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[25763] 【ネタ】『イノベイターが他所様の庭で頑張る話』(リボンズ編03追加)
Name: スペ◆52188bce ID:e5d1f495
Date: 2011/02/27 00:20
 これは正規の軍服をもらい食事を改善してもらうや否や、いい女だ、とカティ・マネキン准将への評価を改めたり、オナニーだってできやしない、といいながら陰でこっそりと女性士官と愛について語り合ったりしている、ヴェーダが認定した人類初のイノベイターのお話です。
 一応シリアス。ザフトが好きな方にはあまりお勧めできません。

デカルト・シャーマン編

 最初に認識したのは口の中に充満する鉄の匂い。
 血だ。
 自分自身が吐きだした血が、口の中に溢れている。
 言葉にならない呻きを零しながら、彼――デカルト・シャーマン地球連邦軍大尉は散逸していた意識を繋ぎ合せる。
 かすむ瞳の向こうにはモニター越しに輝く満天の星空があった。
 息苦しい。
 そう感じた。当然だ。口の中のみならず鼻孔や目からも血の滴が流れ出て、狭隘なヘルメットの中を赤いものがいくつも漂っている。
 デカルトの米神の横の部分だけ長く伸ばした銀髪にも、いくつか赤い珠粒が付着して赤く濡らしていた。
 デカルトは震える手でヘルメットの吸引装置のスイッチを押しこむ。
 かすかに耳障りな音を立てて吸引装置が作動し、ヘルメットの中に浮かんでいたデカルト自身の血を吸いこんでゆく。
 鼓膜をゆする音が、次第に頭の奥の方に残っていた鈍痛を呼びさまし、デカルトは苛立たしげに眉根を寄せて、顔を顰める。
 ようやく思考が正常に働き始めて、デカルトは自分と周囲の状況を把握しようと努めた。

「ぐぅ。おれは、やつらはどこだ? あの物の怪ども!!」

 デカルトの最後の記憶は木星の大赤斑より出現した金属異星体エルスとの戦闘を境に、ぷっつりと途切れていた。
 先行していた火星駐屯艦隊は指揮官であったキム中将もろとも、あの銀色のナイフやクラゲに似た姿をしたエルスどもに乗艦共々取りこまれ、出撃していたジンクスⅣからなる友軍部隊も壊滅。
 デカルトは孤軍となり、千単位にも届こうかというエルスを相手に、乗機である最新鋭のモビルアーマー(MA)・ガデラーザで奮戦したが、圧倒的な物量差によって遂にエルスに捕捉され、そして……

「あれから、どうなった? おれとガデラーザは、エルスは……」

 デカルトはガデラーザのコックピットの中を見渡し、そこになんら異常が見られないことを確認する。
 脳量子波同調システムや合計七基の疑似太陽炉も問題なく稼働している。
 更にはエルスとの交戦によって損失した筈のいくつかの武装やミサイルの類に至るまでがすべて補填されている。
 明らかに常識から外れた現象である。デカルトの理解はまるで及ばない。
 だが、自分が生きている、という単純明快な事実は混乱の海に叩き落とされて足掻くデカルトの精神を、少なからず安堵させた。
 私設武装組織ソレスタルビーイングと地球連邦を操っていたイノベイターを詐称するものたちとの戦いを切っ掛けに、進化した人類イノベイターへと変革したデカルトは、それからの二年間を地球連邦軍の管理下で、ただただモルモットとして扱われ続けた。
 カティ・マネキンという女将官が来てからはようやく人間らしい扱いをされる様になったが、それもわずかな間の事。
 地球連邦の上層部は木星から出現した異星体へのあて馬も同然に、デカルトに人身御供を強要してきた。
 人類救済という大義の下に、モルモット扱いに飽き足らず犠牲になれという地球連邦の上層部も、出現して以来デカルトの脳を苛む叫びを放つエルスも、何もかもがデカルトにとっては嫌悪の対象でしかない。
 その挙句にエルス達に取り込まれての戦死では、一体自分は何のために生まれて、何のためにイノベイターへと進化したというのか?
 くそ、と悪態をつきながら、デカルトはヘルメットを脱いだ。
 脳量子波を遮断する特別製のパイロットスーツに包まれた手の甲で乱暴に口と目と鼻から零れる血を拭う。
 脳量子波は一定以上の知性を有する生命体が、常に放っている思惟のようなものだ。
 イノベイターと呼ばれる存在は、この脳量子波の送信・受信能力が飛躍的に向上し、他者の表層意識を読み取ったり、はるか遠方地にいる人間の思考や行動を感知することができる。
 昨今では軍事関係への転用技術が大いに研究されていて、デカルトの乗るガデラーザは脳量子波による操縦システムが組み込まれている。
 すでに流血は治まっているが焼けつくような痛みが脳を中心にデカルトの体内の至る所に残って、鈍く疼きを発している。
 徐々に平静を取り戻しつつあったデカルトが、とりあえず自分とガデラーザのいる位置を確認しなければならない、と友軍と連絡が取れないか、あるいは自分の脳量子波がなにか知覚しないかと確認しようとした矢先に、デカルトの脳に無数の人間の思惟を乗せた脳量子波が突き刺さる。
 脳量子波を遮断するパイロットスーツのヘルメットを脱いだ影響か、ようやく落ち着きを取り戻そうとしていたデカルトの意識は、直接脳味噌を抉りまわされるかのような苦痛に襲われた。

「ぐあああああああっ!?」

 獣の唸り声にも似た苦痛の声を上げて、デカルトは赤い瞳を見開いて無遠慮に自分の意識に流入してくる無数の人間の思惟を聞かされた。
 それは悲鳴であった。死に際の断末魔であった。
 何百、何千、いや何万という人々の、老若男女を問わぬ死を前にした恐怖と苦痛と憎悪に塗れた黒々とした負の思惟の波。
 苦痛はあらたな苦痛に飲みこまれ、悲鳴は新たな悲鳴に吹き飛ばされ、助けを求める声は新たな声に埋没してゆく。
 地獄の底で責め苦に喘ぐ罪人の挙げる声は、きっとこうだろう。

<痛い痛いたすけて助けて熱いよ苦しいよ誰か誰か誰か誰か痛い熱い苦しい死にたくない死にたくない死にたくない痛い熱い苦しい誰か誰か助けて助けて助けて助けて助けてえええええええええ>

 数多の情報の奔流と折り重なる悲鳴の波にデカルトの意識はあっという間に飲み込まれて、終わりの見えない苦痛がデカルトの精神を八つ裂きにしてゆく。
 両手で頭を抱えて、苦悶に悶えるデカルトは、息を荒げながらガデラーザのコックピットで吠えた。

「うるさいんだよ、人の頭にずけずけと土足で踏み込んでええ!」

 今も嵐の様にデカルトの精神を打つ死を目前にした人々の意識に、途方もない苦痛を与えられながら、デカルトは操縦桿を握りしめてガデラーザの機首を脳量子波の放たれている方向へと向ける。

「ガデラーザ、デカルト・シャーマン、出撃をする!!」


 ラグランジュ4。そこはいま、戦場と化していた。
 いわゆるナチュラルと呼ばれる自然のままに生まれた人類と、受精卵の段階で遺伝子操作を受けたコーディネイターが、戦争状態に勃発して既に久しい。
 コーディネイターの国家であるプラントの、義勇兵から成る防衛組織ザフトは、モビルスーツ(MS)と呼ばれる人型の巨大な兵器を戦場に投入することで、数十倍~数百倍の国力を有する地球連合を相手に優勢を保っている。
 地球圏における三大国家大西洋連邦、東アジア共和国、ユーラシア連邦を中核とする地球連合の主力兵器は、MS登場以前に活躍したMAと呼ばれるもので、ミストラルという旧世代機とザフトのMSに対抗するために開発された最新鋭のメビウスというMAだ。
 国力の差を表す様に、L4宙域やそれ以前の戦闘では地球連合側がザフトをはるかに上回る物量を投入している。
 しかしながら個体間での程度の差こそあれ遺伝子操作の恩恵によって、高い身体能力と学習能力の素地を与えられて産まれるコーディネイターは、兵器のパイロットとしてナチュラルよりも高い適性を持つ。
 またMSという新兵器と核分裂の抑制作用と副作用として旧来の電波誘導などを阻害するニュートロン・ジャマー(NJ)の投入によって、現代の戦闘は20世紀に起きた第二次世界大戦並みの有視界戦闘が主流となり、圧倒的にMS有利のものになっている。
 元々は東アジア共和国の保有する資源衛星“新星”をめぐる戦いであったが、ひと月余りに及ぶ硬直状態に陥り、戦闘宙域の拡大や脱走兵の出没なども相まって、いまやL4宙域に存在する民間人の住まうコロニー群に至るまでが被害を受けるようになっていた。
 ここも、地球連合とザフトの戦闘に巻き込まれたコロニー群の一つであった。
 地球連合は保有する130m級駆逐艦や250m級戦艦といった艦艇を中心に、メビウスやミストラルといったMAを展開しているが、キルレシオ比1:5という戦力差は如何ともしがたく、連合側の艦艇やMAは次々とオレンジ色の火球に変わっている。
 この時期ザフトの保有するMSは、ジンと呼ばれる機体である。
 黒灰色のボディ、単眼を持った頭部の頂点には鶏冠状のセンサーがあり背中にはウィング形のバーニアが備わっている。
 遠方から見れば、砂漠の魔人の名を冠するMSは、目撃者に神話の中から飛び出て来たサイクロプスを連想させたかもしれない。
 ジンは76mm重機関銃や500mm無反動砲を、的確にMAに命中させている。中には曲芸のように回避運動を取るメビウスの背に乗って、砲撃を見舞うものまでいた。
 対空砲火を張り巡らす艦隊を相手にしても、四方八方にばらまかれる銃弾やミサイル、ビームの雨あられを掻い潜り、ジンの群れは驚くほど艦隊に肉薄して一つ一つの砲塔やミサイル発射口、艦橋を叩き潰している。
 開戦初期は熟練の精兵達が揃い、巧みな指揮や操艦技術、MAと艦艇の連携によって、MSにも出血を強いていた連合軍であったが、いまやにわか仕込みの将兵が増えた事によって練度は著しく低下し、効果的な対空砲火を張り巡らすには至らない。
 飛び交う砲火は近隣のコロニーにも着弾し、全長三十キロメートルにもなんなんという巨大なシリンダー状のコロニーのあちらこちらで爆発の煙が上がり、採光用の巨大なミラーも見るも無惨に砕けている。
 コロニーの住人の多くはナチュラルではあったが、少なからずコーディネイターも存在している。
 ならばザフトがL4のコロニー群を巻きこんでまで戦うのは、そこに住まう同胞たちをナチュラル達の理不尽な圧政から解放し、この宇宙に築く自分達の新天地に向かい入れるためか、と言えばそうではなかった。
 壊れゆくコロニーやそこから脱出しようとするシャトルに対して、ザフトはこれまでの戦闘で救助の手を差し出すでもなく、コロニーに流れ弾が命中しようともなんら構わずに戦闘を続行している。
 幾枚もの分厚い壁を隔てた向こうには人体にきわめて有害な放射線と真空の広がる宇宙では、人造の大地たるコロニーの存在は、そこに住まう人々にとっては地球に住まう人々にとっての地球以上に神聖なものであるだろう。
 重力も空気も水もありとあらゆるものを自分達の手で作り出さねばならず、些細な事故があっという間に命を脅かす、きわめて苛酷な環境だ。
 ましてやプラントの市民でもあるザフトの軍人たちは、彼らの同胞24万人超が住まう人造の大地を破壊された怒りと悲しみを知る筈だ。
 それでも彼らは地球連合との戦火にL4のコロニー群を巻きこむ事を厭わずに戦いを繰り広げている。
 無論、ザフトの諸兵全員がすべからくコロニーに被害が及ぶ事を看過しているわけではない。
 中には軍人として上層部からの命令に逆らえず、歯を食いしばって止むなく従う者もいるだろう。いますぐにも救助の手を差し伸べて、かなうならコロニーの崩壊を食い止めたいと願っている者もいるだろう。
 しかしながら結果を見ればザフトがコロニーに及ぶ被害を考慮する事はなかった、という他ない――無論、これは地球連合にも言える事ではあったが。
 一ヶ月近くに及ぶ地球連合との交戦で、既にL4に存在するコロニー群は壊滅状態といっても過言ではないのだから。
 地球連合の艦隊が軍事的な意味ではなく文字通りの全滅となった頃、湾口のみならずコロニーの中央を貫くシャフトに至るまで被害が及び、遂にはあるコロニーの一つが完全に崩壊した。
 いまだその中に必死に逃げ惑う数万の人々を抱えたまま。
 あるザフト兵は、その光景に核ミサイルで破壊されたユニウス7とそこに住んでいた知人の姿を思い浮かべて、思わず目を背けた。
 またあるザフト兵は、コロニーに住んでいたナチュラルが無様に死んでゆく様に、歪んだ笑みを浮かべていた。
 あるザフト兵は、同胞たるコーディネイターが住まうコロニーを自分達が破壊した事に対する果てのない自責と疑念に囚われていた。
 またあるザフト兵は、ナチュラルがプラントの主張を受け入れてさえいれば、このような事態にはならずに済んだのだと責任を転嫁しようとしたが、それでも顔には苦渋の色が浮かんでいた。
 そして瞬く間にコロニーと艦艇とMAと数機のMSの残骸によって、デブリの海となったL4宙域に、それは姿を現した。
 最初に気づいたのは、後方に控えていたMS部隊の母艦群である。この時期、ザフト軍の有する宇宙用の戦闘艦艇は、180mほどのローラシア級と呼ばれる艦一種だ。
 船体を大型化させ、船速を劇的に速めたナスカ級も存在するが、この場にその船影は見られない。
 現在地球圏の戦場ではNJ影響下であるため、MSだけでなく艦艇に至るまで各種レーダーやセンサーの類は余すことなくお粗末なものだ。
 艦橋に詰めていた女性オペレーターが、黒いザフトの軍服を纏う艦長に大型熱源の接近を告げようとした、その瞬間、はるか星空の彼方から放たれた高濃度圧縮粒子ビーム砲が、そのローラシア級の船体をぶち抜いて、艦橋スタッフを一人残らず蒸発させた。
 ローラシア級がひと際巨大な宇宙の花火と化した時、戦艦の主砲でさえ可愛く見える粒子ビームを放った存在が、オレンジ色の粒子を星空の様に輝かせながら戦闘の終息したL4宙域の一角に、流星のごとく斬り込んだ。
 自らを苛む脳量子波の悲鳴の源を絶つべく破壊衝動に任せて、機体を動かしたデカルト・シャーマンと、その乗機ガデラーザである。
 友軍の突然の悲劇に、精神を弛緩させていたザフトの諸兵達は、一瞬で命を散らした仲間への驚きと悲哀の念を、すぐさまそれを行ったモノへの怒りに変えた。
 生きて帰れる事の喜びと一時の勝利の余韻を共有する筈であった仲間に、理不尽な死を齎した存在を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
 GNMA-Y0002V“ガデラーザ”。
 本体の後部左右に三基の疑似太陽炉を直列に繋いだ直列型太陽炉を二基搭載、更に胴体部に予備となる太陽炉を一基搭載している。
 赤と赤紫の二色で染められた機体は、異様に砲身と車体が巨大化した戦車を思わせるものだ。
 その巨体、実に300m超。
 地球連合軍の保有する最大の艦艇アガメムノン級戦闘空母に匹敵するほどである。
 まずザフト部隊は太陽炉の発するGN粒子の特性である電波通信妨害によって、ただでさえNJ影響下で著しく性能を劣化させていたレーダー関係や、通信機能に追い打ちを受けて部隊間での通信網をほとんど寸断された。
 拡大した映像の中で眩く輝く粒子を撒き散らして、空母並みの巨体でありながら信じられない速度で迫るガデラーザの姿に、言い知れぬ威圧感を覚えて少なからぬザフトの兵達が息を呑む。
 戦艦というには余りにも速く、MAというには余りにも巨大であり、寡兵を持って数多の地球連合の軍勢を屠ったザフトの勇兵達をして、目を見張らずにはおれぬ特異極まりない存在であった。
 デカルトは、先ほどまで聞こえていた脳量子波が尽く絶えた事を悟っていた。
 イノベイターに変革し、感知能力を劇的に高めたデカルトに暴力的に押し寄せてきた悲鳴の消失。それは、悲鳴を発する存在の死を意味していた。
 蝋燭の火が風に吹き消されてゆくように、あまりにも呆気なく、あっという間に命の火が、消えてゆく!
 デカルトはイノベイターとしての規格外の知覚能力と直感力、そして眼前に広がる破壊と死の光景から、ここで何が行われていたのかを理屈よりも早く直感で理解する。
 真ん中から折れて今も爆発の手を広げているコロニー、船体のあちこちが千切れ融解して巨大で無骨な墓標と化した戦艦群、原形を留めぬ無数の元は何かの兵器だったらしい残骸達。
 言語にしがたき凄まじき苦痛の余韻と、男も女も幼いも老いも問わずに、一方的な死を与えられた人々が血涙を流しながら挙げる悲鳴が鼓膜の奥でいまも響いている。
 理解しがたき現象に前兆も無しに放り込まれた事への混乱と、その混乱が静まる前に次々と押し寄せてきた無数の人々の死の瞬間の思惟。
 いかにイノベイターとはいえ、平素の精神状態でいられるわけもない。デカルトは感情の水面が荒れ狂うがままに吠え猛り、視界に映る見慣れぬMSらしき兵器に、破壊衝動を一切抑制することなく叩きつける。

「貴様らぁ、武装もしていない民間人に何を!!」

 二年間実験動物の様に扱われ、自らを大尉待遇のモルモットと自嘲するデカルトであったが、その根底にはいまだ市民を守る軍人としての良識がたしかに残っていた。
 自らが盾となり剣となり、市民を守るというのは、軍人としてのいわば原始的な本能といっていい。
 まっとうな精神状態でないからこそ、デカルトは二年間の鬱屈とした日々で覚えた冷笑と皮肉屋の仮面を剥ぎ取り、無抵抗の民間人に砲火を浴びせた目の前の連中に容赦をするつもりはなかった。
 途絶えた数千、数万の民間人の脳量子波に変わり、先ほどから届くザフト軍人達の脳量子波から、おおよその思惟を感じ取り、デカルトは脳を疼かせる痛みを紛らわせるようにして叫ぶ。

「ナチュラルだの、コーディネイターだのわけのわからぬ事でこんな真似をするのか、貴様らは! 脳量子波同調――GNファング、射出をする!」

 脳量子波による無線操縦兵器であるファングが、ガデラーザの機体下部に存在するファングコンテナからまず十四基が射出される。
 この十基は親ファングと呼ばれる大型のもので、一基ずつに疑似太陽炉を搭載していて、下手なMSよりも大きいほど。
 更にこの親ファングから子ファングと呼ばれる小型のファングが十基ずつ射出される。
 左右のコンテナに六基ずつ大型ファングが、カタパルト内に一基、左右合わせて十四基の親ファングに、更にそれから十基の子ファングと、合計百五十四基にも及ぶ大量のファングがガデラーザの周囲を、城塞を守護する騎士のごとく布陣する。
 これほど大量のファングを脳量子波と専用システムを介してとはいえ、正確無比に操るのは、元地球連邦の精鋭アロウズのMSパイロットしての素地に加えて、進化した人類たるイノベイターの能力を併せ持つデカルトならではの神業といっていい。
 忠実なる僕たる無数のファングと共にザフトの部隊へと襲い掛かるガデラーザは、あるいは巨大な流星が星の海の中を飛翔するかのようにも見えた。
 だがそれは、星空を飾る美しい光景では到底済まない破壊の権化とでも称すべき存在である。

「貴様らを破壊すれば、消えるか!? この痛みは!」

 集中するようにして閉じた瞼を開いた時、デカルトの虹彩はイノベイターの証たる美しい金色に輝いていた。
 叫びと共に脳量子波で放った号令に従い、親ファング、子ファング合わせて百五十四基が一斉にジンとローラシア級に襲い掛かる。
 餓えたピラニアの大群が哀れな獲物を貪るのに似た光景が、見る間にL4宙域に広がってゆく。
 それは先ほどまでMA部隊がジンを相手に強いられていた狩猟にも似た一方的な戦いの再現であった。
 ガデラーザが保有する親ファングはメビウスと同じかそれ以上の大きさを誇るが、質量軽減、慣性制御機能のほか、推進機関としても機能するGN粒子を発する疑似太陽炉の搭載によって、有人機にはあり得ぬ鋭角な軌道を見せる。
 親ファング、子ファングともにビーム刃を展開して縦横無尽に宇宙を駆け抜けて、オレンジの輝線を幾重にも描いて光の格子を漆黒の宇宙に描き上げる。
 おおよそナチュラルと呼ばれる人種と比較した場合、身体能力に置いてあらゆる点で上回るコーディネイターといえども、初見となる無線操作兵器を相手に、しかも自分達よりもはるか数倍する数を前にしては、単なる烏合の衆へとなり下がった。
 視界に映る高速物体に向けて、必死に照準を当てんと瞳を動かしセンサーを見つめ、あるいは互いの死角をカバーし合って連携によって対応しようとする。

「劣等種が。行け、ファング!!」

 想定し得ぬ突然の襲撃を受けても即座に対応せんとするザフト兵を嘲笑うデカルトの脳量子波を受けて、ファングがその名のとおりについに牙を剥いた。
 突出している機体は四方から子ファングが襲い掛かって四肢を切り落とし、首を落とし、胴を二つにし、機体を寄せ合って互いの死角をカバーし合う者達には、親ファング子ファングが一斉に放ったビームに装甲を貫かれて、大きく花弁を広げた炎の花束を咲かせる。
 軌跡を目で追うのが精いっぱいのファングの迎撃を諦めた何機かのジンが、ファングに比べればはるかに巨大で的としやすいガデラーザへと銃口を向ける。
 しかし、七基もの疑似太陽炉を搭載するガデラーザはその巨体である事を補って余りある機動性と速度を備え、ジンからのロックオンを次々と振りはらって行く。
 デカルトは百五十四基のファングの操作と合わせて、ガデラーザの本体に収納してある四本のアームを展開し、その先端に供えられたMSが使うバズーカ並みの砲口を有する砲弾を、自機の周囲を取り巻くものたくさとしたジンへとばらまいてゆく。
 さらに300m超――正確には302mという戦艦並みの巨体に収納されていた合計二百五十六発のGNミサイルも一斉に発射する。
 後の補給のことなどまるで思慮にない、ガデラーザの保有する武装の大盤振る舞いである。
 ガデラーザの本体後部から放出されているのと同じ色のGN粒子を噴出させながら、GNミサイルとGNバルカンのいずれもが、まるで吸い寄せられているかのようにジンへと命中してゆく。
 目に見えぬ糸で繋がれているのか、それともジンのパイロット達が当りに向かっているのではないか、そんな錯覚に囚われても仕方のない光景であった。
 砂の城を白波が浚って行く様にして、デカルトの敵意に晒されたザフトの兵士達は戦闘開始からものの数分と経たずに、命を散華させてゆく。
 自分達の死を意識する間もなく死の淵へ落ち行くザフト兵達の姿を見て、デカルトは胸の中に蟠っていた鬱積と嚇怒の雲が、わずかに晴れるのを感じる。
 だが、まだだ。まだ足りない。
 まだ脳裏にまとわりつく不愉快な感覚と痛みは消えていない。
 ファングに切り裂かれ、GNバルカンに吹き飛ばされ、GNミサイルに爆砕され、もはや片手の指で数えられるまでに数を減らしたジンを無視して、デカルトは後方に布陣している複数のローラシア級へと敵意の牙を向ける。
 最高速度を維持したまま鋭角にガデラーザの機首を旋回させ、デカルトは機体前面にローラシア級を捕捉する。
 和らぎはしたもののいまだ脳髄の奥深くで疼く痛みに眉間に深い皺を刻みながら、デカルトは指を動かして操縦桿に在るキーを操作し、ファングコンテナの間にスライドしていたGNブラスターの、ガデラーザの三分の二近い長大な砲身が上下に展開して、底なしの奈落の様な砲口を覗かせる。
 固定武装ゆえに機体前面にしか射界を得られぬが、直列型太陽炉二基と太陽炉一基が齎す莫大なエネルギーは、戦艦でさえも容易く破壊する大出力を誇る。
 自分達をはるかに上回る巨躯を誇るガデラーザが、特徴的な長大な砲身を展開させている事の脅威を感じ取ってか、複数のローラシア級の船体から放たれる対空砲火の焦点がガデラーザに合わせられる。
 しかし、デカルトの唇には嘲りの弦月がはっきりと浮かび上がっていた。

「GNブラスター、発射をする。沈め!」

 デカルトの指が発射スイッチを押しこみ、圧縮され蓄えられたGN粒子が、鎖から解き放たれた餓えた野獣の獰猛さでガデラーザの砲口からローラシア級へと襲い掛かる。
 光の槍というには余りにも巨大な光柱がローラシア級の船体を斜めに貫き、船体を横断してもなおその勢いは衰えることなく、二隻目のローラシア級もGN粒子の餌食となる。
 デカルトは残酷な光を赤い瞳に宿し、ぺろりと唇を舐めた。確実に捉えられる獲物を前にした肉食獣の凶暴な笑みであった。
 MSを殲滅し終えたファングと二射目の準備に入ったGNブラスターを前に、残るローラシア級達は自分達を守る騎士を失い、城門を開いた砦の様に無力な存在でしかなかった。
 戦闘開始から五分を待たずしてザフトの艦隊とMS部隊を尽く星間物質に還元してから、ようやくデカルトは体に満たしていた緊張をほぐして、シートに体を預ける。
 ハンマーで鉄板を乱打しているかのような痛みは、まだデカルトの精神と神経を苛んでいるが、いささかなりとも鬱積は晴らす事が出来た。
 無遠慮に影響を及ぼしてくる脳量子波が一切合切消失したことで、ようやくデカルトは精神に弛緩することを許せた。
 エルスの出現以来、常に数千匹の蚊や羽虫に纏わりつかれている様に、デカルトを苛んでいた不愉快で常軌を逸した痛みからも解放されて、デカルトの精神は張り詰めていた緊張の糸を一本残らず緩めてしまう。
 疲弊しきっていた精神は、デカルトが気づかぬうちに暗黒の淵へと落ちて行き、抗う間もなく睡魔の手でデカルトの意識を絡め取った。
 だから、デカルトは気づく事はなかった。
 デカルトが生まれ育った地球では、24世紀初頭時点で人口が六十億ほどであるため、宇宙移民の為のコロニー開発がさほど進んでおらず、周囲の破壊される前のコロニー群ほどの完成された物はほとんど存在していなかった事を。
 交戦した非太陽炉搭載機が、地球連邦の全身であった地球の三大国家群のいずこにも属さぬ陣営のものであった事を。
 味方を失い孤立無援となった状態で、エルスを相手に奮戦していた自分がいるこの世界が、そもそも自分の属していた世界とは根本的に違うものであった事を。
 そして、いまだはるか遠方ではあったが、このL4宙域を目指して地球連合の艦隊が向かっている事を。
 後にザフトのMSと地球連合の太陽炉搭載機との死闘が繰り広げられる原因となる男と機体は、いまはただようやく許された安らぎに身を委ねていた。


おしまい

スパロボかGジェネで出演したら友軍として使えるといいな、あと生存フラグが立ちます様にと祈りつつ。お目汚し失礼しました。
ご指摘いただいたGNブラスター他、誤字脱字修正しました。
リボンズとデカルトの続きならどちらがよいでしょうか?



