異世界のパン屋さんから転載の小説
悠馬が知っている祭りといえば、生まれた町の神輿くらいだ。
神輿を担いで法被姿の男たちが掛け声と共に町内を練り歩く。日本でよくある光景だった。
近所の神社では出店が立ち並び、子供の頃は神輿を見物するよりも、出店を廻るほうが楽しみだった。
とくにスーパーボールすくいや射的が好きで、小遣いと相談しながら必ず遊んだものだ。
祭りの独特の高揚感。
子供の頃に感じたそれとは変わってしまったけれど、祭りの喧騒は、ここも日本も変わらなかった。
明け方まで準備に追われた収穫祭は、例年通りの集客があり、まずまずといった具合に終わりを迎えようとしている。
今は夕刻。天気にも恵まれ、とても美しい夕暮れが紅色に街を染めていた。
賑わう大通りから一本外れた道の中にある空き地には町会ごとにわかれた休憩所があり、悠馬はアルゲたち数人の役員とそこに昨夜から詰めていた。
(・・・・・・もう、むり・・・・・・)
悠馬は吐き気を堪えながら、ぐでっと机に突っ伏した。
まだ二十歳。徹夜ぐらいは平気だが・・・・・・。
もう見るのも嫌になった祝い酒がなみなみと入った素焼きの壷を、悠馬はそっとアルゲの前に押しやった。
アルゲは「お、まだあったにゅか」と、かなり怪しい呂律で言い、ぐいっと一口飲んだ。
「っぱー!うまい!って、ユーマもう飲まないのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
今飲んだら料理酒と百万円のワインの区別も付かない。ただのアルコールだ。排出手段は変わらない。
答える気力もなく悠馬は突っ伏したまま軽く手を振り、無言で拒否をした。
祭りだ、祝いだ、差し入れだと、朝からずっと飲まされていたのだ。
役員の半分以上が潰れている。きっと、他の町会も似たようなものだろう。
(レン、預けてて正解だったな)
酔い潰れている姿など、子供には見せれない。というよりも、見せたくない。
レンは今、アルゲの妻と子供たちと一緒に祭りの見物をしている。
ハンナは家業の手伝いがある為、レンを祭りに連れて行けない事を残念がっていた。
来年は少しでも一緒に祭りを見に行こうねと、約束し合っていたようだ。
(来年、来年になったら去年が今年になるから、今日は昨日でいつ牛が追いかけてくるんだ?あれ?)
思考が完全に潰れている。
悠馬はぴくりと指を動かして、もういいやと、そのまま寝た。
***
町のそこかしこに豊作の願いを込めた祝詞の意味がある、色鮮やかな垂れ幕が掛けられている。
大通りに立ち並んだ露店にもそれらは飾られ、町全体を華やかに彩っていた。
レンはアルゲの妻のシェラと、長女でレンより一歳年上のミラと弟のダフィトと連れ立って、中央広場で行われた祭事を見物した後露店を見て回っていた。
今朝、悠馬からお祭りだしねと言われて貰った小遣いは、まだ使わずに落とさないよう服の内側の隠しにしまっている。
四人で露店を冷やかして回り「これ、冷めても美味しいよ」と勧められ、レンは香辛料を効かせた鶏肉と野菜を薄く焼いた米粉の生地に巻いた食べ物を二つ買った。
結構な量があるので、あとはスープがあれば今日の夕食は十分だろう。
(スープくらいなら私でも作れるし)
悠馬のようにあれやこれやと料理ができればいいのだが、悠馬の調理の仕方は変わっていて中々真似ができない。
(私がご飯作れるようになったら、ユーマ楽かな?)
そんな事をつらつらと考えていた時。
「おかあさん」
直ぐそばから聞こえた母を呼ぶ声に、レンは思わず視線をやった。
背の低い自分よりもまだ低い少年、ダフィトが詰まらなさそうに口を尖らせていた。
「ねえ?もうタイズたちと遊びに行ってもいい?オレもう十歳だぜ?女とぞろぞろ歩いてるの友達に見られたら、なよなよしてるって笑われるし」
「ばかだね。親と一緒にいて笑うような子になるんじゃないよ。遊ぶ約束してたの?」
「うん。星流し一緒に見る約束したんだ」
こくんと頷いた息子にシェラは門限を言いつけて「気をつけて行っといで」とダフィトを見送った。
「まあったく、やだね息子は。男友達と遊ぶほうがいいんだから」
さて、あと何年こうやって連れ立って祭を見に行けるのかと、シェラはやれやれといった息を付いた。
「放っておけばいいのよ。それよりレン、買うのそれだけでいいの?」
「うん。なんか、色々あって決めれなくて」
「ふーん。ま、レンは食べ物のほうがいいかもね」
と、ミラは物知り顔で言った。
言われたレンは食い意地がはっている様に見えるのだろうか?と少し恥ずかしく感じ「そう、かな?」と小さく聞き返した。
「うん。細いものレン。子供はちゃんと食べなきゃ駄目よ」
「えっと、ミラ、十四よね?一歳しか違わないんだけど・・・・・・」
