チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20817] 【ネタ】魔法少女は俺がやるっ!【ギャグ・オリジナルTS物】
Name: 夕菜◆975bf377 ID:b8503591
Date: 2011/02/26 13:45
あらすじ

つまらない日常にうんざりしていた主人公は、ある日異世界に飛ばされる。
そこには一人のポニーテール魔法少女が立っていた。


「あなたは、魔法少女になったの」


そう告げられた彼がおそるおそる自分の姿を見てみると、なんと女体化してしまっているではないか!

必死に元の世界へ帰してくれと頼む彼に少女はある条件を出した……。

魔法と召還獣を使いこなす、最強系主人公&最強系ヒロインの無敵タッグモノです。

※この小説は以下のような要素を含んでおります。

・主人公だけTS(男→女)
・守銭奴&魔法を悪戯に使おうとするようなあくどい主人公。
・ヒロインは普通のほやほやした女の子。でもボクっ娘。
・一人称小説
・ギャグ中心、シリアス少なめ
・バトルパート日常パート半々。
・物語後半から「な、なんだと…」展開あり。

拙作でございますが、皆さまに少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

以上、大丈夫だ問題ない。という方は次のプロローグからどうぞ。

※すみません、アルカディアに繋がらなかったので更新とめてました。。
 よく探してみたらアドレスが変わってたのですね。



[20817] プロローグ
Name: 夕菜◆975bf377 ID:b8503591
Date: 2010/08/03 01:13

プロローグ

 日常、それはとても退屈なものだった。

 だが、それはとても幸福なものだった。

 いつものような毎日が永遠に続くものだと思っていた。


+ + +


「……」


 空に昇る巨大な赤い月を呆然と見上げる。

 雲もないのにフワフワと舞い降りる赤い雪を払いのけ、

 俺はひんやりとしたベンチから起き上がった。


「あー。悪いが、そこのチビ助。もう一度言ってくれないか」


 はいた白い息は、すぐさま赤い世界に埋もれてしまう。

 目の前に佇む少女は、俺のため息に自分の吐息を重ねながら、ごにょごにょと呟いた。


「だ、だからね、」


 決心したように彼女は笑顔で続ける。


「あなたは、魔法少女になったの」


 ……。

 我ながらバカな夢をみるものだ。

 俺にそんな願望があったなんてね。

 はは、恐ろしい。


「笑えん冗談だな」


 ひらひらと手を振り再びベンチに横たわると、強引に目を閉じてやる。

 これは悪い夢だ。そうに違いない。

 現実世界に戻ろうとまどろむ俺の頬に冷たいモノが触れる。


「キミは、あったかいんだね……」



+ + +


 幸せの壊れる瞬間なんて、あっけないものだった。

 シアワセ――。

 それは、ガラスのように透明で解りづらいモノ。
 
 そして、ガラスのように簡単に割れやすいモノ。

 割れた破片はそれを越えようとする人をいとも簡単に傷つける。

 体だけでなく心さえも、それは無残なまでに。

 その破片に足を取られ、転んでしまわないように。

 何故なら起き上がるには耐え難い苦痛を伴うから。

 ああ……。

 知らなかったんだ。こんなにも幸せが脆いものだったなんて。

 どうして、と笑う彼女を背に、俺は泣いていた。

 この美しくも醜い世界をただただ呪うしかなかった。


「もう行かなくちゃ」


 少女は言った。


「ごめんね」
 

 そう、悲しみを添えて。



[20817] 第一石:シャクヤク異世界に立つ!!
Name: 夕菜◆975bf377 ID:2e8f26f9
Date: 2010/11/07 08:45
第一石:シャクヤク異世界に立つ!!

「……へっくし!」


 寒い。寝返りをうちながら、俺は鼻をグシグシとこする。

 今何時だ?


 ……いや。まぁ、いいか。今日もいつものように遅刻して行こう。
 むしろ、休んじまうか。面倒だし。

 今更、不良の俺なんかが定時きっかりに学校へ行ったところで熱でもあるのかと疑われるだけだろうし。

 あー。考えるだけで鬱陶しい。やめだやめ。

 とりあえず今はモーレツに眠い――包み込むような眠気に俺はそのまま身を委ねることにする。

 目を閉じ、再び眠りの中へとダイブを……。


「おい、そこのシラガムスメ」


 ダイブを……。


「おいってば。おめぇはいつまでグースカと他人様の布団で寝てんだよ! その自慢の白髪、真っ赤に染めかますぞコノヤロー!」


 朝っぱらからうるさいな。どこのヤンキー女だ。

 つーか、ムスメなんざ俺の家に居ないっつーの。

 親父と俺しかいない、町内一のむさくるしい家族をなめないで頂きたい。


「恐縮だが、隣の家と勘違いしちゃあございませんかねェ。あいにく、ここは男だらけの大父子家庭でね。白髪なのは認めるけれども」


 布団をかぶり、そう返す。やがて静寂が部屋を満たした。

 案外とまぁ、あっさり引き下がったもんだ。少し残念な気もするけれども。

 今はとにかく――眠い。


「さてはてと」


 言いながら、ぬくぬくと猫のように体を丸める。

 うつらうつらとしかけた時――

 どすん。

 なにかが俺の胸の上に……ぐお!


