の一室です。そして、この世界には神話の時代より幾万の異世界から魔法使い達が訪れています」

 日本語が普通に通じているから安心していたが、魔法に魔法使いに《地獄》ときて、日本? どこそこ? ってなったらどうしようと思ったがひとまずほっとした。
 だが、魔法使いが随分昔から、しかも異世界から来ていて、それなのに一般に知られていないのは政府が隠していたり、魔法使いが秘密主義だったりするのだろうか。

「例えば君がさっき会った《茨姫》。彼女の扱う聖痕大系の魔法使いは魔法生物の扱いに長けている。苦痛の中で人々見る幻覚の怪物で特に生々しいものはこの魔法使いによるものだとされているな」
「この世界の住人は観測することで《魔法》を《魔炎》として燃やしてしまう力、いわゆる《魔法消去》を持っているため魔法を直接見たり、感じたりすることができません」
「それって、つまり魔法を見ようとしても、先に自分で消してしまってるから見えない。だから普通の人は魔法を知らないってこと」

 さっき溝呂木が地下室に入った時に、世界が燃え上がったような気がした。熱さも感じない、魔法を世界から引き剥がす炎。
 上条の幻想殺しと少し似ている。本人にとっては普段の生活の役に立たない微妙な能力だが、一部に煙たがられたり突っかかれたりしそうなあたりが特に。魔法使いもしつこくケンカ売ってきたりするのかな。

「魔法を感じることのできないこの世界の住人を魔法使いは神と魔法に見放された《悪鬼》と呼び、魔法が焼きつくされるこの世界を《地獄》と呼び蔑んでいます。そして我々は魔法使いに関する様々なトラブルを扱う非公式政府機関の人間という訳です」
「こういう政府の秘密を一般人が知ってしまうってのは口封じで殺されるってパターンの死亡フラグっぽいんですけど。まさかねぇ……」
「…………」
「…………」
「その沈黙が怖い! 本気で、俺殺す気!!」

 微妙な空気が流れる中、溝呂木があからさまにため息を吐いた。京香はそれを視線で咎めてから、静かに上条に向き直る。

「認識の齟齬があるようなのでここで正しておきますが。我々はあなたを一般人だとは思っていません」

 京香が淡々と告げる内容は、上条にとってどこか憧れていたことでもあり、望んでいなかったものでもあった。

「この世界の住人は《魔法消去》を持っているはずです。ですが、あなたの右手は似たような力はあっても決定的に違っている」

 それは自分とは異なる世界のことのように聞こえた。

「いいですか、よく聞いてください。この世界に『学園都市』という場所は存在しません」

 ここは夢の世界で、目が覚めたら『学園都市』でいつもの不幸で、けれども平和な生活が始まっているんじゃないだろうかとも思えてくる。

「加えて、上条当麻なる名前の人物は、日本の戸籍や他のどの記録にも存在していません」

 これが現実だとして、まるである物語の主人公がいきなり別の物語に入ってしまったみたいに上条はひたすら戸惑うことしかできない。

「我々はあなたを異世界から来た人間、すなわち《魔法使い》だと思っています」

 用意されていたシナリオとは違っても、演者として組み込まれた限り、否応にも物語に参加しなければならない。
 
 ここは確かに今までいた世界と違う場所、《地獄》なのだ。



「わかったよ。ともかくあれだ。俺はいわゆる余所者ってやつなんだな。だけど俺自身もどうやってここに来れたのかわかんねぇ。あんたらも俺が何事もなくもとの世界に帰ってくれた方がいいんだろ」

 上条当麻は不幸な人間だ。どのくらい不幸なのかは今の状況を見れば一目瞭然、神様には完全に見放され、地獄に仏は来ない。
 けれど、上条は運に頼らない。運任せで状況が好転しないことは身を持って知っているからこそ上条は行動の大切さを知っている。
 とりあえず現状の自分は場違いな場所に来た余所者であり、ここは学園都市の中でもなければ学園都市の外ですら無い上条にとっての完全な異世界らしい。幸い基本的な言葉や常識も、一部の方々を除いては通じるようだ。『魔法』について全くわからない上条がこの状況を何とかするにはこの魔導師公館に協力してもらうより道は無い。

