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[25880] 【チラ裏より】機動戦士 ガンダム SEED SONORAMA【小説版ガンダム風・SEED再構成】
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/23 21:33
   
 目次

 PART1 ヘリオポリス
 PART2 ヘリオポリス崩壊
 PART3 アルテミス・クラッシュ
 PART4 スーパーコーディネイター
 PART5 ザフト
 PART6 ユニウスセブン
 PART7 アスラン
 PART8 はじまり

 PART9 脱出
 PART10 カガリ・ユラ・アスハ
 PART11 前夜
 PART12 人たち
 PART13 接触
 PART14 予感
 PART15 オペレーション・スピットブレイク
 PART16 サイクロプス

 PART17 疑念
 PART18 ムルタ・アズラエル
 PART19 停滞
 PART20 胎動
 PART21 消滅
 PART22 ヤキン・ドゥーエ
 PART23 アプリリウス

(2011年2月07日 目次・PART1・PART2 投稿)
(2011年2月09日 PART3 投稿 / 目次のレイアウト 修正)
(2011年2月11日 PART4 投稿)
(2011年2月13日 PART5 投稿)
(2011年2月15日 PART6 投稿)
(2011年2月17日 PART7 投稿)
(2011年2月19日 PART8 投稿)
(2011年2月21日 PART9 投稿 /『チラシの裏』より『その他』板へ移動)
(2011年2月23日 PART10・PART11・PART12 投稿)

(誤字修正に関してはそれぞれのページ最下部に記載)

 いわゆる再構成とか魔改造とか、そんなジャンルのSSです。(注1)「こんなのSEEDじゃないやい!」と思われるかもしれませんが、意図的に、このような物語を描いています。登場人物たちの階級が無茶苦茶なのも、ネタ元に準拠のため。

 この目次で全体の流れを——そして「なぜSEEDっぽくないか」を——察してもらえたら嬉しいです。元ネタと比較して「この章のサブタイトルがこの人名になっているということは……!?」などとワクワクしてもらえたら、なお嬉しいです。

 SEEDの二次創作が特別盛んなサイトを調べたわけではないので、もしかしたら既存のアイデアと重なっているかもしれませんが、お許しを。(注2
 
 では、しばらくお付き合いください。

*******************

『その他』板へ移動するにあたって付記

(注1)ジャンルとしてはパロディやキャスティングクロスオーバーなのではないか、という感想をいただきました。なるほど、と思いました。

(注2)『チラシの裏』に投稿していた頃は、「お許しを」ではなく「【習作】ということで、お許しを」としていました。
   



[25880] PART1 ヘリオポリス
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/08 20:48
  
「プレインストールされてるOSなんて飾りなんだ。とりあえず入れとかないと動かないから入ってるんだ。頼りになるのは、自分で組んだOSだ! 自分で! 判るか?」

 キザな表情で微笑みながら声を荒げるフラガ中尉。彼の前に整列させられた五人のパイロット候補生は、誰一人としてムウ・ラ・フラガの言葉など聞いていなかった。キラ・ヤマトに至っては、心の中で、

(美人は三日で飽きるって言うけど……。ハンサム顔も、ずーっと見ていたら退屈だよね)

 上官の顔の造作について批評している。
 艦が慣性飛行に入るや、正規のパイロット七人が、量産型MAメビウスを使って離着艦の訓練を開始。五人のパイロット候補生は、指揮所に立ちっ放しでそれを見学させられた。ただの見学ではない。フラガ中尉と目があったら、その先の手順をパイロットがやるより早く叫ぶのだ。
 間に合わなければ、フラガ中尉の左手がとんでくる。この左手が、女性に対するのと同じようにお尻を撫で回すのだから、たまらなかった。

「中尉……セクハラです……」

 女性候補生ならば、そう言って睨めばいい。だが男性がくらうと、その精神的ダメージから立ち直るのにかなりかかった。完全に設備が整って出航する艦とは違って、乗っている艦には、精神の傷をケアする施設など備わっていないのだ。
 ともかく、出撃。ともかく、ガンダムの受領。ともかく、貴様らパイロット候補生は艦に慣れて、MAに慣れろ。身体を、作戦に合わせればいいのだ。
 これが、この艦、すなわち、アークエンジェル級のネームシップ『アークエンジェル』の軍規であった。

「ついて来いよ!」

 五人の候補生のターン。メビウスに乗り込む彼らに、フラガ中尉が怒鳴る。彼自身、七名の正規パイロットの一人なのだから、いらだつのも無理はない。
 受領する予定のガンダムは五機、彼の専用MAであるメビウス・ゼロとあわせた六機を二十四時間フルに稼働させようとしたら、十二名のパイロットでは足りないのだ。
 候補生もへったくれもなかった。ムウ・ラ・フラガが『不可能を可能とする男』であり続けるためには、若造どもに、少しでもマシになってもらわなければならないのだ。

*******************

 フラガ中尉のMAが射出されたのに続いて、サイ・アーガイル曹長、フレイ・アルスター曹長のメビウスが左舷ハッチから発進した。右舷ハッチから、キラ・ヤマト曹長、トール・ケーニヒ曹長、カズイ・バスカーク曹長の三機のメビウスが出た。
 男四人と女一人。この五人が、パイロット候補生の仲間だ。最初にフレイを見た時、キラは、

(おっ、きれいな女のコ! ちょっと……ラッキーかな!?)

 と思ったものである。だが、すぐに現実を思い知らされた。フレイは、サイの婚約者だったのだ。どうやら小さい頃に親同士が決めたことらしく、表立ってイチャイチャするわけではないが、それでも何かあるたびにフレイは、甘えた態度でサイに近寄っていく。独り者のキラとしては、面白くなかった。

(そうさ! 僕たちには……女なんかより、メカがあるじゃないか!!)

 今、視線を左に動かせば、太陽の光に浮かび上がる母艦の姿。それは、大天使(アークエンジェル)の名に相応しい、美しい船体を持っていた。旧暦の地球では、アークエンジェルという名前は、諜報機関長官のコードネームに使われることが多かったそうだ。その場合、白いスーツに身を包むことが習わしだったという。
 キラたちのアークエンジェルも、白と赤を基調としており、まるで生きているかのような……。

「ヤマト曹長ー!」

 中尉の怒声だ。艦に見とれているうちに、ヤマト機が右に二度ほどずれたのだ。

「すみません! 中尉!」

 キラは思いきり怒鳴り返した。
 どうせ色男は、艦より女の美しさを愛でてるんだろうよ。今の俺の気持ちなど、わかってたまるか! そんな僻み根性も込められた絶叫だった。
 実際、フラガ中尉の指導には、彼自身の女性経験に基づく例え話が出てくることが多かった。

「モビルスーツは、操縦はMA以上にデリケートなんだ。女を抱く時以上にだ……! ああ、おまえたち、まだ若いから経験ないだろうが……。いや、今次大戦で人間は少なくなっちまっているし、本当に知らない連中には、ザフトを叩いてコーディネイターの女を抱く以外に、残された道はないかもしれんな……」

 そう言って、中尉は、キラたちの戦意を高揚させる。

(ああ、今のことは本当なんだろうな……)

 もうナチュラルの女性も少ない。そう言われると、つい、隣に立っている女性に目がいってしまう。だが、キラと目が合ったフレイは、眉間にしわを寄せていた。
 おそらく、フラガ中尉の発言で、既に気分を害していたのだろう。そこに婚約者以外の男性から物欲しそうな視線を向けられれば、誰だって気持ち悪くなるのは当然だ。

「……ん?
 アルスター曹長、気分でも悪いのか!?
 仕方ないな……医務室で休め。体調管理も訓練のうちだぞ……!」

 こういう時だけ優しい言葉をかけるのだから、フラガ中尉は卑怯だ。それに、女性だからという理由で特別扱いされるなんて、フレイもずるい。
 キラは、つい、そう思ってしまうのだった。

*******************

 ラウ・ル・クルーゼ少佐は、足の爪先で軽く反動をつけるとブリッジに浮かび上がった。トンという軽い靴音が耳をうつほど、ナスカ級ヴェサリウスのブリッジは静かだ。

「……あと十五分ほどでヘリオポリスです」

 艦長のアデス中尉が、部隊を指揮するクルーゼに告げる。

「うむ……」

 クルーゼはアデスには目もくれず、スクリーンに映し出される光景に見入った。

(結局……ここまで来てしまったか……)

 ヘリオポリスは、中立国オーブの資源衛星コロニー。プラントのような砂時計型ではなく、開放型の構造をしている。
 オーブ連合首長国は、プラントとは違って、地球上に国土のほとんどを持つ。しかし、地球の国にしては珍しく、コーディネイターを受け入れ、利用している国でもあった。それが、この戦争におけるオーブの立場を難しくする。

(中立を宣言していながら……やはり地球連合に味方するのか?)

 ザフトと地球連合との戦い。それは、一見、宇宙に生きる者と地上に生きる者との戦争。だが実は、コーディネイターとナチュラルという二つの人種による、民族戦争であった。
 かつて遺伝子工学の黎明期の頃。人々は、理論的にデザインされた遺伝子組み換え食品を恐れ、経験則で掛け合わされた品種改良品は喜んで食べていた。そうした人間の本質は、宇宙時代になっても変わらない。遺伝子操作により生み出された人々は、多くの自然に生まれた人々から嫌われ、疎まれたのだ。
 いつしか『コーディネイター』と『ナチュラル』という名称ではっきり区別された両者は、もはや、同じ星に住む同じ地球人ではなかった。コーディネイターはスペースコロニーでプラントという国家を樹立。ザフトという強大な軍事力も保有する。
 そして、両者の緊張は、テロ行為をきっかけに爆発。戦争が始まり、お互いに深刻なダメージを与えあっていた。

「レーザー・スコープを!」

 今、クルーゼの言葉が、ブリッジに響き渡る。それ以上言わずとも、彼の意志はクルーに伝わっていた。
 モニターの映像が、ラインやドットで表示されるコンピューター・グラフィックスに切り替わる。追跡中の戦艦、通称『足つき』だ。上陸用舟艇の趣のある艦は、過去の地球連合宇宙軍にはなかったタイプであった。

「地球連合軍め、モビルスーツを完成させたな」

「モビルスーツ? 連合が、でありますか?」

 疑い深そうに応じるアデスの鈍さは無視して、クルーゼは考える。
 クルーゼ隊は、現在、このナスカ級ヴェサリウスとローラシア級ガモフの二艦。ジャンク屋掃討作戦の帰りであった。ジャンク屋のくせにちょっとした戦力を保有する、一大勢力を叩き潰してきた直後なのだ。それなりに武器弾薬も消費していたが、真っ正面から立ち向かうだけが、戦いではない。

「フフフ。そのモビルスーツ……いただくとするか」

*******************

 ヘリオポリスの港に入ったアークエンジェルは、ドッキング・ロックをかけるやいなや、前端にあたる部分のハッチを開いた。

「ガンダム五機、三分後に搬入される! 各自配置につけえ」

 キラたち五人のパイロット候補生も左右のデッキに散る。正規パイロットのうちの四人はアークエンジェルから出て、リフト・グリップで港内ハッチへと向かう。役得なのだ、アークエンジェルのクルーで一番始めにガンダムを見る事ができるというのは。
 
「急がせろよ。モビルスーツ受領後、直ちにヘリオポリスを発進する。ナスカ級は間違いなく我々を追っているはずだ」

 ブリッジでは、二十分前にキャッチした敵影をその後見失った事に、艦長がこだわっていた。港に入ってしまったから大丈夫、と思っているクルーも多いようだが、彼は違う。
 中立国が聞いてあきれる。オーブとて地球の一国ということだ。
 歴戦の勇士である艦長は、そう心配していた。そして、その不安は的中する。
 アラームが鳴り、通信兵が振り向いてわめいたのだ。

「コロニー内から攻撃です!」

「攻撃?」

 さすがに冗談だと思った。

*******************

 キラたち五人の候補生は、ノーマルスーツを着、無反動ライフルを持って、港のリフト・グリップでコロニー内に向かった。

「二個戦闘中隊がヘリオポリス内に潜入したらしいぞ」

 サイがどこから仕入れたのか、もっともらしいことを言う。

「アークエンジェルにはろくな戦闘中隊もいないんだよ。大丈夫なのかな?」

 そのカズイの声は、隣にいたキラ以外には聞こえなかった。

「こっちの都合に合わせて来ちゃくれないわよ」

 と、フレイがバーから手を放す。細身な彼女の体は、女性らしく美しい慣性を持って空を滑る。壁のリフト・グリップをブレーキ替わりに、彼女はCデッキへとりついた。敵の侵攻が行われているブロックへ下りるデッキだ。

「ミリアリア……大丈夫かな……」

 ふと、トールが女性の名前を口にする。このコロニーに住んでいる、彼のガールフレンドだ。

(フン、こんな時に……そんな心配するなんて!?)

 キラは、心の中で反発した。
 愛する者を守るため軍人になる。傷ついても荒野に血を流しても、明日が平和であればそれでいい。……その心がけは立派だが、格好良過ぎて現実感がない。まるでアニメの主題歌だ。
 キラの場合は、周りに流されて入隊しただけだった。OS開発に秀でていたので、研究室でいい気になっていたキラ。回覧されて来た書類にみんなと同じようにサインをし、みんなが並ぶところに並んでいたら、このザマだ。現実なんてそんなものだと、キラは考えてしまう。

「これで……出撃しましょう!」

 フレイを先頭にエレベーターへ接近した候補生は、そこで初めて『ガンダム』の現物を見た。
 トレーラーに寝かされている十数メートル余りの巨人は、スライドやビデオで見せられていたイメージよりは小さく感じられた。装甲の色がメタリックグレーなのは、まだエンジンに火が入っていないからであろう。フェイズシフト装甲だ。エネルギーが流れればカラフルな色に変わり、抜群の防御力を獲得するのだと、彼らは習っていた。

「だめだよフレイ、勝手なことしちゃあ」

「だって、正規のパイロットがまだ来てないのよ! こういう時のための、あたしたち候補生でしょう!?」

 サイの手を振り払って、コクピットへ向かうフレイ。そんな二人を、キラは冷めた目で眺める。

(なに熱くなっちゃってんの……。こういう時、熱くなったもんが負けだよ。熱血主人公が勝つのは、昔の漫画の中だけさ)

 そういえばフレイも強い意思で軍人になったんだったな、とキラは思い出す。偉いお役人だった父親が乗った艦が、ザフトに沈められたのだ。その敵討ちらしい。
 
「あ! なんか……おかしいよ!?」

 キラとは別の意味で冷静に見守っていたカズイが、叫び声を上げた。目の前のガンダムの瞳(メインカメラ)が、ギンッと光ったのだ。

「もう誰か乗ってる……のね!?」

 歓声をあげるフレイだが、途中で声のトーンが下がった。
 気づいたのだ。正規パイロットたちは、こちらには来ていないはず。ならば今コクピットにいるのは……?
 工廠の者でもない。彼らが無理して乗り込んだというのであれば、とっくの昔に始動して、戦っていただろう。ザフトのモビルスーツ・ジンは、もう結構な時間、コロニー内で暴れ回っているのだ。

「そういえば……」

 ここで、ようやく五人は理解した。トレーラーの近くに、誰も関係者がいなかったのは変だ。まるで駆除されたみたいではないか。では、誰に……?

「まずい、散れ!」

 五人が攻撃にさらされたのと、彼らのうちの一人が叫んだのは同時だった。

*******************

(くそっ! すべて……陽動だったんだ!)

 コロニーの外からではなく、内部から攻撃するという奇策。それすら本命ではなかったのだ。
 
(巣穴に隠れた奴をいぶり出すには……つつけばいいってことか!)

 仲間とはぐれてしまい、一人で走るキラ。彼は、現在の状況を整理する。

(とにかく……逃げなくちゃ!)

 いや、逃げちゃだめだ。悲しいけど僕、軍人なのよね。
 頭の中で軽口を叩くことで、少しリラックス。目の前に、また別のトレーラーが見えてきた。やはりガンダムが載せられており、周囲には誰もいない。ということは、これも動き出して……。

(……いや、違う! このガンダムには……まだ誰も乗り込んでいない!)

 キラは、そのガンダムが全く手つかずなのを知ったのだ。なぜ知ったのか判らなかった。
 もしも事情を知る者が今のキラの目を見れば「もう種割れかい!? 早い、早過ぎるよ!!」と叫んだかもしれないが、幸か不幸か、そんな者はいなかった。
 キラは走る。いくつかの焼け焦げた死体を飛び越えて、時には表面を剥いでしまい、肉の色を見てしまっても。
 
(きっと今日のラッキーカラーはピンクなんだ。ピンクがシンボルな女性と運命的な出会いをするんだ)

 そう自分に言い聞かせて、嘔吐感を堪えて走った。
 そして、ついに辿り着いた。この三か月間、シュミレーションを毎日やらされていたキラは、迷うことなくコクピットにすべり込んだ。が、コンソール・パネルには、テスト期間中のメモや何やらが書き込まれた紙が張りつけてあった。かなりの癖がある機体らしかった。

(それなら……僕の色に調教してやんよ!)

 モビルスーツは、愛しい女性のように扱えばいい。フラガ中尉の教えを思い出しながら、キラは、指を走らせる。

(キャリブレーション取りつつ、ゼロ・モーメント・ポイント及びCPGを再設定……。疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結、ニューラルリンケージ・ネットワーク再構築、メタ運動野パラメータ更新、フィードフォワード制御再起動、伝達関数コリオリ偏差修正、運動ルーチン接続、システム・オンライン、ブートストラップ起動……)

 コンピューターの限界を超えたスピードで、次々にコマンドを打ち込んでいく。ハードが悲鳴を上げているかのようだ。いつの日かマシンじゃなくて女のコもヒィーヒィー言わせてみたいもんだと思いつつ、キラは、ガンダムのOSを調整した。

(……よし! これで、おまえは……もう僕のものだ!!)

 左右のペダルを踏み込みながら、左手でグッとレバーを押し込むキラ。
 こうして、今。
 ガンダム——形式番号GAT-X105・通称ストライク——が、大地に立つ!

*******************

「あれが……最後の一機だな」

 ジンを駆りながら、ミゲル・アイマンは、悠長につぶやいていた。連合軍のモビルスーツを全て奪取したのであれば、作戦は大成功だ。これ以上、ヘリオポリスに留まる必要もない。

「……誰が乗ってるんだろ?」

 共にコロニーから脱出しようと思って、モビルスーツに近づく。奪ったばかりの見知らぬ機体、思いどおりに動かすのは難しいだろうし、手を貸してやるべきだ。
 しかし。

「おおっと!?」

 正面のモビルスーツは、頭部のバルカン砲を撃ってきた。これは味方ではない、敵だ!

「誰か……しくじりやがったな……」

 今回ミゲルが奪取チームではなく陽動チームに入れられたのは、赤服と呼ばれるトップエリートではないためだ。それでも、これまでの撃墜数を考えれば、ミゲルだってクルーゼ隊のエースパイロットの一人。

「こんなことなら……俺を奪取チームに入れてくれればよかったのに!」

 どうせ敵のモビルスーツは、まだ未熟なはず。適当に痛めつけて、弱ったところを捕獲しよう。
 そう考えて、アサルトライフルをフルオートで連射したのだが。

「な……なんてモビルスーツだ。ライフルを全く受けつけないとは……」

 ミゲルは知らない。これが、ガンダムのフェイズシフト装甲の威力だった。

「やってやる。いくら装甲が厚くたって……!」

 武器を重斬刀に切り替えて、敵モビルスーツに近づく。しかし、相手の攻撃のほうが素早かった。

「な……なにーっ!?」

 モビルスーツの拳が、モビルスーツの顔面に決まった。生身でカウンターパンチを受けた時のような痛みはないが、吹き飛ばされるジンのコクピットの中、ミゲルは愕然としていた。

「これが……連合軍のモビルスーツの威力なのか!?」

*******************

「武器は……あとはアーマーシュナイダーだけか!」

 敵モビルスーツ・ジンが再び立ち上がるまでに、キラは、マニュアルの内容を思い出していた。
 X105ストライクの最大の特徴は、ストライカーパックシステム。戦況や任務に応じてバックパックを換装することで、様々な専用機に化けるのだ。また、戦闘中に母艦から射出されたストライカーパックを換装することで、瞬時のエネルギー補給も可能である。
 しかし現在、キラのストライクには、なんのパックもついていなかった。武器もエネルギーも少ない状態である。

「うわーっ!」
  
 両手にそれぞれコンバットナイフを持たせて、ストライクをジンに突撃させた。ガンダムの重量と共に、凶器がジンに突き刺さる。
 刃身を高周波振動させる、超硬度金属製ナイフだ。その威力は、訓練用のアニメーションで見せられたものより凄まじかった。ジンの機内回路のショートするスパークが鮮血のようにはじけ、さらには油圧回路の油がはじけとび、生身の体にナイフを突き立てたかのような壮絶さがあった。
 そして、キラはナイフを押し込み過ぎていた。ジンのメインエンジンまで切り込んでしまったのだ。

「まずいっ!」

 敵のモビルスーツは爆発した。山腹をえぐり、コロニーの外壁も吹き飛び、空気が流失していく。
 
「こうやって爆発させ続けたら、ヘリオポリスが壊れちゃう」

 次はコクピットだけを狙わなければ……。
 そう思って周囲を見渡すキラであったが、もはや、戦闘は終わっていた。ザフトは目的を果たして、既に撤退していたのだ。




(PART2に続く)

*******************

 あとがき。
 全体の構成に関するメモ(二十数ページのメモ)を作成してから書き始めたのですが、その時点ではキラはこんな性格じゃなかったはず……。どうしてこうなった!?
 まあ、これでも今後の予定と矛盾しないので、キラ君には、このまま頑張ってもらいましょう。

(2011年2月7日 投稿)
(2011年2月8日 誤字を五カ所修正 [『コーディネーター』四カ所を『コーディネイター』に、『今次対戦』を『今次大戦』に] )
   



[25880] PART2 ヘリオポリス崩壊
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/08 17:46
   
「もう少し偵察をする必要があるな」

 報告を聞いたラウ・ル・クルーゼ少佐は、そう告げた。
 敵モビルスーツ五機のうち四機までは奪取できたが、一機は失敗。しかも、その最後の一機が、こちらのエースパイロットが駆るジンをあっさり葬ったのだ。
 他の四機とはケタ違いの機体性能を秘めているのかもしれない。だからこそ敵も、その一機だけは死守したのかもしれない。

「ヘリオポリスが混乱しているのならば、なおの事、情報が得られるはずだ。ノーマルスーツによる潜入を行う」

 潜入部隊を選ぶまでもない。たった今、潜入に成功して戻って来た四人がいるのだ。旧暦の地球の諺、『今日できることは、明日もできる』と同じだ。一度できたことは、二度できるはず。

「すまないな。ザラ中尉、ジュール中尉、エルスマン中尉、アマルフィ中尉」

 どうせ、奪ってきた機体をすぐに実戦投入するわけにもいかない。四人は、力強く頷いた。

*******************

 ヘリオポリスの中、現在ストライクのコクピットにいるのはトール・ケーニヒ曹長だった。
 正規のパイロットは、フラガ中尉を残して、あとは全滅。そのフラガ中尉も、重傷で動けない。五人のパイロット候補生が、ローテーションでストライクに乗るしかなかった。

「キラのやつ……よくこんなOSで戦ったもんだな!?」

 それがキラ自身によって調整されたことを、トールは知らない。だから、彼は自分好みのOSに書き換えていく。キラほどOS作成に長けてはいないが、トールだって、一通り教わったのだ。しかし、時間をかけた結果……。

「うわ……だめだこりゃ」

 よけいに動きが悪くなったかもしれない。だが、今さら元のOSに戻すのも難しいし、トールには合わないようだった。これでいくしかないが、この調子では、いつ作業が終わることやら。
 損傷してない武器やパーツをアークエンジェルに搬入する事。避難民の救護。ヘリオポリスの修理部隊の資材運搬と支援。やる事は山積みだ。
 艦長以下、主立ったブリッジクルーは全員戦死したという。ガンダムの通話モニターには、アーノルド・ノイマン準尉とマリュー・ラミアス少尉の二人が交互に出て、あれをしろこれをしろと指示してくるようになった。

「ラミアス少尉って……技術士官だよな?」

 ガンダムの装備に詳しい人間が指示を出してくれるのは、ありがたい。探す手間が省けるからだ。

「……そのために、ブリッジにいるんだよな? それだけだよな?」

 トールは、そう信じたかった。
 本来ならば研究所にいるべき人間が、階級が一番上だという理由で艦長代理になったりしたら、まともに戦うことも出来ずに、あっというまに沈むであろう。

「いやだ、いやだ……」

 小声でつぶやきながら、山腹のリフトにストライクを載せる。いくつかの予備パーツを抱えているが、落とさないようにしないといけない。リフトには、避難民も乗っているのだ。彼らの上に落としでもしたら大惨事である。
 リフトが山腹を上がっていく。無重力帯に等しいとも言える港のブロックが終点だ。
 民間人が一人ずつ、リフト・バーに掴まるのを確認していった時。トールは、すでに上がっていた避難民の群の中に、ミリアリア・ハウの姿を発見した。不安そうに周囲を見渡し、リフト・バーに流れていくその姿は、ひどく小さく見えた。

「ミリアリア! 怪我しているのか!? おばさんは、どうしたの? いないじゃない!」

 トールは、音声回線をダイレクトに切りかえて呼びかけた。その場の人々が、一斉にガンダムを振りあおぐ。
 ストライクには開いたり閉じたりする口こそないものの、光学測定器の黄色の防弾熱ガラスは、人間の瞳を連想させる。そんな人間的すぎる顔で、日常的すぎる言葉を巨人がしゃべれば、人々が驚くのも無理はない。

「ガンダムはケーニヒ曹長が操縦している」

 人々の反応に慌てて補足説明し、トールは、コクピット正面のハッチを開いた。
 モニター越しではなく、直接、恋人の顔が見える。
 ああ、ミリアリアかわいいよ、ミリアリア!
 そんなトールに向かって、彼女は言葉を投げかけた。

「母も、祖父も……死んだわ」

*******************

 半壊したコロニーの中を今、一人の少女が、トコトコと走っていた。

「あら〜〜? あらあら〜〜?」

 彼女の名前はラクス・クライン、年齢は十六歳。アイドルの歌に出てきそうな年齢だが、実際、かつて彼女は歌姫として有名だったことがある。実は彼女は、先代のプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの一人娘なのだ。
 そのシーゲル・クラインは、もはや故人。最高評議会内部の権力闘争に巻き込まれて、謀殺されたのだ。だが彼は、死後も多くの者に影響を与え続けた。彼の政敵であったパトリック・ザラが最高評議会議長に就任した現在でも、クライン派と呼ばれる人々が、プラントやザフトの中に存在しているくらいだ。
 クライン派の中には、ラクスをシーゲルの後継者として推す者もいた。歌姫だった彼女は『可憐で奥ゆかしく、あふれる知性をホンワカした言動で覆い隠す、絶世の美少女』として偶像視されていたからだ。しかし、一部のクライン派は、これに強く反対する。ラクスを表舞台に出すのは、彼女の身を危険にさらすだけだ、ザラ派に狙われるだけだ、と。
 かくして、ラクスは地球へと逃げ込むことになった。その逃避行に協力したのは、ザフト内で——『プラント内で』ではなく軍部内で——クライン派の第一人者であったアンドリュー・バルトフェルド。そして、もう一人、ラクスの婚約者であったアスラン・ザラである。

「アスランは……プラントに戻ってしまわれるのですね……」

「ラクス。俺は……パトリック・ザラの息子です。あなたとの婚約も、親同士が決めたものですから、もう……」

 アスランたちが帰国した後。ラクスは、三日三晩泣き続けたものだった。その時から、ラクスは一人で生きていくことになったのだ。
 ザラ派から逃れるための暮らしである。『ラクス・クライン』という名前も捨てた。南欧の名家キャンベル家の家名を買って、『ミーア・キャンベル』と名乗るようになった。 

「あら〜〜? 外見も……変えないといけないかしら……」
 
 髪質に手を加えてみたが、ほとんど変わらなかった。微妙なウェーブの有無も、ピンク色の鮮明度の違いも、どこの間違い探しかと言われる程度だ。
 断腸の思いで、お気に入りのアクセサリーを使用禁止にした。三日月の髪留めをやめて、かわりに、星形の髪飾りにしたのだ。これで少し雰囲気が変わった気がする!
 さらに、胸パットをブラの中に入れてみたら、以前よりも巨乳に見えるようになった。バストは女性の大事なチャームポイント、そのサイズが異なれば、どう見ても別人だ!!

「これで……もうプラントとも無関係に……」

 しかし、彼女も戦争の埒外におかれるわけにはいかなかった。わざわざ中立国へ移住し、さらに宇宙コロニーへ引越したのに、そこで地球軍のモビルスーツ開発が始まったのだ。
 父が盛り立てたプラントと敵対したくはなかったが、職場は軍との交信が盛んなところだった。いつのまにか無線技師の資格ももらってしまい、最近は、軍属になる事をすすめられていた。

「あら〜〜あら〜〜」

 と言うだけで、流されることも多い『ミーア』ことラクスだが、軍属だけはキッパリ拒絶。
 ところが、これがいけなかったのであろうか。モビルスーツに襲撃された今日、彼女は、退避カプセルに逃げ込むことが出来なかったのだ。
 いや、もしかすると軍属拒絶云々は無関係で、たんに彼女がモタモタしていただけかもしれないが。

*******************

「あら〜〜? あらあら〜〜?」

 港まで行けば、アークエンジェルに退避できる。そんな噂を聞きつけて、荒野を急ぐラクス。
 と、半壊した建物の陰に赤いノーマルスーツが走るのを見つけた。

「あら〜〜? 連合軍に……赤いスーツを使っている部隊があるなんて……!?」

 まるで、ザフトの赤服のようだ。懐かしさから、つい、忍び寄っていった。
 その赤いノーマルスーツは、何か部品の山に向けて、カメラのシャッターを押していた。こんなところで記念撮影とは、呑気な話である。

「あらあら!」

 ラクスは気づいた。違う、観光写真ではない。これはザフトのスパイだ。『まるで』ではなく、ザフトの赤服そのものだ。
 この時、そのザフト兵のほうでも、ラクスの接近に気が付いた。

*******************

(うかつだった……!)

 連合軍の新兵器の資料を手に入れることに頭が一杯で、素人の接近に気づかないとは!
 少女の物腰を見ればわかる、どう見ても訓練されたものではない。民間人だ。

(しかも……こんな目立つ髪色……。……あれ!?)

 ここで、アスランは叫んでしまった。

「ラクス……? ラクス・クライン!? ……ラクスなのか!!」

「あら〜〜? まあ〜〜! アスラン、あなたなのですね!?」

 この態度、間違いない。かつての婚約者、ラクス・クラインだ。無事でいてくれた事はありがたいが、今は、これ以上ここにいられない。遠くからガンダムが接近するのが、アスランの視界に入ったのだ。
 背負ったバーニアを全開にして、アスランは宙に飛んだ。

*******************

「行ってしまわれました……」

 ピンクの髪の女の子が、何かつぶやいている。
 とりあえず保護するべきだろうと思って、トールはガンダムから呼びかけた。

「手に乗ってください。この辺一帯を焼き払います」

 ガンダムをひざまずかせて、その左手を差し出す。ゆっくりと上がってくる少女を見ながら、トールは思う。

(逃げ遅れた民間人なんだろうな……。この子も、ミリアリアのように、家族をなくしたのだろうか)

 見ているだけで気分がしんみりするほど、少女は、物悲しい背中をしていたのだ。

*******************

『ケーニヒ曹長! ヤマト曹長と交替しろ!』

 ちょうど、トールが港に戻った時だった。通話モニターの回線が開いて、慌ただしく指示が伝えられる。

「フラガ中尉!?」

 ストレッチャーに括り付けられたムウ・ラ・フラガの顔が、画面いっぱいに映っていた。 誰かが、ストレッチャーを動かしたらしい。すぐに顔の大きさは適切なものとなり、ブリッジ全体の様子も見えるようになった。
 キャプテン・シートに座るのは、ラミアス少尉。フラガ中尉はパイロットの指揮をとるだけで、当座のところは、彼女が艦長代理を務めるようだ。なんてこったい。
 瞬時に状況判断したトールの耳に、フラガ中尉の言葉が、さらに続く。

『ラウ・ル・クルーゼが来る! あいつがシグーでやってくる! 外にいる連中は、クルーゼ隊だったんだ!!』

 ラウ・ル・クルーゼ、その名前はトールも知っていた。昨年、月で地球軍第三艦隊を壊滅させた男だ。そこでフラガ中尉もクルーゼと戦い、それ以来、戦場でクルーゼの接近を感知できるようになったという。
 最後のくだりは、少し信じがたい話である。パイロット候補生の間では、色男が女を口説くためのホラ話ではないかという説が濃厚だった。だが、この慌てぶりを見ると、本当だったのかもしれない。

「了解……!」

 指示に従い、アークエンジェルのカタパルト上でキラと替わった。まがりなりにもジンを一機撃破したキラに、この場を任せるのだ。

「あーあ。またOS変えちゃったのか……。ひどいな、トールにはミリアリアがいるじゃないか!?」

 コクピットに乗り込むなり、OSをいじり始めるキラ。ハッチを閉じる手間も惜しんでいるようで、その声は、トールにも丸聞こえだ。

(なんで……OSの話でミリアリアの名が……!?)

 不思議に思って、キラの独り言に耳を傾ける。

「しかたないな! また僕の色に染め直してあげるよ、ストライク……!」

 何これ恐い、ガンダムってそういうもんじゃないでしょ!? トールは、聞かなきゃよかったと少し後悔。
 キラは、しばらくブツブツと専門用語を口にしていたが。

「よし!」

 終わったのだろう。バタンとハッチを閉めて、ストライクが歩き出す。
 その動きは、まるで、まったく別の機体のようだ。
 
(OSを戻したのか!? でも、そうだとしたら……)

 トールは、あのOSのストライクを実体験している。だからこそ、理解できた。

(もしかして……ガンダムやOSが凄いんじゃなくて、キラが凄いんじゃないか?)

*******************

 ガンダム強奪の際、ザフトはコロニー内側から攻撃したが、では港の宇宙側出口は無傷なのかといわれれば、そうでもなかった。大きな破片がいくつも漂っており、このままではアークエンジェルは出航できない。しかし、モビルスーツ一機ならば、合間をぬっていくことも可能だ。

(宇宙の海は〜〜♪ 僕とストライクの海〜〜♪)

 心の中で歌いながら、キラは、宇宙に飛び出した。四方に拡がる星々がキラを歓迎するかのように煌めくのを、不思議に感じた。
 訓練でMAメビウスに乗っていた時とは全く違う。フラガ中尉のうるさい小言がないせいだろうか? いや、それだけではない。メビウスではなく、ストライクの中にいるからだ! ああ青春のストライク!
 しかし、キラの幸福な時間は邪魔されてしまう。白灰色の点が星々の間を抜けるように急速度で接近するのを見たキラは、全身に走る不快感に顔を曇らせた。

(邪魔するやつらは……砲撃一つで、ダウンさ!)

 今回のストライクは、裸ではない。ランチャーストライカーという重装備のドレスを優雅に着こなしていた。
 コロニー内ではないので、重火器をぶっぱなしても大丈夫だ。ストライクの身長をも超える自慢の逸物、大型ビーム砲アグニが火を吹いた。

 ドワッ!
 
 接近してくる点の一つが、光芒を咲かせた。回避しきれなかったのだろう。キラは、墜とした機体名をコンピューターで確認した。ジン一機撃破だ。

「あ……待て!」

 残る白灰色は四つ。いや、もはや点ではなく、その姿もハッキリしていた。ジン三機、及び、シグー一機。後者が、ストライクを大きく回りこむ形で、ヘリオポリスに向かっていた。
 シグーは、ジンの後継機として開発されたモビルスーツだといわれている。高い汎用性を残したまま、機動性や運動性の向上を実現させた機体だ。ジンのクラスチェンジであるならば、ジンと共に運用してしまっては高性能を無駄にするだけかと思ったが、なるほどこういう使い方もあるのか。ジン三機がストライクの相手をしている間に、シグーはアークエンジェルを攻略するつもりなのだろう。

「させるか!」

 近づくジンではなく、遠ざかるシグーに対して、再びアグニを放った。直撃せずに余波だけでもモビルスーツを損傷させるパワーはあるのだが、さきほどの一撃で、その威力の及ぶ範囲も理解されていたらしい。完全に回避されてしまった。そうそう動く的に当たるものではないのだ。当たらなければ、どうということはない。残念。

「まずい!? エネルギーが……」

 力自慢の欠点は、持続性だ。エネルギー消費が激しいため、この調子でホイホイ使っていたら、すぐに打ち止めになってしまうのだ。あらストライクさん、若いんだから、もう一発くらいイケルでしょう? いやキラさん、少し休ませてください。そんな会話が、キラの脳内に浮かんだ。
 だが、次の瞬間。

「うわっ、むこうも!?」

 キラはシグーではなくジンを意識し始めた。攻めだけでなく受けの立場も考えたのだ。
 三機のジンも、ストライクに負けず劣らずの重装備。拠点攻撃用の重爆撃装備だ。あんなもの、まともに食らったら、いくらフェイズシフトでも耐えきれない。ストライクの体が壊れちゃう。だめえ。

「そうはさせるか!」

 キラは、まずジンを片づけようと決めた。

*******************

「オロールが一瞬でやられるとは……」

 シグーを駆りながら、クルーゼはつぶやいていた。しかしオロール、無駄死にではないぞ。お前が連合軍のモビルスーツの主砲を受けてくれたおかげで、その威力も理解できたのだ。

「あれは……うるさい蠅になりそうだな」

 今回クルーゼが自ら出撃して来たのは、奪取し損ねたガンダムの力を、自分の目で見てみたかったからだ。これでわかった、ミゲルがやられたのも油断や自滅ではない。あのモビルスーツは……連合のモビルスーツは、バケモノだ!

「だが……この破壊力……。使わぬ手はないな」

 同じ連合のモビルスーツ、それも同じような顔をしている——目が二つあってアンテナがついている——のだ。こちらが手に入れた四機も、データスペック以上の力を発揮してくれることだろう。
 この時クルーゼは、奪取した機体を予定より早く実戦投入しようと決めた。

*******************

 クルーゼのシグーは、宇宙港にいるアークエンジェルを攻撃するわけではなかった。今回の出撃の目的は、潜入部隊の回収だ。ジンにD装備を持たせたのも、敵の目を引きつけるためのハッタリであった。

「珍しいな……。アスランが、ドジを踏むとは……?」

 コロニー内を飛行しながら、部下を探すクルーゼ。潜入部隊の回収といっても、四人のうち三人は、自力で母艦まで帰投している。戻っていないのは、一人だけだった。
 アスラン・ザラ。現プラント最高評議会議長パトリック・ザラの一人息子である。

「……ぼうやだからさ」

 自問自答しながらフッと笑ったクルーゼは、ちょうど、残骸に隠れるアスランを発見した。近くにモビルスーツを降ろせば、すぐにアスランが駆け寄ってくる。

「すみません、隊長」

「どうした……? 潜入と脱出とでは、勝手が違ったか?」

 ガンダム強奪時には、潜入したのはノーマルスーツ姿だったが脱出したのはモビルスーツ。その点を軽く口にしたのだが、アスランは首を振っていた。

「いえ……バーニアが故障しまして……」

 たしかに、背負ったバーニアが壊れてしまえば、宇宙へ出ても漂流するだけだ。だが、アスランの表情を見ていると、それだけは無さそうだった。大きく動揺した顔をしている。いったい、何があった……?

「詳しいことは、戻ってから聞こう」

「はい……」

 アスランが乗り込んだのを確認して、クルーゼがハッチを閉めた時。
 
 ドウッ!

 コロニーに大きな穴が開き、そこからストライクが入ってきた。ジン二機も続いている。数が足りないのは、また一機、撃破されたからなのか。

「ならば……ここで!」

 コロニー内部だというのに平気でD装備を使うジンと、それに苦戦する連合のモビルスーツ。そこにクルーゼも参戦する。いや、参戦しようとしたのだが。

 ドワァーン!!

 宇宙港から、大きな爆発音が鳴り響いた。爆煙の中、彼らの戦場をかき乱すかのように。

「足つき……か!?」

 アークエンジェルが、その姿を現した。

*******************

「バカな!? 自分で港口のハッチを破壊して……コロニーに入って来たのか!?」

 後ろでアスランが叫んでいるが、まったくだ。コロニーというものは、あのような戦艦が易々と生活空間に入ってこられるようには出来ていない。主砲か何かで破壊してしまったのだろう。

「アスラン、あれにはムウが乗っているのだよ。やつならば……これくらいの無茶もするさ」

 クルーゼは、これをムウ・ラ・フラガの戦術だと思っていた。ムウ・ラ・フラガがクルーゼの存在を感知できるように、彼もまた、ムウ・ラ・フラガを感じることが出来るのだ。
 だが、次の一手は、クルーゼの想定の範疇を超えていた。

「血迷ったか、ムウ!?」

 彼のシグーや他のジンに向かって、アークエンジェルが艦尾ミサイルを発射してきたのだ。

「コロニーの中だぞ!? ナチュラルは……ここまで馬鹿なのか!?」

「これは……もしかするとムウではないのか? こんな愚かな指揮官は誰だ!?」

 クルーゼは知らない。今のアークエンジェルのキャプテン・シートには、戦術の『せ』の字も知らぬ技術士官が座っていることを。素直に従順に艦を動かすだけの操舵手が、その副長となっていることを。
 もしも、ちょっとキツいが美人薄命なオネエサンが副長にでもなっていて、艦長に真っ向から反対でもしたら、少しは状況も違っていたかもしれないが……。いや、彼女がいても率先して「うてー!」と叫んでいたことだろう。ともかく、そんな女性は、今のアークエンジェルには乗っていなかった。

「レーザー誘導弾か……? コロニーを傷つけたくないのはわかるが……」

 すっかり解説役のアスラン、ありがとう。クルーゼは、冷静に対処する。

「ナチュラルの浅知恵、素人考えだな! 少し頭を働かせれば……どうなるかわかるだろうに!!」

 ロックされた場合の対策、その一。弾の軌道上に障害物が来るよう回りこむことで、誤爆させる。
 対策その二。ギリギリまでひきつけてから、かわす。この場合も、何もない空間では行き去った弾が戻って来るので、障害物をバックにしておこない、そこに誤爆させるのが望ましい。

「どちらにしても……こうなるのだよ!!」

 コロニー内部——居住空間——と宇宙空間とを遮る大地が、そして、コロニーの構造を保つための大事なシャフトが。次々と被弾していく。
 そんな中、アスランが叫んだ。

「あっ、オロール!?」

 アークエンジェルの攻撃に気を取られたジンの一機が、ガンダムの直撃を食らって爆発したのだ。でもねアスラン、あれはオロール機じゃないよ。オロールなら、いの一番に撃墜されてるよ。そう教えてあげるのではなく、

「足つきの介入も、効果あり……か」

 と、つぶやくクルーゼ。アークエンジェルが来たせいで、やられたのだ。しかし。

「ジンを一機おとすために……高い代償を払ったものだな!?」

「悠長に解説している場合じゃありません! 隊長、早く逃げないと!!」

 逃げ遅れたアスランが言えた義理ではないが、その判断は正しかった。
 大地が裂け、そして隆起する。コロニーの外壁プレートが、プレート同士の連結を維持できなくなったのだ。何本もシャフトが失われた結果である。

 ゴオーッ……!!

