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暴力的な妨害行為は許せない。だが、それへの対応に振り回されるだけではいけない。今後のあり方を考えることも必要だ。政府は南極海で実施中の調査捕鯨を切り上げると発表した。反[記事全文]
防犯カメラが容疑者を追いつめた、と言ってもよいだろう。東京・目黒の住宅街で夫婦が殺傷された事件で、65歳の男が逮捕された。現場での目撃者はいたが、犯人はすぐ街中にまぎれ[記事全文]
暴力的な妨害行為は許せない。だが、それへの対応に振り回されるだけではいけない。今後のあり方を考えることも必要だ。
政府は南極海で実施中の調査捕鯨を切り上げると発表した。反捕鯨団体シー・シェパードの妨害が原因だ。
この団体は捕鯨船に異常接近し薬品の瓶を投げつけるなど、危険な妨害を毎年続けている。国際社会が厳しく取り締まるべきである。
ただ、欧米の政府や社会には捕鯨への根強い反対論がある。日本政府は長い間、国際捕鯨委員会(IWC)を舞台に、他の捕鯨国と共に捕鯨の正当性を主張してきたが、論争はなかなか決着しそうにない。
両派の主張は根本から異なる。捕鯨派は「鯨は利用できる資源だ」と主張し、反捕鯨派の考えは「野生動物である鯨の保護」だ。
南極海のミンク鯨など資源として捕れる鯨類がいることは確かだ。科学的には日本政府の主張は正しい。だが、「数がいるからといって、捕って食べなくてもいい」とする価値観は、世界に広がっている。
お互いに受け入れられない主張の応酬を続けるだけでは、解決の展望は開けない。今や世界を一つの価値観で染めることはできないという認識に立って、現実的な妥協の道をさぐることが求められている。
今回の決定を機に日本もこれからの政策について冷静に考えることが大切だ。大きな戦略を描く中で、「南極海捕鯨は本当に必要か」を含めて検討すべきではあるまいか。
日本は「南極海で商業捕鯨を再開したい。調査捕鯨はその準備」といい、反捕鯨国の主張はさまざまだが、結局のところ「すべての商業捕鯨」に反対する姿勢を崩さない。
しかし、日本では鯨肉需要が伸びず、遠洋捕鯨産業は事実上、消えている。この現状を踏まえれば、南極海の商業捕鯨にこだわり続ける根拠は乏しいといえよう。
IWCでこれまでに浮上した有力な妥協案は「200カイリ外での捕鯨は禁止、沿岸捕鯨は容認」だ。沿岸捕鯨は各国の責任で判断すればいいし、南極海など公海での行為は世界の大方の意見が尊重されるべきだという考えに基づいている。
これは解決の方向として妥当な線だろう。反捕鯨国は、鯨を「利用可能な資源」と認めなければならない。同時に日本も「沿岸での商業捕鯨ができるなら、南極海での捕鯨は縮小・中止に向かう」という戦略へかじを切るべきではないか。
私たちは「食べるなと外国にいわれる筋合いはない」と反発しがちだ。しかしシー・シェパードに踊らされず、新しい捕鯨の形を考えたい。
防犯カメラが容疑者を追いつめた、と言ってもよいだろう。
東京・目黒の住宅街で夫婦が殺傷された事件で、65歳の男が逮捕された。現場での目撃者はいたが、犯人はすぐ街中にまぎれた。だが通り沿いや駅の構内に設置されたカメラが、容疑者とみられる男を記録していた。
千葉県市川市で英国人女性の遺体を遺棄したとして指名手配され、2年7カ月後に捕まった被告が最近、手記を出版した。逃亡中、至る所にある防犯カメラを常に意識し、避けようとしていたのが印象的だ。その揚げ句、整形手術を試みたことでアシがついた。
増殖を続ける防犯カメラはいまや、捜査や防犯に欠かせぬインフラになっている。3Dの顔画像識別といった技術進歩も著しい。警察は自ら街頭に置くだけでなく、マンションや商店街など民間のカメラ設置を推奨し、積極活用する姿勢もうち出している。
交通事故前後の様子を記録するドライブレコーダーを、フロントガラスに据えつける車が増えている。最近は警察がタクシー業界と協定を結び、ひったくり現場などに遭遇した際、この映像を提供させる動きも出てきた。「走る防犯カメラ」である。
各種の意識調査では、プライバシー侵害の懸念より、安全・安心のためにカメラによる監視を是とする声が、多数を占めるようになった。
他方、私たちはいつどこで撮られ、データがどう管理され、利用され、消去されているかについて、十分知らされているとは言えない。いや、鈍感にさえなっているのではないか。
昨秋には金沢地裁で、現金自動出入機で撮られた映像をもとに窃盗容疑で逮捕・起訴された男性が、鑑定で別人と判明し、無罪判決を言い渡された。民間カメラの映像が動画サイトに流され、トラブルになった例もある。
防犯カメラが社会に欠かせないのだとしたら、そのルールづくりを真剣に考えねばなるまい。
警察や公的機関が設置・運用するカメラについては現在、都道府県公安委員会や自治体がバラバラに規則を設けている。民間の設置主体も準拠できるような、国全体でのガイドラインが必要だろう。捜査機関による利用には、厳格な条件を付すべきだ。
設置場所を明示させ、運用実態を透明化する。撮られた人が、自身の映像がどう扱われるかに関与できるようにする。苦情を受け、人権侵害が疑われたら救済に動く。そんな仕組みを考えたい。ドイツのように、防犯カメラ設置・運用のルールが守られているか、第三者機関が監視する国もある。
共通番号制の導入議論も進行中だ。個人の様々な情報が容易に蓄積され、検索され、流出しうる時代である。
防犯カメラだけの問題ではない。