「なあ、だったら元の世界に帰るために協力してくれないか。こっちも出来ることならなんでもするからさ」

 上条の申し出に、京香は少し驚いていた。
 これまでこの世界を見下す魔法使いばかりを相手にしていたから、こういう真っ当なお願いのされ方は久しく無かった。なによりさっきまでは自分の状況すら理解できていなかったのに、適応が速いというかトラブルに慣れている感じもする。

「わかりました。とりあえずあなたのこちらでの当面の生活は保証します。後で担当者をよこしますので、少し外で待っていてくれませんか」

 魔導師公館は法律では取り締まれない魔法使いたちの事件を扱う。そしてその解決にはどんな血なまぐさい手段もいとわない。だから、おおよそ魔法使いらしくないこの少年が運んでくる問題によっては、最悪の決断もする必要がある。
 京香はそのやり切れない気持ちを悟られないように氷の表情の中に押し込んだ。



 上条を公館の応接室に案内した後、京香と溝呂木は会議室に戻った。

「溝呂木さん。彼のことを魔法使いだと思いますか」

 京香の印象では良くも悪くも、ごく普通の少年という感じだった。魔法使いに多い人格的な破たんも無い。

「とりあえずはそう仮定するよりあるまい。だが、そうなると彼はかなり特殊な扱いになるな。魔法を破壊する魔法など、異質にも程がある」

 魔法は不安定な自然秩序の歪みを魔法使いが観測することで行使され、直接その歪みに魔力を見出す《魔力型》とそれを索引として奇跡を引き出す《索引型》と二つに大別される。どちらにもあてはまらない例外もあるにはあるが、彼の右手はその中のどれにも当てはまらない。

「《茨》が彼の右手に破壊されたと聞きましたが」
「ああ、あれは《茨姫》が私の指示を無視して過度の負荷を掛けただけ。つまり単なる強度の問題だ。彼の右手は『異能の力』を打ち消すと言っていたが《茨》はただの装置だ。それ自体には何の奇跡も介在していない。もっとも彼の言うこと全てが真実としても『超能力』や『学園都市』の存在というのは甚だ信じられるものじゃないが」
「私もそれについては同感です。現状、彼は魔法を破壊する魔法を右手に宿した魔法使いだということでしかありません」

 上条の話は魔法使いの話よりも突飛に聞こえ、流石に信用できない。魔法使いとの長い関りの中で、そんなもの存在は全く語られたことがない。日本と言う同じ地名で異なった歴史に科学。まるでSFなどに語られる平行世界というやつではないか。

「彼は《茨姫》の魔法で呼び出された節がある。だが聖痕大系が魔法生物の扱いに長けているとは言え、あんな魔法の発現の仕方など見たことも聞いたこともない」
「異例ずくめの事態という訳ですね。まったくこんな時に」

 京香は組んだ両手に額を押し付ける。溝呂木が興味なさそうに尋ねた。

「60年振りに現れた再演大系の使い手に《染血公主》の件かね」
「それだけではありません。神音大系の神聖騎士団が十二名、首都圏に侵入しました。さらに《染血公主》ジェルヴェーヌ・ロッソは二年前姿を消す前に神人遺物である《鍵》を奪っているという告知が《協会》からありました」

 《協会》とは公館と取引のある最大の魔法勢力だ。そして神聖騎士団は《協会》と千年以上に渡って戦争を続けている神音大系の魔法使い組織で、当然公館とも敵対関係にある。
 《染血公主》はこの《地獄》でいくつもの殺人を犯した、公館が狩るべき犯罪者だ。しかし、それが神人遺物を持っているとなると事情が違ってくる。二千年前に完全に姿を消したとされる幻の魔法大系である神人、それが残したとされる魔法消去されても自力回復するという桁外れな力を秘めた魔法産物。その争奪には公館も幾度も巻き込まれ、多くの犠牲を払って来た。

「再演大系に《幻影城》の《鍵》か、なるほど何もかもお誂え向きに用意されているという訳だ」

 再演大系、60年前に滅んだとされる魔法使いを操り、過去を書き換えるという強力な魔法を行使する魔法使い。そして、その再演大系の聖域である世界最大規模の神人遺物《幻影城》とそこへと至る《鍵》。ここまで素材がそろっていて引き起こされる問題が小さくなるはずがない。

