お天気屋、いえ情熱的な男性との恋の話です。
どこまでノンフィクションか、、、それは貴方のご想像にお任せいたします。
固有名詞での登場人物は、もちろん本名ではなく、仮名です。ご了承ください。
※長い文章ですゆえ、接続時間の気になる方は接続を切ってから読まれるか、ファイルを保存されることをお勧めします。
Chapter 1 【ファン】
彼との出会いは、長期出張中でした。
女性の多い私たちのチームと、男性の多い彼らのチーム。
業務が違うためにバラバラで、最初はいがみ合っていましたし、交流もさほどなく、同じ部屋で作業をしていてもお互いに口を利いたりすることはあまりありませんでした。
しかし私たちのチームも彼らのチームも、合宿みたいな、或いは部活動のようなノリがありました。
それぞれのチームワークはよかったと記憶しています。
何せ同じ目的をもち、ホテル住まいをし、朝の9時から夜の11時まで毎日作業をしていたわけですから。
そこでの作業が数日くらい経過した或る日、夕飯を食べていた同じチームの女性が言いました。
「今まで気づかなかったけど、すごく素敵な人がいたの!」
30代独身女性の恋する瞳に、他人事ながらワクワクしてきました。
「誰?そんな人いたー?」
私たちは興味しんしんです。
何せ、向こうの男性の多いチームに、彼女が言う該当者など思い当たらないものですから。
〔・・・あ、ちょっと待って・・・〕私はふと思いました。
オタク系の多い中で、一人、「素敵」という形容詞が似合いそうな人を思い出しました。
出張2日目に、見ず知らずの事務所で、業務内容など慣れないことだらけで不安でいっぱいだった私に声をかけてくれた人がいたのです。
「始めまして。伊藤(仮名)と言います」
私も何故か彼につられて名乗ると、彼は「昨日からいました?今日ここ、初めてですよね?」と言いました。
そんなに存在感なかったのでしょうかね、私。。。
慣れないことだらけでおとなしくなっていたのは事実ですので。
「いましたよー、昨日から。ま、私、おとなしいので」
と冗談ぽく言い、私と彼はすこし会話を続けました。
自分に声をかけてくれる人がいてくれたことが、とてもうれしかったのです。
すると彼の仕事のほうのチームに属する数少ない女性陣がひやかしに来ました。
「もう、また伊藤さん、ナンパしてー。職場ではナンパ禁止ですよ」
ふーん。
この人、ナンパするキャラなんだ。
という風に記憶していた男性がいたのでした。
なので恋する瞳の彼女に「伊藤さんじゃないですかー?」と言ってみました。
すると周りの人々から「あの人のどこが『素敵』なの!?」とブーイングが。
もちろん、恋する瞳の彼女からも却下されました。
それから今度は私に話が降られてしまいました。
「大体、あの伊藤って男のどこが『素敵』なの。中川さん(仮名)、ああいうのが好みなの?」
「だってあの中で『素敵』っていう雰囲気の人、他にいないじゃないですかー。伊藤さんって、何だか気品ただようって感じだし」
「うそー!?」
話は、恋する彼女から、すっかり私が中心になってしまいました。
そして言っていることが暗示になってしまったのか、伊藤さんを本当に素敵だと思い始めてしまっていたのです。
「とりあえず、伊藤さんは、ライバルいないわけですね?じゃ、誰ももう取らないで下さいよ」
と、何故か私は彼のファン宣言をしてしまったのでした。
Chapter 2 【彼女になりたい】
仕事とはいえ、想う人が自分以外の女性と話しているのを見るのは面白くありませんでした。
すっかり周りには彼が好きと宣言し、牽制していたわけですが、それでも自分に自信がない私は、彼を想うことしか出来ずにいました。
知識のない私は、彼と何を会話したらいいのかも分からず、彼に話し掛ける勇気もなかったので、他の女性が彼と親しそうに話しているのがとてもうらやましかったものです。
そして出張最終日の前日、ギクシャクしていた私たちと彼のチームの飲み会が開催されました。
やや長い出張期間中に、他の女性とトラブルなどがあったりしたのです。
それを最後にみんなで和解しよう、という目的もあったのかもしれません。
仕事を早めに終え、店へ行く途中に、彼がそばを歩いていたので、少し会話をすることが出来ました。
しかしこの辺が部活動のノリみたいなのですが、社内恋愛をいつしかタブー視されていたので、あまりおおっぴらに彼と仲良く話すことが出来ずにいた私は、飲み会も近くの席に座ることが出来ませんでした。
そんな私より、前述の恋する30代の彼女の応援を、自分をも含め、するために作戦を練っていた部分もありました。
大人数なので、居酒屋の席をいくつもの島に分かれて、伊藤さんは遠く離れたところにいました。
私なんかよりも、恋する30代の彼女の応援の方が優先です。
しかし、私たちのテーブルにいた彼の上司が、彼を呼びました。
そして私たちに紹介してくれたのです。
「おい、伊藤、ちょっと来い。こいつ、25歳でバツイチなんですよ」
彼は照れくさそうに笑っています。
うそ!?
