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[20794] 【ネタ・習作】 『異端にだって意地が在るっ!!』 風の聖痕 オリ主
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/12/30 21:50
 俺、神凪刀悟(かんなぎとうご)は転生者である。

 いきなり何を言ってるんだと思うだろうが、俺には前世の記憶――というか知識があった。

 妄想や狂言の類いではなく、奇妙な真実味のある知識や記憶。

 俺には二十七まで生きていたという変な感覚があった。

 何で死んだか、どんな人間だったのか、家族構成はどんなだったかといった記憶は無い。

 まあ、こんな死亡率の高い家に産まれてしまってはそんな事を気にしてもいられないんだがな。

 神凪一族。

 世界を統べる炎の精霊王に神凪の始祖が賜った浄化の炎を用いて、歴史の闇で人や世界に仇為す存在を討滅してきた一族。

 そのせいか、ほとんどの連中が選民思想に凝り固まった奴らばかりで、本当に息苦しい。

 唯一例外なのが、俺の親父で歴代でも上位に入る炎術の技量を持った神凪重悟。

 そして、その従兄弟で義弟の神凪厳馬。現神凪での最高戦力と言われる無口無愛想無表情と三拍子揃った堅物である。

 しかしその実、遠回りで判り難い愛情を長男に注ぐ情の深いオッサンだったりするから驚きだ。

 まあ、当の本人が態と見せないようにしているから、判らなくても仕方無い。

 俺が気付けたのは、この世界をライトノベルの登場人物として知っていた前世の知識があったからだ。

 とは言っても、その情報は単語の羅列でしかなく、本人を見て照らし合わせて何とか気付けただけなんだがな。

 それとなく親父殿にも確認を取ってみると、事実だと教えられてまた驚いた。

 まあ、お陰で『前世の知識』はそれなりに有効に使えるんだと判ったんだよな。

 さて、そうなると……我が妹である綾乃はどうかと言えば、とてもイノシシ娘となる要素が見受けられない。

 多少お転婆だが、とてもいい娘だ。

 まだまだ幼いのに、きちんとした態度で人に接する事が出来る良く出来た妹。

 俺のある点を気にしてはいるが、それ以外では好成績を残している事が理由らしく、尊敬の対象として見てくれてもいる。

 猪突猛進娘だと俺の知識にはあったので、どうなるものかと思っていたが、この分ならそうはならないだろう。

 他の分家や本家の連中から悪影響を受けなければ、多分大丈夫……な筈だ。

 伝統やら格式やらのある家であっても、普通に悪い事をしたら叱るのは当たり前なのだが……こんな環境じゃ叱ってくれる奴なんてのは限られてくる。

 多分だけど、イノシシとか呼ばれるような人柄になった要因の一つに神凪の連中の影響があったんだと俺は思っている。

 褒めるだけの奴が大半で、叱る奴なんて一親等二親等含めても片手で足りるってのはどういう事なのかと小一時間問い質したいくらいだ。

 きちんと叱るのは親父殿と母さんと俺、そんで厳馬叔父貴ぐらいだもんな。……ああ、後は大神の所の雅人のオッサンもか。

 他はどんな年齢の奴だろうが、褒めるだけ。

 それじゃあ綾乃が成長出来る筈がないって。

 だから俺は、綾乃に接する時に普通の兄妹として接し、良いことをしたら褒めて、悪いことをしたら叱った。

 幼さ故の純粋さが幸いし、綾乃は一般的な価値観の大切さに気付いてくれた――と思う。

 常人が敵わない化物を討滅する更なる化物が炎術師だ。

 理性的な行動が取れなければ、精霊王の代行者を名乗る資格無し。

 上に立つ人間は、感情をきちんとコントロール出来ないといけない。

 そう俺は綾乃に教え込んだ。

 まあ、そんな事しなくても母さんがきちんと教育しているんだが。

 だが親父殿は……まあ、綾乃に甘い。

 多分、男親だからだろうな。あんなに可愛い娘がいたんじゃ仕方無いんだろう。









 さて、ここまで語れば普通に気付いただろうが、炎術師というビックリ人間集団の宗家に産まれた俺だが……俺には致命的な欠陥があった。

 炎術が使えないという致命的な欠陥。

 お陰で俺は宗家の面汚しともっぱらの評判だったりする。

 まあ、苛められてる和麻よりかはマシかな。

 そいつらが俺の背後に親父殿や綾乃を見ているから攻撃を受けないのだとしても。

 和麻よりは……マシだ。


 ――ソレデ良イノカ?


 俺の中で嘲笑する声が聴こえてくる。


 ――少ナクトモ、アノ小僧ハ炎術ヲ扱ウ者共ニ膝ヲ折ッテオラン。


 綾乃が産まれて、他の人間の意識があの子に向いていた時期。

 誰にも気付かれずに俺を喰おうと手を伸ばしてきた『蛇のような何か』。


 ――貴様トハ大違イダナ。


 黙れよ。俺に『喰われた』分際で。


 ――カカカ。ソレガドウシタ? 我ヲ完全ニ消滅出来ヌ半端者風情ニ、カノ小僧ノヨウニ理不尽ヘ立チ向カエルトデモ?


 五月蝿い。


 ――ソレニ貴様ニ喰ワレタオ陰デ、我ハ知ッタゾ? 貴様ガアノ男ヲ救イタクナイ理由ヲ。貴様ガ気付カセテヤレバ、アノ小僧ハ強クナレルトイウノニナァ?


 黙れ。


 ――滑稽ヨナァ。貴様モアノ小僧モ炎術ヲ扱エヌ理由ガアリ、ソレヲ誰モ理解シテハクレヌノダカラ。貴様ニハ我ガ、小僧ニハカノ精霊王ノ加護ガアルセイダト、誰ガ気付ケヨウ。カカッ、マサシク滑稽。


 同情すんな。

 それに、テメェを消せば俺だって炎術が使えるかもしれねぇんだ。


 ――カカカカッ! 本気デ思ウテオルカ!? 既ニ我ヲ喰ライ『力』ヲ得タ癖ニマダ精霊術ヲ求メルカ!? 滑稽ニモ程ガアロウ!?


「だから五月蝿ぇつってんだろ!?」

 激昂し、そう叫ぶ。

 脳裏にあるのは、幼い自分を抱き上げて炎術を見せてくれた親父殿の姿。

 かつての幼い自分は、その炎に魅せられた。

 だから必死になって火の精霊に語りかけた。

 力を貸してくれ、と。

 だが、火の精霊を使役出来ない。

 意識を集中しても、その向こうに『八ツ首の化物蛇』がいる事しか感じられない。

 そして、ソレに近付き過ぎた俺はソレと殺し合いをする事となり、その日始めて大蛇に喰われて死ぬという経験をしたのだった。

 それから何度も俺は喰われた。

 現実では痛め付けられ、夢では喰い殺され、本当にどうしようもなかった。

 だが、ある日を境に、蛇を撃退できるようになったのだ。

 そして遂に、現実で本格的な鍛錬が開始され、筋が良いと親父殿に褒められたその日から徐々に俺が蛇を殺し返していく回数が死亡した回数を上回っていった。

 その度に、喰われた『俺』が見つかり、回収していく。

 これは、喰われた俺の『魂の欠片』だろう。

 俺はそう思って、多少の違和感を感じながらも見つける度に回収していく。

 それがどんな意味を持つのかなど、深く考えもせずに。









 話は変わるが、昔ならいざ知らず綾乃に掛かりきりで忙しい宗主である親父殿に代わってこんな無能の鍛錬を見る事になったのは厳馬の叔父貴。

 まあ、その鍛錬の厳しいこと厳しいこと。俺の親父殿の見立てでは、和麻が無能と嘲られる現状を払拭させようとしているが故の厳しさ――らしい。

 よくこれを今まで続けたな和麻、と思っていると横にいる本人と視線が交差する。

 そこには、同情と憐憫に満ちた視線があった。

 俺と同じような眼を向ける和麻。

「「……」」

 お互いに何も言わない。

 震える膝を叱咤し、立ち上がる。

 恐らく、思っている事は一つだろう。

((コイツより先に、潰れて堪るか……!))

 神凪の炎に勝てない。

 これは紛れもない事実。

 和麻に至っては、何度もソレを骨身に刻まれている。

 多分和麻はこう思っているだろう。



 俺と同じ場所にいながら、何でお前は同じじゃない。



 子供故に、その理不尽さが許せなかったんだろう。

 同じ無能で何故こうも待遇が違うのか、と。

 何で判るかなんて、考える迄もない。

 俺がアイツの立場で何も知らなかったらそう思ったからだ。

 そして、俺だって和麻を羨んでいる。

 コイツは俺の知識が正しければ、巨大で強大な『力』を持ってるんだ。

 俺はもう、精霊術を使えない。

 俺とチャンネルが繋がっているあの蛇のせいで。

 決して芽が出ないとお互いに判るから、お互いに無駄な事をしているようで許せないんだ。

「……和麻」

「……なんだ、刀悟」

 お互いに疲労困憊。

 明日は筋肉痛で地獄を見るだろう。

 だが、それでも――

「俺はお前が気に入らない」

「奇遇だなぁ……俺もだ」

 気が爆発する。

 お互いに十一歳。

 明らかに同年代の神凪の連中が束になっても圧倒出来る気の総量。

 僅差で和麻が上だが、練度に関しては負けていないと思う。

 無理矢理気を使って、身体を動かせるようにする。

 無理をしているせいで、身体が物凄く痛いが、無視だ。

「「お前の態度が気に入らない」」

 こればかりはどうしようもない。

「「力を持ってる癖に、それを使おうとしねぇのが気に食わねぇ」」

 そして何より――

「「俺より強いのが認められねぇ!!」」

 まるで双子のように異口同音に喋る俺たち。

 つまり結局はそういう事。

 お互いの秘密を何となく理解していた。

 ただの同族嫌悪、それに尽きる。

 だから、後は何も言わずに俺たちは駆け出した。

 頭蓋など容易く砕ける程に強化された和麻の拳が俺の左側頭部に向かってくる。

 向かってくる拳の軌道を見切り、最小限の動きで伸び切った和麻の腕を掴み、投げ飛ばす。

 俺は体術は合気道や柔術といった掴んで、極め、投げ、締め落とす技や内部に衝撃が通るような打撃技を重点的に教わった。

 和麻はオールラウンドにあらゆる種類の技を全般に厳馬の叔父貴から教わっていた。

 まあ、叔父貴に鍛錬を見られる以上、俺もこれからそうなるかもしれないが。

 空中に投げ飛ばされる和麻に追撃を加えようと逆さになったヤツの頭に蹴りを放つ。

 当たればサッカーボールのように頭部が吹き飛ぶ一撃。

 だが、それをかわした和麻は今度は俺の蹴った脚に手を当てて基点とし、蹴りを垂直に俺の頭へと放ってくる。

「ハッ、甘ぇ!!」

 勿論それはガード。威力が強くて腕が痺れてるが、絶対に気取られるな。

 そんな俺を逆さに見ながら和麻はニヤリとムカつく面で嘲笑する。

「テメェがな」

「なっ――」

 脚に触れている和麻の手が強く握られる。

 握力でそのもので俺の脚の骨を折ろうと――いや、砕こうとしてやがる。

 俺の腕で止められている和麻の脚もヤバい。

 もし、俺の脚を砕こうとしている和麻をどうにかしようとすれば腕のガードが若干弱まるだろう。

 そうなりゃ、和麻がその隙を突いて蹴りを再度放つに決まっている。

 だから――態とガードを緩める。

 握力を一気に強めるのと同タイミングで蹴りが降ってくる。

 その瞬間、軸足を蹴り上げて蹴り脚の上にある和麻の腕を狙う。

 ゴキィ、という鈍い音が二つ。

 俺の肩と和麻の腕。

 完璧に俺の左肩は壊された。

 和麻の右腕を折りはしたが、所詮それは腕。

 気で強化してしまえば痛みはあるだろうが使える。

 だが俺は肩の骨を砕かれた。恐らく強化しても通常の一割しか動かせないだろう。

 脚だって、化物じみた握力で握られたせいでヒビが入っているのが判った。

 俺の負傷箇所は二つ。

 だが和麻は一つ。

 肩と脚の負傷と、腕だけの負傷。

 たったこれだけの攻防で、今の俺では和麻に純粋な体術では敵わないことが判った。

 だが、だからと言って負けてやるつもりは毛頭無い。

 案の定和麻は砕けた腕に余剰分の気のほとんどを集める。

 これで和麻は激痛に顔をしかめながらも五体満足に戻った。

 襲い掛かってくる和麻。

 無事な右腕一本で、その拳や脚をいなし、逸らし、受け流しながら後退する俺。

 俺は、左肩が上がらないし、右脚の骨にはヒビが入っている。我慢出来ない痛みじゃないが、あと一発でも食らえば完全に折れるだろうな。

 しかし、負けるワケじゃあない。

 俺には前世の知識がある。

 この世界には無い漫画や小説の技が出来やしないかと考えてもいたんだ。

 肉体の強度を上げる気が使える上に、基礎的な身体能力だって化物のレベルだからな。

 やってやれない事はないだろう。

 出来るかどうかじゃない、やらなきゃ惨めに負けるだけだ。

 だから俺は一旦距離を取った。

 右手の人差し指と中指を伸ばし、そこに気を集中させる。

 ただ堅く。ただ鋭く。ただ疾く。

 そしてもう一つ、脚部に気を集め瞬発力を爆発的に高めていく。

 狙うは――和麻の四肢の関節。そのどれか。

 見様見真似の技だが、関節に対してどう当てれば効果的なのかは自分の身体で知っている。

 関節の嵌め方や外し方は既に叔父貴に習ったからな。

 後は……

「なあ、和麻」

「……なんだよ」

 息が荒い和麻に提案する。

 よし、これでチャンスは出来た。

 辛抱強く護りに徹して正解だったな。

「いい加減、終わりにしよう。次で――決着つけるぞ」

「ああ、いいぜ」

 和麻も理解していたんだろう。

 俺が自分を疲れさせるつもりだったって事くらい。

 和麻の右脚に気が集束していく。

 恐らくは蹴り。

 なら――それに合わせる。

「……ふう…………往くぞ」

「来い」

 それだけを言って、和麻が消える。

 いや、視認するのが難しい速度でこちらに迫っているだけだ。

 ちゃんと意識を集中して見れば相手は見える。

 ほら、目の前に。

「「――っ!!」」

 引き延ばされていく体感時間。

 和麻の蹴りが、俺の頭を狙うのが判った。

 そして向こうにも、俺の狙いが判っただろう。

 俺の狙いは、和麻の両肩と両膝の関節。

 着弾は、和麻が先だった。

 千切れそうになる意識、それを繋ぎ止めて俺は目標四つの内、両膝と左肩の関節を打撃にて外す事に成功した。

 右肩だけは距離があったからただの打撃となってしまい、指がイッてしまった。

 そして、俺は意識を失った。

 薄れゆく視界に写ったのは、同じように崩れ落ちる和麻の姿。



「「ザマぁ、見やがれ……」」



 そう言い合って、俺たちは気絶した。

 ご丁寧に、お互い無事な方の手の中指を突き立てた状態で。







 この時より、俺たちの決闘だか殺し合いだか判らないくらいに派手な『喧嘩』は、結構な頻度で繰り返される事となる。

 負けたヤツが勝ったヤツの言う事を一回聞くというルールが追加されてからは更に『喧嘩』は激しくなった。

 時には道場の壁を突き破って、そのまま喧嘩を続けた事もあった。

 時には食い物に下剤を仕込んだり、寝込みを襲ったり、どんな時でも関係無く、俺たちは喧嘩した。

 そして、初めて喧嘩した日より数えて三年。

 喧嘩を売られたらどんな状況だろうとそれを買って殴り合うのが当たり前になってきたある日。



 和麻が竜巻を召喚して、俺を天高くへ放り投げやがった。






(あとがき)

前の文がくどいとのお声を受けたので、全改定致しました。

少し焦っていたのかもしれません。






[20794] 山奥での修行と高校入学
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/09/20 10:02

 事の始まりは酷く単純な出来事だった。

 炎術も使えない分際で、それ以外の分野で頭角を表すようになった和麻と、それまでは平凡な実力を装っていたが、この馬鹿と張り合う内に馬脚を表してしまった阿呆な俺。

 炎術が普通に使える他のガキ共からすれば、目障りで仕方無かったんだろう。

 だから和麻への暴力はエスカレートしていった。

 俺へのやっかみもプラスして、和麻はいたぶられた。

 だが、元から父親と同じくらい負けず嫌いな和麻は、今までやられてた分を徐々に返していく。

 分家のガキが扱う炎術。

 所詮それは物理現象としての炎であり、耐火の呪符等があればいくらでも軽減出来た。

 流石にそれらを買う金などありはしなかったが、ここで俺らの体質が始めてプラスに働いた。

 親父殿は和麻が分家のクソガキ共に燃やされている事を知っていたので、耐火の呪符を始めとした防御用の呪符の作成を認めてくれたのだ。

 やはりと言うべきか、まさかと言うべきか、その呪符の作成は親父殿ですら知らず、古い文献を読んで作成するしかなく、少々手子摺ったのは思わぬ誤算だった。

 まぁ、その間も俺と和麻の喧嘩は勃発し、今回はどちらがより多く高品質な呪符を作成出来るかを争ったんだが、今回は俺が質、量共に勝る結果となった。

 いやぁ、悔しい癖に何でもない風を装う和麻を見下ろすのが楽しい楽しい。これだからアイツに勝つのを止められない。

 その反面、勝たれると驚くほどにムカつくんだがな。

 しかし自分で作成したはいいが、どこまで耐火呪符が効くのか判らなかった俺と和麻は、とりあえず二十枚はいつも常備するようにしていた。

 それを知らない分家のガキ共は、いつもと同じように和麻に炎をぶつけたらしいんだが――いやはや御愁傷様としか言えんな。

 さて、和麻がどうなったかと言えば、耐火の呪符は炎を普通に防ぐという結果を叩き出した為、無傷。

 俺のより品質が劣っているとはいえ、和麻の作った呪符も侮れないようだな。

 俺らが作成した呪符は、想定される炎の熱量より低ければ何度も使用出来る利点がある。

 だが、元々は実戦における大量消費を前提とされた符だというのに、ガキ共全ての炎を合わせて漸くそれを一枚燃やしただけだと言うのだから失笑物だ。

 流石にきちんと鍛錬を積んでいる分家の術者ならば、もうちょっと削れただろうが、弱者をいたぶる事に精を出すような軟弱者には耐火防御を施した和麻を燃やせなかったっつーんだから情けない。

 さて、そうなれば狼狽えるのは先程まで狩る側だったガキ共の方で、何度も俺と実戦形式で殴り合って鍛えられている和麻に容赦無くボコられたのだから笑える。

 炎術すら『神凪』というブランドに託つけて鍛えなかった馬鹿共だ。

 狩られる側になれば脆い脆い。

 その場で和麻を燃やそうとしたガキ共は、一人残らず内蔵を損傷し、いくつかの骨が折れ、もしくは砕けていた。

 俺としては、その程度で済ませた和麻に首を傾げる思いだが、『ま、どうでもいいか』と思い直し鍛錬に勤しんだ。

 元々和麻が苛められてる現状がおかしかったんだ。

 ンな事に精を出す前に鍛錬を積み重ねるのが、神凪の術者として正しい姿だと俺は思うがね。

 そんな事があっても、基本的に俺らの日常は変わらない。

 喧嘩しながらの鍛錬三昧。

 試行錯誤を繰り返しながら、徐々に自分の闘い方を模索していた。

 だが神凪ではちょっとした騒ぎが起きていた。



 炎術師見習いであっても、神凪の血に連なる者が十人も無能者風情に潰された。



 このニュースは瞬く間に神凪中を席巻した。

 だがその反応は、和麻に負けた分家のガキ共を嘲笑する声が大半だったのだから、親父殿を始めとした上層部の一部は情けなく感じたと言う。

 言い替えれば、上層部にもそういった馬鹿が多いって証拠になるんだろうな。

 だが、話には上がらなくとも和麻の強さを知った分家連中は、アイツを敬遠するようになった。

 まあ、陰で馬鹿にはしているようだが、面と向かって罵詈雑言を投げ掛けて攻撃を加えるような事は少なくなった。

 ま、壊される事が目に見えてるからな。



 そう、思ってたんだがなぁ…… 



 久我透とかいう馬鹿が二十人っつー人数を従えて和麻を襲撃しやがった。

 まあ、結果は惨敗だったんだがな。

 和麻は耐火呪符を十枚失うだけで済み、襲撃者共は年齢性別が様々だったが等しく手足が曲がってはいけない方向へ曲がり血返吐を吐いて無様に転がっていたらしい。

 後で知った事だが、この久我が和麻苛めの首謀者だったらしく、和麻は借りが返せるという事で嬉々として丁寧に壊したとか。

 さて、俺が何故そんな事を詳しく知っているかと言えば、大神ン所の操って子に泣きながら報告されたからだ。

 なんでも和麻に俺を呼んでくるように言われたらしい。

 まあ、時間稼ぎだろうな。

 和麻からすれば、凄惨な解体現場をこんな純粋無垢なお嬢さんに見せたくなかったってところだろう。

 その程度には紳士だったってのに俺は驚いたが。

「あ、あの……刀悟さま? 早くいかないと和麻さまが……!」

 半泣きで俺の袴の裾を握って催促する操の姿に和む。

 だが和んでばかりもいられないので、その操の頭に手を置いて優しく撫でながら安心させる。

「なぁに、心配はいらないって。昔の馬鹿ならいざ知らず、今のあの馬鹿に喧嘩を売ればどうなるかなんざ簡単に判るだろ?」

「で、でも……」

「それにな、操。お前は心配する側を間違ってる」

「……え?」

 遠くから聴こえる悲鳴や絶叫。

 それは和麻の声ではない。

 男だろうが女だろうが、等しく容赦無く壊している。

 そう思わせる程度には絶望に満ちた悲鳴。

 操にゃ聴こえてねぇみたいだな。……存外に俺の聴力も化物染みてきてんなぁ。

「まあ、あの手の野郎共にゃ丁度良い灸だわな。……ただ――あの馬鹿、よもや殺してねぇだろうな」

 聴こえる声音から察するに、ほぼ全員を沈めたらしい。

「操、お前はこれから親父殿の所へ行って事の次第を説明してきてくれ。俺は(解体)現場に向かうから」

「あ、はい! 判りました!!」

 操が親父殿を迎えに行くのを尻目に、俺は和麻の元へ向かう。










 さて、現場へと足を運んでみれば、和麻が全身から煙を上げながら突っ立っていた。お前は空の忍か。

「よぉ」

「おう」

 お互いに短く言葉を交わす。

「……どうだ?」

「……何がだよ」

「吹っ切れたか、って話」

「…………どうなんだろうな」

 無様に泡を吹いている男を見下ろし、感情の読めない顔で呟く和麻。

 壊れた人形みたくなってるコイツが多分、久我透なんだろうな。一番酷い格好だ。

 そんな馬鹿を見るのも飽きたらしい和麻は、どこか気の抜けた顔をしていた。

 結局の所、和麻はそこまで炎術に拘っていたワケじゃない。

 ただ憧れていた。それだけだったんだと思う。

 そして、その憧れには嫉妬もあった。

 神凪という括りの中で俺らだけを燃やす炎、それを操れる炎術師。

 俺だってそうだ。

 憧れたし、焦がれたし、欲した。

 だけどそれは叶わなかった。

「……正直、な」

「……おう」

 和麻が語り出す。

「やっぱ、憧れてたんだわ。神凪の炎術ってヤツに」

「――だな」

 和麻がそれを認めるのは、きっとこれが最初で最後だろう。

 だが、そう言う和麻の眼に絶望は無い。

 あるのは、惜別の感情のみ。

「親父みたいになりたかった。宗主みたいになりたかった」

 それは、俺の気持ちでもある。

「こんな無様な息子じゃなく、自慢出来る息子でありたかった」

 和麻が上を向く。

「だけど……俺らにあるのは違う『力』」

 神凪にとっては異端。

 決して認められない『力』。

「……ま、しゃーねぇさ」

 そう言って、空に手を伸ばす。

 俺の腕から蛇の姿をした『力』が顕現する。

 その蛇は、徐々にその頭を龍のそれに変わっていく。

 これは、俺なりの決意の表れ。

 この『力』を、俺だけの『力』へと転じる事を決めた意思表明。

 そんな俺の心情を、俺の内に巣食う蛇だけが知る。

 蛇はただ笑う。俺にしか聴こえない声で。

 その笑い声が、どこか人のそれに似ていたよう聴こえたんだが、俺の思い違いだろうな。

「こればっかりはどうしようもねぇさ。人生なるようになれ、だ」

 俺がそう言うと、和麻が失笑する。

「……ま、そうだよな。なるようになれ、だな」

 そう言う和麻の周囲に風が流れる。

 まるで、祝福しているかのように。

「……本当はな、俺だって気付いてた」

 和麻の独白。

「……炎術の才能が無いのなら、それ以外の才能があるんじゃないか――ってな」

 風を遊ばせながら、和麻は言う。

「お前が言ってたみたいに、俺にはこいつらがいた」

 嬉しそうに、和麻は風の精霊たちに触れる。

 それを受け入れている精霊たち。

 そこで言葉を区切り、頭をいきなり掻きながら――言う。

「あ――「ストップだ」

 俺はそれを遮って指である方向を指す。

 怪訝そうにそちらを向く和麻。

「そういった話は、全部終わってからしようぜ?」

「……どうやら、そうなるみたいだな」

 こちらへと駆け寄ってくる親父殿たち。

 和麻が無事な姿を見て驚愕する一同の中、独り薄く笑う厳馬の叔父貴。

 まぁ、今回の規模だと、半死人になっていてもおかしくなかったからな。

 だけど結果はこの通り。

 叔父貴としては、嬉しいだろうな。……神凪の術者としては複雑だろうが。










 さて、流石にこのままではいかんと親父殿は仰り、数日後今回の件での沙汰を決める意見陳述会が開かれた。

 まずは和麻のターン。

 久我透を筆頭とした分家連中のサンドバックになっていた事を公式で発言。

 死ぬかもしれない目にこれまでもあっていたので今回の一件は正当防衛を主張。

 次は分家の親連中のターン……は割愛。和麻に罰をとしか言ってないので。

 目撃者(本当は全部終わってから来たんだが)の俺のターン。

 二十人という人数に囲まれていた和麻には手加減出来る状況ではなかった。更に無能だなんだと謗っておきながらその無能にボロ雑巾にされた癖にこれ以上恥を上塗るのかと言ってやる。

 更に今度は厳馬の叔父貴のターン。

 いくら無能非才であれど神凪宗家の血を引く和麻への過剰暴力は神凪宗家へと弓引く行為だと分家連中を非難。

 これには分家連中も和麻も驚いた。

 そして最後に我が親父殿のターン。

 今回の件は、精霊王より力を賜った神凪の名を貶める行いでありその罪は重い。故に分家の実行犯たち二十名は怪我が治り次第二年間の炎術の封印。尚、いくら正当防衛とはいえ二十人もの人間を半死半生の状態にしたのはやり過ぎとしか言えない。故に和麻にも何らかの罰則が必要。だが、神凪本家にいれば今回と似たような事件が起きる可能性がある事から、神凪本家へ二年間の出入り禁止を申し付ける。歯止め役として我が子刀悟を、監督として厳馬をつける。

 明らかに和麻の方が罰則としては厳しい。

 そう思って親父殿を見てみれば、どこか憮然とした様子。その顔を見て判った。親父殿も納得がいってないみたいだな。

 だが、悲しいかなこの罰則の裏の意味が俺には余裕で判った。

 こりゃ和麻と俺を分家の連中から隔離するだけじゃなく、その間に他の分家連中よりも強くならせる為の罰則だ。

 多分、そう進言したのは叔父貴だろうな。この中で俺らの力量を一番理解しているから、そのレベルに炎術が使えなくても到れるって理解しているんだろう。

 そう思っていると、和麻が妙な顔でこっちを見ていた。

 多分、俺が和麻の力を話したって思ってんだろうな。

 だから俺は首を軽く横に振って叔父貴を指差す。

 すると和麻は嫌そうな顔をした。

 まぁ、俺以上に頭が良い和麻だ。普通に気付くか。

 叔父貴は何も言わず、親父殿に頭を下げた。つまりこの決定に異議が無いって事だ。

 まぁ、当たり前だよな。

 そうなりゃもうこの件について騒ぎ立てればソイツの立場は悪くなる。

 だから表立っては誰も文句は言わずに頭を下げた。

 だが、俺は気付く。

 分家連中の大部分がほくそ笑んでいるが、雅人のオッサンを始めとした少数が苦笑していたり苦々しい顔をしている事に。

 それを見た叔父貴がポツリと言った。

「……存外、阿呆ばかりではない、か」

 ……流石和麻の親父。辛辣だ。

 だがすぐにソイツらから視線を和麻に移し変える。

「和麻」

「……なんでしょうか、父上」

「ついてこい、話がある」

 そう言って去っていく似た者親子。

 そう思っていると、親父殿に呼び止められた。

「刀悟、少し話がある。……お前のこれからについてだ」

 正直、十四歳の息子に言う言葉じゃねぇと思うが、眼がマジだった。

「判りました」












 さて、親父殿に連れられて来たのは、親父殿の私室の一つ。

 完全和風の神凪本家の宗主の私室にしては地味な内装だが、俺は知っている。そうは見えないがこの私室、下手な成金部屋よりも金がかかっているという事を。

 まあ、オカルト関係の品は恐ろしいくらいに金がかかる代物なんだがな。

 などと思っていると、親父殿が口を開いた。

「刀悟……お前、何の力を得たのだ?」

 いつかは訊かれるとは思ったが、こうド直球で来るとは。

「――――だよ」

 だから俺もそれにド直球で返す。

 それを聞くと親父殿は嘆息した。

「まさか……よもやかの神霊を喰らっていたとは……」

 まあ、どっちかっつーと妖魔に近い性質も持っていそうなんだがな。

「……まぁいい。本題に入るが、お前、神凪にこれからもいたいと思うか?」

 真剣な顔でそう問われる。

 こりゃあ、生半可な気持ちで答えられんな。

「正直言えば――いたくねぇな」

 この家は、俺や和麻にとって息苦しい。

 炎術至上主義なんぞに価値を見出だせないから、余計にこの家の歪さがよく見える。

 だからふと思ってしまう。

「正直さ、神凪に縛られんのは嫌なんだ。俺はこの力を偶然得たけど、宗主があのジジィみたいなヤツだったら、討伐目標かはたまた兵器として幽閉されていただろうしな」

 神凪頼通(かんなぎよりみち)。

 先代の宗主にて俺の祖父。

 だがその中身は権力主義に凝り固まった妄想癖持ちの萎びたジジィである。

 そんなジイ様が俺の『力』を知れば、愉快な事にはならないのは明白だ。

 それに、生理的にあのジジィを俺は好かん。

「そうか。……ならば、十八になったらお前を神凪から勘当する」

 …………なんですと?

