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[15221] 【ネタ】多分続かない一話だけの短編集 地球人だけど宇宙人を歓迎する 後編 投稿
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:6a2012dc
Date: 2011/02/27 11:01
思いついたネタをプロットもなく書きなぐった短編集です。
更新停止の話多数。
作者のネタ帳のようなものだと思って下さい。




平成22年
7月20日 魔王のこうせき(異世界→現実)をオリジナル版に移動
7月20日 霊能者達の昼下がり(幽遊白書HxHクロス)をHxH版に移動
7月20日 ニートが神になりました(現実→異世界→マブラブ→ブレイクブレイド)をその他版に移動
7月22日 不良が泰麒になりました(現実→十二国記)をその他版に移動
8月26日 そのゲーム、魔法よりもファンタジック(ハリーポッター、SAOクロス)をその他版に移動
8月28日 劉台輔は暗殺者(烈火の炎、十二国記クロス)をその他版に移動
10月5日 ロボットに命じただけだ(ツインシグナルクエーサーTS転生物)をその他版に移動
10月9日 素手で守れと奴が言うから(異世界→多重クロス)をJIEITAIは今日も頑張ってますに改題してその他版に移動。
11月21日 短気な薬師(アンケートお礼 数話で終わるオリジナル)をオリジナル板に移動。
平成23年
2月12日 リリカル戦術機をマブラヴ板に移動



[15221] クイーンビー(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/08 19:43

 キメラアントとレベルEから思いつきました。
 只管子作りしているだけの話です。





 成人の儀を終えた日、私、ルビー・サルア・トリート・クイーンビーは惑星ファンに降り立った。目的は新たに発見された惑星ファンの遺伝子を持ち帰ることだ。既に私の兄弟が惑星ファンに降り立って諜報活動をしている。私は女王蜂の誇りにかけて、種をマザープラネットへと持ち帰って見せると決意した。
 そして、兄弟達の伝を頼って惑星ファンの誰の物でもない大きな島の自然の花畑に屋敷を構えることに成功した。しかし、お母様が手助けしてくれるのはここまでだ。ここからは、私が何とかせねばならない。姉妹達を引き連れ、私は屋敷に降り立った。
 そしてまずは花畑を管理するミツバチ達を生む。ミツバチを産むのに精はいらない。
 移住作業も一段落し、私は姉妹とお茶をする事にした。

「ルビー様、ローヤルゼリーをどうぞ」

「ええ、ありがとう」

 私の父は、この星に生まれた男だ。お母様が適当に一人浚って子をなした。それゆえ、私はクイーンビーの中でも位が低い。その代わり、スムーズにこの星で暮らせることが出来た。そんな私でも、女王蜂は女王蜂。姉さん達より地位は高い。それゆえ、様付けで呼ばれていた。
 香りのいいローヤルゼリーを呑み、ふう、と息を吐く。働きづめだったから、ありがたい。

「最初の子はどうしようかしら」

「雄が働く習慣のようですし、最初の子は強い雄蜂を目指したほうがいいかと。我らはたった10名。働き蜂の補充も必要です」

 マザープラネットでは普通、ヒューマンビー族はあまり雄蜂を産まず、他の種族から男を調達する。そして、血を交換する儀式や今回のような任務に限って産み落とされ、先行して情報を集めてきてくれる。生活を雄蜂に任せるのは不安だが、そういう習慣がある事は心得ている。私はこの星で一生を過ごす事が決定付けられているので、溶け込むにはそうするしかないだろう。ちなみに、送る為の女王蜂や雄蜂は後で生む。ヒューマンビー族は、今まで得てきた精子や自分の卵子の遺伝子を自在に合成して子を産む事ができるからだ。ただし、これには問題もある。生命の可能性の揺らぎが無くなってしまいがちなのだ。だから、他種族の血を得る事でヒューマンビー族は揺らぎを得てきた。
 まずは合成した最高の雄蜂と女王蜂を送り、その後リクエストのあった雄蜂を送ることになるだろう。

「わかったわ。どちらにしても、早急に雄が必要ね。では、早速雄を探しにいきましょう」

 姿を完全にこの国の者に偽装し、姉妹の半数に留守を任せ、私は姉妹たちと旅立った。
 この時代の技術力で作られた船に外見を偽装した自動航行船に乗り、触覚の感覚だけを頼りに先へ進む。予想通りというか、あらゆる種族が混在する事で目星をつけていた大陸に触角が反応する。
 一ヶ月ほどで、大きな港町が見えてきた。

「わあ……」

 私は思わず声を上げる。知識として知ってはいたが、様々な種族がそこにあった。
 まるでマザープラネットのヒューマンビー族のようだ。
 この遺伝子を取り込めば、ヒューマンビー族は更なる多様性を得るだろう。
 
「いい船だな。お嬢ちゃん達、エルシャンテ国は初めてかい?」

 港で船の管理をしているらしい魚頭の男が言う。

「ええ、そうなの。これ、料金よ。そうね。とりあえず一年ほど船を預かってもらえるかしら」

 笑顔で言うと、魚顔の男は少し驚いた顔をした後、破願した。

「お安い御用さ。楽しんでくれ!」

「ありがとう」

 私達は船を預けると、首都の方に向かった。首都のエルラシアンは港町エルトのすぐ傍にある。エルラシアンに向かうと、私はある店に引き寄せられていた。

「冒険者、ギルド……?」

「荒事専門の何でも屋です。主な仕事は魔物という、殺すと小さな鉱石に変わる生物を退治する事です。他にも鉱石をお金と変えてくれるとか」

「なるほど」

 私はそこに足を踏み入れた。途端にあちこちから視線を向けられる。しかし、私にはそんな事、どうでも良かった。その人を見た途端、髪に偽装した触覚がピンと立ち、全てがどうでも良くなった。その人の前に、足を進める。

「俺に何か、用か?」

 狼の顔の、ガタイのいい人だった。青い硬そうな毛皮で、大きな剣を背負い、皮鎧を身に着けている。

「貴方は料金によっては何でもするのですか?」

「そうだが、依頼か?」

「おいおいお嬢さん、依頼は俺を通してもらわなきゃ困るぜ」

 バーの男が言うが、私はかまわない。

「私への種付け代はおいくらになりますか?」

 ぶふぅっ

 店の大半の男達が飲み物を吹く。

「おいおい、大胆だなお嬢さん。そいつはギルド一の腕利きだが、見てのとおり獣人だぜ」

「貴方でなければ駄目なのです」

 そして私は唇を奪う。獣人は、慌てて私を突き飛ばした。

「ななななな、なんなんだお前!?」

 獣人は唇をごしごしと拭きながら言う。

「ルビー・サルア・トリート・クイーンビー。貴方の子の母になる女です」

 おおお、と酒場がざわめく。

「俺は今日会った女と結婚するつもりは無い!」

「我が一族は結婚などしません。ただ男から子種と名をもらうのみです。ご迷惑はおかけしません。なにとぞ、一夜限りのお情けを……」

「ルビー様! あなた、ルビー様がここまで仰っているのよ。依頼を受けたらどうなの」

「俺は男娼じゃねぇ!」

 獣人が盛大に文句を言う。しかし、それで諦める私ではない。
 
「どうすれば私と交わってくれますか?」

 もう、この獣人と交わる事しか考えてなかった。

「お、俺に勝ったらだ」
 
 戸惑いがちに言われた言葉に、私は迷わず腕を振り上げた。とっさに獣人がガードするが、それごと吹き飛ばす。獣人は壁にぶつかり、カハッと息を吐く。低位の女王といえど、こんな所で負けるほどではない。

「な、何!?」

 私は獣人に駆け寄り、さらに蹴りを入れようとする。獣人は剣を抜こうとして躊躇し、結局飛び上がる事でそれを避けた。しかし、その一瞬の隙を逃す私ではない。
 飛び上がった獣人にラッシュを浴びせ、最後に蹴り上げる。
 気絶した獣人をキャッチし、なにやら沸き起こった拍手の中、私はバーの男に部屋を貸してもらえるか聞いた。







「じゃ、お前は……遠い場所の部族の王族で、新しい血を入れる為に旅してるってのか?」

 ベッドの中、コーヒーを飲みながら、クリスが言う。獣人の名をクリスといった。名と精をもらった今、私は酷く満足していた。

「そうよ。子供をたくさん生んで、その中から厳選した子を本国に送るの」

「子だくさんな一族なんだな。それに強い。女がこんな強いなんてな」

「優秀な血を取り入れてきた結果よ。それで、力にはそこそこ自信があるのよ」

「女が戦えるなんて思っても見なかったぜ」

 その言葉に私は目を見開いた。魔物が闊歩するこの星だ。危険は多いはずだ。なのに、女は戦えないというのが不思議だった。まあ、どの星にもその星固有の文化があり、どちらが優れているとは言えないのだが。本気で、この星は男社会らしい。
 しかし、魔物とはどんなものかと思っていたが、一番の腕利きが女相手で油断したとはいえ気絶するまで追い込まれるのだ、そう強いものでもなさそうだ。働き蜂の内二人を賞金稼ぎに当てよう。
 一月後、私は子供を11人生んだ。雄蜂が1人で雌蜂が10人だ。
 その名はサルア・クリス・プリンスビーとサルア・クリス・ワーカービーだ。
 女王蜂以外には、固有の名は与えられない。
 そうして、私は第一歩を踏み出したのだった。
 



[15221] クイーンビー(オリジナル)2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:0892c894
Date: 2010/01/11 18:24
「お願いします」

 冒険者ギルドのバーに鉱石を入れた袋を差し出すとじゃらり、と音を立てる。

「あのよお嬢さん。何度も言うようだが、お嬢さんが腕利きなのは知ってる。が、女のする仕事じゃねーぜ。ただでさえ女は魔王に浚われて少ないんだからよ。そのうえお嬢さん、子持ちだろ」

 ギルドマスターのグロウさんに言われ、私は小首を傾げた。

「確かに私も手伝っているけど、大半は姉妹達に任せているから問題ないわ。花畑も買いたいし。それに、ずっと昔、私の国では雄は皆王子様で、大切に育てられて、子作りが終わると殺されたものよ。今でこそ偵察に使うようになったけど……。私の部族では男はあまり頼るものじゃないの。クリス・プリンスビーに頼る気はあまりないわ」

「花畑ぐらい買ってやるから、俺の子を殺さないでくれ」

 クリスがクリス・プリンスビーを抱きあげ、庇う様にして言う。
 クリスに出会ってからすでに半年が経過している。子を産むと初めはその速さに驚かれたが、クリスは自分の屋敷に私を招いた。初めは断ったのだが、他に男を作ってもいいからと懇願され、最後に私は頷いた。クリス・ワーカービーはいくらなんでも成長が早すぎる為、隠して育てた後、最初からいた使用人ということにしている。クリスは息子に勝手にクロスと名づけ、可愛がっている。
 クロスは青い髪の男の子で、大きな黒い目が私に若干似ている。怒ると狼に変化するのだが、その様子がとても不思議でならない。狼の姿なら、もう駆け回る事が出来た。クリス・ワーカービーは狼になる事は出来なかった。その代わり、獣人形態になる事は出来た。これで狩りが大分楽になった。
 クリスは自在に変化をする子を見て、初めは驚き、ついで物凄く喜んだ。クリスの先祖がそうだったのだそうだ。獣人とは中々興味深い一族だと思う。

「ただでさえ屋敷に置いてもらっているのに、これ以上迷惑はかけられないわ」

「生活費は折半してるだろう? それだって申し訳ないくらいだ。俺はこの子を産んでもらって感謝してるんだ」

 クリスが優しい目でクロスを撫でる。クロスは満足そうに目を細めた。

「ほら、旦那もそう言ってるんだ。あんたが人族じゃないって知った時は驚いたが、それにしたってあんたは綺麗だ。綺麗な娘さんが命を無駄にするもんじゃねぇよ。ま、今回は代金を支払うけどよ」

鉱石にふさわしい量の銀貨をもらい、私は頷いた。ここまで反発があるとは思わなかった。このへんが潮時だろう。ちょうどだから、得た鉱石は解析に使うとしよう。ローヤルゼリーも補充しなくてはならないし、必要な器具を取り寄せなくては。
テレパシーでワーカービー達に連絡を取り、5人を残して後は荷物を取りに戻らせる。
 そろそろ、新しい男を捜すべきだろうか? 今度は頭のいい男に重点を置いて探してみよう。初めてのセックスが終わったから、今度は衝動に飲み込まれる事もないはずだ。
 その後、私はクリスに屋敷の庭に大きな花畑を作ってもらった。
 早速、せっせと花の手入れをし、船に運び込んでおいたマザープラネットの花の種を植える。大きな花は、大量の蜜を作り出すだろう。
 クリスは、家にいる間、その様子をクロスと共に目を細めて眺める。そして、魔物退治に一層力を入れた。
 そしてようやく、春が来た。荷物を取りに行っていたワーカービー達も戻り、私はクリスにばれないよう、ミツバチを産んで放す。

「えらくでかい花が咲いたな……」

 ぽかんと口を開けて、クリスが呟く。ワーカービーが花の奥に体を突っ込み、コップに蜜を汲んだ。

「クリス様、どうぞ」

「ああ、ありがとう。これは花の蜜か? ……! 甘いが、単体で飲むには味が濃すぎるか。料理に使うといいかもな」
 
「花の蜜を使った料理を考えておきます」

 クロスが蜂蜜に手を伸ばし、ごくごくと飲み下す。クロスはクリス・ワーカービーと違ってヒューマンビー族ではないが、蜂蜜が好きでよく食べる性質は変わっていない。
 クロスの育成データは本国に常に送信している。これでリクエストがあったらヒューマンビー族の子供を生んで送るつもりだ。
 クリスは目を細めてコップを支えてやった。クイーンビー族には父親という概念は存在しない。だから、働き、子供の世話をするクリスは酷く異様に見える。しかし、それもまたいいものだ。
 
「そうだ、ルビー。たまにはその、デートでもしないか」

「いいわね」

 私はクリスにエスコートされ、買い物に出かけた。町並みを眺め、歩いていると触覚が反応した。私はふらふらと触覚の導く方向に向かう。酒に酔って倒れている男を見つけた。

「コーグ。また酒を飲んでいるのか」

「コーグさん?」

「よくわからん研究をしている男だよ。エイリアンの存在がどうとか、一度浚われた事があるとか……。この前、ついに学会から追放されたはずだ。魔術師の家系なんだが、何でか魔力が発現しなくてな」

 魔力……この星特有のESPの一種か。

「面白いわね。連れて戻りましょう」

「おいおい、浮気か?」

「そうよ」

 クリスが尻尾を丸めて肩を落とす。私は笑ってクリスの頬にキスをした。
 そして、コーグを負ぶって屋敷へと向かう。
 コーグを医療機器にかけると、治療可能な欠陥がある事が判明した。

「治してあげるわ、コーグ。その魔力とやらを見せて頂戴」

 機械を作動させ、コーグの欠陥を治療する。

「む……むぅ……はっ!? こ、これは、エイリアンの使っていた器具!?」

「それがどうかして?」

「頼みがある! 魔力なくして空かける人よ、どうかその技術を教えてくれ!」

「条件があるわ」

 私は、コーグに圧し掛かった。
 









「ふむぅ。つまり、ここがこうなるから……」

「ええ、そうよ。だからそうなるの」

「コーグ、さっさと出かける準備をしたらどうだ。討伐依頼の集合時間まで後一時間だぞ」

 私はコーグに数学と物理学、科学を教えていた。コーグはとても覚えがいい。覚えのいい生徒にものを教えるのは楽しかった。クリスの機嫌は悪くなるが。

「クリス、ルビー相手に嫉妬していたらきりが無いぞ。彼女の部族は多数の男を相手にするのが普通だそうだから。妻が欲しいなら他の女を探す事をお勧めする」

「わかってるよ、そんな事は!」

 コーグは居場所が無いとかで、クリスと同じ冒険者となってこの屋敷に移り住んでいた。
 今のコーグは呪文が使えるようになったので、クリスと組んでそれなりに大きな戦果を挙げているようだ。呪文。これほど興味深い事象は無い。ESPとも少し違うようだ。炎が出たり、氷が出たり、とても面白い。コーグもまた、生んだ子供に勝手に名前をつけた。コートリィだそうだ。コートリィは機嫌が悪いと口から火を吹く。それを見て、コーグはとても驚き、喜んでいた。私も、コーグの遺伝子をうまく取り入れられてとても嬉しい。ヒューマンビー族は、更なる飛躍を成し遂げるだろう。

「頑張ってね、二人とも」

「おう」

「すぐに帰ってくるよ」

今回の討伐は一ヶ月ほどかかるらしい。特にコーグは冒険者になったばかりなので心配だ。なので、3人のクリス・ワーカービーを連れて行かせる。
 しっかりと留守を守らなくては。
 子供達の面倒を見ていると。珍しくコーグに客が来た。
 ローブ姿の老婦人だ。
 クロスとコートリィを抱いて応対すると、初めは怒った様子の女性が態度を一変させた。

「これが、コーグの子……素晴らしい魔力だわ。ルビーさん、何も言わずにこの子を渡して頂戴。十分な御礼はするわ」

「この子は大人になるまで我が一族で経過観察する事になっています。それは出来ません」

「エルトランス公爵家に逆らうというの?」

 公爵家。コーグって公爵家の人間だったのか。公爵家と敵対するのはあまり良くないかもしれない。特にこの国では、エルは国名や首都名、王家の名につく特別な言葉だ。これは困った。

「二人目で良ければ差し上げますわ」

「二人目も一緒に欲しいのよ」

 公爵家とは随分強欲らしい。私はため息をついた。

「一人目は少なくとも大人になって十分なデータを取るまで渡すことが出来ません」

 大人になれば無用となるのだけれど。

「得体の知れない亜人の子供を引き取ってやろうと言っているのよ。感謝して欲しいものだわ」

 私と老婦人はきつく睨み合った。
 
「エルトランス家は……いえ、魔術師の一族はだんだんと人数が減り続けているわ。特に女が……。だから、魔力の高い人間を一人も逃すわけはいかないの」

「わかったわ。では、女10人に男1人でどうかしら」

「な……なんですって?」

 老婦人は驚いた様子を見せ、胸を手で押さえた。

「それだけ魔力の高い人間を渡したら、コートリィの事は諦めてくれるかしら?」

「あ、貴方は何を言っているの?」

「コートリィの事は諦めてくれるのかしら?」

「た、確かにそれだけいれば……孤児でも集めるつもりなの? でも、そんな魔力を持った子がすぐに集まるなら苦労はしないわよ」

 訝しげな顔をする老婦人に、私はすまし顔でローヤルゼリーを飲んだ。女のヒューマンビー族でない種族を産むのは難しいのだが、コートリィを傍に置く為ならば、あらゆる難問を解決して見せよう。

「さあ? 一月後にまた来てくださいまし」

 にこりと笑って、老婦人を追い出す。
 そして、コーグから取った種を受精させた。
 一月ももうすぐ終わるという頃だった。
 テレパシーが届いた。

『ルビー様、苦戦しています。針を使えばなんとか倒せそうですが、正体がばれるかもしれません。クリス様が怪我をして……』

 私は深くため息をついた。初めての、重大な命令。しかし、私はやり遂げねばならない。まだクリスからは精子を必要とするかもしれないのだ。

『サルア・クリス・ワーカービー。貴方に命じるわ。針を使って頂戴。……出来れば、生きて帰ってね』

『かしこまりました、ルビー様』

 私はサルア・クリス・ワーカービーの為に涙を流す。その日ずっと、姉妹達が傍についていてくれた。夕方になって、交信が途切れた。
 そして、しばらくして子供を生んだ。卵が孵化して2,3日した頃、老婦人は現れた。

「さあ、約束どおり子供を……な、何ですって!? 本当に子供を11人用意するなんて!」

 老婦人は驚愕に立ちすくむ。そして、子供を一人一人調べ始めた。

「この子も魔力が高いわ……この子も、この子も! しかも全部貴方の子ね!? いえ、昨日は気づかなかったけど……貴方達、双子じゃない! 貴方! 人族ではないと聞いていたけど、こんなに短期間で多産なんて何族なの!?」

 私は驚いた。魔術師とは、そのような事もわかるのか。

「ヒューマンビー族というの。我が一族は多産なのよ」

「いいわ! 貴方とコーグの結婚を許します」

「これ以上子供を作ってどうしろというの? 子供同士掛け合わせるのは無理よ? 同じ血を重ねすぎたら病気になるわ。それに私は、出来うる限り優秀な遺伝子を集め続けなくてはならないの。いい男と子作りをし続けなくてはならない、という意味よ?」

「そう。ならば姉妹を貰っていくわ」

「私の一族は子を産める女は限られてるの。今はそう、女王たる私と、わが一族以外の女として産んだこの子達しかいないわ」

「随分と不思議な一族ね。貴方に興味が出てきたわ」

 この魔術師とやらは、随分と厄介だ。私はため息をついた。
 
「いい加減にして頂戴。私、敵に回すと怖いのよ?」

「まあいいわ。この子達は貰っていくわね」

 老婦人は子供達を連れて行った。
 やれやれ、ようやく帰った。魔術師はやっかいな人間。覚えておこう。



[15221] VS!(オリジナル)1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/02 18:28





 西暦3000年、今にも第三次世界大戦が起ころうかというとき、魔王が現れた。
 魔王は魔物を引きつれ、人類を虐殺した。人類は初めは混乱した。しかし、一方的な虐殺は、すぐに被害者と加害者を入れ替えた。魔物の死骸は、貴重な鉱石へと変化する事が発見されたのだ。欲に目がくらみ、大義名分も手に入れた人類達に敵は無かった。魔王は、あっという間に倒されたのである。

「我が倒されても、第二、第三の我がやってくる。覚悟するがいい、人間よ」

 これが魔王の最後の言葉である。この言葉に、人間達は歓喜した。魔王は魔物を生み出すことが出来、その死骸も最高の鉱石を生み出す。ぜひとも生け捕り、出来れば番で手に入れたいというのは人類にとってあまりにも当然の結論であった。そして、魔王が来た方向を探知したところ、人の住める可能性の高い星を見つけた。もはや、宇宙に行こうという人類の意思は誰にも止められなかった。
 そして、その星、セカンドマザーに向かって宇宙船が出発する事になった。
 渡辺博士は、そのクルーであり、マッドサイエンティストだった。
 すっかり白髪頭になった髪を撫でつけ、渡辺博士は全く未知の場所に赴くことに胸を高鳴らせていた。新たな鉱石を使った装置で、ワープ航法も可能となった。現在の目的地の星が魔王のものだという確証は無いが、それでも人の住めそうな星の調査という大事業は魅力的だった。知識を頭の中のAIに叩き込み、出発まであと一日。
 博士は、希望に胸を高鳴らせていた。
 そんな時、声がした。

『勇者よ……どうか、この世界を助けて……』

 その声が聞こえた次の瞬間、宇宙船と渡辺博士は消えていた。



「あ?ああーあー」

 声が聞こえたと思ったら、どういう現状ですか、これは? AIの反応は……ありますね。しかし、うまく声が出ません。

「■■■」

 巨大な女が私に向かって話しかけてきました。いえ、違います。私が小さいのですね。私は自分の手を見ました。これは、赤子の手です。興味深い現象ですね。どうやら私は何者かに、勇者として、拉致されたようです。元の体はどうなったのでしょうか?
 とにかく、情報を集めることが先決ですね。まずは言葉を覚えないと。
 
 結論から言って、この世界はかなり遅れた世界のようですね。未だ科学の片鱗すら見られません。しかし、収穫もありました。この世界には、魔王がいます。ここはおそらく、セカンドマザー。それならば、いずれは迎えも来るでしょう。その時の為に、せいぜい情報を集めておかなくては。そして、私をこちらに連れて来たらしい女神アリアとかいう存在も気になります。貴族という地位にあり、勇者というお告げがあったのは都合がいいかと。このおかげで、高い知能もごまかすことが出来た事ですし、若返る事も出来ました。ひとまず私をここへ拉致したこの世界の神とやらに感謝をする事にしましょう。剣術を強要されるのは勘弁して欲しいですがね。


 私が生まれてから5年後、私は司祭の所に呼ばれました。

「アレク様。真の勇者になる為の儀式を行わなくてはなりません」

「儀式ですか?」

「女神アリア様に祈るのです」

 司祭が私の手を包み、押し頂いて祈りを捧げる。
 私の右手に強い痛みが走り、良く見ると手の甲に青い宝石が輝いていました。
 宝石の中には、宇宙船の小さな模型が。
 それを見た時、私にはわかりました。これはあの宇宙船だと。

「おお……これぞ奇跡……」

 司祭が言います。私は広い外に連れて行ってもらい、右手を掲げてみました。
 すると、宝石が力強く輝き、目の前に宇宙船が現れたのです!

「ふふふふふ……あはははははははは! どういう仕組みなのでしょう? ぜひ調べてみたいですねぇ。研究室は目の前にある!」

 私は、尻もちをつくお付きの者を置き去りにして、宇宙船へと入りました。












『勇者よ……この世界を助けて……』

「おんぎゃあああああ!!」

 今のは、確かに神の声。聞こえた瞬間わかった。これはアリア様という神の声だと。私が、神に勇者として選ばれた!? 選ばれたんだわ、ああ、エルフなのに役立たずといわれ、魔力がなくとも必死で勉強を頑張った甲斐があった! 今、私の体に大きな魔力が渦巻いているのがわかる。これこそアリア様からの贈り物。いきなり赤ちゃんとして生まれ変わらせられたのはびっくりだけど、聞いたことの無い神様だけど、頑張ります、アリア様!
 そう思ったのも最初だけでした。
 
「ああ、もう、耐えられない!」

 私は癇癪を起こす。この世界は異世界だった。しかも、遅れている。遅れているのだ。そもそも魔術という概念すら知られておらず、便利な魔術道具が、何一つ無いのだ! しかもここに生えている木は凄く少ない。気の休まる暇すらない。そのうえ、この世界には魔王がいるのだ。私の世界ではたやすく魔王を倒すことが出来たけど、それは大勢の優秀な魔術師と高い技術があってこそだ。
 その上、はるか昔、まだ魔術が一般的でなかった頃は、魔法使いと人の間で人魔戦争が幾度も起きたという。それは、魔術の発展によりすべての人間が魔術を使える様になることで収まったが……その戦いの歴史は、魔術師学校の初めの授業で学ばされる。
 その為、周囲の人が魔法を使えないと知った時に、私は賢明にも力を隠した。
 もしかして、この状態で私一人で倒せと言うんだろうか。とても不安だ。2000年、あらゆる神様に祈ったけど、神様どころか召喚獣すら誰も答えてはくれなかった。エルフの癖に魔力もなく、馬鹿にされ続けた私を救ってくれたのはアリア様だ。出切る事なら報いたいけど……自信が無かった。それでも私は何とかすべく、まずは宝石に術式を刻んだ。私の家は公爵家だったので、5歳の私でも宝石を持っていた。
 そう、私ももう5歳なのだ。今の私は人間であり、人間はすぐに死ぬ。動き始めねばなるまい。とりあえず、森に本拠地を作ろう。

「お父様。私は、領地に帰りとうございます。領地の森で暮らしとうございます」

「エリア、何を言っているのかわかっているのか。森には魔物がいるのだぞ。お前は王都にいれば良い。王都が一番安全なのだ」

 お父様はどこか怯えた様子で言った。お父様は私を猫かわいがりしてくれる。まるで、そうしていないと失ってしまうとでも言うように。

「信じてくれないかもしれないけど、それがアリア様の為なのです」

「お前は魔王になどやらぬ!」

 お父様は言って強く私を抱きしめた。

「お父様、何があったのですか? お父様はいつも何かに怯えていらっしゃるように感じます」

「アリア様からお告げがあったのだ。二人の勇者が現れ、魔王を倒すとな。その内一人の勇者が、お前だ。エリア。しかし、お前に魔王を倒せるなどと、私にはとても思えないよ」

 その言葉に、私は目を見開いた。アリア様は、そこまで私を後押ししてくださっているのだ。応えたい。なんとしても。

「お父様……エリアを信じてください。いつか、いつか必ずや魔王を倒して見せましょう」

「エリア……せめて、せめて護衛は連れて行ってくれ」

「お父様、うれしい。護衛は私に選ばせてください。アリア様の加護厚きものを選びましょう」

 私はお父様と抱擁を交わしあった。
 そして、私は司祭様の元に連れて行かれた。

「おお、ついに洗礼を受けさせる気になったのですね……」

「ああ、頼む」

 司祭様が私の右腕を押し頂く。そして、私の右手に痛みが走り、そこには物置用の宝石がはまっていた。中には、私の持っていた魔術道具の数々。
 ああ、アリア様! しかし、これは切り札だ。初めは隠しておこう。
 さて、山篭りの準備をしなくては。護衛にはまずは5人選んだ。魔力の強く、忠誠心厚い者ばかりだ。そして、宝石や紙の束や、細々した身の回りの物を選び、馬車に乗り込む。
 何度かの戦闘をへて、私達は森までついた。
 私はつくなり、木に触れて木と語り合う。うん、歓迎してくれている。
 
「お嬢様!」

 叫び声がして、私は振り向いた。襲い掛かってくる狼の魔物。私はとっさに宝石を投げつけ、叫んだ。

「サンダー!」

 私の想像を超える大きな雷が狼に落ち、狼は鉱石へと変わった。鉱石はいい魔術道具の原料になる。唯一の魔王の恵みだ。このせいで、魔王を神としてあがめる者もいる。特に魔王は素晴らしい鉱石へと変じる。持ち帰る事が出来れば、私は英雄だ。

「な、何が……」

「ば、化け物……」

「ア、アリア様の遣わした勇者様……」

 私は鉱石と宝石を拾って、従者5人に微笑んだ。

「私はただ、精霊と神々の力を借りただけ。貴方達もまた、神々から祝福を受けた者。修行を積めばこういう事も出来るようになるわ。さあ、行きましょう」

 出来れば、ここで脱落者が出て欲しくない。5人が私を殺そうとするなら、私も5人を気絶させて逃げる用意がある。しかし、出来れば私を信じて欲しかった。

「エリア様……いえ、勇者様。どうか魔王を倒してください! 娘は、娘は魔物に殺されて……!」

 従者の一人、カロットが跪いて言った。剣に手をかけたルードが機先を制され、戸惑う。サティアも遅れて跪いた。ティードとガレンスは頷く。

「まだ時期ではないわ。今は力を蓄えなくては」

 どうやら、危機は脱したようだ。私は安堵しながら答えた。ルードには気を配らなくては。
 そして、私達は時折出てくるモンスターをサンダーで倒しながら森の奥へと進んだ。
 森の奥深くまでいくと、これはという大きな木々を見つけ、護衛を頼んで大きな術を使う。以前の私ではとてもではないが出来なかったけど、今なら出来るはずだ。木々に語り掛け、森を村にする大呪文。

「森の木々よ、精霊よ……デリク・ザ・ラディス・ケルン・ディーバ……」

 集中し、思い浮かべながら唱えると、木々が成長し、うごめいた。
 枝を強固に伸ばしあい、交わり、道を作る。そして、洞が大きくなって人が中で生活できるほどになる。最後に、歩けるほどの大きな枝が垂れ下がり、上に登る道となった。

「す、凄い……」
 
「魔物が近づけないよう結界を張ります」

 じゃらり、と宝石を取り出して私は言う。

「そ、そんな事が可能なのですか!?」

「狭い範囲なら出来ましょう」

 私は村の四方の木の根元に宝石を埋め込んだ。後は荷物を運び込み、家具を用意するだけだ。従者達は、呆けた顔でそれを見守った。
 私は笑顔で言う。

「さあ、レッスンを始めましょうか」





[15221] 極振りっ!(オリジナル異世界転生もの)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/26 00:31
    
    プロローグ


 ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
 ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
 賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
 ようやく、賢さが、カンストになった。
 体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
 MPが切れたらそこでもう終わり。
 俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
 彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
ゲームクリアに、興味はなかった。
俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
 しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
 俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
 深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
 服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
 枯れ枝のような手。
 毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
 外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
 その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
 誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
 俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
 派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
 他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
 けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
 勇者が、訪ねて来たのだ。
 若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
 魔王を倒そうと勇者は言う。老魔法使いはにべもなく断った。
 勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
 強引な勇者に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。

「やめろ、やめてくれ!」

 俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
 老魔法使いが勇者に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
 どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
 強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
 勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
 これも全て勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
 胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
 夢を見た後、吐くことすらあった。
 けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
 魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
 いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
 いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
 もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
 老魔法使いは呪文を唱え始める。
 老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
 老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
 今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
 老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
 そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
 それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
 俺は夢を見なくなって心底安堵した。
 気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
 美咲が勝手に進めたのだ。
 俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
 けれども問題は、全く解決していなかったのだ。



[15221] 極振りっ!2話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/26 18:41



 五時に起きて、顔を洗う。鏡に映った俺は冴えない顔で、目つきも悪く、どことなく陰湿なイメージを与える。背も男にしては低い。
 ジャージに着替え、まだ暗い空の下、ランニングに出かけた。
 冷たい空気が、心地いい。
 二時間後、汗だくになった俺は家に戻り、隣の部屋の扉を一度、力を込めて殴った。

「うーん……」

 扉の中から美咲の声がするのを確認すると、俺は風呂に行って汗を流した。
汗を流し、部屋に戻る。髪を乾かし、茶の間に向かう。
皆もうご飯を食べ終わっていて、後は俺だけだ。

「智也、早く食べちゃいなさい」

「わかってる」

 食事を大急ぎで掻き込んでいると、玄関から声がした。

「美咲―。まだー?」

 美咲の友達の茜だ。

「はーい。今行く」

 美咲は慌てて玄関へ向かう。
 美しいストレートの長い髪。ぱっちりした大きな目。ふっくらした唇。モデルのような高い背。
 二卵性とはいえ、とても俺と双子だとは思えない。

「美咲、気をつけるのよ」

 母さんが美咲に声を掛ける。

「うん! 行ってきまーす」

 俺はその間に歯を磨き、黙って家を出た。
 美咲は道行く人と挨拶を交わし合う。近所の人々も、笑顔で美咲に挨拶をしていく。
 俺は誰とも挨拶をせず、美咲と距離を取って無言で学校へと向かった。
 学校に着くと、美咲の周りにすぐに人の輪が出来る。
 俺はそれを無視し、教室の隅の席に座って教科書を出した。
 昨日の夜はどうしても最後の応用問題が解けなかった。もう一度基礎を確認せねばなるまい。解けなかったのはこの一問だけなのだが。
 本当は教師の所に聞きに行ければいいのだが、美咲に聞けばいいと言われて以来、俺は教師を頼るのをやめていた。
 美咲は、友達と談笑を始めている。

「宿題、やってきた?」

 茜に聞かれ、美咲はぺろっと舌を出す。

「忘れてきちゃった。当たらなきゃ大丈夫でしょ」

 ふん、後で困ればいいんだ。
 一時限目は、ちょうど宿題を出された数学の授業だ。
 授業が始まり、数学の教師は宿題に出した問題を黒板に書いた。

「野田、古田島、矢野、御手洗、智也。解いてみろ」

 最悪だ。よりによって解けなかった最後の問題に当たってしまった。
 俺は黒板に向かい、途中まで式を書いて戻った。

「なんだ智也、出来なかったのか。駄目だぞ、ちゃんと勉強しないと。美咲、解いてみろ」

「はーい」

 美咲はスラスラと俺の解けなかった問題を解いていく。俺は歯を食いしばった。

「双子なんだから、教えてもらえ」

「…………」

 この教師は、その言葉がどれほど俺を傷つけているのか気づいているのだろうか?

「いっつも勉強してるくせに、格好悪いよね」

「茜!」

 こそこそと茜がいい、美咲が茜をたしなめた。
 俺を庇うなよ、美咲。俺の中に、暗い炎が燃え上がる。
 二時限目の英語。今度は美咲が教師に当てられた。
 朗々と響く美咲の声。中にはうっとりと聞きほれる者すらいた。

「ビューティフル! 素晴らしいです、美咲さん。完璧な発音ね」

 俺は悔しく思いながらも、正しい発音らしい美咲の声を頭に刻みつける。俺は英語が特に苦手で、うまく発音出来なかったから。
 三、四時限目は体育だった。
 俺はほっとした。ようやく、美咲と離れられる。
種目は百メートル走。ランニングは毎日やってる。

「よーいっどん!」

 合図とともに、俺は力強く大地を蹴った。走る、走る、走る。
 タイムは……やった! 一秒も縮んでる!
 俺は無関心を装いつつ、歓喜した。
 意気揚々と教室に帰ると、美咲が既に教室についていて茜とお弁当を広げながら談笑していた。

「美咲、凄く早かった! 絶対あれ、男子並みのタイムだよ!」

 話していたタイムは俺のものより短かった。
 俺は、落胆して弁当を持って誰もいない屋上に向かった。
 一人で、弁当を食べる。食べ終わると空を見上げた。
 青い空は、どこまでも広がっている。それでも、俺の世界は灰色だった。

「俺、何か生きてる意味あんのかな……」

 食べ終わると、伸びをする。

「いつか、俺だけの何かがきっと見つかる。信じろ、俺!」

 五時限目は古文、六時限目は地理だった。幸い、この時間は美咲と比べられるような事は起こらなかった。
 授業が終わると、足早に剣道部に向かう。
 俺が一番だったらしく、すぐに着替えて素振りを開始する。
 二十分もした頃、美咲も着替えてきて言った。

「智也、久しぶりに手合わせしない?」

「嫌だ」

 俺が断ると、美咲はむぅ、と腰に手を当てる。

「むー、そんな事言わないで。行くよっ」

 俺は微動だにしなかった。強かに面を打たれ、俺はよろめいた。

「これで満足か」

 低い声で言うと、美咲は口を尖らせて言った。

「な、何よ。私はただ、たまには智也と……」

「行こうよ、美咲。こんなやつ構う事無いよ」

「ちょ、茜!」

 茜が美咲を引っ張っていって、俺は息をついた。
 微動だにしなかったのは、どうせ美咲の竹刀に反応できないのが分かり切っていたからだ。
 遅くまで部活をやって、疲れた俺は着替えて家路へとつく。
 美咲はまだまだ元気で、茜とカラオケに向かった。
 俺は帰って風呂に入り、食事を済ませて勉強を始める。八時ごろ、美咲が帰ってくる音が聞こえた。食事を済ませ、風呂に入る音が聞こえる。
 その後、テレビの音と美咲の笑い声が聞こえてきた。
 十時、美咲が部屋に入る音。
 部屋の電気が消える。
 俺は十二時まで勉強して眠った。
 これが、俺と美咲の毎日だった。美咲は容姿端麗、スポーツ万能、勉強は学校の授業だけなのに良くできた。翻って俺は毎日のように鍛え、勉強しているのにいつも成績は中の下。
 それでも、せめて俺と美咲が違う道、違う高校を選んでいたら、俺は美咲を恨まずにすんだかもしれない。

「智也と一緒がいい」

 そういって、美咲は尽く俺の真似をした。
 勉強や剣道だけじゃない。パズル、絵、楽器各種、歌、料理、掃除、礼儀作法、果ては駅名の羅列と言った事まで。
 幼い頃から、美咲は俺の真似をしまくった。そして、尽く俺よりもいい結果を叩きだしてきた。
 初めはただ何にでも意欲旺盛なだけだった俺は常に美咲と比べられる事になり、いつしか逃げるように様々な趣味に手を出し、美咲に追いつかれては他の趣味を探すという事を繰り返した。
 お陰で美咲に出来ないものは何もない。
 俺はと言うと、何一つ出来ない。どんなに頑張っても、いいとこ中の下だ。
 俺は才能と言うものが憎かった。
 才能ある人間は努力しなくてもなんでも出来て、才能のない人間は努力してもなんにも出来ないなんて、不公平じゃないか。
 神様は平等に才能をくれると言うが、それは嘘だ。
 それとも、まだ見つけていない俺の才能があるのだろうか。
 将来、その何かを見つけた時の為に基礎を鍛えようと、ランニングと剣道と勉強だけは美咲に追いつかれても続けていたが、いっこうにその何かは見つからない。
 高校は別にしようとしたが、美咲の奴、俺に隠れて俺と同じ高校を受けやがった。
 家族ぐるみで、俺は騙された。
 入学式、向かう方向が一緒な事に気付いた俺の絶望は果てしない。
 俺は、いまだに将来の夢を決められないし、誰にも相談できない。
 美咲の「私もやる!」という一言が怖いのだ。
 美咲も、それとなく将来の夢を聞いてくるのが不気味でしょうがない。
 正直に言おう。俺は美咲が嫌いだった。
 せめて、俺が弟ならば、あるいは女なら良かった。
 だけど俺は兄で、双子で、男なのだ。
 常に比べられ続ける地獄。美咲に勝てないのなら、どこか、誰もいないどこかへ行きたかった。
 どんなに嫌がっても、明日は来て、来週は来て、来月が来て、来年……高校卒業が来る。その時には、将来を決めていなければならない。
 俺は毛布を頭からかぶって眠った。





「智也! 美咲と買い物に行ってきて」

 俺が勉強をしていると、母さんが声を掛けてきた。

「なんで俺が」

「あんた男でしょう。いっぱいあるから、荷物持ちよ」

 俺はしぶしぶと出かける準備をする。
 癖毛をなんとかまともに見えるように整えると、美咲がパタパタとやってきた。
 グレーの派手な襟で裾の長い服に、黒いストッキング。短パンかミニスカートかわからないが、とにかく下の服は長い袖に隠れて見えない。
 真ん丸とした小さなバッグに母さんから貰った財布を入れて、美咲は笑顔で手を差し出した。

「いこ、智也」

 俺は黙って美咲の後に従った。
 公園に差し掛かった所だった。近所の子供達が、公園で遊んでいた。
ボールが道路に飛んでくる。子供が、それを追いかける。何故か、それらがゆっくりに見えた。
走ってくる車。

「危ない!」

 俺は走った。その時、俺の心中に浮かんだのは、子供の安否の心配じゃない。
 勝ったという思いだった。
 ようやく、美咲がやってない事を出来る。その為に死んでもいい。美咲と違う事が出来るなら。
 子供を持ちあげた時、俺は強く突き飛ばされた。
 コンクリートブロックに叩きつけられ、俺はなんとか子供を庇う。
 衝突音。車のドアが開く音。悲鳴。

「……なにやってんだよ」

 俺は、掠れた声で言った。子供の泣き声が耳にうるさい。
 血が、広がっていく。
 美咲が、車に轢かれて倒れていた。
 足が、あらぬ方向に曲がっている。無事なはずの俺の足が、体が、激しく痛んだ。

「救急車! 救急車!」

「美咲ちゃん!」

 運転手が喚き、公園で子供を遊ばせていたおばさんが駆け寄ってくる。

「何やってんだよ! なんで俺なんかを助けるんだよ! そうやって善人面したいのか? いつもそうだ。いつもいつもそうだ! 美咲はなんでも出来て、凄くて、いい子で、俺は何もできなくて、悪者で! 俺はお前なんか大っ嫌いなんだぞ。感謝なんてすると思ってんのか? マジ馬鹿じゃねー!?」

「なんて事言うの!」

 おばさんが、俺の頬を叩いた。

「あたしは……好きだよ、智也の事……。あたしは知ってる……智也、なんにでも一生懸命で……凄いなって……でも、最近一度も笑った事無くて……あたし、智也の笑ってる顔みたいな……」

「誰がするか!」

 俺はその場から駆け去った。
 走りに走り、隣の町まで走って、嘔吐する。
 美咲が轢かれた。でも、最低な俺が考えていたのは、美咲の安否なんかじゃなかった。
 ――もしも美咲がここで死んだら、俺はもう、一生美咲に勝てない。
俺の頭を占めていたのは、それだった。だからこそ、俺は一生、いや永遠に美咲に勝てないのだろう。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 家に行きたくない。公園で、ただボーっとしていた。
 日が暮れて、とぼとぼと家に帰る。
 母さんが、鬼のような顔をして家の前に立っていた。
 俺が母さんの所に行くと、無言で頬を叩かれる。

「病院に行くわよ」

 俺は、のろのろと頷いた。
 車に揺られ、ぼんやりと窓の外を見る。胸の辺りがズキズキとした。
 道路が凄まじい速度で通り過ぎていく。
 行きたくない。
 病院につき、病室に向かう。手術は既に終わっていた。
父さんが、ベッドの横に付き添っていた。
美咲は、静かに眠っていた。包帯が痛々しく、血がにじんでいた。

「何があったか、貴方の口から聞きたいわ。話して頂戴」

 母さんが、押し殺した声で言う。

「おばさんから聞いてるだろ」

「智也!」

「お前、落ち着きなさい」

 激昂する母さんを、父さんが宥める。俺は、ただ項垂れて時間が過ぎるのを待った。
 母さんは泊まり込みで美咲の世話をする事になった。その間の家事をするのは俺だ。
 朝、朝食を作る。以前、料理を一所懸命に勉強した事があるから、人並みの朝食くらいは作る事が出来る。
 父さんが、起きてきてぎこちなく声を掛けた。

「おはよう」

「おはよう」

 そのまま、無言で食事をする。
 学校に行くと、俺の机に花が置かれていた。
 茜が、腕組みをし、きつく俺を睨んでいた。

「あんたのせいで美咲が重体なんでしょ。あんたが死ねば良かったのよ。謝りなさい! 美咲に謝りなさい!」

「何をしているの! やめなさい、茜さん」

 教師が慌てて茜を止める。

「放して! 放してよ! 返して! 美咲を返しなさい!」

 冷たい周囲の目。茜の涙。止め続ける教師の戸惑った声。
 俺は全てを無視して席につき、窓から花を投げ捨てた。

「智也くん!」

 教師が見咎める。俺はこれみよがしに言った。

「これでようやく美咲と離れられるな」

 茜が叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる! 殺して……うあ……ああ……ああーん。うわあああああ」

 茜が、崩れ落ちる。

「智也くん!」

 美咲を好きだと言っていた男子生徒が、俺を殴った。

「美咲はなぁ! いつもお前を庇ってたんだぞ!」

 知ってるよ、そんな事。だから俺は、美咲が憎かった。
 どんな事があっても、明日は来て、来週は来て、来月は来て、来年は来る。
 その日、進路指導の為の調査票が配られた。
 聞いている事は実にシンプルだ。
 卒業後、どうするつもりなのか?
 そんな事、今は考えたくない。それでも、残酷に期限は迫ってくる。
 針のむしろの学校を終え、部活動まできっちりこなして、夕食を作って、風呂に入ってから、俺は病院に向かった。出来る限り病院に行くまでの時間を引き延ばした、とも言う。
 病室から、母さんと父さんの話声が聞こえて扉を開ける手が止まる。

「本当に、なんでこんな事に……美咲が、美咲が……事故にあったのが智也だったら良かったのに……」

「お前! そんな事をいうものじゃない。昨日はずっと寝ずについていたというじゃないか。お前は一旦美咲から離れて休んだ方がいい。今日は家に帰りなさい」

「でも……」

 俺はゆっくりと手を引き戻し、病院のトイレへと向かった。
 そこで、吐く。嘔吐したら、さらに胸が痛んだ。
 苦しい、苦しい、苦しい。
 夜が来るまでそこでじっとしていた。
 夜が更けて俺が病室に向かうと、さすがに父さんも母さんも帰っていて病室には美咲以外誰もいなかった。
 いや、一人いた。
 老魔法使いが、俺が夢にまで見たもう一人の俺が、俺の夢が、幻がじっと美咲を見つめていた。半透明で、まるでそこに本当にいるかのようにリアルな幻。
 老魔法使いは、俺に目を向ける。

「なんだよ、お前も俺を責めてんのかよ」

 老魔法使いは、口を開いた。

「良く子供を助けた」

 あまりにも都合の良すぎる幻聴に、俺は口角をあげた。

「は……っ俺って本当に最低だな。子供を助けたのなんか、善意でやったんじゃねーのに……」

「子供を助けたのは事実だ。それに、肋骨が折れているぞ。医者に診てもらえ」

 そして、老魔法使いは美咲へと視線を戻す。

「なんだよ……なんでそんな事言うんだよ……そんな優しい言葉、俺にかけんなよ……」

「誰もお前に対して言わなかった事を言ったまでだ」

 老魔法使いは、枯れ枝のような手を美咲の頬に滑らせた。

「すまなかった。我が来世にこんな辛い思いをさせるつもりはなかったのだ。まさか、パラメーターが引き継がれるなど……勇者の美貌や基礎的な賢さ、強さと違って、私の魔術知識はこの世界ではなんの役にも立たないからな」

 美咲から全く目をそらさず、老魔法使いは言った。

「何の事だ?」

「私は、ただ二人で平和に暮らしたいだけだった」

「なんの事だよ」

「酷な事を言っているとわかっている。しかし……問おう。お前の妹を、救いたいか」

「誰が……!」

「このままではミトは……いや、美咲は死ぬ。そうなれば、お前は二度と美咲を超える事はないぞ。命を賭して、美咲がやった事のない事をしたいのだろう。私が保証しよう。美咲には、絶対に出来ない事が一つある」

 それは、酷く心の惹かれる申し出だった。心のどこかで、警鐘が鳴る。
 俺は最低だ、俺の中の老魔法使いが言った。

「それはなんだ?」

 老魔法使いは、俺を正面から見つめて言った。

「魔術を使って、美咲を救う事だ。魔術ならば、美咲は絶対に使えない。パラメーターを振っていないからな」

「魔術……?」

 駄目だ。その申し出に乗っちゃ駄目だ。

「お前は知っているはずだ。癒しの呪文を。美咲はまだ生きている。今ならば、まだ間に合う。ただし、この世界には魔力が無い。お前のMPは私が来た時と同じゼロのまま。回復する事はない。しかし、この世界にもMPに代わるものがある」

「生命力……」

――あはははは。俺すら、俺すら美咲の代わりに死ねという。

 俺の中の俺が笑い、俺の中の老魔法使いが視線を逸らした。
 俺は返事をしなかった。代わりに、呪文を唱える事で答えた。
 確かに俺は、その呪文を知っていた。夢で何度も見た。それ以上に、感覚として知っていた。
 英語の発音はさっぱりな癖に、俺の唇は流暢に呪文を唱え始める。
 老魔法使いが、俺の唇に指を当てた。

「待て。そのまま逝くのでは、あまりにも寂しかろう。まだ時間はある。一週間、良く考えて、身辺整理をしてからにするがいい」

 老魔法使いは振り返り、美咲の手に額を当てる。

「ミト……一週間、待てるな……? お前は、強い娘だ……」

 そして、老魔法使いは薄れて消えていく。
 俺は我に返った。

「なんつーリアルな夢……俺、やべーな……」

 美咲のベッドに寄りかかって寝る。なんだか、異様に疲れていた。
 朝、俺は診察を受けた。老魔法使いの言った通り、肋骨が折れていた。

「事故にあったのに病院に来なかったのかい? 駄目じゃないか。それに、胸。相当痛かったはずだよ。とにかく、君も入院してもらうから」

「……すみません。入院の準備にちょっと家に帰っていいですか」

「駄目。今、精密検査の準備をするから」

「はい」

 俺は項垂れた。
 精密検査を受けながら考える。身辺整理か。
 部屋……は、片付いてるな。殊更拘るものもないか。
 そうだ、遺言考えなきゃな。

――おいおい、幻なんかの言う事を信じてんのか? やばいぜ、お前。

 うるせ―な。俺は美咲を超えられるなら何だっていいんだよ。試してみて、損はないだろ。
 さあ、なんて言おう。なんて言おう。なんて言おう。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。こんな奴でごめんな。ああ、そうだ。美咲にも遺言しなきゃ。あいつは元気になるんだから。
 うーん……恨みごとばっかになりそうだな。やめとこう。
 あいつにもありがとうの一言でいいや。
 俺は検査が終わった後、売店で封筒と便箋を買い、精一杯丁寧な字でたった二行の遺言を書いた。

「死ぬ前にやる事終了、と。俺の人生ってなんだったんだろーなー」

 別れを惜しむ友達もいない。
 生きてほしいと言ってくれそうな人すらいない。
 俺は美咲の病室に行った。
 老魔法使いが、痛ましげな瞳で俺を見ていた。
 俺は、美咲に両手を向け、朗々と呪文を唱える。
 中ほどまで唱えて、虚脱感で足が崩れた。それでも手を掲げ続ける。
 美咲の周囲に魔法陣が現れ、発光していた。
 すげー。俺、魔法を使ってる。

――何言ってんだよ、当たり前だろ。お前は、魔王を倒した魔法使いだったんだぜ?

 じゃあ、これぐらい簡単だよな。俺は、一層力を入れて呪文を唱えた。

「やめて、智也。駄目だよ……」

 美咲の声が、聞こえた気がした。
 次の瞬間、俺は真っ白な場所にいた。

「困りますねぇ。ええ、本当に困ります」

 声を掛けられ、俺は振り返る。
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。中国の文官のような服装に、小さな丸眼鏡。狐のように細い目の男が、そこに立っていた。

「そのパラメーター、万能過ぎると言う事で随分前に廃止されたんですよ。たった二人で魔王が倒せるというのは、やりすぎですよねぇ、いくらなんでも。なので、癒して差し上げる事は出来ません。かといって、貴方は既に命と言う対価を支払ってしまった。こちらとしても、どうにかしてあげないと契約違反になってしまいます」

 男は竹で作った巻物のようなものを広げて言った。

「お前、誰だ?」

「精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪。好きな呼び方で構いませんよ」

 男は、肩を竦める。
 俺はふいに気付いた。俺は、とんでもなく偉い奴に会ってる。
 魔法とパラメーターの大本、神様に。

「それは違いますよ。私は下っ端の文官です。キュロスと申します」

「キュロス、様。美咲は治らないのか?」

 俺はおずおずと聞いてみる。命と言う対価を払ってしまったと言っていた。
 ならば俺は、既に死んだのだ。命を賭しても、俺は何一つ成せないのか。

「直接治す事は出来ません。でも、チャンスを与える事は出来ますよ」

「チャンス?」

「二十年前の赤子の死体に貴方の魂を送り届けてあげましょう。そうそう、タイムパラドックスが起きるので、今の時点以前でこの世界に干渉してはなりません。それに、全てのパラメーターはリセットされます」

「それで、どうやって美咲を救えるんだ?」

 キュロスは苦笑した。

「おやおや、どうすればいいか、貴方は知っているでしょう? 貴方の前世は魔王を倒した大魔道士、マゼランなのですから。ヒントを教えてあげましょう。パラメーターは全世界の人間が一律になり、大分多様化しています。いえ、言い変えましょう。簡単に強くなれないよう、平等に、かつ大分厳しくなりました。マゼラン……貴方の前世のように、パラメーターの極振りをしなければ美咲さんは救えませんし、一度でも方針を間違えば、それで終わりです。タイムリミットは二十年。大サービスとして、記憶を保持できるほかに、今の時点までどれくらいかわかるようにしてあげましょう。もちろん、自分の人生を謳歌するのも自由ですよ。私はそちらをお勧めしますがね」

 俺は、キュロスの言葉をゆっくりと噛みしめた。

「……わかりました。お願いします、キュロス様」

 キュロスは一本指を立てて言う。

「いかに大魔法使いマゼランとは言え、たった一人の人間にやれる事には限りがあります。この世界にはMPがありません。美咲さんを救う為には、もう一度命を捧げるか、例え生き残ったとしても、何もできない異邦人として一人この世界に取り残される事になるでしょう。それでもいいのですか? 美咲さんが憎かったのでしょう? なのに、美咲さんの為に死に、今また新たな生涯を捧げるのですか?」

 俺は頷く。

「構いません。ずっと俺だけの何かが欲しかったんです。美咲を救えるのは、俺だけです。ここで美咲を救わずに新たな人生を選んだら、それはもう俺じゃないんです。負け犬のまま、俺の人生は終わってしまうんです」

 キュロスは慈愛のある瞳で頷いた。

「いいでしょう。智也さん。貴方の魔術を承認します」

 キュロスが、持っていた竹の巻物にハンコを押す。
 その瞬間、白い空間は消え失せ、俺は真っ逆様に落ちた。
 満天の星空。青い月と赤い月。真っ暗闇の中に落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 地面に激突するってか真下に赤ちゃんがいるじゃねーか!
 危ない、と手をつくが、手は地面をすり抜けていく。
 籠にすら入っていない、小汚い布に包まれた赤子に、俺は頭から突っ込んだ。
 目を瞑ると、俺は横になっている事に気づく。
 体が硬くてうまく動かない。何より、物凄く寒い。何も見えない。喉が堪らなく痛かった。
 何なんだこれ。そうだ、赤ちゃんの死体に魂を連れていくって……。
 捨て子じゃないか。これ、下手したらこのまま死ぬのか?
 俺は声を張り上げる。
 か細い声しか出ない。
 頭の中で、選択肢が現れた。

――声の大きさにパラメーターを振りますか?

 気づかれなきゃ死ぬかもしれない。しかし、パラメーターを犠牲にしたら美咲が助けられない。
 畜生、やってやる!

「あ……ああ……あ……ああああああああっ」

 俺は、この世界で産声を上げた。



[15221] 極振りっ!3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/02 00:07
 美形美形美形。美咲の美貌が思い切り霞むほどの美形の山に、俺はため息をついた。
 俺はあの後、孤児院に拾われた。この孤児院では、美を奨励されていた。赤ちゃんの頃から外見を褒め、もっと美にパラメーターを振るように促す。そのおかげで、この孤児院では美の神、美の女神が量産されていた。礼儀作法の本も与えられ、それもまたパラメーターを振らされる。そうして、貴族へと売るのだ。
 シスター達を責める事は出来ない。孤児院には運営費が必要だし、力のある子や小賢しい子を育てるのは大変だから。それに、シスター達は美を奨励こそすれ、強制はしなかった。事実、俺と幾人かは美へのパラメーターをほとんど振っていない。

「うわぁ。トモヤ、トモヤ。今度はあいつ、綺麗さにパラメーター振ったみたい。すっごく綺麗になってるよ」

「本当だ」

「今までずっと格好よさに振ってきたんだから、それに専念すればいいのにな」

 俺の観点で言えば十分に可愛い、しかしこの世界の観点で言えば醜いアトラが言い、弟のアトルが追従した。おかっぱの金髪に、緑の瞳。そばかすのあるこの双子の兄弟は、俺と同じく捨てられていた子供だ。何故か俺に、パラメーターの振り方の相談に乗ってほしいと言ってきた。パラメーターは将来に直接関わってくる。だから、一緒に調べようと約束した。
 最初からパラメーターのせいとわかってしまえば、周囲に追い越され続けても腹も立たない。嘘だ、今も必死で努力してはどんどん追い越されていってる。悔しいとは思うが、仕方がないと思っている。
 パラメーターに関する事は最大のプライバシーで、人に聞いても教えてもらえない。
 パラメーターの振り方は各家庭の最大の秘儀だ。
 そして、この孤児院ではその秘儀が美の追求というだけの事。
 図書館にならば多少の知識はあるが、それは貴族しか入れない。
 今の所、頼りになるのは俺の呪文の知識だけ。
 その呪文を日本語でノートに書きだして見て、絶望した。
――全体攻撃呪文、アークゲルブグレイグ。習得には攻撃呪文適正一万ポイント足りません。
――単体攻撃呪文、ターティカルグレイグ。習得には攻撃呪文適正七千ポイント足りません。
――広範囲回復呪文、モルティスピース。習得には回復呪文適正が一万ポイント足りません。
――単体回復呪文、ラグルピース。習得には回復呪文適正七千ポイント足りません。
――異世界移動呪文、ゲートザゲート。習得には特殊呪文適正一万ポイント足りません。
――広範囲強化呪文、ディーセンドルグ。習得には補助呪文適正一万ポイント足りません。
――単体強化呪文、パラドルグ。習得には補助呪文適正七千ポイント足りません。
――マジックポーション作成、習得には魔具作成技術一万ポイント足りません。
 俺の……マゼランの時代は、上記の呪文が全て魔法知識だった。
 それに新パラメーター命中率と適性を上げる事で得られる呪文の習得ポイントが加わる。
 これはシスターが攻撃呪文を使えるらしいので聞いた事だ。
 それに加えて、MPの問題ももちろんある。
 人が一生に得られるポイントは、このペースでいけば大体一万ポイントになる。
 赤ちゃんの何もわからない時にアトラもアトルも多少パラメーターを振ってしまっているから、広範囲呪文も異世界移動呪文も使えない。
 俺が必要な呪文は、ラグルピースとゲートザゲート、合わせて計一万七千ポイントだ。いや、普通に無理だから。
 幸い、俺にパラメーターを任せてくれるアトラとアトルがいる。回復呪文を覚えさせれば、将来にも役立つ。片方は、俺に協力してもらおう。
 十六になったら孤児院を出なければならない。
 全てのパラメーターが与えられるのは二十歳の時。パラメーターを溜めるまで四年近くある。その間、一緒に暮らそうと約束していた。
 幸い、シスターの斡旋で雑用の仕事も見つかっている。
 後はアトラとアトルを教育して、二十歳まで待つのみだ。
 呪文の教育は孤児院を出た後からする事に決めていた。
 明日、俺達は孤児院を出る。
 いつものように無駄口を叩きながらアトラとアトルと数学の勉強をしていると、大柄で美形のクダがやってきた。ああ、またか。クダがニヤニヤと笑う。
 クダはアトルがパラメーターを大部分残していると聞いて以来、いつも俺達に突っかかってくる。

「アトラ、アトル、今日こそパラメーターを振ってもらうぞ。生意気なんだよ、こそこそパラメーター溜めやがって、一気に使って文官にでもなるつもりか?」

「やめろよ」

 俺は立ち上がり、アトラとアトルを庇った。こいつらには美咲を癒してもらわなくてはならない。こんな所で無駄な事にパラメーターを振らせる気はなかった。

「遊びの暗号作りにパラメーター全部振るような馬鹿は黙ってろ。ラグル」

「何度も言っているだろう。俺の名はトモヤだ。それ以外の誰でもない」

「煩いんだよ!」

 クダは、パラメーターで大きくなった声量で叫び、パラメーターで強化された腕力でいきなり殴ってきた。
 俺の小さな体は、簡単に吹き飛ばされる。

「トモヤ!」

 アトラとアトルが悲鳴を上げた。
 俺は、よろよろと立ち上がる。

「クダ、パラメーターは全部の人に平等に与えられるものだ。文官になりたきゃ、そのパラメーターに振れば良かったんだよ。腕力と美貌にパラメーターを振ったのはお前だろ、クダ」

 クダは礼儀作法が出来ない。これだけ乱暴だと、貴族に拾われる事はない。力があるから兵士になれる? 甘い。兵士になりたいのなら腕力ではなく武術のパラメーターをあげなければ駄目なのだ。兵士になれない事はないが、このパラメーターならば上に上がれる事はない。
 他にも、俺は知っている。クダは赤子の時に、言葉習得やハイハイ、泣き声に多大なパラメーターを振ってしまっている事を。
 パラメーターは、二度振りは出来ない。
 クダは、たった一度のパラメーター振りを間違ってしまったのだ。
 クダを責める事は出来ない。判断能力のない時に、多くのパラメーターを振れる。そこがもう罠なのだ。
 パラメーターを使わずに済むかどうかは、両親の世話と運に掛かっている。

「てめえに言われたくねぇよ」

 クダがもう一度俺を殴った。

「トモヤ、トモヤ! やめてよ。ねえクダ、やめて」

「いいんだ、アトラ。俺は平気だ」

 俺は再度立ち上がる。美咲を救う為、アトラとアトルに手出しをさせるわけにはいかない。

「パラメーターを振らないと不利な点もないわけじゃない。一気に振ると負担が大きいからな。それに、アトラとアトルが、何にも出来ずに苦労をしているの、知ってるだろう」

「うるせぇっつってるんだよ! お前、殺されたいのか!」

「……はっ」

 俺は嘲笑して見せた。怒らせる事なら慣れてる。これで、怒りは完全に俺に向かうだろう。

「てめぇ……」

 クダの目に殺意が宿った。クダの腕が光だす。本格的にパラメーターを使う前触れだ。
 そこに、二人の男が立ちふさがる。

「トモヤは僕達にも勉強を教えてくれました。その時パラメーターを振れば、貴方も文官に慣れた。勉強は嫌いだと言ったのはクダでしょう。もうその辺にしておきなさい」

「武術だって、ケンドーを教えてくれただろ。それに、パラメーターは慎重に振れと再三教えてくれたのはトモヤだ」

 文官として仕官する事になったブール―と、武官として士官する事になったケントだ。
 二人とも、あっという間に俺を追いぬいていった奴らであり、孤児院の憧れである。
 俺は庇われた事に目を見開く。

「トモヤも悪いんですよ。あまりクダを挑発しないでください。明日、僕達は孤児院を出て、離れ離れになるんです。最後くらい、仲良くしましょう」

 ブール―が俺を嗜める。

「けっ二人ともエリートになったからって威張りやがって」

 クダとブールー、ケントが立ち去り、俺はほっと息を吐いた。
 アトラとアトルが駆け寄ってくる。

「ごめんなさい、トモヤ。僕がパラメーター残してるって言ったから……」

「仕方ない。クダとも明日でお別れだ」

「うん……。大丈夫? トモヤ」

 アトラが殴られた俺の頬を撫でる。
 俺は微笑む。以前は、こんな事無かった。なんで以前の俺は蔑まれ、今の俺は庇い、慕ってくれる相手がいるのか。何が違うのか、俺にはさっぱりわからない。それでも、今の俺には精神的余裕が大分あった。

「トモヤ……僕に、僕に回復呪文が使えたらトモヤを癒せるのに……」

「本当にそう思うのか。パラメーター全部使っても、俺を助けてくれるのか」

「え……?」

 アトルは茫然と聞き返し、異様に真剣な顔になった。

「う、うん……僕は、僕は回復呪文を覚えたい。いいの……トモヤ」

「約束したろう。パラメーターの振り方を一緒に考えようって。一人前の司祭にしてやる」

 ああ、これで美咲が助けられる。楽勝だったな。後は特殊呪文適正のパラメータに全振りして……。
 俺は頭の中で勝手な予定を組み立てる。
 その夜、シスターは皆を集めた。

「皆さん、明日出発する準備はできていますか? 毎年の事ですが、皆さんがいなくなると寂しい。特に今年は、変わった技能を得た子が多い年でしたね。ブール―、ケント、クダ。貴方達は私の誇りです。アトラ、アトル、トモヤ。貴方達の行先を決めるのが一番苦労しました。頑張らなくてはいけませんよ。さて、今日は一年に一度の勇者様の劇の日ですね。楽しみです」

「あ、はは……またあれを見るのか」

 シスターは、苦笑する。

「トモヤはあの劇を嫌いだものね」

「嫌い、というか……ええ、そうかもしれません」

「けっトモヤは本当に変人だな。勇者様が嫌いなんてよ」

 クダが言う。そして、劇が始まった。

「千年前、魔法使いミトは神の啓示を聞き、天の国から勇者マゼランを連れてきました」

 ナレーション役の子供が言う。役割逆だって、逆。

「ミト、補助呪文を使うのだ!」

「はい、勇者様! えい、補助呪文!」

 この孤児院一の美形のマゼラン役の男の子が叫んだ。同じく美形のミト役の女の子が答える。

「いくぞ、魔王め! うおー!」

 マゼランは魔物役の子供達に次々とおもちゃの剣を当てていく。
 しかし、魔王はそうはいかない。
 魔王自身も剣を取り、応戦してくる。
 ミトは祈った。勇者の勝利を。

「ミトの愛がある限り、俺は! 負けない!」

 勇者は魔王を切り捨てる。うわ、クダがキラキラした瞳でそれを見ている。
 めちゃくちゃ子供騙しの劇だろ。
 それでも、皆が満足したようだった。
 この劇を見るたびに、俺は微妙な気分になる。
 俺は……俺は認めたくないけれど、きっとミトを愛していた。
 本当に俺は生まれ変わったんだなと思う。老魔法使いはミトを愛していたが、俺は美咲をとことん嫌いだから。憎んでいると言ってもいい。
 俺は美咲がいた事で人生が台無しになった。美咲のせいじゃないけど、俺は自分で自分の人生を台無しにしてしまっていた。もはや俺には、美咲を超える事しか残されていない。
 舞台上で、ミトが言う。

「王子、魔王はいずれ復活するでしょうその時の為に、この国に私の弟子を託していきます」

 言ってない言ってない。王子との謁見もやってない。いや、そもそも勇者として認められていなかった。
 ミトは軽かったし、俺も目立つのが嫌で否定していた。
 名前が知られている事が不思議なくらいだ。
 そういえば、なんでミトは俺の居場所がわかったんだろうな?

「ねぇねぇトモヤ、マゼラン様は魔王を倒しに戻ってきてくれるかなぁ」

「多分戻って来ないと思うぜ。マゼラン様も、その為に弟子を託したんだろうし」

「なんだよ! マゼラン様は戻ってきてくれるに決まってるだろ、そうして魔王を倒すんだ。ああ、俺にパラメーターが残ってりゃあな……ちっ」

 俺が適当にごまかしていると、クダが横から話に入ってきていう。

「まだまだ、二十歳までは成長の余地がありますよ。ケントが武官として習った武術を教えてくれると約束したのでしょう? 時間はかかるかもしれませんが……」

「おうっケントもいいとこあるよな、ブール―」

「そんなに褒めんなよ」

 ブール―とケントも来た。子供達も寄ってきて、マゼラン様は戻ってきてくれるか否かの大論争が始まる。
 俺は早々に抜け出し、部屋へと向かった。
 翌日から、昼は働き、夜は勉強の日々が始まる。






 王城の最深部では、一人の巫女が祈りを捧げていた。いや、祈りを神へと届かせる魔術を使っていた。
 祈りは届くとは限らない。むしろ、却下される事が圧倒的に多かった。
 それでも、祈りを欠かすわけにはいかない。
 多様な神が、気まぐれに会話をしてくれる事があった。運が良ければ、貴重な情報をくれる事も少なくはないのだから。
 最も、年若い巫女は懐疑的だった。
 巫女は、一度も神様に会えた事などなかった。しかし、巫女はパラメーターを祈りに注がなければならない。巫女とて、美貌にパラメーターを振りたかった。料理にパラメーターを振りたかった。しかし、それは許されない事だ。
 そして、神は必要な時には何の力もない者に語りかけると言う事も知っている。
 ミトがそれだ。ミトは魔王を倒せるものの居場所を神に教えられたと周囲に伝えていたと言われている。
 王城の巫女が神と会話できたのは、魔王を倒した後だった。

「マゼランとミトが魔王を倒したので、魔王退治に関する祈りはもうやめてもらえませんか。面会申請が山積みにされて、大変なんですよ。一応全てに目を通さないといけませんし。それと、魔王退治があんまりにも楽勝だったので今年の赤子からパラメーターシステム変えますね」

 たったこれだけ。あんまりといえばあんまりだ。
 巫女は雑念を垂れ流し続ける。祈りの最中に雑念を持つのは言語道断の事だが、年若い巫女は神が自分の祈りに応えるはずもないと思っていた。
 城の上層部は魔王を倒す為、ミトとマゼランについての情報を必死に洗い出しているようだが、今度も神が適当な時期を見計らって魔王を倒させるだろう。いや、マゼランとは神の事かもしれない。どちらにせよ、やるだけ無駄だ。違うと言うなら神々の誰でもいい、答えてみるがいい。
 思考していると、急に白い空間に閉じ込められて巫女は動揺した。

「こ……ここはどこ!?」

 巫女は周囲を見渡す。

「勘違いをしないでください。魔王を倒すのはあくまでも人間なのですよ。ミトさんとて、何もしなかったわけではない。王城で魔王を倒してくれと貴方達が願ったのと同じように、彼女はちゃんと手続きを踏んで聞いたのです。魔王を倒せる人はどこにいるのかと。陛下に願い出たか、私に願い出たかの差はありますがね」

 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。最高司祭と同じ服装に、小さな丸眼鏡。細い目の男が、そこに立っていた。

「神……神、様……」

 巫女は混乱した。実際に神に会えたら、どうすべきか。そんな対応方法は、頭から吹き飛んでいた。この神は、誰だろう。神々の特徴もまた、吹き飛んでいた。
 巫女は、勉強をさぼってきた事を心から後悔した。

「あ、あの、貴方は誰ですか」

「私の名はキュロスです。ミスティスアークさん」

 キュロス。ミトの生まれた村が祭る小さな神の、そのまた伝令を司る神だ。
 物心つく頃からの勉強が、ここでやっと功を奏した。

「キュロス様。では、魔王を倒せる人は、どこにいますか? マゼラン様とミト様は、如何様にして魔王を倒したのですか?」

 なんとか、必要な質問を口から絞り出す。キュロスはそれに、肩をすくめた。

「現在は魔王を倒せる人間は存在しませんね。いやはや、びっくりです。システムが変わったと言っても、必要な人数が数人増えるだけで魔王は十分倒せるはずなのに。そこで調べてみてびっくりです。おっと、パラメーターに関する事は触れてはならない決まりでしたね」

「……何が言いたいのです?」

 キュロスは、笑う。

「おやおや、私を呼んだのは貴方ですよ。まあいいでしょう、見せてあげますよ、過去の映像を」

 白い空間が、黒と茶で塗りつぶされる。
 雷雲。広い大地。凶悪な魔物の群れ。

「きゃあああああ!」

 ミスティアークは悲鳴を上げた。

「落ち着きなさい、ここは過去の映像にすぎません。あれを御覧なさい」

 キュロスが指さした先、小汚い老人を背負った娘が、魔物の群れから逃げ惑っている。

「危ないわ! 無茶よ」

 ミスティアークは言う。何故、老人を捨てて逃げない。
 娘は叫んだ。

「もう無理、お願い、マゼラン!」

「ふがいないな、ミト。まあいい、詠唱はすんでいる。――アークゲルブグレイグ」

 その瞬間、巨大な魔法陣が現れ、老人が掲げた腕の先に小さな光の球が現れる。その小さな光の球から、巨大な雷が迸った。
 雷という残忍な獣は次々と魔物を屠る。その後には、死体すら残さない。
 魔物の群れは、見渡す限り、存在を消失していた。
 いや、まだいる。遠くの方で、巨大な魔物が何体か、まだ生きている。しかし虫の息だ。
 その中に、一際大きな魔物。

『人間か……なんだ、その桁外れの呪文は。貴様は危険すぎる……我が全力を持って倒す!』

 大きな魔物がいい、黒い球が飛んできた。
 娘は老人を背負い、逃げる。逃げる。老人が、呪文を唱え続ける。
 娘は見事逃げ切った。老人が唱える。

「――ドルバズン」

 美しく装飾された盾が現れ、娘と球の間に現れる。
 球が、爆発した。凄まじい爆音。立ち上げる土煙。しかし、ミスティアークは確信していた。娘の健在を。この勝負の結末は、既にわかっている。

「――パラドルグ」

 老人の声がして、娘が、ミトが、土煙から飛び出す。
 ミトは発光していた。パラメーターを作動しているだけではありえない、凄まじい速度だった。
 魔王に、肉薄する。駆けている間に、老人は薬らしきものを飲みほした。

「さあ、これが最後のマジックポーションだ。後戻りはできないぞ、ミト」

「上等!」

 ミトは、逃げる。逃げる。魔王と魔王の側近の爪をかいくぐる。
 全くの無傷とは言えない。少しずつ傷つけられ、ミトの動きが鈍っていく。
 しかし、マゼランの呪文詠唱の完成の方が早かった。

「――ターティカルグレイグ」

「偉大な魔術師よ、卑小な魔物の爪によって死ぬがいい!」

 赤い閃光が閃き……魔王は、倒れた。最後に、一匹の魔物を産み、ミトに一撃を与えて。

「ミト!」

 魔術師が叫ぶ。小さな魔物が魔術師を襲う。
 MPのなくなった魔術師にはなすすべもなかった。

「く……!」

 魔術師はミトに覆いかぶさる。
 ミトは、最後の力を振り絞って魔物に剣をつきたてた。
 もっとも、それは遅すぎた。小さな魔物が与えたダメージは弱い魔術師には十分すぎるものだった。
 そこで、ミスティアークは元の白い空間に戻っていた。





 ミスティアークは、茫然としていた。魔王が、たった二撃。それに、あの広範囲攻撃呪文。あれはめちゃくちゃだ。周辺の魔物を全てなぎ倒してしまった。
 マゼランの一撃は、軍の突撃を補って余りある。あの境地に、人が達する? 馬鹿な。あれは神の所業だ。

「凄い……。いえ、ありえない。なんなの、あの呪文は。王宮の魔術師でも、あんな呪文は使えないわ。それに、マジックポーション。あれは城に祭られている、神々に頂いたと言われているマジックポーション……」

 クスクスクス、とキュロスは笑った。どことなく誇らしそうだった。それもそうだろう、その大魔法使いを引っ張り出したのはミトであり、それを導いたのはキュロスなのだ。

「魔法使いマゼランが生涯を掛けて編み出した呪文です。全ての呪文が適正値一万から七千ポイント相当です。ちなみに、マジックポーションも自作ですよ。あれは中でも質の悪いものですね。以前は魔術師関連の適性は一つだったのですよ」

 ミスティアークはそれを聞いて驚愕した。それは人一人の一生分の数値ではないか!

「昔は才能に差があったと聞きます。マゼラン様はそのように多大な才能を持っていたのですか?」

 キュロスは哂う。先ほどと違い、ミスティアークを嘲笑う笑いだ。

「そう思いますか? まあ、生まれながらの巫女として生まれながら美に料理に背に力にとパラメーターを少しずつ振っている貴方にはわからないでしょうね」

 問われて、ミスティアークは戸惑った。そんな、馬鹿な。まさか。しかし、あの醜く弱い姿は。まさか、物心ついてからほとんどのパラメーターを魔術にのみ注いだというのか。この私ですら、巫女の一族の私ですら、他にもいくらか振っているというのに!
 しかし、なおも私はいい募った。

「しかし、一万ポイントなんて不可能です。赤子の時のポイント消費はどうしようもありません」

「魔法使いマゼランの一族には、五歳の時までポイントの消費を抑える特殊呪文が伝わっています。研究すれば、ポイントを左右する呪文も出来ない事はありませんよ。魔術研究に八千も振って何十年か研究すれば出来るでしょう。精進しなさい、巫女よ。陛下に話しかける祈りが通用しないのも当然の事。それもまた、適正の祈り値は一万ポイントなのですから。子供達を育てる事です。注意深くね」

 ポイントを左右する。それは神の域だ。ミスティアークは息を飲んだ。その果てしない道のりと、可能性に。

「しかし、それでは魔王を倒すのは何十年後という事になってしまいます。せめて、マゼラン様の編み出した呪文を知るすべはないのですか?」

 罠にかかった。ミスティアークは、そう感じた。それほど、キュロスの顔は抑えようのない喜びにあふれていた。

「そこで、ミスティアークさんに朗報です!」

「待つにゃー!」

 そこで、頭に毛のついた三角耳、毛皮の肌、でかい爪、長い尻尾、扇情的な胸と長い腰巻のみの服に鋭い爪をもった神が乱入して来た。
 目は大きく爛々として黒く、胸は大きい。
 ミスティアークは自らの胸に手を置く。あたしだって、巫女にさえなっていなければ胸にもう少しパラメーターを振れるのに。

「ミャロミャロス様、どうしてここへ!?」

 キュロスが驚いて問いかける。

「ずるいにゃ! ずるいにゃ! また人間に魔王を倒させて陛下を喜ばせるつもりにゃ!? あれ以来陛下はマゼランを褒めてばかりにゃ! 民はいつマゼランの隠しざい……むぐぅ」

 キュロスは慌ててミャロミャロスの口を塞いだ。
 しかし、ミスティアークは聞き逃さなかった。マゼランの隠し財産。
 呪文? ポーション? どちらにしろ、素晴らしいものに違いない。それを私の手柄に出来たら……。

「ミャロミャロス様、それは私達が直接教える事を陛下から禁じられています」

「わ、わかったにゃ。とにかく! あれ以来キュロスは出世、魔術研究の予算は鰻登りにゃ! マゼランが現れるまでは魔王退治には軍を用いて、戦士も魔法使いも弓兵も平等に活躍していたのに、ずるいにゃずるいにゃ! 今度は、戦士だけで倒すにゃ! そして予算をゲットにゃ! やるにゃ! パラメーター全振りにゃ!」

 ミャロミャロスはミスティアークを勢いよく指さして言った。

「ミャロミャロス様、さすがにそれは厳しいかと……」

「わかってるにゃ。陛下は魔術師のマゼランが好きにゃ。直接手出ししたらめっされるにゃ。マゼランには補助魔法を使わせるにゃ!」

「いや、それはまるっきりわかってないと思いますよ。それに、単体補助魔法は七千ポイントです。マゼランに覚えさせるのはもったいないですよ」

「じゃあアトルかアトラに覚えさせるにゃ! 奴らはまだパラメーター八千残ってるにゃ! でもあいつらひ弱そうにゃ。ケントにやらせるにゃ。剣道に全振りにゃ」

 ……アトラ。アトル。ケント。ミスティアークはそれを心に刻みつける。そして、マゼラン。マゼランは必ず、この者達の近くにいる。信じられない僥倖に、体が震えた。

「ああっ剣道発祥の地で使われるという刀を落としたにゃ! これを人間が使ったとしてもにゃーのせいじゃないにゃ!」

「ちょ……駄目ですよ! そこまで力添えしちゃ」

「キュロス……下級文官ごときがにゃーに意見するにゃ?」

「……っ 陛下にとがめられようと、私は知りませんからね!」

 そして、元の祭壇にミスティアークはいた。
 ミスティアークは、しばし呆然とする。

「ふ……ふふ……あはは……あははははははははははは!!」

 ミスティアークは笑う。笑う。笑う。
 降ってわいた幸運に、ミスティアークは目眩がしそうだった。
 ……絶対にこのチャンス、ものにしてやるわ。
 ミスティアークは踵を返した。



[15221] 極振りっ!4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/03/31 21:00


「トモヤー。アトルー。早く―」

 金髪をさらりと揺らして、アトラは言う。

「お前はいいよな、荷物持ってないから」

 俺とアトルは荷物の重さに、荒く息を吐いた。
 俺達が住むのは長屋の一部屋だ。最も、アトルは四年後には神殿入りになるだろう。
 今、俺達は何もない部屋に家具を買って運びこんでいる所だった。
 お金は給料を前借した。三人とも、別々の店で下働きをする事になる。女の事の同居生活は、孤児院の生活で慣れていた。

「ふぅー。これで全部、かな」

 家具と言っても、寝具がほとんどだ。後は少ない料理道具と、食材。これが引っ越した俺達の荷物の全てだった。

「料理には少しパラメーター振った方がいいかなぁ」

「必要ねーだろ。なんだったら俺が作るし」

 アトラの言葉に、俺が答える。

「私が作ってあげたいの! トモヤ、料理教えてよ」

「いいけど」

「本当? やったぁ!」

 アトラは喜ぶ。そばかすの散らばるその笑顔を見て、とくんと心臓が跳ねた。

「じゃあ僕は毒見役だね。楽しみだなぁ。トモヤの料理」

 アトルの穏やかな微笑みにも、とくんと心臓が跳ねる。
 おいおいおいおい、ミトの時もそうだったじゃないか。俺は自分に好意を寄せる奴ならなんでもいいのかよ? 美咲を救えるのがほぼ確実になって、気が緩んでいたみたいだ。気を引き締めないと。
 でも、全てが終わった後、アトラとアトルと平和に暮らすのもいいかもしれないな……。
 教会に回復呪文の事、申し出ずにさ。
 この時代では回復呪文の使い手は貴重みたいで、あんまり会えなくなりそうだし。

「俺も料理にパラメーター振ってないから、期待すんなよ。びんぼーな料理しかしらねーし」

 向こうでは色々料理したが、こっちと向こうでは食材が違うのだ。試行錯誤が必要だな。覚悟しろよ、アトル。
 俺は早速食材を取りだした。
 今日は初日だから、ほんの少し豪勢にしよう。親子丼風にしてみようか。たしかこっちでも似たような料理はあったはず。早速肉を味付けして炒める。脇に寄せて、取れたての卵をフライパンに割り入れる。
 料理に集中して、肉を加えようと手を伸ばした。

「……おい」

 炒めて脇に寄せておいた肉の大半が消えていた。
 アトラとアトルが満足そうに唇をぬぐった。

「いやートモヤの料理美味しいねぇ」

「次は何作るの? あっトモヤの分も残してあるよ! 三等分!」

「つまみ食い禁止! つーか料理途中だっつーの」

 俺はアトラとアトルの頭をぺちんぺちんと叩く。
 やけに肉の少ない親子丼になってしまった。しかも、ご飯がない。
 俺とした事が、うっかりしていた。しかし、アトラとアトルは喜んで食べてくれた。

「美味しいねぇ、これ美味しいねぇ」

「シスターの方がうまかったろ」

 アトルは、笑う。

「シスターは料理にパラメーター振っていたじゃない。これからはそうはいかないねってアトラと話してたんだよ」

「あ……」

 アトラとアトルのパラメーターに拘束を掛け続ける限り、あれが足りない、これが足りないという日々は続く。
 本当にいいのか? 問いかける言葉を飲み込んだ。俺には、アトラとアトルが必要なんだ。
 食事が終わったら、俺は紙とペンを引っ張り出し、呪文を書いた。
 何事かとアトラとアトルは見つめる。

「アトルにはこれを覚えてもらう」

 俺は紙を差し出した。

「読めないよ、トモヤ」

 千年前の言葉だからな。しょうがないか。

「俺が教える。これが俺の知る最高の単体回復呪文、ラグルピースだ。必要回復呪文適正は七千ポイント。やれるな?」

「うん……うん!」

 アトルはこくこくと頷いた。

「トモヤは何に使うか、決めた?」

「四年後に、会いに行かないといけない人がいるんだ。アトルにはその人を癒してもらう。その人に、会いに行く為の呪文を覚える」

「その人ってマゼラン様?」

 アトラの突拍子もない言葉に、俺は目をきょとんとさせた。

「あっなんでもない! なんでもないよ!」

 アトルがアトラの口を押さえる。

「違うよ。どうしてそうなるんだ」

 二人は躊躇した後、口を開いた。

「だ、だってトモヤって不思議な人だから。ほら、パラメーターを振っていないのになんでもちょっとずつ出来たし、わからない言葉を書けたし、呪文の事知ってたし。あ、あたしとアトル、聞いちゃったんだ。「後一万七千ポイント必要なのか」って。「ミト」とか「ミサキ」って呟く事も多くて。あたし達、ポイントの総数しらなくて、それで、何に使うんだろうって気になって。そしたら、トモヤの色んな事に気づいて。もしかして、もしかして魔法使いミト様に関係あるんじゃないかなぁって」

「一人で一万七千ポイントなんて無理だよ! だから、僕達力になれたらって。それで、魔王を……」

「思ったより、観察力があるんだな」

 俺は息を吐いて言った。小さい頃は、考えを纏める為に確かに口に出していた。小さい子ばかりだから、誰も聞いていないと思っていた。俺はなんて迂闊なのだろう。
 俺は、考え考え口を開いた。

「俺が助けたいのは美咲。以前、ミトと呼ばれていた人だ」

 アトラとアトルは、息を飲んだ。

「けれど、俺は魔王を倒さないし、ミトに倒させるつもりもない」

 二人は目を見開く。かすれた声で、アトルは呟いた。

「どう……して?」

「俺は元々魔王退治に興味はなかった。……俺は、マゼランと呼ばれていた」

「勇者様……!」

 アトラは小さく叫んだ。俺は唇を、一度ギュッと噛む。

「ミトが、無理やりさせたんだ。寒々として汚い洞窟から、無理やり連れ出した。俺に、外の世界と人のぬくもりを教えた。俺はミトの為に、魔王を倒した。こちらでも、輪廻転生の概念はあるだろう? こことは全く別の地に、俺とミトは生まれ変わった。もう、勇者と魔法使いじゃあないんだ。……そしてなによりも……生まれ変わった俺、智也はミト……美咲を憎んでいる。美咲が俺より賢いから、俺より強いから、俺より美しいから、それだけの理由で」

「トモヤが……憎んでる? ミト様を?」

 俺は頷いた。まっすぐにアトラとアトルを見れない。下を向いて、淡々と話す。

「そんな美咲に、俺は命を助けられた。美咲は今、大怪我をして苦しんでる。だから、この地へやってきた。美咲を癒す、それだけの為に。俺と美咲の生まれた所は、魔法が存在しない場所なんだ。MPも回復しない、そんな世界。その上、命を代償に使った技は、古いパラメーターだから使えないと来た。だから、こっちの世界に戻って回復呪文を覚え直してくる事が必要だった」

「トモヤは……マゼランだったんでしょう? 呪文が使えたの?」

 アトルの言葉に、俺は苦笑する。

「勇者はミトだったんだよ。そして、魔法使いがマゼラン。魔王を倒したのは剣じゃない、俺が研究した魔法だ」

 アトラが、囁く。

「命を代償にって……トモヤは、ミト様の為に一度死んだの?」

 心配そうに、アトルが言った。

「元に戻れるの?」

「死んだ命は戻らない。それでも、俺は美咲を助けたかった。だって、屈辱的じゃないか。ずっと憎んでいた相手に助けられて、もう一生その相手を、あらゆる意味で追い越す事が出来ずに長い生を生きるんだ。ずっと、ずっと、永遠に、負け犬のままで、俺は……」

「トモヤは負け犬じゃない!」

 アトラは、俺の胸に縋っていった。目には涙が滲んでいた。

「トモヤは、負け犬じゃないよ!」

 アトルが、うんうんと頷く。俺は、首を振った。わかっていない。こいつら、何もわかっていない。俺の気持ちは、俺以外誰にもわからない。
 物心つく頃から、俺は比べられ続けてきた。そして、最後には……。

「凄いわねぇ、美咲は、それに比べて、智也は……」

「あらぁ。うまく描けたわね。智也は……まぁ、智也だからね」

「凄いわね、美咲。貴方は私の自慢の子よ」

 ……俺の存在すら、目に入らなくなった。双子なのに。双子なのに。双子なのに!
 そして美咲は、俺に憎む隙を与えなかった。いつもとろい俺をいじめっ子から庇って、守ってくれた。笑顔で接した。美咲を憎む俺は、自然と悪者になった。
 自分で自分を悪だと、認識しなければならなくなった。
 吐き気がして、口元を押さえた。

「トモヤ、トモヤどうしたの? 大丈夫?」

 心配そうなアトラの声が、殊更憎かった。俺は口の端を釣りあげる。

「そんなわけで、俺はお前らの思うような勇者様じゃないんだ。魔王退治なんて、ごめんだな。自分の目的さえ達成すればいい。魔王が倒したきゃ自分でしろよ。アトラ、お前に魔王を倒した攻撃呪文を教えてやるよ。二発も当てりゃ魔王は倒せる。ミトがそうだったように、戦いの間守ってくれる戦士は自分で見つけろ。ただし、アトルが回復呪文を覚えて、美咲を治してくれた後でだ。これは、取引だ」

 吐き捨てると、俺は二人を見下して言った。

「さあ、どうする?」

 それに返って来たのは。

「トモヤ。僕は、ミト様を、ミサキを救うよ。それは世界を救う為……も少しあるけど、それだけじゃない。トモヤの為だよ」

 優しい言葉。

「わたし、魔王を倒すよ、トモヤ。だから、そんな顔しないで。ミサキもこの世界も、助かるよ」

 慰め。

 俺はどんな顔をしてるっていうんだ! 違うんだ、欲しいものはそんなものじゃない。俺は、俺は……!

