【コラム】中東発「変化のウイルス」が北を攻撃したら
だが翌日、ムバラク氏はひそかに紅海のリゾート地に向かい、代わって副大統領が退陣声明を発表した。独裁者も政治家であり、(ほかの政治家と同様に)本心を知るためには「口(言葉)」ではなく「足(行動)」を見なければならない。追い詰められて国民への談話に踏み切ったこと自体が、すでにムバラク氏の置かれている状況を代弁していたわけだ。
カダフィ大佐の演説内容もやはり「退陣拒否」というものだった。遊牧民の伝統服とされる黄色の民族衣装でカメラの前に現れたカダフィ大佐は、75分にわたり拳を振り上げながら長々と演説した。演説とは形ばかりで、実際の内容は支離滅裂だった。デモ隊を「汚いネズミ」と呼び、国民に対し「最後の血の一滴まで戦う」「最後まで戦って殉教する」と主張した。被害妄想にさいなまれたかのように、西欧や米国、デモ隊や反体制勢力に対する非難も次々に飛び出した。だが実のところ、42年にわたりリビアを統治してきた独裁者が、息子の所有する国営放送を通じ、準備なしに演説するということ自体がコメディーだった。
カダフィ氏の演説は、国民との双方向の意思疎通を放棄し、一方的にまくしたてることに慣れきった無礼で図々しい独裁者の姿そのものだった。ところが、その姿に妙に重なる場面が思い浮かんだ。昨年9月、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の三男・正恩(ジョンウン)氏が、44年ぶりに開催されたという朝鮮労働党代表者会で後継者として登場したときの姿だ。住民が極度の飢餓に苦しんでいる国で、頬がはじけそうなほど肉付きのよい27歳の後継者・正恩氏と金総書記が登壇したときの様子も、不快なコメディーの一場面だった。
年初からチュニジアを皮切りに吹き始めた中東の民主化デモの風が、エジプトのムバラク政権を倒し、北アフリカや中東地域全体に吹き荒れている。まるで開放と変化に対する熱望が、急速度で伝染しているかのようだ。現在はリビアで最も強い威力を発揮しているが、周辺のバーレーン、イエメン、アルジェリア、スーダンなどでも不穏な動きが見られる。中国や北朝鮮にも、この風が及びそうな気配だ。
国によって事情は千差万別だ。一人当たりの国民所得が2万7000ドル(約220万円)の国もあれば、王政を敷く国もあり、すでに激しい革命を経験した国もある。だが、それらの国家には「変化のウイルス」に弱い抑圧体制という共通点がある。数十年にわたる独裁の圧力が限界に達した国に、民主化デモの風が吹き荒れれば、一瞬にして爆発してしまう。実際に、18日間のデモによって30年にわたる独裁政権が退陣に追い込まれたのだ。
追い出された中東の独裁者たちを見ると、権力というものは長く保持しているからといってそれ以上強くなるわけではない、ということが分かる。むしろ権力は、長く握れば握るほど腐敗が進み、最後には独裁者が自分の体一つ守りきれないほど弱体化する。北朝鮮も例外ではないだろう。「変化のウイルス」は、三代世襲を夢見る腐り切った権力の、弱い部分を攻撃することになるはずだ。そして、すでに北朝鮮の各地で、そうした兆しが表れている。
姜仁仙(カン・インソン)国際部長