菅直人首相が内閣の最重要課題に掲げる「税と社会保障の一体改革」。赤字大国・日本の国民として知っていて当たり前! だが、やっぱり難しい。知ったかぶりでは済まされない税の話を、専門用語抜きで一から学ぶ。【鈴木梢】
菅首相の施政方針演説などに対する代表質問が始まった1月26日。東大・赤門をくぐり、財政論を専攻する井堀利宏教授の研究室を訪ねた。代表質問では、自民党の谷垣禎一総裁が一体改革と矛盾する民主党マニフェストの撤回を求め、「有権者にわびたうえで信を問い直すべきだ」と力説した。
研究室では、井堀教授が嘆いていた。「菅さん、反省してないもの。仕分けでムダをはぶくと言っても、やってみたら1兆円にも満たなかった。政権交代前の発言とその後にやってきたことを比べ、真摯(しんし)に反省しなければね」
具体的な制度改革の基本方針は6月までに示されるが、財源確保は消費税率引き上げが中心となる。一方、法人税は11年度から実効税率が5%引き下げられる。世界的な引き下げ競争で企業の海外流出を防ぐためだ。井堀教授は「少子高齢化で勤労世代がどんどん減ってしまうから、働いている人から取る所得税に頼るのも、もう無理なんです」と説明する。
急速な少子高齢化で社会保障費が拡大するのは分かるが、そもそもなぜ税との「一体改革」が必要なのか? 井堀教授は「本来なら保険料で年金や医療が賄われるはずですが、それでは足りないため税金を投入している。投入とはいっても財源がないから財政赤字を出して将来に先送りしており、年金制度を改革する場合は両方一緒に考えなければならない」と説明する。
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「かんしゅしょう しゃっ金をしないように、かんがえてください」
毎日小学生新聞が子どもたちに募集した菅首相への年賀状。借金を膨らませて将来世代にツケをまわす政府への不安が幼い文字で寄せられた。日本の借金(債務残高)は過去最高の900兆円に迫る。
政府が05年度に発表した世代会計によると、将来世代の負担から受益を引くと1世帯当たり4585万円に上る。この窮状を「財政的児童虐待」と強調するのは、一橋大の国枝繁樹准教授(財政学)。「これから誕生するカップルに赤ちゃんがオギャーと生まれたら、いきなり巨額の借金を負わされる計算になる。将来世代の負担は世界的にも断トツに高い。日本人は子どもにこれほど冷たいとは思えないんですが、実態なんです。最悪ですよね」という。
国が借金ばかりするのは、国民の負担が少ないからか?
国民所得に占める税の負担割合(税の負担率)は、10年度見込みで21・5%、社会保障の負担率は17・5%。特に税の負担率は主要国でも最低水準という(図1)。国枝准教授は「スウェーデンのように大きい政府か、アメリカのように比較的小さい政府かというと、日本の場合は小さい政府だから国民負担率が低いというわけではなく、将来世代に負担を押し付けているので、現代の世代は少なめの負担で済んでいるだけなんです」。そのため、日本は「中福祉・低負担」と指摘されるが、一定のサービスをそれに見合わない低い負担で続けられるわけはない。
一体改革で不可避とされるのが消費税率の引き上げ。反発は強いが、井堀教授は「高齢者を含めてみんなが負担するので、少子高齢化の影響が少ない。安定的なため、毎年一定額が必要な社会保障の財源にふさわしい」とメリットを挙げる。
社会保障が充実する欧州の付加価値税(消費税)はスウェーデンで25%、イタリアで20%。一方、日本は所得税と資産税が諸外国と比べて重い。国枝准教授はバランスのとれた税制が望ましいことを、カラオケを例に説明する。
「あなたの職場でカラオケに行ったとして、歌が好きな鈴木さんはマイクを離さない。その時、支払いをどうするか。やっぱり給与の高い人に多く払ってもらおうというのが所得税の考え方。でも、ほとんど歌っていない部長は納得できない。曲数に基づいて払った方がむしろ公平という考え方が消費税です」
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消費税は低所得者ほど負担感が増すため、国際的には生活必需品に対して税を軽減したり非課税にする国もある。だが、必需品とぜいたく品の線引きは難しい。
国枝准教授によると、ドイツではハンバーガーのテークアウトは軽減税率だが店内で食べればレストランで食事するのと同じ標準税率が適用される。イギリスでは、ケーキとチョコで包まれたビスケットは税率が違うため、ある菓子がどちらと見なされるかで裁判になった。このため、税率軽減よりも一律に集めた財源から低所得者に手厚く給付する方が効率的で、税の再分配にも有効という意見が根強い。
09年度の経済財政白書によると、日本の税による再分配効果は国際的にも最低レベル(図2)。国枝准教授は「経済格差が広がってきたのに税の累進度を緩めてきた問題はある。高額所得者への課税強化は昨年末決まったが、低所得者への再分配機能の強化は税制改革の課題として残る」という。
井堀教授は言う。「給付に関しては、子ども手当や農家の戸別補償のように広く薄くばらまくと政策効果が出ない。子育て支援なら本当に必要なところに保育所を作ればいいし、政策のメリハリをきちんと付けるべきです」。税は「広く薄く」、給付は「選択と集中」が肝要という。聞けば聞くほど民主党の施策は逆行しているように思える。
さらに問題は、一体改革で社会保障の財源確保のめどを付けたとしても、莫大(ばくだい)な借金返済については手つかずということだ。日本の財政赤字はバブルが崩壊した90年代に特に膨らみ、97年には消費税を5%に上げたが、借金総額が国内総生産(GDP)を上回った。00年以降も急拡大し、現在は借金がGDP比約200%となり、財政破綻したギリシャやアイルランドよりはるかに高い。
井堀教授は「国が借金しても差し当たって国民は痛みを感じない。与野党ともに増税と言えば選挙に負けるから、勝つためにはバラマキをする。景気の悪い時は公共事業や減税で大盤振る舞いし、景気回復してツケを解消しようとしたら、また景気が悪化する、その繰り返しなんです」。
国民も、「そういうことに疎いので」では済まされない。
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毎日新聞 2011年2月2日 東京夕刊