「寝ぼけてんじゃねぇよ。そのツラのどこが男だってーんだ!」


 何を。
 こいつは、さっきから何を言っているんだ。寝ぼけてんのはお前のほうだろうが。

 ああ、頭に来た。

 俺は布団から飛び起きると、フワフワと浮かぶそいつをガシっと掴んで、


「せっかくの俺の二度寝タイムを邪魔しやがって! この、クソ猫が――って、猫だぁ!?」


 即座に慌てて放してしまった。

 おいおい、こりゃあなんのジョークだ。

 なんせ俺の前に浮かぶは、ちびっこい黒猫。

 こいつが喋ったのだというから頭が痛い。やべえ、マジで寝ぼけてんのかも俺。

 じゃなかったら、なにかの手品か?
 そう手で猫の背中辺りを触ってみるが、


「言っとくが、糸なんかで吊るされてねーからな……って、これポニ子んときにも言った気がするぜ」


 小さな肉球をやれやれと言わんばかりに己の頭にポフッとあて、眉間にシワを寄せる。

 この仕草。この表情。

 こいつは、ホンモノだ……。

 ファービーのパチモンじゃないことだけは確かだ。


「なるほど。この猫、マスコミに売ったら俺は一攫千金……一生左団扇で暮らせるというわけか。益体も無い女が天から降ってくるよりも有難いな」


「ぬわぁにが、なるほど。だてめぇ! つーか、可愛い顔して物騒なこと言ってんじゃねぇ、このバカシラガ!」


 ほほう。口は悪いが、それもまた愛嬌。キャラ的には申し分ない。これは良い見世物になるな。上手くいけば遊園地のマスコットキャラクター的な立ち位置もありうるかもしれん。

 とにもかくにも悪は急げだ。

 俺はそいつを再び掴むと、勢い良くベッドから飛び降り――っ


「うにょえっ!?」


 奇妙な鳴き声を発するグニャとした何かを踏んづけ、


「おわっ!」


 盛大に転んでしまった。

 ジンジンと痛む頭を抑えながら、俺は立ち上がり、そしてギョッとした。

 何故ならば、その踏んづけた物体とは――


「……あうぅう、痛いよぉ! おなか破れるぅー!」


 どこにでもいそうな女のガキんちょだった。

 腹を抱え、ごろごろと辛そうにのた打ち回っている。

 なかなかにファンキーな動きをするものだ。今時の若者にしては筋がいい。

 ふむ、と。俺はそいつを観察してみたりしてみる。

 腰まである長い黒髪に、歳は俺より若いだろう。
 いや、それもかなりだ。見たところ小学生くらいに思える。

 俺が十四だから――四、五つ下くらいか。

 ガラガラ蛇と蜘蛛が威嚇しあっている柄というハイセンスなパジャマを着たそいつは、涙目で俺を見上げると、


「あうぅー! のんびり解説してないで、もっと他になんか言うことあると思うよぅ」


「おお、すまんチビ助。あまりに見事な転げ回りっぷりに見惚れてしまってな。リアクションの勉強になったよ、いささかに」


 いやはや、しかしまぁ。なんだ。


「かなり遅れた気がするんだが、一体お前らは何者――もとい、何処の妖怪だ? そしてこの少女少女した装飾をした部屋はなんなんだ。スイーツなお化け屋敷ブームが到来することを予見しての先取りなのか」


「よ、妖怪じゃないもん。あと、ここはお化け屋敷じゃなくってボクの部屋!」


 そう女の子座りのままぷいっとそっぽを向くチビ娘。


「そうか。妖怪じゃないもんっていう妖怪か。座敷わらしにも色々な亜種がいるんだな。また勉強になったよ、いささかにな」


「違うもん! 人間だもん!」


「もんもんって、お前はモンザムライかよ。安土桃山時代からタイムスリップでやってきたのか。どうせなら平成なんつー下らん時代じゃなく、もっと未来にしたほうが良かったと思うぞ」


「あうぅ~、ちゃんとしたお話が出来てないような気がするよ。と、とにかく! ボクの名前は久樹上(ひさきがみ)ゆりな、だよ。それに、タイムスリップはボクじゃなくって、キミのほうだと思う……」


「だろうねぇ」


 俺は未だ温もりを保つベッドの上に座ると、手の中で黙りこくったままの黒猫をゆるりと解放した。


 何を考えているのだろうか、そいつは飛び立とうとせず、俺の手のひらの上で少女の顔をジッと見つめている。


「だろうねって、キミもしかして気づいてたの?」


 その少女――ゆりなは立ち上がると、目を丸くした。


「いやぁ。正直、さっきまでは頭がぼんやりしてワケがわからなかったが、今になって意識がはっきりしてきたんだ。ありゃあ夢かと思ってたが、お前さんの顔覚えてるぜ。俺に魔法少女どうのって言ってた奴だろ?」


「そう、だっけ」


 チビ娘はとぼけるように言う。

 む。まさかマジで夢だったのか。

 あの時のトンチキな格好をした少女と瓜二つの顔をしている気がしたのだが。

 似ているだけか?


「いや、ポニ子。腹を決めようぜ。こいつが俺たちの目の前で召還されたのは多分、そういうことなんだろうよ」


「でもでも! そんな、簡単に巻き込んでいいとは思わないよ。確かに少し魔力は感じるけど、でも『魔法使い』になるってことは……」


「大丈夫さ。このシラガ娘は絡みづらいが、肝は据わっている。魔法使いとしての素質も十ニ分にあるぜ、ポニ子ほどじゃあねぇけどな。それに、戦力は一人でも多い方がいい」


「……無関係の人なんだよ。ダメだよ、そんなの」


「この世界に、魔力を持って召還された。これのどこが無関係なんだっつうの。――おめぇの気持ちも解るけどよ」
 

 なにやら、やっこさん達で勝手に話を進めてやがるし。当事者置いてけぼり過ぎるぞ。


 ま、どうでもいいがな。

 魔法使いだかなんだか知らねぇが、テキトーに相槌打って、俺はとっとと家に帰らせてもらうだけだ。

 手土産にこの、世にも珍しい空飛ぶドル札をぶん捕まえてな。
 きっと喜ぶだろうな、親父のヤツ。


「もしかして、あのお婆ちゃんが召還したのかな……」


「だろうな。あのババアの仕業とみてほぼ間違いないと思うぜ。あまりにもタイミングが出来すぎてるからな。どっかの世界から魔法使いになりえそうなヤツを引っ張ってきてやるから、とっととパンドラの箱を封印してくれってことだろう。それくらい、切羽詰ってるんだろうさ」


「それならそうと、言えばいいのになぁ」


「何か考えがあるのかもな。……まぁ。あのババアはまともじゃねぇから、なんとも」


「あ、ってことはだよ。いっぱいある世界の中から選ばれた一人ってことだよね。じゃあ、もしかしてものすっごーい期待の新人さん?」


「キャパシティーに関しては、お前の方が優秀だとは思うが。まぁ、まだ杖も持たせてねぇんだ。どれくらい素質があるのかは正直、見当もつかねぇな」


「そっかぁ。そういえば、杖って言ってもボクのしかないよ?」


「ああ、それについてなんだが――」


 長い、長すぎる。

 暇をもてあました俺は、とりあえずゆらゆら動く黒猫の尻尾をちょいちょいと指で弾いて遊ぶことにした。

 ていっ、ていっ。ててていっ。


「だぁ、バカシラガっ! 人が真面目に話してるときに尻尾にジャレつくんじゃねぇ!」


 すさまじいスピードの猫パンチが俺の左頬を強打した。
 つーか、人じゃないだろお前!


