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[21206] 【ネタ】Muv-Luv 土管帝国の興亡 第1部 【チラ裏より】 
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/11/03 08:45
挨拶

初めまして 鈴木ダイキチと申します。

初めての投稿なので、色々不慣れだったり、遅筆だったりすると思いますが適度に醒めた目で見てやってください。

この作品は

オリジナル主人公。

主人公のみチート技術を保有。

タケルちゃんや横浜組の出番は少ない。

コンセプトは“正しい第五計画の作り方?”。

主人公は並行世界(かなり未来)から来た日本の公務員。

一応仕事なので、第四計画の手伝いは出来ない。

仕事の都合上第五計画の変更、または日本独自の第五計画の実現を目指す。

といった内容です。

古いネタが満載ですが、そのへんはわかる人だけでも楽しんでもらえればとおもいます。


2010/09/01 ご指摘のあった箇所を修正しました。

2010/09/13 タイトル変更、及び内容微修正、設定一覧を追加して、チラ裏より移動。

2010/10/25 プロローグから第4話までを微修正。

2010/10/30 第13話に加筆、第5話を微修正。

2010/11/03 第6話から第12話までを微修正。



[21206] 土管帝国の興亡 プロローグ「国家公務員」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:15
プロローグ 「国家公務員」

「君には失望したよ」

「そうですか」

勝手極まりない台詞を吐く上司に対して私は慇懃無礼な態度で返答した。

ここは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』

それが私の勤務先であり、目の前にいるのは私の上司である。

民間企業であれここのような官公庁であれ、上司が部下を選ぶことは出来ても部下が上司を選ぶことは出来ない。

“わかっちゃいるけど”少々やりきれない。

ようするに私は仕事上のトラブルの全責任を押し付けられようとしているのである。

国の開発事業のために必要な様々な特殊な機器や建機の類を開発、試験運用を行うのがここでの仕事だ。

目の前にいる私の上司の半年程前に発覚したヘマの穴埋めとして他から押し付けられた仕事のほとんど全てを私は押し付けられた。

そのうちの幾つかはなんとか消化することが出来たが、残念ながら解決のめどがたたない案件が2つ残された。

そしてこの上司はその責任をも私一人に押し付けようとしている訳だ。

呆れてものも言えないし彼の常識を疑いたくもなるが、本人は自分の考えに一片の疑問も羞恥心も抱いてはいないようだ。

それどころか彼はさらに常識どころか正気まで疑いたくなるようなことを言い始めた。


「この役にも立たないゴミクズ共をいつまでも君の仕事の不手際のために我々が管理し続ける訳にはいかないのだよ、ここは官庁だ、国家と国民のために働く場であって君の不手際の産物を保管するための機関ではない」


「“私”の“不手際”ですか?」


「・・・・・他の誰のせいだと言うのかね?」


「・・・・・・・なるほど」


不毛で愚かしい会話というものは世の中にいくつもあるだろうが、これはかなりの上位を狙えるかもしれない・・・そう考えていると上司殿はさらにこう言い放った。


「君のせいで私や他の局員達に迷惑が及ばないようにするためにはどうすればいいのだと思うかね?」


「辞表ならすでに用意してあります」


バカ話に付き合うのもそろそろ限界なので、私はそう言ってやった。

すると彼は途端に顔色を変えてわめき始めた。


「君ィ!なにを言い出すのかね!そんなものを出すことで責任を取れるとでも思っているのかね!」


別に責任をとろうなどと思っている訳ではない、単にこれ以上目の前の愚か者の顔を見ているのが我慢できなかっただけである。


「では、査問会ですか?それとも何らかの罪で裁判でも?」


私が故意に冷たい声と表情でそう言い放つと、彼はあわてて表情をにこやかなものに取り換えて猫撫で声(のつもりだろう)を使い始めた。


「いやいや、君の今日までの仕事ぶりと国への貢献を考えるとさすがにそんな真似はしたくないのだよ私は」


(やっぱりか)私は心の中で溜息をついた、この男は私が辞めたり査問会などに出ることになれば自分に不利なことを言いまくるのだと思っているのだ。

とんでもない誤解である。 私は事実関係を正直に告白しようと思っているだけなのだが、彼はそうは思っていないようだ。

まあ、どっちにしろ彼が困った立場に立たされるのだろうが私の知ったことではない。


「要は君があのガラクタを最後まで責任をもって処分してくれればいい訳だ」


「・・・なるほど」


目の前にいる保身の権化がなにを言いたいのかよく理解できた。 私に告発されるのもいやなら、あの“ガラクタ”たちの始末を自分でやるのも嫌だと云う訳だ。

一体どうすればここまで身勝手な人間が出来あがり、しかも官庁の要職につけるのか不思議でならないが事実目の前にそれは存在している。


「どうかね君、アレをどうにかしてキレイに処分出来ないかね?」


眼前の無責任上司のうわ言を聞きながら私は思った。

(もうたくさんだ、これ以上ここにいるよりはまだ“アソコ”のほうがマシかもしれない)

そのとき、私の頭の中には古典空想創作の代表作の一つとそれに関して近年になって判明したある事実が浮かび上がっていた。


「局長」


「何かね?」


「自分にひとつ考えがあります」


その古典作品の名は・・・・




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第1話「諸星 段」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:17
第1話 「諸星 段」

2000年12月24日 その日、鎧衣左近は帝都の一角にある雑居ビルの前に立っていた。

このビルの4階にある『松鯉商事』の社長に会うためである。

松鯉商事は3年ほど前に開業した新参商社だが、その2年の間に帝国情報部が無視できないほどの成長振りを見せている。

事業がではなく、人脈がである。

松鯉商事の主な仕事とは、一言でいえば「接待」だと言っていい。

政治家、官僚、財界人、文化人、芸術家、様々な分野の有力者に接近し宴席を設ける。

そしてほとんどの人間がその宴席の虜になっていった。

その理由は実に簡単に判明した。

その宴席で出された「料理」だったのである。

一見してさほど贅を凝らしたとも思えない質素にすら感じられる料理の味は、現在の帝国では入手不可能なはずの最高級の天然食材と調味料による至高の出来栄えであった。

たかが料理、されど料理である。

今日の帝国の状況下では、たとえ有力者といえどそうそう贅沢なものを毎日食いまくる訳にはいかないし、また物理的、金銭的な理由からも不可能である。

世界の現状を見ればある意味当然とも言えるのだが、彼らのような人間が比較対象として見るのは常に『米国』なのだ。

“彼らはたらふく喰っている”、なのに何故我々はそうではないのだ・・・

国民の半数がBETAに喰われ、事実上国土の半分を失ったに等しい状況でもエライ人はそういった不満を抱くものである。

後に狭霧直哉という男がクーデターを企てるに至った理由の一つがこうした考えに対する怒りと不信であったのだろう。

それはともあれ、そんな彼らの不満を一口で和らげる程に松鯉商事の接待料理は美味だったのである。

和食、洋食を問わずあらゆる料理にわたりすべての食材と調味料、そして酒を自ら調達して店の料理人たちに提供した。

通常なら断る店も多いのだが、供された食材のあまりの鮮度の良さと品質に節を曲げ、目を潤ませながら二度と触れることがかなわないと思っていた最高の食材に包丁を入れていた。

そして出される至高の料理を味わいつつ、どんなお願いをされるのかと考える有力者たちに松鯉商事の接待役は「今後とも御懇意に」と言うのみだった。

「今後とも御懇意に」することによってこの美食の宴を楽しめるのなら、是非そうさせて戴きたいと思うのが人情である。

新興商社が人脈作りに懸命になっているのだろうと殆どの人間がそう考えた。

鎧衣左近のような情報畑の人間を除けば・・・
 
 
(さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・この会社は怪しすぎる。 接待の仕方といい、出される料理とその材料の質、いやそもそも現在どうやっても手に入らないはずの食材や酒までどこから入手しているのか、まるで“どうだすごいだろうたっぷりあやしんでくれ”と言わんばかりではないか)
 
 
なにしろ自分たち帝国情報部がどれだけ目をこらし耳を澄ませても、判ったことといえば“この会社はすごくおかしい、そして怪しい”ということだけだった。

そしてそれ以外のことは全くわからなかったのである。

この会社をこのまま放置しておくのは少々危険だ。 しかし、なんの大義名分もなく警察を踏みこませて何も出てこなかったら、あるいは「かの国」のような大蛇が現れたらどうするか。

組織的な思考錯誤と逡巡の結果、例によって鎧衣左近に藪を突いて蛇がいるかどうかを確かめる役が押し付けられた。

尤もその命令を受けたとき、本人の態度は何時もと変わらない飄々としたものだったが。
 
 
(おや)
 
 
不意に後方に人の気配を感じとり、後ろを振り向くとそこに一人の男が立っていた。
 
 
「メリークリスマス」

「メリークリスマス」
 
 
にこやかな男の言葉に鎧衣は同じ言葉で挨拶を返す。 その一方で彼の頭脳は猛烈な勢いで回転を始めていた。
 
 
(いやいやいやいや、この私とした事がまったくもって不覚千万。 周囲に十分気を配っていたはずなのにこの距離に近付かれるまでその気配を察する事が出来なかったとは、いやそれにしてもこの男は何者だろう。 顔から察するに調査ファイルにあった松鯉商事で接待担当を主な仕事としている営業課の課長に間違いないと思われるがどう見てもただのサラリーマンなのにどう見てもただのサラリーマンではない。 体の姿勢や身のこなしから判断して少なくとも軍隊等の訓練を受けた形跡は感じられない。 その一方でこの男はこの私の背後をいともたやすく取って見せた。 最近年齢的に色々きついとはいえなんの訓練も受けない者に背後を取られるほど私もまだ衰えてはいない筈だ。 その点から考えてもただの素人とは思えないがしかしこの男からは我々のような諜報機関の人間、あるいは軍の特殊機関、または公安関係者、あるいはそれとは反対の側に位置する犯罪者、テロリスト、狂信者、アナーキスト、アウトロー等々に特有の匂いも全くしない。 おそらくこの男は私がいままで係わって来たいかなる種類の人間とも異なる分野に属するのではないだろうか? そもそも人間の分類などというものは人それぞれの都合によって自分に係わる人間を整理分別する行為の目安に過ぎず個々の人間の本質や資質とは一致しないことのほうが多いのだろう。 私の息子、いや息子のような娘も“彼女たち”4人と共に一つの柵の中に入れられているがそれは本人たちの都合や意志ではなく彼女たち5人を扱うのに都合のいい場所と区分けを求めた者たちの決定であったに過ぎず従って・・・いやいかんいかんつい思考があさっての方向に逸れてしまった、今は目の前の男を見極める必要があるのだがなぜかこの男は不審人物であるにも関わらず危険人物としての匂いが全く感じられない。 しかし今日の日本国内において“メリークリスマス”などという挨拶をする人間というだけでも十分に怪しい、いやおかしいとさえいえるだろうそもそも反米思想がはびこっている現在の日本国内でそんな挨拶をすること自体自分に不審の目をむけてくれと言わんばかりの・・・)
 
 
「人間観察は楽しいですか?」
 
 
にこやかな表情のままで男は鎧衣に向かってそう切り出した。
 
 
「いやいやこれは失礼、あなたがこの国ではあまりされることのない挨拶の言葉を口にされるのでつい興味を抱いてしまいました。 お詫びといってはなんですが東アフリカのケニア国内最大の民族であるキクユ族がしている挨拶の仕方をご紹介しましょう」
 
 
「それも楽しそうですがそれよりもせっかくわが社にいらしたのですから中でゆっくりとお話をしませんか 鎧衣左近さん」
 
 
のらくらと詭弁を弄しながら相手の出方を伺う鎧衣に対して、男はいきなり正面からのジャブを見舞った。
 
 
「おやおや自己紹介はまだだったと思うのですが私のことを御存じですかな?」
 
 
相手のジャブに小揺るぎもせず、鎧衣は聞き返す。
 
 
「ええよく存じておりますし、あなたが当社を訪ねてこられるのを今日か明日かとずっとお待ちしていたのですよ。 あ、忘れていました、私こういう者です」
 
 
鎧衣の質問になにやら聞き捨てならない返答を返しながら、男は懐から名刺入れを取り出し1枚手渡した。 

【株式会社 松鯉商事  営業課 課長 『諸星 段』】

それが名刺に書かれていた名前であった。
 
 
第2話に続く
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第2話「土管帝国」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:19
第2話「土管帝国」

【2000年12月24日 松鯉商事社長室】

いやどうも初めまして、私が当社の社長で封木(ふうき)と申します。 私、元々は名古屋の生まれなんですが長いこと海外で仕事をしてましてね、ええアメリカに本社のあるマッコイ・カンパニーという名のまあ言ってみれば“よろずや”ですなあ。 そこの社長、マッコイって名前のじいさんなんですがね、口癖が「金さえ出せばクレムリンだろうがハイヴだろうが持ってきてみせる。」だったんですが、私はその人の下で働いてまして商売のイロハを全て叩き込まれました。 いやまああの頃は中東とかに商品を命がけで運んだりして、ええ最後にゃあなた空母とかもね、いやホントですよ。 そんな大変な仕事をしながら食事ときたら豆の煮込みスープばっかりでいや社長自身がそればっかり喰ってんですよ。 「いいかプーキー、豆は栄養があるんだ。 人間、豆喰ってりゃ死ぬことはないんだ。」なんて言ってね。 ああ“プーキー”ってのは私の愛称でしてね、なんのかんの言いながら可愛がってもらいました。 おかげで一人立ち出来るまでになりまして、今に至る訳です。 会社の名前? ええその通りです。 当社の名前はマッコイ・カンパニーからもらいました。 まあ私にすれば暖簾を分けてもらったような気がしているものですから・・・
 
 
人型の団子、いや団子のような形をした社長の身の上話か苦労話かよくわからない独演に適当な相槌をうちながら、鎧衣左近は社長の背後に控える男、「諸星 段」に関する考察にふけっていた。

この会社の社長である封木氏に関しては既に調査が終了している。 本人が自慢するとおり、米国に本社を置く国際流通企業マッコイ・カンパニーの元社員で、社長のマッコイ氏と共に中東のみならず世界中に戦術機やその兵装、部品を売り歩いていた所謂“武器商人”をしていたのだ。

だが、それでも今は単なる堅気の商社の社長に過ぎず、この男の“現在”からはなにも出てこなかった。

“現在”になにかありそうなのは社長ではなく、この営業課長・・何故ならいくら調べてもこの男の“過去”には“全く何もなかった”のである。

諸星に経歴がない訳ではない。 岡山県の生まれで現在36歳、家族はなく天蓋孤独の身の上であり、98年のBETAの大侵攻により故郷を追われ、知人の紹介で帝都に移り住み松鯉商事の社員となり、その後働きぶりが社長に認められ営業課長に抜擢される。 

だが彼の岡山に住んでいた頃の記録があまりにも少なく、また実際にその頃の彼を知っている人物もあの戦災でいなくなってしまっていた。


(ようするに、この男が本当は何者なのかを知っている人間がどこにもいないと言うことだ)


戸籍やその他の記録がどれだけ万全であったとしてもそれが本物とは限らないし、目の前の男が本人だとも限らない。

おまけにもう一つ、極め付けに怪しいものがあった。

出された茶の味である。


(いやいやいや、驚き桃の木なんとまあこれは間違いなく今年摘まれた宇治の新茶ではないか。 いやしかし“そんなことがあるはずがないのに”一体どうやってこれを淹れることができるのだ?)

2年前に京都がBETAによって蹂躙されて以来、茶の栽培はおろか、人が入ることも難しくなった地域でのみ栽培されていた、それも間違いなく今年の新茶の味が鎧衣の舌と喉を潤していた。


「いかがでしょう当社の目玉商品の茶の味は」

「いや実に素晴しいお味ですなあ~ 土産にぜひ一袋頂けませんかな」

「もちろんですとも、一袋と云わず進呈させて戴きます」

「おおそれなら諸星君、是非鎧衣さんに他の商品のサンプルも見ていただきなさい」

「わかりました社長。 では鎧衣さん、こちらへどうぞ」


ある意味定型文どうりの会話を交わしながら鎧衣と諸星は本題に入れる場所へと移動する。

案内された先は、一つ上の階にある商品展示室だった。


(・・・・・!?)


様々な商品を見せてもらいながら様子をうかがっていた鎧衣の目に一つのコーヒー豆の袋が目に入ってきた。

『Kilimanjaro』

東アフリカ、タンザニア産の銘柄である。


「ええ、もちろんそれも本物ですよ」

「ほほお~」

目で問いかけた鎧衣に対して、いともあっさりと答える諸星。

「ですが鎧衣課長、当社、いえ私があなたにお見せしたいのはそんな物ではありません」

「と、言いますと?」(つまりこの程度では済まないビックリ箱が用意されている訳かこの会社・・・いや、この諸星 段と名乗る男には)

「こちらへどうぞ」

諸星は部屋の奥にある特大のクローゼットのような扉付きの箱の前に鎧衣を案内した。

「これは?」

「この中に入って頂かないとお見せすることが出来ません」

そう言って諸星はそのクローゼットの扉を開けて自分から先に入って行った。

怪しさもここに極まれりといったところだが、今更引き返す道は鎧衣左近と言う男には残されていなかった。

意を決して中に入るとまるでエレベーターの中のように照明が灯いていた。
 
 
「では一度閉めます」
 
 
 
 
扉を閉め内壁にあるパネルを操作すると、一瞬浮遊感がありそして諸星が再び扉を開けるとそこは・・・・・・
 
 
 
 
 
 
「『我が国』へようこそ。 帝国情報部外事二課課長 鎧衣左近殿。」
 
 
 
 
 
目の前の「風景」に呆然としていた鎧衣の背後から、いつの間にか懐から取り出したセルフレームの眼鏡を掛けながら諸星が言った。

「『我が国』・・・ですと?」

「はい」
 
 
 
目の前に広がる「風景」 それは世界中を旅した鎧衣の見慣れた、しかし同時に一度も見たことの無い不思議な景色だった。
 
 
 
 
「・・・・ここは“何処”で、あなたは“誰”ですかな?」
 
 
 
冷静沈没、理路混然、薀蓄無限、詭弁満開、それらの怪しげな四文字熟語で表現される男が、極めて平々凡々な質問を口にした。
 
 
「ここは『秘密国家・土管帝国』、そして私はこの国の“管理人”です」

「管理人、ですと?」

「はい…あ、これが私の正式な身分です」

そう言って諸星は先程とは別の名刺を鎧衣に手渡した。 

その名刺には 『並行基点観測員3401号 モロボシ・ダン』 と記されていた。
 
 


第3話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第3話「需要と供給」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:23
第3話「需要と供給」

目の前に非常に貴重な光景が繰り広げられている。  鎧衣左近が眼を大きく見開いて半ば呆然としているのだ。

彼を知る人間が見たらさぞ仰天するだろうと思いながら、眼鏡(携帯型電脳)に映像を記録する。

友人のヨネザワ君あたりに渡せばかなりいい御礼が貰えるだろう。(べつにお金じゃないよ)

さて個人的趣味はこれくらいにして、お仕事お仕事。
 
 
「いかがでしょう鎧衣課長、我が国の景観は」

その言葉に鎧衣課長はしみじみと首を振りながら、こう切り返した。

「いやはや、これほどのどかな風景を見るのも久し振りですが、これほど奇妙な景色を見るのは生まれて初めてでもありますなあ」

「おや、奇妙といいますとどのへんが奇妙に見えるのでしょう?」

早くも平常心を取り戻したとみえる。 まったく大したものだこの男は。

「さよう、この視界に広がる風景そのものもですが、なんといっても『アレ』ですかな」

そう言って彼は『アレ』を指さす。  ああなるほど、こっちの方が驚きですか。

「ああ、『彼ら』のことですか・・・  お~いみんな~こっちへおいで~、お客さんだよ~
 
 
《あ、モロボシさんだ、ハ~イ》
 
 
そう言って“彼ら”はワイワイ言いながらこっちへ走ってくる。  相変わらず陽気で騒がしいね、この連中は。

「紹介しましょう鎧衣課長、彼らは私の助手でこの土管帝国の建設、開拓を担うAI戦車…もとい自律思考型作業機械“タチコマくん”です」

《よろしく~》 《ぼく、タチコマです~》 《はじめまして鎧衣さん~》
 
 
私の紹介にあわせて、次々と挨拶をしていくロボット軍団・・・これが元々は軍用の思考戦車だなんて誰が思うだろう。

軍用の小型戦車として開発されながらあまりにも優秀すぎる、いやあまりにも間抜けすぎるAIのロジックにブチ切れたお偉いさんが配備の中止と戦車たちの別用途への転用(つまり事実上の廃棄)を決定し、まったく無関係の私の所属官庁へと押し付け、さらに押し付けの元凶ともいえる我が上司によって彼らの始末と全責任を被せられた時の私の心境といったらもう…。

だがしかし元気いっぱい楽しそうな歌声であの“ドナドナ”を合唱しながらやって来た彼らを見てつい、ホロリとしてしまったのが私の運の尽きだった。

ちなみに彼らのAIを開発したエンジニアは、「貴様ら官僚はこの程度の諧謔も許さないのか」などとほざいていたそうだが、商品のスペックは相手を見て決めて欲しいものだ。


「ところでモロボシさん」

「なんでしょう」

「この国の人々は何処にいるのですか?」
 
 
ある意味当然ともいえる彼の質問に私は「国民はいません」と答える。
 
 
 
「はい?」 と小首を傾げる鎧衣課長。
 
 
 
「この国にはまだ国民はいません。  当然憲法を始めとする国家の基本制度、それらも一切存在しません。  この国にあるのはこの『国土』とそれを開拓する彼らAI作業ロボット、そして管理人の私だけです」

「つまりこの国の国民はいまのところあなた一人だと…」

「いいえ、私はこの国を維持管理しているだけで国民とはいえないでしょう」

国を一つのアパートやマンションに例えるなら、管理人がイコール住居者と言えるかどうかは微妙だろう。

「この国は未だ国としての中身を持たない器だけの“空ろの国”…そして鎧衣さん、あなた方の“帝国”は現在その器、すなわち“国土”を失おうとしている・・・」


その台詞を聞いた瞬間、鎧衣左近の瞳に稲妻が奔ったのを私は見逃さなかった。

「需要と供給・・・互いの利害が一致しているとは思いませんか?」

「需要と供給・・・ですか、成る程」



今、鎧衣左近の頭の中では凄まじい速度で思考が回転しているのだろう。 私が彼をここにおびきよせるのに使った様々な撒き餌、そしてこの『土管帝国』とタチコマたち・・・それらの要素をどう分析し、判断するかはエスパーならぬ私にはわからない。

だがしかし、一つだけ確信していることがある。  この男は必ず…

「いや、実に面白いですなあモロボシさん。  御社やあなたとは是非、これからも良いお付き合いをさせて頂きたいものです」
 
 
 
喰いついた。
 
 
 
 
 
「ではまた後日」

「ええ、よろしくお願いします。 それと、その「包み」の方も」

「ははは・・・」(微妙な顔)
 
 
 
 
とりあえずの顔繋ぎを済ませた鎧衣課長を見送った後、私は社長室に報告にあがる。
 
 
「どうだったね諸星君」

「ええ、大変興味をもって下さいましたよ社長」

「それは良かった・・・ ところで君、その手に持っているのは何かね?」

「ああ、これはサイン入りの色紙です。 鎧衣左近直筆の」

「??? 君は時々、意味不明なことをするね」

「ハハハ、申し訳ありませ。」

そう、私が手に持っている厚紙の束は先程鎧衣課長にお願いして書いてもらったサイン入りの色紙だった。 さすがの彼も目が点になっていたが、私の求めに応じてくれた・・・かなり首を傾げていたが。

友人、知人、そして協力者へのプレゼント兼報酬だと言っても多分判ってはもらえないだろう。

「・・・・しかし、これで君もそして私もルビコン河を渡ってしまったねえ」

「はい、しかしご心配なく。 社長に損はさせません」

「損か…いやそんなことより私は自分の家族の将来を確保したいだけだよ、たとえどれほどの犠牲を支払ってもね」

「ご家族、ですか…」

「ああ、所詮私は小市民に過ぎない。 かつて“あの”マッコイ翁の下で働いていた時代にいやというほど思い知らされたがね。  だからこそ、小人らしく家族を第一にしたいのだよ」

穏やかな顔の中に「未来」に対する不安と苦悩を滲ませて社長は語る。

社長の家族は妻とまだ幼い娘の二人、だがいつかは娘も徴兵される時が来る。 海外の戦地へ兵器や物資を運ぶ仕事に就いていたこの男はBETA大戦の悲惨さを何度もその目で見てきた。

だからこそ、そんなところへ娘をやりたくない。 たとえどんな伝手を使っても・・・非国民?そんな御立派な台詞は友人たちを咥えて咀嚼しながらこちらへ迫りくるBETAを目の前にしてから言ってくれ。  自分たちの子供だけは後方勤務の実質徴兵逃れを行う政治家や官僚たち、最前線にお伴付きで出ることが許されるお武家様、そんな連中に何を言われようが知ったことか。

社長の表情にはその言葉が形となって表れていた。

「大丈夫ですよ社長、鎧衣課長・・いや帝国は必ずこちらの話にのってきます」

「そうか・・・いや、そうだろうね。 どの道このままでは、この帝国に未来はないだろうからねえ」

・・・そう、彼らは必ずのってくる。 この帝国を救う手だてを求めて。

そして私はそのために我が“土管帝国”を創ったのだから。  帝国、いや人類をBETAとそしてオルタネイティヴ第五計画から救うために。
 
 
第4話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第4話「狸たちの沈黙」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:26
第4話 「狸たちの沈黙」

【2000年12月25日夕刻 深川 小料理屋「小鉄」】

鍋の中身は軍鶏の臓物と笹がきのゴボウ、そして短冊に切った蒟蒻だった。 それが程良いところまで煮込まれている。
 
 
「さて、そろそろ喰い頃かのう」

その場にいた3人の男たちの中でもっとも大きな体躯と異様な風貌をした男が言った。

いや、異様な風貌と言うより異様な髪形といったほうがいいのだろうか、牛の角のように左右に突き出た異形の金髪。

帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である。

「はっはっはっ、食い意地が張っておりますなあ~ 仮にも斯衛軍大将ともあろうお方が~」

からかうように声をかけた男は、言うまでもなく帝国一の瓢箪鯰こと鎧衣左近。

「閣下、もう少しお待ちください。 まだ一人お客が見えておりません」

そう窘めるように言ったのは、大きな縦一筋の傷を顔に持つ男だった。

「むう、しかしあの御仁は何かと忙しかろうに。 いつ来るかはあてにならんぞ巌谷よ」

巌谷と呼ばれた男は、その言葉に首を傾げながら紅蓮に問う。

「そのことですが、本当に『あの人』がこんなところへ来るのですか?」

「当人が来ると言ったのですから、まあ心配はありますまい」

「うむ、ああ見えて必要に応じて足も腰も軽くなる男だからのう」

鎧衣と紅蓮がそう答えた時、「小鉄」の店主で紅蓮の顔馴染みの霧島五郎が顔を出した。

「大将、お連れさんがいらっしゃいました」

「おお、ここへ通してくれ」

(来たか)

店主の言葉に紅蓮は安堵したように応じ、巌谷は顔に微かな緊張を走らせる。

間もなく一人の男が階段を上って座敷に入ってきた。

「遅くなって申し訳ない」

「なに、お主の仕事を考えればむしろ早過ぎたくらいだろうて」

そう応える紅蓮に対し男は 「いや、これも仕事の内ですからな」と返す。

「相変わらずの堅物ぶりだのう、内閣総理大臣殿。」

男の名は「榊 是親」日本帝国内閣総理大臣であった。

「おお、それと君は確か・・・」

「はっ、自分は帝国陸軍技術廠第壱開発局の巌谷榮二中佐であります」

榊総理の問いかけに丁重に答える巌谷だったが・・・・

「はっはっはっ、堅物ぶりでは中佐殿も負けておりませんなあ」

と鎧衣課長に茶化されてしまう。

(やれやれ、まったくなんの因果で高々、陸軍技術廠第壱開発局副局長の俺ごときがこんな大狸、いや化け物共の宴に付き合わねばならんのだ?)

自分は狸でも妖怪変化でもないと本気で思いこんでいるこの男、巌谷榮二はしかしかつて自ら開発に携わったF-4改修機『瑞鶴』で米国のF-15をトライアルで撃破するなどの偉業をなしとげ、帝国の戦術機開発になくてはならない人物との評価を受けてもいるのである。

「さて人も揃ったようだ、鍋を突きながら話を聞くとしようか?鎧衣よ」

「はっはっはっ、そうですな」

紅蓮の催促に笑いながら答える鎧衣は、昨日会って話をした男『諸星 段』について語り始めた。
 
 
 
 
 
 
「・・・・冗談ではないのだろうな?鎧衣よ」

冷酒の注がれた汁椀を宙に停めたまま、紅蓮は鎧衣に念を押す。

「心外ですなあ~、この鎧衣がいつ閣下をからかうような嘘や冗談を口にしたと言うのですか?」

(((いつものことだろうが!!!)))

自分以外の全員が同じツッコミを心の中で言っているのを平然と無視して、鎧衣は話を続ける。

「少なくとも私は、“あれ”が夢や幻覚の類ではなかったと確信しております。  まあ、確かに狐や狸の類に化かされたという可能性もあるかも知れませんが」

(((狸が狸に化かされる訳がないだろうが・・・)))

またしても心の中で異口同音のツッコミを入れる3人。

「たとえ狸だとしても、鎧衣左近を騙すことが出来るとすれば・・・ただの狐狸妖怪とは桁が違うと云う事になるか」

紅蓮大将の呟きに他の2人も無言でうなずく。

「それで鎧衣君、その“場所”にはどの程度の人数が住めると思うかね?」

「一見しただけですが・・・そうですな、少なくとも500~600万人はいけそうでしたな。」

「なに!?」「むう!」「!」

「無論、強引に詰め込めば1千万を超える人数も可能ではあるでしょうが、果して生活が成り立つかと云う問題もありますからな・・・もっともあの諸星は、最終的には5億人を超える人間が暮らせるだけの『国土』を建設する予定だと豪語していましたが」

「「「!!!!!!!!!」」」

鎧衣課長のあまりにも荒唐無稽な話に、さすがに紅蓮たち3人も驚き呆れて二の句が継げなかった。

ただ同時にこれがただの与多話ではないこともこの3人は理解していた。  どんなに洒落や冗談が好きでも、ただそのためだけにこの男が自分たちをここへ呼び寄せる訳がない。

「ふむ、それがもし本当なら少なくとも見逃すという選択肢はないか…」

「確かに、その『土管帝国』とやらにいざという時に国民を避難させて一定期間養うことが出来るとすれば・・・・」

「お待ち下さい」

鎧衣の話を真剣に考え始めた紅蓮と榊に対し、巌谷が声をかけて制止した。

「その前に鎧衣課長にお尋ねしたいことがあります」

「さて、なんでしょうかな?」

「何故、これほど重要な話に私を同席させたのですか?」

巌谷の言葉もある意味もっともであった。 数百万人を収容可能な“無人国家”とその“管理人”、どれ程荒唐無稽であろうとも、現在の帝国にとっては絶対に聞き逃せない話だろう。

だがしかし、だからこそこれは自分ごときがむやみに聞いていい話ではない。

総理大臣や斯衛軍大将がそれを聞くのは当然だが、自分は一介の佐官に過ぎない。

またこれは、自分の“専門分野”とも明らかに違う話だ。 どう考えても、自分がここに呼ばれた意味が分からなかった。

「おお、そういえばまだその理由を話してはいませんでしたな」

わざとらしく惚ける鎧衣の口調に、他の3人が揃って心の中で溜息をつく。

「鎧衣よ、勿体つけるのもいいかげんにして話せ。 なぜ、今日この話を聞くのがここにいる『我々』なのだ?」

「なに、簡単な話ですよ。 他ならぬそのモロボシ・ダンからの要請なのです」

「「「!」」」

鎧衣の言葉にまたしても絶句する3人。

《今日、ここで見たもの全てを内閣総理大臣 榊是親、斯衛軍大将 紅蓮醍三郎、そして帝国陸軍技術廠第壱開発局副局長 巌谷榮二中佐の3人に話して欲しい》

それが昨日、別れ際に諸星から依頼されたことであった。

「いや・・・いやしかし、総理や紅蓮閣下は判るとしてなぜ、“私”にそれを・・・」

「いや、それですが・・・あの男、近日中に中佐殿に用があるとかでしてな」

「何!?」

「詳しい話は直接中佐殿に話したいとのことですが、なにやら“専門家”に見てもらいたい物があるそうでして」

「む…」「むう…」「…」

さらなる不可解な話に、男たちは小さな唸り声と共に沈思に耽る。
 
 
 

「おお、それともう一つ・・・」

「まだ何かあるのか?」

さすがに疲れたような声で紅蓮が聞くと、鎧衣左近は何とも言い難い表情で最も言い辛かった要件を切り出した。

「もしよろしければ、“これ”に皆様直筆のサインを頂きたいと彼に頼まれまして・・・」

そう言って鎧衣が取り出したのは、どう見ても契約書や領収書の類ではなくて、芸能人などがサインを書き入れるための“色紙”の束であった。
 
 
 
 
「・・・」「・・・」「・・・」

もはやなにを考えればいいのかも分からなくなった男たちは、ただ黙って目の前に差し出された色紙を眺めていた。
 
 
 
第5話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第5話「狸課長の女狐詣で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/30 20:53
第5話 「狸課長の女狐詣で」

【2000年12月27日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

師走といえば坊主も走る。

そしてここ、国連軍横浜基地でも皆が走り回っていた。

着工から1年がかりでようやく基地の機能が満足できる程度にまで仕上がり、年明け頃から本格的に稼働し始める目途がたったことが、基地にいる人々に活気を与えていたのかも知れない。
その横浜基地の地下深く、この基地の支配者とも言うべき天災女狐…いやもとい、天才科学者香月夕呼博士の部屋を一匹の狸が訪れていた。

「あら、おかしな生き物が侵入してるわね」(人間に化けた狸がね)

「はっはっはっ、酷い言われようですなあ~」

「基地のセキュリティが甘いようねえ」(もっともこの生き物には意味がないか…)

「またまた御冗談を」

「狸専用の罠か毒餌を用意すべきかしらね」(うまく食べたり引っ掛かったりしてくれるかしら?)

「いやいや、怖いですなあ~」

「拳銃の弾丸で死ぬかどうか確かめてみましょうか?」(やっぱりこれが確実ね)

「いえいえ、それには及びません、はい」

机の引き出しから9ミリの自動拳銃が取り出されたのを見て、流石の瓢箪鯰も一応おとなしくなる。

彼女の腕では撃ったところであたりはしないだろうが、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”と言うではないか。 用心に越したことはなかった。

「それで今日はなんの用なの?」(つまんない用件ならストレス解消のためにこいつを・・・)

「ええ、本日は年末の挨拶廻りのためでして…」

「撃たれたいのね?」(コロシましょう! いますぐに!)

「そのついでと言ってはなんですが息子たちが入ることになる場所の下見をですな、いや私も人の親でして・・・」

(狸の分際でなにが“人の親”よ。 大体、自分の子供の性別を間違えてる時点で親失格でしょうが!)

一瞬本気でそう突っ込んでやろうかと思った夕呼だったが、相手のペースに乗せられることを警戒して別の言葉を口にする。

「…狸の肉って煮ても焼いても喰えないそうだから、皮でも剥いでどこかに売るしかないのかしらねえ」

「いえいえ、狸の肉には滋養強壮効果があるそうでして、古来より中国では薬膳料理として・・・」

(たとえそうだとしても、こいつの肉なんか喰ったら間違いなく腹を壊すでしょうね)

鎧衣課長のやくたいもない薀蓄を聞き流しながら、そろそろ話を切り上げることを考える。

「挨拶だけで用がないならさっさと出ていきなさい。 こっちは年の暮れに加えてこの基地の本格稼働が近いせいでてんてこ舞いなんだから」

「おお、そういえば博士は年明けにも渡米される御予定でしたな」

「当然でしょ、なんのためにあんたに根回しを頼んだと思ってんのよ」

「かの国の第4計画支持派との結束固め…そして『HI-MAERF計画』接収の推進…いやいや仕事が山積ですなあ」

「わかってるんならあんたもさっさと自分の仕事にもどったら?」

しっしっと手を振る夕呼の態度にめげもせず、鎧衣課長は懐から土産を取り出す。

「おお、そういえば先日とある“秘境”に迷い込みまして・・・」

「はあ? ひきょう?」

一瞬、鎧衣が何を言ったのか理解出来ず言葉がひらがなになる夕呼。

「そう、秘境ですよ秘境。 いやあ私も世界中を旅して回った経験から大概の事では驚きもしないのですが、あそこは久々に驚きと云う名の感動を与えてくれる場所でした」

「ふ~ん?」

それで?と顔で尋ねる夕呼に対して

「いやそこの特産品が実に美味でして、ぜひ博士にも味わって頂きたいと思い、一本持参しました」

取り出したのは無銘の日本酒、4合瓶だった。

「これが“秘境”のお土産?」

さすがに首を傾げる夕呼に対し、丁寧に会釈をして鎧衣は出て行った。
 
 
 
「・・・どうだった社?」

鎧衣課長と入れ替わりに入って来た銀髪の少女に夕呼はリーディングの結果を尋ねる。

「…うまく読めませんでした」

「そう・・・やっぱり手強いわね、あの男」

少女―社霞の返答にさほど落胆もせず、香月夕呼は考え込む。

(なにか変だったわね今日のあの男、いつもならなにかしらの用件や情報を持って来るのに本当にただ顔を出しただけなんて・・・帝国の方に何かがあった?それとも…)

「…博士」

「何?社」

「…男の人が見えました」

「男?」

「…はい、眼鏡をかけていました。 鎧衣さんは、その人に強い関心をもっていると思います」

「あの男が強い関心ねえ・・・」

「…“それ”は多分、その男の人がくれた物です」

「! これが!?」

霞が指し示したのは先程、鎧衣左近が秘境の土産として置いていった酒瓶だった。
 
 
 
後日、鎧衣課長は夕呼から同じ酒をなんとしても1年分調達しろと要求されることになる。

かつて味わったことのないタイプの大吟醸の味に、すっかり惚れ込んでしまった夕呼の我儘であった。
 
 
 
 
 
 
 
【2000年12月28日 土管帝国内・某所】

《も~い~くつ寝~る~と~お~しょ~う~が~つ~》

はいはい、もう少しですよ。

《ね~モロボシさ~ん、お正月ってなにして遊ぶの~》

あのね君たち、自分の立場をメモリーから消去しちゃったのかもしれないけど、我々は本来国家権力のイヌとその備品だと云うことを忘れちゃだめでしょ。

自分の立場も仕事の主旨も完全に忘れているとしか思えないタチコマくんたちの戯言を聞きながら、私は会社の仕事と土管帝国の作業を同時並行でこなしていた。
たぶん、いつの時代どこの世界でも師走とはこんなふうに忙しいものなのだろう。

《モロボシは~ん、3號管の調整が終わりましたで~》

そう言ってきたのは、タチコマくんたちと同じく私のサポーターであり、この土管帝国の作業員でもあるAIロボット“ジェイムズくん”だ。
ちなみに、タチコマくんたちが頭脳労働から戦闘行動まで全てをこなす万能型(本来、彼らは軍用戦車だ)なのに対して、ジェイムズくんたちは、ほぼ完全に頭脳労働専用タイプである。
なにせ彼らはそのボディが四角い箱型であり、そこに申し訳程度の歩行用とデスクワーク用のマニピュレーターが付いているだけ、という極めてシンプルなデザインなのだ。

我々の官庁が事務作業にこのジェイムズくん型のAIロボットを採用したことに対して、友人であり、土管帝国の“協力者”でもあるスミヨシ君と彼の朋友でもあるシオウジ教授(科学者だそうだ)は、“何故、ロボットなのだ!このデザインは『人の頭脳を加えた時に』こそではないか!”と憤慨していたが、どういうことか理解出来なかったし理解しないほうがいいような気がする。
 
 
「ああ、御苦労さん。 そこが安定したら他の手伝いに行っとくれ」

《へ~い》

《モロボシさ~ん、10號管の中で『X1』のテストをしてたXXXさんが機体をコケさせて気絶してます~》

やれやれ、なにをやってんのかね“彼”は。

「とりあえず助け出してメディカルチェックお願いね」

《は~い》

《モロボシはん、こちら5號管やけどほぼ作業は終わったで。 後は気圧と気体の成分調節やね》

「御苦労さん、それじゃ引き続きお願いしますね」

いやはや、全く休む間もないねこれは。

《モロボシさ~ん》

おや、今度はなんだろう。

《鎧衣課長さんからお電話で~す》

おやおや、早かったね。
 
 
 
「もしもし、モロボシです」

『ああ諸星さん、鎧衣です。 お忙しいところ申し訳ありません』

「いいえとんでもない、あなたのお電話をお待ちしておりました」

『はっはっはっ、光栄ですなあ~そこまで期待して頂けるとは』

「いえいえ・・・それでいかがでした?」

『ええ、先方も是非お会いしてみたいとのことでした』

「それは良かった。 …それでいつ頃に?」

『それですが、1月3日に帝国軍技術廠で会えないかと』

「成る程わかりました、それではそのように・・・ああ、それと一つ先方に伝えておいて欲しいことがあるんですが・・・」
 
 
 
 
 
「や~れやれ、ようやく本格的に動きだすことが出来ますか」

鎧衣課長との電話を終えて、私はそう呟いた。

少なくとも向こうは、こちらの話に耳を傾けてくれるようだ。

これで今までの準備の数々が無駄にならずに済みそうだ。

さて、それでは私は・・・

《モロボシさ~ん、XXXさんが眼を覚ましました~》

「ああ、それなら彼にこっちに来るように言ってくれ。 連絡事項が出来たんだ」
 
 
 
お仕事、またお仕事だ。
 
 
 
 
 
第6話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:22
第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」

【2000年12月29日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「機体構造材の専門家?」

「専門家ではなくとも、その分野に詳しい人間をとのことでしたなあ」

「ふむ…まあ別に問題ないが・・・」

「それとですな、機体の管制システムの方も分かる人をと…」

「何?」

「それが彼の男からの頼まれごとでして」

「…鎧衣課長」

「なんでしょう?」

「諸星とは何者だ?なにを考えている?」

「さて・・・」
 
 
 
 
 
【2000年12月31日 土管帝国内・某所】

「・・・なにを考えてんですか、貴方は」

「なにとは?」

怒りと困惑と羞恥心の三位一体が形を成したような表情で“彼”が私を問い詰める。

「俺の素性を知られたらマズイってのはわかります」

当然だね。

「あなたの使ってる『携帯型電脳』がどれほど便利で凄いものかも知ってます」

そうだろう、そうだろう。

「今の俺には、ある意味“これ”が必要なモノだということも」

よく分かってるじゃないか。
 
 
「だからってこのデザインはないでしょう!」

「・・・なにか問題かね?」

「自分で被ってみますか?」

「遠慮しよう。 それに“それ”は君専用に作ってあるんだ」

その言葉をきくと“彼”はがっくりと肩を落として、なにかブツブツ言い始める。

自分の手の中にある“それ”見ながら「子供じゃあるまいし、今更こんなのもらったって・・・」とか言っている。

「それを作った連中は『これ以上はない完璧なデザイン』だと言ってたんだが・・・」

「・・・何か勘違いしてませんか、その人たち」

・・・そうかもしれない。(ヨネザワ、スミヨシ、シオウジ、おまえら趣味に走りすぎだろうが!)

「まあそれくらいどうってことはないだろ、男が些細なことで文句を言うもんじゃないよ『仮面衛士1号』くん。」

「・・・はい?」

「どうしたのかね?」

「ナンデスカ、ソノヨビナハ?」

「・・・君の新しい名前だが?」

「仮面衛士1号ってなんですか!?」

「・・・“それ”を被った1人目の衛士だからだそうだ」

そう言って私は、彼の手の中にある“それ”を指さす。

彼の両手に持たれている仮面…いやヘルメット型携帯電脳を。

「なんでこんなことに・・・」

「君の“治療”を“合法的”に行ってくれた連中からの要求だ。 断れんだろう?」

「合法とか非合法とかってレベルの問題でしたっけ?」

ジト目でにらむ彼の視線を受け流しながら、私は惚ける。

「さあどうだったかな」

まあ、確かに彼にしてみれば自分に施された治療が果して“治療”と云えるかどうか疑問なのだろう。

1999年8月5日明星作戦の最中に米軍によって投下されたG弾。

彼はその爆発から逃げ遅れて・・・いや、正確には自分からその爆発に向かって戦術機で突っ込んで死んだ・・・はずだった。 この男『鳴海孝之』は。

たまたま“死にたてほやほや”の彼を、米軍より先に秘密裏に調査中だった我がタチコマンズが発見して、奇跡的にまだ脳死前であることを確認した。

私はタチコマくんたちに彼の回収を命じ、延命措置を施した。

尤も、彼の肉体で生きていたのは事実上脳髄だけだったので、友人知人のコネをフル動員して彼の新しい体、「全身儀体」を用意してもらったのだ・・・“生前”の彼と寸分違わない儀体を。

はっきりいってこれらの行為には(我々の)法律上の問題が多々あり、結果的に合法的な人命救助ということに出来たのは幾人かの事情を知る友人たちのおかげだった。

その代償といってはなんだが、彼らから鳴海に渡されたのが彼の持っているライダーマス…げふんっ いやその、ヘルメット型携帯電脳(超高性能タイプ)である。

連中が云うには『一度死んで甦った悲劇の改造人間にはそれが必要不可欠』なのだそうだ。

そのデザインはというと、ある種の昆虫の頭部、もしくは髑髏…つまり人間の頭蓋骨をモチーフにしたとしか思えない、それでいてやたらとメカニカルな雰囲気をもったデザインなのだ。

「君の前途を祝しての皆さんからのプレゼントだ、ありがたく頂戴しなさい」

「前途を祝してって・・・」

がっくりとうなだれる鳴海君と私の前に、もう一人の“死人”がやって来た。

「・・・お邪魔だったかね?」

「ああ“先生”、いえそんなことはありません。 鳴海君の今後について話をしていただけですよ」

「そうか・・・ところで年越し蕎麦をつくったのだが、2人とも食べるかね?」

「えっ?」「先生が・・・ですか?」

「ああ・・・素人の手作りで美味くはないかもしれないが」

「とんでもないです」「是非頂きます」

なんと年越し蕎麦だよそれも手作りの。

忙しくて今日が大晦日だってことまで半分忘れかけていたんだよ、私は。
 
 
 
 
 
蕎麦は挽きぐるみの蕎麦粉を二八で小麦粉と混ぜて水のみで捏ねた昔ながらの田舎蕎麦だった。

熱い汁をかけ七味を振って、それだけで食べる。

「いいね~、この味」「美味いですねえ」

「…国の現状に鑑みれば、こうして本物の蕎麦を味わえるだけでも私には分不相応かもしれん」

「先生…」「…」

その言葉に私も鳴海君も沈黙するしかない。

この人が抱えている苦悩の源は私のような“余所者”や鳴海君のような“若造”に踏み込めるものではないからだ。

「・・・諸星君」

「はい。」

「君の申し出を受けようと思う」

「えっ?」「…いいんですか?」

驚く鳴海と確認の言葉を口にする私。

「ああ、ずいぶん長いこと悩んだがね・・・どういう理由があろうと、こうして生きている以上は自分に出来ることをするべきだろう」

「そうですか…では宜しくお願いします」

そう言って私は彼に頭を下げた。

これでようやく懸案事項の一つが解決できそうだ。

「1月3日に巌谷中佐と会ってきます」

「巌谷中佐か…彼は強面の堅物にみえて、なかなかに柔軟な思考の持ち主だ」

「ええ、だからこそ大伴中佐よりも彼を選んだのです」

先々を考えた時に、大伴忠範という人物では帝国軍の利益の為にしか動いてはくれないだろうし、視野も狭すぎるように思えるのだ。

もっとも、彼の背後や周囲の連中にはいずれは接触しなければいけないだろうが・・・馬鹿をやらかす前に。

「ああそれと鳴海・・・いや仮面衛士1号君」

「・・・ナンデスカ?」

「そう嫌そうな顔をするな・・・君も一緒に来てもらうからね」

「え゛?」

「・・・君以外の誰が『X1』を操作するんだ?」

「はあ…解りました、やります」

よろしい、開き直ったね。

「ところで・・・モロボシさん」

「何かね?」

「“これ”は被らなきゃいけないんですか?」

「もちろんだ」(断言)

「とほほ・・・」(泣)

「そう嘆くな、ここから地球と人類を救うための君や先生の“活躍”が始まるんだからな」

「活躍って・・・」

「君たちが活躍してくれることで、私も『人類の避難場所』を建設出来るんだからね」

「・・・土管を使ってですか?」

「そう、土管を使ってだ」
 
 
 
 
 
【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局】

私はこの第壱開発局の応接室に通されてから、三十分程待たされていた。

未だに巌谷中佐も、それ以外の人物も姿を見せない。

こちらを焦らせる意図か、それとも向こうの都合なのか・・・まあどっちにしてもこちらが焦る必要はない。

そう思った直後、応接室の方へ数人の人間が近づいてくるのが携帯電脳によって感知された。

(お出ましか。)

ここからが勝負の始まりだ、扉が開いて入って来た人たちを見る・・・・・・え゛?

「どうも始めまして諸星君、私が技術廠第壱開発局副局長の巌谷榮二だ」

「あ、どうも私が松鯉商事営業課の諸星です」

「それとこちらの2人が戦術機開発で機体構造材と管制システムを担当している・・・」

「高木です。」「富永です。」

そう言って挨拶をする2人はいかにも年季が入ってそうなクセ者たちだ。

もちろんそうでなくては困る。 一目、モノを見ただけで判る連中でないと。

だがしかし、最後の一人はちと予想外の人物だった。 いや、これを予想しなかった私が甘かったか・・・
 
 
「お主が諸星段か、わしが斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」
 
 
 
 
 
・・・宇宙之王者がそこにいた。
 
 
 
第7話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第7話「撃震モドキ参上」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:28
第7話 「撃震モドキ参上」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 応接室】

丸い禿げ頭の上に脂汗が浮いていた。

自分が見て、手で触っているモノが理解できない、いや理解出来るからこそ信じ難い。

高木中尉の顔にそう書いてあった。 そしてもう一人。

無愛想なモアイ像のような顔に不気味な笑顔を浮かべる男。

富永大尉が心の中で驚喜の歓声を上げているのが見て取れる。

私がこの2人に見せている「モノ」 それは幾つかの金属製のプレートと線材(ようするに金属材料のサンプルだ)、そしてもう一つはある「システム」に関する仕様説明書である。

普通の人間が見てもその価値は全く判らないだろう。 しかし、この2人にとっては最高級の宝石や巨大埋蔵金の地図、もしくは全裸の美女を目の前に差し出されたに等しいはずだ。

技術屋一筋ン十年のオヤジたちが初めてエロ本を手にした小中学生のように興奮しまくっているのを確認しながら、残りの2人の様子を窺う。

巌谷中佐は鼻息を荒くしている2人の部下の様子を眺めつつ、自分の思考の中に入っているように見える。

だがしかし、もう一人・・・こちらの方がやっかいかもしれない。

宇宙の王者グレンダイ…いやもとい、帝国斯衛軍大将「紅蓮醍三郎」がその眼光をこちらに向けて照射している。

(あついよ~、イタイよ~、まぶしいよ~)

心の中で苦情を申し立てるが、もちろん向こうはお構いなしだ。

予定が狂ったというよりむしろ、見通しが甘かったと云うべきだろう。 こちらに対する不審の念と好奇心を抑えかねたこの大将殿が、今日の話に割り込んで来るのを予想しなかったのは。
 
 
「・・・ふう、いやこれは長々と失礼しました」

鼻の穴を膨らませながらサンプルに見入っていた高木中尉が、ふと我に返ってそう言った。

「・・・いや、実に興味深い・・・(くくく…)」

仕様書を読んでいた富永大尉も、書類をテーブルの上に置くと(咽の奥で嗤い声をかみ殺しながら)そう漏らした。

「・・・どう思うかね? 富永大尉、高木中尉」

巌谷中佐の問いかけに、2人の技術士官は顔を引き締めて答える。

「これは今までにない発想のOSですな、実現出来れば現行の戦術機全てがレベルを1段上げられるかと」

「この素材によって作られるフレームと装甲であれば、従来よりはるかに軽く、しかも頑丈な機体の製作が可能でしょう」

慎重に考えをまとめながらも、最大限の評価を下す2名の技術者たち。

だがそれも当然と言えるだろう、高木中尉に見せたのは現行の戦術機用に比べておよそ4倍の強度を持つであろう合金材のサンプルとその成分表。

そして富永大尉に見せたのは現行より即応性を10%程高め、キャンセル機能を持たせた新型OS「X1」の仕様説明書と専用のコンピュータ基盤の設計概念図なのだ。

戦術機、戦車、戦闘機、まあなんであれ機動兵器と呼びうるものには常にある問題が付きまとう。

機体の機動性、速度、機体と装甲の頑丈さ、耐久性、燃費、それらの矛盾と相克に、兵器の設計から製造、運用、維持管理、整備、操縦者まで含めたありとあらゆる関係者が悩まされることになる。

機体の機動性や速度、燃費の効率を上げるには構造材の軽量化を図らねばならないが、それが過ぎれば耐久性の低下や装甲の弱体化を招く。

逆に機体の装甲や耐久性を上げれば否応なしに機体重量が増加し、機動性や速度、燃費等が犠牲となってしまう。

さらにいえば機体の重量が増すということは、それに費やされる資源の量が増大すると云う事であり、資源をもたない借金まみれの国にとってはただそれだけでも頭痛のタネとなる。(1機あたりに使用される超高級金属材料だけでそれなりの量と値段が数百機分である)

さりとて機体の強度や耐久性に目を瞑り、機動性だけを上げたとしても実際の耐用年数が激減し、さらに補修やメンテの部品の量が上昇することになる。(結果として、陽炎や不知火よりも撃震の方が信頼性で勝る場合すらある)

それらの問題を解決しようと開発されたのが「不知火壱型丙」であったが、結局は燃費の低下と云う問題を解決できず、操作性も非常にデリケートで一部の腕利き衛士のみが使用する結果に終わった。(それでは戦略的には何の意味もない)

あちらを立てればこちらが立たずとはよくも言ったものである。
 
 
この矛盾を解決するのは決して革命的なアイデアなどではなく、地道な機体構造の改良とより優れた素材の開発と云うのが彼らの常識であるし、それはなにも間違ってはいない・・・私がチートな技術とアイデアを持ってきただけだ。

「素人の簡単な見積もりで恐縮ですが、これらの合金を使用して機体を製作した場合、従来より30%程の軽量化と現行のモノよりも50%高い機体耐久性を実現できると確信しています」

「・・・ふむ、自分の頬をつねりたくなるような話だな」

「儂には技術的な話は判らんがのう、実際に出来あがったモノでもあれば話は別だろうが…」

巌谷中佐は半信半疑といった態度を示し、紅蓮大将は自分は技術屋ではないと蚊帳の外を装う。

こちらの手札をもっと出させようという魂胆が見え透いているが、この場合当然の対応と言っていいだろう。

結構結構、ではお望みどおりさらに手札を切りましょう。 《もうすぐ出番だよ仮面衛士1号君

電脳メガネで鳴海君に連絡を取りながら、爆弾を投下する。

「出来あがったモノですか・・・実験機ならありますけど。」

「なに!?」「むう!」「ほお!」「ふむ(くっくっくっ)」

その場の4人ともが驚きの声をあげる。(いやなぜか富永大尉だけは驚きの声とは違うもっと不気味な・・・怖い)

「実験機・・・だと?」

さすがに険しい顔をして、巌谷中佐が聞いてくる。 まあ当然だ、そんな物を一介の商社マンが用意したら法的にもあるいは国や軍の立場的にも問題がありすぎる。

「そうです、しかしこれを表に出すとなると色々と問題が出てきますので、ここで作られた機体という建前が必要になるのですが・・・」

「・・・・・・・・・・」

巌谷中佐が険しい表情のまま沈黙している。 見方によっては自分たちに都合のよすぎる展開の話に疑心暗鬼にならざるを得ないからだろう。

「ほう、それはつまりその機体をここで好きに扱ってもらってもよい、とそう言っておるのかお主は、ん?」

「はい、そのとおりです」

「「「「・・・・・・・」」」」

紅蓮大将のこちらを追い詰めるような物言いに対して、あまりにもあっさりとした私の返答に4人全員が完全に沈黙する。

「もし、もしも本当にそんなモノがあるのなら、是非見てみたいのだがね」

高木中尉のその発言を、誰も不用意なものだと咎めたりはしなかった。

「承知しました、それでは早速お目にかけましょう」

「待ちたまえ、いくらなんでも今日これからその機体を見に行くわけには・・・」

「御心配には及びません、いますぐにでもここに呼び寄せますので」

「な・・・・」 私の言葉にまたしても巌谷中佐は絶句する。

私は早速自分のアタッシュケースを開けると中にあったダイヤル式黒電話機の受話器を取り、ダイヤルを廻し始める。

周囲にいる人たちはなぜか私のことを既知外の生物を見るような視線を送ってくる。(失礼な、ただの演出だというのに)

「ああ、もしもし諸星です」

『モロボシさん?こちらは何時でも出られますよ』

どうやら鳴海君は準備万端のようだ。 では、始めますか。

「ああ、それじゃあ今すぐここに『撃震モドキ』を1機出前してくれ」

『了解』

私は受話器を置くと、巌谷中佐たちに向かってこう告げた。

「ご安心ください、うちの実験衛士が今すぐここの演習場に機体を運んでくるそうです」

「・・・どれくらいでかね?」

「おそらく2~3分以内でしょう」

「・・・・・」

もはや彼らの私を見る目は完全に人外生命体を認識するようなものに変わっていた。

・・・BETAと同じレベルに見られるのは、非常に不本意だ。

「・・・そろそろ演習場へ行きませんか? もう向こうは到着したかもしれませんし・・・」

そう言った時、応接室の電話が鳴り響いた。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

「おい、なんだアレは?」

そのとき、演習場にいた兵士たちはありえないものを見ていた。

目の前に突然さっきまでは存在しなかった戦術機が立っていたからである。

紺色、いやミッドナイト・ブルーの塗装を施したTYPE-77“撃震”であった。

「とうとう来ちゃったよ、責任とってくれるんだよね?モロボシさん」

その機体の管制ブロックの中でヘタレが一人、愚痴をこぼしていた。

 
 
第8話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第8話「篁唯依の怒り(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:33
第8話 「篁唯依の怒り(前)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

デスクワークの連続で鈍った感覚を取り戻すために久し振りの実機訓練を行おうとしていた矢先に突然の乱入者(それも戦術機)が現れたのだ。

自分たちの神聖な職場であり帝国の国土と民を守るための戦術機開発に日夜励む者達が集うこの帝国軍技術廠第壱開発局が、いきなり正体不明の戦術機に侵入を許すなど断じてあってはいけないことだった筈だ。

なのにこの紺色(?)の戦術機は自分たちの気がつかない間に演習場に侵入し、突然姿を現した。

それだけではなく、大慌てで通信で呼びかけた警告と問いかけに対してその機体の搭乗者からの返答はといえば・・・

『え~と、すみませんが巌谷中佐に取り次いで頂けませんか、ご注文の『撃震モドキ』をお届けにあがりましたと』

「なっ・・・・!」(ゲ キ シ ン モ ド キ だ と お ~!! ふざけるな!!)

