◆◇共依存的だった恋の話◇◆

私が過去で一番愛していた男性の話をします。
何故「愛していた」と過去形だったのか。
それは、それ以上に愛する人が出来てしまったからであるのとそして、彼が故人となったからです。

Chapter 1 【恋の予感】

女子高を卒業してすぐに就職し、小さな支店の勤務になった私は、日常生活ではどう考えても男性との出会いなどなく、毎週金・土の二日間は必ず飲み歩き、出会いを求めていました。
当時は今みたいにインターネットが普及していたわけではなかったので。
ナンパしてくる男たちは真剣な出会いを求めているものではないとは知りつつも、それでもよかったのです。
何もないよりは。

彼は、毎週通っていたディスコで気になる存在でした。
遊び仲間たちと同じ大学だという彼を、最初は遠くから見ているだけでした。
背が低くて、でも三上博に似ていた彼。
ディスコに来ている仲間と一緒にナンパするわけでもなく、つまらなそうにふてくされた顔でいつもビールを飲んでいました。
「何であのヒト、あんなに怖そうな顔してるんだろう。つまらないならこんなところに来なければいいのに」
何となくいつも気になっていました。

ある時、彼の連れが私たちを飲みに誘ったわけですが、そのときに彼の部屋に行くことになったのです。
相変わらず仲間と違って一人つまらなそうにしている彼の家に、しかも真夜中に訪れるなんて気が引けたのですが。

そして彼の部屋に行ってからも、彼はむすっとしていて、それを気にしない彼の仲間と私達ばかりが盛りあがっていました。
空が明るくなり、そろそろ家に帰ろうか、というときに彼が「ちょっと待って」と私を呼びとめたのです。
慌ててその辺にあった雑誌を切り取り、電話番号を急いで書いて私にくれました。
「俺の部屋の電話番号。また一緒に飲もうよ。電話ちょうだいね」
男性にモテない私ですから、他にも女の子がいたのに私にだけそう言ってくれた彼に対して舞い上がってしまいました。
それまで何となく別の意味で気になっていた彼のことを、その瞬間から「ちょっと気になるヒト」として見るようになったのです。

女性雑誌でよく「電話番号を教えてもらってもすぐに電話したら気があるというのがミエミエ」と読んでいたので、電話したい気持ちを我慢して数日過ごしました。
そしてある日、勇気を出して彼の部屋に電話をしてみました。
今のように携帯電話が普及していなかった時代です。
しかも実家に住んでいた私は、部屋にコードレス電話を持ってドキドキしながら彼の部屋に電話をしてみると、拍子抜けなことに留守電でした。
自分の家(しかも実家)の電話番号を易々と教えるのは、安っぽい女だと思われるかもしれないけど、私は彼と確実に連絡が取りたくて留守電にメッセージと自分の実家の電話番号をいれておきました。

翌日、彼から電話がきたのです。
本当に嬉しかったのを今でも覚えています。
自分が気になる人に、気にかけてもらえたということですから。
「また電話するね」
他愛のない話を30分くらいして、彼はそう言い、電話を切りました。
また電話をくれる。
それまでそういう経験がなかった私は、最高に幸せな気分になったものでした。

Chapter 2 【三角関係】

毎週週末にディスコに通っている彼ですから、まさか特定のカノジョなどいないと思っていました。
彼の遊び仲間たちに、「パヤのオンナ」とひやかされていた私ですからなお更です。
だけど毎週、ディスコや飲みに行って会うことはあっても、二人でデートしたことはなく数ヶ月が過ぎてゆきます。
しかし特定の男性と付き合ったことのない私は、それでも別に不満はなく、たまに顔が見れればいいやって思っていました。
彼の顔を見るだけで、そして声が聞けるだけで幸せだったのです。

そんなある時、珍しく誰もつかまらず家で1人で過ごす週末があり、寂しくて彼に電話をしました。
留守電になったのでメッセージを入れると、途中で女性が電話に出たのです。
「迷惑だからやめてください!!」
そう言って電話は切られました。
まさか彼女?

