対談【森達也×大槻ケンヂ】視点が変われば、世界が変わる(2/3)(創2011年1月号より)
創 2月9日(水)14時15分配信
◆どこまでが本当で、どこまでが嘘か◆
【大槻】『UFOと宇宙』の話をしてもいいですか?
【森】はい。
【大槻】やっぱり「宇宙人に会った」という人の話が一番おもしろくて、たとえばトラックの運転手が、運転中にあるとき気がついたら隣に宇宙人が座っていた。宇宙人が言うには、「地球に来て、ちょっと首が痛い。ここに別の首があるから、すげ替えてくれないか」と。「こことここに針金を刺してくれればいいから」って言うので、針を刺したら首がボトッと落ちて、もう一つの首につけかえたという、ただそれだけなんです。「何それ?」って思いますよね(笑)。嘘をつくにしても、本当に見たんだとしても、もうちょっとマトモな話はないのかっていう話を語る人が多い。
他には、鎌倉・鶴岡八幡宮の前を通っている若宮大路で旅館を営んでいるおばあさんが、夜中にすごく素敵なサイレンが聞こえてきたので見に行ったら、白い手袋をした小さい宇宙人がいたという。なんでそれを宇宙人と思ったのかはわからないのですが、7人の宇宙人が、ボードに滑車がついているだけの乗り物にそれぞれ乗って、サイレンを鳴らしながら若宮大路を走っていたそうです。
【森】『雨月物語』にもそれに近い話が載っています。夜中に畳の上を小さな大名行列が通っていったという話でした。でもその手の話って、前後に脈絡がなさすぎますよね。目撃後の話がなぜかほとんどない。
【大槻】そうなんです。「なんだそれ?」っていう。オカルト界では、あまりに奇妙すぎる事例のことを「ハイ・ストレンジネス」と呼んでいます。僕はそのハイ・ストレンジネスが大好きで、幽霊話も、「翌日聞いたら実は自殺者がいて」という話はあまり好きじゃない。何だかわからない現象があって、結局わからないままだった、というのが好きなんです。
【森】そういえば関西テレビの番組で、大槻さんと一緒になったことがありましたね。
【大槻】おもしろかったですね。オカルトや怪奇現象について肯定派でも否定派でもない真ん中の人たちが、双方の話を聞いてみるという番組で、僕はセミレギュラーで、たまに出ていました。森さんもいらしていたときに、清田君を否定できないという話になって、マジシャンの人が、いとも簡単に曲げてみせたんですよね。長野曲げ。森さんが「あっ」という表情で見ていたのを覚えています。
【森】その表情の半分はカメラ向けのサービスです(笑)。……ただ確かに微妙ですね。練習すればかなり曲がる。それは間違いない。トリックもいくらでもあります。でもだからといって、すべてがトリックとの断定はできない。清田さんについては、これはトリックではありえないとの体験は何度かしています。さらに、どこまでが本当でどこまでが嘘かというのは、本人もわからなかったりする。1かゼロかではないんですね。トリックと言えばトリックだけど、100%トリックかと言えばそうでもない。そういう曖昧な領域が、絶対にある。メディアやプロレスもそうですね。だから惹かれてしまうのかな。
◆代々木忠監督のドキュメンタリー映画◆
【大槻】この間、AV監督の代々木忠さんを追った「YOYOCHU」というドキュメンタリー映画を観ました。
【森】まだ現役で撮ってるのですか?