[25763] デカルト・シャーマン編02
Name: スペ◆52188bce ID:e5d1f495
Date: 2011/02/18 12:15
※調子に乗りました。ごめんなさい。ザフト好きな方は読まないでください。
それでもなお読み進めて、ご気分を害されても責任は負いかねます。
その旨をご了承ください。
以上の事を了承したうえでお読みくださると考えて、以下の文を書いています。

その2 デカちんと盟主王

 デカルト・シャーマンとその愛機ガデラーザがコズミック・イラ世界における地球圏に出現する、その数時間前。
 西暦2314年、火星圏。そこはいま猛烈なる戦火の飛び交う戦場となっていた。
 満天の星々と無窮の暗黒が広がる宇宙空間に、数多の星光を反射して鈍く銀に輝く不可思議な物体が乱舞している。
 百を越え、千にも届かんばかりの大群である。
 大群?
 そう、その銀に輝く金属らしきそれらは、生命と呼びうる存在だったのである。
 小さなものは十メートル前後程の両刃ナイフ状のものや、馬上の騎士が携える突撃槍の様な形状をしたもの、更には数百メートル単位の巨体を持ったものまで、種々様々なそれは、地球に住まう人々から金属異星体≪エルス≫と呼ばれていた。
 木星に存在する大赤斑から、イオやガニメデと言った衛星を食らい潰しながら出現したエルス達は、なんの目的があってか地球への進行コースを取り、エルスの真意を確認すべく、地球圏を統べる地球連邦政府は火星圏への調査部隊の派遣を決定していた。
 火星圏に駐屯していた航宙巡洋艦三隻と、主力モビルスーツであるジンクスⅣ七機、さらに進化した人類イノベイターの専用機として開発された巨大モビルアーマー・ガデラーザ一機を含む少数の艦隊による接触が試みられたのである。
 公的に認められた人類初の進化個体である二十代半ばほどのイノベイター、デカルト・シャーマンの能力によって、エルスの真意を図らんとする連邦の試みは成功したとも、失敗したとも言えるだろう。
 少なくともエルスは派遣された火星駐屯艦隊と、先行したガデラーザに対して反応を示したのである。
 エルスは強い脳量子波を発する人間に引きつけられる、という連邦の科学者たちの推測通りに、派遣された艦隊の中で最も強く脳量子波を発するデカルトの元へと進路を変更したのだ。
 それに対しデカルトが攻撃行動に出た後、エルスとの戦闘状況に突入し、ガデラーザの驚異的な戦闘能力によって三桁を超すエルス達を、戦闘後間もなく撃破することに成功した。
 しかしながら接触した物体を有機物、無機物を問わず同化するエルスの特性によって、ガデラーザの支援を行う七機のジンクスⅣも、三隻の航宙巡洋艦も犠牲となり、ガデラーザは孤立無援の状況でエルスとの戦いを強要される事となった。
 いかに百五十四機のGNファングと七基の疑似太陽炉によって絶大な出力と機動性を有するガデラーザといえど、こちらの動きを学習して動きを予測し、圧倒的な物量を誇るエルスを前にしては、生き残る事が叶わなかったのである。
 エルスが脳量子波に引きつけられる様に、エルスらもまた極めて強力な脳量子波を発しており、GNファングと同化したエルス達はGNファングとデカルトの間に結ばれている脳量子波による接続に干渉し、閃光とめまいと激痛をデカルトに与える。
 この干渉によって一瞬、ガデラーザの操縦から意識を逸らしたデカルトの隙を的確に突き、302mのガデラーザを更に上回る巨大なクラゲに似た形状のエルスがガデラーザに襲い掛かってきた。
 ガデラーザの四本の隠し腕から絶え間なく放たれるGNバルカンを浴びながらも、飛翔の勢い衰えぬ大型エルスは、先頭部に備える四本の触手とも足とも見える部位を開き、ガデラーザの巨体をがっちりと咥え込む。
 そしてガデラーザが捕らわれた瞬間から、デカルトにはエルス達の発する人間の理解を超越した叫びが強制的に叩きつけられ、人間一人では到底受け止めきれない情報の奔流に飲み込まれていた。
 理解の及ばぬ未知なる存在への恐怖、人間一人など雨粒にも等しい莫大という言葉も霞む情報の大海、デカルトはこの時、ほとんど正気を失う寸前だったと言っていい。
 ガデラーザを捕らえた大型エルスの侵食は恐ろしい速さで進み、既に餌食となったGNファング同様にガデラーザの巨躯は、エルスに取り込まれかけていて、かろうじて主砲の先端部分がのぞいているきりという有り様に変わるのに、たいした時間は要らなかった。
 エルスの侵食が進むにつれてガデラーザの各種の機能は狂い始め、GNファングとの同調も、脳量子波同調による操縦システムも、機体に搭載された疑似太陽炉も次々と、その機能を狂わせてゆく。
 そして遂にコックピットにまでエルスの侵食が及び、デカルトの脳細胞に致命的なダメージが及ぶ寸前、デカルトは断末魔のごとく強力な脳量子波を発した。
 そして、そうもう一度、そしてと言おう。デカルトの脳量子波がなんらかの作用を及ぼしたのか、あるいは単なる偶然によるものであったのか。
 正常な機能を失った疑似太陽炉七基の内の二基が、それこそ砂漠の中に落とした一粒の真珠を見つけ出す以下の奇跡的な可能性で同調し、暴走し、00の光輪を描きだしていた。
 大型エルスとガデラーザを中心に虚空に描かれる00の光輪が広がった一瞬後、大型エルスをその場に残して、ガデラーザは火星圏からその姿を消していた。
 はたしてガデラーザが発生させた現象を、私設武装組織ソレスタルビーイングが開発したイノベイター専用MSダブルオークアンタが有する、恒星間規模の量子ジャンプと同じものと言えるかどうかは分からない。
 ただ確実なのは、恐ろしく低い奇跡的な確率で、あるいは運命の糸を操る何ものかの意図によって、ガデラーザとデカルトがエルスによる侵食同化の危機から逃れられた事だった。
 その先に待つ運命がこの場での死よりもましなものであったかどうかは、まだ分からぬ事ではあったが。


「ぐうう、ああああ!?」

 モニターの向こうを埋め尽くす金属質の岩塊状の物体が、ガデラーザを、そして自分自身を蝕み侵食してゆく光景が、脳を掻き回されるような痛みと閃光と共に蘇って襲い掛かってくる。
 自分のものとは思えぬ獣の叫びを上げながら、デカルト・シャーマンは横たえていた体をバネの勢いで跳ねあげた。
 粘っこい嫌な汗が全身に浮かび上がり、簡素だが肌触りのよい病院着を濡らしている。
 息を荒げ、汗で顔を濡らし、赤い瞳をあらん限りに開きながら、デカルトは背を折って頭を抱えて、先ほど見た悪夢の残滓を振り払う事に努めた。
 ようやく頭痛が治まり始めて、平静をわずかずつ取り戻したデカルトが、そろそろと顔を上げて周囲の様子を伺えば、そこはガデラーザのコックピットなどではなかった。
 どこか見覚えのある清潔な印象の白い部屋。消毒液の匂いが漂う独特な空気。
 病室、だろうか? 自分の体を見ればパイロットスーツを脱がされて、病院着に着替えさせられていることから、友軍に拾われたのかもしれない。
 頭痛の名残に眉を顰めながら、デカルトは情報収集に努める為に病室を観察するが人影はない。
 誰かを呼ぶか、と考えた時ドアがスライドし若い女性の看護師が姿を見せた。相応に慌てた様子と、目を覚まさなかった患者の容体の好転を喜ぶ感情とがない交ぜになった顔。
 ナースコールが鳴らされたわけでもないのに、デカルトの目覚めを待っていたかのようなタイミングでの登場であった。
 薄く淹れた紅茶色のゆるく波打つ髪をバレッタで纏めた看護師のルックスは、デカルトの好みだった。
 青春期のガキか、とデカルトは我ながら自分の素直な欲望に苦笑を禁じ得ない。

「目が覚めたんですね。よかった。貴方はここに運ばれてから五日も眠っていたんですよ」

「五日? それは、また」

 火星駐屯艦隊全滅後にどこの部隊が救出してくれたのかは知らないが、とりあえずは感謝しなければなるまい。
 あのまま生きた金属に取り込まれて一部となり果てる運命など、デカルトでなくとも誰もが拒絶するだろう。
 それにしてもデカルトの見慣れた看護兵の服装と、目の前の看護師の制服は違うようだが、この時はまだ気にならなかった。
 五日。火星駐屯艦隊の全滅により地球連邦政府もエルスを、敵性ないしは攻性を有する存在として危険視し、対策を練っているだろう。
 体調が整えば、またすぐさま自分を使い潰そうとするに違いない。デカルトは不愉快な念に襲われて、思わず舌打ちを一つ打った。
 デカルトの態度に、自分に落ち度があったのかと気にしたのか、看護士は取り繕う様に笑みを浮かべた。

「ドクターを呼んできますから、まだ安静にしていてください」

「その方が良いようだ。大人しくしていますよ」

 軽く腕の屈伸運動を行ってみると、運動神経が錆びついているかのように動きが鈍い。清潔なベッドの上で惰眠を貪っていた代償とはいえ、本調子にはいまだ遠い事を認めざるを得まい。
 去ってゆく看護師の背中を見送ってから再びベッドに背を預け、枕に後頭部を沈めながらデカルトは、唇を開いてかすかに息を吐いた。
 地球連邦政府に使い捨てにされた事への憤りも、エルスへの怒りも一時忘れ、自分が生きているという実感が胸の内に広がっている。

「しかし、ここはどこだ? ソレスタルビーイング号の中か? それともどこかの軍艦かステーション、か?」

 最も可能性が高いのは全長十五kmを誇る地球圏最大規模の外宇宙航行艦ソレスタルビーイング号の医務室だろうか。
 エルスの出現以前からガデラーザとデカルトの研究が行われていたのが、ソレスタルビーイング号に設けられた研究施設だった事を考えれば、可能性としてはかなり高い。
 今回のエルスとの接触と戦闘によるデータを、あのデカルトを研究対象としてしか見なかった技術士官なら、喉から手が出るほど欲しがるだろう。

「マネキン准将なら、多少はましに扱ってくれるかも知れんが」

 正規の大尉待遇と軍服の支給、食事の改善と初対面時の言葉通りに待遇を改善したマネキンの事は、デカルトなりに評価しているらしい。
 その後、看護師が年配の医師を連れてきて、簡単にデカルトの診察を行った後、デカルトは情報端末を渡された。
 診察が簡易的なものだったのは、デカルトの意識が失われている間に、詳細な診断を終えていたからだろう。
 これは状況の把握を望んでいたデカルト自身にとっても願ってもない事であったが、てっきり上官らの方からなんらかの通達があると思っていたデカルトには、いささか訝しいことであった。
 なにより脳量子波によって読み取った彼らの表層意識には、デカルトの事を患者というよりも観察対象として捉えれている様な思考が読み取れた。
 表層意識を読み取る、といっても具体的に言語化された思考を知覚出来ると言うわけではなく、漠然とした感情や単語といったものが分かる程度である。
 そのイノベイターとしての力を駆使して感じ取れた医師らの思考は、どうにもあのクリーム色に近い金の長髪を束ねていた技術士官を想起させるもので、デカルトはどうやら自分が歓迎せざる状況に陥ったのだと否応にも理解するほかなかった。
 デカルトは二年間のモルモット生活の間で憶えた諦観が胸の内に湧きおこるの感じたが、とりあえずはまともな傷病人扱いはされているわけだから、そう悲観しきるものではないと自身を慰めた。
 少なくともこのような扱いをされる以上は、デカルトになんらかの利用価値を見出しているからだろうし、こちらの出方次第で待遇も変わるだろう。

「だからといって、これ以上捨て駒にされるのは御免こうむる」

 盗聴器くらいは仕掛けて在るのだろうな、とデカルトは頭の片隅で考えながら手渡された情報端末の電源を入れて、今、置かれている自分の立場と世界の情勢を把握しようと努めた。


 軍事工廠ないしはそれなりの規模の軍事基地らしい空間に、いくつかのまばらな人影があった。艦艇用のドッグとして用いられている施設の格納庫の一つである。
 天井や壁、床に内蔵された照明に照らし出されて、空間の中央に固定用のクレーンなどで固定されて鎮座しているのは、デカルトの愛機ガデラーザである。
 アガメムノン級戦闘空母にも匹敵する巨体のあちらこちらでは、ガリバーの目撃した小人かと見間違えるほど小さな人間達が、忙しなく動きまわっている。
 無論、実際に小人というわけではない。
 ガデラーザとの対比からそう見えてしまうだけで、十分以上の知識と技術と経験を兼ね備えた優秀な研究者や整備士たちが、ガデラーザの内包する未知の技術という宝箱の鍵を開けようと、連日連夜努力しているのだ。
 ガデラーザの解析を担当している四十がらみの黄色人種らしい技術士官が、相手の機嫌を損ねまいと取り繕った笑みを浮かべて、現状で判明している情報をつらつらと述べている。
 その説明に興味を隠さぬ表情を浮かべて耳を傾けているのは、冬の太陽の様に冷たい印象を受ける金の髪と、どこか皮肉気で自分以外の人間を全て小馬鹿にしている様な笑みを浮かべている三十前後の男だ。
 周りは皆、地球連合の軍人であるのに、その男だけは仕立ての良い薄い水色のスーツに袖を通し、纏う雰囲気も軍人のそれとは随分と異なっている。
 男――反コーディネイターの急先鋒たる思想団体ブルーコスモスの盟主にして、地球連合に極めて強い影響力を有するムルタ・アズラエルは、視線をガデラーザに固定したまま口を動かす。

「報告は受けていましたが、このデカブツを一人で操縦しているんですか? 戦艦じゃなくてモビルアーマーっていうのも、いまいち信じ難いですけど」

「は。まだ調査の途中でありまして、判明していない点も多々ありますが、少なくともこれを回収した際に、搭乗していたのは一名だけでした。システム回りが如何せん既存のものとは全く異なるもので、正直に申し上げまして調査は難航しています」

「ふうん。それでも実に興味深い。無線制御と思しい兵器に全く未知の動力機関。ハードもソフトも何もかもが、既存の技術では再現不可能か極めて困難な代物ばかり。この正体不明のモビルアーマーは、とんでもないオーバーテクノロジーの塊という事ですね?」

 問いかけというよりは確認の響きが強いアズラエルの言葉に、こればかりは絶対の自信を持って技術士官は首肯する。
 解析と調査を進めれば進めるほど、L4宙域で拿捕されたこの巨大MAは、在りえない、信じ難いと言う言葉を重ねなければならなかったのである。

「はい。特筆すべきなのが搭載されていた二十一基の動力機関です。これは疑似太陽炉あるいはGNドライヴ[T(タウ)]というらしいのですが、少なくとも半世紀、ないしは一世紀は未来の技術といっても過言ではありません。始動には電力を必要としますが、その後発生する未知の粒子の齎す効果は絶大です」

「高出力のニュートロン・ジャマー並みの電波妨害、質量増減、慣性制御、光学兵器への転用、推進機関、装甲強度の増強、出力もいまあるバッテリーなんて目じゃないと来ている。まったく、なんでもありじゃないですか、コレ。SF小説を成り立たせるための、都合のよい架空の産物みたいですね」

「盟主の仰られる事ももっともですが、確かに現実として我々の目の前に存在しております。ご許可を頂ければ本体に搭載されている七基以外の疑似太陽炉を解体し、解析に当てたいのですが」

「まあ、一つ二つくらいは問題ないでしょう。メビウス並みに大きい無線兵器は十四個もあるようですし。ぼくとしてはこの機体もそうですが、こんな化け物を操るパイロットにも、興味がありますね。ああ、そういえば、コレ、なんて名前でしたっけ?」

「は、GNMA-Y0002Vガデラーザと判明しています」

「ガデラーザね。これが量産できれば宇宙の化け物も簡単に駆逐できそうですが」

 デカルト・シャーマンという名前の判明したパイロットの事もまた、アズラエルの中では大きな興味を誘う存在であった。
 デカルトの肉体を調べた医師は、おそらく当惑とかつてない興奮に襲われたことだろう。
 イノベイターとして覚醒した人間は、細胞自体が変容して肉体機能が強化され、状況把握力、空間認識力、脳量子波の増大、寿命の倍化といった途方もない恩恵を得る事が出来る。
 外見上の差異こそ変革せざる旧人類と変わる事はないが、その実、細胞単位で最早旧人類とは異なる存在と化し、進化した人類という定義に恥じぬ能力を有する。
 故にそのイノベイターたるデカルトは、ナチュラルではなく、そしてまたコーディネイターでもないという報告が、アズラエルの元へと届いていたのである。
 人間とは異なる構造と機能を有する細胞が、デカルトをこの世界の自然のままに生まれたナチュラルではない事を証明し、例え最高級の遺伝子操作を行った所でその様な変異を起こでない事が、コーディネイターでもない事を証明した。
 まさしくデカルトは地球人類にとって未知の存在なのだ。
 それでも地球人類と相似する点がほとんどを占めており、また目を覚ました後の対応や反応も人間としか思えないものだというし、コミュニケーションも問題なく取れているという報告も挙げられている。
 場合によっては交配実験かクローンの作製を行ってみるのも面白いかもしれない、と非人間的な発想がアズラエルの脳裏に浮かんでいたかどうか。
 ただ少なくともアズラエルの心中に、デカルトと直接対面してみたいと言う欲求が鎌首をもたげ始めていたのは、紛れもない事実であった。
 アズラエルの口元に浮かび上がる、三日月のごとき冷たい笑みよ。それが意味しているものは、果たして何であった。それを知るのは、アズラエル本人とおそらくは神のみだろう。


 ベッドの上に情報端末を放り投げ、片膝を立てた姿勢で、デカルトは厳めしく眉を寄せていた。
 目を覚ましてから更に数日が経過し、定期的に検診を受けながら、情報端末でこの世界の情報を調べる単調な日々が続いた。
 輪郭に沿って短く生やしていた顎髭を剃り、さっぱりとした顎を右手の指先で撫でながら、苦みの強い溜息を吐く。
 再構築戦争、ナチュラル、コーディネイター、地球連合、プラント、ザフト、血のバレンタイン、エイプリルフールクライシス、ニュートロン・ジャマー、ブルーコスモス、ジョージ・グレン……デカルトの知識にない歴史的事件や人名の数々。
 これらすべてがモルモット扱いにされていた二年間の間に起きた出来事であるはずもなく、また、地球連邦や連邦成立以前の三大国、ソレスタルビーイングやブレイク・ピラーと言ったデカルトの世界でなら世界中のだれもが知っている様な事柄が、わずかな情報の欠片も存在していない。
 その癖、ここ一世紀以上を遡るとそこまで辿った歴史はデカルトの知識の範囲内に限ってではあるが、ほとんど合致すると来ている。
 誰かの仕組んだ周到な悪戯、というには余りに手が込み過ぎているし、そうする事のメリットなど尚更ないだろう。
 いや例え悪戯であろうがなんだろうが、その方がいい、とデカルトには思えた。

「なんだこれは。まさか違う世界に飛ばされたか、宇宙の果てにでも来たと言うのか? それともエルスの見せる幻覚か?」

 イノベイターとソレスタルビーイングとの決戦後に、突如有無を言わさず研究施設に収監された時と同じような動揺が、いまのデカルトの心中を占めていた。
 はるか数世紀を経てもなお頻繁にSF映画や小説などで使用される、異世界や未知の宇宙への転移という現象を、我が身で味わうなどという事を、いかに神懸った状況把握力を有する純粋種のイノベイターといえども、容易く受け入れられるはずもない。
 肉体的な変容を遂げたイノベイターといえども、変革の前は至極まっとうな人間であり、その精神までもが進化に相応しい変革を迎え入れているとは限らないのだ。
 デカルトが受け入れようと受け入れまいと世界の真実と事実は厳然と変わることなく存在しているのだが、だからといって容易に受け入れるにはあまりにもデカルトを取り巻く状況は劇的に変化しすぎている。
 そこではたと脳裏に閃くものがあった。あの看護師や医師達の脳量子波から感じ取れた、観察対象を前にした様な漠然とした思考。そう言う事か、とデカルトは口中で言葉を転がす。

――なるほど、おれはまさしく実験室の中のフラスコ、ケースの中のモルモットだという事か。

 認めがたいが仮にここが異世界だとして、それでも変わらぬ自分の境遇にデカルトは途方に暮れた苦笑を浮かべた。
 他にどんな表情を浮かべればいいのか、デカルトにはまるで分からなかった。イノベイターといっても、所詮は一人の人間に過ぎないか、とデカルトの心の一部が囁く。
 進化した人類となった事への矜持によって、人間として扱われぬ環境によって腐り行く心を支えていたデカルトにとって、それはこれまでの自分を否定しかねぬ囁きであったが、それは同時に途方もなく甘美でもあった。
 ここが本当に異世界だというのなら、あの看護士や医師達の中身も本当に人間かどうか怪しいものだ。
 外見と発している脳量子波はデカルトの知る地球の人間達と変わらぬが、そこも疑ってかからねばなるまい。
 ガデラーザは人間に見える彼らによって接収され、すでに解析が進められているだろう。
 渡された情報端末自体やそこから得られた情報から判断すれば、宇宙開発や一部の分野ではデカルトの元いた世界よりも進んでいる技術も存在している。
 しかしこと機動兵器となれば、ガデラーザは誇張でも何でもなくオーバーテクノロジーの塊であると、この世界の人間達には見えることだろう。
 このコズミック・イラで本格的にMSが軍事運用され戦闘を経験してからまだ日は浅いが、西暦の方の世界ではこちら以上の年月の間、MSが兵器として確立され実際の戦場で用いられている。
 その技術の積み重ねと、更にそこから百年先の技術と称された太陽炉搭載機が存在している。
 太陽炉搭載機がソレスタルビーイングの独占する機体から、地球連邦のものとなってからの年月とそこにイノベイド達の有していた技術を掛けあわせ、最新の技術の集大成としてガデラーザは開発されている。
 イノベイター専用機という枷は存在しているが、ガデラーザの戦闘能力は現状、このコズミック・イラでは鬼神か悪魔のごとき異様なものであるだろう。
 ならばそれを操るデカルトにも相応の利用価値を認めているのは想像に難くない。
 もっともこちらの世界の機動兵器に関する技術の進歩に関しては、デカルトも思わず唸るものがある。
 太陽炉搭載機の出現までは、西暦世界のMSで飛行可能な機体は確かに存在していたが、それとて出撃前に戦闘機形態とMS形態のどちらかを選択しなければならない不完全な変形機構を有するものであったし、飛行可能なMSが登場するまでそれなりの時間を必要とした。
 であるのに、こちらでは元々地球侵攻を想定していたのだろうが、ディンという人型で空を舞うMSが既に戦場に投入され、またバクゥという獣の姿を模した四肢のMSが陸戦の王者として名を馳せている。
 ディンにしろバクゥにしろ、デカルトの軍人としての部分を大いに刺激する機体だ。
 ましてやMSに十分な稼働時間と出力を与えるほど優れたバッテリーや、極めて高い効率を有する太陽発電技術など、目を向けるべき技術がごろごろしている。
 この世界でなら案外、ガデラーザの全容もそう遠くない未来に解明されるかもしれない。
 そうなった時、ガデラーザの運用に長け、なおかつ真価を完全に引き出す事の出来る目下唯一の存在であるデカルトがどのように扱われるのか。
 デカルトは異世界という到底信じ難い事実を前に、停止して現実から逃避しようとする思考を必死に働かせて、これからどうする事がもっとも最善の道となるかを考え続けた。
 そこでデカルトは、はっと気付く者があった。
 最善、この場合デカルトにとっての最善とは何であろうか。
 元いた世界への帰還。エルスが襲来し、地球人類滅亡の危機に瀕し、またそれを乗り切ったとしても再びモルモットにされるだろう世界に?
 では、この世界で生きて行くか? 知人も縁故も情報も知識も何もない自分が、この世界で。生きる術は軍人として軍の歯車として機能をすることしか、少なくとも今は思いつかない。
 ガデラーザとイノベイターがどこまで有用視されるか、確証を抱いて判断する事は出来ないが、監視くらいは付くだろうがしばらくはまともに暮らせるだろう。
 ましてや今はコーディネイターとナチュラル間で全地球規模の大戦争中と来ている。
 三大国時代、そしてアロウズのパイロット時代から対MS戦の経験を積んだデカルトの経験も、この世界ではそれなりの価値あるものとして扱われる……だろう。おそらくは。
 おそらくは、としか言えないのが万能の予言者ではないイノベイターの限界であった。
 ずいぶんと久しぶりに運命の濁流によってではなく、多少なりとて自分の意思でこれからの人生を決める選択肢を、目の前にしデカルトは深い懊悩に襲われる。
 限りなく少ない、いや、選びようなどほとんどない選択肢だが、それでも覚悟くらいはくくっておかねばなるまい。
 そうして、デカルトはわずかばかりではあったが自分の中で現状の整理と、これから自分が取るべき行動について割り切った時、不意に見知らぬ脳量子波と気配をデカルトは感知した。
 運命というものはいつも不意に、予期せぬ形で訪れる。イノベイターへの覚醒、モルモットとしての二年間、エルスの出現、火星宙域での戦闘の末の異世界への転移。
 そして、今度訪れたデカルトの運命は。
 しゅ、と小さな音を立ててドアがスライドして、護衛らしい黒服に前後を挟まれた男がデカルトの病室に足を踏み入れた。
 酷薄な印象の強い笑み、天上の照明を浴びて冷たく輝く金色の髪、そして情報端末で調べた情報の中で、幾度か目にしたその顔にデカルトは少なからず驚きを覚えて赤い目を見張る。
 不意の来訪がそれなりの成果を上げた事が嬉しかったのか、ムルタ・アズラエルは笑みをいくらか深いものにした。

「はじめまして、デカルト・シャーマン大尉。ぼくの事は、その顔から察するに話す必要はなさそうですね?」

「ええ。名前と顔は知っていますよ。国防産業連合理事、アズラエル財閥総帥、ムルタ・アズラエル氏」

 そして、ブルーコスモスの盟主でもある。デカルトは自分の目の前に早くも運命の選択肢が訪れた事を悟った。




 ニュータイプとかイノベイターのように普通の人間から進化した人類はブルコス的にはありかな、とは思いましたが、自分達を進化した人類と定義するコーディネイター的にはなしだろうなあ、と思ったのでデカルトは連合側です。デュランダル議長だったらありかもしれませんね。
 イノベイターというと、リボンズ、アーミア、クラウス、小説版で覚醒したっぽい描写のあるアレハレ、ソーマリーってところでしょうかね。

追記。
 感想板でご指摘のあったリボンズの件ですが、イノベイドとしてはかなりリミッターが解除されている例外的な存在であることと、中の人補正から、イノベイター扱いしてもいいんじゃなかろうか、という私見に基づくものですので、公式でリボンズがイノベイターとして扱われているわけではございません。
 言葉が足りず、誤解を招いてしまったことをお詫びいたします。

追記2。
 感想板にてご指摘のあった誤字脱字など修正いたしました。ご指摘いただき、ありがとうございます。2/07.08.18修正



[25763] デカルト・シャーマン編03
Name: スペ◆52188bce ID:87e9f2f7
Date: 2011/02/28 12:57
その3 イノベイターの実力、知りたいんじゃないですか?

