対談【森達也×大槻ケンヂ】視点が変われば、世界が変わる(1/3)(創2011年1月号より)
創 2月8日(火)12時22分配信
(創2011年1月号より)
森達也●56年生まれ。98年にドキュメンタリー映画「A」を発表。01年、続編の「A2」が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。近著に本誌連載をまとめた『極私的メディア論』『A3』。
大槻ケンヂ●66年生まれ。82年に筋肉少女帯結成。94年『くるぐる使い』、95年『のの子の復讐ジグジグ』で2年連続日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。00年「特撮」結成。『リンダリンダラバーソール』他著書多数。
◆残ったのはUFO雑誌と『極私的メディア論』◆
【大槻】最近僕は倉庫を借りて、うちにあった本やギターなんかの荷物をそっちに移したんですよ。「これはいらない、あれもいらない」って。そうやってどんどん運んでいったら、最後に残った本で自分がわかるんじゃないかなと思ったんです。そうして残ったのが、70年代から80年代の前半にかけて月1回出ていた『UFOと宇宙』っていうUFO雑誌だった(笑)。それと、先日いただいた森さんの新刊『極私的メディア論』。ここ数日、僕はそれだけを読んでいるんですよ。
【森】僕は先日、明治神宮でUFOを呼ぶという集まりに参加してきました。
【大槻】えっ!? 明治神宮にUFOを?
【森】OFUというネットワークです。月に一回は集まっているらしい。そのときは10人くらい来ていました。
【大槻】それは行かなきゃ!
【森】「呼ぶ」と言っても踊ったり歌ったりするわけじゃなくて、ひたすらみんなでじーっと青空を見つめるだけでした。そのときは結局何も見つけられなかったけれど、何枚か過去に撮影された写真を見せてもらいました。
角川書店のPR誌『本の旅人』で連載している「職業欄はエスパー2」の取材の一環です。時おり、なぜこんな非科学的なジャンルにあなたは興味を持つのかと訊かれるのだけど、やっぱりこのジャンルは好きだから。今だって夏の心霊特番なんか観てしまうし。それとずっと気になっているのが、なぜオカルトは隠れるのかということ。超能力にしても心霊写真にしても、正面から観察されることはまずない。必ずグレイな領域です。古典的な事例としては御船千鶴子の千里眼も、人に背を向けないとできなかった。スプーン曲げの関口淳君も、スプーンを空中に投げた瞬間に曲げるという手法でした。ほぼ必ず人の目を避けようとします。あるいは心霊写真のほとんども、顔や手が部分的に写っているだけだったりする。
UFOとか宇宙人とかも含めて、このジャンルはほぼすべての要素が、必ずのように見え隠れなんです。否定派はそもそもインチキだからそうなるのだと言うのだろうけれど、どうもそうとばかりは言いきれない。現象そのものが人の視線を避けようとしているかのように思えてくる。あるいは社会のほうが、視線を本能的に逸らそうとしているのかもしれない。量子力学的でもあるし、ユング的でもありますね。いろいろ興味の尽きないジャンルです。
【大槻】そうそう、捨てられない本の中に、清田益章さんの書いた『超能力野郎』と、関口君のお父さんが書いた『パパ、スプーンが曲がっちゃった』という本が最後の最後まで残ってしまった。そんな自分っていうのは、一体何だろうと(笑)。
ある日知り合いから、「オーケンは結局、世の中を『VOW』目線で見ているんだよ。中身じゃなくて、タイトルと装丁で捨てられないんだよ」って言われたんです。宝島社が出している『VOW』ってありますよね、街で見つけた変なものとかを載せている。そうか、僕は『VOW』目線だったのか、と(笑)。
たとえばライブハウスの広告で、「チケット2500円、ワンドリンクつき」というところが「ワンドングリつき」になっていたりとか、シーナ・イーストンがシーラ・イーストンになっててSheilaE(シーライー)と間違えてるとか(笑)、その手のやつです。
僕は今44歳ですが、昔はもうちょっと、自分はものごとを論じる大人になると思っていたんですよ。周りもちょっと、僕にそれを期待していた感がありました。でも僕はやっぱり『VOW』目線のまま歳をとって、未だに『超能力野郎』と『パパ、スプーンが曲がっちゃった』の間をぐるぐる廻っている。44でそうなら、たぶん一生自分はそのままなんだろうな。そのことに愕然としているところです。
【森】小学生の頃は中学生がすごく大人に見えた。中学に上がったら高校生がまったく違う存在に見える。高校生は大学生を、大学生は社会人を、「きっといつかはあんなふうになるんだ」と思いながら、僕ももう54だけど、ふと気づいたら何も変わってない。『スピリッツ』と『モーニング』は毎週読んでるし、『ジャンプ』もたまに読む。まさか50過ぎてマンガを読むとは思っていなかった。プロレスとかニール・ヤングとか心霊番組とか虫やトカゲとか、好きなものって子ども時代とほとんど変わらないですね。もっと分別とか判断力とか、要するに大人の能力が加齢と共に身に付くとばかり思っていたので自分でもあきれています。