【大槻】72歳、現役で撮ってます。最近の作品もすごいことになってますよ。
ヨヨチュウさんは極道からAV監督になって、最初は女性のオナニーを撮っていた。その後はドクター荒井の性感マッサージを撮り、それから催眠セックス、そして今度はチャネリングファックを撮るようになった。これは、セックスしているカップルの隣にいる人にまでエクスタシーが感応、つまりチャネリングしてしまって、あっちでもこっちでもエクスタシーに達してしまうという現象です。
そしてその次には男のオーガスムを追求しています。女性にオーガスムがあるなら男性にもあるはずだと、自我を取り払ったところにある深層心理でのオーガスム――集合的無意識ってやつです。そこに到達するためにあれこれ手を尽くす。もはやスピリチュアリズムというか、オカルト的になっているのですが、何がおもしろいかというと、見ていると皆が皆、催眠術やエクスタシーで失神したりしているわけではないんです。ヨヨチュウさんというカリスマ的人物が到達しようとしている世界があって、彼を敬い信奉し崇めるがゆえに、彼の言うエクスタシーを皆で実現させようとする。そこにちょっと演技があってもそれは無意識の演技であって、自分たちは本当にそういうチャネリングファックやオーガスムに達しているんだという体で作り上げていくんです。でもその演技は、わかる人にはわかっちゃう。加藤鷹さんもオーガスムに達して失神しちゃうんですが、そのときの彼の表情が「ああ、これはみんなで作り上げた虚構の世界なんだな」というのを表わしてしまっている。
【森】でも100%の虚構でもない。その意味ではドキュメンタリー的でもありますね。観測することで素粒子の振る舞いに干渉してしまうという量子力学に近い。
アドルフ・アイヒマンという人がいます。ホロコーストの最高責任者の一人で、ナチスの「最後の戦犯」と呼ばれた男です。アルゼンチンでモサドに捕まり、イスラエルに連行されて裁判が始まるのですが、「一体どんな悪鬼のような男なんだろう」と世界中が注目しました。ところが実際のアイヒマンは風采の上がらない小男で、まさに官僚そのものという雰囲気の男でした。
その法廷の様子を記録したドキュメンタリー映画「スペシャリスト」では、ほとんどの質問に対してアイヒマンは、「命令があったからやった」としか答えない。おそらく言い逃れではない。実際にそう思っているのでしょう。典型的な組織の病理です。中心に疑似のカリスマ的構造があって、周りが「きっとこの人はこう思ってるんじゃないか」とか「こう言ったらこの人は満足するんじゃないか」とか、忖度し合っている。忖度をお互いどうし、もしくは中心に対して働かせながら、巨大な幻想空間みたいなものを作ってしまっているんだけど、それに荷担しているという自覚がない。だからとんでもないことをやっていてもその自覚がなくて、後になって茫然としている。たぶん、いろんな組織や共同体に、普遍的にある現象だと思います。
【大槻】一時期の新日本プロレスとか、極真空手みたいな世界ですかね(笑)。
<続く>
(創2011年1月号より)
森達也●56年生まれ。98年にドキュメンタリー映画「A」を発表。01年、続編の「A2」が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。近著に本誌連載をまとめた『極私的メディア論』『A3』。
大槻ケンヂ●66年生まれ。82年に筋肉少女帯結成。94年『くるぐる使い』、95年『のの子の復讐ジグジグ』で2年連続日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。00年「特撮」結成。『リンダリンダラバーソール』他著書多数。
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【大槻】『UFOと宇宙』の話をしてもいいですか?
【森】はい。
【大槻】やっぱり「宇宙人に会った」という人の話が一番おもしろくて、たとえばトラックの運転手が、運転中にあるとき気がついたら隣に宇宙人が座っていた。宇宙人が言うには、「地球に来て、ちょっと首が痛い。ここに別の首があるから、すげ替えてくれないか」と。「こことここに針金を刺してくれればいいから」って言うので、針を刺したら首がボトッと落ちて、もう一つの首につけかえたという、ただそれだけなんです。「何それ?」って思いますよね(笑)。嘘をつくにしても、本当に見たんだとしても、もうちょっとマトモな話はないのかっていう話を語る人が多い。
他には、鎌倉・鶴岡八幡宮の前を通っている若宮大路で旅館を営んでいるおばあさんが、夜中にすごく素敵なサイレンが聞こえてきたので見に行ったら、白い手袋をした小さい宇宙人がいたという。なんでそれを宇宙人と思ったのかはわからないのですが、7人の宇宙人が、ボードに滑車がついているだけの乗り物にそれぞれ乗って、サイレンを鳴らしながら若宮大路を走っていたそうです。
【森】『雨月物語』にもそれに近い話が載っています。夜中に畳の上を小さな大名行列が通っていったという話でした。でもその手の話って、前後に脈絡がなさすぎますよね。目撃後の話がなぜかほとんどない。
【大槻】そうなんです。「なんだそれ?」っていう。オカルト界では、あまりに奇妙すぎる事例のことを「ハイ・ストレンジネス」と呼んでいます。僕はそのハイ・ストレンジネスが大好きで、幽霊話も、「翌日聞いたら実は自殺者がいて」という話はあまり好きじゃない。何だかわからない現象があって、結局わからないままだった、というのが好きなんです。
【森】そういえば関西テレビの番組で、大槻さんと一緒になったことがありましたね。
【大槻】おもしろかったですね。オカルトや怪奇現象について肯定派でも否定派でもない真ん中の人たちが、双方の話を聞いてみるという番組で、僕はセミレギュラーで、たまに出ていました。森さんもいらしていたときに、清田君を否定できないという話になって、マジシャンの人が、いとも簡単に曲げてみせたんですよね。長野曲げ。森さんが「あっ」という表情で見ていたのを覚えています。
【森】その表情の半分はカメラ向けのサービスです(笑)。……ただ確かに微妙ですね。練習すればかなり曲がる。それは間違いない。トリックもいくらでもあります。でもだからといって、すべてがトリックとの断定はできない。清田さんについては、これはトリックではありえないとの体験は何度かしています。さらに、どこまでが本当でどこまでが嘘かというのは、本人もわからなかったりする。1かゼロかではないんですね。トリックと言えばトリックだけど、100%トリックかと言えばそうでもない。そういう曖昧な領域が、絶対にある。メディアやプロレスもそうですね。だから惹かれてしまうのかな。
◆代々木忠監督のドキュメンタリー映画◆
【大槻】この間、AV監督の代々木忠さんを追った「YOYOCHU」というドキュメンタリー映画を観ました。
【森】まだ現役で撮ってるのですか?