 ベッドの上で居住まいを正すデカルトをよそに、アズラエルはベッド脇の椅子に腰掛けて、遠慮の無い不躾な視線をデカルトの全身に這わす。
 隠れるように盗み見られるよりはマシだが、モルモット時代にさんざかこの手の視線を浴びせられたこともあって、デカルトの胸中には不愉快の小波が立っている。
 しかしながら目の前の金髪の青年実業家然とした風貌の男の判断ひとつで、自分の処遇が如何様にも変わることを、デカルトは忌々しく思いつつも理解していた。
 デカルトがどのような行動に出ても対処できるように、さりげなくアズラエルを庇える位置とデカルトに飛びかかれる位置に、護衛の黒服共が動いている。スーツを押し上げる脇の膨らみは、拳銃の類であろう。

――この世界の戦争の片棒の担ぎ主か。

 デカルトはブルーコスモス思想の蔓延している地球連合軍にとっては、VIP中のVIPといえるアズラエルに対して、必要以上に警戒することも怯えることもない様子であった。
 決して表には出していないが、デカルトの心中は穏やかなものではない。
 どうせデカルトの面倒を見ていた医師や看護師らにしてみても、アズラエルの息のかかった軍人か、汚れ仕事や濡れ仕事を専門的に扱う類の人間なのだろう。
 仮にこの世界の標準的な人間の体構造が、デカルトの生まれ育った世界における地球人のものと同一であるのなら、イノベイターへと革新を果たし、細胞が変容したデカルトのことを異様な存在として認識はしているだろうことは簡単に想像がつく。
 渡された情報端末によって得られた情報も、彼らによって彼らの都合の良いように編集・改竄されていた可能性も否めないが、少なくとも目の前のアズラエルから脳量子波を感知することは出来る。
 それを頼りにこの交渉、あるいはデカルトに対する観察実験に望まなければなるまい。
 いまでもこの数日の出来事がエルスの見せる幻覚であるかもしれない、という可能性を否定しきる材料はいまだに揃ってはいなかったが、あまりにもリアリティのあるこの世界とそれを感じる自分の感覚を軽んじることも出来ない。
 デカルトはイノベイターの力の発露に呼応して煌く虹彩を気づかれぬように、視線をそらしてまぶたを閉じ、一瞬だけアズラエルの脳量子波から、表層意識を読み取る。
 漠然とした感情や切れ切れになった単語程度ではあるが、前後の状況や前もって得られた情報とイノベイターの超常的な直観力、洞察力が組み合わされば、ほぼ正確に相手の思考を推理することも出来る。
 無論、それとても限度はある。つまるところ、イノベイターとはSF映画の中に出てくるようなテレパシストではないのだから。
 デカルトに対する興味、期待、不遜、ざっと感じ取れたアズラエルの感情を類別ならそんなところだろうか。それなりに興味を抱かせる程度には、イノベイターという存在はこちらの世界にとって希少なものではあるようだ。

「自分の顔に何かついていますか? それと、貴方のことはなんとお呼びすればよろしいので?」

 挑戦的とも取れるデカルトの言葉に、アズラエルは口元の笑みを手で覆い隠しながら肩をすくめた。自分の立場を理解しているのかいないのか、どちらとも取れるデカルトの態度は、なかなか愉快なものとアズラエルの瞳には映っていた。

「君の好きなように、デカルト君」

「ではアズラエル理事、と」

「結構。さてこうしてぼくが出向いたのは君の話を聞くためです。君の素性を、そしてあのガデラーザという機体のことをね」

「ずいぶんと素直に仰る。ビジネス界の麒麟児である理事なら、もっと迂遠な物言いで取引を迫ってくるかと思いましたが」

 まるでカティ・マネキン准将とその夫であるパトリック・マネキンらと初めて顔を合わせたときのように、斜に構えた皮肉気な態度で、デカルトはアズラエルと言葉を交し合っていた。

「簡単ですよ。これは取引というほどのものではないということです」

 命令、あるいは脅し、と言うことだろう。デカルトを殺害するだけなら、何のことは無い。この部屋から出られないようにして閉じ込めるだけでいい。そうすれば飢え死にしたイノベイターの死体が出来上がる。
 なるほど、アズラエルは親切にもデカルトの立場を分かりやすく教えてくれたわけだ。デカルトは屈辱に臍を噛む思いであったが、それを心の中に留めることにかろうじて成功する。
 二年間のモルモット生活の間で腐った心でも、その程度の自制心は残っていた。

「いいでしょう。それしか取れる選択も無いようですし。自分に出来ることはしましょう」

「それが賢明な判断というものですよ、デカルトくん。ぼくらだって出来るなら手荒な真似は避けたいですから」

――どうだか。

 アズラエルが自分を見つめる瞳は、決して同じ人間を見る目ではないことを、デカルトは理解していた。
 既にガデラーザの調査結果からある程度の想像と予測はついていたのだろう。デカルトが淡々と話す事柄について、アズラエルは初めて真摯な顔を拵えて、一語一句漏らさぬ様にと耳を澄ましはじめる。
 軌道エレベーターの建造とそれに伴う世界各国の統合によって誕生した、三つの超巨大国家。太陽光発電の普及によって石油輸出規制が世界規模で行われ、それに反発する中東諸国家との間で紛争が頻発したこと。
 また軌道エレベーターが半世紀もの時をかけて完成し、稼動し始めた後もユニオン、AEU、人類革新連盟の三国家間でも冷戦関係が長期間にわたって継続されて、ゼロサムゲームを繰り返していたこと。
 そして西暦2307年。AEUの新型MSイナクトの披露式典のさなか、天使の名前を関するガンダムが現れたことを。

「ソレスタルビーイング、ですか?」

「ええ。機動兵器ガンダムを所有する私設武装組織。目的は地球上からの紛争根絶。方法は保有する四機のMSによる武力介入」

「たった四機のMSで? 正気じゃない。第一、どうしたって世界が完全に平和になることなんてありはしませんよ。世界の九割が平和でも小規模の紛争や、テロなんてのは世界のどこかで起きているものです」

「私の世界でも皆がそう言いましたよ。紛争を根絶するために武力を用いることの矛盾や、世界から紛争を根絶するなどというのは、夢物語だと。ガンダムの性能を目の当たりにするまではね」

 言葉以外には空調の音だけが響く静かな病室で、淡々とデカルトの話は続く。世界の各地で行われるガンダムによる武力介入と、それがもたらす世界の変化。
 モラリア国に対して百五十機のMSを相手に四機のガンダムが勝利したこと。三大国それぞれが単独でガンダムとその動力源を入手しようと策謀を巡らせるも、いずれも百年は先を行く技術によって作られたガンダムの圧倒的性能によって失敗に終わったこと。
 人革連の非人道的な超兵研究の暴露や、中東のアザディスタン王国内部の動乱に対するソレスタルビーイングの介入、そして遂に三国が手を取り合って対ガンダムに乗り出した、タクラマカン――生きては帰れないという意味の砂漠で行われた、実に八百機超のMSを用いた史上最大規模の作戦のこと。
 そして、新たに出現した三機のガンダムによって、その作戦が失敗に終わったことも。
 にわかに信じられない異世界の話に、アズラエルは心からのものなのか、それとも演技なのか判断のつかない大仰な反応を見せて、デカルトに話の続きを急かすように催促している。
 やがてソレスタルビーイング内部から裏切り者が出て、三国側にもガンダムの性能の根源である太陽炉の模造品である擬似太陽炉がもたらされたことで、それまで一方的であったパワーバランスが是正され、遂にはソレスタルビーイングをほぼ壊滅にまで追い込んだこと。
 その後地球連邦が発足され、地球上の九割の国家が加盟したことで、事実上世界がひとつになったこと。
 組織された連邦直轄の治安維持組織アロウズと反地球連邦ネットワークカタロンとの戦いや、四年のときを経て復活したソレスタルビーイングとの激闘、三基存在する軌道エレベーターのひとつアフリカタワーの破壊やアロウズを、ひいては地球連邦を操っていたイノベイターを名乗る者たちとソレスタルビーイングの戦いのこと。
 そして、デカルトが、そのイノベイター達とソレスタルビーイング、カタロン、地球連邦のクーデター派らの最終決戦においてイノベイターへと革新を果たしたこと。
 それまで質問を控えてデカルトの話に耳を傾けていたアズラエルが、片手を挙げてデカルトを制した。

「なにか、不明な点でも?」

 と、問うデカルトに、アズラエルは自分の疑問を提示する。

「失礼、話の中に出てきた擬似太陽炉なども興味深いのですが、そのイノベイドやイノベイターというのは、具体的にどういった存在なんです?」

 アズラエルの語調や脳量子波から感じ取れるのは、純粋な興味だ。それに期待と興奮がわずかにブレンドしている。
 ナチュラルでもコーディネイターでもないデカルトの正体を明かす事は、今後のデカルト自身の処遇を左右する最も大きな要素のひとつと言える。
 ましてやコーディネイター排斥の急先鋒たる団体の盟主が相手とあっては、まさに一世一代の大博打。

「イノベイドというのは量子演算処理コンピュータ、ヴェーダの生体端末ですよ。私も詳しいことを知っているわけではありませんが、イオリアの予見したイノベイターを模倣し、培養槽の中で合成細胞によって肉体を形成した人工の生命だとか。イノベイターへと人類が革新するのを補佐するための存在、といったところですか」

 ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンの提唱したいずれ現れるであろう新人類と、旧人類の仲を取り持つものとして定義した、本来のコーディネイター(調整者)と同じ役割を持った存在といえるだろう。
 もっとも人類よりも高い能力を持たせた弊害によって、一部のイノベイドは自らをイノベイターであると称して人類支配に乗り出す始末であったが。

「そして、イノベイターというのは――――」

 デカルトは両の瞳の虹彩を金色に輝かせて、アズラエルを見つめた。アズラエルと護衛の黒服、そしてこの部屋を監視しているだろう外の者達が、息を呑み驚くのをデカルトは理屈を抜きに感知した。
 してやったり、とデカルトは唇を吊り上げる。コズミック・イラで言うところのナチュラルであったデカルトが、進化したことによってイノベイターになっという事実。
 それが新人類を謳うプラントのコーディネイターに対する憎悪で凝り固まった目の前の男に、どれだけ意義のある言葉か、それにデカルトは賭けた。
 そして・・・・・・。


 デカルトは知らぬことであったが、現在デカルトとガデラーザはアズラエル財閥の息のかかったファクトリーへと移送している最中であった。
 その途中でデカルトが目を覚まし、更にその途中でおっつけアズラエルが合流したのである。
 月面の地球連合軍基地に収容されたガデラーザはそのサイズの問題から、現在はコーネリアス級輸送艦に曳航されている。
 アズラエルもコーネリアス級に乗艦しており、ネルソン級戦艦一隻とドレイク級駆逐艦三隻、護衛のMAメビウスが同道している。
 ザフトの探知網に触れることを危惧し、艦隊は一路、すでに戦闘の終わったL4宙域に航路を取っている。
 東アジア共和国の資源衛星を地球連合が放棄したことによって、ザフトがこれを接収してプラント本国の防衛線を描く為の軍事要塞に転ずるために護衛の部隊と共に輸送中で、L4宙域から既に離脱している。
 地球連合側も衛星を奪取されたままでは沽券に関わるとして、すでに奪還の為の艦隊の編成を進めてはいるが、いかんせんMSの威力を考えれば、生半な戦力では悪戯に被害を増やすだけとあって、あくまで奪還を諦めてはいないという体裁を整える程度の作戦規模と戦力に留められるだろう、というのが大方の見識である。
 崩壊したスペースコロニーや艦艇の残骸が数え切れぬほど漂い、かつての激戦のすさまじさを物語る暗黒の宇宙の中を五隻の連合艦隊が息を潜めて余人に見つからぬよう慎重に慎重を重ねて進む。
 しかし、その五つの船影を人造の巨人の瞳が見つめていたことに、彼らは未だ気づいてはいなかった。
 長距離偵察用に各種電子装備を強化され、複座式にカスタマイズの施されたジンが、その瞳の持ち主であった。すでに母船にL4のデブリ海を進む艦隊の姿を、リアルタイムで届けている。
 本来奪取した資源衛星を本国近海にまで輸送する任務に戦力が割かれているはずであるのに、ローラシア級一隻とはいえザフトの艦が存在していたのは、L4宙域で行われた不可解な戦闘の調査を特別に命じられたためである。
 調査を命じられたのは、資源衛星をめぐる戦いも終盤にさしかかり、いよいよ地球連合が放棄するまで秒読みとなった段階で、七隻のローラシア級と定数一杯に搭載されていた四十二機ものジンを損失した戦闘だ。
 当時その部隊が戦闘を行っていた地球連合艦隊の戦力を考えれば、これはありえぬ結果というほか無い。
 いまでこそキルレシオ比はジン一機に対しメビウス五機とされているが、一時期には1:10という数字が記録されていたこともあるのだ。あくまで極短期間の間だけではあったが。
 部隊の生き残りも皆無で最後に送られてきたのも戦闘開始を告げる通信であったことから、ザフトの軍上層部では部隊の文字通りの全滅(軍事的には三割の損失を被った状態を全滅と呼称するのが一般的)の真偽を確かめるために、現宙域の調査という秘匿任務についていた。
 この時期、いざ戦争の渦中に身を投じるや精神が耐え切れずにMSごと部隊を脱走する兵も少なからず存在しており、軍事組織としての歴史的背景が薄く、また人員の乏しいザフトには頭の痛い事態となっている。
 七隻ものローラシア級が総て脱走兵となったか、あるいは脱走兵とそれを止めようとした側との戦闘で互いに相打ちに陥ったという可能性もないわけではないし、可能性を列挙してゆくとザフト側の想定する最悪のケースは二つに分かれる。
 部隊がまるごと地球連合側に寝返った場合と、地球連合軍がなんらかの手段を講じたことによって、部隊が全滅させられた場合である。
 どちらが発覚して露見するにせよ、それが諸兵に知れ渡れば前者であれば士気が下がるのは目に見えているし、後者であるのならば恐るべき脅威となるのは目に見えている。
 艦が損傷し連絡がつかなくなっているだけなら、まだましだが、と思いながらローラシア級の艦長兼部隊長を務めるアラン・ヘイボックは任務に当たっていた。
 アランは今年で二十七歳になる第二世代コーディネイターである。第一世代のコーディネイター同士が婚姻することによって誕生する第二世代は、遺伝子操作をするまでも無く両親からコーディネイターとしての能力を受け継いでいる。
 プラントで生まれ育ったアランは地球のプラント理事国からの不当なノルマや要求を幼少期に目の当たりにし、また同時に周囲がコーディネイターばかりという環境であった為に、ナチュラルと比較した場合の自身の能力の高さをいまひとつ実感できずにいた世代である。
 余談になるが自身の能力の高さを実感できない、というのはプラントの若年層に多く見られていたが、昨今の戦争での華々しい戦果を挙げたこととプラント全体に広がっているコーディネイター優位思想・主義とでも呼ぶものによって、過剰にナチュラルの能力を見下して軽侮する傾向にある。
 元を辿れば、それこそ父母や祖父母がナチュラルであるにも関わらず、ナチュラルと一括りにして嘲りの言葉を吐く者は少なくないし、アカデミーを卒業したてで戦場を経験していない新兵には特に顕著に見られる。
 アランはといえば生憎と彼の母方父方両組の祖父母らはブルーコスモスのテロなり、自己なりでアランがまだ幼い時分に亡くなっており、ナチュラルと親しく接した経験というものを持っていない。
 プラントからすればこちらの要求を聞き入れずに一方的に搾取してゆくプラント理事国への不満を幼少期から聞かされて、祖国の独立の為の今回の戦争には意気揚々と参加している。
 開戦後は若輩ながらローラシア級デュケロの艦長としてヘイボック隊隊長として部隊を預かり、そつの無い部隊運用と堅実な戦術眼から着実に成果を上げており、軍司令部から人格・能力共に信頼の一念を置かれている。
 正面モニターに広がる旧式コロニーの巨大な墓標やむざむざと残る戦火の後に、アランは心中でユニウスセブンの悲劇を思い出し、痛ましげに青色の眉根を寄せていた。
 青い髪と赤い瞳、今にもちょっとしたファッション雑誌の表紙くらいなら飾れそうなほどに整った顔立ち。それがアランである。
 アランは艦長席のシートに深く腰を落として、先行させて近宙の様子を探らせている長距離強行偵察複座型ジンからの報告を受けていた。
 アランから見て正面に座っている女性オペレーターのリラ・ウェンターが、やや低めのハスキーな声で受け取った情報を口にあげている。
 緑色のザフトの軍服を押し上げる豊満な体つきは、リラが戦前はプラントのアダルト雑誌の表紙を賑わせていたグラビアモデルであったことを物語っている。
 今度休暇をもらえたら、食事に誘ってみようか、などとアランは燃えるようなブルネットの髪を結い上げているリラの後姿を見つめながら、頭の片隅で考えていた。
 アランの気持ちなど知らず、リラは送られて来た報告に表情を硬くしてから耳心地の良い声でアランに告げた。

「艦長、ホークアイよりインディゴ12、マーク53、距離15000に地球連合軍の艦隊を確認、ネルソン級1、ドレイク級3、コーネリアス級1、なおコーネリアス級はライブラリに無い艦船を曳航しているとのことです」

「この宙域を五隻、いや六隻だけでか。資源衛星奪取の為の伏兵というわけでもあるまい。輸送艦が曳航している荷が気になるな。よし、コンディション・レッド発令、MS隊は出撃準備。両舷全速、機関最大。ニュートロン・ジャマー出力上げ。目標は輸送艦の荷だ。やりすぎて沈めるなよ」

 ヘイボック隊に配備されているMSは長距離強行偵察複座型ジン1、ノーマルのジン4、そして希少なジンハイマニューバ1となっており、ローラシア級の定数を満たす編成である。
 ジンハイマニューバは一号機にザフトのトップエースであるラウ・ル・クルーゼが搭乗し、その性能の高さを戦果と共に証明して見せた機体である。
 信頼性の高い既存の技術のみで完成されたこの機体は、その性能を十全に引き出す為に熟練のパイロットを要求するものの、生産性、可動率、機体性能、整備性といずれも高い水準でまとまっており、正史では後にビーム兵器を標準装備したMSゲイツが登場した後もこのハイマニューバを要求するパイロットが複数存在した事実が証明してる。
 L4戦役直後のこの時期ではまだ数の少ないジンハイマニューバーを受領している事から、ヘイボック隊のMS部隊の水準の高さが伺える。
 デュケロのリニアカタパルトから次々と五機のMS部隊が出撃して、推進剤の噴射による光の尾を長く引きながら、ホークアイこと長距離強行偵察複座ジンの指定した宙域へと向かって行く。

「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」

 このご時世に極東の島国の諺を知っているのは、なかなか珍しいと言えた。アランは頬杖を突きながら、自分の打った手がどういう結果を引きだすのか、楽しそうに笑みを浮かべていた。


 コーネリアス級の病室に一人残されたデカルトは、仰向けに寝転がって瞑想するように瞳を閉じていたが、不意に開かれた瞳の虹彩からは煌びやかな金色の輝きが溢れていた。
 デカルトの視線は病室の壁を透過し、虚空のはるか彼方へと向けられている。それは、確かに目に見えぬ彼方より迫る五機のMSを正確に認識していた。
 理屈ではない。イノベイター故の直感力と空間把握力が齎す未来予知じみた超知覚の琴線に、無粋な思惟の塊が触れたのである。
 ニヤリ、とデカルトの口元が笑みを浮かべる。
 わざわざ向こうからやってきたのだ。
 今だ懐疑的なアズラエルに、イノベイターの有用性を証明する為の哀れな生贄どもが。


 デカルトが艦隊のレーダーもまだ接近する熱源の存在に気付いていないにもかかわらず、迫るザフトの脅威を認識していた頃、アズラエルはコーネリアス級の中に割り当てられた個室で、一人椅子に腰かけて口元を手で隠す様にして思案に耽っていた。
 イノベイター。
 進化した人類。
 自然のままに生まれた人類の備える可能性を開花させた存在。
 忌まわしい遺伝子操作などによって人為的に能力を底上げしたコーディネイターとは異なる、細胞レベルで変容を示し、身体能力、空間把握力、脳量子波増大による意識共有に、常人の倍に等しい寿命を有する人類。
 まさに、まさに次の段階へと進んだ、進化した人類と呼ぶにふさわしい。
 イノベイターに比べれば、生命を悪戯に歪めて能力を強化しただけのコーディネイターなど、進化した人類を詐称する化け物だ。
 虚飾だ。
 偽物だ。
 自分達を新人類と錯覚した哀れな誇大妄想狂だ。
 あのデカルトの瞳に宿っていた金色の輝き。それをデカルトはイノベイターである事の証の一つと言った。
 ああ、もし、もしもデカルトの言うとおりであるのなら、ナチュラルから進化すると言うイノベイターは、何たる素晴らしき存在である事か。
 いや、まだだ。まだだ。本当にデカルトの言うとおりにイノベイターと言う存在が優れたものであるのか、進化したというに相応しいほどの力を持っているのか、アズラエルは確信できるほどの証拠を目にしていない。
 それでも、コーディネイターという存在と彼らの主張を根底から覆すイノベイターはなんと甘美な存在である事か。

――ああ、デカルト君、お願いですからぼくに確信させて下さいよ。イノベイターと比べればコーディネイターなんて、所詮ただの紛い者だと、心の底から思わせてください。

 アズラエルが口元を隠す様にしているのはついつい溢れてしまいそうになる笑いを、必死に抑え込む為でもあった。まだだ。まだこの胸の内に荒れ狂う感情を露わにするには、まだ早い。
 イノベイターという存在の真の価値を見出すまでは。
 そして、その機会は与えられた。
 部屋に備え付けられた情報端末のコールに気付いたアズラエルが、回線を繋げてから告げられた内容に、最初は怒りもあらわに顔を赤くし、そして次にはなにか陰謀を巡らしているかのような暗い笑みを浮かべていた。
 アズラエルもまた気付いたのである。デカルト同様に生贄が来たのだと言う事を。

「すぐにデカルト君と繋いでください。……ええ、彼の実力を試します。ちょうどいい機会だ。そうは思いませんか? イノベイター、どれほどのものなか、ね」

 ニィ、とアズラエルの唇が歪む。それはデカルトと同じ種類の笑みであった。
 この艦隊の最重要VIPであるアズラエルの命令は、多少の憤慨を艦長をはじめとした連合の軍人達の胸に抱かせたが、同時に熱烈なブルーコスモス派である彼らは、盟主の命令に唯々諾々と従った。
 デカルトの病室の通信端末に、アズラエルのにやけた顔が映し出されたのは、それからすぐの事である。
 連絡が来るのを待ち構えていたデカルトは、余裕のある笑みを浮かべたままアズラエルとモニター越しに向きあう。

『デカルト君……』

 その先に続くアズラエルの言葉を、デカルトが遮った。

「行きますよ」

 モニターの向こうのアズラエルの顔が、わずかに強張り、そして喜びを堪えるような顔つきに変わる。

『どうして分かった、と聞くべきですかね?』

 アズラエルを見つめるデカルトの両眼の虹彩は、あの、アズラエルの魅入った金色の輝きを放っている。

「理屈なんかありはしません。あるんですよ、そうだという確信がね。数は五機ですか」

 いよいよ笑みを堪え切れなくなってきたのか、アズラエルは右手を顔面に押し当ててくっく、と熱を帯びた笑みを零しながらデカルトに告げる。

『ええ。ぜひお願いします。期待に答えて下さいよ、デカルト君。ぼくは君とガデラーザがぼくの想像以上である事を願っているんですよ』

「行きますよ。イノベイターの実力、知りたいんじゃないですか?」

『ええ、知りたい、知りたいんですよ。君が、あの、空に浮かぶ砂時計に住んでいる遺伝子の化け物どもなんかよりよほど優れた存在であると、ナチュラルに秘められた可能性を!!』

 興奮が抑えきれなくなったか、ついには叫ぶように告げてくるアズラエルにデカルトは淡々と答えた。

「希望に沿って見せますよ。なにせ、イノベイターですから」

 病室を出たデカルトを待ち受けていたのは、あのデカルト好みのルックスの看護師だった。純白のナース姿が、今は地球連合軍の女性士官服に変わっている。
 襟元の階級章に、ちらりとデカルトは視線を向けたが、ここが異世界である事を思い出して階級の判別はできないか、と視線を看護師の方に向け直す。

