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[25517] 幻の境界
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/23 21:00
・誤字脱字等ございましたら報告して頂けると嬉しいです。
・60話ぐらいを目処に書いてます。長々と続くかもしれませんが、
 宜しくお願いします。
・流血描写も多少ですがございますので、何卒、そのようなものが苦 手な方はご注意ください。多少ですので大丈夫だとは思うんですけど。

1/23 

「境界崩し」とは何の関係もありません。すいません、何だか、HNとか境界とか被ってるので、そちらの作者の方の作品かと期待されて読んでみようと思う方がいらっしゃるらしいので一応トップに書いておきます・・・。期待された方は肩透かしで御免なさい。自分的には、この作品も面白いかなと思って書いているので、そのまま読んでいただけると幸いです。。



[25517] 第一話 雲網町夢ニュース
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/19 13:55

 夜の2時という時間帯は、とても暇だった。電子レンジで暖めたホットミルクにココアの粉を直接入れて、ダマの浮いたホットココアを作り、炬燵に座る。
 炬燵が暖まるまでの時間を、両足を擦って耐える。布団を出たばかりの暖かさが、冷たい敷物に吸われていってしまう。

「うー、さびさび」

 どうして、眼が覚めたのか、進藤ヨツバは頭を捻る。寝る前に飲んだコーヒーが不味かったのかもしれない。何となく尿意を感じて起きたのだが、寒々とした便座に座る気がしなかった。冬の時期に便座に座るときに感じるヒヤっと感は嫌いだった。今度、可愛い便座カバーを買ってきて、母親にプレゼントしようと思った。

 カバーを買ってくれば、後の手入れは母親がやってくれるだろうという作戦である。正直、父親や弟が汚すのだろうと思うと、自分で洗う気にはなれない。花の女子高生である内は、そういう事には触れたくなかった。

 枕元から持ってきた携帯で、誰かに電話かメールをしようかなと思ったが、明日怒られるよなぁ、と思って気が引けた。以前、夜遅くに友達にメールしてみたのだが、親友である木城アサカに、「メーワク」と言われてしまった。

深夜にメールしたり電話をするのは、非常識である。
こっちは楽しくとも、相手まで楽しいとは限らない。
でも、暇なんだよなあ。誰かと楽しく会話をして、夜を過ごしたなぁ。
今日が大晦日とかだったら、電話してみるんだけど。

 テレビを付けると、ニュースで今年一番の寒波がやってきていると言っていた。雪が朝方に降り始めるかもしれない・・・というキャスターの言葉に、窓の方をちょっと見る。見るだけである。雪が降っている様子が見たいと思ったが、漸く温まってきた炬燵から離れる気にはならなかった。炬燵の掛け布団に、ぬくぬくと顔を埋めていたいのだ。

お金持ちの友達の家だと、カーテンまでリモコンを操作するだけで開くらしい。もっとも、珍しがって使っていたのは最初だけで、今は手で開けるばっかりなのよ、とはお金持ちの友達、遠山リコちゃんの話である。

 確かに、カーテンが自動で開閉しても、便利だとは言いがたいんじゃないだろうか。そんな事をしてたら、足がなくなった未来人になってしまう。顎が無く、眼だけ大きくて、足が無い未来人は、どっかの漫画で見た。炬燵から出ない未来人も、同じようになりそうだと思ったが、取りあえず、今のところ自分は太ってもいないのでセーフである。

 それに、無骨な顎など、女子高生には必要ないのである。眼だって大きな方が良いし。後は、足だけか。まあ、陸上部の部活で走っているのでこれはクリアだろう。己の急激な進化を望む。キリンだって、首が中途半端なキリンの化石は見つかって無いというし、自分の子供には期待してもいいんじゃないだろうか。

 お母さん、頑張るからね。

 チャンネルを色々と代えてみても、特に面白い番組はやっていなかった。
「深夜って、何もやってないんだなぁ」
頬をぺたりと机に乗せて、唸る。深夜アニメをやっていたので、少し見てみたが、あんな美形で乳が揺れまくる女ばかり居る高校、無いわ、と思って顎が外れそうになった。クラスの斜め後ろの相沢トオル君のお友達には成れそうになかった。
彼は、そういうTシャツを学校に着てくるほどのツワモノである。相沢トオルは、それでいて、少林寺拳法部のエースだという残念君だ。
「俺、アニソン上手いんだぜ」
って、カラオケで言われたときには、マジ吹いた。
彼は、因みに、校則の厳しい学校で、パンクの格好をしている如月テッペイ君とは仲が良いらしい。

 同類項に分類されるのだろうか、ああいう人たちは。いやいや、トール君違うと思うよ。

 テレビを消して、寝っころがってると、突然、携帯が震えた。
「おー誰ですか。こんな深夜に。迷惑ですなー」
と、言いつつも、顔がにやけてしまう。どうやら、自分と同じように、起きている同志が居るらしかった。

「ヨツバ。良かったー起きてて。誰も出ないからどうしようかと思ったのー」
電話してきたのは、親友である木城アサカだった。
「メーワクなんすけど」
取りあえず、眠そうに切って捨ててみる。
「あははは、この前の意趣返し?」
アサカが、長い黒髪に手を当てている様子が浮かんできた。それか眼がねのフレームに手を当てて、眉を寄せて居るかもしれない。彼女は、困ったときにそうやって拗ねるカワイ子ちゃんである。

「いや、マジメーワク」
もちろん、笑顔である。
「もー、そんな事言わないでさ?今、テレビ見てる?ちょっと付けて貰いたいんだけど」
口調から、こっちが本当に怒っていないということは、バレているようだ。
「しょうがない。可愛いアサカの願いを聞いてやるか。どのチャンネ ル?」
「うーんとね。取りあえず、テレビ付けてみて。そうすれば、判る、と思うから・・・」
「何か、重大ニュース速報でもやってんの?あ、判った。明日大雪で学校休みとか?」
「いいから!早く、早く!」

何時に無く、焦ったアサカの声にテレビを付けてみた。
すると、甲高い声で、ニュースが始まった。

――どうもー、毎夜、不定期に放送している、雲網町夢ニュース!本日も、マジでノリで、
  ノリノリにやっていきたいと思いマース!
――いえーい!眠みーっすー

 金髪と銀髪の女二人の奇抜な格好をした司会役が、深夜枠のラジオDJのノリで急に喋りだした。
「えーっと、取りあえず何番?アサカ」
「あのね。多分、それで合ってると思う」
「は?そんなの判んないじゃん。全部の番組でテロップ流れてんの?」

 ちょっと、深夜にしては音量がでか過ぎると、リモコンを操作して、音を下げようとするが、何故か上手くいかない。何度もボタンを連打するが、反応が無いのだ。仕方ないので、番組を変えようとするが、こちらもボタンを連打しても、チャンネルが切り替わらなかった。

「あー。私の家のテレビ、何故か不調だわ。雪のせいかな」
「そうじゃなくて・・・。たぶん、ヨツバちゃんも、、、私と同じだと思う」
「同じって何よ」
「えーっとね。ごめんね。私と同じで、呪われちゃったんだと思う」
「は?呪い?アサカ何言ってんの?」
「でもね、取りあえずね、ヨツバちゃんは、大丈夫だと思う。私が、誘った方になるから。
 ご免ね、ご免ね・・・。でも私、怖くて、」

電話越しに泣き出した親友に、これは夢かなっと思った。呪いだのなんだの、この21世紀に有り得ない話である。さては、アサカの奴、からかってるかな。しかし、親友の性格は大体把握してるのだが、泣きまねまでするだろうか。

「取りあえずさ、明日、学校で話聞くから、さ。寝ちゃお?寝ちゃえば良いジャン。
 この呪われた番組?貞子的な奴かもしんないけど。寝てスルーしちゃえばいいじゃん。
 ほら、寝ちゃうよー。もう目瞑っちゃうからねー」
そういって、ゴロリと横になって、目を瞑る。明るいハイテンションな貞子が居たら見てみたい、と思いながら。

「駄目、ヨツバ!寝ちゃ駄目、接続しちゃう!接続しちゃうから!」

そうして急速に意識が消える前、耳に残ったのは親友の妙に焦った声だった。私は、何故そんなに、焦っているのだろうと、不思議に思いながら、眠りに落ちていく。







[25517] 第二話 雲網町夢ニュース2
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/19 13:59


――はい、今日も、みなさん、深夜に集まって頂いて、ありがとうございまーす
――みなさん、盛り上がっていきっまっしょい!
周囲から拍手喝さいが湧き上がった。

「え、何これ」

 目を瞑ると、そこは、何処かのテレビスタジオだった。目の前では、先ほど画面の中にいた司会の二人組みが、大きなテレビ画面の前で漫才をやっている。司会の二人は、双子だろうか。ショートカットの金髪に碧眼の女の人と、同じくショートカットの銀髪に碧眼の女の人だ。どちらも顔が良く似ている。

 自分は、何時の間にか、椅子に座ってそれを見る観客になっていた。舞台を囲むように、弓形に椅子は置かれ、自分は左奥の席だった。

 どうして、こんな事になってるんだろう?テレビを付けたまま寝たのだが、それがあまりに強烈なイメージだったので、夢にまで出てきたのだろうか。

――今日はですねー、何と、あの事件に迫りますよー!
――あの事件といいますと?
――あの事件って言ったら、ツーカーに判らんかい!この駄目司会!
――ねーさん、いきなりスリッパで頭殴らんで下さい。これ以上悪くなったら如何すんですか
  凶暴ですね。嫁の貰い手、本当に心配です
――あんたに心配されたくないわ!

 湧き上がる笑い声に、何故か聞いた事のある声が混じっているような気がして、周囲を見渡すと、何故か見知った顔が多い。近所の小母ちゃん伯父ちゃん、クラスメートがちらほら、担任の先生に校長先生まで居た。
「げ」
弟のトオルまで、最前列の右側に座って笑って居る。声を掛けたい、と思ったが、席を離れるのは抵抗感があるため、断念する。何か物でもあったら、投げてやりたいんだけど。

「ヨツバちゃん・・・」
寝巻きの袖を引っ張る涙声に横を見ると、先ほど電話してきた木城アサカだった。
「アサカ!ってなんでここいんの夢じゃないの!」
「ヨツバちゃんが、一人で接続しちゃうから、追ってきたんだよ」
「接続って・・・」
「あのね。あのテレビを見たらね、目を瞑って寝ても駄目なの。
 起きて最後まで見てないと。寝たら、こっちに接続されちゃうの」
「へ、変な夢ー。アレでしょ、本当は二人ともここに居なくて。
 アレでしょ、別のベットで寝てんでしょ」
「ヨツバちゃん、明日学校で話すから。私たち、注目されちゃってる。
 不味いの。あんまり、そういうのは。抜け出せなくなっちゃうんだって」

――お客さーん、声、入っちゃうんでー。

――そうそう、起きちゃうみなさんも居るんで。お静かに、お静かにお願いしまーす
  左奥のー、女子高生コンビさんですよー。

――まー、あれですな。この前の、カップルよりはマシですな

――そうそう、え、タックンじゃーん、どうして居んのーって、知らないつーの!
  あんたら何て、どうでも良いっつーの!こんな所でイチャイチャすんなっつーの!

――まーそれは置いといて

――置いといて人類補完計画委員会!あの馬鹿カップル!今度、最悪の悪夢送っちゃル!

――まーそれは置いといて。キール議長?

――スリッパに手を伸ばされたら、たまりませんな。加持先輩!

――問題無い・・・。ぎゃはははは!アスカって顔かよお前。

――結局、引っ叩くんかい!え、あ、カンペ入ってる。え、ディレクターさん、イカリマーク?
  いやいや、良いんですよ。そこで、碇とか書かなくても。

――え、引っ張りすぎ?時間押してる?あーはいはい、じゃあ、先に進みマース。
  皆さん、覚えてますかー、去年の夏に続いた、連続殺人事件。

 スタジオ中央の画面に、「恐怖、真夏に続いた連続殺人事件」と赤文字で入った。アサカが、ぎゅっと右手を握ってきた。そっと、手を重ねる。
「目、瞑っても、駄目なんだよ・・」
怯えたアサカの声に、試しに目を瞑ってみる。すると、一瞬視界が暗くなったが、相変わらず、番組が進行していた。一瞬、司会の銀髪の方と目が合って、ニヤリ、と気持ち悪い笑顔を向けられた。

――あの、雲網町で起きた猟奇殺人事件。未解決のまま、年を越しちゃいましたが、
  その犯人と思しき人物が本社の懸命な取材で、なんと特定出来ちゃったんですねー

 雲網町で起きた猟奇殺人事件といえば、あれだろう。去年の終わり頃の11月。約三ヶ月前に、雲網町で連続殺人事件が起こった。もっとも、犯人が一人なのか、ただ、事件が立て続けに起こっただけなのか、それは良く判っていない。まあまあ平和な田舎の街を震撼させ、テレビでは何度も特集が組まれた。インタビューされた同級生も居るって話だ。

 画面に、次々に、血を流した死体が映った。首を切り落とされた女。片腕の無い幼児。腹から血を流した中年の男が、口から血の泡を吹き出している。地面に倒れ臥した青年から、道路に広がっていく真っ赤な血。

 とてもニュースでは流れないような映像が、頭の中に直接流れ込むような感覚。うえっと口を塞ぐ。被害者として、顔写真が新聞やテレビに載ったが、こんな苦悶の表情はしていなかった。殺された彼らの顔は、こちらを呪うように感じられた。アサカの手が震えているのが伝わってきた。あの優しいアサカが、こんな映像を見たら夢にも出てくるだろう。いや、これも夢なのだが・・・。

――被害者の方は、どんなに無念だったでしょう。どんなに死の瞬間、どんなに苦しかったのでしょう。
司会の金髪は、言っていることはマトモだが、その表情は、楽しげだった。

――そんな鬼畜野郎が、今夜また、殺人を起こすことを、我々は独自のルートで突き止めた!

――その鬼畜野朗の名前は、アンデルス・リプトン、254歳の実体を持った悪霊!夢限監獄を脱走したバグウォーカー!

――さあ、みなさん、現場に行って見ましょう。得と、彼のショーをご覧あれ!

――それでは、みなさん、プラグ、イン!

――フェード、イン!

 首の延髄に、電気が流れるような衝撃が走り、意識が暗闇に包まれていく・・。





[25517] 第三話 雲網町夢ニュース3
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/19 14:05


「はあ、はあ」
荒い息が、苦しい。背中が焼けるように痛かった。

 ダウンジャケットを着た男が河原を走っている。男の後姿が見える上方斜め45度の角度から、映像が伝わってきた。

 息が苦しいのも、背中が痛いのも、その男だという事が判っているのに、何故か自分が苦しい、痛い。そして、圧倒的な恐怖が心臓の鼓動を跳ね上げさせる。

――被害者の視点から、楽しみたい方は、右手を上げてくださーい。
  その方が、臨場感を味わえるというマニアックな方はどうぞー。血が抜けてく感覚まで味わえますよー

――そうでない方は、ディレクターが独自の感覚で、視聴調整するんでー。

 司会の二人組みの能天気な呼びかけが聞こえてくる。やはり自分は、椅子に座っているのだ。パイプ椅子の硬い感触が尻と背中に、そして、震えるように自分の手を握るアサカの両手の感触が伝わってくる。しかし、その感触を追っていないと、目の前の映像に体ごと魂が持って行かれそうになってしまう。

 舞う粉雪、薄暗い視界の先に、ライトアップされた橋が見える。それが何処か、という事が直ぐに判った。雲網町の本居大橋だ。という事は、ここは、大井川の河川敷だろう。明るい昼間なら、野球やサッカーをする子供や、バーベキューをする家族連れが居るが、こんな時間には誰も居ない。走っている男一人だ。聞こえるのも、男の荒い息だけだ。

 大橋まで行けば、車通りも多い。男も、それが判っているのだろう。懸命に足を動かす。

怖い、怖い・・・、白い息を吐きながら、体をガタガタと震わせながら走る。震えているのは寒さの為ではない。後ろから忍び寄る、何時迫ってくるか判らない恐怖に怯えているのだと判った。

「ひい、ひい」
男の喉の奥から、声にならない悲鳴がもれ出る。
 大声を出せ、大声を。そうすれば、誰かが気が付いてくれるかもしれない。そう念じても、男は、込み上げる恐怖で、喉が痺れてしまっているようでそれ以上声が出せない。

 足音が聞こえてきた。男よりもずっと早い足音。獣のような唸り声が迫ってくる。恐怖で、男は足を縺れさせた。歯の根が合わない・・・、いや、違う。この感覚は男のものだ、と必死に自分に言い聞かせる。何時の間にか、自分もアサカの手を握り締めていた。
怖い、怖い、アイツがやってくる・・・、アイツが!

 男は足を縺れさせた。派手に転んだ男は、立ち上がる上がる事がことが出来ず、尻餅を付きながら、手近にあった石を握り締める。もう、恐怖で、立ち上がることは出来ない。この石で、最後の抵抗をするつもりだった。こんな石が何の役にも立たないことは判っていたが。転んだときに、顔を怪我したのだろか。頬から血が流れているが、男は気が付いていない。

 粉雪の中、一匹の異形が姿を現した。血油に濡れる、長い爪。体全体を覆う白い体毛。狼と猿を混ぜたような顔には、一対の赤い瞳と長い舌。

 異形が数メートルは飛び上がって、男に向かった。長い爪が男の肩に突き刺さる。肉が切られる感触、筋肉が摩り潰れる感触が伝わってくる。観客の悲鳴と自分の悲鳴が聞こえてくる。肩の中を、爪が蠢く。違う、これは男の感じているモノであって、自分ではないんだと言い聞かせても、圧倒的な化物の迫力に、自分が呑まれていくのが判った。

 男の歪んだ顔が、異形の愉悦した顔が、視界の中で一杯にひろがる。異形の腐ったような臭いがする生暖かい息が、顔全体に掛かるのが判った。もう駄目だ、と男は失禁し目を瞑っている。だが、ヨツバにはそうする事が出来ないのだ・・・。

 殺す、殺す、食べる、殺す・・・、今度はバグウェイカーの、獣のような殺戮衝動が伝わってくる。ヨツバは、自分が口角を上げて、キチガイ染みた笑いを浮かべているのが判った。自分が狂っていくのが抑えられない!

 ドンッ

 その時、自分が跳ね飛ばされるのが判った。短い悲鳴を上げて、河原を転がる。いや違う、これは自分じゃない、バグウォーカーだ!必死にそう念じる。

「自分自身を思い出せ!」
その時、誰かの大声が聞こえた。

――な、なんだお前らはー!

――不法侵入、不法侵入っすよ!

 はっとして眼を開けると、自分が椅子に座って、ガタガタ震えているのが判った。目の前に広がるのは、粉雪が舞い散る、大井川の河原。隣に座っているのは、木城アサカ。自分の肩に寄りかかって、気絶しているようだ。

「ちょ、アサカ、起きて!何だか判らないけど、逃げるよ!」
緊急事態だと、彼女の頬を張る。
「うん・・。ヨツバ、ちゃん?」
「ほら、さっさと起きる!」

 金属が鳴る音に、はっとしてアサカが起きる。そして、眼を見開いた。
「ヨツバちゃん、あれ・・・」
アサカの言葉に、私は、河原に視線を戻した。

 そこで、誰かが、異形と戦っているのが判った。闇夜の中で、二人の男が、異形と戦っている!
一人の男は、日本刀を持っているようだった。もう一人の男は、徒手空拳・・・いや、鉤爪のようなものが両手から光っている。

 突然の銃声が響く。私とアサカは、両耳を塞いで縮こまる。
すると、視界が、蜘蛛の巣状にひび割れていく。そうだ、これは現実じゃない。映像なんだと、思い出した。ここから、この冬空の下から逃げ出す事は出来ないのだ。

――なーにお前、部屋の中で、発砲してんだっつーの!

――まじアブねー!ディレクター、大丈夫ッスカー!え、撤収?逃げんの?ヤバイ?マジパネェ!

 ひび割れた視界の中で、ヒーローの二人が月に照らされる様子が、一杯に広がった。二人は、背中を合わせて素早い異形の動きに対処している。
「あれって・・・、 トール君と・・・、遠藤君?」
アサカが呟く。

 そう、ニットキャップを被った両手鉤爪の男は、あの少林寺拳法部エース、相沢トオル・・・。あの残念君である。

 そして、もう一人は。私の右斜め前に座り、授業中にも音楽を聴いている無口、無感動な硬派な不良。現代に生きる眼鏡武士、遠藤シンヤ・・・だった。いや、男前なんだけどね。ちょっと近寄りづらいんだ。彼は友達も少ない・・・。

「「シャドウ!」」

 二人が声を合わせて叫ぶ。正直、今の今まで、夢の中だと思って驚いてこなかったのだが、私は始めて驚いた。いや、驚く余裕が無かったのだが、クラスメートがヒーローという親近感がやっと私にも多少の余裕をもたらしたらしい。

 なんと、遠藤シンヤの方には、翁の面をした武士が。相沢トオルの方には、中国の拳法家のような衣装を着た女の子が頭上に現われる!
 
 ん?シンヤの方と眼が合った。男臭い、野性味の溢れる顔で笑っている。口がパクパクと動いているが、何を喋っているのか良く判らない。
私は、何を言っているのだと、眼を凝らそうとした。

しかし、そこでもう一度銃声が響き渡る。
そして、目の前の映像は、砕け散ったのだった。


 男性の歌手が歌っている。グッドモーニング、おはよう。私は、手を伸ばして携帯のアラームを止める。眼を開けて、上半身を起こす。どうやら昨日は、そのまま炬燵で眠ってしまったらしい。付けっぱなしのテレビは、朝のニュースを流していた。あくびをしながら携帯を確認すると、朝の6時。

 炬燵で寝てしまったせいか、妙に寝汗をかいている。これは、学校に行く前に、シャワーを浴びなくてはならないようだ。起き上がろうとして、炬燵にもう一人寝ていることに気が付いた。小学生の弟、カツキだった。

「ほら、カツキ、おきな。お母さんに怒られるから。ベットに戻りな」
「うーん、姉ちゃんが、昨日、変なテレビ、大音量で見てるからだろう?」
「変な、テレビって何よ。お姉ちゃん、覚えてないよー。いいから起きる。お母さんが来る前に
 起きるんだよ」
「覚えてないの?ユメテレビ・・・」
僕眠いから、もうちょっと寝るね・・・、そう言って弟は布団に包まった。小学校高学年になると、もう両腕で弟を抱えてベットに放り込むことは出来ない。私はもう一度、弟を起こそうと弟の体を揺すった。夜中に変なテレビでも見たのだろうか。

その時、携帯が鳴った。何故か冷や汗が流れる。取りあえず、電話を取る。
「ヨツバちゃん、覚えてる?・・・雲網町夢ニュース」
アサカの震えるような確認の言葉に、私は、はっきりと思い出す。
彼女の言葉は、私と幻との境界を崩すものだった。






[25517] 第四話 噂と魔女
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/20 16:41


 誰も居ない朝の教室で、私はアサカと向き合った。長い黒髪、大きな瞳、白い肌。彼女のスマートな日本人形のような容姿は、私の自慢である。もっとも、呪い付きの日本人形だとは思わなかったのだけれど・・・。髪が自動的に伸びるのって言うぐらいなら可愛いもんなんだけど。私も伸びるし。

 アサカの大きな瞳は、涙に濡れて、震えている。私は、ハンカチを彼女に渡すが、彼女は目元の涙を拭おうともせずに、私にひたすら頭を下げる。明るいと自負している私としては、笑ってやり過ごしたいところだが、正直判断に困ってしまった。

「アサカちゃん、困ったときはお互い様だと思うし、、ただ、私としては何が何だかイマイチ良く判らなくてさ。あれって、結局なんなの?。朝のニュースでも、特に男性死体が見つかったとか言ってなかったみたいだしさ。夢でしょ、あれ、結局」

アサカの艶やかな髪を撫でながら、私は我ながら支離滅裂だと思いながら、何とか言葉を捜す。彼女の涙を止めて、笑顔を取り戻す上手い言葉も見つからない。

「違うの。夢じゃないの。私、何度かあのテレビを見たことがあるの。ニュースでやってない、ご近所の裏話とか、色んな事件とか、ほら、去年の春に街に大きなショッピングセンターが出来るとか出来ないとか噂されたことあったでしょ。あの時も、事故があって、この話は無くなるって、私言ったでしょ。あれも、夢ニュースなの」

 ああ、あれである。去年の春に、街に大手のショッピングセンターが出来るとかいう話になって、話題になった。周囲が期待でざわめく中、事故が起きて中止になるかもという噂が流れた。そして、それは、予言の通りになったのである。現場を視察に来ていたショッピングセンターの偉い人が、事故に巻き込まれ、死んでしまった。そして、計画は流れた。

 噂をばら蒔いた人々はその時、一躍、魔女だと騒がれたのだけれど・・・。その内の一人と思われる女の子が、事故にあって、意識不明の重態になり、それどころじゃ無くなったのだ。それから、その話をすることは、何となくタブーになった。

「アサカが魔女?だって、あの時、アサカはそんな事言わなかった・・・」
いや、そうだったろうか。私は、どうやってその噂を聞いたんだろうか。初めて、その噂を教えてくれたのは・・、そう、目の前のアサカだったような気もする。

「私はね、みんなみたいに、言いふらさなかった。怖かったの。噂でも、人が死ぬなんてこと言うの。でも、みんなは、違ったの・・・」

「みんな?アサカ、魔女と知り合いなの?」
そう、アサカは噂話とかは嫌いだった。真偽の定かでは無いことを、話題にすることのは、彼女の性格ではない。どちらかと言えば、噂好きなのは、私の方だ。

「噂を始めた全員と知り合いなわけじゃないの。ううん、噂が広まったとき、私は、自分と同じように夢を見た人は知らなかった。でも、事件の後、私怖くなって、ネットで、夢ニュースについて調べてみたの。そしたら、夢ニュース関連のホームページを見つけたの。その管理人が、「魔女」っていうハンドルネーム。夢の内容を確認して、魔女達に承認された人だけが、そのホームページのパスワードを教えてもらえる。そこで、私は、魔女の一員になって、情報交換を始めたの」

「じゃあ、アサカは、事件の後で、魔女になったんだ・・・」
私は、何となくほっとした。アサカは、恐らく、夢の真偽を確かめるために、魔女になったのだろう。魔女が流す噂、というものは、悪意があるものが多い。みんなも、何となく魔女が流した、とされる噂をすることには、避ける傾向が強いのだ。でも、魔女の噂は当たる事が多いので、みんな話題にはしなくとも、用心している。自分が、噂の対象にならないように・・・。

「ごめんね、本当にごめんね。私が、アサカを誘わなければ、アサカが夢に追いかけられることは無かったのに・・。でも、私怖くて。魔女の人たちと、実際に会って話をしたことはないし・・。身近に相談できる人が居なくて。ヨツバなら、ヨツバなら・・・」

 そう言うと、アサカはもう一度うつむいて泣き出した。私は、困ったように、アサカを見つめたが、意を決して、アサカを抱きしめた。女の子同士だけの特権である。

「アサカが、悪いんじゃない。そうでしょ。私、アサカが頼ってくれて嬉しいよ。誰にも言えなくて、困ってたよね。困ったときは、お互い様」

そう、困ったときはお互い様。それは私の大好きなお婆ちゃんの言葉。






[25517] 第五話 ヒーロー?達とウィッチ
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/20 16:46

 アサカを何とか慰めて泣き止ませると、私たちは対策を学校が終わった後に話し合うことを決めた。

 先ずは、魔女たちと話し合う事を決めている。昨日の事件のことも、魔女たちの間では、既に噂になっているかもしれない。夢に対する、何らかの対策を立てているかもしれない。

 夢に友人を誘ったのも、アサカが始めてでは無いはずだ。そうでなければ、アサカが「接続」とか良く判らないことを言うはずは無い。きっと、魔女たちの間だけで、広まっている噂が有るはずだ・・・。

 問題はもう一つあった。私は、数学の授業そっちのけで、ある一人の後姿をそっと見ている。広い肩幅、黒い髪。机に立てかけられた竹刀袋の中身が、あの夜に見た、日本刀なのでは、と疑っている。

 本当は、相沢トオルの奴も観察したいのだが、生憎と彼の席は私の後方だ。授業中に見ていたら目立ちすぎるので遠慮した。

 遠藤シンヤ。そのパーソナリティーを思い浮かべてみる。高校一年の時に転校してきた。成績普通。性格、ちょっと暗めの武士?顔、普通、いや少しカッコいいか。眼光の鋭い、男臭い顔をしているが、目鼻立ちも整っている。剣道をやってはいるが、特に強いという話を聞いた事は無い。

 本当にこの男だったのか。ダルそうに授業を聞いている男の横顔を、見つめる。銀縁の細いフレームをした眼鏡をかけている。意外に几帳面かもしれない、と思った。昼休みになったら、話を聞いてみなくては。頼りになる性格だったら、嬉しいのだが。

 じろじろ、と探るような視線に気が付かれたのだろう。彼は、こちらをちらり、と見て、眼鏡を押し上げた。何となく、クールな奴だと思った。

 結局、午前中の授業は、ほとんど、遠藤シンヤの人間観察に終わった。


「遠藤君、ちょっと、話が有るんだけど、一緒にお昼、食べない?」
私は右腕をアサカを掴まれながら、出来るだけニコヤカに遠藤に話しかけた。遠藤は、昼休みになると、何時も何処かに言ってしまうから、先手を打った訳だ。あまり、親しくない男子に話しかけるとき、アサカは役に立たない。

「何か用か?」
無愛想に、こちらを見る遠藤に内心ちょっと引いてしまう。女の子に話しかけられてるんだから、もう少し愛想良くしろと言いたくなる。しかし、ここで挫けては駄目だ。

「そっちも、話が有ると思ったんだけど?」
ちょっと、大きな声を出してしまった。周囲の視線が集まるのが判る。
おいおい、痴話喧嘩かー、という声が聞こえてきそうで恥ずかしい。
遠藤の奴は、あまり、女の子の友達も居なそうだ。

「僕は、、いや俺は別に無いんだけどな」
あ、こいつ、低い声で僕とか言いやがった。私は、何となく優位に立った気分になった。ちょっと、良い気分である。そのデカイ図体で、僕とか言われると、ギャップ萌だった。普段から、そんな風なら、人気が出そうである。

「いいから。私たちには、有るの!一緒に、お昼ご飯食べよ!トール君も!」
後ろの男子集団の中に居た相沢トオルにも大声を掛ける。こうなったら、女は度胸だ。ドンと来い。
「え、俺?」
何故か周りの男子から、拍手されて送り出される彼は、自分の顔に指を射して、驚いて見せた。これが、演技だとしたら、中々の名優だった。

「シンヤ君、何処行くのよ!」

トール君を確保している内に、遠藤シンヤは教室の出口に向かっていた。
「購買」
彼は、ひらひらと手を振る。

彼を追いかけて、教室の扉まで行くと、後ろ姿にもう一度声を掛ける。
「屋上で待ってるから!逃げないでよね!」
遠藤シンヤは、もう一度手を振ると、歩いて行ってしまった。

「遠藤シンヤ君は居るかしら?」
遠藤シンヤの眠たげな背中を見送った私に、声が掛けられた。

 私は、後ろを振り向くとハッとした。美女で有名な、三年生の間宮リン先輩が居たからだ。長い黒髪は細い腰まであって、背も高い。面識は無いが、モデルとして、雑誌にも良く載っている。私も、彼女が載っている雑誌を講読しているので、直ぐに彼女だと判った。
大人っぽい服装をした彼女は、とても同じ女子高生だとは思えなくて素敵なお姉さまで・・・。

