誰一人として排除されることのない新しい社会をつくろう-。こんな理念の下、政府が1月、「一人ひとりを包摂する社会」特命チームを発足させた。
菅直人首相が掲げる「最小不幸社会」の実現に向け、セーフティーネット(安全網)の強化など「社会的包摂」を推進するための戦略づくりを担う。
包摂とは包み込むことをいう。社会的包摂は、貧困や差別などで疎外されている人を孤立させずに社会参加を促す概念で、欧州で広まった考え方だ。
首相は初会合で「みんなに居場所と出番がある社会にしていく」と述べ、目的達成への強い意欲を示した。
いまの日本は、職場や地域、家庭でのつながりが薄れ、「孤立死」や「無縁社会」などが社会問題化している。
2008年暮れの年越し派遣村の光景は、仕事と住まいを失った人たちが一気に生活に困窮する「すべり台社会」の現実を見せつけた。昨年夏に相次いだ高齢者の所在不明問題も記憶に新しい。警察庁の速報値では、昨年の全国の自殺者数は13年連続で3万人を超すという。
経済は低迷を続け、グローバル競争の激化で企業の安全網の機能は弱まっている。雇用の流動化で安心社会の前提も崩れている。少子高齢化が加速し、地域や家庭の支え合う力も衰えている。
孤立や無縁、貧困、自殺に限らず、児童虐待やニート(無業者)、家庭内暴力といった、目の前にある社会問題の多くは、日本社会がこうした構造的な変化に対応できていないことに起因していると言える。社会的包摂とは逆の社会的排除によって起きているとも言える。
政府が首相の特命で、こんな多様で困難な背景を抱える社会問題の解決に取り組むことは、とても重要である。時宜にもかなっており、注目していきたい。
特命チームは実態調査を進め、社会的に孤立し生活困難に陥るリスクと、孤立した人を包み込む対策の両面を探る。今夏に緊急提言をまとめ、12年度中に「社会的包摂戦略」の策定を目指す。一方、できることから着手するため、自殺対策を軸とした電話相談にも乗り出す。
チームには、派遣村の村長を務めた「反貧困ネットワーク」事務局長の湯浅誠内閣府参与や、NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表の清水康之内閣府参与らが参加した。チームと現場をつなぐ役割に期待したい。
社会的排除が引き起こす事例として、例えば、失業長期化による生活苦から多重債務に陥り、児童虐待などへ連鎖する傾向があるという。複合的な問題には省庁縦割りでは対応できない。その意味でも首相主導の取り組みは評価できる。
いまの安全網のどこに穴があり、潜在的リスクは社会全体でどの程度広がっているのか。これらを明らかにし、誰にも居場所と出番のある社会になれば、活力が生まれる。それにつながる説得力ある戦略と支援策を打ち出してほしい。
=2011/02/16付 西日本新聞朝刊=