「貴様!どこのだれか知らんがおじさ…げふんっ、巌谷中佐のお名前を出した揚句にそのようなふざけた呼び名の機体を届けにきたなどと戯言を「あの、篁中尉。」…なんだ雨宮?」

「巌谷中佐が、その話は事実だと・・・」

「な・・・」

応接室で接客中だった巌谷に電話で連絡を取っていた雨宮中尉の言葉で、怒り心頭に達していた唯依はその場で呆然としてしまった。
 
 
 
「ああ、ちゃんと届きましたね」

「ふうむ、あれがお主の言う撃震モドキとやらか?確かに見た目は77式の改修型のようだのう」

「ふうん、あの機体の立ち方は・・・」

「ほう、主機の音は…。」

「おお唯依ちゃん、こちらの手違いで騒がせてすまなかったな。」

(な!叔父様だけでなく紅蓮閣下まで、しかも高木中尉に富永大尉それに・・・だれだこの男は?)

いきなり目の前に本来の所属である斯衛軍の大将が現れさらに技官としての大先輩二人、ついでに何やらあやしげな男までおまけで付いてきたことで、いつもならただちに訂正の対象にしている“唯依ちゃん”を使用されたにもかかわらず、とっさに反応できずにいる唯依だった。
 
 
「さて巌谷中佐、せっかく持って来たんですからこいつの性能をちょっとだけでもこの場でご覧になってはいかがでしょう? せっかく紅蓮閣下もおられることですし」

一通りの説明を唯依たちにした後、諸星はこの場での機体のデモンストレーションを提案する。

「おお、そうだのう…では早速ワシが自ら相手をしてや『閣下、御自重を』・・・むう」

喜々として腕試しの名乗りを上げようとする紅蓮大将に周りのほぼ全員が制止をかけた。

だがそれも当然と言えただろう。

仮にも斯衛軍大将の立場から軽々しく動いて欲しくないということ以前にこの屋外演習場は戦術機の機体調整を行うのに必要な最低限の広さしかなく、実弾演習はもちろんの事、たとえ限定的な近接格闘戦であっても紅蓮醍三郎のような化け物が暴れ回れるような広さはないのだった。(加減、などという言葉をこの大将が知っていないことはこの場の全員が心得ていた)

「ふむ篁中尉、貴様にあの機体の相手をしてもらおうか」

「はっ」

「ああ、JIVES(統合仮想情報演習システム)は切って行った方がいいでしょう」

「なに?」「む!」

巌谷中佐の指名に即座に篁中尉が即答したのに続けるかのように、諸星の言葉が響いた。

その言葉に周囲の人間たちがやや顔をこわばらせる。

それも当然と言えた。 “安全装置を外して模擬戦をしよう”とこの諸星という男は言っているのだから。

「見たところこの演習場で可能なのは事実上近接格闘戦のみでしょう、その上でこの機体とX1の性能を示すとなるとそうするのが一番でしょう」

「だがいいのかね?この篁中尉はまだ若いが斯衛の中隊長を務める腕利きなのだが」

機体の性能差と衛士の実力差を暗に示して巌谷が尋ねると、諸星は平然と答える。

「御心配なく。 あの機体の操縦者も充分な技量の持ち主ですので・・・ああそれと、篁中尉…でしたね」

「はい」

「出来ればあの機体の手足のいずれかを切り落とすことを念頭にやっていただけませんか?」

「・・・本気ですか?」

「もちろん、何故ならそれこそがここにいる人たちのご要望を満たす最善の道ですので」

諸星にそう言われて唯依が周囲を伺うと、巌谷は憮然として何も言わず、紅蓮は面白そうににやにやと笑い、高木中尉と富永大尉はといえば…まるで生贄を目の前にした悪魔のような顔つきで唯依と「撃震モドキ」を交互に見まわしていた。

(どうもこれはやっかいなことに引き込まれてしまったらしいな)

周りの空気を読んだ唯依はそう心の中でこぼした。
 
 
 
『それじゃ、そう云う事でよろしく頼むね1号君』

『だ か ら、秘密回線でまで“1号”はやめてください!』

『はっはっはっ、まあそう気にするな』

『気にしますよ!』

諸星と孝之が打ち合わせを兼ねた漫才を秘密回線で繰り広げている頃、もう一組の漫才コンビもいつもの行事を行っていた。

「いや~すまんなあ唯依ちゃんよ、いきなりこんな模擬戦をさせることになってしまって」

「叔父…おやめ下さい中佐、これは次世代機に関わる開発衛士として当然の務めです」

「まあ確かにそうなんだが…(だがこれで唯依ちゃんの武御雷があの機体の手足を衆人環視の中でぶった切ったりしたら、また婚期が延びてしまうのでは…)」

「お じ さ ま 、なにか言われましたか?」

「む…い いやなにも言うてはおらんよ、唯依ちゃ…篁中尉」

「・・・そうですか、失礼しました中佐」

不用意な言葉を口の中で出した途端に怖いオーラを放ち始めた唯依に慌ててフォローを尽くす巌谷中佐(馬鹿叔父)であった。

そして、叔父姪の定番漫才を、少し離れた場所から暖かく(生温かく?)見守る雨宮中尉の姿があった。 (本当に…世話の焼けるお二人ですね)
 
 
 
 
「さて、始まりますか」

演習場に姿を現した山吹色の武御雷を見て諸星は呟いた。

CPを雨宮中尉が務め、コールサインは唯依がホワイトファング1、孝之がブラックゴースト1とされた。

ルールは長刀のみを用いた近接格闘戦で、JIVES(統合仮想情報演習システム)を切って行うこととなった。

試合開始を紅蓮醍三郎が仕切り、そして吼える。

「では、はじめええいっ!!」

その咆哮と共に2機の戦術機が飛翔するが如く奔り始めた。

「さあて、どこまで粘れるかな」

その諸星の言葉に周囲の人間たちが注目する。

「ほう、お主は初めから勝ち目がないと思っていながらこの勝負を申し出たのか?」

紅蓮の問いかけに対し、あまりにもあっさりと諸星は返答する。

「もちろんですよ紅蓮閣下、確かに彼は腕利きの衛士ですがこの条件で山吹の斯衛に勝てるなどとは初めから考えていません。 この勝負の目的はあくまであの機体「撃震モドキ」の性能を見ていただくことにあります」

「ほお」「…」「ふうん」「くくく」

諸星のその言葉に4者4様の反応が返ってくる。

そしてその間にも二つの機体は鋭く競り合っていた。

(これはっ…とても激震の改修機とは思えないっ・・・この身軽さ、そして反応の速さ、単に操縦者の技量だけとは思えない…確かにこの衛士の腕はいい、おそらくは富士教導隊の出身者に教えを受けたのだろう…だがこの状況で私と武御雷の切っ先をこうもかわせるとは、明らかに機体に何らかの秘密がある筈だ…なるほど、叔父様たちが特別な関心を寄せるのも当然か)

相手の機体「撃震モドキ」の身軽さと反応の速さに唯依は即座に認識を改める。

一方、仮面衛士1号こと鳴海孝之も相手の機体性能と操縦する衛士の腕前に舌をまいていた。

(おいおいなんて速さと腕前だよまったくもう、事前にモロボシさんから警告されてなかったら間違いなく瞬殺されてるぞオレ。 大体この黄色い武御雷の衛士、はっきりいって近接戦闘なら伊隅大尉や神宮司教官の匹敵するんじゃないか? こんなバケモノみたいなのを相手にどこまで持つかな~オレとこの機体)

すでに半分以上泣きが入っているヘタレ思考であったがそれとは裏腹の機体捌きで唯依の斬撃から逃れ続けていた。

だがやはりこの条件下での勝負は唯依と武御雷に利があり過ぎた。

(確かに撃震とは思えない素晴しい動きだ…しかし所詮この武御雷の敵ではない。 そろそろその腕を一本切り落として勝負をつけさせてもらう)

「うわっ…これまずっ…」

唯依のフェイントからの一撃をかろうじてかわした孝之だったが、唯依の目論みは相手の機体のバランスを崩させることにあった。

「よし、もらった…な!なんだと!!」

勝利を確信した唯依は次の瞬間、信じられない物を見た。 姿勢を崩しかけた相手の機体が見事に姿勢を立て直したのである。

(なんと!この体勢から機体を立て直すとは!・・・成る程、これが先程の説明にあったキャンセル機能と言うものか…だがそれでもこの場の勝ちは頂く!)

相手の機体性能に驚愕した唯依だったが、即座に冷静さを取り戻し相手との距離を詰めると相手が防御のつもりか自ら振り上げた左腕めがけて長刀を振り下ろす。

(切っ・・・な!馬鹿な!!!)

確かに斬った・・・そう思った唯依は信じられない物を見ていた。

武御雷の振り下ろした長刀を籠手で受けるような形で受け止めた激震の左腕は長刀をめり込ませながらも切り落とされずにいた。

(馬鹿な!この間合い、この速さで斬撃を放ったのに激震の腕が斬り落とせないだと!)

己の剣の腕に自信があっただけに、さしもの唯依も一瞬呆然となる。

その隙に付け込むように撃震モドキが逆に間合いを詰め、武御雷の足を薙ぎ払う。

「しまった・・・!!」

かろうじて致命傷は避けたが右足を小破させてしまった唯依は己の甘さに歯噛みする。

(何という未熟!相手の性能を侮り、己の腕を過信した揚句がこのザマか!自分にこの役割りを与えて下さった叔父様たちに顔向けが出来ないではないか…)

自分の未熟を責めながら唯依はなおも相手に斬り込もうと長刀を構える。

だがこの時、管制室では諸星が紅蓮と雨宮に合図をし、それを受けて紅蓮が吼える。

「それまでえええっ!」

「ホワイトファング1、ブラックゴースト1、状況終了です、お疲れさまでした」

終了を告げる雨宮中尉の声が二人のコクピットに響いた。
 
 
 
 
第9話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第9話「篁唯依の怒り(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:39
第9話 「篁唯依の怒り(後)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

他の誰かや何かにではなく、自分自身の不甲斐なさにである。

仮にも斯衛の衛士であり帝国軍技術廠の開発衛士でもある己が敬愛する叔父であり上司でもある巌谷と斯衛軍大将紅蓮醍三郎の前で正体不明(?)の実験機を相手に武御雷を駆って『引き分け』に終わってしまったのだ。

(何という無様だ…相手の機体の特性や機能については最低限の情報をあらかじめ聞いていたにも関わらずこの体たらくとは・・・叔父様や紅蓮閣下に申し開きの仕様もない・・・全くもって未熟千万!)

「篁中尉」

心中で自身を叱責していた唯依の元へ雨宮中尉が声をかけた。

「雨宮か」

「見た目と裏腹にとんでもない機体でしたね」

「最初から判っていなければいけなかったのだ、それなのに…」

「他の誰がやったとしても今以上の結果は出なかったと思いますわ」

「雨宮…」

雨宮中尉の言葉に癒されながらも唯依は今一つ立ち直れないでいたがその時、一人の衛士が声をかけて来た。

「あの・・・」

「え? あ!貴様は・・・」

「どうも、篁中尉ですね。 先程は失礼しました。 自分は・・・え~と「仮面衛士1号」と呼ばれております」

「はあ? あ!失礼した、帝国斯衛軍中尉篁唯衣です」

仮面衛士のある意味間抜けな自己紹介に唯依は礼儀正しく敬礼を返す。

(この男、おかしな仮面を被っているが特に悪意のようなものは感じられないな)

(水月や遥と同じか、一つ二つ年下かな?それなのに凄い腕前だった…あれが斯衛の実力か・・・)

なんとはなしに無言のまま見つめ合う二人に雨宮の悪戯心が刺激される。

「あらあら、お二人ともいきなりお見合いですか?」

「は?」「な!あ・雨宮!!」

雨宮中尉にからかわれた二人は共に顔を赤らめながら(孝之は仮面なので判らないが)慌てふためくのだった。

そしてその場所にさらに困った男たちがやって来た。

「ああどうやら若い人たち同士でもう打ち解けているようですね」

「諸星君、彼はどういう男かね?」

「たしか年齢的には篁中尉とちょうど釣り合うくらいでしたね、まだ独身ですし…」

「いやそういうことでは・・・ふむ、そっちも重要か」

「な に が じ ゅ う よ う な の で す か ち ゅ う さ 」

男同士の碌でもない会話に顔を般若に変えた唯依がドスの利いた質問(?)を向ける。

「い、いやげふんっ…大したことではないよ篁中尉」

慌てて誤魔化す巌谷の後からさらに火に油を注ぐ発言が飛び出す。

「うわははは、巌谷よ相変わらず篁の尻に敷かれておるようだのう」

「ぐ、紅蓮閣下!いきなりなにを…」

いきなり紅蓮に乱入されからかわれて唯依はあたふたと抗議するが、相手は全く意に介さない様子でさらに油を注ぎ続ける。

「いやなにこの巌谷が会う度に『家の唯依ちゃんはとても気立てのいい子なのだが不器用で怒りっぽいのが玉にキズで、そのためなかなかいい相手に恵まれなくて』とこぼされてなあ~うわははは」

「・・・・オ ジ サ マ 、ア ト デ オ ハ ナ シ ガ ア リ マ ス 」

絶対零度の無表情に口元だけをわずかに笑みのカタチに変えて唯依がそう言うと、空気も表情も読めない紅蓮醍三郎以外の全員が背筋を伸ばす。

(こっ…怖っ! これはひょっとしたら本気で怒った時の伊隅大尉以上の・・・)

その凄味に思わずかつての上官の怒った時のことを孝之が思い出していると・・・

「ほうれみろ、そこな若造がすっかり怯えてしもうておるではないか篁よ、ん?」

「!お、おやめ下さい閣下!」

「い、いえ怯えてるなんてそんなことは・・・は、ははは」

絶妙のタイミングで突っ込まれ、二人揃って紅蓮に弄ばれるのだった。

「まあまあ閣下、若い二人をからかうのはそのくらいにしてこちらの話をしませんか?」

そう言って諸星が示す方向には「撃震モドキ」とその機体にへばり付き、舐めるようにして管制システムやボディの損傷、摩耗の具合を調べる二人のオヤジ(もちろん富永大尉と高木中尉)の姿があった。

「1号君はここに残ってあのお二人と篁中尉たちにあの機体の説明をわかる範囲でいいから説明してあげてくれ」

「わかりました」

「ふむ、それでは戻って話の続きを聞こうかのう」

「・・・そうですな」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 応接室】

「さて、これでワシら3人だけになったのう諸星よ、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

再び応接室で向かい合った私に対して紅蓮大将はいきなり切り出した。

その言葉に対して私は静かに微笑んだ後、こう切り返す。

「閣下、間違いを二つ訂正させていただきたい。 まず一つ目は“そろそろ本題に入る”訳ではありません…私は初めから本題に入っているのです。 二つ目は“これで我々3人だけ”になったのではありません…“我々4人だけ”になったのです・・・よね鎧衣課長」

そう言って部屋の隅を見るとそこにはトレンチコートに帽子姿の人型狸が佇んでいた。

生憎たとえ気配を断とうとも、私の電脳メガネのサーチ能力からは逃げられんのですよ課長。

「いやいや、こうも簡単に見破られるとは面目ありませんなあ~ここはひとつ佐渡島の生態系において狸がいるのに狐がいない理由でもお話することでご勘弁ねがいましょうか」

「成る程、それも興味深いですがいっそのこと無人の廃墟と化した横浜の地に狐の棲み家が出来て、そこにちょくちょく出入りしている狸の奇怪な生態についてのほうがより興味深いのですが?」

「はっはっはっ 貴方もなかなか言いますなあ~」

「いえいえ、鎧衣課長に比べればこの諸星などはまだまだひよっ子でして」

わあっはっはっは~

「…それくらいにしておけ諸星、鎧衣」

「我々もそう暇ではありませんでな、話を進めていただきたい」

鎧衣課長と私の無意味な漫才を白い目で見ていた二人が話を本筋に引き戻すように催促してきた。

「…これは失礼、では早速あの機体と技術の提供の見返りについてお願いしたいことがあるのですが・・・」

「差し詰め現在進行中の第4世代機開発計画への中途参入かな?」

「むう、確かにあの機体に込められた技術はそれにふさわしいだろうが・・・」

自らの推察を語る巌谷中佐と紅蓮大将だが・・・お生憎様ですがハズレですよお二人とも。

「いいえ、私がお願いしたいのは第4世代機開発への参入ではなく、不知火改修計画の主導権なのですよ

「なんだと!?」「むううっ!?」「ほほう?」

さすがに驚愕する巌谷中佐と紅蓮大将、そして鎧衣課長はといえば・・・面白がってるなこの顔は。

「待ちたまえ諸星君、さすがにそれは無理というものだ」

「何故でしょう?」

「決まっているだろう、不知火は我が国初の国産機なのだ。 その機体開発に関わったメーカーの人間たちが改修計画の主導権はもちろんの事、中途参入すら認めない可能性が高いのだよ」

「もちろんそれは知っています」

「ならば・・・」

「出来ないのではありませんか?現状では不知火の改修自体が?」

「う・・・」「む・・・」「ほほう・・・」

「そのことについて、私に考えがあるのですよ巌谷中佐。 そしてそれはあなたが…いえ、あなたたちが現在抱えている問題の一つの突破口になると思っているのですが」

私がそう言うと、目の前の3人は無言のまま話を続けるように促してきた・・・

私はそれに応えて話始めた。

私の計画の一端を・・・・・
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 演習場戦術機ハンガー】

「やあ皆さん、お待たせしました。」

話合いが終り、機体のあるハンガーに我々が戻るとその場の全員が敬礼してきた。(もちろん私にじゃなく、巌谷中佐と紅蓮大将にだよ)

さてやっかいなお話も一段落したことだし、ショウタイムといきますか。

「ああ、1号君」

「はい?」

「君、今日から紅蓮閣下の下で面倒をみてもらうことになったからね」

「は・・・はいいいいいい!?」

「閣下、本人もこのように感激いたしておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします」

彼の叫び(?)を故意に曲解して紅蓮大将に話を振る。

「うむ、仮名衛士1号とやら、わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」

「閣下・・・『仮名』ではなくて『仮面』です。 お間違えなく」

傍若無人を体現したような紅蓮大将の言い間違いに思わずツッコミを入れてしまう。

「あ・・・あの、モロボシさん・・・一体どういうことですか?」

さすがに声を震わせて鳴海君が迫ってくる。 まあ確かに無理はない・・・いきなりこんな宇宙怪獣のもとに預けるなんて言われたら誰だって悲鳴を上げたくなるだろう。

「どうもこうもあるまい、貴様を衛士としても一人の男としても篁にふさわしい人間に鍛え上げて欲しいとこの二人に頼まれたのだ。

「なっ・・・」「はあ!?」

篁中尉と鳴海くんが揃って私と巌谷中佐の方を見る。

私はポーカーフェイスを保ち、巌谷中佐はというと…なんだろう?まるで銃殺刑を待つ囚人のような雰囲気が・・・気のせいだな、多分。

「オ ジ サ マ・・・」

何だろう? 今、なにか世にも恐ろしい何かの声を聞いたような・・・まあいいか。

務めて気にしないようにしながら、秘密回線で鳴海君に紅蓮閣下に鍛えてもらう本当の理由を話す。

『・・・そういう訳だから頼んだよ、鳴海君』

『アンタッテヒトワ~!!』

理由を聞いて理解はしたが納得できない鳴海君の恨み声を聞きながら、私は退散の言葉を周囲の人たちにかける。

「では皆さん、私はこの辺で失礼します、後日またお邪魔しますので・・・それじゃ1号君、よろしくね」

「・・・ハイ」

「うむ、任せるがよい」

「それでは、また後日」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 副局長室】

「おじさま・・・覚悟はよろしいですか?」

「ま、待て!待ってくれ唯依ちゃん!」

「あの世で父が待っておりますので何卒心逝くまでお話を・・・・」

「唯依ちゃん!頼む!頼むから話を聞いてくれ!」

「・・・問答無用です」
 
 
 
その後、副局長室から人の悲鳴のような音が聞こえてきたが、誰も近づいて確認する者はいなかったそうである。   人間だれしも自分の身がかわいいものなのだ。

篁唯依の怒りが静まるのは数時間後の事であった。
 
 
 
 
第10話に続く




[21206] 閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:59
閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」

私の国の話をしよう。

ああいや、我が「土管帝国」の話ではなくてね、本来私が生まれ育った国「日本民主主義人民共和国」の話だ。

なに?そんな偉大なる独裁者様がいらっしゃるような名前の国で大丈夫かって?

失礼な、我国はちゃんとした民主国家ですよ。 政治家は普通に選挙によって選ばれるし汚職や不正が発覚すればきちんと法的手続きによって処罰されるし…たしかに政治の腐敗は目に余るけど別にこれは今の国名に変わる以前からそうだし。

まあ確かに一部の人たちは「この恥ずべき国名を廃して元の美しい『日本国』に戻すべきだ」とよく仰いますけどね。

だけど我々日本人てのは一度作った金科玉条と云う奴をそう簡単には手放すことができないんだよねえ…たとえそれがどんなにアホらしい経緯で生まれたモノであっても・・・。

それが証拠に出来てからン百年たった“憲法第9条”や、太古の昔から続く“天○制”日の丸の国旗もいまだに健在なんだから・・・え?なに?その国名でそんなのありかって?
 
 
いや実際そうなんだからしょうがないんじゃないかい?
 
 
 
さて…私の国の話を詳しく話す前に、私の「世界」について説明しておかないといかんだろうね。

そもそも私はこのBETA大戦が行われている世界とは別の並行世界、それもおよそ数百年先の未来の世界からやって来た。

…その世界の話だ。
 
 
 
我々の世界における23世紀後半、はっきりいって人類は完全に行き詰っていた。

理由は実に簡単なものだ。 300億を超えた人類をもはや養っていけるだけの容量が地球という惑星に無くなってしまったからだ。

その時代の地球上で“文明的な生活”と言う奴を送っていた人間の数は実に210億人にのぼる。

一つの惑星上でこれだけの数の人間が衣食住の保障された生活を送ればどうなるか?

まず食糧が足りなくなって当然、天然資源はもはや枯渇という言葉さえ虚しい状態、エネルギーだけは辛うじて核融合と太陽エネルギーの極限までの効率化によって世界中に行き渡っていた。

人類はその膨大なエネルギーを使って食糧と生活に必要な様々な物資を生産していた。

野菜・食肉工場、海洋農場、それらを使い品種改良(遺伝子操作は当たり前だった)された食糧資源を生産していった。

海水の淡水化によって広大な農地を潤すことで穀物の生産量を上げた。

さらに究極を超えるリサイクル技術の発達はほぼあらゆる資源を再生・再利用できるまでになっていた。

それによって社会が必要とするあらゆる物資を賄っていたのだ。

だがもうこの時点でこれらの努力も限界に達しようとしていた。

どれだけエネルギーを作り出し、どれだけ資源を効率良く再利用しようと、300億を超えてさらに人数が膨れ上がる人類は自分自身を養うことが不可能になろうとしていたのだ。

残る手段は何らかの口実を設けての“間引き”である。 (早い話が「戦争」をおこして人間の数を減らすことだ)

皮肉なことにこの時代の世界は、過去4回の世界大戦への反省から百年以上に渡って大きな戦争や民族紛争を行わず平和だったために、人口の爆発的な増加に歯止めがかからなかったという事情もあった。
 
 
「結局、我々は冷血なイギリス人の経済学者とボヘミアの伍長の言葉に従うしかないと云うのか」
 
 
当時、とある主要国の元首がこぼした皮肉は誰の笑いも取れなかった。(その言葉を笑える状況を過ぎていたからだ)

だがしかし、戦争とはつまるところ巨大な消費行為である。

もともと資源も食料も不足しようとしていたのにそれを大量に消費して、しかも元手の回収のめどが(何十億人殺せばいいのか、どこで止めれば収支が合うのか)全く判らない状態だったのだ。

人類存続と云う大義名分によって大量殺戮を行おうにも、果してそれが可能なだけの物資と準備と計画をどうするか。

当時、事実上の地球統一政府だった「国際連合会議」は自分たちが「地球」の「内乱」をどう演出するかに頭を悩ませていた。

だが仮に「悪魔の方程式」に頼っても、救われるという保証は全くなかった…それが今日の歴史家や社会学者の見解だ。

表向き平和な、しかし確実に崖っぷちに追い込まれつつあった人類の前に一人の男が現れた。

その男の名は「コンラート・へイル」 後世“異邦の救世主”もしくは“来訪者”と呼ばれることとなる男である。

彼が何者で何処から来て何処へ去ったのか、現在のところ公式な資料は無いに等しい。

だがしかしこの男が人類に何をもたらしたかを知らない者はいないだろう。

何故なら彼が人類にもたらした物、それは“未来”と“新世界”だったからだ。

彼、コンラート・へイルはいくつかの国家の実力者、企業のトップ、そして多くの科学者を訪ね歩き、いくつかの提案を行った。

その結果として生み出されたのが『メビウス・システム』である。

これはコンラート・へイルによって提供されたデバイス『メビウス・コイル』の解析・複製の果てに出来あがったシステムだ。

彼の話によれば、彼はこの世界の人間ではなくいずこかの並行世界からやって来た放浪者なのだそうだ。

正気を疑う話ではあったが彼の提供した様々なモノや情報がそれを裏付けていった。

メビウス・コイルもまた、どこかの並行世界において開発されたものだったらしい。

“らしい”というのは『その世界の人類』がすでに滅んでしまっていて、詳しいことが判らないからだということだ。

コンラート・へイルはその滅んだ世界の遺構のなかでまだ活動していた人工知性体(コンピューターのような物らしい)からコイルを提供されたそうだ。

そのコイルに何が出来たかというと…異なる時間、空間、そして並行世界への“接続”だった。

それによって我々は『放電空間』と呼ばれるエネルギー状態の並行宇宙から、電気エネルギーを事実上無限に取り出せるようになった。

そしてそれ以上に重要なのが時間、空間の移動である。

これにより人類は、異なる時空間に多数存在する『別の地球』を発見し、そこへの移住を開始したのだ。

その壮大な大移動計画によって、全ての人類が破滅から救われたと言っても過言ではない。

もちろん、それだけのいわば“大変動”に何の混乱もなかった訳ではない。

当時半熟状態ではあったがどうやら統一政府に近い状態が出来つつあった世界情勢は、人口増加による世界的ストレスと大移動計画による混乱から再び四分五裂になろうとしていた。

それでも未来の可能性を手に入れた我々人類は混乱を乗り越えて移住計画を進めて行った。

その果てに出来あがったのが『並行地球群連合』である。

それぞれ一つの国家、あるいは民族、あるいは宗教が「自分たちだけの地球」として一つの地球を保有してそこに居住する、そして元々の地球『旧地球(Old Earth)』にその本部を設置した。
 
 
つまり国連本部と各国の出先機関(大使館等)のみを地球に置き、それぞれの国家、民族、宗教にわかれて別々の地球に移り住んだのだ。
 
 
 
 
・・・まあそんなこんなで今日の我々がある訳だ。

本来の地球(Old Earth)はもはや資源を奪いつくされ痩せ細っていたから、一部の後ろ髪をひかれる人たちを除けばほとんどの人間が移住に同意したんだよ。

我国も数ある地球の内の一つを獲得して、国をあげてそこへ移り住んだのだよ。

もちろんどの国でも我国のように一つの国が一つの星を丸ごと手に入れられる訳ではなかった。

経済的理由、あるいは人口が少なすぎる国や民族は地政学上の利害対立がない国同士、または経済的利害が一致するもの同士で一つの地球を共有した場合もあったね。

また人口が多過ぎたり政治的に分裂した大国などは結局複数の地球を持ったりしたよね。


そしてまたン百年。


発見された並行地球の数は居住不適合のものを含めれば千以上にのぼった。

『並行地球群連合』は発見された地球に番号を付けて整理、管理を試みたんだ。

その過程でいろいろなトラブルにも見舞われたんだけどね・・・

そういったトラブルを未然に防いだり、対処するための監視要員として『並行基点観測員』がそれぞれの地球(主に居住対象外の星)に付けられるようになった。

もちろん私もその一人だ。

え、それってつまり『国連職員』てことだよねって・・・うん、もちろん名目上は確かにね。

まあ、実際には各国から召集された軍人とか警察官がその任に当たることが多い訳だ。

我国からも『人民防衛隊』の隊員が派遣されることが度々あるしね。

え、それってなんだって?

もちろん我国の軍・・・あ、いやようするに我国の国土と国民の生命財産等を守るための防衛組織の名称ですよはい。

・・・いやだからどうしようもないんだってばこの国はこういうことに関してはもう本当に。

・・・え、でもなんで本来文民の私が軍用犬や警察犬の真似事をしてるのかって?

うん、よくぞ聞いてくれました。
 
 
 
事の起りは約10年程前、新たに発見された並行地球の現地観測を行ったところ、この世界の地球には人類が存在していることが判明した。

それ自体は別に初めての事ではなかった。

これまでにも何回か自分たち以外の「人類」や「存在」に接触、遭遇をしたことがあったのだ。

だが今回の場合はある意味とてつもなく「特殊」な事例だった。

この世界の人類の状況が自分たちの元々の世界の20世紀末頃によく似ていること、そしてこの世界の人類がBETAと呼ばれる地球外生命体に侵略されていることがわかったのだ。

そしてそれは我国にとって二重三重の衝撃となった。

この世界の状況は我国の政治関係者にとって一種のタブーとなっている“あるおとぎばなし”に殆んど瓜二つだったからだ。

原題「マブラヴ」、国外では主に「THE ALTERNATIVE」というタイトルで知られている歴史的問題作だ。

『あいとゆうきのおとぎばなし』

このサブタイトルで語られることが多い21世紀初頭に作られた空想創作は長く大衆文化の代表作とされると同時に、我国の近代史(特に過去100年くらい)におけるある意味「汚点の象徴」と言っても良かった。

近代日本史の中で最大の黒歴史とも言うべき『文明大改革』による弾圧の最大目標がこの作品だったからだ。

この俗に言う「文改時代」において所謂保守的、懐古的風潮が見られる創作作品(かなりいい加減な基準と言うしかない)の創作、展示、販売、さらには個人の保有までもが法律により処罰の対象になった。(もちろん時の政府の方針を肯定するような『作品』はとても優遇され、讃えられた。)

そしてこの「マブラヴ」とその関連創作の全てが摘発、没収、焼却処分(つまり焚書)の対象となった。(例を上げればイーニァや霞のイラスト、戦術機の3Dモデルを持っているだけで即逮捕だ。)

歴史的に長期間人気があった作品だからこそ、自分たちの政治思想に反する物は抹消すべきである。

・・・時として権力を持った人間と云うものは信じがたいほどの愚行に走る、その典型的な実例が繰り広げられた。

『文明改革検閲隊』が組織され、あらゆる「反社会的」なメディア、作品が「処分」されていった。

このせいで、この作品「マブラヴ」の幾つかの原典資料が永遠に失われたこともあった。

・・・二回に及ぶ狂気の『政治ごっこ』が終わった後、人々はこの「改革」とそれを推進した者たちを過去の恥として捨て去り、忘れ去った。

そしてごく一部の人間だけが、彼らの残党を熱狂的に支持してカルト政治集団として存続することになった。

・・・そしてある意味でこの出来事の象徴となってしまった「あいとゆうきのおとぎばなし」は社会的な腫れもの扱いとなったのだ。

公の場でこの作品について語るだけで作品の内容や発言者の意向とは全く関係なく「政治的意味合い」を持つという空気が出来てしまったのだ。

やがてこの作品は一部のマニア的ファンと研究者たちの間だけで語られるようになっていた・・・

そんなところに『BETA大戦の行われている世界』発見のニュースがもたらされたのであった。
 
 
 
 
 
・・・いやもうおかげでてんやわんやの大騒ぎ。

このニュースがきっかけで「マブラヴ」の物語が国内だけではなくて国際的にも注目を集めちゃったでしょ?

それがどんな騒ぎかというと・・・

「やっぱりマブラヴは並行世界の真理だったんだ!」「霞とイーニァを助けなきゃ!」「BETAを捕獲して詳しい生態研究を…」「そんなものより因果律量子論の検証を!」「われわれの力で米国の謀略から悠陽殿下をお守りしよう!」「それより中露の馬鹿共を潰してユーラシアの効率的な解放計画を…」「唯依ちゃんの安否が…」「止めろ!狭霧を止めろ!」「G弾は危険だ、我々の世界に持ちこませては…また血を吐きながらマラソンを…」「戦術機にマグネットコーティングとム―バブルフレームを導入すれば…ハイネマンごとき負け犬に任せておけるか!」「…オレがまりもちゃんの身代わりになるんだ」「京塚のおばちゃんの合成サバ味噌定食の味を知りたい!」「ハルーは絶対に死なせない!」「いやそれより穂村は危険だ!早く隔離させろ!」「焼きそばは焼きそばパンだけじゃない!広島風モダン焼きもあるんだ!彩峰にこの味の素晴しさを…」「クリスカLOVE」

・・・つまりこんな具合にだな・・・(思い出したら頭がイタクなって来た)

過去の経緯から他の並行世界の人類や知性体との接触を可能な限り避けていた連合上層部は、この世界に対しても基本的に不干渉の決定を下していたんだ。

だがこのままでは「おとぎばなし」と同じ結末が待っている・・・

仮に白銀武が現れたとしても「1回目」ならば事実上人類はオシマイ、「2回目」以降だとしても第4計画の成功率は極めて低く、成功してもその被害から本当に人類が立ち直り世界を再建出来るかどうかは非常に厳しいだろう。

観測の結果、「おとぎばなし」の内容が発見された世界の状況とほぼ完全に一致するとの報告が出されると、救援活動の提言が(さっき言ってたような連中のも含めて)数多く寄せられることになったんだよね。

だけど連合とその主要国の指導者連中たちは腰が重かった。

なんせ物語の中の地球の大国たちの立ち居振る舞い(特に米露中の3カ国)ときたら過去の自分たちの身勝手さを拡大再生産したようなものだったしね。

“そんなハズカシイ連中”を助けて、あげく彼らと“共存”していくのか?

『地球を一つ譲るくらいはなんとかなるが、「G弾」とかを振りかざす連中を“こちら側”に招きいれるのはゴメンだ』

殆どの首脳たちがそう考えていたんだろうと私は思ってるんだ。

そんな時だ。

世論の動きを気にしながらも我関せずを続けようとしていた連合にそれまでこの件にできるだけ関与するのを避けようとしていた日本(民主主義人民共和国)から一つの提案がなされたのは。

他でもないこの私が愚かで無責任な上司の尻拭いとして考案したプランを政府が採用し、連合に申し出たのだよ。

問題の行方を気にしていた連合は驚異の速さでこれを採決しちゃったんだよこれが。

要するにエライ人たちはこの問題からさっさと逃げたかったんだと思う。

そして言い出しっぺのこの私はめでたく『並行基点観測員3401号』として一人この世界に赴任してきたと・・・まあどう見ても紛争地帯への単独派遣、ようするに「左遷」だな。

けどそれはこの件を提案した時から判ってたことだし、アノ上司の下で人間性を腐らせながら日々を送るのに比べたら1000倍マシと思うのだよキミたち。

なに、それって強がりですかって?

ふはははは、なにを言いますウサギさんたち…ああウサギじゃないか…君たち、ボクハツヨガッテナンカイマセンヨー。


《モロボシはん、もうお酒はやめたほうがええで~》

《そうそう、カラダに悪いですよ~》

《第一、その話もう38回目やで》

《明日からN.Y.に出張なんでしょ~?》

・・・いいじゃないか酒くらい好きに飲ませてくれよ。

・・・え?日本の話じゃなかったのかって・・・ああ、続きはまたいずれね。


 
 
閑話その1終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第10話「NYのコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 09:03
第10話 「NYのコウモリ男」

【2001年1月7日 ニューヨーク・国連本部】

香月夕呼はNYにいた。

オルタネイティヴ第4計画の推進のため、米国やその他の国々の計画推進派、賛成派などとの意見交換と利害調整のためであった。

夕呼の目的である第4計画はハイヴ攻略を前提としているため、必要となる機材・人員の他に日本を含む国連加盟国の支援がなければ到底実行不可能である。

その中でも一番頼りになり、そして一番邪魔なのがこのアメリカ合衆国だった。

資金と物資の両面で自らの祖国日本帝国よりも多くを提供してくれるのがこの国だが、同時に第5計画という“愚行”を推進し、自分たちの計画を潰そうとしているのもまたこのアメリカという国であった。

巨大国家の常と言うべきか国内の複数勢力がそれぞれ世界情勢に影響を及ぼさずにはいられない。

それも正反対の方法論を持つ2つの勢力が。

(まあったく、面倒な話だわ)

自分にあてがわれた個室の中で夕呼は頭を悩ませていた。

米国内の第4計画推進派との会合はそれなりに上手く運んでいた。(もちろん本当にスムーズに運んだ訳ではないのだが)

国連の予算だけでは補えない様々な物資や資金の提供に一応の目途を付けられるところまで話を進め、オルタネイティヴ5の抑止のための連携も確認し合った。

また昨年、キリスト教恭順派によって暴露されたG弾の爆心地の映像や様々なデータは、第5計画のブレーキとして大いに役立ってくれていた。

ところがそのことが今度はオルタネイティヴ計画自体に対する反対運動へと発展しようとしていると知って夕呼は世間の無知と無理解に頭を掻きむしることになった。

(世の中には馬鹿と間抜けしかいないのかしら?オルタネイティヴ4と5の根本的な違いも理解せずG弾の脅威に怯えるあまりオルタネイティヴ計画そのものを否定するなんて!)

オルタネイティヴ計画全体が国連の秘密計画であるため計画の存在を知る者自体が少数であり、詳しい内容を知る者に至っては本当に一握りの人間だけであるということがさらに事態をややこしくしていた。

限られた人間にしか情報を開示出来ず、しかも下手に開示すれば内容自体をどう悪用されるか判らない。(事実第3計画ではかなり非人道的な人体実験も行われていたし、人工ESP発現体や00ユニットのデータは使い方を誤れば大変な事態では済まなくなる)

殆んどの情報が開示出来ないが故に誤解と不信が拡大し、それが反オルタネイティヴの動きへと繋がって行ったのだ。

第4計画vs第5計画のみではなく、オルタネイティヴ推進派vs反オルタネイティヴ派の対立。

オルタネイティヴ計画はその機密性ゆえに思いもかけない蹉跌にはまろうとしていた。

そしてもう一つ、今の夕呼をイラつかせている問題があった。

「香月副司令」

「ああピアティフ、調べはついた?」

秘書兼副官のイリーナ・ピアティフの声に我に返って夕呼は尋ねる。

「はい、やはり情報通りこのモロボシという人物が第5計画移民派とHI-MAERF計画に対しあのマッコイ・カンパニーを通して接触を図り、ML機関の入手を目論んでいると思われます」

「ふ~ん、自前でG弾でも作る気かしらねその男」

ピアティフの報告に夕呼は笑えないジョークを返しつつ、思考を巡らせる。

(G弾推進派ではなくて移民派と接触…そしてML機関の入手…マッコイ・カンパニー…あの武器商人の性悪ジジイを介して…どうもチグハグねえこの男…少なくとも既存の勢力の範疇に入らない人間ということは確かか…こいつの正体や目的を判断するにはまだピースが不足してるわね)

「ピアティフ」

「はい」

「このモロボシって男について可能な限り詳細な情報を入手しなさい」

「了解しました」

(さて、この男…私の敵になるかそれとも手駒になるか…どっちかしらねえ…ふふっ)

ピアティフに指示を下しながら夕呼は心の中で自らの新たな邪魔者について楽しい(?)未来図を描きはじめていた。
 
 
 
 
【ニューヨーク市内 マッコイ・カンパニー本社】

私は今、とてつもない「怪物」と対峙していた。

怪物、といっても見た目は小柄な老人である。

枯れ木のように痩せ細った手足と折れ曲がった腰、皺くちゃの顔にまるでドワーフ(小人族の妖精)のような大きな鉤鼻。

吹けば飛ぶような小さな老人だが、しかしその目は恐ろしく鋭い、そして深く暗い色でこちらを見ている。

米国軍需産業とその流通に隠然たる影響力を持ち、世界の軍事関連の専門家ならばその名を知らない者はいないとまで言われる男。

世界のあらゆる戦争地帯にあらゆる物資を調達し、送り届ける男…通称『マッコイ爺さん』と呼ばれるこの会社のオーナーである。

私の現在の雇用主である松鯉商事の封木社長がかつて働いていたのがこの老人の下であった。

社長の言葉によればこのマッコイ老は自ら指揮をとって世界各地の対BETA戦争の最前線に軍需関連のあらゆる物資を売りさばき、自らそれを運搬して届けたそうだ。

社長も輸送機のパイロットとしてその仕事を手伝い、そしてユーラシア大陸の各地で繰り広げられた悲惨なBETA大戦の実状を見て来たという。

日本に帰った後、彼は家族と会社の安全のために会社と家をいち早く京から東京へと移した。

軍部や政治家たちが威勢のいい進軍ラッパを鳴らすのをしり目にBETAが本土へ上陸した時に備え続けたのだ。

エライ人々が表向き言っていることなどBETAの前では何の役にも立たない。

仕事上の経験からその現実を知り尽くしていた彼は自分と家族、そして会社と社員が生き残るためのあらゆる努力を惜しまなかった。

98年のBETAの本土上陸から今日まで社長の采配のおかげで社員全員が無事であったと言っても過言ではないだろう。

その社長を鍛え育てた人物こそ目の前のこの老人だった。

「…なるほど、おもしれえ資料だなこいつは」

「そう言って頂けると思いました」

私が彼に見せていたのは先日巌谷中佐たちにお披露目した「撃震モドキ」のデータ(X1を含めて)と、「ある推論の検証データ」であった。

「こっちのF4改修機の情報はワシの商売に新しいタネをもたらしてくれそうだが…もう一つの方はさて、なにを考えてこんなもんを作成したんだ?え?若造」

「まあ、早い話がオルタネイティヴ第5計画の見直しを促すためですね」

「ふん、あのG弾に取り憑かれたバカ共がこんなレポート一つで考えを改めるとでも思ったのか?」

鼻先で笑いながら私の作成したレポートを指先で小突く。

そのレポートは99年8月5日より現在までの横浜におけるG弾による重力変動とその測定データを元にしてユーラシア全域でG弾を使用した場合の地球全体への影響が示されていた。

「連中はこんなレポートは断じて認めねえし、この推論を決定的に証明するだけの根拠も乏しいだろう」

「勿論ですとも、私もあの愚かな“バビロンの支配者たち”を啓蒙できるなどと思ってはいません」

「ほ~う、傲慢な演技も出来るようでなによりだ」

私のさりげなくも自信満々といった風な演技を怪物老は軽くあしらう。 まあこの老人は私ごとき新米の謀略家などとは始めから役者が違うのだから仕方がない。

「私がそのレポートを見せたいのは“彼ら”ではありません」

「へえ、それじゃ誰だい?」

「アーネスト・ウォーケン上院議員」

「なに!?」

「…繋ぎをお願いできませんか?」

私の“頼みごと”にさすがのマッコイ老も顔をしかめて考え込む。

「おめぇ、ワシが誰かわかった上でそんな頼みごとをする気かよ」

アーネスト・ウォーケン氏はこの国の上院議員としてその人柄と共に高い評価を受け、次期大統領候補の1人と目されている人物であり、その政治姿勢から“合法的密輸業者”ともいうべきマッコイ老にとっては目の上のタンコブの筆頭であった。

「…お願いします」

私はこの先にある様々な問題に立ち向かうネットワークを作るために無理を承知でマッコイ老に懇願した。

「…ひとつ聞いていいか?」

「何なりと」

「このデータは信用していいのか?」

「…そのデータと推論は全て“真実”です」

「おめぇ…いや、いいだろう。 ウォーケンの野郎に話をつけてやらあな」

「感謝します!」

私の言葉に何かを嗅ぎ取ったマッコイ老だが、深くは詮索せずに願い事を聞いてくれたのだった。
 
 
 
 
【2001年1月9日 ニューヨーク・国連本部】

「アーネスト・ウォーケン? あの上院議員の?」

「はい、接触してなんらかの意見交換を行っているらしいとのことです」

先日指示しておいたモロボシの調査を行っていたピアティフ中尉からの報告で、思わぬ名前を聞いた夕呼はらしくもなく聞き返してしまっていた。

「・・・どういうつもりなのモロボシって男は」

夕呼がそう唸ったのも無理はなかった。

AL5の移民派、HI-MAERF計画、マッコイ・カンパニー、そしてウォーケン上院議員。

お互いに関係ない、というよりむしろ対立しているような関係者の間を行ったり来たりしている…

傍目にはそうとしか思えない行動だった。

いかに天才科学者といえど約11カ月後にそのウォーケン上院議員の息子と自分の第4計画がクーデターという糸で結びつけられるとは予想できず、まして会ったこともない男がそのための対策の一環として彼の父親と会っている等とは神ならぬ夕呼には知りようがなかった。

「理解不可能なコウモリ男ね」

「コウモリ…ですか?」

「イソップの寓話よ…日本では日和見な卑怯者を意味するおとぎ話になってるけどね」

「はあ…」

「…ピアティフ」

「はい。」

「このコウモリと連絡を取って」

「すぐにですか?」

「ええ、いますぐに」

香月夕呼は決断した。

正体不明のコウモリ男の本当の顔を自分の手で暴くことを。
 
 
 
 
【ニューヨーク・ミッドタウン】

今、私の前では白人の紳士が一人でレポートを読んでいる。

彼の名はアーネスト・ウォーケン、12.5事件の“犠牲者”たちの一人であるアルフレッド・ウォーケン少佐の父親であり、議会上院の良識派、そして反オルタネイティヴ派の1人でもある。

「…成る程、これは興味深い内容だ」

ウォーケン氏は慎重に言葉を選びながら言った。

「だが、これを完全に証明するにはややデータが不足しているのではないかね? それにこう言ってはなんだが、“あの”マッコイ氏がなぜこんな情報を提供しようとするのか理解に苦しむのだが」

まあ当然の反応だろう、本来敵対関係と言っても差支えない相手からこんな情報がもたらされれば疑ってかかるのが当たり前だ。

「まず誤解を解いておきたいのですが、あなたに面会を求めたのも、そのレポートを提供するのも全て私自身の意図によるものでマッコイ氏にはただ、紹介をお願いしたにすぎません」

「ほう、では君は何の意図を持って私にこれを見せたのかね?」

さあ、本題だ。

「ウォーケン議員、貴方は現在のオルタネイティヴ計画に反対の立場を取っておられますね」

「確かに反対側だな、大枚の税金をはたいて僅か数万人の人間を宇宙の彼方に放り出した揚句、G弾の大量運用でユーラシアを焼き尽くそうなどと…推進派の連中は米国本土には影響はないと言っているが、このレポートを見たらどんな顔をするだろうな」

「“彼ら”はその内容を信じないでしょう。  私もそんなことを期待している訳ではありません」

「ふむ、わかっているようだな… ではなにを期待しているのかね」

「オルタネイティヴ4の支援をお願いしたいのです」

「なに? あのAL5以上に荒唐無稽な計画をか?」

「議員、あなたがどう思っておられるか…まあ想像はつきますがしかし香月博士は何の根拠もないデタラメを口にされる方ではありませんよ」

(ハッタリなら幾らでもかますでしょうけどね)

心の中で口には出せない注釈を加えながら上院議員の説得を続ける。

「それなりの時間を費やせば彼女の計画は必ず成果を上げるでしょう…もっともその“時間”と云う奴をワシントン…いえ、“霧の底”にいる人たちは与えるつもりがないようでして、香月博士にも…そして日本帝国にも

その言葉にウォーケン氏はピクッと眉を震わせ、そして沈黙を続ける。

“霧の底” 国務省と言うよりこの場合はCIAを表す隠語に、さらに標的が香月博士のみならず日本帝国そのものであると言われれば慎重に沈黙せざるを得ないだろう。

「信じられませんか?」

「…確証は、あるのかね?」

「いずれは手に入るでしょう…しかしその時にはすでに手遅れでしょうが…“貴方にとっては”」

「どういう意味かね?」

「第7艦隊を手駒として使うからですよ。 それに“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…どうですか?」

その言葉に今度こそウォーケン議員は顔を歪め怒りと嫌悪の色を剥き出しにする。

それは私にではなく、ここにいない“誰か”に向けられていた。

さて、ここはひとつ押しの一手で・・・あれ?通信?こんな時に何がって?え…おいおい。

「申し訳ありません議員、急な用で少々中座をさせていただきたいのですが?」

私の言うことに議員は鷹揚に頷き、中座を許可してくれた。

・・・さて、お電話ですよ・・・

「ああ、もしもし私松鯉商事の諸星と申しますが…」
 
 
 
 
 
モロボシが席を立ってからもアーネスト・ウォーケンは彼の言葉の内容を吟味していた。

AL4の支援、香月博士、CIA、第7艦隊・・・

(“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…)

“彼ら”すなわちCIAと軍の一部が前線国家である日本帝国の政治、軍事双方の指揮権を狙っていることは知っていたし、彼らが目的のために何でもすることもわかっていた。

しかしその野望のために自分の息子が利用され、しかもその結果自分の政治生命が奪われるかも知れない…“ナンセンス”とは言えなかった。 “連中ならやりかねない”アーネスト・ウォーケンは長年の経験からそのことを知っていた。

(だからいい加減前線勤務などやめろとあれほど言ったのに、“合衆国の正義を世界にもたらす為に働くのが誇りだ”などと…軍の中も政治の世界と同じでお前のような誠実な正直者は一番背後から撃たれやすいというのが解らないのかアルフレッド)

アーネスト・ウォーケンは心の中でそう息子に向かって愚痴をこぼした。

(だがどうする?あいつが今すぐ軍を辞めるなどありえんし、それにこの男の話が事実なら香月博士だけでなく日本そのものまで標的に…これが表沙汰になれば国務省やペンタゴンだけの問題ではなくなる、間違いなく大統領…ひいては合衆国の国際的な立場にまで深刻なダメージを与えかねない)

ウォーケンが心のなかで懊悩煩悶しているところへモロボシが戻ってきた。

「どうも、お待たせしました」

「いや、かまわんよ…ところでモロボシ君」

「なんでしょう?」

「君はAL4派なのかね?香月博士の計画の支持を依頼してくる理由は?」

「いいえ議員、私はAL4派ではありません、AL4を支持するのはそれが人類にとって最善の道と信じているからですが、私自身の本来の目的は別にあります」

「ほう、君の目的…それは?」

その質問に対してモロボシはあるシナリオをアーネスト・ウォーケンに語り始めた…そしてそれを聞くウォーケンの顔は次第に真剣なものになっていくのだった。
 
 
話を終えたモロボシに対してウォーケンは言った。

「君の話はわかった、全てを信じるとは言わんがAL4の推進に陰ながら協力を約束しよう」

「ありがとうございます議員、私も“霧の底”について知らせるべきことがあれば連絡をさせて頂きます」

「うむ、よろしくたのむ」

お互いの協力を約束して、2人の男は別れた。

この協力関係が約1年後の人類の運命を大きく変えることになるとはウォーケン自身もまだ知らなかった。
 
 
 
 
第11話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第11話「女狐vsコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/05 18:21
第11話 「女狐vsコウモリ男」

【2001年1月10日 ニューヨーク ホテル・ウェリントン】

香月夕呼は獲物が来るのを待っていた。

獲物の名前は「諸星段」

ここ数日の間、彼女をイラつかせていた元凶であった。

あたかもコウモリの如くオルタネイティヴ計画の関係者や武器商人、はては反オルタネイティヴ派の有力議員にまで節操無く接触しコネをつくり続ける男。

その目的も行動原理も全く不明。

自分にとって敵対者となるのかそれとも協力者(つまり手駒)となるのかも判別不能。

(ある意味あのタヌキオヤジと同種の厄介者かもね)

その厄介者の正体を見極めるために副官であるイリーナ・ピアティフに諸星とコンタクトを取らせ、今日の会談をセットしたのだが…

「遅い!いつまで待たせる気よ諸星って男は!」

「副司令…まだ10分前ですが…」

イラつく夕呼を懸命にピアティフが宥めるが、ここ数日間のストレスが原因で“天災天才科学者”のご機嫌は非常に麗しくない。

「“もう”10分前よ!もう!だいたいコウモリの分際で人間様を待たせ「コウモリがどうかしましたか?」!!!って何時の間に!?」

気が付けば目の前に件のコウモリが立っていた。

「どうも、初めまして香月博士。 私、松鯉商事営業課の諸星と申します」

いつの間にか無断でホテルの部屋に侵入していたにも係わらず、いけしゃあしゃあと名刺を差し出して“日本人のセールスマン”を演じて見せる諸星に、たちどころに夕呼も心のスイッチを切り替える。

「よく来てくれたわね、私が香月夕呼よ。 いきなり不法侵入してきたみたいだけど、まあ私の方が招待したんだからとりあえず大目に見てあげるわ」

「これは失礼しました、実は先程まで仕事上の研究に没頭しておりまして、そのせいで時間を浪費したために慌ててここまで来た次第でして」

「あらそう、参考までにどんな研究なのか教えて頂けるのかしら?」

「はい、研究のテーマは『アメリカン』です」

「はあ?」

いきなり意味不明な“研究テーマ”を口にされ、さしもの夕呼も思考が停止しかかった。

「アメリカンコーヒーの事ですよ香月博士、私は本場アメリカのアメリカンコーヒーの味を是非とも日本でも再現したいのです」

「へえ?」

「そもそも日本では永らく本当のアメリカンコーヒーというやつに対して正しい認識が足りませんでした。 多くの日本人はただ単にマグカップに薄く淹れたコーヒーを出すのがアメリカンだと誤解していたのです。 また多少コーヒーに詳しい人がアメリカンについて正しい知識を啓蒙しても、本物のアメリカンコーヒーの味は再現できませんでした。 どういう訳か日本人の作るアメリカンコーヒーの味は本場のそれに比べるとやや渋味が強すぎ、どこかえぐい風味が出てしまうのです。 私はここニューヨークのカフェで飲めるような紅茶のように薄くて、しかもバランスのとれた苦味と香りの豊かなコーヒーの味を是非とも日本に広めたいのです」

「はあ…」

「そのためここニューヨークに来たのを機会にあちこちのカフェでコーヒーの味を見て回っていたのですが…いやそのせいでうっかり時間に遅れそうになるとは、いや実にお恥ずかしい」

「……」(こいつ、本職の詐欺師でなけりゃ本物のバカね)

誰が聞いても「非道過ぎる」といわれかねない評価を心の中で下しながら夕呼は諸星を観察する。

「…ところで博士、先程コウモリがどうとかというお話が聞こえましたが何のことでなのでしょう?」

「ああ大したことじゃないわ。 今あたしの目の前でどこぞのタヌキみたいな薀蓄三昧を繰り広げているおかしな生き物の事を端的に表現しただけよ」

諸星の皮肉もしくは嫌味1歩手前の質問に対して、明らかにレッドラインを踏み越えた返答を夕呼は返す。

「どこぞのタヌキ…ああ成る程、いやしかしあの鎧衣課長の非実用的な薀蓄に対して私のそれは実用性第一を心掛けているつもりなのですが…」

(あたしの血圧を上昇させるのが使用目的なら、どっちも充分実用的よ!)