「いってて、よくもやりやがったな、クソ猫ぉお……」


 このジャジャ猫め。俺が猫派だからといって下手に出ればこんちくしょう。


「けっ、さっきからクソ猫クソ猫って。オレの名は――クロエだ。霊獣クロエ。無い頭によぉく叩き込んでおくんだな」


「ほう。そうかい。化け猫さんにも名前があるとは結構なことだね。んで、クロエさんよぉ。その霊獣というのは一体なんだね。苗字にしてはいささかに訝しいものだが」


 と、俺はからかい気味に言ってみる。

 しかし。答えたのは少女のほうだった。


「色々、疑問があって当然だよね。大丈夫、まとめてボクから説明するよ。ボクもイマイチわかんないところ、あるけど……でも、その前にキミの名前を聞かせてもらえると嬉しいな」


 澄んだ黒い瞳。無垢な視線が突き刺さる。
 ああ――こういうの苦手なんだよな、俺って。

 テレビでたまにやるような動物特集なんてものが親父は好きらしく、よく居間で観ているんだが、俺はあいつらの人を見透かしたような瞳がキライでね。
 どうしようもなく胸がモヤモヤして、いつもすぐに席を立つんだ。


「どうしたの?」


 ゆりなが俺の顔を覗き込む。

 まただ。

 胸がチクっと痛み、俺はため息をついた。そんな目で、あまり見ないでくれとも言えねぇし。


「……ああ、そうそう。名前、ね」


 まあ、こいつらに本名を明かす必要もないだろう。
 どうせ長い付き合いんじゃないんだ。テキトーでいい。

 俺はフッと視線を逸らすと、小さな学習机の上に置いてある一冊の本に目をとめた。
 
 季節の花図鑑――か。

 そいつをパラっとめくりながら、俺は気だるくこう答えた。


「あー。俺の名前は、シャクヤク。よく、人に珍しいねって言われます。でも覚えやすいようで近所のおばちゃんには大好評です。恐縮だけれど、ヨロシクどうぞして頂ければこれ幸いってなもんで」


 しばしの間。


「あんだぁ、その妙ちくりんな名前は! オレの事言えねぇだろ! つーか、お前。今、その図鑑からとっただろ!」


 クロエが毛を逆立てて矢継ぎ早にツッコむ。

 いやま、そりゃ当然の反応だ。


「ええと。それについてはだな、」


 言いかけたところで、黒髪少女がずいっと割り込んで、


「ダメだよ、クーちゃん! ボクは、とっても可愛い名前だと思うもん。シャクヤクちゃん……、ううん。しゃっちゃんって呼んでいいかなっ?」


 と。

 んな名前あるわきゃないのに。フツー信じるかねぇ。

 それに言いづらくないか、そのしゃっちゃんってのは。妥協してさっちゃんでもいいんだぜ。
 某大手の幽霊様とかぶっちゃいるが、さ。

 いやはや、まったくもって。なんだろうねぇ、この子は。

 俺にはどうもこの子がわからない。今までの人生で会ったことないのだ、こんな娘に。

 ――いや、こんな人にか。

 だから、この時の俺はどう答えればいいかわからず、アホ面満開にただ頷くしかなかった。


「わーい、やったぁ! じゃあ、自己紹介も済んだことだし。かいつまんで説明するね。ボクたちのこと、魔法のこと、この世界のこと。そして――キミのことを」


 言うと、ゆりなは俺の隣にそっと座り。そして、ゆっくりと。たどたどしく、話を始めた。



[20817] 第二石:鏡の中に映る少女
Name: 夕菜◆975bf377 ID:2e8f26f9
Date: 2010/11/27 12:17
第二石:鏡の中に映る少女

「ある日ね、ボクの家に小さな箱が送られてきたの。キラキラたくさんの宝石に彩られた、とても可愛い小箱。ええっと、確かこの辺に」


 言うと、ベッドの下からもぞもぞと小箱を取り出した。ほぉ。ごてごてとまぁ、立派なものだな。


「でしょ。それでね、一体何が入ってるんだろうって開けてみたら、凄い数の宝石がつまってたの。赤いのとか、青いのとか。とっても綺麗な宝石たちがいっぱい。綺麗だなーってしばらく見惚れてたんだけど、急に爆発したの。どっかーんって」


 はて。爆発した割には焦げ痕が見当たらないが。

 というか、よく五体満足でいられたな。


 そんな至近距離で爆発があったというのならば、普通無事では済まないと思うのだが。


「ち、違うよ。そういう爆発じゃなくって、なんていうのかなー。七色の光が、ぶぁ~って! それでそれで、中に入ってた宝石が、ばびゅ~んって、……えっと、あのあの」


 ぶぁ~、に。ばびゅ~ん、ですか。

 まるで子どもみたいな説明だな――って、子どもだったな。そういや。

 しょうがねぇかと溜め息をついた俺に、ゆりなが慌てて両手を振る。


「ふぇ~っ。しゃっちゃん、ごめんね! あうう、クーちゃん助けてぇえ」


 説明係りに任命されたクロエは嫌な顔をするかと思いきや、待ってましたとばかりにゆりなの頭上へと着地すると、


「へっ。だろうと思ってたぜ。しょうがねぇな、ここからはオレが説明してやる。よぉく耳の穴かっぽじって聞くんだな。ええっと、なんだ。そうそうこの箱だ。こいつは、『パンドラの箱』ってんだ」