「そんな目で、俺を見るな!」

 俺は、長屋を飛び出していた。
 気分は、あの交通事故の時、美咲を見捨てて逃げた時と似ていた。
 ……帰りたくない。帰りたくない。帰りたくない。
 俺は道の隅っこにより、食べた物を残らず吐きだしてしまう。

「きったねーなー。なにやってるんだよ、ほら、ハンカチ」

 クダが、話しかけてきた。よりによって。俺はその手を払いのける。

「五月蠅い」

「な! なんだよ、人がせっかく……! お前っていつもそうだよな。人の事見下してんだろ! 知ってるんだぞ、俺。俺達の事、綺麗綺麗いいながら、すっげー見下した目で見てるの! 暗号は確かにすげぇけど、それが出来るからって、なんの役に立つんだよ、そんなもの、なんの役にも立たないじゃねーか! 見下されて、嬉しい奴なんかいねーよ!」

 それは俺の胸を刺し貫いた。
 ミト。愛しながらも心のどこかで見下していた。魔法の技術は確かに世界一だった。それが出来るからと言ってなんの役にも立たない。見下される毎日。こんな奴らに。こんな魔法一つ使えない奴らに、見下される毎日。俺は。俺は。俺は。

「うわあああああああっ」

 クダに殴りかかる。クダも殴ってきた。当然、俺の方の分が悪い。
 殴り飛ばされて、俺の体は地面を滑った。

「お前なんか、もうしらねー! ケントが仲良くしてやれって言うから優しくしてやったのに……!」

 クダが、駆けていく。
 口から、自然と笑いが漏れた。笑い声は次第に大きくなっていく。涙が、次々とこぼれ出る。
 道行く人が、不思議な物を見る目で避けて通っていった。
 ああ、なんて滑稽なんだろう。認めよう。俺は、もう誇り高き魔術師じゃない。かといって、完全に生まれ変わった平凡な子ども、智也でもない。孤児院の前に捨てられたラグルなんかじゃ、もちろんない。俺は、マゼランの負の部分、残りかすに過ぎなかったのだ。
 笑いつかれて、ただ地面に横たわる。
 しばらくして、俺は立ち上がった。
 帰ろう。
 帰って、アトルに回復呪文を教えよう。
 そうして、元の世界に帰って、美咲を癒そう。
 癒した後は、アトルをこの世界に返し、今度こそ魔法の使えない平凡な子ども、智也としての人生をやり直そう。
 戸籍がなくて、どこまで生きていけるかはわからないけれど。家に忍び込んで俺の部屋へ行けば、キャッシューカード位は手に入る。
 この体が黒髪黒眼で良かった。少し顔立ちは西洋風だけど、これならばまあ溶け込めるだろう。
 アトラとアトルは勇者と僧侶として栄華を極めるがいい。しかしそれは、俺の教えた魔法なんだ。
 そして、かつていた洞窟の事を思い出す。
 ……いつか見つけて、燃やさなきゃな。何もかも。跡形もなく。
 部屋に戻った時、アトラとアトルは既に布団に入っていた。体がぴくっと動いたから、起きていないのはわかった。それでも俺が布団に入るのを、気づかないふりでいてくれた。これが、俺達が孤児院をでた初日だった。美咲を救うまであと四年。俺は、布団を頭からかぶった。


「ケントなるものが勇者として選ばれし者とは、本当か!?」

 神官に問われ、ミスティアークは艶めかしく前髪を掻きあげた。

「ええ、神々の干渉は禁じられているからと、このカタナを落とした振りをしてまで下さいました」

 ミスティアークが捧げ持った刀を、神官は震える手で受け取った。つかの部分を見て、目を見開く。

「おお……これは正しくミャロミャロス様の紋章! これがケンドーで使うという、カタナか……。よし、早速王に進言して、ケンドーというパラメーターを持つ男、ケントを探そう。ケンドーにパラメーターを全振りだな? しかし、基準が八千とは……神々は、かくも厳しい試練をお与えになるか……」

 神官が、試しに刀を鞘から抜こうとする。

――破邪の刀。使用には剣道のポイント七千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。

 神官は、目を見開いた。

「基準値は七千と出ているが?」

「ケント様の振れる値が八千と言う事ですわ」

「そうか、わかった。……しかし巫女殿、その胸と顔、言葉づかい、体の動き。まるで別人ではないか。巫女は基本的に祈りにしかステータスを振るのは許されていないはず」

 ミスティアークは、体をくねらせ、妖艶に笑う。

「あら。私もケント様に会いに行きますわ。その時、醜い顔で勇者様の前に現れるなんてできませんもの。残った全てのパラメーターを美に関する事に注ぎましたの」

 神官はため息をついた。先代の巫女は命を落とすのが早過ぎた。
 その志は、全く持ってこの巫女に受け継がれていない。
 しかし、若くして重要な信託を得た事は評価せねばならないだろう。
 神官は踵を返す。彼は気付いていて見逃した。
 巫女の目に燃え盛る野心に。巫女の邪悪に歪んだ唇に。
 勇者を見つけた事で舞い上がり、勇者に選ばれる事を狙っているのだろうと思ったから。
 しかし、巫女の野心はそんなものではなかった。

 そんなものでは、なかったのだ。



[15221] 極振りっ!5話 
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/02 00:05

「わー。料理長さんの料理、美味しいー」

 アトラは賄い食を頬張って言う。

「あたぼうよ。俺は料理に三千もパラメーター振ってるんだぜ。ここいらの料理屋じゃ断トツだ。料理のレパートリーが庶民的な物ばかりじゃなかったら、お貴族様にも雇ってもらえるレベルだぜ。あんたら暗号とか子どもの遊びにパラメーター全部振ったんだろ? ばっかだなぁ。あんまりシスターに迷惑かけるなよ」

「あ、でもポイント振らなくても、頑張ればそこそこ美味しい料理を作れるものだよ?」

「嘘つくな、例えばなんだ?」

「えーとね。この前の料理は親子丼で、こう、肉をいためて……」

 アトラが説明をする。料理長は、ほうほうとそれを聞き、メモをした。

「うん? この料理は……やっぱり」

 料理長が、首を傾げる。

「なんですか?」

 アトラが聞くと、料理長は訝しげな顔をして答えた。

「お前、外国人と暮らしているのか? 料理や創作料理のパラメーターだけじゃなく、日本料理とかいうパラメーターが出たぞ」

 アトラが驚く。

「そんなにいっぱいパラメーターが出るものなの? あたしが真似した時は料理のパラメーターしか出なかったけど」

「なんだ、しらねーのか。パラメーターは凄く細かく分かれていてよ。意識して欲しいと思ったパラメーターが反応すんだよ。ま、料理にふっときゃ一番間違いがねーがな」

「そうだったんだ……。日本、料理……」

 アトラは口の中で呟く。それが、トモヤの故郷の名前。
 料理長はよし、と膝を叩いた。

「ちょっくらパラメーター上げてみるかな。アトラ、その異国人からレシピたくさん貰ってこい」

 トモヤの料理が評価される。アトラは、笑顔で頷いた。
 アトラが帰ると、先に帰っていたトモヤは振りむきもせずに言った。

「お帰り」

「うん、ただいま! 料理作るの、待っててくれたんだ? つくろつくろ!」

「ああ。約束したからな。まずチャーハンを作って……」

 その日のご飯は、オムライスとかいう食べ物だった。
 アトルが溝掃除から帰ってきて、オムライスに歓声を上げた。
 トモヤは水を汲んだ桶を指し示す。

「食べる前に体を拭け。さっさとしろ。洗濯は俺がしておく」

「ありがとう、トモヤ! わー、お湯を入れてくれたんだ? 水が冷たくない」

 アトルは服を脱ぎ、体を綺麗に拭いて行く。アトラは知らん顔でオムライスをぱくついている。この程度で動揺しては、同居生活など出来ないのだ。

「さあ、召し上がれ」

「うん! ……あー、凄い美味しい!」

 アトルがオムライスを頬張ると、アトラが身を乗り出して言った。

「トモヤ、料理長が色々レシピ知りたいって」

「確かに珍しがられるかもな。似た料理はこっちにもあったと思ったが……。まあこれくらい、いいか。夕食、毎日違う料理作るようにするからその時にな」

「やったぁ!」

 アトラは弾けるような笑みを見せ、トモヤは顔を逸らした。
 アトラは知っている。この時、トモヤは照れているのだ。自分では絶対に認めようとしないが。
 食後は、回復呪文の講義だ。トモヤの言葉は酷く難しい。大魔法使い、マゼランの研究の集大成を学んでいるのだから当然だ。
 初歩の初歩の呪文学を覚えるだけでも、一苦労だ。それでも、アトラとアトルは真剣に頑張った。
 翌日も、眠い目をこすりながら、アトラは料理店へと働きに向かう。
 料理店へと入ると、料理長がアトラを見て微笑んだ。

「おう、アトラ。早速品数限定でメニューに親子丼を出して見たぜ。食ってみるか?」

「うん、食べる食べる」

 アトラは一口、親子丼を口に放り込む。その美味しさに、目を見開いた。

「凄い……全然別の料理みたい……美味しい」

 料理長は豪快に笑った。

「はっはっは。そうだろうそうだろう。俺の手にかかりゃー異国の料理もこんなもんよ」

 アトラは、改めてパラメーターの凄さに息を漏らした。何度も、何度も見てきた事だ。トモヤが剣道で体を鍛えた時、ケントはあっという間に越して行った。
 トモヤが勉強を皆に教えた時、ブールーどころか、小さな子供まであっという間にトモヤを追い越した。
 パラメーターは残酷に選択を迫る。どれを選び、どれを捨てるか。
 パラメーターを持つ者に、持たざる者は勝てはしない。
 マゼランは、きっと魔法の為に全てを捨てた。でなくば、一万ポイントも使う呪文を使えはしない。
 勇者。格好良くて、無敵で、自信満々で、快活で、誇り高く、誰にでも愛を振りまいて、女たらしで、栄光と栄華を我がものにする勇者。トモヤはそんな勇者のイメージとは無縁だ。トモヤは醜くて、努力家で、でも何一つ出来なくて、全てがどうでも良さそうなのに偏執的で、劣等感に溢れていて、その癖どこか達観して、皆を冷めた目で見ていて、なのにいつも足掻いていた。
 孤児院には子供がいっぱいいたけど、そんなのはトモヤだけだ。
 きっと本当に優れた人はそうならざるを得ないのだ。何かを成すには、パラメーターを極めねばならない。一つの事で誰にも負けなくても、それ以外ではどれほど努力しようと、誰にも勝てない。
 その、たった一つを、トモヤはたった一人の為に使うという。それは人生の全てを捧げると言っている事に等しい。
 トモヤがそれほどまでに全てを捧げる人は、トモヤが全部を賭けるほど愛しくて憎い人はどんな人なのだろうか。
 ぎゅっと拳を握る。トモヤは、アトラとアトルの事だって信じてくれた。でなくばあんな過去、話してくれるはずがない。
 全てを捨てさえすれば、パラメーターが極められるわけではない。パラメーターを上げるにはイメージが必要だ。想像すらできない場所に、人はたどり着けない。でも、アトラはそこへ行ける。トモヤが導いてくれる。
 私もなろう。勇者に。足掻いて、足掻いて、足掻いて、醜くて、偏執的な、勇者に。
料理長、今は、自慢そうに笑っているといい。私はいずれ、貴方の上を行くのだから。
 微笑むアトラに、料理長は何も気づかず微笑み返した。














「ケント。まず、武官の心得をいい渡そう。下級とはいえ、我らは兵ではなく官だ。民に示しがつくよう、見た目も整えなければならない。美や礼儀作法に百ずつパラメーターを振ってもらう。式典の時に使うフィリア流剣術も五百、用兵や書類作業に計五百、計千ニ百のパラメーターを使う事になる。それと、当然得意な武術だな。緑武官はそれが一番重要だ。ま、お前は問題ないな。唯一試験管を倒した男だからな」

 城の一室で、緑の制服を着たダンディという表現を体現したかのような男が、ケントに同じ緑色の制服を渡して言った。

「緑武官なのに使うパラメーター結構多いんだな」

「緑武官は雑用と他の武官の護衛を司る官だ。どこでも行くし、雑用もするからオールマイティーに出来なきゃ不味いんだよ。闇武官なんかは、戦い一辺倒だがな。あれは王族を守る為なら何でもする、パラメーター三千越えの戦闘狂共の集まりだから」

「俺もそっちに行きたかったかも」

 男は、ケントの言葉を聞き噴き出す。

「それは無理だな。闇武官は子どもの時からパラメーター管理されて育っているんだ。強さの面でも、信用の面でも、お前ごときが入れるものではない。さあ、美にパラメーターを振ってみろ。俺が格好良くなるように指導してやる。最も、美形で有名なアシュラク孤児院の奴にそんな指導はいらんのかもしれないがな」

「いや、頼む」

「そうか、じゃあ、手始めに格好よさに振ってみろ。想像するんだ。その癖っ毛がサラサラの様子を」

 ケントがまさにパラメーターを振ろうとした時、扉がバタンと開いた。

「待った―! ケント、いや、勇者様、パラメーターを振ってはなりません!」

 蒼の制服姿の若い男が息を切らせて走ってきた。斥候・情報処理専門の蒼武官だ。

 ケントが勇者様と言われ、首を傾げた。

「勇者様? 何を言ってる」

「勇者様、一つ聞きます。貴方の残りパラメーターにケンドーの値を足すと、八千になりますか?」

 緑武官が笑う。

「おいおい、そんなべらぼうな数値、あるわけないだろう。闇武官ですら三千なのに」

「だいたいそれくらいになるな。そこまでケンドーのみに振るつもりはないし、振れないだろうけど。今二千振ってて、五千まで振ったらそこで打ち止めにするつもりだ」

 緑武官は、頬をひきつらせた。

「おいおい……八千だぞ!? 何を言っているんだ、嘘をつくなよ」

「いいえ。残り全てのパラメーターをケンドーに振ってください、振るようにとの、神ミャロミャロス様からのお達しです。それで、魔王を倒せと……」

「魔……王、を? 俺が……勇者? それで、仲間の魔法使いは?」

 ケントが懐疑的に問う。蒼武官は、息を整えながら問い返した。

「仲間の魔法使い、とは?」

「勇者マゼラン様でさえ、魔法使いミト様を連れて行った。俺には剣士だけで魔王を倒せるとは思えないんだが」

「そのような事、聞いていませんが……とにかく、神官様の元へ。剣道に使う武器、カタナを持ってお待ちです」

 ケントは、とりあえず蒼武官について行く。
 奥に行くにつれ、ケントは顔を青ざめさせた。こんな所まで入っていいのだろうか?
 城の最奥にある祭壇で待たされ、しばらくして最高司祭が現れた。ケントは、慌てて平伏する。

「そのように畏まらずともいいのです、勇者様。急に言われても信じられないでしょう。しかし、このカタナをご覧ください。ミャロミャロス様は、貴方にこのカタナを持って魔王を倒すようにと言われました。鞘からお抜き下さい」

――破邪の刀。使用には剣道のポイント五千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。

「確かに、これは……俺が、勇者? 俺が? ……マゼラン様、みたいに?」

 ケントは、激しく戸惑う。

「でも俺は、武官になって……。武官になるには、見た目とかも必要だって」

「貴方様は今度お生まれになる王族の闇武官に任命されます。それならば問題はありません。早速、残りパラメーターをお振り下さい。どんなに早くやっても、魔王退治まで後四年掛かってしまいます。準備は早いに越したことはありません」

 闇武官になれる、という言葉が決め手だった。

「振れるだけ振ってみます」

 カタナを握る。それで邪悪なもの、魔王を切るイメージを幻視する。
 その刀は酷く手になじんだ。頭の中に声が響く。
――剣道にパラメーターを振りますか?
 ケントは、出来うる限りのパラメーターを剣道に突っ込んだ。
 体の節々が作りかえられる痛みに悲鳴を上げる。
 振れたパラメーターは、千。
 ケントが跪いた事で言葉通りパラメーターを振った事を知った最高司祭は、慈愛あふれる瞳で微笑んだ。

「それでいい。体に負担をかけない範囲で上げて行きましょう。貴方の部屋は新しいものを用意します」

「はい、最高司祭様」

 ケントは蒼武官に案内され、新しい部屋に移った。豪勢な部屋だった。
 貴族と接する事もあったケントにはわかる。調度品の一つ一つが孤児院の一年の経営費にも匹敵するものだと。
 その部屋のベッドに、横たわる者がいた。艶めかしい美女だった。

「お待ちしておりましたわ。ケント様」

「勇者ってすごいな……」

 しかし、ケントは見逃さなかった。自分を見て、一瞬眉が顰められたのを。
 ケントは醜い。美にパラメーターを振っていなかったから。たった今振る所だったのだが。それは許されそうにない。
 美女は、ゆっくりと立ち上がっていった。

「私は、巫女のミスティアーク。ミスティと御呼び下さいませ。ケント様にお話がありますの。実は神託はあれだけじゃありませんでしたの。アトラとアトルと言う名前をご存じ?」

 ケントの心に、警鐘がなっていた。トモヤが、過去に言っていた事があった。

「綺麗なのは、他に何もできない証拠だよ」

 巫女の美は確かに大したことがないが、それでも平均より美しい事に変わりはない。
 プロフェッショナルにしては、あまりにも美しすぎる。
 ……偽物だな。ケントは断じた。

「さあ、知らないな」

 巫女の表情が歪む。

「そんな、そんなはずはありませんわ。よく思い出して、ケント様」

 巫女はケントにしなだれかかる。
 ケントは巫女を押し戻した。武官に内定したケントは孤児院でもてていた。
 あの孤児院で、だ。この程度の誘惑、跳ねのけられないケントではない。

「大体、なんの神託だというんだ」

「貴方の近くに、アトラとアトル、そして魔法使いマゼラン様がいるはずなのです。そして、アトラとアトルのどちらかに補助呪文を覚えさせてケント様を強化し、魔王を倒させよとのミャロミャロス様のご神託です」

 魔法使いマゼラン。ケントの脳裏にそっぽを向いたトモヤの顔が映った。
 色んな事を誰にも教えられず知っていたトモヤ。トモヤが、寝言で呟いていた事がある。「回復呪文に七千ポイント……」と。それに、ブール―も言っていた。暗号解読に振ったなんて嘘だと。ブール―はパラメーターを陰謀に振っていたから、ブール―の言葉はまず間違いがない。
 トモヤはこうも言っていた。マゼランは戻って来ない。その代り、弟子に託す。
 ミスティアークの言っている事は事実のように思う。盗み聞きでもしたのか?

「その神託については、俺から最高司祭様に聞いてみよう」

「あら! 私の事が信じられないと言いますの? どのみち、最高司祭様はお忙しいわ」

 ミスティアークは大きな胸を押しつけてくる。甘い微笑み。その媚の裏にある焦りを、ケントは見逃さない。

「お前……」

「これはこれは、綺麗なお嬢さんですね」

 その時、ブール―が歓声を上げて入ってくる。

「何の話か聞いてもいいでしょうか?」

「ブール―、いい所に。こいつ、巫女を名乗ってるんだけどよ、怪しいんだ。アトラとアトル、魔法使いマゼランを探してるんだってよ」

「アトラとアトル! 知っていますよ。私の友人ですから。それがどうかしましたか? 巫女様」

 ブール―が来た時も眉を顰めた巫女は、アトラとアトルの事を聞いてぱっとブール―の手を取った。

「まあ、素敵! これは機密なので言えないですが、どうかアトラとアトルに会わせて欲しいのです」

「それは難しいですよ。ここだけの話、アトラとアトルは、後一人トモヤという人間と、さるお方に弟子入りしているのです。名前は名乗ってもらえなかったのでわかりませんが」

「さるお方! きっとそれがマゼラン様ですわ。実は、神から最高司祭様にも内密の神託が下っていますの。ぜひ、秘密裏に会わせて下さい」

 ブール―は、さも残念そうに首を振る。

「こんなにも美しい巫女様の言う事なら、ぜひ聞いて差し上げたいのですが……さるお方は三人を置いて旅立ってしまわれて……帰ってくるのに四年は掛かるのです。用件を先に聞く事はできないでしょうか? 私でも何か力になれるかもしれません」

「四年も……!」

 ミスティアークは唇をかんだ。しかし、すぐに気を取り直す。

「では、帰ってきたらすぐ私、ミスティアークにご連絡くださいませ。ケント様、ブール―様、この部屋での話はどうか内密に」

 ミスティアークは、部屋を出て行く。ケントはすぐにブール―を問いただした。

「ブール―! アトラとアトルの事を言うなんて……!」

「声を抑えて。あれぐらい、調べればすぐにわかる事です。大事なのは、トモヤの事をばれないようにする事」

 ケントは、小さな声で言った。

「トモヤはやっぱり……」

 ブール―が深く頷く。

「マゼラン様でしょうね。おかしいと思っていたのです。魔法使いミト様が何故自分の名を呼ぶのかと。魔法使いがマゼラン様で、勇者がミト様なら話は簡単です。そして、恐らくミト様もミサキとしてどこかにいらっしゃる。……大怪我を負って」

 ブール―の推理に、ケントは頷いた。そして、苦々しく吐きだす。

「あの巫女を名乗る女、何なんだ? トモヤに何かしようとしているのか?」

「あれは本物の巫女ですよ。ただし、何かを企んでいます。トモヤの居場所を知らせればトモヤが危ない。『陰謀』で読みとった所、命の危険すら感じました。何を巫女に吹きこまれました? 事情を説明して下さい」

「俺が勇者だって言ってた。それで、アトラかアトルに補助呪文を覚えさせて、それで魔王を倒せってよ。ミャロミャロス様のご命令だって。賜ったとかいうカタナは本物だった。必要パラメーターが七千必要なもんを、そう簡単には作れないだろ」

「トモヤに相談するのが一番なのでしょうが……あの破滅志向ですからね……。やけにならなければいいのですが」

「だよなぁ。思い通りにされるくらいなら死を選びかねないよな、あいつは。どうする? 最高司祭様には伝えておくか?」

「まさか。そうなれば放置なんて出来るはずがないでしょう。トモヤの精神状態は危うい。それに、一つ気になる事があるんです」

「なんだ?」

「現在のパラメーターは、昔の物を細かく枝分かれさせたものなんです。つまり、昔と同じ強さの魔術師に対抗するには、今の魔術師数人が必要なんです」

「あー……。トモヤが欲しがってたのって、移動呪文と回復呪文だっけ?」

「そして、魔術の種類は攻撃、補助、防御、回復でしたね。移動呪文は恐らく昔のものでしょう。現在には存在しません」

「攻撃、補助、防御の戦闘系呪文で三人分のパラメーター、使いきれるな……」

 ケントとブール―は黙る。二人は、重要な選択に迫られていた。
 友か、世界か。

「迷うまでもありません。トモヤを無理やり動かそうとすれば、必ず失敗するでしょう。下手をすると、アトラとアトルへの補助呪文の継承すら失敗するかもしれません。あの巫女が嘘をついているのでなければ、補助呪文があれば魔王を倒せるのです。ミャロミャロス様を、信じましょう。仮にも神様なのですから。後で傷が癒えたミト様も魔王退治に来てくれるかもしれませんし」

「そうだな。ミト様は、あのトモヤとパーティーを組めた人だからな。ここは任せて、補助呪文だけ教えといてくれって言っとく。それならトモヤもやけにならないだろ」

「しかし、私達が直接行けばつけられる可能性もあります」

 そこで、バタバタと足音がして、クダが走り込んできた。

「なあ! ケントが勇者って本当か!? 魔王退治、俺も連れて行ってくれよ!!」

「クダ、ナイスタイミング」

 ブール―は、微笑んだ。










 

「つまり、皆にばれてたんだな……よく放置されてたな、俺」

 俺はため息を吐いて言う。クダが来た時には気まずかったが、そんな事を考えている暇はなくなった。

「ケントやブール―も知ってたんだ……」

 アトラが、クダにお茶を出しながら言った。

「なあ、嘘だろ? トモヤなんかが憧れの勇者だなんてよ」

 クダが、懐疑的な瞳で俺を見る。

「なぁ、魔王退治ってどうだったんだ? 魔王を退治したってのが本当なら、わかるだろ? 王子様にあったのか?」

 期待と不安を込めた声で、問う。

「どこの馬の骨とも知らない奴が、王子様なんかにあえるはずがないだろう。魔王退治もあっけなかったよ。広範囲攻撃呪文を使って、単体攻撃呪文を使って、魔王と刺し違えて、終わり。極振りしてたからミトはともかく、俺は醜かったしな」

「攻撃呪文? 剣じゃないのか?」

 クダは驚きの声を上げる。

「ああ、ついでに言うとミトは魔法以外のパラメーターに均等振りしていたから、剣は上手かったけどケントほどじゃなかったよ。その代りなんでも出来たけどな」

「……なあ、魔法だったらばばーんと二発で倒せるんだろ? なんでケントで、なんでケンドーなんだ?」

「そうなんだよね、僕、心配だよ……。僕とトモヤのパラメーターの使い道は決まってる。後はアトラしかいない。それに、僕達にはトモヤがいるけど、ケントはどうやってケンドーのパラメーターを上げるの? 強い敵と戦うなり、剣道の奥義を誰かから習うなりしないと、パラメーターを上げる選択肢事態でないでしょ」

「わからない……。けど、神様の言う事には従わないとな。神様の言う事だから、嘘ってこたないだろ」

 俺が言うと、皆頷いた。アトラが、残念そうに言う。

「トモヤ、トモヤの後を継いで、攻撃呪文を覚えたかったよ」

 仕方ない、超特急でパラメーターを振り始めるか。

「ブール―が城の方は任せろってさ。陰謀っていっぱい上げれば特定の秘密に気付きにくくさせる事が出来るんだとよ。後、陰謀にパラメーター計四千ほど振っとくって。それだけありゃ大丈夫だろ。あーあ、それにしてもトモヤがパラメーター温存していて勇者かぁ。そりゃ周囲を見下すわ。返せよ。俺の憧れ。どうせ魔王退治なんてしねーだろう、お前」

「わかってるじゃないか」

「どうせ俺は落ちこぼれだよ。極振りしてないのは俺だけだ。精々、笑えばいいだろ」

「クダ」

「なんだよ?」

「俺は、マゼランの時も今も、ずっと見下され続けてる。極振りって、そう言う事だ。俺にはそれ以外何にもない」

「いいじゃねーか、それでも。俺は、拠り所になるたった一つが欲しかったよ。ケント、勇者になるだけじゃなくて、側室に新しく生まれる王族の護衛になれるんだってよ。最高の栄誉じゃねーか」

 俺は、苦笑した。

「そう上手く行くかな。俺達は、一つの事以外何もできない孤児院出だ」

「なんだよ、やっぱりトモヤはトモヤだよな! 素直にケントを応援しろよ。じゃあ、俺は確かに伝えたからな」

 クダが乱暴に席を立つ。やはり、俺とクダは合わないようだ。



[15221] 極振りっ!6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/04 21:30



 孤児院出の子供達の会談から数カ月、王子が生誕した。
 国は喜びに沸き、祝いの儀式が行われる。
 ケントも、もちろんその祝いの儀式に参加する。
 民が城の外に集まり、口々に王子への祝いの言葉を述べる。
 そして祭壇の前では、神官達が集まり、王子の為に特別に選ばれた武官や文官が忠誠を誓っていくのを見守るのだ。
 ケントは、勇者の特権を駆使し、特別に願い出てシスターと俺達同期の孤児院のメンバーを呼んでいた。もちろん、監視は付いているが、特例として許可してもらった。
 なんでか祭壇の横に立つ妖艶な巫女に舐めるような眼で見られていて居心地が悪いが、参列させてもらったのが名誉な事に変わりはない。
 闇武官は、武術さえ出来ればいいと銘打ちながら、皆美形で状況に合わせて礼儀正しく振舞え、声もよく通り、頭脳面にもパラメーターを振っていた。
 ケントは、苦肉の策として、仮面をして、他の闇武官に囲まれる形で立つ事になった。
 それでも、ケントは喜んで俺達に事の次第を報告してくれた。
 俺達やケントの位置からでは見る事すらできない小さな赤子。
 それがこの国を背負って立つ王子であり、ケントの主なのだ。
 先輩闇武官達のしごきに堪えて来た甲斐があると、儀式の開始前、ケントは胸を張って言った。

「闇武官達よ。王子殿下バークレイ・ザード・ラ・セルシュ・キストランに忠誠を誓うか?」

「はい。王子殿下に忠誠を誓……「断る」」

 ケントが返事をしようとした時、突如、闇武官が剣を抜き去った。
 闇武官が激しく発光する。
 ケントはとっさに王子の前に立ち塞がる。
 一閃。
 激しい金属音がした。

「きゃあああああ!」

 巫女が悲鳴を上げて逃げる。

「王子に何をする!」

「ケントさん、伝統あるフィリア流剣術と得体のしれないケンドー、どちらが上か勝負しましょう?」

 ケントの問いに、闇武官の一人が好戦的に微笑んだ。

「ケント!」

 アトラが叫ぶ。

「ケント! やめろ、この!」

「ここはいい! 王子を避難させろ、クダ!」

 クダが監視をなぎ倒し、王子を抱き上げて走る。
 その姿は人ごみに紛れてすぐに見えなくなった。
 パラメーター、かくれんぼだ。
 闇武官達が切り合いを始める。ケントは戦いながら、必死でパラメーターを振れるだけ振っていく。視界を邪魔する仮面はすぐにはぎとった。実践の多対多は初めてだ。幸い、パラメーターを振る選択肢は現れた。
 女の闇武官が、蒼武官の一人の足を突き刺した。

「貴方、クダとかいう方を探してくださいませ」

「わ、私は、王子に忠誠を誓いっぐっ」

「私、気が短いんですの。教えてくれますの? どうですの?」

 足を次々と突き刺され、蒼武官は屈服する。

「あ、あそこ……」

 蒼武官は探索のスペシャリストだ。対してクダのパラメーターは子どもの遊び。探索パラメーターを発動すると、すぐに場所がわかった。蒼武官が指さした先の淡い光を、闇武官は切り払った。そこにいた神官達も纏めて。
 クダが背を切り払われ、倒れる。

「王子様は、やらせねぇ!」

 クダが、王子に覆いかぶさった。

「クダ!」

 ケントは体が書き換えられる痛みに耐えながら、闇武官と切り結ぶ。
 光り輝き、剣が舞う絢爛なその様子。
 王子側でケント以外の闇武官が全て切られ、ケントの方に新たなる敵が向かう。
 ここに至って、ようやく俺は硬直から脱した。

「アトラ! 行け!」

 皆が、あっけにとられて俺を見た。なんだよ、そんなに俺の事を信用していないのか。

「――ラトドルグ!」

 弱単体強化呪文だ。それがケントに掛かる。ケントの動きが、目に見えて早くなった。一人、二人と倒していく。それでもクダを救うには遅すぎた。
 闇武官の剣が、緑の制服を貫き……。

「緑武官をなめんなぁぁ!」

 血を吐きながら、緑武官が剣を振るう。

「――ラトドルグ!」

 アトラが、緑武官に呪文を掛ける。

「――バグピース!」

 アトルが、緑武官に癒しの呪文を掛ける。
 ケントが、闇武官達を倒し、クダを救出に行く。
 女の闇武官が緑武官を切り払う。蹲るクダに、一突き……。
 ケントが、背後から闇武官を切り払い……。
 俺ははらはらとその様を見ていた。見ている以外、何もできない。
 他の武官は闇武官に切られたか茫然と見ているかだ。
 クダと王子に癒しの呪文を掛ける。アトラのMPはそれで打ち止めだ。

「殿下! クダ! 大丈夫なのか!?」

「傷は、とりあえず見えなくなったけど……起きてよ、クダ!」

 俺はそこでようやく駆けより、術の掛かり具合を見た。

「大丈夫だ。後遺症もないはずだ」

「良かったぁ……」

 ブール―が、怒りの表情で女の闇武官の胸倉をつかんだ。
 その時、神官達に守られて部屋の隅に下がっていた最高司祭が、声を張り上げる。

「皆さん、動いてはなりません! 紅武官、反逆者どもの拘束を。闇文官を呼んできなさい! 今、陛下の闇武官の半数が来ます」

 紅武官は逮捕、処刑を司る武官で、闇文官は陰謀を張り巡らす政治の暗部と言われている。闇文官が罪人の尋問に直接出るのは珍しい。王子暗殺だから当たり前か。

「そこのお嬢さん、強力な回復呪文を使えるのか! 回復を手伝ってくれ!」

「ごめんなさい、威力特化だからMPがもうないの」

「国宝のポーションがここに数本あります。アトラ、貴方は治癒を」

 最高司祭がアトラに話しかける。

「さ、最高司祭様。どうして、私の名を……」

「ケントの友を儀式の場に呼ぶように予め神託があったのです。ミャロミャロス様のお言葉に従ってよかった。お陰で、こうして殿下を救う事が出来ました」

「ミャロミャロス様が……」

 アトラは茫然とつぶやく。

「やっと会えましたわね、アトラ様、アトル様。私はミスティアーク。ミスティと御呼び下さい」

 巫女が艶めかしい体を見せつけるように挨拶をした。
 最高司祭がそれを咎めようとしたその時、闇文官が声を上げる。

「最高司祭様! この者達、恐らく我らより多いパラメーターの陰謀で守られております」

 最高司祭は眉を顰めた。

「フルパワーでパラメーターを使いなさい」

「はっ」

 ブール―は、祭壇付近の喧騒には全く我関せずで、闇武官を尋問する。

「犯人は誰だ! 正妃様か!? 違うな……しかし、妃のうち一人だ。第三妃か!? 第三妃も身ごもってらっしゃるだと!?」

 ブール―は相手が答えていない事を聞き返す。恐らく、陰謀を使っている。それををフルパワーで攻撃に使っているのだ。しかし、陰謀は同時に二つの事を出来るのだろうか。これは、まずいんじゃ……。
 俺がブール―に一言忠告しようとした時だった。

「今、何と言いました?」

 最高司祭が、ブール―に問うのと。

「ミスティアーク様! 何かを隠していらっしゃいますね!? これは……ケント様に関する事……魔王退治についての話で嘘を!?」

 闇文官がミスティアークを問いただすのは同時だった。
 急いでブール―は陰謀を防御に回す。
 最高司祭は、ため息をついた。

「ミスティアーク。じっくりと話を聞かねばならないようですね」

「嫌ですわ、最高司祭様。私を疑うと言いますの!? 私は嘘をついてなどいません」

「ただ、全てを言わなかっただけ。それも、かなりの事を。最高司祭様……」

「闇武官、ミスティアークを別室に連れて尋問を。蒼武官は第三妃の調査を。ブール―、貴方には闇文官と共に尋問を続けてもらいましょう。ケント、お友達の方々には泊ってもらいなさい。貴方の忠誠心、確かに証明されました。これからは王子から決して離れずついているように」

「しかし、最高司祭様。今日だって無理を言って休みを貰ったんです。二日続けて休んだら……」

「貴方達は王子暗殺事件の関係者なのですよ? 二日で済むはずがないでしょう。私から通達を出すので心配は要りません」

「は」

 ケントは頷き、俺達に向かって頭を下げた。
 部屋に案内され、豪勢な食事を供される。

「すっげー! これ全部食っていいのか!?」

 クダが歓声を上げる。

「貴方方は殿下をお救い下さいました。当然の事です」

 給仕がにこりと微笑んでワインを差し出した。

「その割には給仕が闇文官なんだな」

 俺が問うと給仕が再度微笑み、アトラとアトルは驚いて給仕を見る。

「どうか、話をお聞かせ下さい。王子暗殺に関係がないというのならば。硬くならずに結構です。肩の力を抜いて私と歓談して下されば、私が全て見抜きます」

 アトラとアトル、俺は互いの顔を見合う。ブール―の陰謀を信じよう。
 クダはというと、食べ物に夢中だった。

「まず、アトラさまは補助呪文の使い手。そうですね? 先ほどの戦い、凄かった。形勢不利な戦いを、あっという間にひっくり返しましたね」

「はい、そうです」

「そして、アトルさまは回復呪文の使い手。あのような強力な回復呪文の使い手。城にすらいない」

「ありがとうございます」

「クダさんは、美貌とかくれんぼにパラメーターを? 他に特別なものはお持ちですか?」

「俺は落ちこぼれだからねぇよ」

 ふてくされるクダに、闇文官は微笑む。

「殿下を直接お救いしたのは貴方です。貴方は自分を誇っていい」

「そ、そうだよな! いやー、やっぱ俺ってすげぇな!」

「そして、貴方は……」

「俺は言うつもりはない」

 闇文官は、食事の手を止めてじっと俺を見る。

「頑なな拒絶……ですね。何故、それほどまでに嫌がるのですか?」

「そちらには関係ない。そもそも、パラメーターに関する事を人にあれこれ聞くのはマナー違反だ。俺は王子殿下には関係ない。興味もない」

「なんて事言うんだよ!?」

 クダが怒るが、俺は肩をすくめた。

「まあまあ、そう怒らずに。しかし、孤児院出の貴方達が何故そんな技術を?」

 アトラが言った。

「さる尊いお方に教えてもらいました。その方が誰かは言えません」

 アトルが、後を追って頷く。

「トモヤじゃないけど、パラメーターについての質問は王子殿下に関係ないのでは?」

 闇文官は少し驚いた顔をした。

「これは、私とした事が。貴方達が孤児院出という事を忘れていました。強力な魔術師は、国で接収する事になっているのですよ。これは面接でもあります」

「は?」

 俺は思わず間抜けな声を上げる。

「あ、はい。四年後に就職させて頂きたいと思います」

 アトルが言うが、闇文官は首を振った。

「貴方のような強力な回復呪文の使い手、すぐに賊に浚われてしまいますよ。他国も出てくるかもしれません。回復呪文を使えるという事はそういう事です。貴方の治癒はそういうレベルであり、既に貴方の護衛の選抜やスケジュールが練られています。アトラさんもです」

「私も!?」

「でも、僕はさるお方と四年後に必ず力をお貸しすると約束したのです」

 アトルはなおも言い募る。

「それは秘密にしなければならない事ですか?」

 俺達は黙った。

「アトルさん、貴方にプライベートはもうないのです」

「そんな! そんなのめちゃくちゃです!」

 アトラが立ち上がる。
 その時、バタバタと走る音がして、神官達が入ってきた。

「トモヤさん! トモヤさんは攻撃呪文の使い手ですか!?」

 俺は首を振る。

「え、違うけど。アトラが覚えようとしてたけど、ミャロミャロス様が補助呪文を覚えるように言っていたそうだから」

「残りパラメーターは!?」

「まだ得ていないものを含めて3000だけど」

 神官は崩れ落ちる。

「ミスティアーク……貴方はなんて事を……! 後はマゼラン様が四年後に戻ってくる事を期待するしか……」

「ん? マゼラン様はパラメーターシステム変わったから攻撃呪文使えないぞ」

「なんと……! ではケントか、マゼランの財宝に賭けるしかないのか!」

「じゃあ、俺は無関係だし、行くぞ。アトル、四年後に力を貸してくれ。監視ついていてもいいから」

「う、うん。わかった。仕方ないね。じゃあね、トモヤ」

 雲行きが怪しくなってきたので、俺はどさくさに紛れて帰る事にした。
 アトルも一緒に帰りたかったが、さすがに誘拐されるとあっては連れていけない。
 回復呪文の使い手は昔はそう珍しいものではなかったから、そんな事情があるなどと思いもしなかった。
 俺は家に帰ると、一人ため息をついた。
 四年後、本当にアトルを借りる事が出来るかどうか。
 もしもの時の為の手段を考えておいた方がいいかもしれない。
 それに、俺の財宝ってなんだ。そんなものまで狙われていたのか。あれは全て燃やしてしまおう。何があったっけ。呪文書と、マジックポーションと……スク……ロール……。
 そうだ! 呪文を封じ込めたスクロール、それを使えばアトルの力を借りずとも美咲を助ける事が出来る! 俺はなんでこんな大切な事を忘れていたんだ!
 四年間、一生懸命お金を溜めて旅をする準備をしよう。
 一応ケントにも四年後の協力を頼んでおくか。



[15221] 極振りっ!7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/05 23:20

「アトラの家はここか?」

「アトラは神殿の方に来ましたよ」

 体格のいい髭面の親父が訪ねてきたので、俺は答える。

「じゃあ、アトラと一緒に暮らしてるってのはお前だな。アトラがいなくなって、新メニューを教えてくれる人がいなくなってな。直接聞きに来たってわけだ。それに、俺とした事が今までの新メニューのお礼をしてなかったからな。お前、俺に雇われないか? 仕事は一緒にメニューを思考錯誤する事だ。給料は弾むぜ? それとは別に今までのメニュー代を払わせてもらう」

 男は髭面をニコリとさせた。この人、料理長か。アトラから、いい人だという事は聞いていた。

「今行っている洗濯屋の後で良かったら……」

「ああ、わかってる。シスターが頭下げて就職させてくれたんだからな。勝手に断るわけにはいかねぇだろ。さ、早速今日から来いよ。皆日替わりメニューを楽しみにしてんだ。明後日のメニューを考えなきゃな」

 親父は頷き、俺を連れていく。
 店は大きくて清潔だった。孤児院出でパラメーターのない俺達が、こんな所に雇われる事が出来るなんて信じられなかった。アトラは女の子だから、シスター、頑張ってくれたんだな。

「さあ、何を作る?」

「材料がいっぱいあるので、シチューという料理が作れるか試してもいいですか?」

「おう、細かく説明してくれれば俺が創作料理でなんとかするからどんどんやってくれ」

 俺はラグーの粉とバターを炒め、ミル乳を入れる。

「粉を炒めるのか? なるほどな」

 俺は適当に具を入れて、煮込む。料理長が同じ事をするが、手つきが全く違う。

「お。パラメーターが振れるな」

 料理長の腕が光り、その光が鍋に移ってくる。
 料理を作ると、最初の一口を俺に食べさせてくれた。初めて食べる味だった。こんな上手いもの、食べた事がない。城ですらも。

「どうだ、美味いだろう」

「はい、とても」

 俺は掻き込むように食べた。

「うん、まあまあの出来だな。早速明後日の限定メニューに出すか。洗濯屋の休日に遊びに来いよ。俺の一番得意な帝国料理をごちそうしてやるよ。それと、今日から弁当を持たせてやる。朝食と夕食作る暇、もうねーだろ」

「はい!」

 俺は満腹の腹を抱えて家に帰った。
 誰もいない部屋。俺はたった一人だ。
 寂しいとは思わない。けれど、退屈だと思った。
 翌日、洗濯屋の仕事を終えた帰りに地図を買った。
 この世界の地図は酷く大雑把だ。町の位置が大まかに描いてあるだけ。村の位置は描かれていない。地図は軍事にも使えるから当たり前なんだけど。
 俺は地図を眺めて必死で記憶を引っ張り出す。
 マゼランの時の記憶は、地図を持ったミトに引っ張り回される記憶ばかりだ。
 夢のような記憶。やめろ、考えるな。俺はもうマゼランじゃない。
 地図を見つめ、俺は見知った名を一つ二つ見つけた。見知った名を線で結び、その逆方向に指を滑らせる。
 森の絵に、洞窟と竜と髑髏のマークが描いてあった。
 俺のいない間に何があった。
 え、俺の家、竜に占領されてるのか!? そんな馬鹿な。俺、攻撃呪文使えないぞ。
 やっぱりケントに力を借りないと駄目だな。
 アトルよりは力を借りやすいだろう。いや、闇武官って王子から離れていて大丈夫なのか。
 両方無理だったらどうしよう。自殺行為だけど、なんとか竜をすり抜けていけるかやってみるか。
 俺が悩んでいると、来客があった。

「トモヤさん、最高司祭様の命によりお迎えにあがりました」

「少し待って下さい」

 俺は窓から出て、走り出した。
 緑武官が凄まじいスピードで走ってきて、捕まる。

「何をする! 俺は関係ないって言っただろう!」

「ケントのご友人は皆王子殿下の助けとなりました、貴方もマゼラン様の弟子、必ずあの場所にいた意味があるはずです」

「無い無い無い」

「ケント様は暗号の解読がうまいとか。ミト様の残した手記をどうか解読して下さい」

「ミトの手記? ああ、日記か。そういえばこそこそ書いていたな」

「は?」

「いや、なんでもない。プライバシーに干渉する必要はない」

 俺が断ると、緑神官は俺を担いだ。

「ちょっ行かないって言ってるだろ!」

「そんな事を言っている場合ではないのです。せめて、魔王を倒した攻撃呪文を何としても探し出さないと。これは最高神官様のご命令なのです」

 俺は担がれて城へ向かう。
 城門から入ると、王子殿下を抱き、仮面をしたケントが走ってきた。

「トモヤ! 待ってたぜ」

「うわあああああ赤ちゃん持って走るな! 何やってるんだよケント!」

「お前、ここはもういいから。俺はトモヤと二人で話す。作業室には俺が連れていく」

「必ずだぞ、ケント」

 俺とケントは応接間に向かう。ケントは、ソファーに座ると王子殿下をあやしながらため息をついた。

「いや、参った参った。忠誠を誓う儀式の時に邪魔が入ったろ? 王子に忠誠を誓った他の闇武官は入院中だし、忠誠の儀式って闇武官が最初だから……。今、王子直属の部下が俺一人なんだ。第二妃は凄く身分が低いし直属の部下が実質俺一人、第三妃は王子暗殺だろ。で、正妃には子供がいない。その上勇者騒ぎで今権力闘争勃発寸前なんだ。信頼できる侍女もまだ見つからなくて、俺が面倒みるむちゃっぷり」

「だ……大丈夫なのか」

「ブール―がいるからな。昨日、状況を分析して教えてもらった。トモヤ、悪いけど、なんとか攻撃呪文、教えてもらえないかな。その為に城がピリピリしてるんだ。俺の事も勇者勇者って崇めてたくせにあっという間に手の平返してさ。どいつもこいつも呪文を探せ、マゼランの残した財宝を探せって」

「……仕方ない、か。俺の研究成果は渡さないけど、攻撃呪文ぐらいなら、な。その代り、こちらも頼みがある。四年後、俺は旅に出る。それについてきて欲しい」

 ケントは、身を乗り出した。

「魔王退治か?」

「いや、例の用事だ」

 ケントは、椅子に背を預ける。

「あーあ、トモヤはそうだよなぁ。いいよ、魔王は俺が倒して見せる。今は馬鹿にされてるけど、ミャロミャロス様は確かに俺を選んでくれたんだ。ミャロミャロス様が正しい事を、俺は示す」

「頑張れよ、ケント」

「ああ、頑張るさ。にしても、ブール―が今度生まれる王族の闇文官として抜擢されそうなのが痛いんだよなぁ。第三妃のご命令だから断れないしさぁ」

「なんでだ? ブール―は第三妃の企みを暴いた側だろ」

「確かにそうだけど。パラメーター三千越えってのがばれてさ。俺は第二妃の臣下に下ったんだし、正妃との斬り合いにも必要だから寄こせって」

「はぁぁ。大変だなぁ。第三妃は罰せられるんじゃないのか?」

「証拠が孤児院出のブール―の証言だけだしな……。ブール―もそれ以上探れなかったし」

 本気で大変そうだな。まあ、俺には関係のない話だ。

「じゃあ、作業場に連れていってくれ」

「ああ、悪いな、愚痴聞いて貰って」

 作業場に案内されると、兵の視線が突き刺さった。
 俺は黙って中央の机に向かい、そこに置かれた古臭い冊子に目を通す。
 そこにあったのは、ミトの赤裸々な日記だった。
 魔王を倒せるという人がいる事をキュロスから聞いた事。
 深い森を通って、洞窟にすむ俺を見つけた事。
 なんて小さなおじいちゃんなんだろうと思った事。
 醜さが逆にパラメーターの極振りを予感させて、わくわくした事。
 体が軽かった事。
 世間知らずだった事。
 一気に魔物を倒してしまった事。
 素直じゃ無い事。
 でも優しい事。
 目の前で起こっていない事はなんだろうと全力で見捨てる癖に、目の前で起こった事は全力で救おうとする事。
 なんでも食べるので好き嫌いが無いように見えるが、実は凄い好き嫌いが多い事。
 褒められると必ず顔を逸らす事。
 日記に書かれていたのは、全て俺の事だった。
 私の勇者様。私だけの勇者様。ミトは、日記の中で何度もそう言っていた。
 俺もそうだったよ、ミト。いや、違う。
 蘇るな、俺の中の記憶。蘇るな、俺の中のマゼラン。
 ミトは、とっくに死んだのだ。美咲は別人だ。そして俺は美咲を憎んでいる。
 俺は日記を閉じて、手を差し出した。

「紙」

「まさか、もう解読したというのか?」

「単なる日記だった。必要な所だけ書きだす」

 俺は紙にサラサラと呪文と魔王についての事を書きだす。

「おお、まさか……」

「良くやりました、最高司祭様に確認してくるのでここでお待ち下さい」

 兵が声を上げ、文官が走り去ろうとする。そこで、突如現れた蒼武官と闇武官に切られた。
 兵が、とっさに俺を庇う。
 蒼武官は、呪文を書いた紙を拾い、それを眺めた。

「確かにパラメーターが出ますね。本物だ。これは、孤児院出ごときの貴方が知っていい情報ではありません。可哀想ですが、口封じさせてもらいます」

 闇武官が蒼武官に紙を渡す。そして、剣を握った。
 俺は唇を噛んだ。抗うすべはない。
 闇武官が剣を振るう。兵があっという間に斬られた。
その間、蒼武官は紙にちらりと目を走らせる。
返す刀で、闇武官は俺に剣を振りかざした。

「待て! 何故魔王と刺し違えたミト様が生前残した日記に、魔王との戦いの様子が乗ってある!?」

 剣が俺の首に振れ、俺の首からは血が流れていた。

「単なる日記だったって言ったろ。その本には必要な事は何一つ書かれていなかったよ」

「貴様は……誰だ!?」

「マゼランの三人目の弟子、トモヤだ。振っているパラメーターは暗号解読だけど、攻撃呪文自体は知ってた。それと、俺を殺すとマゼランが怒るぞ」

「なんだ、そうだったか。心配せずとも、賊の仕業に見せかけるから問題ない。マゼランから情報を引き出すのはアトラとアトルがいる。やれ」

 ……こいつら、最低だ。
 俺が覚悟を決めたその時だった。

「トモヤ! 無事か!?」

 ケントが、王子殿下を抱いてやってきていた。

「ちっ」

 闇武官と蒼武官が消える。
 俺は息をついた。

「トモヤ! 血が出てる……」

 俺はケントに治療をしてもらい、息をつくのだった。
 その後、一室に通され、最高司祭自ら謝罪に来た。しかし、闇文官を連れている。

「トモヤ、すいませんでした。さぞ怖い思いをなさったでしょう。しかし、攻撃呪文を知っていたなら教えてくれれば……アトラとアトルは補助呪文と回復呪文しか知らなかったから、てっきり暗号しか習っていないかと……。他は、マゼラン様から何を習いましたか?」

 俺は冷たい目で最高司祭を見る。

「言うと思うか? 最高司祭様が俺を殺そうとした可能性もあるのに?」

「是が非でも聞かねばならないのですよ。それに、この呪文。パラメーターの表示はされますが、パラメーターアップの表示はされません。これだけでは記述が足りない」

 俺はため息をついた。

「魔術の基礎から書けってか!? あんたら、魔術師の部下いないのかよ。だいたい、強欲なんだよ。アトラとアトルを手に入れ、ケントもいて、攻撃呪文とパラメーターを操る術を手に入れて、まだ何か欲しいという。俺は攻撃呪文を使えないんだし、マゼラン様も旧パラメーターは使えない。ここまでおぜん立てされたんだから、自分達で何とかしろよ。魔王退治をなんの努力一つせずに達成できると思うな。俺には仕事があるんだ。もう行かなきゃ」

 俺はいらいらと吐き捨てる。

「貴様っ最高司祭様になんという言い草だ」

 最高司祭様の護衛をしている緑武官が声を上げる。

「気にいらないなら殺せばいい。その代り、お前達はもう何も手に入らない」

 ケントは、慌ててフォローする。

「こいつ、孤児院でもいつもこうなんですよ。気にいらない事は命の危険を感じても絶対に従いません。マゼラン様もこんな性格なんで、こいつが死ぬとマゼラン様の協力は絶対に得られませんよ。俺がアトラと協力して魔王退治するから、もういいじゃないですか。乗り気だったのを警備不備でやる気無くさせたのはこちらですし」

 全くだ。

「しかし……いえ、そうですね。マゼラン様からは、是が非でも財宝の居場所を聞き出さねばなりませんし、マゼラン様の機嫌を損ねる事は避けた方がいいですか。ああ、報酬を用意せねばなりませんね。これは秘密だったのですが、今、アトラやアトル、ケント、ブール―、クダのご両親を探しているのです。貴方の両親も探して上げましょう。貴方もご両親に会いたいでしょう?」

 あまりの事に、俺やケントは茫然とした。

「なんて事を……俺達がどこ出身かわかってるのか!?」

「孤児院ですが」

「そうだよ。俺達、捨てられたんだよ。一度は捨てたくせに、大貴族に雇われたとたん寄ってくる親は多い。シスターがどれだけ苦労してそんな親たちから俺達を守ってきたか……。クダなんて、親に虐待されてて自分で孤児院に駆けこんだんだぞ。ここでそんな事したら、今まで守ってきた、孤児院に捨てられた子どもと親は無関係って秩序が台無しになる」

「……しかし、自分達のご両親ですよ?」

「わかってない。最高司祭様は何もわかっていない。俺達がどんな思いで決別して来たか。捨てられた事もない奴に、わかるもんか! シスターが俺達の親なんだ」

 ケントが吐き捨てる。

「ふむ。クダの両親が見つかったのでクダに内緒で面会させたのですが……」

 ケントが駆けだした。俺も後を追う。

「もうやめてくれよ! 俺は自由になったんだ、自分の力で生きていくんだ」

 クダが耳を押さえ、叫ぶ。クダの父が、クダに手を伸ばした。

「クダ、私が間違っていたよ。報奨金も貰ったし、一緒に暮らそう。お前は死んだ母さんにそっくりになってきたな……」

 クダが身震いした。

「俺に触んな!」

 ケントが、クダの父の前に立ちはだかった。

「報奨金も貰ったなら、もう充分だろう。クダから離れろ」

「な、なんだお前は! クダは私の子供だ!」

「もうお前の子供じゃない。クダは五歳の時にそう決めたし、一人で生きてきた」

「クダ、行くぞ。兵舎まで送る。どっちの方向だ?」

 俺はクダに声をかける。

「あ、ああ、ケント、トモヤ」

 俺はクダの手を引いて兵舎へと向かう。その時、クダは言った。その声は沈んでいる。

「お前、俺の事馬鹿にしてんだろ」

「俺も捨て子だ。それは皆同じだろう?」

「……そうだけどよ……」

「誰にでも起こりうることだ。だから、この件に関してだけは、共同戦線を張ろう。アトラとアトルを守ってくれ」

「あ、ああ。そう言う事ならいいぜ、守ってやっても。どうせお前は何もできないからな」

「ああ、そうだな」

 俺はクダを兵舎に送った後、クダの仲間の兵士達に事情を話して頭を下げた。

「ああ、孤児院出も大変だな。報奨金、全部親にとられたんだって?」

「親に取られたんじゃなくて、国が親に渡しちまったんだろ。全く、もうちょっと調べろよって話だよな。大丈夫、俺達が庇ってやるよ。クダは俺達のアイドルだからな」

「ありがとうございます。じゃあクダ、俺はここで帰るから」

「礼はいわねぇからな」

 俺はクダと別れ、急いで仕事へと向かった。
 料理長に遅れた事情を話す。

「大変だな、お前達も。アトラも苦労するだろうな……差し入れを持ってやっていければいいんだが」

「その気持ちだけでアトラは喜びますよ。それより限定メニュー、人気なようで嬉しいです」

「おう、毎日限定メニューだけ食べる奴が多いんだ、これが。この前なんて、貴族が来てたぜ。このまま行けば、貴族からも御呼びが掛かるかもな」

「じゃあ、今日は高級っぽい見た目の料理でも作ってみますか? 大分久しぶりだから、うろ覚えだけど」

「出来んのか!? よし、やってみてくれ」

 いつもの料理を終え、俺は帰る。
 しばらく、平穏な日々が続いた。
 それは第三妃の出産があり、儀式が行れるはずの日だった。
 国民に、正妃の懐妊と、正妃のお命を狙った罪での第二妃、第三妃、王子殿下と王女殿下を処刑するという布告が出た。
 アトルとアトラのお披露目もされた。
 さすがに俺は心配した。大体、第二妃の王子殿下のお命を狙った罪で罪を問われなかった第三妃が、なんで今度はいきなり処刑になるんだよ。王族だぞ、王族。それも、貴重な王子殿下。信じられない。ケントはどうしているだろうか。
 お披露目には呼ばれたが、俺は行かなかった。いつもどおり料理長の所に行って、料理をした。
 そして帰ると、家の前には、黒髪黒眼の綺麗な女がいて、俺を待っていた。

「ああ、ラグル! 会いたかったわ。私、貴方を捨てた事をずっと後悔していて……まさか、貴方がマゼラン様の弟子になっているなんて、鼻が高いわ。それで、マゼラン様の財宝はどこかしら?」

 ……本当に、他人事じゃないもんな。

「人違いです、俺はトモヤ。俺が捨てられたのとおんなじ時期に孤児院に赤ちゃんの死体がありましたけど、貴方が親だったんですか? お気の毒に」

「いいえ、マゼランの弟子の貴方が、私の息子なのよ。私にはわかる」

「だから、俺はトモヤですって。大体、孤児院出の餓鬼なんかにマゼラン様が財宝のありかを教えるわけがないでしょう」

「嘘よ! だって、アトラとアトルには回復呪文と補助呪文を教えたって。貴方も何か習っているんでしょう?」

「暗号の解き方なら教わりましたが」

「それよ! それはきっと部屋にあったマゼラン様の宝の地図を解読するためなのよ!」

「待って頂戴! それは私の子よ!」

 何人かの男女が現れる。
 俺の心が警鐘を鳴らす。
 まずい、部屋にあったってなんだ。長屋は危険だからと、常に貴重品を身につけていて本当に良かった。部屋を引き払わなければならない時が来たようだ。
 俺はじりじりと後ろに下がる。口の中でもごもごと呟く。

「――アースザゲート」

 一定の距離内で知っている場所に行く呪文だ。
 とりあえず、孤児院にでも行くか。

――命中率0。アースザゲートが外れました。

「はい?」

 門が現れ、開く。そこは儀式の場。血だらけのケント。赤子を抱くクダとブール―。
 ブール―が何事かと振りむく。そして俺と目があった。

「トモヤ、来てくれましたか……!! ケント、クダ、逃げますよ!」

「は?」

 ケント、クダ、ブール―が走る。闇武官が追ってきた。
 俺は慌てて三人を迎え入れ、扉を閉めて再度呪文を唱える。
 これはやばい。

「――アウェイザゲート」

 知らないどこか遠くへ移動する呪文を放つ。門が現れ、俺は三人を引っ張って見知らぬ森の中へと向かう。扉を閉めて、ようやく息をついた。
 クダがへたり込む。グルルルルル、と腹が鳴った。

「ほら、弁当。二つある」

 無言でクダが奪い取り、半分をがつがつと食べてケントに渡した。
 ブール―はケントの治療をする。

「何があった?」

「捨て子を拾いました」

「ブール―」

「捨て子を拾いました」

 俺はため息をついた。気持ちはわかる。俺達は捨てられる事に敏感だ。
 その上、王子殿下はケントの、王女殿下はブール―の主だ。俺は腕を組む。

「良くわかった。「親は関係ない」だな。俺もそういう風に扱うぞ」

「わかってる」

「トモヤ! ケント! お前ら、何言ってんだよ。このお方たちは……」

 クダが文句を言うが、俺はじっとケントを見た。

「でもトモヤ、お願いだ。この子たちに何か、贈り物をくれ。捨てられた俺達に、ケンドーを、数学を、回復呪文を、補助呪文をくれたように。この子達が得られるはずだった物に代わる何かを、与えてくれ、父さん!」

 ハッとブール―が俺を見る。え、父さんて何。

「ちょっと待てよ。俺は何も貰っていないぜ。どういう事だよ、トモヤ」

 俺は戸惑った。いきなり同い年に父と言われて戸惑わない人間はいないだろう。

「俺は何も与えるつもりはなかった」

「それでも、シスターは俺の母で、トモヤは俺の父だった。お願いだ父さん、この子達に贈り物を!」

「トモヤ、お前、俺には何もくれなくていいから殿下達には何かくれてやってくれよ」

 俺はため息をつく。深い深いため息をつく。

「俺が与えられるのは祝福じゃなく呪いだけだ。……五歳まで、パラメーター振りを禁ずる。ただし、この子達の面倒はちゃんと見ろよ。この子達が死ねば、俺が死ぬから」

「トモヤ!」

 ケントが、歓喜の声を上げる。

「とにかく、どこか町を探して乳と宿を手に入れよう。魔力を回復しないと」

「話はまとまったようですね。あちらの方に町の明かりが見えます。魔物が出ないとも限りません。行きましょう」

 町へと降りると、俺は宿を一部屋取った。
 ケントもブール―もクダも、旅装に有り金全部を持ってきていたので助かった。
 俺達は宿を取り、乳を買ってきて赤ん坊に与えながらこれからの話し合いをする。

「これからどうする?」

「ケントはケンドーの値をとにかく上げてくれ。魔物退治でそれくらいの金が稼げるだろう。ブール―は俺達の場所の秘匿と、何かこの町で仕事を。クダはこの子達の護衛と世話を。俺も何か仕事を探すよ」

「うえ、俺が王子の世話するのか? 俺力あるから、大怪我させそうで怖いな……」

「トモヤ、貴方ではろくに仕事を見つけられないでしょう。子供達の世話をよろしくお願いします」

「うーん、それもそうか……。お前ら、これだけ俺に手間掛けさせるんだから、絶対ドラゴン退治手伝えよ」

 ケントが、目をきょとんとさせた。

「ドラゴン退治って、なんだ?」

「俺の住んでた所、ドラゴンの巣になってるんだよ。そこに癒しのスクロールがあるから、それを使って美咲を治す。後、全部燃やす」

「待ってくれ、トモヤ。もしかして、攻撃呪文のスクロールもそこに……」

「ああ、十個位あるけど」

「早く言えよ! それがあれば……」

「まあ、報酬として渡してもいいか。他は全部燃やすがな」

 クダは盛大にため息をついた。

「これだよ。信じらんねー。やっぱりトモヤはトモヤだよな」

「魔王が現れたと聞いてもこっそり対策方法だけ用意しておいて、それを用意できない世界の人間を見下して、自分は何もせずに研究を秘匿して死んでいく。これを喜びとし、信念とするような人間に何かを期待してはいけません。クダ」

「まあまあ、トモヤは子供達に贈り物をくれただろ。これで、他の王族と同じように、パラメーター管理してやれる。精々立派な人間にしてやろうぜ」

「この子達は単なる捨て子だろ。王族としてなんて考えはやめろよ、ケント」

 ケントは優しい表情で子どもを抱くのみだ。
 新しい生活が始まる。アトルとアトラも、ここにいれば良かったのに。






[15221] 極振りっ!8話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/05 23:17



「こんな田舎にも手配書が来たか……。まあ、そろそろ旅に出ようと思っていた頃だし、潮時だな」

 俺は紙を机に投げ捨てて言う。
 トモヤを何としても生かして連れて来いという手配書。
 同行者の情報として、クダやケントの情報も載ってる。
 罪状は王子殿下と王女殿下を浚った事。
 これは、俺がマゼランだってばれたな。
 しかし、国民感情は比較的俺に同情的だ。
 ケントはお披露目も兼ねていたから王子の部下なのは周知の事実だったし、処刑の交付が先に行われていたからだ。
 俺もケント達も、もう二十歳になっていた。とうとう異世界に行く呪文を覚え、準備は万端だ。

「少しずつ旅立ちの準備は整えていましたし、明日出発しましょう。バーク様とアンティ様は誰が預かります?」

「何を言っている、余も行くぞ。大魔法使いマゼランの秘宝、魔導を志す者として見に行かぬはずがないだろう」

「妾もいく。まどーをこころじゃちゅものとして、みにゆかぬはずがにゃいだろう」

 王子王女は、どこからかちいちゃな荷物を出して来て行った。
 誰に似たのか、数えで四歳のこの子達は異様にしっかりしている。
 こいつらも前世の記憶を持っているんじゃないかと思うほどだ。

「あーあ、トモヤがしょっちゅう精神融合の術を使うから、王子王女殿下がすっかりトモヤそっくりにおなりになっちまったじゃねーか。バーク様もアンティ様も、こうなったらてこでも動かないぜ」

 そんな事もあったかもしれない。俺は顔を逸らした。

「褒めてねーよ!」

 クダがぺちんと俺を叩く。

「クダ、ブール―、トモヤは王子王女といてくれ。俺がドラゴンを倒すから」

 ケントはまだパラメーターを全部振れていない。ここら辺の魔物じゃもう弱過ぎて、パラメーターを上げる糧にはならないのだ。

「その刀、抜けるようになるといいな」

 俺が言うと、ケントは頷いて刀を撫でる。
 俺達が家族そろって宿を引き払うと、いつも王子王女に乳や甘いものを差し入れしてくれた女将さんがハラハラと涙をこぼした。

「そうか、行くのかい。本当に健気だよ、処刑命令が出されたのに、バーク様と共に魔王退治に行こうなんてねぇ……おっと、これは秘密だったね。大丈夫、おばちゃん、誰にも言わないからね」

 魔王退治ってなんですか、女将さん。
 まあ、ケントはこの後魔王退治に行くんだから嘘じゃないけど。
 ブール―の陰謀は王子王女がどこにいるかであって正体じゃないからなー。これは失敗したか。

「これ、おばちゃんの作ったお弁当だよ。食べておくれね」

 王子王女はお弁当を受け取り、口々に言った。

「女将。もう会う事もないだろう。それでも、女将の恵んでくれた乳の味は一生忘れぬぞ」

「わすれぬぞ!」

「ありがたき……幸せ……っ」

 おばちゃんは本格的に涙を流す。

「ケント様! あんた、ちゃんとバーク様とアンティ様をお守りするんだよ! 魔王さえ退治すれば、バーク様とアンティ様もきっとお許しいただけるはずさ!」

「いや、まだ刀も使いこなせないし、ドラゴン退治に行ってくるだけだって」

 俺が慌てて言うと、女将さんは大きく頷いた。

「なるほど、そこでカタナを覚醒させるんだね! 頑張るんだよ! あんた! バーク様がついにご出陣するよ、あんたもお見送りしな」

 いや、間違ってないけど、間違ってないけど……!

「なんだって! バーク様万歳! アンティ様万歳!」

 女将さんと宿屋の主人の声に引かれ、町の人々が集まってくる。

「バーク様が行くってよ」

「まだようやく四歳におなりになったんだぜ? それはあんまりにも厳しいんじゃないか」

「魔王は大分強力になった。こうしている間にも次々と人が死んでるんだ。バーク様はそれをお厭いになられたんだ」

「バーク様万歳! アンティ様万歳!」

 最後は、皆で称え出した。
 町の人々が走ってきて、次々に果物や旅に必要な物などを貢いでいく。
 馬まで与えられて、俺は冷や汗ものだったがブール―は涼しい顔で受け取った。

「ケントはこの後魔王退治に行くのですから、嘘ではありません」

「そうだけどさ……」

 馬に乗って町から出る時の俺の言葉に、俺の膝に乗っていた王子が言った。

「皆の好意は受け取っておけば良いのだ、トモヤ。ケントは命を掛けるのだからな」

「兄様はかけないの?」

「世界など知った事か。余は余の魔導を極める!」

「兄様かっこいい!」

 ふふふ、幼児というのも可愛いものじゃないか。

「あーあ、本気でトモヤとそっくりに……誰だよ、トモヤに世話を任せようって言った奴」

「私です、すみませんごめんなさい確かにありえませんでした」

 クダがいい、ブール―が平謝りした。
 ケントが苦笑をする。

「俺らはトモヤに世話されても、そんな事にならなかったんだけどな。やっぱり精神融合の魔術が大きいと思う」

「あれ、勉強を教えたり何かを言い聞かせたりするのにかなり楽なんだが。それに、クダやケント、ブール―も融合してたろ。お前達の影響もあると思うぜ?」

「うるせ―! どう見てもお前の影響だろ。トモヤはもうバーク様とアンティ様への精神融合禁止!」

 クダがいう。

「クダ、あまりトモヤを怒るな。トモヤはトモヤなりに頑張ったのだ」

「がんばったのだー」

「しかし、バーク様」

 クダは戸惑うが、王子は笑う。

「余は毎日が楽しいぞ。こんなに楽しいのは、自分の事しか考えないからであろ。余が人並みであったなら、処刑された母を想い、魔王に蹂躙される民を想って泣き暮らしていたであろうからな。けれど、今の余には全ては関係がないのだ。余は王子ではないのだから」

 いや、それはどうなんだ、王子。
 冷たい眼差しで皆が俺を見ている。俺は少し早めに馬を走らせた。
 自分でも驚く事に、俺は王子と王女が好きだった。
 王子王女は全くパラメーターを振っていないが、賢く可愛らしく育っていく。
 それだけならなんとなく腹が立って終わりだが、王子は俺の記憶を読んで魔術師ごっこをするようになったのだ。
 くっくっくと不気味に笑いながら鍋を掻きまわすさまはとても可愛かった。
 ああ、こいつらは俺の弟子なのだ。そう思った。
 例え俺の弟子と言えど、タダで研究結果はくれてやらん。俺の記憶から勝手に盗め。かつて俺は王子王女にそう言った。王子たちはそれを実践している。
 いずれ、王子王女も俺の技から何かを選んで極振りをするだろう。
 出来れば特殊呪文適正が良い。そうすれば、次の世代も極振りが出来る。そうして知識を伝えていくがいい。俺は優しい目で王子王女を見る。思えば、俺は子どもを作らなかった。次の世代に託すなど、俺より、いや、俺と同じくらい優れた人間が生まれるのが許せなかった。俺の父が俺を作り、パラメーター制御の術を使ってくれたのが不思議でならなかった。
 だが、どうせもうパラメーターのシステムは変わったのだから、俺より優れた人間はこの先現れないのだ。ならば王子よ、王女よ、俺の五分の一くらい優れた人間になるがいい。それならば許そう。

「何かトモヤに凄―く見下されている気がするぞ」

 王子が俺の袖をくいくいと引っ張る。
 ブール―が陰謀を俺に使って深い深いため息を吐いた。

「ブール―、しょっちゅう俺に陰謀を使うの、やめろよ」

「見張られてる自覚を持って下さい。貴方は世界一の魔術師なのだから」

 ブール―に逆に言われ、どんな理屈だと俺は頬を膨らませた。

「ここら辺で食事にしようぜ。こっから先は魔物が出没するからな」

 俺は王子を下し、弁当を引っ張り出した。
 まだ王子は食べるのが下手な為、俺が食べさせてやる。王女にはクダが食べさせた。

「あーん」

 可愛らしい黒髪に緑の瞳の王子は、小さな口を精一杯大きく開けた。
 もぐもぐと口を動かす様が愛らしい。
 王女は銀髪で、黒の瞳だ。これもまた可愛らしい。
 まず王子王女に食べさせて、それから俺達が食べる。
 女将さんの用意してくれた弁当はとても美味しかった。
 休憩を十分に取ると、先へ向かう。
 たまに魔物が現れたが、ケントの敵ではなかった。
 進んでいくと、遠くに洞窟が見える。その中央にドラゴンが居座っていた。
 俺はドラゴンをギリギリと睨む。獣ごときに。

「くそ、あれは俺の家なのに」

「でかいな……。よし、皆はここにいてくれ。クダ、バーク様とアンティ様を頼んだぞ」

 ケントが静かに忍び寄っていき、俺達はそれを見守った。









 中々構ってくれない親からミルクを獲得するために、大声を上げるようになった。
 面白がって小突いてくる親から逃げる為に、ハイハイを高スピードでするようになった。
 親から隠れる為に、かくれんぼがうまくなった。
 助けを求める為に、ますます声を大きくした。
 走って逃げられるよう、足の速さを上げた。
 反撃できるよう、腕力を上げた。
 孤児院に入ってからは、認められたくて美しさを上げた。
 強がる事に必死だった。ある日、俺の自信はトモヤに粉砕された。

「美形と礼儀作法を上げた奴は、貴族に売られるんだよ。そこで貴族に美貌を愛でられて過ごすんだ。俺は目的もあるし、誰かのものなんてパスだな」

 貴族に、売られる。初めは嘘だと思った。トモヤの事を、思い切り殴ってやった。でも真実だった。俺だって、誰かのものなんてやだ。一方的に蹂躙される、それが嫌だから俺は孤児院まで必死で逃げて来たんだ。そこで、俺は初めて将来の事を考えた。
 周りを見渡して見れば、ケントは武官になるのだとケンドーを頑張っていて、ブール―は武官になるのだと勉強を頑張っている。
 俺も何かに極振りしたかった。でも、その日その日を精一杯生きてきた俺は、今使える全てのパラメーターを使いつくしていた。
 俺は何に、何になれる? もう、貴族のものになるしかないのか? 絶望した時だった。

「クダももう少し礼儀作法を上げれば貴族に貰ってもらえるかもしれないのにな。あれじゃ兵士になるのが精いっぱいだ」

 兵士? 兵士にならなれるのか? ケントのような武官にはなれなくても、俺は、俺の道を歩いていけるのか?
 そして俺は、兵士としての道を選んだ。
 俺は王子を守る武官や文官に憧れていた。でも、絶対に自分には慣れないと思っていた。
 今、俺は王子を守っている。けれどもそれは、憧れよりもずっと泥臭い事だった。
 なんで貴族に売られて、綺麗な服で、美味しいものを食べてお上品に暮らしているはずの俺が、指名手配されて、竜に追われて、こんな山の中で子供を背負って泥だらけになってはいずりまわっているんだ?
 トモヤに会って、俺は全ての運命を狂わせた。
 だから言おう、トモヤ。
 ありがとう。

「クダっ……クダっ」

 王子が泣きそうな顔で言う。この、何よりも尊い存在。俺が忠誠を誓った相手。
 俺は王子を背負い、パラメーター、かくれんぼとハイハイを発動させながら地面を這っていた。足はとっくに駄目になっている。
 トモヤとブール―にアンティ様を守れるとは思っていない。あちらは諦めた方がいいだろう。おれの使命は、何としても王子を生かして返す事だ。

「お静かに、バーク様。貴方と初めて出会った時も、こうしてかくれんぼで逃げましたね。あの時も私は、貴方様を守りました。今度も、お守りしましょう」

 王子は、顔を思い切り歪めて、そしてぎゅっと俺の肩を握った。

「頼んだぞ、クダ!」

 不安も恐怖も全てを飲みこんで、王子は笑う。強い子になられた。こんな健気な所はトモヤにはないから、きっと俺に似たんだな。
 ああ、神様。誰でもいいから、王子だけは助けて下さい。その方法を、教えてください。

――祈りにパラメーターを振りますか?

 脳内に現れた表示に、俺はきょとんとした。残りのパラメーターを全振りする。

――祈り千。声の大きさ千。足の速さ千。腕力千。美貌千。均等振りボーナスにより、MPが0になります。全てのパラメーターにボーナスがつきます。

――祈りを使いますか?

 イエス。誰でもいい、助けてくれ!

――祈り千ポイント。声の大きさは半数の五百ポイントとして加算されます。ボーナスポイントとして優先順位が1上がります。

――よくできました。さあ、今からいう事を良く聞きなさい……。








 

 ケントが剣道を発動させ、発光する。
 ケントは真っ向から竜に向かい走っていった。剣を抜いて、滑るように竜の元へと。
 そして、一閃。
 警戒した竜の吐く炎を、一刀両断にする。
 俺達は簡単の声を上げた。
 ケントはなおも止まらない。ぶつかる、剣と爪。
 それを皮切りに始まる、激しい戦い。
 初めは安全な場所からそれをただ眺めていた。けれど、イレギュラーが起こった。
 洞窟の中から出てくる、ケントと戦う竜よりは小さいが、十分に大きな影。

「子竜!?」

 子竜は、ふんふんと匂いを嗅ぐと、まっすぐにこちらへと向かってきた。早い。

「散開しろ!」

 とっさにクダが王子を負ぶさり逃げた。
 子竜が口から炎を出す。足元に辺り、倒れるクダ。その体が消えていく。かくれんぼだ。
 クダを心配している暇はない。
 ブール―がアンティを抱き上げ、別方向へ向かう。
 俺も呪文を唱えながら逃げた。
 唱える呪文は、精神融合。
 これだけの近距離なら。
 子竜は首を傾げ、少し迷った後にブール―を追った。
 ブール―は足の速さにパラメーターを振っていない。追いつかれるのはすぐだった。
子竜に捕まる寸前、ブール―はアンティを投げる。

「トモヤ! トモヤ、パラメーター! こーげきじゅもんをつかうの! ブール―が、ブール―が!」

 アンティが悲鳴を上げる。パラメーターの束縛を解除しろ、自分が攻撃呪文を覚えてブール―を助ける。恐らくこう言いたいのだろう。

「こんなつまんない事で自分の未来を決めんな、我が弟子よ!」

 俺が何とかしてやる!
 精神融合で竜と一つになる。

『動くな!!』

『ママ、こいつマゼランだ!』

 一声鳴く竜。
 ケントと戦っていた竜が猛スピードで飛んでくる。事態悪化!
 ええい、あんな大きな竜との精神融合なんて絶対無理だろうけど、やってやる!

「ブール―、アンティを連れて逃げろ!」

「お前の相手は俺だ、竜め!」

 ケントが走ってくる。

『お前など、戯れで遊んでやっただけよ!』

 母竜がケントを尻尾で弾き飛ばす。

『マゼラン……お前はここで消す!』

『動くな動くな動くな!』

 俺は必死で念派を送る。くっ駄目だ。向こうの意志が強すぎる。
 その時、遠くから大声が聞こえた。

「トモヤーーーーーーーー! アースザゲートを使え! キュロス様がそうしろと!」

 アースザゲート!? とりあえず逃げろって事か!
 俺は口早に呪文を唱える。ケントが、また竜に斬りかかった。

「もっとだ! もっとパラメーターを振らせろ!」

 ケントの刀が発光して、ひとりでに鞘から抜かれる。

「ケント、カタナが!」

 ブール―が叫んだ。
 ケントは刀を抜き放ち、握りしめる。
 母竜が、またも尻尾を振った。

「二度もやられてたまるかぁぁぁぁぁ!」

 ケントが尻尾を両断する。これだけ時間を稼いでもらえれば十分!
 ブール―がクダの所へ走り寄る。王子王女が走ってきて俺の足にしがみついた。

「――アースザゲート」

 俺は呪文を唱えた。扉が、開かれる。俺達は即座に開けた扉の中へ駆け入った。
 最後にケントが竜を警戒しながら入っていく。
 俺は目を見開いた。そこにあったのは……。
 美しく花が散る絢爛な儀式場。
 並び立つ貴族達と神官。白武官と白文官、闇武官と闇文官、蒼武官と蒼文官、紅武官と紅文官、緑武官と緑文官。そして魔術師。
 二人の男女と、その前に立つ最高司祭様。取り押さえられ、立派な服を着たアトル。
 男は、この国で最も尊い方……陛下。

「この結婚に異議のある者は申しいでよ。……うん?」

 最高司祭様が言いかけて目を見開く。
 そして、はらはらと涙を流し、口を押さえている女は、金髪にそばかすの、この国ではとても醜い、俺にとっては目も眩むほど美しい……アトラ。
 誰が見たってわかる。陛下と結婚するのか。女としての一番の出世だ。良かったな、アトラ……。

「トモヤ……来てくれたんだね、やっぱり生きてて、助けに来てくれたんだね……。陛下、ごめんなさい。私はトモヤと……」

 さて、バークは賢い子供である。こんな時、どうすればいいか。バークは心得ていた。
 バークは、叫んでアトラの元へ向かう。

「ママ―!!」

「会いたかったわ! ママよ、愛しい息子!」

 どよめく会場。
 うぇぇぇぇぇ!?

「トモヤ! いや、マゼラン様! ようやく再開することが出来ましたね。皆のもの、マゼラン様をお連れしろ!」

 そこで竜のつんざくような鳴き声。
 武官達が驚いて体を固まらせたその隙に、アトルがこちらへと駆けてくる。

「トモヤ! 行くよ!」

 アトルが、アトラが俺を引っ張る。でもどこへ?
 外に竜、中に兵士。事態悪化してるじゃねーか!

「――パラドルグ! ――パラドルグ! ――パラドルグ! ――パラドルグ!」

「――ラグルピース」

 クダの傷がいえ、ケントとクダ、俺とブールーが強化される。

「すり抜けるわよ!」

 そしてアトラは竜の待つ扉に思い切り突っ込んだ!

「うわっ無茶するなアトラ!」

 ケントが刀を振るって竜を弾き飛ばす。
 俺達は扉をくぐりぬけ、走って洞窟の方へと向かった。
 後ろでは武官達が竜と応戦している。

「このまま洞窟まで行って火を放つ!」

 俺が叫ぶと、クダが殴ってきた。

「お前な、そんな事言ってる場合か! 色々と諦めろ!」

「諦めきれるか、俺の一生を掛けて研究したものだぞ。誰にも渡してたまるか! そうさ、この命にかけても!」

「んなもんに命を賭けるな、ミサキを助けるんじゃなかったのか!? ほら、竜が追ってきたぞ! どうする、トモヤ」

「アトルが来た時点で決まり切ってる」

 俺は呪文を唱えながら洞窟へと駆け入る。確か、入口の近くの窪みに……あった! 緊急脱出用袋! そして、唱える呪文は……。の前に火を……。

「さっさと呪文を唱えやがれ!」

 クダが、俺を殴る。仕方なく俺は唱えた。

「――ゲートザゲート」

 俺は確信していた。呪文を使った際、三度とも最適な場所へと道を開いた。
 これには必ず作為的なものがある。必ず、美咲の元へと道は開くはずだ。
 その瞬間、俺は白い空間の中にいた。

「キュロス……様」

「良くやりました、智也さん。彼らは竜を破るでしょう。そして勇者一行をも退けた竜を倒す事で、数の力を知るでしょう。そして最後に彼らは、マゼランの秘宝を手に入れる! パーフェクトですよ、智也さん」

 俺は眉を顰めた。

「全て貴方が企んでいたのですか、キュロス様」

 キュロスは、にこにこと笑った。

「とんでもない。全てはダーツの結果ですよ。命中率0の移動呪文はね、私達の目隠しダーツの結果で行き先が変わるのですよ」

「……いちいち移動呪文が使われるたびにそんな事をするんですか?」

「だって、どうせ貴方達の一族しか使えなかったじゃないですか。特殊呪文適正は貴方の一族が作った特殊な呪文の為に作ったパラメーターなのですよ。これから忙しくなりそうですが。特殊呪文が一般に開放された事でね」

「あれは俺の研究だ!」

 キュロスは笑って指を振る。

「言ったでしょう? 美咲さんを助けるにはもう一度命を捧げるか、異邦人としてこの世をさまよう必要があると。貴方は研究という命を捧げたのです。尊い事です。きっと陛下もこの結果にお喜びになるでしょう。心配ありません、私はダーツの名手です。目隠しをしようとも、必ず美咲さんの元へと……」

 キュロスが笑って続けた時、長い着物をずるずると引きずって小さな子供が駆けて来た。顔はベールで見る事は出来ない。
 その後ろから、子どもと同じ服装の大人が歩いてくる。

「キュロスー!」

 キュロスは振りむいて驚いて傅いた。

「陛下! 殿下! 何故このような所に……」

「特等席で結果を見に来た! 凄いぞ! アトラの補助呪文の効果で、大きな大きな扉が開く事になったぞ! 竜も軍も楽々すり抜けられるな! さあ、その扉をどこに開く!? 余の前で、ダーツを放ってくれ! 期待しているぞ!」

 子どもがキュロスに抱きついて、興奮して叫び通しだ。
 その後ろから大人が子供の頭を撫でてキュロスに言った。

「わしも楽しみだ。このような結果になるとは、夢にも思わなかったぞ。さあ次は、どうなる? どうなる? キュロス、お前を異世界担当官に任命する。余に面白いものを見せて見せよ、さあ、ダーツを投げるのだ」

「りゅ、竜も軍も通れる大きな扉? 異世界担当官ですか? それはさすがに……」

 キュロスが、汗をかいた。

「期待しているぞ! キュロス」

「余も期待している、キュロス」

 二人のキラキラした眼差しがキュロスに突き刺さり、ダーツの的らしき地球儀が現れる。

「お、お任せ下さい、陛下、殿下!」

 キュロスは、目隠しをしてダーツを握った。

「おい待て、美咲の元へ送ってくれるんじゃなかったのか!? なんだよ面白いものを見せよって!」

 俺は敬語も忘れ、叫んだ。

「所詮ダーツですから、どこに当たるかは運次第です。幸運を、智也さん」

「運次第とか絶対嘘だろう! てめーキュロス様覚えてろよ! 全部お前らの余興だったんだな!」

 白い空間から俺は落とされ、扉がゆっくりと開く。
 俺は、そこにあるものを見て体を一つ震わせた。
 幸運なのか不幸なのか。
 ともかく、俺は大声を張り上げた。



[15221] 極振りっ!9話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/09 08:29

[プリーズ、ヘルプミープリーズ! シュートザットドラゴン! シュートザットドラゴンプリーズ! お願いだ、助けてくれ、あのドラゴンを撃ってくれ!]

「な、何を言ってるんだトモヤ?」

 クダが戸惑い、ケントが叫んだ。

「竜が来るぞ!」

「皆、伏せろ!」

 俺は彼らを信じてそこに伏せた。
 彼ら……。合同演習をしていたらしき、自衛隊と米兵達を。


『なんだ、あの扉は!?』

『エイリアンか!?』

『化け物が子どもを襲っているぞ!』

『上官、応戦を』

『全員、実弾に変えろ、応戦する!』

『『『『『了解!』』』』』

 英語で米兵達が交わし合う。意味はなんとなく聞き取れた。

[上官、私達も応戦を!]

[今、許可を取るが時間が掛かる! お前達はまずあの人々を保護しろ!]

[[[[[了解!]]]]]

 どうやら、自衛官が助けに来てくれるようだ。
 米兵達が銃を構え、太鼓を連続で叩くような音が響く。
 撃たれた竜が火を軍人たちに向けて吹いた。
 伏せていたケントが立ち上がり、パラメーターを使って斬り上げる。
 竜が仰け反り、炎が外れる。

「あいつら、なんて言ってるんだ!?」

「俺達を助けようって!」

「なんですか、あの馬の無い大きな乗り物は!」

 ごつい印象を持つ車が何台か走ってくる。
 俺はしっかりと王子と王女を抱き上げた。
 そこで武官達が追いつき、扉を見て呆然とした。
 そこで目ざとい武官が見つける。

「見ろ! 書物だ! マジックポーションもある」

「まさか、これがマゼランの財宝!? とりあえず、これらを全部持って帰るぞ。扉の事は後だ!」

「待て! それは俺の……もご」

「諦めろ! まずは逃げるのが先だろーが。お前しか言葉わかんねーんだからしっかり通訳しろよ。ほら、来たぞ」

「扉を閉めてしまいましょう。花嫁誘拐はさすがに即処刑です」

 クダが俺の襟元を引っ張る。ブール―が扉を閉めているあいだに、車がブレーキ音を響かせて俺達の目の前に止まった。

[俺達を乗っけてくれ、後ろの武官達は別口だ、乗せなくていい]

[わかった、早く乗りなさい。君と子供達とそこの綺麗な銀髪の子はこっちに。残りはもう一つの車に]

「なんて言っているのです?」

「早く乗れって。バーク様とアンティ様とクダと俺はこっち。後はそっちだ」

「わかりました。バーク様とアンティ様を頼みます。ケント! こちらへ」

 俺達が車に乗り込むと、竜が車を狙って炎を吐こうとしてきた。

『こっちだ、お嬢ちゃん!』

 米兵が叫ぶ。あれはバズーカ?
 続く轟音。
 腕をもがれた竜は一声鳴いて、空へと消えた。

[取り逃がしたな……]

「逃げたか。腕が落ちてるな。竜のスープはうまいんだよな……」

「あれって知恵あるんだろ? なんで食べるって発想が出るんだよ、気持ち悪い」

「獣よりちょっと賢い程度だよ。旅の最中では食べ物でえり好み出来なかったし」

[何を話しているんですか? 君達は、一体……]

 話しかけてくる自衛隊の人に、俺は答えた。

[別に、竜のスープは格別にうまいって言ったら知恵あるものを食べるなよって。別に共食いしてるわけじゃないし、知恵って言っても獣より少し賢い程度なんですが。ああ、俺の名は鈴丘智也。夢追市の流星病院に入院している鈴丘美咲に会いに来ました。入国手続きをお願いします。俺は就労、こいつらは一時滞在で。空港じゃないけど、しょうがないですよね?]

[鈴丘智也……日本人みたいな名前ですね。同じ名字のようですが、ご家族がこちらに?]

[似たようなものです。用がすんだら観光をしてこいつらを返して、俺はこちらに住もうと思っています。入管に行った後は、質屋に行きたいんですがいいでしょうか? それと、ドラゴンの事すみません。追われていて、どうしようもなくて]

 本当はこっそりと溶け込みたかったが、もうしょうがない。
 俺は開き直る事にした。

[もしかして、旅券もありますか? もしくは身分証明出来るような物は]

[帝国には旅券みたいなものは存在しませんし、特に何も……]

[あるぞ! 余の王族の紋章のついた……もごもご]

 バーク様が腕に巻いたスカーフを取ると、そこに不思議に輝く腕輪が現れる。

「黙れバーク様! 貴方はもう王族じゃないでしょう」

 日本語!? 精神融合で覚えたか! 俺は王子の腕に巻いてあるスカーフを急いでつけなおした。

[お……王族の方ですか?]

[子供だから妙な事を言うんですよ]

 自衛官は疑わしげな眼で俺を見た。
 しかし、異世界移動呪文を使えるのは俺だけだから、向こうに問い合わせる事は出来まい。

[とにかく、俺は美咲に会いたいだけなんです。入国が許されないようなら、美咲に会ったらすぐに帰ります。時間が無いんです。美咲の奴、大怪我してて……]

[上に伝えてみよう。ところで竜のスープってどんな味なのか聞いていいですか?]

[いいですよ。それはもうコクがあってまろやかで、肉と骨を煮込めばそれで一つの料理になるんです。魔王退治の旅の最中で、調味料が用意できなかったのが残念ですね。あれを普通に料理出来ていたらどんな美味しい料理が食べられるのか……。焼くとちょっと味が濃すぎるんですよ。だから少ない水で煮込んで……]

 自衛隊のテントへと向かうと、すぐにブール―とケント、アトルとアトラが来た。
 アトラが、抱きついてくる。

「トモヤ! 会いたかった、会いたかった、会いたかった! 四年間、ずっとトモヤの事を考えていたよ。トモヤが助けに来てくれて、あたし、嬉しい……。トモヤ、もう離れない」

 アトラのささやかだった胸が人並みに大きくなっている事に、感触で気づく。

「ア、 アトラ……」

 これはプロポーズなのだろうか? 俺の補助呪文を引き継いだアトラ。
 ずっと俺なんかを慕ってくれたアトラ。けれど俺はトモヤとして、一人で生きていくと決めた。巻き込みたくなんかない。

「アトラ……」

 口を開いた時、こほんと自衛官の一人が咳払いをした。

「今、入管の人が来るから。美咲さんについても探してもらっています。それまでの間、色々質問していいでしょうか?」

 そこで、米兵の一人が自衛官の腕を引いた。

『おい、金本。こんな大事件、日本だけで処理しようって言うんじゃないだろうな。なんでさっさとこいつらの荷物検査をしない?』

『彼らは我が国を訪ねて来たのだから、入管はこちらの処理になります』

『そりゃないだろ。ぜひアメリカにもご招待するよう話が来てる。それとドラゴンについてなんだが、倒したのは俺達なんだからサンプルは俺達が貰うぞ』

 そこで、俺達を送ってくれた自衛官が口をはさんだ。

『あ、ちょっと肉を分けて貰っていいですか? 竜のスープは格別にうまいって聞いたもので、ちょっとだけ味見を……』

『食うのかよ!』

 米兵が急に自衛官を小突いた。

『知恵あるものってのはちょっと抵抗がありますが、スープが絶品らしいんです。コクがあってまろやかで少ない水で煮込むだけで料理になるとか』

『…………』

『よだれを垂らすな!』

 自衛官の一人が涎をたらし、米兵がその自衛官も小突く。

「な、何やってるんだ?」

 ケントが呆然と呟く。サンプルとかドラゴンとかイートとかいう単語は俺にも聞き取れたので説明した。

「多分、ドラゴンの肉の取り合い。研究用に取っておくか食べるかで悩んでるんだと思う。こっちではドラゴンはちょっと貴重だから」

「ああ、少し採取してあるぞ。魔物の肉は美味いのが多いから」

 ケントがカバンから各種魔物の肉を取り出す。

「命のやり取りしているときにそんな事をしていたのですか」

「ブール―だって、俺のお土産を楽しみにしてたくせに。まあいいか。腹も減ったし、食事にしようぜ。それで俺達が食事に誘えば、問題なく食えるんだろ?」

「わかった」

[俺達、これから外で食事を作ろうと思うのですが、一緒に食べませんか?]

[え、わけてくれるんですか!?]

[こら、お客人に食事をねだるな。……いいんですか?]

 俺達は外に出て、まず火を起こす。炎砂を小さな臼でゴリゴリとやって、白く光り始めたら土の上に撒く。炎が燃えて、おお、と周囲から声が漏れた。鍋を火にかけ、水袋から水を入れる。小さなまな板の上で竜肉を細かく切り、鍋に入れた。

「食料は手に入るんだよな?」

「入る入る」

 俺の言葉を聞き、ケントは全部のパンを薄く切った。アトラが雑穀を炒め、別の鍋に入れておかゆを作る。アトルが魔物の肉を炙った。

[お皿持ってきてー]

[わ、わかった]

 用意されたお皿に盛っていく。

[出来ればそっちの食事も分けて欲しいんですが。俺は自衛隊の食事って食べた事無いし、こいつら本物の日本料理食べた事無いんで。後、こっちの肉は全部魔王が生み出した、魔物って言うゲームに出てくるモンスターみたいなのなんで、一応言っておきますね]

[任せろ、美味しいカレーを御馳走してやる! 子供にはお菓子だな、少しあるから待ってろ]

俺達にカレーが配られ、お皿にはパンや魔物の肉、果物が並べられる。
 鍋にはお粥や竜のスープが入っており、各々がお椀を持った。

「頂きます、んー。やっぱり竜のスープは美味しいな。それに久々のカレー……格別だ。こっちの缶詰は何かな」

「一人で楽しむなよ、トモヤ。この金属の塊はどうやって食べるんだ?」

『あああ、サンプルが……もったいない……』

『まあまあ、もともとこの人達のものじゃないか』

[美味いっす! 美味いっす!]

[こら、一人でいっぱい食べるな!]

「はぅぅー。これ、凄く甘いな! 余は満足だ!」

「まんぞくだ」

「こぼしてますよ、バーク様」

 わいわいと食事を楽しむ。いつの間にか入管の人や外務大臣も混じっていたのにはびっくりした。
 食べ終わった後、入管の人が書類を用意する。

[いやー、美味しかった。ごちそうさまでした。とりあえず、日本政府からの招待という事にしたのでこの書類をなくさないようにして下さい。後、危険なものがないか荷物検査を行いますね]

[刀がありますが、神様から頂いたものなので手放すわけにはいきません。どうせしばらく監視はつけるんでしょう? なんとかなりませんか]

[神様から頂いたもの……ですか、宗教は困りましたね。しかし規約に外れるわけには……]

[許可しましょう。私が責任を持ちます]

 外務大臣が横から口を出す。俺は安堵のため息をついた。

[他に爆発物、麻薬等は持っていませんか?]

[痛め止めがあるんですが、まずいでしょうか。後は燃える砂の炎砂があります]

[では、そちらは国を出るまでこちらでお預かりします]

[お願いします]

 スムーズに税関がすみ、就労ビザが取れてしまう。
 こんなに簡単でいいのだろうか。
 その後、外務大臣と握手している所を写真に取られて、俺は解放された。
 と言っても、監視されている事に代わりはない。
 その後、ホテルのスイートルームに招待、もとい監禁された。
 美咲の事は、すぐに調べるから待ってくれと言われた。
 まだ、美咲が事故にあってから二日だ。期限は七日。まだ時間はある。

「トイレはこう使うんだよ。わかったか?」

「う、うん。お風呂が使い方難しそうだね。使えるかな……」

 アトラが心配そうに言う。

「大丈夫だろう。温度調節は俺がしたし。バーク様達は俺が風呂に入れるから。クダ、手伝えよ。」

「おう、わかった」

 順番にお風呂に入る。泡風呂を楽しめる事が出来、王子王女は大喜びだった。
 クダも、こっそりはしゃいでいる。
 その後、ニュースを見た。最初は皆びっくりしていたが、すぐに慣れてテレビの前に集まる。
 やはり、俺達の事はニュースになっていた。ドラゴンが大写しになっていて、防衛大臣が演説していた。

[大丈夫です! こんな事もあろうかと、自衛隊は宇宙怪獣が現れた際の緊急プランを用意してあります。いや、役だって本当に良かった。現在も衛星から常に位置を見張っており、近隣住民には避難勧告を出しています。米軍との協力関係も確立されており、十日以内には倒す事ができるでしょう]

 緊急プランあるのかよ。

[大臣はこのような事を言っていますが、ドラゴンは貴重な動物であり、保護すべきではないかという意見も出ています。現地人曰く、魔王が生み出した魔物。その実態とは。実際に竜を目撃した自衛官に話を聞いてみましょう]

[銃は全然通じないし、火を吐くしで大変でした。M202ロケットランチャーでようやく腕をちぎる事が出来て。しかし、魔物の肉はうまかった……。噛むと肉汁がじゅうっと染み出て、焼いただけで何もつけてないのに美味いんです。あれは、地球上じゃありえない味ですね。竜のスープがまた、格別にうまい。信じられますか? 水で煮ただけで、立派な料理になるんですよ。コクがあって、美味しいなんてもんじゃない。言葉にできないね、あれは。あんな美味しいものを食べられるなんて、自衛官になって本当に良かった。それとお粥がね。これまたうまい。いろんな味をブレンドしていて……]

 クダが、心配そうにテレビを見る。

「ドラゴンの事、怒ってるか?」

「大丈夫じゃないか? なんか竜肉美味いが大半を占めてるし」

 クダに答え、俺はテレビに注意を戻す。

[ほうほう、それで、倒した竜はどうするのですか?]

[サンプルを取って解剖した後、そのまま腐らせるのも勿体ないので、料理して希望者だけで食べますよ。いやー、最適な料理法を見つけてやるって佐々木の奴、張り切ってましてねー。陸海空そろい踏みどころか、一般の知り合いのコックにも声掛けて、腐らないうちに一斉に料理するって。解剖するって言ってもあの巨体ですし、食べるのは肉ですからね。倒した即日から肉が食べられる予定です]

[竜には知恵がある、との噂も聞いていますが]

[獣より少し上の程度と聞いていますが。ただ、魔王の生み出した生き物とかで、和解はほぼ不可能だそうです]

[そもそも魔王とはなんですか?]

[ゲームのような、と言っていました。詳しくはわかりません]

[そんなに、竜のスープ、美味しかったんですか?]

[いままで食べた中で一番美味しかったです]

[以上、基地からお送りしました]

[いやー、聞いているだけで涎が出てきましたが、どうなんですかね、人道的問題は]

[食文化はそれぞれの国で違いますから、竜を食べる国があっても問題ないと思います。竜肉は全部自衛隊が食べるんですか? それはちょっと国民感情を考えていないのでは。速報が入りました。竜が民家に近づいたため、航空自衛隊が急遽出撃したそうです。無事郊外に撃ち落としたようですね]

「クダ、竜が倒されたって。被害も出なかったようだし、これで安心だな」

 俺はノックの音を聞き、テレビを消した。

[失礼します。所持品を売りたいとの事で、やってきました]

[ああ、入ってくれ]

「誰ですか?」

「ああ、質屋を呼んだんだ。この国のお金を手に入れないとな」

 大きなトランクを持った数人の人間が現れる。あれ、外国人も混じってる。

[貴方達の所持品は全て日米政府が共同で買い取らせてもらいます]

[いや、さすがに全部は売らないから。観光する分だけあればいいんだし]

 俺は持っている全ての硬貨や果物、雑穀、着替え、アクセサリーを渡す。

「あたしも出すよ、トモヤ」

 アトラが、身に着けていた装飾品を渡した。

「いいのか? アトラ」

「いいの。私が一緒になりたいのは陛下じゃないから」

[出来たら炎を出す砂のような不思議な品を頂きたいのですが]

[あー、ライトの代わりになる石だったらあるぜ。俺の分はこれな]

[おお、これは珍しい]

「トモヤ、こっちからは何か買えないのか?」

[早速貰ったお金を使って買い物に行きたいんだが、駄目か? このままじゃ目立ち過ぎだ]

[そう言われると思いまして、色々取り揃えてきましたよ] 

 男がトランクを開けると色んな服が出てきて、アトラとクダが歓声を上げた。
 しっかり子供服やパジャマも入っていたので、それを買い取る。
 他のトランクにはお菓子や携帯食料がたっぷりと入っていた。これは助かる。
 俺達は買い物を楽しんだ後、ぐっすりと眠った。






「鈴丘美咲の居場所が突き止められました。交通事故で入院していて、虫の息です」

 ほの暗い部屋、男が美しい女の子の写真をテーブルに置いて言う。

「鈴丘美咲には双子の兄がいて、鈴丘智也と言います。扉を通って現れた男と同じ名前です。そして、その男は美咲の病室で不審視しています。膝立ちに両手を掲げた状態で死後硬直している所を看護婦が見つけました。また、美咲の周囲には魔法陣らしき焦げ跡があったそうです。二人の間に、何らかの関係があるとみて間違いありません」

「鈴丘美咲は、智也はどんな人物だ」

「二人は対照的と言っていいでしょう。片やなんでもできる人気者、片や努力家で知られている割に成績が悪く友人も持たない人間。美咲を憎んでいたと見られる言動も確認されております。ただ、美咲が事故にあったのは智也を庇う為、智也が事故にあいかけたのは子供を救う為でした。両者とも優しさは持っているようです」

「そうか……美咲はどんな状態だ」

「いつ命を落とすかわからない状態です」

「絶対に死なせるな。どんな手を使ってもだ。明後日には美咲と会わせる。両親から出来るだけ情報を絞り取れ。それと、一行に王子が混じっているというのは本当か」

「兄妹二人だけ、名前が長いのです。情報の信頼性は高いと思います」

「二人の情報も出来るだけ集めろ。いいな」

「は」

 男は、書類を持って部屋を出ていった。



[15221] 極振りっ!10話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/08 06:52



 朝、起きてニュースを見ると料理大会が始まっていた。お椀やカメラを持った近隣住民が現地に押し掛けて、自衛隊から竜肉を貰っている。
 自衛官も心得たもので、出店を出してしっかりお金を取っていた。
 美味しい美味しいと言って喜んでいる姿が映る。
 それに、世界各国から学者と料理人とドラゴン愛好家が集まってくるという。
 チャンネルを変えると、学術的価値についてどうこうと話している学者がいた。
 俺達の事は全く話題に……おっと。

[しかし、竜肉を持ってきてくれた現地人とはどんな人なのでしょうか。エイリアン? パラレルワールドの住人? 他にも雑穀や果物、他の魔物の肉などが美味しかったという情報があり、僅か一日ながら、国交に期待が高まっています]

 ドアがノックされ、俺は振りむいた。

[入ってくれ]

[おはようございます。美咲さんが見つかりました。明日、会う事が出来るよう手配をしておきました。観光もしたいという事で、勝手ながらこちらでスケジュールを組ませていただきました。ご確認ください]

 俺はスケジュールに目を通す。何故かアメリカ観光も予定に入っている。
 偉い人との会談が目白押しで、俺はめまいがした。

[俺達は美咲に会いに来ただけの、個人の旅行者なんだ。国交とか、そういうのを期待されても困るぞ]

[それですが、美咲さんは妹さんですか? 貴方は死んだ鈴丘智也さんなのですか?]

 死んだ、と言われ俺は改めて衝撃を受けた。やっぱり、死体が残ってたんだな……。

[……そうであって、そうではない。なぁ、俺は会談とか国交の為の協力とか全然する気はないんだよ。俺は美咲に会いたいだけなんだ]

[美咲さんに会ってどうするのですか?]

[会って異世界の治療法を試す、それだけだ]

[そうですか……。そう言えば、そちらの男の子は王子だという話を聞きましたが]

 あ、やばい。

[うむ、もう王子ではないのだ。政争で敗れ、今は逃亡のむ―]

「なんかやばい事を言っているのはわかるぞ、バーク様」

 クダがバーク様の口を塞ぐ。

[……亡命の件でも話を聞いてみます。その辺の事情も詳しく聞かせて下さい]

[関係ないだろ。扉は俺しか開けない。この世界ではMP回復が出来なくて魔術師には良くないから、亡命する気もない。魔王も倒さないとならないしな。バーク様達は帰るし、キストラン帝国の奴らが日本に迷惑を賭ける事はない]

[扉は、貴方しか開けない……。とにかく、朝食は外交官とアメリカ合衆国大使、農水副大臣と一緒に食べて頂く事になってます。そう硬くならないでください。あくまでも個人として来ているという事はわかりました。お三方とも楽しい方ですから、会話を楽しんで頂けたら幸いです。朝食は八時からです]

 俺はクダ達を呼んで、朝食に向かった。
 





 朝食には竜肉の野菜スープが出ていた。

[ごきげんよう、バークレイ王子殿下。アンティセルト王女殿下、ごきげんよう、智也さん、クダさん、ブール―さん、アトルさん、アトラさん]

 外交官たちは、まず王子王女に礼をしてから俺達に挨拶をした。互いの自己紹介が終わり、席に着く。
 俺はまず竜肉のスープを飲んだ。美味しい。

[素晴らしい味ですね、竜肉のスープは! 竜は貴方の国では多いのですか?]

[それほど多くはないな。魔王領の所にはいっぱいいると思うけど]

[魔王領とはどんな存在なのですか?]

[ゲームの魔王と同じだよ、破壊の限りを尽くす]

[ほほぅ。現地の人と敵対しているわけですね]

[アトラさん、服が良く似合っておいでです。それにあうアクセサリーを用意したのですが、受け取って頂けますか]

「アトラ、服が似合ってるって。後プレゼントくれるってよ」

 アトラは笑顔になって礼を言う。

[クダさん、貴方は本当に美しい。美神のようです]

「褒められているのはわかるぜ、サンキュな」

 外交官は全員に等しく話しかけてくる。農水副大臣は食事についてと農法について根掘り葉掘り聞いてくる。俺はすぐに通訳と会話で手いっぱいになった。

[王子殿下は政争で敗れたと聞きましたが、どのような事が起こったのですか?]

