余録

文字サイズ変更

余録:リビアの「大衆の歩み」

 「兄弟諸君、支配者の政府が人民を代理する時代は終わった。私たちは大衆がすべての場所で権力を手にし、圧制や搾取を打ち負かし、勝利すると確信する。誰にも大衆の歩みは止められない」▲これはリビアの反政府デモ隊の言葉ではない。カダフィ大佐が7年前に普通の国の議会にあたる全人民会議で行った演説の一部だ。「大衆」やら「人民」やらを連発する演説は、「ジャマヒリヤ(大衆の共同体)」と呼ばれるこの国の政体を自画自賛したものであった▲そもそも「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリヤ国」というのからして「人民」も「大衆」も盛り込んだ欲張りな正式国名である。では今、空爆や軍・治安部隊の銃撃で殺されている人々は「人民」や「大衆」でないのか。大佐はこう述べた。「彼らは犬だ」▲憲法も議会も政府もない人民の直接統治と称する奇怪な体制の下、公職をもたない「指導者」として約40年間も独裁的権力を振るってきたカダフィ大佐である。人民は独裁によってその名ばかりか自由も尊厳も盗み取られ、まさに「犬」同然の状態に置かれたわけだ▲チュニジア、エジプトに比べて最も全体主義的な色彩の濃かったリビアの体制だ。懸念された通り、民衆デモへの力ずくの弾圧が大規模な流血をもたらしている。非武装の自国民への銃撃や空爆が人道に対する犯罪であるのを「指導者」はほどなく思い知らされよう▲「人民の統治」を麗々しく掲げる権力ほど人民への非情な弾圧をいとわないのが現代史の皮肉だ。「歩みを止めない大衆」におびえる独裁政権の残虐な暴力はもう歴史のひつぎに葬らねばならない。

毎日新聞 2011年2月24日 0時01分

 

おすすめ情報

注目ブランド