前原誠司の「直球勝負」(48)
〜新しい段階を迎えた北東アジア〜
(1)韓国では10年ぶりの政権交代
2007年12月19日、韓国国民は政権交代を選択した。保守党であるハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏が次期大統領に就任することになった。ノ・ムヒョン政権の特徴を遠慮なく言えば、ポピュリズム(大衆迎合)、観念主義的政策、対北宥和路線といったネガティブなイメージが付き纏う。小泉前首相の靖国参拝への固執という、韓国ばかりに非を求める訳にはいかない面もあるが、植民地時代の日本への協力者を今更ながら「吊るし上げる」法律を作るなど、政権浮揚のためには歴史問題もしばしば取り上げた。また、日韓FTA交渉も熱心ではなかったなど、日韓関係の発展・強化のためにノ・ムヒョン政権はどちらかと言えば努力してこなかったように思える。その点、日本で生まれ、ソウル市長や経営者としての実績を持ち、内政・外交ともに現実路線をとるであろう李明博次期大統領に、多くの日本国民は大きな期待を寄せている。是非、強いリーダーシップを発揮し、日韓関係の発展・強化と、北東アジアの安定・発展に取組んでもらいたいものだ。
私は大統領選挙が始まる前の11月14日から3日間、日韓協力委員会の招待で訪韓し、国会議員や元政府高官など、数多くの人と意見交換をすることが出来た。残念ながら、事前に要望していた北朝鮮のケソン(開城)工業団地には行くことが出来なかったが、その代わり、ポハン(浦項)を訪れ、ポスコ(前身は浦項製鉄所)の見学をさせてもらった。ケソンには、今まで韓国以外の国会議員を受け入れたことがないということで行けなかったのだが、現在、北朝鮮の労働者が約2万人働いている。ソウルで聞いた内容を基に、ケソン工業団地の抱える問題点を探ってみたい。
進出の許可を受けた韓国の企業数は26社(2007年11月現在)。その内、実際に進出しているのは16社で、衣料など労働集約型の職種が大半を占める。北朝鮮の電力供給は不安定で一定ではなく、不足がちであるため、電力を大量に消費する職種は進出できず、自ずと労働集約型にならざるをえないようだ。16社の内、黒字の企業は3社に過ぎず、残りの13社は赤字だ。しかし、赤字は韓国政府が補填してくれるので企業は困らない。この点までは何とか理解できたとしても、以下の取り決めは到底、納得できるものではない。ケソンに進出している企業は、直接、労働者に賃金を支払うことができず、北朝鮮政府にまとめて支払い、北朝鮮政府から労働者に賃金が支払われているというのだ。この仕組みは幾つかの問題点を内包している。
第一に、北朝鮮に補助金を渡しているのと何ら変わらない点だ。核やミサイルの開発を行い、韓国や日本を脅威に曝している国に対して、核問題の進展が未だないにもかかわらず、何故わざわざ補助金を渡さなければならないのか。恐らく、北朝鮮は韓国の企業から受け取った賃金を、全額は労働者達に渡していないはずだ。
第2の問題は、頑張った労働者には報酬を上げるなど、インセンティブを働かせる仕組みになっていないことだ。簡単に言えば、北朝鮮の労働者が誰を見て仕事をしているかということになる。自分達の給料を実際に払ってくれるのは、韓国の企業ではなく北朝鮮政府なのだ。韓国企業の言うことは聞かないし、従って社員教育もできない。赤字企業がほとんどなのは当たり前だ。ノムヒョン政権はこのような条件で、ケソン工業団地における協力関係を進めてきた。李明博氏は、この条件での協力を見直すことを示唆しているが、当然、北朝鮮の反発は必至だ。李明博政権が、ケソン工業団地のあり方をどう変えるのか、あるいは変えないのかが、北朝鮮政策を占う一つの試金石となる。李明博氏は、「今度の南北首脳会談はソウルで」などと発言をしているが、ケソン工業団地のあり方とともに、金正日・軍事委員長が無視を続けるのか、それとも話に応じてくるのか、対応が注目される。