[うむ、余の母上は第二妃なのだが、身分が低くてな。第三妃がちょうど身ごもり、第三妃は余の命を奪おうとした。そこを、ケントとクダに助けられたのだ。しかし、その後正妃が身ごもり、正妃暗殺の嫌疑を掛けられてな。複雑な陰謀の兼ね合いでわが母と第三妃は処刑され、余とアンティも殺される所をそこのトモヤに助けられたのだ。トモヤは世界一優秀な魔法使いなのだ。特殊呪文に限定されるがな]

[それはそれは。では、バーク様はもしかして……]

[第一王子だ。まあ、処刑しようとされるのも仕方あるまい。侍女上がりの第二妃がまさか国を継ぐわけにもいかぬからな]

[魔法使いという事は、何か魔法を使えるのですか?]

[色々できるぞ。移動の術、精神融合、神々の加護であるパラメーターを操る術を操る事が出来るのだ]

[パラメーター?]

[この国にはないのだったな、例えば料理にパラメーターを振ると格段に料理がうまくなり、美味しいご飯が作れるようになる。ケントはケンドーにパラメーターを振っていてな。竜にダメージを与えていたろう?]

[話は聞いています。神々から直接のご加護を得られるとは……にわかには信じられません。羨ましい話ですな]

[その代り、パラメーターが無いと何もできん。余は精神融合を使ったからか、パラメーターを使わずともこうして賢くいられるが、トモヤは努力しても努力しても何一つ報われなかったそうだ。パラメーターを魔術に振っていたから]

[ようするに、才能を自分で決められるという話ですな。どの程度与えられるのですか?]

[生まれてから二十年間の間に一万ポイント配られる。ただし、赤ちゃんの時に言葉習得やハイハイに使ってしまう者が多くてな、トモヤのパラメーター制御の術を使わないと何かを極めるのは不可能だ]

[いちまんぽいんとでつかえるじゅつ、おおいもんねー]

[振り直しが出来るのですか?]

[神であろうと、それは無理だろう。トモヤが出来るのは五歳までパラメーター振りを禁ずる事だけだ]

[扉を扱う術は?]

[異世界間は一万ポイントだ。それゆえ、今までもこれからも異世界移動を出来るのはトモヤ一人だけであろ。余も魔術師になりたいのだが、魔術にも色々あってな。どれに振るか悩みどころだ。何しろ、振り直しが出来ないのだからな。いっそ全てに均等振りするのもいいかと思ってる。振り方によってはボーナスも入るしな]

[政権を取り戻すおつもりはないのですか?]

[四歳に何を言っておる。大体、王子になれば賢さや政治や礼儀作法や陰謀にパラメーターを振らねばならないだろう。それが余は辛いのだ]

[パラメーターに頼らずとも、勉強すればいいではないですか]

[パラメーターを持つ者に無きものが勝つ事は出来ない。特に我らの世界の人間は、こちらの世界の人間が持つ才が無い]

[なるほど……。神と会話する事は出来るのですか?]

[クダが祈りのパラメーターを持っているから、クダが神と話す事は出来るぞ。神の気が向けばの話だがな]

[なるほど……キーは智也さんと王子殿下、クダさんというわけですね]

「トモヤ、部屋に帰ったら逃げましょう。アースザゲートは使えますか?」

「急にどうした、ブール―」

 ブール―に話しかけられ、農水省副大臣に押され危うく協力を申し出かねなかった俺は注意をブール―に向ける。

「襲撃を考えられています。保護下で安全が得られないなら逃げた方がいい。私達の観光は考えなくていいですから」

[わかった]

[え、襲われるのか?]

 王子―――――! 日本語で言っちゃ駄目だ!

[誰が襲うのですか?]

[ブール―は陰謀が使えるから、余はいかなる企みにも掛からぬのだ。ブール―に見えぬ隠し事など無い]

 王子が胸を張る。

[なんですって! それは素晴らしい能力だ]

[リチャードさん? どういう事ですか?]

[わ、私は何も知らないぞ。そちらの思い違いだろう]

[殿下、ご安心ください。日本は万全の警備態勢で臨みます]

[うむっそなた達はお菓子をいっぱいくれるから、余はもう少しここに滞在したいぞ]

 お菓子に釣られて、わかっててリークしたな、王子。
 これは気を引き締めて置かないと……。

[そうだ、智也さんの移動の術、見せて頂いてもいいですか?]

[MPがここじゃあ回復されないからな……。あれ、少し回復している。そうか、竜肉か。うーん……一回、位なら……ただ、俺は特殊呪文適正にパラメーターを全振りしていて、命中率は0だぞ。出る場所は完全ランダムになる。魔王の真ん前の可能性だってある。それでもいいなら、扉を開くけど]

[自衛隊の護衛を用意させます。今日の午後にしましょう。それと、現地人に会えた時の為に何が喜ばれるか教えてもらえますか?]

 問われて、俺は考えた。

[宝石や金は向こうでも喜ばれてる。工芸品の類は向こうの匠はパラメーター使ってて凄いから、原料の方が喜ばれるんじゃないかな。後、こっちの食べ物とか]

[わかりました。午後までに用意しておきます]

 それから、護衛を増やした後、食堂を貸し切りにして色々な事を聞かれた。
 おやつや昼食ももちろん出される。
 皆、話が上手くて、中々飽きない。やはり中でも魔物やパラメーター制度に興味を持ったようだった。それが一番の違いだもんな。

[ほほう、全パラメーターが一万で三千でプロフェッショナルですか。となると智也さんは全振りしているから、その道のスペシャリストというわけですな]

 俺は若干胸を張った。

[事実上世界一だ。けど、あんまりパラメーターの事を根ほり葉ほり聞くのはマナー違反だぞ。皆細かいパラメーターの値は隠したがるからな。その人を超えたければ教えられたポイントより一上昇させればいいだけだから]

[なるほど。クダさんはやはり美貌に?]

[そうだ。クダは上の下ってとこか]

[凄いですね。これよりも上がいるとは。しかし、勿体なくないですか? せっかくのパラメーターを美貌に振ってしまうのは]

[小さい頃にも容赦なくパラメーターは振られるからな。考えてみてくれ。十歳で将来の半分が決まるんだ。それに、俺の住んでた孤児院では可愛い子は褒められまくっていたし、美と礼儀作法を推奨して貴族に買い取ってもらってたからな。それは仕方ない]

[それは……人身売買では?]

[孤児がそう簡単に職を見つけられるほど世の中は楽じゃない。強制してたわけじゃないし、人は選んでくれていたよ。美にパラメーターを振らなかった俺にも、洗濯屋の手伝いって仕事を見つけてくれた。シスターには感謝してるよ]

[なるほど。さて、用意が出来たようです]

 外交官が連絡を受け、俺は広場へと向かった。
 自衛官と米兵が並び、物々しい雰囲気に包まれる。
 俺は呪文を唱えた。広がる魔法陣。

「――ゲートザゲート」

 俺が言葉を放つと、扉が現れ、開く。
 それは、一つの店の前だった。道行く人が驚いてこちらを見ている。

「これ……私がバイトしてたとこだ」

[料理店に繋がったみたいだ。ここからだと城も遠いし、何にも出来ないと思うけど]

[見た所店が立ち並んでいるようですね。買い物をして今日は良しとしましょう。智也さん、通訳をお願いします]

 俺は渋々と扉を通る。農水省副大臣は、まず果物屋に行って言った。

[ここの品を全部ください。この金貨で十分ですか?]

[全部!? ま、まあいいけど……。これだったら金貨三枚かな]

「すいません、ここの商品全部ください」

「全部!? 豪儀だねお兄ちゃん……ってトモヤじゃないか!」

「久しぶりだな。この人、他国人なんだ。全部が珍しいみたいで」

「はぁ……。バーク様は元気かい? いいのかい、こんな所にいて。商品だけど、全部売っちゃうとお得意様がねぇ。少し残させてもらうよ」

「わかった。代金はこれで。すぐ扉を通って帰るから問題ないよ。バーク様は元気にしてる」

 自衛官達と米兵は荷物をキビキビと扉へと運んでいく。

[これ、炎砂とかいう奴ですね。日用品売り場でしょうか? 全部買いで]

「ココノ品ヲ全部クダサイ。コノ金貨デ十分デスカ?」

 あちらこちらで全部買いをしていく一行。俺の言葉を真似して、片言で交渉する人も出始めた。
 荷物を運び終わると、最後に料理店へと行く。

「料理長っ久しぶり」

「おー! トモヤ! アトラ! 心配してたぞ、元気か!」

「外国の要人を連れて来たから、美味しい料理を御馳走してやってくれませんか。これが代金です」

「よしっ二人が無事だった祝いだ、パラメーター全開で作ってやるよ! 料理は何にする?」

「帝国料理を全種類、お願いします。俺にはハンバーガーを一つ」

「よし来た!」

[今、料理長がパラメーターを使って料理を作ってくれるそうです。どうぞ食べて下さい。俺は念の為扉の所に戻って扉を維持しているので、料理が出来たら持ってきて下さいね]

 待つ事二時間、俺はようやくハンバーガーにありついた。
 料理長の料理に、皆大満足したようで、テイクアウトでいっぱい料理を運び込んでいた。
 全員戻り、扉を閉めようとした時だった。
 最高司祭様が武官を引き連れて走ってきた。

「げ。早く扉を閉めないと……」

「お待ち下さい、マゼラン様! 王子と王女を助命します! ですから、どうかお力をお貸しください」

「俺の秘宝を手に入れたんだろう? スクロールはあるんだし、これ以上どうしろって言うんだ。一生を掛けて呪文を編み出した身としては、せめて解読くらいは自力でやって欲しいものだが」

「有能な若手の学者一人を使い潰して、解読はしました……」

 最高司祭は痛ましそうな顔で言う。使い潰すってなんだ。有効活用って言えよ。そんなに解読作業は無駄だっていうのかよ。俺の研究をなんだと思ってるんだ。

「けれど、駄目なのです。スクロールを使う為には該当する魔術適性が半分、もしくは他の魔術適性が一万ポイント無いとならないのです。更に、命中率が無ければいけません」

「三千五百ポイントから五千ポイントなら大したことないだろ。命中率なら、新パラメーターだから俺も調べた。俺の補助呪文を研究すれば命中率一時アップの呪文は出来るはずだし、距離が近ければなんの問題もなく使えるはずだ。アトラとアトルも、戦闘で回復呪文と補助呪文を外さなかったろ?」

 最高司祭様はため息をつく。

「貴方は何もわかっておられない」

 俺は、ムッとする。

「何をわかって無いというんだ」

「王国の歴史上、パラメーター四千越えの人間はいないのです。闇武官は剣術重視で育てられる。巫女は祈りのみが出来ればいいと言って育てられる。にも関わらず、少なくとも自己申告で四千越えだと言ってきた者はいません。皆、三千を超えたと自慢顔で言ってくるのですよ。ましてや、一つの魔術適性に数千も振るなど狂気の沙汰。そして、貴方の術は多くのポイントを使用する術ばかりだ。五歳までパラメーターを振る事を禁じる? そんなもの、殆ど意味がない! 五歳になってパラメーターが振れるようになったとたん、嬉々として様々な事にパラメーターを振るのが目に見えている」

 最高司祭は、一息吐く。

「全振りするなど、正しく狂人の所業。幼い頃から偏執的で、粘着質で、極端でなければならない。精神異常者でもなければ無理なのですよ! 何故貴方は、そこまで壊れていたのです!? どうやって育てられたというのです!? いえ、そのような事よりも。ぜひ、次世代の育成をして欲しいのです。貴方はブール―やケント、アトラやアトルといった人材にさえも、偏執的なまでの極振りをさせる事に成功した。孤児院は既に用意してあります、ぜひ!」

「放っといて下さい」

 俺は扉を閉めようとする。農水省副大臣が、それを止めた。

[智也さん、見た所相当の身分の方とお見受けしましたが、なんのお話です?]

[この国の最高司祭様です。宰相のようなものだと思ってくれて構いません。魔王退治に力を貸せとか何とか……貴方方には関係の無い話です]

[お貸ししましょう!]

[え?]

[魔王が生む魔物の間引きをお手伝いするので、この場で協定を結んで欲しいと言って下さい。おい君、正式文書を持ってこい]

「えーと……異世界の奴らが、魔王の産む魔物の間引きを手伝うって言ってる。魔物の肉目当てだと思う。一応、竜は倒せる力を持ってる」

「魔物の肉を? しかし、それほどの力を持つなら侵略行為をしないと何故言えます」

「俺しか行き来できないじゃん。命中率ないから、出る所もランダムだし。これで他国を支配するってのが無理だと思うけど。上手く扉が繋がったら手伝える時に手伝うって感じじゃないか?」

「それで、マゼラン様は……」

「俺は関係ない。……ケントとアトラは魔王を退治するって言ってるけど」

 最高司祭は、目を見開き、崩れ落ちた。

「驚きました……そうですね、マゼラン様は最初からご自分で無く弟子を向かわせるおつもりだったのですね。私はてっきり見捨てられているものかと……」

「いや、俺は別に……」

「わかりました、私の責任で条約を結びましょう」

「……まあいいか」

[あの、条約を結ぶそうです]

[それは良かった! こんな事もあろうかと、輸出入に関する細かい条約を用意してあります。約して下さい]

[待って下さい! 私達も条約を用意してあります]

[我がアメリカも用意してある、検討して欲しい]

 俺は条文を約し、最高司祭と農水省副大臣と外務省とアメリカ大使の調整をした。

[このバーク様を次の王にしてアメリカの役人を宰相にしろってのは最高司祭様に伝えるまでもなく没で]

[しかし……]

[没で]

 条約の内容は大体、売り買いと出入国、魔物と戦って、倒した魔物を持ち帰る事を許すというものだった。
 この功績により、後日農水省副大臣は英雄に祭り上げられる事になる。
 そして俺は、間引き作戦には結局の所俺が必要だと気付き、膝を折るのだった。


 その後、自衛官もアメリカ大使も、買い取った物を分け合って分類分けし、俺に用途を聞いて整理するのに忙しそうだった。
 俺は用途を全て説明した後は、SPを引き連れてホテル内の買い物へと繰り出した。
 クダ達は喜んでくれた。王子と王女はぬいぐるみを買ってもらい、ご満悦だ。
 その後、ニュースを見た。大変な事になっていた。

[調査団からキストラン帝国は美味かった! という報告が上がっていますが、どういう事でしょう、外務大臣と農水省副大臣、防衛大臣にお越しいただいてます]

[まず、異世界の神々とパラメーターについて説明せねばなりませんね]

 外務大臣が、キビキビと図解をしながらパラメーターについて説明していく。早速新たな神をお祭りする神社を作るという事だった。そして、話は農水省副大臣に移った。

[副大臣は直接異世界に乗り込んだとの事ですが]

[重要な日本の食料を手に入れる為ですからね。当然の事です]

[異世界はどうでしたか?]

[いや、言葉に出来ないほどの美味さでした。料理にパラメーターを極振りしたというコックの料理を食べましたが、あれはなるほど、神の加護が無ければ作れるはずがない。竜肉を持っていかなかったのは迂闊でした、あのコックならさぞ美味しい料理を作ってくれたでしょうに。魚料理がまた絶品でしてな]

 農水省副大臣は切々と食事の美味さについて語る。他にいう事はないのか。

[まあ、話を聞いていてもわからないでしょう。本日は特別に、買い取った果物と竜肉を持ってきてあります。切ってありますから、一つどうぞ]

 そしてラジュの実と竜肉が配られる。あれは高級な果実だ。瑞々しくて甘い果物。

[美味しい! 竜肉の濃い味の後に、果物のさっぱりとした甘みが最高ですね。こんな食べ物がいっぱいあるんですか!?]

[いっぱいありました]

[しかし、ただ一つ、魔物を狩りに行くに当たって問題が……]

 防衛省大臣が暗い顔で言う。

[何か問題が?]

[予算が無いのです。竜クラスの魔物が闊歩する場所となると、当然自衛隊以外にはできません。そして、自衛隊でもそれ相応の装備で無くてはなりません。しかも、智也さんが扉を魔力で開いている、ごく短い間に魔物を倒し、運び出さなくてはならないのです。それに必要な装備はいくつかピックアップしているのですが、どう考えても予算が足りなくて……]

[ある程度は農水省からも出します。それよりも問題は、扉がどこに開くかわからない事でしょう]

[問題は山積みのようですが、国交が開けるといいですね。では、次の話題です。世界中から、なんで竜を食べちゃったのという質問が来ています]

[食文化は国それぞれで違います。互いの伝統は尊重しあわねばなりません]

 竜を食うのは伝統じゃないだろ。俺は無駄と知りつつテレビに突っ込んだ。

[しかし、もう少し研究してからでも良かったのではないでしょうか。疑問は募ります。竜肉現場に繋ぎます。小酒井さーん]

[はーい、小酒井です。竜が倒れてから丸一日が経過しています。解剖学者の解体は順調に進んでいます。竜の肉は三分の一ほどが無くなったでしょうか。各地から人が訪れては竜肉を買っていっています。あ、料理人らしき人が大量に買ってトラックに積んでいますね。ではインタビューをしてみましょう]

[竜肉、すっごく美味しいです。信じられない!]

[異世界の人達ってこんな美味しいものを食べてるんですか?]

[国交が開いたら食べ歩きをしたいです]

[以上、現場からお送りしました]

 ……竜肉がおいしいって、教えない方が良かったのかな。
 俺はテレビを消して、天を仰いだ。明日は、美咲に会いに行く。
 その時俺は、全部をふっきる事が出来るだろうか。
 俺はベッドに入り、目を閉じた。



[15221] 極振りっ!11話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/09 08:10



 今日は美咲を助けに行く日だ。
 不思議に心は落ち着いていた。

「……よし」

 身支度を整え、美咲を迎えに行く。テレビはつけない。
 アトラが、俺の手をそっと包んでくれた。
 クダまで少し、緊張しているようだった。
 王子と王女が俺の服の裾を両側からつかむ。
 ケントとブール―が両脇を固め、アトルが俺の後をついてくる。

[おはようございます。今日は美咲さんとの面会ですが……準備は、いいですか?]

 俺は頷き、車へと乗った。
 猛スピードで流れていく景色。かつて、俺は病院に行きたくないと思った。
 今はただ静かな気持ちだった。俺は美咲を超えに行く。大丈夫、俺は美咲より優れている。これが終われば、俺はこれからも歩いていける。
 長かった。ここまで来るのに二十年掛かった。
 アトラとアトルの笑顔。書物を読むブールー。木の棒を只管振るケント。殴ってくるクダ。布に包まれて眠っていた王子と王女。走馬灯のように過去は駆け廻る。
 当たり前だ。俺はマゼランをも終わらせに行くのだから。そして、俺はトモヤとして生きる。
 病院についた。病室は昨日の事のように覚えてる。俺は歩く。病室に向かって。
 病室の前につき、一つ息を吐いて扉を開ける。
 母と父が、待っていた。

[なんなの、貴方。智也の名前を名乗って、美咲に何をしようというの。美咲に触らないで! いいえ、智也は悪魔の子だったのよ。得体のしれない死に方……美咲に、私の美咲に何か悪い事をしようとしてたに違いないわ。もう放っておいてよ。美咲に触らないで! お願い、お願い……]

[お前、相手は美咲を救って下さると言ってるんだ。このままでも死ぬ確率は高いと先生が言ってる。任せてみよう]

 俺はぺこりと頭を下げる。王子がぎゅうっと服の裾を掴み、アトラが俺の手を強く握る。
 美咲の元へと、進む。美咲は更に痛々しい格好になっていた。
 機械に繋がれ、点滴をいくつも打たれ、人工呼吸器をつけている。

「じゃあ……」

「いい、アトル。俺がこの手で癒したいんだ」

 そして俺は医師に告げた。

[あの、機械を全部取り外して下さい]

「しかし……」

「大丈夫です」

 医師は、戸惑いながらも一つずつ機械を、点滴を外していく。
 その間、俺は荷物の中からマジックポーションを取り出し、一息に飲んだ。
 湧き上がる、魔力。
 俺は癒しのスクロールを取り出す。

「――ラグルピース」

 美咲の周囲に魔法陣が光る。

「美咲!」

 母さんが叫んだ。
 光が美咲を包み、美咲は目を見開いた。当たり前だ、俺の呪文に不備はない。
 美咲は俺を見て、一切の躊躇なく言う。

「トモヤ……ううん、マゼラン……長い、長い夢を見ていたよ……」

「ああ」

 母さんが、後ろで美咲、と声を上げた。美咲に駆け寄ろうとして、ケントに取り押さえられる。俺と美咲の邂逅を邪魔する者は誰もいない。

「ふふ……トモヤ、自信と呪文を取り戻したんだね……。おめでとう……」

「ああ」

 俺は、差し出された美咲の手を握った。

「これで、俺とおまえは対等だ」

 勝利宣言をする予定だったのだが、口から飛び出したのは違う言葉だった。
 アトラとクダが、俺の横に寄り添う。

「トモヤ、良かったね……ようやく、会えたんだね……」

「トモヤ、この人が勇者様か? 俺が憧れていた……」

 二人が、俺に囁いた。

「……その人達は?」

 美咲が、静かな声で聞く。若干のトーンの変化。それを感じた王子と王女は、正しく行動した。
 王子はアトラにくっつき、王女はクダにくっつく。俺の裾も握ったままだ。
 そうして、二人は叫んだ。

[[ママ―、おばさんのお怪我治ったよー]]

[そう……トモヤそっくりの黒髪とその金髪の女の子にそっくりの緑の眼……そちらのトモヤそっくりの黒眼とそこの綺麗な銀髪の女の子にそっくりの銀髪の子は……トモヤの子なの……?]

[ち、違うんだ美咲。この子達の悪戯だ。ほら、クダは男だろう?]

[魔法ってすっごいね、ね、パパ!]

「そう……ふふ……そう……ふーん……」

 俺はじりじりと後ずさりする。空気を読まず、アトラとクダは王子と王女を出してそれぞれ俺の耳元に囁いた。

「紹介してくれる? トモヤ」

「紹介してくれよ、トモヤ」

「なんの紹介かしら。いつの間に向こうでは一夫多妻制になったの?」

 美咲が起き上って、淀みない向こうの言葉で話す。

「マゼランの……マゼランの……マゼランの……」

 美咲が、絞り出すような声で言う。

「浮気者―――――――――――――――――――――!!」

 美咲が思い切り振りぬいた足は、俺の大事な所を直撃した。
 アトルが慌てて回復呪文を使う。アトラが俺を問い詰める。クダが悲鳴を上げる。
 美咲が般若の形相で俺の胸ぐらを掴む。
 ブール―がため息をつき、ケントが動揺し、王子王女がパチパチと拍手をする。
 政府の人達は回復呪文について問い詰めてくる。
 俺の中のマゼランは美咲に言い訳を繰り返し、俺は痛みに悶絶する。
 キュロスの笑い声がどこからか聞こえ、俺は心の中でキュロスを殴った。



[15221] 極振りっ!最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/10 05:59




エピローグ




「美咲……俺はたった今、マゼランに決別を告げた。後はどこへなりと消えて、何も出来ないトモヤとして、生きていこうと思う。アトラ、それにお前を巻き込む事は出来ない。お前は向こうの世界で幸せに暮らして欲しい」

「つまり、逃げるんだな」

 クダが斬って捨てる。アトラと美咲は、俺の腕を持って睨みあっていた。

「トモヤ、私、トモヤにどこまでもついて行くよ。何にも出来ない事は慣れてる。ね、トモヤ。私と一緒にいっぱい子供を作ろう。子供達を、全員魔術師にしよう」

 アトラの提案に、俺は顔を顰めた。アトラの事は嫌いじゃない。しかし。

「嫌だよ。それだと束になったら俺より優秀なチームが出来ちゃうじゃないか」

「アトラはマゼランの事を全然わかってないね。自分が一番でいたいマゼランが弟子を取るわけないじゃない」

「余がいるぞ!」

「いるぞー」

 王子と王女が手を上げ、俺は呟いた。

「まあ、一人二人位ならいいけどな」

「じゃあ、その一人二人を作ろうよ! ね! こっちで育てるのでもあたしは構わない。成人したら向こうに送り出せばいいだけだから。あたし、ケントと共に魔王を倒してトモヤに相応しい女になってくるから」

「アトラ……そこまで、俺の事を……けど、俺は……」

「マゼラン、マゼランは私にずっと一緒だって言ってくれたよね。私の為に命を使ってくれたよね。マゼランは、ううんトモヤは、魔術を使ってこそトモヤだよ。魔術を持たないトモヤなんか、それこそトモヤじゃないよ。私はマゼランに、政府直属の魔術師になって、今度こそ栄光を手にして欲しい。私はそれを手伝うよ。また一緒に歩いていこう」

 美咲の説得に、俺は首を振る。

「俺はトモヤだ。もうお前のマゼランじゃないんだ」

 美咲は、笑んだ。

「マゼランは変わらないよ。努力家で、偏屈で、最高の魔術師だから、私は好きになったんだよ。それはずっと変わらない」

「美咲……」

 ミトの日記にあったマゼランへの想い。
 俺は美咲を憎んでいた。でも、今、自分の唯一を見つけてようやく認める事が出来た今、認めよう。
 俺を見ていてくれたのは美咲だけだったと。

「トモヤはもう、貴方とは何も関係が無いんだから!」

 アトラが美咲に言う。

「私はマゼランのパートナーで、トモヤの双子の妹だよ。それで、貴方はなんなの? トモヤの弟子ではないみたいだけれど?」

「……っ私は、私はトモヤの……トモヤは、陛下から私を助け出してくれたもん」

「だー、なんでトモヤがこんなにもてるんだよ。こんなに性格悪いのに!」

「安心しろクダ。こっちじゃ嫌われてる」

 本当に、なんで俺だったんだろうな。
 俺は誰にも何も与えないのに。魔王退治だって、俺は手伝うつもりはないのに。

「とにかく俺は、栄光なんて興味無い。俺が一番だって証拠さえここにあれば十分だ」

 俺は自分の胸を指し示す。

「まあ、バイトでもしてその日暮らしするさ。貧乏暮らしには慣れてる」

「それは無理だと思いますよ」

 ブール―が、そこで口を出した。

「なんでだ?」

「政府の護衛が無くてはここでも向こうでもすぐに浚われるからです。ニュースを見てないんですか?」

 俺は美咲の病室のテレビをつける。
 そこには、外務大臣と握手をする映像や異世界探索の様子が放映されていた。
 俺の姿もばっちり映っている。

[話は終わりましたか、トモヤさん]

[俺の姿がなんでテレビに!?]

[なんでって……言ってませんでしたか? あ、この国で働きたいとの事で、早速国家専属魔術師の職を作っておきました]

[言ってない! 俺はそんな職になんかつかない!]

[ご家族の護衛も怠りなく行うのでご安心ください]

 ……! 

[トモヤ、トモヤに言う事を聞かせようと色んな人が私を狙ってくるだろうけど、ちゃんと守ってね]

 美咲が抱きついた。

「――ゲートザ…………」

 呪文を唱えようとした俺の手を、握りつぶさんばかりにして美咲は笑った。

[私を見捨てるなんて言わないよね、トモヤ。それに、指名手配なら向こうでもされてるじゃない。もう、自分一人こそこそと安全な場所で才能を無駄にして過ごす事は出来ないんだよ]

 それが唯一の俺の生きがいなのに。俺の安息の地はどこだ。








[魔王にも人権はあるぞー]

[魔物の肉の工場はどうするつもりだー]

[魔物絶滅はんたーい!]

 デモ隊がなにやら騒いでいるのを、俺は冷たく見降ろした。そして、息を吸う。

[我は大魔道士マゼラン! 神々とキストラン帝国王子殿下バークレイ様の命により、今代の勇者ケント、魔法使いアトラを導き、魔王を倒す! 平和の為に!! 地球の人間は魔力を持たぬまっずい肉でも食ってろ]

 俺はいらない一言を最後に付け加え、人々の罵声を一身に浴びる。

「もう、トモヤったら……」

 アトラが苦笑して俺に寄り添った。ケントが、刀を掲げる。






『げっブール―!』

 呼ばれて新米外交官であり、日本政府の最終兵器であるブール―は顔を上げ、笑んだ。

『楽しい会談をしましょう、大使殿?』

 陰謀はその性質上、体が光ったりはしない。
 ブール―と会談を行う者は知らぬうちに心を見破られる恐怖と相対せねばならないのだ。
 ブール―は外交官を獲物を見る目で見ながら、ケント達に想いをはせた。今頃、出発した頃だろうか?






「――ゲートザゲート」

 予想した通り、アトラに強化された巨大な扉は魔王の本拠地に開いた。
 王子が、興味深げにその辺を見まわしてから、号令をした。

[ゆけいっケント!]

 自衛隊が扉の中に進軍していく。ケントとアトラはそれについて行く。梅雨払いは自衛隊がしてくれる。ケントとアトラは、魔王を倒す事だけ考えればいい。
 竜を見つけ、自衛官達が眼の色を変えた。
 自衛隊の護衛する学者集団の中には、動物学者や養殖業者、料理人が混じっている。
 彼らも眼の色を変え、小さな魔物を追いかけ始めた。些細な傷など気にしない。
 今は、目の前の御馳走を平らげる事で頭がいっぱいだから。









[さあ、世紀の料理対決! 軍配はどちらに上がるのかー!]

「神に勝つぞ!」

「「「「「オー!!」」」」」

 日本、中国、イタリア、フランス、インドの五国の天才コック達が拳を振り上げる。
 料理長は一人、包丁を吟味し、にやりと笑った。
 あるテレビ番組で企画された料理対決。天才コック達と、料理に極振りしたコックとの対決。それは、天才コック達にとって正しく神への反逆だった。
 奇跡を起こすべく、地球産の才能を見せ付けるべく、コック達は戦う。
 料理長にも、負けられない理由はあった。
 魔王を倒した祝勝会には、勝った方の料理がふるまわれる。
 勇者とアトラに、そしてトモヤに、最高の料理を。


 俺は自衛隊を見送った。次々と囚われた魔物が運ばれてくる。
 扉が、襲撃される。自衛隊が俺の盾となる。俺が死ねば扉は永遠に失われるから。
 魔物が放つレーザーのような物が閃き、俺は自衛官の人に突き飛ばされた。閃光。
 銃声。

「くそっ腕がやられた!」

「ロケットランチャーを持ってこい!」

 王子が、不安そうに俺の服の裾を掴んだ。
 ケント、そう長くは持たないぞ。早く戻ってこい。








 クダは神主の服装をして赤子を抱き、神に祈る。

「キュロス様、この子にポイントを」

 クダは白い空間にまたたく間に移動した。
 キュロスが現れ、ため息をつく。

「やれやれ、またですか。確かに一日一回呼びかけに答えると言いましたが、こう毎日は……。申請の手続きも面倒なのですよ。それで、この子に与えられた才能ですが、全て奪う事になりますが構いませんか。見た所、絵の才能が高いようですが」

「両方よこせだそうだ」

「我儘ですねぇ。申請は却下します」

「だよなぁ。祈りに答えてくれてサンキュな」

 クダは子供を親に帰すと、諭す。

[この子は素晴らしい絵の才能を持っているので奪うのは忍びないそうです。申請は却下されました]

[そんな! そこを両方! なんとかなりませんか、生まれる前から予約してたのに]

[才能かポイント、どちらかしか選べないと言っていたはずです。神に無理を言って、両方の才能を奪われても知りませんよ。才能があるのがわかっただけ、喜んであげて下さい]

 親を何とか納得させ、返す。トモヤの呪文の予約も溜まっている。トモヤが帰ったら、さぞ驚くだろう。クダはトモヤを想い、空を見上げた。










 歓声が起きる。
 ついに魔王を倒したのか。

「ケント……」

 俺は駆ける。
 笑顔の自衛官が、トラックを持ってこいといった。
 竜の巨体がその後ろにあり、俺は座り込む。

[なんだ、竜か……]

[竜かじゃないですよ。竜を売ったお金は防衛省に入る予定になっているんです。この巨体、魔王退治で高騰する値段を考えたら一兆はいける!]

[それはそうだけど……無事かなぁ、ケント達]

[無事に決まっている。余の部下なのだから!]






 ケントは剣を振るう。高い金属音。
 魔王はさすがに硬かった。やはり、剣術八千ポイントでは低すぎる。一万ポイント必要だった。ケントは子供の頃、人語理解にパラメーターを振ってしまった事に後悔する。
 あれは究極の無駄振りだった。人語など、誰でも育つうちに習得するのだから。
 しかし、赤子の頃の事を言っても仕方ない。
 彼の主が首を長くして魔王を倒すのを待っている。
 それに、早くしないとトモヤが魔物の餌になってしまうかもしれない。
 ケントは剣を握り直した。









 
 悲鳴。まさか、ケントが。俺が顔を上げると、はるか遠くから魔王を倒した、というケントの声が聞こえた。

[ああ、もう竜肉が食べられないのか……]

 悲嘆にくれる人々。そこに、一人の料理人の歓喜の叫びが響き渡った。

[魔王は……うーまーいーぞー! 竜肉以上だ!]

 食ったのかよ!! ちょっと待てそこの料理人!
 あがる歓声。

[いや、魔王はちょっと]

[なんだよ、俺は食うぞ]

[わー、俺らだけで食おーぜ―]

[駄目だ、売って新しい戦闘機を買うんだ!]

[貧乏って悲しいっすね、先輩……]

 俺はため息をついてそれを見守る。
 ケントがアトラに支えられて現れ、駆け寄った。

「トモヤ、バーク様……やった、やったよ!」

「ああ、お前達は俺の誇りだよ」

「ケント、アトラ、褒めてつかわす!」










『ミスターアトル。この方は大切な方なのです。この方の手腕により、戦争が防げる可能性が高くなるのです。どうか、回復を』

『わかっています』

 アトルは呪文を唱える。包帯でミイラのお化けのようになってしまった要人に向かって。
 魔法陣が光り輝き、傷が癒えていく。要人は起き上り、頭を押さえた。

『ここは……』

『貴方の傷は癒しました。今日は扉の開通日なので、僕はこれで失礼します』

 アトルは走った。まだ魔王との戦いは続いているのだろうか。
 いた。
 ケントだ、無事だ。アトルは口の中で呪文を唱えた。









[アンティセルト王女殿下、魔王退治成功と五歳のお誕生日おめでとうございます!]

[アンティセルト王女殿下はパラメーターはいかがなさいますか?]

[アンティセルト王女!]

 着飾り、ブールーにエスコートされた小さな王女様は笑って答えた。

「私はもう使うパラメーターを決めてあります。それは……」













「――アースザゲート」

「ケント! バークレイ王子殿下。どうしたのですか、そのぼろぼろの服は」

「最高司祭様……キュロス様の奴……。まあ、いいか。最高司祭様、魔王を倒しました」

 俺が言うと、最高司祭様は眼を見開いた。

「魔王を!? それは確かですか!」

「あらかたの強い魔物は狩りましたので、確認しに闇武官を向かわせてはいかがですか」

 アトラが言うと、最高司祭様はじりじりと後ずさる。

「パレードだ……! パレードの準備を!」

「え、そんな……あ、行っちゃった」

「二人で楽しめよ、アトラ、ケント、バーク様。俺はここで見てるから」

「バーク様とトモヤも一緒に……」

「ここで見守っていたいんだ。お前達の雄姿を」

「余もここで見ているぞ。余は命じただけだからな」

「トモヤ……ああ、行ってくる」

 ケントが、アトラの肩を抱いて向かった。










[……こうして、勇者マゼランと従者ミトは魔王を倒したのです。だからみんな、極振りって大事なんだよ。わかった?]

[[[[[はーい]]]]]

 美咲は子供達に祝勝会の様子を見せる。

[明後日、勇者様達が帰ってくるから、そしたら皆に会わせてあげる]

 子供達……向こうの世界から引き取ってきた性格の悪そうな……トモヤと精神融合した子供達に、美咲は笑いかける。彼らはCチーム。美咲の担当の、愛しいマゼランの分身たち。
 その周囲には科学者達が、カルテを持って立っていた。
 顔には笑顔を張り付け、冷静な眼差しで子供達を見つめながら。
 パラメーターの細かな数値を聞いてはいけない? 科学者達に、そんなルールは関係ない。パラメーターという不可思議な機能の解明を。そして日本に、優秀な人材を。
 魔術のパラメーターはこちらでは役に立たずとも、他のパラメーターは役立てる事が出来るのだから。








 ケントとアトラが煌びやかな服を着て武官や文官に傅かれ、大きな馬車に引かれて手を振っていた。
 それを俺は眩しいものを見る目で見つめる。
 こんなはずじゃなかった。けれど、俺の子供達、弟子達はこんなにも立派に育ち、輝いている。
 これが、幸せというものなのだろう。
 アトラが俺に気づき、いっそう激しく手を振る。俺は苦笑をしながら手を振り返した。
 二人の姿が見えなくなり、俺は手を振るのをやめた。
 アトルに、王子と一緒にお菓子を買いに行かせる。
 子供達、弟子達はこんなにも立派に育ち、俺を超えてしまった。
 魔術知識では俺が一番だけど、そんなものは関係ないと思わせる何かが子供達、弟子達にはあった。
 俺がパラメーターを封じた子達は何人もいる。その子達は、一人ぐらい特殊呪文を覚える者もいるだろう。この世界との橋渡しは、そいつらに任せる。
 俺は、俺の一番になれる世界で、今度こそひっそりと過ごそう。それが俺の幸せだ。

「――ゲートザゲート」

 俺はわかりやすい場所にありったけの魔力を込めて扉を出現させる。
 通じたのは、新宿駅の前。人々が、興味深げに扉を覗いてくる。
 ここからならケントもアトラも無事に帰れるだろう。
 戻るかどうかはお前達が決めるがいい、ケント、アトラ。
 そして俺はもう一つ扉を開ける。更なる異世界への扉を。

「――ゲートザゲート」

 いっぱいの幸せなるものを抱きしめて、俺は平安を手にする為に、波乱の世界へと飛び込む。
 小さな影が、目に入った。

「バーク様!?」

「余も連れて行け、トモヤ」

「だって……アンティ様はいいのか!?」

「アンティは知っておる。そなたと精神融合していたのだぞ。その上で余を送り出したのだ。アンティセルトは強い女だ」

 王子は胸を張った。

「回復役がいて、損はないでしょ。僕ならどこでも必要とされるし」

 アトルが笑った。

「どこでも狙われるの間違いだろ、どうするんだよ」

「まあまあ、もし何かあったらゲートザゲートで逃げればいいだけの話じゃない。マジックポーションは持ってきてあるんでしょ」

「まぁな。でも、ダーツを放つのがキュロスだぞ。意地の悪い場所に投げるに決まってる」

 俺が言うと、白い空間に入って小さな少年……キュロスが殿下と呼んでいた者が現れた。

「心配無いぞ。キュロスは忙しいから、余が投げる」

「げっ」

 殿下は小さな紅葉のような手で目隠しをし、ダーツを投げる。

「まっ……」

 俺が止める間もなく、殿下はダーツを投げる。ダーツは星々の間をすり抜け、どこまでも深い暗闇に落ちていった。

「マゼランよ! そなたの行き先が決まったぞ」

「どう見ても外れてるんだが」

「うむ! そなたの行き先は、地獄だ!」

「何―!! ちょっと待て殿下!」

 俺とアトルと王子は、真っ暗闇に投げ出された。
 空中に出た扉から、俺とアトルと王子は順番に投げ出される。
 そこでは、蝙蝠の羽をはやした赤子を庇った、狼の頭をした傷だらけの男が化け物に囲まれて立ち往生していた。

「――ラグルピース」

『なに、傷が癒えてゆく!? これはもしや伝説の、神々が使うという技! そなたらは一体……いや、誰でもいい。頼む。この方はこの国の第一王女。どうか助けてくれ』

 おお、念話のようなものか?

「魔力はある世界のようだな。問題ない範囲か。とりあえず、移動する。――アウェイザゲート」








 トモヤが消えてから十年が立とうとしていた。
 誰もが、トモヤの事は諦めろという。そして、子供達に特殊呪文に極振りさせる事に躍起になっている。けれども、アトラと美咲とアンティセルト、彼女ら三人は信じていた。己が半身達の帰還を。
 確信がある。彼らが死ねば、必ずわかる。それほどに絆は深い。
 今、彼らは元気なはずだ。そして三人は夢を見る。太陽も昇らぬ暗黒の国の冒険譚を。

「アンティセルト王女殿下、アトラ! 非常警報です! 某国がミサイルを発射してきました、ご出動を」

「――パラドルグ」

 アトラの放つ単体強化呪文がアンティセルトを強化し。

「――ラーズロートバズン」

 アンティセルトが広範囲防御呪文を唱える。
 それは上空を広く広く包み、ミサイルを遮断した。既に神の域でしかあり得ない、その魔術。
 マジックポーションは残りわずかだ。魔術を参考にしたバリアの開発が急がれている。
 バリア開発の主力はもちろん、バリア作成技術に極振りしたCチームの子供達だ。
 日本はアンティセルトのお陰で、日本本国にミサイルを撃ち込まれても問題にしないようになった。安全保障的に、頭の痛い事だとアンティセルトは思う。
 アンティセルトは政治家になる予定だ。
 この国を守りたいと思って覚えた防御呪文だが、上手く守りすぎて出来てしまった平和ボケを何とかしたいのだ。
 防御呪文以外何もないアンティセルトだが、周囲はそこを努力してなんとかするのが地球人で、アンティセルトは地球人だと言ってくれている。
 一つ息をついて、アンティセルトは言う。

「兄様は元気にしてるかの……」



 トモヤは、王族御用達のお茶を飲んでのんびりとしていた。アトルは治療に出かけている。ここにいるのは二人きり。ようやく手に入れた平穏。トモヤは知らない。トモヤの影に、常に魔族の護衛兼監視が張り付いている事を。

「なぁ、バーク様。そろそろ教えてくれたっていいだろう。何にパラメーターを振ったのか」

 王子は、苦笑する。

「実は余は、まだ振っていないのだ。これから振ろうと思っているのだが、優柔不断でな」

 そして、王子は振りむいて言った。




























「だから、そなたが決めてくれ。余が生まれてから、ずっと見守ってきてくれたそなたが。余は、それに応えよう」



[15221] 極振りっ! IFもしもカリスマがあったら
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/10 17:13





 ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
 ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
 賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
 ようやく、賢さが、カンストになった。
 体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
 MPが切れたらそこでもう終わり。
 俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
 彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
 一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
 目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
 ゲームクリアに、興味はなかった。
 俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
 仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
 いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
 ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
 しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
 俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
 深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
 服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
 枯れ枝のような手。
 毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
 外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
 その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
 誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
 彼だけが魔王を倒せたのにと、世界を嘲笑いながら消えていくのだから。
 俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
 派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
 他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
 その夢はこの上なくリアルで、懐かしく、俺が老魔法使いなような気さえしてきていた。
 けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
 勇者と王妃が、訪ねて来たのだ。
 若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
 そして、美しく、強制的に人を惹きつけるような力をもった女。王女は幼馴染の真菜そのものだった。
 魔王を倒そうと勇者は言う。
自信満々で、王女は妾について来いと言った。老魔法使いはにべもなく断った。
老魔法使いは知っていた。王女の魅力がパラメーターによるものであり、大魔法使いである老魔法使いには通用しないのだと。
勝利感にいやらしい笑みさえ浮かべて断る老魔法使い。
王女は驚き、呆れたように言った。
魔王を倒して欲しくば、自分を夫にしろとでも言うのかと。
老魔法使いは笑い飛ばす。
お前のちんけなパラメーターなんぞ効きはしない。他の誰もがひれ伏そうと、このマゼランだけはひれ伏す事はない。さあ、さっさと帰るがいい。
俺は胸がすっとした。それでこそ、老魔法使い。
 しかし、勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
 強引な勇者と、マゼランの忠誠を得ようとムキになった王女に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。
 俺は得意げにしていた顔を一転、歪ませる。

「やめろ、やめてくれ!」

 俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
 老魔法使いが勇者に、王女に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
 どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
 魔物との戦いで疲れた二人を、王女はどんな時も笑顔で癒してくれた。
 強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
 勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
 これも全てはむりやりにでも外の世界に連れ出してくれた勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
美咲に感謝? 胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
夢を見た後、吐くことすらあった。
けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
 いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
 老魔法使いは呪文を唱え始める。
 老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
 老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
 今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
 老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
 そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
 それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
 王女がどうなったのかは知らない。きっと英雄として崇められでもしたのだろう。
 俺は夢を見なくなって心底安堵した。
 気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
 美咲が勝手に進めたのだ。
 俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
 けれどもそれは、全ての始まりにしか過ぎなかった。




一章




 五時に起きて、顔を洗う。鏡に映った俺は冴えない顔で、目つきも悪く、どことなく陰湿なイメージを与える。背も男にしては低い。
 ジャージに着替え、まだ暗い空の下、ランニングに出かけた。
 冷たい空気が、心地いい。
 二時間後、汗だくになった俺は家に戻り、隣の部屋の扉を一度、力を込めて殴った。

「うーん……」

 扉の中から美咲の声がするのを確認すると、俺は風呂に行って汗を流した。
汗を流し、部屋に戻る。髪を乾かし、茶の間に向かう。
皆もうご飯を食べ終わっていて、後は俺だけだ。

「智也、早く食べちゃいなさい」

「わかってる」

 食事を大急ぎで掻き込んでいると、玄関から声がした。

「美咲―。まだー?」

 美咲の友達の茜だ。

「はーい。今行く」

 美咲は慌てて玄関へ向かう。
 美しいストレートの長い髪。ぱっちりした大きな目。ふっくらした唇。モデルのような高い背。
 二卵性とはいえ、とても俺と双子だとは思えない。

「美咲、気をつけるのよ」

 母さんが美咲に声を掛ける。

「うん! 行ってきまーす」

 俺はその間に歯を磨き、黙って家を出た。
 美咲は道行く人と挨拶を交わし合う。近所の人々も、笑顔で美咲に挨拶をしていく。
 俺は誰とも挨拶をせず、美咲と距離を取って無言で学校へと向かった。
 学校に着くと、美咲の周りにすぐに人の輪が出来る。
 俺はそれを無視し、教室の隅の席に座って教科書を出した。
 昨日の夜はどうしても最後の応用問題が解けなかった。もう一度基礎を確認せねばなるまい。解けなかったのはこの一問だけなのだが。
 本当は教師の所に聞きに行ければいいのだが、美咲に聞けばいいと言われて以来、俺は教師を頼るのをやめていた。
 美咲は、友達と談笑を始めている。

「宿題、やってきた?」

 茜に聞かれ、美咲はぺろっと舌を出す。

「忘れてきちゃった。当たらなきゃ大丈夫でしょ」

 ふん、後で困ればいいんだ。
 一時限目は、ちょうど宿題を出された数学の授業だ。
 授業が始まり、数学の教師は宿題に出した問題を黒板に書いた。

「野田、古田島、矢野、御手洗、智也。解いてみろ」

 最悪だ。よりによって解けなかった最後の問題に当たってしまった。
 俺は黒板に向かい、途中まで式を書いて戻った。

「なんだ智也、出来なかったのか。駄目だぞ、ちゃんと勉強しないと。美咲、解いてみろ」

「はーい」

 美咲はスラスラと俺の解けなかった問題を解いていく。俺は歯を食いしばった。

「双子なんだから、教えてもらえ」

「…………」

 この教師は、その言葉がどれほど俺を傷つけているのか気づいているのだろうか?

「いっつも勉強してるくせに、格好悪いよね」

「茜!」

 こそこそと茜がいい、美咲が茜をたしなめた。
 俺を庇うなよ、美咲。俺の中に、暗い炎が燃え上がる。
 二時限目の英語。今度は美咲が教師に当てられた。
 朗々と響く美咲の声。中にはうっとりと聞きほれる者すらいた。

「ビューティフル! 素晴らしいです、美咲さん。完璧な発音ね」

 俺は悔しく思いながらも、正しい発音らしい美咲の声を頭に刻みつける。俺は英語が特に苦手で、うまく発音出来なかったから。
 三、四時限目は体育だった。
 俺はほっとした。ようやく、美咲と離れられる。
種目は百メートル走。ランニングは毎日やってる。

「よーいっどん!」

 合図とともに、俺は力強く大地を蹴った。走る、走る、走る。
 タイムは……やった! 一秒も縮んでる!
 俺は無関心を装いつつ、歓喜した。
 意気揚々と教室に帰ると、美咲が既に教室についていて茜とお弁当を広げながら談笑していた。

「美咲、凄く早かった! 絶対あれ、男子並みのタイムだよ!」

 話していたタイムは俺のものより短かった。
 俺は、落胆して弁当を持って誰もいない屋上に向かった。
 一人で、弁当を食べる。食べ終わると空を見上げた。
 青い空は、どこまでも広がっている。それでも、俺の世界は灰色だった。

「俺、何か生きてる意味あんのかな……」

「そのような事はないぞ、智也。いや、遅くなってすまなかった。慕ってくる者達を振りはらうのが大変でな」

「真菜……」

 でかい胸、花のような美貌、勉強もスポーツも出来る真菜。美咲ほどではないが、真菜もまた万能だった。しかし、真菜が圧倒的に勝っているものがある。それは人望だ。
 真菜はアイドルをしているが、そのカルト的人気は凄まじいものがあった。
 今日の午前も、確か仕事だったはずだ。

「また、いつもの、俺には何か誇れる事がきっとある、か。ないよ、そんなもの」

 真菜は首を振る。

「そのような事はない。神は平等なのだ。私や美咲が与えられた分の恩恵を、トモヤもまた得ている。妾にはわかる。まあ、智也の良さは妾だけが分かっていればいいのだがな」

「俺の何が優れてるって言うんだ。慰めは要らない」

「それは……妾だけが分かっていればいい事だ。智也はただ、妾に忠誠を誓えばいい。妾は、智也に忠誠を誓わせる為だけに生きているのだ」

 なんだって言うんだ。真菜は変人だ。アイドルのキャラ作りか何か知らないが、自分を妾なんていい、俺に忠誠を誓うよう迫る変人。
 真菜が俺の手を握ると、何か真菜に強制的に従いたくなるような想いがこみ上げる。
 俺は夢の中の老魔法使いのように、問題なくその思念の触手を振りはらった。

「誰がお前なんかに忠誠を誓うかよ。同情も誰かの情けにすがるのも、俺はごめんだ」

 俺は手を振り払って立ち上がる。

「それでこそ、智也だ。妾は、なんとしても智也、そなたを手に入れるぞ」

 俺は軽く手を振って別れた。
 五時限目は古文、六時限目は地理だった。幸い、この時間は美咲と比べられるような事は起こらなかった。
 授業が終わると、足早に剣道部に向かう。
 俺が一番だったらしく、すぐに着替えて素振りを開始する。
 二十分もした頃、美咲も着替えてきて言った。

「智也、久しぶりに手合わせしない?」

「嫌だ」

 俺が断ると、美咲はむぅ、と腰に手を当てる。

「むー、そんな事言わないで。行くよっ」

 俺は微動だにしなかった。強かに面を打たれ、俺はよろめいた。

「これで満足か」

 低い声で言うと、美咲は口を尖らせて言った。

「な、何よ。私はただ、たまには智也と……」

「行こうよ、美咲。こんなやつ構う事無いよ」

「ちょ、茜!」

 茜が美咲を引っ張っていって、俺は息をついた。
 微動だにしなかったのは、どうせ美咲の竹刀に反応できないのが分かり切っていたからだ。
 遅くまで部活をやって、疲れた俺は着替えて家路へとつく。
 美咲はまだまだ元気で、茜とカラオケに向かった。
 俺が帰ろうとすると、校門で真菜が待っていた。

「待ちくたびれたぞ、剣士殿。さあ、智也、妾を家までエスコートしてくれ」

 真菜の取り巻きの視線が痛い。これは、また後で殴られるかもな。
 しかし、断れば真菜は悲しそうな顔をする。真菜が悲しそうな顔をすれば、取り巻きの深い恨みを買う。俺はぶっきらぼうに言った。

「ついてこいよ」

「うむっ! ふはは、ようやく智也を一度従わせたぞ!」

 真菜が笑顔になって俺の後をついてくる。置いて帰りたい思いを必死で押さえながら、俺は真菜を送って家に帰った。真菜を家に送った後、やはり調子に乗るなと腹を殴られた。
 真菜も、俺の事を無視してくれるともう少し学校生活が楽に過ごせるんだが。
 俺は帰って風呂に入り、食事を済ませて勉強を始める。八時ごろ、美咲が帰ってくる音が聞こえた。食事を済ませ、風呂に入る音が聞こえる。
 その後、テレビの音と美咲の笑い声が聞こえてきた。
 十時、美咲が部屋に入る音。
 部屋の電気が消える。
 俺は十二時まで勉強して眠った。
 これが、俺の毎日だった。美咲も真菜も容姿端麗、スポーツ万能、勉強は学校の授業だけなのに良くできた。翻って俺は毎日のように鍛え、勉強しているのにいつも成績は中の下。
 それでも、せめて俺と二人が違う道、違う高校を選んでいたら、俺は二人を恨まずにすんだかもしれない。

「智也と一緒がいい」

 そういって、美咲は尽く俺の真似をし、真菜は俺の後を尽くついてきた。
 勉強や剣道だけじゃない。パズル、絵、楽器各種、歌、料理、掃除、礼儀作法、果ては駅名の羅列と言った事まで。
 幼い頃から、美咲は俺の真似をしまくった。そして、尽く俺よりもいい結果を叩きだしてきた。
 初めはただ何にでも意欲旺盛なだけだった俺は常に美咲と比べられる事になり、いつしか逃げるように様々な趣味に手を出し、美咲に追いつかれては他の趣味を探すという事を繰り返した。
 お陰で美咲に出来ないものは何もない。
 そして、真菜はどこにでもついて来て周囲の視線を掻っ攫った。
 真菜と俺が一緒にいると、なんで俺みたいのが真菜と一緒に、と決まって陰口を叩かれた。
 俺はと言うと、何一つ出来ない。どんなに頑張っても、いいとこ中の下だ。
 俺は才能と言うものが憎かった。
 才能ある人間は努力しなくてもなんでも出来て、才能のない人間は努力してもなんにも出来ないなんて、不公平じゃないか。
 神様は平等に才能をくれると言うが、それは嘘だ。
 それとも本当に、まだ見つけていない俺の才能があるのだろうか。
 将来、その何かを見つけた時の為に基礎を鍛えようと、ランニングと剣道と勉強だけは美咲に追いつかれても続けていたが、いっこうにその何かは見つからない。
高校は別にしようとしたが、美咲と真菜の奴、俺に隠れて俺と同じ高校を受けやがった。
 家族ぐるみで、俺は騙された。
 入学式、向かう方向が一緒な事に気付いた俺の絶望は果てしない。
 俺は、いまだに将来の夢を決められないし、誰にも相談できない。
 美咲の「私もやる!」という一言が怖いのだ。真菜は間違いなくついてくるだろう。
 美咲も、それとなく将来の夢を聞いてくるのが不気味でしょうがない。
 正直に言おう。俺は美咲が嫌いだった。真菜が迷惑だった。
 せめて、俺が弟ならば、あるいは女なら美咲を恨まずに済んだかもしれない。
 だけど俺は兄で、双子で、男なのだ。
 常に比べられ続ける地獄。美咲に勝てないのなら、どこか、誰もいないどこかへ行きたかった。
 どんなに嫌がっても、明日は来て、来週は来て、来月が来て、来年……高校卒業が来る。その時には、将来を決めていなければならない。
 俺は毛布を頭からかぶって眠った。









「智也! 美咲と買い物に行ってきて」

 俺が勉強をしていると、母さんが声を掛けてきた。

「なんで俺が」

「あんた男でしょう。いっぱいあるから、荷物持ちよ」

 俺はしぶしぶと出かける準備をする。
 癖毛をなんとかまともに見えるように整えると、美咲がパタパタとやってきた。
 グレーの派手な襟で裾の長い服に、黒いストッキング。短パンかミニスカートかわからないが、とにかく下の服は長い袖に隠れて見えない。
 真ん丸とした小さなバッグに母さんから貰った財布を入れて、美咲は笑顔で手を差し出した。

「いこ、智也」

 俺は黙って美咲の後に従った。
 公園に差し掛かった所だった。近所の子供達が、公園で遊んでいた。
ボールが道路に飛んでくる。子供が、それを追いかける。何故か、それらがゆっくりに見えた。
走ってくる車。

「危ない!」

 俺は走った。その時、俺の心中に浮かんだのは、子供の安否の心配じゃない。
 勝ったという思いだった。
 ようやく、美咲がやってない事を出来る。その為に死んでもいい。美咲と違う事が出来るなら。
 子供を持ちあげた時、俺は強く突き飛ばされた。
 コンクリートブロックに叩きつけられ、俺はなんとか子供を庇う。
 衝突音。車のドアが開く音。悲鳴。

「……なにやってんだよ」

 俺は、掠れた声で言った。子供の泣き声が耳にうるさい。
 血が、広がっていく。
 美咲が、車に轢かれて倒れていた。
 足が、あらぬ方向に曲がっている。無事なはずの俺の足が、体が、激しく痛んだ。

「救急車! 救急車!」

「美咲ちゃん!」

 運転手が喚き、公園で子供を遊ばせていたおばさんが駆け寄ってくる。

「何やってんだよ! なんで俺なんかを助けるんだよ! そうやって善人面したいのか? いつもそうだ。いつもいつもそうだ! 美咲はなんでも出来て、凄くて、いい子で、俺は何もできなくて、悪者で! 俺はお前なんか大っ嫌いなんだぞ。感謝なんてすると思ってんのか? マジ馬鹿じゃねー!?」

「なんて事言うの!」

 おばさんが、俺の頬を叩いた。

「あたしは……好きだよ、智也の事……。あたしは知ってる……智也、なんにでも一生懸命で……凄いなって……でも、最近一度も笑った事無くて……あたし、智也の笑ってる顔みたいな……」

「誰がするか!」

 俺はその場から駆け去った。
 走りに走り、隣の町まで走って、嘔吐する。
 美咲が轢かれた。でも、最低な俺が考えていたのは、美咲の安否なんかじゃなかった。
 ――もしも美咲がここで死んだら、俺はもう、一生美咲に勝てない。
俺の頭を占めていたのは、それだった。だからこそ、俺は一生、いや永遠に美咲に勝てないのだろう。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」

 家に行きたくない。公園で、ただボーっとしていた。
 日が暮れて、とぼとぼと家に帰る。
 母さんが、鬼のような顔をして家の前に立っていた。
 俺が母さんの所に行くと、無言で頬を叩かれる。

「病院に行くわよ」

 俺は、のろのろと頷いた。
 車に揺られ、ぼんやりと窓の外を見る。胸の辺りがズキズキとした。
 道路が凄まじい速度で通り過ぎていく。
 行きたくない。
 病院につき、病室に向かう。手術は既に終わっていた。
父さんが、ベッドの横に付き添っていた。
美咲は、静かに眠っていた。包帯が痛々しく、血がにじんでいた。

「何があったか、貴方の口から聞きたいわ。話して頂戴」

 母さんが、押し殺した声で言う。

「おばさんから聞いてるだろ」

「智也!」

「お前、落ち着きなさい」

 激昂する母さんを、父さんが宥める。俺は、ただ項垂れて時間が過ぎるのを待った。
 母さんは泊まり込みで美咲の世話をする事になった。その間の家事をするのは俺だ。
 朝、朝食を作る。以前、料理を一所懸命に勉強した事があるから、人並みの朝食くらいは作る事が出来る。
 父さんが、起きてきてぎこちなく声を掛けた。

「おはよう」

「おはよう」

 そのまま、無言で食事をする。
 学校に行くと、俺の机に花が置かれていた。
 茜が、腕組みをし、きつく俺を睨んでいた。

「あんたのせいで美咲が重体なんでしょ。あんたが死ねば良かったのよ。謝りなさい! 美咲に謝りなさい!」

「何をしているの! やめなさい、茜さん」

 教師が慌てて茜を止める。

「放して! 放してよ! 返して! 美咲を返しなさい!」

 冷たい周囲の目。茜の涙。止め続ける教師の戸惑った声。
 俺は全てを無視して席につき、窓から花を投げ捨てた。

「智也くん!」

 教師が見咎める。俺はこれみよがしに言った。

「これでようやく美咲と離れられるな」

 茜が叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる! 殺して……うあ……ああ……ああーん。うわあああああ」

 茜が、崩れ落ちる。

「智也くん!」

 美咲を好きだと言っていた男子生徒が、俺を殴った。

「美咲はなぁ! いつもお前を庇ってたんだぞ! お前は美咲よりすごいんだって、皆お前の魅力に気づかないだけなんだって! なんでお前が……なんでお前が!」

 知ってるよ、そんな事。だから俺は、美咲が憎かった。
 どんな事があっても、明日は来て、来週は来て、来月は来て、来年は来る。
 その日、進路指導の為の調査票が配られた。
 聞いている事は実にシンプルだ。
 卒業後、どうするつもりなのか?
 そんな事、今は考えたくない。それでも、残酷に期限は迫ってくる。
 針のむしろの学校を終え、部活動まできっちりこなして、夕食を作って、風呂に入ってから、俺は病院に向かった。出来る限り病院に行くまでの時間を引き延ばした、とも言う。
 病室から、母さんと父さんの話声が聞こえて扉を開ける手が止まる。

「本当に、なんでこんな事に……美咲が、美咲が……事故にあったのが智也だったら良かったのに……」

「お前! そんな事をいうものじゃない。昨日はずっと寝ずについていたというじゃないか。お前は一旦美咲から離れて休んだ方がいい。今日は家に帰りなさい」

「でも……」

 俺はゆっくりと手を引き戻し、病院のトイレへと向かった。
 そこで、吐く。嘔吐したら、さらに胸が痛んだ。
 苦しい、苦しい、苦しい。
 夜が来るまでそこでじっとしていた。
 夜が更けて俺が病室に向かうと、さすがに父さんも母さんも帰っていて、真菜がただ一人、美咲の顔を眺めていた。

「なんだよ、お前も俺を責めてんのかよ」

 真菜は俺を抱きしめる。

「怪我をしているのではないか? 歩き方が変だぞ。医者は何と言っているのかの」

「……医者には行っていない。轢かれたのは俺じゃない」

「美咲の馬鹿力で突き飛ばされたのであろ。見てもらった方がいい。……良く子供を助けたの」

「は……っ子供を助けたのなんか、善意でやったんじゃねーよ」

「子供を助けたのは事実であろ」

 俺は、言葉を絞り出す。

「なんだよ……なんでそんな事言うんだよ……そんな優しい言葉、俺にかけんなよ……」

「泣くな、智也。そなたは、いつでも生意気な顔をしてしっかりと立っておらねばならぬのだ」

 そして、真菜は俺をぎゅうっと抱きしめた後、離れた。
 真菜は、俺を正面から見つめて言った。

「智也、いや、マゼランよ。お前の優れている所を、今こそ言おう。すまんの、すまんの……智也を独り占めできるのが嬉しくて、妾はずっとそれを隠していた」

 マゼランと聞いたとたん、俺の心が揺れた。まるで、ずっと探していた何かを見つけたような、思い出してはいけなかったような。いや、何よりも真菜は気になる事を言った。

「俺の、優れている所……?」

「それは、魔術だ」

「魔術ぅ?」

 俺は懐疑的な声を上げた。真菜は急に何を言っているんだ。

「回復呪文、ラグルピース」

 真菜の言った言葉に、俺は眼を見開いた。夢の中で老魔法使いが使っていた技。

「いまこそそれを使うが良い。それで美咲は助かるであろ。智也の欲しかった、美咲より優れた何かが見つかるであろ。嘘だと思うなら、試してみるがよい」

 駄目だ。その申し出に乗っちゃ駄目だ。何故なら俺は、真菜の知らない事を知っている。
 この世界には魔力が無い。俺はMPをもたない。しかし、この世界にもMPに代わるものがある。それは生命力。嘘に決まってる。でも、もし本当だったら、美咲の命と引き換えに俺は死ぬ。

「……考えさせてくれ」

「うむ、考える事も色々と多いであろ。妾は待ってる。智也の決断を」

 朝、俺は診察を受けた。老魔法使いの言った通り、肋骨が折れていた。

「事故にあったのに病院に来なかったのかい? 駄目じゃないか。それに、胸。相当痛かったはずだよ。とにかく、君も入院してもらうから」

「……すみません。入院の準備にちょっと家に帰っていいですか」

「駄目。今、精密検査の準備をするから」

「はい」

 俺は項垂れた。
 精密検査を受けながら考える。俺、死ぬなら身辺整理しなきゃな。
 部屋……は、片付いてるな。殊更拘るものもないか。
 そうだ、遺言考えなきゃな。真菜の嘘や俺の妄想の可能性が高いとはいえ、死の可能性はあるのだ。
 さあ、なんて言おう。なんて言おう。なんて言おう。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。こんな奴でごめんな。ああ、そうだ。美咲にも遺言しなきゃ。あいつは元気になるんだから。
 うーん……恨みごとばっかになりそうだな。やめとこう。
 あいつにもありがとうの一言でいいや。
 俺は検査が終わった後、売店で封筒と便箋を買い、精一杯丁寧な字でたった二行の遺言を書いた。

「死ぬ前にやる事終了、と。俺の人生ってなんだったんだろーなー」

 別れを惜しむ友達もいない。
 生きてほしいと言ってくれそうな人すら……いや、真菜がいるか。
 真菜の考えている事は俺には良くわからなかった。なんで、俺なんかに拘る?
 俺は美咲の病室に行った。
 真菜が、俺の顔を見て笑顔になった。

「マゼラン、その気になったのだな。大丈夫、マゼランなら政府直属の魔術師にだってなれる。妾が、全力でサポートする」

 俺は、真菜を無視し、美咲に両手を向け、朗々と呪文を唱える。
 中ほどまで唱えて、虚脱感で足が崩れた。それでも手を掲げ続ける。

「智也! どうした!? お主がこの程度の呪文で力を使いはたすはずがない!」

 美咲の周囲に魔法陣が現れ、発光していた。
 すげー。俺、魔法を使ってる。
――何言ってんだよ、当たり前だろ。お前は、魔王を倒した魔法使いだったんだぜ?
 じゃあ、これぐらい簡単だよな。俺は、一層力を入れて呪文を唱えた。

「やめて、智也。駄目だよ……」

 美咲の声が、聞こえた気がした。
 次の瞬間、俺は真っ白な場所にいた。

「困りますねぇ。ええ、本当に困ります」

 声を掛けられ、俺は振り返る。
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。中国の文官のような服装に、小さな丸眼鏡。狐のように細い目の男が、そこに立っていた。

「そのパラメーター、万能過ぎると言う事で随分前に廃止されたんですよ。たった三人で魔王が倒せるというのは、やりすぎですよねぇ、いくらなんでも。実質、二人でしたし。なので、癒して差し上げる事は出来ません。かといって、貴方は既に命と言う対価を支払ってしまった。こちらとしても、どうにかしてあげないと契約違反になってしまいます」

 男は竹で作った巻物のようなものを広げて言った。

「お前、誰だ?」

「精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪。好きな呼び方で構いませんよ」

 男は、肩を竦める。
 俺はふいに気付いた。俺は、とんでもなく偉い奴に会ってる。
 魔法とパラメーターの大本、神様に。

「それは違いますよ。私は下っ端の文官です。キュロスと申します」

「キュロス、様。美咲は治らないのか?」

 俺はおずおずと聞いてみる。命と言う対価を払ってしまったと言っていた。
 ならば俺は、既に死んだのだ。命を賭しても、俺は何一つ成せないのか。

「直接治す事は出来ません。でも、チャンスを与える事は出来ますよ」

「チャンス?」

「二十年前の赤子の死体に貴方の魂を送り届けてあげましょう。そうそう、タイムパラドックスが起きるので、今の時点以前でこの世界に干渉してはなりません。それに、全てのパラメーターはリセットされます」

「それで、どうやって美咲を救えるんだ?」

 キュロスは苦笑した。

「おやおや、どうすればいいか、貴方は知っているでしょう? 貴方の前世は魔王を倒した大魔道士、マゼランなのですから。ヒントを教えてあげましょう。パラメーターは全世界の人間が一律になり、大分多様化しています。いえ、言い変えましょう。簡単に強くなれないよう、平等に、かつ大分厳しくなりました。マゼラン……貴方の前世のように、パラメーターの極振りをしなければ美咲さんは救えませんし、一度でも方針を間違えば、それで終わりです。タイムリミットは二十年。大サービスとして、記憶を保持できるほかに、今の時点までどれくらいかわかるようにしてあげましょう。もちろん、自分の人生を謳歌するのも自由ですよ。私はそちらをお勧めしますがね」

 俺は、キュロスの言葉をゆっくりと噛みしめた。

「……わかりました。お願いします、キュロス様」

 キュロスは一本指を立てて言う。

「いかに大魔法使いマゼランとは言え、たった一人の人間にやれる事には限りがあります。この世界にはMPがありません。美咲さんを救う為には、もう一度命を捧げるか、例え生き残ったとしても、何もできない異邦人として一人この世界に取り残される事になるでしょう。それでもいいのですか? 美咲さんが憎かったのでしょう? なのに、美咲さんの為に死に、今また新たな生涯を捧げるのですか?」

 俺は頷く。

「構いません。ずっと俺だけの何かが欲しかったんです。美咲を救えるのは、俺だけです。ここで美咲を救わずに新たな人生を選んだら、それはもう俺じゃないんです。負け犬のまま、俺の人生は終わってしまうんです」

 キュロスは慈愛のある瞳で頷いた。

「いいでしょう。智也さん。貴方の魔術を承認します。それで、そこの貴方はどうします?」

 キュロスが、持っていた竹の巻物にハンコを押す。
 その瞬間、白い空間は消え失せ、俺は真っ逆様に落ちた。
 落ちていく瞬間、キュロスの前、俺の後ろの位置に誰かの人影が見える。
 満天の星空。青い月と赤い月。真っ暗闇の中に落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 地面に激突するってか真下に赤ちゃんがいるじゃねーか!
 危ない、と手をつくが、手は地面をすり抜けていく。
 籠にすら入っていない、小汚い布に包まれた赤子に、俺は頭から突っ込んだ。
 目を瞑ると、俺は横になっている事に気づく。
 体が硬くてうまく動かない。何より、物凄く寒い。何も見えない。喉が堪らなく痛かった。
 何なんだこれ。そうだ、赤ちゃんの死体に魂を連れていくって……。
 捨て子じゃないか。これ、下手したらこのまま死ぬのか?
 俺は声を張り上げる。
 か細い声しか出ない。
 頭の中で、選択肢が現れた。
――声の大きさにパラメーターを振りますか?
 気づかれなきゃ死ぬかもしれない。しかし、パラメーターを犠牲にしたら美咲が助けられない。
 畜生、やってやる!

「あ……ああ……あ……ああああああああっ」

 俺は、この世界で産声を上げた。

































   終章


 トモヤは、王族御用達のお茶を飲んでのんびりとしていた。アトルは治療に出かけている。ここにいるのは二人きり。ようやく手に入れた平穏。トモヤは知らない。トモヤの影に、常に魔族の護衛兼監視が張り付いている事を。

「なぁ、アンティ様。そろそろ教えてくれたっていいだろう。何にパラメーターを振ったのか」

 王女は、弾けるような笑みを見せた。

「ようやく一万ポイント溜まったのだ。同ポイントなら、こちらの属性が勝つ。褒めてくれ、智也。妾が振ったのは……」

 そして、王女は振りむいて言った。

「カリスマだ。余に忠誠を誓え、智也。そうだな、まずは愛している真菜、とでも言ってもらおうか」

 王女から思念の触手が放たれ、俺は……



[15221] 俺と俺の異世界旅行(オリジナル)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/11 19:15
プロローグ


 俺は加藤光一。両親が科学者で、生まれた時から科学に親しんできた。
 そんな俺は当然勉強にいそしみ、大学院を卒業し、両親の運営する研究所に入る事になった。
 環境はある。大学時代に取った特許で、費用も用意してある。俺は、俺の小さい頃からの夢を叶えて見せる。
 俺は自信満々に研究室に入った。
 幼い頃から出入りしているだけあって、研究室は知っている人ばかりだ。
 その中に、唯一知らない人が二人いた。俺と同じ新入りだ。
 安藤真紀。苦学生だったが、確かSFばりのバリア装置を開発したとかで、政府からの莫大な支援を受けているとの事だ。日本の天才学者と言う事で、俺でも知っている有名人だ。
 それを言うなら、俺もレーザーガンを開発し、自衛隊に採用されているし、日本の秀才学者と言われているのだけれど。
 俺達はよく日本の誇りとして、セットで表現される。しかし、俺達が会うのは今日が初めてだった。
 安藤真紀は顔の造りは可愛いものの、癖っ毛で化粧もあまりしていないようだ。ま、そこは筋金入りの研究者なのだから仕方ないだろう。
 もう一人は鈴木耕作。
 こいつは俺達に比べたらさほど有名じゃないが、そこそこ功績を上げている。なんでも、画期的な通信装置を作ったとか。
 地味な顔立ちとのんびりした雰囲気の男だった。
 この三人が新入りだ。俺達の白衣だけ、新品でパリッとしているので、お互いが新入りだとすぐにわかったらしい。雑談をしていた二人はこちらに笑顔を向けた。

「あ、君が加藤光一君? よっろしくぅ!」

 安藤真紀が弾けるような笑顔で言う。それに俺はドキッとした。
 俺はしょせん研究者。女の子にはあまり馴染みがないのだ。

「ねぇねぇ、今日が自己紹介だよね。たしか、自分の研究したいものを言うんだっけ。楽しみにしてるよ、秀才君」

「ああ、俺もだ。楽しみにしている、天才娘」

「ぼくも、お二方の発明を楽しみにしています。二人は、僕の憧れの人で……」

「ああ、よろしくな鈴木耕作。楽しみにしていていいぜ」

 初めての出会いはまあまあ好印象と言ったところだろう。うまくやっていけそうだと、この時俺は思っていた。
 父……所長の挨拶がすみ、自己紹介を始める段になって、まず俺が指名された。
 俺は白衣をはためかせ、自信満々に皆の前に立ち、言った。

「加藤光一だ。これまでに作った物はレーザー銃で、自衛隊にも使われている。でも、それはほんの小遣い稼ぎだ。俺の作りたいものは他にある。その前座として、今は物質転送装置について研究している。俺の夢は……」

 研究所員がごくりと喉を鳴らす。俺はこの時まで、真の目的は誰にも洩らさなかったから。

「俺の夢は……異世界トリップ装置を作る事だ」

 沈黙。爆笑。爆笑の発生源を探すと、安藤真紀だった。

「なーに夢物語を言ってるのよっ 秀才君、うっけるー。面白い事言うじゃない。それで、言葉は? 空気は? 食べるものはどうやって安全か確認するのよ? 絶対無理よ、そんな事」

「だ、駄目だよ真紀ちゃん。人の夢を笑っちゃ……」

 俺は安藤真紀の言葉を聞いて顔を真っ赤にして怒った。

「研究費用は自分で払うんだから放っておけよ! それを全部クリアする世界を探せばいいだけじゃないか。ふん、天才娘、お前には絶対俺の異世界トリップ装置を使わせてやらねー。天才様は精々日本全土を覆うバリア装置でも作って称えられてろよ。それで満足ならな!」

 安藤真紀は、ふふんと笑った。

「私だって、バリア装置なんかお金稼ぎに過ぎないわよ。今はテレパシー送信装置を開発してる。けど、それも前座に過ぎない。私の夢は……異世界転生装置を作る事よ!」

 またも沈黙が走る。俺は途方もない阿呆な考えに盛大に笑ってやった。

「俺の事を非難するからどんな事を言うかと思えば……異世界転生装置―? ばっかじゃねぇ、魂なんてものが仮にあったとしても、制御なんか出来るはずねーだろ! 馬鹿と天才は紙一重って本当だな!」

 安藤真紀を抑えようとしていた鈴木耕作が、今度はこっちにまあまあと言ってくる。

「待ってよ光一君、相手は女の子なんだし……」

「空気も食べ物も言葉も全部クリアするわよ! この頭脳を持って成り上がる自信もあるわ!」

「そもそも知能の低い種族だったらどうするんだよ! それに気味悪がられて捨てられるんじゃねー? 第一、どうやって帰るんだよ!」

「なによぅ!」

「なにおぅ!」

 俺と安藤真紀は睨みあう。

「あー、両方無理なんじゃないかな? それよりは今作ってある装置の開発を……」

 俺と安藤真紀は、父をギッと睨んだ。

「「絶対出来る!!」」

 そして、互いを指差す。

「「それも、こいつより早く!」」

「は、はは……まあ、頑張ってくれたまえ。じゃあ、最後に鈴木耕作君」

 鈴木耕作は立ち上がり、若干緊張しながら答えた。

「僕の夢は宇宙人と交信する事です。その為に通信装置を作りました。後はこれを改良して、出来るだけ遠くに信号を送るつもりです」

 ふーん、小さい夢だな。

「まあ、光一くんと安藤さんよりは現実的な夢だな……」

 パチパチと、拍手が起こる。
 俺達三人は、こうして出会った。
 そして、この三人の出会いは科学の歴史を塗り替える事になるのだった。





[15221] 俺と俺の異世界旅行 一話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/13 07:00




 俺は猛スピードでキーボードを叩く。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 まずは物質転送装置の開発だ!
 隣で、同じく猛スピードでキーボードを叩いていた安藤真紀と眼があった。

「「ふんっ」」

 互いにそっぽを向き、作業に戻る。
 鈴木耕作がやってきて、コーヒーを入れてくれる。

「そんなに無理してると体壊すよ? あ、光一君、ここの計算少し間違ってる」

「あ、本当だ……」

 俺は急いでそこを修正する。そうか、どうも上手く行かないと思ったらここで間違っていたのか。

「はっ凡才君に直してもらうなんて、秀才君も駄目ねぇ」

 嘲笑する安藤真紀に、のんびりと鈴木耕作が指摘した。

「真紀ちゃんも、ここ間違ってるよ」

「はっ凡才君に直してもらうなんて、天才娘も駄目だなぁ」

「むぅーっなによぅ!」

「なんだよ!」

 俺と安藤真紀は再度睨みあう。

「ところで、僕の研究、芳しくないんだ。真紀ちゃんのテレパシー装置、一つ僕にくれないかな? 改良してエイリアンとの意志疎通に使えないかな。向こうも研究しているかわからない電波で探すより、心で探した方がいいと思うから」

「いいけど、まだそんな長距離は使えないわよ?」

「僕の通信装置を応用するから大丈夫」

「いいわ。精々頑張ってね、凡才君」

 ふん、鈴木耕作も頑張っているようじゃないか。俺も頑張らないとな。
 俺はコーヒーを一口飲みほし、パソコンに向かった。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 そうして数ヵ月後、俺はついに物質転送装置を開発した。
 しかし、研究所が騒がしいな。エイリアンとの接触に成功した?
 やるじゃないか、鈴木耕作。
 しかし、そんな事はどうでもいいんだ。俺は安藤真紀に勝つ!
ある日、俺と安藤真紀が研究していると、また鈴木耕作が来た。
鈴木耕作は仕事が大変らしく、少しやつれていた。

「エイリアンとの交渉役、政府の人に取られちゃったよ。僕は改良版テレパシー装置作りに大わらわさ。僕自身があの装置を使う事も禁じられた」

「え、エイリアンと話す、その為に研究してたんじゃないの? 意味無いじゃねーか」

 俺が言うと、鈴木耕作は沈痛な面持ちで頷いた。
 しかし、笑顔を取り戻す。

「だから僕は、政府の人には内緒でエイリアンと初の文通をしようと思うんだ。文通だったら禁じられていないからね。転送装置は出来たかい? 出来てるなら、出来れば貸してほしいんだけど」

 俺は頬を掻いた。

「悪いけど、凄く小さい物質しか送れないんだ。電波とか音波ならいけるんだけど……」

「それなら十分話せるじゃないか。大丈夫、僕の通信機、小型だから送れるよ」

「そうか、なら貸してやるよ」

 そうして俺は研究に戻った。
 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ! 安藤真紀に勝つ!
 それから、数か月が立った。どうしても上手く行かない。大きいゲートを開くのは技術のブレイクスルーが無いと駄目だ。先に異世界の座標を探す事としよう。
 安藤真紀も、異世界探しを始めたようだった。ふん、俺の方が先に見つけてやる!
 しかし、研究は中々上手く行かなかった。

「あーっどうして上手く行かないのよ!? 構想は出来てるのに、どうしても形にならないわ!」

「くぅ、次元をぶち破る自信はあるのに、次元の壁のとらえ方が分からないっ」

 二人して暴れていると、鈴木耕作がやって来て言った。

「光一くん、真紀ちゃん、エイリアンの友達が出来たよ! 座標を聞かれてるんだけど、どうしよう」

「あー、やめとけやめとけ。良くわからない相手に座標を教えるなんざ。俺の研究がブレイクスルーすれば、一人単位なら行き来できるようになるしな」

「そっかー、頑張ってね、光一君。そうだ、僕は二人の研究のお陰でエイリアンと話す事ができるようになったんだ、二人も協力してみたら?」

 俺と安藤真紀は視線を見交わした。

「あっあんたがどーしてもっていうなら、やってもいいけど?」

「お前がどうしてもっていうなら、やってみてもいいが?」

 俺と安藤真紀は睨みあう。

「どーしてもっお願いします! 僕も異世界って見てみたいんだ」

 鈴木耕作が頭を下げて、俺と安藤真紀は何とも言えない顔をした。

「まあ、凡才君がそういうなら……」

「いつもうまいコーヒーを注いでくれるしな」

 俺は安藤真紀の研究を見る。なんだこれ、わけわかんねーよ。けど要するに、この結果が出ればいいんだな? 俺は安藤真紀のパソコンに数式を書きくわえていく。
 そして安藤真紀は、何事かぶつぶつ呟きながら俺のパソコンを構い始めた。

「ふん、やるじゃない。待って、これをこうすれば……」

「これ、こうすればいいんじゃない?」

 鈴木耕作が後ろから覗きながら口出ししてくる。
 ふん、言われなくても時間さえあれば気づけたんだからな!
 そして俺達は、小さな小さなゲートを開く事に成功する。
 そこで小型カメラを送り込む。
 空中に浮かぶ城。二つ浮かぶ月。魔法らしき存在。
 俺と安藤真紀は思わず抱き合って喜んだ。

「剣と魔法の世界! ファンタジー!」

「異世界よ! ついに私は異世界に転生するんだわ!」

「光一君、真紀ちゃん、ようやく仲直りしてくれたんだね」

 鈴木耕作に言われて、俺と安藤真紀はぱっと離れた。

「か、勘違いしないでよね。私はただ嬉しくて……」

「そっちこそ」

 俺と安藤真紀、鈴木耕作はそこで作戦会議を開くことにした。

「今の段階で発表するのはごめんだな。鈴木耕作が早々にプロジェクトから外されちゃったからな」

「同感よ。目的の異世界はいわゆるパラレルワールド、私達の同一人物さえ見つければ、私のテレパシー装置を出力最大にして入れ替える事が出来る。まずは私達の分身を探しましょう」

「悔しいが、俺の物質転送装置はまだ大きい物は送れない。それしかないな」

 その時、小型カメラが何者かに捕まった。
 小型カメラを捕まえた人物は、興味深げな顔をして色々と調べている。
 その髪は金髪だったが、顔立ちはどこか見覚えがあった。
 これは……。

「ビンゴ」

 俺と安藤真紀はにやりと微笑んだ。
 

「あー、悔しいなぁ。悔しいなぁ」

「悔しいのぅw 悔しいのぅw ……げ、げほ、離せ安藤真紀」

 俺は安藤真紀に絞め殺されそうになり、バタバタともがいた。

「さっさと私の分身を見つけんのよ、いいわね! あーあ、私もテレパシー装置、完全に赤ちゃんに魂を移動できるように改良しなきゃな」

 鈴木耕作が首を傾げる。

「その場合、赤ちゃんはどうなるの?」

「私の体をプレゼントするわよ」

 安藤真紀が斬って捨てる。

「……それって、さりげなく非人道的じゃないかなぁ」

「私は別に聖人君子なんかじゃないわ。いまからやる事も乗っ取りと誘拐だしね」

「俺の分身の面倒はきちんと見てやれよ」

「わかってるわよ」

「……いいのかなぁ」

 鈴木耕作がいい、首を傾げた。

「いい、パラレルワールドならば、向こうの私もまた天才学者のはずよ。何かトラブルがあったら、私を頼りなさい」

「癪だがそうしよう」

「ぼ、僕の事も頼って欲しいな」

「あー、そうするそうする」

 安藤真紀と鈴木耕作にそう答え、俺は一切の躊躇なくテレパシー装置を使った。
 ターゲットロックオン。出力最大。
 ターゲットから感じるのは戸惑い。書き換えられていく焦り。
 ふははははは、悪いな、俺よ。
 その体貰ったぁ!
 俺は体を奪い取ると辺りを見回した。
 豪華な調度品のある部屋。
 俺は生まれてから今までの人生を「思い出す」。
 俺の名はスイート・モア・ライトアイン
 よし、貴族な上に魔法使いださすが俺!

『スイート・モア・ライトアインて、変な名前! キャハハハハ』

『ライトアインさん気絶してるよ、大丈夫かな』

 安藤真紀と鈴木耕作の声が聞こえる。
 よし、テレパシー装置の接続は良好だな。

『きゃ、ちょっと! 部外者がこんな所に入って来ないでよ!』

『うあ、エイリアンと交流を持ってたのがばれちゃったかな?』

『ちょっと、機材接収って何よ! これはエイリアンとは関係ないわよ、私の発明なんだから!』

 ブツッ 
 接続が途切れる。
 俺は現状を確認した。
 まず、魔法が使えるかどうか。
 俺は呪文を唱えてみる。
 指先に小さな炎が宿り、俺は仰け反って指を振った。
 窓からは空に浮かぶ王城、浮かぶ二つの月。
 そして俺は貴族。
 ふ……安藤真紀……鈴木耕作……世話になったな……。
 俺はこの世界で立派に生きていく!
 さようなら科学。こんにちは魔法。

「非科学、ばんざーい!」

 そして俺は早速酒を持って来させて祝杯をあげたのだった。



[15221] 俺と俺の異世界旅行 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:c03fd6a3
Date: 2010/04/16 22:05

 こっちでの俺、ことスイート・モア・ライトアインはなんと宮廷魔術師の一族だった。中でも俺は攻撃魔法の専門家で、でも最近は異世界旅行の為の研究に取りかかっていた。うむ、俺と同じだな!
 さすが俺! この調子なら安藤真紀もすぐに見つかるだろう。
 鈴木耕作もついでで探してやるか。
 でも今は攻撃呪文だ! なんだ攻撃呪文と言う心躍る響きは。
 俺にかかれば呪文なんてちょちょいのちょいよ!
 俺は早速本を読み漁る。ライトアインの知識をよりよく引き出し、呪文を勉強し直す為に。
 うむ、イメージ力が大事か。ふはは妄想なら任せろ!
 さて次の本は……む、これは動物辞典か。中々興味深いじゃないか。
 さて明かりを……このライトはどうなってるんだ?
 俺は一晩中、興味の向くままに部屋を調べまくった。
 空が明るくなった頃、扉の外から声がする。

「坊ちゃま、起床の時間です」

「ああ、わかった」

 メイドが入ってきて、服を着替えさせる。
 自分でできると言おうとしたが、この服着方わからんな。
ライトアインもわからないみたいだし。服の着方がわからないって凄まじいな。
今までの人生で何をやってきたんだ俺よ。早速見て覚えよう。
む、せっかくファンタジー世界にいるのだから魔法青年に変身する呪文を覚えるのもいいかもな。よし、攻撃呪文の次の研究課題はそれだ。
 俺は記憶を思い出しながら食卓へと向かう。
 その食事に目を見張る。当たり前だが、見た事のない料理ばかりだ。
 全ての料理を少しずつ、お腹いっぱい食べる。さすが貴族の料理、あれもこれもそれも美味い。
 父と母がそんな俺を見て驚いている。

「今日はずいぶんと沢山食べるのね」

 母に聞かれて、俺はナイフとフォークを動かしながら答えた。

「朝ご飯は活力の元ですから」

「そうか、それで、前々から言っているが、攻撃呪文の研究に戻ったらどうだ。異世界など存在するはずがないのだし、お前の呪文は一定の評価を得て……」

「ああ、今日から攻撃呪文研究します」

「お前も強情な……何?」

「ですから、攻撃呪文を研究します」

 父はそれを聞いて喜んだ。

「そうかそうか! 才能は活用せねばな。良かった、いや本当に」

 俺は口を拭いて席を立った。

「では、俺は先に出ます」

 通勤には竜を使う。竜だぞ、竜。俺はわくわくしながら竜舎に行った。
 この、独特の匂い。雰囲気が出ている。
 俺は出してある竜に近づく。最初は駆け足で、それが徐々にゆっくりになる。
 期待、高揚感、そして恐怖。
 竜はでかかった。そろりと手を伸ばし、そっと触れる。鱗が硬い。
 竜の大きな牙が俺に近づく。匂いを嗅いでくる。俺は心臓を高鳴らせた。
 若干震えて、ドキドキしながら竜に身を寄せる。その鼓動が聞こえた。

「よよよ、よし! 乗るぞ。しゃがめ」

 良くしつけられた竜は、訝しげにしながらもしゃがむ。
 俺は竜に乗ってしっかりとしがみついた。

「ととと、飛べ! うわーーーーーーーーーー!!」

 俺は悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げる。

「何をしているんだ」

 父が、ゆったりと竜の手綱を掴みながら後を追って来て言った。

「初心に帰ってます!」

 父はため息をついて先へ行く。

「たたた、滞空しろ! 止まれ!」

 竜がゆっくりと羽ばたきながら止まる。
 俺は手綱を持ち、そろそろと顔を上げた。
 なんて、景色。

「うあ……凄いな。凄いな……凄いな! これぞ夢見た世界!」

 空に浮かぶ城の周囲をゆっくりと巡って見物し、城門から中に入る。
 この世界ではそれぞれがそれぞれの研究の為に籠っていて、特に朝の会議等は存在しない。早速俺は結界を解除し、自室へと入った。

「ごきげんよう魔術師の部屋!」

 俺は思わず叫ぶ。なんにつかうのか良くわからない機材の数々、大きな鍋。俺は、一つ一つの「使い方」を思い出していく。
 午前中は探索で終わった。
 午後。訓練場に行って、いよいよ攻撃呪文の実践だ。
 えーと、重要なのはイメージか。ここはファンタジーで最もよく見るファイヤーボールでも試して見ようじゃないか。ただ燃えるよりも、酸素が凝縮されるイメージをした方がいいかな。風の呪文も組み込もう。
 俺は意気揚々と叫んだ。

「ふははファイヤーボーーーーーーーーール!!!」

 吹き飛んだ。主に俺が。
 そのまま俺は気絶する。
 目覚めた時は医務室で父が心配そうな顔で付き添っていた。

「あれ、呪文って固有結界とセットじゃなかったっけ」

「固有結界が無かったら今頃お前の命はなかったぞ。確かに威力は凄かったが、あまり無茶な真似はするな。お前が実験中に物凄い爆発があったと聞いた時、心臓が止まるかと思ったぞ」

「あれ、そんなに威力でたか?」

「窓から見てみろ」

 俺は窓の方に近寄り、外をのぞく。真っ暗で見えん。
 俺は光を生み出す呪文を唱え、放った。
 そこにある、大穴。
 いやー威力出た出た。凄いなあれ。

「でも自分が気絶したらつまらんな。改良しないと」

「そうしろ。さあ、今日はもう帰るぞ」

「わかった」

 本当はまだまだ攻撃呪文とやらを試してみたかったが、まあ、一日目としてはこんなものだろう。これから一生ここに住んでいくのだ。
 一日で全てを解き明かしてはつまらないではないか。
 家に帰り、風呂に入った俺は、ついさっきまで気絶して寝ていたのに大分疲れている事に思い至った。徹夜したし、竜に乗ったしな。
 そこで、早く眠りにつく事を選択する。今日はいい夢見れそうだ。















 俺は眼を覚ます。奇妙な服装の男が何かわけのわからない事を喚いている。誘拐された?奇妙な玩具を見つけて調べている時に、俺は何かに襲われて……。俺は、何が起こったか思い出そうとして次々と思い浮かぶ知らない思い出に驚愕した。
 なんだこれは。俺は……俺は……異世界の住人と体を入れ替えさせられたのか!?
 しかも魔法の無い世界だと!? 科学とかいう神話の存在が世界を形作っているだと……?
 落ち着いて現状を確認する。俺の身の安全は保障されている。俺の事を頼むと確かにこっちの世界の俺は言ったし、有名な科学研究所の子息。頭にはレーザーとかいう神秘の兵器の知識。研究環境も整っている。
 …………ひゃっほう! 魔法なんかくそくらえ! 

「非魔法万歳!」

「何が非魔法万歳だ! 寝ぼけているのか、光一!」

「え、ええ?」

 俺は急に怒鳴られて眼を白黒させた。

「所長、光一君は関係ありません。彼は研究室で仮眠を取っていただけです。僕が勝手に研究を借りて宇宙人と接触してました」

「君が勝手にそんな事をするはず無いだろう! 光一も知っていたはずだ」

 俺は記憶を検索する。

「ああ、鈴木耕作、もしかしてエイリアンと通信機で話していたのがばれたのか?」

 父は更に怒鳴った。

「ほれ見た事か! どうして止めなかった、エイリアンとの交渉は地球規模の大事業なのだぞ」

「鈴木耕作が作ったのだから、鈴木耕作が会話して何が悪い? むしろ、研究結果を渡せという方がおかしい」

 父は顔を真っ赤にする。

「この……この……大バカ者――――――! とにかく! お前達には監視をつくそうだから、そのつもりでいろ! 今日はもう帰りなさい。鈴木君、君はエイリアンとの会話のデータを全て渡すように」

「僕のプライバシーは……」

「!!……っ……っ」

 む、怒りのあまり倒れたようだな。

「あー、まあ、しょうがないんじゃない?」

 安藤真紀が言って、鈴木耕作は研究所所員にデータを渡す。
 その後、監視付きで三人そろって研究室を出た。

「あー、で、光一君、状況わかってる?」

 安藤真紀に聞かれ、俺はきょろきょろと辺りを見回しながら頷いた。

「俺は喜んでこの研究所に骨を埋めるつもりだ」

 何作ろうか。レーザーは面白そうなので是非とも研究してみたい。

「その意気やよし! ちょっと話しましょ? ご飯おごったげる! 監視の人もね」

 俺達は駐車場に行き、そこで俺は目を見張った。
 これが、乗り物と言うものか。竜の代わり。生き物ではないのに走るもの。
 神話の奴は空を飛んだな。よし、レーザーの次は空飛ぶ車だ。

「ちょ……光一君、車は免許を持ってなきゃ運転できないのよ?」

 免許。俺は記憶を検索する。そしてカバンを漁って神が俺に与えたもうた奇跡の板を掲げ持った。

「免許……持ってる!」

「ま……まあいいか。記憶あるし、大丈夫、よね……保健入ってるはずだし。とにかく、私についてきてね」

 安藤真紀は車に乗り込んで出発した。少し先の方で車を止めて待つ。
 俺は早速車へと乗り込み、ハンドルを握った。
 おお、このさわり心地……。これを使って、今から俺は運転なるものをするのだ。
 早速アクセルを踏み込む。なに、動かない。魔力を通してみる。動かない。

「あの、キーを回さないと……免許、持ってるんですよね?」

 免許。俺は記憶を検索する。そしてカバンを漁って神が俺に与えたもうた奇跡の板を掲げ持った。

「免許……持ってる! なるほど、免許を持って運転するのか」

「ちょっとー!? 冗談ですよね!? 私が運転します!」

「な、何を言っている。冗談に決まってるじゃないか。ええと、キーを回して……」

 車が振動しだす。おおお、動いている動いている。
 そこで俺はアクセルを思い切り踏んだ。

「いま躊躇なくアクセルを踏んだ!? ドライブにするんですよ、ちょっと運転変わって下さい」

 俺は記憶を検索し、ドライブにしてアクセルをゆっくりと踏む。
 おおお進んだ! 車が進んだ。 
 ハンドルを動かすと、その方向に車が動く。面白い、面白いぞ!