「居ないのかしら?」
くすり、と笑った彼女の唇が色っぽい。学校なので、リップだけを塗った赤い唇を見ると、女である私でさえ、ドキッとした。

口ごもっている事に気が付いた私は、急いだ口調で言った。

「あの、購買に行きましたよ。この後、私たちと、屋上でお昼食べる予定ですけど・・・」
わーまてまて、何余計な事言ってるんだ、と思ったがもう遅い。遠藤シンヤと間宮リン先輩が付き合ってる事はまず無いと思うのだが。高嶺の花だ、美女と野獣だ。

「あら、そうなの?彼、中々捕まらないのよね・・・。そうね、ご一緒させて頂けない?」
私は、遠慮してくれ、と心の中で念じていたが、彼女にそれは通じなかった。相手を緊張させる美人の先輩、苦手である。

何とか断ろうとした私に、先輩が一言告げた。
「貴方も、関心あると思うわよ?私、魔女だから?」








[25517] 第六話 ヒーロー?達とウィッチ2
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/20 16:53



 屋上で、円を描いて座る私たち。はっきり言って、寒い。冬の空は良く晴れて、日の光が当たっていて、まだ風が微風だから未だ言いのだが・・・。そうだ、今日の朝方はちょっと雪が降ったはずなんだった。積もっては居なかったので、忘れていた。いや、そんな事を気にしてる余裕は無かったのだ。

 セッティングとしては最悪のロケーションだった。まあ、その分、人は本当に疎らで、私たちの声が他所の人間に聞かれるという心配は無いのだが・・・。

 無言。誰も何も言わないで、食事は始まった。その心配は、何処吹く風、といったところである。誰も喋らないのだから、人に聞かれる心配する必要が無い。

 私は、朝、早めに学校に来たので、お弁当を用意する暇が無かった。自分のお弁当を分けてくれた、アサカと間宮先輩には申し訳なくて、堪らない。先輩はサンドイッチで、量は二人分くらい。自分の分と誰の分か。それは、言われなくても判る。胡坐を掻き、パンを無言で食べ、パック牛乳を飲んでいる、遠藤シンヤの分だろう。

 もちろん、私は最初、先輩の申し出を断った。しかし、先輩が体に悪いわよ、と差し出してくれたのだ。先輩とアサカの水筒に入った暖かい紅茶も差し出され、私は断れなかった。誓って言おう。空腹ではなく、緊張に負けたのである。

「美味しい?私が作ったのよ」
先輩の白い頬が、寒さのせいでは無いという事を願う。
「あ、美味しいです」
こんな会話をしている訳にはいかないんだけどなー、と思いながら、ついつい生返事。そう言いながら、先輩の睫毛の長さに驚く。いやいや、そんな事を考えている時デハナイ。

「話があるんなら、早くしろよ」

そんな私に、不躾な質問を飛ばしたのは、遠藤シンヤだった。
ギロリ。そんな効果音がする、と思った。私は、すっかり蛇に睨まれた蛙。午前中に用意していた言葉もなにも、今の状況に吹き飛んでいた。本当なら、私たち二人と、遠藤シンヤとトール君だけが居るはずだったんだもん。

「女の子が誘ってくれたのに、そんな言い方は無いんじゃないの。シンヤ君」 
助け舟を出してくれたのは先輩だった。

「あんたが出てくるってことは、最悪のパターンだね。予想は出来てるよ。でも、素人さんには、
 何も言われたくないって前に言わなかったっけ?」
遠藤シンヤは眼を細めて、嫌そうに返事をした。

「あなたは、変わらないのね。私たち、別れて良かったみたい」
先輩は、遠藤の言葉に、売り言葉に買い言葉で押収する。

「先ず初めに付き合ったことすらねーよ」

「貴方に聞いてないのよ。私は、シンヤ君に言ってるの」

「あんた達と、付き合わないって決めたのは、シンヤも同意したんだぜ」

睨みあう、美女と野獣。先輩も意外に沸点が低い。話の内容も、良く判らない。遠藤シンヤと学園のアイドルである先輩が付き合ってた?そんな噂聞いた事も無い。でも、どうやら、付き合うという意味合いが違う気がする。

「同じ顔のあなたに言われてると、別だって判っても、嫌な気分になる・・・」
先輩の目尻に涙が薄っすらと浮ぶ。アサカが私より先に、先輩にそっとハンカチを差し出す。私は、我慢出来なくなった。

「遠藤!先輩になんて事言うのよ!謝りなさいよね、女の子泣かせるなんて、サイテー!
 トール君も、何か言いなさいよ!あんたの友達でしょう。止めないの!」
居心地悪そうに弁当をつついていたトール君は、面食らったような顔をしたが、きちんと援護してくれた。

「いや、俺には良く判らないんだけど。遠藤の事も良く知らないし。
 まあ、遠藤、辞めとけよ。先輩泣かせるなんて、学園の男としてなっちゃねーよ」

遠藤とトール君が友達じゃない?でわ、私たちが見たのは何だった?私は混乱する。さっきから、会話に振り回されてる。あんた達、隠れたヒーロー二人組みじゃあないの?

トール君と私の言葉を無視して、遠藤はフンッと鼻を鳴らすと立ち上がろうとする。それを止めたのは、先輩だった。

「ここで立ち上がったら、シンヤ君が何て言うかしら。契約が破棄されるかもしれないわよ。
 ノワール、不幸の前触れ、座りなさい」

「君に、僕の名前を言われるとイライラするよ。命令することが、もう出来ると思うなよな」

もう、そういう立場じゃないんだ・・・、遠藤シンヤはそうブツブツ呟いて、座り直した。何処となく、彼は拗ねているような気がする。
先ほどまでと違って、それは遠藤シンヤとしては、不似合いな様子だった。だって、大柄な男子が拗ねた表情をするなんて、全く持って似合わない。こんな奴じゃなかった筈なんだけれど。

涙を拭いた間宮先輩は、話を私たちにも判り易く纏めてくれた。
「御免なさいね。私、勝手に話をしてしまって。でも多分、遠藤君にヨツバさんが聞きたいこと、聞いてあげる。
 まず、ヨツバさんとアサカさんも、雲網町夢ニュースに巻き込まれた。
 それをシンヤ君とトール君にどうにかして欲しいってことね。
 それから、二人の正体を知りたいってことで良いかしら?」
先輩は、何でもお見通しだった。

「俺の正体って、ヨツバちゃん達、何言ってんの?雲網町夢ニュースって何なの?」
トール君がすかさず質問する。全く、状況が判っていないという顔は、私とアサカの仲間である。

「あら、隠さなくても良いじゃない。ここに居る4人は関係者ばかりだわ?
 昨日の戦いに関わった人間ばかり。私たちを守る事が貴方達の仕事じゃないのかしら?」
先輩はそう言って、遠藤とトール君に厳しい視線を送る。

「何の事言ってるか、ぜんぜん判んないんだけど・・・。ヨツバちゃん、なんか不良とか変な奴らに絡まれてんの?部活の奴らにも言って、けり付けようか?」

真剣な表情をしたトール君には悪いが、私としては彼に何を言ったら良いか判らない。先輩は何となく苛々した様子で、そんなトール君を見ている。判ったのは、どうやら、遠藤シンヤは当りだが、トール君は外れだってことだ。何てことだ。話が余計にややこしくなった。

遠藤シンヤが、突然笑い出した。四人の視線が集まる。
「可笑しくて堪らないよ、リン。君は成長するってことを知らないんだな。裏側をちょっと覗いただけで、もう全てを知った気になってる。覗かれているのか、覗いているのか判らなくなってる。
 シンヤに言われなかったかい?そんなことじゃあ、言葉は呪いになって降りかかる。曖昧な知識は狂気に繋がる。もう、この世界じゃあ、生きていけなくなるってさ。君は、一般的に言えばもう狂人だよ。そんな狂人のせいで、狂った人間が増えるんだ。リン、君はまた人を巻き込むんだね。そうやって、この世界の爪弾き者を増やすんだ」

「ノワール!あなた、トール君が関係ないって知ってたわね!」
先輩が、遠藤シンヤに叱責する。ノワール?さっきから、何なんだろう。遠藤シンヤのあだ名だろうか。フランス語っぽいが、遠藤シンヤには全く似合わない。

「ははは、トール君は関係あるよ。でも、そこのトール君は関係ない。
 君にまた巻き込まれた哀れな被害者ってとこだね。闇は闇を呼ぶよ。
 トール君、気を付けたほうが良い」

「あんたが言ってること、ゼンゼン判んないわよ・・・」
私としては、遠藤シンヤの方が何を言ってるのか判らない。

遠藤シンヤは、私とアサカの方を向くとぴたりと笑いを止めた。
「ヨツバ君とアサカ君。君たちに、忠告するよ。これは、シンヤと僕、両方からの忠告。狂人を相手にするな。夢を見たことを忘れろ。夢は、夢でしかない内は、夢でしかない。現実と、夢を混同させずに生きていくこと」

「それが、遠藤君からの助言?」

「そう。ご免よ、そこの魔女みたいな事を言って。混乱したよね。僕は、偽るのが苦手だから」
そう言って、遠藤シンヤは立ち上がると、ゆっくりと屋上の出口へと向かっていった。

 そこで私の携帯が鳴った。遠藤の後姿を見ながら、携帯を取る。母親からだった。母親の言葉を聞いて、私は走り出す。遠藤の手を掴むと、こちらに向き直らせた。

「弟が・・・、弟が昨日、夢ニュースを見てから、起きないって。お母さんから、今、病院だって電話が来たの!もう、引き返せないくらい、巻き込まれてるんだよ!お願い、助けて・・・」

遠藤シンヤは、初めて私の目を見た。その眼は、意外に真面目で、真剣なものだった。









[25517] 第七話 間宮リン 
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/20 17:04


 間宮リンは、実家の運転手が運転するベンツに乗って、目的地に向かっていた。後部座席に、白井ヨツバと木城アサカを乗せて、自分は助手席に座っている。

 相沢トオルには遠慮してもらった。少林寺拳法部のエースだというので、頼りになるかもしれないが、相手が化物ではそうはいかないだろう。もっとも、一度巻き込まれた人間は、何故か「夢界」に惹かれやすい。もう一度、何らかの形で関わってくるかもしれない。明らかに自分の失態だった。彼のことを考えていると、無意識に右手の親指を噛んでしまう。

 遠藤シンヤ、いやノワールは、自分達には普段通りの生活を送るように、と言って、学校を早退してしまった。恐らくは、あの刑事とでも連絡を取って、「夢界」に降りるつもりだろう。別れ際の冷たい眼は、私には、もう関係が無いのだから興味が無い、とでも言いたげな眼だった。「一度関わったら、もう無関係では居られないのよっ」と、彼に叩きつけるように言ってやったが、表情も変えずに去っていった。

 どうして、もう自分は関わってはいけないのか。どうしてそれを、ノワール達に決められなくてはいけないのか。あの夏の思い出を否定するような彼らには、いつも寂しい思いをさせられて、辛くなってしまう。シンヤ君なら、優しい言葉を掛けてくれるだろうか、シンヤ君と話すことが出来たなら、私は・・・。

考え事に集中していると、おずおずと自分に話しかけられてハッとする。

「先輩が、あのサイトの管理人なんですか。あの違ってたら御免なさい。でも、先輩、魔女って言ってたし、何か関係があるのかと」

質問してきたのは、木城アサカだった。日本人形の様な子で、この子がモデルをする気なら紹介しても良さそうだ。「夢界」にも関わっているし、一度紹介しても良いかもしれない。あのカメラマンは「夢界」に向ってシャッターを切る、と公言しているような変り種だ。きっと切れ長の眼のこの子が気に入るだろう。

 隣に座る白井ヨツバが、不安の中でも期待するような眼を向けてくる。茶髪のショートカットに大きな眼。茶色い猫のような印象を受ける。自分は猫が好きなので、何となく構いたくなった。

「そう。私が、エドニワの魔女の管理人。私のサイトで私と同じ夢を見た人を探してたの」

 エドニワ、には、一見すると意味が無い。だから、このサイトに来る人は少ない。だが、それで良いのだ。人集めをする目的でサイトを運営している訳ではないのだから。「エド」、とは「夢界」で知り合った「夢界の住人」である。自分にとって数少ない協力者の一人だ。

 彼は、雲網町の住人(エドにとっての庭の住人。だからエドニワ、となる)の夢を巡っていて、「夢界」に関わって、心配している人たちに夢の中でそっと囁くのだ「エドニワの魔女」と。無意識に囁かれた彼らは、そうやってホームページに辿り着く。

 ホームページに辿り着いた人たちには、私が適当に助言をする。大抵は、気にするな。関わるな、というものだ。エドもホームページを見ながら、ちょっと巻き込まれ具合が悪いひとたちには、何かしているようだ。彼は、夢界と現実世界の厄介事を解決して生計を立てているらしい。

「先輩が、魔女さんとは知りませんでした」

魔女とは、私のハンドルネームである。適当に付けたのだけど、何だか面映い。私は、魔女に成りそこなった女なのだから。

「気分の悪い夢を見て、不安になった人はけっこう居るのよ。
 だから、何かの力に成れたら良いと思って始めたのよ」

それは理由の一つ。もう一つの理由は、サクヤ達の力に成りたいと思ったからだ。好きな人は、もう自分に関わろうとしてくれない。それならば、自分から手助けするような立ち位置に居たいと思ったのだ。

「先輩は、その、前にもこういった事に関わった事があるんですか?」

ヨツバの問に少し戸惑った。どう答えるべきだろうか。あの事件について、あまり語りたくなかった。その前に、確認したいこともあった。

「どう答えるべきかしら。ねえ、私、ちょっと可笑しな人だと思う?」

「え、いや、そんな事は思わないですよ?私だって夢を見たし・・・。うん、遠藤にも言ったけど、私ももう巻き込まれてるんです」

悪くない答えだ。あまり、既成概念というものに、すっぽり収まっているわけでもない。小説やゲーム、漫画といったものも、嫌いじゃないのかもしれない。どちらかと言えば、外で体を動かす方が好きそうな外見をしている。四肢は細いけれど、長距離選手と言われれば、それで納得できそうな体型だ。

「巻き込まれてるっていってもね。まだ、貴方は水面を覗いているようなものよ。私は、水の中に入った事がある。ダイビングとか、シュノーケリングはした事ある?水の中に入るのとはちょっと世界が違って見えるわよね。そうするとね、陸の上に上がっても、ちょっと普段の生活が違って見えたりするのよ」

陸の上を歩いていても、空中を魚が泳いでいるのが判ったりするのだ。自分で言っていて、何だか可笑しくなった。

「先輩の言ってることは、良く判りません・・・。何だか、本当に可笑しな人にも見える。はぐらからされてる様な気もします」

「ノワール・・・シンヤ君が言った通りね。あの子ほど、ややこしい言い方はしていないつもりだけど。狂人を相手にするな。その通りよ。一度、夢の中に入った人間は、夢の外では、口を閉じていないといけない。そうでなければ、狂人だもの。この世界では爪弾きにされちゃうわ。例えば、宗教に救いを求めることは出来るけれど。天使だ、悪魔だっ言って、こちらの世界の概念に置き換えてくれるものね。でも、ちょっと変わった人になっちゃうわ」

少し物言いが変わるだけなら、悪くないんじゃないか、とも思うけれど。こちらの世界の彩りの一つになるようなものだ。私は、そうなった。狐付きとまでは言われないまでも。

「ノワールっていうのは誰なんですか?どうも、遠藤君とは違う人を言ってるみたいですけど」

アサカちゃんが、不思議そうな顔をして訪ねてくる。人見知りする性格の様だが、緊張が解けたの
だろう。

「そうそう、言ってなかったわね。ノワールっていうのは、遠藤君の使い魔兼見張り役みたいなものよ。元は、私の使い魔だったんだけど、分け合って、彼に取り付いてるの」

「使い魔!業界用語ですね・・・。でも、見張り役っていうのは何ですか?」

業界用語。面白い言い方だった。
私は、それが面白くて笑いながら答える。

「遠藤君は、水の中に良く出入りしてるらしいから、其の内に詳しくなり過ぎちゃったらしいの。だから、見張り役が付いた。言い換えれば、呪いみたいなものかしら。でも、シンヤ君にとってノワールはパートナーでもあるみたい」

パートナー。羨ましい関係だ。あの夏の延長線上に居る二人を、私は単純に祝福出来そうにないけれど。



 





[25517] 第八話 エド
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/21 16:37


 車が目的地に着くと、先輩は運転手に礼を言って車から出た。私とアサカも、慌てて頭を下げる。メルセデスベンツなんて、初めて乗った。革張りのシートは柔らかくて、何となく落ち着かなかった。
運転手付きのベンツに乗る機会なんて、もう無いかもしれない。
お金持ちで、美人のモデルで、成績も優秀というんだから頭が上がらない。天は二物も三物も与える人には与えるのだ。ちょっと変わっているけど。

 弟の事は心配だけど、ちょっと得した気分だった。美人の先輩の知り合いも出来たし、ベンツにも乗った。

 遠藤サクヤは、「どうせ、ちょっと迷子になってるだけだろ。明日には眼が覚めるよ。絶対」と言っていたし。あまり、心配する事は無さそうである。でも、お腹を空かせて泣いてるかも。もうあの年ではないか。

動物園で迷子になったカツキが、「お姉ちゃーん」と言って大泣きしてたのは、もう10年前の話。あの頃は、可愛かったな。今も、可愛くないってわけじゃないんだけど、弟は、年々、男になっていく。

 車が着いた先は、丘の上の住宅街にある極普通の一軒家だった。先輩の家としては、どうも似つかわしくない。しかし、表札には「間宮」とある。どういう事だろう。

「ここは、私の前の家なの。昔から、お金持ちってわけじゃ無かったのよ?小さなころは、ここに住んでたし。言わば、成金ね、ウチは」

家が一つじゃないなんて。今は別荘みたいなものだろうか。羨ましい。でもきっと、本当の別荘だって持ってるんだろうな。

「人が定期的に入った方が、家が荒れないし。こっちの家の方が、私は落ち着くのよね。だから、月に何度もこっちに泊まってるの。
 入って、今、お茶入れるから。ソファーに座ってて」

先輩は深窓のお嬢様という訳でもなく、庶民的な部分も持ち合わせているようだ。しっかりとした、お姉さんタイプだ。いや、お姉さまかな。

 招かれるまま、リビングに上がると、笛のような変な音がする。先輩は、何の音か直ぐに気が付いたようで、台所に向った。私も、ああ、あれだ、ヤカンが沸騰した時に鳴る音だと気が付いた。誰か居るのだろうか。しかし、先輩は鍵を開けて入ったし、誰に挨拶をしようという気も見せなかった。どういうことだろうか。

「ヨツバちゃん、あれ・・・」
アサカの言葉に、ダイニングテーブルの上を見る。
「誰か、お茶でも飲もうとしてたみたいね・・・」

確かに。

一つだけ椅子が引かれたテーブルの上には、クッキーの缶と食べかけのクッキーが乗った皿。紅茶のパックが入った緑色のマグカップは、今まさに誰かがオヤツを食べながら紅茶を飲もうとして、用意していたみたいだ。不思議な光景である。
しかし、物音はしない。誰かが、お客さん?、とでも言って出てきそうな光景なのに・・・。

「クッキーがあると思ったんだけど。御免なさい?紅茶しかなくて」

先輩がそう言って三つカップが載ったお盆を持ってくる。

「あの、クッキーならそこに・・・」

アサカが恐々と、机の上を指差す。私も何だか怖くなった。

先輩は、笑いながら、お盆をテーブルの上に置く。

「その内、紹介しようと思っていたのだけど。こっちに着てるとは、思わなかったわ」

そう言って、クッキーを一つ手に取った先輩は、誰も居ない椅子に向って、クッキーを一つ放る。
私とアサカはクッキーの放物線を眼で追った。

「ええええええ」
私は驚いて、口に手を当てる。アサカも眼を丸くした。
クッキーが、空中で消えたのだ。

「ど、どうなってるんですか、これ」
「先輩、これって!」
私とアサカが驚いて、先輩の方を見る。魔法だ!いや、手品か?

先輩はにこやかに笑いながら言った。

「種明かししましょうか。エド、姿を見せなさい。二人とも驚いてるでしょう?」

私とアサカは沈黙。先輩の呼び声に、エドという人はクッキーを咀嚼することで答えた。

一瞬、大きな犬の口のようなものが見えた!

私とアサカは顔を見合わせる。

「俺が姿を見せたら、二人とも驚くんじゃないか?」
誰も居ないはずの椅子の上から、確かに男の子のような声が聞こえた。

「大丈夫よ。多分。二人は、もう夢にもう巻き込まれてるし。何があっても驚かない。そうでしょ?それに私の紹介よ」

先輩は、確認するように私たちに尋ねた。私とアサカは恐々、もう一度顔を見合わせると、先輩の方を見て頷いた。

「こっちだよ、お嬢さんたち」
椅子の方から声を掛けられて、私とアサカは振り返った。

「ええええええ」
「えー」

柴犬だ。茶色い毛並み。碧色の眼。確かに、柴犬なのだが、白いシャツに青いネクタイをして、椅子に座っている。
身長は、130センチぐらいだろうか。

「言わんこっちゃない。驚いてるじゃないか。二人とも」
「ふふ、そうね」

先輩は悪戯が成功した、という顔をしている。

「私は、白井ヨツバ。雲網町第三高校二年」
「私は、木城アサカ。ヨツバちゃんとは幼馴染で、クラスメート」
「俺は、エド。宜しく。」

「えーと、エド君は、犬の化物?もしかして、ロボット?」

「犬じゃない。ハイドックっていうんだぜ。ヨツバ、アサカ」

器用に紅茶のマグカップを持っている手は、確かに肉球の付いた前足ではなく、五本指になっている。ちょっと馬鹿にしたような目付きがムカつく。ハイドックって何だろう。ゴブリンみたいなものだろうか。そう言えば、ゲームのキャラクターで、エド君の様な姿を見たことがあったかな。

 私とアサカは、彼を撫でようとしたのだが、ぺしり、と手を叩かれた。
「軽々しく、大人のハイドックに触るな。俺たちはペットじゃないんだぜ」
もう子供じゃないんだ、と言って触らせて貰えなかった。

 代わりに、握手させてもらったのだが、彼に抱きつきたくなるほどの、不思議なフワフワ感だった。私は隙を見て、抱きしめてやろうと決心する。彼の首元に顔をうずめたいよ・・・。大きな犬を飼うのが、私と弟の夢だったんだよね。うん、こんなカンジに喋る犬だったらもっと良い。

「で、俺に、案内役を頼みたいっていうことで良いんだよな」
「エドは話が早くて助かるわ。大体の事情ももう知ってるんでしょう?」

「テレビのニュースでやってたからな。迷子が一人、夢界に迷い込んでるって。そんな騒ぎにはなってないけど、懸賞金も掛けられてる。大体、リンが言いそうな事も判ってるさ。俺が付いてかなかったら、三人で行くつもりだったんだろ?そうなって厄介ごとに巻き込まれたら、面倒だ」

エドは、だから、先回りして出てきた・・・ふー、やれやれ、と、呟いて、私たちの顔を見回した。外見では判らないが、けっこう年上なのかもしれない。子ども扱いさせてくれないし。

「けど、ノワールとシンヤには、俺から連絡しとくからな。後で、俺があいつらに色々言われんのは、嫌だから」

「それなんだけど。秘密ってことじゃ駄目かしら?」

先輩は、悪戯っぽく微笑むと、唇に指を当てる。秘密ってことか。良いのだろうか。

「駄目だろ。そりゃあ」

エドは困ったように、眉らしき部分を片方上げる。そこだけ、ちょっと長めの黒い毛が何本か、飛び出てるんだよね。

「シンヤ君だって、最初は簡単な仕事から始めたんでしょう?だったら、私たちには、丁度良いわ。迷子探し、うん、初心者の私たちにはピッタリな仕事だと思わない?」

「駄目だって言っても、じゃあ三人でってことになるんだろうな」

もう一度、やれやれ、と彼は呟いた。ご迷惑をお掛けします。

「ええ、そうなっちゃうわ。そうすると、ちょっと面倒よね。
 エド、前と同じ方法で頼むわ」

前と同じ方法ってどんな方法なんだろう。









[25517] 第九話 夢界へ
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/21 16:43



「これから、4人で夢界に行って、弟君を探して連れ戻す。それで、二人ともそれで良いかしら」

ソファーの対面に座った先輩は、静かに私たちに確認した。目の前に居るのは、同じ女子高生なのにどうしてこんなに大人っぽく見えるんだろうか。いや、大人っぽく?そうじゃない、何となく、先輩の大きなアーモンド形の瞳を見ていると、エド君と同じ、魔物とか、別の生き物のような気がしてくる。

そんな視線に気が付いたのだろうか、先輩は微笑を浮かべて目を細めた。

「夢の中に入るんですか?」

何処に行こうと言うんだろう。そして、どうやって?

「夢の中は、どんな所なんですか?」

アサカが不安げに尋ねる。危険なところだったら、アサカには、来ないで欲しいんだけど。でも、それを決めるのは、私じゃない。

「夢の中に入る。今は、そう思ってくれても良いわ。夢界の中がどんな世界なのか、それは、自分の目で確かめて。大切なのは、夢界という場所よりも、その場所にどんな感想を持つかという貴方自身の問題ね。
追々、色々と説明していくから。今の状況じゃあ、質問が質問を呼ぶわ。今、私は貴方たちの意思が聞きたいの。イエス or ノウ?」

「私は・・・イエスで。弟は、きっと私を待ってると思うから」
「私は、怖いけど、ヨツバちゃんを巻き込んだ責任があるから。それに、もう夢を見て怖がるのは嫌なんです。私は、知りたい」

「判ったわ。ちょっと待ってて」

先輩が、そう言って席を立って二階へ行くと、それまで黙ってたエド君が喋りだした。

「夢界はそんなに危険なところじゃない。
 その辺は、安心して俺に着いて来ればいいさ。何かトラブルに巻き込まれても、俺が守ってやるから。
 リンが始めて夢界に入り込んだ時は、ちょっと物騒な話だった。でも、今回はちょっとした人探し。観光のつもりで来ればいいさ」

エド君の話に、私とアサカは黙って頷く。なんだろう、何だかむずむずする。緊張しているというよりも、何処か憧れの洋服に袖を通すような。私は、ちょっと緊張感が足りないのかもしれない。

「アサカは何が知りたいの?」

私の言葉に、アサカはちょっと押し黙ると不安げに言った。

「私、夢を見るでしょう。そうすると、怖くて、何の夢なのか、考えちゃうの。そういう時、不意に起きていても、夢に追いかけられてるような気分がする。凄く、不安な気持ちになるから・・・。先輩は私が夢を怖がってるって判ってるみたい」

私は、アサカの頭を抱きかかえる。少しでも、彼女の不安な気持ちが無くなる様に。

「そっか。幽霊の正体見たり、枯れ尾花。夢の正体を一緒に見に行こ!」
「うん」

アサカは笑顔で笑ってくれた。不安げな顔なんて、アサカには似合わない。

私たちの様子を興味深げに見ていたエド君は、椅子から立ち上がる。

「俺も、そろそろ、夢界に行って準備してくるからな。取りあえず、じゃあな」

そう言って、忽然と消えてしまった。



 先輩が二階から降りてくると、片手に木の黒い箱を持っていた。テーブルに置かれた箱には、花の模様が浮き彫りになっている。綺麗な彫り物だ。

「これは、エド達からの贈り物なの。夢界の品物で、夢界でも中々手に入らないものなのよ」

そう言って、先輩が蓋を開けると、シルクの布がふんわりと敷かれ、その上にクリスタルの香水瓶があった。香水瓶は、木箱と同じように花の彫り物がカッティングされていてる。

大事そうに先輩は取り出すと、香水瓶の栓を抜いた。
先輩は、エド君の事を聞かない。きっと、判っているんだろう。

「二人とも、眼を瞑って。落ち着いて」

 先輩がテーブルに置いた香水瓶から、不思議な香りがする。花の香りなのだが、嗅いだ事の無い香りだった。何だろう、何だか頭の中に春風が通っていくような。引き込まれる・・・。

私とアサカは、目を瞑って先輩の言葉を聞いている。

「夢界の香りが、向こうの世界への橋渡しをしてくれるわ。
 頭を空っぽにして、香りに体を委ねながら、私の言葉を聞いてイメージして」

「目の前に、扉があるわ。そうね。貴方達の家の扉よ」

頭の中に、自分の家の扉を想像する。黒い扉にくすんだ真鍮のドアノブ。ぼんやりとした、イメージが頭に浮んでくる。

「香りは、扉の向こうから流れ出てきてる。そうでしょ?」

そうだ、扉の向こうから、香りが漂ってくる。もっと身近で匂いを嗅いでみたい。

「ドアノブに手を掛けて」

手を伸ばして、ドアノブに触れる。どうしてだろう、確かに感触がある。イメージなのに。

「扉を開いて。向こうに、エドが立ってるわ。挨拶をして、入りなさい」

――こんにちわ・・・




「眼、開けていいぜ」

エドの言葉に、眼を開けると、そこは何処かの事務所の応接間だった。

 後ろの物音に振り向くと、別の部屋でハイドックたちが、忙しそうに働いていて、チラチラとこちらを見ている。何となく、手を振ってしまった。だって可愛いんだもん。ハイドックたちは、私が手を振ると、もっと忙しそうに仕事を始めた。興味が有るってバレバレ。

 アサカと先輩は、何時の間にか既に応接間の革張りのソファーに座っていた。エドが、硝子のテーブルの上に置いてあった香水瓶を片付ける。どうやら、向こうの世界で、先輩が使ったものと同じようだ。

「二つの香水瓶を使って、道を作ったんだ。あんた達を錯覚させて、導いたわけ」

エドは私とアサカが準備している間にどうやらこちらの世界で準備を整えていたようだ。

「悪いけど、条件付けさせてもらうぜ。ヨツバとアサカは、この香りじゃないと、こっちの世界に来れない。返事は?」

「え」

「条件付け、簡単な呪いみたいなものね。私も、最初にさせられたわ。
 こちらと向こうを簡単に行き来してもらったら、困るの。こうすれば、今の状況と同じようにしなければ、こっちには来れないわ。心配する事は無い。貴方達の為よ」

様は、エドがこちらの世界に、私とアサカを連れてこようと香水の準備をしなければ、こちらの世界に来れないということか。先輩とエドの二重ロックだ。

「返事は?」

エドの問に私とアサカは答えた。

「わかったわ」
「判りました」

エドは満足げに頷くと、ハイドック達に「コーヒー!」と叫んだ。意外に、エドは偉い立場なのかもしれない。

「今、エドと貴方達は、取引をした事になる。この世界で、口約束は単純なものじゃない。契約書を書いたりもするけど、そっちはもっと強制力が強い。覚えておいて。この世界で、安易に取引は出来ないわ。そういう時は、悪魔と取引をするつもりでいて」

「悪魔ってのは、酷いな。まあ、あんた達から見たら、俺達も同じようなものかもしれないが」
エドは、口元を軽く歪めながら言った。エドたちにも、色々と分類があるとうだ。まあ、天使では無さそうではある。可愛い小悪魔っというとこだろうか。