「はぁい、ミスター・アンノウン」

 片手を上げて陽気な声をかけてくる看護師に毒気を抜かれて、デカルトは嫌味のない小さな笑みを零した。こちらの世界で目覚めて以来、初めてとなる陽性の笑みであった。

「ブルーコスモス?」

 肩を竦めて問うデカルトに、看護師は悪戯の見つかった少女のように、赤い唇から舌を覗かせた。

「ええ。コーディネイター憎しのね。貴方を機体の所まで案内するように盟主から仰せつかったのよ。パイロットスーツに着替えたらすぐに出撃してもらう事になるわ」

「構いませんよ。敵、ザフトでしたっけ? それが来ているのは“教えられる前から”知っていましたから」

「ふうん? ね、ところでその喋り方が地なの? もっと砕けた喋りでいいわよ」

 くるりと踵を返して歩き始めた元看護師現ブルーコスモス派の女軍人の背を負って、デカルトは床を蹴った。
 馴れ馴れしくも感じられる彼女の態度を、デカルトは嫌いではなかった。

「ならそうさせていただく。ところで一つ聞きたい」

 肩越しにデカルトを振り返り、元看護師は興味深そうな色を浮かべてデカルトに問い返す。

「なあに、スリーサイズでも知りたい? それとも好みのタイプでも? 貴方はけっこうイケてるわね」

「君の名前は?」

 デカルトの問いに、元看護師はきょとんとした表情を浮かべ、子供のようにあどけなく笑ってから、快活に答えた。

「レベッカ・タランドーラ少尉よ。レヴィでいいわ。その代わり私もデカルトって呼ぶわよ」

「ご自由に」

 デカルトに支給されたのは、元々来ていたものではなく地球連合軍で使用されているパイロットスーツだった。着慣れないパイロットスーツの具合を確かめる為に体を数度動かしてから、デカルトはガデラーザのコックピットへと移った。
 思えば地球連邦政府下では、軍の施設に収容されてからはこのガデラーザに乗っている間だけが自由でいられた時間だった。
 それとてもガデラーザと言う動かせる檻の中にデカルトが移っただけともいえるだろう。
 いや、とそこまでかんがえてからデカルトは首を横に振るう。ガデラーザはデカルトと共に唯一こちらの世界に来た相棒なのだ。そう邪険に捉える事もないだろう。
 デカルトはひどく懐かしいものを覚えながらコックピットのシートに腰を落ち着ける。
 シートに座った状態から目に映るコックピットのレイアウトもシートの感触も何もかもが懐かしく感じられた。
 そしてデカルトは、自分の左後方に窮屈そうに収まっているレベッカを振り返った。

「どうして君が居る?」

「貴方がおかしな真似をしそうになったら、ってことよ」

 レベッカは手に持った拳銃をひらひらと動かす。なんの枷もつけずにデカルトをガデラーザに乗せるほど、人の良い連中ではないということだ。ガデラーザにも爆薬の一つ二つくらいは仕掛けてあるかもしれない。
 デカルトは不愉快さに眉根を寄せたが、それ位は当然だろうと敢えて気に留めなかった。
 疑似太陽炉に火が灯り、デカルトを中心にホロモニターが展開されて、ガデラーザの機体情報がデカルトの瞳に映しだされる。
 背後のレベッカが興味深げに覗きこんでいたが、デカルトは意図的に無視する。

「ファングの太陽炉をいくつか外したのか。GNミサイル残弾二百十五、GNブラスター、GNバルカン、機体コンディショングリーン……」

 流石にガデラーザの内部までは手を入れていなかったのか、先の戦闘で消費した分だけ弾薬が減り、親ファングに搭載されている擬似太陽炉がいくつか無くなっていたがそれ以外に問題は見受けられない。
 ガデラーザの直列型太陽炉二基と機体中央部の太陽炉一基に火が灯り、ガデラーザの巨躯をオレンジ色のGN粒子が満たしてゆく。
 ひょいと顔を伸ばしたレベッカが、不意にデカルトの横顔を覗きながら口を開いた。デカルトの監視役と言う割には妙に気安く、デカルトもいまひとつ調子を崩されるものがある。

「ねえ、このモビルアーマーって強いのよね? コーディどものガラクタなんて簡単に壊してくれるんでしょ?」

 幼い子供の様に無邪気に問いかけてくるレベッカの瞳に、色濃い狂気が浮かんでいる事にデカルトは気づいた。どろりとヘドロのように粘っこく、そのくせ触れる事が出来たら氷のように冷たいのだと、見るだけで分かる。
 それだけの憎悪を抱く経験を、この陽気な女軍人は味わったのだろう。
 だがなにも現状の地球圏ではレベッカが特別だと言うわけではない。飢えと寒さの地獄が広がり続けている地球に降りれば、いくらでも同じ瞳をした人間を見つける事が出来る。それこそ数億単位、あるいはそれ以上に。
 レベッカの脳量子波がどす黒く変色しているように感じられて、デカルトはレベッカの顔を見返すことはしなかった。
 デカルトの中に蠢く負の感情は、レベッカほどどす黒くもなければおぞましくもなかった。良くも悪くもデカルトは根底的には健全な精神と良識を残している。

「あのジンとやらならいくらでも破壊して見せるが、ガデラーザを動かすまでもない」

 レベッカの狂気を飲み干して、デカルトの口元に浮かぶは嘲笑。
 デカルトの言う所の意図が把握できないレベッカの目の前で、デカルトは静かに呟いた。
 さあ、見せてやろうじゃないか、イノベイターの実力を。

「脳量子波同調――GNファング、射出をする!」

 あの程度のガラクタを片づけるのに、わざわざガデラーザを使うまでもない。GNファングだけで、十分に過ぎると言うもの!
 コーネリアス級から切り離されたガデラーザの機体下方のファングコンテナが開かれて、デカルトの脳量子波の意を受けた親ファングが一基射出される。
 残っている親ファングの全てではなくただ一基だけが、艦隊に迫るデュケロMS部隊へと飛翔する。
 迎撃ではなく待機を命じられていたメビウス部隊の間隙を縫い、オレンジ色のGN粒子を零しながら親ファングは飛翔して、散開したジン四機とジンハイマニューバ(HM)と相対する。
 脳量子波とモニター越しに敵部隊の動きを把握したデカルトは、GNファングに命じた。
 行け、と一言。
 地球連合艦隊の迎撃をするでもなく逃げるでもない奇妙な動きに、訝しみこそすれする事は変わらないと、戦意を高めていたデュケロMS部隊の隊長ジュード・グランは、こちらに向かって高速で接近してくる物体に警戒の念を高めた。
 今年二十三になるジュードは肉体的にも精神的にも盛りを迎えて、これからのザフトを支える有望なエースパイロットとして期待の目が掛けられている。
 これまでに三隻のドレイク級駆逐艦を沈め、二十機のメビウスと十八機のミストラルを撃破したエースの勘が、後方で待機しているメビウスよりも目の前の物体を警戒しろと告げている。
 ジンHMの右手の試作27mm機甲突撃銃の照準を、オレンジ色の光を纏う物体に向けながら、他の部隊員にも警戒を促した時にそれは起きた。
 迫る物体――親ファングから更に十基の子ファングが射出された。この瞬間、一対五の戦いは一つの意思に統率された十一とばらばらの意思を持った五との、十一対五の戦いへと変わったのである。

「新型のガンバレルか!?」

 かつてザフトのMS部隊を相手に互角に戦いぬいた地球連合の最精鋭MA部隊との交戦経験を思い出し、ジュードは背筋をぞっと震わせた。
 メビウス・ゼロというメビウスの前身となったMAは、高い空間認識能力を有する人間をパイロットとして迎えた時、有線式操作兵器ガンバレルを展開して、MSを相手に互角以上に戦って見せたのである。
 ジュードの驚愕は更に続いた。オレンジ色の光の粒子が乱舞してジュードらに迫るにつれて、ニュートロン・ジャマーの影響でお粗末なものになっていたレーダー類にノイズが走り、更にその精度を劣悪なものにする。
 ナチュラルがどのようにして一度に十一基もの無線兵器を操作する技術を、この短期間で開発し実用化にまでこじつけたのかは、パイロット一本のジュードには想像もつかなかったが、脅威である事だけは確かに理解できた。
 撃ちおとせ、とジュードが命じようとした瞬間、左右に開いていた二機のジンをオレンジの光が貫き、一瞬の間を置いた後に爆発へと変わった。

「なっ!?」

 コーディネイターの水準を超える動体視力を有するジュードは、その瞬間、確かに瞳の中に捉えていた。光の刃を形成し、ジンの胴体に真正面から斬り込んで真っ二つにした小物体すなわちGNファングを。

「ガンバレルなんてもんじゃない、なんだこれは!!」

 GNファング自体がビーム刃を展開して高速で襲い掛かってくるのみならず、ビームを発射してこちらを囲い込む動きを見せている事に、ジュードは気づいた。
 メビウスよりも小さく、敏捷で、ビーム兵器を備えた事によって火力も上回り、尚且つ遠近両方をこなす。
 ガンバレルから派生したと言うには、あまりにも過程を飛ばしすぎている。
 ジュードが驚愕に襲われながらも機体を必死に駆使して、二機ジンが撃墜された事によって一機あたり三倍以上の数となったファングの猛攻を必死に凌ぎ続ける。
 つい先ほど星屑と変わった二人の部下の事を偲ぶ余裕さえない。
 重突撃銃の銃弾が雨あられと漆黒の宇宙を高速で飛翔するファングに降り注ぐも、彼らが普段的にしているメビウスよりも小さく、その他の点でも上回るファングを相手では、ましてや事前に一切の情報を持たず心理的混乱に陥った現状では、照準を合わせる事さえ難事だ。
 ジンHMの正面モニターの視界の片隅で、粒子ビームがいくつも十字に交差して光の牢獄を作り上げるや、ぱっと巨大な光の玉が生まれる。
 また一機落とされたのだと、ジュードは諦観と共に認めた。
 あっという間に三機のジンが落とされたデュケロMS部隊の放つ銃火よりも、虚空を切り裂く様に飛ぶGNファングから零れるGN粒子の方がはるかに多い。
 視界を常に動かし続けて三百六十度全方位を把握し続けるジュードを、不意に大きな振動が襲う。
 くそったれ。
 ジュードは心中で悪態を吐いた。機体コンディションを確認するまでもない。ジンHMの左足と右腕に子ファングが突き刺さり、機体が虚空に縫いつけられている。

「会敵してからまだ三分も経っていないんだぞ。どうしておれ達がこうも簡単にやられる!? なんなんだよ、お前は!!!」

 あらん限りに瞳を見開いて答える者のない叫びを上げるジュードを、ビーム刃を展開した親ファングが真正面から切り裂き、哀れな生贄を細胞の一片に至るまでこの世界から蒸発させた。
 ジンHMと同時にもう一機のジンを撃墜したデカルトは、最後に放ったジュードの叫びを脳量子波によって聞き届け、レベッカにも聞こえない声で呟く。

「イノベイター」

 破壊を望むな、とデカルトは心中で付け加えた。

「それと、もう一匹、鼠がいたか」

 デカルトはジンHMを切り裂いた親ファングをある一点へと動かした。デュケロに先行し、デブリの一帯に身を潜めて戦闘の状況を見守っていた偵察型ジン。
 それがデカルトの狙いであった。味方が抵抗と呼べる抵抗もできぬままに撃墜される現状を前に、宙域からの離脱よりも母艦の撃墜を狙って、スナイパーライフルの照準をコーネリアス級の艦橋へと定めていたのである。
 スコープの目前に飛翔してきた親ファングを前にして、どうしてこちらの位置が!? と驚愕し、死を前に怯えるパイロットの脳量子波を感知しながら、デカルトは容赦なく親ファングで偵察型ジンを破壊した。

「お呼びじゃないんだよ、劣等種クン。貴様らもな」

 子ファングを収容した親ファングをガデラーザに戻してから、デカルトはガデラーザをわずかに動かして機首の砲口を転じる。
 瞬く間にジンが――憎んでも憎んでも飽き足りないコーディネイター共が死ぬ様に、性的興奮を覚え、頬を紅潮させていたレベッカが、熱に浮かされた声でデカルトに問う。
 レベッカは興奮する体を慰める為に、無意識のうちに胸を揉みしだいていた。

「すごい、すごいわ、デカルト。隠れていた奴まで殺しちゃうなんて。ねえ、それよりもどうしたのよ。いまさらこの子を動かして? もう敵は全部やっつけたでしょ?」

「いや、まだ一つ残っている」

 デカルトの指が操縦桿にあるキーをタッチし、ガデラーザの機首に内蔵されたGNブラスターの長砲身が展開される。
 いまだ戦艦のレーダー類も捉えられぬ彼方にいる存在を、この場でデカルトただ一人だけが知覚していた。
 さあ、破壊してやる。
 こんな世界に放り込まれて、くだらない男のご機嫌取りをする羽目になった鬱憤を、わずかなりとも晴らさせてもらおう。

「GNブラスター、発射をする!」

 ガデラーザから放たれた戦艦の主砲さえも霞んで見える超高濃度の圧縮粒子の光の槍が、レベッカの瞳にはデブリしか映らない無窮の闇を貫き、やがて彼方にひと際巨大な光の玉を生み出す。
 それが何を意味するのか、徐々に理解したレベッカは、驚きを通り越して呆然と呟いた。

「う……そ……。まさか、あいつらの、コーディどもの船を沈めたの? 戦艦のレーダーだって、まだ捉えてない筈よ。それを? あなたは……」

 今日で何度目になるか、とデカルトは思いながら優越感を噛み締めて答える。

「イノベイターさ。モルモット扱いのな」

 そして、アズラエルはコーネリアス級の艦橋に設けられたオブザーバーシートに座し、GNファングのみをもってザフトのMS部隊を蹂躙し、レーダー有効範囲外に陣取っていたザフトの艦さえもただ一射で轟沈せしめたデカルトとガデラーザの能力を、その目に焼き付けていた。

「………はは…………ははははは、……………あっはははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」

 目の前で起きた現象が信じられずに呆然とする艦橋のクルーらを他所に、アズラエルの咽喉から人のものとは思えぬ笑いが溢れ出る。
 カカと大笑しながら、アズラエルは目尻に涙さえ浮かべて笑い続けた。咽喉が破れて血を噴いても、アズラエルは笑い続けただろう。
 アズラエルの期待は叶えられた。望みは叶えられた。願った以上の形で、思い描いた以上の結果と共に。
 最高だ、ほんっとうに最高だ。
 デカルトくん、君は、イノベイターである君は、なんという存在なのだ。こんなに嬉しいのは、楽しいのは、はははは、ひょっとしたら初めてかもしれない。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはは!!!!」

 アズラエルは笑い続ける。悪魔と契約したものが笑えば、きっとこんな笑い声を上げたことだろう。

おわり

ふと思った事。ガデラーザを撃墜するには?
 プロヴィデンスのドラグーンの全ての砲門数がたしか43だか40そこら。これでガデラーザに集中砲火を浴びせる?→GNファング154基。三倍以上かあ。
 GNフィールドは少なくとも劇中では展開していなかったので、そこはまだ救いがありますが、ミーティアの上位互換みたいな機体ですし、核ミサイルとかジェネシスとか広範囲攻撃を大量にぶち込んで回避のしようもなく飽和攻撃を仕掛けるのが確実でしょうか?
 人類に存在理由を依存するリボンズと人類の破滅を願うクルーゼとでは思想は相容れないでしょう。正反対ですから。ただクルーゼはメンデルでムウに討たれるのならそれもよし、という心境であった事を吐露していますし、自分の目的が適わぬぬのならそれはそれで構わないと考えていた節が見受けられますね。
 暇つぶしになれば幸い。ではまたいつか。

追記
2/19 21:51 ご感想にあった間違いを修正。
又、リボンズの件での情報を頂き、ありがとうございます。一応ガンダムシリーズ以外とのクロスも考えてはいます。次はそれを投稿させていただくことになるかと。ロボットものではないんですけどね。まあ、キリコには負けても仕方がないと思います。ペールゼンファイルかなにかで心臓を撃たれても死ななかったっていう話も出てましたしね。さすがに天然のPS、異能生存体と呼ばれる御仁ですから。

追記2
2/21 8:53
レベッカ・ターナー → レベッカ・タランドーラ に変更。
ご感想で魔装機神で同じ名前の女性キャラがいる、とのことでそういやそうだな、と思い出し、どうにもイメージとあわないので苗字のほうを変えました。
2/28 12:56 修正



[25763] リボンズ・アルマーク編
Name: スペ◆52188bce ID:e5d1f495
Date: 2011/02/10 08:54
リボンズに一票入っていたので、さらさらっと書きました。短いです。例によって連合側。


リボンズ・アルマーク編 

人類を導く者

 巨大な岩塊の上で、神代の戦物語に語られるような巨人たちが、必殺の意を乗せた剣を構えて対峙している。
 双方鋼の巨躯から目には見えぬども肌で感じ取れるほど熱い気迫と、どこまでも冷たい殺意とが陽炎のごとく立ち昇らせている。
 この戦いを目撃している者に、息をすることさえ許さぬ硬質で張りつめた緊張が、周囲の虚空を軋ませているかのようだ。
 一方は、人類の新たな段階へと進み革新を果たした純粋種のイノベイター、刹那・F・セイエイの駆るガンダムエクシアリペアⅡ。
 右手に携えるグリーンカラーのクリスタル素材で刀身を形成したGNソード改の切っ先を、もう一方の鋼の巨人――オーガンダムの心臓を刺し貫かんと向けている。
 オーガンダムもまたこちらに切先を向けるGNソード改に、なんら怯む様子を見せずにGNビームサーベルを両手で握り、右腰溜めに構えて腰を落として重心を低く取り、刃圏に入り込んできたエクシアRⅡに、一刀を浴びせんと虎視眈々と構える。
 地球連邦を裏から支配するものと、武力介入を行ってでも世界に変革を齎さんとするソレスタルビーイングとの戦いは、この両機の勝敗によって決着がつく。
エクシアRⅡの背に在るコーン型スラスターからは、リミッターが解除されて緑色のGN粒子が津波のごとく後方へと放出されている。
 既に一撃を加えあって、互いのコックピットハッチに一条の斬痕が刻み込まれており、エクシアRⅡのパイロットである刹那と、オーガンダムのパイロットはヘルメットのバイザー越にお互いを睨みあい、わずかな隙も逃さぬようにと神経を尖らせ、脳量子波の変化を逃さぬべく集中をより深めている。
 いつまでも対峙が続くわけもなく、剣を構える両者にしか分からぬなにかを切欠として、エクシアRⅡとオーガンダムの双方が動く。GNソード改を、GNビームサーベルを、目の前の敵よりも早く、深く、鋭く、叩き込むために!
 足元の岩塊を踏み砕きながら走り、その途中からバーニアとスラスターの稼働によって一気に加速し、モニターを介さぬ直接視認の視界の中でめまぐるしく変化する世界で、クリスタル素材の刃と圧縮形成されたGN粒子の刃とが貫いたのは、奇しくもお互いの胸部とそこに納められていたガンダムの心臓たるGNドライヴであった。
 お互いの背中から刃の切っ先を覗かせて、二機のガンダムは生ある者が死の手に包まれた様に沈黙する。
 エクシアRⅡのコックピットで刹那が意識を朦朧とし、現と幻の境を彷徨う中、一方のオーガンダムのパイロットは肉体が生命活動を行えぬほど甚大な損傷を受けた事を認めるのと同時に、どうにかして自身の存在を保つべく残りわずかな時間であらゆる可能性と選択肢を選別していた。
 パイロット――リボンズ・アルマークという名の青年にとって、肉体は単なる器に過ぎず、人工培養したボディに意識を転写する事や、リボンズと同じイノベイドと呼ばれる存在の人格を上書きする形で乗っ取ることもできる。
 しかし、それはヴェーダと呼ばれる量子コンピューターを掌握している状態である事が、前提として存在している。
 そのヴェーダがリボンズと敵対しているティエリア・アーデによって掌握されている以上はそれも叶わない。
 このままでは今あるリボンズの意識は消え去り、ヴェーダのデータ領域内に記録されているリボンズの基幹意識データは、ティエリアによって抑え込まれて二度と表に出る事はできなくなるだろう。
 それは許されない事だ、とリボンズは死にゆく肉体に留まる意識で思う。
 自分こそは人類を新たな段階へと導く者。
 人類に恒久和平を齎し、私設武装組織ソレスタルビーイングの創設者イオリア・シュヘンベルグの理念を実現する者。
 争う事を繰り返すばかりで対話を成すことなく、いつまでたってもイオリアの予見した来るべき対話に相応しき存在とはならぬ人類を、正しく在るべき姿に導く、そう神であるのに。

――ぼくが、こんな所で。ぼくは純粋種のイノベイターをも超える存在となったはずなのに。これでは、これでは、ぼくの存在する理由がない!

 歯を軋ませる力もなく、いよいよ肉体の生命活動が完全に停止する寸前、リボンズは見つけた。一縷の希望を。

――これだ。

 宇宙空間を漂っていた『ソレ』に、リボンズはいまある自分の全人格データと持ちうるあらゆる知識を転写する。
 もう肉体が生命活動を停止するまでほんのわずかな時間しかない。いや、それよりも互いに機体を貫かれたエクシアRⅡと、オーガンダムがいつ爆発を起こしてもおかしくはない。

――速く、早く、はやく、ハヤク!!

 ソレへのフルインストールが完了するのと、リボンズの肉体の死と、オーガンダムの機体が爆発を起こすのと、はたしてどれが早かったのか。それはリボンズ自身にも分からぬ事であった。
 ましてやリボンズが希望と可能性を託したそれが、オーガンダムの爆発と時を同じくしてこの宇宙から消え去るなどと。


 地球から宇宙へと新たな領土を広げた人々が、世界の暦をコズミック・イラと呼称するようになってから幾年月かが経った時。
 ラグランジュ・ポイントのひとつで宇宙用の植民地であるスペースコロニーの建造現場で働いていた、ある世界的規模の大財団の社員が、あるものを拾った。
 脇に抱えられる程度のサイズの、球体を下それはツリ目に見えるLEDを備えたペットロボかと思われた。
 その中に、あるひとつの意識と計り知れない価値を持った情報を秘めている事に、この時その社員は気付かなかった。
 社員は拾ったペットロボらしき物体を持ちかえり、やがてそのペットロボは財団の上層部の目に止まり、秘めていた情報と意識が解き放たれた事によって、本来この世界が辿る筈であった歴史の流れを変えることになるのだが、その社員はそれを知ることなく生涯を終えた。
 HAROと呼ばれるペットロボを拾った社員は、アズラエル財団傘下のとある会社の社員であり、やがてHAROの真の価値に気付き、その内部情報の独占をはかったのもまた、アズラエル財団であった。
 世界がまだ、ナチュラルとコーディネイターという異なる人類の、果てしのない憎しみの連鎖を知る前の話である。


 虚空を漂っていたHAROがまだ機能していた事に気付き、その小さな情報端末にフルインストールを行ったリボンズ・アルマークが、再び鮮明に意識を取り戻し、状況を把握すべく情報ネットワークにアクセスした時に襲われたのは偽りのない驚愕であった。
 全世界のコンピューターを同時にかつ瞬時にハッキング出来るほどの性能を持つヴェーダが、ティエリアに掌握された為に、不用意な行動が自身の存在の発覚に繋がることを懸念し、リボンズの行動は極めて慎重なものだった。
 何重にも探知を防ぐためのダミーを用意し、ルートを設定した果てに得られた情報が、リボンズが本来あるべき世界から外れてしまったことを証明するものだったのである。
 驚きは決して小さなものではなかったが、リボンズには肉体的な枷が喪失した事もあって、時間は有り余るほど存在していた。
 時を経れば否応にも精神は均衡を持ち直そうと働き――意識データとなったリボンズに精神という表現を用いる事が適切かどうかは分からぬが――、この世界で取るべき行動を検討するようになったのは、必然ともいえる。
 かつてコールドスリープ状態に在った造物主イオリア・シュヘンベルグを救う事も出来た筈であるのに、わざと見殺しにしたリボンズであるが、それでもなお彼がイノベイドとして造り出された事実は確かなものである。
 自らの意思と介入によってイオリアの計画を改竄したリボンズであっても、人間で言う所の本能とでも言うべきものを有している。
 そしてイノベイドにとっての本能とは、武力介入による紛争根絶や、来るべき対話に向けての人類統一といったイオリア計画における重要課題のよりよい形での実現だ。
 自らを神と定義し、人類を支配して導く事こそ自身の存在意義とする傲慢なエゴイズムを抱えながらも、リボンズはイノベイドとしての本能に自分自身でも知らぬ内に行動に制約を課している。
 故にイノベイドの本能と肥大したエゴイズムによって、リボンズがある決断に至るのにさしたる時間はなかった。

――そうさ、あの世界と同じように人類だけでは争うことしかできない愚かなこの世界を、このぼくが導く。イノベイドから進化し、イノベイターをも超えた上位種であるぼくが、イオリアの理想を今度こそ体現して見せる!

