これは正規の軍服をもらい食事を改善してもらうや否や、いい女だ、とカティ・マネキン准将への評価を改めたり、オナニーだってできやしない、といいながら陰でこっそりと女性士官と愛について語り合ったりしている、ヴェーダが認定した人類初のイノベイターのお話です。
一応シリアス。ザフトが好きな方にはあまりお勧めできません。
デカルト・シャーマン編
最初に認識したのは口の中に充満する鉄の匂い。
血だ。
自分自身が吐きだした血が、口の中に溢れている。
言葉にならない呻きを零しながら、彼――デカルト・シャーマン地球連邦軍大尉は散逸していた意識を繋ぎ合せる。
かすむ瞳の向こうにはモニター越しに輝く満天の星空があった。
息苦しい。
そう感じた。当然だ。口の中のみならず鼻孔や目からも血の滴が流れ出て、狭隘なヘルメットの中を赤いものがいくつも漂っている。
デカルトの米神の横の部分だけ長く伸ばした銀髪にも、いくつか赤い珠粒が付着して赤く濡らしていた。
デカルトは震える手でヘルメットの吸引装置のスイッチを押しこむ。
かすかに耳障りな音を立てて吸引装置が作動し、ヘルメットの中に浮かんでいたデカルト自身の血を吸いこんでゆく。
鼓膜をゆする音が、次第に頭の奥の方に残っていた鈍痛を呼びさまし、デカルトは苛立たしげに眉根を寄せて、顔を顰める。
ようやく思考が正常に働き始めて、デカルトは自分と周囲の状況を把握しようと努めた。
「ぐぅ。おれは、やつらはどこだ? あの物の怪ども!!」
デカルトの最後の記憶は木星の大赤斑より出現した金属異星体エルスとの戦闘を境に、ぷっつりと途切れていた。
先行していた火星駐屯艦隊は指揮官であったキム中将もろとも、あの銀色のナイフやクラゲに似た姿をしたエルスどもに乗艦共々取りこまれ、出撃していたジンクスⅣからなる友軍部隊も壊滅。
デカルトは孤軍となり、千単位にも届こうかというエルスを相手に、乗機である最新鋭のモビルアーマー(MA)・ガデラーザで奮戦したが、圧倒的な物量差によって遂にエルスに捕捉され、そして……
「あれから、どうなった? おれとガデラーザは、エルスは……」
デカルトはガデラーザのコックピットの中を見渡し、そこになんら異常が見られないことを確認する。
脳量子波同調システムや合計七基の疑似太陽炉も問題なく稼働している。
更にはエルスとの交戦によって損失した筈のいくつかの武装やミサイルの類に至るまでがすべて補填されている。
明らかに常識から外れた現象である。デカルトの理解はまるで及ばない。
だが、自分が生きている、という単純明快な事実は混乱の海に叩き落とされて足掻くデカルトの精神を、少なからず安堵させた。
私設武装組織ソレスタルビーイングと地球連邦を操っていたイノベイターを詐称するものたちとの戦いを切っ掛けに、進化した人類イノベイターへと変革したデカルトは、それからの二年間を地球連邦軍の管理下で、ただただモルモットとして扱われ続けた。
カティ・マネキンという女将官が来てからはようやく人間らしい扱いをされる様になったが、それもわずかな間の事。
地球連邦の上層部は木星から出現した異星体へのあて馬も同然に、デカルトに人身御供を強要してきた。
人類救済という大義の下に、モルモット扱いに飽き足らず犠牲になれという地球連邦の上層部も、出現して以来デカルトの脳を苛む叫びを放つエルスも、何もかもがデカルトにとっては嫌悪の対象でしかない。
その挙句にエルス達に取り込まれての戦死では、一体自分は何のために生まれて、何のためにイノベイターへと進化したというのか?