たじろぎながら返すレンに、ミラは生意気盛りの弟には出来ないお姉さんぶりを発揮して言った。
「一歳でも私のがお姉さんなんだからいいの」
言い切られた勢いでレンは頷いて答える。
「う、うん。頑張って食べる」
娘二人のそんなやり取りを、シェラは後ろからほほ笑ましく見守っていた。
レンは久しぶりに年近い少女とのおしゃべりを、馴れずに多少戸惑いつつも楽しんだ。
そろそろお父さんたちの様子見に行かないとねと、シェラが言う。しょうがないわねとミラが答えて、レンはこくんと頷いた。
ユーマ、ごはん家で食べれるのかな?そんな事を思いながら先導するシェラの後ろをミラと歩いた。
***
陽が落ちきると、昼間は動けば汗ばむくらいだったというのに、秋の夜の冷たさが足先からひやりと上がってきた。
机にくたりと上半身を倒したまま、悠馬は小さく身震いした。
眠ったおかげか頭はかなりすっきりしている。
起きなきゃなと思った時に、ふわりと背中に何かを掛けられ、悠馬は薄っすらと重い瞼を上げた。
最初に見えたのは木の机、それから気だるげに顔を上げる。
「あ、ごめん。起した?」
声を掛けられても、少しの間ぼうっとして、悠馬は一度ぎゅっと目を閉じて軽く頭を振った。
それから隣に腰掛けていた少女に顔を向けた。
「や、起きた―― これ、かけてくれたのレン?」
と、背を包む薄手の毛布を摘まんで見せた。
うんと言ったレンに、ありがとうと、その小さな頭を撫でる。
はにかむレンに悠馬も微笑んで返し、すっかり陽が落ちた空を見上げた。
夕方の六時ごろに鳴る鐘は、まだ打ち鳴らされてはいない。一時間ほどは寝ていたようだ。
悠馬は凝った背中を伸ばして、体をほぐす。
「お祭り、見て回れた?」
「うん。久しぶりだから楽しかった」
あ、あのね?とレンはまだほのかに温かい露店で買った食べ物を一つ悠馬に差し出した。
悠馬は受け取った紙袋を開け中を覗き込む。
香辛料の香りと食欲をそそる肉汁たっぷりの、ドネルケバブのようなものだ。
「美味しそうだったから。こういうの、嫌い?」
首を傾げながら問うレンに、悠馬は。
「ありがとう。エラニだっけ?これ好きだよ。レンは?自分の分ある?」
「うん。一緒に食べよ?」
「うん」にっこりと口角を上げて、ん?と瞬き一つ「そういえばシェラさんたちは?」
あっち、とレンは後ろを指差し「酔い覚ましの薬配ってる。これだけど、ユーマもいる?」
油紙のような物に小さく包まれた薬袋を目の前に置かれ、悠馬は苦そうだなと顔をしかめた。
「・・・・・・飲んどく」
「お水貰ってくるね」
悠馬はそう言って席を立つレンを目で追って、かさりと薬袋を開る。独特の鼻に匂いの残る黄土色の粉薬にえずきながら、貰った水で一気に流し込んだ。
まずい薬は利きそうな気がすると「うえ」っと舌を出して言えば、飲みすぎはだめだよとレンが笑った。
酔い覚ましの薬はコヒが調合し、祭り用に各町会に事前に配っていたものらしい。仕事、ではなく、コヒなりの祭りへの参加方だ。
仮眠と薬がよく効いたようで胸悪さもなくなった悠馬は、レンが買ってきたエラニをほお張った。
指につたったソースを一舐めし、隣で同じようにもぐもぐと食べているレンを見る。
そういえばと、悠馬は少女に。
「夜は?なんだっけ?」白線流しではないし、しょうろう流しでもないはずだし、と首を捻りながら「なんか、流すんでしょ?」と、いい加減な質問をした。
レンはくすりと微苦笑して答える。
「星流し。ね。今の時期って流れ星が多いから、地方によっては収穫祭と星祭を別にしているところもあるけど、ここは一緒にするみたいね」
「ながれぼし?流れ星?」
豊作祈願を星にするのか?と、悠馬なりに「なるほど」と、納得してみる。
「ろうそくに紙かぶせて飛ばすって聞いたけど、それが星流し?」
「うん。天気のいい日はね。星空に淡い光が浮いてね?すごくきれいなの」
今日は朝から天気も良い、きっと空に浮かぶ炎は幻想的な美しさを見せるだろう。
想像を膨らませ、ふと思い当たったことにレンは、しゅんと肩を落とした。
祭りの役員である悠馬とは、今年は見られそうにはない。
食べる勢いが急に落ちたレンを悠馬は頬杖をついて覗き込む。
「……からかった?」
香辛料がきつかったのだろうか?と悠馬は思い聞いた。が、ふるふると頭を振るレンに「ふん?」と相槌なのかなんのかを返し、癖で何とはなしにレンの髪を撫でた。
「どうしたのレン?」
「ん。なんでもない」
つとめて明るい声で返すレンに悠馬は一人うなる。
思春期の女の子の浮き沈みなどわかる訳がないのだが、原因はなんだろう?と腕を組み考える。
流れ星、で何か昔の―― たとえば両親が生きていた頃のことを思い出したとか?