 イオリア・シュヘンベルグを見殺しにしながらも、唱えるのはイオリアの理想の実現。
 どこか歪な矛盾を孕みながら、リボンズはただそれを成す事だけを考え、異なるこの世界でもそのエゴを変えることなく行動を決意する。
 それこそが自分の存在意義、存在する理由と信じ、それ以外の道を求める事も知ろうとする事もなく、自身の可能性の幅を自らが狭めている事に気付く事もなく。


 リボンズが明確な目的を抱き、HAROの内部に存在を隠匿しながら電子と情報の海に潜り、コズミック・イラと呼ばれる世界のあらゆる情報を取得し始めた頃、世界は前述したナチュラル、コーディネイターと呼ばれる人種間で悪感情を大きく膨らませていた。
 明らかになる両人種間での個体能力差は、社会に徐々に互いを違う生き物だと感じる意識を広げ、受精卵の段階で行われる遺伝子操作によって誕生するコーディネイターへの、倫理的、宗教観的観念から来る嫌悪、嫉妬、憎悪が目に見えるかのごとく高まってゆく。
 世界が負の感情による黒雲に包まれるさなかも、リボンズは大胆に、そして緻密に、静謐にこの世界で自らの意思を体現するための行動に出ていた。
 HAROの中にインストールした情報を選択的に小出しにして、アズラエル財団に提供する一方で、自身の意識を転写する為の肉体の作成と自由に扱う事の出来る戦力や組織の創設。
 なんの後ろ盾もありはしなかったが、リボンズには上位種であることを自負するだけの能力と、肉体を有さぬデータ生命体とでも呼ぶべき状態であるからこその優位性、この世界の住人達にとって未知の技術、というカードがあった。
 HAROの価値に気付き、手元に置いたのが世界に強い影響力を持つアズラエル財団であった事は、リボンズにとって好都合であったし、なによりアズラエル財団は反コーディネイター思想の母体であるブルーコスモスという団体の中で、重要な地位を占めている。
 その財団所有の施設に隠匿されたHAROを通じて本来なら到底触れられぬ様な、機密情報へのアクセスも比較的容易であったし、世界の表と裏の動向についても情報を得やすい。
 もっとも、リボンズが覚醒して行動をはじめた当初は、コーディネイターに対する反対活動と言っても、過激にすぎるというほどのものではなく既に存在するコーディネイターについては黙認し、これ以上のコーディネイターの誕生を危惧してデモ活動や、報道活動を行うと言ったものが主であった。
 リボンズは世界の情勢を冷めた瞳と意識で見続けながら、着実に用意を整える。在りもしない人間をデータ上に創造し、企業を起こし、人を集め、金を集め、情報を集め、縁故を作り、世界のあらゆる場所に種を飛ばして根を伸ばしてゆく。
 その過程で、名前と顔を変えていまだHAROを秘匿していたアズラエル財団に接触し、ブルーコスモスの新たな一員となり、更にその背後に存在していた軍事企業の連合体であるロゴスとの繋がりを得ることにも、数年の時を要したが成功する。
 時が流れ世界の憎悪が高まる中、リボンズは大願の一つを果たすべく、大きな行動に出た。
 ファースト・コーディネイターであるジョージ・グレン以来、訪う者が絶えて久しい木星への、歴史に名を残してはならぬ有人探査船の派遣である。
 リボンズが最も求めたモノの一つ、オリジナルGNドライヴを製造する為に。
 既にこの時、リボンズはGNドライヴ[T]の開発を、極秘の内に終えており、疑似太陽炉とも呼ばれるそれを搭載した艦船によって、短期で木星圏へとたどり着く事に成功する。
 リボンズがもといた世界で五基存在したGNドライヴは製造に数十年を有したが、リボンズが新たに製造させたそれは、リボンズがヴェーダを掌握して以来知り得たあらゆる情報と技術の粋と、C.E.の宇宙に置いて洗練を経たモノであった。
 いかなる運命の皮肉か、リボンズの計画によるオリジナルGNドライヴは、リボンズ亡きあとの世界で、ダブルオークアンタに搭載される新型GNドライヴ同様に小型高性能化、さらに開発期間の短縮を果たしたものであった。
 次は疑似太陽炉と太陽炉をそれぞれ搭載するに相応しい機体の開発である。リボンズはオリジナルGNドライヴへの執着ゆえに、製造数をきわめて少ないものにしており、基本的に地球上で大量生産可能な擬似太陽炉搭載のMSを戦力の主軸として考えていた。
 リボンズがこちらの宇宙に来た当初、世界にはまだモビルスーツという兵器は存在しておらず、リボンズはこの世界に持ち込んだ知識の中から太陽炉搭載機を選択して機体の開発を決定した。
 かつてソレスタルビーイングを裏切り世界を牛耳らんとしたアレハンドロ・コーナーが、疑似太陽炉搭載MSジンクスのパーツを、世界各所でワークローダーのものと偽って製造したのと同じように、一つ一つは単なる工業製品の部品に過ぎない様に偽装し、ゆっくりと時間を掛けて、リボンズは己の計画を推し進める。
 イオリア計画。それをこの世界で実現するために。それはリボンズの多大な介入によってイオリア・シュヘンベルグの意思と理念から大きく乖離した、リボンズ計画とでも呼ぶべき代物であったが、それを知る者はリボンズを含めて誰もいはしなかった。


 どこの世界でも人類は愚かだ、と嘲りと共にほくそ笑むリボンズをして看過できぬ事態が勃発したのは、コーディネイターの誕生から既に半世紀を過ぎて、L3に建造された新型コロニー群“プラント”を根拠地に、コーディネイター達が地球のプラント理事国に独立戦争を起こしたことを切欠とする。
 プラントの保有する軍事組織ザフトが、軌道上からの全地球規模でのニュートロン・ジャマーを投下して巻き起こした空前絶後の大規模災害である。
 公的にはプラント側に所属するコロニー“ユニウスセブン”が、地球連合軍宇宙艦隊の発射した一発の核ミサイルによって破壊され、当時、ユニウスセブンに居た24万人を越すコーディネイターが一方的に虐殺された事への報復とされる。
 核分裂を抑制し、三基で地球をカバーするとされるこのニュートロン・ジャマーが、実に一万基も最大出力で地球に投下され、中立国も親プラント国家も巻き込む形で、地球のエネルギー事情を一気に劣悪なものに激変させたのである。
 インフラが完全に破壊された地球上の国家は、事態の把握と鎮静化に至るまでに多大な犠牲を強いられる事となり、地球上に住むナチュラルもコーディネイターにも平等に襲いかかったエネルギー不足という過酷な問題は、地球人口の一割というとてつもない数の人命を奪うに至る。
 ニュートロン・ジャマーの齎した被害を知った時、人間を劣等種、自分に支配されるべき下位存在と見下すリボンズをして、冷笑を忘れるほどの驚愕に襲われた。
 それはあえて言葉とするのならば、繊細な美意識の下に整えた庭園を無頼漢に在らされた庭師の様な感情であったかもしれない。
 世界の情勢に大きく関与するブルーコスモスとロゴスと関わりを持ち、情報統制などによって徐々に世界への影響力を増していた矢先に起きた、予想だにしなかった愚行である。
 個体の身体能力こそ確かにナチュラルを超えるが、第三世代以降の出生率が著しく低下すると言う種としての致命的欠陥を抱え、また遺伝子の多様性を捨てた事によって未知の病原菌に対して極めて脆弱という、欠陥品としかリボンズには思えないコーディネイターの有象無象どもに、折角整えつつあった世界の様相を覆されたのである。
 世界各所で断絶される情報の海の中で、リボンズは意識のみの存在となり果てながらも、確かな怒りを感じていた。
 その怒りには自身の思い描く理想の世界像に泥を付けられた事への屈辱もあるが、NJによって齎された途方もない人的損失に対する憤りも確かに存在していたのである。
 かつては自由電子レーザー射出装置『メメントモリ』によって、中東の大国首都への砲撃による数百万単位の大量虐殺や、軌道エレベーターの破壊によって世界規模の災害の誘引と、数々の非人道的行為を繰り返してきたリボンズである。
 NJ投下によって自分の計画に狂いを生じられた事に対する怒りはあっても、人の死に対する憤りなど抱かぬのが、当たり前ではないだろうか。
 ただ前述したイノベイドの本能とでも呼ぶべきもの。それが、リボンズに憤りを覚えさせている。
 仮に世界の統一を促す為の行為であっても、あまりにも人類に出血を強いて遺伝子的多様性を損なうものであったのなら、ヴェーダはそれを許容せず、実行しようとしたものをあらゆる手段を持って止めようとする。
 ヴェーダの生体端末であるイノベイドの場合は強制的に機能を停止されて、別人格がインストールされるだろう。
 リボンズもその事を無意識に理解しており、元いた世界で更にメメントモリを使用した場合に、機能を凍結されるであろうことを察して、在る程度は行動を自制していたのである。
 そして、このC.E.世界でリボンズの目の前で起きた人類史上空前絶後の大量虐殺が、リボンズの中に眠るイノベイドの本能、あるいは禁忌に大きく触れるものだったのである。
 イオリアの計画を実現する前に、人類が滅びるような事があっては、自分の存在する意味が消失してしまう。
 コーディネイターの手によって地球上の人類が絶滅ないしは、種族的衰退を引き起こすほど数を減らされるのではないか。その危惧がリボンズの中に無かったとは言えない。
 故に、リボンズはナチュラルとコーディネイターとの戦争に、積極的な介入を行う事を、コズミック・イラ歴70年4月1日に引き起こされた大惨劇エイプリルフールクライシスの日に、誓ったのである。


 本格的に戦端が開かれてから、地球連合軍はザフトのMSを中核とした電撃作戦の前に次々と敗北を重ね、宇宙における人類の活動圏のほとんどと地球上に点在する大型マスドライバーを有する地域のほとんどを制圧されている。
 わずか人口二千万のザフトは現状の戦線維持が困難でこれ以上の拡大は見込めないとは言え、宇宙と地球の多くを掌握して戦況を優位なものとしていた。
 一方で地球連合は徐々にNJの被害から各国が復興を行いつつあったとはいえ、エネルギー不足は解決の糸口も見つけられず、世界各地で時を追うごとに凍死者や餓死者の数が増え続けている。
 さらに開戦初期に錬度の高い将兵や経験豊かな兵士を失い、将官クラスや佐官クラスが大量に戦死したために、軍の編成がいびつなものになり、また実戦経験のない新兵を戦場に投入しなければならない苦境に在る。
 現在の戦況が硬直して戦争が長期化すれば、いかにエネルギー不足に襲われているとはいえ、国力で圧倒的な開きのある地球連合側が勝利を収めるであろうが、そこに至るまでに積み重ねられる屍の山脈と血の大海は尋常なものではないだろう。
 そしてなにより地球上に住まう人間達の、地獄を造り上げたプラントのコーディネイター達に対する怨嗟と憎悪が、一矢を報いることなく終える事を許しはしなかった。

「そう、だからこのぼくが世界の意思の代弁者となって、コーディネイターに裁きを下す。これはまさに神判だよ」

 リボンズは、薄い緑色の髪と同じ色彩のパイロットスーツに身を包み、愛機のコックピットの中で誰に言うでもなく、どこまでも傲然と、どこまもで不遜に、どこまでも揺ぎ無い自信と共に囁く。
 場所はリボンズが起業した軍事企業が所有する秘匿ファクトリーの中である。
 戦争が刻一刻と地球連合不利なモノへと変わりつつある中、リボンズは遂に自分の愛機となるに相応しいガンダムを完成させたのである。
 ソレスタルビーイングの意匠を模した頭部には二つの瞳が輝いて、人間を連想させ、全体的にグラマラスなラインを描いている。
 機体各所に脳量子波操作による遠隔操作兵器大型GNファング四基と、小型GNファング八基を備え、他にも両肘に搭載したGNドライヴと連結して高い威力を誇るGNバスターライフルを右手に、左手には小型GNファングを備えるGNシールドを携えている。
 機体前面は白を主色に、背面は赤を基調としている。機体全体の意匠は、地球連合軍のデュエイン・ハルバートン准将が進めたG計画で開発されたMSと共通する所のあるものだ。
 GNドライヴ[T]二基を搭載し、粒子生産量を二乗化するツインドライヴシステムを備えるリボンズの為の機体。
 全身を包む万能感。自分にできないことなど何もないという、自身の有能性を再認識する瞬間。打ち震える体と心のままに、リボンズは口を開く。
 自分を止められるものはいない。自分の理想を阻める者はいない。自分こそが世界の指針となるべき存在であるという、強烈な自負と共に恍惚と。

「この機体こそ人類を導くガンダムだ」

 CB-0000G/Cリボーンズガンダム。
 砲撃機であるリボーンズキャノンへの変形機構を備え、単機であらゆる戦局に対応し、リボンズの能力と相まって効率よく戦果を上げる機体である。
 現在は木星から届いたばかりのオリジナルGNドライヴの調整に手間取っているために、運用データの蓄積がある擬似太陽炉を代理として搭載しているが、それでもザフトが現在使っているジンやシグーなどとは比較にならない。
 イノベイターをも越える存在となったリボンズと、ツインドライヴシステムを備えたリボーンズガンダムを筆頭に、疑似太陽炉を搭載した機体がザフトに禍なとなって襲い掛かるのだが、それはまだ未来の事である。

<終>

 というわけでガンダム無双3でアムロと絡むかなと思ったらそうでもなかったリボンズです。ネタなのであまり深く考えていませんが、この後は①AA組と合流、原作をなぞる。②なぜかアムロがいてAAの戦力マジパネエになってクルーゼ涙目。③原作なぞ知った事かと太陽路搭載機に外伝のエースとか乗せてリボンズ無双する。
 とか適当に考えています。デカルトといいリボンズといい連合側に所属していますが、これは単に、ザフトがあの物量でどうやったら連合に勝てるねん? という疑問に対する答えが私の頭では出てこない事も大きいです。
 アラスカを普通に落としていたらそこで戦争を手打ちにするのがプラント優位で終戦を迎える区切りかなあ、とは思いますが原作どおりに言ったらやっぱりジェネシスで脅して外交で決着しかないんでしょうかね。皆さんはどう思われますか?
 では少しでも暇つぶしになれば幸いです。

追記
オリジナルGNドライヴを搭載していないのは、まだ調整に手間取っているのとリボンズが出し惜しみしているからです。
あとイノベイターをも超えた云々というのは、リボンズの劇中における自称なので、能力的に上回っているかどうかは微妙なところです。
リボンズが計画初期から活動していた古参のイノベイドで、伸びしろが大きいのは確からしいです。ソースは忘れましたが。グレメカかなんかだったかな? 二期でヴェーダを掌握したと思っていたリボンズですが、実際には掌握できておらず、リボンズがやりすぎれば即座に機能を停止させられていたという話ですし、実際には純粋種のイノベイターよりかは劣るんじゃないでしょうか。



[25763] リボンズ・アルマーク編02
Name: スペ◆52188bce ID:e5d1f495
Date: 2011/02/19 00:26
原作と少しは関わった方がいいかな、と思ったので。

リボンズ・アルマーク編02 ヒトに造られし者ども

『ハルバートン提督が進めていたG計画の機体が、どうやらザフトに奪取されたらしいんですよ』

「君には都合が良いんじゃないのかい、ムルタ? けれど被害者や遺族の前ではそんな風に微笑まないようにね」

『おっと、これは失礼』

 リボンズは漆黒の宇宙を愛機たるリボーンズガンダムの試運転を兼ねて、虚空を飛翔していた。
 以前から使用していたソレスタルビーイングのパイロットスーツを着用し、リボーンズガンダムをリボーンズキャノン形態にしてある。
 コックピットの側面モニターに映し出される金髪の男を相手に、リボンズは常に浮かべているあるか無きかの微笑を向けて、暇つぶしがてらに会話を重ねている。
 ムルタ・アズラエル。現在リボンズの主人格が記録されているペットロボHAROを所有し、リボンズともっとも深く利害関係を結んでいる相手でもある。
 そしてなによりもブルーコスモスの盟主という立場にあるアズラエルは、ブルーコスモス思想の蔓延る地球連合軍上層部に対して強い影響力を持つ。
 その気になれば戦略レベルで地球連合軍の動きに対して介入を行える、大人物であった。

――もっとも、途中からはそうなるようにぼくが手を貸したのだけれどね。

 ムルタ・アズラエルが産まれる以前からアズラエル財団に拾われていたリボンズである。
 モニターの向こうで普段の冷笑とは異なる知己へのみ向ける笑みを浮かべているアズラエルの事を赤ん坊の頃から知っているから、彼の考える事は手に取るように分かる。
 それこそ脳量子波の揺らぎを読み取るまでもなく、表情や仕草、声の響きだけで十分に正確な判断ができるほどだ。
 逆Uの字を描き、急速な旋回運動を交えてリボーンズキャノンを操り、リボンズは視線をモニターの向こうのアズラエルに向けたまま、言葉の続きを催促した。

『ハルバートン提督のGが奪われたとは言え、パナマやアラスカでも機体の開発と生産は済んでいますしね。実戦データは欲しい所ですが、連合全体からみればさしたる損害というわけではありません。第一、既に連合内では君とウチで開発を進めているGNシリーズの採用が決定しています』

「それはなによりだね。ところでその奪取されたGだけれど、放置しておくのかい? ハルバートン提督の失態は大きい方が反ブルーコスモス派の動きを牽制できるけど?」

 答えは分かっているよ、とリボンズは笑みを深めてアズラエルに問いかけた。リボンズがかねてより根回しをし、周到な用意を重ねてきた疑似太陽炉の搭載を前提としたモビルスーツの生産体制も既に整っている。
 リボンズだけがその存在を知っている無人ファクトリーや、アズラエル財団の所有する軍事工場や、連合軍の各地の軍事工廠で既に相当数の疑似太陽炉搭載機が完成している。
 パイロットの選抜、習熟訓練も直に終わりを迎えて、地球連合軍の溜まりに溜まった鬱憤を晴らす機会に恵まれる。
 地球全土を覆い尽くしてなお有り余る怨念と憎悪が、プラントへ向けて一挙に解き放たれれば、その後に残るのは無残に破壊し尽くされて蹂躙されたプラントのコロニー群と、残骸となり果てて守る者を失ったザフトの軍勢だけだろう。

『ハルバートン提督の第八艦隊が直々に動くそうで。ああ、そうそう、Gは五機製造されましたが、ストライクという機体だけはアークエンジェルと共にヘリオポリスを脱出したとか。ユーラシアのアルテミスに寄港した後、月を目指していたみたいですけど、今はハルバートン提督との合流を目指しているそうです』

「へえ、確かエンデュミオンの鷹が居た筈だ。彼の働きもあったのかな? どうやら彼らは悪運の女神に好かれているらしい」

 地球連合のストライク、バスター、イージス、デュエル、ブリッツの五機のMSは、中立国オーブ首長国連邦の所有するスペース・コロニー“ヘリオポリス”で開発が進められていた。
 そこにはテストパイロットのほかにも、月のエンデュミオン・クレーターにおける戦闘で、ジン五機撃墜という華々しい戦果をあげたムウ・ラ・フラガ大尉が、護衛のMA部隊の隊長のひとりとして出向している筈だ。
 このフラガ家に対して、リボンズは過去に興味を抱いて調査をした事があった。元々フラガ家は商才に富んだ名家として世間に知られており、フラガ家はまるで未来を知っているかのように投資などを成功させて、財を増やしていたという。
 予知と言っても過言ではないフラガ家の直感力や洞察力から、イノベイターへと変化する因子の持ち主かと考えが及んだためだ。
 それなりの年月をかけてフラガ家の遺伝子や当主の動向などを観察したが、リボンズの望む――あるいは危惧する結果は出てこず、稀に存在する先天的に脳量子波の感受能力の高い者である、という調査結果に終わっている。

『ま、せっかく作ったGを四機も奪われていては、こちらの機密もなにもあったものじゃありませんよ。考えようによってはハルバートン提督のGの派生系の機体が、こちらの主力MSになると勘違いさせられるかもしれまんけどね』

「ダガータイプも、悪い機体ではないよ。生産性、整備性、操縦性、どれもジンよりは上さ。OSだって、ぼくが提供した物を提督側に流していれば、もっと早く完成していただろうに」

『確かに。リボンズ、君と関わらなければぼくもダガーシリーズの開発と生産に力を注ぎましたけど、疑似太陽炉搭載機のスペックを知ってしまえばそうも言ってられませんよ』

「そうかい。それならぼくも技術を提供した甲斐があったというものさ。ところでアズラエル」

『なんです?』

「そのアークエンジェルとストライクだけど、興味があるな。ぼくの好きにさせて貰うよ」

『は? それはどういう……』

 リボンズはアズラエルとの通信を切り、正面モニターに映し出されている光学映像へと視線を向ける。
 宇宙に設けた兵器工廠でロールアウトしたリボーンズガンダムを、ユニウスセブンの崩壊によって、無数のスペースデブリが発生した宙域でテストしていたのだが、奇しくもアークエンジェルの進路が重なっていたようだ。
 そこにはリボンズには事情の知れぬ事ではあるが、強奪された筈のGAT-Xシリーズの一機イージスと、連合側に残った唯一の機体ストライクとが、銃火を交わすでもなく対峙する光景が映し出されていた。
 ストライクからそう遠くない位置に、前方に突きでた馬蹄状のシルエットが特徴的な白亜の戦艦アークエンジェルが戦闘態勢を整え、イージスの後方にもザフトのナスカ級が控えている。
 リボンズの瞳の先でザフト側が動きを見せた。ナスカ級へ後退するイージスとすれ違いに、四機のジンとシグーがストライクとアークエンジェル級へと向けて動き出したのである。
 イージスとストライクが対峙していた理由は定かではないが、どうやら両者の間で維持されていた不可侵条約が、リボンズの見ている先で破られたようだ。
 自身の能力に対する絶対の自信とツインドライヴ搭載機である自機の能力を合わせて考えれば、五倍の数の敵を相手にしても負けるつもりのないリボンズからすれば、物足りないというのが正直な気持ちであったが、肩慣らしにはなるかなと小さく笑う。

「リボーンズキャノン、リボンズ・アルマーク、行く」

――戦いにもならない戦力差だから、精々遊ばせてもらおうか、ザフトの諸君。

 リボンズは右の人差し指をかけていた操縦桿のトリガーを引き絞り、既に照準内に捉えたジンへと、リボーンズキャノン機体前面に備え付けられた大型フィンファングを兼用するGNキャノンの砲撃を、一切の慈悲なく放った。




 リボンズが目撃したのはストライクガンダムのパイロットであるコーディネイターの少年キラ・ヤマトが、幼いころの親友であるアスラン・ザラの乗るイージスガンダムに、奇縁によってアークエンジェルで保護していたプラントの歌姫ラクス・クラインを引き渡す場面であった。
 ラクス・クラインを人質という形で扱い、ザフトの追撃を振り払おうと考えるアークエンジェルのクルーらに反発を覚えたキラが、崩壊したヘリオポリスから共に脱出した友人達の協力を得る形で、独断でラクスを引き渡したのである。
 ラクスを受け取ったイージスが母艦ナスカ級ヴェサリウスへ戻ろうとした時に、部隊の隊長であるラウ・ル・クルーゼが部隊を動かして、アークエンジェルへ攻撃を仕掛けようとしたのだ。
 アスランにとってはこれは知らされていない不意の行動であったが、アークエンジェル側のムウ・ラ・フラガをはじめに、ザフト側の攻撃を予期して迎撃の用意を整えている。
 正当な歴史ではここでラクス・クラインがクルーゼを制止する事によって、この場での戦闘は回避される筈であった。
 しかし、降り注ぐGN粒子が新たな電波妨害を引き起こした事によってイージスから放たれるラクスの声は、耳障りな砂嵐の音の中に飲み込まれて、虚しくイージスのコックピットの中に木霊し、ラクスを膝の上に乗せるアスランの鼓膜を震わせるだけ。
 ニュートロン・ジャマーの電波妨害を更に塗りつぶす様に、GN粒子の各種妨害効果が発生して、戦場に新たな情報上の混乱を巻き起こす。
 さらにアークエンジェルへとキャットゥス500mm無反動砲を向けていたジンが、直上から放たれた粒子ビームの直撃を受けて、星間物質へと還元される。
 MAメビウスのリニアガンの直撃に耐えるジンの装甲が、粒子ビームの熱量に耐えられたのは一瞬の事であった。
 鶏冠の形状をしたセンサーから股間部までを一直線に貫いた粒子ビームは、そのまま虚空の果てへと飛び去り、ジンは機体内部の推進剤に引火して、機体内部からの爆圧によって四散する。
 爆煙が完全に広がりきるよりもはやく、その場にいた全ての人間の耳目が粒子ビームの放出源へと向けられる。
 漆黒の宇宙(そら)に橙色の流星の軌跡を描き、バイザーの奥のメインカメラを輝かせて、リボーンズキャノンが戦場へと舞い降りる。
 胸部から前方に突きでたフィンの形状をした砲塔を四門備え、前傾した機体の指先は細長い鉄板が三本伸び、右手にはGNシールド、左手にはGNバスターライフルが接続されている。
 ザフト系列とも連合のGATシリーズとも異なるシルエットに、リボーンズキャノンを目視した者達は一瞬困惑したが、IFF(敵味方識別信号)が地球連合軍に設定されている事と、ジンを撃墜したことからどちらの陣営に与するものかはすぐに判断がつく。
 ラクスの戦いを止めんとする叫びはGN粒子によって阻まれて、プラント最高評議会議長の一人娘というVIPの身の安全を優先して、アスランはイージスをヴェサリウスへと向けて戦場を離れる。
 イージスの後退を確認し、クルーゼはストライクとアークエンジェルから発進したMAメビウス・ゼロへ、自身のシグーとジンの二機で当たり、未確認機へは残る二機のジンを向かわせる。
 共に76mm重機関銃を手にリボーンズキャノンへと銃火を放つジンを、リボンズは変わらぬ笑みのままに見つめる。わざわざ精神を苛立たせるほどの相手ではないということだろうか。
 手を伸ばせば簡単に握りつぶす事が出来る様な羽虫を相手に、怒りをあらわにする者は、そうはいまい。つまりはリボンズにとって目の前のザフト兵はその程度の存在であるという事だ。

「君達がぼくの相手をしてくれるのかい? 見せて貰おうか、新人類の力とやらを」

 誰に言うでもなく呟くリボンズの言葉には、嘲笑の響きが濃く、コーディネイターに対する侮蔑に満たされていた。
 放たれる76mmの銃弾を、装甲にかすらせる事もなくリボーンズキャノンは柔らかな円運動による回避行動を取り、二機のジンが浴びせかける銃弾の中を舞い踊る。
 バーニアやスラスターからの推進剤噴射の反作用による機動ではなく、GN粒子の慣性制御能力を用いた機動は、既存のMSの機動の常識から外れて、はるかに滑らかで柔らかなものになる。
 GN粒子の供給量に大きく左右されるものの、パイロットに掛る負荷を大きく軽減する効果もあって、太陽炉搭載機は既存の推進剤依存機に比べてはるかに柔軟かつ大胆な動きが可能で、リボンズはそれを十二分以上に行えるパイロットであった。
 個人能力主義の強いザフトでは部隊内でも連携を取る者は少ないが、なかなかどうして、リボーンズキャノンに向かってきたジンは常にリボーンズキャノンを前後左右上下に挟み込み、射線を交錯させてくる。
 メビウスが相手であったならとっくに撃墜できたであろう銃弾の雨だが、百発以上の弾丸を浴びせかけられても、リボンズの顔から余裕の仮面が剥がれることはない。

「機体の動作に特に反応の遅れはない。粒子生産量も想定通り。駆動系にも問題はないか。ではそろそろぼくの番だ」

 リボンズは左方から76mmを浴びせかけてくるジンに照準を合わせ、機体の左指先に仕込まれているGNバルカンの銃弾を連射する。
 当てる為に撃ったというよりも照準の誤差などを試す為の射撃であった。圧縮されたGN粒子の銃弾であるから、バルカンの様な小口径でも連続して命中させればMSも十分に撃墜できる。
 GNバルカンを回避したジンの回避方向に、リボーンズキャノンの左手首から先が高速で射出された。
 ワイヤーに高圧電流を流して、絡め取った機体とパイロットを行動不能にするエグナーウィップという武装だ。
 リボーンズキャノンから流れる高圧電流に襲われて、ジン内部の繊細な電子機器が次々とダメージを負い、パイロットも全身の細胞を苛む苦痛に操縦桿から思わず手を放してしまう。
 僚機の危機にもう一方のジンがリアアーマーにマウントしていた重斬刀を左手で抜き放ち、エグナーウィップを使用中の為に大きな回避行動をとれないリボーンズキャノンへと斬りかかる。
 怒号と共に斬りかかってくるジンの動きを完全に読み切り、リボンズは大型フィンファング上部に収納してあるGNビームサーベルを抜き放って、ジンの重斬刀を悠々と受け止める。