 真空の宇宙と突如一体化していくことで、吹き荒れる嵐。アークエンジェルでさえ、艦の姿勢を保つのは難しい。ましてやモビルスーツたちでは、抵抗は無意味だ。宇宙に同化する勢いで、漆黒の宇宙へ吸い込まれていく。

「うわーっ!?」

 むこうの指揮官が誰かは知らない。こちらにも非はあるだろうが、作戦上のミスを反芻すべきは、あちらさんだろう。敵に責任をなすりつけるかのように、クルーゼは、つぶやくのだった。

「認めたくないものだろうな。若さ故の過ちというものを……」

 C.E.71年1月25日。こうして、ヘリオポリスは崩壊した。




(PART3に続く)

*******************

 あとがき。
 PART1だけではヒロイン未登場だったので、とりあえず、いそいでPART2も。
 しかしせっかくヒロイン登場させたのに、書いているうちにだんだんラクスではなくストライクたんがヒロインな気がしてきた……。不思議です。
 遅くともPART12を書く頃までには、ちゃんとラクスをヒロインにしておかないと、この物語を始めた意味がなくなっちゃう。
 それにしても、どのキャラも書けば書くほど小物臭さが強くなってくる……。少し自重するべきかもしれませんね。

(2011年2月7日 投稿)
(2011年2月8日 誤字を一カ所修正 [『館長代理』を『艦長代理』に] )
   



[25880] PART3 アルテミス・クラッシュ
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/13 19:25
   
「もう疲れたよ、ストライク……」

 コクピットの中で、一人、つぶやくキラ。いや、一人じゃない。ストライクが一緒じゃないか!
 キラと愛機ストライクは、今、宇宙空間を漂っていた。周囲には、あたったら痛そうなゴツゴツした破片が無数に浮遊している。ヘリオポリスの残骸だ。今のキラには、それすらもキラたちを迎えにきた天使のように見えていた。

『X105〜〜ストライク〜〜! X105〜〜ストライク〜〜!』

 ああストライク、天使の歌声まで聞こえてきたよ! なんて美しい、それでいて懐かしい声! かつて月の幼年学校にいた頃、そこで流行っていたアイドルの歌声が、ちょうどこんな感じだったな……。
 すっかり忘れていた幼い頃の記憶が、キラの頭の中を流れ始めた。

(あれは……独特の髪の色をした女のコだった……。あれで……ピンク・ブロンドって言葉を知ったんだ……)

 ピンク・ブロンド。ピンクの金髪。桃色だけど金色。ピンクノキンパツ……。

(ピンクノキンパツだから……ピンパツさん……)

 子供が子供の心の中で名付けた、キラだけの呼び方。後になってあれはピンク・ブロンドではなく完全なピンクだと知っても、キラにとって彼女は『ピンパツさん』だった。

『X105〜〜ストライク! キラ・ヤマト曹長〜〜!』

 夢にまどろむかのように、昔の記憶に逃避していたキラ。そんな少年を、通信モニターからの声が、だんだんと現実へ連れ戻していく。

『キラ・ヤマト曹長〜〜! 聞こえていたら〜〜お返事お願いします〜〜』

 この声がきっかけとなって思い出した記憶。しかし現実に戻ると同時に、思い出は再び、意識の底へと沈んでしまった。交替するかのように、現在の状況を認識する。

「……は、はい! 聞こえます!」

 応答するキラ。通信モニターを覗き込むと……。

『あらあら〜〜? よかったです……! 死んじゃったのかと思いました〜〜』

 そこには、ゆるい笑顔の少女が映っていた。

*******************

 時間は少し遡る。ストライク救援のため、宇宙港からコロニー内へ、アークエンジェルが発進する直前の話である。

「助かります。人手が足りなくて困っていたところです。外部から連絡が入ったらとり継いでくれればいいのです。艦内通話は、直接私の方でとるようにしますが、混線した時は、そちらで……」

 ラミアス少尉は、キャプテン・シートに座ったまま、軽く頭だけ下げた。
 相手は、新たに救助された避難民だ。もう退避カプセルも満員だろうし、アークエンジェルで引き受けるしかなかった。だが、話を聞けば、無線技師の資格を持っているという。軍属になるようにという話もあったが、個人的な理由から断ったとか。

(専門知識があるなら……寄せ集めのクルーより使えるかも!?)

 そう思って、来てもらったのだ。彼女だけではない、他にもたくさん避難民を収容している。個々の能力に応じて志願兵という形で協力してもらえば、この危機を乗り越えるには大きな助けとなるはず。今さらではあるが、ラミアス少尉は、そこに思い至ったのだ。

「はい〜〜! その程度でよろしければ……」

 しかし、このフワフワした少女を見ていると、自分の判断に対して疑念も生じてきた。このピンク髪の少女をオペレーター席に座らせて、本当に大丈夫であろうか。

*******************

『……というわけで〜〜今後は私が通話担当です〜〜!』

「ありがとう。もう着艦しますから……」

 キラは、通話モニターをOFFにした。電波障害のため通信は途切れがちで、映像も音声も鮮明ではなかった。こちらから切ったのではなく、切れてしまったと思われるだろうと期待する。キラは、もう鬱陶しかったのだ。
 アークエンジェルに戻るまで、ずっと少女の話を聞かされていた。それも、興味深い身の上話とか、ためになる知識とかではない。要約すれば『アークエンジェルに乗り込むことになりました、新米オペレーターです』の一言につきる。
 にも関わらず延々と話しかけてきたのは、キラの身を案じたからであろうか。最初なかなか応答しなかったので、また意識を失うのではないかと心配されたのであろうか。
 それよりも、アークエンジェルへ正しく誘導して欲しかったのだが、それが可能な相手ではなかった。キラは、自力で母艦に辿り着いたのだ。

「……ともかく、帰ってこれたんだ」

 そう、今は一休みするべきだ。ストライク大好きのキラではあるが、さすがに、少し休みたい気持ちにもなっていた。

*******************

 ミリアリア・ハウは、アークエンジェルの重力ブロックに移動して、負傷者の手当てに駆け回っていた。

「ヘリオポリスが……消滅したらしい!」

 すでに神経が麻痺していた彼女は、少しばかり衝撃的なニュースを耳にしても、右から左へ聞き流してしまう。

「まだあるはずです。A型とAB型を持ってきて下さい」

 ああ、これは聞き流してはだめだ。輸血用の血液を持ってきてくれと言われているのだ。
 数人の兵士の上をとびこえるようにして、ミリアリアは血液バンクに走った。

(私……なんでこんなことしてるんだろう……)

 そんな疑問が浮かびそうになるたび、意識の奥底へ押し込める。誰でもいいから手伝って欲しいという言葉に、率先して手をあげたのはミリアリア自身だ。忙しくしていれば少しは気が紛れるだろうと、無意識のうちに考えたようだ。だから、理由を思い出そうとしてはいけない。気を紛らわせないといけないような、どんな出来事が起こったのか、そこに思いを巡らせてはいけない。
 ミリアリアは、すでに半分カラになっている血液バンクから二つの容器を取り出して、看護兵らのいる部屋へ戻ろうとした。

「……!?」

 子供のすすり泣く声が聞こえる。誰もいないはずなのに……!?
 いや、よく見れば暗がりの隅に、二人の幼女がうずくまっていた。一人がもう一人に折り紙の花を渡そうとしているのは、泣き止まぬ少女をあやすためか。

「どうしたの?」

「おにいちゃんが……」

 ミリアリアが声をかけても、返ってきた言葉は、それだけだ。彼女は、視線を隣に移す。

「……私じゃないよ!」

 小さく手を振る折り紙っ娘(おりがみっこ)。一瞬意味がわからぬミリアリアであったが、状況を理解する。『おにいちゃんが』という言葉の直後に折り紙っ娘を見たせいで、折り紙っ娘は、自分が『おにいちゃん』だと誤解されたと思ったらしい。

(違うわ、私は……あなたに聞いた方が早いと思って、あなたに目を向けただけよ。あなたが男の子じゃないことくらい、ちゃんとわかってるわ。それとも……彼女の兄じゃないだけで、あなたは実は男のコなのかしら?)

 チラッと思ったが口には出さず、ミリアリアは、しゃがんだ。目線を少女たちと同じ高さにして、質問する。

「ねえ……。この子、なんで泣いてるの?」

「マユちゃんはね……大好きなおにいちゃんと、はぐれちゃったんだって! 大事な携帯電話も、おにいちゃんが持ったままなんだって!」

 口ぶりから察するに、少女二人は姉妹ではない。おそらく、二人とも戦災孤児。

「ここにじっとしていなさい。あとで、捜してあげるから」

 彼女たちも、今回の事件で家族をなくしたのだろうか。ミリアリアと同じように……。

(……あ)

 忘れようとしていたことを思い出し、一筋の涙が頬を伝わった。

*******************

 ナスカ級ヴェサリウスに戻ったラウ・ル・クルーゼ少佐は、同乗していたアスラン・ザラには少し休むようにと伝えて、自らはブリッジへ直行した。
 出迎えたアデス艦長が、動揺を隠せない声で、クルーゼに問いかける。

「このような事態になろうとは……。いかがされます? 中立国のコロニーを破壊したとなれば、評議会も……」

「だからザフトは連合に勝てるような戦争ができんのさ」

 クルーゼの暴言が、アデスの言葉を遮った。
 政治屋の顔色をうかがっているようでは、軍人として失格である。軍人は己の正義のために戦うだけであり、その尻拭いをするためにこそ、政治家が存在しているのだ。
 クルーゼとしては、万人受けする正論でもって、アデスをたしなめたつもりであった。しかしアデスのムッとした表情を見れば、もう少し別の言い方もあったかもしれないと思う。もしもアデスだけでなく他のクルーの感情も逆なでたのであれば、トラブルの火種となるであろう。
 ブリッジの空気を変えるため、クルーゼはつけ加えた。

「地球軍の新型兵器を製造していたコロニーのどこが中立だ。住民のほとんどは脱出している、さして問題はないさ。血のバレンタインの悲劇に比べれば……な」

 血のバレンタインの悲劇。それを持ち出されれば、クルーゼに異論を唱える者はいなかった。ナチュラル討つべしの気持ちで、皆が結束する。

(血のバレンタイン……か。便利な言葉だな)

 他のザフト軍人とは目標の異なるクルーゼは、心の中で苦笑した。

*******************

 血のバレンタインこそ、この戦争の直接最大原因だとクルーゼは考えている。C.E.70年、地球連合の宣戦布告の三日後、聖バレンタイン・デーに放たれた一発の核ミサイルが、プラントの農業用コロニー『ユニウスセブン』を破壊した。これが俗にいう『血のバレンタインの悲劇』である。
 宇宙コロニーを地球の植民地として捉える地球上の人々にとって、プラントの自給自足につながる農業コロニーは、目障りであったのだろう。その前年から穀物生産プラントとなったユニウス市のコロニーが標的となるのも、地球側から見れば合理的だったのかもしれない。
 しかしプラント側から見れば、非道きわまりない行為である。軍事施設ではない以上、そこにいるのは民間人。当時国防委員長であったパトリック・ザラの妻レノアを含む、24万人の人々が犠牲となったのだ。プラント国民——コーディネイター——の、地球側——ナチュラル——に対する敵意と憎悪が膨れ上がったのも無理はない。
 そして、これが核ミサイルによるものであったことも、戦争の激化につながる。
 かつて旧暦の地球が二つに分かれて争っていた頃、『核』は禁断の兵器であった。両大国が互いに大量に保有するようになっても、抑止力としてその効果が発揮されていた。人類が宇宙に上がっても、人々の核兵器に対するイメージは変わらなかったが、それが、ついに使われてしまったのだ。
 だが不幸なことに、人類の技術力は旧暦時代とは比べものにならない。核には核を、ではなく、ザフト側は『ニュートロンジャマー』を開発・投入した。これにより核兵器そのものを封じることができたが、それは同時に平和利用されていた核エネルギーをも無効化することとなり、エネルギー資源の限られた地球経済は大きな打撃を被った。
 かくして、両陣営ともに深刻な被害を受けて、戦争は泥沼状態に突入したのである……。

*******************

「敵の新造戦艦の位置は掴めるかね?」

「いえ、この状況では……」

 クルーゼの問いかけに、オペレーター席から返答があった。ここで、アデスは口を挟む。

「まだ追うつもりですか? やはり、いったん本国へ戻られては……」

 そもそも、ジャンク屋掃討作戦の帰りなのである。艦長としては、予定どおり帰国するのが最善だと思う。ヘリオポリス崩壊に関しても、敵の新兵器の威力に関しても、直接報告するべき。なにより、奪取した四機のガンダムがあるのだ。一刻も早くザフト本部に引き渡して、そこで解析してもらうべきだ。
 しかし、クルーゼの意見は違うらしい。

「実戦データも欲しいな……」

 は? 若いのに、もうボケてしまったのか? ついさっき、ガンダムと交戦してきたばかりではないか! あの戦いで、こちらはジンを四機も撃破されたというのに……。
 だが、クルーゼの次の言葉で、アデスは己の誤解を悟る。

「本国へ持ち帰れば、しばらくは模擬戦しかできないだろう?」

「あれを投入されると……!?」

 苦労して手に入れた四機のことだったのだ!

「それに……せっかくだから五機揃えたいな……。いや、足つきも捕獲できれば、なお良し、と言ったところか……」

 クルーゼの欲には際限がない。これ以上隊長のわがままに振り回されたくないアデスは、心の中だけで、ハアッと溜め息をついた。

*******************

 同じ頃、アークエンジェルのブリッジでも、針路に関して一悶着あった。

「艦長、私はアルテミスへの入港を具申いたします」

 アーノルド・ノイマン準尉が、操舵手としての意見を述べる。ここで階級が一番上なのはムウ・ラ・フラガ中尉であるが、彼は重傷の身であり、ストレッチャーに括り付けられた状態だ。キャプテン・シートにはマリュー・ラミアス少尉が座っており、今アーノルドが『艦長』と呼びかけた相手も、ラミアス少尉であった。
 ラミアス少尉は、26歳の女性。彼女は技術士官なので、同じ艦内にいても、これまでアーノルドとは特に交流もなかった。ザフトの襲撃の結果、なし崩し的に艦長役と副官役におさまった二人であるが、ほとんど初対面だったのだ。
 アーノルドにしてみれば、キャプテン・シートに座る姿が、ラミアス少尉のイメージの全てである。キャプテン・シートは彼の席からは見上げる位置にあるため、彼女の顔を見ようとするたびに、彼の視界に先に入ってくる物があった。ラミアス少尉のバストである。

(意識して強調してるわけじゃないだろうけど……)

 平均的なサイズより明らかに大きいと思う。しかも下から見上げる角度なので、いっそう豊満に見えてしまうのだ。若い男性には目の毒である。ノイマン準尉はラミアス少尉より一つ年下、まだまだ男として枯れる年頃ではなく、むしろ彼女のボディに心惹かれてもおかしくない年齢であったが、特にムラムラすることもなく、自分を冷静に保っていた。

(これって……まずいんじゃないかなあ……?)

 戦場で精神が不安定になったり、欲望に忠実になったり、子孫を残そうという本能が高まったりして兵士が女性をレイプするというのは、昔からよくある話だ。この艦には若い男性も多いしブリッジに来る機会もあるから、アーノルドとしては少し心配していた。
 もしも艦が激しく揺れればマリューの乳もタッポンタッポン揺れて、若者をさらに刺激することになる。艦長が集団陵辱される可能性だって、出てくるかもしれない。そうした事態を抑えるべく、彼は艦の安定性にいっそう気を使って操艦していた。
 余談だが、こうした配慮で慎重な操艦を続けた結果、後々ノイマン準尉の操艦技術はグングン高まっていく。旧暦時代の諺『風が吹けば桶屋が儲かる』と同じ意味で使われる『艦長が巨乳ならば操舵は名手』という宙事成語も、後世の歴史家からは、この二人をモデルにしたものだと考えられている。
 さて、そんな歴史に名を残す二人のうちの一人が今、もう一人の意見に質問で返した。

「アルテミス? ユーラシアの軍事要塞でしょ?」

 胸は大きいくせに、細かい事にこだわっているらしい。マリューの言葉から、アーノルドは、そう感じ取った。
 彼女の言う『ユーラシア』とは、ユーラシア連邦のこと。地球連合を構成する主要国家の一つだ。アークエンジェルやガンダムを開発した大西洋連邦とは別の国家であり、アーノルドから見ても他国なのだが、それでも同じ地球連合軍である。

「現在、本艦の位置から最も取りやすいコースにある友軍です」

 アークエンジェルを操艦するアーノルドの言葉だけに、これには説得力があった。
 誰もが理解していることだが、軍事要塞アルテミスには『アルテミスの傘』がある。要塞周辺を全方位光波防御帯で守っており、外敵の侵入を不可能としてきたのだ。そこに逃げ込んでしまえば、安心して補給が受けられるし、不足した人員も補充してもらえるかもしれない。

「しかしなあ……アークエンジェルとガンダムは、俺たち大西洋連邦の極秘機密だぜ?」

 ストレッチャーの上からフラガ中尉の言葉が投げかけられたが、これには説得力がなかった。すでにアークエンジェルは、欠けたクルーに民間人を加えることで運用されているのだ。軍事機密ということにこだわるのであれば、そちらのほうが大問題だ。
 それに、ヘリオポリスで作られたガンダムは別として、月基地から出航したアークエンジェルには、すでに地球軍の認識コードも与えられていた。今さらユーラシアに隠す必要もない。

「そうねえ……。本艦の当面の任務はガンダムを受領して月へ帰投することだけど……いったんアルテミスに立ち寄って、そこで月本部との連絡を図るのが、一番現実的な策かもしれないわね」

 キャプテン・シートに座る女は、そうまとめた。

*******************

 ナスカ級ヴェサリウスの艦内。隊長用にあてがわれた執務室で、クルーゼは、椅子に沈み込むように深く座っていた。トレードマークである白いマスクも、今は外している。ひと休みといったところだが、それもあっというまに終わる。

「アスラン・ザラ中尉、出頭いたしました!」

「ああ……入りたまえ」

 クルーゼがマスクをするのとドアが開くのは、ほぼ同時だった。

「ヘリオポリスの崩壊で、バタバタしてしまってね。君と話すのが遅れてしまった」

「はっ! 先の作戦では、申し訳ありませんでした」

 自分のモビルスーツならばともかく、ノーマルスーツ用の外付けバーニアの整備不良まではアスランの責任ではない。それでも謝罪するのが軍隊というものだ。そもそも、アスラン一人のためにクルーゼ自らシグーで迎えに行ったわけだし、その出撃によって引き起こされた戦闘が、ヘリオポリスを崩壊させたのだから。

「懲罰を科すつもりはないが、話は聞いておきたい。あまりにも君らしからぬ態度だったからな、アスラン。……何があった?」

 クルーゼが聞いているのは、客観的な出来事ではない。クルーゼに拾われた時のアスランの表情。あのとき『詳しいことは、戻ってから聞こう』と言った、その答だ。
 かなり言いにくい内容らしい。上官の前だというのに、アスランは言いよどんでいた。彼が口を開くのを、クルーゼは黙って待つ。その雰囲気に負けたのか、ついにアスランは説明し始めた。

「あそこで、ラクスと……。ラクス・クラインと会いました」

「ラクス・クライン……? あのシーゲル・クラインの……一人娘か!?」

 思ってもみなかった人物の名前が出てきて、クルーゼは聞き返してしまう。

「はい。ヘリオポリスに移住していたようです」

 パトリック・ザラとシーゲル・クラインが政治的盟友であった頃、アスランとラクスは婚約していたはず。そうした人間関係を、クルーゼは瞬時に思い出していた。

(これは……面白いことになった!)

 若い男女二人のいざこざなど、どうでもいい。だが二人の再会は、この戦争において大きな意味を持つかもしれないのだ。
 アスランが調べていたのは軍事的に重要な場所であり、そこにラクスが来たということは……!? それも、本来ならば民間人はとっくに避難した後であり、来るはずがないタイミングに!
 まさかクルーゼは、ラクスがモタモタして逃げ遅れていたとか、偶然通りかかっただけだとかは考えていない。これも歴史のシナリオに組み込まれた必然のイベントだと思っている。

(もしかすると……中立国における連合のモビルスーツ開発にも、ラクス・クラインが関与しているのか!?)

 ラクス自身が技術者ではないとしても、彼女だってコーディネイターだ。肉体的にも知能的にも、ナチュラルよりは高いポテンシャルを秘めているはず。
 それに彼女は、政争の展開しだいでは今頃プラントの歌姫となっていたかもしれない人物。中立国を焚き付けて連合の力をも利用し、プラント内部での権力奪還を企てているとしても、不思議ではない……。

(まだまだ評議会にも軍部にも、クライン派と呼ばれる者たちが大勢いるからな……)

 そこまでアスランも思い至ったかどうか、クルーゼには判らなかった。それでも一応、釘をさしておく。

「アスラン、この件は報告書に書かなくていい。忘れたまえ」

「えっ……? しかし……」

 生真面目なアスランだ。想像力も欠如しているのだろう。それを補完する意味で、クルーゼは敢えて言葉を足した。

「君も……かつての婚約者を、地球軍に協力する裏切り者として、報告するのは辛かろう?」

「うっ……! ……はい、判りました」

 こうして、ラクスのあずかり知らぬところで、彼女の名前が一人歩きする……。

*******************

 アークエンジェルのパイロット候補生たちは、ブリーフィング・ルームに集められていた。招集をかけたのはフラガ中尉だが、彼はまだ来ていない。部屋にいるのは、五人の候補生だけだった。

「どこに行くのかな、この船」

 カズイ・バスカーク曹長が、ポツリとつぶやいた。この艦で戦う軍人とは思えない、とても他人事な口調である。

(僕も結構いいかげんだけど、カズイも相当だな。まだガンダムに乗ってないんじゃ、無理もないかもしれないけど……)

 さすがにキラも呆れてしまうが、熱血軍人の誰かが注意するだろうと思って、何も言わない。

「一度、進路変えたよね。まだザフト、近くにいるのかな?」

 カズイの言葉を素直に受け入れて、普通に相手するサイ・アーガイル曹長。ああサイ、おまえもか!?

(もうちょっと頼りになる奴かと思ったが……しょせんサイも、恋人が入隊したから一緒に軍に入っただけの軟弱者だったんだな!)

 おのれの入隊の経緯は棚に上げて、キラは、そう決めつけた。

「避難民もたくさん乗ってるけど……これに乗ってる方が危ないよな。ザフトの連中、この艦とガンダム追ってんだろ? キラの大事な……ストライクをさ!」 

 トール・ケーニヒ曹長が、無理に冗談を言う。避難民の中には彼の大事なミリアリアもいるので心配であり、気を紛らわせたかったのだろう。
 話題の方向性にピンときて、フレイ・アルスター曹長が反応する。

「キラの大事なストライク……? なんのこと……!?」

「ああ、こいつってばさ……」

 だが、トールは続けることができなかった。フラガ中尉が入ってきたのだ。もちろん、まだストレッチャーに括り付けられたままである。

(こうなると、もう移動ベッドだな……)

 フラガ中尉のストレッチャーを押して移動させているのは、私服の妙齢の女性だ。軍服を来ていないということは、避難民から募った協力者なのだろう。その女性を見ているうちに、キラの頭の中で小さな疑問が生まれる。

(そういえば……フラガ中尉、シモの世話はどうしてるんだろ? うしろのお姉サンにやってもらってんのかな? もしかして……フラガ中尉のご指名だとしたら、あっちの処理まで……)

 看護兵も足りない艦だ。そういうこともあるかもしれない、と下世話な想像をするキラであった。

*******************

「……というわけで、ストライクはヤマト曹長の専任とする」

 この艦は軍事要塞アルテミスへ向かっていること。先の戦闘でMAも失われたが二機の訓練用メビウスはまだ使えること。それらをフラガ中尉が説明している間、とくに問題は起こらなかった。しかし、その二機を四人の乗機としてガンダムはキラ専用と告げられたところで、フレイが異を唱えた。

「待ってください! なんでキラだけ……!?」

 すでにキラが二度の実戦を経験し、四機のジンを撃破したことは彼女も知っている。だが、それはストライクの性能のおかげだと考えていた。もしも最初に乗り込んだのが自分であれば、自分だって出来たはず。いや、自分ならば、もっと出来たはず。ザフトを親の仇と狙うフレイは、そう思っていたのだ。

「やめなよ、フレイ。ありゃあ、キラじゃなきゃ無理だよ……」

 実際にストライクに乗ったトールは、フレイを止めようとした。それでも、彼女には理解できない。

「何言ってんの!? 今までのシュミレーションでも、あたしの方がキラより成績は上なのよ! だから当然……」

「あー、アルスター曹長。シュミレーションのままなら……君も墜とされているだろうな」
 
「……え?」

 興奮した彼女に、フラガ中尉は冷静に説明する。
 訓練に用いたシュミレーターでは、パイロット候補生たちは全員、ほとんど同じOSで動かしていた。あれだけ口を酸っぱくして『プレインストールされてるOSなんて飾りなんだ』とフラガ中尉が言ってきたのに、根本から大幅にOSを書き直す者はいなかったのだ。その同じようなOSという条件下ではアルスター曹長はマシだったかもしれないが、その程度の動きで敵モビルスーツに相対したら、確実に撃墜される。ヤマト曹長がストライクにインストールしたOSならば戦えるわけだが、OSのデータを見れば判るように、今度は普通の人間には扱えない機体となってしまう。

「普通の人間には扱えない、って……どういう意味?」

 不思議そうな視線をキラに向けるフレイ。彼女の質問に答えたのはキラ自身でも、教官であるフラガ中尉でもない。キラの友人、トールだった。

「そりゃあ、キラはコーディネイターだからな! ……あれ、フレイは知らなかったのかい?」

*******************

「う……嘘でしょ……!?」

 大きく目を見開いたフレイは、ガタンと椅子を倒しながら立ち上がった。

「ちょっと……やだ! やめてよ!!」

 見えない何かから逃げるかのように、怯えたように後ずさりするフレイ。視線はキラに向けられたままだが、まるで汚いものでも見るかのような目になっている。

(えっ……。どういうこと!? そんな目で僕を見ないでよ、僕は何もしてないじゃないか!)

 キラだって思春期の男のコだ。男性の生理現象として、自己処理しなければならないモノもある。同年代の身近な女性はフレイだけだから、色々と妄想する際には何度も御出演ねがった。だってフレイしかいないんだから、仕方ないだろう!? ああ、そうさ、大変おせわになりましたよ!!
 しかし、それはあくまでも想像の世界の中だけだ。実行したこともないし、実行しようと計画したこともないし、妄想の内容を他人に告げたこともない。
 口にしないだけで男は皆、似たようなことをしているはず。なぜ自分ばかりが責められるのか、とキラは哀しくなる。
  
「冗談じゃないわ、なんで私があんたなんかと……同じ部屋の空気すわなきゃなんないのよ!」

 あれ? なんだか話が噛み合わないな? 心を読まれたわけじゃないんだな!?
 日頃の妄想がバレたわけではないらしい。ホッと一安心するキラ。

「コーディネイターのくせに! 仲間づらは止めて! 馴れ馴れしくしないで!」

 叫ぶフレイに、カズイが静かに声をかける。

「フレイって……ブルーコスモス?」

「違うわよ!」

 鬼女のような勢いで、フレイはカズイへ言葉を叩き付けた。ブルーコスモスとは、反コーディネイター主義や主義者を示す名称だが、中でも過激派に対して用いられる印象が強い。コーディネイターの完全駆除を目指してテロ行為に走ることもあり、そうした事件が、今次大戦の遠因にもなっていた。さすがにフレイも、そうした連中と同一視されたくはないのだろう。

「……でも……あの人達の言ってることって、間違ってはいないじゃない。病気でもないのに遺伝子を操作した人間なんて、やっぱり自然の摂理に逆らった間違った存在よ」

 少し落ち着いて、彼女は言葉を続けた。だが、キラへ視線を戻したところで、口調が少し変わる。

「しかも……キラは、その力を発揮せず、訓練の時は手を抜いてたんでしょ!? 何よそれ、『本当は凄いんだけど面倒だから……』ってやつなの!? あたしたちナチュラルを馬鹿にするのも、いい加減にしてよ!!」

 そう言い捨てると、そのまま部屋から出ていってしまった。

(違うよ、フレイ……)

 キラだって意識して能力を隠していたつもりはない。しかし、人間は本来、ラクをしたい生き物なのだ。
 そもそもコーディネイターというものは、遺伝子という設計図を生まれる前に書き換えている。初期パラメーター数値を不正に高くしているようなものだ、それこそラクをしたいという気持ちの表れではないか。初期数値が高ければ、同じ頑張りでも他者を圧倒できるし、少しくらい怠けていても平均を遥かに超えることだろう。
 もちろん、高い初期数値に大きな努力を加えることで、ナチュラルでは得られない高みを目指そうというコーディネイターもいるかもしれない。だがキラにそこまで崇高な意志はなく、ついつい無意識のうちに怠けていたのだった。

「すいません、フレイには僕がちゃんと言って聞かせますから!」

 フレイに続いて、サイも部屋の外へ。フラガ中尉も彼を止めなかった。

「ああ。……今日は、これで解散!」

*******************

「発見したのだな……!?」

「はい。アルテミスへ向かうようでありますな」

 ブリッジへ戻ってきたクルーゼに、アデスが説明する。
 最初に感知した大型の熱量は、全く別の方角へ進んでいた。コースを解析予想すると、地球の重力を利用したスイングバイで月の地球軍大西洋連邦本部を目的地としているらしい。しかし、その動きは戦艦にしては単調すぎており、どうもおかしかった。デコイではないかと疑い、他のコース——軍事要塞アルテミスへの航路や地球降下軌道など——を重点的に索敵した結果、本物を見つけたのだった。

「そうか、アルテミスか……」

 考え込むクルーゼを見ながら、アデスは考えた。
 軍事要塞アルテミスは、厄介なところである。レーザーも実体弾も通さない、通称『アルテミスの傘』に守られた要塞。要塞内からの攻撃も出来なくなるが、防御兵器としては一級品だ。あの傘を突破する手立てはないし、重要な拠点でもないため、これまでザフトも放置してきたのだ。

(さすがに……あきらめるしかないですな、クルーゼ隊長)

 最初のデコイを感知した際に慌てて報告しなかったのは、アデス中尉が慎重だったからではない。足つき追撃に乗り気ではないからだ。アルテミスが真の目標と判明してからも、確認のためと称して時間を稼ぎ、わざと報告を遅らせたのだ。
 今から追いかけても、もう間に合わない。こちらが追い付く前に、傘の中へ逃げ込まれてしまう。この高速艦ヴェサリウスだけでもギリギリであり、まして僚艦のガモフと共に行くのであれば、絶対にアウトだ。

「……それならば問題ないな」

「は……!?」

 アデスは、一瞬、自分の耳を疑った。

「さすがに……二艦で月面基地に殴り込みをかけるわけにはいかなかったが、アルテミスならば陥落させるのも容易だよ。……いい機会だ、足つきとガンダムだけでなく、ついでにアルテミス要塞もいただくとするか!」

 ヘリオポリス崩壊の責任を問われた時のために、少しでも功績を増やしておきたいのだろう。その気持ちはアデスにも理解できるが、いくらなんでも大言壮語が過ぎる。クルーゼだって、アルテミスの傘について知らないわけではあるまいに……!?

(もう……この隊長には、ついていけんな!)

 アデスは、クルーの一人にソッと目で合図を送った。

*******************

「本艦の受け入れ要請がアルテミスに了承されましたわ〜〜。臨検官を送る、と言われました〜〜」

 オペレーター席の少女が報告する。緊迫したブリッジには似合わぬ柔らかい口調であったが、そのメッセージの内容が、ブリッジの緊張を解した。

「わかったわ、ありがとう」

 キャプテン・シートのラミアス少尉も、小さくホッと息をついた。ザフトの二艦は追ってきているようだが、まだ遥か彼方だ。追い付かれるより早くアルテミスに逃げ込めそうだ。
 やがて……。

「艦長!」

 誰かが叫んだ。スクリーンに軍事要塞アルテミスが映し出されたのだ。

「まあ〜〜きれい〜〜!」

 これはピンク髪の少女の言葉だ。だが口には出さずとも、同じ感想を抱いた者は大勢いたことだろう。
 三点を結ぶ線に囲まれた光波面の組み合わせ。エメラルド・グリーンに輝く多面体であった。面の数が多いため球体に近い形状となっており、丸みを帯びたその雰囲気は、見る者に安心感を与えていた。
 その美しい『傘』の一部が開いて、誘導レーザーで道が描かれる。その光に導かれ、アークエンジェルは、要塞の中へと入っていく。

(とりあえず……少し休めそうね……)

 ラミアス少尉はそう思ったのだが、彼女は甘過ぎた。
 乗り込んできた臨検官は、銃を構えた兵士の一団を引き連れており、こう宣言したのだ。

「お静かに願いたい。保安措置として、艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただく」

*******************

「大西洋連邦、極秘の軍事計画か……。よもやあんなものが転がり込んでこようとはな」

 司令官室の大スクリーンには、基地内のモニターカメラで捉えたアークエンジェルの映像が映し出されている。それを満足そうな顔で眺める男こそ、このアルテミスの司令官ジェラード・ガルシア大佐であった。若い頃には前髪に右手の人さし指をからませる癖があったが、そうやって髪をいじり過ぎたせいか、今では全て抜けてしまって禿頭となっている。

「ヘリオポリスが噛んでるという噂、本当だったようですね」

「連中には……ゆっくりと滞在していただくことにしよう」

 目を閉じて副官の言葉に応じた時、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「失礼します。士官三名を連れて参りました」

「入れっ!」

 スクリーンに向けていた椅子を通常の向きに戻して、ガルシア大佐は立ち上がった。三人の入室者に向かって、歓迎の笑顔を見せる。

「ようこそアルテミスへ……!」

*******************

「ムウ・ラ・フラガ中尉、マリュー・ラミアス少尉、アーノルド・ノイマン準尉か……。なるほど、君たちのIDは、確かに大西洋連邦のもののようだな」

 わざとらしく手元のコンピューターでチェックした後、ガルシア大佐は、三人に告げた。 三人を代表して、車椅子に座った男が対応する。

「お手間を取らせて、申し訳ありません」

「いや、なに……。輝かしき君の名は私も耳にしているよ、エンディミオンの鷹どの! しかし、その君が……こうまでやられるとはな……」

 名パイロットとして鳴らした男が、今は車椅子の身。さぞや激戦であったのだろうと、ガルシア大佐は労りの言葉をかける。つい最近まで目の前の男が、車椅子どころかストレッチャーに括り付けられていたとは、まったく想像もしていなかった。

「力及ばず、お恥ずかしいかぎりです。特務でありますので、残念ながら子細を申し上げることはできませんが……」

「特務……か。なるほど、よほど重要な任務なのであろうな、これだけしつこく追われているのだから」

 そう言いながら、手元のリモコンのスイッチを押す。スクリーンの画像が切り替わった。要塞の外部カメラからの映像だ。こちらに近づこうとするザフトの二艦——ナスカ級とローラシア級——が映し出される。

「あ!」

 小さくつぶやいたのは、マリュー・ラミアス少尉だ。思わず声が出てしまったのだろう、まったく、女というものは、これだから……とガルシア大佐は思う。
 自分とフラガ中尉とは、なかなか肝心の用件には入らずに互いの腹を探りあっている状態なのだ。こちらは新造戦艦やモビルスーツのことを知りたいし、そのために、いちゃもんをつけて拘束したのだ。すでにアークエンジェルは船籍登録だけは済んでいるのに、そうした連絡はアルテミス要塞には届いていないと言い張って、不明艦扱いしたのである。その『誤解』を早く解きたいであろうに話題にしないとは、まだ若いのにフラガ中尉も、なかなか古狸である。

「見ての通り、やつらは傘の外をウロウロしているよ。先刻からずっとな。まあ、あんな艦の一隻や二隻、ここではどうということはない。だがこれでは君たちも出られまい」

「やつらが追っているのは我々です! このまま留まり、アルテミスにまで、被害を及ばせては……」

 フラガ中尉の語気が少し強くなった。そろそろ本題に入りたくなったか? ガルシア大佐は、彼の言葉を遮った。

「はっはっはっはっは! 被害だと? このアルテミスが……!? やつらは何もできんよ。そして、やがて去る。いつものことだ」

「しかし、司令! 彼らは……」

「ともかく君達も少し休みたまえ。だいぶお疲れの様子だ。部屋を用意させる」

 他のクルーは、艦内の一カ所に集めて拘束しているのだ。この三人を要塞内に監禁してしまえば、分断する形にもなり、どうすることも出来ないはずだ。

「司令……しかし……」

「やつらが去れば、月本部と連絡の取りようもある。船籍コードの一件も何かの手違いだろうが、月本部に問い合わせないといけないしな。全てはそれからだ」

 こちらから相手の用件を持ち出してやり、かつ、ピシャリと撥ね除けた。ガルシア大佐の目の前で、フラガ中尉の表情があからさまに変わった。

「……アルテミスは、そんなに安全ですかねえ?」

「ああ! まるで母の腕の中のようにな」

 嘘偽りのない、ガルシア大佐の本心だった。

*******************

 アークエンジェルの者たちは、艦内食堂に集められていた。クルーも民間人も皆まとめて、である。自然にいくつかのグループに別れており、メカニックはメカニック同士、ブリッジクルーはブリッジクルー同士、パイロットはパイロット同士。避難民も避難民で集まっているが、時々、軍人に事情を聞きに来る者もいた。

「どうなってるの? 私達……ここで降ろしてもらえるんじゃないの?」

 パイロットたちのところへ来たミリアリアは、恋人のトールの横に座り、心配そうに彼の腕にしがみついていた。

「ごめん……俺たちにも判らないんだ……」

「トールと同じ船にいられるのは嬉しいけど……民間人の私がいても、お荷物でしょ。トールが頑張っているのに……」

 じっと黙っているだけでも不安なのか、とりとめもない言葉を口にするミリアリア。そんな彼女の前で、トールは突然、袖を捲った。

「ミリアリア、看護兵の手伝いしてるんだよな? さっきすりむいたんだ、ここ。いてて……」

「……え?」

 言われてみれば、彼女の手には傷薬っぽい物が握られたままだった。正確には傷薬ではなく消毒液なのだが、それを彼の腕に塗った。

「どう、少しはマシになった!?」

「おーっ、けっこー効く効く……!!」

 重ねて言おう、傷薬ではなく消毒液だ。そんなものを傷に塗り込められても、しみるだけなのだが、トールは無理して笑顔を作る。

「ほら、ミリアリアがいてよかったろ?」

「トール……」

 なぜだか瞳に涙が浮かぶミリアリア。いや泣きたいのはトールの方だ、なんでもなかった擦り傷がヒリヒリしてきた。だがトールは男の子、じっと我慢。
 すると。

「……大好き!」

「ミ……ミリアリア……!?」

 人前だというのに、トールの胸に顔を埋めるミリアリア。彼女の頭がトールの体にあたって、小さくコツンと音を立てた。

*******************

(何この三文芝居!? 昔の少年漫画かよ!? くそう、イチャイチャしやがって……!)

 隣で見せつけられたキラは、イライラしていた。パイロット仲間で固まっているとはいえ、先日のブリフィーング・ルームでの一件以来、フレイとは気まずいままだ。口もきいてもらえない。今も、サイと二人で何かコソコソしゃべっている。
 キラから見れば、一番親しいのがトールで、二番目がサイだった。だが、二人ともカノジョ持ちだ。この状況でも、女と一緒なのだ。

(僕だって……僕にだって、ストライクが!)

 機械に想いを馳せて現実逃避する。ああ愛しのストライク、今ごろ君はどうしているのだろう!? まさか要塞の連中に色々いじくり回されて、あんなことやら、こんなことやら……。

(……こんなことなら、起動プログラムをロックしておくべきだった! それなら僕以外、誰も動かすことが出来ないのに……!)

 今さらながらに後悔するキラ。そんな少年の肩をトントンと叩く者がいた。ふりかえれば……。

「……フレイ!?」

 あれだけキラを嫌っていた彼女が、キラに触れたのだ! キラは驚いてしまう。しかも。

「あ、あの……キラ……。この間はごめんなさい! 私、考え無しにあんなこと言っちゃって……」

「……あんなこと?」

「『なんでコーディネイターと同じ部屋の空気すわなきゃなんないのよ』って……」

 あのフレイが、美人でプライドの高いフレイが、フレイの方から謝ってきたのだ!

「……! ああ、いいよ別にそんなこと。気にしてないから……。僕がコーディネイターなのは、ほんとのことだしね……」

「ありがとう……」

 最後に小さくつけ加えて、フレイはサイのところへ戻っていった。
 どうせサイに言われて、それで謝りに来たのだろう。それはキラにも判っていたが、それでも嬉しかった。

(よーし、今日は僕……頑張っちゃうぞ!!)