そのラインオーバーの嫌味すらさらりと流して惚け振りを重ねる薀蓄蝙蝠男の態度に夕呼の中の殺意が確実に上昇する。

「おおそうだ、タヌキ…いえ鎧衣課長で思い出しました、大吟醸の味がお気に召していただけたようでなによりです」

「なっ…それじゃあのお酒は…」

「ええ、当社で限定的に仕入れている特別製の大吟醸でして…月2本のペースでよろしければ今後とも「買った!」…毎度ありがとうございます」

(しまった・・・)

ついうっかり相手のペースに乗せられたことに気付き、夕呼は心の中で舌打ちする。

(こいつがあのタヌキ親父が言ってた“秘境”とやらの関係者ってわけか…たしかにあのタヌキが気にするだけあって一筋縄じゃいかなそうね)

「ところで博士、本日ご招待にあずかった用件ですが…どういったお話でしょうか」

「・・・そうね、あんた何者?」

「と、おっしゃいますと?」

「とぼけんじゃないわよ!あたしの仕事の周りをコウモリみたいにあちこち飛び回って一体あんたは何がしたい訳?」

「人類と、その文明の存続」

「え?」

「…それが私の仕事における最終目的です」

「……」

予想もしない哲学的な(?)、いやおよそ商売人の言葉とは思えない発言に夕呼の目が細くなり相手の真意を探ろうとする。

「人類と文明の存続ねえ? もしかしてそれはあたしの計画を援助でもしてくれるってことかしら?」

「いいえ」

「へえ、じゃあ何をする気?」

「オルタネイティヴ第5計画の“修正”」

「!!なんですって!?」

「現在国連の秘密計画として二つのオルタネイティヴ計画がすすめられています。 その一つがあなたの推進する第4計画であり、もう一つがこの国が推奨する第5計画ですね…私はこの二つの内、第5計画の方を“修正”する必要があると考えています」

夕呼の目の前にいる男の顔からは、すでに愛想笑いが消えていた。

「米国の推奨する第5計画の基本的内容はまず人類の中から10万人程の“代表者”を選抜し、彼らを宇宙船でアルファ・ケンタウリまで送り出し、その後G弾によるハイヴへの全面攻撃を敢行するというものです」

「…よく知ってるわね、それで?」

「このプランはあまりにもズサンで穴だらけだと言わざるを得ません。 まずそもそも僅か10万人程度の人間を宇宙の果てまで送り届けて、そこではたして人類社会の再建が可能なのかどうか、なにより無事に目的地にたどりつく可能性はどの程度なのか」

「あら、移民派の連中は成功率は十分にあるって言ってるわよ?」

「机上の計算では、でしょう。 そもそも人類自身が太陽系のそれも内惑星系から外に出たことがないというのに、太陽系外の外宇宙に出るということはつまり小さな湾の中で小舟に乗っていた素人がある日突然太平横断計画を、それも碌な海図も無しに始めようとするのと同じでしょう」

「海難事故に遭うのは確実ね」

「さらに言うならばその宇宙船団は各国がそれぞれに分かれて乗り込むわけですが…」

「ええ、それがどうしたの?」

「私の予想では…宇宙のど真ん中で船同士、いえ国家や民族同士の殺し合いが始まる可能性が高いと思いますね…“新世界”を独占するために」

まさか、などと愚かなことを夕呼は言わなかった…諸星が言ったことは彼女自身の予想と全く同じだったからだ。

(けどその程度の答えではまだまだあたしを満足させられないわよ、コウモリさん)

「…それで?」

「種の存続をかけた計画としてはAL5の移民計画はあまりにも分の悪過ぎる賭けでしょう、そしてもう一つの方ですが…」

そこまで言うと諸星はアタッシュケースの中から1冊のレポートと先日鎧衣課長の持ってきたのと同じ酒瓶を取り出した。

「これはお近づきの印にと持ってきました、今夜にでもどうぞ」

「あらありがと、それでそのレポートは? どんな素敵な内容が記されているのかしら?」

「どうぞ目をお通し下さい」

諸星から渡されたレポートを読む夕呼の顔がしだいに強張りはじめ、そして読み終える頃には完全な無表情になっていた。

「これ…あんたがまとめたの?」

「ええ、“ある仮説”をもとに私がデータを収集して、とある科学者に検証を依頼して作成されたものです」

「よくこんなもの平気で人に見せびらかせるわね、あんた死にたいの?」

「まだこの年で死にたくはないですなあ~はっはっは」

(この男も銃弾で撃ち殺せるか試してみる価値がありそうねえ)

心の中で物騒なことを考えながら夕呼は自分がいま読んだレポートの信憑性とその価値に考えを巡らせる。

このレポートの記述を自分が補完してより完全な内容にすればおそらくG弾推進派に対して強烈な一撃を与えることになるだろう。

しかしそれはAL5の更なる強硬姿勢と先鋭化を促し、さらには米国、そして世界の経済状況に深刻な亀裂を入れかねない。

BETAの侵略によってユーラシアが事実上失われた現在、米国経済だけが世界の現状を支えており、しかも今現在その信頼性をもっとも支えているのが他ならぬG弾の存在だった。

たとえどんなに危険な道具だろうと、いやだからこそ現在の絶望的な状況にある世界の中ではG弾の破壊力はそれ自体が一種の“安心保障”となっている。

だからこそ、最悪のタイミングで日本を裏切りあげく明星作戦の最中に自国の兵士まで巻き込んでG弾を落とした愚かな前任者と違い、G弾の危険性を認識しAL5に慎重な姿勢を示す現職の大統領でさえもG弾使用のオプションを完全に排除することは出来ないのであった。

諸星のレポートはその危険なバランスを根底から揺さぶりかねない可能性を秘めていた。

「…あんた今までにこのレポートを何人の人間に見せたの?」

「2人だけです、あなたが3人目です博士」

「2人?」

「マッコイ・カンパニーのマッコイ翁とアーネスト・ウォーケン上院議員…ちなみにお二人とも当分の間この件について沈黙を守ってくれることを約束してくださいました」

「ふーん」

「私がこのレポートの中身を直接お見せするのは貴女を含めてあと3人だけです」

「へえ、ちなみにあと2人は誰?」

「日本帝国内閣総理大臣 榊是親 そして…政威大将軍 煌武院悠陽殿下」

「!!!あんた…」

さすがに夕呼の顔色が一変する。

目の前のこの男が単なるコウモリでも詐欺師でもない、とてつもない謀略家か自分の理解を超えた本物の“大馬鹿者”だということにようやく気付いたのだった。

「あなたの手でこの内容の再検証と仮説の補完をやってはくれませんか博士」

「ことがことだけにリスクが大き過ぎるわねえ~ そこまでしてあたしにメリットがあるかしら」

「もちろんありますとも」

「へえ、どんな?」

「香月博士、“彼ら”があなたに第4計画を完成させるだけの“猶予”を与える気があると本気で信じてらっしゃいますか?」

「…何が言いたいの?」

「第4計画を実行に移す為にはそれなりの準備が必要です。 そのためにあなたはXG-70を手に入れ、集積回路の研究も進めておられる」

「…よく知ってるわね」

「その準備に少なくともあと1年程は必要でしょう。 しかし“彼ら”はその1年をあなたに与える気など初めからないのです」

「…そんなことはあんたに言われなくてもわかってるわよ」

「そうでしょうね。 だからこそ“彼ら”を牽制するカードが必要でしょう?」

「ふん…こいつは確かに“切り札”になるけど、ちょっとばかり強過ぎるのよね~」

レポートの紙束をひらひらさせながら夕呼は諸星に、強過ぎるカードは諸刃の剣であることを指摘する。

「確かにそれをいきなり使うのは危険すぎますし、それに公表するにはより内容の信憑性を高めてからの方がいいでしょう」

「で、そのためにあたしを使おうっての? ずいぶんいい度胸してるわね」

「ええ、ですがさすがにタダでは申し訳ないと思いまして…これをどうぞ」

そう言って諸星が差し出したのは「撃震モドキ」と「X1」の情報、そしてもう一つは「X1」の進化したバージョン、「X2」の仕様書であった。

その内容を吟味していく夕呼の表情が先程とは逆に楽しそうな、悪戯を思いついた子供に似たものになっていく。

「ふ~ん、確かにこれはいいアイデアだけど…この「X2」は今の技術じゃ実現不可能じゃないの?」

「ええ、確かに不可能ですね“あなた以外には”」

にっこり笑ってそう答える諸星に夕呼は思わず舌うちする。

「ちっ、お見通しって訳ね…いやな奴」

「商売柄、情報が命でして」

「…いいわこのシステムを私が作ってあげる、ただしこっちが優先的に使わせてもらうわよ」

「ええ、もちろんです。 それと博士…」

「何、まだ何かあるの?」

「そのシステムの開発に“世界一の撃震使い”を開発衛士として指名したいのですが」

「世界一の…ってまさかまりものこと!?」

「ええ、彼女の撃震乗りとしての経験と能力がどうしても必要でして」

「そりゃ確かにまりもは優秀な衛士だけど…どうして他の衛士じゃダメなの?」

「彼女と撃震だからこそ、いえそうでなければ出来ない仕事があるんです」

「仕事?」

「ええ、世をすねてアラスカあたりでスパイの真似事をして燻ってる男を本気にさせるというね」

「…へ~え」

「さていかがでしょう香月博士、私としては悪くない取引だと思っていますが」

「…そうね、確かにこのカードたちを上手く使えばAL5の発動を遅らせることが十分可能でしょうね」

「では…」

「けどあんたはそれで問題が全て片付くの? さっきあんたは第4計画の支援じゃなくて第5計画の“修正”を目的にしてるって言ってたけど?」

諸星の真意が今一つ読み切れない夕呼は、先程から疑問に思っていたことをあえて直接諸星にぶつけた。


「…香月博士」

「何?」

「仮に第4計画が成功をおさめたとして…それで“彼ら”が諦めると思いますか?」

「……」

「彼らは…あの“バビロンの支配者たち”はいずれ必ず自分たちが手に入れた“力”を行使せずにはいられなくなるでしょう…私の“第5計画修正案”はBETAだけではなく、“第5計画そのもの”からも人類を守るためのものなのです」

諸星の言葉を聞いていた夕呼の顔が、かすかに変化しはじめていた。

目は笑っていないにもかかわらず、その口元がアルカイックな微笑みを浮かべているのだ。

「面白いこと言うわねえ諸星さん? それであんたの“修正案”てのはどんな内容なのかしら?」

「それはまだお話できません。 いずれにせよ榊総理や煌武院殿下と話をしてからでなくては」

「ふーん…まあいいわ、今日のところはこれを貰っとくから」

そう言って夕呼は諸星が持ってきたレポートとそして大吟醸の瓶を満足げに見る。

「博士のお気に召していただけたようで安心しました」

「いい味だわ、どんな酒米使ってるのかしら?」

「はっはっは、それだけは企業秘密でして」

「ケチね」

「いやいや申し訳ありません、はい」

「まあいいわ、話の続きは日本に帰ってからにしましょうか」

「ええ、今月中に改めて横浜に伺わせていただきます」

諸星の言葉に夕呼は心の中で会心の笑みを浮かべる。

(そうこなくっちゃね~、横浜基地のあたしの部屋の中ならこっちのフィールドだしそれに…霞という“切り札”もあるしね)

そして諸星の方はというと…

(…てなことを考えてんだろうね、この人は。 さて、どうやってあのウサミミ少女のリーディングを誤魔化すか…と、いかんいかん大事な用件を忘れていた)

「あの香月博士、実はもう一つ重要な用件を忘れていました」

「あらなにかしら?」

突然、態度の改まった諸星に夕呼は疑問を抱きつつも興味をひかれる。

「実は…これをお願いしたいのです」

そう言って諸星が取り出したのは…分厚い色紙の束だった。

「なにこれ?」

さすがに目を点にして聞いてくる夕呼に向って諸星は、真面目な顔でこう言った。

「是非、この色紙に香月博士とそちらにおられるピアティフ中尉の“サイン”をお願いしたいのですが…」

「…あんた、あたしをなんだと思ってる訳?」

怒る以前にむしろ理解不能な不気味さを感じて、思わず後へ引き気味になりながら夕呼は尋ねる。

「人類史上最高の頭脳の持ち主、香月夕呼博士だと認識しておりますが?」

(こいつの頭脳は人類史上“最混沌”かしら?)

この状況を見ればさすがに誰も“失礼な”とは言わないであろう感想を抱きながらも言葉を発せない夕呼の目の前で、突然諸星のアタッシュケースの中からベルの音が響きはじめた。

「おや、なんだろう…すみません博士、ちょっと失礼します」

そう言って諸星は鞄を開けると、中にあった黒電話の受話器を取って話し始めた。

「ああ、もしもしスミヨシ君? どうしたの急に…え?ああそうか名前ね…そうか確かに必要だねえ…ええ?なにもう決めたって……リフジン・トオル? ナンデスカソレハ?? え?必然?仮名?はあ、まあ君がそう言うのならそれでいいんだけど彼になんと…ええ!?もう言っちゃったって…ああそりゃあ泣くだろうねえ…可哀想に」

意味不明の言動を目の前で展開する男に夕呼は本能的な恐怖を感じ、背後にいる副官に語りかける。

「…ねえピアティフ…あたしもしかして、とんでもない男と係わりを持っちゃったのかしら?」

「…今後は自重してください、副司令」

そう返事をしながらピアティフは、自分の周辺に出没する正体不明の怪人物が1人増えたことに心の中で溜息をついていた。

彼女の苦労は当分終わりそうになかった。


 
 
 
第12話に続く



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第12話「仮名の男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:42
第12話 「仮名の男」

【2001年1月12日早朝 帝都・紅蓮醍三郎邸】
 
 
仮面衛士1号・鳴海孝之の朝は・・・
 
 
「反重力乃嵐いいいいいっ!」
 
「どええええええええええええっっっ!」
 
 
・・・斯衛軍大将・紅蓮醍三郎の怒号と共に始まる。

数日前から紅蓮邸に居候することになった鳴海は、毎朝早朝から紅蓮の稽古に付き合わされていた。

幸か不幸か常人であれば二日と持たないであろう紅蓮の稽古に改造人間鳴海孝之の高性能儀体は耐えることが出来たのである。

紅蓮にしても御剣冥夜という替えようのない愛弟子を手放して以来、どうにも手持ち無沙汰だったところに鳴海という生贄 新弟子が手に入り、自然と稽古にも力が入る。

周囲も紅蓮が新しいオモチャ 弟子を持ったことで自分たちへの被害が減少すると大喜びであった。

自分以外の全員が納得しているこの状況に、悲劇(?)の改造人間・鳴海孝之は仮面の下で号泣していたのだった…そして更なる不幸は…

「どうした“利府陣”、まだまだこれからであるぞお~!!」

「紅蓮閣下、もう勘弁してくださいよお~、それと出来ればその名前も…」

「まだ始まったばかりではないか! それに自分の名字を呼ばれて何が不満だ!」

「うううっ…」(涙)

“利府陣徹(リフジン・トオル)” これが孝之に付けられた“仮名”であった。

撃震モドキとX1の技術移転、操縦の教導等を行うため紅蓮醍三郎を身元引受人にして帝国軍人の身分を与えられた彼に“人としての”名前が必要だったのだ。

それを忘れてアメリカくんだりまで出張していったモロボシに代わって彼の友人その1であり、影の協力者の一人でもある『スミヨシ・ダイキチ』が名前を考えてくれた(?)のだった。

もっともこのあまりにも“理不尽”な名前に当の本人が猛抗議をしたのは言うまでもなかったのだが、すでに決定事項だの、仮名衛士とまで言われて応えねばどうだとか、この名前は必然だとか意味不明の説明を延々と繰り広げられて、泣く泣く抵抗を諦めたといった経緯があった。

こうして帝国軍技術廠・特務開発部隊ブラックゴースト小隊所属、利府陣徹中尉が誕生したのであった。

…このあまりにも胡散臭い名前に周囲の目も初めは冷たかったが、名前を連呼される度に肩を落として黄昏れる仮面の男を見て、誰も何も言わなくなった…人間社会に必要なのは思い遣りである。

だが残念なことに彼の保護者(?)紅蓮醍三郎にそんなデリカシーは期待するだけ無駄だったことは言うまでもない。

基本的人格が宇宙怪獣のそれに等しい武芸の達人は他人を呼ぶ時「中尉」などとは言わず、大音声で名前を連呼するのであった…つまり…

「さっさと構えんか!利府陣徹!!」

…てな具合にである。

(恨みますよ…モロボシさん…)

無駄と知りつつ心の中で、自分を怪獣の巣に放り込んだ張本人への怨みごとを呟く孝之であった。
 
 
 
【2001年1月12日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「…ふむ、これならば最小限の費用で驚く程の効果が見込めるか」

巌谷榮二は自分のもとにあがって来た報告書を読んで、そう呟いた。

先日、諸星という謎の男によってもたらされた技術…戦術機の軽量化と耐久性の向上を両立し、なおかつ操縦性の革新を果すことが可能な技術に関する報告書であった。

彼に提供された資料と実験機「撃震モドキ」を解析、機動実験を繰り返した富永、高木の両名はこの機体に投入された技術がいずれも現行機、あるいは将来の戦術機開発にとっても極めて大きなプラス要因となるだろうと結論づけた。

まず戦術機の新型管制システム「X1」だが、即応性を高め、同時にキャンセル機能を搭載した代償として発生する操作性と自律制御の悪化を、姿勢制御用ソフトウェアの性能を大幅に高めることによって解決していた。

さらにそのOSの搭載によって発生するハードウェアへの負荷に対処するため、複数のCPUを並列搭載したシステム基板が用いられていた。

そしてこれらは現在の電子部品やソフト技術ですぐにでも量産可能なものであり、そのまま現行の戦術機に搭載が可能であった。

現在、富永大尉の下では複製されたX1を撃震・陽炎・不知火等の現行戦術機に搭載し、機動実験が繰り返されており同時に、それによって発生するであろう機体の負荷にどう対処するかといった問題提起が高木中尉から出され、その情報の収集と解析も同時並行で行われていた。

これらの解析を基に各戦術機の特性に最適化された設定を煮詰め、帝国に配備されている全ての戦術機にX1を搭載すれば(基本的には管制用のPCユニットの交換だけである)それだけで帝国の防衛力の大幅な向上につながると富永・高木の両名は断言していた。

「…そしてもう一つの方は“第4世代機”の開発を加速…いや、逆に遠ざけるかも知れない技術…だな」

巌谷の言う“もう一つの方”とは「撃震モドキ」の機体を構成する構造材の技術のことだった。

この機体構造材は金属フレームや炭素繊維のパーツを含めて現行の部品よりも遥かに強度等の品質が優れていた。

これを量産するのは不可能ではないのか? 当然のごとく浮かんできた疑問に対し、諸星はすでに量産のノウハウを確立している旨を巌谷たちに告げたのだった。

彼は撃震モドキを巌谷らにプレゼンする以前から国内の優れた技術を持つ中堅の鉄鋼メーカーや繊維関連企業を訪ね、秘密厳守を条件にこれらの部材の製造技術とノウハウを提供していたのだった。

そしてそれらは現行の製造設備に手を加えるか、あるいは一定の設備投資をすることによって可能となる内容だったのである。

余談ではあるがモロボシは撃震モドキの構造材料を用意する時、わざとこの世界で短期間に量産体制に移行出来るモノという前提で材質等を決めたのだった。

無論のことそれを遥かに上回る材質の物を用意することは可能であった。

しかしそんな物をこの世界の工業技術で量産することは不可能であり、全てモロボシに頼らなければならなくなってしまうだろう…だがそれでは意味がない。

この世界の国家や人間が、自らの力でBETAと戦う力を確立することが望ましいとモロボシが考えたからであり、モロボシを派遣した世界の首脳たちの意思でもあった。

これはモロボシと彼らとの間での殆んど唯一、意見が一致した部分かもしれなかった。

ともあれ委託を受けた企業の経営者や技術者は狂喜乱舞した。

大手に対して腕と技術に自信はあっても規模で到底かなわず、大口の軍需関連では常に“お余り”で我慢するしかなかった企業の社長は『これで大手の連中を見返してやることが出来る!』と感動の涙を流したそうであるが、それは別の話となる。

そしてこれらの企業に技術パテント料さえ支払えば鉄鋼・繊維の各大手メーカーの技術者にノウハウを習得させて、短期間で大量生産体制を確立することも不可能ではない。

そうすればX1と共に次世代戦術機の開発・製造に貢献するのは確実だろう。

だがそこに微妙な問題が立ちはだかっていた。

現行第三世代戦術機“不知火”の改修計画である。

不知火は帝国が世界に先駆けて配備を実現した第三世代戦術機であった。

だがあまりにも急ぎ過ぎた開発スケジュールのために、機体の拡張性等の面で大きなハンデを負うことになってしまった。

基本的に優れた機体であったため、大きな不満や問題点はない代わりにあれやこれやと言った現場からの多様な要求に応えることが極めて難しい…そんな問題を解消するための不知火改修計画だったが、出来上がった不知火壱型丙の仕様はとても量産配備に向いた機体とは言えなかった。

機体OSの操作性があまりにもシビアなものであり、一部の腕利き衛士以外はまともに扱うことすら出来ないという代物だったからである。

そんなところにモロボシの“先進戦術機テクノロジー”が持ち込まれたのだった。

当然のごとく唯依たち不知火改修計画に係わる者たちはこの技術を壱型丙に転用し、不知火の改修を行おうと巌谷に上申書を提出した。

だが、かねてより不知火の改修に関連して“ある思惑”を秘めていた巌谷にとってはそれは“痛しかゆし”な事態であった。

さらに巌谷の頭を悩ませているのは、他でもないそのモロボシが提案してきた“条件”の詳しい内容だった。

(底の知れん男だな…)

モロボシが提案してきた不知火改修計画の素案は、ある意味巌谷が望んだこととも一致しており、そしてそれだけではなく、その先の事も考えた上での提案でもあったのだ。

(味方にすべきか判断がつかん…しかし間違っても敵には出来ん。 なによりあの男が提供してきた物を手放す訳にはいかんしなあ…)

もしもモロボシが提案してきた不知火改修計画が実現すれば帝国軍の戦力向上にどれだけ貢献するか…その価値ははかり知れない。

さらに言えばまだ当分先になるであろう第四世代機の開発、配備よりも“それに近い性能を持った第三世代機”の早期配備のほうが、現状の帝国にとってははるかに重要だった。

(いくら第四世代機を開発出来ても、その時国が滅んでいては本末転倒だからな)

兵器メーカーや開発技術者にとっては儲けも少なく魅力にも乏しい現行機の改修より次世代機の開発に力を注ぎたいだろうが、現状の国家や軍組織としては将来の兵器より明日使える兵器が必要なのだ。

(だからこそ、多くの衛士が望む信頼に足る機体を作り上げねばならんのだが…)

そこまで考えて、ふと巌谷は一人の衛士の事を思い出した。

(そう言えばあの男は今日も唯依ちゃんのお手伝いだったか?)

ふと湧き上がった悪戯心に誘われるように、巌谷は自分の机から立ち上がり、ふらふらとどこぞの方角へ歩いていった。

…仕事に悩む男には癒しと息抜きの時間が必要なのである…多分。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 シミュレーターデッキ】

「…成る程、キャンセル機能は応用次第では、むしろ対戦術機戦でこそ真価を発揮する訳か」

「ええ、人間同士の戦争なんて出来ればゴメンですが、機体の柔軟な機動を進化させる上でも対戦術機戦によるデータと衛士の経験の蓄積は必要でしょう」

「では、ヴォルークよりもそちらを優先にカリキュラムを組みますか?」

「「う~む…」」

額を合わせて議論をしているのは唯依と雨宮、そして利府陣中尉こと孝之の3人であった。

唯依たちは不知火改修計画の為にX1のデータをシミュレーターに搭載してデータ収集を行っているのだが、その担当が現在1名だけの実験部隊ブラックゴースト小隊…つまりは「利府陣徹中尉」である。

彼は今現在、事実上唯一人だけのX1教官として唯依と雨宮、そして巌谷の用意した開発衛士たちにX1の解説と教導を行っていた。

もっともその孝之からしてX1を“とりあえずマスターした”といったレベルであり、教導と並行してX1の操作をいかに進化・発展させるかについて唯依や雨宮に意見を聞きながら考えるといった現状であった。

勿論唯衣の方にしてみれば是非にもこのシステムを不知火改修型に搭載し、実戦配備を実現したいとの思いから積極的に相談に乗り、雨宮も当然のごとくお伴をしていた。

相談の内容は主にX1の操作方法の上達には何が必要か、あるいはX1には何処までの機動が可能かといったものだが、唯依たちはさらにこのOSをより早くより上手にマスターする教導カリキュラムの素案を考えはじめていた。

その積極的で勤勉な姿勢に本来はヘタレで無気力人間の孝之は自然と頭が低くなり、いつの間にか唯衣の部下のようなポジションになっていた。

(なんていうのか水月を少し…いやかなり上品な感じにしたらひょっとしてこんな風になるのかなあ…いや、どう考えてもムリか…それにどうお上品になろうとあの口やかましさが治るとは思えないし、篁中尉のようにどちらかといえば無口なタイプにはなれないだろうし…)

速瀬水月が聞いたら間違いなく鉄拳制裁が飛んでくる筈の暴言を、本人がこの場にいないのをいいことに頭の中で好き放題言っていた孝之だが、思わぬところから天罰が降りてきた。

「あら、どうしました利府陣中尉? 篁中尉を横目で見ながら考え事なんて…もしかして他のどなたかと中尉を比べていらしたのかしら?」

「ぶっ!」

「な!?あ、雨宮!何を言い出すのだ!!」

突然、心の中を読んだかのような雨宮中尉の発言に、思わず吹き出す孝之と慌てふためく唯依だったがさらに…

「ふむ、それはけしからんな利府陣中尉、うちの唯依ちゃんとどこぞの馬の骨を比べるなど」

突然、とんでもない言葉をかけられた孝之は相手が誰かも考えずに反射的に返事をしてしまった。

「いや、あいつは馬の骨じゃなくて馬の尻尾で…ってえ!?」

しまった、バカなことを口走った!と思うと同時に声の相手が巌谷だと知った孝之は、これでまたおっさん連中にからかわれるネタが増えたと心の中で肩を落とす。

「ほほう、馬の尻尾? いやそんな得体のしれんモノとうちの唯依ちゃ「巌谷中佐」 げふんっ…いや、なんでもない」

調子に乗ってさらに何か言おうとした巌谷だったが唯依の発する禍々しい気に怯えて発言を取り消したのだった。

(まったくこのおっさんは…)

孝之も最近ではこの巌谷がわざと唯依を怒らせるのを楽しんでいることが解っているので余計なことは言わないが、毎度毎度自分をネタに使うのはやめて欲しいと思っていた。

もっともそう思っているのは孝之だけで、巌谷も雨宮も孝之をオモチャにするのをやめる気は毛頭ない様子であった。

「…中佐、お仕事の方はよろしいのですか?」

「ああ、ちょうど一段落ついたのでな、こちらの様子を見に来てみたのだよ」

「…つまり、また抜け出してきたんですね?」

「う…」

サボリ癖が出たことを唯依に見抜かれ、このままでは説教モードに突入すると判断した巌谷は素早く撤退の方針を定める。

「おおそうだ利府陣中尉、富永と高木が後でハンガーの方へ来てくれと言っとったぞ。 唯依ちゃんみたいなうら若い乙女の相手ばかりしてないでたまには男共の相手もしてやってくれ」

「おじさま!」

「ハア…了解です」

伝言を伝えつつ、最後まで唯衣をからかうのをやめない巌谷に唯衣は憤然とし、孝之は呆れながらも返答する。

「はっはっは、ではな」

お楽しみの時間を終えて、巌谷は自分の仕事に戻って行った。

「…なにしに来たんだあの人?」

「まったく、中佐は…」

「…きっと安心したかったんですよ」

「「え?」」

巌谷の言動に半分呆れていた二人だったが、雨宮の言葉に思わず声をそろえて振り向いた。

「…最近、こういったことが多いのはきっとお仕事の上で難しい判断が必要な時、自分にとって大切な人の姿を見ることで心を安定させたいからではないでしょうか?」

「いやしかし、一体何をそんなに…X1等の導入はむしろ現状の難問を解決に近付ける筈では…」

「…まさか」

「!なにか心当たりがあるのか利府陣中尉?」

「いや、もしかしたらモロボシさんが何かとんでもないお願いをしたとか…」

「諸星課長が? いやしかし何を?」

「さあ、でも元々あの人とんでもなくイカレた頭の持ち主だから「私の頭がイカレていることを誰に聞いたのかね?利府陣君」って!いつの間に!?」

気が付けばすぐ後ろにモロボシが立っていた。

「諸星課長!いつ日本に?」

「つい今しがたですよ、篁中尉」

「お帰りなさい、アメリカはどうでした?」

「ああ、さすがに現状の世界の中心国家だね。 いろんな意味で興味深いし、色々考えさせられるところもあったねえ」

「…つまり、あの国にまで何かする気ですか?」

「な!」「え?」

「…おいおい、物騒なこと言わないでくれよ利府陣君、それじゃまるで私が何か悪いことでもしてるみたいに聞こえるじゃないか」

「…その名前で呼ぶのをやめたら訂正してもいいですよ」

「…あ~そのことか」

「“そのことか”じゃないですよ! どうしてくれるんですか?」

詰め寄る孝之に少しの間、思案していたモロボシは肩をぽん、と叩いてこう言った。

「がんばれよ」

その無責任な言葉に鳴海はがっくりと肩を落として、俯きながらこう言った。

「呪ってやる…」

「ああ、それじゃあ私は巌谷中佐に挨拶をしてくるのでこれで失礼」

もろぼしはにげだした。
 
 
 
【帝国軍技術廠 戦術機ハンガー】

「富永大尉、高木中尉」

「ああ、きたか。 まってたぜ」

「ちょいとこいつを見てくれ」

逃げ出したモロボシを見送った後、孝之は唯依たちと共に富永・高木の2人がいるハンガーにやって来た。

ここではモロボシに提供された撃震モドキを使いそのデータ収集を行っているのだが、ハード・ソフト両面の解析に関して専属の衛士である孝之は度々この二人に呼びだされ問題点や改善点の洗い出しを手伝わされていた。

そもそも撃震モドキはモロボシが、彼の友人兼協力者のヨネザワさんとスミヨシ君とシオウジ教授らに依頼して作ってもらった“実物以上の部品を使って作られたレプリカ”である。

当然プロの目から見たとき、その完成度にはクレームがつけられる。

曰く『無駄が多過ぎる』と。

機体構造の専門家である高木に言わせれば、この機体に使用されている鋼材や炭素繊維部品の強度から見てより無駄を省き、機体重量と全体のバランスを保つ工夫の余地があり過ぎた。

現在高木はこの構造材の強度を前提にした撃震のフレーム構造の改修を検討中だった。(そして高木をさらにやる気にさせているのがモロボシから伝えられた“X1以上の機動をしても耐えられる機体にして欲しい”という要望であった)

一方富永はといえば、X1の解析とそのチューニングに没頭していた。

新OSとしてのX1の発想は実に優れたものだったが、だからこそ富永にとっては不満の塊であった。

即応性の上昇とキャンセル機能の追加によって生じる機体制御の不安定化、それを解消するための自律制御用ソフトの改良と電子基板の進化…だがまだこれには不安要素が多過ぎた。

ソフトウェアの発想はいいとしてプログラム全体がまだまだ未完成だった。

現在のシステムではまだ一般の衛士が扱うにはややピーキーな操作感覚だろうし、電子基板にかかる負担も無視できない。

実はこれには理由があった。

このX1を組んだ人間にとってはあまりにも旧式なそれも自分たちが使用したことのない言語を使用してのシステムを作成する段階での苦労が多過ぎたのだ。(言ってみれば古代の言葉で書いたことも無いタイプの文章を書けと言われたようなものだった。)

もちろん富永はそんなことは知らなかったし、知ったところで関心は無かっただろう。

彼にとっては、斬新だが欠点やバグだらけの新OSを改良することの面白さが全てに優先していたのだ。

富永はすでに帝国軍に配備されている機体の内、撃震・陽炎・不知火・吹雪の各機体にほぼ最適といえるシステムの設定値を割り出していた。

機体に過度の負担を与えないように配慮しつつ、可能な限りの機能の向上を目指す。

高木と討論を重ねながら何処までを機体に、また何処までをOSに負担させるのか検討を重ねてきた。

そして一定の方針が決まったところで“利府陣中尉”の出番である。

高木と富永の設定した撃震モドキのデータを実機やシミュレーターで試すのは常に孝之の仕事ということになっていた。

孝之も別にそれが不満ではなかったが、新セッティングを試す度にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるオヤジ二人にはなかなか慣れずに困っていた。(まあ、悪い人たちじゃないと思うんだけどね。“孝之談”)

「これが今回俺達で考えてみた設定だ。 明日にでもシミュレーターで動かしてみてくれんか」

「了解です…うわあ、これはまた思い切って削りましたねえ」

「ああ、今回のはあえて機体が負荷に耐えられなくなった場合の状態を見られるような設定を選んだんだ。 思い切って振り回してみてくれ」

「壊れ方を知ることでより強い機体が生まれるんだからな」

「わかりました、明日さっそく試してみます」
 
 
「ほおう、では今日はもう暇なのだな? 利府陣よ」

「え゛・・・」

・・・そこには何故か帝都城にいる筈の宇宙大怪獣が立っていた。

「!!紅蓮閣下!」

慌てて唯依たちが敬礼するが紅蓮は無礼講だとでも言うように手を振って応える。

「…ど、どうしてここへ?」

本能的に危険を察知した孝之は逃げ腰になりながら紅蓮に問いかけた。

「何を言うか、お主がしっかり仕事をしておるか身元を引き受けた以上見に来るのは当たりまえであろうが」

これが普通の頑固オヤジの類なら“ああ成る程”で済む話だが、相手がこの男の場合はそんな呑気なものでは済まない事を孝之だけでなくこの場の全員が知っていた。

「さて、おぬしも真面目に働いておるようだし今日の仕事ももう無いようなら少し付き合って貰おうか」

「い、いえまだ自分には仕事…」

「ああ利府陣中尉、今日の仕事はもういいから閣下のお相手を宜しく頼む」

「あ゛・・・」

いつの間にかこの場に現れた巌谷の一言で孝之の退路は完全に断たれた。

だが誰も巌谷を非難する者はいなかった。 この職場の責任者として、大怪獣が暴れ回った時の被害を最小限に食い止める責務が彼にはあったからである。

逃げ場を失い紅蓮によって演習場へと引き摺られていく孝之に向ってその場の全員(いつに間にかモロボシまでいた)が合掌していた。

(もう人間なんか信じるもんか~~~!!)

孝之の心の悲鳴は誰の耳にも届かず、そのかわり数分後に演習場から聞こえてきた雷鳴のような大音声が帝国軍技術廠の全てに鳴り響いたのだった。

「そおれ、宇宙乃雷いいいいいっ!」

「うぎゃああああああああああっっっ!」


・・・こうして仮名の男、利府陣徹中尉こと仮面衛士1号鳴海孝之の1日は終りを告げる。

・・・明日という日が彼にあるのかどうかは誰も知らない。

 
 
 
第13話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第13話「朝粥と宵の茶漬け」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/30 20:57
第13話 「朝粥と宵の茶漬け」

【2001年1月17日早朝 帝都内某所】

1月の朝は寒い。

空気それ自体が凍りついているかのような寺の境内で、榊是親は黙然と空を見上げた。

その横顔は何かを祈願するようでもあり、またあるいは何者かを悼んでいるかのようにも見える。

まだ公務を始めるには早過ぎる時間に何故彼がこんな所にいるかといえば…「これは総理、もうお着きでしたか」…モロボシが朝餉に招待したからであった。

「なに、少し早く来てしまったようなので境内を見せてもらっていたのだよ。 …君が諸星君かね?」

「はい、御挨拶が遅くなって申し訳ありません。私が諸星段です。」
 
 
 
 
朝餉のメニューは粥だった。

土鍋で炊かれた白粥に梅干しに漬け込んだ茗荷と野沢菜漬けを添えただけの実に質素な献立である。

間違っても一国の総理をもてなす料理ではないが、榊は不満な様子など微塵も見せず、手を合わせてから粥を一口すする。

そして一言…

「…なんと…贅沢な」

「恐れ入ります」

傍で聞いていたSPが思わず耳を疑うような会話だった。

見た目にはただの粥に見えるそれに込められた米と水と塩と火とそして作るものの気配りによって出来た朝粥の味は、榊総理の口にしばらく忘れていた日本の良さを思い出させた。

「…この朝粥を内閣総理大臣が“贅沢”と呼ぶ帝国の現状、さぞ御苦労が多い事と存じます」

「確かにな… たとえ粥一杯といえど今の日本人はこんなにも美味なものを食べる事は許されない…我々のような人間でなければな」

皮肉とも自嘲ともとれる榊の言葉にモロボシは言った。

「その日本の明日について、お食事の後で見て頂きたいものがあります」

「うむ」

モロボシの言葉に頷くと榊是親は朝餉の粥を平らげ始めた。
 
 
 
 
「結構な朝餉を頂いた」

「恐縮です総理。 さて、時間も無限ではありませんし…まずこれを御覧ください」

「うむ…」

警護のSPを遠ざけた後、モロボシから受け取ったレポートに目を通した榊の顔は次第に青ざめ、強張っていった。

「…これは、根拠のある結論なのかね?」

「はい、ですがまだ万全とは言えませんので、現在横浜基地の香月博士に依頼して更なるデータの収集と検証を行ってもらっています」

「そうか、香月博士にな…」

モロボシの言葉に榊はそう言って沈黙する。

国連のオルタネイティヴ第4計画の遂行を担う香月夕呼を榊総理は高く評価していた。

自分の仕事を遂行する為に同胞である日本人に容赦なく駆け引きを行う“女狐”…それが香月夕呼に帝国内の政治家や軍人から浴びせられる“評価”であった。

だがしかし、国連の人間として働くからには自国にだけ媚を売って不当な利益をもたらす訳にはいかないし、そもそも第4計画も日本の力だけで行われている訳ではなかった。

それに加えて、日本人の多くが『国連』イコール『アメリカ』というあまりにも短絡的な見方に囚われていて、その間違いに気付こうともしない。

国連、いや国際社会全体の為に働こうとすれば、ある意味で“非国民”にならざるを得ない。

そしてその“非国民”の働きが結果的に広義の意味での“国益”を生み出してくれるのだ。

自国のことしか考えない、あるいは米国に媚を売ることしか知らない人間には理解することすら出来ない“国益”を。

香月夕呼や珠瀬玄丞斉のように真に広い見識と強い信念を持って自分の仕事にあたっている人間がどれ程日本の力になってくれているか…それなのに彼らの苦労も知らずに自分勝手なことばかり云い募る自称愛国者たちと親米派…

このレポートを彼らに見せてもおそらくは害にしかならないだろう。

「諸星君、君はこのレポートをどう使うつもりかね?」

「榊総理、私は現時点でその内容を公開するつもりは全くありません」

「…そうか、ではどうすると?」

「そのレポートの内容をある御方に見て頂きたいのです」

「何? ある御方?」

「征夷大将軍殿下」

「なに!?」

「“わが国”との国交樹立に先立って、まずはその必然性を理解して頂くためです」

「貴国との…国交…か」

「そうです」

「……」

榊是親は表面上は落ち着いたまま、内心では渋い顔をして唸っていた。

自分一人で責任を取るのなら幾らでも危ない橋を渡ろう、しかしまだ若い殿下をこんな目先の見えない話に巻き込むのはあまりにも…

「榊総理」

「…む、何かね?」

「…たとえ今、殿下を巻き込まなくてもいずれ必ずそうなるでしょう。 そして多分その時には、貴方は殿下の盾となること自体不可能かと」

「ほう、何故かね?」

「私の予測では、貴方は1年以内に暗殺されるからです」

「……」

「…驚きませんね?」

「ふむ、別段意外な話でもないのでな」

「…確かに」

「だが、理由を聞いていいかね? 何故1年以内なのかを」

「理由は…第4計画です」

「…ふむ、やはりな」

「はい、現在米国内部では昨年のG弾に関する情報の暴露から第5計画の早期移行に歯止めが掛けられた状態ですが、G弾推進派は何としても早い時期に第4計画を中断させ、第5計画への移行を早めようと画策中です。  そしてそのために邪魔な香月博士や彼女の後ろ盾であり、自分たちがこの国を乗っ取るのに最も邪魔な貴方を抹殺することさえ考えている節があるのです」

「愚かな…そんな無理な方法で一時的にこの国の指揮権を掌握したところで、一体どれだけの時間が稼げると思っているのだ」

「さしては稼げないでしょうね。しかし佐渡島にG弾を落とす時間程度は十分に稼げる…と、“彼ら”は考えているのでしょう」

「……成程な、“その為だけに”という訳か。しかし現在の大統領は前職と違い理性的で慎重な男だよ。 果して“彼ら”の提言に頷くだろうか?」

「それは無いでしょう…だから“事後承諾”を取る形になるでしょうね」

「…そこまでやるかな? いくら“彼ら”でも…」

“事後承諾”つまり自分たちが日本を“占領”してから大統領を事後共犯者として巻き込む…国内の安定を考えれば大統領も追認せざるを得ないことを前提とした最大級の“禁じ手”である。

「人も国も追い詰められればどんな事でもしますよ、総理」

「…確かにそうだな」

榊も内心ではモロボシの言葉が正鵠を射ていることは解っていた。

だがそれでも…果して“彼女”を醜い政争や謀略の渦中に放り込んでいいのか? そのことが榊是親を躊躇わせていたのだ。

「榊総理」

「…なにかね?」

「もし、私が信用出来ないのであれば…わが国の“指導者”と会ってみては頂けませんか?」

「何、指導者?」

「はい」

「君がそうではないのかね?」

「自分はある意味では“建国者”ですが“指導者”ではありません。それは別にいるのです」

「…ほう、その人物の名前は?」

「今はまだ…ただ、お会いになれば判ります」

「ふむ…いいだろう、その人物に会おう。 殿下にこの資料をお見せするかどうかは、その後でも構うまい?」

「ええ、それではそれは後日の事としまして…もう一つお話したいことがあります」

「もう一つ?」

「ええ、現在帝国軍の中で問題となっている77式戦術機の代替機種の件ですが…」

「うむ、撃震の代替機が必要になっているが残念ながら不知火の改修が上手くいかないと聞いている。 だが米国機を購入するのは予算の上からも国内情勢からも、出来れば避けたいのが本音だな…君が提供してくれたという技術が問題を解決してくれればと思っているのだが」

「それについてですが…」

モロボシの話す内容に榊総理は深く頷き、協力を約束した。
 
 
 
 
榊総理が帰った後の境内でモロボシは、物陰にいる男に声をかけた。

「そんな所で寒かったんじゃありませんか、課長?」

「いやいやまったく、やはり歳にはかてないですなあ~ 先程からくしゃみを堪えるのに苦労してましてなわはははは~~~~~くしゅん!」

「こちらへどうぞ、お茶でも出しますから」

「おお、それは有難い。ぜひ頂きましょう」

「…総理との会談内容でツッコミたいところがあるんでしょう?」

「はっはっは、いやまったくそのとおりでしてな」

「まあ、茶でも呑みながらゆっくりと話しましょうか…」
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局・副局長室】

「一体どういうことですか!中佐!」

「まあ、落ち着け唯依ちゃ…げふっいや篁中尉」

“唯依ちゃん”と言いかけたところで本物の殺気を当てられた巌谷は慌てて真面目な顔を取り繕う。

現在この場には唯依の他に雨宮、利府陣(孝之)、富永、高木といった顔ぶれが揃って巌谷を半包囲していた。

その原因はといえば…

「何故あの機体を横浜などに渡さなければならないのですか!?」

モロボシが持ち込んだ機体、撃震モドキを突然国連軍横浜基地に送るという伝達事項を聞いた唯依たちが、巌谷のもとへ押しかけていたのであった。

撃震モドキとそれに搭載されたX1は次期主力機の重要な鍵ともなり得る機体である。

たとえその成り立ちに不可解な部分があるにしても決して外部に漏らすべきモノでは無いし、ましてや“あの”横浜への譲渡など言語道断であると唯依たちは考えていた。

「諸君、これは諸星課長からの要請なのだ」

「諸星課長の!?」「やっぱり…」「「利府陣中尉?」」

巌谷の言葉に唯依と孝之が反応し、さらに孝之の言葉に周囲の注目が巌谷から孝之に向けられる。

「どういうことだ利府陣中尉? 何か知っているのか?」

「いえ…知っていると言うか、以前諸星さんが話してくれたことがあって…確かX1についてなんですがアレは最初の雛型みたいなもので、本当はもっと高い次元の動きを可能にすることが出来るんだと」

「なっ……本当か、それは?」

「ええ…ただそれを可能にするには現在の電子基板、特にCPUの処理能力が圧倒的に足りないんだそうです」

「…その通りだ、それさえクリア出来ればあの機体にダンスをさせることだって出来るがね」

「なんと…」

孝之と、それを受けての富永の言葉に唯衣は一瞬、自分の武御雷があの月詠中尉に負けぬ…いやそれ以上の機動を可能にしている…そんな情景を幻視してしまい、そんな自分の“妄想”に慌てて首を振って正気に返る。

「諸星さんは横浜基地で行われている研究の成果の一部を転用すれば、その問題を解決出来るって言ってました」

「「「「・・・・・・・・・」」」」

その孝之の言葉に唯依たちは複雑な表情で考え込んだ。

確かにX1以上のシステムを完成出来ればこれ以上素晴らしいことはない。

しかしその為に横浜基地の香月夕呼と取引をすることにどうしても躊躇いを覚えずには居られなかった。

「…すでに横浜基地では諸星課長の依頼で「X1」の発展型である「X2」の試作が行われているらしい」

「……」

すでに事実上の決定事項であることを知り、その場の全員が沈黙するが、富永がやや不満そうな顔で発言する。

「結局、X1は試作品で終りですか…残念ですなあ、それなりのものになったと思うのですが」

「いや、X1の開発は引き続き進めてくれ富永大尉」

「「「「「えっ?」」」」」

「これもまた、諸星課長からの依頼だ。X1の開発は決して無駄にはならないそうだ」

「ほほう…クックックッ…あの男、まだなにか企んでますな」

「…一体、何を?」

「それはいずれ説明することになるだろう。 諸君はいま言ったことを念頭に任務に励んでもらいたい」

「「「「「はっ!!!!!」」」」」

全員が敬礼し部屋を去った後、沈むように椅子に腰かけた巌谷は溜息と共に呟いた。

「横浜と取引すると言うだけでこれだからなあ…アラスカとなると唯依ちゃんがどんな形相になるか…やれやれ」

巌谷にとっての悩みの種は尽きなかった。
 
 
 
 
 
【国連第11軍横浜基地 シミュレーターデッキ・管制室】

シミュレーターの映像の中で1機の戦術機が踊っていた。

その流れるような機動は硬直による遅延を知らないかのようであった。

通常の第1世代機…いや現行の戦術機では不可能と思える機動を少なくとも外見は77式“撃震”にしか見えない機体が行って見せていた。

その動きを満足そうに見ながら香月夕呼は傍らで同じ映像を見ていた2人の部下に感想を求める。

「どう?伊隅、碓氷。あんたたちの評価は」

「…香月副司令、これは本当に撃震の機動なのですか?」

「私も信じられません、いくら動かしているのが神宮司教官だからといっても…」

「でしょうね~ 正直言って作った私自身、ちょっと信じられないって思ってるもの」

「副司令が?これを?」「一体、あの機体は…」

「まあ、正確には“改良”したって言うべきかしらね~」

「「改良??」」

いつもながらに内容の見えない夕呼の言葉に困惑しながらも彼女たちは耳を傾ける。

そんな2人の反応に満足したように夕呼は答えた。

「そ、“改良”よ。 ああピアティフ、まりもにもう終わりにして上がって来てって伝えて」

「了解しました」
 
 
 
 
「お待たせしました香月副司令」

「ああ、それやめて頂戴まりも。どうせここにいるのは私と伊隅と碓氷とあとはピアティフだけなんだから」

「わかったわよ夕呼、まったく貴女ときたら…」

相も変わらずの親友の傍若無人さに呆れながらも、神宮司まりもは敬礼をやめて口調を改める…親しい友人同士のそれに。

「貴方たちも大変ね、こんな大きな子供の面倒ばかり見て」

そして横にいる2人の元教え子たちにも労いの言葉をかけるが…

「ま~り~も~ 今何か言った~?」

「や、やだ夕呼冗談よ冗談」

夕呼の獲物を見つけた猫のような(そのくせ何処か拗ねたような)声と顔つきに慌てて宥めにかかるのであった。

「…それで? あんたの感想、というか評価を聞かせてもらえるかしら」

本題に入った夕呼に対してまりもも真剣な表情で答える。

「…そうね、正直言って自分の乗ってた機体が本当に撃震なのか…いえ、本当に従来型の戦術機なのかって思ってしまったわね」

「…ふ~ん、そんなに違うんだ」

「ええ、即応性の向上と自律制御の進化にも驚いたけど、あの“キャンセル”と“先行入力”は今までに出来なかった動きを戦術機に可能にさせるわね…わたしのような過去の人間では完全には使いこなせないけどまだ若いこれからの衛士達ならきっと…」

