それは、もう戻らない日々。それは、忘れえぬ記憶。それは、大切な思い出。
「……あのね。私、妹が欲しい!」
「妹?」
「うんっ! ……ダメ?」
可愛らしく首を傾げる金髪の少女。それに女性、プレシアは微笑んで答える。
―――分かったわ。アリシアのお願いだもの。
―――じゃあ、約束だよ、ママ。
そしてそれは、遠く儚い幻……
解き放つ黄金の輝きと槍騎士の告白
「夢……?」
「プレシア? どうかしましたか」
「いえ、何でもないわ」
心配そうに見つめるリニスに、プレシアは手を振って答える。それを何か気に掛けながらも、リニスは再び視線をモニターへ戻した。
管理局が動き出した。それをリニスが気付いたのは、ついさっきの事。いつもと違い、局員が地球へと送り込まれたのを確認したのだ。
それを知ったリニスの行動は迅速だった。真っ先にランサーへ連絡し、管理局が介入し始めた事を伝え、サーチャーが撒かれてしまった事を告げた。
そして、最善の対応としては、出来るだけ今日中にジュエルシードを回収し、帰還する事だと結論付けた。時間を掛ければ掛ける程動きが取れなくなると締め括って。
「……にしても、まさかこうも早く管理外に介入してくるなんて」
「……おそらく、ジュエルシードが原因でしょうね」
リニスの呟きに、プレシアはそう答えた。プレシアは、あくまで推測としてと前置いてから、ジュエルシードの正体について語りだした。
「おそらく、アレは”次元干渉”のロストロギアよ」
「次元干渉……? まさかっ!?」
「そう。……願いを叶えるのは、あくまで副産物か、もしくはそれを切欠に発動するのでしょうね」
プレシアの言葉に、リニスは声を失った。もし、それが本当なら管理局が介入を早めたのも頷ける。次元干渉という事は、最悪の場合、次元世界の危機に直結するからだ。
それに思い当たったところで、リニスは気付く。プレシアはそれに気付きながら、何故止めなかったのか。そんな事を考えたのだ。
リニスの視線に、プレシアも言いたい事を理解したのだろう。苦笑を浮かべてこう言った。
「ランサーや貴方達が懸命に足掻くのを見て、言えると思う? それに、私は思ったのよ……」
―――ランサーなら、何とかするかもしれない、って。
そう言ってプレシアは微笑む。穏やかに優しげに。視線を上げ、天井を見つめながら呟く。
「アリシア、貴方との約束……ママは果たせるかしら」
それが何を意味するのか。リニスには、知る事が出来なかった。だが、その表情に宿るモノは伝わったのか、微笑みを浮かべて作業に戻る。
「……プレシア。辛いかも知れませんが、もう少し寝ていてください。長話をしたから疲れたでしょう」
「そう、ね。そうさせてもらうわ」
次はどんな夢が見れるのか。そんな楽しみにも似た感情を抱きながら、プレシアは目を閉じる。その顔は、どこか喜びさえ浮かんでいた……
「時空管理局、か……」
「ああ。リニスの話じゃ、もう動き出したらしい」
早朝にも関わらず、ランサーはアーチャーの部屋を尋ね、丁度目を覚ましたところで話を切り出したのだ。
内容が内容なので、アーチャーは不満を述べなかったが、内心はやや複雑だった。いきなりノックもなしに入り、挨拶も抜きで「ヤバイ事になった」と言われれば、思う事もあるのだ。
ちなみに管理局の事は、ユーノとフェイトの口から既になのは達にも伝えられている。それを聞いたなのはの感想は―――。
「何か本当に警察みたいだね」
という単純なもの。だが、アーチャーからすれば、その存在はどこかでエリート集団を思わせるものがあった。
それは、『管理局』と言う名称からも感じられる一種の優越感にも似た響き。次元世界を管理するというのは、どこか上から目線だと思ったのだ。
世界の治安維持を目指すなら、管理ではなく保安や防衛等の言葉を使えばいい。それを『管理』と表現するところに、妙な選民思想にも似たものを感じたのだ。
当然ながら、それをアーチャーはなのは達には伝えていない。それは、変な先入観を与えないため。
間違っていると思うのも正しいと思うのも、なのは達が決める事だと思っているから。自分は、尋ねられた時に自分の主観を告げるだけ。そうアーチャー達は考えているのだ。
「……それで、今日中に終わらせたいと?」
「……ああ」
苦い顔のランサー。その気持ちはアーチャーも理解出来る。何せ、昨夜はやてとフェイトがある約束をしていたのを知っている。
それは、明日の夕食をいつもより豪華にした『お疲れ様パーティー』をするというもの。それも八神家だけで。
そのパーティーに込められた本当の意味を二人は知るからこそ、互いにやるせない思いになっていた。
(本当ならば、今日は準備に当て……)
(明日に本番って、事だったのによ……)
そう、本当はフェイト達との『お別れパーティー』なのだ。会えなくなる訳ではない。だが、共に寝泊りするのは最後となる。
だからこそ、はやてとフェイトの気持ちの入れようは凄かった。入念に話し合い、メニューは互いの好きなものを出す事に決まった。
料理は、はやてが主に腕を振るい、補佐をアーチャーが務め、フェイト達は主賓として扱われる事まで決めていたのだ。
「……二人には私から言っておく。とにかく今は、ジュエルシードを回収する方が先だ」
「……応よ!」
一瞬浮かんだ言葉を打ち消し、想いを込めて力強くランサーは答える。それに反応を示さず、アーチャーは背を向ける。
せめて、別れぐらいは言わせてやらねばな。そう告げて部屋を出て行く背中に、ランサーは無言で感謝する。
(いつだったか、貴様は言ったな。自分には誇りなんかないと……)
思い出すのは、あの聖杯戦争での事。教会前でのアーチャーとの会話。
(だがな? 誇りはあったんだよ、貴様にも。英雄ではなく”漢”としての誇りが)
そう思って、ランサーは呟く。それは、決して本人には言わない言葉。
「アーチャー……貴様の生き方、認めてやる。この、クー・フーリンがな」
いつもは楽しい朝食の時間。それが、今日は違っていた。会話はある。しかし、それをしているはやてとフェイトに―――笑顔はない。
どこか無理をしているような笑み。何とか普段と同じように、と意識しているのだろう。それが逆に互いの気持ちを掻き乱す。
そんな状況になったのは、アーチャーが告げた先程の話が原因だった。
そして、それはその場にいるランサー達も同じだった。まだ十歳にも満たない少女達が、空元気を出して会話するのを見ていて、心が痛まぬはずがない。
だが、それをどうこう言える資格は、今の三人にはない。何を言っても、二人に本当の笑顔は戻せない。
(……やり切れん、な。こういう雰囲気は)
(……許してくれなんて言わねぇ。だから、絶対にプレシア達を助けてみせるっ! それが、俺のせめてもの償いだ)
(フェイトもはやてもごめんよ。でも、こうするしかないんだ。……でも、何で今になってっ!)