 キラの気持ちが高揚してきた。

*******************

「どうだ?」

「は! それが……艦の方の調査は順調なのですが、モビルスーツの方が……」

 報告にきた副官の口調は芳しくなかった。

「どうした? OSにロックでもかけられているのか!?」

 大西洋連邦のものなのだ。ユーラシア連邦の者には動かせぬよう、細工されていても不思議ではない。ガルシア大佐は、そう考えていた。
 同じ地球連合軍として戦っているが、しょせん、いくつかの国家の寄せ集めだ。ガルシア大佐に言わせれば、大西洋連邦も東アジア共和国も南アフリカ統一機構も、ユーラシア連邦の仲間ではなかった。戦争の歴史を紐解けば、同盟国に裏切られて敗北する国家も数多いのだから、油断はできない。

「いえ、起動は出来るのですが……。OSが特殊過ぎて満足に動かすのは難しいとのことで……」

 そのOSは本物なのだろうか、とガルシア大佐は疑念を抱いた。実際に使うものとは違うダミーが入っており、それに誤摩化されているだけなのではないか!?

「それならば、まずはデータのコピーだ。プログラムの解析に集中しろ!」

 偽物ならば、調べればわかる。本物ならば、そこから貴重な情報が得られる。どちらにせよ、ソフトの解析が重要だった。

「は!」

 了解して部屋を出ていく副官の後ろ姿を眺めながら。

(これは……パイロットを尋問するべきかな?)

 と、ガルシア大佐は悠長に考えていた。

*******************

「認識コードがないって……嘘ですよね……」

「ああ。連絡が行き届かないほど、辺境の要塞ってわけじゃないからな。連中は艦を調べたいのさ」

 ノイマン準尉の言葉に、フラガ中尉が応えた。彼の車椅子を動かすため、後ろにはラミアス少尉が立っている。
 三人は今、要塞内の一室に入れられていた。応接室のような内装であり、ソファーも大きく、ベッド代わりにもなるであろう。しかし窓がないため外の様子は判らないし、入り口のドアの外では銃を持った兵士が見張りをしている。あきらかに監禁状態であった。

「私たちを……艦に帰したくないんですね」

 ラミアス少尉が、心配そうにつぶやいた。そこに、フラガ中尉が言葉を重ねる。

「俺が気になるのは……連中がこのアルテミスだけは、絶対に安全だと思いこんじまってるってことだよ」

「アルテミスの傘……。あれって、常に開いてるわけではないんですよね?」

 技術士官であるラミアス少尉は、そう考えていた。あれだけのシロモノ、消費エネルギーも馬鹿にならないはずだ。敵が近づいた時だけ展開させているのでなければ、イザという時エネルギーが枯渇して使い物にならないだろう。
 アークエンジェルが来た際に傘が使用されていたのは、一種のデモンストレーションだったのではないか……。

「……ん? そりゃあ敵がいなきゃ、必要ないからな。宇宙のど真ん中だから、接近するものがあれば一目瞭然だし……」

「一目瞭然……」

 フラガ中尉の言葉を繰り返したラミアス少尉は、何かが心の中に引っかかるのを感じた。

「あ! まさか……!?」

 彼女は思い至ったのだ、見えない敵が来るという可能性に。今のクルーゼ隊には、それを可能とする戦力がある……!

*******************

 形式番号GAT-X207、通称ブリッツ。クルーゼ隊が手に入れた四機のうちの一つだが、これは、敵陣深くへ電撃的に侵攻する目的で開発されたガンダムであった。
 その最大の特徴は、ミラージュコロイドシステム。特殊なコロイド粒子を身にまとうことで、視覚的にも電波的にも感知されなくなるのだ。

「まるでカメレオンだな……」

 ニコル・アマルフィ中尉から報告をうけたクルーゼは、そうつぶやいたという。
 クルーゼは、四機のガンダムに関して、それぞれのパイロット候補——奪取してきた者——にデータ解析させていた。本国とくらべれば不十分な環境かもしれないが、それでも、かなりのことが判明した。だからこそ、アルテミス要塞攻略の自信もあったのだ。
 まだ実戦投入されていない四機なので、その機能を知る者も少ない。アークエンジェルのクルーでも、知っているのは、ガンダム開発計画に携わった者だけだった。当然、アルテミス要塞の者たちが知るすべもない。
 その結果。

「ザフト艦、ナスカ級、ローラシア級、離脱します。イエロー18、マーク20、チャーリー。距離、700。さらに遠ざかりつつあります」

「わかった。引き続き対空監視を怠るなよ」

 敵は去ったという判断で、アルテミスの傘がOFFになる。そこに一機のモビルスーツが近づいていく。

「ミラージュコロイド生成良好。散布減損率35%。使えるのは、80分が限界か……」

 コクピットの中で緊張する少年、ニコル・アマルフィ中尉。まだ十五歳の少年であり、戦争がなければピアニストとなっているはずだった。しかし今、彼の指は鍵盤ではなくモビルスーツのコンソールパネルを叩いていた。
 要塞に取りついたブリッツが、ミラージュコロイドを解除する。岩盤から突き出た装置のうち、どれが『傘』に関与する機器なのか判らない。それらしきもの全てを攻撃していく。続けざまの爆音が連なり、スタッカートではなくレガートとなっていた。

*******************

 爆発の衝撃は、フラガ中尉たちの部屋にも届いていた。

「やられたな!? ……だから言わんこっちゃない!」

 このままでは三人とも、アルテミス要塞もろとも心中である。彼は、一計を案じた。

「うわー。今の爆発でー。部屋に亀裂が入ったー。空気がなくなるぞー」

 我ながら下手な演技だと彼も思ったのだが、騙される者もいた。

「えっ!? どこ、どこ!?」

 後ろのラミアス少尉がキョロキョロと周囲を見渡し始めたのだ。腕を伸ばして彼女を引き寄せて、耳元でソッと告げる。

「違う、お芝居だよ。ドアを開けさせるんだ」

「あっ!」

 理解したらしく、彼女も続く。

「きゃー。助けてー。死んじゃうー」

 一方、作戦を理解したノイマン準尉は入り口へ。ドア横の壁にピタッと張り付いて、監視兵が入って来るのに備える。そこに彼がいることがバレてはいけないので、彼自身は黙っていた。
 しかし、いつまで待ってもドアは開かない。どうやら、セリフが棒読み過ぎて、芝居だとバレているらしい。

「いかんな……もっとリアルにせんとだめか……。ラミアス少尉、協力頼むよ」

「えっ、フラガ中尉!? いったい何を……!?」

 少し作戦変更。かろうじて動く上半身と両腕をいっぱいに使って、フラガは彼女を抱き寄せた。自分の上に倒れ込むように座らせて、しっかり抱きしめながら、両手を色々と活躍させる。

「きゃあっ!? やめてくださいっ!! こんな時に……!! あんっ、いやっ!! 助けてっ!!」

 臨場感あふれる悲鳴に変わった。本当に襲っているわけだから当然なのだが、『襲っている』とは言っても、服を脱がしたわけでもなければ、服の中に手を突っ込んでいるわけでもない。子供向け小説でも描写できる程度しかやっていないのだ。
 そもそも、フラガは車椅子の身。彼女が本気になれば、ふりほどくのは簡単なはず。つまり心底から嫌がっているわけではないのだと、フラガは理解していた。

 バタン!

 勢いよくドアが開いた。兵士が二人、立て続けに入ってくる。
 一人目の首にノイマン準尉が手刀を叩き込み、二人目には、みぞおちへパンチ。二人ともアッサリ気絶した。

「さあ、脱出しましょう!」

「ああ、おまえたちは行け!」

 自分のもとへ駆け寄ろうとしたノイマン準尉を、フラガは手で制止した。この場は急ぐので女性ではなく男性が車椅子を押すべきとノイマン準尉は判断したのであろうが、フラガの考えは違う。

「車椅子の俺が一緒じゃ、お荷物だろ? だから……俺を残して、先に行け!!」

「えっ、そんな……!」

 声を上げたのは、ラミアス少尉だ。少し服は乱れており、頬を赤らめている。色っぽい姿だ。フラガは、それを目に焼き付ける。

「艦長と操舵手がいなきゃアークエンジェルは発進できん! あれをここで沈めるわけにはいかんだろ!? おまえたちは一刻も早く……戻らなきゃいけないんだ! これは上官命令だ!!」

 ラミアス少尉に真剣な目を向けつつ、さきほどの感触を思い出しながら、フラガは言葉を加えた。

「ごめんな、ラミアス少尉。だが……おかげで最後に、いい思いをさせてもらったよ、ありがとう」

「フラガ中尉……」

「どうしても気になるというのなら……全てが終わった後で、様子を見に来てくれたらいいさ」

 これで最後だといわんばかりに、フラガは目を閉じる。
 ここまで言われてしまえば仕方がない、ラミアス少尉もノイマン準尉もフラガを残して部屋を出た。だが彼女は、最後にドアのところで振り返って、小さくつぶやいていた。

「きっと……あなたを迎えに来ますわ……」

*******************

 同じ頃、アークエンジェルの一同も、監視兵を無力化することに成功していた。こちらは特に策を弄したわけでもなく、キラがコーディネイターの身体能力を発揮しただけだ。やめてよね僕が本気出したらモブ軍人がかなうはずないでしょ、である。

「すごいわね……。やっぱり、やればできるのね……」

 キラに向けられたフレイの言葉は、文字面だけ見れば賞讃の言葉である。彼女の表情を見ればニュアンスが違うとも思われるのだが、キラは気にしていなかった。

「いや、フレイのおかげだよ!」

 フレイから『ごめんなさい』『ありがとう』と言われたからこそ、キラは、頑張っちゃったのだ。

「ありがとう、フレイ!!」

「……!?」

 キラにしてみればフレイに感謝するのも当然。だが、もちろん彼女には意味が判らない。

「まあ、ともかく……急ぎましょう!」

 ブリッジ要員はブリッジへ、メカニックはモビルスーツ・デッキへ。それぞれの持ち場へと向かう人々の流れの中に、キラたちも紛れた。
 
(これで……フレイとも仲直り出来そうだ!)

 彼女の困惑に気づかぬキラは、そう信じていた。

*******************

 アルテミスの傘を無効にしたブリッツは、要塞内部に侵入し、さらに暴れ回っていた。鉄壁を誇った要塞も、こうなると脆いものだ。

「いた! 足つき!」

 港に停泊中のアークエンジェルを発見したニコルは、攻撃目標を変更。だが、彼が一撃を加えるより早く、艦はゆっくりと動き出し、カタパルト・ハッチからはストライクも発進して来た。

「むこうも……ガンダム!」

 直接戦うのは初めてだが、ニコルもストライクの威力は話に聞いている。ヴェサリウスの中で、戦闘映像も見せられた。強敵だ!
 ストライクは、長い剣のような武器を装備していた。データ映像で見た主砲とは違う。あれは破壊力が大き過ぎて、自軍の要塞内では使えないのだろう。

「ならば……こちらも!」

 ブリッツのビームサーベルをONにする。盾ごと振り回す形で使用する、固定装備だ。

「みんなが来るまでに……」

 アルテミスの傘がなくなったので、他の三機のガンダムも来ることになっていた。それまでに、ニコル一人で、どこまでやれるか!?
 ついに始まる、ガンダム対ガンダムの戦い。
 バトルマニアとは対極的な性格なニコルでも、気持ちが盛り上がる。
 しかし、水を差すかのように、通信が入った。

『戻れ、ニコル! 撤退だ!』

*******************

 ドンッ!

 ヴェサリウスの執務室の中、クルーゼは、こぶしを机に叩き付けていた。

「くそっ、こんなタイミングで……!」

 傘のない丸裸のアルテミス要塞。少し時間をかけるだけで、赤子の手を捻るように容易く落とせるはずだったのに、本国から突然連絡が入ったのだ。
 評議会からの出頭命令である。それも、モニターに映し出されたのはパトリック・ザラ議長。彼の直々の命令だった。
 ブリッジクルーの前で彼に反旗を翻すわけにもいかず、了承するしかなかった。今のクルーゼに出来るのは、こうして執務室に籠って悔しがることだけだ。

「ヘリオポリス崩壊の件で、議会は今頃、てんやわんやといったところだろう……。その件で戻ってこいと言われるのは、まあ仕方ない。だが……ガンダムの話まで!」

 クルーゼ隊から詳しい連絡がなくとも、ヘリオポリスが消滅したことは本国でも観測されていた。しかし連合のモビルスーツを奪取した件や、残された一機の性能の高さなど、そうした詳細まで、なぜ議会に伝わっているのだ!?

「誰かが……私に黙って、本国へ連絡を入れているのか……」

 ガンダムを持って来いと言われなければ、ヴェサリウスだけで帰国するつもりだった。ガンダム四機とガモフを残して、足つきを追わせるつもりだった。
 しかし、その予定は全て崩れてしまった。作戦は中止である。

*******************

 アルテミス要塞の司令部は、既に壊滅していた。機材は瓦礫の山と化し、生き残ったコンソール・パネルは、今も火を吹いている。
 奇跡的に無事なスクリーンには、外の戦況が大きく映し出されていた。だが、それを見る者は、ここには、もう……。
 いや、一人だけいた。他の者が死に絶えた中、一人しぶとく命をつなぐ男。このアルテミスの司令官、ジェラード・ガルシア大佐である。

「なんということだ……」

 彼の自慢のアルテミス要塞も、もう終わりだ。いや、彼自身、かろうじて生きているだけに過ぎなかった。天井から落ちて来た鉄骨に挟まれ、全身を潰されている。もちろん激痛に苛まれているのだが、その痛みが故に、意識を保っているのだった。
 もう体も動かせないが、ちょうど、スクリーンが見える向きだった。攻撃していたザフト軍が、なぜか撤退していく映像だ。

「どういうことだ!?」

 要塞司令官としては、敵が退いてくれるのであれば、まずは喜ぶべきであろう。完全に墜ちたわけではない、まだ要塞内には生きている者もいるはずだ。反撃の策を思いめぐらすべきであろう。
 しかし彼は、ここまでの経緯を振り返ってしまう。アルテミスの傘が破壊されたのは、見えないモビルスーツによるものだった。ザフトの新兵器……というわけではない。奪われたモビルスーツの一つだったらしい。

「まさか……」

 ガルシア大佐は考える。これは、大西洋連邦の罠だったのではないか……と。
 アルテミスの傘を無力化できるガンダムを作っておいて、わざとザフトに奪取させる。そしてアルテミスに逃げ込めば、彼らを呼びよせることになり……。
 いやいや、ザフト側も知らずに追って来たのではなく、グルだったのではないか?
 ガンダム開発に関わったのは、中立国オーブ。コーディネイターも普通に暮らしている国だ。彼らを介して、大西洋連邦がコーディネイターどもと連絡を取り合って……。

「……そういうことだったのか!?」

 ちょうどスクリーンの映像では、逃げていくザフト艦と入れ替わるようにして、アークエンジェルが戻って来るところだった。早く月基地へ行きたいはずの艦が、なぜわざわざ戻って来る? 要塞がこんな状態では補給も無理だし、意味はあるまい?
 ガルシア大佐は知らない。アークエンジェルのキャプテン・シートに座る女が、一人の男を助け出すために——彼を残していけないから——戻って来ることを。
 だからガルシア大佐は、別の理由を考えてしまった。ああ、これも計画のうちだったのか、と。こうやって、大西洋連邦はアルテミス要塞を乗っ取るつもりだったのか、と。
 傘を失ったアルテミスなど、客観的に見れば、なんの価値もないかもしれない。だがガルシア大佐にとっては、ここは重要拠点なのだ。大西洋連邦が苦労して手に入れる価値のある場所なのだ。

「すべて……大西洋連邦の陰謀だったのだよ!」

『なんだってー!』

 ガルシア大佐には、死んだ部下たちの叫びが聞こえるような気がした。
 宇宙で戦う船乗りの間には、有名な伝説がある。もはや特攻しかない状況で艦長が一人ブリッジに残った時、周囲に死んだ部下たちの姿がセピア色で浮かび上がるという。
 残念ながら、今のガルシア大佐に、彼らの姿は見えない。ただ見えるのは、正面のスクリーンだけだ。
 炎に焼かれる司令室の中、さすがにスクリーンも機能を失ってしまったが、彼は、そこに一つの幻を見た。大西洋連邦の将軍、デュエイン・ハルバートンが笑っている。

「智将ハルバートン……」

 大西洋連邦のモビルスーツ開発計画のボスだと噂される男。あの『智将』と呼ばれる男ならば、これくらいの深淵策謀を巡らせてアルテミスを手に入れようとしても不思議ではない。
 ガルシア大佐は、そう思った。

「は……謀ったな、ハルバートン!」

 今にも焼け落ちようとしている司令室で、彼は幻を見続けていた。
 ここには『たとえ幻でもあなたにそれを見せるわけにはいかない』と言って彼にトドメをさす者もいなかった。
 全身が焼きつくされるまで、彼は、幻を見続けていた。

「ユーラシア連邦に……栄光あれ……」

 それが、彼の辞世の句であった。




(PART4に続く)

*******************

 あとがき。
 元ネタ小説ではキャルフォルニア・ベースの指揮官戦死の話だったので、アルテミスの司令官戦死まで書こうとしたら、かなり長くなりました。原作アニメと元ネタ小説とミックスしたら、イベント盛りだくさん! そんな時に限って、他にも詰め込みたいネタが出てくるし……。まあ、今回の話の中で出したささやかな伏線の幾つかを同じ話の中で回収できましたし、自分では満足しています。
 他サイトでは一話で2万文字を超える短編を投稿したこともありますが、やはり長過ぎると読みにくくて敬遠されるのでしょうか。今回くらいの文量ならば二つに分割するべきだったかもしれないと、少し心配です。
 次回は短いはずですが、どうなることやら。

(2011年2月9日 投稿)
(2011年2月13日 誤字を一カ所修正 [『艦長と燥舵手がいなきゃ』を『艦長と操舵手がいなきゃ』に] )
   



[25880] PART4 スーパーコーディネイター
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/11 21:12
    
「よくも生きのびたもの……」

 そう言った唇が次には笑っていた。やや肉感的な唇で、形も悪くない。身長がキラよりも高いということは、成人女性としても高い方だ。
 その女性、マリュー・ラミアス少尉の欠点と言えば……なんだろう? 軍人として外見的な点を挙げるのであれば、髪が長すぎるというところであろうか。無重力帯での行動が多くなる軍人にとって、ショート・カットは不文律なのである。
 しかしキラは、頭の固い厳格な将校ではない。若い男性の視点で見れば、今のラミアス少尉は、むしろ魅力的であった。唇から紡ぎ出される音色はステキであり、いかにも『私と一つになりたい?』とか『月本部に変わってお仕置きよ!』なんてセリフが似合いそうな声だ。
 潤んだ瞳にも、恋する女性独特の艶(つや)が秘められていたのだが、その恋心の対象は、残念ながらキラではない。さきほどの彼女の発言と同じく、ムウ・ラ・フラガ中尉へ向けられたものだった。

「ああ! 俺は……『不可能を可能にする男』だからな!」

 車椅子に座りながら、ニカッと笑うフラガ中尉。不可能を可能にする、というのは能動的な言い回しであるから、今回は少し違うだろうとキラは思うのだが、ラミアス少尉は感銘を受けたらしい。今にも、フラガ中尉の胸に飛び込んでいきそうである。しかし、さすがに部下の兵士たちの前なので彼女は自重していた。

(まあ、仕方ないんだろうな……)

 キラは、あらためてラミアス少尉の横顔を眺めた。
 同じアークエンジェルに乗っていた彼女だが、あまりキラとは接点がなかった。モニターカメラを通した姿しか見たことがなく、生身の彼女の近くに来たのは初めてである。匂い立つような大人の女性の色気、という表現は、こういう場合に使うのだろう。キラは、そう感じていた。
 技術士官である彼女は、艦内では元々、ガンダム関係の総責任者、オブザーバーのような立場でブリッジにいることが多かった。ヘリオポリスにおける襲撃で上官が軒並み戦死したため、今はキャプテン・シートに座っている。
 一方、キラはパイロット候補生。ブリッジに行く機会はほとんどなかった。艦によっては、艦長自らパイロットのブリーフィングにも参加して、作戦指揮をするケースもあるようだが、アークエンジェルは違う。ブリーフィング・ルームに来るのは、フラガ中尉。元々パイロット候補生の教官であり、また現在一番階級が高くブリッジにも常駐しているため、そうした役割は彼が適任だったのである。
 アルテミス要塞がザフトの攻撃を受けた際。そのフラガ中尉を残して、アークエンジェルは出航した。地球上の基地ではない、宇宙要塞なのだ。外壁と内壁に亀裂が生じれば、空気も抜けてしまう。身動きのとれない車椅子の男一人、無事ではあるまいと誰もが思ったのだが……。

「救出に戻ります!」

 戦闘の最中、ブリッジでラミアス少尉はそう叫んだという。撤退していくザフト艦を追うのは中止して、アークエンジェルは、半壊したアルテミス要塞に戻って来たのだ。
 そして、艦長自ら一部のクルーを率いて、要塞内に乗り込んだところ……。奇跡的に無傷だった部屋で、フラガ中尉を見つけたのである。

*******************

 感動の対面の後。艦に戻ったキラは、モビルスーツ・デッキへ向かった。自分が乗るモビルスーツの整備をするのも、パイロットの仕事のうちだ。しかも、キラはストライクが大好き。ここが、彼の本来の居場所だった。
 そんな彼がラミアス少尉に同行していたのは、ご指名を受けたからである。
 アルテミス要塞の者たちに、アークエンジェルの乗員全てが拘束されていた時。監視兵を相手に獅子奮迅の大立ち回りをして見せたのは、キラであった。彼の活躍があったからこそ、あの時、アークエンジェルは発進できたのだ。
 その話は、ラミアス少尉の耳にも入っていたのだろう。ザフトの攻撃で命令系統がどうなったか定かではないが、要塞内部にノコノコ入っていったら、また拘束されるかもしれない……。そんな可能性も考慮され、護衛としてキラも駆り出されていたのだ。

「はあ……。ようやく戻ってきたよ、ストライク!」

 特に何事もなく、その臨時任務も終了。愛機ストライクの近くまで来たキラは、愛おしそうに声をかけたのだが。

「おーい、キラ! 呼び出しだぞ!」

 メカニック・マンの一人に呼ばれてしまった。仕方なく、キラは格納庫脇のフロアへ流れていく。艦内モニターに、連絡が入っているらしい。

「はい、ヤマト曹長です。何でしょうか?」

『あの〜〜。お問い合わせのあった、民間人の避難民のことですが……』

 画面に映っていたのは、ピンクの髪の少女。いつもストライクのモニターで見る顔だ。たしか……ミーア・キャンベルと名乗っていたはず、とキラは思い出す。
 キラにとって、彼女の印象は良くなかった。初めて見た時は、ヘリオポリス崩壊の直後。漂う残骸の中、キラがアークエンジェルへ戻る手助けにもならず、どうでもいい話を続けられて、ただただ鬱陶しかったのを覚えている。
 その後も、有能なオペレーターだという心証は皆無だった。お嬢様育ちというか天然ボケというか、そんな雰囲気がモニター越しに伝わってくるのだ。一部の者たちは、彼女をミーア姫とかドジミーアと呼んでいるらしい。
 オペレーターは、上官の命令を兵へおうむ返しに伝えるだけでは、足りないのである。その意図がわかるように、また、兵がその気になるように言わねばならない。しかも『ミーア』の場合、おうむ返しどころか「あらあら〜〜」「まあ〜〜」など余計な言葉が頻繁に挿まれるので、ますます要領を得なくなる。
 その上、今回のように、

「……は!? お問い合わせ……? 避難民……?」

『ええ! ミリアリア・ハウというかたを探しておられましたよね?』

「はあ……。それって僕じゃなくて、トールじゃないですか?」

『あらあら〜〜!? 間違えてしまいましたわ、ごめんなさい!』

 ミスをすることも多々あるのだ。パイロットを混同するなど、通信兵としては言語道断。もしも戦闘中であったなら、どうなっていたことであろうか!

「じゃあ、トールと変わりますね。今、呼んできますから……」

 そう言って、キラはモニターから離れた。なるほどドジミーアだなとキラは思ったが、

(しかし、この女のコ……?)

 と、まったく別のしこりのようなものも感じていた。

*******************

 アークエンジェルは、しばらくアルテミス要塞に留まることになった。月本部に連絡したところ「こちらから出向くから、そこで待て」と言われてしまったのだ。
 これは、要塞側としても都合が良かった。自慢の傘もなくなり、常駐戦力も壊滅状態。新造戦艦と新型モビルスーツが残ってくれるのは、なんとも心強い。
 それに、司令官以下、上層部のメンバーは全員死亡している。生き残った下士官たちだけでは、要塞を運用していくのも難しかった。月から増員が来なければ困るのである。
 そして、今。
 そんなアルテミス要塞に、デュエイン・ハルバートン将軍率いる第八機動艦隊が到着した。

*******************

 アルテミス要塞の中でも、比較的無事だったブロック。その区画の一室が、コープマン大佐の執務室となっていた。第八機動艦隊モントゴメリィ艦長である彼が、しばらくの間、アルテミス要塞司令も代行することになったのだ。モントゴメリィは、僚艦のバーナード、ローと共にアルテミス要塞駐留部隊に組み込まれている。
 その彼の執務室に、アークエンジェルの者たち——ムウ・ラ・フラガ中尉、マリュー・ラミアス少尉、アーノルド・ノイマン準尉、それにキラ・ヤマト、トール・ケーニヒ、サイ・アーガイル、フレイ・アルスター、カズイ・バスカークの各曹長——が呼ばれていた。当番兵から待つようにと言われ、皆、黙って座っている。
 ちなみに、もうフラガ中尉は車椅子ではない。杖をついてはいるが、一人で歩けるのだ。驚異的な回復力だ、この人ならば宇宙でビームの直撃をくらってもヒョッコリ生還するんじゃないか……とさえ、キラは時々思う。

「ハハハ……」

 聞こえてきたのは、ハルバートン将軍のやわらかな笑いだった。コープマン司令代行がドアを開き、含み笑いをするハルバートン将軍を招き入れた。

「待たせた。諸君」

 ぶっきら棒でやや冷たい言い回しだが、コープマン司令代行はわざとやっているのではないか、とキラは思った。
 ハルバートン将軍を実際に見るのは、キラにとっては初めてである。無論、将軍の『ザフトに兵なし』のテレビ放送は何度となく観ている。だから、微笑を浮かべた将軍がキラたちに返礼をしながらも、素早く兵を観察してゆく冷厳な瞳には、あの放送の時と同じ凄みを感じた。
 キラは、背筋が震えるのを抑えられなかった。そのキラを将軍も見逃さなかった。

「キラ・ヤマト曹長?」

「は、はい!」

 ハルバートン将軍は、ニッと白い歯を見せた。

*******************

 かつて三国志から三国志演義が作られたように、後世において今次大戦が『おはなし』となる場合には、ヘリオポリス襲撃・ガンダム起動が物語のスタートになるのかもしれない。
 また、後世の歴史家が今次大戦を教科書に記す場合、『血のバレンタイン』の次に記載するのは『エイプリル・フール・クライシス』——本格的なニュートロンジャマーの大量散布——なのかもしれない。
 しかし今を生きる者たちにとって、二つの大事件の間に起こった幾つかの武力衝突も、忘れられないイベントであった。その一つが『世界樹攻防戦』である。

 今さら言うまでもないことだが、スペースコロニーというものは、太陽と月と地球の引力の中和点ともいえるラグランジェのポイント——L点——に置かれている。いまだに地球に引きこもっている者には誤解されることもあるが、それぞれのL点は地球から等距離にあるわけではない。L2は月よりも遠くに、L1は地球と月との間に位置している。したがって、L1のスペースコロニー「世界樹」が序盤の激戦の舞台の一つとなるのも当然であった。
 血のバレンタインから約一週間後に起きた戦闘は、最終的に世界樹崩壊によって幕を閉じる。地球軍、ザフト軍ともに被害は大きく、特に地球側の艦隊司令であったハルバートン将軍は旗艦を沈められ、捕虜となってしまった。
 しかし、それから約半月後。第一次ビクトリア攻防戦——ザフトの地上侵攻戦——の最中、ハルバートン将軍は地球に生還し、アラスカの地球連合軍統合最高司令部から『ザフトに兵なし』の放送をした。

「地球連合に所属する国民すべてに、私は訴えたい。ザフトには、すでに兵はない! 艦もなければ、武器、弾薬もない! なのに、なぜそのザフトに地上まで攻め込まれているのか! 国民よ! 討つべきは、地球連合の軟弱な政府高官である。ブルーコスモスに踊らされ、何ひとつ決定する事のできない高官に、地球上の人々の意志を託すわけにはゆかない!」

 ここで興味深いのは、彼が自軍である地球連合にも辛辣な言葉をぶつけたことだ。それもブルーコスモスの名を出した上で、である。ただし、その部分は、あまり人々の意識には残らなかった。

「ザフトのパトリック・ザラがプラント最高評議会の実権を握った時に語った傲慢な言葉を思い起こすがいい! コーディネイターは新たなる人類、選ばれた新人類である、とザラは言った。もはやナチュラルとは違う、新たな一つの種(しゅ)なのだという。ナチュラルと共にある必要はないのだという!」

 と、すぐに話題が変わってしまったからだ。
 それから延々と続いた演説の最後に、ハルバートン将軍は、あたかもパトリック・ザラを目の前にして睨みつけるかのように言ったものだ。

「血のバレンタインは不幸な事件であったが、あれでプラントの人口は激減した。すでにザフト兵となれる者はいないのだ。一人の人間を育てるのに、何年かかる? ザラは、知らぬわけではあるまい。そして地球連合の国民、一人一人へ私は訴える。もはや、ザフトに兵はいない! そのザフトにひざまずくいわれはないのだ! たてよ国民! 今こそ、ザフトをこそ、我らの前に倒すべきである!」

 パトリック・ザラは、その放送を聞いてテーブルを蹴り倒したという。
 地球連合の世論は沸騰し、前線の連合兵士の意気は上がり、第一次ビクトリア攻防戦はザフトの敗退に終わった。プラント最高評議会では作戦失敗の理由を「地上戦力の支援がなかったため」としているが、その実、ハルバートンの演説が影響していた事は誰の目にも明らかであった。

*******************

「諸君も楽にしたまえ」

 アルテミス要塞の執務室の中、ハルバートン将軍は、ソファにくつろぎつつ葉巻を取り出した。

「香りが強くてすまんが……」

 と、将軍はラミアス少尉の瞳を見て言う。

「どうぞ」

 彼女は、ハルバートン将軍と初対面ではない。あれ葉巻なんか吸う人だったかな少しキャラが変わったのかな、と彼女は思った。
 
「一機だけとはいえ、ガンダムを受領してくれた事には、感謝の言葉もない。量産ラインが動き出したばかりでダガータイプは三十機とない。それも、まだまだ改良の余地がある先行試作量産型だ。となれば、連合軍のモビルスーツ部隊の中核は諸君らアークエンジェルなのだから、これは貴重だ。政府高官たちは、この時点でボアズかヤキン・ドゥーエを叩けと冗談を言うのだから困る……」

 場の空気を和ませるためのジョークだったようだが、効果はなかった。ハルバートン将軍は、話題を戻す。

「本論は、こうだ。諸君らは、見習い士官中心の寄り合い所帯だが、すでに実戦を勝ち抜いてきた。もちろん、アークエンジェルもガンダムも、過去の連合軍の兵器と比べて遥かに高性能である。勝てて不思議ではないといいたいが……違うな……」

 ハルバートン将軍は、あらためて一同の顔を見回した。

「なあ、コープマン君。こんなに若いのだよ、彼らは」

「はい。全く……」

 コープマン司令代行の冷静な瞳が、キラを一瞥した。
 ハルバートン将軍が、話を続ける。

「私が、ザフトに捕われている時に聞いた言葉に、スーパーコーディネイター、というものがある。なんでも今のコーディネイターには種族として行き詰まりがあって、出生率が下がってきているのだそうだ。そこで、コーディネイターを超えるコーディネイターを作りたいのだという。身体、頭脳共に極限まで高めた究極生命体を作り出そうと言うのだな。もっとも、九割以上ナチュラルで構成されている連合軍には、無関係な話かもしれないが……」

 ここで言葉を切った将軍は、キラの瞳を凝視した。
 その思慮深い将軍の瞳に、キラは寒気を感じた。洞察力の鋭い人という感覚があった。

「君は……たしかコーディネイターだったな?」

「はい」

「ん……。君がどうしてザフトと敵対する道を選んだのか、この際、それは問題ではない。私はブルーコスモスでもないからな。だが、君の戦果は……コーディネイターだとしても、それでもずばぬけている」

 キラから視線をそらしたハルバートンが、微笑を浮かべて言葉を継いだ。

「実は……プラント最高評議会、まあパトリック・ザラとその仲間たちということになるが、ここの正式見解の中では、スーパーコーディネイターの存在は否定されているのだ。まあ、彼らにしてみれば、今の自分たちこそ最高の人種だということにしておきたいのだろうしな。しかし、私は、こうも思った。ザフトはスーパーコーディネイターを実戦に投入する計画があるか、もしくは既に参加させているからこそ、否定の姿勢を打ち出しているのではないか、とな……」

 その場の空気がザワザワとする。ただでさえコーディネイターは身体能力が高いのに、さらにその上をいく超人部隊があるというのか……? そんなのイカサマではないか!?
 そうした雰囲気を収めるかのように、ハルバートン将軍は、葉巻を膝の上の灰皿でもみ消した。

「……スーパーコーディネイターは人工的に作られるとしても、それに匹敵する才能を持つ者がナチュラルの中から自然に生まれる事もあるかもしれない。まあ、スーパーナチュラル……とでも言うべきかな」

 スーパーナチュラル。まるで旧暦時代のテレビドラマかロック音楽のような名称であるが、将軍に対してツッコミを入れる猛者は一人もいなかった。

「藁をも掴む気持ちで、諸君らの士官学校時代の成績を調べさせてもらった。スーバーナチュラルと呼べる存在なら、利用するに越した事はないからな。しかし……残念ながら、優秀な成績とは言いがたい。むしろ、悪いな。コーディネイターのヤマト君も含めて」

 キラたちは失笑した。

「しかし、火事場の馬鹿力なのか? それがアークエンジェル運用とガンダムの扱い全てに渡って驚くべき的確さで行われている事に瞠目するのだ。成績のよろしくなかった生徒たちにしては、やりすぎる。これが、おかしい……」

「ハッ!」

 フラガ中尉が、彼らしからぬ生真面目さで答えた。二度目の失笑が湧いた。

「私は信じたいのだ。スーパーコーディネイターの……スーパーナチュラルの存在を。それを諸君ら自らが試してもらいたい」

「試す?」

 ラミアス少尉である。

「私たちは必死にやっただけです。それがたまたまうまくいった。将軍のおっしゃる通り、火事場の馬鹿力なのでしょう。実戦だって……」

「実戦をくぐり抜けたという事は、素晴らしいことだ。あえて言わせてもらうが、ラミアス中尉を艦長とするアークエンジェルは、すでに独立部隊として扱われている。このままアラスカの地球連合軍統合最高司令部へ向かってもらう」

「お言葉ですが、将軍。私、少尉で……」

 ハルバートン将軍は、彼女の言葉を聞かずに立ち上がった。

「私の主旨は諸君に伝えた。後は諸君らが示してくれればよろしい。以上だ」

「起立! 敬礼っ!」

 号令がかけられ、ハルバートンは去った。
 残された者たちが戸惑う暇もなく、コープマン司令代行が彼らに辞令を渡していく。他の部隊との釣り合いもあるので、階級を上げるらしい。ただしフラガ中尉は例外、ラミアス艦長を中尉としたため、それより上には出来なかったのだ。ならばフラガを艦長にという意見もあったようだが、ヘリオポリス以降の戦果を見れば、やはり艦長はラミアスだという結論になったのだろう。
 そして。

「少尉? 僕がですか?」

 キラは、思わず声をあげた。

「少尉でも階級としては不足だがな。戦艦なみのビーム・ライフルを使う立場だ。少佐にしてもおかしくないくらいだぞ、スーパーコーディネイター!」

 そうコープマンは笑った。
 キラは、自分がスーパーコーディネイターなどという特殊な新しい存在だとは思いたくなかった。

(コーディネイターというだけでも嫌われてたのに……)

 またフレイに嫌われるのではないかと心配なのだ。いや、考えてしまうのはフレイのことだけではない。
 本物のラミアス艦長って凄く色っぽかったな、とか。ドジミーアに感じた心のしこりは何だろう、とか。だめだ僕にはストライクがいる、とか。
 女のコのことばかり気がかりな、俗っぽいキラなのである。

*******************

 ラクス・クライン——ここではミーア・キャンベルと名乗っている——は、無線技師の資格と志願実績が買われて伍長の制服を着る事になった。

「あらあら〜〜?」

 自分から積極的に志願したつもりはなかったので、ラクスはキョトンとしてしまった。戦争に関わる事は、むしろ避けていたはずなのだ。
 今やパトリック・ザラの支配するプラントであっても、その礎を作ってきたのは、ラクスの父なのである。強硬派のザラでは、ここまで大きくなる前に、ナチュラルに潰されていたかもしれない。
 かつて、クライン派の実力者アンドリュー・バルトフェルドは聞かせてくれたものだ。

「シーゲル・クラインどのは、偏見を持たぬ人でした。コーディネイターでありながら『命は生まれ出ずるものだ! 作り出すものではない!』とおっしゃられた。ナチュラルと共に進む道も模索していたのです。一方、パトリック・ザラは全てのナチュラルを滅ぼそうとしていますが、どう考えても、それは愚かな事です。……そもそも、コーヒーだって一種類の豆だけでは美味しくいれるのは難しい。二種類の豆を巧くブレンドしてこそ……」

 例え話はいいと、ラクスは言ったものだった。

「ごめんなさい。私、コーヒーに特別なこだわりありませんから……」

 ともかく、彼女は戦争を避け、ヘリオポリスという新天地で一生を全うしたかったのだ。しかし、そこで戦争に巻き込まれ、婚約者だったアスラン・ザラとも再会した。

「あら〜〜? まあ〜〜! アスラン、あなたなのですね!?」

 たったそれだけだった。話したい事はたくさんあったはずなのに、言葉にならなかった。突然のことで心の準備もなく、気を落ち着ける時間すらなかったのだ。
 ラクスは、今でも時々、昔を振り返る。アスランは、ラクスの婚約者だった頃、とてもやさしかった。その彼が、戦争で人を殺したり逆に殺されたりするようなことは、して欲しくなかった。
 会って話し合い、翻意させたかった。そのためには、このまま志願兵としてアークエンジェルに乗っている方がチャンスがあるだろうし、それも悪くないかもしれないと思うようになってきた。
 次にアスランと出会えた時のために、今からラクスは、頑張って自分の考えをまとめている。現時点の結論としては、こう言う予定であった。

「アスランが信じて戦うものは何ですか? いただいた勲章ですか? お父様の命令ですか? お父様に命じられたなら……私を討ちますか?」

 アスランは父親の言いなりになっているだけだ。ラクスは、そう信じていた。

*******************

「どうするんだい。じゃあ……」

 艦内食堂の片隅で、トールとミリアリアは、今後について話し合っていた。

「ここで働くわ。ヘリオポリスは、もうないんだし……」

 ミリアリアは、アルテミスで暮らすと言うのだ。看護兵の手伝いをしている彼女ならば、そのまま志願兵としてアークエンジェルに残ることも可能だったのだが、すでに降りると決心したらしい口ぶりである。

「そういえばさ……。トールたちが偉い人に呼ばれてたのって、ヘリオポリス壊しちゃって怒られてたの?」

 ふと、話題を変えるミリアリア。ハルバートン将軍に謁見した件を言っているのだろう。

「いや、全然違う話だよ。ヘリオポリスの『ヘ』の字も出なかった」

「そうなの? ……ふーん、冷たいのね」

 言われてみて初めて、トールも気が付いた。
 コロニーが一つ消滅したというのに、地球連合の関心は薄いようだ。やはり『地球』が中心の民なのだろう。将軍の有名な演説の中でも、血のバレンタインを『不幸な事件』の一言で片づけていたではないか。もしかしたら今頃、ザフトの方がこの問題を重要視しているかもしれない、とトールは思った。
 そこに、トコトコと幼女が一人やってくる。

「今まで守ってくれてありがと!」

 トールは折り紙の花を一輪、手渡された。ミリアリアが面倒を見ている二人の子供の一人であり、名前はエル。
 おそらくミリアリアから、トールはパイロットであると聞かされているのだろう。実際にはアークエンジェルを守るための出撃はしていないので、トールとしては、少しくすぐったい気持ちである。

「ああ!」

 それでも彼が笑顔で受け取ると、エルもニコッと笑って、元の場所へと戻っていった。トールとミリアリアが大切な話をしていると悟って、邪魔しないようにしているのだ。エルは、もう一人——名前はマユ——と二人で遊び始めた。

「あの子たちの面倒……まだみるつもりかい?」

「当然でしょ。家族を捜してあげるって約束したんだし……」

 まだ見つからないというのはどういう意味か。ミリアリアは、あえて口にしなかった。トールもその先を言わせたくないので——彼女自身も家族をなくしているのだ——、話題を変える。

「ミリアリアたちの住むところは、どこになるんだ?」

「南三十二ブロックのキャラル」

 要するに避難民収容所である。

「でも……ちょっと変よね。私たち中立国の人間なのに……いつから連合に組み込まれたのかしら? これって宇宙だけ? それとも、もう本国も連合の一国扱いなのかしら……」

 トールは答えられない。だが特に答えを期待していたわけではないようで、彼女は言葉を続けている。

「私たちも徴用されて、ボルトの締めつけくらいやらされるみたいだけど……。いっそのこと、ここで車の整備士の免許でもとろうかしら。一人で食べていかなきゃならないわけだし、こんな時代にカメラマンでもないでしょうからね」

「戦争はいつまでも続かないよ。カメラの勉強は、続けた方がいいと思うな」

 トールにとっては、カメラを手にして駆け回るミリアリアを想像するのはやさしいが、油まみれのつなぎの彼女は思いもつかなかった。

「そりゃそうよ。でもね、アルテミスで何年暮らすことになるか……」

「ここは軍事基地だ。いつ攻撃を受けるか判らない。もう傘もないんだぜ」

「うん」

 ミリアリアは素直に頷いた。あまりに軽い態度である。あの『傘』の重要性が彼女には判らないのだろうか、とトールは心配であった。

*******************

(あー……また二人一緒なんだ……)

 食事をしようとやって来たキラは、トールとミリアリアが話し込んでいるのに気が付いた。
 こういう場合、キラも二人と同席するのが普通だった。トールとは軍に入る前からの友人であり、その頃から二人は付き合っていたので、キラもミリアリアと面識があるのだ。近くでイチャイチャされて苛立つこともあるが、やはり可愛い女のコと一緒に食事をするのは楽しいものだ。だいたい、少しトールに悪い気もするが、当時は身近な女性ということでミリアリアを妄想のネタにすることも頻繁だった。もしも彼女がアークエンジェルに留まるならば、今後ともよろしく……。
 そんなキラであったが、今日は二人から離れたところに一人で座った。深刻な話をしている様子だったので、さすがに邪魔しては悪いと思ったのだ。だから一人で食べ始めたのだが。

「隣……あいてますか?」

 耳に心地良い、女性の声。ミリアリアの声ともフレイの声とも、ついでに言えばラミアス艦長の声とも、明らかに違う。

(えっ!? もしかして……逆ナンされた!?)