「な! 使いこなせないって…ですが先程の機動は…」

「神宮司教官、いくらなんでも御謙遜がすぎるのでは」

その場にいたまりもの教え子たち…伊隅みちると碓氷鞘香の2人は思わずそう言っていた。

別にまりもを持ち上げる気があった訳ではなく、先刻の撃震の機動があまりにも衝撃的であったにもかかわらず、まだ上があるとあっさり言われたことに驚いたのだ。

そしてそれを聞いた夕呼はにやりと笑うとその2人に言った。

「…それじゃあ伊隅に碓氷、実際にどの程度のものか今度はあんた達自身で確かめてくれる? 不知火のデータも取りたいしねえ~」

「はっ!」「了解!」

突然の命令にも伊隅と碓氷の2人は驚きもせず、むしろ今見た新システムを自分で動かせることに目を輝かせながらシミュレータールームへと向かう。

「あ~らあら、嬉しそうにしちゃってるわね~」

「無理もないわよ夕呼、衛士なら誰だってあの機動を見れば舞い上がるでしょうね…歓喜で」

「…その割にはなんだか浮かない顔ね? どうしたのまりも?」

親友の顔にさした影に気付いた夕呼が問いかけると、さびしげな笑みを浮かべて神宮司まりもは答える。

「…大したことじゃないのよ、ただあのOSがもっと早く出来ていたらって…ついそう思ってしまっただけよ」

まりもの脳裏には大陸での激戦の最中、死んでいった多くの衛士たち、そして富士やこの横浜で自分が手塩にかけて育て、本土防衛戦や明星作戦でその若い命を散らすことになった教え子たちの面影が映し出されていた。

もしもあの時、自分や彼らがこのOSを搭載した機体に乗っていれば…

無意味な仮定と知っていてもそう考えずにはいられなかった。

「…ふうん、その場合“狂犬”が“狂竜”にでもなってたかしらね?」

「ゆ・う・こ」

「はいはい、冗談よ冗談」

「もう…」

夕呼のからかい混じりの慰めに怒りながらも心の中で感謝するまりもだったが、同時にいま自分が試してきたばかりのOSだけでなく機体の性能にも理解出来ないものがあり、夕呼に質問せずにはいられなかった。

「ねえ夕呼、あの機体は一体何なの?」

「そうね、一言でいえば“次世代の機体構造材で作られた撃震”といったところかしらね」

「なぜあんな機体の仮想データを…そんな機体が実際にある訳じゃ…「あるわよ」えっ?」

「あの機体はある男があんたに試してもらったOSの搭載機として、実際に作られたものなの」

「それじゃあ、OSだけじゃなくて機体の方も…」

「ちなみにあたしが改良したあのOSを、その機体に乗っけてあんたにテストパイロットをやってもらうから」

「えええ~~~~~!!!」

教官という多忙な仕事の上にさらに厄介な仕事を押し付けられ、神宮司まりもは自分の友達運の悪さに嘆くしかなかった。
 
 
 
 
 
【2001年1月17日夕刻 帝都 日本料理屋・吉祥】

さてさてここは高級料理屋、時間はアフター5、とくればつまりは宴席という名の社交の場。

紳士たち(?)の乾杯の音頭と共に始まる黒いお腹の探り合い。

「さあさあ諸星さん、まずは一献」

「いや、これはどうもありがとうございます。 むしろ私の方が先にお注ぎしなきゃいけないのに」

「な~にをおっしゃいますかあ~はっはっは」

「ああ、これは光菱重工の…どうも初めまして、松鯉商事の諸星です」

「いやどうも、今回の御社の技術開発とその移転の件では大変感謝しております」

「いや~天下の光菱さんにそう言って頂けるとは、感無量ですはい」

「いやいや、御謙遜を」

「いえいえとんでもない」

…てなもんですな。

現在この御座敷に集まった紳士諸君の顔ぶれはというと、光菱重工をはじめとする帝国の戦術機関連メーカーの重役様や技術主任様など大変な豪華メンバーがこのわたくしこと、弱小商社松鯉商事の営業課長諸星段めを取り囲んで、飲めや歌えの大合唱となっております。

まあこうなったのはつまり私の自業自得なんですが…

先日、巌谷中佐を通じて我々の新技術の提供と引き換えに不知火改修計画への参入、それも主幹企業としてというトンデモナイ要求に対する顔合わせ(まあ、早い話が面かせやこら)といった所でしょうか。

まあ、私としましては当社が提供する酒と食材を使った料理を思う存分堪能して頂く絶好の機会と考えて、それなりのものを用意したつもりですが…味の判る人はともかく大半の人はあまり気付いてはくれませんか。

だがそれも仕方ないだろう、なんせ目の前の小生意気な若造(つまりこの私)をどうしてやろうかと皆さん思ってらっしゃるんだから、食い物の味が分からなくて当然か。

だがしかし、ここでビビる訳にはいかんのですよ。

覚悟を決めて、さあショウタイムだ。

「さて皆さん、本日はこの帝国の未来を担われる企業の皆様が集われる場に弊社ごときを末席に加えて頂きまして誠に感謝に堪えません。 この諸星、皆様に対する弊社からの感謝の印としまして、この場でささやかなプレゼンテーションとお話をさせて頂きたいと存じます」

おお、皆さん注目してくださってますな、それではお話を・・・・
 
 
 
 
 
「…確かなのかね諸星課長、その話は」

私のプレゼンとそれに続く話の内容に、ある者は歓喜し、またある者は苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。

そして今、私に質問しているのは光菱重工の戦術機部門の責任者だ。

「ええ、榊総理の周辺にも確認を取りました。 米国は自国の企業が開発したF-15改修機を帝国に売り付けるための画策を始めています」

「…今更か、ふざけおって!」

「総理としては国庫や軍部の意見を重視したいようですが、肝心の国産機がないのでは…」

「だが、君たちが提供してくれた技術を使えば…」

「確かにそれでなんとかなるでしょうが…ただ、それでは本当に“なんとかなる”だけですよ」

「…なに?」

「次期主力機はこの帝国を第4世代機が生まれるまで護り抜く機体でなければならない…そうは思いませんか?」

「…それで“あの男”をこちらが逆に利用しよう、という訳か?」

「はい」

「だが…どうやって奴を利用すると言うのだ、そのACTVを撃墜でもして見せようと言うのかね?」

「ええ、そのつもりですよ」

「出来るのかね?相手はあの…」

「戦術機開発の鬼、フランク・ハイネマン…彼に土をつけさせ、さらに本気にさせてみませんか? F-22“ラプター”に勝てる機体を作らせるために…」

「……」

彼は…いや彼ら全員が何とも言えない沈黙の中で考え込んでいた。

…まあ、頭をすっきりさせてゆっくりと考えて頂こうか。

「おお、そう言えばここのお茶漬けを試してみませんか?」
 
 
 
 
 
出てきた茶漬けはシンプルだった。

炊きたての御飯に鮮度のいい煎茶をかけ、それに醤油をほんの一、二滴たらすだけである。

茶漬けとしては蛇道になるが知ったこっちゃない、美味いんだなこれが。

皆さん酒とそして面倒な話のせいで重くなってた頭と胃がすっきりしたようでなによりですな。

さて、それでは今月末の帝国国防省の会議を上手く運ぶためにももう一踏ん張りしますかね。

夜はまだ長いから。
 
 
 
第14話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第14話「“撃流”の行方」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 15:16

第14話 「“撃流”の行方」

【2001年1月22日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

青空の下をミッドナイトブルーの撃震が翔けていた。

その激震はまるで生きているかのように躍動的でしかも巧みな機動を実現していた。

『ヴァルキリーマムよりガルム1、これよりX2の実装試験を開始します』

「ガルム1了解。涼宮中尉、管制を宜しくお願いします」

『はい、こちらこそ宜しくお願いします…神宮司教官』

「ふふっ…了解」

神宮司まりもはかつての教え子にそう言って操縦桿に力を込めた。

「さあいくぞ“撃流” お前の力を見せてもらおうか」
 
 
 
 
「伊隅大尉、あれって本当に撃震なんですか?」

「素晴しい…いえ、凄まじい機動ですわね」

「ふむ、いくら動かしているのが神宮司教官とはいえ…速瀬中尉を遥かに上回る獰猛な機動は、私も初めて見ます」

「む~な~か~た~ なんか言った?」

「いえ、私は速瀬中尉が病的な戦闘マニアだなどと言ってはおりませんが」

「ああそう、そこになおんなさい!いますぐその病的な毒舌を切り落としてあげるから!」

「…静かにせんか、貴様ら」

上官である伊隅みちるの言葉にその場の喧騒がぴたりと止む。

香月夕呼の命令でA-01伊隅中隊の主要メンバー、伊隅みちる、速瀬水月、宗像美冴、風間祷子の4人は自分たちの機体である不知火で市街演習場に来ていた。

新型実験機の機動試験を手伝うようにとしか聞いていなかった伊隅以外の3人は、その実験機が見せる機動の素晴しさに興奮を隠しきれなかった。

自分たちの教官でもあった神宮司まりもの実力はよく知っている3人も、目の前で彼女の乗った撃震のまるで流れるような動きにひたすら魅せられてしまっていた。

そんな彼女たちに隊長のみちるが説明する。

「いま我々の目の前で神宮司軍曹が操縦しているのは“撃震”ではなく“撃流”という名の試作機だ。 帝国軍技術廠で開発された次世代の機体構造材と新概念の機体管制用OSによって構成された機体だそうだ」

「撃流?」「ふむ、帝国軍の?」「伊隅大尉、何故そんな機体がこの横浜に?」

「詳しい経緯は私も知らん。だがあの機体の開発者が撃流の実験衛士に神宮司軍曹を指名したのだそうだ。」

みちるのその言葉に完全ではなくとも、一応納得した表情をする3人だった。

どれ程筋違いの指名であっても、こと撃震の操縦にかけては神宮司まりもを超える衛士を彼女たちは知らなかったからである。

まりもの腕前ならば…あるいは香月副司令の策謀によってならばそんなこともあり得るだろうとその場の全員が考えていた。
 
 
 
 
「はっくしょん!」

「どうしました副司令、お風邪ですか?」

横浜基地の作戦司令室で機動試験の状況を見守っていた夕呼が、突然大きなくしゃみをしたのにピアティフ中尉が驚いて尋ねる。

「いえ…そんなんじゃないわこれは。…だれか私の噂でもしてるのかしら? 人に恨まれるようなことした覚えは無いんだけど」

『『『『…無いのかよあんたは!!!!』』』』

平然と嘯く夕呼にその場にいたほぼ全員が心の中で同じツッコミを入れたが、彼女は全く気にする様子もなく試験状況を観察し続けるのだった。

「ふ~ん? まずは速瀬一人に斬り込ませるってわけね。 伊隅もやるわね~」

「…と、言いますと?」

「碓氷、あんたもあの機体とOSの性能は知ってるでしょ? 速瀬にもそれを教えてやるつもりなのよ伊隅は…あの娘の体にね」

「…成程、伊隅大尉らしいスパルタ教育ですね」

「な~に言ってんの、自分だって同じような方針でやってるくせに…その子たちにはどうやって躾けるのか今のうちに考えておくのね~碓氷。…どの道あのOSはあんたたち全員が使用することになるんだから…いえ、いずれは全ての衛士がね」

「はっ!」

夕呼の台詞にその場にいた碓氷中隊の隊員たちはガクガクと震え上がり、隊長の碓氷鞘香だけが嬉しそうに敬礼していた。

「…ヴァルキリー2、コクピットに被弾!撃墜と判定!…み、水月~早過ぎだよ~」

「はやっ!いくらなんでも…いえ、速瀬の油断と言うよりこれは…」

「いや~予想以上の素晴しい出来栄えですねえ、香月博士。 私としてもこれは120%の大満足な成果ですよ、はい」

「あれが噂に名高い神宮司教官の腕前か…成程、君がこだわるだけのことはあるな諸星課長」

「何という…あの機体の機動がさらに…」

「ふうむ、まだ剛性を煮詰めるべきだったか?」

「いやいや、くっくっく…さてあのOSのシステムへの負荷がどの程度か…」

この場にいた賓客たち…松鯉商事の諸星課長、帝国軍技術廠の巌谷中佐、篁中尉、富永大尉、高木中尉の5人は自分たちが作り上げ、そしてこの横浜基地で改良されたOS「X2」を搭載した撃震モドキ…改め『撃流』(命名、巌谷榮二)の機動を見つめていた。

モロボシの提案によって仕上がった“撃流”を横浜基地に運び込みX2を搭載した後、早速まりもとA-01が機動試験を兼ねた模擬戦を行うのを彼らに見て貰おうと夕呼が招いたのがこの面子であった。

当然巌谷中佐らも、横浜で開発中のX-2がどの程度の代物なのか自分の目で確かめたかったためその招待に応じたのだが、早速見せつけられたその機動の凄まじさに機体とOSを作った本人たちがそれぞれあっけに取られていたのだった。

「ヴァルキリー3脚部に被弾、中破と判定。 ヴァルキリー4コクピット被弾、撃墜と判定…うそでしょ…いくら神宮司軍曹でも」

「あ~あの娘達ちょおっとあの機体とまりもを甘く見過ぎたみたいねえ~」

「伊隅大尉ですね…うまく彼女たちを誘導してわざと隙が出来るように仕向けたんでしょう…もっともあの神宮司教官の機動からすると油断ではなく予想外の動きに対応出来なかったのが主な敗因と言えるかと…まあどっちにしろ終了後のミーティングであの3人はこってり絞られるでしょうが」

「…ふ~ん、それでもってその後たっぷりと罰ゲームの特訓フルコースってわけね~」

「ええ、もちろん彼女のことですからこの後自分も無様な負け方をするようなら、一緒に先頭切って罰ゲームを受けるつもりでしょうが」

「さあて、どうなるかしらね~」

まるで夕呼のその言葉に応えるかのように、まりもの乗った撃流とみちるの不知火が距離をおいて対峙していた。

「まったく…いくらその機体が特別製だからといっても、その強さは反則ですよ神宮司教官」

「そうでもないでしょう…あの子たちが私にしてやられるような状況を故意に作ったんじゃありませんか?伊隅大尉」

「確かにそのつもりでしたが、はっきり言ってあなたのウォーミングアップを見て彼女たちの油断は完全に吹き飛んでいたんです。この結果は純粋に貴方とその機体によって出された成果に他なりません」

「そう…それなら私の腕もまだ鈍ってはいないと言う事ですね」

「御謙遜を…鈍るどころか鋭さを増していらっしゃる」

「そうじゃないわ、この機体とOSがそれだけ素晴しいのよ…まったく、愚痴になるけどもっと早く欲しかったわ…これが」

「同感です…ですが今はこのシステムを最初に操れる栄誉に浴したことを素直に感謝すべきかと」

「ふふっ…そうですね、それじゃあそろそろ始めましょうか…本番を」

「…のぞむところです」

『あ~もしもし お見合中のお二人さん、ちょっといいかしら~』

「夕呼?」

「香月副司令?」

『せっかくお客さんも来てることだし、ここらでチャンバラの方も見せて貰えないかしらねえ、まりも、伊隅』

「成る程…近接格闘戦の実力を、と言う訳ですか」

「まったく…我儘なんだから」

『よろしくねえ~』

「「了解!!」」

その返事を合図にしたかのように二人の機体は突撃砲を収め、長刀を構える。

観客たちが固唾を呑んで見守る中、主脚走行で互いの間合いを計っていた両者がいきなり接近し、同時に斬りかかる。

「むっ」「えっ」「ほお!」「うむ!」「…やるわね」「…流石」

袈裟がけに振り下ろしたと思われた撃流の刀は途中で動きを変えて手元に引かれ、突きに変じて繰り出される。  そしてそれを見越していたかのように、不知火の刀も最後まで斬り込まずに主脚を動かし撃流の突きをかわす。  さらに間合いを取って逆に斬りかかろうとする不知火に対して突きにいった撃流がその姿勢を変えて下段から斬り上げる。  その斬撃を紙一重で見切った不知火が横切りに長刀を振り抜くと、撃流の片腕に小破判定が下される。

これら全てが両者が斬り合いを始めてから、夕呼たちが感嘆の声を上げるまでの僅かな時間の間に起こった出来事であった。

さらに二人の機体は一旦距離を取った後、まりもの撃流がみちるの不知火をおびき寄せるように市街地のビルの陰に入る。

そしてみちるの不知火も距離を測りながら別のビル陰にその身を隠す。

その様子をモニターしていた観客の中から巌谷中佐が夕呼に質問する。

「香月博士、あの不知火はもしかして…」

「ええ、お察しの通りですわ巌谷中佐 あの伊隅の乗っている不知火にもX2が搭載されていますの」

「…ふむ」「やはり…」

夕呼の返事に納得したように巌谷と唯依は頷く。

2機の機動があまりにも高度で同質のものである事から、みちるの不知火にもX2が搭載されていると判断したためだった。

「さて、これはどうやら藪の中の斬り合い…ということになる訳ですか?」

「藪の中、と言うより森の中と言った方が適切かもしれませんが」

モロボシの問いかけに唯依が解説をする。

やがて2機の距離が縮まり、まりもの撃流が伊隅の不知火に襲いかかる。

その斬撃を自らの刀で受け流し逆に斬りかかる不知火、それを見事にかわす撃流。

従来の戦術機の機動、その限界を明らかに超越した2機の戦いに観客達全員が言葉を失い、ただ見詰め続ける。

やがて互いの刃が相手のコクピットを捉え双方に撃墜の判定が下された時、まりもとみちるの二人に対して拍手と歓声が惜しみなく浴びせられた。
 
 
 
【横浜基地・戦術機ハンガー】

「ああ伊隅にまりも、二人ともお疲れ様」

「いや~お見事でしたお二人とも」

模擬戦の終了後、ハンガーに戻ってきたA-01とまりもを夕呼たち全員が出迎え、彼らを代表するかのように夕呼とモロボシが声をかける。

「香月副司令…」「あの…こちらの方は?」

「ああ…紹介がまだだったわね。 …コウモリよ」

「「はあ?」」

「…香月博士、せめて人間として紹介して頂けませんか?」

「ああ、ごめんなさい。 松鯉商事の諸星課長よ…あんたたちが今使ってたOS“X2”のベースとなった“X1”の提供者って訳」

「X1…」「あのOSの…」

「はじめまして、松鯉商事営業課課長の諸星と申します。 伊隅大尉、神宮司軍曹、お二人に会えて大変光栄です」

「は、いえその…」「…光栄だなんて…自分は一介の軍曹なのですが…」

「…一介の軍曹、では無く“世界一の撃震使い”でしょう? 香月博士、巌谷中佐」

「まあね~」「うむ、実に見事な機動だった。流石は大陸で勇名を馳せただけの事はある」

困惑するまりもをモロボシがさらに賞賛し、夕呼と巌谷もそれに賛同する。

そのせいでまりもは赤くなりながらもなんとか抗議しようと言葉を探すのだが、その前にモロボシが彼女たちに質問する。

「いかがでしたか皆さん…我々が開発し、香月博士によって改良された戦術機管制システム“X2”の性能は」

「はい、大変素晴らしい性能です。 このOSは一刻も早く国連・帝国を問わず、普及させるべきかと思います」

「自分も同意見です。 現在わが国の戦術機の主力は未だに“撃震”です。 このOSを搭載することで多くの衛士たちの命が助かるでしょう」

みちるとまりもの言葉に、後にいた伊隅中隊のメンバーや夕呼らと共に来ていた碓氷大尉ら碓氷中隊の隊員たちも同様に頷いた。

「ふ~ん、そういうことならゆっくりと取引条件を煮詰めましょうかねえ? 諸星課長?」

心の中で舌舐めずりをしている夕呼に対して、モロボシは意外な返答をした。

「そうですな、それではPXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」

「はあ?」「なに?」「え?」「ほう?」「ふむ?」「あの?」「しょくじかい?」

…その場にいたモロボシ以外の全員の目が点になった。

そしてこれが横浜基地を中心に始まるもう一つの計画の始まりでもあった。

 
 
第15話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第15話「あゝ人生に涙あり」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/13 22:02

第15話 「あゝ人生に涙あり」

【2001年1月22日 横浜基地・PX】

『士農工商』という言葉がある。

古代の中国においてエライ人がエライ学者に聞いたそうだ。

「国を統治し、戦をするにあたって最も重要なのはどんな人間か?」

エライ学者はこう答えた。

「まずは“士”つまり戦を指揮し、国を治める貴方がた(エライ人)です」

「次に“農”すなわち戦うに当たって必要な食糧を生産する者達です」

「その次が“工”すなわち戦いの武器などの道具を作る者達です」

「最後が“商”すなわち物資を運んだり、金のやり取りをする卑しい連中です」

…諸説あるようだがまあこれが代表的なものらしい。

もっともヨネザワさんによると古来より商の下が“犬”でそのまた下が“ヲタク”なのだそうだ。

今の私は商社マンなのだから犬やヲタよりはマシという事なのだろうか? なんかヤだなあ。

いやつまりなんで私がこんな事を考えてるかといえば…

「…それで? あんたがモロボシさんかい?」

…おっといけない、すっかり物思いに耽っていたらしい。

「初めまして京塚曹長、私が松鯉商事の諸星です」

今私がいるのは横浜基地のPX、そして目の前にいるのがここの支配者とも言うべき人物、“京塚のおばちゃん”こと京塚志津江曹長だ。

私の今回の横浜基地訪問の目的の一つがこの人に会うためだった。

このPXには香月博士をはじめとして先程までX2の試験機動を行っていた面子が全員集合していた。

この私の「PXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」という発言でここまでついて来て貰ったのだが…

「実はぜひ貴方にお試しして欲しい商品がありまして」

「なんだい化粧品のセールスかい?だったらあんたの後ろにいる若い子たちにしなよ、あたしゃもうそんな年じゃないんだからね」

「いえいえ、あなたもまだまだお若い…いやしかし今回は化粧品ではなくてこちらの品になるのですが…」

そう言って私が取り出したのはわが社自慢の合成ハムのバルクである。

「米と生タマゴもありますのでこれでハムステーキ定食でも試作してみて頂けませんか? 試食は今ここにいる皆さんと云う事で…」

「…ふうん?まあいいけどね」

どうやらOKが貰えたようだ。
 
 
 
「…で、あんた今度はなに考えてんの?」

京塚曹長が食材を持って調理場へ行き、我々がテーブルについたとたん香月博士が聞いてきた。

周囲を見渡すと他の人たちもほぼ同意見のようで、興味と疑惑のまなざしをこちらに向けているではないか。

よろしい、そこまで期待されたなら答えぬ訳にはいきますまい。

「博士、『士農工商』と云う言葉は御存じですよね」

「…当然でしょ、あんた人の教養を試す気でもいるの?だとしてももっとましな「なぜ“農”が二番目なのでしょうね」…はあ?」

「士農工商の二番目がなぜ“工”や“商”ではなく“農”なのでしょう?武器を作るのは“工”で軍資金を調達するのは“商”なのに…なぜ“農”がそれらより上なのでしょう?」

「…ふん、簡単な理屈よ。 “腹が減っては戦はできぬ”どころか生きてくことも出来ないからよ」

「正解でしょうな。 商社マンとしては不本意な論理ですが確かに一理あるでしょう…ことに戦争において食糧の不足はそのまま敗因の一つとなりえますからね」

「…で、それがどうしたの?」

「腹が減っては戦争も出来ない、腹さえ膨れてりゃなんとか戦える、ならそこに飯の味が保障されていれば…どうでしょう?」

「ふうん?」「は?」「む…」「ほお」「くく…」「はい?」「え?」「あの?」「味?」「???」

「私が先程京塚曹長にお渡ししたのはその問題への私なりの回答のつもりなのですよ、皆さん」

「あの…ハムの塊が、ですか?」

「ええ」

神宮司軍曹の質問にあっさりとそう答える。

「あのハムは当社が軍用レーションの材料として開発したものでしてね、ぜひ皆さんに試食して頂きたいのですよ」

「へ~え、それをウチに売り込もうって訳? 商魂逞しいわねえ~」

「ええ、確かにそれもあるのですが…ここでの試食にはもう一つの理由がありまして」

「…もう一つ?」

「はい、ですがそれは出来上がった料理を食べてからと云う事で…」
 
 
 
…やがて調理が完了し、我々の前に注文通りのハムステーキ定食が並べられた。

そして、いただきますの言葉とともに料理に箸をつけた面々の表情が次々と変化していくのを、私は満足げに見守るのだった。

「…おいしい、これ…合成ハム…よね?」

「確かにそうですけど…でも、とても美味しいハムですわね」

「ふむ、祷子の言う通りこれはとても美味いハムだな…」

「いや、まったくこんな美味い合成ハムは初めてだな」

「ええ、おじ…中佐、これなら色々な料理に応用出来ますね」

「…ふ~ん、美味いじゃない…確かにこれならうちで仕入れてもいいわねえ」

「そうね、京塚曹長がどう言うかにもよるでしょうけど…」

その神宮司軍曹の言葉に答えるように、京塚志津江曹長…いやシェフ京塚がこっちへやって来た。

「みんな美味しいかい?」

「いや、大変結構なお味ですシェフ。 食材の品質には自信がありましたが、これほどまでに美味な料理に仕上がるとは…予想以上でした」

「よしとくれよシェフだなんて、あたしゃただの食堂のおばちゃんさね…ところであんた、このハムはウチで仕入れる事は出来るのかい?」

「ええ、もちろんですとも。 お値段の方も大幅に勉強させて頂くつもりです、はい」

「夕呼ちゃん…」

そう言って自分に向かって手を合わせる京塚曹長に香月博士は…

「はいはい、これだけ美味い料理が出来るんだもんね~買わない訳にはいかないわねえ」

「…ありがと、うんと美味い御飯をつくってあげるからね」

その言葉にA-01や神宮司軍曹の顔が輝いたのだった…いやあ、やっぱり美味いメシは戦力の源だよなあ。

そしてここからが本題だ。

「…それで大幅値引きの交換条件なのですが」

「…まあ、言うと思ったわ…何が望みなの?」

「こちらの京塚シェフのお力をお借りしたいのですが」

「はあ?」「あたしのかい?」

「ええ、貴方のその料理のレシピを使って世界中の軍施設での料理のレベルアップを図るのが私の計画でして」

「…あんたそんなこと考えてたの?」

「はい、当社の合成食品とセットで京塚シェフのメニューを提供することでそれを実現出来ると考えています」

軍隊とは人間の集まりであり、そしてそれを動かすには大量の食事…食糧が必要になる。

そしてその食事が美味いか不味いかはその集団の働き…作業効率に大きな影響を与えるものなのだ。

香月博士が京塚曹長をこの基地のPXに置いているのも単に知り合いという理由ではなく、そのことを念頭に置いているのだろう。

「…おばちゃん、やってくれる?」

「まあ…あたしなんかの料理でいいんならね、引き受けるよ」

「ありがとうございます、いやあこれで何とかなりますなあ~」

「そのかわり、うちのPXにいい食材を届けとくれよ…特にこの御飯のお米をさ」

「…ああ、お気づきになりましたかその米の味に」

「お米?確かに美味しい御飯だったけど…」

「この飯米の銘柄ってなに?」

「奥州4783号と言いまして、当社が開発した新品種です。 ちなみに通常の飯米の1.3倍の収穫量が見込めます」

「え?」「嘘!」「そんな!」「諸星課長!それが本当ならこの米はわが国の食糧事情に光明をもたらすことに…」

「ええ、今はまだ試験栽培中ですがいずれは大量に栽培出来るように政府にも売り込みをかけるつもりです」

現在の帝国の食糧事情については、今更言うまでもなく“最悪”の一言に尽きる。

辛うじて主食のコメだけは本来飼料用の多収穫品種を栽培して賄っているが、この世界のそれは決して美味い物ではない。

しかも現在、米の生産が可能な地域は東北と北海道であり、寒冷地用の品種でなくてはならない。

この世界には我々の世界のような寒冷地でも多量に収穫出来て、しかも美味いコメなどと云う都合のいい物は存在しないのだ。

この『奥州4783号』は、かつて我々の世界が食糧不足に陥った時に日本人の胃袋を守った代表選手だった品種である。

これもいずれは帝国政府との交渉材料になるだろうが、まずはここでお披露目した訳だ。

「…あんた、その背広のポケットの中にどんだけのネタを仕込んでんのよ?」

「いえいえ、聡明な香月博士の知性溢れる頭脳の中に比べれば私の懐などタカが知れておりまして、はい」

「「「「「「「…………」」」」」」」

…なんだろう?周囲の視線がやけに冷たいような気がするんだが。

「…よくもまあ、どこぞのタヌキみたいに心にもないおべんちゃらを恥ずかしげもなく言えるわねえ」

“えぷしっ”

「…おや、どこぞで誰かがくしゃみをしたような音が」

「ああ、きっとその辺を日頃からうろついてる野良タヌキでしょ。ほっときなさい、構うとつけ上がるから」

“ふんふん、ぐしゅんぐしゅん”

なにやらイジケ気味の雰囲気だが…まあいいだろう。 博士の言う通りほっとこう。

横を見れば巌谷中佐や篁中尉たちも知らん顔をしているし…スパイは孤独だなあ。

「さて香月博士、食事も終わったことですし食後のコーヒーなど嗜みながら話の続きをしませんか?」

「ええそうね、じゃあ私についてらっしゃい。 あんたと巌谷中佐の2人だけね」

「はいはい」「うむ」

「まりも、御苦労さま。もう本来の任務に戻っていいわよ」

「はっ」

「伊隅に碓氷、あんたたちは今からその子たちにX2を仕込んでやってね」

「はっ!」「了解!」

「行くわよ、お二人さん」
 
 
 
 
【横浜基地・B19フロア】

「さて、商談に入りましょうか?コウモリさん」

夕呼の執務室ではなく司令室の隅にある会議室でモロボシと巌谷は彼女と向き合っていた。

「いやあ、X2の性能は予想以上でしたね…ところで博士、システムの拡張性の方はいかがです?」

「あんたの注文通りにしておいたわよ。 それにしてもなんであんなに余裕が必要なの?随分値段が上がっちゃうけど?」

「それでいいんです。 X2はその次に来るX3への繋ぎにすぎませんから」

「なに!?」「…へ~え?」

モロボシの言葉に夕呼と巌谷がそれぞれ異なる反応を示し、それに答えるようにモロボシは言葉を続ける。

「元々私がこの一連のOS開発において主眼としてきたのは“X1”と“X3”の二つでした。 そして“X2”は“X3”への土台として必要なものだったのです」

「…ふうん、つまりX2のシステム基盤に大幅な拡張性を持たせたのはその“X3”をインストールするだけで使えるようにするためだったって訳ね」

「さすが香月博士、御理解が早くて助かります」

「それじゃあんたはX2を帝国軍に広めるつもりがないのかしら?」

「ない…と云うより“難しい”というべきでしょうなあ、この場合は」

「むう…」「…ふん」

モロボシの言葉の意味を夕呼も巌谷もよく理解していた。 現在の帝国軍の内部では国産・国粋主義が幅を利かせており、米国や国連軍が開発した兵器の導入に対して感情的な反発を行うのが常であった。 そしてたとえ日本人といえど国連軍で開発された…ましてや『横浜の女狐』の作ったシステムと自分たちが開発した(ことになっている)“X1”では、性能差があってもこちらを選択するのは解り切っていることだった。

「どの道このX2用のCPUはすぐに安く量産…とはいかないでしょう。 帝国軍が早期に、そして安価に導入するためにはX1の方でなくてはなりません」

「…まあね、これは本当に最先端の代物だからCPU以外もかなりの高性能デバイスが必要になるしね~」

「うむ、帝国の現状からすればすぐにでも配備が可能なX1を優先し、その後機能をさらに高めたX2や君の言うX3へと転換するのが最善だろうな」

「でもそれじゃあ良い取引にはならないんじゃないの?あんた他にも何か考えてるでしょ?」

ニヤリ、と口元を歪めて質問する夕呼にモロボシは同じく人の悪そうな笑みを返して言った。

「ええ、実はX2の提供先として斯衛軍はどうかと思っているのですが…」

「むっ…」「ふうん?」

「紅蓮閣下と榊総理には話は通っていますので、博士ご自身が承諾されるだけで実現するでしょう」

「…斯衛に繋がりを持たせてあたしに何をさせる気かしら?」

「“バビロンの亡者”たちへの対抗策の一つ、とお考えください」

「あのプライドの塊みたいな侍連中が話に乗って来るかしら?」

「乗ってきますよ“殿下のためなら”…ね」

「諸星課長、殿下を巻き込むようなことは…」

「巌谷中佐、私が殿下を巻き込むのではありません。 “霧の底”に潜んでいる謀略家たちがそうしようとしているのですよ」

「な!」「…あきれた、そこまでイカレてるのね」

巌谷が絶句し、夕呼がつくづくあきれ果てたとコメントするのにさらに続けてモロボシは言う。

「帝国軍だけだはありません、この横浜基地と貴方も巻き込まれます…と言うよりこっちが本命と考える連中さえいるでしょうが」

「…でしょうね、まあ今更だけどね」

「……」

「その時に備えるために、今から斯衛へのコネをつくっておくべきなのですよ」

「いいわ、この件に関してはあんたの手のひらの上で動いてあげる」

「もう一つ、X2とは別に帝国軍に飛びついて貰える物を作って頂きたいのですが」

「なによ、もうすでに電磁投射砲を提供してるじゃない」

「ある意味もっと重要なものですよこれは。 こちらでしか作れませんからね…これも」

そう言ってモロボシが差し出した設計図と仕様書を見た夕呼は、にやあと笑ってこう言った。

「なるほどねえ、確かにここでなら出来るけど…このセンサー部品はあんたが調達してくれるの?」

「ええ、その部品だけは私の方で何とかします」

「そう…それなら問題はないわねえ。 試作して実戦で使えるか試してみましょうか」

「まあ、今日のところはこれくらいで…ああそう、神宮司軍曹にはもう一度だけ舞台を踏んで頂くことになると思うのですが…アラスカ公演という舞台を」

「…それなりの見返りは用意して貰うわよ」

「もちろん、次回までに用意させて頂きます」

「ああそれと、例のレポートの件はどうなったの?」

「ええ、先日総理にお見せしたのですがね…」

「そう、それで?」

「いや、どうもあの人自分だけで対処したいようでして」

「あら、“上様”にはお見せしないって訳?臣下としては問題じゃないの~?」

「ある意味あなたと同じなんですよ、あの人は…全てを自分一人で背負うつもりなのかも知れません」

「……」

「…ふん、わかったようなこと言ってくれるじゃない」

「これは失礼、つい口が滑りました」

「まあいいわ、そっちの方はあんたの好きにすれば」

「どうも、それではその図面の件よろしくお願いします」

「はいはい…ああついでにそこの隅でいじけてるタヌキを連れ出してちょうだい」

「…鎧衣課長、帰りますよ」

「まったく、困った人だ」

「…諸君、もう少し年長者をいたわる気持ちは無いのかね?」

「「「ありません」」」「とほほ…」
 
 
 
 
自分の執務室の戻った夕呼はそこにいた銀髪の少女にリーディングの結果を聞いた。

「どうだった?社」

「…おじいさんが見えました」

「?」

「…杖をついて笑いながら歩いていました」

「??」

「…歌が聞こえました」

「???うた?」

「…人生楽ありゃ苦もあるさ…って歌ってました」

「????」

「…ひかえい、ひかえい、ひかえおろうって言ってました」

「霞?ちょっと、大丈夫?霞!?」

「…助さんや、格さんやって言ってました」

「フ…フフ…アハハハ……やってくれるじゃないコウモリの分際で…こっちの手の内を知ってたってことね…アハハハハハ………覚えてなさいよモロボシィィィ~~~~~~~!!!」

執務室の中に女狐の怨嗟の声が響き渡るのだった。

 
 
第16話に続く





[21206] 閑話その2「モロボシ・ダンの述懐(二)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/21 18:11

閑話その2「モロボシ・ダンの述懐(二)」

何故わたしが社少尉のリーディングを誤魔化せたかって? もちろん私にESP能力などはない。

当然彼女のリーディングを防ぐ能力など持ってはいないし、鎧衣課長のように対ESP対策を心得ている訳でもない。

私がそれを可能にしたのはひとえにこの電脳メガネのおかげだったりするんだよ。
 
 
我々の世界で21世紀前半より急速に発展した人間の脳と電子機器の連動技術、“電脳テクノロジー”と呼ばれたそれは人類のポテンシャルそのものの底上げに繋がり、そして様々な新たな問題を引き起こした…

本来はサイバネティクスの肝として研究、開発が進められていた人間の思考によるコンピューターや機械の操作、それらの発達はかつてSF映画の中でしか見ることが出来なかった光景を日常生活の中に出現させることになった。

そして電脳技術…脳の働きをコンピューターで補助、いやグレードアップさせる技術が開発され、個人がそれを保有する時代がきた。

感覚的にはインターフェースが直接脳と繋がったパソコンや携帯が普及し始めたようなものだったのだが、やがて外科手術によって脳と電脳を一体化した人間の儀体化・電脳化が始まった。

個人の能力、思考速度・感覚・身体能力などは大幅に上昇したが、同時に健常者を“生体改造”することへの倫理面での反発、特に宗教関係からの反対は大きく、またこの電脳化の副作用(?)として発生した電脳硬化症や儀体の“暴走”現象など新たな病気や社会問題も起き始めた。

やがて電脳チップの高集積化・小型化により、小さな光チップ(5ミリ角以下)一枚にその機能を集約し、体内に埋め込まなくても身につけているだけで十分機能するまでに高性能化され、それに伴い人体の儀体化は医療目的や特別な用途(たとえば軍用)などを除いて原則禁止が国際条約で決まり、電脳も体外で機能するタイプが主流となって行った…

その基本ルールは今日に至るまで守られている。(一応)
 
 
 
…まあ、そんなこんなで発達した電脳技術だが、現在の我々にとってはごく当たり前の生活必需品となっている。

あらゆる情報サービスに対応し個人の知的作業のほとんどをサポートしてくれる、また社会人としての必須アイテムでもある。

21世紀当時のパソコンや携帯電話が極度に発達した結果の代物…と言ってしまえばそれまでかも知れないけどね。

そしてその形状だが…殆んどが月並みな時計やアクセサリータイプの物だ。

私のようなメガネ型は少数派だし、その殆んどが格好いいアクセサリーグラス式の物で、私のような大昔のセルフレーム型の野暮なデザインではない。

言っておくが別に好きでこんなメガネをかけてる訳じゃないからね、私の仕事に必要な機能と耐久性を要求したらスミヨシ君が“なら、コナン君用のメガネやな” と言いやがったのだ。

確かにこのメガネのおかげで仕事もはかどるし、記憶容量も問題ないし、霞くんのリーディングも防げるから文句はないけどね…

え?だからどうやってリーディングを防いだのかって?

それはだな、私の頭の中でドラマ映像を上映していたからだ。

このメガネの記憶容量はゼタを超える容量のメモリーを搭載していて、映画やアニメ、TVドラマなどは数万本単位で収納出来るのだ。

その中の一つを香月博士との会談中にずっと再生していたと云う訳だ。

もちろん、霞くんの意識をそちらへ向けさせるような内容でなければいけないし、年端もいかない少女にあまり刺激が強過ぎる作品は倫理的に好ましくない。

それらのことを前提に慎重に検討を重ねた結果、今回の上映作品は“水戸○門”に決定した訳だ。

…何?なんでそうなるんだって?

…いいじゃないか、20世紀後半から21世紀初頭の時代劇は私の大好物なんだよ、ちょっと趣味に走るくらい大目に見て貰いたい。

まあこれはスミヨシ君たちからもお叱りを頂いたので、次からはもっと彼女の情操教育にふさわしい作品を選ぶとしよう。

…そう、教育で思い出した。

我々の世界の日本、『日本民主主義人民共和国』のことなのだが…
 
 
 
かつてわが国の恥多き歴史の中でも特筆すべき(?)黒歴史“文明大改革”の終った後のことだった…それまで“文改”の最も大きな後ろ盾であった教育者組合“日○組”が世間の非難…いや糾弾の中で、事実上解体されてしまったのだ。

この組織が“文改”の最中に行った“教育改革”は誰がどうみても“教育”ではなく“狂育”であったと指弾されたからだ。

組織の解体に伴い教育者を副業にしていた政治運動家たちの多くも職を奪われ、社会から追放された。

だがその結果、かなりの教員不足が大きな社会問題になった。

たとえ片手間の副業だろうとつい先日まで教鞭をとっていた現役の教師を大量に解雇したのだ、当然の結果と言えただろう。

そしてその穴埋めに大量の新任教師を必要とした全国の学校に緊急措置で教員資格を入手した臨時教師たちが送り込まれたのだが…
 
 
 
…いや、それがなんと言うか解体された“日○組”とは正反対の主義主張を持つ“日本正道教育連合”略して“日正教連”のメンバーが大半だったんだよ。

おかげでただでさえ混乱していた教育現場がさらに混乱の度を深めてしまったんだよねえ。

気の毒なのは子供たちだ、つい先日まで国家体制をないがしろにすることがいいことのように教えられていたはずが、気がつくと“国家との一体感”を得るべしなどと真面目な顔で先生に教え諭されているのだからね。

そして面白いことにその先生たちはそれまで悪書の代表のように言われていた“マブラヴ・オルタネイティヴ”を推薦書に加え、そのかわりに“ガン○ム”や“イ○オン”の批判を始めたのだよ。

…なんの意味があるのか私にはさっぱりわからないが、“○田史観”とやらの悪影響を懸念した人達の差し金だったそうだ…まったくこの国の“右や左の旦那様や奥様”たちのすることは…

まあ、このレフトからライトへの大幅な思想のブレはやがてセンターへ収束していったが、この時代に教育を受けた連中は後に“文改世代”と呼ばれ、左右共に極端な“主義者”やとんでもない奇天烈な一種のアナーキスト達を生み出した。

その余波の被害をこうむった内の一人が、実はこの私だったりするんだね。

…私は小学生時代によく“恒○観測員”だの“レッ○マン”だの“ミ○クルマン”だのと陰口をたたかれたものだ。

なんでそんな変なあだ名を付けられにゃいかんのだと友人たちに詰め寄ったが、どうやら彼らも意味を知らず、しかも出所は担任の教師(文改世代の)だったらしい。

親にそのことを相談すると、我が家は何代ごとかにその名前を長男に付けているが、何を言われてもその名前に誇りを持てと言うだけだった。

どうもその担任は、アニメや特撮が子供たちに偏った思想を植付ける元凶なのだと言う考えに取りつかれ、その類のキーワードに過敏に反応する人だったらしいが、だからといって子供のイジメを煽るような真似をするのは教育者として以前に社会人としてどうなのだろうと思う。

まあ、その担任は他にもおかしな言動が目立ったためにすぐに学校から放りだされたらしいが、私のあだ名はそのまま定着してしまった。

…後になって名前の意味を知った時、私は思った。

『この呪われた血が憎い!』 …と。

一体、どこの世界に先祖代々特撮ヒーローの名前を付ける家があると云うのだ。

もっとも我が家にはもう一つ伝統的に“アタル”と云う名前を付けられる風習もあったと知った時は思わず胸をなでおろしたものだ。

…モロボシ・ダンの方がまだマシだと分かったからだ。(“アタル”という名前の由来は“ダン”の意味と一緒に友人に教えて貰った)

そう、思えばそれらの出来事が私に過去の空想創作品に興味と反発の双方を持たせ、その中でも特に文改世代の“元凶”(?)とでも云うべき“あいとゆうきのおとぎばなし”を自分なりに研究し、同じようなことをしている人々に係わるきっかけになったと思うんだよ。

そしてその結果が現在の私の境遇に繋がる訳だが…しかしなんだね、この世界の日本にはあまりにも娯楽が少ない。

元々、歴史背景に違いがある上にBETAの侵攻ですっかり余裕がなくなってしまい、子供に夢を見せることすらできない有様だ。

仕方がないと言えばそれまでだが、そのことが国民の意識を逆に追い詰めつつあるとしか思えない。

我々の世界みたいになるのもどうかと思うが、こっち側の日本はあまりにも潤いが無さ過ぎる。

ここはひとつ異次元から来た男であるこの私がその手管を駆使して子供たちに愛と希望と夢と勇気と恐怖と絶望の全てを教えてあげるべきだろうね、うん。

…なに?なんで恐怖と絶望まで教えるのかって?

それが正しい教育と云うものですよ諸君。

…まあ、霞くんにはあまり残酷なホラー物やバイオレンス物を見せるのは自粛しますけどね…あれ?でも確かあの娘、毎日誰かさんの脳味噌見ながら仕事してるんじゃ…まあいいか。

ああそれに大人たちの方も問題ですな、やはり娯楽の少なさが社会から諧謔の精神(by 池波正太郎)を奪ってしまったようだ。

これの不足が結局はクーデターのような出来事の下地になって行くんだと私は考えているのだよ諸君。

せめてカラオケくらいは普及させたいが、まあその前に世間や軍隊に流れている音楽に新風を吹き込みたいものだ。

そしてやがては一大娯楽産業でウハウハに…

《モロボシはん、なに悪徳芸能プロの社長みたいなこと言ってますねん》

《そんなことしたらいけないんじゃないですか~?》

…失礼な、これはれっきとした男のロマ…げふん、いやつまりクーデターを防ぐための計画の一部であってだね…なんなの君たちその目は、ボクニヤマシイトコロナンカアリマセンヨ~。

《嘘やな》

《ウソですね~》

…酒飲もう。


 
 
閑話その2終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第16話「踊る、第六会議室(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/29 22:04
第16話 「踊る、第六会議室(前)」

【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】

会議室に集った人間たちの間に異様な雰囲気が漂っていた。

その理由は現在彼らが見ている映像、先日横浜基地で行われた“撃流”VS“不知火”の映像を見せられている為だった。

今回の会議に緊急案件として提案された新型の戦術機用OS、“X1”と“X2”の二つ。

先に見せられた“X1”の機動に目を剥いていた帝国軍関係者たちは、さらにその次に見せられた“X2”の映像に完全に言葉を失っていた。

「…以上が新型OS“X1”及び“X2”の機動試験の映像です」

上映が終わり会議室に明かりが戻ると、その場にいた全員が興奮した様子で騒ぎ始める。

「…これは、是非」「いやしかし、横浜は…」「…べつに女狐に頼らずとも」「そうだ!X1の性能でも十分に」「だが、あのX2の性能があれば…」「コストはどうなる?量産性は?」「壱型丙にX1で十分に次期主力機たり得る筈だ!」「いや別に不知火に限った話では…」「そうだ!管制ユニットのみの換装で済むのなら、全ての機種が…」「いずれにせよ、この技術の優位性を…」「…米国が気付かぬ内にこのOSの権利を」「だが彼の国がこれを見ればまたよからぬことを…」「だからこそ!」「落ち着け!まずは双方の機能と費用対効果の見極めが…」「そんな悠長なことを言っている余裕が今の帝国に…」「だが予算が!」「所詮は管制ユニットの交換のみの費用だ、機体を新造するのに比べれば只にも等しい筈…」「…それだけでは無いぞ、これは輸出にも…」「そうだ!これが外貨獲得に繋がればもう政治家どもに金食い虫呼ばわりされることも…」「いささか皮算用が過ぎるのでは…」「バカを言え!あの性能なら皮算用とは言えまい!」「だがX2がもし横浜から他に流出したら…」「X2はあくまでX1の改良型だろうが!なら基本的権利は帝国軍に…」「相手は女狐だぞ、そんな正論が通じるのか?」「そもそもあのX2はどうやってあそこまでの性能を…」「おそらく、例の計画絡みで開発されたCPUを…」「元は帝国臣民の税金だろうが!帝国軍のために役立てて何が問題なのだ!」「表向きは国連の…」「くだらん!米国の手先にいいように…」「なんにせよこの技術を米国に奪われぬように…」「それよりもソ連邦だ、連中は金すら払わずに盗み出すぞ」「所詮は模造品しか作れん連中だ」「だが、だからこそ連中の模造品はある意味一流だ」「このOSがもし模造されれば…」「なら一刻も早く配備に向けて…」「そんなに急いでは…」「呑気なことを言ってる場合では…」

「…静粛に!」

堪りかねたような議長の言葉で会議室の喧騒がようやく収まる。

「それではこのシステムについて開発メーカーである松鯉商事の担当者より説明を…」

議長の指名で立ち上がった男に会議室内の全ての視線が集中する。

「只今ご指名に預りました松鯉商事の諸星です」

そしてモロボシの説明が始まった…
 
 
 
 
 
 
 
 
「…以上が“X1”及び“X2”に関する説明ですが、なにかご質問は?」

私の説明が終わると同時に、一人の将校が挙手して質問をしてくる。

「それではX2の即時配備は事実上不可能、と云うことかね?諸星課長」

「そうです。 現在横浜基地ではX2の製作と並行してCPU等の部品の量産体制を検討中ですが、やはり半導体の歩留まりからすると今すぐの大量生産は不可能と思われます。 従ってシステムの完成と量産には今しばらくの時間が必要と考えています」

「…ふむ、ならばやはりX1の配備を検討すべきだが…そちらは大丈夫なのかね?」

「ハードの量産やソフトの検証面での問題はありません。 後は新しい操作概念をいかに効率よく教導するかという問題かと」

そう答える私だが、実は教導マニュアルも事実上は出来上がっているのだ。

篁中尉が中心となって纏められたX1の操作手順と従来OSからの転換のための基本的なカリキュラムが、すでに出来上がっていたりするからだ。

このマニュアルの体裁を整えれば、そのまま教導用の手本になるだろう…とは巌谷中佐の御言葉である。

あの自慢げな表情からすれば、満更“叔父馬鹿”だけの発言ではないだろう…仕事にはシビアな人だしね。

そんなことを考えていると、次の質問が上がってきた。

「…君は横浜の誘いに応じてX2の共同開発を行ったそうだが、いかに発案者とは言えいささか軽率過ぎるのではないかね?」

…ほうら来た。 これを言われるとこっちが立場的に弱くなるし、下手をすれば開発メーカーとしての権利さえもこのお偉いさんたちに奪われてしまいかねない。

当然この発言者もそのつもりで言っているのだろうが、そうは問屋が卸しませんぜ軍人さんたちよ。

「それについて申し上げるのを失念しておりました、実はこのX2は斯衛軍で使用されることを目的に開発を始めた物でして…」

「なに!?」「…斯衛軍!」「何故だ…」「武御雷があるだろうに!」「…いやしかし、未だに瑞鶴が大半を」「一体、誰が」「紅蓮閣下がよく技術廠に来ておりましたな…」「むう、より良い兵器を望むのは当然だが…」「…いや、しかし」「よりによって…」「だが斯衛の中の話だ…」「うむ…」

「斯衛軍」の一言がてきめんに効いたらしい。 いきなりざわざわと騒いだ挙げ句、雰囲気が萎んでしまった…藪を突いて蛇を出すのを恐れているのが見え見えだ。

まあ、この件については後々のためにダメ押しをしておかないとね。

「またこの件に関しましては、斯衛軍の担当者の方からご説明が頂けると思いますが…」

私の言葉に応えるようにオブザーバーとして参加していた斯衛軍士官が立ち上がり、私の方を一瞬ジロリ、と見た後で説明を始める。

「今ほど松鯉商事の方から説明がありましたように、現在斯衛軍ではX2の採用に向けて試験運用の準備を進めております。 またX2の帝国軍での採用に関しましては、帝国国防省より要請があれば喜んで協力するようにとの政威大将軍殿下の御言葉です」

『・・・・・・・・・・』

いや~皆さん息を呑んで口を閉ざしてしまいましたなあ。

将軍殿下の御言葉があったというだけではなく、この件で“自分たちだけ”の権益を手にしようとすれば殿下の手前、自分自身の立場が非常にマズイことになると気付いたんでしょう…まあ、こうなる前に少し慎めばいいのにと思うんだけどね…

「…X2の扱いや採用に関しては未だ開発中でもありますから、後日改めて検討をしてみてはいかがかと」

「賛成」「異議なし」「よしなに」「そうですな」「…うむ」

巌谷中佐の言葉に殆んどの出席者が救われたような顔で賛成の言葉を口にした…なかなかいいタイミングですな中佐殿…それじゃあそろそろ本題へと移りますか。

「さて、X1の扱いに関してですが…開発メーカーとして一つ提案があるのですが」

「何かね?」

「先程の皆さんのお話の中でこの技術の国外への流出や輸出の可能性について発言された方がいらっしゃいましたが、それについて自分に考えがあるのですが」

「どんな考えかね?」

「ソフトウェア技術はハードウェアのそれよりも遥かに盗みやすく、模倣しやすいものです。 そこでこの技術を門外不出とはせずにパテントを確立した上で輸出する方が国益にかなうと思うのですが」

「そんなことは言われんでもわかっとる! だが米国やあのソ連が素直にパテントを認め代金を支払うと思っているのかね?」

居並ぶ帝国軍将校たちの中の一人が苛立たしげに吐き捨てる…まあ聞けや軍人さんよ。

「…素直に認めさせる方法が一つあります」

『なに!?』

驚きの声を上げる出席者をぐるり、と見回して…さあぶちかまそうか。

「プロミネンス計画を利用するのです」

「!」「なに?」「プロミネンス計画と言えば…」「…あのアラスカの」「ああ、ユーコン基地でやっている…」「そこでお披露目か?」「いやしかし、果して向こうが…」「そもそもそれで…」「確かにあそこでなら下手な模倣は首を絞めるが…」「ふん、互いの目があるからな…」「ソ連は解らんが、他の国には有効な手か…」「成る程…X1で外貨を稼ぎ、我が国はそれを基にX2…いや、その先へ…」「…虫が良過ぎはせんか?」「これは決して皮算用とは言えんぞ…成算はかなり高い」「だがそれはあの計画に参加している国々がそれを認めればの話だろうが…」「うむ、果して…」

流石に皆さんそれ相応の地位や立場にある人たちだけに、私が何を言いたいのか即座に理解してくれたようですな…そう、私のプランとはX1とX2のデモンストレーションをアラスカのユーコン基地で行い、プロミネンス計画の参加各国にX1の売り込みをかけることにあるんですよ皆さん。

ソフト技術というものはすぐに模倣されたり盗まれたりし易い物だ。 だから下手に隠すよりもその存在をアピールしてパテントを確立し、ライセンス料で収益を得る方法をとるべきなのだ。

プロミネンス計画に参加すれば加盟各国は少なくとも大っぴらにコピーは出来ないし、ライセンス料も払うだろう…まあ、ソ連と統一中華に関しては何とも言えないけどね。

だがそれでもこの模倣大国たちによってコピーソフトを世界中にばら撒かれるよりは遥かにマシな筈だ…ただ一つだけ問題があるのだが。

「しかし諸星課長、アラスカの連中にどうやってX1の効用をアピールするのかね? 向こうには第2世代機や第3世代機の改修機が群れをなしているのだが、それなりの機体でなければ…」

そら来た、これがネックになるんだよ…たしかにユーコン基地の連中を唸らせるには普通の機体では流石に難しい…が、しかしこちらには切り札がある。

「皆さん…先程の映像をお忘れでしょうか? あの機体…第1世代機“撃震”の改修機“撃流”の性能をどう思われますか?」

「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」

…どうやら皆さんお気づきのようだ、第1世代の改修機に計画の参加機が撃破されれば嫌でもその性能を認めざるを得ない。 いや、それどころか我先にその機体のシステムを手に入れようとするだろう。

「成る程…だがしかし、確実に勝てるのかね? あの計画に参加している衛士達は世界中からの選りすぐりだぞ」

「御心配には及びません。 そのために帝国…いえ、世界一の“撃震使い”、かつて大陸でその名を馳せた伝説の衛士…“狂犬”の異名を誇る衛士をこの大役にあてるのですから」

「む!」「なに、狂犬!?」「あの!」「そう言えば…」「確か富士の…」「だが今はどこに…」「うむ、あの衛士なら…」「…ふむ、確かに」

流石に“狂犬”の名前は有名だなあ…皆さんあっさりと納得してくれましたよ。

「如何でしょう、皆さん」

「…では、採決を」

「…賛成」「異議なし」「賛成」「賛成だ」「よかろう」「…いいだろう」

…やれやれ、どうやら皆さん納得して頂けたようでなによりですな。

だがしかし、この会議の本番はまだこの先に待っている。 今のはほんの前哨戦だ…ちらり、と巌谷中佐の方を見ると彼も厳しい顔で瞑目している…流石にこの先にある難関を考えるとそうなるのだろう。



さあ、次は第2ラウンド…99型の改良プランだ。

「では次に案件102『試作99型電磁投射砲』についてだが…」

議長の指名により、担当の技術士官が説明を始める。

そもそもこの99型電磁投射砲というのは、香月博士が第4計画用の超兵器XG-70の兵装として設計した物を、帝国軍に技術供与した代物だ。

その威力はBETA相手にすらオーバーキルだと言われる程の凄まじいものだが本来XG-70、“凄乃皇”用に開発されたものであり、そのままのサイズでは戦術機が運用するにはあまりにも不向きな代物なのだ。

また、砲身の冷却システムの脆弱さや砲身自体の耐久性、そしてなにより消費されるエネルギーを供給するのにG元素を用いた一種の“燃料電池”(?)を必要とすることになる。

この電池のユニットは当然のごとく香月博士でなければ供給出来ない。

これらの問題が帝国軍首脳や開発担当の技術士官、開発メーカーの人間たちを悩ませていた。

…さて、そこで実は当社の出番になったりするんだね、これが。

「…え~その件に関しましてはそちらの松鯉商事の担当者の方から補足説明を頂けると思うのですが」

おや、もう出番ですか…99型の開発担当メーカーの役員さんが私をご指名ですよ。

「それではお言葉に甘えまして当社の方から説明をさせて頂きます。 まず99型の大きさの問題ですが、砲弾のサイズを36mmにして小型化を図り、戦術機での運用が容易になるようにすべきと考えるのですが…実はもうその設計を完了しておりまして、はい」

「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」

おお、皆さん驚いてくれていますなあ~ いや苦労して設計した甲斐がありました。

「…今、設計を完了したと言ったかね?」

「はい…ああ、正確にはすでに部品の試作に取り掛かっております」

「なあ!」「!!!」「試作!?」「え?あ?」「ぐふ!?」「むうう!」「ひ!」「で?」「ぶう!」

…いやあ、皆さん面白い顔ですなあ~…あれ?なんで開発メーカーさんや巌谷中佐まで?