李明博氏は大統領選挙において、「非核・開放・3000ドル」という対北朝鮮政策を掲げて戦った。「非核」は言うまでもなく、北朝鮮の核開発を断念させることであり、「開放」は、中国の「改革・開放」政策ように、外国の資本や企業を北朝鮮が受け入れて、経済発展のテコにしていくという意味だ。「3000ドル」は、今後10年間で北朝鮮の一人当たりGDPを3000ドルにまで高めるという目標を表している。現在、韓国と北朝鮮はGDPでは約100倍の差があるという。韓国の軍事費だけで、北朝鮮の2〜3倍のGDPにあたるとも言われている。一人当たりGDPを3000ドルに高めるためには、北朝鮮は年率約17%の経済成長が必要との試算も出ている。李明博氏の意図は、北朝鮮が核開発を放棄し、開放政策が採られれば北朝鮮は飛躍的に成長するだろうし、韓国としても十二分に協力する用意があるということを示すとともに、逆に言えば、それまでは朝鮮半島の統一は無理ではないか、つまりの南北間の格差解消がある程度行われた上で、緩やかな統一を目指す、特段慌てないという意思表示なのだろう。しかし、金正日は簡単に「非核・開放・3000ドル」を受け入れないだろう。体制を維持していくためには核に固執しなければならないし、開放路線をとれば体制崩壊につながる可能性が高い。今後、金正日が考えるであろうシナリオを分析してみたい。
(2)今後の6者協議と米朝関係
北朝鮮は、あくまで米朝直接協議にこだわり続けるだろう。しかも、2国間のパイプはしっかりと出来上がっている。6者協議で合意した、核の無能力化プロセスの中で、北朝鮮が未だにクリアしていないのが、すべての核の申告だ。6者協議が中断されて久しいが、北朝鮮はアメリカだけに、申告内容を伝えているとロシアの6者協議担当者が明らかにし、他のメンバーにも明らかにすべきだと不快感を隠さない。どうやらアメリカは、北朝鮮の申告内容を不十分だと指摘しているようだ。2007年11月9日、東京でアメリカのゲーツ国防長官と会ったとき、長官は「北朝鮮がすべての核の申告を行うとき、本当のことを言っているのかどうかが分かる」と述べていた。アメリカはあらゆるインテリジェンス(情報)を駆使して、北朝鮮の核開発の現状を把握しているようだ。特に、北朝鮮が否定をし続けている濃縮ウランの開発も、アメリカが何らかの情報をつかんでいる可能性が高い。だから、北朝鮮が内々アメリカだけに伝えた申告内容に対して、アメリカは納得していないのだろう。
ただ、米朝間の接触を通じて、お互いが「顔の立つ」解決策を見出していこうという点では、共通認識を持っているように思える。2007年秋、平壌を訪れた日本のあるジャーナリストに対して、朝鮮労働党の日本担当高官は、米朝関係の改善に自信を表していたという。しかも、アメリカの次期大統領に問題解決を先送りするのではなく、ブッシュ大統領の任期中に、一定の合意に達する楽観的な見通しを持っていたという。これは、先述したゲーツ米国防長官の発言と符合する。ゲーツ国防長官は私とのやり取りの中で、「ブッシュ政権の間で解決させる」と断言していた。北朝鮮による、すべての核の申告がクリアされた場合(ただ、この点は双方の核心に触れる部分であり、相当時間がかかると推察される)、年内のライス米国務長官の訪朝、米朝両国の連絡事務所の設置、米朝国交正常化交渉の開始など、事態が急速に進展することが想定される。
