菅直人首相の続投、内閣総辞職、解散・総選挙。選択肢はこの三つに限られる。国民にとって何が望ましい選択か。その答えが浮かび上がりつつある。
首相の首をすげ替え、民主党内で総理の座をたらい回しするようなことがあっては、政治不信を助長するだけだ。大義もなにもあったものではない。かといって菅首相が続投するシナリオも考えにくくなった。
日本経団連の米倉弘昌会長は国民生活を無視したかのような国会審議に業を煮やし、「国民のため何も仕事をしておらず、給料泥棒のようなもの」だと、与野党を厳しく批判した。
「前門の虎 後門の狼」という状況の中で、菅首相は、内閣改造によって一点突破を図ろうとしたが、目論見は不発に終わり、逆に袋小路に追い込まれてしまった。
なぜ、そうなったのか。理由の一つは、小沢一郎元代表の処分問題について、完全に読みを誤ったことがあげられる。
民主党は政治資金規正法違反の罪で強制起訴された小沢元代表に対し、判決が確定するまで党員資格停止とすることを常任幹事会で正式に決めた。
だが、この決定は、厳しい処分を求める一部党員や有権者に強い不満を残し、処分に反対する小沢氏サイドの国会議員からも激しい反発を招いた。証人喚問を求める野党も一斉に批判した。
状況打開のつもりが、ますます混迷を深める結果になっているのである。
「小沢切り」によって政権浮揚を図り、野党を話し合いの場に引き込む―それが首相側が描いたシナリオだった。
だが、それにしてはツーレイト、あまりにも遅かった、と言わざるを得ない。強制起訴の議決が公表されてから4カ月以上も、処分をめぐってもたつき、内紛に明け暮れていたのである。
国民の多くは「小沢問題」と聞くだけで拒絶反応を起こし、もういい加減にしてくれ、と思っている。「国民の生活が第一」という政策理念を実現するために投入すべき時間とエネルギーが、小沢氏処分のために浪費されてきた。有権者の期待を裏切った責任は重い。
これで問題がすっきり解決したのなら、まだ救いがあるが、現実はそうはなっていない。
政権交代を実現させた最大の功労者は小沢氏だが、政権のつまづきの石になっているのも小沢氏である。
小沢氏は不服申し立てを検討しているようだが、決定が覆る可能性は皆無に近い。
「何一つやましいことはない」と言うのであれば、なぜ国会招致に応じないのか。小沢氏の態度は理解できない。
党執行部は、これで小沢問題に幕を引きたいかもしれないが、不満のガスは至る所にたまっている。
ことここに至っては、与野党合意の上で予算案と予算関連法案を通過させ、しかるべき時期に解散し、信を問うほうがいい。それがベターな選択である。