「先輩も、何か取引をしてるんですか?」
先輩は、どうなんだろう。私とアサカでさえ、簡単な取引をさせられたのだ。先輩なら、もう少し強力な取引をしているような予感があった。

勘がいいのね、と先輩は言いながら、少し迷ったような素振りをしたが、語ってくれた。

「ええ。してるわ。私は貴方達よりも、ほんの少し、エドたちに関わりが強いから。私がしてる取引はね。もしも、彼ら「夢界」を裏切るようなことをしたら、記憶を失うの。それだけじゃない。気が狂う、とも脅されたわね」

「何だか、とても曖昧な表現ですね。先輩が、とても弱い立場に居るような気もするし」
先輩の言葉は、恐ろしいものだった。何が悪くて、何が良いなんて、誰が決めるんだろう。

「ええ。全て、夢界の住人が判断することだから。滅多な事は出来ないわ。私も、契約書を交わしてから、後悔したもの。でも、私の時は、衝動的なカンジだったから」

ころころ、と笑う先輩は、ゼンゼン後悔していなそうだった。衝動的に、というのは、先輩に似つかわしくない。

何となく、遠藤シンヤに関わりがあるような気もする。











[25517] 第十話 夢界
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/23 11:28


 エドの事務所を出ると、そこは都会だった。東京の渋谷や原宿といった感じだ。人通りも多いし、車通りも多い。人通り、と言っても、明らかに人間じゃないような人たちも混じって歩いている。大半は、極普通の人たちなのだが。前から歩いてきた人が、ノッペラボウだったのには驚いた。

 でも、冬空は同じ。こちらの冬空も、青く澄んでいて、白い月が浮んでいる。学校の屋上のような展望は無いけれど、同じように広がっているんだろう。未知の世界に広がる空は、私たちの世界に繋がっているようにな曖昧さも感じられる。

「ここは、あんた達の世界で、東京って呼ばれるところと同じかな。
 ネーミングも似てるぜ、トーキョーのシブヤっていうんだ」
エドの発音を真似して、トーキョー、シブヤって言ってみる。似たような発音なのだが、ちょっと違う。どこかに、英音か知らない異国語の子音が入っている。

エドは、事務所を出る前にちょっと待ってろと言って、襟首にボアが付いた皮のジャケットを着てきた。上着の下には、妙な膨らみがあるのだが、あれは何だろう。

「この世界の住民が、6割。後の4割は、あんた達の世界から来た人たちさ。あんた達の世界っていうのは、言いにくいな。現界って普通は呼ぶよ。俺達の世界は、夢界ってんだ。あんた達の世界の裏側」

「私たちの世界・・・現界から、4割も来てるんですか?」
アサカが驚いたように、私も驚いた。こちらの世界に紛れ込むなんて、けっこう珍しいことなのかもしれないと思っていたのに。ちょっとした、優越感に浸ってたのになぁ。

「そうさ。あんた達は、ただ眠ってるつもりかもしれないが。けっこうこっちに着てるんだよ。ただし、明確な意識は持ってない。ま、見てな」

 そう言って、通りすがりの学生服姿の若者の前にエドは立つと、おいって大声を掛けた。何となく、寝ぼけたような顔をして歩いていた彼は、はっと目を覚ましたような顔をして、消えてしまった。

「こういうこった。半分寝てるようなもんだから、こっちで驚くような事があると、向こうの世界で眼が覚めるんだ」

きっと向こうの世界で、授業中にでも寝てたんだろ、とエドは笑う。
どうも、私たちと同じ、というわけでもないようだ。そうだよね。
もしも、夢界に人がそんなに来てたら、もっと夢界は有名だろう。

「私も、最初は驚いたわ。エドに同じ事を説明された時」
「ま、こっちの常識もある程度は知っとかないとな」

先輩とエドはこちらの反応を見て、明らかに楽しんでいる。

ちょっと腹減らないか、と言われて案内されたのは、ハンバーガーショップだった。

「俺なんかは、牛丼の方が好きだけど。若い子も居るし」

エドの年齢が良く判らない。まあ、犬だから?犬はああいうご飯の方が好きそうだし。

ハンバーガーを奢ってもらって食べたのだが、エドが支払ったのは普通のお金、日本円だった。

「こっちでも、普通のお金なんだね」

「現界で流通してるもんなら、大抵使えるよ。現界で、「価値が有るもの」には、こっちでも価値が有る。ヨツバやアサカにとって思い入れのあるものにも、価値が付くから、それで支払うことも出来るな」

 エドはポテトを食べながら、良く意味が判らないことを言う。犬なのに、しょっぱいものを食べても良いのだろうか、とちょっと思ったのは内緒だ。だって犬っぽいんだもん。そう言ったら、怒られそうだから言わないけど。

「例えば、思い出のあるものとか。そういったものを支払う事も出来るってことね。これは、ちょっと夢界と現界の違いね。でも、大抵はお金にした方が良いわよ。ハンバーガーを買うのに、思い出のあるものを支払ってたら、思い出が幾つあっても足りないから」

確かに。先輩の言うとおりだ。

 ハンバーガーを食べ終わった私とアサカを、エドと先輩が連れ歩く。
普段、東京に居ない私たちは、地元のデパートとか、ネットとか、アウトレットモールぐらいしか店が無い。だから、ちょっと寄ってみたいな、とも思ったのだが、弟の手前、なんとなく言い出せなかった。可愛い服とか靴、あるなー、とは何度も思ったんだけど。ぜひぜひ、今度はショッピングに来させてもらえないだろうか。

二人が連れてきたのは、ズバリ、占い、と看板に書いてある店だった。
「あのー興味が無いわけではないんですが、その時間もありますし」
「私も、ヨツバちゃんと同じ意見です・・・」

顔を見合わせる私たちに、先輩とエドは顔を見合わせて笑った。

「やっぱりなー、リンと同じ事言ってるぜ」

これだから、素人を案内するのは楽しいって顔だ。まだまだ、幾つ驚かされるか判ったものじゃ無さそうだ。

「そうね。いいから、入って。もちろん、弟君と関係があることだから」

私とアサカは半信半疑に、先輩とエドに続いた。扉を開きながら、エド君は言う。

「夢界では、占いとか現界では眉唾もんのものがけっこう幅を利かせてるんだよ。占いとか魔術とか、こっちの世界が本場だな。さっきの、取引とか契約だってそうだろ。現実世界では、化学に隅に追いやられたもんが、こっちではバッチリと生きてんだよ」

「もともと、占いなんていうのは、夢界の領域のモノなのかもしれないわね」

その時、先輩の言葉に頷きながら、私はふと思った。

 先輩はどうなんだろう。夢界に慣れた先輩は、もう夢界の領域の人間なのか。私やアサカは、まだ、現実世界の領域に立っているのだろうか。どうも、私たちは、酷く曖昧な立場に立ち始めているような気がした。










[25517] 第十一話 占いババア
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/23 11:26




「ここの魔女は、占いもやってるがな。裏で情報屋もやってるんだよ。
 おい、ババア!来てやったぜ。お客だよ、お客!」

俺は、勝手に薄暗い店内にずかずかと入る。リンは落ち着いて入ってきてるが、新米の二人は恐る恐る入ってきた。

 彼女らを見ていると、昔のリンを思い出す。今は、独特の自信を持ってついて来ているが、ひよっ子だった時は、まさに鴨の子供みたいにピーピー良いながら涙目でテトテト付いてきたもんだった。約一年前とはいえ、ちょっと懐かしい。

 新米の二人は、中々、気に入っている。もともと俺は、ノワールと違って面倒見が良いし。けっこう、良い匂いがするんだ。性格も良さそうだ。ま、女は、匂いだな。まあ、性格の良い奴は、良い匂いがするもんだ。シャンプーの甘い香りが、とか。

 ノワールと言えば、今はシンヤの相棒みたいなポジションに納まってるが、元々はウチの社員だったんだ。まあ、政府のスパイだったところと、あの憎まれ口を叩く性格は、ムカつく野郎だ。幼馴染の店に調査員として来るか、フツー。

 アイツは、リンの事を心配して、色々とお節介を焼いてるみたいだ。
もう、リンだって子供って年じゃ無いんだから、ほっときゃいいのにと思う。俺が、また、連れまわってると知ったら、また眼の色変えて怒りまくるだろうと思うと、口元がにやけるぜ。あの野郎、良い気味だ。馬に蹴られて死んじまえ。

「おやおや、坊ちゃん、また来たの。お嬢ちゃんは久しぶり。
 おやおや、後ろの二人は、見ない顔だ。始めまして、サート・リーナだよ。
 当たらぬも八卦~、当たるも八卦~。サート・リーナの占いの館にようこそ」

「ババア、坊ちゃんは辞めろって言ってんだろうが」

 このババアは、俺が子供のころから、ここに居る。実際に、何歳なのかは判らない。俺が、興信所の跡取り息子だから、坊ちゃんとか呼んでくるんだ。ムカつく野郎だ。性格が悪い。

「お久し振りです。リーナさん。相変わらず、お若いですね」
「ふふふ、ありがとう。リンも、ますます可愛くなったわ」
「まあ、子供じゃないんですから、美人になったと言って欲しいわ」

 ババアの外見は、27,8という所だろうか。でも、俺に菓子をくれてた時から、外見が変わらないんだから、相当のババアだ。だが、サート・リーナという自意識が強い為、年を取っているようには見えない。精神が年を取っていないのだ。魔女の修行を受けているとはいえ、何十年も生気を保つってのは、化物の証拠だった。

「ババア、無駄口叩いてんじゃねーよ」
「エド君、口悪すぎ。リーナさん、ババアって年じゃないし。大体、女の人にババアって
 言っちゃいけないんだからね」
「そうですよ。年上の方に、失礼だわ」

 自己紹介を済ませたヨツバとアサカが小声で注意してくる。カシマシイ奴らだ。だいたい、こいつ等、面倒だから俺の年言ってないんだが、俺の事何歳だと思ってるんだろうか。どうせ、可愛いとか思って考えてないんだろう。ダンディーな年頃なんだぜ。あー、煙草吸いたくなってきた。禁煙、止めようかな。でも、子供の前だと吸いにくい。

 俺は、財布から金を抜き取ると、ババアの机に置く。ババアは、さっと手に取ると、一枚一枚数える。たった三万で、大げさな野郎だ。

「知りたいのは、ヨツバちゃんの弟さんのことで良いのね。何故知ってるか、とかは言わなくていいわ。そのあたりは、企業秘密よ」

大方、ニュースを見たこと、さらに俺が現界から、同じ苗字の女子を連れてきたことから推理したのだろう。もったいぶったババアだ。そんな事、子供でも判るぜ。

「でもね。お金だけじゃあ、ちょっとそのお願いは叶えられそうにないの」
「うるせえ、ババア。性格の悪い事言ってるんじゃねーよ」

このババア、俺達を舐めてやがる。また、ちょっとした取引をするつもりなのだ。魔女らしい、性格の悪そうなちょっとした取引を。

「坊ちゃん、貴方は黙ってて。これは必要な事なのよ。因果の流れに関わるね。ヨツバちゃん。貴方と弟君の思い出の品、頂きたいわ」



■ ■ ■ ■ ■ 


 エドが紹介してくれた占い師は、お婆さんではなくて、綺麗な若い女性だった。長い白い髪、褐色の肌、そして、万華鏡の様な不思議な瞳を持った人。彼女の眼を見ていると、吸い込まれるような心持ちになってくる。

「ノワールも、貴方達と同じ事を聞きに来たの。
 でも、その品があれば、もっと的確なことを助言できると思うのよ」

どうやら、ノワールはきちんと弟の事を探してくれているようだ。
ぶっきら棒な態度で請け負ってくれたけれど、きちんとやることはやってくれているみたい。

「でも私、何も持ってきてないんです・・・」

思い出の品を支払いに使えるとは聞いているが、私はこっちに、学校から直接来たのだ。持っているのは、財布と携帯だけ。鞄は、間宮先輩の家に置いてきた。制服にダッフルコートという身一つでこちらの世界にやってきたのだ。残念ながら、支払えるものは何も持っていない。困った。一度、実家に戻れば、弟との思い出の品も何か用意できるかもしれないが・・・。

「うるせーババア、まけろよ、そんなもん」
エドが、口汚くそう言ってくれる。この犬は、本当に口が悪い子だったみたい。口を両手で引き伸ばして、黙らせたい。そうしたら、きっと可愛いだろう。駄目な子、メッ、て。

「五月蝿いわね。因果の流れに必要なものだと言ってるでしょう。
 世界の流れに、ほんの少し干渉するためにも、必要な媒体なのよ」

「あの、大事なものだって事は判るんですけど。本当に、今、何も持ってないんです。一度、家に帰ればあると思うんですけど」

「あら、弟さんの事が心配じゃないの?それっぽっちの気持ちなのかしら?」

なんて事を言うんだろう。弟が心配じゃなかったら、こんな所まで来ていない。

「弟の事は心配ですよ!今、あの子どうしてるんだろうって思うし!」
酷いことをさらっと言う人だ。

「じゃあ、大丈夫よ。スカートのポケットに手を入れてみなさい。何か、見えるわ。指輪、かしら?シルバーリングの小さな青い石が付いた・・・」彼女の不思議な眼の色、万華鏡のような眼差しを見ながら会話をしていると、頭の片隅がぼうっとしてくると同時に、何かのイメージがふと浮んだ。

 シルバーリングの小さな青い石が付いた指輪。修学旅行のお土産に、
弟が私にプレゼントしてくれた指輪。石は硝子で、安物だとは直ぐに判るが、大事に宝石箱に入れてある。小学生にしては、ませた物をくれた・・・。

 私は、言われるままに、ポケットに手を忍ばせる。正直、ある筈が無い、と思っているのだが、彼女の物言いに何かあるのだろうか、と思ったからだ。

「あ、何か有る」

指先に触れた、硬い感触に、そっと指先で持ち上げる。
すると、そこには、確かに弟がくれた指輪があった。

「本当にあった・・・」

どうしてここに有るんだろう。夢の中だから、何でもアリなんだろうか。それとも、サート・リーナさんが何かしたんだろうか。
疑問に思いつつも、私は、差し出されたサート・リーナのほっそりとした白い手の平の上にそれを乗せる。

彼女は、受け取ったそれを神秘的なその瞳で見つめると、指輪を持った手を握った。そして、眼を瞑ると、呪文のようなものを呟く。そして、再び手を開く。

ほんのりと、指輪が光り輝いた。

「指輪の記憶と弟さんの思いを核にして、術を掛けたわ。
 きっと、弟さんを助けるのに役立ってくれるはず。覚えておいて、普段は役に立たない。でも、夢の中で迷った二人を守ってくれるのは、思いだけだということを」

そう言うと、指輪を私に返した。

「え、良いんですか?これ、報酬にはならないような安物ですけど・・・」

「きちんと、報酬は頂いたわ?大事な記憶を覗かせてもらったの。思い出は私を過去に縛ってくれる。今日と言う日に感謝するわ。」

にこにこと、サートさんは笑う。この世界に来て、意味の判らないことばかりだ。

「サート・リーナは魔女だもの。私たちとは、ちょっと違った価値観を持ってるのよ」

先輩の言葉に、頭を傾げながらも、指輪を右手の人差し指にはめた。弟から貰った指輪を薬指にはめる気にもならないし。

「さて、情報なんだけど。雲網町夢ニュースの司会の二人に会いに行きなさい。彼女達が何か知ってるはずよ。場所は、メモして渡してあげる」

 司会の二人。妙にハイテンションな二人の悪魔。私が巻き込まれた出発点だ。あの二人にあったら、もう巻き込まないで欲しいと、言わなくてわ。殺人現場のライブ映像なんて、もう二度と見たくない。これで、アサカの悩みも解決するかな?

「後一つ。これは、情報ではなく、占いによるものなんだけど。
 ヨツバが弟さんを探しているように、弟さんも貴方を必死に探してる。
 危険はあるかもしれない。でも、諦めないで。

 リンちゃんは、望まずとも、会いたい人に会える。今は、その時ではないだけ。でも出会いは一瞬、タイミングを逃してはならないわ」

魔女は、不思議な物言いを最後まで続けるのであった。良く判らん。

先輩の真剣な眼差しに、遠藤に会えるといいな、と思った。
こんな美人に思われてるなんて、幸せな奴、とも。



















[25517] 第十二話 現る
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/23 11:35


 サート・リーナさんに別れを告げて、次の目的地へと向う前に、一度エド君の事務所に戻って、車を借りて行くことになった。

会話をしながら雑踏を進んでいると、急に悲鳴が辺りに響き渡った。
人が凄い勢いで、私たちの方へ逃げてくる。そして、次々と周りの人たちが驚愕の表情を浮かべて消えていく。

 何があったのだろう。転んでしまったアサカを助けながら、私は、
人々が逃げてきた方向を見つめた。エド君の低い唸り声が聞こえる。

血油に濡れる、長い爪。体全体を覆う白い体毛。狼と猿を
混ぜたような顔には、一対の赤い瞳と長い舌。

そう、人々の悲鳴の中心に居たのは、あのバグウォーカーだった。
私は恐怖で足が震える。アサカも顔面蒼白で、立ち上がれなかった。
あの夢の記憶が蘇る。しかし、夢と違うのは、これは、被害者の男の
恐怖ではなくて、自分の身に迫った恐怖だということ。

「って、なんで、あいつ、遠藤とトール君に退治されたんじゃないの」

「シンヤの奴ら、とちりやがったな。逃したんだよ」

確かに、私は、彼らがバグウェイカーを倒すところまでは見ていない。
けれど、ああいうのって、女の子がピンチの状態に現われたヒーローは、カッコよく化物を倒して終わりじゃないの。何やってんだアイツラ。ヒーローは、見えないところで、ささっと化物を倒して欲しかった。グロイ映像は見たくないし。

エド君が、すっと上着に手を突っ込む。出てきたのは、黒い無骨な光を放つ、拳銃だった。上着が膨らんでると思ったら、そんな物騒なもの持ってたんだ・・・。エド君は、いつでも発射できるように、拳銃を斜めにバグウォーカーへ構える。

ちょっとカッコいいけど・・・。
私には判らないが、そんな豆デッポウであんな二メートルはあるような異形を退治できるとは思えなかった。
「エド君、逃げようよ」
「エド、逃げましょう」
私と先輩は、即座に撤退を要求する。本部、応答せよ!撤退戦を開始したいと思います!

私と先輩の言葉を聞いて、ちらりとこちらに視線をやってくるエド君。
「戦力は期待出来そうに無いな」
「あ、当たり前よ」
先輩の言葉にもいつもの余裕は無い。

そりゃそうだろう。こっちは女子高生三人組だぞ。何言ってんだ。
こちとら、腰が抜けないようにするのに必死だ。

「リンがサポートしてくれたら、何とかなるかもしれないんだけどな」

先輩がサポート?無理無理、絶対無理。だって、あいつ無茶苦茶強そうじゃん。

「私は逃げるのが専門だって、前に貴方が言ったじゃない!」

そうそう、逃げようよ。バグウォーカーは、今のところこっちに注意を
払っていない。逃げ惑う人々を、その狂爪で追い立てている。

「リン、言わなかったか?何事もケースバイケースだって。夢警の奴らが出張ってくるまでの、時間稼ぎで良いんだよ。被害者を減らしたい」

夢警?警察みたいなものだろうか。

「私には、無理よ!いっつも、シンヤ君たちの後ろに隠れてたの知ってるでしょ!」

うーん、先輩が普通の女の子に見える。いや、普通の女の子なんだけどさ。出会い頭から、ちょっと特別っぽい人だから、、、、。他意は無いんだけど。

「やっぱ、無理、か。って、ちょっと待て、アイツ、こっちに気が付きやがった。来るぞ!」

こちらに向って走ってくるバグウェイカーに、注意を自分に向けようと言うのか、エド君は銃を乱射しながら、私たちから離れる。小柄な体だけあって、動作は機敏だ。化物は、エド君の放った銃弾に傷ついて、標的をエド君にしたようだ。

私は、その隙に、と、あうあう言ってるアサカを叩き起こすと、先輩を連れて逃げようとする。
「先輩、今の内!エド君なら、何とか逃げられるんでしょ!」
先輩は、親指を強く噛みながら、何かぶつぶつと言っている。
「こんな時、シンヤ君なら・・・、逃げない・・・」

先輩の言葉に、私は耳を疑った。何言ってるんだ、こんな時に。
私は、先輩の肩に手を伸ばし、説得を試みようとした。

「ギャンッ」
その時、甲高い悲鳴が聞こえる。私がハッとしてそちらを向くと、
エド君がバグウェイカーに跳ね飛ばされているところだった。
エド君は店のショーウィンドウを突き破って、店内に突っ込んだみたいだ。

どうしよう。どうしたら良いんだ。

「シャドウ!!」
先輩が突然、叫び声を上げた。私は、先輩の頭上に輝く、西洋甲冑を見た。

 守るように先輩の前面に降り立った、銀色の西洋甲冑は、スラリ、と剣を抜く。
「行きなさい!」
先輩の声に合わせて、化物に突進していく。何だかなあ、やっぱり、先輩も只者じゃあ無かった。超能力者だったんじゃん。

 大降りに振られた剣が、バグウォーカーに避けられ、アスファルトの地面を穿つ。飛んで避けたバグウェイカーは、突然の強敵の出現に戸惑ったのか、前傾姿勢のまま唸り声を上げている。

「ねえ、この後、どうしたら良いんだと思う?」
突然、先輩が何やら心配げに助言を求めてきた。真剣な横顔は、何かに焦っているように見える。え、先輩何言ってんの。このまま、いけいけゴーゴーじゃないんですか?

「取りあえず、出してみたんだけど。私、戦い方なんてぜんぜん知らないの。あんな格好しているけれど、中身は私が入ってるのと同じようなものなのよね」

冷や汗が流れる。実は、自体は全く好転していなかったらしい。
確かに西洋甲冑は、身動き一つせず、何をしたらいいのか判らないような状況のようにも見える。

 バグウォーカーは西洋甲冑に突進すると、その豪腕を振るった。
道路にバラバラに四散し吹き飛ぶ西洋甲冑。なんて見かけ倒しだ。中身も何も無い空っぽ。

「あ、あいつ笑った」
「笑ってるわね・・・」
バグウォーカーは、相手のあまりの弱さに、空に向って吼えるように笑っている。
そして、胸を獣のように何度も両手で叩く。

 バグウォーカーは、ひとしきり大声で吼えると、今度こそ、標的を私たちに絞った。
もう、襲い掛かる意味も無いと思ったのだろう、余裕綽々と歩きながらこちらに向ってくる。

 逃げようとしても、どうせ化物の走る速度に、適うはずが無い。絶体絶命のピンチだった。化物との間の距離が、20メートル、10メートルと狭まっていく。

化物がピタリと足を止めた。
「私、剣を振り回して戦う方法なんて判らないから・・・」
化物が突然、絶叫を上げる。
「こんな方法しか、思いつかなかったのよね」

化物の横っ腹に、深々と剣が突き刺さっていた。
宙に浮いた甲冑の篭手が、しっかりと剣を握っている。

そして、化物の顔が弾かれる。化物の右目から、血が滴り落ちる。
「やるじゃんかよ」
硝煙を立ち昇らせる拳銃を持ったエド君が、何時の間にか立っていた。

バグウェイカーは、もう一度、大きな叫び声を空に向って放つと、
突き刺さった剣を抜き、私たちとは反対方向に逃げていった。

「時間稼ぎにはならなかったけど、私としては上出来かしら」

「きっと、後は夢警の人たちが上手くやってくれますよ」

先輩と私は、一先ず安堵して、こちらに歩いてくるエド君に
手を振った。







[25517] 第十三話 夢幻監獄とは
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/23 23:51



 騒動の後。私たちは、エド君の運転する車に乗って、司会者の二人が住むという家に向っていた。車は、緑色のワンボックスカー。会社の車らしいが、エド君がほぼ占有しているらしい。

 エド君は元気そのもの、鼻歌まで歌いながら車を運転している。
フワフワの毛皮は、見掛け倒しじゃ無いそうで。硝子に少々突っ込んだところで、かすり傷一つ負ってない。タフだ。

「でも、先輩カッコよかったー」
「本当です。あの甲冑も・・・」
「ああ。やるときゃやるな。お嬢も・・・いや、リンも」

私とアサカのキラキラした眼に、先輩は恥ずかしそうに答える。
「あのお猿さんが、油断してくれたからよ。あんな奇襲が出来たのは。
 もし、油断してくれなかったらああはいかなかった」
万能包丁を後ろから刺す気で、ブスッとね、と先輩は笑った。

確かに、一回こっきりの戦法なのかもしれない。次、同じ手が使えるかは判らない。二度は会わないと思うけれど、今度は油断しないだろう。

「あのシャドウって、遠藤たちが使ってたのと同じですよね」
「ちょっと違うんだけど、まあ、似たようなものかしら」

遠藤が使っているシャドウは、自分の意思を持って動く事ができるらしい。日本刀を持った剣術の達人だという。対して、先輩が使っているのは「リビングドール」と名付けられた西洋甲冑のお人形。バラバラになっても、元通りになるんだとか。

トール君が使っていたシャドウは先輩も良く知らないらしい。
可愛い女の子に見えたんだけど。現実のトール君なら、戦いに出さずに、部屋に飾っときそう。

「傷つく心配をしなくていいから、昔は、あの子の役目は、おとりとかそんなものだったのよ」

それぐらいしか、使い道が無くて、と先輩はちろっと舌を出す。
美人可愛い。

「そういえば、バグウォーカーって何なの?何であんなとこ居たのかな」
バックミラー越しに、エド君に尋ねる。

「バグウォーカーってのは、犯罪者の俗称みたいなものだよ。
 本名は、アンデルス。アンデルス・リプトン」
そうそう、あの司会もそんな事を言っていたような気がする。

「何であんなところに居たのかわ、わかんねーナ。基本的に、現界には、俺達は長い事居られないから、夢界に帰ってきてたんだろ。まあ、あいつは現界で騒がれ始めてるから、自己存在を現界で確立し始めてるかもしれないけどな」

ふーん。そうなんだ。

「あいつは、脱獄囚なんだよね。どうやって脱獄してきたんだろう」

「脱獄っていってもな。夢幻監獄は、病院みたいなものなんだよ。
 精神病院って考えたら良い」
俺達の世界には、基本的に死刑は無い、と言う。

「じゃあ、脱走するのも簡単なんだ。危険ジャン」

「いや、脱走するのは中々難しい。基本的には、病院のベットの上で、
 拘束されてお寝んねさ。長い間、夢を見させられるんだ。そして、胸に悔いを打たれる」
エドが右手の親指を立てて、胸にトンっと当てる。

「杭?何だか、ドラキュラみたいですね」
アサカの言うドラキュラみたいっていうのは、胸に杭を打ち込む事で、退治するっていう
話の事だろう。

「杭っていっても、後悔するってほうの悔いさ。精神的な楔を打ち込まれるんだ。長い時間、夢を見させられてな」

「何だか、怖いね。マインドコントロールみたい」

「ま、俺は平和的なもんだと思ってるけどな」
「エドも、昔、夢幻監獄に入ってたことがあるのよね」

先輩の言葉に驚く。
「え、そうなの?」

「ああ。俺も昔、やんちゃしてた時は、現界で不良みたいなこと・・・、まあ、ちゃちなイタズラって奴を人間にして楽しんでたからな」

ま、まだ、若かったな、と言う。本当に、小悪魔だったとわ。

「俺が見させられた夢は、自分が現界のある家の愛犬になった夢だったよ。ご丁寧に、子犬の時に捨てられて、ある男の子に拾われたんだ。
 そして、大人になって、恋して子供作って、老犬になって、拾われた家族に泣かれながら、昇天するっていう極平和的な。
 でも、効果は確かだぜ。眼を瞑ると、その時の情景が浮んできやがる。だから、かな。俺が、現界で人間を助けるボランティアをやってるのは・・・」

エド君は夢を見た、というよりも、平和的な家庭で育ったという現実の過去を話すような顔をしている。きっと、だから彼は、青年期の人間の味方なんだろう。自分と一緒に育った飼い主の事を大切に覚えているに違いない。

バグウォーカーは、どんな夢をみていたんだろう。そして、なぜ、平和的な夢を振り払い、再び狂気の殺人へと走ったのだろうか。

「どうして、アンデルスは、夢から覚めた後、また人を殺し始めたんだろうね」

「さあな。夢の経験から成長する奴も居るし、そうじゃない奴もいるって聞いたことはあるな。そうじゃない奴は、都合の良い夢って奴を納得できないらしい」

「自分が経験した過去を振り払えないのね。地獄の亡者って聞いたことがある?ダンテの神曲に出てくるんだけど、人間の行動の動機と、それらの行動が生じる背景に対して、その動機が妥当性を持つか、自らをより良い展望の中に解き放つ能力を失った人々、そんな人たちもいるわ。ダンテは、それを地獄に居る亡者と呼んだの」

「・・・先輩の言う事は難しいんですよねー」

どういう事だろうか。

「自分の考えに、ある種の妥当性があって、変わることが出来ない人たちが居るっていうことですか」

アサカがちょっと言い換えてくれた。
それなら、ちょっと判る。そうだよね。自分が自分であることに心底納得していたら、変わろうとは思えないだろう。例え、茨の道であっても。多分。

「一切の希望を捨てよ。汝、ここに入るもの。エドは学ぶ意思が有ったから、先へ進むことが出来たのね」

先輩、意味が判らないです。謎ワードを語る遠い眼をした先輩は、ちょっとかっこいいけどさ。







[25517] 第十四話 双子の司会
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/24 22:54


 あの雲網町夢ニュースで司会をやっていた二人が住んでいるのは、
ちょっとお洒落なアパートでした。エントランスに薔薇の苗が植わっていて、綺麗な黄色い花を咲かせています。

 私も、大学生になったら、こんなアパートで一人暮らしさせてもらえる様に、両親に頼んでみようかな。アルバイトとかしなくちゃいけないだろうけど、ちょっと勇気を出して。勇気を出さなくちゃ駄目だよね。

 私、ヨツバちゃんと違って、ちょっと引っ込み思案だから心配だけど。ヨツバちゃん、一緒にアルバイトしてくれないかなぁ。ヨツバちゃんが一緒なら、きっと楽しいと思うんだけど。雑貨屋さんとか、良いかもしれない。可愛い小物とかだったら、私だってお客さんに紹介するのが楽しくなりそうだよね。

 エド君を先頭に、ヨツバちゃんとリン先輩が並び、その後ろに私。
ヨツバちゃんは、さっきあんな事件があったのに、何時も通りの態度を崩していない。良いなあ、ヨツバちゃんは。私なんて、まだ、さっきのバグウォーカーの事を思い出して怖いのに。

 リン先輩は、カッコいい。前から、大人っぽい人だと思っていたけど、あんなにカッコよくて、可愛い人だとは知らなかった。ちょっと、ミーハーっぽい気持ちになっちゃう。私も夢界に関わったから、あんな風に戦えるようになるのかな?私は、人を殴るってことを考えただけで、ゾッとするから無理だろうけど。

 ヨツバちゃんは、私の事を恨んでないんだろうか。
突然、こんな事に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。私だったら、泣いて怒ると思うのに。でもヨツバちゃんは、何時も通り、「困ったときは、お互い様」って言ってくれた・・・。
きっと、ヨツバちゃんの事だから、弟君のことが心配なのに、今も態度を変えない。ヨツバちゃんもカッコいい。