「動いた、動いたぞー! ハハハ見たか? 俺が動かしているんだ!」

 運転を代わらされた。問答無用だった。酷い。
 俺は窓を開け、身を乗り出して風を感じる。

「危ないですって、やめて下さい!」

「ハハハ凄いな! 凄いな!」

 俺はファーストフード店とかいう所に連れていかれ、安藤真紀と食事を取る。

「ここのダブルチーズバーガー、美味しいんだから」

 俺は出された食事をじっと見る。これしかないのか。そしてこれを全部食べるんだな?
 食べ方は……。
 俺はダブルチーズバーガーとやらに齧り付く。
 俺は思ったより腹が減っていたようで、夢中になって食べた。

「光一君、私そっくりの人って会った事ある?」

 安藤真紀に聞かれ、俺は首を振った。

「僕は、僕は?」

 俺は鈴木耕作をじっと見つめ、呟いた。

「どこかで見た覚えはあるが、覚えていない」

「そっか……あー、悔しいなぁ。あいつ、エンジョイしてるんだろうな。ね、光一君、異世界の「夢」を見た事あるんでしょ? 話してよ、色々と」

「最近見た科学の「夢」の事を話してくれるなら、いいぞ」

「面白そうだね、それ」

 鈴木耕作が同意する。
 結局、朝まで話しこんで、家ではシャワーだけ浴びて研究所に戻った。
 色々なものを調べてみたかったが、時間が無いのでシャワーを振りまわして遊ぶだけにする。
 朝食は研究所でサンドイッチとかいうものを食べた。
 それが終わると、研究所の物を色々と物色する俺に安藤真紀はあくびをしながら言った。

「とりあえず、仮眠を取りましょ。その後、研究を手伝ってあげる。一週間は接待してあげるわよ。その間に慣れてね。エイリアン騒動がひと段落する頃には機材も帰ると思うから、帰る方法はそれから考えましょ」

「僕も、ここでテレパシー装置の改良してるから、わからない事あったら聞いてよ!」

 確かに眠い。監視の人達も眠いのか、ほっとした顔をしている。
 俺達は仮眠を取り、その後研究に移った。
 俺は試作品のレーザー装置を色々といじり、魔術回路を組み込んでみる。

「あら、随分面白い改造をするのね。それって意味あるの?」

「わからない。えい」

 俺はスイッチを入れてみる。研究室の天井に綺麗な丸い穴が開いた。
 安藤真紀はパチパチと拍手をする。
 監視の人達が気絶をした。

「ひゅー、あんた、天才君より有能かもね。光一君」

 それに俺は胸を張った。

「このスイート・モア・ライトアインに不可能はない」

 その後また父に怒られた。何故だ。こっちの父は怒りっぽいな。
 その後、研究内容を渡せと言われて俺は切れた。
 研究は親子間でも極秘のはずだろう!
 父と大喧嘩をして安藤真紀に慰められていると、鈴木耕作が落ち込んだ顔をしてやってきた。

「政府の人、座標を教えちゃったみたい。大丈夫かな」

「座標を教えると何か不味いのか?」

「んー。考えすぎと思うけど、良からぬ事をされても困るしね……。ね、それより、私のバリア装置にもあんたの研究、応用できないかな?」

「お前も俺の研究を狙っているのか」

 俺が低い声で言うと、鈴木耕作が俺に問うた。

「何が悪いの? 僕は真紀ちゃんと光一君のお陰で大きな成果を上げる事が出来た。協力し合えば、どんな偉業だって成し遂げられるよ。君が出来なかった異世界移動を光一君が出来たのは、僕達の協力があったからだ。違う?」

 それを聞いて、俺は言葉に詰まった。

「協力し合う……協力し合うか。さすがは異世界、考え方も違うのだな」

「それより、休日にはドライブに行かない? 運転好きみたいだし、試験場に行けば広い場所で好きにドライブ出来るわよ」

「本当か!」

 俺と安藤真紀、鈴木耕作は盛り上がる。
 その後、監視の人達が戻ってきて、俺達は急いで素知らぬふりをした。
 その日は疲れていたので早く寝た。
 本当は家探しをしたいが、時間はいっぱいあるのだ。
 すぐに全部を経験してしまってはもったいない。
 それにしても、今日はいい夢を見れそうだ。






[15221] 極振りっ! パラレル1話 (アンケートお礼)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/14 12:35

前回までのあらすじ。
 トモヤは美咲を癒した後、竜に浚われ、魔物にされてしまう。
そして一度魔物にされてから魔王を倒した為、邪神となってしまう。
その時、一緒に魔王を倒したアンティセルト王女たちも神となってしまう。
 そして、トモヤは共に冒険して来たアンティセルト王女が真菜だったと知るのだった。
そんな時、キュロスが現れたのだった。キュロスは、アンティセルト王女と美咲、智也の三人に異世界担当官になれという。

「うるせ―キュロス! 誰が下っ端なんぞになるか! お前あれだろ、そもそもの事故を起こしたのお前だろ」

「何をいまさら。最初からわかっていた事でしょう? 智也」

「キュロス……どっから計算してた?」

「プランはいくつも考えておくものですよ。さあ、行きましょう智也」

「くっ」

「あっトモヤ!」

 俺はキュロスの力場を振り切ろうとした。俺にはやらねばならない事があるのだ。隠居するという大事業が。

「そうは行きません!」

「ぎゃあああああ!」

 俺は首輪をつけさせられた。
 首輪はどうやっても外れない。

「さあ、行きますよ、トモヤ」

 俺達はその瞬間、日本の上空にいた。キュロスが、俺達の姿を拡大して映し出す。
 キュロスはしっかり首輪についた鎖を抑えつけながら、言った。

「異世界の皆さん、我らは異世界の精霊、神、天使、化け物、悪魔、妖怪、邪神……まあそんなようなものの異世界担当官です。我らに祈りを捧げなさい。そうすれば、私達は貴方から才能を余さず吸い取り、大いなる力を授けましょう。私の名はキュロス。受付はこのトモヤまで♪ では、トモヤさん、マナさん、ミサキさん、後は任せましたよ。それと、貴方のその容姿を人間に見せかけるだけのパラメータを送りましたから、美貌に振って下さいね」

「待て、キュロス!」

 キュロスはふっと浮き上がって消えた。俺は取り残されて途方に暮れる。
 とりあえずゲートザゲートを潜って逃げ……あれ、出来ない。出来ない。出来ない。
 代わりに俺は、一万のパラメーターが付与されているのを確認した。
 俺はそれを全て魔術研究に振ると、とりあえず町を降りた。

「智也、外見が変わっておらんようじゃが」

「ああ、魔術研究に振った」

「全く、智也は……それだから、妾は智也が好きなのじゃ」

「アンティ様……いえ、真菜! 智也は……」

「待つがいい、美咲よ。そなたは智也を解放するのではなかったか」

「うう……ま、まあとにかく」

 美咲はこほんと咳ばらいをし、俺に手を伸ばす。

「帰りましょ? 智也」

 その言葉に、俺は渋々頷いた。

「美咲……美咲、ようやくお母さんの元に戻ってきてくれたのね……。貴方は……智也、智也なの……智也はやっぱり化け物だったの……」

「お母さん! 人間じゃないのは私も同じ、同じなんだよ! 気づいてたでしょ? 本当は、私と智也、両方がおかしいんだって気づいてたでしょ?」

 美咲は母さんの肩を掴み、言う。

「いやいや、私は、私は……」

「落ち着かれよ、御母上殿」

 真菜が、母さんと目を合わせて行った。

「真菜ちゃん……」

「例え人間でなかろうと、二人は主が腹を痛めて産んだ子であろう?」

「真菜……ちゃん……そうね、その通りね……。美咲、智也。早く家に入りなさい」

 真菜がカリスマを使ったな。しかし、好都合なので真菜の好意に甘えておく。
 ……こんな事で真菜を頼る事になるなんて、な。
 それから、俺は残念なニュースを聞いた。
 俺は留年したのだという。まあ、当たり前か。
 そして、俺達は、当たり前に学校に通う事にしたのだった。
 朝起きて、俺はいつものランニングをする。
 道行く人が、新聞を取りに表に出たお爺さんが目を見開き、あるいは新聞を取り落とした。

「コスプレ?」

「コス……プレ……なのか?」

「あれ、昨日現れた神様とやらにそっくり……」

「ああ、あの変なプレイしてたやつ?」

「とりあえず拝んでおくかのう」

 変なプレイってなんだ。キュロスの馬鹿。こんな首輪付けやがって。
 俺はマラソンを終えると、美咲を起こし、シャワーを浴びる。
 食事をして、家を出る。
 外に行くと、大勢の信者を引き連れた真菜がいた。

「智也。妾の供をするが良い」

「俺はお前の僕じゃない。まあ、学校一緒に行くくらい良いけどな」

「待ってよ智也、私も行く」

 俺達は学校に向かう。明らかに化け物の俺、美貌の美咲、カリスマの真菜は視線を尽く集めた。
 教室に入ると、ざわめきが走る。俺達は三人、同じクラスになっていた。

「き、君は誰ですか」

 教師が、震えながら問い詰めてくる。

「智也。去年留年してこのクラスになった」

「き、君が智也君……その格好は……羽のコスプレを取りなさい。前髪も切りなさい」

「この前髪も羽も、もはや俺の一部。俺は先日、邪神となった。羽に触ってみろよ。本物だとわかるから」

 教師は恐る恐る羽に触れる。
 
「ひっ 脈打って……。わ、わかりました。席に着きなさい」

 ついで、皆は真菜に目を奪われる。
 神になって基礎パラメーターが増えたらしく、真菜は冴えない女の子から魅力的な女の子へと変わっていた。

「このクラスに来るのは初めて故、よろしくの」

「「「はーいv」」」

 真菜の笑顔は、俺のインパクトをも凌駕し、その場はうやむやになるのだった。
 その後の授業、驚くべき事に俺は内容が分かった。
 基礎パラメーターの底上げ。頭がいいって言うのはこういう事だったのか。
 勉強意欲が増してくるのを感じた。
 休み時間になると、俺の後ろにふっと真菜が現れて、俺を抱きしめた。

「しゅ、瞬間移動!?」

「真菜様!」

「ま、真菜! 何やってるのよ」

 美咲が真菜を引き離そうとする。

「何をって、決まっておろう。そろそろモデルの仕事に向かわねばならぬので、智也分を補給しておるのじゃ」

「離れろ、真菜」

「嫌じゃ。智也だって、心地よかろう? ほれほれ」

 俺は急に真菜が押し付けた胸が気になりだした。確かに、心地よい。
 カリスマに他パラメーターで勝つには、カリスマパラメーターを圧倒するパラメーターを持たなくてはならない。俺の方が強いが、影響は0に出来るほどではない。
 俺は出来るだけ普通に、内心ではかなりの力を消費して真菜の思念の触手を振り払った。

「離れろ、真菜」

「強情じゃのう。素直に衝動に体を預ければ楽になるというに」

「マ、マゼランはアンティ様に負けたりしないもん!」

美咲が混乱しているのが良くわかる。

「なあ、あんた達って本当に神なのか? 昨日のプレイ見たぜ」

「プレイ言うな」

「キュロスってどんな神様だよ。真菜様と美咲さんをはべらして、智也に首輪付けてさ」

「美青年のご主人様と首輪をつけた犬。萌えるわぁ」

「萌えるな」

 ちなみに、俺の姿は蝙蝠の六枚の翼に尻尾、みすぼらしいローブに伸びきった長髪で、前髪も伸びきっている。それでも、神様効果か何故か前は見えるのだ。
 髪が感覚器になっていると言ってもいい。

「そういえば、前髪を切る事は出来んのか? 後ろに纏めるだけでも大分違うと思うのじゃが……」

真菜が俺の髪をかきわける。すると、何故か、女子が顔を赤らめた。

「……ライバルが増えても困るし、このままで良かろう。智也、髪を結ぶのは二人きりの時にするがよいぞ」

 なんなんだ、一体。
 そして真菜はモデルの仕事に向かった。次の授業は体育だ。
 俺は羽を透過させて着替えると、窓から出た。

「おい智也!」

 俺は羽を広げて、ゆったりとグラウンドに降り立つ。
 隣の女子更衣室から、タン、と軽い音をさせて美咲が飛び降りてきた。

「智也! グラウンドまで競争しよ」

 俺は無言で翼を広げ、進む。
 美咲が強く地面を蹴ると、猛スピードでグラウンドまで向かった。
 当然美咲の勝ちだ。

「えへへ。私の勝ち」

「俺は加速を使っていなかったからな」

 俺は負け惜しみを言うと、その場で生徒が集まるのを待った。
 授業の内容はマラソン。
 そこで、眼鏡を掛けた男子が手を挙げて言った。

「先生! 智也君は空を飛んでるけどいいんですか!」

「あ、あう、えーと、その……自分の足で走りなさい、智也君」

 先生が遠慮しながら俺に言う。
 俺は羽を動かすのをやめた。
 人間の時よりも、やはり体力も上がっていた。成績優秀者には勝てないが。
 昼休み。真菜が帰ってきた。

「智也。一緒に食事を食べようぞ」

 取り巻きを引き連れて、真菜が言う。
 弁当を食べ終わると、急に気分が悪くなった。
 俺は蹲る。

「智也!? どうしたのじゃ!?」

「智也! どうしたの!?」

 俺の力がガリガリと削られて、俺は吐いた。
 黒い闇。それは女を形作る。
 ナイスバディとしか言いようのない体。褐色の肌。
 扇情的な胸と局部だけを覆った服に肩当て。マント。

「邪神様。私は邪神様の僕。ランフェール。なんなりと御用をお申し付け下さい」

 そういえば、魔王は魔物を産むんだっけ。参ったな。これから続々と魔物を産むとなると……住む場所とか。注意せねばならないだろう。力の使い方をもっと勉強せねばならない。

「いまはいい、控えていろ……ああ、キュロスが言っていた受付。お前がしろ」

「は」

 ランフェールは空を飛んでどこかに行った。

「な……な……なんなのよ! ライバルが増えた!?」

「面倒だのぉ。智也。次産む魔物は全て男にせよ」

 真菜が結構本気で思念の触手を伸ばしてくる。
 それを振り払うのは苦労した。
 放課後、ランフェールが戻ってくる。
 どこも見ていない女の子達を引き連れて。

「邪神様、貴方の僕です。この者達を孕ませ、子供らの才を奪い、ポイントを与え、優秀な信者とするのです。その後、母体は魔物としてはべらすが良いでしょう」

「智也……?」

 真菜の微笑みが怖い。美咲が無言で剣を振るった。
 美咲の剣に断ち切られ、ランフェールの暗示が溶けて、女の子達は戸惑いながら散って行く。

「ああっ何をする! 邪神様の布教活動を邪魔するな!」

 ランフェールが怒るが、美咲に睨まれて黙る。

「マゼランの……ぶぅわかぁぁぁぁぁぁ!」

 美咲の股間を狙った蹴りは俺の防御幕をやすやすと破り、俺は痛みに声ならぬ声を漏らすのだった。
 誰か俺に平穏をくれ



[15221] ゼロ魔を一話で終わらせてみた(アンケートお礼)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/17 23:18
 死んだと思ったらガリアに生まれ変わっていた。
 な、何を言っているかわからないと思うが私も(ry
 なのに私はメイジじゃない。正直、許せない。
 リア充爆発しろ。メイジは皆死ね。
 そんなこんなで、私は城でメイドとして働いていた。
 私はある時、庭でジョゼフ様が一所懸命魔法の練習をしている所に出くわした。
 私はそれを鼻で笑う。

「虚無って大変ね」

「虚無?」

 シャ、シャルル殿下!?

「あ、あら。何かの聞き間違いですわ。ジョゼフ様が虚無だなんてそんなおほほほほほ」

私はその場を走り去る。大丈夫、所詮は子供相手だ。何を言っているかなんてわかるはずがない。私はいやいやと仕事に戻るのだった。
 その夜。私はいつも通りうらぶれた酒場で酒を飲んでいた。

「うぃーっ何がメイジよ! リア充よ。ちっとも羨ましくないんだから! どうせ虚無野郎にみーーーーーーーーーんな殺されちゃうんだから! ざまーみろ」

「虚無野郎とは俺の事か」

「ああん!? あーらジョゼフ殿下」

 ジョゼフ殿下がこんな所にいるわけはない。これは夢だ。なので私はジョゼフ殿下を指さして笑った。

「あっはははは! そーよぉ。虚無ってのはね、散々無能扱いされて、壊れて狂って、心を真っ暗闇で満たすように出来てるのよぉ。あんたは狂うわ。大切な人を次々殺して、それでも泣けない、泣く事を求めて大切な物を壊し続ける人になるわ。それは虚無! 虚無だから! どろんどろんとした心の虚無が、虚無の魔法を使うエネルギー源になるのよぉ。壊れて壊れて壊れた頃に、全てが手遅れになった頃に、力が目覚めるのよぅ。ああ、始祖のお導きに祝福を! ガリアを火の海に沈めし無能王ジョセフに乾杯!」

「兄上……!」

 シャルル殿下がジョセフ殿下の裾を掴む。
 ジョセフ殿下がその手を握った。
 私はテーブルに倒れ込み、寝息を立てていた。

「うーん……や、やばっ寝ちゃってた!? 早く城に帰らなきゃ!」

 私は起き上る。そこは豪奢なベッドで、私は目を点にする。

「こ……ここは……あったまいた……昨夜の事、さっぱり覚えてないわ……」

「俺に呪詛を吐いた事もか」

 ジョゼフ殿下が椅子に座り、こちらを見ていた。

「ジョゼフ殿下!」

 私は驚きに目を見開いた。

「え、えーと……私、何か失礼を致しましたでしょうか」

「致したとも! フィル。俺は無能王らしいな。そしてガリアを火の海に沈めるとも」

 獰猛な笑み。落ち着け、相手は子供だ子供。

「いやですわ、殿下。酔っ払いの戯言ですわ。妄想ですわ」

「では、その妄想を詳しく聞かせてもらおうか。虚無の呪文はいかようにして覚えるのだ?」

 げげん。

「……今のジョゼフ様が覚えても意味などありませんわ。あれは莫大な精神力を消費します。すなわち、莫大な憎しみ、嫉妬、怒り、絶望、悲しみ……」

 ジョゼフ殿下が剣を私に突き付ける。

「ごたくはいい」

「始祖の香炉、始祖のオルゴール、始祖の祈祷書、後、えーとなんだっけ……を、土のルビーを嵌めた状態でお使いなさいませ」

 ジョゼフ殿下はそれを聞き、部屋を出ていく。
 私も部屋を出ようとしたら兵士に止められた。
 やばいかなぁ、私……。やばいよなぁ。
 しばらくして、ジョゼフ殿下がシャルル殿下を連れて戻ってきた。その頬は上気している。

「兄さんはやっぱり凄い人だ! でも、黙ってろってどういう事さ」

「フィルの言っていた事、少なくとも虚無は本当だった。という事は、俺が王になるという話も、このガリアを火の海に沈めるという話も本当かもしれない。虚無は呪われているのか? 俺はそれを知らねばならない。なあ、預言者フィルよ」

 私は預言者なんかじゃない。顔を顰める。つーか、今の時点で目覚められるなんて。

「貴方様はもう虚無を覚えました。私の知っている未来は消えたも同然です」

「なんだ、俺が虚無を覚えない未来は知っているのではないか。話せ」

 しぶしぶと私は話す。ルイズ……ゼロの女の子の話を。

「まさか、兄上がそんな事をするはずがありません!」

「だから、虚無の持ち主はそれだけ壊れるほどの辛い目に合うんだってば。シャルル殿下だって見てるでしょ? 次期王様として支持されているのはどちら? これからどんどん酷くなるわ。臣下達の確執は貴方にも伝染する。誰にも支持されない王になるわ、ジョゼフ王は。王としては有能だけどね。ハルキゲニアを手に入れる位置に立てるぐらい」

「……」

「兄上……」

「よし、わかった」

「良かった。頑張ってガリアを火の海にして下さいねv」

「とりあえずフィルを縛り首にしよう」

「えええええええ何でですか! 死ぬのは殿下方ですよ! リア充死ね!」

 ジョセフ殿下は呆れた口調で言う。

「お前、メイドの癖に勇気のある奴だな……」

 私は頭を掻いた。

「おほめにあずかり、光栄です」

「褒めてない」

 ジョゼフはため息をつき、シャルルに目配せした。

「とりあえず、ルイズとティファニア、ヴィットーリオを探そう。風石の採掘も」

「えー。運命通りに動いたらいかがですか? ブーブー」

 完全に開き直った私は盛大に文句を言う。

「しかし、兄上。ルイズやティファニアはまだ生まれていないのでは?」

「うむ。彼らが生まれるまでは様子を見るほかあるまい。ひとまず、おれの虚無は隠して、即位までは何時も通り過ごそう。いや、預言者めいた事をやってみるのもいいな。手紙を書くぞ。そして、アルビオン、ロマリア、ヴァリエール家にスパイを送る」

 さすが小さくても王子だ。そうしてスパイの真似ごとは始まった。
 そして陛下にばれた。所詮子供。やーいやーいと言ったら殴られた。

「虚無の再来だと!? おおお、ジョセフ、お前が……」

「父上、人の出した手紙を勝手に見るのは……」

「何を言っておる。こんな重要な事を秘密にしておくとは。早速この事を公表するのだ。ロマリアに連絡を! 速やかにティファニアの亡命の準備をするのだ! ヴィットーリオを浚うのだ! ルイズの良き婚約者となりそうな者を探せ!」

 ジョゼフ殿下とシャルル殿下はため息をついた。
 風石の事はまだ知られていない。が、誰が虚無となるかは知られてしまった。
 
「まだティファニアは生まれていません、父上。下手に介入すると生まれなくなってしまうかもしれません。父上は今迄通り執政をなさって下さい」

「う、うむ、そうか……。そうか、ガリアに虚無の王が……ジョゼフが……。早速皆に公開しなくては!」

「いや、今まで通り執政して欲しいって言ったじゃないですか」

「う、うむ、そうか。そうだな。そうしよう。しばらくの我慢だぞ、ジョゼフ」

「は」

 うっすらと予想していた通り、それは陛下から徐々に徐々に広まった。
 臣下が一人また一人とジョゼフ派になって行く。

「俺が王になると火の海になるんだが……」

 苦笑してジョゼフ殿下が言う。

「いいじゃない、GOGO!」

 ジョゼフ殿下が私を踏んだ。

「そんな事ないよ、兄さん」

 シャルル殿下も、私を踏んだ。

「強がりを言うな。もう、俺はお前が王になりたい事を知っている。俺がお前を殺した事を、俺もお前も知っている。俺達の間に、隠し事は無しにしようじゃないか」

「兄さん……それでも、強がりくらいは言わせてよ」

 私をぐりぐりと踏みつけながら兄妹仲を温める二人。その足をどけやがれ!

「リア充死ね! リア充死ね! メイジなんか大嫌いよ!」

「俺もお前みたいになったりしたのだろうか。怖いな、虚無は」

「僕が支えるよ、兄さん」

「ああ、頼む。王はお前でいいさ。二人でガリアをもっと良い国にしようじゃないか。なあシャルル……」

「ホモ野郎!」

 あっ蹴られた。
 結局、王様にはシャルル殿下がなった。
 それと、炎のルビーはスパイを放ちまくり、アニエスから奪い取った。
 ヴィットーリオは既に凄い護衛がついていて、どうにも出来なかった。
 そうこうするうちに、ティファニアが生まれ、オルゴールと引き換えに亡命を迎える事をガリアが申し出た。
 当然、アルビオンは怒り狂った。

「我がアルビオンと戦争をするつもりか!」

「するつもりだが?」

 外務大臣にジョゼフ大臣があっさりと言い放つ。

「な……な……」

「ティファニアとオルゴール、風のルビーはなんとしても手に入れねばならんのだ。全てはブリミル様の御意志。ブリミル様の御意志に逆らうつもりか?」

「ブリミル様の御意志だと!?」

「おれは虚無の力を持ち、預言を受けたのだ。ティファニアを救え、とな。どのみち、もう遅い。おれのミューズが向かっている」

「なんだと!?」

 ジョゼフ大臣とミューズのコンビは素晴らしかった。
 さくっとティファニアとオルゴールとルビーを盗み、ティファニアを虚無に目覚めさせた。しかし、ティファニアはオルゴールの音を聞けたが、香炉の香りを嗅ぎとれず、ジョゼフはオルゴールの音楽を聞き取れなかった。
 私は大いに喜んだ。

「あっはっは、バーカバーカ! 幸せな虚無なんてやっぱり虚無じゃないのよ!」

 ジョゼフ大臣が私を踏む。

「あ、あの、大丈夫ですか」

「気にしないで下さい、お嬢さん」

 シャルル陛下がティファニアに優しく言い、ただちにジョゼフ大臣とティファニアが虚無であり、ティファニアを守る為、始祖の意志を守る為に決起したと発表した。
 アルビオンの出鼻を挫く形である。
 パニックになりました。
 やーはっは。楽しいなぁ。
 そのパニックに乗じて、情報が漏れてトリステインがルイズを掲げた。
 ロマリアもヴィットーリオが虚無だった事を発表し、炎のルビーの返還を求めた。
 まさに一触即発。やれやれー。
 ……とまさに美味しい状態だったのにっ! 
 ゲルマニアが調停に立ちやがった!

「馬鹿か、お前は。まさか本当に戦争を起こすとでも思ったか」

 ジョゼフ大臣が呆れた声で言う。
 混乱が収まってみれば、誰も犠牲にならずにティファニアがアルビオンに戻る事になってやんの。
 
「ってなんでティファニアがアルビオンに戻る事に!? アルビオン、エルフ嫌いじゃない!」

「虚無が三つの国の執政に関わるのだ。アルビオンも出遅れまいとするだろうよ。ガリアが戦争を起こそうとしてまで手に入れようとしたティファニアを奪い返したのだ。向こうも満足だろう。さあ、風石をどうにかする会議に向かうぞ。ティファがおれについてくれた。エルフとは話し合いで装置を使わせてもらえるよう頼んでみるつもりだ。どうだ、一滴の血も流さずどうにかしてみせたぞ」

 ふふんと勝ち誇った顔でジョゼフ大臣が言う。
 宣戦布告までやって血の一滴も流れないってどうやったジョゼフ大臣。いや見てたけど。

「そんな! リア充爆発しないの!?」

「しない。と、会議の前にティファニアの使い魔召喚だな。ティファニア」

「はい」

 ティファニアが使い魔召喚をする。
 鏡が、私の目の前に現れた。落ちる沈黙。

「入らんのか? リア充とやらになれるチャンスだぞ」

「奴隷のどこがリア充ですか。いや、奴隷だって心の自由くらいは持ってますよ」

 シャルル陛下が私の尻を蹴りあげて、鏡へと突っ込ませる。

「てめ何しやがるんですか、シャルル陛下!」

「お前は自由過ぎなんだ! 少しは忠誠心とやらを学んで来い!」

 こうして、大災厄は免れた。
 後に、伝説はこう語る。

 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左手に握った大剣と、異界の武器を操って、導く我らを守り切る。

 神の右手、ヴィンダールヴ。御目麗しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導く我らを運ぶは地海空。

 神の頭脳、ミョズニトニルン。冷静沈着神の本。あらゆる知識を溜めこみて、導く我らに助言をす。

 そして最後にもう一人……(違う意味で)記す事さえ憚られる……。



[15221] 作者以外意味が分からないお話(烈火の炎超多重クロス)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/17 23:11
ぶっ飛んだ小説を作ろうとして失敗したものですが、せっかく書いたので載せときます。ぶっとんだ小説難しいよぶっ飛んだ小説。











「オラトリオ、ちょっと見てほしい」

 電子の図書館の中。灰色の髪の優しげな男が、金髪の良く似た顔立ちの男に話しかけた。

「なんだ、オラクル?」

「私の知らない本がある」

「はぁ!? お前の知らない本がこんな所にあるわけねーだろ!」

「でも、あるんだ。精霊召喚と使役の全て……と書いてある」

「なんだ、そりゃ」

 オラトリオはその本を手に取り、パラパラと開いた。

「なんだ? こりゃあ。オカルトそのものじゃねーか。本当に、なんでこんな所に……精霊召喚の方法~?」

「やってみる?」

 オラクルが、本を持って上目遣いにオラトリオを見た。
 オラトリオが、本を開き、呪文を唱えてみる。
 すると、描かれた魔法陣の上に子供が黒髪の現れた。

「う……ど、どこだ、ここは……また誘拐か。宇宙人、吸血鬼、次はなんだ? とりあえず燃やす。これ以上面倒な事になるまえに燃やす」

「あー、ロボット?」

 子供が、手から炎を出して襲いかかる。しかし、魔法陣の光の壁からその炎が出る事はなかった。オラトリオは、何気なくパラパラと本を開いた。少年を、魔法陣に閉じ込めたまま。

 

 裏武闘殺陣。魔道具という不思議な道具を集める為に開いた大会である。
主催者の息子である紅麗は、一人で会場に向かっていた。
「紅麗!!」「紅麗!!」「紅麗!!」「天使ちゃーん!!」
 沸き起こる紅麗コール。その中に、変わった呼び名を聞いて紅麗は顔を上げた。

「なぁなぁ、天使ちゃん、一緒にたたかわねぇ? どうせ他の奴は今回はお休みだろ? 俺、一度でいいから天使ちゃんと共闘したいなぁ」

 はっとするほどの美形の男だった。どこか惹かれるものを感じながら、紅麗は答えた。
 金髪のオールバックの、体格のいい男。

「誰だ貴様は。何故私が貴様と共闘などせねばならない」

「俺がお前と肩を並べて戦いたいからだよ、紅麗。俺の名はオラトリオだ」

 名前を呼ばれた途端、その言葉は紅麗の心に深く突き刺さった。

「……別に、貴様一人くらい増えた所で変わらないか」

「サンキュー天使ちゃん♪」

 答えてから、紅麗は動揺した。自分は今、何と答えた? とりかえしのつかない事をしたのではないか?
 オラトリオが観客席の壁を乗り越えて、何気なく紅麗の肩に手をまわした。

「さあ、5Dとやらをぶっ潰してやろうぜ、天使ちゃん♪」

「おーっと!? いきなり紅麗選手、ぽっとでの人物を受け入れました! これは余裕の表れか!? ではチーム名「5D」! 「王羅」チームを破り……」

 解説が行われる間、訝しげに紅麗はオラトリオを見つめる。

「紅麗様」

 呼ばれて紅麗は我に返った。報告を聞き、紅麗は酷く動揺した。
 動揺を表に見せず、紅麗は高笑いをする。
 自分は一体、何をしている? コミックの通りに動かなくてはならないのに。
 台詞は頭に叩きこんである。決められた通りの台詞を言う。
 すると、オラトリオは強く肩を抱いた。小さく呟く。
 
「それでいい、お前はいつもどおりでいろ、紅麗」

 その声を聞くと、何故か安心した。紅麗はその事に戸惑う。
 5Dとはバトルロワイヤルをする事になった。
 イレギュラーがいようといまいと関係ない。一瞬で灰にすればいいだけだから。
 紅麗が動く。炎の翼が舞った。
 しかし、5Dは結界を張ってそれを防いだ。

「これが妲己ちゃんの居所を知る地球防衛軍事務員、天使ちゃんか。こいつだけ売り飛ばしても金になりそうだが」

「まずは記憶を取り戻させる事が先だ」

「わかってる」

「? 何を言っている」

「ちっあんまり隠すつもりはなさそうだな」

 ――馬鹿な。こいつらは自分の炎で一瞬で灰になるはずだ。動揺しながら、紅麗は問う。
 オラトリオの舌うちの意味もわからなかった。
 5Dが動く。――早い。オラトリオもまた、相手と同じような結界を張ってそれを防いだ。睨みあいながら、オラトリオが口を開く。

「十年前から、ある誘拐事件が起きて、何人ものいたいけな子供が浚われてきた。子供達は一様にある改造を受け、二十歳になるまである活動に従事され続けてきた……。やつらは、その中の一人を探してる。天使ちゃん、ちょーっとダークチャージって言ってみて貰えるかな?」

「ダークチャージ……?」

 紅麗の体がピカッと光り、紅麗はヒーローものの登場人物のようなスーツ姿になる。

「二十歳になって用済みになって記憶を消されたのがお前。けど、重要機密を知ってたから狙われてる。けど大丈夫だ。天使ちゃんが俺が守ってやる……とまではいかねぇけど、サポートはする」

「…………待て。どういう事だ」

「結界が解ける。戦え、紅麗。そのスーツは力を何十倍にも強化してくれる!」

 結界が解け、5Dが襲いかかってくる。
 ゴーグル越しに見て驚いた。……おぞましい化け物。しかし、そんなものは妖怪退治で見慣れている。
 自然、体が動く。自分でも驚くほどの速さでバリア発生装置を蹴りあげた。
 どうしてそこがバリア発生装置だとわかったのか、自分でも理解出来ない。

「戦えたのか、天使ちゃん!?」

 5Dが驚く。
 バリア発生装置が壊れたのを確認し、紅麗は再度炎を出した。
 その時、突如としてUFOが現れ、燃え盛ったままの化け物たちを回収する。

「……で。お前はその誘拐犯なのか」

「やったな天使ちゃん! しかし油断をしてはいけない。第二第三の……」

「オ・ラ・ト・リ・オ?」

「……まあ誘拐犯といえば誘拐犯かな」

「この体への改造をやったのは貴様か!」

「怒らないでくれよ、天使ちゃん」

 オラトリオが紅麗の肩を抱き、宥めに掛かった。

「とりあえず、飯食いにいこうぜ、飯。奢るからさ、一緒にご飯食べよう、紅麗」

 まただ。紅麗、と呼びかけられるとオラトリオの言葉を聞きたくなる。
 その時、変身が解けた。
 その途端感じる、オラトリオのマントの冷気。何故か冷たいマントが心地いいと思った。
 そのまま、レストランに連れ込まれる。
 レストランの中。紅麗とオラトリオは、大いに注目を受けていた。

「三か月だけ、俺が護衛させてもらう。と言っても、結界張るしか能がねぇがな。とにかく三か月、俺が守る。これだけは覚えとけ。俺とお前が敵対する事は絶対にない」

「三か月……」

 それだけあれば、「烈火の炎」の物語が終わる。オラトリオは、そこまで知っているというのか。

「しかし、それと私を公衆の面前で辱めた事は話が別だ。なんだ、あのスーツは!」

「まーまー。ごめんな、紅麗。そこら辺の面倒くさい事情はお前に教えちゃならんのよ。そもそも、その為に記憶を消したわけだし。まあ、でも狩りをやってる時の記憶が飛び飛びなのはわかるだろ?」

「!……そこまで知っているのか。で、オラトリオが私と敵対しないという証拠は?」

「お前の本能」

 紅麗は押し黙った。何故、そんな事を堂々と言えるのか。しかし、オラトリオには一種の心地よさを感じているのは事実だった。

「オラトリオを拷問して面倒くさい事情を聞きだすという選択肢は?」

 オラトリオはすっと数枚の写真を出してくる。
 
「俺が帰らなかったらこの写真がばら撒かれる」

 紅麗は目を滑らせ、吹いた。

「な……なな……」

「動揺しすぎて炎も出せねぇ?」

 紅麗は炎を出し、早急に写真を燃やす。

「……何が望みだ」

 オラトリオは、ニヤリと笑う。
 
「俺を三カ月、常に傍におけ。それだけだ」

 紅麗は、渋々と頷くのだった。



[15221] 作者以外意味が分からないお話 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/18 22:22
「オラトリオさん、と言いましたか。何者ですか? 誘拐犯と小耳に挟んだのですが」

 紅麗とオラトリオが城へ向かうと、雷覇が微笑みながらオラトリオに問いかけた。

「待て。落ち着け、雷覇。俺自体は紅麗に危害を加えてない」

 オラトリオは若干焦りながら雷覇に言う。その際、恐れる様子を見せつつも紅麗の前に立った。無意識であろうその様子……危険を感じたら紅麗を後ろに庇うという癖に、雷覇は僅かに納得する。

「落ち着いてますよ。紅麗様を脅迫してらっしゃるなら、やめてくれませんか? 私は紅麗様をお守りするのがお仕事なので」

「俺が望むのは、三か月紅麗を守らせてくれって事だけだ。今日のあれ、5Dの偽物で正体は話せないが紅麗と敵対してたんだ。ああいう敵から紅麗を守る。それだけだ」

「何故三カ月なのですか?」

「大体それくらいで、紅麗の持っていた情報の意味が失われるからだ」

「なるほど……その情報は紅麗様だけが持っていたのですか?」

「ああ、記憶は現在封印されていて、俺も知らない」

 雷覇は、それを聞いて考え込む。

「話を整理すると、貴方が子供の頃の紅麗様を浚ってばら撒かれると恥ずかしい写真を取り、地球防衛軍事務員に無理に従事させ、体を改造し、用済みになったので記憶を消し、そのせいで悪い宇宙人につけ狙われる羽目になった、と言う事ですね」

「うーん、やっぱそこまではわかっちまうか」

「つまり貴方は敵ですね」

 ちゃきっと刀を構える雷覇。紅麗はそれを止めた。

「待て、雷覇。恐らくオラトリオが私を守りに来たのは本当だと思う。記憶を封じたのなら、あやつらに好きに襲わせておけばよかった。機密の方は記憶は封じていて問題はないのだから」

「紅麗様……」
 
 それを聞いて、オラトリオは俄然元気を取り戻した。

「そのとーり。いや、こっちでも意見が割れててな。組織の中では一番俺が天使ちゃんよりだと思う。記憶を取り戻させろって意見もあるけど、それは復帰しろって意見でもある。天使ちゃんは抜けたがってたし、必要な分以外の記憶を消す事も進んで承諾した。今、天使ちゃんがわからないのは、思い出したくない事、思い出さない方がいい事だけだ」

「つまりオラトリオは思い出したくない事なんだな?」

「いや、思い出さない方がいい事の方」

 それはどう違うというのか。紅麗は、ため息をついた。
 その日はちょうど、母に会う日だった。
 オラトリオも、ヘリに同乗した。
 行った先で、紅麗は驚く。
 月乃がUFOに浚われる所だった。

「母上! 母上!」

 スピーカから流れる声。

「やあ紅麗。僕もオラトリオと同じく君につく事にするよ。お母さんは僕が守るから安心してくれ」

「ふざけるなバカ王子!」

 紅麗はその声に、無意識に大声で反論していた。
 オラトリオは、それをのんきに見上げている。

「ふざけてなんかいないよ。三カ月したら返すから」

 UFOはそう言って飛び去る。

「バカ王子の奴、無茶するなー。大丈夫だ天使ちゃん。あいつ嘘は言ってないと思うから。3か月の辛抱だ」

 紅麗はぎりっと歯ぎしりした。目まぐるしく計算する。
 確かに、月乃を人質に取られたら従わないと行動に矛盾が出る。加えて月乃は烈火の炎では紅麗の手綱として以外の役割を担っていない。生きてさえいれば、ここにおらずとも軌道修正出来る範囲なのだ。
 しかし。しかし、それは浚っていった連中が本当に信頼できるなら、の話だ。
 それに、月乃を救うのは雷覇のはずだった。
 月乃の爆弾を排除するタイミングが失われてしまう。

「母上……っ」

UFOが相手では追いかける事も出来はしない。ギュッと握った拳から滴り落ちた血が、地面へと吸い込まれていく。

「紅麗様……手が……」

 雷覇が紅麗を気遣う。

「信じろ、紅麗。月乃さんは大丈夫だ」

 オラトリオの声に縋ってしまいたい。そんな屈辱的な衝動をこらえ、紅麗は目を閉じた。

「必ず、三ヶ月後に会わせろ」

「ああ、伝えておく」

 オラトリオが紅麗の肩を抱いた。紅麗はそっと体重を預ける。

「紅麗様! よろしいのですか!?」

「UFOに連れ去られてはどうしようもない」

「紅麗様……」

 城へ帰り、あまりにごたごたが続いてしまった疲れに紅麗は長いため息をついた。
 しかし、夜はこれからなのだ。
 オラトリオを隣の部屋に案内し、紅麗自身も部屋で眠る振りをする。そして式神を使い、寝ている自分そっくりの人形を作りだした。
 それを置いて、紅麗はそっと屋敷を抜け出す。
 そして、通信機をオンにした。

「それで、閻魔。この近辺に妖怪が現れる予定なんだな? 詳しい座標を確認したい。それと、UFOについて知っている事を……」

「なんだ、まーだ仕事してたのか。全部の仕事から足を洗うって言ってたのに」

 紅麗の肩が跳ねあがった。ばっと距離を取る。オラトリオが、そこにいた。どうして。今まで、誰にも気づかれる事はなかったのに。

「妖怪退治、俺も手伝うぜ。お前、霊能者としちゃあそんな強くないだろ」

 オラトリオが笑った。紅麗は、苦々しく頷く。
 そこに、妖怪が現れた。
 紅麗はとっさに霊丸を撃とうとしてこらえる。紅麗の霊丸は威力が弱い。
 十分に引きつけて撃たなくてはならない。紅麗はさっと追いかける。
 オラトリオが何か呪文を唱え、妖怪の行き先に小さな扉が現れた。
 扉には薄い膜が張ってあったが、素早く動いていた妖怪はその膜をよけきれず透過した。
小さな扉は妖怪を受け入れると、ふっと消えた。
一瞬見えた、扉の奥の深い森。
紅麗は驚愕する。

「魔界……そんな。こんなに簡単に扉を? それに、薄い膜のような結界……見事としかいいようが……」

「見直したか、霊界探偵な天使ちゃん。えーと、幽遊白書だっけ?」

紅麗は、炎を手に灯してじりじりと下がった。急に、オラトリオが恐ろしくなったのだ。
 何故オラトリオは、そんな事まで知っている?

「オラトリオと私がいた組織とやらは、その……全て知っているのか?」

「んー。お前、秘密主義だからなー。どうだろ……「烈火の炎」のコミックスは見せてもらった事があるけど」

「……!!」

「コミック通りにやるんだろ? どんな犠牲を払ってでも。良く知ってるよ」

「私はオラトリオの事を何も知らない」

「以前は知ってた。言ったろ? お前の本能に聞けよ」

 オラトリオは紅麗の頭を撫でる。
 紅麗はそれを心地よいと感じていた。なんだこれは。私はそれを認めない。
 紅麗は思い切り首を振った。

「なんでもいい。貴様が私を守るというなら、貴様を利用するまでだ。せいぜい頑張るんだな」

「へいへいっと」

 オラトリオは紅麗の背に手を添えて屋敷へと誘導する。紅麗はただ、されるがままにされていた。
 翌日。
 九忌との戦いである。今回もオラトリオと紅麗だけである。
 説得するのは大変だったが、火影に要らない情報を与えることで正史が書き換えられると困るのだ。これ以上のイレギュラーはごめんだった。
 しかし、紅麗の祈りもむなしく、相手は……。

「あれも宇宙人、か……」

「わかるか。なら、ダークチャージと大声で言っとけ。ほれほれ」

「誰が言うか。普通に戦います」

 そして紅麗は炎を出す。
 それを合図に、戦いが始まった。すぐに紅麗は異変を感じる。手加減されている?
 理由はわからないが、それならば都合がいい。油断している隙に倒す。
 紅麗はクナイに硬をしてバリアを破り、硬を解除して相手の肌を切り裂く。
 あまりの素早い攻防に、観客の歓声すら止んだ。

「まずい、天使ちゃん。これは恐らく時間稼ぎだ。用心しろ」

「時間を稼いで何をすると?」

 すると、宇宙人がにぃぃ、と笑った。

「こうするんだよ」

 その時、入口からつんざくような悲鳴が聞こえた。

「姫ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 姫! 姫!」

 宇宙人の仲間にぶら下げられていたのは、腹に大穴の開いた柳と暴れる烈火。
 紅麗の頭は真っ白になった。動かなくなった紅麗に容赦なく迫る攻撃の魔手。
 紅麗を庇ったオラトリオの左腕が吹き飛ぶ。
 オラトリオがロボットだと示す機械の断面が、観客と紅麗を驚かせた。

「ふははははは! お前の弟と相方が殺されたくなければ、大人しくついてくるんだな」

 柳の死体が紅麗の目の前に投げ出される。
 既に、その宇宙人は烈火と同じくらい重要な人物を殺している。
 ここからコミック通りなんて絶対に無理だ。
詰んだ……? いきなり詰んだのか!?
 
――緊急事態発生。緊急事態発生。記憶を解放します。

 頭の中で弾ける機械音。それと共に弾ける知識。

「ああああああああああ!!!」

 そして紅麗は心中で呟いた。
 あ。詰んだ。
 相手を守りながら戦いあうなんて不可能である。
 ここでの最上の方法は紅麗の生きたままの退場であり、柳の復活である。
 紅麗は、ショートした肩を押さえたオラトリオに言い放った。

「オラトリオ……。駆け落ちしよう。私を浚って逃げろ」

 オラトリオが苦笑いした。

「まあ、そうするっきゃねーよなぁ。どうせ柳の事、癒すんだろ? そしたらここにはいられねぇもんな」

 そこでオラトリオの体がビクンと跳ねる。

「オラクルに侵入者が!」

 はぁぁ、と紅麗がため息を吐く。

「早く行ってやれ。ただし貴様の役立たずさは子子孫孫まで語り継ぐ。ベホイミ。ガフッ」

 紅麗が血を吐くと同時に、オラトリオの腕が完全に癒えた。

「悪いっ紅麗!」

 叫び、オラトリオが大きな扉を出してそこへ入る。
 紅麗は思念の糸を伸ばし、小竜達を呼び出した。
 小竜達は柳の周辺に降り立ち、元気づけるように鳴き続ける。
 紅麗はそれを聞いてトランス状態に入る。それと共に、小竜に柳の魂が呼びもどされた。

「なんだぁ?」

「黙って見ていろ。私を浚いたいのだろう。絶好のチャンスだぞ」

 紅麗は一枚の紙のメモを柳の上に置いた。そして、柳に手を差し出して呟く。

「ザオリク」

 柳が苦しげに咳込み、息をしだす。
 紅麗の体が子供のものになり、服はぶかぶかになった。
 紅麗は不安げに辺りを見回す。

「ここはどこだ? 母上……父上……? あれ、この紙は……」

 柳の上に書かれた紙を、紅麗は読み上げた。

「ベホマ。がふっ」

 小さな紅麗は大量の血を吐き、あっという間に紙は血まみれになって何が書いてあったか見れなくなる。

「これは妲己ちゃんが使うという噂の反魂の術!? 実際に使っていやがったのは天使ちゃんだったのか! 俺達ついてるぜ。早速捕まえ……」

「黙れ」

 雷覇が、「硬」をした刀で宇宙人達を斬り伏せた。
 そして、紅麗を抱き上げる。

「紅麗様……貴方様は私の記憶も消していましたね」



[15221] 作者以外意味が分からないお話 ネタばれ解説
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/18 23:28
ネタばれ 解説。

 あらすじ
 複数の世界が徐々に入り混じってしまうという事件が起きた。
 紅麗や閻魔、妲己達はソフトランディングさせろという神の依頼を承諾する。
 活躍?する紅麗だったが、烈火の炎の物語も大詰めとなり、紅麗は烈火の炎の物語に専念する事にし、記憶を消す。しかし、暗躍していた紅麗の情報が漏れてしまい、宇宙人につけ狙われる事に……そして、物語は始まる。

登場人物紹介

 出典:ツインシグナル

 オラトリオ:シンクタンクアトランダムの情報処理型ロボット。ある日、電脳空間の図書館に謎の本を見つける。(世界の接触によりオラクル内に出現した魔本)その本の通りにしてみたら本当に精霊(紅麗様)が召喚出来ちゃった。
 それが製作者の妻、詩織を妖怪から助けた少年と知り、興味を持ち、本の通りに使役してみる。使役の条件は真名を知る事。ちなみに紅麗は普通に名乗ってしまっていた。
 望めば紅麗を炎の型にしたり、紅麗を吸収する事で自分を一時的に炎にする事が出来る。ただし、これは本当の切り札。後、紆余曲折あって妖怪仙人となる。

クオータ:オラトリオのコピーロボット。「死体でもいい。傍にいてくれるなら」製作者のクエーサーが不治の病と聞き悩んでいる所にオラトリオと良く遊んでいる精霊とか言う紅麗様が。その友人が不死族と知り、イビルジーンを入手してクエーサーに注入する。

クエーサー:シンクタンクアトランダムの偉い人。不治の病にかかっていたが、ノスフェラツ化して完治。

過去エピソード:閻魔の命令で、妖怪退治をする紅麗。その舞台となったのがシンクタンク・アトランダム(爆発直前)だった。
 戦闘中に「この者達はこの後のモイラの研究の爆発事故で死ぬ運命。貴様に殺されれば、運命が変わってしまう。それは許されない」と言ってしまった為、爆発事故の件がばれる。
 詩織の、「研究は無人で行われたはずだけど」という機転の一言に騙され、そのまま帰ってしまう。後で真実を知って後悔。

 出典:ダークエッジ

 佐藤先生:紅麗の援助交際相手(違)吸血鬼。室井に浚われてきた子供の紅麗の世話を何かと焼いている。コンドームと呼ばれる血を吸っても相手を吸血鬼にしない肌に張り付ける布のような物を使って紅麗の首から血を吸う事が何度かある。紅麗は佐藤先生のフェロモンに最も弱い。
 紅麗談、献血行為。ボランティア。オラトリオ談、援助交際。

岡元加奈:紅麗の親友。(紅麗自称)四辻学園のゾンビの生徒。

土屋先生:「土屋先生の口が大きいのは何故だ?」「お前を食べる為だよ、天使ちゃん」

校長先生:紅麗にとってのドラえもん。雷覇の記憶を消してもらった。

深谷先生:紅麗の葛藤を癒す事で片っ端から消してくれる容赦のない人。

園部先生:サーチアンドイートの恐ろしい人。園部先生のフェロモンの匂いがしたら恐怖心が先に立ってしまう。園部先生のフェロモンは罠だってわかりすぎて怖いとは紅麗談


出典 幽遊白書

閻魔様:神様の僕。コミック通りにと指示を受けた紅麗とは違い、魔界の解放は無しの方向でと決定が出てしまい、四苦八苦している。コエンマには無論内緒。完全に事情を知っている手駒は紅麗だけで、苦労している。

出典 レベルE

 バカ・キ・エト・ドグラ王子:地球面白改造計画を企て、子供達を浚って地球防衛軍を作るも紅麗達に乗っ取られる。なお、紅麗達は惑星間のいざこざ解決など、様々な方面で一定の成果を上げ、地球の不可侵条約を勝ち取り続けている。しかし、紅麗が狙われる理由を作る事にも。地球防衛軍の同人誌好評発売中。

出典 封神演技

妲己ちゃん:紅麗に3つの羽衣の宝具を授ける。

神様があれな命令を下す代わりに紅麗にくれた能力集

出典 ドラクエシリーズ

僧侶呪文:便利すぎる為に、能力がばれた時の安全弁に色々と制約が。ホイミで吐血、ザオリクで幼児化など。本当は必要ない。

出典 ハンターxハンター
 
念能力:変化系。

出典 封神演義

クンフー:羽衣を扱うのに使う。

出典 無限のファンタジア

癒しの聖女:一日四回しか使えない以外制約なし。

出典 幽遊白書

霊能力:ただし弱い



[15221] 機械人形の憂鬱(アンケートお礼シムシティとかシヴィライゼーションっぽいの?)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 20:58

 差し出される、いくつもの手。
――お願いだ。僕に手を触れないでくれ。
 口々に自分を求める声。
――お願いだ。僕に話しかけないでくれ。
 誰も彼もが、僕を求める。
――お願いだ。僕に関わらないでくれ。
 僕は、しゃがみ込んで首を振る事も出来ず、凍った瞳でただ呆然と立ち尽くしていた。
 始まりは、僕が幼い頃。飛行機を見ていた時。
 僕は自然とこう呟いていた。
 
「あの飛行機、落ちるよ。原因はエンジンの異常」

 父が驚いて僕を見る。その時、飛行機は次第に傾いていった。
 大惨事になった。轟音、悲鳴、燃え上がる炎。煙たい匂い。
 僕はそれを目に焼き付ける。
 恐ろしい光景だったが、その反面、僕にとっては既に決まっていた、わかりきった事だという事が僕から動揺という選択肢を奪っていた。動揺もせず、真正面から受け止めた僕の中で、何かが崩れていくのを感じた。
 慌てて事故現場に駆け寄る父が振り返った時の、どこか恐れるような驚愕の瞳。
 僕はそれを見て、知っているはずの事だと納得しながらもどこか不安に感じていた。
それからだった。
 僕は数々の事故を予言した。
 普通の人間には、事故をみすみす見逃すなんて事、出来ない。父母は僕が事故や災害の予言をするたび、関係する場所に連絡を入れた。
 父がテロ関係者と疑われた事もあったが、地震の予知でそれは氷解した。
 やがて訪れたマスコミの人間。
 父は、僕に予知をするように言った。

「いいけど、そしたら僕、浚われるよ。悪い人に」

「何をわけのわからない事を言っているんだ。お父さんを嘘つきにするつもりか? 早く予知をするんだ」

 僕は告げた。

「明日、一二時に、東京地下鉄でテロが起きるよ」

 お父さんとテレビ局の人達は動揺する。
 
「僕。それはどうしてわかるの?」

 何故、この人は当たり前の事を聞くのだろう。
 
「そう、決まっているから」

 翌日、東京の地下鉄でテロを起こそうとした人達が捕まったとニュースでやっていた。もちろん、僕のニュースも大々的に流れた。
 僕は、初めから何が起ころうと黙っているべきだったのだ。
 でも、幼稚園児だった僕にどうしてそんな事が分かるだろう。
 その日から、僕の環境は一変した。
 旅行に行くとなれば、その旅客機や列車が無事か聞いてくる。催し物があれば、それが何事もなくすむか聞いてくる。押し寄せてくるマスコミの人達。研究者。政府の偉い人……そして、犯罪者。
 ……誰もかれもが、予知をしろという。
 やめてくれ。僕をもう放っておいてくれ。そういう僕を無理やり引きずりまわし、しつこく問い詰め、奴らは予知をさせた。もううんざりだった。
 人間不審に陥っていた僕は、漫画やアニメに次第に傾倒していった。
 何回目かの誘拐の時だ。縛られていた僕に、傷ついた刑事が駆けよった。

「悪い人が、僕を浚いにくるよ」
 
「何度だって、助けてやるさ」

 僕の頭を、刑事が撫でる。既に顔見知りになった刑事を、僕は決して嫌いではなかった。
 でも。

「もう遅いよ、ほら、浚いに来た」

『強き魔力を持ちし賢者の魂。魂無くして生まれおちた我が眷族の魂として相応しい』

 現れた黒く大きな影。それに驚いた刑事が銃を抜くが、放たれた弾丸は闇を素通りする。
 なのに、その闇で出来た腕はたやすく刑事の上半身をふっ飛ばした。

「もう、誰も僕に関わらないでくれ」

 僕は、両腕で耳をふさぎ、丸くなって下を向いた。
 その僕を、闇が脳天から真っ二つに切り裂いていた。
 次に気がついたのは、化け物に抱きあげられた時だった。
 視界に入るのはぶら下げられた鋼鉄の体。
 目の前のなんと形容してよいかわからない、人型の黒い獣といっていい化け物。
 これが僕の新しい親だと当然のように『わかった』が、とてもこの鋼鉄の体と毛玉が親子だとは思えない。
 化け物が何か言う。
 知らない言語だが、何故か僕には化け物の言っている事が分かった。

「邪神様が、素晴らしい魂を我が子の為に用意して下さった。この子の名前は、デウス・エクス・マキナとしよう」

 ――機械仕掛けの神。
くだらないと思った。




[15221] 機械人形の憂鬱1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/28 20:59
僕は魔界の第一王子として生まれおちていた。
僕は動けるようになって早々に世話を拒絶した。
食事と紙とペンだけ持って来させて、僕は部屋へと引籠る。
僕は名前の通り、機械人として生まれおちたようだった。
当初は期待されていた僕だったけど、すぐにその期待は霧散した。
僕は今度こそ何も言わなかったから。本当に、何も。
情報処理系統に特化しているらしい僕は、無言でいるなら本当に役立たずでしかない。
しかし、この世界は生きにくい。
空は常に雷雲が轟き、常に肌寒く、じめじめとして、腐ったような匂いが常にしている。
ちなみに食事は普通の食事を別として、金属や石油、周辺の魔力を食らっている。
人間は煩わしいが、サンサンと太陽が降り注ぐ安住の地がある事はわかっている。
時折次元の歪みに巻きこまれて来る人間やその他の生き物。
それに、稀にそれに巻きこまれ、そしてまた人間界で巻き込まれて戻ってくる魔物。
デウス・エクス・マキナの名の通り、自分だけはハッピーエンドで終わらせたいものだ。
その為には力をつけなくてはならない。やれやれ、煩わしい。
そこで僕は、ふと宙を見る。
そして、父上と第二妃の所へと向かった。
父上は俺の事を一顧だにしない。
僕もまた気にせず、第二妃を見つめた。
狼の姿をした第二妃は、しばらく苦しんだ後、獣耳に獣の尻尾の子を産んだ。

「この子はフェンリル・ガイアと名付けよう」

僕は何一つ言わずに頷いた。
これが僕の弟。それだけ確認して部屋に戻る。
僕にとって弟は特別な物となるだろう。
それから10年がたった。
温度センサーに反応あり。狼達が接近中。
フェンリル・ガイアの眷族だ。僕達魔王の一族は眷族を生み出す事が出来た。
僕は機械を。フェンリルは狼を。
どの道、様々な魔物を生み出す事の出来る父上に比べれば、無能に違いない。
最も、機械の魔物を父上が生み出す事は出来ないけれど。
ああ、フェンリルの眷族を撃退しなくては。
僕の作りだした眷族は二体だけ。
眷族を作れるようになった時に取り急ぎ作った世話役と、十分に力を溜めて作った護衛。
現れた狼の機先を制して、その鼻先に極限まで圧縮された魔力を放つ。つまりビームだ。
焦げくさい匂い。ビームの怖さを知っている狼達が止まった所で、僕の護衛が鋼鉄の体で薙ぎ払った。キャンキャンと悲鳴を上げながら遠ざかって行く狼達。
王位継承戦は既に始まっている。僕には、全く興味はないけど。
 僕は絵を描く事に戻る。絵を、文字を書く事。そして文献を漁る事だけが最近の僕の楽しみだ。
 僕が書物庫で本を読んでいると、フェンリル本人がやってきた。

「兄上。兄上は何故俺を攻撃してこない」

 うざい。フェンリルは獣っ子として、可愛らしい見た目を持っている。異形の集まる魔界で、フェンリルは唯一の僕のオアシスだったが、それでも関わられるのはごめんだった。
 僕は軽蔑した目をフェンリルに向けた。読書の邪魔をするな。
 フェンリルが、その眼差しを受けてたじろぐ。

「う……そんな目をしても効くか。いい事を教えてやろう。兄上が大切にしていた書物、全てめちゃくちゃにさせてもらった」

 幼児か。確かにそれは腹立たしいが、それだけに過ぎない。機械に過ぎないこの身。全てを既に記憶している。僕からは何も失われていない。
 というか。書物をぐちゃぐちゃにって幼児か。
 僕は憐れみと軽蔑の入り混じった視線を投げつけた。
 うざい。

「な、なんだ、その目は! 俺を馬鹿にしているんだろう! なんだよ、閉じこもってばかりで魔王になる勉強も全然していない癖に……」

 うざい。
 僕はフェンリルを無視し、黙って書物を閉じると、部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、散乱した落書きされた書物に破られた書物。
 僕は世話役の眷族に全て焼き払う様に命じて眠る。
 誰も僕に関わらないでほしい。
 その為には、領地が必要だ。誰もいない領地が。
翌日、何か呪いを掛けられたようだった。
解析中。解析完了。
大切な人の命を奪う呪文。
そして、フェンリルが喜び勇んで現れる。

「ふふん。今度こそ兄上の大切な物を奪ってやる。がはっごほっ な、なんだ……」

俺はほとんど誰とも接触しない。眷族は俺の体の一部という意識が強い。
父上、母上はどうみても化け物。となると、残りはフェンリルしかいないのだが。
俺は呆然とした顔でフェンリルを眺めた後、世話役のロボットに術師を呼びに行かせた。
やはり俺は弟が治るまでついていなければならんのだろうか。
本当にうざい。

「兄上……兄上は俺を馬鹿だと思っているんだろう」

「……」

「でもな、王位継承者争いで負けたら、皆殺される。俺についてくれる人達も、全部だ。俺は、絶対に負けるわけにはいかないんだ。兄上は、いつも余裕たっぷりで、それを崩す事なんかなくて……でも、間違ってるのは兄さんなんだ! 魔王としての勉強もしないし、コネ作りもしないし……」

 馬鹿らしい。

「僕とお前は失敗作だ。いずれ成功作が生まれよう」

 初めて発した言葉は、機械的に響いた。フェンリルがはっと顔をあげる。

「兄上、喋れたのか……!? いや、失敗作ってどういう事だ!」

 僕は黙った。そんな事、弟が一番よくわかっているはずだ。
 狼しか操れないフェンリル。機械人しか操れない僕。
 だから、僕にもフェンリルにも殆どお付きの者はいない。
 ……忠誠を誓ってくれるものが、いない。

「……兄上は、諦めているのか!? 失敗作だって諦めて、どうせ勝てないって諦めているから何もしないのか!?」

「いずれ、程良き時程良き場所に人界へのゲートが開こう」

 フェンリルは呆気にとられる。そして、呟くように言った。

「魔界を捨てて、人間界へ行くと……? そういうのか、兄上……? 王位も、何もかも捨てて……?」

「王位は僕らの物ではないよ。魔界のあらゆるものは妹のもの。魔界に要る限り、僕らでさえも」

 僕とフェンリルが努力に努力を重ねて力を合わせれば、妹に勝つ未来もありうる。
 けれど僕はそれを拒絶した。他者と深く関わるなどごめんだ。

「……! 兄上は、それでいいのか! 足掻いてこそ……」

 僕は席を立った。そして部屋に戻る。部屋に戻る直前に振りむくと、フェンリルが唇を噛んでいるのが見えた。
 それからしばらくして、妹が生まれた。
 父上似だった。あらゆる生き物の欠片が混ざっている。
 それでいて美貌を保った、稀有な存在。
 僕は妹が生まれる瞬間にも立ち会った。父上が名づける。

「ティア・カオス」

 混沌の涙。彼女はあらゆるものに愛されるだろう。
 フェンリルが、唇を噛む。
 フェンリルが孤立するのに、さほど時間は掛からなかった。
 僕達の時とは大違いの護衛がティアを守る。
 フェンリルはよく僕の部屋に入り浸るようになった。うざい。

「なあ兄上、ティアは俺を殺すのかな」

 散々僕を殺そうとした癖に、わかりきった事を聞くものだ。
 僕はそれを無視して、好きな美少女の絵を描いていた。
 もぐもぐと金属を食べながら。
 僕に今できる事は、力を溜める事だ。眷族をいっぱい生み出せるように。

「……兄上は、未来を見る力があるのか?」

 僕はその問いにも無視をする。やはりフェンリルに力の一端を見せるのは危険だっただろうか。
 しかし、次の瞬間、その疑問はどうでも良くなる。
 僕は父に手紙を書いた。
 曰く、王位継承権を放棄する。探さないでくださいと。

「兄上っどこへ行く!?」

 程良き時が来た。後は程良き場所に行くだけだ。
 王宮を出た辺りの、外れの位置。
 そして現れる、歪み。

「兄上―!」

 フェンリルが歪みに飛び込んできた。
 僕は思わずフェンリルを抱きとめる。
 現れたのは広き草原。抜けるような青空。さわやかな風。
 近くに見えるは大きな山脈。深き森。遠くに見える海。

「そ、空が……」

 フェンリルはガタガタと震えていた。
 僕はフェンリルを突き放し、歓喜の声をあげた。

「あはははははははははははははははははは! 僕はついに来た!」

 僕が笑うたび、僕から機械が産まれいでてくる。
 溜めきった力を、今こそ使い果そう。
 資源のたっぷりある山脈と平原。流れる川。それを包む荒波と深き森。地面を掘れば石油資源が。
 このあまりにも鎖国に適した理想郷が僕の予知した場所だった。
 まあ、フェンリル一人いても構わない。

「さあ眷族達よ、村を作れ」

 僕はまず初めに、眷族達にそれを命じた。
 別に、忠誠を誓ってくれる者など必要ない。他者など煩わしいだけだ。
 さあ、僕の命令だけを聞き、僕が望んだ時しか関わって来ない可愛い機械人形達よ。
 歪な歪な国を作ろうではないか。



[15221] 機械人形の憂鬱2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/30 23:56
 まず、一番初めにすべき事。それは採鉱だ。
 俺はまず、採鉱の研究をするよう機械達に命じた。
 普通の食事も糧に出来るから、しばらくは果物だけで生きていけばいいだろう。
 というより、ようやく普通の食べ物を食べられる。

「兄上、ここが、人間界……なのか? 兄上は、何を……」

「ここに我が眷族の国を作る。魔界のようなじめじめした国などいらない」

「魔界が、要らない……!? 国を作る……!??」

 フェンリルは、ぐっと拳を握った。

「ならば、俺も国を作ろう。兄上に負けない国を。妹に負けない国を。俺は、人間界に君臨する」

「そこまで行ったらここを出ていけよ。ここは僕が見つけた土地だ。フェンリルはここ以外の全部を支配すればいいさ。まあ、それまではこの領地においてやる」

「何を、偉そうに……!」

「フェンリル、お前家を建てられるのか?」

「……なんで兄上はそんな知識を持っているんだ」

「適当。それでも、機械人には手足がある。お前は手足を持てるほど高度な眷族をまだ生み出せない」

「う……わかった。その代り、食料は俺が用意する」

「取り過ぎないようにしろよ。眷族を作る時は十分に数に注意しろ。飢え死にはごめんだ。機械人は狼族よりは燃費がいいからな」

「わ、わかった」

 フェンリルもまた、眷族を生み出して散らせる。
 そうして、共同生活が始まった。
 200年後。僕とフェンリルはいくつもの村を作っていた。

「陶器、農業、畜産、漁業、車輪、筆記、アルファベット、数学、採鉱、青銅器、鉄器、錬金、石工術、機械、活版印刷、紙……戦士の生産も進んでいるし、大分研究も捗っているな。さて、次は……」

 200年の間に、人間も生活範囲を広げたのだろう。無論、言葉は通じない。
 僕は境界線内で殺しをした人間は殺し、侵入した人間は追い出すという事をやっていた。
 フェンリルにも同じようにさせている。
 機械だけの国の統治は、ゆっくりと、確実にうまく回っていた。
 僕と、今の所はフェンリルだけに仕える為にある国。
 文化面での遅れは非常に目立っているが、これは機械人の特別なイレギュラーが生まれるのを待つか、人間を取り入れるしかないだろう。問題は、どうやって取り入れるかだ。僕は必要以上に人間に関わりたくはないし、芸術が出来る機械人とは自我が強い事を意味する。

「兄上。兄上」

 うざい。なんだというんだ、フェンリル。

「人間の匂いがする」

 僕はそれを聞き、顔をあげた。
 フェンリルの後についていくと、奇妙な光景を目にする。
 すなわち、機械人が襲いかかろうとする度に死んだふりをして、機械人が目を離すと道を進む二人組の女の子を。

「兄上……」

 胡乱な眼をしてフェンリルは言う。なるほど、こんな手は考えなかったな。
 応用の効かない機械人の悪い所だ。
 今度から死体は外に放り出すように命じよう。

「ここは僕の領地だ。出て言ってもらおうか」

 手近な機械人に女の子達を捕えさせ、僕は言い放った。
 女の子二人は人嫌いの僕でもハッとするような美しさだった。
 片方はかなり身なりが良く、片方は騎士の服装をしている。
 服装は度重なる死んだふりと何かの戦闘の後だろう、切られた跡があり、怪我をしていた。
 女の子二人は何か叫んでいるが、さっぱり意味が分からない。
 まあ、いい。ここは鎖国しているのだから、他の国の言葉など覚える必要など無い。
 そう思っていると、フェンリルが同じ系統の呪文を唱えた。

「姫君?」

「言葉が分かるのか」

「兄上と違って、一応ここを出ていく予定だからな。眷族は外に放ってあるし、ある程度の情報網は作っている。兄上も、覚えておいた方がいい」

「ああ、フェンリルの力は斥候には適しているのだったな。僕の眷族の一つに教えておいてくれ」

 話を聞くと、暗殺者に追われて魔物の森に逃げ込む事でようやく助かったらしい。
 
「うん、芸術家を数人と引き換えに王都に送ってもいい。芸術家は俺が選ぶ。言葉を覚えるまで待ってくれ」

 フェンリルは頷き、姫君を連れ、宿に入って行く
 やれやれだ。




「姫様! お逃げ下さい、姫様!」

エストランテが叫ぶ。既に大半の護衛が討ち取られていた。
私は、無我夢中で魔物の森に向かった。
化け物の闊歩する森。この森では、殺した者は必ず殺される。ゆえに、殺生が起きる事はない。
馬が森に入る。
以前父上に連れられて見た事のある、鉄でできた化け物が現れた。
私はとっさに死んだふりをする。
 すると、化け物が振り返って森の奥へと消えて行く。

「やった……」

「姫様!? 姫様!」

 化け物が、数体集まってきた。

「エストランテ、死んだふりをして。お願いよ」

 エストランテが横になると、化け物が再度散って行く。

「これは……!」

「……先へ、進みましょう。この奥に何があるのかは分からないけど……賊のいる場所よりはマシなはずです」

 私は、心臓がドキドキするのを感じていた。魔物に守られた森。その奥には、一体何が。様々な噂があった。魔王を守っているのだとか、理想郷があるのだとか。
 私とエストランテは少しずつ進んでいく。森が拓けた。そこにあったのは化け物たちの歪な理想郷だった。
 農場で、採掘場でせっせと働く化け物たち。
 違和感にはすぐに気付いた。
 道で遊ぶ子供達がいない。道端で歓談する主婦がいない。
 彼らはひたすら、忙しく働いている。
 他にする事がないとでもいう様に。
 
「待って、エストランテ。いい匂いがする」

 レストランらしき場所。そこでは化け物たちが食事をふるまわれていた。私のお腹がなる。

「手に入れて参ります」

「お願い、エストランテ」

 そして、エストランテが盗んできた食事を二人でこっそりと食べる。
 それは食べた事のない味だった。とても美味しい。
 ここまで来たら、毒を食らわば皿までだ。私達は、とことん化け物の理想郷を調べる事にした。
 ここに領主様がいるとしたら、きっと優しい人のはずだ。
 だって、化け物たちは一度も必要以外の殺しをしていないのだから。
 一際大きな町に入ると、ついに私達は領主に……いや、王にあった。
 綺麗な人だった。耳としっぽは獣の物だったが、それがまた愛嬌がある。
 傍には、これも一目で特別とわかる化け物を控えさせている。
 あれがきっと、彼にとってのエストランテなのだろう。

「わ、私はラインステッドの姫です! どうか、私達を国まで送ってください!」

「俺はフェンリル王。いずれこの地以外を治めるフェンリル王だ」

「こ、この地以外を……侵略するという事ですか!?」

「侵略か……そうなるな」

 そして、化け物と一言二言言葉を交わす。

「姫君、貴方を返そう。ただし、芸術家と引き換えだ。それと、しばらく滞在してもらう。こちらへ」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 私は考える。父上に、なんとしてもこの事を伝えなくては。
 そして、私とエストランテはフェンリル王に案内されて宿へと向かった。



[15221] 機械人形の憂鬱3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/13 01:03
僕と機械族はせっせと勉強をする。情報の共有が出来るから、手分けして一週間ほどで学習はすんだ。その一週間の間、ずっと閉じ込めているのは暇だろうという事で、機械人の一人に案内をさせた。そして、最後に姫君を預かっている事と、その姫君を2、3人の芸術家と交換して欲しい旨を記す。
覚えたばかりのたどたどしい文字と引籠り生活で鍛えた絵で漫画と小説を一冊ずつ書き、少々角ばってしまった女神のフィギアを作って箱に入れる。そして、こんなものが作れる者が欲しいと手紙をしたためる。
 そして生み出した機械人の外交官に戦士の護衛をつけて送り出した。
中枢に入れるのは良い機会だと、フェンリルの斥候も一緒についていく。
 良い知らせを持ってきてくれるといいのだが。















 
賊に襲われた姫が魔物の森で消息を断って一週間が経過していた。
必死の捜索も叶わず、恐らく死体は魔物の森の奥にあるのだろう。
魔物の森の捜索に向かわせたが、案の定魔物が邪魔をして死体を見つける事すらままならない。
断腸の思いでわしは姫の捜索をやめさせ、葬式の準備をする。
そんな時、魔物の森から魔物が出てきたとの報告が来た。
今までになかった事だ。ワシは反対を押し切り、馬を駆って様子を見に行った。
恐ろしい光景がそこに広がっていた。
蜘蛛のような形の鋼鉄の魔物が一体に、形だけは人型にやや近い魔物が10体、それらに守られた犬耳の妙齢の女性。
それらが小規模の軍の様相を呈して首都へ向かってきているのだ。

「お逃げ下さい、陛下!」

「よい。あ奴らは無駄な殺生はしない」

 そう、この魔物達は他の地域に出没する魔物と違い、大勢な代わりに縄張りを守るばかりで進んで殺生をする事はないのだ。その一方、明らかに統率がとれているのは恐ろしい事ではあるが。

 わしは馬を進める。
 妙齢の狐の女性が、つ、と視線を蜘蛛に向ける。
 その指示を受け、蜘蛛はその頭の上に小さく粗末な箱を載せていた。
 その箱を蜘蛛は足で持ち上げ、わしに差し出した。

「初めまして。私は名も無き国の使者。そちらの姫君がこちらの陣地に迷い込んできたので、保護いたしました。ただし、返すにはこちらの芸術家数人と交換です。その箱の中の物を作れる人材との交換を我が主は望んでおられます。そして、王都の見学を要請します」

「なんと、姫が!」

「了承され次第、姫君は都市を出発します」

「わが国には芸術家が多くいる。魔物の国に引けは取らぬ。了承しよう」

「交渉の成功を確認」

「よろしくお願いしますわ。私の名前はクライストです」

 最後に、にっこりと妙齢の女性は男のような名前を告げた。
 クライストはしずしずと、鉄の魔物はガチャガチャと音を立てて進む。
 民が、ざわめく。
 部屋を用意し、監視をつけさせて王都を案内させる。
 道を通っていた時は鉄の魔物達は堂々としてよそ見の一つもしなかったが、やはり向こうも人の世界は物珍しかったらしい。データ収集しますと呟きながら、あちこちを見て回って監視を困らせたようだ。
 鉄の魔物達の様子から、色々な事が分かった。
 一番驚いたのは、鉄の魔物達が貨幣を知らない事だった。
 クライストに聞くと、全ての者は主の物であり、同時に皆の物であるという事で、必要な分だけ貰うらしい。それで混乱が起きないのだから、ある意味大したものだ。
 また、彼らは彼らの開発した文字を使っているらしい。言語も、彼らの元の部族と逸脱してきているようだ。あえて、独自の文化を作り上げている名もなき国とやら。
 だが、鉄の化け物は、文字を自主開発した点からとてもそうは思えないが、文化面では酷く劣っているらしい。
 主はそれを憂い、姫が迷い込んできたのをついでに芸術家を得たいとの事だった。
 姫が名もなき国に忍び込んだ方法を聞き、誇らしかった。
 我が姫は、賢い。
 きっと、名もなき国の情報も得てくる事だろう。
 様々な差配をすませ、ようやくわしは箱を開けた。
 そして、驚愕する。女神像の、粗削りだが恐ろしく細かい作り。
 絵巻物を更に画期的にした、絵が主体の物語。
 そして、感動的な小説。
 このような物を用意できる芸術家がいるなら、わしが欲しいくらいだ。
 文化面で劣っているなどとんでもない。いや、まだわからない。
 どこかから拾って来たものかもしれない。
 芸術家の中には旅をする者もいる。
 姫と同じように名もなき国に迷い込み、それで主とやらが興味を持ったのかもしれない。
 とにかく、これには姫の命が掛かっている。
 わしはすぐに大臣を呼んだ。








 すぐに機械人から首尾よく交渉に成功したとの連絡が来て、僕達は出発する事にした。
 仮にも王族の移動だから、戦士を引き連れて行く。
 フェンリルもついてくるそうだ。
 しかし、姫君達は緊張しているようだ。
 通信兵によって、王都の情報は伝わってきている。
 しかし、通貨か。やはり用意した方がいいのだろうか?
今回のように、他国と接する事がある以上、用意した方がいいのだろう。
しかし、貨幣経済を確立すると混乱する恐れがあるな。
良く目を行き届かせないとならない。面倒な事だ。
そうだ、外に行く戦士にのみ持たせる事にしたらどうだろう。
何かを輸入する必要性は感じても、輸出する必要性は感じない。貨幣が我が国で通じなくてもいいのだ。
 持って行く物として、牛や豚を50頭ずつ用意した。これらを貨幣に変えればいいだろう。
 それをゆったりと追いながら進軍する。

「フェンリル様。今回は、交渉だけなのですわよね?」

「その通りだ。牛と豚で貨幣を手に入れ、姫で芸術家を手に入れる」

 フェンリルが応答する。俺は人との触れ合いが嫌いだから、フェンリルを連れて来て正解だった。
 姫は息を吐いたようだった。

「今回のように、普通に国交を開くつもりはありませんの?」

 フェンリルは僕に視線を寄こし、僕は首を振った。

「必要ない」

 姫は唇を噛む。
 王都につくと、外務大臣自らの出迎えがあった。

「アキュースト!」

「姫様!」

 姫は駆けて行って、外務大臣に飛びつく。
 
「怖かったわ! 凄く怖かったの!」

「まて、姫。貴方と芸術家を交換する約束だ。それに、牛や豚も貨幣に変えたい」

「豚はわかりますが……牛ですと?」

「乳を飲んだり肉を食べたりできる動物だ」

「それはわが国には無い生き物ですな。興味深い。とりあえず、値段は豚と同じで良いですかな」

「牛が存在しないのか。しかし、それでは足りない。豚の2倍用意しろ」

「……姫の為です、飲みましょう」

 牛と豚が連れられて行って、僕達の前には芸術家が並べられた。

「私は様々な歌と物語を知っている吟遊詩人です」

「私は彫刻家兼建築家です」

「私は絵巻物の画家です。とりあえず、王から見てもらった絵を真似して描いては見ましたが……」

「私は画家です」

「私は楽器職人です」

 ま、初めはこんなもんか。僕は頷いた。
 ふと思いついて言う。

「孤児を幾人かとこの5人の妻となるべき女性も一緒に連れて来れませんか? でなくば、一代限りになってしまう」

「それもそうですな。孤児でよろしいので?」

「その方がしがらみもないでしょう」

 戦士の一隊を連れ、先に芸術家達と子供達を連れて行かせる。
 芸術家たちは、涙を流して人間世界に別れを告げる。
 僕はフェンリルに牛豚を売った半額を渡し、買い物を楽しんだ。
 僕の国にはない文化的な……飾り物や服、絵巻物から、食べ物に至るまで、色んな物を買い込む。
 王都を見て回ると、ギルドというものを発見した。
 冒険者ギルド。
 僕はその中に入る。
 僕がギルドに入ると、その中の荒くれ者達が一斉に浮足立って立ち上がった。
 僕はその店の奥に行く。

「どんな依頼も承ります……人材の種類が多いな」

 その中にコックと宣教師、娼婦、各種魔術師という項目を見つけた。
 冒険者ギルドはこんな所まで気を配るのか。
 コックは興味があるし、この時代宣教師は浚ってきた者達の励みとなるだろう。
 人間の使う魔術にも興味がある。
 娼婦は人間を宥める為に、やはり必要だ。
 奴隷も売られている。

「コックと宣教師、魔術師各種とその人数分の娼婦。それと子供達の奴隷を買い取りたい」

 僕はあるだけ全部の貨幣をどん、とテーブルの上に置く。

「へへ、金さえありゃなんだって請け負ってやるぜ。待ってな」

 酒場の親父が金を受け取り、ヒヒっと笑った。
 うざい。
 三時間後、何故か僕の前には縛られて泣いている人達がいた。
 ここ治安悪すぎ。なんか魔物の子供が混じってるし。まあいいか。

「……腕は確かなんだろうな」

「そりゃもう! どうせ一緒に冒険するとかじゃなくて、実験かなんかに使うんだろ? 存分に使ってくれ」

 僕は通信をして、機械人達に取りに来させる。
 ため息をついて、自室へと戻った。
 夜。襲撃があった。何故僕が襲われるのかはわからない。しかし、襲われたなら反撃するまでだ。
 第一、人間ごときができそこないとはいえ魔王の子に手を出すとは、無謀すぎる。
 フェンリルも良く応戦しているようだった。
 僕の通信で機械兵が即座に進軍する。
 あっという間にこの町は占領された。
 一応死者は出さないように通達したが、機械人はそれに良く従ってくれた。
 相手の武器が青銅器の武器だけで良かった。
 縛りあげられた王は、深い深いため息をついた。

「王自ら来ている今がチャンスだと思ったが……まさかこんな少ない手勢でやられるとは。しかし、一人も死者が出ていないという事は、やはりフェンリル様は慈悲深い。どうかこの国をお願いします」

「うむ。わかった。ラインスタッドは、今日より俺の国だ。姫を娶り、俺はこの国に君臨する」

 あれ、この国を占領したのも殺すなと命じたのも僕なんだけど……まあいいか。これでフェンリルが出て行き、僕は思う存分僕の国を僕の好きなように発展させる事が出来る。



[15221] 機械人形の憂鬱4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/15 22:36
 機械兵達に見守られ、僕が捕えた人達は町へ行く。
 連れられてきた人々はみなすすり泣いていた。
 森に入る時、人々の足があからさまに鈍り、足を竦ませた。
 
「何をしている。進め」
 
 言われて、人々は震えながらも先に進んだ。
 芸術家が、恐る恐る、しかしその光景を決して見逃すまいと辺りを見回す。
 森を抜けると、人々は感嘆の声をあげた。

「ようこそ、名もなき国へ」

 僕は振り返って丁寧にお辞儀をする。
 
「信じられない……」

 そう呟いたのは誰だったか。機械達で作りあげられた、それでいて牧歌的な国。
 泣いていた子供達が泣きやんだ。
 ……そうだ。監視役も兼ねて、子供達にそれぞれに案内役をつけてやろう。
 僕は小さな動物型の機械人を生み出す。人間、それも子供の混じった集団にやるのだから、多少はそれらしくしようか。

「案内をつけよう。一人一体とるがいい」

 僕が機械人を生み出したのを見て、驚いて逃げ出そうとした魔術師がロボに捕まる。
 鶏型の機械人が歌いだして、人々は一層怯えた。
 僕の言葉に、怯えながらも動いたのは吟遊詩人だった。
 僕が子供用にと生み出した、鶏型、僕が知っている限りの歌を奏でる鳥が吟遊詩人に抱き上げられる。まあ、考えてみれば当然か。

「私はこれを」

次に、魔物の子供が動く。

「あ、あの、本当に、本当にいいのですか。魔物を生み出すは王族のみ。その眷族を頂くなど……」

「なにも、やると言っているわけじゃない。案内につけると言っているだけだ。遠慮せずに選ぶといい。早い者勝ちだ」

「は、はいっ 無礼な事を申し上げました!」

 そして魔物の子供は一所懸命に吟味する。
 それを見て、他の子供達も吟味を始めた。

「ええいっままよ! 一番強いのはどいつだ!?」

 やけになった魔術師が言うと、狼型の機械人がすっくと立って魔術師の元へ向かった。

「お、おい待て! じゃ、じゃあ一番賢いのは誰だ!」

 梟の機械人が動く。そして、機械人達は取り合いになった。
 ……やはり人というのはうざったい。

「選び終わったらついてくるがいい」

 人間達の為に、町外れに一つの集落を用意していた。
 念の為に大きめの規模で作っていて良かった。ちょうどいい。
 
「人間が使っているのと同じだな……」

 人々は集落を見ていて呟いた。

「この国には貨幣は存在しない。必要な物があったら自分の選んだ案内人に言うがいい。ただし、その品は働く事と引き換えだ。後は案内役の者に聞け。何、難しい事じゃない。自分の専門を研究して、それを子供たちや機械人に教える。それだけでいい。いずれ舞台を与えよう」

そういうと、僕は新たに手に入れた動植物の繁殖の指示を出し、首都に向かった。
やれやれ、面倒な仕事がようやく終わった。
首都に戻ると、俺は息を吐いた。これで、あの者達に関わる必要は一切ない。
何故なら、データはあの村にいる機械人達が集めるからだ。
そうだ、目的が無いと仕事をさぼるかもしれない。
それゆえ、楽器職人と吟遊詩人には新たな町の楽団と劇場の設立を。
彫刻家には新たな町の建築そのものを。
 絵巻物の画家と吟遊詩人には新たな町に置く出版社の設立を。
 画家と彫刻家には新たな町の美術館の設立を。
 宣教師には教会の設立を。
 コックにはレストランと月一つの新メニューを。
 魔術師達には様々な機械人を置いた最先端の実験機械都市への通行を許し、その都市と同程度の便利さを魔法で達成するように命じた。
 科学は進んでいないが、同程度の事が出来る機械人が多くいるので、これは難しい。
 子供達には一年交代で全ての弟子になるように伝え、それが終わったら正式に誰かに弟子入りするように命じた。
 誰も選ばない事は許されない。何故なら、この国でニートを許されるのは僕だけだから。
 期間は100年与えた。
 最初の内は戸惑う一方だったが、次第に意欲旺盛にこの国に溶け込んで言っているとの報告を受ける。
 ……なんとかうまく行きそうだな。
 ついでに、自分の覚えている限りの漫画やコミックス、アニメ、ドラマ、童話、小説、映画などのストーリーや絵を吟遊詩人の元に送ってみる。
 後は放置で良いだろう。
 一年がたった頃、僕は顔を顰めて森へ行った。僕の予知通り、フェンリルと姫が来ていた。これは全ての先触れとなるであろう。
何か色々な物と人が連れられていた。

「今年度の貢物と、留学生でございます」

 …………。

「ラインスタッドが膝を折ったのは機械人を操るフェンリル様の兄君様でございます」
 
 姫ははっきりきっぱり言う。フェンリルは憮然とした顔をしていた。

「断る。この国は鎖国する。フェンリル、お前は強い眷族を多く生み出すがいい」

「何故ですの!?」

「直、戦が起ころう。魔物に膝を屈したラインスタッドを諸国が許す事はないだろう。食うか食われるかの戦が起きる。僕はそれに関わりたくない」

「ならば、尚更ですわ! 互いの良い所を補い合って……通貨の技術も、用意してきてあります! フェンリル様は弟君なのでしょう!?」

「心配するな、姫君。フェンリルが人間の兵に後れをとるとは思えない」

「俺もそう言ったんだが、姫が聞かないんだ」

「だって、だって……」

「姫、フェンリルはいずれここ以外を支配しよう。そして何れはここを支配しに戻ってくるだろう。もはや僕とフェンリルの道は別たれた。いかなる援助もありえない」

 僕の言葉に、フェンリルは目を丸くする。

「俺が……俺が、本当に?」

「――そしてティアが現れる」

 フェンリルの顔が堅くなる。

「強い眷族を産む事だ、フェンリル。お前は恐らく戦う事を選ぶだろうから。俺はその時が来れば隠れよう。その為にも、俺の情報をそちらに流す事、ならぬ」

「ティア……たしかフェンリル様の妹姫……その方が、人間界に現れると?」

 姫君が呟く。姫君はうつむく。

「人間界は、どうなるのですか」

「全てティアのものとなる。フェンリルが倒せなくば」

「いつなのですか」

「しばらくしたらだ。数千年ほど時が立ったら」

 姫君は目を丸くした。

「そういえば、貴方達は魔物なのでしたね。では、1000年。1000年だけ、交流を続けさせて下さい。それから交流を断っても遅くはないでしょう?」

 僕は目を閉じた。
 確かに、取り入れた人間は少なく、全滅の可能性が常にある。
 定期的に孤児を得る必要があるだろう。

「……受け入れよう。こちらからも外交官を送る」

 姫はほっとした顔になる。
 フェンリルは、握った手を見つめていた。

「兄上……俺はティアに勝てるだろうか」

「勝てない。そう言っても止まらないのだろう、フェンリルは」

 フェンリルは頷いた。
 僕は精々引籠ろう。後やるべき事と行ったら、研究の指示ぐらいだ。
 誰にも姿すら見せないようになって年月が立てば、フェンリルすら僕の事を忘れるはずだ。そうしていつか、他の星に住処を見つけるのだ。
 いくらティアでも、宇宙までは追って来れまい。




[15221] 機械人形の憂鬱5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/10 22:20
「起床時間です。起床時間です」

「うーん、アトラ、あと5分……」

「ルーリィの休日申請を確認。本日の食事の供給はストップ……」

「わぁ、待ってよアトラ! 今起きるから!」

 私は慌てて飛び起きる。そして軽くアトラを睨みつけた。アトラは子犬型のパートナーだ。私が生まれおちた時に与えられた、大切なパートナー。でも、厳しいのが玉に傷だ。

「何よ。いつもより一時間も早いじゃないの」

 私が文句を言うと、アトラは小首を傾げた。
 くぅっいつもながら可愛いっ

「今日は進路を決める日なので、早く起こすようにとのご命令でしたので」

「あ、そっか!」

 私はとっておきのラインスタッド製の服に袖を通した。
 ラインスタッド製の服は質は悪いがデザインが良かった。
 晴れの日の舞台には相応しいものだ。
 顔を洗うと、私はアトラを連れて食堂へと向かった。
 
「よぅ、ルーリィ。今日はいよいよ師匠を決める日だな」

「ハイ、ガーズ。貴方も今日は早いのね。貴方は大工さんだっけ」

「おう。新たな建築技術が見つかって、ちょうど都市の建て替え計画が行われるしな。ロボットの大部隊を指揮しての建て替え、胸が躍るぜ」

「それはいいけど、あんまりさぼって追放されたり殺されたりしないようにね」

「おうっ つーかお前こそ、気をつけろよ。ルーリィは魔術師になるんだろ」

「わかってるわよ」

 名もなき国では働かざる物食うべからずが定着している。
 仕事を選ばなければ問答無用で追放されるし、知りすぎた後には追放すら許されない。
 特に魔術師においてそれは顕著だ。
 ここで知識を得て、例えばラインスタッドで巨万の富を得ようなんて、そんな美味い話は存在しない。
 ラインスタッドからの留学生は来るが、それだって厳しい制限があって、最深部の町には行けなかった。
 あえて道を選ばない者もいる。そういう人は、わざと追放されてラインスタッドへ行く。
 ラインスタッドへの憧れもないではない。それでも、ルーリィはこの国が好きだった。
 何より、アトラと離れる事など出来ない。
 ルーリィは食事を詰め込み、教会へと向かう。何故かガーズもついてきた。
 ルーリィはこの為に早起きをしたのだが、ガーズもなのだろうか? ガーズは神父様を好いてはいなかったと思ったのだが。
 教会に入ると、麦藁のような色の長い髪、薄水色の角の神父様が聖典をロボット達に聞かせていた。
 神父様は変わり者だ。ロボット達も人として扱う。
 そして、風変わりな神話を話して聞かせる。
 なんでも、奴隷として捕まっていた所をロボットに救ってもらい、そうしてロボットの為の神話をでっちあげて話しているのだという。

「神父様」

「早起きですね、ルーリィ」

「神父様、いつもの話をして。魔術師になる前に、神父様の神話が聞きたかったの」

「喜んで。昔々、この地に、デウス・エクス・マキナ様とフェンリル様が降り立ちました。彼らは、魔界の魔物の国の王族でした。デウス様とフェンリル様は、まず眷族をこの地に生み出しました。そして、町を作り出しました……」

「ばっからしい」

 ガーズが吐き捨てる。

「そんなわけねーじゃねーか。大体、デウスって人々を生み出したって言う人間の神様じゃねーか。俺はそんな神話なんて信じない。昔々、古代人が機械の国を作り上げたんだ。その国は世界を支配してたけど、一度フェンリル様に滅ぼされたんだ。ロボット達を作った技術はその際失われたらしいけど、技術はちょっとずつ取り戻している。デウスとやらが王だって言うなら、連れて来てみろよ。俺達は、いずれロボット達の操作法を思い出して、ラインスタッドを人間の手に取り戻すんだ」

「なんという不敬な事を言うのです、ガーズ。デウス様は常にこの国を見守っておられるのですよ。フェンリル様も善政をしいておられるではないですか」

 私は沈黙を守っていた。ガーズ、それでも、神父様は長い寿命を持っているし、フェンリル様がラインスタッドの王様な事は事実なんだよ。私は、デウス様がいたという事は信じている。
 私は全てが知りたい。だから、魔術師になる。
 魔術師になれば、実験都市へ入れる。更に成果を出せば、首都の見学が許される。
 誰一人いないのに、首都と呼ばれる場所。人間は選ばれた魔術師以外、入る事を許されない場所。
 私はそこを探ってみたかった。幸い、それを狙えるだけの魔術の才能はあった。

「いこうぜ、ルーリィ」

「ええ、そうしましょう」

 ぼうっとしていた所を話しかけられ、私は我に帰る。
 そして、学校へと向かった。
私達が最後だったらしく、私達が入ると同時に先生は言った。

「それでは、第三希望まで選ぶ教師の名前を書いた紙を提出して下さい」

 紙を提出すると、先生がそれをパートナーのロボットのロロに見せる。
 全部の紙を見せると、ロボットは一人一人の生徒の所属を発表し始めた。
 私は希望通り、魔術師になれた。
 最後にロボットが言った言葉に皆、驚愕した。

「リュリィ、追放」

「リュリィ、誰も選ばなかったの!?」

「僕は機械の奴隷として生きるより、人として生きたいからね」

 リュリィは吐き捨てる。

「奴隷って何だよ!」

 ガーズが勢いよく席を立つ。

「奴隷じゃないか! おかしいと思わないのか、目標を示唆するのも、重要な事を決めるのも全部機械だ」

「それはそっちの方が効率がいいから……災害予知だってしてくれるじゃないか!」

「災害予知がなんの関係があるのさ。怒るって事は、心当たりがあるんじゃないか?」

 嘲笑するリュリィ。激昂するバーグ。
 私は二人の間に割って入った。

「やめてよ! ね、二人とも。お願いやめて。リュリィ。バーニィと離れるのは良いの?」

 リュリィは一際視線をきつくした。パートナーのロボットは、当然追放されれば引き離される。パートナーを失ったロボットは首都へ行く。それ以降の事は、誰も知らない。

「バーニィがついてきてくれない事こそ、僕を本当の意味で思ってはくれない証であり、僕がこの国を捨てる理由なのさ」

「リュリィ……」

 私は、思わずうつむいた。アトラが私を思ってくれないなんて信じられない。でも、確かにロボットは謎が多い。それを解くんだ。絶対。
 私は決意を新たにして、魔術師の住む町に向かった。
 魔術師の住む町に入れば、もう国の外に出る事は出来ない。それでも……そこに、私の求める答えがあるならば。



[15221] 自分勝手な平和論(現実→絶チル→ブレイクブレイド)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/06/30 23:03

――モイラ……。

『時代はエコよ! エコ! いい? ジルグ! 石英はいつか枯渇するわ。後10年位で枯渇する国も出てくるんじゃないかしら。そしたらあれよ。戦争よ。戦争して石英を取り合って、そんで最後に残った石英も無くなって破滅よ! そんな事にならないように、石英を節約、リサイクルするのよ。そんで、それで持たせている間に石英抜きのテクノロジーか、一から石英を作る技術を開発するの。そうすればジルグ、あんたが大人になっても戦争に巻き込まれずに済むわ。あんた、私を助けてくれたから、私もあんたを助けてあげる。約束よ』

――モイラ……。

「約束よ……ふにゃあ」

「モイラ!」

「は、はい!」

 私は急いで飛び起きる。

「モイラ、そんなに私の天文学はつまらないかな?」

「そ、そんな事ありません! 大事です、天文学! ちょっと昨日は夜更かしして……」

 私は言い訳にもなっていない言い訳を述べる。

「それはいつもだろう。またあれかね。リサイクルとやらの研究をしていたのかね。一度使い終わった石英を再生成するなど不可能だ。ましてや、君は石英を操る力が極端に弱いだろう」

「そうですね。孫子の代まで受け継いで、100年位研究して駄目だったら諦めます」

 やれやれと教師はため息を吐いた。

「君の開発した風車とやらは、まあ石英も使わずに便利だと思うがね。それでも、石英を使った方がずっと低コストで済む」

「それでは意味がありません。石英は有限の資源。いつか必ず無くなります。ですから……」

「石英は無くならんよ。ついこの間、君も新しい採掘場を見つけたばかりではないかね。ごく小規模の物だが」

「出たよ、モイラの運命論!」

「ここほれわんわん!」

 ギャハハハ、と笑い声が起きる。

「あんた、アテネス連邦の貴族ね!? よーしわかった。アテネスが困ってお願いして来ても技術を渡してなんかやらないんだから!」

「好きにしろよ!」

「まあ、備えをしておくのはいいんじゃないか? 俺は面白いと思うよ、モイラの理論。モイラの事も」

「ホズル……! やっぱ美形は言う事違うわー。あんた見習いなさいよ! これがレディの扱い方よ」

「これ、やめなさい」

「はい」

 わたしがしゅんとしてみせると、やれやれと教師はため息をついた。
 授業が終わると、早速ホズルは友人の所に遊びに行った。
 私は足早に研究室へと向かう。
 風車による粉引き機。あれはまだ前段階でしかない。
 私が本当に作りたいのは電気だ。この大陸は水が少ないから、水力発電は期待できない。
 となれば、ソーラーパネル。風車とソーラーパネルによる電気社会。
 出来れば、原子力やその他石油のいらない電力発生装置もあればなおいい。
 当てはある。デルフィングは充電しなくとも動く。古代人の遺跡なら、安全な発電装置があるはずだ。
 元科学者の矜持が、今の環境に負けるなと言っている。
 そして私は、今日もまた他の誰にも理解出来ない研究へと精を出した。
 研究が終わりに近づくと、私はシギュンの所に行く。

「シギュン! 私のレポート読んでくれた!?」

「読んだ……確かに可能は可能……それでも、石英を使った方がずっと楽……」

「そっかぁ。残念ってなんでライガットまで読んでるのよ」

「俺にこれ、作ってくれよ。ここほれわんわんって言われて、掘ってやったろう」

 狂ったようにここほれわんわんと言いながら地面を掘り続ける私に付き合ってくれたのは、ライガットだけだ。そこから石英が出てきた時は驚いていたものだ。
 掘った石英は全部国に没収されたけど、研究には協力的になってくれたし、あれは良いデモンストレーションになった。

「それは認めるわ。そうね……私の研究室にたくさんあるから、好きなの一つ持って行っていいわ」

「やりっ」

「じゃあ、私そろそろ寮に戻るわ。シギュンも早く休みなさいよ。お休み」

 寮に戻ると私は、ジルグ、小さき我が婚約者への手紙を書く。
 詩。童話。連載小説。漫画。歌の歌詞(付箋付き)。ジョーク。神話。痛い口説き言葉。チェーンメールの文面。顔文字。前世に関連する内容の夢を見たらそれも。
 私が前世で面白いと感じていた事で、最初の一ページを埋める。
 2ページめはこの世界で出来たネタで埋める。
 そして、大抵は3ページめにネタが尽きたからさようならと言って終わる。
 もちろん、書くべき事があったら……ここほれわんわん事件がそれだ……とかを書く。
 今日はイタタなイラストを台詞つきで書いてみた。大丈夫。婚約者の手紙は人様に見せるものではないとジルグにはしっかり言ってある。
 信じてるわよ、ジルグ。
 そして私は眠りにつく。朝起きたら、手紙入れに入れて学校へ。
 コストが掛かるから、手紙は月に一度だけ、書き溜めた物を出す。
 これが私の日課。
 ジルグからの手紙も毎月来る。手紙の内容はいつも一言。
「ばかじゃないの?」「ちょっと笑った」「今回はつまらないのが多い」
 どの手紙も、大切に取ってある。
 手紙を見ると、勇気が出た。
 私は、絶対に戦争を止めて見せる。それが駄目なら、私が重要人物となる事でジルグを人質に取らせてみせる。
 人質ならば、殺される事はないから。
 今日は手紙が来る日だ。私はにんまりと笑って、手紙の束を持って学校へ向かった。ちなみに、郵便物は学校で出す。
 入口にバルド将軍とジルグがいた。5歳違いのジルグはまだ小さい。
 私はジルグを見下ろした。

「バルド将軍! ジルグ! 久しぶりね」

「やあモイラ。僕の事愛してる?」

 聞いてくるジルグに、私は顔を赤らめた。

「当たり前じゃない、ジルグ」

「じゃあ、怒んない?」

「なにしたの?」

「あの手紙、父さんに見せちゃった。そしたら……」

「いやだ、まさか婚約解消とかじゃないですよね!? 子供同士の手紙のやり取りじゃないですか!」

 私が顔を青くすると、バルド将軍は首を振った。

「いや、それはない。それが……」

「なんですか?」

「陛下に見せたら大受けしてな。陛下も手紙が欲しいそうだ」

「\(^o^)/」

「本当にすまん。それで、この前の旅行が台無しになった事だし、モイラを誘って登山に行こうと思ってな。」

「どんな思いでジルグへのあれ書いてると思うんですか!? ネタが足りませんよ! 陛下にあんなの出すなんて恐れ多いし! っていうかもしかしてアレ見せたんですか!? 全登場人物TSの歴史物!」

「陛下って、もしかして親父か? ああ、君がモイラの婚約者か」

「ホズル様!」

 登校して来たホズルが、ひょいっと私の方に顔をのぞかせた。

「僕への愛の手紙を陛下も欲しいんだって。また、相変わらずこんなの書いて……」

 そして、ジルグが私の手から手紙の束を取り上げて見せる。その様は、どことなく自慢そうだったが今はそんな事どうでもいい。

「ぎゃあああああやめなさいジルグ!」

「どれどれ……ぶはははははははは!」

「何を馬鹿口あけて笑っている、ホズル。何だそれは?」

「ああ? どうしたんだホズル?」

「ちょっこういう時ばっかり嬉々として寄ってくるな美形カルテット! ぎゃああ向こうからシギュンが来てるぅぅぅ! 出る! わたし、今すぐ旅に出るわ! 記憶が風化するまで戻って来ない!」

「絶っっっ対忘れないよ。これは一生忘れないと思うぞ、モイラ。で、バルド将軍、旅行か? モイラが行くならついていっていいかな、退屈しなさそうだ」

 笑いながらホズルが言う。

「し、しかし危険です!」

「将軍がいるだろう?」

 こうして、私は旅に出る事になったのだった。



[15221] BLルートを入れないで(現実→ゲーム)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/19 22:19
 それは、母さんと父さんが魔物にやられて死んでしまった日だった。

「グレープ。大事な話があるんだ」

 薄緑色の髪に緑の目。その目は泣き腫らしていて、どこか疲れたようだった。それも仕方ない。邪険に扱われていたとはいえ、マスカットはそれでも両親を慕っていた。双子の弟のマスカットの真剣な顔に、僕もまた疲れた顔でお茶を入れた。二枚の透けるような薄い羽が、一度だけ羽ばたく。

「それで、なんなんだ」

「グレープ。俺は、前世の記憶があるんだ」

「前世?」

 マスカットは、こくりと頷いた。

「こことは全然別の世界だよ。そこでは科学という技術が発展していて、魔法は存在しなかった。魔物もいない、そんな国だった。母さんと父さんが、村の皆が邪険にしていたのも当たり前だと思う。赤ちゃんの時から大人の思考をしていれば、ね。それでも、俺を常に庇ってくれた兄さんには感謝してる。俺にはそれがどんなに凄い事かわかる。でも、俺の中身はもう20なんだ。大人なんだよ。だから、俺を魔王退治の旅に行かせて欲しい。伝承の勇者は、異世界人だという。なら、それは僕の事なのかもしれない」

「お前が……勇者? 待て……ちょっと待ってくれ」

「父さんと母さんの死で、覚悟が決まった。……例え、俺が勇者じゃないとしても。このままじゃ駄目だ、駄目なんだよ。誰かが魔王を倒さないと、いずれ村は、世界はあいつらの奴隷になる。それなのに、いつ現れるか、本当に現れるかもわからない勇者を待つ? しかも、異世界……全然俺達と関係ない奴に? 巻き込むのか、こんな地獄に全く関係のない他人を? それは駄目だ。駄目なんだ。だから、俺は魔王退治に行く」

「無理だ! お前一人でなんて! 確かにお前は頭が良くて、魔力も高いかもしれない。けど、それだけだ。魔物の一発を食らえばすぐに死ぬ」

「そんな事はわかっているんだよ、兄さん」

 マスカットは確かに、小さい頃から優秀だった。強力な魔術師でもあった。
 でも、だからって、勇者? 信じられない。それに、父さんと母さんを失った翌日にマスカットを失うのか?