「お前にとって神凪は足枷にしかならんのなら、それに囚われるな。なに、お前ならどこであろうともしぶとく生きるだろうからな」

 おどけてそう言う親父殿だが、微妙に目尻が湿っているのが判る。

「……御免」

 だからだろう、素直に頭を下げれたのは。

 その日、親父殿や母さん、そして綾乃と食べる食事は美味くてちょっと塩辛かった。

 いつもよりも母さんや綾乃が元気だったが、それが空元気なのはすぐに判る。手や口元が震えてるんだからな。











 そして夜、俺は綾乃にせがまれて一緒に寝る事になった。

 一緒の布団で寝るなんて何年振りだろうか。

 灯りを消して寝ようとすると、綾乃が話しかけてきた。

「ねぇ、兄様……」

「なんだ、綾乃?」

「……また一緒に寝てくれる?」

 そう言われて俺は一瞬虚を突かれたものの、頷く。

 やはり、この子は聡い。俺がこの家から離れるのがなんとなく判ってるみたいだ。

「ああ、いいぞ」

「ほんと? じゃあ、約束」

 小指を伸ばしてくる綾乃。

 それに俺の小指を絡めて、謡う。

「「指切りげんまんうそついたら針千本飲ーます。指切った」」

 それをし終わると、綾乃が抱き着いてきた。

「えへへ。やっぱり兄様はあったかい」

 そう言われて少し嬉しくなる。

「……けど、やっぱり……いやだな。…………いかないで、兄様……」

 そう言いながら綾乃は眼に涙を浮かべてそう言った。

「……御免な」

 それだけしか言えず、俺は何度も何度も綾乃の髪や背中を撫でてやるくらいしか出来なかった。












 さて、その翌日に連れて行かれたのはとある山奥。

 なんでも神凪が所有している山の一つだとか。

 下山方法は基本的に存在せず、ヘリを使うしか方法はない。

 地味に樹海らしきモノが眼下に広がっており、明らかに危険だ。

 まあ、川が近くを流れているから水にも魚にも困らないだろうが、それでも文明の利器が無いのは辛い。

 基本的に現代っ子な俺と和麻、突然連れてこられた場所で二年間サバイバル生活を送れと言われて平静を保てる程出来てはいない。後で一年半だけだと知らされたが、それでも納得出来るワケがない。

 しかしこちらの言い分など聞かず、さっさと荷物を下ろすと俺らを連れてきた軍用ヘリは叔父貴を乗せて帰路に着くのだった。

 呆然とする俺と和麻。

 しかし徐々に怒りが沸き上がる。

 恐らくは俺らの為を思ってここへ連れてきたんだろうが、それを素直に有り難いと思える程俺らは御人好しではない。

 だから、俺らは叫んだ。



「「ふ、ふざけんなぁぁああああああああああああああああっ!?」」



 そう叫んだ瞬間、和麻の制御を離れた風が竜巻となり俺や荷物を天高く吹き飛ばし、俺は怒りの余り例の蛇の意識を消滅させたのだった。








 これが、俺が和麻に吹き飛ばされた事の次第の顛末である。

 そこからは恒例の殴り合いをして、近くを通りかかった熊を捌いて、川に巨岩を投げ込んで気絶した魚を回収して、それらを食べ、用意されていた寝袋で眠った。

 そんな生活を一週間も続けていれば、色々と慣れたくなかったが慣れてきてしまうのもまた事実。

 一ヶ月か二ヶ月もすればそんな事を考える暇も無くなった。

 さて、本来なら中学二年生である俺らだが、叔父貴の『無意味な時間を過ごすな』という一声で、すぐさま関係各所に連絡がいって、高校入学時まで自由に動けるようになった。

 まぁ、確かに勉強についていけなくなることなんてないんだよな、俺らって。

 俺は前世の知識のお陰なのを半分以上占めるが、和麻は純粋に脳味噌の出来が違う。

 つーか、十四歳なのに大学入試で合格点をあっさり叩き出せるって時点で尋常じゃねぇよ。

 まぁ、中学でも俺は目立たない生徒を演じていたので、話題になるのは和麻だけだったらしい。

 この馬鹿、神凪で蔑まれていた反動か、学校じゃ成績優秀で教師のウケも良い『良い生徒』を演じていたからな。

 さて、つまりこのリアルゴールデン伝説を達成するため障害は何一つ無い、ということだ。

 だが、それは言い換えれば高校には普通に通えって意味になる。

 叔父貴は何も言わなかったが、多分そうなんだろう――と思う。

 ……まぁ、判んねぇ事に思考を割いても意味は無い。

 今は自分の『力』を完全に制御出来るように修行しないとな。

 どこぞの誰かさんみたく、『力』を制御出来ずに人を天高くに吹き飛ばすような未熟者みたくはなりたくない。

「……おい刀悟、テメェ今何を考えやがった」

「ああ、気にすんな。未熟者が近くにいると周りにも被害が出るんだよなって思っただけだ。……どっかの誰かさんの竜巻のせいで、必要な道具の大半が吹っ飛んだしなぁ」

 その吹っ飛んだ道具の中には、外部と連絡を取る衛星通信用の携帯電話や調理器具があった。

 お陰で更にワイルドな生活をする事になったんだ。この程度の嫌味は許されるだろ。

 着替えとかは見付けたが、他はどうやら川や樹海に落ちたらしく探すのが難しい。

 和麻が風術を使いこなせるようになれば、探索も進むだろうが、今の和麻では神凪の下部組織である『風牙衆』以下の探索能力しか発揮出来ないのだ。

 言い替えれば、それくらい風牙衆は風術師として優秀って事なんだが……神凪なんてパワー馬鹿の家に仕えているから報われない。

 戦国時代の忍者の扱いに似てるよな。

 優秀なのに、人以下の扱いしか受けてないって所とかもうそのままだと言っていい。

 さて、俺が非難の視線を横目で送ると、和麻は憮然とした顔のまま、俺を見ずにこう言った。



「…………済まん」



 それは、初めて聴いた和麻の謝罪だった。

「……あ、おう」

 お陰でそう言うしかなかった俺。

 ……なんだコレ。

 それから、山奥でのサバイバル生活がスタートした。

 つっても、やる事は単純で自己鍛練に食料採取の二つだけだからな。

 内容はいろいろだが、やる事をおおまかに区分すればいくつかしかやる事がない。

 早朝に獣を狩って果物や食える野草を探し、昼から夕方にかけて鍛練をしながら自分の力を自由に扱えるように模索し、夕食には魚を素手で取り、それを食べて寝る――といったサイクルで生活をする俺たち。

 半年もすれば、力の扱い方も判ってきたから獲物の捕獲がより容易になったのは嬉しい誤算だ。

 時々様子を見にやって来る叔父貴に襲い掛かるのも定番になった。

 ほぼ確実にボロボロにされるがな。

 まあ、そんな感じで俺らは比較的楽にサバイバル生活を約一年と半年満喫したのだった。










 そして入学試験にて、一切の科目を落とさずに――和麻に至っては全問正解で――俺らは高校へ入学する。

 ここら辺はチートスペックな和麻と前世の知識持ちな俺の面目躍如ってところかな。

 さて、真新しい制服に着替えて入学式に参加する俺と和麻。

 俺らが入学するこの聖凌学園だが、結構頭が良い連中が進む高校だったりする。

 要するに進学校ってヤツだ。まぁ、つっても俺らはそんなに学校に通えるとも思えないんだがな。

 任務の関係で日本全国を駆け巡るかもしれん可能性があるからな。

 さて、入学式で一番成績が良かった和麻が壇上で何やら喋っているんだが、ソイツと視線を合わせようとしない連中がそこかしこに見受けられた。

 まぁ、俺が気にする道理は無いんだが……どっかで見たような……

 何人かは憎悪というか、殺意の籠った視線を和麻と俺に送っているな。……え、俺も?

 何故かそれを無視していると妙な違和感を感じる。具体的に言えば火の精霊の気配が強いような……まぁ、どうでもいいか。集められてる精霊の規模が質も量もちゃちいしな。

 襲ってきても余裕で勝てるレベルだ。

 例え不意討ちを食らっても俺も和麻も無傷でいられる自信がある。

 神凪でも、親父殿や叔父貴レベルかそのちょい下くらいが出張らなかったら誰が来ようと無傷で撃退出来る程度には強くなったからな。

 つーか、結構な頻度であった叔父貴の超がつくシゴキに耐えた俺らにたかが分家の連中が勝てるワケがない。

 一体何度あのオッサンを地面に叩きのめす夢を見たか……なのに未だに勝てないこの現状を思い返して情けなくなってくる。

 やっと入学式を終わったので、和麻と用意されたマンションに向かおうとすると七人くらいの生徒に囲まれた。

 何やら殺気をぶつけられたので敵と判断し、全員を投げ飛ばして、空中を飛んでいる瞬間に四肢の関節に打撃を入れて外す。オマケとして腹部に打撃を捩じ込む。

 実戦紛いの鍛練をずっと続けていたんだ。だから今じゃ指どころか、拳でも掌底でも脚でも外せるようになった。

 更に皮膚の上から中の筋肉を捩り断裂させる方法も修得したんだが、和麻とかにしか使った事はない。後は獲物の熊とか鹿や樹や岩で練習したぐらいか。

 そんな事を考えていると、和麻が俺を呼ぶ。

「おい刀悟、早く行くぞ」

 この発言からも判るように、俺らは一応友人と呼べる間柄になった。

 まあ、種類で言えば悪友になると思う。断じて親友って括りじゃねぇからな。

 あんなサバイバル生活を一年半も続けていたらガキのわだかまりなんざ消えて無くなるわ。

 それと叔父貴っつー共通の敵もいたからな。手を組まなきゃ一撃入れる事も出来ないってどんだけ化物だよあのオッサン。

「あ、おう。つっても……このまま放置してていいのか?」

「大丈夫だろ。分家風情とはいえ神凪の術者だ。この程度で再起不能になんのなら、それまでだろ」

 ……ん? 神凪の術者?

 そういや見た顔がチラホラ……ああ、成程。コイツら神凪か。

「ていうか和麻、よくコイツらが分家の連中だって気付いたな」

 俺は気付かなかったぞ。

「あ? そりゃお前、コイツらが炎の精霊を集めてたから気付けたんだよ。後は見知ったツラがあったからってのもあるがな」

 流石風術師、気配にゃ敏感だこと。

「ふぅん」

 そう俺は相槌を打つと、携帯を取り出して一応親父殿に連絡だけは入れておいた。

 俺らに手を出せば自己責任だってのが現在の神凪の方針らしいからな。

 報告すると、すぐに回収するので俺らはそのままマンションに戻っていいそうだ。

 実力に反比例してプライドが天井知らずに高いのが神凪の術者だからな。

 人通りが少ないとは言え、こんな道端で倒されたままっつーのは屈辱だろうからな。

 これが罰ってところかね?








 そしてマンションに入ると、リビングに置かれているテーブルに便箋が一枚あった。

 そこには、妖魔討伐の指令が書かれていた。期限は明日の朝まで。

「明日の朝までか……随分急だな」

「どんな妖魔だ?」

 和麻が制服を脱ぎながら問いかける。

「んー、下級妖魔だな。ただ、不意討ちが得意で逃げ足も早いらしくて分家のヤツが戦ったが逃げられたんだと」

「ふぅん。そういや、妖魔の討滅なんて俺ら初めてだよな」

「だな。バックアップに誰か就くのが当たり前だが、俺らにはつかない可能性もあるな」

「嫌われてるから?」

 和麻がそう軽く聞いてくる。

 まぁ、雑魚はいらんな。

 むしろ来るなら風牙衆の方がまだいい。

「さて、どうなんだろうな」

 出現場所はこのマンションの近くだから、今日は帰りに近くの二十四時間営業のメシ屋で食って帰るか。

 そう和麻に言おうと顔を向けると、コイツは遠くを見るような顔をしていた。

 これは、風術で室内を探索してるのか?

「――――ビンゴ」

 それだけ呟くと、和麻は部屋の至る所を引っくり返したり、電源の差し込み口を調べたりと動き回る。

 なんだかその行動に嫌な予感――というか不快な予感――がするが、黙って和麻の行動を注視しておく。

 それから三十分後、テーブルの上には二十個はあるであろう多種多様な盗聴機が積み上げられていた。

「……なんだかなぁ」

 こんな事をしでかす馬鹿共に、若干の苛つきを感じて俺と和麻はそれらを粉々に砕いてやる。

 とりあえず、出掛ける時は侵入者撃退用の呪符とかを配置しておくか。



(あとがき)

うーん……ちょっと和麻と主人公を魔改造し過ぎましたかねぇ。

本来なら心を折る場面である筈の分家の子らの攻撃ですが、こうなってしまいました。

逆に心を折られた分家の術者が多数生まれてしまいましたが、これはこれで良かった……と思いたいです。


※追記

感想にもありましたが、主人公が取り入れている流派の一つに破傀拳(はかいけん)を入れています。

ジャンプにて連載されていた鈴木央先生原作の『Ultra Red』(ウルトラレッド)に出てくる架空の武術で、敵の関節を打撃で外したり、皮膚の上から筋肉を捩じ切ったり出来る結構エゲツない武術です。





[20794] 幕間 ~あるいは、風巻流也の決意~
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2011/02/26 14:12
 深夜。

 断末魔を響かせながら和麻の風に細切れにされ、刀悟が『龍蛇』と呼んでいるモノに魂どころかその身体を構成していた妖力の一欠片も遺さずに貪り喰われる妖魔を眺めながら、初めての対妖魔戦を振り返ってみる。

「なぁ、刀悟」

「……なんだよ」

 和麻に細切れにされ、刀悟に肉体を構成するそれら総てを喰われた妖魔。

 確かに下級と聞いてはいたが、ここまで弱いとは思わなかった。

 遭遇して五秒。

 たったそれだけで終わってしまった。

 余りの弱さに和麻は首を捻る。

「分家って、この程度の雑魚も仕留められねぇのか?」

「有り得ん――ワケでもねぇか。基本、炎術師ってのは攻撃が専門だしな」

「だから気付けなくてそのまま逃がしました――ってか? 馬鹿だろソイツ」

「んで、そういったヤツがまた無駄にプライドが高いんだよなぁ」

 刀悟は思う。

 それでは術者として大成出来ないだろう、と。

 精霊術の基本は、精霊に力を請い、助力を得る事にある。

 命令する事と、真摯に頼まれる事、どちらに気持ち良く力を貸したくなるかなど議論の余地すらない。

 こればかりは、人間も精霊も変わらないのだ。

 そう喋っていると、空気が揺れるのを感じた。どうやら誰かがやって来たらしい。

「……遅くなりました」

 その声のした方を見れば、自分たちと同い歳らしき少年が片膝を突いて頭を垂れていた。

 どうやら風牙衆のようだ。

 身に纏う風の精霊の総量から察するに、それなりに出来る風術師に見えた。

 地力は、今の和麻と比べて少し弱いくらいか。

 風牙衆の基準からしてみれば優秀だ。風の精霊術師としては一流の一歩手前というところだろう。

「おう、風牙の人間か」

「……はい、風牙衆が頭領・風巻兵衛が息子、風巻流也に御座います。刀悟様、和麻様、どうぞお見知り置きを」

 様と敬称を付けて呼ばれるのに慣れていない二人は、何とも言えない顔で流也という少年を見遣る。

「あー……悪ィけど、もうちょいフランクに話しちゃくれねぇか」

「なんか『様』とか付けて呼ばれるのは……なぁ?」

 そう言われるとは思っておらず、流也は驚く。それどころか遅参を激しく罵倒されるものと思ってすらいたのだが、二人はそれをしなかった。

 だが次の発言を聞き、更に彼は驚くことになる。

「それに、正直この程度の雑魚に手子摺るような足出纏いが来なかっただけ、風牙衆の方が何倍もマシだよな。いや、マジで来たのがお前さんで良かったよ」

「火力がどんだけあろうと、当てなきゃ意味無いんだよなぁ。見付け出す事も殺す事も出来ないんなら、ソイツこそ無能だろ」

 結局はこの業界、依頼の成功こそが重要なのだ。

 例え炎術だろうが風術だろうが、はたまた全く違う力だとしても、依頼を達成出来ない者は役立たずだ、と二人は言う。

 流也は、そう思っている神凪の術者を見るのは始めてだった。

 それも無理はない。

 基本的に神凪の術者は、『神凪の炎術』に対して信仰に近いものを抱いているのだ。

 なのにこの二人は、それを抱いていない。

 それどころか、言外に炎術師も風術師も対等だと言っているように流也には聞こえた。

 だが、それは間違いだと思い知らされる。

 ある意味、それ以上に二人の意見は厳しかった。

「というか、どんな力だろうが錆び付かせずにきちんと錬磨しないようなヤツらなんざ、等しく弱者だろ」

「――だな。例え神凪宗家に産まれても血筋に胡座を掻いてるような無能よか、地道に錬磨を続けている風牙衆の方が何倍も信用が置けるのがそれを物語っているよな」

 どこぞの老害が良い例だ、と刀悟が吐き捨てる。

 和麻と刀悟は、神凪の術者ですら保持した力だけを傲っているような人間こそ無能だと言っているのだ。

 これは完全な神凪への批判と取れる。

 とても宗家の血に列なる人間が言うべき台詞ではなかった。

「まぁ、いいか。――済まんな、こんな対応に困るような話をして」

「……いえ、お気になさらないで下さい」

 刀悟に侘を入れられ、恐縮する流也。

 更にそんな彼に追い討ちをかけるように和麻が言う。

「なぁ、お前。神凪を出てみたらどうだ?」

 いきなり神凪を捨てろと言われ、混乱する流也。

「眼を見れば判る。その眼、一昔前の俺やそこの馬鹿がしてた眼だ。――踏み躙られる事を良しとはしない、大馬鹿野郎の眼。……ハイハイ言って相手の自尊心を擽(くすぐ)れば、プライドなんぞをドブに捨てれば、楽に生きれるんだが、それを認められない頑固モンの眼をしてやがる」

「……」

 その言葉に、流也の身体が震える。

 まさか、初対面のこの二人に気付かれるとは思わなかったからだ。

「だからさっさと神凪を、風牙衆を出ちまえ。俺らだって神凪にいたんじゃ生き難いってんで出奔する予定なんだ。勘当って名目でな」

「……勘当……ですか」

 初めて知る、宗家の出涸らしと呼ばれる二人の真意。

 その生き方が、流也には眩しく映る。

「なぁ、流也っつったか。――つか、いい加減立てよ」

 再び刀悟がいわれるままに立ち上がった流也に話しかける。

「空気――いや、風ってさ、密封された空間じゃ、澱むよな?」

「……はぁ」

 当たり前だ。

 風は吹くからこそ、清く涼やかに世界を巡るのだ。

 無形で、捕らえられず、しかし確かにそこに感じられる。

 それこそが風だ。

「いい加減、換気の時期だろ。そんな時、外に出る風は少ないか?」

 換気。

 それがどんな意味を持つのか、目の前のこの男は判って言っているのだろうか。

「それにな、なんだったら自分で組織を作ったらどうよ?」

 それ以上は語らず、刀悟は別の話を始める。

「……組織、ですか?」

「別に風牙衆をそのまま外に作れって話じゃねぇさ。……そう、だな。こんなんはどうよ?」

 そして、突飛な話を続ける刀悟。

「例えば、名前は……八百万機関とか名付けてよ、様々な異能を持った人間を保護し、その力の制御法を教え、導き、戦力とする組織――とか面白そうだろ?」

 刀悟の記憶にあった前世の知識からの引用である。

「精霊術師だけがこの世界にいるのか――って言われりゃ、答えはNOだ。俺が知ってるだけでも、仙人に魔術師、サイキッカーもいるやがる。後は――分類が判らんような異能持ちだっている。中には神様をその身に降ろしてるヤツだっているかもな」

 初めて聞く、新しい形の組織。

 血筋や同じ属性による集団しか知らない流也や和麻にとって、それは新鮮な響きだった。

「多種多様な能力を持った野郎共が、実力だけで伸し上がっていける組織って――見てみたくねぇか?」

 神凪の中での奴隷のような生活しか知らず、やがて来る蜂起の時を堪え忍んでいた流也にとって、それは新風が吹き込むかのような思いだった。

「まぁ、所詮戯言だ。そういう組織があると楽しいだろうなって俺が思ってるだけだしな。……それと、妖魔の討滅は完了してるから帰っていいぞ。御苦労さん」

 そう言われて半ば反射的に妖魔を捜索し、完全に消滅した痕跡を感じ取った流也は、言われるままにその場を辞した。

 その胸に、本人は冗談半分で言ったつもりの――新たな組織、その構想を練りながら。

 彼はその夜、父にその話をする。

 そして数年後、流也を筆頭に史実とは違う道を選ぶ者たちが現れた。














 刀悟よりとある組織の話を聞かされた流也は、その日の内に父親にその組織を創りたいと申し出た。

「父上、このまま蜂起して我らがかつての栄華を取り戻すにしても、保険が必要だと私は考えます」

 最後にそう締め括って。

「……ふぅむ。だが、それでは風牙衆の名を捨てる事となろう」

 兵衛は、言外に『後ろ盾が無くなるぞ』と言っているのだ。

 いくら奴隷のような扱いを受けているとはいえ、神凪のお零れを貰っていなかったとは兵衛には言えなかった。

 だがそのお零れも、所詮は奴隷に対する飴と鞭なのだが。

「では父上、『もしもの事』を考えておられますか?」

 相手は神凪、もし反乱が失敗すれば風牙衆そのものが消えてしまう。

「……考えては、いる」

 リスクばかり高く、成功するにしても生き残る可能性は低い方法ではあるが。

 その『方法』を流也に話す。

「……父上の御考えは判りました。ですが……」

 風牙衆は座していても奴隷でしかなく、それ以上になる事は決してない。

 そう理解していた流也は、これ以上風牙衆の名に拘って滅ぶより、新たな名前の下で華を咲かせるべきだと判断した。

「いい加減、風牙にも『換気』の時期が来ていると、私は愚考します」

 息子の言葉を受けて、深々と嘆息する。

「…………判った」

 兵衛はその意を汲んで、数年をかけて風牙衆から有志を募り――資金を集め始めた。

 神凪は風牙衆が何をしようと一切感知せず、自分の用件のみを告げるだけなのだが、細心の注意を払って動く。

 炎術師がいかに優れていようと、本気で隠密行動に移る風術師を感じ取る事は不可能なのだ。











 そして、刀悟たちと流也の邂逅から二年が過ぎた。

 二人は、本家への出入りを一年半前に認められたのだが、共同生活は続けていた。

 どうせ高校を卒業すれば、神凪との縁は、名目上は途切れるのだ。

 ならば、炊事洗濯等の技能を高める必要があると二人は考えた。

 サバイバルでのスキルと一般的な家庭でのスキル。

 その両方を持っていれば、世界のどこでだって生きていけるだろう――そう二人は考えていた。

 だから本家には時々寄るという生活を送っていた。

 そのせいで、妹や弟が凄く不機嫌な顔になってしまうのだが、そこは割愛する。

 話を戻すが、本家に出入りする二人には、否応にも悪い意味での注目が集まってしまう。

 そんな神凪を尻目に、風牙衆の約三割を占める様々な年齢の男女が――風牙衆から追放という形で――神凪を去った。

 理由は様々だが、それに共通しているのは不名誉な事であるという名目と、僅かばかりとは言い難い資金を手渡されての追放であった。

 何代もの風牙衆たちが、次代の子が楽になるようにとの思いで蓄えられた資金や財産。

 その総額は、小さな島なら余裕で買えるくらいの額だった。

 しかもこの金は、神凪には知られていない金なのだ。

 この金の名目が『反乱資金』、つまり見つかれば弁論の余地無く殺されても仕方ない金だった。

 知られる事は風牙衆にとって致命的だった故に、これは代々風牙衆頭領だけが口伝と言う形で受け継いできた秘密の一つ。

 既に流也にも、風牙の口伝その全てを伝えてある。

 尤も、事が終わった後に残る口伝はそこまで多くはないのだが。

 さて、任務失敗の責任、高齢による術の衰え、更には神凪の術者を殴って追放された剛の者もいたが、そういった連中がいなくなったところで、神凪の術者たちは気にも留めなかった。

 その中の一人が、頭領である兵衛の息子の風巻流也だったというのに、だ。

 その意味を全く理解出来ない者たちは多く、重悟や厳馬、他数名を呆れさせた。

 その絵図面を引いた人物を重悟と厳馬はなんとなくだが、察していた。

 刀悟だ。

 そういった視点で物事を見る事が神凪の術者には不可能だと二人は知っていた。

 お互いに骨の髄まで神凪に染まっていると知っていた故に、判ったのだ。そういった事を神凪で考えそうなのは刀悟と和麻しかいない、と。

 その二人の内、新しい事を風牙衆に比較的教えそうな人間となると、消去法で刀悟になった。

 ある意味、刀悟は神凪で最も異端だからだ。

 和麻はまだいい。使う属性は違っていても精霊術師なのだから。

 だが、刀悟は精霊術師ですらないのだ。

 だから刀悟は、自分の所属する集団を捨てるという離れ業を考え付いたのだろう。

 元より居場所など無かったが故の発想。

 そう――思っていた。

 だが、刀悟が教えた事はそんな事ではなかった。

 彼が考えた内容を知った時、二人は思った。

 成功する確率は存外、低くないのではないのか、と。

 風牙衆の情報収集能力は先程の通り、日本でも上位に入る。

 そんな彼らが、日本にいる異能者を集めるとなれば――恐らくかなりの人数が集まるだろう。

 神凪では冷遇されている風牙衆だが、実は精霊術師以外の家や組織からはそれなりに一目置かれているのだ。

 そんな元風牙衆が新しい概念の組織を創るとなれば、そういった組織が手を貸すだろう。

 傭兵としてその異能を活かしている者も裏社会にはいくらでもいるにだ。

 そこに、そんな組織が出来てしまえば、寄らば大樹の影と近寄ってくる者も多くなると簡単に推測される。

 そして、もしその組織が結成されれば、神凪もまた変わらざるを得ない。襟を正さなければ、存続すら危うくなるだろう。

 そう思い、神凪の今後に頭を痛める重悟と厳馬。

 だが、彼が風牙衆に教えた道が、そんな楽な道などではないということを、最もよく理解していた兵衛は側近に語る。

「あの小僧が語った組織だが、人員を揃えるにしても拠点を創るにしても、並大抵の労力では無かろう。もしかしたら、流也の息子までその組織を創立する為に奔走するやもしれんのぅ。……ワシがそれを見る事は無いがな」