 ヨツバちゃんが、にこって笑って、私の手を引いてくれた。
もう、優しいなあ、ヨツバちゃんは。

 エド君が、チャイムを押して、ドアをノックする。誰も居ないのかしら。
「宅配便でーす」
エド君は、平気で嘘を付いた。何だか、手馴れてるってカンジがする。
現界での不良時代のタマモノかしら。ピンポンダッシュとか・・・。
悪い子だったんだな。

「ドアの前に置いといて」
インターホンからは、あの聞き覚えのある女の人の声がした。
あの銀髪の人だ!居るんだ!自然に鼓動が早くなるのが判った。
ヨツバちゃんが、ぎゅっと私の手を握ってくれる。

「冷凍物なんでー、ドアの前に置いとくと、品質が悪くなっちゃうかも
 しれないですよー。それに、ハンコ下さいよ」
「あーもう、待ってて」
そう言って、暫くすると女の人はドアを開けた。

さっと、エド君は扉が閉まらないように、足で扉を押さえ、拳銃を構える。
「お話、聞きたいんだけど、良いかな。お嬢さん」
カッコいい。エド君って外見に似合わず、ハードボイルドだよね。
でも、私、一人暮らしが怖くなっちゃった。

 部屋の中に入ると、銀髪の彼女は、クッションを抱えて、ベットに座った。エド君は、拳銃を構えたまま、椅子に座るが、私たちは立ったまま二人の様子を見守っている。

「お前、何考えてるんだって、カンジ。夢警じゃないでしょ」
鋭い視線を私たちに投げかけてくる。

「違法番組の司会が、そんな事言える立場かよ。雲網町夢ニュース、知ってるだろ」

「私は、単なる雇われの身分だっての。詳しい事はワカンナーイ。
 大体、違法って言ってもさ。あの程度の悪夢、みんなが見たいと思ってるから、作ってるんだっての。ホラー映画と何処が違うのよ」
へらへらと彼女は笑う。
ホラー映画って・・・、実際の事件なのに・・・。私たちが夢で悪夢を見たとはしゃぐ人が居るように、現界の出来事を見る夢界の人たちは、その程度の感覚なのかもしれない。

ピンポーン。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
――ちょっと、妹、何鍵掛けてんのよ。ちょっとコンビニ行ってくるって言ってたじゃん
扉の向こうから、女の人の声が聞こえてきた。これは、金髪の人かな。

「お姉ちゃん、帰ってきたみたい。悪いけど、帰ってくんない?言っとくけど、お姉ちゃん強いよ。今なら、突然押しかけてきた友達だってことにしてあげる」
ふふん、と笑う彼女に、エド君はフンッと鼻を鳴らす。

「リン、これ持ってろ。なんかしようとしたら、ぶっ放して良いからな」
「ええ、判ったわ。貴方、動かないでくれる?エドなら腕を狙うかもしれないけれど、私は的が大きい頭を狙うから」

そう言って、壁に寄りかかったリン先輩は平然と拳銃を受け取って構える。スカートの下のスラリと伸びた足。体重を片方にかけ、片方を軽く曲げている。

はったりだろうけど、そんな自然な動作に憧れる。

――えー、あんた誰よ!早く部屋に入れ?判った、判ったから、撃たないで!
そう言って、金髪の女性がエド君にスプーンを背中に押し当てられたまま連れてこられた。そして銀髪の女性の隣に座らせられた。銀髪の女性は、ボフッと金髪の女性をクッションで叩く。頼りにならない、と怒ってる。

「エド、はい」

「ばあか、そんな持ち方して、暴発してもしらないぜ。ちゃんと、グリップ持てよ」
エド君は、先輩の拳銃の渡し方が気に入ら無かったらしい。

「まあ、いいや、ちゃっちゃと話せ」
エド君が、受け取った拳銃をちらつかせる。

「お姉ちゃん、何だか、あの裏番組について聞きたいらしいよ。
 って、あー、あの女子高生二人組みじゃん」

「どうもー」
そう言って、ヨツバちゃんは小さく手を振る。私もヨツバちゃんの真似をして、小さく手を振った。

「あーもう。散々だよ。番組は中止になるし、変な強盗には入られるし」
今月の給料入んないんだろうなーと言って、二人は顔を見合わせてため息を付く。

「番組、中止になったんですか?」
そうだったら嬉しい。もうテレビを付けたり、夢を見るのが怖くなくなりそう。一生、中止だったら良いのに。

「いや、まだ良く判んないんだけどね。変な男が乱入してきて、銃を乱射したから、機材がぶっ壊れちゃった。あれ、弁償とかどうなるのかなー」

「私に聞かれても、判らないですけど・・・」
そんな事、私に聞かれても、困ってしまう。

「もう、夢ニュースは終わりって事でしょう?やったあ、良かったじゃん、アサカ」
ヨツバちゃんの言葉に、私はにこにこしながら頷く。

「どうだかねー。視聴率良かったし。まだまだ、終わらないかもよ?」
銀髪の女性は、私に向って、嫌な笑いを向ける。
私が青ざめる様子を見て、双子は嫌らしい笑い声を上げる。
そっくりの双子が同じように嘲笑う様子は、とても気持ち悪かった。

「その眼。現界の人間が恐怖する様子が、視聴者に受けるんだよね」
何ていう人たちだろう。バグウォーカーの凶行だけでなく、私たち現界の人間が怯える様も、夢界に放映されていたなんて。


「夢ニュースが放映中止になるかもしれない、というのは良いニュースだけど。私たちが本当に聞きたいのは、その事じゃあ無いのよ」

リン先輩!私は、庇うように前に立ってくれた先輩の後ろに隠れる。
この人たち、怖い。

「は?じゃあ、何でここに来たんだっての。あんた達、あの機材ぶっ壊した奴らの仲間じゃ無いわけ」

銀髪の女は眉を寄せて、先輩を見る。このカッコつけとか思ってるのかもしれない。私は、涙目になりながら、先輩の後ろから彼女を睨みつけた。この人たち、嫌な人たちだ。人が怖がってるのを面白がるなんて。

「その人とは残念ながら、知り合いじゃないわ。・・・アサカ、怖がらないで、ちょっと挑発されてるだけよ」

先輩にそう言われても、怖いものは怖いのだ。美人の双子だからか、その眼差しを睨みつけるだけで勇気が居る。私に出来る精一杯の抵抗だ。

「へー、じゃあ一体何なのよ」
「一体、何なのって感じ」
「お前ら、片方が喋る時は、もう一人は黙ってろ。同じ声が混じって聞きズらいんだよ」

エド君が拳銃をちらつかせると、二人は両手を胸まで上げた。拳銃の前に、二人は素直だった。私も、何か力があったら、こんな風にエド君や先輩みたいに堂々とした態度で毅然と双子に対応できるんだろうか。

「夢ニュースを見て、一人起きない子が居るのよ」

そう、ヨツバちゃんの弟が、巻き込まれてるんだ。泣いてる場合じゃない。私は、手の甲で涙を拭う。私のせいで巻き込んだみたいなものじゃない。

「私の弟。白井カツキって言うんだけど。身長は、そこのエド君より少し高いぐらいで、年は11歳。今、現界で意識不明の状態なの」

カツキ君には、ヨツバちゃんの家にお邪魔したときに、何度も会った事がある。元気な小学生で、テレビゲームが上手い。私は、一度も勝った事がない。ヨツバちゃんは生意気っていうけど、一人っ子の私には弟が羨ましかった。

「小学生ねえ。現界で意識不明ってことは、意識体になってこっちに居るってことかな。まあ、強制的にオフラインにされた人の中には、魂が抜けちゃうとか、万に一つの可能性でそんな事にもなるって聞いた事はあるけど。私たちの責任じゃあ、無いわよ。私たちのモットーは健全な悪夢なんだから」

魂が抜けちゃう・・・。助かるんだろうか。不安な気持ちになってくる。私のせいで、カツキ君が死んじゃったらどうしよう。私、なんて事しちゃったんだろう。そんな私に、ヨツバちゃんが囁いてくれた。

「大丈夫、カツキは助かるよ。アサカだってこんなに心配してくれてるんだから」
ありがとう、ヨツバちゃん。でも、だって・・・。

そんな私に、エド君が顔をこっちに向けて励ましてくれた。

「ああ。意識体になると、驚かすぐらいじゃあ、体は起きないけどな。
 きちんとした方法がある。俺達が、こっちに来たみたいに、現界に意識体を誘導してやればいいんだ。そうすりゃ起きる。心配すんな」

良かった・・・。 

 そんな私たちの様子を、二人はつまらなそうに見ていたが、少し表情が変わった。同情してくれてるのかもしれない。

「でも、姉さん。覚えてる?そんな子が居たの」
銀髪の女性が、金髪の女性に尋ねる。

「うーん。もしかして、薄青の寝巻きを着て、前の方に座ってた子かな」
顎に指先を当てながら、金髪の女性は考えるような仕草を取る。

「その子だわ。アイツ、私が偶然夢ニュース見せちゃったのよ。私の責任なの。お願い、今何処に居るか教えて」
ヨツバちゃんが、はっとして二人に尋ねる。

「何処に居るかって聞かれても・・・。男が銃を撃ったじゃない?それで、かなりの観客が強制的に現界に戻ったのよ。しかもその後、アイツが来ちゃったのよね・・・」
金髪の女性は、髪の毛に手を当てて梳きながら答えた。

「アイツって誰だよ」
エド君が、話の先を話せと、拳銃を振った。

「バグウォーカー。こっちが、現界と映像を繋げてたから、境界が曖昧になってたのよね。その繋げてたラインを通って、逃げてきたのよ。二人の若い子が追いかけてきたんだけど。そこで戦い始めちゃって。もう現場は滅茶苦茶。スタッフも私たちも大慌てよ」

「シンヤ君たちね」

「なんだ、じゃあ、あんた、やっぱり銃撃ってた奴と知り合い何じゃん。アイツラ、何か意気投合してたし」
銀髪の女性は、先輩を指差して責めるように言った。

「貴方の言葉で、誰か判明したわ。きっと後藤さんよ。現界の刑事さん。熊みたい大きな人だったでしょ」

熊みたいに、大きな刑事さん。どうな人なんだろう。きっと、柔道の有段者とかで、強い人なんだろうと思う。優しい人だと良いなぁ。この世界で、怖いことばっかりあってるから、優しい人であって欲しい。

「ま、バグウェイカーはシンヤ達が抑えて、テレビ局の方は後藤が乱入して、放映を辞めさせるって手筈だろ。後藤の奴、相変わらず、荒い事しやがる。今頃、シンヤ達に事情を聞いて、あのデケエ図体で後悔しきりだろうな。良い薬だよ」
熊が反省している様子を思い浮かべる。ちょっと可愛いかも。きっと、体が大きいから、細かいことには不得手なのかもしれない。大迷惑だけど。

「ちょっと、二人で納得しないで下さい。弟は、どうなったんですか?周りの人たちは、強制的に現界に戻ったけど、弟は戻ってこれなかった。っていうことは、その時、現場に居たはずなんですよ」
ヨツバちゃんが言うとおりだ。そんな状況で、カツキ君はどうしたんだろう。私だったら、その場にへたり込んじゃっただろう。

「生憎と、その辺りの記憶が曖昧なのよね。ご免ね」
「右に同じく」
双子は、両手の手の平を反して、わからない、というポーズをした。

「仕方ないな。現場に行ってみようぜ。意識体ってことは、そんなに明確な意識を持ってるわけじゃあないはずだ。まだ、現場辺りをフラフラしてる可能性もある」

「そうね。じゃあ、行ってらっしゃーい」
「ご苦労様。見てらっしゃーい」
双子は、手を振る。

「馬鹿か、お前ら。俺達だけで、どうやってテレビ局に入るんだよ。お前達も来るんだよ」

「は、あんた馬鹿ぁ?付いてくわけないじゃん」
「そうよ。あんた馬鹿ぁ?」
双子は口を尖らせて、文句を言った。

エド君はちらり、と銃口を二人に向けた。







[25517] 第十五話 逃走
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/24 23:02
 双子の二人にエド君は銃を突きつけて先頭を歩かせる。
ちょっと、双子の扱いが不味いかなって思うけど、勘弁してもらおう。
一応、犯罪者だし。

 銀髪がドアのノブに手を掛けたところで、エド君が鼻をひく付かせながら言った。

「ちょっと待て。どうも、嫌な匂いがするな。おい、ちょっと覗き穴を覗いてみろ」

「覗き穴って、ドアスコープの事ね。おっさん」
「うるせえ、そんなもん、無駄知識だ」
「はいはい。えーっと~」
銀髪は、ドアスコープを覗くと、固まった。即座に、ドアチェーンまでしっかりとする。

「い、居る居る!バグウォーカーが立ってるよ~!」
「馬鹿!デカイ声出すな!」

ドアが、凄い音を立てる。金属製のドアで良かった。暫くの間は大丈夫だろうか。


エド君が、私たちの靴をほいほいっと投げ渡してくる。
私たちは、急いで靴を履いた。土足だろうが、なんだろうが、今は構って居られなかった。

「良いか。相手にしてらんないからな。窓から出るぞ」
そう言って、エド君は窓に急ぐ。
「ってここ、二階じゃん。何言ってるのよ」

そうこうしている間にも、ドアは凄い音で叩かれ、悲鳴を上げていた。

「見ろ。都合良く、俺達の車が窓の真下にある。多分、怪我はしないはずだ」
確かに、緑色のワンボックスカーが窓の下に止めてある。

「そ、そんな事言ったってー。駄目だよ。私、絶対無理!」
アサカが半泣きで、駄々をこねる。

「アサカには期待してねーよ。ほら、おぶってやるから」
そう言って、アサカに背を向けたエド君に、アサカはおずおずと跨った。アサカは身長が低いが、それでも、エド君に覆いかぶさってるように見える。

「え、エド君に?ちょっと、背が違うんじゃない?」
こうなったら、私がアサカを背負うかと思ってたんだけど・・・。

「出来れば、私もおぶって欲しいわ」
「悪いけど、定員オーバーだ」
先輩。戦闘モードになって下さい。いや、逃げるのが専門と言ってたから、これが素なのか。

「リンと、ヨツバは自分で何とかしろ。ほら、行くぞ、アサカ。
 双子も、なんとか自分でしろよ!」
「嫌ぁ~~~~~~~!」

エド君はそう言うと、何か缶詰のようなものをドアの方に投げると、
アサカを背負って窓の外に飛び出した。

「ば、爆弾じゃん、何考えてんだ、あの馬鹿犬!」
見事、手榴弾らしきものをキャッチしていた銀髪は、それをドアの方にぶん投げて、窓から飛び出す。金髪も一緒に飛び出した。

ドアが、ひしゃげるような音を立てて、開いた。

私は、渋る先輩の手を引っ張って、窓から飛び出す。
その時、雷が落ちたかのような閃光と、爆音が背後からするのだった。

 車の屋根に落下した私と先輩は、尻餅をついたが、ボンッという音がして、なんとか衝撃は車が吸収してくれた。

 私は急いで車の後部座席に乗りこんだ。何故か、中には金髪と銀髪も居て、鮨詰め状態だった。ちゃっかりと助手席に座った先輩は、楽そうだ。

「な、何で、二人も居るんですか?」
「ちょっ、そんな事言わない言わない」
「情けは人の為ならずって言うでしょ。それに、私たちが居ないと、
 テレビ局は入れないんだから」
「良いから、全員黙ってろ!舌かむぞ!」

 エド君がアクセルを全快にした瞬間、車が揺れる。
全員が車の上を見た。何か、重たいものが、降ってきた・・・。

「前、前~!」
私は、悲鳴を上げる。バグウェイカーが、フロントガラスから逆さまに
こちらを赤い隻眼で睨んでいた。

エド君は、即座にハンドルを右に切りながら、何発も発砲。

突然の横Gに、シートベルトなんてしている暇が無かった私たちは、アサカの方に雪崩込む。何かが、地面に落ちる音がした。多分、バグウォーカーだろう。

「つ、潰れます~」
アサカが、何とか起き上がろうとして、車のノブに手を掛けた。
開くドア、半身が飛び出すアサカ。焦る私たち。
「嫌ぁ~~~~~!」
アサカが、再度、悲鳴を上げる。

咄嗟に、金髪と銀髪がアサカを引き上げてくれた。
その直後、ドアは、電柱に持っていかれてしまった・・・。


■ ■ ■ ■ ■





「ちっ、これ、保険下りねーよなー」
エド君は酷くご立腹だった。鼻に皺を寄せて、怒っている。
確かに、化物に襲われて、保険が下りるはずもない。

だが、今の私にそんな事を気にしている余裕は無い。

湾岸を走る、ワンボックスカー。私たちは震えていた。
恐怖によるものではない。寒さによるものだ。
何故なら、フロントガラスは無いし(弾痕で蜘蛛巣状にヒビが入った状態を、エド君が見にくいって言って、銃の台座で粉々にしてしまった)、後部座席のドアは片方無いし。そんな風通しの良い状態で、寒波の中、時速80キロで走る車の中を想像してみて下さい。

「寒ーいよお・・・」
「だらしが無ぇなー。子供は風の子っていうだろう」
余裕綽々のエド君。その毛皮が憎たらしい。だまれ、この毛むくじゃら。今こそ、モフモフしたいと思う時は無いだろう。

「子供じゃないモン。私、女子高生って部類だもん。寒さは大敵なの」
コートに首をすぼませて、ポケットに手を突っ込み、何とか寒さを凌ぐ。風で髪はバサバサだ。耳も冷たくなって痛い。

 スカートの短さは女子高生のステイタスだが、寒いのは嫌いだ。
陸上で走ってる時は、短パンでも気にならないんだけど。あれも、
走り終わると、汗で寒いんだよねー。ま、直ぐにベンチコート着ちゃうけど。

「そうねぇ。私たち、世界でも何番目かに入る弱者の日本の女子高生よ。あー、お風呂入りたい。温泉入りたい」

同じようにして、先輩も寒さに震えている。白い頬は、青ざめている。

黙れ、この超能力者が。先輩は、紫色の唇でそんな事言ってるけど、
日本の女子高生ランキングの上位に位置すると思う。色んな面で。
まあ、いいか。寒さの前には、平等なのだ。

「あんた達は、まだ、いーよ。コート着てるんだから。私なんて、部屋着なんだからねぇ。チョーサミ~」
銀髪は、薄手のセーターにジーンズという格好なので、本当に寒そうだ。しきりに手を摩り合わせている。これは、風を引くかもしれない。
あまりに寒そうなので、見ないようにしている。

「私だって。左側、扉無いんだもん。外丸見えなんだもん。
 本当に怖いし、寒いんだから~」

アサカは、ずっと横に座る金髪の服を離さない。その指の爪はもちろん青い。シートベルトはしっかりとしているが、気持ち的なものがある。私でも、絶対離さない。トーキョーの湾岸の景色を眺めてる余裕は無いだろう。

「そういえば、エド君、なんでバグウォーカーが追いかけてきたか判る?」
駄目だ。寒い。話題を変えよう。ちょっと気になることをエド君に聞いてみた。

「わかんネエ。ま、恨みを買ってないか、っていえば、買ってないわけがねぇな。だけど、もっと気になることは、どうやって追いかけて来たか、だ」

「確かにそうだね~」
寒い。語尾が長くなる。でも、本当に、どうやって追いかけ来たんだろう。獣らしく、匂いだろうか。でも、私たちは車で移動していた。匂いなんて、残ってないはずだ。

「あんた達、あのバグウォーカーの事、何にも知らないんだね~」
銀髪が笑った。
「うるせえ、お前らの状況は変わってないんだからな。何か知ってるなら、話しやがれ」
エド君が、後部座席に銃を向ける。

「その態度はムカつくけど、同情心から、話してあげる。
 ね、姉さん」

「そうね。同情するわね。でも、貴方、私たちの部屋の中で手榴弾とか使ったし・・・。弁償してくれるんなら」

「バーカ。あれは、スタングレネードだよ。音と光はするが、爆発はしねえ。被害は、アイツにぶち破られた扉ぐらいだろう」

あ、そうなんだ。確かに、火事になって煙が上がってないと思った。
スタングレネードって良く判らないけど。そういう手榴弾もあるんだね。物の役にも達っていなそうだったけど。
 
「アイツが来たって事は、貴方達を追ってきたってことなのよ。
 ドアの修理代も、もちろん貰いたいの」

「判ったよ。後で、会社の奴らに言って、経費で落とさせる。
 だから、さっさと話せ。アイツがどうやってこっちを追って来たかって事をな」
エド君は、舌打しながら了承した。経費で落とすって・・・、あんなもの、経費で
落ちるんだろうか。探偵事務所だから、何か方法があるのかな。

「判ったわ。そうね。私たちが、ディレクターに聞いたことを教えてあげる。あのアンデルス・リプトンっていうバグウォーカーは、ただの化物しゃないのよ。まず、飛べるわ。さっきは羽根を出してなかったけど。そんなに早く飛べないから、車には追いつけないでしょうけどね」

あの化物、さらに飛ぶんだ。頭が痛くなってくる。

「俺達は、あいつを完全にまいたつもりだぜ?俺だって鼻が良いんだ。
 近くに居るなら、何となく匂いで判るはずだ」

「アイツの鼻の方が、強力だってことでしょう。アイツは、元々そんなに眼は良くないの。匂いを辿って、追ってきたはずよ。しかも「魂」の匂いをね」

「「魂の匂い」」
私とエド君の声が重なる。魂の匂い・・・、そんなものあるんだろうか。魂っていうと、4分の3オンス、21グラムぐらいだって、映画で見たことがある。重さもあるなら、匂いがあっても不思議じゃないか。
私の魂は、どんな匂いなんだろう。って嫌だ、香りって言って欲しいな。

先輩なら、薔薇の香り、アサカなら、朝顔の香り、エド君なら、金木犀とか、コスモスとかそんな黄色い花の香り?そう考えると、夢がある。私はどんな香りだろう。美味しそうな香りじゃないと嬉しいなぁ。

「そう。三次元的なものじゃないから、隠そうとしても隠せないわ。
 アイツは、もともと魂食いなのよ。生物の魂を食べるの。
 一度捕まったとき、あいつに魂を吐き出させたそうだけど、相当の量の魂が捕まってたって話よ。四人の内の誰かか、それとも全員か。魂の匂いを覚えられてるのね」

「それじゃあ、逃げられない・・・」
私は、歯の根が合わなかった。寒さのせいだけでは無い、と思う。
現界に逃げ帰っても、アイツは追ってくるだろう。何てことだ、ただの弟探しが、化物に追われる事になるなんて。弟を助けて、アイツを如何にかしなくちゃいけないってことだ。

「「ご愁傷様~」」
双子はお気楽な声を合わせる。このやろう。

「馬鹿か?お前らだって、覚えられてるかもしんねーじゃん。今、追われてる状況だって判ってねーだろ」
エド君、ナイスです。そうだ、双子め、貴方達だって、もう追われてるんだから。

「見えてきたぜ、テレビ局だ」

お台場のフジテレビの特徴的な外見のビルが、段々と大きくなってきた。私、行った事無いんだよね。
あーでも、お台場はオダイバだし、フジテレビは・・・何テレビだろう。













[25517] 第十六話 オダイバ ジフテレビ 
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/25 20:42

「ジフテレビ~?」
「変な名前だね」

何だ、この適当感覚。ひっくり反しただけじゃん。
バグウォーカーに追われて緊張感が増してきたのに、こけたくなる。
いや、そんな古い芸人みたいなこと、しないけどね。

「俺たちの夢界は、現界の影みたいなもん。
 現界で建物が立てば、自然とこっちにも立つ。反対に、俺たちの夢界の影響が、現界に及ぶ事もあるけどな。こっちからの影響は出来るだけ少なくしてるけど」

只の影では無いって事か。エド君も、誰かの影と考えのは、単純すぎるだろうか。茶髪に碧色の外人のお兄さんだったりして。きっと、背も高いだろう。その辺は、願望入ってるかな。でも、そうだったら、私、エド君に恋しちゃうかも。
今だって、けっこうエド君の事好きだし。

 なんてね。それじゃあ、吊り橋効果ばりばりかも。こっちの世界に来てから、ドキドキしっぱなしだもん。心臓が休む間もなく、動き続けてるのが判る。そんな事は当たり前だけど、そんな事を実感出来る機会って少ないわけで。

思考の切り替え。私の影はどんなだろう。物臭な猫とかだったりして。いや、逆に男の子?アサカと一緒に居ると、ボーイッシュだと良く言われる。快活な性格だって、小学校のころ担任の先生に言われた事はあるけど、ボーイッシュってそう言う意味で言われてるんだよね。多分。けっして、レズっぽくないと自負している。


「やっと来たー!」

オダイバ、ジフテレビの入り口までやってくると、一人の女子が駆け寄ってきた。赤いダウンジャケットに身を包み、セミロングの黒髪は頬に掛かる髪を、一本三つ編みにしている。良く見ると、紫色の眼だった。そんな子が愛嬌のある笑顔を浮かべている。駆け寄ってきた女の子は、私たちの前で、ペコリっとお辞儀をする。

「始めまして、ランラン・ルーです。宜しくお願いします」

ランランって、中国人?何だか、パンダみたいな名前だけど。
どっかで見たことあるなぁ。何処でだったろう。うーん、思い出せない。絶対に見たことあるんだけどなぁ。強烈な印象だったように思うんだけど。

「宜しくお願いしますって、お前誰だよ。何だかパンダみたいな名前だな」
エド君、その口の悪さは、其の内に災いすると思う。女の子に、パンダ
みたいって・・・、まあ、可愛いキャラクターではあるけれど。

ヨツバって、ヨツバのクローバー?って言われた時・・・、まあ、
私は、幸運のお守りですって答えたっけ。ちょっと、今考えるとキャバ嬢っぽいかな。

「えー、失礼な人だなぁ。聞いてた通り。シンヤ君とかに聞いてないんですか?ま、立ち話も何ですから、テレビ局の中に入りましょー」
聞いてた通りって、私たちはどんな風に聞いてるんだろう。ちょっと気になる。

そう言って、ランランは私たちの背後に廻った。あれ?案内してくれるんじゃないの?その為に、待ってたんだよね。

「私、一人じゃあ、入れなくて。みなさんをお待ちしてたんです。
 寒かったー!」

「案内じゃねえのかよ!」

エド君が叫ぶ。うん、私も突っ込みたかった。でも、寒いの我慢して待っててくれたんだもん許そうよ、それぐらい。私たちだって、寒いのは見に沁みてるんだから。いや、エド君は寒くないんだっけ。この毛むくじゃらは。


私たちは、当初の予定通り、関係者口から金髪銀髪の先導でゾロゾロと入った。
「あ、この子たち、私たちのマネージャーと荷物持ちね」
そう言われても、何も持ってなかったんだけど。

テレビ局の中に入ると、黄色い犬のアバウト君人形がお出迎えしてくれた。ラフ=アバウト、確かにアバウトである。この世界のネーミングセンスって適当か単純だよね。

「それで、お前、何なんだよ」
一階のフロアーで暖を取っていると、エド君が、みんなが聞きたいことを聞いてくれた。いやー暖かくて、みんな質問する前に、暖房を満喫しちゃってたよ。

「私は、第2首都ヨコハマから来た、中華街のご当地アイドル!ランラン・ルー、16歳!得意なのは、カンフー。好きなものは、カレーです!」

 彼女は、ホワチャーと掛け声と共に、回し蹴りをして、空中で足がピタッと止まる。おおー、と私とアサカから拍手が出る。

 中華街のご当地アイドル!最近、ご当地アイドルって流行ってるよねー。AKBの流れかしら。私は関心無いんだけど。でも、好きなものがカレーなんだ。中華じゃないんだね。それって、中華街への客寄せになるのかな。ちょっと、心配。

「そんな事は聞いてないんだよ。シンヤ達との関係を聞いてんだよ。
 それに、ヨコハマは首都じゃない」

エド君の冷静な突っ込みが映える。

第2首都ってのは、自称か。ネズミーランドが東京って言い張るみたいに。田舎者の感性からすると、ヨコハマも十分都会なんだけど。

「私は、シンヤさん達の夢界での仲間みたいなものです。思念体が関わってるって聞いて、呼ばれてきました。一応、そういうものにお婆ちゃんが専門家で・・・」
足を宙に上げたまま、リンは答える。

「お前じゃねーのかよ」
おお、さらに冷静な突っ込み。お呼びじゃない、みたいなボケが欲しい。

「大丈夫です!私も、お婆ちゃんの仕事は小さいころから見てましたから。みなさんのお役に立てるように頑張ります!」

元気だなぁ。身長はアサカぐらいなんだけど、パワフルさが違う。
カレーの力かな。ダイリーガーのイチローも毎日カレー食べてるっていうし。
でも、頑張るんじゃなくて、お役に立って欲しい。こんなんで大丈夫だろうか。

それに、取りあえず、足下ろそうよ。


■ ■ ■ ■ ■






 ジフテレビのエレベーター内、ある一人の声がこだまして、五月蝿い。小さな体だというのに、声が大きいのだ。しかも、その声が良く通るいい声なのだ。ご当地アイドルというだけあって、歌を歌うために、
発声練習とかしてるのかもしれない。

 でも、密閉された空間で、聞きたいものじゃない。ボリュームを
下げて欲しい。はっきり言って、迷惑だ。こっちは、バグウォーカー
に追われてるって悩んでるのに、見事に緊張感を破壊してくれる。

「でも、カレーって、中華街の宣伝になるんですか?」

アサカが、誰もがスルーしていた事をランランに尋ねる。アサカ、皆ちょっと気になったけど、聞かないでおいてあげたんだよ?そのテンション高い話っぷりをもう少し考慮してあげたら?

「大丈夫です!私、一年ぐらいカンフーの修行で中国に行ってたんです。その時、中国の兄弟弟子に、カレーを作ったら大評判でした!
 私のカレーは、中華の本場中国でも認められたカレーなんですよ!」

そうなんだ。まあ、カレーは和食の本場日本でも認められてるからね。
けっこう、そう考えるとワールドワイドだな。カレー。
でも、ここエレベーターとしては広いけど、人と人との間1メートル開いて無いんだからさ。もっと普通の声で話して欲しいなぁ。

「カレーは、中国が本場じゃねえ!あれは、インドだろ。
 大体、ルーはレトルトなんじゃねーのか」

エド君が疑惑の視線をランランに向けながら、負けじと大声を出す。こらこら、張り合うな。まあ、エド君も地の声大きいんだけど。敵を前にすると、急にテンション跳ね上がるし。簡単に銃をぶっ放すし。リードを持ってないと散歩できないタイプの犬だね。
言わないけど、小さい犬ほど、よく吼えて喧嘩するらしいよ?