くそ、と悪態をつきながら、デカルトはヘルメットを脱いだ。
脳量子波を遮断する特別製のパイロットスーツに包まれた手の甲で乱暴に口と目と鼻から零れる血を拭う。
脳量子波は一定以上の知性を有する生命体が、常に放っている思惟のようなものだ。
イノベイターと呼ばれる存在は、この脳量子波の送信・受信能力が飛躍的に向上し、他者の表層意識を読み取ったり、はるか遠方地にいる人間の思考や行動を感知することができる。
昨今では軍事関係への転用技術が大いに研究されていて、デカルトの乗るガデラーザは脳量子波による操縦システムが組み込まれている。
すでに流血は治まっているが焼けつくような痛みが脳を中心にデカルトの体内の至る所に残って、鈍く疼きを発している。
徐々に平静を取り戻しつつあったデカルトが、とりあえず自分とガデラーザのいる位置を確認しなければならない、と友軍と連絡が取れないか、あるいは自分の脳量子波がなにか知覚しないかと確認しようとした矢先に、デカルトの脳に無数の人間の思惟を乗せた脳量子波が突き刺さる。
脳量子波を遮断するパイロットスーツのヘルメットを脱いだ影響か、ようやく落ち着きを取り戻そうとしていたデカルトの意識は、直接脳味噌を抉りまわされるかのような苦痛に襲われた。
「ぐあああああああっ!?」
獣の唸り声にも似た苦痛の声を上げて、デカルトは赤い瞳を見開いて無遠慮に自分の意識に流入してくる無数の人間の思惟を聞かされた。
それは悲鳴であった。死に際の断末魔であった。
何百、何千、いや何万という人々の、老若男女を問わぬ死を前にした恐怖と苦痛と憎悪に塗れた黒々とした負の思惟の波。
苦痛はあらたな苦痛に飲みこまれ、悲鳴は新たな悲鳴に吹き飛ばされ、助けを求める声は新たな声に埋没してゆく。
地獄の底で責め苦に喘ぐ罪人の挙げる声は、きっとこうだろう。
<痛い痛いたすけて助けて熱いよ苦しいよ誰か誰か誰か誰か痛い熱い苦しい死にたくない死にたくない死にたくない痛い熱い苦しい誰か誰か助けて助けて助けて助けて助けてえええええええええ>
数多の情報の奔流と折り重なる悲鳴の波にデカルトの意識はあっという間に飲み込まれて、終わりの見えない苦痛がデカルトの精神を八つ裂きにしてゆく。
両手で頭を抱えて、苦悶に悶えるデカルトは、息を荒げながらガデラーザのコックピットで吠えた。
「うるさいんだよ、人の頭にずけずけと土足で踏み込んでええ!」
今も嵐の様にデカルトの精神を打つ死を目前にした人々の意識に、途方もない苦痛を与えられながら、デカルトは操縦桿を握りしめてガデラーザの機首を脳量子波の放たれている方向へと向ける。
「ガデラーザ、デカルト・シャーマン、出撃をする!!」
ラグランジュ4。そこはいま、戦場と化していた。
いわゆるナチュラルと呼ばれる自然のままに生まれた人類と、受精卵の段階で遺伝子操作を受けたコーディネイターが、戦争状態に勃発して既に久しい。
コーディネイターの国家であるプラントの、義勇兵から成る防衛組織ザフトは、モビルスーツ(MS)と呼ばれる人型の巨大な兵器を戦場に投入することで、数十倍~数百倍の国力を有する地球連合を相手に優勢を保っている。
地球圏における三大国家大西洋連邦、東アジア共和国、ユーラシア連邦を中核とする地球連合の主力兵器は、MS登場以前に活躍したMAと呼ばれるもので、ミストラルという旧世代機とザフトのMSに対抗するために開発された最新鋭のメビウスというMAだ。
国力の差を表す様に、L4宙域やそれ以前の戦闘では地球連合側がザフトをはるかに上回る物量を投入している。
しかしながら個体間での程度の差こそあれ遺伝子操作の恩恵によって、高い身体能力と学習能力の素地を与えられて産まれるコーディネイターは、兵器のパイロットとしてナチュラルよりも高い適性を持つ。