数年前まではきっと、毎年両親と同じような祭りを楽しんでいたのだろう……。
(こういうのってどうしたらいいんだろうな)
下手に触れて、傷つけることになるのは嫌だ。かといって腫れ物に触るような扱いでは、何年たっても染み込んだ悲しみは消えやしない。
悠馬はつんと、レンの短い髪を引っ張ってみる。
きょとんとした顔を向けるレンに、にっと笑って。
「口、たれ付いてる」と親指で拭ってやる。
レンは恥ずかしそうに口元を手で隠した。
悠馬は慌てて口を拭く少女の旋毛を見つつ、ソースの付いた指をぺろりと舐める。
今年は無理そうだけどと、落ち着いた声でレンに話しかける。
「星流し、来年はいっしょに見に行こう?」
「え?」
ぱちぱちと瞬きをして、レンは言われた言葉に顔をほころばせた。
そうだ、来年だってその次だって祭りはあるのだから。
「うん。約束ね?」
「やくそく。そういえばこっちって、やくそくのあいずあるの?」
「合図?」
「あいずと言うか、決まりごとというか。おれんとこは、こゆびをまげて、おたがいにひっかけて、針を飲む……本当には飲まないけど」
「えっと。針を飲む覚悟?で約束するの?」
変わった風習だねとレンは自分の小指を曲げてみる。
お祭りを一緒に見ることが、果たして針を飲む覚悟で交わすほどの約束だろうか?と、レンはうーんと首を捻った。
「そう言われるとすごいことみたいだな」と悠馬は苦笑いを浮かべた。
食べ終わり、水を飲んでほうと一息。レンは口の周りに何も付いていないか紙で拭き確かめてから、悠馬へと向き「まだやることあるんだよね?」と聞いた。
「片付けは明日からだけどね。いちおういないとだめみたい」
そう答えた時、後ろから図太い腕がにゅっと出てきて机に手をついた。
顔だけを後ろに向けて、腕の持ち主を見上げる。
「アルゲ。あれ?シェラさんたちは?」
「晩飯。炊き出し取りに行ってる」
ああと悠馬が相槌を打った横で、レンは「え?炊き出しあったの?」と、包み紙だけになった夕飯に視線を下ろした。
「で、ユーマ。今日はもういいぞ」
そういうアルゲに悠馬はもういい理由がわからずに。
「まだ、やることあるんじゃないの?」と聞いた。
後やることっつったら、とアルゲはがしがしと頭を掻く。
「星流しの当番が帰ってきたら今日の打ち上げするぐらいだな。本番の打ち上げは明日の片付け済んでからやるからな、今日は参加する奴しない奴半々くらいだ」
「……みんな、酒強いね」
と、悠馬は多少顔を引きつらせる。
そして。
「おれ、さんかしなくていいの?」
「おう。レン連れて星流し見に行って来い。せっかくの祭りだ。裏方だけじゃつまらんだろ?」
魅力的な提案に、それでも悠馬は少し迷う。
手助けばかりしてもらっていても、一応自分は今年の責任者なのだ。付き合いは大事なのではないだろうか?と思い、ふとレンを見ると。
「…………」
レンの互い違いの色の瞳がきらきらしていた。
期待に満ちた、そんな顔をされると「役員の仕事はするよ」なんて、言えなくなる。
悠馬はくしゃりとレンの頭を撫で、アルゲを見やる。
「オレコタウ・アルゲ」
明日は片付けがんばるよと、悠馬は微笑んで答えた。
「おう。きっと他の奴ら潰れてて昼過ぎまでは使いもんにならねえから。若いの頼むぞ?」
そう言ってがはがはと笑うアルゲに、酔っ払っていない片付け要員の確保か?と悠馬は肩を落とした。
まあ、何にせよレンと祭りが見れることには変わりない。
悠馬は他の役員に挨拶をして回り、丁度戻ってきたシェラたちに礼を言ってから、レンを連れて休憩所を出た。
***
人ごみの中、はぐれないように悠馬とレンは手を繋いで歩く。
人の流れに任せて行くと、川を挟んで見物客たちが集まっている場所に出た。
ろうそくで暖められて浮かんだ紙が、ゆっくりと炎になり、燃え尽きて、流れる川面に落ちていく。
中州から空中へと放たれる淡い灯火。
幻想的な光景は、まさしくここがまほらの様だ。
綺麗だ……。
呟いた日本語は感嘆。
「レン、見える?」
「ん。空に上がってるのは見えるけど……」
小柄なレンでは前を向くだけでは見えるのは大人の背中だけだ。
それでも星空を彩る灯はとても瞳に美しく映る。
悠馬はほとんど首を真上に向けて、後ろに引っくり返りそうなレンを見る。
子供が見えないから前に行かせてくれと言えば、道は開けてくれるだろうが、子供だからと理由で人ごみを掻き分けて進むのはどうだろうか?と考えて、見える場所はないかと辺りを見回した。
「あ、そっか」
ぽんと悠馬は手を打った。
その場にしゃがみ込んで、きょとんとしているレンを見上げてこう言った。
「肩、のる?」
後ろ側にいる見物客の数人が、肩車をしていたのだ。これなら川面から灯火が放たれる様子も、落ちていくところも見えるはずだ。
「ええ?」
レンは困った表情で悠馬を見る。
(ユーマって、私のこと幾つだと思ってるのかしら……?)