 まあ、確かに、ルーがレトルトなら誰でも作れるし、得意料理とは言い難いところがあるんじゃないかな。料理が得意じゃない私だって作れるし・・・。ルーを小麦粉から作ることは出来ないけど。

「確かに、ルーは日本から持ってきたボーモンドカレーを使いました。
 しかし、私には秘策があったのです。先ずは、玉ねぎを飴色になるまで炒める事、そして隠し味はホワイトチョコレート!これはもう、ルーを自分で作ったほどの革命です!」

ランランは眼を輝かせて、ガッツポーズを取ると自慢げに言った。

なんだ。ルーはレトルトなんだ。私と同レベル。

「あー駄目だね。俺は、カレーは具材がきちっと形保ってる方が
 好きなんだ。グチャグチャだったり、水っぽいと食った気がしねーんだよな」

グチャグチャとか水っぽいって、嫌な言い方。スープカレーとか、
言おうよ。しかも、自分の好みを話し始めてるし。

「私も、そっちの方が好きかなあ。それに、革命ってほどじゃあない
 アレンジだよね。チョコ入れたり、蜂蜜入れたりってのも定番じゃない?」

私も、エド君のツッコミに混じってしまう。だって、もう我慢出来ない
んだもん。凹ましたれ。

「うう。皆さん、一度私のカレーを食べれば判るんです・・」
よし、凹んだ。けっこう、素直な子かな。

「私は、ココナッツミルクが入ってるカレーが好きかな」

優しいアサカが、話題を変えた。

「あ、私も好きです。タイ風カレーに入ってますよね」

ランランが即座に元気を取り戻した。この子のポイントは、カレーか。

「それも、中華じゃないじゃん」
カレー全般が好きなんだね。中華風カレーってあるのかな。

「私たちは双子だから、二人ともナンが好きだなー」

金髪の方が口を挟む。カレーのルーから、話は脱線してるけど。
彼女はランランに気を使ったというよりも、単に人の話を聞いてるのが
飽きたという感じだ。

「でもね、言わせて貰うと、姉さん。実は、私はナンよりサフランライス派なんだよね。いつも、行き付けの店でさ、姉さんいつもご飯にしますか、ナンにしますか、って言われると、ナンにしちゃうんだよねー」

銀髪、ここで姉妹喧嘩を売るのは辞めて欲しい。

「な、そうなの妹、裏切りものだったのね。でもね、言わせてもらえば、あそこの店のサフランライスは偽物よ。香りが違うもの。あれは、ターメリックを混ぜて黄色にしてるだけなの。だから、何時も私は二人分ナンを頼むのよ」

「黄色四号とか、そういうものだったりして」

双子の二人には、ちょっとビビラせられてるし、ちょっと復讐。

「げ、それ怖ーい。癌になっちゃうかも。今は、ロハスだよねー」

金髪には効かなかった。この人、妹より喋り方が上品だと思ったけど、
そうでもないみたい。こっちが素かな。司会をしていた時の、あの妙にハイテンションな物言いは、営業用だと思うけど。

「何言ってんだよ。あそこのサフランライスは旨いって」
銀髪は、強引に食い下がった。

「あなた、コンビニのお弁当良く食べてるでしょ。あれは、そういうもの入ってるのよ。舌が慣れちゃってるんじゃない?」

金髪が銀髪に、カワイそうな人を見るような眼を向ける。ナンが食べたいんだな、たぶん。

「え、マジで!」

「中国のお菓子とかバリバリです!私、向こう行って怖くなっちゃいました~」

「あー、中国はねー。ありそう」
中国なら、まだありそうな話だ。日本だって、昔はそうだったらしいから。一足飛びに人間は進歩出来るわけじゃない。

「貴方たち、着いたみたいだから・・・」

一人女子トークに混じってなかった先輩が、目標の階についた事を告げた。









==================

ランラン・ルー、投入してしまった。ちょっと、ストーリーの雰囲気を
壊すかなぁと思ったんですが。何となく頭に浮んできたので・・・。
使いどころに困るキャラじゃないと良いなあ。どう動いてくれるのか、
空気キャラにならないのか、悩み所です。















[25517] 第十七話 27階Gスタジオ
Name: 太郎◆4e9bda91 ID:908f7153
Date: 2011/01/25 20:54



スタジオは、酷い有様だった。散乱するパイプ椅子、天井から落ちてきたと思われるライト、破片が飛び散っている舞台中央のテレビ画面、無数の弾痕、床の亀裂、爪痕、誰のものかも判らない血痕・・・。私たちは、無言で荒れ果てたスタジオに散らばると、何か手掛かりが無いかと探し始めた。

私は、歪んで落ちている眼鏡を拾いながら、現場の状況にショックを受けていた。自然と、涙が出てくる。泣いたって、何も変わらないのに。そう思っても、自分の馬鹿さ加減が悔しくて。袖で、馬鹿な自分を拭い取っても、次から次へと溢れてくる。

ヨツバが、心配そうに尋ねてくる。その顔は、スタジオを見て青ざめていた。

「先輩、どうしたんですか?」

この子は優しい子だ。自分の方が、弟を心配で堪らなくなっているだろうに、人を気遣ってくれる。私より、ずっと気の置けない友達も多いんだろう。

それとも私の方が酷い顔をしているんだろうか。なんて、私は自分勝手な奴だろう。

「御免なさい・・・」
喉の奥から搾り出した声は、自分が思った以上に酷く頼りないものだった。

「どうして、先輩が謝るんですか」
この子は判ってないんだろうか。いや、判っているはずだ。

「私が、巻き込んだようなものよね。バグウォーカーに追われているのだってそうだわ」

そう。彼女たちを夢界に連れ込んだのは、私だ。

「そんな事・・・、先輩の責任じゃないです。弟が、巻き込まれたのだって、偶然なんだから」

「私が、情報の管理を誤ったのよ。サイトなんて作るんじゃなかった。
 無駄に、夢界に関わる人が増えただけじゃないかしら」

それだけじゃない。私は、彼女の人当たりの良さが羨ましかったが、
それに影を落とすことになったのかもしれないのだ。弟さんの事、夢界
のこと、これから彼女にどう重く圧し掛かるんだろう。

私みたいに、友達が少なくなったらどうしよう。秘密を抱えたまま、
今までの友達とどうやって折り合いを付けていくんだろう。
それは、「呪い」だ。夢界に関わった「呪い」。私だけが抱えていれば、いい「呪い」。

夢界で怯えていた自分を思い出す。最初は、アサカの様に私は怖がってばかりいた。それなのに、何時の間にか夢界に夢中になって。何時の間にか、夢界の方を向いてしまい、現実世界の方に壁を作った。

「ノワールが言った通りみたい。軽々しく、夢界に関わっちゃいけなかったの。何時の間にか、後戻りの出来ないところまで来ちゃってる」

ヨツバは黙って聞いてくれた。何時の間にか、アサカやリン、エドも集まって心配そうに私を見ていてくれる。

私は、俯いて前髪で泣き顔を隠して、真実を喋り始めた。

「リンが、シンヤ君たちの仲間だって、聞いてね。私、何だか胸が締め付けられて、辛かった。それでね、私、本当の自分に気が付いたのよ」

リンを見ていると、本当は私が居るべき場所に居るんだって、嫉妬した。どうしてシンヤ達は、私は駄目なのに、リンは良かったんだろうって思った。その時、私は気が付いたのだ。気が付いた時、足元の地面が崩れるような気分を味わった。

チョコレートの様に甘い記憶が喉をせり上がって来る。甘い記憶には、胃液のような自分の生々しい感情が、嘔吐せよと信号を発してくる。
卵が腐ったような自分の感情に、耐えられない。

「私は、本当の自分を隠さない人たちが、現界でも欲しかったんだって。人助けなんてお題目を唱えて、良い気になって、二人を巻き込んで。みんな、私のエゴで巻き込まれたようなものなのよ」

泣きながら話す私に、ヨツバとアサカが寄り添ってくれた。

その優しさが、心に痛い。

「現界に戻ったら、私を避けて。みんな忘れて。シンヤ君やノワールみたいに」

そう。そうして欲しい。そうすれば、元通りになるかもしれない。

久しく飲んでいなかった睡眠薬を飲んで眠ってしまいたい。悲しい日には、二倍薬を飲んでいた日々を思い出す。それはどうしようもない敗北感が伴う毎日だった。シンヤ君たちに出会って、変わったと思っていた自分は、影の様に私から離れていなかったのだ。

「シンヤの野郎が悪いんだな!俺が、アイツぶん殴ってやる。ノワールも一緒だ!」

エドが沈黙を破り大きな声で、怒鳴った。鼻先に皺を寄せ、震えながら怒っている。

「違うのよ、エド、本当に御免なさい。私が、シンヤ君たちの忠告を無視したから・・・」

「うるせえ、惚れた男を悪く言えないリンにつけ込みやがって!あいつらには、前から言ってやりたい事があったんだ!どうして、リンを無視する?そんな事されたら、辛ぇーじゃねえか!守ってやりたいから?そうじゃねえ、面倒臭いからだ!アフターケ アって奴を忘れてるからだ!惚れられた男には、責任が有るんだよ!責任が!アイツラ、俺とリンを守ろうって約束したんだぜ!」

ヨツバも怒りながら、私を励ましてくれた。

「私も、遠藤が悪いと思う。それも、とびっきり!
 それからね、リン先輩。私は遅かれ早かれ、巻き込まれていたと思う。アサカが言わなくても、私から聞き出してた。弟もね。先輩が悪いんじゃないのよ。運が悪かったの。その時、弟が偶然起きるなんて、誰も判らないじゃない」

アサカが泣きながら言った。

「責任なんて言われたら、私こそ、ヨツバちゃんが何て言っても、
 感じずに居られるわけないじゃないですか。誰に責任があるんだ、
 なんて考えても、バグウォーカーが如何して襲ってくるんだって、
 くらい理不尽な考えです」

「ありがとう。少し気が楽になった。でも、私・・・少し考えさせて。」

 私は顔を上げた。また涙が出てくる。これは、嬉しいからだ。
夢界に関わると事件が起きるけど、私はまた良い出会いに救い上げてもらえてる。
 
 シンヤ君との思い出は、私の中で明るく映える。それは、実際に光が射しているような、自分の記憶の明かりだ。短い期間だったというのに、克明な記憶は、私の心を照らしてくれる。

 でも私はどんなに強がっても、本質的に変わっていないのかもしれない。



■ ■ ■ ■ 鹿k





先輩は、目は涙ではれているが、顔には何時もの雰囲気が多少でも戻ってきたようだ。でも、本当に彼女を救えるのは、遠藤シンヤなんだと思う。どういうつもりなんだろうか。先輩を、遠藤シンヤに会わせたい。先輩が悩んでいることの半分でも、アイツに背負わせたい。

私は、遠藤の奴を殆ど知らない。でも、一度先輩の手を取り、そして手を離すなんて。恋人に寄り添っていて欲しいと思う女は、そんなに強く無い。男には、判らないんだろうか。あの銀縁眼鏡を引っ叩いてやりたい、と心底思った。

 泣き止んだ先輩にもっと連れ添っていたいけど、再び、Gスタジオ内で、何か手掛かりが無いかと、再び探索が始まった。

 荒れ果てたスタジオ内は、バグウォーカーの狂気が感じられる。
その狂気に当てられた弟がどうなったのか。私は先輩の事も心配だったが、弟のことも心配で堪らなくなった。

「ヨツバさん、ちょっとこっちに来てもらえますか」
リンに手を引かれて、私は一つのパイプ椅子の前に来た。

パイプ椅子は、畳まれて倒れており、特に他の椅子と変わった様子は見当たらない。他にも幾つもこんな様子の椅子が、散らばっていた。

「ここに、弟さんが居ます」

「ここに?」

眼を凝らしてみても、何も見えない。私の廻りに、みんなが集まってきた。

「呼びかけてみてください。残留思念のようなものですけど、確かに、弟さんはここに居るんです」

私は、リンの言うとおり、弟に呼びかけたみた。
「・・・カツキ、聞こえる?」

私の呼び声に、ぼんやりと弟は姿を見せた。薄青のパジャマは確かに弟のものだったが、顔が輪郭を帯びていない。まるで、陽炎のようにゆらゆらと揺れる、儚い存在感だった。

「聞いてみて下さい。今、何処に居るのか。私たちは、弟さんの思念体の場所を特定して、そこに迎えに行かなくちゃいけないんです」

「カツキ、今、何処にいるか、判る?」
私は、膝を折って、弟の目線に立って聞き始めた。

「・・・お姉ちゃん?」

「そう、お姉ちゃんだよ。お母さんも心配してる。お姉ちゃんが迎えに行ってあげるから、今居る場所を教えて」

「・・・判らない・・・」

「今居る場所の周りの様子を聞いてみて下さい。手掛かりになるかもしれません」

私は頷いて、質問を変える。
「カツキ、廻りを見回して。それで、見えてる場所の特徴を教えて」

「・・・空が見える。青い空だよ。それに、地面に建物が一杯。ヘリコプターに
 乗っているみたい・・・」

ヘリコプター?カツキは何処に居るんだろうか。何処か、高い建物の屋上に立っているんだろうか。

「お姉ちゃんこそ、何処に居るの?」
カツキの方から、急にはっきりとした質問が帰ってきた。

「え、私?覚えてるかな、カツキが最初にテレビで見てた、テレビ局に居るんだよ。カツキを探しに来たの」

「僕、ずっとお姉ちゃんを探してるんだ。何度も、お姉ちゃんって呼んだんだよ。でも、お姉ちゃんは僕が嫌いなんだ。でも、僕はお姉ちゃんが好きだから、ずっと一緒に居たいんだよ。何処に居るの?お姉ちゃん。そこで待っててよ。直ぐ行くよ、僕、直ぐに行くよ。隠れてても、見つけるよ。何処に居ても、見つけるよ」

人が変わった様に、口早に喋りだす弟に、私はぎょっとする。何だろう、何を言っているんだろう。

「カツキ、お姉ちゃんの顔見て。しっかりして!」

「ああ、そこに居るの。お姉ちゃん、僕にもっと顔を良く見せて・・・」

ぼんやりとした克己の輪郭が、揺れ始めた。何か、黒い霧が弟の体に纏わり付くように現われ始まる。そして、弟の左目が、赤く輝いている!

「何言ってんの!カツキ、どうしたの!」
私は、必死にカツキの体に纏わり付いた霧を打ち払おうと右手を振るうが、形の無い霧には、手が素通りするだけだった。

黒い霧が、噴出しながら、咆哮した。辺りの空気が震撼する。
既に弟の姿は無く、まるで霧が生き物のように蠢いている。

「ヨツバさん、離れて、何かが弟さんの意識を媒介にして、出てこようとしている!」
リンが、私を無理やり引き摺るように弟から引き離した。

「何するの、離してよ!弟が変なのよ、何これ、アイツ、何に巻き込まれてるの!」
リンと先輩、アサカに肩を掴まれながら、私は必死に弟に近寄ろうともがく。

「馬鹿野郎、気が付かないのか?恐らく、バグウォーカーだよ!
 お前の弟は、バグウォーカーに食われちまったんだ!
 さっき、双子に聞いたろう?アイツは、魂を食う!
 魂だけみたいな状態の思念体なんて、あいつにとって一番食べ易い餌だったろうさ!」

エド君は、銃を出すと、黒い霧に向って何発も発砲した。

「止めてよ!エド君、私の弟なんだよ!」

「牽制だよ、牽制!こいつには、銃なんて効きそうにないし、大丈夫だろ!」

「何なのよ、適当すぎるよ!もしも、効いてたらタダじゃおかないから!」

黒い霧には実態が無いのか、銃が起こした風で多少変形した程度だった。銃弾が、床を跳ねる音が幾つも聞こえる。風穴が開いた弟なんて、見たくないが、これなら大丈夫かもしれない。

「なんつーか、手応えがねえぇ。こいつは、魔術でも使わなきゃ、対処の使用がねえんじゃねえか!おい、リン、お前、専門家の孫なんだろ!何とか出来ねえのかよ!」

「多分、まだ、実体をもっていないのか、それとも、実体を呼び出すことが出来ないのか。どちらにしても、私の手には余ります!」

「使えネエ野郎だ!しかし、このままじゃあ埒が明かねー。実体に出てこられても、この面子じゃあ、対処のし様がねえぜ。下手に傷つけるのも、躊躇するしよ。取りあえず、逃げるか!」

「まってよ!弟をこのままにしておくの!」

「ヨツバさん、エドさんの考えた通りなら、私たちが出来ること今はありません」

「そうよ。ヨツバ、双子が言ってたでしょう?アンデルスは一度捕まったとき、多くの魂を吐き出したって。まだ、道は有るわ。でも、その方法を私たちは今、知らないだけ。そうでしょう?」

「はい・・・判りました。今は、逃げましょう」
私は、下唇を噛みながら、先輩の言葉を了承した。

私たちは、逃げる意思を固め、走り出そうとした。

しかし、黒い霧は、逃げ出そうとする私たちを捕まえるためか、爆発的に広がってくる!スタジオ中に、黒い霧が満ちていく!

「キャーーーー!」
アサカの悲鳴が、耳に届くが姿は見えない。





===========

書き溜めていたものが無くなったので、ちょっと休みます・・・。









[25517] 第十八話 夢医者
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/03 18:13


はあ、はあ、リズミカルな呼吸。
気が付くと、私は道路を走っていた。木々が枯葉を付けているので、
それが、秋の大会だと判った。

沿道を旗を振る人々が、大声で私の高校の名を呼んでいるのが判る。
どうしてだろう。廻りの音は何も聞こえないのに。
応援の声だけが、五月蝿いように聞こえた。

走る事に集中する。自分の足音が汗で変わったことに気が付いた。
だけど、まだ大丈夫だ。大丈夫だと、言い聞かせ、自分に言い聞かせて腕を振る。向かい風を切って、何処までも行こうと胸を張り、心を奮い立たせて。

その時、沿道を誰かが私の横を走っているのに気が付いた。
大声で、しかしどもりながら苦しそうに私に声援を送っている。
「ガンバレ、ガンバレ!」

そう言われても、私は、結局前の走者に追いつけないんだよね・・・。
ふいに、この後の記憶が蘇ってくる。私は、懸命に走るが、100m程前の走者に結局追いつけなかったのだ。

横を走る彼は、赤い髪の可愛らしい感じの外人の青年だった。丸眼鏡を掛けた彼は、笑顔を浮かべながら、痩せて細く長い両手足を真剣に振っている。眼鏡が、走るたびに上下に揺れていた。
 
その走り方は、陸上部の私からすれば、お遊びもいいところだった。
リズムも悪いし、服装もなっていない。白いシャツを腕まくりして、カーキ色のズボンの下は古びた革靴じゃないか。良く、こけずに付いて来れるものだ。

「ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ!」

はいはい、判りましたよ!犬みたいに、何処までも着いて来なさいよ!
私は、クスリ、と笑いながら、前を見つめた。
追いついてやろうじゃない。見てなさいよ!

不思議な事に、決して追いつけなかった走者の背がだんだんと大きくなっている。これは錯覚?私は、負けてフラフラになりながら泣いてたんじゃないの?判らない。でも、私は、今度こそ、勝つことが出来るかもしれない。

――ガンバレ、ガンバレ

舌足らずな声援を背後に置いてきぼりにして、私は懸命に地面を蹴った。アスリートの本気を見せてやろうじゃない!

「ここは・・・」

不意に眼を覚ますと、何処かのベットの上だった。
外を電車が走っている音がし、建物が規則正しく振動する。
私は、上半身を起こし、辺りを見回す。どうやら、制服のまま寝かされていたらしい。沿道の歓声が、彼の応援が、耳の奥に残っているような感じがした。夢を見ていたのだろうか。

 アパートのワンルームのような部屋で、良く片付けられている。
タンスに机、卓袱台、壁に掛かった夏の山麓のポスターに、カレンダー。灰色のマットが敷いてある。何だか、男の人の部屋のように感じられた。

 木の扉がスライドして男の人が入ってきた。いや、扉なんてあっただろうか。今先ほどまで、眼に入らなかった。しかし、考えてみれば、扉の無い部屋なんて無い。きっと気が動転しているんだろう。

細身の長身で、黒い髪に、黒い眼。彫りは深いが、日本人的な顔をしている優男だ。

「眼が覚めたみたいだな」

男の声は、低いバリトンだった。

「あの、ここ何処ですか。私、どうして?あの、みんなは。アサカや先輩、エド君は・・・」

「今、コーヒーを入れるよ。ゆっくりとしていくと良い。ここには、時間の流れはあまり関係ない。君の言う、みんな、は無事だ。安心しろ」

そう言って、男は再びドアの向こうに行ってしまった。私は、ベットの上で、体育座りをする。
なんだろう。いったい、ここは何だろう。今までの事は、夢だったんだろうか。頭が混乱する。私は、いったい、どうなってるの?

ふと、カレンダーに眼をやった。何となく、今がいつなのか不安になったのだ。今日は2月の4日のはずだった。

カレンダーは、滅茶苦茶だった。何だこれは。先ず、一日から始まっていない。数字は規則正しく並んでおらず、乱数表の様にも見える。ただ、真ん中ぐらいに有る4日に赤いマジックで丸が書いてある。まるで、私がカレンダーを見ることが判っていたようだ。

 ふと、コーヒーの良い香りが、扉の向こうから漂ってくるのに気が付いた。どうやら、インスタントではなく、フィルターでコーヒーを入れてくれたようだ。母親がインスタントのコーヒーが嫌いなので、その位の香りの違いは判るのだ。

 私は、両膝の間に顔を隠す。何だか、気落ちしてしまった。アサカ達の前で、強がっているつもりはない。でも、どうしてだろう。弟が大変なことになって、予想外にショックが大きいのかもしれない。
それとも、予想外の展開が続くので、頭が疲れてしまったのか。

 こんな事じゃいけないのだ。私は、弟を助けなくてはならない。アサカをきちんと連れ戻らなくてはいけない。先輩を、遠藤の元へ引っ張っていき、遠藤に一言物申してやらなくてはならない。

「何か、抱え込み過ぎかなー・・・」

ぽつり、と呟いてみる。この世界に慣れているわけでもないのに、何か無理してるような気がする。布団を手で撫でながら、現界の自分の部屋のベットに思いをはせる。何だか、無性にベットに潜り込んで、惰眠をむさぼりたくなった。もう、全てが夢だと忘れてしまって。

「・・・私は、ヒーローとかヒロインは、ちょっと無理かも」

ヒーローには成りたくないし、ヒロインになって思い悩むのもご免な気分だった。どちらかと言えば、単細胞な美少女系アスリート希望?みたいな。けっこう願望入ってるけど。

足を伸ばして、横になると、布団を頭まで被った。布団は日に干してあるのだろうか、暖かい。何だか、泣きたくなってきた。何となく煙草の香りがする。

それが、あの男の煙草の香りなんだと気が付いて、無性に恥ずかしくなって起き上がると、ベットに座るだけにした。

 部屋に入ってきた男が、コーヒーが入ったマグカップを渡してくれた。砂糖とミルクが入ったコーヒーは適度にマイルドで、優しい味だった。試験勉強の時とは違う部分が疲れた脳に心地よい糖分が補給される。

 男は何も言わず、レコードを掛け始めた。聞いた事の無い音楽で、夢界の音楽かもしれない。まるで、側でピアノが自分の為に弾かれているような、そんな気持ちになってきた。

 私は音に耳を傾けながら、静かにコーヒーを飲む。心がだんだん落ち着いてくる。男は、静かな面持ちで、観察するようにそんな私を見ていた。

「ここは、何処なんですか?」
私をじっと見つめる眼が何となく恥ずかしくて、話題を振った。

「ここは、アンデルス・リプトンの内面世界だ」
男は、静かにそう言った。

「あの、バグウォーカー、の?」

また、電車が通る音がし、部屋が僅かに揺れる。コーヒーの液面が微かに波立った。

「みんなは、どうなったんですか?」

「みんな、か。君以外の人は、今、君の体を連れて、車に乗っているよ。中華街に向っているらしいな」

「私だけ、来ちゃったんですか?」
どうして、私だけ、あのバグウォーカーの内面世界なんてのに来ちゃったんだろう。

「そうなるね。恐らく、バグウォーカーはこの世界に君を飲み込みたかったんだろう。その指輪をしていて、良かった。そうじゃなかったら、私は君を見つけられなかったかもしれない。暖かい記憶の波動を追って、君を見つけた。私の目的のものと似てるんだ」

「弟も、この世界に居るんですか?」

「居るとも言えるし、居ないとも言える。君が探そうとしても、無駄だ。この部屋も、魔術の概念的なものだ。現界の私の部屋をイメージして作り上げたに過ぎない。あの扉の向こうには、君にとっては何も無いんだ。君の記憶に無いからね」

そう言って、男は白い扉を指差した。騙されているような気分になってくる。だって、男は、そこからコーヒーを持ってきたんだもの。

何か有れば、直ぐにあの扉に逃げこもう。でも、その前に聞きたいこともあった。

「あなたは、いったい誰なんですか」

「夢幻監獄の医者の一人だ。アンデルス・リプトンの夢を担当した。
 夢界での名前は、ヤン・コール。現界での名前は言わない。まあ、その名前を追ってはこれないだろうが」

「あなたは、いったい、何でこんなところにいるんですか」

私は、偶然拾ってもらって良かったが、この人はどうしてここに居るんだろう。私と同じように、取り込まれたんだろうか。

「私の仕事は、アンデルス・リプトンの記憶の洗い直しだった。
 このバグウォーカーの記憶を見て、最適な治療プランを立ち上げる為に。その為には、アンデルスの暖かな記憶や思いを探す必要があった」

「殺人者に暖かな記憶なんてあるんですか?」
あの化物に、そんなものが有るんだろうか。

「アンデルス・リプトン。1674年5月3日にカナダで、彼は産声を上げたよ。5人兄弟の末っ子で、赤い巻き毛の可愛らしい男の子だった。両親の愛を十分に受け取って、8歳まで健やかに成長していった。これは、現界での話だよ」

「あのバグウォーカーが、私たちの世界の人間だなんて思えない・・・」

「ちょっと、見せよう。まあ、ここに来たのも何かの縁だろう」

男は、そう言って、片手を差し出した。微かな光のようなものが集まってくる。そして、蛍の光のような明りが、フワフワと私の眼前まで漂ってきた。

私は、そっと手を伸ばしてその光に触れようとした。光は指先に軽く触れると、溶ける様に消えてしまった。

――お姉ちゃーん

私は幼い声が聞こえた。そして、走馬灯のような映像が頭に浮んでくる。

赤い髪をお下げにした少女が微笑んで手を振っている。
私は、その少女に抱きついた。心地よい体温がする。少女は、私の髪を優しく撫でる。

少女の微笑みと共に、ある景色が浮んでくる。何処か高い木の上から、見ているのだろう。牧場の草は青々として、夏の日差しを照り返している。多数の羊がその草を食んでいる。

綺麗な小川が流れていた。小川では、数人の子供たちが遊んでいた。

そよ風が吹く牧歌的な風景。

私は、鼻歌を歌いながら、その風景を眺めている。

木々の間から、大好きな姉の声が聞こえてきた。
私は、木から静かに降り立った。

姉を驚かす為に。きっと、笑って驚く姉の顔を想像して、顔がにやけるのが判った。


「もう良いだろう」
指を鳴らす音がして、私は目を開けた。私はきょろきょろと辺りを見回す。そこは、男の部屋だった。男は、静かにコーヒーを飲みながら、私の目を見ている。まるで、私の眼の奥を覗き込むような感じがした。

「お前の名前は」

「ヨツバ、白井ヨツバ」
男は軽く頷いた。

「どうやら、混乱も無いみたいだな。どうだった」

「どうだったって・・・。あれが、アンデルスの記憶なの?」
私は、バグウォーカーという夢界の犯罪者を一括りにする言い方が出来なかった。

「そうだ。1680年7月3日のな。正確な記憶では無いかもしれない。記憶は、多分に本人によって改ざんされる。アンデルスの憧憬の様なものかもしれない。しかし、これは確かにアンデルスの記憶の奥底にあった欠片だ」

「信じられない・・・」
どうして、化物なんかになってしまったのだろう。

「信じられないか。君の弟の様に、素直な少年だったこともある、という事だ。どんな犯罪者も狂気に駆られる前は、そんなものだ」

私の弟。そうだ、私の弟の様だった。あんな風に、纏わり付いてきたものだった。

「あの二年後、彼は自分の姉が父に無理やり犯されている様子を目撃する。聖職者として尊敬していた父への憎悪が芽生えた瞬間だ。その又二年後、姉が自殺する。小屋の梁からぶら下る姉の死体を最初に見つけたのはアンデルスだった。そして、眠っていた父親を猟銃で殺す。アンデルスは逃走する。その後16歳になった彼は、街角の闇の中で、人殺しを楽しむようになる」

「どうして・・・」
私は、アンデルスの父へ吐き気を感じた。そして、アンデルス自身への憐憫を。どうして、そんな事が起きてしまうんだろう。
私は、只、姉が大好きだっただけなのに。頬を熱い涙が伝うのに気が付いた。

「アンデルスは、不幸な人間だった事のある化物だ、という事だよ。
 私は、彼を救う為に働いていたから、それが誰よりも判ってる。
 しかし、アンデルスには既に、消去命令が出ている。二度、更正の機会は与えられないという事だ。彼が消去されれば、君の弟も解放される」

男は淡々と事実を話す。消去、それは死よりも簡単な言葉だった。まるで、存在そのものを消すかのような。私は、薄ら寒くなって両腕で自分の体を抱きしめた。

アンデルスが消去される=自分の弟が助かる。簡単な方程式が、今は、頭の中で無慈悲な冷たいナイフの様を自分が握っているように感じられた。

「どうやら、君はそろそろ起きる時間みたいだな」
男は唐突にそう言った。
白い明りが、徐々に男の部屋に満ちていく。

「私は・・・」
言葉が出てこなかった。何か、大事な事を言わなくてはならないのに。
私は、何が言いたいんだろう。

――お姉ちゃん、何処行くの?