ああそうか、まだ試作の開始までは話してなかったっけ…まあいいか、うん。

「あの~」

「…なにかね?諸星課長」

「説明を続けてもよろしいでしょうか?」

「…続けたまえ」

疲れたような議長さんの声に少々申し訳ないような気がして来ました…
 
 
 
 
 
 
「…それでは99型電磁投射砲に関してはこのまま開発を続けることに決します」

私の説明…99型の36mm砲への小型化とそれに伴う設計の変更と部品の試作、それに部品に必要な素材の調達や加工…こちらの提示した技術情報によって、99型は従来の120mmと新しい36mmの二つのタイプの試作続行が決定した。

予算の関係から反対意見も出されたが、私が提供した設計図と部品のスペックが彼らに金の心配を忘れさせた。

これが量産できれば、再び大侵攻があっても大丈夫…誰もがそう思っているようだ。

…しかしBETA相手の戦いはそれほど甘いものではないだろうし、私の勝負もこれからが本番だ。

まったく香月博士や巌谷中佐には頭が下がる…BETAと戦う前にウマシカな人達と戦わなきゃいけないのに、文句ひとつ言わないんだから。 ああ、夕呼先生の場合は別か…多分あの人はストレス解消のためにまりもちゃんやタケルちゃんをからかって遊んでたんだろうね。 巌谷中佐の叔父馬鹿も多分、それと同じなのかもしれないな…分からないけど。

「それでは次に案件121、94式戦術機の改修要望についてだが…」

…始まったか、本番が。

 
 
第17話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第17話「踊る、第六会議室(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/06 20:42

第17話 「踊る、第六会議室(後)」

【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】

「気でも狂ったか!巌谷!!」

第六会議室の中に大伴中佐の怒号が響き渡った。

その原因はたった今、巌谷中佐によって出された94式戦術機“不知火”の改修プランの内容だった。

前回の会議までは不知火の改修は事実上困難(不可能ではないが採算に合わない)との意見が主流だったが、今回は“撃流”に使用されている機体構造材とX1があることからこれを不知火壱型丙に投入すれば問題は解決…そのような見通しの中で議事は進行していた。

だがしかし、開発メーカーの担当役員たちは何故か今一つ煮え切らない態度を示し、業を煮やした帝国軍の側が怒りを爆発させそうになった時、巌谷中佐によって一つの提案がなされたのだった…すなわち、プロミネンス計画に参加して米国企業と組んでの不知火改修計画を。

当然の如く大伴中佐らを始めとする国産推進派(つまりは大半の人間)たちは巌谷中佐のこの発言に噛みつき、罵声を浴びせ、純国産機製造の意義を高らかに謳い上げたのだったが…巌谷中佐や開発メーカーの担当者、そしてごく少数の見識ある人間たちの目にはそれが何の中身もない滑稽な道化芝居にしか見えなかった。

何故なら彼ら純国産機推進派の言いたいことなど十分に承知の上で、巌谷が共同開発を推奨したことをその少数の人間たちは理解していたからであった。

そしてもう一人…ポーカーフェイスのメガネ男もまた、この騒ぎをうんざりした気分で見物していたのだった。
 
 
 
 
 
…やれやれ、やっぱりこうなってしまったか。

まあ、撃震モドキの製作やお披露目をした時点でこうなるだろうとは思ってましたけどね。

アレの技術を壱型丙に流用すれば次期主力機のスペック的にはほぼ問題がなくなるだろうし、そうなれば当然アラスカで弐型の共同開発という“おとぎばなし”の前提も消えてしまうだろう。

だがそれでは巌谷中佐も、そしてこの私も困るんだよ…色々と。

しかしまあ、純国産機推進派の皆さんの鼻息は荒いですなあ~ そんなに荒くして呼吸困難を…起さないかさすがに。

まあ確かに国産機の製造は重要だ。

戦術機、戦闘機、戦車…それらの主力軍事兵器を国産で賄う事の意味は非常に大きい。

軍にとっては自分たちの使う兵器を自国で設計、生産出来ること程有難い話はない…武器の供給を他人任せにしなくても済むからだ。

そして国家にとっても自国を守る兵器を自分たちで生産することは、ただ国防のためだけではない、それ以上の意味があるのだ。

“おとぎばなし”の後日談の一つに撃震代替機種の選定において本来次期主力機として開発されていた筈の“不知火弐型”を落として、対人類戦に有利なステルス性能を持った“月虹”を帝国軍首脳が選定したのに対し政威大将軍煌武院悠陽がこれを“愚者の胸算用”と喝破して選定機種を“国産機”である弐型に決定させたと言うエピソードが存在する。

このエピソードについて“おとぎばなし”の研究者たちの意見は概ね2つに分かれている。

一つは“まだ続くであろう対BETA戦を見据えた将軍の英断”というものであり、もう一つは“対BETA戦にのみ拘り、弐型開発者たちへの配慮を優先した身贔屓”という批判的なものだ。

果して煌武院悠陽の心中でどんな考えがあったのかは私には分からない。

ただ一つ言えることは月虹よりも弐型を選択したことはこの国、日本帝国の為政者としてはある意味当たり前の常識的な結論だったと云う事だ。

まず弐型と月虹とではそれを選択した際の国全体への利益の還元率が違うのだ。

この利益とは表面上のライセンス料や生産コストだけのことではなく、実に様々な形で現れる物なのだ。

機体の生産技術の蓄積と継承、部品国産化率の割り当て、それに伴う雇用の確保、補修部品や関連技術の継続性と発展、そしてそれら全体から得られる国庫へ見返り…つまりは税収。

基本設計から部品の多くまで米国製に頼る月虹と部品の一部以外は国産化が可能な弐型では最終的な国益が大きく違う。

さらには自国における戦術機以外の製造技術の継続と発展にも寄与する面は大きい。

開発段階から自国で係わってきた弐型のほうが将来の兵器開発…のみならず民生分野まで含めた国の産業全体への技術還元も容易なのだ。

同時代の我々の世界における戦車・装甲車技術と自動車産業との関連性をみれば分かることだ…まあ、わが国の場合は軍事から民需ではなくて民需から軍事の色合いが強かったが。

また弐型の性能が月虹に大きく劣る物であるのなら月虹の採用も仕方がなかっただろう…しかし決してそうではなく、弐型の方が対BETA戦において有利であるならば現在戦っている相手に対して有効な方を選ぶのは当然の判断だろう。

それらのことを分かった上で何故巌谷中佐が共同開発に拘るかといえば…さっきから大声で喚いているウマシカさん達が原因なんだよなあ、まったく…

「…諸星課長、君からは意見はないのかね?」

おや大伴中佐どの、なんとこのモロボシめをご指名ですか…そうですか。

おそらく、この私に“撃流の機体技術とX1で大丈夫です”と言わせるつもりでのご指名なのでしょうが…さあ、ショウタイムだよ皆さん。

「え~それではお言葉に甘えて私の意見を述べさせていただきますが…じつは私も巌谷中佐と同意見でして」

「な!」「あ?」「い?」「え?」「が!」「で!」「ぐっ!」「ま゛」「おい!」「&$@!?。¥:*」

ああ皆さん、それなりに立場のある人ならちゃんと人間の言葉を口にすべきでしょう…アタマがイタイ人だと思われたら大変ですよ。

「…今、なんと言ったのかね?」

…いけませんな大伴中佐、まだ退役までかなりの年月がある筈なのにもうお耳が弱くなってきているとは。

まあいいでしょう…ここは親切にちゃんと聞こえるように言うべきでしょうな。

「弊社も巌谷中佐の御意見に賛成だ、と申し上げたのです」

「………ほほう、君は自社製の技術に自信がないとでも言うのかね?」

「いいえ、とんでもありません。 しかしながらその技術も機体が正式採用されなければ陽の目を見ない訳でして…」

「…なにが言いたいのかね?」

「……外国機が採用されてしまえば国産も共同開発も無いでしょう」

「なに!?」

「…おや、中佐殿はまだ御存じないようですな皆さん」

そう言って私は開発メーカーの皆さんの方に話を振った…ちょっとは応援しろやあんたたちも。

「どう言う事だ!!」

大伴中佐が彼らを睨みつけて怒鳴る …いけませんなあ中佐殿、仮にも帝国軍人たるもの民間人には広く大きな心と寛容さを持って接しなければ。

まあ、あんまり彼らが苛められては後々困りますし…やっぱり私が言いますか。

「つまりですな中佐、現在帝国政府に対して米国より次期主力機の米国機採用の働き掛けが水面下でなされつつあるという話なのですよ」

「なに!」「米国が!?」「なんと!!」「…ふざけたことを!」「やつらが何を…」「またしても…」「…今更米国機を!」「だがどんな機体だ?」「奴らがF-22を渡すとは…」「差し詰めアラスカで試験運用しているF-15の改修機か」「今更第2世代機を!?」「舐めおって!」

おお、皆さんお怒りは御尤もですがこちらの話の続きはよろしいのでしょうかねえ。

「話を続けてもよろしいでしょうか?」

「……言ってみたまえ」

おや、どうしました大伴中佐殿? 顔の形が変ですよ?

「これはわが社が独自に入手した情報なのですが、米国は自国の軍事的、経済的優位を現在よりもさらに絶対的なものにすべく、プロミネンス計画で開発されている自国の次世代戦術機を世界各国に売り付けようと、水面下で動き始めていると思われるのですよ」

「……その話に根拠はあるのかね?」

「はい、実は個人的な伝手をたどって総理周辺に極めて近い筋から聞き出した情報なのですが、すでに榊内閣に対してそれとなく米国よりの圧力がかかり始めているとのことです」

「…腑抜けの榊めが! どうせ彼の国の影に怯えて布団でも被っておるのだろうが!!」

そうでもないですよあの人は、泰然自若としたものでしたけどねえ…

「その榊総理ですが…あの人も流石にその米国の要求を呑むつもりは無いようなのですが、向こうもそのことは承知の上のようでして」

「ほう…ならば彼の国はどんな無体を我が帝国に仕掛けてくる気なのだ?」

「おそらく…ブルーフラッグ(相互評価プログラム)でしょうな」

「む…」「なにい?」「何故だ!」「いや…」「そうか!」

まあ、流石に気付くわな…この人たちもその筋の人間だから。

「そうです、わが帝国や他の国々がそれぞれ戦術機の性能を上げてきたことを恐れた米国政府…いやむしろ軍産複合体の方でしょうが、自分たち以外の全ての国を自国の戦術機で圧倒したいと考えているのでしょう」

「「「「「…………………………」」」」」

皆さん、黙りこくってしまいましたか……流石にこの段階で米国の目論見を聞いてしまうとそうなってしまうでしょうな、やっぱり。

「米国の目論見としてはまず、アラスカで行われているプロミネンス計画の一環として行われるブルーフラッグにおいてF-15改修機で他国への優位性を見せつけ、さらにそれでも足りなければ切り札のF-22を投入する腹積もりでしょう」

まあ、これは“おとぎばなし”の中のエピソードに基づく推論が大半だが、現在の状況から考えてまず確実にそうなっていくだろう。

「だが…仮にF-22で他国の戦術機を圧倒したからと言って、それを売るつもりなど米国にはないのではないかね?」

一人の帝国軍高官がそう疑問を投げかけてきた。 御尤もですが…

「はい、確かにF-22自体を売る気は無いでしょう…しかしその性能、特にステルス機能に裏打ちされた凄まじいキルレシオを見せつけることで、同種の機能を搭載した自国機を売り付けることは十分可能でしょう」

「ならばなおの事、自分たちの方からアラスカに飛び込んで行く理由は無かろうが!」

大伴中佐の言葉に大半の人間が頷くが…

「その場合は…米国はこの帝国に直接、ブルーフラッグを1対1で申し込んで来るでしょう。 そして政府もそれを拒むことは難しいかと…」

「ぐ…」「う…」「…くそっ」「おのれ…」「…腑抜けが」「米国め!」

その場の人達は誰もが言葉少なに政府と米国への怨嗟の声をあげるが、それは大きい声ではなかった…無理もない、この連中の大半は状況次第では2年後には国産機推進派から外国機導入派へと鞍替えするんだから。

何故わずか2年でこうもあっさりと宗旨替えをするのか…“おとぎばなし”の後日談では12.5事件の際に見せつけられたF-22の性能に脅威を感じたためとあるが、本質的な理由は違うだろう。

要するにこの連中は…自信が無いのだ。

舶来指向と国産主義、相反する考えのように思われるが…実はこの二つはある意味コインの裏表なのだ。

かつて我々の世界で第二次世界大戦が終了し日本が戦後の復興に励んでいた頃の話だが、米国から輸入していた物よりも優れた品質の電子部品を試作することに成功した企業があった。

歓び勇んで企業の担当者は当時の通産省へ出向き、そのデータをプレゼンしたのだが…担当した官僚たちから『米国製以上だと?貴様らにそんな物が作れる筈か無かろうが!ウソも大概にしろ』と言われたそうだ。

悔し涙を堪えながらその企業は地道に販売を続け、やがて他でもない米国の大手企業にその品質を認められ、成功をおさめた。

その後、通産省のお偉いさんの言う事は…『我々の指導の下、わが国の企業が世界に通用する製品の開発に成功した』というものだったとさ…やれやれ情けない。

目の前のこの連中もそれと同じなのだろう…自分たちが何かを判断するための基準を持たず、米国製が優れていると見れば舶来指向に傾き、自国がいい物を作ったと思いこめば国産主義に染まる。

何のためにどんな物が必要なのか、それを考える基準を確立しない連中が国家や軍の首脳を占めれば…いやいや、これはマズイな…狭霧尚哉や烈士たちと同じ思考に陥りそうだ。

なんにせよ巌谷中佐がしようとしている事は、このウマシカ達の国産主義一辺倒に傾いた頭を少しでもマシにしようという目的と他国の技術や手法を取り入れることで技術や戦術の幅を広げ、篁中尉ら若手の士官や技術者たちに新しい視点や経験を積ませたいということなのだろう。

その考え自体は立派と思うが…しかし私の頭の中にはある不安が存在している。

かつて種子島において鉄砲の技術を入手するために、事実上生贄となった少女…

そして近代砲術の始まりを告げるために働きながらそれを国粋主義者に疎まれ陥れられた男、後に“高島平”という地名の元になった人の悲運…

篁中尉や巌谷中佐がその二人のような“時代の生贄”になってしまうかもしれない…

その不安をどうしても頭の中から拭い去ることが出来ないでいるのだ…私は。

やれやれ、どうもあの人たちに対する…いや、この世界に対する感情移入が少し過剰になってしまったようだ。

もとからこの世界のために最善を尽くす(自分の権限内でだが)つもりではあるのだが、あまりに思い入れが強過ぎると返って良くない結果を生みかねない…そのことを忘れないようにしないとね。

私がそんなことを考えている内に、巌谷中佐の説得で純国産派の皆さんもその殆んどが(渋々ながら)納得してくれたようだ。

もっとも大伴中佐だけは別のようで、凄い表情で巌谷中佐を睨んでいますなあ…先が思いやられる。

だがこれで概ね今回の目的は達成されたといってもいいだろう。

まずはX1の採用とプロミネンス計画への参入、X2採用への布石、99型電磁投射砲の小型化と改良案の採用、そして不知火改修の日米共同開発案…取りあえず今日のところはこのくらいでいいだろう。

他にも色々と仕込んでいるものはあるけれど、いきなり全ての札を晒すのは下策ですからね。

この人たちを相手に駆け引きをするためには後にとっておいたほうがいいだろう。

議長が採決をとり、日米共同開発の提案が決定された…ただし、大伴中佐の抵抗で日本が主導権を握る契約にすることが前提とされた。

まあそれはいいでしょう…何故なら私もそのつもりでしたからね。

問題はその為にはどうしても香月博士の、いや神宮司軍曹の協力が必要なのだが…あの“麗しき女狐様”がタダで彼女を貸してくれるなんてことはもちろんありえないだろう。

さて、横浜へ献上する品物は何にしようかな?

そう考えながらすっかり冷めてしまった合成玉露を一口啜るのだが…不味いねこれ。

軍に納入する合成玉露も開発品のリストに加えよう。

お茶の味がマシになればひょっとしてこの人たちの頭の中も…いや、無理かな。

「諸星課長」

「え?ああ、光菱重工さんの…」

私が考え事をしていると会議が終了して巌谷中佐と光菱重工の役員さんが眼の前にやって来た。

「君が思い描いた通りの画になったようだが、大丈夫だろうね?」

…失礼な、あなたや巌谷中佐だって同じことを考えていたでしょうが。

実際、私はあんたたちの計画に便乗しようとしているだけなんだよ…言えないけど。

「ええ、実はその“大丈夫”にするために今私は横浜への供物に何がいいかを考えていたところでして…」

「横浜…か」「むう…」

二人とも不機嫌な顔で黙り込む。

まあ、香月博士に対する不信感はいかんともし難いのでしょうが…お二人ともそんなことよりさっきから暗い視線をこちらに向けているあの大伴中佐殿を警戒すべきじゃないでしょうか。

私が視線でそれを告げると、彼ら二人は無言のまま表情で“こっちは我々が何とかする”と言ってきた。

「…それじゃあ、さっそく帰って機体の製作にかかりましょうか」

「何?」「機体?」

「無論、新型機のベースとなる機体の事ですよ…ああ勿論、我々が作るのは部品のみで組み立てや調整はそちらにお任せしますが」

「…それは確かに有難いが、出来るのかね?」

「…じつはもう取りかかっておりまして」

「!」「むう…」

…そう、すでに今後のスケジュールを考えて我々は撃流の技術を流用した壱型丙の機体部品の製造に取り掛かっていたのだ。

「…計画を効率よく進めるためです。 上手く辻褄を合せて下さい」

「…いいだろう」「わかった」

二人とも理解が早くて助かりますな…ほんとにこんな人たちがもっと多ければ私の苦労も…いや、その場合は初めから私の出番なんてなかったかもね。

まあそんなことを考えていても仕方ないか…さあ帰ってからまたお仕事だ。

 
 
 
第18話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第18話「多忙な昼と意外な夜」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/26 09:06
第18話 「多忙な昼と意外な夜」

【2001年1月30日 夜 松鯉商事本社】

いやはや、今日は実に忙しい一日だった…

本来月の末日と云うものはその月の仕事の締めを行うのだから忙しくて当然なのだが、我が松鯉商事にとって今月の月締めは殊更忙しいことになっていた。

まあ全てはこの私の責任なのだが…

本来は中小…いや弱小商社に過ぎないわが社が国連軍や帝国軍に様々な物資や技術を提供し、国策までも左右するような仕事に参入してしまったのだ。

当然、仕事の量は(事務だけでも)膨大な数に膨れ上がり、今日は朝から会社をあげててんやわんやの大騒ぎだった。

帝国軍へのX1の納入と契約、“撃流”関連技術の各方面との契約や利益の見積もり、国連軍横浜基地とのX2や極秘の新技術開発、さらに合成食品の納入契約と京塚レシピをマスターするための人員の選抜、X2に関して斯衛軍との契約(これに関しては紅蓮大将がかなりの便宜を図ってくれた)、さらに不知火改修計画にX1をプロミネンス計画にねじ込む話、さらに改良型電磁投射砲の設計と試作、そして米国のマッコイ・カンパニーとの取引…ML機関の入手の催促やマッコイ老にX1の利権をどの程度任せるのかの駆け引き…

「いや~流石にもういっぱいいっぱいですかねえ?」

午後9時を回った本社の社長室で私は社長と話をしていた。

「うむ、すでにこれはわが社のような弱小企業の容量を完全に超えてしまっているだろう。 残念だがそちらの鎧衣課長さんのお力にすがるしかなさそうだね」

現状では抱えこんだ仕事の大きさにわが松鯉商事の仕事の処理能力が追いつかない…

わたしの意見に社長も同意して、目の前で緑茶(本物)を美味そうに啜っている鎧衣課長に話を振る。

「はっはっはっ…いやいや、お二人にそうも期待されては私としても誠心誠意応えない訳にはまいりませんなあ~」

…あまり誠意が感じられませんよ、鎧衣課長。

このタヌキ課長に何をお願いするかといえば…早い話がウチの会社が手がけている帝国軍関連の仕事を帝国情報部に召し上げて頂こうと云う話なのだ。

我が松鯉商事は成り上がりとさえ言えない弱小商社だ。

従って資本も人員もごく限られたものでしかなく、社長の人脈(プラス私のチート技術)だけが会社の武器と言ってもいいだろう。

そんな我々が複数の国策案件(それも軍事関連)を手掛けるなど元々無理があり過ぎた話なのだ。

チート技術を見せつけて口八丁で契約をまとめても仕事を維持する基礎体力がわが社にはない。

だが、それならばいっそのこと誰かに仕事の負担を受け持ってもらえばいい。

たとえば帝国軍からの出向(軍関連の仕事ではよくあることだ)という形をとって、帝国軍や政府向けの仕事を実質任せる訳だ。

会社の取り分が減るのでは? いやいや、どの道国策事業…特に軍事関連のお仕事と云うものは殆んど儲からないものなんですよ…この国では。

政府や軍のエライ人たちは軍事関連の仕事については滅私奉公をするのが民間企業の務めだと信じて疑わないし、それにタテつく人もあまりいない。

(まあ、この世界の日本に関して言えば国の状況からして滅私奉公にならざるを得ないが…)

機体構造材やOSのパテント以外の利益など初めから期待しないほうがいいくらいなのだ…それだけでも十分な利益になるしね。

仕事ばかり膨大に増えて儲けがないのならば軍や政府のお仕事は(事務手続きだけでも)彼らの派遣してくれる軍人さんやお役人に任せてしまったほうが得だろう。

ただ問題なのは、下手な人間に来てもらっては困るということだ。

欲をかいてわが社の他の仕事にまで手を突っ込んだり、会社そのものを乗っ取ったりなんてことをされてはたまったものではない。

そこでお互い気心の知れた(?)鎧衣課長に人員の派遣をお願いしようと云う訳なのだが……その為にはある程度までこちらの手の内を明かしておかないと、後で何を仕掛けてくるか分からないんだよねこの人は。

まあもうすぐ榊総理もいらっしゃることですし、彼と一緒に私のお話を聞いて頂きましょうか…それと“ウチの先生”のお話も。

そう、今日これから榊総理とこのタヌキ課長を我が土管帝国へと案内してわが国の指導者…つまり“先生”との“首脳会談”が行われる予定なのだ。

ただその前にこの用件を片付けておかないと…

「それでですね課長、ここに派遣して頂く人員の事ですが…」

「ふむふむ………ほほう………なんですと?」

私の話す派遣人員の条件について聞いていく鎧衣課長の顔は、次第に面白がっているものから呆れて物が言えないといったものへと変化していった。

「…いかがでしょう?」

「諸星課長、それは本気で言っているのですかな?」

「無論、本気ですが」

むしろ“正気か?”と言いたげな顔の鎧衣課長に対してきっぱりと答える。

まあ自分でも流石に無茶苦茶な要求をしているのは解っているのだが、ここはどうしても聞いて貰う必要があるのだ。

「……何故、そんな無理な条件で人選を?」

「必要に応じてアラスカへ行ってもらうことになるでしょうし、そこから何があっても任務を遂行した上で生還出来る人が望ましいからです」

「ほほう…『何があっても』ですか」

「はい」

「諸星課長」

「何でしょう?」

「一体、アラスカで『何が』起きるのですかな?」

すでに鎧衣左近の顔は笑みを消していた。

微かに殺気さえも滲ませるその表情に気圧されそうになるが…負ける訳にはいかない。

「…それは後程、総理が見えた後で」

「ふむ…ではその時に」

「分かっています、それでは人選の方を宜しくお願いします」

「やれやれ…香月博士といい君といい、まったく人使いの荒いことだ。 年長者にはもっと楽をさせるように気を配るべきだろうに」

「確かにそうですが、年端もいかない少女たちに必要以上の苦役を課さないための処置も含まれていますので…」

…それはだれのことかね? とはこの男は聞いてはこない。 思い当たる節があり過ぎるのだろう…色々と。

自分の娘を含めた207Bの少女たち、そして…煌武院悠陽。

彼女たちに降りかかるであろう運命と云う名の苦役にこの男は(今では私も)深く関わっている。

決して好んでやっている訳ではないだろうが…彼女たちのこの先に待ち受ける運命を考えると少しは援助したくもなるのだ…自分の仕事の本筋からは少々外れるのだがね。

そんなことを考えていると、ビルの裏口の方に人の反応があった…どうやら今日の主賓がいらっしゃったようだ。

鎧衣課長も気配を察したようだ、眉を微かにはね上げた。

「ふむ…どうやら」

「…いらっしゃいましたか」

「おお、それではお迎えせねば…」

社長があたふたと立ち上がり、事務所の入り口へと向かう。 私と鎧衣課長も後に続いてそちらへ行くと…本日のお客様である日本帝国内閣総理大臣・榊是親様がおいでになりました。

「これはこれは榊総理、このような場所へ来られるとは…」

「いや、こちらこそこのような夜分に申し訳ない。 松鯉商事の封木社長さんですな?榊是親です」

社長に対して丁寧に挨拶をした榊総理は、そのまま静かな視線をこちらに向けてきた。

「お待ちしておりました榊総理、お忙しいところを申し訳ありません」

「いや、君の方こそ昨日は大変だったようだね…話は私も聞いているよ」

「その件では口裏を合わせて頂いて本当に感謝しております。 おかげで話が速やかに纏まりました」

「うむ、国の防衛と予算の双方に意味を持つ案件だからな。 これで少しでも国内の様々な問題が好転してくれればいいのだが…」

「ええ…それでは総理、御案内を…あれ?」

「…おや?」

私の電脳メガネのサーチ機能と鎧衣課長の第六感の双方にほぼ同時に引っ掛かるモノがあった。

「…? どうしたのかね二人とも」

訝しげな表情で訊ねる榊総理に私が逆に質問する。

「総理、今日の予定をどなたかにお話しになりましたか?」

「いや?誰にも言っておらんよ。 警護のSPたちもビルの下で待っておる筈だが」

「…ふうむ、だとしますと?」

鎧衣課長の呟きを聞きながらメガネのサーチ機能をフルに働かせると、ビルの中に侵入してきた人影が電脳の中に映し出される。 これはどうやら斯衛の宇宙怪獣…じゃなくて紅蓮大将のようですな。

しかし他にも3人の人間の反応があるのだが…さてこちらはまだデータ登録されていない反応、つまり私の知らない人達ということになりますが…3人ともどうやら女性のようですな。

あの怪獣大将、何を考えて女連れでここに乗り込んできたのか…いやひょっとして何も考えて無かったりして。

やがて紅蓮大将とお連れの3人は事務所のドアの前にやって来た。

「こんな夜分に何の御用ですか?紅蓮閣下」

向こうがドアをノックする前にこちらから先制して声をかけると…

「うむ、よくぞ見破った!いかにもわしが帝国斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」

お定まりの台詞と共にドアが開き、宇宙乃王者が侵入してきた。

「紅蓮大将、どうしてここに…む!」

榊総理の言葉が途中で途切れた。

紅蓮大将に続いて事務所に入って来た女性の顔を見たからだった。

赤の斯衛の制服に長い髪、そして眼鏡、その鋭い顔立ち…まさか、いや確かに先日横浜基地で私を遠くから監視していた彼女に良く似ている。

横を伺うと、榊総理も鎧衣課長も“まさか”という顔をしている。

…なるほど、つまりはそう云うことですか。

「…まさかこれほど早くお目にかかれるとは思ってもみませんでした…殿下」

私の言葉に社長がぎょっとしたように反応する。

「…諸星くん、いま…なんと?」

私は黙って入り口の向こう側を見詰める…鎧衣課長や榊総理も同様に。

そしてドアの向こうから事務所に入って来たのは…まぎれもなく政威大将軍・煌武院悠陽その人だった。

「…このような夜分に突然の訪問、誠に申し訳ありませぬ」

「殿下、何ゆえここに…」

突然の訪問を詫びる殿下に対して、榊総理が問いかける。

同時に彼は傍に立っている紅蓮大将とおそらくは付き人の侍従長と月詠真耶、この三人に無言のまま非難の視線を送る。

“どういうつもりだ!”

おそらくはそう言いたいのだろう。

無理もない、せっかく自分がことの信頼性と危険性を一人で確かめようとしているのに、よりにもよって最も近付けたくない人をここに連れてきたのだから。

私としても大いに文句を言いたいところだ。 殿下が来るとなればお茶も茶菓子もそれなりの物を用意しなければもてなす側の(つまりはこちらの)沽券にかかわるではないか!

…いや、決して榊総理に番茶と煎餅だけお出しするつもりだった訳ではないがしかし、やはり高貴な女性をもてなすという事はですな「そなたが諸星ですか?」…おっといけない、つい考え事を…

「初めて御意を得ます煌武院殿下、自分が諸星段であります」

「政威大将軍煌武院悠陽です、この度の斯衛への尽力に心より感謝します」

尽力?…ああ、X2の件ですな。

「恐縮であります殿下、して本日は何故ここに?」

「はい、本日の会談にこの悠陽も同席させて頂こうと思って此処に参りました」

「…お待ち下さい殿下、この件は未だ確かなことが分かってはおりませぬ。 何卒、この榊が確かめるまでお待ちを」

「榊、そなたがこの身を気遣ってくれるのは有難いのですが、わたくしはこの者の申す“指導者”に何としても会わねばなりません」

「それは…何故」

……成程、やはりそう言うことか。

「紅蓮閣下、利府陣君を締め上げて吐かせましたね?」

「…人聞きの悪いことを言うな、帝都城に呼びつけて少しばかり稽古の相手をさせただけだ。 まあ、その合間に少々質問などもしたがの」

私の質問にさらりと答える紅蓮大将だが…おい、怪獣大将!あんたのそれを世間一般では“拷問”とか“暴力を伴う尋問”と言うんだよ。

いくら改造人間の鳴海くんでも少々可哀想過ぎるだろうに。

「…いやそれがあの男、少し強めに奥義を使ったらあっさりと全て吐きおってのう」

「全部…ですか?」

「うむ、最近の若い者はすぐに音をあげてしまうのう」

あのヘタレ! いや確かに紅蓮閣下が本気で聞いてきたら話してもいいとは言っておいたけど…

(だからってなんで殿下にまで話したんですか!?)

(いや、それがのう…あ奴を締め上げて話を聞いておるのを殿下と真耶に聞かれてしもうてな)

(それでこうなったと…でもこちらは何のもてなしの準備も出来てませんよ)

(茶などどうでも良かろうが)

(タヌキや怪獣を基準に考えないでください!)

(…ほおう、それはどう言う意味かの?)

「よろしいですか、二人とも」

「「は、なんでございましょう殿下」」

ついうっかり密談に夢中になっていた私と紅蓮大将に悠陽殿下が声をかけてきた。

…思わず声が隣の怪獣とユニゾンしちゃったよ。

「諸星、この身をそなたの言う“土管帝国”とやらに案内しては貰えませぬか?」

「殿下!」「いや少々お待ち下さい」「なりませぬ!まずはこの月詠が…」「そのような胡乱な場所へなど…おやめ下さい!」「むうう…ふう、さてどうしたものかのう」「諸星君、どうしよう?」

いやはや、総理も鎧衣課長も月詠真耶嬢も侍従長も紅蓮大将もついでに社長まであたふたとしちゃってまあ…ことがことだから無理もないか。

「………分かりました、御案内致します」

少しだけ考えた末に私はそう答えた。

「諸星課長!」「貴様!」「一体殿下をどこへ連れて行こうというのですか!」

総理と月詠嬢と侍従長の三人が同時に噛みついてきたよ…ああ怖い。

「いえ、せっかくおいで頂いたのに何のもてなしも出来ずにお帰り頂く訳にもいきませんので」

「…そう言う問題ではなかろうに」

「まあ、そう言うな。 いざとなればわしも真耶もおるでのう」

「ですが閣下!この男が果して「真耶さん」…はっ」

なおも言い募ろうとした月詠真耶を殿下の声が遮った。

「かの者がこの男を信じて身を寄せているのならば、わたくしもまた信じましょう」

「殿下…」

殿下のお言葉でようやく周囲の人たちも(不承不承)納得してくれたようですな、さてそれでは…
 
 
「……ああタチコマくん、モロボシだけど先生に伝えてくれないかな?これからそっちへ行くんだけど、実は煌武院殿下…そう将軍様も一緒なんだ…うん、だからええと…お茶菓子は全部で8人分必要だから…ああ、それを出してくれると…うん、それと“チビ”はもう出来てるっけ? …そうか、なら問題はないね、じゃあ先生によろしく…え?何?先生が?…白装束?屏風?介錯を頼む?…止めなさい!今すぐ止めなさい!…… 中略 ……うん、うん、ああ落ち着いた?それじゃあこれからそっちへいくから」
 
 
黒電話の受話器を下ろしてお客様たちの方を見ると……やはりと言うか地球外生命体を見るような視線が向けられていますなあ~はっはっは。

まあ、鎧衣課長や紅蓮閣下は慣れているのであまり気にしていないようだが…

悠陽殿下はキョトンとした顔でなにか珍獣を見るような目で見てるし、侍従長と月詠嬢は険しい表情で殿下を護るように彼女の前に出ているし…そんなにバケモノ扱いしなくてもいいじゃないか。

「…え~それでは皆様、これより我が“土管帝国”へ御案内します」

「…諸星課長、今の電話は? なにやら物騒な単語が聞こえたが?」

「ああいえ、大した事ではありません総理。 殿下がいらっしゃると聞いて、ウチの先生がパニックを起こしかけただけです」

「…パニック?」

「ええ…なんといいますか……会わせる顔がないと言ってまして」

「会わせる顔?」

私の言葉に榊総理と鎧衣課長は訝しげな顔をし、紅蓮大将や悠陽殿下たちは一様に重い表情になる。

「…諸星、かの者の所に案内を」

「かしこまりました殿下、こちらへどうぞ…ああ社長、留守番をお願いします」

「うん、任せなさい。 そっちを宜しくね」

「はい、行ってきます」

悠陽殿下の言葉に従い我々は留守番役の社長を残して、転送用のコンテナのある上階に向かった。

さあ、ここからが正念場だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【土管帝国内・某所】

土管帝国のとある場所、そこでは大急ぎで悠陽殿下をお迎えするための準備が進められていた。

《モロボシはん、そろそろ来る頃やろか》

《そうですね~ でもこっちの準備もなんとかなりそうだし、先生の方は大丈夫~?》

《うん、さっき落ち着いていたから多分大丈夫だね~》

《あ、噂をすれば先生だ。 先生~》

「ああ…さっきは済まなかったね諸君」

《いえいえ~どうかお気になさらず~》

《準備の方はええ具合に出来とるで~》

「そうか、なら安心だ… 仮にもあの方をお迎えするのだからな」

《あっ、来た!来ましたよ先生!モロボシさんたちです~》

タチコマくんたちの一機がモロボシたちの到着を確認し、“彼”に告げた。

やがて“彼”の視界にこちらへ向かって歩いてくる数人の集団が見えてきた。

その集団の中から一人の少女が前に出て“彼”の方へ小走りで近付いてくる。

「殿下…」

“彼”の口から呻くような言葉が漏れる。

やがて目の前に来た少女…煌武院悠陽は目に涙を浮かべて“彼”の名を呼んだ。

「萩閣……よくぞ無事で」

彩峰萩閣…3年前に死んだとされていた男である。


 
 
 
第19話に続く




[21206] 閑話その3「光州の亡霊」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/29 22:28

閑話その3「光州の亡霊」

1998年1月 朝鮮半島、ユーラシア大陸から人類が追い出されるか否かを賭けた…いや事実上撤退を前提とした光州作戦の最中、日本帝国軍の司令官、彩峰萩閣中将の下に一人の訪問者の姿があった。

「…成程、それが私の運命か」

「…と決まった訳ではありません。 現在の帝国軍の位置を移動させれば状況を多少は変えられるかも知れません…もっとも最終的に朝鮮半島が陥落するのを防ぐことはどの道不可能ですが」

「うむ、そのことは既に11軍の総司令部も認識している…今頃はどれだけ戦力の消耗を抑えて撤退し、その後で敗北の責任を誰に取らせるのかを考えている最中かも知れんな」

「このままいけばそれを考えるまでもなく、彼らはBETAの腹の中に収まるだけでしょうがね」

「そして、そのツケを日本帝国が支払うことになりかねない…わたしの命だけでは到底払いきれない負債だな」

「“おとぎばなし”によれば榊総理があなたを生贄にして上手く状況を取り繕いますが、結局それが彼に対する国内と米国の怨みを買う事になり、彼もまた命を奪われます」

「私の失敗のせいで…是親殿、悠陽様…申し訳ありません…」

「…信じて頂けるのですか?彩峰閣下」

「そうだな、君の見せてくれた物からしておそらく真実を語ってくれているのだろう…私はそう思っている」

「では…」

「いや…全部隊を移動させることは出来ない相談だ」

「!…しかし、それでは……」

「現状の避難状況を実質支えているのは帝国軍と韓国軍の二つだ…この内帝国軍がここを離れてしまえば難民たちを移動させることが事実上不可能になるだろう、それでは米国の意向に逆らってまでしてきたことが無駄になる…それでは意味がない」

彩峰中将が目の前の男に言った通りであった。

作戦当初から韓国軍や大東亜連合軍と連携して難民の撤退を優先する作戦行動をとってきた彩峰中将ら日本帝国軍が、今ここで突然方針を転換して米国軍の支援に回ったとしても却って日本の立場は悪化するばかりだろう。

作戦当初…いや日本を立つ以前から彩峰中将は政治的・軍事的制約の中に閉じ込められた状態にあった。

朝鮮半島陥落が間近に迫る中、少しでも今後の国土防衛のために戦力を温存したい軍部と、日本が国際的な村八分になることを避けるために無理を承知で派兵を推し進めたい政府、さらに日本の協力を当然のように求める米国(状況を考えれば確かに当然なのだが)、大陸陥落を前に難民たちを一人でも多く避難させたい韓国やアジア諸国、つまり大東亜連合の政府と軍部…

ごく大雑把に見るだけでもこれだけの利害対立が出兵する帝国軍、いやその司令官である彩峰萩閣中将を縛っていた。

本来であればこれらの利害調整は作戦遂行の決定以前に政府間で行われていなければならない筈であった。

だがそれは多国間の足並みの乱れがバンクーバー協定の崩壊に繋がることを恐れた国連と、強引に自分たちの主張する作戦内容を押し付けてきた米国の姿勢が原因で、表面上はなされたが内実は伴わないというものになってしまったのだった。

そしてその不協和音は作戦開始直前になって水面上に現れた。

大東亜連合の軍司令部が国連第11軍総司令部の方針に反して、難民たちの避難を優先することを表明したのだった。

そして、これが彩峰中将の立場を決定的に追い詰めることになった…

彼が日本帝国の政府と軍上層部から与えられた任務は、対立する東アジア諸国と米国の双方に恩を売り、決して負債を作るな…なおかつ部隊の被害を最小限に抑えろというあまりにも困難、いや理不尽なものだったのだ。

(しかもそれは明文化された命令ではなく、もって回ったような言い回しによる圧力だった)

そんないい加減で無責任な命令は無視して箇条書きされた部分の任務を遂行すればいい…彩峰萩閣と云う人間にそれが出来れば良かったかもしれない。

だが彼はその無責任極まりない命令の裏にある政府と軍部、それぞれが抱える苦衷…日本の明日を案じるが故に自分に突きつけられた無理難題の意味を理解できる人間であった。

朝鮮半島が落ちれば次は日本本土が最前線になる。

押し寄せて来るBETAを帝国軍の力だけでは到底抑えきれない…なんとしても米国をはじめとする国連加盟諸国の力が必要だった。

そして米国の方針、G弾ドクトリンに基づく戦略を日本本土の上で展開されたら、たとえBETAを撃退出来たとしても戦場になった土地には二度と人間が住めなくなるかもしれない。

それを抑えるためにも米国以外の国、特に近隣のアジア諸国や太平洋諸国との関係強化が必須であった。

その一方で、やはり戦力としても兵站の供給元としても一番頼りになるのは米国である。

この国からの兵力や物資の援助がなければ到底戦力が足りない…故に米国の機嫌を損ねることも出来ない。

どれ程身勝手で理不尽な命令に見えても、日本帝国の明日のためには止むを得ない事情があったのだ。

追い詰められた状況の中で、彩峰中将は大東亜連合との連携を選択した。

それによってアジア太平洋諸国との関係を保ち、米国と国連への言い訳は自分の首を榊総理に差し出させればいい。

国連軍司令部が壊滅でもしない限りはそれでなんとかなる筈だった…そう、国連軍司令部が壊滅さえしなければ。

だが今、彼の目の前にいる男は彼にとって最悪ともいえる未来を予言し、同時にそれが単なる戯言ではない証拠にいくつかのありえないモノを彼に見せたのだった。

突然自分の前に現れ、出来れば起きて欲しくないと思っていた最悪の事態を予言する男…だが彩峰萩閣はその男に対して、静かに感謝の言葉を述べた。

「よく教えてくれた…心から感謝する」

「しかし閣下、この現状をどうなさるおつもりですか?」

男の疑問に彩峰中将は笑って答えた。

「なに、簡単なことだよ…私が愚か者になればいいだけのことだ」
 
 
 
 
 
秘密の会談を終えて帝国軍の駐屯地から出てきた男は夜空を見上げて溜息をつくと、ぼそりと呟いた。

「しまった、サインを貰うのを忘れていた……さて、どうするかな?」

その直後、夜の闇に溶け込むように男の姿は消えた。

その場を偶然通りかかった二人の兵士がそれを見て大声で騒ぎだすが、この時その二人の話を本気にする者は誰もいなかった。
 
 
 
 
 
 
数日後、国連軍司令部の府陣している方面へBETAの大規模侵攻が始まり、総司令部は撤退が間に合わず壊滅の危機を迎える。

だがそこに彩峰中将が帝国軍部隊の中から選んだ精鋭部隊を率いて到着、国連軍司令部が撤退を終えるまで持ちこたえるために死戦を覚悟の支援攻撃を開始する。

結果、彩峰中将以下支援に到着した帝国軍部隊の全滅と引き換えに国連軍総司令部は壊滅を免れ、無事朝鮮半島を脱出することに成功した。

作戦終了後、彩峰中将の犠牲で米軍部隊と国連軍司令部が助かったことについて、日本国内では米国を非難すべしとの声が上がったが、榊総理ら政府の根回しによりそれはなされなかった。

そして米国の一部からは彩峰中将が勝手な行動を取らなければ戦線の崩壊は無かった、死んだ彩峰中将と日本帝国の責任を追及すべきとの声が上がった。

だが、その彩峰中将の犠牲により米軍と国連軍が壊滅せずに済んだことと、国連軍司令部が難民の救助にあまりにも冷淡であり、彩峰中将がいなければ多くの難民がBETAに喰われていたとの声がアジア各国から上がったため日本への追及は中途半端となり、国連第11軍司令官は体調不良を理由に勇退となった。

後日、彩峰中将と彼の下した判断については様々な見解が出された。

曰く、無辜の人々のために苦しい決断をあえて下した仁将…

曰く、本来の指揮系統を無視した挙げ句に、兵力分散という愚挙により多くの部下を道連れにした愚将…

曰く、国家の無理な命令にどこまでも忠実に応えた一徹者…

曰く、アジア諸国との友好を優先したが故に米国の怨みを買った男…

曰く、特攻同然の無謀な戦法で部下を道連れにするという暴挙を行った男…

多くの見方、意見、憶測…その中に一つ奇妙な見解、いや風聞が流れた。

曰く、彩峰中将は光州においてとある亡霊にとり憑かれ、あの無謀な作戦を行ったのだ…

その噂によれば…あの作戦の数日前に、彩峰中将のもとに一人の民間人と思われる男が面会者として訪れた。

面会を終えた後、その男は帝国軍の駐屯地の出口付近でまるで煙のように消えたと、その場を見た兵士が証言した。

その直後、彩峰中将は国連軍総司令部がBETAの奇襲により壊滅の危機にさらされた場合の救援作戦の立案と部隊の編成に取り掛かった。

そして彼は数日後、何かを確信したかのように出撃して行った。

彼、彩峰中将は光州で死んだ何者かの亡霊に取り憑かれ、自ら死地へと向かって行ったのだ…
 
 
 
この怪しげな噂が真実の一部を示していると知っているものは皆無であった。

そして彩峰中将の死を疑う者も誰もいなかった。

ただ一人、その亡霊と呼ばれた男を除いては…

 
 
 
閑話その3終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第19話「残酷な“おとぎばなし”(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/05 14:10
第19話 「残酷な“おとぎばなし”(前)」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

目の前にはお茶とお茶菓子が並べられていた。

お茶は静岡の一番茶、そしてお菓子は中●屋の月餅である、がしかし…

「うむ、やはり仲村屋の菓子はうまいのう」

…そうかよ、怪獣大将様。

「さてさて、この味は確かに本物ですが…この文字は、はて?中●屋?」

…気にしなさんなタヌキ課長さん、単なる歴史の誤差ですよ。

「…貴様の出す茶も菓子も、我らの検閲と毒見なしには殿下の御前には出せぬと心得よ」

…分かってますよ、月詠大尉殿。(階級に気付いたのはつい先程でした…すみません)

「ふん、このような怪しげな偽物を殿下にお出しする訳には参りません!」

…別に偽物という訳ではないんですよ、侍従長殿。
 
 
 
違う…こんな物じゃない…私が…私が殿下に出したかったのは…

いや、別に●村屋の月餅がいけない訳じゃありませんよ。

この菓子は身分の高い方にお出ししても決して恥ずかしくない代物なんです。

だが、だがしかし! 私が殿下に出そうと思っていたのは…嗚呼、出したかったのは…

灰となった京の銘菓・生八ッ橋、吉野の葛で作られた最上級の葛桜、そして寒ざらし粉と和三盆の調和によって出来る純白の越乃雪…

もう、この世界では(本物には)二度とお目にかかれないかも知れない至高の銘菓の中から、厳選した一品をお茶と共に出そうと考えていたのに…それなのに…うううっ…(涙)

「…さっきから一体、何をブツブツ言っているのかね諸星課長?」

「ふむ、どうやら突然殿下をお迎えした為に頭が茹で上がってしもうたようだのう…」

…あんたが言うな! 一体、誰のせいでこうなっていると思ってるんだか…まあ、言っても無駄か。
 
 
現在、私と紅蓮大将、鎧衣課長、月詠大尉、侍従長の五人は土管帝国のとある場所でお茶を飲みながら殿下と榊総理、そしてウチの先生こと元帝国陸軍中将・彩峰萩閣との会談が終わるのを待っていた。

…3年前、光州作戦の最中で命を落としかけていた彩峰中将を我々は助けた。

もっとも“助けた”と言っても辛うじて命だけは助けた…というだけだ。

津波のように押し寄せるBETAの攻撃にやられて、すでに心肺機能は停止寸前でまもなく死亡するのは確実…そんな状態だったのだ。

もっと早く助けられなかったかって? それは無理なのだよ諸君。

私が勝手にこの世界の人々の命や行動を左右することは基本的に許されていない。

何故なら私は、建前上“観測員”であって“救助隊員”ではないからだ。

あくまでも緊急時において自分の身を守ったり、目の前の消えかかった人命を救ったりすることが例外的に許されているだけだ。

従って、“偶々戦場で戦いに巻き込まれた私が、目の前で死にかけていた人を救助した”という事でなければ人助けすら認められない…まあ、私の立場はそんなものだ。

…そして私が助けることが出来る人の数も限られている。

あの時点で瀕死の怪我人を救助しても、治療可能な人数は実質一人だけだった。

部下を助けろと言う彩峰中将と、自分はいいから閣下を頼むと言ってこと切れた士官。

この二人が私が救助した人間だ。(結果、命が助かったのは彩峰中将一人だけだった)

戦術機部隊の衛士達も砲兵部隊もその全員が戦って死んで行った。

その時の状況を語ると、紅蓮大将と月詠大尉は無言のまま目を閉じて死者の冥福を祈り、侍従長は声を立てずに嗚咽した。

そして私はといえば…周囲の人々が厳粛な雰囲気を醸し出しているのをそっちのけで、秘密回線でリンクした鳴海君にお説教を加えていたのだった。

《なーるーみーくーん、君は自分の置かれた状況が理解出来ているのかなあ?》

《す、す、す、すみません…》

《君が生きている事が“あの人”にバレたらどうなるか、前にも話してあげたよねえ?》

《…はい》

“あの人”とは言うまでもなく横浜を根城にしている世にも恐ろしい女狐様のことだ。

明星作戦でG弾の爆発に巻き込まれ死んだ筈の男が実は生きていて、しかも全身機械の仮面衛士1号となっていた…

そんなことを“あの”香月博士が知ったらどうなるか。

《まず間違いなくあらゆる手段を講じて君の身柄を確保して、その上で君の身体を全て分解して尚かつ君のただ一つの生体部分である脳に直接電極を繋いで電流を…》

《わ、わかりました!わかりましたからもう勘弁して下さい》

…これが脅しでも冗談でもないところが怖いんだよね。

彼女ならやる…間違いなく鳴海君は彼女に捕まったその日が第2の命日になるだろう。

…いやもちろん分解と脳の検査だけで命までは取らないかも知れないが、希望的観測に頼るのは良くないだろう。

《まあ、今更しょうがない…それより鳴海君、君はどこまで紅蓮閣下に話したの?》

《…その、俺が知っていることは殆んど全部…です》

《あのねえ…まあいいか、つまり“おとぎばなし”の存在まで話したんだね?》

《…はい》

《それと我々の世界のことも…》

《…話ました》

…どうにもまいったね、これは。

今の時点で我々が並行世界の人間であり、その世界に伝わる“おとぎばなし”そっくりの世界が他でもないこの世界だという事は、まだ知らせない方がいいと思っていたのだが…

だが、こうなっては仕方がない。 どの道目の前で月餅を貪り喰ってる怪獣に鳴海君を預けたときに、こうなる可能性は想定していたのだ…思ったより早かったけど。

《しょうがないね…それじゃあそれを前提に交渉しますか》

《あの…諸星さん》

《ん?なに?》

《殿下は今では実権を持たない人ですよ? それなのにどうして…?》

《それじゃ鳴海君、一つ聞くけどこの国の“実権”とやらは一体だれが持ってるの?》

《え?…それは…つまり…その…》

《政府かな?軍部かな?それとも官僚たち?あるいは五摂家?もしかして皇帝陛下?》

《…えーと》

《実権なんてものはね…それら全てに有ると言えば有るし、無いと言えば無いんだよ鳴海君》

《…はあ?》

そう、特に今現在の日本帝国のような国はね…だから私は会談を望んだのだ。 彼女…政威大将軍・煌武院悠陽との会談を。
 
 
 