 パンドラだぁ? こんなちっこい箱がそんな壮大な箱には見えねぇぞ。いささかに、怪しいものだな。


「怪しめ怪しめ。オレだって正直な話、これがあの伝説のパンドラかどうかは半信半疑さ」


 けけっと笑いながら、


「だが、このパンドラ――もしくは、パンドラモドキにはあらゆる災害、すなわち『厄災』が詰め込まれていた。これはマジだ。そう、伝説の箱そのままにな」


 災害か。地震、雷、火災、みたいなアレかい。


「あぁ、そんなところだな。んで、それらの厄災は『七匹の霊獣』と呼ばれる護り神に一つずつ封印され、箱に詰められていたんだ。ここ数百年は何事もなくピースの元で保管されていたんだが、何がどう回りまわってか、こいつ――ポニ子んところに突然パンドラが送られちまったワケ。そして、」


 しばらく聞き入っていたゆりながそれに続けて、


「そしてね。ボクがそれを開けちゃって、霊獣さん達みんな散り散りに飛んで行っちゃったんだ……」


 なるほどな。爆発というのは、そいつらが逃げ出した瞬間のことを言ったのか。


「……うん」


 こくんと、すまなそうに俯く。足場を失った黒猫は慣れた動きでゆりなの肩へと移動すると、


「だぁら、おめぇは悪くないっつーの。ピースのやろうがちゃんと見張ってねぇから悪いんだ」


 ええとだな。とりあえず『ピース』とやらが何なのか見えてこないのだが。


「ああ、ピースっつうのは詳しく説明すれば長くなるが、端的に言えば魔女だ。この世界で現存する唯一にして最強の魔女。これは、ババア本人が言っていたから本当かどうか定かじゃねぇケド」


「ボクは本当だと思う。だって、そのお婆ちゃんからあんなすっごい魔法の力をもらったんだから。絶対、凄い魔女さんに違いないよっ」


 自信おありなようで。会ったのかい、そのピースという婆さんに。


「ううん。声だけ、かな」


「滅多に人前に姿を現さないからな、あの婆さんは。出てきたとしても、いつも不気味な面をかぶっていやがるし。そーいや、オレでさえ素顔は見たことねぇかも。まぁ、それは置いといてだ。そのピースから魔力と杖を授かったポニ子は、飛んで行ってしまった宝石を集めなきゃいけねぇことになったワケ」


 ははぁ。

 なにやら凄い魔女だというのは分かったが、そんなに凄い凄いと言うのならば、そのピースとやらが直々に宝石を探しに行ったほうが速いんじゃあないのか。

 わざわざ、ペーペーの子どもに魔法伝授なんていうまどろっこしいやり方じゃなくてよ。

 もたもたしてちゃあヤバイんだろ、厄災っつうくらいだし。


「真っ当な意見だな。オレもそう思うぜ。まぁ、答えは単純な話だ。あのババアは――ピースはまともなヤツじゃない。何を考えているのか分からない変人さ。あいつは自分ではさらさら動く気がないらしい。だが、ポニ子ひとりじゃあ全ての宝石を探し出すには、さすがに時間がかかりすぎるってことで、」


 なるほどねぇ。中々に読めてきたぞ。俺がァ、アレかい。そういうことかい。


「ご明察」


 黒猫がニヤリと笑う。


「そう、おめぇに白羽の矢が立ったというわけだ。ポニ子とシラガ娘の二人でならスムーズに宝石を集められるだろう、ってな」


 あー、予想以上に面倒な話だ。そんじゃま、ここいらが引き際かね。


「へぇへぇ。そりゃあ光栄痛み入る話で。だがね。恐縮だけれども、辞退させてもらうよ。俺ァ、ロボットやSF世界なんてものは好きだけどよぉ、魔法なんてものには一切ピンともカンとも興味が沸かなくてね。もう一度ピースという婆さんに選抜し直してもらうことをオススメするさね。やりたいヤツは沢山いるだろうし。悪ぃけれどもってことで、そろそろお暇を――」


 俺の言葉に、ゆりなが顔を上げた。


「うん。しょうがないよね。……無関係なしゃっちゃんを巻き込むわけにはいかないし。大丈夫だよ、ボクひとりで出来るもん」


 うお。またあの瞳だ。やめてくれっての、それ苦手だから。
 あと、しゃっちゃんはやっぱり言いにくいだろ。


「……ひっぐ、うぅ」


 って、おいおいマジか。

 ぽたぽたとゆりなの瞳から大粒の涙がこぼれ始めたところで、耐えきれなくなった俺は立ち上がって、


「まァ。そう悲観しなさんな。すぐに代わりはやってくるさ。次はきっと、俺より男前なペンペン草クン辺りが来るだろうさ。そしたら、ペンペンちゃんとかペン草ちゃんとか噛まないような名前で気軽に呼べるぞ。喜べ。そして笑え。出来たら泣き止め」


 と。俺にしちゃあ頑張ったほうなんだが。

 しかしながら。


「……ひっぐ、しゃっちゃんのほうが可愛いもん。ひっぐ、噛まないもん。ひゃっちゃん、うぇぇえん」


 いやいや、さっそく噛んでるし。


「あーあ。ポニ子を泣かしてやんの、バカシラガ。しーらね、しらね。ピースに言ってやろ。けけっ」


 クロエが茶化しながらふよふよと面白そうに俺の目の前を飛び回りやがる。


「クソ猫ォ。ふざけてねぇで、どーにかしてくれよ。男が子どもを、しかも女を泣かしたとくりゃあ、親父に申し訳がたたねぇって」


 言い切った俺だったが。

 ん――? なんだ、この空気は。

 さきほどまでケラケラと楽しそうに浮遊していたクロエが突然ストップし、


「……男がぁ?」


 訝しそうな目で嘗め回すように俺の顔を見る。

 ついでに、わーわー泣いていたゆりなも、きょとん顔で俺をジィっと見上げている。


「……子どもを?」


「な、なんだよ。俺のツラに何か変なものでも、」


 言いかけたところで、そいつらは顔を見合わせてドッと笑い出した。


「にゃははははっ! 男が、子どもを、だってよ! こいつは笑えるぜっ」


「だ、ダメだよクーちゃん。しゃっちゃんは本気で気付いてないんだよ……ぷっ、あははは!」


 ちょっと、タンマ。マジで何を笑ってんのか理解出来ないのだが。

 いやいやいや。そんな、お二人さん。

 笑い転げてるところすまないけどもさ、なにがそんなにツボに入ったんだって。

 さっきまでの涙を笑い涙に変えたゆりなが、うろたえる俺に、


「しゃ、しゃっちゃんの後ろに鏡あるから、それ見てみるといいよ」

 鏡ィ?

