東奔政走

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国民に我慢を強いる 与野党「弱者同士」の我慢比べ

 ◇与良正男(よら・まさお=毎日新聞論説副委員長)

 かねて書いてきたように今の民主党と自民党との対決は弱い者同士のチキンレースである。菅直人首相はもちろん、谷垣禎一・自民党総裁も決して自民党内の基盤は強くない。新年度予算案や予算関連法案の成立を前提とした政府・与党との修正協議に応じれば、党内の猛反発を招くのは確実だ。弱いがゆえに「直ちに衆院解散・総選挙を」と強気の姿勢を崩すわけにはいかない。かくして先がまったく見えない与野党の我慢比べが続くという意味だ。

 そこにもう1つ、弱い者同士の、そして先が見えない戦いが加わった。「処分」をめぐる菅首相と小沢一郎元民主党代表との対決である。

 ◇国会対策を見誤った菅首相

 「裁判が決着するまで党を離れてはどうか」--。政治資金規正法違反で強制起訴された小沢元代表と2月10日会談した菅首相は、元代表に自発的に離党するよう求めた。小沢元代表は拒否し、政治倫理審査会への出席や証人喚問を拒む姿勢も変えなかった。これを受けて、岡田克也幹事長ら党執行部が党員資格停止処分とする党内手続きに入ったのは周知の通りだ。

 元代表を支持する民主党内のグループはあらゆる処分に反対しているが、「党員資格停止」は党の倫理規則の中では軽いものだ。資格停止の期間は政党支部への交付金は受けられず、衆院解散・総選挙があっても原則的に公認されないし、党代表選への立候補資格も失うが、小沢元代表の選挙地盤はなお強く、実質的な影響は大きくないという見方が党内では一般的となっている。

 そもそも党代表である菅首相が面と向かって離党を迫ったのに、拒否されるや軽い処分を検討すること自体、首相や党執行部の腰が据わっていない証拠である。2人の直接会談は「一応、首相が離党を求めてみた」という儀式でさえあった。

 会談後、例によって鳩山由紀夫前首相と輿石東参院議員会長に会った小沢元代表は「首相の表情がいつもと違っていた。ぼそぼそと話をしていた。相当まいっているな」と語ったそうだ。これでは、どちらが処分される側なのか分からない。

 首相は年頭の会見で「強制起訴された時には政治家として出処進退を明らかにすべきだ」と大見得を切っていたはずだ。それがなぜ、その後、手をこまねくばかりだったのか。

 要するに国会対策を見誤ったのである。昨年末、首相には「小沢切りを断行すれば、公明党が予算案や関連法案の審議に協力する」といった情報がもたらされていた。公明党が賛成してくれれば、仮に小沢元代表が何人かを引き連れて離党しても参院での可決は可能かもしれない。だから首相は小沢氏排除に走った。

 ところが公明党は通常国会スタート以来、むしろ菅政権との対決姿勢を強める一方で、「予算関連法案に賛成を」という首相の期待は日ごと薄れ、公明党との部分連合路線は困難な情勢となりつつある。

 そこで一転して目をつけたのは参院で法案が否決されても衆院で再可決できるようにする「衆院3分の2」確保路線だ。普天間問題などは棚に上げ、社民党に露骨な秋波を送って、にわかに同党と予算協議を始めたのはそのためだ。

 衆院で3分の2に達するには318議席が必要で、民主党(307)と国民新党・新党日本(4)、社民党(6)、さらに民主党系無所属(2)を加えれば、確かに数のうえでは319議席になる。

 ただし、言うまでもなくそこには小沢元代表や元代表の支持グループも含まれている。社民党が賛成しても小沢元代表ら2人が反対すれば「再可決」路線は破綻する。つまり、法案成立のためには小沢元代表にも協力してもらわないといけないという虫のいい話なのだ。公明党の出方を見誤ったツケは大きい。菅首相や岡田幹事長らが強気に徹しきれなかった事情はここにある。

 だが、一方の小沢元代表の苦しさも変わらない。毎日新聞の取材によると、小沢元代表は昨年10月、検察審査会の起訴議決が公表され、強制起訴が確定した直後、ある側近に「政治的にどう判断したらいいか、意見を言ってほしい。角さんのこともある」と電話したという。

 無論「角さん」とは、元代表が「政治の師」と仰ぐ田中角栄元首相だ。ロッキード事件で逮捕・起訴され離党した田中元首相の名を挙げた小沢元代表に対し、側近は「離党も考えているのでは」と察し、「離党したら小沢グループが迷ってしまう」とアドバイスしたとされる。

 ◇野党以上に行き詰まりを期待する「小沢グループ」

 小沢元代表がどこまで本気で離党を検討していたのかは分からない。しかし、かつて党を作っては壊してきた小沢元代表とはいえ、今回ほど展望が開けない局面はない。離党し、新党を作っても何人が参集するか不明。自民党にせよ、公明党にせよ、小沢元代表と組む野党勢力があるとも思えない。しかも、今の小沢グループは選挙地盤の弱い若手がほとんどだ。いつ解散・総選挙になるにしても苦戦は確実だ。結局、小沢元代表としても党員資格停止処分を受け入れ、党に残る選択しかないように思われる。

 小沢グループからは「3月以降、菅内閣は行き詰まる」との声がしきりと聞こえる。菅首相の辞任を前提に反転攻勢を狙うしかないということなのだろう。

 それにしても--。

 毎日新聞の社説でも指摘したところだが、通常国会が始まって以来、野党側が小沢元代表の問題を取り上げる際には「私たちも、もうこの問題には終止符を打ちたいのだが……」と前置きするのが定番となっている。国民も、もはやこの問題にはうんざりしているのを承知しているからだろう。

 ところが、なかなか終止符とはいかない。今後、野党は小沢元代表の証人喚問が実現しない場合、審議を拒否する戦術に出る可能性がある。野党も本音では次の衆院選まで「小沢問題もけりをつけられない民主党」をアピールしたいのである。そして今回、現政権の行き詰まりを野党とともに(いや、野党以上に?)、期待する勢力がまた1つ加わった。

 こうして「熟議の国会」は遠のくばかりとなっていく。弱い者同士の我慢比べの結果、何も動かなくなった国会に、一番我慢を強いられているのは国民だ。それを与野党ともに忘れているというほかない。

2011年2月21日

 

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