「駄目だ、マスカット。僕は反対だ」

「もう決めたんだ、兄さん。このままじゃいずれ死ぬ。ただ怯えながら死ぬよりも、俺は……」

 マスカットのまっすぐな瞳に射抜かれ、僕は口ごもった。
 その時、どこからか聞いた事もない音楽が聞こえてきた。まるで頭に直接響いてくるような。テレパシーだろうか? いや、それとはまた感覚が違う。
 マスカットにもそれが聞こえたようで、耳を澄ませている。

「なんだろう……。変わった魔物じゃないだろうな」

「これは・……聞き覚えはないけど、俺の世界の音楽だ!」

 僕達は、その音源を捜しに外へ出た。
 僕は、なんとなく社へ向かった。
 社の中に、誰かの生き物の気配がする。
 僕がそっと中を覗くと、文字のような何かが宙に浮いていた。魔法陣ではない。

「あれ、なんだろう。マスカット」

「グレープ、音源は見つかったのか? ……これは……フルーツを食いつくせってなんだ!?」

「あれ、読めるのか?」

「読めるも何も、俺の世界の文字だ」

 僕はじっとその文字らしきものを見つめる。その下に、人影が横たわっているのが見えた。

「マスカット! 人が倒れてる」

 人の真上に、一列の文字列と、文字がいっぱい描かれた板が現れた。
 文字列と板の一部に、四角く色が変わった部分がある。その色の変わった部分はひょこひょこと動いた。ピピピ、と音がする。

「これは……名前を設定する画面!? フルーツを食いつくせって文字が出た後でグルメってやな名前だな……。大体安直過ぎ……おい、ああああに変えんのかよ!」

 マスカットは何かに激しく突っ込んでいるが、僕にはさっぱり分からなかった。
 とにかく、僕は社を開け、中に入る。

「あの、大丈夫ですか!?」

「う……ここは……私は一体……駄目だ、ああああという名前しか思い出せない……っ」

 ああああさん。ちょっと、いや、かなり変わった名前だ。
 僕はああああさんを見て目を見開いた。なんて格好いい人だろう。黒髪黒眼で、羽はない。白い肌と高く整った鼻。何よりも澄んだ眼が美しかった。
 その人は、いきなり周囲を走り出した。
 そして、宙に板が現れる。それを見て、またマスカットは驚いた。

「ステータス画面!?」

 そして、僕の目の前に来ると、またああああさんの前に小さな四角い板が現れた。

「私はああああという者です。それ以外は何も思い出せなくて……ここはどこですか?」

「ここはフルーツランドだよ。あ……貴方は、まさか勇者なの!?」

 ああああさんの前に、大きな四角い板が現れる。今度は三行の文字が。

「そうです」

 その時、シャラララランと鮮やかな音がして、僕はとても嬉しくなって、ああああさんがほんの少し好きになった。

「おい!? 今何しやがった! 選択肢!? 選択肢なのか!?」

 マスカットが僕を庇うように立ち、ああああさんを睨む。

「マスカット、勇者様に失礼だよ。僕はグレープ。こっちは僕の弟のマスカット。勇者様をお待ち申し上げておりました。長老の所に案内します」

 僕が先に進むと、大人しくああああさんはついてくる。
 僕が事態を説明すると、長老は涙を流して喜んだ。

「おおおお、勇者様。この時をどれほどお待ちしたか……。すぐに宴を開きましょう」

 長老はすぐに周囲の村に伝令を飛ばした。そして、村々から一人ずつお供を出す事に決まった。
 兎族で、これぞ癒し系というフワフワした女の子で、癒しの呪文が得意なストロベリィ。
 猫族で、御転婆で健康的な女の子、格闘が得意なアップル。
 鳥人属で、少しぼんやりしていて、大きな胸の、翼を使った攻撃が得意なメロン。
 ドリアッドで、色っぽいお姉さんといった感じの幻惑の呪文が得意なアボガド。
 そして、僕達妖精族のマスカットとグレープ。本当はマスカットだけが選ばれたけど、僕もついていく事にした。もう二度と、失いたくはない。
 宴が終わって次の日の朝、僕達は買い物をした。
 いろんな家の前に立っては「人の家に入るのは良くないですね」というああああさんは少し変わっていると思った。それに、ああああさんは無口だ。
 買い物を終わらせると、しばらくああああさんは四角い文字盤でずっと何かしていた。
 それを見て、マスカットも後ろで騒ぐ。

「俺のレベルがまだ1だと!? こんなに能力低いのか!?」

 まったく、マスカットはあれ以来少しおかしい。おかしいと言えば、僕達兄弟のほかに、あの文字盤は見えないらしい。あの文字盤には何が書いてあるのだろうか。
 すこしマスカットが羨ましい。
兎族の人が、ああああさんに聞いた。

「急に魔王様と戦う事になって、怖くないんですか?」

 ああああさん……面倒だから、勇者様と呼ぼう。
 勇者様は、四角い三行の文字盤を見つめた後に言った。

「確かに、魔王は怖いですが……私は、貴方方を救いたい」

 そして、にっこりと笑う。
 しゃららららん。音が、いくつも重なって響いた。
 マスカットは「ニコぽ!?」などとわけのわからない事を叫んでいた。
 そして僕達は出発した。
 マスカットが言う。

「なあ、これ、RPGだと思う? シュミレーションゲームだと思う? エロゲ―じゃ、ないよなぁ……?」

「何を言っているかさっぱり分からないよ、マスカット」

「だよなぁ……ううん、タイトルがフルーツを食いつくせなのがなぁ……。こりゃあれだ。一目でわかるクソゲ―だな。魔王は倒せるよな……いくらなんでも。魔王に負けておしまいなんてゲーム、ないもんな……。ああ、魔王とのプレイヤー交代制は別か。どうなんだろ……」

 だから、わけわからないってば。そこへ、魔物が現れた。

「あ、そうだ。戦い方はわかるんだろうな!」

 マスカットが言うと、現れる文字盤。

「げ。チュートリアルが始まりやがった! 本当に大丈夫なのか!?」

「私の指示に従って下さい!」

 勇者様が叫び、僕達は頷いた。
 






 勇者様の、高速の指示。よくあんな速度で作戦が思いつくものだと思う。
 とにかく、僕達は最初の戦いを無事乗り越える事が出来た。
 特に、連携技が凄かった。まるでずっと前から一緒に戦っていたかのように、技を合わせる事が出来た。
 でも、マスカットは難しい顔をして、僕に囁いた。

「ああああの奴……ああもう。勇者との合わせ技はするな。危険だ」

 なんだって言うんだろう、もう。
 次の町に混浴の温泉があると知って、マスカットが喜ぶ前にひくひくと頬を引くつかせたのも解せない。
 いつもだったら絶対喜ぶのに。



[15221] BLルートを入れないで 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 04:18
僕達は、当然のごとく温泉のある宿に泊まった。
 こんな機会めったにないのだから、当たり前だけど。
 その宿には水着とか言う奇妙な布があって、それを着て温泉に入るように言われた。
 そっか。そりゃそうだよね。僕だって男だ。混浴に少なからず喜んでいたから、ちょっと落ち込んだ。でも、水着だって露出が高い。
 僕とマスカットは、ドキドキしながら女の子達を待った。
 勇者様は、さすがに涼しい顔で入ってきて、僕達の前に立った。文字盤が現れる。

「わりと筋肉あるんだね」

 しゃららららんという音がすると共に、僕は嬉しくなる。やっぱりそう思うかな。僕、多少は鍛えているんだ。

「どんな三択だよ……やっぱりクソゲ―……ってなんだその選択肢は!」

 呟いた後に、勇者様の文字盤を見て驚愕に目を丸くしたマスカットを、勇者様はにっこり笑顔でパコーンと叩いた。

「いたっ何すんだよ」

 しゃらん。

「げ。こんな選択肢で好感度上がるのかよ。俺はマゾか!」

 マスカットは文句を言う。
 そして、入口を見て目を見開いた。

「女神だ……」

 そこには、恥ずかしげにしている耳を垂らしたストロベリィ。その兎耳は垂れていて、雪のような白い肌はほんのりと赤く染まっていた。胸は小さいけれど、凄く可愛かった。
 
「あ、あまり見ないでください……」

 健康的で出るべき所はしっかり出たアップル。あまりエロさは感じないけど、凄く魅力的だ。

「なによ、文句ある?」

 何と言ってもその胸。水着からはみ出た胸が殺人的だ。湿気を含んでしな垂れた羽も美しい、メロン。

「お待たせしましたぁ」

 色気たっぷり、余裕もたっぷりのお姉さま、アボガド。
 
「あら、坊やたち。ドキドキしちゃった?」

 4人の女神を見て、僕とマスカットの顔は真っ赤になる。

「皆、凄く綺麗だよ」

「ああ、女神だ……つーかこのサービスシーンはエロゲとしか思えない……っ なんてこった……」

 マスカットは喜びながらも落ち込んでいる。言っている意味が分からない。
 勇者様は4人の前に次々と立ち、一声かけて行く。その前に立つたびに文字盤が現れれ、勇者様が何か声を発するたびにしゃららららんとか、しゃらんとか、ブブーとか音がした。
 そして、しゃららららんと音がすると、女神が顔を綻ばせる事に僕は気づいていた。
 そういえば、僕もしゃららららんと音がすると嬉しくなる。
 その時は皆楽しくお風呂に入り、上がったら自由時間となった。
 僕は、難しい顔のマスカットに呼ばれた。

「これ、エロゲなのかもしれねー」

「だから、エロゲって何さ」

「あー。要するにだ、いくつかに枝分かれしている物語だ」

「いくつかに枝分かれしている物語?」

「そうだ。例えば、数人のそれぞれ悩みを抱えた女の子がいる。この場合はストロベリィ達だな」

「うん」

「そして、何故か皆主人公……この場合は勇者を好きになる」

「うん」

「勇者は、選んだ子と仲良くなって、一緒に悩みを解決してやって、そうして結ばれる。しゃららららんって音は、恐らく好感度が上がった音な。ぶぶー、が下がった音。こうやって選択肢を繰り返して仲良くなっていくんだ。そうやって選択肢を選んで仲良くなっていく事を攻略という」

「え。僕攻略されてるの?」

 男が相手なんて絶対にごめんだ。僕は汗をたらりと流した。

「相手が男の場合、友情ルート……だといいなー。エロゲと決まったわけでもなし……でもゲームのタイトル……物語の題名がだな、フルーツを食いつくせなんだよ……。あ、フルーツって俺達パーティメンバー皆の事な」

「そ、そんな! 魔王じゃあるまいし!」

「ほんと、嫌な感じのするタイトルだよな……」

「あれ? じゃあ、ストロベリィ達って悩みを持ってるって事? 救われるのは一人だけ?」

「良く気づいたな」

「そんな……何とかできないの?」

「うーん……そうだな。さっさと勇者に女の子選ばせて、二人で幸せになってもらって、俺達は余った三人を救ってやってついでに恋人同士になろうぜ。それで皆幸せだ」

「じゃあ、僕それとなく皆と話してくる!」

「あ、ちょっと待て! まだ決まったわけじゃ……」

 僕が外に出ると、勇者様が選択肢を見つめていた。

「あ、勇者様だ」

「どれどれ。げ、俺達の中から二人選ぶみたいだ」

 ピ、という音がした。

「迷いなく俺を選んだ!? こっち来る!?」

「じゃ、じゃあ僕隠れて見守ってるから!」

「兄さん! そりゃないだろ!?」

 僕たちはもみ合った後、なんとか僕はマスカットを振り払った。
 マスカットは、勇者が顔を出した途端、その顔にびしっと指を突きつける。

「いいか! 俺と兄さんを選択するな! せっかく綺麗な女の子が4人もいるんだからそっちを選らべ!」

 勇者はきょとんとした顔をした後、微笑んだ。

「ニコぽか!? ニコぽなのか!? そうはいかねーぞ!」

 マスカットは目を閉じて、ぽこぽこと勇者を殴る。
 もちろん、本気でなんて殴っていないけど。だって魔王を倒す勇者だもん。下手にダメージは与えられない。それはマスカットもわかっている。勇者はパコンとマスカットの頭を叩いた。勇者はクスクスと笑った。

「何馬鹿な事を言っているんですか」

 しゃららららん
 あ。好感度上がった。 

「私は貴方が心配なんです。なんでこんな小さな貴方達が選ばれたのか……」

「ああ? それは俺が化け物扱いされてたからだよ」

「化け物、ですか?」

「俺、前世の意識があるからな。東京都機械区ゲーム町1-2-3。矢田通。それが俺の名前。だから俺は赤ちゃんの時から大人の思考をしていて、それで化け物と思われた。違うのは兄さんのグレープだけだ」

「前世……」

「信じられないか?」

 勇者の前に選択肢が現れる。

「信じるよ」

 しゃららららん。

「うげっまた好感度が上がった! もう俺、お前と喋らないから! お前、間違っても俺を攻略すんなよ! 魔王退治は絶対必要だから協力するけど、俺とお前はそれだけの関係なんだからな!」

「私は仲間になりたい」

 しゃららららん

「今恋人になりたいって選択肢なかったか!? そこは私も同じですを選んでおけよ! 俺もなんでこんなんで好感度上がるんだよ! もーお前帰れ! 兄さん、こいつ追い出すの手伝ってくれよ!」

 そこで僕は出て行き、マスカットと一緒に部屋から勇者を押し出した。
 勇者の前に選択肢が現れる。

「ストロベリィか……ショタでロリかよ。救えねー」

 意味はわからなかったけど、マスカットの声が耳にこびりついて離れなかった。




[15221] BLルートを入れないで 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/20 04:19
 『私』はむしゃくしゃしていた。通りがかった新発売のゲームを買って家に帰る。
 そして、ノートパソコンをつけてからゲームを起動した。
 フルーツを食いつくせ。そんなタイトルと倒れた美形の青年のオープニング画面。
 陳腐なタイトルの割に、グラフィックはとてつもなく良かった。
 『私』はにやりと笑って、ああああと名前をつける。ふん。いい気味よ。

『あの、大丈夫ですか!?』

 なんて可愛い男の子。瑞々しい葡萄のような色合いの紫の髪と目の妖精が青年に歩み寄る。

『う……ここは……私は一体……駄目だ、ああああという名前しか思い出せない……っ』

 青年が立ちあがる。黒髪黒眼で、白い肌と高く整った鼻。澄んだ眼。しかし、なんだこのグラフィックの完成度の高さは。そして私は操作の具合を確かめる。
 操作性はまあ普通。後はステータスの確認、と。

『ステータス画面!?』

 突如入った台詞。なにかイベント発動したかな?
 写真を撮り、ゲームのプレイ日記に張り付けつつグラフィックを褒めたたえる。
 それと、ステータスを全て入力する。
 その後、少年の前に立ち、出てきた話すコマンドを選択した。
 
『私はああああという者です。それ以外は何も思い出せなくて……ここはどこですか?』

『ここはフルーツランドだよ。あ……貴方は、まさか勇者なの!?』

『そうです
 違います
 ……わからない』

 随分単純な選択肢だなぁ。とりあえずそうですって言っちゃうか。

『そうです』

 その時、シャラララランと鮮やかな音がして、少年の頬が染まった。
 おお、いきなり引き当てたか? ちょろいなぁ。

『おい!? 今何しやがった! 選択肢!? 選択肢なのか!?』

 もう一人の、緑の髪に緑の目の、可愛い少年が青年を睨んだ。
 紫の髪の少年が宥める。

『マスカット、勇者様に失礼だよ。僕はグレープ。こっちは僕の弟のマスカット。勇者様をお待ち申し上げておりました。長老の所に案内します』

 グレープが先に進むと、勝手に青年も進んだ。
 グレープが事態を説明すると、長老は涙を流して喜んだ。

『おおおお、勇者様。この時をどれほどお待ちしたか……。すぐに宴を開きましょう』

 長老はすぐに周囲の村に伝令を飛ばす。そして、あれよあれよという間に村々から一人ずつお供を出す事に決まった。
 兎族で、これぞ癒し系というフワフワした感じのストロベリィ。髪は苺のような赤毛で目は黒い。ヒーラーか。
 猫族で、御転婆で健康的な女の子といった感じのアップル。戦士かな。リンゴのような真っ赤な髪だ。目は薄い黄色。
 鳥人属で、少しぼんやりしていて、大きな胸のメロン。弓兵といった所。髪と目はもちろん薄緑。
 ドリアッドで、色っぽいお姉さんといった感じの幻惑の呪文が得意なアボガド。これは広範囲効果呪文ね。
 そして、妖精族のマスカットとグレープ。少年たちは魔術師だ。
 戦士系が少ないなぁ。盾が主人公を入れても二人しかいないのはきつい。
 これは、ストロベリィの育て方が鍵となるかも。
 宴が終わって次の日の朝、早速装備を充実させる。
 家には入れなかった。ちっ残念。
 というか、ステータス画面見てるとマスカットが五月蠅いんですけど。

『俺のレベルがまだ1だと!? こんなに能力低いのか!?』

 なんか、メタな発言が多いなぁ……ちょっと変じゃないか? まあ、ネタになるか。
 これも、写真に撮ってプレイ日記に書いておく。

『急に魔王様と戦う事になって、怖くないんですか?』

 村を出る時の、ストロベリィの言葉。

『確かに、魔王は怖いですが……私は、貴方方を救いたい
全然怖くないですよ、魔王なんて。
怖いですよ。だから逃げてしまいましょう』

一番上、かな。一番下でもいいけど。しかし、もっとひねった選択肢ないかなー。

『確かに、魔王は怖いですが……私は、貴方方を救いたい』

 青年が、にっこりと笑う。不覚にも、その笑顔にときめいた。
 しゃららららん。音が、いくつも重なって響いた。
 マスカットは「ニコぽ!?」とメタな事を叫んでいた。
 村を出てすぐに、マスカットが言う。

「あ、そうだ。戦い方はわかるんだろうな!」

 マスカットが言うと、現れるチュートリアル画面。

「げ。チュートリアルが始まりやがった! 本当に大丈夫なのか!?」

「私の指示に従って下さい!」

 主人公が叫び、チュートリアルが始まった。本当にメタな発言するな、マスカット。
 次は温泉町のイベントだ。いくらなんでも、展開が早すぎない?
 水着を着て温泉に入るらしいけど……。
 温泉に入るなり現れる、マスカットとグレープのサービスシーン。

『男の裸なんて見たくないな
わりと筋肉あるんだね
水着、似合ってるよ。可愛い』

 これは一択だろう。そりゃ、ショタっ子可愛いけどさ。

『わりと筋肉あるんだね』

 しゃららららんという音がする。ああ、やっぱりこのゲーム……。

『どんな三択だよ……やっぱりクソゲ―……ってなんだその選択肢は!』

『私』の思った通りの事をマスカットは言う。次の選択肢は、可愛いと褒める、パコンと叩く、頭を撫でるだった。
 とりあえず叩いてみようか。いちいちうるさいのよ。雰囲気壊すし。

『いたっ何すんだよ』

 しゃらん。

『げ。こんな選択肢で好感度上がるのかよ。俺はマゾか!』

 マスカットは文句を言う。好感度が上がると自分で言ったゲームは初めてでなかろうか。しかも、それに文句をつけるのは。
 そして、マスカットがある一点を見て、ぽかんと目と口をだらしなく開ける。

『女神だ……』

 そこには、恥ずかしげにしている耳を垂らしたストロベリィ。その兎耳は垂れていて、雪のような白い肌はほんのりと赤く染まっていた。胸は小さいけれど、凄く可愛かった。
 
『あ、あまり見ないでください……』

 健康的で出るべき所はしっかり出たアップル。あまりエロさは感じないけど、凄く魅力的だ。

『なによ、文句ある?』

 何と言ってもその胸。水着からはみ出た胸が殺人的だ。湿気を含んでしな垂れた羽も美しい、メロン。

『お待たせしましたぁ』

 色気たっぷり、余裕もたっぷりのお姉さま、アボガド。
 
『あら、坊やたち。ドキドキしちゃった?』

 4人の女神を見て、グレープとマスカットの顔は真っ赤になる。

『皆、凄く綺麗だよ』

『ああ、女神だ……つーかこのサービスシーンはエロゲとしか思えない……っ なんてこった……』

 グレープが皆を褒め、マスカットは喜びながらも落ち込んでいる。言っている意味が分からない。
 『私は』は4人の容姿を適当に褒めた。一回失敗する。その後、全員から二人選ぶ画面になった。とりあえずマスカット。
 選択すると、怒ったマスカットの顔が大写しになる。

『いいか! 俺と兄さんを選択するな! せっかく綺麗な女の子が4人もいるんだからそっちを選らべ!』

 それを見て、主人公が微笑む。わかるなぁ。だって本当に微笑ましいもん。チワワが吠えてるみたいで。

『ニコぽか!? ニコぽなのか!? そうはいかねーぞ!』

 マスカットは目を閉じて、ぽこぽこと勇者を殴る。
 マスカットマジ可愛い。

『叩く。
 撫でる。
 殴る』

何この選択肢。こんな小さい子殴るとか。でも撫でるは選ばないけどね。喜ばなそうだし、さっき叩くで好感度上がったし。とりあえず叩くで。主人公はパコンとマスカットの頭を叩いた。勇者はクスクスと笑った。

『何馬鹿な事を言っているんですか』

 しゃららららん
 あ。好感度上がった。 

『私は貴方が心配なんです。なんでこんな小さな貴方達が選ばれたのか……』

『ああ? それは俺が化け物扱いされてたからだよ』

『化け物、ですか?』

『俺、前世の意識があるからな。東京都機械区ゲーム町1-2-3。矢田通。それが俺の名前。だから俺は赤ちゃんの時から大人の思考をしていて、それで化け物と思われた。違うのは兄さんのグレープだけだ』

 その名前に『私』は目を見開いた。しばらく前に、そんな名前の急に意識不明になった大学生がいなかったか。しかも機械区だったような。

『前世……』

『信じられないか?』

『信じるよ
 信じられません』

 よくわからないけれど、ここは一択だろう。

『信じる』

 しゃららららん。

『うげっまた好感度が上がった! もう俺、お前と喋らないから! お前、間違っても俺を攻略すんなよ! 魔王退治は絶対必要だから協力するけど、俺とお前はそれだけの関係なんだからな!』

『私は君の恋人になりたい
私は君の仲間になりたい
私も同じです』

『私は君の仲間になりたい』

 しゃららららん

『今恋人になりたいって選択肢なかったか!? そこは私も同じですを選んでおけよ! 俺もなんでこんなんで好感度上がるんだよ! もーお前帰れ! 兄さん、こいつ追い出すの手伝ってくれよ!』

 そこでグレープが現れ、マスカットと一緒に部屋から勇者を押し出した。
 また選択肢が現れるけど、グレープの名前はない。残念。じゃあ、ストロベリィちゃんにしようかな。

「ストロベリィか……ショタでロリかよ。救えねー」

 マスカットの呟きに、本気でムカついた。
 そこまでプレイ日記を書き、セーブをしようとする。
 しかし、セーブが出来なかった。
 なんで? どうして? 仕方なくゲームを消そうとするが、電源が消えない。
 『私』は気味悪くなって、ゲームを放置して部屋に戻った。
 ノートパソコンを胸に抱いて。



[15221] そして科学者は笑う(未来人現代転生)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/24 21:06
プロローグ

 巨大な宇宙船の中。二人の科学者が話していた。その周りでは、多くのロボットが働いている。

「私の手がけたレスキューロボがデザイン部門で一位になった? あの、システム含め全て日本制にしろだの、車から変形させろだの、忍びの服を着せろだの、さんざん手こずらされた案件か。まあ、研究用に惑星一つ貰ったのだから報酬は十分だったが」

 初老の科学者が、若い女性の科学者に、眉を寄せて問い返す。

「それを本当にやり遂げてしまうのがドクターですよね。お陰で純日本制の、日本らしいレスキューロボが出来たと大変な喜びようでした。アニメ化も決まったとかで……写真見ますか?」

 若い科学者が写真を差し出す。

「見せてみろ。……どこの国の科学者も、苦労しているな」

 そこにあったのはロボットのコスプレだった。ヒーローの格好をしたアメリカのレスキューロボ、ドクターの格好をしたドイツのレスキューロボ。その横に、ずらりと機能一覧が並んでいる。無駄に高性能だった。

「安心して下さい。レスキューロボに服を着せたのはその三国だけです」

「そう願う。まあ、気分転換にはなったな。残りの案件を片付けてしまうぞ」

 研究所を無人惑星に移した際、様々な事が許可された。まず、居住惑星では決して許されない危険な研究が七割、違法研究が五割も許可される。そして、守秘義務を守る事と引き換えに、各種企業の商品の製法の六割が開示・使用の許可を受けられる。
 地球と遠く離れ、なおかつ地球と同じような生活をする為だ。
 日本政府が、その研究所に大きな信頼を与えている証拠であり、研究所に全てを自分で何とかしろと言っている証拠でもあった。
 その為研究員達は、その知識や技術を覚えるのに躍起になっていた。
 ちなみに、この宇宙船では、その居住惑星では決して許されない危険な物質を乗せているので、万一があった時の為に乗員はその科学者二人だけだった。

「ドクター。その『研究者の食事』って商品、確か一年三六五日、一日五食、計一八二五食ありますよね。製法を全部覚える気ですか?」

「当たり前だろう。『研究者の食事』なくしてワシは生きていけんぞ。積み荷分の三年以内に完成させなくては。最優先事項だ」

「老体にはそろそろきついですよ。半分劇薬じゃないですか。私の手料理じゃ駄目なんですか」

「そこが良いんだ。君の料理はうまいのだがね。人間たまにはジャンクフードを食べたくなるものなのだよ」

 三六五日、五食はちっとも「たまに」ではない。この老科学者は、間食する事はあっても、一食たりとも「科学者の食事」を食べ逃す事は無かった。若い科学者はため息をついて、農作物の作り方に目を落とした。
 トップである老科学者が我が道を行く以上、補佐の自分が率先して生活できるようにしていかねばならない。健全な食生活に導いて見せると決意して。
 若い女性科学者は、年の離れたその科学者が好きだった。
 今も、女性の担当する危険な物質を運ぶのに同行してくれている。最高責任者として当然の事だと老科学者は言うが、とても出来る事ではない。
 せっかく二人きりなのだし、思い切って告白してしまおうか。
 若い女性科学者が口を開いたその瞬間、光が宇宙船を覆う。
 二人の科学者は、光を認識したその瞬間に命を失った。



[15221] そして科学者は笑う 1話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/24 21:13


 受付で、若い女性が困ったように眉を顰める。その向かいには、精一杯背を伸ばした男の子が大きな紙束を抱えていた。

「ぼく、えーと……何て読むのかな? あ、その紙は貰うね」

 女性が、大きな紙束を受け取った。男の子はほっとした様子で答える。

「かぐら、まお」

「神楽、真老くんね」

 受付の若い女性が、書類を確認する。全て、整っている。

「真老くん、特許の申請はともかく、審査にはお金がいっぱいかかるんだけど、大丈夫?」

「なんとか足りたので心配はいらない。母にも話してある。国際出願でお願いする」

 そう言った真老に、受付の女性は困ったように頷いた。子供が特許申請する事は、稀にある。しかし、この内容は些か難しすぎやしないか。この内容は本当なのか?
 ……それも、調査すればわかる事だ。とにかく、受付の女性はルール通りにその書類を受け付けた。
 大手製薬会社が真老にコンタクトを取って来たのは、その二年後だった。
 恰幅のいい礼儀正しそうな男が、大きな書類カバンを持って真老の家を訪ねてきたのだ。

「真老くんはいますか?」

 いかにもどこにでもいる感じの女性……真老の母が、怪訝そうに答えた。

「もうすぐ学校から帰ってきますが……」

 そこへ、ランドセルを背負った真老が学校から帰って来て、恰幅のいい男性を見上げた。

「ああ、ようやく来たか。契約金は一億千二百六十万だ」

 その言葉に、二人は目を丸くした。

「一億はちょっと多すぎないかな、真老くん」

「ちょ、ちょっと、どういう事なのかしら?」

 恰幅のいい男が宥めるように言い、母は真老を問い詰めた。
 真老は全く動じない。靴を脱ぎながら、何事も無いように言った。

「特許申請が五百六十二件あるからな。パソコンも一台欲しい。それと、出願手続きが終わったら、作ってもらいたい物がある。ただし、この契約に限っては売上からのマージンには目を瞑ろう」

「五百六十二! あ、あれと同じようなものが後五百六十二件と言う事かい?」

「母よ、お茶を出してくれたまえ。さあ、上がりたまえ。話をしよう」

 スタスタと中に入る真老。それを、真老の母は慌てて追いかけた。
 ほどなく、お茶の用意は整った。

「私は、『科学者の食事』と言う商品の開発を目指していてね。それは一日五食、三六五日、計一五七五食分となるのだよ。それに使われる特許が計五六三件と言うわけだ。しかし、この国の特許システムは面倒だね。特許を申請するとインターネットで公開されるから、特許を気にしない者達には盗まれ放題。特許を申請しないでいると、他の者が開発した時に権利を奪い取られてしまう。それどころか、既存の技術でも特許申請するとその者に独占されてしまうのだからね。でも、私はどうしても『科学者の食事』を、完全な形で食べたい。だから、苦労をして資料を調べ、洗い出したよ。その数が五六二と言うわけだ」

 ずず、とお茶を飲み、落ち着いた様子で真老は説明した。

「まさか、これを君が考えたのかい? その『科学者の食事』、見せてもらえるかな?」

「冗談だろう。まだ特許出願もしていない物の資料をどうして人に見せられると言うんだね。それを見せるのは、特許出願の手続きを終えてからだ。それで、契約するのかね。しないのかね」

 恰幅のいい男は、頭に計算を張り巡らせた。

「一つ聞くけど、契約を結べばその後の特許の契約も結んでもらえるのかな?」

「その後の契約金は売上から貰おうではないか。初期投資が特許料だけなのだから、安い投資だと思わんかね」

「わかった。今、契約書を書こう」

 男は鞄を開け、サラサラと契約書を書く。

「ひ、い、一億……」

「母よ、話を聞いていたか。使い道が全て決まっているお金だ。無いのと同じだ」

 真老は湯呑を置いて言い聞かせる。

「でも、真老ちゃん、一億、一億よ!?」

「母よ。それは私のお金だ。貴方のお金ではない」

 言い含めると、母はおろおろとする。

「君、母がお金を使いこみそうなので、その契約金に経費と但し書きをつけてくれないかね」

「いいのかい?」

「無論だ。家にお金を入れる気はないではないが、最低限の研究費は確保しなくては話にならん。特許料とパソコンは必要だからね」

「わかったよ。パソコンの領収書は我が社に送ってくれれば、代金を口座に払うから。特許審査料については、出願が終わったら連絡してくれれば我が社が払おう」

「うむ。明日には連絡できると思う。日曜に技術者を連れて来てくれんかね。技術的な相談がしたい」

 製薬会社の男は足早に出ていき、母はそれをおろおろと見送った。
 真老は、早速立ちあがり、父のパソコンを立ち上げた。

「真老ちゃん? 何を申請したか、見せてくれない?」

「後にしてくれたまえ」

 母は一所懸命に後ろから伺うが、息子の添付するファイル名だけでも既に難しそうだった。
 真老はその日いっぱいかかって、全てのデータを送信。
 スキャナでデータをプリントアウトし始めた。
 無論、真老の母にはそのデータの意味はわからない。ただ、何かレシピのような物が混じっているのは理解できた。
 土曜日、真老はパソコンを買いに行って、父のパソコンから全てのデータを移動した。
 日曜。真老の両親は、揃って製薬会社の技術者を待った。

「ごめんください、栄登誓約のものです」

「ごめんくださーい」

 小さくはないが、決して大きくもない真老の座敷は、五人ものお客で一杯になった。

「私、栄登誓約の開発研究チーム主任の木田と申します。これ、名刺です」

「は、はぁ……」

 両親は名刺をしげしげと眺める。

「早速話を始めよう。諸君には、『科学者の食事』一日五食を三六五日分毎年私の家に届けて欲しい。これがそのレシピだ。市販する者は調合を変えてもいいが、私の食事だけはそのレシピ通りにしろ。特許出願は既に終えてある。こちらの書類が出願した特許だ。よければ諸君も、特許の取りこぼしがないか確認して欲しい。それで得た利益は6%ほどくれればそれでいい。1%が父の口座、5%が私の口座だ」

 木田は書類を手に取り、驚きながらもそれを辿っていった。

「これは……子供が、こんな事を思いつけるはずがない……」

「そ、そんなに凄いんですか」

 父が恐る恐る問いかける。

「全く新しい調合ですよ!」

「ああ、夢で見たのだ。夢で見たもので儲けるのは申し訳ないが、それでも私は『科学者の食事』を食べたくてね。研究費も欲しいし」

 真老はにっこりと笑う。そう、前世という泡沫の夢で。真老は生まれ変わった事を理解していた。あの船で運んでいた危険物質が爆発してしまったのだろう。生まれ変わった先が遥か古代の地球だと言う事にも驚いた。しかし、すぐにそれはどうでも良くなっていた。
 「科学者の食事」。それを食べなければ、真老の一日は始まらず、終わらない。
 これが無ければ研究も手に着かない。まずは、「科学者の食事」を用意する。その為に歴史が変わろうが、構うものか。そしてそれで資金を稼ぎ、研究環境を整えるのだ。
 真老は、そう決めていた。
 真老が考え込んでいると、その思考が木田の声で中断される。

「夢? まさか……。いや、どこかで見たとしても、その時は審査に引っ掛かるか。しかし、これは子供には刺激が強すぎるんじゃないかな? 我が社で売ってる栄養ドリンクに匹敵……いや。その上を行くかも……」

「構わない」

「真老ちゃん、一日五食って、ご飯はどーするの?」

「わからんかね?」

 それを聞き、母は口を尖らせた。

「駄目よ、真老ちゃん!」

「お上品な食事など、もう真っ平なのだよ! 私は今すぐにでも『科学者の食事』に切り替えたいぐらいなのだ。食事ぐらい好きにさせてくれたまえ」

 真老が生まれて初めて荒げた声に、母は目を丸くする。

「わかった。とにかく契約は契約だからね。この通り作ってみよう。ただし、販売は早くて一年後だよ? 国の安全審査も受けないといけない物があるしね。最悪三年掛かるかも」

「私の所に届くのは」

「半年後には、用意しよう。じゃあ、契約成立だね」

 そして木田は真老と握手し、父と母への説明に移った。
 木田の部下が真老に説明するので、答える。
 半年後、真老の元にようやく科学者の食事が届くようになり、真老は大いに安堵するのだった。



[15221] そして科学者は笑う 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/24 21:13

 学校で真老が「科学者の食事」を食べていると、隣のクラスの三田武美が駆けこんできた。
 三田は小学生にしては大人っぽい子で、背も高く、一年生に関わらず既にふっくらと胸の膨らんでいる、活発な子だ。宇宙飛行士になるのだと公言していて、周囲に無関心な真老でも知っている程目立つ子だった。

「ドクター! やっぱりドクターなんですか!?」

「武美くん? どうしたね」

「貴方のもう一つの名は、鉄太と言うのでは?」

「麗美くんか!」

 武美は大きな瞳からぽろぽろと涙を流し、真老に抱きついた。

「ドクター! すみません、私のせいで、私のせいで……!」

「あの事故は誰のせいでもないよ。危険は承知の上だった」

 柔らかく、暖かい体を感じながら真老は答える。
 武美の事は気になっていたから、再会できて何よりだったと真老は思う。

「今度こそ、手料理ご馳走しますね」

 笑顔になって武美が言う。

「それは勘弁してくれたまえ」

 真老は苦笑する。武美と会えたのは嬉しいが、「科学者の食事」から七年間離れて、しみじみ思ったのだ。もう「科学者の食事」以外の物を食べるのはごめんだと。

「もう。こんな小さいうちからそれ食べると、体に悪いですよ?」

「これを食べないで生きるなら、今死んだ方がマシだね」

 真老と武美は笑いあう。死んだ方がマシと言ったのが悪かったのだろうか。その時、地震が起きた。校舎の裏山が、音を立てて崩れ、校舎が覆われる。真老は気を失った。

「ドクター……、ドクター」

「武美くん! あれからどれ位たった? 無事かね?」

「わかりません……。私も気絶していたから」

 武美が背を押さえて言った。ガラスで怪我をしている。

「愚かな事を……! 私を庇ったのだね?」

 真老は、何かないかと周囲を見回し、呻いた。
 子供達が、倒れていた。
 給食の時間だったから、皆が校舎内にいたのは幸いだった。グラウンドにいたら命が無かっただろう。校舎が予想外に頑丈だったのも重畳。ただ、それでもガラスを突き破って入って来た土砂が子供達の命を奪い、傷つけるのは容易い。

「武美くん、頑張れるね? 怪我人の応急処置をせねばならない。まずは武美くんだが」

「はい、ドクター」

 そして真老と武美は必死で子供達を教室から連れ出し、廊下へとならべた。
 すぐに担任の女教師、笠木が血相を変えてやってくる。

「真老くん! 武美ちゃん! 武美ちゃん、大丈夫なの!? 透君、酷い……!」

 笠木はぼろぼろと涙を流しては、懸命に拭って、必死に教師になる時に学んだ子供が怪我をした時の対処法を思い出そうとした。

「笠木先生。ちょうどいい、彼らを見ていてくれんかね。保健室に行って、包帯を取って来なくては。すぐに縫合しなければならない子もいる。家庭科室に行って針と糸も調達しないとな。お湯は使えるだろうか?」

「縫合って、縫合って……!」

「やらねばならん」

「ドクター、お気をつけて」

 真老は走って、保健室へと向かった。
 保険の堀田先生が、泣きそうになりながら治療道具をひっくり返していた。

「落ち着くがいい、堀田先生。私も応急処置を心得ている。包帯を少し分けてくれ」

「お、応急処置を心得てるって、あのね、真老くん……。ううん、真老くんが頑張ろうとしてるんだから、私がしっかりしなきゃ。そうね、包帯巻くぐらいは出来るわね。酷い怪我の子がいたら、先生を呼んで。先生、二年生の治療に行ってるから。酷いけがをしている子がいて……」

「今から家庭科室に行って糸と針を煮沸消毒しにいくのだが、先生も行くか?」

 堀田先生は、驚愕に顔色を染めた。

「駄目……駄目よ、真老くん! でも、確かにあれは縫わないと……わ、私……」

 真老は目的の包帯は得た為、返答を聞かずに家庭科室へと向かった。
 一番土砂から遠い場所で、鍋に火を沸かす。
 幸い、火も水も出た。地震があった直後に火を沸かす怖さはわかっているが、緊急事態だ。
 糸と針を沸煮沸消毒して手を洗い、それとは別にお湯とタオルを用意。準備を整えると、ちょうどその時堀田先生が扉を開けて入って来た。

「は、針と糸は用意したのね? だ、大丈夫。こんな時の為に先生がいるんだから」

 堀田先生は震えている。

「が、頑張るから。先生、頑張るから」

「堀田先生。私は本当に応急処置を心得ているのだ。私も急いでいるのだが、仕方ない。一緒に大けがをしている子の所に行こう」

 堀田先生にお湯を運んでもらい、移動する。二年生の子供は、確かに腕に酷い裂傷を負って泣いていた。

「ごめんね、ごめんね、透くん、痛いよね。先生が今助けるからね」

 教師が透に集中している間に、真老はせっせと他の傷が深い子の治療を勧める。
 そして、透の治療を終えた堀田先生に真老は呼びかけた。

「ほら、私も治療できるだろう。この子は縫った。この子は骨折の処理をした」

 その言葉に、堀田先生は目を丸くする。

「真老くん、なんて事するの! 待って、でも……駄目。駄目よ。でも……」

「迷っている暇はない。武美くんが怪我をしていてね。他にも深い傷の子がいる。治療できる人間は一人でも多い方が良い。武美くんも怪我を治療すれば、一通りの応急処置は出来る」

 堀田先生は、唇をギュッと噛んだ。

「いいわ! 責任は私が取る。手伝って頂戴。まずは一年生よ」

 そして、堀田先生は一年生の教室に走る。廊下に整然と傷の深さ順に並べられた子供達。堀田先生は息を飲んだが、一歩を踏み出した。

「武美くん、待たせた。医師のような事は出来ないが、今治療しよう」

「ドクター、お願いします」

 真老が武美の治療を手早く終えた頃。教師達が駆けてくる。

「堀田先生! ここにいましたか。うちの子が、うちの子が……」

「堀田先生、三年生の教室が半分埋まっちゃって、なんとか下敷きになった子供を救いだしたんですけど、足が……」

「先生達は何とか外に出れる場所を探して下さい! 真老くん、武美ちゃん、行って!」

「はい!」

「了解した」

 真老と武美は走る。
 何とか懸命に治療を終えると、先生達は子供達を宥めるのに大わらわだった。
 電波も通じない。水は手に入るが、食料は給食の残りがあるだけだ。
 いつ救出されるかわからない。怪我をした子供達はそれまで持つのか。
 教師達はそれでも、あるいは笑顔で子供達を宥め続け、あるいは被害の少なかった裏山の反対方向の廊下の窓の土砂を取り除く作業を始めた。
 一方、真老と武美は、武美のいつも持ち歩いていた工具と科学者としての矜持を持って、テレビと携帯とラジオとパソコンを使った強力な電波の増幅装置を作り上げていた。
 その甲斐あって、インターネットにつなぐ事は可能となった。
 しかしネットは電話ではない。相手が確認しなければ、意味をなさない。
 さすがに土砂は厚く、とぎれとぎれにしか電波を送れなかった為、電話タイプは出来なかったのだ。
 僅かに迷った後、武美が某巨大掲示板に書き込んだ。

『こちら夢追小学校。裏山が崩れてネット以外と連絡できず。パソコンでの災害連絡はどうすればいいですか? それか、誰か救助隊に状況を連絡願います。パソコンのバッテリーがあるので長い間は通信できないです。中は大方無事なので、子供一人通れる穴さえ一つ開けてもらえれば大多数が助かります。欲しい物リストは……。怪我人のリストは……』

 真偽を問う書きこみが並び、災害掲示板に誘導される。
 夢追小学校の上空から見た写真が他から投稿され、スレは加速した。
 真老はそれを見て安堵の息を吐く。

「なんだ、この程度の土砂ならすぐに助かるな。レスキューロボならどんな旧型でも一時間で済む作業だ」

「ドクター、駄目です。この時代にレスキューロボは……」

 武美の沈痛な表情に、真老は唇を噛みしめた。
 その後、笠木先生に外部との連絡口の報告をする。
 教師達は争ってパソコンに触れ、誘導先である災害掲示板に書き込みをする。
 特に怪我人への対処の仕方のやり取りや救助の日程がやり取りされ、救出作業が始まったと聞いて教師達は安堵した。

「ほんとにほんとに頑張ったわね、真老くん、武美ちゃん」

 笠木先生が二人を抱きしめて褒める。
 三日後、真老達が動く気力すら無くなった頃、ようやくレスキュー隊が土砂の一部を取り除く事に成功し、真老達は助け出される。大地震だった。
 栄登製薬も援助に駆けつけており、被災者に栄養ドリンクや認可のされた分の『科学者の食事』を配っていた。
 子供達の応急処置をした事は医師に大いに怒られ、そして褒められた。
 そして、改造されたパソコンが見つかり、真老と武美の活躍は報道された。

『これが、土砂の中でも電波が届くように改造されたパソコンですか……』

『一年生の子が煮沸消毒までやって傷口縫ったんでしょう? ぞっとするし、先生が許した事は許し難いけど、凄いよ。結局医師が適切な処置だったって言ったんでしょ?』

『これ、特許取ろうと思えば取れるんでしょ?』

『特許と言えば、真老くんがですね。特許を既に取ってるらしいんですよ。栄登製薬と契約していて、今から二年半後にですね。『科学者の食事』という栄養食品が栄登製薬から出るそうです。被災地でも配られたそうですが、一個一個味が違うとかで……そのアイデアと技術の一つをですね、提供したと。その契約金がなんと一億以上!』

『天才っているんですねぇ。将来は何に?』

『武美ちゃんの夢は宇宙飛行士らしいですよ』

『へぇー。すごいなぁ』

 テレビを消して真老はため息をついた。取材を拒否したのに、これだ。せめて実名報道はやめてもらいたかったのだが。まあいい。特許庁に登録する時点で、いずれは表に出なければならない事はわかっていた。
 既に電波増幅装置の特許申し込みも来ている。多少の資金稼ぎにはなるだろう。
 これから、予算が必要になるから。
 真老は、インターネットにサイトを立ち上げる。

『レスキューロボ、開発計画。一口一万円から。完成した暁には、最も寄付金額の多かった一名様に、一時間の操作を許可します。また、寄付をして下さった方に対するイベントも企画していますので、振込用紙の控えは大切に保管して下さい。なお、完成した最初の機体は機密保持の契約を交わしたうえで自衛隊のレスキュー隊に寄付予定です』

 そして、完成デザイン案を乗せる。
 デザイン部門で上位を取った物の方が良かろうと思い、真老は最終目標として日本、アメリカ、ドイツのレスキューロボを描き、機体の第一号として、旧型プロトタイプを描いた。いきなり自分の開発したレスキューロボを作らないのは、特許との兼ね合いもあるし、技術の関係もある。正直、古代の日本人に自分の開発したレスキューロボを作る環境があるとは思えなかった。
完全に秘密保持出来る環境があるなら特許を取らない方法がベストだが、真老にはそんな環境はないし、自衛隊に譲渡して機密保持してもらえる保証もない。
だから、プロトタイプ……特許を取る事で、世界に製法が広まってもまあ構わないと思えるものを最初に作り、ついでにどこが情報を盗みに来るか見に来ようと思ったのだ。どうせ、レスキューロボ自体は広めるつもりだ。助けられるはずの人々が助けられないというのは、悲しい事だから。
そして、真老は町工場の調査に入った。
 町工場の見学をしていると、木田が訪れた。

「やあやあ。大地震の時は大変だったね。我が栄登製薬も、経営が苦しい中援助を頑張ったよ。なにせ、君の特許出願料は非常に高かったからね。でも、ようやく製品の第一弾が出来て、発売してみた所だ。売り上げが楽しみだな。ところで、今は何を?」

 木田は興味深そうに町工場を覗いた。

「大地震があったろう。あれをなんとか出来るよう、レスキューロボを開発する事にした」

 真老は町工場から視線を動かさずに答える。

「レスキューロボ?」

「補助AIのついた、人が乗って操作する機械だ。巨大な人型で、人の救出を助ける為の様々な機能を有している」

「はぁー。予算はどうするんだい?」

「寄付を募っている」

「栄登製薬も、経営に余裕が出来たら寄付をしてもいいかい?」

「歓迎する」

 木田は真老を見つめた。この不思議な子供に、木田は個人としてとても興味が出て来ていた。木田は、既にこの子供が歴史に名を残すであろう事を確信していた。
 そのまま、二人で町工場をいつまでも見つめていた。



[15221] そして科学者は笑う 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/24 21:19



三年後、ついに「科学者の食事」は発売された。
CMでは、科学者が分厚いカタログをめくっている所が写される。

『我が栄登製薬が自信を持ってお届けするこの食事は、戦う科学者を想定して作られたものです。朝食、昼食、おやつ、夕食、夜食の五食を三六五日、一八二五食を、通販でお届けします。食事と栄養ドリンクの要素の合わさったこれは、頭脳労働をする科学者に最適な内容となっております。飲めるゼリー状の物や特殊加工した食品のみで形成されており、宇宙食にしても問題が無いほど、周囲も汚れません。なお、刺激が強い為、幼児やご老人の服用はご遠慮ください。また、他の栄養ドリンク、薬との併用は事前に医師にご相談ください』

 場面が変わり、ずらりと並べられた一八二五食が写される。

『当社の誇る小さな科学者、真老くんの愛用の一品です。当社は、真老くんの推進するレスキューロボ開発を応援し、売り上げの1%を真老くんに寄付します』

 それは話題を呼んだ。栄登製薬は同時にいくつもの商品を開発しており、社運を掛けた大攻勢へと転じていた。
 それは某掲示板で有名となっていた。

『真老って誰?』

『ほら、三年前に手術をしやがった天才一年生だよ。大地震で……』

『ああ、あれね』

『科学者の食事食べた事あるよ。被災地で配ってたし。美味かったけど……一日五食、三六五日って。種類の多さが半端ねー』

『カタログ分厚すぎ。頼んだけど』

『頼んだのかよ』

『一年通販して食べてみるサイトを立ち上げてみた。俺が全部の味をレポしてやんよ』

『なんという勇者』

『真老のサイトみっけた。寄付募ってるけど、デザイン案がありえねーよ』

『小学生三年生なんだから、それは許してやれ』

『栄登製薬のものだけど、お前ら真老様甘く見過ぎ。あいつマジ天才。化けもの。栄登製薬との最初の契約金、一億。あれパソコン代を除いて全部特許料に消えてるんだぜ。嘘だと思うなら資料取り寄せてみろよ。我が社じゃ真老様が愛用しているって理由で、それにあやかる意味で我が社の研究員の食事全部それなの。そしたら作業効率20%も上がったし、『科学者の食事』の名前は伊達じゃねー』

『マジで? 食うだけで成績上がるの?』

『少なくとも記憶力は上がる。マジで。一か月だけでも通販試してみろよ。店は駄目。種類が多すぎて、一週間分とか一月分セットで買ってもらってるから、同じ日付の食事は一箱につき一個しか入ってない』

『俺、買いたくなってきた』

『寂しい一人暮らしには良いかもなー。メニュー考えなくてもいいし』

 こんな様子で話題性が出て、初めの売れ行きはまずまずだった。
 一番商品を買ったのは、他の製薬会社だろう。何せ、千以上もの新商品が発売され、それを研究しなければならないのだから。
 次に医師だ。なにせ、CMで医師に相談しろと言われてしまったのだ。医師は仕方なくカタログを取り寄せた。
 そして、驚愕の結果が出た。
 本当に頭脳労働の効率が上がるのだ。はっきりと数値への影響が断言できるほどの効果がある栄養ドリンクは非常に少ない。
 しかも、栄登製薬は真老と独占契約を結んでいた。
 頭を抱えた各種製薬会社に、栄登製薬は囁いた。
 共同開発したいなーと。正直、莫大な開発資金の投資で、栄登製薬は売り上げをゆっくり待つ事が出来ないほど経営難に陥っていた。しかし、栄登製薬は動じなかった。
 独占契約をして真老の了解も得ているし、栄登製薬は真老への食事の提供だけを考えればいい。後は、技術使用料だけで収益を上げるなりなんなりしても構わないと言うわけだ。
 殺到する申し込み。噂を聞いたNASAからの接触もあり、種類の多さが買われて本当に宇宙食にもなり、栄登製薬は嬉しい悲鳴をあげた。
 そして、特許の元々の開発者の真老のサイトにも、製薬会社からの寄付が相次いだ。
 その寄付を利用し、真老はいくつかの特許を申請し、町工場に依頼をし、栄登製薬から警備付きの倉庫を借りた。
 さすがに古代の技術レベルは低く、真老は加工方法や素材開発の内容も思い出し、特許申請せねばならなかった。幸い、それは武美が良く知っていたので、特許申請を武美に任せ、その製法を使って町工場で作業をしてもらう事を依頼する。
 町工場の人は大いに戸惑ったが、それでもお金を払ったら協力してくれた。
 この時点で、木田は会社のお金で、二人にボディガードをつけるのだった。
 二年がたった。「科学者の食事」レポートを書きあげたブログが話題になり、美味しさランキング五位までの食事が売り上げを伸ばした。
 その頃には、確かな効果で「科学者の食事」は安定した売り上げを見せており、研究費は順調に増えていった。
 真老が武美と倉庫で町工場の人に手伝ってもらいながら作業をしている時、大人が訪ねてきた。

「すみません、真老くんと武美ちゃんはいらっしゃいますか」

「何の用かね」

 二人が出迎えると、黒服にサングラスの金髪の男が微笑んでいた。
 無言で二人のボディーガードが前に出る。

「私は怪しいものではありません。テレビで見ませんでしたか? 元宇宙飛行士のアレクセイです」

「NASAの者かね。話を聞こう」

「ありがとう」

 お茶を出すと、アレクセイはゆっくりとお茶を啜って言った。

「この前公開された特許ですが、あれは素晴らしい物でした。早速宇宙服の素材として試してみると、五割増しの強度を得た」

「ほぅ……! あれをもう衣服に転用したのかね。いや、どこに頼めばいいやらと思ってね。まだ服については用意できていないのだよ」

「特許について契約をして頂ければ、NASAで作りますよ」

「あら。それは契約内容によりますわ」

 武美がお茶を注ぎ足しながら言った。
 アレクセイはすっと契約書を差し出す。真老はそれに目を通す。真老はもちろん英語が得意だ。ただし、それは未来の英語である。古典を読み解くにも似た感覚に、真老はため息をついた。

「出来れば日本語の書類が良かったのだがね。若干読みにくい……。なんだ。衣服の特許だけではなく、これから開発する全ての特許となっておるではないか。それに報酬がこれだけ? 駄目に決まっているだろう」

 武美が横から覗きこみ、ため息をついた。

「あら、アレクセイさん。これでは詐欺ですわ」

「真老くん、武美ちゃん。君達の知識は素晴らしい。それは広く役立てなきゃ駄目だよ。NASAは、将来君達を迎えるつもりだ」

 力強く言ったアレクセイの言葉に、真老は首を振った。

「悪いが、私は義務教育が終わり次第、自分の研究所を立ち上げるつもりでね。誰の下にも着くつもりはないよ」

「私も、ドクターがいる以上、ドクターの下で働きたいと思っています。でも、NASAの皆さんとは、うまくやっていけたらと思います」

「うむ。そうだ。服以外にも、シートとかどこに頼んでいいやらと言うものがいくつかあってね。特許申請はした後だし、これを私の望むだけ作ってもらいたい。それを特許使用料の代わりとしようじゃないか」

「駄目です、ドクター。それじゃあんまり安すぎます。現物支給および、独占契約なしで特許使用料一千万でお願いします」

「武美くん、あの程度の品でそれは高くないかね。あれはどうせ広まっても惜しくないようなものなのだし、服をタダで譲ってもらえる事を考えたら……」

 武美は腰に手を当てて、プリプリとした。

「ドクターは浮世離れしすぎです!」

「いいでしょう。信用してもらえたら、広まったら惜しいような物も紹介して欲しいですが……今は、これで」

「そうだな、そちらが守秘義務を守ってくれると言うなら、委託したい作業があるのだがね」

「ドクター! ドクターはすぐ人を信用しすぎます!」

 武美を宥め、真老は苦笑した。

「まあ、今はこれを頼む」

 差し出された設計図を受け取り、アレクセイはざっと目を通す。

「衝撃吸収スーツだ。レスキューロボを使用する際に必要となる」

「あの特許はこう使うのですか! なるほど、なるほど。確かに預かりました」

 そして、アレクセイは運転練習装置を見上げる。

「あれが、開発中のレスキューロボですか?」

「いや。レスキューロボを操作する為の訓練装置とスーパーコンピュータを先に作っている。技術を持った工場を探すのが難しくてね。中々進まないが……。まあ、一ヶ月後には完成するだろう。操作方法は既に武美くんがレスキューロボのサイトに乗せている。衝撃吸収スーツが出来次第、第一回のイベントを開催しようと思っている。運転練習装置の試乗イベントをな」

「私も乗ってみても?」

「一万円寄付してくれたまえ」

 アレクセイは苦笑し、一万円を渡した。
 そして、写真を取って帰っていった。
 三ヶ月後、スーツが届き、サイトで試乗運転イベントを告知した。
 栄登製薬もCMで告知した。
 NASAもスーツの実験の場として告知した。
結果、多くの寄付が舞い込み、振込用紙の控えを握りしめた多くの人達が倉庫へと押し寄せた。
その上、同級生達が、社会見学に訪れた。
 思った以上に大規模になってしまったそれに、真老と武美は若干緊張する。
 幸い、町工場の職人たちの奥方達がもてなしを一手に引き受けてくれた。
 まず、アレクセイが危なげなく運転する。
 さすが、元宇宙飛行士。軽やかに、テキパキと人命救助ミッションをやり遂げて見せた。
 次に、寄付額の一番多い栄登製薬の重役が。こちらは無難に、障害物のある中を要救助地に辿りつくミッションをクリアした。
 それから先は、スーツを早く着れた者勝ちだ。
 アレクセイは簡単にやってのけたが、他の者は散々だった。
 うまく歩けない、要救助者を踏みつぶしてしまう、などなど。
 特に細かい操作に移るモードが上手く扱えないようだった。それらを見て、改善すべき所を見つけていく。
 試乗会は夜の十二時まで続いた。
 その内容はNASAや栄登製薬で広報され、ゲーム会社が設計図丸ごと買い取りの打診をしてくる。真老は、万が一にも事故が起きないよう、指定する町工場に製作を任せ、プログラムを改変する場合は指定するプログラム会社と協力する事を打診し、最後にプログラムチェックをさせる事を条件に承諾する。
 それと同時に本格的なレスキューロボの開発に移り、真老は自衛隊に外見図を送ってペイント案を考えてくれるよう打診した。
 すぐに、推薦したプログラム会社からお礼と指導を頼む手紙が来て、倉庫にプログラマ達が、そして、自衛隊からはペイントの為の要員が来た。

「ロボットにはセンサーが取り付けられていて、わかりやすく言えば痛みを共有する。繊細な操作の為には、必要な動作だ。だが、加減を誤ると……わかるな? この部分は絶対に間違ってはならない所だ」

「なるほど、適用範囲はどれくらい……?」

「三十だ。これが絶対ライン。これ以上の痛みだと、集中力を削いで作業すら出来なくなる。これを、触れている時、押している時、破損している時など、段階分けして数値配分する」

「真老さん。こちらを見てくれないか」

「ドクター、ここがちょっと……」

 レスキューロボを手掛けている町工場の者に呼ばれて、真老は移動した。武美もスーパーコンピュータの所で真老を呼ぶ。忙しい事この上なかった。
 サイトのアクセス者数も順調に増えている。
 本当に作れるらしいとう話が伝わり、レスキューロボ自体を自身の会社で作らせて欲しいと言う申し込みが殺到したが、第一弾は自分で作りたいからと断る。
 小学校の卒業式にどうにか間に合わせ、真老と武美は試乗会を行った。
 さすがに本物はほいほい乗せるわけにはいかないから、最初の決まり通り一番寄付金が多かった者だけだ。
 栄登製薬かと思ったが、某大会社の社長がその権利を勝ち取った。
 倉庫には招待者が入りきらない為、公園を借り切ってお披露目をする。
 また、人を雇って、写真やデザイン案のパンフレット、お礼の手紙を寄付者全員に送付した。そして、完成に伴って第一次の寄付を打ち切る。
 公園には人が押し寄せ、次々とカメラでレスキューロボを撮った。
 カメラマン集団を連れてきた大会社の社長は、存分に操作を楽しんだ。
 それが終わると、全員で洗い、真老がサプライズ兼最後の仕上げとして、起動を施した。レスキュー隊がロボットの前に並ぶ。

「レスキューロボ零号、ただいまレスキュー隊に配属しました! ドクターを救って頂いた恩に応え、粉骨砕身したいと思います!」

 びしっと敬礼して答えるロボに、真老と武美以外の全員が驚いた。
 さすがに隊長は即座に気を取り直し、敬礼を返す。

「レスキューロボ零号、歓迎する。諸君の奮闘を祈る」

 真老が、そこで頷いて分厚い書類を渡した。

「レスキューロボの整備方法と備品の作り方はそこに書いてある通りだが、ブラックボックスには絶対に触らない様に。初めはプロトタイプとして広がっても問題のない知識だけで作ろうとしたのだがね。やはり、レスキューロボが人命を救えなくては意味が無い。どんな所でも強行出来るよう、飛行装置とバリア装置を。地中に埋まった人を発見できるよう、スーパーセンサーを……という具合に、最低限の装備は外せなかった。そこはまだ特許申請していないから、守秘義務の徹底をお願いするよ。それと、レスキューの為に使う場合に限り、備品作成の際の特許料を免除しよう」

「了解しました!」

「第一次の寄付の余りもついでに寄付させてもらおう。レスキューロボの維持には金が掛かるからね。今後も素早いレスキューを頼む。レスキューロボ01がもしも役に立ったなら、将来私が会社を立ち上げた時に次の機体を買ってくれたまえ」

「ありがとうございます!」

 町工場の職人たちが、たまらず走り出した。

「頑張れよー! 零号!」

「俺達はいつだって見守っているからな―!」

 零号は手を振ってそれに答える。
 その後、零号はレスキュー守と名付けられ、あちこちの災害で、また自衛隊の広報で活躍する事になる。



[15221] そして科学者は笑う 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/24 21:23
「おっととと。流れが強いな」
「機能05、スパイクを使って下さい」
「ああ、そうだった。ありがとう守」
 大雨による洪水。試しに飛ばしてみた所、全く何の問題も無く飛行した事から、レスキュー守のみ先行して出撃する事となっていた。
 レスキュー守が来て以来、自治体が隙あらば自衛隊を呼ぼうとした為、今までよりも遥かに迅速な救助が可能となっていた。最も、救助に向かうのが早すぎて、自衛隊自身も被災する事もないではなかったが。
 災害が今まさに起こっている状況での救助。レスキュー守は、遺憾なくその威力を発揮した。
 発揮しすぎて困る位だ。スーパーサーチを使うと、窮地に陥っているだろう幾人もの生命反応が検知される。
 しかし、その全てを助ける事など出来ないのだ。
 誰を優先的に救うのか。
 なるほど、守が超高性能AIを持っていて尚、乗り手を必要とする理由がわかる。
 守に乗っていた伊藤一士は、河と化した道路を渡り、車の上に避難していた親子をしっかりと捕まえた。
「今、安全な避難所へ連れて行きますので、しっかり捕まっていて下さい」
 母親は、ぶるぶると震えて声も出せないようだ。危険な兆候だ。
 レスキュー守は背に背負ったランドセルにしか見えない物から防水毛布と食料を射出した。防水毛布とは、水をはじき、水に触れても温かさを保つ毛布で、レスキュー守の装備として渡された設計図に記されたものの一つだった。
「『科学者の食事』一二月二十日夕食分です。体が温まる成分と高い栄養価があります。飲んで下さい。飲み終わったら移動します」
 母親は震えて頷き、まず子供の口にそれを押し付けた。
 蒼褪めていた子供の頬が、ほんのりと赤くなっていく。
 「科学者の食事」十二月二十日夕食分は特にきつく、もはや薬と言っても差し支えない食事だった。医者が処方する事もあるほどであるし、被災者にとりあえず食べさせる物として、これが特に選ばれレスキュー守の装備パックに配備されていた。これを普段の食事にする真老の気がしれないと伊藤一士は思う。
「科学者の食事」を常食する事は、薬漬けの体になる事に等しい。
親子がとりあえず栄養補給を終えると、防水毛布で包んで運んだ。
けっして落とす事の無いよう、潰す事のないよう、手の方は超高性能AIである守に制御してもらって、伊藤一士はとにかく転ばぬように歩く。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「お子さんの体調に気をつけて下さい。熱があるようだ」
 喋れるようになった母親が何度も礼を言う。レスキュー守は何パックか十二月二十日分夕食を渡し、次の被災者を救助しに行った。
 その後、レスキュー守に無線が入る。
『雨が弱まった。そちらの映像は受け取っている。被害が拡大しているから、救助を強行する。なに、ブラックボックスを開けるなとは言っていたが、使うなとは言っていなかった。こんな事もあろうかと、預かっている守のバリア発生装置の予備を、ヘリに組み込んでおいた』
 バリア発生装置は、主に風雨を防ぐ為の者だ。これを作動させればそれを設置させた飛行装置が風雨の影響を受けずに飛行できる。航空会社垂涎の一品だ。
「スーパーサーチもどうせカメラに組み込んじゃったんでしょ? 早いとこ手伝いに来て下さいよ」
『まあな。使えるものは使わせてもらわないと』
「ドクターの発明品が役だっているならいいですが、将来ちゃんと弟達を買って下さいよ」
『もちろんだ、守』
 ヘリの音が近づく。
 風雨を円状に完全に防いで、ヘリが降りて来ていた。人々が、歓声を上げる。
 自衛隊はただちに散開し、救助を始めた。
 

「守は上手くやっているようだな」
 次々と舞い込んでくる依頼のメールを眺め、真老は呟いた。
「まあ、あれだけ装備をつけてやれば当然だと思いますわ、ドクター」
 武美がお茶を注ぐ。中学生となり、ますます女らしさに磨きが掛かってきていた。
「救助に、広報に、官僚の接待か。AIにストレスが掛かり過ぎていないか心配だが、今の所変わりないようだな」
 依頼で一番多いのは、レスキューロボ部隊の買い取りだ。
 バリア発生装置の注文も多い。
 中には寄付しろと言うふざけた話もあったが、無論却下した。
倉庫に直接、レスキューロボに助けられた人達からのレスキューロボの似顔絵やお礼の手紙なども届いていた。
レスキューロボ01は、更に三台追加して製作している事には製作していた。真老としては、作り溜めておいて、起業した時に自衛隊に売り渡すつもりだったのだが。
「まだこの子達の行く末を決めていないなら、作りたいものがあるのですが……」
「何かね、武美くん」
 武美は無言でサイトを指差した。そこにあったのは、三台のロボット。コスプレトリオだ。
「……それを作るには、まだ職人たちの腕前が足りんぞ」
 職人たちが、はっと振り返ったので、真老は咳払いをした。
「別に、機能一覧を乗せていたわけではありませんわ。この研究所所属にして、マスコットキャラとして、どうかなーと。各国に配るだけの生産力が無いなら、派遣すればいいのですわ」
「うーむ。まあ、いいか。武美くんが望むならそうしよう。しかし、マスコットキャラにするのならそれなりの機能はつけてやらないとな」
「真老さん、もっと繊細な物を作れと言うなら、やれますぜ」
「うむ、期待している」
 こうして、知的なドイツ型ロボットエルウィン、ヒーローなアメリカ型ロボットアレックス、引っ込み思案な忍者型ロボット半蔵が出来あがった。ちなみに、半蔵には車の変身能力もつけた。
 車については詳しくなかったので、某大手車の製作会社の力を借りて、公道を走る手続きも終えた。
 エルウィンには、自由度と知識を与えてあるし、アレックスには格闘能力を付け加える。
 三体のグラビアな画像を載せた所、大反響が起きた。
 キャンペーンとして、ドイツ政府、アメリカ政府、日本政府の順に六カ月ほど貸し出す事にする。それが終わるころ、中学校を卒業して、真老と武美は起業するのでちょうど良かった。
 特許もあったし、製薬会社は、第一次寄付を終えてもなお寄付を続けてくれていたので、起業の予算はある。また、その一年半の間に、更に三体のプロトタイプの製造に成功した。
 出先でも大変な人気だったようで、エルウィンとアレックスがホームシックならぬ職場シックになったので、真老は仕方なくドイツとアメリカへの無償貸与の延長を決めた。
 会社の起業をして、まずやった事がその三体のプロトタイプの自衛隊への売却だった。
 まずまずの利益を出して、真老と武美は各種技術系学校の大学院へと出向いた。
「おお、真老さん! お噂はかねがね聞いていますよ。今日は何の用事で?」
 教師が、にこやかにほほ笑んだ。
「来年開催する就職説明会のチラシを置きに来た。後、どのような学生がいるのか見学に」
「そうですか! いや、研究室の中には、真老さんの特許を中心に学んでいる子がいるのですよ。きっと喜びます」
「そうかね。興味があるなら、いつでも来るといい。ここの学生証を提示すれば入れてあげよう。今ちょうど、半蔵が退屈そうにしているから、話相手になってやってくれ」
「本当ですか! いやいや、そんな事を言って、毎日押しかけられても知りませんよ。何しろ彼は半蔵の熱烈なファンで……」
 話している間に、研究室前に到着する。扉を開けると、若々しい青年が驚いて叫んだ。
「真老さん! まさか飛び級でこの学校に入るとか!? うっわどうしよう!」
「いや、従業員を探していてね」
「レスキューロボの販売会社ですっけ」
 真老は、首を振った。
「それは他に任せようと思っている。私がやり遂げたいのは、研究所の設立。それも無人惑星を研究所に仕立て上げる事だよ」
「無人惑星を……!?」
 学生の一人が立ちあがった。
「まずは、それを補佐する為のロボット達と宇宙船を作っていきたいと思っている。アメリカに助けを借りる事になるだろうね。あそこは資源が多いから」
「宇宙船を……!?」
 また一人、学生が立ちあがった。
「私が求めるのは、何よりも口が堅い人間だ。特許を勝手に売り飛ばしたり取得したりしない人間だね。この手の機関で一番怖いのはスパイだから。金の誘惑があるだろう。女の誘惑があるだろう。それを跳ねのける自信のあるものに、我が社に入って欲しいと思っている。ああ、恋人を作るなと言うんじゃないよ。ただ、恋人まで広げた身元調査をさせてもらう。そういう事だ」
「ドクターは危険と仕事に見合った十分な報酬を下さいます。ただ、基本的に終身雇用です。こちらでノウハウを取得して、あちらで高く買ってもらうというような事は認めません」
「終身雇用……!?」
 また一人、学生が立ちあがる。チラシを配って、真老は帰った。
 それを、真老と工場長が選んだ三十あまりの大学や工業高校で行う。
 学校巡りをした翌日には、既に半蔵と会話しようと学生達が学生証を握って倉庫へと出向いてきていた。
 警備員は、事前に見せられた学生証のリストを照合して学生を招き入れる。
 作りかけのレスキューロボ。重い荷物を運ぶ半蔵。運転訓練装置。
 学生たちはその全てに目を奪われた。
「おう、学生か! 話は聞いてるぜ、早速手伝え! 大丈夫、やらせるのは簡単な事だけだから」
「田中さん、この子達は町工場じゃ無く、ドクターのお客様だと思いますが……」
「大丈夫です、やれます!」
 職人たちに声を掛けられ、学生達は走った。実際にロボット作りの作業に携われるのだ、躊躇する理由など無い。
 そこに真老と工場長達が帰ってくる。
「おう! 早速生きのいいのが来てるじゃねーか?」
「働き者の学生のようで、何よりだ。ちょっと半蔵に乗っていくかね?」
「乗っていきます!」
 学生は元気よく答えた。真老は頷き、半蔵を呼ぶ。
 以後、学校が終わると倉庫に寄るのが学生達の日課となった。
 半年ほど様子を見て、真老はいくつかの技術を特許局に入れた。
 この頃には、バリア技術などを持たない、完全プロトタイプのレスキューロボが、発展途上国と一握りの先進国でちらほらと出始め、販売されていた。
 発展途上国で多く出たのは、単純に特許法を破ったからだ。プロトタイプの設計図は真老が特許庁に入れておいたから、検索すればすぐに出る。しかし、それは真老がつきあう国を決める為の罠だった。
 ……ここら辺が、潮時か。真老は先進国の各国と自衛隊に備品を提供している会社に、レスキューロボとスーパーサーチ、飛行装置の特許契約とブラックボックス化したバリア発生装置と高性能AIの貸与を申し出た。コア部分だけ特許登録していた発明品の、いくつかの設計図も貸与する。
 これも更なる罠だったりする。もちろん守秘義務は結んであるから、ブラックボックスを触れずに守ってくれるか? 機密情報を他へ漏らさずにいてくれるか? その辺りを確かめたかったのだ。ちなみに、AIについては純粋に、下手な作り方をしたら危険な事故が起きかねないからである。真老の経験に裏打ちされた絶妙なAIのさじ加減は、簡単に説明する事が出来るものではなく、レベルの低いAIに関しては真老の眼中になかったのだ。
 それが終わると、就職説明会だ。
 真老が倉庫で行った就職説明会には、エルウィンとアレックスも駆け付けた。
「ドクターの素晴らしい研究の中でも、最も素晴らしいのは私の開発です。私はロボットでありながら、研究開発を得意としており、ドクターの研究と重ならない様に気をつけながらですが、研究機関の手伝いも……」
「俺はヒーローなんだぜ! この間は消防士の手伝いをしたんだ。こう、燃え盛る火の中から的確に生命反応を検知して……」
「ひ、人がいっぱい……拙者、ここで忍んでいるでござる」
 全く役に立たないマスコット達だった。
 仕方なく真老は自ら全員にパンフレットを配る。
「地上稼働型レスキューロボに関しては、各国と特許契約を結び、広めていこうと思っている。バリア発生装置とAIはこちらで作るがね。あれを広める事は、レスキューを容易くするという事で、非常に意味がある。諸君には就職試験に合格すれば、宇宙版レスキューロボ……作業用ロボを作ってもらう。それに、各種作業用ロボだ。信頼を得るごとに、より特許申請をできないような超高性能なロボットの製作に着手してもらう。最終的には宇宙船の開発に従事してもらう事になる。難しく、責任ある仕事だ。就職試験申し込み書はこちらだ。頑張ってくれたまえ。ああ、この倉庫は借りているものなので、今新たな研究所を建設している」
 頷いて、学生達……学生達? 明らかに年齢のいった大人や外国人が混じっている。
「年齢制限はありますか?」
「若ければ技術が多少拙くとも目を瞑るが、年の行った者には相応の技術を要求するぞ。後、当然ながら他国籍人はいずれは母国に帰って技術を還元しようというのが普通だから敷居は高い。代わりにその国のレスキューロボの特許契約を交わした会社を紹介させてもらう事になる」
「外国人差別だ!」
「我が社は終身雇用なのだ。他に帰る国のある外国人とは基本的に肌が合わん。その代り、特許契約を交わした会社を紹介すると言っているだろう」
「敷居が高いという事は、全く雇わないわけではないのでしょう?」
「当然だろう。外国との折衝等、未特許案件には触れさせないが、色々と任せたい仕事はある。高い技術知識のある事務と言った感じだが、それでもよければ……」
「開発には関われないのですか?」
「アイデアがあるなら、どんどん言うが良い。いいアイデアなら報奨金も出す。もとより、技術を完全に把握していなければ折衝など出来まい」
「未特許案件に触れさせない? ふざけているのか!」
 先ほど外国人差別だと言った男だった。真老は冷たい目で男を見る。
「未特許案件は決して情報を漏らす事を許されない。危険な仕事だ。やってみたいで出来る仕事ではないのだよ。どのみち、雇主となるかもしれない者にそのような横柄な態度を取るものをどうして雇うと言うのかね」
「ドクター、この人知っています。卒業研究の盗難疑惑のあった方ですわ」
「つまみだしたまえ」
 武美の言葉が決定打だった。
「さて、何人かスパイが混じっているようだが、諸君らにはもし機密情報を漏らしたら、罰金を払ってもらう。その金額、一兆だ。何、機密情報を漏らしさえしなければ関係の無い決まりだし、盗んだ研究を上手く売ればそれ位になる。これは妥当な金額だ」
 ざわざわと学生達は戸惑いの声を漏らす。
「諸君の仕事の重さがわかったかね? それでは解散だ。入社の際はよく考えて欲しい。缶詰など日常茶飯事だ。きつい仕事だから」
 そして、真老はせっせとコア技術を特許申請する。
 コア技術は特許を取っているので、本当は情報をとられても問題ない。
 反重力航行装置も、まあ仕方ない。
 本当に重要なのは、絶対に渡してはならないのは、ワープエンジン、ゲート、ゲートエンジンの作り方だ。
 ワープエンジンは空間を捻じ曲げて遠くまで航行する方法、ゲートエンジンは設置したゲート間をワープ飛行する技だ。二つの決定的な違いは、ワープエンジンは好きな所に行けるが隕石一つ着地地点にあるだけで大事故となる事、ゲートエンジンは出入り口を管理する事で安全に出入りできるがゲート間でしか航行できない事である。
 手順としては、無人でワープエンジンを目的の場所に飛ばし、簡易ゲートを設営し、ゲートを通って小型艇を帰還させ、その後ゲートエンジンで人間が目的地に着き、本格的なゲートを作成するというものである。
 電波も、ゲートを起動させている間しか通らないので、情報を常にやり取りするのは難しい。
 これはコア技術ですら特許申請できない。
 これがないと、他惑星にそもそも移動できない。
 つまりこれを独占している者が、惑星を独占できるのだ。
 電波すらめったに通らない僻地。ゲートの向こう側で何が行われていようと、うかがい知る事は出来ない。治安維持の為にも、下手な者をメンバーに加えるわけにはいかない。
 全ての罠は、この技術を安心して預ける事の出来る人材を見つける為である。
 真老は、厳選した百人の部下に早速それぞれ、違う設計図を渡した。
 そして、真老と武美は目的の物の部品を作れる工場をリストアップ。
 また、コア部分とAIは真老と武美が直に作る事にした。
 そして、レスキューロボの寄付の領収書を切符に、定期的にロボット展を開く事を決める。これは部下達の尻を叩くのに大いに役に立った。
 レスキューロボの領収書は、裏で高値で取引されるようになった。
 真老は必ず国内の工場を使っていた為、度重なるロボット開発は、着実に日本の技術力を引きあげていった。



[15221] そして科学者は笑う 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/25 01:39

 三年後、社員は減ったり増えたりしながら、三百人を数えていた。
 最もその中で信頼に足るとされたのは十人程である。もはやこの十人は、外へ出る事すら許されなかった。家族もボディーガード付きである。
 この頃には、信頼できる国、起業のリストアップも出来ている。
 しかし、惑星開発には莫大な金がいる。とてもではないが今の資金では足りない。
 まず一つ目の惑星開拓事業で資金を用意し、本命の惑星開発に本腰を入れるのが得策と言えた。全く一からの入植は真老も初めてであるし、練習が必要でもあった。
 しかし、全てはゲートを作ってからの話だ。
 まずは、地球ゲートの設営を。
 その為の作業船がもうすぐできあがるという時だった。

「宇宙飛行士の免許が要求される? 操作方法が従来と全く違う事は伝えたのかね」

「はぁ……」

「いくら宇宙飛行士でも、この作業船に関しては素人同然だ。操作方法が全く違うのだから当然だ。あれは私自らが操縦するぞ。何とかしたまえ」

 アメリカ人マネージャーのロビンはため息をついた。

「反重力の特許協力って、出来ませんか? なんなら、共同開発と言う形でも構わない、守秘義務は守るそうです。その情報を寄こすなら、私の母国が免許に関してはどうにかしよう、と」

「そちらの宇宙飛行士を寄こすというオチじゃなかろうな」

「う……ありえますね」

「バリア発生装置に関しては融通したろう? さすがにこの程度の事で反重力の技術を渡すつもりはないぞ。あれは機密レベルAだ」

「監督として、NASA直選の宇宙飛行士が行くという事でどうですか?」

「機密レベル特S級の物を組み立てに行くのだがね」

「向こうも、単なる飛行とは思ってませんよ。惑星開拓するって言っちゃってますし、天文台の協力を得て惑星の座標を得ているわけですし、準備が大規模すぎます。そもそも会社の名前が惑星研究所ですよ? もう惑星移住するものだと思って、興味しんしんなんですよ。何か大きな餌が必要です。宇宙作業ロボはどうですか? 宇宙ステーションの作業がぐっと進みます」

「そしてゲートに仕掛けをする技術力も得るというわけかね」

「ミサイルでも撃ちこまれたらどうにもなりませんよ。それは防備と自爆装置を強化する方向で、としか」

 真老は腕組みをして考えた。

「……特許協力と現物供与。02、05、07、08、15、17、79の七台でどうだ」

「十分かと。早速その方向で。それと、信頼できるゲート監視員を」

「あー、いつもの警備会社の者で構わんよ。重力装置はつけてあるのだし、何人ものAIが補佐するから、さほど技術はいらんのだ。大事なのはさぼらずたゆまず裏切らずに仕事を完遂してくれる事。すべてクリア。素晴らしいじゃないか。危険手当は一層支払わねばならんがな」

「はぁ……。そんなものですか。こっちが外国籍ってだけでこれだけ苦労してるってのに、日本人の警備員はあっさり採用ですか。ちょっと腹が立ちますね。私だって宇宙に行きたいのに」

「行ってくれるのかね? 丁度入植地の折衝に有能で信頼できるのが欲しいと思っていたのだが。しかし、君を使うのは些かもったいないな」

 ロビンは、口をぱっくり開けて驚いた。

「行きますとも! いいんですか!?」

「少なくとも40%の割合で未知の病気に掛かって死ぬだろうが、それでも構わなければな」

「構いません!」

「なら、早いとこ信頼できる後進を育てたまえ。特S級技術を渡す事は出来なくとも、特S級技術の内容を教える事が出来るぐらいには、君を信頼しているのだよ。君の権力は、君の思った物より大きい。恐らく、向こうに降り立ったら、全ての采配を君に頼む事になるだろう。準備は整えて置きたまえ。君がレディに移住資料を頼めば、出してくれるはずだ。……難儀なものだ。惑星開拓とは、優秀な一握りの駒を、使い潰して行く作業なのだからな」

 レディとは、真老の助手ロボットだ。真老がレディへの通信機を使わずに許可を出したという事は、元からその資料へのアクセス権がロビンにあった事を示していた。
 ロビンは、喜びに震えた。本命の惑星は別にある事は理解していたが、ロビンにとっては研究専用のひっそりとした惑星よりも、開拓用の惑星を切り盛りする方が魅力的だった。自分では日蔭者だと思っていたのが、ロビンの考える最も重大な、名誉な役割に任命しようと言ったのである。嬉しくないはずがない。

「は! ありがとうございます、ミスター真老。まず最初に降り立ったら、アメリカの旗は立てていいですか?」

「監督官が一番最初に降りるつもりかね? 危険は病気だけではないのだぞ。それは諦めたまえ。それと、アメリカの旗は立ててもいいが、アメリカ領と間違えられない様に」

「わかりました、我が社の旗も立てます!」

 ロビンは、走ってレディの所へ向かった。

「本当にわかっておるのかね……」

 真老は見送った後、その件について忘れた。
 その一ヶ月後、航行テストを宇宙飛行士立会いの下でクリアしたら、以後新しい免許システムを認めるという議決が降りた。ロビンの巧みな外交の成果だった。
 そして、なんなく航行テストをクリアする。
 日本中がお祝いムードとなり、あちこちから贈られる祝辞を軽く交わし、真老の会社はさっさとゲートの建設に移った。
 と言っても、人間はほとんど必要なかった。大船団を宇宙に打ち上げ、後はロボットが作業をするのを見守り、要所要所で指示をするだけだ。その要所要所での指示が、非常に難しい作業だった。
 真老、武美、そして選ばれた十人のみが宇宙船に乗り、ゲート設営の手順を確認して行く。
 そして、先行して超高性能AI「通」を乗せた船がワープする。

「いい? 私はドクターに向こうのゲートの設営をさせるつもりはないわ。絶対によ! となると、貴方達の誰かが命がけで行う事になる。惑星開拓の要、ここが駄目なら全て駄目なのよ。しっかり覚えて」

「了解しました!」

 科学者たちは真剣な瞳で真老の作業を見守る。質問には武美が答えた。
 高校を卒業するぐらいの年の子が、このような作業をしているのである。科学者たちは畏怖に震えた。
 もちろん、ゲート設営の様子は各国が注視していた。
 ゲート建設には三カ月ほど掛かった。さらに二ヶ月後。
 ゲートランプが点滅して、小型船を通した。

「ゲート開通! ゲート開通!」

 AIが高らかに歌い上げ、さすがの真老も歓声をあげる。
 小型船のデータを見るに、仮ゲートはまずまずの位置だ。少し惑星から遠いが、許容範囲内だし、周囲に本当に何もないのが良い。着陸に良さそうな平らな土地もある。

「三田くん、後は頼んだよ。こちらは既に監視員を二駅分連れてくるからね。失敗は無いものと考えているよ」

「はい! お任せ下さい!」

 科学者の一人が、敬礼をした。遺言は既に書いてある。
 家族と一時間の通信を済ませ、彼は旅立った。
 帰ると、真老の会社の抱えるたくさんの社員が出迎えた。
 期待と不安の入り混じった表情。社員のほとんどは、ゲートの事も、宇宙で何をやっているかも知らなかった。ただ、ロビンがうきうきとどう考えても移民としか思えない準備をしていたり、必死に後輩を教育をしているのを見つめるのみである。
 そう、知らされていないだけで、彼らとて知っていた。
 後は、成功したか否かである。
 真老は、笑った。

「ゲートを開通した。今、三田くんが向こうのゲートを作っている。……誰か、我が社のサイトに星の名前の公募を乗せたまえ。写真はこれだ」

 真老が、新たなる星、美しい星の写真を掲げる。
 轟音。真老はこれほどの歓声を聞いた事が無かった。
 真老は、手をあげてそれを黙らせる。

「早速説明会を行おう。ロビンが説明会の手はずを整えてくれているはずだ」

「はいはい! 無茶振りにもしっかりとお答えしますよ、何せ私はミスター真老の腹心の部下ですからね! いつもの第一次寄付者とお得意様の国、企業、惑星開拓に必要そうな関連企業、研究所、仕事を探していらっしゃる身元の確かな方、ついでに娼婦、それと我が社は日本企業ですから、自衛隊の方にも招待状を書いてあります。私としてはアメリカ軍の方が頼りになっていいと思うのですがね。ご命令があればすぐに日付を入れて郵送するだけです。予定日は二週間後! もちろん、寄付者以外の怪しげな企業人物真老様の嫌いそうな奴などは全てシャットダウンしてあります。移民船については開発に後二か月必要ですが、まあ移民する方々も準備に一ヶ月半は必要でしょう? 作業船の改装点検補給を急ピッチでやってもそれくらいは掛かりますし」

 ロビンが自信を持って言う。

「パーフェクトだ。ロビン。ゲートの設置には順調に行って三カ月掛かるから、一月余裕がある位だ。着実に進めていこう。小型船の持ってきたデータを渡すから、確認して移民のメンバーについてシュミレートしておいてくれ。実際に移民メンバーが決まったら、その後私も加わって細かい所を詰めていこう。初めに行っておくが、初期移民は捨て石となる。お前も含めてな」

「わかっていますとも! でも、役職名はちゃんと決めて下さいね。私の名前をばっちり教科書に載せる為に!」

「約束しよう」

 社員達の嫉妬の視線を一身に受け、ロビンは幸福に輝いていた。
 二週間後。貸し切りにした大きな公園で、真老は巨大なスクリーンに小型船の持ち帰ったデータを次々と写させた。

「我が社は、ゲートの開設に成功しました。これがあれば、惑星エデンに自由に……とは行きませんが、行き気が出来ます。電波は一日の内限られた時間しか流す事が出来ず、隔離された僻地となりますが……我が社はここに実験都市を設立したいと考えています。しかし、資金、人員ともに足りない。そこで、皆さまのお力をお借りしたいのです。今、一番我が社が求めているのは第一次入植者です。要するに惑星にどんな危険や病があるか、その身をもって調べる人々です。治安を乱さなくて、働く気があって、そこそこ健康なら、誰でも構いません。対策を立てるのは第二次入植者がやります。はっきり言いましょう。第一次入植者は捨て石です。もちろん、ロボの補助はあります」

 「生き延びるだけの簡単なお仕事」と書かれた看板を、エルウィンが掲げた。

「第二次入植者には、宇宙船内で待機してもらい、第一次入植者へ起きた危険への対策を練ってもらいます。医師等がこれに当たります」

「対策する大変なお仕事」と書かれた看板をアレックスが掲げた。

「第三次入植者は、第二次入植者が全ての対処を終えた後、本格的に都市建設に入ります。この時期まで生き延びた方には、未知の病気への対策が出来た場合に限り帰還を許可します。また、エデンの土地とエデンにいる間に限り全面的な生活のサポートをします。第一次入植者第一世代に限り、生き延びた功績をたたえ、働かなくても援助します」

「開拓する魅力的なお仕事(ただし待つ必要あり)」と書かれた看板を半蔵が掲げた。

「では、それぞれのロボットの前に並んで、申込用紙を受け取って明日中に郵送してください。簡単な審査の後、二週間後に切符を発行します。以上!」

 真老が話終わると、群衆からそう突っ込みが入った。

「待ちたまえ! それでは第一次入植者は見殺しにする気かね!」

「未知の病気についてはもう仕方ないので、誰かが犠牲にならねばならんのだよ。もちろん、ロボット、宇宙船に控えた第二次入植者など、手厚い看護はするつもりだ」

「惑星一個を私物化するつもりかね!? 手順がずさんすぎる、開拓には国が出るべきだ!」

「はて? あの惑星に行けるのが我が社だけな以上、所有権を主張してもなんら問題は無いかと思うが」

「惑星一個だぞ!」

「心配せずとも、アメリカにはよくしてもらっているからな。入植者とは別に、輸送枠は確保してある。土地だって十分にある。そちらこそ、本来は見ているしかなかっただけの惑星の全部を物にしようなどと思っていないだろうね? 盛大な我が社への、そして我が事業への援助を期待してもいいかね?」

 アメリカ大使はぐっと唇を噛んだ。
 真老の言う事ももっともだ。真老の技術を持ってしてしか、エデンには辿りつけないし、無条件で輸送枠を確保、土地だって十分にあるという発言から分け与える気はあると推測できる。
 一度深呼吸して、そしてゆったりと真老に聞いた。

「国連に掛けて国連主導で開拓する気はないのか」

「無料で提供した揚句、星は国連に提供なんて言う慣例を作れと? 我が社のメリットが0だな、それは。我が社は資金の全てを投げ出してゲートを作成したんだ。名目上でもなんでも、我が社主導で開拓を行わないと今後の活動に差しさわりがある。輸送に土地の提供にと、事細かく料金を定めてもいい所を、無条件で提供する代わりに「寄付」でいいと言っているのだ。これだって悪しき慣例になりかねないほどのかなりの譲歩なのだがね。それにもう既にロビンを監督官にすると約束していてね」

「まあまあ、ミスター真老の言う通りだ。彼がゲートとやらを開発するまで、こちらは見てるしかなかったんだし、無条件で分け前を与えられる事の何が不満なんだね? わがドイツは、貴方の会社を援助させてもらうよ」

「礼を言う。ドイツ駐日大使殿」

「うちだって、援助をしないとは言っていない。功績は称えるべきだとも思う。だが、君は……手順をふまなすぎだ。惑星開拓は、もっと大規模に、盛大に祝うべきだ」

 真老は微笑んだ。

「礼を言う、アメリカ駐日大使。移民団の出発の日は盛大に宴を開くから、それで我慢してくれたまえ」

 その後、真老の元に申し込み書が殺到する事になる。
 ロビンは嬉々としてそれを仕分け、移民団を編成するのだった。
 真老は輸送料を取らない代わりに給料も払わなかったが、それはロビンが日本政府と交渉して、日本人移住者には支度金が用意された。
 もちろん、各国も同じように支度金を用意した。そして、移民である。



[15221] そして科学者は笑う 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/26 00:26


 某巨大掲示板。

『真老様パネェ』

『前触れ無く惑星開拓準備完了ww報告はいつも通りちっぽけなサイトww』

『どれだけの人間が知っているんだろうなw特殊企業とネットぐらいじゃねwww』

『いやいや、政府が告知するだろwww』

『ちょwww第一入植者選考受かったwww当方ごく普通のニートwww生き残るだけの簡単なお仕事wwwマジ簡単な健康診断だけだった』

『俺もw切符来た時我が目を疑ったww親への説明どうしよう……orz』

『俺は身元調査入ったよ。ハロワから招待された人は身元調査済みだったんだってさ』

『第二次寄付始まってるな。一口十万に跳ねあがってる。報酬は向こうの写真か。イベントへの招待ももちろんあるんだろうな。ちょっと高いけど、レスキューロボの領収書がぼろくなってたから助かる』

『栄登製薬の者だけど、真老様直々に寄付のお願いと今までの協力のお礼に来たw製薬会社重役集めて、惑星開発説明会やったんだけど、多分説明を受けるのは俺らが初。特別乗員枠いっぱい貰ったし、安全な宇宙船の中からお前らを見守らせてもらうぜ! 何か質問あるー? あ、守秘義務はないから安心して』

『kwsk』

『kwsk』

『包み隠さず全部話せ』

『まず、サバイバルや農業の勉強は必須。生き延びたいと思うんならな。事前申請すれば、荷物も持ち込めるし、惑星の食べ物の成分調査も二次入植者に依頼できるし、ある程度の物資はロビン監督官に言えば融通してくれる。漫画とかの娯楽物もオッケー。ただし、申請は出発前にやらないといけない。真老様による入植者説明会は第一次入植者に対しては三回。この時やる事は、物資申込用紙の配布と回収、結果の配布だから、一回も欠席しちゃ駄目。一人が持てる物資に限りはあるから、公式とは別に何度もオフ会開いて、荷物の分担をしたり要求する事を事前に決めないと駄目。第二次入植者の職種決定権は第一次入植者にもあるから、向こうで漫画とか読みたいなら申請必須。支度金は少し残しとけ。補給頼む時に使う。それと、マジで一次入植者の仕事は病気にかかって生き延びて、できた免疫なりなんなりを提供するだけ。他にも危険を把握する仕事があるけど、メインはこれ。もちろん、手柄を立てるのは自由。お前らでも新種の動植物見つけたり、現地で体張って食べられる物見つけるくらいは出来るだろ? それだけで、土地の優先権や命名権を貰えたりする。第二次入植者には学者もついてって、歴史書が作成されるから名前が残るかもしれない。他にも、地形を調べたりとか仕事は多いぜ。素人なりの活動でいいって言ってるけど、真老様マジ使い潰すつもり』

『決定権は意外とあるんだな。つーか思ってたよりかなり待遇良くね? 俺らでも歴史に名を残すとかできるんじゃね?』

『出来る出来る。命掛かってますからー。第二次入植者のミーティングは五回な。こっちはそれとは別に公式に職種ごとに会議がある。第三次は各国で様子を見ながら数年スパンで計画するってさ』

『俺、領収書なくて発表会いけなかったんだけど、申込書手に入る?』

『残念ながら、選ばれた企業と国家は全部招待されてる。皆危険は承知の上で第一次入植者として出発をしたがってるから、予約はいっぱいの状態。後は国に選ばれるしかない。真老様が第一次入植者は捨て石だし、第三次でたっぷり移民枠を取るからあんまり優秀な人は入れないでほしいって言ってるし、チャンスはあるかも。今の所学者とかが凄い勢いでコネ使って第一次入植者に滑りこんでるからわからないけど。第二次入植者って、宇宙船から降りる事は許されないんだよ』

『え、じゃあ他の人達精鋭ばっかり? 俺ら思いっきり役立たずじゃね?』

『本来、真老様が行かせたがってるのはおまえらみたいのだから大丈夫』

『久々にアメリカの本気が見れるな……』

『アメリカはマジ精鋭突っ込んでくる。真老様が人材がもったいないから絶対真似するなって言ってた』

『つーかアメリカがゲート技術の独占許さないんじゃね?』

『うーん。どうだろう。真老様、特許泥棒されても裁判とか起こさない、一見超緩々体勢だけど、その代わり、真老様の特許泥棒した企業や国に関しては全面的に取引禁止、話題にする事すら禁止なんだよな。惑星研究所では国の評価は6段階に分かれてて、フェーズ5に入ると、その国出身の従業員も首にされて二度と復帰不可。どれぐらいやらかしてるかの確認はするけど。フェーズ5に入ると、国の命令でも駄目。以前国際協力って事で無理やりフェーズ5の奴らと交流会やらされてたけど、そん時の社員全部その国の特許盗んだ会社からの委託社員。後はロビンの口八丁手八丁で逃げ切り。今回ももちろん招待なし。意外と研究に対する意思は固いんじゃないかと思ってる。特許泥棒にしても、わざと盗みやすい状態にして、盗むかどうか見てる節があるし……。そんな真老様が、あっさり屈するかな。それに、監督官のロビンは生粋のアメリカ人だし、我が祖国アメリカの旗を立てるーとか言ってる状況だぜ? 黙ってても主導権は握れる状況で、真老様と一戦やらかすばくちをするかな。真老様死ぬと、完全にゲート技術が失われる可能性もあるし』