 少しドキドキしながら、ゆっくりと振り返る。
 立っていたのは、ピンクの髪の少女だった。食事のトレイを手にしている。

(……誰?)

 一瞬の後、それがドジミーアであると気づいた。今まではモニターで見るばかり、生身の彼女は初めてだったので、すぐには識別できなかったのだ。

「ああ、はい。でも……」

 このコならば深い意味もあるまいと判るのだが、キラは、少し不思議だった。周囲には、誰もいないテーブルもたくさんあるのだ。

「あら〜〜。一人でいただくより……誰かとお話ししながらいただく方が、お食事も楽しいですから……」

 彼女は、ニッコリと笑う。
 
(あれ、モニターで見るより可愛いぞ!? でも、そういうことをその笑顔で言うと勘違いする男も出てくるから……気をつけた方がいいですよ、ミーア姫!)

 なるほど、彼女がミーア姫と呼ばれるのも判るような気がする。だが、もちろん口には出さず、

「じゃあ……どうぞ」

 と、自分の隣の椅子を引いてやった。
 そして、たわいないおしゃべりをしながら、二人で食事をする。そういえば少尉になったんですよ、あらおめでとう私は伍長になりました、と世間話のネタには困らない時期であった。
 そうした会話の中で、キラは、ふと気になっていた。

(この間モニターで見た時から、何か引っかかってるんだけど……)

 直接見ていると、そのしこりが大きくなってくる。心の奥底に沈んでいたそれが、少しずつ表面に浮かび上がってきて……。

「……あ!」

 小声ではあったが、思わず叫んでしまうキラ。あぶなくフォークも落とすところだった。

「あら〜〜? どうかしましたか?」

 キラは耳まで赤くなった。子供の頃の記憶が蘇ったのだ。

「ピンパツさん……」

「……え?」

「すいません、僕が勝手につけたアダ名なんです。そのピンク色をピンクブロンドって色だと誤解してて、ピンクの金髪(ピンクノキンパツ)だからピンパツさん……」

 彼女は小首を傾げている。その顔にはハテナマークが浮かんだままだった。そう、肝心の部分を説明していないのだ。もっと別の言い出し方があったろうに、と後悔の念にとらわれた。

「えーっと……。月の幼年学校にいた頃、近くのコンサートホールで歌っているのを、何度もお見かけしたんです。あの……静かな落ち着いた雰囲気のスローバラードが凄く好きで……」

「あら〜〜まあ! 私を御存知の方がアークエンジェルに乗っておられたとは……なんだか嬉しいですわ!」

 この彼女の言葉に、キラは天にも昇る気持ちだった。本当に彼女の歌が好きで好きで、毎日のように通ったものだった。その憧れの歌姫が、今、目の前に……!

*******************

 一方、ラクスの方でも、『嬉しい』のは本心だった。
 キラが言った曲は彼女自身も大好きなのだが、下手に歌など歌って正体がバレては不都合。だから人前では歌えなくなったし、こっそり一人で歌う時もカモフラージュのため無理矢理アップテンポにアレンジして歌っていた。
 そう、理屈で考えるならば、過去を知る者が現れたのは困った話だった。ラクスも頭では理解しているのだが、キラへの同類的な親近感が溢れ出てくるのを止めることが出来なかったのだ。
 
(あら……。なんでしょう、この気持ち……?)

 暖かい感情で、胸がいっぱいになっていた。
 そもそも軍隊というところは、人種の寄せ集めの集団である。そのために、同じ国やコロニーから来たとわかっただけで、旧知の仲に思えたりする。小さい頃に同じ場所で同じ時間を過ごしたのであれば、幼なじみのようなものであった。
 ましてや、ラクスは祖国プラントから逃げ出して、ずっと一人で暮らしてきたのだ。今、自分でも言葉に出来ないような気持ちで心が満たされたとしても、無理はなかった。
 ああ、キラが与えてくれた、この気持ち。思いおこせば、今までモニター越しでも、他のパイロットとは違う感覚があった……。
 だから、ラクスは口にしてしまう。

「あなたは……やさしいのですね。まるで……アスランのように……」

*******************

「アスラン……?」

 どこかで聞いたことある名前だな、とキラは思った。だが、それ以上深くキラが考えるより早く、目の前の女性が続きを言葉にしていた。

「アスランは、私の婚約者……だった人です」

 こ、婚約者!? キラの天国の時間は終わった。

(チッ、男がいるのか……。やっぱり高嶺の花だったんだな……)

 だが、一瞬でキラは回復する。

(いや待てよ、今『だった』って言ったな!? 過去形だったな!?)

 偶然であろうか、まるで、そんなキラの気持ちを見抜いたかのように。

「……戦争が始まる前の話ですが」

 しんみりとした口調で、彼女はうつむいた。
 死んでしまったのか、婚約解消されたのか。詳細は判らないが、それを聞いてはいけないということくらい、キラにも判っていた。どちらにせよ、なんとか彼女を元気づけるべきだ。だが。

「あ……あの……」

「大丈夫ですわ。しょせん……親同士が決めたお話でしたから」

 顔を上げた彼女は、もう微笑んでいた。作り笑いなのか、心からの笑顔なのか、キラには判別できなかった。
 
(ああ、そうだよね。小さい頃って、親の意向って大きいからね。大きくなれば、関係ないよね。僕なんか、幼年学校時代の友だち、一人も覚えてないくらいだ。一番親しかった友人だって、顔は思い浮かぶから会えば判るだろうけど、名前は完全に忘れてしまったよ。えーっと、たしか……)

 キラも冷静ではない。頭の中で、思考が脱線する。実はラクスの話とも無関係ではないのだが、正解に辿り着かない以上、単なる『脱線』であった。

(いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないだろ! 今は、目の前の状況に集中するんだ!)

 これまでの人生経験を活かして考える。自分の人生経験が足りないならば、こういう時こそ、先輩のアドバイスを参考にするべきだった。

(ほら! 恋人をなくした後とか、別れた後とか、女を口説くチャンスだって、フラガ中尉も言ってたじゃないか! このコが今でも昔のフィアンセを想っているとしても……)

 ここで、ようやく気が付いた。

(……ん? 待てよ!? その元婚約者と僕が似てるって!? しかも『やさしい』という、いかにも好ポイントなところが!?)

 さあ、大変だ!

(これって……期待しちゃっていいのかな!? いやいや、そういうサインじゃないのをサインだと見間違えるのは、典型的なモテナイ君だ。道で若い女のコとすれ違うたびに『フッ、あのコも俺に惚れてるぜ……』とか言ってしまう自意識過剰キャラだ。しかし逆に、サインなのに見落とすのは、似非ハーレム主人公だ。明らかに好意があって頬を上気させているのに『あれ? 熱でもあるの?』とか言ってしまう鈍感キャラだ。どっちもいかんぞ、ここは的確に見極めねば……)

 コーディネイターの頭脳をフル回転させるキラ。この間、わずか0.06秒。出てきた結論は、もっと相手をよく観察すべし、というものだった。
 ジーッと彼女の顔を見つめる。

「あの……?」

 と彼女が不審がるほど、見つめる。
 すると。

「……あれ? なんで『ミーア』伍長? あなたは……たしかラクス……」

 探していた答とは違うが、キラは思い出したのだ。
 彼女の名前はミーアではない。あのスーパー歌姫の——この目の前の美少女の——本当の名前は……ラクスだ!

「あら〜〜」

 シーッと唇に指を立てて、ラクスは、その唇をキラの耳元に寄せた。

「本当はラクスなのですが……。今は、ミーア・キャンベルなのです」

 こっそりと告げるラクス。
 キラはキラで、ああ事情があって偽名なのだろうと認識していた。彼女が歌姫ラクスであるならば、彼女もコーディネイターのはず。身分を隠したい気持ちは、キラにも理解できた。もっと深い事情があるとはつゆ知らず、そこまでで納得してしまった。

「……ですから、私をラクスと呼ぶのは二人だけの時にしてくださいね、ヤマト少尉」

 ラクスの息が、キラの耳に吹きかかった。
 その距離のまま、キラは、ラクスの方に顔を向けた。ラクスの笑顔が、キラの視界いっぱいに広がっていた。
 この人の笑顔がこんな間近に見られる! これはキラにとって歓喜に近かった。
 顔と顔とが、今にも触れ合いそうな距離なのだ。キラの人生の中で、女性の顔と、ここまで物理的に接近したのは初めてだった。ちなみに『物理的に』と言うと何だか堅苦しい響きだが、英語ならば "physically" なので『肉体的に接近した』とも言える。肉体的に接近、なんとゾクゾクする表現だろう!
 ああ、なんだか、とても良い香りがする……。

「僕のことも……ヤマト少尉じゃなくて、キラでいいですよ」

「わかりましたわ、キラ」

 うるんだ瞳、やわらかそうな頬、なまめかしい唇……。『食べちゃいたいくらい』とか『デザートは別腹』といった言葉が、キラの頭の中に浮かんだ。
 ああ、これは恋なのだ、とキラは思った。




(PART5に続く)

*******************

 あとがき。
 派手な事件が起こらない……こういうの書くの苦手なんですよね、でも長編を書いていると、こういう回が出てくるのも仕方ない。特に、この作品はパロディ(狭義のパロディではなくパスティーシュも含めた広義のパロディ)として描いている部分が多いので、元ネタ小説しだいで余計にそうなるのです。
 今回は、前回以上に元ネタ小説にあわせました(先送りした部分や前倒しした部分もありますが、特に最初と最後だけはキッチリと)。元ネタ小説と読み比べていただけたら幸いです。もちろん、元ネタ小説を知らない人にも楽しんで頂けることを願っています。
 それにしても……。PART3で活躍したガルマシアはガル○っぽく散ってくれましたが、全体のヒロインであるはずのセイラクスは、なかなか○○ラっぽくなってくれません。原作キャラを原作どおりに描くというのは、難しいものです。

(2011年2月11日 投稿)
   



[25880] PART5 ザフト
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/13 19:09
     
「帰ってきたんだな……」

 プラント本国に戻ったアスラン・ザラ中尉は今、一人、宇宙港の中の通路を歩いていた。
 母艦であるナスカ級ヴェサリウスは、修理と補給のため、忙しない状態だ。彼の愛機となるはずのガンダム——形式番号GAT-X303・通称イージス——も、詳しく解析するため、設計局が持っていってしまった。
 アスランは、ふとイージスのことを考える。

(あの機体は特殊だから……かなり手間取るかもしれない)

 手に入れた四機のガンダムは、それぞれ個性的なモビルスーツであったが、特にイージスは、根本的なフレーム構造からして異なるようであった。なんとイージスは、MA形態に変形できるモビルスーツなのである。

(まるでオモチャだ……)

 最初に知った時、アスランは、そう思ったものだ。
 戦争が終わって平和な時代が訪れて、無邪気な子供たちがかつての兵器を模型化して遊ぶ頃には、このイージスも人気商品になるのであろうか。
 だが、今はまだ戦時だ。空想的な遊び方ではなく、現実的な兵器としての運用法を考えねばならなかった。

(MA形態も二種類あるのだから、まず巡航形態で突撃して、近づいたところで砲撃形態の主砲で一撃、あるいは近接攻撃用クローで……)

 同型機で隊を成すならば、それが基本だと思う。だが他の機体と組むのであれば話は別。これについては、後々、設計局や国防事務局の者たちとも話し合うことになりそうだ。
 実際、アスランは設計局から呼び出しを受けており、そのために現在、連絡用シャトル乗り場へ向かっているのであった。
 どうせならばアスラン自身がイージスに乗っていけば手っ取り早いとも思うのだが、それほど融通がきかないが、軍隊というところなのかもしれない。設計局の方でも、アスランと面談する前に調べておきたいこともあるはずだ。
 だいたい、ガンダムはアスランのイージスばかりではない。他の三人も行くことになるはずだが、呼ばれている場所や順序が違うようで、ヴェサリウスから降りてすぐ全員バラバラになっていた。

(墓参りに行く時間くらいは……作れるよな……?)

 宇宙港もこの辺りまで来れば、軍人以外の者も多い。服装だけでなく、その物腰からして異なる。そうした人々を見ているうちに、アスランは、死んだ母親のことを思い出していた。
 アスランの母レノアは、この戦争で犠牲となっている。軍人ではない、民間人であるにも関わらず、だ。プラントが国家として地球から独立するためには自給自足が必須であり、食料生産を増やすことは大切であった。だから農学者として誇りを持って穀物生産用コロニーに出向いていたわけだが、そこで『血のバレンタイン』に巻き込まれたのであった。
 本来やさしい気性であるはずのアスランが、こうしてザフトの一員となったのも、けっして父パトリック・ザラの命令だけではない。母親の死が、きっかけとなったのだ。

(……次の出撃が、いつになるか。まったく判らないけれど……)

 現在の状況に意識を戻す。
 母艦ヴェサリウスに関してもクルーゼ隊に関して、この先どうなるのか、現時点では見当もつかなかった。ヘリオポリス崩壊のことで、ラウ・ル・クルーゼ少佐が査問会に呼ばれているのだ。クルーゼ一人のために一機のシャトルがヴェサリウスへ直接横付けされたくらい、重要な案件である。クルーゼの答弁次第では、隊の解散も有り得るかもしれない……。
 そうやって色々と考えながら、アスランも連絡シャトルに乗り込んだ。

(おや……?)

 クルーゼのケースとは違う。アスランが乗ったのは、大勢の者が利用するシャトルのはずであった。通路の両側に二席ずつシートが並んだ、ごくごく一般的なタイプである。しかし、そこには誰もいないように見えた。
 いや、よく見れば、一人だけ乗客がいる。アスランが入るのと同時に、こちらを振り返った。それは、アスランのよく知る人物であった。

「父上! ……お久しぶりです」

 パトリック・ザラ。アスランの父である彼は、プラント最高評議会の議長であり、きわめて多忙の身である。もちろん査問会にも出席するはずであり、息子と顔を合わせる時間など作れないと思うのだが……?

「挨拶は不要だ。私はこのシャトルには乗っていない。いいかね、アスラン」

「わかりました。では……」

 父の言葉の意味を理解し、アスランは、通路をはさんだ隣の席に座った。
 これは非公式な会見ということだ。ここでしか出来ない話をするべきなのであろう。そう考えるアスランに、父の方から話しかけてきた。

「連合のモビルスーツ……ガンダムを手に入れたそうだな」

「はい」

 それは報告書にも記したはずであり、帰国に先立ち電子送付された文書で、既に父も読んでいるはずだった。では何が言いたい、とアスランは言葉の先を考える。

「その際……何か、特別なことでもあったか?」

「ラクスと……ラクス・クラインと出会いました」

 先読みしていたアスランは、そう答えた。今さら『ヘリオポリスこわしちゃった。てへ』なんて話をしても意味がないからだ。ラクスの件こそ、ここでしか出来ない話であった。

「ラクス・クライン?」

「はい。作戦行動中でしたし、偶然見かけただけでしたので、話も出来ませんでしたが……。間違いなくラクスでした。以前と同じ雰囲気で……」

「そうか……」

 パトリック・ザラは、目を閉じて、シートに深く背を預けた。何か考え込んでいるようであったが、アスランは、気にせず話を続けた。

「とりあえず元気でいてくれてよかった、と思ったのですが……。その後ヘリオポリスも、あんなことになったわけですから、彼女もどうなったことやら……」

 アスランは、思い出す。クルーゼは、ラクスが連合軍に関与している可能性を示唆していた。だがアスランは、それを信じたくはなかった。
 ここで、アスランは言葉を切った。父が目を開けて、アスランの方に向き直ったからだ。

「彼女のことは忘れろ、そうすればお前は強くなる」

 父親が言うべきセリフじゃないよ!? それに僕は戦士ではない! たしかにコーディネイターはナチュラルを超えた人間という意味では『超人』だけど、とアスランは思った。だが口にも顔にも出さず、ただ頷く。
 パトリック・ザラは満足げな表情になり、言った。

「ナチュラルどもは、叩き潰さねばならんのだ。……徹底的にな」

「……え?」

 一瞬、アスランは意味がわからなかった。大きく話題が変わったように感じたからだが、そうではなかった。

「それなのに、あのシーゲル・クラインは! ……ナチュラルとの共存だと!? フン、馬鹿な! 我らコーディネイターは、選ばれた新たなる種だというのに!」

 ああ、父にとってラクスはシーゲル・クラインの娘という意味しかなかったのか、とアスランは理解する。アスランにしてみれば、ラクスはラクスという一人の人間であり、シーゲル・クラインの付属物ではなかったのに……。
 現在、コーディネイターの間では出生率の低下が深刻な問題となっていた。種族として全般的に生殖能力が低下しており、その対策として、遺伝子の適合性に基づいた婚姻統制が導入されているくらいだった。
 ラクスを物として見ていた父であるならば、いずれまた適当な女を自分にあてがうつもりであろうか、とアスランは少し悲しくなった。
 いや、それだけじゃない。先ほどの父の言葉には、もっと大きな意味があった。

(ナチュラルを殲滅するまで、この戦争は終わらないのか……?)

 父親の独善を垣間みたのだ。
 アスランの頭に、ふと、歴史の授業で習った話が浮かぶ。
 旧暦時代の大戦では、敗戦国のトップの幾人かは、異常な独裁者として語り継がれてきた。その中の一人に、当時最新鋭の科学技術を駆使してまで異民族大量虐殺を行った者がいる。

(アドルフ・ヒットラー……)

 だがアスランは、父をそうした人物と同一視したくはなかった。まだ、その一部分。あるかないかのような、一部分。

(まるで……ヒットラーのしっぽだな)

 アスランは、この時、かすかに父に対して疑念を抱いた。

*******************

「ではこれより、オーブ連合首長国領ヘリオポリス崩壊についての、臨時査問委員会を始める。まずは、ラウ・ル・クルーゼ少佐、君の報告から聞こう」

 最高評議会議長パトリック・ザラの厳かな言葉が、その場に響き渡った。
 円卓、と言っては語弊があるだろうか。中央には大きく開いたスペースがあり、どの方角からも見えるよう多面スクリーンが設置されているのだ。円周状に長く丸く伸びたテーブルは、周卓とでも言うべきなのかもしれない。だが、その円を均等に区分するように並べられた十二の席を見れば、これが何を模しているのかは明白であった。
 彼らは、自分たちを円卓の騎士だと思っているのだ。旧暦の騎士道伝説にある、十二人の騎士。フン、何をバカな、と思いつつ、クルーゼは素直に返事をした。

「はい」

 離れた位置の長椅子に座らされていたクルーゼは、立ち上がって、円卓へ近づいていく。
 手持ちの映像データ——敵艦から射ち出されたミサイルがヘリオポリスの大地を穿ちシャフトを破壊する様子——を交えながら、長々と説明した。

「……以上の経過で御理解いただけると思いますが。我々の行動は、けっしてヘリオポリス自体を攻撃したものではなく、あの崩壊の最大原因はむしろ、地球軍にあるものと御報告いたします」

 クルーゼは、そう結論づけた。その場の評議員たちが騒ぎ出す。

「やはり、オーブは地球軍にくみしていたのか……?」

「条約を無視したのは、あちらの方ですぞ!」

「だが、アスハ代表は……」

「地球に住む者の言葉など、当てになるものか!?」

 冷静に一同を見渡しながら、クルーゼは思った。面白い、と。この状況でなお、オーブを信じようとする者と、それを否定する者とで議会は割れているのだ。
 そんな中、議長のザラは、どちらの味方をするでもなく、クルーゼに話しかけてきた。

「しかし、クルーゼ少佐。その地球軍のモビルスーツ……たしか、ストライクと言ったかな? はたして、そこまでの犠牲を払ってでも手に入れる価値のあったものなのかね?」

 おや? クルーゼは不思議に思った。ストライクとは初めて聞く名称だ。手に入れた四機のガンダムの通称は、形式番号の小さい順に、デュエル、バスター、ブリッツ、イージス。おそらくストライクというのは残った一機のことなのであろう。どうやらザラ議長は、独自の極秘ルートから、かなりの情報を入手しているようだ。

「その驚異的な性能については、まず、取り逃がした最後の機体との交戦経験に基づいて報告させていただきたく思いますが……」

 ザラ議長の言葉尻を捉えた形で、手に入れた四機ではなく、敵軍の一機に関して示していく。これからというタイミングで帰国することになったため、こちらの機体の実戦データは不十分なのだ。
 だが、むしろ相手の機体——ストライク——のほうが、インパクトも強かったらしい。こちらの四機の映像は少しであったが、それでも、評議員たちの興奮は激しかった。

「……以上です」

 クルーゼの報告終了と同時に、再び場が沸騰する。

「こんなものを造り上げるとは……! ナチュラルどもめ!」

「でも、まだ、試作機段階でしょ? たった五機のモビルスーツなど脅威には……」

「だが、ここまで来れば量産は目前だ。その時になって慌てればいいとでもおっしゃるか!?」

「これは、はっきりとしたナチュラルどもの意志の表れですよ! やつらは、まだ戦火を拡大させるつもりで……」

「……静粛に! 皆、静粛に!」

 ザラ議長が立ち上がった。これから演説しようとする顔だ。クルーゼは、そう思った。

「戦いたがる者などおらん。我らの誰が、好んで戦場に出たがる?」

 ザラは、静かに話し始める。

「平和に……穏やかに……幸せに暮らしたい。我らの願いは、それだけだったのです。だが、その願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です。自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!?」

 だんだん、身振り手振りも交えて、大仰な口調になってきた。

「我らは忘れない。あの血のバレンタイン、ユニウスセブンの悲劇を!」

 ここでザラは、両手を広げた。

「24万3721名……。それだけの同胞を失った、あの忌まわしい事件から一年。それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです」

 ザラの目は、既に議員たちを見ていなかった。そのまなざしは、この場にいないプラントの全ての民に向けられていた。いつのまにか、主語も変わっていたのだ。

「諸君らの家族が、友人が、恋人たちが死して、そして何が残されたのか? 思い起こすことを忘れたわけではないと信ずる。しかし諸君らはあまりにも自堕落に時を過ごしてはいないだろうか? 地球連合の物量と強権の前に、屈服も良し、とする気持ちが芽生えてはいないだろうか? なぜ、そのように思うのか? 選ばれた新たな種族コーディネイターであるはずの諸君らが、なぜに旧種であるナチュラルどもに屈服しようとするのか!?」

 この場を利用して政見演説の練習かよ、とクルーゼは冷めた目で見ていた。
 たしかに、ユニウスセブン追悼の一年式典は間近に迫っている。そこでザラは、国民を再度、煽るつもりなのであろう。

(だが、ここにいるのは最高評議会メンバーだぞ? 今さら……)

 周囲を見渡す。クルーゼの予想とは異なり、ザラの言葉にのせられて熱に浮かされたような顔の者も、多く見受けられた。

「我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」

 ザラは視線を戻して、評議員一人一人に訴えかけるようにして、熱弁を締めくくっていた。
 こんな茶番劇のためにわざわざ本国まで呼び戻されたのか、とクルーゼは秘かに嘆いた。

*******************

(くそっ……!!)

 イザーク・ジュール中尉は、ガンダム奪取に成功した四人のパイロットの一人である。その意味では彼は手柄を立てたわけで、胸を張って帰国できたはずなのだが、現在とても苛立っていた。

(なぜ俺のデュエルが……バカにされねばならんのだ!?)

 彼のガンダムは、形式番号GAT-X102、通称デュエル。イージスのように変形機構を持つわけでもなく、ブリッツのようにミラージュコロイドを持つわけでもない。
 イージスの変形機構は、設計局の者たち——モビルスーツ開発の専門家たち——を歓喜させたという。
 そして、ブリッツのミラージュコロイドは、アルテミス要塞攻略戦で大きな結果を残した。

「しかし、地球軍も姑息なものを造る」

「ニコルには丁度いいさ。臆病者にはね」

 出撃前には同僚——ディアッカ・エルスマン中尉——と二人で、そんな言葉を交わしたものだったが、いざ蓋を開けてみれば、そのニコル・アマルフィ中尉のブリッツが大活躍。イザークたちの三機が要塞内部に入り込む前に撤退命令が出てしまったため、イザークに見せ場はなかった。彼のデュエルは、遠距離攻撃で特に目立つ機体というわけでもなかったのだ。
 その点、ディアッカのガンダム——形式番号GAT-X103・通称バスター——とも異なっていた。
 バスターは遠距離支援型として設計されたらしく、二つの巨砲を有していた。両腰に抱え込む形で使われるほどの大きさだ。しかも、その二つを連結させることで、さらに高威力の超弩級砲とすることも可能なのだ。ガンダムの中でも最大の火力を誇る機体である。
 あの時も、ディアッカは遠くから要塞めがけて一発ぶっ放していた。それを横目で見たイザークは、

(無駄玉だぞ!?)

 と、内心、馬鹿にしたものだった。あの時点では、もう要塞外壁を削っても意味はないと思ったのだ。
 しかし、その戦闘映像は、バスターの性能を示すには最適なデモンストレーションとなっていた。

「なんという破壊力!」

 評議会のメンバーには、大きなインパクトを与えたらしい。
 臨時査問委員会におけるガンダムの評価を、イザークは、母親から聞かされたのだった。
 イザークの母エザリア・ジュールは、プラント最高評議会議員の一人。あの会議の内容は、もちろん本来ならば身内に対しても秘匿すべきなのだが、息子に甘い母親は、全てイザークに喋ってしまっていた。
 だからイザークは知ってしまった。彼のデュエルに関する話が、

「これは……汎用型かな?」

「そうみたいですね、特徴のない機体です」

 というだけで、アッサリ片づけられたことを。
 その話の後で、エザリアは付け加えたものだ。

「でもね、イザーク。設計局のほうでは……汎用性が高いからかえって便利だ、って言ってるわ。ジンやシグー用の装備、たとえばアサルトシュラウドなどが流用できるかもしれないって」

 慰めになっていなかった。今のザフトのモビルスーツと大して差がない、と言われたような気がした。
 表情を曇らせるイザークを見て、エザリアは、励ますように言った。

「あなたには……ちょうどいいんじゃないかしら? ほら、汎用機ならば、その活躍はパイロット次第でしょう? あなたの腕の見せどころよ! イザークだからこそデュエルは凄かった……って、きっと言われるわ! そのモビルスーツの性能のおかげだ自惚れるな……なんて、誰にも言われないですむのよ!?」

 しかし、その直後。

「でも、無茶はしないで! できれば、私の権限で……あなたは後方の隊に回します。あなたの仕事は、戦後の方が多くなるのよ」

 息子の身を案じる母親は、そう言うのであった。

(冗談ではない!)

 イザークは、内心で激怒した。
 後方に回されたら、手柄を立てることも出来ないではないか!? 戦争に貢献できないのでは意味がない、戦後ではなく、まず今を見つめるべきなのだ。
 そうやって現状を見据えた時、視線の先に位置する標的は……。

(あのモビルスーツ……ストライクって言ったな? 討ってやるさ、必ず! ……この俺がなっ!!)

 この時、イザークは心に誓った。

*******************

「すまなかったな。作戦の途中で呼び戻す形になって」

 クルーゼは、パトリック・ザラの執務室に呼ばれていた。
 査問会で一通りの報告は終わったはず。では、この会談は何だ? 用件を図りかねて、クルーゼは言葉を濁した。

「いえ……」

「少し早過ぎたようだな……。こちらのガンダムの実戦データもあるのかと思っていたが……どうも連絡に不備があったようだ」

 やはり誰かが本国と秘密裏に連絡を取り合っていたのか! クルーゼは、自分の疑いは正しかったのだと知る。同時に、それを敢えて彼に伝えたかのような、ザラの話し方も気になっていた。

「もう少し待てば、アルテミス要塞も陥落していたであろうな……」

「はい。アルテミスの傘は破壊しましたから」

 とりあえず、クルーゼはザラに話を合わせることにした。

「もう丸裸……というわけか。フン、アルテミスなど重要な拠点ではないから、わざわざ部隊を差し向けるまでもないが……。なんなら君が、ガンダムの実戦データ収集を兼ねて、演習気分で落としてしまってもいいぞ」

 冗談っぽい口調であったが、重要な意味が含まれていた。確認のため、聞き返す。

「では……あの四機は、引き続き私の部隊に?」

「そうだ。機体データは、もういい。欲しいのは、実戦における運用データだよ」

 クルーゼも同感である。それこそ、帰投命令が出る直前に、やろうとしていたことなのだ。
 そして『やろうとしていたこと』と言えば、もう一つ。それをクルーゼが思い浮かべたタイミングで、ちょうどザラも口にした。

「クルーゼ中佐には、アークエンジェル追撃に向かってもらう。……できるなら、アークエンジェルとストライクも手に入れろ」

 ザラは少佐ではなく『中佐』と言った。ヘリオポリス崩壊の咎で罰せられるどころか、ガンダム四機奪取の功績で昇進ということらしい。しかし、クルーゼとしては、それよりも気になる点があった。

「アークエンジェル……?」

 クルーゼたちが『足つき』と呼ぶ敵艦を、ザラはアークエンジェルと言い表したのだ。たしかに、四機のガンダムから吸い出したデータによれば、その母艦となる戦艦の名称はアークエンジェルというもののようだった。ただし100%確定の情報ではないし、足つきが本来の運用艦であるという保証もない。
 それなのに、ザラの口調には、まるで事前に知っていたかのような確信が込められていたのだ。

「ああ、そうだ。……フン、それくらい不思議ではあるまい。君の隊は、ジャンク屋掃討作戦の帰りにアークエンジェルと出くわす形になったわけだが……。あれを偶然だったと思うなよ」

 ザラは口元を歪めて、小さく笑った。
 クルーゼは、背筋が震える思いだった。心を見透かされるような発言だったこともあるが、それだけではない。ザラは今、全て仕組まれていたことだと、露骨にほのめかしたのだ。

(なるほど……。アスラン以下、重要人物の御子息が多く配属されていたのも……理由があったのですな? 彼らに手柄を立てさせる場が、ちゃんと用意されていたわけか……)

 ガンダム奪取に成功した四人は——いやガンダム奪取に失敗して戦死したラスティも含めて——、皆、最高評議会議員の息子であった。クルーゼ隊が連合の最高機密を『偶然』発見して、それを手に入れて本国へ帰還する……。そんな青写真が、ザラの頭の中では、あらかじめ描かれていたのだろう。

「……ああ、それと、もう一つ」

 ザラは、たいしたことではないという口調で付け足す。

「アークエンジェル捜索のため、かなり色々な空域を索敵することになるだろうな。そのついでに……デブリベルトで、やってもらいことがある」

「デブリベルト……ですか」

 人類が宇宙に進出して以来、撒き散らしてきたゴミの山。旧暦時代の宇宙開発における廃棄物や損傷物、そして今次対戦によって破壊された物たちの墓場である。世界樹やユニウスセブンのようなコロニーの残骸も、今ではデブリベルトに漂っているはずだった。
 これがパトリック・ザラではなくシーゲル・クラインからの命令であるならば、ユニウスセブンで追悼慰霊でもするのかと、クルーゼは想像したかもしれない。だが、もはや弱腰クラインは故人であり、今やプラントの実権を握っているのは強硬派のザラだ。ザラとて国民向けのパフォーマンスで追悼慰霊団くらいは派遣するかもしれないが、そのために軍艦を割くわけがあるまい。クルーゼは、そう考えていた。

「そうだ。さすがに二艦では捜索も大変だろうから、ラコーニとポルトの隊も君の指揮下に入れよう。……まあ、悪い話ではないだろう?」

 ザラの表情は、表沙汰にできぬ陰謀を企んでいる者の顔だった。
 その詳細はともかく、ガンダムを率いて足つき追撃を続けられるというだけでも、クルーゼとしては喜ばしい話だった。あの艦とモビルスーツは、今後の戦局を大きく左右する可能性を秘めているのだ。
 だから。

「うれしいものですね」

 クルーゼは、言った。




(PART6に続く)

*******************

 あとがき。
 今日はPART5の投稿直前チェックの予定で並行してPART6を書いていたと思ったら、いつのまにか遥か先の章のラスト2000文字を書いていた。欲望に忠実だとか我慢できなかったとか、そんなチャチなもんじゃ(ry 
 ……それはさておき。今回、主人公側が一切登場しない!? だって元ネタ小説にあわせたから、というのは言い訳としても、PART4とPART5が裏表のセットで『嵐の前の静けさ』だと思ってください。
 目次ページで三つに区切ってあるように、PART8で一応、第一部・完。次回からの三章は、第一部の最終三章ということで、三つまとめて一つのクライマックスになるはずです。

(2011年2月13日 投稿)
       



[25880] PART6 ユニウスセブン
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/15 19:15
     
「二時間後に、アークエンジェルはアルテミスを発進します。各員の休む時間はありません。ストライクの量産機であるダガータイプも二機、加わりました。我が艦は三機のモビルスーツを搭載することになったのです。となると、今まで以上に当てにされるのは必然でしょう。覚悟してください」

 マリュー・ラミアス中尉の言葉が、艦内放送で響き渡った。
 それが終わるや否や、トール・ケーニヒ少尉はテレビ電話へと向かう。ミリアリア・ハウと別れを告げるためだ。

「地球に降りたら……大きな作戦に参加することになりそうだ……」

 それ以上の言葉は思い浮かばなかった。

「体を大事にしてね……。でも、兵隊さんにこんなこと言うの変かしらね」

「どうなのかな。あ、だけどね。ミリアリア、僕は死なないよ」

「え……?」

「死なない。必ず帰って来るんだ」

「そ、そうよね。その意気込みでなくっちゃね。待っているわ、トール」

「ありがとう」

 ここで、トールは肩を叩かれた。振り返れば、キラがいた。

「トール、そろそろ行かないと……」

「あ、ああ。すぐ行くから、キラは先に行っててくれよ」

 そして、再びテレビ電話の画面へ向かって、最後の挨拶を。

「じゃ、ミリアリア!」

 トールは、しゃべり足らなそうな顔つきのミリアリアを一瞥してから、リフト・グリップに取りついた。

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(トール……大丈夫かな?)

 キラは、友人を心配していた。ミリアリアとの別れが名残惜しいのは、キラの頭でも理解できるからだ。
 以前のキラならば、ああやって最後までテレビ電話でイチャイチャする二人を見て、妬む気持ちも強かったかもしれない。だが、先日ラクスと一緒に食事をして以来、キラにも余裕が生まれていた。その気持ちはまだ小さなものであったが、それでも前より心が広くなったのは確かであった。
 だから今も、ぎりぎりまで待ってやったのだ。

(たぶん……今は、僕よりトールの方が忙しいだろうに……)

 キラたち五人のパイロット候補生は、もはや正式なパイロットだ。それも、少尉さまである。いまだフラガ中尉は杖が手放せない状態であり、モビルスーツに乗れるのは、キラたち五人の少尉だけであった。
 もちろん、依然としてストライクはキラの専用機。他の四人がローテーションで、新たに積み込まれた二機の量産機を担当することになっていた。
 形式番号GAT-01A1、通称105ダガー。第八艦隊から譲り受けた、貴重なモビルスーツである。ハルバートン将軍は『先行試作量産型』と言っていたが、どうやら形式番号の末尾の『A1』が、ただの『量産型』とは違うことを意味しているらしい。

「これ本当に量産機か!?」

「こりゃあ、コスト的に大量生産は無理だろう……」

「頭部センサーのスペックは……ストライクと同レベルだな」

「さすがにフェイズシフトは採用されちゃいないが……代わりに、コクピットなどの重要部分にはラミネート装甲が施されてるぞ」

 アークエンジェルのメカニックたちは、機体性能の高さに驚き、興奮していた。ただの『量産型』には興味ありません、『先行試作型』ならば大歓迎です、という雰囲気だった。
 キラには、そこまで細かくは判らなかったが、キラの愛機ストライクと顔が違うことには気がついていた。

(ツノは二本に減ったのか……。いや、一応、四本なのか……これ?)

 ガンダムタイプのモビルスーツは、頭部前面にブレードアンテナが付いている。まるで、大昔の日本にいたという戦国武将の兜のようだ。ストライクの場合は四本あるのだが、105ダガーは、パッと見では二本だった。ただし、よく見れば少し後ろに短いのが二つあるので、数も機能も変わらないようだ。

(メインカメラは、つながっちゃってるのか……)

 105ダガーには失望した。
 キラは、ストライクが『両眼』のデザインを有することに好感を抱いていたのだ。ガンダムが眉をひそませたりするわけではないが、両眼を持った顔は表情を持つ。
 そのストライクと同スペックのセンサーだとメカニック・マンは評していたが、ダガーの場合、眼というよりむしろサングラスだった。

(こういう形をフォックス型って言うんだっけ……? 先行試作量産型でこれじゃあ、もしかしたら正式量産型では、もっと広いフロントガラスで覆われたりして……)

 昔の雑誌で読んだ知識を思い出しつつ、そんな想像をするキラであった。

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 X105ダガーには乗らないとはいえ、その整備にキラも無関係というわけではなかった。
 当然と思ってキラは深く意識していなかったのだが、X105ダガーには、まだストライク同様、ストライカーパックシステムが採用されていた。この辺りが『コスト的に大量生産は無理』と言われる原因の一つにもなっていた。
 しかし、ストライクとX105ダガーの両方を扱うメカニックやパイロットたちにとっては、両者の装備に互換性があるということは、ありがたいことであった。予備パーツもある程度共通して使えるわけだし、ストライカーパックそのものは、まったく同じものを使うからだ。

(予備のストライカーパックが増えたような気分だ……)

 キラは、そう感じていた。
 いや、数だけではない。実は、種類も増えていた。
 新たに搬入されたストライカーパック、その名はガンバレルストライカー。フラガ中尉の専用MAメビウス・ゼロと同じコンセプトであり、モビルスーツに四機のガンバレル——有線誘導式無人機——を装備させるためのパックだ。これでモビルスーツもオールレンジ攻撃が可能となる。
 もちろん、ガンバレルを用いるには高い空間認識能力が必要であり、これはフラガ中尉が戦線に復帰した時のための専用装備となるであろう。また、ガンバレルストライカーは他のストライカーパックと違って、それ単体でMAのように飛行できるので、それぞれパイロットが乗り込んで出撃して戦場で合体、という運用法も考えられる。

(でも……フラガ中尉と『合体』って……。まあ、いいか。僕がパックに乗ることはないだろうし。サイとかフレイとかがパックに乗って、フラガ中尉の105ダガーと合体すれば……)

 キラは、そんな呑気なことを考えていた。
 同じ頃、そのサイとフレイは、三機のモビルスーツをフル稼働させるための補充部品調達に駆けずり回っていたのだが……。キラが知る由もなかった。

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 出航まで、あと三十分もない。そんな段階になって、新任のクルーが十名、二十名とアークエンジェルに乗り込んできた。ハルバートン将軍が苦労して他から引き抜いた補充要員である。しかし、今さら来られても、かえって騒ぎになるだけであった。

「おっ!?」

「あーあ。こりゃ……」

 モビルスーツ・デッキのメカニックたちが手を休めて、艦内モニターの画面に集まっている。まるで昔々テレビが貴重だった時代に街頭テレビへと群がった大衆のようだ、とキラは歴史で学んだ知識を思い出した。

「どうしたんです……?」

「まあ、見てなって」

 古参のメカニック・マンがニヤニヤしながら手招きするので、キラも近寄って画面を覗き込んだ。
 映し出されていたのは、ブリッジの映像だ。モニター用カメラはキャプテン・シートに向けられており——フラガ中尉のイタズラだとキラは思った——、主演マリュー・ラミアスといった状態だった。

『遅いじゃないの!』

 怒鳴りながら、ラミアス中尉が立ち上がる。その拍子に、大きな胸がポヨンと揺れた。視聴者がオォッとどよめく。

『仕方ないでしょう。私だって、突然の転属命令で来たのです。私が受けた辞令では……』

 艦長に向き合っているのは、ラミアス中尉と同じくらいの若い女性。軍人らしくショートカットにしているが、キリッとした美しさを感じさせる雰囲気だ。

(アークエンジェルに……美人が増えた!)

 男の本能として喜ぶキラであったが、それは他の者も同じだったに違いない。
 ショートカット美人は、キチッと胸を張って立っているため、そのバストが強調されてしまう。ラミアス艦長ほど巨乳ではないかもしれないが、それでも素晴らしいスタイルだ。

『官姓名ぐらい名乗ってから文句を言いなさい!』

 怒声を上げるラミアス艦長は、体をプルプルと震わせていた。当然のように、やわらかく突出した部分もフルフルと小刻みに揺れる。
 ラミアス艦長は怒りっぽい人ではないのだが、状況のせいなのか、あるいは、そういう日なのか。とにかく、いつもと違うな、とキラは思った。
 
『はっ! ナタル・バジルール中尉であります! 副長として、着任いたしました。戦闘指揮は任せていただきます』

 敬礼の動作で、腕を大げさに動かしすぎだ。彼女のバストも一緒に上下した。ラミアス艦長ほどではなかったが、男を誘うかのようなその動きに、視聴者が再びどよめく。

(何この乳揺れ対決!?)

 キラが感動する間にも、二人のやりとりは続いていた。

『私が艦長です。忘れないでもらいましょう!』

 ラミアス艦長が、少し詰め寄る感じの前傾姿勢になった拍子に、またポヨンと揺れて。

『中尉どのが……でありますか?』 

 バジルール中尉が、少し後ずさりするように動いた拍子に、また小さくはずんで。

(どうなっちゃうんだろう……?)

