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社説:障害者と司法 供述の特性に配慮を

 「被害にあうと救ってもらえず、容疑をかけられると過重に罰せられる」。障害者の事件に取り組む弁護士たちからよく聞く言葉である。

 強制わいせつの被害を訴えた知的障害のある女性に対し宮崎地裁延岡支部は「告訴する能力がない」として公訴棄却の判決を出した。供述調書と告訴状の意味の違いなどを女性がうまく答えることができなかったのが理由という。高裁は1審判決を破棄して審理を地裁に差し戻した。

 大阪府貝塚市で起きた放火事件では逮捕された知的障害の男性が「放火があった日時には自宅で寝ていた」と供述したのに、検察官がその部分を削除して捜査報告書を作成するよう警察官に指示、取り調べも執拗(しつよう)に誘導していたことが判明。男性は10カ月間勾留された末に起訴が取り消された。

 いずれも昨年起きた事件である。過去にも「甲山事件」や「島田事件」などで知的障害児者の証言が裁判で認められず冤罪(えんざい)になったケースがある。障害者の「弱さ」につけ込んだ捜査、障害者の供述特性を理解しない取り調べによって過ちが繰り返されているのだ。

 国連障害者権利条約には司法手続きの平等を図るための配慮が定められており、政府は批准に向けた国内法整備を進めている。現在、障害者基本法の改正が検討されているが、(1)司法手続きで障害者との適切な意思疎通の手段を確保するなどの配慮をする(2)関係職員に障害を理解する研修を実施する、などが盛り込まれる予定という。

 知的障害や発達障害の人には、自分の発言が相手にどう思われるかという想像が苦手だったり、目の前の人に迎合しやすい特性がある。障害者の記憶や供述特性の研究は精神医学や心理学の分野で盛んに行われており、イギリスでは障害者が捜査当局に事情聴取される際には専門家や家族が立ち会う制度がある。米国では障害者専門の警察官や検察官を養成したり、言葉による理解が苦手な障害者を事情聴取する際にイラストや人形を使ってコミュニケーションを図ったりしている。

 わが国ではかつて知的障害者などは家族や施設に保護されて生活している人が多く、司法とかかわる場面がほとんどなかった。しかし、自己決定が尊重されるようになり、社会参加や就労が進んできた。犯罪被害に巻き込まれたり加害者になるケースも増えてきた。障害者基本法改正で検討されている「意思疎通の配慮」や「障害理解」は障害者に温情を与えるという意味でとらえるべきではない。誰しもが保障されるべき適正な司法手続きを障害者にも普通に用意しようということなのだ。

毎日新聞 2011年2月22日 2時30分

 

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