数の数え方は知っているはずだがと、さすがに「それはちょっと」と戸惑って言うと。
「平気。ほら、あそこにいる人とか、レンよりおねえさんだし。空にあがるところ、きれいだよ?」
それはとても見たいのだけれども。
レンもぐるりと周りを見渡し、子供以外でも肩車をしてもらっている人を数人見つけ、それならと、悠馬の肩に腿を乗せた。
「いい?立つよ」
「う、うん」
どこに手をつけばいいのか分からず、レンは背に回された悠馬の腕を支えに体制を整えた。
一気にぐんと高くなった視界に多少怖さも覚えたが、担ぎ上げてくれているのは悠馬だ。土台になっている人への安心感からか、高さにはすぐに馴れた。
見えた?と聞く悠馬にレンは頷いて返した。
「すごくきれい。―― 私のいた街はこんな風に空に灯を上げたりはしなかったから」
「どんなだったの?」
そう、尋ねる声は自然に出た。
レンは懐かしむ様に微笑んで言う。
「秋祭りは似た感じだけど、星祭が別にあってね?ご馳走持ち寄って、星空に向かって願い事を込めた小石を投げるの。地面に落ちたのは見つかっちゃだめなの。見つからなかったら星石になって、本当の星の一つになって願い事を叶えてくれる」
そういうお祭りだったのと、レンは星空に手をかざした。
「小さい頃は全然高く石を投げれなくてね?いつかぜったい見えないくらい高ぁく投げてやるって、思ってた」
「そっか。いろんな祭りがあるね」
「ユーマの所は?」
「おれ?『七夕』かな?川みたいに見える星が集まったところがあって、女の子の星と男の子の星があって、それが年に一度あうんだ」
「星が会うの?」
「んーうん。会うのがねがいで、それにあわせて、ねがいごと書いた紙を……木というか草につける。あ、あと『七夕素麺』食べる」
なんとなく違うが、全部が間違ってはいないだろうと、悠馬はそういう祭りがあるとレンに言う。
星に願いごとをするのは一緒だねと、悠馬は目を細めて笑った。
ああ、最後の星が上がった。
川辺に集まった人々の、誰かの言葉に、ふわりと星月夜に浮かぶ灯火が、燃えて尽きるまで、辺りはしんと静寂に包まれた。
***
川に残る人や、家族の手を引き家路に向かう人、あるいは恋人と夜の散歩に向かう人。
祭りの夜は皆さまざま、思い思いに過ごす。
星流しが終わった途端、そんな人たちの流れに巻き込まれ、レンを下ろすに下ろせずに、悠馬は肩に少女を乗せたまま川辺を歩いた。
砂利は歩きにくかったが、川に流され削られて丸くなった石を足先で蹴りながら、頭上のレンに頤《おとがい》を向ける。
おろすよ?という悠馬の言葉に、レンはこくんと首を立てに振った。
足場が悪いせいか、少しふら付いたレンを片手で支え、悠馬は軽くなった肩を回した。
悠馬は屈んで丸い小石を拾い、片手でそれをお手玉のようにして遊ぶ。
「石、空に投げるって、決まったかたちのあるの?」
「ううん。自分でこれ!って選ぶの。でもつるんとしてるほうがよく飛ぶよ?」
「へえ。どれがいいかな?」
と、目を凝らして小石を探し始めた悠馬に、レンも習ってしゃがんで石を探し始めた。
「ぎゅーって両手で星石を握って、お願い事するの。夢が叶いますようにって」
いくつか拾った小石から一つを決めて、レンはそれを胸の前で抱くように握り締める。
悠馬は結局最初に拾った丸い石に決めた。
「ゆめ……なりたい事とか、か」
呟いた自身の言葉が、すとんと胸に落ちる。
―― じいちゃん。おれね、おとなになったら、じいちゃんみたいなパンつくるひとになる ――
「ねがいごと、一つふえてるや」
悠馬のその言葉に、真剣に祈っていたレンが顔を上げた。
「何が増えたの?あ、幾つでもしていいけど、欲張りはだめよ?」
「んー。たぶん見のがしてくれること」
なに?と小首を傾げるレンに悠馬はにっと笑って。
「ないしょ?」
「じゃあ私も内緒」
いたずらをし合うように、くすくすと笑いあう。
「投げるときに言う言葉とかある?たまやーとか」
おどけた様子で言う悠馬に、レンはくすくすと笑い。
「あるわよ。じゃあ、ユーマ続けてね?」
予行演習にレンは数度投げる動作をし、ぐっと身を屈めた。
大きく息を吸い込むレンに、悠馬も肺一杯に空気を満たす。
レンはぐるぐると腕を回し、助走をつけて勢いよく星に向かって小石を投げる。
「うりゃ!」
「って、それ?!」
ただの掛け声だった。
つられて一緒に放り投げた石はどこに飛んだがわからなくなった。見つからないように飛びはしたからいいのだろう。
「仰々しいお祭りじゃないもの」
「なんか、長い言葉でも言うのかと思ったから、力がぬけた」
しばらくぼんやりと星を見上げ、帰ろうか?と二人は来た道を戻る。
月と星に照らされて、二人の影が濃く地面に映る。
夢が叶いますように。
そのために、もてる力をつくそう。
おれのゆめはねと、悠馬はぽつりと話はじめる。
「じいさんみたいなパン屋になる事なんだ」
レンは悠馬を見上げ、おだやかな笑みをこぼす。