『真老様は主導権をアメリカに渡してもいいの?』

『ロビンは真老様の信頼を得ているし、アメリカはフェーズ1だしなー。リークしちゃうけど、ロビンがフェーズ0のドイツ人だったら、あるいはドイツ人社員のノーマンがロビンくらい折衝ができたら国に管理委託しても良かったんだが、って真老様言ってた。あ、ノーマンって次の監督官候補の一人な。真老様が惑星研究所の戦力減を嫌がっているのもあって、なんか複雑みたいだけど。ちなみに日本はフェーズ3だから、管理委託どころか主導権譲渡もありえない』

『日本3なのかよwww』

『母国w』

『そういや日本政府担当枠少なかったなw色々条件付けられてたし』

『フェーズ0のドイツがお願いしたらゲート技術は貰えるの?』

『さあ? そこまではわからん。俺惑星研究所の社員じゃないし。ただ、真老様が完全ブラックボックス化した船の製作に入ったってノーマンが浮足立ってたから、ドイツが船を売ってもらえる事はありうるのかも。わからんが。まあ、今回の第一次入植でフェーズが1にならなきゃだけど。真老様、これでどう動くか見るって言ってたから。あ、色々条件付けた日本は試すまでもなく駄目ってことな。ロビンもノーマンも、母国が無理やり船強奪とか星乗っ取りとかやらかしたら間違いなくフェーズ5行きだって事で、内心びくびくものだろうな。外国人社員はそこが大変だよな』

『そしたらロビン首なの? 監督官になれるほどなのに?』

『クビ。一応、同業他社の紹介まで面倒みるけど。フェーズ5に対しては真老様めちゃくちゃ厳しいから』

 この書き込みは、瞬く間にコピペされて広まった。
 それは、説明会一日目に物資申込書を配られて加速した。
 オフ会が何度も開かれ、ロビンの元に質問が殺到する。
 ロビンはその能力を遺憾なく発揮し、取りまとめていった。
 出発が迫ったある日、ロビンの元に面会人が訪れた。

「これはこれは、防衛大臣殿ではないですか! 第一次入植者枠に軍人を半分ほど用意するとかで、ありがとうございます。ミスター真老は捨て石と切り捨ててましたが、内心心配だったんですよ。猛獣に襲われたりしたら、もう……。当然、移住先では優遇させてもらいますよ」

「ミスター真老はまだお若いからな。ロビン博士。貴方も、お守りに苦労してらっしゃるでしょう。もう、悩まれる心配はありません」

「……どういう事だ」

「貴方は、NASAでも有数の科学者だったはずだ。それが事務員など、才能の損失だと思いませんか。貴方なら、ゲート知識に接触できるはずです。……そういえば、お母上は元気かな?」

 ロビンは、がっくりと項垂れた。

「……ざけるな」

「なんですと?」

「ふざけるなぁぁぁ! 惑星一個で何が不満なんだ何が! フェーズ3で済むか? 無理か? フェーズ4だと監督官から外されてしまう……!」

「貴方ならわかるでしょう。ゲート知識さえあれば、いくつもの惑星を……」

「よし、こうしよう。アメリカにはとびきり譲歩をしましょう。だから、今言った事は無かった。いいですね? 惑星なんていくつも手に入る。差し上げましょう。だから、技術情報を真老様から奪うなんて必要はない。この交渉は無かった。ほんの少し、欲が出てしまっただけ。いいですね?」

「ロビン博士。悔しくはないのですか? NASAは常に先を行っていなくては……」

「悔しかったさ! 今までずっとな! 俺は小さい頃から宇宙飛行士に憧れて来て、でもそれほど強靭な肉体じゃなくて、宇宙飛行士にはなれなくて。ずっと宇宙船を作って来た。そこに現れたのがミスター真老だ。ミスター真老の話す惑星開拓に惹かれて、私は思い切って移籍した。でもな、そこでミスター真老に気にいられて出世するにはどうすればいいと思う? ミスター真老は女になびかず、金になびかず、食事を人と食べる事をせず、ジョークをたしなまず、ミスター真老を笑わせるには有益な研究についてだけだ! 今まで作って来た宇宙船よりも遥かに凄い技術がそこにあるのに、外国人って理由だけで触れられない。誘惑に負けないか試された事だけは何度もあった! で、覚えるのは専門外のロボット技術だ。これを完璧に覚えないと折衝は出来ない。それだけじゃない。ミスター真老に会うたびに、その改良点を話して聞かせなきゃいけない。食事だってこの三年、ステーキを一度も食べていない。なんでかわかるか? 真老様が『科学者の食事』しか食されないからだ! 女を抱いていない、なんでかわかるか? 真老様が女で身を持ち崩す者を嫌っているからだ! 真老様の要求は多い、人を怒らせる事もよくある。それも真老様の顔を立てつつ、宥めなきゃいけない。真老様は命じてから行動するという事を許されない。命じる前にお膳立てを整えて、真老様の意思でやるかやらないか決める所まで常にセッティング出来ていないといけない。今まで生きてきた経験を、知識を、コネを、毎日のようにフルに使って、休みなんか無くて、いつ母国が真老様と火花を散らすか怯えて、外国人だから宇宙にいけないだろうかと悩んで……。それが、監督官だ。私が想像する事の出来る中で、最も誇り高い仕事だ! どんなに私が嬉しかったかわかるか!? 貴様、惑星開拓の仕事を舐めてるのか!? ああ、俺のステーキ! 三年間もステーキを食べてないんだぞ、この野郎! 俺のステーキ三年分を返せぇぇぇ!」

「落ち着きたまえ!」

 完全に錯乱して言い募るロビンを、大臣は宥める。

「私は監督官になるからな! 誰にも邪魔はさせない! 地獄に落ちようが、この仕事は誰にも渡さないぞ!」

 なおも錯乱して、ロビンは大臣に掴みかかる。しかし大臣は強かった。ロビンに手をあげようとする。

「やめたまえ。それはうちの社員だ」

 大臣の手が止まる。応接間のテレビモニタに、真老が映っていた。
 ロビンは青ざめた。

「ミスター真老……」

「安心したまえ。今更監督官から外すつもりはない。例えアメリカのフェーズが5になってもな。これより、アメリカはフェーズ2に移動する。ただ、ロビン。すまないが、ロビンに渡す予定の宇宙船は保留にさせてもらう。君に問題はなくても、君の乗組員に問題があるようだ」

「宇宙飛行士の夢が……! ロビン号が……! 惑星を飛び回る夢が……!」

 ロビンががっくりと肩を落とす。

「ゲート技術は、惑星は、二十にもならん若造に預けていい代物ではない!」

「預ける? 開発したのは君ではなく私だと思ったが。それに、人の物を横取りしようとするような人間には、絶対にゲート技術は渡せんよ。まあ、そちらの出方はわかった。ゲート情報を力ずくで奪う。それがアメリカの意思なのだね?」

「そうだ! 絶対に手に入れてやる!」

「貴方は何を言っているのですか」

 震える声がして、大臣は真老の後ろに視線をやった。蒼白な顔をした外務大臣だった。
 外務大臣は、フェーズを上げない様に圧力を掛ける事に苦心していた最中だった。その甲斐あって、外務大臣は多くの技術を得る事に成功していた。
 今回も、某掲示板の書き込みを見て、噂の裏を取り、宇宙船のレンタルまではしてみせると、意気込んで乗り込んできていたのである。
 宇宙船のレンタルは出来なかったが、喜ばしい事にドイツ用ではなくロビン用だった。
 非常時の為の中型規模の船だったのである。
ロビンはアメリカの言う事を大体聞いてくれるから、アメリカの船も同じだ。むしろ経費が掛からなくていい。後は船の拡大、自由な運航とゲートの自由な行き来を交渉していた所だった。その結果、事前申請をすれば航行も可能と言う答えを得ていた。つまり、目標達成間近であった。
 どの道、惑星一つ開発するのに途方もない時間が掛かる。途方もなく広い宇宙の探索に出るのは、それから……つまり、ゲート技術は数十年後で良かったし、それだけあれば自前で開発するなり、共同開発に持ちこむなりいくらでも出来た。首にされると血相を変えてロビンが相談してくるまで、フェーズの事を知らず、0から1にしてしまったのは大きな失敗だったが、迅速に動いたおかげでフェーズ1に抑えられた。そしてフェーズ0なら未特許技術の共同開発、フェーズ1なら未特許技術公開を求められる事を知って、有効活用して来た。アメリカはドイツよりフェーズが高いが、ドイツよりもずっと惑星研究所から技術を得ていた。そして、大臣はその事に自負をしていた。特S級機密である事と、真老の気質を知ってなお、自分の腕なら、十年でブラックボックス貸与、二十年で技術公開だなと思っていた。真老はそれなりに老獪だが所詮学者。ちょろいもんよと思っていた。それがフェーズ2。特許技術の共同開発レベルである。惑星開発の主導権譲渡も、無くなってしまうだろう。

「私はたった今、正規の方法でアメリカに技術を渡すよう交渉して、まずまずの成果を得ていた所だったのですがね。もちろんこの事は、大統領にしっかりと報告させてもらいます」

 外務大臣の後ろに、青白い炎が燃え盛っていた。
 錯乱していたはずのロビンが怯える。
 最後に、真老が話を逸らすように言った。

「ああ、ロビン。ステーキが食べたいなら食べたまえ。食生活の我慢は体に毒だ」

 結局、防衛大臣が錯乱していたという事になり、フェーズは1のまま据え置きになったのだった。



[15221] そして科学者は笑う 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/26 21:01



 遠山博は孤児で、オタクだった。取り柄もなく、友達もなく、ゲームと漫画だけが友達。
 そんなある日、テレビで真老の事を知った。自分とは大違いの天才。
 そして、サイトを見つけた。ロボットの寄付金を募るサイト。
 遠山博は、なけなしの一万円を寄付した。そうする事で、もしも真老がロボットを完成させたら、ささやかな自慢をするのだ。
 些細な妄想だった。
 その妄想は、あっという間に現実になった。
 まず、訓練装置。次に、ロボット本体。
 その後も、ロボット展覧会など、真老の世界はどんどん広がって言った。
 博は貧乏だったし、領収書には高値がついたが、彼は決してそれを売らなかった。
 そして、転機は訪れる。惑星開拓だ。毎日サイトに寄っていた博は、どうにか情報を見逃さずに済んだ。
 領収書を握りしめ、指定された公園に行く。

「生き延びるだけの簡単なお仕事……」

 説明を聞き、博はふらりとエルウィンの列に並び、申込用紙を手に取った。

「お待ちしていますよ、スポンサー」

 エルウィンに直接言葉を掛けられ、博は言葉を失う。ただただ、何度も頷いた。
 その日のうちに、郵送する。すぐに、健康診断の案内と身元調査が入った。
 そうして、届いた切符。それは博の写真がはりつけられた、領収書のように小さな切符だった。恋人も審査が通れば可、と書いてあった。
 それを追う様に日本政府から支度金が振り込まれる。
 遠山博は、しばし考えた後、のったりと辞表を書きだした。
 そして、翌日職場に提出する。

「辞表!? なんでやめるんだ。お前に行くあてなんてないだろう」

 博は、ぼそぼそと答える。

「ボランティアで、働きに行くんで……」

「ボランティア!?」

 博は、切符を出した。

「惑星開拓ぅ!? なんだそりゃ。騙されてるんじゃないか?」

 そこで、若い職員がガタッと立ちあがる。

「うそ! 遠山さん、エデンに行くんですか!」

「受かったから……」

「ありえねぇぇぇ! めちゃくちゃ危険って聞いてますよ? 大丈夫なんですか!?」

「多分。ロボいるし、風邪は引かない方だし」

 嘘だった。遠山は季節の変わり目に必ず風邪を引いた。

「何、何? どういう事?」

「惑星研究所が、惑星エデンへのゲートを開発したんスよ。それで、開拓者を募集してるんス」

「全然分かんない。他の星へ移住するって事? まさかぁ。ニュースでやって無いじゃん!」

「海外ニュースを見れば毎日やってるっすよ。ほら、自衛隊のレスキューロボを開発した会社です」

 博が話題の中心になる事など、初めてだった。

「でも遠山さん、準備資金あるんですか?」

「日本政府から支度金を貰った。それでサバイバルの本とか、携帯ゲーム機とか、買う」

「駄目駄目! 携帯ゲーム機なんて買ってる余裕ないでしょ。本当に大丈夫っすか、遠山さん」

「俺みたいのいっぱいいるし……説明会とオフ会出ながら選ぶから、大丈夫」

「えー……。本当かなぁ。頑張って下さいよ。写真、送ってください」

 遠山はこくりと頷き、職場を出た。そして、町で一番大きな本屋に行って、店員に聞く。

「惑星開拓のノウハウ本ってどこですか」

「はぁ? ありませんよ、そんなの」

 男の店員がうざったそうに答える。
 そこで博は腕を引かれた。年のいった、知的な男だった。

「貴方も移住者ですか? 一次? 二次?」

「一次、です」

「いいなぁ、私は二次なんですよ! 神楽さんが優秀な医師を一次にするのは好ましくないって、一次に応募してたのに二次になってしまって。一緒に応募した後輩はまんまと一次になったんですよ。悔しいやら羨ましいやら……失礼、惑星開拓のノウハウ本ですね。こちらのサバイバル本なんていいんじゃないかな。もしかして、寄付組ですか?」

「ええ、まあ」

「素晴らしい! それじゃ、予定はまだ決まっていないと? 私の研究を手伝ってもらえはしませんか? いろんな食べられそうな物を私の所に持ってきて、成分検査の後に食べるお仕事です。大丈夫、まずマウスで試しますから、即死はないと思います」

「別に、構いませんが……」

 男は、博の手を勢い良く振る。

「いや、ありがとう、ありがとう! 私は本当に運が言い! 私は坂峰透です。どうぞよろしく。全面的にサポートさせてもらいますよ! あ、食料の成分調査を坂峰透に申し込みますと明後日配られる申込書に忘れず記入してくださいね。これ、名刺です」

 そして博と透は名刺交換をした。
 博は本屋からの帰り道、考える。医師の知り合いが出来るなんて初めての経験だ。もしかして、自分も、何か別のものに変われるのだろうか。ちっぽけな自分から、何かとてつもない自分へと。
 その翌々日、博が時間に余裕を持って開拓説明会に行くと、そのビルには人だかりが出来ていた。
 人々が、それぞれ違うチラシを配っている。

「研究にご協力お願いしまーす!」

「恋人枠持ってる方、お願いですから連れて行って下さい」

 透の手にもチラシが配られる。
 それで、博は理解した。
 坂峰と同じだ。二次入植者は自ら動けないから、自分の手足となって動いてくれる一次入植者を探しているのだ。
 博は、ビルの中に入った。周りの人間には明確に2グループあって、何か目的をもって自信たっぷりに歩いている人と、それを不安そうに見て、辺りをきょろきょろ見回す、博のような人間だった。

「おや、貴方も一次に! 二次にいるとばかり思っていましたよ」

 スーツを着た男性が、同じくスーツ姿の男性に話しかける。

「考え直すように打診は来ましたがね、熱意を話したらわかってもらえましたよ。いや、幸い私は二流ですからね。一部の者のように、神楽社長に二次に締め出されはしませんでした」

「当然ですな。せっかくエデンに行って、降りれないなど考えられません。しかし、一発で一次に入れる裏技があるのですよ。ご存知ですか?」

「なんと! それは一体?」

「恋人枠、親子枠は一流科学者でも許可が下りるのですよ。家族がエデンに行くのなら、仕方ないですからな。独身者もいっぱい選ばれているから、皆さん恋人枠を手に入れようと躍起になってます」

「ははぁ……」

 それを聞いて、博はなるほどと頷いた。そういえば、チラシはぱっとしない者に多く配られていた。
 会議室に入り、博は隅の席に座った。
 しばらくして開始時間が訪れると、博は目を疑った。真老が、わざわざ説明会に出ていたのだ。

「ここにいるのは全員、寄付枠となる。皆、我が社への協力に感謝をする。さて、開拓を行うに当たって、エデンでは日本とは違う法律を適用する。法律以外にも、あまりやらかすと、他国の軍に抹殺されかねん。気をつけるように」

 そう言って、紙を配る。紙に書いてあったのは、簡単なルールだった。
 盗みは駄目、乱暴は駄目、危険物の報告は必須。ロビン監督官の言う事は聞きましょう。出来るだけ助けあいましょう。

「簡単なルールで安心したかね? しかし、極限状態ではそれが難しい。肝に銘じて置きたまえ」

 ざわざわと会場がざわめく。専門家は難しい顔で頷いたし、全くの寄付組は戸惑った。

「それと諸君にいくつかアドバイスがある。寄付経由の諸君は、唯一のフリーだ。各国、各企業の特別枠保持者は無論任務を抱えているし、ハローワーク経由の者も、報酬と引き換えにロビンから任務を受けているからね。人出が限られている中、諸君の手を借りたいと思う専門家は大勢いる。恋人枠を使いたいと思う者も大勢いる。諸君は、強く求められる事になるだろう。しかし、忘れないでほしい。諸君は、王様でもないし、奴隷でもない。恋人枠を盾に無理を言えばそれは、潜在的な敵を作るという事だ。その相手だけではない。その者がそう言った事をしたという事実はどこからか必ず漏れる。そうすれば諸君を信頼する者はいなくなるだろう。また、強硬にリーダーシップを取ろうとする者も、必ずいる。しかし、諸君の上司は本来、ロビンただ一人だし、諸君は他者を危険にさらさない範囲での自由行動を認められている。諸君に私が求める事は、生きる事だけだ。ただし、手柄を立てる事もまた、諸君の権利だ。二次入植者には高度な機械の持ち込みを許可しているし、諸君の要望で二次入植者の職種を増やしてもいい。ロボのバックアップもある。二次入植者とチームを組んでもいいだろう。必要だと思うものは何でも、申込用紙に書いてみたまえ。求めるなら、最善を尽くそう。求めなくば、何もなく……食糧すらなく船外に放り出される事になるぞ」

 その言葉に、一旦静まったざわめきは大きくなった。博も驚いていた。それでは、何の知識も持たない博は確実に野垂れ死にだ。食料だけあればいいというはずはないし、食料だってどれくらい用意すればいいのかわからないのだから。

「十分な事前準備があれば、諸君が歴史に名を残す事は十分に可能だ。例え諸君が今、何も資格を持っていないとしてもな。最後に、専門家のバックアップを全く持たない君達だから、私が考える惑星開拓の必要最低限の物を書いた申込用紙の見本を配ろう。参考にしたまえ」

 それに目を通して、博は不安に思った。飲み物や薬、器具類や事細かな二次入植者への要望、数々のロボットの協力要請は、ここまで必要なのかと思えるぐらいだったし、意味のわからないものも多かったのでそのまま書いた。食料の成分調査は坂峰に頼みますとも書いた。ただ、一点に目を止めて、博は笑った。「科学者の食事」二年分。目につく食料品はこれだけである。真老の「科学者の食事」好きは有名だったが、これほどとは。
 博はそれもそのまま書き写し、欲しい食べ物の名前を書き連ねていった。

「真老社長! 何考えているんですか、これは社外秘の製品じゃないですか!」

 スーツ姿の男が叫ぶ。男は惑星研究所の社員だった。基本的に惑星研究所のメンバーは第二次、第三次入植者には簡単になれるが、一次入植者は難しい。大切な社員なのだから、当然である。そこで辞表を叩きつけ、寄付枠で無理やり第一次入植者として入った男である。

「ああ、決定したのは君が辞めた後だからな。明日サイトを更新するが、各企業から惑星開拓者への物資の提供があるのだ。レスキューロボは五体までだから、こちらで人選させてもらうがな。連絡は以上。サイトを注視したまえ」

「レスキューロボまで……!」

 博は、速攻でエルウィン、アレックス、半蔵と書いた。
 真老が帰り、早速一人が声を上げた。

「私は植物学者です。私の手伝いをしてくれませんか?」

「俺、なんも知識ないけど、農場作ろうと思ってる。同じように何も知識が無い奴集まれ―」

「向こうで一緒に行動してくれる人いませんかー?」

 博は、人との交流が苦手だったため、鞄を抱え、足早にビルを出た。
 ビルを出ようとした博を、そばかすの女の子が捕まえる。可愛い服装だったが、全く着こなせていない。お洒落になれていない事がうかがえた。

「あ、あの! 恋人枠、空いてますか!?」

「あ、空いてるけど……」

「お願いします! 私、赤城小枝子です。動物学者なんです。どうしてもどうしてもエデンに行きたいんです! あたしを恋人にして下さい! なんでも、何でもしますから……!」

「い、いいけど……。別に、何もしてくれなくていいし……」

 勢いに押されて、言ってしまったのが運のつき。

「嘘、本当!? ありがとうございます! 早速申請しましょう。今すぐ行きましょう!」

 赤城に惑星研究所まで引っ張られ、博は登録をさせられた。

「ああ、赤城博士じゃないですか。本当にいいんですか? 博士なら、三次で入れるって真老様言ってらっしゃいますよ?」

「めぼしい生き物は皆研究し終わった後にね! ライバルたちは皆一次枠に滑りこんでるのよ。あたしだけ留守番? そんなのはごめんよ。命がけの仕事? 上等じゃない!」

「気持ちはよくわかりますよ。はい、切符と申込用紙」

「ありがとう!」

 赤城は勝ち誇った笑顔を見せる。赤城は決して美人ではなかったが、その笑みを美しいと博は感じた。

「あ、あの。これ。真老様の申し込み書の見本」

 しかし、連絡先を聞けないのが博である。博はぼそぼそと呟いて、見本だけ渡してそこを出た。
 後日、真老が書いた見本とハローワーク組が渡された物資リストは広くネットで広まる事になる。



[15221] そして科学者は笑う 8話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/30 19:25



 博は、家に帰って早速ネットを見た。
 サイトは既に更新されており、多くの商品が載せられていた。
 そういえば、写真を取ってほしいと言われていた。
 博は、カメラの名を申込用紙に書く。
 色々見て回っている内に、すっかり夜になってしまった。
そこで電話が鳴った。電話番号に見覚えはないが、とにかく出てみる。

「もしもし、坂峰です。今話せますか?」

「話せますけど……」

「今日、二次入植者の会があって、開拓の手順が公開されたんです。その後オフ会になだれ込んで、こんな時間になってしまって。それで、回収前に一度打ち合わせをしたいんですが、いいですか?」

「はぁ……」

「良かった。明日なんてどうです? 上手い飯、奢りますよ」

 告げられたレストランの名前は、高級なものだった。

「俺、マナ―なんて知りませんけど」

「奥の席を頼むから問題ないです。私もノート使ったりするし。地球を離れる前に、やりたい事、皆やっておいた方がいいですよ。もう戻れないんですから。あ、ノート持ってきて下さいね」

「はぁ……。ありがとうございます」

 博は電話を切って、サバイバルの本を見ながら眠りに落ちた。
 翌日、博は恐竜に追いかけられる夢を見て飛び起きた。風呂に入って、身支度を整え、ノートを鞄に入れて出かける。
 レストランの前で待っていると、坂峰が駆けてきた。坂峰は、目にはっきりとクマを作っていた。

「遠山さん! いや、昨日は結局寝ないで過ごしちゃいましたよ。話してくれてもいいじゃないですか、寄付型入植者には真老様特製の備品リストが配られるって。シュミレーションしなおしたらこんな時間になってしまいました」

「はぁ……」

「さ、入りましょう」

 食事はとても美味しかったが、純粋に楽しめなかった。

「これ、全部目を通して下さいね。後、最初に書いておいたリストを申込書に書いといて下さい」

 そういって渡されたノート、十冊。サバイバルの本より分厚かった。

「いや、競争率が高くてね。結局、遠山さん以外では協力者が見つからなかったんですよ。ま、私は遠山さんがいるから、まだマシな方なんですけどね。あ、この肉、どんな味ですか?」

「えーと、美味しいです」

「駄目ですよ。肉汁がたっぷりあるとか、肉厚が凄いとか、柔らかいとか、色々あるでしょう? これから毎日色んな食事ご馳走しますから、全部の食材の味とレポート方法覚えて下さい」

「えっと……」

「お願いします」

 坂峰さんは、深々と頭を下げる。医師に頭を下げられると、博風情は何も言えなくなる。
 まあ、タダで色々食えるのだし、と博は自分を納得させた。
 食事が終わって別れると、博はゲームセンターに行ってレスキューロボのシュミレーションゲームを財布のお金全部使って楽しんだ。人を選ぶと言っていたから、博がレスキューロボを得られるとは思わない。しかし、夢を見るだけなら自由である。どうせもう戻って来ないのだし、ならば地球のお金など、意味は無いではないか? そうだ、アパートも引き払わなくては。
 それから一週間、博がレポート作成に慣れ、レスキューロボの操作方法も上手くなってきた頃。
 二回目の会合が開かれた。この日は恋人枠の締切日でもある。人数は無論、大分増えていた。そして、分厚いテキストが配られる。

「第一回開拓手順案だ。目を通しておくように」

 真老からの言葉はそれだけだった。
ぱらっとテキストを見るが、それは坂峰に既に教えてもらっていたものだった。
 そして博は申込用紙を提出する。
 その頃には、既に皆グループになっていた。未だに一人なのは博も含めた数人程。
 赤城が周囲を見回しているのを見て、博はなんとなく気後れして、逃げるように退出した。女の子と話すのは苦手だった。
 そして、二週間後。結果と第二次開拓案が配布された。二次入植者に、漫画家や音楽家、肉屋などが増えていた。

「申請及び持ちこみが許された物資は以上だ。それとは別に、常識的範囲の手荷物を持ってきても構わない。ただし、新たな生物の持ち込みは許されない。手荷物は出発一週間前には惑星研究所に送っておくように。二週間後、立食パーティを行い、その後そのまま宇宙船に乗りこむ」

 博は頷いた。
 荷物をせっせと整理し、一週間前には財布と着ている服、着替えが二着ばかりの状態となる。
 漫画喫茶で残りの一週間を過ごし、博はパーティに出席した。
 

 じゅうじゅうとなる肉。ナイフがすっと入り、肉汁がじわっと広がる。
 それを思い切り噛みしめ、ロビンは至福に包まれた。

「ステーキ……夢にまでみたステーキ……」

「満足かね。ああいい、聞かないでもわかる。しかし、後十分たったら重い腰をあげて監督官として働きたまえ」

 一通りの要人の演説が終わり、立食会が始まっていた。
 本当はロビンも、監督官としてあちこちの要人に挨拶せねばならない身だったりする。
 真老はいつも通り「科学者の食事」だ。

「三田くん、君は本当によくやった。データを見た限りでは、パーフェクトだ。研究所に帰り、家族とゆっくり羽を休めてくれたまえ」

「有難き幸せ……。しかし、人恋しくて大変でした」

「初めの頃はそうだろうね。さあ、もっと食べたまえ」

 真老の横をノーマンとアビゲイルが固めていた。ロビンの代わりに、真老の交渉を補佐するのだ。
 早速、要人がやってくる。

「ミスター真老! ゲート航行宇宙船ですが、ブラックボックスでいいからドイツにお譲り頂きたい」

 ドイツのリーダーの、思い切った要求に、注目が集まる。

「ふむ? まあ、確かにちょうど今、一台宙に浮いてはいるのだがね。アレに関しては本当に機密なのだ。何しろ、エデンは僻地だから何かあっても助けを求める事は出来ん。万一にでも、テロリストの侵入を許すわけにはいかんのだ」

「もちろん、厳重な管理をするとお約束します。そちらの社員のノーマンが操縦するという形でもいい」

「アメリカも同じ事を言っていたが、ゲート技術は奪う気満々だったがね。ノーマン。君はどうかね。運転は出来るかね?」

「は、人並みに」

「私、出来ますわ! ドイツは移民が多いですけど、中にはフェーズ5の人もいるとか。入植枠の中にですわよ! それを信頼するというのは些か難しいですわ。あの宇宙船は緊急用。真老様、もしもの時に備える軍人を探しておられるのでしょう。ならば、イギリスの軍人は精鋭で……」

「アビゲイル」

 アビゲイルがはきはきと答えるのを、真老が遮った。

「君がドイツへの警告を握りつぶした事も、アメリカ防衛大臣を煽った事も知っているよ。後者はいいが、前者は些か許し難い」

「申し訳ありません……」

 アビゲイルは途端に小さくなって謝罪した。

「フェーズ5、ですか。しかし、移民をした以上、皆、ドイツ国民です。差別をするわけにはいきません」

 ドイツのリーダーが言う。真老はそれに頷いた。

「そうだな。フェーズ5の人間が問題を起こさなければ、な。全く、誰もかれも、そんなにも一次入植者になりたいのかね? 外部からの恫喝はまだいいが、我が惑星研究所でも、枠の取り合いで足の引っ張り合いが起きて困るよ。アビゲイルがそうだし、辞表を出した者までいてね」

「それは、なりたいでしょう。当然のことです。フェーズ5の国家はさぞ無念でしょう。一大事業なのだし、惑星は途方もなく大きい。今回の事業への参加はお許しになったらいかがですか?」

「私は、そう簡単にフェーズ5にはしないのだよ。何度も警告を発して来た。惑星開発計画に参加させないぞ、と。それを鼻で笑って踏みにじって来た者達だよ。散々特許を盗み、小馬鹿にし、こちらを舐め切って、今回も招待されて当然、少し脅せば言う事を聞くと考える者達、隙あらば我が社員を浚おうとする輩だ。まあ、最近は少し焦っているようだがね」

「既に圧力を?」

「まあね。しかし、先ほども言ったが、エデンにテロリストを入れるわけにはいかんのだ。この二カ月、各国の枠の人間の身元調査に忙しくてね。さすがに危険人物と判断されたら、宇宙船に載せる事は出来ないからね。本来はフェーズ5の人間もそういう扱いをする所だったのだが……」

 真老は軽くアビゲイルを睨み、アビゲイルは小さくなった。

「アビゲイル、君が自分の出世と惑星開拓自体の成功を天秤にかけられるとは思いもしなかったよ。今回は目を瞑るが、次はそうはいかないよ。ノーマン、君も防げなかったのかね。母国のフェーズが上がれば出世の道は閉ざされるのだぞ。私は君達のどちらかに次の監督官を頼むかもしれないと入ったが、両方不適格なら外部から探す」

「申し訳ありません……」

「は。申し訳ありません」

 真老はため息をついた。これだから、ノーマンとアビゲイルでは不安があるのだ。腹心の部下として使うにも、監督官として出向させるにも。やはり右腕として、監督官としてロビン以上の適任者はいない。

「しかし、人格的に優れた者ばかりを選んでいます。問題はありません」

「そうだといいがね。警告がいかなかったのだから今回は受け入れるし、ドイツのフェーズは据え置くが、次の航行ではフェーズ5の人間は許さない。他の国はそうしてもらっているし、フェーズ5まで行くにはそれなりに理由があるのだ。それと、今回の入植者に限ってフェーズ2の扱いをさせてもらうよ。トップに関しては今まで通りフェーズ0で対応するが、その情報の流れは見させてもらう。まあ、宇宙船についてはひとまず私の指揮下に置こう。では、私はこれで」

 フェーズ2。重要な情報は渡さないという事である。一足飛びのそれに、ドイツのリーダーは息を飲んだ。
そして真老は、次の要人と話に向かった。

「日本のフェーズ3は些か高すぎませんか?」

「最近はフェーズ3でも低すぎるのではと思っているよ。そちらには散々注意が言ったのに、フェーズ5の人間、それも要注意人物をねじ込みおって。乗組員の公募すらしなかったな。選定基準もめちゃくちゃだ。わいろで決めたろう、わいろで。今日、30人程乗船拒否させてもらうぞ」

「めちゃくちゃだ!」

「めちゃくちゃなのは君だ。日本は限りなくフェーズ4に近い3だ。4になったら政府枠作らないから、肝に銘じて置きたまえ」

「やあやあやあ、本日は誠にめでたい。ところで、三十人も空いたら席が開きますね。アメリカはいつでも三十人を投入できます」

「外務大臣。それは我が社も同じだ。今回の増員の補充は……」

「まあまあ、真老さん。惑星開拓にはNASAの協力が必要不可欠でしょう?」

 アメリカの外務大臣は、巧みに圧力を掛けながら譲歩を引きずり出して行く。
 その技術はさすが外務大臣と言えた。
 ロビンが横にいないと、いまいち劣勢になってしまう。
 真老がロビンを見ると、まだステーキをほおばっていた。
 そんな真老の様子を見て、外務大臣は隙を見つけたりと攻勢を掛けていく。
 そこにロシアの人間もやって来た。

「十人はロシアから出す。いいね」

 はっきりきっぱり言われたそれに、真老は苦笑した。

「まあ、その強引さは嫌いではないよ。十人ずつ、ただし身元調査がすぐに済む者だ。いいね」

 しばらくすると、ロビンもステーキを食べ終わり、交渉の輪に入る。
 さすがにロビンは交渉が巧みで、笑顔で交渉を巻き返し、真老が見返りなしで結んだ協定に寄付や向こうでの活動などの条件を次々とつけていく。
 その頃博は、一人黙々と食事を食べていた。
 そこに、坂峰と赤城が歩み寄る。

「やっと見つけた! えっと、あの時はすみません。名前も聞かずに。困った事があったら、なんでも言って下さい。私が出来る事だったら、出来る限りの便宜を図りますから。名前、聞いてもいいですか?」

「遠山、博です」

「遠山さん、よろしくお願いします。あの、向こうでも会ってくれますか? 普通の人の視点の話も聞きたいですし」

「別に、いいですけど……」

「遠山さん、この人と調査契約を交わしたんじゃないでしょうね? 天才動物学者で有名な赤城博士じゃないですか」

「別に、恋人枠に入りたいって言うから入れただけで……」

「ならいいのですが……」

「修羅場かね」

 唐突に横から入った声に、二人はばっと、博はのたのたと振りむいた。

「神楽社長! 酷いですよ、一次から締め出しなんて」

「そうですよ、恋人枠で入れたからいいものの……」

 赤城と坂峰は立て続けに文句を言う。

「もしも君らが死んだら、それは世界の損失だ。躊躇するのは当たり前だと思わんかね」

「世界なんて、知った事じゃありませんよ」

「そうですよ。研究が第一です」

 真老は肩を竦めた。しかし、研究の為に命の危険を冒す気持ちはよくわかったので、話はそこまでにして、遠山に視線を移した。

「遠山くん、握手させてくれたまえ」

 遠山は急いで手を服になすりつけ、どぎまぎしながら握手をした。

「当然のことだが、我が研究所は、君に非常に注目している。君の活動こそ、我が研究所が望んだ事だ。それで、君に頼みがあるのだが」

「は、はい」

「君には活動報告をお願いしたいのだが、いいかね? 何、毎日日記を書いて写真を取り、送ってくれるだけでいい。基本的な記録はロボットがしてくれるからね。我が社のサイトの、メインコンテンツとなる話も出ている。頑張ってくれたまえ」

「俺、日記書いた事ないけど……」

「心配する必要はないよ、向こうでは色々君に手助けを頼む事もあると思うが、お願い出来るかい?」

 ロビンが安心させるような笑顔で言った。遠山は、外人に気後れして、でも真老との接点を失いたくなくて、遠山なりの玉虫色の回答をした。

「あの、坂峰さんの仕事を邪魔しない範囲でなら」

 半端な断り方に、しかし真老とロビンは満足そうに頷いた。それに勇気づけられ、遠山はぼそぼそと訴えた。

「あの。写真、取っていいですか」

「構わんよ。すぐにサイトに載せよう」

「ありがとうございます」

 坂峰医師、赤城博士、神楽真老、ロビン・ケートス、層々たるメンバーに囲まれて写真に写っていたのは、冴えない、無名の男だった。
 出発前に写されたこの写真は、出発直後の地球の話題をさらう事になる。
 写真を取って、真老達が参加者を激励して回る。
 それが終わると、続々と切符の番号が呼ばれ、一人一人乗船して行った。

「百二十五番、飯塚咲様ですね。生年月日と一番好きな色を教えてください」

「え……? あ、私、度忘れしちゃって……」

「では、右へ。歯のデータを照合して、ご本人様かどうか確かめますので」

「わ、私、飯塚咲です! 本人です! 質問されるなんて聞いてない! 歯のデータって、プライバシーの保護が……」

「はいはい。警察来てるんで、本人じゃなかったら本人がどこにいるかしっかり聞かせてもらう事になりますよ」

「次、百二十六番」

 整形して、あるいはそのままで入れ替わっている者が何人かいた。
 すったもんだのあげく、乗船が終わり、船は出発する。
 ゲートには既に警備員が配置してあり、宇宙上でまず開通式を行った。
 三田が持ってきたデータを元に、より詳しい着地地点と散開の仕方を専門家たちは議論するが、当然ながら一次寄付組には関係なかった。
 そもそも、寄付組は柔らかいマットとベルトと捕まり紐を用意した即席の大部屋(元は食堂らしい)に雑魚寝である。電気節約の為、重力装置も切ってあったので、寄付組は荷物をしっかりと抱えて浮いていなくてはならなかった。大気圏離脱の時は死ぬかと思った。

「なあ、お前、どうして真老様に直接期待のお言葉頂いていたの? 向こうで何すんの?」

 高校生ぐらいの少年に聞かれ、赤城もこくこくと頷いた。

「私も気になります。坂峰さんの研究協力をするみたいだけど、二次入植者と協力するのは皆同じだし。坂峰さんを褒めてるわけではなかったし」

「坂峰さんに成分調査してもらった物を、食べます」

「食べるの!? 危ないんじゃね?」

「危ないですよ! 死ぬかもしれないんですよ!?」

「はぁ……。でも、マウスで実験してからって話だし」

 少年と赤城はため息をついた。

「そっかぁ……。でも、俺らに求められてんのって、そんな感じなんだろな。うーわー。めっちゃ捨て石くせー」

「確かに、大切な仕事です。こういっては失礼だけど、遠山さんみたいな一般人を神楽社長がお褒めになった理由がわかります」

「別に、真老様初めから捨て石って言ってるし……。それと、赤城さん、敬語いりませんよ」

「そうだけどさぁ」

「うーん、私、ちょっと遠山の事舐めてたわ。これからは一緒の専門家として、仲良くしてくれない?」

 女の子に初めて仲良くして欲しいと言われ、博はどぎまぎと頷いた。
 その時、モニタにエデンが映り、一次入植者たちは歓声を上げた。

「間もなく着陸する。着陸地点はここだ。全員ベルトを閉めてくれ」

 河の近くの、平地。近くには森もある。その超拡大画面に確かに小さな動く者が映り、赤城は目を皿のようにした。
 皆がいそいそとベルトを閉め、荷物を固定し、衝撃に備える。
 着陸すると、またモニタがつき、緊張した顔のロビンがアメリカと社の旗を持って外に出る様子が映し出された。宇宙服は、来ていない。ロビンは息苦しそうにしていたが、じき慣れたようで、旗を突き立て、演説をした。
 宇宙船内で様子を見ていた真老が、ガタッと立ちあがった。

「やりおった、ロビンの馬鹿が……! リーダーが危険な場所に行ってどうする!」

 次に、各国代表が降り立ち、旗を立てていく。
 その後、ロボットが散開し、軍が展開。
 さしあたり危険が無いのを確認して、荷物を運び出しにかかった。
 そして、そろそろと各国選抜枠、企業枠、ハローワーク枠、そして最後に寄付組が降り立つ。
 赤城は弓で引き絞られた矢のように飛び出して、動物を探しに行った。
 その他の学者も同じだ。
 その後を、慌ててロボットが追いかけていく。

「さて、荷物降ろしの手伝いもせずに出て行った薄情者がいるが、もう僕達は宇宙船の隔離エリアまでしか戻れない。宇宙船の大半は明日の朝地球へと戻るし、病原菌を持っている可能性があるからね。最優先は、荷物を降ろして、今日寝る家を立てる事だ。これは枠の区別なく、全員が手伝ってもらうよ」

 開拓手順にも書いてあったことだ。博は頷き、迷える羊のようにロビンにつき従った。

「ロビン監督官! 実際に降り立ってみた感想だが、この川とその周囲の様子から言って増水の心配はあまりなさそうだ。もう少し川に寄りたいのだが」

「よし、全員、家を建てるエリアを再度確認しよう。この惑星に一等キャンプ地が一つだけなんて事は無いんだから、喧嘩は無い用に頼むよ。キャンプ地の移動にも応じるが、早いとこ移動したい場所を決めてくれ。悪いが、寄付組のキャンプ地は僕が決めさせてもらう。移住する際は申請してくれ」

 ロビンが大きな上空写真を広げ、マジックの蓋を取った。
 各リーダーが、周囲の様子を見ながらああでもない、こうでもないと話しあう。
 ロビンはテキパキと采配し、難問を三十分で片づけた。
 大体の土地を決めてしまうと、ロビンは自分の管轄下のハローワーク組や寄付組に次々と家の場所を指示した。
 博の貰った土地はずいぶんと隅っこの方だった。土地は貰ったが、それから後がわからない。
 博はともかく、手荷物から引っ張り出した申込用紙の結果票を見つめた。この中に、資材があるはずだ。しかし、やっぱりわからない。その票の下の方に、ロボットを借りたい時は作業船のAIに申請するように書いてあったので、博は作業船の方に向かった。
 既に、各国の人間が長蛇の列を作っていた。
 一時間ほど並んで、ようやく博の番が来た。

「あの、エルウィンと、アレックスと、半蔵出して下さい」

「申請は受けています。外でお待ち下さい」

 ぼそぼそと言った言葉に、周囲の人間が一斉に冴えない男である博を凄い目で見た。

「ようやく到着ですか」

「このエデンで、俺はヒーローになる!」

「人がいっぱい……拙者、車になっているでござる」

 エルウィンが、しばらく周囲を見て博を見る。

「で、スポンサー。博と呼んでいいですか? これからどうします?」

「どうすればいいか、わかんなくて。家が建てたいんだけど」

 そして博は申込書を渡す。
 それを見て、エルウィンは頷いた。

「二次入植者に相談をすればいいんですよ。その為に万全なサポート体制を敷いているのですからね。全てのロボットは、二次入植者との通話装置を内蔵されています。ロボットの名前の後ろに二次入植者と通話、と付け加えればそのロボットの回線が開きます。困った時はなんでも相談すれば、最適な人へ回してくれます。まあ、今回は私が采配しましょう。土地はどこですか?」

 当然エルウィンは注目を受けていた為、それを多くの入植者が聞いた。
 途端に、ロボットを呼ぶ声と、二次入植者と通話、という声が満ちる。
 そしてエルウィンは、次々とロボットの貸与申請を出し、あっという間に資材を組み立てて家を建てた。

「運び出す必要のある荷物をリストアップしますから、持ってきて下さい」

 エルウィンに言われ、博はせっせと荷物を家に運ぶ。
 一息ついて思いだして、写真をパチリパチリと撮った。
 そして、報告用に貰ったパソコンに日記を入力し、送信する。
 家は、様々だった。各国は各国の技術を結集して簡易の家を立てていたし、企業は自社製品だったり、惑星研究所製の家だったりした。ハローワーク組は惑星研究所製のもので統一されており、寄付組はバラバラだった。テントもあるし、未だに途方に暮れている者もいる。ロビンはその者達を順番に回り、相談に乗っていった。
 家を建てた先から、炊き出しの準備が行われていく。
 博は炊き出しを共にする人間がいない。
「科学者の食事」を食べようかと考えたが、博が考えもなく頼んだ食料には賞味期限が近いものが多い。冷蔵庫が無いから尚更だ。悩んでいると、二人の外国人が駆けてきた。

『来たようだね。裏切り者が』

『裏切り者だなんて! どういう事なんだ、なんでエルウィンがここに?』

『むしろ私が貴方に聞きたい。私を置いて、私に無断でエデンに向かって、申込用紙に私の名前も書かず、貴方は本当に私のパートナーだったか非常に疑わしい』

『お……怒っているのか?』

『当然です。私の名を書いたのが博一人って、馬鹿にしてるんですか。そんなに私は役立たずですか』

『そんな事! そうだ、エルウィン。今からでも一緒に……』

『遅いですよバーカ!』

『お前も何しに来たんだよ、ジョージ。俺だって怒ってるんだぞ』

『アレックスを連れていけるなんて、思いもしなかったんだ! アレックスは俺の大事なパートナーだ、ほんとだ!』

『じゃあなんでドクターに要請しなかったんだよ! 一緒にあらゆる困難を乗り越えていこうってあれ、嘘だったんだと良くわかった』

 修羅場だった。

「遠山さん。俺ら、炊き出しするんだけど、一緒に食べねぇ? 俺ら、ロボットと一緒にご飯食べたいし。なんか食料提供してくれれば嬉しいけど。さすがに最初の食事からエデンの物食べたりはしないだろ?」

 宇宙船で話した、若い男だった。

「これ……」

 博は箱をずず、と押した。惑星研究所は、律儀に賞味期限別に箱を分けてくれていた。
 その箱は、かなり大きかった。初日で賞味期限がつきる箱、五箱。移動時間や積み込みの時間がある為、賞味期限の近い食品は到着時に既に賞味期限を迎えていた。さすがに、賞味期限を過ぎている者は無いが。賞味期限の事を忘れ、卵一年分とか書いちゃった博は無論馬鹿である。

「うわ、すげぇ! 肉とか卵とかあるじゃん!」

「冷蔵庫無いから、腐らない内に食べないと。この箱、今日賞味期限で」

 ぼそぼそと言うと、若い男は大声で言う。

「遠山さんが、今日賞味期限の食料全部分けてくれるってー! 卵あるよ、卵! それもいっぱい!」

「あの、俺、カップラーメンだから、卵欲しいんですが。いいですか?」

 正しく博のような男が寄ってくる。

「まさか食料全部カップラーメンじゃないよな? 水とか濾過装置持ってきてんの?」

 男は首を振った。

「しゃーないなー。真老様のリストにあったじゃん」

「そうなんですか? それは「科学者の食事」以外全部書き写しましたけど」

「じゃ、後で皆で組み立てようぜ。初日ぐらい体力つけるもの食べようよ。ご馳走するからさ」

 それを皮切りに、何人かが遠山の出した箱に寄ってくる。

「えー。うそー。お団子があるー。食べたいな―」

「別に、いいですけど」

 正直、その団子は博が食べたかったが、お団子を食べたいと言った女の子が可愛かったので博は告げた。

「本当? 遠山さん、ありがとっ」

 女の子は嬉しそうにお団子を持っていく。
 その後、博は念の為、自分の食べたいものを取り出した。更に念の為、赤城達学者の為におにぎりを何個も取り出す。
 ぶっちゃけ、賞味期限が近い物を持ってくるなどと言う暴挙は、博と宇宙船の冷蔵庫の使用を許されているロビンと真老の三人だけだった。
 そのロビンにしても、最初の数日間は精の付く物を食べた方がいいという真老の助言を得てのものだ。
 ロビンも、せっせと惑星研究所組やハローワーク組を指揮して炊き出しの準備をしていた。

『卵? 卵があるのか?』

「卵配ってるって本当ですか?」

 アメリカ人や日本人は、卵料理が好きである。
 灯りに吸い寄せられる虫のようにやって来た。中には、他国のチームの料理長や軍人もいる。

「今日、賞味期限なんで。食べないと、もったいないし」

 ぼそぼそと博が言い、箱を覗くと確かに大量の卵。これを一人で食べるのは絶対に無理だ。

「これは確かに大量ですね。一日くらい賞味期限過ぎても大丈夫でしょう。明日目玉焼きしたいんで、十ダースほど貰って言っていいですか?」

『スクランブルエッグが食べたい。これ、良い肉じゃないか!』

 彼らは目ざとく、博の隣の食料の山に目をつけた。

「それが今日食べる分?」

「あ、はい。赤城さん達、あ、僕の恋人枠で、着き次第森の中に行っちゃった人達の分、一応取っておこうと思って」

 ぼそぼそと博が言うと、料理長は手をすり合わせた。

「じゃあ、後全部いらないんだ。遠慮なく貰って行くよ。これとこれとこれと……おーい! 運ぶの手伝ってくれ!」

「ありがとう。もし赤城さん達とやらの食料が足りなかったらアメリカのキャンプ地に来るといい。余り物で良かったら分けてあげるよ」

「おい、一人でそんなに持っていくなよ。んー。さすがにトマトとかアボガドは無いか」

 イタリア系の男が箱の中身を漁って言った。

「持ってきてますけど……」

「持ってきてるのか!? ちょ、ちょっと貰って言っていいか?」

「あげるって言ったのは賞味期限が今日の物ですけど」

 すると、笑顔だった男がしゅんとする。一般人相手とはいえ、さすがにアボガドサラダの為に初日から問題を起こす事は出来ない。そして、博はそんなしゅんとした顔を前に押しきれるほど気が強くなかった。

「俺が食べる分、残してくれたらいいですけど」

 ぼそぼそと答えると、男はぱっと笑顔になり、博の気が変わらない内にとトマトとアボガドをいくつも抱え込んだ。

「ありがとう! パスタが欲しかったら、いつでも言ってくれ!」

 それを見た者達が、ぱっと箱についた内容物の紙を見る。

「さしみ!」

「「「さしみ!?」」」

 日本人の目の色が変わった。

「これの賞味期限はどう考えても今日だろう。なのに三日もあるじゃないか。ちょっと開けてみても?」

「別に、いいですけど……」

 箱の中身は水槽で、そこにぎゅうぎゅうに魚が詰め込んであった。

「俺、魚捌けないんだけど」

 途方に暮れた博の言葉に、日本人の料理長が良い笑顔で言った。

「どんな魚料理も作ってやる。その代り、三十匹ほど分けてくれ」

 そこにロビンがやってきて、手を叩いた。

「はいはい。皆、それは遠山の物資なのだから、遠山の分を残す事は忘れるなよ。早い所、料理を作ってしまおう。やる事はたくさんあるし、後三時間で日が落ちる。逸る気持ちはわかるし、既に二次入植者にせっつかれてる作業員もいるようだが、探索は明日まで我慢だ。夜は何があるかわからないからね。ロボットと軍人が護衛するから、心配はいらない。ぐっすり眠って、英気を養ってくれ。日が昇るのは今から十時間後だ。覚えておいてくれ。今、科学者たちにも戻るように言ってる」

 最もな言葉に、全員が頷いた。
 その日の博の夕食は、豪勢なものだった。
 焼き魚を一匹丸々食べ、その後、宇宙船で会った若い男……田中悟に連れられて、カレー鍋を持ってあちこちのグループに顔を出し、食料を交換した。一口ずつ、各国の料理を食べられて、博は非常に満足した。
 夕食を食べた後は、皆で濾過装置を作った。
 河の水をろ過にかけ、煮沸して、コップに入れる。
 全員に緊張が走り、博は非常に喉が渇いていたので一番に飲んだ。

「遠山さん、勇気あるじゃん! そうだよな、俺らなんも取りえないし、これ位しか出来なよな」

 田中悟が博の肩を叩き、自分も飲む。
 その後、たき火を囲み、博は赤城を待った。日が落ちると、どんどん冷え込んでくる。
 テントに泊まっていたものは、ロビンの計らいで翌日、資材を余分に申し込んだ者から分けてもらう事になり、その日は他の家に泊まる事になった。
 夜も更けた頃、ロボット達に追い立てられて、学者達が文句を言いながら、期待と興奮に目を輝かせて帰って来た。赤城は、戦利品として奇妙な生き物を抱えている。

「あら、遠山! まだ眠って無かったの」

「これ、おにぎり。良ければどうぞ」

 赤城は目を見開き、ついで喜びに顔を輝かせた。

「私、すっごくお腹減っている事に気付いたわ! 皆! 遠山が、食料分けてくれるって」

 学者達がわいわいとやってくる。
 今日が賞味期限の物が全部なくなったのは良かったが、明らかに量が足りなかったので、博はアメリカのキャンプ地に向かった。
 銃で警戒する軍人の間を通るのは、すごく怖かった。

「あの、赤城さん達が帰ってきて。ちょっと暖かいもの分けてもらえますか?」

「構わんよ。今温める。しかし、今からじゃ家を建てられんだろう」

「はぁ……。なんとかします」

「やれやれ、学者達と言うのは時に自己中で困るね。冒険初日から凍死するつもりとしか思えん」

 鍋を温めると、赤城達はぺろりと平らげてしまい、博は平謝りする事になる。
 その後、田中悟のグループに頭を下げ、皆を各自の家に泊めてもらう事になった。
 もちろん、博の家でも何人か居候して雑魚寝をする事になる。


 翌日、博は身動きする音で目を覚ました。学者達が、探索の準備を開始していた。

「駄目です。まずは家を立てて下さい。俺、次から泊めないし……」

「しかし、こうしている間にもだね……」

「だ、駄目です」

 博は引っ込み思案だったが、今回ばかりは頑張った。
 その後、学者たちはロビンに直々に怒られ、家を建てたり荷物を出したりする作業に入った。もちろん、病原菌をもっているかもしれない奇妙な生き物はキャンプ地の外に隔離された。学者たちは、隅に家を建てる事となった。
 遠山がさて何を食べようかと箱を見ると、既に何人も並んでいた。

「おお。遠山スーパーがようやく開店か。レタス分けてくれたまえ」

「肉が欲しい、肉が」

 遠山は食料を分け与え、その間に田中達のグループはシチューを作った。
 もちろん、遠山も食事に呼ばれる。
 物凄く物欲しそうな顔をしていた赤城達も食事に呼ばれる事になった。

「全く、あんた達専門家なんだから、準備しっかりしろよな。食料は持って来たの?」

「『科学者の食事』を持ってきているわ。それに、缶詰とか、携帯食料とか、色々。でも、こういう食事に比べたら味気ないわよね」

「これ、俺らの食料が使われてるんだけど。俺らあんたらの食事係じゃねーし。ギブアンドテイクって知ってる?」

「ごめーん。本当に感謝してるわ。ありがとう。ロビン監督官にも言われてるし、もちまわりで貴方の作る農場を監督するわ。それでいい?」

「なら、いいけど……。今日は俺達、鶏小屋と牛小屋の柵を作るんだ。ミミズとかもばら撒いて、こっちで畑が作れるかやってみるつもり。こっちの草を牛が食べれるといいんだけど。遠山さんは?」

「食べられそうな物を探しに、森に」

 ぼそぼそと博が答える。

「大丈夫? 気をつけろよ」

 博は頷く。
 食事を済ませると、ロボット達を引き連れ、リュックを持って遠山は植物採集に向かった。
 途中で、例の外国人達と目が合う。
 アレックスとエルウィンが、気にしているのがわかる。
「アレックス、エルウィン、向こうを手伝ってもらえるかな。俺、半蔵がいれば大丈夫だし」

『ひ、博の依頼なら仕方ありませんね』

『ジョージが困っていてどうしてもっていうならな』

『エルウィン!』

『どうしてもだ、お前がいないと土木工事が全然進まない』

 なにやらよくわからない英語とドイツ語のやり取りの後、エルウィンとアレックスは去っていく。
 博は森の中で見つけた、植物っぽくて、採取が出来て、柔らかいものを皆採取してみた。
 一度、植物としか思えない者に噛まれて驚く。その植物をしっかりと掴み、博はロボットに半蔵の運転席に押し込まれ、キャンプ地に戻った。
 その頃キャンプ地では、ロボットが坂峰に報告をしていた。

「遠山博が怪我をしました。担当医はすぐに治療の準備をして下さい」

 送られた写真は、明らかに噛み傷だった。

「わかった。すぐに治療の準備をする。レベル4の防護服を準備してくれ」

 坂峰は緊張した様子で、隔離室へと向かって待機した。
 それは噂となってすぐにキャンプ地に広がった。

「遠山さん、怪我したって本当ですか」

 車バージョンとなった半蔵の運転席から、博が転げ降りてくる。
 それに田中は駆け寄った。

「うっわ、酷い怪我じゃないですか!」

 ロボットが博を運び、メイン宇宙船の中に連れて行くのを、田中は心配そうな顔で見守った。

「遠山さん、どうされました?」

「この植物に噛まれました。後これ、取って来た植物です」

 痛みをこらえながら博が言う。坂峰医師は頷き、博の治療を行った。

「指は動くから大丈夫ですよ。後は、病気にかからないか気をつけていて下さい。様子がおかしいと思ったら、すぐに連絡をしてください」

 博を噛んだ植物は、博が第一発見者だった。

「博さん、ロビンさんが、今名前を決めるようにと」

「食人果でいいです」

 食人果の情報はすぐに配布された。

「じゃあ、もらった植物はテストしておきますね。明日の朝食はこれですから、朝来て下さい。今日と明日は何が起こってもいいように、探索はやめて下さいね」

 博は頷く。
 その報告は、すぐに真老まで行った。

「ベアラズベリーが発見されたそうだよ、武美くん」

「ああ、そういうのがいましたね。この星が原産地でしたっけ。美味しいんですよね、あれ」

 それに真老は頷き、連絡をした。

「坂峰くん、食人果の食料テストもしたまえ。あれに興味がある」

「神楽社長。それは構いませんが……。神楽社長も、結構な性格ですね」

 博が宇宙船を出ると、アメリカ人兵士に抱えあげられる。

「お手柄じゃないか、このタフガイめ!」

「あ、あの……。俺は何もしてないし……」

「謙遜するなよ。今日、作業船が地球へ帰る。早いとこ英雄譚を書いて、写真を取るんだな。サイトにお前の活躍を載せるそうだ。アメリカでもあの植物の件は流す」

「は、はい」

 博はせっせと日記と写真を用意し、送信した。
 その後、恒例になりつつある食料の譲渡を行い、博はトン汁をほおばった。

「遠山さん、すごいじゃんか! 食人果は真老様も注目してるってさ。でも俺らも頑張ったぜ。皆手伝ってくれてさ、もう農場が完成したんだ! これもサイトに載せてくれるって。鶏もひよこも今は元気が無いけど、健康状態はいいからその内慣れると思うって赤城博士が」

「今日明日、坂峰さんが探索するなって。暇だから、俺も手伝う」

「マジで!? さっすが遠山さん! こまごました荷物運びがあるんだ。片手でも出来るから」

 博でも出来る仕事は、新しい惑星ではそれこそ山ほどあるのだ。



[15221] そして科学者は笑う 9話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/02 08:29
 博はパソコンに日記をつづり、送信。
 その後、作業船から田中の荷物を運び出すのを手伝った。
 博の怪我の責任を感じた半蔵がせっせと手伝ってくれる。
 その後、真老から直接話があった。モニター越しの会話である。
「次に補給船が戻ってくるのは1年後の予定だ。それまで、しっかり生き延びたまえ。一日に一時間だけゲートを利用してネットをつなげるから、外部と連絡を取りたければその時にするように。ネット機能のついたパソコンについては、ロボットに言えば貸与される」
 それに、田中がガッツポーズを取る。
 第一次入植者が得たたくさんの情報を抱えて、作業船が去っていく。
 それを、博は寂しく思いながら見つめた。
 さてその頃、アップを終えた各国の探索隊が次々と出発した。巨大な拠点を作るチームも動き出した。
 アメリカ軍人がにこりと笑って博に手を振ると、真剣な顔をして大勢で森へと入っていく。
 赤城達と違って、きちんと準備をしていた学者組も探索隊と連携しながら動き出す。
 お遊びの準備期間は終わり、本格的なサバイバルが始まるのだ。
 ロビンは緊張に手を握りしめ、兵士達を見送った。
 あわよくば惑星の実効支配をも目論む各国と違い、日本は呑気なものだった。
 そもそも、一つの調査隊としてまとまっている各国と違い、惑星に来たい人、コネのある人が集まったという感じである。
 寄付組は素人が多く、ハローワーク組に真老が課した宿題も、これから生きていく為の基盤を築けというものだ。これは誰ともなしに田中の農場を手伝う事でスタートした。ようするに、着陸地点でまったりやるのが日本側の行動だった。
 アメリカを初めとする各国が大冒険をしているあいだ、博達はまったりのんびりと作業を行った。博は本物の鶏を見るのは初めてだったが、餌を啄ばむ姿は可愛いものである。
 田中は用意のいい事に、よく訓練された牧羊犬も頼んでおり、休憩時間に犬と遊ぶのは楽しかった。
 一方その頃、アメリカの探検隊は緊張の中、大冒険を楽しんでいた。
 いい場所を見つけたらそこに建物を建てていいよ、と真老から言われているので、できるだけ広い場所を探索し、立地条件のいい場所を探さなくてはならない。地形情報はどこまでもついてくる監視兼補助ロボットに記録されるので独占は出来ないが、ロボットは誰が最初に見つけたかも記録してくれる。いい場所を見つけて、ここの土地を使いたいとその場で言えば、それは記録され最優先の権利が与えられる。それゆえ、各国は放射状に立地条件の良い場所を探しに行っていた。
 ロボットが警告音を発し、彼らは一時止まって、緊張しながら周囲を見回した。
「どうした」
「隊長、ロボットが前方に危険があると……」
 斥候兵が報告する。隊長は前の方に出て、呻く。
 巨大な果物が、行く手を塞いでいた他は、何もなかった。
 隊長が前に出ようとすると、ロボットが立ち塞がる。
「危険です。これ以上進む事を禁止します。前方に食人果の疑いのある植物があります」
「食人果……!? 日本人を噛んだというあれか! しかし、大きさも色も違うじゃないか」
「これは、人が丸々入りますね……」
「隊長、あそこの小さい実が食人果そっくりです。同じ蔦に繋がっているように見えます」
「おい、試しに肉を投げつけてみろ」
 隊員の一人が肉を投げた。それは弧を描いてぺちゃっと巨大な果物に触れる。
 巨大な果物がぱっくり割れ、肉を食べた。
 恐怖だった。知らず、隊員達はじりじりと下がる。
「この地区は一等危険地区に登録されました。食人果の差分登録完了。食人果の中心部にいる事を確認。撤退を要求します」
「よよよ、よし。慎重に周囲を確認して撤退だ」
 その時、何かぷちっと切れる音がして、大きな食人果が転がって来た。
 狙い撃ちしたように、「上り坂」を隊員達の方向に昇っていく。
 ぷち、ぷち、と小さな音があちこちで聞こえる。一定の大きさを越した巨大な果物ばかりが、向かってきていた。
「捕食行動を確認! に、逃げるぞ! 周囲に気をつけろ」
 恐怖に駆られた者が銃を撃った。果物の回るスピードはますます加速する。
 護衛していたロボットが飛び込み、そのロボットを食らった果物は止まった。
 ロボットの犠牲を生みながら、アメリカ探検隊は命からがら危険地帯から抜けだした。
「ここまでくれば大丈夫だな……。小型食人果を採取しろ。火で燃えるか、除草剤が聞くか確かめるんだ。それに、大型生物に注意しろ。必ず食人果に匹敵する大きさの生き物がいるはずだ」
 アメリカは、決して植物ごときで立ち止る事は無いのだ。隊長はただちに指示を出した。
 夜。通信兵だけが帰ってくる。ネットが繋がる為、中間報告を政府にするのだ。
 各国の通信兵達が報告書の送信に忙しい中、日本はやはり呑気だった。
 しかし、それも通信が始まるまでの間となる。
田中は某巨大掲示板にこんなスレを立てた。
『今、エデンだけど何か質問ある? 一日一時間しか質問に答えられないけど』
 後に書籍化される伝説のスレの誕生である。
 博はここで初めて2chを知った。
 そして、大事件が告げられた。
『今、研究所が大変な事になっているぞ』
『テロがあった後、政府の立ち入り検査が入ったって。真老様の残したロボットのレディが、研究所内のデータ全消去、残してた小型船で全資料とロボットを宇宙に逃がしたって。科学者たちは全員事情聴取。ただ、何人かはテロリストに浚われたって』
『フェーズ5の国の連中だろうって噂だけど……巨額の身代金とゲート技術を要求してる』
『真老様、もう出発したんだろ? 戻ってくるまで後三日ぐらいか。この事知ってんのかな』
『研究所からの日報を送ってたはずだし、今は送れないだろうから、おかしいとは思うはず』
 博は不安に倒れそうになるのを感じた。
 何も連絡する必要など無い、とばかりにゆったりと見守っていたロビンが、ロボットからの呼び出し音を聞いて顔色を変え、急いでメイン宇宙船に転げこんで行った。
 田中も顔色を青くする。
 その頃、真老は宇宙船内でモニター越しにロビンに指示を出していた。
「ロビン。こうなっては仕方ない。惑星開拓は中止になる可能性もある。既に未知の惑星に降りて、病原菌に感染しているかもしれないお前達を、今、国に帰すわけにはいかん。超極秘データを送る。困った時はこれを見たまえ。出来うる限り、一年後に会いに行こう」
「ミスター真老……。私は、いつか、何百年、何千年先でエデンが再発見された時、地球人と違わぬ文明が栄えている事をお約束します」
「すまんな。それでも、ゲート技術はむやみに渡すわけにはいかんのだ」
「ご武運を」
「君もな、ロビンくん」
 そして、真老は地球の警察に回線をつないだ。
「あー。悪いが、研究員を返してくれんかね」
「神楽さんですね。それは出来ませんよ。今返すのは危険です。それよりも、神楽さんにも事情聴取しなくてはなりません。お帰りになったら警察署に寄って下さい」
「君達が危険にしたのだろう? 私の部下達をテロリストに引き渡しおったな」
「そんな事は……」
「私のロボットがテロリストの侵入を許すはずが無いのだよ。君達が立ち入り検査で研究所を無防備化した後に、テロリストが襲った。そうだね? 私は今回の件について法廷で争うつもりなのだがね」
 応対する警官の声に緊張が混じる。
「……立ち入り検査に対して、無防備化とやらを行ったのは貴方方です。第一、捜査に対し隠ぺいを行うのは違法です」
「ロボットの離脱に伴い、警備員は増員されていたはずだ。彼らはどうしたね?」
「証拠品として惑星研究所の護衛武器を押収、三分の一程は捜査の邪魔をしたので公務執行妨害で逮捕しました。残っていた警備員はテロリストに……お悔やみ申し上げます」
「日本政府をフェーズ5に移行……だね。さすがに日本人を閉めだすわけにはいかんが」
 真老は小さく呟き、そして最も重要な事を聞いた。
「国会で、ゲート技術の世界への解放が議決されたので技術を渡すように通告したら、拒否されたので、立ち入り検査をする事になったのです」
「それでは、立ち入り検査が決まる前にロボットの離脱が起きたはずなのだがね。彼らは大人しく立ち入り検査を受け入れたはずだ。何が公務執行妨害なのだね」
「捜査員を騙ってアビゲイル博士とノーマン博士を浚った者がいたのです。お前達も偽物かもしれない、神楽さんが戻るまで呼び出しに応じる事は出来ないと……」
 真老は、頭が痛くなるのを感じた。
「それで、武器を奪って公務執行妨害で逮捕かね。その後にテロが起きた、と」
「はい」
「状況を整理しよう。ゲート技術を渡せと議決、ロボット達の離脱、アビゲイル達の誘拐、立ち入り検査による無力化、テロと流れるように研究所への攻撃が行われているわけだが、これでテロリストと無関係だと言い張るつもりなのかね。どう考えても、少なくとも情報は漏れていたと考えざるを得ないが。まあいい。立ち入り検査で連れていかれて事情聴取をされるのは間違いなく幹部だから、幹部はそこにいるのだろうね。三田くんを出したまえ」
「10名の博士はテロリストに捕縛されました」
 真老はため息をつき、電話を切った。
「ドクター……」
「まずはドイツに入国する。武美くん、手続きを取ってくれたまえ」
 なんとしても、部下達を助けねばならなかった。



[15221] そして科学者は笑う 10話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/03 18:01

 真老がドイツ入りをするとすぐに、ドイツ首相は神楽真老博士の亡命を受け入れると声明を出した。
 これには各国に衝撃が走った。日本はその頃、アイドルの特集を放映していた。
 また、ドイツは一企業に無理な技術提供を迫り、テロを誘発させ、不当に科学者達を拘束しているとして、ただちに解放する事を求め、科学者達はドイツが責任を持って受け入れ、国の予算で真老をトップとする研究機関を作る事を告げた。
 また、ドイツはこうも告げた。研究所がこんな事になってしまい、残念だ。結果的に遭難者になってしまったエデンの者達はドイツが救うと。
 当のドイツを含め、誰も真老の亡命など考えていなかった。スカウトはいくつもあったが、けんもほろろに断っていたし、真老と自衛隊の繋がりは強かったからだ。
 そして、ドイツの強気も予想できなかった。
 しかし、考えてみれば、真老を手中にする事は、エデンを手中にするのも同じ事。それはつまり、エデンの各国の粋を集めた科学者の命もまた、握っているのと同じ事。
 彼らは、ようやく真老に多くの人質を取られている事に気付いたのだ。
 マスコミ嫌いのはずの真老が、ドイツのマスコミ陣営の前でにこやかにドイツ首相と握手している映像は全世界に流れた。その後の真老の宣言は、世界を震撼させた。
 その頃日本では海外旅行の特集をやっていた。
 そして、真老は演説する。経緯を淡々と説明し、最後にこう結んだ。

「今回のテロは、明らかに政府と共謀している。警察は浚われたノーマンくんとアビゲイルくんの捜索を捨て置き、政府からの正式な使いだと調べる為の猶予を求めた警備員を不当に拘束し、武器を奪い、テロリストの侵入の為の下準備を行った。殺害された警備員と部下の為に、私は日本政府とテロリスト達と断固として戦う。エデンにいる者達に安全に補給が出来るその日まで。なお、宇宙船は降りた後に宇宙に戻してある。私のAIが安全を確認するまで、宇宙船は永遠に戻って来ないだろう。私を脅して安全と宣言させても、私のAIは騙されんぞ」

 決定的な、エデンを人質に取るという宣言である。
 その頃日本では、子狐の特集をニュースでやっていた。
 慌てたのが日本の大臣である。

「あんな大規模なテロをやるなんて! 話は聞いていたが、2,3人誘拐するだけだって言っていたじゃないか!」

 頭を抱えた所に、各国から電話が掛かってくる。それは大臣の予想を超えたものだった。

「真老を宥めろ、科学者を人質にとって日本に戻るように言うんだ。ドイツでは手が出せん」

「どういう事だね! 私はさりげなく圧力を掛けろと言ったんだ! こんなあからさまに技術を寄こせという議決をするなんて! 第一、ゲート技術を世界に広めるとは、正気かね? いや、テロリストを呼びこむぐらいだから、正気ではないのだろうね。日本が馬鹿をやって自滅する分にはいいが、エデンに行った我が国の探検隊はどうなるんだね! NASAから半分も出かけているし、あそこには私の息子も行っているんだぞ!」

「日本が我が国の探検隊を故意に危険に晒すというなら、こちらにも考えがある」

「前首相がエデンに行っていましてね。宣戦布告も辞さない構えです」

「科学者を解放したまえ。探検隊の身の安全が心配なら、ミスター真老のご心労を速やかに取り除いて差し上げる事だ」

 宣戦布告と、はっきりと言う国が1カ国。それに準ずる言葉を述べた国が三カ国。
 それ以外にも、エデン探検隊参加国全ての国から抗議が届いた。
 20歳にもならない子供がなんだというのか。大臣は混乱した。
 ちなみにその頃のテレビの特集は美味しい海外料理だった。
 もちろん、日本にも海外ニュースを見る者はいる。
 国会中継を見る者もいる。
その者達は真っ青である。
 真老の海外の知名度は高い。惑星開拓したのだから、当然である。
 エデンに行った者達の知名度も高い。惑星開拓なのだから、当然である。
 真老の研究所の科学者達も有名人ぞろいだったりする。
 特にアメリカ人は、ロビンが監督官に選ばれていた為、真老への好感度が高かった。
 つまり、諸外国の国民達は割と真剣に武力行使もやむなしと思えるほど、怒ったのである。
 海外ニュースを見ている者達はそれを肌で感じていたし、国会中継を見ている者達は、野党の戦争になるぞ! との叫びに度肝を抜かれた。
 そして、ドイツは名だたる日本人科学者と職人達に事態の経緯説明と招待状を出した。
 彼らは続々とドイツへと向かっていく。
 ここに至って、戦争に反対する必死のデモ運動が広がった。
 その日のテレビの主なニュースは芸能人の離婚疑惑だった。
 その一方、各国からの激しい圧力に、耐えられる日本ではなかった。
 それゆえ、アドバイス道理にとりあえず真老の陥落に向かう事にする。
 早速、日本から外交官がドイツへと向かった。
 予想外だったのが、真老への面会すら許されなかった事だった。
 屈強な警備員が、真老の代わりに交渉の場に立つ。
 外交官が言った。

「神楽さんにお伝え下さい。お母様と部下の皆さんが、悲しんでいらっしゃると。どうぞ、日本へお帰り下さい」

「ミスター真老を脅しに来たとしか思えんな。……ところで、知っていたかね? ゲートには自爆装置が付いているんだ。あまりミスター真老を怒らせない方が得策だと思うがね。ミスター真老は、既に親しい部下を何人も失っている。自暴自棄になってもおかしくない」

 逆に脅されて帰って来た。
 この話は即座に伝わり、各国が日本政府の行動に釘を刺した。
 真老は天才科学者だが、まだ若い。やけになるという事も十分に考えられるのだ。
 その時だった、テロリスト達が、声明と共に10枚一組の設計図を出した。

「ゲート技術を独占するのは誠に許し難い事である。我らはゲート技術を解放する」

 非常に難しい設計図だったが、日本はそれに飛び付いた。

「ゲート技術は解放された。卑怯にも神楽真老容疑者が人質に取った探検隊は日本が必ず助け出す」

 そう声明を出した。真老はそれを冷めた目で見ていた。
 ある装置を作っている真央と武美に、首相は話しかける。

「あのゲート技術は偽物でしょう?」

 真老は、嫣然と微笑んだ。

「ドイツ首相。特殊救出部隊を編成して頂けますか」

「毒を食らわば皿までですよ。最初からそのつもりです。あのゲートの設計図は、発信器でしょうか」

「さすがは首相。そうです、あれは物凄く厄介に作った光の膜の投影装置兼発信器に過ぎません」

 武美もくすくすと笑って言った。

「冷静になれば馬鹿でもわかる事ですよ。ミスター真老のゲート技術は、ゲートと宇宙船のセットだったはずですからね。第一、ゲートを地球上で作っていいはずが無い。空気が吸い出されてしまいますから」

 真老は、頷いた。これだからドイツはフェーズ0なのだ。
 武美は装置を指し示して言った。

「私の作った半径5キロにわたる無力化専用の武器です。どうぞ使って下さい」

「これ、ドイツでも配備して良いでしょうか?」

「必要な時はお貸ししましょう」

 ドイツの首相もまた、にっこりと笑った。
 救出作戦は、一日で終わった。それはフェーズ5の国と、日本の両方に向かって行われた。
 ついに日本は、テロ国家として他国の武力介入を受けたのである。
 日本はアメリカに助けを求めたが、逆にアメリカは不当に科学者達を監禁していた事を責め、真老に謝るように諭した。
 自暴自棄になった日本は、真老を国家反逆罪として指名手配し、各局は極悪人として真老の特集を組んだ。事ここに至って、大多数の国民は思った。
 さらっと言ってた、エデンの惑星開拓ってなんだろう、と。
 大多数の国民は、ここで惑星開拓を世界を上げてやっていた事をようやく知ったのである。
 一方、真老は三人もの幹部の死や、アビゲイルやノーマン、子飼いの部下に対する手ひどい扱いを知り、怒り狂っていた。
 作業船に命じ、警備員を帰国させるように手を打つ。爆破の準備だった。
 もはや国会での野党の野次は、真老を何とかしろの一色だった。
 そんな時に都合よく、真老の父親が誘拐され、ゲート技術を寄こすように声明が出されたが、これはアメリカが救出した。
 日本の大臣は、わけがわからなかった。ゲート技術さえ、手に入ればどうにかなるはずだったのに。何故アメリカがそれを邪魔するのか。
 ネット上では、エデンの探検隊と地球に取り残された家族の今生の別れを惜しむ声で溢れた。折悪しく、エデンでは疫病が流行り始めており、その悲惨な症状はネットで即座に広まった。物資がもうすぐ無くなってしまうという話を聞いては、なおさらだった。
 大切な国民を危機に晒されたいくつかの国からミサイルをロックオンされ、ようやく日本国首相が動いた。
 日本国首相は、威風堂々と真老の元に向かう。真老は、ようやく面会を許した。
 日本国首相は、きっぱりと頭を下げた。

「ごめんなさい!」

「ごめんで殺された部下達が戻ってくるのかね」

 全然駄目だった。

「真老様、全ての警備員が退避完了いたしました」

「では、爆破の準備を」

「爆破をやめる条件を! お金ならいくらでも……」

「私の研究所の絶対的な保護と解散総選挙をするなら、爆破を思いとどまってもいいし、その後の政権によって日本に戻ってもいいのだがね」

 真老がつきだした条件に、首相はぐっと言葉に詰まった。
 そして、国元に帰って言った。

「神楽真老容疑者は一切の妥協を拒否した! 戦争になるかもしれないが、それは全て真老容疑者の陰謀である!」

 しかし、首相と真老の会談はカメラに撮られて世界配信されていた。
 そして、惑星開拓が報道されなかった件で不審に思った国民は情報網をネットへと伸ばしていたのである。
 ついに、日本で暴動が起きた。
 暴動は許されざる事だ。許されざる事だが、ほっとくと日本が滅びるのである。死者こそ出なかったが、議員達は怒った民衆に腐った卵を投げつけられた。
 これ以上何かをやれば、腐った卵以外の者を投げつけられるのは明らかだった。
 科学者至上主義と報道の健全化を掲げた政権の樹立を持って、ゲート戦争未遂事件は終わった。テロが起きて一年後の事だった。

「騒がせてしまって悪かったね」

「いやいや、いいのですよ。それより、反重力航行船技術、本当に頂いても?」

「構わんよ。部下の命に比べたら、安いものだ。どうせ父を救助してくれたアメリカにも同じ物を渡す羽目になるはずだしね」

「しかし、本物のバリア装置を貰う事が出来るのは我が国だけ。ですよね?」

「秘密はしっかり守ってくれたまえよ」

「もちろんです」

 反重力航行船技術、「ミサイルも防ぐ」バリア装置のブラックボックス、未知の武器の貸与。そして真老への大きな貸し。これだけもらえれば十分である。各国に脅威に思われてしまった事を除いても、ドイツはホクホク顔だった。冒険した甲斐があるというものである。
 そして、真老は自ら補給船を率いてエデンへと向かった。
 ロビンが倒れたとの、知らせが届いていた。



[15221] そして科学者は笑う 11話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/03 13:10

 真老がドイツへの降下を決めた頃、ロビンは皆を集めて演説をしていた。

「ミスター真老は決してゲート技術を渡さないだろう。それは私達の為でもあるし、未来の為でもある。私達は、壮大な駆け引きのチップにされるだろう。このような情勢になった以上、一ヶ月後にフェーズ5の国の宇宙船が来るかもしれないし、約束通り一年後にミスター真老の船が来るかもしれないし、もしかして数百年、数千年後に再発見されるまで来ないかもしれない。しかし、私達は決して負けはしない。この地に文明を築いて見せる! ネットが繋がっている以上、この場では言えないが、ミスター真老は奥の手も用意して下さっている。私達は、決して諦めない!」

 演説に、各国の人々が鬨の声を上げた。
 各国の精鋭である。もとより、もはや地球には戻れないと説明を受けていた。
 それに、奥の手である。それはメイン宇宙船の航行法である可能性は高かった。
 理解していないのが日本勢である。
 各国が頑張って士気を上げようとしている間、日本勢はおたおたとしていた。日本勢には、指導者すらいなかった。
 田中が必死に盛り上げようとするが、女は泣き、男は喚き散らしている。

「赤城さん、あんたプロだろ? どうにかなんないの?」

「わ、私は……」

 遠山は、必死に考えて、言った。

「み、皆さん、聞いて下さい。俺達は、この星に住む為にここに来ました。地球には、元から戻れません。それに、ネットは繋がってます。み、皆さん。地球とは、ちゃんと繋がってます。一年もすればテロリストだって捕まると思うし、人質も解放されると思うし、三年もあれば真老様はきっと惑星研究所を再建してくれます。ここには、色んな国の人がいます。全部の政府が、助けようとしてくれるはずです。補給が遅れるだけです。頑張りましょう」

 その言葉に、完全に納得したわけではないが、日本人達は考えだした。
 その後、ロビンと気を利かせてくれたアメリカの大統領の息子が、名演説をして日本人を落ち着かせる。それは、遅れて戻って来たアレックスとエルウィンの言葉で決定的になった。

「ドクターが俺の事を見捨てるはずがねーじゃん。ドクターが一年後に来るって言ったら来るんだよ」

「駄目ですよ、アレックス。ドクターは私達をチップに駆け引きをしているのですから、嘘でも見捨てられる可能性がある振りをしないと」

 真老が自ら手掛けたAIがそういうのである。日本人は、ロボット達の言う事を信じた。
 そして、探索よりも、安全に都市を建設する方向に方針を変更する事が各国間で合意された。こうなれば、食べ物を手に入れるのも急務である。
 その日のうちに、坂峰を中心とした医師団に食料の調査の指示が行われた。
 音楽家が、ゆったりとした音楽をメイン宇宙船から流し出す。
 人々は、早めに休む事にして、互いに元気づけ合い、食料を消費して豪勢な食事を作った。遠山の食料は、ふんだんに使われた。
 田中も、進んで遠山の持ってきたスナック菓子を配る。
 ロビンは、第一次入植者、第二次入植者と各国代表と会議を行い、メイン宇宙船の隔離室へと向かった。一番大変なのが、船から降りて苦楽を共にする事を主張する第二次入植者を宥める事だった。
 しかし、第二次入植者の医師が倒れては目も当てられない。
 そして、ロビンは真老の寄こした超極秘データを閲覧した。困った時に見ろと言われて困った時に見るようでは、遅いのである。真老の言葉は面倒事が起きる事を予見しており、その対策を示している。面倒事が起きてからでは遅いのだ。
 ロビンは驚愕した。武器の隠し場所はまだいい。操縦方法も想定の範囲内だ。だがそこには、エデンの大まかな資源の在り処や、主だった病気とその治療法、動植物の一覧、その対処法が載せられていたのだ。惑星移住の際の手引もある。そして、帰還に対する条件として、青班病と火傷病の免疫の採取が上げられていた。エデンでは、これだけは犠牲を出さないと治療方法が確立できないからという注意書きをつけて。

「ミスター真老は、一体……一体、何者だ?」

「そろそろ就寝の時間です」

 ロボットがロビンを追いたてる。そこで、ようやくロビンは恐ろしいものを見る目でAIを見た。そうだ、真老の技術力は最初からずば抜けていた。
 その一端が、この人間らし過ぎるAIだ。
 神の使い? まさか。エイリアン? 身元はしっかりしている。予知能力者? それも、凄く強力な? ならばなぜ、テロを予見できなかった? 技術に関連した予知能力者だとか? 真老を問い詰めたい。問い詰めるのが怖い。
 ロビンは一番最後の、食人果の項目を見る。これは後から急いで付け加えた事が伺えた。そこに、驚愕の一言が添えられていた。「ベアラズベリーは大抵の惑星で育つから、特産品として有益」。この一言は、いくつもの惑星で食人果を育てた経験がないと書けないものだ。そして、つい出てしまったとい感じのベアラズベリーと言う名前。それは、未来情報としか思えなかった。
 ロビンは寝室に入るが、一睡もできなかった。
 翌朝、ロビンは決断を下した。改めて発見する用誘導する事や三田が事前に調べましたという事も考えたが、予め知っていないと危険な事が多すぎたし、三田が調べたというなら、どうして今まで食人果の情報を開示しなかったという話になる。
 各国のリーダーと特別に選抜した二次入植者を呼び出し、ロビンは言った。

「秘密を守れない者、私の指示に従うと誓えない者は去れ。不用意に口を滑らせた者には、死刑も考えている」

 各国のリーダーは当然文句を言いかけたが、ロビンの真剣な、何かに怯えているような顔を見て黙った。

「秘密の内容は」

「ミスター真老からの超極秘通信だ」

 その言葉に、各リーダーは襟元を正した。
 この状況下において、真老からの極秘通信。重要な内容である事は伺えた。
 助けが来ないのか。敵性勢力がやってきているのか。
 去る者は一人もいなかった。しかし、それでもロビンはまだ迷っていた。
「ミスターロビン。私達は、ミスター真老からの厳しい選抜をくぐりぬけてきた者達だ。私達はもう、信頼できる仲間ではないかね」

「ロビンくん。アメリカを信じたまえ。例えここに置き去りにされたとしても、新たな文明を築き上げればいいだけの話だ」

 ロビンは、ロボットに指示を出した。

「さすらいの一匹オオカミ君。データを皆さんにお見せしろ」

 そして、流されるエデンのデータ。
 それに目を通して、人々は驚愕した。

「これは一体!?」

「見ての通りだ。皆さんには、これらの発見をする振りをしてもらう。会議の後、すぐ探索に出かけてくれ」

 ロシア代表は、エレガントに言った。
「なら、このダイヤモンド鉱山は私が発見する事にする。いいね?」

「ああ、いいだろう」

「ちょっと待ってくれ。そんな事が許されるのかね。我が国はこの金山を貰う」

「いやいや、そんな事を決めている場合では……ところで、レアメタルはこの辺だったかな」

「とりあえず、惑星研究所特製の武器を分けてもらおうじゃないか。恐竜もどきと出会う前にね」

 それを皮切りに、とりあえず探索後に話し合う事にして、今は探索に出る事が決められる。
 ちなみに日本の一次入植者はリーダーがいないので呼ばれていなかったりする。
 ロビンが深刻な顔をしてリーダー達を呼び出したので、不安そうに待っていた各国の部下達だが、リーダーがやるき満々で帰って来たので安心した。

「さあ、探索に行くぞ! 他国に後れを取るな。ほら、新しい武器だ!」

「え、でも基地の補強は……」

「後だ後! アレックスを呼べ、急ぐぞ!」

 行け行けどんどんモードとなったリーダー達。
 それを取り巻いて見ていた日本人達も、自然浮足立った。

「なんか皆張り切ってるし、こっそり救出計画が練られてるんじゃね? 頑張ろうぜ、生き抜こう!」

 田中が元気づけ、日本勢はロビンに頼まれて基地の補強をする者と学者以外は自然と農場を手伝った。
 そして、博は坂峰に呼び出され、隔離室で食人果の実のサイコロステーキ差し出されていた。

「寄生虫に関しては注意して探してあるのし、火も通してあるので、問題ありません。味のレポートと食べた後の体調を教えてください」

「あの、これ、俺の指食った奴だと思うんだけど」

 もそもそと博が言うが、坂峰は命じた。ベアラズベリーは、この惑星を生き延びる上で、主な蛋白源にされる事が決定している。

「食べなさい」

 強く言われると、博は弱い。ベアラズベリーの欠片を、口に入れて食べる。
 途端に広がる、濃厚な肉の味わいと果汁。肉のような果物のような、不思議な味だった。

「お、美味しいです。肉汁がたっぷり出て、甘くて、さっぱりしてます」

「よろしい。何か異常があったら、すぐに知らせるように」

 博はサイコロステーキを残さず食べ、田中の農場へと向かった。

「あ! 遠山さん。今日は何食ったの?」

「食人果」

 ぼそぼそと言った言葉に、田中は吹いた。

「嘘、マジで!? 大丈夫なん? 共食いにならない!?」

「わかんない。火で炙ったものを食べた。美味かった」

「えー! ちょっと待て、もしかして俺達も食べなきゃいけないの? 食料が尽きたら」

 博はコックリ頷いた。

「カロリーメイトだけで生きてけると思えないし……食料が尽きる前におかずとして出ると思う。この農場が失敗したら、の話だけど」

 それを聞いた日本人は、より一層働いた。
 さて、その日から一週間の発見は凄かった。強行軍の末に次々と色々な資源が発見され、入植者達は喜びに沸いた。
 博は、毎日のように不思議な動植物を食べ、それは次々と食料行きにされていた。
 一週間後の朝、ついに体調を崩して卵を産まなかった鶏が卵を産んだ。次々と撒かれた種が芽吹き、子牛の出産もあり、農場は喜びに沸いた。生食品は尽きていたから、これは一層喜ばれた。
 喜びに沸いた一日の夕方、アレックスが、鼻歌を歌って巨大な何かを引きずって来た。

「なー! 俺も食用にできそうな動物を見つけたぜ! 俺様ってなーんてヒーロー! 褒めてくれよ! ジョージ、俺の褒められる用意は万全だぜ?」

 そうしてアレックスが差しだしたものは、どう見ても肉食恐竜にしか見えないものだった。しかも、引きずってきた際にくっついたのか、あちこちに食人果が噛みついている。

「アレックス……あの……お前が手柄を立ててくれて本当に嬉しい。しかし、一つ聞きたい。この化け物は、どこにいた?」

「あっち。食人果の森を抜けた所。ちゃーんと金山も見つけたぜ。なんかいっぱいいたから、食料に関しては心配なくなったな」

 入植者達は戦慄し、リーダー達は予め知っていたものの、やはり驚愕を禁じ得なかった。
 博も恐竜を見て驚くが、その後せっせと食人果や恐竜にナイフを突き立て始めた。

「と、遠山さん? 何やってんの?」

 田中が恐る恐る聞く。

「だって、食べれるかどうか調べないと……。それに、生食品無くなったし、卵だけじゃ足りないから、今日のおかずは食人果にしないと」

 一週間の生活で、逞しくなった博だった。
 人々から、驚愕の声が漏れる。

「えー。やだよ。だったら鶏食べようぜ」

「ふざけんなよ。これだけの人数が食べたら一回でなくなるし、鶏は重要な食料だろ。卵も産んでくれるし、増えるんだから」

「鶏、誰が捌くんだ? 羽毟ったりするんだろ?」

 その言葉で、日本人達は固まった。

「俺が出来るぞ。まず鶏の頭を切り落としてだな……」

 料理長が言う。手塩にかけて育てた可愛い鶏の首を切り落として羽をむしる?
 田中が、すたすたと歩いて、食人果にナイフを突き立て始める。

「鶏解体するより、食人果食べる方が楽だし。つーか鶏食べたくないし。つーかそっちの方が客観的に見ても不利益だし! 皆、今日は食人果のスープだ!」

「えー!」

「だって食人果だぜ?」

 そこへ、アメリカの首相の息子がやってくる。

「手伝うよ、遠山くん。君の言う事は最もだ。しかし、食人果と言う名は食べ物の名前としてはあまりにもハードルが高い。ベアラズベリーと言うのはどうだね。熊肉は美味しいんだぞ?」

「じゃ、そうします」

 ぼそぼそと博が言う。
 ロボットが通信機から告げた。

「二次入植者も食べるんで、私達の分もお願いします」

 博は頷く。
 そろそろと、恐竜の死体に人が集まり始めた。

「じゃー、張り切って解剖するわよ。皆、手伝って!」

 赤城が動物学者組を率いて、人海戦術で解体をする。
 惑星移住組は、逞しく生きようとしていた。



[15221] そして科学者は笑う 12話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/06 21:38


 ベアラズベリーがあるいは火に炙られ、あるいは鍋に入れられる。それは美味しそうな匂いを周囲へと撒き散らした。

「匂いはいいな」

 田中が、炙ったベアラズベリーに塩を振った物の匂いを嗅いだ。
 その横で、博はベアラズベリーに噛みついていた。赤い果汁が博の口から滴り落ちる。

「うーわー。まるで生肉食ってるみたいに見える。すげーワイルド……って、贅沢言っている場合じゃねーか」

 田中も、がぶっとベアラズベリーを噛んだ。

「あつっ甘っうまっ」

「まあ、補給が無いんだから、缶詰が嫌ならこれ食べるしかないわよね」

 赤城も小さな実をふうふうと冷まし始める。
 博は次に、スープを食べてみた。料理長が苦心して作ったスープだ。
 南国風の冷ましたそれは、少し生ぬるかったが、デザートにちょうど良かった。
 人々は恐る恐る口にして、その味にほっと息を吐いた。変わった味だが、美味い。食べられる。
 もちろん、全ての人が勇気を出せたわけではない。そんな人達は、缶詰を出して来て食べた。
 今の所、全員の食料の消費は少なめだったし、持ってきた食料は平均二年分強だった。食事が保存食ばかりで味気ない事を我慢すれば、希望は十分にあった。
 ベアラズベリーのステーキと、卵焼きの物凄く小さな一切れ、缶詰を一つ、白米、ベアラズベリーのスープ。
 これが、今日の、そしてずっと続くであろう食事だった。
 指導者達は、早速食事を持ってロビンの下に集まった。探索を終えて国の利益は確保した。後はゆったりと食事をしながら会議である。

「私の方針としては、このまま誰かが見つけたという形を装いつつ、惑星開拓を進めていこうと思う」

「賛成だ。エイリアンか、未来人か、預言者か……ミスター真老とは、一度じっくり話したいものだ。しかし、それはまず生き残ってからだ。口封じされてはたまらんから、補給船が来るまでは保留した方がいいだろう」

「私は最初からミスター真老はただ物ではないと思っていた!」

「ミスター真老がなんにしろ、我々の想像以上の情報を持っている事になる。その情報を得る事は必須だな」

 そこで、ロビンはきっぱりと言った。

「惑星研究所として、ミスター真老への敵対は許さない。ウィンウィンの関係で行こう。貴方達はミスター真老に敬意を払う、惑星研究所はその技術を世界へ還元する。元々、このエデンが開拓された暁には、真老様がいくつか情報を開示する事になっている」

 リーダー達は、腹の内がどうなっているかはともかく、頷いた。

「それも、日本がミスター真老の怒りを解く事が出来ればの話ですな。ドイツがミスター真老を受け入れたとか。マスコミに姿を現すとか、ミスター真老のお怒りは相当でしょう」

 ロビンは、切ない笑みを浮かべて言った。

「ノーマンとアビゲイル、真老様の後継者の全員が浚われてしまいましたからね……。実質、惑星研究所の幹部全てが浚われた事になります。野田はまだ見習いでしたし。私も、彼らが心配で仕方ない。もしも彼らが戻らなかったら、惑星研究所は壊滅的な打撃を受ける」

 ドイツの事を口に出したリーダーが小突かれる。ロビンにこれ以上の心労を掛けるのは好ましくない。今、ロビンに折れてもらっては困るのだ。

「今は、エデンの事が重要だ。地球の情勢がどうであろうと、私達にはどうにも出来ないし、なんとしても生き延びねばならない。そういえば、塩の調達は出来たと言ったね?」

「塩を分泌する植物を見つけました。葉を鍋で煮込んで塩を取り出すそうです」

「なんと不思議な植物がいたものだ……」

「そういえば、日本だけ資源が無いがいいのかね?」

 今度はやや強い力で小突かれる。それはロビンに気付いてほしくない事だった。

「エデンで課す税で惑星研究所の資源調達をするので、惑星研究所については問題ありません。それに、日本政府はフェーズ5ですから。ミスター真老の母国ゆえ、特別にフェーズ5から復活する事はあるかもしれませんが、今すぐではないでしょう」

「税を課すのかね!」

「資源についてはそりゃ課しますよ。基本的にエデンは惑星研究所の物ですし。集めた資源は各研究所の資源、エデンや他の惑星開発の資材として還元されます。その代り、ミスター真老の気にいられた研究所は援助されます。手引きに書いてあったはずです。他にも知識の共有とか。まあ、これは開発が本格的に進んでから協議する事ですが」

「その事に関してはじっくり協議しないといけないね」

「この新しい特許共有システムは、非常に扱いが難しい。フェーズ3以上の人間とは言え、魔が差す時はある。ミスター真老の知識は欲しいが、私は反対だ」

「まあ、それは地球と連絡が取れてからにしましょう。今は、より早く文明化をする事が重要です」

 リーダー達は頷きあった。
 会議はそこで終わり、手近な鉱山で鉄や銅を採掘する事になった。
 各国が採掘、狩猟をしている間、日本は採取と農場の管理を一手に請け負った。
 特に、ベアラズベリーを育て始めたのだ。
 不味くて食べられなかった恐竜もどきをベアラズベリーに食べさせる事によって。
 発案したのは遠山だった。

「これ、不味くて食べられないし、埋められないし、このままだと衛生上問題ありませんか? ベアラズベリーに食べさせれば、処分してくれるんじゃないかな……」

 奇しくも、それは栄養価の高いベアラズベリーを育てる方法だった。
 会議に参加して資料を見ていた坂峰はゴーサインを出し、ベアラズベリーの育成が始まった。半蔵に小さいベアラズベリーの蔦を抜いてきてもらい、恐竜もどきに乗せて見る。
 思惑通り、ベアラズベリーは枯れる事無く、恐竜もどきを食べ始めた。
 足手まといを自覚していた日本は、各国の雑用を良く手伝い、留守を守る日本を各国軍は良く守った。なんとか、協力し合って生きていた。
 ある日、それは起きた。
 初めは、風邪だと思った。それは速やかに広がっていった。遠山もその病にかかった。
全身が赤くなり、体が焼けるように熱い。火傷病の発症である。
 病気は瞬く間に広がり、ロボットは隔離に躍起になった。
 遠山は坂峰に診察を受ける。血液検査をして、坂峰は眉を上げた。

「遠山さん、貴方の血はもう少し検査する必要があります。なんとしても、せめて結果が出る時までは生き延びていて下さい」

「悪い病気なんですか」

 もそもそと遠山が言う。坂峰は頷いた。

「そうです。しかし、信じ難い事に、貴方の体は戦っている。もしも、それに勝てたなら、貴方の体から作った抗体を皆に注射できる。生き延びて下さい、遠山さん。貴方の大切な人達を救う為に」

「俺だけ治るかもしれないって事ですか」

 坂峰は頷いた。

「この病気は恐ろしい病気です。感染力は高いのに潜伏期間は長く、じわじわと焼き殺されるかのように、長い時間を掛けて死へと向かっていく。治癒の可能性はごくごく低いものです。栄養のあるものを食べて、ゆっくり体を休めて下さい。これは、病気との戦争なのです」

 戦争は大げさだと、遠山は思った。悪い病気だと言われたのは怖かったが、治るともいっていた。どちらにせよ遠山には、安静にしているしか術が無い。
 遠山は家に帰り、科学者の食事を食べては寝るという事を繰り返した。
 科学者の食事は、ロボットに言って病にかかった皆に分けた。とてもではないが、料理できる状態ではなかったからである。
 三日後、ようやく熱が下がった頃に、坂峰から呼び出されて遠山は宇宙船に向かった。
 遠山は驚いた。農園の世話をしているのが、外国人だったからだ。しかも、皆防護服を来ている。
 赤城の連れてきた動物、蜜が繋がれていた場所に墓が立っていた。

「蜜! なんで……」

「遠山、良かった! 随分と元気そうじゃないか」

 アメリカ人が、遠山に笑いかける。しかし、慎重に距離を取っている事に遠山は気付いた。

「蜜、死んじゃったんですか?」

「その動物が感染源だったんだよ。始末するのは仕方のない事だった。日本人は総出で可愛がっていたから、ほぼ全滅だ。それより遠山、かなり悪い病気だと聞いていたが、回復したなんて凄いじゃないか! 希望が出てきたよ。俺も最近熱っぽい気がして怖かったんだ」

 遠山はショックでしばらく動けなかったが、ロボットに促されて呆然と進んだ。
 坂峰に会いに行くと、坂峰は注射器を持って興奮していた。

「遠山さん、凄い、不完全だけど抗体がちゃんと出来ている。これを抽出して注射すれば助かる人が出る。設備もある。悪いけど、死なない程度に血を抜かせてもらう」

 遠山ははぁ、と頷いた。
 密かに、遠山はこの惑星で死ぬと決めて来た。
 怖かったけど、死なない程度と言っているし、人の役に立てるなど以前の遠山に無かった事である。
 遠山は、目を閉じた。血を取られるのを見るのが怖かったから。









 長い潜伏期間と一次段階の長さが幸いした。
 未来で、数多くの命を奪った火傷病は、一人の犠牲者を生む事も無く、敗北したのだった。
 その頃、ゲート技術の解放が囁かれていたので、彼らは尚更安心した。これで地球に火傷病をばら撒く事は無い。フェーズ5の人間がエデンに乗りこんできて、先住民である自分達がどうなるかは別として。
 もちろん、ロビンはゲートの設計図が偽物であると看破していたが、それを言うわけにはいかなかったのだ。エデンと世界はネットで繋がっているのだから。
 なお、田中が鶏がアメリカ人が世話している間に5匹も減ったとぷりぷり怒っていたのと、不届き者達がチキンのディナーの引き換えに謝罪と結構な資源を引き渡す羽目になったのは完全なる余談である。遠山は、交渉面でも強かになりつつあった。



[15221] そして科学者は笑う 13話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/07 22:53


「この病気にはリアセプトン……? 駄目だ、これは発見されたばかりの新薬で、在庫が少ししかない。とても全員分は……」

「ありますよ」

 悩む坂峰に、にこやかに木田は告げる。

「科学者の食事の冬と季節の変わり目にふんだんに含まれています。これとこれとこの病気に効く成分も入っていますね。私なら科学者の食事から薬を抽出する事も可能です。注射した方が効きが早い」

「神楽社長は毎日何を食べているんだか……。じゃあ、抽出をお願いします」

 坂峰は苦笑いする。どう考えても科学者の食事は薬の集大成である。
 そして、坂峰は宇宙船に保存してある科学者の食事を持って患者の所に向かった。

「遠山さん! これを食べて下さい。薬が含まれていますから」

「科学者の食事……これ、そんな薬がいっぱい入ってたんですか」

「ええ、これは薬剤の集大成です。少しきついですが、効果は高い」

 遠山はもそもそと食事を食べる。
 エデンに遠山達がなじんだ頃、星もまた遠山達になじんだとでも言うのか、病気と言う悪戯を尽く仕掛けて来ていた。
 火傷病を除けば、一番最初に掛かるのは、必ず遠山だった。
 いつしか、遠山は病気が流行る目印にされていた。
 そして、遠山の体を調べて、坂峰が治療法を見つけるのである。
 坂峰も治療を頑張るのだが、遠山は一番最初に病気にかかるのに、治るのは遅かった。
 坂峰は、どこか違和感を覚え始めていた。
 そんな時だった。
 エデン放棄の噂が入った。次々と入ってくる同僚の死。ロビンの心労は想像を絶するものだった。
 病気が流行っていた事もあり、動揺した人々は家に閉じこもり、不安を囁き合った。
 ロビンとリーダー達は毎日話し合いをしている。
 博は、それでも畑の世話をしていた。

「博。博はどうしてそんなに、頑張るんでござるか? 博の個人情報データ、見せてもらったでござる。博は普通の一般人で、なのにいっぱい功績を上げているでござる」

 博は、鶏を世話しながら、ぼそぼそと言った。

「運以外の何物でもないよ。でも、俺が動かなきゃそんな幸運、絶対にありつけなかった。神様って、いるんだと思う」

「神様?」

「俺、神様の教義、少しだけ知ってる。神は自らを助く者を助くって。俺はエデンに来るまで、努力とか、助けるとか、無縁だったから……逆に良く覚えてる。そんな俺が初めて頑張ったから、神様は微笑んでくれたんじゃないかな」

「拙者も頑張れば、神様は微笑んでくれるでござろうかアレックスやエルウィンは、パートナーを見つけて役だっているでござる。役立たずは拙者だけでござる」

 博は、しばし考えて言った。

「収穫がもうすぐなんだ。だから、神社を作ろうか。それで、神様に作物を捧げて、ご馳走を食べて、酒を飲むんだ」

「いい考えでござる。神社を立てれば、神様も喜んで拙者に微笑んでくれるかもしれないでござる」

 鶏に餌をやり終え、博は立ち上がって半蔵に手を伸ばした。
 半蔵は、ようやく、パートナーを見つけたのだ。
 エルウィンに助力を乞い、彼の知識とネットの知識を使って神社と酒蔵を作り始めると、そろそろと顔を出した人達が、博に問うた。

「何をしてるんだ?」

「収穫祭の準備。神社と、酒を作らないと。材料に酵母っていうのが必要らしいんだけど、誰か持ってるかな……」

「ドクターが必要になったら使いなさいって持ってきた荷物が一式あるでござる。その中にあったはずでござる。半年経ったら公開しなさいって言っていたし、ちょうどいい時期でござる」

「半年なんてとっくに過ぎてるよ。リスト見ていい?」

「これでござる」

 人々は寄ってきて、喜びに沸いた。そこにあったのは、真老からのささやかなプレゼント、一回分のご馳走の材料と、エデンに住みつく上で必要なあれこれだった。特に肉の存在が人々を喜ばせた。
 早速料理をして皆に振舞おうという田中を博は止める。

「収穫祭……」

「あ、そうか。そうだな。もうすぐ収穫祭だもんな。よーし、皆。収穫の準備をしよう。確か、鉄を確保していたのはアメリカだったな。鐘を作ってもらって、除夜の鐘もつくろーぜ。もうすぐ地球じゃ年越しだし、正月の準備をしないと。誰かネットで神主さんに連絡とって、儀式のやり方教えてもらって」

 田中が中心となり、日本人がせかせかと動き出すと、つられて各国の人々も動き出した。

「教会を作っていないなんて、なんて俺らは不信心だったんだ。日本の神社より大きい教会を作るぞ!」

 そういうわけで、収穫が終わると、小さな神社と大きな教会を中心に、祭りが行われた。
 音楽家が作曲した音楽に合わせ、皆が歌い踊る。
 多くの病人達も出席した。
 食事を思う存分取り、人々はこの地で生きていく覚悟を固めた。
 それと同時に、ついに真老が解散総選挙をしなければゲートを爆破するとの報道が出た。
 それと共に、警備員の帰還と、第二次入植者の帰還許可の打診が出る。それを、二次入植者達は突っぱねた。そして、確固たる意思と覚悟の元に、収穫祭のその日、彼らは惑星エデンに降り立った。
 そして、地球にそれぞれ通知する。
 ……病気が流行っている。補給物資だって尽きかけてる。それでも、自分達は生き延びて見せる。文明を気付いて見せる。願わくば、孫子の代には再発見して欲しい……。その言葉は、各国首脳部の胸を深く打った。
 そんな事とは知らず、博が真新しい服で、大いに食べ、飲んでいると、半蔵が呼んだ。

「博。共に、冒険に出てほしいでござる。日本はこのままだと資源貧乏でござる。拙者も、何か手柄を立てるでござる」

 博はぼそぼそと喋った。

「ここら辺の大体の植物は坂峰さんに渡したし……遠出もいいかな」

「約束でござるよ! 明日、待っているでござる!」

 そうとなっては、遠出の準備をしなくてはいけない。
 博は、食べるのもそこそこに家に帰り、せっせと荷物の整理を始めた。
 そこに、赤城が訪ねてくる。

「遠山、ここにいたんだ。どうしたの?」

「日本、資源ないから、半蔵と探しに行く」

 ぼそぼそと博が呟く。
 それに赤城は、目を見開いた。

「そっか……。凄いね、遠山……。気をつけてね。ね、帰ったら、大事な話があるんだけど、いいかな……」

 博は、頷いた。
 そして博は、翌日、半蔵に乗って出かけた。
 一ヶ月後、半蔵は青班を体中につけた博を連れて戻ってくる事になる。
 青班病の流行の始まりだった。
 ただちに博は隔離され、科学者の食事が投与されたが、博は悪くなる一方だった。
 その病気はあっという間に広がった。
 同僚の死を知って、落ち込んでいたロビンは真っ先に病気にかかった。
 坂峰は遠山を診察し、強くテーブルを叩く。
 遠山はもはや、虫の息だった。

「考えろ! 火傷病でおかしい事は二つ。遠山さんが一番に病気にかかっていない事。遠山さんが免疫を持っていた事。このエデンのどこかに病気の特効薬があるはずだ! 神楽社長も知らない何かが! ロボット! 遠山さんの様子を、火傷病が来るまで映し出せ! 遠山さん、何か変わった事はありませんでしたか? エデンに来てから火傷病にかかるまで、なんでもいい」

 遠山は、魘されながら言う。

「この惑星に来て、全部が変わった事だった……。半蔵達に会って……赤城さんが夜中に帰ってきて、……蜜に会って、撫でて……蜜、天国で待ってる……。初めて人に意見を言ったなぁ、赤城さんが翌日出かけるって言ってた時……その後植物探索に出かけて……。ベアラズベリーに指を食われて……坂峰さん、それを食べろとか……ほんとに、変わった事ばかりだった……。俺、この一年、今までの人生で一番生きてた……」

 坂峰は、それで気付く。

「ベアラズベリー……? ベアラズベリーか! 遠山さん、蜜に触って一晩経って、「発症してから」ベアラズベリーに食べられて、それを食べましたね! このままではどうせ死ぬ。無茶な仮説ですが……!」

 そして、博はあれよあれよと言う間に片足の膝から下を切除され、口にベアラズベリーを詰め込まれた。
 坂峰は、遠山の結果が出るまで待ちはしなかった。

「責任は私が取る! 赤ちゃんベアラズベリーと重病患者を私の所へ!」

 坂峰の戦いが、始まった。







 アビゲイルが、ノーマンが、10幹部がロビンを置いて去っていく。それを、ロビンは必死で追いかけていた。

「皆どこへ行く? 待ってくれ、待ってくれ! 俺も、連れて行ってくれ」

 ついた先は美しい川だった。三人程が、船に乗る。何故だかロビンも、その船に乗らなければならない気がした。
 アビゲイルも共に船に乗ろうとする。それを、必死で皆が引きとめる。
 何故、邪魔をするんだ! 私は、ゲートの秘密を三人から聞きだすんだ!