思う事は違えども、それは全て二人の少女に対するもの。だが、ふとアルフはあるものに気付いた。自分の頬を流れる涙に。
それは、精神リンクしているからこそのものだとアルフが気付き、視線をフェイト達へ向けると―――。
「あのね、はやて。私達、きょ「そ、そんでなっ! 夏には、すいかを食べるんよ」
「そう、なんだ。……私も、食べてみたかったよ」
互いに泣きながら、それでも微笑みを浮かべて話し合うフェイトとはやての姿があった。
別れの挨拶をしようとフェイトが切り出そうとする度に、はやてがそれを遮る形で話題を振る。
それをランサーもアーチャーも止めようとはしない。それをしていいのは、自分達ではないと知っているから。
おそらく、もうそんなやりとりを何度もしているのだろう。はやてもフェイトも目が真っ赤になっている。
フェイト達が八神家に来て、たった二週間弱。だが、その間に出来た思い出は多い。はやてとフェイト。共に兄弟もなく、親と接した記憶も薄い。
そんな二人が、共同生活で培った絆は深い。明るいはやてと少し内気なフェイト。だからこそ、相性は良かった。はやてが喋り、フェイトが聞く。
それでも、いざという時のフェイトは強い。はやてが思わず怯んだ事もある程なのだから。
「……はやて。私達、きょ「あ~、そう言えばな……」
そして、またはやてが遮ろうと声を出して、そのまま止まる。フェイトが涙を流しながら、はやての手を握りしめたからだ。
そのフェイトの目に宿る輝きに、はやても悟ってしまう。もう、終わりなのだ、と。
「ありがとう、はやて。今まで楽しかった。だから、これだけは言わせて」
―――嬉しかったよ、一緒に暮らせて。だから……またね。
―――それを言うのはわたしの方や。ほんまにおおきに。……気ぃつけてな。
それが限界だった。互いに堪えていた感情を溢れさせ、声を上げて泣き出した。二人はどこかで気付いているのだ。もう会う事が難しい事に。このままでは、おそらく会えなくなるだろうと。
だからこそ、ずっと互いに”ありがとう”と”またね”を繰り返す。何度も何度も……繰り返しながら。その予想が、本当にならないようにと願いながら。涙が枯れるまで………言い続けたのだった………
海鳴海浜公園。そこに、フェイト達はいた。本来ならば、時間を掛けて回収するはずだった六つのジュエルシード。
それを急遽、今日中に回収しなければならなくなったのだ。そのため、アーチャーとセイバー、なのはとユーノもそこにはいた。
「まさか、こんな事になるなんて……」
「仕方ないよ。ロストロギアの個人使用は本来なら犯罪なんだ。いくら事情が事情でも管理局の立場なら、確実に……」
「捕まえる、のでしょうね。だからこそ、早く終わらせなければ」
なのはの呟きをキッカケに、ユーノとセイバーが続く。そう、今朝なのはは、はやてから電話で伝えられたのだ。
管理局が地球に介入し始めたので、フェイト達が今日で帰る事になったのだ、と。だから、最後の協力をして欲しい。
そうはやての掠れた声で告げられ、なのはは学校を休んだ。無論、理由を聞いた桃子と士郎が即座に許したのは、言うまでもない。
「ごめんね、なのは」
「いいよ。これでずっとお別れって訳じゃないし、ね」
真っ赤な目で告げるフェイトに、なのはは微笑みを返す。本当なら、なのはも泣きたかった。ああは言ったものの、フェイトがどこか悲痛な面持ちなのを見て、なのはも感じたのだ。もう、会う事が厳しいだろうという事を。
でも、フェイトの顔を見て、決して泣くものかと思った。悲しんでいるフェイトを、笑顔にさせようと。自分が泣くのは後でいい。
そう決意し、なのはは視線をフェイトから海へと戻す。そこに眠る六つのジュエルシード。それを封印し、フェイト達を笑って見送るために。
「じゃアルフ、手筈通りに頼む。……アーチャー」
「分かっている。
投影、開始」
ランサーの声に応えるように、詠唱したアーチャーの手には、赤い槍が握られていた。それは、かの有名なフィオナの騎士が使いし
破魔の紅薔薇。
それをランサーへ手渡し、アーチャーは再び詠唱し、その手に今度は歪な短剣を出現させた。
「……成程。それでジュエルシードを無力化するのですね」
「ゲイジャルグはともかく、こちらはまだ確実ではないがな。それとランサー、それはあまり保たんからな」
「分かってる。だが、頼りにさせてもらうぜ」
アーチャーが投影した武器を両方知るセイバーは、即座にランサーとアーチャーが考えている事を理解した。
それにアーチャーがどこか不安そうに答え、ランサーへ注意を促す。だが、それを受けてもランサーは笑みを浮かべるだけ。そして、その視線は鋭く海上を睨んでいた。
ランサーとアーチャー、セイバーが立てたプランは、アルフがジュエルシードを強制発動させ、浮き上がったものを無力化するというもの。
それには、いざという時の備えとして『
破戒すべき全ての符』が機能するのかを確かめるためでもあった。
危険な一斉発動に踏み切ったのも、発動させた瞬間に管理局に気付かれるなら、少しでも手間を省く事を考えたため。そしてもう一つ。
それは、実際の有事の際は、全てのジュエルシードを相手にしなければならない。だからこそ、六つ如きで怯む訳にはいかなかったのだ。
そして、それが確認出来た後は、残りの対処をセイバーが引き受ける事となっている。
「結界展開。もういいよ」
「じゃあ……いっくよ~!」
ユーノの言葉にアルフが強制発動の準備に入る。フェイトとなのはは、既にデバイスを起動し、バリアジャケットを身に纏う。
ちなみに二人にも、一斉発動の理由を万が一の時の備えを試すためと告げてある。それに納得し、二人は何も言わなかった。
アルフが放った魔法が海に大量の魔力を流す。その瞬間、凄まじい魔力が周囲に迸ると共に、海面が荒れ、波が起こり、いくつもの竜巻が巻き起こった。
それを見つめ、ランサーは槍を脇に抱えてフェイトとユーノに掴まり、空へと浮き上がる。アーチャーは海上を睨み続け、セイバーはなのはを送り出し、その場に留まった。
そんなセイバーを見てアーチャーは苦笑し、なのはは楽しそうに笑っている。そう、何故なら彼女は……
「アルフ、貴方はそこで休んでいてください」