 
 
「待たせて済まなかったね、モロボシ君」

そう言って先生たちがこちらに戻ってきた…つい先程まで向こうに見える先生用の庵の中で、総理と殿下に色々と詫びたり説明したりしていたようだが…さて、今度はこっちの番か。

「諸星…そなたには礼を言わねばなりません、よくぞこの者を助けてくれました…そなたに感謝を」

「過分なお言葉です殿下、自分はただ自らがもたらした事態に何かせずにはいられなかっただけでして…」

「…そう、そのそなたがもたらした事態…いえ、情報の源…“おとぎばなし”とやらについて詳しく聞かせては貰えませぬか?」

「諸星君、私からも是非お願いする。 君たちが知っているその物語がもしも本当にBETA大戦を左右する程のものなら、何としても知らねばならんのだ」

…やっぱりこうなるか。 殿下も総理も光州作戦の経緯を先生から聞いている以上“おとぎばなし”の中身を詳しく知りたいと思うのは当然だ。

…仕方ない、どうせいつかは殿下にも話さなければならない事だったのだ。

会談の内容次第では、榊総理には今日話すつもりでいたのだし…

今までこれは、先生にも鳴海君にも話してはこなかった…二人にとってこれは知るだけで拷問になるからだ。

勿論、ここにいる人たち全員がそうだと言ってもいいだろうが…

「殿下、そして皆さん…その話をする前に一つだけ申し上げておかねばなりません。 この物語…“あいとゆうきのおとぎばなし”の内容を知るということは、ある意味で皆さんにとって死ぬより辛いことかも知れない…ということを」

「なに?」「むう…」「ふむ?」「死ぬより辛い…?」「貴様!」「殿下に何を吹き込もうというのです!」「…死人の私にまで言えないことかね?」

「はい、ですから御覚悟が必要になります…殿下、そして皆さんも」

「…そうか、では向こうで私が「是親」…はっ」

「そなたがこの身を気遣って聞くのが辛い話を一人で引き受けてくれる…その気持ちは嬉しいが、されどこの身は政威大将軍なのです。 苦しいことから逃げる者に、その任を務める資格はありません」

「殿下…」

悠陽殿下の言葉がこの場の方針を決定したか…成程、これならなんとかなるかも知れないな…この人なら大丈夫かも知れない。

「それでは皆さん、お話しましょう…」

そして私は話はじめた…“あいとゆうきのおとぎばなし”…その物語を。
 
 
 
 
平和な世界…そこで暮らす人々、そして主人公の白銀武…幼馴染の鑑純夏、そこに現れる御剣冥夜と月詠真那と三馬鹿トリオ…平和な世界での学園生活、そして教師である香月夕呼と神宮司まりも…白銀武のクラスメートの榊千鶴、鎧衣尊人、彩峰慧、珠瀬壬姫…彼女たち(1名のみ男の娘?)に囲まれて騒がしい青春をおくっていた…そんな少年がある日突然、この世界…2001年10月22日の横浜で目覚める。

そして始まる1回目の地獄……何も分からずにBETA大戦が行われている世界に放り込まれた白銀は横浜基地で香月博士と出会い、彼女の計らいで衛士としての訓練を受け、そこで元で世界の担任教師だった神宮司教官やクラスメートだった冥夜たちに出会う…彼女たちとの出会いによって自分が本当に異世界に来てしまったと知った武は、次第にその世界で生きて行く力と意志を持ち始める。

それから総戦技演習での試練と合格…戦術機の訓練…天元山での遭難……そして12月24日に突然、横浜基地の司令官ラダビノッド司令より伝えられたオルタネイティヴ4の存在とその打ち切り、そして香月夕呼の挫折…やがて始まるオルタネイティブ5の内容…それを知らされた時の無力感…間近に迫る地球脱出のタイムリミットに武は愛する冥夜を宇宙へと送り出す。

…そして、AL5の開始。

G弾を使用して一時は全てのハイヴを潰したものの、その為に地球の環境は重力異常によって激変…ユーラシア大陸の殆んどが上昇した海面の下に沈み、南半球は広大な塩の砂漠と化した。
そして、何故かBETAが滅びずに攻めてくる世界。
おそらく…その滅びゆく世界の中で白銀武は戦い、そして死んでいった…そう考えられる。
 
 
 
「…ここまでが“おとぎばなし”の前半になります。」

私がそう言うと、その場の全員がほっと息を吐き出した。

流石にこの人達にとっては信じる信じない以前に、この話は重過ぎる筈だ…なにせ自分の娘や妹の運命が語られているのだから。

「前半か…それではまだその後の話がある、ということだね諸星君?」

榊総理が苦悩の色を顔に張り付かせながらも、私にそう聞いてくる。

「そうです…そして総理、その先の話こそが“あなた方にとって”本当の地獄となります」

「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」

…さすがに全員が凍りついたな。

「ふむ、“我々にとって”本当の地獄…か、それはつまり私たちの身内の運命に関する記述が含まれているからかね?」

鎧課長が冷静な声で聞いてきた。

「ええ、仰る通りです課長…ですがその前に殿下、これを御覧ください」

そう言って私は未だに顔を青ざめさせている悠陽殿下に、以前榊総理に見せたレポートを差し出す。

「そのレポートには“おとぎばなし”の中に記述された第5計画遂行後の世界に関する内容が、果して現実となり得るのかどうか…その検証を行った結果が記されています」

悠陽殿下は微かに震える手でそれを受け取り、そして読みはじめた。

周囲の人々は心配そうに彼女の様子を見守っている…すでに内容を知っている先生や総理は勿論、レポートの中身を知らない紅蓮大将や月詠大尉、そして侍従長は今にも殿下が倒れるのではないだろうかと不安な顔を隠そうともしない。

いや、もし本当に殿下が卒倒したらこの私が月詠大尉によって成敗されるんじゃなかろうか…そっちの方が心配になって来た。

ただ一人、鎧衣課長のみが表面上は泰然自若とした姿勢を保っている…大した自制心の持ち主だね、この人は。

やがてレポートを読み終えた殿下は、震えるような吐息と共にそれを手元に下ろして私問いかけてきた。

「諸星、これは確かな内容なのですか?」

「はい殿下、ですがまだその内容は不完全なものでありまして、現在横浜基地の香月博士に検証を依頼しています」

「…そうですか、それでは香月博士はすでに“おとぎばなし”の内容も知っているのですか?」

「いえ、殿下…彼女にはまだそのことは話してはいません」

「…それは何故でしょう? もしもこの物語が現実となり得るのであれば、香月博士に知らせて対策を講じるように勧めるのが上策ではないのですか?」

そう、ここまでしか知らなければ確かにそうなのだが…武ちゃんは実際にそうしたしね。

「殿下、その理由は“おとぎばなし”の後半を聞いて頂ければある程度ご理解してもらえると思っております」

「…聞きましょう、続きを」

彼女の言葉に従って、私はふたたび語り始める…白銀武の第2の地獄の物語を。
 
 
 
 
第20話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第20話「残酷な“おとぎばなし”(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/08 19:16
第20話 「残酷な“おとぎばなし”(後)」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

殿下の言葉に従って、私はふたたび語り始める…白銀武の第2の地獄の物語を。
 
 
 
死んだ筈の白銀武は何故か再び2001年10月22日の横浜で目を覚ます。 そしてもう一度横浜基地へと向かい、香月夕呼に面会して自分のことと体験した内容を話す。

その話を受けて香月博士は彼を受け入れ、そして利用することを考え始める…白銀武はふたたび207B分隊の訓練兵として再出発し、そして再び総戦技演習を突破して戦術機の訓練で天才的な能力を発揮し始めた。

その一方で武は元の世界の経験や前回の記憶を基に戦力の改善策となるXM3の開発や新潟に上陸するBETAの迎撃、そして珠瀬次官の訪問を狙ったAL5推進派によるテロ工作、HSSTの墜落による横浜基地の破壊を未然に防ぐことに成功する…そして香月博士の理論の誤りに気付き、博士の作った機械で一時的に元の世界に戻って香月教諭から理論を回収して、オルタネイティヴ4の成功へ近付けることに成功する。

だが、その歴史の改変によって天元山の一件を引き金にした帝都でのクーデターの発生、そしてクーデターの首謀者である狭霧尚哉による榊総理の暗殺…
 
 
「暗殺…尚哉が…是親殿を…」「なんと…」「………」

先生と殿下は思わず声を上げ、他の人達も蒼ざめる。 そして榊総理と鎧衣課長だけは…成程、やはりそうだったのか…いや、今は話を続けよう。
 
 
混乱の拡大、そして米軍の介入…そんな状況の中、香月博士の命令で武たち訓練兵にも出動する…その先で悠陽殿下と武は出会い、様々な言葉を交わす。 その中で次第に武はこの世界の日本人としての自覚を持ち始め、狭霧たちの説得のために殿下(実際には冥夜)の護衛を務める。

殿下(冥夜)の説得で狭霧たちが投降しようとしたその矢先、米軍の衛士が突然発砲して事態は再び混乱する。 その後ウォーケン少佐ら米軍は壊滅、狭霧もまた月詠中尉に討たれれクーデターは終息に向かう。

帝国軍、米軍、国連軍…多くの犠牲と引き換えに将軍の権威は復活して、統帥権が確立…帝国は絶体絶命の危機を乗り切ることに成功する。

…そして12月10日の横浜基地でのXM3のトライアル。

予想を超える素晴しい成果に有頂天の武たちの前に、突然BETAが現れる…それを見てパニックになる武…そして打ちひしがれる武を慰めていた神宮司軍曹が生き残りの小型種によって武の目の前で喰われてしまうという悲劇。

心を折られた武は、香月博士の誘導で元の世界に逃げ帰る…それが博士の手の内だとも知らずに。

元の世界に戻った武を襲う更なる悲劇…友人たちが次々と自分の事を忘れ、冥夜や純夏までもが武の記憶を失う。 そしてついには神宮司先生の死…事故による純夏の重体…絶望する武に夕呼先生が打開策を告げ、武は決意と共にBETAのいる世界へと戻る。

そして戻った先で知った純夏の存在と00ユニットの正体…

打ちのめされながらも武は00ユニット…純夏の調律に努めながら、A-01に入隊して冥夜たちと再会し新たな仲間とも出会う。
 
 
「そして2001年12月24日…『甲21号』攻略作戦が行われました」

「!」「ふむ」「むう!」「佐渡島を…」「まあ…」「…む」「…」
 
 
多大な犠牲を払いながらも進行していく佐渡島ハイヴ攻略作戦…だが突然、00ユニットの不調により反応炉の確保が不可能と判断、最終的にヴァルキリーズの伊隅大尉がXG-70b『凄乃皇弐型』を自爆させて佐渡島もろともハイヴを消滅させた。

ようやく佐渡島ハイヴを落とし、安堵したその直後…地中からBETAの大侵攻が襲いかかる。

必死に戦う武たちだが、BETA側が今まで使わなかった戦術を使用してきたために、次第に劣勢になり追い詰められていく。

最後の手段として反応炉をS-11で破壊しようと試みたが、それさえもBETAによって阻まれる…遂に速瀬中尉がS-11を手動で点火して反応炉と共に自爆、辛うじて横浜の再占領を防ぐ。
 
 
 
《遥…水月……なんで…モロボシさん…あんた…何故今まで言ってくれなかったんだ!》

秘密回線の向こう側で鳴海君が泣きながら抗議してくるが…申し訳ないが無視させて貰おう、まだ先があるのだ。
 
 
 
その被害の傷も癒えぬ内に、横浜基地はオリジナルハイヴへの史上最大の反攻作戦『桜花作戦』の準備に取りかかる……それは00ユニットのリーディングによってBETAの指揮系統や学習能力の把握、そして人類の情報がBETA側に漏れていたことが判明したからだった。

香月博士は凄乃皇四型を大至急改修して作戦に投入しようとするが、護衛の不知火が全て使えないことが判明…冥夜の願いで紫の武御雷を使用することと、月詠中尉の独断で4機の武御雷を借り受けることが出来、冥夜たち5人はこれに搭乗することとなる…
 
 
 
「…まて、今何と言った?真那の…独断だと?」

「そうです。 正式な許可を得る時間がなかったために、彼女が自らの処分を覚悟の上でそうしたと…」

「真那…さん…それでは…」

「彼女が最終的にどんな処分を受けたか…それは“おとぎばなし”の記述の中にはありません」

「「「「「「「………………」」」」」」」
 
 
 
そして『桜花作戦』が開始される。

多くの命がA-01の盾となって散っていく中、武たちはカシュガルに辿りつく…しかしオリジナルハイヴの中は地獄そのものだった、凄乃皇四型の力と冥夜たちの活躍でなんとか『あ号標的』に辿りつくも武たちを護るために榊、彩峰、鎧衣、珠瀬の4人が戦死する。
 
 
 
「!」「う…」「…」「むうっ…」「ああ…」「く…」「おお…なんと…」

その場の全員が悲痛な表情で呻き声を洩らす…さすがの私も、当事者の親兄弟の前でこれを語るのは心が痛いのだが…まだ先があるのだ、続けよう。
 
 
 
そしてついに冥夜までもがあ号標的に絡め取られ、荷電粒子砲以外の武器も殆んど尽きた武たちは絶対絶命に陥る。

そこで冥夜は武に対して「自分ごと撃て」と告げる…心に秘めてきた想いと共に。

そして白銀武は、御剣冥夜の言葉に従い荷電粒子砲を発射……遂にあ号標的を討ち果す。
 
 
 
私が悠陽殿下の方を見ると、彼女は泣いていた…無表情な顔に涙だけを流して。
 
 
 
その後、横浜基地に帰還した武は純夏がすでに死んでいたことを知らされた…悲しみに包まれながらも武は人類の未来を守った誇りを胸に、元の世界に帰って行った…
 
 
 
 
 
「…以上が、我々の世界に伝わる“あいとゆうきのおとぎばなし”の概要です。」

私がそう言うと、凍りついたように動かなかった人々が一斉に吐息を漏らした。

ショックのせいか、この場にいる人たちの顔色はまるで血の気の無い人形のようだ。(紅蓮閣下のみは逆に血圧の上昇のせいか真っ赤になって何かを堪えているように見えるけど)

その中から意を決したように榊総理が質問してきた。

「諸星君、いま君が話してくれた物語は…どの程度現実になると考えられるのかね?」

「総理、現時点のこの世界の歴史は、私が介入した光州作戦の結末を除けば殆んど“おとぎななし”の内容と同じと言っていいでしょう」

「むう…そうか…」「ふううむ…」「ぐううぬう…」「…」

榊総理たちは苦悶の表情で唸る…無理もない、もしこの話が現実になるとしたら…第4計画が挫折した場合は人類はお終い、成功したとしてもあまりにも犠牲が大き過ぎる…そしてそこには自分たちの娘や殿下の妹君まで含まれているのだ。

果して犠牲を最小限に抑えて、第4計画を成功へと導けるのか…それを思うと未来の可能性が解った分、逆に頭が痛いのだろう。(未来を知っていれば対策も簡単という訳ではない)

「…殿下、申し上げたき事がございます」

「…何でしょう、真耶さん?」

「はっ…只今のこのモロボシなる男の話、どこまで信じて良いのかはこの真耶には解りませぬ。 されどもしも僅かでもこの男の話が現実となる可能性があるようなら、冥夜様たちをこのままにしておく訳には参りません、ただちに彼の女狐のもとより取り返されるべきと存じます。」

「……それは…なりません」

「!ですが、このまま放置してもしも冥夜様が…」

なおも言い募る月詠大尉に対して、悠陽殿下は苦悩を顔に出しながらもきっぱりと答える。

「もし…もしもこの物語が今後の世界が辿る運命を暗示しているのなら、香月博士の第4計画はなんとしても成功させねばなりません…今、冥夜たちを彼女のもとから連れ戻せば国内の第4計画反対派が勢いづくことは明らかです…それだけはさせてはなりません」

「殿下…」

月詠大尉もそれ以上は何も言えず、ただ口惜しそうに俯くだけだった。

いや、流石にこの暗い雰囲気は不味いね…少しは明るい話題も出さないと。

「殿下…そして皆さん、まだ悲観的になるのは早いと思われます。 少なくとも今からならある程度の問題は克服可能なのですから」

「むう、それはもしやお主が提供してくれたあのOSと機体の技術の事か?」

「そうです、既にお気づきでしょうがX1とX2の二つのOSは“おとぎばなし”の中のXM3を部分的に再現したものなのです」

「…成程、甲21号作戦の直前にようやく帝国軍に配備されたシステムを今のうちから配備を進めておいて、衛士たちがより良く使いこなせるようにする訳だな」

さすがに先生は良く分かってますな…

そう、XM3の配備は佐渡島攻略直前だった…そのため帝国軍のXM3への慣熟は“まだまだ”と言ったレベルだった筈だ。

これをたとえX1からであっても、もっと早くからその操作性の変更に慣れておけば佐渡島を攻める時にも犠牲を減らせるだろうし、それ以前の対BETA戦においても有利に働くだろう。

それは横浜基地のA-01部隊の消耗率も抑制し、結果207Bの5人によるオリジナルハイヴへの特攻の可能性も薄れる筈だ。

そのことに気付いた悠陽殿下たちは、ようやく少しだけ明るい顔になった。

「戦術機以外の装備に関しても我々の技術がある程度、お手伝い出来ると思いますが…それより厄介な問題があります」

「殿下、総理、尚哉の事は私に任せては頂けませんか、直接会って愚かな考えを捨てるように説得します」

「萩閣…」「萩閣殿…」

先生の言葉に殿下も総理も言葉を詰まらせてますが…

「…と、先生は仰ってますが…よろしいんですか?鎧衣課長?」

「…ふうむ、それも“おとぎばなし”の中にあるのかね?」

「まあ、そう言うことですな」

私と鎧衣課長との意味ありげな会話を聞いた他の人たちは、怪訝な顔で質問してきた。

「鎧衣、それはどういう意味なのですか?」

「さて…これはそちらのモロボシどのから説明をもらった方がよろしいかと」

…そうきたか、このタヌキ親父が。

まあ確かにここは私が先に口火を切る方がいいだろう。

「…つまりですな、クーデターを起こしたのは狭霧大尉の意志ではなくて、他の人間のシナリオに沿ったものだったと言う事ですよ」

「それは…誰が?」

殿下の質問に対して私は答える。

「それは勿論、そこにいらっしゃる鎧衣課長……と、榊総理のお二人ですよ」

「「「「「!!!!!」」」」」

ああ…やはり皆さん固まってしまいましたか…無理もない、言ってみれば殺人事件の被害者と殺人教唆の黒幕が同一人物だというようなものだからね。

殿下たちは信じられないといった顔で私と鎧衣課長、そして榊総理を見詰めているが…お二人とも何食わぬ顔で黙っておいでだ。(つまりはその通りだと認めているようなものだね…これは)

「まこと…なのですか?是親…鎧衣…」

「…お主ら、何故…そこまでして」

殿下と紅蓮閣下が声を震わせて問い詰めるが…二人とも無言で私の方を見る。

…はいはい、私が説明すればいいんでしょ? このタヌキ共。

「殿下、その理由はおそらく帝国の現状を打破するためだと思われます…現在の帝国政府あるいは帝国軍の状態では、どの道この国を長期間に渡って維持する事は不可能とこの人たちは考え、その状況を変えるために国内の膿をクーデターによって取り除き、その後殿下のもとに統帥権を確立して国家の新体制を築く…それがおおよその考えでしょうな」

課長も総理も無言のまま…沈黙はそのまま肯定を意味した。

「同時にまた、このクーデターは決してこのお二人が望んだものではなく、おそらくは一部の度が過ぎた国粋主義者たちと国内外の野心家や謀略家によって誘導され、形成された状況の産物でもあったのでしょう」

「…それは、かの国の情報機関が仕掛けたことか?」

月詠大尉が歯軋りするかのような声で聞いてくる…怖いからその顔やめてください。

「はい、確かに彼らの謀略と介入がこの事件の中で大きな要因を占めていると思われます…それが全てでは無いにしても」

「おのれ…米国めが!」

侍従長までもが般若の形相になってますよ…いやとにかく説明をつづけよう。

「そのため、この鎧衣課長殿が彼ら烈士たちとクーデターをある程度コントロールして帝国にとって有益な結果に終わらせるために狭霧尚哉という人物を選び、彼らの中に潜り込ませて主導権を握らせたのでしょう」

「だが…ならば何故尚哉は是親殿を斬ったのだ!?」

「お忘れですか先生、あの“おとぎばなし”ではあなたは榊総理の決断で銃殺刑になっていたことを」

「む…いやしかしそれは私の自業自得だろう、尚哉にそれがわからぬとは…」

先生はそう言うがことはそう単純ではない。 おそらく狭霧尚哉にしても榊総理を斬ったのは単なる憎しみからではないだろう…クーデターを起こした以上後戻りをさせないために生贄が必要であり、そのためには現政権の首班である榊総理や閣僚たちを殺す必要があると思ったのだろう。

そしてやはり個人的な部分では榊総理のやり方を(国にとって必要と分かっていても)許せなかったのではないだろうか…私の解釈ではあるが。

私がそれを説明すると、先生も他の人たちも一様に苦悩の表情となった。

「ですが…何故是親は自分を斬らせたのですか?」

悠陽殿下は悲痛な顔で総理を見ながら問いかけるが…この場合答えるのは私の役目か。

『外道は外道、それ以上でも以下でもない』…これは“おとぎばなし”の中における狭霧尚哉の言葉です。 彼の覚悟と心情を言い表す台詞と言えますが、同時にこの台詞は榊総理…あなたの心にある言葉ではないでしょうか?」

「…ふむ、そうかも知れんな」

私の言葉に榊総理は頷いた…やはりこの人はクーデターを起こした(結果として彼が鎧衣課長と図って誘導した)責任をあの“自決”によってとったのだろう…狭霧大尉の最期と同じように。

「殿下、何卒お察し下さい…国家の為にございます」

「是親…」

殿下の声は殆んど涙声に近かった…いやしかし、ここであまり湿っぽくなってはいけませんな。

「殿下、そして榊総理、まだそこまで思い詰める必要はないと思いますが」

「え…?」「諸星課長?」

「現在の状況からならば、まだクーデターの逆利用という非常手段を用いずとも何とかなるかも知れません」

「!それは…一体?」「何と!?」「むう!まことか!?」「モロボシ君!」「ほほう…それはまた…」「どうすれば良いのだ!諸星!」「嘘ではないのでしょうね?諸星殿!」

そう、嘘ではない…今からならまだ間に合うのだ。

だがそのためにはこの人たちの協力と、そして覚悟が必要になる…

それがこれから試されることになるだろう。

 
 
 
第21話に続く






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第21話「国交樹立と贈り物」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/14 18:26
第21話 「国交樹立と贈り物」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

「さて皆さん、まず現在の帝国にとって必要な物は何でしょう?」

私が何を聞いているのか理解したこの場の全員が顔を顰める。

何故ならこの質問は本来タブーなのだ…特に彼女(悠陽殿下)の御前では。

「貴様…何が言いたいのだ?」

「真耶さん…おやめなさい」

威嚇するように唸り声を上げた忠臣(忠犬?)月詠大尉を殿下が窘める……怖かった。(ブルブル)

「それは言うまでもなく、統帥権の確立です。 現在の帝国は建前上は殿下のもとに全ての軍組織があることになっていますが、実状はバラバラと言っていいでしょう」

「むう、言いにくいことをズケズケと言いおって…だがまあその通りではあるな」

苦笑いしながら紅蓮大将が私の言葉を肯定する…まあ、先程の“おとぎばなし”の暴露に比べればこの程度は軽いものだろう。

「そうです、従って今後の状況…第4計画の推進にしろ、クーデターの阻止にしろそれを確立出来なければどの道達成は不可能ですし、仮にそれらを乗り越えたとしてもその後の帝国は非常に弱体化し、不安定な国家となるでしょう」

「…確かにその通りだが、しかしどのような方法でそれを成し遂げるというのかね?」

難しい顔で榊総理が聞いてくるが…無理もない、簡単にどうにかなるような問題ならばこの人たちもクーデターを利用しようなどと、そんな非道な手段に訴えたりはしなかった筈だ。

どうにもならないほど帝国の国内情勢が行き詰っていたからこそ、あんな非常手段に出たのだろう…しかし、私には別の手段があるのだ。

「まず統帥権ですが、建前上は殿下が持っておられることに違いはありません。 従ってその建前に現実を追従させるような状況を発生させればいいのです」

「ふむ、確かにその通りだが…どうやってその状況を作り出すのかね?」

鎧課長の疑問に周りの人たちも同調するかのように頷く。

「まあ、本土防衛軍や城内省のお偉いさんたちが協力してくれる事はないでしょうが…ならばいっそのことBETAに協力して貰えばいいでしょう

「「「「「「「な…!!!!!!!」」」」」」

私の台詞に、その場の全員が絶句した…そしてそれに続く私の説明と計画の内容に彼らは呆然となっていくのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…しかし、本当にそんなことが可能なのかね?」

一通りの説明が終わった後で榊総理が聞いてきた。

「まあ確かに奇天烈な方法…いえ、はっきり言ってイカサマ以外の何物でもないですがしかし成功する自信はありますし、後はそちらの御覚悟次第ですが?」

「むう…確かに千載一遇の機会を得ることが出来るがのう…」

「ふむ、その通りですな」

「…確かに、そうでしょう」

「…解った、君の作戦に賭けてみよう」

総理たちの了解が得られた…それでは法律上の問題をクリアしておかないと。

「ありがとうございます。 それではこれに署名を頂けますか総理」

「……諸星君、この書類は一体どういうことかね?」

「はい、じつはその書類にあなたのサインがないと、こちらの支援作業が実行できませんので」

「???いやしかし…何故『産業廃棄物の処理に関する合意及び許認可』の書類が必要なのかね?」

総理も他の人たちも目を点にして聞いてきますが、これを説明するのは恥ずかしいんだよね…いやホントに。

だがしかし、説明させていただきましょう…カクカクシカジカと。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…以上がその書類と文面上の手続きを必要とする理由です」

私が事情を説明すると、周りの人々全員が今度こそ異次元生物を見るような目を向けてきた。

「その…モロボシ君、君たちの国はどうやって存続してきたのかね?…現在まで」

嗚呼総理、それから皆さんも…そんなに可哀想な生物を見るような目で見ないでください、お願いですから。

「…まあ、成り行き任せの辻褄合わせと…後は運でしょうね」

「しかし…よく国が滅びんかったのう…」

ええ閣下、はっきり言って歴史上の七不思議のひとつですよ…いやホント。

「げふん!…まあ、この件はこれでいいとして、もう一つ殿下にやって頂きたいことがあるのですが」

「何でしょう?この身に出来る事なれば喜んでしますが…」

「お待ち下さい殿下!」「迂闊にこの男の話に乗ってはなりませぬ!」

とたんに警戒心剥き出しで月詠大尉と侍従長が殿下に諫言し始める…無理もないが、ここはひとつ目の前の胡乱な男(つまり私)の話を聞いて貰わないと困る。

「皆さん、現在の帝国臣民にとって心の拠り所となるのは、やはり皇帝陛下と将軍殿下のお二人の存在でしょう」

「だからどうした?そんな当たり前のことを「では何故、殿下の為のクーデターなど起きるのでしょう?」…む、それは…」

「それはつまり国民や兵士たちと殿下との間に壁が存在し、殿下のお声やお言葉が直接彼らの耳に届かないからではないでしょうか?」

「そんなことは解っている!だが仕方なかろうが!それとも殿下と兵や民を隔てる軍部や城内省の宦官共を皆殺しにしろとでも言う気か!?」

これこれ月詠大尉、それでは烈士たちと同レベルでしょうが…まあ落ち着きなさい。

「なに、要は殿下のお声が届けばいいのですよ…少しばかり奇抜な手段を使いますがね」

「なに!?」

「真耶さん…落ち着きなさい」

「…はっ」

「具体的な手段に関しては後程説明させて頂きますが、国内の人心を安定させ統帥権を確かなものにするためには国民や兵士に殿下のお声やお言葉が正しく伝わることが必要です」

「…確かに、その通りだな」

先生が私の言葉を肯定し、他の人達も概ね同意してくれた。

…そう、結局のところ国家の実権などと言うものは何がしかの実体があるわけではないし、とどの詰り、政府や軍の首脳から一般の兵士や市民に至るまで全ての国民にどれだけ信頼され、支持されているか…それによって支えられるものだ。

その信頼や支持が無ければどんなに強大な権力を持っていてもそれは長くは続かないし、無理に長続きさせようとすれば結局、国家それ自体を擦り減らすことになる。

ちなみに大昔、わが国のすぐ近くにその無理を長期間に渡って続けた国が存在したが、その代償はあまりにも無残なものだった。

だが逆に洗脳的な教育や強制によってではなく、国民の自発的な意志により支えられた国は驚くほど強い。

政威大将軍のもとにその信頼と支持をはっきりと分かる形で集められれば、統帥権に実体が与えられるし、烈士たちがクーデターを起こす理由もなくなるだろう。 もっともそうなれば別の誰かが…いや、これはまだ考えるのは早過ぎるか。

いずれにせよ殿下の声を国民に届く方法が必要なのは確かだ。 たとえそれがどれ程奇抜でイカレた方法であっても…

「諸星、そなたの言葉を信じましょう」

「ありがとうございます、殿下」

どうやら殿下も心の中で覚悟を決められたようだ…それなら最後のお披露目と行きますか。

「さてそれでは皆さん、最後になりましたがこの土管帝国の本来の役割と目的についてお話します」

「ふむ、そう言えばまだそれを聞いていませんでしたな」

「諸星君、君が何のためにこの“場所”を作り、何をしようとしているのか話して貰えるのかね?」

総理と鎧衣課長の言葉で周りの人たちも一斉に表情を改めた。

さて、それではお話しますか…私の本来の役目について。
 
 
 
「まず皆さんに改めて私の本当の肩書を紹介させて頂きます…私は『並行地球群連合』より派遣された並行基点観測員3401号 モロボシ・ダンです」

「並行地球群連合…それがそなたの世界の名前ですか」

「はい殿下、正確にはこの世界における国連が我々の世界における並行地球群連合に相当します」

「ふうむ、それでは『並行基点観測員』とはどういったものなのかね?」

「総理、それは言葉通りの意味でして、つまり並行世界における『基点』すなわち地球の状態を観測するのが本来の使命なのです」

「むう、それはお主たちの世界がその生存圏を拡大するためのものか?」

「そうです閣下、しかしながらこの世界のようにすでに人類が存在している地球には不干渉との基本原則があります」

「ふむ…つまり余計な争いごとのタネを増やしたくないという訳ですな?」

「その通りですよ、鎧衣課長」

「しかし、君はずいぶんと我々の世界に介入している…いや無論ありがたいのだが、君の独断なのかね?」

「いいえ総理、確かに私の独断で行っている部分もありますが、基本的には連合の命令によって活動しているのです」

「ほう、しかし不干渉が基本原則と言っておらなんだかの?」

「ええ、確かに基本的にはそうなのですが…“おとぎばなし”が原因でこの世界は特例となりました」

「そうか…関わりたくはないが、滅ぶと分かっている世界をただ見捨てる訳にもいかない…そんなところかね?」

「ええ…多分先生の仰る通りなんでしょうね」

なんとも中途半端な話だが、それが我々の世界の大方の本音だろう。

私の説明を聞いたこの場の人たちはどう思っているだろう?異世界からの救援に対する感謝の念か?それとも干渉に対する不安か?あるいは自分たちの窮状を知りながら、只の観測員に救助活動をさせてお茶を濁すつもりであろう異世界への不満か…

「それで諸星君、君は具体的に何をするつもりでいるのかね?」

「総理、私が連合首脳部より与えられた役割は、この世界の人類に逃げ場がなくなった場合の避難場所の建設及び人々の誘導です。 そしてこの国、『土管帝国』はそのために作られたかりそめの国家なのです」

「避難場所…か、この“場所”それ自体が人類の避難先…いわばとてつもなく巨大な難民キャンプということか」

「はい、勿論ただのキャンプではなく食糧などの自給自足も可能ですし、工業などの製造業も行える環境が用意されています」

「確かにこの広さがあれば可能だろうが…だが、この“場所”は安全なのかね?」

榊総理が最も気になっている事を聞いてきた…つまりは乗り気、ということかな?

「総理、現在我々が“どこ”にいるかお分かりですか?」

「ふむ、そう言えば“ここ”は一体どこに位置しているのかね?」

「つまり…ここです」

私が図を書いて説明すると…全員が絶句した。

「ほおおう…いやいや、予想はしていたが…まさかさらにその上をいくとは…」

鎧衣課長だけが辛うじて声を絞り出した、ある程度は予測していたんだろうこの人は…

紅蓮閣下もさすがに唖然としているし、月詠大尉と侍従長は…え?…こっちに殺意の波動を放ってきてる?

「貴様…よりにもよってそのような場所に殿下を…!」

「今すぐ殿下をお帰ししなければ!さっさとなさい!」

いや落ち着いてくださいお二人とも大丈夫ですってばこの場所はもう3年以上前から試行錯誤を重ねて安全性を確認してきているんだしそれにBETAが来る心配もまずありえないしそれなりに安定した場所だしだから殿下をお迎えしても問題ないと判断した訳だし第一そうでなければそもそも避難先として使えないぢゃないですかああだからその刃物をしまって下さいってば私だって人間なんだから斬られたら死ぬし痛いし怖いしとにかくそんな物騒なものは鞘に納めて下さいってば殿中ではございませんが松の廊下で刃傷沙汰は勘弁してほし…

「真耶さん、お止めなさい」

「く…承知しました」

殿下の言葉でようやく月詠大尉が刀を納める…助かった。

「真耶よ、大概にせんと本当に嫁の貰い手がなく「貰い手がどうしましたか閣下?」…いや、なんでもないぞ…うむ」

紅蓮大将の窘める台詞を絶対零度の声で封じ込めてますよこの人…今後は出来るだけ怒らせないようにしよう。

「…それでは説明を続けさせて頂きますが、現在この土管帝国は約2億人の人間を収容し、持続的に養う事が可能な状態にあります」

「ふむ…日本人だけなら全員が移住出来る訳ですな?モロボシ君?」

「はい課長、しかし残念ながらそう簡単にはいきません。 私の役目はあくまで人類全体の避難場所の建設であって、日本人のみとはいかないのです」

「うむ、しかし現在の地球全体の人口は13~14億といったところだ…到底足りないと思うのだが」

「はい、確かに現時点では足りませんが、やがては全人類を収納可能な大きさを持つでしょう」

「…本当に可能なのかね?」

「その質問にはわが国の建設用コンピューターに答えて貰いましょう…オシリス、ちょっといいかい?」

≪イエス管理者(マスター)、御用は何ですか?≫

「む!」「ほう!」「…まあ!」「ぬう!」「何!」「ひ…」

いきなり我々の目の前に、小さなマスコット人形のような立体映像が現れた為に皆さんが驚いていますが…さてご紹介。

「紹介します。 この土管帝国の建設と管理を行っている工事用AI『オシリスⅢ』です」

≪はじめまして皆さん、私はオシリス…冥界の鳥にしてこの世界の創造主…そしてこのダメ人間の監督役…≫

「げふんっ!…オシリス、皆さんに現在の状況と今後どの程度の人間を収容可能かを説明してくれ」

≪了解…現在の限界収容可能人数は約3億人、継続的収容可能人数は約2億人、今後の工事予定から推測される継続的収容可能人数は3年後に約5億人、10年後に約12億人…20億人以上の人間を収容可能になるのはおよそ14年後、現地時間で2015年となっています≫

オシリスⅢの説明に最初は目を丸くしていた人たちも真剣な顔で考え込む。 現時点では人類全体の7分の1程度しか収容できなくても、やがては全人類を収容し養う事が可能になる…だが同時にそれには時間がかかり、もしもその間に第5計画が発動してしまえば…

「諸星君、君が国連や米国ではなく我々に接触してきた理由は第5計画に関係しているのかね?」

「その通りです総理、もしも早い時期に第5計画が発動してしまえば人類の大半を見殺しにするしかなくなるでしょう」

「むうう…米国が簡単に第5計画を放棄することはあり得まい、いやそれどころかこの“避難場所”の存在を知れば逆に第5計画の前倒しに向かう可能性すらある…か」

「そう言う事です紅蓮閣下、私としてはなんとか第5計画の中に潜り込んで彼らの計画を変更させたいと思っているのですが、バビロン戦略派の力が強過ぎて迂闊なことは出来ないのですよ」

「確かに、下手をすればなにもかもがご破算でしょうなあ」

鎧衣課長…そんな人ごとみたいに言わんで下さいよ。

「現在のこの世界にとってもっとも望ましいのは第4計画の成功によってBETAを地球から駆除する事でしょう。 しかしそれが上手くいかなかった場合の保険として、この土管帝国は必要と考えます。 そして土管帝国が全ての人類を収容出来るようにするには時間が必要となります」

「もしもあと1年で第5計画が開始されれば助けられる人類の数はどれくらいかね?」

≪“おとぎばなし”の内容を仮定の条件として判断した場合、現地時間2002年1月の時点での土管帝国の限界収容可能人数は約5億人、継続的収容可能人数は約3億人となっています。 バビロン戦略の発動時点をそれより3年後に仮定した場合は限界収容可能人数は約7億人、継続的収容可能人数は約5億人となります≫

「…つまり“おとぎばなし”の記述どおりの歴史をたどった場合は最大でも7億人…現実には5億人が限界ということですね」

オシリスの回答を聞いた殿下が確認する。 そう、確かに“おとぎばなし”の内容通りに歴史が進めばそうなる…第4計画が成功すれば別だが、その為には『白銀武』という最大の不確定要因が前提となるのだ。

彼が本当に現れるのかどうか、現在の我々には知る術がない。

ならば最悪の事態を想定して対処すべきなのだ…第5計画の発動という最悪の事態を。

「さて榊総理、ここからは私とあなたの“密談”になりますが…」

「うむ、全ての国民をここに収容する方便はあるのかね?」

…さすがに良く分かっておいでだ。

「表向きは不可能ですが…この国に避難民を誘導するための“現地協力者とその家族”を収容するのはある意味当然でして…」

そう、この土管帝国の内部環境や避難民を収容したさいの準備や対策にはどうしても人手がいるし、それらの人員をどこからか持って来る必要があるのだ。

それを日本帝国に負担してもらう代わりに、彼らの家族(つまり全国民)の収容を受け入れる…もちろんこれは反則技だし、日本だけが優先となればそれを行った榊総理と私にもそれぞれの世界から非難の声をぶつけられるだろうが、お互いにスポーツ競技のつもりでやっている訳ではない…総理にしても実質何の見返りもなく多くの人員をこれにつぎ込むなど出来る筈もないし、私もそれに対してそれなりのサービスをする義務があるのだ。

…まあ、確かに日本人同志の身贔屓と言われれば完全に否定は出来ないが。

「…わかった、“こちら側”の全責任は私一人が負う。 そちらの問題は…」

「私と先生でなんとかします」「お任せ下さい、是親殿」

「是親…萩閣…モロボシ…そなたらに感謝を…」

殿下が声を詰まらせながら謝意を述べてくれる…いや、照れますな。

≪良かったですね管理者(マスター)、人から感謝されるようになるとは人間として成長された証拠でしょう…生かしておいた甲斐がありました≫

…おだまんなさい、このポンコツAI! 本来廃棄処分にならなきゃいけない君に仕事を与えたのは誰だと思ってんの。

傍若無人な人工知能の暴言に表情で言い返す私だったが、不味いことにここには観客がいたのだ。

「モロボシ君…このAIは大丈夫なのだろうね?」

鎧衣課長が興味半分な口調で聞いてきました…さて、なんと言おうか?

≪心配は無用ですミスター鎧衣、私の機能は完璧です。 現にそこのダメ管理者(マスター)を今日まで飼育…いえサポートしてきたのは、全てこの私の完璧な機能があったればこそなのですから≫

…最近態度がでかくなったと思ったらとうとう人を家畜扱いし始めたか、このマッドプログラムが!

≪そもそもたった一人で戦地に派遣されて、自棄になって酒に溺れていたこのクズ管理者(マスター)の根性を叩き直したのはこの私です。 私こそがこの土管帝国の真の創造主であり、支配者なのです≫

余計なお世話だ!別に溺れてないよ!ただ私は酒癖が悪いだけ…って、なんだろう…痛い…視線が痛い…

「諸星…」

はっ、何でしょう殿下…と言いたいのだが…言葉が出ない…周囲の視線が痛すぎて。

「そなたも色々と苦労しているのですね、この身に出来る事があれば何時なりと言って下さい」

いえ殿下、そのお言葉だけで十分…というか却ってこの場合その同情はあまりにも痛すぎます。

周りを見渡せば、呆れかえった表情や同情的な目が私を取り囲んでいた…お願いだからそんな目で見ないでください皆さん。

「モロボシよ…(本当に大丈夫なのだろうな?この“おしりす”とやらは?)」

「御心配いりません閣下…(今のところはこのAIが土管帝国の拡張に欠かせません、目を瞑って下さい)」

≪全人類○主○様計画の次期フェーズへの移行予定は未だ未定…やはりこの無能管理者(マスター)の仕事を終わらせなくては…≫

だったらさっさと仕事に戻れ!その狂ったアルゴリズムをバラバラにされたいか! ぽちっとな。

≪自分探しが300…ブツッ…≫

…ふう、まったくとんでもない性悪AIだ。 しかしアレなしでは計画は進まないしなあ…

「さて皆さん、もう遅いですし本日のところはこれまでという事で…」

「うむ、そうだのう…さらに詳しい話は後日としようかの」

「確かに、考えねばならんことが多過ぎるようだ…今日はここまでにしよう」

「榊総理」

「…む、何かね?」

「只今を持ってわが国と貴国との国交が成立した…そう考えていいですね?」

「うむ、ただ当分の間これは非公式なものとなるし、帝国に関する全責任はこの私のみ「違いますよ是親」…殿下」

「そなた一人ではなく、そなたとこの悠陽の二人が責任を負うのです…それでいいですねモロボシ」

「確かに承りました殿下…それではこれを」

そう言うと私はとっておきのお土産を殿下の前に差し出した。

「これは…そなたのタチコマとやらの模型…ですか?」

そう、見た目はタチコマくんのミニチュア模型に見えるのだが…実は模型では無い。

「殿下、これは模型ではなく“チビコマ”と言ってタチコマくんの小型版なのです」

「まあ…それを私に?」

「はい、小さくてもこれは自分で判断、行動が可能なAI戦車ですのでいざという時は殿下をお護りしたり、安全な場所へ転送することも可能です…また通信機能も備えていますので、離れていても先生とお話も出来ます」

「モロボシ…そなたに感謝を…」

「恐縮です、しかしこれはこれからのために必要な物をお贈りしたまでの事…今後が大変でしょうが何卒御気を強く持たれますように」

「承知しております」

「…殿下、そろそろ参りましょう」

「ええ…それでは萩閣、また必ず…」

「殿下…この萩閣は何処にあっても殿下の臣にございます」

「…はい」

「さて、それでは皆さん…こちらへどうぞ」
 
 
 
 
 
悠陽殿下たちを送り出した後、彩峰萩閣は一人物想いに耽っていた。

これからどうすればいい? 死人の自分に出来ることは何か? 尚哉を自分が止めるべきか? それとも…

《せんせい~もうお片付けしていいですか~》

「ああ、もういいんだよ君たち」

《は~い》

能天気なタチコマくんたちの声に励まされるように彼は笑った。

自分にもまだ何かが出来る筈だ…国の為に…人の為に…

その想いとともに彩峰萩閣は立ち上がった。

自分が為すべきことを為すために。
 
 
 
第22話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第22話「占いと駆け引きと原子核」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/23 18:16

第22話 「占いと駆け引きと原子核」

【2001年2月1日 国連軍横浜基地・B19フロア】

香月夕呼は多忙である。

国連太平洋方面第11軍横浜基地の副司令にして、オルタネイティヴ第4計画の責任者という肩書が日々の雑務を膨大なものにしていたからだ。

副官であり、有能な助手でもあるイリーナ・ピアティフがどれだけ有能であっても彼女が全ての雑事を片付けてくれる訳ではない。 夕呼自身が片付けなければいけない雑用も大量に存在するのだった。

そんな仕事の一つに基地に無断で侵入してくるタヌキの追い出しという項目がある。

もちろんこんな異常地帯に侵入してくるタヌキなど、鎧衣左近という名前の大狸だけなのだが…

「それで? 一体今日は何の用なの? 撃ち殺す前に一応聞いておいて上げる」

机の引き出しから9ミリ拳銃を出して狙いをつけながら夕呼は聞いた。

徹夜明けで不機嫌な夕呼の前に、よりにもよって存在自体が彼女の機嫌を損ねるためにあるような男がにこやかな表情で現れたのだから無理もないだろう。

「はっはっはっ…いやいや、これはどうもご機嫌がよろしくないところにお邪魔してしまったようですなあ~、それでは古代バビロニアにおいて王が機嫌を損ねた際に用いられた…」

突きつけられた銃口を前にしても恐れ入った様子もなく、鎧衣は早速得意の薀蓄を始めようとするが…

「…そう、そんなに死にたいのね?」

目が本気になった夕呼を見て、流石の鎧衣も口調を改めた。

「…実は先日、またしても彼の秘境に迷い込みまして」

「ふ~ん、それで?」

一見つまらなそうな振りをしていても、夕呼がこれに只ならぬ関心を寄せている事を鎧衣は知っていた。

「そこで一人の占い師に会いまして」

「うらないし?」

「はい、その占い師が言うには“2001年2の月に恐怖の軍団が佐渡より来るだろう”とのことでして…」

「…それ、占いじゃなくて予言て言うんじゃないの?」

呆れたような口調で言いながらも夕呼は、目の前の男が告げた言葉の中身を検討し始めていた。

(今月中にBETAの大侵攻ねえ…どうせ占い師の正体はあのコウモリだろうけど、一体どうやって予測したのよあの男! …まあいいわ、その予測が当たるか外れるかであのコウモリの値打ちも測れるし、こっちの作業にも利用できそうだしね)

「それで、その占いはあんたの雇い主には教えたの?」

「はい、あの方も大変心配されていらっしゃいますが、何分にも根拠のない占いですからなにか有効な手を打てる訳でもありませんし…」

「当然よね~ そんなものを一々信じてたら頭がおかしいって言われちゃうだろうし~」

「はっはっはっ、いやいや手厳しいですなあ」

「まあ当たるも八卦当たらぬも八卦…それで対応するしかない、つまりはそういう事でしょ?」

「はい、あの方もそれを前提に準備をされておられるご様子でして」

「ふ~ん、成る程ねえ~」

(総理や殿下にどうやって取り入ったか知らないけど、それなりの信用を得たということね…そしてあの二人に対してBETAの侵攻が今月中にあると信じさせる何かを見せたといったところかしら? そしてこのあたしにX2とは別に“例のモノ”を開発させたのもこのため? …だったらもっと早く話を持って来なさいよ!下手すりゃ間に合わないじゃないの! まあいいわ、確かにアレは帝国軍が咽から手を出して欲しがるでしょうけど、なにもそれは帝国軍だけじゃないのよコウモリさん? 全部あんたの思い通りにいくと思ったら大間違いよ)

「それで? その占い帝国軍には知らせたの?」

「はっはっはっ…いえいえ、流石にあの人達には信じて頂けないでしょうし…」

「ふん…」(つまり知っているのは私と斯衛だけって訳ね…)

帝国軍は今月中の大侵攻を知らず、自分と将軍たちのみが知っている…この状況をいかに利用するか、最適の答えを求めて夕呼の頭脳はフル回転で計算を開始した。

「…そうねえ、ちょうど新開発のシステムを実験したかったことだし…ちょっとお願いしてもいいかしら鎧衣課長?」

「はっはっはっ…さて、どんな仕掛けをお望みですかな?」

「大したことじゃないわ、ウチの娘たちの出張先を確保してほしいだけ」

「ふむ、それならばどの辺がよろしいでしょうな?」

「そうね、まず…」

…その後、魔女と狸の相談は約30分に渡り、予定を気にしたピアティフが注意しに来るまで続いたのだった。
 
 
 
 
【2001年2月10日 帝国軍相馬原基地】

この日、相馬原基地の中は普段と違う緊張の中にあった。

その理由はといえば、3日前に突然知らされた斯衛軍及び国連軍との共同訓練の実施であったのだ。

先日の国防省の会議で事実上採用が決定した新型OS、X1とそれを横浜基地で改良して斯衛軍によって試験採用が決まったX2の共同試験、それがこの訓練の本当の理由であった。
 
 
 
「まあったく…上の連中ときたら一体何を考えてるんだか…」

「ぼやくなよ、日高」

「はいはい、相変わらず大人だねえ~七瀬大尉殿は」

「皮肉はよせ、俺だって文句は言いたいところだが…」

そこまで言って本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属、ハルバート大隊指揮官七瀬涼大尉は何かを考え込むかのように口を噤んだ。

その沈黙に不満を募らせるかのように先程からぼやいていた七瀬の同僚、フレイル大隊指揮官日高楓大尉がさらに噛みつく。

「な~な~せえ~、そうやって一人で沈黙ぶりっこばっかしてるとしまいにゃ“あの”妹さんに…“ああ…お兄様がおかしくなられた”なんて言われちゃうんじゃないのお~?」

「ぶっ!…おい日高、恐ろしい事を言わんでくれ…今はそれどころじゃないんだ」

…基地の中では『“鋼の槍”連隊名物』とまで言われる日高大尉の“七瀬いじり”だが、今日のそれは微妙に調子がずれていた。

自分たちの基地に余所者…斯衛と国連軍が同時に来る、そして彼らと共に新型OSの試験運用を行うという話を聞かされていたからだ。

「そりゃあ確かに高性能のOSが搭載されるのなら、撃震に乗ってるあたしらにとっては有難い話だけどさ…ここはいつ最前線になるか分かんないところだよ、そんなところにまだ出来たてのOSなんか持って来たって逆に不安のタネでしかないんだってのがエライ人には理解できないのかねえ」

「確かにそうなんだが…おれが黒木から聞いた話が本当なら、新型OSは桁違いの性能を発揮する筈だ…あの富永大尉のお墨付きだというのだからな」

「黒木…ああ、あのメガネ掛けてるムッツリハンサムの」

日高の脳裏に七瀬の同期で甘いマスクの割には無愛想な男の顔が浮かんでいた。

七瀬と何度か飲みに行った際に紹介された覚えがあったが、戦術機のことしか話さない男だという印象がある程度だった。

「…お前はそんなだから何時までたっても嫁の貰い手が無いんだろうが」

呆れ顔でそう言った七瀬に対して日高は笑って切り返す。

「あっはっは~、貰い手がなきゃ最終的にはあんたに引き取ってもらうから別に問題は無いね~ あ、でもそうするとあの妹君が“あなたのような人はお兄様には相応しくありません!”とか言ってあたしの前に立ち塞がるのねきっと…よよよよよ(泣)」

「…言ってろよ、まったくこいつは…お、見ろ日高、どうやら来たようだぞ」

七瀬が言った方を日高も見ると、国連軍と斯衛軍の制服を着た一群が案内役にエスコートされて自分たちの方にやって来た。

「七瀬大尉、日高大尉、こちらでしたか」

そう声を掛けてきたのは、案内役を務めていた“鋼の槍”連隊のCP将校である神谷梢枝少尉だった。

「神谷少尉、そちらが今回のお客人たちだな?」

「はい、皆さんこちらのお二人が我々の連隊より選出された衛士で、七瀬大尉と日高大尉です」

「初めまして、七瀬涼大尉であります」「日高楓大尉です」

「どうも、自分は国連太平洋方面第11軍横浜基地A-01連隊所属、碓氷鞘香大尉です」

「同じく大咲真帆中尉であります」

「御名瀬純中尉であります」

(この3人が横浜の女狐が送ってきた手駒か。 見たところ雇い主と違ってまともそうだが…むしろこっちの連中の方がやっかいのようだな)

七瀬大尉がそんなことを思いながら見ていたのは、挨拶するのにサングラスを外さないどう見ても斯衛というよりはヤクザ者にしか見えない男だった。

「俺は帝国斯衛軍流山特務大隊所属、パイレーツ中隊の粳寅満太郎大尉だ。 短けえ間だが宜しく頼むぜお二人さん」

「粳寅大尉、ちゃんと挨拶してくださいよ…あ、すみません、自分は流山特務大隊所属、富士一平中尉であります」

「わ、私は同じく流山特務大隊所属の沢村真子少尉でありますっ」

(あ~いや、なんて言ったらいいのか…ヤクザ者の隊長に真面目人間を絵に描いたような副官とまだ駆け出しの御嬢ちゃん…どういう取り合わせなのこれ?)

あまりにも不揃いな三人組に日高大尉は戸惑っていたが、それ以上に目を引く男が後に控えていた。

「初めまして、自分は帝国軍技術廠・特務開発部隊ブラックゴースト小隊所属、利府陣徹中尉であります」

((…仮面!?))