 そう言って、兵衛は笑う。

 息子から『新しい組織を創る』と聞かされるまで、兵衛は息子を反乱の為の兵器にするつもりだった。

 息子自身それを了承していたのだが、兵衛は眼を野心に燃え上がらせる我が子を見て、その命が喪われる事を惜しんだ。

 故に彼が十八となったその日に、勘当という名目ですぐさま風牙衆を抜けさせた。

 折しもその日は、重悟が前線に立てなくなってしまった為に急遽『神器・炎雷覇』を継承するに相応しいとされる人間を選別する『継承の儀』が行われていたのだ。

 兵衛はそのドサクサに紛れて流也を勘当したので、誰も気に留めていなかった。

 この日の為に親子間の仲が険悪になるような小芝居をやってきたのだ。

 そして別れ際、流也に抱き締められ、兵衛は泣いた。












 兵衛が息子と最後の会話をしているその間、『継承の儀』が行われる儀式場では、とある珍事が起きていた。

 誰の推薦かは判らないが、炎術の使えない和麻が『継承の儀』に参加していたのだ。

 それだけでも大事なのだが、件の無能非才と罵られていた和麻が、無傷で『継承の儀』を乗り越えたというのが驚きだ。

 それも風術で、だ。

 歩く災害とさえ称される神凪の炎。

 それを雨霰(あめあられ)と食らっても、服に焦げ目一つ付けずに無事だった。

 神凪のほとんどが『和麻が何か仕込んでいた』と思っているが、兵衛たちは理解していた。

 和麻は実力で相手を退けたのだ。

 炎の巫女と呼ばれる神凪綾乃の炎術を、無能と罵られ続けながらも錬磨し続けた体術と、明らかに規格外と呼べる風術で、いなし、逸らし、受け流した。

 それがどれ程の偉業か。

 兵衛はそれを聞き、風術師としての意地を再び燃え上がらせた。

『座して奴隷として生き永らえるより、一華咲かせて立ち上がれ』

 既に風牙衆に残っている者は、神凪への反乱を決意した者しかいない。

 もし決行されれば、非戦闘員である女子供を流也に引き渡した上で、死ぬ事すら覚悟して神凪へと襲いかかるだろう。

 これは、虐げられてきた祖先に報いる為の反乱――いや、戦争だ。

 例え自分たちが死に、風牙衆の名が歴史から姿を消そうとも、血は途絶えない。

 ならばこそ、我らは笑って死出の旅路に立てるのだ。

 だから――兵衛は秘密裏に『とある組織』に所属する魔術師とコンタクトを取り、ある風を操る上級妖魔と契約を結ぶ。

 そして――手付けとしてその魔術師の魂をくれてやり、その身を器とした。

 兵衛は、風牙衆は止まらない。

 我らは薄汚い奴隷ではない。

 我らは、誇り高き風術師だ。

 それを胸に、精霊術師としては最も恥ずべき行いである妖魔の手すら借りて、兵衛は戦力を掻き集める。

 足りなければ勝てないのだ。

 ならば汚名も罵声も甘んじて受けよう。

 それすらも圧倒する成果を残した上で。

 自分たちの子や孫に、安寧なる日々を迎えさせてやる為に。

 目的は――神凪の壊滅。

 そして――ある存在の封印を解く事。

 闇で蠢く風牙衆。

 彼らは死すら厭わぬ殉教者。

 その刃が、神凪の喉元に突き付けられるのは――まだ先の話。

 それは、流也が創る組織が二年をかけて軌道に乗り、どれから二年後。

 刀悟や和麻、そして流也が二十二歳になったその年、反乱は起きた。

 死者を数多く出し、ビル一つを壊滅させ、山の地形を変えて漸く、その戦争は終結する。

 裏の世界において『風牙衆侮り難し』と戦慄させた、たった数日間の戦争。



 これを以て『神凪に属した風牙衆』という名は、二度と使われなくなる。



 それと同時に、風巻流也が興した新興組織『八百万機関(Eight Million Engine)』――略して『EME』の名が、徐々に、だが確実に裏の世界に広まってゆく。



 そして――それを知った刀悟は、自分の一言がトンでもない事を引き起こした事に気付いて、

「早まったかなぁ……」

 と言って頭を抱えたのだった。






(あとがき)

今回は風牙衆のターンです。

次回は、時間軸を少し戻して『継承の義』が始まる前に何が起きたのかを書きたいと思っています。
一応、ここは原作通りに綾乃と和麻を争わせる予定です。




今回は、瀧川武司先生原作のライトノベル『EME』より、主人公が所属する退魔機関の名前を使わせて頂きました。


※どうにも判りにくかった部分があったようなので、一部改訂しました。



[20794] 神凪和麻
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/09/20 10:12
 神凪綾乃にとって、実の兄である神凪刀悟は尊敬の対象である。

 例え炎術が扱えず、無能と呼ばれようと、彼女が兄を慕わない理由にはならなかった。

 何故なら、勉学では年齢以上の知識を修め、退魔の術などは緻密な構築により威力効率共に並みでは無く、組み手をしても勝てないという――全てにおいて自分よりも優れている兄だったからだ。たった一つだけ兄に勝っている才能――炎術を使っても、組み手の勝率は四割を切ってしまう。

 炎術が全てではない。

 頭では判っていたことだが、幼い綾乃にとって、それは正に眼から鱗の事実であった。

 更に兄の言葉がそれを余計に際立たせる。

『与えられた力で満足するヤツは三流以下だ』

 ただ在る力だけを誇り、向上心を持たぬ者は強者ではない。

 そう、だから――綾乃は目の前の男を全身全霊を以て警戒する。

 体術を含め、全ての面で兄と唯一真正面から殴り合える男。

 自分よりも遥か高みにいる兄刀悟をして、天才と言わしめるその力量。

 しかし、兄と同じ無能が代名詞でしかない再従兄の和麻。

 故に、この場にいる数人を除いたほとんどの人間が確信、いや盲信していた。

 綾乃の勝利を。

 和麻が無様に燃やされるという未来を。

 ――だが、綾乃はそれを否定する。

 彼のちょっとした動作であっても、今まで積み上げられた拷問にも似た修練の結晶が見て取れるのだ。

 立ち振舞いに注視すれば、その力量くらい容易に察せられるというのに、観察を怠っている神凪の術者は呆れるくらいに多かった。

 だが、自分は幸運にも違う。

 相手は格上だと判っているので、初撃から最高の一撃を放つ。

 その為に、精霊に請い願う。



 もっともっと、もっと炎を――っ!!



 炎の精霊たちは、幼い少女の願いに応え、集う。

 そして集まった精霊は『炎』という形で具現する。

 そして――その『色』が徐々に変わってゆく。

 まだ未熟者と父や叔父に評価される若干十二歳の綾乃ではあったが、その力量は既に分家のそれを越えていた。

 そんな彼女が形成する炎の色は――『黄金』。

 これが、神凪が日本でも有数の術者の家だと名を馳せる理由。

 妖魔や悪意在るモノを問答無用で浄化する黄金の炎。

 術者の力量次第では、目標以外には決して延焼させない事も可能だ。

 高位の術者になれば、人に取り憑いた悪霊『のみ』を生身から剥がす事無く滅する事も出来る。……尤も、分家の過半数は黄金の炎を生み出せないのだが。

 明らかに無能者に放つには過ぎた炎だ。

 だがそれを訝しむ者も数える程度しかおらず、大多数の大人が和麻が無様に這いつくばる姿を想像して厭らしい笑みを浮かべる。

 だが――

「……ほぉ」

 相手――和麻はそれに感心した声を漏らすだけだった。

 少し身体から力を抜く。

 しかしそれはただの脱力ではない。

 適度に筋肉を緊張させ、余分な力みを全身から抜く脱力。

 そこから――五体を投げ出すつもりの前傾体勢のまま、気で強化した脚力にて更に踏み込み、相手の懐に入り込む。

 たった一撃で相手を無力化する為の歩法。

 兄が好んで使う歩法の一つ。

 兄はそれから相手の腕等を掴んで、投げ、極め、外し、打つ等といった様々なバリエーションの攻撃が襲い掛かってくるのだ。

 かと思えばそのままの勢いで相手の鳩尾に拳を捩じ込む事だって兄はやる。

 分家の人間との稽古を見せて貰った事があったが、その時兄は容赦など一欠片も見せずに腕を振り切った。

 衝撃は背後に突き抜け、その時相手をしていた結城家の男は悶絶していたのが印象的だった。

 その後、向かってくる他の分家の人間に様々な技を仕掛けていく刀悟は酷く詰まらなさそうな顔をしていたのが記憶に残っている。

 その時にポツリと呟いた声も綾乃は覚えていた。

『なんだコレ? 和麻より弱いじゃねぇか』

 聞けば、兄と和麻は実力が拮抗しており、最初に闘った時など、お互いにダブルノックアウトだったとか。

「……っ」

 綾乃は気を更に引き締める。

 聞けば自分でも出来そうなものだが、その裏には並々ならない修練が必要なのは既に体感済みだった。しようと思っていてもそれが上手く身体に反映出来なかったのだ。

 しかし、いくら視認出来なくとも、ただ一直線に突っ込んでくるならば、その前に炎の壁を生み出しておけばいい。

 そうすれば相手は勝手に焼けてくれる。

 だがこの歩法、気を身体強化を用いれば左右前後への方向転換、更には急加速や急減速等を組み込めるのだ。

 もしそれらを用いられれば、相手を遮る炎の壁は相手の姿を隠す障害物となってしまう。

 周囲に炎を撒き散らしてしまえば、それで勝てるかもしれない。

 だが、必然的に炎の質や密度は普通に放つ炎より大きく劣る。

 今の自分では高密度の炎を召喚して、全方位から来る攻撃を遮断する事は出来ない。

 ならば――

(近付かせなきゃいい)

 炎を更に召喚し、頭上に火の塊を無数に配置する。

 視線は、肉食獣の如きプレッシャーを浴びせかける和磨へ。

 キッと視線を逸らす事無く睨む。

 胸の奥から感じる恐怖を打ち消すように、自分の心を奮い立たせる。

 和麻が、身体を前に倒しかけた――――今だ。

「いっけぇぇえええええええええええっ!!」

 頭上に配置されていた炎の砲弾が雨霰と和麻に襲い掛かる。

 しかし、彼はそれをまるで踊っているかのような気安さで回避していく。

 最短距離を駆け、最小限の動作で相手の攻撃を受け流す和麻。

 そんな動きを見て、綾乃は改めて思う。

(この人のどこが無能なのよ!? お兄様と同レベルなんて、私からしてみれば化物なのに……!)

 苦し紛れに不意討ちのつもりで和麻の足下から炎を吹き出させるが、それすらもかわして彼は縦横無尽に走り回る。

 全方位の全てが見えているのではないかと錯覚するかのような視野の広さだった。

 いや、むしろこの戦い方は――そう、風牙衆のような風術師が得意そうだな、と何気無く思った時だった。

(…………風、術師?)

 綾乃は気付いた。

 和麻の周囲に何だか不可視の流れが視えた気がしたのだ。

 確証を得る為に綾乃は炎を八方から襲い掛からせる。その影に弱く小さい炎を隠しているのだが、それに気付ける炎術師はそうそういない。

 気配察知という点では炎術師は他のどの精霊術師よりも劣っているのだ。

 もしコレに気付けるのならば、自分の相手は『炎術が使えない炎術師』ではなく、『風術師ないし他の精霊術師』だという事になる。

「――っと」

 事も無げに和麻は八方からの炎とその影に隠れた炎をかわした。

 その瞬間、僅かだが風が動いたように見えた。

 これで綾乃は確信する。

(あの人は――風術師だ)

 しかも凄腕のそれ。

 刀悟の教育の賜物か、綾乃はどんな能力や術であろうとも馬鹿にせず、比較的冷静に観察出来る眼と思考を手に入れていた。

 故に判ったのだ。

 たった少し風を動かすだけの術の行使。それの然り気無さに綾乃は背筋が凍る思いだった。

 自然現象を操る精霊術師は、その特性からか操る現象に自分の意思を乗せて攻撃する。

 だが、和麻の行使した風術に人の意思は感じられなかった。

 それは、己の意思を精霊に同調させて『人の匂い』を消しているという事だ。

 これは高等技術であり、精霊と精神を同調させる事が出来なければ不可能だと言われている。

 今の自分には出来ない。

 恐らく、今の神凪でもそれを、しかも無造作にやってのけるのは父と叔父くらいだろう。

 故に、綾乃は思う。

 もしかしたら、彼に攻撃を当てても風で防がれるかも知れない。

 精霊術に必要なのは、強い意思、強靭な精神力だ。

 相手の攻撃が自分には通じないと強く思い、それが敵の攻撃の意思よりも強ければそれだけで強力な障壁となる。

(――っ。いけないいけない)

 弱気になるな。

 相手が自分より格上でもやり方を選べば、容易に勝てる。

 回数は少ないが、自分だって兄に勝ててはいるのだ。

 ならば、同じような実力の和麻に勝てない道理は無い。その逆もまた然りではあるが。

(……敗けない。絶対、敗けない)

 気持ちで敗けてしまえばそこまでだ。

 特に精霊術師は、術者の精神と戦力が密接に絡み合っている。

 弱気になれば炎は弱くなり、術の構成も甘くなってしまう。

 気持ちで敗けていれば、格下にだって敗けるのだ。

 そうじゃなければ、刀悟や和麻が『無能』と蔑まれながらも、神凪の大多数の人間を叩きのめす事など出来はしなかっただろう。

 二人が勝てなかったのは、父を始めとした数人のみで、後は組み手をしたほぼ全員を地に這わせているのだ。

 だから――綾乃の眼は戦意を失わない。

 それどころか、彼女の纏う熱量は大幅に増大していく。

 相手が自分より高みに在るのならば、相手のいる場所まで駆け上がればいい。

 綾乃は、ただ純粋に精霊に助力を請う。

 火に属する精霊たちは、歓喜の感情を持って集っていく。

 炎の加護がある神凪の術者であっても、その熱量に危険を感じる程にその熱量は高まっていた。

 揺らめく炎は更に黄金に染まり、眩い輝きを放っている。

 その姿は、まるで黄金の炎の衣を纏っているかのように見えた。












(……おーおー、随分とまぁ意気込んでからに)

 和麻は黄金の炎を纏う綾乃に苦笑する。

 どうやら先程までの流星雨と見紛う無数の炎は、自分がどんな力を持っているのかを見極める為のモノだったらしい。

 地術師ならば他の精霊術師よりも頑丈で、水術師ならば炎の対極だから火を消せる。

 しかし風術師は避けるしか方法が無い。

 それを調べる為の攻撃だと、和麻は認識した。

 だが、それは半分だけ正解で、本当は綾乃としては遠距離の内にケリを着けたかったが故の攻撃だったのだ。

 泰然とした態度を崩さない和麻だが、その実、谷に張られたロープを命綱無しで綱渡りするくらい危険と隣り合わせだった。 

 内心冷や汗が流れる和麻。

 想定していた綾乃の精神状態が、想像よりも格段に落ち着いていたからだ。

 多少不機嫌になっていたり、侮ってくれていれば、隙を突いて一発で気絶させる事が出来たのだが――綾乃は真剣にこちらに相対していた。

 お陰でプランが狂い、和麻は攻めあぐねていた。

(…………どうすっかなぁ)

 主に手加減が出来ないという意味合いではあったが、彼は真剣に悩んでいた。

 綾乃はこちらが格上だと再認識した事で、挑戦者だという気概のせいか普段よりもノッているのが見て取れる。

(――あー、もういいや)

 そんな彼女を見ていると、なんだか面倒臭くなってきた和麻。

 元々、この『継承の儀』自体、ある種の出来レースなのだ。

 宗家の血筋で、現在『炎術の才能』という点において彼女しか基準値に達していない事がその理由だった。

 和麻の弟である楝にしても才はあるのだが、基準値に引っ掛かるくらいの力量を持っていない。

 それらの兄である自分と刀悟はどうかと言えば、自分は風術師で、刀悟に至っては精霊術師で

すらないという、本来ならばここにいる事自体間違いなのだ。

(……しっかし、宗主があんな事になっちまうとはなぁ……)

 そして、和麻はこの『継承の儀』を行わなければならなくなった理由を思い返す。

 切っ掛けは、初冬のある日。

 神凪家宗主、神凪重悟が交通事故で病院に運ばれたのだ。

 なんでも宗主の乗っていた車に、背後からトラックが衝突したらしい。

 トラックに乗っていた者は死亡しており、同乗していた御付きの使用人は軽傷だったのだが、後部座席に乗っていた重悟は重体だった。

 右足を喪っていたのだ。

 もっと正確に言えば、右足はひしゃげていたらしい。

 しかも不意を突かれての事故だった。もしあと一瞬でも早く気付けていればいくらでも対処出来たのだろうが、結果は右足の切除というものだった。

 報せを受けた刀悟が、父親のいる病室に綾乃を連れて駆け込むと、

『……むぅ。どうしたものか……。……む、刀悟と綾乃か? 心配かけたな』

 なんとも困った顔の宗主が、これからの事を考えて悩んでいたらしい。

 喪った右足に関しては、なんともサバサバした対応だったと刀悟は語っていた。

 本来ならば、人体の一部を切断すれば極度に疲労するのが普通なのだが、宗主は一週間という早さで退院した。

 これには呆れたと刀悟は述懐している。

 宗主が退院後、神凪は直ぐ業者に最高の義足の作成を取り掛からせた。

 しかし、そこで問題が浮き上がった。

 『炎雷覇』の担い手をどうするか、という点である。

 重悟がまだ綾乃や楝が育つまで担う予定だったのだが、前線に立てなくなった自分が持っていても意味が無いと本人が判断し、急遽『継承の儀』が前倒しになったのだ。

 しかしここで担い手に厳馬の名前が上がる。

 宗主に次ぐ実力であり、実質神凪の最高戦力たる厳馬が相応しいと担がれたが、本人はこれを即辞退し、息子である和麻を『継承の儀』に参加させるようにゴリ押しした。

 無論それにも理由がある。

 宗主という神凪の舵取りをする者が実質前線を退くのだ。神凪内への影響力は若干低くなるだろうと彼は考えた。

 そして、彼は――『継承の儀』において和麻の異端さを大多数の神凪の者たちに見せ付け、その日の内に勘当という名目で神凪から放り出すつもりだったのだ。

 既に和麻は前線で戦い、それなりに報酬も貯まっていたから勘当後の生活の支障は無い。

 三年近く平日祝日問わず様々な依頼を請け負ってきたのだ。総額で三千万という金額を和麻も刀悟も個人で所有している。

 駆け出しの術者にしては大金だ。

 それ故にさっさと終わらせるつもりだったのだが――これでは自分の手の内を分家の連中に見返り無く教える事となる。

 しかし、だからといってこんな小娘に敗けたくはない。

 この和麻、結構負けず嫌いだったりするのだ。
















 『継承の儀』に使われる神凪の地下本堂。

 そこで継承者候補がお互いの技量を競い、勝敗を決める古より受け継がれてきた闘技場。

 その場に、黄金の炎を纏う媛巫女が顕現した。

 弱冠十二歳という幼さで、自分たちを越える技量を見せ付けた綾乃。

 この場にいた全ての人間が、認めた。

 ――この方こそ、次代の宗主だ。

 そう確信した。

 そして、それと同時に相対している和麻へと視線を向ければ――そこには凪いだ眼のままそれを無感動に見つめている無能がいるではないか。

 その眼に恐怖でも浮かばせ無様に命乞いでもすれば、可愛い気があるだろうに――そう思っている者が大半の中で数人が気付く。

 綾乃のその姿勢が、強者に胸を借りる者特有の真摯な眼差しをしている事に

 そして、和麻の態度が、強者のみが出せる風格のそれだという事に。

 そう、丁度――鉄面皮でこの事態を静観している父親と似通った空気をあの無能は纏っていたのだ。

 そして――綾乃が動く。

 纏う全ての炎、それらを右腕に集める。

 半ば無意識での選択。

 それこそが呼び水となった。

 炎は――剣のカタチとなる。

 外観はただの炎の塊だが、そこには確かに凄まじい熱量が込められており、まるで神器を既に身に宿しているかのような威圧感があった。

 いや、炎の奥に刀身が見えた。

 ――『炎雷覇』。

 炎の精霊王に千年前、神凪の始祖が賜ったこの世の万物を燃やし尽くす熱量を秘めた、まさに神器と呼ぶに相応しい霊剣。

 そしてそれは――紛れもなく、今の綾乃の手中に在った。

「――あー……」

 炎を纏う日本刀ではない両刃の剣。

 古代日本において使用されていた造形の刀身と柄。

 紛れもない『炎雷覇』だった。

「…………」

 そして、綾乃はそれを振り上げ――降ろす。

 先程よりも強大な黄金の炎が、あり得ない速度で和麻に襲い掛かる。

「……こりゃマズい」

 和麻はそれだけを呟いた。

 そして――和麻がいた場所を中心に炎の津波が闘技場を埋め尽くす。








「いかんっ。――厳馬っ!?」

 明らかに和麻では防ぎきれない炎の津波を、自分の炎で止めようとした重悟を厳馬は止めた。

「……宗主、ご安心を。我が愚息は、あの程度の炎で死ぬような柔な鍛え方をしておりません。それに――例の呪符を百枚程度懐に忍ばせておりました。恐らくそれら全てを貫いて、あれにダメージを与えるでしょうが……まあ、死にはせんでしょう」

 嘘である。

 和麻は懐には一枚も耐火の呪符は入っていない。

 数日前にあった依頼で、呪符のストックは全て切れていたのだ。

 しかし、厳馬は一切心配していなかった。

 まだまだ負けてやるつもりは毛頭無いが、自分に冷や汗を浮かばせる程度には強くなっているのだ。

 あのように、神器に意識を持っていかれて、半ば朦朧とした状態で放たれた炎など――

「あー、死ぬかと思った」

 この息子は、余裕を持って避けられると、厳馬は確信していた。

 いつの間にやら、和麻は綾乃の背後に移動していたのだ。

「なぁ、親父」

 余力を使い果たし、気絶した綾乃を支えながら自分に話しかける和麻。

 家を出ると判っているからか、いつもの取り繕った態度が霧散している。

 厳馬個人としてはこちらの方が遥かに良かった。……殴る理由を一々考えないで済むからだ。

「なんだ?」

「綾乃が『炎雷覇』に選ばれてんだが……」

「そのようだな」

「綾乃の勝ち、でいいんだよな?」

 そして、視線が重悟に集まる。

 話を聞いていた分家連中も重悟を見ていた。

「……ふむ、綾乃こそ相応しいと『炎雷覇』が認めたのだ。それ即ち、精霊王の御意志。唯人の意思で曲げる事は許されんだろうな」

 そして――重悟は宣言する。

「これにて、『継承の儀』は終了する。異議ある者は精霊王に弓引く行為と理解した上で、異議を申し立てるがいい」

 そして、義足だと感じさせない足取りで和麻に近寄り、彼が支えている綾乃を抱き上げる。




 こうして、『継承の儀』は終わった。

 綾乃が、『炎雷覇そのもの』に選ばれるという――神凪でも前代未聞の結果で。










「お前を勘当する」

 父親の私室に呼ばれた和麻に、開口一番に放たれた言葉は、それだった。

「いいのか?」

 既に数年前から決まっていた事とはいえ、一応ではあるが確認を取る。

「『継承の儀』で、お前が風術師だと綾乃は気付いた。分家連中も何人かが気付いているだろう。だが、今の神凪は『炎雷覇自身に綾乃が選ばれた』というニュースで持ちきりだ。お前を勘当するには良い機会だ」

 だから浮き足立っているこの時期に、和麻を放逐するのだ。

「まだ高校があるんだが……」

「元々、お前を勘当する迄の腰掛けで入らせたに過ぎん。既に大学レベルの頭を持っている癖に何を言っている?」

 そう言って、厳馬は懐から通帳を取り出す。

「一千万入っている。手切れ金という名目だ。これとお前の口座はここ一年はそのままにしておく。それまでに別の口座を見付けておけ。暗証番号は……お前の誕生日だ」

 視線を逸らしながらそう言う父親に和麻は、呆れたように言う。

「……親父、似合わねぇ真似は止めとけよ」

「……なんの事だ?」

 既にいつもの鉄面皮に戻る厳馬。

「まぁ、有り難く貰っとく」

「……む」

 そして、和麻は神凪を誰にも知られる事無く神凪を去った。










 手荷物片手に堂々と屋敷を出る和麻。

 だが出てくる人影は一人ではなかった。

「……おや?」

「あ?」

 流也である。

「なんでいるんだよ、流也」

「和麻さんこそ」

 敬語だと、神凪の連中と同列に扱われているようで嫌だ、と和麻たちはここ三年近く言ってきたお陰か、生真面目な性格の流也は『様』を付ける事は無くなった。

 その代わりに、同年代の自分達に『さん』を付けるのを止めさせる事は出来なかったが。

「俺は勘当されたからなぁ。適当に外国でも放浪して、金稼ぐのが今後の目標だな。で、そう言うお前は?」

「僕は、刀悟さんが言っていた『八百万機関』ってあったでしょう? アレを創ろうかな、と」

「お前、アイツの与太話を真に受けてんのか?」

「ええ。どうせこのまま神凪にいても、先は見えていますからね。やらない理由がありません」

 そう言う流也の顔には静かだが、固い決意が感じられた。

 だから、和麻はつい訊いてしまう。

「人材とか資金は?」

「万事抜かりはありません。既に日本全国を初めとした様々な場所へ、僕の部下を向かわせています。多分、五百人以上は集まる筈です」

「ああ、成程。今まで風牙衆を追放された連中は、お前の手下だったのか。……アイツが頭を抱えるのが眼に浮かぶぞ」

「ええ、でしょうね。まぁ、あの人のアイデアが元ですからね。いずれ軌道に乗ったら、外部協力者という形でだとしても、刀悟さんや和麻さんには手伝って貰いますよ」

 その言葉を残して、流也は風に乗って去っていった。

「……まぁ、気が向いたらな」

 それだけを呟いて、和麻も歩を進める。

 向かう場所は――香港。

 そこで小金を稼いで情報を集めるつもりなのだ。

 和麻は仙人に逢いたいと思っていた。

 様々な術を学んでいく内に、仙人が扱う術――仙術に興味が湧いたのだ。

 精霊術を扱う時の補佐として使えるのでは、と和麻は考えていた。

「さぁて……まずは、香港の旨いメシ屋だな」

 未来は明るいとばかりに旅行プランを練りながら和麻は歩き出す。






 しかし。

 和麻は香港の地で、ある女性と出逢い、恋に落ちる。

 そして――『殺さねばならない者たち』と遭遇してしまう。

 史実において、決して救えなかった愛しい少女。

 しかし、運命は変わる。

 たった一人の男がこの世界にいる事で。

 大きな音を立てて、ゆっくりと、しかし確実に違う結末を迎える為に。






(あとがき)

お久し振りです。

なんだか、長くなってしまいました。
次回はここまで長くはなりません。

今回は和麻のお話です。

そして、次回はようやく刀悟サイドのお話です。
ようやく彼の『能力』について語らせます。
正直かなりチートですが。



[20794] 神谷刀悟
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2011/02/26 14:13
 神凪刀悟は精霊術が使えない。

 これは、本人が一番自覚している事だった。





 その理由は、精霊が呼び掛ける“声”よりも強い“声”を聴く資質を持っていたからだ。

 それは――裏の世界では『神』と呼ばれていた。

 しかし、それはキリスト教における絶対神を指している訳ではない。

 神話や伝承に在る、人智を越える超越存在を総括して『神』と定義しているのだ。

 そこには、悪魔も仏神も関係無く、人が太刀打ち出来ない存在だという共通点しか存在しない。

 多種多様な『神』がいて、そこには日本神話に登場する神々らも例外無く括られている。

 中には妖怪のカテゴリーに入る者ですら、人が太刀打ち出来なければ『神』の枠内に入るのだ。

 その中に、日本最古の化物の名前も当然存在している。

 名を、『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』。

 八首八尾の大蛇。

 その身の丈は、八つの山を覆う程に巨大だったとか。

 近年では八首八尾の蛇頭としてではなく、龍頭として描かれる事も多くなったが、その本性は、災厄を振り撒く蛇である。

 神話では、稲穂の神霊であるクシナダヒメの姉七柱の全員を喰らって、最後に末娘である彼女を喰らおうとして、三貴子――國産みの神イザナギ、イザナミの子――の一柱であるスサノオの機転により逆に成敗される運びとなった。

 本能のままに生きていた八岐大蛇は、スサノオの用意した八方の門の向こうにある強い度数の酒の入った盃を全て飲み干し、そのまま眠ってしまったのだ。

 そして、寝ている所をスサノオが所持していた『十握剣(トツカノツルギ)』を用いて斬り刻まれ絶命。

 しかしその剣は大蛇を斬り刻む時に刃が欠けてしまう。尾の中に剣があったからだ。

 これこそが、『草薙剣(クサナギノツルギ)』である。

 後に、スサノオの姉にあたるアマテラスに献上され、三種の神器として有名な『天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)』と呼ばれるようになった。

 さて、ここである疑問が浮かぶ。



 何故、八岐大蛇は、神霊であるクシナダヒメの姉たちを喰らっていったのだろう?



 そして何故、大蛇の尾には『剣』があったのだろう?