 身体をねじると、確かにそこに鏡があった。


「鏡はあるけどもよぉ。それが、どうしたって――」


 時が止まった。

 こんなありきたりな表現が精一杯だった。

 全細胞がそれまでの作業を中断し、口々に「どういうことだよ……」と騒ぎ立てているかのような。

 それほどまでに、鏡の中は狂っていた。


「どうだい、生まれ変わったてめぇの姿は。可愛いじゃあねぇか、いささかに。ってかぁ? にゃはははっ」


 黒猫のからかいにツッコむ気すら起きん……。


「おかしいなーって思ってたけど、本当に気付いてなかったんだね。しゃっちゃんってば」


 ああ、そうさ。今の今まで気付かなかった。笑われて当然だったな。


 なんて――バカバカしい。


 なんて――滑稽な。



 長いまつげ。震える桃色の唇。

 ふんわりと緩いカーブに整えられた銀髪。

 版権もののネズミがプリントされたガキくさい白のキャミソールに、やたらに丈の短い水色のスカート。


「なんじゃこりゃ」


 鏡の中のチビ女が俺の挙動を逐一真似やがる。

 シャドーボクシングをすれば、鏡の中のそいつが微笑ましいパンチを繰り出すし、


 メンチを切る仕草をすれば、鏡の中のそいつは悩ましげな表情をするし――


「って、なんじゃこりゃぁあ!!」


 両手を振り上げて膝から崩れ落ちつつ、もう一度だけ念のために叫んでみる。

 が。

 やはりというべきか、掃除の時間にテンションがあがってふざけちゃいましたと言わんばかりのガキんちょが鏡の中にいた。

 ふむ。

 少し乱れてしまったスカートと前髪をちょいちょいと直しながら、こほんと咳きを一つ。 


「おい、コラァアア! ニャン畜生ォオオ。命が惜しけりゃ、悪いことは言わねぇ。俺様を元の姿に戻せ、いますぐにだ」


 隣でニヤニヤと笑う黒猫の尻尾をシャカシャカと振りながらすごんでみるが、


「そいつは無理だな。オレに言われても、こればっかりはおめぇを呼んだピースじゃねぇとさぁ」


「だったらピースを呼べ! 俺は男に戻って元の世界に帰るっ。こんなふざけた話があるかよ!」


 言うと、クロエはスッと真顔になって飛び上がり、


「――元の姿に戻り、そして元の世界に帰りたいのなら、いくら探したって方法は一つしかないぜ。お前が第二の魔法少女となり、ポニ子と……ゆりなと一緒に散らばった宝石を全て集めることだ。どうあがいても、これしかテメェに道はねぇよ」


 俺を見下ろしながら、冷ややかな口調でそう告げた。





[20817] 第三石:まな板の上の猫
Name: 夕菜◆975bf377 ID:2e8f26f9
Date: 2010/12/13 00:26


 こいつは……。

 なんて、簡単に言いやがる。

 だいたいに何故、男の俺がガキ娘の姿に変えられてまで宝石とやらを探さなきゃならんのだ。

 ハナっから女を選んで、そいつにやらせりゃあいいのに。

 魔法少女なんてもんは、女の仕事だろ。


「さっきも言ったが、ピースの考えはオレだって良くわからねぇぜ。
 これは多分だが、察するに大物になりうるであろう素質さえ備わってりゃ、性別はどっちでもいいのかもしれねぇな。
 どうであれ、性別を変えるくらい、あのババァだったら朝飯前だろうし」


「だから、どっちでもいーなら、なんでワザワザ女に変える必要があるんだ。
 男のまんまでいいだろ。魔法少年ってことでさァ」


「あー。言われてみりゃ、そうだな。うーん。ほら、アレだろ。ピースの趣味。
 魔法使いは、やっぱり少女じゃないとダメっていうさ」


 イヤな趣味のババァだな……。


「自分が歳を食ってるっていうんで、若い女を従えてピチピチエネルギーを吸収しようとしている、とかな。にっしっし!」


 ピチピチエネルギーて。


「魔法世界の上下関係なんざ、まったくもって知らないけどもよォ。そいつは偉い魔女なんだろ?
 よくそんな口の悪さでやっていけるな。俺がピースだったら、とりあえずお前さんをクビにするぞ」


 言いつつ、ゆりなの横へどっかりとあぐらをかいた俺に、


「それは出来ないと思うよ。だって、クーちゃんは特別だもん」


 すっかり笑顔を取り戻したゆりなが、自慢げに無い胸を仰け反らせながら言う。


「しゃ、しゃっちゃん!」


 ……ん?