【大槻】でも、森さんの場合は元からの“基礎論じ力” みたいなものがあったんだと思いますよ。俺にはありゃしない(笑)。元から『VOW』なんです。
【森】そうかな。僕も本を倉庫にどんどん運んでいったら、何が残るかは微妙です。プロレス関係とコミックと虫関係は残るかも。だいたい“基礎論じ力”って何?(笑)。基礎脱力と方向音痴ならわかるけれど。
◆「過剰になりすぎた世界」がSFでなく現実に◆
【大槻】『極私的メディア論』で森さんが書いていましたが、殺人事件は年々減っているのに、ほとんどそれが報道されない。僕もそれは知りませんでした。
【森】ほぼ毎年、戦後最少を更新しています。今は人口比でピーク時である1954年のほぼ4分の1。世界的な比較でも、日本の殺人事件の割合はアメリカのほぼ10分の1でイギリスやフランス、ドイツや韓国などの3分の1。とにかく圧倒的な治安です。でも国民の大半はこれを知らない。メディアの過剰な報道で体感治安は悪化する一方です。その結果としてセキュリティが最優先され、厳罰化が整合化される。
【大槻】筒井康隆さんの短篇などでは、過剰になりすぎた世界をSFとして書いているんだけど、今は実際それに近い、バカ世界になってきているような気がしますね。2ちゃんねるやヤフートピックスのコメント欄とか、想像以上に人間って、嫌なことしか考えてない。嫉妬やルサンチマンの塊だということが、ネットが出てきたことでバレちゃった。
【森】ツイッターの功罪は多々あるけれど、いわゆるネガティブな流言飛語が拡散しやすくなることは確かでしょうね。もし昭和初期にツイッターがあったなら、関東大震災直後に在日朝鮮人たちはもっと多く殺されていたはずです。
【大槻】それから今、誰かが置いておいた情報を、後で来た人が携帯電話からもそのデータを見ることができるってあるでしょ。あれはおもしろいと思います。昔の英国心霊主義の人たちが考えた幽霊の概念、「残留思念」ってやつですよ。僕にはネットの世界が霊界に見えるんです。だから極力霊界にはアクセスしないようにしています(笑)。
【森】取材の一環で会った人は多いけれど、この間は、一時期フジの心霊特番のほとんどを手掛けていた元プロデュサーの方にお会いしました。今は研究者です。
【大槻】へぇ!
【森】日本心霊科学協会に所属して、オーブの研究に正面から取り組んでいます。
【大槻】あれはただの光の加減としか、僕には思えないんだけど……。
【森】僕もそう言ったけれど、彼はそう考えてはいない。いろいろ説明されました。
【大槻】そういうオカルト的なことに携わっていた人が、ある時一気にビリーバーになってしまうという現象を、チャペル・ペララスというのですが、まさにそれですね。たまにそういうことってあるんですね。だから怖い。
【森】心霊特番をさんざんやってた人だったから、裏もいろいろ知っているはずです。トリックなども熟知している。でもその上で、彼は今の科学では説明できない何かがあるという確信に至った。そういう元テレビ関係者は意外と多いですよ。興味深いですね。元々そうした気質はあったのかもしれないけどね。……転向と似てるのかな? 左翼から右翼への転向って、結構あるんです。救う会とか田中清玄とか、ナベツネ(渡邉恒雄)さんもそうですよね。でも、右翼から左翼に転向する人はほとんどいない。鈴木邦男さんは、「左翼は勉強しなきゃいけないから無理です」って言っていたけれど。右翼は情念だけでできるけれど、左翼は情念だけではできないからと(笑)。
【大槻】なるほど。右翼から左翼になったのは、雨宮処凛ちゃんだけか。
<続く>
森達也●56年生まれ。98年にドキュメンタリー映画「A」を発表。01年、続編の「A2」が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。近著に本誌連載をまとめた『極私的メディア論』『A3』。
大槻ケンヂ●66年生まれ。82年に筋肉少女帯結成。94年『くるぐる使い』、95年『のの子の復讐ジグジグ』で2年連続日本SF大会日本短編部門「星雲賞」受賞。00年「特撮」結成。『リンダリンダラバーソール』他著書多数。
◆残ったのはUFO雑誌と『極私的メディア論』◆
【大槻】最近僕は倉庫を借りて、うちにあった本やギターなんかの荷物をそっちに移したんですよ。「これはいらない、あれもいらない」って。そうやってどんどん運んでいったら、最後に残った本で自分がわかるんじゃないかなと思ったんです。そうして残ったのが、70年代から80年代の前半にかけて月1回出ていた『UFOと宇宙』っていうUFO雑誌だった(笑)。それと、先日いただいた森さんの新刊『極私的メディア論』。ここ数日、僕はそれだけを読んでいるんですよ。
【森】僕は先日、明治神宮でUFOを呼ぶという集まりに参加してきました。
【大槻】えっ!? 明治神宮にUFOを?