【大槻】72歳、現役で撮ってます。最近の作品もすごいことになってますよ。
ヨヨチュウさんは極道からAV監督になって、最初は女性のオナニーを撮っていた。その後はドクター荒井の性感マッサージを撮り、それから催眠セックス、そして今度はチャネリングファックを撮るようになった。これは、セックスしているカップルの隣にいる人にまでエクスタシーが感応、つまりチャネリングしてしまって、あっちでもこっちでもエクスタシーに達してしまうという現象です。
そしてその次には男のオーガスムを追求しています。女性にオーガスムがあるなら男性にもあるはずだと、自我を取り払ったところにある深層心理でのオーガスム――集合的無意識ってやつです。そこに到達するためにあれこれ手を尽くす。もはやスピリチュアリズムというか、オカルト的になっているのですが、何がおもしろいかというと、見ていると皆が皆、催眠術やエクスタシーで失神したりしているわけではないんです。ヨヨチュウさんというカリスマ的人物が到達しようとしている世界があって、彼を敬い信奉し崇めるがゆえに、彼の言うエクスタシーを皆で実現させようとする。そこにちょっと演技があってもそれは無意識の演技であって、自分たちは本当にそういうチャネリングファックやオーガスムに達しているんだという体で作り上げていくんです。でもその演技は、わかる人にはわかっちゃう。加藤鷹さんもオーガスムに達して失神しちゃうんですが、そのときの彼の表情が「ああ、これはみんなで作り上げた虚構の世界なんだな」というのを表わしてしまっている。
【森】でも100%の虚構でもない。その意味ではドキュメンタリー的でもありますね。観測することで素粒子の振る舞いに干渉してしまうという量子力学に近い。
アドルフ・アイヒマンという人がいます。ホロコーストの最高責任者の一人で、ナチスの「最後の戦犯」と呼ばれた男です。アルゼンチンでモサドに捕まり、イスラエルに連行されて裁判が始まるのですが、「一体どんな悪鬼のような男なんだろう」と世界中が注目しました。ところが実際のアイヒマンは風采の上がらない小男で、まさに官僚そのものという雰囲気の男でした。
その法廷の様子を記録したドキュメンタリー映画「スペシャリスト」では、ほとんどの質問に対してアイヒマンは、「命令があったからやった」としか答えない。おそらく言い逃れではない。実際にそう思っているのでしょう。典型的な組織の病理です。中心に疑似のカリスマ的構造があって、周りが「きっとこの人はこう思ってるんじゃないか」とか「こう言ったらこの人は満足するんじゃないか」とか、忖度し合っている。忖度をお互いどうし、もしくは中心に対して働かせながら、巨大な幻想空間みたいなものを作ってしまっているんだけど、それに荷担しているという自覚がない。だからとんでもないことをやっていてもその自覚がなくて、後になって茫然としている。たぶん、いろんな組織や共同体に、普遍的にある現象だと思います。
【大槻】一時期の新日本プロレスとか、極真空手みたいな世界ですかね(笑)。
<続く>
(創2011年1月号より)
森達也●56年生まれ。98年にドキュメンタリー映画「A」を発表。01年、続編の「A2」が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。近著に本誌連載をまとめた『極私的メディア論』『A3』。
大槻ケンヂ●66年生まれ。82年に筋肉少女帯結成。94年『くるぐる使い』、95年『のの子の復讐ジグジグ』で2年連続日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。00年「特撮」結成。『リンダリンダラバーソール』他著書多数。
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最終更新:2月9日(水)14時15分