 だが、そこで艦内オールのドラマは終わった。気を遣いすぎてブリッジのカメラをOFFにした馬鹿がいるのだ。たぶん生真面目な操舵手だろう。
 それでも、キラの頭の中では、二人の女性のキャットファイトが妄想されていた。いや、キラだけではない。持ち場へ戻る男たちのニヤけた顔を見れば、同志の存在は確実であった。
 こうして。
 ナタル・バジルール中尉は、男たちに鮮烈な印象を焼きつけながら、アークエンジェルの仲間に加わったのであった。

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「デブリ帯をですかっ!? そりゃ無理ですよ! アークエンジェルの速度で突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りです!」

 最初に話を聞かされた時、アーノルド・ノイマン少尉は、珍しく大声で叫んだという。しかし、

「誰も、いきなり強引に突っ込んでくれとは言ってないわ。それじゃアークエンジェルだって痛いでしょ? ……よく聞いて」

 ラミアス艦長に説得されて、司令部から提示された航路に納得したらしい。
 アークエンジェルは単艦で行動する部隊であり、何もない宇宙空間で敵艦隊に囲まれたら危険である。デブリベルトに沿う形で、半ば身を隠しながら、大気圏突入に最適なポイントまで地球の周りを進む……。
 どこでもいいから地球に降りればよい、というわけではないのだ。アラスカ基地へ行けるように降下しなければならないだ。
 もちろん、デブリに沿って進むということは、通常以上に艦の操舵が難しくなる。最後にラミアス艦長は、操舵手としてのプライドに訴えたそうだ。

「あなたならできるわ」

 その一言が決め手だったのではないか、というのが艦内のもっぱらの噂だった。その時ラミアス艦長はやわらかく微笑んでいたとか、豊かな胸を押し付けたとか、頬にチュッと口付けしたとか、いつのまにか、話には尾ひれもついて回っていた。

(いや、そんなわけないだろ!? だってラミアス中尉は……)

 アルテミス要塞でフラガ中尉と再会した時の様子を思い浮かべて、キラは、噂を信じちゃいけないね、と思った。
 ともかく。
 アルテミス要塞から発進したアークエンジェルは、何事もなく順調に進んでいた。デブリベルトを目指す艦など他にあるわけがなく、このまま大気圏突入まで、敵艦とも味方艦とも遭遇することはないだろう……。誰もが、そう思っていたのだが。

「……ん!? この反応は……!」

 最初に気づいたのは、新任の副長、バジルール中尉であった。見慣れぬ宇宙船が一隻、近づいて来たのである。

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「なんだか……アークエンジェルに似てるな?」

「そうねえ。やっぱりアークエンジェルも、オーブの技術が入ってるのね、地球軍の船だけど。ガンダム運用艦だから……」

 部屋の『窓』から外の様子を眺めながら、語らう恋人たち。
 そんな二人を横目で見ながら、キラは、可能性の空想に耽っていた。

(もしも、ここにラクスがいたら……ロマンチックな会話が出来たかな?)

 キラだって、ちゃんと理解している。別に、ラクスはキラの恋人になったわけではない。それでも、二人だけの秘密を——それも彼女個人に関する秘密を——共有しているのだから、誰よりも深い結び付きがあるのだと自負していた。
 
(……ま、いっか。どうせ……ここって、ムードある場所でもないんだし)

 現実に戻って、周囲を見渡す。存在感の薄いカズイ・バスカーク少尉と目が合った。
 キラが現在いる場所は、いつものブリーフィング・ルームだ。サイとフレイが見ているのも、実際には『窓』ではなくて壁のスクリーン。ただ、ちょうど壁の向こう側の光景を映しているので、あたかも窓を通して見ているかのような気分になるだけであった。

(クサナギ……か)

 暗い宇宙空間をアークエンジェルと並走しているオーブ艦、クサナギ。
 ヘリオポリスとオーブ本国との間を輸送艦として行き来していた艦艇であり、キラも初めて見るわけではない。だが、キラの記憶にあるものとは、大きく形状が異なっていた。どうやら輸送艦として使っていたのは、艦全体の一部分だけであり、そこに大型エンジンやカタパルトなどを取り付けた現在の姿こそが、真の姿だったらしい。

(たしかに……オーブ版アークエンジェルだな……)

 恋人たちの会話に割り込むつもりはなかったので、心の中だけで二人の意見に同意する。
 アークエンジェルが白と赤を基調とするのに対し、クサナギは白と青。色こそ違えど、よく似た形をしており、アークエンジェルのように艦首には二つのカタパルト。両脇にあるのではなく上下に設置されているので、それを『脚』に見立てるのであれば、腰を90度ひねったようなものであろうか。

「待たせたな!」

 突然、部屋のドアが開き、フラガ中尉が入ってきた。後ろに三人の若い女性を従えていた。
 クセのある金髪の少女は、三人の中ではリーダー格なのかもしれない。一番自信ありげな表情をしている。
 青い髪の少女は眼鏡をかけているが、そのフレームの色はピンク。可愛らしく似合っていた。
 赤毛の少女は、一番髪が短い。ボーイッシュな独特の魅力を漂わせていた。

(三者三様の美少女たち! ちょっと……いいかも!?)

 キラの心が躍る。この瞬間、彼の頭からラクスのことは消えていた。しょせんキラは若い男のコ、仕方なかったのかもしれない。

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 この空域にクサナギが現れたのは、人捜しのためであった。どうやらヘリオポリスには、おしのびでオーブ本国の重要人物が訪れていたらしい。それがコロニー崩壊以降、まだ行方不明なのだ。
 あの時ザフトの襲撃に巻きこまれた者もいたが、ヘリオポリス住民の大半は、退避シェルターに避難。コロニーが崩壊する前に、シェルターは自動的に救命艇として射出されており、後に、その多くは救助隊によって回収されていた。
 しかし、まだ宇宙空間を漂っているカプセルもあるかもしれない。中の生命維持装置がいつまで保つか、心配であった。

「一部の避難民は、アークエンジェルで保護されたと聞いたが……?」

 クサナギからレドニル・キサカ艦長が直々に乗り込んで来て、アークエンジェルの者たちに聞いて回った。アルテミスで降りた避難民のリストも渡されたのだが、目当ての名前はなかったため、目撃情報を得ようとしていたのだ。
 そして、この間に。

「模擬戦をすることになった。彼女たちが協力してくれる」

「模擬戦……ですか!?」

「そうだ。モビルスーツ同士、三対三で、な」

 キラたちは、クサナギの三人のテスト・パイロットと合同演習を行うことになったのだ。
 クサナギの三機は、オーブが秘かに開発し既に量産態勢に入り始めたモビルスーツ、M1アストレイ。アンテナ二本に眼が二つ、ガンダムタイプの頭部を持った機体である。ザフト艦と出くわすケースを心配して、クサナギの護衛として載せていたらしい。
 このM1アストレイ三機とアークエンジェルの三機とが、それぞれ相手艦を敵艦に見立てて、攻撃運動訓練をするのだ。

(フラガ中尉は参加できないから……僕たち五人と、むこうの三人。あわせて八人か……。ちょうど男四人、女四人で男女比もピッタリだな)

 訓練が始まる前は、親睦パーティー気分のキラであった。
 いざ始まってからも、相手の機体の動きを見て、

(あれ? このコ……怯えている? 宇宙に慣れてないのか、モビルスーツに慣れてないのか……。まあ、どちらにせよ……初めてでも大丈夫、優しくするからね……)

 と、ふざけた感想を抱くほど、余裕があった。
 ただし、それも最初だけだった。
 敵機遭遇時のチームとしての対応。同時攻撃の場合の縦陣、横陣の張り方。攻撃侵入のタイミング、時間差攻撃などなど、キラにとっても初めての演習が嫌になるほど繰り返されたのだ。
 
(え……!? また!?)

 105ダガーは四人が交替で乗っているが、ストライクは、ずっとキラだ。そのダガーの二人も、どのペアが良いのか、色々な組み合わせが試された。全てに付き合わされたキラは、休む暇がない。
 相手方のM1アストレイも交替要員はいないのだが、さすがに大変だと思われたのか、M1アストレイ抜きのターンもあった。最初から最後まで参加したパイロットは、キラ一人である。

「さすがに疲れた……」

「よかったじゃないか、キラ! 大好きなストライクに、長い時間、乗ってられたんだから」
 
 トールの冗談に対しても、何も言い返す気力は残っていなかった。

(体を休ませるのもパイロットの務め……じゃなかったのか? 今ザフトに襲われても、僕は出撃できないぞ……!?)

 ただ、頭の中でそう思うだけであった。
 キラにとって幸いだったのは、今回の演習ではエールストライカーしか使用されなかった事である。105ダガーの者たちがまだモビルスーツに慣れていないと判断されて、訓練は、ストライカーパックの中で最も汎用性の高い装備に絞って行われたのだ。
 三機一チームを遠距離支援・近接援護・攻撃手で成すのであれば、三機とも同じパックにする必要もない。異なる種類の組み合わせも試すべきであったかもしれないが、もしそうしていたら、さらに長い時間がかかったことであろう。

「ようやく軍隊らしくなったな」

 合同訓練が終わり、それぞれの艦に戻った後。フラガ中尉の言葉が、キラたちを出迎えた。
 それを聞いて、キラは思う。

(そういえば……ヘリオポリス襲撃の前までは、アークエンジェルも厳しかったんだよな。あの後、まるで世界観が変わっちゃったんじゃないかってくらい、生温くなってたけど……。脱出行だったから、そして、次の作戦までの小休止だったから、ってだけだったんだね。……民間人も降ろして、いざ作戦が決まって始まったら、また逆戻り……か)

 ああ、ラクスがアークエンジェルに乗っていることだけが、心の拠り所だ。
 この訓練ではブリッジとの交信もないため忘れていたが、ようやくラクスのことを思い出すキラであった。

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 クサナギがアークエンジェルに随行していたのは、長い時間ではなかった。目的の人物も情報も得られなかったため、離れていくのだ。
 去っていく艦艇を見ながら、キラは思った。

(アルテミスに向かうのかな……?)

 ミリアリア・ハウのように、元ヘリオポリスの住民の中には、アルテミス要塞で暮らし始めた者も多い。今度は彼らから話を聞くのではないか、とキラは考えたのだ。
 しかしキラの想像は間違っていた。キサカ艦長は、民間人と接触したクルーや志願兵として残った者と話をした結果、目撃情報は入手できそうにないと判断したのである。
 当の人物の名は、リストにもなかった。偽名でアルテミスで降りた可能性もあるが、無事に暮らしているならば、急ぐ必要もない。それより、まだ宇宙を漂っている可能性を心配するべきであった。
 だからクサナギは、この空域での捜索を続ける。
 結果的には、アルテミス要塞へ行かなかったことは、クサナギのクルーにとって幸運であっただろう。
 なぜならば、その頃、アルテミス要塞は……。

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「ザフト艦、ナスカ級1、ローラシア級2! イエロー18、マーク20、チャーリー。距離、900! こちらに向かっています!」

「敵艦からモビスーツ発進、その数16! 機種はジン、それに……ガンダムです! Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツ、イージス……四機のガンダムが!!」

 アルテミス要塞は、今、新生クルーゼ隊に襲撃されようとしていた。

「馬鹿な!? たった十数機のモビルスーツで、ここを落とそうというのか!? ……駐留艦隊だけじゃない、まだ第八機動艦隊の本隊も残っているというのに!?」

 要塞の外には、第八機動艦隊旗艦メネラオスも停泊しているのだ。
 だが、それを見たザフトのラウ・ル・クルーゼ中佐はつぶやいたという。

「智将ハルバートン……そろそろ退場してもらおうか……」

 新たに指揮下に入った二艦との合流地点も、アルテミス要塞から近い空域であった。だからクルーゼは、プラント本国にてパトリック・ザラから示唆されたとおり、ここを強襲したのだ。ただし、四艦全てをつぎ込んだわけではない。

「ラコーニの船は、デブリベルトに向かわせよう。あの艦には、偵察用ジンも積んであるからな」

「デブリベルト……ですか?」

「そうだ。足つき……アークエンジェルと言ったかな? あれが既にアルテミスを発進したとしたら、月か地球を目指しているはず。デブリに身を隠しながら進んでいるかもしれない。……その可能性を考慮して、だ」

「しかし、それでは……ヴェサリウスとガモフとツィーグラーだけで……」

「なーに、もう傘もないアルテミスだ。すぐに陥落するだろう」

「……」

「アデス、ここは、あくまでも行きがけの駄賃だよ。それに……演習代わり、ガンダムの実戦データが取れればよいのだからな。予想以上の抵抗ならば、ひと当てしただけで退いても構わないのさ」

 もちろん連合軍側では、そのような会話があったことを知らない。現在接近する三艦が敵部隊の全てだと思い、これに立ち向かう。

「モントゴメリィの発進を急がせろ! バーナードとローも、だ! それから……ハルバートン将軍にも連絡を!」

 要塞司令代行コープマン大佐自ら、駐留艦隊旗艦モントゴメリィに乗り込み、出撃した。

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「落ちろぉ、カトンボどもぉっ!」

 デュエルのビームライフルがMAメビウスを捉えた。直後、それは宇宙に咲く光の華となる。一つ、また一つ……。花は咲き乱れていた。

「ストライクはどこだぁっ!? きさまらでは演習にもならんわぁ!」

 いまだにモビルスーツではなくMAを多く用いる連合軍にとって、メビウスは、主力機動兵器であった。だが、デュエルに乗るイザーク・ジュールにとっては、鬱陶しいだけのヤブ蚊のようなものであった。
 戦闘濃度のニュートロンジャマーで軽い通信障害な中、仲間の叫びが聞こえる。

『グゥレイト! 数だけは多いぜ!』

 一度に何機ものメビウスを巻き込みながら、バスターの主砲が、敵艦の一隻を射ち抜いていた。あっけなく轟沈するその艦には、アルテミス要塞指令代行コープマン大佐が乗っていたのだが、それをイザークは知らなかった。

『イザーク! ディアッカ! 油断しないでください!』

 ニコルの声も入ってきた。今回は前回ほど派手な活躍はしていないが、それでも、彼のブリッツもまた、メビウスをいくつも屠っている。
 アスランから通信はないが、彼も戦果を上げていることを、イザークは理解していた。
 高機動形態のイージスが、地球軍の目を惑わすかのような素早さで戦場を駆け巡っているのだ。それは時に一本の赤い矢と化して、地球軍艦隊の、ど真ん中に突き刺さる。そこで変形して船を撃沈して、再変形して離脱する。理想的なヒット・アンド・アウェイであった。

「くそっ、俺も……」

 その時。

 ドワッ!

 イザークの斜め後方で戦っていたジンが一機、爆散した。ビームの直撃だ。だが、戦艦からのものではない。これは……モビルスーツだ!

「来たかっ、ストライクゥッ!?」

『違います、この機体は……』

『ひゅー。連合もやるねえ、もう量産を始めていたとは……』

 ストライクを簡略化したようなシルエットの機体が数機、イザークたちの前に立ちはだかろうとしていた。

「ストライクもどきか!? 面白いっ! ……練習台にしてくれるわっ!!」

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 アルテミス要塞内部は騒然としていた。軍司令部だけではない、その空気は避難民収容所まで伝わっていた。

「ここは、もう駄目だ。迎撃部隊が壊滅したらしい」

「駐留艦隊だけじゃないぞ、第八艦隊も全部やられた」

「あの有名な……ハルバートン将軍まで戦死したそうだ」

 噂が広がるうちに、話はどんどん大きくなっていく。

「脱出だ!」

「このままじゃ俺たちも殺される!」

「アルテミスと心中はごめんだ!」

 しょせん噂は噂に過ぎぬと理解する者もいた。だが、軍関係者が現れて人々を脱出用シャトルへ誘導する事態となっては、噂も真実味を増すだけであった。アルテミス要塞は陥落しないと信じる者達さえ、一時的な脱出には賛同するしかなかった。
 
「エルちゃーん! マユちゃーん! どこなのっ!?」

 ミリアリア・ハウは、大声で叫んでいた。
 シャトルへ向かう途中で、二人の幼女とはぐれてしまったのだ。しっかりと手をつないでいたはずだが、人々の群れが大きな波となってうねっている以上、迷子になるのも仕方がなかった。この流れの中では、探すために戻る事も立ち止まる事も不可能。それに、逃げ遅れたら大変だ。

(脱出用のシャトルは、何機もあるのよね? 同じシャトルに乗れればいいけど……。あるいは、別の便になっても、行き先が同じならば……)

 そう願うしかない、ミリアリアであった。

*******************

 民間人に伝わる情報など、あてにならないものだ。いまだ要塞の外では、連合軍艦隊が奮戦していた。だが、美しい輝きがひとつ起こるたび、何人か、何百人かの人々が確実に宇宙の塵となっていく。

「きさまらは……全部この俺が落としてやるぅっ!!」 

 イザークのデュエルが、ビームサーベルを横なぎに振るった。直後、上下に二つに分かたれて、連合軍のモビルスーツが爆発する。
 105ダガーは、しょせん量産機であった。一機、また一機、イザークの餌食となっていく。ダガーの実戦デビューという晴れの舞台、本来ならば主役でなければならないのに、完全に脇役であった。
 イザークだけではない。ディアッカやニコルやアスランに墜とされた機体もあったかもしれない。華々しく出撃した105ダガー部隊も、もはや最後の一機となっていた。

「くそっ、ちょこまかと逃げやがって! ナチュラルのくせにっ!!」

 さすがに手練のパイロットもいたのであろうか。この105ダガーは、イザークたちの攻撃を巧みに回避していた。
 もちろん、まったく被弾していないわけではなかった。が、致命傷は避けていたのだ。例えば右足首は消失しているが、宇宙空間では脚なんて飾りだ。スラスターやバランスの問題さえクリアしていれば、不都合はない。

『イザーク! 深追いは、やめろ!』

「うるさいっ!!」

 仲間が次々と手柄を立てる中、自分だけ取り残されるわけにはいかなかった。

(汎用型のデュエルでも……いや、汎用型だからこそ……近接戦闘ならば!)

 仲間の声にも耳を傾けず、イザークは、残った一機を追う。
 今にも要塞に激突しそうな、すれすれを駆ける二機のモビルスーツ。追撃しながら乱射したビームは、105ダガーには当たらず、要塞外壁を削っていく。
 その追走劇は、戦闘空域を外れて要塞の裏側に回りこんでも、まだ続いていた。

「……何っ!?」

 突然、イザークの進路を妨害するかのように、何かが視界を遮った。要塞から出てきたシャトルだ。
 戦力として出撃してきたわけではあるまい。こんなところにモビルスーツが来ているとは思っていなかったはずだ。それでも、偶然であっても、邪魔された形になったイザークは気分が悪かった。

「逃げ出した腰抜け兵がぁぁぁっ!!」

 イザークは知らない、最近アルテミス要塞に避難民収容所が用意されたことを。
 だから。
 デュエルのビームライフルで、そのシャトルを射ち抜いた。
 こうして……。また多くの民間人が、その命を宇宙に散らせた。

*******************

「セレウコス、被弾、戦闘不能!」

「カサンドロス、プトレマイオス、撃沈!」

「ベルグラーノ、連絡途絶えました!」

「ああっ、バスターが……アンティゴノスを!?」

 第八機動艦隊旗艦メネラオスのブリッジに、次々と悲報が飛び込んでくる。虎の子の105ダガー部隊も、既に全滅したらしい。
 もはや勝敗は決した。
 デュエイン・ハルバートン将軍は、静かに目をつぶる。

(圧倒的じゃないか……ガンダムの威力は……)

 戦況報告を聞くまでもなかった。今ここで第八艦隊を壊滅せんとしているのは、ハルバートン自らが造らせたXナンバー、通称ガンダム。その五機のうちの四機だった。
 他の将軍や高官の反対を押し切ってまでスタートした開発計画。その結果なのである。

「奪われた味方機に落とされる……そんなふざけた話あるか!?」

 叫んだのは誰だろう。だが、一人だけの意見ではあるまい。
 ガンダム開発計画のトップとして、ハルバートン将軍は、ここで責任をとることを決意した。

「将軍、ここは危険です。脱出なされては……」

「いや、大丈夫だ」

 目を開けたハルバートンは、右手を軽く動かし、副官ホフマンの言葉を制した。

「私は死なんよ。世界樹攻防戦でも生き残ったくらいだ、今回も死ぬわけがない。……だから君たちも、私と一緒にいるかぎりは安心したまえ」

 ハルバートン将軍は、ブリッジの面々を見渡す。彼の言葉で、少し空気が柔らかくなったようだ。

(もっとも……あの時も、私の乗艦は沈んだのだがな……)

 もちろん、彼はそれを口にはしない。ブリッジの者たちは、誰も気が付かないのか、あるいは、本当に彼を『お守り』だと——将軍が一緒ならば生き延びる事ができると——信じているのか。
 しかし今回は違う、なにしろ相手はガンダムだ。この艦も沈み、自分も死ぬのだと、ハルバートン将軍は悟っていた。

(ガンダム……。我々には、まだストライクが残っている……)

 敵が四機のガンダムを含む部隊だということは、おそらく、以前にアークエンジェルを追いかけていた部隊だ。ならば、ここを攻略した後、またアークエンジェル追撃に向かうのではなかろうか。
 ハルバートン将軍は、クルーゼ隊の動向を正しく推測していた。
 だからこそ。

(アークエンジェルは、明日の戦局の為に決して失ってはならん艦だ。あれを無事に地球に送り届けるためにも……一分一秒でも長く、この部隊をここに引きつけてくれようぞ!)

 アークエンジェルとストライクだけが、ガンダム開発計画の最後の希望。計画が最終的にプラスとなるか、大失敗だったと言われるか、それは彼ら次第だった。

「ああっ!? イージスが!?」

「もう駄目だぁっ!」

「落とせ! 何としても落とせ!」

 ブリッジに悲鳴が飛び交う。GAT-X303、通称イージスが、巡航形態でメネラオスに向かってきたのだ。
 こちらの迎撃を巧みにかいくぐり、パッと変形。手足を広げたMA形態で、メネラオスの艦橋部をガシッと抱え込んだ。これでは、下手にイージスを攻撃しては、こちらのブリッジまで吹き飛ばしてしまう。

(ここまでか……)

 ハルバートン将軍は、目を閉じた。
 一瞬にも満たぬ時間、多くの戦友の顔が頭の中を流れる。
 共に戦った親友たち、先に死なせてしまった部下たち、今後を託す若者たち……。

(頼んだぞ……アークエンジェルの諸君……)

 そこまでだった。
 イージスの主砲スキュラが零距離からメネラオスのブリッジを貫き、彼の思惟も光に呑まれる。

(……!)

 この日。
 奇跡的な生還と『ザフトに兵なし』の演説で歴史に名を刻んだデュエイン・ハルバートンは、宇宙の塵となった。享年、52歳。

*******************

「バジルール中尉、今……何か言ったかしら?」

「いいえ、私は何も……」

「ごめんなさい。誰かに声をかけられたような気がしたんだけど……。空耳だったのね、疲れてるのかな……」

 ラミアス中尉は、小さく首を振った。別に不眠不休というわけではなく、ちゃんと彼女だって睡眠はとっている。
 宇宙では地上のように日が昇ったり沈んだりすることはない——太陽が見える位置であったもその動きは地球で見るものとは違う場合が多い——が、それでも宇宙戦艦の中では、24時間を一日として『夜』も定められていた。それぞれ一定の睡眠時間が決まっているのだ。ただし交替要員ばかりに艦を任せることがないよう、シニア・スタッフの就寝時間はそれぞれ微妙にずらされていた。
 アークエンジェルのように人員不足な艦では、十分な交替要員が確保できないため、この原則に従うのは難しい。とはいえ、各員に睡眠時間は与えられているし、ブリッジにも艦長か副長のどちらかは必ずいるようなシフトになっている。

(シフトでは……ああ、あと一時間ね……)

 クサナギと別れてからのアークエンジェルは、大きな変化もなく、通常航行を続けていた。すでにデブリベルトに沿う形で進んでいるが、近づき過ぎるのでなければ、どうということもない。
 このままならば、もうすぐ休める。そうラミアス中尉が思った時。

「艦長!」

 ブリッジクルーの一人が叫んだ。

「大型の熱量感知! 戦艦のエンジンと思われます……!」

*******************

 出撃命令を受けた時、キラは、浅い眠りの中にあった。ただちに頭を覚醒させて、モビルスーツ・デッキへと急行する。
 幸せな夢を途中で強制終了されたわけだが、特に不機嫌になることもなく、ストライクのコクピットに乗り込んだ。
 なぜならば。

『敵艦はローラシア級が一つ。モビルスーツは、ジンが二機、出て来ています』

 通信モニターの画面には、夢の中のヒロインと同じ少女が映し出されているからだ。服装の有無や表情こそ違うが、同じ声で話しかけられれば、キラの心は弾んでしまう。

(そういえば……ラクス、最近『あら』とか『まあ』とか、はさまなくなったな?)

 通信兵として、少しずつ、成長してきているようだ。真剣そのものな顔つきのラクスだったが、突然、表情を変えて、それをグッとモニターに近づけた。

『……がんばってくださいね、キラ!』

 ブリッジの他の者に聞こえないよう、こっそり、つけ加えたのだ。
 その心遣いもキラを喜ばせたが、なによりも、優しい笑顔が画面一杯に広がったことが嬉しかった。まさにそれは、夢で見たものと同じなのだ。

(ああ、ラクス! 大好きだよ……!)

 勇気100倍、元気爆発。やはり、男を奮い立たせるのは、女の……。

「了解! キラ・ヤマト、ストライク! イきます!」

 大きく叫んで、キラは発進した。微妙に変な言い方になってしまったが、これが今のキラのストレートな感情だった。

*******************

 キラのストライクに続いて、二機の105ダガーも発進した。
 ストライクを先頭にしたトライアングル・フォーメーションを展開。三機とも、装備はエールストライカーである。

(エールストライカー……実戦では、初めてか……)

 キラは、これまでの出撃を回想する。
 最初にストライクに乗り込んだ時は、ストライカーパックは何も着けていなかった。二度目は、コロニーの外から来るクルーゼ隊を迎撃するためで、とにかく火力をという考えから、ランチャーストライカー。だが実際に使ってみると、どうもエネルギー効率が悪いようだと判明。三度目は、アルテミス要塞内部だったので、近接戦闘を想定したソードストライカー。

(でも……訓練で、さんざん使ったからな)

 エールストライカーは、四基の高出力スラスターを持つ高機動用装備だ。モビルスーツは機動兵器、いわば機動戦士であるという基本に立ち返るならば、今後これが最も多く使われるパックになるのではないだろうか。ラジエータープレートは大型可変翼になっており、いかにも『翼のある格好いいロボット』という風情で、キラの少年心をくすぐっていた。

(こういう気持ち……女のコは、どうなんだろう?)

 パイロット仲間の紅一点、フレイのことを想う。今回、そのフレイは出撃していない。105ダガーに乗っているのは、サイ・アーガイル少尉とカズイ・バスカーク少尉だ。

『緊張するな……』

 サイの独り言が聞こえてきた。

『大丈夫だよ、訓練どおりやればさ。……ね、キラ?』

「ああ、そうだね」

 キラは、カズイに同意する。カズイだって初実戦なのに、なんだ意外と落ち着いてるじゃないか。心の内でキラが感心した時。

『来た!』

 叫び声と共に、キラの斜め後方から、一条のビームが走った。

「カズイ!? 早すぎるよ……!」

 まだ敵モビルスーツは遠い。これでは、こちらの正確な位置を知らせるだけだ。案の定、火線の返礼が来る。

『散開だ!』

 サイに言われるまでもない。キラもそう考えたところだ。
 パッと離れる三機。そのまま、敵軍へ突撃する。もうフォーメーションなんて、あったものではない。実戦と訓練は違うのだ。

*******************

 戦闘は、あっけなく終結した。実際の長さはともかく、キラの体感時間では、一瞬だった。
 ローラシア級は、スペックではモビルスーツを六機搭載できるはずだが、なぜか二機しか繰り出さなかった。キラとサイにビームライフルで射ち抜かれて轟沈。二機のジンは、一機はキラ、もう一機はカズイによりデブリと化した。
 そして、味方の損害は……。

「……嘘でしょう?」

 キラは息をのんだ。ヘルメットを外すのも忘れて、正面の小型モニターを覗き込んでいた。ラクスの表情は、まるで別人だった。

『本当です。ブリッジからも確認できましたわ』

 アークエンジェルに帰還したのは、キラのストライクとサイの105ダガーだけであった。
 ストライクの着艦したカタパルトのハッチは、いまだ帰らぬカズイの105ダガーを待つかのように開いたままだ。
 戦場の死とは、こうも簡単なものなのだろうか? 気づいたら、いない。帰って来ない。その表現だけで、一人の人間の死が示される。

(カズイ……)

 ブリーフィング・ルームに戻ったキラは、いつもカズイが座っていた椅子を見た。口数の少ない奴だった。生きていた頃より存在感が強くなったようで、不思議だった。そういえばカズイが軍に入隊した動機は聞いてなかったな、と今さらながらに思った。
 サイも入って来た。フレイが駆け寄ろうとしたが、それより早く、トールが詰め寄った。

「どうして、守れなかったんだよ!? ダガー同士で連携しなきゃ!!」

「冗談じゃない! 俺はそんなにプロじゃない!」

 サイは即座に言い返した。
 トールは、キラには無言で目を合わせただけだった。絶望的な表情を残して部屋を出て行こうとした。その背中に、サイが怒声を投げかけた。

「今度の出撃は、お前の番だぞ! キラの代わりだって連れて来てやれよ! キラはずっとストライクに乗ってるんだ! それでも……お前はカズイのお守りをしろってのかっ!?」

「サイ……。もういいでしょ? トールだって、別に……」

 フレイが、やさしく後ろから抱きしめて、サイを落ち着かせた。
 まったくだ、二人とも興奮している。トールもサイも、らしくない。キラは、そう思った。キラ自身も気持ちが昂っていることには、気づいていなかった。

*******************

 一人の若者の死など嘘であったかのように、アークエンジェルは進み続ける。
 デブリベルトには様々な物体が浮かんでいたが、遠くから見れば、それらの差異は判らなかった。クルーたちも特に意識はしていなかったが、そんな彼らを愕然とさせる物が今、目に入ってきた。
 全長8キロに及ぶ巨大な大陸が、浮遊物に紛れて存在していたのである。

「これは……!」

 最初に声を上げたのは、ラクスだった。
 続いて、ラミアス中尉がキャプテン・シートから立ち上がり、つぶやいていた。

「ユニウスセブン……」

 血のバレンタインの悲劇。プラント民間人の多大なる犠牲。その舞台となったコロニーの、成れの果てであった。
 この宇宙で用いられているコロニーは、一般的に、旧暦時代のSF小説などで夢想されていた円筒形のシリンダー型コロニーではない。ヘリオポリスは例外である。他の多くのコロニー同様、ユニウスセブンもまた、砂時計型コロニーであった。
 約一年前の核攻撃により、ユニウスセブンは二つに割れた。その片方が側面の巨大な窓壁も失って、砂時計底面部の大地のみの状態で、ここデブリベルトに漂っているのだ。
 剥き出しとなった大地には、当時の人々の生活の跡もある。もしも近づいたならば、彼らの日用品の残骸も見ることが出来るかもしれない。

(……おや?)

 独特な空気に包まれるブリッジの中、操舵を担当するノイマン少尉は、違和感を覚えていた。
 デブリの中にあるにしては、ユニウスセブンの見え方がおかしい。もっと大きく映し出されるはずだ。あれでは、まるで、デブリベルトの向こう側……もっと地球に近い位置にあるような……?
 彼の胸の内に、疑念が生じる。ユニウスセブンは、100年単位で安定軌道にあると言われていたのだ。おかしい。変だ。
 疑いを晴らすために、航路データや空域図などを確認する。しかし。

(やっぱり……! しかも……まだ動いている!? そんな馬鹿な、一体何があったというんだ!? あれだけの質量だぞ、そう簡単に軌道が変わるわけがない、動くわけがない!!)

 混乱するノイマン少尉は、まだ、それを口に出せなかった。まだ、他の誰も気づいていないのだ。
 それでも、この時、全てのブリッジクルーの意識はユニウスセブンへと向けられていた。クルーゼ隊の追撃が間近に迫りつつある事を、彼らは知らなかった。




(PART7に続く)

*******************

 あとがき。
 小説版ガンダムの印象的なシーンは、なるべく使うようにしています。ナタル・バジルールを最初から乗せずに途中参加としたのは、この役をやってもらうためでした。また、PART1で一人死ぬはずのパイロット候補生をここまで生かしてきたのは、こちらのシーンの方がより印象的と思ったからでした。
 さて、イザークの名場面。SEED原作アニメではキラの心に大きな影響を与えたわけですが、この作品ではキラのいないところでやっちゃいました。これが今後にどう影響するか、乞う御期待……?

(2011年2月15日 投稿)
     



[25880] PART7 アスラン
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/17 22:16
       
「ユニウスセブンの位置がおかしいですって……?」

「間違いないのか、ノイマン少尉!?」

 マリュー・ラミアス中尉とナタル・バジルール中尉は、二人ほぼ同時に聞き返していた。

「はい、間違いありません。データを送りましたので、そちらでも確認してください」

 アーノルド・ノイマン少尉は、戦闘指揮所の方にデータを転送したらしい。バジルール中尉が画面にかじりつくのを見ながら、ラミアス中尉は、キャプテン・シートに深く座り直した。

(こういう場合……艦長は、どっしり構えているべきなのよね)

 彼女は、そう自分を落ち着かせる。自分も早くデータを見たいという焦りがあったが、バジルール中尉に任せるべきであった。その間、目前のユニウスセブンについて考える。

(100年単位で安定軌道にある……って、どこかで聞いた気がするわ。それが……なぜ? 隕石の衝突か、はたまた他の要因か……。いいえ、原因なんかよりも……)

 その先を考えるまでもなかった。バジルール中尉が立ち上がって叫んだのだ。

「位置がおかしいどころの話じゃない! まだ動いているではないか!? それも……地球に向かって、最も危険な軌道を!!」

*******************

『あなたにばかり負担かけちゃって……悪いわね、ヤマト少尉』

「いいえ、これも任務ですから」

 ストライクのコクピットの中。いつもならば通信モニターに映るのは愛しのラクスのはずなのだが、今は、ラミアス艦長の顔があった。
 敵が来たわけでもないのに、突然の発進命令である。不思議に思いながらモビルスーツに乗り込んだのだが、これではキラの困惑も深まるばかりだ。

『ありがとう。……そう言ってもらえると、こちらとしても助かるわ』

 いったい何が起こったというのか。何をさせようというのか。
 今日のラミアス中尉は、やたらと腰が低く、しかも、くだけた口調になっているのだ。だいたい、艦長が直々に通信席に座っていること自体、異例の状況であった。

「で……何をしたらいいんです?」

 キラも少しフレンドリーに対応してしまうが、叱責もされなかった。

『デブリ帯に突入して……ユニウスセブンの様子を見て来て欲しいの。本当は、ヤマト少尉はアークエンジェルのエースだから、休ませてあげたいんだけど……。やっぱり少尉が一番、モビルスーツの操縦、上手いでしょうからね』

 アルテミスから出航する前にノイマン少尉が嫌がったように、スペースデブリは、ただのゴミではない。高速で軌道を回る塊は、それだけで大砲の砲弾と化すのだ。好き好んで弾丸の雨の中に入る者はいない。無茶な話であった。しかも。

『今……ユニウスセブンは、デブリベルトの向こう側にあるみたいなの』

 中に入れというだけではない。そこをストライクで突き抜けろというのだ。酷い話だが、ロケットで突き抜けろと言われないだけマシである。

『原因が判れば、こちらとしても対処しやすくなるわ。欲を言えば……もしも誰かが動かしているなら、止めて来て欲しいくらいだけど……』

「え……? ……動かす? ……止める?」

 キラは、まだ状況を理解していなかったが。

『ええ。……地球の重力には、まだ、とらわれてないみたいだけど。でも、このまま放っておいたら……ユニウスセブンは、地球に衝突するわ』

 ここに至り、事の重大さに身が引き締まるのであった。

*******************

「ふうっ」

 ラミアス中尉はキャプテン・シートに戻り、そこに背中を預けた。
 臨時で通信役をやったのは、自分で直接命令を伝えたかったからだ。ヤマト少尉には過酷な御願いをしてしまう、という意識があったのである。
 だが、別の席に座った後で、初めて気が付いた。キャプテン・シートが、一番落ち着く。いつのまにか、ここが体の一部になっていた。

「どうされますか、艦長?」

 気を休める間もなく、バジルール中尉が話しかけてくる。

「放ってはおけないけど……私たちの手に余る事態だわ。アークエンジェルに、メテオブレイカーは搭載してないわよね……」

「当然です! ……残念ですが」

 現実的なプランとしては、アルテミスのような要塞か第八機動艦隊のような大部隊と相談して、そちらに任せるしかなかった。アークエンジェルも手伝うのだとしても、現状の装備では、とても中心になって活動することは出来ない。
 
「キャンベル伍長、まだ……連絡つかないの?」

「はい、通信……つながりませんわ〜〜」

 ピンクの髪の少女——本当はラクス・クラインだけどラミアス中尉にとっては『ミーア・キャンベル』——からも、明るい返事は戻ってこなかった。ヤマト少尉と話をする際は一時的に替わってもらったが、それ以前も以降も、通信席には彼女が座っている。第八艦隊かアルテミス要塞に連絡するよう命じているのだが……。

(一番近いその二つも駄目ってことは……月本部への通信は、もっと無理よねえ……)

 考え込むラミアス中尉。しかし、状況は、彼女に時間を与えてはくれなかった。

「艦長! ザフト艦です! 数は……ナスカ級1、ローラシア級2!」

 敵襲である。

(もうっ、こんな時に!? ……いや、こんな時だからこそ!?)

 素直に考えるならば、ユニウスセブンが地球へ落ちて一番得をするのは宇宙国家プラントであった。あれだけの巨大質量が衝突すれば、地球は壊滅するであろう。非人道的ではあるが、戦艦やモビルスーツでチマチマと戦うよりも、よほど効率的な策である。

(そういうことだったのね……!)

 だいたい、小さい頃に読んだSF小説では、宇宙から来る悪者が地球にコロニーや小惑星を落とすというのは定番だった。それに立ち向かう正義の味方の活躍には、女の身でありながら、胸を熱くしたものだ。まだ胸も厚くなかった頃の思い出である。

(その正義のヒーローを……やらなきゃならないのね……)

 ラミアス中尉は、決意した。

「ノイマン少尉、デブリの速度って……地球からの距離で決まるのよね? 大きさじゃなくて? つまり……同じ軌道にある物は、同じ速さで動いている……」

「はい、そうですが……?」

 彼の表情が変わった。彼女の作戦を理解したらしい。

「あなたなら、相対速度をゼロにするのも簡単でしょう? これから……アークエンジェルはデブリ帯に突入します。ストライクだって入ってるんだから、アークエンジェルだって……!」

「アークエンジェルは、モビルスーツとは違いますっ!!」

 ノイマン少尉が悲鳴を上げたが、バジルール中尉は納得顔だ。

「なるほど……。ストライクを出してしまった以上、こちらは105ダガーが一機のみ。敵艦が保有する数は不明としても、こちらよりは多いでしょうし、モビルスーツ戦は不利。しかしデブリの中に入ってしまえば、モビルスーツの機動性も殺せる……というわけですね?」

「そうよ、中尉。ストライクを呼び戻す努力はするとしても……こちらが追っていった方が早いでしょう? それに……もしもユニウスセブンを破壊するのであれば、どうせデブリを超えて、向こう側へ行かないといけないんですから!」

 ここまで言われたら、操舵手としても反対できない。観念した表情のノイマン少尉に向かって、ラミアス中尉は、精一杯の笑顔を見せた。

「大丈夫、あなたならできるわ」

*******************

「あのラコーニが、私の到着まで持ちこたえられんとはな……」

 ナスカ級ヴェサリウスのブリッジで、ラウ・ル・クルーゼ中佐がつぶやいた。
 アークエンジェルと戦闘に入ったという連絡を受けた時、クルーゼたちは、かなり近い位置まで来ていた。合流までの時間稼ぎのみを命じたのだが、あの艦に残っていたジンは二機。偵察型三機は発進した後だったのだ。その状況では、さすがに戦力不足だったのだろうか。

「敵艦、デブリベルトに突入します!」

 オペレーターが叫ぶが、聞くまでもなかった。スクリーンに映し出されているからだ。

「フフフ……。背水の陣を敷いていたはずが、自ら大河へ飛び込んだか……。愚かなことだ」

 横を見れば、アデス中尉の顔にも理解の色が浮かんでいた。クルーゼは宣言する。


「ヴェサリウス、ガモフ、ツィーグラーは、デブリベルトの外で待機だ。足つきの頭を抑える! このまま、デブリの中に沈めて差し上げようではないか……!」

 クルリと反転し、歩き出したクルーゼ。その背中に、アデスが声をかける。

「どちらへ……?」

「今回は、私も出る」

 モビルスーツで出撃するという意味だ。

「ガンダム四機も一緒だ」

「あれを追って……入るおつもりですか? しかしデブリに衝突すればモビルスーツとて……」

「……そんな未熟者は、我が部隊にはおらんよ」

 心配そうなアデスに対して、クルーゼは笑いかけた。
 ガンダムのパイロットは四人とも、赤服と呼ばれるトップエリートである。腕は確かだった。だから第一陣として、クルーゼと共に足つきを追ってデブリベルトの中へ。一方、ガモフとツィーグラーのジン部隊は、第二陣として待機。相手の機動兵器が向かって来た際には、艦の直衛を担う。……そう作戦を説明すると、アデスも頷いていた。
 ブリッジを出るクルーゼは、最後に一言。

「できれば手に入れろと言われていたが……この状況では、やむを得まい」

 それは、自らに言い聞かせるような口調であった。

*******************

「はあっ……」

 キラのストライク——機動性を重視して一応エールストライカーを装備——は、今、デブリ帯を抜けた。
 気持ちが楽になると同時に、あらためてキラは、いかに自分が緊張していたかを思い知る。近辺に意識を集中する必要もなくなり、巨大な大陸に目を向けた。

「これが……ユニウスセブン……」

 宇宙空間に大陸が浮かんでいるというのは、不思議な感覚である。だが、どこかで似たような物を見たことある気がして、キラは記憶を探った。

「ああ、あれだ。小さい頃に遊んだファンタジー・ゲーム……。あれに出てきた浮遊大陸が、こんな感じだったな……」

 旧暦時代に大ヒットしたシリーズ——途中までは大ヒットだったシリーズ——の、初期の名作だそうだ。幼年学校にいた頃、キラの周りで一時的に流行ったゲームだった。あの時は、ちょっとしたレトロブームだったのだろう、長くは続かなかったが。

「でも……ゲームとは違う」

 この大地には、人が住んでいたのだ。爆発で吹き飛び、真空状態で凍りついてはいるが、まだ、その名残があった。

「うっ……!?」

 キラは、目を背けた。見たくない物が見えてしまったのだ。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。視線を戻した彼は、二度と同じ思いをしないよう、巨視的に全体を見渡すようにした。ストライクのメインカメラのズームも切りかえた。
 電波状態は悪く、すでにアークエンジェルとは連絡が取れない。
 だから、キラは知らなかった。アークエンジェルが、クルーゼ隊に襲われていることを。
 だから、キラは受けた命令を遂行する。

「ここで……何かが起こっている……」

 何を探すべきなのか判らないが、それでも探索を続けるキラ。やがて、彼は発見した。モビルスーツだ。
 これまで相手にしてきた機体とは色も形も違うが、ジンの一種だった。ストライクのコンピューターが、あれは長距離強行偵察型だよ、とデータを示してくれた。
 大地から伸びた幾つもの『柱』、その一つの陰に隠れており、よく見れば『柱』には黒色の装置が取り付けられていた。赤い輝きを放っている。
 何の装置なのか、キラには判らない。それでも、ユニウスセブン本来の物でないことだけは確かだ、と思った。ならば……!