「むーっ! ボクだって一応女の子なんだからねっ」


 ふうん。

 イッチョ前に顔赤らめて、まァ。


「わりぃ、うそうそ。言葉の綾だって。日本語むつかしいアル」


「うー。訂正を要求します!」


 謝罪までいかなくて良かったよ。


「オーケイ」


 んじゃ、えーと。


 すっかり笑顔を取り戻したゆりなが、自慢げにナイスバディを仰け反らせながら――


「そ、そーゆー意味じゃないよっ!」


 泣いたり笑ったり怒ったりと。

 なんとも忙しい奴だな。


「あっ」


 ゆりなが驚いた声を出し、俺の顔を覗き込む。


「な、なんだぁ?」


「今、しゃっちゃん笑ったでしょ。とっても可愛かったよ」


 にへへーと屈託のない笑みを向ける少女。
 
 ……ったく。

 俺ばかりが面食らって、どうもね。割に合わん。

 そうだな、ここはひとつ。


「なんだ知らなかったのか、俺はどんな表情でも可愛いんだぜ」


 耳にかかる髪をかきあげながら言ってやる。

 ちなみにこの仕草は俺が一番グッとくるヤツだ。


「うんっ!」


 って、おい。


「そこは否定してくれって、冗談に決まってるだろうよ。恥ずかしい」


「えへへ。恥ずかしがってるしゃっちゃんも可愛いよ」


「……そりゃどーも」


 そういえば。

 さっき、こいつに顔を覗き込まれても胸が痛まなかったな。

 どうでもいい話ではあるけども。


「仲良きことは美しきかな。微笑ましいところ悪いが。おめぇら、ちょっち窓の外を見てみそ」


 唐突に、クロエがシリアスな声色で言う。


「へ?」


 二人で外を見やる――と。

 朝焼けの中に一匹の蝶々が舞っていた。何故かその羽根は淡緑色に発光している。


「ほよー。光ってるキレイな蝶々さんだ。あはは。やっぱし気になるんだ?
 なんだかんだ言って、クーちゃんって猫さんだよね。
 今日のにゃんこってテレビに出てた子も蝶々さんと遊ぶの好きだったし」


 クロエはやれやれとばかりにため息をついて、


「バーロォ。おめぇさァ、羽が光ってるテフテフなんざ現実にいるわきゃねーだろ」


「えっ!?」


 俺たちは同時に驚いた。

 浮遊する猫が存在しているくらいなんだから、光ってる蝶だっていそうなもんだけどな。


「シラガ娘は勘違いしてるみたいだが、オレたちが特別なだけであって、世界自体は至極真っ当なんだ。
 みんな、魔法なんて現実にあるとも知らずに暮らしている。
 それこそマンガやアニメの世界のものだって認識さ」


 ということは、俺が元に居た世界とあまり変わらないのか?


「どうかな。まず、おめぇがどういった世界に居たかを知らねぇし。まぁ、自分の目で確かめてみることだな、早速よ」
 

 早速――?


「オレの話きいてたろ。パンドラから逃げ出した七匹の霊獣を魔法でぶちのめして捕獲し、宝石へと再度封印をするってよ」


 逃げ出した霊獣と宝石集めどうのはきいた気がするけども、具体的な流れは今初めて知ったぞ。


「じゃあ、今言った。ほら、ボケボケしてねぇであの蝶々を捕まえに行くぜ、ポニ子!」


「ええー! せめて着替える時間が欲しいよぉ。出来れば髪を結う時間も……」


「んなノンキに構えてる余裕あるわきゃねぇだろ!」


「は、はう」


 どてらだけでもと、羽織ってバタバタ部屋を出て行くゆりなと黒猫を見送り、俺は肩をすくめた。

 いやはや大変だねぇ、魔法少女とやらは。

 こんな朝早くから出勤だなんてさ。恐れ入るね。


「さてはてと」


 ベッドの中へ入り、ぬくぬくと猫のように体を丸める。

 うつらうつらとしかけた時――

 どすん。

 なにかが俺の胸の上に……って、ぐお!


「このやり取りさっきもやっただろ。いーから、おめぇも来るんだよ、バカシラガ!」


 二度も踏んでくれやがって。小さい胸が更にへっこんじまうだろうが。


「……小さいもなにも、まな板同然じゃねーか」


「むーっ! 私だって一応女の子なんだからねっ」


 頬を膨らませて、言ってみたり。


「わぁった。漫才ならあとでいくらでも付き合ってやるから、マジでもう行くぜ」


 呆れ口調で返される。


「へぇへぇ、切羽詰まっているようで」


「放っておいたら、誰かに見つかって大騒ぎになるかもしんねーしな。
 それならまだしも、暴れて町を壊されたりなんかしたらもっと厄介だ」


 厄災を抱える獣、か。

 久々のシャバだ。遊びたくなるのも解る。

 やむかたなし。

 行くしかないってワケねぇ、どうしても。




[20817] 第四石:コロナ、シャクヤクと
Name: 夕菜◆975bf377 ID:2e8f26f9
Date: 2011/02/26 14:53


 外に出るとゆりなが今にも泣き出しそうな顔で、


「ど、どうしよう、見失っちゃったよぉ」


 せわしなく足踏みをしながら言う。

 その足踏みに意味はあるのかと問いたくなるが、その前に黒猫のツッコミが入った。


「あんだと、先に追いかけてろって言ったじゃねーか!」 

「だってぇ、一人じゃ心細いんだもん……」
  

 にへへと照れながら、両人差し指の先端を合わせてモジモジ。

 なんともまぁ。

 現実にそんな仕草をするヤツ本当にいるんだな。
 

「かぁー、なっさけねぇ」


 やれやれと大げさに嘆くクロエ。


「いやはや、それでも天下のグレート魔法少女かィ?」


 続いて俺もからかい気味に言ってやる。


「はぅ。ボクは天下でもグレートでもないよ……。
 この前なったばっかだし、魔法だってまだ一個しか知らないもん」
 

 そう、うな垂れるゆりなに俺は肩をすくめた。

 うーむ。マジメに返されてしまうと、なんとも。


「っつーか、ポニ子を責めてんじゃねぇ、おめぇがチンタラしていたからだろ!」


 突如、繰り出された猫パンチがみぞおちにクリーンヒットする。
 
 へそ丸出しルックの今の俺にそれは大ダメージなワケで。

 誰だよ、キャミソールなんて防御力皆無なもんを俺様に着させた奴はァ。
 

「イテテ、こんのバカ猫ぉ……自分だってガーガー言ってたクセに」

「いいんだよ、オレは。ポニ子をイジめていいのはオレだけだ、おめぇにはまだ早い。いささかにな」


 ふんぞり返って言う黒猫に、俺とゆりなは顔を見合わせた。

 なんだその、好きな幼馴染の女の子にちょっかいを出したヤツに怒り心頭のガキ大将が胸ぐらを掴みながら言いそうなセリフは。


「……よくそんな例え、瞬時に思いつくよな」


 それは賛辞として、受け止めておくことにしよう。


「あ、あのぅ……。クーちゃん、蝶々さん追っかけなくていいの?」


 と、ゆりなの発言にクロエはハッと思い出したかのように、


「おっと、そうだった。それじゃあここは二手に分かれて探そう。
 オレとポニ子は左へ行く、シラガ娘は右を頼むぜ」


「ほい、了解うけたまわりっ! しゃっちゃん、見つけたら知らせてねっ」


 そう言って、そそくさと二人で立ち去ってしまった。

 ポツーンと佇む俺の目はきっと点のようになっていたことだろう。

 おいおい、ちょっと待ってくれ。一つ疑問なんだけどもよォ。

 見つけたら知らせろってさァ、どういった手段で知らせりゃいいんだよ?