「どこへ行こうというのかね。右腕にいなくなられては私が困る」

 落ち着いた声。彼にとって、もっとも忠誠を誓うべき人の声。
 ロビンは、はっと目を覚まし、あまりの痛みに悲鳴を上げた。

「無理をするな。良く頑張った」

「ミスター真老……」

 年に似合わぬ、落ち着いた瞳。老成した声。真老が、そこにいた。

「ミスター真老! いけません、病気が!」

「安静にしたまえ。君達は治療法を見つけたのだ。既に抗体は注射してある。問題は無い。すまなかったね。ベアラズベリーを使った治療法は、あまりにも忌むべき行為だという事で、遥か昔に禁止されていた為、忘れていた。しかし、その法案が出来たのは、その治療法で作ることのできる抗体の全てが作り出された後だったのだよ。未来では病死死体を媒体として使っていてね。今回の発見は素晴らしいものだ。自分の肉を食ったベアラズベリーが最もよく効くなど、未来でも知られていなかった」

「ミスター真老……。貴方はやはり……」

「それでも、ロビンくん。君は私の右腕でいてくれるかね?」

「はい! 当然です、私は……!」

「よかった。それでは、早速地球に戻ってくれ。君がいないと、立ち行かんのだよ。君さえいれば、そもそもテロ自体うまくかわせていただろう。今、惑星研究所はボロボロの状態だ。君が必要なのだ」

「しかし、エデンは……」

「本当に君が二人欲しいと切に願っているのだがね。アビゲイルくんとノーマンくんは、リハビリが必要だ。二人とも、エデンに来たいと言っている。特にアビゲイルくんは憔悴していてね。願いを叶えてやりたい。むしろこれからだというのに、君にはすまないと思うが……」

 ロビンは、さすがに戸惑った。

「惑星研究所の方が落ち着いたら、エデンに戻ることもできますか?」

「惑星監督官の地位は、君が死ぬかやめるまで君の物だ。アビゲイルとノーマンは監督補佐官としよう」

 その言葉に、ロビンは安心して目を閉じた。
 疲れきっていた。
 一方その頃、博はかろうじて一命を取り留めていた。
 博が目覚めると、先に全快した赤城がその手を握っていた。
 赤城は、博が目覚めると、ぽろぽろと涙をこぼした。
 博は、どぎまぎしながら話を逸らすしかなかった。恐らく、赤城は博が足を失った事を悲しんでいるのだと推測できた。優しい人である。

「赤城さん、そういえば、話って……」

「遠山、あたしを、本当の彼女にして下さい」

 博は驚いた。博にとって赤城とは少々困った人ではあるが、有名な学者だし、なにより女の子だからだ。女の子。博から最も遠い人種で、それだけでもう高根の花で、女神である。

「お、俺なんかで良かったら……じゃない、あの……。赤城さん、好きです。俺の彼女になって下さい」

 どぎまぎしながら、博は赤城を抱きしめる。赤城がその背に手を伸ばした。
 こうして、子供を作って、子供はエデンで駆け廻って、同じような子と知り合って、エデンに根を張っていくのだ。
 そう思うと、博は途方も無い感動と興奮に、さらに赤城の体の柔らかさにくらくらした。
 博の元に、無粋なレポーターが突撃してくる五分前の出来事である。
 そう、真老は珍しく、船に各国のマスコミを載せていた。
 エデンでの生活を、余さず記録しておくためである。
 それと同時に、リーダー達から地図が集められ、都市が設計される。
 もはや病気を恐れる必要はない。本腰を入れて開発が始まる事になっており、その第一陣を真老が連れて来たのである。
 沈んだ顔もどこへやら、アビゲイルが輝く笑顔でそれを指揮していた。ノーマンも、どことなく嬉しそうである。
 それを目覚めたロビンは、物凄く羨ましそうな顔で見つめた。

「帰ったら君への独占インタビューが待っているから、安心したまえ。早速君の偉業が来年のアメリカの大学の教科書に載るそうだ。映画化もされるそうだ」

「本当ですか!?」

「主人公は何故かTOYAMAだがね。何か、アメリカ人とのハーフで忍者の末裔で君の右腕という設定らしい。後、私は世界征服をたくらむ悪人だそうだ」

「えええええ」

 ロビンはがっくりと落ち込んだ。監督官としてロビンも頑張っていたのだが、監督官はどうしても前に出るわけにはいかない。それでも主人公になれなかったのは悔しかった。

「まあ、完成を楽しみに待ちたまえ。それと、エデンが落ち着いたら「賢狼」計画……日本人だけの研究施設なのだがね。そこに君も顔を出して研究に参加するかね? エデンの監督官があるから、長期間は無理だろうが」

 あまりにも想定外の言葉に、ロビンは口をパクパクさせた。

「君はエデンに来てからも、研究を続けていたね。それを見させてもらったよ。それに、思い出したんだ。宇宙船技術が活発化する先駆け……反重力航行船の基礎の基礎の理論を仮説として出したのは、君だ。私は君が研究面で教科書に載る機会を潰してしまった償いをするべきだ。同時に、君を心から尊敬するよ」

 ロビンの目から、ついに涙が零れおちた。潰された栄光の未来。真老からの尊敬するという言葉。「賢狼」計画への参加。それらの言葉がぐるぐると頭をめぐる。

「ミスター真老……。貴方は、一体何年先の未来人なのですか……」

「今より七千六百年ほど先になるかな」

 真老は笑い、ロビンの肩を叩く。

「病み上がりで悪いが、君がばらした超極秘データについて客人方が色々と聞きたがっていてね。早速頼むよ。それと、もうすぐ私の誕生日でね。誕生日と同時に武美くんと結婚をする事になった。手配をしてくれたまえ」

「尊敬する歴史に名を残す科学者に、結婚式の手配をさせるんですか、ミスター真老」

 ロビンがさすがに恨めしげな顔をすると、真老は苦笑した。

「最先端技術を良く理解し、事務仕事が出来る人間と言うのはめったにいるものではないのだよ。使わぬ手は無いだろう」

 ロビンは一息つき、それで全てに折り合いをつけると、交渉の場へと向かうのだった。



[15221] そして科学者は笑う IF 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/31 01:40

 三年後、社員は減ったり増えたりしながら、三百人を数えていた。
 最もその中で信頼に足るとされたのは十人程である。もはやこの十人は、外へ出る事すら許されなかった。家族もボディーガード付きである。
 この頃には、信頼できる国、起業のリストアップも出来ている。
 しかし、惑星開発には莫大な金がいる。とてもではないが今の資金では足りない。
 まず一つ目の惑星開拓事業で資金を用意し、本命の惑星開発に本腰を入れるのが得策と言えた。
 しかし、全てはゲートを作ってからの話だ。
 まずは、地球ゲートの設営を。
 その為の作業船がもうすぐできあがるという時だった。

「宇宙飛行士の免許が要求される? 操作方法が従来と全く違う事は伝えたのかね」

「はぁ……」

「いくら宇宙飛行士でも、この作業船に関しては素人同然だ。操作方法が全く違うのだから当然だ。あれは私自らが操縦するぞ。何とかしたまえ」

 アメリカ人マネージャーのロビンはため息をついた。

「反重力の特許協力って、出来ませんか? なんなら、共同開発と言う形でも構わない、守秘義務は守るそうです。その情報を寄こすなら、私の母国が免許に関してはどうにかしよう、と」

「そちらの宇宙飛行士を寄こすというオチじゃなかろうな」

「う……ありえますね」

「バリア発生装置に関しては融通したろう? さすがにこの程度の事で反重力の技術を渡すつもりはないぞ。あれは機密レベルAだ」

「監督として、NASA直選の宇宙飛行士が行くという事でどうですか?」

「機密レベル特S級の物を組み立てに行くのだがね」

「向こうも、単なる飛行とは思ってませんよ。惑星開拓するって言っちゃってますし、天文台の協力を得て惑星の座標を得ているわけですし、準備が大規模すぎます。そもそも会社の名前が惑星研究所ですよ? もう惑星移住するものだと思って、興味しんしんなんですよ。何か大きな餌が必要です。宇宙作業ロボはどうですか? 宇宙ステーションの作業がぐっと進みます」

「そしてゲートに仕掛けをする技術力も得るというわけかね」

「ミサイルでも撃ちこまれたらどうにもなりませんよ。それは防備と自爆装置を強化する方向で、としか」

 真老は腕組みをして考えた。

「……特許協力と現物供与。02、05、07、08、15、17、79の七台でどうだ」

「十分かと。早速その方向で。それと、信頼できるゲート監視員を」

「あー、いつもの警備会社の者で構わんよ。重力装置はつけてあるのだし、何人ものAIが補佐するから、さほど技術はいらんのだ。大事なのはさぼらずたゆまず裏切らずに仕事を完遂してくれる事。すべてクリア。素晴らしいじゃないか。危険手当は一層支払わねばならんがな」

「はぁ……。そんなものですか。こっちが外国籍ってだけでこれだけ苦労してるってのに、日本人の警備員はあっさり採用ですか。ちょっと腹が立ちますね。私だって宇宙に行きたいのに」

「嫌だと言っても連れて行くに決まっているだろう。まともな折衝が出来るのは君だけなのだから」

 ロビンは、口をぱっくり開けて驚いた。

「はい……?」

「早いとこ信頼できる後進を育てたまえ。今のままでは、どう考えても君が二人は必要だ。惑星開発担当と、惑星研究担当と。アビゲイルくんもノーマンくんも、野田くんも、とてもじゃないが君の代わりは務まらん。惑星開発担当の方は外部から探して来てもいいが、星の乗っ取りが怖くてね」

「す、すぐに三人を鍛えます! ですから、私を惑星担当にして下さい!」

「そう願う。ゲートが出来次第、視察に行くから準備をしておいてくれたまえ。レディに聞けば、開発計画を説明してくれるから」

 レディとは真老の助手型ロボットである。もちろん、特S級の技術が使われている。

「ミスター真老。まず最初に降り立ったら、アメリカの旗は立てていいですか?」

「ついでに一番最初に降り立ちたいんじゃないかね? それはいいが、アメリカ領と間違えられんようにな」

「わかりました、我が社の旗も立てます!」

 ロビンは、走ってレディの所へ向かった。

「本当にわかっておるのかね……」

 真老は見送った後、その件について忘れた。
 その一ヶ月後、航行テストを宇宙飛行士立会いの下でクリアしたら、以後新しい免許システムを認めるという議決が降りた。ロビンの巧みな外交の成果だった。
 そして、なんなく航行テストをクリアする。
 関係各所のあちこちから贈られる祝辞を軽く交わし、真老の会社はさっさとゲートの建設に移った。
 と言っても、人間はほとんど必要なかった。大船団を宇宙に打ち上げ、後はロボットが作業をするのを見守り、要所要所で指示をするだけだ。その要所要所での指示が、非常に難しい作業だった。
 真老、武美、そして選ばれた十人のみが宇宙船に乗り、ゲート設営の手順を確認して行く。
 そして、先行して超高性能AI「通」を乗せた船がワープする。

「いい? 私はドクターに向こうのゲートの設営をさせるつもりはないわ。絶対によ! となると、貴方達の誰かが命がけで行う事になる。惑星開拓の要、ここが駄目なら全て駄目なのよ。しっかり覚えて」

「了解しました!」

 科学者たちは真剣な瞳で真老の作業を見守る。質問には武美が答えた。
 高校を卒業するぐらいの年の子が、このような作業をしているのである。科学者たちは畏怖に震えた。
 もちろん、ゲート設営の様子は各国が注視していた。
 ゲート建設には三カ月ほど掛かった。さらに二ヶ月後。
 ゲートランプが点滅して、小型船を通した。

「ゲート開通! ゲート開通!」

 AIが高らかに歌い上げ、さすがの真老も歓声をあげる。
 小型船のデータを見るに、仮ゲートはまずまずの位置だ。少し惑星から遠いが、許容範囲内だし、周囲に本当に何もないのが良い。着陸に良さそうな平らな土地もある。

「三田くん、後は頼んだよ。こちらは既に監視員を二駅分連れてくるからね。失敗は無いものと考えているよ」

「はい! お任せ下さい!」

 科学者の一人が、敬礼をした。遺言は既に書いてある。
 家族と一時間の通信を済ませ、彼は旅立った。
 帰ると、真老の会社の抱えるたくさんの社員が出迎えた。
 期待と不安の入り混じった表情。社員のほとんどは、ゲートの事も、宇宙で何をやっているかも知らなかった。ただ、ロビンがうきうきとどう考えても移民としか思えない準備をしていたり、必死に後輩を教育をしているのを見つめるのみである。
 そう、知らされていないだけで、彼らとて知っていた。
 後は、成功したか否かである。
 真老は、笑った。

「ゲートを開通した。今、三田くんが向こうのゲートを作っている。……誰か、我が社のサイトに星の名前の公募を乗せたまえ。それと、一口十万円の寄付を募るように。報酬は写真にしよう。惑星の写真はこれだ」

 真老が、新たなる星、美しい星の写真を掲げる。
 轟音。真老はこれほどの歓声を聞いた事が無かった。
 真老は、手をあげてそれを黙らせる。

「三田くんがゲートを建設して戻って着次第、視察に向かう。その後、惑星研究所支部を二つ設立する。後で建てる特S級機密を管理する日本人のみの研究惑星と、各国研究所を招致して建てる実験都市惑星だ。どちらかに転勤してくれる者は一週間以内にレディに名乗り出たまえ。その中から視察メンバーを決めて連れて行く。三ヶ月後になるだろう」

 またも、轟音。その後すぐに、レディの前には、長蛇の列が並んだ。
 三ヶ月後、惑星の名はエデンに決まった。
三田を労うのもそこそこに、警備員と視察メンバーを連れて、真老はエデンへと向かった。

「空気の状態、オッケーです」

「では、降りようか。ああそうだ、ロビンくん、ビデオを取っていてあげるから一番最初に降りたまえ」

「は、はい!」

 ロビンはアメリカと惑星研究所の旗を持ち、降り立って旗を立てた。
 感激に手を振っていると、宇宙船のAIが警報音を鳴らす。
 護衛用ロボットがロビンを取り囲んだ。
 馬ぐらいの大きさの獣が、ロビンを見つめていた。

「い、生き物……」

 知的生命体かもしれない。自分が初めて、エイリアンに会ったのだ!
 ロビンは感動に目を潤ませた。そっと手を伸ばす。
 ジュッ
 馬ぐらいの大きさの生き物はどさっと倒れた。武美がエイリアンを撃ったのだ。

「ドクター、久しぶりに手料理をご馳走します」

「うむ」

 同じく感激に目を潤ませていた研究員達が止まる。
 目の前で起こった信じられない事態に目を丸くして、何も言えないでいると、大きな影が差した。馬ぐらいの生き物を目の前で食らう。近くにいたロビンの服が血に染まった。
 真老が、ビデオを一旦止める。

「あー……そういえばあったね。その美味ゆえに乱獲されて絶滅した恐竜もどき。そういえばこの時代はまだ生き残っているのだったね」

「ドクター。私、一度でいいから恐竜もどきを食べてみたかったんですの」

「食べたまえ食べたまえ。差し当たって、ロビンを助けてくれたまえ」

 幸いと言うべきか、この会話を聞いた者は誰もいなかった。衝撃が強すぎて、それどころではなかったのだ。
 武美はレーザーで恐竜もどきの首を切り落とし、全員が血濡れになった。ロボットがどどんと倒れた恐竜もどきに潰されないよう、ロビンを運んだ。

「しかし、実験都市を立てるには少し厳しい条件ではないかね」

「猟を許可すればすぐに一掃されますわよ。観光産業にもなりますわ。でも、そうですわね。提携する研究所には予め情報開示しておいた方がいいでしょう」

「狩人を入れたら、狩る相手が科学者にならんかね? 私としては、ここは研究所だけにしたいのだが」

「いけませんわ。採算が取れません。方向性としては、アメリカ第7惑星ラボタウンを目指すとよろしいかと。それでも十分研究は進められますし、科学者たちも同惑星で息抜きが出来ますわ。ここで資金を稼いで、「賢狼」の研究資金にしましょう」

「ふむ。仕方あるまい」

 真老と武美はテキパキと恐竜もどきの死体を搬入し、十分に視察をして、我に却って騒ぐ研究員達を宥め、宇宙船は地球に戻った。
 地球に戻ると、開口一番、真老は言った。

「食肉業者を呼びたまえ」

 呼ばれた食肉業者は、度肝を抜かれた。しかし、仕事は仕事である。
 肉はバラバラに解体され、希望した社員に配られた。希望した社員は、真老以外全員だった。
 某巨大掲示板では、こんな会話が交わされていた。

『僻地で自爆装置のついた装置の警備と交通整理って事で嫌々行ったら、宇宙船に乗せられた。何を言ってるかわからないと思うが、俺も(ry その後、エイリアンの肉をおすそ分けされた。美味かった。ちなみに今も宇宙にいます』

『何それ。僻地って月とか? 火星?』

『惑星研究所で作ったゲート。惑星エデンまで行く事が出来る』

『惑星見つけたって本当なの?』

『マジ。サイトで研究員がアメリカと惑星研究所の旗を立ててるのが載ってるよ。その後エイリアンをぶっ殺してる』

『見た見たwファーストコンタクト台無しw知的生命体だったらどうするんだよ』

『おい、サイトで狩場の提供を申し出てるぞ。基本料金一千万円で宇宙船二週間貸し切り、スリルあふれる狩へとご招待します。秘密厳守。命の安全は保証しません。ただし獲物の持ち帰りは五トンまで。身元調査あります。荷物の持ち込み不可。猟友会と食肉業者の募集もしてる。秘密厳守。命の保証はしません。報酬高っ』

『さすがに嘘だろw』

『俺食肉業者。解体作業呼ばれたからわかる。マジ。各国の研究所を集めた実験都市が建てらんないから、全滅するまで狩ってほしいって言ってた。これ画像。グロ注意』

『マwジwデwwww』

『おいおい、嘘だろ……』

『恐竜可哀想』

『全滅するまでってw真老様マジ容赦ねぇwww』

『このサイト、建設業者に大型肉食獣がいる環境での都市作りの業者を公募してるぜ……』

『惑星開拓してんのに窓口はこのちっぽけなサイトだけなのかよwww』

『いつの間にか栄登製薬の応援対象が惑星都市に変わってるw』

 もちろんこのサイトは監視されていた。
 狩の枠は、一瞬で埋まった。
 各国が、正規の方法でどういう事か聞こうともした。しかし、後で正式に発表するのでお待ち下さいとしか返されないのである。
 当然、猟師の予約はスパイで埋まった。
 一方、各国研究所、および企業に招待状が届けられていた。
 研究都市を作らないかという誘いである。珍しい料理をお出しするともあるし、研究の話をしようともあったし、切符も同封してあった。予算が苦しい所は出来るだけどうにかする、とさえある。
 少し調べれば、レスキューロボを作った会社だという事もわかる。
 科学者たちは、重い腰をあげて日本に向かった。
 惑星研究所に着くと、大きな宇宙船が聳え立っていた。

「おお、来たかね。入ってくれたまえ」

 真老の言葉に、科学者たちはまさかと思って、恐る恐る宇宙船に入って席に座った。
 その後から、屈強な男達が入ってくる。科学者たちが不安に震える中、宇宙船は、発射した。
 窓から見える、大きな鉄の輪。光の奔流。変わる景色。目の前に、地球ではない青い星。
 科学者たちはもはや呆然とするしかなかった。
 船が着地して、モニターに真老が映る。

「私が真老だ。……ふむ、猟友会……? の割には外国人が多いね」

「各国軍人が応募して来て下さってます。全員、身元調査は通ってます」

 真老の後ろに控えたロビンが補足する。

「なるほど。まあ、軍人の方が手慣れていて良かろうよ。諸君の任務は、この地の人間以外の大型動物のせん滅と、技術者の護衛だ。ロボットに言えば、当社で作成した武器を貸与する。諸君の健闘を祈る」

 そして入口が開く。
 猟友会(?)一行は、恐る恐る降り立った。
 好奇心の強い科学者は宇宙船から出て見るが、他の者は恐る恐る窓から外を覗く。
 真老とロビンと武美がロボットに守られて、降り立った。

「それではみなさん、この地をご案内しよう。アビゲイルがお茶の用意をしてくれているというのでね」

 そこに、イギリス首相がやってきた。

「いや、正しくエデン。美しい星だ。心からお祝いを言わせてもらうよ、ミスター真老。君の作った武器もいい具合だ。我が軍の精鋭の狩った獲物を見てくれ。素晴らしいじゃないか」

 イギリス首相が指差した先には、大きな恐竜もどきが横たわっていた。

「気にいったかね。君がオプションをたくさん選択してくれたから、無事差し当たっての開発費用が出来た。礼を言おう」

「それとは別に、イギリスの研究所設立の為の資金と惑星研究所への寄付を出させてもらうよ。もちろん、我がイギリスも招待する予定なのだろう? イギリスは全面的なサポートを約束する。猛獣の駆逐を一手に請け負ってもいい。早い所、開発計画の草案を送ってくれたまえ」

「それは助かる。イギリス人が猟を好むのも良かったのだろうね。国の後ろ盾があると心強いよ。ロビンくん、開発計画の草案を。条件については後ほど話そう」

「ここに」

 イギリス首相は、草案をざっと見る。

「ここに日用品の特許の開放とあるが、その企業が支社を作るのではいかんかね。守秘義務を全員に守らせるより確実と思うが。それに、研究所の種類が少なすぎる」

「辺境に日用品販売の企業が来るものかね? どう考えても赤字になってしまうぞ」

「来る。その為の援助もしよう」

「そうかね。では、惑星に来る事を希望する企業と研究所をリストアップしてくれたまえ。こちらで選定作業を行おう」

「イギリスに一任させてはもらえんのかね?」

「惑星でテロが起こされたらどうにもできん。ゲート一つ隔てた僻地なのだからね。例外なく、厳しいチェックをさせてもらう」

 そこで、猟友会……いや、アメリカ人兵士が言った。

「アメリカを除者にするつもりか? イギリス首相は呼んだのか」

 それをイギリス首相は否定する。

「いや、私はアビゲイルから話を聞いていたし、毎日惑星研究所のサイトを見ていたのでね。後は申込フォームが表示されてから正当に競争し、ポケットマネーを払ってここへ来た。後で国から予算が降りると思うがね。除者にされたのはアメリカではなく君らではないかね? NASAが来ているよ。そちらの大臣がNASAの局員と話しているのも見た。彼らもロビンから聞いていたそうだ。ロシアでは高官が大統領に独断で宇宙旅行をプレゼントしたらしくてね。日本からは栄登製薬御一行、ドイツ首相はノーマンのおごりで来ている。これも予算は降りると思うがね。そちらは何かと大変だろうが、頑張ってくれたまえ。私はNASAチームの分も獲物を狩る約束をしていてね。忙しいんだ。では、これで。ミスター真老。今日の晩さん会で会おう」

 そこへ、アメリカの外務大臣が駆けてくる。

「来ましたか。いや、猟師募集の経由で来ると聞いていましたし、席が無かったのでね。食事の時間にでも話しましょう。代表者は誰ですか? ああ、ミスター真老。イギリス首相に渡した資料を私にもくれますか。これから少し話す時間を貰っても?」

「悪いが、これからお茶会だ。そちらも軍部と話し合いが必要だろうし、晩さん会で話さんかね」

「それは残念だ。晩さん会が待ち遠しいですよ。ああ、もちろんアメリカを入れないという選択肢は許しませんよ?」

「これから作るのは研究都市だ。NASAは入れんとはじまらんだろう」

 その言葉に、外務大臣は満足そうに頷いて、去っていく。

「待たせたね。では、来たまえ」

 向こうの方で、イギリス首相が自ら指揮をして、兵士達が光学兵器を振るっていた。狙う獲物は十メートルを超していた。
 珈琲と、机の上には大きな地図。全員が席に着くと、真老は笑った。

「ここに、私は大きな研究都市を作ろうと思っている。研究費は恐竜もどきを売ったお金で稼ぐ。猛獣のいる地域なのは申し訳ないが、直、一掃しよう。協力をしてはくれないかね? ああ、危険のある研究所は十分に離れた位置に設立して欲しい。セキュリティについては、自己責任で頼む。出来る限り変なのは入れないつもりだがね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ここは地球以外の惑星なのか?」

「あの鉄の輪が移動装置なのか?」

「研究の話とは、あの鉄の輪なのか?」

「イエス・イエス・ノーだ。ゲートの研究については我が研究所で独占させてもらう。しかし、いくつか研究を解放しようと思う。例えば、この惑星では新しいエネルギー発電所を設立しようと思っている。それに、身を守る為の武器も提供しよう。ロビン」

「それでは、それぞれの研究所の希望場所とこの惑星に対する希望をそれぞれ述べて下さい。出来るだけご希望に沿うようにします」

「じゃあ、私の企業の工場はこの河の近くで……。生産に綺麗な水が必要なのでね」

 上がりかけた抗議と困惑の声を制すような形で、栄登製薬が言った。
 そうなると、皆よさそうな場所をとりあえず確保しようとする。
 そのまま流れるように研究の話に飛び火し、喧々囂々と議論を交わした。
 その後、昼には果物を食べ、色々視察した。
 NASAは調査班が来ており、植物の採取など、惑星探査らしい事をやっていた。
 栄登製薬は、製薬会社の重役達を連れて、完全な観光である。
 イギリスとロシアは植物採集よりむしろ狩りに夢中になっており、まだ狩りに慣れていない猟友会(?)に指導してやったりしていた。
 ドイツはその中間で、狩りをしたり植物採集をしたり、立地条件を確認したり、観光をしていた。
 そして晩さん会である。
 晩さん会には、恐竜もどきの肉が並べられた。
 早速、ロシア大統領が口火を切った。

「猛獣の排除に関しては、我が国に任せてほしい。恐竜もどきを全滅させないよう保護しつつ、研究都市を守って見せよう」

「それはありがたいが、後で科学者まで排除されそうなのだがね」

「場合によってはあるかもしれんな」

「イギリスも軍を駐留させてもらう。複数の軍が駐留すればパワーバランスも保たれよう。この際、軍の武器はミズ・武美の作った光学兵器で統一しないかね? あれだと対光学兵器用のスーツを着ていれば誤射も問題ない事だし」

「もちろん、アメリカも軍を駐留させましょう」

「ドイツは軍事方面より、都市の建設方面で援助をしよう。都市の工事の全ては、ドイツに任せてほしい」

「いやいやいやいや、それはないでしょう。大量の働き口が生まれる仕事ですよ? 一番うまみのある仕事ではないですか」

「なんでもいいが、研究都市だという事を覚えておいてくれんかね。ロビンくん、これだけ協賛国家・企業・研究所が集まれば十分だろう。サイトで応募を掛けたまえ。一週間で締め切って、一ヶ月後に皆で集まって都市計画を練ろう。フェーズ3までの国家に手紙を出すように。采配は任せる。予算が予想以上に集まったから、私は違うプロジェクトの方に着手するのでね」

「フェーズとは?」

「惑星研究所の5段階の国家評価ですよ。ようするに研究を盗もうとしないか、一緒に研究できるかどうかです。フェーズ5になったら取引完全停止で復帰できません」

「ああ、そういえば、特許制度を無視するなら惑星開拓に参加させないと言っていたな。4も駄目なのかね。イギリスはフェーズいくつかな?」

「1だ。この中でフェーズ0なのはドイツだけになるかな? 惑星研究所は、君達と末長く仲良くやっていきたいと思っている。外国人科学者も何人か働いているしね。君達がフェーズ5にならない事を祈っている」

「気をつけよう」

 そして、晩さん会を終えると、科学者達は小型艇で送られ、病気に感染していない事が確認されてから地球へと降ろされた。
 その後、惑星研究所では新しく食品部門にも展開するようになった。
 商品は、無論恐竜もどきの肉である。
 それと同時に、惑星研究所は職業斡旋所にいくつもの募集を掛けた。
 三ヶ月後、某掲示板には、こんなスレが立つ事になるのだった。

『いきなり僻地(エデン)に飛ばされた奴3人目』

『と言う事でこちら建築業。僻地としか言われないから不安に思いながら移動したら、移動した先が惑星研究所で宇宙船が。心の準備も無く宇宙旅行しちまったぜ。毎日恐竜に食われないか怯えながら作業してる。恐竜も怖いが軍人マジこえーよ。何よりネットできるのがゲート解放されてる一時間ってのが耐えられない』

『もう三スレ目かよwww被害者多すぎ』

『こちら清掃サービス業者。惑星研究所が仕事先だなんて聞いてねーよ! エイリアンの肉なんて食いたくねーんだよ! 飛び散ったエイリアンの血を掃除する仕事なんざもううんざりだ』

『お前ら宇宙飛行士志望の奴に呪い殺されるぞw』

『技術者として皆来てるから問題ないよ。エデン開拓事業を知ってる人に限定されるけど』

『未だに告知がちっぽけなサイトだけだもんなぁ……真老様のマスコミ嫌いもいい加減にしてほしいもんだ』

『海外じゃ凄い報道されてるよ。マスコミはエデンに入れなくても、エデン入りが許された人がビデオを撮影するのはいいわけだし。真老様、魔王様扱いされてるw ゲート機能作ったのは凄いけど、真老様の許可が無いとエデンに入れないもんな。まさに魔王様』

『お前らいいな。俺、宇宙飛行士希望だったけど、ママンがフェーズ5だから一生行けないorz』

『元気出せ。惑星都市が大きくなったら入管も緩む……はず?』

『そうそう。いずれは一万人単位で出入りするようになるはずだし、そうしたらフェーズ5でも行けるようになるって』

『無理。ママンの国、よりによって懐柔の為に、栄登製薬の人を買収して、特産品を真老様のお食事に黙って混ぜて出したのな。せめて事前にこんな物がありますって紹介するだけなら良かったのに……』

『げ。もしかして科学者の食事に手を加えちゃったの? 真老様が研究以外に唯一拘ってる食事に?』

『手引きした栄登製薬の奴、首になってさあ。真老様が怒るわ怒るわ。危うく栄登製薬まで切られかけたらしくてさ。フェーズ4がフェーズ5になった瞬間でした』

『えー! フェーズ4なら特許料払えば3まで戻して貰えたかもしれないのに!』

『ちょっと可哀想だな……。担当者は良かれと思ってしたんだろうが、食い物の恨みは怖いぞ』

『アメリカやロシアが物凄い勢いで惑星探索しているのを見ていると、日本はのんびり建物建ててる場合なのかと疑問に思う』

『自衛隊も来てないしな―。協賛国家で日本だけだぜ。自衛隊来てないの』

『ほら、日本はフェーズ3だから……仕方ないんじゃね?』

『お前ら、真老様は次の惑星に着手なさってるぞ。建築業者だけど、エデンじゃない惑星に連れてかれた』

『マジで?』

 掲示板内では、様々な噂が飛び交っていた。しかし、未だ日本のニュースではやらず、日本の多くの者は惑星が見つかった事さえ知らないのだった。



[15221] エスパー奮闘記(現代エスパー物)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/11 12:27

 俺には、夢があった。親父と同じ医者になるという夢だ。
 幼い頃からの夢だった。俺は親父に本気で憧れている。しかし、現実は……。

「親父。金くれよ」

「またか、照。お前は本当に……。口座に大金が入っていたが、どうやって稼いだんだ。まさか……」

「いいから黙って寄こせよっ」

 俺は金を分捕り、さっさと町へと向かった。途中、銀行でお金を降ろす。
 向かう先は廃ビルの二階。俺達の隠れ家。
 そこで、ピンクが待っていた。桃色を基調とした服を着た、女の子。俺はピンクの本当の名を知らないし、それを気にした事は無い。
 見た目だけなら好みなんだが、こいつは一筋縄じゃいかないのだ。

「お疲れ。レッド。お金持ってきた?」

「ほらよ」

 レッド……俺は金を投げ渡した。それをピンクは拾い集め、数える。

「まいどありー。悪いね、レッド」

「仕方ねーだろ。ブルーは? 口座にお金入ってたから、ねぎらってやんなきゃな」

「また寝てるよ」

 ピンクは後ろを指し示して言う。青を基調とした服を着た痩せた男が、キャラクターものの寝袋で睡眠を取っていた。
 その横でグリーン……緑色の服のガタイのいい男は地図を見ており、ブルーから少し離れた場所で、イエロー……黄色いリボンの女が菓子を食べていた。
 ピンクも怖いが、イエローも恐ろしい。全く、顔は可愛いのに、女性不審になりそうだ。
 これが、俺達が結成した地球防衛軍である。
 結成したのは俺が中学の時。それ以来、俺は引籠りを演じ、学校を良く休むようになった。
 なんとか高校に滑り込めたはいい物の、出席日数はいつもピンチだ。
 何より、医者になるなら医大に入らないといけない。推薦で入れるはずもないから、死ぬ気で勉強しなきゃいけない。
 働いていかなきゃいけないのは誰もが同じ。俺達の最近の目標は、秘密裏に俺達の後継者を見つける事だ。出来れば、中学一年から二年の間の奴が継続して受け継いでいってくれるとなおいい。それより幼いのは心配だし、それより上だと、社会的にやばくなる。それは俺達が身を持って学んだ。
 俺が英語の教科書を出して、座って読んでいると、ブルーが起き上った。
 全員が、ブルーを見る。

「ブルーさん。何が見えました……?」

 イエローがおっとりと、しかし、少し緊張を滲ませて聞く。

「予知は五つ。まず一つ。明日、アメリカで銀行強盗が起きる」

 それに、俺達はひとまず力を抜いた。

「なーんだ。それなら、いつも通り公衆電話から警察に通報して終わりだな」

「エイリアンの強盗だ。犠牲が出る」

 それに、俺達は身を固くする。特に俺は、戦闘担当だ。もう何度目になるかすらわからない戦闘だけど、それでも俺は怖かった。イエローはおっとりと頷いた。

「二つ目。近い将来、地震が起きて、この近くの夢追いトンネルが閉じ込められる。これはちょっと時間がわからなかったけど、即死者はいなかったから通報とかは何もしない方がいいと思う」

 これを助けるのはグリーンになる。グリーンはこくりと頷いた。

「三つ目。口座の持ち主……レッド、お前が調べられる。俺の身代わりに、なってくれるな? トンネルの件が終わったら、お前は俺達と接触禁止だ」

 元から、その予定だった。俺は緊張した面持ちで頷いた。

「四つ目。喜べ。仲間が出来る。それもヒーラーだ。エイリアンの強盗に襲われて、能力が目覚めるはずだ。もうすぐ夏休みだから、特訓にはちょうどいい。教育はピンクに行ってもらう。そうだな、ホワイトとでも呼ぼうか」

「了解っ」

 ニコニコ笑ってピンクは頷く。

「五つ目。エイリアンの、大使が来る。俺達に会いに」

 それに俺達は眉をひそめた。

「大使、ですか……?」

「……まさか、和解か?」

「それこそまっさかー! あたし達の事、動物園で見る動物としか思ってない奴らが!? ありえないわー。それにあいつら、未来であたしらの事大虐殺するんでしょ? 早めに駆除に乗り出したって考える方がまだわかるわよ」

 ピンクの言葉に、俺は身を固くした。ピンクを媒介にして、奴らが俺達をどう思っているかは理解していた。面白い実験動物。奴らの俺達への感想は、それだけだった。

「詳しい事情は割愛するが、金庫が開かなくなって、グリーンの力が必要になったらしい。上手く行けば、地球人誘拐を禁止する法案を出させる事が出来るはずだ」

 なんだ、それは。しかし、ノー天気な奴らの事だから、十分あり得る事だろう。しかし、地球人への迫害の前段階である誘拐をやめさせる事は、大きな前進だ。
 俺達は頷き、そして俺は勉強に戻った。
 次の日。俺達は戦隊者のコスプレをしていた。
 ブルーはいつも通り、留守番だ。
 俺達は、グリーンの力、テレポーテーションで、銀行内に突如出現した。
 グリーンは、触れている相手を世界中のどこでも、自在に連れて行く事が出来るのだ。

『なんてこった! 初めて正義の味方を生で見たぜ』

 焚かれるフラッシュ。そこに、つんざくような悲鳴。
 銃を突きつけられた受付が悲鳴を上げていた。
 イエローが、がっと手を横に振る。それと同時に、銃を突きつけていた男が横に弾き飛ばされた。
 俺は集中して、男の「服」だけを、火にくべてやった。
 男が一見燃え盛ったようになり、銀行内は騒然とする。
 起き上ったのは、醜悪な爬虫類の顔をした男だった。上がる悲鳴。
 爬虫類の顔をした男は、悲鳴を上げて鞭のような物を振りまわした。
 イエローが鞭の動きを抑え、俺が燃やす。しかし、鞭は思いのほか丈夫で、中々燃えつきない。爬虫類の男が必死で鞭を動かすものだから、ついイエローの制御が外れた。
 鞭は呆然と見ていた人々に向かった。その人々の真ん前にいるのは、まだ小さな少年だった。

「グリーン!」

 俺が叫び、グリーンは俺を人々の前に飛ばす。
 俺は鞭を直接掴み、電流を浴びながら、目いっぱいの発火能力を使って鞭を消し墨にした。その後、俺は耐えきれず座り込む。スーツはただのコスプレにしか過ぎないのだ。防御力は無い。

「レッドさんを傷つけましたね……?」

 静かに言い放つ、イエロー。やばい、イエローが切れた。
 イエローは何かを引きちぎるような身振りをする。それと同時に、エイリアンの手が千切れた!
 暴れるエイリアンに、ピンクが歩み寄って触れる。

「ふむ。今回暴れた理由は、単に遊ぶ金欲しさの軽い気持ちだわ。転送装置はこれね? イエロー、もう片方の手もやっちゃって。その後戻すから」

 イエローはまた、何かを引きちぎるような身振りをする。すると、残っていたエイリアンの手が千切れる。俺は、吐きそうになって口を押さえた。
 ピンクがエイリアンの腰もとで何かしら操作をすると、両手を残してエイリアンは消えて行った。

「大丈夫ですか、レッドさん……? あの、鞭、そんなにやばいものでしたか?」

 いや、やばいのはイエローの攻撃方法だよ。そういう勇気は無かったので、俺は吐き気をぐっとこらえた。スーツの中で吐いたら酷い事になる。
 少年が、心配そうに俺を掴んだ。その体から、暖かいものが流れてくる。

【ピンク。この少年がホワイトだ】

 俺はピンクに向かってそう念じた。すると、ピンクは少年に歩み寄る。

【ホワイト。私達の仲間。私達は貴方を歓迎するわ】

『ホ、ホワイト? どういう事?』

【レッスン1。口に出さない様に私に話しかけて見て。テレパシーって言うのよ】

【こ、こう……かな】

【上出来よ。そして、テレパシーで話した事は全て内緒にして。まず、貴方はヒーラー。回復を司る者よ。レッドを癒して。その胸に宿る暖かいものを、レッドに流し込んで】

 言われて、少年が俺に手を当てる。すると、俺はどんどん楽になった。くそう、羨ましいぞ。俺もこんな能力が良かった。
 傷が完全に癒えたと思える頃、ピンクはホワイトを止めた。

【素晴らしいわ、ホワイト。貴方はレッドを癒したのよ。でもその力、決して他の人に見せては駄目よ。エスパーはいずれ迫害される。用心するの。本格的なレッスンは、夏休みに入ってからね】

 そしてピンクは俺に手を貸し、俺はグリーンの手に手を重ねた。
 視界が反転して、俺達は隠れ家に戻っていた。

「ヒーラーかぁ。素直ないい子だったじゃない?」

「あの子、秘密を守れるでしょうか……」

「テレパシーで秘密にすることの重要さは伝えたわ。後はあの子の問題」

 ピンクはジュースをぐっと飲み干し、イエローはお菓子の袋を開けた。
 能力を使うと、極端に腹が減る。頭が糖分を欲する感じなのだ。俺も早速、食事を買いに出かけた。
 そうだ、新しいスーツも買わないといけない。俺とホワイトの分。

「ついでだから、俺、スーツを買ってくる。グリーン、頼む」

 俺は顔が隠れるコスプレをして、グリーンと共に秋葉原の目立たない場所に降り立った。
 そして、コスプレ屋に顔を出す。

「これとこれ下さい」

 サイズが良さそうなヒーローもののスーツの赤と白を見つけて買うと、店員は探るように俺を見た。

「なんですか?」

「いや、君が本物のカラーレンジャーなんじゃないかってね」

「嬉しいな。俺、カラーレンジャー好きなんですよ。今度、コスプレパーティするんですよ、全員が違う色来て、いとこの誕生日を祝うんです」

「へー……」

 俺は適当にごまかしつつ、服を買ってグリーンの肩を叩いた。
 店から出ると、またグリーンのテレポーテーションで移動する。
 一週間後、早朝に俺達は集まった。
 夏休みに入り、ホワイトの歓迎会をやるのだ。

【ホワイト、いい? 周りに人がいない事を確認した?】

【う、うん。いいよ】

 そしてグリーンが「飛ぶ」。グリーンがホワイトを連れてくると、俺達は俺たちなりに歓迎した。

『ようこそ、ホワイト。俺達の新しい仲間』

 意外だろうが、俺達は全員英語を流暢に話せる。他にも、2、3ヶ国語ほど勉強中だ。

『き、君達は全員日本人?』

 ホワイトがびくびくしながら周囲を見回した。

『俺達も驚いている。新しい仲間がアメリカ人だったなんてな。ワクチンの系譜は、全て日本人だと思っていたから』

『ワクチンの系譜?』

『君に話さないといけない事が、たくさんあるんだ』



[15221] エスパー奮闘記 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/09 21:55

『ホワイトは、神様と言うものを信じるか?』

 ブルーは眠っている。だから、説明するのは俺の役目だ。

『この力は、神様がくれたの?』

 ホワイトがジュースを片手に、興奮を声に乗せて言う。

『正直、わからない。ただ、上司の命令で、人間を見守っていると自称する女性がいる事は確かだ。「彼女」は俺達をワクチンと呼ぶ。災害や、エイリアンの来襲と言った「病」に対抗する為のワクチンだ。まず俺達のような一握りの強力な能力者が、ついで多くの弱い能力者が産まれてくる。俺達の子供もまた同じ力を持って生まれてくる。それがワクチンの系譜だ。それを進化させるも退化させるも、正の方向に育てるも負の方向に育てるも、血の系譜を守っていくも途切れさせるも、全ては俺達に任されてる』

 ホワイトは、むぅ、と考えた。

『つまり、私達の役目は、変な力を持った子供でも喜んで育ててくれるパートナーを見つけて、エイリアンと戦えって事よ』

 ピンクがいうと、ホワイトは笑った。

『やっぱり、神様の為の力なんだ! 僕らは、正義の味方なんだ!』

『それは違う』

 俺は、首を振ってジュースを飲んだ。全てを飲み込むように。

『まず、俺達の力は必要が無くなれば廃れていくものだ。俺達の力がいらなくなるか、害になれば、失われていく。俺達は完璧じゃない。そして、未来でエスパーとノーマルの大戦が起きると予知が出てる。ワクチンに過ぎない俺達は、人間自体に敵視されれば消えるしかない存在だ。問題は、エスパーと人間の大戦が、人間に訪れる激動の時代の前に訪れてしまうという事だ』

『つまり、私達はこのままだと、ワクチンとして機能する前に守るべき人間に皆殺しにされてしまうんです。エスパー大戦を避け、あるいは可能な限り遅らせ、「激動の時代」で使い潰され、人類を守って消えるのが私達の使命なんです。基本的に犯罪者ですし、正義の味方なんてものじゃないですよぅ』

 イエローがまったりと言う。ホワイトは、目を見開いた。

『そんな! そんなのって悲しすぎる。どうにかならないの? 犯罪者って、どういう事?』

『お前も目の前で見たろ。まず、不法入国だ。それにエイリアンに酷い傷を負わせてる』

『それは正義の為じゃないか!』

 俺はきつくホワイトを睨んだ。

『それは危険な考えだ。犯罪は犯罪なんだよ。俺らは悪者だって常に心に刻んどけ。決して忘れるな。そして、だからこそ、能力を悪用するな。俺達は、生まれつき人より簡単に犯罪を犯せちまう体なんだよ。人間に一度敵視されりゃ、滅ぼされるまで一瞬だ。ワクチンの司令塔たる俺達はたったこれしかいないし、これからもそう増えない。俺達が一人でも子孫を残さずに死ぬ事は、そのまま人類が劣勢になる事を決定づける。お前はもう子供じゃない。エスパーであり、これから生まれるヒーラーの一族の始祖でありリーダーなんだよ。お前には、一族を守る義務がある』

『わかんない、わかんないよ、僕』

『レッド、ホワイトを困らせるな。すまない、俺達もどうすればいいかなんてわからない。わからないなりに、もがくしかないんだ。ホワイトには、今日聞いた事をじっくり考えてほしい』

『ブルー、起きたのか』

 ブルーは微笑んで言った。

『未来の技術情報をいくつか入手したよ。レッドはいつも通り、この情報を本来の開発者に送って、寄付を募ってくれ。それと、すぐ銀行に行ってくれ。大金が振り込まれてる。この手法で金を稼いでいくのは有効なようだ。これでもうお父さんからお金をせびってもらわなくても良さそうだ。今まで、すまなかった』

『稼いで返すさ。引退すればもう引籠りにならなくて済むからな。これから俺は監視される事になる。そりゃつまり引退できるって事だ。そうだろ?』

『……本当にすまない』

 ブルーは深く頭を下げる。

『気にするなよ。さあ、難しい話はここまでだ。食べて飲もうぜ。ホワイト、俺達は拷問でもされた時の為に互いの素性は聞かない事にしてる。でも、互いの国の事を教え合うのは構わないはずだ。俺、アメリカでどんな勉強しているのかが知りたい』

『レッド、まっじめー! あたし、どんな食べ物があるか知りたい!』

『アメリカのハンバーガーを食べてみたいですぅ。今度、奢ってくれません? 私達からも、お菓子を奢りますから』

『……試着』

 グリーンがスーツを差し出す。
 俺達は、気持ちを切り替えて大いに楽しんだ。
 その翌日、夢追トンネルが山崩れにあった。
 即座に俺達は廃屋に集まり、寝ぼけ眼のホワイトをグリーンが連れてきた。
 俺達はスーツ姿に着替えると、グリーンにトンネル内に飛ばして貰った。
 ひんやりとしたトンネルに降り立つと、トンネル内で玉突き事故が起きていた。

『ホワイトさん。私が皆さんをお助けしますので、治癒をして回って下さい』

『は、はい!』

 イエローが確固たる足取りで車へと向かう。その後をホワイトがついて行った。
 俺も二人を追う。

「カラーレンジャーだ!」

「カラーレンジャーが来てくれたぞ!」

 人々が騒ぎ出す。携帯でパシャパシャと撮られる。
 グリーンは元気そうな人から片っ端からトンネルの外へと連れて行った。
 俺は、燃える火の粉を片っ端から消して行った。
 イエローが、軽く手を振ると、車のドアが吹っ飛ぶ。
 その後、イエローは何かを押し広げる動作をした。つぶれた車内が広がっていく。

「レッドさん、お願いします」

 つぶれた車内には、当然人がいる。女の人だった。足が、なんというか、うん、潰れていた。
 俺は、怪我人を見ないようにしながら、抱き上げて外へと移動させた。
 仮にも医者になりたいっていうんだから慣れないと、と思うんだけど、どうも俺は他人の怪我が怖い。盾担当みたいなもんだし、俺自身の怪我は割と平気なんだが……。ああ、今回も無関係ではいられない予感。

『あ……ああ……酷い……酷いよ……。治って、治って……』

 ホワイトがおろおろと怪我人を抱きしめる。その傷が、徐々に癒えていく。

「この飛び出た骨は中に戻した方がいいでしょうね。レッドー!」

「よ……よよよ、よし、任せろ」

 数年一緒にいりゃ、名前は知らなくとも夢はばれる。よって、医者志望の俺は応急処置担当だったりするのだ。
 俺は骨を元の位置に戻し、ホワイトがそれを癒した。

「お前、絶対医者行けよ! 絶対だからな!」

「は、はい……あの、ありがとうございます、えっと、ホワイト……さん? センキュー」

『ど、どういたしまして』

 ホワイトが、答える。

「カラーレンジャー! お願い、この子を早く外に出して。頭が、頭が……」

 頭を怪我した子を抱いたお母さんが走ってくる。ホワイトがそれを迎えた。

「グリーン! 生き埋めになっている人がいるみたい。なんとか移動できない? 位置情報は送るから。早いとこ済ませて、反対側も見ないと……」

 ピンクが行き止まりの所で叫んだ。
 グリーンが、そちらに走っていく。
 イエローが次の車を開けた。
 こんな時、いや、ぶっちゃけ俺の能力はエイリアンをぶっ倒す時にしか使えない。俺は大人しくお伴をした。
 その時、トンネルの反対側の方からマイクとカメラ、ライトを持った数名のグループがやって来た。

「あ! なんと、カラーレンジャーです! カラーレンジャーが救助活動に来ています! しかも、一人増えています! レッドの服が変わっていますね。何かあったのでしょうか?早速インタビューに行きたいと思います」

 女の人がマイクを持って向かってくる。

『ホワイト、子供が気になるのはわかるけど、こっちの男の人の方が重傷!』

『わかった!』

 イエローとホワイトは、レジャーに来ていたらしい父子の治療に移っていた。

「わ、私はいいですから、子供を……」

「駄目よ。子供は大丈夫。そうよね、レッド」

 俺はざっと傷を見て言う。

「ああ、少なくとも死ぬ事は無い。あんたの方が重傷だ」

 そこへ、ピンクが叫んで手を振りまわす。

『ホワイト! 急いで、こっちの人が虫の息!』

「レッド、あの車何か煙出てるぞ、爆発しない様に、炎を押さえつけておいてくれ」

 グリーンに言われ、俺は慌てて火を押さえた。イエローが人の救出に走る。
 どう見ても忙しくてそれどころではなかった。
 さすがにそこに切り込む馬鹿な真似はせず、その代りにマスコミは余すことなく俺達の活動を記録した。俺達はそれを放っておいた。
 ホワイトの事はいずれ救助者の口から洩れる事だし、いい事をしている姿を報道されるのは決してマイナスではない。
 五時間ほどしただろうか、ようやく要救助者をマスコミ以外全員救う事が出来た。
 ホワイトはもう既に立つ事も出来ないほど、疲労している。

「よし、次はあんた達だ」

「待って下さい! 貴方達の正体は何なんですか!? メンバーが増えたようですが、一体……」

 グリーンが無言でマスコミを纏めて抱きしめた。
 すると、マスコミの人達が消えて、俺達は息をついた。

『大丈夫か、ホワイト?』

『大丈夫じゃ、ない……くらくらする……お腹減った……』

「あ、グリーンも外でダウンした」

「なにーっ!? どうやって出るんだよ!」

 ピンクの言葉に、俺は叫ぶ。

「グリーンが回復するまで、出れないんじゃない? 今レスキュー隊にご飯分けてもらってご飯タイムみたい。私達もご飯タイムにしましょ。こんなにいっぱい車があるんだもの。どれか一つに食べ物くらい入ってるわよ。皆も、命を助けてくれた私達にごはんを奢る位、許してくれるはずよ。マスコミの車が狙い目ね」

 ピンクはいつも逞しい。ホワイトには何か食べさせないと本気でやばそうなので、俺もピンクの案に便乗する事にした。
 狙い通り、マスコミの車には旨そうな弁当がたくさんあった。
俺とピンクはそれを持ってホワイトとイエローの所に行く。
ESP能力をフルに使った二人は飢え切っていた。たくさんあった弁当が、三つ四つと二人の腹に消えていく。ピンクもお弁当を二つ平らげ、全員が腹いっぱいになったのを確認して、俺は余ったおにぎりを一つ食べた。ふん、俺だって能力を大量に使った日はたくさん食料をまわして貰えるんだからな!
そして、無事そうな車に寝そべって俺達は仮眠した。こんな時くらい、高そうな車で寝てもいいよな?
俺が熟睡していると、呼び声が聞こえた。

「レッド。レッド。トンネル開通しちゃったみたいよ?」

「グリーンの野郎……」

 土砂の上の方から光が差しており、開通したトンネルと、レスキュー隊の横で、グリーンがこちらを拝む手振りをした。
そして、俺達はグリーンの手に手を重ね、廃ビルへ移動する。もちろん、ホワイトを送る仕事付きだ。ホワイトを送って戻ってくると、グリーンは死んだように眠った。
さすがに、マスコミのいる所じゃ、休憩は出来ても睡眠は出来ねぇよなぁ。
さあ、家に帰って二度寝するとしますか。
朝、俺が家に帰ると、黒服黒メガネの怖いおっさんが玄関で茶を啜っていた。
ガッデム、今日来てるんなら今日来てるって言ってくれよ、ブルー。
しかも、見ていた番組はついさっきの救出劇。
さあ、戦いの始まりだ。



[15221] エスパー奮闘記 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/10 07:38



「親父、この人達何だよ?」

 思い切りガラを悪くして言う。親父は怒りを見せるかと思ったが、それに反して現れたのは困惑だった。

「お前、この人達の研究に協力したのか?」

「ああ、NASAとかいう所の奴か? それがどうかしたか?」

 親父は、心底驚いた顔で俺を見た。俺は親父の横、客人の真向かいに座り、自分でお茶を入れた。仮眠した後、何も食べていない。俺は菓子を開けては食べる。

「朝帰りなどしおって、今朝食を持ってくる」

「焔照さんですね。変わった苗字ですね」

 黒服の男は、にこやかに言った。

「まあな」

 落ちる沈黙。
 テレビでは、ちょうどグリーンがマスコミの人を救出したシーンだった。
 ぐぅぅ、と大きな腹の音を響かせて、グリーンがへたり込む。
 無言で、猛獣に餌を与えるかのように、レスキューの人がおにぎりを差し出した。
 グリーンはそれを奪い取って、マスクを半分上げ、がつがつと食べた。
 マスコミは、意外に若いと騒いでいた。
 それから、グリーンに多くの食料が渡された。酒もあった。おいおい。まさか、飲まないよな?

「単刀直入に聞きます。照さんか、照さんの友人は、予知能力者かテレパシストですね? 送られてきた情報は、正に当人の頭の中にあった事に他ならない」

 俺は、飛びきり悪い顔で微笑んでみた。

「だったら、どうしたよ?」

 これは、どうあってもごまかせない。問題は、この先だ。
俺と怖いおっさんの笑顔が激突する。グリーンの野郎、酒飲みやがった。しかも旨そうにぐびぐびぐびぐびと。奴め、実は飲兵衛だったのか。にしても、飲んでいいタイミングを考えろ。つーか飲酒テレポートってなんだ。ふざけた真似をしやがって。
 親父が白米に魚に目玉焼きを持ってきてくれる。
 俺はありがたくそれを食べた。
 その間に、黒服の男が語る。

「一億あります。とりあえず一年、貴方が読みとった全ての情報を渡してほしい」

「ねぇよ。俺が読みとった情報は、正当な持ち主に返す。そうしたら、そいつは、研究の時間が短縮されて、俺はその短縮された労力と時間分の報酬を貰う。こういうの、ウィンウィンの関係って言うんだろ。俺が読みとった情報で他の奴が特許を取ったら、そりゃ盗難って言うんだ。違うか?」

「それはそうです。でも、貴方はお金が必要だ。そうでしょう?」

「確かに遊ぶ金は欲しいけど、盗難してまで欲しい金じゃねぇな」

「……1千万貴方の口座に振り込みました。しかし、それを貴方はすぐに降ろした。何が目的です?」

「競馬で擦っちまったよ、そんなもん。どうせ泡銭なんだから」

 親父は、蒼白な顔をして、倒れそうになった。
 マスコミがここぞとばかりにインタビューしていた。やめろグリーン。お前、普段すっげぇ寡黙な癖に、ここぞとばかりに饒舌になるな。

《今回、ホワイトが初めてメンバーに入って、メンバーは五人になるわけですね》

《嫌な事言うなよ。あいつは引退するんじゃない。ちょっと一線を退くだけだ。だから地球防衛軍は六人になるんだ。俺達はいつまでも仲間だ!》

 正直、テレビを消してしまいたい。しかし、全国放送だから、ここで消したってどうなるもんでもない。そして、ビデオに撮っているわけでもないので、続きが非常に気になる。

「照さん、私は貴方をそんな人間だと思わない。さっき、貴方は盗難はいけない事だと言った。高校の勉強は、何もしないで高得点を取れるほど簡単なものではないし、盗難を行けない事だという貴方がカンニングをするはずがない」

「へぇ? それで?」

「つまり、貴方には何か大きな目的があるという事です。予知能力者の企み。それを私は知りたいと言っているのです」

《六人!? つまり、もう一人いるというわけですね。レッド、ピンク、イエロー、ホワイト、グリーン、最後の一人は?》

《何って、俺達のリーダー、プレコグのブルーに決まってる》

 おいいいいいいいいいいいい!? もう黙れ、その口を閉じろ! ピンクは何をしてやがった! こんな時の為のテレパシー監視だろうが!

《プレコグのブルー! 予知能力者と言うわけですね! プレコグと言う事は、やはりカラーレンジャーはエスパーの集まりと言う噂は本当だったのですね。引退理由は?》

《あいつ、もう大学受験控えてるし、志望は親父さんと同じ医者だったから、どの道引退する予定だったんだ。申し訳なかったよ。本当はいつも暇さえあれば教科書や医学書入門開いているような真面目なのに、あんな子供に不登校をしてもおかしくないような不良の演技させてさ。でも、あいつはいつだって弱音を吐かなかった……。その上あいつ、資金管理担当だったからな。ついにぱくられるらしいんだ。1千万入ったから、俺達の資金は当面大丈夫なんだけど。俺達、あいつにばっかり苦労を掛けて……。盾になるのもいつもあいつで。あいつは、捕まってモルモットにされる事も、死も覚悟で……焔ぁ……》

 うわああああああぁぁぁぁぁぁぁ! てめーなんで俺の名前知ってやがるぅぅぅぅぅ!

「お前にはかんけーねー! さっさと出て行きやがれ!」

《焔!? ブルーは焔と言うのですか!?》

 そこでようやくグリーンは酔いが醒めたらしく、顔色を青くした。

《頼む……今のオフレコにしてくれ! 仲間にぼこられる! マジ制裁される!》

《ええ、大丈夫ですよ》

 アナウンサーがいい笑顔で答えた。この嘘つきやろう!
 大声でなんとかごまかそうとしたが、どうにもならん。
 グリーンの野郎、後ろから急所を撃ちやがった。プレコグの振りをするぐらいは計算のうちだったよ。けどな。地球防衛軍との繋がりに関しては、そりゃ隠すとこだろう!? 俺はその辺りを、命がけで守ろうとしたんだぞ。いや命以上だ。発火能力者一族の命運までかけて囮役をやったのに! 俺はこれからも資金提供者としては協力するつもりだったんだぞ、どうすんだよ、これからの資金調達!
 俺の頭の中で、罵倒が流れる。
親父は穴があくほど大きな目で俺を見つめた。

「一千万……焔……プレコグ……お、お前まさか!?」

 黒服黒メガネの男は、お茶をすすって言った。

「モルモットにされる事も、死も覚悟で、ですか……」

 呟かれた言葉が重い。めちゃくちゃ重い。

「で、俺の事、いくらで買ってくれんの? 嫌だって言っても、誘拐するんだろ? けどな、親父に手を出したら俺はその場で自害するからな。それに俺は拷問されたって何も喋らねぇ。グリーンと違ってな」

 俺が腕を組んで言うと、親父はおろおろと叫んだ。

「照、お、お前、何を言っているんだ! そんな事はさせないぞ!」

 今まで散々親不孝して来たのに、それでも俺を庇おうとする親父に、俺は胸が熱くなる。俺はあえて、クールを装った。本当は、頭の中めちゃくちゃだ。助けてくれって叫んでる。

「おいおい、国家権力舐めんなよ、親父。アメリカ様に一開業医が勝てるわけ無いだろ?」

「日本円にして百億でいかがですが? ただし、逃げないと言うお約束で」

「悪くねぇな。現金で頼む。受け渡し方法はこちらで指定する。それと、もう一つ」

「なんですか?」

 俺は笑った。

「一度でいいから、真面目に勉強受けてみたかったんだ。ちょうど今、夏期講習やってるし。今日だけ、学校行かせてくれ」

 おっさんは頷く。

「それぐらいなら、いいでしょう。一時限だけですよ」

 俺はおっさんと家の外に出る前、親父を一度だけ振り返って、笑った。きちんと笑顔になっているだろうか?

「一度も言ってなかったけど、俺は親父を尊敬してる。親父みたいな医者に、なりたかったよ。苦労ばっか掛けて悪いな。一億は親父の取り分として貰ってくれ」

「照……? 照! 照!」

 親父を振りきり、俺はベンツに乗せられて学校へと向かった。こいつ、やっぱり学校も調べてやがった。
 夏期講習にはまだ時間がある。俺は黒服のおっさんと共に教室に向かった。

「ほ……焔くん!? どうして夏期講習に!? テレビ見たよ、まさか君、ブルーレンジャーなのかい……!? 後ろの人は一体!?」

「俺、アメリカに行く事になったんだ。その前に、授業受けとこうと思って」

「そうか……じゃあ本当に……! そうか……! 私の生徒がこんなに立派に……。すまないね、先生何にも気付かなかった……」

 先生が感涙する。

「そんな事どうでもいいから、授業してくれよ。わからないけど聞けない所がいっぱいあってよ。アメリカ行って馬鹿にされるのも嫌だし」

 俺は教科書を見せ、つまらなそうに先生に言った。
 一時間ほど勉強していると、だんだんと生徒が集まってくる。生徒達は一様に俺を見ると声をあげた。
 夏期講習が始まると、先生は俺を立たせた。

「知っての通り、焔くんはブルーレンジャーでした。そして、お仕事の都合でアメリカに行くそうです。焔くん、何か正義の味方として、皆に講演をしてください」

 騒がれるかなとは思ったし、最後の最後で、ちょっとくらいヒーロー扱いを受けてみたいと思ったのも確かだ。しかし、実際にこう言われてみると、俺は非常に戸惑った。

【いいじゃん、格好良い事言っちゃいなよ。これが最後なんだから。あと、イエローはグリーンはマジぼこっておいた。安心して!】

【ほどほどにしてやってくれよ、ピンク。それと、なんで俺の名前知ってたんだ、奴は?】

【教科書に名前、書いてあったよ】

 俺はあまりのアホさ加減に頭がくらくらして、深呼吸しなくてはならなかった。

「えっと、俺は正義の味方なんて綺麗なもんじゃない。皆も見てただろ? エイリアンを引きちぎったり、消し済みにしたり。召集があるから、学校にもろくに行けない。学校に行けないって事は、就職の準備が出来ないって事だ。その上、しょっちゅうどこかに出かけなきゃいけない奴を雇ってくれる所なんて無い。給料が出るわけじゃないから、金だって、いつも親父からせびって。俺の事、全然勉強してないのに出来る奴って言ってる奴いたよな。嘘だよ。俺、空いてる時間は必死に勉強してた。知ってるか? 教師に教えてもらえば一時間でわかる事も、一人だと三倍、四倍勉強しなきゃいけない。俺は仕事と勉強以外の事を知らない。友達もいない。医者になりたかったよ。でも、どっちみち無理だったろうな。これじゃただの愚痴だな。えっと……。人間、やりゃ出来るもんなんだよ。どんだけ頑張ったってどうにもならない事は、それこそ腐るほどある。一寸先が闇な事もある。世の中ってのは、綺麗じゃない。でも、希望は確かにあって、努力しなきゃ何一つ手に入らねーんだ。どんな事があっても、諦めんな。その中での最善を掴み取れ。俺の話は、以上だ」

 拍手。その後、手が挙がった。

「ごめん、質問には答えられない。ふとしたはずみにグリーンみたいに仲間を売っちまったら大ごとだからな。今日は一時限だけ授業を受けに来たんだ。講演をするためじゃない」

 そして俺は席に戻った。
 その後、俺はざわめきの中で授業を受けた。
 授業が終わると、俺は生徒達に囲まれた。

「焔くんてプレコグなんでしょ? 私って誰と結婚するかとか、読める?」

「あ、ズルイ」

「仲間ってどんな人? イエローってやっぱゴリラみたいな女なの? それともおしとやか系?」

「正義の味方ってどんな感じ?」

「よくボランティアなんて出来るよな。命がけで戦っていく末がニートなんて、俺耐えられない」

「悪い。本当に何もいえねーんだ。サンキュ。おっさん。行こうか」

 俺は立ち上がって、おっさんの後についていった。

「アメリカでなにすんのー?」

 最後に、女の子が問いかける。

「実験動物」

 俺は答え、驚いた顔のクラスメイトを置いて再度ベンツに乗った。
 車はそのまま空港に向かい、俺はチャーター機に乗せられた。

「おいおい、いいのかよ? 俺、パスポート持ってねーぜ」

「部下には密入国させていたようですが」

「そりゃ、そうだけど。じゃあ、俺、疲れたから眠る」

 ふかふかの椅子に座り、俺は眠った。



[15221] エスパー奮闘記 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/16 23:17
 車はそのまま空港に向かい、俺はチャーター機に乗せられた。

「おいおい、いいのかよ? 俺、パスポート持ってねーぜ」

「部下には密入国させていたようですが」

「そりゃ、そうだけど。じゃあ、俺、疲れたから眠る」

 ふかふかの椅子に座り、俺は眠った。
 起きた時、俺は既に堅いベッドの上だった。金属質の壁。机に棚と、トイレ。監視カメラ。洋服掛けには、いくつもの洋服が掛けられている。服も着ていたものと変わっていた。患者が着るような、ゆったりとした服。
 棚の中には、勉強道具や医学書が並べられていた。俺、まだ夢を目指していいのかな?
 机の上の紙には、日本語で欲しいものリストと書かれていた。
 俺は、スポーツドリンクと食べる物を常備して欲しいと英語で書く。
 いくらなんでもここまで移動されて起きないのはおかしいので、眠らされたのだろう。
 俺は思い切り伸びをして、着替えをする。腕についていたガーゼは取った。
 正直に言って、俺は実験室っぽい所やその雰囲気が怖い。寝ている間に検査が済んでしまったのなら、重畳だ。
 俺は幸運に感謝し、服を選んで袖を通した。
 無機質な部屋で、俺は医学書を引っ張り出し、目を通した。医学書はちゃんと入門書だった。
 真新しいノートに、纏めた物を書いて行く。
 集中していると、ドアがノックされて開いた。金髪に青い瞳。スタイルの良い体を包む白衣。
 女科学者が、ドアに寄りかかってこちらを見ていた。

「照くん。貴方って随分と落ち着いているのね。それはカラーレンジャーのリーダーとしての矜持? それとも状況をよくわかっていないだけ?」

「俺が百億で買われたって事は理解してる。現金の用意は済んだか? トランクに入れてこれから指定する場所に置いてほしい。ああ、発信器の類をつけたら……」

「しないわよ。ルールは守るわ。ルールの改変をする事はあるけどね」

 女の人は、立ち上がって俺の方に向かってくる。そして、俺の顎を手でつかみ、上げさせた。

「カラーレンジャーのリーダーが、こんな坊やなんて驚いたわ。それに、随分可愛いのね」

 俺が知り合う女は、どうしてこう怖い奴らばっかりなのか。
 それでも、女科学者の色香は大したものだった。俺は女科学者の服からはみ出んばかりの胸から目を逸らした。
 女科学者は、それを見てクスリと笑い、俺の耳に囁く。

「指定する場所は?」

 俺はピンクと連絡を取り、場所と時間を指定した。
 女科学者は電話で手続きを取り、そしてニコリと笑う。

「さ、これで貴方は正式にアメリカの物よ。記者会見があるの。出てくれるわね? 五分で着替えて、紙に書かれた事を覚えなさい」

 そして、青いスーツを渡される。女科学者が出ていく様子はない。
 俺は思い切って服を着替えた。イエローやピンクの前では何度も脱いでる。だから、知らない女の前だって平気だ。そう自分に言い聞かせたが、やはり緊張した。
 上着を脱ぐのが辛かったが、どうせ自分の素肌は見られているはずだ。俺は思い切って脱いだ。上着を脱ぐと、傷だらけの体があらわになる。女の目が傷を辿る。それが嫌だった。

「ブルーは司令塔だと思っていたけど、随分と怪我の跡があるのね? 貴方も戦いに出たりしていたの?」

「まあな」

 スーツに着替えると、紙を見る。
 カラーレンジャーはアメリカ合衆国と提携する事になりました……?

「おいおい、無茶言うなよ」

「事実でしょう? リーダーがここにいるんだもの。提携せざるを得ないはずよ。プレコグは活動に必須のはずだし。……それとも、もう後釜がいるの?」

 俺は、ブルーと言う事になっている。そうなると、これは否定できない。何故なら、プレコグの能力こそが俺達のリーダーたる所以であり、それは容易に推測できるからだ。その半面、俺はリーダーとして振舞う事が求められる。
 人間がプレコグをどう扱うか。それを調べるのも俺の仕事だ。
 これは、俺達が人間と協力する為の前段階でもあるのだ。

「……仲間を売るような真似はしない。といって敵対するつもりも無いし、関わらないってのが無理な話なのもわかってる。ある程度の協力はしよう」

「ひとまずはそれでいいわ。百億円で契約したんだから、下手な事は言わないで」

「わかった」

 長い廊下を歩く。金属できた廊下はある地点からコンクリートに変わり、そして普通の壁に変わった。記者会見の場に着くと、大勢のカメラマンがひしめいていて、フラッシュが焚かれた。
 俺は席に着いた。

『アメリカに百億で身売りしたと言うのは本当ですか!』

『実験動物にされに来たと言うのは本当ですか!?』

『予知をしてみてください!』

『貴方は本当にブルーレンジャーなんですか?』

『素顔を見せて下さい!』

 とたんにされる、質問の山。

『あー、一人一人ゆっくり言ってくれ。俺、英語はわかるけど、そんなに得意じゃねーんだ』

 そこで、女科学者が若い記者の男を指した。記者は立って、メモを読み上げる。

『アメリカに百億で身売りしたと言う話は?』

『事実だ』

 焚かれるフラッシュ。挙げられる手。

『脅迫はありましたか? 実験動物と言っていましたが』

『なかった。でも、正体がばれた以上、必ずどこかに誘拐されると思ったから、その前に身売りした。そして、身体検査や実験は避けて通れないと思ってる』

【予知、やってみた方がいいかな? ブルーはなんて言ってる?】

【いいって。予知情報、今送るね】

 俺は送られてる情報を咀嚼する。頭が痛くなった。その間にも、質問は来る。

『貴方達が戦っている怪人はなんですか? やはり、エイリアン?』

『そうだ。エイリアンだ』

 どよめき。

『何故戦っているのですか?』

『それに関しては、俺からは何も言えない。この件については、人類が自力でエイリアンの事を調べ上げて、自力で判断するべきだし、現段階で地球とエイリアンが敵対するのは絶対に良くない。かといって、あちらに完全に迎合されると俺達が困る。互いに無関係で、俺は実験対象として囚われただけ。それを貫いた方がお互いの為だと思う』

 更に大きなどよめき。

『高度な外交が必要とされると言う事ですか?』

『……いや、今はそれ以前の問題だ。外交の前にエイリアンと対等になれる何か……出来れば技術力が必要だと思う』

 そして、一人の人間が、手をあげる。

『プレコグで未来技術を読みとればいいのでは? 実際にやっている事でしょう?』

『確かに俺は、本人に開発のヒントを与える事でお金を稼いでいた。でも、それは計算の上でやっていた事だ。何故なら、先に答えを教えると言う事は、その答案に至るまでに得たノウハウや、その前段階の派生技術を失わせる事になるからだ。プレコグは完璧じゃない。ちょっと盗み見るだけで、技術自体を完全に理解できない。つまり、こうすると失敗するとか、こういう理論だからこう動くとかはわからないんだ。それに、そんな事をすれば科学者がやる気を無くしてしまう。やる気がなくなって、開発しない様になってしまえば、俺が未来を見ても技術は存在しないようになってしまう。慎重な介入が必要なんだ。俺はこれからも、本人以外に開発技術を教える気はない』

『貴方は随分と若いですが、何故カラーレンジャーに入ったのですか? エイリアンと戦うのは怖くないのですか?』

 俺は、悲しげに微笑んだ。

『怖いよ。凄く怖い。でも、俺はこれでも人類の未来を背負ってるという自負がある。……逃げる事は出来ない。許されない。逃げる事の方が怖い。だから、俺は怖くても戦うんだ』

 焚かれるカメラのフラッシュ。

『人類の未来を背負うとはどういう意味ですか!?』

『時が来ればわかるだろう。今は言う事は出来ない。……もうそろそろ時間だな。俺から皆さんに、お願いがある。これは予知なんだが……俺の精子を、勝手に売買しないでくれ』

 俺は、少し顔が赤らむのを感じた。しかし、これは重要な事だ。

『うまく説明しにくいが、俺達は第一世代だ。力が発現した時には、既に判断力と知性、道徳観があった。力の操り方も本能的に心得ていたし、人に迷惑をかけず練習出来た。子供達は違う。人間としてだけじゃない。赤ちゃんの時は外から力を抑えないといけないし、能力者としての道徳や力の使い方を学んで、力が歪まないようにしないといけない。俺の子は、俺が育てないと駄目なんだ。俺の子供が、赤ちゃんの内に母親を殺したり、一つの町を滅ぼしたり、犯罪者になる予知が出てる。それを止めるのは……殺すのは、俺や俺の子供達だ。俺達の子が必ず犯罪者になるとは言わない。むしろ、俺達は俺達の子供を絶対に必要とされる人間に育てて見せる。でなければ、俺達全員が悪と判断されて殺されるから。俺達がカラーレンジャーを結成しないで普通に生活していた場合……犯罪をしていなくても……皆殺しにされていたのは予知で出ている。でも……わかるだろう? 俺達は、普通の人より、犯罪を犯すのが簡単なんだ。誘惑をはねのける為には、より多くの助けが必要だ。話はこれで終わりだ。研究所の職員か、警備員か、もしくは泥棒が、理性を働かせてくれる事を祈る』

 それから、俺は予知が出来る証として、いくつかの災害を予言した。
 焚かれるフラッシュの中を、俺は下がった。
 ぱちぱちと、女科学者が拍手する。

「まあ、良かったんじゃない? でも、本音と建前は別よね。エイリアンについては、どんな事をしてでも喋ってもらうから」

「……秘密を守れる人間を選んでくれるならな」

「それはもちろん。貴方の精子の警備も強化しておくわ。……ただ、研究所の管理下でベイビーは作らせてもらうわよ」

「わかってる。俺に能力の教育をさせてくれるなら、それでいいよ」

 女科学者は、ため息をついてじろりと俺を見る。

「貴方って、本当に動揺しないのね。それは、予め残酷な未来を知っているから?」

「諦めているのかもな」

 俺は苦笑して、部屋に戻った。部屋には、暖かい食事が載っていた。



 一ヶ月後、俺は呼び出された。ピンクから資金の受け渡しは完了した事を聞いているし、後は俺の子孫を残すよう努力するだけだ。これが難しいんだが。予知の仕事はやっている。アメリカ人科学者の、ささやかな手伝い。科学は、史実よりほんの少し進化しているらしい。それと、災害情報の提供。これに関しては、渡す事に何のためらいも無かった。
 アメリカは予知を十分に活用して、人々を助けた。
 日本政府はアメリカが俺を「保護」した事に遺憾の意を示し、カラーレンジャーの誘致をしている。
 俺達は、少しは必要とされる道を歩みつつあるのかな……。人間兵器として使われる予知が出始めたけど、選択の予知も無く殺されるよりは、まあ進歩したと言えるだろう。
 そして、俺はなにやら偉そうな人や頭の良さそうな人達の前に引き出された。

「では、エイリアンについて、そして未来について、知っている事を残さず話して貰おうか」

 痩せた科学者風の男が、知的好奇心に貪欲に目を輝かせて聞いた。
 俺は、一つ息を吐く。

「今から話す事は、決してネットデータ上にも電波にも載せないでくれ。傍受されたら困る」

 通訳されるのを、俺は待った。

「承知した」

 そして、俺は一つ息を吐いて英語で語る。

『今から五百年後……エイリアン達の会議で、地球は売りさばかれる事になる。わかりやすく言えば、長期にわたる観察の結果、こいつらは知的生命体じゃなくて動物だと判断されたんだな。悪い事に、地球に災害が襲いかかった。いいや、違うな。動物だし、どうせ災害で滅びるし。だったら……と言う事で、人類は売りに出されたんだ。その時、地球を、人類を守る為に、「彼女」はワクチンをばらまいた。そのワクチンが、俺達カラーレンジャーだ』

『彼女?』

『それが誰なのか、俺達にもわからない。確かなのは、彼女に上司がいる事だけだ。個人的に、俺は神の使いだと思っている』

 ざわめきが走る。神に祈りを捧げる声が聞こえた。

『つまり、五百年後の災害やエイリアンの侵略に対抗する為に? たった六人の「ワクチン」を、五百年の間に人類に繁殖させよと?』

 俺は、ごくりと唾を飲み込む。そうして、意を決して言った。

『カラーレンジャーは、一番能力の強いリーダーの家系で形成されてる。まだ少し増えると思う。それとは別に、俺達の配下の家系……。俺達よりも弱い能力に目覚める者が出てくる。生まれつき、成長してから、状態は色々だ。共通しているのは、能力の高いものほどめったに現れないと言う事。大多数は僅かな力しか持たない。これが時が立つにつれ強くなるか、弱くなるかは人間の選択次第だ。人間全体がエスパーを敵視すれば……例えば、エスパーが人間兵器になって戦争で大活躍するとか、世間一般で嫌われる存在になると俺達の力は消えていく。俺達は、あくまでも人間を守るワクチンだから。それと、当たり前だが、片っ端から能力発現者を殺したり去勢したりしても、能力者は絶滅する。新しい能力者は数回の時期に分けて少数現れ、その血筋さえ封じてしまえば二度と生まれない』

 沈黙が落ちる。そして、アメリカ合衆国大統領は、静かに問うた。

『ワクチンを五百年間持たせれば、君達が世界を救うのか?』

 俺は首を振った。

『少なくとも、生存の助けにはなると思う……。けど、今の所、俺達が五百年生き残る可能性が存在しない。異端者としてさっき言った方法で除去されるか、人間兵器として使われた揚句能力を失うか……。でも、俺達がカラーレンジャーになる前は、人間兵器になる未来すらなかった。未来は、変えられる。選択肢は、増やす事が出来る。努力次第で。……今は、貴方達人間の選択次第で』

『君達は、未来を変える為に行動した。次は、私達の番と言う意味だね。能力者の血筋を守り、犯罪を未然に防いでいく為の法整備が課題、と言うところかな』

『出来れば、人類自身で身を守れるよう、技術も得てほしい。あらゆる災害に耐え、エイリアンと対等になれるだけの技術さえあれば、俺達の力は自然と消えていくから』

『……そして、その未来もまた、未だ存在しない未来なのだな』

『未だ確定情報じゃないが、エイリアンの一派が科学の発展を妨害している節もある。それは、俺達に任せてくれ。その護衛を許してくれるだけでも、未来を変える助けになる』

 科学者が、息せききって問うた。

『今、エイリアンは地球人をどう思っているのだね? どういう状態なのだね?』

『地球は、要保護観察地域と言った所だな。密漁者、研究者、観光ツアー。そういった奴らが、地球人を浚ったり、犯罪をして金を調達して地球に滞在したりしている。人間は完全に動物扱いだ。知的生命体と思っていない。俺達はそういう奴らを撃退していて、遊び半分で犯罪を犯しに来る奴はずいぶん減った。酷い犯罪を起こすわけじゃないエイリアンは、そもそも予知に引っ掛からないから、他はどうか知らないが。お願いだから、今のを聞いて、俺達の身柄と引き換えに宇宙人から技術を得ようなんて考えないでくれよ。エイリアン達はいつ人類に牙を剥くかわからない。技術でどうしようもなく劣っている今、俺達が最後のカードなんだから』

 大統領が深く考える顔をする。そして、科学者は地団太を踏んだ。

『そんな事はどうでもいいんだ! エイリアンはどんな姿をしていて、どのような種族がいて、どんな科学力を持っているのだね!』

『わかったよ、教える』

 俺はそれから、三日ほどエイリアンについて教授したのだった。
 俺達の間に、一応の信頼関係は樹立出来たらしい。
 俺の部屋にはテレビが設置され、現職の医師が俺に勉強を教えてくれるようになった。
 早速テレビをつけて、ニュースにチャンネルを合わせた俺は持っていたハンバーガーを取り落とした。

「今こそ、全人類が手を取り合う時なのです! 神に預言されし五百年後の災厄の時に、ワクチンを保存し、届ける為に! アメリカは、ワクチン、つまり超能力者を全力で保護し、良き方向に導きます。それに先立ち、国際能力者委員会を設立し、NASAを拡大し……」

 俺は、思わずへたり込む、

「は、ははは……動き早すぎっつーか……」

【なあ、ピンク。俺達は、いい方向にちゃんと進めているのかな?】

【何もせずに殺されちゃうよりはマシなんじゃない? それに、失敗しても、「また」「巻き戻す」わよ】

【させねー。俺は、絶対に俺を、俺の親父を、皆を無かった事になんかさせねー】

 俺達、能力者委員会に出ないといけないんだろうか。雪玉が雪山を転げ落ちるがごとく大きくなった事態に、その恐怖と歓喜に、俺は笑いをこぼすのだった。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る(現実→異世界)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/29 22:41
むしゃくしゃして書いた。反省はしていない。
また転生物です。主人公は凄まじいビッチです。












「リーア嬢、ようやく私の夜会にお越しいただけましたね」

 美しい王子が私に言う。普通の女の子だったら、飛びあがらんばかりに喜ぶだろう。しかし、私は無理やり夜会に出席させられ、むしゃくしゃしていた。これから王子の側室に迎え入れられるシナリオなのだと知っていた私は、にっこりと答えた。

「これはこれは、お美しく、品行方正で、非の打ちどころの無い、正論ばかりの、完璧な王子様。私、貴方の事、嫌いですわ」

 空気が、凍る。

「これは、これは……手厳しい」

 王子がようやく微笑んで言うと、私は表情を変え、王子を睨む。

「驚きまして? 貴方を嫌う人がいる事が。別に、侮辱罪で今この場で首を切り落として頂いても結構よ。清々するわ。こんな夢のように美しいだけの世界に生きていたって、幻のようなもの。生きている気すらしないもの。今まで死なないのだって、自分で死ぬ勇気がないだけ。いい機会よ」

 お父様が、顔を蒼褪めさせて口をパクパクしている。私はそれを見て嘲笑した。言ったでしょう? 私を夜会に出すと後悔するって。何故なら、私はもう我慢の限界だったのだ。
 砂糖菓子のような毎日。礼儀作法と音楽、甘ったるい物語、ダンス。豪華な食事。枷のように外れない腕輪。
 元が現代っ子、それもひねくれていて、お洒落やお姫様と言った事に全く興味の無い私には、それは地獄そのものだった。砂糖菓子のような人生。汚いものの何一つ見ない人生。結婚して子供を産むだけの人生。はっ!
 それも相手は、容姿端麗品行方正な面白みの無い男。
 ネットがしたい。ゲームがしたい。こちらのゲームは何一つ面白くはない。
 パソコン持ってこい。常に監視され、狂いそうな人生だった。
 王子が、ふっと笑う。

「リーア嬢は、綺麗な物がお嫌いか」

「そうね。そうなのかもしれないわ」

「王子、どうかお許しを……!」

 お父様が言うが、私は構わなかった。

「リーア嬢は、話に聞いていた通りの方のようだ。ならば貴方に、良い物を見せて差し上げよう」

 私は、片眉をあげた。
 夜会が終わった後、私は王子にエスコートされて、城の地下牢へと向かった。
 綺麗な物が嫌いなら、地下牢に住むがいい、とでも言うつもりかしら?
 それでも、監視の目から抜け出せるのならばいいのかもしれない。
 王子が、ある牢の前で止まる。そこには先客がいた。

「リーア嬢、貴方は私が気にいらないという」

「ええ、そうよ」

「そこで、貴方には私自ら素晴らしい婚約者を見つけて差し上げた」

 罪人と結婚しろとでも? 私は片眉をあげて、牢に目を凝らした。
 黒いローブの痩せた褐色の男と、犬耳の男。犬耳の男。犬耳の男。ここ、重要だから三回言った。

「好きな方を選ぶが良い。魔術師と戦士だ。しかも族長でもある。そいつらと結婚すれば、迷いの森の領土はリーア嬢の物だ。ああ、貴方が選ばなかった方は処刑される」

 王子が兵士に命令する。兵士は、黒いローブを引きちぎり、褐色の男の長い耳があらわになった。
 兵士は更に、獣人に変身しろ、と叫んで槍を突きつける。男は、唸りながらも体を変形させ、人狼の姿となった。誓って言うが、私はこの世界にこんな生き物が存在している事すら知らなかった。魔法が存在する事すら、今知った。
 私はふらふらと牢に入る。そして、犬耳の男の耳を掴んだ。
 ピコピコピコピコピコピコ。
 そして次はダークエルフの男。
 ピコピコピコピコピコピコ。
 ああ、灰色の世界に色がついたのがわかる。え? 嘘? もっふもふの獣人はすぐにでもモフモフしたいが、ダークエルフも捨てがたい。だって魔術よ? 魔術。
 外見で獣人、中身でダークエルフと言ったところか。くぅぅっ駄目だ。どっちか選ぶなんて私にはとてもできないっ。

「リーア嬢……? さ、さあ、跪いて謝るなら許してやっても……」

「王子殿下、雲行きが……」

 王子は、更に追い打ちを掛ける。

「決められぬなら、二人でもいいのだぞ。どうだ、謝って俺の側室にさせてほしいと頼むなら……」

……。両方!? 逆ハ―!?

