その声は怒気を含んでいた。「県民が大変な被害を受けた時に、危機管理を束ねる知事が東京で酒を飲んでいた」。盛岡市内のホテルで1月21日に開かれた県市長会議で、八幡平市の田村正彦市長は、達増拓也知事に猛省を求めた。県内が荒天に見舞われた元日、小沢一郎民主党元代表の東京都内の自宅で開かれた新年会に出席していたことに対してだ。
隣接する滝沢村にある陸上自衛隊岩手駐屯地が知事の災害派遣要請に備えていたと聞き、あえて公の場で持ち出したという。停電が長引く一因となった倒木の処理にチェーンソー部隊を編成していた。達増知事は「約120人の与党国会議員と懇談できる機会は貴重で、被害の深刻さも伝わった」と強調する。
知事の県政運営や政治姿勢に不満を抱く首長は少なくない。ある市長は知事が掲げる「希望郷いわて」は「希望狂」だと辛辣(しんらつ)に語った。「新年会は県民より小沢さんのほうを向く知事の今を象徴している。だから暮らしに希望を持てない県民を尻目に『希望』を連呼できる。何をしたいのかも分からない」
疑念は県職員にも広がる。知事の肝煎りで09年11月から始めた「I援隊運動」。脱藩運動をした坂本龍馬の海援隊になぞらえ、「古い公務員意識から脱皮する」という意味で名付けた全庁運動だ。職員が外部の人や組織をつなぎ、協働で地域づくりに取り組む事業の提案を促した。これまでに223件が組み込まれ、「いわてマンガプロジェクト」もその一つに数える。職員の一人は「ネーミングは目新しいが、中身は職員として当たり前の仕事だ」と冷ややかだ。
前職の増田寛也氏が進めた「県庁改革」が元に戻ったという指摘もある。増田氏は知事を頂点とする上意下達のピラミッド型から脱却を図り、現場を頂点に県庁の担当課や知事が支える仕組みを考えた。ところが、現在は振興局の提案に対する県庁の決裁に時間がかかるようになり、「格段にスピードが落ちた」(県職員)という。
達増知事の政策決定過程を「いい雰囲気」と前向きに評価する県幹部もいる。頻繁に現場へ赴く増田氏は「知事室にいない」と言われた。達増知事は職員の議論に耳を傾け決断するという。別の幹部は「増田さんも1期目は慎重だった。『こうしたい』が出てくるのは2期目以降」と擁護した。【狩野智彦】=つづく
毎日新聞 2011年2月27日 地方版