「セイバーはどうすんだい?」
「ご心配なく。……はっ!」
そう答え、セイバーはその身を海上へと躍らせる。それを驚きの表情で見つめるフェイト、ユーノ、アルフ。
そう、セイバーは水に沈む事無く歩く事が可能なのだ。聖剣を与えた精霊による加護。それがこちらでも有効なのは、以前行った海水浴で実証済み。
故になのはは何も言わず、セイバーを置き去りに出来たのだ。ランサーは「……やっぱ沈まねぇのか」と呟いた。
「さて、まずは俺が切り開く!」
気を取り直し、フェイトが展開した魔法陣を足場に、手にした槍を竜巻に向かって突き出すランサー。それが一つの竜巻を綺麗に霧散させる。
それに驚くフェイトとなのは。だが、それも即座に復活する。それにランサーが神速の突きを繰り出し、猛威を振るう竜巻の影響力を弱めていく。その隙間を狙って、アーチャーが手にした短剣を投げ放った。
ジュエルシードに当たった瞬間、それに短剣が反応し、ジュエルシードの一つが魔力を失う。そしてそれにより、竜巻の数が減り、影響力も少しだが更に弱くなったのを見て、なのはがジュエルシードへ向かう。
「凄い……封印できたよ!」
そのジュエルシードは既に封印された状態になっていた。それをレイジングハートから教えられたなのはは、密かに感心していた。
アーチャーが以前言った魔力に対する絶対的な武器。それが先程の短剣だと理解したからだ。
「これで証明出来たな」
「……ですね。でも、残りは―――」
どうします。そうユーノが口にしようとした時だった。ランサーが何やら下を見て、表情を変えたのだ。猛犬とも呼べるようなものに。
それと同時に風が吹き荒れた。ユーノがその視線を下に向けると、そこには剣を掲げたセイバーの姿があった。
「残りは、私に任せてください。その後はなのは、フェイトが即座に封印を」
「何をするの?」
「封印って……どうやって……?」
そう尋ねるなのはとフェイトだったが、セイバーが構えている剣から恐ろしい程の力を感じ、その視線は剣に釘付けだった。それにユーノは、以前聞いたセイバーの切り札を思い出し、呟いた。
「エクス……カリバー……」
その呟きにランサーは頷くと、なのは達に向かって叫ぶ。
「さっさと離れるぞ! 巻き込まれるかもしれねぇ!」
「わ、分かったっ!」
「了解です!」
「セイバー、頑張って!」
(宝具っていうのを使うんだ……それなら……きっと!)
動揺するフェイトと頷くユーノ。なのはは一人竜巻を前に佇むセイバーへ、離れながらも声援を送る。その顔に信頼の笑みを浮かべて。
それにセイバーは微笑み、頷いた。そして、意識を前方の竜巻へと向ける。
(あまり時間は掛けられない。フェイト達の為にも、なのは達の為にも……。ならば、一気にかたをつける!)
ジュエルシードを発動させれば、否応なく管理局が気付く。だからこそ、今回は時間を掛けていられない。そう、ルールブレイカーでは確実だが手間が掛かる。
故に、彼女は聖剣を使う事を選んだ。その輝きを持ってジュエルシードの魔力を吹き飛ばす。それが、自分が何者なのかをなのは達に教える事になろうとも。
そして僅かにでも、それがジュエルシードを沈静化させたところをなのは達が封印する。それがセイバー達の結論。
「
約束された……」
掲げるように持たれた剣から、強い光が溢れ出す。それを離れて見ていたなのはには、何故か太陽ではなく”星の輝き”に見えた。
(キレイ……。沢山の星が集まっていくみたい……)
「
勝利の剣―――っ!!」
セイバーから放たれる力ある言葉。それに呼応し、聖剣が目が眩む程の輝きを放つ。ユーノは精一杯結界の維持に神経を集中し、それをアルフも支える。だがそれも、結局無駄に終わってしまう。
セイバーの聖剣の光は、最終的に結界を突き抜け、それを掻き消したのだ。そして、それをなのはとフェイトは魅入られたように見つめていた。
それは、黄金の輝き
”最強の幻想”と称される光の剣
星によって鍛えられし神造兵装にして、終わらない夜を砕く刃
「そろそろだな。二人共、封印の準備はいいか?」
その光の残照を呆然と見守っていたなのは達だったが、ランサーの言葉に意識をジュエルシードへと戻す。そこには、あれ程激しく暴れていた竜巻はなく、穏やかな海が見えた。
「結界を張り直した。さ、早く!」
ユーノの言葉に弾かれるように二人は飛び出す。そして、ジュエルシードをそれぞれ素早く封印していく。
それを見守るランサー。アーチャーは周囲を警戒していた。アルフは先程の結界維持で再び疲れたようで、地面に座り込んでいる。
ユーノは内心安堵していた。結界が突破されたのが輝きが終わる直前だったからだ。ユーノは知らない。先程の一撃は、セイバーの全力ではない事を。そして、アルフが援護していなければ、それでも結界が途中で掻き消されていた事を。
「……こっちは終わったよ」
「こっちも……終わった」
その言葉にランサーとアルフが息を吐く。ユーノとセイバーも同様だ。だが、アーチャーだけは違った。周囲の警戒を怠る事無く、言い放つ。
「ならば、早く行け。いつ管理局が―――」
「すまないが、そこまでだ」
突然現れる黒髪の少年。歳の頃なら十代前半かぎりぎり後半だろうか。黒い服を身に纏い、手にはなのは達と同じデバイスを所持している。
「僕は、時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。君達に聞きたい事がある」
現れたのは、招かれざる客人。それは、別世界の使者。そして、後の絆を繋ぐ大切な案内役
時空管理局。
その存在が、今、なのは達の前に現れた瞬間だった。
クロノは手にしたS2Uを静かに構える。視線は赤い服を着た白髪の男―――アーチャーを見つめている。
だが同時に、周囲の人間に対しても注意は怠らない。その中に、行方不明だったユーノの姿を見つけるも、驚きを感じず、クロノは思った。
(やはり母さんの言う通り、か。だが、何故こんな辺境世界に魔導師がいる? まぁいい。今は……)
「まずどうして君達がジュエルシードを回収しているかを教えて欲しい。それと―――」
「答えない場合は?」
クロノの言葉を遮り、アーチャーはそう問いかける。その視線は鋭くクロノを見据えていた。