「これが……ユニウスセブンを動かしている元凶か!?」

 コクピットの中で一人、叫んだ時。
 むこうもキラのストライクに気づいたらしい。射ってきた!
 キラも迷わず、ビームライフルで射ち返した。

*******************

『うわーっ!?』

 サトーの機体に入った通信は、断末魔の悲鳴だった。遠くで作業していた一機が、やられたらしい。
 他の場所の僚機からも、慌てた声が飛び込んでくる。

『隊長……!!』

「落ち着け! 持ち場を離れてはならんっ!!」

 サトーは、冷静にそれを制した。今さら救援に駆けつけても、間に合わないのだ。

「目の前の任務に集中しろ!」

 彼らの任務は、このユニウスセブンを地球への落下軌道に乗せること。そのためにフレアモーターを取り付けているのだった。
 長距離強行偵察型ジンは複座であり、一人がノーマルスーツで外で作業をしている間、もう一人がモビルスーツに残って周囲を見張っていた。 
 既に動いているユニウスセブンだが、まだ限界阻止点には到達していない。一度動き出した巨大質量を止めるのは難しいとはいえ、油断は出来なかった。

「アラン、クリスティン、これでようやく俺も、お前達も……」

 コクピットの中、サトーは小さな声でつぶやいた。ここユニウスセブンには、彼の愛する家族も友人も眠っている。そして今日、自分もその仲間入りをするのだと彼は悟っていた。
 極秘の任務だった。パトリック・ザラ議長から発せられたと聞いているが、彼自身が直接ザラに会ったわけではない。

(真偽のほどは判らぬ。命令の出どころが何処であろうと構わん。だが……いかにも、パトリック・ザラが考えそうなことだ……)

 この作戦が成功すれば、地球は壊滅するであろう。もちろん、現在の地球上にはザフト軍も侵攻しており、幾つかの軍事拠点もある。彼らも巻き込む形になってしまうが、それもザラには都合が良いのではないか、とサトーは思った。

(ザフト軍の中には、いまだクライン派と呼ばれる者たちもいる……。彼らを地上に集めておいて、ナチュラルどもと一緒に吹き飛ばす……。そういう考えなのだろう)

 パトリック・ザラには、色々と黒い噂もあった。シーゲル・クライン前議長を殺したのも彼だと言われている。その残党を一掃する意味も含めた作戦なのだ、とサトーは理解していた。
 しかし、自軍の戦力を犠牲にする作戦は愚策である。数で勝る地球軍ならばともかく、現時点のザフトにその余裕はない。パトリック・ザラが、そのような愚かな選択をするわけもないのだが……。そこに思い至らぬサトーは、やはり一兵士に過ぎなかった。

*******************

 アークエンジェルは、クルーゼ隊のモビルスーツに襲われていた。
 これに対して、アークエンジェルからはトール・ケーニヒ少尉の105ダガーが出撃していたが、その機動性を活かすことは出来なかった。
 ビームが交錯し、デブリが流れる中に飛び出すという事は、恐ろしいものなのだ。結局105ダガーは、甲板に張り付いて可動砲台と化している。

「ストライクとは、まだ連絡つかないの!?」

「まだです!」

 ブリッジではキャプテン・シートの女が声を張り上げ、ピンクの髪の女が即座に叫び返していた。
 ラミアス中尉は、続いて、操舵手へと声をかける。

「もっと速く動かして!」

「無理です!」

 なかなかデブリベルトを抜けられず、その動きに彼女は、もどかしさを感じていたのだ。まだ早いと思いつつ、彼女は命じる。

「艦首特装砲ローエングリン用意! 目標、ユニウスセブン!!」

「でも……!」

「しかし、それでは……!」

 ラクスとナタル・バジルール中尉が、同時に悲鳴を上げた。
 ラミアス中尉は、それぞれに対して笑顔を向ける。

「大丈夫、ヤマト少尉なら避けてくれるわ。むしろ、それで現在のアークエンジェルの状況を理解してくれるでしょう」

 と、ラクスへ。ストライクが巻き込まれる事を心配している、と考えたからだ。

「敵モビルスーツは、イーゲルシュテルンとヘルダートだけで対処して。それよりも……私たちは、ユニウスセブンを何とかしなきゃならないの」

 と、ナタルへ。艦の安全を第一に思っている、と考えたからだ。
 彼女の推測は正しかったらしい。それ以上、二人は反論しなかった。だから、彼女は続ける。ブリッジの全員に言い聞かせるように。

「どこまで出来るか判らないけれど……。でも出来るだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけだなんて、後味悪いわ。今、出来るのは……私たちだけなんだから!」

*******************

 デブリベルトの中でモビルスーツが編隊を組むのは難しい。それに加えて個々人の性格もあって、クルーゼ隊の五機は、発進直後から、それぞれバラバラに別れて行動していた。
 その中でも特に、アスラン・ザラは、他の四人とは大きく異なるコースを進んでいた。

「あれか……?」

 彼の機体イージスは、可変モビルスーツである。その変形機構に誰もが注目してしまうが、イージスの特徴は、他にもあった。他のガンダムと連携した際の指揮官機という想定で開発されていたため、通信・分析能力が最も充実していたのだ。頭部には、大型の多目的センサーユニットも搭載されている。
 だからであろう、ストライクが先行してユニウスセブンへ向かっている事を、かろうじてイージスだけがキャッチしていた。電波障害の中、味方機へ連絡を入れる余裕もなく、結果、アスランは単独でストライクを追っている。

「ストライク……どこへ隠れた……?」

 途中で見失ってしまったが、ここに来たのは間違いない。
 そう考えたアスランは、ユニウスセブンの大地をイージスの足で踏みしめた。

「うっ……」

 もともと人々が快適に暮らせるよう、おだやかな起伏などもあったが、今のユニウスセブンは、アスランの記憶にある姿とは大きく異なっていた。
 崩れ去った壁面の残骸、壊れたシャフトの成れの果て、かつての高層ビル……。そうした物が合わさって『柱』を形成していた。
 広大な大陸と、そこから伸びた数多くの『柱』。それを掌と指に見立てたアスランは、巨大な手がこの宇宙空間で何かを掴もうとしていると感じた。おそらく、ここで死んだ多くの者たちの魂を……。

「……バカな」

 アスランは小さく首を振った。感傷に浸っている場合ではなかった。
 母レノアもユニウスセブンで死んでおり、アスランが特別な感慨を覚えるのも仕方ないのだが、それは心の奥底に仕舞い込む。
 そして、ストライクを探すため、再びイージスを稼働させた。ほどなく、彼の目に入ってきたものは……。

*******************

『そこで何をしている!』

 しまった、とサトーは思った。サトーの機体は強行偵察型ジンであり、ザフト系モビルスーツの中で最高レベルのセンサーを装備しているはずだった。それなのに、相手に先に発見され、ここまで接近されるとは……!

(なるほど、ガンダムか……)

 相手の機種を確認して、自分を納得させる。連合から奪った、特殊な機体の一つだった。連合のモビルスーツは化け物だ、という噂も聞いた事があった。ならば、仕方がない。

「話す必要はない! 特務である!」

 サトーは、言い切った。ガンダムはクルーゼ隊の旗艦ヴェサリウスから発進したモビルスーツだが、そのパイロット達はサトーの任務を知らないはずだった。

『特務……だと? だが……』

 ガンダムのパイロットは、戸惑っているらしい。ここでサトーたちが何をしているのか、感づいたのかもしれない。そういえばガンダムのパイロットは全員赤服、トップエリートだったな、とサトーは思い出していた。

「話す必要はない、と言った! これは……プラント最高評議会議長パトリック・ザラからの、直々の特命である!!」

『ザラ議長の特命……? そんな馬鹿な!!』

 相手を黙らせるつもりで仰々しい名前を持ち出してみたが、むしろ、興奮させてしまったようだ。

『ユニウスセブンを……地球へ落とそうというのか!? そのような非道な行為は、さすがに……』

「……やらせん、とでも言うつもりか?」

 仕方がない。味方機であっても、作業の邪魔をするのであれば、実力で排除するしかない。
 すでにサトーの母艦は沈んでいるのだ。ここで朽ちる覚悟も出来ていた。味方への発砲を躊躇うサトーではなかった。

「赤服と言えど……しょせん小童(こわっぱ)か!」

 ジンのスナイパーライフルが火を吹いた。相手は、まさか味方機から攻撃されるとは思っていなかったようで、見事に直撃だ。
 しかし、命中精度は高いが威力は低い、それが強行偵察型の標準装備。たいしたダメージは与えられなかった。

『よせ! 俺たちは戦争をやっているんだ! 大量虐殺をするつもりはない!』

 反撃するのではなく、こちらを説得しようというのか!? 甘い、甘すぎる! これだからエリートって奴は!!
 サトーも、負けじと叫び返していた。

「大局も判らぬヒヨッコめ! 軍人ならば、黙って上からの命令に従え!」

 サトーの言葉は、理屈としては筋が通っていなかった。だが、そこにツッコミが入る事は無く、相手は先ほどの続きを述べていた。

『……これじゃ、血のバレンタイン以上の悲劇を生むぞ!?』

 血のバレンタイン。この言葉が、サトーの頭を沸騰させた。

「黙れ! 我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!」

『……何!?』

 サトーは元々、パトリック・ザラのような選民思想は持っていなかった。愛する者たちを殺したナチュラルに対する憎しみはあったが、平和のためならば許そうとさえ思っていた。戦争が早期終結して平和な世界が訪れるのであれば、それこそが、死んでいった者たちへの手向けになると思っていたのだ。
 だが、ナチュラルどもは戦果を拡大させるばかり。これでは、平和な世界など夢物語に過ぎぬ。死んでいった者たちも浮かばれぬ。ならば、理想の世界を導くために……進む道は、ただ一つ!

「ここで無惨に散った命の嘆きに、耳を傾けよ! われらコーディネイターにとって、パトリック・ザラの示す道こそが唯一正しきものと知れ!」

*******************

「ハァッ、ハァッ……」

 アスランは、肩で息をしていた。

「味方を……討った……」

 アスランにとって、初めての経験だった。
 味方機を一つ、撃破したのだ。向かってくる以上、やむを得なかった。

「だが……まさか……」

 気持ちを落ち着けることは難しかった。
 父の名前を出されたのだ。ユニウスセブンが地球へ衝突するのだ。

「いや……とにかく、調べよう……」

 ストライクを追っている時は気づかなかったが、今となっては、何故気づかなかったのか不思議なくらいだ。
 ユニウスセブンは、本来の位置とは違う場所にあった。そして、地球へ向かって動き続けていた。
 今の機体に乗っていた者と、その仲間たちによる凶行だ。フレアモーターを『柱』に取り付けて、それを動力としたらしい。作業をしていた者がいたはずだが、いつのまにか消えていた。戦闘に巻き込まれて吹き飛ばされたのかもしれない。すまない、とアスランは思った。

「このイージスならば……。ちっ、駄目か……」

 イージス自慢の多目的センサーは、今の戦闘で機能不全に陥っていた。フレアモーターの制御装置を解析すれば何か判ると思ったのだが……。
 仕方がない、自分の手で調べよう。アスランは、モビルスーツを『柱』に寄せて、コクピットのハッチを開けた。

「今は……足つきやストライクより、こちらが重要だ」

 軍人としては、正しい行為ではない。だが、アスランはパトリック・ザラの息子なのだ。この件に背中を向ける事は出来なかった。

*******************

「やっぱり……ザフトの仕業だったんだ……」

 キラは、既に二機、偵察用ジンを破壊していた。ユニウスセブンに何か細工をしていたようだが、その装置もジンと共に吹き飛ばしてしまい、詳細は判らなかった。
 三度目の正直。次こそは、上手くやろう。モビルスーツだけを破壊して、装置を調べよう。そう思いながら、キラはストライクを駆っていた。報告のためにアークエンジェルへ戻るのは、その後という予定だった。
 そして、キラは見つけた。

「少年が、一人、立っている?」

 大地に直立した『柱』から、横枝のように突出した部分。少年は、そこに立っていた。着ている物はザフトのノーマルスーツ。明らかに敵なのだが……。

「だけど、見たことがある……?」

 キラは漠然とそう思い、そんなわけないだろうと自分にツッコミを入れた。この距離で、相手の顔が見えるはずがない。
 それでも『見えた』という感覚に間違いはなかった。『見たことがある』のは確かであった。
 だから、ストライクを接近させながら、キラもコクピットのハッチを開けた。回線をオールにして——近くの敵軍にも聞こえるようにして——、大声で呼びかけた。

「僕だよ僕! キラだ!」

『キラ……? キラ・ヤマトなのか!?』

 案の定、応答があった。そして、キラは理解した。見覚えあるはずだ、この少年は……昔の友だち! 一番親しかった友だち!

「そう、キラ・ヤマト! 月の幼年学校で一緒だったキラだよ! 君は、えーっと……」

 だが名前を思い出せず、キラは、そこで口ごもった。

*******************

(ああ、キラは昔のままだ。変わらないな……)

 アスランは、そう思った。この瞬間、ガンダムもユニウスセブンも戦争も、全て頭から消え去っていた。懐かしさで、胸がいっぱいになっていた。
 キラは、人の名前を覚えるのが苦手な奴だった。せっかく覚えても、すぐ忘れる奴だった。

(それでも……俺の顔だけは、忘れてなかったんだな……)

 アスランは嬉しかった。幼年学校時代、一番大切な友人だったのだ。当時は近くに婚約者ラクスもいたのだが、それよりもキラとの友情を優先させていたくらいである。
 キラは歌姫ラクスの大ファンだったので、婚約関係を知られぬよう、苦労したものだった。知られたら友情が壊れるんじゃないか、と恐れていたのだ。だからラクスのコンサートにも、キラが行かない日だけ、行くようにしていた。
 それほど大事なキラだったのだ。だから今、アスランは名乗った。

「アスランだ。……アスラン・ザラだ。また会えて嬉しいよ、キラ」

*******************

(アスラン……ああ、そうだ。そんな名前だったな)

 相手の名乗りを聞いて、キラは納得していた。しかし。

(え? アスラン……だと? その名前……最近どこかで聞いた事あるような気が……)

 どこで聞いた名前なのか、少し考えてみた。どうせ重要じゃないだろ……とも思ったが、どうも気になったのだ。そして思い出した、彼女の言葉を。

『あなたは……やさしいのですね。まるで……アスランのように……』

『アスランは、私の婚約者……だった人です』

 とっても重要だった。

(ラクスだ! ラクスの元婚約者の名前だ! 僕の幼年学校時代の親友アスランが……ラクスの昔の婚約者だったんだ!!)

 ようやくキラは、一つの真実に辿り着いたのであった。




(PART8に続く)

*******************

 あとがき。
 PART7の章題が「アスラン」なので、アスランはトライアングルに組み込まれました。
 さて、適当なところで思いきって『その他』板へ移動させるかもしれません(『チラシの裏』だからこそ感想も平和というのであれば、すぐに涙目で戻ってくるかもしれませんが)。ここになかったら『その他』板を探してみてください。更新を楽しみにしておられる方々もいると信じて、一応、告知しておきます……。

(2011年2月17日 投稿)
     



[25880] PART8 はじまり
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/19 21:27
   
 アークエンジェルはデブリベルトを完全に抜けて、ユニウスセブンを目前にしていた。
 艦の操舵を担当するアーノルド・ノイマン少尉の顔には、疲労の色と同時に、安堵の色も浮かんでいる。デブリに衝突する心配がなくなったからだろう。
 だが、まだ戦闘は継続中であった。むしろ周囲からデブリが消えた事で、状況は悪化している。ナタル・バジルール中尉は、そう思った。彼女は、敢えて不吉な言葉を口にした。

「艦長! このままでは……アークエンジェルは、沈みます!」

 彼女が言うまでもなく、ブリッジには悲壮な叫びが飛び交っている。

「第六センサーアレイ、被弾!」

「プラズマタンブラー損傷! レミテイターダウン!」

「ラミネート装甲内、温度上昇! これでは排熱追いつきません! 装甲内温度、更に上昇!」

「一番、二番エンジン被弾! 48から55ブロックまで隔壁閉鎖!」

 デブリに囲まれていた時は、敵の機動兵器も、その能力を存分に発揮できていなかった。しかし今となっては、緩衝効果も終了。クルーゼ隊のモビルスーツは、恐ろしい力で襲ってきていた。
 
「ヤマト少尉とは、まだ連絡つかないの!?」

「まだです!」

 このやりとりも、何度聞いたことか。いまだストライクとは連絡がとれず、アークエンジェルを守るモビルスーツは、トール・ケーニヒ少尉の105ダガーのみ。
 デブリ帯を出た時点で、MAメビウス二機も出撃させている。訓練で使っていた機体の残りだが、モビルスーツ運用艦のアークエンジェル以外では、いまだメビウスは連合軍の主力機動兵器だ。贅沢は言っていられないし、機体やパイロットを遊ばせていられる場合でもなかった。
 それでも明らかに、こちらが劣勢である。敵艦三隻はデブリの向こう側に留まっているが、モビルスーツだけでも十分強敵なのだ。

「艦長! 我々の任務は、このアークエンジェルをアラスカ基地まで届けることです! しかし、このままでは……」

 再び叫ぶ彼女に、マリュー・ラミアス中尉が応じる。

「ナタル……。我々が無事に地球に降りられたとしても、その肝心の地球が壊滅しちゃったら、意味がないでしょう?」

 初めて艦長からファースト・ネームで呼びかけられたのだが、バジルール中尉は、その点に気づかない。ただ、艦長の言い分は正論だと思い、顔をしかめていた。

(それでも……わかっていても、言わねばならないのが、副長というものなのです)

 バジルール中尉も、頭では理解しているのだ。だから今までだって、まるで敵軍を無視するかのように、強力な武器は全てユニウスセブンへと叩き込んでいる。艦首特装砲ローエングリン、主砲ゴットフリート、副砲バリアント……。艦尾大型ミサイルであるスレッジハマーやコリントスまで、つぎ込んでいた。
 こうした攻撃は、巨大な浮遊大陸の後端を目標として行われていた。しょせんアークエンジェル一隻の火力では、ユニウスセブンを粉々に破砕することは不可能、だから軌道を変えることを狙いとしていたのだ。
 爆砕する勢いも加えて、後ろから砕き押すようにして、地球落下軌道から外してしまおう。それが、彼らの作戦であった。

(艦長の計画どおりに進んでいますが……しかし、まだ一手、足りない!)

 内心で歯噛みする彼女の前で、ラミアス中尉も厳しい表情をしていた。意を決したかのように、口を開く。

「最悪の場合は……」

 ラミアス艦長は、バジルール中尉に目を向けた。その瞳に浮かぶ覚悟の色に、バジルール中尉は愕然とした。

(何を言い出すつもりですか? まさか……特攻? 『最後の武器は……命だよ』とでも言いたいのですか? それでは旧暦時代の漫画です! しかも、たしかに艦長のセリフですが死んだ艦長のセリフですぞ!? 死亡フラグなんてもんじゃない……あ、でも後で生きてたことになるから復活フラグなのか!?)

 バジルール中尉も、頭は結構パニックになっていた。
 そして、艦長が決然と宣言する。

「……この艦を自爆させてでも、あれを止めます!」

 ああ、この人は、やはり艦長なのだ! 若い女の身でありながら、自らを犠牲にして、船と運命を共にするつもりなのだ! バジルール中尉は、そう思ったのだが。

「ナタル、教えてちょうだい。自爆システムのタイマーって……最大でどれくらいの時間があるのかしら? 全員が……私も含めて全員が、逃げる時間、あるのよね? いそいで調べて!」

*******************

 同じ頃。
 ユニウスセブンの大地の上でも、別のドラマが繰り広げられていた。

「アスラン! アスラン・ザラ!」

『ああ、そうだよ。思い出してくれたかい、キラ?』

 アスランは、微笑んでいるようだった。
 だが、キラは笑っていない。むしろ怒っていた。
 アスラン・ザラは、かつての親友であると同時に、ラクスの昔の婚約者! キラが足繁くラクスのコンサートに通っていた頃、友だちづらしていたアスランは、そのラクスと陰でチュッチュウフフしていたのか!? キラは、そう考えてしまった。
 いや、昔話は昔話として、水に流そう。だが、これは現在にも影響を与えるかもしれないのだ……。

「アスラン! 君が来るのが……遅すぎた!」

 せめて、もっと早く——キラがラクスと仲良くなる前——であれば、いっそ諦めもついたというのに……。

「なぜ、なぜ今になって現れたんだ!?」

 せっかく、ラクスと良い雰囲気になれそうだったのに! こんな時に昔の婚約者が出てきては、何もかも、ぶちこわしだ。
 そもそも、キラの中のラクスの立場だって、グングン急上昇中なのだ。もう単なる『憧れのアイドル』ではない。ラクスは、ラクスは……!

「僕は……もう、あのひとを愛してしまっている!」

 だから、今さら元婚約者が登場しても、困るだけだった。
 だいたい、ラクスの口ぶりでは、既に死んだようなニュアンスもあったのに……。
 そうだ、ラクスの婚約者は死んだんだ。今、目の前にいるアスランは、亡霊なんだ。キラは、自分にそう言い聞かせた。

「アスラン……どうしてここにいるんだ? 君は死んだんだろ? だめじゃないか、死んだ奴が出てきちゃ! 死んでなきゃあああ!!」

 コクピット・ハッチを閉じて、ストライクを始動させるキラ。
 この時、彼の思考回路はショート寸前、いや既に狂っていたのかもしれない。しかし、だからこそ……彼は、狂戦士(バーサーカー)となっていたのだ。

*******************

 アスランは混乱していた。キラが何を言っているのか、理解できなかったからだ。
 どうにかなりそうな頭で、必死に考えてみる。

(きっと……キラはパニックなんだ……)

 キラがモビルスーツを動かした事は、アスランにとって、忘れていた現状を思い出すきっかけとなっていた。
 アスランもキラも、今はガンダムのパイロット。ただし、むこうは地球軍、こちらはザフト。敵味方に別れてしまったのだ。
 あんなに親しい友人だったのに。同じコーディネイターなのに。
 もっと早くに出会って、お互いの近況報告とか、今後の相談とかしていたら……。

(ああ、そうか。その意味で『遅すぎた』なのか。だから『なぜ今になって』なのか……)

 ここまではアスランも納得するが、キラの次の言葉は、もっと深いものだった。

(『あのひとを愛してしまっている』って……誰のことだ?)

 どこの誰かは知らないけれど、キラも愛する人を失ったのであろうか? アスランが母親を亡くしたように。先ほどのジンのパイロットが娘を亡くしたように。

(いや、まだ生きているのか……? 愛する人が地球軍にいるからこそ、地球軍に加わって戦っているんじゃないのか?)

 きっとそうだ。キラはやさしい奴だったんだ、そうでもなければ、キラがモビルスーツで戦うわけがない、とアスランは思う。
 そして、次の発言である。『君は死んだんだろ』とか『だめじゃないか死んだ奴が出てきちゃ』とか……。

(なるほど、キラは……俺が死んだと思っていたのか……。だから、昔あれだけ親しかったのに、その後は音沙汰もなくて……)

 少し頭がスッキリしたが、安心している場合ではなかった。キラがモビルスーツで向かって来るのだ。
 アスランも、急いでイージスに戻る。ちょうど乗り込んだところで、通信が入った。

『アスラン! ざれごとはやめろ!』

 仮面の男クルーゼ隊長の声であった。

*******************

 アークエンジェルを追ってデブリベルトを抜けたところで、ラウ・ル・クルーゼ中佐は、シグー——彼が乗るモビルスーツ——をユニウスセブンへと向けていた。もうアークエンジェルの命運は尽きたと判断し、むしろユニウスセブンを気にしたのである。

(計画は……順調か……?)

 パトリック・ザラから秘かに与えられた命令は、デブリベルトに浮かぶ岩体を隕石として地球に落とすことであった。目標地点は、アラスカの地球連合軍統合最高司令部。外した場合や迎撃された場合も想定し、同時に幾つも落とすよう、指示されていた。
 どの程度の大きさの物を、どのコースで大気圏に突入させるか。非常に細かく計算されていた。間違っても、ユニウスセブン全体を落とせなどという大ざっぱな計画ではなかったのだ。
 古代の地球において、繁栄の歴史を誇った恐竜たちを絶滅させたのは、直径約10キロの巨大隕石だったという。隕石自体は衝突のインパクトにより塵と化し、クレーター形成により大量の岩屑が舞い上がり、世界は粉塵に覆われて、太陽の恵みを受けられなくなり、地球全体が寒冷化したのだ……。

(フフフ……)

 最長部では8キロに及ぶユニウスセブンだ。これが地球に落ちれば、太古の悲劇が再現されるであろう。ナチュラル全滅を唱えるパトリック・ザラであっても、そこまでは望んでいなかった。彼は戦争に勝ちたいのだ。悪魔になりたいわけではない。
 しかし、クルーゼは違う。むしろ人類滅亡こそが、クルーゼの夢である。与えられた装備を使って、用意された計画を少し変更するだけで——ちょっとした嘘を実行部隊に吹き込むだけで——、それが出来るのだから……好機であった。
 そして、今。

(……ん?)

 様子を見るため自らユニウスセブンに来てみれば、そこにいたのはストライク。
 そのパイロットがコクピット・ハッチを開けて、回線オールで叫んでいた。戦場には似つかわしくない言葉の数々を。戯れ言(ざれごと)としか思えぬセリフを。

(ストライクのパイロット……こんな変人だったのか!?)

 クルーゼも動揺した。それでも、その場の会話から、敵パイロットとアスランが知り合いだったことは見抜いていた。だから、アスランが応酬する前に言ったのだ。

「アスラン! ざれごとはやめろ!」

 と。
 こうして、ストライクとイージスの激突に飛び込もうとするクルーゼであったが、彼より早く、もう一機の機体が、その場にすべり込んでいた。

『見つけたぞ、ストライクゥゥゥゥゥッ!!』

 イザークのデュエルである。

*******************

(ストライクは……どこだ!?)

 僚機がアークエンジェルへと猛攻をかける中、イザーク・ジュールは、敵モビルスーツを探していた。
 イザークの愛機デュエルは、汎用型だと言われている。アスランのイージスのように変形するわけでもなく、ニコルのブリッツのような隠密性もない。ディアッカのバスターのような大火力も有していなかった。

(足つきはディアッカたちに任せればいい! 俺は……ストライクをやるっ!!)

 戦艦相手ではなく、対モビルスーツの近接戦闘こそ、デュエルの見せ場。そう思っていたのだ。
 そして戦場を見渡してみれば、いつのまにかイージスの姿がなかった。さらに。

(あれは……隊長のシグー?)

 クルーゼがアークエンジェルから離れようとしていた。

(まさか……!? クルーゼ隊長は……アスランと二人で、こっそりストライクを料理しようというのか!? 冗談じゃない、あれは俺の獲物だ!!)

 だからイザークはクルーゼを追った。結果、ストライクを発見する。イザークは歓喜した。

「見つけたぞ、ストライクゥゥゥゥゥッ!!」

 こうして今、念願のストライクと相見える事になったイザーク・ジュール。
 しかし、ストライクのパイロットがバーサーカー状態であった事は、イザークにとって大きな不運であった。

『邪魔するな!』

「何っ!?」

 目にもとまらぬ早技で、シールドを投げつけるストライク。
 考えるより早く機体を動かし、イザークのデュエルは、これをかわす。

「馬鹿めっ! 自分から盾を手放してどうするっ!?」

 馬鹿はイザークの方であった。シールドから意識を戻した時には、ストライクのビームサーベルが、デュエルの腹部に迫っていた。もはや回避不可能。

「うっ!?」

 ビームの刃に焼かれれば、彼の身も一瞬で蒸発する。そんな最悪な事態だけは、かろうじて防ぐ事が出来た。死を目前とした男の本能が、間に合わない速度を超越したのだ。
 ストライクのビームサーベルは、デュエルの左脇腹を擦っただけに留まった。それでも。

「うわぁっ!!」

 コクピットのコンソール・パネルが火を吹き、小爆発を起こす。すぐに自動消火されたが、密閉空間で爆発の間近にいた者の身は、無事ではすまない。

「痛い……痛い……痛い!」

 イザークのヘルメットは割れてしまい、彼の顔は血だらけになっていた。

*******************

「イザーク!?」

 クルーゼも介入できないほど、一瞬の出来事であった。通信回線からは、イザークの悲痛な叫びが聞こえ続けている。
 だが、痛いと言っていられる内は生きているのだ。死んでしまえば何も言えない。

「イザーク、撤退しろ! 援護する!」

 彼がどれほどの傷を負ったのか、クルーゼには判らない。デュエルのダメージの大きさも判らない。ガンダムは敵軍から奪った兵器であり、予備のパーツもないだけに、修理不能となる可能性さえあった。
 パイロットよりも機体の方を心配するクルーゼであった。
 その時。

「……この感覚は!?」

 クルーゼの眉間がスパークした。

「ムウか!? ここへ現れるとは……やはり宿縁だな、ムウ・ラ・フラガ!」

 一機のMAが向かってくる。それにムウが乗っている事を、クルーゼは確信していた。

*******************

 フラガ中尉の機体は、正確にはMAではない。ストライカーパックの一種、ガンバレルストライカーであった。
 大破したまま修理もされていない愛機メビウス・ゼロのように、四つのガンバレルを有するパックだ。他のパックとは違って、単独で飛行する能力を持つ。
 いまだ傷の癒えぬフラガ中尉であったが、ローテーションでは非番のはずのパイロットや、訓練機だったメビウスまで全て投入している戦況だ。彼一人、母艦で安穏とモビルスーツ隊の指揮をしていられる気分ではなかった。

(せめて……キラを呼び戻す!)

 今の自身に戦う力は、ないかもしれない。それでも、連絡のとれないストライクに、直接、アークエンジェルの状況を伝えることくらいは出来るはず。
 だから、フラガ中尉は出撃した。そして、こうしてストライクを発見した。そのストライクは、二機のガンダムとクルーゼのシグーを相手にしている!

「ヤマト少尉、聞こえるか!? ……合体だ! 俺と合体してアークエンジェルに戻れ! アークエンジェルが危ないんだよ!」

『駄目です、中尉! ガンバレルは僕には無理です!』

 意外に冷静な反応が返ってきた。
 なるほど、まだストライクはエールが使える状態。わざわざ外してガンバレルにしても、キラでは肝心の有線誘導システムが使いこなせない。それならば、このままフラガ中尉が使っていた方がマシである。

「わかった! クルーゼは俺にまかせろ! ……死ぬなよ、キラ!!」

『了解です!』

 既に敵のガンダムの一機は、撤退の動きを見せていた。キラのストライクは、赤いガンダムと対峙している。
 クルーゼさえ排除してしまえば、一対一なのだ。

「ラウ・ル・クルーゼ!」

 まるで彼のモビルスーツをこの場から追い立てるかのように。
 フラガ中尉は、ガンバレル・ポッドを駆使して、クルーゼと戦い始めた。

*******************

 イザークが退き、クルーゼとフラガが戦いながら去り。
 再び、キラとアスランの二人だけの時間が、戦場に訪れた。
 いや、訪れたかのように見えた。見えただけであった。
 いつのまにか間近に迫るものがいたのである。

『アスラン! さがって! ここは僕が……』

 実体を見せずに忍び寄る黒い影。
 科学の力で忍者のような隠密性を得た機体、GAT-X207ブリッツである!

*******************

「元々そちらのものでしたっけね……。弱点も、よく御存知だ!」

 ニコル・アマルフィは、アークエンジェル攻略に案外手間取っていた。
 彼の機体ブリッツにはミラージュコロイドという反則レベルのシステムが組み込まれているが、ミラージュコロイドとて万能ではない。さすがにアークエンジェルはガンダム運用艦であり、アルテミス要塞とは違って、対応策もしっかりしているようであった。
 だからニコルはアークエンジェルを他の者に任せて、主に機動兵器を相手にしていた。そして、戦ううちにユニウスセブンまで流れていたのである。

「やった……!」

 敵のモビルスーツが爆発する。よく見れば、機体本体ではなく背中のバックパックだけが爆発したようだが——とっさに切り離したようだが——、それでも十分だった。
 まるで墜落するかのように、ユニウスセブンの大地に叩き付けられたのだ。この戦いには、もう参加できない。ニコルは、戦えぬ者を討つような気性ではなかった。
 それよりも、次の敵を探す。そして、アスランたちをキャッチしていた。

(ストライクのパイロットは……アスランの昔の友だち!?)

 敵のパイロットが一般回線で大声で喚いたため、ニコルにも、二人の仲が理解できた。アスランを慕うニコルとしては、少し羨ましかった。

(でも……それならば、ストライクは僕が討つ!)

 嫉妬、というわけではなかった。
 ただ、友人を討たせるような真似はアスランにはさせたくないと思った。それだけだった。
 だからニコルは、クルーゼたちが去った空間に飛び込んだ。
 
(ミラージュコロイド! ……保ってくれよ!)

 姿を消したまま、ストライクに急接近する。ギリギリでシステムも限界となったが——姿を現してしまったが——、ここまで近づけば十分だ。
 そう思って、ニコルは叫ぶ。

「アスラン! さがって! ここは僕が……」

 若さ故の油断であった、とは言えない。慢心する性格でもなかった。
 相手のパイロットが上手(うわて)だっただけだ。

「へあぁっ!」

 ブリッツが手持ちの槍ランサーダートを突き出す。
 ニコルには必殺必中の確信があったが、敵モビルスーツは、人間の武芸者のようなモーションで身を屈めて避けた。
 ブリッツの勢いは止まらない。ストライクがブリッツの懐に入り込む形となった。そのままストライクは、ビームサーベルを一閃。ブリッツのコクピットを切り裂いた。

「ぐわあぁぁぁぁぁぁ……」

 若い少年の全てが、光の中に解ける。最期の瞬間、彼の頭に浮かんだものは……。

(アスランに……あの曲を捧げたかったな……)

 書きかけの楽譜。自演のために自作していた、ピアノ独奏曲だった。

*******************

「ニコルゥゥゥゥッ!!」

 絶叫するアスラン。彼は今、信じられない光景を目にしたのだ。

(あのキラが……! あのニコルを……!)

 この時、アスランの頭の中で、何かが弾けた。

*******************

 アスランの雰囲気が変わった。それはキラにも判った。だがキラは負けない。これで互角になった、むしろ良いではないか、と思っていた。

(やってやる! やってやるさ!)

 アスランが障壁として立ちはだかる限り、ラクスとは結ばれない。
 アスランを倒さなければ、ラクスは手の届かない場所へ行ってしまう。
 そんな強迫観念にとらわれていた。

(うおーっ!!)

 熱く狂おしい衝動に流されるまま、ストライクを駆るキラ。
 同時に、もう一人の自分が、少し高いところから冷ややかな目で全貌を眺めているような気分もあった。
 だから、気が付いた。
 また一機、モビルスーツが向かってくる。

(あれは……トール?)

 今度は味方機だ。
 105ダガー。
 激戦をくぐり抜けてきたのであろう。背中のストライカーパックは、既に失われていた。スラスターも不調のようで、満足に宇宙を飛ぶことも出来ない。ドスンドスンと地響きを立てて、ユニウスセブンの大地を駆けていた。

*******************

 味方を助けようと、イージスへ突撃する105ダガー。
 しかし。
 イージスは赤いモビルスーツである。MA形態では四つの大きな『爪』を持つが、これはビームサーベルの発信源でもある。ビームサーベルも言わば『爪』、特に腕のビームの爪は、モビルスーツ形態でも頻繁に使用されていた。
 105ダガーは量産型モビルスーツである。先行試作タイプとはいえ、量産型は量産型。それがドスンドスンと走ってくるのだ。
 爪を持つ赤いモビルスーツに量産型モビルスーツが走って立ち向かえば……。結果は明白であった。それは運命であった。

 ズゴッ!
 
「くっ!」

 イージスのビームの爪が、105ダガーのコクピットを貫いた。パイロットは即死だった。

*******************

 こうして、若い命が真っ赤に燃えつきる中。
 戦いは、果てしなく続いていた。

『アスラァァァンッ!!』

「キラァァァッ!!」

 少年達の叫びがスパークする。
 二人は友人であった。しかし、互いの仲間を目の前で相手に殺されていた。そして今、互いに殺しあっていた。
 ストライクとイージス、それぞれのモビルスーツが、斬りあい、蹴りあい、殴りあう。腕をなくし、脚をもがれ、頭を潰されても、それは終わらない。

「うっ!? ……チィッ!」

 アスランは、無我夢中であった。
 MA形態のイージスがストライクに組み付き、そこで自機のフェイズシフトがダウンしても。
 その意味を悟るより早く、戦士として最も正しい行動を選択していた。

「……あ!」

 我に返った時、アスランは既にモビルスーツの外にいた。組み合った状態の二機から、急いで離れようとしていた。

(エネルギーが限界だから……最後の手段として……イージスを自爆させることでストライクを討つ……)

 そのためのコマンドを打ち込み、コクピットから脱出した。その記憶があった。
 だから自分は今、逃げようとしているのだと、アスランは理解していた。
 しかしキラはまだ、ストライクのコクピットの中にいるのだと、アスランは判っていた。

(……キラ!?)

 アスランの頭が、はっきりと覚醒する。

(このままでは……キラは死ぬ! 俺は……キラを殺そうとしているのか!?)

 が、そこまでだった。
 イージスが爆発し、ストライクも炎に飲み込まれた。

「うわっ!?」

 アスランも吹き飛ばされたが、彼は十分な距離を取っていたのだ。軽く大地に叩き付けられるだけで済んだ。それでも、その衝撃は今のアスランには厳しかった。肉体的にも精神的にも、疲れきっていたからだ。

「殺した……俺が……キラを……」

 その言葉と共に、アスランは意識を失った。

*******************

 海辺の砂浜で子供たちが遊んでいる。

「あっ、流れ星!」

「違うよう、まだ夜じゃないもん。お星様は夜に出てくるんだよ!」

「じゃ、なんなのさ?」

「わかんない……。帰ってママに聞いてみる!」

 無邪気に笑いながら、子供たちは家路を急ぐ。
 夕焼け空に降り注ぐものは、ユニウスセブンのかけらであった。
 地球軍の一隻の戦艦が身を挺した結果、ユニウスセブン本体の落下は免れた。今、地球に落ちていくのは、作業時に砕かれた破片のみ……。
 今日、宇宙(そら)で起きた出来事を、まだ地上の人々は知らない。人々の歴史が終わる可能性があったことも知らない。だから、今日を新たな歴史の始まりとする認識もなかった。
 それでも、一つの戦いの終わりは、新たな戦いの始まりである。
 時、C.E.71年。戦争は終わってはいない。




(PART9に続く)

*******************

 あとがき。
 今回をもって、第一部・完。次回から第二部に突入です。
 ……昔話になりますが、かつてNTRを書いたつもりはないのに捜索掲示板でNTRとして紹介されたことがあります(こちらに投稿したSSではありませんが)。そのSSが他でもNTRとして評されているのを見て「ああ、そうなのか、これもNTRになるのか」と諦めました。
 さて、この作品では、ヒロインに元婚約者がいるという設定です。主人公とヒロインがカップルになった後で、主人公がNTRったと言われないためには……。「元婚約者がヒロインじゃなくて主人公を好きならいいんじゃね?」と思ったのですが。今回のPARTを書き終えて、ふと、気づきました。それはそれで、ヒロインがNTRったと言われるのではないか、と。
 まあ、まだまだ先の話です。杞憂レベル。宇宙(そら)が落ちてくることを心配しても仕方ありませんね、私はオールドタイプです。
 
(2011年2月19日 投稿)
   



[25880] PART9 脱出
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/21 02:02
   
 ユニウスセブンは、いくつかの爆発を引き起こしながら、軌道を変えてゆく。その爆発の中でひときわ大きいものが、一隻の戦艦の最期であった。

「アークエンジェルが沈む……俺たちの艦(ふね)が……」

 MAメビウスのコクピットで、サイ・アーガイル少尉がつぶやく。
 強襲機動特装艦アークエンジェル。赤いラインと艦底を併せ持つ、白色の美しい船体。前脚のように突き出したカタパルト、水平の大きな翼、背中から伸びるかのような垂直尾翼。まるでペガサスのようなフォルムだと彼は思っていたし、アークエンジェルは沈まないと信じていた。後世には不沈艦として語り継がれるのではないか、とさえ考えていたのだ。
 しかし現実は非情である。クルーゼ隊の攻撃は激しかった。さらに、ユニウスセブンを地球落下軌道から外すための推進力が必要だった。自爆させるしかなかったのである。

『トール……。キラ……。無事かしら……』

 僚機から心配そうな声が入って来た。フレイ・アルスター少尉の声だ。
 サイとフレイの二機のメビウスは今、脱出シャトルの護衛役となっていた。一人乗りの小型シャトルから中型・大型の物まで全て駆使した脱出劇で、ちょっとした船団となっている。

「大丈夫だよ、あいつらなら……」

『そうね、トールは恋人が待っているから死なないわよね。それにキラは……キラは、コーディネイターだから……』

 自分の気休めにフレイが同意するのを聞きながら、サイは、小さく首を横に振っていた。

(でも……あの状況では……)

 アークエンジェルを巡る戦いであったが、敵モビルスーツの多くは、なぜかアークエンジェルから離れてユニウスセブンへと向かっていた。まるで、何かに惹かれるかのように。
 結果、アークエンジェルに直接攻撃を仕掛けたのはバスターのみとなる。これをサイとフレイのメビウスが相手する形だった。MAなどモビルスーツと比べれば時代遅れ、それでも二人が生き残ったのは、相手が一機だけだったからだ。
 ユニウスセブンにキラのストライクが先行していたことは、サイも知っている。それを追うように敵機が集まったのだとしたら、いくらキラでも大変であろう。
 ユニウスセブンには、アークエンジェルも主砲などをガンガン打ち込んでいたのだ。狙いは大陸の後端であり、モビルスーツの主戦場とは違うと思うが、それでも影響はあったのではないか。
 そして。

(たぶん……トールは無理だろうな)

 乱戦の中、サイはトールの105ダガーが被弾するのを見た。その場でダガー本体が爆発したわけではなさそうだったが、推力を失ってユニウスセブンの大地へと落ちていった。あのままキラたちの戦闘に巻きこまれたら、無事では済むまい。

(キラ、帰って来いよ……)

 ユニウスセブンでの戦闘から戻ってきたのは、ムウ・ラ・フラガ中尉のみ。彼の乗機も大破しており、今は大型シャトルのパイロット役をしていた。
 フラガ中尉の知る限りでは、キラのストライクは、敵のガンダムと一対一だったという。ガンダム同士の直接ファイト、その詳細など、サイには想像もつかなかった。

(だが……今は……俺たち自身のことを考えるべきだ)

 サイは頭を切り替える。
 ほぼ全員がアークエンジェルから脱出できたものの、これから、どこへ向かえば良いのか。
 幸い、ザフト艦はデブリベルトの反対側であり、敵モビルスーツもそこへ帰投している。ここに留まっていても追い打ちをかけられる心配はないようだが、だからといって、この空域にいれば救助がすぐに来るという保証もなかった。

(一番近いのはザフト艦……。もうアークエンジェルも失った以上、投降するのも一つの手……なのか?)