年齢が若いのも驚きでしたし、一度結婚したことがあったとは・・・。
「伊藤さん、結婚していたんですか?お若いのに、嘘ですよね?」
思わず言ってしまった私に、彼は「本当ですよ」と答えてくれました。
1件目を出て、そばにあったゲームセンターで当時流行っていたプリクラを撮ろうと、私たちはフラフラしていました。
狭い空間に大勢入ってきて、私の後ろで酔った勢いで抱きつく気配を感じて後ろを見ると、それは伊藤さんだったのです。
びっくりしました。
そして、もう一押しすれば彼をゲットできるかも・・・とも、少し酔った頭でぼんやりと思いました。
一方、恋する彼女も、恋する相手と2人でプリクラを撮れたようでご満悦でした。
そして2件目。
かなり人数が減ってカラオケボックスへ行くと、私たちのチームは私ともう一人の女性だけしか残っていなく、後はみんな、もう一方のチームの人たちでした。
人見知りする私は、とりあえずもう一人の同じチームの女性のそばにくっついていることにしました。
そこで私は酔った勢いで、伊藤さんの隣りへ座ったのですが、何故か彼は私を避けている様子です。
逃げられた私は、懲りずに彼の隣りへ移動し、いろいろ話し掛けたりしました。
しかし彼は私にはそっけなく、私の隣りにいた他の女性に名刺を渡したりしているのです。
その女性も彼に名刺を渡したりして、私は面白くなく、二人の間に割り込みました。
「私にも名刺くださいよ〜。私、まだ入社したばかりで名刺ないんです。うらやましいな〜、2人とも」
気づいたら隣りにいる彼に、手を握られていました。
「逃げても追っかけて来るんだもん。俺、自分の気持ちを抑えるために逃げていたのに。キミに今、メロメロだよ」
うるさいカラオケボックスの中で、彼は私の耳元でこう言ってくれました。
さすがナンパ師です。
単純な私はその言葉に舞い上がってしまいました。
それと同時に、周りの目が気になりましたが、周りの人たちに冷やかされるような目で見られているような気がしたのは、果たして気のせいだったのでしょうか。
Chapter 3 【再会】
長期出張が終わり、伊藤さんと離れ離れになってしまった私ですが、彼からもらった名刺が心の支えでした。
携帯電話の番号も教えてもらえたので、声を聞きたい時に聞けるというのもうれしかったです。
そして或る日、仕事で伊藤さんのいる、自分もいた事務所に電話をしたら彼が偶然出てくれたことがあったのです。
その時に「えー、伊藤さんですか?何だかお久しぶりですね」などと、好き好き光線を出してしまった私です。
彼も、「またこっちに出張しに来て下さいね」と言ってくれました。
そして出張を終えて1週間もしないうちに、再びそこに長期出張として舞い戻るチャンスがありました。
張り切って事務所に着いた私に、伊藤さんの上司は私の上司に
「彼女、うちの伊藤とデキているんですよ」
と言ったのはびっくりしましたけど、少しうれしかったのでした。
伊藤さんは、私を好きだということを、人に話してくれていたのが。
本当は隠しておかなければならないことなのに、敢えて人に話すということは、それだけうれしいということ。
私の存在を、少なくとも「恥ずかしい」とは思ってはいないことです。
その代わり、周りに知られてしまっている、ということで、私は仕事中に彼と仲良くすることは出来ずにいました。
妙に親しくしていると「職場の和を乱す」という風に見られそうだからです。
ですから、職場の外で会ったり、偶然職場の廊下ですれ違ったりする時くらいしか、彼と話せずにいました。
でもそれでよかったのです。
一日のほとんどを過ごす職場で、彼の姿を見れるだけで。
たまに彼と目が合うだけで、それだけでも幸せだったのです。
私は、好きな人と気持ちが通じ合うと言うことが実感できただけで、それだけで幸せでした。
Chapter 4 【初めてのリストカット】
2度目の長期出張は、約1ヶ月の滞在でした。
2度目の長期出張中は、かなり部活動的なノリになってきました。
前回の飲み会もあって、ギクシャクしていた両チームの仲も、よくなってきており、その中で私と彼以外のカップルも極秘に出来上がっていたようです。
そして私はいつしか、彼のことを下の名前で呼ぶようになり、彼も私の下の名前で呼んでくれるほど親しくなっていました。
