「支那」という言葉に込められた感情

19日に「中国で集会があるのではないか」との憶測が出回り始めたころ、私はツイッターのタイムラインを眺めていてあることに気づきました。

それはツイッター上で中国で「民主化デモがあるかも」という言葉を嬉々として言いふらしていた日本人の多くが、中国、中国人を「支那」「支那人」と呼んでいたことです。

民主化運動を起こすか起こさないかというのは、大陸の活動家や一般市民にとって生きるか死ぬかの重大な問題であることは間違いありません。しかしツイッターでつぶやいている彼らの多くは、「分裂すればいい」とか、「わくわくする」など無責任な言葉に終始していました。

中国、中国人に差別感情しか持てず、中国のネガティブな情報しか取り入れず、悪口しか言っていない彼らが民主化のときだけ中国人を応援するのは虫が良すぎはしないでしょうか。私は、そんな彼らの口から出てくる「支那」「支那人」という言葉に、中国、中国人に対する差別感情しか見い出すことはできませんでした。

そしてそんな様子を見て私はツイッター上で思わず、「中国の民主化を支持したいのならば、まずシナという言葉から捨てるべきだ」とつぶやいてしまいました。

よく右よりの人たちは、「支那という言葉は戦前から使われていたもので、英語のChinaと同じ意味であり、別段蔑称ではない。しかし戦後私たちは中国に気を使って、軍国的意味合いのあるとされる『シナ』という呼称を使わなかった。今こそ気兼ねなくどんどん使うべき」と主張します。

確かに、理屈では蔑称ではないでしょう。しかし実際のところは現在、右よりの人たちが中国や中国人を差別する意味合いや流れで支那という言葉を使用しているのは、日本人なら誰でも知っている事実です。

「蔑称ではない」と主張する人たちは、自分たちが中国人を蔑む意味合いで使用していることを知っていながらそのような主張をしている確信犯か、本当にそういう自覚がないかどちらかなのでしょう。
 
いくら支那は普段使われているChinaやsinaと同じ意味だと主張したところで、一部の人たちが中国を蔑む「ツール」として支那を使用している現実がある限りは、この主張が説得力を持つことはないと私は考えます。

私自身は「支那」という言葉を使用することに対して、「中国に対する遠慮」などといった感情は持っていません。むしろ気兼ねなく使えたらなとさえ思っています。しかし現実問題差別的な意味合いで支那という言葉を使用している人がいたり、「支那」に右翼的色彩を感じる人がいる以上、わたしはこの言葉を使う気にはなれません。私には中国、中国人を蔑む意図はないですから。

日本人の中国に対する意識改革が進み、支那という言葉を使って中国を差別することがなくなり、大江健三郎氏や本多勝一氏あたりの左寄りの考えの人たちも支那という言葉を普通に使い始めるようになったときこそ、私たちは気兼ねなく中立的な立場で、支那という言葉を使うことができるのだと思います。そのときが早く来ることを私は祈っています。





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テーマ : 中国問題 - ジャンル : 政治・経済

コメント

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No title

そうなんですよね。

>支那という言葉は戦前から使われていたもので、英語のChinaと同じ意味であり、別段蔑称ではない。


差別用語でないというのなら、どういう目的でそれをわざわざ積極的に使うのか、この人たちは、それをはっきり言わないのですよね。
差別していることは自覚しているのでしょうから、それを認めればまだ潔いのに、本当に見え透いたことを言いますよね。

No title

祖父の代だと普通に「支那」でしたね。世界共通呼称であり、別に蔑称じゃないですしね。東シナ海、インドシナ半島、支那そばとか今でもありますしね。
http://bit.ly/dSnkgr
戦後の言語空間から自由になれば、呼び方とか右の人が使っているとかはどうでもいいんじゃないでしょうか。
パンダ2匹で大騒ぎなんで、大方の日本人は、まあどうでもイイと思っていると思いますよ。

No title

首相官邸のすぐ近くに「支那麺 はしご」というイケテルお店がありますが、特に抗議や中国人による営業妨害はないようです。
小泉元首相もファンだった店のようですが、菅直人さんも食べたことあるのかな?

No title

そうですね。
言葉自体に差別はないのですが、(だって記号ですから・・・)
使う人たちに差別する気持ちがあると、そこに差別が生まれます。
私も普通に「支那」という言葉が使えるようになればと思います。

ジャップといわれてもその言葉だけでは、私達の世代はあまり差別感はかんじないんじゃないかなー。
その言葉を発する人に差別感があればべつだけど・・・

小日本についてはどうおもわれますか?

No title

アホくさ。むしろ「中国」即ち世界の中心の国、という呼称こそ、彼らの「周辺民族」に対する差別感を感じます。また彼らはその様に行動している様に見えます。自分たちで使うのはいいが、他国民までが有り難がって使う言葉ではない。支那と言ってはいけないなんて、ハリポに出てくる「you know who(名前を言っていけないあの国)」みたいで嫌だな。

中国という呼称は、中国共産党が中心の国
というプロパガンダを込めて
支那からの脱却を積極的にかつ政策的に
進められて来たものですから
民主化を歓迎する人達にとって、中国という
呼び名は共産党支配の象徴のようなものです

むしろ、中国という呼び名を当然
とする主張は民主化を望む人々に対する
差別と弾圧に等しい事を自覚して欲しい

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