そんな突き刺すような視線を受け、クロノは目の前の相手が、どれ程の修羅場を越えてきたのかを理解した。だからこそ、下手な事は出来ないという事も。一つ間違えれば、自分の命はないと。それ程の威圧感をアーチャーは放っていたのだ。
「……申し訳ないが、実力行使するしかない」
「ふむ、成程。だが、一つ聞きたい」
「何だ」
「出来ると思うか?」
口調こそ変わらないが、込められた殺気が違う。クロノでさえ、思わず後ずさりそうになる。けれど、執務官という誇りと責任がそれを踏み止まらせる。
それに気付いたランサーとアーチャーは、内心でクロノを誉める。歳の割に既に心構えが出来ている事を。おそらく、クロノは一人で自分達を止められるなどと考えていない。それでも、退けぬ何かがある。だからこそ、踏み止まったのだ。
(まだガキだが、見込みはあるな。……雰囲気は俺寄りじゃなく、アーチャー寄りな感じだが)
(ほう、子供かと思ったが、中々気構えだけは大したものだ。……どこか親近感を感じるのは、気のせいか)
そんな内心を表情には一切出さず、アーチャーはクロノを見据え続ける。それを正面から受け止めるクロノ。そして、そんな緊張感の高まる中、何かを思いついたのかユーノが叫んだ。
「アーチャーさん、待ってくださいっ!」
「……どうした?」
「クロノ執務官と仰いましたね」
「……ああ」
「その質問は……僕が答えます」
ユーノは戸惑うなのは達を他所に、クロノへと話し出す。それは、事故により輸送船からジュエルシードが飛び散ってしまった事に始まる、これまでの簡単な話。なのは達が現地の人間で、自分に協力してジュエルシードを集めてくれているという話だった。
勿論、フェイト達の襲撃の事などはせずに。そして、その間、ユーノは念話でなのは、フェイト、アルフにある考えを伝える。それに合わせてほしいとも告げて。
それに気付かず、ユーノの話を聞きながら、クロノは疑問に思った事を尋ねる。それは、使い魔を連れている少女。フェイトの存在だ。
「彼女は明らかにこの世界の人間ではないな。彼女はどうしてここに?」
「フェイトは、ここには偶然来たんです」
ユーノの言葉に驚きを見せるセイバーとランサー。アーチャーだけは、何かを悟ったか平然としていた。
おそらくユーノは、フェイト達を自分の協力者として管理局に思わせ、もしものために罪を完全に無くす算段なのだろう。それを察すると同時に、アーチャーの中である言葉が思い出される。そして、この状況を終わらせる方法に辿り着いた。
(この世界……か。以前、フェイトも言っていたが、ここは管理外と呼ばれているらしいな。ならば……)
アーチャーがある閃きを得ている間に、ユーノが語ったのはアーチャーの推察通りの内容だった。
フェイトは使い魔と共に、色々な世界を旅していて、この地球には、転送魔法が何らかの影響で狂ってしまい、来てしまった事。そして、偶然にもこの海鳴でユーノ達と出会い、事情を知って手伝ってくれているのだと。
フェイトもアルフもそうだと答えた。なのはも、おかげでジュエルシードを集めるのが楽になったと付け加えて。それを聞き、クロノは訝しがりながらも理解はした。そうだと言える証拠もないが、そうではないと言える証拠もないからだ。
「……分かった。つまり彼女達も善意の協力者なんだな?」
「はい。とても良い人達です」
ユーノの締め括りに、クロノが頷いたのを見て、アーチャーが再び口を開いた。その表情には、どこか勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。
「話は終わったようだな。ならば、もう聞く事はないだろう」
「……いや、ジュエルシードを渡して欲しい」
「そうか。封印されても危険物。それを回収したいのは、そちらも同じか。だが……ここは管理外世界と呼ばれているらしいな?」
アーチャーの言葉にクロノは頷き、一瞬の後に表情を曇らせる。アーチャーの言いたい事を悟ったのだ。
アーチャーもクロノが苦い顔をしたのを見て、笑みを浮かべた。そして、あっさりとこう告げた。
「つまり、ここは君達の管轄ではない。観光で来ているならともかく、仕事をするというのは少々問題ではないかね?」
「……そういう事か。成程な」
アーチャーの言葉にランサーも納得し、笑みを浮かべた。ユーノとセイバーもその意味に気付き、軽い驚きを表していた。
ただ、なのはとフェイト、それにアルフは理解出来ていないようだったが。そんな三人に、ユーノが念話で伝える。
【つまり、ここは管理局が管理していない世界だから、管理局は何の権限もないってアーチャーさんは言ったんだ】
その説明に感心し、三人はアーチャーへ尊敬の目を向ける。同様にセイバーもそれに気付き、その発想に至ったアーチャーへ称賛の視線を送った。そんな視線を受け、アーチャーは尚もクロノを論破するために続けた。
「で、君は何と言った? ジュエルシードを渡して欲しい? それはむしろこちらの言い分でもある。勝手に降ってきて、それが恐ろしい危険物。魔法などという力がなく、本来なら抗う事も出来なかった。こちらにも、これを調べる権利がある」
「それは……」
悔しいが、クロノにアーチャーの言葉を止める術はない。全てが正論なのだ。確かに地球には、魔法文化がない。魔力を持つ者が少ない事も関係しているが、やはり決め手は管理外扱いにある。何せ、魔法文化がある管理世界でも危険物扱いがロストロギアの基本。
更にそれを強硬手段に出ようとしても、管理外では、管理局の名は何も意味を成さない。それどころか、取り様によっては侵略者扱いされる事もある。そんな事実を知るクロノだからこそ、アーチャーの論理に、沈黙せざるを得なかった。
「君は、どうやら話が分かる人のようだ。なら、ここは退いてはもらえないか。ジュエルシードは既に回収を終えた。扱いについてはユーノがいる」
心配する事はない。そう言わんばかりのアーチャーの言葉に、クロノは久方ぶりの敗北感を味わっていた。
今までも負けた事は何度もあった。だが、職務上の論戦で負ける事などほとんどなかった。それが管理外で出会った男に、完膚無きまでに論破される事など思ってもなかったのだ。