またMSという新兵器と核分裂の抑制作用と副作用として旧来の電波誘導などを阻害するニュートロン・ジャマー(NJ)の投入によって、現代の戦闘は20世紀に起きた第二次世界大戦並みの有視界戦闘が主流となり、圧倒的にMS有利のものになっている。
元々は東アジア共和国の保有する資源衛星“新星”をめぐる戦いであったが、ひと月余りに及ぶ硬直状態に陥り、戦闘宙域の拡大や脱走兵の出没なども相まって、いまやL4宙域に存在する民間人の住まうコロニー群に至るまでが被害を受けるようになっていた。
ここも、地球連合とザフトの戦闘に巻き込まれたコロニー群の一つであった。
地球連合は保有する130m級駆逐艦や250m級戦艦といった艦艇を中心に、メビウスやミストラルといったMAを展開しているが、キルレシオ比1:5という戦力差は如何ともしがたく、連合側の艦艇やMAは次々とオレンジ色の火球に変わっている。
この時期ザフトの保有するMSは、ジンと呼ばれる機体である。
黒灰色のボディ、単眼を持った頭部の頂点には鶏冠状のセンサーがあり背中にはウィング形のバーニアが備わっている。
遠方から見れば、砂漠の魔人の名を冠するMSは、目撃者に神話の中から飛び出て来たサイクロプスを連想させたかもしれない。
ジンは76mm重機関銃や500mm無反動砲を、的確にMAに命中させている。中には曲芸のように回避運動を取るメビウスの背に乗って、砲撃を見舞うものまでいた。
対空砲火を張り巡らす艦隊を相手にしても、四方八方にばらまかれる銃弾やミサイル、ビームの雨あられを掻い潜り、ジンの群れは驚くほど艦隊に肉薄して一つ一つの砲塔やミサイル発射口、艦橋を叩き潰している。
開戦初期は熟練の精兵達が揃い、巧みな指揮や操艦技術、MAと艦艇の連携によって、MSにも出血を強いていた連合軍であったが、いまやにわか仕込みの将兵が増えた事によって練度は著しく低下し、効果的な対空砲火を張り巡らすには至らない。
飛び交う砲火は近隣のコロニーにも着弾し、全長三十キロメートルにもなんなんという巨大なシリンダー状のコロニーのあちらこちらで爆発の煙が上がり、採光用の巨大なミラーも見るも無惨に砕けている。
コロニーの住人の多くはナチュラルではあったが、少なからずコーディネイターも存在している。
ならばザフトがL4のコロニー群を巻きこんでまで戦うのは、そこに住まう同胞たちをナチュラル達の理不尽な圧政から解放し、この宇宙に築く自分達の新天地に向かい入れるためか、と言えばそうではなかった。
壊れゆくコロニーやそこから脱出しようとするシャトルに対して、ザフトはこれまでの戦闘で救助の手を差し出すでもなく、コロニーに流れ弾が命中しようともなんら構わずに戦闘を続行している。
幾枚もの分厚い壁を隔てた向こうには人体にきわめて有害な放射線と真空の広がる宇宙では、人造の大地たるコロニーの存在は、そこに住まう人々にとっては地球に住まう人々にとっての地球以上に神聖なものであるだろう。
重力も空気も水もありとあらゆるものを自分達の手で作り出さねばならず、些細な事故があっという間に命を脅かす、きわめて苛酷な環境だ。
ましてやプラントの市民でもあるザフトの軍人たちは、彼らの同胞24万人超が住まう人造の大地を破壊された怒りと悲しみを知る筈だ。
それでも彼らは地球連合との戦火にL4のコロニー群を巻きこむ事を厭わずに戦いを繰り広げている。
無論、ザフトの諸兵全員がすべからくコロニーに被害が及ぶ事を看過しているわけではない。
中には軍人として上層部からの命令に逆らえず、歯を食いしばって止むなく従う者もいるだろう。いますぐにも救助の手を差し伸べて、かなうならコロニーの崩壊を食い止めたいと願っている者もいるだろう。
しかしながら結果を見ればザフトがコロニーに及ぶ被害を考慮する事はなかった、という他ない――無論、これは地球連合にも言える事ではあったが。
一ヶ月近くに及ぶ地球連合との交戦で、既にL4に存在するコロニー群は壊滅状態といっても過言ではないのだから。