ふと、弟のような、アンデルスの様な幼い男の子の声が聞こえたような気がした。

私は、再び目を覚ました。今度は夢の中では無いようで、私の右手をしっかりと握ったアサカが私の布団の横で寝ている。何だか、夢の中なのか、そうでないのか、酷く曖昧な境界線をふらふらとしているような気になってくる。
「早く、帰らないとなあ」
アサカの眠る横顔を見ながら、心底そう思った。

「ヨツバ、ちゃん?」
「あ、おはよ。アサカ」
眠たそうに、私の顔を見ていたアサカは、急に意識を取り戻したかのように、ガバッと抱きついてきた。

「ヨツバちゃん、ヨツバちゃんだ~」
涙を流して抱きついてくるアサカを、私はしっかりと抱きしめる。
「ご免ねー。なんか、心配掛けちゃったみたいで」
「本当だよ。ヨツバちゃん、起きないんだもん」
「うーん、ご免!」
私は、アサカの柔らかい黒髪に頬をすりすりしながら謝った。私の髪は駄目。家系的に芯が硬くて・・・。私が犬毛だとしたら、アサカは猫毛だな。

「私、さ。あの時どうなちゃったの?どれぐらい寝てた?」
黒い霧が辺りを覆ったのは覚えてる。その後の記憶はサッパリだ。
「私たちは、何ともなかったの。暫くしたら、潮が引くみたいに霧が無くなって。エド君なんて、拍子抜けしたって怒ってた。でも、ヨツバちゃんだけが倒れてて。ここは、ヨコハマの中華街だよ。ヨツバちゃんは3時間ぐらい眠ってた。リンが、自分のお婆ちゃんなら、なんとか出来るかもって言うから、みんなで来たの。双子のお姉さん達は、もう付き合ってられないって言うから、テレビ局で別れたけど」

「ヨツバっ」
お盆と湯呑を落として、先輩が駆け寄ってきた。その後に続いて、エド君も走ってくる。
先輩は、私の側でへたり込む様に腰を下ろすと、私の頬に手を当てた。
「良かった。本当に良かった。私、気が違うかと思った」
「本当だぜ。心配させやがって」
「エドなんて、あの野郎、ぶっ殺してやるって何回も言って、今にも飛び出して
 行きそうだったんだから」
「あははは、それは御免なさい」

アサカを離して、先輩にも抱きつく。本当に、心配をかけて御免なさい。先輩の事だから、また自分を責めたんだろう。エド君が、先輩をなだめるように、何度も先輩の頭を手で撫でている。


 








[25517] 第十九話 術師シュメイ&電話
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/04 18:23


「取りあえずは、大丈夫みたいだね。悪鬼に襲われたと聞いた時は、
 肝を冷やしましたよ。でも、貴方の側に別の魂が見えてね。
 その魂が貴方を包み込むようにして守っていた。それで、大丈夫だろうとは、思っていたんですよ」

皺の多い頬を揺らして、椅子に座る老婆は笑った。中国風の着物に身を包んだ彼女は、リンのお婆さんだ。たけの長い、裾の広がったゆったりした赤い衣服に黒いリボンの様な帯を巻いている。

私は、感動の目覚めを終えると、ランランに彼女の前に連れてこられたのだ。何でも、眠った私を見てバグウォーカーに魂が喰われてはいない、と判断して、寝かせて置くように支持したのが彼女らしい。

「始めまして、白井ヨツバです。あの、ご迷惑をお掛けしたようで、
 すいません」

「始めまして、だね。私は、シュメイ・ルーだ。いやいや、迷惑なんてことは無い。ランランが連れてきたお客さんなら、歓迎するのは当たり前さ。孫娘と仲良くしてやっておくれ。少々、オテンバな子だがね」

「お婆さま、私、お転婆じゃありません」

「おやおや、中華街のアイドルなんてものになってみたり、悪鬼退治に
 参加してみたり。十分オテンバだよ、この小娘は」

「そうよ。出会い頭に廻し蹴りなんて、初めてだった」
あれは、破壊力抜群だった。ランランの小柄な可愛い女子というイメージは一気に崩れた。

「あらまあ、何て子だい。恥ずかしい子。ああ、入れ歯が外れそう」
シュメイは口に手を当てて、大爆笑。

「あれは・・・皆さんに私の実力をお見せしたくて。足手まといにはなりませんって、証明したかったんです・・・」
ランランが恥ずかしそうに顔真っ赤にして、俯いた。

私は一呼吸置いて、神妙に切り出した。話さなくてはならない事があった、それも早急に。ランランをからかう暇は無い。

「シュメイさん、話は変わりますが、あの、私がここに居たらご迷惑が掛かるかもしれません」

「おやまあ、なんだい?私は迷惑なんて思ってないよ」

「そうです。迷惑なんて思わないで下さい。今夜はとは言わず、何日でも家にいてくれて構わないんですよ。そうですよね?お婆さま」

「もちろん」
そう言って老婆は強く頷いた。

「でも。私が居ると、あの、その・・・バグウォーカーが寄ってくるかもしれないんです。そうでなければ、私だけ取り込まれることになるはずが無い、と思いませんか。その事に、弟がどう関係しているのか、判りませんけど」

言ってて、私は恐怖で膝が自然と揺れてきた。最悪の想像だ。だが、間違いでは無いと思う。私は自分の考えに絶望しつつもそう考えずには居られなかった。あのバグウォーカーの牙、爪、こちらを見る赤い瞳、長い舌、そして殺された人々の顔が、心に刻まれた映像が、私の体を揺らす。

「確かに。その時、悪鬼は選択的にあなたを選んだ。そう考えるのが普通でしょうね」

シュメイさんが僅かに強く、確かに、と言うと、私を包んでいた重苦しい空気が、ふっと軽くなった。私の最悪の想像を肯定されたというのに、どうしてだろう。私は、シュメイさんの眼を見るが、彼女は眼を細めただけだった。

「そんな事、大丈夫ですよ!中華街には私の他にも、武道の達人が一杯います。悪鬼狩りをしている様な人は、居ないですけど・・・。でも、それに、もしかして一人で如何にか出来ると思ってるんですか?」

ランランが、私の腕をぎゅっと掴みながら、励ましてくれる。うん、幾分心が軽くなったような気がする。この二人、やっぱり、普通とは違うのかもしれない。

「そんな事は無いけど・・・」

一人で如何にか出来るなんて思っていない。しかし、迷惑は掛けたくなかった。私の側で、殺人が起きるなんて、耐えられない。
でも、どうしたら良いか判らない。私一人で出来ることなんて、無いんだ。それは、決定的に無力な女子高生の現実で。

「ヨツバ。そういう事なら、助けが欲しい、と先ず言うべきよ。華僑の人間は、情が深い。まして、客人ならば、助けるのは当たり前のこと。それにね。この中華街には、結界が張ってある。安心しなさい。悪鬼も今頃、ヨツバの事を見失っているでしょう」

「結界ですか」
私は目を丸くする。この世界はなんでもアリだ。漫画や映画の世界だ。
陰陽師の世界だ。いや、中国風の言い方は判らないけれど。

「そう。結界です。もう一度言います。安心しなさい。悪鬼の一匹程度、この中華街に寄せ付けるような事はありませんよ」

「お婆さまは、とても凄い術師なんです。悪鬼なんて、へっちゃらですよ!だから、ヨツバさんは、ここに居ても良いんです。誰が何と言おうと、私がもう決めました!」

「そ、そうなんだ」

ランランの無茶ブリは取りあえずスルー。嬉しいんだけどさ。
結界、か。インチキって訳じゃないのは判ってるんだけど。
これまで、幾つも不思議なものを見てきたから、何となく納得できるとはいえ、私はまだ不確かなものに慣れなかった。

「ヨツバは現界の人間だから、結界といっても良く判らないでしょう」

シュメイは、にこやかにそう告げる。私は表情で何を考えているか丸判りみたい。恥ずかしい。

「ええ。そうなんです。色々と現界と違う事は判っているんですが・・・」

現実社会、ううん、この言い方で良いのかしら。私たちの住む世界、かな。私たちの住む世界とは、夢界は根本的に違うのだ。

「私も、昔は現界で暮らしていました、だから、貴方の気持ちも良く判るわ。でも、私の事を信用しなさい。荒唐無稽な言葉を信用しろと言っているわけではありません。呪術師でも無い貴方が、そう考えることは寧ろ危険です」

シュメイさんは、そんな私に優しく語りかけた。

「はい」
それは、ノワールにも、先輩にも言われた事。

私は、シュメイさんの事を信用することにした。そうでなくては、弟を助けることは出来ないような気がしたからだ。アリスの世界では、夢の住人たちのアドバイスを聞かなくてはいけない。ハートの女王に追われている今、混乱している場合ではないのだ。

「私は、生まれは夢界なのですが、ある事情があって現界で長い事暮らしていました。取替え子と言えば良いでしょうか。夢界と現界の子供が交換される。極、稀に有る事です。でも、現界では私たちの様な人間は迫害されてね。鬼子だと言われて。それで、夢界に戻ってきた。16の時です」

16と言えば、私の一つ下。ランランと同じ歳だ。

「その後、私は望まずとも悪鬼を退治する仕事に関わる事になりました。現界で第二次世界大戦という戦争が起こり、夢界に悪鬼が溢れたのです。戦争は悪夢を蔓延らせ、悲劇は人の激情に触れ、悪鬼を生む」

「人が、悪鬼に変わるんですね・・・」
私は、悲しみに胸を痛んだ。悲しみの源は、あの少年だ。弟と同じ様に無邪気だったアンデルス。

「そうで有る場合もあれば、そうで無い場合もありますよ。
 貴方は、何処かでそう聞いたのですね。罪深いことをする・・・。
 それは、術師の間の秘密です。術師は、悪鬼を人としてもう扱いませんから。悪鬼は悪鬼。そう思いなさい」

暫しの沈黙が流れる。ランランが私とシュメイの顔をチラチラと見ると、大声を出した。

「兎に角、ここに居れば安全です!お婆さまは、その後、私という可愛い孫を得ました。今日は、皆さんを歓迎して、中華料理の松コースです!」

「そうね。私が現界に居た事があると聞いたら、現界に家出してしまった可愛い孫がその後生まれました」

「え~?ランランは、現界に家出中だったわけ?」

「お婆さまは一言多い!さ、ヨツバさん、余計な事を聞いちゃ、駄目です」

私は、ランランに手を引かれるままに部屋を出る前に、シュメイさんに頭を下げた。シュメイさんは、笑って手を振ってくれた。


■ ■ ■ ■ ■




夕暮れ時のオレンジ色の光に街が沈む。私は、丸い中華風の窓からその光景を見ながら、携帯を掛けていた。烏が、空を切り取って羽ばたいている。薄闇に紛れると、もうその姿は見えなくなる時間。中華街の派手なネオンが、チカチカと点き始める。

――ヨツバ?今、何処に居るの?お父さんも仕事を早く終わらせて、帰ってきてるのよ。

「お母さん?うん、私は今、友達のとこ」

嘘だ。平然とつける様な何気ない嘘だけど、今はちょっと心の整理が出来ていないのか、戸惑いながら口にする。烏が空に向って鳴いている。仲間を呼んで、ねぐらに戻るのかもしれない。暖かい、何の心配も無い、家へ。明日の朝ごはんを考えてれば良いぐらいの平和的な時間が羨ましい。

「うん、カツキは、大丈夫なんでしょう?私、さ、友達のところに泊まるから」

本当は、大丈夫なんかじゃない。アンデルスの中で、きっと悪夢を見てる。私を呼んでるだろう。でも、そんな事は言えない。何でだろう、お母さんの声を聞いていたら、泣きたくなってきた。でも泣けない。もっと心配するから。

――カツキは、まだ、意識が戻らないの。お母さん、心配で。お願い、戻ってきて?

「ご免。ちょっと、遠い場所でさ。今日中に戻れるかわかんないのよ。だから、泊まる」

遠い、遠い場所。距離的なものじゃない。距離なんかじゃ測れないほどの、文字通りの別世界。行き来は簡単に出来るけど、それよりも心理的に別世界。何より、家族をこれ以上巻き込む訳にはいかない訳で。家をバグウォーカーが襲うなんて、考えたくも無い。血を流したお父さんと
お母さんが頭をちらつく。

スーパーの袋を買い物籠に乗せた自転車を漕いでいるお兄さん、私よりちょっと年上だ。私が、こんな状態だなんて、知らないんだろうな、と当たり前の事を思う。嫌だな、何だか世の中を斜めに見そう。

――カツキが病気なのよ?

「ご免、そんな言い方、ずるいよ。私だって、心配だよ」

涙が出てきた。どうして、こんな嘘を付かなきゃいけないの?怒らないで、お母さん。私の気持ち、お母さんに伝わって。酷い娘だなんて、思わないでよ。あふれる涙を袖で拭った。

――御免なさいね。でも、お母さん、心配なのよ。カツキに加えて、アサカまでどうにかなってしまったら、耐えられないの

「私は、大丈夫だよ~、お母さん、何言ってるの?」

私は涙を流しながら、笑えるんだって初めて知った。声が震えるのを必死に抑える。笑顔だけ、お母さんに届いて欲しい。

――判ったわ。明日は?明日は帰ってこれるの?明日は学校もあるでしょう

「大丈夫。明日には帰れるよ」

咄嗟に出た言葉は、根拠の無い言葉。薄っぺらな嘘。もしかしたら、後、一週間は帰れないかもしれない。あは、何考えてるんだろ。一週間なんて、何処からでてきたんだろ。

――本当ね。アサカちゃんも一緒なんでしょう?さっき、家に電話が掛かってきたの。アサカちゃんのご両親から。心配してたのよ。

「うん、アサカも一緒。だから大丈夫だって」

嘘を付き続けていると、涙が止まってきた。嘘と涙は逆方向のベクトルらしい。悲しみが汚れるなんて、そう思っているのだろうか。教科書に載っていた詩を思い出した。良く判らない表現だったけど、どうしてだろう今はスポッと心に当てはまる。

――アサカちゃん、携帯の電池が切れそうだったから、あまり話せなかったらしいの

あ、ずるい奴。こっちは、泣きながら電話してるのに。きっとエド君の入れ知恵だ。さっき、携帯で何話そうか、随分迷ってたから。
でも、その笑える機転に、ちょっと私も救われた。精神的にね。

「兎に角、大丈夫だから。こっちから、弟のこと本当に心配してる。じゃあね」

そう言って、私は携帯を切った。最後のことは、本当の言葉。嘘じゃない、本当の私の言葉。真実を混ぜた嘘は本心を上手く隠せるっていうけど、私は嘘を本心で隠したい気持ちで一杯だ。

「もう、良いの」
携帯を切って、すっかり暗くなった空を見ていた私に、先輩が声を掛けてくれた。私を、見守っていてくれたのかもしれない。きっとそうだ。
「ええ、大丈夫です」
「大丈夫そうには、見えないわね」
確かに、赤くなった眼には説得力は無いだろう。

私は、意識して笑顔を作る。
「携帯がここでも通じるって盲点ですよね。110番しても、警察は来ないけど。先輩は、大丈夫なんですか?」

「家は、放任主義だから。モデルの仕事で用があるって言ったら、すんなり。寂しいものよ」

そういって、先輩は笑った。ちょっと悲しそうな笑顔だ。
百点満点の女性にその笑顔が似合わないとは思わない。
気が付いてみれば、先輩は悲しそうな笑顔と隣り合わせに居るような気がする。エド君は、だから守ろうとするんじゃないだろうか。

「それだけ、先輩は信用されてるってことですよ」

「どうかしら。家の父、再婚して、継母なのよね」

「虐められる、んですか?」

「いいえ?そんな事は無いわ。ただ、お互いにノータッチ。境界線を引いてるの。継母は、私を自立した女性として扱う、と言ってくれてるけど。本当は、どう思ってるのかしらね」

「多分、心配してくれてますよ」

私は、こんな時、上手い言葉が出てこない。傷ついてる人に、こう言葉を掛けることしか出来ない不器用さが、嫌いだ。もっと、人を笑顔に出来るような人になりたい。

「あ、ここに居たー!お風呂、沸きましたから。家のお風呂、従業員の人も入るから、広いんですよー。みんなで入りましょうね!楽しみー、修学旅行みたい!」

ランランが駆け寄ってきて、私たちの雰囲気に、?と小首をかしげる。

「行きましょうか」
先輩はニコって笑った。

「うん、行きましょう。ランラン、着替えまで用意してくれて、ありがとう」

「えへへ、良いんですよ。皆さん、中国風の服着るの初めてですよね。着方、教えます。お風呂の後は、ご飯ですよ。楽しみにしてて下さい」

ランランの楽しげな様子に、私もうきうきしてくる。先輩も嬉しそうだ。

人は、心に扉を持っている。その扉を開けてくれる人を私たちは本質的に待っている。扉の鍵穴は複雑だったり、単純だったり。又、人によって、持つ鍵は違うわけで。今はランランが持つ、心の鍵に感謝する。

「ランランは、良い子だよねー」

「あ、何か馬鹿にされてる気がする」

「そうじゃないよ。ランランの持つ雰囲気は、特別だってこと。ね、先輩」

「そうね。私も、ランランが羨ましいわ。私って不器用だから」

「あー私も」

人はみな、不器用なんじゃないだろうか。全てを解決出来る人なんて、居ないんじゃないだろうか、と学ぶ私。だから、友達は大切だ。
多様性が大事なのだ、と教科書的には書いてありそう。



















[25517] 第二十話 中華街の夜
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/07 22:35



みんなでワイワイ入ったお風呂は楽しかった。久し振りに、アサカの髪の毛を洗わせてもらった。アサカの髪の毛洗うの、そういえば中学以来だったなー。

先輩は、脱いでも凄いプロポーションだった。ほっそい手足に、白い肌、形の良い胸にお尻。もち肌って、水に触れるとエロいね。そう言ったら、先輩は水鉄砲で私の顔に水を掛けてきた。謙遜しなくても良いのに!

 私はさあ、部活で日焼けしてるし、けっこう筋肉ついてるし。まあ、細いっちゃあ細いんだけど?腹筋、微妙に割れてるしね。先輩にそう卑下したら、いいじゃない、青春の肌って感じがしてって言われた。お尻も運動しているから、ぷりっとしてて可愛いって。

 お風呂を上がってさっぱりして、ランランに着方を教えてもらいながら、中国風の服を着た。チャイナドレスの様に足を出さず、幅広の綿のパンツを履けて良かった。足首の所だけね、紐できゅって縛るの。

 チャイナドレスかー。どうしても、先輩の脚線美にはかないそうにないすから。それに恥ずいじゃん。でも、先輩やアサカのチャイナドレスは見てみたかったな。きっと激カワイイだろう。

髪もね。私は出来ないけど、先輩やアサカはランランが二つのお団子状に纏めた。カメラ持ってないのが残念って言ったら、リンが後でデジカメで取ってくれるって。

さてさて、お楽しみの中華料理。ランランの家は、大きな中華飯店なのですが、今回は、一つの部屋を貸し切ってくれた。普段は、予約しないと駄目なんだって。

私たちが部屋にわいわい入ると、エド君がテレビを見ながら、ビールを飲んでいた。どうやら、男湯をそうそうに上がって、私たちを待っていたようだ。私たちも、大きな円卓に座った。

「女ってのは、どうして、風呂にそんなに長くはいるかね」
グイっと一杯空けて、既にほろ酔い気分か、妙に楽しそうだ。

「エド君こそ、全身毛だらけなんだから良く洗わなきゃ駄目だよ」

「うるさいな、母ちゃんみたいな事言うなよ。耳の中まで洗ったの、
 なんて聞くんじゃねーぞ」

「誰も、そこまで言ってないって。ところで、エド君て体洗うのボディソープ?」
ちょっと気になった。

「シャンプーに決まってんだろ。リンスだってするぜ」

「抱きしめて眠りたーい」
心からそう思う。ふわふわじゃん。このワンちゃん。

「エド、毛だらけにするから、私の家のお風呂、禁止なのよ。私の高いシャンプーとリンスも一杯使うし、私、怒ったのよ」
あー、弟もそうだった。私、怒った記憶がある。高いとか、言わなくてもパッケージで判るだろうに。まあ、私もお母さんの化粧品で悪戯したことあるけど。


さて、食事が運ばれてきた。五人分が大皿に乗ってくるとけっこう量が多い。食べきれるかなぁと思ったが、エド君がめい一杯自分のお皿に大盛りにするので、私も遠慮なく箸を伸ばすことにした。

「ところで、バグウォーカーのことなんだけどさ。私が狙われてるみたい」

食事時に話すことじゃないと思ったけど、みんなに聞いて欲しかった。
割と平気な顔を作って、私は話した。心配を掛けたくないしね。

「聞いたよ、それはランランに。でも、ここには結界が敷いてあるから
 大丈夫なんだろ?」
エド君が五つ目のショウロンポウをはふはつ食べながらそう言った。

「そうそう。ほら、アサカ、そんな顔しないの。美味しく頂こう?」
隣の席のアサカが項垂れるから、彼女のお皿に料理を取る。

「さっき、テレビでアンデルスの特集をやってたんだけど、アイツ、
 シンジュクで大立ち回りしたらしいぜ。で、結局、夢警は取り逃がしたらしいけど。
 でも、消去命令が既に出てるらしいからな。俺たちは、安全な所で、
 アイツがヤラレルのを待ってればいい訳よ」

今もやってるかな、と言って、エド君はテレビのチャンネルを変えた。
特集・戦慄のバグウォーカー、アンデルス・リプトン、と画面に文字が入ったニュース番組だった。

何処かの街角で、アンデルスが暴れまわっている。その体は、銃で撃たれたのか、所々血が流れている。
あまり、食事時に見る番組では無さそうだ。
盾を持った警官が、アンデルスが豪腕を振るうたびに、弾き飛ばされた。
その隙に、アンデルスは、蝙蝠のような羽を一瞬で生やすと、大空へ飛び立ちビルの谷間に消えていく。

――今日は、人気の双子の司会、エイコとヒッスイさんにもお越し頂いてます。
  いやー、お二人は、部屋へバグウォーカーに乱入されたそうで。

――そうなんでーす。ちょーちょー、怖かったよ、みんなー。ねー、姉さん。

――そうなのー、あの化物、私たちの部屋に乱入してきて、もう泣きって感じ。

双子がオーバーアクションでカメラに詰め寄ってきた。
   
「こいつら、ブームに乗ろうとしてやがる。この声うっさいから切るな」
そう言って、エド君はテレビを消した。あの双子、転んでも只では起きないというか・・・。
まあ、お元気そうでなにより。

「私たちが手を出さなくても、其の内に事態は解決するってことね。
 良かったわね。アサカ。もうヨツバもアサカも危険な目に合わなくて
 いいってことよ。私もほっとするわ」

「そうなんですか?もう、アイツが追ってくる事も無くて、私たちが倒そうとしなくてもいいんですか?」
アサカが目に涙を浮かべながら、確認する。

「そうそう、楽な商売だよ。ハンターも賞金目当てに、出張ってくるだろうしな。近日中に解決するだろうってテレビで。もう、結末は見えてるようなもんだよ。俺たちは掛かった魚をほっときゃいいわけ。後は、勝手に料理してくれる」

「アサカさん、良かったですね!」
ランランも嬉しそう。
 
食事を食べ終わって、私たちはリンの部屋で寝ることになった。
ランランはベットで、私とアサカと先輩は布団を敷いてもらった。
ランランの部屋は、大きな虎のヌイグルミがあったりして結構可愛らしい。

女の子四人でのパジャマパーティーだ。
ランランがお菓子でも用意しましょうかって言うけど、みんなもうお腹が一杯。結局、BGMを流して、ごろごろ転がりながら話をすることにした。

実は、私は結構眠かったりする。虎のヌイグルミを借りて、抱きつきながらみんなの話を聞きつつ適当に頷いて、瞼が落ちてきそうだ。けっこう疲れてるなー。今日は、神経が休まる時が無かったから。

「やっぱり、こんな時はコイバナですよね!」
あー、リンが始めました。定番のコイバナ。いやはや、結局のところ、
そういう話が一番盛り上がる訳で。私しゃ眠いけど。

「アサカさんは、好きな人居ないんですか?」
「え、えーと。私?私はあんまり、そおいうの苦手で・・・」
へへへ、とアサカは曖昧な笑みを浮かべる。

「アサカが好きなのは、隣の組のワタナベ君。サッカー部の子で、
 けっこうな爽やか君。一度、アサカにコクったんだけど。アサカ、テンパって断って・・・」

「あーあーあー、ヨツバちゃん、酷い!」
顔を真っ赤にしたアサカは、布団の中に潜って蓑虫状態になった。

「断っちゃったんだけど、何となく好きになっちゃって。なんか、遠くから見てる感じのイジラシイ性格のアサカちゃんでした」

「もうやだ!ヨツバちゃんの馬鹿!」
「布団の中からじゃあ、聞こえないですよ~。アサカさえ良ければ、いつでも恋のキューピットになるんだけどねえ」

ん、何となく眼が覚めてきた。

「ワタナベ君、性格も良さそうだから、アサカにお勧めなんだけどな。アサカの事、大事にしてくれそうだし大体、相思相愛じゃん」
つんつん、と蓑虫をつつく。

「だって怖いモン。私がふっちゃったのに、今さら好きなんて言いにくいよ」
アサカが顔だけ出して応えた。耳がまだ赤い。可愛いヤツめ。

「そうですよねー。告白する前って怖いですよね。分かります」

「おやおや、ランランちゃんは誰に告白する前に怖かったのかな?」

「えーと、へへへ。見て下さい」

ランランは、携帯を操作すると、それを私に放ってきた。
私は、それをキャッチすると、液晶を見て驚いた。
何故なら、ランランと一緒に映っている男の子は、私のクラスメート、相沢トオルだったからだ。

「って、これトール君じゃん!」
「ホントだ!知り合いだったんですか!」
蓑虫から出てきたアサカも、驚いて声を上げる。

私から携帯を受け取った先輩も、じっくり顔を見てる。
「でもこれ、本物かしら。何となく違う気がするんだけど」
「えー、そっくりですよ」

「えーと、ですね。皆さんが知っている相沢トオル君とは違います。
 トオル君の、言わば、双子の兄というか・・・。
 詳しく言えば、二重体と言いまして。夢界と現界に同じ人が居るんだけど、それぞれ、別の意識を持っている、と言いますか。でも、共有している部分も有るんですが」
ランランは頬をぽりぽりしながら応えた。これは、ランランも良く判ってないか。

「よく判らないですけど、似てるけど別人ってことでいいんですか?」
「まあ、そう思って頂いてもけっこうです」

「うーむ。でも、共有してる部分って何?ランランの彼氏のトオル君もアニメオタクで少林寺拳法やってるってこと?」
まあ、ランランなんて中華街のアイドルを彼女にしているなんて、トール君に比べれば、ずいぶんとリア充だけど。

「トヲル君は、まあ、アニメオタクなんですけど・・・、辞めてって言っても、駄目らしくて。やっている拳法は、中国の古武術です。彼、フリーで悪鬼狩りに参加してて、その繋がりで知り合ったんですよ」

「あーやっぱり、アニメ好きなんだ。笑えるー。こっちのトール君は、リア充なのにね。女の子がいっぱい出てくるような奴が、なんで好きなんだろ」

「なんでも、リアルと現実は違う。そこがいい!ってのが、トヲル君の言葉です」

「あははは、そこが良いっか。オタクにしか判んない言葉だね」
「そうね。こんなに可愛い彼女が居るのに、可笑しい」
先輩もクスクス笑った。私は大口でひーひー笑ってるのに、かわいーの。

「先輩はー、どうなんですか?どうして、どのへんが、遠藤が好きなんですか」

気になっていた事を聞いてみた。先輩みたいな、男子百人切りできそうな女性が、遠藤を好きになった理由ってなんだろう。

「私も、聞きたいです。二人のなれそめ、とか!」
「私も、興味があります。遠藤君ってクラスだとボーっとしてるんですよ。けっこう」

先輩は、ごろんと転がって、枕を顔の上に乗せてしまった。
「言わなきゃ駄目?」

「聞きたーい」
きゃあきゃあと私たちははしゃいだ。

「私にも、最初はシンヤ君はぶっきらぼうだったの。何考えてるか判らなくて。でも、優しいのよ。とっても。私の一方通行な思いだった。
 自分の思いに耐え切れなくなって、告白したの。で、ふられちゃった。でも、優しいから、期待しちゃうのよね。
 私の前に、扉があって。その向こうに、待っててくれる。そんな気にいつもなっちゃうの。いつも、扉を開ける先に、シンヤ君が居るのを期待してるのよ。変でしょう?」

自分の前に扉があって、その向こうに居るのは、好きな男。先輩も、随分と女の子だ。
でも、私たちは、案外そんなものなのかもしれない。

「ヨツバはどうなのよ!もう、私に言わせといて、自分の事は言わないの!」
先輩が、照れた顔で枕を投げてきた。

「えー、私、ですか」

まだ夜は、始まったばかりだ。私は、虎のヌイグルミの毛繕いをしながら応え始めた。








☆ ☆ ☆ ☆ ☆


主人公のコイバナはスルーで。ってアップ直前になって、本当に書かなくて良かったのか悩む。書いたほうが、読んでくださってる方は楽しめたかな?でも、恋はリンに任せてるし・・・。




[25517] 第二十一話 朝
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/08 12:07


夢、私は夢を見ている。


僕は、自分の父親を殺した。いや、あいつは、父親の振りをした獣だった。何時も浮かべる笑顔の下には、狂った獣の顔を隠していたのだ。
村民の間で、神父面した人の良い顔の下では、口に並んだ尖った歯を鳴らし、血走った赤い瞳が獲物を探していたのだ。

――何なのよ、これ、何なの?誰かの夢?誰かの思考が、流れ込んでくる。私は自分を探すが、私というのは、少年を包む世界全体のように感じられた。私の体は、足の指先までという明確なものではなく、もっとずっと広がった地平線のように不明瞭だった。

だから、姉さんを弄んだ化物を殺した。姉さんを梁に吊るした化物を殺した。ベットで母親の横に眠る化物を、もう動けないように銃で何度も撃った。化物は銃で撃たれるたびに、ビクン、ビクンと何度も体を揺らした。僕は、化物が跳ねなくなるまで何度も撃った。
もう、人を食い殺さないようにするために。僕の心を、もう貪らせないために。事を終えた僕は、母さんの「逃げなさい」という言葉を聞いて、その場から逃げ出した。

――少年が銃を撃つたびに、私は悲鳴を上げた。
  何なの、何なのよ、これぇ!
  少年の荒い息遣いに耳を手で覆う。それでも、私の耳の縁に少年の吐息が掛かるようだった。

ガラスに映った自分の目の奥を、僕は偶に見つめる。父親を殺した自分は、やはり獣の目をしていた。死人のような目、と人に言われるが、僕には判るのだ。

――窓ガラスに映る青年は、痩せていて細く、私が見慣れた体とは随分と見劣りした。服も薄汚れている。日々の労働に疲れきったような瞳。
  狭い部屋の中には、家具も殆ど無い。きっと、食べていくだけで、精一杯なのだろう。
  彼が煙草の紫煙を口で吸い込むたびに、嫌な匂いがした。
  私は何だか、可哀想になって、彼が煙草を吸うのを辞めさせようとしたけれど、彼は私に気が付かない。

僕の心は死んでいるようなものなのに、何故動ける?僕は何故、生きているんだ?それは、僕の中にヒトという獣が居るからだ。僕は、もう自分の体を動かしていない。動かしているのは、化物だ、人を喰らう化物だ。僕は操り人形だ。いや、人間というものは、須らく操り人形なのだ。毎日、細々と食事をし、排泄を繰り返す、化物の操り人形。

――彼の手首には、ためらい傷のようなものがあった。私は、そっと彼の傷跡を指先でなでる。彼は、自分の罪の意識から逃れられず、自分の心と体を切り離してしまったのだろうか。そういう精神の病気が有ると、聞いたことがある。

僕を次の獲物に定めて、食い入るように見つめる瞳。
姉さんの目、とは違う。優しさなんてものは、欠片も無い。
良く笑う姉さんだった。僕を包んでくれる人だった。

――泣き出した彼を、そっと抱きしめる。彼は、私に気が付かない。
  元気になって欲しかった。こんな悲しい人を見たことが無かった。


「アンデルス・リプトン」
目覚めた私は、彼の名前を口にした。右手で、前髪を掻き揚げる。
はあ、とため息が出た。

雀の鳴き声と、窓から射す光でもう朝なのだと判った。
首を動かすと、アサカがすーすーと寝息を立てている。

一日ぶりの極平和な朝だった。私にとっては、極当たり前の。
今は、砂漠のオアシスに守られているようなものだけど。
砂漠には、アンデルスという青年が独りで立っているような気がした。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


短くてすいませんorz







[25517] 第二十二話 黒猫のお節介
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/08 21:35


大あくびをかみ殺しながら、私は中華街のメインストリートを独りで歩いていた。夢のせいで、寝た気がしない。昨日は、遅くまでみんなでパジャマパーティーを楽しんだ。せめて、寝ている間くらい脳ミソを休めたかったのだけど。

「アンデルス、か。私に、何か出来るワケ、ないじゃん・・・。
 私に出来る事なんて・・・」
私に出来ることなんて、アンデルスが死ぬのは待つぐらいだ。

コンビニを探しに来たんだけど、なんか見つからない。生理用品とか、保湿クリームとか必需品が欲しかったんだけど。中華街の街並みを壊すから、コンビニは無いのかなぁ。そんなに、ヨーロッパみたいに美しい街並みってわけじゃないんだけど。どちらかと言えば、雑然としている感じ。

朝の中華街は、観光客も殆ど居なくて歩き易い。どちらかと言えば、中華街で働いてる人たちが多いみたい。中国語らしき会話が、時折聞こえるからだ。

「あー、もう、何処にあるのかなぁ・・・」
仕方ないから、人に聞こうと思った。日本で働いてるんだから、きっと日本語だって、大丈夫だよね。

その時、私は視線を感じた。びくっと背筋を伸ばす。何だろ、誰かに見られてる。
アンデルス?そんな訳ないよね。ここは、結界の中なんだから。知らない内に結界の外に出ないように、中華街からは離れないようにしてたつもりなんだけど・・・。

「やあ」

私に声を掛けてきたのは、大きな黒猫だった。エド君みたいな、人型っぽい猫。緑色のチョッキを着て、半ズボンを履いている。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、こっちを青い瞳で見ていた。ちょっと、すました感じ。

「やあ」
「お、おはようございます」

何々?何なの?