 そんな考えがチラリと頭をかすめた時。

「ん……? あれは……!!」

 一隻の艦の接近をキャッチした。

*******************

 クサナギは、中立国オーブの宇宙艦である。ヘリオポリス崩壊で行方不明になったオーブの重要人物を探していたのだが、その行方が判明した。民間船に救助されていたのだ。これで捜索任務も終了、地球へ戻ろうとする途中で、この状況に出くわしたのだった。

「ありがとうございました」

「こういう場合はお互いさまだ。だが、クサナギはオーブ本国へ直行する。地球軍基地に立ち寄って諸君らを降ろすような時間はないが……」

「かまいません。地球まで連れていっていただけるのでしたら、むしろありがたいくらいです」

 アークエンジェルの生存者が全員クサナギに収容された時点で、マリュー・ラミアス中尉は、クサナギのレドニル・キサカ艦長と言葉を交わした。

「それにしても……。よかったですね、お探しの人物が無事に見つかって」

 短い時間ではあったが、クサナギとアークエンジェルは航行を共にしたこともある。キサカ艦長が必死に人探しをしていたのを知るだけに、ラミアス中尉は、そちらに話の水を向けた。
 アラスカ基地へ行くはずだったアークエンジェルは任務を果たせずに沈んでしまったが、該当人物の無事を確認したのであれば、クサナギは任務を遂行出来たことになる。ラミアス中尉にとって、この差は大きかった。

「ああ。まあ、私が見つけたわけではないがな。追悼慰霊団に偶然発見されたそうだ。まだ、そちらに乗っている。オーブ本国で会うことになるだろう」

「追悼慰霊団……?」

 不思議そうに聞き返す彼女に対して、キサカは説明する。
 血のバレンタインの悲劇で多大な犠牲が出たことを悼み、オーブ本国の宗教関係者が、船団を率いてユニウスセブンまで来ていたのだ。アークエンジェルが来た頃には別の場所にいたので戦闘には巻き込まれなかったが、その船団が、ヘリオポリスからの救命ポッドを幾つか拾ったらしい。その中に問題の人物も含まれており、現在船団は地球へ向かっているという。

「オーブは中立国だぞ。コーディネイターも住んでいる国だ。例の事件から一年、プラントが追悼慰霊にも来ないというのでは、オーブがやるしかあるまい」

 キサカはニヤリと笑いながら、そうしめくくった。

*******************

 ザフト艦ヴェサリウスに帰還したモビルスーツは、三機のみ。ラウ・ル・クルーゼ中佐のシグーと二機のガンダム。
 ブリッツとイージスは戻らず、それぞれのパイロットはMIAと認定された。
 MIAとは、ミッシング・イン・アクション。戦闘中行方不明。まあ確認してないけど戦死でしょ、という意味だ。

「やられたものだな……」

 モビルスーツ・デッキに立ち並ぶ三機を見上げながら、クルーゼはつぶやいた。シグーとバスターはいい。問題はデュエルである。
 コクピット近辺をやられたため、操縦系統が壊滅状態となっていた。メカニックに言わせれば、帰投できたことが奇跡だそうだ。最後はバスターに抱えられていたようだが、それでも凄いことだという。
 いや、奇跡というのであれば、中のパイロットの身であろうか。イザーク・ジュールは大ケガを負っていたが、跡が残るような傷はなかった。手足も指も、一本も失われていない。さすがコーディネイターの身体は頑丈である。

「とはいえ、これで後方勤務となるのは確実だな……」

 クルーゼは、イザークの今後を思って苦笑した。
 イザークの母エザリア・ジュールがプラント最高評議会議員の一人であることは、クルーゼも知っている。息子を過度に案ずる母親として有名な人物であり、イザークを後方の部隊に回そうと奔走しているという噂だった。

「まあ……他人の心配をしていられる場合ではないがな」

 アークエンジェルを沈めたとはいえ、こちらもガンダムを二機——デュエルが修理不可能ならば三機——失ったのだ。隕石落下計画をユニウスセブン落下に改竄した件もある。
 自分もどうなることやら、とクルーゼは思った。

*******************

 現在、ザフトの軍勢は宇宙だけに展開しているわけではない。
 あの『ザフトに兵なし』の演説の影響もあって第一次ビクトリア攻防戦こそ失敗に終わったものの、その後も地上侵攻戦は行われた。カーペンタリア制圧戦、第一次カサブランカ沖海戦、スエズ攻防戦、第二次ビクトリア攻防戦……。これらの戦いに勝利したザフト軍は、地球上にも既にいくつかの軍事拠点を確保していた。
 そうして地球に留まる部隊の一つ、北アフリカ駐留軍の司令官は、アンドリュー・バルトフェルド大尉。『砂漠の虎』と呼ばれ恐れられているが、彼は、陽気な性格の持ち主でもあった。

「隊長! 聞きましたか!? あの隕石落下事件は……」

 旗艦レセップスの彼の部屋に、部下が一人、駆け込んできた。
 慌てず騒がず、バルトフェルドは飲み物を差し出す。

「落ち着きたまえ、ダコスタ君。話はコーヒーを飲んでからだ。……さあ、君の好みに合うのは、どちらかね?」

 彼は、二杯のコーヒーを指し示した。

*******************

 はあ、またか。そう思いながらも、マーチン・ダコスタ中尉は、真剣な表情でコーヒーを口にした。

「こちらは……ああ、なるほど」

 まず、左のカップから一口。まだ旨いとも不味いとも言ってはいけなかった。続いて、右のカップを手に取る。

「ん……。うーん、最初の方が……好みですね。味が深いような気が……」

 正直言って、よく判らない。だから適当に決めるしかないのだが、正解だったらしい。バルトフェルド隊長が、にこやかな顔をしたのだ。

「そうか、そうか。……やはり、ダコスタ君はクライン派だねえ〜〜。君が今選んだコーヒーは、二種類の豆をブレンドしてあって……」

 隊長の解説が始まったが、ダコスタは聞き流す。コーヒー談義など、どうでもいいのだ。しかし、これは儀式のようなもの。ダコスタは、これを『バルトフェルドのコーヒー占い』と呼んでいた。
 隊長の部屋には、コーヒーをいれるための器具が2セットある。バルトフェルド自身はブレンドを好むのに、単一の豆だけでいれたコーヒーも敢えて用意しておくのだ。これは、ナチュラルとコーディネイターの融和を模索したシーゲル・クラインの思想と、コーディネイター至上主義を唱えるパトリック・ザラの思想とを表した比喩であった。ここで単一の豆の方がいいと言う者は、ザラ派と認定されてしまう。

(こんなことでクライン派から外されちゃ、たまったもんじゃない……)

 初めて『コーヒー占い』の洗礼を受けた際、ダコスタは、そう思ったものだった。もちろん、このようなテストを受けるのは隊長からの信任が厚い者ばかり。バルトフェルド隊長がクライン派であることは公然の秘密とはいえ、末端の兵士までクライン派にスカウトしているわけではなかった。
 その意味では『コーヒー占い』も悪くはない。自分は隊長にとって重要な副官なのだ、という気持ちになれる。だが、こう毎回のようにやられては、大変なだけ。そろそろ勘弁してくれと思ってしまうのだ。

「隊長……。そろそろ……よろしいでしょうか? タッシルの街に落ちた隕石のことですが……」

「ん……? ああ、話したまえ」

 バルトフェルドの話の途切れたところにすかさず割り入り、ダコスタは用件を切り出した。

*******************

 ここ最近のバルトフェルド隊は、アフリカ共同体の都市バナディーヤを拠点として、ゲリラを相手に戦っていた。『明けの砂漠』と名乗るレジスタンスの一団だった。
 レジスタンスの基地は当然街から離れた場所に設置されているが、彼らの家族たちは近隣の街に住んでいる。その一つが、タッシルである。
 ところが、先日、ここに隕石が落ちてきた。街は壊滅し、住民の多くが犠牲になったらしい。ダコスタは、その事件の原因に関する話を持ち込んだのだ。
 バルトフェルドも、真面目に相手をする。

「なるほど……。では、あれはユニウスセブンの破片だったのだな?」

「はい。しかも、当初の計画では、ユニウスセブン本体を落とすはずだったとか。それが連合の妨害で、いくつかの断片が落ちるに留まったそうです」

 アフリカだけではない。現在、地球の至る所で似たような被害が発生しているのだという。
 
「ふむ。落下地点が広範囲に及ぶということは……一つの塊が大気圏に突入しながら割れたのではなく、時間差で断片化した物がポコポコと落ちてきたのだな……」

 バルトフェルドは考え込むように口にしたのだが、ダコスタは興奮しているようだった。隊長の前でも遠慮せず、ドンと机を叩いた。

「隊長! そんなことはどうでもいいのです! 問題は『ユニウスセブン本体を落とすはずだった』ということです!」

 彼の言い分は、バルトフェルドにも理解できる。
 あれだけ巨大な物体が地球に落ちれば、直接の落下地点だけではなく、地球全土に大きな被害が及ぶのだ。それこそ、死の星となるであろう。
 地球に現在住む者すべてを巻き込む大惨事だ。自分たちは捨て石だったのか、と地球上のザフト兵たちが憤るのも無理はなかった。

(そんな作戦……議会が承認するわけないな)

 プラントは実質的にパトリック・ザラが掌握しているとはいえ、ザラの王国というわけではない。ザフトの大きな作戦は、最高評議会で可決されたものだけが遂行されている。この事件が正式な作戦であるはずがなかった。

(一部の者たちの暴走……か)

 ナチュラル全てを滅ぼさんとする者は、確かにザフトの中に存在している。
 敵である者を全て滅ぼすまで戦争は終わらないという思想。血のバレンタインの悲劇を起こしたナチュラルに対する憎悪。そうした感情が加速した結果、味方を巻き込んででも、となったのであろう。

(……と、ここまでは誰もが考えることだ。問題は……動機ではない。実行する力、だな)

 ユニウスセブンを地球に落とすために、何が必要か。装備や人員、そして、味方にも疑われることなく現場へ向かうこと。それら全てを準備できる者は、数少ない。
 だから。

「噂では……あれはパトリック・ザラの密命だった、ということです!」

 ダコスタは、そう言った。
 なるほど、ザラ議長ならば、この計画を企てるだけの力は持っている。ナチュラル殲滅という彼の主義にも一致する。
 兵たちが、この事件の首謀者としてザラの名を挙げるのも、無理はなかった。

(しかしねえ、ダコスタ君。今の戦況で……味方を巻き込むような戦略を彼がとるはずはないのだよ)

 ザフトが劣勢ならばいざ知らず、このまま戦争が続けば、勝つのはザフトだ。バルトフェルドはそう理解していたし、ザラにも判っているはずだと考えていた。
 だから噂は間違っていると思う。だが、敢えてそれを口には出さない。兵たちの間に反ザラ感情が生まれるのであれば、クライン派のバルトフェルドにとっては都合が良いからだ。

「なるほどねえ〜〜」

 と、とぼけてから、重要な話を切り出す。

「ところで……そのザラ議長閣下から、私のところに新しい命令が来ている。バルトフェルド隊は、今日で解散だ」

「解散!?」

「そうだ。レセップス、ピートリー、ヘンリー・カーターはジブラルタルの部隊に吸収合併。私は宇宙へ戻ることになった。まだ完成もしていない新造戦艦の艦長になれ、とのことだ。……ダコスタ君、きみも一緒に来るかね?」

*******************

 砂漠に位置するにしては、バナディーヤは豊かな街だ。外から訪れた者は、賑やかで平和なところだと思うかもしれない。大通りには露天商も多く、人々の流れも絶え間なかった。
 もちろん、戦争によって破壊された建物や、陥没した道路もある。だが、そうした場所は自然に裏通りと化し、そこから人々は目を背けてしまう。
 そんな街の一角に、ひときわ大きな邸宅がある。この戦争を利用して財を肥やす男、アル・ジャイリーの豪邸であった。

「しかし驚きましたよ。あなたが宇宙(そら)へお戻りになるとはねえ。『砂漠の虎』が宇宙へ……」

「僕は軍人だからねえ〜〜。命令があれば、どこへでもホイホイと行かなきゃなんないのさ〜〜」

「またまた、御冗談を……。あなたのようなしっかりとしたお人が……黙って上からの指示に従うだけということもございませんでしょう?」

 ジャイリーは知っている。くだけた口調の時ほど『虎』は油断できないのだ。
 こうしてザフトの指揮官と懇意にするアル・ジャイリーだが、彼にとってバルトフェルドは、仲間でもなければ協力者でもない。ただの顧客である。
 アル・ジャイリーは武器商人。ザフトもゲリラも両方相手にする、純粋な商人であった。

「まあレジスタンスも壊滅したようですし、あなた様のここでの御仕事も終わったということでしょうか……」

 タッシルの街が隕石でやられたという話は、ジャイリーも耳にしていた。
 レジスタンスが潰れてしまえば客が一つ減る事になるのだが、彼は気にしていない。どうせ別のグループがまたゲリラ活動を始めるだろう。バルトフェルドの帰国も同じ事だ、また次の司令官とパイプを作ればいい。ジャイリーは、その程度の認識だったのだが。

「あ〜〜、そのことだが……」

 バルトフェルドが、言いづらそうに説明する。
 彼一人がプラント本国へ帰るだけでなく、彼の部隊全体がバナディーヤから立ち去る事。タッシルが壊滅したとはいえ、レジスタンス組織そのものが潰れたわけではない事。むしろ街の生存者を吸収して、水や食料を大量に必要としている事。しかし、それを購入するだけの金はないであろう事……。

「今まで君が僕に手を貸してきた事は、周知の事実だからねえ〜〜。彼らも良い気はしてないだろうねえ……。しかも、彼らを押さえつけるザフトもいなくなるわけだ。……この意味、わかるかな?」

 ここで『虎』は、真面目な表情に変わった。

「……君も、この街から脱出したほうがいいんじゃないですかな? 今までの礼ということで、私からの最後の忠告だ」

*******************

 キラ・ヤマトは夢を見ていた。
 アスランのイージスが、半壊した四つの手脚で、キラのストライクをガシッと抱え込む。『もう逃さないわ! 私と一緒に死んで!』と言っているかのようだ。
 嫌だ。アスランは男じゃないか。僕には、そういう趣味はないよ。キラは、逃げようとした。

「逃げちゃ駄目だ! アスランを追え! やっつけろ!」

 心の中で、熱く渦巻く感情が、そう命じる。

「追っちゃ駄目だ! とにかく離れろ!」

 もう一人の自分が、冷静に落ち着いて、命令する。
 しかし、その両者の指示には、一致する部分もあった。

「まずは、ストライクのコクピットから出るんだ!」

 だから、キラは従った。ストライクを捨てて、飛び出した。
 そして……。

(ああ、これは夢なんかじゃない……。これは、現実にあったこと……。記憶の一部……)

 これが、脱出劇の一部始終だ。あの場で死なず、今、生きている理由だ。
 そう思いながら、目を開けた。

*******************

 目覚めたキラの前には、少女が一人立っていた。ラフなTシャツを着て、男のような言葉遣いをしていたが、男にしては胸が膨らみすぎていた。少年ではなく、少女だった。

「気がついたのか、おまえ」

 ぶっきらぼうではあったが、第一声は悪くなかった。状況も説明してくれた。キラは、自分が民間船に拾われたことを知った。
 しかし。

「おまえ……ストライクのパイロットだったのか!?」

 キラがガンダムを操縦していたことを知ると、彼女は、とたんに機嫌が悪くなった。キラも、彼女を見ていると、なんだか嫌な気分になった。

(なんでだろう……?)

 キラは、考えてみた。そして、判った。

(このコ……僕と似ているんだ!)

 少女は、女であるにも関わらず、キラとよく似た顔立ちをしていたのだ。
 いや『よく似た』は言いすぎかもしれない。他人が見ても気づかないかもしれない。だが自分だからこそ判ってしまうのだった。

(僕と同じ顔をした女のコ……。これじゃ、妄想のネタにも出来ないや)

 キラは自分顔の女を相手に欲情するようなナルシストではなかった。

(むこうも、僕と同じなのかな? ……似ているって思って、それで機嫌も悪くなった?)

 ガンダムのことだけではあるまい、と思った。でも『僕と同じ』ということは……彼女も男のコを想って妄想とかするんだろうか?
 馬鹿なことを考えてしまうキラであった。『僕と同じ顔』の女のコが妄想するとかしないとか、想像したくはなかった。
 だから、主体をラクスに変更してみた。ラクスは、どうなのだろう? ラクスも、誰かを想いながら……?

「ラクスは……そんなことはしない」

 そうつぶやいて、キラは再び眠りに入る。
 戦士には、まだ休息が必要であった。




(PART10に続く)

*******************

 あとがき。
 今回は第二部序章のようなもの(?)で、少し短めです。実は次回も短めなのですが。
 最後の「ラクスはそんなことはしない」、これ名言ですよね。SEEDじゃなくて続編だけど。キラじゃなくてアスランだけど。

(2011年2月21日 投稿)
    



[25880] PART10 カガリ・ユラ・アスハ
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/23 21:21
     
「こいつもパイロットなのか」

 不機嫌な女性の声がアスランの耳をうった。
 何がそんなに気にさわったのだろうという思いが、アスランの確実な思考を回復させる糸口となっていった。
 時折、男性の落ち着いた声も間に入る。明瞭には聞こえないが、かろうじて聞き取れる言葉もあった。

「SEEDを持つ者。ゆえに……」

 男が、女に説いているようだった。
 アスランは、瞳をひらいてみた。焦点の合わない輝きがゆったりと形をつくってくれる。見慣れぬライトの輝きだった。蛍光板に施された防御網は、軍用の宇宙船タイプとは異なっていた。

(民間船……か?)
 
 アスラン・ザラの意識が立ち上がった。数度、まばたきをした。ここが何処か確かめたい衝動が、アスランを身じろぎさせた。
 その時、輝きを遮るように一つの顔がアスランをのぞき込んだ。

「気がついたか」

 ぶっきらぼうな声がその唇から出た。まだ若い、アスランと同じくらいの年頃の少女だった。

「ああ」

 アスランは答えてしまった。相手がプラントの者なのかどうか、不明だというのに。

「よく眠ったようだな。おまえの体も……問題なさそうだ。凄いな、コーディネイターは」

 少女は、そう言ってアスランの眼から視線を外すと、医者を、と叫んでいた。それから、再びアスランを見つめる。

「わかるか? 私は、カガリ・ユ……いや、カガリでいい」

「カガリ? ……俺を救助してくれたのか?」

「この船で最初におまえを見つけただけさ。私も拾われた身だからな」

 カガリは、少し顔をしかめた。

「カガリ……さん? ありがとう。俺は、アスラン。ザフトのパイロットだ。また……眠くなってきた……」

「さん付けはやめろ、気持ち悪い。カガリでいい。あと、眠いなら眠った方がいいぞ」

 彼女の言葉に甘えて、アスランは再び意識を手放した。

*******************

 アスランは夢をみた。父、パトリック・ザラの夢だった。
 夢の中の父は、ユニウスセブンで働くレノアのところに同居していた。まだ血のバレンタインの悲劇が起こる前のようだった。
 母は、仕事で留守にしている。最高評議会議長の服を着た父が、見知らぬ金髪女とベッドを共にしていた。

「いやだな……父さん……。母さんにすまなくないの?」

 パイロット・スーツを着たままのアスランは、さしたる嫌悪感も持たずに父と女を見つめていた。

「それに、素肌に議長服は良くないよ。評議会が怒ると思うよ」

 父親は口元に微笑を浮かべながらも、その瞳には怒りがあった。口出しするなと言っているのだ。黙って従えと言っているのだ。

「息子の忠告はきくものだけどな。……このままじゃ、父さんはヒットラーのしっぽだよ」

 アスランは、父のベッドに背を向けて歩き出した。パイロット・スーツが重い。靴底に訛りが入っているのだ。それが、一歩歩むごとに重さを増していく。
 五歩、六歩、七……十二歩、十三歩、十……。二十三歩目に両の脚を持ち上げることが出来なくなった。その時だった。ベッドのあった方角の闇の中から、父の演説がとんできた。

『我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!』

 ベッドで吐くセリフじゃないな、相手の女の人にも失礼だろう、とアスランは思った。それに、これは父の本意ではない。よそゆきの言葉だった。

『選ばれた新たな種族コーディネイターであるはずの我々は、旧種であるナチュラルどもに屈服してはならない!』

 だんだん本音が出てきて、父も興奮してきた。ベッドの上で興奮するのは、男としては当然だ。その方が相手の女の人も喜ぶだろう、とアスランは思った。
 ベッドの女は、父とは違う男の名前を口にしていたが、父は聞いていないようだった。何も気にせず、熱弁を振るうだけだった。

『ナチュラルどもを殲滅せよ! 敵は滅ぼさねばならん!』

 そうだ、皆殺しだ。敵は全て殺すんだ。だから俺はキラを……。それ以上、アスランは考えたくなかった。だから逃げようとした。が、鉛の脚はますます重くなってくる。
 アスランは、パイロット・スーツのヘルメットを抱えていた。これが邪魔だから歩けないんだ、そう思って、ヘルメットに目を向けた。中には、なぜか母の首があった。

「!」

 慌てて放り出した。自由になった両の手で、見えない周囲を探る。温かい手があった。
 まだ小さな、子供の手。やわらかくて、なつかしくて……。

「キラ……?」

 突然、周りが明るくなった。そこは、月面都市コペルニクスの桜並木。幼き日の一場面だ。舞い落ちる花びらの中、目の前に立つ親友の姿は……。
 腐った死体となっていた。

*******************

「大丈夫か、おまえ?」

 その声に、アスランは目を開いた。アスランは、声の主の手を握りしめていた。やわらかな、あたたかい手。しかし……。
 カガリ!? キラではない! アスランの反射神経は瞬時にひらいていた。この船がどういうものか確認する間もなく再び眠りに入ってしまっていた自分を、アスランは恥じた。これでは軍人失格である。

「あ、ありがとう、カガリ。大丈夫だ」

 アスランは笑ってみせた。握っていた手を放し、両肘を注意深く立てて、上半身を起こしてみる。大丈夫、身体は普通に機能している。
 と、思う間もなく、カガリが身を屈めてきた。アスランの上半身を抱きしめる。

「よし、よし……」

 そう言って、彼女はアスランの背中をポン、ポンッと優しく叩く。
 胸に柔らかな感触が当たって、アスランは赤面した。だが彼女は意識していないのだから、自分だけ意識しては失礼だろう。アスランはそう思って、硬くならないよう努力した。相手は、無邪気な少女なのだ。

「おまえ……泣いてたぞ。恐い夢でも見たのか?」

 体を密着させたまま、耳元で囁かれた。汚れを知らぬ純真な乙女に対して、アスランは夢の内容を告げる。

「父が、女と寝ていたんです」

 カガリの手の動きが止まった。一瞬の硬直の後、バッとアスランから離れる。彼女の頬も赤くなっていた。

「ご、誤解するな! 泣いてる子は放っておいちゃいけないって……。ただ、そういうことなんだからな! これは……」

「ああ。わかっているさ……」

 アスランは、静かにつぶやいた。アスランの態度を見て、彼女も少し落ち着いたらしい。

「だけど……おまえ、おかしすぎ。そんな夢で泣いてたのか?」

「泣いてた……?」

 アスランは、ようやく気づいた。自分の頬が濡れている。

「あ、いや……。たぶん……これは夢のせいじゃなくて……」

 視界が潤み始めた。

「きっと……あいつを討ったから……。俺が……あいつを殺したから……」

「そっか……。よくわからないけど、おまえ、パイロットだもんな。戦争やってりゃ……見知らぬ他人を手にかけることもあるか……」

「違う!」

 アスランは、強く叫んでしまった。

「見知らぬ他人なんかじゃない!」

「……え?」

「あいつは……甘ったれで……いい加減で……ひとの名前も覚えられなくて……友だちの名前もすぐ忘れて……女を見る目も危なっかしくて……でも優しい……いい奴だったんだ……」

「知ってる奴……だったのか?」

「あいつは……小さい頃……ずっと友達だったんだ……仲良かった……大好きだったよ……」

「それが……なんで? なんで、そんな奴を……」

「わからない! わからないさ、俺にも! ううっ……」

 涙も言葉も止まらなかった。

「別れて……次に会った時には敵だったんだ!」

「……敵?」

「敵なんだ、今のあいつは、もう! あいつはニコルを殺した! ピアノが好きでまだ15で……それでもプラントを守るために戦ってたニコルを……」

 アスランの頭に、生前のニコルとの思い出が浮かんだ。
 ピアノ・コンサートに呼ばれて、ニコルの演奏を聴くアスラン。音楽なんて退屈だから、眠ってしまったアスラン。コンサートの後、それを指摘するニコル。じゃあ今度アスランでも楽しめる曲を書く、と言っていたニコル。でも、それは完成しないまま……。

「敵なら……もう倒すしかないじゃないか……」

 うつむいたアスランの瞳から、涙がポタポタと垂れる。
 カガリが、再び近寄ってきてアスランを抱きしめた。

「よし、よし。大丈夫、大丈夫。大丈夫だから……」

「うっ……」

 アスランの顔は、カガリの胸に埋もれていた。彼の涙が、彼女の服を湿らせた。
 女性の胸を濡らすのは失礼だ。このままでは服もシミになる。いやTシャツだから透けてしまうことを心配するべき。そんな感情が駆け巡り、アスランは、無理に顔を上げた。
 カガリの慈悲深い微笑みが、間近にあった。それを見て、アスランは思う。

(ああ、このカガリという少女の顔……。なんだかキラの面影があるような……)

 泣き止むことは難しかった。

*******************

 ケガ人ということで、アスランには個室が与えられていた。

(このような小さな客室が、いくつもあるのか……。ただの民間船では、なさそうだな?)

 医療スタッフも充実しているようで、医者や看護の者たちが丁寧に面倒を見てくれた。
 それだけではない。カガリも、頻繁に見舞いに来た。アスランを心配に思ったのだろう。

「食事を持ってきた」

「ありがとう」

「無理するな。まだ、寝ていた方がいいぞ。私に任せろ」

 カガリは、アスランが上体だけ起こすのを手伝った後、スプーンを手にした。アスランの食事トレイから、一口分すくって……。

「ほら、アーンして! アーン……」

 こうしろ、という意味なのであろう。カガリは口を大きく開けた。彼女の舌や口内粘膜が、はっきりと見える程だった。

「……え?」

 アスランは、さすがに照れくさいと感じた。だが、何を今さら、とも思った。カガリには泣き顔も見せてしまったし、おのれの涙で彼女をビショビショに濡らしてしまったのだ。その気負いもあって、抵抗せず、彼女の為すがままに任せた。
 アーンとアスランが口を開け、そこにカガリが、ゆっくりとスプーンを突っ込む。
 モグモグと咀嚼し終わった頃には、口の前に再びスプーンが来ていた。またアーンと開ける。また突っ込まれて、モグモグ、アーン、モグモグ……。

「どうだ、うまいか?」

「ああ、ありがとう」

「うん、おいしく食べられるってことは、元気になってきた証拠だ。よかったな!」

 この船の状況に関しても、カガリから教えてもらった。オーブからの追悼慰霊船団なのだという。

(オーブか……。まずいな)

 オーブは中立国ではあるが、地球の一国だ。特にアスランは、オーブがヘリオポリスで連合のためにガンダムを開発していた事も知っている。オーブは連合寄りだ、敵性国家だ、とアスランは認識していた。
 考え込んだ時間をごまかすかのように、アスランは聞き返す。

「追悼慰霊船団……?」

「ああ。血のバレンタインの悲劇では、たくさんの人が死んだからな。その一周忌ということで、ユニウスセブンまで来ていたんだ」

 オーブにはコーディネイターも住んでいるから、とカガリは説明した。ただし、国が公式に行うのではなく、この船団の代表はマルキオ導師。オーブ近海の孤島で孤児たちと共に暮らす人物だ。彼は、地球連合だけでなく、プラントからも信頼されているという。

(その情報は少し古いな。……マルキオ導師を受け入れるのは、プラントではクライン派だけだ)

 だがアスランは、口を挟まなかった。カガリの話は続く。
 カガリ自身は、元々この船団の一員ではなく、ヘリオポリスから脱出してきた身であった。救命ポッドを拾われたということだが、ヘリオポリス崩壊の現場に居合わせたアスランとしては、少し胸が痛む話でもあった。
 ふと、カガリの表情が変わる。

「そういやあ、おまえ……ザフトなんだよな?」

「ああ、そうだが……」

 ヘリオポリスの件だろうか、と思ったが、そうではなかった。

「……ってことは。おまえも、一年前のユニウスセブンで……誰か亡くしてるのか?」

 この質問は、さすがに立ち入り過ぎだ。が、こうやって素直に聞けるのもカガリの魅力の一つと思って、アスランは答えた。

「母が死んだ。血のバレンタインでは……母が死んだ」

「あ……。すまない」

 この時、アスランの表情は自然に暗くなっていたのかもしれない。
 アスランは、またカガリに抱き寄せられた。耳元で、彼女の声がする。

「もう、泣くなよ……」

 背中に触れる彼女の手の温もりを感じながら、しばらく、アスランは何も言わなかった。
 これはカガリの優しさなのだ。それに身を委ねよう。

(過去を振り返れば……。まだ母が生きていた頃は、こんなあたたかい温もりの中で目覚めた朝もあったな……。なんだか、久しぶりに軍人から少年に戻ったような気分だ。少年の日が蘇るような……)

 しかし、それは永遠に続くわけではなかった。
 彼女が体を離したところで、口を開く。

「ありがとう、カガリ。だが、あまりこういうことをするのは……」

「わかってる。誰にでも……ってわけじゃないさ」

 カガリは、少しムッとしたような表情になっていた。

「おまえだから、だ。おまえなら、こういうことしても勘違いしない、って思ったから……。それに……おまえを見てると、放っておけない気持ちになるんだ……」

 そこで何か閃いたような目をして、彼女は、自分の首にかけていたペンダントを外した。

「おまえにやる。ハウメアの護り石だ。お前、危なっかしい。まもってもらえ」

*******************

 こんな感じでカガリは、昼も夜も、アスランの部屋に入り浸っていた。

(カガリ……大丈夫か? 夜に来るのは、誤解を招くのでは……)

 アスランは少し気になったが、敢えて指摘しなかった。そうした常識がカガリに足りないことは理解できていたし、そこから、カガリの身分も推測していたからだ。

(オーブで……お嬢様育ち……。ラストネームも隠している……。五大氏族に連なる一人か?)

 オーブの正式名称は、オーブ連合首長国。国政の頂点に立つのは代表首長であるが、これは選挙で一般国民から選ばれるものではない。五大氏族と呼ばれる有力家系の族長から選ばれるのだ。

(高貴な家柄のお姫さまだというなら、それなりの教育をする側近もいるはずだ。他人の俺が口を出すことじゃない)

 アスランは、そう判断していた。
 実は、彼の推理は正しかった。カガリのフルネームは、カガリ・ユラ・アスハ。オーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハの一人娘である。血は繋がっていないのだが、彼女自身、それを知らなかった。

*******************

 追悼慰霊船団の他の艦が地球へ降下していく中、アスランの乗る艦だけは、低軌道にしばらく留まっていた。
 
「ザフトの軍人では、オーブには連れて行けないんだ……」

 カガリは、悲しそうに言った。
 アスランを移送するため、ザフトから小型シャトルが来る。横付けされたシャトルに乗り移ったアスランは、そこで、仲間のパイロットに出迎えられた。

「貴様あっ! どのつら下げて戻って来やがった!」

 顔の半分以上を包帯で覆い、杖をつきながらも、憎まれ口を叩く男。イザーク・ジュールだ。
 アスランの気持ちが切り替わる。また戦場へ戻るのだ。だから、フッと笑う。

「ストライクは討ったさ」

 静かにアスランは答えた。もう涙も出なかった。アスランは軍人なのだ。

*******************

 カガリに世話されていた間、アスランは寝たきりだった。艦内を出歩くことはなかった。そのためアスランは、同じように救助されたモビルスーツ・パイロットが別の部屋にいる事には、気づかなかった。
 カガリは、そのパイロット——キラ・ヤマト——とは、なんとなく反りが合わなかった。それが理由で、彼女はアスランの部屋にばかり入り浸っていたのだが、その対応の差が噂を生んだ。
 アスランが去った後も、艦内ではアスランの噂が飛び交っていた。

「姫さまと抱き合ってたのよ!」

「ずいぶん顔近づけてたけど……まさかキスとか、してないでしょうね?」

「あら、やだ! 姫さまのお召し物が、それも胸の辺りがグッショリ湿ってたんですけど……あれって、あの男の……!?」

 カガリの抱擁は、医者や看護の者たちに目撃されていたらしい。もちろん彼らは、遠慮して部屋には入らなかった。むしろ、一時的に立ち去る。だから、詳細は想像で脚色されてしまうのだ。

「姫さま、何か大事なものをプレゼントしたらしいわ!」

「あ、私も聞いちゃった! 姫さまが『おまえにやる』って言ってたの!」

「え、何!? 『おまえにやる』って……まさか、姫さま御自身の貞操を……?」

「まあ!? だから、あんな夜遅くに、あの男の部屋へ……!?」

 こうして噂が膨れ上がった結果。
 オーブ本国に戻った後で、この船の艦長は国の重鎮たちから叱責された。
 その際、艦長は、こう反論したという。

「姫さまがザフトのパイロットと寝るなど、あり得んことです!」

 と……。




(PART11に続く)

*******************

 あとがき。
 元ネタでは母親なので「素肌に腕章/赤十字が怒る」なのですが、ここではパトリック・ザラなので「素肌に議長服/評議会が怒る」としました。素肌に議長服、なんだかヘンタイっぽくなりました。そんな人に夜道で出会ったら恐い。
 さて、前回のPARTを書いている時には「双子は顔が似てなきゃ変だよね」って単純に思っていたのですが、今回のPARTを書いていて気がつきました。「ああ、だからアスランはカガリとカップルになるのか」と。女もすなる腐的思考といふものを男もしてみむとてするなり。今さらなのかもしれませんが、アニメ見てた時は、そういう見方してなかったので……。
 なお、今日はPART12まで一気に投稿しますので、どうか読み落しがないよう、よろしく御願いします。

(2011年2月23日 投稿)
     



[25880] PART11 前夜
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/23 21:23
   
 オーブ連合首長国は、南太平洋メラネシアに存在する島々の一部で構成されている。カグヤ島にはマスドライバー施設があり、またヘリオポリスとの定期連絡船の発着場もあったため、宇宙からの来訪者を受け入れる玄関口となっていた。
 今、そこに一人の少年が降り立つ。

「こんな形でオーブに来るなんて……」

 キラ・ヤマト少尉は、複雑な思いを抱いていた。
 彼は地球軍のモビルスーツ・パイロットであるが、国籍としてはオーブの民である。オーブの者が地球軍に入隊すると聞けば、外人部隊かと思われるかもしれない。が、キラは酒に酔って入隊したわけでもなければ、酒場で騙されたわけでもなかった。そもそも、彼は未成年である。
 ヘリオポリスの工業カレッジでOS開発の研究室に所属していた彼は、友人が書類にサインするのを見て、よく判らぬまま自分もサインしただけであった。ヘリオポリスでガンダムを造っていた関係で、地球軍がパイロットを募集していたのだが、そうした事情をキラが知るのは、かなり後になってからである。

「トールだって、戻って来たかっただろうに……」

 一緒に入隊した友人は、先日の戦闘で亡くなってしまった。ますます複雑な気持ちになる。しかし、今のキラには、感傷に浸っている暇はなかった。

「オノゴロ島のモルゲンレーテへ向かってください」

 話しかけてきたのは、マルキオ導師。キラと同じ宇宙船に乗っていた人物だ。

「モルゲンレーテへ?」

「はい。そこで、あなたの仲間が待っているそうです」

 地球軍の者がいる、という意味であろう。キラは、そう理解した。
 
「あなたはSEEDを持つ者。自分の向かうべき場所、せねばならぬこと、やがておのずと知れましょう。しかし、今はまだ、時の流れに身を任せるべきかもしれません」

 そう言って、彼は立ち去っていく。
 キラは、この人物が少し苦手だった。盲目の導師は、目が見えぬ故に他の者には見えない真理が見えるらしい。彼の前に出ると、色々と見透かされた気分になるのである。
 しかも、彼はキラを『SEEDを持つ者』と呼ぶ。言葉の意味はよく判らないが、特別扱いされている事だけは確かだ。ハルバートン将軍からスーパーコーディネイターと呼ばれた時もむず痒い気分になったものだが、それと同じである。
 自分が得体の知れぬものであるという可能性は、嬉しくない。キラは、自分をごく普通の人間だと思いたかった。

*******************

 モルゲンレーテは、オーブの国営企業である。が、本社施設内を走るエレカは、地球軍の軍用エレカと同じ物だった。

「ここも、実質は、軍の基地なのかな……」

 思えば、ヘリオポリスでガンダムを造っていたのもモルゲンレーテだ。キラにしてみれば軍の工場という感覚だったが、あれは、モルゲンレーテの施設だったのだ。

「ヘリオポリスから、ずっと一緒だったストライク……。壊れちゃったな……」

 アスランとの戦いで失った愛機を偲ぶが、後ろばかり見ているわけにはいかなかった。キラはモビルスーツ・パイロットだ。また新たな機体に乗ることになるだろう。
 マルキオ導師は、モルゲンレーテで地球軍の者が待っていると言っていた。どこかの基地からの迎えだろうか。そこで辞令を渡されて、次の任務が決まるのだろうか。アークエンジェルのみんなと——特にラクスと——合流できるのだろうか。
 キラは、とりとめもなく色々と考えながら、エレカを走らせていた。すると、遠くの建物のそばから、こちらに手を振る者たちの姿が見えてきた。

「サイ!? フレイもいる! それに……乳揺れ艦長のラミアス中尉! カタブツ軍人のバジルール中尉も、色男のフラガ中尉も、生真面目な操舵手ノイマン少尉も……。それから、モブキャラなブリッジのみなさん……。そして、愛しのラクス!!」

 キラは歓声をあげていた。あまりに率直に口に出していたが、当人達に聞こえない距離であったことは幸いである。
 なかまたち!
 この同族意識はなんという安堵感だろうか。全身の皮膚が弛緩するような無防備な感覚にとりこまれてゆく。が、これがいい。

「み、みんな……なんでここにいるの? アークエンジェルはアラスカ基地へ行ったんじゃなかったのか!?」

 キラはまだ、アークエンジェルが沈んだ事を誰からも聞かされていなかった。

*******************

「なんだよ、キラ。そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって……」

「そうよ、みなさん御無事でなにより、くらいの優等生発言してみなさいよ! なんでもござれのコーディネイター様でしょ!?」

 サイとフレイがはやしたてる。彼女の言葉は、以前ならばもっと嫌味なニュアンスだったはずだが、今は柔らかくなっていた。文字面は同じでも、口調が明らかに違う。

「みなさん、ご無事でなによりです」

 ウワッという爆笑がその場に湧き上がった。キラも声を立てて笑った。
 あまりにも芸のない社交辞令だが、これでいいのだ。この笑いは、キラにとって幸せ以外のなにものでもなかった。運命を共有できるスタッフに囲まれた安心感が、このように深いものだとは想像もしていなかった。十年一緒に暮らしたというわけではないのだが……。