ブッシュ政権の立場に立ってみれば、理解できない話ではない。2期8年間で、ブッシュ政権は外交面でどのような成果を挙げることができただろうか。イラクに攻撃を仕掛けてフセイン政権は崩壊させたが、その後のイラクは泥沼化し、解決の糸口すら見出すことができない。アフガニスタンも混迷から抜け出せないでいる。中東和平は進展せず、イランとの対立は解けず、またロシアとの関係は冷え込んでいくばかりだ。唯一の成果といえば、カダフィ大佐率いるリビアとの関係正常化ぐらいのものだろうか。言わば、惨憺たるブッシュ外交において、最後の成果になりうるのが北朝鮮の核開発問題なのだ。私は、北朝鮮は絶対にすべての核を放棄しないと確信しているが、ある程度の妥協を行い、アメリカの「顔の立つ」ステップを踏んでいくと思われる。アメリカも北朝鮮の核問題を「ある程度」解決できれば、少なくとも二つのポイントで成果を誇示できる。一つは、北朝鮮の核の管理が行えることにより、核拡散の懸念を払拭することができるという点だ。共和党と民主党はイラク戦争に対する考え方は大きく異なるが、テロとの戦いについては軌を一にしている。ヒラリーやオバマの外交スタッフが日本に来た時、私は意見交換を行ったが、共通していたのは「テロとの戦いには民主党政権ができたとしても力を入れ続ける。いやむしろ、強化するだろう。アフガニスタンの泥沼化は、ブッシュ政権がイラクに戦力をとられすぎ、アフガニスタンに集中できなかったからだ。民主党政権になれば、イラクから徐々に兵力を撤退させる代わりに、アフガニスタンには戦力を増強させなければならない」という認識だ。今後、どのように情勢が推移するかは不確実な面が多いが、少なくともテロとの戦いは、どの政権ができようと継続されることになろう。アメリカが最も恐れるのは、テロ組織に核兵器が渡ることだ。核兵器によるテロ攻撃は、アメリカにとって悪夢以外の何物でもない。従って、北朝鮮の核開発をコントロールできたならば、外交面での成果として主張できる。ただ、北朝鮮がどの程度まで踏み込んだ核の無能力化のプロセスを実際に実行していくのか、さらにはシリアへの核の技術移転疑惑なども取りざたされている中で、本当に約束を履行するのか。アメリカはクリントン政権時、1994年に米朝枠組み合意を締結しながら、北朝鮮に反故にされてきた苦い経験があるだけに、同じ過ちを繰り返すことは許されない。もう一つは、北朝鮮の核無能力化の仕組みが出来上がれば、イランなど、他の国へ適用可能なモデルとなる。いずれにしても、日本や韓国は、アメリカとの連携を密にして、6者協議で進展があった場合には、協力して北朝鮮への支援を行うべきであり、様々な問題に優先して朝鮮半島の非核化のプロセスを力強く進めていくべきである。
(3)今後の日本の東アジア外交
ノムヒョン政権から李明博政権への移行は、日韓関係の強化・改善のチャンスと捉えるべきである。歴史問題や領土問題では、お互いが大人の対応を行う努力をしつつ、首脳間のシャトル外交の復活を通して、日韓FTAの早期締結などを目指すべきである。中国は、日韓両国の隣国だ。中国の安定的な発展は日韓両国にとって不可欠であり、中国の現状認識は別として、中国が「責任あるステークホルダー(利害共有者)」として国際社会で振舞うよう、アメリカなどと連携して努力を続けなければならない。中国はこのままの成長が続くと仮定すると、2050年にはGDPが44兆4350億ドル(ゴールドマン・サックスによる推計。2006年実績は2.7兆ドル。日本は2006年が4.3兆ドルであるが、2050年推計は6兆6730億ドル)に達し、アメリカの35兆1650億ドルをはるかに凌ぐ世界第1の経済大国となる。繰り返しになるが、中国が安定的で、世界との調和を保って成長し続けることは歓迎すべきことだ。ただ、アセアンなどには、中国の発展は歓迎すべきだが、バランサーが必要だのとの意見も根強くある。日本と韓国が、経済的にも人的交流でも、より一体化し、中国のバランサーとして役割を果たすことが望ましいと、私は考える。