「ユーマのパン、美味しいよ?」
「うん。ありがとう」
祖父のようなパン屋になりたい。そして今は、ブルクのような優しいパンを作りたい。
子供の頃からの夢。新しい願い。
この世界で、夢を、叶えよう――。
レンは歩調を合わせて隣を歩く青年を手を取る。
なに?と柔らかなその青年の声音に目を細める。
「あのね?私の夢はね――」
秘密を打ち明けるように耳元でそっと囁いたレンに、悠馬は思わず頬がゆるんだ。
神輿を担いで法被姿の男たちが掛け声と共に町内を練り歩く。日本でよくある光景だった。
近所の神社では出店が立ち並び、子供の頃は神輿を見物するよりも、出店を廻るほうが楽しみだった。
とくにスーパーボールすくいや射的が好きで、小遣いと相談しながら必ず遊んだものだ。
祭りの独特の高揚感。
子供の頃に感じたそれとは変わってしまったけれど、祭りの喧騒は、ここも日本も変わらなかった。
明け方まで準備に追われた収穫祭は、例年通りの集客があり、まずまずといった具合に終わりを迎えようとしている。
今は夕刻。天気にも恵まれ、とても美しい夕暮れが紅色に街を染めていた。
賑わう大通りから一本外れた道の中にある空き地には町会ごとにわかれた休憩所があり、悠馬はアルゲたち数人の役員とそこに昨夜から詰めていた。
(・・・・・・もう、むり・・・・・・)
悠馬は吐き気を堪えながら、ぐでっと机に突っ伏した。
まだ二十歳。徹夜ぐらいは平気だが・・・・・・。
もう見るのも嫌になった祝い酒がなみなみと入った素焼きの壷を、悠馬はそっとアルゲの前に押しやった。
アルゲは「お、まだあったにゅか」と、かなり怪しい呂律で言い、ぐいっと一口飲んだ。
「っぱー!うまい!って、ユーマもう飲まないのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
今飲んだら料理酒と百万円のワインの区別も付かない。ただのアルコールだ。排出手段は変わらない。
答える気力もなく悠馬は突っ伏したまま軽く手を振り、無言で拒否をした。
祭りだ、祝いだ、差し入れだと、朝からずっと飲まされていたのだ。
役員の半分以上が潰れている。きっと、他の町会も似たようなものだろう。
(レン、預けてて正解だったな)
酔い潰れている姿など、子供には見せれない。というよりも、見せたくない。
レンは今、アルゲの妻と子供たちと一緒に祭りの見物をしている。
ハンナは家業の手伝いがある為、レンを祭りに連れて行けない事を残念がっていた。
来年は少しでも一緒に祭りを見に行こうねと、約束し合っていたようだ。
(来年、来年になったら去年が今年になるから、今日は昨日でいつ牛が追いかけてくるんだ?あれ?)
思考が完全に潰れている。
悠馬はぴくりと指を動かして、もういいやと、そのまま寝た。
***
町のそこかしこに豊作の願いを込めた祝詞の意味がある、色鮮やかな垂れ幕が掛けられている。
大通りに立ち並んだ露店にもそれらは飾られ、町全体を華やかに彩っていた。
レンはアルゲの妻のシェラと、長女でレンより一歳年上のミラと弟のダフィトと連れ立って、中央広場で行われた祭事を見物した後露店を見て回っていた。
今朝、悠馬からお祭りだしねと言われて貰った小遣いは、まだ使わずに落とさないよう服の内側の隠しにしまっている。
四人で露店を冷やかして回り「これ、冷めても美味しいよ」と勧められ、レンは香辛料を効かせた鶏肉と野菜を薄く焼いた米粉の生地に巻いた食べ物を二つ買った。
結構な量があるので、あとはスープがあれば今日の夕食は十分だろう。
(スープくらいなら私でも作れるし)
悠馬のようにあれやこれやと料理ができればいいのだが、悠馬の調理の仕方は変わっていて中々真似ができない。
(私がご飯作れるようになったら、ユーマ楽かな?)
そんな事をつらつらと考えていた時。
「おかあさん」
直ぐそばから聞こえた母を呼ぶ声に、レンは思わず視線をやった。
背の低い自分よりもまだ低い少年、ダフィトが詰まらなさそうに口を尖らせていた。
「ねえ?もうタイズたちと遊びに行ってもいい?オレもう十歳だぜ?女とぞろぞろ歩いてるの友達に見られたら、なよなよしてるって笑われるし」
「ばかだね。親と一緒にいて笑うような子になるんじゃないよ。遊ぶ約束してたの?」
「うん。星流し一緒に見る約束したんだ」
こくんと頷いた息子にシェラは門限を言いつけて「気をつけて行っといで」とダフィトを見送った。
「まあったく、やだね息子は。男友達と遊ぶほうがいいんだから」
さて、あと何年こうやって連れ立って祭を見に行けるのかと、シェラはやれやれといった息を付いた。
「放っておけばいいのよ。それよりレン、買うのそれだけでいいの?」
「うん。なんか、色々あって決めれなくて」
「ふーん。ま、レンは食べ物のほうがいいかもね」
と、ミラは物知り顔で言った。