 その理由は、かの大蛇が『剣を生み出す生きた窯』だったからに他ならない。

 八岐大蛇は、地より取り出した石を、火と水、そして風を以て鍛え、剣へと転じさせる事が出来たのだ。

 それが、かの蛇の役割だった。

 しかし、それは唯の剣である筈が無い。

 八岐大蛇は、神霊の魂を核として生み出される――文字通りの『神剣』を鍛えていたのだ。

 そして、その為には八つの魂を混ぜ合わせて更に神威を高めようとしていたのか、八岐大蛇は末娘であるクシナダヒメを狙った。

 結果として、八岐大蛇は死んだが、剣の精錬は無事に終わっていた。

 何故なら、大蛇自身の魂は、死ぬ寸前に剣を鍛える為に使われたからだ。

 こうして、八つの魂を用いて生み出された神剣。

 その剣は、皇家の武力の象徴とさえ言われていたのだ。

 一体、どれ程素晴らしい力を放っていたのだろうか。

 丁度千二百年前、それを知りたい、得たい、そして――創りたいと思ったある一族が行動を起こした。

 様々な場所に封印されていた、その八首八尾の蛇の御神体や遺骸を掻き集め、ある儀式を行ったのだ。

 それは、八百人もの命を注いで、かの大蛇を甦らせようという儀式。

 神は人に殺せない理由の一つに、例え殺せてもいずれまた復活してしまうという理由がある。

 単純に勝てないという理由だけでは無く、様々な理由があるからこそ、『神』は超越した存在だと裏の人間たちに認識されているのだ。

 そしてその一族は、年齢性別問わず、果ては赤子から老人まで、様々な人間を集めた。

 生贄である。

 その中には一族の人間も少なからずいたらしい。それどころか、立候補者まで存在した。

 大蛇復活の為の準備は瞬く間に完了する。

 しかし、その儀式には、肝心なモノが抜けていた。

 核となる『八岐大蛇の魂』が、無かったのだ。

 それが無ければ、八岐大蛇の復活は成功しない。

 だが、天叢雲剣の中に大蛇の魂が在る事など全く知らなかったその一族は、御神体に大蛇の魂が宿っているのだと勝手に思い込み、儀式を行った。

 御神体に、大蛇の魂は無い。

 先に述べたように、その魂はクシナダヒメの姉らの魂と混ぜ合わさって件の剣の中にあったからだ。

 この時、魂を感じ取れる者がいたのならば、流れは変わっていたのだろう。

 しかし、結果は失敗。

 八百人もの命を犠牲に、八岐大蛇の器を復活させる事には成功した。

 だがそこで漸く、この場に八岐大蛇の魂が無い事に彼らは気付いてしまう。

 彼らは考えた。

 どうすればいいのかを。

 何度も何度も議論を重ね、そして、結論した。



 そうだ。自分たちが八岐大蛇の魂となれば良い。



 そう結論付けてしまったのだ。

 そして、更に八百人もの人間が生贄として連れてこられた。

 既にその一族も全員が生贄となる事になったが、彼らはそれでも良かった。

 既に目的は変わり果てており、彼らは巨大なる大蛇になる事を心の底から望んでいたからだ。

 そして、八百人もの人間という代償を経て――器には『魂』が納められた。

 しかし、その大蛇を支配していた意識は、一族の誰かではなく、連れてこられた一人の奴隷の意識だったからだ。

 訳も判らず混乱した『彼』は、しかし人里に下りる事はしなかった。

 それよりも、内に在る膨大な情報を整理しなければならなかったからだ。

 そして――数年をかけて『彼』は理解した。

 自分が、既に人ではなく、永遠を生きる化物になってしまっているのだと。

 『彼』は絶望する。

 他者から自分の大切なものの全てを奪われ、その上死ぬ事すら奪われた、と嘆き悲しんだ。

 そして――最後は何も考えられなくなった。

 永劫にも感じられる長い月日。

 ただ惰性で太陽と月が入れ替わる中、そこでふと思う。



 誰かに『この姿』を引き継がせれば、自分は死ねるのではないか。



 その発想は、突飛なものではあったが、他にする事もやる事も無かった『彼』は、方々に『意識の手』を伸ばし、この力を引き継がせる事が出来る者を延々と探してきた。

 しかし、探し出して見付けても、自分を打ち倒してこの牢獄から解放してくれる者は現れない。

 全ての人間が、力及ばずに壊れるか、自殺してしまうからだ。

 だが『彼』は諦めない。

 そして――そんな事を千年以上続けていて、やっと見付けた。

 その小僧は、何度殺されても決して諦めなかった。

 その少年は、何度でも立ち向かい、遂には自分を殺し始めたではないか。

 それどころか、この身を引き裂いて、その内より己が魂の欠片を取り戻すのだから『彼』は純粋に驚いた。

 挙げ句の果てには、この蛇の身体を受け継ぐどころか、その身に納めてしまったのだ。つまり、喰うつもりが逆に喰われてしまった。

 そして――全てが終わり、刀悟という少年が精霊術の行使を諦め、『この力』を受け入れた瞬間から、『彼』の精神は稀薄となっていった。

 それは、起きる事の無い眠気のように『彼』は感じており、それが正しいと実感もしていたのだ。



 これで漸く死ねる。



 彼がそう思っていると――宿主である少年が何かに対して激昂しているのが感じられた。

 それを感じた瞬間、『彼』は強烈な眠気に襲われた。

 ――ああ、やっと、これで死ねるのだ、と既に名前さえ忘れてしまった男は理解した。

 刀悟という少年の意識が、『彼』の意識の全てを押し流したのだ。

 こうして――『彼』は死んだ。

 約千六百人もの人間を生贄にして『八岐大蛇』を復活させようとした一族を知る者は、もういない。

 そして、大蛇を喰らった刀悟は、その力を二つの形で扱えるようになった。

 力在る存在を喰らい尽くす蛇を生み出す能力と、喰らった魂を核として刀剣や槍等の武器を創作する能力である。

 そして――これまで依頼されて殺してきた魔物や妖魔は三百を優に越えていたが、その八割程度の数の魂や魔力等が刀悟の内にはストックされていた。『特性』に関しては九割を超える。

 つまり刀悟は、龍の頭をした蛇を生み出して対象の魂を喰らい、それを武器に変えられるのだ。

 これが、神凪刀悟が手に入れた『力』の詳細である。











「――というのが、俺の『力』なワケだ」

「……はぁ」

 大神操(おおがみみさお)は驚いた顔で俺を凝視している。

 何故こうも、分家の操と気安く話をしているかと言えば、俺が武術を彼女に教えているからだ。

 件の和麻乱闘事件で、俺は操とよく話すようになった。

 正確には、その後日に泣いている彼女を発見して、話を聞いたのが切っ掛けだったんだが。

 話を聞けば、親父に虐待紛いの鍛錬をさせられて傷だらけになった弟と兄貴を医務室まで見送った帰りだとか。

 しかも、そんな父親だけではなく、母親などは自分たちを育てるつもりがないのだ、と操は言った。

 もうこの時点で、大神の現当主の雅行(まさゆき)とその嫁には、子供を育てる資格は無い。

 厳馬の叔父貴だって、拷問に近い鍛錬を和麻や俺に課すが、きちんと身に着くような鍛錬なのでムカつくけど最低限の恩を感じられる。

 だが話を聞く限り、大神雅行は弟である雅人のオッサンが自分より優秀な事への嫉妬に身を焦がして自分の子供を道具としてしか見ていない――らしい。

 だから俺は、ついそんな操を不憫に思って、身を護る術を教えた。

 いつ娘に虐待の手が伸びるか判らないので、そんな阿呆を返り討ちに出来る腕前にならせようと思って俺は教え始めた。

 勿論、『俺に教わっては無能が感染る』だ何だと喚き散らしてきた大神家の現当主をフルボッコして実力で認めさせてやったがな。

 お陰でそれから俺を見る眼が怯える事怯える事。



 ただ四肢の関節を激痛が走る打撃で外して、いくつかの筋肉を捩り上げただけだっつーのに。



 お陰で操が大神の家での立場が悪くなったが、実際に二ヶ月もしない内に見違えるくらいに強くなった操を見て、操の親父は面と向かって文句は言えなくなった。実にザマァと言ってやりたい。

 実は操には例の創作古武術にある筋肉を捩る方の技を叩き込んでいるのだ。

 以外に筋が良く、彼女はメキメキと腕が上がっていく。

 だが、打撃の方はなぁ……経験して判った事だが、アレをやると指がゴツくなっちまう。まぁ、つまり、指が折れ易い。

 俺は男だから指がゴツくなっても構わんが、操は駄目だ。

 あんな白魚みたいな綺麗な指してんだぞ。勿体無ぇわ。

 そう言ったら、何か恥ずかしそうに顔を赤らめてたっけ。

 ……ありゃ可愛かったなぁ。

 そう過去を思い返していると、操が何故それを自分に教えたのか、と尋ねた。

「なんだ、驚いてくんねーのか? 綾乃に教えたら『うわぁ、お兄様すごーいっ』なんて言ってくれたんだが」

「……え、え? 綾乃様も、ご存知なのですか?」

「それどころか、親父殿と母さん、それに叔父貴と和麻も知ってるぞ」

 眼を見開いて、恐る恐るといった様子で訊く操。

 親父は最悪だが、コイツの雰囲気とか態度とかは柔らかくて和むんだよなぁ。

 その兄貴とダチは弱い分際で生意気極まりねぇから、一年ぐらい前から俺が直々に叩きのめしてやってるがな。

 ちなみに、弟の方はまだマシだ。

 彼我の力量差をきちんと理解出来てる。

「それって……言い換えると、最高機密じゃないですかぁ」

「まさか。俺は自主的に神凪を出奔する予定だからな。家を出た理由として、それを親父殿が他の連中に話すだろうさ」

「……え?」

 俺が出ていくと言うと、操は驚いた顔をした。

 あり得ないワケじゃないと思うんだが、そんなに以外だろうか。

 まぁ、基本的に和麻の件でも判る事だが、こんな死と隣り合わせな商売をやっている神凪にとって、炎術ってのは真面目に信仰の対象だったりするワケで。

 あんまし力を持っていない分家連中や引退した老人たちがそれを特に信奉している。

 『神凪の炎こそ最強っ!!』ってな具合で。

 これは千年もの月長い月日を歴史の裏で戦い続けてきた家系だからこそ、その信仰は力に裏打ちされた絶対性を持っていたんだと思う。

 そういった背景があるから、俺や和麻はこうも迫害されてきたワケだ。

 炎術こそが全て、というアイデンティティーを千年も保ち続けてきてるからこそ、宗家に俺らみたいなのが産まれたのが許せなかったんだろう。

 そして、それは和麻の母親すら例外じゃなかった。

 和麻の母親は、和麻が炎術が扱えないと知ると、すぐさまアイツへのの関心が無くなった――らしい。

 本人からの又聞きになるが、煉が産まれるとそれは更に顕著になったとか。

 まぁ、ガキの時分の話だと和麻は笑っていたが、そう思えるのにどれくらいかかったのか、正直俺には全く判らない。

 こういう話を聞く度に俺は神凪が嫌になる。

 本来ならば、俺も和麻と似た状態になっていたのだが、俺の母さんは違ったからだ。

 炎術が使えないと判っても、母さんは普通に俺と接してくれた。それどころか、母さんは和麻にも優しかった。

 コレはマジで本人が言っていた事だが、自分を産んでくれた実の母よりも、俺の母さんの方が数万倍は母らしく和麻に接していたとか。

 とまあ、こんな母親を持った和麻に俺は酷く同情した。

 厳しいが、その裏にツンデレな愛情を隠している厳馬の叔父貴が妻の万倍は親らしいってのは、もうなんて言ったらいいか……本当に言葉が詰まる。

「つか、俺がこんな居心地悪い家にいる理由は無いんだよ。操だって判ってんだろ? ここは俺や和麻にとって、空気が悪過ぎる」

「それは……そうですけど……なら、どうして和麻様が勘当させられた日に御一緒に出奔なされなかったのですか?」

 『様』を付けなくていいと何度も言っているのだが、この娘、かなり強情でこれまで何度も言い聞かせても、直してくれなかった。

 いやはや、流也より強情なヤツだとは思わなかったわ。

「…………あー、操さんや。お前さん、俺と和麻が神凪を出ても一緒に行動すると思ってない?」

 そう言うと、

「え? そうではないのですか?」

 不思議そうな顔で首を傾げる操。

「あのな、操。俺にも目的があるし、和麻にだってプランはあるんだぞ。そうそう行動を共にする必要性は無いんだよ」

 そりゃ『強くなる』って目的は俺も和麻も同じだが、その過程が違う。

 俺は強い霊的存在を『喰らう』事と自己の鍛錬によって強くなれる。

 対して和麻を初めとした精霊術師は、自己鍛錬の部分は同じだが、大自然に触れたりして精霊との親和性を高める事が戦力強化に繋がるからな。

 そりゃ確かに一緒にいればメリットはいろいろある。

 だがな、

「ガキの頃から一緒にいたからな。ここらで別の道を歩くのだって一興だ」

「そう……ですか」

「まぁ、もし何かあったら――連絡だけはするようにはしてるがな。少なくともアイツは俺を無意味に裏切る真似はしねぇって判ってるだけ、他の有象無象よか信用出来る。信頼は出来ねぇが」

「――そうですか。……ふふ」

 操は口に手を当てて小さく笑う。

「……なんだ?」

「いえ、以前和麻様が仰られていた事と、全く同じ事を申されていらっしゃいますので……ふふふ」

 そう言われて俺は憮然とした顔になる。

「失敬な。俺はあんなに性格は捻くれてねぇ」

「ええ、和麻様もそう仰られていました」

「……そうかぁ?」

 その言葉で更に操は楽しそうに笑う。

 こうやって会話を続けても良いんだが、そろそろ――起こすか。

「……さて、と。オラ、ちゃっちゃと起きろや雑魚共」

 地面に転がっている雑魚二匹の腹に蹴りを入れて意識を取り戻させる。

「「……ぐほっ!?」」

 大神武哉と結城慎吾。

 俺より歳上の癖に二人掛かりでも俺に手傷を負わせられない程度にゃ弱いヤツらだ。

「……ゲホッ。クソがぁ、この、無能の分際で……ガハッ!?」

 結城の方が何やらほざいたので、その顔を蹴り上げる。

「五月蝿ぇぞ雑魚。ほざく暇あったら身体を起こせよ。そんなだからテメェは雑魚なんだよ判るか雑魚。悔しかったら立ち上がってみせろよ。それとも雑魚を認めて五体投地でもしてみるか雑魚」

 こういった選民思想の輩は付け上がらせると録な事がないと判っているので、徹底的に潰すのが俺のやり方である。

「……あの、刀悟様?」

 操はちょっと引き気味だ。自分でもちょっとやり過ぎなかもと思わないではないが。

 だが、俺はこれを改めない。

「炎術が使えない俺にここ一年負け越してる癖にいつまで上から目線だ? いい加減認めろよ。少なくとも俺は、お前なんぞより強いんだよ」

「……ああ、確かにそれは認めましょう。奇想天外な体術と耐火呪符のみでここまでボロ雑巾みたくされては、認めない訳にもいきませぬ故……」

 武哉の方はきちんと理解しているのか、そんな事を言ってきた。

「大神の方は随分と殊勝だな。気味悪いくらいに」

「……あの、刀悟様。その事なのですが……武哉兄様はかなり昔に『刀悟様たちの方がお強い』とお認めになられてます。ただ――」

「結城のが、折れなかったってか?」

 頷かれる。

 つまり――何か。大神のは俺に突っ掛かる意思は無かったが、結城のに付き合わされて俺や和麻に喧嘩を売っていたと?

 つーか、大神のってそういや俺や和麻に敬語使ってたな。親父殿とかが見ていない所じゃ呼び捨てにされてた俺や和麻に対して。

「……なぁ、大神の。お前さん、ダチを選んだ方がいいぞ。このままだといつか横の雑魚に足を引っ張られて――死ぬぞ」

「……ははは。そう仰られても――俺以外にこの馬鹿の手綱を握れるヤツがいませんからね」

 それまでは見捨てないと武哉は言った。

「――へぇ」

 いい男じゃねぇか。

「よぉ、結城の。テメェはどうよ? ダチと思ってくれてる野郎に無理強いして無駄な傷負わせてたテメェは。――プライドだけで勝てるなら世話ねぇんだ。俺らがどんだけ血返吐吐きながら鍛えたと思うよ?」

 それこそ、まともに寝れる日なんて無かった。

 朝昼夜と関係無く、時間が空いたら鍛錬を続けてきたんだ。

 そういった意味じゃ大神のと境遇は同じだな。

 ただその鍛錬が身に付いているかどうかの違いはあるだろうが。

「……ったよ」

「ああ?」

「わぁったよ!! もうテメェに喧嘩は売らねぇよ!!」

 ヤケになった声を出す結城の。

「勘違いすんな」

「……何がだよ」

「喧嘩売るのが悪いっつってんじゃねぇんだ。雑魚の分際で身の程を弁えろ――とか思うのは俺の都合だから、テメェにゃ関係無ぇ。だけどな、ダチに無理強いすんなつってんだよ」

 俺はそれが気に入らない。

 この世に生を受けてから今日まで生きて、俺は悪友と友人を一人ずつ得た。

 ソイツらに面と向かって言うつもりは無いが、アイツらがマジでヤバくなったら俺は手を貸してやるつもりだ。

 まぁ、出来る限りでだがな。

 だが、この結城慎吾は、端から見てるとテメェの目的の為にダチを利用してるとしか思えない。

 まぁ、俺らも利用し利用されの関係ではあるが、それでも最低限相手の利益も考えるぞ。……うん、か、考えるぞ?

「まぁ、これは俺みたいな若造の言葉だからな。そっちにゃそっちの言い分があるだろうから、無視してくれて構わねぇよ」

「……つまりテメェにゃ、俺が武哉を道具扱いしてるって言いてぇのか?」

「違うのか?」

「違う!! いい加減な事言いやがると承知しねぇぞ!?」

 吠える結城の。

 だが、自分のこれまでの言動に少しは心当たりがあったみたいだな。

 少し顔色が悪くなってる。

「なら、きちんと話を聞いてやれや。『俺が俺が』じゃ、いつか愛想尽かされるぞ。それと――腹割って話した事あんのか、アンタら」

 まぁ、俺が一々関与する必要は無いんだろうが――可愛い弟子の為だ。

「――チッ」

 舌打ちする結城の。

 そうは言っても年下の癖に自分よりも強いガキに諭されて納得出来るヤツは少ない。

 逆ギレされるかと思ったが、そういった事は無かった。

 不機嫌にはなってるが。

「さて、そんじゃあ続きをやろうか」

「あ、はい」

 だが俺はそんな結城のには眼もくれずに操に向き直る。

 ちなみに俺らがいるのは本家の道場だ。

「そんじゃ、まずは組み手からな」

「はい」

 頷き、俺と同じ胴着に袴を着込んだ操が駆け出す。

 真正面より気持ち少し左側を向いて、腕を掴む。

 華奢な腕と手だが、既にこの指は凶器となっている。

 捕まれた瞬間に、視界が反転した。

 そして、四肢の皮膚の内側にある筋肉が捩れ始める。

 致命傷にならない程度の痛さだ。

 本来なら、捩り上げられた時点でかなりの激痛が走るので、四肢全てにこれを繰り出せば相手は簡単に無力化出来る。

 まぁ、化物の中にゃ関節だとか筋肉だとかを攻撃しても意味が無い連中も多いから、そんな時には炎術を使えばいいからな。

 そっちの方は俺がどうこうしなくても、操次第で強くなるから手を出さない。

 これは大神雅行対策だからな。

 これくらいなら、充分あのジジィに抵抗出来る。

 だが――

「うん、まだまだだな」

 すぐに気を操作して捩れた筋肉を復元。

 痛みは残っているが、それすらも気で誤魔化す。

 宙に投げ飛ばされた俺だが、あえて抵抗せずに道場の壁まで吹っ飛ばされる――瞬間に体勢を整えて壁に着地し、脚のバネを使って低空で飛び出した。少し床の方を向いてではあるが。

 操はそれを迎撃に来る。

 恐らく、突っ込んでくる俺側面に陣取り、腕と脚と背中と腹の筋肉全てを捩るつもりなんだろう。もしくは蹴りだろうか?

 だが、彼女が何かするよりも、俺が着地する方が早かった。

 少し遅れて突っ込んできた操の腕を掴んだ瞬間に――投げ飛ばす。

 さっきの再現だが、俺は投げ飛ばす瞬間に操の両腕と右脚の関節を外した上で筋肉を捩った。

「……ぁうっ!?」

 バランスを取れずに、そのまま背中から落下する操。

 落下地点に移動して、タイミングを合わせて打撃を四肢に一発ずつ。これで関節は元通り。

 思った通りに動いてくれるこのボディに万歳だ。

 そして宙にいる操の腕を掴んで、そのまま抱き寄せる。

 横抱きにした操の顔がちょいと赤くなっているが、まぁ肉親じゃねぇ男に抱かれてこの純情娘が恥じらわないワケが無いわな。

 ゆっくりと立たせながら俺は感慨深く呟く。

「あの泣き虫が、この二年で強くなったなぁ……」

「……師匠がスパルタでしたからね」

 頬を染めて明後日の方向を向く操。

「まぁ、これくらいならお前の遺伝子上の父親だろうと、余裕でボコれるだろうさ。ああいう手合いはやらなきゃ付け上がるから、ヤる時ゃ徹底しろよ」

 そう言って俺は操の頭をポンポンと軽く叩く。

「…………本当に、行ってしまわれるのですね」

 そっぽを向いた状態から下を俯いて、操は小さく訊く。

「ああ。俺は神凪にゃ不要だろ。まぁ、こっちからしても要らんモンだがな」

 俺らの会話を聞いて、武哉が割り込む。

「ちょっと待て操、それはどういう事だ? 刀悟様が神凪を離れられるだと? いくら刀悟様が和麻と同じで無能だとしても、宗主がそれをお許しになる筈が……」

「とっくの昔に決まってんだよ。俺も和麻も十八を過ぎたら神凪をどんな形であれ出る事になってたのさ」

 それを聞いて驚いた顔をする大神のと結城の。

 和麻は勘当されるという名目で。

 俺はその反対に自分から神凪を捨てるという名目で。

「ま、無能がいなくなるんだ。喜びこそすれ、惜しむヤツなんざいないだろ――」

「そんな事ありません!!」

 大声で操がそう言う。

 初めて聞いたな、操の大声。

「宗主様が、奥様が、綾乃様が悲しみます!! 私だって寂しいです!!」

 もう半泣きだった。

「いやな、俺が残った理由は、操がどれくらい強くなったかを見極めるって理由だけなんだが。このまま綾乃とか母さんや親父殿――いや、親父に逢ってから、そのまま出るつもりなんだが――」

「…………」

 操は何も言わない。

 ただ眼に涙を溜めてこっちをじっと見てる。

「――まぁ、なんだ。お前さんにゃ頼りになる兄貴と面倒見なきゃいけない弟がいるだろ? ……あー、その、な。泣くなとは言わんが、しっかりやれよ」

 操にそう言ってやると、少し下を向いて――

「判りました、刀悟様。どうぞ――健やかに」

 眼が潤んでるどころか、涙を浮かべたまま微笑む操。

 ……ここまで惜しんでくれる人間がいるとは思わなかった。

「おう、ありがとな」

 そう言って立ち去ろうとすると――道場の出入り口を炎が遮った。

 明らかに炎術だ。

 操は違う。武哉でもない。

 俺は、それを出した――結城のを見やる。

「あれだけやられてまだ懲りねぇか」

 そう言ってやると、結城のは獰猛な笑みを浮かべた。

「ああ、懲りねぇなぁ。テメェがどんだけ強かろうが、こっちにだって『神凪』っつープライド背負ってんだ。ここでテメェまで消えちまったら、『神凪は無能二人よりも弱い』って言われるかもしれねぇ。だからよぉ――テメェを五体満足でここから出すワケにゃあいかねぇんだよぉ!!」

