「三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」」

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

2011年2月28日(月)

何度でも言う、TPPは「インフレ対策」です

自由貿易が「何を目的にしているか」もう1度振り返る

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 リカードの比較優位論は、各国が「比較優位(絶対優位ではない)」にある製品の生産に特化し、互いに輸出しあうことで、全体的に多くの財やサービスを消費できることを説明している。リカードの比較優位論が成立するには、幾つもの条件があるが、このロジック自体は正しい。各国が生産に際し機会費用が少ない製品、すなわち比較優位な製品の生産に注力し、余剰生産物を輸出し合うことで、消費量を増やすことができる。

 逆に、関税などで自由な貿易を制限すると、全体的な消費量が減ってしまうわけだ。各国の「比較優位な製品生産への特化」と、「自由な貿易」が実現できたとき、全体の供給能力が高まり、消費可能な財やサービスが最大化されるという考え方である。

 というわけで、リカードの比較優位論にしても、自由貿易にしても、「参加者全体の供給能力を高める」ことこそを目的としているのである。国内の供給能力が不十分で、国民が充分な消費が行えず、物価が継続的に上昇している国々にとっては、自由貿易は極めて適切なソリューションである。

 物価が継続的に上昇している国とは、すなわちインフレに悩んでいる国というわけだ。自由貿易は参加国全体の生産性を向上させることができるため、インフレ期にはまことに適切なソリューションだ。

 ところで、現在の日本は、果たしてインフレに悩んでいるのだろうか。

日本に必要なのは需要であり、供給能力ではない

 現在の日本はインフレ(物不足、供給能力の不足)ではなく、デフレ(モノ余り、供給能力の過剰)に悩んでいる。現在の日本に必要なのは需要であり、供給能力ではない。

 TPPという「過激な日米FTA」により、アメリカ産農産物が入ってくると、日本国内の農産品の価格水準は、間違いなく下がってしまう。消費者は、
「安い農産物が買えて、嬉しい!」
と喜ぶかも知れないが、農産業従事者の方はたまらない。何しろ、生産性が極端に違うアメリカ産農産品と、関税という防壁なしで真っ向から競争しなければならないのだ。結果的に、アメリカ製品との競合に耐え切れなくなった農家は、廃業していくことになるだろう。

 農家が廃業し、所得獲得手段を失うと、民間企業のリストラクチャリング同様の効果が生じる。すなわち、失業者の増加による個人消費(GDP上の民間最終消費支出。図4-1参照)の縮小だ。そして、日本国内の個人消費が縮小すると、図4-1の「現実の需要(赤色部)」がさらに縮んでしまい、デフレギャップが拡大してしまう。すなわち、デフレが悪化するというわけだ。

 当初は「安い農産物が買えて嬉しい」と考えていた消費者も、デフレ深刻化の影響で、最終的には自らも損をする。それは、消費者が働く企業の経営悪化による、給与削減という形をとるかもしれないし、あるいは自身の失業かも知れない。何しろ、農家が廃業して労働者の供給が増えていけば、必然的に失業率は上昇し、日本国民全体の実質賃金は低下してしまう。

 前回(第3回)冒頭にも書いたように、国民経済とは「つながっている」のである。特に、デフレが深刻化している国において、「他者に損を押し付ける」行為は、巡り巡って自らの損失までをも拡大させてしまう。

 消費者が「安い農産物を買える」ということは、その分だけ「誰かが損をしている」ということになる。上記のケースでは、損をしているのはもちろん農業関係者だ。

「サービス(金融)」と「投資」を加えたアメリカ

 断っておくが、筆者が現時点でTPPに反対しているのは、単にそれが日本のデフレを悪化させるためである。TPPにより関係国全体の「消費量=生産量」が増えたところで、日本にとっては供給能力(図4-1の青色部)が「無用に」高まってしまうだけの話だ。しかも、TPPで安い農産物が海外から輸入されたとき、農業従事者の所得低下を通じて、日本の現実の需要(赤色部)をも押し下げてしまう。すなわち、デフレギャップの拡大だ。

 そして、恐らくこれが最大の問題だと思うが、TPPにより海外の企業との競合が激化するのは、別に農産物には限らないのである。何しろ、TPPで設置された作業部会は、現時点で24もあるのだ。農産物は、24ある作業部会の1つに過ぎない。

 ちなみに、TPPの作業部会は、当初は22だったのだが、そこにアメリカが2つほど追加してきた。すなわち「サービス(金融)」と「投資」である。

 TPPで自由化が目指される「農産物」以外の製品やサービスには、果たしてどのようなものがあるのだろうか。本連載でも取り上げていく予定だが、もしかしたら読者が勤めている企業の製品、もしくはサービスも含まれているかも知れない。

 それでも読者は、TPPで外国産農産物が入ってきたとき、
「安い農産物が買えて、嬉しい!」
などと、素直に喜べるだろうか。





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著者プロフィール

三橋 貴明(みつはし・たかあき)

作家、経済評論家、中小企業診断士
1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。外資系IT企業ノーテルをはじめNEC、日本IBMなどを経て2008年に中小企業診断士として独立、三橋貴明診断士事務所を設立した。現在は、経済評論家、作家としても活躍中。2007年、インターネット上の公表データから韓国経済の実態を分析し、内容をまとめた『本当はヤバい!韓国経済』(彩図社)がベストセラーとなり、経済評論家として論壇デビューを果たした。その後も意欲的に新著を発表。そのほとんどがベストセラーになっている。また、インターネットでカリスマ的な人気を誇り、当人のブログ「新世紀のビッグブラザーへ」の1日のアクセスユーザー数は4万5000人を超え、推定ユーザ数は12万人に達している。2010年参議院選挙の全国比例区に自由民主党公認で立候補したが落選した。『デフレ時代の富国論(ビジネス社)』『中国がなくても、日本経済はまったく心配ない!(ワック)』『今、世界経済で何が起こっているのか?(彩図社)』など、著書多数。


このコラムについて

三橋貴明のTPP亡国論――暴走する「尊農開国」

 「平成の開国!」などと、イメージ優先で進むTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。マスコミではTPPがあたかも「日本の国民経済全体のために素晴らしいこと」といった報道がなされ、「農業だけが問題」と議論が矮小化されている。しかし、TPPは単なる農業の輸入問題ではない。日本社会のあり方や「国の形」を変える可能性を持ち、かつ日本のデフレを深刻化させる恐るべし政策なのだ。そもそもTPPにせよ、自由貿易にせよ、その本質はインフレ対策である。TPP、緊縮財政など、デフレ期にインフレ対策ばかりを推進する民主党政権により、日本経済は更なるデフレ不況の谷底へと、叩き落とされるのか?

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