言われたレンは食い意地がはっている様に見えるのだろうか?と少し恥ずかしく感じ「そう、かな?」と小さく聞き返した。
「うん。細いものレン。子供はちゃんと食べなきゃ駄目よ」
「えっと、ミラ、十四よね?一歳しか違わないんだけど・・・・・・」
たじろぎながら返すレンに、ミラは生意気盛りの弟には出来ないお姉さんぶりを発揮して言った。
「一歳でも私のがお姉さんなんだからいいの」
言い切られた勢いでレンは頷いて答える。
「う、うん。頑張って食べる」
娘二人のそんなやり取りを、シェラは後ろからほほ笑ましく見守っていた。
レンは久しぶりに年近い少女とのおしゃべりを、馴れずに多少戸惑いつつも楽しんだ。
そろそろお父さんたちの様子見に行かないとねと、シェラが言う。しょうがないわねとミラが答えて、レンはこくんと頷いた。
ユーマ、ごはん家で食べれるのかな?そんな事を思いながら先導するシェラの後ろをミラと歩いた。
***
陽が落ちきると、昼間は動けば汗ばむくらいだったというのに、秋の夜の冷たさが足先からひやりと上がってきた。
机にくたりと上半身を倒したまま、悠馬は小さく身震いした。
眠ったおかげか頭はかなりすっきりしている。
起きなきゃなと思った時に、ふわりと背中に何かを掛けられ、悠馬は薄っすらと重い瞼を上げた。
最初に見えたのは木の机、それから気だるげに顔を上げる。
「あ、ごめん。起した?」
声を掛けられても、少しの間ぼうっとして、悠馬は一度ぎゅっと目を閉じて軽く頭を振った。
それから隣に腰掛けていた少女に顔を向けた。
「や、起きた―― これ、かけてくれたのレン?」
と、背を包む薄手の毛布を摘まんで見せた。
うんと言ったレンに、ありがとうと、その小さな頭を撫でる。
はにかむレンに悠馬も微笑んで返し、すっかり陽が落ちた空を見上げた。
夕方の六時ごろに鳴る鐘は、まだ打ち鳴らされてはいない。一時間ほどは寝ていたようだ。
悠馬は凝った背中を伸ばして、体をほぐす。
「お祭り、見て回れた?」
「うん。久しぶりだから楽しかった」
あ、あのね?とレンはまだほのかに温かい露店で買った食べ物を一つ悠馬に差し出した。
悠馬は受け取った紙袋を開け中を覗き込む。
香辛料の香りと食欲をそそる肉汁たっぷりの、ドネルケバブのようなものだ。
「美味しそうだったから。こういうの、嫌い?」
首を傾げながら問うレンに、悠馬は。
「ありがとう。エラニだっけ?これ好きだよ。レンは?自分の分ある?」
「うん。一緒に食べよ?」
「うん」にっこりと口角を上げて、ん?と瞬き一つ「そういえばシェラさんたちは?」
あっち、とレンは後ろを指差し「酔い覚ましの薬配ってる。これだけど、ユーマもいる?」
油紙のような物に小さく包まれた薬袋を目の前に置かれ、悠馬は苦そうだなと顔をしかめた。
「・・・・・・飲んどく」
「お水貰ってくるね」
悠馬はそう言って席を立つレンを目で追って、かさりと薬袋を開る。独特の鼻に匂いの残る黄土色の粉薬にえずきながら、貰った水で一気に流し込んだ。
まずい薬は利きそうな気がすると「うえ」っと舌を出して言えば、飲みすぎはだめだよとレンが笑った。
酔い覚ましの薬はコヒが調合し、祭り用に各町会に事前に配っていたものらしい。仕事、ではなく、コヒなりの祭りへの参加方だ。
仮眠と薬がよく効いたようで胸悪さもなくなった悠馬は、レンが買ってきたエラニをほお張った。
指につたったソースを一舐めし、隣で同じようにもぐもぐと食べているレンを見る。
そういえばと、悠馬は少女に。
「夜は?なんだっけ?」白線流しではないし、しょうろう流しでもないはずだし、と首を捻りながら「なんか、流すんでしょ?」と、いい加減な質問をした。
レンはくすりと微苦笑して答える。
「星流し。ね。今の時期って流れ星が多いから、地方によっては収穫祭と星祭を別にしているところもあるけど、ここは一緒にするみたいね」
「ながれぼし?流れ星?」
豊作祈願を星にするのか?と、悠馬なりに「なるほど」と、納得してみる。
「ろうそくに紙かぶせて飛ばすって聞いたけど、それが星流し?」
「うん。天気のいい日はね。星空に淡い光が浮いてね?すごくきれいなの」
今日は朝から天気も良い、きっと空に浮かぶ炎は幻想的な美しさを見せるだろう。
想像を膨らませ、ふと思い当たったことにレンは、しゅんと肩を落とした。
祭りの役員である悠馬とは、今年は見られそうにはない。
食べる勢いが急に落ちたレンを悠馬は頬杖をついて覗き込む。
「……からかった?」
香辛料がきつかったのだろうか?と悠馬は思い聞いた。が、ふるふると頭を振るレンに「ふん?」と相槌なのかなんのかを返し、癖で何とはなしにレンの髪を撫でた。
「どうしたのレン?」
「ん。なんでもない」
つとめて明るい声で返すレンに悠馬は一人うなる。
思春期の女の子の浮き沈みなどわかる訳がないのだが、原因はなんだろう?と腕を組み考える。
流れ星、で何か昔の―― たとえば両親が生きていた頃のことを思い出したとか?