もちろん、仕事中はさほど口も聞きませんでしたが。
仕事中に接点のない私達は、近くにいるのに思ったより二人で会う事が出来ず、しかも携帯電話がつながらないある日、いきなり別れを宣告されたのです。
「何度電話しても留守電だし、もうこんなに辛いのイヤだよ。別れよう」
「は?だって仕方ないじゃん。仕事中、携帯つながらない場所にいたんだし。それがどうして別れ話になるの?」
「辛いんだよ。別れよう。それじゃ」
一方的に彼はそう言い、電話を切りました。
別れるって言っても、これから約1ヶ月、毎日職場で顔を合わせるのに・・・。
ある日、私と優作の仲を応援してくれた一人の女性を私は「おねーちゃん」と言って慕っていたのですが、彼女は、実は優作の上司と付き合っていると言うことを打ち明けてくれました。
しかもその上司、浮気をしているかもしれないという相談もされ、翌日に休みが入った私とおねーちゃんは、飲みに行って語ることにしました。
丁度私も、一方的に優作から別れを宣告されたところで辛い日々を送っていたので、思いきり飲んで語ろうと言う魂胆でした。
飲みながら彼女は彼氏である優作の上司に電話をしていました。
途中で代わると「中川、今、優作とケンカしてるんだって?」と面白そうに言われます。
ったくこのおねーちゃんは、何でも彼氏に話すんだから・・・
「そうなんです。ケンカっていうか、私は彼を好きなのに、彼が私のこと嫌いになってしまって」
「大丈夫、コイツもお前のこと好きだから。毎日、中川に会いたいって言ってたぞ」
「うそ!?」
「大丈夫大丈夫、これからコイツ、そっちに行かせるから。一緒に飲んで仲直りしな」
それから30分ほどして、優作と仲の良い同僚が合流してきました。
残念ながらおねーちゃんの彼氏は来ませんでした。
「やっぱり浮気してるんだ」
4人で結構楽しく飲んでました。
優作も「やっぱり美緒(仮名)のこと好きだから」
それなのに・・・
1件目を出ると、ひどい雨が降っていました。
おねーちゃんと同僚の人は、私と優作に気を使ってどこかに隠れてしまいました。
一方、二人っきりになった私たちですが、またもや優作の気まぐれが始まりました。
私を思いきり抱きしめると、「さようなら」と言い残し、素早く走って逃げていってしまったのです。
一瞬、冗談だと思ったのですが、どんどん遠くなる優作の後ろ姿に、彼は本気で別れようとしていることに気づきました。
私も走って追いかけようとしたのですが、追いつかず、また、どしゃぶりの雨が彼の姿を消してゆきました。
しかも、見知らぬ街です。
左右を見ても、夜のせい、或いは酔いのせい、そして涙と雨で視界がなくなり、迷子になってしまいました。
私は泣きながらおねーちゃんの携帯電話に電話しました。
「おねーちゃん。。。優作に逃げられちゃった。一人になっちゃったよー」
「え?どうしたの?どこにいるの?」
「わかんないよ。どこにいるのか、わかんない」
それでも自分の周りにある建物の特徴を言い、おねーちゃんと連れに来てもらうことにしました。
土砂降りの雨の中、傘も差さずずぶぬれで一人で泣きじゃくっている私は、かなり奇妙な光景だったことでしょう。
一人で心細い時間というのは非常に長く感じます。
ようやく、二人が迎えに来てくれました。
「アイツ、どうして帰ったの?」
「わかんない。突然、『さようなら』って。さっき、ヨリを戻すって言ってくれたのに。なのになんでいきなり・・・」
泣きじゃくる私に、おねーちゃんは「ホテル帰って休もう」と言ってくれ、ホテルの部屋に帰ることにしました。
優作の親友は「中川ちゃん、ごめんな。アイツ、本当は君のこと好きなんだよ。だけど、気持ちが混乱しているんだと思う。悪く思わないでね。俺が責任持って謝らせるから」と言ってくれました。
終電もとっくになくなったので、自分のホテルの部屋におねーちゃんを泊めることにしていました。
部屋に戻って着替えると、おねーちゃんはまた出かけると言います。
「さっき、もうちょっと遊ぼうって約束したの。ここまで付き合ってくれたしね。一人で、大丈夫だよね?」
「ごめんね。もう大丈夫」
おねーちゃんは、私を一人にしてくれようと気を使ってくれたのかもしれません。