 心の中で嘆いた後、俺は一人寂しく右の道へと歩を進めることにした。



+  +  +



 口笛を吹きながら頭の後ろで手を組み、適当に歩き回ってはみるが――。


「いねぇじゃんよ……」


 周りを見渡せど、それらしい蝶なんざ一匹たりとも見当たらない。

 トンボや天道虫なら山ほど見かけたけどさ。


「やってらんねぇ」


 俺は公園のベンチに腰を下ろして、空を見上げた。

 ゆっくりと流れる厚い雲、暖かい陽光。鳥のさえずりが眠気を誘う。


「なーにやってんだろ、俺ァ」


 知らん世界に飛ばされて、いきなり知らん道を歩かされて。
 
 魔法少女になれだの、霊獣とやらを捕まえろだの……よ。

 これがロボットに乗って世界を救えとかいう、熱い展開ならまだ気は乗らないでもねェが。

 ――ん?

 そもそも、何故俺はあいつの言うことをマジメにきいているんだ。

 黒猫の言葉を思い出してみる。

 たしかあいつは、

 俺が第二の魔法少女となり、あのチビ助と一緒に全ての宝石を集めない限り、
 元の姿および元の世界に戻れないと言ったな。

 もしも、それ以外に方法があるとするのならば。

 例えば、扉みたいなモノがあって、そこへ入ると現代に戻れるみたいなさ。

 そんなもんなくとも、何か情報が掴めるかもしれない。今はちょうど自由に行動出来るし。

 あいつらと仲良しごっこをして宝石を集めるなんざ、長ったらしくてやってられんし、それ以上に性に合わん。


「どうせだったら……脱出方法を探ってみるか?」


 そう一人呟いたつもりだった。

 しかし、その時。


「肯定です。探ってみましょうです」


 小さな返事が返ってきた。

 ゆるりと視線を下げると、目の前に少女が立っていた。

 俺だって今は少女の分類に入るかもしれねぇが、その声の主は更に幼かった。

 いいところ六、七才あたりか? 

 今にも眠ってしまいそうなトロンとしたエメラルドグリーンの瞳に、
 
 ペリドットカラーのさらさらツーサイドアップ。

 やけに袖の長い園児服のようなものを身にまとった彼女は、一旦視線を彷徨わせたあと、


「肯定なんです」


 もう一度、俺をジッと見つめて言った。

 こりゃあ。どう見ても俺に向かっての発言だよなァ。

 次から次へと――今日は間違いなく厄日決定だ。

 さてはて。


「あー、外回りで疲れてるんだ。日本のお父さんは忙しくてなぁ。
 今日なんてまだ一台も契約が取れなくてさ。来週までに三台は取って来いなんてムチャ言うんだぜ、
 まったくもって、現場が見えてねェんだよなデスクワーカー共って奴ァ。
 とまぁ、詰まるところのあっちへ行って一人で遊んでくれると助かるのだよっつう事だ。しっし」