地球連合の艦隊が軍事的な意味ではなく文字通りの全滅となった頃、湾口のみならずコロニーの中央を貫くシャフトに至るまで被害が及び、遂にはあるコロニーの一つが完全に崩壊した。
いまだその中に必死に逃げ惑う数万の人々を抱えたまま。
あるザフト兵は、その光景に核ミサイルで破壊されたユニウス7とそこに住んでいた知人の姿を思い浮かべて、思わず目を背けた。
またあるザフト兵は、コロニーに住んでいたナチュラルが無様に死んでゆく様に、歪んだ笑みを浮かべていた。
あるザフト兵は、同胞たるコーディネイターが住まうコロニーを自分達が破壊した事に対する果てのない自責と疑念に囚われていた。
またあるザフト兵は、ナチュラルがプラントの主張を受け入れてさえいれば、このような事態にはならずに済んだのだと責任を転嫁しようとしたが、それでも顔には苦渋の色が浮かんでいた。
そして瞬く間にコロニーと艦艇とMAと数機のMSの残骸によって、デブリの海となったL4宙域に、それは姿を現した。
最初に気づいたのは、後方に控えていたMS部隊の母艦群である。この時期、ザフト軍の有する宇宙用の戦闘艦艇は、180mほどのローラシア級と呼ばれる艦一種だ。
船体を大型化させ、船速を劇的に速めたナスカ級も存在するが、この場にその船影は見られない。
現在地球圏の戦場ではNJ影響下であるため、MSだけでなく艦艇に至るまで各種レーダーやセンサーの類は余すことなくお粗末なものだ。
艦橋に詰めていた女性オペレーターが、黒いザフトの軍服を纏う艦長に大型熱源の接近を告げようとした、その瞬間、はるか星空の彼方から放たれた高濃度圧縮粒子ビーム砲が、そのローラシア級の船体をぶち抜いて、艦橋スタッフを一人残らず蒸発させた。
ローラシア級がひと際巨大な宇宙の花火と化した時、戦艦の主砲でさえ可愛く見える粒子ビームを放った存在が、オレンジ色の粒子を星空の様に輝かせながら戦闘の終息したL4宙域の一角に、流星のごとく斬り込んだ。
自らを苛む脳量子波の悲鳴の源を絶つべく破壊衝動に任せて、機体を動かしたデカルト・シャーマンと、その乗機ガデラーザである。
友軍の突然の悲劇に、精神を弛緩させていたザフトの諸兵達は、一瞬で命を散らした仲間への驚きと悲哀の念を、すぐさまそれを行ったモノへの怒りに変えた。
生きて帰れる事の喜びと一時の勝利の余韻を共有する筈であった仲間に、理不尽な死を齎した存在を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
GNMA-Y0002V“ガデラーザ”。
本体の後部左右に三基の疑似太陽炉を直列に繋いだ直列型太陽炉を二基搭載、更に胴体部に予備となる太陽炉を一基搭載している。
赤と赤紫の二色で染められた機体は、異様に砲身と車体が巨大化した戦車を思わせるものだ。
その巨体、実に300m超。
地球連合軍の保有する最大の艦艇アガメムノン級戦闘空母に匹敵するほどである。
まずザフト部隊は太陽炉の発するGN粒子の特性である電波通信妨害によって、ただでさえNJ影響下で著しく性能を劣化させていたレーダー関係や、通信機能に追い打ちを受けて部隊間での通信網をほとんど寸断された。
拡大した映像の中で眩く輝く粒子を撒き散らして、空母並みの巨体でありながら信じられない速度で迫るガデラーザの姿に、言い知れぬ威圧感を覚えて少なからぬザフトの兵達が息を呑む。
戦艦というには余りにも速く、MAというには余りにも巨大であり、寡兵を持って数多の地球連合の軍勢を屠ったザフトの勇兵達をして、目を見張らずにはおれぬ特異極まりない存在であった。
デカルトは、先ほどまで聞こえていた脳量子波が尽く絶えた事を悟っていた。
イノベイターに変革し、感知能力を劇的に高めたデカルトに暴力的に押し寄せてきた悲鳴の消失。それは、悲鳴を発する存在の死を意味していた。
蝋燭の火が風に吹き消されてゆくように、あまりにも呆気なく、あっという間に命の火が、消えてゆく!