一人になった私は、とりあえず優作の携帯電話に電話をしました。
彼は出てくれました。
「どこにいるの?」
「もうすぐアパートに着く。もうさ、電話してこないで」
「どうして?どうしてちゃんと話もしないで一方的に逃げるの?さっき、やっぱり別れないって言ったじゃん」
「俺、辛いんだよ。美緒と一緒になれないのに付き合っているの」
返す言葉もないまま、向こうから電話を切られてしまいました。
好きな人と、気持ちが通じ合うということがすごく幸せだったのに。
その幸せを感じる権利など、私にはなかったのでしょうか。
ほんの数日間という、一瞬で、それが壊れてしまったのです。
私が、いけないのです。
私は発作的にバスルームに入り、T字型カミソリを持って手首に切りこみをいれました。
リストカット。
人の話は聞いていたけれども、自分で実行するのは生まれて初めてでした。
どういうときに自分で自分を傷つけるのか、やっとこのときになって分かったのです。
私がみんな悪いのだ。
私が、彼を苦しめている。
こんなに自分本位で自分勝手でワガママな私が、存在するのが許されないことなの?
優作。。。こんな自分勝手な私に罰を与えたら、そしたら許してくれる・・・?
何箇所か切りこみを入れた後、スッキリして私はベッドに戻りました。
横になってボンヤリしていると、正気になってきたのか、傷口が痛み出してきたのを感じました。
もう一度、彼の声が聞きたい。
優作の携帯電話に電話をします。
何度かけても、彼は出てくれません。
諦めずに何度も電話をかけると、ようやく何度目かで出てくれました。
「優作、遂に手首を切ってしまいました。痛いよ・・・」
「どうして切ったの!?」
さっきは冷たかった彼の態度が変わりました。
「ちょっと待って、今、そっちに行く。大丈夫なの?傷は」
電話が切れました。
彼が、こちらにやってくる・・・。
信じられないことだけれども、彼に会えるように、一応、着替えておきました。
すぐに外に出られる様に。
出張中に滞在していたホテルには、自分の上司も泊まっています。
前に部屋に男性を連れこんだ女の子が、お説教をくらったことがあるので、それは出来ないのです。
手首を切った割には、その辺、妙に私は冷静でした。
そして彼から電話が鳴りました。
「今、ホテルの外にいるんだけど」
私は急いで部屋を出ました。
ホテルの入り口に彼がいました。
かなり息が切れていました。
誰かに目撃されるとイヤなので、とりあえず私達は歩き出しました。
優作は私の手を引っ張ってタクシーを探しながら歩いていきます。
私も、優作の手を握りながら話をしました。
「優作に逃げられて、ショックで切っちゃったの」
「もうそんなことしないで。分かったから。ね?」
とりあえず優作の部屋に行こうということになり、タクシーを拾いました。
優作の部屋に着き、いろいろ話しをしているうちに朝になろうとしていました。
彼は、自分のものになりきれない私と付き合っていて、これ以上の情が移ると別れる時に辛いので、今のうちに別れておきたかったらしいです。
でも、やっぱり、もう別れない、と言ってくれました。
手首を切るなどという、信じられない行動を起こした私に、同情でもしたのでしょうか。
朝になりきって外が明るくなった時に、おねーちゃんから電話が入りました。
「カミソリ使ったでしょ!?何に使ったの?大丈夫なの?今どこなの?」
「ごめんね、心配かけて。無事、仲直りして優作の部屋です、今。おねーちゃん、シャワーとかベッドとか、勝手に使っていいからね」
朝まで優作の部屋に滞在していた私は、優作に部屋のカギを渡されました。
「今日、仕事休みなんでしょ?合鍵作っておいて」
Chapter 5 【卑怯者】
ある時、優作やおねーちゃんの彼氏のチームの飲み会に、私とおねーちゃんが乱入することがありました。
そのときもまた、話の中心は私と優作ネタです。
彼のチームの男女みんなが応援してくれてました。
「そっちの上司はさー反対しているようだけど、俺は、中川(仮名)と優作が付き合っていることは悪いことだとは思わないよ。だってこいつ、本当に嬉しそうだし」
おねーちゃんの彼氏はそんなことを言ってくれました。