それから彼の部屋の留守電には遠慮するようになりましたが、彼と話が出来たときに問い詰めました。
「電話に出た女の人、誰?」
「ああ、部屋に勝手に来るんだよ。もう来るなって言ってあるから大丈夫だよ」
彼は、その人が彼女であることを認めませんでした。
その女性の正体を知るのはかなり後、それも彼の口からではなく第三者経由でした。

4年も付き合っているということ。
親が警察官で、交通違反をした彼は彼女の父親に助けられて、それで彼女には引け目があって別れられないということ。
徐々に人伝いで知っていきましたが、そのときにはもう、彼のことを本当に好きになってしまい、諦めることができなくなっていました。
「俺に彼女がいるからって、急に会わなくなったりするのはダメだ。これからも今まで通り会いたい」
彼は「彼女がいるなんて知らなかった」とスネる私に、そう言い、私はますます彼への想いを勘違いするようになったのです。


Chapter 3 【離れたいのに・・・】

彼は私に「新しい彼氏を作れ」と言うようになります。
自分は彼女と別れられないから、それを私に咎められるのがイヤになったのでしょう。
或いは、私の気持ちが重く感じたのかもしれません。

彼は自分の後輩や友達に私を売るようになります。
売る、と言っても金銭が動くわけではなく、ただ単に紹介して二人きりにさせて。
彼が喜ぶためなら私は、彼の友達と関係することも苦ではありませんでした。
そして私自身、彼以外の男性と関係することによって、少しでも彼を忘れられたらという考えもありました。

彼への気持ちに苦しむ私は自暴自棄になっていました。
彼の為に彼氏を作ろう、必死になって彼氏と呼べる人もようやくできたこともあります。
だけどダメでした。
どんなにいい人でも、どんなに私を好きでいてくれる人でも、彼でなければだめだったのです。

そして彼も私が離れていくことは寂しかったのかもしれません。
自分で友達に私を売っておいて、そのあとにやたら優しく電話をくれたり。
「彼氏作ってくれよ」と言うから「彼氏作ってやったよ」と報告すれば、毎週のようにデートを邪魔するように電話をしてきたり。
もちろん私も彼以上に優先することなどなかったわけですから、付き合い始めた彼氏よりも、パヤの方が優先できたわけです。

彼も同様でした。
「今日は彼女が来るから遊びに出られない」なんて言っていても、水商売をしていた私が「今日は浴衣着るんだから飲みにおいでよね」なんて言えば閉店間際に来てくれたり。
彼は彼女と別れられないけど彼女より私を好きでいてくれている。
そう思い始めるようになってきました。

店にたまに飲みに来る彼を、私は同僚たちに「あの人、私がすごく好きな人なの」と言いふらしたりしてましたが、みんなが口を揃えて「あんなヤツどこがいいの。やめな」というのでした。
こんなに想っているのに彼女と別れられないヤツなんて最低だ。
みんながそう心配してくれていました。
私も分かっていたのです。
何一ついいところなどない、最低な男だと。
夜中に突然「今から来い」と呼び出してみたり、免許がないからアシに使ったり、ハルシオンを飲まされたこともありました。
私が彼を本当に好きで何でも言いなりになるのをいいことに、「もっと飲めよ」と記憶がなくなるまでアルコールを大量に飲まされたこともあります。
そしてその記憶がなくなっている間に私のバッグから手帳を勝手に出して、載っている女友達に片っ端から電話をかけられたこともあります。
そして無理矢理自分の友達に私を売り渡したりするような男をどうして好きなのか。
私が一番分かっていたのです。
だけど恋愛は理屈じゃない。
本能が彼を愛している、そう勘違いしていたのかもしれません。

「彼女ヅラしてる見ず知らずの女から、パヤを奪ってやる」
いつしかそう考えるようになりました。
幸せに縁遠い私は、人の幸せは壊してやりたかったのです。
私が勝利者になりたかったのです。

しかし私が、彼を彼女から奪うことなく月日は経って行き、彼はとうとう大学を卒業して地元に帰ってゆきました。
れっきとした彼女でもなんでもない私は、彼の地元に会いに行く勇気などなくて、このまま離れて会えなければもう彼のことなど忘れられるかもしれない、と諦めに入ってゆきます。
丁度そのときに彼氏がいたのが気が紛れて良かったのかもしれません。