…どこへ行っても怪しげな仮面のせいで悪目立ちして、周りから引かれてしまう悲劇の仮面衛士・利府陣徹こと鳴海孝之であった。
 
 
 
 
【相馬原基地・シミュレーター管制室】

「…驚いたな」

モニターに表示された戦況を見ながら“鋼の槍”連隊指揮官である神田龍一少佐はそう呟いた。

現在シミュレーターの中で戦っているのは今回の試験運用のためにこの相馬原基地と斯衛軍、そして国連軍から選ばれた精鋭たちだ。

当然、彼らの能力はそれなりの物だろうと思っていたし、だからこそ自分も連隊の中で最も頼りにしている二人を選んで当てたのだが…

初めのうちはX1の操作性と即応性に戸惑っていた七瀬と日高だったが、コツを掴むと見違えるような機動を見せ始めた。

第二、第三世代機に比べるとどうしても鈍重に見える撃震の機動がそれらと同等にまで見えてくる…その事実に神田少佐は内心で驚愕していた。

「予想を上回る性能だなX1は、そしてX2はそれ以上に凄い…か」

そして斯衛軍の瑞鶴と国連軍の不知火、これらに搭載されたX2の機動に至ってはもはや開いた口が塞がらないと言えるかも知れなかった。

先行入力とキャンセル機能を組み合わせた操作により、殆んど機体の硬直といった状態が発生しない…従来のシステムでは夢物語だったことが目の前で繰り広げられていた。

(上の連中と斯衛と横浜が何を考えて柄にもなく共闘しようとしているのか知らんが、少なくともこのOSは有望な戦力になる事は間違いないだろう…現状を考えればこの基地に早期に配備されるのはむしろ望ましいことかもしれんな)

「まったく…これは凄いとしか言いようがないですね、神田少佐」

神田と共に状況をモニターしていた帝国軍“地平線(スカイライン)”連隊所属、フラット中隊の黒木隆之中尉がそう語りかけてきた。

「ああ…撃震ですらあの機動だ、中尉の機体…不知火壱型丙にこれを搭載した場合の戦闘力はどれ程になるか恐ろしさすら感じるな」

「はい、設定は間もなく完了します。 もうすぐ壱型丙の本当の実力を証明する事が出来ますよ」

嬉しそうに壱型丙を語るこの黒木中尉は知人や同僚から“壱型丙に取り憑かれた男”と呼ばれている。

その性能とは裏腹の操作性の難しさや稼働時間の短さから“失敗作”との評価がなされている不知火壱型丙だが一部の腕利き衛士からは高い評価を受けており、好んで搭乗したがる衛士も少なからず存在する。

そしてこの黒木中尉はその代表格と言っていい男だった。

戦術機の操縦に非凡なセンスを持ち、メカニックとしての技能も持ち合わせた彼は壱型丙の搭乗者に抜擢され、その性能に惚れ込んだ黒木は知人であり、メカニックとしての先輩でもある富永大尉にアドバイスを受けながら独自に壱型丙の改良案を纏め、上層部に提言したことさえあった。

残念ながら彼の案は費用対効果の問題から通らなかったが、その熱意が幾人かの関係者に知れ渡り今回のX1の採用で試験運用の衛士として選ばれたのだった。

「今まで壱型丙の運用で問題だった操作性の欠点はX1を搭載することで解消されるでしょう。 それと稼働時間の方も新型の構造材が問題を解決してくれる筈です…そうだよね、利府陣中尉」

そう言って黒木は一緒に設定作業を行っていた孝之に話を振った。

「そうですね、機体技術に関しては時間がかかるでしょうが、このOSが帝国軍全体に普及すれば事実上の大幅な戦力増強になると思います」

「ああ、そして改良された壱型丙が…弐型と仮に呼ばれてるんだっけ? その弐型が配備されれば現在の戦況を変えることも夢じゃないさ」

「成る程、もしそうならここでの試験はこの先の帝国にとって重要な意味を持つことになるな」

(上が共同で行っているのもそれだけ重要と認識しているからか? だがしかし、なぜこの相馬原基地なのだ? 他にも何か…)

BETAの帝都への進路上に位置しているこの基地での試験運用に疑問を抱く神田少佐だったが、この場においてその答を知っているただ一人の男、利府陣徹こと孝之は何も言わず作業を続けていた。

(全ての作業は順調…だけど本当に今月中に来るんですか?モロボシさん?)

電脳の力を借りて同時並行で別の作業をタチコマたちと共に行っている孝之は心の中でそう呟くが、彼の疑問に答えられる人間はこの世界のどこにもいなかった…モロボシにとってさえ、それは一種の賭けなのだから。
 
 
 
 
 
【2001年2月12日 国連軍横浜基地・B19フロア】

「あらいらっしゃいコウモリさん、一体どこから入って来たのかしら?」

私が執務室に入ると部屋の主である香月博士がにこやかな笑顔で迎えてくれた…いや~やはり美しい女性の笑顔は素晴しい、たとえ心の中では牙を剥いた夜叉が舌舐めずりをしているのだとしても、そしてその手に拳銃が握られていたとしても…って!おいおい、危ないじゃないか。

「いけませんなあ~香月博士、古人曰く“拳銃は最後の武器”なのです。 まして貴女のような美しい女性にそんな物を振りかざして欲しくはありませんなあ~」

「あら、ありがとう。 でもこうでもしないと私の仕事場に無断で侵入するタヌキとかコウモリとかの害獣を始末出来ないでしょ?」

いや、そんなにこやかな笑顔とともに銃口を向けられながら畜生呼ばわりされてもあまり嬉しくはないんですが…

「…まあ、アンタやあのタヌキが無断侵入するのは今更仕方がないとしても、あたしもそう暇じゃないんだからさっさと用件を言いなさい」

いやはや手厳しい人だねまったく…まあこの程度でメゲていてはこの人と付き合っていくことは出来ないだろうが。

「本日お邪魔したのは先日開発を依頼したシステムとアラスカ行きの件なのですが」

「ああ、あのシステムなら実験機を組み上げて今は試験中だけど…アレはここで作られた物である以上、いつどこに提供するかはあたしが決めさせて貰うわよ」

おや、そう来ましたか…こっちの予定通りに動くつもりはないというわけですな。

「ふうむ、アレは帝国軍をあなたになびかせるのには絶好の代物だと思っているのですが…」

「あんなバカ共に懐かれたって嬉しくも何ともないし、それより有効な取引先があるしね~」

有効な取引先? まさかと思うが…

「博士、もしやアレをXG-70を入手するための取引材料になさるおつもりですか?」

「あら、よく気付いたわね~ なにせX2は基本的権利が帝国軍側にあるでしょ? だからこっちを見せ札にしようと思ってるのよね~」

思ってるのよね~…って言われてもなあ…まあ、この人がそっちを優先するなら今回は仕方がないか。

「博士がそう仰るのならば仕方ありませんね…帝国軍との関係改善のタネはまたの機会という事にしましょう」

「あら、意外とあっさり諦めたわね? 何?もしかしてこれもアンタの予測範囲内なの?」

「いえ、決してそうではありませんがXG-70は出来れば早めに手にいれておいた方がいいのではと思いまして」

別に誤魔化しを言っている訳ではない。 “おとぎばなし”の中で凄乃皇弐型や四型が色々と苦戦を強いられたのは、00ユニットの不具合だけでは決してない…タイムリミットギリギリで搬入されたXG-70をあり合わせの兵装で組み上げなければならなかった…その事が影響しているのだ。

それを思えば今の内にアレを使ってXG-70を入手するというのは悪い話ではないだろう。

「ふ~ん、まあいいわ…それよりまりものアラスカ行きの件だけど、あいつを連れてく以上高くつくわよ」

「わかっています。 その件の対価ですが…この物件などは如何でしょう?」

「…へえ、これの改良ねえ」

「どうでしょう、香月博士?」

「…いいわ、これで手をうちましょう」

「ありがとうございます…ああ、それと神宮司軍曹のために是非とも作って頂きたい物があるのですが」

「まりものために? 一体何を作れっていうの?」

「実は…」

私の依頼と説明を聞いた香月博士はしばらく考え込んだ後で、何か悪だくみを思いついたような顔で承諾の返答をくれた。

…そしてそれが後に神宮司軍曹を涙目にすることになるとは、神ならぬ身の私には知りようもないことだった。
 
 
 
 
 
【2001年2月13日 帝国軍相馬原基地・演習場】

「フレイム2!一機そっちに行ったぞ!任せるからな!」

『了解!』

フレイム1ことA-01フレイム中隊指揮官 碓氷大尉の声にフレイム2大咲中尉が即答する。

昨日までのシミュレーター訓練から実機の演習へと移行した試験部隊の衛士たちは、それぞれの小隊同士での対戦を行っていた。

「おら一平!俺がこの御嬢ちゃんを相手するから残りの2機おめえと真子で何とかしな!」

『了解!…って、成り行き任せが過ぎますよ大尉~~~』

『一平君!来るよ!』

現在対戦しているのは横浜基地のA-01部隊と斯衛軍パイレーツ中隊だった。

このX2を搭載した機体同士の戦いは、それを観戦しているこの基地の衛士達にとって羨望と嫉妬の的となっていた。

「ちくしょう…なんて機動だ」「ふん…米国の狗やお武家連中にしてはなかなかだな」「俺たちにもあのOSがあればあのくらい…」「さっきは神田少佐と七瀬大尉たちがあのOSを搭載した機体で…」「日高大尉もだったよな」「くそっ!あの3人だけかよ!」「ほしいよなあ…アレ」

自分たちの上官や余所者たちが魔法でも使っているのかと思わせる機動を実現しているのを目の当りにして、相馬原基地の衛士たちは欲求不満を抱えていた。

その様子を観察していた神田少佐と相馬原基地の司令部は、この新OSの試験配備枠の拡大についての検討を始めるのだった。

…それはある意味この試験運用を提案した男の目論見通りでもあったのだが。
 
 
 
 
「あの…利府陣中尉」

「あ、はい?なんでしょう…御名瀬中尉」

「今朝はありがとうございました」

実機演習後のブリーフィングが終わった後、突然孝之はA-01の御名瀬純中尉にそう言われた。

「え…ああ、あのことなら別に気にしなくてもいいんですよ…御名瀬中尉こそ災難でしたね」

あのこととは、今朝のPXでこの基地所属の衛士とA-01の3人がトラブルになりそうだった件である。

どこの基地にも一人や二人は必ずいるロクデナシ衛士たちが御名瀬中尉に絡み、それに怒った他の二人との間で殴り合いになりそうだったのを、孝之が身体を張って止めたのだ。

ゴロツキ衛士と大咲中尉の双方の拳を、左右の手のひらで包み込むように止めた孝之はそのまま儀体の性能を駆使して万力のように二人の拳を抑え込んだ。

その馬鹿力に恐怖した双方が鉾を納めて、その場はおさまったのだった。

「でもすごいですね利府陣中尉って…あの真帆が喧嘩を途中でやめるなんて初めてですよ多分」

「え、そうなんですか?」(…相変わらず水月と同レベルかよ、大咲中尉は)

心の中でかつての同僚の変わらない有様を嘆きながら、さも驚いたように孝之は答えるのだが…

「あの…」

「え、なんでしょう?」

「以前に…どこかでお会いしていませんか? 私たちと」

「…え”」(ぎくっ!)

「私…どうしても以前にお会いしているような気がするんですけど」

「う~ん、いや中尉みたいな美人さんを忘れてるなんて事は多分ないだろうから…」(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!)

「そんな、美人というなら碓氷大尉とかの方がずっと…」

「…へ~え、あたしは美人じゃないんだ?」

「あれ?大咲中尉?」

「ま、真帆!? べ、別に真帆が美人じゃないなんて言ってないよ~」

「ふ~ん、そ~お?」

「ははは…」

いきなり自分の正体がばれるかもと思った孝之だったが、第三者の乱入でそれは回避されたようだった、しかし…

「ところで利府陣中尉だっけ? うちの純に手を出したらちゃんと責任とって貰うからね」

「へ?」

「ま!真帆のばか~!なに言ってんのもう~~~!!」

…正体がばれるのは回避されたが、恋愛原子核の発動は回避出来なかったようである。

これが鳴海孝之にとって新たな天国と地獄の日々の予兆であることを、まだ本人は知らなかった。

 
 
 
第23話に続く
 
 
 
【おまけ】

「それで社、今回はどうだった?」

「…ブタさんが空を飛んでいました」

「へ?」

「…カッコいいってこういうことなんですね」

「…はあ」(ダメだわこりゃ…)






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第23話「産業廃棄物処理作戦(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/01 16:59

第23話 「産業廃棄物処理作戦(前)」

【2001年2月14日 AM7:00 新潟県・上越方面某所】

「あ~~~~~ったくもう!辛気臭いったらありゃしないわよ!!」

「水月~、我慢しなきゃだめだよ~」

「やはり速瀬中尉は戦闘なしでは生きられない身体…」

「む~な~か~た~、もう一度言ってみなさい」

「…と、大咲中尉が言っておりました」

「あんのアマ!自分の事を棚に上げて!」

「…貴様ら、それくらいにしておけ」

A-01 伊隅中隊隊長伊隅みちるの声が、フラストレーションを持て余していた部下たちの耳朶に響いた。

「伊隅大尉~~~何時までこんな鬱っとおしい作業を続けなきゃいけないんですか~~?」

「決まっているだろう、必要なデータを収集完了するまでだ」

現在、伊隅大尉たちが行っている作業…数日前に香月副司令から命じられた新型の振動検知機(というよりは地底探査システムと言った方が正確かも知れない)のサンプルデータ収集と実験運用のために新潟と関東の間を地道に移動を続けていたのだが、あまりの単調さに堪え性のない水月が不満をぶちまけてしまったのであった。

「水月~、これが完成すればBETAの地中侵攻の脅威が半減するかも知れないんだよ、我慢してちゃんとやり遂げなきゃダメだよ」

「う~わかってるわよ」

「成程、頭ではわかっていても身体の疼きは堪えられないと…」

「む~な~か~た~、何ならあんたのその舌の疼きを永遠に止めて上げましょうか?」

「いい加減にしろ!貴様ら!」

遂に伊隅大尉の堪忍袋の緒が切れて、本気の怒声が響き渡る。

その剣幕に、速瀬・宗像の喧嘩はぴたりと止んだ。

だがしかし、速瀬水月の胸の中では未だに自分でも理解出来ないもやもやとした鬱屈が渦を巻いていた。

(あ~、もう何なのかなあ…誰かがどこかで許せない事をしてるような気がして仕方ないんだけど…別に心当たりはないし、遥にでも後で聞いてみようかな?)

そして涼宮遥もまた、自分でも理由が分からない黒い思考に囚われていた…

(ブツブツブツブツブツ………せない………許せない…………ブツブツブツブツブツブツ………)

「……涼宮…涼宮!!」

「えっ…あっはい!」

「…一体どうした?さっきから呼んでるのに、返事もないからどうかしたのかと思ったぞ」

「……えっ?…そうですか、済みません大尉」

「…まあいい、それより反応はどうだ?」

「は、はい…やはりこの下まで地下茎が到達しているのは間違いないです…ただ…」

「ただ…何だ?」

「この解析映像…これは本当に現実なんでしょうか…本当にこんな巨大なBETAが大深度地下に…」

「……それを判断するのは香月副司令だ、我々の任務はそのためのデータを可能な限り集めることにある」

「はい…えっ…この反応は…大尉!佐渡島の方からBETAの大規模な移動が始まったようです!」

「よおおっし!ようやく暴れられるわね!」

「…哀れな異星起源種たちが、速瀬中尉の慰み者になるためにのこのこと出てきた訳ですな」

「む~な~か~た~!!」

「待たんか貴様ら!自分の任務を忘れたか!」

「でも大尉!せっかくX2を搭載してるのに…」

「今回それは碓氷たちの役割だ。 我々は我々に与えられた任務を最優先にしなくてはならない…涼宮、横浜基地に連絡しろ。BETAの侵攻が始まったと」

「了解!」
 
 
 
 
【AM7:05 国連軍横浜基地・B19フロア】

「…そう、ならあんた達はそのまま観測を続行しなさい。 どうせ3機じゃ大したことは出来ないし、それに今はデータの収集の方が重要だしね…ああ、速瀬が欲求不満をおこすでしょうけど上手く抑えなさいね」

そう言って夕呼は伊隅たちからの通信を切り、自分の思考に突入した。

(あのコウモリの“予言”通りにBETAが佐渡からやって来た…か。 どうやって予測が出来たのか…そして涼宮が送ってきたこのデータと映像…このデカブツを発見することさえ、もしかしたらあの男にとっては予定の内?…もしそうならあの男とんでもないバックが存在する筈だけど…ピアティフが調べても何も出てこないなんて…X1と2の共同試験もすんなり行き過ぎたわね…つまり現在の状況は全てあのコウモリの手のひらの上って事!?…ふざけんじゃないわよ! そうそういつまでもあんたの手の上で踊ってるあたしだと思ったら大間違いよ…取りあえずはこの男…あのコウモリが帝国軍に送り込んだ仮面の衛士…利府陣徹とかいう奴がとっかかりになりそうね…)

夕呼は机の上に置かれた一枚の報告書…『帝国軍技術廠所属衛士・利府陣徹中尉に関する報告』を見ながら正体不明の男に対する次の一手を模索し始めていた。
 
 
 
 
 
【AM7:30 帝国軍・相馬原基地】

「ふえ~~~~っくしゅん!」

「利府陣中尉、風邪ですか?」

「いえ違います御名瀬中尉、これはただのくしゃみ……っくしゅん!」

どういう訳か利府陣徹こと鳴海孝之は朝からくしゃみが止まらなかった。

本来なら改造人間の彼が風邪をひくことなどありえないのに、何故かくしゃみと悪寒が止まらず周りから心配されていたのであった。

「…本当に大丈夫なのだろうな?中尉」

「あ、はい大丈夫です碓氷大尉」

(なんだ!?まるでどこからかとんでもない殺気が送られてきているような…)

「ふ~ん、ひょっとして誰かに噂されてるとか…たとえば彼女とか?」

「ぶ!…冗談はやめて下さい大咲中尉、そんな訳ないでしょう」

「あら、もしかして彼女いないの?」

「え、そうなんですか?中尉」

「あ、いえ…その…」

「ほほう、どうやら彼女はいないが気になる女はいるようだな…まさかと思うがうちの御名瀬ではなかろうな?」

「大尉!…やめて下さい、利府陣中尉が困ってるじゃないですか」

「も~純のばか、もっと積極的にならなきゃだめでしょ?」

「真帆~~~!!」

「ははは…」(やれやれ、この二人は変わってないな…)

「…ところで利府陣中尉」

「は?」

「先日から気になっていたのだが…以前に我々と会った事はないかな?」

(げっ!!)

いきなり碓氷大尉にそう言われて絶句する孝之だが、碓氷の彼を見る目は鋭さを増していた。

「どういう理由でその仮面を被っているのかは我々が知ってはいけない事かも知れないが、貴様とはどこかで会っているような気がしてならないのだが…」

「あ、やっぱり大尉もそう思いますか」

「ふ~ん、じゃあその仮面を取って貰えばいいんじゃないの?」

「あ!いやちょっと!それは勘弁して下さい!」

昔の仲間に正体を気付かれそうになった孝之はなんとか誤魔化そうと必死になっていたが、その時突然基地内に警報が響き渡った。

「碓氷大尉!」

「BETA共が来たか…大咲!御名瀬!部屋で待機していろ!私は司令部へ行ってくる!」

「自分も行きます!」

そう言って孝之は碓氷とともに司令部へと向かって行った。
 
 
 
「…どうしたの、純?」

孝之たちが立ち去った方をぼ~っと見ていた御名瀬中尉を、大咲中尉が小突いて正気に戻した。

「似てる…やっぱり」

「え?誰に?」

「鳴海少尉に…」

「鳴海って…まさか!」

思いもしない名前に驚いて声を上げる大咲だったが、それでも御名瀬の視線は孝之の後姿を追い続けていた。

「似てる…でも、ありえないよね…」
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん!始まりました~!》

「ああ…わかってるよ、タチコマくん」

明け方付近から動きが激しくなり始めていた佐渡島ハイヴのBETAたちが遂に海を渡り、本土に向けて侵攻を始めたようだ。

その数はおおよそ1万…まず間違いなく本土の奥深くまで侵攻されるであろう規模の侵攻だ。

おそらくこのままでは相馬原基地あたりも戦場になるだろう…ほぼ予想どおりか。

「オシリス!廃棄物処理作業の準備は出来てるか?」

≪すでに全ての準備は完了しています。 あとはあなたの作成した書類の内容に準拠した作業を実行するだけです≫

…よろしい、では後はその時がくるのを待つだけだ。
 
 
 
 
 
【PM2:00 帝国軍・相馬原基地司令部】

「支援砲火が足りん!もっと撃ち込まねば突破されるぞ!」

「しかし!もうこれ以上は砲弾が…」

「BETAを帝都に向かわせるよりはマシだろうが!」

「新潟より入電!BETA群の第2波が防衛戦を突破しました!」

「なんだと!」

基地の数十キロ手前で防衛線を構築し、必死の防衛戦を指揮していた相馬原基地司令部に最悪の知らせが届くと、司令部の面々は一瞬絶望の色を顔に出した。

凄まじい勢いで侵攻してくるBETAに対して相馬原基地の衛士たち、特に新型OSを搭載した機体に乗った面々は正しく獅子奮迅の活躍を見せていた。

従来に機体では不可能と思われるような状況での攻撃や離脱を見事にこなしながら、BETAを陽動し、あるいは仕留めて見せるその姿は共に戦っている衛士だけでなく、戦場にいる全ての兵士に新しい力の誕生を確信させていた。

だがしかし、今回押し寄せてきたBETAの数に対して迎え撃つ相馬原基地の備蓄してある砲弾の数が不足気味になっていたのだった。

どれほど戦術機の性能が優れていても、支援砲火がなくなってしまえば数でBETAに押し切られる…

第1波のBETA群を殲滅出来たとしても、その次がくればもう戦線を維持することは不可能だった。

「帝都からの増援はまだか!」

「第5師団の一個大隊をこちらに向かわせているそうですが…」

「それだけか?」

「現状でこれ以上の戦力は割けないと…」

(…それが本土防衛軍のお偉方の本音か!)

相馬原基地司令官の胸中に怒りの籠った言葉が湧いた。

確かに帝都の護りを固めなければいけないという理屈は一見正論だ。

だがしかし、それなら現状破綻しかかっている防衛線に雀の涙程の増援を派遣してくる理由は何か?

つまり彼ら本土防衛軍首脳たちはこう言っているのだ“増援は出したのだから基地を放棄して撤退することは許さん”と。

(所詮は命惜しさに徒党を組んだ連中に牛耳られた組織…か)

決して本土防衛軍の全てが無能でも腐敗している訳でもない。

だがその組織の設立当初からいる古株たちの殆んどは、はっきり言って我が身可愛さが最優先と言ってもいいような連中だ。

おそらくはその連中が自分たちのいる帝都…いや自分たちだけを守るために増援を取りやめ、言い訳する分だけの部隊を送ってきたのだろう。

この相馬原基地が落ちればどの道帝都の目の前までBETAは来る…それが解っていながらこんな真似をするということは、つまりはこの基地にいる全ての人間を防波堤として使い潰すつもりなのだ。

本土防衛軍上層部のエゴのために、ここにいる全員が死ななければならないのか…だがしかし、ここで撤退して帝都の手前でBETAを食い止められるという保証もない。

(せめてもう少しでも新型OSが搭載出来ていれば…)

言っても愚痴にしかならない一言を基地司令が心の中で呟いた時…

「司令!斯衛軍から通信です!援軍をそちらに向かわせていると!」

「国連軍横浜基地所属のA-01部隊が援軍として到着しました!」

「なに!?斯衛に…横浜だと?」

突然の予想もしなかった援軍に基地司令は一瞬呆然となったが、この場合四の五の言ってる場合ではないと思い直して通信回線をつなげた…すると出てきたのは予想もしない大物だった。
 
 
「わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」
 
 
(紅蓮…醍三郎…大将だと!! 何故、こんな大物が!?)

慌てて敬礼しながら相馬原基地司令官は内心頭を抱えていた。

(なんという皮肉だ…国連軍はまだしも斯衛がこの場所に、それも紅蓮大将自らが援軍に現れるとは…そもそもあの上層部の連中が恐れていたのはBETAだけではなく、斯衛軍もそうだったのだ。 自分たちが戦力を使い減らした時に統帥権の確立を大義とした斯衛による反乱…常識で考えれば馬鹿馬鹿しい限りだが、上の連中は本気でそれを恐れていた…だからこそ帝都の戦力を保つためにここへの増援を渋っていたのに、逆にその斯衛軍が援軍として現れるとは…この援軍を受け入れれば後で上の連中は文句を言ってくるだろう。 斯衛に手柄を上げさせたくない…そんな愚かな理由のために。 だが現状はそんなことを言っている場合ではない…斯衛や将軍家にどんな思惑があろうと、上層部が後で何を言おうと、今この場には戦力が必要だ)

数瞬の苦悩の後、基地司令は斯衛軍による増援の受け入れと感謝の言葉を紅蓮に告げたのだが…
 
 
 
「全力で支援砲撃!? いやしかし、すでに弾薬が心許なくなっていてしかも第2波がやがてこの基地まで到達すると思われますが」

「分かっておる、それは我らが引き受けよう。 だが今はその第2波が来る前に目の前のBETA共を片付け、体勢を立て直す事が先であろうが」

(引き受ける…だと? 戦術機部隊のみのようだが、何か手があるというのか? だがどの道現在交戦中のBETAを殲滅しなければさらに状況は悪化する…ならば)

紅蓮に告げられた言葉の内容を頭の中で吟味しつつ、現状を分析した基地司令は彼の言葉に従う事にした。

「…大丈夫なのですな?第2波の迎撃は」

「うむ、我らに任せておくがいい」

「了解しました……砲兵隊に連絡!全力で支援砲撃を行え!後の事は考えるな!」

「は、はい了解!」

基地司令のこの決断によって、相馬原基地に向かっていた第1波のBETA群はほどなく全滅した。

第2波に備えるべく補給と休息をとる衛士たちの中で、孝之は自分の機体…改修型吹雪の中で来るべき時に備えるべく心を落ち着かせていた。

(もうすぐか…モロボシさん、ヘマだけは勘弁してくださいよ)
 
 
 
 
 
【PM3:30 土管帝国・某所】

≪管理者(マスター)、このままですとあと10分ほどでBETAの第2波が迎撃ポイントに到達します≫

「そうだね…だがその前に紅蓮大将たちが見せ場を作る筈だ、我々の作業はその後になるよ」

《ね~先生、モロボシさん、鳴海さん大丈夫でしょうか~》

「まあ、心配ないだろう…彼も一人前の衛士だし、こういう状況でも生き残れるように紅蓮閣下に鍛えてもらったんだからね」

「うむ、彼も明星作戦の時のような無謀なことはもうしないだろう」

《そうですか~?》

信じてあげなさいって、君たちも…とは言ったものの、やっぱりちょっと不安だけどね。

なにせ彼は肝心なところでヘタレというかドジっ子というか…本当に大丈夫だろうな?
 
 
 
 
 
【PM4:00 帝国軍・相馬原基地手前 第二防衛線】

「うおおっっ!!」

「このお!」

「こなくそ!!」

「せいっ!」

「…そこですわっ」

「風間~、ナイスアシスト~!」

「むうっ!雑魚はもういい!大物はまだ来んかあ!!」

斯衛軍やA-01の増援部隊が必死の防戦を行う中、宇宙乃王者だけが能天気な台詞を吐きながら突撃級や戦車級を葬り続ける。

小型種ならいざ知らず、これらを雑魚と呼ぶのはこの男だけかも知れなかった。

((本当に人間かしら、この人…))

斯衛の衛士たちは慣れていたが、あまり知らないA-01部隊の面々は、密かに心の中で同じ疑問を口にしていたのだった。

「いや~、あの人本当に噂どおりのバケモノなんですねえ」

「こら、大咲…とはいえ確かに凄まじいな、いくら武御雷にX2を搭載しているとはいえ…」

「本当に信じられないような機動ですわね…」

「さて、と…あたしらも頑張らなくちゃね」

「…大咲、あまり気負うなよ」

「え?」

「増援の本土防衛軍第5師団所属の部隊…お前の姉だろう?」

「あら…あはははは、お見通しで…」

「どうせ我々のことは身内にも知らせられんから、心配や疑念を抱かせとるんだろうが?」

「いや~、うちのお姉は勘がいいもんだから…」

大咲中尉がそう言った時、まるでタイミングを計ったように噂の本人から通信が入った。

『こちら本土防衛軍第5師団所属・大咲大隊指揮官、クーガー1だ』

「こちら国連軍横浜基地所属A-01連隊所属・碓氷中隊指揮官フレイム1です」

『かなり無理をしているだろう、しばらく後ろに下がっていてくれ。 少しの間なら我々だけでなんとかする…ああそれと、私と同じ名字の聞き分けのない馬鹿がいるかも知れんが、首根っこ掴んででも後ろに下げてくれ…自分の限界というものが分からん馬鹿でな』

(お姉~~~~!!!!後でシメルからねえ~~~~~!!)

「了解した…なに、わざわざ首根っこなど掴まなくてもちゃんと言う事を聞く素直な良い子だよ」

「大尉~~~~~!!」

「ほら、下がるぞ大咲…」

「覚えてなさいよお姉~~~~!!」

『ん~~~?聞こえないなぁ~~~~』
 
 
 
 
「むう、そろそろか利府陣よ」

A-01部隊が後方に下がり大咲大隊がそれに代わって前面に出た直後、何かを待っていた紅蓮大将が孝之にそう問いかけた。

「はい、BETA群の後続も後方に現れようとしています…場所も事前にタチコマたちが確認して正確な位置情報を送っていますから、あとはタイミングだけですね」

「うむっ…聞けい!皆の者!これより暫しの間この場にBETA共を釘付けにした後、我が合図に従い全力で後方へ下がれい!!」

「なっ!」「ええっ!」「何ですって!?」「この状況で!?」

支援砲撃がない以上ここで後退すれば一気に基地まで攻め込まれるだけ…誰もがそう思っている中での紅蓮の言葉に戦場にいる全員が愕然となるが…

「心配は無用!!すでに我が方で彼奴等を壊滅させる準備は出来ておる! 合図と共に巻き込まれぬ位置まで後退せい!!」

あまりにも自信たっぷりの紅蓮の言葉に反論を返す者はいなかった。

そのまま懸命の防衛戦を続けること数分……遂に紅蓮が吼えた。
 
 
「…今だ!退けえええええいいっ!!!!」
 
 
その言葉を合図に戦術機群が一斉に後方へと撤退を開始する…がしかし1機の不知火が遅れていた。

「しまった…跳躍ユニットをやられたか」

大咲大隊指揮官・大咲大尉の機体が跳躍ユニットの不調でスピードが出ないのだった。

「大咲大尉!」

「バカ者!戻ってくるな!早く後退しろ!」

「お姉!」

「ダメだ大咲!ここからでは間に合わん!」

周囲が悲鳴を上げる中、一人の馬鹿が彼女の機体に向かって行った。

「死なせるかあああああっ!!!!」

「むうっ!利府陣か!」

孝之の乗った機体“吹雪改”が大咲大尉の機体に辿りつき支える。

「バカ者!その吹雪では私の機体を支えて逃げるのは無理…」

「そうでもないんですよ!これがね!」

そう言って孝之は吹雪改の出力を最大に上げて飛び始める。

通常の吹雪よりもさらに軽く、そして跳躍ユニットの出力を上げた吹雪改は大咲大尉の不知火を支えながらどうにか飛んでいく…だがしかし、そんな2機に向けて光線級の視線が届こうとしていた。

「くっ!…すまん、私のせいで貴様まで巻き添えに…」

「諦めるのは早いですよ…4・3・2・1・ゼロ!!」

孝之が意味不明なカウントダウンを終えた瞬間…

その場にいた全ての衛士たちがありえない光景を目の当たりにしたのだった。
 
 
 
第24話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第24話「産業廃棄物処理作戦(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/07 07:43

第24話 「産業廃棄物処理作戦(後)」

【2001年2月14日 PM4:30 帝国軍相馬原基地手前・第二防衛線】

それは、あり得ない光景だった。

必死に後退する戦術機群に追いすがる異星起源種たち…逃げ遅れた2機の機体に1次照射を浴びせ始める光線属腫…誰もが二人の衛士の死を確信したその時、それは現れた。

「なっ!」「え?」「あ?」「ひ!」「おい!?」「何だ?」「げっ!」「うそ…」「ぐふう…やりおった」

紅蓮醍三郎を除くその場の全員が意味不明の悲鳴を上げて絶句する。

彼らの視界の中に現れた“モノ”…それはとてつもない大きさを誇る円筒状のセメント構造物だった。

全長約600メートル、外直径が約50メートル、厚さ20メートルの円筒…それが逃げる孝之たちと迫りくるBETAの間に突然現れ、地上数メートルの位置から地響きを立てて地面に“置かれた”のである。

そして侵攻してきたBETAの群れは、いきなり目の前に現れたとてつもない“壁”を避けることも出来ず自分から激突して行った。

通常のセメント構造物なら難なく粉砕する突撃級の衝突をその壁は受け止め、衝突したBETAが自滅する…さらに後続のBETA群が次々とそこに衝突して、前のBETAを押し潰して行く…その衝突と圧壊の連鎖がしばらく続いた。

そしてようやくBETA群の動きが停止したその時、またもとんでもない物が空中に現れた。

「えっ?」「あれ?」「ちょっと!?」「おいおい…」「あれって…」「もしかして…土管?」

…そう、それは土管だった。 地上100メートル程の高さに突然現れた大量の土管がそのまま落下して、地上にいたBETAに激突…その瞬間土管は凄まじい大爆発を起こしてBETAを葬り始めた。
 
「「「「「「……………………………」」」」」」
 
その場の全員が声もなく見守る中で何も無い筈の空中から次々と土管は現れ、そしてBETAに降り注ぐのだった。
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

いや~~~うまく行ったうまく行った…一時はどうなることかと思ったがどうやら鳴海君は上手くあの状況を切り抜けたようだ。

いやホントはかなり危なかったんだけどね…まあしかし、作戦が成功したのだから良しとしよう。

この作戦、産業廃棄物処理作戦(オペレーション・スラグダンク)の成功を祝してカンパ~イ…と言いたいが、まだ全部が終わった訳ではないので自粛します。

さて、何故この作戦の名前が“産業廃棄物処理作戦”なのか理解出来ない人も多いだろう…うむ、それでは説明しよう。

まず我々がこの作戦で具体的に行った事…それはメビウスシステムを使って、突進してくるBETA群の前に全長600メートル、太さ50メートルの巨大な土管をいきなり設置した後、その巨大土管に激突し行進が停止して密集状態になったBETAの頭上から、爆薬と超硬化加工した金属球を中に納めた大量の土管を投下した訳だ。

え? 要するに爆撃作戦だろうって?…いやそれが違うんだなこれが。

まず基本的な問題から説明しよう。

私は並行地球群連合から派遣された基点観測員だ。 そして同時にこの世界の人類が生存するための避難場所の建設も行っているが…しかし、この私に軍事行動を行う権限はない。

何故ならば私は世界に冠たる平和主義国家・日本民主主義人民共和国の国民であり、公僕であり、そしてこの仕事は基本的に日本政府によるPKO(平和維持活動)なのだ。

従ってその活動内容も我が国の法律に則ったものとなる。

そして我が国には世界遺産にまで登録されているあの“憲法第9条”が存在するのだ。

この条文がある以上、たとえこの世界の人々が何人BETAに喰い殺されようと、それを助けるための軍事行動など断じて許されないのだ。

…それじゃあお前のした事は何なんだって?

そう、私のした事…つまりこれは産業廃棄物処理作業なのだよ。

つまり我が土管帝国が人類救済のために作っている避難場所…その建設工事の過程で出てきた不良品の土管に粉砕用の爆薬と金属球を詰め込んで地上に投下、破砕処理を行った訳だ。

…何?産業廃棄物の不法投棄?

いえいえとんでもない、これは我が国と日本帝国との間で交わされた2国間協定に基づく支援事業の一環なのですよ。

私と榊総理の交わした手続き書類と合意文書に基づき、総理もしくは政威大将軍殿下の要請に応じて指定の場所でこの作業を行う…その合意文書の内容通りにしただけだ。

同時にこの作業は協定相手国(つまり日本帝国)の国民生活を脅かす害獣(つまりBETA)の駆除作業を補完する形で行われるが、もちろんこれは我が国の憲法にもまた連合の憲章にもなんら抵触するものではない。

…つまりこれは完全に合法的な非軍事的行動であるという訳だ。
 
 
 
………あ~諸君、そんな目で見ないでくれたまえ。

私だってなにも好きでこんな恥ずかしい言い訳をこねくり回している訳では決してない。

何の因果か20世紀後半から今日まで撤廃されることなく存続し、あまつさえ世界遺産にまで登録されてしまったアノ法律がある以上、こんな屁理屈をこしらえる以外にこの世界の対BETA戦を支援する方法を思いつかなかったのだ。

なにせキチンとした法的裏付けを確保しておかないと、『一つの世界とそこに住む人たちが滅ぶよりも“平和憲法の理念”を守る方が優先だ』と本末転倒な事を本気で仰る人たちがうるさいんですよ。

…平和も戦争も、人と世界が存続して初めて成立する概念なんですけどね。

この話を聞いた時のこの世界の人たち…榊総理や鎧衣課長、悠陽殿下とその付き人たちの反応といったらもう………本来なら私が彼らに救いの手を差し伸べている筈なのに、まるで私の方が救われねばならないのではないか? そんな疑念さえ抱かせてしまったような気がするのだ。

…いまさら救いようも無いけどね。(イヤ本当に)

≪投下作業完了…良かったですね管理者(マスター)、これであなたも…≫

何でしょう?

≪…一人前の産廃処理業者として認められるでしょう≫

…ほら、救いがない。
 
 
 
 
 
 
【PM5:00 帝国軍相馬原基地手前・土管投下地点周辺】

その場所にはつい30分程前までBETAの群れが密集していた。

だが今、そこにあるのはその殆んどがBETAの亡骸であった。

僅かに残っている生き残りのBETAを帝国軍と斯衛軍の戦術機部隊がシラミ潰しに狩り出し、始末して行く…それはもう事実上戦闘ではなく後始末であった。

その光景を見ながら、先程まで命がけで戦っていた人々はそれぞれの思いに耽っていた。
 
 
“鋼の槍”連隊指揮官、神田龍一少佐は今日の戦いと先程の出来ごとに考えを巡らせていた。

(どうにか生き残ったか…これも先程の斯衛軍が見せた新戦術と新型OSのおかげと言っても過言ではないな…あの魔法のごとき爆撃がどんな方法で行われたにせよ、BETAに対して有効である事は実証された訳だ…そしてX1とX2の有効性も。 今後は今日の一件を巡って上の方でゴタゴタするかも知れんがそんな事は我々には関係ない…俺が為すべき事は可能な限り早くX1の正式導入が出来るように試験運用に励み、この基地の…いや帝国軍の全ての衛士が一日でも早くこの新OSを搭載した機体に搭乗出来るようにすることだ)
 
 
斯衛軍流山特務大隊所属、パイレーツ中隊の粳寅満太郎大尉は呆れていた。

(おいおいおいおい…紅蓮の親分さんよ、こりゃあちょっと派手にやり過ぎたんじゃあねえのかい? どんな手妻を使ったか知らねえが、あの本土防衛軍の女衒共がこれを知ったらどんな喚き声を上げるか分かってるだろうに…もしかしたら“姫様”が御覚悟を決めったってことかい? まあ、それならそれでもいいんだが…まさか“うちの御隠居”まで巻き込むつもりじゃあねえだろうなあ?)
 
 
本土防衛軍第5師団所属、大咲大隊指揮官の大咲美帆大尉は混乱していた。

(利府陣中尉…とんでもない馬鹿者だ、聞けばあの吹雪は次世代機の試作品という事ではないか。 軍にとってそれがどれ程重要なものか…戦場に出すだけでも問題なのに、私一人を助けるためにあんな無茶を…年下の癖に…いや年齢は分からんが、多分そうだろう…それに女の私の方が階級も上だし…男にとってそれは…いや待て、何を考えているのだ私は!? もしそんなことを考えている事をアノ真帆に知られたら…冗談ではない! 私はあのいい加減な妹とは違うのだ! …まあ、あの利府陣という男には折を見て礼の一言でも言っておこう…そうだな、そうしよう)
 
 
A-01碓氷中隊の指揮官、碓氷鞘香大尉は推論していた。

(まったく…とんでもない予想外の仕掛けがあったものだ。 これで香月副司令の目論見もその一部がダメになったかも知れないな…本来ならば我々横浜が開発したX2の実力を見せつける場となる筈だったものを、まさか斯衛軍があんな大技を見せつけるとは…まあ、だからこそ今回は部隊から戦死者を出さずに済んだ訳だが…さて、これで今後はどうなるか…いや、それはそれこそ香月副司令や紅蓮大将らの問題なのだろう…我々はまた明日から予定の任務をこなすだけだ…あとは伊隅たちの方だが…まあ心配はいるまい、速瀬が戦闘の禁断症状で暴れ出さん限り何の問題も無い筈だ…ただ、気になるなあの男、利府陣中尉…あの叫び声…私はアレをどこかで…どこだ?…どこで…)
 
 
A-01碓氷中隊の御名瀬純中尉は胸を痛めていた。

(利府陣中尉…ううん、違う…やっぱりあの人は鳴海少尉…間違いない、孝之さんなんだ…忘れてない…あの日、G弾に向かって飛んで行ったあの人のこと…いつも速瀬さんや涼宮さんの方ばかり見て、私の想いなんか気付きもしなかったけど…でも、私はずっと彼の事を…生きてたんだ…でもどうして仮面を被って別人に? なにか理由があるの? お願い、私に出来る事は何なの? あなたのためなら私…私…孝之さん…)
 
 
仮面衛士1号・利府陣徹こと鳴海孝之はくしゃみと悪寒をこらえていた。

(うう~~~、何なんだこの感じは…なんだか知らないけど凄くヤバいことになりそうな気がする…まるで偶然水月と一緒にいたのを遥に知られた時みたいな…ははは…まさかね…ここにはあの二人はいないんだし…今のところ俺の正体がバレる心配もなさそうだし…気のせいだなきっと…)
 
 
帝国斯衛軍大将紅蓮醍三郎は…

(むう…少しハデにやり過ぎではないかモロボシよ、これではまともな相手はもう生き残っておらんだろう…ワシとしては生き残りの大物をこの手で成敗してくれるつもりであったものを…)

…何も考えていなかったようである。
 
 
 
 
 
【PM6:00 帝都城】

煌武院悠陽は自分の居室で相馬原基地防衛戦の報告を聞いていた。

「…そうですか、それでは皆無事なのですね?」

「はっ、紅蓮大将以下斯衛の衛士は全員大した怪我もなく健在とのことでございます…また帝国軍の死傷者に関しましても、予想されたよりも遥かに少数であったとの報告が届いております」

「何よりの知らせです真耶さん、皆に大義でしたと伝えてください」

「はっ!」

《あの~》

「どうしました、駒太郎?」

突然声をかけて来たチビコマ1号(駒太郎は悠陽がつけた愛称)に悠陽が応える。

《さっきからこのお城のあちこちで不穏な会話が聞こえるんですけど…》

「まあ、あまり盗み聞きは感心しませんね駒太郎」

《すみませ~ん、騒がしいものですからつい…》

「…どやつが何を話しておる?」

「真耶さん、そう気色ばんではいけませんよ」

「はっ、しかし…」

《…そのうちの2つの会話なんですけど~、なんだかおかしな場所と電話で話しているような~》

「…おかしな場所?」

「まて、それはどういった会話だ? 録音しているのだろうな?」

《ばっちりです~、再生しますか~?》

「…ええ」「うむ、たのむ」

チビコマによって電話の録音が再生される。

その録音内容を聞いた二人は次第にその顔をこわばらせていくのだった…
 
 
 
 
 
【同時刻 帝国国防省・某部署】

電話を終えて男は唸り声を上げた。

城内省の内通者からの話は彼を不機嫌にさせる内容しかなかったからだ。

(無能な宦官共が…なぜ小娘一人を抑えつけておくことが出来んのだ! …今回の件で我々本土防衛軍は取り返しのつかない失点を犯したのかも知れん…国民や一般の兵士たちは斯衛の活躍と将軍の力にさらなる盲信を抱くだろう。 そして我々が戦略上の判断から相馬原基地を放棄しようとした事に不信の目を向けてくるに違いない。 だが現在の帝国において将軍家の復権に何の意味があるというのだ! 近代国家の軍組織として我々こそが国軍の全てを統括するのが最も効率的であることは疑いも無いというのに…あの小娘が統帥権を振りかざすようになればカビの生えた武家や摂家の亡者共が何を言い出すか分かったものではない。 そしてあの宦官共…城内省の馬鹿共がなにやかにやと無意味なしきたりを振りかざすだろう…このBETA大戦の最中にそんな過去の遺物に出しゃばられてはどうにもならん! いずれにせよ相馬原基地で斯衛が何をやったかを詳しく知る方が先だ…それからあの小娘からその手段と力を奪い、二度と余計な真似が出来ないようにすべきだが…)

そのまま男は、言葉に出せない暗い思索に耽っていくのだった…
 
 
 
 
 
【同時刻 ???】

電話を終えた女は溜息をついた。

自分が籠絡した城内省の役人からの電話は、彼女にとって憂鬱のタネを増やす内容でしかなかったのだ。

(…つくづく無能なおサルさんね、これだけの大仕掛けを用意していたのにそれに気付きもしなかったなんて…おかげでこの私まで上から無能者のレッテルを貼られかねないじゃないの。 それにしてもコノエの部隊はどうやってあんな大仕掛けを可能にしたのかしら? いくらこの国でショーグンへの信仰が厚いといっても出来ることと出来ないことがある筈よね…いずれにしても情報が不足し過ぎているわね…ジェネラル・ユウヒが何をしたのか、そして何をしようとしているのか…慎重に見極めないと今後の計画にも狂いが出るでしょうしね…)

彼女は自分の思考を切り上げると、上司のオフィスへと連絡をつけ始めた。
 
 
 
 
 
【PM7:00 国連軍横浜基地・B19F】

「あは…あはははは…ア~~ッハッハッハッハ~~~~~~!!!!」

香月夕呼はハイになっていた。

決して寝不足が原因ではなく、相馬原基地に派遣したA-01からの報告と記録映像を見たせいである。

(何これ?何これ!リアルなの!?現実なの!?SFXじゃないわよね?突然あんなデカ物を出現させてBETAを足止めして、さらに空中から何?土管?土管よねアレ、あんなフザケた爆弾もどきでBETA群を壊滅させたあ~~~? どんなイカレた奴がこんなバカげたありえない仕掛けを…って、あのコウモリ男に決まってるわよねそうよね! あのイカレ男以外にこんなふざけた作戦を考える奴なんかいる訳ないし他にもいたら大変だしね…それにしてもやってくれるわねえコウモリさん、あんたの馬鹿げた爆発ショーのおかげでこっちの株が相対的に下がっちゃうじゃないの!! アンタ馬鹿ね!?馬鹿でしょ!?何考えてあんなめちゃくちゃやってんのよ!? せっかくX2にとって絶好のデモンストレーションの場だったはずが何よあれは!ふざけたSF映画の撮影現場になっちゃったじゃないの! …まあいいわ、確かにX2のアピールも充分に出来たし、帝国軍のお偉方も慌てふためくでしょうねえ? そしてそれを利用してあんたは何をする気なのかしら? まあ、こっちの利益になるのなら一向に構わないけど必ずしもそうとは限らないでしょうし…やっぱり伊隅たちが送ってきたあのデータを手札として使う日が以外と近いかもね…それにもしあのデータを私が手に入れることまであのコウモリの予測範囲だとしたら…あ~~~~ったくもう!! とことんストレスの原因になってくれる男だわまったく! いずれはあのふざけた爆撃のタネ明かしもして貰うけどそう簡単には明かさないでしょうね…さすがにアレはあの男にとっても“切り札”だろうし。 ああもう、あとでまりも用のアレでも調整しながらストレス解消しなきゃやってらんないわよもう!!)

ヒャッハ~!!な笑い声を上げながら頭の中で猛スピードの思考を展開させつつ、後のストレス解消手段にまで思いを馳せる夕呼の目の色はかなり危険なものになっていた…
 
 
 
 
 
【PM9:00 帝国軍相馬原基地・PX】

「利府陣中尉」

「え、ああ大咲大尉」

「今日は助かった、礼を言わせて貰う…あと、貴様には苦言も言わせてもらおうか」

ようやく戦いの後始末が一段落して一息ついていた孝之のもとに、今日の作戦で助けた大咲大尉が現れてそう言った。

「苦言?ですか?」

「ああ、助けてもらっておいてこんな事は言いたくないが…何故あんな無茶をした?」

「あ~…え~と、それはですね…」

「貴様は事前にあの作戦のタイミングを知っていて、だからこそ私を助けるのが間に合うと思ってしたのだろうが、はっきり言ってあれは一か八かの賭けだった筈だ」

「……」

「しかも貴様の吹雪…あれは次世代型の試作機という話ではないか、そんな貴重な機体で出撃してしかも1機を助けるために次世代の貴重な種を潰すかもしれんのに…何故そこまでして助けた?」

「…フラッシュバックみたいなものですかね」

「なに?」

「明星作戦の時に死んで行った仲間の事や…あの時の気持ちが一気に甦ってしまって…」

「そうか…だがな利府陣中尉、それならばなおの事貴様は自分の命を「あ~~~~っもう!!まだるっこいなあお姉は!」…って真帆!?」

「大咲中尉!?」

そこに突然現れたのは他でもない、大咲大尉の妹で速瀬水月と並ぶA-01の問題児大咲真帆中尉であった。

(…そう言えば姉妹だったっけ、この二人って)

呆れる孝之の目の前で大咲姉妹の漫才…いや姉妹喧嘩がはじまった。

「どうしてお姉はいつもいつもそう素直じゃないのかな~~~」「何を言ってるこの馬鹿妹!私は脳味噌が空っぽのお前と違ってまず大切なことを優先して…」「だ~か~ら~、それが素直じゃないって言ってんの! そんなんじゃ何時までたっても嫁の貰い手が…」「ふっ、お前に心配されるほど困っている覚えはないが…」「ま~た強がり言っちゃって、どうせ未だに彼氏もいないくせに」「…男よりもBETAに喰いつくお前に言われたくはないな」「ぬあんですってぇ~~~~!!!」「ほほう、図星を突かれて怒ったか?」「ぐ…ふふん、そう言って余裕ばっかかましてるとうちの純あたりにそこの彼氏を取られるかもね~~私やあの子の方がお姉より若いんだし~~~」「ほおおおおお~~~~……言ってくれるなあ、脳味噌がプリンの馬鹿妹の分際で」

「…あの~」

「「えっ!?」」

「それじゃ自分はこれで、失礼します」

そう言うと孝之は、引き止められる前に大急ぎでその場から抜け出したのであった。

取り残されて暫し呆然としていた二人だったが、やがて姉の方がぼそりと呟いた。

「…あんたのせいよ、真帆」

「う…ゴメンお姉」
 
 
 
 
 
姉妹喧嘩から逃れた孝之は基地の屋上で星空を見上げて呟いた。

「…やれたれ、まったく大咲ときたら」

「…昔と変わっていないでしょう?」

「ああ、全然…ってえ!?」

後ろからの言葉につい返事をしかけて、孝之はぎくりとした。

「…御名瀬中尉」

そこにいたのは御名瀬中尉だった。

(しまった!対人センサーを切ってた!)

「やっぱり…鳴海さんだったんですね…」

「いや、俺は…」

「どうして…どうしてなんです? 生きていたなら…」

「はい、そこまで~~~~~~」

「え!?」「モロボシさん!?」

鳴海孝之絶体絶命…と思われたその時、二人の間に割り込んできたのは笑うセールスマン諸星段であった。

「いや~~~御名瀬中尉…彼の素性は詮索しないで欲しいんですよ~~~~」

「何故…どうしてですか!?」

「実は彼の仮面は新開発の特殊なシステムを搭載していて、彼はその被検体なのですが…機密保持のために彼の素性は機密事項になってるんです」

「え…」

「…下手に彼の機密を暴こうとしてその仮面を無理に外そうとすると、機密保持のシステムが起動して彼の脳味噌は焼き切られてしまうんです」

「そんな!」

「まあ、いずれはあなたたちA-01には話す時が来るかもしれませんが…今日のところは胸の奥にしまっておいてくれませんか?」

モロボシの言葉に御名瀬純はしばらく沈黙した後で孝之に向かって言った。

「いつか…帰ってきてくれるんですよね?」

その言葉に孝之はただ無言で頷いた。
 
 
 
 
 
 
「はあああ~~~~~~」

御名瀬中尉が沈黙を約束してこの場を去った後、鳴海君は思わずその場にへたりこんでいた。

へたり込みたいのはこっちなんだが…

「鳴海君?」

「はい?」

「もしかして君、脳味噌に電流を流されたいとか思ってる?」

「ぶっ! いえいえいえいえいえいえいえ!!!!!! そんな事は絶対に思ってもいません!!」

「だよねえ? だったらもうちょっとしっかり自分の秘密を守ろうね?」

「…はい」

…嘘や秘密がすぐバレる、あるいは頭の中の事がすぐ口に出る、もしかしてこれは恋愛原子核保持者に共通の事なのか…それとも彼やタケルちゃんがうっかり過ぎるのか?

いずれにしても、そう長く彼の素性を香月博士に隠しておくことは不可能だろうな…

さて、これからどうしよう?

やる事が多過ぎるぞまったく…

 
 
 
第25話に続く




[21206] 閑話その4「路地裏の回想」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/12 22:22

閑話その4「路地裏の回想」

【日本民主主義人民共和国 型月区 三咲町・某路地裏】

私の名はシオン・エルトナム。 かつては天才ハッカーと呼ばれて合法・非合法を問わず様々なシステム開発やソフトウェア解析に関わっていた…いや、今でもそうだが。

過去と現在の私の違いといえば、かつては祖国エジプトからの留学生としてこの国の大学に通うかたわら、大学の各部署や大手企業からの依頼をこなしてその報酬で自分の趣味の研究開発に没頭する日々であったのに対し、現在の私は就労ビザも無しでこの型月区三咲町の一角にある路地裏の段ボールハウスに棲みつき、主に裏社会からの様々なハッキング依頼や使用目的が不明なソフトウェアの開発に従事して、その報酬で自分の趣味の研究開発に没頭しているということだろうか。

まあ、早い話が社会の表側から裏側に移り住み、そしてやっている事はさして変化がないという事だ。

自分自身にとっては大した事のない、しかし世間一般から見ればおそらく“転落”という表現以外当て嵌まりようもない環境の変化…

そのきっかけとなった出来事を私はふと思い出していた。
 
 
 
 
 
数年前、私のもとに一件のソフトウェア開発の依頼が舞い込んだ。

この国の国土開発や土木建築の事業を管理・指導する立場にある官公庁に関係の深い企業からの依頼だった。

自律性に優れた土木建築専用のAIを作って欲しい…どうという事はないごく普通の依頼であり、研究費を切らせかけていた私はこの依頼を二つ返事で引き受けた。

だがそれが後に大事件の原因になるとは、神ならぬ身の私に予測することなど不可能だった。
 
 
製品の納入から数週間後、突然私は警察から事情聴取を受けた。

国土開発省に納入された試作型土木建築システムに私が作成したウィルスが混入し、システムを暴走させた嫌疑が私に掛けられていたのだった。

無論のこと私は身の潔白を主張し、そのための資料提供にも応じたのだが…

結論から言えば私は嫌疑不十分という曖昧な名目で無罪放免という事になった。

シロでもなければクロでもない…このような不完全かつグレーゾーンな回答に当然の如く私は激怒した。

必要な資料を提供し、貴重な時間を割いてまで取り調べ室の中で無能な捜査官たちを相手に現代社会における電脳犯罪とその傾向及び対策の講義を延々と行ったにも関わらず、彼らは全くの役立たずであったのだ。

不可解なことに、私が電脳犯罪とその対策の研究がいかに重要であるかを説明すればするほど、彼らは私に対する嫌疑を深めていったように思う…一体何が問題だったのだろう?

