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教授挨拶

医者は、クスリや手術で病気を直しているのではありません。患者も、治療を受けるだけで、病気が治っているのではありません。治療により、患者の治癒力が増加し、病気が治るのが促されているのです。要は、直ろうとする患者の意志と努力、そしてその治癒力を支援する医者の手助けであり、この二つの力が相乗的に働くことで、患者の治癒力が増加し、病が真に癒えるのです。運動も食事制限もせず、太ったままでの糖尿病治療薬やインスリンの投与、塩分摂取制限をしない降圧剤の投与、リハビリをおろそかにしたままの補助装具の使用などは、真の治療ではありません。卑近な治療でも、熱があれば、解熱剤、痛みがあれば、痛み止め、胃が痛ければ、胃酸分泌抑制剤の投与、そしてコレステロール濃度が高ければ、スタチン。これらの日常に行われる治療は、感染症における抗生物質の投与を除けば、病気を治す本質的な治療ではありません。すなわち、応急処置としての対症療法です。短期的なこのような治療の間に、病気が治ってしまうのです。言葉を変えれば、これらの治療には、患者の治癒力が増加するのを待つという意味はあります。このような応急治療に使われるクスリの中のいくつかのものが、長期使用により認知症のリスクを高めることは余り知られていません。認知機能の低下は、ヒトとヒトとのコミュニケーションを阻害するので、他のどのような要因よりも、患者の生活の質を高度に低下させます。まだまだ、他の副作用もあるに違いないでしょう。

医者だけでは、病気を治せません。病気で死ぬヒトがこれだけ多いのに、医者は、病気を治しているとは言えないでしょう。繰り返しになりますが、医者は患者の治癒力を増加させるだけなのです。患者の治癒力がないと病気は治らず、患者は不幸な転帰をとります。高齢は、治癒力を低下させるので、高齢者は、集中的な治療にもかかわらず、病気で亡くなります。治癒力の枯渇した時点が、寿命ということになります。

“色即是空、空即是色”ということばがあります。“色”とは、目に見えるもの、そして、“空”とは目に見えないものを指します。両者は、表裏一体、目に見えるものの成り立ちには、目に見えないものが寄与し、目に見えないものが、目に見えるものを作り上げます。すなわち症状として表れている病気を“色”と考えれば、その病気の原因は、毎日の生活習慣や精神状態などの“空”です。クスリや手術で“色”を取り除くと共に、その病気の原因である“空”をも取り除くことで、治癒力は増加します。

治癒力とは何か?心身の恒常性(常に一定の状態を保つ機能)を保つチカラです。インスリン様成長因子-Iは、細胞の分化増殖の促進、細胞機能の維持、細胞死の抑制、組織の再生、および炎症抑制など、組織の構築の恒常性を維持する上で重要な作用を有するのみならず、海馬の神経細胞の機能の向上と再生を促進し、認知機能改善、抗うつ作用、および抗不安作用を有し、心身の恒常性の維持に極めて重要な役割を演じます。治療や生活習慣は、インスリン様成長因子-Iの体内での産生に大いに影響します。

癌に罹患していても、脳卒中の後遺症で運動麻痺があっても、最大限の臓器の恒常性の維持と、それにも増して、認知機能を維持し、不安の少ない、明るく安らかな気持ちを保つことは、患者の生活の質を向上させる上で、極めて重要です。そのためには、心身の機能の恒常性の維持に重要なインスリン様成長因子-Iの産生を高めることが有用です。

私たちは、約15年に及ぶ血液学の研究の成果をもとに、インスリン様成長因子-Iが、知覚神経を刺激すれば増加することを見出しました。知覚神経は、痛みや熱さを感知する神経で、感染やけがで刺激され、インスリン様成長因子-Iの産生を増加させます。増加したインスリン様成長因子-Iは、心身の恒常性維持に重要な作用を発揮することで、治癒力の増加に貢献します。
どのような生活習慣や治療がインスリン様成長因子-Iの産生を高め、治癒力を高めるかを知ることは、医者にとっても、患者にとっても、病気を治す上では極めて重要です。

展開医科学とは、医学の基礎研究の成果を、臨床治療や社会の人々の健康維持に速やかに応用(展開)するための医学研究です。私たちの研究室では、どのような食品、およびクスリが、またどのような生活習慣が、インスリン様成長因子-Iを増やして、ヒトの治癒力を増加させ、健康維持や疾病治療に寄与するかを探索しています。研究成果は、学術雑誌への掲載のみならず、マスメデイアを通して、社会の人達にも知って頂けるように心がけています。我々のホームページをご覧になり、研究の内容と成果を知って頂き、健康維持、アンチエイジング、そして疾患の治療に役立てて頂ければ幸いです。(岡嶋研二)
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