 そう叫んで、結城のは炎を撒き散らす。

 ――ったく。

「俺にゃあ関係無ぇだろ」

「舐めんなガキ。こっちはテメェよりも長く仕事してんだよ。だから――醜聞だけでも神凪を揺るがすようなテメェにゃ満身創痍になって貰うぜ」

 そこには、殺意すらあった。

 これは裏の業界で生きる人間にはよくいるタイプだ。

 ソイツらはこう思ってる。

 命は軽い。

 特に、退魔業を生業にしていて弱いヤツ程。

 だから――痛め付けても良いと思ってやがる。

「往生しろや、無能ぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「御免だよ、炎術師」

 さて、ここで俺の能力の一つ目がお披露目となる。

 喰らう事で得た妖魔の魂や知識や経験、そして特性を選択し――剣を作る。

「今回は――『火喰いの剣』」 

 火を喰らう妖魔の特性を持った、切っ先が蛇を模した矢印のような返しを持った赤い剣。

 俺が創った剣でも初期の作品に当たる。

 何か洒落た名前でも着けようかと思ったが、俺にはネーミングセンスは欠片も無かったので剣に宿った特性をそのまま剣の銘にしている。

 そして、この剣のその特性は――剣に触れた炎を喰らう。

 炎の塊が放たれるが、それを剣で防げば喰われて炎は消える。

「なんだその妙な剣はよぉおおおおおおおっ!?」

「教えねぇよ」

 さて――初めての神凪の術者がこの阿呆ってのは些か興醒めだが、負けるつもりは毛頭無い。

「テメェの言い分も判るがな――そんなモン、実力で覆しやがれ」

 結城の――いや、慎吾が放った炎の一切を俺の剣が喰らってゆく。

 確かにコイツの炎術は強い。

 だが、所詮は物理法則に縛られる炎だ。

 まだ未熟な俺の剣では、概念レベルに至った炎を完全に喰らう事は出来ない。

 そういった炎が放てるのは、神凪で上から数えて二人だけだ。

 だから、許容範囲内であるのなら、コイツの炎は全て喰らい尽くせる。

「テメェ――――っ!?」

 そして、この剣にはもう一つ特性がある。

「まぁ、なんだ」

 俺は混乱している慎吾を――

「――邪魔だよお前」

 斬った。

 慎吾の身体に斜めに斬線が走る。

 瞬間、慎吾の身体を爆炎が飲み込んだ。

 爆発の衝撃で気絶する慎吾。 

 いくら炎を防げても衝撃は防げないからな。

 この『火喰いの剣』。

 それの正確な特性はと言うと――火を喰らって剣に溜め込んだ炎を、斬った相手に食らわせるというもの。

 そのせいか、『切れる』という概念はこの剣には無い。

 斬った側からソレを炎が飲み込んでいくからな。

 だから、これを神凪の術者に使えば――この通り気絶させる事が出来る。

「――あの、いいんですか?」

「なにが?」

 操が何を言いたいのかサッパリ判らない。

「俺は襲われたから返り討ちにしただけだ。……それに、正当防衛だろ。もし何か言われても、神凪を出る俺としてはどうでもいいんだよ」

 そう言うと、大神の――武哉が詰め寄ってくる。

「どういう事ですか、刀悟さ――」

「様なんて着けるなよ。俺はもうすぐこことの縁が切れるんだからな」

 武哉が敬語で話し掛けてくるのでそれを遮って言う。

「――判った。なら、刀悟。お前これからどうするんだ?」

「言ったろ。これから綾乃たちに挨拶するって。それからは――取り敢えず……そうだな、強そうな妖魔の情報集めて――カチ込む」

 そう言ってニヤリと笑うと、武哉は呆れたように言い返した。

「無謀だぞ。綾乃様に、兄が妖魔と戦って死んだと聞かせるつもりか?」

「死なねぇよ。俺はな」

「あの、それは根拠が無いような……」

 操がそう言うが聞き流す。

 なぁに、ヤバくなったら逃げればいいんだ。

 大丈夫大丈夫。

「ま、そういうワケだから――じゃあな、武哉に操」

「さんを付けろ、年下」
 
「――お元気で」










 さて、場所は変わって神凪宗主の私室。

 そこには親父だけじゃなく、綾乃と母さんもいた。

「……出るのか?」

 親父が口を開く。

「ああ、ちょっと日本を適当に巡ってから、外国にでも行く予定」

「……そうか」

 きちんと計画を立てている事に安堵したのか、親父はそう言って押し黙る。

「刀悟」

 今度は母さんが話し出す。

「貴方も和麻も、身体に気を付けないと駄目よ」

「……判ってる」

「――そう。後は、好きな人が出来たらお母さんにも紹介してね」

「……了解」

 ニッコリ笑ってそう言われる。

 好きな人、か。

 まだまだ先の話だろうよ。

 そして――綾乃を見る。

 『炎雷覇』という神器そのものに選ばれた次代の宗主。

「――約束」

 それだけを言って俯く綾乃。

 確か……家を出ても綾乃に逢いに来る、だっけか。

「ああ、約束は守るよ」

「……っ」

 駆け寄ってきて、ぎゅーっと抱き締められる。

「ぜったいだよ?」

 ちょっと鼻声になっている綾乃。

 顔を埋めている部分の服が湿ってきた。

「まぁ、この屋敷で逢うのは難しいかもしれんが……いつか逢えるさ」

 そう言って綾乃の背中を撫でてやる。

「……グスッ、うぇぇ……」

 あーあーあー泣いちゃったよ。

 母さんが俺に抱きついてる綾乃を優しく引き離して抱き締める。

 ついに綾乃は母さんの胸の中でワンワンと泣き出した。

「……あー、その、なんだ。時間が出来たら、逢いに来るわ」

「帰ってくるとは、言わんのだな」

 親父がそう問い掛ける。

「まぁ、な。ここで育ったけど――ここは俺の家じゃねぇ」

 家ってのは、安心出来る建物の事だ。

 だけどここは、俺には家だとはどうしても思えなかった。

 多分、俺が精霊術師じゃないからだろうな。

「――そうか」

「……そうだったの。でもね刀悟、貴方たちの家族が私たちだって理由は、変わらないのよ。そこはちゃんと覚えていてね」

「ああ、和麻にも伝えとくよ」

 そして、泣き疲れた綾乃が眠ったので、俺は立ち上がる。

「じゃあ、行くわ。親父、母さん、元気でな」

 俺がそう言うと、

「――うむ」

 親父は嬉しさと寂しさが混ざった顔をして頷いた。言葉が上手く紡げてないみたいだ。

「ちゃんとご飯食べて、風邪とか引かないようにね」

 母さんの言葉に俺は頷く。

 そして、部屋を出ていこうとして――綾乃には別れの言葉をかけていなかったので、綾乃の側にしゃがみ込んで、頭を撫でてやる。

「――達者で暮らせよ、綾乃」

 それだけを告げて、俺は部屋を今度こそ出た。











「さて……ん? 親父め」

 荷物を取りに部屋に戻ると、三千万という大金が入っている通帳があった。

 選別だと張り付けてあった紙には書いてあった。もしかしたら、俺が大学に行く迄の資金だったかもしれないな。

 まぁ、有り難く使わせて貰うかな。

 暗証番号は張り付けてあった紙の裏に書いてあった。

 さて……これで俺は都合六千万という大金を手に入れたワケだ。

 コイツが底を突くまでに一人で稼げる環境を整えなきゃいけない。

 そんな事を考えながら屋敷を出て道路を歩いていると、連絡が入った。

 小耳に挟んだ情報の裏付けを少し前に知り合った情報屋(駆け出し)に依頼していたんだが――どうやらそれが取れたみたいだな。

『よぉ、御曹司。頼まれてた情報の裏が取れたぜ』

「御曹司は止めろ。俺はもう神凪から出奔した身の上だ」

『おいおい。大丈夫かよ?』

 主語が抜けているが、何が言いたいのかは余裕で判る。

「心配すんな、金はきちんと払うさ」

『……まぁ、それならいいんだけどよ。取り敢えず、依頼の件だけど――ビンゴだったぜ』

「つまり――俺らの同類がいるって事か」

『さて、な。俺はアンタに言われた通り、『噂』になってた『石蕗(つわぶき)家の長女は地術が使えず奇妙な事象を操る』ってヤツを調べただけだぜ』

 二年前にその噂を聞いていたが、その時にはまだ信用出来る情報屋との伝手を持っていなかった。

 半年前に知り合った電話の向こうのコイツが、やっと俺が信用出来そうだと思った唯一の情報屋だ。

 まぁ、和麻と同じで信頼は欠片も出来ないがな。



『これは石蕗の術者がポツリと漏らした呟きの又聞きになるけど、確認が取れてるから確かだと思って良い。なんでも、石蕗紅羽(くれは)は――重力を操るんだそうだ』



 …………まぁ、この情報屋、嘘は吐かないからな。言わん事は言わんが。

「――マジか」

『おう。亀みたいな妖魔の甲羅を、こう、眼に見えない『何か』が砕いたって情報もある。奴さんが重力をマジで操れるってんなら、その噂の信憑性も確かだろうぜ』

 ……ほう、そりゃ確かに地術じゃねぇな。

「まぁいい。後金は例の口座に入れとくぞ」

『毎度。今後も御贔屓に頼むぜ、旦那』

「御曹司の次は旦那かよ。その口の軽さが依頼の少なさの理由だろうが。――まぁいい。なら、次の依頼だ」

 そう言うと、情報屋は楽しそうに訊いてくる。

『あいよ。旦那はどんな情報が御所望かな?』

「討伐依頼が出てる妖魔の情報を出来る限り多く頼む」

 裏のオカルトサイトを除けば、不特定多数に向けた討伐依頼は多くあるが、どんな裏があるか判らないからな。

『それくらいで良いのか? 旦那が望むんなら依頼の仲介もするぜ?』

「そういうのは、まだ良いわ」

 そう言うと、情報屋はあっさりと引き下がる。

『了解。なら、取り敢えず情報が纏まったら連絡するぜ。じゃあな』

 通話が切れた。

 これからの俺の行動方針だが、今は働くことは考えないで、適当に日本や世界を巡りたい。

 働くのは今の金が半分ぐらいになってからだな。

 文字通り遊ぶ時間なんて無かったから、こればっかりは譲れない。

 石蕗に寄って、その紅羽っていうお嬢さんがどういった類いの『特別』か見極めたら、遊びまくるのが俺の今の計画だ。

 まぁ、それと平行して戦力強化ならぬ妖魔退治にも精を出す予定でもあるけどな。

 だがその前に、戸籍を偽造しなけりゃならん。

 出奔しといて名前変えとかないと神凪の分家連中とかにどんな難癖を付けられるか判ったモンじゃないからな。

 変えても何か嘲笑しそうだが、そんな連中の同類だって思われるのは嫌だ。

 だから俺は、裏社会の連中御用達の偽造屋に連絡を取る。




 そして俺は、『神凪刀悟』改め――『神谷刀悟(かみやとうご)』と名前を変えた。







 神凪を出た俺は、戸籍を偽造する為に偽造屋がいる東京へとやって来きたんだが、そこで予期せぬ出会いがあった。

 偽造の依頼金が一千万近くしたのには驚いたが、理由には納得出来たので金を支払い、新しい戸籍を手に入れた俺。

 そしてその帰りに、なんだか見た顔の女を見つけてしまった。

 丁度、喫茶店の外の席で黒いスーツを着込んで情報屋から手に入れた石蕗紅羽の顔写真付きの資料を読んでいた時だ。

 俺の席の反対方向に人が座った。

 それをチラリと見て、俺は嘆息する。



「……全く、俺はツキがあるのやら無いのやら……」



「少なくとも、調べていた人間から接触を受けたのだから、無いんじゃないかしら?」



 長い黒髪の美女が、カップを手に取ってそう言った。

 鴉の濡れ羽色と呼んでもいいくらいの色艶をした美しい髪。

 身体の起伏は豊かで、少なくとも『洗濯板』とか呼ばれる人間の反対側にいる人間である事は間違い無い。

 そして、どこか諦観と絶望に満ちた昏い眼。

 その姿は、書類に添付されているモノと同じだった。

「自己紹介の必要は無いかもしれないけど、一応初対面だから言うわね。……私は石蕗紅羽。その書類に書かれてある通りの――石蕗家の異端よ」

 そう言って、俺を見据える。

「それで――貴方は、何者なのかしら?」

 その眼が俺を真っ直ぐに見ている。

 俺がどう反応するかで、処遇を決めるつもりのようだ。

 だから正直に話す事にした。

「俺は神谷刀悟。アンタが俺の同類かもしれないって噂を聞いてな。――逢えて幸いだよ」

 そう言うと、彼女は呆気に取られた顔をした。

 どうやら、そんな理由だとは思わなかったらしく、毒気が抜けたようだ。

 それに少し混乱もしているように見受けられる。

 すると、顔の険が薄れていき――そこにはただ美女が残っていた。




(あとがき)

えーと……長くなりました。

今回は、皆さんの反応が怖い……っ!


登場した紅羽さんですが、原作では二十代後半とありましたが、ここの設定では刀悟より二つ年上という事にしています。

まぁ要するに老けていr(ry

……イエ、ナンデモアリマセン。


さて、次回から本格的に原作より解離していきます。

あと、死んでしまった『ある少女たち』の生存フラグはありますが、そうなるかどうかは――もう少しお付き合い下されば判ると思います。

では、次回の更新まで皆さんお元気で。



[20794] 石蕗紅羽
Name: SRW◆173aeed8 ID:993140f7
Date: 2010/09/20 10:17

 石蕗紅羽は、神谷刀悟と名乗る男の発言を受けて混乱した。

 いきなり『同類』などと呼び、尚且つ『逢えて幸いだ』などと。

「……なぁ、おかしいと思った事は無いか?」

 思考が纏まらない自分に畳み掛けるように疑問点をぶつける男。

「何で精霊術師の宗家に産まれておきながら無能なのか。何で地術とは明らかに異なる術しか使えないのか。――何で居心地の悪い屋敷から離れようとも思わないのか。考えた事は?」

 そう言われて、気付く。

 確かに普通ならとっくに家を出ていてもおかしくないような扱いを受けていても、自分は石蕗を離れようとは思わなかった。

「……貴方、何を知っているの?」

 自分では『気付けなかった』違和感を示唆出来る男。

 警戒はしているが、それ以上に好奇心が疼く。



「簡単な話さ。アンタはな、『奴隷』で『生贄』なんだよ」



 その言葉を聞いた瞬間、今度こそ思考が停止した。

「なん……ですって?」

 なんとか再起動した脳裏には二つの言葉が響いていた。

 奴隷。

 生贄。

 前者の言葉には思い至る部分は無く、不快感を感じた。

 後者の言葉は家柄で考えれば酷く身近な言葉だが、それと同時に自分には最も遠い言葉でもあったからか、困惑してしまう。

 そんな自分を見てその男は納得したように頷く。

「――ふむ、どうやら自覚してはいない、か……」

 そう呟いた後、男は変な事を言った。

「なぁ、一回だけ騙されたと思って、俺が言った事をイメージしてくれないか。――眼を閉じて、自分の中へ深く潜っていくってイメージだ。そしたら――どこかから『気配』を感じれる。ソイツが、アンタから地術を奪った元凶だ」

 不信を消し去る事は出来なかったが、興味を抑える事は出来なかった。

 しかしそう思われるのは面白くないので、暇潰しにはなるといった様相で、言われた通りに『自分の中』へ意識を深く深く沈んでいくイメージを浮かべる。

 すると、自分でも思っている以上の速度へ自分の中へ沈んでいくではないか。いや、これは墜ちていると言っても過言ではない。

 そして――自分の『外の音』が聴こえなくなった。

 墜ちる先から、聴くだけで全身が揺さぶられるかのような轟音が響いていたからだ。

 『音』の聴こえる方向に意識を向ける。

 あの男は言っていた。

 『元凶』がいると。

 つまり、この『音』の主が、自分から地術を奪った存在という事になる。

 暗闇の向こうから感じる圧迫感に向かって睨み付ける紅羽。

 しかし、それは相手の姿が見えた瞬間に霧散してしまう。

『――っ!?』

 それどころか、喉の奥で悲鳴が上がる。



 何故なら、そこには自分など豆粒にしか見えないくらい巨大な亀の化物がいたからだ。



 『それ』は、吠え続けていた。

 意味の無い音。そう思っていたのに――その化物を視た瞬間に判ってしまった。

 『それ』は、『解放しろ』とずっと吠えていたのだ。

 だから自分は――石蕗紅羽は、地術が使えなかった。

 既に地術の才は全てこの化物が自分が母の胎内にいた時分に喰らい尽くしていたのだろう。

 だから、この化物が司る重力をこうも巧く扱えているのだ。

 怒りと怯えの感情が混ざったまま、紅羽は『それ』を睨んでいる。

 その四肢の先には鋭い爪があった。

 攻撃的としか言えない頭部には、無数の牙を生やした口腔があった。

 そして尾は――岩塊から切り出されたかのような蛇の姿をしていた。

 そのどれもこれもが一切の亀としての可愛らしさを削ぎ落とされた鋭角的な姿をしている。

 その姿は、四聖獣――京都においてかつて天皇の御所の守護を担った東西南北を司る神獣であり、北を守護している『玄武』と似た姿をしていた。

 だが、『それ』は玄武では無い。

 紅羽は知っていた。

 その亀の正体を。

 かの亀は、この日本で最も巨大な山の化身。

 噴火する際のエネルギーが実体化した、謂わば生きた火山。

 その山の名は富士山。

 この国で最も高い標高を誇る山である。

 そして、その化身に付けられた名は――『是怨(ゼノン)』。

 過去に幾度も討伐されながらも決して消滅せず、人間たちの恐怖や疑問、畏怖を集め存在を定着した――言わば人間の生み出した『神』という超越存在。

 人の感情により自己を定着させる事で神威を得た存在である。

 しかし、石蕗は『是怨』を封印した。する事が出来た。

 封印と徹底したかの神の存在を否定し、ただの妖魔に貶めようとしたのだ。

 そして時が過ぎれば、妖魔の力は徐々に消えてゆくだろう、と彼らは考えた。

 だが、結果だけを見ればその目論見は失敗したと言えるだろう。

 名を呼ばれなくなった『それ』は、ただの強力な妖魔へと堕ちはしたが、その代わりに存在が定着してしまったからだ。 

 そしてそれを助長してしまう要因の一つに石蕗があった。

 石蕗が『ある儀式』を始めたのが、約三百年前。

 丁度その頃から、存在の定着は急速に進行した。

 三百年前より、三十年周期でその儀式は行われている。

 そして彼らはその儀式を『大祭』と呼んでいた。

 つまり、これまで都合十回も儀式が行われているのだ。

 その度に、かの山の化身は存在が確たる物になっていった。

 一時期は『神』とさえ崇められていた『是怨』だが、三百年経った現代においても自分を封じ込める封印を内側から解く事は出来なかった。

 何故ならその『大祭』には、『生贄』――つまり人の命を代償に執り行われていたのだ。

 その生贄となった者の全生命力を用いた封印結界こそが、『是怨』を三十年もの間封じ込める事を可能にする石蕗一族の秘奥。

 『この『大祭』を滞り無く遂行する事が石蕗の務め』だと言い聞かされて育ち、地術が使えないが故に実の父親に嫌悪され、歪んでしまった自分。

 故に、一年前から『ある計画』を練り始めた彼女にとって、それは到底許容も納得も理解すら出来る事実ではなかった。

 だが、ここは紅羽の中にある精神の奥底。

 どこから『力』が流れてくるかなど、否応無く思い知らされた。

 自分にあるこの『力』の供給源は――『是怨』。

 一年前から徐々に人目を盗んで富士山地下の祭場にて取り込んできた『力』だが、取り込んだ時も違和感を感じなかった。

 その段階でで気付くべきだったのに、それをしなかった自分は、紛れもない道化だ。

 真実に気付き、絶望に打ちのめされそうになるが、

「――冗談じゃないわ」

 彼女は違った。

 紅羽は怒りに燃える眼差しで、再度眼前にいる亀の化物を睨み付ける。

 今度は一切眼を逸らさない。

「……お父様には嫌悪され、分家の者たちには『化物』扱い。唯一妹(あの子)だけが、私を信頼してくれていたけど、地術が使えない私には嫉妬の対象でしかなかった……」

 ふつふつと、腹の底から熱を帯びた怒りが全身を満たしていく。

 なのに、意識は恐ろしく冷ややかだ。

「……初めてよ」

 その細くしなやかな指が、優しく差し伸べられる。

 だがその声には永久凍土もかくやと言わんばかりの殺意と、溶岩の奔流を思わせる激怒が込められていた。



「こんなにも、誰かを『殺したい』と思ったのは……っ!」



 本能と多少の理性しか無い野生の獣のような『是怨』は、その声に少しだけ身体を震わせる。

 ここは、紅羽と『是怨』の精神が交わっている空間。

 もし彼女の精神が死ねば、彼女の人格は喰い散らかされ、この妖魔――いや、魔獣にとって都合の良い人形となるだろう。

 しかし、その逆ならば――?

 判らない。

 だが。

「どうなるかなんて知った事じゃないわ」

 何故この空間で外よりも強大な重力が操れるのか、それが眼前の魔獣にどこまで通用するのか、何かもかも判らない。

 もしかしたら、勝っても人間としての自分が喪われるかもしれない。

 だが、それでも。

 このままでは、地術の才能どころか人間としての自分すら喰い尽くされるかもしれないのだ。

「もう、アナタの『力』なんて、どうでもいいわ」

 重力が四方八方から、敵を圧縮し始める。

 敵も咆哮し、重力を圧縮して指向性を持たせ――重力砲(グラビティブラスト)を砲撃してくる。

 しかし、紅羽はそれに当たらない。

 口の開き具合と視線を見極め、掠める事さえせずに避け切った。

 人と獣。

 例外はあるだろうが、知略を用いた騙し合いにおいて、人が獣に敗けるのは稀だ。

 例え敗けたとしても、次回にその教訓を活かすのが人間である。

 故に、人間は『神』すらも屈伏させられるのだ。

 そして、相手はただ図体の大きな亀に過ぎない。

 本当はそうではないのだが、完全に激怒している紅羽はそう認識した。

 前述した恐怖や畏怖などは既に彼女は感じていない。

 能面のような顔の内側に在るのはただ『相手を殺す』という殺意のみ。

 故に、敵の重力砲は完璧に避けられ、紅羽の重力圧縮は亀の四肢と尾の岩蛇を押し潰せたのだ。

 ここは精神の世界。

 確たる自我を持つ者が全てにおいて優先される世界。

 存在は定着しようとも人と同等の自我の類いが生まれていない『是怨』など、ここでは現実の世界に比べて遥かに弱い。

 故に、彼女の強靭な意思が籠った重力攻撃は容易く『是怨』を傷付けた。

 四肢を潰され、絶叫する『是怨』。

 自分の駒に手痛い攻撃を加えられ、困惑と怒気の咆哮が鳴り響く。

「――まぁ、考えてみればアナタも可哀想な存在ね」

 そう言いながらも、永久凍土の眼光は一切揺るがずに相手を見据えている。

「でもね、人間を――いえ、私を駒にした事は許すつもりはないわ」

 どんどんと、その巨体が高重力を全方向から浴びせかけられ、徐々に縮小していく。

 ゆっくりとした縮小の理由は、『是怨』が重力圧縮に抗い逆方向に重力を展開しているからだ。

 しかしその抵抗も無意味。

 伸ばされた紅羽の腕。

 その先にある五指が優しく握られる。

 瞬間。

 更に圧力は掛かり、眼前の巨大亀を押し潰していく。

「――――!!」

 最早、亀の咆哮すら重力の圧縮される音に紛れて聴こえない。

 そして――五指はまた軽く開かれ、

「――さようなら」

 今度は強く握られる。

 そして――『是怨』は全方向からの重力によって欠片一つ残さず押し潰された。

 それを確認して――紅羽は何故か自分の身体が重くなったような気分になった。

 だがそれは、不快な重さではない。

 寧ろ――どこか心地良い重さ。

「……ああ、そういう事」

 すぐに気付けた。

 これは『人の重さ』なのだと。

 徐々に地術の才能と共に喰われていた自分の一部。

 それが帰ってきたのだ。

「お帰りなさい」

 自分の胸に手を重ねてそう言う紅羽の顔に、陰は無い。

 そこには、ただ優しい笑顔を浮かべた女がいるだけだった。

 それと同時に、周囲が明るくなっていく。

 彼女は周囲が明るくなった事で漸く気付いた。

 自分が――『海の底』にいる事に。

 遥か頭上には水面に乱反射している光が見える。

 その光が、周囲どころではなくこの海全てを照らしていた。

「これが――私の心の中……?」

 そう呟いた彼女。

 彼女としては、もっと暗く汚れているものだとばかり思っていたのだが、眼前には少々冷たい感じだが明らかに暖かい光に満ちた風景が広がってたのだから驚きだ。

 そんな彼女の背後から声がした。 

「――正確には、自分の心の内を海と置き換えて視てるだけなんだがな」

 そこには、神谷と名乗る男がいた。

 その手には妙な意匠の短剣がある。

 ただの短剣ではないだろう。――しかし、言い換えればそれくらいしか判らないのだが。

「どうして、ここに?」

「まぁ、どうなるのかの見物だな。喰われて人形になるのなら、俺はアンタを殺さなきゃならなかったからな」

 至極真面目な顔でそう言った。

 つまり、

「アナタ、こうなるって知っていたでしょう?」

 そう訊かれ、男は頷く。

「――まぁな。十中八九こうなるって予想はあった」

 そう言われて、苦笑が漏れてしまう。

「酷い人ね。そんな場所に私を行かせるんだもの」

 何故だろうか。

 本来ならば八つ裂きにしてもおかしくはないのに、何故かこの男との会話は心地好い。

「んー、いやな。手を貸しても良いんだけどなぁ――自分の首輪外すのに、他人の手が要るのか?」

「――なら、要らないわね」

 即答する。

 どうしても他人の手が必要な時以外に他人の手を借りる事は彼女の矜持が許さなかったからだ。

「それよりも――どうやって『私の心の中(ここ)』へ?」

 そちらの方がよっぽど気になる。

「俺は、人の心に入れる能力を持ってる。ソイツでここへ『ダイブ』しただけだ」

 恐らくはそれだけではないだろう。

 紅羽はそう思ったが、追求はしない。

 自分だってまだまだ手の内は隠しているのだから。

 しかし、それよりも確認しておかなければならない事があった。

「――私を縛ってた存在を、アナタは見た?」

 そう訊くと、

「……ん、まぁ……見た」

 ばつが悪そうに頭を掻きながら神谷は首肯する。

 本来ならば口封じに殺すのが常套手段だが、紅羽はそれをしたくなかった。

 そして、『ここ』だからだろうか、彼女には理解出来る事もあった。

 神谷が言っていた事に嘘は無く、確かにこの男も自分と『同じ』だという事である。

「アナタの言った通りね。――本当に『同類』だったとは思わなかったわ」

 感じたのだ。

 是怨と同じ――『正攻法では勝てない化物』の気配を。

 それが微量に人の気配の中に混ざっており、腕の良くない術者では感じ取る事すら不可能だろう。

 それが判る時点で、紅羽の術者としての嗅覚は優れているという事になる。

 いくら同類だからとは言え、判らない者は判らない筈だ。

 現に初めて逢った時には同じ境遇だとは思っていなかった。

「さて、これでアンタは漸くスタートラインに着けたワケだ」

 そう思っていると、神谷はそう言い出した。

「……どういう事?」

 嫌な予感が背筋に走る。

「んじゃあ、説明その一。仮にも『神』に分類されるような魔獣が、たった一回殺されたくらいで『死ぬ』か否か?」

 背後で急激に膨れ上がる威圧感。

 その感じなれたプレッシャーを受けて、嘆息する紅羽。

「…………ああ、そういう事ね」

「んで、俺はこの『神サマ』の特性を喰いに来たってワケだ」

 ズルリ、と神谷の背後から『龍の頭』が現れる。

「流石にコイツの『魂』を頂く事は、今の俺にゃ出来ないからな。それでも『重力操作』って能力は魅力的だ」

 それを頂きに来た、と神谷はあっけらかんと言ってのける。

「相手は文字通り神様よ? 勝てると思ってるの?」

 おかしそうな顔のまま、そう紅羽は訊く。

 その顔には、恐怖も気負いも無かった。

 ただ、自然体で佇む美女がいた。

 その横には、八つの龍頭を背より生み出し、その手に二振りの長剣を握る長身痩躯の男。右の剣は赤黒く、左の剣は翠に黒が混じってい

る。しかもその柄には機械を思わせる機構があり、刀身には鋸(のこぎり)や百足の脚に似た刃があった。

 そして、それらの剣から本来は聴こえる筈の無い駆動音が聴こえ始めた。

 その刃たちが回転し始めたのだ。

 その様相は正にチェーンソー。

 龍の首だが、神谷との接合部分は見えない。いや、無い。

 恐らく、何かしらの――魔力か気を用いて顕現させているのだろう。

「イメージしてみな。ここは、アンタの世界だ。アンタが望んだ『力』が使える」

 言われて、イメージする。

 幼い頃から憧れた――大地を操る術。

 防御において他の精霊術に圧倒的アドバンテージのある術。

 圧倒的な質量を誇る術。

 そして、愛着すら湧いてきた重力を操る能力。

 まずはイメージだ。

 丁度良く眼前には、玄武の似姿の化物がいるのだ。

 それをイメージの根底に据える。

 憎いが、その力は捨て難い。

 そしてその時に理解した。

 あの化物を一度殺した瞬間に、あの化物の力の一部を『人のまま』取り込めている事に。

 それを認識すると――直ぐに思い至った。

 まずは護衛がいる。

 そう思うと、是怨を思わせる玄武が、紅羽の目の前に現れた。

「――機械、ねぇ」

 横目で、神谷の剣を見る。

 明らかに凶悪な様相だ。

 神性などは一見すると皆無だが、在る。

 騙すという点においても、脅すという点においてもかなり役に立ちそうだ。

 そう思うが、すぐにそれを意識から外す。

 是怨の甲羅から岩蛇が無数に出現したからだ。

 それら全てが口を開く。

 重力砲の乱舞。

 それらを防ぐ為に紅羽が生み出した玄武が眼前に躍り出る。

 そして――その砲撃の一切を防ぎ切った。

「……現実じゃあ、こうはいかないんでしょうけど……使えるわね」

 紅羽が突発的に生み出した是怨の姿をした魔獣だが、以外なくらいに使えた。

 その装甲は厚く、重力による障壁すら存在し、紅羽(ほんたい)が無事ならば自身を分解・再構築する事も可能である。

 亀と蛇の口からは是怨宜しく重力砲を発射可能のようだ。

 つまり、紅羽がいる限り倒されても何度も再構築され、二つの口から重力砲を発射する。

 正に移動砲台だった。

 そして、紅羽自らが敵を高重力にて拘束してしまえば――相手は逃げられなくなる。

「……っ。ちょっと……キツいかしらね……っ!!」

 先程よりも強い抵抗。

 それもその筈である。

 是怨は、自身が用意出来る『力』の全てを持ち出していたからだ。

 恐らく富士山に残っているのは、三十一年前に封印された山の精気と『力』だけなのだろう。

 更にその下にあった余剰分の『力』全てがここに来ているのだ。

 紅羽が知る限りでは、封印は言わば爆発寸前の噴火を更に強力な圧を加える事で放出を防ぐ事を指す。

 故に、封印されるのは三十年毎に溜まった『力』のみ。

 その前に増幅された『力』に封印は掛かっていないのだ。

 質で劣る故に量でカバーする作戦。

 確かにそれは、相手が紅羽だけならば功を奏しただろう。

 だが――

「余所見厳禁……ってな!」

 二本のチェーンソー型の剣を器用に操って、甲羅の上の岩蛇を斬り捨てていく神谷がいた。

 縦横無尽に駆け回り、斬って斬って斬りまくる。

 それは、無茶苦茶な斬り方だった。

 当たるを幸いに触れた所から削り斬っていく。

 剣術云々以前の無茶苦茶な動きだが――それでも、紅羽にはその攻撃がもし向けられたらと考え、彼女には防げるイメージが湧かなかった。

 どんなにシミュレートしても、最後にその回転する刃が自分の首を撥ねるイメージしか思い浮かばなかったのだ。

 そして、神谷が従える八首の龍の頭が斬られた岩蛇を喰っていく。

 そうやらアレで敵の『特性』とやらを手に入れられるのだろう。

「……お礼は言わないわよ」

 例え、神谷――いや刀悟が手を貸さなければ少々死に掛けたのだとしても、だ。

 彼女の、今の今迄で一番強い重力の枷が、是怨を包む。

 その少し前に刀悟は離脱しているので、躊躇う理由は何一つ無い。……例えいたとしてもそのまま撃っていただろうが。

 何故なら彼がこの程度で死ぬとは思えないからだ。

 それに、彼が『奥の手』をいくつか持っているのは態度で判っている。

「……是音(ゼオン)、仕留めなさい」

 ふと戯れに生み出した魔獣に名付けると、驚く事に薄かった『神』としての性質が増幅した。

 それに了承と歓喜の咆哮を上げて、玄武――いや、『是音』は亀と蛇二つの口腔より、大気すら歪ませる高重力砲を放つ。

 それは狙い違わずに――『是怨』を吹き飛ばした。

















「――はっ!?」

 気付けば、自分は海の中などではなく、先程座っていた席に座っていた。

 ふと店に備え付けてある時計を見る。

 数分も経っていなかった。

「……」

 だが、そんな事はどうでもいい。

 大事なのは――

「……これが、『力』ね」

 そう感慨深げに掌を見つめる。

 自分の内に在る強大で巨大な『力』。

 ともすれば自分すらも壊してしまう程だった。

「……まずはその『力』をコントロール出来るようにならないとな」

 顔を上げると、反対方向に座っていた刀悟が、資料を鞄に仕舞い込んでいた。

「……そう、ね。どうにも勝手が判らないんだけど、アナタは私に『この力』の使い方を教えてくれるのかしら?」

 なんとなく、このままこの男が立ち去るワケが無いと踏んでの質問。

 根拠の無い直感だったが、それは当たっていた。

「ああ。もし制御を間違えたら、ここら一帯を更地どころか不毛の大地になっちまうからな。最低限の制御方法くらいなら、教えられると――思う」

 まぁもし暴走したらその前に俺が殺していたが、とは刀悟の談。

 しかしそれを聞いても紅羽は動じない。

「なら、お願いするわ。私に、『この力』の使い方を教えて頂戴」

 そう言って、頭を下げた。

 そんな彼女に刀悟は、

「了解。そんじゃあ改めて自己紹介だ。俺の『前の』名前は『神凪刀悟』。お察しの通り、炎術師の家系に生まれながら、『八岐大蛇の力』を手に入れた爪弾き者だよ。まぁ、宜しくな」 