「みなさんの応援があると嬉しいですね。僕は、彼女と結婚できなくても、彼女が僕の為に手首を切ったことから、彼女の気持ちがわかったんです」
彼はいきなり隣りにいた私にキスをしたのです。
ビックリして、ちょっと頭に来ました。
そこまでおおっぴらにしなくてもいいのに。
「何するのっ!みんなが見ている前で恥ずかしいじゃん!!」
頭にきて怒鳴ると、彼は一気にスピリタスを飲み、フラフラになって店を出て行きました。
前から何となく気にはなっていたのですが、彼は妙に感情的なのです。
気がコロコロ変わると言うか。
店を出た彼が心配で、彼を追いかけようともしたのですが、わざわざ飲み会の和を乱したくないのもあって、放置することにしました。
それに「構ってほしい」という気持ちもミエミエだったのが、私は面白くなかったのです。
彼のいないメンバーで、彼と私にまつわる恋愛論に盛り上がりましたが、その間、おねーちゃんが酔いつぶれてしまい、私と彼氏とで介抱に回ることになりました。
トイレの前で、おねーちゃんの彼が、やっぱり酔っていたのでしょう。私を軽く抱きしめてくれました。
「キツいこと言うかもしれないけど、あいつ、おまえのこと本当に好きなんだよ。だからあいつを傷つける前に、答え出してやりな。あいつと結婚するのか、しないのか。もしおまえにその気がないなら、早めに別れてやれ」
「あの人、離婚したばかりなのでしょう?別に今すぐ結婚を意識しなくてもいいじゃないですか」
「でも、このままズルズル続けるとしたら、お前は卑怯だよ。あいつが可哀想だと思わないの?」
「私は、遠く離れた田舎を捨ててまで、あの人と今、結婚をするという勇気まではありません。だけど、今すぐ簡単に別れられるほど軽い気持ちでもありません」
「ま、今はこのままでいいと思うよ。だけど、いずれ出さなければならない答えだし、それはあいつの為だから。今だから言うけど、お前さ、俺たちの中で一番人気だったんだよ。だから伊藤に取られてみんな、面白くないけど応援してるんだからさ」
自分に自信のない私が?
すごくうれしかったけれども、この人の言うことはよく分かるだけに、胸が痛みました。
好きな人と一緒にいることが、実は好きな人を傷つけていることであると言うことを、私はそれまで気づかなかったのです。
自分さえ心地よければそれでよかった、自分勝手な人間であると言うことを、認識させられてしまいました。
気分屋で感情的で、人を心配させるのが上手な彼よりも、私の方がずっと卑怯ものだ・・・。
そしていつになっても抜け出した彼は戻ってくることなく、飲み会はとうとうお開きになりました。
「優作、探しに行くか?」
おねーちゃんの彼氏である上司が私に声を掛けてくれました。
「どうせ車で彼女も送っていくし。ついでに優作のアパートまで回ってやるよ」
その言葉に甘えて、悪酔いして具合の悪いおねーちゃんと一緒に、その人の車に乗りました。
彼が、その辺で酔っ払って倒れているのではないかとか、或いはタチの悪い連中にからまれて殴られてやしないかとか、悪い方へ考えてしまい、私は何だか涙が出てきてしまいました。
「おいおい、泣くなって。その辺にまだウロウロしてるよ。あいつ、金ないから」
そんなことを言われながらも、遂に彼のアパートまで着いてしまったのです。
まさかこんな距離を彼は歩いて帰ったのか・・・?
「お前、あいつの部屋のカギ、持ってるんだろ?ちょっと見てこいよ」
ホテル住まいの私が、優作の部屋に実は泊まりにいったりしているのをおねーちゃんに打ち明けていたので、彼ももちろん知っていた様です。
「怖いから着いて来てください・・・」
私はそう言って二人を先に歩かせ、優作の部屋の前に着きました。
玄関のカギは開いていました。
そしてワンルームの部屋がよく見渡せる玄関から、布団も見えましたが彼の姿がないように見えました。
3人で「入るよ」と断って部屋に入ると、死んだように倒れている優作がいました。
「生きててよかった・・・」
優作が具合悪そうに目を覚ましました。
「優作、彼女に心配かけるなよ。泣いてたんだぞ」
「すいません。。。歩いて帰る途中、吐きました」
一人で強いお酒をガンガン飲んで、いきなり酔っ払った勢いでキスして、逃げる様に一人で出ていって・・・。
この人は、私に心配させたがっているの?