「よくやってくれた、少尉。おまえが追悼慰霊団に拾われたという情報が届いた時は、歓声をあげたものだ。待っていたよ」

「キラ君の乗った船だけ、大気圏突入が遅れたから……私たちが先にオーブに着く事になっちゃって」

 フラガ中尉とラミアス中尉も、雰囲気が変わった。二人は長年連れ添った夫婦のような空気を漂わせている。

「少尉、私も嬉しいぞ」

 と、これはバジルール中尉だ。少し、ほんのわずかではあるが、前よりも体がより女っぽくなったと思い、つい口にしてしまった。

「太ったんですか? なんだか、ふっくらと……」

「失礼な! 女性に対して使う言葉ではないだろう!?」

 再び、ドッと沸いた。
 ああ、バジルール中尉も丸くなったんだな、とキラは感じた。以前は、もっとカチコチの軍人だったのだ。
 みんな変わったと思いつつ、キラは何度も一同を見渡した。パイロット仲間や上級士官がキラの近くを取り囲む中、その人壁の向こうに、ピンクの髪の少女が小さく手を振っていた。

「!」

 これだけは以前と同じだ。キラの想い描いていた通りの笑顔。
 キラが微笑を送ると、ラクスもニッコリと返してきた。おかえりなさい、とでも言ったようだったが、他のクルーの声にかき消されて聞こえなかった。

(それにしても……)

 ここでキラは、先ほどの疑問を言葉にする。

「みなさん、わざわざアラスカから僕を迎えに来てくれたんですか? アークエンジェルって……アラスカ基地へ向かったはずですよね?」

 一同の歓声が収まった。

*******************

「ヤマト少尉はまだ知らないみたいだから……まずは現状確認が必要ね」

 いつのまにか呼称が『キラ君』から『ヤマト少尉』に戻っている。
 キラは今、ラミアス中尉、バジルール中尉、フラガ中尉と共に、応接室らしき部屋でテーブルを囲んでいた。艦長と副長とモビルスーツ隊指揮官、つまり偉い人との話し合いということだ。

「アークエンジェルは……ユニウスセブンで沈んじゃったの」

「……え?」

 艦長としては今でもショックなのだろう。ラミアス中尉は、少し沈み込んだような声になった。
 だが、キラもショックだ。

(あのアークエンジェルが……沈んだ!? みんなは、ラクスは無事なの!? ……あ、今さっき会ったばかりじゃないか、うん、無事だ。名前もわからぬクルーも含めて、みんな無事だ。良かった……)

 軽いパニックになったが、そこにバジルール中尉が冷静な言葉を挟む。

「ザフトの攻撃も激しかったが、それだけではない。ユニウスセブン落下を阻止するために、自沈させざるを得なかったのだ。艦長の判断は的確だったと、私は報告書にも記載した」

「……ありがとう、ナタル。それでね、ヤマト少尉。その後、我々は……」

 なんとか全員がシャトルで脱出した事。オーブ艦クサナギに拾われた事。これから地球軍基地へ向かう事……。
 ラミアス中尉は、淡々と説明していく。フラガ中尉も、時々、口をはさんだ。

「戦艦一隻分のクルーだからな。新しい艦を寄越してもらって、それをそのまま俺たちの次の艦に出来たら手っ取り早いんだが……」

「……それは難しいの。武装した船舶のオーブ領内への侵入は事前の許可が必要で、しかも許可が下りるのに時間がかかる……ですって。オーブは中立国ですからね、少なくとも建て前では」

「で、俺が冗談めかして言ったわけよ。『では我々に、みんなでアラスカまで泳げと言われるのですか』って。そうしたら、オーブが送迎船を一隻、用意してくれる事になった。親切にも、元アークエンジェルのクルーを全員、アラスカまで送り届けてくれるそうだ」

 キラにも、おおよその事情は飲み込めた。オーブにもオーブの思惑があるのだろうが、アークエンジェルの一同にとって、悪い話ではなかろう。

「……というわけで。今度は、キラ君の話を聞きたいんですけど。特に、ユニウスセブンでの戦闘の詳細、フラガ中尉も断片的にしか見てないようだから……」

 ラミアス中尉が、キラに水を向けた。キラは、そこで忘れていた色々を思い出す。記憶の奥底に封じ込めていたものが、表に飛び出してきたのだ。
 アスランとの激突。次から次へと割り込んできたモビルスーツ。そして、105ダガー……。

「あ、あああ……。トール……」

 絞り出すような声だった。それだけで、フラガ中尉は察したらしい。

「そうか……。ケーニヒ少尉は逝ったか……」

 部屋を静寂が支配する。天井のファンが回る音だけが、妙に響いていた。
 それを見上げながら、フラガ中尉は続ける。

「あいつ……アルテミスに女がいたんだろ? それを残して先に逝くなんて……。駄目じゃないか、女を泣かせちゃあ。いったい俺から何を教わったんだ……」

 茶化したような言い方だが、空気を変えたくてやっているのだろう。キラは、そう思った。
 対照的に真面目な口調で、ラミアス中尉が再度、話題を変える。

「まあ、いいわ。それについては、後でレポートに記してちょうだい。……ところで、今フラガ中尉が口にしたアルテミスのことなんだけど……」

 これも明るい話ではなかった。
 彼女が持ち出したのは、アルテミス要塞陥落の噂だった。

「アルテミス要塞が!?」

 あそこには、ヘリオポリスの避難民も収容されていた。死んだトールの恋人ミリアリア・ハウもいたのだ。どうなったのだろうか。キラは心配になる。

「ええ。それに……第八機動艦隊も、一緒に全滅したらしいわ。ハルバートン将軍以下、全員が……」

「あくまでも噂だぞ、ヤマト少尉。まだ真偽のほどは確認されていない。ただ、そういう話があるということだ」

 バジルール中尉がつけ加える。こういう線引きはキチッとしておきたい性格なのだ。

「やったのは、クルーゼ隊らしいぜ? 俺たちも、よく生き残ったものだ……」

 フラガ中尉が、そう話を締めくくった。

*******************

 地球から遠く離れた、プラント本国アプリリウス。ここでも今、一人の若者が、その生還を喜ばれていた。

「ストライクを落としたそうだな、アスラン」

「はい、議長」

 父と子、二人だけの面談。だが、ここはプラント最高評議会議長パトリック・ザラの執務室なのだ。プライベートな場ではないとアスランは理解していた。

「イージスを失ったが……それでも、あれを仕留めたことは称賛に値する。一般にはハルバートンを葬ったという事での人気の方が大きいがな」

 アスランが撃墜した艦の一つが第八艦隊の旗艦であった事は、アスランも後で聞かされていた。

「……おまえには、ネビュラ勲章が授与されることになった。今日から、おまえは少佐だ」

「!」

「おまえだけではない。ガンダムのパイロットは全員二階級特進だ。隊を率いていたクルーゼは中佐から大佐となる。そして、おまえはクルーゼ隊から独立してもらう」

「……えっ!?」

 勲章や昇進の話よりも、激しく驚いてしまった。

「……そう驚く事もあるまい。クルーゼには地球に降りてもらうが、おまえたち三人のガンダム・パイロットには、他の任務があるのだ。ザフト製ガンダムのテスト・パイロットだよ」

 既に二機の新型モビルスーツがロールアウトしており、そのパイロットにアスランとイザークが内定しているそうだ。ディアッカには新型は与えられないが、いまだバスターは健在。それに新型はバスターとは異なるタイプだ。新型のテストや模擬戦の相手に、バスターは、ちょうど良いのだろう。

「エザリア・ジュールが煩かったからな、息子を後方へ回せ、と。今回の任務で大きなケガも負ったようだし、療養がてらと思えば、良い機会だろう。おまえだって、少しはゆっくりできる……」

 半ば冗談のように語るパトリック・ザラ。しかし父の言葉を聞きながら、アスランは別の事を考えていた。

(ザフト製のガンダムが……もう完成したのか!? 早い、早すぎる!)

 アスランたちが手に入れた四機のガンダム。そのデータを元にして造られたにしては、時期が合わないのだ。

(もしかすると……。俺たちが強奪する前に……すでに、ある程度の機体情報だけは入手していたのか!?)

 そう考えれば辻褄は合うが、アスランは、少し悲しくなった。
 ガンダム奪取作戦では、赤服の一人ラスティが死んでいる。その後も、アークエンジェルを追う間に、何人もの仲間が戦死した。その中には、ニコルも……。そして、アスランはキラを——かつての親友キラを——討ったのだ。
 それらが全て無駄だった、というわけではないだろう。そこで得られた戦闘データも、ザフト製ガンダム開発に有用されたのだろう。
 だが、それでも。父の手のひらの上で踊らされた気になってしまう。

(くっ!)
 
 アスランは、気持ちを顔に出さないよう努力する。
 キラの事は——ストライクのパイロットと面識があった事は——、報告書には記さなかった。クルーゼには知られたようだが、なぜか彼も、知らないフリを続けていた。

(今は……この場に集中しろ。父の……いや、ザラ議長閣下の話に耳を傾けろ。俺は……ザフト軍人だ)

 アスランの自制を知ってか知らずか。パトリック・ザラは、話を続ける。

「……というわけで、おまえを隊長として、ザラ隊の設立だ。しばらくは後方勤務だが、しっかりと隊の錬度を高めておけよ」

「はい、了解です……」

「おもえも聞いておろうが、地球の様々な場所に隕石が落下した。その混乱に乗じて、これまでで最大規模の地上侵攻作戦が予定されている。そこには、ザラ隊も参加してもらうぞ」

 わずかであるが、パトリック・ザラの口元に笑いが浮かんだ。それを見て、アスランはピンときた。

(隕石落下事件……! やはり、あれは……父の差し金か!? 父が……ユニウスセブンを!?)

 結果的には断片のみが落下したが、ユニウスセブン全体を落とそうとした者がいたのである。実行犯からは、パトリック・ザラの名前も聞かされていた。今の父の表情を見て、アスランが誤解するのも仕方がなかった。
 そう、誤解だ。アスランの頭に浮かんだ考えは、正解ではなかった。パトリック・ザラの命令は、実行部隊には歪められて伝わっていたのだ。だが、その歪曲を知らぬ者の目には、パトリック・ザラが恐るべき計画の黒幕に見えてしまった。
 パトリック・ザラは、アスランの胸の内の疑念を知らない。また、地球上の一部のザフト兵が同じ疑いを抱いている事も知らない。だから、平然と話を続ける。

「もっとも、地上部隊の再編もあるし、議会にも通さねばならん。かなり先の話になるかもしれんが……」

 ザフトは領土拡大戦をやっているわけではない。局地戦は些事なのだ、などと地球の部隊の現状に関して述べているが、これは半ば雑談のようなものだろう。アスランは、聞き流していた。

「……おお、そうだ! 言い忘れていたが、ザラ隊の母艦は、現在建造中だ。ガンダム運用艦として、連合のアークエンジェル以上に専用装備を施された最新鋭艦となろう。艦長には、アンドリュー・バルトフェルド大尉を予定している」

「アンドリュー・バルトフェルド!?」

 知った名前が出てきて、アスランは聞き返してしまった。

「そうだ。クライン派だから出世はできんが、奴の戦歴は確かだ。おまえを補佐してくれるだろう」

 父が敢えて『クライン派』という言葉を出したことで、アスランは理解した。
 能力はあっても、大きな部隊を預けるわけにはいかない人物。父はバルトフェルドをそう判断しているのだ。だから彼の上にアスランを置いた。今の父の言葉は、クライン派のバルトフェルドを押さえつけて上手く利用しろという、言外の命令なのだ。

(クライン……。ラクス・クライン……)

 アスランが最後にバルトフェルドと会ったのは、ラクス・クラインを地球へ逃した時だ。当然のように、彼女の名前が頭に浮かぶ。とはいえ、アスランは、ラクスについては深く考えなかった。今は戦争中であり、他に考えねばならぬ事、やらねばならぬ事がたくさんあるのだ。アスランは、頭を切りかえてしまう。
 しかし、ラクス・クラインは、アスランの戦争とも無関係ではない。ユニウスセブンでのキラとの激突においても、キラの激情はラクスに起因していたのだが、それをアスランが知る由もなかった。

*******************

「プロト・タイプを流用したからといって、とりあえずのシロモノと思ってもらっては困るわ。量産型のダガーやM1アストレイとは、基礎が違うんですから」

 モルゲンレーテ社のモビルスーツ設計技師、エリカ・シモンズ博士は、妙齢の美人であった。これで一児の母だというのだから、驚かされる。
 キラは、今、工場の再奥部へ連れて来られていた。ラミアス中尉たちとの話し合いが終わり、すぐにオーブ艦に乗せられるのかと思ったら、まずはモビルスーツを、と言われたのだ。

「モビルスーツなしでアラスカ基地まで行くのも不安でしょ? オーブが機体をくれるそうよ」

「名目上は『貸してくれる』だけどな。……ま、オーブとしても護衛に自軍のモビルスーツを出すほどパイロットの余裕はない。だが俺たちに機体を与えれば、俺たちがオーブのモビルスーツを実戦でテストしてくれる……ってことさ」

 それが、ラミアス中尉とフラガ中尉の説明だった。なるほど、キラたち実戦経験のあるパイロットが乗れば、さぞや有益なデータが得られる事だろう。
 既にフラガ中尉やサイ、フレイのためのモビルスーツは積み込まれており、キラの機体だけが、工場にあるという。そこで来てみたところ……。

「ストライクだ……!」

 キラのために用意されていたのは、ガンダムだったのだ。

「プロト・タイプって……どういうことなんですか? 僕が使っていた機体と同じに見えますが……?」

「テストでかなりいじめられた機体だわ。だから、実戦には出さずに、儀礼用の機体として、こちらで保管していたんですけど……」

「儀礼用?」

 と、キラが聞き返した時。
 一人の少女が叫びながら駆け込んできた。

「これは、私の機体だ!」

 キラにも見覚えある人物、カガリである。

「まあ、そんなことをおっしゃらずに。カガリ様には、新しい機体アカツキを作って差し上げますから……」

 シモンズ博士がなだめているが、キラには意味が判らない。まだキラは知らなかったのだ、カガリがオーブの姫であると。

「ほら、見ろ!」

 カガリが何か指示したらしい。突然、ストライクのフェイズシフトがONになり、本来の色を取り戻した。
 確かに、以前のストライクとは違う。
 キラは目を輝かせて、叫んでいた。

「ピンクだ! ……ストライクピンクだ!」

*******************

 カガリとシモンズ博士が、ほぼ同時にツッコミを入れた。

「ふざけるな、これはストライクルージュだ!」

「ピンクじゃなくてルージュよ……」

 しかし、キラの耳には入らなかった。

「ストライクピンク! ストライクピンク!」

 と、子供のように騒いでいる。
 従来のストライクは、白・青・赤の三色を基本としていた。その赤かった部分がピンクとなり、青かった部分は赤くなった。白かった部分も、微妙に色が変わっている。完全な白色ではなく、非常に薄いピンクとなっていた。
 どう見てもピンクです、ありがとうございました。今度のガンダムのイメージ・カラーはピンクです。キラは歓喜した。

(愛しのストライクと! 愛しのラクスと! どっちもピンク!)

 幼い頃『ピンパツさん』というアダ名をつけていたように、キラにとって、ピンクと言えばラクス。ラクスと言えばピンク。
 大好きなストライクと大好きなラクスとが、一つに重なった瞬間であった。これでもう、両方好きでも浮気ではない!

(わーい!)

 キラは走り出した。コクピットへの通路を駆け上がって、ストライクピンクに乗り込む。

(ああ、なんて幸せなんだ……。まるで、ラクスの中に包みこまれているかのようだ……。まだ経験ないけど、きっと、こんな感じ……)

 コクピットは、モビルスーツの腹部に存在している。位置が位置なだけに、キラが色々と妄想してしまうのも、仕方がなかった。しかし、第三者から見れば——特に若い女性から見れば——、現在のキラの表情は、気持ち悪い事この上ない。

「そこでそんな顔するな! ……これだから、私は、おまえが嫌いなのだ」

 カガリは、プンスカ怒ったような顔で、その場を立ち去った。
 離れるわけにもいかぬシモンズ博士は、下からキラに声をかける。

「変なことしちゃ駄目よ〜〜! コクピット汚さないでね〜〜!」

 この時、シモンズ博士は胸の内で嘆いていた。

「男のコって……みんな、こうなのかしら? うちのリュウタも将来は、こうなっちゃうのかしら?」

 と。
 シモンズ博士は、息子を持つ母親なのである。

*******************

「バッテリーパックは、新開発の大容量のものに変わっているわ。これで活動時間が大幅に延長されるはずです」

 キラが少し落ち着いたところで、シモンズ博士は、改良点を説明し始めた。

「エネルギー変換効率がアップしたことで、フェイズシフトへ回す電力も増えたから、防御力も向上しました。なお、フェイズシフトの色が一新されたのも、その副次効果です。装甲起動色が赤主体となったことから、この機体を私たちはストライクルージュと呼び……」

「ストライクピンクですね」

「……え? いや、だから、ルージュ……」

「ピンク。ストライクピンク」

「……。もういいわ、ストライクピンク、で」

 シモンズ博士は根負けした。なぜかキラがピンクに拘りがあるのは、先刻まざまざと見せつけられている。下手に応酬して再びキラを興奮させても大変である。

「……えーっと。あと話しておくことは……マグネット・コーティングね」

「マグネット・コーティング……?」

「要は油ね。でも、これ、あなたのために急遽用意したのよ。あなたの戦闘データを見て、機体の反応速度を上げた方がいいと思ったから」

 アークエンジェルとクサナギがモビルスーツ演習を行った際のデータは、シモンズの元へ届けられている。また、ユニウスセブンでキラを救助する際、大破したストライクのコクピットから、データ・ボックスも回収されていた。ほとんどのデータは駄目になっていたが、少しは復元できたのだ。

「あらゆる駆動系の接点にプラス・マイナスの反発しあう磁気を塗り込んだ事で、機械的な摩擦は皆無となりました。動力伝達の機械的干渉がなくなったのです。……まあ、論より証拠、動かしてごらんなさい」

 シモンズ博士に促され、キラはストライクピンクを始動させる。カチャカチャとキーボードを叩いてOSを自分用にインストールし直した後、まずは右腕をコントロールするレバーを前方へ倒していった。

 グン!

 ガンダムの右腕が動く。そのスピードは、前の型に比べて圧倒的であった。

*******************

「お、おい! 見ろよ、マグネット・コーティングの威力だ!」

 工場には、整備のメカニックたちもいた。実際に油を塗り込む作業に従事した者もいる。彼らは、キラのガンダムの挙動に注目していた。
 モルゲンレーテの者ばかりではない。この頃には、キラが遅いので様子を見ようと、アークエンジェルのクルーの一部も工場まで来ていた。その中には、ラクス・クラインの姿もあった。

「あら〜〜まあ〜〜!」

「おっ!」

「すげえ!」

 人々は一斉に声を発した。
 いったん右手を口の部分に近づけたストライクが、パッと腕を伸ばしたのだ。それは、投げキッスの仕草であった。
 人間ではない。それゆえに、身のこなしは人間のように滑らかであろうはずはなかった。が、その動作は、かつての機体や量産型では考えられない動きであった。
 
「ところで……今のは誰に向けての投げキッスなんだ?」

「さあ? やっぱモビルスーツなんだし、モビルスーツが相手なんじゃね?」
 
 正解を口にする者は、一人もいなかった。

*******************

(ああ、ラクス……)

 ストライクピンクのコクピットからも、ラクスが来たのは判った。だからこそ、キラは投げキッスをしてみせたのだ。
 意味が伝わったのかどうか、明らかではなかった。ラクスは、いつものように笑顔を見せるだけだ。
 その髪が、瞳が、頬が、唇が。
 ピンクのモビルスーツに乗る少年の心を刺激する。

(今夜、誘おう)

 キラ・ヤマトの率直な欲望であった。




(PART12に続く)

*******************

 あとがき。
 キラとアスランのキャラを対照的に描こうとしたら、こうなった。
 ……いや、キラをこういう性格に設定したのも、全ては次章のため。そういう場面が唐突に出てきても違和感がないように、という遠大な伏線だったのだよ! なんだって! と、今さら驚く読者もおられないかもしれませんが。半分は冗談、半分は本気です。
 今日は三話まとめて投稿しますので、そのPART12は、この後すぐ!

(2011年2月23日 投稿)
   



[25880] PART12 人たち
Name: よむだけのひと◆397a1e58 ID:810debff
Date: 2011/02/23 21:24
    
「よくもやってくれたものだな、クルーゼ」

 プラント最高評議会議長の執務室に入ったラウ・ル・クルーゼは、最初に、そう言われた。
 計画をねじ曲げた事が露呈したのかと、一瞬、思った。が、続く言葉で、その心配は打ち消された。

「おまえが部下の暴走を止められなかったとは、な……」

 クルーゼの力量不足を責めているだけだ。

「おかげで、アラスカ基地は無傷で残ってしまった。別の作戦が必要になったわ。評議会の承認を要する正式な作戦が……!」

「申しわけありません。私も、まさか彼らがユニウスセブン全体を落とそうとするとは……」

 クルーゼは、話を合わせる。報告書には、実行部隊が独断でやった事として記載していた。パトリック・ザラが鵜呑みにしたとも思えないが、とりあえずは、その路線で行くしかなかった。

「フン、まあ、よいわ。それでユニウスセブンが地球に落ちでもしたら、さすがに私も驚いただろうが……。それは連合軍が止めてくれた。虎の子のアークエンジェルを潰してまで……な」

「はい。あの騒ぎに乗じて足つきを落とせたのは、不幸中の幸いでした」

 ザラの言い方では、まるで、アークエンジェル撃沈はクルーゼ隊の手柄ではないかのようだ。一応、クルーゼは、自分たちが落としたのだと主張しておく。が、ザラは、これをスルーした。
 
「当初の予定とは違ってしまったが、今、隕石落下で地上は混乱している。この隙に……アラスカ基地を叩く! 名付けて、オペレーション・スピットブレイク!」

 ザラの語気が強まったが、それも一瞬。すぐに、静かな口調に戻った。

「……ただし、評議会には反対する者もおろう。頭を潰した方が戦いは早く終わるというのに、それが判らん連中がおるのだ! ……まあ、そちらには、パナマ攻略ということで話を通すつもりだ。ザフト兵にも、直前まで攻撃目標は伏せておけば良かろう」

 あっさりと秘密をもらすパトリック・ザラ。
 これだ、この態度が怪しい。クルーゼは、そう思ってしまう。素直に受け取るのであれば、それだけ厚く信頼しているのだという意味か。だがパトリック・ザラの話を馬鹿正直に受け入れるほど、クルーゼは単純ではなかった。

(フフフ……。パトリック・ザラ、その真意は読めぬが……せいぜい利用させてもらおう!)

 仮面の下に野望を隠すクルーゼに対して、ザラは、話を続けていた。

「オペレーション・スピットブレイクの指揮は、おまえに任せるつもりだ。今度は……先日のような失態、するなよ?」

「は。必ず……」

*******************

 議長室を辞したクルーゼは、廊下を歩きながら考える。

(正式な作戦でアラスカ基地を叩くのか……)

 アラスカにあるのは、地球連合軍の統合最高司令部。ジョシュア(Joint Supreme Headquarters-Alaska)とも呼ばれている。故ハルバートン将軍の『ザフトに兵なし』の演説も、ここから放送されたものだ。

(あそこが壊滅すれば……地球軍の負けだな)

 もちろん、地球軍は宇宙にも戦力を保持している。アルテミス要塞も第八艦隊もクルーゼ隊が潰してしまったが、月のプトレマイオス基地は健在だ。

(月の地球軍……。そちらにも、議長閣下は何か手を打っているのではないか?)

 クルーゼは思う。パトリック・ザラが、何もかも明け透けに話しているはずはない、と。自分に地球侵攻を任せるのであれば、その裏で宇宙戦に備えた別計画を策動しているに違いない、と。
 そして、月面基地に思いを馳せたことで、今は亡きエンディミオン基地が頭に浮かぶ。月面におけるグリマルディ戦線では、連合軍がマイクロ波発生装置『サイクロプス』を暴走させることで基地ごとザフト艦隊を爆破させた。自軍も巻き込む形で。

(あれは……面白かったな……)

 戦争の勝利ではなく人類滅亡を望むクルーゼにとって、両軍を巻き込む自滅というのは、理想的な結果であった。連合が勝ってはいけないが、ザフトが優勢になってもいけないのだ。

(サイクロプス……。アラスカにも、あるかな?)

 オペレーション・スピットブレイクを、どう利用するか。これから色々と考えることになるであろう。
 ユニウスセブンでは、アークエンジェルの介入で失敗してしまった。あの艦もストライクもクルーゼ隊が落とした事は、ザフト軍人としては手柄となったのだが……。
 いや、それよりも。
 ユニウスセブンの事件で一番興味深かったのは、ストライクのパイロットを知った事だ。

(アスランの昔の友人……か)

 もちろん、報告書には記さなかった。まだ、身元の詳細は不明なのだ。クルーゼは、何も聞かなかったという態度を貫いている。
 あのパイロット自身は既に亡くなった——とクルーゼは思っていた——が、その正体に関して、もう少し調べるつもりだった。あれはただの平凡なパイロットではない、とクルーゼの勘が告げていたのである。
 こうしてクルーゼに興味を持たれたキラ・ヤマトであったが、彼は、その頃……。

*******************

 青く輝く海原を、一隻のオーブ艦がゆく。
 巨大な波を蹴立てながら進むそれは、空母『タケミカズチ』。宇宙空母ではない、正真正銘の海洋空母である。宇宙空母で海を航行するのでは、途中で旅が打ち切られそうで不吉である。
 色こそ青くないものの、それは、さながらノアの方舟であった。旧約聖書において大洪水を生き延びた全ての地球の生物を乗せていたように、タケミカズチは、アークエンジェルの全生存者を運んでいた。また、ノアの方舟に乗せられた動物が番い(つがい)だったように、タケミカズチの乗客の中にも多くのカップルやカップル候補が含まれていた。
 そうした男女の一組が、今、甲板で青空を見上げている。

「平和だなあ……」

「平和ですね〜〜」

 キラ・ヤマトとラクス・クラインである。
 
「不思議だな……。なんで僕は……ここにいるんだろう……」

「キラは、どこに居たいのですか?」

 少年のつぶやきに、隣の少女が小首を傾げた。

「あ……。いや、そういう意味じゃなくて……」

 キラは、具体的な場所の話をしたわけではなかった。
 アークエンジェルのクルーは、ここタケミカズチでは完全な御客様扱いである。特に仕事はない。だから、こうしてボーッとしていられるのだ。
 どこまでも広がる青い海の上で穏やかな時を過ごしていると、まるで戦争など嘘のようだ。それをキラは『不思議』と言ったのだが。

「ここは、お嫌いですか?」

 ラクスは、違う意味でとらえたらしい。キョトンとした顔をしている。
 今いる場所の話をするのであれば、キラは当然、ここが気に入っていた。甲板に出ているのは気持ちがいいし、ラクスと二人きりなのも幸せだ。

「ここに居て……いいのかな?」

 とりあえず、そう答えた。
 キラは、ラクスと示し合わせて来たわけではない。一人で海を見ていたら、偶然ラクスがやってきて、キラの隣に座ったのだ。だから、この時間がいつまでも続くという保証はなかった。

「私は『もちろん』とお答えしますけど」

「……ありがとう」

 ラクスの笑顔に、キラの表情も緩んだ。
 そして、少年と少女は、再び空を見上げる。

*******************

 出航の前には『今夜誘おう』と決心したキラだったが、いまだ、それを実行してはいなかった。こうして二人きりになれたのは、ある意味、チャンスなのかもしれない。
 だが。

(不思議だ……。本当に、不思議だ……)

 視線を隣に移したキラは、あらためてそう思う。
 青い景色をバックに、静かな横顔を眺めていると、気持ちが落ち着くのだ。
 興奮するのではなく、むしろ昂る欲情も鎮まってしまう。そうした考えを抱く事すら不敬に思えた。

「どうかしましたか? 私の顔に……何か、ついてます?」

 見つめる時間が長過ぎたようだ。

「あ、ごめん。ただ……きれいだな、って思って……」

 深く考えずに、スーッと口から出ていた。

「あら〜〜まあ〜〜! キラったら、御上手……」

「え? ……いや、そんなんじゃなくて、別に口説こうとか、そういうんじゃ……」

「大丈夫です、わかってますわ」

 ひとしきり笑った後、ラクスは、再び青空に視線を向けた。

「本当に……平和ですね。まるで宇宙での出来事が嘘のように……」

「うん」

 ああ、ラクスも僕と同じ事を思っていたんだ。キラは少し嬉しくなった。
 しかし。

「あの時……。私、みなさんより……一足お先に、一人乗りシャトルで飛び出したんです」

「……?」

 ラクスが何を言い出したのか、最初、キラには判らなかった。

「艦を自爆させるから、最低限のスタッフ以外は先に退艦せよ、って命令が出て。私、通信兵がどちらなのか、わからなかったのですけれど……。でも良い機会だと思って」

 キラがユニウスセブンで戦っていた頃の、アークエンジェルの話だ。脱出劇について語り出したのだと、キラも理解する。

「一人でユニウスセブンへ向かうつもりだったのです。でも……さすがに、無理でした。結果的には、先に出ていた私が……ブリッジの通信席でも戦況を聞いていた私が、あとから脱出して来た皆さんを先導する形になって。特に怒られる事もありませんでしたわ」

「え……?」

 キラには全く想像できないことだった。敵前逃亡と言っては言い過ぎだが、それに近い行為だ。それに、一人でユニウスセブンへ向かうつもりだった……とは?
 言葉にならないキラの疑問に答えるかのように。ラクスは、キラの方を向いて言った。

「戦場で会って、説得したい人がいるのです。私の昔の婚約者、アスラン・ザラ……。たしか以前にも、アスランのお話、しましたわね?」

 キラの幸福感が、吹き飛んだ。

*******************

(ア……アスラン!)

 キラは、あの時、アスランと殺し合った。アスランが障壁として立ちはだかる限りラクスとは結ばれない、アスランを倒さなければラクスは手の届かない場所へ行ってしまう、そう思ったからだ。そして……それは正しかったのだ!

(アスラン! 時空を超えて、君は一体何度……僕たちの間に立ち挟まってくるというのだ! アスラン・ザラ!!)

 キラの動揺は、あからさまに顔に出てしまった。ラクスが、心配そうに覗き込む。

「キラ……? 大丈夫ですか?」

「ア……アスランは……」

「もしかして……アスランを御存知なのですか?」

 冷や水を浴びせられたような気分になり、キラは、かえって落ち着いた。

(どうする……?)

 アスランのことを正直に言うべきか否か。元婚約者など、ラクスから遠ざけておきたいのだが……。

(いや……包み隠さず、全部言おう)

 キラは思った。キラとラクスの間にある絆は、ラクスの個人的な秘密。二人だけの秘密を共有し、それが二人を結びつけているのだ。隠し事をしてはいけない。

「アスランは……幼年学校時代に……とても仲の良かった友達なんだ……」

「まあ〜〜!」

 驚きの声をあげた後。

「あら〜〜? でも……この前アスランの御名前を出した時には、キラは……」

 人さし指を顎に当てて、虚空を見上げながら考え込むような素振りをするラクス。

「え……? あ、違うんだ、あの時は、別に隠していたわけじゃなくて……」

 誤解されたくない、とキラは思った。だが、名前を忘れていた、とも言いにくかった。『とても仲の良かった友達』と言っておきながら『忘れていた』では、薄情に聞こえてしまう。
 そんな慌てるキラに向かって、ラクスが微笑む。

「大丈夫ですわ、わかりましたから。御名前だけ忘れていたのでしょう? キラは、お顔は覚えていても名前は忘れてしまうのですね。……私のこともそうでしたでしょう、ですから、それがあなたなのだと私は理解していますわ」

「!」

 キラは感激した。まるで稲妻にズバッと打たれたかのような衝撃だった。

(凄い……! ラクスは、こんなにも僕を理解してくれている! 世界で一番だ!!)

 チッチッチッ、実は名前云々に関してはラクスは二番目、アスランこそ一番キラを理解しているのだが、それをキラは知らなかった。

「……でも。名前を思い出したということは、キラは最近、アスランと会ったのですね?」

 それまでボケボケふわふわしていた少女が突然真理を見透かすような発言をしたら、普通ならば『ラクス豹変!』となったかもしれない。しかしキラは『こんなにも僕を理解してくれている』と解釈したため、何の違和感もなく受け入れていた。

「……うん」

 ユニウスセブンでの激闘。お互いに殺し合った。いや互い自身だけでなく、互いの友人も……。
 キラの体が震え、いつのまにか頬には涙が伝わっていた。

「いいのですよ、思い出さなくても。……聞いた私が悪かったのです、ごめんなさいね」

 ラクスが手を伸ばしてきた。彼女はキラの両手を重ね合わせ、ラクス自身の両手で包み込む。
 ラクスの慈愛が、キラの中に流れ込んできた。キラの心に、そして全身に広がっていく。キラの涙を、スーッと消してしまう。
 ありふれた優しさではなかった。だから二人は、さらに近づく。

「……キラ」

「ラクス……?」

 ラクスの顔が、キラに迫った。その目は閉じられ、わずかに顎を上げ、心持ち唇を突き出すようにして……。
 二人の距離は、ついにゼロになった。
 その時。

「ああ、熱いなあ。やっぱ地球の海は違うよなあ」

「そうよね、南の海ですもんね。でも……他にも理由があるんじゃないかしら?」

*******************

 やってきたのは、サイとフレイ。二人で腕を組んだまま、フレイはキラたちに声をかける。

「キラも、やるわね〜〜。いつから二人は、そんな関係に〜〜?」

 ニヤニヤしている。女のコは、この手の話題が好きなのだろう。

「え? いや、別に……」

 キラは上手く答えられない。すでにラクスは身を引いており、一瞬の唇の感触も幻だったかとキラには思えた。ただし、まだラクスの手はキラの上にのせられており、温かい感情は繋がったままだ。
 フレイは、キラの反応を見てクスクスと笑ってから、反対側へ回った。キラには聞こえないように、ラクスの耳元で何か囁いている。ラクスの顔がポンッと赤くなった。

(何を言われたんだろう……?)

 不思議がるキラに、サイが話しかける。

「今しか羽根のばせないのは判るけど……ほどほどにしておけよ。俺たち、モビルスーツ・パイロットなんだから。一応、敵が来た時のために、モビルスーツに乗れる体力は残しておかないと……」

 おまえが言うな。ツッコミを入れようとしたキラだが、その前に。

「邪魔しちゃ悪いから、私たちは他の場所に行きましょう?」

「ああ。じゃあな、キラ!」

 サイがフレイに引っ張られる形で、二人は去っていった。

(なんだったんだ、いったい……)

 呆れてしまうが、いなくなった二人は、どうでもいい。問題はラクスだ。

「あら〜〜まあ〜〜どうしましょう……」

 風邪でもひいたかのような赤い顔で、オロオロとしているのだ。

「ラクス……? どうしたの……? 大丈夫……?」

 キラの言葉を聞いて、少しは気持ちも鎮まったらしい。ラクスは、説明し始めた。

「こう言われましたの、『ゆうべはお楽しみでしたか』って。私が否定したら『では今夜はお楽しみですね』って」

 おい。心の中でツッコミを入れたくなるが、まだ続きがあった。

「私たち、まだ、そんな関係じゃないのに……」

 ラクスは、自分の発言の意味に気づいているのだろうか。『まだ』というのは、今後に含みを持たせる言葉である。キラは、期待してしまう。
 すると。

「それとも……。私たちも、もう、そんな関係になってもよろしいのでしょうか? そういうことは結婚してからだ、って昔は教わりましたが……。周りの皆さんを見ていると、私の認識は間違っていたかもしれない、って思って……」

 うつむいてしまったので、ラクスの表情は、キラには判らない。ラクスの声も、細々と消え入った。
 しかし。
 いつのまにか、ラクスの手から伝わる温もりは、熱に変わっていた。

*******************

 そして。
 その夜……。

*******************

 女性の肌が温かいのは幸せだとキラは思う。ラクスの……いや、これ以上は書けない。ひどく惜しいことだと思うのだが、ここはXXX板ではないのだ。

(ラクスの胸って小さいのだな……)

 彼女の寝顔や顔以外を眺めながら、キラは、今夜の体験を頭の中で反芻していた。
 女って恐いんだなというのが、実感である。驚くほどしなやかなラクスの肢体にのまれたキラは、ただあしらわれた。だが、だからといって不服な気分にはならなかった。
 肌と肌とを重ね合わせる中、まるでキラをリードするかのように、ラクスは言ったのだった。

「想いだけでも……力だけでも駄目なのです」

 キラの『想い』。感情、気持ち、心……。ただただ感情に従って、ラクスへの気持ちを己の体で示そうと、心の赴くまま彼女の全てを愛でた。それが、テクニックなど持たぬキラのやり方であった。
 キラの『力』。パワー。言うまでもなく、キラはフルパワーで頑張った。それは、キラ自身のパワーをラクスの心の奥底まで注ぎ込むかのような、激しい勢いであった。
 その両方が重なった時、キラとラクスの感覚も重なったのだ。キラは、そう感じていた。

(他にも……ラクスは、色々な言葉を口にしたな……。いや、ラクスが口にしたのは言葉だけじゃなかったけど……)

 そう、『口にした』という表現は真逆の意味を含むのだ。言葉を口から出すときも、逆に何かを口に含むときも……。
 うつろう思索と共に、キラの瞼が重くなっていく。目を閉じて、ラクスの印象的な言葉を回想する。

「キラの剣……。私へ……舞い降りる剣……」

「ずっとこのまま……こうして……。それで良いですわ……」

「キラの願いどおりに……イきたいと望む場所に……」

 状況が異なれば違う意味になっていたかもしれない言葉の数々。しかしキラの思考は、そこまで行き着かなかった。キラも、心地良い疲れとラクスの穏やかな体温の中で、いつしか寝入っていったのだ。

*******************

 少しばかりのまどろみの後、ラクスの忍び泣く声が、キラの意識を目覚めさせた。

「ラクス……?」

 枕に顔をうずめて、ラクスが肩を震わせていた。

「ご、ごめんなさい……キラ……」

 かすかにそう言ったらしかった。が、泣き声はやむことがなかった。
 キラは恐る恐る彼女の背中に手を回した。その瞬間だった。パッと身をひるがえしたラクスはベッドから降りるや、何も着けずにシャワールームへとびこんでいった。
 風のような素早さ。常夜灯の薄闇の中、白い肢体とピンクの髪が一瞬踊り、消えた。

「!?」

 キラは起き上がっていた。所在ないキラにはすることがなかった。今ラクスが飛び出していったベッドの跡が温かかった。
 激しいシャワー音が続く。きっと力一杯シャワーを浴びているのだろう。

(わからない……)

 こういう場合の女性心理など、キラに理解できるはずもなかった。

(あんなに一緒の感覚だったのに……行為後は、もう違う気持ち?)

 せめて月明かりの下ならば静かに眠って待つのも風情があるかもしれないが、常夜灯の下では、それも嫌だった。
 しかし心配するまでもなく、すぐにシャワーの音もやんだ。
 シャワールームのドアが開いて、バスタオルを体に巻いたラクスが出てきた。真っすぐに、キラの前に立った。

「?」

「私……きれいですか?」

「はい、もちろん。……好きですよ」

「ありがとう、キラ」

 ラクスはキラの傍らに座って、彼にもたれかかった。
 シャワーの直後だからであろうか、ラクスの体は熱を持っていた。ただ浴びただけだったようで、シャンプーや石鹸の香りがするわけでもない。体臭やフェロモンは洗い流されているだろうに、それでもキラは、良い匂いがすると感じていた。

「私も……初めてだったんです」

 ポツリとラクスがつぶやく。
 何を今さら、とキラは思った。それは行為の最中にも、お互い、言葉にしたではないか。

「こうしてキラと結ばれて……。キラが初めての相手で……幸せなはずなのに……。いいえ本当に、幸せだと感じているのですが……」

 ラクスは複雑な表情をしていた。口元は微笑んでいるようにも見えたが、その瞳には微かな涙が浮かんでいた。

(ああ、ラクス! こういう時どんな顔をすればいいのか判らないんだね? ……笑えばいいと思うよ)

 キラがそれを口にすることはなかった。
 ラクスがキラの方に向き直り、その拍子にバスタオルがハラリと落ちたのだ。その中身にキラが視線を向けるよりも早く、ラクスはキラに抱きついてきた。

(ラ、ラクス!? あ、あたってるよ!?)

 すでに一線を越えた者同士、それこそ『今さら』ではあるが、キラは興奮した。いや、経験したからこそ、生々しく思い出されてしまって、かえって興奮が高まったのかもしれない。
 当然ではあるが、ラクスは『あててんのよ』なんて言うようなキャラではなかった。代わりにラクスが発した言葉は……。

「ねえ、キラ……」

「……な、何?」

「もう一度……抱いてくださらない?」

 若い二人の夜は長い。




(PART13に続く)

*******************

 あとがき。
 PART10からPART12まで一気に投稿しました。PART10とPART11も読み飛ばさないでくださいね!
 特に、キラとラクスよりもアスランとカガリが好きな方々は、どうぞPART10で御楽しみください。
 さて、今回は何といっても……舞い降りる剣!

「想いだけでも……力だけでも駄目なのです。だから……。
 キラの願いに、イきたいと望む場所に、これは不要ですか?」

 少し表記を変えただけで、あの名台詞も台無しに。この場合の『これ』って何だろう?
 さてさて。元ネタ小説を御存知の方は『女性の肌が温かいのは幸せだとキラは思う。ラクスの……いや、』までで「ああ、あのシーンか」と思われたことでしょう。『ひどく惜しいことだと思うのだが』もありましたね。御存知ない方々のために記しておきますが『って小さいのだな……』もあるんですよ! もちろん元ネタでは『ラクスの胸』じゃなくて女性の体のごく一部を示す一般名称なのですが、それだと少し卑猥かと思って(ここはXXXじゃないから)意味をぼやかしたら、あら不思議。……べ、べつにラクスを馬鹿にしてるわけじゃないですから! PART2でこのための伏線も書きましたけど(『胸パットをブラの中に』云々)。
 まあ、ここはXXX板ではないので色々と遠慮しながら書きましたが、一応、私の頭の中には「省略されました、全てを読むにはXXX板へ行ってください」構想もあります。その内容と矛盾しないよう気をつけて描写しました。ただし構想は構想、まだPCには打ち込んでいません。

(2011年2月23日 投稿)
    


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