数年前まではきっと、毎年両親と同じような祭りを楽しんでいたのだろう……。
(こういうのってどうしたらいいんだろうな)
下手に触れて、傷つけることになるのは嫌だ。かといって腫れ物に触るような扱いでは、何年たっても染み込んだ悲しみは消えやしない。
悠馬はつんと、レンの短い髪を引っ張ってみる。
きょとんとした顔を向けるレンに、にっと笑って。
「口、たれ付いてる」と親指で拭ってやる。
レンは恥ずかしそうに口元を手で隠した。
悠馬は慌てて口を拭く少女の旋毛を見つつ、ソースの付いた指をぺろりと舐める。
今年は無理そうだけどと、落ち着いた声でレンに話しかける。
「星流し、来年はいっしょに見に行こう?」
「え?」
ぱちぱちと瞬きをして、レンは言われた言葉に顔をほころばせた。
そうだ、来年だってその次だって祭りはあるのだから。
「うん。約束ね?」
「やくそく。そういえばこっちって、やくそくのあいずあるの?」
「合図?」
「あいずと言うか、決まりごとというか。おれんとこは、こゆびをまげて、おたがいにひっかけて、針を飲む……本当には飲まないけど」
「えっと。針を飲む覚悟?で約束するの?」
変わった風習だねとレンは自分の小指を曲げてみる。
お祭りを一緒に見ることが、果たして針を飲む覚悟で交わすほどの約束だろうか?と、レンはうーんと首を捻った。
「そう言われるとすごいことみたいだな」と悠馬は苦笑いを浮かべた。
食べ終わり、水を飲んでほうと一息。レンは口の周りに何も付いていないか紙で拭き確かめてから、悠馬へと向き「まだやることあるんだよね?」と聞いた。
「片付けは明日からだけどね。いちおういないとだめみたい」
そう答えた時、後ろから図太い腕がにゅっと出てきて机に手をついた。
顔だけを後ろに向けて、腕の持ち主を見上げる。
「アルゲ。あれ?シェラさんたちは?」
「晩飯。炊き出し取りに行ってる」
ああと悠馬が相槌を打った横で、レンは「え?炊き出しあったの?」と、包み紙だけになった夕飯に視線を下ろした。
「で、ユーマ。今日はもういいぞ」
そういうアルゲに悠馬はもういい理由がわからずに。
「まだ、やることあるんじゃないの?」と聞いた。
後やることっつったら、とアルゲはがしがしと頭を掻く。
「星流しの当番が帰ってきたら今日の打ち上げするぐらいだな。本番の打ち上げは明日の片付け済んでからやるからな、今日は参加する奴しない奴半々くらいだ」
「……みんな、酒強いね」
と、悠馬は多少顔を引きつらせる。
そして。
「おれ、さんかしなくていいの?」
「おう。レン連れて星流し見に行って来い。せっかくの祭りだ。裏方だけじゃつまらんだろ?」
魅力的な提案に、それでも悠馬は少し迷う。
手助けばかりしてもらっていても、一応自分は今年の責任者なのだ。付き合いは大事なのではないだろうか?と思い、ふとレンを見ると。
「…………」
レンの互い違いの色の瞳がきらきらしていた。
期待に満ちた、そんな顔をされると「役員の仕事はするよ」なんて、言えなくなる。
悠馬はくしゃりとレンの頭を撫で、アルゲを見やる。
「オレコタウ・アルゲ」
明日は片付けがんばるよと、悠馬は微笑んで答えた。
「おう。きっと他の奴ら潰れてて昼過ぎまでは使いもんにならねえから。若いの頼むぞ?」
そう言ってがはがはと笑うアルゲに、酔っ払っていない片付け要員の確保か?と悠馬は肩を落とした。
まあ、何にせよレンと祭りが見れることには変わりない。
悠馬は他の役員に挨拶をして回り、丁度戻ってきたシェラたちに礼を言ってから、レンを連れて休憩所を出た。
***
人ごみの中、はぐれないように悠馬とレンは手を繋いで歩く。
人の流れに任せて行くと、川を挟んで見物客たちが集まっている場所に出た。
ろうそくで暖められて浮かんだ紙が、ゆっくりと炎になり、燃え尽きて、流れる川面に落ちていく。
中州から空中へと放たれる淡い灯火。
幻想的な光景は、まさしくここがまほらの様だ。
綺麗だ……。
呟いた日本語は感嘆。
「レン、見える?」
「ん。空に上がってるのは見えるけど……」
小柄なレンでは前を向くだけでは見えるのは大人の背中だけだ。
それでも星空を彩る灯はとても瞳に美しく映る。
悠馬はほとんど首を真上に向けて、後ろに引っくり返りそうなレンを見る。
子供が見えないから前に行かせてくれと言えば、道は開けてくれるだろうが、子供だからと理由で人ごみを掻き分けて進むのはどうだろうか?と考えて、見える場所はないかと辺りを見回した。
「あ、そっか」
ぽんと悠馬は手を打った。
その場にしゃがみ込んで、きょとんとしているレンを見上げてこう言った。
「肩、のる?」
後ろ側にいる見物客の数人が、肩車をしていたのだ。これなら川面から灯火が放たれる様子も、落ちていくところも見えるはずだ。
「ええ?」
レンは困った表情で悠馬を見る。
(ユーマって、私のこと幾つだと思ってるのかしら……?)