そんなことをしなくても、私はアナタが好きなのに・・・
「中川ちゃん、よかったな。俺たち帰るけど、どうする?このまま優作についててやるか?」
非常に迷いましたが、実は私は翌日(もう既に数時間後)に仙台へ出張が入っており、いつもより早い時間にホテルのロビーで待ち合わせだったのです。
「すいません、ホテルまで送ってください」
私は優作が心配でしたが、しかし自分の翌日からの仕事の心配の方が上回っていたので理性を保ち、ホテルの部屋に帰ることにしたのでした。
私は、自分も感情的な人間だと思っていますが、彼は私を上回るお天気やさんだと思うようになります。
自分の感情で、周りを振りまわす。
そうすることで、自分の存在をアピールしたいのでしょうか。
遠距離恋愛の私と優作が、約1ヶ月だけ、同じ所で仕事できて会えるチャンスだったというのに、その間にケンカしたり、私の2泊の出張が入ったりと、無駄な時間に私は少しあせっていました。
この2泊の出張も行きたくなかったのですが仕方ありません。
私はたった2日間会えないだけで、優作がまた、自分と別れたがるのではないかと心配でたまらなくなり、遂に一睡もできないまま出張へ行くハメになったのでした。
Chapter 6 【不安】
1ヶ月の予定の出張期間に、予定外に帰省できることになりました。
本当は滞在して、優作と一緒にいる時間を大切にしたかったのですが、周りからの目を気にし始めた私は、またもや無駄な時間と思いつつも帰省することにしたのです。
その間に、信じられないことが起こりました。
家にいる時の夜中に、電話が鳴ります。
心地良い初夏のある夜のことでした。
私は寝ている家族を起こさない様、タバコを持って携帯電話を片手に外に出ました。
電話の主は優作です。
「みんな、今日で会社辞めたんです」
最初は冗談だと思いました。
10人くらいいた、優作の方のチームの人たち全員が、辞めるというのです。
おねーちゃんの彼氏を筆頭に。
あと2日後には、また優作の元へ一旦、出張という形で戻ります。
それなのに、もう一緒に仕事をすることは出来なくなるというのです。
遠距離恋愛だから、同じ会社というつながりが、心の支えだったのに。
もうあのオフィスで彼に会うことはないのかと思ったら、涙が出てきました。
いっぱいいっぱい辛いことがあって、そんな時に同じ部屋の中で仕事をしている優作の姿が見れることが、励みだったのに。
出張が終わってからも、仕事の電話で、運良く優作が出てくれたりしたら嬉しかったのに。
もう、それが出来ないのです。
「辞めないで…」
「みんなからも、僕は中川がいるから残った方がいいって言われました」
「だったら辞めないで。残る人だっているんでしょ」
「もう決めたことだから」
「だってもう、一緒に仕事できないんだよ。会えなくなるんだよ。それでもいいの?」
「また東京においで」
彼は、私に歩み寄ってくれる人ではありませんでした。
「美緒の子供が欲しい」なんて言ったり
「このままずっと一緒に暮らしたい。結婚してほしい」なんて言ったり
結局、口先だけだったのでしょう。
そして私も、彼を好きでいるという割には、それほど努力して独占したいとも思わなくなってしまっていました。
好きになったキッカケが冗談みたいなものですから、壊れるのも簡単なことだったのでしょう。
熱病におかされたような感覚で、彼に猛烈な恋心を抱いた私は、あっという間に気持ちが醒めてゆきました。
もう会えないかもしれない。
いくら会社を辞めても、いくら遠距離になっても、同じ国内に生きていれば、会おうと思えば幾らでも会えるだろうに。
当時はそこまで楽観的に考えることが出来ませんでした。
私がいくら引きとめても、会社を辞めるという意志を貫く以上、彼がどこか遠い世界へ行ってしまうような錯覚に陥りました。
彼はきっと、そんなに私を必要としていない。
そんな彼に、ついて行く自信もありませんでした。
疲れるだけの恋愛だと、ようやく悟っていったのです。
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