「彼もこの一連の事態に関連している可能性はあると思いますか」
「まだ、なんとも言えないな。だが彼は少なくとも《協会》圏の魔法使いではない」
「英語をごく自然に会話に混ぜていました。《協会》に問い合わせてみますがそこから素性を調べるのは難しいでしょう。溝呂木さんは《茨姫》の魔法の線から探ってくれませんか」
「了解した。だが公館にしては、随分扱いが優しいのではないか。厄介事が起きる前に処分なりすればいいものを。私はあれの魔法について実験したくてたまらないのだが」

 溝呂木は人間の人権だとか倫理など気にしない。悪鬼でありながら魔法学者になった変わり種は、とことん魔法の研究にしか興味を示さないのだ。
 京香は上条が日本人を名乗ってくれてよかったと思う。溝呂木はデータを取るためなら、拷問まがいの実験も平気でやる。

「何もわからない現状でうかつに手を出すことはできません。それに記憶の混乱や思惑があるにしても日本人を名乗る以上、むげな扱いはできません」

 彼は見た目にはまだ少年であり、おおよそ魔法使いらしい様子もなく間諜をやれるほど器用にも見えない。だが、事態が異例なことだらけなこともあり、全容を見極めるまでは慎重に扱うべきだ。
 なにより、公館は幾多の死体を積み上げ異世界人からこの日本を守ってきた。だからこそ、必要以上の犠牲を、ましてや日本人を名乗る人物の遺体を自らころがすなどということはできない。

「だが、彼が何かしらの問題を起こしたらどうするのかね」
「この世界のルールを守らない異世界人に対して、公館がすべきことは一つです」

 しかしそれも、必要ならば無視される。公館は倫理ではなく、この国を守るという目的で動く組織だからだ。
 そして、警察が関われない治安維持の間隙を闇から闇へと埋めてきた魔導師公館がやることはいつの時代も変わらない。

 魔法使いにとっての《地獄》、《公館》はその恐怖の象徴として君臨し続ける。



[26217] ‐3‐
Name: 棚尾◆5255b91b ID:ce3a0058
Date: 2011/02/28 20:27
 上条は儚げな、まるで妖精みたいな少女に出会った。
 夏物の涼しげなワンピースの胸元に除く白い肌と臙脂色のリボンでまとめられた艶やかな黒髪との落差は、どんな風景でもぼやけてしまう。少女はその場にいるだけで幻の世界に引き込まれたかのように錯覚させるほど可憐だった。
 少女は、両手の人差し指の間で小さな稲妻を作っていた。人差し指の次は中指、薬指と順々に稲妻を結んで、あやとり糸のように放電の弦を編み上げてゆく。
 一瞬見とれた上条だが、俺はロリコンなんかじゃないと慌てて否定して少女に近づいてゆく。

「えっと、お前も魔法使いなの?」

 メイゼルは両手をパッと放して糸を切ると、品の良い眉を不平そうに吊り上げ、上条を睨みつける。

「あたしは鴉木メイゼルよ。あんたこそ誰なの」
「俺は上条当麻って言って、なんつうかとりあえず余所者らしいんだけど。さっきやってたのって魔法か、凄いな」
「これくらい円環魔術の基本だわ。別に凄くもなんともないわよ」

 メイゼルが扱う円環大系は、周期運動するものに《魔力》を見出す魔力型の魔法だ。原子核のまわりで電子軌道を占有する電子も円環大系の《魔力》の一つであり、この魔法大系はゼウスやトール、インドラに帝釈天といった雷霆神の神話が分布となった地域で活躍していた魔法使いだ。
 メイゼルはすでに上条に興味を無くしたようで、また両手に糸を編み上げてゆく。

「これが、二次元にしか存在しないとされたリアル魔法少女!」

 そう小さく呟いた時だった。太ももの辺りに強烈な刺激が走り思わず床を転げまわる。見上げるとメイゼルが怒りに肩を震わせて、顔を真っ赤にさせていた。

「あんた、おとなしそうな顔してなんてこと言うの!!」
「痛ってええぇえ! 魔法少女はビリビリ小学生!」

 実は《協会》に関わりのある魔法使いにとって英語は最低の罵倒語でありスラングなのだ。これは仇敵である神音大系がこの百年間でアメリカの支援を受けていることから、そんな風習ができた。
 そんなこと知る由もない上条は、何で少女が怒っているのか見当もつかない。しびれて力の入らない足を抱えながら目に涙を浮かべてメイゼルを見上げる。