その際、日本が考慮しなければならないのは北朝鮮との関係だ。長い目で見れば、南北朝鮮の統一は自然かつ不可避の流れであろう。韓国も平和裏に、そしてじっくり時間をかけて、焦らずに統一に向かってのマネージメントを行うことになる。日韓両国が関係を強化していくためには、この点での共通認識が根底になければならない。日本は北朝鮮の核やミサイル問題のみならず、拉致被害者の問題を抱える。私は拉致問題を軽視する立場はとらない。ただ、北朝鮮の核問題を如何に管理し、解決していくかは、日韓のみならず世界の安全保障にとって死活的重要な課題なのだ。従って、米朝間の直接協議が功を奏し、6者協議において北朝鮮に対する何らかの支援を行うとなれば、2002年の日朝平壌宣言の基本線は外さない形で、日本も協力の輪に積極的に加わるべきだと考える。日朝平壌宣言には、二国間の懸案事項が解決された暁に日朝国交正常化を実現し、その後、日本は大々的な経済的支援を北朝鮮に行う用意があるとされている。つまり、北朝鮮に大々的な支援を行う前提は、当然、拉致問題を含めた懸案事項の全面解決以外にはありえないのである。しかし、6者協議は北朝鮮の核問題を扱う枠組みであって、北朝鮮もその枠組みに加わることで自らの国益を追求しようとしていることは間違いない。日本も6者協議はあくまでも北朝鮮の核問題を解決する手段として活用すべきであって、進展が見られたとしても拉致問題を取り上げて、日本だけは協力の輪に加わらないというのは6者協議に加わった目的と自己矛盾をきたす。今後、日韓、或いは日韓米共同で、北朝鮮の「非核・開放・3000ドル」に向けて、どのような共同歩調が取れるか、緊密な連携の下、協議することも必要となるだろう。
次に、今後の日中関係について考え方を述べたい。中国の平和的、安定的発展は望ましく、また「責任あるステークホルダー」として如何に役割を演じさせるかが重要だという点は先述の通りである。ただ、中国の経済発展に伴って、石油や天然ガス、レアメタルといった資源価格の高騰が顕著だ。しかも中国は、例えばスーダンのような内戦が続く国だろうが、ミャンマーのような軍事独裁政権が民主化運動を弾圧する国であろうが、お構いなしに世界中の資源を買い漁っている。目的のためには手段を選ばずという傍若無人ぶりが目につき、世界の不安定化を助長している側面もある。また、エネルギー効率の悪さや順法精神の欠如などからくる大気汚染、水質汚染は目に余るものがあり、日韓両国のみならず、地球全体への悪影響が懸念されている。ちなみに中国のエネルギー効率は、日本の10分の1程度でしかない。日本の人口の約10倍の中国が、日本並の生活を中国全体で享受しようとすると単純計算で、日本が必要とする約100倍の資源が要ることになる。
日中両国は、利害の一致する省エネ・エネルギー開発の分野で、連携を強化すべきである。具体的には、中国ではまだ太宗を占めている石炭火力発電のCO2排出量を減らすため、日本では東京電力やJパワーで技術的に確立している、気化石炭による発電についての技術協力を行うことが挙げられる。また、チベットなどの永久凍土の地下に眠っているメタンハイドレードは地球温暖化に伴って気化しつつあるが、メタンは温室効果がCO2よりも高く、放置しておくと地球温暖化が加速度的に進むおそれがある。開発すれば資源となり、放置すれば地球温暖化が進むメタンを、日中共同で開発することも重要な選択肢になりうる。何よりも、そういった包括的な協力関係を築くことによって、東シナ海の天然ガス開発の問題は相対的に小さなものになり、お互いが主権問題を棚上げして臨めば、落とし所は自ずと定まってくるはずだ。
このように、北朝鮮の核開発問題や中国の環境・エネルギー問題を解決するためには日米韓の協力が不可欠で、中国を含めて北東アジア開発銀行(仮称)といったものを共同で設立して、これらの問題解決にあたることも、北東アジアの安定・発展につながるはずである。
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