 手を振るジェスチャーを見ていないのか、そいつは眠そうな目をパチクリして、


「パパさんなんですか? ママさんに見えます」

「ママさんって……んな歳でもねぇよ。見てみそ、このピチピチの玉のような肌をよ」

「否定です。コロナのほうがピチピチなのです」


 そりゃまぁ、お前さんに比べたら敵わんて。


「ま、んなこたァどーでもいいワケで」


 俺は背後にある、カラフルな遊具を親指で指しながら、
 

「悪ィけれどもよ、チビチビ助。遊び相手なら、そこのジャングルジムさんにでも頼んでくれ」


 しかし、そいつは動かずにただひたすらと俺を見つめ続ける。


「あんだよ……。言いてぇ事あるんなら素直に言ったらどうなんでぇい」

「自分はコロナです。チビチビ助ではないのです」


 あーそう。


「そりゃあ、すまなんだ。じゃあチョココロネちゃん、そろそろおいちゃんはお暇させてもらうよ」


 言って立ち上がり、腰をポンポンと叩いていると、


「コロナです。チョコは入ってませんので、あしからず」


 ぼそっと呟き、俺のスカートを掴みやがる。

 なんなんだよ。何が目的なんだ、こいつは。


「わかったわかった」


 やや乱暴にチビチビ助の頭をグシグシと撫でて、


「あばよ、コロ美!」


 そう颯爽と立ち去ろうとするが、一向に前に進めん。

 振り返ると、コロナが未だに俺のスカートを掴んでいる。

 っつーか、何だこのパワー。ガキんちょの力じゃねぇぞ。


「だぁら、なんだってワケ!?」


 俺が語気を荒げると、そいつは一瞬ビクっとしたあと、


「コ、コロナは……喉が渇いたのです」


 指をくわえながら、チラッと公園中央あたりの水飲み場を一瞥する。


「あぁ? するってぇと、おめぇさん俺に連れて行ってもらいてぇのか?」


 眉をひそめる俺に、コロナはコクンと頷いた。

 まぁ、確かに水が出る場所はやや高い位置にあるな。

 このチビチビ助なら抱っこしてやらなければ届かないだろう。

 それくらいなら――そう考えていると、


「……やっぱ、いいのです。否定するです」


 急にそいつは首をぶんぶん振って、俺のスカートから手を離した。


「ごめんなさい、ママさん」


 探さないでください、と続けてトボトボと歩き去っていく。

 一体なんの心境の変化があったのか。

 ま、これで邪魔者は居なくなった。

 邪魔者は――。

 その時、俺の頭の中に嫌な思い出がよみがえった。

 久しく忘れていた、あの吐き気のするようなやり取りがリフレインする。


「……チッ、面倒くせェ」


 俺はスカートのポケットを探った。

 こちらの世界に召還される前、確か俺はコンビニへと買い物に行くところだった。

 そこらへんの記憶が途絶えている為、多分その途中で俺はこちらに召還させられたのだろう。

 だから、確信はあった。


「四百円と、ひぃふぅみぃ……三十円か。この世界の自動販売機、日本の金使えりゃいいけど」


 俺は小銭をもう一度ポケットに押し込み、


「俺如きが、センシティブに」


 自分の柄にもない行動に嘲笑しつつ、あのチビチビ助を探すことにした。



+ + +


  
 程なくしてそいつは見つかった。

 そりゃあ、同じ公園内でブランコを一人で漕いでいたからな。

 探してくれるなと言う方が無理がある。


「おい、コロ美。行くぞ」


 声をかけるとそいつはビックリしたように顔を上げた。


「え?」


 コロナの前に腰を下ろす。その時、一瞬彼女が目をつぶったように見えた。

 多分、怖がっているのかもしれない。いや、絶対だな。

 そりゃあ前の世界では散々怖がられてはきたが……なんだろうな、この胸の痛みは。

 ただの成長痛だと思いたいところだがね。


「あぁ、そうか。こうだな」


 くるりと回転し、背中を見せる。


「もしかして、おんぶですか?」

「肯定するぞ」

「で、でも」

「乗らねぇなら、今日の営業は終わりだ。
 無線で空いてるようなら三丁目の山川さんを乗せてくれって頼まれているもんでさァ」


 テキトーに言うと、


「の、乗るです!」


 そう背中にダイブを決め込むコロナ。


「軽い軽い」


 よっこいせとおんぶし直して、立ち上がる。

 さぁて、自販機はどこかね。



+ + +



 その後、なんとか自販機でジュースを買えた俺たちは、先ほどの公園のベンチへと舞い戻っていた。


「うめぇーか?」


 ついでにと自分の分に買ってきた八十円で二個入りの乳酸菌飲料を呷った後、訊いてみる。

 コロナは両手でペットボトルを掴みながら、


「肯定、ガボガボ。美味しい、ガボガボ。れす」

「いや、無理に声を出さんでもいい。こんな公園のど真ん中で溺れ死んでもらっても困る」


 しかしまぁ、どんだけ喉が渇いてたのやら。

 みるみるうちにボトル内のはちみつレモンジュースが無くなっていく。

 やがて、


「けぷ」

 
 と小さなゲップをすると、ペットボトルを下げて、同時に頭も下げる。


「ありがとうです、ママさん。完膚無きまでに幸せでした」

「いささかに間違えているような気も否めないが、まぁ喜んでもらえて何より。
 あと俺はまだママって歳でもなけりゃあ、性別でもねぇから。そこんところ宜しくってなもんで一つ」


 さて、いい加減に時間を食いすぎたな。あのバカ猫にどやされるのもシャクだし。

 そろそろ、ガキのお守りはこれくらいでいいだろ。


「んじゃあ、今度こそあばよチビチビ助」


 頭をポンポンと優しく撫で、


「……悪かったな。さっきは怖がらせて」


 一応言っておく。別に本心ではないからな。

 親父に女子供を泣かせるなって言われたからさ、ただそれだけの話だ。

 今度こそすんなり帰してくれるだろうと踏んでいた俺だったが、


「ママ、ううん。パパさん」


 再びスカートを掴まれ、前につんのめってしまう。


「次はなんだァ? ションベンに連れてってなんざぬかしやがったら――」


 やれやれと振り向くと、


「目、目がピカってる!?」


 俺はギョっとして半歩さがった。

 なぜならコロナの緑眼がライトのように光っていたからだ。

 比喩などの表現ではなく、マジで明滅しているワケで……軽くホラーの領域入ってるぞ、こりゃあ。


「……来てください。渡したいモノがあるのです」


 度肝を抜かしている俺をコロナがさらりと促す。

 来てください、と言われてもなァ。


「そう仰られましても。
 親父に、知らない子供について行ったり、物を貰ったりしたらダメと言われているもんでさァ。
 いやはや、色々な意味でね。今のご時世」


 と。

 おどけて言ってみるが、


「パパさんには無くてはならない、とっても大切なモノです。
 お願いです、コロナを信じてみちゃってください。はちみつレモンのお礼なんです」

「そらまたご丁寧に。……どうしてもって、ワケかい?」


 首肯を一つ。


「わぁーったよ、そんなに遠くないなら行ってみるさ」


 だって。そう言うしかねぇじゃん。

 あんな、どこを見ているのかわからないような瞳で、口を真一文字に結んじゃってさ。

 逆らったら何をされるか。なんていうのか、アレを感じるぜ。ええとアレは――。


「ぷれっしゃあ」

「そうそう、プレッシャーだ! って、ちょい待ち。ひょっとしておめぇさん人の心が読めるのか?」


 嘘だろ、おい。エスパー少女って奴か?

 いや待てよ、もし読めるとしたら。

 ふむ。

 こいつをさらって一儲けできるかも……いや、その前に帰れないんだっつーの。


「否定しますです。パパさんだから読めるのかもです」


 なんじゃそりゃ。俺の心しか読めないって、どういう事だ。

 俺が首をかしげていると、そいつは無言のまま踵を返してスタスタと歩いて行ってしまった。


「お、おい! 待てってば、コロ美!」


 慌ててついて行こうとする俺に、チビチビ助が振り返って、


「あと、コロナのことをお金儲けに使おうなんて考えちゃ、めっです」


 そう釘を刺されてしまった。

 飛んで喋る猫とエスパー少女、良い金になると思ったのだが。

 これはこれは。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.0463719367981