KCAさんゴメンナサイ
巴マミは「魔法少女」である。
しかもグリーフシードの収集より一般人を魔女から守ることを優先しているという、この世界の魔法少女の中ではいささか毛色の異なる存在といっていい。
そんなマミの戦いは孤独である。
たまたまマミの住む町が魔女が多く発生する地域だったことから、魔女との戦いが頻発するだけでなく、よい“狩場”を独占しようとする流れ者の魔法少女との戦いも少なくない。
その夜も赤い槍使いの魔法少女と戦い、苦戦しながらもこれをを退けたマミは、消耗した体を引きずっての家路の途中であった。
チャリーン!
背後で聞こえた物音に振り返ると、孤独な街路灯の投げかける寒々しい光を受けて、アスファルトの上で銀色に光る円盤状の物体。
それが時の列車に無賃乗車した腕怪人から毀れ落ちたセルメダルだということを、勿論マミは知らない。
だが魔女のものとは異質の超常の力を宿していることは即座に感じ取れた。
屈みこんでセルメダルを手にとったマミの上に、複数の影が落ちた。
顔をあげたマミの目に映ったのは、絵に描いたようなチンピラゴロツキの皆さん。
時刻は草木も眠る丑三つ時。
場所は人気の絶えた運河沿いの倉庫街。
もうイヤな予感しかしない。
「脱げ」
男の口から吐き出される最小限にして最悪のセリフ。
(変身?でも相手は魔女でも魔法少女でもないし…)
一瞬の躊躇が心優しい魔弾の射手を窮地に追い込む。
両腕を捕られ、壁に押し付けられたマミの肢体に男たちの手が伸びる。
ブラウスが肌蹴られ、淡い黄燈色の光を放つソウルジェムが路上に転がる。
こうなってしまっては歴戦の魔法少女も早熟な女子中学生でしかない。
「いやッ、いやあぁ!」
泣き叫ぶマミ。
ソウルジェムがひときわ強い光を放ち、その輝きにセルメダルが吸い込まれる。
“ そ の と き ふ し ぎ な こ と が お こ っ た ”
「ぶふぉ!?!」
男Aが吹っ飛んだ。
「ぺぶら!?!」
男Bが宙を舞った。
「あかぷるこ!?!」
男Cが美しいアーチを描いて橋の下に消えた。
ちなみに下は川なので死にはしないだろう、多分。
マミは驚愕に胸を隠すのも忘れ、突如現れた救い主を見つめた。
黒光りするキチン質の外骨格に覆われた逞しい体。
「許さない…」
胸に宿す正義の炎が漏れ出たかのような真紅の複眼。
「悪い奴は許さない」
そこには飛蝗と人間を掛け合わせたようなフォルムの漆黒の怪人が立っていた。
「俺は欲望の王子、バッタヤミー・BLACK!」
「お早うマミ!さあ起きて、朝食が冷めてしまうぞ!」
快い眠りを破ったのは、快活を通り越して暑苦しいほどの精気に満ちた若い男の声。
目覚めたマミの目の前には、人間―二十台前半の男性―に姿を変えたバッタヤミー。
ちょっと鼻の穴が大きめだがなかなかのハンサムといっていい。
バッタヤミーはマミの従兄弟の“巴てつを”を名乗り、なし崩し的にマミのマンションで同居を始めてしまった。
本人の説明によればヤミーはセルメダルを投入された人間の欲望を満たすために生み出される存在で、てつを(=バッタヤミー・BLACK)の場合、両親と死別し、正義の魔法少女として孤独な戦いを続けるマミの“一緒に戦ってくれる家族のような存在が欲しい”という想いから生まれたのだという。
そしてマミはてつをを受け入れた。
なんといっても、この男ならたとえクライシス帝国が襲ってきてもなんとかしてしまうだろうという理屈抜きの頼もしさがある。
後になってクライシス帝国って何?としばらく悩んだが。
あとてつをの作るご飯が意外と美味しい。
何故か献立はやたらと肉料理が多いが。
ステーキとかステーキとかステーキとか。
その朝のメニューも歯にしみるようなコンソメスープにチーズとカリカリに焼いたベーコンをトッピングした野菜サラダ、香ばしいガーリックトーストに加えハードボイルドな佇まいを見せるゆでたまご、そして殿を務めるは縦3インチ、横4インチ、厚さ1インチの堂々たるビーフステーキだった。
「ああ、朝からこんなモノ食べてるとまた胸に余分な肉が…でもこの手が、この手が止まらないぃぃ!」
などと言いつつヘヴィ過ぎる朝食をハイペースで平らげていくマミを見つめ、てつをはうんうんと頷くのであった。
ガラッ!
唐突に入り口の引き戸を開けて、てつをが教室に入ってきた。
もちろん授業中である。
「すいません、罹りつけの産婦人科から緊急の呼び出しがあったので!」
マミの手を引っ掴むと、有無を言わせず学校から連れ出す。
しばしの沈黙ののち騒然となる教室。
「なに、あのイケメン?なに、あのイケメン?」
「産婦人科ってまさか…」
「イヤー!お姉さまぁ!?!」
「不潔よぉ、でも嫌いじゃないわッ」
「夏に薄い本が…」
一方こちらは強引にバイクの後部座席に乗せられたマミ。
「一体どうしたのよ?」
てつをの答えは簡潔だった。
「魔女だ」
説明しよう、バッタヤミー・BLACKはバイクでぶらついているだけで敵と遭遇してしまうスキル「ご都合主義」の持ち主なのだ!
(ナレーション:政宗一成)
バイクごと魔女の結界に突入する二人。
そこではいつぞやの赤い魔法少女=佐倉杏子が戦っていた。
「手ェ出すんじゃねえぞ!コイツはアタシの獲物だ!」
そして赤の少女が身長より長い槍を向けるその先には、あぶない薬をキメた代●木アニメーション学院のお兄さんが作画を担当したような魔女。
そしてその声。
「ガチャピンッテアレダヨネーッ!アノキイロイホウダヨネーッ!」
話す内容もアレだがその声質は聞いているだけでガリガリとSAN値が削られる。
「な、成程…これが噂の金●地獄というやつか!なんて恐ろしい攻撃だッ!」
「いけない、杏子ちゃんが!」
いま到着した二人より長く魔女の声に晒されていたからか、杏子の足取りがかなりおぼつかなくなってきている。
このままではやられるのも時間の問題だろう。
「てつを!」
「応っ!」
ソウルジェムを取り出すマミ。
“あのポーズ”をとるてつを。
「「変身ッ!」」
【続かない】