 そう言った。

 これには驚きと同時に愉快さも感じる紅羽。

「……そう。そういった所でも『同類』なのね」

 そう呟き、

「……ふ、ふふふ…………あはははははははっ!!」

 彼女は上品な仕種で笑う。

 ここまでくると、彼女としては笑いを堪えるのが難しかった。

 それは、先程まで険のあった彼女が見せた極上の微笑。

「なら、私も改めて自己紹介するわね。私は石蕗紅羽、地術師の家系に生まれながら富士山の化身を身に宿した女よ」

 そう言って気取った様子でカップを口に持って行き――

「「……ぷっ」」

 そして、二人は笑う。

 だがそれは、安堵の笑い。

 こんな世界で、初めて見つけた同種の存在。

 それが、どうしてだか――こんなにも安心出来てしまう。

 『独りじゃない』。

 たったそれだけなのに、どうしてこうも嬉しいのか。

 単純な自分自身に呆れつつ、二人は笑い合うのだった。



















































 ※妄想バージョン (正直、早まった感がトンデモないですが……)


「――機械、ねぇ」

 横目で、神谷の剣を見る。

 明らかに凶悪な様相だ。

 神秘性などは一見して皆無だが、無くはない。騙すという点においても、脅すという点においてもかなり役に立ちそうだ。

 そう思うと、玄武の姿が少し、いや大幅に変わる。

 外観が機械化されたのだ。いや、むしろこれはサイボーグといった所だろうか。

 玄武のサイボーグ。

 ……何故だか、『神秘』というモノに真正面から喧嘩を売っている気分になった。

 三メートル弱という大きさの玄武だが、鈍重さは欠片も感じない。

 四肢に鋼鉄の爪と共にホイールがあったからだろうか。それとも、甲羅から生えた二つの噴射口のせいだろうか。明らかにロケットブースターと呼ぶに相応しい形をしていた。

「「…………」」

 更に玄武(サイボーグ)の武装化は続く。

 今度は甲羅の前脚が出る部分に砲身が二門生み出された。いや、装填された。

 他にも様々な武装が生み出され――明らかにアニメや漫画に出てきそうな亀の姿をしたスーパーロボットがそこに誕生した。

 言うなれば、それは玄武にて玄武に非ず、是怨にて是怨に非ず――『GEN‐BU』や『ZE‐NON』と呼ぶのが相応しかった。

 そして、その玄武(サイボーグ)は肩に前脚の上、甲羅の肩部分に担いだ二門の砲より黒い砲線を発射。明らかに超重力によってブラックホール化した砲撃である。

 そしてソレが、再度出現した是怨を消し飛ばした。



 明らかに『オリジナル』より強い。



「「………………」」

 呆気に取られる二人。

 さて、何故紅羽が生み出した亀が『こうなった』かだが――原因は神谷刀悟にあった。

 既に本人も殆ど覚えていないが、『神凪刀悟』改め『神谷刀悟』は転生者である。

 それも、日本におけるサブカルチャー、口さがなく言ってしまえば、オタク趣味を持った男だったのだ。

 そしてここは紅羽心の中。

 そして彼女が連想したのは、神谷のチェーンソー。つまり機械。

 更に先程見た是怨の重力砲を見たせいで砲戦仕様を連想。

 そして、それの補完をしたのは、神谷の心である。

 幼少の頃よりそういった趣味に没頭出来る環境では無かったせいか、彼は少々――飢えていたのだ。

 漫画を、ゲームを、アニメが観たい。

 前世の知識、そこの趣味に関するモノは広く浅い。だが逆にそれが神谷にこの世界のアニメや漫画の観たさを助長させていた。

 そう――こんな危機迫った状況でも、突如現れた玄武を脳内でメカに変換する事を妄想するくらいには。



「…………なんなの、コレ?」



 そう呟いた紅羽。

 あの一撃で是怨の意識は完全に消滅。

 『力』の支配権は紅羽へと移動した。

 心の海の中に玄武(サイボーグ)の咆哮が木霊する。

 しかしそれを見る二人の空気は――――とてつもなく、重かった。








(あとがき)

……まぁ、その……はい。

来月スパロボOGがアニメで放送されるって事でテンションがエラいコトになってた私の妄想です。

現代伝奇モノの世界にスーパーロボットを混ぜると、酷いですね。

まあ、私の文才がそれを可能に出来ないだけなんですがね。



とりあえず次回は、紅羽の実家からの旅立ちをメインに書く予定です。

いい加減、外国に向かわせたいですねぇ。

しかし……紅羽はどうするか……くっついていかせるべきか、それとも別れさせるか……。

っていうかその前にきちんと題名を決めないと……。

どんな名前がいいんでしょうねぇ?

せめて次回の更新までには決めないとなぁ。




[20794] 紅羽との別れ
Name: SRW◆173aeed8 ID:6727ef40
Date: 2010/12/10 14:47
 たった一度の精神世界での戦闘を経て、紅羽は完全に富士山の化身の『力』を取り込んだ。

 俺とは大違いだな。

 俺は時間が掛かったからなぁ。

 何度殺し殺されたのやら……

 話を戻すが、それから俺は紅羽女史に連れられて、石蕗本家へと向かった。

 しかし俺は屋敷には入っていない。

 まず第一にどこの馬の骨とも判らん若造が、富士山の鎮守を担っている誇り(だけはその富士山のように)高い石蕗一族の屋敷に入れるワケがないからな。

 借りた車の車内で寝ていたから、どんな話を彼女がしていたのかは知らないし訊くつもりもない。

 だが、戻ってきた彼女の顔が溌剌としていた事から察するに、とても良い結果になったようだ。

 ちなみに免許に関してだが――金ってのは偉大だなぁ。

「さて、そんじゃ紅羽さんはどこに――」

「呼び捨てでいいわ。その代わり、私は刀悟くんって呼ばせて貰うわよ?」

 助手席に座った紅羽がそう言う。

「――了解」

 どこか少女を思わせる屈託の無い表情で笑う紅羽に、俺はそう返した。












 そして俺たちは小さな喫茶店へとやって来た。

 オープンテラスの席で向かい合って座り、談笑する二人の姿は仲睦まじい恋人に見えるんだろうが、喋っている内容は甘くも何でもない。

「――つまりだ、俺らが手に入れた能力は、かなり融通が効くんだよ」

「そうなの?」

「ああ。――まぁ、余りに突飛な発想をしても、弱い能力にしかならなかったり、最悪能力に結び付かない場合もある。例を挙げれば、俺が手に入れたのは八岐大蛇だが、龍の頭は俺が考えた。下地の段階で神話や伝承とかでソレの姿は多種多様に描かれてあったからな。だから龍頭もすぐに反映出来たワケだ」

「……成程ね。なら、私の重力は――?」

「多分、元は重力操作なんて能力は無かったんじゃねぇか? それをあの『神』に付与したのは……」

「……人間?」

 俺はそれに頷く。

 大体、山の化身なら溶岩やらまたは山そのものを操るのが普通だ。

 次点で水とか樹木だろうな。一応これらも山に在るからな。

 それなのに、富士山の化身であるアレは重力を操った。

 当時の人間が、どこをどう考えたのかは判らんが、そのせいで重力というある種のトンデモ事象を操れるんだから、人の想像力ってのは恐ろしい。

「必要なのは、自分自身が納得できる『力』の発現方法を考えるのが大事って事かしら?」

「そうだな。大事なのは『取り込んだ存在』と想像する能力にどれくらい関連性があるのかで、その能力が使えるかどうかが決まるんだ。言ってしまえば、連想ゲームだな。関連性があるって思えば(でっち上げれば)その能力は使える」

 勿論、関連性が薄かったり低かったりした能力はそれ相応だ。

 ならそれを強化するにはどうしたらいいか?

 答えはシンプルで、他から持ってくればいい。もっと言えば似た能力を持ったモノを取り込めば良い。

 例え取り込んだとしても俺たちは人間から逸脱しない。

 ただ取り込んだ『存在』の『力』が増大し、多様性を増すだけだ。

 無い場合は、視点を変えて強く考察すれば、能力を強化する事も可能だった。

 そういった事を実体験を元に説明していけば、

「…………とんでもないわね」

 そう言って紅羽は呆れるのだった。

 まぁ、そういった法則性を見極めれば、ありとあらゆる局面に対応出来るんだ。

 少々便利過ぎるかもな。

 だが、超越したレベルの魔術師や精霊術師は自分の好きなように事象を操る。

 例えば和麻。

 ほとんど磨耗して役に立たない前世知識からすると、和麻は何やら強大な存在に唾を付けられているらしい。

 まぁ、その知識が無くても、炎術師の宗家の炎の加護を押し退けるくらいに強力な別の加護って時点で、『精霊王』が関係しているだろうと思っただろう。

 ずっと二人で戦ってきたんで知っているんだが、アイツは俺が前にいてもお構い無しに風刃を繰り出しやがる。それも無数にだ。

 だが、それが俺を襲う事はない。いや、時折掠めると服が切れてる場合もあるが、基本それだけだ。アイツの攻撃の感覚は大体掴んでるから、見なくても九割避けられるんだが、避けなくてもソレが俺を殺す事は無い。

 対象のみを両断する事なぞ、和麻からしたら余裕の技術だと本人は言っていた。

 話を戻すが、和麻たちが使う対象にだけ作用する業。

 俺も自然界にあるいくつかの現象をある程度操れるが、そういった概念レベルに値する高ランクの業は使えない。

 しかしだからと言って、それに値する能力を持っていないワケではないがな。

 唯一俺がそのレベルにある能力は、『喰らう』という行為のみ。次点で『斬る』という概念だ。

 最近やっと定着してきた『龍蛇頭(りゅうじゃず)』と呼んでいるソレで喰らった存在を吸収し、自分の『力』として取り込むという物だ。

 まぁ、要するに龍の頭だけじゃきちんと定着しないんで、蛇と絡めた名前で呼んで外観をソレに固定しただけなんだがな。

 お陰で、龍や蛇に属する妖魔や魔獣、果ては神の能力を得る可能性が出てきた。

 既に蛇や龍の姿をした妖魔らを喰らえば七割の確率でソレの能力を取り込めるようにもなっているからかなり重宝している。

 勿論重複しているヤツも無駄スキルもかなりあるので、きちんと戦闘で使える業は限られているが。

 まぁ、どんな能力も使い様だって事だろうな。

 それを使いこなす為に死ぬような修練と努力、そんで研鑽が必要なのはどんな物事であれ変わらないが。












 さて、そうやって『力』についてある程度説明し終えた俺は紅羽に質問する。

「それで、紅羽はこれからどうするんだ?」

「そうね……とりあえずは、何か仕事でも始めるわ。幸い、貴方のお陰で『力』の扱い方に関しては目処が立ったから――まずはお金を貯めるつもりよ。そっちは?」

「んー、取り敢えずは連れと合流するかな」

「あら、そんな子がいたの?」

 驚く紅羽。

「ああ。信頼なんざ欠片も出来ねぇ腐れ外道のスケコマシだが、実力だけは一流なんだよ。しかも共通の敵がいたもんだから、こっちのクセやタイミングに余裕で合わせてこれる稀有な野郎でなぁ。――まぁ、弊害もあるんだが」

 それを思い嘆息する。

「何かあるの?」

 俺の発言を半ばスルーする紅羽。……少々苦笑しているが。

「その――災難が、な」

 思い起こせば、あの阿呆と組んで仕事をする度に必ず余計なオマケがくっついてきやがった。

 例えば、討伐依頼されている妖魔が更に強大な妖魔の端末だったとか――良くはないがまだ良い。妖魔の討伐に来た筈が何故か御家騒動に巻き込まれてしまったとかだって精神的に疲れはしたがその分金は大量に手に入ったからまぁ良しとしよう。

 だが、とある樹海の奥地に住む『ある魔獣』の生体調査の依頼をこなしに来たのに、ソレを密猟しに来た妖魔や魔獣を売買している組織とカチ合ってドンパチやらかした時は流石に疲れた。丁度その時、和麻とは別行動していたんだが、何故かアイツもアイツでその組織の連中とやり合ってたらしい。んで、後で知ったんだが、結構裏の政財界とかで知られてた組織だったらしく、日本とかの政府関係者や大企業の重役とか結構な人数が顧客だった。一歩間違えば、俺とアイツは神凪に泥を塗ったって名目で粛清対象になっていたんだが、その組織を壊滅させたから差し引きはゼロ。んで、顧客リストを強奪してから、俺らはソイツらを襲撃して迷惑料を徴収した上で、我が親愛なるクソジジィ共がやってる政治的癒着について色々とお話を聞けた。結構良いカードが手に入ったのは収穫だった。

 そういった思わぬ厄介事のせいで、俺もアイツも必要以上に成長した。

 成長しなかったら死んでただろうしな。

 だがそれでも、厳馬の叔父貴にゃ敵わない。

 二人掛かりで向かって結構良い所まで追い詰めるんだが、結局最終的に地面に這い蹲っているのは俺らだっつーんだからなぁ。

 遣る瀬無ぇったらありゃしねぇ。

 しかもそう考えると、全盛期の親父(炎雷覇持ち)はどれくらいチートスペックだったのかと。

 魔に対して絶対的な攻撃力を持つ霊剣。

 しかも物理攻撃も可能で、炎の総量も増幅するとか。

 ……っと、話が逸れたな。

「まぁ、ちょっと騒がしい事になるだけさ」

 そう言って俺は苦笑する。

「友達なのね」

 そんな俺の顔を見て、紅羽が微笑んだ。

「…………そうだな、悪友ってのが一番合ってる」

「親友じゃなくて?」

 どこか面白そうにそう訊いてくる。

 …………親友、ねぇ。

「無いな」

 即答する。

「向こうだってそう思ってはいないだろ。俺らは悪友。騙しもするし、嘘も吐く。気が向かなきゃ手だって貸さねぇ。気に入らなかったら殴って止める仲なんだ。そういうの、親友とは呼ばんだろ」

「そういうモノかしら?」

「さてな。俺はそう思っているだけなんだが」

 そんな俺に彼女は何を思ったのか、おかしそうに笑う。

 それからいくつかの修業方法へのアドバイスをして、俺たちは店を後にする。

 本当はこれから日本各地を自由に見て回る予定だったのだが、先程ふと思い出したのだ。

 和麻が向かった香港、そこで起きるであろう災厄を。

 しかも殆どポンコツと貸している原作知識なだけに、かなり疑わしい内容だった。

 思い出した内容は、『香港で和麻の恋人がアルマゲストに殺される』というモノ。

 何であの有名な魔術組織である『アルマゲスト』があの馬鹿の彼女に手を出すのか理解不能だったが、唯一残っている情報がそれだけなのだ。

 救える命がある以上、それを救いに行くとしよう。国内観光はその後でも出来るしな。

 そう思い、俺は空港へと向かう。

 空港で手続きを済ませ、俺は紅羽に向き直る。

「……そんじゃ、ここで一旦お別れだ」

「そうね。今の私じゃ、貴方や貴方の友達にとって足手纏いにしかならないものね」

 そう言う紅羽の顔は少し寂しそうだった。

「……まぁ、な」

 紅羽は今まで供給される『力』だけを使ってきた。

 だが、今の紅羽は『内』に在る『全ての力』を使用出来る。何もかもが桁違いなんだ。

 下手を打てば、自分の制御を離れて暴走してしまう。

 だから、人気の無い場所で訓練するしかない。

 その方法も教えてはいるが、時間が掛かるのは眼に見えてる。

 言ってしまえば『神域』――『カミサマの領域』を創ってそこで訓練するって方法だ。

 要は外部を破壊しない為の結界だな。

 勿論コレにも穴はある。

 当たり前だが、許容量を越えた破壊を受けると『神域』は崩壊する。……その内側にいた全てに等しく多大なダメージを与えて、だ。

 しかもそれだけじゃない。

 破壊力が『神域』の防御力を上回れば、創られた『神域』の規模と同程度の範囲に『そこ』で起きた『全ての破壊の衝撃』が解き放たれる。

 多分、そうなりゃ人が生き残れる可能性は絶無だろう。『神域』ってのは文字通り神様の為の箱庭なんだ。壊すのだって並大抵じゃ出来る筈が無い。そりゃ、壊さなくとも一部だけを破って抜け出す事とかは大丈夫だろうが、完全に破壊してしまえば……待っているのは『死』だ。

 それは基本的なベースは人間でしかない俺らでも例外ではない。

 勿論それを回避する反則技だってあるが、それでもボロ雑巾のようになるのは確かだ。

 俺ですら現状でも『それ』を創るに時間が掛かったんだ。

 初めて『神域』を創る事になる紅羽がどれくらいの代物に出来るのかは知らん。

 だからある程度広い人気の無い場所が必要なんだ。

 創る範囲、結界の強度、更には結界内の風景、自分にとって都合の良い『世界』を生み出す業。

 だからこそ、その創作過程で齟齬が生じれば『神域』は『神域』足り得ない。

 その為には数をこなすしかない。

 まぁ、『神様の力』が使えたって所詮俺も紅羽も人間。

 何事も特訓って事だ。

「そんじゃ、また」

「ええ、元気でね」

 そう言葉を交わして、俺たちは別れた。















「……行っちゃった、か」

 そう呟き、紅羽は携帯電話に登録した刀悟のアドレスに眼を落とす。

 初めて出来た『友人』。

 その『友人』は、無機質だった自分の心に様々な『初めて』を運んでくれた。

 人と話す楽しさ。

 強くなる方法。

 そして、同類がいるという安心感。

 勿論最後の感情は甘えに他ならない。

 だが、紅羽は自分の事を判っていた。

 自分は、誰かがいなければ直ぐに間違った方向へ向かってしまう。

 だからこそ、この安心感は有り難かった。

 故に紅羽は前を向ける。

 破滅など見据えず、誰かの不幸も望まず、ただ自分が生きたい様に生きる。

 それがきっと――自分をあの地獄から救ってくれたあの青年と肩を並んで生きる為の秘訣だと思うから。



 それから七ヶ月後、紅羽はある噂を聴く。



 香港にて『アルマゲスト』首領である『アーウィン・レスザール』が無名の風術師と異能者と引き分けた、という内容だった。

 情報屋から仕入れたいくつかの情報は、その異能者とやらが刀悟に間違いないと彼女に確信させた。

 そして彼女は香港に飛んだ。

 彼と彼の友人を、今度は自分が助ける。

 借りを作ったままではいられない、そう彼女は思っていた。

 その内に在る淡い感情に気付かぬまま――







(あとがき)

どうも、作者です。
……ええ、はい。今回ももう難産でしたよ。

次は、やっと和麻とあの少女の話が書けそうです。
とうとう次回は和麻の今後の在り方を決めた『彼女』を出せます。




実は作者は某雑誌に掲載されていた短編はある程度読んでいましたが、短編集やTRPGには手を出していません。
故に出さないキャラもそれなりにいますがご了承下さい。

あと、誤字脱字に気付かれた人は教えて頂けないでしょうか。
極力自分で見つけようとしてはいますが、どうしても見落としてしまうので、どうか手を貸して頂きたいのです。




それと今回から、題名を『異端にだって意地が在るっ!!』に変更したいと思います。
これからもこの作品にどうぞお付き合い下さい。





[20794] その男、魔術師の中の魔術師(上) ※没
Name: SRW◆173aeed8 ID:993140f7
Date: 2011/02/26 00:46
 全ての命は『命の輪』と俺が呼んでいる『世界の流れ』に乗って循環している。

 その流れに乗ると、命は世界を巡ってゆけるのだ。

 魂そのものに貴賎は無い。

 何故なら、結局全ては同じ大本に集うからだ。

 どこぞの最後の幻想の名を冠したゲームの設定に似通っているが、それが一番近い。

 魂を扱う俺だからこそ、判る。

 この世界に『死後の世界』は無い。

 様々な宗教がこの世界には溢れていて、それらに様々な奇跡や神秘が存在している。

 それを産み出しているのは――俺は『世界そのもの』だと思う。

 正確に言えば『死後の世界』とは、宗教を崇めている人間をその時代の国の法や価値観、倫理観によって天国や地獄などに選別しそれを体験させるだけなのだ。そして、魂に蓄積された記憶と知識、そして経験を抽出し、統合する。『死後の世界』は一種の濾過装置だと考えると良い。

 ある程度の期間が過ぎればその魂は多少の記憶の残滓を抱えて、次の生命へと転生する。

 ならば抽出された『それら』はどこへ向かうのか?

 それは――


 












 俺は今まで受けてきた全ての依頼に満足出来る結果を残せているワケじゃない。

 救えなかった命。

 護りたかった命。

 この手で終わらせるしかなった命。

 怨嗟のままに死んでいった人。

 諦観のままに終わりを迎えた人。

 手を差し伸ばしながら消えた人。 

 強くなる度にそういった後悔は強くなっていく。

 それこそ、その直後は割り切れずに少々引き摺る事もあった。

 だが、次の依頼が直ぐに舞い込んでくるせいか、それに一々気にしてもいられなくなっていく自分。

 そんな自分が嫌になる。

 そして、否応にも理解した。

 俺たちは『事』が起きなければ動けない。

 『何か』が起これば犠牲は必ず出る。

 犠牲があって初めて俺らは動けるのだと。

 これは、俺がこの濃密でありながらも短い人生で得た教訓の一つだ。

 だが、俺は『未来に起きるであろう悲劇』の一つを知っていた。

 少女の名は翠鈴(ツォイリン)。

 香港で最も治安の悪い魔窟と悪名高い九龍城の商店街、そこで小料理店を営んでいた俺や和麻より歳若い少女。確か、俺らより一つか二つ年下だったか。

 元の小料理屋の店主だった父母は既に他界しており、唯一の身内と言えば、祖父であり同じ商店街に軒を連ねる骨董屋『天水堂』店主・黄影龍(ウォンインロイ)のみ。そして、彼はこの九龍城の商店街では裏の顔役の一人だった。

 尤も、彼女はその事実を知らない。

 彼がいたお陰で彼女は至って普通に店を続けられたという事実を。

 彼がいなければ、彼女は娼婦として生きていくしかなかっただろう。

 孫娘でさえ知らない事実。しかし、顔は知らずとも彼女を始めとした商店街の住人たちは『裏の顔役』がいる事を知っていた。

 史実、いやかつて俺がいた世界では九十年代時において解体されたのだが、九龍城はこの世界では至ってその崩壊する事無く普通に在った。

 そして、その件の小料理屋に和麻は転がり込んだ。

 正確には、翠鈴の口利きで黄影龍と逢って仙人に関する情報を得る対価として彼女の護衛を依頼された――らしい。

 優秀な風術師。

 知覚能力に関して言えば、これ程までに優れた術師はそうはいない。しかも聞けば腕も立つと言うではないか。

 孫娘を眼に入れても痛くない程に溺愛しているあの老人にとって、和麻という存在は渡りに船だったと言えるだろう。

 故に海千山千の古狸に担がれ、あの阿呆は翠鈴と一緒の住居兼小料理屋に住まう事となった。

 そして和麻は『何でも屋』を始めたらしいんだが――俺が香港にやって来たのはアイツが来て三週間後という短い期間で、裏社会では『馬鹿強い風術師の日本人が現れた』と噂になっていた。

 ちょっと裏路地で『その手の道具』を扱ってる胡散臭いオッサンですら知ってたのだから、あの馬鹿はどれ程派手に動いていたのかと調べてみたら……呆れるくらい騒動に巻き込まれてやがった。

 なんでペット捜索の依頼を受けて新興のマフィアと銃撃戦を繰り広げた挙句にその組織を壊滅させてんだよ。

 小さいのも入れるとアイツ三日に一回の割合で騒動に巻き込まれてやがる。

 歩くだけで事件に巻き込まれるだなぞ、一体どこの名探偵だアイツは。

 何やら人の罵声らしきモンが近付いてきた。まさかと思いそっちを見てみると、香港で久し振りに見たあの阿呆が、スーツの強面さんたち(サブマシンガン装備)相手に無双していやがった。

 風術を使わずに拳と蹴りで対応してたが、数が多かったのか和麻は苛ついているのが余裕で見て取れた。

 そして、吹き荒れる風。

 吹き飛ばされてくる黒い物体を全て蹴り落とす俺。

 そんなこんなで俺は和麻と再会した。

 そのまま黄影龍の店に向かい、俺は金を払って今は使われていないボロ空き家を借りる事になった。

 聞けば、九龍城(ここ)の宿は基本的にマフィアや俺ら側の組織の息が掛かっているらしい。

 高級ホテルですらその例外ではないと影龍翁は言う。

 だから俺は影龍翁の薦めで、翠鈴嬢の店の斜向かいにある空き家に住む事になったんだが、どう考えてもあの爺さんに担がれた感が拭えない。

 体の良い監視役を仰せつかったような気がしてならないが……まぁ、報告すれば金が入るならそれでもいいか。













 それから俺らはセットで仕事を影龍翁から斡旋され始めた。

 どうにも取り込み工作臭いが、和麻に関して言えばもうとっくに翠鈴(そう呼ばれるように言われた)に絆(ほだ)されてんだ。今更だわな。

 依頼を受けて、厄介事に巻き込まれて、金を受け取ったり奪ったり騙し取ったり、そして翠鈴の店でメシを食っていちゃつく二人を翁に定期的に報告して金を受け取って、また新しい依頼を受けるというサイクルを繰り返している時の事だ。

 三ヶ月経ったくらいだろうか。

 その日、俺個人に依頼が入った。正確には、影龍翁を経由して、だが。

 依頼人は英国のさる富豪。

 依頼内容は『娘の護衛』。

 その時和麻は、『仙人らしき人物を見かけた』って情報を聞いて別行動を取っていた。

 それに、この依頼で和麻は手伝えない。アイツは翠鈴の護衛が本命だからだ。

 俺は翁にそれを受けると伝え、英国に向かった。

 カルロス・フィッツジェラルド伯爵。

 表の貴族では無く、裏――つまり魔術師としての伯爵位を持つ人物だそうだ。

 英国には表に出ないその手の家系が結構な数あるらしく、その爵位はどれ程女王陛下や英国に貢献したかで決まるらしい。それ故に爵位を持った家系は他家から羨望と嫉妬の視線が集まるとか。

 彼らは首都ロンドンでは無く片田舎に住む一族らしい。

 そんな田舎で暮らしている伯爵様が何の用だと俺が翁に訊くと、数日前にある人物から手紙が届いたのがかの伯爵が影龍翁に助力を頼んだ理由らしい。

 その人物の名は『アーウィン・レスザール』。

 俺の前世の知識で磨耗する事無く唯一残っている危険人物の名前だ。

 それ以前に、裏で生きる人間ならばその御仁が率いる魔術結社『アルマゲスト』を知らないなんてのはモグリや半人前と呼ばれてもおかしくない程に有名だ。

 『星』を結社のシンボルに掲げ、古今東西のあらゆる文献や伝承を読み漁り、新たな魔術を幾つも世に出した希代の寵児が率いる魔術結社。

 しかしその行動理念を知る者は上位の位階に名を連ねた者たちしか知らず、外部の人間は誰も知らない。

 そして、アーウィンに近しい人物は人の寿命を超えて生き続けているとは実しやかに囁かれている噂もある。

 実際アーウィンは既に三百歳を超えているとか。

 その名が世に出たのが三百年前だからというのがその噂の出所だが、下手するともっと上かもしれないと俺は思っている。

 さて、そんな大人物に命を狙われているからといって、何故その伯爵様は香港の翁に助力を頼んだのか。

 その理由は、どうやら昔にかの伯爵様は香港にて翁に命を助けられた事があったらしい。

 だから、助力を頼んできたのだ。最悪、娘だけでも逃がして欲しいと。

















 電車やバスを乗り継いで、俺は名前すらよく知らない英国の片田舎にある巨大かつ古めかしい屋敷へとやって来た。

 出迎えたのはどこか冷たい印象を受ける古くから伝わる英国式の給仕服(所謂メイド服)を来た妙齢の女性。

 どこか人形めいた印象を受けた。

 広間に通されると、そこには金の髪と茶の瞳をした父と娘がいた。

 他に人の気配は感じられない。

 どうやらこの親子とあの女性だけがこの大きな屋敷に住んでいるのだろう。

 そんな俺の発言を裏付けるかのように、フィッツジェラルド伯は言う。

「ああ、黄の御大が寄越した護衛はキミだね? 私がカルロス・フィッツジェラルド。女王陛下より伯爵位を賜っている者だ。……それと、こちらはダフネ。私の娘だ」

 気弱そうな外見と物腰だが、その動作は優雅の一言に尽きた。

 年季の入ったしかし手入れの行き届いた調度品も彼の優雅さを引き立てていた。

 魔術に関すると思わしい道具も幾つか見つけた。

 それを尻目に父の後ろに隠れた少女に眼を向けると、

「……ダフネです」

 どこか照れた様子でそう自己紹介してくれた。

 歳は綾乃と同じくらいだろうか。

「……宜しく、お嬢さん」

 そう言うとますます照れた様子で俯いた。


















 本題に入ると言って居間で向かい合ってソファーに座る俺たち。

 ダフネは席を外させるのかと思っていると、伯爵は彼女を横に置いて話し始めた。

 いくら幼いとはいえ魔術師の家系の人間。

 そういった心構えは既に身に付けさせているようだ。

 しっかりとした面持ちでこちらを見ている。

 とてもさっきまで照れた顔をしていた少女だとは思えない。

「では……まずはこれを見て貰いたい」

 そう言って、手紙を俺に見せてきた。

 そこには流麗なクィーンズイッグリッシュで書かれてあった。

「……このような些か礼を失する手紙を寄越す自分にどうかご容赦を願いたい。私の名はアーウィン・レスザール。『アルマゲスト』という魔術結社を束ねる立場にいる者だ。少々お願いしたい事が卿にはありこうして手紙を書いている。……単刀直入に言うと――」



 ――卿の娘を生贄として使用したい。



 その単語に俺は総毛だった。

 人の命を自分の理由で消費する事に何の疑問も抱いていないのだ。

 確かにこの世界、そういった事柄が無いワケじゃない。

 だが、ここまで自分の理由を臆面も無く書いて寄越せるヤツってのはそうはいない。必ずそこには何かしらの理論武装をするものだが、この手紙にはそういったモノが一切無かった。

 そんなアーウィン・レスザールの精神構造に俺は正直に言えば怯えてしまった。

「……その見返りとして、卿の血筋を残す為に良質な血筋のしかも妙齢且つ美しい女性を都合しよう。更に、その娘を使用して得られる叡智の幾らかを無償で提供したいとも考えている。出来るならば、快く件の少女――ダフネ・フィッツジェラルド嬢を引き渡してくれないだろうか。今月の二十日その夜に私の提案についての返答をお願いしたい。その日、私がここへ来るつもりだ。良い返事を期待している…………」

 こんな何気ない文章にさえ、相手の異常性が簡単に見て取れた。

 そして、改めて文面に眼を通す。

 今月の二十日……二十日…………

「二十日ぁっ!?」

 今日だ。

 俺の素っ頓狂な声にビックリした顔をするダフネ。

 そんな俺を気にせずに伯爵は口を開いた。

「……何故こんな土壇場で連絡を寄越したのか疑問でしょう」

「ええ。少なくともこの消印が本物だとして、この手紙は二月前に届いている。その間に幾らでも対策は取れる筈だ。何なら陛下に御縋りしてもいい。他の魔術師に頭を下げて助力だって請えた筈では?」

 それに力の無い笑顔を見せて首を振った。

「……無理でした。アーウィン・レスザールは魔術師としては最高峰の存在。この英国も彼の魔術の恩恵を少なからず受けているのです。……故に英国は不介入。他の貴族や魔術師たちは彼の偉大な魔術師としての力量を恐れて助力を拒んでいるのです」

 それも道理だろう。

 相手は世界最高の魔術師。

 三百年という長い月日が育んだ魔術。

 それだけでも恐ろしいのに、配下に控える魔術師たちも名の通った存在が多い。

 強大巨大な魔術師とそれに率いられる当代を代表する様々な魔術師たち。

 そんなのを相手にする人間など普通はいない。

 故に伯爵は考えたと言う。

 勝てないのならば、ダフネを連れて逃げ出せる人物を影龍翁に頼んだらしい。

 なんでも翁は仙人と伝手があるらしく、香港まで連れて来れればダフネをアーウィンから隠せると言うのだ。故に彼女を連れて香港まで戻って来れる人物を寄越すと伯爵には伝えたそうだ。

 どうやら和麻を担いでいたのは事実だったようだな。

 仙人の情報が和麻や俺の耳に入らなかった理由は翁のせいだったらしい。その手の情報は翁が隠し持っていた――というか、仙人が来ていた理由に翁が関係していたという事か?