「僕の名前は、ノワール。始めましてっいうのは、可笑しいかな。白井ヨツバ君」

「ノワールって・・・、遠藤君?」
私は、まじまじと目の前の猫を見た。ノワールは、目を細める。

「僕は、シンヤじゃない。見たら判るだろ。あの時、話してたのは僕だけどね。着いて来て」
ふんっと鼻を鳴らす仕草は、ちょっとムカつく・・・。私を馬鹿にした感じ。エド君だったら、吠え掛かりそう。仲、悪そうだな。

「何処行くの?みんな、呼んでこようか?」
正直、私に何を話されても良く判んないし。

「君一人のほうが、都合が良いんだ。だから、声掛けたんだよ。判んない?」
ぴんぴんと生えた髭を、指先でいじくってる。

判んないっつーの。

ノワールの後ろを付いてく。ノワールは無言だ。私も何を言ったら良いか判らないから、ノワールの尻尾を見ながら付いていく。ノワールは、ふらっと大通りから外れた。私は、ちょっと躊躇した。

「あんまり離れると、結界から出ちゃうんじゃないの?」

「君、ここの結界の事、良く判ってないだろ。この結界は、東西南北、中華街を囲むように円形に出来てるんだ。大通りから外れたぐらいじゃあ、外に出ないよ」

「はいはい、私は、何にも知りませんよーだ」
べー、だ。ノワールは、そんな私をつまらなそうに見ると、またぷいっと前を向いた。
「もう直ぐだよ。直ぐ着く」

ノワールが連れてきたのは、フランス風のカフェだった。ノワールの風貌には良く合うけど、中華街には、異質な感じ。道路に、幾つも丸い黒のテーブルが並んでいて、その一つに見知った人物が二人居た。

「おはよう、白井さん。始めまして、だな」
遠藤は、よっと言うように片手を上げた。
「おはよ、白井さん。お始めさん」
トール君の方は二カッと笑った。
「遠藤の方は、クラスで毎日顔会わせてるでしょう。トール君の方は、初めて会った気がしない」
私は、二人に向かい合わせになるように、ノワールが引いてくれた椅子に座った。ノワールも、私の隣に腰を下ろす。ノワールって紳士的だ。エド君とは対照的。

テーブルに陣取っていたのは、遠藤シンヤと相沢トオルだった。二人とも、学校の詰襟とは違う、カジュアルな服装。
遠藤の方は、黒いPコートに青いジーパン。相沢トオルの方は、紫のダウンジャケットに黒いジーパン、茶色いニット帽を被っている。

二人とも、何気ない装いだが、遠藤の側にはテーブルに無骨な日本刀が一本立てかけてある。恐らく、遠藤の持ち物だろう。

「いやはや、初めて会った気がしないっていうと、ガールミーツボーイって感じだぜ」
トール君は親指を立てて、私を軽口をきいてくる。

「ランランに言うよ。そんな事言ってると。現界のトール君には毎日会ってるから、そっくりさん」

「ははは、そりゃ勘弁」
遠藤は、そんな私たちを見ながら、薄ら笑いを浮かべている。

「それで、私に様ってなんなの。謝りに来たわけ、弟が食べられちゃったから」
私は、遠藤を睨んでやった。先輩の事もあるけど、私はこいつが気に入らない。

「それも、ある。ご免な。直ぐに連れ戻すって言ったのに。謝るよ。本当にご免。後、これ以上、関わるなって忠告しに来た。ランランに言わせようと思ってたんだけど、アイツ、私は嫌ですの一点張りだからな」
殊勝な言葉の割りに、言ってる事はこちらを突き放すような事だった。

「ふーん、仲間割れってわけだ。案外、もろいもんだね。あんた達の関係って。正義の味方の割にはさ。ランランは、もう私たちの友達だもん。そんな事言うわけ無いでしょ。というか、言わせようとすんじゃないわよ。デリカシーの無い奴」

「正義の味方なんかじゃないさ。俺たちは。本来は、俺は人助けもあまりしない。今回は、自分のケツは自分で拭こうと思ってさ」

「そりゃあ、責任感が溢れてて、けっこうだこと。でも、弟が食べられちゃったのは、あんた達の責任じゃないから。成り行きって奴でしょう。もう、放っておけば良いじゃない。アンデルスも、その、なんていうか、其の内に、何とかなるんでしょう」

アンデルスが殺される、そう口にするのが嫌だった。

「伝えたいことは、それだけだ。白井さんも気をつけて。こちらの世界に関わってると、自分の知性に尻尾が生えてくる。リンみたいになりたくないだろ。それは、人間の退化だ」
そう言って、話は終わったというように、遠藤は立ち上がった。

「リンみたいにって、あんた、何言ってんの。先輩の気持ち、知ってるんでしょう!すっごい悩んでるんだからね。女の子の気持ちも考えなさいよ!あんたみたいなのが、リンって呼ばないで!」

立ち上がって、遠藤の頬を平手打ちしてやった。相沢、うん、こいつなんてトール君じゃない。相沢は、痛そうな表情を浮かべている。ぎろって相沢も睨んでやった。

「直情的だな・・・」
そう言って遠藤は日本刀を持って立ち上がると、私に背を向けて歩き出した。

「何処行くのよ!先輩に会って行きなさいよ、この卑怯もの!」

廻りだした私の口は、止まらない。私は、本当に怒っていた。
先輩の理想に住んでいる男は、逃げ出すように歩みを止めない。

相沢は、私に一言謝ると、遠藤を追いかけた。遠藤に追いついた相沢は、パシリっと遠藤の後頭部を叩くと、一緒に歩き出した。男の友情って奴?ムカつく。

私は、彼らの背中を憤懣やる方無いとした憮然とした表情で見送った。
そんな私を、ノワールは興味深げに見ていた。

「座って、コーヒー、飲まない?」
そう言って、ノワールはウェイターを呼ぶと、コーヒーを注文した。

「私、カプチーノ。ノワールさんは、あいつら追いかけなくていいわけ」
私は、取りあえず椅子に座る。

「ノワール、で良い。リンも、そう呼んでる。君は、リンと知り合って一日も立ってないのに、随分、肩入れするんだな」

「当たり前よ。先輩は、良い人だもん。それに、すっごく優しい人だって、私、判ってる」

先輩は、弟を助けようと私を連れて、夢界に来てくれた。それに、私をいつも支えてくれる。事態が悪い方向に転がって行っても、先輩は現界に一人で帰ろうなんて、一言も言ったことが無い。

「そうか。長く一緒にいなくても、君はそういう事が判る人なんだね。リンにも良い友達が出来て良かった」
ノワールはそのすまし顔に、私と出会って初めて笑みを浮かべた。

「貴方に褒められても、私、嬉しくないよ。なんで、遠藤と一緒になって、先輩を無視するの。信じられない」

「君は、まだ夢界に関わって、一日しか経ってない。君が知らないことの方が多いんだよ」
そう言って、ノワールは悲しそうに眉をひそめる。

「そんな事、関係ない」

「大いに、関係有るよ。本当は、話しては規則に違反する事なんだけれど・・・。さっき、シンヤは君に、始めまして、と言ったよね」

「ええ、確かに言ったわ。嫌味な奴、毎日、話はしないけど、顔合わせてたのに」

「あれは、君と初めて自分で会話するからだよ。僕は、シンヤの監視役、だ。現界で、シンヤの表層人格を務めてる。現界で、シンヤは君と僕の許可が無ければ、情報漏洩の観点から話すことは出来ない。もちろん、リンとも、ね」

「表層人格?何それ。何で、アイツはリン先輩と話すことが出来ないわけ?リン先輩は、そのことを知ってるの?」

「表層人格ってのは、フィルターみたいなものだよ。僕というフィルターを通してしか、シンヤは話をすることが出来ない。僕が、勝手にシンヤの言葉を都合よく言語変換してるんだ。シンヤにとっては、監視役が代わりに喋ってるようなものだろう。リンは、その事を知らない」

「何で・・・、そんな事になっちゃったの」
自分の言葉を、何時でも検閲されるようなものだろう。そんな事になったら、人と如何話していいか判らない。

「シンヤは、夢界に深く関わりすぎた。そして、それでいてなお、夢界との関わりを保とうとしてる。機密保持と、半分以上はミセシメ、かな。夢界に深く関わる人間はこうなるって」

「それって、如何にかならないの」

「夢界の記憶を失えば、大丈夫だよ。でも、シンヤは子供のころからこっちに行き来してるみたいだから、穴だらけの記憶になっちゃうだろうな」
ノワールは、その青い目を細めた。

穴だらけの記憶を持つ人間。そんな人間になったら、どうやって生活していくんだろう。私が、遠藤シンヤは簡単に私が関われるような人間では無かった。恐らく、先輩も。

「だから、シンヤは、リンに近寄らないようにしてるんだ。リンだって、夢界の事を忘れて、恋人でも作って、ガクセイセイカツって奴を謳歌すればいいんだよ。それが、シンヤと僕の共通見解。それに、シンヤは怖がってるんだ。リンが自分と同じようになっていしまうのを。
 君には、期待してるよ。現界のリンを支えてやって欲しい」

「私は・・・」

私は、今、何て答えたら良い?

「一時の思いってのは、そんなに重たいものじゃ無いんじゃないのかい?それとも、高校生の思いってのは、人生を決めるほど重い、のかな?」
 



[25517] 第二十三話 黒猫のお節介2
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/10 20:02


ノワールの話を聞いた私は、ランランの家に戻ってきた。買い物は済ませていない。そんなことよりも、先輩に遠藤の事を伝えたかった。

私は逸る気持ちを抑えて先輩と向き合っていた。先輩は、遠藤の事で話が有るというと、期待に満ちた表情をした。エド君は、仏頂面で扉のところに立ちながらこの話を聞いている。エド君は、ノワールの話、というのが気に入らないらしい。

エド君なら、もしも先輩や私に適切な助言をしてもらえるんじゃないか、と思ったから呼んだのだけど。

今から話すことは、遠藤の秘密のようなもので、遠藤に深く関わりのある二人にしか話せないような気がした。

私は、隠し事が出来ないかもしれない。そう、ノワールに言ったら、彼はこう言った。だから、僕は君に話したのかもしれないね、と。遠藤とリンの二人の関係が、どうなるにせよ、リンとシンヤの止まった時計の針を動かせるかもしれないから、と。

「ノワールは言ってました。二人の中で、時計が動かずに止まっているのだと。その時計を抱えたまま、生きていくのは辛いだろうからって」

私に出来るのは、表面上は笑いながら、先輩に背を向けて、新しい恋人を紹介すること?先輩を新しい幸せに導くこと?。
先輩が、止まった時計を抱えながら、笑みを浮かべている姿を想像する。それは、光と影を持ったリアルな人の姿であり、選択された一つの未来だ。

何だか、それは現実を受け入れるということ、大人に成るという事の様な気がしたけど、何だか、それは違うような気がした。

私にとって、大人に成るっていう事は、目の前の現実を傷つかないように上手く回避しようとすることでは無いと思う。大人に成るってことは、より良い方向を示すということだと、お婆ちゃんは言っていた。
私に出来ることは、先輩にとってより良い未来の選択肢を提示するということだ。

「遠藤は、夢界からの監視役が付いているので、現界では先輩と思うように話すことが出来ないらしいんです。そして、先輩がそうなるのを恐れてる。だから、遠藤は先輩を避けるんだそうです。夢界に関わり過ぎたら、自分の様になるから」

私は、まずノワールに話されたことを正直に話すことにした。どう転んでも、すれ違った二人のままでは、辛い事になると思ったから。

「そう。ありがとう。・・・シンヤ君は、私の事を考えてくれてるんだ・・・。私、やっぱり、身を引いた方が良いのね。それが聞けただけでも、救いだわ」

先輩は、ぽろぽろ、と涙を流した。遠藤の不器用な優しさに、泣いているんだろう。でも、私は遠藤が憎い。男として間違ってると思う。アイツが伝えるべきなのは、別の言葉だと思うから。判ってないよ、遠藤は。

「遠藤が、普通に先輩と幸せになるためには、自分の夢界に関わる記憶を投げ出さなくちゃならないの。でも、そしたら、子供のころから夢界に関わってきた遠藤は、記憶が穴だらけになるって、ノワールが」

「ノワールは、何処にいる?」
「エド君がこの話を聞いたら、きっと自分を探そうとするって、ノワールは言ってた。カフェで待ってるって」

私が、カフェの名前を言うとエド君は飛び出していった。

「シンヤ君が、記憶を失うぐらいなら、私が記憶を無くした方がいい。
 シンヤ君の事も、ノワールの事も、エドの事も、みんな忘れちゃうけど・・・。好きになった気持ちも消えるなら、私は、前に進めると思う。ヨツバが言いたいことってそういう事?」

先輩は、流れる涙を隠そうと両手で顔を覆った。
先輩が言った事は、私の予想の一つだった。先輩なら、そうするかもって思ってた。

「違います。私は、そんな事、幸せだなんて思わない。
 私は、ノワールが言わなかった事を、先輩にして欲しいと思ってます」
 
先輩、幸せになって下さい。遠藤、幸せになって下さい。


■ ■ ■ ■ ■


ノワールは新聞を読みながら、煙草を吸い、コーヒーを飲んでいた。
ただの時間潰しだ。さっきから、紙面の内容は半分も入ってこない。
今頃、あの少女がリンにシンヤに事実を伝えた頃だろうと思うと、リンの泣き顔が浮んできて、集中出来ないのだ。

幼子のように、良く泣く子だった。だが、シンヤが幼いころに無くした一面を持っていた。シンヤというジグソーパズルに無くなった胸の部分に、代わりに当てはまるような。つまりは、お似合いの二人だったのだ。

自分もお節介な奴だと思った。悩むシンヤや泣くリンを一年見ていて、情が移ったのだ。年長者として二人の背を押してやりたくなった。監視者として、的確なアドバイスはしてやることは出来ない。しかし、あの少女は気が付いただろう。

自分に出来るお節介は、ここまでだ。何をどう選択するかは、シンヤ、リンに任せなくては成らなかった。この一年、悩みに悩んだ二人が、どういう結論を下すか興味は有るが、もう自分の手を離れたのだ。

自分の手に持っていた新聞が、誰かの手によって投げ捨てられた。
もちろん、相手は判っている。僕は、目を細めた。

「お早いお着きだな」

「居やがったな、どら猫やろう!てめえ、またリンを泣かせやがって!
 二人を守ろうって約束したのは、嘘だったのかよ、てめえ!」

僕は胸倉を掴まれて、宙に浮ばされた。相変わらずの馬鹿力だ。
そっと、手に持っていた煙草の灰を、エドの手に落とす。

「手を離せよ、ノラ犬。大方、あの少女が最後まで話す前にこっちに着たんだろ」

僕は、地面に降り立つと、コーヒーをエドの手に掛けてやった。
袖口が汚れようが、知ったことじゃない。

「てめぇぇぇ」
沸騰するように、エドの毛が逆立った。相変わらず、面白い奴だった。

「本当なら、その熱くなった頭に掛けてやりたいぐらいだ。
 シンヤもリンも大人に成りかけてるんだよ。もう色々と選択しても良い歳だ」

「それが、何の関係が有るんだよ!見守ってやろうって言ったじゃねーか!」

それは、確かに自分の言葉だった。リンとシンヤがお互いに惹かれ合っていた時に言った言葉。エドと僕の約束だ。

「この一年、僕はシンヤ、君はリン。僕らは十分に彼らを見守っただろう。大方、君はオロオロしながら、泣くリンの側に居ただけかもしれないが」

「だからって、二人の関係を終わりにするのかよ!それが、お前の結論かよ!」

「いや、そうじゃない。二人には幸せになって欲しいって思ってる」

僕は、この馬鹿犬にも判り易いように、リンが躊躇しないだろう選択を話し始めた。少し考えれば、判るだろう、この馬鹿犬が。二人の思いは、二人を裏切らないだろうってことが。僕たちの夢界は、そこまで理不尽な世界じゃないってことが。

僕は、目を細めて青空をみやった。






☆ ☆ ☆ ☆ ☆

金枝篇の初版を読んでます。魔術とかそういうものを知ろうと思ったのだけど、ある程度参考になる程度かな?何か、魔術とかそういうものが書きたかったのだけど。参考にして面白いものが、書きたい・・・。



[25517] 第二十四話 理想の境界
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/14 23:35

ランランの家の屋上で、私は一人で立って深呼吸していた。都会の明りのせいであまり星は多くない。実家の方が田舎だから、空気は澄んでるし、夜は暗いからよく星が見えた。
パジャマの上に、ダッフルコートを着ているんだけど、手先や耳が冷たくなってくる。屋上の柵に触れるのに、ちょっと勇気が居る時間だ。手が張り付いちゃうかもしれないから。
東京じゃ、そんな事無いのかな。

望み通り、洗った後の湿った髪の毛もキンキンに冷えてきてスッキリしてきた。冬のこんなところが好きだ。冬の夜空の月のように、自分自身も鮮明に感じられる。悩み事も吹き飛ぶ感じ。もっとも、風で悩み事という雲が吹き飛んでも、何時の間にかまた頭上を覆う元の雲に戻ってしまうものなのだが。

先輩の事は、取りあえず何とかなると思う。私の夢界での宿題は、一つ終わったのだ。後は、アサカと一緒に無事に現界へと帰り、親に平謝りするだけ。

授業のノートをクラスメートに見せてもらって、談笑する友達の間へと身を滑り込ませることが出来れば、私はまた平穏な毎日へと帰っていくのだ。もう、そんな確かな未来予想図が出来ているのだけれど。

でも、まだ私は悩んでいる。アンデルスのことを。女子高生が立ち向かうには、あまりにも暴力的で、弱い心を持った彼のことを。

「こんなとこで、何やってんの?」
後ろから話しかけてきたのは、相沢だった。トール君の偽物。
偽物って言い方は酷いか。どっちが偽物かとは言えないのだから。
アエテ言うなら、男の味方、遠藤の友達ってところか。

相沢の後ろに居るのは、ランランだった。こんな時間に二人で何故、屋上に来ているのか?恋人たちにはお互いに惹かれあう、一時の時間が惜しいものである。ほら、映画とかだと、戦争中でも恋人との時間は大切なものらしいですし。

「二人こそ。夜の密会?怪しいじょー」
「ち、違いますよ!」
ふふふ、可愛いの。否定しなくても、お邪魔虫は退散するのだ。
「またまた。冗談じゃなくて。お二人の時間を大切にー」

ぴらぴらと手を振りながら、私は出て行こうとした。恋人たちの間に割り込みをするほど、野暮じゃないつもりだ。それに、独りで考える時間が欲しかったのだ。自分が無謀な事を考えているということが判っているので。

「待てって。何か悩み事でも有るんじゃないのか?」
二人の間を通り過ぎようとして、相沢に止められた。
おお、男前。リア充の男は、現界のトール君より、余裕がある。

「そうですよ!悩み事なら、私たちに話してください!」
良い友達を持ったもんだ。出来たカップルである。ツーと言えばカーの二人羽織り。

「悩み事っていうか、さ。私のワガママという感じ。
 あのバグウォーカーが退治されれば、弟が助かるという事は判ってるつもりなんだけど。
 私は、私の世界の基準でモノを考えるからさ」

私は、頬をぽりぽりと掻く。明日の髪型を、鏡の前で悩んでいた私の延長線上に居る自分の悩みとは思えない。前髪を横分けにしてピンで留めようかとか、そういう平和的な悩みとかよりも、もっと自分の根っこに関わるような悩みだった。

「どうしても、納得出来ないんですね・・・。ヨツバさんは優しいから」
ランランは、私の曖昧な物言いに察してくれた。

「私が優しいって事とは違うような。普段、お肉を食べてるのと同じかな、とも思うんだけど。
 誰かが死ななきゃ、私は生きられない。それと同じかなとも思うんだけど」

違和感があるのだ。アンデルスの死の先にある、弟が助かるという現実に。戦争を知らない、平成生まれなんで、甘っちょろい考えに浸っているのだとも思う。でも、それが私の感覚なのだ。人は、豚や牛とも違うしさ。それに豚や牛が解体されてるシーンだって、目を背けちゃうだろうな、私は。

「あのバグウォーカーは、普段、自分が食べ易いように、人を殺してから魂を喰う。
 犠牲者の数は、判っているだけで、157人だってさ。テレビの受け売りだけどな」

相沢は、私の頭に水を掛けてくれた。157人。それだけの人があのアンデルスに殺されているのか。私もまた、その一員に加わるところだったのだ。

「・・・因果応報って奴なんだよね。結局」
自分がしたことの責任をとって、彼は死ぬのだ。

「そんな簡単なものじゃないさ。俺だって、化物を倒した後には、手を合わせる。
 元が人だからって訳じゃないぜ。俺の中の区切だ」

相沢の目は真剣で、知らない色を帯びていた。私やアサカといった現界でのほほんと暮らしている高校生には、見かけない目だった。なまじ、トール君と同じ顔をしているから、トール君の頼りない顔と比べてしまう。違うのだ、トール君とは、根本的に。そう考えさせるほどの違いが、夢界の相沢にはあった。

「変わっていくのかな。あのアンデルスが死ぬと、自分の中の何かが変わって行く気がするの」

夢界に来て、そんな風に変わるなんて、私は望んでいない。心底、そんな変化は願い下げだった。私には、重すぎるよ、そんな顔。

「そんな気がするだけだ。昔のシンヤと同じ事、言うんだな。何も、変わらないよ」

じゃあ、その目はなんなのだ。何かを悟ったような目が、私には怖い。そんな目をしている自分になるのが、怖かった。
 
「私、さあ。昔、兎飼ってたんだよね。さっき、夢を見たんだけど」

畜生、涙が出てきた。夢界には、人の涙腺を刺激する何かが溢れてる。何時もの百倍は泣きたくなる世界だ。
ううん、本当はこの夢界が悪いんじゃないって判ってる。私は、飛び切り運が悪かったのだ。

ランランが、優しく私の手を握ってくれた。

「まだ、大人に成らないうちに、死んじゃったんだけど。その頃、死んじゃうって何なのか、
 良く考えてた。その頃の事、さっき夢で見て・・・」

自分で言っていて、支離滅裂だ。私は、あのバグウォーカーに同情してる。アンデルスの幼かったころに、アンデルスの悲しく育った青年時代に。どうして、こんな感情を抱くんだろう。

殺人事件なんて、テレビの中の世界だったのに。嫌だなぁって思っても、二三日、普通の学校生活を送っていれば、忘れちゃうものだったのに。自分が当事者になると、色々な思いが、浜に押し寄せる波のように止まらない。私の立っている場所を、徐々に抉り取って不安定にする。

「嫌だなぁ。私、なんか、夢界のこと、嫌いになっちゃいそうだよ」

涙が、溢れて止まらない。そんな私を、ランランが抱きしめてくれた。
そんなの嫌だ。憧れだった先輩が紹介してくれて、エド君が連れまわってくれたこの世界がそんな世界だなんて思いたくない。

「この事件が終わったら、夢界に遊びに来てください。楽しい事も一杯有るんです。
 ヨツバさんは、偶然、この世界の一部分を知ってしまっただけなんですよ」

「判ってるよ。私は現界で、一部の運が良い幸福な人間だっただけなんだって。
 当たり前の良い家族で、当たり前の良い友達に囲まれてた、だから、そんな事に関わることが無かったんだって。
 でも、だから、思うの。何で、アンデルスは、そうじゃなかったんだろうって。
 運が悪かったの?そういう一言で済ませてしまっていいの?」

「ヨツバさん・・・」
ランランの私を抱きしめる腕に、力が入る。
友達の体は、なんて暖かくて、心地良いんだろう。アンデルスが知っていて、求めることが出来なかった暖かさだ。

「白井、そんな風に考えても、仕方が無いんだよ。もう、誰にも如何にも出来ないんだ」

「どうして、どうして出来ないかな」
私は、嗚咽しながら言った。アンデルスの為に、今はもう居ない彼のお姉さんに代わって。

暫く泣いた私は、自分自身に戸惑いながら口を開いた。
「夢幻監獄って、何処にあるか、判る?」

危険な事に足を踏み出そうとしてる、そんな予感が頭の片隅にあったけど、自分の気持ちを抑えられなかった。
私は、私の幻の境界に歩き出したかった。境界の先には、あのアンデルスの細い後姿がある。



 



[25517] 第二十五話 ヨツバ独り、夢幻監獄へと向う
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/16 14:01




朝のホームは通勤ラッシュとか全然無くて、座席に座ることが出来た。私は、ほっとして窓の外の景色を見ている。夢界は今日も良い天気だ。小春日和っていうの?
澄んだ青空に浮ぶ千切れ雲、窓から射す光も暖かい。私の冒険の未来も明るいと良いのだけれど。

電車の中は、通勤するサラリーマンや通学する学生は居るのだけれど、実家のテレビで見ていたように、東京の地獄と呼ばれる姿では無かった。どちらかと言えば、実家の電車の中みたい。昼間は、もっと閑散としているのかな。

エド君は、夢界の人口は少ないと言っていたけど、建物の数は多いのに、それに見合った数の人間が暮らしていないってなんだか不思議。人口が少ないってことは、土地が余ってるって事?でも、マンションとか建ってるんだよね・・・。

私は、今、何時ものグループ行動でなく、一人で夢界の電車に乗っている。向う先は、トーキョーのヨツヤにある夢幻監獄だ。
不安じゃないかって?不安に決まってるじゃん。周りには、銃をぶっ放してくれるエド君も、西洋の鎧を呼び出す先輩も居ないし。夢界で、初めて独りになったのだ。

制服のスカートの下から伸びて組まれた、カモシカの様な優美で機能美に溢れた足だけが頼りだ。いざっとなったら、全力フルスロットルで回転する仕様になってる。もしくは、キンタマキックだ。
学校の体育の先生が、女が出来る護身術はそれぐらいだって言ってたのよね。あのアンデルスにそんな護身術が効くかどうか判らないけど。

何故、結界で守られた中華街から、私が割りと明るめのテンションで独りで行動しているのか。それは、私にとっても謎だった。誰か教えて欲しい。

朝、着替えて、鏡を見ながら何を「よしっ」と決心しちゃって、誰にも言わずに、中華街を抜け出しちゃったんだか。
人って、時折、いつもの自分じゃ考えられないことしちゃうじゃない。今は、ちょっとそんな感じ。小さくしぼんだ冷静な心は、引き返せ、エド君たちを呼んで来いって言ってるんだけど、私はそれを手の平の上で持て余している。もっと何か、恋愛感情みたいに、いや違うんだけどさ、そういう自分ではどうしようもない思いが私の中で渦巻いてる。何ていう感情なのかは、自分でもはっきりしない。

それは、多分、こういう事だろうか。
アンデルスは怖い。追われる自分を想像すると心臓が、どきどきしてる。だけれど、どうしてだろうか。
「あんまり、怖く無くなっちゃったんだよね・・・」
私は、革靴の爪先を見ながら呟いた。
化物の恐怖に上書きされた、アンデルスの夢の記憶が私の行動力の源だった。

昨日、ランランに抱きしめれながら泣いた後、私は、再びアンデルスの夢を見た。

何処かの外国の街で、荷物の宅配の仕事をしているアンデルス。暗いけど、真面目な彼は、心配してくれる友人も出来ているようだった。学校に行っていない彼は、読み書きも上手く出来ないけれど、周囲の人に助けられながら、懸命に汗を掻いていた。
眠るときには、ベットの上でロザリオに自分の姉の幸福を願う事を忘れない。等身大の彼の姿は、化物なんかじゃなくて、もっと身近な存在だった。どうして、人を殺す様になったのか。それは、判らないけど・・・。

私は、彼に何か出来ないのだろうか。このまま、人が死んでいくのを待っているなんて、あんまりだ。
それに、私にも何かが出来ると思ったのだ。きっと、何かが出来る。
それは曖昧な予感というよりも、確信に近いものだった。

電車を乗り継いで、私はトーキョーのヨツヤに来ていた。
ここまで、アンデルスに出会うような事態にはなっておらず、順調だ。
私の自慢の足を使うような機会も無かった。

人、というかまあ、人型っぽい人たちに道を聞きながら、私は目的の建物、夢幻監獄のゲートまでやってきた。
芝生の奥に見える大きな白い建物は、病院の様であまり刑務所という感じはしない。もっとずっと清潔で、近代的な建物だった。

守衛に私は話しかける。ここで、追い返されたら私の勇気が無駄になる。出来るだけ、フレンドリーに女子高生っぽく笑顔を振り撒いて、と。

「すいません。ヤン・コールっていうここで働いているお医者さんに会いたいんですけど!」

「ヤン・コールさん、ね。君、どういう知り合いだい?」
こちらを探るような目。やらしーの。

「妹です」

「名前は」

「ヨツバ・コールです」

「ちょっと待ってて、聞いてみるから。お嬢ちゃん。
 はい、はい。ヤン医師の妹で、ヨツバ・コールと名乗っています。ですが、ヤン医師は・・・。
 はい、判りました。通します」

「通って良いってさ。ロビーに、アマルディアって綺麗なお姉さんが居る。
 ヤン医師の同僚だよ。その人が案内してくれるってさ」

「ありがと、小父さん」

取りあえず、第一関門突破だ。出来れば、すんなりヤンにも会えて、
これが最終関門だと良いのだけれど。


ソファーが並ぶホテルの様な開放的なロビーに入ると、白衣を着た女性が立っていた。赤いロングヘアーに、知的なフレームレスの眼鏡が印象的だった。身体つきも、白衣で良く判らないけれど、憧れるオ・ト・ナって感じがする。

「始めまして、ヨツバ。私の名前はラナ・アマルディア。
 ヤンとは同僚なのよ。気軽に、ラナって呼んで」

微笑む彼女は、優しい笑顔だ。ヤンって、良い職場に居るんだな。
男だったら、みんな鼻の下を伸ばしそう。

「始めまして、ラナさん。それで、兄は・・・」

周りを見回してみたが、あの男は居なかった。せっかく会いに来た自称:妹を放っておいてなにやってるんだろう。また、コーヒーを飲みながら、レコードでも聴いているんだろうか。こっちは大変だってのに、優雅に仕事しちゃってるんじゃないの?ってちょっとやっかみたくなる。

「今、会わせてあげる。着いてきて」
そう言って、ラナは歩き出した。私は、彼女の後について行く。

ガラス張りの廊下からは、木々の緑や噴水付きの池が見える。歩いている人も清潔感が溢れてた制服姿の人ばかりだ。私は、何だか緊張がほぐれてきた。ラナさんも、いい人っぽいし。

「なんだか、監獄ってイメージじゃないですね」

「ここの刑務所のコンセプトは、病院だから。でも、役割は変わらないのよ。
 受刑者の身柄を拘束している場所。そして、夢の中で矯正、再教育をしているのよ」

「そうなんですか。でも牢屋が沢山有るイメージとはちょっと違うなあ」

「それに、牢屋って言うか、ベッドルームって言うんだけど、そこも綺麗なものよ。
 受刑者が刑期を終えて、目覚める時のために眺望が良い部屋も有るわね。
 そういう心理的なものも考慮されてるの」

確かに、そんな部屋で目を覚ましたら、良い気分になりそう。新しい目覚めと共に、
新しい人生を送っていこうって気になるんじゃないかな。

「はい、到着。さ、入って」

ラナ連れてきたのは、ラナ個人の自室の様だった。仕事も部屋でしているのだろう、
机の上にはパソコンや積み上げられたファイルがあった。部屋の中は、小物は女の人っぽいが、整理整頓されている。ヤンをここに呼んでくれるんだろうか。

ラナは椅子に座ると、私にも座るように勧めた。何だか、白衣の人を前にすると、これから診察されるみたい。

「チョコ、食べる?」

彼女がそう言って、白衣のポケットから差し出したのは、金色のハート型の一口サイズのチョコだった。
私は、遠慮なく受け取って包み紙を解き、口に入れた。ビターな味のチョコレートが口の中でとろける。美味しいの。私は、笑みが零れる。

「さて、ここなら、誰にも聞かれることは無いわ。貴方の正体を教えてくれる?
 ニセモノのヤンの妹さん?」

口の中でチョコを転がす私に、ラナは頬杖を付きながら、がらりと厳しい口調で言った。私は、咽そうになった。

「え、私はヤン・コールの妹で・・・」
私は、スカートをぎゅっと握り締めた。ばれてた?何で?
チョコの甘さが急に喉に絡みつくような気がして、私は唾を飲み込んだ。

「嘘。ヤンには、夢界に家族は居ないわ。彼女が居るって話も、あの人から聞いたことが無い。もっとも、あまり自分の事は話さない人だけど。
 それにね。貴方、夢幻監獄の事も、知らなすぎなのよ。けっこう有名よ、ここ」

「・・・嘘だって、最初からばれてたんですか?」

「ええ。最初から。知ってて入れてもらったの。話なさい。直ぐにでも、警備員を呼ぶことも出来ます」
そう言って、ラナは電話機に手を伸ばした。

「ストップ!話します!」
私は、両手を前に突き出した。不味い、それは追い出されるだけで済むかどうか判らない。

ラナは、自分の髪を指先で遊んでいる。でも、視線は真っ直ぐに私の目を見ている。
「そうして貰えると、面倒な事に成らなくて助かるわ。ヨツバ、さん?
 これも偽名かしら」

「違います。本名は、白井ヨツバ。私は現界の人間なんです。この前来たばかりで。
 それで、こっちの常識とか詳しくなくて」

私は、両腕を下ろすと、仕方なく喋り始めた。第一関門で、実は既につまづいていたのだから、こうなったらしょうがない。
堂々と話せるほどの、度胸は無いけどさ。
もしかしたら、事情を話したら協力してくれるかもしれないし。
ラナさんも嘘付いてたけど、性格良さそうだし。こっちも身分詐称してたし、それはお相子だ。

「そう。不正規の入国者ね。まあ、元々、夢界は現界から迷い込んでくる人たちはそれなりに居るものね。これはあまり問題に成らないわ。ヤンとの関係は?」

「ヤンさんとは、夢の中で会いました・・・。あの私は、魔術とかそういう事が判らないんですけど。アンデルス・リプトンが出した黒い霧に飲み込まれて、アンデルスの内面世界とかいうのに入ってしまって、ヤンさんに助けられたんだと思います」

「ヤンが、アンデルスの内面世界に・・・。彼、その時、何か言ってた?」

「アンデルスの暖かな記憶を探しているって言ってました。その治療の為に必要だって」

「そう。彼は、何を考えているのかしらね。あの、バグウォーカー、アンデルス・リプトンを逃がしたのは彼だというのに」

「え、ヤンさんが?」
あの人が、アンデルスを逃がした?でも、どうして?