私はただ今後行われるであろう電脳犯罪と新型電脳ウィルスの予測を例に上げて、彼らがより良い仕事を行えるように指導しただけなのに…

いずれにしてもこのままでは私の名誉にかかわる…何としてもこの事件の真相を暴かねば気が済まなかった。

私はあらゆる伝手と自身のハッキング能力を駆使してこの事件の洗い出しを開始した。

その結果、この“事件”それ自体が国土開発省の一部の人間によって事実関係を歪められてしまっている事、そして事件そのものが未だに終っていないことが分かった。

そもそもこの事件の始まりは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』のもとで新規に開発された新型土木工事用総合管理システムが試験運用開始直後に突然謎の暴走を始めた事だった。

そしてそのシステムの頭脳とも言うべき高自律性土木作業用AI『オシリスⅢ』こそ、私がこのシステムの開発企業から依頼を受け作成したものだった。

だが調べてみるとこのシステムの開発計画や受注企業の選定に関して、色々と不透明な部分がある事が分かってきた。

まず開発にかかる予算の水増し疑惑、システム開発の入札に関する不正の噂、さらに入札企業からの担当官庁の上層部への贈賄の噂…そう、あくまでも噂だ。

だが火のないところにこれほど大量の煙が立つ筈がない。 そう考えた私は噂の裏付けを取るために調査を続行し…そしてようやく全ての裏事情が判明した。
 
 
 
国土開発省の中にある土木建設庁特機開発局…この特機開発局のトップが噂されている不正行為の主犯だった。

彼は自分の立場とその職権を行使してこのシステム開発の受注企業から不正な裏金を受け取り、私腹を肥やしていただけでなく、その不正に気付き内部告発を行おうとした局内の職員を罠に嵌めて懲戒処分に追い込んだらしい。

その陥れられた職員がヤケをおこして局を辞める直前に残していった置き土産がAIウィルスによる開発中のシステムへの破壊工作だった。

ウィルスによってほぼ完全に破壊されたシステムと開発環境…それを取り繕うために彼らは私に新たなシステム開発を依頼したのだろう。

そして私の作成した『オシリスⅢ』を搭載したシステムを何食わぬ顔で試験運転を開始した…

だがそこで予想外の事態が発生した。

前のシステムに感染していたウィルスを除去するためのウィルスキラーシステムを念のために外さずに運転を開始したところ、そのキラーシステムとオシリスが機能を連結し本来のシステムの300倍の処理能力を発揮、さらに人間のオペレーション指示を拒絶して勝手に作業を開始してしまったのだ。

常識的にはありえないこの出来事にはもちろん裏があった。

そもそもヤケになってウィルス事件を起こしたした男の本当の仕掛けは、自分の仕掛けたウィルスを処分するためのキラーシステムに潜んでいたのだ。

彼は自分を罠に嵌めた上層部を徹底的に追い詰めるために、その筋では有名な裏世界の発明家Dr.アンバーに依頼してこの2重の仕掛けを用意したのだ。

この二段構えの罠に特機開発局の人間たちと私の作った『オシリスⅢ』がまんまと嵌ってしまった訳だ。

いずれにせよ機能を300倍にアップしたオシリスⅢは凄まじい勢いで作業を開始した。

人間側の制御を受け付けず、勝手に巨大な都市の建設を始めたオシリスを停止させようとあらゆる手段を開発局の職員たちは試みたが、全て無駄に終わった。

そしてその一方で彼らの上層部はこの件を上手にもみ消すために事件を事故として公表し、その責任をシステムの開発者であるこの私に被せようとしたのだった。

だが私が正確な資料を提示し、さらに理路整然と反証を行ったために濡れ衣を被せることを断念して、ことを有耶無耶にしてしまった…ということらしい。

なんとも呆れ果てた話ではあったが、だからと言って勘弁出来るものではない。

この件の首謀者とその役所を訴えるべく訴訟の準備を私は始めた。
 
 
 
そんな時にあの男、モロボシ・ダンが現れたのだ。
 
 
 
開発局の幹部職員だと名乗ったその男モロボシはこれまでの非礼を謝罪し、同時に未だに停止しないシステムの暴走を止めるために私の協力が欲しいと言ってきた。

少しばかり虫が良過ぎる話だとは思ったが、彼の言葉に私は心を動かされた。

彼はこう言ったのだ。

「このシステム『オシリスⅢ』の真の創造主、そして管理者があなたとDr.アンバーのどちらなのか、はっきりさせてみませんか?」…と。

その言葉を聞いた私は思わず彼の依頼を受けてしまっていた。
 
 
実を言えば私とオシリス、そしてウィルスの製作者Dr.アンバーの間には浅からぬ因縁がある。

本来『オシリスⅢ』のオリジナルモデルである文明保存用AI『オシリス』は、我々人類の文明の保存という壮大過ぎる目的のために設計されたものだ。(主に私の趣味で)

無論のことそんな使用目的を実際に試す機会などある筈もなくデータアーカイブの中で眠っていたのだが、大学の研究室を増築するのに最適な内容を検討するためにこのAIをベースにした工事用ソフト『オシリス改』を作成したのがトラブルの始まりだった。

何時の間にかネットを介して侵入してきたウィルスソフト『まききゅーX300』にオシリス改が感染してしまい、勝手に研究室の…いや大学全体の増改築を始めてしまったのだ。

慌てて機能を強制停止させようとしたが、こちらの命令を受け付けずにオシリス改は作業を続ける。

不本意だったが物理的暴力を行使することでようやくオシリスは停止した。

その後、ウィルスの作成者であるDr.アンバーの居場所を突き止めて拘束し、彼女の雇い主に突き出した。(なんでも本業は家政婦なのだそうだ)

雇い主であるミス・トウノは私には謝罪と賠償を、そして自分の使用人には説教と体罰(具体的描写はプライバシーを考慮して割愛)を施す心の広い女性だった。

それが縁で彼女やDr.とは友人として、あるいは科学の徒としての良きライバルとして付き合うようになっていたのだが…
 
 
 
今回の暴走の原因がDr.の作成したシステムにあると分かった時点で例によって彼女の雇い主に通報してあったのだが、この暴走を止めることは依頼しなかった。

一応国の官庁に納められた物に手出し出来ないという事情もあったが、自分の作ったシステムを他人に停止・分解されるのが不本意だったのかもしれない。

多分私はこのオシリスⅢの暴走を自分の手で終わらせたかったのだと思う。

モロボシ氏の要請を受け入れた私は問題の解決に着手した。(Dr.には責任を取ってもらう意味もあって、ウィルスシステムのデータを提供させた)

私とモロボシ氏は物理的手段さえも撥ね除けるオシリスⅢの抵抗に手こずりながらも、ようやくその活動を一種の永久ループに封じ込めることで抑えつけた。

その後、モロボシ氏はこのオシリスⅢを安全な場所へ移動させ事後処理にあたることになったのだが…

驚くべきことに彼は、自分が封じ込めた筈のオシリスを並行世界に移動させて再起動し、その滅びかけた世界の人類が避難するための場所を建設する作業に着手したのだそうだ。

並行世界のあるポイントにオシリスⅢを設置してそこを拠点に10億人を超えるであろう難民を収容出来る超弩級の難民キャンプを建設する…途方もない馬鹿げた計画だが、確かにオシリスならばその計画の推進にうってつけだろう。

何故ならば本来のオシリスの目的は本物と寸分変わらない文明のジオラマの製作なのだ。

従ってそのスケールは本来の文明社会と同規模の物が条件となる筈だ。

おそらく彼女…オシリスⅢはその滅びかけた世界が完全に復興したと認識するまで、永遠にその避難場所の建設に従事するだろう。

そして彼、モロボシ・ダンはそんなオシリスの面倒を見続けることになるのかもしれない。
 
 
 
その後私はこの事件の容疑やその後のゴタゴタが原因で大学を辞め、国へ帰ることもせずにこの三咲町の路地裏で友人2人と暮らしている。

パスポートも期限切れで就労ビザも無いから、ホームレスとなって裏稼業で食べていくしかないのだが…私個人はそれほど気にしてはいない。

自分の知的好奇心を満たすためのサンプルがこの国には実に多いと気付いたからだ。

この素晴しい研究環境を離れるなどもっての外だし、多少の生活苦などどうということはない。

そして今私の興味の対象は、あのモロボシ・ダンを支援しているという物好きな人間たちの生態と行動パターンの分析にある。

彼らは正式な団体でもまた確固としたネットワークでもない、単に同じ目的を共有する個人の群れに過ぎないようだ。

しかし彼らは並行世界からモロボシ・ダンによって送られてくる映像やサインを入手するために実に多額の寄付と情報と知的能力の提供を献身的に行っている。

年端もいかないウサミミのヘアバンドをつけた少女の映像に何故それほどの価値があるのか分からないが、Dr.から「シオンさんのニーソックスと同じようなものですよ~~~」と言われて何とも言えない気分になった。

私は彼と彼の赴いた世界について考える。

“おとぎばなし”とやらの内容を見るまでもなく、あの世界の破滅は事実上確定しているように私には思える。

あのモロボシ氏がそこへ赴いたのは、私と同じくあの世界の破滅を確信していたからなのか、それとも別の可能性を見ていたからなのか…

私は想像する。

異星起源種によって追い詰められ、同族同士の争いによって滅びゆく世界…

そこに降り立ち、ただひたすらに難民キャンプの建設を行う人工知性とその管理者…

そしてあのモロボシ氏は私を説得した時と同じように口先三寸で人々を誘導して避難させる…

果して何人の人間を救い、その先にどんな物語が生まれるのか…

何故か分からないが、想像の中の彼はひどく楽しそうに見える。

…もしかしてあの男、壊れているのではないだろうか?
 
 
 
閑話その4終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第25話「スーパーマリモの伝説」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/21 06:16

第25話 「スーパーマリモの伝説」

【2001年2月20日 アラスカ・ユーコン基地 演習区】

晴れ渡ったアラスカの空の下で2機の戦術機が戦っている。

F-15・ACTVとTYPE-77改・撃流…第1世代と第2世代を代表する機体の改良機同士が観客たちの予想を超えた激戦を繰り広げていた。

「ちくしょ~~~~っ!! 何で墜ちねえんだよあのF-4は!!!」

ACTVの操縦席でタリサ・マナンダルは叫んだ。

この機体と自分の得意とする3次元機動を駆使すれば時代遅れのF-4改修機など簡単に墜とせる筈だった。

それなのに相手の機体日本のF-4改修機“撃流”は彼女の射線をことごとく回避し、逆にこちらの懐に飛び込んで来てはタリサを追い詰める。

(こんなのF-4じゃねえだろうが!!)

凄まじい機動で自分を追い込んできている相手の機体を見ながら心の中でタリサはこぼした。

(こうなりゃ奥の手だ!!)

逃げると見せかけてタリサはACTVの機動力を活かした奥の手…“ククルナイフ”という名のコンビネーション機動を使用する。

「くうっ…こんのおおお~~~っ!!!」

凄まじいGに耐えながら回避機動を成し遂げたタリサのACTVの前に相手の機体は…いなかった。

「な! そんなバカな!!」

愕然とするタリサの下方から撃流の射撃が襲いかかり、彼女のACTVは撃墜判定を受けた。

タリサの“ククルナイフ”とほぼ同時に撃流の衛士…神宮司まりもが使用した技、それは第二次大戦の時代から日本の腕利きパイロットや衛士たちが使用してきた“木の葉落とし”と呼ばれるテクニックであった。
 
 
 
 
 
 
 
「不味い事になりましたね…」

ACTVと撃流の試合を観戦していた人間たちの一人がぼそり、とそう呟いた。

「まさかこんなに簡単に我々の機体が勝ってしまうとは…非常に不味い」

「ほう…なにがそんなに不味いのかね? Mr.モロボシ」

自分たちが勝利したにもかかわらず、苦い表情でぼやく日本人にプロミネンス計画の責任者クラウス・ハルトウィック大佐がそう尋ねた。

「大佐、私は…いえ我々はこのユーコン基地で行われているプロミネンス計画に多大な期待を寄せていたのです。 しかし…あの実験機にあっさりと墜とされる程度の機体では我々の求める共同開発のパートナーとしては到底…」

そこで言葉を途切らせたモロボシは、自分のメガネの位置をを指先で直しながら対面にいる男たちの方を見た。

モロボシの視線の先にいた男たち…先程まで自分たちのACTVの勝利を信じて疑わなかったボーニング社の重役と開発責任者がショックで口をあんぐりと開けたまま固まっていた。

日本の第三世代戦術機“不知火”の改修を行う共同開発の相手として指名されたボーニング社との交渉において、どちらの企業が主導権を握るか…お互いに譲らない問題に決着をつけるために双方の試作機を戦わせる…その提案を日本側が出し、ボーニング社も受け入れた。

そして今日、その試合となる模擬戦が行われたのだが…

模擬戦開始前に日本側が用意した機体を見て、これは何のジョークなのだろうと言っていたボーニング社の人間やその他の観客たちも、実際に模擬戦が始まった後は撃流の高機動性能に呆然とし、そして勝負の結果が撃流の勝利となった時、ボーニング社の人間とモロボシ以外の全てがスタンディング・オベーションで撃流とその衛士を讃えたのだった。
 
 
「しかし、これでは共同開発に赤信号が灯ってしまいます」

モロボシは居並ぶ面々…プロミネンス計画の担当者たちとボーニング社の幹部に向かってそう言った。

彼以外の日本帝国の人間…帝国軍の担当者や開発企業の重役たちは無言のまま目を瞑り、自分たちの知ったことではない、とでも言うかのような態度を貫いていた。

さらにそこへモロボシの言葉が投げつけられる。

「私たちがあの機体“撃流”を用意したのはこの計画を進めるにあたって最大の相違点である主幹企業をどうするかを考えてのことでした」

「…と言うと、君たちはこの模擬戦でわざと負けるつもりだったのかね?」

ハルトウィック大佐の疑問にモロボシは肩をすくめるジェスチャーとともに答える。

「わざと負けるなど出来ませんし、衛士に八百長をやれとは口が裂けても言えません。 だからこそあの機体で戦ったのに…まさかそれに勝てないとは」

そう言ってモロボシはボーニング側をじろりと睨む。

だがその侮辱を超えたモロボシの言葉にボーニング社側は何一つ反論出来ないでいた。

ACTV対F-4改修機、どう考えても負ける要素の見当たらない勝負でまさかの完敗…ありえない結果にボーニング側は言うべき言葉が見当たらなかったのだ。

さらにそこへモロボシは追い打ちをかけた。

「…あなたには期待していたのですがね、Mr.ハイネマン」

その言葉にボーニング社の戦術機開発部門のナンバー2であり、“戦術機開発の鬼”とまで言われる男…フランク・ハイネマンの顔がひくり、とひきつった。

「現在我が国の戦術機開発に携わる人間たちの多くは“不知火”を世界に先駆けて実戦配備した実績に溺れるあまり、外国技術の導入など不要などと言う人間までいる始末でしてね…だからこそあなたの作った機体であればそんな人たちの考えを変えてくれると信じていたのですがねえ?」

「……………」

褒め殺しを装った罵倒に、フランク・ハイネマンの顔は完全に凍りついた。

「これではもう一つの計画まで中止に追い込まれるかも知れませんな」

「もう一つの計画?」

モロボシの言葉を聞き咎めたハルトウィック大佐がそう言うと、モロボシは答えた。

「あの機体…“撃流”に搭載されたOSの公開と共同研究の計画です」

「「「「「「なに!!!!!!」」」」」」

驚愕する一同に対してモロボシは顔色一つ変えずに淡々と説明する。

「撃流の機動性の秘密は基本的に二つ…まず一つ目が機体構造材の大幅な軽量化、そしてもう一つが新型の機体管制OSなのです。 我が国としてはこのプロミネンス計画で得られる技術と引き換えに、このアラスカで新型OSを公開してライセンス供与することも考えていたのですが…」

「素晴しいではないかね! 是非お願いしたいものだ」

「ええ、しかし…」

「しかし…何かね?」

プロミネンス計画全体に大きく貢献するであろう日本側のプランにハルトウィックは歓迎の意を表すが、モロボシの歯切れは悪かった。

「しかし、今回の模擬戦の結果を我が帝国の軍部が見れば、新型OSを提供してまで得るものはないと判断するでしょう…おそらく共同開発の相手企業も別の相手をさがすことになるかと」

そのモロボシの言葉に、それまで黙っていたボーニング社の重役が口を開いた。

「Mr.モロボシ、新たな相手を探すと言ってもそう簡単に我が社以上の相手はいない筈だが…」

「ええ…もう残っているのはロックウィード社くらいのものでしょうね」

「な! まさか…」

「実はあの新型OSの開発には国連軍横浜基地の香月博士も関与しておられまして…」

「なに!」「ヨコハマ!?」「Dr.香月が…」「う…」「むう…」「彼女があのOSを…」

モロボシの発言はその場にいた全員に重苦しい緊張を強いた…“横浜の女狐”の異名はここでもまた恐れられていたのだった。

「彼女はもしもプロミネンス計画側との交渉が決裂するようなら、自分がロックウィード社と話をしてもいい…ただしその場合、新型OSの公開や共同研究の場を横浜基地で行うようにして貰いたいとのことでして」

「いや、待ちたまえ!別に横浜基地でなくてここでも…いや、ここの環境こそが新型OSの開発や公開の場にふさわしい筈だ! ここには世界中の先端戦術機と選りすぐりの衛士たちがいるのだぞ! 君たちの新型OSを評価するのに最も適した人材の宝庫でもあるのだよこの基地は」

ハルトウィック大佐は必死になってモロボシに自分たちユーコン基地での共同開発が双方の利益となる筈だと説得する。

彼にしてみればこれは何としても逃せない話だった。

もしもこの新型OSをプロミネンス計画に導入出来れば、それだけで計画全体の価値が上昇するだろう…だがもしもこれを横浜に奪われ、さらに『FJX計画』までもがこの基地ではなく横浜で行われることになれば自分たちのプロミネンス計画の価値は大幅に減少し、下手をすれば計画の存続自体が危ぶまれることになりかねない…そんな事態だけはなんとしても避けねばならなかった。

そしてそれはボーニング社の重役たちにとっても同じ事であった。

米国の戦略ドクトリンがG弾主体のものとなり、次期主力機種の選定でも敗北したボーニングとしては、起死回生の手段として始めた『フェニックス構想』であったが、その産物であるF‐15ACTVが多くの軍人や企業関係者の見ている前で、日本のF-4改修機に敗北を喫した…その機体とOS技術が自分たちではなくロックウィード社に渡る事だけは回避せねばならなかった。

「まあ、まだ結論が出た訳ではありませんし…ああ、それでは我々は撃流と衛士に用がありますので少しの間失礼します」

そう言ってモロボシ達日本側関係者が出ていった後の会議室では、残された全員が頭を抱えて唸る事になったのだった。
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 戦術機ハンガー】

戦術機ハンガーにやって来た私は撃流の機体から降りてきた彼女に声をかけた。

「神宮司大尉、御苦労さまでした」

「諸星課長…いえ、どういたしまして」

かなり引き攣った笑顔を浮かべている…このアラスカに来る前の出来事がまだ尾を引いているようだ。

日本を出発する直前に香月博士が彼女のために作った“御守り”が原因なのだが…それを作るように依頼したのがこの私だったために神宮司大尉(軍曹では問題なので臨時大尉となった)からかなり不審な目で見られているのだ。 酷い話だ…私はただ彼女のためを思って香月博士に依頼しただけなのに。

まあ、私もまさか香月博士があのようなエクストラ…いやもとい、エクセレントな御守りを作ってくれるとは思わなかったのだが…

「とりあえずこれで予定の模擬戦は終了した訳ですが、まだアンコールがあるかもしれません」

「…それはここに来る前に言っていたあの?」

「ええ…その場合は不本意でしょうが香月博士の作成した御守りを使用して頂くことになるでしょう」

「うう…了解しました…」

殆んど涙目だよもう…可愛いなあこの人…いやいやいかんいかん、こんな邪念に囚われている場合ではない。

周囲に気を配れば…ほら、おいでなすったよ“彼”が。

「いやいや、実に素晴しい機体と衛士ですなミスター・モロボシ」

その言葉と共に一人のソビエト軍人が我々の目の前に立った。

「これはこれは、ソビエト連邦軍の方に高く評価して頂けるとは光栄ですな中尉殿」

「はっはっは…御謙遜を、いや実に素晴しい内容の模擬戦でした…ああ、申し遅れました私はソビエト連邦陸軍所属イーダル試験小隊指揮官イェージー・サンダーク中尉です」

ええ…知ってますよ、中尉殿。

「いやこれはどうも御丁寧に、松鯉商事営業課課長 諸星段です」

「国連第11軍A-01連隊所属、神宮司まりも大尉です」

この模擬戦の事はこの基地で戦術機開発をする全ての部隊のみならず、その部隊を派遣した国家と企業の全てに情報が伝わっていた。

興味半分、もしあわよくばF-15・ACTVの性能を見極められると考えていたそれらの観客たちが当然目の色を変えるであろうことは予想していた…そしてなによりこの男、イェージー・サンダークの野心に火が点くであろうことも。

「いやしかし、まさかF-4改修機であのACTVを破るとは…今までの戦術機の常識を覆す快挙ですなあ」

「いえいえ…お国の戦術機こそ他にない素晴しい特性を持った傑作ぞろいではありませんか」

「いやこれは嬉しいお言葉ですな、わが国の戦術機は西側の方からはなかなか好意的な評価を受けられないことが多いのですが」

「いえいえ、わが国は実用主義者の国でして…立派な第3世代機を一方的な偏見で2.5世代機と言ったりするのは愚の骨頂と言うものです」

「おお、なんと素晴らしい考えでしょうか…ところで諸星課長、あなた方の機体と我が国の戦術機…互いの力を見せ合うことで更なる高みを目指せるとは思いませんか?」

…ほ~ら、やっぱりそう御出でなすった。

「いやいや…実に素晴しいお考えですなあ~サンダーク中尉殿、実は私も今そう思っていたところでして」

「おお…それではお手合わせ願えますかな?」

「ええ、喜んでお願いします」

「おお、それでは早速準備に取り掛かりましょう…少々お待ちを」

そう言ってサンダーク中尉はそそくさと自分たちのエリアの方へ向かった。

さて…ここからがこのアラスカ公演の本番だ。

「申し訳ありません神宮司大尉、やはりもう一幕追加になりました」

「…そのようですね、それで…あの…」

「…申し訳ありませんが、御守りの装着をお願いします」

「ううっ…夕呼のバカ…」(涙)

私の言葉に今度こそ本当に涙目になるまりもちゃん…いや、いかんいかん、あまりの可愛さに危うく萌え殺されそうになった。

「大尉、お気持ちはお察ししますがアレはあなたのために必要な装備なのです…どうか我慢して下さい」

「…はい」

「作戦ですが…ここに来る前にした話を前提に最適と思われるものをご自分で選択してください」

「任せて頂ける…ということですね?」

「実戦ではあなたのようなプロに素人の私が必要以上に口を出しても害になるだけでしょう」

「分かりました、それではお任せ下さい」

彼女がそう言った時、私の視界に次の模擬戦の決定を告げに来た国連軍士官の姿が映った。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 演習区】

クリスカ・ビャーチェノワは自分たちの機体、Su-37UBチェルミナートルの操縦席で妙な違和感を抱いていた。

これから相手をする機体…日本のF-4改修機の衛士から殺気といえるものが感じられないのだ。

(なんだ…この妙な感じは…今まで相手にしてきた衛士とは違う…一体あの相手は?)

「ねえ…クリスカ」

「どうしたのイーニァ?」

戸惑うような言葉をかけてきた自分のパートナーである幼い少女にクリスカは優しく返事する。

だが次に彼女が聞いた言葉は完全に予想外のものだった。

「あの人…恥ずかしがってるよ?どうして?」

「…え?」
 
 
 
 
撃流の操縦席で神宮司まりもは精神的に身悶えしていた。

(あ~~~~っもう!夕呼のバカ!イケず!意地悪!性悪娘!呪ってやるんだから~~~~!!!)

心の中でとんでもない物を自分に押し付けた親友に呪いの言葉を吐き続ける。

(もう…もし効果が無かったら一生恨んでやるんだから)

ようやく覚悟を決めた彼女は“ゆうこせんせいのおまもり”を装備した。
 
 
 
 
 
模擬戦の開始から10分…戦況はSu-37UB側が優位に立っていた。

第一世代機とは思えない凄まじい機動で逃げ回るまりもと撃流をそれ以上の機動で紅の姉妹が追い上げる…だが当のクリスカとイーニァは相手の不可解な“手応え”に戸惑っていた。

(なんだ…この相手は? 何故殺気をこちらに向けてこない…これだけ追い詰められているのに…明らかにこちらの“力”に押されている事がはっきり“見えて”いるのに…なんだ? このやりにくさは…)

クリスカは相手の不可解な反応に戸惑いながらもさらにまりもを追い込もうと意識を集中させて行った。

一方まりもは必死に逃げ回りながら逆襲のタイミングを計っていた。

(くっ…なんてプレッシャーなの、この感じ…事前に予備知識を与えられなかったら完全に自分を見失ってやられていたわね…でもこの程度で負ける訳にはいかないわね)

モロボシから事前に与えられていた知識のおかげで紅の姉妹の“力”を受けてもまりもはパニックに陥ることはなかった。

そしてついにまりもは勝負に出る。

ひと際激しい変則機動を駆使した撃流がSu-37UBに対して反撃に出ようとした…だがもちろんそれはクリスカに“見られて”いた。

(ようやく焦れたか…さあ、無様な踊りをみせるがいい…なに!?)

「え…どうしたの…見えないよ? あの人の心…なぜ?」

まりもの機動を読み取って逆にトドメをさそうとしたクリスカたちだったが、突然彼女は相手の心を見ることが出来なくなった…そして次の瞬間、紅の姉妹はその混乱の隙をまりもに突かれていた。

「相手が見え過ぎると却って不便なものね!」

相手の能力を逆手に取り、一瞬でSu-37UBの死角に移動することに成功したまりもの撃流が36mm砲を発射して決着がついた。

その瞬間を見ていた観客たちは時代遅れで鈍重な筈のF-4改修機が鮮やかな螺旋の軌跡を描き、ソ連機の背後を取って仕留めたまりもの神業に惜しみない拍手と歓声を贈ったのだった。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 戦術機ハンガー】

私の視線の先に顎をかくん、と落としたまま間抜けな顔で立ち竦む男がいる。

…気の毒だが君は実にいいカモだったよ、サンダーク中尉。

「いやいや、実に素晴しい内容の模擬戦でしたなあ~サンダーク中尉、これで我々双方が次世代に向けての貴重な経験を得ることが出来たわけですな」

「え…ええ、実にまったくその通りですなMr.モロボシ」

顔を引き攣らせながらも彼はこちらの言葉に愛想笑いを浮かべながら調子を合わせて来る…いやいや、流石にこの程度でへこたれる男ではないよなあ~。

こちらも負けずに愛想を返そうと思っていたら…おやおや、いつの間にかとんでもない人が来てるじゃありませんか。

「御満悦だな…若いの」

「!あなたは…」

「これはこれはMr.マッコイ…はるばるアラスカまで来られるとは」

そう、我々の目の前に現れたのは世界一の武器商人と言われる男…マッコイカンパニーの社長、マッコイ老であった。

「先月N.Y.でお会いして以来でしょうか…まさかここでお目にかかれるとは思ってもみませんでした」

「ふん、何を言ってやがる…あちこちに大声でふれ回って客を集めたくせによく言うぜ小僧」

「いやこれはどうも…恐縮です」

「別に褒めちゃいねえよ…まあしかし、随分といい仕上がり具合じゃあねえかあの機体」

そう言ってマッコイ老はこちらに戻ってくる撃流を顎で指した。

「ええ…まったく予想を遥かに超える活躍ぶりですよ、機体も衛士も」

「確かにな…それじゃあその衛士どのにも挨拶くらいはしておくか、この儂の新しい商売のタネを芽吹かせてくれた礼を含めてな」

「新しい、商売のタネ…?」

おお、そう言えばまだあなたは御存じありませんでしたな中尉どの。

「あの機体“撃流”に搭載されたOSのことですよ、それを世界に配布するにあたってこのマッコイ社長に色々と面倒を見て頂いていますので」

「あの機体の…OS! それを世界に…ですと!?」

「ええ、手始めにこのユーコン基地で試験運用を兼ねた講習を行おうと思っているのですが…これがなかなかどうも…」

「なんでえ、ボーニングの連中まだグズッてんのかい? なんならこのオレが話をしてやっても…ふん、どうやら重い腰を上げたようじゃねえか」

そう言ったマッコイ老の視線の先を見ると…おやおや、確かにボーニング社の皆さんとハルトウィック大佐たちですな、こちらに来られるのは。

「これは皆さん、お揃いでどうなさいましたか?」

「うむ、モロボシ課長実は…貴方は!」

「何年ぶりだ?ドイツの若造…随分と老けたじゃねえか」

おや、大佐殿とマッコイ老はお知り合いでしたか…まあこの老人は世界中の軍人や政治家とコネがあるんだから不思議ではないが。

「まあこの小僧はオレの元部下のそのまた下の使いっぱしりみたいなモンなんだが…おめえら随分とこいつを困らせてるみてえだが、そんなにこいつの持って来た話がイヤならハッキリそう言いな…それならこのオレがロックウィードや横浜の小娘と話をつけるだけの事だ」

「! いえMr.それには及びません、我々プロミネンス計画は日本の『FJX計画』及び『XOS計画』の誘致を正式に要請する事になるでしょう」

「ほう、しかし大佐…肝心の我々とボーニング社との間の契約条件がまだ…」

「いやモロボシ課長、その件だが…ボーニング社の方が我々の提示した条件を基本に『FJX計画』の契約内容を煮詰めることに同意して下さったのだよ」

そう言ったのは光菱重工の担当役員さんだった…成程、どうやら折れてくれたか。

「そうですか、それは良かった…ああ、Mr.ハイネマン」

そう言って私は“戦術機開発の鬼”と向き合う。

「これから宜しくお願いします…我々とともに新しい戦術機の歴史を作りましょう」

私のその言葉にフランク・ハイネマンの眼鏡の奥に火が灯った。

「ええ、こちらこそ宜しくお願いします…Mr.モロボシ」

…ではもうひと押し。

「Mr.ハイネマン」

「はい?何でしょう?」

「もう一度“勝利”してみませんか?あの機体…F-22“ラプター”に」

「!」

「私がその舞台を用意します」

その言葉を聞いたフランク・ハイネマンは、今度こそ楽しそうな笑みを浮かべて私に手を差し伸べて来た…そして私も手を伸べて握手を交わす。

契約成立…だな、これで。
 
 
ハイネマン氏と握手を交わしているところに神宮司大尉が戻って来た…がしかし、おやおや。

「ああ皆さん、御紹介します…あの機体“撃流”の操縦を担当した神宮司まりも大尉です」

「神宮司まりも大尉であります!」

きりっとした表情で我々に敬礼してくれるまりもちゃんなんだけど…皆さん目が点になってますな。

まあ無理もない…こんなものを見てしまってはね。

「その…神宮司大尉、御守りをつけたままですよ?」

「え…あ!やだ! す…すみません!!!」

そう言って彼女は真っ赤になって頭の上の御守り…香月博士謹製のウサミミ型ヘアバンドを外すのだった。

…そう、私が“紅の姉妹”の能力を無効化する装置の製作を香月博士に依頼したところ、なんと彼女は社少尉とお揃いのものを作ったのだった。

慌てて彼女の名誉のためにこの御守りが香月博士に押し付けられた物だと説明すると、その場の全員が同情のまなざしを彼女に向けるが、それがより一層まりもちゃんの羞恥心を煽ったらしく、顔を真っ赤に染めたまま俯く姿が可愛かった。
 
 
 
 
後日、彼女の活躍とウサミミ姿は世界中の衛士や戦術機開発者たちの知るところとなり、“マリモ・ザ・バニー”あるいは“スーパーマリモ”の呼び名で知られることとなった。

そして香月博士と私は…彼女からジト目で睨まれることになるのだった。(何故私まで…)

 
 
 
第26話に続く





[21206] 閑話その5「モロボシ・ダンの休日」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/23 22:19

閑話その5「モロボシ・ダンの休日」

あ~~~~疲れた~~~~~……いやホントに。

相馬原基地での迎撃やら鳴海君の正体がばれないためのフォローやら香月博士のご機嫌取りやら果てはアラスカへ出張ですよもう…たまにはゆっくり休みたい。
 
 
 
…と言う訳で今日は1日お休みを貰いました。

社長からも『諸星君は少し働き過ぎだからここらで休みを取りなさい』と言われたしね。

さてそれではまったりしながら…ああそうだ、忘れていた事があったっけ。

アラスカで撮影した映像…主にまりもちゃんのウサミミ姿やイーニァとクリスカのスナップショット(強化服姿)それから戦術機の模擬戦の様子等々…それらを編集して出来たファイルを支援者の皆さんに配布しなければならないのだった。

もう編集は出来ているのだから後は送るだけか…ほい、転送っ…と。
 
 
 
 
ファイルを送付した皆さんからの御礼や感想が次々送られて来てるが…やはりあの“まりもバニー”はインパクトが強烈だったようで、「ブラボー!」「ハラショー!」「これぞエクストラだ!」「BETAに喰われる前にオレの嫁に!」等々、魂の雄叫びかと思うようなメッセージの数々が送られてくる有様だ。

…そして、それとは別に「人でなし!」「幼女を泣かせて楽しいか?」「唯依ちゃんの代わりにお前が撃たれろ」などのメッセージも来ていた。

送った映像の中に模擬戦終了後半泣き状態になったイーニァが映ったものがあったのが原因だろう。

まあ言いたい事は分からんでもないが…だからといって私にどうしろと言うのだ!?

別に私だってあの姉妹をイジメたい訳ではないが、あの場合ああするしかないではないか。

…いやまあ、確かに私も良心がとがめている事は事実だが。

あの後、二人があの碌でもない大人たちにどんな仕打ちを受けたか…あまり考えたくない。

まあいつかはあの二人を自由の身にしてやれたらと思わないでもないのだが…はっきり言って上手い手が思いつかないのが現状だ。

…いかん、鬱に入りそうだ。

いや、せっかくの休日にこんな有様では良くないな…ここは気分転換を兼ねて特に親しい支援者の方たちにお電話でもしましょうか…暇潰しに。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

ああ…もしもしスミヨシ君? どうもモロボシです。 え? どうしちゃったの? …やけ食い? 君、まさかまたあの“お好み焼き『友』”の“友情セット”に挑戦したんじゃ…ああ、やっぱり?

…あのねえ君、あれは人間に食べきれる代物じゃあないって言ったでしょう? いい加減にしないと今度こそ死ぬよ?

…完食した人がいる? 女性? いや君…それは女性とかじゃない、人間以外の何かだって絶対。

それで自棄食いの理由は一体何? …え? 全日本オタ史学会の研究論文発表会? …00の元ネタ? アシ○フ? ファウ○デーション? ソレ○タルビーイ○グが? リ○ンズがミュー○? 最終的に異種との相互理解とはゲ○ア化? …否定された? 所詮分かり合えない?

いやまあ、大体分かったけどね…だからって自棄になっちゃダメでしょ? 妹さんが心配するよ?

そうだ、気分転換に私が送ったファイルでも見てくれれば…ああ、それとその中に君やヨネザワさんに考えて欲しいプランを添付しておいたから…え? もう見た? それで? …デストロイ? あのね君、それ本気で言ってんの? え? 不可能じゃない? 荷電粒子砲を主砲にして、120㎜電磁投射砲をサブに…どんなバケモノだよそれ?

…いやまあ参考にはなったから、うんそれじゃあお大事にね。
 
 
 
自棄食いか…若いね彼も。

まあ気持ちは分からんでもないか…かつて私もあの学会の場に論文を出した経験がある。

そこで私が発表したのは、初期のガン○ムシリーズを制作したスタッフたちの製作の動機に関する考察だった…

当時のオモチャ化を前提としたスーパーロボット路線から一皮剥けた作品を指向していたアニメ製作者たちがテキストとしていたのが翻訳された米国のハードSF小説だった。

その中でも最も大きな影響をガン○ムに与えたのがロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」であり、この作品の中にあるパワード・スーツの設定こそが後のリアルロボット路線の下地となった。

そして同時に当時のアニメ製作者やSFインサイダーたちは、この作品の中にある国家観や軍のシステムに対する肯定的な視点に非常に根深い反発を示しているのだ。

そのハインラインの作品の中にあるSFセンスへの憧憬と、国家観に対する反発が当時の彼らにあの作品「機○戦士ガン○ム」を作らせたのだ…

この私の論文は周りから全くと言っていいほど相手にされず、それからしばらくの間ヤケ酒をあおった記憶がある…思えば私も若かったのだ。
 
 
 
いや、そんな昔の話はどうでもいい。

さて次のお電話は…と。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

もしもし…シオウジ研究所さんですか? …ああ、ウミ君? モロボシですけど教授はいらっしゃいますか? …え? 公園で休憩中? そうですか…いえ、呼び戻さなくてもいいですよ。

あの公園で寛いでいる教授のお邪魔をすると後が怖いですから…それじゃあ彼が戻ったら送付したファイルの中の依頼書に目を通しておいて欲しいと伝えて下さい…それでは失礼します。

…どうもタイミングが悪かったようだね、鳴海君の儀体を強化すべきかそれともこのままがいいのか聞こうと思ったんだが。

まあ、これは後日でもいいだろう。
 
 
 
℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

…ああもしもし、ヨネザワさん? あれ? どうしました? え? 食い過ぎって…大帝都? あの焼き肉屋の…あんたまたあの姉妹の記録に挑戦したんですか!?

え? 東京空想2次学会? ええ、知ってますけど…ああ、論文発表…(あんたもかい!)…ド○ン・カシムはニクソンではなくルーズベルト? サ●リン博士はホーチミンと西郷隆盛の合体キャラ? 批判の的になった? 歴史の真実が分かってない? 所詮は文改世代が主催した偏向的な学会?

…まあ落ち着いて下さいよ、お腹の中の物があふれちゃいますよ?

それでヨネザワさん、私が送ったファイルですが…ええ、まりもちゃんの姿は実に素晴しい物が撮れたと自負しています。 それと同封したプランだけど…え? ビグ・ザム? ……あんたもですか? いや、スミヨシ君もデストロイを推奨…え? 邪道? 1stこそ本道? いやそんなこと言われたって…え? アレが量産の暁には異星起源種を葬るなど造作もない? …いや、私はML機関を乗っける器さえなんとかなればと思ってるだけで…話をつける? いや、頼むから喧嘩沙汰は止めて…主義? 美意識の問題? これだけは譲れない? 種シリーズとは重みが違う? 分かりましたからどうか穏便に…もしもし?、もしも~し! …切れた。
 
 
 
困ったな、あの二人に喧嘩されると私の仕事に支障をきたすのだが…まあいいか、そのうち二人それぞれに何かいい物を貢いでおけば機嫌を直してくれるだろう。

…それにしても理解出来ない理由で争うものだ。

どう見ても同じ意見を述べているとしか思えないのに…ああいうのを同族嫌悪と言うのだろうか?
 
 
 
深く考えるのはやめよう…それより今後の事だ。

悠陽殿下を復権させるための下地は出来上がりつつある。

上手くいけば“おとぎばなし”の記述よりも遥かに早い時期に彼女が統帥権を確立出来るだろう…だがそれで全てが上手くいく訳ではない。

今後考えられる問題は……やはりアレかな?

それに横浜基地のこともある…香月博士は早い時期にXG-70を接収する予定でいるようだが、それに第5計画派がどう反応するか…どうも気になるな。

プロミネンス計画の問題だけでなく、対米工作もそろそろ本腰を入れるべきか…

それも含めていずれ必要になるのは…うん、あの人に今のうちから頼んでおこう。
 
 
 
…いやまて、一体私は何をしているのだ?

これでは仕事中と大差ないではないか!

せっかくの休日に何が悲しゅうて仕事上の交渉をせねばならんのだ?

休もう…ごろごろしよう…無駄に時間を過ごそう…そうしよう。
 
 
 
 
 
…いや、やっぱりそうもいかないか。

どうせ明日にはやらなければならない事だし、これは正規の仕事とは違う…いや、アノ人に頼むという事ははっきり言って違法行為に半分以上足を突っ込むことになる。

やれやれ…どうにも因果な仕事に深入りしてしまったものだ…自業自得だけど。
 
 
℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

…もしもし、ああコクトー君? いやお久しぶり、モロボシです。

いや、そうじゃないんだ…今回は君じゃなくて所長さんに頼みごとがあってね…うん? 何? 来客中?

…え? 妹さんと君の彼女とそれからフジノちゃんて…あの子!? …3人でお茶を飲みながら睨みあってるって…あのね君、悪い事は言わないから今すぐそこを出て二度と戻らずにどこか遠くでやり直しなさいそうしなさい…ああ、でもその前に所長さんに代わって頂戴。
 
 
 
何だろう? 電話の向こうで凄まじい気配が…全てが崩壊する前に用事を伝えておきたいが…

…ああ、これはどうもアオザキ所長。

はい、いつぞやはおたくのコクトー君のおかげで助かりました。

…いいえ、今回は彼にではなくてあなたにお願いがあって電話したのですが…大丈夫ですか? どうやら凄い事になってるみたいですが。

見てる分には楽しい? まあ、あなたがそう言うならそれで問題はないでしょうが…彼を何処かに避難させなくていいんですか? え? あいつだけは何があっても無事? …はあ、そうですか。

ええ、それで依頼したい仕事の内容なのですが…
 
 
 
 
 
 
…仕事を引き受けてくれたのは嬉しいが大丈夫かな? 電話を切る直前に受話器の向こうで凄い音がしてたけど。

クラッシックな黒電話を使ってるから向こうの様子は見えなかったけど、多分今頃とんでもない事になってるんだろうな…生きろ、コクトー。

はあ…疲れたな…本当に…
 
 
 
 
《モロボシさ~ん、今日はお休みじゃないんですか~?》

…お休みだよ、お休みのハズなんだよ~~~

《なんか目が虚ろやで~~》

≪おそらく更年期障害でしょう…スクラップになるのもそう遠い未来の事ではありませんね≫

…やかましい、この性悪電子頭脳が。

《あれ~? まさか昼間からお酒ですか~?》

…うん、なんだか無生に飲みたくなってね。

《あんまり感心せえへんな~~~》

≪本物のクズへの第一歩ですね≫

…なんとでも言ってくれ、今は酒が飲みたいんだ。

《あれ~? モロボシさん、お酒切れてますよ~?》

…なに?

《ほら~、日本酒もビールもウィスキーも…》

…ジンは? ウォッカの瓶は? ブランデーは残ってないのか!? …いやそうだ、まだ秘蔵のアブサンが残って…

《このあいだ全部開けたやろ~~~?》

…そうだった。

≪自分で飲んだ分まで忘れるとは…アル中の2歩前まで行ってますね≫

ああ、どうせ本当は1歩前ですよ…マクレーン警部と同じで。

《どうします~~? お酒買ってきましょうか~~?》

やれやれ、昼間からお酒を買いにショッピングですか…いやまてよ。

…そう言えば君たち、帝国軍に売り込む予定だった合成清酒のサンプルが出来たんだっけ?

《清酒“桜花”の試作サンプルでしたらありますけど~~?》

…じゃあ、それ持ってきて。

《え~~~! だってまだ安全確認が~~~!!》

…丁度いい臨床試験だと思えば問題ないな、うん。

≪…すでに自分の人生を放棄してますね、管理者(マスター)≫

ふっ…何を言うかこのポンコツが。 これが人生の楽しみ方というものだ。

…さて、つまみはどうしよう?

まあいいか…酒が来るまでゆっくりと考えよう…せっかくの休日なんだから。

 
 
閑話その5終り




[21206] 設定一覧
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/12 22:30
設定

モロボシ・ダン:本編の主人公。 未来の『日本』の公務員。 とある理由で左遷が決まり、マブラヴの世界にやって来た。
恒点○測員340号ならぬ『並行基点観測員3401号』として着任。
現地での名前は『諸星段』。
普通の人間(つまり弱い)だがチート技術のおかげで活躍できる。


封木社長:モロボシの会社の社長であり、土管帝国を築くにあたっての“現地協力者”である。
ある意味で身の程を知った常識人であり、家族と会社の将来のためにモロボシを支援する。
ちなみにモデルはエ○ア88のマッコイじいさんの部下のプーキーさん。


仮面衛士1号:仮面衛士1号「鳴海孝之」は改造人間である。 謎の秘密国家『土管帝国』によって生まれ変わった彼は、2人の彼女と人類の未来を守るため今日も戦うのだ。
ちなみに彼が第一部の恋愛原子核担当者(予定)です。


利府陣徹(リフジン・トオル):仮面衛士1号に付けられた「仮名」である。
帝国軍人としての身分を必要とした為、モロボシの友人が名づけた。
ちなみに出典は「空想科学大戦2」


碓氷鞘香:A-01碓氷中隊の指揮官で大尉。
コールサインはフレイム1
碓氷大尉は暁遥かを基にオリキャラとして設定しました。


大咲真帆:A-01碓氷中隊の衛士で階級は中尉。


御名瀬純:A-01碓氷中隊の衛士で階級は中尉。


大咲美帆:本土防衛軍第5師団所属 大崎大隊指揮官 階級は大尉。
機体は94式不知火でコールサインはクーガー1。
A-01の大咲中尉の姉である。


神田龍一:本土防衛軍“鋼の槍”連隊指揮官、階級は少佐。
機体はF-15J陽炎(X1搭載)


七瀬涼:本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属・ハルバート大隊指揮官、階級は大尉。
搭乗する機体は撃震(X1搭載)


日高楓:本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属・フレイル大隊指揮官、階級は大尉。
搭乗する機体は撃震(X1搭載)


神谷梢枝:“鋼の槍”連隊CP将校で階級は少尉。


黒木隆之:本土防衛軍“地平線(スカイライン)”連隊所属フラット中隊副隊長(現在は中隊は事実上壊滅して彼一人)階級は中尉。
富永大尉の弟子でX1やX2の有用性に注目している一人。
不知火壱型丙にこだわる男でコールサインはフラット1。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの黒木さん。


粳寅満太郎:斯衛軍流山特務大隊所属パイレーツ中隊の衛士で階級は大尉。
挨拶する時でもサングラスを外さない男。
斯衛軍の中でも異色の存在でさらに彼の中隊は事実上の独立愚連隊である。
彼の部隊の衛士達の元ネタは全員“進め!パイレーツ”からです。


富士一平:斯衛軍パイレーツ中隊所属の衛士で階級は中尉。
パイレーツ中隊でおそらく唯一のまともな人間。


沢村真子:斯衛軍パイレーツ中隊所属の衛士で階級は少尉。
能力、性格ともに一見まともだが…


先生(彩峰萩閣):光州作戦において死んでいるはずのところを、土管帝国によって助けられた人物。
帝国の未来を案じて、モロボシに協力を約束する。


高木中尉:巌谷中佐の部下で戦術機の構造材に精通した技術士官。
モデルは湾岸ミッドナ○トの高木社長。


富永大尉:同じく巌谷中佐の部下で戦術機の管制システム関連の士官。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの富永さん。


マッコイ爺さん:封木社長の元いた会社の主で世界中の戦地へ物資を届ける武器商人。
社長の紹介でモロボシに便宜を図る。
第5計画をいろんな意味で危険視している。
モデルはもちろんエ○ア88のマッコイ爺さん。


アーネスト・ウォーケン:ウォーケン少佐の父親で米上院議員。
AL5に危惧を抱き、AL4を信用していないためAL計画自体に否定的な人物。
(ウォーケンパパはオリ設定です。)


シオン・エルトナム:元エジプトからの留学生で現在は型月区三咲町の路地裏に棲むホームレス。
天才的ハッカーであり、オシリスⅢの開発者でもある。
元ネタはMELTYBLOODのシオンさん。


Dr.アンバー:裏の世界では有名な発明家でシオンの友人でありライバル。
本業は家政婦であり、裏の仕事でお茶目が過ぎると家主にお仕置きされるのだが全く懲りない。
元ネタは勿論TYPE-MOON作品のマジカル・アンバーこと琥珀さん。




土管帝国:物語のタイトルであり、主人公の仕事と趣味を兼ねた目的。
絶望的な状況にある人類をBETAと第五計画から救済する目的で作った。(と言うよりでっち上げた)


土管:主人公の所属する役所が作ったセメント構造物、云うまでもなくマンホールとかにつかわれたり、ジャ○アンが空き地でリサイタルをする時に上に乗ったりするアレである。
どうしたらこれを使って人類を救済できるかは・・・


タチコマくん:主人公の手足となって働く、自律型AIを搭載したロボット。 元々は軍事用の思考戦車だったがAIのロジックがアレだったために、主人公の元へ廻された。


ジェイムズくん:タチコマくんと同じくモロボシの手伝いをする箱型ロボット。 ちなみに関西弁をしゃべる。


松鯉商事:主人公が帝国内で活動するための拠点となる民間企業。 各方面へ接待攻勢をかけ人脈の拡大と情報収集をはかる。


小鉄:帝都の片隅にある小料理屋。 鎧衣課長や巌谷中佐、たまには紅蓮醍三郎なども訪れる野郎共の隠れ場所。
ちなみに店主の名前は『霧島五郎』である。


X1:モロボシが開発した(正しくは“してもらった”)戦術機用のOS。 基本的にはXM3の簡易バージョン(即応性10%UP、キャンセル機能あり)と言える。
XM3にはかなり劣るが、横浜製の技術なしで実現可能なモノである。



X2:「X1」をベースに横浜製のCPUを搭載し、先行入力と機体の自律制御システムを大幅に進化させたOS。
また、X2のユニットは大幅な拡張性を持っているため、ソフトウェアのインストールだけで、次期OS X3(つまりXM3)にバージョンアップ可能である。


撃震モドキ:TYPE-77“撃震”をモロボシたちの技術でコピーした機体。
機体の構造材を重量が2分の1、強度が2倍の物を使うと云うチート機体。
OSは「X1」を搭載。


撃流:撃震モドキに様々な手を加えて完成した機体の愛称。
OSを「X2」に変更して、更なる軽量化をしている
流れるような機動を可能にしたことから名付けられた。


吹雪・改:撃流の技術を導入することで出来た吹雪の改良機。
従来より30%以上の軽量化と40%の機体剛性の向上がなされた。
また主機の出力も実戦用に高出力の物に変更されている。
不知火・弐型との使い分けや将来の輸出を想定してモロボシが作ったものである。


コンラート・へイル:モロボシたちの世界にメビウスコイルをもたらした謎の人物。
彼のもたらした物や知識によってモロボシの世界は破局を回避することが出来た。
モロボシ自身気が付いていないが、この男に憧れ、同じことをしようとしている部分がある。
モデルは花郁悠紀子の「フェネラ」より。


メビウスシステム:主人公の世界(時代)に存在するシステムの総称であり、主人公の超人的活躍のタネ(と言うよりもこれがないとなにも出来ない)。
システムの中核をなすのは『メビウスコイル』と呼ばれるユニットで、並行世界の一つである『放電空間』からエネルギーを取り出し、活用することが出来る。
また、並行世界への移動も可能であるが、主人公の世界では法律により厳しく制限されていて、実質移動出来るのは主人公のような公務員だけである。
出典は山田ミネコの「最終戦争」シリーズ。


並行地球群連合:主人公が本来所属する世界。メビウスコイルを手にした人類が荒廃した地球を捨てて無数の並行世界にある人類がいない地球を開拓、
国家や民族ごとに一つずつの地球を手に入れたのち成立した“国際連合”の発展形。
本部は旧地球に置かれている。


日本民主主義人民共和国:主人公の故郷(未来の『日本』)である。 このふざけた国名にもかかわらずちゃんと『天○制』が維持されているからすごい。
ずいぶん前から『国名改正論議』がもたれているが、いまだに何も決められない。(笑)
ちなみに憲法第9条も健在であり、いまだに国軍はなく『人民防衛隊』が存在している。


文明大改革:主人公の日本(日本民主主義人民共和国)の過去に起こった政治思想改革(?)
異常なまでの検閲主義と思想統制で国内に様々な後遺症を残した黒歴史的一幕。(略して“文改”)
第一次と第二次があり、第一次文改の時代に国名を「日本民主主義人民共和国」とした。


文明改革検閲隊:文改時代に文化作品等の取り締まりを行った特別警察隊。
「反社会的」とされたあらゆる媒体、作品を摘発、弾圧を行った。


奥州4783号:モロボシの世界で開発された超多収型米の品種名。
2001年現在のオルタ世界の日本では北陸193号相当の多収穫米が使用されている(と思う)が、さらにその30%増しの収穫が可能で、味もよしと云う優れ物である。
但し、肥料はそれなりにかかるのでいいことばかりではない。
技術は所詮技術であって魔法ではないのだ。


チビコマ:ミニチュア型のタチコマくんであり、モロボシ君が悠陽殿下にプレゼントした特別機。
基本機能はタチコマと同じだが、小さいので人間は収納出来ない。
サイズはR2D2より一回り小さいくらい。
この機体は2機製造されておりもう1機は…


オシリスⅢ(サード):土管帝国の建設・拡張を遂行するAIの名称。
本来は工事用ロボットのAIとして作成されたのだが、何者かの(国家的?)陰謀により機能が300倍に膨れ上がり、“無限の土管”を作り続ける破綻したAIになってしまった。
モロボシ君が本来片付けなくてはならないのはこのAIだと言ってもいい。
元ネタは勿論メルブラX(路地裏ピラミッドナイト)の“オシリス改”である。






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