実戦で磨かれる宮市、課題を残すもまばゆい光を放つ
真剣勝負の中で積む最高の経験
■徐々にCKの精度を上げて2点目に絡む
試合前日、監督から選手にスタメンが言い渡される。戦術ボードには各選手の名前が散らばり、“……”のように動きが指示される。しかしRyo Miyaichiには“↑”のみ。縦にどーんと行って来い! これがマリオ・ベーン監督の宮市への指示なのだ。
フェイエノールトがアーセナルから手に入れたこの飛び道具。セオリー無視の自陣からのドリブルでボールを失い、チームが一気にピンチに陥ることもあるが、80メートルの距離を一気に駆け上がるビッグプレーを見せることがある。20日、京セラ・スタディオンで行われたADO対フェイエノールトで、宮市亮は3戦連続となるフル出場を果たしたが、そのスケールの大きさを見せた反面、チームの2失点の遠因ともなってしまった。試合は2−2で引き分けた。
ついこの間まで高校選手権を戦っていた宮市に対し、ベーン監督は徹底したOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を課している。もちろん宮市はチームの戦力に十分なっていることもあるが、「若いタレントは試合に使ってこそ成長する」というフィロソフィーがオランダサッカー界に浸透しているのも宮市にとっては大きい。
18〜21歳ぐらいの選手はともかく毎週試合をこなさないと成長しない。オランダ人の指導者は、この年代の選手起用をためらわないし、どうしてもトップチームの試合に出場できない時はリザーブリーグ出場(これがオランダは充実している)、レンタル移籍といった手段が積極的にとられる。仮に宮市がフェイエノールトのトップチームで出場機会がなかったとしても、実戦の場が十分与えられていたのは間違いない。
しかし、やはりトップリーグでの公式戦こそ最高の経験の場だ。ADO戦で宮市はCKのキッカーを任された。マイナス気味に蹴った1本目はスライスがかかって、フリーのワイナルドゥムに合わなかった。幸い、このボールはデ・クレアーに届き、ミドルシュートで終わった。2本目は大きくゴールラインを割った。しかし3本目、ようやくGKの鼻先を狙うようなキックが入る。4本目のCKはファーサイドのフラールの頭に合い、この折り返しからカスタイニョスがオーバーヘッドでゴールを決めた。
このように宮市は真剣勝負の中で徐々にCKの精度を上げていき、チームの2点目に絡んだのだった。この感覚は、どんな練習よりも実になるだろう。
忘れてならないのはこの4本のCK獲得に、多かれ少なかれ宮市のプレーが絡んでいたこと。左サイドに張りっぱなしのポジショニングを取っているだけに、プレー機会は少ないものの、13分のカットインシュートのように相手の脅威になっている。この日の前半は、ADOが中盤を制圧していただけに、フェイエノールトにとっては中盤を省略して宮市のような飛び道具で一気にボールを前に運べたことは大きかった。
ここまで不振のフェイエノールトだが、宮市の加入でポジティブな雰囲気も生まれている。特に右サイドアタッカーのビーセスワールの復調は大きい。ヘラクレス戦直前の戦術練習では対面のマークをおろそかにし、DFフラールから叱責(しっせき)を浴びていたビーセスワールだが、そのヘラクレス戦ではハードワークから宮市のゴールをアシスト。さらに美しいゴールも自ら決めた。ADO戦でも気持ちの入ったプレーで、今季前半戦の不振がうそのようなよみがえりぶりだ。
「リオ(宮市)に対して相手のマークがしっかりつく。すると僕へのマークも分散する。以前は、僕に対して1対2のシチュエーションが多かったが、リオのおかげで今は1対1のシチュエーションになっている。おかげで僕も力を発揮しやすくなった」とビーセスワールは宮市効果を語っている。
■やってはいけないボールロストも多いが……
しかし、フィテッセ戦でも多々見られたことだが、宮市はやってはいけないボールロストも多い。もちろん敵陣で相手に対してチャレンジし、ボールを失うことはまったく問題ないのだが、1失点目はハーフウエーラインを越えたあたりで横パスをミス、2失点目は自陣でボールをキープしたものの、マーカーのDFアミに体を当てられ失い、共にADOのカウンターを許した。ウィーレムというサッカーを見る目では定評のある記者が会見で「宮市のボールロストが続いて失点につながっていた。早く代えるべきではなかったか?」とベーン監督に質問した。
これに対しベーン監督は、「まずは落ち着いて振り返らないといけない」と前置きし、「ハーフタイムにMFメーウウィスがハムストリング、FWカスタイニョスが足首を痛めたと告げてきたので、この2人の交代に気を使わないといけなかった。終盤守備を固めるため(MFワイナルドゥムに代え)、フェルを入れた。これしか交代の選択がなかった」と説明した。
こうして消去法でピッチに残った宮市だが、2−2にされてからがすごかった。88分、左サイドからドリブルで仕掛けてからビーセスワールにパス。さらに前へ走ろうとしたところで、アミが宮市の顔面にエルボーを食らわしノックダウン。ちょうどフェイエノールトのベンチ前ということもあり、控え選手が身を乗り出し、さらにはビーセスワールがアミに詰め寄り、両チーム入り乱れて騒然とした。
ロスタイム5分にも自陣から80メートル近くありそうな長距離を一気にドリブルで運び、敵陣深いところでFKを奪った。先のウィーレム記者はベーン監督に「せっかく(アーセナル所有の選手が)オランダでプレーしているんだから、審判がファウルから選手を守らないと」と質問を続けた。
「確かにリオは相手にとって危険のある選手で、オランダのファンを楽しませてくれる。レフェリーはそんな選手を守らないといけないが、レフェリーも自分で見たことで判断しないといけない。わたしの口からは微妙なことで言えないが、あなたが質問の中で答えているだろう」
サイドチェンジをミスパスしたかと思うと、絶妙のラストパスをワイナルドゥムに通しあわや1点の場面を作り、スタミナが切れてピッチの上から消えたかと思うと、試合終了間際に爆発的な長距離ドリブルを見せる宮市。ポジショニングなど、まだまだ多くの課題も残すが、その原石は実戦の舞台でまばゆい光を放ち続けている。
<了>
・初ゴールの宮市「自分の得点で勝てたのはうれしい」 (2011/2/13)
・フェイエノールトに再び希望を与えた宮市 (2011/2/7)
・宮市亮プロフィール・経歴 (2011/2/21)
中田徹1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。メキシコW杯を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。2002年、06年、10年ワールドカップ、ユーロ2004、08をはじめ、オランダリーグのコラムなどをリポートしている |
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