数の数え方は知っているはずだがと、さすがに「それはちょっと」と戸惑って言うと。
「平気。ほら、あそこにいる人とか、レンよりおねえさんだし。空にあがるところ、きれいだよ?」
それはとても見たいのだけれども。
レンもぐるりと周りを見渡し、子供以外でも肩車をしてもらっている人を数人見つけ、それならと、悠馬の肩に腿を乗せた。
「いい?立つよ」
「う、うん」
どこに手をつけばいいのか分からず、レンは背に回された悠馬の腕を支えに体制を整えた。
一気にぐんと高くなった視界に多少怖さも覚えたが、担ぎ上げてくれているのは悠馬だ。土台になっている人への安心感からか、高さにはすぐに馴れた。
見えた?と聞く悠馬にレンは頷いて返した。
「すごくきれい。―― 私のいた街はこんな風に空に灯を上げたりはしなかったから」
「どんなだったの?」
そう、尋ねる声は自然に出た。
レンは懐かしむ様に微笑んで言う。
「秋祭りは似た感じだけど、星祭が別にあってね?ご馳走持ち寄って、星空に向かって願い事を込めた小石を投げるの。地面に落ちたのは見つかっちゃだめなの。見つからなかったら星石になって、本当の星の一つになって願い事を叶えてくれる」
そういうお祭りだったのと、レンは星空に手をかざした。
「小さい頃は全然高く石を投げれなくてね?いつかぜったい見えないくらい高ぁく投げてやるって、思ってた」
「そっか。いろんな祭りがあるね」
「ユーマの所は?」
「おれ?『七夕』かな?川みたいに見える星が集まったところがあって、女の子の星と男の子の星があって、それが年に一度あうんだ」
「星が会うの?」
「んーうん。会うのがねがいで、それにあわせて、ねがいごと書いた紙を……木というか草につける。あ、あと『七夕素麺』食べる」
なんとなく違うが、全部が間違ってはいないだろうと、悠馬はそういう祭りがあるとレンに言う。
星に願いごとをするのは一緒だねと、悠馬は目を細めて笑った。
ああ、最後の星が上がった。
川辺に集まった人々の、誰かの言葉に、ふわりと星月夜に浮かぶ灯火が、燃えて尽きるまで、辺りはしんと静寂に包まれた。
***
川に残る人や、家族の手を引き家路に向かう人、あるいは恋人と夜の散歩に向かう人。
祭りの夜は皆さまざま、思い思いに過ごす。
星流しが終わった途端、そんな人たちの流れに巻き込まれ、レンを下ろすに下ろせずに、悠馬は肩に少女を乗せたまま川辺を歩いた。
砂利は歩きにくかったが、川に流され削られて丸くなった石を足先で蹴りながら、頭上のレンに頤《おとがい》を向ける。
おろすよ?という悠馬の言葉に、レンはこくんと首を立てに振った。
足場が悪いせいか、少しふら付いたレンを片手で支え、悠馬は軽くなった肩を回した。
悠馬は屈んで丸い小石を拾い、片手でそれをお手玉のようにして遊ぶ。
「石、空に投げるって、決まったかたちのあるの?」
「ううん。自分でこれ!って選ぶの。でもつるんとしてるほうがよく飛ぶよ?」
「へえ。どれがいいかな?」
と、目を凝らして小石を探し始めた悠馬に、レンも習ってしゃがんで石を探し始めた。
「ぎゅーって両手で星石を握って、お願い事するの。夢が叶いますようにって」
いくつか拾った小石から一つを決めて、レンはそれを胸の前で抱くように握り締める。
悠馬は結局最初に拾った丸い石に決めた。
「ゆめ……なりたい事とか、か」
呟いた自身の言葉が、すとんと胸に落ちる。
―― じいちゃん。おれね、おとなになったら、じいちゃんみたいなパンつくるひとになる ――
「ねがいごと、一つふえてるや」
悠馬のその言葉に、真剣に祈っていたレンが顔を上げた。
「何が増えたの?あ、幾つでもしていいけど、欲張りはだめよ?」
「んー。たぶん見のがしてくれること」
なに?と小首を傾げるレンに悠馬はにっと笑って。
「ないしょ?」
「じゃあ私も内緒」
いたずらをし合うように、くすくすと笑いあう。
「投げるときに言う言葉とかある?たまやーとか」
おどけた様子で言う悠馬に、レンはくすくすと笑い。
「あるわよ。じゃあ、ユーマ続けてね?」
予行演習にレンは数度投げる動作をし、ぐっと身を屈めた。
大きく息を吸い込むレンに、悠馬も肺一杯に空気を満たす。
レンはぐるぐると腕を回し、助走をつけて勢いよく星に向かって小石を投げる。
「うりゃ!」
「って、それ?!」
ただの掛け声だった。
つられて一緒に放り投げた石はどこに飛んだがわからなくなった。見つからないように飛びはしたからいいのだろう。
「仰々しいお祭りじゃないもの」
「なんか、長い言葉でも言うのかと思ったから、力がぬけた」
しばらくぼんやりと星を見上げ、帰ろうか?と二人は来た道を戻る。
月と星に照らされて、二人の影が濃く地面に映る。
夢が叶いますように。
そのために、もてる力をつくそう。
おれのゆめはねと、悠馬はぽつりと話はじめる。
「じいさんみたいなパン屋になる事なんだ」
レンは悠馬を見上げ、おだやかな笑みをこぼす。
「ユーマのパン、美味しいよ?」
「うん。ありがとう」
祖父のようなパン屋になりたい。そして今は、ブルクのような優しいパンを作りたい。
子供の頃からの夢。新しい願い。
この世界で、夢を、叶えよう――。
レンは歩調を合わせて隣を歩く青年を手を取る。
なに?と柔らかなその青年の声音に目を細める。
「あのね?私の夢はね――」
秘密を打ち明けるように耳元でそっと囁いたレンに、悠馬は思わず頬がゆるんだ。