「ええ。治療中のアンデルス・リプトンを起こして、脱走させた。そういう調査報告書が私たちの間に廻っています。
 その後、ヤン本人も行方不明よ。御免なさいね。ヤンは、最初からここに居なかったの。
 ヤンの行方を貴方が知っているかと思って」

思い人に会えず、か。ヤンさんは、あんなに普通そうにしてたのに、逃亡中だとは思わなかった。
まあ、そういう事、表情には出さなそうな人だったけど。治療の為に、アンデルスの内面世界に居るってのも嘘だったのかしら。素顔で平然と嘘を付ける人だったとしたら、怖い人だったのかもしれない。
どうして、私を助けたんだろう。

私は、ラナに自分がここに来た理由を話してみることにした。

「私は、ヤンさんに出会ってから、アンデルスの夢を見るようになったんです。
 だから、きっとアンデルスの治療の一環なんじゃないかって・・・。私にも、何か協力できることが有るんじゃないかって思って此処に来たんです」

「アンデルスの夢を、ね。貴方、優しいのね。でも、協力は難しいわ。もう既に、アンデルスには消去命令が出てるもの」

ラナさんは、暫く考えた後に微笑んだ。

「大体の事情は、予想出来たわ。ありがとう。お礼に、面白いものを見せてあげる。
 ヤンに会いに着たのに、何もしないで帰るのもなんでしょう」

「面白いもの、ですか?」

「ええ。きっと気に入ると思うわ」

ラナに連れらて部屋を出る。ラナは、カードキーを使ってエレベーターに乗った。
私は、何なんだろ、と思いながら彼女に付いて行った。

他愛も無い事に、会話が弾む。ここのご飯は美味しくないとか、駅前にイタリアンの美味しいお店があるとか。連れて行って奢ってくれるって言ってくれた。アンデルスに追われているんだ、と言ったら、じゃあ、全部終わったら連れて行ってくれるって。
エド君たちに、電話で迎えに来てもらいなさい、と小言を言われもした。
頼れるお姉さんって感じかな。

ラナが何度かカードキーを使って連れてきたのは、真っ暗な部屋だった。
「何ですか、ここ」
「今、明りを付けるわ」

部屋の中が明るくなると、部屋の床の上には、幾つもの大きなカプセル型のものが並んでいる。
それに近づくと、中で人が寝ているのが判った。何らかの溶液に満たされたカプセルの中で、裸の人が呼吸をしている。
呼吸をするたびに、小さな泡が口から出ていた。

「もしかして、ここがベットルーム、ですか」
「そう。重犯罪者専用のね。凄いでしょう。ここに寝ているのは、刑期が何十年も有るような人ばかりよ」
「アンデルスも此処に居たんですか?」
「ええ。その奥のポッドに入っていたわ」

私は、その奥のポッドに近づいた。確かに、ポッドは空で、蓋も開いている。
「ここにアンデルスが居たんだ・・・」
「ええ」
首の直ぐ後ろから、ラナの低い声が聞こえた瞬間に、首にチクッとした感じがして、私は振り返った。
ラナが、ペンの様なものを持って居る。ペンの先から透明な雫が落ちて、私は何か注射されたのだと判った。

「ラナ、さん?」
急速に力が抜けていく。私は立っていられなくなって、ポッドの上に座った。
首元を擦ろうとしたが、腕に力が入らない。視界も揺れて霞んできて、よくラナさんの顔が見えない。
不味い、これはバッドエンドっぽい。私は、しちゃいけない選択を選んでしまったのだろうか。

ラナは、私のコートを脱がして、私の体をポッドの中に横たえた。私は、何の抵抗も出来ない。
「ラナさ、ん。どうして・・・」
「眼が覚めたら、イタリアンを奢ってあげる。もっとも、食べたかったらだけど」
ラナさんは、口角を上げた。私を嘲笑ってる。アンデルスに襲われた時の様に、背筋が恐怖で震えた。

ポッドの蓋が、私の目の前で閉まり、私は外界と遮断された。首元と足元から何かの液体が徐々に満ちてくるのが判った。
制服が徐々に濡れていき、生温い液体が肌に纏わり付く。
私は、全力で内側から蓋を叩こうとしたが、そう想像することで精一杯だった。

――アサカ、ご免、一緒に帰ろうって思ってたのに。何か、巻き込まれ、ちゃった・・・

浮ぶという一時の希望も空しく、口元までせり上がって来た液体に、私は窒息する恐怖と戦うことを選択せず、意識を手放した。




[25517] 第二十六話 二つの契約
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/18 07:14


気が付くと目の前には、何処までも青空が広がっていた。
雲海の上に私は立っていて、見上げると大きな雲が私の上をゆっくりと移動している。まるで、山麓の上から見えるパノラマや、飛行機の窓から見れる空の風景の中に立っているようだった。

暖かい微風が私の髪の間を通っていく。
「綺麗・・・」
私は、先ほど身震いしながら目を閉じた事を忘れて、目の前の光景に見惚れていた。
夏の青空の中に居るみたいだ、と思った。

「コードナンバー2073。世界イメージは、天国。人気の有る夢だな。ラナらしい選択だ」

横を見ると、ヤン・コールがタートルネックにトレンチコート姿で立っていた。何だか前に見たときの中性的なイメージよりも、ちょっと男っぽい姿だった。よく見ると、無精ひげなんて少し生えてる。
でも、風にコートの裾が煽られる姿が、彫の深い顔立ちと合わせて、天使みたいだった。

「君の方が、天使みたいだよ。青空に浮ぶ女子高生。私はもう、オジサンだ」
私は、心を読まれたみたいで、ちょっと頬を染めた。

「ヤン、私、どうなってるの?」

「ラナは、君を私に直接会わせたく無かったんだ。
 恐らく、君の夢界での出来事の記憶に夢を上書きし、アンデルスが死んだら君を現界に放り出すつもりだろう。
 暫くの間、神隠しに出会った、とでもして。すまない。私は君を巻き込んだ」

「貴方は、アンデルスを助けようとしていたんじゃないの?」

「私を信じて欲しい。本来なら、君に直接会って助力を請うべきだった。しかし、追われている身で、時間が惜しかった。だから、君にアンデルスの夢を強制的に見せるなんて方法を取ってしまった」
 
「私に、アンデルスが助けることが出来るの?」

「アンデルスは、君の弟と半ば同調している。私一人では無理だが・・・」

「私と一緒なら、大丈夫なんだね」

「ああ。君をきっと迎えに来る。待っててくれ。これは、君との契約だ。
 ラナに気がつかれない様に、もう回線を切る」

契約と力強く言ったヤンは、消えてしまった。
私は、彼が消えると、何だか、午後のまどろみの中に居るような気分になってきて、そっと雲海の上に体を横にすると、青空を見つめた。

「空が、高いな・・・」

私たちは、中華街の中を歩きながら、お昼の時間になっても戻らないヨツバを探していた。

「アイツ、何処行ったんだよ!俺、もう一度、ちょっと一っ走りしてくるぜ!」

私は、そんなエドの背中を見ながら、携帯を手に取って、ヨツバの番号を押す。
しかし、電源が入っていないか、電波の届かない所に居るとアナウンスが聞こえるだけだった。

「先輩、ヨツバちゃんの携帯、やっぱり駄目ですか」

不安げにこちらを見つめるアサカに、私は微笑む事が出来なかった。
私も、アサカと同様に不安なのだ。

「そうみたい。何処に行ったのかしらね・・・」

バグウォーカーに追われている状況で、安全な中華街を出るという選択肢を、ヨツバが取るとは思えないのだけれど。

「トヲル君とシンヤさんと、ノワールさんが、一緒に探してくれるそうです!」

ランランの背後に、見知った2人が立っていた。シンヤ君は、私と目線が合うのを避けるように、顔を横に向けている。ノワールは、私の顔を見ると目を細めた。

私は、シンヤ君の前に歩いていくと、こちらを見ようとしない彼を睨みつけた。
どうして、言ってくれなかったのか。どうして、現界で私を避けるなんて方法を取ったのか。どうして、ヨツバの時には直ぐに来てくれるのか。

私も、夢界に迷い込んだ哀れな子羊の一人としてだけしか、もう彼は見ようとしていないのか。
私との思い出も、全部、全部、否定すべき過去だと自分の中で処理してしまっているのか。

私は、彼の頬を張ろうとして腕を振り上げようとし、目尻から溢れる涙をそのままに、彼を抱きしめた。

「私、貴方の事情、もう知っちゃ、ったよ」

離したくないと、彼の胴体に腕を廻す。
こんな時だというのに、目尻からどんどん涙が出てくる。
御免なさい、ヨツバ。これは、自分勝手な涙だ。でも、ヨツバなら許してくれるそんな気がした。

シンヤ君は戸惑うように言った。
「そうか。不安だよな、白井さんが居なくなって」
私は、彼の胸に顔を押し付ける。

「そうよ、ヨツバが居なくなって。・・・私は何時だって不安よ。シンヤ君の事が心配で、憎くて」
シンヤ君は、私の頭を何時かのように優しく撫でてくれた。
その手が、僅かに震えているのを感じて、私は彼の顔を見上げた。

彼は、涙を流しながら、微笑んでいた。
「じゃあ、探しに行こう。何時かみたいに。また、君と取引だ」
私は、彼の首に腕を廻して引き寄せると、唇にキスをした。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

もう少しで、終わりです。単行本一冊ぐらい、12万文字を目指していたけど、ちょっと届かないかな。今回、短くてすいません。






[25517] 第二十七話 あの夏の四人とヤンの背信
Name: 太郎◆3ff6d448 ID:908f7153
Date: 2011/02/24 16:39

中華街のランランの家、中華飯店の一室で円卓を囲み、私たちは対策を考えていた。ヨツバは一体、何処に行ってしまったのか。何故、何も私たちに言わずに消えてしまったのか。残念ながら、手掛かりというものが無かった。エドが聞き込みをした結果、ふらりと朝出かけていったことまでは判っているのだが。

アサカは、ヨツバのことが心配のあまり、寝込んでしまった。私は、彼女の枕元で、眠るまで彼女の手を握ってあげた。目を瞑るのが怖いという彼女を、何とか安心させようと思って。せめて良い夢を見ていて欲しいけれど、こんな状況では望めないだろう。
枕元を離れるとき、彼女の手はしっかりと私の手を握っていた。

ヨツバは、何処に居るんだろう。一人で、何をやっているんだろう。
ヨツバは無鉄砲な子でも無いはずだ。多少、感情的な子では有るけれど、頭は良い。何か、理由があって、それが何の理由かは判らないけれど、彼女を動かすような特別な状況になったのだろう、と私は思う。

ぴしり、と何かが背中に当たったのが判り、私は思考を中断した。
「右手」
何かの正体は、ノワールの黒い尻尾だった。私は、無意識に右手の親指を強く噛んでいたのだった。
「ありがとう、ノワール」
ノワールは、何も言わずにその蒼い目を細めた。頭にも、軽い感触を感じる。
隣に座ったシンヤ君が、私の頭の上にぽんと手を置いたのだった。
「私、大丈夫よ。シンヤ君」
「判ってる」
返事はしてくれるけど、手は退けてくれない。その感触に浸っている時間では無いのだけれど、どうしようもなく、優しく甘い感触だった。子供のころに、お父さんやお母さんに撫でられているように。

右側にシンヤ君、左側にノワールやエド。ヨツバが私のために修復してくれた関係だ。
まだ、シンヤ君に、ヨツバと約束した言葉は言ってないのだけれど。ずっと続けば良い、と願う。
でも、今はその事を考えている時ではない。ヨツバ、いったい何処に行ったの?
早く戻ってきて欲しい。貴方のお陰で、私は幸せになれると思ったのに、貴方が夢界に消えてしまったら、
私はどうしたらいいの?

ランランが突然、ガタンと椅子を揺らして立ち上がった。
「そういえば、私、どうして思い出さなかったんだろ。スイマセン、私、混乱してて!
 昨日、ヨツバさんに夢幻監獄の事を聞かれたんです!今、電話番号調べて、電話してみます!」

まさか、ヨツバが夢幻監獄に一人で?でも、どうして?

「ランラン、その時、ヨツバはアンデルスに同情していたのかい」

ノワールが髭をいじりながらランランに尋ねた。これは、私が必死に何か考えようとした時に、右手の親指を噛んでしまうのと同じで、ノワールの考え事をしている時の癖だ。

「はい!ヨツバさん、アンデルスがこのまま死んでしまう事をすっごく悩んでて!」
ランランは、必死に携帯を操作しながらそう言った。
「電話、繋がりました。はい、今日、白井ヨツバっていう子がそちらに伺っていないかと・・・。
 え、はあ、そうですか、はい」
「ランラン、どうだったの」
ランランの落胆した様子から、結果は聞かなくとも判っていた。
「駄目でした・・・。今日、入所した記録は無いらしいです」
「そう」

私は、再び右手を口元に持っていって、シンヤ君に手を押さえられた。

「考えられるのは、夢幻監獄に向う途中でトラブルがあった。
 もしくは、最初から夢幻監獄が目的じゃないということだ。
 冷静になろう、リン」

「でも、今、どうしてるんだろうって、心配なの。ヨツバには何の力も無いのよ?
 一人で何かに巻き込まれたら、どうする事も出来ないわ。あのバグウォーカーに見つかったとしたら・・・」

私は、ヨツバがバグウォーカーに殺されるかもしれないと思うと、体が震えてしまう。
あのバグウォーカーの爪、牙、紅い隻眼がヨツバを狙っているのだ。

「最悪の結果を考えて、自分を追い詰めても仕方が無い。それに、あのバグウォーカーは夢警やハンターに追われているんだ。
 街中で、ヨツバを狙って動けるほど、自由に動き回れるとは思えない。
 テレビには、バグウォーカーが暴れれば直ぐに速報が入るはずだ」

「シンヤの言う通りだよ、リン。しっかりするんだ」

「うん、そうよね・・・」

頭では、シンヤとノワールの言う事が納得できるのだけれど、体は震えが止まらなかった。こんな時で無かったら、シンヤ君に抱きしめて欲しい。そう思って、シンヤ君の顔を上目使いに見ていたら、願いが通じたのか、シンヤ君が私の頭を抱きしめてくれた。
私は、そっとシンヤ君の胸に頭を寄り掛けた。私は、シンヤ君が居ると、大人のつもりの女子高生じゃなくて、一人の女の子に戻れるんだ。シンヤ君の鼓動を聞いていると、心が落ち着いてくる。

時間だけが過ぎていった。意見も出尽くし、誰もが無言になった。窓から射す光だけが、だんだんと伸びていく。ランランが、静かに泣き始めた。そうしたら、相沢君がランランを連れて部屋の外へ出て行った。
私も、もらい泣きをして、じんわりと涙が浮んできて、ノワールが差し出したハンカチで目元を拭いた。

壁の時計の針が、三時を指して、ボーン、ボーン、ボーンと鳴り出した。私は、みんなの気分を入れ替えるために、お茶を入れさせてもらおうと思って立ち上がった。こんな気分じゃいけない。ヨツバが居れば、きっとみんなを励ますだろう。

その時、凄い勢いで扉が開いて、エドが息を切らして入ってきた。
「客、連れてきたぜ。ヨツバの居場所を知ってるっていうから、連れてきた」

「本当に、エド!」
私は、色めきだってエドに抱きつく。良かった、心からほっとした。
何となく、煙草の香りがする。禁煙してたはずなのに。エドも、心配で堪らなかったのね。

「本当か、エド。また何時もみたいに早とちりしてるんじゃないのか」
ノワールは、静かにエドに水を注した。

「馬鹿言ってんじゃねえ!こんな時に、そんな事するかよ!」
ノワールとエドが火花を散らす。この二人、仲が良いのに、水と油なんだもの。

「それで、それでエド。そのお客さんって言うのは何処に居るの?」

「さっき、そこで会ってさ。この店の名前は言ったから、直ぐ来ると思うぜ」

「君は、大事な情報源を置いて、走ってきたわけか」
ふーやれやれ、とノワールがため息を付く。

「うるせえよ!捜査は足が基本!今まで、中華街の中、聞きまわってきたんだぜ、のんびり茶ぁ呑んでたお前と違ってな!」

「僕は君と違って、頭を使って、推理してたんだ。体力馬鹿には判らないだろうが」

「何だと、馬鹿野郎!」
私を引き摺って、ノワールに近寄ろうとするエドを押し留めた。

「エドは、早く私たちに教えてくれようとしたのよ。ノワール、そんな口利かないの」

「そうなんだよ、リン。やっぱり、リンは判ってる。どっかの馬鹿猫と違ってな」

「ふん、リンに抱きしめてもらってご満悦か、リンのペット。前から言おうと思ってたんだ、お前はリンの顔色を伺って生きてる。まるで、飼い犬みたいにな」

「あー?何だと、シンヤと一緒になってリンを虐めてたくせによう!俺は、リンが心配で側に居たんだぜ!」

「はっきり言ってやれば、お前はリンを子供扱いしてるんだよ!リンと遊んでれば、お前は楽しいんだろ。
 楽しいから、リンの周りをうろちょろしてるんだ!この太鼓持ち!」

「へ、猫はこれだから冷酷なんだよ!ネズミでもいたぶってろ!バーカ!」

「僕たちには、生まれながらにして野生の本能が残ってるんだ!飼い犬とは違うんだよ、腹見せて転がってろ、バーカ!」

「いい加減にしろ!この動物ども!」
シンヤ君が怒って、円卓を拳で叩いた。

「へ、虐めっ子が、何か言ってるぜ!」

「シンヤ、君が煮え切らないから、リンが立場を無くしたんだよ。さっきから、ベタベタしてるみたいだけどさぁ!
 何だよ、一人で良いカッコしてさ!もう恋人気取りかよ!見てるこっちが恥ずかしくなる!」

「う、うるせーよ!犬、猫!」

「「ボキャブラリーの無い奴!」だぜ!」

「辞めて!エドは、直ぐにその人を連れてくる!ノワールとシンヤ君は、お茶入れてくる!ほら、さっさとしなさい!」

私は、恥ずかしい気持ちなんかどっか行って、仁王立ちすると怒鳴った。
ノワールとエドは、尻尾をピンと立てて、私の言葉に従った。シンヤ君も苦笑いを浮かべながら、その後を追った。

思い出した。この三人と居ると、偶に私は夢界でこんな風になる。エドとノワール、シンヤ君が引き出した私の一面だ。
恥ずかしくて、私は顔が赤くなるのが判った。この部屋に、私たち4人しか居なくて良かった。

廊下を歩く三人の会話が聞こえてきた。
「シンヤは尻に敷かれ慣れてるなぁ、おい。男ってのは、亭主関白じゃなきゃいけねーよ。ん、って言ったら茶が出てくるみたいな」
「俺は女性の権利を尊重する。男女差別は反対だ」
「同感だな。大体、そんなだから、エドは彼女に振られるんだ」
「お前らは去勢されてんだよ。それにまだ、振られてない。お友達に一時戻っただけだ」
「「それが、振られるって言うんだ」よ」
私とエド、シンヤ君とノワールで別れてたのが、嘘みたいね。

私たちの時計は、再び動き出していた。私は、ヨツバが動かしてくれた時計を抱えて生きていきたい。

エドは、今度は一人の男性を連れて戻ってきた。背の高い、彫の深い日本人みたいな人。
灰色のトレンチコートにタートルネックの立ち姿は、中国のドラマに出てきそうな俳優みたいで、声も良い。
ヤン・コールと言えば、あのバグウォーカーからヨツバを助けてくれた人だと聞いている。

彼はノワールが出したお茶に手を付けなかった。

「時間が、あまり無い。直ぐにでも、白井ヨツバを助けに行くべきだ。彼女は、夢幻監獄に居る。
 私のIDカードが無くては、入れないところに」

「私たちは、夢幻監獄に電話しました。そしたら、白井ヨツバは入所していないと言われました」

「彼女は、偽名を使ったんだ。私の妹だと偽った。だからだろう」

「どうして、それを知ってんだ?」

「私は、ある事情があって、彼女の夢にアクセス出来る状態にしている」

「夢渡りって奴か。あんた、夢幻監獄の医者なんだってな。それなら、そんな能力を持ってても不思議じゃねーや。
 あそこなら、重宝される能力だ。夢で受刑者を支配してる所だからな。ま、そういう事か。とっととヨツバを助けに行こうぜ」

「そういうこと、じゃ無いな」
ノワールは、目を細めて髭を弄りながら、ヤンを睨みつけていた。

「ノワール、何を言ってるの?早く、ヨツバを助けに行きましょう」

「土壇場で、裏切られるかもしれないのに?もしくは、上手く利用されるかもしれないのにかい?」

ノワールは私を見て、ぺろりとピンク色の舌で口元を舐めた。これは、ノワールの用心しろ、のサインだ。
ノワールと私が決めたサインの一つ。私は、そっとヤンから距離を取った。でも、このヤンという人が何かを企んでいるようには見えないけれど、そう言われてみれば、優しそうな眼に影を帯びているよう気もする。何かを深く悩んでいるかのような。

「ノワール、何を言ってる。この人は、白井さんを心配してここまで来てくれたんだ」
シンヤ君が、ノワールに注意した。

ノワールは、シンヤの目を見つめると頭を振った。
「リンは基本的に人が良すぎる。シンヤは、惚気てる。エドは馬鹿だしな。疑って、推理するのは、僕の役目だ。
 ヤン、君は言っていない事が多いんじゃないのかい?あまりにも、都合が良すぎる展開だよ。
 バグウォーカーに必要以上に肩入れするヨツバもおかしい。そんなに、他人に、しかも殺人者に肩入れするかい?
 死ぬかもしれないのに、一人で中華街を抜け出すのもおかしい。僕は面と向ってヨツバと話したことは一度しかない。
 でも、少し直情的だけど、頭が良い子だって事は判ってる。そんな判断を軽々しくする子じゃない。
 どうも、ヨツバの事を考えると、操られてるみたいだって思ってた」

「ヨツバの奴が、操られてる・・・?そんな雰囲気無かったと思うけどな。大体、ヨツバの周りにはいつも俺たちが居たぜ」
エドが不思議そうにノワールを見た。そうよ、私たちはいつも一緒だった。ヨツバが、操られているなんて・・・。

ノワールは、フンっと鼻を鳴らす。
「そうだね。いつも、ヨツバは君たちの側に居た。だから、逆に気が付かなかったんじゃないか?
 ヨツバは、寝てる時に夢を見させられていたんだよ。そうして、夢に引き込まれた。
 ヤン、君が出てきて、確信した。君、ヨツバに夢を見せただろ。あのバグウォーカーに感情移入するような。
 推測だけど、さらに、ヤン、君の手伝いをするように、ね。それは夢界では違法な事だよ」

「夢・・・、確かに、それじゃあ、俺はヨツバを守ってやれねーよ」

「夢界の人間なら、夢への解釈は現界の人間と違って、シビヤだ。魔術を齧った事のある人間なら、夢に対して注意する。
 でも、現界の人間は、大昔から、夢を予知夢だと解釈したり、特別なものとして受け入れているんだ。
 その辺りの感覚の違いも、エドがヨツバに忠告出来なかった理由だろうね」

確かに、私たちは夢を見て、自分の無意識が何を考えているのか判断したりする。

「ヤンさん、貴方はヨツバを利用して、私たちも利用するために近づいたんですか?」
私の前に、シンヤ君が庇う様に立った。もし、日本刀をシンヤ君が今もって居たら、構えていただろう。

「おい、黙ってねーで、何とか言え!医者が、ヨツバを利用するようなこと、まさかしたんじゃねーだろうな!」

「客観的に見れば、ノワール、リン、君が言う通りだね。私は、ヨツバが拒否できない状況で、受刑者に情操教育を行うのに近い事を行ったよ。さらに、ヨツバが単身で夢幻監獄に行くところまでは、私がお膳立てした。しかし・・・」

「ヨツバが、無限監獄に閉じ込められるところまでは、予想が付かなかった。そういうことだろう。
 だから、ヤン、君は今度は僕たちを利用して、ヨツバを助け出そうとしている」

「てめー、ヨツバが優しい奴だってことを、利用しやがって!アイツは、リンと同じで優しい奴なんだよ!それを!!」

エドが、ヤンに殴り掛かろうとした。ヤンは、殴られる事を覚悟しているように、エドを冷静な目を見ている。

「待って!エド!」
私は、声を張り上げた。

「リン、どうして止めるんだよ!俺は、あいつを守ってやるって決めてたんだ!リンみたいに!」
エドが、本気で怒ってる。犬歯が口から覗き、硬く握り締めた拳が小刻みに震えていた。

「聞きたいことがあるの。どうして、ヨツバを利用したんですか」

「・・・・・」
ヤンは、何も言わなかった。何も言わず、視線を床に落としている。

「黙って、悪者になる気かい?殴られれば、罪悪感が薄れる?そんな所だろう。
 ヤンが考えたことなんて、ヨツバの行動を見れば、一目瞭然だよ、リン。
 ヤンは、医者だ。考える事は、あのバグウォーカー、アンデルス・リプトンを助ける事だろう。
 でも、方法を間違ったと後悔している」

ヤンは、床を見たまま、吐き出すように言った。
「その通りだ。私は、医者であり、魔術師であり、そして、科学者だ。時間も無かったので、もっとも効率的に答えを導ける方法を取ってしまったんだ。魔術師としては良識に欠け、医者としては本分を見失い、
 科学者としては失格な方法を。
 だが、それでも、アンデルスを助けたかった。アンデルスを正気に戻す魔術を成り立たせるためには、ヨツバの純粋な同情、ヨツバの弟の姉に助けを求める心が必要だったからだ。
 ・・・情操教育と言ったが、自分の心をヨツバに直接届けるつもりで夢を送ったんだ。副作用に私は目を瞑った。
 だが、アンデルスを、ヨツバを助けたいと思う気持ちは信じて欲しい。身勝手な願いだという事は判ってる。しかし、力を貸してくれないだろうか」

ヤンは、そう言って、大きく頭を下げた。

ヤンが言った事を、私は理解出来た。この人は、医者である事に誇りを持っているのね。今は間違えてしまったけれど、誠実な人柄が伺えた。だから、私は言った。
「・・・力を貸します。シンヤ君、エド、ノワール、この人と一緒に行きましょう」

「それで良いのかい?ヤンは、ヨツバを、僕たちを利用しているんだよ。彼から、IDカードを受け取って、四人で助けに行っても良いんだ。アンデルスは、バグウォーカーとして終らせることも出来る」

「俺は、リンを助ける。それだけだ。それが取引だから」
シンヤ君は、私の手を握ってくれた。私は、その手をしっかりと握り締める。

「俺は・・・、おい、ヤン。ヨツバに全部話せ。あいつは、自分が利用されても、アンデルスを助けたいって言うはずだ。それに、後味が悪い最後はご免だからな。あのバグウォーカーが助かるって言うなら、ヨツバにとっても実際、悪い話じゃないはずだろ?ノワールも、それで良いんじゃないか」

「確かにね・・・。ヨツバなら、そう言うかも知れない。うん、僕もそれで良い。誰かに用意されたハッピーエンドなんて僕は認めないけれど、ヨツバの意思で選んだラストなら、僕は認めるよ」
 
「すまない、恩に着させてもらう」

「それを言うなら、ヨツバに言って下さい。ヨツバは貴方を信じているんだから」

ヨツバ、一緒にあのバグウォーカーを助けましょう。それが、きっと操作されていなくとも、あなたの本心だと思うから。
操作されていなくとも、ヨツバは、私を助けてくれたぐらい優しいもの。







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