制作者:国本静三

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オペラ「ポッペアの戴冠 L'incoronazione di Poppea


 クラウディオ・ジョヴァンニ・モンテヴェルディClaudio Giovanni Monteverdiイタリア(1567-1643)



<遺作、オペラ「ポッペアの戴冠」>


 1642年初演の「ポッペアの戴冠」はおそらくモンテヴェルディMonteverdiイタリア(1567-1643)の絶筆であり、彼の劇音楽の革命精神の究極を示す作品である。初演は1642年秋のサン・タンジェロ劇場で行われ、作曲者は75才であった。物語は古代ローマの史実が扱われている。台本はタキトゥス「年代記」からブゼネッロ(1598-1659)が脚色したものである。モンテヴェルディはかなり自ら手を入れ、劇的な盛り上がりを高めた。

 このオペラの物語は勧善懲悪の教訓的ドラマでない。むしろ今でもニュー・ウェーヴを思わせる筋立てをもっている。大胆に不道徳な男女関係が扱われ、意表をつくこと必至である。それはネロ皇帝の不倫と再婚が骨子となっている。しかし、絵空事でない人間世界の現実を写し取ったような真実性が我々を捉える。このような題材をモンテヴェルディはたいへんシャープな音楽で切り込んでいる。そしてその音楽は随所でバロック精神像の断片的世界をも写し取っている。それは副次的人物(小姓や乳母など)の描き方で、処世的でちょっぴりアイロニカルにまたコミカルに扱われている。それでも全体の構成を阻害することなく、かえって辛らつさと真実の世界を強調する。矛盾に満ちた人物設定や、悲劇的要素と喜劇的要素への自由な跳び交いは、時代を超えたメッセージと感動を与える。

 「ポッペアの戴冠」の楽譜は2つ伝えられている。1647年のヴェネツィア上演用写本総譜と1651年のナポリ上演用写本総譜である。ヴェネツィア稿は(サン・マルコ大聖堂図書館所蔵)は、初稿の改訂・短縮版というべきもので、一部は弟子のカヴァッリの手になる。もう一つはナポリ稿(ナポリのサン・ピェトロ・ア・マイエッラ音楽院所蔵)は、モンテヴェルディの初稿に基づいているが、他者によるかなりの加筆が認められる。だが、音楽的にはいっそう豊かな要素が含まれれている。

 楽器の指定については処女作オペラ「オルフェオ」では綿密にしているが、「ポッペアの戴冠」では略されていて、演奏者の創意に委ねられた部分が多い。つまり、声楽部分と通奏低音のみが指定されているだけである。



<物語>


プロローグ

「ポッペアの戴冠」plorogoの自筆譜


 
運命の女神、美徳の女神、愛の神が登場して、これから始まる物語の不条理を暗示する。


第1幕


 紀元62年のローマ。辺地での任務から帰還した武将オットーネは、妻ポッペアが待っているわが家に入ろうとする。だが、妻は皇帝ネロと情事にふけっている最中であった。オットーネは愕然として立ち去る。皇帝とポッペアの二人は一夜を明かし、別れを惜しんでいたのである。ポッペアは皇后戴冠を夢見て胸踊らせていた。

 一方、ネロの皇后オッターヴィアは怒りをぶつけている。ネロの師、哲学者セネカはオッターヴィアを慰める。セネカは妻オッターヴィアと離別してポッペアと結婚しようとするネロを諌めていた。しかしネロは激怒する
(モンティヴェルディの開拓したコンチタート様式の典型)それとは反対にポッペアはセネカを殺すようにネロをけしかける(ネロとポッペアのあらわな情熱的表現は、肉感的な輝きをもって表現=第1幕第10場。ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」、ヴェルディ「オテッロ」と並ぶ二重唱の名場面といえよう)

 オットーネは自分が陥れられるのではと心配しているところへ、彼に恋しているドルシッラが現れる。


第2幕


 セネカのもとへ今衛隊長が来て、自害命令を伝えられる。セネカは弟子たちに惜しまれながら死んでいく。一方、ネロたちはセネカの死を祝う。苦悩するオットーネに皇后オッターヴィアはポッペアの暗殺を命ずる。オットーネはためらい、彼を愛するドルシッラは喜ぶ。オットーネはポッペア暗殺のためドルシッラの衣装を借りる。変装のためであった。

 ポッペアは愛の神から守護を約束される。そこへオットーネが来るが、愛の神に阻止され、乳母に騒ぎ立てられて暗殺は失敗に終わる。愛の神はポッペアの皇后戴冠を宣言するのであった。



第3幕


 何も知らぬドルシッラは、ポッペア暗殺のかどで捕らえられる。事情を察知した彼女は愛するオットーネの身代わりになろうとする。そこへオットーネが現れ、自白する。かばい合う二人を皇帝ネロは追放処分にする。暗殺の張本人皇后オッターヴィアを海に流すことを決める(オッターヴィアの「さらばローマ」はモノディ様式の真髄といえる)

 かくしてポッペアとネロの愛は成就した。こうしてポッペアは皇后となり、戴冠の時を迎えるのであった
(フィナーレは二人の対話に始まり、パッサカリア、シンフォニアそして甘美な2重唱に達する)



参考ディスク

DVD UCBG1220「ポッペアの戴冠」(発売:2007年)
 
ニコラウス・アーノンクール指揮、ジャン・ピエール・ポネル演出
チューリッヒ歌劇場モンテヴェルディ・アンサンブル

ポッペア:ラシェル・ヤカール(S)
ネロ皇帝:エリック・タビー(T)
オッターヴィア皇后:トゥルデリーゼ・シュミット(Ms)
哲学者セネカ:マッティ・サルミネン(Bs)
武将オットーネ:ポール・エスウッド(C-T)
皇后の侍女ドルシッラ:ジャネット・ペリー(S)
ポッペアの乳母:アレキサンダー・オリヴァー(T)
皇后の乳母:マリア・ミネット(A)
小姓:ペーター・ケラー(T)
小間使い:シュザンヌ・カラブロ(S)
運命の女神:レナーテ・レンハルト(S)
美徳の女神:ヘルルン・ガードウ(S)
愛の神:クラウス・ブレットシュナイダー(B-T)

収録:1979年チューリッヒ歌劇場 


2002-2010


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