【森】OFUというネットワークです。月に一回は集まっているらしい。そのときは10人くらい来ていました。
【大槻】それは行かなきゃ!
【森】「呼ぶ」と言っても踊ったり歌ったりするわけじゃなくて、ひたすらみんなでじーっと青空を見つめるだけでした。そのときは結局何も見つけられなかったけれど、何枚か過去に撮影された写真を見せてもらいました。
角川書店のPR誌『本の旅人』で連載している「職業欄はエスパー2」の取材の一環です。時おり、なぜこんな非科学的なジャンルにあなたは興味を持つのかと訊かれるのだけど、やっぱりこのジャンルは好きだから。今だって夏の心霊特番なんか観てしまうし。それとずっと気になっているのが、なぜオカルトは隠れるのかということ。超能力にしても心霊写真にしても、正面から観察されることはまずない。必ずグレイな領域です。古典的な事例としては御船千鶴子の千里眼も、人に背を向けないとできなかった。スプーン曲げの関口淳君も、スプーンを空中に投げた瞬間に曲げるという手法でした。ほぼ必ず人の目を避けようとします。あるいは心霊写真のほとんども、顔や手が部分的に写っているだけだったりする。
UFOとか宇宙人とかも含めて、このジャンルはほぼすべての要素が、必ずのように見え隠れなんです。否定派はそもそもインチキだからそうなるのだと言うのだろうけれど、どうもそうとばかりは言いきれない。現象そのものが人の視線を避けようとしているかのように思えてくる。あるいは社会のほうが、視線を本能的に逸らそうとしているのかもしれない。量子力学的でもあるし、ユング的でもありますね。いろいろ興味の尽きないジャンルです。
【大槻】そうそう、捨てられない本の中に、清田益章さんの書いた『超能力野郎』と、関口君のお父さんが書いた『パパ、スプーンが曲がっちゃった』という本が最後の最後まで残ってしまった。そんな自分っていうのは、一体何だろうと(笑)。
ある日知り合いから、「オーケンは結局、世の中を『VOW』目線で見ているんだよ。中身じゃなくて、タイトルと装丁で捨てられないんだよ」って言われたんです。宝島社が出している『VOW』ってありますよね、街で見つけた変なものとかを載せている。そうか、僕は『VOW』目線だったのか、と(笑)。
たとえばライブハウスの広告で、「チケット2500円、ワンドリンクつき」というところが「ワンドングリつき」になっていたりとか、シーナ・イーストンがシーラ・イーストンになっててSheilaE(シーライー)と間違えてるとか(笑)、その手のやつです。
僕は今44歳ですが、昔はもうちょっと、自分はものごとを論じる大人になると思っていたんですよ。周りもちょっと、僕にそれを期待していた感がありました。でも僕はやっぱり『VOW』目線のまま歳をとって、未だに『超能力野郎』と『パパ、スプーンが曲がっちゃった』の間をぐるぐる廻っている。44でそうなら、たぶん一生自分はそのままなんだろうな。そのことに愕然としているところです。
【森】小学生の頃は中学生がすごく大人に見えた。中学に上がったら高校生がまったく違う存在に見える。高校生は大学生を、大学生は社会人を、「きっといつかはあんなふうになるんだ」と思いながら、僕ももう54だけど、ふと気づいたら何も変わってない。『スピリッツ』と『モーニング』は毎週読んでるし、『ジャンプ』もたまに読む。まさか50過ぎてマンガを読むとは思っていなかった。プロレスとかニール・ヤングとか心霊番組とか虫やトカゲとか、好きなものって子ども時代とほとんど変わらないですね。もっと分別とか判断力とか、要するに大人の能力が加齢と共に身に付くとばかり思っていたので自分でもあきれています。
