先週、アラブの自由の波がリビアに到達した時、ムアマル・カダフィ大佐は、42年間の暗黒統治さながらの対応――つまり国民を殺すことで対応した。この高齢の国家テロリストに対する反乱は、もはや後戻りのできないところまで来ている。米欧は、リビア国民を支援し、カダフィ政権を終わらせるだけではなく、それをはるかに上回ることをしなければならない。
外国メディアはリビア入国を許されず、インターネットは遮断されている。しかし、伝えられる情報は、政権打倒につながる流血の反乱、あるいはもっと血なまぐさい報復の粛清を示唆している。すでに数百人が犠牲となり、ここで止めれば、自分たちと家族が政権に抹殺されることを反体制派は知っている。
アルジャジーラによれば、リビア第2の都市ベンガジはすでにデモ隊が掌握。リビアの法相とアラブ連盟大使の辞任も伝えられている。デモ隊は、軍と警察の一部が反体制派についたと主張。21日には、カダフィ大佐の牙城であるトリポリでも衝突が起きた。イラクのサダム・フセイン元大統領のように、カダフィ大佐は、アメとムチを使ってリビアの強力な部族を支配してきた。しかし今、部族のなかから、寝返る者が出てきている。
21日には、カダフィ大佐が亡命したとの未確認情報も流れた。しかし同日未明には、カダフィ大佐の息子、セイフ・アルイスラム氏がテレビ演説を行っており、「内戦」の可能性があると警告、国軍はカダフィ大佐についており、「最後の男、最後の女、最後の弾丸まで」戦い抜くと述べた。
このセイフ氏、世界経済フォーラムの高官から「若きグローバル・リーダー」と呼ばれていたが、昨日、その資格は停止された。米国務省のある高官は20日、米国は「意義ある改革のためにどんな可能性を含むのか、セイフ・アルイスラム氏の演説を分析中」だと述べた。大量の殺りくが行われているのに「分析」、とは何ともいただけない。
英国の対応はややましだ。ウィリアム・ヘイグ外相は19日、テレビカメラがリビアの現場に存在しないことは、世界がリビアを監視しないということを意味せず、世界が反体制派やデモ隊の扱われ方を看過することも意味しない、と述べた。これに1日遅れてやっと、米国は暴力の行使に対する非難に姿勢を切り換えた。
西側は、外交的中立をやめ、世界で最も忌まわしい政権のひとつをデモ隊が打倒できるよう支援するべきだ。カダフィ大佐がメディアとインターネットを妨害するなか、西側資本は、リビア国内のコミュニケーションが取れるよう支援すべきだ。ベンガジはエジプトに近く、医療品と援助を緊急に必要としているが、そういった支援は国境を越えて行われることが可能だ。
さらに言うならば、リビア国軍が国民の殺りくを続けるなら、西側は、リビアの飛行場の爆撃も辞さないと伝える。デモ隊を武装する可能性も排除できない。リビア政府はすでに、外国から支援を受けているとデモ隊を非難しており、デモ隊は、生きるか死ぬかの闘いに直面している。最悪のやり方は、デモ隊に道具を与えないで頑張れと言うことだ。
カダフィ大佐は先週、同政権による民主化勢力弾圧を欧州連合(EU)が静観しなければ、欧州への移民問題で協力をやめると脅しをかけた。ハンガリー大使に伝えられたこの脅しは、大佐が西欧とそのリーダーをいかに軽視しているかを如実に物語っている。
アルカイダよりかなり前、カダフィ大佐はアラブ世界最大のテロリストだった。1984年4月、ロンドンのリビア大使館で男が発砲、英警官が死亡した。犯人はわかっていない。その2年後、リビア工作員が西ベルリンのディスコを爆破、3人が死亡、米兵士50人を含む230人が負傷した。1988年には、リビア人がパンナム機103便をスコットランドのロッカビー上空で爆破、乗客乗員、地上の住民を含む270人が犠牲になった。
カダフィ大佐は、2003年の米国によるサダム・フセイン政権打倒を受けて、態度を180度転換、ひそかに進めていた核開発計画を放棄、石油資源開発のために西側資本を受け入れた。米英は、ひどく見苦しい形でこのチャンスに飛びついた。
しかし、カダフィ大佐の専制は終わることはなく、同政権は2009年、パンナム機爆破犯のひとり、アブデル・バセット・アルメグラヒをスコットランド刑務所から釈放することを偽りの人道的理由を盾に英国に迫った。アルメグラヒは、それからまだ2年も生き延びている。アルメグラヒの釈放以来、英企業がリビアに売却した通信機器や軍需品の一部が、ここ数日、リビア人の殺りくに使用された可能性がある。
信じられないことだが、オバマ政権は、存命中の人間ではオサマ・ビン・ラディン以外で、最も多くの米国人の血に手を染めたカダフィ大佐の政権転覆よりも、エジプトのムバラク大統領を辞任に追い込むことに熱心だったようだ。リビア国民がカダフィ大佐に立ち向かった今、彼らには、積極的で明白なアメリカの支援を受ける価値がある。