ニュージーランド地震のビル倒壊現場から、右脚を切断する手術を受けて救出された富山外国語専門学校1年の奥田建人さん(19)が24日、病室で共同通信の取材に応じた。「家族や友だちに『生きてます』と伝えたい。それで十分です」と気丈に話し、がれきの下敷きになってから救出されるまでの状況を証言した。
3週間の語学研修でクライストチャーチを訪れていた奥田さんは22日昼、語学学校の授業を受けた後、ビル4階のカフェテリアに向かった。サンドイッチを食べていた時、突然強い揺れに襲われた。
揺れはどんどん強くなる。「やばくない?」。級友と話していると、床ごと下に落ちた。気が付くと周囲は真っ暗で何も見えず、体はがれきの下敷きになっていた。右脚に強い痛みを感じ、立ち込めるほこりで息が苦しかった。
「助けて」「息ができない」。近くに何人も同じ学校の仲間がいた。「落ち着こう」「体力を温存しよう」と励まし合い、じっとして動かないように努めた。
携帯電話で富山にいる兄(23)に助けを求めた。兄から日本の警察や外務省に連絡が伝わったらしく、しばらくしてクライストチャーチの警察から電話がかかってきた。そばで同様に閉じ込められていた富山外国語専門学校教員の亀遊知子さん(43)が通話を代わり、英語で場所や状況を説明。このころ、地震発生から既に10時間ほどたっていた。
それから約2時間。駆け付けた救助隊ががれきを取り除き始めた。「助かったよ」。級友たちの声が次々に聞こえる。自分を助け出そうとした隊員が英語で「脚を切るぞ」と言った。
「生きていられるだけでいい」。つらかったが、自らにそう言い聞かせた。麻酔で意識が途切れた。目が覚めると、病院の手術室だった。強烈な光に目がくらみ、再び意識が遠のいた。
今回の語学研修が、初めての海外渡航だった。「こんなことがあったけど、またいろいろな国に行きたいし、英語を使う仕事に就きたい」。ベッドの上で笑顔を見せ、将来の夢を語った。 (クライストチャーチ共同)
富山外国語専門学校1年、奥田建人さん(19)のインタビュー要旨は次の通り。
▽地震発生
22日昼、語学学校のビル4階カフェテリアで、強い揺れに襲われた。揺れはどんどん強くなり、床ごと下に落ちた。周囲は真っ暗で何も見えず、体ががれきの下敷きになった。右脚に強い痛みを感じ、立ち込めるほこりで息が苦しかった。
▽救助まで
携帯電話で富山の兄に助けを求め、クライストチャーチの警察から連絡があった。ビルの場所や状況を説明。発生から約12時間後、救助隊員が活動を始めた。自分の状況を見た隊員に「脚を切るぞ」と言われた。「生きていられるだけでいい」と受け入れた。
▽現在の心境
家族や友達に「生きてます」と伝えたい。それで十分。初めての海外渡航でこんなことになったが、またいろいろな国に行きたい。将来は英語を使う仕事に就きたい。
毎日新聞 2011年2月24日 10時31分(最終更新 2月24日 11時21分)