【大槻】でも、森さんの場合は元からの“基礎論じ力” みたいなものがあったんだと思いますよ。俺にはありゃしない(笑)。元から『VOW』なんです。
【森】そうかな。僕も本を倉庫にどんどん運んでいったら、何が残るかは微妙です。プロレス関係とコミックと虫関係は残るかも。だいたい“基礎論じ力”って何?(笑)。基礎脱力と方向音痴ならわかるけれど。
◆「過剰になりすぎた世界」がSFでなく現実に◆
【大槻】『極私的メディア論』で森さんが書いていましたが、殺人事件は年々減っているのに、ほとんどそれが報道されない。僕もそれは知りませんでした。
【森】ほぼ毎年、戦後最少を更新しています。今は人口比でピーク時である1954年のほぼ4分の1。世界的な比較でも、日本の殺人事件の割合はアメリカのほぼ10分の1でイギリスやフランス、ドイツや韓国などの3分の1。とにかく圧倒的な治安です。でも国民の大半はこれを知らない。メディアの過剰な報道で体感治安は悪化する一方です。その結果としてセキュリティが最優先され、厳罰化が整合化される。
【大槻】筒井康隆さんの短篇などでは、過剰になりすぎた世界をSFとして書いているんだけど、今は実際それに近い、バカ世界になってきているような気がしますね。2ちゃんねるやヤフートピックスのコメント欄とか、想像以上に人間って、嫌なことしか考えてない。嫉妬やルサンチマンの塊だということが、ネットが出てきたことでバレちゃった。
【森】ツイッターの功罪は多々あるけれど、いわゆるネガティブな流言飛語が拡散しやすくなることは確かでしょうね。もし昭和初期にツイッターがあったなら、関東大震災直後に在日朝鮮人たちはもっと多く殺されていたはずです。
【大槻】それから今、誰かが置いておいた情報を、後で来た人が携帯電話からもそのデータを見ることができるってあるでしょ。あれはおもしろいと思います。昔の英国心霊主義の人たちが考えた幽霊の概念、「残留思念」ってやつですよ。僕にはネットの世界が霊界に見えるんです。だから極力霊界にはアクセスしないようにしています(笑)。
【森】取材の一環で会った人は多いけれど、この間は、一時期フジの心霊特番のほとんどを手掛けていた元プロデュサーの方にお会いしました。今は研究者です。
【大槻】へぇ!
【森】日本心霊科学協会に所属して、オーブの研究に正面から取り組んでいます。
【大槻】あれはただの光の加減としか、僕には思えないんだけど……。
【森】僕もそう言ったけれど、彼はそう考えてはいない。いろいろ説明されました。
【大槻】そういうオカルト的なことに携わっていた人が、ある時一気にビリーバーになってしまうという現象を、チャペル・ペララスというのですが、まさにそれですね。たまにそういうことってあるんですね。だから怖い。
【森】心霊特番をさんざんやってた人だったから、裏もいろいろ知っているはずです。トリックなども熟知している。でもその上で、彼は今の科学では説明できない何かがあるという確信に至った。そういう元テレビ関係者は意外と多いですよ。興味深いですね。元々そうした気質はあったのかもしれないけどね。……転向と似てるのかな? 左翼から右翼への転向って、結構あるんです。救う会とか田中清玄とか、ナベツネ(渡邉恒雄)さんもそうですよね。でも、右翼から左翼に転向する人はほとんどいない。鈴木邦男さんは、「左翼は勉強しなきゃいけないから無理です」って言っていたけれど。右翼は情念だけでできるけれど、左翼は情念だけではできないからと(笑)。
【大槻】なるほど。右翼から左翼になったのは、雨宮処凛ちゃんだけか。
<続く>
最終更新:2月8日(火)12時22分