デカルトはイノベイターとしての規格外の知覚能力と直感力、そして眼前に広がる破壊と死の光景から、ここで何が行われていたのかを理屈よりも早く直感で理解する。
真ん中から折れて今も爆発の手を広げているコロニー、船体のあちこちが千切れ融解して巨大で無骨な墓標と化した戦艦群、原形を留めぬ無数の元は何かの兵器だったらしい残骸達。
言語にしがたき凄まじき苦痛の余韻と、男も女も幼いも老いも問わずに、一方的な死を与えられた人々が血涙を流しながら挙げる悲鳴が鼓膜の奥でいまも響いている。
理解しがたき現象に前兆も無しに放り込まれた事への混乱と、その混乱が静まる前に次々と押し寄せてきた無数の人々の死の瞬間の思惟。
いかにイノベイターとはいえ、平素の精神状態でいられるわけもない。デカルトは感情の水面が荒れ狂うがままに吠え猛り、視界に映る見慣れぬMSらしき兵器に、破壊衝動を一切抑制することなく叩きつける。
「貴様らぁ、武装もしていない民間人に何を!!」
二年間実験動物の様に扱われ、自らを大尉待遇のモルモットと自嘲するデカルトであったが、その根底にはいまだ市民を守る軍人としての良識がたしかに残っていた。
自らが盾となり剣となり、市民を守るというのは、軍人としてのいわば原始的な本能といっていい。
まっとうな精神状態でないからこそ、デカルトは二年間の鬱屈とした日々で覚えた冷笑と皮肉屋の仮面を剥ぎ取り、無抵抗の民間人に砲火を浴びせた目の前の連中に容赦をするつもりはなかった。
途絶えた数千、数万の民間人の脳量子波に変わり、先ほどから届くザフト軍人達の脳量子波から、おおよその思惟を感じ取り、デカルトは脳を疼かせる痛みを紛らわせるようにして叫ぶ。
「ナチュラルだの、コーディネイターだのわけのわからぬ事でこんな真似をするのか、貴様らは! 脳量子波同調――GNファング、射出をする!」
脳量子波による無線操縦兵器であるファングが、ガデラーザの機体下部に存在するファングコンテナからまず十四基が射出される。
この十基は親ファングと呼ばれる大型のもので、一基ずつに疑似太陽炉を搭載していて、下手なMSよりも大きいほど。
更にこの親ファングから子ファングと呼ばれる小型のファングが十基ずつ射出される。
左右のコンテナに六基ずつ大型ファングが、カタパルト内に一基、左右合わせて十四基の親ファングに、更にそれから十基の子ファングと、合計百五十四基にも及ぶ大量のファングがガデラーザの周囲を、城塞を守護する騎士のごとく布陣する。
これほど大量のファングを脳量子波と専用システムを介してとはいえ、正確無比に操るのは、元地球連邦の精鋭アロウズのMSパイロットしての素地に加えて、進化した人類たるイノベイターの能力を併せ持つデカルトならではの神業といっていい。
忠実なる僕たる無数のファングと共にザフトの部隊へと襲い掛かるガデラーザは、あるいは巨大な流星が星の海の中を飛翔するかのようにも見えた。
だがそれは、星空を飾る美しい光景では到底済まない破壊の権化とでも称すべき存在である。
「貴様らを破壊すれば、消えるか!? この痛みは!」
集中するようにして閉じた瞼を開いた時、デカルトの虹彩はイノベイターの証たる美しい金色に輝いていた。
叫びと共に脳量子波で放った号令に従い、親ファング、子ファング合わせて百五十四基が一斉にジンとローラシア級に襲い掛かる。
餓えたピラニアの大群が哀れな獲物を貪るのに似た光景が、見る間にL4宙域に広がってゆく。