「君達には雑多な感情が多すぎる。それでよくも新人類と言えたものだ」

 ジンのパイロットがコックピットで挙げる咆哮と共に放たれる脳量子波の雑念の多さに、リボンズは苦笑と共にこちらへ斬りかかってくるジンを冷ややかに見つめる。
 その瞳には、人類というものはこれだから、という呆れの色が濃い。だからこそぼくが人類を導くのだと言う自負もまた。
 リボンズは、機体の右肘に搭載されている疑似太陽炉のGNビームサーベルへの粒子供給量を増加する。
 瞬く間に増量したGN粒子によって交差していた重斬刀の刃部分が灼熱して焼き切られ、勢いそのままに迸るサーベル状のGN粒子によってジンの巨躯が、右肩から左腰までを斜めに両断される。
 二つに切断されたジンを蹴り飛ばし、大きく離れた機体が爆発するのを見届けてから、リボンズはエグナーウィップで捉えているジンへとメインカメラの焦点を向け直す。
 既に高圧電流によってパイロットは瀕死の有り様を呈している。ジンも流される高圧電流によって機体の操作系統に異常をきたし、まともに動く事も覚束ない。
流石にリボンズも憐みを抱いたのか、笑みはそのままに小さく呟いた。

「すぐに楽にしてあげるよ」

 それは人間が人間に向ける憐憫の情というよりは、足元で蠢く地虫に対して投げかける残酷な愉悦による所が大きい。
 エグナーウィップを巻き戻し、左腕のGNバスターライフルの砲口の奥から橙色の光の槍が放たれて、ジンのコックピットを狙い過たずに撃ち抜いてパイロットを苦痛から解放するとともに、細胞の一片も残さず消滅させる。
 その気になればここまで時間をかけずにジン二機を撃破できたものを、弄ぶようにしたのは、ひとえに優位存在、新人類を謳うコーディネイターの実力を一端なりとも肌で感じる為であったし、リボンズ自身との能力差を計る為でもあった。
 機体の動作に問題がないのは歓迎すべき結果ではあったが、あまりにも呆気なさすぎて、これでは遊びにもならない。

「まあ、たったこれだけの戦闘でコーディネイターの実力を計ったつもりになるのは尚早というものだね」

 リボンズは葬り去ったばかりの二機のジンの事を忘却の彼方に放り投げ、眼下で戦闘を続けているストライクやシグーへと意識を向ける。
 エールストライカーと呼ばれる換装パックを装備したストライクの動きは、荒削りな所が多く、これまで生き延びてきたのは機体の性能に大きく依存していた様に見える。
 電流を流して相転移を起こし、強度を劇的に高めるフェイズ・シフト装甲の事を、リボンズは記憶の中から引き出す。
 なるほど、PS装甲を採用しているのなら、実弾兵器が主武装であるザフトのMSを相手にしても、そうは撃墜されないで済むだろう。
 フェイズ・シフト装甲は電力消費量の関係からその装甲としての強度は認めても、疑似太陽炉搭載機では稼働時間が著しく削られてしまうために、リボンズ自身は疑似太陽炉機への採用を見送った装備だ。
 元々電力を必要とする疑似太陽炉搭載機は、継戦能力に難があり元いた西暦の世界でも、長時間の稼働を必要とされる運用では、ティエレンやフラッグ、イナクトといった旧世代機が用いられていた経緯がある。
 現在メビウス・ゼロとストライクが相手取っているのは、主にエースや指揮官に配備されているシグーが一機と、ジンが二機。
 三体二という状況下ではあるが、ストライクの性能とエンデュミオンの鷹の異名を取るムウの駆るメビウス・ゼロの奮闘もあって、互角に渡り合えている。
 メビウス・ゼロの動きもそうだが、シグーの動きが特に秀逸と言えた。敵の機動の先の先まで読む洞察力、徹底して無駄の省かれた機動、機体の性能を完全に把握し引き出す操縦。
 おそらくは相当に高級なコーディネイトを受けて優れた身体能力を与えられ、それをたゆまぬ努力と戦場での経験によって引き出したベテランが乗っているのだろう。
 ザフトの中でもおそらくは指折りのパイロットが搭乗している事は想像に難くない。ナチュラルの中にも稀にトップクラスのコーディネイターに匹敵するものが産まれるが、MSの操縦が可能なものはほとんど存在しない。

「若き日のアル・ダ・フラガなら可能かもしれないけれどね」

 今は没落したフラガ家の最後の当主アル・ダ・フラガはナチュラルであるとは信じがたいほどに――傲慢な人格は別として――頭脳、身体能力、フラガ家特有の鋭敏な直感力に富んだ傑物中の傑物だった。
 身体能力の衰える晩年期はともかく、最盛期であった青年時ならばコーディネイター仕様のMSも操縦してのけるだろう。
 挨拶代わりに放ったGNキャノンの四条の光を、シグーは背後からの攻撃であったにもかかわらず、鋭敏に察知して、これを危なげなく回避して見せる。
 一分とかけずにジン二機を葬ったリボンズの手錬を手強いと見て、シグーに乗るラウ・ル・クルーゼは、ストライクとメビウス・ゼロの相手を残る二機のジンに乗る部下に任せて、自らリボーンズキャノンへと機首を巡らせる。
 宇宙空間での戦闘にもかかわらず、自身の技量への圧倒的自負か、あるいは死を望む願望でもあるのかクルーゼはザフトの隊長クラスのみが着用を許される白服を着たきりで、コックピットに乗り込んでいた。
 一見鈍重そうな砲撃機と見えるリボーンズキャノンの異様な外見を、こちらもまた一度見たら忘れられそうにない独創的なマスクで隠した瞳に映し、クルーゼは余裕ある笑みと共に囁く。

「GATシリーズの別の機体か? 私自らその性能、確かめさせて貰おう」

「隊長格か。先ほどの二機よりはましだと思うけれど、ぼくとリボーンズキャノンを相手にどこまで戦えるかな?」

 ジンと同じ76mmとシールドに内蔵したバルカンから無数の銃弾をばら撒きながら、各所スラスターから炎を噴き出しながら迫りくるシグーを、リボンズは面白いものを見つけた、と顔に書いて黄金の輝きを灯す瞳に映す。
 星々の瞬きよりもはるかに荒々しい輝きを放つ光の流星雨の中を、リボーンズキャノンは外見から受ける鈍重そうな印象を裏切る軽やかな動きで回避し続ける。
 GN粒子の恩恵に加えて卓越したリボンズの操縦技術と、イノベイドとしての人間を超えた身体能力が組み合わさった当然の結果と言えよう。
 もっとも命中した所でジンやシグーの装備では、GN粒子によって装甲強度を増している太陽炉搭載機にまっとうなダメージを加える事は出来ない。
 西暦の世界でも太陽炉搭載機が非太陽炉搭載機に対して圧倒的アドバンテージを得たのは、GN粒子の恩恵による次元の違う運動性能と、重装甲のMSも一撃で撃破できる粒子ビーム兵器の装備に加えて、実弾兵器に対する圧倒的な防御性能による。
 かつてユニオン、人類革新連盟、AEUが合同で行ったタクラマカン砂漠における作戦において、実に十五時間もの間絶え間ない砲火の雨の中に晒されても、GNフィールドの恩恵こそあれ機体に甚大なダメージを被らなかった事から分かる。
 右に左にと不規則な回避行動を取りながら、正確にこちらの動きに追従してくるシグーのパイロットの射撃センスに、リボンズはへえ、と唇を動かした。
 ヴェーダにガンダムマイスターと推奨してもいいかな、とリボンズからすれば最大級に近い賞賛を送ってもいいほどだ。
 脳量子波による通常の反射速度を超えて機体の操縦が可能なリボンズに、クルーゼは機体性能差を考慮すれば、リボンズの賞賛の思い同様によく着いてきたと言っていい。

「さあ、返礼だ」

 シグーがマガジンが空になるまで着弾させてもリボーンズキャノンを撃墜出来ないのに対し、一撃でシグーを落とせる破壊力のGNキャノンを、リボンズはモニターの向こうで鋭角的な動きを見せるシグーに連続して放つ。
 大型フィンファングの四本の砲身から、一射ずつサイクルを持って放ち、艦隊戦でもっとも威力を発揮するだろう圧縮GN粒子の巨大な光の矢が、シグーの白い装甲を赤々と照らしてかすめて行く。

「ちぃ、やはりビーム兵器を装備しているか。だが当たらなければどうという事もあるまい!」

 クルーゼ用にカスタマイズが施されたシグーの機動性と運動性を最大限に引き出して、クルーゼは間断なく放たれるGNキャノンを次々と回避する。
 リボンズの目に、今度こそ心からの感嘆の色が浮かび上がりつつあった。並みのコーディネイターでは到底耐えきれない様な機体の限界に挑む機動を繰り返し、砲撃の隙間を縫っては反撃の銃火を放ってくる。

「コーディネイターへの認識を改める必要があるかもしれないな。しかし、フィンファングを使うまでもないよ」

 機体の至近を通過する粒子が装甲をかすめて、シグーのセンサーを反応させている。集束から零れ落ちた微量のGN粒子程度では、機体に重大な損害を与えるには至らない。
 互いに射撃戦を繰り返してはいるのだが、明らかにアドバンテージは相手側にある、とクルーゼは認めざるを得ない。
 機体性能が互角なら、と頭の片隅で囁く自分の声をクルーゼは無視した。ストライクを相手にした時は性能差を自らの技量で埋めて戦い得たが、目の前のアンノウンからはそうも行かない現実が突きつけられている。
 機体性能の差に不満を抱く余裕があるのなら、機体の操作に意識を傾注して勝機を見出すことに専念する方が優先される。
 クルーゼは苦々しく言葉を吐いた。

「くっ、ストライクと言いイージスと言い、地球連合はこれほどのMSを完成させていたのか。それにこのOSの完成度、ヘリオポリスのOSは欺瞞だったというわけか」

 比べるもおこがましい機体の性能差こそあれ、それでもクルーゼは敗北の泥濘に塗れるつもりはなかった。
 機体前面に備えた砲身と左手に装備している大型のライフル以外に、目の前のアンノウンに武装は見られない。
 両手が空いている事から、なにがしかの装備を手にする事はあるかもしれないが、砲撃機である以上は懐まで飛び込めば、現状よりはこちらに勝ちの目が見えるだろう。
 GNキャノンの次射発射のわずかな空白の時間を狙い、クルーゼは夜空を切り裂く流星のごとく華麗な動きで、リボーンズキャノンとの距離を詰め、時にはデブリを盾にしながら一気呵成に突撃する。
 クルーゼの狙いがこちらの特性を把握したうえでの接近戦と分かり、リボンズは微笑をそのままにシグーを正面から迎え撃った。
 シグーと相対したままGNキャノンとGNバスターライフルを連射しながら、リボーンズキャノンを前進させる。

「こちらの動きに合わせるつもりか。甘く見られたものだな、私も!」

「ふふっ、砲撃機に接近戦を仕掛けるのは常套手段だけれど、敵の情報を正確に把握する前に動くのは軽率だよ」

 いよいよ両機の距離が近くなり、シグーが左手に重斬刀を抜き放った瞬間に、リボーンズキャノンの両手が射出される。先ほどジンの一機を拘束したエグナーウィップである。
 初見相手ではいかにクルーゼクラスのエースをしても近距離では回避が難しいのだが、クルーゼは素晴らしい反応を見せて、三連銃身バルカン砲塔を内蔵した左腕の盾でひとつを弾き、残るもう一方を重斬刀で斬りおとす。
 重斬刀の刃がエグナーウィップの電磁ケーブルに触れる寸前、GNバルカンを内蔵する手首側に備え付けられたバーニアが新たな動きを見せて、生きた蛇の様に重斬刀に絡みついた。

「捉えたよ」

 エグナーウィップを通して高圧電流がシグーとクルーゼを焼く為に迸る、まさにその瞬間、リボーンズキャノンの左方向から降り注いだビーム連射が、クルーゼを救った。
 脳量子波とEセンサーの警告サインから不意を突かれることはなかったが、リボンズはエグナーウィップを回収しながら、GNキャノンを正面のシグーに、そして機体左腕のGNバスターライフルを、左方向から窮迫してきたイージスへと連射する。
 リボーンズキャノン形態では精密射撃には向いていないが、その分高出力のライフルは、牽制の役目を果たすには十分だろう。
 急ぎラクスをヴェサリウスへと届けたアスランが、思わぬ伏兵の登場に苦境に立たされている味方を助けるために、推力を全開にしてこの場に乱入したのである。

「クルーゼ隊長、退いてください! これ以上の消耗は」

 GNバスターライフルの舐める様な射線を大仰に回避しながら、アスランは上官に対して怯む様子もなく怒鳴る様に進言した。
 アンチビームコーティングを施したシールドが一撃で破壊されそうな高出力の粒子ビームを躱すアスランに襲い掛かる重圧は、決して軽くはない。
 一方のクルーゼも再び距離を取られて猛烈なGNキャノンの光の槍衾に晒されている現状では、並みならぬプレッシャーに晒されている。
 アスランの声を煩わしく感じながらも、既にストライクとメビウス・ゼロに当たっていたジンも一機が撃墜されている。未知のファクターの出現によって、クルーゼの思い描いた戦場図は大きく覆されたという他ない。
 青い髪の少年がモニター越しに緊張で顔を引き締めながら繰り返す進言に、クルーゼは苦々しさを感じながらも受け入れた。受け入れるしかなかったと言い換えてもいいかもしれない。

「各機、現宙域から撤退する」

 シグーとイージスが途端に狙いを雑にしながらも、ビームと銃弾を雨あられとばらまいて後方の母艦へと後退する動きを見せるのを、リボンズは冷ややかに見ていた。
 リボーンズキャノンの性能をトランザムシステムで三倍化させれば、この位置からでもヴェサリウスを一撃の下に轟沈せしめることもできる。
 トリガーに添えた指を押すかどうか、しばし考えてからリボンズは口元から力を抜き、指を外した。
 武力介入はまだ始まったばかりだ。そう焦る事もないさ。
 どこまでも余裕に満ちて、リボンズは背を向けるシグーやイージスを見送ってから、アークエンジェルへと通信を繋げた。
 ザフトの魔の手から逃れたストライクとアークエンジェル。それらを駆るクルーやパイロットがどんな人間なのか、それを知りたいと言う気まぐれな好奇心を満たすために。

「アークエンジェル、こちら私設武装組織ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、リボンズ・アルマーク。着艦の許可を」

 さあ、どんな人間が乗っているのだろうね、とリボンズは純粋な好奇心から口元を笑みの形に変えた。
 ザフトの中にもそれなりに歯応えのあるパイロットが居る事は分かったが、こちらはどうだろうか。

「楽しみだね」

終わり
テンプレ展開ですね。
リボンズVSクルーゼは、CCAアムロ+νガンダムVS1stシャア+赤ザク、位のイメージです。というかザフト最強クラスのパイロットがナチュラルってどういうことなんでしょうね。コーディネイターの面目丸つぶれだなあ、と思ったのも良い思い出。スパロボWでボン太くんにクルーゼが癒されかけていたのは思わず吹き出したっけかなあ。



[25763] リボンズ・アルマーク編03
Name: スペ◆52188bce ID:87e9f2f7
Date: 2011/02/27 00:26
その3 フレイの憎悪 


 リボンズがアークエンジェルへの着艦が許可されるまでには、しばらくの間があった。
 まずアークエンジェルが偶然にも保護し、その後人質としたプラント最高評議会議長令嬢ラクス・クラインを、ストライクのパイロットキラ・ヤマトが無断で返還した事への簡易軍事裁判を行わなければならなかった。
 加えて退けたとはいえ相手はこれまでヘリオポリスから執拗に追撃をかけてきたクルーゼ隊であり、早急に現宙域から離脱しなければならない事。
 さらにはまるで想定していなかったリボンズ・アルマークとその愛機リボーンズキャノンというイレギュラーの救援。
 アークエンジェルの首脳陣が事態の整理を行い優先事項を正確に定めるのに時間を要したとしても、弁護の余地はあるだろう。
 地球連合軍の最新鋭艦アークエンジェル級の艦橋で、波打つ亜麻色の髪を長く伸ばし、起伏に富んだ魅力的な美躯を、地球連合軍の女性用士官服に包んだマリュー・ラミアスが、CICから艦橋へ移ってきた副官ナタル・バジルールに問いかけた。
 元が技術士官で、艦の指揮にたびたび情を挟んでしまうマリューと、軍人の家計に生まれ育ち、厳格な所のあるナタルとではいささかならずとも馬の合わない所があるが、この副官が頼りになる事は、マリュー自身が一番理解している。
 とりあえずはキラに対する簡易軍事裁判は後回しだ。
軍法に照らし合わせれば見逃しがたい行為だが、キラをはじめとしたヘリオポリスの学生達は便宜上軍籍に名を連ねているに過ぎず、彼らの助力なしではここまで生き残れなかった事を自覚するマリューとしては、罰を与えるつもりはなかったからだ。
 その点では、リボンズというイレギュラーの存在はナタルの意識を逸らす意味もあって、戦力的にもありがたいものと言える。
 ただ、そう簡単に受け入れられる相手か、と言えばそうも言えない事情がマリューらにもあった。
 マリューがナタルに問いかけようとしたように、ナタルの方もマリューの意見を確認したかったようで、マリューとナタルの瞳はすぐに交錯して意思を確かめ合った。

「確か、ソレスタルビーイングって……」

「はい。ブルーコスモスの息のかかった軍事企業が保有する私設武装組織と言われています。国防産業連合理事ムルタ・アズラエル氏の私兵とも言われてはいますが、確かなのは創設者がイオリア・シュヘンベルグという人物であることくらいでしょうか。
どれほどの規模を有した組織であるかという事などは一切不明で、流布しているのは根も葉もない噂ばかりです。ただ創設者の名前以外にも事実だと言われているのが……」

「ハルバートン提督の推進していたGとは別のMS開発計画に大きく関与していることね。これも噂になるけれど、ヘリオポリスと同程度かそれ以上に開発が進んでいるとは私も耳にしていたわ。実物は噂以上であったけれどね」

 マリュー個人としては派閥争いに拘って出さずに済む筈の犠牲を出してしまう事を、愚かしくは感じているが、地球連合の軍人にしてはさほどコーディネイターに対する差別意識の強くない事もあって、過激なブルーコスモス思想は受け入れがたいものがある。
 良くも悪くも軍人である前に人間としての部分を出すことの多いマリューは、ブルーコスモスとの繋がりを囁かれるソレスタルビーイングとの接触に、軽く眉根を寄せて美貌に不安の色を浮かべる。
 ナタルはそんな上官の横顔をチラと一瞥し、淡々と告げた。

「先ほどの機体がその成果なのでしょう。あのラウ・ル・クルーゼの駆るシグーを退け、ジンを瞬く間に撃墜した戦果は、並みならない物としか言いようがありません」

 ナタルの言葉に、マリューはアークエンジェルの艦長と副長という立場になってから、おそらく初めて心から同意する。
 マリューは艦長席のコンソールを操作し、アークエンジェルの前方に突き出た馬蹄型のカタパルトに着艦し、格納庫で機体を固定する作業に入ったリボーンズキャノンを瞳に映した。
 長方形の板状の砲身が四本前方に突き出て、やや前屈みになっている特異なシルエットは、マリュー自身も開発に携わったストライクをはじめとした五機のGとはまるで別物で、待った濃く異なる開発の系統樹に属するものだと分かる。
 艦橋から確認できた限りでも、戦艦並みの高出力を有しているであろう粒子ビーム砲や、電磁ムチと思しい装備、また両肘に装備された光の粒子を放出する円錐状の謎のパーツ、電子機器を撹乱する機能、とGとはまるで別系統の装備の数々。
 そしてもう一つ、マリューは気がかりになっていた事を、自分自身とナタルに問う様に口にした。

「あの機体のパイロット、リボンズ・アルマークと言ったわね」

「ええ。すでに機体から降りて艦内に居る筈です」

「彼は、ナチュラルなのかしら、それともコーディネイター?」

 マリューの疑問に、ナタルはかすかに目を細める。ブルーコスモスと関わりが深いとされる組織の、それも次世代の主力兵器となるであろうMSのパイロットにコーディネイターを関わらせるだろうか?
 地球連合でもMSの開発に、能力的に優れて経歴に問題のないコーディネイターを協力させている例がないわけではないが、あのラウ・ル・クルーゼが操るMSを、ナチュラルが機体の性能だけで圧倒できるものだろうか。

「それは、身体検査をするわけにもいきませんし、本人に聞くしかないのでは?」

 ナタルは上手い答えを見つけられずに、逃げるようにマリューに返答した。

「そうね。助けられたのは事実だし、下手に探りを入れてブルーコスモスに目をつけられるのも上手くないわ。ハルバートン提督の第八艦隊との合流もまもなくだし、少し虫がいいけれどこのまま力を貸してくれたら、それに越した事はないわね」

「では協力を要請されますか?」

「ええ。第八艦隊との合流も間近だからこれ以上ザフトの追撃はないとは思うけど、念のため警戒は怠らない様に。私はリボンズ・アルマークと会ってきます」

「了解しました。お一人で行かれるような事はお控えください」

「そう釘を差さなくても分かっているわ。そうねフラガ大尉に同行してもらいましょう。モビルアーマー乗りの目には、彼がどんな風に見ているか参考にして見たいし」

 互いに敬礼をしてから、マリューは艦長席から腰を浮かして床を蹴って艦橋を後にした。
 ナタルとマリューらがリボンズという存在について論議を交わしている間、話題の的となったリボンズはと言うと、アークエンジェルの整備班長コジロー・マードックに整備は不用と言い伝えてから、アークエンジェルを物見遊山でもしているような雰囲気で見物していた。
 ソレスタルビーイング仕様の薄緑色のパイロットスーツ姿のままである。人工の合成細胞によって肉体を構築し、細胞の劣化を防ぐ生体ナノマシンを体内に投入して、新陳代謝を代行させているリボンズの肉体は先ほど程度の戦闘であったらさしたる疲労を感じる事もない。
 リボンズがコズミック・イラにHAROと共に来訪してから齎した異世界の技術は、何も太陽炉やMS関係の軍事技術のみではない。
 例を挙げるなら前述したイノベイドの肉体を構築する合成細胞や生体ナノマシンの技術、また欠損した四肢さえも取り戻す事が出来る再生医療など、コズミック・イラの世界には存在していなかった医療系の技術などが挙げられる。
 特に細胞の劣化を行わずに新陳代謝を行う生体ナノマシンは極めて大きな利益をリボンズに与えている。
 細胞の劣化がないと言う事は、つまりは老いる事がないと言う事だ。事実生体ナノマシンを体内に持つイノベイドは半永久的に不老の存在と言える。
 そして不死でこそないが不老という人類の追い求める夢を実現するナノマシンを求める者は、世界中にいくらでもいた。
 一般の市場に流通している生体ナノマシンは、保有者に不老を約束するほど高性能ではなく、機能に制限を設けた劣化品であり、健康の補助となる程度のものでしかない。
 しかしながら世界の中でも極一部の富裕層には、イノベイドの様に不老を約束するほどではないが十年単位での延命を齎すものをリボンズは与えている。
 いつの時代も富と権力を手にした人間の求める者は、究極的には不老不死への願望へとたどり着く。それをリボンズは提供した。
 無論、世界有数クラスの資産家から申し出があったとしてもリボンズはナノマシンを与える相手を厳選し、資産以外の面で判断している。
 リボンズが積極的にコズミック・イラの世界に介入し、管理する為に有用となる者のみを選びぬき――ブルーコスモスのスポンサーであるロゴスと呼ばれる軍需企業の集合体など――希少な生体ナノマシンを与えた。
 そうしてリボンズはこの世界で恐るべき速度で人脈と資産を獲得し、アズラエルも知らぬ所でロゴスを後ろ盾にし、独自にソレスタルビーイングを結成し、自分だけの手駒と戦力を手に入れたのである。
 見物にも飽きを覚えて、格納庫に隣接されているガンルームでアークエンジェルの艦長らが来るのを、椅子に腰かけて待っていたリボンズは、近づいてくる気配と脳量子波に気付くと閉じていた瞼を開き、ガンルームのドアがスライドして、数人の軍人が入室してくるのを待つ。
 マリュー・ラミアスを筆頭に金髪の伊達男風のムウ・ラ・フラガ大尉の他に、更に二名ほど従えている。一応名乗りは受けているが素性を保証する者のいないリボンズを警戒してのことだろうが、形式的なものだとリボンズは気に留めなかった。
 座ったままでは悪いかな、とリボンズは立ちあがってマリューらから向けられる好奇と不安と警戒から成る視線と脳量子波を受け止める。

「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス大尉です」

「ムウ・ラ・フラガだ。よろしく」

 敬礼と共に告げてきたマリューに、リボンズは微笑み返す。ただし敬礼は無しだ。リボンズの所属はあくまで民間組織であるソレスタルビーイングであって、軍属ではない。

「リボンズ・アルマークです。多少の事は軍属ではない民間人ということで見逃して欲しい。その代わりと言っては何だけれど、リボンズと呼んでもらって構わないよ」

 リボンズは流石にアズラエルの様な知人に対する砕けた口調ではないが、どこか慇懃無礼で目の前の人間を決して対等の相手とは考えていない響きが、かすかに混入している。
 マリュー・ラミアス。リボンズの記憶では第五特務師団に所属していた技術士官の筈であったが、その彼女が臨時ではあろうが艦長を務めているのは、ヘリオポリスでの混乱の際になにやら一悶着があったと言う事なのだろう。

「まずは先ほどの戦闘での助力に感謝します。貴方のお陰で被害を受けることなく戦闘を終える事が出来ました」

 マリューの口調に固さがあるのは、やはりリボンズの背後関係を警戒しているからだろう。
 リボンズとしてはブルーコスモスやロゴスは所詮利用価値の大きい手駒に過ぎない以上、ブルーコスモス思想主義者などと同列に扱われるのは、正直なところ心外であるのだが、この場でそれを言っても仕方がないし口にするべき場でもない。