(完全に納得出来る訳ではないが、彼の言う事にも一理ある。ならせめて、先程の魔力反応の事だけでも聞き出さなければ……)
「分かった。ここは退こう。だが―――」
そこで、突如巨大なモニターが現れる。そこに映っていたのは緑の髪の女性。突然の乱入者に戸惑うなのは達。だが、アーチャー達は違った。その女性の雰囲気から、彼女がクロノの上司に当たる事を見抜いていた。その証拠にクロノもどこか驚いている。
「初めまして。私は、次元航行艦アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです」
「なっ……艦長、どうして」
「何か困っているようですので、せめてそれ「必要ない。困ってはいないよ。君らには君らの言い分があるのも理解しているつもりだ」
リンディの言葉を遮り、アーチャーは捲くし立てる。それは悉くリンディ達の痛いところを突いていた。
ジュエルシードの危険性と扱いについても、発見者であるユーノがいる事と既に全て封印を終えている事を挙げて論破。ロストロギアは管理局が管理保管する事も、それは管理局が認められている世界に限るもので、地球人としてそれに従う義務はないと退ける。更に、それならば余計に早くこれを回収に来て欲しかったと言われれば、リンディ達としても耳が痛い。
リンディがそこについては謝罪すると、アーチャーも少し意外だったようで、やや驚きを見せた。ジュエルシードについてどうするのかという質問に関しても、ユーノがいる事から推察出来ると言って打ち切った。
「貴方達には悪いが、ここでは管理局は完全な部外者だ。心配せずとも、そちらに保管させようとしたユーノが、悪事にこれを使うはずないだろう」
「それは……そうですが……」
「とは言え、君達もまったくの無関係とは言い切れないのも事実だ。どうだろうか。日を改めて話をしよう。三日後でどうだ」
アーチャーの突然の申し出に戸惑うクロノとなのは達。だが、リンディは違った。そんなアーチャーの申し出に、思うものがあったのだろう。
「失礼ですが、何故急に話をする気に?」
「何、自分が逆の立場ならどうだろうとな。下手をすれば大事になるのが分かっていて、すごすごと引き下がる訳にもいかないだろうとね」
「お心遣いとご理解に感謝します。でも、何故三日も?」
「すまないが、今日の疲れもある。それに私達にも予定があってね。その調整も含めて三日欲しい」
リンディは考えた。アーチャーの言い分におかしい箇所はない。だが、あれだけ自分達を言い負かしておいて、いきなりこうこられても何か裏を感じる。そう思ったのだ。だからこそ、交渉材料になる手札を切ろうか思案した。そんな心情をアーチャーも熟知しているのだろう。何かを躊躇っているリンディに、こう告げた。
「気が進まぬならいい。だが、話し合いの場を設けるのは、これを最初で最後にしたい。そちらもあまりこちらと接触を持ってはいけないのではないか? ……先程の光についても、そこで話そう」
(さて、これで食いつくか。時間稼ぎと事後処理を兼ねる事になるなら、一番いいのだが……)
「……分かりました。では三日後、ここに迎えを出します」
(やはりこちらの知りたい事を理解している……。時間稼ぎをする気なのでしょうけど……いいわ、今は飲むとしましょう)
互いの狙いはどこかで察しているが、どちらとしてもこのままで終わらせる訳にはいかない。そんな思いを微塵も見せず、二人は見つめあう。
「了解した。中々話の出来る相手で助かったよ、リンディ艦長」
「いえ、貴方こそ話の分かる方で良かったですわ。ええっと……」
そこでリンディが言葉に詰まる。それに少し笑みを見せ、アーチャーは名乗った。
「アーチャー、と呼んでくれ」
「分かりました。ではアーチャーさん、私達はこれで……」
「ああ、少し待ってくれ。無いとは思うのだが……」
通信を終わろうとするリンディに、アーチャーは何でもないようにそう切り出した。その口調にリンディは嫌な予感がするも、笑みを浮かべて問いかけた。
「何でしょう?」
「監視の類はやめてほしい。それと追跡等の調査もだ。もっとも、管理局がプライバシーを―――」
「そんな事はしない。こちらとしても変な誤解を招きたくないからな」
どこか心外だと言わんばかりのクロノ。それに、アーチャーは内心若いなと思いながら、どこか申し訳なさそうに答えた。
「そうか……何、少々用心深くてね。気を悪くしたのならすまない」
そのアーチャーの言葉に、リンディは内心で完敗を悟る。こちらを牽制するだけでなく、クロノの真面目な性格をも理解し、堂々と言質を取ったのだ。これでは、リンディ達に出来る事はほとんどない。だが、このままで終わる訳にもいかない。そう思い、リンディは告げた。
「いえ、結構です。当然の事ですもの。ただ、もし何か問題が起きた場合は……」
「ああ。君達の職務に従った行動を取ればいい。ま、そんな事はないように努力しよう」
アーチャーは、そのリンディの対応に感心していた。さすがは人の上に立つだけはあると思ったのだ。
あのまま終われば、アーチャー達の行動にリンディ達は何も手出し出来ないままだった。だが、自分達の基準で問題が起きた場合、手を出すと言ってきたのだ。それも、アーチャー達が文句を言えないように。
それはせめてもの抵抗。そして、現状リンディ達が取れる最善の切り替えしだった。
(こちらの少年はまだ青さがあるが、彼女は厄介だな。こちらの狙いも薄々勘付かれているか……)
(これが今は精一杯。……相当の切れ者ね。会話の流れを完全に掴まれたままだったわ)
そんな二人のやりとりを、なのはとフェイトは呆然と眺めていた。ユーノも分かる範囲で念話解説をしてくれたが、それでもなのは達には理解出来ない状況だった。
ただ、なのはは思う。アーチャーはフェイト達の事を考えて話してくれているのだと。素直ではないが、とても優しい人。それがなのはのアーチャーの印象。故に、その会話の真意が分からずとも、アーチャーの真意だけは理解しているのだ。
(やっぱり、アーチャーさんは凄いなぁ)
なのはがそんな尊敬の眼差しを向ける横で、ユーノはアーチャーの理論展開に感心していた。