 まぁ、そこら辺は翁の所まで帰ってからにしよう、と俺は考えたのだが――ふと、俺はダフネの魂を『視て』しまった。

「……あー、成程」

 それを『視て』、俺は納得した。

 『魂そのもの』の性質が他の魂と大違いなのだ。

 儀式に使えば、普通の魂を一万人以上生贄にしても得られないモノが手に入る。

 恐らくだが、数多の輪廻転生によって少しずつ魂が変質していき、『生贄に最も相応しい魂』と成り果たしたのだろう。

 この魂を欲しがる悪魔や魔神、邪神の類は幾らでもいる。神や天使ですらその魂に惹かれる筈だ。

「……何か?」

 怪訝そうな顔をする伯爵。

 それに何でもないと伝えて俺はすぐにダフネを連れてこの屋敷を出るべきだと告げた。

 伯爵自身もそれに頷いて、ダフネに荷物を取ってくるように言う。

 彼女はすぐに荷物を取りに自室へ向かった。

 それを見送って、伯爵はアーウィンを迎撃する準備に入ると居間を出て行く。

 その時、ふと伯爵の手の甲に『何かの痕』があったのだが、俺はそれを気にも留めずに見送った。 

















「……閣下」

 どことも知れぬ闇の中。

 壮年の男と絶世と言う名が相応しい男が会話を続けていた。

「どうかしたのか?」

「例の娘が屋敷を出るそうです」

「――そうか」

 それを聞いて、男は嬉しそうに闇に声を掛けた。



「やっと決心してくれたか」

 

「――はい、首領閣下」

 闇から浮き出るように、そこにはフィッツジェラルド伯爵がいた。

 片膝を突いて頭を垂れている。それは正に臣下の態度だった。

「では行こう。まずは彼らを儀式の場へ向かわせよう」

 闇に向かって数回指を振り、小さく呪を呟く。

 ただそれだけで彼らは自ずと儀式の為の祭壇へ現れるだろう。

「では往こうか。星と叡智の名の下に」

 そして、彼らは闇に沈んだ。















 それから一時間後。

 俺はダフネと共に屋敷の門の前に立っていた。

 先導するは人形のような給仕の女。

 ベル・ウェザーという名前らしい。 

 ベルとダフネは呼んでいた。

 彼女は淡々と道を先導していく、その間ダフネは嬉々として俺に様々な事を訊いてきた。

「私ね、サクラが見てみたいんだ」

「サクラ? ああ、桜か。こっちにもあるんじゃないのか?」

「あるにはあるけど……私ね、あの屋敷や近くの村とかしか行った事がないんだ。だから、サクラもだけど、日本のいろんな場所をこの眼で見たい。日本だけじゃないわ。世界中の綺麗なモノや可愛いモノを見るのが、私の願い」

 その『願い』という重い言葉と寂寥の顔。

 それに多少の違和感を覚えたが、父親と共に見れなくなるからだろうと勝手に自己完結してしまった。

 どうにも、この娘と話していると和んでしまう。

「――そうか。ところで、学校とかはどうしていたんだ?」

「家庭教師。魔術に関してはお父様に教わったわ」

 そう言って寂しそうに笑うダフネ。

 魔術は基本的に親から子へと伝わるモノだ。だから魔術師としては正しいのだろうが、ある程度納得していても些か引っ掛かる思いを感じるのは、元一般人の感性がまだ尾を引いているからだろうか。

「トウゴってさ、強いの?」

「……どうだろな? 取り敢えず化物なら大抵のヤツは倒せると……思う」

「ふーん……そうなんだ。それならトウゴって強いんだね。それで、どんな能力なの?」

「俺の能力は、剣を生み出す能力だ」

「剣を出す? そんな能力聞いた事無い。術じゃないの?」

「ああ、術じゃない。俺だって自分以外にそんな事が出来る野郎なんて聞いた事無いさ」

 そして、家族の話題も話し合った。

「私のお母様は私が幼い頃に死んじゃったんだって。でも、今はお父様とベルがいるから平気なんだ」

「……出来た子だなぁ。とてもウチの妹と同じくらいだとは思えんな」

「あ、妹がいるんだ? え、私と同じくらい? ……そうなんだ」

 そして、また寂しそうな顔をする。

「……いいなぁ。私、その子となら仲良くなれそう」

 そんな顔を見る度に、俺はこの少女に対して情を感じていた。

 近くにいてやれない妹への代替行為でもあるんだろう。どことなく二人を重ねて見てしまっている自分がいる。

 護ってやりたい、と。そう思い始めた時だった。

 夕焼けが辺りを染めていく中、

「ねぇ、トウゴ」

 やって来た丘の上でダフネは言う。ここを超えれば、密航用の船がある港までもうすぐだった。

 なのに、達観した幼い少女には不釣合いな顔で、言った。

「どうした、ダフネ?」

「……お父様をね、恨まないでね」

「……いきなり何言ってるんだ?」

 何故かその発言を受けて俺は不安に駆られた。

「お父様、悩んでたんだ。ずっとずっと――悩んでた」

「何を……」

「自分の心と、結社の人間としての使命」

 そして、ダフネはゆっくりと服の前を開いていく。

「でも、私たちは結社の人間」

 そこには、星の象った魔術で入れられた刺青。

「ダ、フネ……?」

 『アルマゲスト』を意味する『星の刺青』。

「御免なさい、トウゴ」

 その言葉と共に、いきなりベルが俺の鳩尾に拳を叩き込んできた。

 条件反射で俺は刀を二振り生み出してベルの右腕を斬り飛ばしてしまう。

 だが、ベルはそれを気にせず、もう片方の腕でダフネを腰を抱くと高く跳躍した。人間というか常人には不可能な高さだ。

「自動人形だと……っ!?」

 斬った断面には歯車や鉄板などが見える。

 だが、魂が視える俺が自動人形と人間を間違えるワケがない。

 確かにあの女には魂があった。それも人のソレが。



「御苦労だった、ベルウェザー(先導する者)」



 その声を聞いた瞬間、俺は瞬時にそこを飛び退いた。

 それと同時に、ダフネを中心に据えた巨大な魔法陣が展開された。

 土地そのものに刻まれた巨大な魔法陣。

 この地の龍脈を余す事無く使用している。

 恐らく向こう一世紀はここで龍脈を用いた魔術儀式は出来ないであろう量を消費する魔法陣だった。

 この魔法陣だが、魔力を流さなければ気付かないように細工も施されている。

 それを施したの俺の目の前にいる十人中十人が振り返るであろう絵に描いた絶世の美丈夫と呼べる男の仕業だろう。

 これが、俺とアーウィン・レスザールが始めて邂逅した瞬間だった。



 俺はこの後完膚なきまでに敗北し、護りたいと思った少女とその父親を救えなかった。



 そして、アーウィン・レスザールを、『アルマゲスト』の全てを、心の奥底から殺したいと思うようになった出来事の始まりである。









(あとがき)

皆さんお久し振りです。


※追記

感想板にて色々なご意見をありがとうございます。

展開が早すぎるとの意見や、話の先が読めるといった意見、更には和麻が増えただけ等、耳が痛くなる意見も頂きました。

しかし、それでもこんな拙作に興味を持ってくれた上に書いて貰ったコメントには本当に救われています。

今後もどうかお付き合い下さい。




[20794] その男、魔術師の中の魔術師(下) ※没
Name: SRW◆173aeed8 ID:993140f7
Date: 2011/02/26 00:46
 さて、そろそろ本題に入ろう。

 なに、殺しはしない。

 君にはまだ用がある。――これはそちらも含めての話さ。

 些か繰り返している感が否めないが、私がアーウィン・レスザールだ。

 当年で三百年近くを生き永らえている。

 では、まずは私と我が組織の目的について語ろう。



 私が創り上げた『アルマゲスト』の目的は、一言で言えば『星の叡智』を得る事だ。



 ……おや、『それ』が何を意味し、どういったモノなのか――君は知っているようだね。

 だからだろう?

 だから君は『出来る筈がない』と、そう思っている。

 ――そう、所詮一固体である我々にとって、それは確かに重過ぎるモノだ。

 現代の利器である、パソコン――それに例えるならば、キロバイトが限界の記憶装置にテラバイトを余裕で超える超大容量の情報を無理矢理詰め込むのに等しい。

 確かに人間は、その手の電子式の記憶媒体よりも『無理矢理詰め込む』という点にかけては優秀だろう。

 それによる弊害を考慮しなければ――だが。

 しかし、いくら弊害を気にしないにしても、得られる情報には限りが在る。完全なるそれを得る事は事実不可能だ。

 それ以前に得るだけでは意味が無い。

 ……得た叡智を活用してこそだからな。

 この星が誕生し、この星の上で起きた全ての出来事を記録した『それ』。

 運命やアカシックレコードと呼ばれるモノ。

 それを手中に収める事は、過去も未来も現在も、総てを識り干渉出来る事と同じ。

 私たちはそれを欲している。

 故に私や同胞たちは人の生の限界を超えてまでも生きてきた。

 外法や邪法と蔑まされる秘術や、全く違う系統の術でさえも取り込んできた。

 その理由はただ一つ。

 我らは『総て』を知りたいのだ。

 過去の先人が遺し、だがその甲斐無く失われたモノはそれこそ星の数程にあるだろう。未だ解き明かされていないモノも、本来ならば人が知り得てはならぬ事柄もだ。

 それら総てを識り、そして更なる高みを目指す。

 その為に我らは動いているのだ。



 ……さて、そろそろ準備が整ったようだ。

 ヴェルンハルト、始めてくれ。

 ――ん?

 ああ、そう言えば――君には彼女の正体を教えてはいなかったな。

 彼女――ダフネ・フィッツジェラルド嬢は、純粋な人間ではない。



 彼女は、受精卵の段階から我が魔術によって『調整』を受けている。



 生贄に相応しい魂を迎え入れやすい器へと、私が手を加えた。

 無論、彼女そのものにその素養があった事は否めない。

 幾多もの星の巡りや太陽や星の位置、月の満ち欠けでさえも気を配り、母体を犠牲にして、やっとここまで来たのだ。 

 故に失敗は赦されない。

 更には彼女の精神すら私は『調整』した。

 魂は、環境や人との繋がりといった些細な出来事でも簡単に変質してしまう。



 ……このような事を今更君に話すのは極東の言葉で言う『釈迦に説法』というやつだがな。



 そう、私は君の能力を『ある程度』知っている。

 君の能力、それは――『喰らった魂を剣へと変える』事だろう?

 そして、魂を喰らうのは――八つの龍だったな。

 ふむ、動揺が見て取れるぞ?

 我が『アルマゲスト』は世界中至る所にその『眼』があるのだ。

 君のような異端種、調べない理由がないだろう? ――と言っても、実際は君と君の友人が日本の山奥で修業しているのを、私が目撃したからなんだがね。

 君たちが四年前に生活していたあの山で、私はとある魔術の実験をしていたのだ。

 ああ、当時の君たちでは私の認識阻害の結界に気付けなかったのは、単に君らが未熟だっただけだ。

 私は直ぐに君たちの素性を洗ったよ。

 君の友人は――神凪和麻だったか。そして、君の名は神凪刀悟。

 どちらも極東の島国である日本にありながら、世界最高峰の炎術師の家系に生まれた異端児たち。

 そして、君の修業風景や妖魔の討伐する方法等を様々な方法で観察した。

 そんな事をしなくても、君の能力は今までどこにも存在していないモノだと直ぐに私は判ったよ。

 少なくとも、三百年を生きる私の知らない能力、それだけでも充分に研究の余地が在る。

 だが、問題も幾つかあった。

 君の相方でもあるあの風術師だ。

 力量が上がっていく程に、風術師という存在は、我らの操る魔術――世界の『歪み』を認識してしまう。

 だから君に私は近付けなかった。

 だが、君たちが始めた香港での便利屋家業。



 そこで私は運命というモノを始めて感じたよ。



 我らの悲願を成就する為の姫君の近くに、恐らくこの世界で最も『星の叡智』に近い君がいたのだから。……ああ、彼もいたな。忌々しい風術師風情も。

 それを知った私は時期を待った。

 あの風術師と君を引き離し、我が術に掛かるのを、だ。

 気付かなかったかな?

 何故、初めて逢った幼い少女に情を抱いた?

 普段ならばそんな事は無かっただろう。

 だが、君はまるで一般的な家庭で育った極普通の青年のように、初めて逢い少し会話しただけの少女に情を抱いた。

 なに、私の配下に巧く人の感情や思考を誘導出来る者がいてね、彼の魔術を私が彼女に施したのさ。

 魔術への抵抗力は皆無、しかし順応性はズバ抜けているからね。

 そして、君は私を警戒していた。

 何故だかは判らないが、それ故に私に追われていると勝手に思い込んだ君はカルロスを無条件で信頼してしまった。……ま、そう仕向けたのは私たちなのだがね。

 気付いていただろう?

 あの屋敷の居間に在った魔導具の数々、だがそれは全てカモフラージュだ。

 あの屋敷には、『カルロスを信頼するように心理的な補正を与える』魔術を掛けてある。

 俗に言う思考誘導というやつだ。

 君の私への警戒、自画自賛になるが巧妙に掩蔽された思考誘導の魔術、そして穏やかなカルロスと幼く愛らしいダフネ嬢。

 これら総てを利用して、私は動揺した君を無力化した。

 いつもの退魔師としての心構えが出来ている君ならば、動揺などしなかっただろうに。

 ……ああ、そう言えば『先導者(ベルウェザー)』も君の動揺を誘うのに一役買っていたな。

 君が魂を『視て』いると判った時、私はダフネ嬢を産んだ後に死んでしまった妻の遺体を『原材料』にカルロスが『自動人形』を造っていたのを思い出した。

 そしてカルロスが、君たちが世話になっている九龍城の黄影龍氏と交流があった事もだ。

 そう、君が人と見間違えたこの『自動人形』は、確かに元は人間だ。

 私たちも君ほどでは無いが、魂を保存したり使用する術は心得ている。

 故に人と見紛う『自動人形』が作製出来たのだ。

 『ベルウェザー』という名は『先導者』、という意味を持つ。

 我らを『星の叡智』へと先導してくれる存在、それが彼女だ。

 彼女の胸部には、カルロスの妻の魂とある魔術式が組み込まれている。

 そしてそれは――娘であるダフネ嬢の血がこの魔法陣に完全に染み込んだ瞬間に発動するのだ。




















 そう言うアーウィンの声を、血と泥に塗れた刀悟は聴くしかなかった。

 既に生み出した二振りの刀は折られ、自分の身体は虚空より召喚された無数の『鎖』によって雁字搦めになっている。

 唯一動くのは首だけだ。

 それ故に、刀悟はそれを見せつけられた。

 ダフネの両手首から流れる血が魔法陣を紅く染めていくのを。

 『ベルウェザー』と呼ばれた人間を材料に作製された自動人形が、そんな彼女を慈母の顔で抱き締めているのを。

 そして、そんなベルに抱き締められて幸せそうな顔をしているダフネを。

「この計画に我らは、十二年という歳月を掛けた。そして、この儀式によって『鍵』が作製される」

 アーウィンの声に、歓喜が混じる。

「残るは、生贄となる少女のみ。それも直ぐに我が手に堕ちるだろう」

 そこで区切り、刀悟へ振り返る。

 そして、言う。

「名は、黄翠鈴だったか」

 ドクン、と刀悟の『中』で何かが大きく響いた。

 既に魔法陣は全体の六割が紅い。

「『鍵』を『ある地』に突き立てる事で、我らの前に『星の叡智』への道が拓かれる」

 アーウィンは堪えきれないように、両手を広げて叫ぶ。

「そして、その少女の魂を悪魔へと捧げ、対価として『星の叡智』の総てをこの身体に注ぎ込ませよう!!」

 今、魔法陣全体が紅く輝き始める。



「そして、我らは『我らの上にいる者たち』総てをそこから引き摺り降ろす!! 世界の頂点には、我ら――人間が立つべきなのだ!」



 その発言を聴いて、刀悟は理解した。

 『アルマゲスト』の目的は、神や精霊王などといった超越存在を超える事。

 徹底した人間至上主義者。

 それが、彼ら。

 紅い魔法陣は既に眼を開けられない程に強烈な光を放っている。

 そんな中、確かに刀悟は聴こえた。

『――ママ』

『――ダフネ』

 まるで、日溜まりで何気ない時間を過ごしているかのような穏やかな声。

 それを聴いて刀悟は眼を伏せる。

 彼女たちには既に外の光景は見えていない。

 見えているのは、恐らくは自分たちだけ。

 いや、後は――夫であり父親か。

 その伯爵は、

「……ああっ、ベル、ダフネ……っ!」

 泣いていた。

 だが、笑っていた。

 怒りを抱いていてもいた。

 それら全てがマーブルのように入り混じった顔で、紅く発光する魔法陣に近付いていく。

 しかし誰もそれを止めようとはしない。

 一歩、一歩。

 微かに、だが確かに彼は歩を進めていく。

 その先には、亡き妻を材料に造った自動人形とこの日の為に産まれ生贄として死ぬ娘。

 まるでその姿は亡者のようだった。

 そして、彼は発光する魔法陣に足を踏み入れた。

 瞬間、伯爵の顔から生気が抜け落ちていく。

 どうやらこの魔法陣、足を踏み入れた存在の生命力を吸ってもいるようだ。

 龍脈の力を利用してはいるが、魔法陣を維持する魔力や生命力の提供者は多い方が良いのだろう。



 彼の指が、妻と娘に触れようとした瞬間――魔法陣は紅く暴力的なまでに強烈な閃光を放った。



 光に眼が焼かれそうになったので、刀悟は眼を瞑り顔を伏せる。

 暫くして、トサリと何か軽いモノが地面に落ちる音が聴こえた。

 恐る恐る眼を見開くと、音の先には木乃伊となったカルロス・フィッツジェラルド伯爵があった。

 それを横目で見たヴェルンハルトと呼ばれた魔術師は、彼の木乃伊を灰一つ残さずに燃やした。

 その眼はゴミや塵芥を見るそれだった。

 恐らく、生贄になる前のダフネが言っていたが、伯爵は既に壊れていたのだろう。

 もしくは、先程アーウィンが喋っていたように彼の感情や思考は操られていたものだったのだろうか。

 だが、妻子を生贄に出したのだ。

 例え操られていようといまいと、あのまま生きるよりはそのまま死んだ方がマシというものだろう。

 そして、ベルとダフネがいた場所には――紅く輝く一メートル程度の『鍵』があった。

 彼女たちの亡骸は無い。

 恐らく、塵一つ残さず消滅したのだ。

「……ふむ、九割以上成功すると判っていたが、やはり儀式が成功するのを見ると安心するな」

「仰る通りかと」

 今ここで文字通り魂の一欠片さえも消費した家族の事など既に意識の外へ追いやった彼らは、そこで漸く刀悟に向き直る。

「……さて、ここから君には選択して貰いたい」

 笑顔でアーウィン・レスザールは言う。

「我が悲願の成就の為に手を貸し、栄光を掴むか。あるいはここで狂い死ぬか」

 ゆっくりと魔術師然とした服の懐から取り出した黒手袋をその下手な女よりも細く美しい手に嵌める。

「まぁ、必要なのは君の知識と君の霊的な『眼』の構成だ。どちらを選ぼうとも、君の肉体にこれ以上傷を付ける事は無い」

 そう言って、その黒い手袋に包まれたアーウィンの手が、刀悟の頭に置かれる。

「さぁ、返答は如何に?」

「寝言は寝てから言いやがれ」

 即答する刀悟。

 例えここで死ぬにしても、こんな性格破綻者共に下げる頭など、どこにも無い。

 狂っている人間だろうと好感の持てる存在はいるのだろうが、この魔術師たちへの感情は嫌悪しか刀悟には無かった。

 それを聞き、残念そうな顔をしたアーウィン。

「そうか。……残念だ」

 瞬間。

 ぞぶり、という擬音が刀悟の頭の中に響いた。

「――――あぁああぉおおおあぉああぁああおおあっぁおぁ御おぁ御おぉおあぉあぉ御嗚呼あああぉおおおおあぉあおぁおおおおおおおおおおおおおぉあおぁ御おぉあおぁおおオアあお蒼御蒼おおおおおおおお嗚呼――――っっ!?」

 少なくとも十八年、この世界で生きてきたが一度も出した事の無い絶叫。

 文字通り脳を素手で弄くられる感覚に、吐き気と眩暈と激痛と快楽と怒りと嘆きと喜びが駆け巡る。

 そして、それに隠れて心を暴かれていく不快感。

 全身の霊的構成すらアーウィンは読み取っていく。

「……ほぉ、君は『神殺し』だったか」

 感嘆の声を出すアーウィン。

「なんと」

 驚愕の声を出すのはヴェルンハルトと呼ばれた魔術師だろうか。

「いや、君は神を喰らったのか。――ふ、ふふ……あはははははははっははははははははっ! なんという事だっ。神代の時代に神を殺した者は数多く存在するが、神を喰らってその権能を全て自分の物にし、あまつさえその原型は人間のままだと!? そんな存在、神話でも現れておらんぞ!?」

 どうやらこの男、刀悟の生い立ちなどには興味が無く、純粋に彼の能力や喰らった存在に注目しているようだ。

 まるで良く出来たオモチャを見る子供か、新たな研究対象(モルモット)に狂喜する科学者か。

「成程成程!! ならば私が君に名を与えよう!! 君は神を喰らった。故に神を喰らうモノと呼んでも良いだろう。だからこそ、私は君にこの名を与えよう!! 『超越者喰い(ロード・イーター』とっ!!」

 そう言いながらも、刀悟の脳を弄くる手は緩めない。

 絶叫し続け、遂には血を吐き出す彼に一切気にせず、アーウィンは彼の奥底へとその手を入れていく。

 彼はそして『刀悟の持つ知識の全て』がある場所まで手を伸ばした。そう、そこには刀悟が知り得た総てが在る場所へ。

「……うん? ……ここだな。…………チッ!」

 舌打ちする。

 そして直ぐにその手を引き抜く。

「どうなさいましたか?」

「……しまったな」

 ここで初めてアーウィン・レスザールは顔を顰めた。

 そんな主を見るのは久し振りだったヴェルンハルトは少々警戒しながら問いかける。

「いや、どうやら私は」



 ――龍の尾を踏んでしまったらしい。



 その言葉が終わるよりも速く、刀悟の身体から一振りの刃が飛び出した。

 その刀身が彼を拘束していた無数の『鎖』をまるで古い輪ゴムのように容易く斬りながら、狙い違わずその切っ先はアーウィンの喉を捕らえた。

 しかしそれは半歩下がる事で回避される。

 下がる事で刀悟の身体から出てきた霊剣を観察する事が出来た。



 それは、御伽噺などに出てきそうな形をした剣だった。



 人の拳十個は入るであろう長い柄に、装甲のような鍔と一体化したグリップガード、そして片刃ではあるがクレイモアや斬馬刀を彷彿とさせる厚みと、それに相反するかのような日本刀の切れ味を感じさせる滑らかな鋭い刃。刀身には八つ首の龍の意匠があった。

 それは、刀悟が改良に改良を重ねた、かつて『八岐大蛇』の尾に残された『ある剣の欠片』と、かつて受けた依頼でひょんな事から手に入れた『ある剣の残骸』らしきモノを己の窯で様々な特性を組み込ませながら完成させた最古にして最新の一振り。

 アーウィンたちは知らないが、その剣を『十握剣・改(トツカノツルギ・カイ)』と彼は呼んでいる。

 壊滅的にネーミングセンスが無かった。

 それでも些か呼び難い上に気恥ずかしい名前だと本人は思っているが、他に良い名前が浮かばなかった彼は最終的には開き直ってそう呼んでいた。

 最古にして最新などという謳い文句を刀悟本人が言っているように、この剣は彼にとって切り札の一つ。

 そして、ある意味最も使いたくない剣の一つだった。

 その理由は――

「…………はぁ、はぁ……ぐぅ…………っ!!」

 作製した刀悟ですら、その力を完璧に制御出来ない事にある。

 主である刀悟の意思にある程度添いはするが、この剣は手加減が出来ない。

 この剣の主な特性は――『純粋な斬撃』。

 持ち主が斬ると思って触れるモノ一切を斬り裂けるのだ。

 それが、物理的な現象だろうと概念的な事象であれ例外では無い。

 その他にも組み込まれた多数の特性を持っており、この剣だけで刀悟はあらゆる局面で戦える。

 だが、その出来の良さ故に加減は出来ないのだ。

 その刀身が振り下ろされれば、触れた全ては斬り刻まれてしまう。

 手加減が出来ないせいで、斬りたくないモノまで影響を与えてしまうのだ。

 完全に制御出来るのならば、『斬る』と決めたモノ以外に影響を出さないのだが、その点刀悟はまだまだ未熟者だと言える。

 如何なる存在であれ、その斬撃を受けてしまえば死に繋がるだろう。

 しかしその力に振り回されている刀悟は、そこまで器用にこの剣を扱えない。

 和麻と組んで動く時は手元が狂って刀身が彼に襲い掛からないように、と思って使用を控えているが、ここには自分と魔術師二人しかいない。

 だからこそ、刀悟は容赦せずにこの問題児を使うと決めたのだ。

「……」

 最早刀悟は何も言わない。

 既にアーウィンを殺すと、『アルマゲスト』を壊滅させると、心に決めているのだ。

 無駄な問答はそれこそ必要なかった。

 刀悟の殺気に応えるように、刀身からは威圧感が放たれ始める。

 既に彼の脳裏からは、伯爵とその妻だった自動人形、そして彼の娘の事など一切が抜け落ちていた。

 今彼の脳裏の中にあるのは、『自分の知識を奪い、狂死させようとした敵を殺す』という事柄のみ。

 彼にとって、自分が必死になって身に付けた知識や技術、更に不本意ながらもこの身に宿った『八岐大蛇』の能力は、とっくの昔に何物にも替え難い力だと認識しており、それらは彼の誇れるモノとなった。