それは先ほどまでMA部隊がジンを相手に強いられていた狩猟にも似た一方的な戦いの再現であった。
ガデラーザが保有する親ファングはメビウスと同じかそれ以上の大きさを誇るが、質量軽減、慣性制御機能のほか、推進機関としても機能するGN粒子を発する疑似太陽炉の搭載によって、有人機にはあり得ぬ鋭角な軌道を見せる。
親ファング、子ファングともにビーム刃を展開して縦横無尽に宇宙を駆け抜けて、オレンジの輝線を幾重にも描いて光の格子を漆黒の宇宙に描き上げる。
おおよそナチュラルと呼ばれる人種と比較した場合、身体能力に置いてあらゆる点で上回るコーディネイターといえども、初見となる無線操作兵器を相手に、しかも自分達よりもはるか数倍する数を前にしては、単なる烏合の衆へとなり下がった。
視界に映る高速物体に向けて、必死に照準を当てんと瞳を動かしセンサーを見つめ、あるいは互いの死角をカバーし合って連携によって対応しようとする。
「劣等種が。行け、ファング!!」
想定し得ぬ突然の襲撃を受けても即座に対応せんとするザフト兵を嘲笑うデカルトの脳量子波を受けて、ファングがその名のとおりについに牙を剥いた。
突出している機体は四方から子ファングが襲い掛かって四肢を切り落とし、首を落とし、胴を二つにし、機体を寄せ合って互いの死角をカバーし合う者達には、親ファング子ファングが一斉に放ったビームに装甲を貫かれて、大きく花弁を広げた炎の花束を咲かせる。
軌跡を目で追うのが精いっぱいのファングの迎撃を諦めた何機かのジンが、ファングに比べればはるかに巨大で的としやすいガデラーザへと銃口を向ける。
しかし、七基もの疑似太陽炉を搭載するガデラーザはその巨体である事を補って余りある機動性と速度を備え、ジンからのロックオンを次々と振りはらって行く。
デカルトは百五十四基のファングの操作と合わせて、ガデラーザの本体に収納してある四本のアームを展開し、その先端に供えられたMSが使うバズーカ並みの砲口を有する砲弾を、自機の周囲を取り巻くものたくさとしたジンへとばらまいてゆく。
さらに300m超――正確には302mという戦艦並みの巨体に収納されていた合計二百五十六発のGNミサイルも一斉に発射する。
後の補給のことなどまるで思慮にない、ガデラーザの保有する武装の大盤振る舞いである。
ガデラーザの本体後部から放出されているのと同じ色のGN粒子を噴出させながら、GNミサイルとGNバルカンのいずれもが、まるで吸い寄せられているかのようにジンへと命中してゆく。
目に見えぬ糸で繋がれているのか、それともジンのパイロット達が当りに向かっているのではないか、そんな錯覚に囚われても仕方のない光景であった。
砂の城を白波が浚って行く様にして、デカルトの敵意に晒されたザフトの兵士達は戦闘開始からものの数分と経たずに、命を散華させてゆく。
自分達の死を意識する間もなく死の淵へ落ち行くザフト兵達の姿を見て、デカルトは胸の中に蟠っていた鬱積と嚇怒の雲が、わずかに晴れるのを感じる。
だが、まだだ。まだ足りない。
まだ脳裏にまとわりつく不愉快な感覚と痛みは消えていない。
ファングに切り裂かれ、GNバルカンに吹き飛ばされ、GNミサイルに爆砕され、もはや片手の指で数えられるまでに数を減らしたジンを無視して、デカルトは後方に布陣している複数のローラシア級へと敵意の牙を向ける。
最高速度を維持したまま鋭角にガデラーザの機首を旋回させ、デカルトは機体前面にローラシア級を捕捉する。