相手の言いたい事を言わせず、こちらの都合に合わせさせ、適度に欲しい情報を匂わせる。怒りを見せたと思えば、紳士的な対応で相手を翻弄する。
(管理局の事を知らないにしても、一歩も退かずに有事以外の不干渉まで確約させるなんて。持てる全てを最大限に活用し、道を開く……か。
そういえばそんな戦い方をしていたって、セイバーが言ってたな)
そんな話術にユーノが内心唸っている中、フェイトもまた感心していた。だがその視線は、アーチャーの前にいるクロノに注がれている。
(凄い……あんな風に堂々と意見を言えるなんて……)
殺気を放つアーチャーを相手に、一歩も退かずに対応したクロノ。その姿は、どこか人見知りする自分から見て、憧れるものだった。
いつかは自分も、クロノのように誰に対しても、退かずに堂々と意見を言える人になりたい。そんな思いを強く抱き、フェイトはクロノを見つめていた。
「……では、また三日後に」
「ああ。その時はお手柔らかに頼む」
「こちらこそ、そう願いたいですわ」
「じゃあ、失礼する」
互いに小さく笑みを見せ合いながら、そうリンディが告げてモニターが消える。それと同じく、クロノも転送魔法で現れた時と同じように消えた。
静寂がその場に戻る。それに安堵の息を吐いたのはアルフだった。小さくなのはやフェイト、ユーノも息を吐く。ランサーはアーチャーに近付き、何事かを話し合っていた。そこにセイバーが近寄り、その会話に加わろうとするが……
「では、いいのだな?」
「……ああ。フェイト達はアルフ辺りに連れ出してもらうさ」
「何の話ですか?」
ランサーとアーチャーは視線を交わすと頷き合い、セイバーへ視線を向ける。その視線に不思議そうな表情のセイバー。そんな彼女に対して、アーチャーは真剣な表情で告げる。
「セイバー、君はなのはにライダーと小次郎を呼んでくれるように頼んでくれ」
「……分かりました。後で理由を聞かせてください」
「ああ、心配すんな。きっちり話すからよ」
(そうさ。ここまできたのなら、こいつらの助力に応えなきゃならねえ!)
それにセイバーも頷き、視線をなのは達へと向けた。そのランサーの視線に含まれたモノを理解したからだ。
そのセイバーの視線の先には、緊張から解放され、疲れた表情のなのは達がいた。そんな彼女達に、セイバーはゆっくりと近付いて行く。
「なのは、頼みがあるのですが……」
「えっと……何かな?」
「スズカやアリサに連絡して欲しいのです。ライダーとアサシンの力も借りたい、と」
それは、セイバーがエクスカリバーを使用した時の事。アースラはジュエルシードの反応を探知し、オペレーターであるエイミィが、そこへクロノを誘導しようとした矢先の出来事だった。
凄まじい光と共に、計器が壊れるのではないかと思う程に動き出したのだ。それを見つめ、エイミィはある事に気付いた。
「うそ……これ、あのデータと……」
エイミィの視線の先には、膨大な魔力反応が表示されている。そのデータは、以前見た謎の次元震のものに酷似していた。
そのデータを即座に解析に回しつつ、クロノへ転送魔法の座標を送る。そして、最終的にその魔力反応は、周囲を覆っていた結界を突き破り、空へと消えた。その光にエイミィは、いやモニターを見ていた全員が思わず手を止めた。
「……キレイ……」
そのエイミィの呟きは、その場にいる全員の言葉だった……。
あの後、なのは達は八神家へと戻った。管理局の干渉を心配する必要がなくなった事に加え、猶予が三日出来た事をなのはがはやてに伝えたためだ。戻ってくるなり、家から飛び出すような勢いで、はやてがフェイトに駆け寄った。それを驚きながらも受け止め、二人は苦笑い。
「……なんや、朝の自分が恥ずかしいわ」
「私も……同じだね」
そう言いながらも、二人は笑みを浮かべる。また訪れる別れ。それを感じながらも、今回のようにまたすぐ会える。そんな気がしていたからだ。そして、そんな二人を見つめて、アーチャーははやてに告げる。時間は出来たから、準備をするといい。その言葉に二人が嬉しそうに頷いたのは、言うまでもない。
はやてとフェイト、アルフになのはがパーティ用の買い物に出かけたのを見届けて、家の中へと戻るアーチャー。そこには、ランサーとセイバー、そしてライダーと小次郎がいた。
なのはの連絡を受けたアリサとすずかは、即座に小次郎とライダーへ連絡を入れた。ライダーは直接、小次郎は鮫島経由で二人の頼みを聞き、八神家へとやってきたのだ。
「それで、話というのは?」
「ジュエルシードの使い道についてだ」
ライダーの質問に、アーチャーはそう言い切った。だが、それに驚くものはいない。セイバーを始め、サーヴァント達はどこかで予想していたのだ。ランサーのジュエルシードの使い道が、病気の治療などではないという事を。
何故ならば、本当にそれを望むのなら、既に打つべき手はあるのだ。セイバーの持つ癒しの力。それを頼ればいいのだから。現に、話を聞いた時、セイバーは密かにランサーへ提案した事がある。しかし、ランサーはそれを断ったのだ。
それは、最後の手段だったからだ。アリシアを助けられなかった場合の、最悪の状況での手段。
プレシアだけでも助ける。しかし、早々にプレシアを治してしまえる手段を得てしまえば、ジュエルシードを使う名目がなくなりかねない。そして、セイバーもランサーが下した結論から、ランサーの狙いが別にある事を確信したのだ。
「……やはり治療などではなかったか」
「ですが、それも本音であるのには変わりないでしょう。全てはフェイトのため、ですね?」
小次郎の呟きに、ライダーがそうフォローを入れる。それに頷くランサー。その表情は真剣な武人そのもの。そんな気迫に、セイバー達も固唾を飲んでランサーの言葉を待つ。そして……。
「あれを使うのは……フェイトの姉を生き返らせるためだ」
そのランサーの発言に、全員が驚きを見せる。そう、何故ならばその願いは……
「本気で言っているのか。そんな事が許されるとでも?」
アーチャーにとっては、簡単に許容出来ないものだった。それは生命の尊厳に関わる事だからだ。
だから、それは許される事ではない。生命の倫理に反する行為。失ったものを乗り越えたからこそ、今の自分達があるのだ。そう、アーチャーの視線は語っていた。
