そもそも、日米を含む現在の各国は「失業」に悩んでいるのである。特に、アメリカの場合は顕著だ。
各国の雇用環境が悪化している以上、比較優位とは無関係に、各国とも「すべての財・サービスを自国で生産したい」という欲求に駆られて当然だ。何しろ、他国から製品やサービスを輸入するということは、「自国では生産しない」ということになる。輸入する製品を自国で生産すれば、質や価格ともかく「雇用」は確保できる。逆に、自国で生産せずに輸入する場合は、あくまで「他国の雇用」が創出されるだけ、自国の雇用はほとんど増えない。
というわけで、オバマ大統領が一般教書演説において20回以上も「雇用(Job)」という言葉を使った以上、アメリカが「日本の雇用を奪う」ことを狙っているのは確実だ。
と言うよりも、オバマ大統領自身が一般教書演説において、
「私が署名する貿易協定は、米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限るだろう」
と明言しているわけだから、何をか言わんやである。
アメリカは自らの戦略目標について、別に隠しているわけではない。大統領自ら、堂々と「雇用を拡大するために、他国と貿易協定を結ぶ」と宣言しているわけだ。
必ず「別のどこかの国」で雇用環境が悪化する
そして、アメリカが「貿易協定」により雇用を拡大したとき、必ず「別のどこかの国」において、雇用環境が悪化することになる。
日本人は、今ひとつ「輸出」や「輸入」の意味を理解していないように思えるが、日本が輸出を拡大した場合、輸入した側の国では雇用と「現実の需要」(GDP)が奪い取られることになる。輸入はGDPにおける控除項目であり、加算項目ではない。
すなわち、アメリカが日本への輸出を拡大し、自国の雇用を改善したとき、我が国の雇用環境は必ず打撃を受ける。
逆に、日本などが対米輸出を拡大すると、今度はアメリカの雇用が悪化することになる。2007年まで不動産バブルで内需を拡大させていたアメリカは、各国の対米輸出が膨張しても、雇用環境を一定水準で維持することができていた。すなわち、外国からの輸入で自国の雇用が奪われても、内需による雇用創出でカバーすることができていたわけである。
しかし、もはやその時代は終わった。
そもそも、国民経済の目的とは何だろうか。国民経済の目的とは「国民」の所得を高め、同時に国富を蓄積し、国民全体を「富ませる」ことである。
自由貿易にせよ、TPPにせよ、国民経済全体を成長させ、国民を富ませるのに有益であるならば、率先して行われるべきだ。何しろ、自由貿易が参加国全体の生産性を高め、消費量可能な財やサービスが増えるのは、間違いない事実だからだ。
しかし、自由貿易による生産性向上や消費可能「量」の拡大が、失業率上昇や実質賃金の低下といった、社会的な「痛み」を伴う状況であっても、我々は自由貿易を喜んで受け入れなければならないのだろうか。そんなはずはない。
現在の日本は、深刻なデフレに悩んでいる。そして「過激な日米FTA」であるTPPは、日本の雇用環境や給与水準を間違いなく悪化させ、デフレをさらに深刻化させる。そうであっても、日本は自由貿易やTPPを喜んで受け入れなければならないのだろうか。
繰り返しになるが、そんなはずがないのだ。