「全く躾がなっていないわね。そんなはしたない顔、あたしに見せてどういうつもりなのかしら」

 上条の堂の入った不幸顔に、メイゼルが嗜虐的に目を細める。
 年齢に相応しくない背徳的な蕩けた笑みに、上条はこの世界における真理を思い出した。

「変態だ。ドSだ。もう嫌だ。帰りたい」
「違うわ! あたしは、強い相手やきれいな子の泣き顔を見たい気持ちが、人よりちょっと激しいだけなんだから」

小さな魔女は薄い胸を張って傲然と否定する。でも自信満々の言葉の中には否定できる要素は欠片も無い。

「やっぱり、変態だああぁぁー!」

 叫ぶと同時に、また上条の両足を電撃が打った。床を悶絶しながら転げまわる。
 先日ある魔法使いに、お前は変態だと定義されるという屈辱的な魔法のお墨付きをもらったばかりのメイゼルは、その言葉に少し敏感になっていた。

「ごめんなさいが気持ち良くなるまでいじめたげるから覚悟しなさい!」
「……お前らなにやってんだ」

 危うく奴隷に調教されるところだったのを投げかけられた声が止めた。黒いジャケットと茶色掛かった髪に意志の固そうな眉、見た目は若いのに苦労性に見える。学校に勤め始めたばかりで子供に振り回されてばかりの新任教師を連想した。

「躾のなっていない犬におしおきしてただけよ。せんせこそ、会議があるんじゃなかったの。そんなにあたしと離れるのが我慢できなかったんだ」
「あのな、メイゼル。俺はお前と離れるのは違った意味で心配なんだ」
「せんせ、この子をおしおきしてるのは浮気なんかじゃないから安心していいのよ」

 小さな魔女がその男に腕を絡ませる。お転婆な姫様と執事みたいな取り合わせだが、姫が向ける視線は明らかに信頼以上のものがあった。しかも男の方も少女に先生と呼ばせているとは、この二人の関係はどう見たって普通じゃない。
 上条の、この《地獄》に来て短い間に培ったセンサーが、警告を告げるのが聞こえた。

「ロリコンの上にMかテメェ! 救いようがねえな!」
「何を勘違いしているのか予想できるけど違うからな。俺は変態でも魔法使いでもないからな」

 魔法使いではないと言うなら、普通の変態ってことになる。そんなの余計に犯罪だ。

「じゃあ、あんた誰なんだよぅ」

 上条は不信感むき出しで立ち上がる。男は困ったように名乗った。

「十崎事務官から説明を受けているだろうけど、俺はこの魔導師公館の専任係官で武原仁だ」
「専任係官?」
「公館が魔法使い関連の問題を扱っているのは聞いているよな。専任係官は刻印魔導師の管理や公館が立てる戦略や戦術の、いわば実行役だ」
 
 実行役との言葉に、さっき美人の事務官に言われた担当者を寄こすと言っていたことが符号する。

「じゃあ、あんたがこの子や俺の担当の人ってこと?」
「いや、……メイゼルはそうだが俺は」
「あなたは、……私の担当」
「うぉう! いきなり誰!!」

 いきなり後ろから肩に手を置かれ、上条は顔だけで振り返る。思ったより近いところに無表情な女の子の顔があった。人形のように体温を感じさせない、そして神聖な巫女のように清冽な雰囲気を合わせもった容姿はさっきの少女とはまた違った意味で視線を吸い寄せられる。彼女は頭の左右で括った長い黒髪を揺らして、上条の肩越しに手をメイゼルに延ばした。

「因達羅も、……私のとこ来る?」

 彼女の名は神和瑞希。公館が今の形になる明治以前から、《協会》と同盟関係にあった古い一族の末裔で、本人も昨年最も多くの敵対魔法使いを狩ってきた優秀な狩人だ。
 作り物のようにしわひとつない指がメイゼルに触れようとしたのを、武原仁が強引に身体を割り込ませ遮った。

「神和! メイゼルの面倒は俺が見る」
「……残念」

 声を荒げさせる仁に、神和ぽつりと呟き、さっと身を引く。
 専任係官同士のささやかな不協和音に板挟み状態になっていた上条はほっと一息吐いた。
 そのタイミングを見計らったように、専任係官のまとめ役であるはずの京香が現れ、話を始める。