「ぼくが居あわせたのは偶然だ。戦闘への介入許可も下りたから介入しただけの事。ところで不躾ながらお願いがある」

「なにかしら? 私達に出来る事なら出来る限りの事をするけれど」

 とは言うもののストライクのパイロットや機体、戦闘データの引き渡しなどは決して首を縦に振る事は出来ないし、それ以外にリボンズが要求してくるような事はマリューには思いつかない。
 リボンズは表面上は友好的に、内心では警戒を忘れないマリューの姿が面白いのか、口元の笑みをいくばくか深いものにする。

「貴女が危惧している様な事は言いませんよ。アークエンジェルが第八艦隊と合流するまで、ぼくも同行させてほしい。もちろん機体も一緒にね。
 貴方達には悪い話ではないだろうし、リボーンズキャノンはまた調整が済んだばかりで、実戦でのデータも欲しいと思っていた所なので、ザフトの追撃があればぼくにとってもちょうどいい機会になる。貴方達にとってはこれ以上の戦闘はないに越した事はないだろうけれどね」

 歯に衣着せぬ、いっそ清々しいほど自分の目論見を吐露するリボンズに、マリューとムウは共に眉を潜めるが確かにリボンズとリボーンズキャノンが同行すると言うのなら、第八艦隊との合流間近とはいえ、戦力的にも心情的にも頼りになる。
 キラが独断で行った人質返還の際の戦闘で二機のジンをあっさりと撃破し、あのクルーゼが乗るシグーを相手に圧倒的優位を持って戦って見せた戦闘能力は、是が非でも手元に置いておきたいのは、紛れもないマリューとムウの本音であった。

「それは、確かに貴方とあの機体を戦力として考えていいのなら、私達にとってはありがたい申し出ね」

 マリューの言葉の続きは厳めしく顔を引き締めたムウが繋いだ。

「でもタダでっていうわけじゃないんだろう? 君の要求はなんなんだ」

「そう警戒しないでほしいな。ぼくは何も貴方達に危害を加えようとしているわけではないのだから。組織の方からも許可を得ているし、ぼくも軍人ではないけれど地球連合側の人間だと言うのに。
 まあ、強いて言うなら個人的な興味かな。ザフトの追撃を振り切ってここまでたどり着いたアークエンジェルと、ストライクのパイロットに対する興味」

 ある意味でマリューがもっとも危惧していた事の一つが、コーディネイターでありながらナチュラルの勢力である地球連合に軍籍を置く形になっているキラを追及される事だった。
 元々はヘリオポリスの一市民に過ぎなかったキラを、コーディネイターであり未完成のOSを積んだストライクを動かせるからと、非常事態であるからと、そうしなければ友人達が死ぬからと、戦わせてきたのはマリュー達軍人であり大人だ。
 しかし、報告を受けた軍上層部や目の前のブルーコスモスとの深い繋がりがあると疑わしい青年が、その事を理解したうえでキラ・ヤマトという一人の人間を見るだろうか。
 コーディネイターという一つの事実だけでキラを判断し、心ない言葉を浴びせはしないか――いや、それだけで済めばいいほうだ。
 地球圏におけるコーディネイターに対する感情は開戦以来悪化の一途をたどり、現在も常に“最悪”を更新し続けている。
 単にコーディネイターというだけで銃口を向けかねない。実際、初めてアークエンジェルにストライクを着艦させた時、私服姿で民間人然とした姿のキラが、コーディネイターであると分かった途端、周囲に居た兵士はその銃口をキラに向けたのだから。
 今日に至るまでの戦いでキラの奮闘を見て来た現在のアークエンジェルのクルーならともかく、はたしてリボンズがキラを前にした時どのようなアクションを取るのかが、マリューの豊かな胸の内に危惧を抱かせていた。
 そのマリューの内心を見透かしてリボンズは内心で苦笑を禁じ得なかった。目の前の女性士官は軍人というにはいささか優しすぎるらしい。

「ストライクのパイロット、コーディネイターか」

 問いかけるのではなく確認を取る口調のリボンズに、マリューの体が一瞬強張るのを見逃さなかった。嘘もつけないらしい。

「なるほど。それでぼくがそのパイロットと会うのを回避したいわけだ。だがそれも余計な心配というもの。ぼくは別にコーディネイターであるからといって銃口を向けたりはしない。
 ソレスタルビーイングに色々と着いて回っている噂はぼくも耳にしているけれど、少なくともぼく自身にブルーコスモスに傾倒する趣味も興味もないな」

「そう言われてもな。はいそうですか、とこっちも簡単に信用は出来ないんだよ。おれ達が情けない所為で坊主には色々と無理をさせてきているんでね。これ以上あいつに無理や無茶はさせられない」

「そんなに心配なら貴方達の目の届いていない場所ではそのパイロットとは会わないと約束しよう。ああ、勘違いしないでほしいけれど、会う事を許可されなくともアークエンジェルには同行するつもりなので、そこの所は心配はしないでほしい」

 あくまでこちら側の都合を優先するリボンズの申し込みに、ムウとマリューは互いの顔を見つめ合わせて、なんと答えたものかと悩みを共有した。

「答える前に一つだけ聞かせてほしいの。貴方はコーディネイターなのかしら。それともナチュラルなの?」

 そんな事を気にしていたのかと、リボンズはまた一つ苦笑を零す。
 自らを人類の上に立つ優越種と考えるリボンズからすれば、ナチュラルやコーディネイターという括りに囚われているマリューの言葉は、ひどく滑稽に感じられる。
 ナチュラルであろうとコーディネイターであろうと、どちらも同じ劣等種に過ぎないという結論に行き着くからだ。
 もっとも事あるごとに自身を優越種、上位種、人類を導く者、救世主と口にするリボンズ自身もまたイノベイターである事、あるいはイノベイターを超えた存在である事に囚われた同類に過ぎない事を、リボンズ自身は今に至るまで気づかずにいる。
 真に人類を超越した存在であるのなら、わざわざ口に出して自分に言い聞かせるまでもなく、ただそのような存在である事を意識するまでもなく理解しているものなのだから。

「貴方達にとっては残念なことかもしれないけれど、ぼくはコーディネイターではないよ」

 ナチュラルでもないけれどね、と続く言葉をリボンズは笑みの中に隠した。


 無重力状態の艦内の移動をスムーズに行うために、廊下の横壁に設置されているエスカレーター式のハンドルを握って移動していたリボンズは、複数の人間の気配と話し声が感じられた場所へと、その向きを変えた。
 後にはムウが続いている。結局、マリュー達はムウの同行を条件にリボンズがキラと会う事を許可した。
 アークエンジェル建造計画の時に入手したアークエンジェルの艦内の見取り図を思い出して場所を照合すれば、そこが食堂である事はすぐに分かった。
 本体である意識データが、0と1で構成される情報の海を自在に行き来できるリボンズからすれば、例えそれが軍事機密であったとしてもネットワークで接続されていれば、好きな時に好きなように閲覧するのも大した労力ではない。
 ヘリオポリスで開発されていた五機のGや五機のオーブ製MSのカタログスペックも、リボンズの頭の中には網羅されている。
 食堂の方に足を踏み入れれば、地球連合の青とピンクの軍服を着た十代半ばをわずかに過ぎた程度の年頃の少年少女達がたむろしていた。
 来ているのが軍服でなかったら、ここは軍艦の食堂ではなくハイスクールのカフェテリアか何かだと勘違いしてもおかしくはない光景である。
 少年らの纏う雰囲気から、彼らが例のヘリオポリスで徴発したオーブの民間人か、とリボンズは胸中で零す。
 奪われた四機のG。追撃を掛けるのはザフト屈指のエースにして有能な指揮官でもあるクルーゼが率いる精鋭。正規のクルーらが戦死してしまった為に、艦を操るのは生き残った若兵と所属違いであったの技術士官。
 よくもまあここまで生き延びる事が出来たモノだと、リボンズは半ば呆れ、半ば感心してしまう。
 リボンズが直面したのは、なにやら赤い髪が印象的な少女が、穏やかな顔つきの少年に謝罪をしていた場面であるらしい。
 地球連合の軍服姿や、ヘリオポリスの避難民とも異なるパイロットスーツ姿のリボンズは、自然と食堂に居た者達の耳目を惹き寄せた。
 リボンズはあるかなきかの笑みを浮かべる。初めて出会った者でも、つい笑みを返してしまうような天使を思わせる笑みであった。

「どうやら込み入った所に来てしまったようだね」

 ヘリオポリス崩壊から二週間近くが経過しているが、これまで一度もアークエンジェルの艦内で見かけた事のないリボンズについて、そのリボンズの隣に居るムウに黄色い髪にメガネを掛けた少年が話しかけた。
 サイ・アーガイルというヘリオポリスの学生組の一人である。

「あの、その人は?」

「さっき戦闘に介入してきた赤いMSのパイロットだ」

「ぼくはリボンズ・アルマーク。フラガ大尉の言うとおり、リボーンズキャノンというMSのパイロットをしているよ」

 リボンズの告白を受けてその場に居た全員の顔に大きさは異なるが驚きの波が起きるが、それは当然の事であったろう。
 先にアークエンジェルの救援に来た第八艦隊の先遣艦隊はザフトの手によって敢え無く壊滅し、ラクスを人質にしてなんとか窮状を脱する事が出来るかどうか、というような状況を打破した機体のパイロットとなれば、否応にも注目が集まる。
 もっとも少し考えればこれまでアークエンジェルの中では見られなかった人物で、しかも新型の機体が着艦した直後に姿を見せたとなれば、すぐにリボーンズキャノンのパイロットであると分かっただろう。
 目の前の少年達かそれとも別の連合兵がストライクのパイロットなのか、と自分を見つめる者達の顔を見渡していたリボンズは、不意に赤い髪の少女が記憶の中にある事に気付いて、声を掛けた。
 第八艦隊の先遣艦隊に同道して乗艦と共に宇宙の塵へと変わった大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスターの一人娘、フレイ・アルスター。
 ブルーコスモス思想に傾倒していたジョージは、資産家でもあった為に姿を偽ったリボンズと直接的にも間接的にも面識があり、その時に子煩悩なジョージに娘の話を聞かされたのだった。

「君はフレイ・アルスター? ジョージ・アルスター氏令嬢の?」

 会った事のない男に自分の名前を、そしてつい先日目の前で死んでしまった最愛の父の名を出されて、フレイは困惑の色を浮かべてリボンズに答える。

「そうですけれど、あの、失礼ですがどこかでお会いした事がありますか?」

「直接顔を合わすのは初めてだよ。君のお父上とは何度か会った事があってね。その時に君の事を耳にしたのさ。お父上の訃報はぼくも耳にしたよ。まさか君の目の前で、とはね。惜しい人を亡くした」

 父の知人だと告げるリボンズの言葉に、フレイは心に刻まれたばかりの傷が疼いて、顔を俯かせて泣き出しそうになるのを堪えた声で、一言だけ答えた。

「……はい」

 傍に居るだけでもフレイの悲しみが伝わるかのような雰囲気にも、リボンズは口元に浮かべた微笑を変えなかった。
 肉親の死を悲しむ少女を前に微笑を浮かべているのだから、不謹慎といえば不謹慎なのだが、誰かがそれを咎めるか眉を寄せて不愉快そうにする前に、リボンズは本来の用向きを済ませることにした。

「辛い事を聞いてしまったね。悪い事をしてしまった。その代わりと言っては何だけれど、ぼくはこのまま君達が第八艦隊と合流するまでは同行するよ。一機だけとはいえ戦力が増えれば、少しは楽になるだろう? まあもうまもなくハルバートン提督と合流するから、あまり意味はないかもしれないけどね」

「ほ、本当ですか!?」

 大仰な位に驚いたのは、やや陰鬱な空気を纏っていた学生組の一人だった。声を上げたその少年カズイ以外にも、リボンズの言葉を聞いた者はそれぞれに喜色を浮かべる。
 これまでアークエンジェルは大西洋連邦所属という事もあり、同じ地球連合参加国のユーラシア連邦が保有する軍事要塞アルテミスによれば、MSとアークエンジェルを拿捕されかけ、ようやく救援が来たと思った矢先にその救援である先遣艦隊は壊滅。
 と、死神に手招きされているのか、捻くれ者の悪運の女神にでも好かれているのではないかと嘆きたくなるほどの苦境に立たされながら、ここまで辿りついている。
 もうすぐ第八艦隊と合流できると言う希望が見えた先に、はっきりと味方をすると宣言してくれる相手が現れ、尚且つ保有する力が十分に頼れるものであると証明された後で、となればこれは喜ぶのも当たり前だろう。

「喜んでもらえたのならぼくも来たかいがあったというものだよ。ところで、ここにキラ・ヤマト君はいるのかい? もし何かあった時には同じ戦場に出る者として、顔を合わせておきたいのだけれど」

 リボンズの言葉にその場に居た皆の視線が、フレイと話をしていた少年に集中して、彼がキラ・ヤマトであることを保証する。
 全員の視線を浴びたキラは少したじろいだ様子を見せたが、リボンズの微笑と視線を受けておずおずと一歩前に出る。

「あの、ぼくがキラ・ヤマトです」

 生命のやり取りを既に数度経験しているだろうに、どこか気弱な印象の強い茶髪の少年にリボンズは何を考えているのかまるで読み取れない光を宿した瞳を向ける。
 キラという名前とヤマトという名字は、ある可能性をリボンズの中に芽生えさせていたが、イノベイドや元いた世界でのデザインベビーを生み出すノウハウを持つリボンズには、さしたる価値がなかった為、例え目の前の少年がその可能性であったとしても些事にすぎないと切り捨てた。

「君がキラ君か。ヘリオポリスからここまで随分と大変だったようだね。なに、それももうすぐ終わるさ。短い付き合いになるだろうけれど、よろしくお願いするよ」

「あ、はい。その、リボンズさん。ぼくの事は聞いてるんですか?」

 恐る恐ると言った調子で告げるキラに、サイやムウなどはおい、と止めるように口を動かすが、キラにとってはどうしても聞かずにはいられない事だったのだろう。

「聞いてはいるよ。けれどまあ、気にする様な事ではないさ、すくなくともぼくにとってはね。それに仕事場の同僚にもコーディネイターはいるしね。といっても軍ではないよ。ぼくは私設のちょっとした武装組織の人間でね」

「軍の人ではないんですか? でもMSを扱えるってことは、あなたもコーディネイター?」

 マリューに聞かれたばかりの質問が繰り返された事に、リボンズは小さく息を吐いてから、ゆるゆると首を横に振る。

「いいや、コーディネイターではないさ。MSを扱えるのはぼくの所で開発したOSの出来が良いからさ。そう遠くない内にナチュラルでもMSを扱えるようになるだろうね。さて話しかけておいて何だけれど、そろそろぼくは戻るよ。
 母艦が着く頃だ。ぼくの機体は企業秘密という奴でね。アークエンジェルで整備するわけにはいかないのさ。それではお邪魔したね」

 リボンズの言葉通りリボーンズキャノンはツインドライヴシステムを含め、擬似太陽炉も使用しているOSも、他者に漏らすわけにはゆかぬ秘事だ。
 軽く手を上げて挨拶代わりにして、踵を変えるリボンズをキラ達は見送ったが、食堂を出て格納庫へと向かう途中で、あの赤い髪の少女フレイが後を追ってきた。

「あの、ちょっと、待ってください」

 おや、と振り返ってリボンズはフレイの顔に浮かんでいる不安とそれ以外の暗い感情のわずかな色を読み取っていた。
 脳量子波で他者の思考を読む事は出来ないが、大まかな感情の動き程度なら把握する事は出来る。先ほどのリボンズとの会話の中でフレイを不安にさせる何かがあったということだろう。
 リボンズはムウの方を振り返る。

「なにか話がある様だし、席を外してはもらえないかな、フラガ大尉。彼女相手にぼくがなにかするとは、いくらなんでも思わないだろう?」

「大尉、私からもお願いします。私、どうしてもこの人と話をしたくて」

 直接の面識はなくともフレイの事は見知っていたようであるし、リボンズの雰囲気も先ほどまでと変わらぬ静かなものだ。
 懇願の視線を向けてくるフレイに押し負けて、ムウは仕方がないとばかりに肩を竦める。

「その先の角に居るからはやめに話を終わらせてくれよ」

「あ、ありがとうございます」

 ひらひらと手を振って曲がり角の向こうにムウが姿を消すのを見送ってから、リボンズはフレイと真正面から向かい合う。
フレイの望みがなんであるのか、多少興味を惹かれたからこそ、足を止めたのだ。

「それでぼくに何の用があるのかな」

「あの、貴方がアークエンジェルに同行するっていうから。それでキラはどうなるのかなって思って」

 フレイの様子からは、学友のキラがこれ以上戦わなくて済む事を喜んでいるというわけではない。むしろその逆だろうとリボンズは思う。目の前の赤毛の少女はキラが戦わずに済む事を恐れているのだ。
 なるほど、目の前で父親をコーディネイターに殺されたことがそんなに悔しいのかい。父を殺したコーディネイターが憎いのかい。フレイ・アルスター?

「キラ君がMSを降りるのなら、それは幸いなことではないのかい? 元は学生だった君たちだ。これ以上戦争に関わるのなんて嫌だろう。それとも君に限っては、また君の父親の様に目の前で誰かが死ぬのを見たいのかい?」

「――――ッ!!」

 敢えてフレイの逆鱗に触れる事を口にしたリボンズは、思った通りに悲しみよりもどす黒い憎悪を露わにするフレイに、嘲りと憐みを混ぜた笑みを向ける。

「父を殺したコーディネイターが憎い。けれど自分にはコーディネイターを殺す力はない。だから同じコーディネイターであるキラ・ヤマトに同族殺しをさせてやろう。まあそんなところか」

「なん、で」

 誰にも告げずにいた秘密を言い当てられ、キラ達を前にした時の友好的な雰囲気をがらりと変えて、背筋に冷たいものを流す雰囲気を纏うリボンズを、フレイは理解できないものを見る瞳で見つめ、先ほどの憎悪を忘れて恐怖に後ずさる。

「君達人間の考えることなんて、ぼくには手に取るように分かるんだよ。だけどフレイ、君がぼくの所に来た事は正解だよ。君は本当にそれでいいのかい? 父親の仇を他人の手に委ねて、自分はただそれを見ているだけでいいのかい?」

 君達人間の、と告げるリボンズが、暗に自分は人間などという低俗な存在とは違うと告げている事に気付かず、フレイは怯えを糊塗するように舌鋒激しく言い返す。

「パパを、パパを殺した奴らは憎いわ。私だって自分の手で殺してやりたい。だけど、仕方ないじゃない。私はMSを操縦する事なんてできないし、銃一つだっていままで撃った事さえないんだもの。そんな私がどうやってコーディネイターを殺せるって言うのよ!?」

 リボンズの唇が冷たい三日月を描いた。

「ぼくなら出来る。君に自分の手で父親の仇を討つ力を与える事がね。君が力を求めるのならばぼくが与えてあげよう」

――そう、かつてのルイス・ハレヴィの様にね。

 リボンズの浮かべる笑みは冷たく美しく、囁く言葉は甘く優しく、フレイの心を揺さぶった。

おしまい

作中ではリボンズはスーパーコーディネイターの製造技術に興味がないように描写しましたが、改めて考えてみるとスーパーコーディネイターの技術があればイノベイターの因子を持った人間を百パーセント作れるというように考えられるような?
イノベイターを産み出すのに実は有用な技術かもしれませんね。

2/27 00:18 投稿



[25763] アーミア・リー×リリカルなのは編01
Name: スペ◆52188bce ID:87e9f2f7
Date: 2011/02/27 00:21
細かい事は気にしないのが読み進めるコツです。時間軸は劇場版での空白の五十年。
今回は他所に行くのではなく、他所からお客さんが来る形式です。
外伝漫画OOi2314にて全裸を披露したメタル女子高生が主人公。もう片方の作品の主人公も後で出る予定です。もう一度書きますが細けえこたあ、いいんだよ! の精神で読み進めてくださいますようお願い申し上げます。


メタル女子高生魔法少女メタリカル☆アーミア

西暦2315年。
 一年前に人類初の地球外知的生命体――あるいは地球外変異型生命体、金属異星体――エルスとの接触、侵攻、そして対話の成立による緩やかな共存が始まっておおよそ一年。
 地球人類とはあまりにも異なる生態系とコミュニケーション手段を用いるエルスらとの意思の疎通は、今だ困難なものはあったが少なくとも地球人類とエルス間での戦闘は、昨年の戦闘終結以来一度も勃発してはいなかった。
 木星より姿を現した直径三千キロメートルにもなる超大型エルスと、数万キロメートル単位で宇宙に銀の紗幕を広げた数百万とも数千万とも、あるいはそれ以上とも言われるエルス達は、今、地球圏近海の宇宙で中東に自生する黄色い花を模したものへと姿を変えていた。
 花弁の端から端までが数千キロメートル単位にもなるエルスの花は、地球上からもはっきりと視認でき、エルス達が花に姿を変えたことで人類に対し、敵意がない事を示した事によって、地球人類存亡の危機と何の誇張もなく謳われた昨年の戦いは終わりを迎えたのである。
 そして、今もエルスに対する対応の意見の相違によって地球連邦のみならず市井の人々の間で多くの意見の対立が起きる中、地球人類はエルスに続く新たな地球外知的生命体と遭遇する事を余儀なくされた。
 これは、エルスと人類の橋渡しとなるある一人の少女が遭遇した、新たな運命の荒波の物語。


 夜空に煌々と輝く満月と黄色い花弁を広げる可憐な花弁が見守る中、人影が一つ帰りが遅くなってしまった事に慌てているのか、小走りに暗闇の路地を歩いている。
 左右に家々の続く道を歩いているのは、青いミニスカートに黒いオーバーニーソックス、通学している学校のブレザーに首元は青いタイ、肩から掛けている鞄といった格好に、少し癖のある茶色の髪と右目の泣き黒子と快活そうな雰囲気が印象的な女子学生だ。
 アジア系の血が濃い顔立ちはなかなか愛らしいもので、美人と言うよりは美少女と呼ぶべきだろう。通学している学校でもそれなりに男子生徒から人気を集めている。
 名前をアーミア・リーと言った。
 人類史上初の地球外生命体との接触を果たした昨年、アーミアはある事情によって数ヶ月間地球連邦軍のある施設に収容されていた為、学校を休学して敢え無く留年する羽目になってしまった。
 その為、同級生は先輩となり、後輩は同級生となってしまい、アーミアは遅れている分の勉強を補うためにも補修を受けた為に、帰りが遅くなってしまっていた。
 左腕に巻いた腕時計に目を落とし、遅くなっちゃったなあ、と一つ零す。早く帰らないと、と足の歩みを少し速めた時、不意にアーミアの脳裏にごく小さな声が響く。
 鼓膜を揺らしてではなく、直接頭の中に語りかけられてくるような不可思議な聞こえ方だったが、まだ幼い子供の声であった事が、アーミアに警戒心を抱かせなかった。

『……の声が…………ますか…………どうか…………』

「え、これ、誰かの声? 脳量子波じゃない。これって一体……」

 脳量子波とは一定以上の知性を有する生命体が発する思惟、思考の波の事だ。脳量子波の扱いに長けた生命体であれば、地球~木星間で送受信を行う事も出来る。
 普通の人類では知覚できない脳量子波をアーミアは感知する事が出来る希少な人間の一人だった。
 ただ分かるのはおおよその声のする方角と声の主がひどく切羽詰まった状況に追い込まれていると言う事だ。
 アーミアはしばらく逡巡し、自分の周囲を一度見回してから意を決して頷き、声(というのは正確ではないが)の届いてきた方向へと走り始める。
 普通に生きている人間だったら自分の耳がおかしくなったのかと疑って、さっさと家に帰ろうとする所だろうが、学校を休学することになったさる事情によって、普通ではない事に対する理解力と受容力の鍛えられたアーミアは、声を幻聴とは考えなかった。
 それに、アーミアは自分が一人ではないと言う事をよく知っていた。昏睡状態から目を覚まして以来、アーミアの周りには視界に映らない所で常に複数の人間が隠れている事を、アーミアは聞かされていたからだ。
 いまも急に走り出したアーミアの行動に慌てつつも、きっと万全の体勢でアーミアの後に着いてきているに違いない。いや、そうである事を、アーミアは彼らの発する脳量子波で把握していた。
 そしてもうひとつ。例えアーミアの周囲に人影一つなくなろうとも、それでもアーミアは決して孤独はならないとある理由があった。その理由は、遠からず語られる故、その時に語る事としよう。
 しばらく路地を走り続けてローファーがアスファルトを叩いた瞬間、アーミアは世界が変わるのを全身で知覚する。
 星と月と電子灯で照らし出されていた夜の街並みが色を変えて、それは白い光を幾万も散らした夜空にまでおよび、世界を構成する複数の因子が醸す雰囲気もまた明らかにその性質を変える。
 さきほどの声に続いて自分の身の回りに起きた異常事態に、流石に胆力の鍛えられたアーミアをして驚きに顔を見張り、思わず足を止める。
 なにが起きているのだろう、と驚きが思考の大半を埋め尽くすアーミアの瞳に、少し先の曲がり角から姿を現した小さな生き物の姿が映る。
 細長い胴体と短い手足、長く伸びたふんわりとした尻尾、くりくりとした円らな瞳となかなか愛らしい生き物だ。アーミアはその生き物の姿にイタチやフェレットを連想した。
 アーミアが暮らしているこの街は自然公園をあちらこちらに配し、自然を多く残すように整理されているから、野生の動物がそれなりに姿を見せる事もある。
 今、目の前に現れた小動物もその類か、あるいは誰かのペットが逃げ出したか捨てられたものが野生化したのだろう。
 そのフェレットもどきの首に小さな赤い宝石の着いた紐が巻きつけられている事に気付き、アーミアはきっとペットが逃げ出したのだろう、と考えて肩の力を抜いてフェレットもどきを怖がらせない様に、ゆっくりと歩み寄る。

「君、どうしたの? どこから来たの?」

 フェレットもどきはアーミアの言葉を理解しているかのように足を止めて、近づいてくるアーミアの顔をじっと見つめている。
 頭のいい子だな、とアーミアが思った時、不意にアーミアは気づく。猫や犬などからは感知できない脳量子波が、目の前のフェレットもどきから感じられるのだ。
 それはフェレットもどきが人間並みの知性を有している事を証明している。