そして、それはセイバーも同じ。シロウと出会い、昔の自分が望むものを間違いと知った彼女にも、その考えは見過ごす事は出来なかった。
それに、ランサーの語った事が事実だとすれば、腑に落ちない事があったのだ。
「待ってくださいっ! まずフェイトの姉であれば、彼女が何も知らないのはどうしてです!?」
「落ち着いてくださいセイバー。……話して頂けるのでしょう?」
疑問を投げかけるセイバー。それを宥めながら、ライダーは視線をランサーに送る。それにランサーは頷き、語り出す。
プレシアとアリシアに起こった悲劇とその顛末を。そして、フェイトの出生の秘密までも。
リンディは艦長席に座り、大きく息を吐いた。今までも上層部と論戦をした事はある。だが、そのどれと比べても、今回のアーチャーとの論戦は分の悪いものだった。
クロノの対応が悪かった訳ではない。あれが局員としては当然だ。しかし、それが今回に限っては相手が良くなかった。もし、自分があそこに行く事になっても同じ対応をしたはずだ。何せ、相手は管理外の住人。その対応は出来る限り慎重でなければならない。
(でも、それがアーチャーさんに付け入る隙を与えてしまった)
まずは、その気になれば抵抗すると認識させて、こちらが強気に出られないと分かった後は、出来る限り穏便にこちらの撤退を促した。それから、管理局の管理という部分を的確に突き、管理外である事を前面に押し出して反論を封じられてしまった。
こちらの要求は悉く却下され、質問は上手く誤魔化され、こちらの行動理由にも軽く文句を言われた。最後は知りたい情報を提供してもらう代わりに、不干渉と時間を与える事になった。
その気になれば、まだ打つべき手はあった。だが、それを打てなかったのには、理由がある。何とか緊急時の手出しだけは、現状で勝ち取ったが、それが相手の想定内だろう事はリンディにも分かっていた。
完全に、相手の思うままだった。こちらが得たものは少なく、失ったものは多い。
(あんな風に会話をリード出来る部下が欲しいわ。……それにしても、
アーチャーと呼んでくれ、とはね)
リンディはそれを思い出し、苦い顔。どう考えても、偽名としか思えないような名だったからだ。だからこそ、余計に思うのだ。
彼らは油断ならない相手だと。そして、敵に回してはならない相手だとも。そして、その一端をクロノへの殺気から感じたが故に、リンディは敢えてカードを切らなかったのだ。
それは、ユーノの身柄の保護とジュエルシードの出土元。それは管理世界であり、管理局の管轄下にあるのだ。
あの時、返答を躊躇ったのはそのカードを切るか否かを考えたため。そしてそれを思案していたところに、情報開示を匂わせる発言。断れば教える事はないと告げられ、まさしく思惑に乗せられたと、感じていた。そして、それとは別に気になった事もある……
「アーチャーさん……。あの悲しい目は、一体何を……見てきたのかしら」
見つめあった時に垣間見えた深い悲しみ。それがどうにもリンディには気になっていた。それはまるで……
(あんな悲しい瞳。……あの人を失った後のグレアム提督のようだった……)
そして、それは自分もそうだったと、リンディは思い出し、決意する。三日後の話し合いの席では、少しでもその悲しみに迫ろうと。
そう、まず相手を知る事から始めよう。それが何事にも通じる基本なのだと、自分に言い聞かせて。
「クロノ君、これを見て」
アースラに戻ったクロノを見るなり、エイミィが見せたのは、先程の光のデータだった。
そして、それを見たクロノは驚愕の表情を浮かべる。それが示すものと似た様なものを、つい最近見たばかりだったからだ。
「……間違いはないのか」
「当たり前だよ。……あたしだってまだ少し信じられないぐらいなんだから」
そのエイミィの言葉に、クロノは視線をデータへ戻し、真剣な眼差しのまま呟いた。
「彼らは……一体何者なんだ……」
恐ろしい程の魔力を使い、次元震を起こしかねない一撃を放つ存在。それが管理外にいる。それを上層部が知ればどうなるか。それを考え、クロノはエイミィに視線を向け、告げた。
「このデータ、艦長に見せたら徹底的に消去しておいてくれ」
「ちょ?! ……クロノ君、それは―――」
「責任は僕が取る。それに、こんなものを上が見てみろ。間違いなく、僕らに別の命令が下される」
息を潜めるエイミィに、クロノが答えた言葉は非常に重たい響きを秘めていた。
そのクロノの言葉にエイミィも表情が強張る。それが何を意味するか、エイミィにも理解出来たからだ。そして、その内容は確実に良くないものだとも理解したのだ。それは……
「この対象の捕獲。もしくは……」
「だからだ。局員として間違っているとは思う。だが、僕は迷わない。彼らは悪人じゃない。そして、同時に敵にしてはならない相手なんだ」
その先を言わせまいとして、クロノはそう言い切った。奇しくもクロノの導き出した結論は、母親のリンディと同じもの。直接会話をし、尚且つクロノは面と向かってアーチャー達に接した事もあり、余計に感じたのだ。
サーヴァント達の異常さを、その威圧感と存在感を。それを思い出し、クロノは決心する。次に会う時には、何とかこちらとの和解を図ろうと。せめて、敵対する相手ではないと理解してもらう。それが出来なければ、いずれ管理局とアーチャー達が衝突する。そんな予感を感じていたから。
(……あの時、彼らがその気なら、僕は死んでいてもおかしくなかった。だが……)
あのアーチャーの殺気を受けた時、退かなかった自分を、アーチャーはどこか意外そうに見つめていた気が、クロノにはしていた。
それは昔、訓練で想像以上の事をやってのけた時の、魔法と戦術の師匠達と同じ雰囲気だったのだ。だから、クロノは余計に思ったのだ。彼らは悪人ではないと。そして同時に知りたくなったのだ。何故、自分をそんな目で見たのかを。
(アーチャーとか言っていたな。次に会った時、その真意を聞きだしてみせる)
(あっれ~、クロノ君が珍しく男の子してるや。……うんうん、やっぱこうじゃないとね~)
そんな風に決意するクロノを、楽しそうにエイミィが眺める。しかし、その表情はどこか情愛の色が濃く出ていた……