和らぎはしたもののいまだ脳髄の奥深くで疼く痛みに眉間に深い皺を刻みながら、デカルトは指を動かして操縦桿に在るキーを操作し、ファングコンテナの間にスライドしていたGNブラスターの、ガデラーザの三分の二近い長大な砲身が上下に展開して、底なしの奈落の様な砲口を覗かせる。
固定武装ゆえに機体前面にしか射界を得られぬが、直列型太陽炉二基と太陽炉一基が齎す莫大なエネルギーは、戦艦でさえも容易く破壊する大出力を誇る。
自分達をはるかに上回る巨躯を誇るガデラーザが、特徴的な長大な砲身を展開させている事の脅威を感じ取ってか、複数のローラシア級の船体から放たれる対空砲火の焦点がガデラーザに合わせられる。
しかし、デカルトの唇には嘲りの弦月がはっきりと浮かび上がっていた。
「GNブラスター、発射をする。沈め!」
デカルトの指が発射スイッチを押しこみ、圧縮され蓄えられたGN粒子が、鎖から解き放たれた餓えた野獣の獰猛さでガデラーザの砲口からローラシア級へと襲い掛かる。
光の槍というには余りにも巨大な光柱がローラシア級の船体を斜めに貫き、船体を横断してもなおその勢いは衰えることなく、二隻目のローラシア級もGN粒子の餌食となる。
デカルトは残酷な光を赤い瞳に宿し、ぺろりと唇を舐めた。確実に捉えられる獲物を前にした肉食獣の凶暴な笑みであった。
MSを殲滅し終えたファングと二射目の準備に入ったGNブラスターを前に、残るローラシア級達は自分達を守る騎士を失い、城門を開いた砦の様に無力な存在でしかなかった。
戦闘開始から五分を待たずしてザフトの艦隊とMS部隊を尽く星間物質に還元してから、ようやくデカルトは体に満たしていた緊張をほぐして、シートに体を預ける。
ハンマーで鉄板を乱打しているかのような痛みは、まだデカルトの精神と神経を苛んでいるが、いささかなりとも鬱積は晴らす事が出来た。
無遠慮に影響を及ぼしてくる脳量子波が一切合切消失したことで、ようやくデカルトは精神に弛緩することを許せた。
エルスの出現以来、常に数千匹の蚊や羽虫に纏わりつかれている様に、デカルトを苛んでいた不愉快で常軌を逸した痛みからも解放されて、デカルトの精神は張り詰めていた緊張の糸を一本残らず緩めてしまう。
疲弊しきっていた精神は、デカルトが気づかぬうちに暗黒の淵へと落ちて行き、抗う間もなく睡魔の手でデカルトの意識を絡め取った。
だから、デカルトは気づく事はなかった。
デカルトが生まれ育った地球では、24世紀初頭時点で人口が六十億ほどであるため、宇宙移民の為のコロニー開発がさほど進んでおらず、周囲の破壊される前のコロニー群ほどの完成された物はほとんど存在していなかった事を。
交戦した非太陽炉搭載機が、地球連邦の全身であった地球の三大国家群のいずこにも属さぬ陣営のものであった事を。
味方を失い孤立無援となった状態で、エルスを相手に奮戦していた自分がいるこの世界が、そもそも自分の属していた世界とは根本的に違うものであった事を。
そして、いまだはるか遠方ではあったが、このL4宙域を目指して地球連合の艦隊が向かっている事を。
後にザフトのMSと地球連合の太陽炉搭載機との死闘が繰り広げられる原因となる男と機体は、いまはただようやく許された安らぎに身を委ねていた。
おしまい
スパロボかGジェネで出演したら友軍として使えるといいな、あと生存フラグが立ちます様にと祈りつつ。お目汚し失礼しました。
ご指摘いただいたGNブラスター他、誤字脱字修正しました。
リボンズとデカルトの続きならどちらがよいでしょうか?