「ヒャッホホォォォォォォォウ! 王子殿下、お礼を言いますわ!」

 私は王子に抱きつき、礼を言うと急いで二人の夫の前に戻った。

「貴方方、お名前は?」

「貴様に名乗る名など……」

「いけませんわ。王子は今、私に迷いの森を下さると仰ったのよ。私を娶らねば、貴方達の一族が滅ぼされるのでしてよ。政略結婚は、世の常ですわ。さ、貴方の妻に名前をお教えになって。貴方方にも、守りたい人がいるのではなくって?」

「く……エスニア」

「ガルディ」

「私、リーアですわ! 貴方方、言葉に訛りがありますわね。他の言語をお使いになるの? 心配なさらないで! 覚えて見せますわ。出発は早い方がいいわね。準備をしなくては! 私が女領主になれるなんて、夢のようだわ! NAISEI、私にも出来るかしら……。族長がいるんだからそう大きな失敗はしないわよね。そこなもの! 私の夫から鎖を外しなさい!」

「待て! 勝手に何を言っているのだ、お前は俺の側室だろう」

「はい?」

 私はギギギ、と王子の方を向いた。

「私はたった今からこの二人の妻ですが」

「許さん! ダークエルフと獣人だぞ! おぞましいと思わんのか」

「えええええぇぇぇぇぇぇえええええ!? 落としてあげて落とすとは、見た目通りの王子様じゃありませんでしたのね。見誤った事は謝りますわ。それで、どうすればこの二人を連れ帰れますの? 靴の裏を舐めればよろしくて? いいわ。足をお出しなさい」

「いらぬ! お前は俺の側室となるのだ」

「ついていい嘘と悪い嘘がありますわ。そんな……二人に会わせた時点で今さらですわよ」

「う、五月蠅い五月蠅い! ふ、二人の一族はしょけ……」

「殿下……それをなさったら、完全な負け犬ですわね」

「!!……っ」

 ふっと私は嘲笑する。
 一族の処刑は取りやめとなったが、二人は私の人質となり、私はぐだぐだのまま側室になった。なんでよバーカ。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/30 08:28
 私は後宮の庭で、侍女に傅かれ、ため息をついてお茶を飲んだ。
 せっかく人生が面白くなりそうな所でお預けですか。ずっとここに閉じ込められて終わるのですか。

「ああら、獣姫様。ご機嫌がすぐれないようですわね」

 むちぷりな女の子、無論他の側室……が来たが、私はどうでも良かった。警戒する侍女を落ち着かせつつ、おざなりに返事をする。

「夫と引き離されれば、当然じゃないかしら。ここはつまらないわ」

 夫たちとは、手紙のやり取りすら許されていない。本当にたまに、会わせてもらえるだけだ。その上、夫たちは警戒した目で、あまり話してくれない。
 
「そんなに望むなら、会わせてあげてもよろしくってよ」

「貴方程度の権力で、そんな事が出来るはずがなくってよ。そうね、精々犬とか罪人でも連れて来て、貴方の夫だなんだと言い張るぐらいかしら。出来るのは」

 その側室はむっとした顔をした後、扇で口元を隠して笑った。

「犬も獣人も変わりませんわ」

「そうね。犬と獣人が変わらないなら、人と猿も変わらないと言う事になるわね。猿を私の部屋に置けば、王子は騙されてくれるかしら? あら、駄目ね。王子は貴方よりもちょっとは人を見る目があるから」

 側室は、扇を叩きつけてくる。私は扇でそれを防御した。

「少しぐらい家柄がいいからって、つけ上がらないで下さる? 魔物姫!」

「魔物?」

 私は眉をひそめて言う。何それ見たい。

「あら、魔物も知りませんのね。お仲間なのに。お可哀そうな頭です事! 迷いの森では、魔物が溢れているそうですわよ」

「つまりは私の所有物ですのね。早く迷いの森に行きたいわ」

「……っ魔物姫! 汚らわしい」

 側室はパタパタと走っていってしまう。しまった、もっと話を聞きだすんだった。
 その夜、王子が訪ねてきた。

「魔物を所有物だと言ってのけたそうだな」

「あそこは私にくれると言って下さいましたわ、ルーファウス殿下」

「……そんなに、俺よりもダークエルフや獣人がいいのか。俺達には、あのエルフの血が混ざっているのだぞ」

「あら、そうでしたの? エルフってあのエルフですの? 素晴らしいわ! 思うに、私は知らされていない事が多すぎでしてよ。女だったらエルフが文句なく一番美しいですが、男ならば断然ダークエルフですわよね。あの美貌! 人間など、比べるべくもないですわ。私はエルフの血が混じっていて良かったけど、王子はダークエルフの血が混じっていたらよろしかったのに」

「減らず口を!」

 王子は私を押し倒す。力では抵抗出来っこないから、じたばたするようなみっともない真似はしない。しょせんこの世は弱肉強食であり、私はか弱い女に過ぎないのである。まあいい。ヒエラルキーの私の下には愛する夫がいるのだから。後でねちねち苛めよう。上の階級に苛められた者が下の階級の者を苛める。世知辛い世の中である。そんな中でも、私の好きなのはピコピコの刑だ。耳をピコピコしまくるのが彼らは苦手なのである。可愛いのに。
 しかし、こいつしょっちゅう私の所に来ているが、いいのだろうか。
 王妃は他国の姫で、プライドが高く、しょっちゅう嫌がらせして来ているらしい。らしい、というのは、私の侍女軍団がそれを許さないからなのだが。
 なんとか、王妃の嫉妬を利用して側室をやめられないだろうか。
 難しい所である。今日は危険日だし、王子が産まれてしまえば私はもう抜け出せなくなる。私はふと思いついて、翌日に王妃の所に向かった。
 王妃は、私を見ると険しい顔をして睨む。
 私は気にせず微笑んだ。

「ねえ、王妃様。子供の作り方をご存知?」

「戯言を……! 私を嘲笑いに来たのかしら?」

「殿方なんて簡単なもの。飛びきりの服で。飛びきりのテクで。たった一日、交わればそれで子供は出来ますわ。ただし、条件がありますの」

 私はにっこりと笑う。
 三ヶ月後、王妃は高らかに妊娠を宣言した。
 そして、妊婦である事を盾に、私を追い出しにかかった。
 魔物姫のせいで、安心して子供が産めない、取って食われるかもしれないと母国に泣きついたのである。
 もちろん、私も王子が選んだ配偶者がいる事をアピールする。
 男は妊婦に弱いものである。私が体調を崩した事もあり、王子は、泣く泣く私を手放した。
 私も妊娠しているけどね! いや、医師を黙らせるのに苦労したした。大金を使ってしまった。王子が何か言いたげな切ない顔をしてたけど無視無視。
 そうして、私は再度牢を訪れた。
 半眼の嫌そうな目を向けて来た族長二人に、私は笑う。

「さあ、お二人とも。しっかりなさって。帰れるわよ」

 あまり目立ちたくないので、私が持ってきたのは幾ばくかの路銀と男物の旅装、族長二人から没収されていた装備と破かれた服に似せた着替えのみである。コルセットが無いのがとっても楽! あれは内臓を圧迫するのである。寿命を縮めるのである。
 新たな領地開拓の為の書類や荷物は、全て後から送られる事となっている。
 他の荷物は三人で買い物をすればいいだろう。
 侍女たちには泣かれたが、私は彼女らを連れて行くつもりはなかった。
 連れて行けば目立つし、魔物のいる森への旅である。巻き込むわけにはいかない。
 決してハネムーンを邪魔されたくなかったわけではないのだ。
 枷を外すと、二人をまず風呂に入れた。侍女軍団の力を借りるのもこれで最後である。
 綺麗になって着替えた二人は、憮然とした顔で私を見た。ちなみに二人とも、耳は隠している。つまらないが、仕方ない。エスニアが、問うてきた。

「何が目的ですか、リーア」

「私、恵まれた生活を送っておりましたの。傅かれ、守られ、何一つ教えられず、世の中の綺麗な事だけ聞いて育ちましたわ。何も考えず、何も出来ず、ただ子を生みさえすればいい。でも、そんな人生、糞食らえだと思いません事?」

「私達の事は暇つぶしですか」

「そうですわ、エスニア様。私、生きる価値も無いと思っていた世界で、ようやく少しは楽しめそうな物を見つけましたのよ。命を掛けて、暇を潰して見せますわ。お二人とも、努々私を殺そうとなさっては駄目よ。貴方方の一族の命は、私が握っているのですから」

「……変わった女だ。俺が怖くないのか」

「ガルディ様、貴方はとてもお可愛らしいわ」

 エスニアとガルディは、声をそろえて変な女だ、と呟いた。
 そして、私達は買い物に出かけた。初めての買い物である。
 私は果物を買い食いし、大満足だった。
 荷物はエスニアとガルディに揃えてもらう。私ごときが準備できるものだと思っていない。そして、私は二人を引っ張って武器屋に寄った。

「武器だと……? お前にか」

「そりゃ、生まれて一度も運動していない体ですが、これから鍛えて見せますわ。何も持っていないよりはマシでしてよ」

 私が買ったのは短剣。これからは料理もしなくてはならないのだし、何かと役に立つだろう。
 私はそれをブンブンと振って二人を慌てさせた。やる気は十分である。
 買い物を済ませた私達は、馬車で迷いの森の近くの村まで向かった。
 そりゃそうだよね、私、馬にも乗れないし、体調が悪かったし、運動をしていなかったから、そんな私に迷いの森までの長距離を歩けと言うのは無理だというものだ。
 馬車の道だって、簡単ではない。ガタガタ揺れるし、堅いのだ。
 しかし、私は自分で言うのもなんだが、よく耐えた。時々吐いたけど。

「迷いの森まで、もうすぐですか……」
 
 エスニアが感慨深そうに言う。
 馬車から降り、私はエスニアの向いている方に目を凝らしてみた。
 ギャアギャアと鳥の無く声。深き森。私は、胸が高鳴るのを感じるのだった。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/11/30 22:40





 村で休憩をすると、私達は森へと出発した。
 迷いの森に近づいて気が緩んだのか、珍しくエスニアが口を開いた。

「……貴方は、本当に変な方ですね。リーア姫と言えば、遠縁とはいえ王族の血をひき、特別に箱入りで育てられたと聞きました。魔力を持っているのと変わり者であるが故、王妃になる事は出来ませんでしたが、元は王妃候補。なのに貴方は、きちんと路銀と目立たぬ男装の服を持って現れた。野宿にも文句ひとつ言わず、初めて食べるであろう食事に矢継ぎ早に質問をする事はあっても、不味いと言った事はない」

「はっきり仰ったらいかが? 私は何も教えられず育った。ええ、そうですとも。ダークエルフや獣人が本当にいると言う事すら、知りませんでしたわ。私は何も知らず、何も出来ませんわ。それでも、私には羽ばたく想像力と言うものがありましてよ。無知だと言う事は、考えないと言う事ではなくってよ」

 答えつつも、私の心は薔薇色だった。魔力が私にもある!? 嘘でしょう?

「ならば何故、私達を夫として選んだ。同情か?」

「選ぶ余地なんて無くってよ。私が王妃になれば、一生籠の鳥。貴方の妻になれば、女領主。私が王妃になれば、魔力は宝の持ち腐れ。貴方の妻になれば、魔物退治ヒャッホゥ! 王子はエルフの血をひいている癖に普通耳。貴方方の耳はピコピコ」

「今変な事言わなかったか」

「私の喋る言葉に変でない言葉がありまして?」

 ガルディがぷっと吹き、エスニアが呆れた目で私を見る。

「しかし、その封印の腕輪を外さねば、姫は術を使えないぞ。それに、暴走の可能性も……」

「解いて下さいませ。魔力の暴走とやらで死んだらそれはそれですわ」

 私はエスニアに向かって腕輪を差し出した。
 エスニアは大仰なため息をついて、腕輪に腕を重ねた。

「後悔はしないな?」

「そんなもの、私の辞書にはなくってよ。私、自分の思う様に動いていますの。ですから、間違った事をしても、それは私が私として生まれた以上当然の行動にして不可避。それ以外の選択肢は無し。無い道を考えても仕方なし。それが私の信念でしてよ」

「……くっ言いきったな、姫よ」

 ガルディが笑う。それはまるで獣のごとく獰猛な。その笑みに、私は惹かれた。耳をピコりたい。
 エスニアの手が発光し、腕輪がかちゃりと外れた。
 まあ、必要な時が後で来るだろう。私は腕輪を大切に懐にしまった。
 そして、意識を手に集中してみる。何か、手の先が熱くなってきた。熱の流れを意識して、意識的に熱をかき集める。熱い。それを、炎へと変換する。
 炎。魔法の炎だから、吸収するのは周囲の魔力。大きさはマッチくらい。
 私は炎について、漠然とあらゆる知識やイメージを渦巻かせた。しかし、変換できそうで変換できない。私はふと、呟いた。

「メラ」

 それがきっかけだった。ぽっと小さな音を立てて、私の指先で炎が灯った。大きくしすぎないように、消えてしまわない様に。炎は私の手の平の上で、ゆらゆらと不安定に揺れている。

「うおっ!?」

「……今どうやりました?」

 私は、手を握って火を消した。魔力の供給をやめてしまえば、それはすぐに消えてしまう。

「何って、火をつけたのですわ」
 
「熱くないのか!? 手を見せてみろ!」

 ガルディが私の手を見る。そこには短剣を振る毎日の鍛錬の際に出来た肉刺しかなかった。

「自分の炎が熱いなんて事、ありまして?」

 ガルディとエスニアは、呆然と私を見つめる。

「今のは人間の王族に伝わる秘術か何かですか? メラ、とは?」

「今初めて魔法を使いましたわ。メラは、そう言えば火の玉が出るような気がいたしましたの」

 私とエスニアは見つめあう。エスニアの言葉からすると、エスニアから得られる魔術知識に期待はしない方がよさそうだ。火もつけられないなんて! 基本中の基本よね? いやいや、他に面白い魔法があるのかもしれない。何事も、ゲームのようにとは行かないだろう。とりあえず、火炎魔法の第一人者は私がなろう。

「……どうやったか、詳しく教えてもらえるだろうか」

「どうやって歩けるのか教えろと言われましても。魔力を炎に変換して、炎に魔力をくべて燃やすのですわ」

 エスニアは、真剣な目をして自分の指先を見つめ、メラと力を込めて呟いた。その瞬間、エスニアの指が燃えて、エスニアは慌てた。

「あつっ」

 私はエスニアの手を包み、火を消した。

「……」

「……」

 私とエスニアはまたしても見つめあう。

「これでは普通の炎でしてよ。熱いのは当り前ですわ。この炎を使うのでしたら、自分から少し離した位置に着火しなくては。魔力をくべる時も、注意しなくては駄目。魔力を伝って炎がこちらに向かってくるでしょうから」

「姫。貴方は、一体……」

 私は、しばし考えて言った。

「私、ダークエルフ族の上に君臨する自信が、とっても湧いてきましてよ。さ、先を急ぎましょう」

「末恐ろしい才能だな……。だが、獣人族は無理だな。我が部族は力を重視する。しょっちゅうゲーゲーやるような虚弱体質が認められるわけはない」

「私の事は産まれたばかりの赤子とお思いになって。直、狩りや魔物退治などついて行けるようになって見せますわ」

「女は狩りをしない」

 獣人も期待はずれかも。まあ、見た目がいいから許そう。
 私達はついに迷いの森に足を踏み入れた。
 ザザザザザ、と音がして、目が三つある狼が三頭現れた。

「あれは貴方方のペットですの?」

「いや、違うな。魔物だ。下がっていろ」

 ガルディは大剣を振りかざす。エスニアが光の弾を手の平に生みだした。
 つまりあれは敵ですのね?
 私は胸を高鳴らせ、狼に手の平を向け、『ロックオンをして』魔力を集中する。

「ギラ!」

 炎の直線が狼を襲う。それは蛇が絡まるように、狼に着弾すると、狼を火達磨にして燃え続けた。ふふふ、転がっても無駄よ。だってそれは、貴方の魔力を燃料に燃えているんだもの。
 徐々に崩れていく狼。
 私は満足感いっぱいに二人を見た。二人も早々に残りの魔物を片付けたようだった。

「私、ここでやっていく自信が大いにつきましたわ」

 にっこり笑ってみせれば、二人の夫は引き攣った笑みを浮かべてくれる。
 二人は、母国語でやりとりをし始めた。

『おい、こいつマジ何者だよ! 燃えながら転げ回る――をにこやかに眺めるとか、まさか――の再来じゃなかろうな』

『そ……それはさすがに無いかと……――ならば、この森ごと消しさる事が出来るはず』
 
 ふむ、なるほど、なるほど。はっきりと全部の会話はわからないが、私はどうやら偉人に似ているようだ。私が猛勉強して、エルフ語も獣人語も迷いの森の共通語もちょっとだけ齧れる事はまだ内緒にしておこう。魅力的な女には、秘密が必須なのだ。
 私達はまず、ダークエルフの集落へと向かう事にした。ダークエルフの集落の中に、王子が立てた領主の屋敷があるからだ。ちなみに屋敷は無人だ。頼ってくれればいくらでも人材を派遣してやると言っていたが、妊娠している事をばらされたら困るので、出来る限り自分と現地の人間で何とかするつもりだ。
 エスニアはさすがに人気があるらしく、村に近づくと、ダークエルフ達が挙って歓迎をした。
 エスニアが詳しく事情を説明して、私を指し示す。私はにっこり笑って、礼儀正しく挨拶をした。さすがに、視線は厳しい物ばかりだ。
 弓を構えた者もいた。それをエスニアは止める。

『姫を傷つければ帝国がこの森を焼きつくすでしょうが、それ以前にこの姫は得体が知れません。決して敵に回してはいけません』

 まあ、最初の挨拶としては上出来な方か。私は、エスニアの言葉を受け、もう一度礼をした。

「今からここの領主となるリーアですわ。仲良くしてくださいましね」

私達は早速族長のエスニアの家に行き、そこで食事を用意してもらった。
正直言って、もう歩かなくて済むのはありがたい。今日ぐらいはゆっくりしてもいいだろう。
 私はエスニアとガルディに、早速信頼できる警備の者を配備、料理や身の回りの世話をする小間使い、それに頼りになる副官を用意、二人も領主の館に通ってくれるように頼む。

 話に夢中になっている時に、料理が運ばれてきた。毒々しい色をしたうにょうにょ動く芋虫だった。せめて焼いて出しなさいよ。
 仕方ない、自分で焼くか。私は話をしながらフォークで芋虫を突き刺……そうとした所で、エスニアが手を出したので、私はエスニアの手をフォークで刺してしまった。

「あら。エスニア、いきなり何をなさるの?」

「それはレイガスのペットです。誰か、レイガスにこの子を返してあげて下さい」

「まあ……ペットを差し出すしかないほど、この村飢えていまして? 私、領主として頑張らねばなりませんわね。誰か、エスニアの手当てを」

「カルモア虫は糸を取って服にするのです。食べ物ではありません」

 そこへ、食事を運んできたダークエルフの女の子が、うねうねとして大きな白い芋虫を私の前に置いた。

「あら、ごめんなさい。間違えてしまったわ。貴方の食事はこちらよ」

「ミリーナ!」

 エスニアが咎めるが、私はエスニアに聞いた。

「これは食べ物ですの?」

「そうだが、飢饉の時にしか食べない……」

 私は今度こそ、フォークを突き刺す。のたうちまわる虫。
 指でぴっと指差し、炎を出して火で炙る。こんがり焼けた虫を、ふうふうしながら私は食べた。
 ミリーナとか言う女が、口をパクパクさせる。
 私は虫を食べ終わった後、おもむろに宣言した。

「虫一匹では足りませんわ。ここの村は余程貧しいのですわね。一番初めは食糧問題かしら。悪いけど、以前の領主がエスニアで良かったわ。とてつもなく貧しいか、さもなくば愚かな部下しか持たないと言うのなら、これ以上悪くなると言う事はそうそうないもの」

「なんですって!」

 私はミリーナを見据えた。

「私は第一王子殿下ルーファウス・カト・セージズ・ラグランツェ・ラシャル・カザン様から直々に迷いの森の統治を任されし、シェリアコンティエスト卿が娘、リーア・ゼル・ディアス・シェリアコンティエストであるぞ! 迷いの森を焼こうが、そこの原住民を皆殺しにして移民を受け入れようが、私の勝手。それが出来ないと思うな! 最初の十年に限り、軍を借り受ける事も許されている。貴様らは王子の慈悲によって生きていると自覚せよ! 滅びたいと言うなら、今すぐ私の首を切るがいい。すぐさま王子が直々にこの森を死の森に変えるであろう」

「く……っ」

 ミリーナは歯ぎしりする。

「そして、領主たる私には、無礼打ちの権利が与えられている。どう? 今謝れば、許してあげましてよ?」

 実を言うと、そんなに怒ってはいないのだが、こういう事は最初が肝心である。

「な……何が無礼打ちよ!」

 ミリーナは手に光を集める。
 ああそう。私はありったけの魔力を炎へと変える。
 直径が人一人分くらいの火球になってびっくりしたけど、まあいいわ。
 ミリーナが腰を抜かすが、今更許してあげられない。だって、彼女は私を殺そうとしたんだもの。領主暗殺の罪は死罪だ。
 その時、エスニアが頭を地面に擦り付けた。

「姫、ミリーナの教育の責は全て私にあります。どうか……!」

「エスニア、貴方何をしているかわかってる? 領主暗殺をたくらんだ場合、死罪よ。長がその法を曲げるようでは、法律に何の意味も無くなってしまうわ。今貴方は、自分が無能だと示しているのよ。私にしても、こんな前例を残すこと自体、許されないわ。というか、一家皆殺しが決まりなのだけど。ミリーナの家族は?」

「ミリーナの夫は……私です」

 エスニアは押し殺した言葉で言う。え。こんな馬鹿が長の妻なの?
 その場にいる全員が、はらはらした目で私を見つめている。
 このままでは、ミリーナを殺しても、私が族長エスニアのメンツを潰した事になってしまう。私は、悩んで、悩んで……ため息をついた。可愛いダークエルフを殺してしまうのは忍びなくもある。
 炎を消し去り、ミリーナに短剣を抜く。

「今宵、ミリーナは死にました。ここにいるのは私の小間使いの、エルです。もちろん、エスニアとの婚姻関係も無しでしてよ。貴方、子供はいて? 残念だけど、その子については愛人の子と言う事になるわ。親子ともども、私に仕えなさい」

「だ……誰がっ」

「夫とは言え族長に土下座されて、なんとも思わないのかしら? 今の貴方の言動に掛かっているのが自分の命だけではないと、何故わからないのかしら? 誰か、ミリーナの子供を連れて来て」

「そ……それは」

「何をするつもりよ!?」

「さっき言ったでしょう? 一家皆殺しが決まりなのよ」

 ミリーナが、顔色を蒼くして叫んだ。

「やめて!」

「自分の子供がどうかして? 貴方今、一族全てを危険に晒していてよ? エルと言う名を受け入れ、私に忠誠を誓いますの? 誓いませんの?」

 ミリーナは、ついに泣きだした。子供がひっ立てられてくる。

「泣いてごまかすおつもり? いいわ」

 うう、丸々としたダークエルフの子供が、きょとんとした瞳を私に向けてくる。悪いのは貴方のお母さんなの。私じゃないわ。ごめんなさいね。

 そうして私は短剣を振りかざし……。

「やめて! 貴方に仕えるから……やめて」

「お仕えさせて下さい、リーア様、ではなくて?」

「お仕えさせて下さい、リーア様……」

 よし、小間使いゲット。

「手始めに、食事を持ってきなさい。お腹が空いてしまったわ」

 そして私は、簡素なスープと果物を食べた正直、量も大した事無いし、味が薄い。貧しさが伺える。戦争で負けたばっかりの村だから仕方ないか。
 食事に関しては要改善である。どの食材をどう料理すればどうなるのか、さっぱりわからないから、勉強が必要だけど。
 その瞬間から、私を見る視線が、侮り嫌っていた目が、警戒と怯えを含んだ目に変わった。
 ま、初めはこれで良いわ。直に尊敬の眼差しに変えてあげる。



[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/01 21:11
 領主の館が整った頃、馬車で続々と荷物が届いた。エルとガレナとルナ……ガレナとルナはガルディの妻だ……を指図して、荷物を領主の館に運ぶ。なんと、書類だけでなく、調度品まで一緒に届いた。こればっかりは、王子に感謝する。

「リーア様、本当に誰も王都から来なくて良いのですか?」

「まずは自分でやってみますわ。どうにもならなくなったらお力をお借りしますから、ご安心なさって。でも、初めは上手く行かなくてもお見逃しになってくださるとありがたいわ。殿方でも、新たな領地を統治する際は五年も準備を必要とするとか」

「陛下は十年ほどは目を瞑って下さると仰っています。支度金はここに」

「まあ、こんなに? ありがたいですわ。お待ちになってくださいましね。今、陛下にお礼の手紙を書きますから。エル、お茶をお出しして。私が買ってきた物よ。カップは、もちろん届いたばかりの物をお使いになってね」

 私は手早く深い感謝を書いた手紙を書くと、蝋を垂らし、新しい領主の印を押して使者に渡した。
 使者は、眩しそうに私を見つめる。

「リーア様……良いお顔になられました。この地に来られると言った時は驚きましたが……」

「皆良くしてくれます。私は、やはり安全な籠の鳥よりも、大空を羽ばたく鳥となった方が性に合っているようですわ。もっとも、陛下という親鳥のご加護あってこその空なのですけれど」

 使者が、わかればよろしいと言う顔で頷いた。

「領主と言うのは、大変な仕事ですよ。ご自分が願われて始めたのですから、努々投げ出さぬよう。本当に、教師役すら必要が無いので?」

「どんなふうに大変なのかすら理解出来ぬひよっこですが、頑張りますわ。教師役はおらずとも、全てを書に記したと聞いておりますわ。好き好んで迷いの森に来たいと言う人もおりませんでしょうし……。先ほども申し上げた通り、困った事があればすぐに助けを求めますわ。族長が夫なのでそう困る事は無いと思いたいのですけれど。ただ、どうしても王都への繋ぎが無くなるのが痛い所ですわね。私は領地を離れられないし、教育もまだまだですもの。ねぇ、陛下は三年ほどご無沙汰しても許して下さると思う?」

「男の領主でも、初めは三年ほど領地に引籠りますよ」

「それは良かったわ。ねぇ、この近隣の領主さまのお好きな物も聞いてもよろしいかしら? 初めの挨拶はしっかりしなくては」

「良い心がけですが、その辺の根回しはシェリアコンティエスト卿がなさっていますよ。リーア様は、お手紙を出されるだけでよろしいかと」

「有難いわ。じゃあ、お言葉に甘えましょうかしら」

「ええ、リーア様。貴方がお甘えになるのを皆が待っていますよ」

 そうして私と使者はにこやかに会話を終え、そして私は書斎いっぱいの書物と、仕事部屋に溢れかえった書類を見て回った。まず、この全てに目を通す。
 領主としての手引から、領主の館の備品に至るまで、全てだ。
その後、整理し、勉強と並行して、締め切りの近い書類から片付けていく。
 まずは近隣の領主への手紙だ。
 私はキビキビと動いた。
 もちろん、エスニアとガルディも一緒だ。
 手引きはとてもわかりやすかった。しかも、全てが御父様の手書きだった。私は親不孝者なのに、御父様はどこまでも甘い。
 そして私は頭を抱えた。産業になりそうな物が無いんだもの。税が免除されるのは十年。その後、税金を納めねばならない。もちろん、住人の豊かさ貧しさに税金の重さは左右されるが、それにしたって最低限の額と言う物がある。今のままでは、それが稼げない。
 珍しい果物や薬草はあるが、農園から作らないと、とてもじゃないが生産量が全然足りない。飢饉と言うのも問題だ。農法チートをやろうにも、畑がそもそも無い。木を切りだす所から始めなくてはならないし、あまり木を切って開拓するのは問題だ。ここは魔物の森なのである。あまり生活圏を広げるのも、魔物の生活圏を奪うのも賢くない。仮に農法チートをやろうにも、向こうの株やミツバなどに対応する物を見つけなくてはならないし。もちろん、見た目が対応するのではない。その必要とする栄養価が対応する物でなくてはならないのだ。
 魔法で何か作れないかしら。加工業よ、加工業。
 資源が無いなら、頭脳で何とかするしかないわ。
 小規模農業と製紙業、それを補う植林事業、迷いの森の探索はやる事に決めた。
 製紙業は私の趣味でもある。情報収集機関も作りたい。それから、大きな店を作る。本屋だ。そう、活版印刷を始業する。しかし、お金もうけにはまだ足りない。
 軍の編成も必要だ。どうしたって少数精鋭になる。うー、人員が足りない。
 とりあえず、子作り奨励しましょうか。
 書類を猛然と片付けている間にも、私の腹はどんどん膨れて言った。
 
「姫、そのお腹の子は、やはり……どうして言わなかったのです」

「嫌よ。そしたら宮廷から出られなくなるじゃない。これは貴方達との子よ、エスニア。そういう事にしておいてくれるかしら。大丈夫、子供の年齢をごまかすぐらい楽勝よ。それより、処理しなければならない書類がまだまだあるわ。本当に書いても書いても終わらないわね。困った事だわ」

「せめて、毎日の武術訓練はやめて下さい。お腹の子に障ります」

「わかっているわ。魔力の訓練は大分前に休憩しているし、負担の大きい訓練はやめているわよ。それより、頼んでいた指導係の農民と製紙業の職人は見つかりまして? 木の苗は芽吹きまして?」

「そ、それは見つかりましたが……」

「よろしい。では、小規模農場をスタートさせますわ。その際に切り取った木は製紙業と活版印刷に回して。必ず、一つの木につき二つの苗を程良い場所に植えるんですわよ。カートスもガイズも礼儀作法や勉強を覚えてきたし、御父様の所に勉強に向かわせてもいい頃ですわね。ああ、そろそろ言葉の授業の時間ね。その前にこの書類を片付けないと」

 エスニアは、ため息をつく。

「少し休んでは、という言葉も聞かないのでしょうね」

「もう少しお腹が大きくなったら動けなくなるのですから、今のうちにいろいろやっておかないと」

 というか、優しさと見た目だけの役立たずが休めとか言わないでほしいものである。エスニアがもう少し出来るなら、私は楽をできるのだが。
 これだけ頑張っている私だが、評判は良くない。働き手を奪っているからだ。
 そして、それはこのような村では致命的だ。もちろん、その分の食料は輸入しているが、出来るだけ早く農場を軌道に乗せなければならない。
 魔物の好む果実の木を村と離れた場所に植える作業も進めなくてはならないが、それには危険が伴うし、まだ理解はされていない。子供を産むのが待ち遠しい。
 事業が軌道に乗れば暇もできるだろうし、そうしたら、迷いの森探索に出かけよう。危険な事こそ、私が率先してやらなくては。
 そして、更に数カ月。私は子供を産んだ。全体力を消耗した。
 産んだ子は、男女の双子で耳が長かった。あらー。先祖がえり? ごまかせるかしら。
 なんにせよ、この子達は今の所この領地の跡取りであり、王子に対しての、そして私に対してのジョーカーとなるかもしれない子達である。男の子には、ルース、女の子にはエレーナと名付けた。
 エルフの女の子となれば、将来に期待が高まるのも当然でよね? 精々高値で売り付けるとしよう。
 二、三日寝込む羽目になったが、いつまでも寝てはいられない。
 私は武術鍛錬や魔法の研究、教育を再開した。乳は与えたが、子供をあやすのはエルに任せた。私は忙しいのである。
 そして、その忙しい合間を縫ってガルディを寝室に呼ぶ。

「何か用か? 姫様」

「とりあえず、あの人狼形態とでもいうのかしら? に、変身なさい」

 ガルディは、言われるままに変身した。よし、もっふもふ。それを確認して、私は服を脱いだ。

「な……姫!?」

「いらっしゃい……」

 ガルディは人形態に戻って私を押し倒す。私は耳をピコピコして言った。

「なんで戻るのよ。変身なさい」

「……変態姫め」

 ガルディが熱く囁く。なんというか、背徳的でいい感じだったわ。やはり犯されるなら人狼形態である。こちらから責め立てて泣かせるなら人間形態。ガルディの尻尾は私に掴まれる為にある。
 それから私は二、三日じゃれあった。後、調教を少し。
 これで恐らく妊娠っと。もちろん計画妊娠である。ガルディとエスニアの子は最低限、一人ずつは生むつもりだ。
 子供は最大の手駒である。
 数ヵ月後、私は産気づいた。馬鹿な、早産ですって? 私とした事が、無理をしすぎたようである。出産は大分楽だった。子供はさぞ小さいだろう。
 ガレナが、沈痛な面持ちに、若干の喜びを込めて言った。ガレナにも、嫉妬の気持ちがないわけではない。残念、流産したならまた孕むまでよ。

「残念ですが、お子さんは殺すしかありませんわ」

「見せて頂戴」

 私の手に、ガレナが犬の仔を乗せる。あら犬? まあガルディの仔だから犬か。ぐったりとした子犬は、息をしていなかった。あら、呼吸が出来ない病とでもいうのかしら? ぱっとみ五対満足ね。
 私は、犬の仔に人工呼吸を試みた。息をし始める子犬。私は、オスだと確認してから、自分の胸の所に犬を寄せる。犬はおっぱいを吸い始めた。犬におっぱい吸わせるって斬新だわ―。あとやっぱり背徳的。エロ小説のシュチュエーションとしてありね。活版印刷技術の完成を待ちましょう。古今東西、変わらず売れる本がある。それはエロ本。
 犬の名前は既に決めてある。ケルベロスのケルちゃんだ。私の頼もしい番犬となるのよ?

「これで問題はないわ。ふふふ、可愛いわね」

「……犬ですが」

「犬ね」

「犬ですよ!?」

「それがどうかして?」

 何を当たり前すぎる事を言っているのだろう、ガレナは。ガレナは私が箱入りで何も知らないと言う事を考慮しないから困る。

「犬の仔が生れたら始末するのが掟です!」

 だから説明しなさいよ。なんにせよ、私は自分の手駒を自ら失うつもりはない。

「私はそのような法を制定した覚えはないわ」

「おぞましくないんですか? それとも、犬を息子として育てるおつもり!?」

 あら、人間形態にはならないの? じゃあこの子完全な犬? それでは族長は出来ないだろう。ガルディとはもう一度交わった方がいいかしら。しかし、ガレナは馬鹿にしているのだろうか。犬は犬だ。跡取りとして育てられるわけがない。しかし、思うに普通の犬が産まれてくるとは限らない。少なくとも、寿命、賢さ、強さ、大きさで他の犬に勝る物が産まれてくるはずだ。人語くらい話せるようになるかもしれない。ちょっと待って。それって私が使い魔を持てるようになるって事? そう、魔術師に使い魔はぜひとも必要である。私に傅く使い魔軍団。その上に乗れればなお良し。炎を吐けたら最高ね。それに、むしろ人間の教育より楽かもしれない。楽だろう。ひとまず私だけの軍事力ゲット。犬の姿と高い知能があれば、偵察に非常に便利になる。あら? 良い事だらけじゃない?

「犬を息子扱いするわけがないじゃない。この子は私の使い魔にするわ。うん、いい響きね。気にいったわ。今後、犬の仔が生れたら私に捧げなさい。これが新しい法よ」

「使い魔ってなんなのですか?」

「そうね。私に忠実で普通の犬よりも強く賢い存在って事よ」

「……っ狂っているわ!」

「無礼打ちされたいの? いいわ、ルナに世話を任せるから。ガルディには、子供を殺せば容赦はしないと伝えておいてくださる?」

 夢が広がる一方で、重たい現実がのしかかる。
 そろそろ、私がこの領地に赴いて一年が過ぎる。
 始めた事業は何もかもがまだまだで、出費は嵩むばかりだ。
 それに私は、まだメインの産業を見つける事が出来ていない。税金を稼ぐにはどうすればいいか、考えなくては。
 私は、ため息をつくのだった。





[15221] ひねくれ魔女は逆ハーの夢を見る 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/01 23:18
 あれから一年、こちらに来て二年が立った。ケルちゃんには乳兄弟が出来た。領主の館にぽつぽつと小さな子犬が捨てられるようになったのである。
 やはり兄弟がいないと噛む加減がわからないから、私は安堵のため息を吐いた。
 ルナは温厚な性格で、子供達を可愛がってくれている。ふふふわんわんパラダイス。
 エスニアの子は既に生んでいた。これで目標は達した事になる。名前はダーク。真っ黒な髪と真っ黒な肌、真っ黒な目に長い耳。私はダークを見て、非常に満足した。それから、私は少し休む事にした。しょっちゅう妊娠していたのでは、魔物と戦う事が出来ない。そろそろ、迷いの森の探索に行かなくては。
 政治面では、ようやく紙がまともな物を出来るようになり、ようやく活版印刷の下準備もできた。
 ルースやエレーナを育てる時、ダークを生んだ時にエルは悔しそうな顔をしているが、エルの子供に意味ありげに手を伸ばすと黙った。いい加減、諦めてほしいものである。今でも密会を繰り広げているのを私は知っている。無論、私は海のように心が広いから、中間管理職がささやかな癒しを求める事について文句は言わない。ただエスニアを普通じゃ満足できない体にしてエルがドン引きする様を見守るだけである。
 ルースとエレーナは輝かんばかりに可愛らしく成長している。森の妖精そのものである。
 ルースとエレーナが三歳になったら、簡単な仕事……そう、果物採集あたりから任せていこう。十歳の時には有能な僕になっているといい。
 ケルちゃんは既に連れ歩けるようになっていて、狩りの手伝いをしてくれるようになった。
 そして、私は軽い旅支度をして、ケルちゃんと乳兄弟のバルちゃん、マッピング役のセイシーと護衛役のガルーダを連れて出かける事にした。

「本当に行くのですか?」

 エスニアが心配そうに聞き、ケルちゃんが産まれて以来機嫌を損ねているガルディはそっぽを向いて見送りに来ている。

「当たり前じゃない。私は領主だもの。本当は一族をあげてするべきなんでしょうけど、私にはまだ頼りになる手駒がいないものね。二年たつのにまだ火球を出すのが危なっかしいってなんなのかしら。やはり鷹は生まれながらの鷹で、トンビはいくら努力しようとトンビなのね」

 エスニアは、むっとした顔をする。

「自分の力を過信しているようですが、貴方は戦闘訓練をろくに受けていないのですよ」

「ケルちゃんが足止めをしてくれますわ。一年は帰って来ないと思いますけれど、その間に領地を潰さないでくださいましね」

「え、ちょっと待って下さい、一年……!?」
 
 そして私はスタスタと迷いの森の奥まで進んだ。獲物を狩り、果物を取り、木の根を齧って私は進む。途中、ケルちゃんとバルちゃんが歩き疲れて、おぶったり抱っこしたりもした。うーん、サバイバル。そんな事をしている間にも、私は税金の種となる物を探していた。薬草の群生地などは欠かさずメモをさせ、珍しい薬草があれば種を採取する。

「そういえば、ここって蜘蛛が全くいないんですのね」

「この木の葉に触れた水は、蜘蛛の糸の粘着力を無くしてしまいますから」

 はい、ご飯の種ゲットー。布を作って売りましょう。絹よりいい布が出来そうね。

「とりあえず、葉っぱと種を持ち帰るわよ。他にも何かあったら教えて頂戴。なんでもいいわ」

「なんでも……ですか。しかし、ここには何もありませんよ? では、ここで引き返しましょう」

「あら、なぜかしら? 森が開けて、休めそうな良い岩場があるじゃない」

「何故ってドラゴンがいるからに決まっているだろう」

「行きますわよ」

 私は気配を殺して先に進んだ。ケルちゃんとバルちゃんが後からついてくる。セイシーとガルーダは躊躇したが、結局ついてきた。
 見えたのは、正しくドラゴンの集落だった。
 巣の奥に、確かに見える卵。

『エルフの血をひく小娘よ。そこで何をしている』

 ドラゴンが、心に語りかけてくる。知能がある事に驚いたのは一瞬だった。
 うっしゃぁぁぁ! という心の叫びを押し隠し、私は茂みから出て優雅に礼をした。

「ごきげんよう、気高き竜の一族のお方。私、二年ほど前からこの森の領主として君臨しているリーアと申しますの。つまり、貴方方の主ですわ」

 その背に乗って飛べるかもしれないと思うと、私の心は薔薇色だった。

『夢見がちにも程がある。小娘が我らの上に立つと言うか』

 獰猛に笑う気配。

「事実ですわ」

『我ら竜族は強いものにしか従わぬ。勝負してみるか?』

「よろしくってよ。ただし、ここで最も強い竜と一対一ですわ」

『くくっどこまでも愚かよ。良かろう。私がその強い竜、この竜の里の長、グリードよ』

「ごきげんよう、グリード。それでは、行きますわよ」

 私はにっこりと笑い、手の平に精神を集中して、その言葉を吐いた。

「ギラ」

『!!』

 グリードを追い、グリードの魔力を糧にその炎は燃え盛る。
 しかし、グリードは一声吠えて炎を消し飛ばした。私は口に手を当ててまあ、と驚いて見せる。出来るだけ無邪気に。

「見事なお手前ですわ」

『魔力を炎に変換するか! 初めて見たわ! ならば私の炎を受けて見よ!』

 グリードが炎を吐く。私と同じ、魔力の炎。でも、だからこそ。私は竜の魔力の炎を「掴んだ」。強い魔力に、その熱気に、背筋がぞわりとする。私の魔力とグリードの魔力が激しく反応し、混じり合う。たゆたった一瞬、私はきっかけを与えた。

「マヒャド」

 極寒の吹雪がグリードを襲う。

『!? これは一体!?』

 そうね。この辺には雪は降らないものね。トカゲには辛いでしょう?

『無礼な……!』

 グリードの動きが鈍る。私は両手を差し出した。精神を集中すると、手の平の間に紫電。
 それは次第に増幅して行く。
 大きくなっていく力を解放。

「ギガディン!」

 雷がグリードに着弾した瞬間、私は駆け寄り、純粋な魔力で作った槍でグリードを貫こうとする。
 途端、横合いから何かが飛んできて……。

「ママ!」

 ケルちゃんが叫んで、私を突き飛ばしていた。
 ケルちゃんが言葉を……!? ケルちゃんはボールのように弾き飛ばされ、転がった。
 私は、何か……飛んできた小さなドラゴンを見据えた。
 うるうるお目目で超可愛いんですけど。決めた。この子は私のペット。
 使い魔軍団計画は順調に進んでいるようね。

「決闘を邪魔するとは何事か。罰として、私の屋敷で、十年の無料奉仕を命じます」

 そして私はケルちゃんに駆け寄る。ケルちゃんは血を吐いていた。その事に対し、可愛らしいドラゴンに対して怒りを感じると同時に、覚悟していた事だ、と思う。
 正直、実験なんてした事がないのだけれど、それ以外に手がないから。
 私は残りの全魔力を手の平に集め、ゆっくりとケルちゃんに流した。
 私は医師ではない。どう修復すれば治るなんてわからない。でも、生き物の体には予め遺伝子と言う設計図がある。それを開いて、その通りに修復して行けばいいのだ。
 魔法の訓練をしていて、わかった事がある。大切なのはイメージ。
 そう、魔法に不可能など、ありはしない……。
 ケルちゃんの息が穏やかなものとなる。私は私の小さな番犬を、そっと抱き上げた。

「私の勝ちですわ。私に従いなさい」

 グリードはよろりと起き上り、ケルちゃんを見た。

『なんと、その子はお前の仔か。無理やり……と言う事はあるまいな。その腕なら。末恐ろしき小娘よ』

「ええ、そうよ。私の夫は獣人とダークエルフの族長なのですわ」

『ほう、迷いの森の部族の長を夫とするか! ならば、私も夫とせねば不公平だ。そうではないか?』

 意地悪な笑みのイメージが送られて来る。

「そう言われればそうですわね。この森にはあとどんな部族がいますの? ご紹介に預かってもよろしくて?」

『この岩場を進んだ所にドワーフ族が、海に面した場所にマーメイド族がいる』

 私はぐっと拳を握った。ドワーフ。ドワーフってあのドワーフ? 加工業ゲットである。
 魚は精子を卵子にかけて受精するのだが。それに、卵を産めるだろうか? 大きさ的には問題なさそうだが。ああ、マーメイド族なら真珠が取れるだろうか? 珊瑚も確かお金になったはずだ。

『……マーメイド族は人型になれるし、人間の女がドラゴンの卵を産んだ前例はある。無論その時は意に沿わぬ妊娠だったがな。そして真珠と珊瑚は取れるぞ。我の決定なら、ドワーフとマーメイドも従おう』

 よし、問題なし。
 NAISAI、やってみた意外にできるもんじゃない。こんなに順調で良いのかしらおほほほほ。しかもグリード、心を読めるじゃない。これは交渉事に役立つわ―。

『……我の仔を孕む事に問題はないのか?』

 中々に背徳的でよろしいかと。

『くく……はーっははは! エルフの血をひくとはいえ、所詮人間の小娘だな。いや、違うな。夢物語を本当にしかねんその力……。お前には魔王様の面影を感じる。よいよ、従ってやろう!』

 まあ。魔王ってどこに住んでいるのかしら。迷いの森? ならば、その人も私の夫ね。

『はーっははは! 魔王様は身罷られたよ。だが、直復活なさるだろう。今は我らが一族がその居城を守るのみだ。ここの魔物も、元は全て、魔王様が召喚なされた者よ』

「では、その居城を明け渡しなさい。召喚術に関しても学びたいわ」

『……小娘、言ってよい事と悪い事があるぞ』

「この迷いの森の全ての物は私の物でしてよ? 良いも悪いもありませんわ。魔王は私の夫とします」

『命が惜しくないのか、小娘が』

 別に、命などおしくはない。つまらない人生など、生きている価値はないから。大切なのは、一つだけである。それは退屈なのか。退屈でないのか。
 籠の鳥だった前よりは、私は自由だ。だが、全然足りない。全く足りない。人生を謳歌するには、この程度では不十分だ。テレビやネットやゲームと言うのは、それくらい偉大な娯楽だったのだ。
 ドラゴンや魔王と交わる事が、ささやかな退屈しのぎになるなら構わない。
 ドラゴンを乗り物とし、魔物の軍を睥睨すれば、多少は心が晴れるだろう。

『テレビやネットやゲームと言うのはわからんが……途方も無く馬鹿なのか、途方も無く器が広いのか。魔物の軍を睥睨するのが、ささやかな退屈しのぎと言うか? これは……もしや……しかし、魔王様は最初記憶を持たぬと聞く……。むぅ。姫よ、後について来られるがいい』

 そして、私は魔王の居城でグリードと交わった。というかグリードも人型になれたのね、つまらない。
 その後、マーメイドに真珠の養殖の話をつけたり、ドワーフに刀を作らせたりと忙しく働き、領主の館に帰るのは三年後となる。もちろん、セイシーとガルーダは何度も連絡にやらせた。ルースとエレーナの教育に間を開けてしまったのは口惜しいが、ケルちゃんとバルちゃんは人型に変身できるようにもなり、全てが順調と言えるだろう。私は意気揚々と凱旋した。もちろん、新たに生まれた三人の子供プラスグリードの息子のグートつきである。



[15221] 中の人を放っておいて(現実→異世界 TSBL注意)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/04 19:26
 城の片隅の、下々の者の為の教会。

「この結婚に異議のある者は申し出なさい」

 神父様が言うが、誰も名乗り出るはずがない。結婚するのは、物売りの娘と下男。
 物売りは妊娠している。下男……つまり、私の子ではない。何故なら、私は本当は女なのだから。それでも彼女と結婚したのは、それが必要だからだ。彼女は、無理やり城の貴族に孕まされた。このままでは嫁の貰い手がいない。そして、当然ながら私も、子供が出来ない体な上に、言葉が話せないと言う事で嫁の話が来なかった。このご時世、いい年をして独身と言うのは体裁が悪い。ありえないと言ってもいい。
 だから、私達は結婚した。愛はないが、家族にはなれると思う。物売りの娘は、私が喋れないからと言って馬鹿にしたりはしなかった。私達は、普通の人とは違うかもしれないけど、幸せを噛みしめていた。
 
「リーナ、クチナシに愛を誓いますか」

「ちか……」

「その結婚、待った!」

 朗々とした良く通る声。馬に乗ったローブの男が教会に入ってくる。それを追いかけてくる、何頭もの馬。
 花嫁泥棒か!? 隅っことはいえ、この王宮で!?
 私はとっさに物売りの娘、リーナを庇う。
 馬から降りた男は、ローブを取る。美しい男だった。私は思わずそれに目を奪われる。
 美しさからではない。なんでこいつがこんな所に、と目を剥いたのだ。

「クチナシ、俺との事は遊びだったんだな! 結婚だなんてひどいっ」

 そして男は泣きながら崩れ落ちた。

「レフィア王子殿下――!?」

 追いかけてきた騎士が、私と男……王子を交互に見やる。

「深夜の密会……俺に対して強引に迫ってくる奴は初めてだった。この絆は本物だと思っていたのに! そう、あの日君と出会ったのは月夜の晩だった……」

 泣きながら王子が切々と語る。お前は黙れ。空気を読め。
 しかし、私はクチナシなのだ。言葉が喋れるはずもない。蹴ってやりたいが、そうしたら不敬罪で死ねる。
 私はひたすら頭を下げるしかなかった。
 過去の自分を絞め殺したいと思う。夢の世界の中で、王子が私を怒らせるたびに、お前の好きな人の前で俺との事は遊びだったんだなと泣き崩れてやると脅迫したのは私だ。
 ここまでするって事は正体がばれてるな。どうやってごまかすか。何故ばれたんだろう。
 リーナの目がまんまるになる。違う。違うんです。

「ああ、土下座したと言う事は、誠心誠意謝って俺の元に帰ってくると言うのだな!」

 私は凄い勢いで首を横に振る。

「じゃあ、やっぱり俺よりもそこの女がいいと言うのか! 俺との事は遊びだったと言うのか!?」

 首を縦に振ると、遊びを肯定する事になる。
 首を横に振ると、王子とは遊びではない、本気だと言う事になる。どうしろと。
 私は縮こまって土下座を続けた。

「レフィア王子殿下、このような下賤な者が王子殿下に手を!?」

「切って捨ててくれる!」

「やめろ、クチナシは俺の運命の人だ!」

 待てい王子。何故ここまでできる。よっぽど確かな証拠を掴んだか? 私の正体を見破った? 馬鹿な、私は生まれてこの方、真の姿になった事は一度も無い。
 私は、必死で記憶を手繰り寄せた……。






















『なずな、なずな。取引をしないかね。お前は私の夢を叶える。私はお前の夢を叶える。どうだね?』

 夢の中で、老婆は私に囁いた。

『どういうこと?』

『私はお前さんの体が欲しいのさ。お前さんは魔力もあるし、孤独だし、若いし、親の遺産で悠々自適の暮らしをしているからね。憑依するには最高の体なのさ。もちろん、代わりの体は与えよう。この婆の体じゃない。赤子の体さ。そうだ、物を持ちこめるようにもしてやろう。この宝石に、私の家の一つがある。そいつをお前さんにやろう。これから、お前さんは夜の間だけ、この宝石の中に自由に出入りできる。弟子にもしてやろう。お前さんは、魔法が好きだろう? それに、こっちの物を持っていけば、チートとやらも出来るだろうさ』
 
『魔法が使えるようになるの?』

『夜だけね。体の希望はあるかい?』

『うーん、綺麗な人として産まれてみたい。男でもいいかも。ああ、せっかく魔法使いなんだから、いかにもな老婆も捨てがたいわ』

『夜の間なら、もちろん、お前さんは自在に変身できるさ。でも昼になれる姿は一つだけだ』

『じゃあ綺麗な女の人がいいわ。王子に見染められるかも!』

『貴族に浚われて弄ばれるのがオチだと思うがね。私はお前さんに捨て子の身分しかあげられないよ』

『じゃあ、普段は醜い男の姿でいるってのはどう? 童話でそんな話があったわ。あの時は老婆だったけど。そして好きな人の前でだけ、美女になるのよ!』

 老婆は、しばし考えた。

『それはなんとか、可能だよ。ただし、決して喋ってはいけないよ。声で女だとばれてしまうからね。貴族はびっくりするほど横暴なんだ。忠告はしたからね。あくまでも醜い男に変身できるだけで、昼は無力なのだから』

『わかったわ』

『決まりだ。準備期間をやろう。一年だけ。一年が過ぎたら、お前の体は私の物だ』

『わかったわ』

 思うに、随分と安請け合いしたと思う。しかし、夢の中だったのだ。仕方が、なかった。
 翌日、私は赤い宝石を一つ抱いて眠っていた。
 当然私は驚いた。そして、夜になって恐る恐る赤い宝石に触れると、宝石は私を吸い込んだのだ。
 中には、小さな屋敷。
 私は、驚きと喜びと不安に、絶叫した。
 それから、私は必要な物を買う為、老婆が私を乗っ取った後の為、必死でバイトをしまくった。師事、バイト、準備。それはもう大変だった。
 赤ちゃんの時期は、ちょうどいい休憩になった。
 老婆は「作りだした」私の赤ちゃんとしての体を、城の教会に捨ててくれた。
 それから心優しい神父が拾ってくれ、クチナシと名付けられ、絶対に秘密がもれる心配のない手紙の運び手として、私は職を得た。老婆から字は習っていたけど、私は保身の為に、字を読めない振りをした。
 昼は私は何も出来ない。平身低頭して暮らす。でも、夜だけは、私は強力な魔術師である。特に私は、夢を操る事に長けていた。妄想万歳。
 私は、老婆から特別にもう一つ、青い宝石を貰い、そこをお茶会の場所とした。
 『夢』で出来た物と、現実から持ち込んだ物。正しく、虚実を織り交ぜた場所。
 私は産まれてから十年かけて、夢の中でその場所をより居心地のいい場所とした。
 慎重に、慎重に、ばれないように、生まれた世界でもお茶会に置く花や食べ物を集めた。もちろん、老婆から譲り受けた物も多くある。
 夢の中で夢を編み、ファッション雑誌やコスプレ雑誌を見て様々な衣装と「外見変化薬」を作った。
 全ての準備を整えて、私は不思議の国のアリスの兎さんに化けると、「こちら魔物のお茶会」と書いた道案内の札を立てて術を掛けた。
 これで、この立札は私と波長があって、魔力を持っていて、夢を見ている全ての人に見えるようになった。
 これで導かれてきた人は一人ずつ衣装部屋に導かれ、そこでルールの書いてある絵と文字を見る。ルールは簡単。お茶会の中身は他言無用。互いの正体は秘密。それと、楽しむ事! そうして服を剥かれ、驚いた人は自然と服を着ると言うわけだ。
 そして私は、人が来るのを待った。
 最初のお客さんは、泣いている女の子だった。来ている服は一番上等なドレス。

「お嬢さん、何を泣いているのですかな」

 女の子は、私を見て驚く。

「兎さんが喋ってる……!」

「ここは夢の中。なんだってあり得ますとも。ああ、ここでは名乗りは無用。私と貴方。それでいい。あるいは兎さんとかね。さあ、お茶会を始めましょう。お茶はいかが? ケーキはいかがですか? 夢の中ですから、いくら食べても太りませんよ」

「ケーキ……?」

 私はショートケーキを出した。女の子は、それをパクついて目を見開く。

「おいしい……!」

 女の子は目を輝かせる。最初のお客は満足してくれたようだ。
 そうして私達は、お茶会を楽しんだ。
 夢の中の事を覚えている人もいれば、忘れる人もいる。
 女の子は覚えている側だった。
 私は女の子に枕の下に敷けば私のお茶会の会場に来られる招待状を出し、仲良くなった。
 女の子はとても寂しがりで、いい所のお嬢様らしかった。
 初めはお茶会を通して、素敵な旦那様が見つかるといいと思っていたが、お茶会を始めた時には能力の自慢目的に変更になっていた。なんというか……この世界って、男女関係がむちゃくちゃすぎというか、ぶっちゃけ貴族が横暴すぎというかで、王子様と出会ってラブラブという夢は失せていたのだ。しかし、いつも苛められている下っ端としては、雲上の貴族達と対等に、あるいは上に立って会話する事に暗い楽しみを覚えてしまう物なのだ。人に称賛されたり、色々な人と話したりするのは楽しい。夢の中でだけ、女王様、あるいは王様。現実では、とりあえず平和に生きて行けさえすればいい。それだけで満足だった。
 ……しかし、結果的に初めの目論見は成功してしまう事になる。十分すぎるほどに。




[15221] 中の人を放っておいて 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/03 20:29
 夢のお茶会会場で、男がケーキをつまみながら、ふんぞり返って言う。

「おい、魔物。さっさと封神演義とやらの続きを見せろ」

 その向かいで、ダイナマイトバディの女が、くねくね身を捩らせながら言った。

「いやーん。狼ちゃんったら横暴ねぇーん。私は貴方の奴隷じゃな・い・わんv ていうか私の小鳥ちゃんの招待状を奪ったわねぇん?」

「レフィア王子殿下と呼べ。後、いい加減お前の正体を教えろ」

「狼ちゃん、ここでは正体は秘密よんv 妾は夢だから、正体も何もないけどねぇんv」

「お前がこの城にいるらしい事は既につきとめている。俺の命令に逆らうのか?」

「ここの主は妾よぉーんv 無礼なお客は退場願うわぁん」

「なんだと?」

「まあまあ、兄上。魔物殿、お気を鎮めてください。魔物殿が兄上を招待してくれなくなって、あまりにも兄上が沈んでいたので、エレネが招待状を自ら譲ってくれたのです。兄上はこう見えても、貴方と会えるのを心待ちにしているのですよ」

 ふん、とレフィア王子が腕組みをする。

「素直じゃないのねぇん。でも、権力を笠に来てあんまり好き勝手していると、貴方の好きな人の前で、筋骨隆々の大男に化けて俺との事は遊びだったのかって泣きわめいちゃうわよぉん?」

「夢から出られる物なら出て見て頂きたいですね。どうせ、犠牲になるのは兄上なのですし」

「あら、キツネちゃんたら策士ねぇん」

 本日の私の姿は、某悪女だ。ぶりっこしながら、私はため息をついた。
 エレネには新しい招待状を送らねばならないだろう。それと、レフィアが持つ招待状に手を加えなくては。あれはいつでも来られる特別製の招待状であり、レフィアが来ると帰る客がいるのである。
 レフィアは、このお茶会に来る客の正体を探ろうとするし、その姿勢を隠そうとしない。
 しかも、お茶会から締めだすと物凄く荒れる。城中の人間が迷惑を被る。
 全く、頭の痛い事である。
 今後も、王族のみのお茶会は開かねばならないだろう。
 所詮夢の中のお茶会なんだから、普通に楽しめばいいのに。
 王子様への印象はマッハで下落である。こいつら子供の癖に、なんという我儘さ。

「ご令嬢、今宵は僕も楽しみにしていたのです。早く続きを」

「小鹿ちゃんがいうなら仕方ないわねぇん。始まるわよぉん。おいでなさい、小鳥ちゃん?」

 エレネを呼び寄せ、席を勧める。
 そして、スクリーンの中で封神演義(ジャンプ漫画バージョン)が始まる。言葉はもちろん日本語だが、夢の中なので漫画が動いたり、わからない言語が理解できても当然の事。
 王子達は、その名作に見入った。
 本当はエレネの為に上映していたんだけどね。
 初めて来たお客、エレネは下女の産んだ王の娘で、それゆえ宮廷の隅に追いやられている。というか、侍女はともかく、下女に手を出すなんて最低である。
 私はエレネを気にいり、エレネには何かと特別に世話を焼いてやっていた。
 特別にお茶会の間の花壇で花を摘む事を許したのもその一つである。
 他にも、お茶会に来た孤児に本物の食べ物をご馳走したり、教育をしてやったりしている。
 エレネに贈られたと言う事になった珍しい花に宮廷は話題になり、それで王子はエレネがお茶会で私が贔屓にしている姫君と知った。まあ、エレネと親しくしてくれている事は感謝している。
 私はスクリーンを眺めながら、コーラとポテトチップスを摘まんだ。やっぱり映画にはこれよね。
 
「それを寄こせ」

 王子がそれを掻っ攫い、食べる。

「あらん。間接キスね? でもそれ、炭酸よぉん?」

 ムカつきを抑えてからかう様に言うが、王子は無視をしてコーラを飲んだ。少しむせる。

「炭酸とは妙な飲み物だな」

「いらないなら返して下さるぅん?」

「いやだ」

 王子は今度は慎重にコーラを飲んだ。それを羨ましそうに見つめる王子達。
 私は一つ指をパチリと鳴らし、皆の前にコーラとポップコーンを出した。
 変わった味だと言いながら、コーラを飲む王子達。
 エレネも一所懸命飲んでいる。エレネは、私の与えた物をなんでも喜び、喜ぼうとしてくれる。それがいじらしく、可愛らしかった。
 この映画の話も、エレネのお茶会の有用な武器となるだろう。楽しい物語の話は、この世界では贅沢品だから。それが、王子と共通した夢の話となれば、なおさらその価値が出る。
 さて、明日の予定は料理人専門のお茶会だ。明日の姿は何にしよう。今日は女に化けたから、次は男がいい。そうだ、ハンターハンターに出てきた某料理人の豚になろう。
 美味しいもの、盛りだくさんのお茶会に、自然と顔が綻んだ。
 
 


 思えば、あれでも王子達はまだ子供で、可愛いものだったのだ。それを、私は後に思い知る事になる。例えば今。
 結婚式を妨害し、私を無理やり部屋に連れ込んだ王子は、爆笑していた。

「あはははは! 魔物の奴も、面白い事を教えてくれたものだ。皆のあの顔! これで縁談は破談だ! ざまあみろ! お前にはすまない事をした、あの女にはそれなりに金を与えてやろう。その代り、茶番につきあってもらうぞ。これは命令だ。お前、俺に惚れた振りをしろ」

 きっと外で聞き耳を立てているだろう騎士達は、安心したり顔を蒼褪めさせたりしている事だろう。私はその言葉を十二分に考えた。まだ、正体はばれてはいない? ならば、なぜ私を選んだ? 決して油断はするな。私は昼は無力なのだから。
 とりあえず、私は土下座を続けた。それ以外に道はなかった。
 王子は私をマジマジと見る。

「とりあえず、風呂に入って着替えて来い。いや、いい。汚らしい方がよりインパクトがあるからな。とりあえず、お前は俺の傍にいろ」

 汚らしいって。これでも、結婚式の為に身綺麗にしたのに。まあいい。ばれていないと仮定して、とにかくぼろが出ないようにしよう。といっても、それは土下座を続けると言うだけの事なのだけど。
 王子は、綺麗な顔で笑った。

「とりあえず、連れまわすぞ。殺されないよう気をつけろよ」

 さらりと怖い事言うな。
 王子は私の手を引いて部屋を出る。部屋の外に待機していた騎士達が慌ててついてきた。
 それから、私は剣の訓練に、勉強に、お茶会に連れまわされる。
 多分、しかめっ面した近衛兵の吹く顔とか、厳格そうな家庭教師の吹く顔とか、貴婦人の吹く顔を見れるのって最初で最後なんだろうな。
 私は、その人達全てに、申し訳なさそうに頭を下げまくった。
 その後、一日もしない内に、物凄い勢いで私の身辺が調べられた。しかし、怪しい所などあるはずがない。いままで、慎重に、昼は全く気を抜かずに生きてきた。
 私が不能で喋れず、文字も書けないと言う事で、周囲は安心すると同時に困惑した。喋れない、文字も書けないでは問いただす事も出来ないからだ。
 私は終始おどおどした様子を演じ続けたから、巻き込まれただけらしい事もわかってくれるはずだ。そう信じるしかない。
 そう思っていたら、その日の夜には厳格な家庭教師が言った。

「貴方には文字を覚えてもらいます」

 私は凄い勢いで首を振る。頼み込むような動作を繰り返したが、家庭教師は許さなかった。

「貴方にはなんとしても王子との関係を証言してもらわねばなりません」

 あ、やっぱり? しかし、大分手間が掛かるとは思わないのだろうか。それより、文字を徐々に学んでいく振りってどうすれば。次の日には全て忘れた振りをすればいいか?
 すると、王子は私を手招きし、手紙を見せた。

「この通りに書けばいいのだ。短くて簡単であろう?」

『王子を愛しています。どうかお許しを』

 これはちょっと酷いと思うわ。でも、私は文字を知らないはずなので、一所懸命書き写す。へたくそに、へたくそに……。思い出すのよ、字を覚えたばかりの時の事を。この字を文字として見るんじゃない。絵として見るのよ……!
 家庭教師は、怒りのあまり卒倒しそうだ。その時、来客があってレフィア王子殿下が人払いをした。

「何をやっているのですか、兄上。そんな事をして、本当に縁談が破棄されると信じているのですか」

 呆れた声で聞くのは、キツネちゃん事次男のキュルト王子殿下。
 
「向こうは王族にあるまじき事に、恋愛結婚をさせたいらしいからな。ソフィア姫の俺への愛が冷めれば、縁談の破棄もありうるさ。そもそも、まだ正式な話は来ていないのだからな。ソフィア姫の為なら、俺は手段を選ばない」

 キュルト王子殿下はため息をつく。

「ソフィア姫と夢で逢えたら良いのですが。そうすれば、嫁いでも兄上ではなく父上の慰み物になるだけだと伝える事が出来るのに」

 貴族って汚い。というか、他国の姫に対してそんな事が可能ってどういう事? もしかしてこの国って腐っているの?

「魔物の力は借りない。あいつには、汚い所を見せたくない。ソフィア姫にも事情を話せるわけがないし、自然俺が嫌われるしかない。初めて俺を心から想ってくれたソフィア姫を傷つけたくはない。既成事実も作ったし、手紙で精々クチナシへの愛をつづるさ」

 なるほど、そんな事情か。しかし、妨害に選ばれる私は迷惑である。
 でもまあ、縁談が破談になれば自由の身になるだろう。そうしたら、リーナと一緒になろう。しかし、これでますます字を書けなくなった。だって、事情を知ってしまったのである。

「それで、その男、信用出来るのですか?」

「喋れない、文字も書けない男だ。どうにでもなる」

 怖い怖い。どうすればいい? 文字を覚えるべき? 覚えないべき? わからない。
 キュルト王子は出ていき、レフィア王子は私に根気よくラブレターを書かせた。
 夜になっても、王子から離れる事を許されなかったので、私は床に横になった。

「何をしている、服を脱いでこちらへ来い」

 今、なんと仰った。見ると、王子がポンポンとベッドを叩いていらっしゃる。
 私はブンブンと首を振った。

「お前、この俺を嫌がるか。まあいい、当たり前だが何もしない。お前はただ裸で俺の横になっていればいい。俺に触れたら殺すからな」

 なっていればいいって。触れたら殺すって。
 私は顔を真っ赤にして、恐る恐る服を脱いだ。
 そして、ベッドに上がって隅っこで横になる。心臓が早鐘のように鳴る。
 王子は、さっさと眠ってしまった。当然ながら、私は一睡も出来ずにいた。今日のお茶会はキャンセルである。
 朝、侍女が私を見て顔を青ざめさせた。
 震える声で、朝の挨拶をする。
 王子が起きると、それはそれは不機嫌そうな顔をしていた。これはまずい。王子はお茶会が無いと大変不機嫌になるのである。以前約束をキャンセルした時は宮廷が荒れに荒れ、私は怒られた下女の奴辺りで叩かれたりして大変だった。

「と、とと、ところで、お隣の方は……」

「見てわかるだろう。俺の愛しい人だ」

 王子は乱暴に私の頭に手を回し、その手が一瞬強張った。撫でられる頭。引っ張られる後ろの毛。そして王子は私の頭を再度掴む。若干その手が震えている?
 そして、王子は私にキスをした。
 私は王子を突き飛ばさない様に慎重に、しかし力を込めて胸を押す。
 しかし、王子は私を強く抱きこんだ。
 そして、口を開く。

「一緒に風呂に入ろうか。頭を洗ってやろう」

 意味がわからない。
 その後、私は急かすように服を着せられ、浴場へと案内された。
 浴場では、急かすなんてもんじゃなかった。王子はさっさと私の服をはぎ取り、浴場へと引っ張りこんで暴れる私の頭をわしわしと洗った。主に後頭部を。凝視されているような気がする。
 そんなに髪が汚かったんだろうか。
 それから、王子は後ろから私を抱きしめた、強く、強く。そして囁く。

「クチナシ。とりあえず、確定している事が一つある。お前は俺の傍にいるんだ。これは命令だ」

 愉悦、戸惑い、落胆、期待。様々な物が入り混じった声で王子が言う。
 この日、王子の愛人が爆誕した。





[15221] 中の人を放っておいて 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/07 11:22





 夢の中の世界。その時も私は人を招き入れていた。

「そ、そなたは何者だ。余はレフィア王子だぞ。名を名乗れ」

「よお、坊主。なんだ? 俺の名はない。魔物とでも呼べばいいさ」

 私は、某武成王に変化していた。私のお茶会会場に走り込んできた少年は、何かに怯えているようだった。それに、王子と名乗る割には痩せている。

「ま、魔物……!? サ、サフィーが呼んだのか!? 余を怨んで!?」

「お前、そんなに小さいのに怨みを買ったのか?」

「毒見をして、死んだのだ……。余を、余を追いかけてくるのだ……」

 王族って大変ね。私は、レフィア王子を担ぎあげた。そして、王子の夢に入っていく。
 なるほど、確かに王子の夢の中で、無数の手が王子を引き込まんとしていた。
 私は内心キモッと思ったが、王子に笑いかけてやり、大剣で、その手を切り払っていく。
 そして、私が作った夢の花の種をまいた。
 種は、手を養分にして、すくすくと成長し、王子の夢を花畑に変えた。
 王子は、目を丸くする。

「強くなれよ、坊主。狼となれ。そして、次こそお前の守りたいものを守るんだ」

 私は王子を降ろして、頭を撫でる。

「この種は数日、お前の夢を花畑に変える。また、辛くなったら俺の所へ来いよ。さ、要はすんだな。お茶をしよう。アイスって食べた事あるか? ないだろ。頑張って逃げてきたご褒美だ。とびっきりのチョコアイスをご馳走してやるよ」

 王子は、あっけに取られた顔で私を見る。そして、顔を逸らして行った。

「坊主ではない、レフィア王子殿下と呼べ」

 王子は、限りある本物のチョコアイスを思い切りたくさん食べていった。それから、私は王子が現実世界で食べ物を食べる勇気が出るまで、夢の世界で食事をさせてやったものだ。あの時の王子は、偉そうだがもう少し口調が王子様っぽかった。
 そういえば、何故口調が変わったのだろうか?
 ぼんやりと考えている間にも、王子はなんやかやと周囲に指示を出す。
 私達が風呂から出た後、王子は服を取り寄せて私にあれこれ合わせていた。

「よし、着飾っても醜い! そこの奴、俺のクチナシに服を一通り用意してやれ。見苦しくない程度で良い」

 酷い。醜いと言われた事もそうだが、そこには着飾った事で他の者に取られる危惧を端的にあらわしていた。汚いさすが貴族汚い。私、どっからどうみても男なのに。そして相手は第一王子なのに。
 そして王子は寝室に戻る。
 私はあれこれ服を用意された。兵士達はそれを監視しながら噂話する。

「レフィア王子はどうされている?」
 
「ベッドに転がって奇声をあげていらっしゃる……。あれは相当嬉しい時の反応だ」

 マジか。王子がそんなんでいいのか。
 というか、訳がわからない。これも演技なの?
 私とキスしてから、王子の反応が変わった気がする。
 なんなんだろう。まさかホモに目覚めたとか?
 服を合わせていると、王子が飛び込んできた。手には大きな袋を持っている。

「神父の所に行くぞ!」

 私に出来る事は、手を引かれるまま進む事だけだ。
 教会に行くと、私の顔を見て神父様が声をあげた。

「クチナシ! レフィア王子殿下、ご機嫌麗しく……」

「おお、カガ神父! 今日はお前の娘を貰いに来た」

 神父様は戸惑う。

「娘、とは……?」

 すると王子は泣き真似をした。

「さぞ大変だったであろう……! 女を男として育てるのは。なるほど、ここは治安が悪いからな。可愛い娘を心配するのは親として当然のことだ。しかし、それも今日まで。お前の娘は、俺が夫として今日からちゃんと守ってやるからな!」

 そして、神父の手に袋をどさっと持たせた。中身は金貨だった。
 権力って怖い。
 その日の内に、私は「娘」になり、どこだかの伯爵家の養女になったのだった。
 伯爵を騙した時の王子はまるで男優だった。
 
「これだけ醜い男ならば、誰にも奪われる事はないと思ったのだ……。妻は、妻だけは、俺だけの物が欲しい。俺は一見恵まれているが、本当に欲しい物は……うっ」

 しかし良く泣くな王子。あれだけ偉そうなのに。
 伯爵は俺を養女として受け入れる事に決め、その代り、王子にもう少し考える時間を置くように言った。
 ここまで念を入れて騙すとは、よほどそのソフィア姫の事が好きなようである。
 両思いなのに、王族って大変だ。
 教育の無い振りをするのも、徐々に学んでいく振りをするのも難しい。
 どこまで馬鹿な振りをするか、それが問題だ。
 家庭教師が鞭を持ちだして来たので、そこそこ出来る人間を演じるしかなさそうだけど。
 授業が終わると、豪奢なベッドの上に身を投げ出したくなるが、そこはそれ。私は豪奢なベッドなど知らないはずである。仕方なく私は床で眠った。
 夢の中に入ると、私は大いに息をついた。
 今日は孤児達に勉強を教えてやる日である。これは疲れていようと、さぼれなかった。
 王族組も一緒に招待しよう。以前も同じような事があったが、王族組はきちんと生温かい目で見ながらも不干渉を貫いてくれた。
 私は自分の姿を幽遊白書の某狐さん人間バージョンのキグルミを着て、ふかしイモを作ってから、招待状を作動させる。
 最初に来たのはキツネことキュルト王子だった。

「おや? 今日は孤児の授業と一緒ですか」

「ええ、そうですよ。昨日は急用が出来てしまい、すいませんでした」

「全くです。悪いと思うなら、ダッキさんに化けて出て来て下さい」

「あれだと俺に注意が逸れてしまって、授業が上手く出来ないんですよ」

 そして、直に孤児達と上機嫌なレフィア王子殿下、第三王子の小鹿事シスキア、小鳥事エレネがやってくる。
 王族たちは勝手知ったる他人の家で、お茶会の屋敷に入って自分でお茶菓子や私がこの世界でも理解出来そうな物を厳選した本や、ジュースを持ってきた。
 ジュースは意外と人気があるのだ。
 そして、私が自作の教科書を配り、孤児のレベルに沿って勉強を教えているのを、キュルト王子が興味深げに見る。
 
「使い物になりそうな子は出来ましたか」

「代筆屋の職を見つけた子が13人、商人としての働き先を見つけた子が5人、貴族の屋敷の働き手となった子が3人いますよ」

 私は誇らしそうに告げて、子供の授業を続ける。
 キュルトは子供と何度か会話し、特にできる子に何かの約束を取り付けていた。
 こういう事は初めてではない。他の貴族のお茶会と授業がブッキングした時も、良くできる子は引き抜かれていった。貴族の屋敷の働き手のなった三人の子がそれだ。
 私はそれを見守り、ガン見してくるレフィア王子をスル―した。
 勉強が終わると、本物のふかしイモを配ってやる。子供達は、はふはふとそれを食べた。毎日お茶会に招待してあげられないのは申し訳ないが、材料もそんなにないし、私は慈善家ではないのである。

「そんなに不躾に見つめては失礼よ、お兄様」

 エレナが小首を傾げて言う。

「いや、魔物はやはり女に違いないと思ってな」

 どことなく誇らしげな声。王子は本当にわからない。一つわかる事は、ばれてはいないと言う事だ。私を魔物と見破ったなら、男と言うはずだから。と言う事はやはりあれか、レフィア王子は変態だったのか。それとも、常に監視されているが故の演技か。ならば、大声で悪戯だったと笑ったあれはなんだ。わからない。
 そして実に残念だが、私の外見は男だから付きあうとかありえない。

「まあ、魔物様は男性ですわ」

 残念だが、私の中身は女だから付きあうとかありえない。

「賭けますか」

 キュルト王子が楽しそうに言う。
 しかし、レフィア王子は首を振った。

「いや、いい。俺は魔物の性別がどちらでも、受け入れよう。もちろん、女だと思うが」

「私も男性の方がいいけど、どちらでも受け入れましてよ」

 頷くエレネ。

「僕も、どちらでもいいね」

 肩を竦めるシスキア。

「おや、掛けるのは私一人ですか」

「何を掛けるつもりですか?」

 私の質問に、キュルト王子はにっこりと笑って言った。

「ご令嬢が女である事に残りの人生全て」

 キュルト王子怖い。

「俺が女に見えると?」

 片眉をあげて見せれば、キュルト王子は柔らかく微笑んで私の手にキスをしてきた。

「私にはわかります。ご令嬢は絶世の美女です」

 確かに美女だけど。そんなに期待されても困るのである。私の本当の姿を見る事が出来るのは、私が好きになった人だけだ。今の所、そんな人はいない。男として暮らしていると、男に幻滅する事は多い。なんというか、裏側は見るもんじゃないのである。
 時間が訪れ、お茶会が終わって私は目を覚ました。空はまだ暗い。
 でも、侍女は起こしに来ていた。どれだけスパルタ教育するつもりなんだか。侍女が、床で寝ている私に驚き、声をあげる。
 侍女に小言を言われながら、私はぺこぺこと頭を下げ、教育を受けた。
 意外だが、伯爵は男としての教育も、女としての教育も両方受けさせてくれた。王子に騙される所と言い、本当に人がいい。
 杖術などの護身術は軽く習っていたし、特訓もしていたけれど、本格的にプロから指示を得られるのはありがたい。もちろん、中身は女だから力も体力も無くて、出来ない演技も相まってため息をつかれてばかりだけど。
 レフィア王子は、そんな私を楽しそうに眺め、そして時々頭に手を添えて、後頭部の真ん中辺の後ろの髪をちょこっと引っ張る。
 美しい男が醜い男にそんな真似をやってのける様はどう見ても異様です。
 その上、質問やらなんやら浴びせかけてくる。
 正直、頭がパンクしそうだった。素直に答えるのは愚の骨頂。常にクチナシとして考え、行動しなくてはならない。成長する振りをしなくてはいけない。しかし、出来過ぎたら更に面倒な事に巻き込まれる気がする。
 お茶会では、何も変わりがないような演技。
 綱渡りをするような生活。
 けど、それはまだマシだったのだと思い知る事になる。キュルト王子が訪れたのは、一ヶ月後だった。



[15221] 中の人を放っておいて 4話(15禁)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/07 11:23
「あらぁん。泣いてる子が良く来るわねぇん。坊やはどうしたのぉん?」

 それも仕方ないか。魔物のお茶会なんぞと書かれている場所に、普通の状況で来る訳がない。この子も、何かに追われて逃げてきたのだろう。
 可愛らしい男の子が、泣くのを堪えて、それでも泣きながら現れた。

「その方には関係ない」

 この子も王族だろうか。私は、本物のココアを入れて、一口飲んで王子に渡した。
 これで体が温まる事だろう。一口飲んだのは毒見だ。レフィア王子が毒見に怯えていたのを、私は覚えていた。

「関係あるわぁん。ここに来た以上、貴方は私のお客様ですものぉん。妾は魔物。現実は変えられないけど、望む夢を見せてあげてもよろしくってよぉん。さ、そのココアをお飲みなさいぃん」

 男の子がココアを飲み干す。その時、私は指を鳴らした。
 そして、男の子が呟いた。

「皆、滅べばよいのだ」

 私は、にっこりと笑う。

「それが願いねぇん?」

 私がぱちっと指を鳴らすと、お茶会の会場が掻き消えた。
 現れるのは、裸にされて縛られた貴婦人達。
 そして、蛇で埋められた蠇盆。
 最後に、頭を下げる美貌の執事軍団。某悪女は自らの手を汚さないのだ。

「ご命令を、魔物様」

「蠇盆よぉんっ!」

 執事軍団は、貴婦人を蠇盆に蹴り落とした。
 僅かに目を見開く男の子。
 駆けだし、蛇の海に呑み込まれ、悲鳴をあげる貴婦人達を見る。
 震え、自らを抱きしめながら、男の子は言った。

「……やめ……いや、もっと……もっと!」

 大分溜まっていたようである。こういう発散の仕方は教育に良くないかな―と思ったが、今の私は某悪女。やっちゃえやっちゃえ。どうせ今は泡沫の夢なのだから。

「炮烙よぉん!」

 文官達が、執事達に無理やり熱く熱した鉄柱に抱きつかされる。

「酒池肉林よぉん!」

 そして場面はお茶会に戻る。ただし、お茶会の周囲は酒の泉。
 それを囲む陸には、武器を奪われた騎士達が虎に襲われている。
 私は、お茶会の席に座り、にっこりと男の子に笑って言った。

「さ、ケーキでも食べましょうぅん?」

 執事がお茶を入れてくれる。
 放心して、男の子は椅子に座った。そして、ケーキを食べる。

「……甘い」

「気は晴れたぁん? 明日から、また戦う準備は出来ましてぇん?」
 
「戦う……そうか、戦うか……。戦って、よいのだろうか」

「食われるだけの人生など、真っ平でしょう? 心配ありません。今は敗北ばかりでも、貴方はいずれは大人になるのですから。強くおなりなさい」

 執事に不敵に笑わせてみせれば、こくりと男の子は頷いた。

「そうねぇん。妾、強かな人間が好きよぉん。頑張ってねぇん?」

男の子はキュルトと名乗った。やっぱり王族か。キュルト王子は漫画に興味を示していた。男の子らしく秘密部隊とか、忍者とか、そういった物に興味をしめすキュルト王子が可愛かった。授業もどきを楽しみ、インテリぶるさまが可愛かった。
しかし、思えばあの時から、腹グロ王子の片鱗があったのかもしれない。
ヘビメタとか好きだし。








 護衛を連れたキュルト王子の顔は、にこやかだった。大きくなった王子は、その瞳に見せかけでない知性を宿していた。
 しかし、私は心底怯えた振りをしながら、土下座をしていた。いや、事実怯えていたが、それ以上に自分に腹が立っていた。
 私は、王子達の事をそれでも信じていたのだ。奴らは、貴族の筆頭なのに。
 王子の後ろには、裸で首輪に繋がれ、虚ろな顔をしたリーナと、唸る大きな犬がいた。

「クチナシさん、貴方、頭がいい事と戦い方を覚えている事を隠していましたね? カルーデン伯爵家を甘く見ていましたね。ささやかなトラップを仕掛けてみたら、見事引っかかったらしいじゃないですか。どうやって兄上に取り入りましたか? ああ、そうだ。貴方のお嫁さんのリーナさんですが、夫がいないのは可哀想なので私からちょうどいい夫を見つけてあげましたよ。私の犬と番えるなんて、名誉でしょう? もちろん、貴方にはもっと素敵なオプションを用意しています」

 騎士が私の体を押さえつけ、王子が私の後頭部を踏みにじった。

「ん……?」

 王子は、足を退け、私の後頭部を乱暴にかき回し、後頭部の中央のあたりの髪を引っ張った。

「…………」

 キュルト王子は、私の頭から土を払い、ごほんと咳払いした。

「リーナを、助けたいですか?」

 私の耳に熱く囁く王子。私は頷く。対する要求は、雇い主の情報を吐く事だろう。そんなもの存在しない。どうする。

「ならば、私の妻になりなさい」

 思考が停止する。

「キュ、キュルト王子殿下?」

 騎士が戸惑った声をあげる。
 キュルト王子は一人、納得したように頷く。

「失策は取り戻せませんが、レイプから始まる恋もあります」

 ねぇよ。

「とりあえず、私の寝室に来なさい。大丈夫、私のフィルターは醜男も美女にしてみます」

 そんなフィルターいらない。
 私は地面に頭を擦り付けて首を振った。

「何をしている! キュルト! 俺のクチナシに何をするつもりだ」

「スパイ容疑が掛かっていたので尋問中です。それに、クチナシはもう既に私の物ですが。というかですね。酷いですよ、兄上。何も教えてくれないものだから、クチナシに嫌われるような事をしてしまいました」

「クチナシがお前の物とはどういう事だ!」

「婚約者の解放と引き換えに私の嫁になる契約を結びました」

「本当か、クチナシ!?」

 え。これって首を縦に振ったら私がドナドナ、横に振ったらリーナがドナドナ?
 私は土下座した状態で縮こまった。

「キュルト王子殿下! この者のスパイ容疑は……」

「ああ、それはもう、どうでもよろしい。そうだクチナシ、食事をご一緒しませんか? 貴方には私の好物の味を残らず覚えてほしい。あ、それと、下手に無能の振りをしても逆効果ですよ。それと、リーナが可愛ければ二度と土下座などしないように」

「待て、キュルト!」

 私はキュルトに引きずり立たされ、屋敷に連れて行かれ、歓待を受けた。
 歴戦で表情を変えるのもお手の者のはずの侍女や執事達が何で!? という顔をしている。私にもなんでかわからんよ。誰かヘルプミー。あ、リーナは解放されました。 
 なんか私を見る目がね、嫉妬じゃないのよ。混乱と珍獣を見る目なのよ。
 どうしてくれよう、この変態王子ども。
 と言いつつも、昼の私の出来る事など何もない。土下座して嵐が過ぎ去るのを待つと言う事すら奪われ、どうすればいいって言うの。
 そんな中でも、夢の中のお茶会は通常運行だ。
 ばれたら困るので、キュルト王子への態度を変えたりはしない。あれ? 唯一の私の楽園、夢の時間まで大変になってきましたよ? まあ、王族とのお茶会の時だけなんだけど。
 その後、私は、エレネのお茶会へと招待された。
 エレネは、厳しい顔で私を見つめている。

「貴方がお兄様達の可愛い方ですのね。とてもそうは思えませんけど」

 エレネは、カップに視線を寄こした。

「お茶を下さる?」

 ……エレネもまた、私を試している。しかし、下手に無能を演じると逆効果と言うのはキュルト王子に指摘されたばかりだ。
 私は、普通に紅茶を注いだ。大丈夫、エレネは、私のオアシスエレネは、裏なんて持っていない……はずだ。
 エレネは、私がお茶を入れているのを見ると、眉を寄せた。
 そして、あれを取って、これをして、とあれこれ命令をしてくる。
 その内に、次第に態度が柔らかくなってきた。
 お茶会が終わると、エレネは私を傍に呼んで人払いさせた。
 エレネは、私の耳に囁く。

「魔物様ですの?」

 私の心臓は跳ねる。身振りで私だとわかるとは、さすがエレネ。私は首を振るが、エレネは、私を撫でまわし始めた。

「やはり、魔物様は男でしたのね……? でも、このようなお姿だったなんてちょっと意外ですわ……?」

 違うって言ったでしょ。

 しばらくエレネが私を撫でまわした後、ちょっと気付いてクスリと笑った。

「魔物様、化ける時にファスナーの取っ手が後頭部に残ってしまう事に気付いてらっしゃらなかったの? 降ろしてもよろしくて? あら堅い。降ろせないわ。ねえ、魔物様。これ、開けて下さらない? お兄様達には内緒にするから」

 なんですとー!?
 そして、エレネも私の婚約者を主張し始めるのに時間はかからなかった。




[15221] 中の人を放っておいて 5話(15禁)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/10 07:58

「夢の君。ようやく会えました」

 その子供は、小鹿のような瞳で私を見下ろした。

「まぁぁ。良くいらっしゃいました。お茶はいかが? ケーキはいかが?」

 私は饅頭のようなデブくてちんまいお姫様に変化して、テテテ、と走ってお茶とケーキを持っていく。

「貴方は兄上の願いを叶えたと聞きました。私の願いを叶えてくれますか?」

「貴方の願いは何かしら?」

 負けずにキラキラした瞳で問いかけると、小鹿さんは言った。

「貴方に母上になってほしい。優しい声を掛けてほしい」

「私は貴方のお母様の顔を知らなくってよ」

「いいのです。貴方の考える王妃で」

 この子も王族か。王妃と言う事は、正妃の子の第三王子だろう。一瞬、考える振りをして、私は美貌のエルフへと変身した。服は白のドレスで、出来るだけ神聖な様子を見せる。

「よく来ました、我が子よ。息災でしたか?」

 小鹿ちゃんを優しく抱きしめると、小鹿ちゃんは抱きついて来て言った。

「貴方こそ、我が母。今、決めました。だから、あの女は僕の母なんかじゃない」

 そうして、小鹿ちゃんは私の胸に顔を埋め、少し泣いた。
 王族って大変なんだな。人事のように、私は考えていた。
 



 まさか、人事じゃなくなる時が来るとは……。
 もうすぐ、王族を集めてのお茶会の日だ。私は頭を抱えていた。一応、今の所知らぬ存ぜぬを貫き通している。が、エレナが懐くのは夢の君しかいないと言う事でシスキアも加わり、四人が代わる代わる私を訪れて、勉強する様を眺めたりお茶をしたりするのだ。
 伯爵などは目を白黒させている。戸惑いがちに、貢物などが届き始めた。
 もう、ここは駄目かも知れん。私は伯爵に頼み、他国の事を教えてもらう事にした。無論、移住する為だ。リーナの事は凄く可哀想に思う。けれども、私は善人ではない。
 リーナの身と自分の身、どちらが大切かと問われれば、私は迷わず自分を選ぶ。
 しかし、伯爵の言によると、どこも治安が悪いのは同じらしい。
 すると、王城に潜り込めている今の方が安全なのか。身分証明の無い状態では、どうしたって苦戦する。チートをしようと思えばいくらでも出来ると思うけど、それはそのまま昼の自分を危機に陥れる事になる。
 私の昼の弱さは筋金入りだ。調べた結果、私は昼、ファスナーに触れない事がわかった。触れるのは夜だけ。魔法のファスナーを見、触れるだけの魔力が昼にはないのだ。
 暗くなれば早々に寝てしまうから、今まで気付かなかったのだ。
 ああ、お茶会の時間が始まる。私はため息をついて、ベッドに入った。

「クチナシ、今日は随分と変わった服装だな」

 レフィア王子が呆れた声で私を見る。今までは知らない振りをしてくれたけど、互いにばれたと知った今、レフィア王子に遠慮はない。鶴の私は、ばさり、と一つ羽ばたいていった。

「正体がばれた魔物は、鶴になって飛び立たなければならないのよ」

 場の空気が、ざわり、と変わった。四人とも笑顔だけど、めちゃくちゃ怖い。
 それでも私は、勇気を振り絞る。

「まあ、冗談なのだけど。私が操れるのは夢だけだからね。本体を飛ばす事は出来ないわ」

「良かった。伯爵から他国に興味を示していると聞いて不安だったんだ」

 シスキアがほっとして笑い、キュルト王子は難しい顔をした。

「本当に操れるのが夢だけとは限りませんよ? 事実、本体は姿を変える術を使っているわけですし」

「クチナシ様……とりあえずお脱ぎになって?」

 本体確保した途端、強気だなおい。エレネまで。

「本体の姿は、私ですら知らないわ。夢は不定形な物。案外、開けたら空かもね。さて、今から皆さんに取引です」

「取引?」

「お茶会の回数を増やす代わりに、本体を解放してくれる? 飽きた振りして放り出してくれるだけでいいから。そしたら、私は掃除夫にでもなって平穏に暮らせばいいし」

 そこで、キュルトはため息をついた。

「本当にそれで済むと考えているのですか。私の草が何人刺客を撃退したと思っているのです」

 何それこわい。

「貴方は、諦めて私の妻となればいいのです」

 キュルトが私の頭を撫でる。鶴に色仕掛けとは、本当にキュルトのフィルターは優秀なようである。

「別に、妻と言うのは形だけの物だから大丈夫ですよ」

「どういう事? 小鹿さん」

 シスキアは、悲しそうな顔をして言った。

「王族と言うのは、案外恵まれていない物なのです。守れるのは、正室一人がどうにか守れるかどうか。だから、早く正室としてしまいたいのですよ。夢の君を守る為に」

 王族とは大変なものである。しかし、無関係だった方が安全だったのではなかろうか。

「私は真実、妻にしたいと思っていますがね」

 そしてキュルト王子は私を抱き寄せる。

「中身が男でも構わないと?」

 牽制として私が言うと、キュルト王子は笑った。

「貴方は間違いなく女性ですよ」

「エロ話した事無いしね。……それとも、ここで女性のどこが素晴らしいか語って頂けますか?」

 レフィア王子も面白そうな顔をした。むむ。ここを誤ると、なんていうか負けな気がする。

「私はむっつりスケベだし、三次元に興味ないからそんな事を人と話さないだけよ。でも証拠ならあるわ。ほら」

 私は翼を広げ、エロ本とエロゲをバサバサと落として見せた。ゲームの使い方は夢なので不思議とわかるようになっている。夢の翻訳力パネェ。エログッズについて集めていたのは簡単だ。エロを餌にチートが出来ると思い込んでいたから。嘘。ちょっと興味があったから。
 それにしても、我ながらうまいごまかし方だ。ついでに王子達が二次元萌えになってくれれば私が安全になると言う特典が!
 王子達はパラパラと本を読み、揃って前かがみになった。
 レフィア王子が言う。

「つ、つまりこの本の山とゲームの山はお前の趣味だ、と?」

「なら男同士だったとしても問題ないですね!」

 BL本を持ってシスキアが言う。し、しまったぁぁぁ!

「女同士でも問題ありませんわね」

 エレナがNL本を持って言う。更にしまったぁぁぁ!

「大丈夫、私は貴方の趣味についていってみせましょう。幸いこのような生物の生息地を知っています。ふふふ、私の拷問の幅が増えました」

 触手本を持って言うな、キュルト王子。えっと、あれ、自爆した?

「えっと、フィクションと現実の違いは知っているよね? それ、現実でやったら犯罪だからね。ドン引きだからね。二次元だからいいんだからねっ」

「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ」

 この後、私は思い知る事になる。フィクションと同じ事を出来る王子達の権力マジパネェ、と。
 私が彼らに与えてしまった知識は、爛れきった貴族の世界でかなりのアドバンテージを与える事になる。



[15221] モンハンもの(現実→異世界モンハンクロス)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/12/15 08:29
気が付いたら真っ裸でジャングルの中に倒れてました。ガッデム。
 
「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 私は必死で走って爬虫類っぽい肉食獣らしき物から逃げる。増えてる増えてる増えてるぅぅ!
 見上げるような崖まで追い詰められ、私はとっさに石を拾って投げた。

「いやぁぁぁぁ! ……え?」

 肉食獣っぽい生き物が、吹き飛んだ。
 頭のどこかで何かが鳴り、レベルアップする。
 私は、必死で石を拾っては投げて応戦する。
 動くものが私だけになった時、私が泣きながら肉食獣の死体に気がつくと、何故かその解体方法がわかった。どの部分が、何と混ぜれば、何になるかも。
 これって、まさか、もしかして……。

「モンハンの世界!?」
 
 どうしよう、モンハンなんて二次小説を読むばっかりでやった事無いよ!
 ああ、昨日遅くまでモンハン小説見て寝ちゃったから、夢でも見てるんだろうか?
 だからってこれは酷い。酷いよ。
 私は頬を引っ張ってみた。痛い。夢じゃない。
 私は泣く泣くモンスターを解体する。
 解体には、石でモンスターの爪をちぎり取り、その爪を使ってやった。
 とにもかくにも、私は毛皮と言う服と肉と言う食料を手に入れたのだった。
 それから、私のサバイバルが始まった。蔦で編んだ鞄を持って、私は出掛ける。手に取った物が食べられるかどうかの詳細がわかるのが救いだ。
 私は洞窟を拠点とし(そこに住んでいた獣はぶっ殺した)、素材集めをしながら必死で周囲を探索し、地図を描いた。
 そして、ついに町を見つけたのだ! 村を通りこして、いきなり町! やった!
 物々しい城壁のその場所に行くと、兵士が訝しげな顔で私の事をじろじろと見た。

「なんだ、その服は」

 毛皮と蔦で作った服である。奇妙なのは理解している。とりあえず、相手の言葉は異国の言葉だが意味は通じる……どころか、喋れそうだ。うん、行ける。

「泉で体を清めている間に盗みにあってしまって、ありあわせの物で服を作ったのです」
 
「なんと。それは災難だったな。むしろ、女の身で良く無事であった。見ない顔だが、この町に親戚でも?」

「いえ、旅をしている最中の事でして……路銀も取られてしまったので、肉や毛皮を持って参りました。ここで代わりの服が買えると良いのですが」

「ふむ……案内してやろうか? 丁度交代の時間だからな」

「お願いします」

 私が深々と頭を下げると、兵士の人はこほんと咳払いをした。

「よろしい。では、着替えてくるから待て」

 兵士の人は着替えてくる。ふむふむ。これがここら辺の服か。剣は腰に下げたままだな。

「それで、お前は何者だ?」

「ハンター……なのかなぁ……多分」

「随分とあいまいだな。まあ、そのパンパンの鞄を見れば狩が出来るのだろう事はわかるが」

「あはは……早く正式なハンターにならないと、と思います。この町で職と住む場所が見つかれば、と」

「しかし、驚いたな。女の狩人か。ここは物資が常に不足しているから、狩人は歓迎されるだろう」

「本当ですか? 嬉しい」

 そうこうしていると、質屋についた。
 早速、私は肉に皮に薬草に、と並べていく。
 すると、すぐに驚愕の目で見られた。

「これは、魔物の森にしか生えない薬草じゃないか! それにこれはランディアの毛皮!」

「あ、あそこ魔物の森って言うんですか? いや、道理でいっぱいモンスターがいたなと……」

「お前、凄いじゃないか!」

 兵士の人も目を丸くした。
 そこで私はにっこりと笑う。

「じゃあ、高く買い取ってくれますね! 良かった、最低でも馬車一台分とその中身分は買い物が必要だったもの」

 いっぱいの銀貨と引き換えてもらった私は、ついでにそれを入れる布の袋も貰い、ホクホク顔で出ていった。
 
「兵士さん、服を選んでもらえますか?」

「ま、まあ良いだろう。乗りかかった船だ」

 そこでようやく私は服を手に入れた。まあ、変じゃない、かな……。少なくとも前の服よりは大分マシな事は確かである。
 しかし、買い物するのは良いが、それから後の荷物をどうしよう。
 ここに住むにしても、小金を持った程度のよそ者がすぐに家を見つけられるとは思わない。
 まずは、宿と馬車を探そう。それとギルドだ。
 私は、一通りの店を見て回った。
 そして、最後に見た場所は冒険者ギルドだった。

「冒険者、ギルド……? ハンターギルドじゃなくて……?」

「ここはお前には用が無い場所だな。女は冒険者にはなれん」

「うそ!?」

 ここって、モンスターハンターの世界じゃないのだろうか?
 これは、慎重に動かないといけないかも?
 とりあえず私は、馬車を得る事にした。
 馬車と言うより、竜車かな? とかげっぽい生き物の引く車だ。
 出来あがるのに、二、三日かかると言う。
 私は兵士に礼を言い、食事をご馳走して別れた。
 そして、その日は眠り、次の日から片っ端から買い物をしていく。
 必要な物は山ほどあった。もう髑髏を鍋代わりにするのはごめんである。
 随分高価だから一つしか買えなかったが、移動石も買った。
 これを使えば、任意の場所に移動できるのだと言う。
 買い物ついでに、お昼には毎日兵士の詰め所に行って、差し入れをする代わりに色々冒険者の話を聞いた。
 直接冒険者に話を聞けばいいじゃないと言うなかれ。冒険者の酒場は冒険者以外立ち入り禁止なのだ。入る事が出来る女は娼婦だけである。
 狩人の集まりにでも出て見たが、上手く馴染めなかった。これからも質屋を利用するのが上策だろう。
 最後の日、出立の時に、初めにあって町を案内してくれた兵士さんが駆けよって来た。

「おーい、ルイ! 喜べ、元冒険者の人がお前さんと話してもいいそうだ。前から話を聞きたがっていたろ?」

 少年を連れた、初老の男性が、こちらを見て笑って手を振り、私はそれに破顔した。

「本当にお嬢さんが、カズリスレオの毛皮とキエラ草を取ったのかね」

「ええ、多分。名前は良く知らないけど。ベースキャンプの近くに生えているわ」

 初老の男性は、そうかそうかと頷いた。

「私はボーリスという。これは弟子のシェンドだ。実は、キエラ草の在り処を教えてほしくてね。それと、ベースキャンプを使わせてもらえると嬉しい」

「私はルイよ。キエラ草って特殊なんでしょ? それ相応のお代は貰うわよ。ま、ベースキャンプは好きに使っていいけどね」

「お嬢さんは冒険者に興味があるのだろう? シェンドの使い魔召喚を見せてやろう」

「それ、私にもやらせてよ。それと、移動中に冒険の事を色々教えて。後、キエラ草を取りつくしては駄目。それだったら契約を成立させてもいいわ」

 シェンドが、声をあげる。

「女が、何言ってんだ!」

「お前はカズリスレオを一頭でも倒せるのか、シェンド?」

 その言葉に、シェンドは黙った。

「良かろう、契約は成立だ」

 そして、私達は竜車を引き、進んだ。
 シェンドは、頬を引き攣らせる。

「おい、お前、どこに行くつもりだ?」

 それに、ボーリスはため息をついた。

「わからんか、シェンド。キエラ草は、魔物の森にしか生息しない」

「私が守ってあげるわよ」

「だ、誰がお前なんかに!」

 そのシェンドの言葉は、森に入って一時間で覆された。
 私は新しく手に入れた剣で、思い切り猿っぽい生き物を突き刺して、短剣でせっせと解体していた。獣の牙や爪や石で応戦していたころに比べれば、随分と楽である。
 もちろん、工房も作るつもりだ。その為の材料は買ってきた。銀貨は全て使ってしまったけれど、一番良さそうな毛皮と草と干し肉をありったけ持っていっただけあって、ずいぶんな金になった物である。

「おおお、お前、女だろ」

 シェンドはひとしきり泣き叫び、漏らし、吐いた後にそう言った。お前は言う事はそれだけか。ボーリスは竜車を抑えていてくれたんだぞ。
 
「これ、今日の食事なんだけど。食べられないならあんたは携帯食でも齧ってなさい」

 ボーリスが、たらりと汗を流した。ボーリスもまた、こいつの肉を食べるのは嫌なようで