「……だから俺は、フェイトのために動いてきたんだ」
ランサーの語った話は、セイバー達にとっても言葉を失う内容だった。プレシア母子に起こった悲劇。そしてフェイトの誕生の秘密。それを聞き、セイバーもアーチャーもライダーも沈黙した。小次郎でさえ、その表情を悲痛に歪めている。
彼らは不幸というものを知っている。それを跳ね除けて生きた者達も知っている。だが、これ程の話は中々ない。娘を愛するあまり、狂い始めていたプレシア。その母親を献身的に支えようとするフェイト。もし、ランサーがいなければどんな結末を辿っていたのか。
それを思い、セイバーは首を振る。考えてはいけないと。そんな『ありえない状況』を想像しても仕方ないのだと。
「……それで、じゅえるしーどで可能な話か」
「可能性は限りなく無いに等しいな。死者を生き返らせる等と、それこそまさしく”魔法”だ」
アーチャーの表情は苦いものだった。死者蘇生を許す事は出来ない。だが、それがフェイトの母親を生かしている希望でもある。
そして、フェイトが姉の事を知れば、可能なら同じ事を望むだろう。そして、彼が思い出したのは、あの遠い日の記憶。本来なら死んでいた自分を助けた少女。彼女との繋がりを思い出し、アーチャーは決心する。
救えるのなら、全てを救いたい。そう思っていた事を。切り捨てられてしまった一。その存在であるアリシア。彼女を救おうと。それに、魂が死んでいないのならば、厳密には『死』ではない。そうアーチャーは結論付ける。
だが、それが単なる詭弁であると理解しているから。そして、かつての自分ならば絶対に認めないからこそ、彼は苦い顔なのだ。何とか自分が納得して、フェイトの力になろうとしている。それを強く感じていたから……。
「私も同感です。そんな方法があるなら、既に誰かがやっています」
それにセイバーも同じ表情で答える。確かに死者蘇生は許される事ではない。だが、それを望みに生きる事を彼女には否定出来る資格がなかった。
それは以前の自分そのものなのだから。今の自分があるのも、シロウに出会ったからこそ。出会っていなければ、自分もプレシアと同じ考えを抱き続けていただろう。だからと言って、アリシアを見捨てる事も出来ない。何故なら、ランサーが言うには、プレシアはその死を乗り越え始めたという。
推測だが、とランサーが前置いて話した事も、セイバーの決断を迷わせている原因だった。やり直しではなく、取り戻す。そうランサーは言い切った。全てを無かった事にするのではなく、乗り越えた上で取り戻すのだと。
それが詭弁だとセイバーも理解していた。だが、セイバーは思う。詭弁も詭弁で一理あると。そう思う事で、セイバーも己を納得させようとしていた。本来あったはずの幸せなプレシア達の笑顔。そのために力を貸したい。そして、なのは達の笑顔のためにも、それを成してやりたい。
かつての自分は、過去そのものをやり直そうとした。だが、今回は違う。今回は未来を取り戻すのだ、と。悲しみの過去を越え、それを糧にし未来を繋ぐ。アリシアが生き返っても過去は変わらない。そう結論付けて……
「ですが、何か手はないのでしょうか? 可能性がないからと言って諦めては、スズカに会わせる顔がありません」
そんなライダーの言葉にその場の全員が考え込んだ。なのは達六人の仲の良さは痛い程知っている。
もし、この事をなのは達が知れば、ショックを受けながらも、必ずどうにかしようとするはずだ。それをそれぞれが理解しているからこそ、何とかしたかった。なのは達の”笑顔”を守る事。それがその場にいる全員の総意なのだから。
(アヴァロンでは死者蘇生までは無理。マーリンがいれば何か手はあったかもしれませんが……くっ、無力です)
(聖杯でも魔法でも不可能な死者蘇生、か。魂が生きているなら……そう考えたが……待て? 魂……魔法……)
(どうしてランサーがキャスターを捜していたか、ようやく分かりました。……情けないですね。また私は、何も出来ず見守るしかないのでしょうか)
(女狐さえおれば楽になったやもしれんな。……だが、それはそれで困る事になったやもしれん。兎も角、今は何か手を考え出さねばな)
(アーチャーの言う通り、今のままじゃ絶対に無理だ。何か、何かねえかっ!)
深刻な表情で考え込む五人。だがその中で一人だけ雰囲気が異なる者がいた。アーチャーだ。
彼だけは、四人が悲痛な面持ちを浮かべるのに対し、どこか活路を見出したような表情で考え込んでいたのだ。そして、四人が思い悩む中、小さく呟いた。
―――あったぞ。何とか出来る可能性が……
その呟きに四人が一斉にアーチャーを見つめる。その視線を受け、アーチャーが語ったのは、四人の想像を超えるものだった。
「死者蘇生の術自体は、問題もあるが既にこちらの世界の魔法で確立されている。厳密には違うのだろうが、結果はさして変わらん。それと”魔法”を組み合わせられれば……或いは……」
そうしてアーチャーの話した方法に、セイバー達は一縷の希望を見出した。だが、それは”奇跡”と呼ぶに相応しい程の内容。だからこそ誓う。必ずやそれを成し遂げてみせると。
セイバーが無言で差し出す手に、苦笑しながら手を重ねるライダー。呆れたように手を重ねるアーチャー。小次郎は軽く笑みさえ浮かべながら手を重ねる。
そして、それが何か分からないランサーに、セイバーを除いた三人が視線を手へ向ける。それに何事かを悟ったランサーは、小さく驚きを見せたがすぐに笑みを浮かべてそれに手を重ねた。
「必ず、成功させましょう。フェイトのために、そしてなのは達のために!」
セイバーの言葉に、四人は力強く頷くのであった……
少女達の知らぬ所で、英霊達は誓いを立てる。その誓いは形を変えながら、彼女達を守り続けるものとなる。
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クロノの凄さが出ればいいな、と思って書いたところが自分的メインです。
局員としては間違っていると知りながらも、それが大局的に正しいと言えるなら断行出来る男。クロノ・ハラオウン。
……そして、彼も既に英霊の影響が……
男二人はマスター的位置ではないですが、その影響が強く現れるかも知れません。