「上条君の担当はこちらの神和係官です。あなたは彼女のサポートもしてもらいますから指示に従って下さい」

 上条から協力すると申し出て、こちらでの勝手がわからない以上、素直に従おうと思う。何だか新入社員の気分で、上司となる神和にこれからよろしくと握手でもしようかと手を差し出す。しかしそれは華麗にスルーされ、眼の前に指を突き付けられた。

「これも、式神として扱っていいの?」
「これって、俺には上条当麻という名前があるんですけど……」

 式神って何、とか突っ込みたいところだが、『これ』ってまるで道具のような扱いではないか。だいいち、人を指差すなよ。まだ社会に出ることのない上条だが、職場で上司にいびられるとはこんな感じなのだろうか。

「好きにしてかまいませんが、ほどほどにお願いします」
「あれぇ。俺の意見はガン無視ですか。そうですか」

 一足先に組織というものの非情さを味わい、地味に落ち込む。そんな鬱の入った上条の額を神和のチョップがぶったたいた。手加減された様子は無く、かなり痛かった。

「ぶつぶつ、言ってないで、……来る」

 神和の存外に強い力に腕を引かれるまま、上条は外に出る。日が沈み、星が輝く空は学園都市と変わらない。ここが異世界で地獄だということを忘れてしまいそうな綺麗な空だった。



 同じ時期、都内にある教会に神音大系の魔法使い組織である神聖騎士団のメンバーは滞在していた。

「此処は神なき《地獄》にあらず。最も高いものをいただく日を約束されし《約束の地》なり、神の座の空位、審判の日に終わり、受難の民は苦しみゆえに救われん」

 はるか昔《極点》を目指す巡礼の際、神音大系の魔法使いに導きの声が伝えたとされる聖句を唱え、祭壇の十字架を見上げ祈りを捧げる鎧乙女がいる。彼女の名はエレオノール・ナガン。公館のブラックリストにも載っている《協会》の幾多の高位魔導師を討ち果たした、神聖騎士団の若手最強の一角とまで謳われる上級聖騎士だ。

「祈りは終わったか。エレオノール・ナガン。出立のときだ」

 彼女がふり返ると、そこには白銀の鎧に身を固めた11人の騎士がいた。
 一隊の先頭に立つ彼女たちの指揮官、常に前線で戦い抜いてきた彼女の師匠でもある団将グレアム・ヴィエン。

「はやく動こう。いかにわしでも、誰を巻き込むかわからん場所で《協会》と切り合うのは心が痛む」

 礼拝堂の入り口を守る身長2メートルを超える黒い肌の巨漢、大人の背丈くらいはある戦斧を軽々と振り回す上級聖騎士ドナルド・デュトワ。

「エレオノール。神の声は、聞こえましたか?」

 銀縁眼鏡に細身の身体に細剣を携えた上級聖騎士ニコライ・バルトは、彼女が聖騎士になったときから共にいる最も信頼できる仲間だ。
 エレオノールは頬に落ちかかった金の髪をどけ、鉢金がわりの大きな髪留めの位置を直し、はっきりとわかるように頬をふくらませてニコライを軽くにらむ。

「もう、からかわらないでください。私もみんなと同じように、ただ迷い、すがるだけですから」

 音を観測することで索引とし魔法を行使する神音大系では、才能に極めて恵まれたものは《神の声を聞く者》であると敬意を払われる。だが、若手最強だのと大仰な名前ばかりが積み上がってゆくことは、親しい者には彼女をからかうよい種だ。

「お姉さま。お許しになって。せっかくお姉さまの隊に配属されたのに、肝心のときにいっしょにいられないんですもの」

 彼女を姉のように慕う白金色の猫っ毛の少女、リュリュ・メルルは神音世界の有力者、枢機卿の娘である。
 今回の聖務にあたり団将グレアムは、エレオノールの隊を接収した。しかし、ある理由から必要とする人員は12名であるため、リュリュはそのメンバーから外されていたのだ。
 《協会》の本拠のあるこの日本で、12人に課せられた使命は過酷で重大なものだ。精鋭部隊といえど、何人生きて帰ってこられるかわからない。
 エレオノールは胸に秘めた感慨を知られないように軽く咳払いをしてから、首にかけていた小さな楽器を外す。