Chapter 4 【離れたのに】

彼と会えなくなって、さまざまな出会いや退職やいろいろなことがありました。
彼のことも忘れかけてきたある日の夜中、彼から電話がきたのです。
「今、近くに来ているんだけど一緒に飲みたい。今から来い」
彼は相変わらず身勝手で、でも私は彼に会いたくなって会いに行ってしまいました。
彼の友達と、明るくなるまで飲むハメになりました。
次の日(当日ですが)に当時の彼氏とデートの約束が入っていた私ですが、それでも彼と1秒でも長く一緒にいたかったのでしょう。
しかし私の理性と本能が、必死に戦っていました。
タイミングが悪すぎる。
せめて前日にでも連絡くれれば彼氏との約束をずらせたかもしれないのに。
二日酔いと寝不足で彼氏に会いたくないですから。
でも今を逃したら、次にパヤと会えるのはいつになるのだろう。

理性と戦い、ようやく朝のバスが走りだす時間に「帰る」と言うことが出来ました。
彼は追いかけて私を後ろから抱きしめながら「もっと一緒にいてくれよ」と言い、私はそこでまた心が揺らいだのです。
私だってもっとそばにいたい・・・
だけど時間が私を少しは強くさせてくれたのでしょうか。
「じゃあ彼女と別れて。私を彼女にしてくれたらもっと一緒にいてあげる。そんなこと出来ないんでしょ。じゃあね。バイバイ!」
私は彼を振りきってタクシーを拾ったのでした。
彼が追いかけて来れないように。
それが彼と会った最期でした。


Chapter 5 【死去】

ある日、夜の勤めから帰る車の中で携帯が鳴ります。
前に勤めていた店のコからでした。
「パヤが死んだよ」
会えなくなって何ヶ月も経ち、1ヶ月に一回くらいの電話だけのつながりになっていた彼。
最期に話したのが丁度1ヶ月前でした。
私の誕生日に、店に花束を送ってちょうだい、そんな話をしたのが最期でした。
信じられなかったけど、そんなことをわざわざウソつくわけもないだろうし、とりあえずは信じましたが、実感は沸きませんでした。
それでも電話を切ってから車を道路の端に止め、私は泣きました。
もう本当に一生会えない。
もっといっぱい話がしたかった。
もっと会って関係を築きたかった。


Chapter 6 【その後にあれこれ考えて】

彼の死にショックを受けたものの、大したダメージは受けずに済んだのは幾つかの要因があります。
まずその時には既に、今のパートナーである彼氏がいたこと。
それから会いたいときに会える距離ではなかったため、会えないことに慣れていたこと。
それら故に、あんなに想っていた彼への想いが軽く忘れ去られようとしていたこと。
彼と会えなくなってから、幾人とも恋愛を繰り返していたこと。
そして夢に向かっていたので、それほど男への執着心がなくなっていたこと。
丁度その頃は、彼と同じ業界で働きたいと言うささやかな希望を胸に、看護学校への受験を控えていたのです。
「恋愛なんてコリゴリ」と思っていたのもありました。

それらがなくて、まだ彼一筋の頃に彼を失っていたとしたら、私はどうなっていたことでしょう。

そして何年か経ち、結婚をしてからアダルトチルドレンと言う言葉を知ります。
共依存と言う言葉も聞くようになりました。
今思うと、私と彼は共依存だったのかもしれません。
親に精神的虐待を受けて、去ろうとするものを必死で追いかける私。
そして超過保護な親に育てられた彼も、一種のアダルトチルドレンと言えましょう。
私も感情的ですが、彼も私以上にエキセントリックでした。
お互いに、会えばいつも傷つけ合うばかりでした。
一緒にいても何ら生産性などないのに、それでもケンカすれば磁石のように引かれ合い、何事もなかったかのように仲直りするのです。
何度も何度もケンカしたのに、必ずそのすぐ後には「また会いたい」と電話をよこしてきていた彼。
嬉しくて彼に会いに行けばまたすぐにケンカ。
そんな繰り返しでした。
だけど彼に会わずにはいられませんでした。

これは本当の恋愛ではなかったのかもしれません。
一種のアディクションだったのかもしれません。

そうカテゴライズされたとしても、私は彼を必要としてて、そして愛していました。
今のパートナーよりも。

今でも彼を思い出します。
情熱とエネルギーをぶつけ合った彼のことを。


Chapter 7【パヤへ・・・】

パヤ、私は一生で一番深くあなたを愛していましたよ。
まだ心のどこかで、あなたが亡くなったことを実感できないでいるけど、また会える日を楽しみにしてます。
あの頃より心がやや成長した私ですから、きっともうあの頃の過ちは繰り返さないと思うよ。

See you!


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