 だからこそ、それを土足で踏み躙るようなアーウィンを許せなかったのだ。

 請われれば、知識や技術を与える事に不満は余り無い。

 手に入れた『権能』を知られる事も多少の抵抗はあるが構わない。

 しかし、敬意無く接する者には、それ相応の対応を取るのが刀悟は決めていた。

 騙し騙されるのは、この世界では当たり前であり、恐らくこの事実を知っても大多数の人間は刀悟に同情しない。

 騙された方が悪いのだと、口々にそう言うだろう。

 いくら依頼云々に対して誠実さが求められるとは言え、そういった事に囚われない者も多いのだ。

 己の目的の為に誰かを犠牲に出来る、これもまた裏で生きる人間としては正しい在り方だからだ。

 だからこそ、観察や挙動のおかしさに気付けなかった刀悟は未熟だと言われても反論が出来ない。

 そんな魔獣の如き殺気を放つ刀悟を見て、会話を交わす魔術師二人。

 本来ならば二人が危険を感じる事など無いのだが、目の前の男が取り出した『剣』を握った瞬間、確かに感じたのだ。

 この男の『剣』は、自分たちの命に届くと。

「……拙いですな」

「ああ、儀式の決行まであと四ヶ月あるというのに、こんな化物を相手にする暇は無い」

「ならば、逃げましょうか?」

「……そうだな。そうしよ――――っ!?」

 いつの間にか肉薄していた刀悟が、その巨大な剣を振り下ろす。

 瞬時に十メートル後方に転移する。

 しかし、それを『視て』理解していた刀悟は、空中を蹴って転移してたアーウィンの出現地点に振り下ろした。

 それと同時に転移してきた彼。

 タイミングを見計らってが故に避けられず、脳天に落とされそうになった剣を部下の不可視の衝撃――魔術が逸らした。

 しかしそれでも刀身はアーウィンを捕らえ、彼の右腕は浅くではあったが斬られた。

「……ぐぅっ!?」

 浅く斬り付けられただけなのだが、恐ろしい痛みが腕に走る。

「閣下!?」

「気にするな、少々斬られただけだ。それに――」

 そこでアーウィンはニヤリと笑って自らの腹心の部下に言った。

「我が陣は成った」

「っ!?」

 まるで地面に縫い付けられたかのように動けなくなる刀悟。

「これは範囲内にいる者全てをランダムでこの世界のどこかに飛ばす魔法陣だ。魔女狩りがあった時代、この魔法陣は誕生したと聞いている。追っ手を撒く為のランダム転移だそうだよ。丁度、こんな風にね」

 その言葉に嘘は感じられない。

 しかし、その眼に殺意を乗せて刀悟はアーウィンとヴェルンハルトと呼ばれた二人の魔術師をじっと睨んでいる。

 言葉を話さなくとも、その眼は言っていた。

『殺してやる』と。

 しかしその彼の息は荒く、全身は疲労の極みでそうそう簡単に動けそうに無い。

 これもまた『十握剣・改』の弊害である。

 体力や精神の消耗が著しいのだ。

 それを解消するには更なる鍛錬が必要だと刀悟は理解していた。

「いいだろう。ならばこの世界全てを使った鬼ごっことやらを始めようではないか。チップはお互いの命、引き分けは無いものと考えてくれて良い」

 我らが死ぬか君が死ぬまでこのゲームは続く、とアーウィンは真顔で言ってのけた。

「さて、今回は君の持っている反則級の剣の使用を赦したが、次はこうはいかん。今度は、君の両手両足の全てを切り落とし標本のようにした上でゆっくりと君の全てを研究しよう。そして殺す。では、それまではさらばだ、『ロード・イーター』よ」

 魔法陣が発光し、視界を光が焼く。

 その閃光が収まり、眼を開けてもそこには誰もいなかった。

 幾つかの魔力の残滓は残っているが、それも日が沈む前に消えるだろう。

 隠蔽されるのならば、それに越した事は無い。

 痕跡をいつまでも残しておくような人間だとは刀悟には思えてならなかった。 

 唯一残っているのは、一世紀分も消費された龍脈のみ。

 地形は一切抉れても断たれてもおらず、少々強く踏み荒らされた箇所がいくつかある程度。

 それらだけが、今日ここで起きた出来事の唯一の証拠と言えた。










 それから刀悟はアーウィン・レスザールの痕跡を追った。

 いくら香港に四ヵ月後に現れると宣言していても、それまではどこにいるのか判らない。

 だから刀悟は、世界中に存在する『アルマゲスト』の支部、その中でも何かの『儀式』が行われている支部を重点的に襲撃していく。

 そしてこれは自己の鍛錬も兼ねての行動だった。

 拠点を見つけては、その場にいる魔術師たちを抹殺していった。

 その場所には一般人もいたが、刀悟は眼すら向けない。刀悟が何かしなくても追い詰められた魔術師たちが、最終的に彼らを生贄に捧げて強力な妖魔や魔獣を召喚するのだから。

 それらの魂や特性を取り込む事も刀悟は忘れていない。

 中には実力や相性の問題で逃げなければならない状況にも陥ったりしたが、それでも諦めずに奇襲や大規模殲滅系の能力を用いて壊滅させていく。

 勿論向こうもただ黙って殺されるわけも無く、暗殺者や呪殺を生業とする魔術師や死霊術師、『アルマゲスト』の魔術師などが襲ってきた。

 そして、世界中にある三桁を超える彼らの支部の二割弱を壊滅させ、襲ってくる敵を斬り捨てたりしていると、あの男との邂逅から丁度二ヶ月と半月が過ぎた。

 結局アーウィンに遭う事は出来なかった。

 ならば、待ち構えれば良い。

 そう考え、彼は香港へと向かった。






(あとがき)

興が乗ったので連続投稿します。

もし、どこかおかしな点など(あるいは誤字脱字など)を発見されたのならご連絡下さい。
可能な限り直します。


それではまた次の更新の時に。




[20794] 壊れる店と吼える男
Name: SRW◆173aeed8 ID:4c398320
Date: 2011/02/26 14:25
 黄翠鈴(ウォン・ツォイリン)にとって、和麻との出会いは有り触れたモノだと言えた。

 香港九龍城の商店街の一角にある死別した両親の遺産である彼女の小料理店に彼が客としてやってきたのが始まりだった。

 最初はただのお客だと思っていたのだが、彼は祖父の黄影龍(ウォン・インロイ)を頼ってここに来たと言った。

 祖父の経営する骨董屋『天水堂』には、時折商品を買いに来るのではなく、祖父を頼ってやってくる人間がいるのだ。

 彼は長くこの場所で店を営んでおり、顔が広い事で有名だった。

 噂では、彼がいたから悪名高いことで有名なこの九龍城は未だに解体される事無く存続しているというのもあった。

 孫娘の自分としては全く信じられない噂だったが。

 何せいつも自分に甘い――というか溺愛しているあの祖父がそんな裏の顔を持っているとは全く思えなかったからだ。

 彼は住居が決まるまで、この店と自分の用心棒兼雑用として働くように言われたらしい。

 それからの日々だが――思わぬくらい楽しかった。

 突然現れた怪しい男。

 だが何故か悪い気持ちにはならなかった。

 皮肉屋で気分屋、そしてそれに輪を掛けた負けず嫌い。

 そんな彼と会話は楽しかった。

 彼と客の言い合いを視るのは面白かった。

 酔っ払いを店から蹴り出す彼の姿は格好良かった。

 そして、時折誰かの事を悪態や皮肉を交えながら話す彼に嫉妬すらした。

 いつの間にか、自分は彼を好きになっていたのだ。

 だから、住居が決まったと祖父に言われた時に、大反対をしてしまった。

 その時の祖父と和麻の呆気に取られた顔は今でも覚えている。

 そして彼の友人らしき青年がやって来た。……すぐに彼がよく話してくれた悪友なのだと判り、理不尽だとは思うが嫉妬してしまった。

 男同士で『そういった関係』ではないと判っているつもりだが、それでも嫉妬は抜けなかった。

 彼は自分の知らない和麻を知っているのだ。

 どうしてもそれに嫉妬してしまう。

 話を聞けば、彼はやはり和麻を捜していてここへやって来たらしい。どうやら既に噂はこの界隈に流れているらしい。

 どういった噂なのかは判らないのだが。

 それなのに、何故だか彼は嫌そうに和麻を見て言うのだった。とても捜そうとしている人間の顔には見えない。

『ちょいと仕事がある――手伝え』

『お断りだよ馬鹿野郎』 

 和麻もまた嫌な顔を隠しもしないでそう言った。

 次の瞬間にはお互いの胸倉を掴んで怒鳴り合っていた。

『ああっ!? テメェ何考えてやがる!?』

『テメェこそ何考えてんだ!? 今まで受けた依頼でどんな目に遭ったのか忘れたのかっ!?』

『忘れるか阿呆! それでも組んでた方が比較的実入りは良かっただろっ!! ……それにお前、修業の時に相手がいないとどうしても上達の速度は遅くなるだろうが』

 その言葉に和麻が唸る。

『……そりゃあ、そうだがよ……』

 どうやら後半の発言には同意しているようだ。

 つまりの刀悟という青年も、素手で木製のテーブルを粉砕するような達人染みた行為が出来るのだろう。

 話を聞けばこの二人、日本で組んで何でも屋紛いの仕事をやっていたらしい。

 しかし組んで仕事をすると必ず数回に一度、どこかで何か大きな厄介事に巻き込まれる、と二人は言っていた。

 自分としてはそれは単に運が悪いだけだろうと思ったのだが、口には出していない。

 ……そしてその数日後にそれが事実だったと身に染みた訳だが。

 だがそんな事を知らない彼女は渋る和麻を説き伏せたのだった。











 それから一週間経った頃だろうか、いつもと違う路地を通って買出しに向かう彼女の眼に数匹の化物を両断している和麻の友達――刀悟の姿を見たのは。

 そしてその奥では、和麻が風を操って十匹の化物の首を刈り取っていた。

 不可視の筈の風の刃が見えた訳ではない。

 ただ直感で、和麻だと判ったのだ。

 自分の姿を見て、刀悟は少し驚いた顔をしていた。

 和麻を呼んでこちらを指差す。

 すると理由は判らないが、彼は驚いた様子だった。

 小さく呟かれたが、彼女には確かに聴こえていた。

 彼は――『ありえない』と言っていた。

 その視線の険しさに、酷く彼女は困惑し、しかし刀悟はただ納得した様子だった。

 それから、店に戻り和麻と刀悟は自分にこの世界の裏側を教えてくれた。

 記憶を消す算段はあるらしいので、あっさりと二人は話したのだ。

 正直そういった類は御伽噺の類だと思っていた翠鈴だったが、和麻の指示通りに動く風や、刀悟の掌から出てくる西洋剣や日本刀、果てはそのどちらでも無いような様々な刀剣を見て真実なのだと理解した。いや、させられた。

 ある程度の説明が終わり、和麻が憮然とした顔で刀悟に記憶を消すように頼んだ。

 精霊術師というカテゴリーに入る自分には、記憶を消す手段が無いと言っていた。

 短剣を取り出した刀悟だが、直ぐに呆れた顔でそれを仕舞ってしまう。

 彼曰く『安全装置が仕掛けられている』らしい。

 それに驚いた和麻は、すぐに自分をじっと真剣は眼差しで見詰めた。……それに、少々照れてしまう。

 暫くして和麻は驚き、しかし納得した様子で刀悟の発言に頷いた。

 彼らはその『安全装置』があるせいで、自分には魔術的な行為の一切が通用しないようだと言っていた。

 恐らくそれを仕掛けたのは祖父が依頼した誰かだろうと二人は言う。

 世の理から脱却した存在である『仙人』か、それに近い実力を持った『道士』が、この術を仕掛けたのだろう。

 それを聞いて唖然としていたのも今となっては良い思い出だった。

 何故なら――

 黄翠鈴の命は今まさに危機を迎えているからである。















 

 それは、突然店にやって来た美しい金髪の美青年の笑顔を見た瞬間だった。

 彼はにこやかに接していたが、言い知れぬ不気味さを感じて翠鈴は気圧された。

 和麻や刀悟の持つ普通の人間とは違う『違和感』よりも強烈な、『人として外れている』と形容するしかない怖気。

 それに、彼女は気付いてしまう。

 後見人である祖父の名義ではあるが、治安の悪い九龍城の一角に自身の店を持ち、訪れる多種多様な客を相手にしている中で培われた鋭い直感。

 それが警鐘を鳴らしていた。

 この男は自分に害意を持っている。

 それは、隣にいた和麻にも判った。

 男が名乗りを上げた瞬間――和麻は動いた。

 これ以上も無い不意討ち。死角より放たれる無数の風刃がその男を切り刻む――筈だった。

 だが和麻は風を放つよりも先に、その四肢を理解出来ぬ術にて砕かれ血塗れになって倒れ伏してしまう。

 先手を取り、不意討ちを行った和麻だが、無残にも敗北した。

 何をされたのかは判らないが、事実として和麻は血を撒き散らして倒れ伏している。

 自分が抵抗すれば、虫の息の和麻の命が更に危うくなるとその金髪の男に言外に脅されもした。

 既に店に人気は無く、泣いて叫ぶよりも先に和麻は死ぬだろう。

 普段ならば店にはこの時間でも人がやって来るのだが、今日に限って人の気配は一切しなかった。

 恐らく自分の腰に無遠慮にも手を回しているこの金髪の男が原因だろう。

 つまり、和麻と自分の命をこの男は握っているのだ。



 だから、翠鈴は甘んじてその金髪の男――アーウィン・レスザールに攫われる事を承諾した。



 ふと、この場にいない刀悟を思い出す。

 和麻曰く『一般常識を気にする癖に、敵対するヤツには一片の容赦もせずに斬り刻む危険人物』、『身内に甘い刃物馬鹿』、『歩く理不尽』。

 そう呼ばれているが、和麻は確かに彼を信用していた。

 彼がいたからこそ、翠鈴は攫われる事を承諾したのだ。

 彼がいれば、少なくとも和麻の命『だけ』は助かる。

 仕事が終わっていつも閉めたこの店で二人は話しているのだ。

 専門的な話は判らないが、よく『お土産』も貰っていた。

 その刀悟だが、実は朝から香港に住んでいたとある身元不明の錬金術師の家宅捜索に出かけていたのだ。

 既にその人物は故人だったらしく、彼に入った依頼は『故人の部屋の後片付け』だとか。

 かなり警戒心の強い人物であったせいか、何も知らない人間が物盗り目的等でその部屋に入ると、翌日必ず死体となって死んでいるらしい。

 既に和麻たちの同業者も何人か動いているようだが、解決するに至っていないと聞いた。こちらは死なないにしても心身共に満身創痍らしいが。

 だから、強い日本人を抱えている祖父に白羽の矢が立ったそうだ。

 祖父が九龍城の顔役の一人だとは今まで知らなかったが、それでも自分にとっては過保護な祖父でしかないので気にしていない――のだが、こういった事を聞く度に何だか祖父が違う世界の人間のように感じてしまう。

 本来は二人で依頼を受けさせるつもりだったらしいのだが、何故か祖父は刀悟だけに行かせた。

『嫌な予感がする』

 そう祖父は言っていた。

 長年『九龍城の顔役』として裏社会を生き抜いてきた彼のような人間は、第六感と呼ばれる常人よりも鋭い直感を持っているのだ。

 本来ならば、その依頼は受けるつもりは無かったらしいのだが、無下には断れない人間からの依頼だった。

 だから仕方なく刀悟のみを行かせたのだ。

 それに本人には詳しく聞いていないが、最近特に祖父は忙しそうだった。

 様々な人物に連絡をしては、誰かを探しているらしい。

 多分それは、時折自分に逢いに来る正体不明の男の事だろう。

 二年に一度、この時期くらいに店へとやって来る不思議な男。

 まずその姿は出会った当初から少しも変わってないのだ。

 確か、名前は『霞雷汎(シア・レイファン)』だったか。

 近況を聞いて、そしてお土産のお菓子を置いていくだけなのだが翠鈴はよく覚えていた。

 どこか普通の人間とは違うように感じられたのが、覚えている要因だったのだろう。

 半年近く一緒にいて、和麻や刀悟のような『裏で生きる人間』の『違和感』には気付けているのだ。

 隠そうともしていないので、すぐに判った。



 目の前のこのアーウィンという男は『別格』だ。



 自分のようなちょっと勘の鋭い普通の人間でも強烈に理解する。いや、理解させられてしまう。

 抵抗するだけ無駄だ、と。

 ヒトのタカチをしているが、その裏側は絶対に自分には理解出来ない『何か』が渦巻いているのだろうと確信出来た。

 そんなモノの攻撃を受けて、和麻は半死半生なのだ。いや、息がある時点で奇跡に等しい。

 両手両脚を犠牲にして、和麻は生を拾ったのだ。

 だから、翠鈴はその命が消える事が嫌だった。

 もし彼がさっきの攻撃で死んでいたのなら絶望のまま男に攫われるだけだったろう。

 だが、和麻の眼は死んでいない。

 その動かない身体を無理矢理動かして、アーウィンを睨みつけた。

 そして、当てにしているようで悪いが、刀悟もいる。

「……ほぉ」

 その眼に何を見たのか、アーウィンは面白そうに彼を見て、再度攻撃を放った。

 不可視の衝撃が、和麻を襲う。

「……がっ!!」

 まるでピンボールのように店内を撥ねる和麻。

 それに巻き込まれて壊れていく内装や客席。

 既に生半可な治療では元に戻る筈も無いだろう。

 そう思っていたのだが、その身体は『原型』を留めていた。

 しかし満身創痍である事に変わりは無い。

 それなのに、だ。

 その眼に宿る光が途絶える事は無かった。

「……ふむ。面白い」

 男は微笑んだ。

 まるで出来の良い新しい玩具を見つけたかのような笑顔。

 しかし、それ故に笑顔の裏にある狂気と残酷さが如実に伺えた。

 ゆっくりと、しかし徐々に力を込めてアーウィンと名乗った男は和麻に近付きその頭を踏み付ける。

「……ぐぅ……ぉ……ぁ……っ!!」

「聞くといい。私は、この香港の地のどこかで二ヵ月後、『とある儀式』を行う。――彼女はその儀式に欠かせない『主賓(生贄)』なのだ」

 愉快だと言わんばかりに、アーウィンは嗤う。

「捜してみるがいい。私はその日が来るまでは決して彼女に手は出さん。だが――その日が来れば彼女の魂の一欠片すら残さずに消費する事を約束しよう」

 指を鳴らす。

 すると、彼女の胸元に蒼い結晶が現れ、それは一気に巨大化して彼女をその結晶の内へと閉じ込めた。

 徐々に意識が遠のいていく翠鈴。

 既に身体は動かせず、愛しい人に『助けて』とも『逃げて』とも言えなくなってしまう。

「さぁ、強くなるがいい。血眼になって捜してみせろ。三百年続く我が『人生』を彩る『障害』よ」

 その結晶に黒い鎖が巻き付いていく。

 そして、結晶は掌で包める大きさへと戻った。

 その中に翠鈴を入れたまま。

 それを懐に仕舞い、男は再度指を鳴らす。

 すると、徐々に壁やら天井やらが不規則に圧力を加えられているのが風の精霊を通して感じられた。

 何をしようとしているかなど、容易に和麻には想像出来た。

 怒りの視線を受け、心地よさ気に男は言う。

 理屈ではなく、直感で判った。

 この男――真性の愉快犯だ。

「まずは小手調べだ。この危機をどう乗り越える?」

 そう言い残し、アーウィン・レスザールは消えた。

 恐らくは空間転移の類だろう。

 そして、それから直ぐに翠鈴が両親から受け継いだ小料理店は、文字通りの意味で崩壊した。

「……アーウィン…………レスザール……っ!」

 降ってくる瓦礫や木片の音に負けないような大音量で、和麻は吼える。



「……アーウィン・レスザァァァァァァァァァルゥゥゥゥゥゥ――ッ!!」



 そして、和麻の激昂に呼応して、風の精霊たちは爆発したかのように風を暴れさせる。

 無残にも瓦礫の山と化した店。

 その残骸に囲まれて、無理矢理に身体を反転させ、仰向けのままで和麻は吼えた。

「上等だ!! テメェは絶対に俺が殺す!! 例え首だけになろうとだっ!!」

 感情の赴くままに暴風は猛威を振るい、和麻の声は掻き消される。

 叫ぶだけ叫んで、彼は気を失う。

 しかし、その『声』は確かに聴こえていた。

 例え誰が聴いていなくとも、『   』という存在だけははっきりと聴いていた。

 和麻の決意を。

 『   』だけは聴いていたのだ。

 















 その夜、刀悟は上機嫌だった。

 その手に持っている四本の小瓶。

 それらが、どんな宝石や金塊よりも値打ちモノだったからだ。

「あの錬金術師、まさかパラケルススの直弟子の末裔だったとはなぁ」

 依頼された内容は、とある故人の家に設置されている『防犯設備』の除去であった。

 勿論、前情報でその家が錬金術師の住まいで『防犯設備』も魔術やら錬金術が絡んでいるとも知らされていた。

 周辺に家屋は無いので、最悪更地に変えてくれても構わない、そう言われてすらいたので――その好意に甘えて彼は周辺全てを更地に変えた。

 無論それは不可抗力だ。

 そう彼は言い訳するが、事前に知っていながら探索事どころか戦闘でも凄腕の風術師である和麻を連れて行かなかった刀悟の落ち度でもあった。

 お陰で依頼主には『そうは見えないが過激で危険な男』と認識され、こちらが申し訳ないと思う額の報酬を支払われた。

 まぁそれは良い。

 『騙して悪いが……』等と言われて背後からやられるのは好きではないからだ。まぁ誰であろうと裏切られるのも騙し討ちされるのも好きな者などいないだろうが。

 さて、何故彼はその錬金術師が暮らしていた住居及びその周辺を更地に変えたのか。

 再度言おう。

 不可抗力だったと。

 それを説明する前に、少々話は脱線する。

 和麻だけは知っている事が二つある。

 この刀悟――実は人間の『魂』をある程度手を加える能力を持っていた。

 もう少し簡単に言えば、人間の魂ですら加工を施せるのだ。

 ただし幾つかの条件を満たした魂であるならば、だ。

 その条件とは、刀悟が『喰らった』魂のみに適応される。

 そして、もう一つ。

 それは、人の魂に触れる事で『その者の知識や経験』を掠め取る――という能力である。

 今回刀悟はその能力をフルに使い、この住居を使用していたのが錬金術師として名高いパラケルススの直弟子の末裔だと読み取った。

 残留思念、というモノがある。

 人の思念が好悪の感情を問わず強くその場に焼きついたモノ。

 そしてこの家屋総てにそれは焼き付いていた。

 故に普通の魂に触れて読み取るのが容易かったのだが。

 錬金術師が成そうとした事。

 それは――『エリクサー』の作製。

 死人すらも蘇らせたという奇跡の霊薬。

 もし市場に出れば、青天井で値段は高騰するだろう。

 彼はそれを造る事を人生の目標としていた。

 それ以外は判らない。

 残留思念は、読み取り易いが強い感情意外のモノは読み取れないからだ。

 その思念を頼りに刀悟は家捜しして、『エリクサー(仮)』と呼べる小瓶に入った霊薬を四本見つけ出した。

 エリクサーそのものは見つからなかったが、これだけでも死人一歩手前の人間を快復させるのだから、その錬金術師の技量の高さが伺えた。

 だが、その道中に仕掛けられた罠などを力尽くで突破したのが災いして、家屋の崩落に巻き込まれかけたのだ。

 それを回避する為に、彼は『奥の手』の一つを使い――周辺すら含めて更地に変えてしまった。

「……流石、伝説に名高い霊剣」

 あの光景を思い出し、頬が引き攣る刀悟。

 日本にいた頃に『日本神話にて有名は二振りの剣の欠片や残骸』を様々な場所で発見し、それらを再度『炉』で再度打ち直した二振りの霊剣――いや、『神剣』。

 一つは、自分が喰らった『蛇』を殺した神剣。

 一つは、かつて神の魂を材料に作られた神剣。

 その欠片や残骸は、『己の内』にあったり、深海の底に落ちていたり、とある妖怪の腹に飲み込まれていたり、好事家が所有していたりと、様々だった。

 だがそれら全てに刀悟は言い様の無い感覚を覚え、欠片や残骸もまた自らの意思があるかのように彼の元へと集った。

 そして赴くままに『神剣』を完成させた刀悟。

 彼が振るった『長い柄の剣』は、落ちてくる瓦礫を斬り刻んだ――のではなく、一振りするだけで周囲全てを斬壊せしめた。

 余りにも規格外。

 ある程度――いや、制御出来なければ、市街地等での使用は不可能だろう。

 一振りする度に周辺全てが瓦礫の山どころか更地になってしまうのだ。歩く破壊兵器と言われても文句は言えまい。

 封印処理する事で威力を何とか抑えよう――そう刀悟が考えていると、ふと違和感を感じた。

 この先に翠鈴の店があるのだが、どうにも『人払い』の結界が張ってあるように感じられるのだ。

 常人ならば、決してここには近付かないだろう。

 いや、近付くという選択肢すら無い筈だ。

 だが、刀悟もまた裏で生きる『異能者』。

 その違和感を払い除け、歩を進める。

 暫く歩くと――瓦礫の山が見えた。

「はぁっ!?」

 普通に驚いた。

 いつも和麻や翠鈴と様々な話をしていた憩いの店が――瓦礫の山となっているのだ。

 驚くなというのが無理だった。

「おいおいおいおいおい。こりゃ一体どういう……」

 そこで彼は声を失う。

「……あっちゃあ……こりゃまた、派手に負けたみたいだな……」

 気絶した和麻を見下ろし、刀悟はその身体に触れる。

「……んー、両手両脚の骨とか筋肉が砕けてる上に断裂してんな。しかもその砕けた欠片が筋肉に突き刺さってんのか。こりゃ全治三ヶ月ってところか?」

 しかもそれは治癒術師を手配した上での期間だ。表の医療機関ならば再起不能と判断するだろう。

 だが、彼の手元には手に入った『エリクサー(仮)』がある。

 恐らくコレを使えば、和麻は全快するだろう。

 だが、周囲の惨状を見た限り、そのままこの元凶に特攻して儚く散るのは目に見えている。

 どこか、外界と隔絶された場所に連れていった上で傷を癒すべきだ、そう彼は考えた。

 既に彼の中では『霊薬を使わない』という選択肢は無かった。

 こういった所が、和麻に『身内に甘い』と言われる所以なのだが、本人にその自覚は無いのだ。

「うーん……いっそ俺の『神域』に閉じ込めるか? ……すぐに破られるが眼に見えてるしなぁ」

 実力は互角なのだ。

 つまり『神域』を破るのは和麻にとって無理ではない。

 さてどうするかと考えていると、声が聞こえた。



「おいおい……遅かったのか?」



 歳若い青年が、背後にはいた。

 刀悟に気取られる事無く。

 その事実に背筋に戦慄が走る。

 警戒しようとする前に、男は、

「あ? お前ら、何か知ってるみてぇだな。――よし、ここじゃなんだし、俺の家で説明しろ」

 そう言って、気付けば中華風の屋敷の一室に彼と和麻はいた。

 その横には黄影龍の姿もあった。本人も呆気に取られているようだ。



「さて……何があったか、この霞雷汎に教えちゃくれねーか?」



 そう言って、部屋に備え付けてあった椅子に腰掛ける。

 これが、それから一ヶ月以上、二人に地獄すら生温いような修業を課す霞雷汎との出会いだった。




















(あとがき)

さて、実は原作を読み直して『ある仮説』が浮かんだので、新しく書き直しました。















※ここからは原作のネタバレを含みます。



さて、『アルマゲスト』という組織に所属する魔術師は、原作でも三人出ています。

まず首領である『アーウィン・レスザール』

次に『アルマゲスト』に所属している『ミハエル・ハーレイ』(愉快犯)

そして最後に、『アルマゲスト』を運営する高位魔術師による『評議会』その議長を務める『ヴェルンハルト・ローデス』(超が付く愉快犯)

下にいる者で、しかも組織として取り纏める者ですら愉快犯であるのならば――首領も『そう』ではないのか、と思ったのです。

彼らに共通するのは、目的を成就する為に支払う犠牲は全く気にしていない、という点です。

そして、アーウィンはどうかは知りませんが、下二人は基本的には自分は表に出ずにある程度の権限を与えた駒を操って大局を動かそうとします。

ミハエルの場合は、家族を失い失意に沈む神凪の分家の娘『大神操』。

ヴェルンハルトの場合は、かつての和麻の恋人でもある翠鈴の残留思念より作り出されたホムンクルス『ラピス・ラズリ』、綾乃と同じ聖凌学園に通う裏口入学疑惑のある粘着質エロの男子高校生『内海浩介』、更には『力に餓えた(特別を夢見る)少年たち』。

彼らは駒を使って、楽しみながら事を起こしているように見受けられました。

だからこそ、この二人より上に立つアーウィンもまた、度を越えた愉快犯なのではないかと考えたのです。





そう思い、リテイクしてみました。




尚、前回と前々回のは消しておこうかどうか迷っています。

……本当、どうしましょう?


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