2010年11月17日
小6の春、オカンが家を出ました。理由はおやじの借金。ギャンブル好きで、競艇、競馬、パチンコと何でもやる。うどんの屋台をやっていて、うまいと評判の行列店だったんですが、「仕入れに行く」と言っては競艇場に通うんです。
近所の喫茶店によく連れていってもらいましたが、おやじの目当てはコインゲーム。当時は時代劇の「子連れ狼(おおかみ)」がはやっていて、他の客からは「(主人公の)拝一刀(おがみいっとう)と大五郎が来たでー」と冷やかされました。
中学に入ったころから借金の取り立てがきつくなり、おやじはピラニアを稚魚から育ててもうけようとしました。でも、設備が十分じゃないからすぐ死んでしまった。その日、夜中に目を覚ますと、包丁を手にしたおやじが「2人で死のう」と言うんです。「まだ生きたい」と泣いて訴えると、「おれは明日出ていく。お前はここにおれ」と。翌日から、僕は市営住宅に1人で暮らすようになりました。
おやじは、借金取りが来ないタイミングを見計らって、たまに生活費を届けてくれました。僕が寝ている夜中、こたつの上に千円とか3千円とかを置いていく。でもそのうち途切れました。おやじとは、それっきり。僕は知り合いの居酒屋で皿洗いのバイトをして生活費を稼ぎ、毎晩、借金取りの応対もしました。
今は亡き師匠の枝雀に弟子入りしたのが16歳。そして27歳の時、突然、おやじが勤めていたというタクシー会社の人から「がんで亡くなった」と電話をもらいました。
僕は当時テレビやラジオに出ていたから、会いに来ることはできたはずなのに、おやじはそうしなかった。会わせる顔がなかったんでしょうね。棺の中の顔を見ていたら、泣けてきて仕方ありませんでした。
同僚によると、僕が結婚するってラジオで聞き、「せめて結婚祝いを持っていかんと」と50万円ためたそうです。でも「やっぱり足りん。倍にせな」と競艇に行って、すっからかんになったらしい。ああ、おやじらしいなあって、笑ってしまいました。(聞き手・坂本泰紀)
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かつら・じゃくじゃく 桂米朝一門で、上方落語の次世代を担う噺家(はなしか)の一人。米朝が復活させた人気演目「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」を披露する「桂雀々地獄めぐり」を全国50カ所で開催中。大阪市生まれ。