「三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」」

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

2011年2月28日(月)

何度でも言う、TPPは「インフレ対策」です

自由貿易が「何を目的にしているか」もう1度振り返る

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 そもそも、日米を含む現在の各国は「失業」に悩んでいるのである。特に、アメリカの場合は顕著だ。

 各国の雇用環境が悪化している以上、比較優位とは無関係に、各国とも「すべての財・サービスを自国で生産したい」という欲求に駆られて当然だ。何しろ、他国から製品やサービスを輸入するということは、「自国では生産しない」ということになる。輸入する製品を自国で生産すれば、質や価格ともかく「雇用」は確保できる。逆に、自国で生産せずに輸入する場合は、あくまで「他国の雇用」が創出されるだけ、自国の雇用はほとんど増えない。

 というわけで、オバマ大統領が一般教書演説において20回以上も「雇用(Job)」という言葉を使った以上、アメリカが「日本の雇用を奪う」ことを狙っているのは確実だ。

 と言うよりも、オバマ大統領自身が一般教書演説において、
「私が署名する貿易協定は、米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限るだろう」
と明言しているわけだから、何をか言わんやである。

 アメリカは自らの戦略目標について、別に隠しているわけではない。大統領自ら、堂々と「雇用を拡大するために、他国と貿易協定を結ぶ」と宣言しているわけだ。

必ず「別のどこかの国」で雇用環境が悪化する

 そして、アメリカが「貿易協定」により雇用を拡大したとき、必ず「別のどこかの国」において、雇用環境が悪化することになる。

 日本人は、今ひとつ「輸出」や「輸入」の意味を理解していないように思えるが、日本が輸出を拡大した場合、輸入した側の国では雇用と「現実の需要」(GDP)が奪い取られることになる。輸入はGDPにおける控除項目であり、加算項目ではない。

 すなわち、アメリカが日本への輸出を拡大し、自国の雇用を改善したとき、我が国の雇用環境は必ず打撃を受ける。

 逆に、日本などが対米輸出を拡大すると、今度はアメリカの雇用が悪化することになる。2007年まで不動産バブルで内需を拡大させていたアメリカは、各国の対米輸出が膨張しても、雇用環境を一定水準で維持することができていた。すなわち、外国からの輸入で自国の雇用が奪われても、内需による雇用創出でカバーすることができていたわけである。

 しかし、もはやその時代は終わった。

 そもそも、国民経済の目的とは何だろうか。国民経済の目的とは「国民」の所得を高め、同時に国富を蓄積し、国民全体を「富ませる」ことである。

 自由貿易にせよ、TPPにせよ、国民経済全体を成長させ、国民を富ませるのに有益であるならば、率先して行われるべきだ。何しろ、自由貿易が参加国全体の生産性を高め、消費量可能な財やサービスが増えるのは、間違いない事実だからだ。

 しかし、自由貿易による生産性向上や消費可能「量」の拡大が、失業率上昇や実質賃金の低下といった、社会的な「痛み」を伴う状況であっても、我々は自由貿易を喜んで受け入れなければならないのだろうか。そんなはずはない。

 現在の日本は、深刻なデフレに悩んでいる。そして「過激な日米FTA」であるTPPは、日本の雇用環境や給与水準を間違いなく悪化させ、デフレをさらに深刻化させる。そうであっても、日本は自由貿易やTPPを喜んで受け入れなければならないのだろうか。

 繰り返しになるが、そんなはずがないのだ。




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著者プロフィール

三橋 貴明(みつはし・たかあき)

作家、経済評論家、中小企業診断士
1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。外資系IT企業ノーテルをはじめNEC、日本IBMなどを経て2008年に中小企業診断士として独立、三橋貴明診断士事務所を設立した。現在は、経済評論家、作家としても活躍中。2007年、インターネット上の公表データから韓国経済の実態を分析し、内容をまとめた『本当はヤバい!韓国経済』(彩図社)がベストセラーとなり、経済評論家として論壇デビューを果たした。その後も意欲的に新著を発表。そのほとんどがベストセラーになっている。また、インターネットでカリスマ的な人気を誇り、当人のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」の1日のアクセスユーザー数は4万5000人を超え、推定ユーザ数は12万人に達している。2010年参議院選挙の全国比例区に自由民主党公認で立候補したが落選した。『デフレ時代の富国論(ビジネス社)』『中国がなくても、日本経済はまったく心配ない!(ワック)』『今、世界経済で何が起こっているのか?(彩図社)』など、著書多数。


このコラムについて

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

 「平成の開国!」などと、イメージ優先で進むTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。マスコミではTPPがあたかも「日本の国民経済全体のために素晴らしいこと」といった報道がなされ、「農業だけが問題」と議論が矮小化されている。しかし、TPPは単なる農業の輸入問題ではない。日本社会のあり方や「国の形」を変える可能性を持ち、かつ日本のデフレを深刻化させる恐るべし政策なのだ。そもそもTPPにせよ、自由貿易にせよ、その本質はインフレ対策である。TPP、緊縮財政など、デフレ期にインフレ対策ばかりを推進する民主党政権により、日本経済は更なるデフレ不況の谷底へと、叩き落とされるのか?

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