「エレオノール隊リュリュ・メルルあなたに聖務を申しつけます。私たちの出立をこの聖具で祝福してください」

 置いてけぼりとなる少女の表情が役割を得て喜色に染まる。
 エレオノールが少女に楽器を渡そうとするが、籠手でつまみそこねてお手玉しそうになる。

「ほんとに、私は不器用ね」

 うらめしそうに呟くエレオノールは実は信仰と戦闘以外はてんで駄目なのだ。だが、そんなところも彼女の隠れた魅力の一つである。
 楽器がリュリュに渡ったところで全員の準備は整った。厳粛な面持ちでグレアムが直剣を抜き放つ。11人の騎士がそれに続いて思い思い剣を鞘走らせる。それぞれが握った長剣、細剣、そして戦斧の予備の小剣、12人の12本が次々と重ねられてゆく。
 団将グレアムが、朗々と戦陣の聖句をとなえる。

「神意、我らが行く手にあり。ただ最後まで生をまっとうすることを誓い、今はひとたび剣を収めん。再び抜くときは、刃を血に汚し、敵を屠るときぞ!」

 澄んだ音色が一つ、彼らの心と剣に波紋を広げた。
 リュリュが鳴らす神音楽器が奏でる神音は、人の胸に門出にふさわしい澄んだ青空の下を歩くような、晴れやかな気持ちを引き出す。
 騎士たちはそれを胸に旅立ってゆく。
 嵐の黒雲であろうとも、地の底の闇に閉ざされようとも、彼女たち聖騎士は、光を見失いはしない。
 目的は過去に神を降臨させようとして失敗した《神の門(バブ・イル)》のやり直し、再演大系に目覚めたばかりの少女を生贄にしたバベルの再臨。



 魔法にめざめたばかりの女子高生、倉本きずなはまるでおとぎの国にいるかのような気分だった。昨晩、父親に魔法を見せたことを思い出す。
 きずなの銅色の髪や、黒ではない濃紺の瞳とは似ても似つかない容姿で、トラックの運転手で楽器作りが趣味の父親。その腕前は銀座で小さなギャラリーを開けるほどだったりもする。それも十分自慢に思うが、幼いころから魔法はあると教えてくれたロマンチストな父親が彼女は好きだった。

「見ててね、お父さん行くよ!」

 ちゃぶ台に二つ折りにした広告のチラシを立てる。父、倉本慈雄はわけもわからない様子で、娘の奇行を湯呑茶碗を片手に眺めているだけだった。
 きずなが胸の前で強く握った手を引く。
 
 その動作が小さな奇跡を起こす。
 
 召喚されたのは、本来再演大系の大規模な魔法で補助に使う魔法生物《無色の手》。
 くっと胸の底につっかかるような手応えとともに、ふわりとチラシがきずなの前まで飛んできた。

「すごいな、きずなは」

 父が目を瞠り、手品だとも疑わずただ褒めてくれたから、きずなは魔法を本当に誇らしく、素晴らしいものに思えた。

「すごいでしょ!」

 わけのわからない歓喜に胸がいっぱいになって、彼女は子供に戻ったみたいに父親に抱きついていた。現実感があやふやになって、今なら空でも飛べるような気がした。
 まるで宝物の詰まった部屋の扉を開いたような不思議な幸福感に、彼女の両目から自然と涙が溢れてきていた。
 見上げると父も何故だが、眼を赤くして、鼻をすすりあげている。

「きずなが魔法使いになった記念日だから、今日はお祝いしようか」
「はいはい、ビールだね。お父さん」

 そのときは、彼女は魔法がとてもいいものなのだと思っていた。誰かに小さな幸せを手渡して、自分の周りの世界を素晴らしいものに変えてくれるものなのだと。

 だが、再演大系という呪われた魔法は残酷な試練へと彼女を導く。



 上条は眼前の光景に完全に固まっていた。

「ふはははははっはははははっははは!!」

 襖の向こうに待っていたのは、肉体を極限までに鍛えぬいたカイゼル髭を生やしたダンディな男だ。
 腕を組み身体をひねって大胸筋を強調するサイドチェストと呼ばれるポーズで、男の上条が見ても惚れ惚れするくらい見事な筋肉を見せつけていた。

 そして、当たり前のように全裸だった。

 これから訪れる快感の期待を抑えられず笑いをもらし、今にも空に飛び出そうな勢いである。
 上条も流石にわかってきたから動じない。三度目のこの場面で言うべきことが自然と口を衝いて出てきた。

「お前、変態だから魔法使いだろ」



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.031436920166