フランスの詩人ポール・クローデルは駐日大使の時に関東大震災にあった。彼は壊滅した横浜にかけつけ、親友の領事をはじめ多くの人々の死を知ったが、生き残った人の異常な体験も記している▲服がぼろぼろになった米外交官は子供を抱いて建物の5階から飛び降りたが無事だったと語る。そういうと彼は火事で焼けた梨をさも大事そうに差し出した。あるイタリア人は建物から飛び出して、自動車の下敷きになったという。だが彼もかすり傷一つない様子だ▲知り合いのフランス人は修羅場と化した通りで妻の遺体を確認したという。だがクローデルはその妻が避難先の船に無事でいることを知らせてやった。異国で遭遇した想像を絶する惨禍を奇跡的に生きのびた人々の心身の興奮や記憶の混乱をうかがわせる記録である▲「家族や友達に『生きています』と伝えたい。それで十分」。こちらはニュージーランドの震災のビル倒壊現場で救出された19歳の語学専門学校生の言葉だ。救出には右脚を切断せざるをえなかった。だが「生きていられるだけでいい」、そう受け止められたという▲その語学学校のあった現場では救出作業の本格化と共に多くの遺体が見つかった。なぜ未来に夢を追い求める各国の若者たちが集う場所がことさらむごい被害を受けねばならなかったのか。かなわなかった夢、断ち切られた希望の一つ一つを思えば天に問いたくなる▲なお多数の行方不明者が閉じ込められているという現場である。どんな種類の奇跡でも異常体験によるものでもいい。一人でも多くから「生きています」の声が聞かれるよう願わずにはいられない。
毎日新聞 2011年2月25日 東京朝刊
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