「君は普通の動物じゃあ……」

 アーミアの言葉を遮る様にフェレットもどきは俊敏な動作で背後を振り返り、アーミアがそのフェレットもどきの視線を追いかけた時、曲がり角の向こうから夜よりもなお暗い闇色の塊が、フェレットもどきめがけて猛烈な勢いで襲い掛かってきた。
 目の前で小さな命が奪われようとする光景に、アーミアが咄嗟に両手で顔を覆い尽くそうとした時、フェレットもどきの目の前に眩く翡翠色に輝く幾何学模様の光の壁が浮かび上がり、闇色の塊を弾き飛ばして、路地脇の家屋に頭から突っ込ませた。
 フェレットもどきの目の前に浮かび上がった光の壁を、アーミアはまるでファンタジーに出てくる魔法陣みたいだと、そして綺麗だと思った。
 アーミアが驚きに足を止める中、フェレットもどきは、闇の毛玉に向けて毛を逆立たせて威嚇している。
 闇の毛玉生物は家屋に頭から突っ込んだ様で、外壁を破壊して家屋の中に体の半分以上を埋めており、体の一部がどこかに引っかかったようで上手く出られずに、じたばたともがいている。
 かような異常事態を前にしても、諸事情によって普通の少女ではなくなったアーミア・リーは、全く理解の及ばぬ事態の渦中に放り込まれて驚きこそすれ、しかしパニックには陥っていなかった。
 なぜならばずっと続くと思っていた日常が突然崩壊する事態に見舞われるのは、これで二度目だったからだ。
 一年前、有人木星探査船エウロパに擬態したエルス達が地球圏で破壊された際、密かに地球各地へと飛散し、アーミアは地球に散ったエルス達と接触して、エルスに左半身を同化されて意識不明に陥った事がある。
 アーミアの意識が戻ったのは、エルスがある一人の青年との対話によって人類に敵意がない事を示す為に、巨大な黄色い花へと姿を変えた時と時を同じくする。
 エルスに取り込まれた左半身と内臓や筋肉までもが金属化しながらも、アーミアはエルスと体内で共存する形で目を覚ましたのである。
 それ以来、エルスと融合を果たした地球人類となり、またイノベイターと呼ばれる進化した人類としても覚醒したアーミアは、今だ意思疎通計りがたきエルスとの通訳として、またエルスと融合した世界でも数少ない人物として注目と期待を寄せられて、地球連邦政府から第一級の重要人物として認識されている。
 幸いにして穏和な政策を主とする現地球連邦政権の意向もあって、アーミアは監視付きではあるが、エルス襲来以前と同じような生活を送る事が出来ている。
 ただ、以前は一女子学生に過ぎなかったが、現在はそれこそ場合によっては小国の国家元首さえ上回る重要人物として扱われてしまっているが。
 であるからして、アーミアには常に政府の派遣した監視を兼ねる護衛が目に見えぬ所で姿を伏せている。
 その筈だ。
 なのにアーミアがこうして危機を前にしても助けが入る気配は一向になく、それどころか先ほどからあの謎の毛玉生物が住宅街で暴れ回っていたと言うのに、住人が誰ひとりとして目を覚ます様子さえない。

「なんなの、これ? 携帯が通じないし、脳量子波も感じられないなんて!」

 恐怖や不安こそ薄いものの、理解の及ばぬ事態に陥っているのは確かで、アーミアの心には焦燥の念が領土を広げている。
 アーミアは自分の左半身を構成しているエルス達に問いかけてみるが、彼らにとっても初めて遭遇する事態の様で、解答不可という答えが返ってくる。
 エルスは全体で一つの意識を共有し、小型のものでは反射的な行動しか取れない為に、より大型で高度な知性を有するエルスに行動を委ねている。
 しかしながら人間と共生したエルスは、人間との共生の影響によるものかある程度の自律的な行動を可能としていた。
 本来であれば成人男性ほどのサイズがエルスにとっては活動できる限界の最小単位なのだが、アーミアと共生しているエルスは、アーミアの体の半分に過ぎない程度にもかかわらず、知性を維持している事からも人類との共生がエルスにも人類にも新たな可能性を示している事例といえるだろう。
 エルス達は発生以来広大になったネットワークの維持に脳量子波を用いており、高い脳量子波を有する進化した人類であるイノベイターと、脳量子波を用いて交信する事が出来る。
 エルスと一つの身体に共生しているのと同時に、イノベイターでもあるアーミアは脳量子波を用いてエルスと瞬時に情報の送受信を行う事が出来た。
 今回に限っては、エルスから望ましい答えを得られぬ結果に終わってしまったが。

≪わからない≫

 脳量子波で伝えられたエルスらの意識を人間の言語にすれば、こんなところだろう。
 圏外の表記が浮かんでいる携帯をブレザーのポケットに戻しながら、アーミアはどこへ逃げるべきか、と視線を巡らせていると、いつのまにかアーミアの足元まで走ってきたフェレットもどきが、驚くべき事に人間の言葉を発し始めたではないか。

「ごめんなさい、貴女を巻きこんでしまって」

 まだまだ子供だと分かる、女の子みたいに高い声だった。このフェレットもどきの言う事を信じるなら、彼がアーミアをこの様な事態に巻きこんだ張本人であるらしい。
 アーミアは咄嗟に、自分のミニスカートの中を覗き放題の位置に居たそのフェレットもどきを持ち上げて、自分の目の前に持ってくる。

「君、言葉が話せるの?」

 確かにこのフェレットもどきから人間と変わらない脳量子波を感じていたが、それでもファンタジー小説や童話よろしく人間の言葉を話すのを目の当たりにすると、なかなか新鮮な驚きがある。
 鼻先がくっつきそうな近さでこちらを見つめてくるアーミアに、多少どぎまぎしながらフェレットもどきは答えた。
 照れている様だ。
 フェレットに似た生物でありながら美醜感覚は人間に近いらしい。

「は、はい。すいません、本当ならぼくがあのジュエルシードの暴走体を止めなくちゃいけなかったんですけれど」

「ジュエルシード?」

「はい、いまは詳しい事を話す余裕はないのですけれど、あれはジュエルシードというエネルギー結晶体が暴走したものなんです。ジュエルシードを封印しない限り、あのまま暴れ続けます」

 アーミアが話の続きを催促しようとした時、それまで家屋に体を埋もれさせていた闇色の毛玉生物ならぬジュエルシードの暴走体がようやく脱出に成功し、アーミアに惹かれたかフェレットもどきに惹かれたか、こちらに向きを変えて突進を始めてくる。
 これは逃げるしかない、と思うのと同時にアーミアは駆けだした。
 体の半分がエルスと同化したことで、女の子にとって最大の脅威である体重の激増という悲劇に見舞われていたが、イノベイターへと進化したことで細胞が変容して身体能力全般が強化されている事と、エルスのサポートでアーミアは風に押されている様に速く駆ける。

「それで、どうすればあのジュ、ジュエルシードは止める事が出来るの? あ、私はアーミア・リー、アーミアって呼んでね!」

 足を休ませずに風を切って走りながら、アーミアは後ろを振り返ってジュエルシードの暴走体との距離を確認しながら、フェレットもどきにとりあえず自己紹介をした。
 正体不明の化け物に追いかけ回されていると言うのに自己紹介をするなどというのは、エルスとの同化経験を経たせいか、度胸がすっかりと鍛えられたアーミアならではであろう。 
 アーミアに両手で抱きかかえられ、それなりに豊かな膨らみを描いているアーミアの胸に押し付けられているフェレットもどきは、どうやら照れているらしく薄茶色の毛並みに覆われた顔を赤くしながら、アーミアに答えた。
 あったかく柔らかくっていい匂いがする、と思ったのはフェレットもどきだけの秘密の話である。

「ぼくはユーノ・スクライア、スクライアが部族名でユーノが名前です。ユーノと呼んでください」

 アーミアは一瞬このイタチやフェレットに良く似た生き物がたくさん集まって生活をしている場面を想像して、ほんわかとした気持ちになったが和んでいる場合ではない事を思い出して、慌てて首を振って雑念を頭から追い出す。
 夜空を見上げれば確かに満天の星空の中で美しく咲くエルスの宇宙花が見えるのに、アーミアの体内のエルス以外のエルスからの脳量子波を感知する事が出来ずにいる。
 一年前に木星圏に直径三千キロメートルの超大型エルスを中心としたエルス達が出現した際には、地球圏にまで届くほど強力な脳量子波を有しているエルスの脳量子波が届かないとなると、これは尋常ならざる事態だ。
 これでは人間どころかエルスからの救援も期待できそうにない、とアーミアは助けが来るのを諦めた。

「じゃあ、ユーノくん。あのジュエルシードの暴走体は生き物なの?」

 アーミアはジュエルシードの暴走体から脳量子波を感じる事は出来なかったが、あまりに生物的な動きをする事から、生物なのかどうか今一つ判断しかねていた。

「ジュエルシードは高純度のエネルギーの塊で、本来の見た目は青い菱形の宝石です。暴走体はジュエルシードが外部からなにかの意思を受けて暴走した場合がほとんどですから、元は小動物だったものがジュエルシードの力を受けてあんな姿になる事が多いんです」

「ということはいま私達を追いかけてきているのも、元は猫とか犬だったりするの?」

「確証はないのですけれど、多分そうだと思います」

 アーミアはもう一度背後を振り返った。アーミアの走る速さと暴走体の走る速さとでは暴走体の方が早かったが、暴走体の巨躯では路地のあちらこちらにひっかかり、ぶつかっている為にちょくちょく減速している為、なんとかアーミアとの距離は詰められずにいる。
 真っ黒い化け物としか見えない姿に闇夜にぼんやりと浮かび上がる赤い瞳。どうみても地球上に存在する生き物には見えない。
 エルスとの共生を果たしたアーミアをしても、アレはないと思ってしまう。絶対にアレはまともな生き物ではないし、対話もできないのだと、アーミアは直感的に確信する。まあ、その通りであるし、厳密には生命体ではないのだ。

「あれでじゃれ付いているつもりだったとしても洒落にならないなあ」

 犬猫が飼い主にじゃれつく調子で来ても、あの暴走体の巨体では一撫ででこちらの首がぽっきりと折れてしまうだろう。アーミアはなんでこんな目に遭うかなあ、と走りながら溜息を吐くという器用な真似をする。

「あの、アーミアさん、なんだか随分と落ち着いていますね。もっと混乱するかなとぼくは思っていたんですけど」

「まあ、去年色々あったからね。こういう事に耐性ができたのかな。それに、ユーノくんが居る事もそうだけど、私は一人じゃないから」

 アーミアの言う色々とは、学校帰りに家のドアノブを握ったら急に金属の結晶が生えてきて、それが自分の左手を貫いて同化しようとし、慌てて手を放して尻餅を突いたら、金属の柱まみれになった家の中からひどく旧式の宇宙服を着た男の人が姿を見せて、アーミアの左半身を同化した事。
 左半身を金属に変えられてアーミアが気を失っている間に、家が飛行機に変形して飛び立って跡形もなくなったり、意識不明の状態から覚醒したら覚醒したで、自分同様にエルスに取り込まれた人々に呼び掛けてエルスとの共生に導き、アーミア自身も六十億超の地球人類の中でも希少な純粋種のイノベイター兼金属異星体エルスとの共生体になったり、である。
 それだけの経験を積めば、そりゃあ、今までどおりの普通の女子高生ではいられないのも仕方のない事だ。
 とはいえそんなアーミアの事情を知らないユーノは、アーミアの言い分を聞いて不思議そうに首を傾げている。
 フェレットに酷似した可愛らしい姿でその様な仕草をするものだから、思わずアーミアは現状を忘れて抱きしめたい衝動に駆られる。

「え? 色々って……」

「なんでもないよ、気にしないで。それでユーノくん、誰かが助けに来てくれそうもないし、なにか手段はあるの?」

「あ、はい。それにはアーミアさんの協力が必要なんです」

 本来関係のないアーミアを巻きこむ事への申し訳なさと、それでも頼らなければならない状況を理解していることから、ユーノはフェレットそっくりの顔に後悔の色をありありと浮かべながら、首元を飾っていた赤い宝石をアーミアに手渡す。

「これは魔法を補助してくれるデバイスという魔法の道具です。アーミアさんにこのデバイス『レイジングハート』を使って、ジュエルシードを封印して欲しいんです」

 左手だけでユーノを抱え直し、右手でレイジングハートを受け取ったアーミアは丸い宝石としか見えない外見と、魔法という単語にまだあどけなさの残る瞳を瞬いた。
 理不尽に等しい事態に唐突に巻き込まれる事には慣れたが、魔法と言う言葉は流石にアーミアの予想の斜め上を行っている。確かに先ほどユーノが掲げた光の壁を、魔法陣みたいだとは思ったけれど。

「ま、まほう? ユーノくんがさっき使ったのも魔法だったの?」

「はい。この世界には魔法が文明に関わっていませんから驚かれるのも仕方ありません。けれど信じて下さい。アーミアさんには魔法を使う才能があります。ぼくの声を聞き、この結界の中に入って来られた事がその証拠です」

 目に見えない境界を超えた時に世界の雰囲気が一変したのは、どうやらユーノの仕業であったらしい。
 ユーノの脳量子波から感じ取った偽りのない想いと感情、それに人の気配がない現状から考慮すれば、おそらくは人に被害が及ばない様に配慮したのだろう事は、容易に想像できる。
 アーミアは右手の中のレイジングハートを握りしめて、決意を秘めた瞳でユーノを見つめ返す。
 この場をどうにかできるのが自分しかいないのなら、自分がやるしかない。
 実にシンプルな答えが、アーミアの胸の中に在った。
 イノベイターへと革新を果たしたからか、異星体エルスとの共生体になったから、それとも単に度胸があるからなのか、その決意を固めたアーミアの可愛らしい顔には恐怖の色はない。

「分かったわ。ユーノくん、私が何とかしてみる。どうすればいいのか、教えてくれる?」

 アーミアは足を止めて背後を振り返り、こちらへと迫りくるジュエルシードの暴走体と対峙する。
 やや腰を落とし、決意の色を浮かべるアーミアをユーノはなんて頼りになる人なんだろうと、思わずその横顔の凛々しさと可憐さに見惚れていた。

「まずはレイジングハートを起動します。パスワードを唱えますからぼくに続いてください。我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

 なんだか小さい頃に観た魔法少女のアニメみたいな事になってきたなあ、と思いながらもアーミアは決意を固いものにしたまま、ユーノの言葉を復唱してゆく。

「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を」

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を」

 厳粛な宗教的儀式を前にしているかのような荘厳さと共に、ユーノとそれに続くアーミアの詠唱は朗々と紡がれて夜の空に吸い込まれてゆく。

「レイジングハート、セットアップ」

「レイジングハート、セットアップ!」

 同時に掌に小さな太陽が生まれたのかと錯覚するほど眩く輝き始めるレイジングハート。そこから溢れ出る力に、アーミアの中の何かが反応して、ドクン、と力強い脈動を打つ。
 体のどこかが、と言うよりは心や魂と言った眼には見えない何かが覚醒して、産声を上げているような感覚。アーミアはふつふつと体の奥の奥の、ずっと深淵から力が溢れ出て全身を満たすのを感じる。

「ユーノくん、次はどうすればいいの」

「アーミアさんを守る魔法の服をイメージしてください。まずは身を守るバリアジャケットの構築を!

「魔法の服? バリアジャケット!?」

『Stand by、Ready。Set Up』

 女性の声を模した無機質な合成音声がレイジングハートから発せられた時、眩い閃光がアーミアの体を包み込んだ。
 魔法の服、という単語にアーミアは脳裏に昔見た、ジャパニメーションの魔法少女モノを想起した。そのイメージをレイジングハートは実に正確に読み取って、現実に反映する。良くも悪くも正確に。
 一瞬の閃光と共にアーミアの衣服は光の粒となって弾けて、アーミアが覚醒させた魔力機関リンカーコアから放出される魔力を紡ぎ出し、少女の幼さからようやく脱皮を始めた体を守る魔法の服を編み上げる。
 カーディガンやブレザーは、可愛らしい淡い色彩の桜色の生地にふんだんにフリルやレースをあしらって、まるで綿飴みたいにふわふわとしたミニのドレスに変わる。
 ちょうどアーミアの柳腰の後ろから蝶々結びになったリボンが動物の尻尾のように長々と伸びている。
 華奢な手首にはもこもことしたファーで飾られたリストバンド、すらりと長くしなやかに伸びる美脚はそれまでと雰囲気の異なる黒いストッキングに包まれて、足元は赤いリボンがアクセントの白いブーツ。
 毛先が緩くカールする茶色の髪は赤いリボンでツーサイドアップに結いあげられて、アーミアの少女性をことさらに強調する。
 アーミアの右手に握られていたレイジングハートは、赤い宝石の外見から先端に音叉様の黄金のパーツを備えた白い金属質の杖と変わる。音叉の中心には大きくはなったが赤い宝石のままのレイジングハートが浮かんでいた。
 アーミアは無意識のうちにレイジングハートを新体操の選手がバトンを流麗に操る様に動かしていた。
 レイジングハートがアーミアの脳裏に思い描かれたイメージを精密に読み取り、デザインに反映させたバリアジャケットの完成である。
 我に返ったアーミアが自分の格好の変わり様に気付き、え、と小さく呟いてから凝然と固まる。
 まじまじと足先から腕、体を見渡せば正確すぎるほどに、アーミアが小さい頃に見た魔法少女のアニメの主人公そのままの格好だった。
 細部のデザインはさすがに違う所もあるが、これで魔法少女でなかったらなんなのかという位に、魔法少女以外の何ものでもない格好だ。
 可愛らしいのは認めるし、アーミアの好みにも合わないわけでもない。しかしながら、アーミアとてもう1×歳。華の女子高生である。
 魔法少女に憧れて、大きくなったら魔法少女になると夢見ていた年頃とはすでに数年越しのさよならを告げている。

「こ、これはちょっと……」

 膝上二十センチと言った所のスカートの裾を恥ずかしそうにアーミアは空いている左手で抑え、乳液の様に艶のある肌は羞恥の余りに赤く染まっている。一応ストッキングを履いてはいるけれども、流石にこれは……恥ずかしい、それが正直なアーミアの感想だった。
 レイジングハートがバリアジャケットを構築するのに合わせて、アーミアの手から離れて地面に降り立っていたユーノは、こちらもまた頬を赤く染めて、アーミアを正面から見つめられずにいた。

「あの、アーミアさん、すごく綺麗です」

「あ、ありがとう。って、ユーノくん、そんな場合じゃないでしょう!?」

「え、ああ、す、すいません。つい見とれてしまって」

 レイジングハートの起動とバリアジャケットの構築によって、暴走体との間に稼いでいた距離は詰められていて、いまにも暴走体は飛びかかってきそうな所にまで迫ってきている。
 暴走体から伸びる先端の鋭い触手が、アーミアの体に触れる寸前、レイジングハートの

『Protection』

 の声と共にアーミアを中心に紫色の半円形の魔力による壁が発生して暴走体の触手を鉄壁の強度で防ぎきる。
 触手との接触面から激しいスパークを散らして、触手は力押しで魔力の壁を突破しようとしてくる。

「アーミアさん、ぼく達の魔法は発動体に組み込んだプログラムと呼ばれる方式です。その方式を発動させるのに必要なのは、術者の精神エネルギー、つまり魔力なんです。そしてあの暴走体は忌まわしい力の元に生み出されてしまった思念体。あれを停止させるにはそのレイジングハートで封印して元の姿に戻さないといけないんです」

 ユーノの話を聞くとどうやらおとぎ話の中に出てくる、たとえばかぼちゃを馬車にしたり、鼠を馬に変えてしまうような魔法とはまた異なるようだ。アーミアは少しばかりがっかりしたが、それを表には出さなかった。

「それで具体的に封印を実行するにはどうすればいいの?」

「攻撃や防御みたいな基本魔法は心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要する魔法の発動には、呪文が必要なんです!」

 攻撃や防御が基本……ユーノの所属していた魔法文明はずいぶんと戦闘的であるらしい。

「呪文? 何を唱えればいいの」

「心を澄まして……心の中にあなたの呪文が浮かぶ筈です」

 バリアと触手とが拮抗している間、アーミアはユーノの言うとおりに心を澄ます為に、ほんの数秒だけ瞼を閉じる。
 暴走体の呻き声やバリアと職種との接触点から激しく奏でられる耳障りな音も、すべてアーミアの五感から排除される。
 レイジングハートの起動と同時にアーミアの全身の細胞に、砂に水を零したように沁み込んでいった力の感覚。それをアーミアはより繊細に感じ取り、レイジングハートへと流してゆく。
 アーミアの体に宿るエルス達も彼らの高い学習能力を活かして、アーミアの感覚をサポートしてくれる。
 アーミアが閉ざしていた瞼を開いた時、そこにはイノベイターの証である金色の色彩が煌めく瞳があった。

「リリカル、マジカル、メタリカル! 封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

 リンカーコアと魔力を学習しつつあるエルスとレイジングハートのサポートによって、アーミアの魔力を媒介に瞬時に組み上げられた魔力の糸が、レイジングハートの音叉様の部分から幾本も伸びて暴走体の体を絡め取る。
 蜘蛛の巣に掛った哀れな蝶、というにはいささか醜悪な外見ではあったが、暴走体はみじろぎこそするものの、魔力糸による拘束からは逃れられない。

『Sealing Mode。Set Up』

 暴走体の額らしき部分にXXIの数字が浮かび上がる。

『Stand by ready』

「リリカル、マジカル、メタリカル。ジュエルシードシリアルXXI封印!!」

 新たにレイジングハートの先端から伸びた魔力糸が光のごとく空間を疾走し、空中に拘束されていた暴走体を槍衾のごとく差し貫く。

『Sealing』

 苦悶に大きく身を捩じらせるが、暴走体はそれ以上自身を維持する事も出来ずに、瞬き一つをする間にユーノの言っていたとおりの菱形の宝石へと姿を変える。

「これがジュエルシードの本当の姿なの?」

 おっかなびっくりジュエルシードを見つめるアーミアが、自分の右肩にまで昇りあがってきたユーノに問いかける。

「はい。とりあえずこれで封印はできています。レイジングハートで触れてください。レイジングハートの中に収納しておけば安全です」

「うん」

 ユーノの指示通りにアーミアがレイジングハートの先端でジュエルシードに触れると、赤い宝石状の部分にジュエルシードが吸い込まれる。

『Receipt。NoXXI』

「ふう、これで終わりかな? けどXXIってことは最低二十個あるってことだよね」

 流石にイノベイターといえ精神的にも肉体的にも疲弊しきったアーミアは、げんなりとした様子である。あとこれを二十回もくりかえすのかと思うと、元気を出すのも難しい。

「はい、ジュエルシードは全部で二十一個がこの付近に散乱しています。それと、ごめんなさい、アーミアさん。それにありがとうございます。このお礼は必ずしますから」

 申し訳なさそうな様子のユーノの健気な態度に、アーミアは小さく笑う。こんな小さな体のユーノが頑張ろうとしているのだから、自分も頑張らないと、とそう思ったのである。

「いいよ、そんなのは。それにしてもあと二十個かあ。学校との両立は結構大変そうだけど、なんとかするしかないよね」

 悪戯っぽくウィンクするアーミアに、ユーノは元気づけられたのか、フェレット顔でも明らかな笑みを浮かべて、明るい雰囲気を浮かべる。

「アーミアさん。本当にありがとうございます」

 一人と一匹が和やかな雰囲気に包まれていた時、それまでアーミアを包み込んでいた違和感が消失する。暴走体の封印が済んだことで、ユーノが結界を解除したのだ。
 アーミアは自分の監視兼護衛を兼ねている連邦政府の人間になんと言い訳しようかと、頭を捻る。すると見知った脳量子波がすぐ傍に居る事に気付き、アーミアは背後を振り返る。
 振り返ってみればそこにはアーミアが連邦政府からの紹介で会った事のある、三つ編みにした薄菫色の髪と赤い瞳に、ミルクの様に白い肌の取り合わせが美しいスーツ姿の女性が、黒服を引き連れてアーミアを驚きと共に見つめている。

「アーミアちゃん! やっと見つかった。だいじょう……ぶ?」

 なぜか呆気に取られた様子で自分を見る美女――ライブ・リンカネートに、アーミアはどうしたのかな? と小動物の様に愛らしく小首を傾げる。が、すぐにその理由に思い至り、咄嗟に自分の体を両腕で抱き締めてライブ達の視線から隠す。
 ジュエルシードの封印が終わってもなお、アーミアの格好はバリアジャケットのままであり、アーミア本人が流石にこれは、と羞恥の念を覚えて魔法少女姿をばっちりと目撃されてしまっている。

「あああ、あの、ここ、これはその」

「い、いいのよ。アーミアちゃん。そうよね、誰だって趣味は人それぞれだものね。ただちょっとお姉さんは驚いただけよ。うん、可愛いわよ」

 むしろ何をしているの? と聞いて欲しかった。ライブの優しさが、却ってアーミアにはつらい。穴があったら入りたいとはまさにこの事だ。
 バリアジャケットから覗いている肌という肌を真っ赤に染めて、アーミアは恥ずかしさのあまりに泣き出しそうになるのを必死に堪えた。

(ああああああ、なななな、なんなのこのしゅ、羞恥プレイ!?)

 ジュエルシード暴走体や魔法との遭遇でさえも決してパニックには陥らなかったアーミアも、人間としての尊厳を失いかけている現在の状況には、流石に冷静ではいられなくなり思考は混沌の海と化す。
 そんなアーミアに、体内のエルス達が元気よく追い打ちをかけた。

≪羞恥プレイ? エルス、憶えた!!≫

(余計な事は憶えなくていいの!!)

 アーミアは全力の脳量子波でエルスに叫んだ。まったくこの金属異星体、順応性が良くも悪くも高すぎである。


おしまい

自分でも何をしているかわからない時ってのはきっと誰しにもあると思うのです。
ちゃんとなのはも出る予定ですよ~。

以下嘘予告。
①時の庭園がライザーソードでずんばらり。
②はやてはイノベイターでアーミアと顔見知り。マテリアルもリインフォースも生存してもいいよね。
④グラハム、デカルト、アンドレイがアーミアの使い魔として復活する。

嘘予告ですので、実際に続きがこうなるというわけではありません。ご注意くださいませ。

話は変りますがアズライガーにするかムルタガインにするのかが重要な問題です。他所さまでアズライガーはもうやったしなあ、でも盟主王って言われているくらいですからやっぱりアズライガーかな、と悩んだり悩んでいなかったり。

ではでは暇つぶしにでもなれば幸い。おやすみなさい。

PS.
マスコットはユーノではなくエルスです。あとキュウべえじゃなくてよかったね。あれ絶対良くてもハッピーエンドの皮を被ったバッドエンドどまりでしょう。


追記2
③の嘘予告を削除。ご不快になられた方々には重ねてお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。

追記3
追記1を削除。

2/21 22:20投稿 23:01ご指摘のあった箇所修正。ありがとうございます。
2/22 12:25 追記2追加。
2/27 12:16 追記3追加。


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