2011年2月28日11時1分
コーヒーを飲むほどの短い時間に1冊の本が印刷できるという「エスプレッソ・ブック・マシン」が日本で初めて東京・神田神保町にある三省堂書店に登場し、2カ月がたった。しかし、印刷できる日本語の本が少なく、刷られた本はまだ400冊余りと伸び悩んでいる。
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「エスプレッソ・ブック・マシン」は米国のオンデマンドブックス社が開発した小型の印刷・製本機。2006年以降、米国など世界9カ国、約40カ所に広がった。リストから欲しい本を選ぶと5〜10分でソフトカバーの本が刷りあがる。値段は書籍データの提供元によって違うが、講談社の本の場合はページ数で決まり、B6判、200ページで1千円程度だ。印刷できる本は300万タイトル以上ある。しかし、インターネット検索大手のグーグルなどがデータを提供している海外の書籍がほとんどで、著作権がないものや専門的内容の本が中心という。
■現在約150タイトル
それに対して、日本語の本は現在、2社1団体がデータを提供している小説や実用書など約150タイトルしかない。内訳は、講談社が品切れの作品を中心に『ニューヨークの日本人』など約140タイトル、『超訳 ニーチェの言葉』を出版したディスカヴァー・トゥエンティワンの『ダイジェスト版 超訳 ニーチェの言葉』など3タイトル、大活字文化普及協会が提供する大きい文字の『かげろう忍法帖(ちょう)』など10タイトル。
このため、訪れた人たちからは「ほしい本がない」という声や、「書店で売り切れている本を印刷したい」という要望も出ている。
紙の本を分解・スキャンして電子書籍を作る「自炊」が人気だが、逆に手にとって本を読みたいという人には、ブックマシンは便利だ。しかし印刷には結局電子データが必要になる。グーグルが提供する洋書も、元は電子書籍用に作られたデータ。しかもそのデータがそのまま使えるとは限らない。
そのため、刷れる本が大幅に増えることは、すぐにはなさそうだ。講談社や普及協会が提供しているタイトルは、ブックマシンの登場前から注文に応じて1冊から本を印刷するために用意していたデータ。電子書籍が増えてはいるが、こうした印刷用のデータを持っている出版社は少ない。
■コスト高く各社慎重
マシンで本を刷るには、データを提供する出版社側が著者に本や電子書籍とは別の許可を得たうえで、マシン用の電子データを作る必要がある。著者への印税を除いても、文章の校正やレイアウトには1タイトル当たり数千〜数十万円かかるとされる。
ある出版社は「電子書籍化もまだ1%程度しか進んでいない中、(ブックマシンで)何冊刷られるのかわからないのに、積極的にお金や手間はかけられない」。参入を検討している岩波書店も「今は品切れの本でも、将来需要があれば刷るときが来るかもしれない」と提供する本を選ぶのに慎重だ。
09年9月にブックマシンを導入した米ケンブリッジのハーバード・ブックストアでは、月1200〜1500冊が製本されている。同店によると、9割は自費出版や地元を中心に活躍する作家たちの本だ。決まった形式のコンピューターファイルにして書店に持ち込めば、店頭で著作権の侵害がないかを軽くチェックし、自分が著作権を持っているという文書に署名すれば、すぐに印刷できる。印刷費のほかに手数料は10〜70ドル。
一方、三省堂で自分の本を刷るには、自費出版を手がける同社の子会社を通さなければならない。同社では、持ち込まれた本に著作権の侵害がないかどうかをチェックし、レイアウトを含めて電子データ化。印刷費とは別に1ページ当たり600円程度かかる。今後、店頭でも手続きができるように準備をしている。
「すべての本を本屋で買えるようにする」が目標という三省堂の児玉好史企画室長は「将来的には、在庫がない本でもすぐ店頭で刷れるようにしたい」と語った。
三省堂のブックマシンで印刷できる日本語の本のタイトルと値段などは、同社のホームページ(http://www.books-sanseido.co.jp/)で紹介している。(高重治香)